カテゴリー「邦楽」の58件の記事

2026年4月15日 (水)

宮川町 第七十五回「京おどり」

2026年4月12日 宮川町歌舞練場三ツ輪座にて

午後4時から、宮川町歌舞練場三ツ輪座で、第七十五回「京おどり」を観る。五花街のうち四つが「をどり」表記を採用し、宮川町だけが「おどり」と書くが、理由に関しては誰も知らないとされる。おそらくなんとなく「おどり」にしたので理由も分からないのだろう。

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宮川町歌舞練場は経年劣化により5年前に取り壊され、新しい歌舞練場が同じ場所に建つまでは、京都府立文化芸術会館や京都芸術劇場春秋座で「京おどり」を行ってきた。宮川町は比較的新しいもの好きなので、京都芸術劇場春秋座で「京おどり」を行った際には、母体である京都芸術大学のアニメ専攻と組んで公演を行ったりした。正直、失敗だったと思うが。京都芸術大学と同じ瓜生山学園の京都芸術デザイン専門学校とは今年もコラボレーションを行っていて、舞芸妓のアニメ風似顔絵ポストカードなどを売っていた。
今回、ようやく新しい宮川町歌舞練場三ツ輪座での「京おどり」公演が行われる運びとなった。三ツ輪というのは宮川町の紋である。以前の入り口は宮川筋に面していたが、新しい歌舞練場の入り口は、宮川筋から東に入った新道通寄りにある。なお、公的な道標には「宮川筋」と書かれているが、「京おどり」の有料パンフレットには「宮川町通」と記されており、宮川町としては花街の名前三文字全てが入った名称にしたいようである。

「京おどり」に先駆けて、市川右團次や九團次が出演した公演があったようだが、バーで九團次さんに会っていないので、公演のことは知らなかった。

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入り口から入ってすぐのところは二階席の入り口で、一階席に行くには階段を使うかエレベーターに乗る必要がある。今回は珍しく抹茶とお菓子付きの券を買ったのだが、いただくには一番上の階まで行かないといけない。点茶担当は、ふく兆さん。控は富美彩さんである。

 

今回の京おどりは、北林佐和子の作による「京洛振袖始(みやこふりそではじめ)」全八景である。振袖というと東京では縁起が悪そうだが、京都ではそういうことはない。

宮川町歌舞練場三ツ輪座の一階席は手頃な広さ。良い劇場である。左右に花道があり、有効に使われる。緞帳は上手に桜、下手に紅葉である。地方の前の幕も上手側は桜、下手側は紅葉である。

第一景「柱建」四方の柱への感謝を唄い、三ツ輪の由来や宮川町の歴史が示される。三ツ輪は、鴨川の宮川(祇園祭の際に四条大橋で神輿を洗うので、四条大橋と団栗橋の間だけ鴨川を宮川と呼ぶ習慣がある)、川端通、四条通の南座と八坂神社の参詣の賑わいに由来すると唄う。その後は、歌舞伎由来の曽我の仇討ちの話なども出てくる。舞台上で芸妓さんが舞い、その後ろで舞妓さんが三味線を演奏する。

続く第二景「ささ(酒)売り」では、セリフがあるが通りが良かった。途中でお客さんに手拍子を呼びかける場面あり。

第三景と第四景の「京洛振袖始」。元ネタは近松門左衛門の「日本振袖始」。「古事記」をアレンジしたものである。なぜか素戔嗚命が、京の南で木花開耶姫と岩長姫に会うという展開になる。本来は、木花開耶姫と岩長姫は、天孫降臨中の瓊瓊杵尊と会い、岩長姫は醜女であったため、瓊瓊杵尊は木花開耶姫を妻に選ぶのだが、木花開耶姫には寿命があった。岩長姫には寿命がなかったが、見た目で選んだため、人間に寿命というものが出来てしまったという話である。
今回の話では岩長姫が妹である木花開耶姫への嫉妬から岩戸に閉じこもる。多分、天岩戸だと思われるのだが、そこ入ったら死ぬよ。ただ岩長姫には寿命がないためか死ぬことはない。やがておろちへと変身する。その後、素戔嗚命が現れ、おろち(槌のようなもので戦う)や水の精に翻弄されるが、木花開耶姫から草薙剣を貰い、岩長姫の嫉妬を剣に封じる。そして姉妹は仲良く振袖を着てこれが振袖始となったのだった。
水の精を演じる芸妓達にはかなり素早い動きが求められる。また殺陣は分かっていてもハラハラする。

続く第五景と第六景「都の染織」。そのまま都の染織を題材にした舞である。「恋はタテ糸 愛はヨコ糸」という中島みゆきみたいな歌詞が出てくる。またオノマトペが効果を上げている。西陣や千本(通)といった京の機織りで有名な場所も出てくる。実は友禅染は現在の左京区高野の高野川で行われていたのだが、残念ながら登場せず。
次いで呉服屋の店先での話となり、「浅黄にあらぬ情けの末」という言葉が出てくるが、浅黄は「浅き」に掛かっていることは間違いない。ただ「浅黄」には二種類あって、そのまま浅い黄色と、新選組のイメージが強い浅黄である。新選組の方は浅葱と書く方が多いが、永倉新八などは「浅黄色」と書き記している。おそらく浅い黄色は似合う人が少ないので、浅葱と書く方の「あさぎ」の可能性が高いと思われる。

第七景「狛犬さん招き猫さん」は、全員舞妓による舞。ただ「誰が見ても可愛い」というタイプの舞妓さんは最初からセンターにいて、その後にフォーメーションが変わっても必ず目立つポジションにいる。以前から思っていたが、やはり容姿はかなり重要なようである。舞妓の募集に「容姿端麗」とは書かれていないが、それは大前提だからだと思われる。
晴明神社、一条戻橋、下鴨神社、上賀茂神社などを巡る。背景は五山送り火である。正確に書くと火は灯っていないので、送り火が行われる五山である。
可愛らしい舞だが、やはり芸妓さんの方が腕などはピシッと止まる。
今は舞妓さんの方が芸妓さんより知名度が上だったりするが、これは宮川町の戦略により始まったと言われている。元々は「半人前」「修行中」を意味する言葉だった舞妓が、初々しさを売りに人気となった。もっとも、宮川町だけの力ではなく、山村美紗の「舞妓さんは名探偵シリーズ」など複数の要因はあるだろうが。

