カテゴリー「映画音楽」の65件の記事

2022年3月31日 (木)

コンサートの記(772) 原田慶太楼指揮 京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2021(年度)「発見!もっとオーケストラ!!」第4回「オーケストラ・ミーツ・シネマ」

2022年3月27日 京都コンサートホールにて

午後2時から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2021(年度)「発見!もっとオーケストラ!!」第4回「オーケストラ・ミーツ・シネマ」を聴く。映画で使われたクラシック音楽や映画音楽をフィーチャーした演奏会。指揮は、史上最高の映画音楽作曲家の一人であるジョン・ウィリアムズの弟子にして友人である原田慶太楼。京響の2月定期に出演するはずが、アメリカでの仕事を終えて日本に向かった場合、コロナ待機期間を満たせないという理由で降板した原田慶太楼(ガエタノ・デスピノーサが代役を務めた)。今回のオーケストラ・ディスカバリーには十分間に合った。
1985年に生まれ、高校からアメリカで学び始めた原田慶太楼。吹奏楽の指揮者として知られるフレデリック・フェネルにまず師事。複数の大学で音楽を学んだ後、シンシナティ交響楽団とシンシナティ・ポップス・オーケストラ(主に演奏する曲目が違うだけで両者は同一母体である)などのアソシエイト・コンダクターなどを経て、現在はジョージア州のサヴァンナ・フィルハーモニックの音楽&芸術監督として活躍している。「題名のない音楽会」など、メディアへの出演も多く、2021年春からは東京交響楽団の正指揮者に就任し、日本でもポストを得ている。京都市交響楽団とは、ロームシアター京都メインホールで行われた、ジョン・ウィリアムズの楽曲を中心としたコンサートで共演している。今日は全編、ノンタクトでの指揮。


曲目は、リヒャルト・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはこう語った(かく語りき)」冒頭(オルガン:桑山彩子)、エルガーの行進曲「威風堂々」第1番(合唱:京響コーラス)、ポンキエルリの歌劇「ジョコンダ」から「時の踊り」、ジョン・ウィリアムズの「シンドラーのリスト」からメインテーマ(ヴァイオリン独奏:石田泰尚)、ロジャース&ハマースタインⅡ世の「サウンド・オブ・ミュージック」セレクション、久石譲の「千と千尋の神隠し」から「あの夏へ」(ピアノ独奏:佐竹裕介)、ジョン・ウィリアムズの「ハリー・ポッターと賢者の石」から「ヘドウィグのテーマ」(チェレスタ独奏:佐竹裕介)、「スター・ウォーズ」から「インペリアル・マーチ(ダース・ベイダーのテーマ)」、「スター・ウォーズ」から「運命の決闘」(合唱:京響コーラス)、シベリウスの交響詩「フィンランディア」

前半は、「2001年宇宙の旅」に使われた「ツァラトゥストラはこう語った」の冒頭、ディズニー映画の「ファンタジア」で使われた「威風堂々」第1番と「時の踊り」というクラシック作品が演奏され、その後は映画のためのオリジナル曲を経て、ロシアの圧政に苦しんでいた時代のフィンランドの音楽である交響詩「フィンランディア」に至るというプログラム。

今日のコンサートマスターは京響特別客演コンサートマスターの「組長」こと石田泰尚。泉原隆志は降り番で、フォアシュピーラーに尾﨑平。今日はヴァイオリン両翼配置での演奏である。
管楽器の首席奏者は前半にほぼフル登場。フルート首席の上野博昭、ホルン首席の垣本昌芳は前半のみの出演となった。

ナビゲーターは、オーケストラ・ディスカバリーではお馴染みとなったロザンの二人が務める。


リヒャルト・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはこう語った」。ヴァイオリン両翼配置のせいか、原田慶太楼が京都コンサートホールの音響に慣れていないためか、あるいは私が座った席が悪かったのか、もしくはその全てか、いつもに比べて音がモヤモヤしており、直接音が弱めに聞こえる。その後、どんどん音響が良く聞こえるようになったので、私の席や耳の問題か、原田と京響が響きをさりげなく調整したのか、音響に関する不満はなくなっていった。

エルガーの行進曲「威風堂々」第1番では「英国第2の国歌」と言われる部分を京響コーラスが歌うのだが、最初の場面では、オーケストラサウンドに隠れて声が思うように届かず。不織布マスクを付けての歌唱と言うことで、声量が十分出なかったのかも知れない。再度合唱が入る場面では、前回よりは声が通って聞こえた。

ロザンは、菅ちゃんが大の映画好きということで、楽しそうである。宇治原には映画を観ているようなイメージはないが、実際にどうなのかは分からない。

原田が菅ちゃんに、「今日は豪華です」と京響コーラスを紹介するも、菅ちゃんは、「あの背中向けてる人」とパイプオルガン独奏の桑山彩子にまず興味を持ったようだった。
今日も宇治原が楽曲解説などを真面目に行い、菅ちゃんがかき回すというパターンである。

ポンキエルリの歌劇「ジョコンダ」から「時の踊り」はラストで急速な加速を行い、聴衆の興奮をあおる。原田は若いだけあって、キビキビとした指揮姿であり、体中からエネルギーがほとばしる様が見えるかのようだ。


ジョン・ウィリアムズの「シンドラーのリスト」。私もロードショー時に映画館で観た作品である。どぎついシーンもあるということで、全編モノクロームの映画となっている。
ヴァイオリン独奏の石田泰尚に、菅ちゃんが「昔、悪かったでしょう?」と聞くも、原田は、「いや、ナイスガイだと思いますよ」とフォロー(?)していた。
オリジナルはイツァーク・パールマンが、磨き上げられた厚みのある音で歌った美演であったが、石田のヴァイオリンソロはそれに比べると陰影がクッキリしており、良い意味で日本人的感性にフィットする独奏であったと思う。


