カテゴリー「大河ドラマ」の28件の記事

2026年1月 2日 (金)

初詣に行ってきました

今年はまず寺院から。京都御苑や革堂の近くにある真宗大谷派小野山浄慶寺。

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本尊である阿弥陀如来の前で礼拝した後、お屠蘇とお抹茶を頂き、住職と新年の挨拶と会話を。様々なことが話題になりましたが、最後はAIの脅威で締められました。

 

その後、神宮丸太町駅から京阪電車で七条へ。東山七条にある豊国神社に参拝。京阪七条駅から豊国神社に向かう間に小雪が舞う。大河ドラマ「豊臣兄弟!」の影響で賑わっているのではないかと思われましたが、余り人はいませんでした。ただ初めて参拝した2023年の元日にはほとんど誰もいませんでしたので、これでも知名度は上がっている方だと思います。遅い時間だったので参拝客が少なかったのでしょう。

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参拝者はGoogleマジックで消しています。

 

高台院(北政所、お寧、寧々、寧)を祀る摂社の貞照神社(さだてるじんじゃ)にも参拝。「豊臣兄弟!」では、寧々の名で浜辺美波が高台院を演じます。

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肝心の「豊臣兄弟!」のポスターは日の反射で上手く撮れませんでした。

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2025年12月 4日 (木)

これまでに観た映画より(415) 「アクターズ・ショート・フィルム」シーズン2

2025年12月2日

アクターズ・ショート・フィルム シーズン2 エピソード1「いくえにも。」とエピソード2「物語」を観る。俳優が監督としてショートフィルムを制作するという試みの第2弾。WOWOWの制作である。

エピソード1「いくえにも。」は、脚本:山咲藍、出演:村上虹郎、平岩紙、見上愛、奥田洋平、黒沢あすか他。監督:青柳翔。

少年が線路沿い(総武快速線もしくは横須賀線沿いに見える)の電話ボックスに入るシーンから始まるが基本的には家族ものである。
阿部家では、毎週土曜日は一人暮らしをしている長男のシュウヘイ(村上虹郎)を呼んで家族4人で食事をすることにしている。朝食のテーブルについた4人。長女のナツミ(見上愛)は高校の制服を着ているが、土曜日でも学校に通う用事があるのかも知れない。ただ、結局、学校に行くことはない。
ナツミは肉を抜くダイエットを始め、シュウヘイは唐揚げが好きなので妹の分も食べる。
そんなところに、引っ越してきたお隣さんのフジノ(黒沢あすか)がやって来て、犬が……。

食事を始めたときは朝食だったのに、お隣のフジノがいる間に外は暗くなり、夕食となっている。そんなに長くいたのか?
シュウヘイがトイレの中で嘔吐する音が大きすぎるのが問題点。あんなに音が大きく漏れるトイレはもはや欠陥品である。

シュウヘイが自身のアイデンティティーを疑う展開があるが、基本的には食事をしているのがメインの話で、物語らしきものは見当たらない。
二世タレントとしては最も有名な一人である村上虹郎は、外見に似合う演技を見せている。
この時点では無名だったと思われる見上愛だが、大河ドラマ「光る君へ」で、中宮彰子(劇中での読み方は「あきこ」。実は「あきこ」と読む人が数人いた)に抜擢されて注目を浴び、次期朝ドラのWヒロインの一人をオファーで勝ち取っている。自然体の演技を行っているが、これだけでは女優としての資質は分からない。
平岩紙はおそらく主婦役だと思うが(旦那の職業は不明だが、一軒家に住んでいるので、少なくともそれなりの企業で良い地位にいると思われる。シュウヘイはホームセンターの倉庫係と、今ひとつパッとしない職業についた。正社員なのかどうかも不明)は、現実の彼女の年齢よりも若い女性を演じていると思われる。

エピソード2「物語」。出演:琉花、奥平大兼、玉城ティナ、はやしだみき他。脚本・監督:玉城ティナ

若い女性(琉花)が人混みの中でイヤホンを付ける。
彼女は白い部屋の中で寝たきりの男性、ユウヤに自身のことを話し続ける。彼女の職業が女優で、オーディションに落ちまくっていることが分かる。よそで聞いた話によると、男優でも女優でも大抵のオーディションは落ちるらしい。「オーディション荒らし」の異名を取った芳根京子でも落ちたオーディションの方が圧倒的に多いようだ。
とはいえ、オーディションに落ちてばかりでは仕事は出来ない。
彼女は昔、ユウヤがカラオケで歌った尾崎豊の「ダンスホール」を動画で撮影したことがあり、それを視聴して心を癒やしてきた。
見た目は要介護の男性に女性が話しかけているように思われるのだが、女性は部屋を出るとそこは病院のような施設で、女性が何も言わない男性に話しかけることで癒やしを得るセラピー施設のようだ。
新たな女性(玉城ティナ)が来た。ユウヤは、女性に好きなことを言っていいと紙に書いて示す。新たなセラピーが始まる。

7月12日

Amazon Prime Videoで、アクターズ・ショート・フィルム シーズン2エピソード3話「あんた」を観る。脚本・監督・主演:千葉雄大、主演:伊藤沙莉。

バーの雇われ男性ママが仕事を終えた後で小説を書き始める。それは遠い日の自分を題材にしたもののようだ。

仲が良さそうな男女が山にキャンプに来る。男の方(千葉雄大)も女の方(伊藤沙莉)も二人称は「あんた(標準語とは違い、『あ』ではなく『ん』にアクセントが来る)」であり、互いの名前は最後まで分からない。
男と女の親友という感じなのだが、共に未来に不安を感じている。女の方はマンションの22階から飛び降りる気になったことがあるということで希死念慮があり、男の方もまた同様の感情を抱いていた。

二人の関係に変化が起こる。女の方に彼氏が出来て同棲を始めたのだ。男の方は仕事を終えた後、小説を書こうとしているようだが、思うようなものは書けないようである。

女に彼氏が出来たことを男は喜ぶが、単なる親友で男女の関係になることはないと思っていた男が愚痴を言い始め……。

非常に仲が良いが恋人にもパートナーにもなれないし、なる気のない二人の心理劇。二度目のキャンプにおける心理攻防戦が見どころ。基本的に男も女も優しい人であることは分かる。


プライベートでも仲良しという千葉雄大と伊藤沙莉ということで、互いの良さが生かされている。台本はあるはずだが、伊藤沙莉の口癖が入っていたり、口語でしか使わない語順のセリフがあったりするため、かなり即興的に撮られた部分も多そうである。どうやったら自然に見えるかを第一に考えて二人で演技しているということもあり、俳優でない本当の一組の男女のやり取りを見ているかのようだ。
カメラの台数はそれほど多くないが、伊藤沙莉のキュートな丸顔(チャームポイントだと思うのだが、本人はコンプレックスに感じているようで、Instagramなどではビューティー+を使って顔を細くした写真をアップしている)が綺麗に撮られており、千葉雄大が伊藤沙莉のことを人間として大好きであることが察せられる。
線香花火のシーンの伊藤沙莉の子どものような無邪気さも愛らしいが、台本の必用がないシーンなので素でやっていると思われる。

「死んだら殺す」と発言出来る相手と出会う確率はかなり低く、その後はおそらく上手くいかなかったのだろうが、キャンプを楽しんだ日々は思い出として永遠に残るほどの幸せであったのだと思う。

伊藤沙莉は、この作品の演技で、国際短編映画祭 ショートショート フィルムフェスティバル&アジア2022 ジャパン部門のベストアクターアワードを受賞した。

8月22日

アクターズ・ショート・フィルム パート2のエピソード4「ありがとう」を観る。脚本・監督:永山瑛太。主演:役所広司。出演:永山瑛太、橋本マナミ、服部文祥ほか。
地方都市。役所広司はきちんとした格好をしているが勤め人ではないようだ。食事も十分に取らずに店を出る。金銭的にも行き詰まっているようである。
その後、性感マッサージの店に入るが、ここも途中で抜け出す。
コロナ禍で多くの人がマスクをしているが、マスクをせずに大きな咳をしている男が一人。役所広司演じる男は、咳をしている男の車を奪う。黄色のオープンカーで、重厚な役所広司には軽すぎて全く似合っていない。男は、森の森の中に入り、首吊り自殺を試みようとするが、目の前に黄色い服を着た男が一人。それでも男は縊死を試みるが、ネクタイとベルトだけでは弱く、宙づりにすらなれない。たまに幼女や妻らしき姿が目の前に浮かぶ、男は二人を亡くし(もしくは別れ)、生き甲斐を失ったようだ。
役所広司演じる男は、黄色い服を着た男に案内されて山の中の家へ。二人暮らしで猟をして生活しているようだ。
役所広司演じる男は、猟銃を盗み出し、ヘミングウェイのように口内を撃って自殺しようとするが上手くいかず、ならばと腹に銃口を向けてゴッホのように死のうとするがやはり上手くいかない。
男は、都井睦雄になろうとして、商店街まで出て人々に銃口を向けるが、誰からも相手にされず、森へと戻る。娘の思い出の花束を川に流した後で、男は瑛太演じる黄色い服の男から撃たれる。かすり傷のようだ。
上を見れば太陽は輝き、自然は息づいている。「この世には生きるだけの価値がある」と男は思い直したようである。