第八景はお馴染み「宮川音頭」。総踊りである。背景は桜。
煌びやかな場面なのだが、音楽の「これも所詮ひとときの宴」という調子により、今が華でいずれ失う舞芸妓の儚さが染みてくる。華々しいから悲しくなるというのはモーツァルトの音楽のようだ。転調を経てアッチェレランドとなり、緞帳が下りる。終わりが急かされているかのよう。それまでの1時間がまるで夢だったかのような心地になる。緞帳は桜の花びらだけのものに変わっていた。

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2026年4月14日 (火)

京都新聞 京都・宮川町「京おどり」5年ぶり地元開催へおおざらえ

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2026年4月 6日 (月)

観劇感想精選(512) 花形歌舞伎特別公演「曽根崎心中物語」松プログラム

2026年3月6日 京都四條南座にて

午後3時から、京都四條南座で、花形歌舞伎特別公演「曽根崎心中物語」を観る。
近松門左衛門が、人形浄瑠璃(文楽)のために書いた「曽根崎心中」の義太夫狂言を中村鴈治郎の監修で若手歌舞伎俳優が上演。お初と徳兵衛は、中村壱太郎(かずたろう。中村鴈治郎の息子)と尾上右近が、上演回ごとに替わるというスタイルを取っている。
午後3時開演の「曽根崎心中物語」は、尾上右近のお初、中村壱太郎の徳兵衛である。これが「松」プログラム。今日の午前中に開演した「桜」プログラムは、中村壱太郎のお初、尾上右近の徳兵衛であった。尾上右近は立役女形の両方やるが、中村壱太郎は女形(彼自身は「女方」表記の方を好むようである)が大半。そもそも女形でない中村壱太郎は、踊りの時と歌舞伎映画のアフタートークゲスト、京都芸術センターでの講演の時しか見ていない。ということで、中村壱太郎の立役を見ることの出来る貴重な機会である。

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「曽根崎心中」は、大坂の曾根崎新地と曾根崎の森を舞台とした作品で、実際に起こった事件に基づいている。
なお、曾根崎新地は蜆川(しじみがわ。曾根崎川)を挟んで南北から覆うように色町が軒を連ねていたが、現在は蜆川は埋め立てられて車道になり、南北にはキャバクラなどが建ち並んでいる。ビルの一角に蜆川と蜆橋を示す文字が刻まれており、現在では説明も刻まれている。大坂に下った壬生浪士組(後の新選組)が力士に行く手を阻まれ、芹沢鴨が力士を殴り倒したというのが、この蜆橋である。
曾根崎の森であるが、露天神(お初天神)のある辺りが想定されている。露天神はそれほど大きな神社ではないが、曾根崎の森はかなり広かったようだ。

「曽根崎心中」は文楽ではヒットして、ジャンルを代表する作品となっているが、歌舞伎の演目としては余り人気がないようである。人形を使えば出来ることが、生身の人間だと出来ないということも大きいだろう。
戦後に二世鴈治郎の徳兵衛と二世扇雀(後の四世坂田藤十郎)のお初による上演が話題となる。台本を時代に合うよう変えての上演だった。
ただ、その後も上演回数が爆発的に増えるということはなく、平成の30余年で上演されたのは僅かに5回。そして今回は令和初の上演となる。全て成駒家(上方の成駒屋)による上演である。

出演:中村壱太郎(成駒家)、尾上右近(音羽屋)、中村鴈成、片岡松十郎、板東竹之助、上村折之助、中村翫政、上村吉太朗、尾上菊次、片岡孝志、片岡千次郎、片岡仁三郎、尾上菊三呂ほか。

 

上演時間約1時間25分、冒頭の大坂三十三所観音廻りの場を復活上演、休憩なしである。背景は大坂のはずであるが、大きな御堂が並んでいる様が本願寺のように見えるし、生玉神社の場でも、池とその向こうの建物などが長岡京市の八条池に見える。生玉神社にあんなに大きな池はないはずなので、京都に合わせた背景にした可能性もある。背景が京都寄りでも上演には特に差し支えない。

右近の女形を見るのは初めてかも知れないが、骨格がガッシリしているので、この人はやはり立役の方が生えそうだ。壱太郎の徳兵衛であるが、滑舌が悪い上に早口。右近も早口なので、余計に拍車がかかるようである。壱太郎は女形としてはトップクラスの評価と人気を得ているので、女形一本で行った方が良いように感じる。ただ今回は成駒家の演目なので、ファンサービス的にやるのは良いかも知れない。

あらすじを書くと、曾根崎新地・天満屋の傾城であるお初と、醤油商・平野屋手代の徳兵衛の話である。徳兵衛には嫁を取って平野屋を継ぐ話があったのだが、徳兵衛には無断で進められたため、徳兵衛は好いているお初と一緒になろうとする。それが主の癇にさわり、大坂から追い出されることに。更に徳兵衛は友人の油屋久兵衛の窮地を救うために金を貸したところが、しばらくして会った久兵衛になじられ、嘘つき呼ばわりされ、袋だたきにあって大恥をかいてしまう。徳兵衛は天満屋に行く。お初は天満屋の人に見られないよう、徳兵衛を縁の下に隠し、足でやり取りをする。そして現代人の感覚には合わないが、心中を決意する。徳兵衛25歳、お初19歳である。
天満屋を出て、二人は曾根崎の森に向かう……。

本当に二人は死ななければならなかったのか。これは時代によって異なるところである。ただ、近松の「曽根崎心中」が大当たりしたことで、心中(「忠」を上下逆さにした言葉)が流行るようになってしまい、幕府も心中禁止令を出して、「心中未遂を犯したものは非人階級に落とす」と脅しを掛ける必要があった。

文楽と歌舞伎ということもあり、ラストは大きく異なる。梅田橋に出る二人。橋は此岸と彼岸を繋ぐものに見立てられ、死への覚悟が語られる。本音では怖ろしいのか、二人はなかなか橋を渡ろうとしない。

そして曾根崎の森へ。白い花が咲いている。お初と徳兵衛は、ヘアピンカーブを行くように右へ左へと進む。
人形でなく生身の人間であるためか、刺殺と自死のシーンはない。人形は人間の手を離れれば(また使われるとしても)魂が抜けた状態になる。そう考えれば文楽とは違ったラストの方が良いかもしれない。
鳴り物に甘美な音色の胡弓が使われていたのも印象的だった。