ロジャース&ハマースタインⅡ世による「サウンド・オブ・ミュージック」セレクション。「サウンド・オブ・ミュージック」もヒットナンバーがずらりと並ぶ名作ミュージカル。反ナチスのプロパガンダ映画という側面があるが、そういう見方をしなくても楽しめる作品である。私は、小学校、中学校、高校で計4回、この映画を見せられている。ということで、見飽きてしまい、自分ではなかなか食指が動かない作品になってしまった。高校1年生の音楽の授業では、「サウンド・オブ・ミュージック」の1場面を演じることになり、私は、トラップ大佐の「ロルフ、君は騙されているんだ」というセリフを日本語で語り、「すべての山に登れ」を同じグループの人と英語詞で合唱した。そんな思い出が今も鮮やかに脳裏に浮かぶ。
映画は積極的に観ることはなかったが、「サウンド・オブ・ミュージック」のCDはテラークから出ていたものを買って何度も聴いている。エリック・カンゼル指揮シンシナティ・ポップス・オーケストラによるものであった。90年代には、ジョン・ウィリアムズ指揮ボストン・ポップス・オーケストラ(こちらはボストン交響楽団の団員のうち、首席奏者を除いたメンバーで構成されており、ボストン交響楽団と同一ではない)とエリック・カンゼル指揮シンシナティ・ポップス・オーケストラが人気を二分していた。

選ばれたのは、「サウンド・オブ・ミュージック」「恋のゆくえは」「ひとりぼっちの羊飼い」「私のお気に入り」「もうすぐ17歳」「さようなら、ごきげんよう」「ド・レ・ミの歌」「エーデルワイス」「ふつうの夫婦」「誰も止められない」「マリア」「すべての山に登れ」。ちなみに「ド・レ・ミの歌」は、各国で翻訳が違い、「ミ」はという話になったところで、客席にいたちびっ子が、「me,for myself」と答えを歌っていた。
編曲者は不明だが、生き生きとした描写力の高い演奏が続く。
演奏終了後、原田はスキップしながら再登場していた。


第2部。久石譲の「千と千尋の神隠し」より「あの夏へ」。久石譲のコンサートでは作曲者自身がアンコール曲として弾くことも多い曲だが、佐竹裕介のピアノもリリカルで、京響の響きも日本のオーケストラらしい弱音の美学を体現していた。


ジョン・ウィリアムズの「ハリー・ポッターと賢者の石」から「ヘドウィグのテーマ」。映画監督からもしくは原作者からという二つの説があるが、「魔法の様な音が欲しい」と言われたジョン・ウィリアムズは、ある楽器を選ぶ。原田が客席に、「ヴァイオリンだと思う人」「ハープだと思う人」と聞いていくが、ジョン・ウィリアムズが選んだのは、チェレスタであった。結構有名な話、というより「ハリポタ」シリーズの映画を観た人は知っている情報である。原田は、チェレスタを独奏する佐竹裕介に、「魔法のような音出して」と言うも、佐竹が奏でたのは、新幹線が目的駅に近づいた時に流れるベルの旋律。その後、原田の求めで、「ヘドウィグのテーマ」の冒頭のチェレスタソロが演奏された。
菅ちゃんが、「魔法っぽいと思った人」と客席に聞くが、続いて「新幹線っぽいなあと思った人」と聞いて宇治原に突っ込まれる。

ジョン・ウィリアムズのアシスタントとして、本番でウィリアムズが指揮する際の前振りなども行っているという原田。自信と確信に溢れた音運びである。

ちなみに、スティーヴン・スピルバーグをゲストに招き、スピルバーグとウィリアムズがトークを行うイベントでも原田は指揮を担い、トークが一段落してからウィリアムズの音楽を奏でるという仕事もしたことがあるそうだ。


ジョン・ウィリアムズの「スター・ウォーズ」から「インペリアル・マーチ(ダース・ベイダーのテーマ)」と「運命の決闘」。「運命の決闘」では、合唱を受け持つ京響コーラスが、最後の音で全員が右手を突き出していた。

ここで、菅ちゃんが花束を持って登場。チェロの古川真差男は、このコンサートをもって京都市交響楽団を定年退職するというので、原田から花束が贈られる。古川は、「大学時代から京都市交響楽団で演奏していた」と語る。菅ちゃんが、「どこの大学ですか?」としつこく聞くので、古川は「京都市立芸術大学」と答え、菅ちゃんが宇治原に、「どうですか? 京都市立芸術大学」と聞き、京大芸人の宇治原が「まあまあやね」と答えて菅ちゃんに頭をはたかれる。これがやりたかったらしい。
余談だが、京都市立芸術大学は、音楽学部は一部の専攻を除いてそうでもないが、美術学部は受験科目が他の美大よりも多いため、併願が難しいことで知られている。例えば東京芸術大学と京都市立芸術大学の美術学部を併願しようとなった場合、京都市立芸大の方が東京芸大より入試の試験科目が多いため、本命を京都市立芸大にして勉強しないと少なくとも両方受かるのは難しい。
とまあ、ロザンに乗って受験の話をしてみたが、正直、自分が受けるわけでもないのでどうでもよかったりする。

それよりも重要なのはサプライズがあったということで、原田と京響チェロ奏者達の提案で、古川がプリンシパルの位置で「フィンランディア」を弾くことになる。特別首席チェロ奏者であるチェロ康こと山本裕康と場所を入れ替えての演奏である。

宇治原が、「フィンランディア」が書かれた当時、フィンランドがロシアの圧政に苦しんでいたことを紹介してから演奏スタート。京響は鳴りが実に良い。京響コーラスは、日本語での歌唱(翻訳者不明)で「スオミ(フィンランドで自国と自国民を指す言葉)の平和の里」と、平和へのメッセージを歌い上げた。


