コンサートの記(885) びわ湖ホール オペラへの招待 クルト・ヴァイル作曲「三文オペラ」2025
2025年1月26日 滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール中ホールにて
午後2時から、びわ湖ホール中ホールで、びわ湖ホール オペラへの招待 クルト・ヴァイル作曲「三文オペラ」を観る。ジョン・ゲイの戯曲「ベガーズ・オペラ(乞食オペラ)」をベルトルト・ブレヒトがリライトした作品で、ブレヒトの代表作となっている。ブレヒトは東ベルリンを拠点に活動した人だが、「三文オペラ」の舞台は原作通り、ロンドンのソーホーとなっている。
セリフの多い「三文オペラ」が純粋なオペラに含まれるのかどうかは疑問だが(ジャンル的には音楽劇に一番近いような気がする)、「マック・ザ・ナイフ」などのスタンダードナンバーがあり、クラシックの音楽家達が上演するということで、オペラと見ても良いのだろう。
ちなみに有名俳優が多数出演するミュージカル版は、白井晃演出のもの(兵庫県立芸術文化センター阪急中ホール)と宮本亞門演出のもの(今はなき大阪厚生年金会館芸術ホール)の2つを観ている。
実は私が初めて買ったオペラのCDが「三文オペラ」である。高校生の時だった。ジョン・マウチュリ(当時の表記は、ジョン・モーセリ)の指揮、RIASベルリン・シンフォニエッタの演奏、ウテ・レンパーほかの歌唱。当時かなり話題になっており、CD1枚きりで、オペラのCDとしては安いので購入したのだが、高校生が理解出来る内容ではなかった。
栗山晶良が生前に手掛けたオペラ演出を復元するプロジェクトの中の1本。演出:栗山晶良、再演演出:奥野浩子となっている。
振付は、小井戸秀宅。
園田隆一郎指揮ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団の演奏。今日は前から2列目での鑑賞だったので、オーケストラの音が生々しく聞こえる。オルガン(シンセサイザーを使用)やバンドネオンなど様々な楽器を使用した独特の響き。
出演はWキャストで、今日は、市川敏雅(メッキー・メッサー)、西田昂平(にしだ・こうへい。ピーチャム)、山内由香(やまうち・ゆか。ピーチャム夫人)、高田瑞希(たかだ・みずき。ポリー)、有ヶ谷友輝(ありがや・ともき。ブラウン)、小林由佳(ルーシー)、岩石智華子(ジェニー)、林隆史(はやし・たかし。大道歌手/キンボール牧師)、有本康人(フィルチ)、島影聖人(しまかげ・きよひと)、五島真澄(男性)、谷口耕平、奥本凱哉(おくもと・ときや)、古屋彰久、藤村江李子、白根亜紀、栗原未知、溝越美詩(みぞこし・みう)、上木愛李(うえき・あいり)。びわ湖ホール声楽アンサンブルのメンバーが基本である。
オーケストラピットの下手端に橋状になった部分があり、ここを渡って客席通路に出入り出来るようになっている。有効に利用された。
ロンドンの乞食ビジネスを束ねているピーチャム(今回は左利き。演じる西田昂平が左利きなのだと思われる)。いわゆる悪徳業者であるが、悪党の親玉であるメッキー・メッサーが自身の娘であるポリーと結婚しようとしていることを知る。メッキー・メッサーは、スコットランドヤード(ロンドン警視庁)の警視総監ブラウンと懇意であり、そのために逮捕されないのだが、ピーチャムは娘を取り戻すためにブラウンにメッサーとの関係を知っていることを明かして脅す。
追われる身となったメッセーは、部下達に別れを告げ、ロンドンから出ることにするが、娼館に立ち寄った際に逮捕されてしまう。牢獄の横でメッサーに面会に来たポリーとブラウンの娘ルーシーは口論に。その後、上手く逃げおおせたメッサーであるが、再び逮捕されて投獄。遂には絞首刑になることが決まるのだが……。
クルト・ヴァイル(ワイル)は、いかにも20世紀初頭を思わせるようなジャンルごちゃ混ぜ風の音楽を書く人だが、「マック・ザ・ナイフ(殺しのナイフ)」はジャズのスタンダードナンバーにもなっていて有名である。今回の上演でもエピローグ部分も含めて計4度歌われる。エピローグ的な歌唱では、びわ湖ホールを宣伝する歌詞も特別に含まれていた。
また「海賊ジェニーの歌」も比較的有名である。
ブレヒトというと、「異化効果」といって、観客が登場人物に共感や没入をするのではなく、突き放して見るよう仕向ける作劇法を取っていることで知られるが、今回は特別に「異化効果」を狙ったものはない。ただ、オペラ歌手による日本語上演であるため、セリフが強く、一音一音はっきり発音するため、感情を込めにくい話し方となっており、そこがプロの俳優とは異なっていて、「異化効果」に繋がっていると見ることも出来る。
白井晃がミュージカル版「三文オペラ」を演出した際には、ポリー役に篠原ともえを起用。篠原ともえは今はいい女風だが、当時はまだ不思議ちゃんのイメージがあった頃、ということでヒロインっぽさゼロでそこが異化効果となっていた。今日、ポリーを演じたのは歌劇「竹取物語」で主役のかぐや姫を1公演だけ歌った高田瑞希。彼女はセリフも歌も身のこなしも自然で、いかにもオペラのヒロインといった感じであった。6年前に初めて見た時は、京都市立芸術大学声楽科に通うまだ二十歳の学生で、幼い感じも残っていたが、立派に成長している。
園田隆一郎指揮するザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団も、ヴァイルのキッチュな音楽を消化して表現しており、面白い演奏となっていた。
「セツアン(四川)の善人」などでもそうだが、ブレヒトは、ギリシャ悲劇の「機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)」を再現しており、それまでのストーリーをぶち破るように強引にハッピーエンドに持って行く。これも一種の異化効果である。
「三文オペラ」は、オペラ対訳プロジェクトの一作に選ばれており、クルト・ヴァイルの奥さんであったロッテ・レーニャなどの歌唱による音源を日本語字幕付きで観ることが出来る。
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