 

35分の幕間(幕の内弁当を食べる人が多い)を挟んで、壱太郎と右近による「花形歌舞伎特別対談」が行われる。上手から右近が登場し、下手から壱太郎が現れる。
右近が「若手は良い役が貰えない」ということで、若手による「三月花形歌舞伎」が決まったが、最初は何をしていいか分からなかったという。始まったのはコロナの頃であっため、客席を市松模様の着席可にして、お客さんも少なかった。
自分たちにしか出来ないことをしようということで、SNSを駆使し、更にグッズなどにも力を入れたという。南座で買えるだけでなく、ネットショップも同時オープンして、しばらく先まで買えるようにしてあるという。
ちなみに、右近の「『国宝』を観ていらっしゃった方、どれぐらいいるでしょう?」の質問には、多くの人が手を挙げ、壱太郎は、「『国宝』の恩恵にあずかりまくり」と話していた。
壱太郎は、「生まれも育ちも東京だが、上方の歌舞伎の家ということになっている成駒家」を紹介し、右近は「江戸の荒事の家なんで、江戸だったら徳兵衛はやられないで全員やっつけちゃう」と語っていた。
後半は質問コーナーとなり、これまでインスタライブをしていたのに今回はやらないの? の声には、「すぐやります。三日後ぐらい」と答えていた。

早めに終わった公演。團十郎などは早めに終えて遊びに行くそうだが、この若い人達は夜遅くまで稽古をしていると聞く。

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2026年4月 1日 (水)

上七軒 第七十四回「北野をどり」

2026年3月28日 上七軒歌舞練場にて

午後4時30分から、上七軒歌舞練場で、第七十四回「北野をどり」を観る。
これまで、五花街の内の四花街、いずれも鴨川に近い、祇園甲部、祇園東、宮川町、先斗町の春のをどり(宮川町だけは「おどり」)は観ているのだが、一つだけ離れたところにあり、始まりも早い上七軒のをどりは観たことがなかった。交通の便がそれほど良くない(悪いという程ではない)ことに加え、始まりが早いので、「そういえば上七軒は」と思った頃には券が売り切れているということもよくあった。「都の賑い」など、五花街総出の催しでは、上七軒の芸舞妓も見たことがあるが、上七軒単独ではないということである。

一つだけ離れたところにあるということで、上七軒は他の花街とは性質も異なる。
まず室町時代に、時の将軍・足利義稙の命ですぐそばにある北野天満宮の社殿造営工事が行われた際に、余った木材で七軒の茶屋が作られたのが最初とされる。豊臣秀吉が行った北野大茶会では、団子などを提供して、秀吉に気に入られ、日本初の茶屋を営む権利を許されたという。
そして江戸時代になると、西陣織や染め物など、西陣の旦那衆が遊ぶ花街として上七軒は発展する。しかし、昭和に入り、西陣での工芸や工業が振るわないようになると、上七軒も規模を縮小するようになり、去る人も多かったので、芸舞妓募集の貼り紙が行われるようになったという。今はやや持ち直しているが、インターネットで舞妓の募集をしているそうで、上七軒をもじった下八軒という架空の花街を舞台にしたミュージカル映画「舞妓はレディ」と全く同じことが行われていることが分かる。おそらくインターネットでの舞妓募集は周防正行監督の思いつきではなく、上七軒を取材して実際に行われていることを描いたのだろう。OLなど他の職種からの芸舞妓受け入れも行っているようだ。

以前はよく、上七軒文庫に通って絵本の朗読を聞いたり、仏教について教わったりしていたため、上七軒への生き方は分かっている。バスで行くのだが、行きも帰りも空いていて、座ることが出来た。北野天満宮の祭りの日には満員になるが。

 

少し早めに上七軒に着いて、上七軒通を歩いて回る。すぐそばに北野天満宮があるが、何回参拝したか分からないくらい来ているので、今日は遠慮する。
ちなみに、上七軒歌舞練場は上七軒通から外れたところにあり、歌舞練場の前の通りにはおそらく名前がついていない。これも五花街で唯一である(祇園甲部は花見小路通、祇園東は東大路通、宮川町は宮川筋、先斗町は先斗町通に面している)。

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上七軒歌舞練場は大正時代に建った建物を大規模改修して使用している。管理は行き届いているようだが、他の花街の歌舞練場に比べると一回り小さめ。花道は下手に一本あるだけで、その裏が地方のスペースとなる。上手側は桟敷席になっている。
なお、席順は前から「いろは」順。いろは四十七文字全てを言えない人もいるだけに迷う人も出そうである。外国人観光客もいたが、彼らはそもそも「いろは」を知らないはずである。

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演目は二部構成で、第一部は、舞踊劇「鐘を数えるお姫さま」(原作は「シンデレラ」)、第二部が純舞踊「俗曲(ぞっきょく)わすれな草」そしてフィナーレ「上七軒夜曲」が続く。前半が舞踊劇で後半が純舞踊というのは、先斗町の「鴨川をどり」と同じである。

 

舞踊劇「鐘を数えるお姫さま」。実は「シンデレラ」が坪内逍遙の訳で紹介されたとき、シンデレラの名は「おしん」になっており、連続テレビ小説風の役名になっていた。今回もヒロインの名は「おしん」になっている。
舞踊劇なのだが、皆、声が聞こえない。腹式呼吸ではなく、明らかに胸式呼吸である。男役の人も声を作らず女声のままで演じる。
先斗町がしっかりした演劇を行うことが多いだけに、上七軒はこのままでは評価出来ない。通路を演者が通るなど、工夫も凝らされているが、その前にちゃんと演じられないと。
上七軒は一つだけ離れているだけに、他の花街の芸舞妓は来ていないと思われるが、先斗町の芸舞妓が観たら「勝った!」と思うだろう。何と言っても声が聞こえないというのは致命的である。
ちなみに今回の劇は、おしんがお城に行くのではなく、王子様に相当する若殿、その正体は猿田彦命で、おしんが見初められるという展開になる。可哀相だったけど優しさに気づけたかららしい。
ちなみに「とんでもございません」というセリフがある。
猿田彦と一緒になるということは、彼女は天鈿女命で、猿女になるということである。猿女氏の子孫が稗田氏であり、現在の大和郡山市を根拠地として、稗田阿礼を生んでいる。