アンコール演奏は、「美女と野獣」より。この曲でも京響コーラスは日本語の歌詞を歌った。
なお、今回は、原田が新しい才能にチャンスを与えるプロジェクトを手掛けているということで、山本菜摘による新編曲版での初演となる。ウインドマシーンやレインスティックといった比較的珍しい楽器を取り入れた編曲であった。山本菜摘は会場に駆けつけており、ステージ上から原田に紹介されたが、若くて可愛らしい女性で、作・編曲家らしい雰囲気は纏っておらず、驚いた。

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2022年2月20日 (日)

これまでに観た映画より(283) スティーヴン・スピルバーグ監督「ウエスト・サイド・ストーリー」

2022年2月15日 MOVIX京都にて

新京極のMOVIX京都でスティーヴン・スピルバーグ監督のミュージカル映画「WEST SIDE STORY ウエスト・サイド・ストーリー」を観る。先頃亡くなったスティーヴン・ソンドハイムの作詞、レナード・バーンスタイン作曲の最強ミュージカルである「ウエスト・サイド・ストーリー(ウエスト・サイド物語)」。1曲ヒットナンバーがあれば大成功というミュージカル界において、全曲が大ヒットというモンスター級の作品であり、シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」の舞台をニューヨークのスラム街に置き換え、ポーランド系移民のジェッツとプエルトリコ移民によるシャークスという少年ギャングの対立として描いて、世界中の若者の共感も呼んでいる。

1961年に公開された映画「ウエスト・サイド物語」も大ヒットしており、名画として認知されているが、出演俳優がその後、なぜか不幸に見舞われるという因縁でも知られている。マリアを演じたナタリー・ウッドは、1981年、映画の撮影中に水死。事故とされたが、最近に至るまで殺害説がたびたび浮上している。トニー役のリチャード・ベイマーは、一時的に俳優のキャリアを中断している。ベルナルド役のジョージ・チャキリスも映画よりもテレビドラマなどに活動の場を移しているが、日本では小泉八雲ことラフカディオ・ハーンを演じた「日本の面影」に出演しており、私が初めてジョージ・チャキリスという俳優を知ったのも「日本の面影」においてである。


1961年の「ウエスト・サイド物語」と、今回の「ウエスト・サイド・ストーリー」とでは、設定や舞台、歌の担い手、ラストの解釈などが大きく異なっている。

スピルバーグ版「ウエスト・サイド・ストーリー」のキャストは、アンセル・エルゴート(トニー)、レイチェル・ゼグラー(マリア)、アリアナ・デボーズ(アニータ)、デヴィット・アルヴァレス(ベルナルド)、マイク・ファイスト(リフ)、ジョシュ・アンドレス(チノ)、コリー・ストール(シュランク警部補)、リタ・モレノ(バレンティーナ)ほか。リタ・モレノは、「ウエスト・サイド物語」で、アニータを演じ、アカデミー助演女優賞などを受賞した女優であり、今回の映画の製作総指揮も彼女が務めている。

脚本はトニー・クシュナーが担当しており、細部にかなり手を加えている。

指揮を担当するのは世界的な注目を浴びているグスターボ・ドゥダメル。ニューヨーク・フィルハーモニックや手兵のロサンゼルス・フィルハーモニック(コロナによりニューヨークでの録音が出来なくなったための追加演奏)からシャープにしてスウィング感にも溢れる極上の音楽を引き出している。

「ウエスト・サイド物語」では、リタ・モレノ以外は、白人のキャストがメイクによってプエルトリコ人に扮して演技を行っていたが、今回の「ウエスト・サイド・ストーリー」では、プレルトリコ移民側は全員、ラテンアメリカ出身の俳優がキャスティングされている。また、プエルトリコ移民は英語も話すが、主として用いる言語はスペイン語であり、プエルトリコ移民同士で話すときはスペイン語が主となるなど、リアリティを上げている。デヴィッド・ニューマン編曲によるスペイン語によるナンバーも加わっている。

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映画はまず、リンカーン・センター(メトロポリタン歌劇場や、ニューヨーク・フィルハーモニックの本拠地であるデヴィッド・ゲフィン・ホールなどが入る総合芸術施設)の工事現場の上空からのショットで始まる。マンハッタンのウエスト・サイドがスラム街から芸術の街に変わっていく時代を舞台としている。と書くと美しく聞こえるが、それまでその土地で暮らしていた人が住み家や居場所を失うということでもある。皮肉にも――と書くのはおかしいかも知れないが――彼らを追い込み追い出すのは、映画やミュージカルも含む芸術なのである。ジェッツのメンバーが、リンカーン・センター建設の工事現場地下からペンキを盗み出し、プエルトリコの国旗が描かれたレンガにぶちまけ、それを見たシャークスの面々と乱闘になる。

今回の映画では、ジェッツのメンバーの主力がポーランド系移民とは示されず(トニーはポーランド系移民であることが明かされる場面がある)、白人対有色人種の構図となっている。ヒスパニック系住民の増加は、現代アメリカの重要問題となっており、将来、英語を母語とする人種を数で上回るのではないかといわれている。また、ジェッツの取り巻きには、外見は女性だが内面は男性というトランスジェンダーのメンバーがおり、LGBTQの要素も入れている。

「ウエスト・サイド・ストーリー」といえば、ダンスシーンが有名だが、今回一新されたジャスティン・ペック振付によるダンスはキレも迫力も抜群であり、カメラ自身が踊っているような優れたカメラワークも相まって見物となっている。

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トニー(本名はアントン)は、傷害罪で逮捕され、刑務所で1年間の服役を終えて仮出所中という設定になっており、ベルナルドはボクサーとしても活躍しているということになっている(格闘のシーンではなぜかトニーの方がベルナルドより強かったりする)。

