カテゴリー「歌舞伎」の30件の記事

2019年12月10日 (火)

観劇感想精選(327) 南座新開場一周年記念「當る子歳 吉例顔見世興行 東西合同大歌舞伎」夜の部

2019年12月5日 京都四條南座にて観劇

午後4時45分から、京都四條南座で、南座新開場一周年記念「當る子歳 吉例顔見世興行 東西合同大歌舞伎」夜の部を観る。演目は、近松門左衛門作「堀川波の鼓」、河竹黙阿弥作「釣女」、河竹黙阿弥作「魚屋宗五郎」(「新皿屋敷月雨暈」より)、「越後獅子」

「堀川波の鼓」と「魚屋宗五郎」は共に「酒乱」が鍵となっている作品であり、それを縦糸としたラインナップなのだと思われる。大人気といえる演目が存在しないため、今日は空席も比較的目に付いた。

 

「堀川波の鼓」。堀川というのは京都の堀川のことであるが、今回の上演は通し狂言ではないので、堀川の場は出てこない。鼓の師匠である宮地源右衛門(中村梅玉)が京都の堀川下立売に住んでいるという設定である。
因幡鳥取藩で実際に会った不義密通事件を題材にした世話物である。
鳥取藩士の小倉彦九郎(片岡仁左衛門)が参勤交代で江戸に出向いている時の話から始まる。彦九郎の妻お種(中村時蔵)は、江戸詰である夫が恋しくてたまらない。彦九郎が江戸詰の時は、お種は実家に帰っているのだが、そこでも妹のお藤(中村壱太郎)に夫に会えない寂しさを語って聞かせている。お種は、実弟の文六(片岡千之助)を連れ養子としているのだが、文六は、京都の鼓師である宮地源右衛門に鼓を習っている。稽古が終わり、お種と宮地は初対面の挨拶をするのだが、酒が入ることになり、お種は酒好きなのでつい盃が進んでしまう。お藤と文六は帰宅し、源右衛門が場を外している時に、お種に懸想している磯辺床右衛門(中村亀鶴)がやって来て関係を迫る。床右衛門は隣から謡の声が聞こえたのに驚いて帰って行くが、源右衛門に話を聞かれたと思ったお種は源右衛門に口外しないよう誓わせようとする。だが酒で酩酊していたお種は、つい源右衛門と道ならぬ関係になってしまう。その後、引き返してきた床右衛門は、お種と源右衛門のそれぞれの袖を引き剥がすことに成功し、これをネタにゆすりを掛けようとする。5月半ばに彦九郎は帰国するが、藩内にお種が不義密通をしたという噂が流れており、お藤は彦九郎とお種を離縁させようとすると計るも失敗し、結局、彦九郎は泣く泣くお種を手に掛けることになる。
酒の勢いでついという話であるが、当時は不義密通は死罪相当であり、酒のせいでは済まされなかったのである。というわけで誰のせいにも何のせいにも出来ないやるせなさが残る。

彦九郎役の仁左衛門(松嶋屋)は、実は登場している時間はそれほど長くないのだが、貫禄と悲しみを併せ持った彦九郎を浮かび上がらせている。お種を演じた時蔵(萬屋)も酒に溺れてしまった不甲斐なさを適切に表現している。お藤を演じた壱太郎(かずたろう。成駒屋)の可憐さも光る。
この演目では音楽が実に効果的である。南座は新しくなって音の通りが良くなっただけに、一層、音楽の良さが引き立つ。

 

「釣女」。狂言の「釣女」を常磐津で演じる。
妻を娶りたいと思っている大名(いわゆる何万石という所領を持っている大名ではなく、地方の有力者程度の意味である。演じるのは中村隼人)が、縁結びの神として知られている西宮戎(西宮神社)に参詣することを思い立ち、太郎冠者(片岡愛之助)と共に出掛ける。西宮の戎は社伝そのままに夷三郎と呼ばれている。狂言では演者が最初から舞台の前の方に立つことはないのだが、大名のような身分の高い人はそれを表すために他の人よりも前寄りに立つ。

参詣した大名は、美しい女性と出会えるよう、夜通しの籠祈願を行うことにするのだが、太郎冠者に寝ずの番をさせて自分はさっさと寝てしまう。あきれた太郎冠者は何度も大名の眠りを妨げようとする。そうするうちに大名が夢を見る。神社の西の門に運命の人が現れるというのである。西の門に駆け付けた大名と太郎冠者であるが、そこに釣り竿が落ちているのを見掛ける。「女を釣り上げろ」ということかと合点した大名が釣り糸を垂れ、何度か引いている内に、見目麗しい上臈(中村莟玉)が釣り上がる。早速に三三九度を取り交わし、太郎冠者が「高砂」を真似た祝いの舞を演じると、大名と上臈も喜びの舞を始める。

今度は、太郎冠者が釣り針を垂れる。やはり女(中村鴈治郎)が釣り上がるのだが、これがとんでもない醜女であり、太郎冠者は嫌がる。だが、女は太郎冠者にぞっこんで、大名も神が決めた相手なので拒むことは出来ないと言い……。

愛之助(松嶋屋)の軽やかな舞が一番の見所である。隼人(萬屋)は、台詞回しが板に付いていなかったが、若いということだろう。
中村莟玉(かんぎょく。梅丸改。高砂屋)は、襲名披露ということで「おめでとうございます」と言われるシーンがあった。素顔が男前ということで、女形としてもやはり美しく華やかである。

 

「魚屋宗五郎」。私が初めて歌舞伎というものを観たのは、1996年の12月、東京の歌舞伎座に於いてであるが、3つあった演目のうちの最後が「魚屋宗五郎」であり、十二代目市川團十郎が宗五郎を演じていた。「魚屋宗五郎」を観るのは、それ以来、23年ぶりである。ちなみに「堀川波の鼓」で小倉彦九郎を演じた片岡仁左衛門も、1996年以来、23年ぶりの彦九郎役だそうで、偶然ではあるが繋がっている。

「新皿屋敷月雨暈(しんさらやしきつきのあまがさ)」の第2幕と第3幕を上演するもので、この二幕だけを演じる場合は、「魚屋宗五郎」という題になる。
妹のお蔦を手討ちにされた魚屋の宗五郎(中村芝翫)が、金比羅様に誓って絶っていた酒を飲んでしまったことから巻き起こる大騒動である。
実はお蔦は無実で、横恋慕していた岩上典蔵(中村橋吾)の策謀によって不義密通を仕立て上げられたのであった。

宗五郎が酒をがぶ飲みする場面では、三味線がコミカルな感じを上手く出している。

中村芝翫(成駒屋)の演技は、名人芸の域に達しつつある。歌舞伎界のトップに君臨するようなタイプの人ではないが、演技力に関しては言うことなしである。
一方、名前を継いだ長男の橋之助(四代目)は、狂言回しの役割も担う三吉という重要な役で出ていたが、明らかに「浮いている」と思うほどに下手である。同年代の隼人も上手くはないし、まだ若いということなのだろう。十代目松本幸四郎(七代目市川染五郎)などは、若い時から演技の質は高かったが、昨年の11月の顔見世などを見ると伸び悩みが感じられ、早くから完成されているが伸びないタイプと、最初は拙いがどんどん成長するタイプの二つが存在する――というよりどちらかでないと俳優としては致命的である――と思われる。五十代六十代という歌舞伎役者として大成する時期にどちらが上に来るのか見守ることも面白いように思う。

 