妻子を失った老年に入ろうとする男の孤独に焦点を当てた作品だが、悲しく見えねばならないはずの妻子の姿がやけに綺麗であるだけに喪失感が薄まっている。何か一つエピソードを入れた方が良くなるはずである。セリフなしだったとしても十分である。
男の持ち金が少ないことは分かるので、失業がきっかけで妻に去られたのかもしれないが、自殺の理由としてはやや弱い。現実社会ではそうしたこともあるのかも知れないが、フィクションなので更なる説得力が要る。説得力がないと観客が置き去りにされてしまう。

最後に、格好悪い役所広司も格好良かった。

11月18日

Amazon Prime Videoで、アクターズ・ショート・フィルム シーズン2パート5「理解される体力」を観る。出演:柳英里紗(やなぎ・えりさ)、三浦貴大ほか。監督:前田敦子。
小さな喫茶店で、パフェを食べながら泣きじゃくる女、キエ(柳恵里紗)と煙草を吸いながらそれを見守るトランスジェンダーの男、ユミ(三浦貴大)。
キエは、旦那に浮気された。家に帰ったら、旦那が新婚旅行の時に買ったカメラで若い女のことを録画していた(多分、「撮影していた」のだと思われる)。これ以上の悲しみはないというので大泣きしていたのである。キエは悲しみが表に見えないタイプで、しかも身の回りで起こった悪いことにのみ記憶がいい。幼稚園児の頃や小学校時代に起きた悪いことを克明に覚えている。最近の研究で、発達障害のある人は悪いことばかり覚えて良いことを忘れてしまう傾向があることが分かっている。同じ失敗を二度としないために悪いことを覚えるのだが、良いことを覚えて悪いことは忘れるという一般人にありがちな傾向とは真逆であり、生きづらさを抱えている。最終的にはユミも同じような傾向があるらしいことが分かる(演技の可能性もあるので断言は出来ない)。
余り広がりのない物語だが、友情についてはよく分かる話になっている。なお、柳英里紗と前田敦子は大親友だそうだ。その関係を置き換えたところがあるのかも知れない。

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2025年10月19日 (日)

コンサートの記(926) トーマス・ダウスゴー指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第591回定期演奏会

2025年9月26日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第591回定期演奏会を聴く。指揮はデンマーク出身のトーマス・ダウスゴー。ということで、全曲、デンマークの国民的作曲家であるカール・ニールセンの作品が並ぶことになった。

デンマーク出身者としては最も有名な指揮者だと思われるトーマス・ダウスゴー。今世紀初頭に、スウェーデン室内管弦楽団を指揮してピリオド・アプローチによる「ベートーヴェン交響曲全集」を制作。「(当時はまだ)若い指揮者がピリオドでベートーヴェンに挑んでいる」と世界中で話題になった。先行するピリオドによる「ベートーヴェン交響曲全集」としては、サー・サイモン・ラトル指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のものと、バロックティンパニを採用するなど少しだけピリオドを取り入れたニコラウス・アーノンクール指揮ヨーロッパ室内管弦楽団のものなどがあるだけ。最も早い時期のサー・チャールズ・マッケラス指揮ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団の全集は評判は高かったが、おそらく失敗作。マッケラスはその後、スコットランド室内管弦楽団と、第九のみを受け持つフィルハーモニア管弦楽団の2楽団を指揮して全集をリリース。トップクラスの出来となった。今でも定評のあるサー・ロジャー・ノリントン指揮SWR交響楽団盤やパーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンの全集が出たのは、ダウスゴーより後だったはずである。

ダウスゴーは、1988年にシュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭にてレナード・バーンスタインのマスタークラスを受講(バーンスタインはこの2年後に亡くなる。まさに最晩年)。1990年には岩城宏之に師事し、1993年から95年まで、小澤征爾の指名でボストン交響楽団のアシスタントコンダクターを務めている。その後、欧米でキャリアを築き、スウェーデン室内管弦楽団首席指揮者、オランダ国立交響楽団首席指揮者、トスカーナ管弦楽団名誉指揮者、BBCスコティッシュ交響楽団首席指揮者、シアトル交響楽団音楽監督などを歴任し、ほとんどの楽団から名誉称号を得ている。
2019年には、BBC Proms JAPANに参加。ザ・シンフォニーホールでBBCスコティッシュ交響楽団を指揮している。ラストを飾るエルガーの「威風堂々」第1番の中間部の旋律に歌詞が付けられたものは「英国第2の国歌」として知られており、皆で歌うべくプログラムに英語詞のカードが挟まれていた。私もこの演奏会を聴きに来ていたので、多くの聴衆と共に歌ったが、イギリス人でも何でもないのに異様なほどの興奮を覚え、音楽の力、そして恐ろしさを実感した。

さて、ピリオド・アプローチによるベートーヴェンの交響曲演奏で世に出たダウスゴーだが、経歴を見てもピリオド・アプローチに関係がありそうな指揮者は存在しない。どころかピリオドから遠い人達ばかりだ。古楽の知識と演奏法をどこで身につけたのだろうか。

フェスティバルホールのホワイエで行われるプレトークサロンで、大阪フィルハーモニー交響楽団事務局長の福山修氏と聴衆の人々とのやり取りが終わった後で一人、福山さんに伺ってみたのだが、「よく分からない」ということで、「調べておきます」と仰っていた。ちなみに私はプレトークサロンでは滅多に手を挙げない。以前、定期演奏会の会場がザ・シンフォニーホールだった大植時代に、「トーンクラスター奏法」の説明をお願いしたところ、福山さんは上手く説明出来ず、しかも福山さんが私の顔を見て話すので、私もただの客なのに何故か福山さんと二人で解説を行うという訳の分からない展開になったため、懲りたのである。
今日の聴衆は、ニールセンやクラリネットソリストのダニエル・オッテンザマーに関する質問が多かったが、仮に私が「ダウスゴーさんはスウェーデン室内管弦楽団とのピリオド・アプローチによる『ベートーヴェン交響曲全集』を出して、名を挙げた訳ですが、師に当たる指揮者にピリオド・アプローチに強い人が見当たらなくてですね」なんて言ったら、周りから「こいつ、なに意味の分からないこと言ってんだ?」と思われるのがオチである。

ダウスゴーのオフィシャルホームページを読んだところ、ピリオドの知識がありそうな人物が2人見つかる。一人は、ロンドンの王立音楽大学(Collegeの方)で指揮を師事したノーマン・デル・マー。もう一人は、シュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭で、バーンスタインと共にマスタークラスを開いていたフランコ・フェラーラである。ダウスゴーはフェラーラのマスタークラスも受講している。デル・マーもフェラーラも指揮者にして音楽学者である。
ノーマン・デル・マーの息子は、ピリオドでよく使われるベートーヴェンのベーレンライター版交響曲全集総譜の校訂を行った音楽学者のジョナサン・デル・マーである。
フランコ・フェラーラの弟子には、古楽器オーケストラの指揮を得意とするブルーノ・ヴァイルがいる。
ノーマン・デル・マーやフランコ・フェラーラが直接、ダウスゴーにピリオドを教えたとする情報は見つからなかったが、この2人の周辺には古楽関係者が多いので、2人に直接教わらなくても2人の知り合いの古楽関係者から教わった線も考えられる。

 

曲目は、序曲「ヘリオス」、クラリネット協奏曲(クラリネット独奏:ダニエル・オッテンザマー)、交響曲第4番「不滅」

ニールセンは、1980年代後半に、ヘルベルト・ブロムシュテット指揮サンフランシスコ交響楽団の演奏による交響曲全集がDECCAから発売され、ベストセラーとなったことで世界的な有名作曲家の仲間入りをした。ブロムシュテット盤は今もパーヴォ・ヤルヴィ盤と並び、優れた「ニールセン交響曲全集」の筆頭に挙げられる。ただ、当時は交響曲第4番「不滅」の2台のティンパニが強打を行う最終部のおどろおどろしいまでの迫力が話題となっており、真の音楽性が評価されるのはこれからなのかも知れない。

ニールセンはシベリウスと同い年であるが、現在のフィンランドは指揮者大国で、次から次へと有望株が登場。ほぼ全員が「シベリウス交響曲全集」をレコーディングするため、シベリウスがより身近な存在になりつつあるが、デンマークは指揮者不足であるため、ニールセン作品の録音は他国のニールセンの音楽に共感した音楽家に任せるしかない。

 

今日のコンサートマスターは崔文洙。ドイツ式の現代配置での演奏である。

 

序曲「ヘリオス」。ダウスゴーはこの曲と「不滅」は譜面台を置かず、暗譜で指揮した。全編ノンタクトでの指揮である。
昨日はさりげなく陰を宿した音が特徴の大邱市立交響楽団の演奏を聴いたが、大フィルの輝きと透明度の高い音を聴くとやはり落ち着く。優劣というよりも、いつものベッドで脚を伸ばした時の開放感や、愛用のパソコンで文章を打っているときの充実感などに似た、何年にも渡って触れてきたものへの愛着である。
曲は、弦楽、特に第2ヴァイオリンが奏でる日の出の描写に始まり、コントラバス1台が同じ音を伸ばし続ける日没までを描いたものである。
コントラバスによるラストは長く長く引き延ばされ、集中していないといつ曲が終わったのか分からない。おそらく、録音ではコントラバスの音の最後の方はマイクに入らないのではないかと思う。

 