リフが歌う「クール」であるが、これがトニーの歌に変わっており、「クラプキ巡査どの」は警察署に拘留されたジェッツのメンバーによる戯れの劇中劇のような形で歌われる。「Somewhere」が、今回のバージョンのオリジナルキャラクターであるバレンティーナの独唱曲として懐旧の念をもって歌われる場面もある。

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決闘の場が塩の保管倉庫になっていたり、ラストシーンの舞台がバレンティーナが営む商店のそばになるなど、異なる場面は結構多い。ベルナルドの腰巾着的立場であったチノが幅のある人間として描かれているのも意外だが、映画全体の奥行きを出すのに一役買っている。

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シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」は人間の愚かしさを恋愛劇という形で描き上げた作品であるが、1961年の「ウエスト・サイド物語」のラストシーンでもマリアが人間の愚かしさを憎むような表情で退場していた。ただ、今回の「ウエスト・サイド・ストーリー」では憎しみというよりも運命の受け容れに近いように見える。時を経て、差別に対しては憎悪よりもある程度の受け容れが重要であると認識が変わってきたことを表しているようでもある。

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2022年2月13日 (日)

これまでに観た映画より(280) 「シン・ゴジラ」

2022年2月9日

Blu-rayで、日本映画「シン・ゴジラ」を観る。「エヴァンゲリオン」シリーズの庵野秀明が脚本と総監督を務めた作品であり、豪華キャストでも話題になった。

出演は、長谷川博己、竹野内豊、石原さとみ、高良健吾、市川実日子、高橋一生、余貴美子、手塚とおる、渡辺哲、津田寛治、柄本明、嶋田久作、國村隼、平泉成、大杉漣ほか。その他にも有名俳優や、映画監督などがちょい役で出ている。ゴジラの動きは、野村萬斎の狂言での動きをコンピュータ解析したものである。

「ゴジラ」は第1作で、核の問題を描いた社会派の作品だった。その後、国民的特撮映画となってからは、人類の味方であるゴジラや、可愛らしいゴジラが描かれるなど、エンターテインメントの要素が強くなる。
私が初めて「ゴジラ」の映画を観たのは、1984年のことで、沢口靖子や武田鉄矢が出ていた作品である。現在のミニシアターとなる前の千葉劇場(千葉松竹)に母と二人で観に行った。1984年の「ゴジラ」も原点回帰作としても話題になったが、「シン・ゴジラ」もまた庵野秀明色を出しつつ、第1作目の「ゴジラ」のメッセージに帰った社会的な作品である。

「シン・ゴジラ」で描かれているのは、人々がゴジラというものを知らないパラレルワールドの現代日本である。そして作品全体が福島第一原子力発電所事故のメタファーとなっている。

3.11以前、準国営企業である各電力会社は、「日本の原発は安全です」と安全神話を振りまいていた。だが、福島第一原子力発電所が津波に襲われたことにより、事態は暗転。史上最悪レベルの原発事故を起こした日本は、これまで獲得してきた全世界からの信用を一気に失いかねない一大危機に陥る。そんな時であっても、政府は国民への呼びかけという最も大事な役割を果たすことが出来ず、菅直人内閣の信頼は地に落ちる。
菅直人は東京工業大学出身の理系の宰相で、放射線の波形などが読めるため、それを監視するのが自身がなすべき仕事と考えたようだが、結果としては傍から見ると引きこもっているようにしか思われず、また福島第一原発に乗り込んでもいるのだが、それが首相がまずすべきことなのかというと大いに疑問である。
「シン・ゴジラ」でも、対応が後手後手に回るという、いかにも日本らしい判断力の弱さが露呈し、いざとなったらアメリカ様頼りという悪い癖も描かれている。

原発安全神話があった頃、「そんなに安全だというなら、東京湾に原発を作ればいいじゃないか」という皮肉が反原発派から発せられたが、「もし東京湾の原発がメルトダウンを起こしたら」という話を、ゴジラとの戦いという形で上手く描いているように思う。個人的には余り好きな展開ではなかったが、「問題を描く」という意志は評価したい。

庵野秀明が総監督ということで、音楽も鷺巣詩郎の「エヴァンゲリオン」シリーズのものが用いられていたり、字幕に使われるフォントや短いカットによる繋ぎなど、「エヴァ」的な演出が意図的に用いられていて、全体が庵野カラーに染め抜かれている。
一方で、オープニングやエンディングは、「ゴジラ」第1作へのオマージュのような映像(というよりそれそのもの)が用いられており、エンディングも伊福部昭の音楽によるお馴染みのもので、いつとも分からぬ時代に迷い込んでしまったような独自の趣を醸し出している。「シン・ゴジラ」が「ゴジラ」第1作の正統的な後継作であるとの庵野監督の矜持も垣間見える。

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2022年2月 8日 (火)

これまでに観た映画より(278) 「風と共に去りぬ」

2014年12月6日

DVDで、ハリウッド映画「風と共に去りぬ」を観る。誰もが知っている名画の一つ。マーガレット・ミッチェルの唯一の小説の映画化。戦中の製作であるが、少なくともこんな映画を作っている国に戦争を挑んでも勝ち目はないと思われる。

アメリカ唯一の内戦である南北戦争を背景にした男女の恋物語である。客観的に見ると男を手段として用いるスカーレット・オハラ(ヴィヴィアン・リー)は計算高すぎるし、レット・バトラー(クラーク・ゲーブル)は単にモテるだけの嫌な男なのだが、南側の立場から南北戦争を描いていることと、緻密な心理描写も重なり、見応えのある劇になっている。