 

第二部「俗曲わすれな草」。十日戎に始まり、愛宕山を越えて(おそらく亀岡の方から)更に近江に出て八景を巡る。結構、露骨な色町の描写を経て、上七軒の名物の団子と江戸から明治に掛けての京都が描かれる。そして「名所名所」となるのだが、出てくるのは金閣寺だけ。後はお軽と勘平の話になる。次は「京都名所」で、こちらは、祇園、円山(公園)、清水、八坂となぜかライバル花街のそばを通り、南禅寺、知恩院、黒谷真如堂(「黒谷」こと金戒光明寺と、「真如堂」こと真正極楽寺。隣接している)、三十三間堂、金閣寺、銀閣寺、北野天満宮、平野神社、嵐山、高雄、永観堂、下鴨(神社)、上賀茂(神社)、御所の遊園地(不詳)、新京極と寺町京極、四条通、千本通と経て上七軒に至る。ちなみに京の東側の名所の方が多い。

フィナーレの「上七軒夜曲」は、短調の楽曲。宮川町の「宮川音頭」もそうだが、儚い感じがする。「宮川音頭」については、男性は儚く感じ、女性は威勢が良いと男女で違うものを聴いているような現象が起きているのだが、「上七軒夜曲」も男女で印象が異なるのかも知れない。歌詞は色っぽいものである。

踊りに関してだが、ちょっと大人しい気はする。やはり一つだけ離れた花街であることは大きいだろう。他の四花街は、色々なお客さんが来て中にははしごする人もいるのかも知れないが、上七軒は近くに大きな企業があるわけでもないし、繁華街のそばにある鴨川沿いと比べて行きにくい。
他の花街は、色々実験して、結果的には失敗しているが、実験が必要なのは他の花街ではないのかも知れない。そしてその前に、セリフが聞き取れるようでないと厳しい。

パンフレットは、800円で、セリフと歌詞の全てが載っているという良心的なものであった。

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2025年12月23日 (火)

観劇感想精選(505) 松竹創業百三十周年 京の年中行事 當る午歳「吉例顔見世興行 東西合同大歌舞伎」尾上菊之助改め八代目尾上菊五郎襲名披露 尾上丑之助改め六代目尾上菊之助襲名披露 夜の部

2025年12月8日 京都四條南座にて

午後4時30分から、京都四條南座で、松竹創業百三十周年 京の年中行事 當る午歳「吉例顔見世興行 東西合同大歌舞伎」尾上菊之助改め八代目尾上菊五郎襲名披露 尾上丑之助改め六代目尾上菊之助襲名披露 夜の部を観る。
例年とは異なり、ポスターには演目が書いてあるだけ、番付も菊五郎と菊之助の屋号である音羽屋の由来となった音羽山清水寺の本堂(清水の舞台)をリアルなタッチで描いた田渕俊夫の「京洛心象 冬詩」が表紙絵となっている。

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演目は、「寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)」、「口上」、「弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ)」より“浜松屋見世先の場”と“稲瀬川勢揃いの場”、「三人形(みつにんぎょう)」

尾上菊之助に当てて書かれた弁天小僧菊之助が登場する白浪ものが入っているのが特徴である。

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尾上菊五郎であるが、歌舞伎小屋で見た記憶がないので、芸を生で見るのは初めてかも知れない。連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」に登場する条映(東映京都撮影所がモデル)の時代劇スター、桃山剣之介の先代と当代を一人二役(キャラクターも芸も親子でそっくりなので二役に当たるのかは不明だが)で演じていたことが記憶に新しい。

新しい尾上菊之助は、まだ12歳。小学6年生で名跡を受け継ぐこととなった。

不思議なもので、歌舞伎役者は若い頃に苦労した方が伸び、楽しい青春を送った人が悲惨なことになることが多い。四代目市川猿之助などは若い頃に遊び放題、亀治郎から猿之助になってもセクハラし放題(彼はゲイなので相手は男である)で、才能は買われていたが、歌舞伎役者として戻ってくる可能性は極めて低く、市川猿之助という名跡も縁起が悪いのでもう継ぐ人がいない可能性もある。歌舞伎役者だったからかどうかは分からないが、2人殺しているのに執行猶予判決は出ている。
ただ苦労すれば良いというわけでは勿論ない。
市川中車(香川照之)の息子である市川團子も、当初は将来猿之助を継ぐ予定だったようだが(四代目猿之助はゲイなので結婚もしないし子どもも作らないと約束)、猿之助は避けて普通に市川段四郎を継ぐ可能性が高い。團子も明るい青春を送ったようだが(当代の染五郎は青山学院で初等部から高等部まで團子と同学年だったが、勉強が嫌いという理由で中退。團子だけが青山学院大学に進学している)、父親との関係が上手くいっていないという話もある。

かつて、「平成の三之助」と呼ばれた三人(市川新之助、尾上菊之助、尾上辰之助)のうち、菊之助だけが名を変えなかったが、これで平成の三之助も完全に過去のものとなった。市川新之助は海老蔵を経て團十郎を襲名。尾上辰之助はいち早く尾上松緑を名乗ったが、父親を早くに亡くしているため、七代目菊五郎に師事。封建的な歌舞伎の世界にあっては出世は難しいと思われ、大河ドラマ「葵 徳川三代」で徳川家光を演じたのも今後、大役に就くのは難しいからという制作側の配慮があったのかも知れない(尾上松緑本人は以後、映像作品への出演を全て断っている)。

 

