カテゴリー「映画音楽」の42件の記事

2020年7月12日 (日)

これまでに観た映画より(190) ライブ・ビューイング フェス2020-Act Call-「坂本龍一 PERFORMANCE IN NEW YORK:async」@MOVIX京都 2020.7.7

2020年7月7日 新京極のMOVIX京都にて

午後7時から、MOVIX今日で、「坂本龍一 PERFORMANCE IN NEW YORK:async」を観る。「ライブ・ビューイングフェス2020-Act Call-」に選ばれた作品。初公開時(2018年2月)にもMOVIX京都で観ている映画であり、「猫町通り通信」や「鴨東記」にも記事を載せている。初公開時は5.1chで上映されたが、今回は2chMIX音声である。
監督は、スティーヴン・ノムラ・シブル。

2017年4月にニューヨークのパーク・アベニュー・アーモリーで100名のみの聴衆の前で2回、計200名しか接することの出来なかったライブの映像である。

前回は、映画を観てから、「async」(「非同期」という意味)のアルバムを聴いたのであるが、今回は「async」がどういう音楽かを知った上で映画を観ることになる。アルバムを聞き込んだからライブの内容もわかるというものではないように思うが、音楽自体の良さは前回映画を観たときよりも把握出来るようになっている。

現代音楽を指向する青年として音楽のキャリアをスタートさせた坂本龍一。ポピュラーミュージシャンのバックバンド、フリーのミュージシャン&プロデューサー、YMOなどを経て、映画音楽やポピュラーとクラシックの中間の音楽を多く書いているが、原点である現代音楽への回帰を目指しているように思える。
「async」は、アンドレイ・タルコフスキーの架空の映画のための音楽という設定で書かれた作品である。「惑星ソラリス」を観て感銘を受けたのだが、「惑星ソラリス」にはバッハの音楽が使われており、バッハの音楽を押しのけて新しい音楽を書くわけにもいかないので、架空の映画のための音楽という形で作曲している。

 

紛れもなく坂本龍一の旋律であるが、和音や音の進行などにバッハのような古典的格調が感じられるピアノソロと、その発展系のオルガン(その場で弾いて出すのではなく、サンプリングした音声を使用)といった調性音楽に近いものから、ノイズミュージック、音そのもの以上に視覚に訴えるパフォーマンスといったコンテンポラリーな要素まで曲調は幅広く、その点で映画音楽的であるともいえる。

同時にバッハに代表されるような音楽そのものを尊重すると同時に押し広げ、音そのものやそれを生み出す背景への愛着をも窺えるかのような、従来の枠を超えた作品となっている。
大空に吸い込まれて一体となるかのようなラストが特に好きだ。

本編上演後にプレゼントがある。「async」の宣伝用画像がスクリーンに1分間映し出され、自由に撮影が出来るほか、SNS等へのアップも可となっている。

Dsc_9117

| | コメント (0)

2020年7月 6日 (月)

エンニオ・モリコーネ 「ニュー・シネマ・パラダイス」よりCinema Paradiso

| | コメント (0)

2020年6月17日 (水)

これまでに観た映画より(183) ヴィットリオ・デ・シーカ監督作品「ひまわり」

2020年6月15日 京都シネマにて

京都シネマで、「ひまわり」を観る。イタリア、フランス、ソ連合作映画。ヴィットリオ・デ・シーカ監督作品。出演:ソフィア・ローレン、マルチェロ・マストロヤンニ、リュドミラ・サベーリエワほか。音楽:ヘンリー・マンシーニ。製作:カルロ・ポンティ。

ちなみに映画プロデューサーであったカルロ・ポンティは既婚者であったが、この映画の撮影時にはすでにソフィア・ローレンと交際中であり、1972年にはローレンと再婚している。カルロ・ポンティとソフィア・ローレンの長男であるカルロ・ポンティ・ジュニアは、劇中に赤ちゃんとして登場するが、現在は指揮者として活躍しており、私も彼がロシア・ナショナル管弦楽団を指揮したCDを持っている。