監督:ヴィクター・フレミング。製作:デイヴィッド・O・セルズニック。出演:ヴィヴィアン・リー、クラーク・ゲーブル、レスリー・ハワード、オリヴィア・デ・ハヴィランド、トーマス・ミッチェル、バーバラ・オニール、ハティ・マクダニエル、イヴリン・キース、アン・ラザフォード他。音楽:マックス・スタイナー。


タラの屋敷が実は画によるものだったりと、色々と種明かしされているが、凝ったセットを用いた完成度の高い仕上がりである。後半はメロドラマに過ぎるといえなくもないが。


アカデミー賞で9部門を受賞しているが、現在では映画音楽としてトップレベルの知名度を誇る「タラのテーマ」を含む音楽部門は、この年は当たり年だっため受賞していない。

受賞こそしていないが、アシュレー役のレスリー・ハワードとオリヴィア・デ・ハヴィランドは主役であるヴィヴィアン・リーやクラーク・ゲーブル以上に洗練された演技を見せており、助演男優賞や助演女優賞を受けてもおかしくないハイレベルに達している(助演女優賞は、この映画で黒人のメイドを演じたハティ・マクダニエルが黒人初となる受賞を勝ち得ている)。

1939年度のアカデミー賞で受賞したのは、作品賞、監督賞、主演女優賞、助演女優賞、脚色賞、撮影賞、室内装飾賞、編集賞、特別賞である。

このDVDでは、ラストのスカーレット・オハラのセリフが、「明日は明日の風が吹く」ではなく、「明日は必ず約束されているのだから」という新しい訳になっている。

DVDは、地デジ対応以前の画像サイズで、現在のモニターだと左右が切れる形になる。Blu-rayだとそういうことはなさそうだ。

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2022年1月12日 (水)

コンサートの記(758) ジョン・アクセルロッド指揮 京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2021「発見!もっとオーケストラ!」第3回「物語とオーケストラ」

2021年12月5日 京都コンサートホールにて

午後2時から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2021「発見!もっとオーケストラ!」第3回「物語とオーケストラ」を聴く。今回の指揮者は、京都市交響楽団首席客演指揮者のジョン・アクセルロッド。ナビゲーターはガレッジセールの二人。

曲目は、ロッシーニの歌劇「ウィリアム・テル」序曲、ワックスマンの「カルメン幻想曲」(ヴァイオリン独奏:服部百音)、ジョン・ウィリアムズの「スター・ウォーズ」メインテーマ、チャイコフスキーのバレエ組曲「くるみ割り人形」(ナレーション:福山俊朗)。

今回は開演前にロビーコンサートがあり、ジョン・アクセルロッドが電子ピアノを弾く。
「ヒーロー」がテーマであり、まずチェレスタの音色で「ハリー・ポッター」のメインテーマが奏でられる。
アクセルロッドは続いて自分自身のヒーローだというJ・S・バッハの「平均律クラーヴィア」曲集よりプレリュードを弾いた。
また質問も受け付け、音楽家になるにはとの質問に、「まず音楽への愛を持って学ぶ必要」があり、そして「プラクティス、プラクティス、プラクティス(練習、練習、練習)」だそうである。呼吸をするように音楽が出来るようになれば、音楽家になれるだろうとのことであった。アクセルロッドは、「皆さんのヒーローは誰ですか? スーパーマンですか? スパイダーマンですか? 侍ですか?」と聞いていた。

今日のコンサートマスターは泉原隆志。フォアシュピーラーに尾﨑平。フルート首席の上野博昭は降り番。オーボエ首席の髙山郁子とクラリネット首席の小谷口直子は全編に出演する。


ロッシーニの歌劇「ウィリアム・テル」序曲。
アクセルロッドは、曲によって勿論異なるが、基本のテンポは速めである。またシャープな音楽性が特徴である。この演奏では何故か弦の音にモヤがかかったように聞こえ、分離や輪郭がはっきりしなかった。

ガレッジセールとのやり取りは、通訳の小松みゆきを通して行う。アクセルロッドは、ガレッジセールの質問に、まずは「はい」と日本語で答える。アクセルロッドは、歌劇「ウィリアム・テル(ギョーム・テル)」の少年の頭の上に置いた林檎を弓矢で射落とすという有名な物語を語った。ゴリは「ウィリアム・テル」序曲のラストに出てくる「スイス軍の行進」について、「俺ら50代近くの人間は、『俺たちひょうきん族』を思い出す」話す。


ワックスマンの「カルメン幻想曲」。映画音楽の作曲家として知られるフランツ・ワックスマンが、ビゼーの歌劇「カルメン」の旋律を取り込んでヴァイオリン協奏作品に仕上げたものである。アクセルロッドはカルメンについて、スペイン一美しいが最も怖ろしい女性であると述べる。アクセルロッドは、スペイン王立セビリア交響楽団の音楽監督を務めていたことがあるが、セビリアはカルメンの舞台である。

ヴァイオリン独奏の服部百音は、1999年生まれの若手ヴァイオリニスト。服部隆之の娘であり、音楽一族服部家の四代目である。5歳でヴァイオリンを始め、8歳でオーケストラと共演。2009年のポーランド・リピンスキ・ヴィエニャフスキ国際ヴァイオリンコンクールで最年少での第1位を獲得。その後いくつものヴァイオリン国際コンクールで優勝を飾っている。今年10月に仙川の桐朋学園大学大学院に入学したばかりである。

真っ赤なドレスで登場した服部。まだ若いためか線がやや細いのが気になるが、高度なメカニックを駆使して情熱的な演奏を展開する。京響の鳴りもロッシーニに比べるとかなり良い。オーケストレーションの違いなのか、時代背景が異なるためか(ロッシーニの時代にはまだ音響の良いコンサートホールやオペラハウスは存在していない)ジャンルの違いなのかは不明である。