「寿曽我対面」。「寿」の字が入っていることから分かるとおり、祝いの時に上演されることが多い演目である。仇討ちものといえばまず曾我兄弟と言われるほど知名度も高い。
工藤祐経(中村梅玉)の館が舞台。工藤氏は、日本の中でも良く知られた苗字で人数も多いが、伊藤氏(伊勢藤原ではなく伊豆藤原の方)、伊東氏(藤から東に変更)と同族である。建築を得意とし、木工頭の称号を得て、伊藤や伊東から工藤に変わる者が多かったようだ。その後、陸奥国(現在の青森県付近)から建築の仕事が多く舞い込んだため、移住する者も多く、現在でも工藤は青森県内最多の苗字となっている。工藤氏や伊豆系伊藤氏や伊東氏は庵木瓜という特徴ある家紋の家が多い。木瓜(もっこう)が建物の中に入っており、建築技術に秀でた一族であることを示している。今回の工藤祐経館も庵木瓜があちこちに貼られている。
祐経が富士の裾野で行われる巻き狩りの総奉行職に任じられたので、多くの大名が祝いのために工藤館を訪れている。この冒頭は、どこかシェイクスピアの「リア王」の冒頭に似ている。小林朝比奈(中村鴈治郎)が、かねてから祐経に会いたいと申し出ている若者が二人いると祐経に上申。祐経は会うことにする。現れたのは実父である河津三郎祐康を工藤に闇討ちされた曽我十郎祐成(片岡孝太郎)と曽我五郎時致(片岡愛之助)の兄弟である。
諸大名が兄弟を「礼儀を知らぬ者」と嘲る中、祐経は二人が河津三郎の息子であると見抜き……。
兄弟ではあるが、性格が少し異なる二人を描いている。松嶋屋の二人による曽我兄弟であるが、昨年は体調不良により顔見世への出演を見合わせた愛之助はまだ調子が戻っていないように見える。
菊之助が、菊若丸という相応しい名で現れ、名刀・友切丸(縁起の悪い名前である)を運んでくる役を演じていた。

 

「口上」。出演は、八代目尾上菊五郎(音羽屋)、六代目尾上菊之助(音羽屋)、片岡仁左衛門(松嶋屋)、中村鴈治郎(成駒家)、片岡愛之助(松嶋屋)、片岡孝太郎(松嶋屋)、中村梅玉(高砂屋)、中村扇雀(成駒家)、片岡進之介(松嶋屋)、松本幸四郎(高麗屋)、中村勘九郎(中村屋)、中村七之助(中村屋)、中村歌六(播磨屋)。

仁左衛門の先導で、それぞれが口上や祝いを述べていく。菊五郎は、初代尾上菊五郎が京都の人であったこと、清水寺の音羽の滝にちなんで音羽屋を名乗ったことなどを述べる。舞台の下手側の斜め端には清水寺の本堂が、上手側の斜め端には音羽の滝が描かれている。
歌舞伎界ということで親戚が多く、また同世代も多いため、学生時代の話なども語られていた。ちなみに菊之助は青山学院出身だが、歌舞伎界には暁星学園出身者も多い。プロテスタントとカトリックの違いはあれど、ミッションスクールが多いのには訳があるのだろうか? ちなみに八打目菊五郎の世代だと青山学院大学の教養課程はまだ厚木キャンパスに置かれていたが、厚木に通っていては歌舞伎の稽古にも出演にも支障があるため、中退もやむなしであろう。市川團子が現在、青山学院大学に通っているが、今は1年から4年まで青山キャンパスに行くことになるので、歌舞伎との両立は可能である。他の大学中退の歌舞伎俳優も学業よりもキャンパスの遠さが理由になった人はいると思われる。
中村鴈治郎は、菊五郎よりも大分年上だが、菊五郎が企画し、蜷川幸雄が演出した「NINAGAWA十二夜」で菊五郎と共演し、ロンドン公演にも連れて行って貰ったことに今でも感謝しているそうである。

 

「弁天娘女男白浪」。河竹黙阿弥の作であり、弁天小僧菊之助は、尾上菊之助に当てて書かれている。「知らざあ言って聞かせやしょう」で始まる歌舞伎史上屈指の有名ゼリフもこの作品のものである。元々のタイトルは「青砥稿紙花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)」というものであるが、“浜松屋見世先”と“稲瀬川勢揃い”の抜粋上演をする際は、「弁天娘女男白浪」というタイトルになる。「白浪五人男」という別名でも有名だ。

鎌倉時代の鎌倉が舞台である(ということになっている)。“浜松屋見世先”の場。鎌倉雪の下(鎌倉の中では北の方)にある呉服屋、浜松屋。振袖姿の武家の娘と思われる女(菊五郎)が、若党の四十八(よそはち。中村勘九郎)を伴って浜松屋に入って来る。女は様々な品物を並べるが、番頭の与九郎(市村橘太郎)は女が緋鹿の子の小布を懐に忍ばせるのを見て万引きだと思い、店の者達で店を出ようとした女を引き戻し、番頭は算盤を女の額に打ち付ける。
しかし、女が手にしていたのは山形屋と書かれた別の小布であった。
騒ぎを聞きつけた若旦那の宗之助(中村鷹之資)は、店の者達と共に謝るが、四十八は女の正体が二階堂信濃守(鎌倉の雪の下の隣の地名が実は二階堂なのである。二階建ての本堂を持っていた永福寺〈ようふくじ〉が由来。地名で遊んでいるのが分かる)の家臣、早瀬主水の娘と明かし、濡れ衣を着せられた上に若い娘の額に傷を付けられたとあってはこのままでは帰れぬ、皆の首を取った上で切腹すると言い放つ。
鳶頭清二(坂東巳之助)がことを収めようとするが、上手く行かず、浜松屋の主である幸兵衛(中村歌六)が、十両で話を付けようとするが、四十八は百両を要求する。
そこへ、二階堂信濃守の家臣である玉島逸当(松本幸四郎)が現れ、二階堂信濃守の家中に早瀬主水という者はいないと断言。女は仕方なく自身が弁天小僧菊之助であることを、同じく四十八は南郷力丸であることを明かす。
「知らざあ言って聴かやしょう」のセリフは、音羽屋が本家である。本姓である「寺島」(女優の寺島しのぶは菊五郎の実姉である)が登場し、「菊之助」の名が語られる。以前、片岡愛之助の弁天小僧菊之助で同じセリフを聞いているが、趣は大きく異なる。菊五郎の方が現代的で節も抑えがちであり、愛之助はいかにも悪党がしゃあしゃあと語っているという感じだった。ちなみに語られる内容であるが、自己紹介である。それもかなりの駄目人間としての。なので情けない内容を格好つけて話している滑稽さが肝となるのだが、菊五郎の場合はそのままで格好いいので、格好いいのに駄目という残念さが加わるが、語りのスタイルとしてはスマートで外連のようなものは感じられない。本家の語りは代々このようなものなのかも知れない。
ちなみに玉島逸当の正体は、白浪五人男の首領、日本駄右衛門である。
番頭がなぜ弁天小僧の顔面に算盤を振り下ろしたのかは不明。振り下ろした時点では相手が男だとも正体が弁天小僧だとも分かっていなかったはずだが、女性の顔に傷を作ってしまったら何を言われるか分からないのは江戸時代だろうと鎌倉時代だろうと現代だろうと変わらないはずだが。傷さえ付けなければ悪党どもに吹っかけられることもなかったはずである。