中村隼人、中村橋之助、片岡千之助、中村莟玉という若手歌舞伎俳優4人による舞踊「越後獅子」。江戸・日本橋駿河町(現在の東京都中央区日本橋室町)の三井越後屋前が舞台である。背景には堀と蔵屋敷が並び、正面遠方奥に掛かるのが日本橋ということになるのだと思われる(地理的には異なるはずだが芝居の嘘である)。
一つ歯の高下駄で舞うなど、「俺だったら一発で捻挫する自信がある」と思える高度な舞を全員が器用にこなす。流石は歌舞伎俳優である。
4人の中では、莟玉が小柄だが動きに一番キレがある。元々日本舞踊の世界から梨園に入ったということも大きいのであろう。

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2019年10月27日 (日)

観劇感想精選(323) 「中村勘九郎 中村七之助 錦秋特別公演2019」京都公演

2019年10月19日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて観劇

午後3時から、ロームシアター京都メインホールで、「中村勘九郎 中村七之助 錦秋特別公演2019」京都公演を観る。中村勘九郎と七之助の兄弟が15年間に渡って続けている特別公演である。基本的に歌舞伎専用劇場は用いず、日本各地の公共のホールを使った上演が行われている。

演目は、勘九郎と七之助による芸談の後で、「艶紅曙接拙 紅翫(いろもみじつぎきのつつか べにかん)」、「三ツ面子守(みつめんこもり)」、「松廼羽衣(まつのはごろも)」の3つの歌舞伎舞踊が繰り広げられる。

まず勘九郎と七之助による芸談がある。司会は関西テレビアナウンサーの谷元星奈。
勘九郎と七之助がそれぞれ挨拶するのだが、明らかに七之助に対しての拍手の方が大きい。勘九郎もキレのあるいい歌舞伎俳優であるが、華は不足がち。また若い女性にはどうしても女形の方が人気がある。
京都についての思い出から話し始める。二人が子どもの頃、父親である中村勘三郎はずっと南座での顔見世に出続けており、二人も冬休みの間は京都に来て父親と一緒に過ごしていたそうで、京都巡業といっても旅という感じはしないそうだ。一方、勘九郎と七之助が歌舞伎俳優として活躍し始めてからは、不思議なこと勘三郎が京都で公演を行うことは稀になってしまったそうで、2年前に勘九郎と七之助はロームシアター京都メインホールで行われた顔見世に登場しているが、家族の招きが上がるのは20数年ぶりだったそうである。

勘九郎が大河ドラマ「いだてん」で、主役の一人である金栗四三を演じたということで、その苦労話などが語られる。昨年4月からの撮影であったのだが、準備期間も含めて「ずっと走っていたような記憶がある」そうで、舞台では誤魔化せても映像では無理ということで、体作りのことなどを話す。歌舞伎で軽やかな演技を見せている印象のある勘九郎だが、実は「運動は大嫌い」「動くことがそもそも嫌いであり」、運動が得意そうと見られることも多いが、それは勘違いだという。歌舞伎をやっていると下半身が重要になるため腿が太くなるそうで、勘九郎の腿は周囲が62cmもあり、これはスピードスケートの金メダリストである清水宏保と同じ数値だそうである。ただ、マラソン選手でそんなに腿の太い選手はいないということで、腿の余計な肉を落とすことから始めたそうだ。運動の他に糖質カットダイエットなども行ったそうだが、糖質をカットすると怒りっぽくなるので困ったそうである。頭の働きにブドウ糖が必要ということは知られているが関係があるのだと思われる。食事は鶏のササミが中心。飲み物も水だけに限られるそうで、「地獄ですね」と勘九郎は語っていた。昨年の錦秋特別公演時も撮影期間に入っており、地方公演はその土地土地の地方グルメが楽しみなのだが、勘九郎は体作りのためにその土地のものは何も食べることが出来ず、持ち込んだ鶏のササミをずっと食べていたそうである。撮影時のロケ弁も美味しいのだが、やはり食べることが出来なかったそうだ。金栗が引退してからは体を引き締めなくても良くなり、食事制限が解除されてから初めて食べたのはカレーだそうである。三日三晩カレーが続いても大丈夫なほど好きであり、まず家庭の味のカレーを求めたそうだ(奥さんの前田愛が作ったのかな?)。そしてあれほど苦労して体を絞ったのに、「一瞬で元の体に戻った」そうで、「皆さん、ダイエットなんてしないほうがいいですよ」と語っていた。現在上映中の映画「JOKER」に主演しているホアキン・フェニックスも役作りのため体を絞ったが、「戻る時は一瞬だった」と同じ事を語っていたと紹介もする。

七之助も「いだてん」に出演し、最初は当時の落語家役など一瞬登場するだけのカメオ出演だと思っていたのだが、落語家・三遊亭圓生という重要な役どころだったため、残っている圓生の映像は全て見て研究したそうだ。
また現在、BSプレミアムで放送中の「令和元年版 怪談牡丹灯籠」にも出演しており、この作品は京都の太秦で撮影が行われたそうである。実は七之助はこれまで映像の仕事はほとんど断っており、1年に2度映像作品に参加するというのはとても珍しいことだそうである。「いだてん」に出ることに決めたのは、兄が出るということと、脚本が映画「真夜中の弥次さん喜多さん」でお世話になった宮藤官九郎ということも大きかったようだ。
同じNHKのドラマでも撮影の仕方に違いがあり、「令和元年版 怪談牡丹灯籠」は1台か2台のカメラで撮影が行われるのだが、「いだてん」の現場にはカメラが5台ほどずらりと並んでいて、全て長回しでの撮影が平均で7回ほど繰り返されていたそうである。以前、「龍馬伝」の大友啓史監督が長回しで撮るという話を横浜で行われた「全国龍馬ファンの集い」でしていたが、今回もそれに近い手法が採られていたようである。
長回しは長回しで大変だが、「令和元年版 怪談牡丹灯籠」はすぐカットのかかる細切れで撮っているため、「じゃあ、次、泣いて下さい」といわれたらすぐに泣かなければいけないそうで、感情の上げ方が難しいそうである。しかもその前の長めのセリフを撮り終えてカットが掛かってから、短いセリフの導入部ですぐに泣かなければならないため、なかなか上手くいかなかったそうだ。

二十代の頃は勘九郎が女形、七之助が立役という時代もあり、七之助は先月、南座での「東海道四谷怪談」でお岩さんを演じていたが、本当にやりたかったのは民谷伊右衛門の方だそうで、子どもの頃から演じてみたい人物のナンバーワンが伊右衛門だったそうだ。七之助の解釈では「伊右衛門は実はいい人」だそうで、お岩さんと実はとても愛していて、お岩さんの顔が薬で変わっていなかったらお梅を捨ててお岩とよりを戻した可能性もあると思っているそうである。お岩さんに対する態度も好きな人に踏ん切りをつけるためのいじめだと捉えているそうだ。

その後、二人で今日の演目の紹介を行い、客席からの質問を受ける。七之助への「女形をやる時には、女性の仕草を研究したりはするんですか?」という質問には、「女を演じているのではなく女形という生き物を演じている」ということで、「内面は女であることを目指しているが、仕草などは女形の先輩が残してきた型を参考に取り入れている」ということで本物の女性の仕草を参考にすることはないそうだ。女形として魅力的に見える仕草は女性のそれとは当然異なっており「所詮男なので」女であることでなく女形であることを目指しているそうだ。「普通の女の人がこんな髪の掻き上げ方したら嫌でしょ?」と型を見せて笑いも取っていた。

静岡公演では、昼公演と夜公演の間に羽衣伝説のある三保の松原を見に行き、その日の夜の公演の芸談で司会を務めた静岡のテレビ局のアナウンサーが、「羽衣が残っているんです」という話をしたため、「松廼羽衣」では特別に羽衣を切るという演出を加えたそうなのだが、三重公演の芸談でそれを明かしたために三重公演でも同じ演出を行うことになったそうで、「今日もそうなんですか?」という質問がある。勘九郎は「わかってます? それは脅迫です。質問じゃなくて」と返す。ただ七之助が「でもやるんでしょ?」と言ったため、今回も「松廼羽衣」は特別演出で行われることになった。