服部百音とガレッジセール(主にゴリ)のトーク。演奏中に弓の一部が切れたそうで、弓が切れた場合、垂れた弓の糸の一部が左手に絡まることがあるそうで、それに気をつけながら弾く必要があるという。また今日は顎乗せを留めているネジが外れかかっていたそうで、途中で留め直したそうだ。
ゴリが、「百音さんがジョンさんに近づいていくので、ジョンさんを刺すんじゃないかと」
百音「あ、カルメンは逆にカルメンが刺されるお話です。ラストで刺されちゃいます」
ゴリ「で、今回はジョンさんを刺そうと」
百音「それは違います」


ジョン・ウィリアムズの「スター・ウォーズ」メイン・テーマ。
ゴリが、「あれ、ジョンさんいませんね」と言いつつ進めようとするが、ここでダース・ベイダーの「スースー」という吐息が聞こえる。ジョン・アクセルロッドがダース・ベイダーの面を被り(その上から黒いマスクを付けている)、ライトセーバーを持って登場。ただ持っているのはライトセーバーではなく、警備員が用いる普通の棒(警備棒)である。
アクセルロッドはそのまま指揮台に立つが、演奏前には面を取り、指揮棒を持って指揮した。オーケストレーションに定評のあるジョン・ウィリアムズの作品ということで、鳴りは抜群に良い。


後半。チャイコフスキーのバレエ組曲「くるみ割り人形」。舞台俳優、福山俊朗(しゅんろう)のナレーション入りである。台本はアクセルロッドが書いたもののようだ(翻訳者がいるはずだが不明)。

フルートが上野博昭でなかったのが少し残念だが、色彩感豊かで洒落た演奏が展開される。福山のナレーションも安定したものであった。

演奏終了後、ゴリは、「お客さん、『福山さんの席が一番良い席だな』と思ったんじゃないでしょうか。あんな良い席ない」と語る。

アンコールとして、「ウィリアム・テル」序曲より「スイス軍の行進」が再度演奏された。

ロビーコンサートから「ヒーローについて」語っていたアクセルロッドだが、「コンサートに駆けつけてくれた皆さんこそが本物のヒーローです」と締めていた。

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2021年6月18日 (金)

これまでに観た映画より(263) アルフレッド・ヒッチコック監督作品 「サイコ」

2021年6月16日

録画してまだ観ていなかったBSプレミアムのプレミアムシネマ「サイコ」を観る。アルフレッド・ヒッチコック監督の代表作の一つで、興行成績は最高。知名度においても一二を争う。

「サイコ」は有名作なので、これまでにテレビで放送されたものを何度か観ている。一番最初に観たのは、まだ二十代前半だった頃で、テレビ東京で日曜の昼下がりに放送されていた映画劇場においてだった。当時のテレビ(地上アナログ放送)では、深夜を除いて洋画を放送する際は必ず吹き替え版であり、最初に観た「サイコ」も当然ながら吹き替えであった。余談であるが、京都ではテレビ東京系の地上波放送を見ることは基本出来ない。テレビ東京の関西準キー局であるテレビ大阪とKBS京都テレビとの放映権争いによるものである。


今でこそサイコサスペンスの名作は数多いが、ヒッチコックの「サイコ」はその先駆けであり、全てのサイコサスペンスがヒッチコックの「サイコ」の影響を受けているといっても、決して過言ではない。

出演:アンソニー・パーキンス、ジャネット・リー、ヴェラ・マイルズ、ジョン・ギャビンほか。原作:ロバート・ブロック、脚本:ジョセフ・ステファノ。音楽:バーナード・ハーマン。

バーナード・ハーマンは映画音楽の巨匠で、ヒッチコック映画の音楽もいくつも手掛けているが、「サイコ」の音楽は、彼が書いた作品の中でも最高の部類に属すると思われる。シャワーシーンの音楽が特に有名だが、その他の音楽も素晴らしい。オープニングテーマも心の動揺と焦燥感や不安定さ、車の疾走感などを音楽で見事に描き切っており、それでいてどこかエレガントである。

映画史上最も衝撃的な音楽としても知られるシャワーシーンの音楽であるが、シャワーシーンは音楽のみならずカット割りも有名で、ヒッチコックを取り上げた書籍によくシャワーシーンのカット割りの写真が載っている。

今はサイコサスペンス作品も珍しくないので、若い人が「サイコ」を観てもそれほどの衝撃を受けないかも知れないが、公開時にはこの手の映画はほとんど存在しなかった。また押さえておかねばならないのは、ジャネット・リーが当時の人気女優だったということである。そのため観客は最初のうちは、「サイコ」が彼女を主人公とするクライムスリラーだと信じて疑わなかった。ところが……、という点が衝撃だったのである。

今の大都市の映画館は完全入れ替え制が基本だと思われるが、私が若い頃はまだそれほど厳しくなく、途中から入って何度も映画を観るということも可能だった。だが、ヒッチコックは全ての映画館に途中入場を禁じる旨を言い渡したという。有名な作品なので、ストーリー展開を全て知っている人も多いと思うが、少しだけ内容を明かすと、主役と思われたジャネット・リーの出演シーンは、映画が半分にもたどり着かないうちに終わってしまい、その後二度と現れない。途中から映画館に入った客が、「なんでジャネット・リーが出ていないんだ?」と不審がるのを防ぐための措置であった。

これまた有名な話であるが、「サイコ」は便器がスクリーンに映る映画史上初の作品である。検閲があり、日常生活で隠されている部分は撮影しないという決まりがあった。当然ながら検閲に引っかかりそうになったが、「どうしても必要なシーンだから」という説得が成功し、カットされることなく上映されている。