“稲瀬川勢揃い”の場。白浪五人男が一人ずつ花道から舞台へと向かう。稲瀬川は、鎌倉を流れる短く小さな川だが、ここでは現実の稲瀬川でなく、江戸の隅田川が稲瀬川になぞらえられている。隅田川は今も東京23区内を流れる川としては荒川などの次に川幅が広いが、今の荒川は放水路で、江戸時代までの隅田川は荒川の水量も合わせた、今の倍ほどの川幅を持つ大河であった(荒川の下流の別名が隅田川。長江と揚子江のような関係である)。
登場するのは、弁天小僧菊之助、忠信利平(片岡愛之助)、赤星十三郎(中村七之助)、南郷力丸、日本駄右衛門。「志ら浪」の文字の入った番傘を差している。
捕り方が大勢現れ、大乱闘の内に五人男が見得を切り、幕となる。

女形として人気が出た七之助は。ここでも上品な美貌の盗賊という女形の持ち味を生かしたキャラ付けを行っていた。

 

「三人形」。江戸の新吉原仲之町。奴(坂東巳之助)、傾城(中村壱太郎)、若衆(中村隼人)の3人が、それぞれのスタイルで舞い始める。
常磐津が遊郭の歴史を歌っていく。弓削道鏡が勅命を受けて遊郭を築いたそうである。ちなみに遊郭という言葉の由来も語られるが、嘘である。
なお、弓削道鏡が遊郭を作った話も、道鏡の一物がかなり立派だったという俗説から来ていると思われる。
若手トップランクの女形である中村壱太郎(かずたろう。成駒家。彼は「女方」表記の方を好むようである)の細やかな仕草が更に洗練度を増しているのが感じられた。

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2025年11月13日 (木)

追悼・仲代達矢 これまでに観た映画より(411) 市川崑監督作品「炎上」

2025年11月11日

追悼のため、FODレンタルで大映映画「炎上」を観る。三島由紀夫の『金閣寺』の映画化。しかし京都の仏教界から批判が相次ぎ、かなり妥協して作った作品である。1958年の制作。東京タワーが竣工し、長嶋茂雄が読売ジャイアンツに入団し、広上淳一と大友直人が生まれた年だ。

原作:三島由紀夫。監督:市川崑。脚本:和田夏十(わだ・なっと。市川崑夫人)。音楽:黛敏郎。出演:八代目市川雷蔵、二代目中村鴈治郎、仲代達矢、新珠三千代、北林谷栄、中村玉緒ほか。モノクローム作品である。

金閣寺の名は使えず、驟閣寺(しゅうかくじ)となった。ちなみに大谷大学も駄目なのか小谷大学になっているが、却って品格を落としているような気がする。
撮影は大映京都撮影所内で行われているが、大徳寺境内とおぼしき場所も映っている。驟閣は、大覚寺の大沢池の上に2階建てのセットとして建てられたが、色々制限もあったからかややチャチである。世にも美しい驟閣とは思えないのだが、当時の実際の金閣の方も(正式には鹿苑寺舎利殿)も金はすでに剥げ落ち、木の目が露わになった建物で、しかも足利義満が建てた建物に更に継ぎ足して建てられた部分があり、歴史的価で国宝となったが、もはや美しいとは言えない建物であった。現在の再建された金閣(舎利殿)であるが、足利義満が建てたときの図面や古写真によって、外観は往時のものより整った。だが、金箔は貼ってもすぐに剥げてしまう。修学旅行で訪れた高校の引率の先生が、「あれじゃ金閣じゃなくて黒閣だ」と言ったという有名な話もある。実際、私が子どもの頃の金閣は、金までも黒ずんで真っ黒という姿であった。その後、創建時の技法などが研究され、金箔を二重に貼る工法が考案されて、以後は金ピカの金閣となっている。禅寺があんな金ぴかで良いのかとも思うが、極楽の実相観のためということなのだろう。

空襲に備えて、道路の拡幅のために、家が壊されるシーンがあり、豪快な屋台崩しが行われる。御池通、五条通、東山通(現在の東大路通。信号などに記された交差地点の名称は今も東大路ではなく東山〈例:東山七条〉となっているものが多い)などで道路の拡幅が行われた。こうした京都の街の歴史は案外、知られていない。

なお、金閣寺こと北山(ほくぜん)鹿苑寺は臨済宗の本山ではなく、京都御苑と同志社大学今出川校地の北にある本山相国寺の境外塔頭である。銀閣寺こと東山(とうざん)慈照寺も相国寺の境外塔頭であり、共に拝観料を取るため、相国寺は京都で最も金持ちの寺院と言われている(相国寺は境内に立ち入るのは無料)。ただこの映画では驟閣寺は本山ということになっている。

原作と違い、主人公である溝口(市川雷蔵)の母親が京都まで来て居座るのだが、この母親を演じているのが北林谷栄であり、やはり演技のキレやリアルさは頭一つ抜けている。

文学で言う「意識の流れ」のような手法が溝口の父親や母親との思い出において用いられているのが特徴。

溝口がなぜ驟閣を燃やさなくてはならなかったのか、吃音持ちという生い立ちから、母親の不倫、京都に出て修行に入り、戦争を経験し(京都は、西陣、太秦、東山馬町を除いて大規模な空襲はなかったが、溝口は、東京出身の鶴川という友人が東京に帰って空襲に遭い、亡くなるという経験をしていた)、老師(中村鴈治郎)を始めとする僧侶達の女遊びなど、世間を知るうちに、穢れた世界にあって、驟閣は美しすぎると考え、他者に与える訳にはいかないと思ったのかも知れない。