 

「艶紅曙接拙 紅翫」。出演は、中村いてう、中村仲助、中村仲之助、中村仲侍、中村仲弥、中村仲四郎、澤村國久。
富士山の山開きの日に、虫売り、朝顔売り、団子売りなどが集うのだが、芸達者の紅翫(中村いてう)が現れて、歌舞伎の様々な演目の真似を披露して一同を楽しませるという趣向である。主人公のモデルは紅谷勘兵衛という実在の人物だそうで、浅草で芸を披露して人気を博していたそうである。

 

「三ツ面子守」は、9月の南座「東海道四谷怪談」ではお梅を演じていた中村鶴松が一人で舞う。子守がひょっとこやおかめ、えびすなど次々と面を変え、衣装も替えて踊り続けるユーモラスな作品である。鶴松の舞踊は、手の動きがピシッと決まり、愛らしさもある巧みなものであった。

 

「松廼羽衣」。勘九郎と七之助の共演である。勘九郎演じる漁夫の伯竜は凜々しいが、七之助の演じる天女が現れるとやや姿がかすんでしまう。女形と立役の違いもあるが、七之助の方が華はあるようだ。
ともあれ、二人とも稀代の名優であった中村勘三郎の息子であり、譲り受けた芸の巧みさには十分に光るものがあった。

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2019年10月19日 (土)

観劇感想精選(321) 南座新開場記念 藤山直美主演 「喜劇 道頓堀ものがたり」

2019年10月13日 京都四條南座にて観劇

午後4時から、京都四條南座で「喜劇 道頓堀ものがたり」を観る。三田純市の小説『道頓堀』を原作とする作品。脚本:宮永雄平、演出:浅香哲哉。主演:藤山直美。出演:喜多村緑郎、河合雪之丞、松村雄基、鈴木杏樹、石倉三郎、春本由香、辻本祐樹、三林京子、大津峯子、林与一ほか。セリフらしいセリフを貰えていない役ではあるが、吉本新喜劇の「横顔新幹線」こと伊賀健二や京都の小演劇界で活躍している岡嶋秀昭なども出演している。

道頓堀に大阪松竹座を持っている松竹であるが、今回は南座新開場記念として敢えて京都で上演される。藤山直美は藤山寛美の娘ということで大阪のイメージが強いが、実は京都女子高校出身であり、京都に縁のある人である。

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「喜劇 道頓堀ものがたり」は平成12年11月に大阪松竹座で初演された作品で、道頓堀五座と呼ばれた5つの劇場(中座、浪花座、朝日座、角座、弁天座)が建ち並び、日本屈指の演劇街であった時代の道頓堀を描いている。道頓堀五座のうち、現在も稼働している劇場は実は一つもない。最も権威のあった中座もすでに解体され、跡地には中座くいだおれビル(現在は、くいだおれ太郎はここにいる)が建ち、地下に演劇も上演できる2つのライブハウスを持っているが、昔ながらの芝居が上演されることはまずない。角座は戦災で焼失した後に映画館になったり演芸場として生まれ変わったりしていたが、今は場所も移転し、道頓堀の劇場ではなくなっている。

松竹の芝居ということで、創設者の一人である白井松次郎が登場。松村雄基を配して(実は初演時の白井松次郎を演じていたのも松村だという)やたらと男前に描かれている。

 

歌舞伎から喜劇に転じることになる尾野川菊之助(喜多村緑郎)を妻として支えることになるお徳(藤山直美)が主人公。お徳は父に先立たれたため奈良から大阪に出てきたのだが、道頓堀で芝居に目がくらんでしまって通い詰めているうちに金がなくなり、芝右衛門狸のようにアオタ(芝居のただ見)を行って劇場から叩き出される。その場にいた芝居茶屋・菊濱の女将である菊乃(三林京子)に「そんなに芝居が好きなら」ということで、お茶子として引き取られることになったお徳は、実は最も好きな役者である菊之助が生まれ育ったのがここ菊濱と知り、菊之助に出会うと卒倒するほどに喜ぶ。
その菊之助であるが、華があり人気もあって将来の尾野川一座の看板となる資質十分なのだが、先代の型に従わず、独自の演技をしてしまうため、周囲からの評判が悪い。そこで師匠である尾野川延十郎(林与一)によって弟分である女形の尾野川あやめ(女形の場合は弟分でいいのだろうか? 演じるのは河合雪之丞)と共に喜劇劇団に移籍させられることになる。当初は見捨てられたと感じ、一日も早く歌舞伎に復帰することを願う菊之助だったが……。

 

人情芝居であり、難しい部分も特にない。実話も絡めた庶民向けの話であり、大阪や道頓堀に通い慣れている人にはとても面白く感じられるだろう。喜多村緑郎、河合雪之丞、林与一といった歌舞伎畑出身の俳優による「恋飛脚大和往来」より“封印切の場”や「瞼の母」の稽古シーンなどが劇中劇として入っているのも芝居好きには一粒で二度美味しいといったところだ。

基本的に藤山直美のキャラで持たせている芝居であるが、他の役者も好演。尾上松助の娘で尾上松也の妹である春本由香は生まれつきなのか環境の方が大きいのかは分からないが華があり、演技のセンスも高い。実は関西出身である鈴木杏樹は慣れた感じの大阪弁による台詞回しが魅力的であった。

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2019年9月26日 (木)

観劇感想精選(319) 京都四條南座 九月花形歌舞伎 通し狂言「東海道四谷怪談」

2019年9月12日 京都四條南座にて観劇

午後4時30分から、京都四條南座で九月花形歌舞伎 通し狂言「東海道四谷怪談」を観る。四世鶴屋南北の作。今回は坂東玉三郎監修での上演である。通常は1日に1回上演の「東海道四谷怪談」を昼夜と上演するために約1時間ほどのカットを入れての上演であり、三角屋敷の場は丸々端折られていて、片岡亀蔵が語りで済ませるということで、評判が良くないようである。ただ、三角屋敷の場を語りにしたということには、実は仕掛けがあり、かなりの効果を上げていた。そのことは一番最後に記す。
出演:片岡愛之助、中村七之助、市川中車、中村壱太郎、片岡千次郎、中村歌女之丞、中村鶴松、中村勘之丞、片岡亀蔵、中村山右衛門、市村萬次郎ほか。

歌舞伎に詳しくない人にも名前や大筋は知られている「東海道四谷怪談」。何度も映画化されており、スピンオフ的な作品である「嗤う伊右衛門」(京極夏彦の小説を蜷川幸雄が監督して映画化)なども生まれている。歌舞伎の代表的演目の一つである。
ただ、関西で「東海道四谷怪談」が上演されるには実に26年ぶりのこと。21世紀に入ってからは初ということになる。やはり江戸が舞台ということで、東京で上演されることが多いのだろう。

元々は「東海道四谷怪談」は、「忠臣蔵」の外伝として生まれたもので、登場人物は塩冶判官(浅野内匠頭がモデル)か高師直(高家筆頭の吉良上野介を暗に示している)のどちらかの家来筋である。塩冶判官の元家臣はお取り潰しということでその日暮らしの浪人生活。浪人となった民谷伊右衛門も傘貼りの内職をしている。一方、高師直はおとがめなしということで、家臣もそのまま裕福な暮らしを続けている。