ノーマン・ベイツを演じたアンソニー・パーキンスは、これが出世作となり、日本でも人気が出てCMにも出演している。アイビーリーグのコロンビア大学卒というインテリであり、ノーマンがしょっちゅう飴をなめているというのは、パーキンスが出したアイデアである。コロンビア大学在学中にフランス語をマスターしており、「サイコ」がヒットした後は、ノーマンのイメージに固定されるのを嫌い、パリに移住してフランス映画への出演を続けた。だが、結局は彼はノーマンから逃れることは出来ず、人気に翳りが見えてからはヒッチコック以外が手掛けた「サイコ」シリーズに出演せざるを得なかった。同性愛者であったことも彼を苦しめたという。1992年、エイズが原因の合併症により他界。

 

ちなみに「サイコ」は、脚本、音楽などはそのままに1998年にカラー映画としてリメイクされている。監督はガス・ヴァン・サントが担当し、製作側もかなり力を入れたことが窺われるが、大コケに終わり、ヒッチコックの偉大さが改めて浮かび上がる結果となった。

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2021年6月17日 (木)

サラ・ハツコ・ヒックス指揮デンマーク国立交響楽団 バーナード・ハーマン 「サイコ」組曲

東京生まれ、ホノルル育ちのサラ・ハツコ・ヒックスが指揮するヒッチコック映画「サイコ」の音楽。作曲はバーナード・ハーマン。演奏はデンマーク国立交響楽団。

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2021年5月31日 (月)

B・J・トーマス 「雨にぬれても」(映画「明日に向かって撃て!」挿入歌)

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2021年5月30日 (日)

これまでに観た映画より(261) 「戦場のメリークリスマス」

2021年5月27日 京都シネマにて

京都シネマで、「戦場のメリークリスマス」を観る。大島渚監督作品。日本=イギリス=ニュージーランド合作作品で、撮影は主にニュージーランドで行われている。出演:デヴィッド・ボウイ、坂本龍一、ビートたけし、トム・コンティ、ジャック・トンプソン、内田裕也、ジョニー大倉、内藤剛志ほか。オール・メイル・キャストである。結構よく知られた話だが、無名時代の三上博史も日本軍の一兵卒役で出演しており、比較的目立つ場面に出ていたりする。脚本:大島渚&ポール・マイヤーズバーグ。製作はジェレミー・トーマス。2023年に大島渚の作品が国立機関に収蔵される予定となったため、全国的な大規模ロードショーは今回が最後となる。4K修復版での公開となるが、京都シネマの場合は設備の関係で、2Kでの上映となる。

映画音楽の作曲は坂本龍一で、略称の「戦メリ」というと通常では映画ではなく坂本龍一作曲のメインテーマの方を指す。おそらく映画よりも音楽の方が有名で、大島渚監督の「戦場のメリークリスマス」は観たことがなくても、坂本龍一作曲の「戦場のメリークリスマス」は聴いたことがあるという人も多いだろう。サウンドトラック盤の他に、ピアノアルバムとして発表した「Avec Piano」も有名で、坂本龍一本人の監修による楽譜などが出版されている。私は坂本龍一本人の監修ではなく、許可を得て採譜され、kmpから出版された楽譜を紀伊國屋書店新宿本店で買ってきて、よく練習していた。「戦場のメリークリスマス」メインテーマよりも、「Last Regrets」という短い曲の方が好きで、これまでで一番弾いた回数の多い曲であると思われる。
私のことはどうでもいいか。

ローレンス・ヴァン・デル・ポストの小説『影の獄にて』を原作としたものであり、インドネシアにおける日本軍の敵国兵捕虜収容所が舞台となっている。捕虜収容所を舞台とした映画としては「大いなる幻影」が有名であるが、「戦場のメリークリスマス」も「大いなる幻影」同様、戦争映画なのに戦闘シーンが全くないという異色作で、おそらくであるが、「大いなる幻影」はかなり意識されていると思われる。

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1942年、ジャワ島レバクセンパタにある日本軍の捕虜収容所。収容所所長はヨノイ大尉(坂本龍一)である。部下のハラ軍曹(ビートたけし)と、捕虜であるが日本在住経験があるため日本語も操れるジョン・ロレンス(トム・コンティ)は敵であり、時には一方的にハラがロレンスに暴力を振るう関係でありながら、友情のようなものも築きつつあった。

当時日本領だった朝鮮半島出身の軍属であるカネモト(ジョニー大倉)が、オランダ兵俘虜のデ・ヨンに性行為を働いたかどで捕縛され、ハラから切腹を強要されそうになるというところから始まる。実はこの同性愛の主題がずっと繰り返されることになるのがこの映画の特徴であるのだが、単なるホモセクシャルの話で終わらないところが流石は大島渚というべきだろうか。戦場には男しかいないため、洋の東西を問わず同性愛は盛んに行われたのだが、この映画では、それが単なる性欲という形で終わることはない。

ヨノイは、バタビヤ(現在のジャカルタ。長年、インドネシアの首都として知られたジャカルタだが、首都移転計画が本格化しており、ボルネオ島内への遷都が行われる可能性が高い)で行われる軍律会議に参加したのだが、そこで被告となったジャック・セリアズ(デヴィッド・ボウイ)に一目惚れする。ここで流れる音楽は「The Seed(種)」というタイトルで、メインテーマ以上に重要である。

死刑を宣告されたセリアズであったが、ヨノイによって日本軍捕虜収容所に入れられることとなる。

「戦場のメリークリスマス」は、まだ千葉にいた二十代の頃に、セルビデオ(VHSである。懐かしいね)で観たことがあるのだが、スクリーンで観るのは今回が初めてとなる。日本公開は1983年。当時、私は小学3年生で、まあ10歳にもならない子どもが観るような映画ではない。