映画音楽の大家、ヘンリー・マンシーニが手掛けた音楽も素晴らしく、メインテーマは彼の代表作となっている。

 

1970年に公開された映画で、今回は公開50周年を記念しての特別上映。最新のデジタル修復技術を用いたHDレストア版での上映である。

 

冒頭、中盤、ラストに登場する一面のひまわり畑が印象的である。ソ連時代のウクライナで撮影されたものだそうだ。ひまわりというと日本では華やかな陽性の花の代表格であるが、イタリアでは太陽に片想いしている寂しい花というイメージもあるようである。

 

第二次大戦中と戦後のイタリアとソ連が舞台である。
ファッションの街としても名高いイタリア・ミラノ。ロシア戦線に送られたまま生死不明となっている夫のアントニオ(マルチェロ・マストロヤンニ)の行方を妻のジョバンナ(ソフィア・ローレン)が担当職員に問い詰める場面から始まる。

イタリア北部の田舎町出身のアントニオと南部の大都市ナポリ出身のジョバンナは恋に落ち、出征延期を目論んで結婚する。だが猶予はわずか12日。そこでアントニオはジョバンナと示し合わせて佯狂による一芝居を打つことで精神病院への隔離を狙うがすぐにばれ、ロシア戦線に送られることになる。
「ロシアの毛皮を土産として持って帰るよ」と約束してミラノ駅から旅立ったアントニオだったが、戦争が終わってからも行方はようとして知れない。
ロシア戦線から帰った一人の兵士が、アントニオのことを知っていた。彼によるとアントニオは真冬のロシア戦線、ドン河付近でソビエト軍からの奇襲攻撃を受け、逃走する途中で多くのイタリア兵と共に脱落したという。

それでもアントニオの生存を信じて疑わないジョバンナは、単身、ロシアに乗り込む。1953年にスターリンが亡くなり、雪解けの時代が始まっていて、ジョバンナもモスクワにたどり着くことが出来た。モスクワにある外務省で紹介された案内の男性と共にアントニオが脱落した場所付近に広がる一面のひまわり畑の中をジョバンナは進む。かつての激戦地に咲く鎮魂のひまわりに囲まれた空き地にイタリア兵とロシア人犠牲者のための供養塔があった。更にイタリア人戦没者墓地も訪ねるジョバンナだったが、「アントニオは生きている」という確信を棄てることはない。

そしてついにジョバンナは、アントニオの現在の夫人となっているマーシャ(リュドミラ・サベーリエワ)と出会う。アントニオとマーシャの間には娘のカチューシャがいた。ショックを受けるジョバンナ。すると汽笛が鳴り、働きに出ていたアントニオが自宅の最寄り駅に戻ってくる時間であることが示される。午後6時15分、以前、アントニオとジョバンナが約束の時間としていた6時よりも15分ほど先だ。

マーシャと共に駅に向かったジョバンナは今のアントニオの姿を見る。アントニオもジョバンナに気づき、歩み寄ろうとするが、もう以前のアントニオではないと悟ったジョバンナは走り出した汽車に飛び乗って去り、人目もはばからず泣き続ける。出会えさえすればたちどころに寄りを戻せると信じていたのだろうが、それは余りにも楽観的に過ぎた。

アントニオを諦めたジョバンナはミラノのマネキン工場で働く金髪の男性と新たにカップルとなり、子どもも設ける。

ジョバンナのことが忘れられないアントニオはマーシャと相談した上で、単身モスクワからミラノにたどり着き、紆余曲折を経てジョバンナと再び巡り会うのだが、ジョバンナにはすでに息子のアントニオ(カルロ・ポンティ・ジュニア)がいることを知り、関係修復が不可能なことを悟る。ジョバンナは息子にアントニオと名付けることで、かつての夫のアントニオを思い出の中の人物としていた。時計はすでに進んでしまっており、互いが互いにとって最愛の人物であることはわかっていても、時を取り戻すことは最早不可能である。報われぬ両片想いのラストが訪れる。

戦争により、本来の人生から外れてしまった男女の悲恋劇である。そしてこの物語もまた戦地に咲く片想いの花、ひまわりの一本一本が象徴する報われなかった数多の夢の一つでしかないのだということが暗示されてもいる。