クラリネット協奏曲。クラリネット独奏のダニエル・オッテンザマーは、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の首席クラリネット奏者である。更に現在は、大阪フィルハーモニー交響楽団のアーティスト・イン・レジデンスとなっており、主に住友生命いずみホールで、自分が主役となる演奏会を大フィルと行う。
プレトークサロンで、福山さんは、オッテンザマーがニールセンのクラリネット協奏曲をウィーン・フィルと録音することを決めた時に同僚から、「こんな難しい曲選ぶなよ。俺ら毎日オペラで忙しいんだから(ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団は母体となるウィーン国立歌劇場管弦楽団のメンバーからなる自主運営のコンサートオーケストラで、普段は楽団員は歌劇場でオペラの演奏をしており、オペラがオフになる期間など空いた時期にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団としての定期演奏会や特別演奏会、海外ツアーなどを行っている。そのため定期演奏会の回数が極端に少なく、真偽不明だが「定期会員になるのに20年待ち」という話はよく聞かれる)、モーツァルトとか簡単なのにしとけよ」と言われたそうである。そして実際、ニールセンのクラリネット協奏曲は超高難度。録音のための最初のセッションはズタズタのボロボロだったそうで、天下のウィーン・フィルをもってしても初見では歯が立たなかったそうだ。最終的には名盤と言われるだけの水準に達したが。
大阪フィルはきっちりとリハーサルを重ねたのでアンサンブルは整っている。
オッテンザマーであるが、様々な姿勢で演奏する。指揮台の左脇に立ち、左足を一歩踏み出したり、ベルアップを行ったり、中腰になったり。第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンの方を向いて、何かサインを送っているような場面もある。難曲なので、ステージ下手側の楽器は、ダウスゴーがある程度オッテンザマーに任せることもあるのだろう。ダウスゴーが上手側を向いて指揮することが多いのもそれと関係あるのかも知れない。
ニールセンが書いたクラリネットの独奏であるが、とにかく音が細かいのが特徴。指の回転を極端に速くする必要があり、これは選ばれたクラリネット奏者しか吹けない音楽だと思う。
伴奏には小太鼓が入るのだが、軍楽隊が鳴らす音のようで不吉であった。作曲されたのは、1928年。日本の年号では昭和3年である。前年にブロムシュテットが生まれ、この年にエフゲニー・スヴェトラーノフが誕生している。
満州事変が起こるのが1931年、ヒトラー率いるナチスが政権を取るのが1933年。スターリンはソ連の最高指導者になる直前まで来ている。まだ大戦にまでは発展していないが、きな臭い匂いのする時代である。

 

オッテンザマーのアンコール前奏。まずガーシュウィンの「ラプソディー・イン・ブルー」冒頭のように伸びやかな音階移動とグリッサンド。その後、超弱音による演奏が続く。それから天井を見上げて高らかに吹くなど様々な音楽が続いた。
曲名であるが、掲示はなく、福山さんによると実は即興演奏だったそうで、タイトルも当然ながらない(無理矢理付けても良いと思うけれど)。

 

交響曲第4番「不滅」。ニールセン最大のヒット曲である。原題は「消しがたきもの」といったような意味である。

余談だが、2016年の大河ドラマ「真田丸」は、毎回、漢字2文字のタイトルが付いていたが、最終回は「視聴者に任せる」として付けなかった。私は「不滅」を選び、ブログ「鴨東記」にパーヴォ・ヤルヴィ指揮の「不滅」交響曲の映像を載せた。死後400年以上が経っているのに、若い女の子から「真田幸村(真田信繁)格好いい!」などと言って貰えてグッズも売れるのだから、これが「不滅」でなくてなんなのだろう。
ただ、三谷さんは、真田信之(大泉洋が演じた)が舵を取る信州真田家が、ちょっとしたことですぐに転封や改易になる江戸時代の荒波を乗り切る過程こそが本当の「真田丸」と考えていたような気がする。ラストのセリフが信之の「参るぞ」なのが暗示的である。

「真田丸」の話が長くなってしまったが、この曲は、ステージの両サイド、端の方に1台ずつティンパニが置かれて演奏されることが多いが、福山さんによるとニールセンの指示は「1台のティンパニはなるべく客席に近いところに設置する」とあるだけで、ティンパニが両端に並ぶのは、「おそらく演奏しやすいから」だそうなのだが、今回はニールセンの指示通り、客席に近い場所としてステージ上手端、ヴィオラ奏者達の後ろにティンパニを置き、もう1台のティンパニは通常通り指揮者の正面の奥に設置される。
実に格好いい曲なのであるが、この曲を作曲した時期のニールセンはプライベートで悩みを抱えており、更に第1次世界大戦も勃発と暗い世相の中で作曲を進めていた。ダウスゴーは、「トラジェディー(悲劇)&トラジェディー」とこの曲の内容を見たようである。4楽章形式ではなく4部形式で、続けて演奏されるが、実質的には一般的な交響曲と余り変わらない。
大フィルは弦も管も威力がある上に輝かしく、ダウスゴーの巧みな指揮捌きもあって、優れた演奏となる。第4部の2台のティンパニのやり取りも威力があるが、フェスティバルホールは全体的な音響が良いので、上手端に据えられたティンパニの方が音が大きいということもなかった。ニールセンが何を望んでいたのか、今となっては分からないが、客席に近い方が味方の響き、遠い方が敵方の響きと取ると「1台のティンパニはなるべく席席に近いところに」とした意味は分かる。ただ単純すぎる。子どもの考えではないので、他に意味があるはずだが、現時点では意図不明である。
なお、初演時のプログラムに載った文章(ニールセンの筆ではないそうだ)によると、「不滅」なるものは音楽とその効用であるとしか取れないないのだが、自分の作曲した作品に「不滅」「消しがたきもの」と付けるだろうか(タイトルは作曲者自身によるもの)。
音楽は生まれた瞬間に消える芸術である。ただエネルギー保存の法則に寄るなら、世界はこれまでの歴史上で演奏された全ての音楽で溢れているということになる。壮大すぎるが。

 

今年度の大阪フィルハーモニー交響楽団の定期演奏の中でも上位に入る出来。終演後、客席は大いに沸いた。大袈裟に書くと、ニールセンの音楽が受容されつつある過程に立ち合ったということになる。

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2025年9月27日 (土)

コンサートの記(919) 沖澤のどか指揮京都市交響楽団第704回定期演奏会

2025年9月19日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで京都市交響楽団の第704回定期演奏会を聴く。指揮は京都市交響楽団第14代常任指揮者の沖澤のどか。

曲目は、L・ファランクの交響曲第3番とリムスキー=コルサコフの交響組曲「シェエラザード」

なお、沖澤と京響はこのプログラムで日本縦断ツアーを行う。西宮、福井、長野、東京、そして沖澤の故郷である青森県の八戸市と青森市での演奏会も行う。沖澤は三沢市生まれの青森市育ちだが、ベルリン・フィルのカラヤン・アカデミーで学ぶ姿に密着したドキュメンタリー中の英語によるナレーションでは、三沢市の知名度が低いためか、「Aomori City」の出身だと語っている。三沢市にはそれほど長くいなかったのかも知れない。
またコロナ禍中に山田和樹と行ったYouTube遠距離対談では、「青森だとプロのオーケストラを聴く機会は年に1度あるかないか」と話していたが、この秋は青森で京響が聴けることになる。
ちなみに京都公演のチケットは今日明日共に完売である。東京公演も完売した。

プレトークで、沖澤は、「こんばんは。やっと涼しくなりましたね」と切り出す。自宅のあるベルリンでの仕事を終え、東京に飛び、新幹線で京都入りしたのだが、「京都駅のホームに降りた瞬間、『ああ、また夏だ』」と思ったそうである。ベルリンはもうセーターが必要な気温だそうだ。
曲目について、「L・ファランクの交響曲第3番を生で聴いたことあるぞという方」と聴衆に問いかけるが手は一つも挙がらない。変な曲を聴いていることが多い私もこの曲を聴くのは今日が初めてである。YouTubeに誰かが演奏を上げているかも知れないし、NAXOSのライブラリーに入っているかも知れないが、先入観を避けるために敢えて聴かないで来た。
「私もつい最近まで知らなかったんですけど」と沖澤は続け、「(スイスの)バーゼル交響楽団に伺った時に、『良い曲があるよ』と教えられ」て、それから取り組むようになったそうである。
なお、沖澤は女性作曲家の作品をよく取り上げる傾向があるが、L・ファランクも女性作曲家である。フルネームは、ルイーズ・ファランク。1804年生まれというからベートーヴェン(1770-1827)がまだ存命中で新進気鋭の作曲家と目されていた頃に生を受けたことになる。そのため、L・ファランクは古典派とロマン派の間に位置づけられるが、確かにそのような印象は受ける。ただし、やや古典派寄りである。ファランクは結婚後の苗字で、生家の姓はデュモン。15歳でパリ音楽院に入学し、ピアノを学ぶが、当時のパリ音楽院では女性は作曲を正式に学ぶことが許されなかったため、アントニーン・レイハという作曲家にプライベートレッスンを受けている。
ピアニスト兼作曲家として活動し、母校であるパリ音楽院のピアノ科教授も務めるが、当初は女性教授の報酬は男性教授よりも低く、ファランクは何度も抗議して、男性教授と同一賃金を勝ち取ったようである。
50代の時に愛娘でピアニストであったヴィクトリーヌが30代で早逝すると、以後は作曲と演奏の活動をほとんどしなくなり、音楽アンソロジーの編纂と教育に専念するようになったようである。