大島渚は京都大学在学中に学生運動に参加し、左派思想からスタートした人だが、坂本龍一も都立新宿高校在学中から学生運動に加わり、芸大在学中も、――当時は学生運動は盛りを過ぎていたが――、美術学部の学生を中心に(音楽学部の学生は純粋なお坊ちゃんお嬢ちゃんばかりで、政治には全く興味を示さなかったとのこと)自ら学生運動の団体を興していたということもあって、大島渚に憧れていたという(この辺りの記述は坂本龍一の口述による著書『Seldom Illegal 時には、違法』が元ネタである)。大島渚は学生劇団でも活動していたが、坂本龍一も芸大在学中はアンダーグラウンド演劇に参加しており、吉田日出子などとも知り合いで、舞台音楽を手掛けたほか、舞台に立ったこともあるというが、この映画での演技はかなり酷いもので、本人も自覚があり、坂本龍一のお嬢さんである坂本美雨によると、「試写後、たけしさんとフィルムを燃やそうかと話していたそうですからね(笑)」(「戦場のメリークリスマス/愛のコリーダ」有料パンフレットより)とのことである。日本語のセリフは切るところも変だし、感情と言葉が一致していなかったりする。ビートたけしは、喋りを仕事としているので、癖は強いが聞ける範囲であるが、坂本龍一はあのYMOの坂本龍一でなかったら降板もやむなしとなっていたとしてもおかしくない。ただ、大島渚は演技の巧拙ではなく、人物の持つエネルギーを重視する映画監督であり、当時、時代の寵児と持て囃されていた坂本龍一の佇まいは、やはり印象に残るものである。実際、坂本龍一の姿がメインで映っているが、坂本が喋っていないという場面が最も効果的に撮られている。
なお、当時の坂本龍一は「美男子」というイメージで女子学生のファンが多く、坂本龍一目当てで観に来ている女の子も多かったそうである。

敵味方や性別といった境界全てを超える「愛」というものを、変則的ではあるが思いっ切りぶつけてくる大島の態度には清々しさすら感じる。また、主役にデヴィッド・ボウイと坂本龍一という二人のミュージシャンを配しながら、ボウイ演じるセリアズは歌が苦手で、頭脳明晰でありながら自己表現が不得手であることにコンプレックスを感じているという設定なのが面白い。

余り指摘している人は見かけないが、デヴィッド・ボウイが担っているのはイエス・キリストの役割だと思われる。十字架への磔に見立てられたシーンが実際にある。物語の展開を考えれば、むしろない方が通りが良くなるはずのシーンである。そして何よりタイトルにメリークリスマスが入っている。


坂本龍一へのオファーは、最初は俳優のみでというものだったようだが(今日BSプレミアムで放送されたベルナルド・ベルトルッチ監督の「ラストエンペラー」も同様である)「音楽をやらせてくれるなら出ます」と答え、自身初となる映画音楽に取り組む。デヴィッド・ボウイが出るなら、ボウイのファンと音楽関係者はみんな「戦場のメリークリスマス」を観るから、映画音楽を手掛ければ世界中の人に聴いて貰えるという計算もあったようだ。映画音楽の手本となるものをプロデューサーのジェレミー・トーマスに聞き、「『市民ケーン』を参考にしろ」と言われ、書いたのが「戦場のメリークリスマス」の音楽である。インドネシアが舞台ということでアジア的なペンタトニックで書かれた音楽で、試写会を終えた後にジェレミー・トーマスから、“Not good,but Great!”と言われたことを坂本が自慢気に書いて(正確に書くと「語って」)いたのを覚えているが、かなり嬉しかったのだろう。坂本はその後も数多くの映画音楽を手掛けており、一時は本気で映画音楽の作曲に専念しようと思ったこともあるそうだが、処女作である「戦場のメリークリスマス」は、今でも特別な音楽であり続けている。

1992年頃に、坂本龍一が、日本人として初めてハリウッドで成功した俳優である早川雪洲役で大島渚の映画に主演するという情報が流れたが、予算が足りずにお蔵入りになってしまったようで、代わりに「御法度」という、これもまた同性愛を描いた大島渚の映画に坂本は音楽担当として参加している。


ラストのクローズアップでの笑みが、「仏の笑顔」、「これだけでアカデミー助演男優賞もの」と海外で騒がれたというビートたけし。たけしのイメージに近い役を振られているということもあって、演技力は余り感じられないが、ハラ軍曹その人のように見える。

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2021年3月23日 (火)

これまでに観た映画より(252) スピルバーグ製作「SAYURI」

2008年6月17日

DVDでアメリカ映画「SAYURI」を観る。スティーヴン・スピルバーグ製作、ロブ・マーシャル監督作品。主演:章子怡(チャン・ツィイー)。出演は、鞏俐(コン・リー)、ミシェル・ヨー、桃井かおり、役所広司、工藤夕貴、大後寿々花、渡辺謙ほか。アメリカから見た日本が描かれているため、実際の日本や日本文化とは異なるところが多くある。

第二次世界大戦前後の、京都・祇園を舞台にした作品である。主役である「さゆり」は芸者。京都なので芸妓が正しいが、“GEISHA”や“MAIKO”は英語で通じても、“GEIKO”は通じないので、芸者でもいいだろう。

京都が舞台であるが、セリフの大半は英語。ただ、背景で時々日本語が聞こえてくる。

映像もセットも美しく。話も美しい。全てが「美しい」の一言で済んでしまうところが惜しいが。

舞いの名手である章子怡の舞いは、怖ろしいほどの美しさを持つ。

それにしても、さゆりの子供時代を演じる大後寿々花の演技の上手いこと上手いこと。これだけの子役を良く見つけてきたものである。

音楽はジョン・ウィリアムズ。ヴァイオリン演奏はイツァーク・パールマン、チェロ演奏はヨーヨー・マ。実に豪華な顔ぶれだ。旋律がたまに中国しているのが気になるが、章子怡と鞏俐という中国の二大女優の共演でもあり、中国風の音楽であっても文句はいえないだろう。

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