観劇感想精選(512) 花形歌舞伎特別公演「曽根崎心中物語」松プログラム
2026年3月6日 京都四條南座にて
午後3時から、京都四條南座で、花形歌舞伎特別公演「曽根崎心中物語」を観る。
近松門左衛門が、人形浄瑠璃(文楽)のために書いた「曽根崎心中」の義太夫狂言を中村鴈治郎の監修で若手歌舞伎俳優が上演。お初と徳兵衛は、中村壱太郎(かずたろう。中村鴈治郎の息子)と尾上右近が、上演回ごとに替わるというスタイルを取っている。
午後3時開演の「曽根崎心中物語」は、尾上右近のお初、中村壱太郎の徳兵衛である。これが「松」プログラム。今日の午前中に開演した「桜」プログラムは、中村壱太郎のお初、尾上右近の徳兵衛であった。尾上右近は立役女形の両方やるが、中村壱太郎は女形(彼自身は「女方」表記の方を好むようである)が大半。そもそも女形でない中村壱太郎は、踊りの時と歌舞伎映画のアフタートークゲスト、京都芸術センターでの講演の時しか見ていない。ということで、中村壱太郎の立役を見ることの出来る貴重な機会である。
「曽根崎心中」は、大坂の曾根崎新地と曾根崎の森を舞台とした作品で、実際に起こった事件に基づいている。
なお、曾根崎新地は蜆川(しじみがわ。曾根崎川)を挟んで南北から覆うように色町が軒を連ねていたが、現在は蜆川は埋め立てられて車道になり、南北にはキャバクラなどが建ち並んでいる。ビルの一角に蜆川と蜆橋を示す文字が刻まれており、現在では説明も刻まれている。大坂に下った壬生浪士組(後の新選組)が力士に行く手を阻まれ、芹沢鴨が力士を殴り倒したというのが、この蜆橋である。
曾根崎の森であるが、露天神(お初天神)のある辺りが想定されている。露天神はそれほど大きな神社ではないが、曾根崎の森はかなり広かったようだ。
「曽根崎心中」は文楽ではヒットして、ジャンルを代表する作品となっているが、歌舞伎の演目としては余り人気がないようである。人形を使えば出来ることが、生身の人間だと出来ないということも大きいだろう。
戦後に二世鴈治郎の徳兵衛と二世扇雀(後の四世坂田藤十郎)のお初による上演が話題となる。台本を時代に合うよう変えての上演だった。
ただ、その後も上演回数が爆発的に増えるということはなく、平成の30余年で上演されたのは僅かに5回。そして今回は令和初の上演となる。全て成駒家(上方の成駒屋)による上演である。
出演:中村壱太郎(成駒家)、尾上右近(音羽屋)、中村鴈成、片岡松十郎、板東竹之助、上村折之助、中村翫政、上村吉太朗、尾上菊次、片岡孝志、片岡千次郎、片岡仁三郎、尾上菊三呂ほか。
上演時間約1時間25分、冒頭の大坂三十三所観音廻りの場を復活上演、休憩なしである。背景は大坂のはずであるが、大きな御堂が並んでいる様が本願寺のように見えるし、生玉神社の場でも、池とその向こうの建物などが長岡京市の八条池に見える。生玉神社にあんなに大きな池はないはずなので、京都に合わせた背景にした可能性もある。背景が京都寄りでも上演には特に差し支えない。
右近の女形を見るのは初めてかも知れないが、骨格がガッシリしているので、この人はやはり立役の方が生えそうだ。壱太郎の徳兵衛であるが、滑舌が悪い上に早口。右近も早口なので、余計に拍車がかかるようである。壱太郎は女形としてはトップクラスの評価と人気を得ているので、女形一本で行った方が良いように感じる。ただ今回は成駒家の演目なので、ファンサービス的にやるのは良いかも知れない。
あらすじを書くと、曾根崎新地・天満屋の傾城であるお初と、醤油商・平野屋手代の徳兵衛の話である。徳兵衛には嫁を取って平野屋を継ぐ話があったのだが、徳兵衛には無断で進められたため、徳兵衛は好いているお初と一緒になろうとする。それが主の癇にさわり、大坂から追い出されることに。更に徳兵衛は友人の油屋久兵衛の窮地を救うために金を貸したところが、しばらくして会った久兵衛になじられ、嘘つき呼ばわりされ、袋だたきにあって大恥をかいてしまう。徳兵衛は天満屋に行く。お初は天満屋の人に見られないよう、徳兵衛を縁の下に隠し、足でやり取りをする。そして現代人の感覚には合わないが、心中を決意する。徳兵衛25歳、お初19歳である。
天満屋を出て、二人は曾根崎の森に向かう……。
本当に二人は死ななければならなかったのか。これは時代によって異なるところである。ただ、近松の「曽根崎心中」が大当たりしたことで、心中(「忠」を上下逆さにした言葉)が流行るようになってしまい、幕府も心中禁止令を出して、「心中未遂を犯したものは非人階級に落とす」と脅しを掛ける必要があった。
文楽と歌舞伎ということもあり、ラストは大きく異なる。梅田橋に出る二人。橋は此岸と彼岸を繋ぐものに見立てられ、死への覚悟が語られる。本音では怖ろしいのか、二人はなかなか橋を渡ろうとしない。
そして曾根崎の森へ。白い花が咲いている。お初と徳兵衛は、ヘアピンカーブを行くように右へ左へと進む。
人形でなく生身の人間であるためか、刺殺と自死のシーンはない。人形は人間の手を離れれば(また使われるとしても)魂が抜けた状態になる。そう考えれば文楽とは違ったラストの方が良いかもしれない。
鳴り物に甘美な音色の胡弓が使われていたのも印象的だった。
35分の幕間(幕の内弁当を食べる人が多い)を挟んで、壱太郎と右近による「花形歌舞伎特別対談」が行われる。上手から右近が登場し、下手から壱太郎が現れる。
右近が「若手は良い役が貰えない」ということで、若手による「三月花形歌舞伎」が決まったが、最初は何をしていいか分からなかったという。始まったのはコロナの頃であっため、客席を市松模様の着席可にして、お客さんも少なかった。
自分たちにしか出来ないことをしようということで、SNSを駆使し、更にグッズなどにも力を入れたという。南座で買えるだけでなく、ネットショップも同時オープンして、しばらく先まで買えるようにしてあるという。
ちなみに、右近の「『国宝』を観ていらっしゃった方、どれぐらいいるでしょう?」の質問には、多くの人が手を挙げ、壱太郎は、「『国宝』の恩恵にあずかりまくり」と話していた。
壱太郎は、「生まれも育ちも東京だが、上方の歌舞伎の家ということになっている成駒家」を紹介し、右近は「江戸の荒事の家なんで、江戸だったら徳兵衛はやられないで全員やっつけちゃう」と語っていた。
後半は質問コーナーとなり、これまでインスタライブをしていたのに今回はやらないの? の声には、「すぐやります。三日後ぐらい」と答えていた。
早めに終わった公演。團十郎などは早めに終えて遊びに行くそうだが、この若い人達は夜遅くまで稽古をしていると聞く。







































































































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