今回は、中村七之助が、お岩、小仏小平、佐藤与茂七の三役を演じ分けるのが見所である。お岩役の時はだんまりの場面も引き込む力があり、狂乱の場や提灯くぐり、仏壇返しなども迫力十分である。一方、2つの立役の方は今ひとつ。ただ立役をやる時は声が父親によく似ている。先に兄である勘九郎の声が父親に似始めたが、七之助もそれを追っている。「血は争えない」。

出演者の中で一番良かったのは、お岩の妹であるお袖と小平の女房であるお花の二役を演じた中村壱太郎(かずたろう)。可憐な見た目と愛らしさを感じさせる仕草で、若手ナンバーワン女形の実力を存分に示した。今すぐにでもお岩役も出来そうである。

民谷伊右衛門役の片岡愛之助は場面によってムラがあるように感じた。愛之助の資質なのだが重さに欠ける嫌いがある。伊右衛門の苦みや虚無感が出にくいのだ。

市川中車も、以前に南座で観た時よりはかなり良くなっていると思うが、やはり猿翁の息子ではあっても梨園で育ってはいないため、限界はあるのだと思われる。直助(のちに権兵衛)役なのでまだ見られるが、伊右衛門がやれるかといったらまず無理だろう。現代劇としての「東海道四谷怪談」や映画での伊右衛門役なら可能だろうが、キャリア豊かな俳優を従えて歌舞伎で伊右衛門をやるとなったら、仮に話があったとしても周りが止めるはずである。

客席はほぼ満員で、若い女性や外国人の姿も目立つ。興行としてはまず成功である。
ただ、出演者の技量やカットがあるということも含めて、人間の業の描写や心理劇の要素は後退し、ショー的にはなっていた。良くも悪くもあるのだが。
歌舞伎も昭和後期の芸術至上路線によって客足が遠のき、平成期にはその揺り戻しで見世物小屋時代の歌舞伎の復権が盛んに唱えられ、七之助の父親である中村勘三郎が始めた平成中村座などはその最たるものだったが、令和に入った今もその路線は継承されるようである。

さて、カットされた三角屋敷の場であるが、舞台番助三を演じる片岡亀蔵はあらすじをひとしきり語った後で、「『東海道四谷怪談』が演じられる時には、お岩さんが必ず客席にお出でになっていると申します。お岩さん、ご着席でございます」という言葉で締める。これが観客の記憶に残るため、客席3階席や2階席通路にお岩さんが実際に現れると、若い女性が「キャーキャー!」と悲鳴を上げるというお化け屋敷状態になるのである。潜在意識の効果、玉三郎の思うつぼである。三角屋敷の場の因縁を見せて観客を引き込むよりも直接的に巻き込むことを優先させたわけで、古典歌舞伎的かつ現代歌舞伎的であるように思われる。

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2019年6月28日 (金)

これまでに観た映画より(127) シネマ歌舞伎 坂東玉三郎 「鷺娘」&「日高川入相花王(ひだかがわいりあいざくら)」

2019年6月25日 MOVIX京都にて

MOVIX京都で、シネマ歌舞伎「鷺娘」&「日高川入相花王(ひだかがわいりあいざくら)」を観る。坂東玉三郎が異形の者を演じる2作の上映。
約1時間10分、1100円の特別料金での上映である。

先に「日高川入相花王」が上映される。文楽でお馴染みの作品の歌舞伎化(義太夫狂言)ということで人形振りで上演されている。清姫を演じるのが坂東玉三郎、人形遣いに尾上菊之助、船頭に扮するのが板東薪車(その後、無断で現代劇に出演したため破門。市川海老蔵に拾われて、現在は四代目市川九團次を名乗る)。

人形振りということで、通常の舞踊よりは動く範囲が狭まるのだが、枠がある中で目一杯動くという、適度な抑制の美が感じられる。玉三郎も薪車も人形を模した動きを巧みに表す。付け眉毛が動いたりする人形浄瑠璃ならではの仕掛けも再現されており、面をつけての表情の変化なども面白い。
憤怒の表情で舞う復讐の物語であるが、根底にはわかり合えない悲しみが流れているように思われる。

 

「鷺娘」。上演時に「絶品」と称された舞である。雪の中に現れた鷺の精の舞。衣装を次々と替える華やかさもあるが、最後には息絶えるという悲劇であり、やはり根底には悲しみがある。
吹雪の中で海老反りになるシーンなどは絵画的にも美しいが、終始晴れない表情をしている玉三郎の表情や異形であることを表す仕草などが、日本的な美質と哀感の本質を突いているように思える。

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2019年5月13日 (月)

観劇感想精選(300) 大阪松竹座「七月大歌舞伎」2014昼の部 「天保遊侠録」「女夫狐」「菅原伝授手習鑑」より寺子屋

2014年7月21日 道頓堀の大阪松竹座にて観劇

午前11時から、道頓堀にある大阪松竹座で、「七月大歌舞伎」昼の部を観る。演目は、『天保遊侠録』、『女夫狐』、『菅原伝授手習鑑』より「寺子屋」。ちなみに夜の部も魅力的な演目が揃っているが、今年は観る予定はない。


『天保遊侠録』は、勝海舟の父親である勝小吉(正式な通称は勝左右衛門太郎。演じるは中村橋之助)が主人公である。小吉は男谷信友を生んだ男谷家の出であるが妾腹の生まれであるため、小身の御家人である勝家の養子となるが、学問嫌いで遊び好き。牢にも二度入ったことがあり、役にも就かないでいたが、長男の麟太郎(のちの勝海舟)が神童の誉れ高いというので、金子の用意のために御番入りをしようと思い、小普請方支配頭の大久保上総介(片岡市蔵)や鉄砲組添え番の井上角兵衛(嵐橘三郎)らに取り入るべく、宴席に招こうとしている。小吉の甥の松坂庄之助(中村国生)も宴会の準備を手伝っているのだが、二人とも遊び人であったため、こうした正式な場での振る舞い方がわからない。
井上が芸者・八重次(片岡孝太郎)を連れて宴会の行われる料亭にやって来る。だが、八重次は小吉と昔馴染みであったが小吉が牢に入ったのを知らず、捨てられたと勘違いしたままであるため、小吉を見るや、憎しみが募ってすぐにその場を立ち去ってしまう。

八重次の妹分の芸者である茶良吉(中村児太郎)が、八重次に言付けを頼まれてやって来る。小吉が宴の主催者では今日の宴席には上がれないというのだ。仕方なく小吉は宴会の主催者を降りることにし、衣服を改めるために奥へと引っ込む。

小吉が奥に引っ込んでいる間に、麟太郎(子役が演じている)が現れる。麟太郎は、小吉に似ず利発であり、小吉の境遇のみならず世の中の状況を子供ながらに良く見抜いていた。

麟太郎が風呂に入り、着替えるために離れへと入っていったところに、小吉が戻って来て、丁度、その場にやって来た八重次と鉢合わせ、口論になる。と、離れの二階窓が開き、麟太郎が顔を覗かせる。麟太郎は聡明ぶりを発揮。八重次も感心し、麟太郎のためになるのならと、宴席に出ることを承知する。

やがて、大久保上総介や井上角兵衛が料亭に入ってくる。しかし、こういった場に慣れていない小吉や庄之助は至らぬことばかりで、大久保らを怒らせてしまい……

主役の勝小吉を演じる中村橋之助が二度、セリフを噛んでしまうという瑕疵があったが、全体としては優れた舞台になっていたと思う。


『女夫狐』は、『義経千本桜』から「川連法眼の館」、通称「四の切り」のリメイクであり、内容はほぼ同じであるが、主君は源九郎判官義経ではなく、楠木正成の子、楠帯刀正行(くすのきたてわきまさつら)である。