 

Dsc_9034

| | コメント (0)

2020年6月14日 (日)

これまでに観た映画より(182) 「スティング」

2005年1月27日

DVDで映画「スティング」を観る。1974年公開のアメリカ映画。アカデミー賞で作品賞など6部門を受賞している。

主演はポール・ニューマンとロバート・レッドフォード。監督はジョージ・ロイ・ヒル。「明日に向かって撃て!」のトリオによる作品。

詐欺師やイカサマ師の騙し合いを描く作品。舞台は1936年のシカゴ。古き良きアメリカという感じだが、すでに高層ビルはいくつも建っている。

この頃のロバート・レッドフォードはブラッド・ピットによく似ている。

スコット・ジョップリンの「ジ・エンターテイナー」が主題曲として効果的に使われている。またマーヴィン・ハムリッシュの音楽もやはりラグタイム調で楽しい。「明日に向かって撃て!」ほどの完成度はないが、二転三転するストーリーは巧みだ。

| | コメント (0)

2020年5月31日 (日)

これまでに観た映画より(178) 王家衛(ウォン・カーウァイ)監督作品「花様年華」

2004年10月26日

王家衛監督作品「花様年華」をDVDで観る。マギー・チャン、トニー・レオン主演。

映像は美しいが、なかなか渋い内容の映画だ。表現を切り詰めており、省略が多いので入っていけない人は入っていけないだろう。

1962年の香港。チャン(マギー・チャン)とチャウ(トニー・レオン)は同じ日に、偶然隣りに部屋を借りる。互いの夫と妻が不倫関係にあることを知った二人は惹かれあうようになるのだが……。

梅林茂作曲の「夢二のテーマ」が何度も繰り返し使われ、官能的な迷宮へと陥っていくかのような錯覚にとらわれる。二人に肉体関係はあったのか、それが描かれないだけに一層官能的である(実際はラヴシーンは撮影されていたがカットされたということだ)。二人のつかず離れずの関係は切なくもあり歯がゆくもある。またそれぞれの妻や夫は声や後ろ姿のみで描かれ顔はわからないので、生活臭だとか、背徳の感じなどが後退し、チャンとチャウの二人の関係のみがクローズアップされることになる。本当に大人の男女のみの映画だ。若者向けでは全くない。

時計のアップシーンは「欲望の翼」でもおなじみである。

大人の映画であり、レトロな音楽やファッションなどが相まってワイン入りのビターチョコレートのような味わいがある。

ちなみに小説を書くようになったチャウ(あるいはこれは口実なのかも知れない)が仕事部屋とし借り、チャンと密会するようになるアパートのルームナンバーは「2046」である。王家衛は、次の作品として「2046」というタイトルの映画を撮影することになり、数字に関して「意味はない」と発言しているのだが、実際には2046は中国と香港の一国両制(一国制度)が終わる年のことでもある。

ラストに出てくるカンボジアのアンコール遺跡で、チャウは壁にどんな秘密を封じ込めたのだろうか。想像はつくのだが違うかも知れない。
見れば見るほど味わいの出てくるタイプの映画であり、機を見てもう一度観てみたいと思う。

何故カンボジアなのかはよくわからないが、設定によるとこのシーンは1966年のことである。この年、北京では文革が起きた。やがてカンボジアでもポル・ポトが文革を手本として……、というのは単なる深読みに過ぎないだろうが。

| | コメント (0)

2020年5月 2日 (土)

忌野清志郎&神奈崎芳太郎 「満月の夜」(映画「119」より)

| | コメント (0)

2020年4月18日 (土)

これまでに観た映画より(165) 「鉄道員(ぽっぽや)」

録画しておいてまだ観ていなかった日本映画「鉄道員(ぽっぽや)」を観る。降旗康男監督作品。原作:浅田次郎。出演:高倉健、大竹しのぶ、広末涼子、吉岡秀隆、安藤政信、志村けん、奈良岡朋子、田中好子、中本賢、小林稔侍ほか。主題歌の「鉄道員(ぽっぽや)」を作曲したのは坂本龍一。作詞は奥田民生で、歌唱は坂本龍一の娘である坂本美雨である。