「シェエラザード」の思い出としては、「京都市交響楽団をこのホールで指揮者としてではなく、一聴衆として聴いたことは余りなんですけれど、『シェエラザード』」はあるという話をしていた。広上淳一が「シェエラザード」を2回取り上げているが(後で調べたところ、そのうちの1回は京都コンサートホールではなく、大阪のザ・シンフォニーホールで演奏されたものだった)、ジョン・アクセルロッドなど他の指揮者もプログラムに載せているので、どの演奏会なのかは、はっきり分からない。
また、「シェエラザード」を取り上げた理由として、「日本各地の海、長野は海ないんですど」様々な海をその地の聴衆に思い浮かべて欲しいという意図があったようである。ちなみに京都人と呼ばれる人にとっては、京都とは京都市のこと(更に狭く取る人もいる)なので、「京都も海ないで」と思う人もいそうである。かく言う私も京都府の海は見たことがない。天橋立や「海の京都」に行ってみたい気はあるが実現していない。私にとっての海は、九十九里浜の豪快な波である。

沖澤は来年以降のプランとして、「プロコフィエフの交響曲を全曲演奏します。3回! 3回に分けてですよ。録音もします」ということで、「プロコフィエフ交響曲全集」が完成しそうである。
沖澤「プロコフィエフの交響曲は、1番、5番、7番などはよく演奏されますが、他の曲はあんまり。何故かと言えば難しいから。皆さんにではなくて演奏する側が」

 

今日のコンサートマスターは、京都市交響楽団ソロコンサートマスターの「組長」こと石田泰尚。もう一人のソロコンサートマスターの肩書きを持つ会田莉凡(りぼん)がフォアシュピーラーとして入り、泉原隆志と尾﨑平がファーストヴァイオリンの第2プルトとして陣取る。ドイツ式の現代配置だが、ファランクの時はティンパニの中山航介が第2ヴァイオリンのすぐ後ろでティンパニ(見た目では分からなかったがバロックティンパニかも知れない)を叩く。「シェエラザード」では中山は指揮者の真向かいに回った。
ヴィオラ首席に京都市交響楽団ソロ首席ヴィオラ奏者の店村眞積(たなむら・まづみ)が入るなど、強力な布陣である。
L・ファランクの交響曲第3番は金管はホルンだけという特殊な編成であるため、管の首席奏者は「シェエラザート」のみの参加である。

 

L・ファランクの交響曲第3番。無料パンフレットで音楽評論家の増田良介が、「モーツァルトの交響曲第40番との類似」を指摘しているが、確かにそんな感じである。
金曜ナイトドラマ第1作「TRICK」のオープニングテーマに少しだけ似た旋律でスタート。古典派とロマン派の間を行く作風だが、ロマン派ほどには羽ばたかない。
第2楽章。モーツァルトの交響曲第40番の第2楽章は、モーツァルトが無人の野を行くような澄み切った孤独感が印象的だが、L・ファランクの交響曲第3番の第2楽章もモーツァルトほどではないが孤独の哀しみが浮かび上がる。
第3楽章と第4楽章は、当時ヨーロッパで流行っており、鬼束ちひろが好きな言葉として挙げていることでも知られる(?)「疾風怒濤(シュトルム・ウント・ドラング)」の作風。
時代的にピリオドでも構わないはずだが、モダンのアプローチである。ただ中山航介が先が木製のバチでティンパニを強打するなど、ピリオドの要素も入れていた。中山は先端に糸が巻かれた普通のマレットでも叩いており、それが「古典派とロマン派の間」を表しているようでもあった。

 

後半、リムスキー=コルサコフの交響組曲「シェエラザード」。昨年の大河ドラマ「光る君へ」で「シェエラザード」のヴァイオリン独奏に似た旋律が用いられており(作曲は冬野ユミ)、それが終盤で紫式部(まひろ/藤式部。吉高由里子)が病気で寝込んでいる藤原道長(柄本佑)に、毎日、連続ものの短い物語を語るという「音楽の伏線」になっていたことで話題になっている。ちなみに芥川龍之介が、『千夜一夜物語(千一夜物語、千と一夜物語)』の続編を書いているが、恐ろしくつまらないので読む必要はない。芥川さん、どうしてあんなの書いちゃったんですか?

かなりハイレベルの演奏である。ヴァイオリンソロを取る石田泰尚の演奏も妖艶且つ典雅で雄弁だ。
沖澤の解釈はおそらくロシア音楽ということよりもアラビアンナイトの音楽であるということを意識したもので、濃厚な音楽を紡ぎ上げる。広上と京響の「シェエラザード」が水彩画だとすれば、沖澤と京響の「シェエラザード」は絵の具を何重にも重ねた油絵の「シェエラザード」である。ロシアがフランスを手本にしていたということもあり、音楽でもフランス音楽とロシア音楽は親和性があって、フランスものを得意としている指揮者は大体ロシアものも得意としているが、水彩画系演奏の代表として広上の他にスイス・フランス語圏出身のデュトワ(モントリオール交響楽団との演奏が名盤として名高いが、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団との新盤は更に良い)がいるとすれば、油絵系演奏はロシア生まれのロストロポーヴィチなどが代表格であろうか。とにかく同じ京響の「シェエラザード」なのに印象は大きく異なる。
カロリーたっぷりで、耳が満杯。大満足の出来である。ただ聴いていて疲れるところはある。

沖澤の指揮姿は端正で「これぞ指揮者」といったところ。人気があるのも頷ける。今日は背中は燕尾服風であるが前は閉じるという服(小澤征爾がよく着ていたような服だが何というのだろう?)に白いネクタイのようなものを巻いていたが、ネクタイのようなものが揺れる様がエレガントで、視覚効果面でも優れていた。指揮棒は縦振りがほとんどで横に振るときは小さいのが特徴である。

日本のどこに行っても受けること間違いなしのコンビ。沖澤と京響の未来は間違いなく明るい。

 

今日はアンコール演奏がある。カプレ編曲のドビュッシーの「月の光」管弦楽版。繊細で淡い音の月夜で、今夜は朧月のようである。沖澤と京響の多面性を示していた。

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2025年6月 9日 (月)

観劇感想精選(491) 「リンス・リピートーそして、再び繰り返すー」

2025年5月10日 京都劇場にて観劇

午後6時から、京都劇場で、「リンス・リピート―そして、再び繰り返す―」を観る。作:ドミニカ・フェロー、テキスト日本語訳:浦辺千鶴、演出:稲葉賀恵(いなば・かえ)。出演:寺島しのぶ、吉柳咲良(きりゅう・さくら)、富本惣昭(とみもと・そうしょう)、名越志保(なごし・しほ)、松尾貴史。

ドミニカ・フェローは、まだ二十代と思われる若い劇作家。この「リンス・リピート」は、自身が摂食障害を患っていたニューヨーク大学在学中に多くの演劇を観るも摂食障害を取り上げた作品が一つもないことに気付き、自伝的作品として書き上げたもので、オフブロードウェイでの初演時は、自身が摂食障害のレイチェル役を演じたそうである。なお、劇中ではレイチェルは名門イェール大学法学部在学中で弁護士を目指しているが、ドミニカ・フェローは法学ではなく、ニューヨーク大学では演劇を学んでいる。

アメリカ、東海岸。コネチカット州グリニッジ。ジョーン(寺島しのぶ)は、エクアドル系のヒスパニックである。ヒスパニック系は、アメリカでは数は多いが最下層と見なされ、最も差別されている。そこから這い上がって弁護士となり、今では共同弁護士事務所を立ち上げるというキャリアウーマンであるジョーン。ジョーンの夫のピーター(松尾貴史)は、名家出身だが、経済力はなく、セミリタイアのような生活を送っている。ということでジョーンが一家を支えている。
長女のレイチェル(吉柳咲良)は、イェール大学の4年生。成績も優秀だが、摂食障害を患い、レンリーという施設に入っている。
長男のブロディ(宮本惣昭)は高校3年生。フットボール選手として活躍したため、名門のノートル・ダム大学への進学が決まっている。

人種差別の激しいアメリカ。ヒスパニック系が勝ち上がるには専門職に就くしかない。ジョーンはそうして勝ち抜いてきた。名門大学に入り成績優秀な娘にも同じ道を歩むことを望んでいる。

レイチェルが施設から帰ってくる。吉柳咲良はミュージカル俳優として期待されている人だが、今回はストレートプレーなので歌はないのかと思っていたが、短いもののスキャットで歌ってくれる。このレイチェルがしょっちゅう着替えるのだが、それによって時間の経過や場所の移動が分かるようになっている。
入院施設レンリーは、一度は回想として、一度は悪夢の中に出てくる場所として登場する。レンリーでレイチェルを受け持つのは、ブレンダ(名越志保)というセラピスト。実はこのブレンダは黒人という設定なのだが、今の日本では肌を黒く塗って黒人を演じることは禁忌とされているため、とくに何も施さずに登場。おそらく黒人だと分かった人はいないと思われる。

レイチェルは、イェール大学で文系クラスを受講していることをジョーンに打ち明け(ジョーンも「学生時代、詩の授業を取ってたわよ」と返す)、レンリーでも詩を書いてブレンダに見せている。だが自信があるわけではなく、「エミリー・ディキンソン(「希望とは翼あるもの」などで知られる米国最高の女流詩人。半引きこもりのような生涯を送り、若くして亡くなっているが、生前は詩を発表せず、死後に発見された詩の数々が反響を呼び、世界的名声を得る。日本でも岩波文庫から英文と日本語対訳の詩集が発売されるなど人気は高い)ぐらいでないと」と自らの才能に限界を感じているようでもある。また、レイチェルは自殺を図ったことがあるが、それを仄めかすナイフの詩を書いていた。
4ヶ月大学を休んでいたレイチェル。だがそれまでの成績が優秀だったため、イェール大学ロースクールの受験資格はありそうである。
だが、本当は、レイチェルは、法学ではなく文学の道に進みたくて、それが摂食障害に繋がったのでは……、と思わせるのはミスリード。この家には何故か体重計が母親のジョーンの部屋に置いてあるのだが、これが伏線になっている。