鼓の皮にされた狐の子供がやって来て鼓を恋い慕うというあらすじは同じであり、塚本狐が化けた又五郎(中村翫雀)と千枝狐が化けた弁内侍(中村扇雀)が楠正行(尾上菊之助)の下にやって来て、正行の持つ鼓を所望する。弁内侍は正行の恋人であったが、今はこの世の人ではない。不審がる正行は、弁内侍に宮中の行事をそらんじてみろというが、弁内侍はこともなげに舞ながら挙げてみせる。
楠正行は、弁内侍が生きていたのかと驚き、正行と女夫の契りを交わしたいという弁内侍の申し出を快諾する。又五郎は喜びの舞を演じて見せるが、雪の上の足跡が人間ではなく狐のものであることに正行が気付くと、正体を現し、正行の鼓の皮は自分達の親狐のものなのだと打ち明ける。「四の切り」同様、早替え、欄干渡り、独特の節を持つ狐言葉での語りなどが行われる。

弁内侍こと千枝狐を演じた中村扇雀の舞や立ち居振る舞いは実に妖艶。中村翫雀の面を次々に変えるユーモラスな舞も良かった。


『菅原伝習手習鑑』より「寺子屋」。子役が沢山出てくる。舞台はその名の通り、武部源蔵(中村橋之助)が営む寺子屋である。子役が多い中に大人の役者が子供役として混じっている。中村国生演じる与太郎である。菅丞相(菅原道真)の子である菅秀才(子役が演じている)が与太郎をたしなめる。武部源蔵は菅丞相の元家臣であり、そのため菅丞相の子である菅秀才を預かっている。

ところが、菅丞相を太宰府へと追いやった時平公(藤原時平)の家臣が、菅秀才を討つよう源蔵に命じたのである。源蔵は秀才を討つことは絶対に出来ない。だが、身代わりになる子供を探すのも気が引ける。しかも、自身の寺子屋に通うものはどれも田舎育ちで、公達の子のような品を持ち合わせているものはいない。どうしたものかと寺子屋に帰ったところ、妻の戸浪(尾上菊之助)から新たに寺子屋に入った小太郎(子役が務める)を紹介され、小太郎が見るからに育ちが良さそうであったため、彼ならば菅秀才の身代わりになれると確信する。しかし、だからといって心が晴れるわけではなく、幼い命を奪わねばならない苦しみに夫婦共に沈痛な面持ちである。

そこへ、時平公の家臣である春藤玄蕃(片岡市蔵)と松王丸(片岡仁左衛門)がやって来る。源蔵と戸浪は菅秀才を押し入れの中に隠し、子ども達を寺子屋の奥へと下がらせる。

松王丸は、菅丞相の家臣、白太夫の息子で、菅秀才のことは子供の頃から知っている。そこで、今日は首実検役として訪れたのだった。
時平公の家臣一同は、寺子屋に通う子供の親を連れてきていた。そこで、親に子供を呼ばせ、一人一人顔をあらためることにする。六人出てきたが、誰も彼も山家の顔で、気品のあるものは一人もいない。春藤玄蕃と松王丸は、まだ奥に菅秀才がいるはずだと源蔵夫婦に迫り、源蔵は仕方なく「菅秀才の首を差し出す」と言って奥へ入っていく。寺子が六人出てきたのに、机が七つあるのを見つけた松王丸に、戸浪は菅秀才の机だと告げる。

小太郎の首を菅秀才の首だと言って源蔵は差し出す。首を検めた松王丸は、「菅秀才の首に相違ない」と断言し、病があるということで、早々に退散する。

春藤玄蕃も下がったところで、源蔵夫婦はがっくりと肩を落とし、身を震わせて、「何とか上手くいった」と手を取り合う。
そこへ、千代という女(中村時蔵)がやって来る。千代は小太郎の母であった。源蔵は隙を窺い、千代に斬りつけるが、千代は小太郎の文机で源蔵の刀を受け止め、退ける。そして「南無阿弥陀仏」と書かれた幡と経帷子を取り出す。
門口から、松の枝が投げ入れられる。松の枝に付けられた短冊には「梅は飛び桜は枯るゝ世の中に何とて松のつれなかるらん」という菅丞相の歌が記されていた。そして松王丸が寺子屋の中へ入ってくる。源蔵は「おのれ、幼き命を奪いし者」と松王丸に斬りかかるが、松王丸は刀を交わし、本当のことを話す。白太夫の三人の息子、梅王丸、竹王丸、松王丸は菅丞相の左遷後、それぞれ別々の主君に仕えることとなり、松王丸は不本意ながら時平公の家臣となったが、菅丞相との主従関係を思い出すにつれ心苦しく、病と称して時平公から遠ざかろうとしていた。しかし、時平公から「菅秀才の首を取るまでは隠居は認めない」と言われる。源蔵の気質を知る松王丸は、「源蔵が秀才の首を差し出すことは絶対にない」と思ったが、ならば他の者が犠牲にならねばならないというので、小太郎に白羽の矢を立てたのである。思惑の通りにことは運んだが、千代と松王丸は我が子を身代わりに立てざるを得なかった因果を嘆き、戸浪と源蔵も悲しみに暮れる。
そこへ、園生の前という貴婦人(片岡秀太郎)が寺子屋の前に輿で乗り付けるのだが、彼女が実は……。

歌舞伎の演目の中でも特に感動的といわれる場である。客席のあちこちからすすり泣きが聞こえた。悲劇ではあるが、大和心をくすぐる話であり、秀逸である。笑いの場面も取り入れられていることで、悲しみはいや増しに増す。

橋之助の繊細さと剛胆さを兼ね備えた演技、仁左衛門の善悪両面を巧みに演じ分ける技量に感心した。

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2019年4月30日 (火)

観劇感想精選(298)「伝統芸能の今」2014

2014年5月11日 京都芸術劇場春秋座にて観劇

午後3時30分から京都芸術劇場春秋座で、「伝統芸能の今」2014を観る。「ゴールドリボン+世界の子どもにワクチンを」チャリティー企画である。今回は三代目市川猿之助(現・二代目市川猿翁)に続き、春秋座の二代目芸術監督に就任した四代目市川猿之助によるプログラムである。出演は、市川猿之助の他に、上妻宏光(三味線プレイヤー)、茂山逸平(能楽師狂言方)、亀井広忠(能楽師囃子方)、田中傳次郎(歌舞伎囃子方)ら。

開演前に出演者がホワイエで、パンフレットを売ったり募金を募ったりしている。

まず、上妻宏光による津軽三味線独奏で、「津軽じょんがら節」、上妻の作曲による「紙の舞」(スパニッシュギターからの影響が感じられる曲である)。上妻の津軽三味線であるが、クラシックギター奏者でさえも凌ぐほど左手の動きが大きく、速い。人間の指の動きとは思えないほどに迅速である。
続いて、茂山逸平の舞と上妻宏光、亀井広忠、田中傳次郎によるコラボ奉納舞「三番三(さんばそう)」。茂山逸平の動きは極めてスムースであり、メリハリもくっきりしている。

次は、市川猿之助と上妻宏光、田中傳次郎による舞「空破(くうは)」。猿之助のしなやかな舞を堪能できた。

前半最後は、猿之助が二代目市川亀治郎時代に武田信玄役で出演した大河ドラマ「風林火山」にインスパイアされて、猿之助自身が振付を行った創作舞踊「風林火山」。上妻宏光の津軽三味線生演奏と、オーケストラ演奏の録音による大河ドラマ「風林火山」メインテーマ(作曲は、京都芸術劇場春秋座を持つ京都造形芸術大学の先代の学長だった千住博の実弟・千住明である)に乗せて猿之助が舞う。甲斐武田氏というと騎馬武者軍団が有名であり、荒事を取り入れた勇壮な踊りになるかと予想したが、実際はそれとは正反対のたおやかな舞いであった。