生涯を鉄道員(ぽっぽや)として過ごした佐藤乙松(高倉健)の物語である。

北海道。D51の釜焚きからスタートして、機関士見習い、機関士を経て幌舞駅(架空の駅である)駅長となった佐藤乙松。雨の日も雪の日も、ホームに立って人々を向かい入れ、列車を見送る生活を送っている。ドラマは乙松の現在と過去を行き来する形で進んでいく。過去は灰色がかった映像になるが、全体として温かい感じの画像となっている。全編を通して、乙松の妻の静江(大竹しのぶ)がよくハミングしていた「テネシーワルツ」が流れ、郷愁をくすぐる。

鉄道員であることが生き甲斐であり、静江の死に目にも、幼くして亡くなった雪子の最期にも立ち会えなかった乙松。二人が死んだ日もともに日誌には「異常なし」と記した。プロの駅長であった。
かつて炭鉱の街として賑わった幌舞であるが、今は石炭も取り尽くされ、老人ばかり200名が住む限界集落となっている。若い人もいるにはいるが少数派である。幌舞駅も幌舞に向かう幌舞線も廃止が迫っていた。

幌舞の炭鉱が閉鎖される直前に、筑豊炭田から流れてきた期間工・吉岡肇を演じているのが志村けんである。志村けんが映画に出演したのはこれが唯一となるようだ。出番は余り多くないが、息子の敏行が幌舞駅前のだるま食堂の加藤ムネ(奈良岡朋子)の養子となり、後にボローニャでの修行を経て「ロコモティーヴァ(機関車)」という名のイタリアレストランを開くことになる(成長した敏行を安藤政信が演じている)など、橋渡しとして重要な役割を担っている。考えてみれば駅も駅長も橋渡しの役割である。
本当は敏行を養子にしてぽっぽやを継がせたいという思いが静江にはあったのだが、体の弱さなどの事情からムネに譲ることになった。登場人物は自身が主役になるのではなく見送る人が多い。ただ結果として、ぽっぽやは形を変えて受け継がれることになる。

機関士時代からの戦友である杉浦仙次(小林稔侍)は定年後にトマムのリゾートホテルへの就職が決まっており、同じく定年を迎える乙松にも一緒に来るよう提案するのだが、乙松は生涯一鉄道員、鉄道員以外何も出来ない男として生きることを誓っており、翻意はしない。

頑固で不器用であり、そんな自分に嫌気も差していた乙松だが、そこへ3人の少女が現れる。それは一種の奇跡であり、肯定であった。


若い頃の広末涼子は透明感抜群で才気が漲っているという感じである。こうした女優がその後、紆余曲折の女優人生を送ることになるのだから人生は上手くいかない。この頃の彼女は甘い人生設計を思い描いていることを明かしていたが、その直後に蹉跌が待っていた。

佐藤乙松の生き方は高倉健の俳優としてのあり方そのものであり、この映画が高倉健そのものの魅力を描いたものになっていることは間違いない。自身のことを「不器用ですから」と言っていた高倉健も生涯一鉄道員ではなく、生涯一俳優として人生を生き抜いた。


降旗康男監督は昨年他界、高倉健も6年前に世を去り、先日、志村けんも旅立った。田中好子もその死からもう9年が経とうとしている。みんな行ってしまった。
結局のところ、この世にあっては私もまた見送る人だということであり、人生の本質が凝縮された映画であるともいえる。

| | コメント (0)

2020年4月17日 (金)

坂本龍一 「High Heels」

| | コメント (0)

2020年4月11日 (土)

大林宣彦&FRIENDS 「草の想い」




作詞:大林宣彦、作曲:久石譲

Vocal:大林宣彦&久石譲

| | コメント (0)

2020年2月 7日 (金)