ヒスパニック系の話であり、親子の話であり、心理劇であり、ミステリーの要素も含まれる。

母親のジョーン役の寺島しのぶが主演で、彼女が出ると空気が引き締まり、いかにも格上という感じがするのだが、レイチェルを演じる吉柳咲良が舞台上にいる時間が最も長くセリフも多く、また初演時に作者が自分自身のこととして演じているため、W主演的な位置にある。寺島しのぶと吉柳咲良とでは本当に親子ほど年齢が離れているので、なかなかW主演とは銘打ちがたいのだが。
寺島しのぶと吉柳咲良が抱き合ってから、吉柳咲良が客席通路を通って退場するのは、母からの巣立ちを意味すると思われる。

吉柳咲良は、昨年、朝ドラ「ブギウギ」では、主人公のスズ子(趣里)に挑もうとする若手歌手の水城アユミ役、大河ドラマ「光る君へ」では1話だけの出演だったが、のちに『更級日記』などを書くことになる菅原孝標女を演じて話題になり、お茶の間にも知名度を拡げている。今年はTBS日曜劇場で詩森ろばが脚本を書いた「御上先生」に髙石あかりらと共に生徒役で出演している。

 

今日は上演終了後にアフタートークがあり、寺島しのぶ、松尾貴史、吉柳咲良の3人が出演する。松尾貴史は、始まってから終わるまで一度も客席から笑いの起こらない芝居に出るのは初めてだと語る。

客席からの質問があり、消え物の話のほか、細かいところも質問として出た。

アフタートークが終わり、寺島しのぶと松尾貴史は、客席に手を振る。吉柳咲良はそのまま退場しようとして、二人が手を振っていることに気づき、慌てて手を振るなど微笑ましい。

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2025年4月 7日 (月)

コンサートの記(898) 大植英次指揮 Osaka Shion Wind Orchestra 第159回定期演奏会

2025年3月29日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後2時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、Osaka Shion Wind Orchestra(吹奏楽団)の第159回定期演奏会を聴く。指揮は大植英次。

Osaka Shion Wind Orchestraの前身は大阪市音楽団である。愛称・略称は「市音」。1923年(大正12)の創設で、1926年創設の新交響楽団(NHK交響楽団の前身)よりも長い歴史を持つ。この時代は阪神間モダニズムと呼ばれる、阪神間で文化・経済が花開いた時期。1923年9月1日には関東大震災が起こっており、被災した関東の芸術家が新天地を求めて、阪神間や京都などに移り住み、関西は文化面でも豊穣の時代を迎えつつあった。
大阪市音楽団の団員は、大阪市の職員であり、「音楽士」の称号を得ていた。大阪市の音楽団体ということで、大阪市の音楽関連の仕事を一手に引き受けていたが、維新市政により状況は一変。当時の橋下徹大阪市長は大阪市音楽団の解散を示唆したが、大阪市音楽団は民営化の道を選択。愛称の「しおん」を入れたOsaka Shion Wind Orchestraに名称を変更している。愛称・略称はアルファベットで「Shion」に変わった。

吹奏楽団の強みは、サキソフォン奏者が常在していること。サキソフォンは比較的新しい楽器であるため、近現代の作品にしか使われないが、近現代よりも古典派やロマン派の作品の方が演奏されることが多いため、ほぼ全てのオーケストラはサキソフォン奏者をメンバーには入れておらず、客演でまかなっている。ただ吹奏楽はサキソフォン奏者が必要になるため、サキソフォンとのアンサンブルの精度を高めることが出来る。

Osaka Shion Wind Orchestraの現在の体勢は、音楽監督に宮川彬良、芸術顧問に秋山和慶。秋山和慶は今年1月26日に逝去したが、芸術顧問は終身称号などではなく永久称号になるのかも知れない。
本部は以前は大阪城公園内にあり、私もたまに前を通ることがあったが、現在は住之江区に移転している。

 

吹奏楽専門の指揮者はいるにはいるが、日本で有名なプロ指揮者はほとんどいない。宮川彬良も秋山和慶もオーケストラを振る回数の方がずっと多い。下野竜也のようにNHK交響楽団正指揮者の称号を受けながら自らが吹奏楽出身であるため、広島ウインドオーケストラの音楽監督を務める指揮者もいれば、昨年引退した井上道義のように「吹奏楽は好きじゃない」と言ってほとんど指揮しない指揮者もいる。井上によると吹奏楽は「首だけふらふら動いている感じ」。オーケストラは弦楽が低音から高音までベースを作り、その上に管楽器が乗るということが多いのだが、吹奏楽は弦楽が丸々ないため、胴体がなく首だけのように感じるのだと思われる。
大植が吹奏楽団をどれだけ振っているのかは分からないが、以前、テレビ番組で吹奏楽で有名な大阪府立淀川工科高校を訪れたことがあり、淀川工科高校吹奏楽部について「憧れだった」と語っていたため、吹奏楽に対する理解は深いと思われる。

曲目は、ドヴォルザークの序曲「謝肉祭」(鈴木英史編曲)、レスピーギの交響詩「ローマの松」(鈴木英史編曲)、リムスキー=コルサコフの交響組曲「シェヘラザード」(佐藤正人編曲)。全て有名オーケストラ曲の吹奏楽編曲である。

吹奏楽団は、基本的には管楽器と打楽器によって編成されるが、弦楽器では唯一、コントラバスが加わる。弦楽器奏者は、幼い頃から練習を積み重ねてプロになるのが一般的だが、コントラバスだけは例外で、学校の吹奏楽部でコントラバスを始めたという人もいる。それでも間に合う唯一の弦楽器とされている。通常は1台のことが多く、Shionのコントラバスの正楽団員も1名だけだが、今日はコントラバスは2台が用いられる。
オーケストラの弦楽パートに当たる部分を引き受けるのはクラリネットで、クラリネットが最も人数が多く、コンサートマスターもクラリネット奏者が務める。今日のコンサートマスターもクラリネットの古賀喜比古である。

 

ドヴォルザークの序曲「謝肉祭」。今日も大植は全て暗譜での指揮である。
輝かしい音色による熱い演奏を展開するが、今日はその後の2曲の演奏が凄かった。

 

レスピーギの交響詩「ローマの松」。レスピーギは、ベルリオーズ、リムスキー=コルサコフと並ぶオーケストレーションの三大達人の一人であるが、それはオーケストラ演奏の場合。鈴木英史の吹奏楽編曲がどうなるのかが気になる。
勿論、弦楽のあるオーケストラの方が彩りは豊かだが、吹奏楽版も浮遊感のある煌めくような音色が奏でられる。打楽器が活躍するパートもオーケストラ原曲より多そうだ。
“カタコンブ付近の松”のように管楽器の活躍する曲は違和感が余りなく、“ジャニコロの松”のようなクラリネットソロ(古賀喜比古が吹いた)が目立つ曲も原曲をそのまま生かしている。“ジャニコロの松”は弦楽の繊細なパートがあるのだが、管楽器だけで上手く処理されている。なお、ハープやピアノ、オルガンは原曲通り加わっている。ナイチンゲールの鳴き声の録音もやはり流れる。
“アッピア街道の松”は、金管のバンダが配されるのだが、ザ・シンフォニーホール3階正面席の左右両端にバンダが置かれ、立体的な音響を作り出していた。
演出の上手さは「流石、大植」といったところである。

 

リムスキー=コルサコフの交響組曲「シェヘラザード」。昨年の大河ドラマ「光る君へ」では、主に前半の音楽にシェヘラザードの主題によく似た音楽が用いられていた(作曲:冬野ユミ)。これは音楽による伏線で、終盤、藤原道長(柄本佑)が死の床にある時に、紫式部(劇中では紫式部の名は用いられず、藤式部と呼ばれた。本名は「まひろ」ということになっていた。演じたのは吉高由里子)が毎日少しずつ短い物語を語るシェヘラザードになるという展開があった。シェヘラザードの主題を奏でるのは、原曲ではコンサートマスター(第1ヴァイオリン首席)であるが、今回の編曲ではコンサートマスターであるクラリネット首席の古賀喜比古がシェヘラザードの主題を吹くことは一度もなく、フルートを中心に複数の管楽器でシェヘラザードの主題が受け渡された。クラリネットが吹くときもあったが、首席の古賀ではなくその後ろの席の奏者が吹いていた。

最も有名な“若き王子と王女”では、コンサートマスターの古賀のソロで始まり、徐々に吹くクラリネット奏者の数が増えていって、他の楽器にも回るという編曲になっており、原曲の豊かな弦楽合奏とはまた違った音楽となっていた。この“若き王子と王女”は、大植としては珍しく声を発しての熱演となった。

8分の6拍子や、4分の6拍子など、6拍子系の多い曲だが、大植は基本的には2つ振ることで処理することが多く、たまに細かく指揮棒を揺らすこともあった。また緩やかな部分では指揮棒をしまってノンタクトで振ることも多かった。