10分の休憩を挟んで、メインの4人によるトーク。福山雅治から贈られた襲名披露記念幕をバックに、会話が行われる。春秋座では、四代目猿之助の芸術監督襲名に当たり、イメージキャラクターを作ろうと企画が立ち上がり、瓜生山学園(京都造形芸術大学+京都芸術デザイン専門学校)の学生が描いたキャラクターの中から事前に11点が選ばれ、観客に投票用紙が配られて、良いと思ったキャラクターに投票して貰い、得票数の多かったキャラクター3つの中から猿之助自身が採用するものを決める。キャラクターというと可愛らしい画が採用されやすいので、造形大のマンガコースの学生が描いたものが多い。

トップ3は、エントリーナンバー1の源九郎狐をキャラクターにしたもの、エントリーナンバー5の鼓に猿の顔を描いたもの、エントリーナンバー10の猿之助が舞う姿をマンガタッチで描いたもの(マンガコースの学生の作品である)であった。
ドラムロール後に猿之助から発表が行われるのであるが、ドラムロールが太鼓によるもので、猿之助は「これじゃお化けだよ」と言う。
選ばれたのは情報デザインコースの女学生二人組の作成によるエントリーナンバー1の源九郎狐をモチーフにしたものであった。人間らしさが一番希薄なキャラクターではあるが、猿之助は「京都には伏見稲荷もあり、これが一番京都らしい」と選定理由を述べた(実際は、京都人の意識としては伏見稲荷はあくまで伏見のもので京都とは別というものも根強いようである)。

邦楽というものは、ミニマルミュージックに近いものがあり、同じ音型が何回も繰り返されるため、演奏する側も舞う側も「どこで終わるんだろう」と勘定を付けるのが難しいという。茂山逸平は笛の音型でどこまで進んだかを把握しているそうだ。上妻宏光は劇伴の経験は少ないが、「三番三」のラスト近くで狂言方が飛び上がる場面があるので、そこから推測しているようである。
ちなみに、チャリティーのために集まった募金額は、初日である昨日が48万円台、今日の第1回目の公演が47万円ちょっとであるが、今日2回目の公演となる今回は26万円程度しか集まっておらず、田中傳次郎は、「あと20万円ぐらい集まらないと、この後、猿之助さん出てきません」と言う(昨日と今日の1回目の公演は、休憩時間と終演後に行われた募金も多いだろうから、この回だけ吝嗇家が集まったというわけではないと思われる)。

後半、歌舞伎と狂言による「石橋(しゃっきょう)」。「石橋」は狂言と歌舞伎の両方であるが、内容は少し違う。今回は前半が茂山逸平による仙人を主人公にした狂言、後半が猿之助による浄土の獅子の舞となる。前半と後半に関連性が余りないが、ストーリーで魅せる作品ではないので特に気にはならない。
天竺から来た仙人(茂山逸平)が、唐の清涼山にある文殊菩薩の浄土の入り口に辿り着く。現世と清涼山の間にあるのが、自然が作り上げた石橋(しゃっきょう)だ。幅は一尺(約30cm)ほどしかなく、橋の上は苔むしていて鳥でさえ滑って留まることは出来ないという。仙人は石橋に挑もうとするが結局諦める。
その後、清涼山に住む獅子(市川猿之助)が現れ、蝶二匹(猿之助の弟子が務める)を従えながら舞う。春秋座は歌舞伎用の劇場なのでセリがあり、今回の「伝統芸能の今」2014ツアーの中で唯一、春秋座でだけ猿之助はセリを使って現れる。「石橋」は「連獅子」のモチーフになった作品だけに、猿之助は首を何度もグルグルと回して観客からの喝采を浴びた(猿之助自身が以前、テレビ番組で話していたことだが、「連獅子」をやると目が回ってしまい、終演後に嘔吐してしまうことも珍しくないという)。

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2019年2月21日 (木)

京都芸術センター「継ぐこと・伝えること62 『享楽×恍恍惚惚』―男舞・女舞―」 中村壱太郎

2019年2月11日 京都芸術センター講堂にて

午後2時から京都芸術センター講堂で、「継ぐこと・伝えること62 『享楽×恍恍惚惚』―男舞・女舞―」を観る。出演は中村壱太郎(かずたろう)。若手を代表する女方(女形)の一人である。

中村壱太郎は、四代目中村鴈治郎の長男である。1990年生まれ。本名は林壱太郎。
中村鴈治郎家は上方の名跡だが、すでに東京に移住しており、壱太郎も東京生まれの東京育ちである。屋号は成駒屋で、私が観た時には、「小成駒!」という声が掛けられてもいた。2014年に、日本舞踊吾妻流の七代目家元、吾妻徳陽(あづま・とくよう)を襲名している。

プログラムは、創作長唄「藤船頌(とうせんしょう)」、レクチャー・ワークショップ「日本舞踊とは」(中村壱太郎&広瀬依子)、休憩を挟んでレクチャー「日本舞踊の音楽について」(中村壱太郎&中村壽鶴)、長唄「島の千歳」


創作長唄「藤船頌」。歌詞は事前に観客に配られている。唄:杵屋禄三、今藤小希郎。三味線:杵屋勝七郎、今藤長三朗。立鼓:中村壽鶴。笛:藤舎伝三。
主人公はお公家さんだそうである。春の海辺を謳ったもので、藤の紫と海の青が一体となって賛嘆される。

壱太郎は、紋付き袴で登場。強靱な下半身に支えられていると思われるブレのない舞踊を行う。西洋の舞踊は体を大きく見せる方向に行きがちだが、日本舞踊は両手や体を最短距離で動かす無駄のない動きが特徴的であり、好対照である。
扇には表に墨絵の藤、裏に波の絵が描かれている。藤が墨絵なのは、彩色すると「女っぽく見えてしまうから」「藤が面に出過ぎるから」という2つの理由があるらしい。


元「上方芸能」誌の編集長、広瀬依子を進行役としたレクチャー・ワークショップ「日本舞踊とは」。壱太郎は私物だというMacのノートパソコンを使ってスライドを投影し、解説を行う。

まずは歌舞伎の歴史から解説。出雲阿国の阿国歌舞伎から若衆歌舞伎を経て、現在まで続く野郎歌舞伎に至るまでの歴史が簡単に解説される。
歌舞伎の元祖は出雲阿国による阿国歌舞伎で、これは舞踊である。女性が男装をした舞うものだったのだが、「風紀が乱れる」ということで廃止になり、若衆歌舞伎へと移行する。若衆歌舞伎は、壱太郎曰く「ジャニーズ系」のようなもので、「美しいものを見たいが、女性は駄目となると未成年の男性」に目が行くということだったのだが、この時代は同性愛は一般的なことであるため、やはり風紀上よろしくないとのことで禁止され、「成人男性によるちゃんとしたお芝居なら良い」ということで野郎歌舞伎が生まれる。
歌舞伎は江戸の歌舞伎と上方の歌舞伎に分かれるが、江戸が英雄を登場させてポーズで見せるという外連を重視するのに対し、上方歌舞伎は庶民が主人公で日常を主舞台にするという違いがある。

日本舞踊、吾妻流についても解説が行われる。吾妻流は日舞の中では傍系で、元々は女性の歌舞伎踊りとして始まり、現在も門人の99%は女性だそうだ。ただ、その家元となった壱太郎(=吾妻徳陽)が男性ということで複雑なことになっているらしい。
吾妻流は、江戸時代中期に始まっているがいったん途絶えている。再興されたのは昭和に入ってからで、十五代目市村羽左衛門の娘である藤間春枝が吾妻春枝として興したのだが、十五代目市村羽左衛門の実父は白人とされており、壱太郎にも白人の血が流れているかも知れないというロマンがあるそうである。
壱太郎の大叔父に当たる五代目中村富十郎が吾妻徳隆(とくりゅう)を名乗っており、壱太郎の舞踊名も漢字が似たようなものをということで、徳陽になったそうだ。舞踊名にはもう一つ候補があって、壱太郎が慶應義塾出身ということで、「徳応ではどうか」というものだったのだが、壱太郎は「徳応だと偉そうな感じがする」というので徳陽に決まったそうだ。
「陽」の字はご年配の方の名前には余りつかないということで若々しさも感じられる良い名前だと思う。