コンサートの記(624) 長岡京室内アンサンブル 「望郷に寄す」

2020年2月1日 長岡京市の京都府長岡京記念文化会館にて

午後3時から、京都府長岡京記念文化会館で、長岡京室内アンサンブルの演奏会「望郷に寄す」を聴く。

曲目は、林光の映画『裸の島』より「裸の島」のテーマ、林光の『真田風雲録』より「下剋上の歌」、中村滋延(なかむら・しげのぶ)の弦楽のための音詩「ポンニャカイ、セダーに化ける」(弦楽合奏版)、武満徹の「弦楽オーケストラのための3つの映画音楽」(映画『ホゼー・トレス』より「訓練と休息の音楽」、映画『黒い雨』より「葬送の音楽」、映画『他人の顔』より「ワルツ」)、ウェーバーのクラリネット五重奏曲変ロ長調(弦楽合奏版。クラリネット独奏:吉田誠)、ドヴォルザークの弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」(弦楽合奏版)。

森悠子が一緒に演奏したい人と演奏するために結成した長岡京室内アンサンブル。メンバーは固定ではない。今回の出演は、高木和弘(ヴァイオリン)、谷本華子(ヴァイオリン)、ヤンネ舘野(ヴァイオリン)、石上真由子(ヴァイオリン)、中平めいこ(ヴァイオリン)、藪野巨倫(やぶの・きりん。女性。ヴァイオリン)、細川泉(女性。ヴィオラ)、中田美穂(ヴィオラ)、金子鈴太郎(かねこ・りんたろう。チェロ)、柳橋泰志(やなぎばし・たいじ。チェロ)、石川徹(コントラバス)。

 

まず森悠子が一人で現れ、挨拶を行う。長岡京室内アンサンブルが結成されてから22年が経ったが、結成当初に共演したフルート奏者は今はベルリン・フィルのフルート奏者となり、ハープ奏者はウィーン・フィルのハープ奏者となっているそうで、リヨン国立高等音楽院時代の教え子ではあるが、会いたくても会えない存在となってしまっているそうである。
その後、長岡京室内アンサンブルは作曲された時代に合わせた演奏を行っており、ヴァイオリンにガット弦を張ったり、弓をバロックボウにしたりしていることを語る。今回はウェーバーのクラリネット五重奏曲変ロ長調をやるということでクラリネットに工夫がある。
「私、知らなかったんですけど、ウェーバーはベートーヴェンの同時代人で」と話した後で(ウェーバーは、ベートーヴェンの交響曲第7番の初演を聴いて、「ベートーヴェンもついに気が狂ったか」と日記に記している)クラリネット奏者の吉田誠をステージに呼び、今日使われるクラリネットについて語って貰う。
今日使われるクラリネットはツゲの木材で作られ、金属の部分には真鍮が用いられているという。そのため本体は茶色で金属部分は金色である。現在、多く使われているクラリネットは黒檀に近い素材が用いられており、金属部分には洋白が使われているそうで、黒と銀の組み合わせになっているが、こちらの方が耐久性は良いそうである。
ただツゲと真鍮のクラリネットはまろやかな音がして、「良い意味で汚い音も出してくれる」そうである。表現の幅は広がりそうである。

 

長岡京アンサンブルの配置は毎回独特で、今日も下手側に陣取る奏者が上手側が向いて弾くのは当たり前だが、上手側に位置する奏者も半分ほどは上手を向いて弾く。おそらくヴァイオリンの音を直接客席に届けるためには上手を向いて弾いた方が有効との判断だろう。一応、通常の編成ではコンサートマスターに当たる位置にいるヤンネ舘野が中心ということになっていると思われるが、中村滋延の弦楽のための音詩「ポンニャカイ、セダーに化ける」では上手側に陣取った高木和弘がソロを務めており、リーダーは固定というわけではないようだ。

 

林光の映画『裸の島』より「裸の島」のテーマと、映画『真田風雲録』より「下剋上の歌」

高校生の頃から作曲家として第一線で活躍してきた林光。作曲家として必要な知識は高校時代にすでに身につけてしまい、東京芸術大学に進むも、もう教わることは何もなかったためすぐに中退して専業の作曲家となっている。活躍したのは現代音楽の全盛期であったが、林は難解な音楽に関しては否定的であり、美しい旋律を追求し続けた。