“バグダッドの祭、海、青銅の騎士のある岩にて難破、終曲”では、大植が細やかな指示を出したということもあり、リズミカルで迫力のある演奏となる。特に打楽器の処理が見事だった。

迫力満点の演奏だったということもあって、客席も大いに湧く。大植は楽団員を立たせようとしたが、楽団員は敬意を払って二度とも大植に拍手を送って立たず、大植が一人で聴衆の喝采を浴びた。

今日で卒団のプレーヤーがおり、花束の贈呈が行われ、大植も歩み寄って握手やハグなどを行っていた。

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2025年3月16日 (日)

観劇感想精選(485) 令和6年能登半島地震復興祈念公演「まつとおね」 吉岡里帆×蓮佛美沙子

2025年3月9日 石川県七尾市中島町の能登演劇堂にて観劇

能登演劇堂に向かう。最寄り駅はのと鉄道七尾線の能登中島駅。JR金沢駅から七尾線でJR七尾駅まで向かい、のと鉄道に乗り換える。能登中島駅も七尾市内だが、七尾市は面積が広いようで、七尾駅から能登中島駅までは結構距離がある。

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JR七尾線の各駅停車で七尾へ向かう。しばらくは金沢の市街地だが、やがて田園風景が広がるようになる。
JR七尾駅とのと鉄道七尾駅は連結していて(金沢駅で能登中島駅までの切符を買うことが出来る。のと鉄道七尾線は線路をJRから貸してもらっているようだ)、改札も自動改札機ではなく、そのまま通り抜けることになる。

のと鉄道七尾線はのんびりした列車だが、田津浜駅と笠師保駅の間では能登湾と能登島が車窓から見えるなど、趣ある路線である。

 

能登中島駅は別名「演劇ロマン駅」。駅舎内には、無名塾の公演の写真が四方に貼られていた。
能登演劇堂は、能登中島駅から徒歩約20分と少し遠い。熊手川を橋で渡り、道をまっすぐ進んで、「ようこそなかじまへ」と植物を使って書かれたメッセージが現たところで左折して進んだ先にある。

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午後2時から、石川県七尾市中島町の能登演劇堂で、令和6年能登半島地震復興祈念公演「まつとおね」を観る。吉岡里帆と蓮佛美沙子の二人芝居。

能登演劇堂は、無名塾が毎年、能登で合宿を行ったことをきっかけに建てられた演劇専用ホールである(コンサートを行うこともある)。1995年に竣工。
もともとはプライベートで七尾市中島町(旧・鹿島郡中島町)を訪れた仲代達矢がこの地を気に入ったことがきっかけで、自身が主宰する俳優養成機関・無名塾の合宿地となり、その後10年ほど毎年、無名塾の合宿が行われ、中島町が無名塾に協力する形で演劇専用ホールが完成した。無名塾は現在は能登での合宿は行っていないが、毎年秋に公演を能登演劇堂で行っている。

令和6年1月1日に起こった能登半島地震。復興は遅々として進んでいない。そんな能登の復興に協力する形で、人気実力派女優二人を起用した演劇上演が行われる。題材は、七尾城主だったこともある石川県ゆかりの武将・前田利家の正室、まつの方(芳春院。演じるのは吉岡里帆)と、豊臣(羽柴)秀吉の正室で、北政所の名でも有名なおね(高台院。演じるのは蓮佛美沙子。北政所の本名は、「おね」「寧々(ねね)」「ねい」など諸説あるが今回は「おね」に統一)の友情である。
回想シーンとして清洲時代の若い頃も登場するが、基本的には醍醐の花見以降の、中年期から老年期までが主に描かれる。上演は、3月5日から27日までと、地方にしてはロングラン(無名塾によるロングラン公演は行われているようだが、それ以外では異例のロングランとなるようだ)。また上演は能登演劇堂のみで行われる。

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有料パンフレット(500円)には、吉岡里帆と蓮佛美沙子からのメッセージが載っているが、能登での公演の話を聞いた時に、「現地にとって良いことなのだろうか」(吉岡)、「いいのだろうか」(蓮佛)と同じような迷いの気持ちを抱いたようである。吉岡は昨年9月に能登に行って、現地の人々から「元気を届けて」「楽しみ」という言葉を貰い、蓮佛は能登には行けなかったようだが、能登で長期ボランティアをしていた人に会って、「せっかく来てくれるんなら、希望を届けに来てほしい」との言葉を受けて、そうした人々の声に応えようと、共に出演を決めたようである。また二人とも「県外から来る人に能登の魅了を伝えたい」と願っているようだ。

原作・脚本:小松江里子。演出は歌舞伎俳優の中村歌昇ということで衣装早替えのシーンが頻繁にある。ナレーション:加藤登紀子(録音での出演)。音楽:大島ミチル(演奏:ブダペストシンフォニーオーケストラ=ハンガリー放送交響楽団)。邦楽囃子:藤舎成光、田中傳三郎。美術:尾谷由衣。企画・キャスティング・プロデュース:近藤由紀子。

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舞台美術は比較的簡素だが、能登演劇堂の特性を生かす形で生み出されている。

 

立ち位置であるが、上手側に蓮佛美沙子が、下手側に吉岡里帆がいることが多い。顔は似ていない二人だが、舞台なので顔がそうはっきり見えるわけでもなく、二つ違いの同世代で、身長は蓮佛美沙子の方が少し高いだけなので、遠目でもどちらがどちらなのかはっきり分かるよう工夫がなされているのだと思われる。

 

まずは醍醐の花見の場。秀吉最後のデモストレーションとなったことで有名な、今でいうイベントである。この醍醐の花見には、身内からは前田利家と豊臣秀頼のみが招かれているという設定になっており、おねは「次の天下人は前田利家様」になることを望んでいる。淀殿が秀吉の寵愛を受けており、子どもを産むことが出来なかった自分は次第にが狭くなっている。淀殿が嫌いなおねとしては、淀殿の子の秀頼よりも前田利家に期待しているようだ。史実としてはおねは次第に淀殿に対向するべく徳川に接近していくのであるが、話の展開上、今回の芝居では徳川家康は敵役となっており、おねは家康を警戒している。秀吉や利家は出てこないが、おね役の蓮佛美沙子が二人の真似をする場面がある。

二人とも映画などで歌う場面を演じたことがあるが、今回の劇でも歌うシーンが用意されている。

回想の清洲の場。前田利家と羽柴秀吉は、長屋の隣に住んでいた。当然ながら妻同士も仲が良い。その頃呼び合っていた、「まつ」「おね」の名を今も二人は口にしている。ちなみに年はおねの方が一つ上だが、位階はおねの方がその後に大分上となり、女性としては最高の従一位(「じゅいちい」と読むが、劇中では「じゅういちい」と読んでいた。そういう読み方があるのか、単なる間違いなのかは不明)の位階と「豊臣吉子」の名を得ていた。そんなおねも若い頃は秀吉と利家のどちらが良いかで迷ったそうだ。利家は歌舞伎者として有名であったがいい男だったらしい。
その長屋のそばには木蓮の木があった。二人は木蓮の木に願いを掛ける。なお、木蓮(マグノリア)は能登復興支援チャリティーアイテムにも採用されている。花言葉は、「崇高」「忍耐」「再生」。

しかし、秀吉が亡くなると、後を追うようにして利家も死去。まつもおねも後ろ盾を失ったことになる。関ヶ原の戦いでは徳川家康の東軍が勝利。まつの娘で、おねの養女であったお豪(豪姫)を二人は可愛がっていたが、お豪が嫁いだ宇喜多秀家は西軍主力であったため、八丈島に流罪となった。残されたお豪はキリシタンとなり、金沢で余生を過ごすことになる。その後、徳川の世となると、出家して芳春院となったまつは人質として江戸で暮らすことになり、一方、おねは秀吉の菩提寺である高台寺を京都・東山に開き、出家して高台院としてそこで過ごすようになる(史実としては、高台寺はあくまで菩提寺であり、身分が高い上に危険に遭いやすかったおねは、現在は仙洞御所となっている地に秀吉が築いた京都新城=太閤屋敷=高台院屋敷に住み、何かあればすぐに御所に逃げ込む手はずとなっていた。亡くなったのも京都新城においてである。ただ高台寺が公演に協力している手前、史実を曲げるしかない)。しかし、大坂の陣でも徳川方が勝利。豊臣の本流が滅びたことで、おねは恨みを募らせていく。15年ぶりに金沢に帰ることを許されたおまつは、その足で京の高台寺におねを訪ねるが、おねは般若の面をかぶり、夜叉のようになっていた。
そんなおねの気持ちを、まつは自分語りをすることで和らげていく。恨みから醜くなってなってしまっていたおねの心を希望へと向けていく。
まつは、我が子の利長が自分のために自決した(これは事実ではない)ことを悔やんでいたことを語り、苦しいのはおねだけではないとそっと寄り添う。そして、血は繋がっていないものの加賀前田家三代目となった利常に前田家の明日を見出していた(余談だが、本保家は利常公の大叔父に当たる人物を生んだ家であり、利常公の御少将頭=小姓頭となった人物も輩出している)。過去よりも今、今よりも明日。ちなみにおねが負けず嫌いであることからまつについていたちょっとした嘘を明かす場面がラストにある。
「悲しいことは二人で背負い、幸せは二人で分ける」。よくある言葉だが、復興へ向かう能登の人々への心遣いでもある。