その後、韓国で収録されたという壱太郎による舞踊「鷺娘」の映像がスクリーンに投影される。女方にとって映像、それも4Kを超えて8Kとなると女ではないことがはっきりわかるので困ったことになってしまうそうだ。
「鷺娘」は衣装の早替えがあるのだが、海外で上演すると拍手が貰えないという。「Wow!」という驚嘆の反応になってしまうそうだ。
女方の理想は、「女になり切って演じるのではなく、女らしさを追求する」というもので、「矛盾した」難しいものである。女らしさを演じるために腰を落とした上で良い姿勢を保つことが肝要なようである。女らしい仕草をするために常に内股であることを心がけてもいるそうだ。


休憩後、立鼓の中村壽鶴と壱太郎によるレクチャー「日本舞踊の音楽について」。壽鶴は鼓をばらしてみせる。普段はばらした形で持ち歩いているそうだ。
鼓の皮は何の皮を使っているかということがクイズ形式で観客に出され、壱太郎が、「土日の新聞をチェックしている人はわかるかも知れません」とヒントを出し、壽鶴も「淀駅に行く方はわかるかも知れません」と続ける。淀駅は京都競馬場の最寄り駅である。ということで正解は馬の皮。往時は馬が最も身近な動物だったようである。ちなみに今日、壽鶴が持っている鼓の胴は江戸時代製、皮の部分は安土桃山時代に作られたもので、かなりの値打ちもののようだ。
鼓は乾燥すると音が高くなるため、息を吹きかけて湿らせ、音を調整するそうである。


長唄「島の千歳」。唄は杵屋禄三と今藤小希郎、三味線が杵屋勝七郎と今藤長三朗、立鼓が中村壽鶴である。
白拍子を主人公とした女舞。白拍子に見せるため、壱太郎は長絹を纏っての登場である。
白拍子も阿国歌舞伎同様、男装した女性が舞を行うものだが、男性である壱太郎が男装した女性を演じるということで、幾重にも転倒した状況を生んでいる。抒情と艶を二つながら生かした典雅で妖しい舞となる。



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2018年12月11日 (火)

観劇感想精選(273) 「南座発祥四百年 南座新開場記念 白井松次郎 大谷竹次郎追善 當る亥歳 吉例顔見世興行 東西合同大歌舞伎」夜の部

2018年12月4日 京都四條南座にて観劇

午後4時50分から、京都四條南座で、「南座発祥四百年 南座新開場記念 白井松次郎 大谷竹次郎追善 當る亥歳 吉例顔見世興行 東西合同大歌舞伎」夜の部を観る。

演目は、「義経千本桜」より“木の実”“小金吾討死”“すし屋”、「面かぶり」、「弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ」“浜松屋見世先”より“稲瀬川勢揃い”まで、「三社祭」


「義経千本桜」より“木の実”“小金吾討死”“すし屋”は、「いがみの権太」として知られる作品である。“すし屋”が最も有名で且つ上演時間も長いため単独で上演されることも多いが、今回は3つの場が上演される。

まず“木の実”。壇ノ浦で討死したと思われていた三位中将維盛が生きており、吉野山に潜んでいるという設定である。
維盛の御台所である若葉の内侍(片岡孝太郎)と維盛の家来である主馬(しゅめの)小金吾(片岡千之助)が維盛の幼い子を連れて大和国下市村にやって来る。維盛の行方を尋ねに来たのだ。
峠の茶屋の女房・小せん(片岡秀太郎)が出掛ける間、若葉の内侍一行は木の実拾いに興じている。
そこに通りかかった権太(片岡仁左衛門)は、石を投げて木の実を次々に落としていく。そうして立ち去る権太だったが、実は小金吾の荷物と自分の荷物をわざと入れ替える。
荷物が自分のものではないと気づいた小金吾は、権太が盗人だと思うが、そこに権太が戻ってくる。荷物を間違えたと言って取り替える権太であったが、自分が行李に入れておいた20両がなくなったと騒ぎ始め、小金吾に金を返せと詰め寄る。

いがみの権太には、江戸の演出法と上方の演出法とがあるそうだが、今回は片岡仁左衛門の権太ということで、上方の演出となる。語り口調も上方言葉であり、江戸の粋(いき)よりも上方の粋(すい)が強く感じられる。ちなみに上方では権太の悪党ぶりを強調するようだ。

“小金吾討死”は、その名の通り小金吾の討死がだんまりを交えて演じられ、ラストで弥左衛門(市川左團次)が登場する。

“すし屋”は、吉野の釣瓶鮓屋の一杯飾りで演じられる。鮓屋の看板娘であるお里(中村扇雀)は、下男の弥助(市川時蔵)と祝言を挙げることが決まっている。弥助はお里を目上として扱うが、実はその正体は平維盛。お里の父親である弥左衛門は維盛の父親である小松内府平重盛に恩があり、維盛を下男と偽って匿っていたのだ。お里はそのことを知らない。
やがて、お里に兄である権太が帰ってくるのだが……。

寿司桶の取り違えが見せ場となり、前半は喜劇路線なのだが、ラストで心を入れ替えた権太の忠義話となる。
お里を演じる扇雀が実に可愛らしい。リアリズムで考えるとおかしなところが多々あるのだが、作品の魅力の前にはリアリズムなどはただのでくの坊である。


「面かぶり」。中村鴈治郎による長唄舞踊である。初演は明和4年(1767) に江戸の市村座で行われている。名刀鬼切丸の精霊が踊る様を描いたもの。
衣装や仕掛けが鮮やかであり、強靱な足腰を感じさせる鴈治郎の舞も一つ一つが決まっている。


「弁天娘女男白浪」。「青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)」(「白浪五人男」)の“浜松屋見世先”と“稲瀬川勢揃い”のみを上演する場合はこの名になるという。

“浜松屋見世先”。鎌倉雪の下にある呉服屋・浜松屋の見世先が舞台。二階堂家家臣・早瀬主水の娘(片岡愛之助)が四十八(市川右團次)に連れられて浜松屋にやって来る。娘と四十八が去ろうとした時に浜松屋の番頭である与九郎(中村梅蔵)が娘の万引きを見とがめる。番頭は娘の額を算盤でしたたかに打ち付けて傷を負わせるのだが、娘が万引きしたと思われた布は実は山形屋という店で買ったものだった。結局、弁償ということになる。だが実は娘の正体は白浪・弁天小僧菊之助、四十八は同じく南郷力丸であった。そこへ店の奥から二階堂家家臣を名乗る玉島逸当なる人物(中村芝翫)が現れ、二人を白浪と見抜くのだが……。

歌舞伎の演目の中で最も有名なセリフの一つである「知らざあ言って聞かせやしょう」が出てくるのがこの“浜松屋見世先”である。元々は尾上菊之助のために書かれたセリフであり、弁天小僧菊之助の名は尾上菊之助に掛けたもの。その他にも、「寺島」(尾上菊之助の本名)、「音羽屋」(尾上菊之助の屋号)がセリフに登場する。愛之助の「知らざあ言って聞かせやしょう」は義太夫節の影響の薄い、自然なもの。やはり江戸と上方の俳優とでは異なるのであろう。
ちなみに、中村梅蔵が、「南座の顔見世が初日から満員御礼続き」というネタをやる時に愛之助の屋号を何故か「高嶋屋」と言い間違えていた(最初は自身の屋号である「高砂屋」と言おうとして嶋だけ戻したのだが間に合わず)。本職でも屋号を言い間違えることはあるようだ。