仲代達矢が演じるのは、頭は良いがチョイ悪の身体障害者、戸刈(原作の柏木に相当)である。吃音の溝口同じく障害者であるが、脚が不自由な戸刈は自身の障害を見せることで、人の気を引く術を心得ていた。ニヒルな役を、仲代は生来の眼力の強さでエネルギッシュに演じている。

市川崑監督作品ということで、袖を襖の間に挟んで強引に引き抜くというシーンは当然ながらある。


黛敏郎の音楽は仏教で用いられる楽器や声明を巧みに音楽として取り入れ、涅槃交響曲へと繋がる。他にパーカッションなどが効果的に用いられている。
黛敏郎は、後年、ベルリン・ドイツ・オペラの委嘱により歌劇「金閣寺」を書いている。三島の『金閣寺』をオペラ化した作品で、二十世紀に日本人の手によって書かれた音楽作品の筆頭ともいえる傑作である。

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2025年11月 8日 (土)

観劇感想精選(499) 「市川團十郎特別公演」昼の部「伊達競阿國戯場 三升先代萩」 令和七年十月十一日

2025年10月11日 京都四條南座にて

正午から、京都四條南座で、「市川團十郎特別公演」昼の部「伊達競阿國戯場(だてくらべおくにかぶき) 三升先代萩(みますせんだいはぎ)」を観る。三升という成田屋の定紋がタイトルに入っていることからも分かるとおり、成田屋でしか上演しない且つ出来ない演目である。石川耕士が補綴を行っている。

今回の「市川團十郎特別公演」は、昼の部が自家のための演目、夜の部は「歌舞伎の世界」というタイトルで、有名な歌舞伎の演目のハイライト上演で、おそらく團十郎による解説もあり、明らかに歌舞伎初心者向けとなっている。歌舞伎好きとこれから歌舞伎の世界に入ろうとする客の両取り作戦である。

「三升先代萩」は、仙台藩のお家騒動(伊達騒動)を題材にした「先代萩」の成田屋専売版である。まず團十郎が口上を述べる。挨拶などの後で、背後に人物関係図が下りてきて、「三升先代萩」の解説を行う。江戸時代の話が元なのだが、幕府にあれこれ文句を付けられぬように、室町時代の話としており、山名宗全、細川勝元など実在の人物も登場する。お家乗っ取りを企む悪漢との戦いであるが、團十郎は早替えで計7人を演じ分ける。ということで、結構有名な人も出演しているのに、團十郎以外は基本端役で、團十郎のワンマンショーとなっている。
この時の足利家分家の当主である頼兼を團十郎はかなりのバカ殿として演じている。早替わりは巧みだが、中村勘九郎の方がスムーズに感じる。

最大の特徴は大詰めにある。細川勝元を演じているときに團十郎は、「寄こしてみなさい」といったように、完全現代口語でセリフを発する。歌舞伎で「寄こしてみなさい」というセリフが存在する可能性は低く、「ふん、寄こせ」などのセリフを現代語に改めたものと考えられる。現代の演劇のようなセリフを入れた意図ははっきりしないが、セリフは聞き取りやすくなった。團十郎の弱点は滑舌の悪さという指摘があるが、歌舞伎の言い回しでなく現代語で語られるようなセリフなら発音も明瞭である。そして細川勝元を機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)に見立てたという可能性も考えられる。
十三代目襲名以降、様々な取り組みを行っている團十郎だが、今回の現代口語もその一つだろう。私は、「ああ、そう来たか」と思っただけだったが、「これはもう歌舞伎ではない」と考える人もいるかも知れない。いずれにせよ大胆な試みである。

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2025年10月16日 (木)

これまでに観た映画より(407) 原作:小泉八雲、監督:小林正樹、音楽音響:武満徹 映画「怪談」

2025年10月14日

Amazon Prime Videoで、日本映画「怪談」を観る。小泉八雲ことラフカディオ・ハーンがまとめた著書の中から、「黒髪」「雪女」「耳無芳一の話」「茶碗の中」を選び、オムニバス映画としているが、4つの作品に共通するものは特にない。

2007年にも私は観ていて、記録を残しているが、大したことは書いていない。

原作:小泉八雲。監督:小林正樹。脚本:水木洋子。音楽音響:武満徹。出演:新珠三千代(なんとIMEで変換されず)、渡辺美佐子、三國連太郎ほか(以上「黒髪」)、仲代達矢、岸惠子、望月優子、浜村純ほか(以上「雪女」)、中村賀津雄、志村喬、丹波哲郎、田中邦衛、林与一、北村和夫ほか(以上「耳無芳一の話」)、中村翫右衛門、滝沢修、杉村春子、中村鴈治郎、仲谷昇、佐藤慶、奈良岡朋子、神山繁(こうやま・しげる)、天本英世ほか(以上「茶碗の中」)。

かなり豪華な面子である。新珠三千代、岸惠子(彼女が出ている「雪女」の舞台は雪国ではなく、意外にも現在の東京都調布市である)などは、今の時代でも美人女優として通用しそうである。ただ歳月が流れたと言うこともあり、かつての大女優もIMEでは一発変換出来なくなった。

耽美的な演出が特徴。日本画を意識した、別世界のような背景が広がる中で、この世とあの世との境のドラマが展開される。
美術が凝っている一方で、演出はオーソドックス。余計なことはせずとも伝わるよう、カット割りを綿密に行っている。芸術映画なので客を楽しませようというようなサービス精神はなしだが、誠実に作品と向かい合っている。もし今のような優れたテクノロジーがあったら、より優れた作品になっていたと思われるが、それは仕方ない。
若き日の三國連太郎は佐藤浩市に似ているが、その佐藤浩市の息子である寛一郎が現在、連続テレビ小説「ばけばけ」に、山根銀二郎改め、松野銀二郎役で出ている。祖父と孫とで「怪談」絡みの話に出演しているということになる。山根銀二郎という名前は大物音楽評論家であった山根銀二を連想させる。山根銀二は、武満徹のピアノ曲「二つのレント」を「音楽以前である」と酷評したことで有名だが、その山根銀二に似た名前の役を演じている人がいる。更に映画「怪談」の音楽担当は武満徹。ということで繋げているのだと思われる。

その武満の音楽であるが、音楽のみならず音楽音響とされているように、金属音を出したり、プリペイドピアノを使ったり、風の音で場を作ったり、三味線などの邦楽器が掻き鳴らされたり、読経を音楽として持ち込んだりしている。メロディーらしきものはラストにしか出てこないが、意欲的な映画音楽であると言える。