能登演劇堂は、舞台裏が開くようになっており、裏庭の自然が劇場内から見える。丸窓の向こうに外の風景が見えている場面もあったが、最後は、後方が全開となり、まつとおねが手を取り合って、現実の景色へと向かっていくシーンが、能登の未来への力強いメッセージとなっていた。

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能登中島駅に飾られた舞台後方が開いた状態の能登演劇堂の写真

様々な衣装で登場した二人だが、最後は清洲時代の小袖姿で登場(ポスターで使われているのと同じ衣装)。劇場全体を華やかにしていた。

共に生で見るのは3回目となる吉岡里帆と蓮佛美沙子。吉岡里帆の前2回がいずれも演劇であるのに対して、蓮佛美沙子は最初はクラシックコンサートでの語り手で(ちなみにこの情報をWikipediaに書き込んだのは私である)、2度目は演劇である。共に舞台で風間杜夫と共演しているという共通点がある。蓮佛美沙子は目鼻立ちがハッキリしているため、遠目でも表情がよく伝わってきて、舞台向きの顔立ち。吉岡里帆は蓮佛美沙子に比べると和風の顔であるため、そこまで表情はハッキリ見えなかったが、ふんわりとした雰囲気に好感が持てる。実際、まつが仏に例えられるシーンがあるが、吉岡里帆だから違和感がないのは確かだろう。ただ、彼女の場合は映像の方が向いているようにも感じた。

 

二人とも有名女優だが一応プロフィールを記しておく。

蓮佛美沙子は、1991年、鳥取市生まれ。蓮佛というのは鳥取固有の苗字である。14歳の時に第1回スーパー・ヒロイン・オーディション ミス・フェニックスという全国クラスのコンテストで優勝。直後に女優デビューし、15歳の時に「転校生 -さよなら、あなた-」で初主演を飾り、第81回キネマ旬報ベストテン日本映画新人女優賞と第22回高崎映画祭最優秀新人女優賞を獲得。ドラマではNHKの連続ドラマ「七瀬ふたたび」の七瀬役に17歳で抜擢され、好演を示した。その後、民放の連続ドラマにも主演するが、視聴率が振るわず、以後は脇役と主演を兼ねる形で、ドラマ、映画、舞台に出演。育ちのいいお嬢さん役も多いが、「転校生 -さよなら、あなた-」の男女逆転役、姉御肌の役、不良役、そして猟奇殺人犯役(ネタバレするのでなんの作品かは書かないでおく)まで広く演じている。白百合女子大学文学部児童文化学科児童文学・文化専攻(現在は改組されて文学部ではなく独自の学部となっている)卒業。卒業制作で絵本を作成しており、将来的には出版するのが夢である。映画では、主演作「RIVER」、ヒロインを演じた「天外者」の評価が高い。
2025年3月9日現在は、NHK夜ドラ「バニラな毎日」に主演し、月曜から木曜まで毎晩登場、好評を博している。
出演したミュージカル作品がなぜがWikipediaに記されていなかったりする。仕方がないので私が書いておいた。

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吉岡里帆は、1993年、京都市右京区太秦生まれ。書道を得意とし、京都橘大学で書道を専攻。演技を志したのは大学に入ってからで、それまでは書道家になるつもりであった。仲間内の自主製作映画に出演したことで演技や作品作りに目覚め、京都の小劇場にも出演したが、より高い場所を目指して、夜行バスで京都と東京を行き来してレッスンに励み、その後、自ら売り込んで事務所に入れて貰う。交通費などはバイトを4つ掛け持ちするなどして稼いだ。東京進出のため、京都橘大学は3年次終了後に離れたようだが、その後に大学を卒業しているので、東京の書道が専攻出来る大学(2つしか知らないが)に編入したのだと思われる。なお、吉岡は京都橘大学時代の話はするが、卒業した大学に関しては公表していない。
NHK朝ドラ「あさが来た」ではヒロインオーディションには落選するも評価は高く、「このまま使わないのは惜しい」ということで特別に役を作って貰って出演。TBS系連続ドラマ「カルテット」では、元地下アイドルで、どこか後ろ暗いものを持ったミステリアスな女性を好演して話題となり、現在でも代表作となっている。彼女の場合は脇役では有名な作品は多いが(映画「正体」で、第49回報知映画賞助演女優賞、第48回日本アカデミー賞最優秀助演女優賞受賞)、主演作ではまだ決定的な代表作といえるようなものがないのが現状である。知名度や男受けは抜群なので意外な気がする。現在はTBS日曜劇場「御上先生」にヒロイン役で出演中。また来年の大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、主人公の豊臣秀長(仲野太賀)の正室(役名は慶=ちか。智雲院。本名は不明という人である)という重要な役で出ることが決まっている(なお、寧々という名で北政所を演じるのは石川県出身の浜辺美波。まつが登場するのかどうかは現時点では不明である)。

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二人とも良いとこの子だが、経歴を見ると蓮佛がエリート、吉岡が叩き上げなのが分かる。

カーテンコールで、先に書いたとおり小袖姿で登場した二人、やはり吉岡が下手側から、蓮佛が上手側から現れる。二人とも三十代前半だが、そうは見えない若々しくて魅力的な女の子である。

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2025年2月23日 (日)

「あさイチ プレミアムトーク」 瀧内公美 2025.2.14

NHK+で、「あさイチプレミアムトーク」を見る。ゲストは女優の瀧内公美。

次期連続テレビ小説「あんぱん」など、出演作が目白押しの瀧内公美であるが、女優デビューが遅かったということもあり、多くの人が知るレベルで売れるようになったのは近年になってからである。大河ドラマ「光る君へ」で共演した黒木華と同い年で親友だそうだが、黒木華は京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)在学中にデビューしており、最初から良い役を貰っていたこと、また黒木華は見た目が昔からほとんど変わらないのに対して、瀧内公美は比較的落ち着いた容姿であることなどから黒木華の方が若いように見える。

富山県高岡市に生まれた瀧内公美。一人っ子ということもあり、お転婆な少女ではあったようだが、育てられ方は箱入り。富山県内から出さない方針で、大学進学も「専門職を目指すなら東京に行ってもいい」という感じだったようである。小学校教諭を目指して「恥を知れ」の校訓で有名な(?)大妻女子大学に進学。富山県でも富山大学教育学部などに進めば小学校教諭にはなれるが、誤魔化した(?)そうである。富山大学は国立で難しいだろうからねえ。富山県の私立大学はパッとしないし(出身地の高岡にある高岡法科大学は近く廃校になることが決まっている。ということで富山県内の私立大学は富山国際大学1校のみとなった)。そのまま小学校の先生になるつもりであったが、大学4年の時に都内で撮影現場に出くわし、勢いでエキストラに応募。その場で事務所に入ることも決定し、あれよあれよという間に女優になってしまったようである。今でも出演したい作品のある映画監督の下に直接通うなど、かなり積極的な性格であることが窺える。

映画に関してはオタクを通り越してマニア級であり、映画祭の受賞作品を調べて全て観たり、休日には事前にスケジュールを決めて最高5本観たりという生活を送っているらしい。どの映画館に何時に行って、移動に何分要して、食事はどこで入れるかなど徹底的にシミュレートしてから行くようだ。

これは瀧内公美ではなく伊原六花の話になるが、伊原六花は「観劇マニア」を自認しており、色々なところに観に出掛けていて「沢山勉強した」気になっていたが、他の俳優さんはもっと観ているということを知り、ジャンルを小劇場や大衆演劇にまで拡げたそうである。芝居と映画の違いはあるが、おそらく瀧内公美も「もっと観ている人」の一人になるのだろう。瀧内公美に関しては観た映画の演技を参考にすることはよくあるようだ。

今度、久しぶりに長い休みが取れるそうで、旅行に行きたいというので良い行き先を募集したところ、「世界60カ国を回りましたが」といったような猛者が次々に現れて「良かった場所」を紹介していた。

男を誘惑するような色っぽい役も多い瀧内公美であるが、「色気を出すにはどうしたらいいでしょうか?」の質問に「私、色気ないからなあ」。確かに今日の番組で見た限りは、どちらかというと地は男っぽい性格に見える。ただ、富山時代を知っている古い友人の投稿によると、根はずっと可愛い人らしい。
ちなみに色気を出すには「抑えること」が必要になるようだ。確かに思いっきり婀娜っぽくやると色気があるというより下品になる。

瀧内公美に関する記事をX(旧Twitter)にポストしたら、彼女がヒロインを演じる映画「レイブンズ」にフォローされてしまった。これ、「絶対、観に来い」ってことじゃないか。行くけど。

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2025年1月17日 (金)

これまでに観た映画より(364) コンサート映画「Ryuichi Sakamoto|Playing the Orchestra 2014」

2025年1月15日 新京極のMOVIX京都にて

MOVIX京都で、コンサート映画「Ryuichi Sakamoto|Playing the Orchestra 2014」を観る。WOWOWの制作で、WOWOWやYouTubeLiveで流れたものと同一内容である。ただ映画館で観ると迫力がある。来場者にはオリジナルステッカーが配られた。

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2014年4月4日、東京・溜池のサントリーホールでの公演の収録。オーケストラは東京フィルハーモニー交響楽団で、コンサートマスターは三浦章宏である。

2013年にも、東京と大阪で「Playing the Orchestra」公演を行っている坂本龍一。オーケストラはやはり東京フィルハーモニー交響楽団。ただこの時は栗田博文が指揮者を務めており、「八重のテーマ」とアンコール曲の「Aqua」のみ坂本自身が指揮を行っている。坂本自身は出来に引っかかりを覚えたようで、翌年に自身の指揮による「Playing the Orchestra」公演を行うことを決めたようである。
なお、私自身は「Playing the Orchestra 2013」は、大阪・中之島のフェスティバルホールで聴いており、それが新しくなったフェスティバルホールでの初コンサート体験であった。だが、2014には行っていない。行っておけば良かったのかも知れないが。