“稲瀬川勢揃い”はその名の通り、白浪五人男(中村芝翫演じる日本駄右衛門、片岡愛之助演じる弁天小僧菊之助、中村鴈治郎演じる忠信利平、片岡孝太郎演じる赤星十三郎、市川右團次演じる南郷力丸)が「志ら浪」と書かれた傘を持ったいなせな格好で勢揃いし、捕り方の前で掛詞を使った名乗りを上げるというものである。それだけで歌舞伎として実に絵になる演目である。


「三社祭」は、若手の中村鷹之資(たかのすけ)と片岡千之助による歌舞伎舞踊。
若い二人の持つエネルギーがはち切れんばかりに躍動する。一方で、若さが余って軸がぶれることもあるが、今日最後の演目としては二人の持つ力強さは好ましく思われた。


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2018年11月21日 (水)

観劇感想精選(268) 南座発祥四百年 南座新開場記念 當る亥歳「吉例 顔見世興行 東西合同大歌舞伎 二代目松本白鸚 十代目松本幸四郎 八代目市川染五郎襲名披露」夜の部

2018年11月11日 京都四條南座にて観劇

午後4時30分から、新装なった京都四條南座で、南座發祥四百年新開場記念「當る亥歳 吉例顔見世興行 東西合同大歌舞伎 二代目松本白鸚 十代目松本幸四郎 八代目市川染五郎襲名披露」夜の部を観る。

耐震対策工事のため閉鎖されていた南座の新規オープン公演であり、今年は特別に2ヶ月続けて顔見世公演が行われる。11月の顔見世は、高麗屋3代の襲名披露公演でもある。

工事を終えてから初めて入る南座であるが、内装はいうほど変化はなし。椅子は替えたようだが、いうほど大きくなっておらず、少なくとも3階席は前後の座席間も詰まったままで、エコノミークラス症候群を避けるために幕間に歩いて血の巡りを良くする必要がある。
トイレはかなり綺麗になったが、それ以外は余り代わり映えしておらず、幕間には「がっかり」という声も聞こえてきた。「特別席も悪くなった」という話をしている人もいる。


演目は、「寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)」、「勧進帳」、「雁(かり)のたより」。「寿曽我対面」と「勧進帳」の間に、高麗屋3代の襲名披露口上が設けられている。


「寿曽我対面」。江戸歌舞伎では、毎年正月に曽我狂言を行っていたことから選ばれた縁起の良い演目(寿狂言)である。纏めたのは河竹黙阿弥。
出演は、片岡仁左衛門(松嶋屋)、片岡孝太郎(松嶋屋)、片岡愛之助(松嶋屋)、上村吉弥(美吉屋)、中村壱太郎(かずたろう。成駒屋)、中村亀鶴(八幡屋)、澤村宗之助(紀伊国屋)、片岡秀太郎(松嶋屋)ほか。

工藤左衛門祐経(仁左衛門)の屋敷が舞台ということで、工藤氏の定紋として知られる庵木工の家紋が背景の金箔の中に鏤められている。
源頼朝に味方して出世と遂げた工藤祐経に館に、宿敵だった河津三郎祐康の子である曽我十郎祐成(孝太郎)と曽我五郎時致(愛之助)の兄弟が対面を願い出てくる。

時致に扮した愛之助がかなりの外連を用いているのが印象的である。先日、びわ湖ホールで観た時とは違い、祝祭の場であるということを意識しているのだろう。


高麗屋3代による襲名披露口上。坂田藤十郎(山城屋)と片岡仁左衛門が引き立てを行う。
松本白鸚は2代目であるが、初代は南座の舞台に立ったことはなく、「松本白鸚」のまねきが上がるのは、今回が史上初となるそうである。
2代目白鸚は、67年前に南座でフィルムに収めるための上演に参加したそうだが、「流石にその時の演目を観たことがあるという方はこの場にいらっしゃらないと思います」と述べる。
松本幸四郎に関しては、仁左衛門が6年前の奈落墜落事故からの復活を称える紹介を行った。
市川染五郎は14歳ということで中学生なのだが、幸四郎が「学校を1ヶ月休んだ」ことを明かし、染五郎は、「(この後の『勧進帳』の義経役を)人生最大の緊張で」誠心誠意演じることを誓った。


「勧進帳」。歌舞伎の演目の中で一二を争う有名作である。
出演は、松本幸四郎(高麗屋)、市川染五郎(高麗屋)、大谷友右衛門(明石屋)、高麗蔵(高麗屋)、澤村宗之助、松本錦吾(高麗屋)、松本白鸚(高麗屋)。

加賀国安宅の関を舞台に、関守である富樫左衛門(白鸚)と東大寺大仏再興のための勧進を行う山伏に扮した武蔵坊弁慶(幸四郎)の丁々発止のやり取りが見物である。
すでに源義経(染五郎)と弁慶らの一行が山伏に扮しているという情報を富樫は得ており、何人もの山伏が処刑されている。
弁慶らが現れた時点で、富樫は怪しいと睨んでいるはずだが、弁慶の振る舞いの見事さに打たれて通すことに決める。
剛の者である弁慶と戦の天才義経をもってすれば、関を押し通ることも可能なはずで、それが武士の本道なのだが、その場合は鎌倉方に北陸路を行っているという情報が漏れてしまうため、技芸を持って堂々と通るという、ある意味、歌舞伎役者の姿そのものを描いている筋立てとなっている。弁慶は比叡山で修行したこともあるため、白紙の勧進帳読み上げや、山伏の装束や仏法に関する知識もあり、その場での思いつきではなく積み上げてきたものを披露しているという点でも伝統芸能的である。

染五郎は若いということもあり、役が体に染み込んでいない。14歳で大当たりを取ったら史上最高の天才レベルなので、これはこれで良い。
幸四郎の弁慶も「見事」と言える水準ではあるのだが、父親に比べるとまだまだである。白鸚の富樫は「見られるだけで嬉しい」類いのものである。


「雁のたより」。上方狂言である。出演は、中村鴈治郎(成駒屋)、中村亀鶴、中村壱太郎、片岡秀太郎、中村寿治郎(成駒屋)、松本幸四郎、片岡市蔵(松嶋屋)ほか。

有馬温泉が舞台である。さる大名の若殿である前野佐司馬(亀鶴)は、元新橋の傾城で今は側室としている司(壱太郎)を伴っているのだが、司は佐司馬につれない態度を取る。佐司馬は、司に「気に入った者に盃を差すよう」言うのだが、司は裏町にある髪結の三二五郎七(鴈治郎)に盃を与えたいと言い出し……。

三二五郎七の一人語りが役者の腕の見せ所である。一人語りは現代劇では「リアルでない」として避けられる傾向にあるのだが、伝統芸能の一場で役者が魅せるものと考えれば悪くはない。
ラストはとってつけたようなもので、これまでの過程から考えても不自然に思われるのだが、「理屈となんとかはどこにでもつく」ため、それも三二五郎七の演技の一つだったと考えることも出来る。あくまで「出来る」であって、現代人の目にはご都合主義に映るのは確かである。
面白いのはむしろ、鴈治郎と幸四郎のやり取りで、互いを贔屓の役者として褒め合うシーンなどは存分に笑うことが出来る。

夜の部は演目的はさほど魅力的ではなかったといえるだろう。勿論、役者は粒ぞろいなので、そこは見応え十分である。



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