「裸の島」のテーマもメロディーが美しく、「下剋上の歌」日本的な旋律で始まるが、次第にジャジーでお洒落な作風へと変わっていく。

 

中村滋延の弦楽のための音詩「ポンニャカイ、セダーに化ける」。中村滋延は、1950年、大阪生まれの作曲家。愛知県立芸術大学大学院およびミュンヘン音楽大学に学び、日本音楽コンクール作曲部門、国際ガウデアムス作曲コンクールなどへの入賞、日本交響楽振興財団作曲賞、国立劇場舞台芸術作品賞などの受賞歴がある。2001年から2016年まで九州大学大学院芸術工学院教授を務め、2010年には福岡市文化賞を受賞している。

高木和弘が奏でる不安定な旋律に始まり、ミニマルミュージックの部分を経てウエットな音楽となり、再びミニマルミュージカルからヴァイオリンソロで閉じられるという、鏡合わせのような構造を持っている。

「ポンニャカイ、セダーに化ける」という不思議な題を持つが、インドの長編叙事詩『ラーマヤナ』の中のエピソードを音楽にしたものだそうで、セダーというは主人公であるラーマ王子の奥さんだそうである。ポンニャカイというのはラーマ王の敵である魔王ラーヴァナの姪だそうである。ラーマ王が魔王ラーヴァナに誘拐されたセダーを取り戻すというのが『ラーマヤナ』という物語の骨子だそうだが、ラーマ王の強さを知った魔王ラーヴァナはポンニャカイにセダーの死骸に化けるよう命じる。セダーが死んだと思わせることでラーマ王の戦意を喪失させる作戦であったが、ラーマ王はセダーの死骸を偽物だと見破り、ラーヴァナを倒して、死骸に化けていたポンニャカイを許すという話だそうである。

演奏終了後、客席にいた中村滋延がステージ上に呼ばれ、森悠子と二人で話す。森悠子は、幼少期を大阪府高槻市で過ごしたそうだが、中村が住んでいるのは森の家から二筋離れたところだそうで、ご近所さんだっだそうである。ただ初めて顔を合わせたのは1年前とごく最近だそうだ。
森によると高槻というのは不思議なところだそうで、子供には習い事をさせるのが当たり前で、学習塾に通わせるのではなく、算盤や音楽や習字、洋裁などを習わせる家が多いそうである。そして世界でも一級のピアノ教師やドレメの先生などがちゃんといたそうで、森は「高槻は文化水準が高かったのかしら」と言い、中村は「長岡京も文化水準は高いと思いますが」と立てた上で高槻の街を賞賛した。

 

武満徹の「弦楽オーケストラのための3つの映画音楽」(映画『ホゼー・トレス』より「訓練と休息の音楽」、映画『黒い雨』より「葬送の音楽」、映画『他人の顔』より「ワルツ」)。ジョン・アクセルロッド指揮の京都市交響楽団の定期演奏会でも聴いたことのある曲である。

映画好きとしても知られた武満徹。手掛けた映画音楽も膨大な量に及ぶ。目標とする作曲家としてポール・マッカートニーを挙げていた武満徹。現代音楽の作曲家として響きを追求する音楽を書いていたが、メロディーメーカーへの憧れも持っていた。メロディーを書く才能には必ずしも恵まれていたわけではなかったが、映画音楽を書く時は旋律重視路線も取っていた。そのことはこの曲でも確認出来る。
ジャズの要素も取り入れた「訓練と休息の音楽」、代表作である「弦楽のためのレクイエム」を思わせる部分もある「葬送の音楽」、ショスタコーヴィチ的ひねりの効いた「ワルツ」など、いずれの曲も面白く、演奏も素晴らしい。

 

ウェーバーのクラリネット五重奏曲変ロ長調(弦楽合奏版)。
吉田誠のクラリネットは甘く、弱音の音の通りが良く美しい。弱音の美しさはツゲと真鍮によるクラリネットならではのものなのかも知れない。
ベートーヴェンの交響曲第7番への批評からも分かる通り、ウェーバーは保守的な作曲家であり、古典的造形を重視し、クラリネットの良さを生かす音楽を書いている。新しさは追求されていないが、美しさに関しては最上級である。