坂本龍一は指揮とピアノを担当。指揮だけの時もあれば弾き振りを行う場面もある。ピアノの蓋を取り、鍵盤が客席側に来る弾き振りの時のスタイルでの演奏。弦楽はドイツ式の現代配置である。
東京フィルハーモニー交響楽団は通常のフル編成のオーケストラの約倍の楽団員を抱えているため、坂本龍一も「昨年の公演にも参加してくれた方もいれば初めての方もいる」と紹介していた。

曲目は、「Still Life」、「Kizuna」、「Kizuna World」、「Aqua」、「Bibo no Aozora(美貌の青空)」、「Castalia」、「Ichimei-No Way Out」、「Ichimei-Small Happiness~Reminiscence」、「Bolerish」、「Happy End」、「The Last Emperor」、「Ballet Mèchanique」(編曲:藤倉大)、「Anger-from untitled 01」、「Little Buddha」。アンコール曲目「Yae no Sakura(八重の桜)」メインテーマ、「The Sheltering Sky」、「Merry Christmas Mr.Lawrence(戦場のメリークリスマス)」

「The Last Emperor」の後半と、「Merry Christmas Mr.Lawrence」の後半以外はノンタクトでの指揮である。坂本は左利きだが、指揮棒は右手に持つ。

マイクを手にトークを入れながらの進行。坂本は指揮の訓練は受けていないため、本職の指揮者に比べると細部の詰めが甘いのが分かるが、自作自演であるため、作曲者としての坂本龍一が望む音が分かるという利点もある。

「Ichimei」は、市川海老蔵(現・十三代目市川團十郎白猿)主演の映画の音楽だが、レコーディング初日が2011年3月11日だったそうで、東京のスタジオも揺れたそうだが、坂本は録音機材などが倒れないよう支えていたという話をしていた。

「Bolerish」は、ブライアン・デ・パルマ監督の映画のための音楽であるが、デ・パルマ監督から、「ラヴェルの『ボレロ』に限りなく近い音楽を作ってくれないかと言われ、それをやったら作曲家として終わる」と思ったものの、結局、似せた音楽を書くことになったようである。ラヴェル財団からは本気で訴えられそうになったそうだ。「古今東西、映画監督というのはわがままな人種で」と坂本は放す。別に本物のラヴェルの「ボレロ」を使っても良かったような気がするのだが。ラヴェルの「ボレロ」は今は著作権がグチャグチャなようだが。

「Ballet Mèchanique」は、「藤倉大君というロンドン在住のまだ三十代の現代音楽の作曲家なのですが」「子どもの頃からYMOや僕の音楽を聴いて育ったそうで」自分から編曲を申し出たそうである。
この「Ballet Mèchanique」は、坂本本人のアルバムにも入っているが、元々は岡田有希子に「WONDER TRIP LOVER」として提供されたもので、その後に中谷美紀に「クロニック・ラヴ」として再度提供されている。歌詞は全て異なる。セールス的には連続ドラマ「ケイゾク」の主題歌となった「クロニック・ラヴ」が一番売れたかも知れない。

「Little Buddha」は、ベルナルト・ベルトルッチ監督の同名映画のメインテーマであるが、何度も駄目出しされて、書き換えるたびにカンツォーネっぽくなっていったことを坂本が以前、インタビューで述べていた。「彼(ベルトルッチ監督)は自分が音楽監督だと思っているから」とも付け加えている。ベルトルッチとは、「ラストエンペラー」、「シェルタリング・スカイ」、「リトル・ブッダ」の3作品で組んでいるが、最初の「ラストエンペラー」も「1週間で書いてくれ」と言われ、それは無理なので2週間にして貰ったが、中国音楽のLPセットを聴いた後で作曲に取りかかり、不眠不休で間に合わせたそうである。オーケストレーションまでは手が回らなかったので他の人に任せている。

「八重の桜」は同名のNHK大河ドラマのテーマ音楽であるが、オリジナル・サウンドトラックにはなぜか指揮者の名前がクレジットされていない。指揮をしたのは尾高忠明である。

「戦場のメリークリスマス」の次にといっても過言ではないほどの人気曲である「シェルタリング・スカイ」であるが、個人的な思い出のある曲で、高校2年の時の芸術選択の音楽の授業でピアノの発表会があり、私は作曲されたばかりの「シェルタリング・スカイ」(ピアノ譜はなかったが、エレクトーンの雑誌に大まかな譜面が載っており、細部は適当にアレンジした)を弾いて学年1位になっている。ピアノを独学で弾き出してから間もない頃のことである。

説明不要の「戦場のメリークリスマス」。1989年のクリスマスイブ、テレビ朝日系の深夜枠で、坂本龍一がピアノで自作曲を弾くというミニコンサートのような番組をやっていた。それを録画して見たのが、「ピアノをやってみたいなあ」と思ったきっかけである。

 

演奏の出来としては、坂本がピアノに徹した2013の方が上かも知れない。曲目も2013の方が受けが良さそうである。ただ歴史的価値としては、自身で全曲指揮を行った2014の方が貴重であるとも思える。

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2024年12月 1日 (日)

「徹子の部屋」 ゲスト:仲野太賀 2024.11.5

2024年11月5日

テレビ朝日系(こちらではABCテレビ)「徹子の部屋」に俳優の仲野太賀が登場。俳優の中野英雄の息子(次男)で二世俳優となる。再来年の大河ドラマ「豊臣姉弟!」で主役の、羽柴小一郎や大和大納言の名でも知られる豊臣秀長(羽柴秀長)を演じることが決まっている。
黒柳徹子は、「今年の朝ドラのヒロイン(「虎に翼」の伊藤沙莉)の夫(佐田優三役)を演じて話題になり」「ロスを生んだ」と紹介した。ちなみに仲野は、伊藤沙莉演じる寅子の二番目の夫の役を演じた岡田将生と友人であり、朝ドラに出演が決まった時も岡田に報告して、
仲野太賀「今度朝ドラ出るんだ」
岡田将生「へえ、どんな役?」
仲野「ヒロインの伊藤沙莉ちゃんの夫役」
岡田「え?」
となったそうだ。
また早くに亡くなるので、岡田に、「絶対ロスを生んでやる」と意気込んでいたという。

父親の中野英雄のことを、「宣伝隊長」と呼んでおり、私も今日の「徹子の部屋」のことは、中野英雄のXのポストで知った。
仲野は母親の影響で「徹子の部屋」に出るのが夢だったそうだ。

実は、丁度30年前の1994年に当時29歳の中野英雄が「徹子の部屋」に出演しており、その時のVTRが紹介される。鈴木保奈美主演のCX系連続ドラマ「愛という名のもとに」で、今で言うパワハラを受けて自殺してしまう「チョロ」というあだ名の青年を演じて話題になっていた頃である。「1歳の子」の話が出てくるが、これが現在31歳になる仲野太賀のことである。ちなみに長男の名は武尊(たける)で名付け親は柳葉敏郎だそうだが、太賀の名は中野本人が付けたそうで、「大河ドラマに出れるように(ママ)と思ったんですけど、字はちょっと変えてね。僕が無理なんで子どもにだけは大河に出て主役でも張っていただかないと(ママ)」と発言している。仲野太賀もこの話は知らなかったようで、「軽い衝撃映像みたいになってますよね」。自分の名前の由来も初めて知ったようだ。

中野英雄は柳葉敏郎の付き人であったが、柳葉が所属していた一世風靡セピアのマネージャーのようなことをしていた。一世風靡セピアのマネージャーなので元はかなりやんちゃである。柳葉敏郎のことは、太賀は生まれた頃から知っていて、親戚のおじさん気分だったのが同じ俳優となって不思議な感じだという。

ただ中野家では母親の方が柱のような存在であったようで、太賀はかなりのお母さんっ子として育ったようである。子役のオーディションを受けさせられたこともあったようだが、嫌がって裸足で逃げ出したそうだ。

転機は小学校5年生の時に、ドラマ版の「ウォーターボーイズ」を見たことで、主演の山田孝之に憧れ、市民プールに行ってシンクロナイズドスイミング(現在はアーティスティックスイミングになっている)の真似をしていたが、「やりたいのこれ(シンクロ)じゃないな。俺は俳優になりたいんだ」と気づいて、俳優志望へと転じて13歳でオーディションに合格し、現在まで俳優を続けている。山田孝之とは現在公開中の映画「十一人の賊軍」で共演している。幕末の戊辰戦争時の越後新発田藩の話である。剣豪の役なのだが、殺陣の経験が全くなかったため、下手すぎて白石和彌監督に「キャスティング間違えたか」という顔をされたそうだが、最後は「阪妻(阪東妻三郎)みたいだったよ」と褒めて貰えたそうである。

最初は二世俳優だと思われることが嫌で隠し、父親にも「息子だと言わないで」と釘を刺して、太賀の芸名で出ていたが、「苗字ないのもな」と思い、本名の「中野」から字を変えて「仲野」の苗字を付けた。「仲間」を大切にするという意味で「仲」の字に変えたと聞いている。ちなみに中野英雄は息子の願望を無視して、あちこちで、「息子なんだ」と広めていたらしい。

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