長岡京室内アンサンブルは、特にピリオドなどは意識していないようだったが、ボウイングにそれらしい部分はあったかも知れない。

演奏終了後、吉田はクラリネットを2つに分けるが、下の方を落としてしまうというハプニングがある。

吉田と長岡京室内アンサンブルでアンコール演奏を行う予定であったが、吉田がクラリネットをしきりと気にしているため、森が歩み寄り、「大丈夫?」と聞く。だが返ってきたのは「壊れた」という言葉で、急遽、アンコールは取りやめとなる。
まさかリアル「クラリネットをこわしちゃった」に遭遇することになるとは。
メンバー全員が舞台袖に引っ込んだ後も、客席はしばらくざわついていた。

 

ドヴォルザークの弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」(弦楽合奏版)。
弦楽四重奏曲というジャンルの中で、私が最も好きな曲である。実際はスラヴの旋律しか使われていない「新世界」交響曲に対し、「アメリカ」は黒人音楽の要素などが取り入れられており、折衷様式が生み出すエキゾチシズムが魅力的である。
弦楽合奏による演奏であるためボリュームがあり、弦の艶やかさが一層引き立つが、素朴さは後退するため、オリジナルと比較して一長一短という気はする。ただ演奏自体は大変優れたものである。

Dsc_8612

| | コメント (0)

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

2346月日 DVD YouTube …のようなもの いずみホール おすすめCD(TVサントラ) おすすめサイト おすすめCD(クラシック) おすすめCD(ジャズ) おすすめCD(ポピュラー) おすすめCD(映画音楽) お笑い その日 びわ湖ホール アニメ・コミック アニメーション映画 アメリカ アメリカ映画 イギリス イギリス映画 イタリア ウェブログ・ココログ関連 オペラ カナダ グルメ・クッキング ゲーム コンサートの記 コンテンポラリーダンス コンビニグルメ サッカー ザ・シンフォニーホール シアター・ドラマシティ シェイクスピア シベリウス ショートフィルム ジャズ スタジアムにて スペイン スポーツ ソビエト映画 テレビドラマ デザイン トークイベント ドイツ ドキュメンタリー映画 ニュース ノート ハイテクノロジー バレエ パソコン・インターネット パフォーマンス パーヴォ・ヤルヴィ ピアノ ファッション・アクセサリ フィンランド フェスティバルホール フランス フランス映画 ベルギー ベートーヴェン ミュージカル ミュージカル映画 ヨーロッパ映画 ラーメン ロシア ロームシアター京都 中国 中国映画 交通 京都 京都コンサートホール 京都フィルハーモニー室内合奏団 京都四條南座 京都国立博物館 京都国立近代美術館 京都市交響楽団 京都文化博物館 京都芸術センター 京都芸術劇場春秋座 伝説 住まい・インテリア 余談 兵庫県立芸術文化センター 動画 千葉 占い 台湾映画 史の流れに 哲学 大河ドラマ 大阪 大阪フィルハーモニー交響楽団 学問・資格 宗教 室内楽 小物・マスコット・インテリア 広上淳一 心と体 恋愛 意識について 携帯・デジカメ 政治・社会 教育 散文 文化・芸術 文学 文楽 旅行・地域 日本映画 日記・コラム・つぶやき 映画 映画音楽 映画館 書店 書籍・雑誌 書籍紹介 朗読劇 来日団体 東京 梅田芸術劇場メインホール 楽興の時 歌舞伎 正月 歴史 海の写真集 演劇 無明の日々 猫町通り通信・鴨東記号 祭り 笑いの林 第九 経済・政治・国際 絵画 美容・コスメ 美術 美術回廊 習慣 能・狂言 花・植物 芸能・アイドル 落語 街の想い出 言葉 趣味 追悼 邦楽 配信ライブ 野球 関西 雑学 雑感 韓国 韓国映画 音楽 音楽劇 食品 飲料 香港映画