セリフが極端に少ないのが特徴だが、話すと説明ゼリフになってしまっているため、もっとセリフを入れればそれは避けられたかも知れない。ただ無言で行われることで恐怖やただならぬ雰囲気を生めているのも事実だ。

小泉八雲の『怪談』であるが、やはり魅力的という他ない。単に怖いだけでなく、人間の機微のようなものが伝わってくる。人間の悪い面をも浄化していくようだ。そして幽霊は美人であればあるほど怖いように(幽霊ではないが、貞子役は小説での設定もあってほぼ全て日本の女優の中でも上位の美人女優が演じている)美と恐怖の関係を再確認させてくれたりする。泉鏡花も怪異譚を多く書いているが、文章は抜群に美しい。

3時間強の大作だが、途中で休憩の時間があったことが今日の配信映像を見て分かった。

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2025年4月27日 (日)

令和七年 第百五十一回 「都をどり」 都風情四季彩

2025年4月5日 祇園甲部歌舞練場にて

午後4時30分から、祇園甲部歌舞練場で、令和七年 第百五十一回「都をどり」を観る。親子連れで観に来ている人も多いのだが、私の隣に座った子どもは花粉症なのか鼻炎気味で、子どもなので遠慮することなくしょっちゅう大きな音を立てて鼻をすするため、集中力を持続するのは難しい。前の席に座った外国人女性は膝の上に子どもを抱えて観ていたが、たまに子どもが騒ぐ。また上演中に子どもがトイレに行きたがったのか、通路を歩く親子もいる。文化なので、年齢性別関係なく楽しめれば良いのだが、実際問題としては都をどりを子どもに見せるのは難しいかも知れない。大人でも歌詞を聴き取るのは難しいが(有料パンフレットには全て載っている)子どもが面白いと感じるかどうか。

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それは今後の課題として、今回は「都風情四季彩(みやこふぜいしきのいろどり)」という題名で、都の四季の名所を舞台にした舞踊が展開される。
「置歌」に続いて「梅宮大社梅花盛(うめのみやたいしゃばいかのさかり)」、「宝鏡寺雛遊(ほうきょうじひいなあそび)」、「蛤草紙永遠繁栄(はまぐりそうしとわのさかえ)」、「牛若弁慶五条橋出会(うしわかべんけいごしょうはしのであい)」、「清水寺成就院紅葉舞(きよみずでらじょうじゅいんもみじのまい)」、「妙満寺雪見座敷(みょうまんじゆきみのざしき)」、「平安神宮桜雲(へいあんじんぐうさくらのくも)」 の全八景が演じられる。有名な寺社が並ぶが、比較的演目に取り上げられにくい場所が並んでいるという印象である。清水寺はど定番だが、塔頭の成就院は庭が見事だが、季節限定公開されるだけで、内部は多くの人に知られている訳ではない。妙満寺は安珍・清姫の道成寺の鐘で有名だが、岩倉の外れにあるため、観光客が余り行かない場所である。

「都をどりは」「ヨーイヤサァ」のやり取りで有名な「置歌」(長唄)。左右両方の端に設けられた花道から(両端に長い花道のある劇場は余り例がない)浅葱色の着物を纏った芸舞妓が現れ、中央の舞台に進んで、若々しい舞が行われる。
「梅宮大社梅花盛」(長唄)。では、余り取り上げられることのない梅宮大社が舞台となる。梅宮大社は、県犬養(橘)美千代が、橘氏の氏神として創建したものである。県犬養美千代は橘氏の祖であり、橘の氏は息子の橘諸兄に受け継がれる。源平藤橘の一つとなっている橘氏だが、早くに没落したということもあって、他の名族に比べると影が薄い。橘氏を名乗った有名人物には楠木正成、また幕末の長州藩の秀才である吉田稔麿(池田屋事件の際に加賀藩邸の前で切腹。「生きていたら間違いなく総理大臣になっていた」といわれる傑物である)など数えるほどである。現在、再放送中のNHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」には、雉真、桃山剣ノ介 、黍之丞、桃太郎など、最初の舞台となった岡山ゆかりの人名が出てくるが、犬も実は橘氏の祖が県犬養氏であるため、隠れた形ではあるがすでに出てきているということになる。

「宝鏡寺雛遊」(長唄)。宝鏡寺は寺ノ内という京の北側に豊臣秀吉が寺院を並べた地区にある。尼門跡寺院で、人形を多く所蔵することから「人形の寺」と呼ばれている。
桃の節句の折に、雛人形を飾り、尼僧と幼い娘らが戯れる様が描かれる。歌詞には「うれしいひなまつり」からそのまま抜き出した部分がある。

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「蛤草紙永遠繁栄」(浄瑠璃)。親孝行の漁師、漁太が網に掛かった蛤を放したところ、美しい娘となって「連れ帰って欲しい」と頼み、機織りをするという、「鶴の恩返し」によく似た異種交流譚である。蛤は巨大なセットが作られ、パカッと開いて、中から蛤の娘が現れる。演劇的要素の濃い舞であった。

「牛若弁慶五条橋出会」(長唄)。現在、京都の五条大橋には、牛若丸と弁慶の像があるが、往時はこの橋は五条大橋ではなかった。現在の五条通は、牛若丸と弁慶の時代には、六条坊門通であり、現在の松原通が往時の五条大路である。松の木が多かったことから五条松原通とも呼ばれていたが、豊臣秀吉が五条通を南に移したため、松原通の名が残った。往時の五条大橋の跡には松原大橋が架かっている。ただ、往時の五条大橋は、鴨川の巨大な中州を繋ぐ形で、二本架けられていた。中州には法城寺という、安倍晴明が建立した陰陽道の総本山のような寺院があったが、これも秀吉によって弾圧を受け、陰陽師は被差別民に落とされ、法城寺は破却され、中州も取り除かれた。
そんな歴史を持つ五条大橋であるが、実は『義経記』には、牛若丸と弁慶が出会ったのは五条大橋ではなく、五条天神の前とある。昔の五条天神の前には短いが橋が架かっており(現在も橋のようなものはある)、そこで二人が出会ったことになっている。というわけで、五条大橋で出会ったこと自体が明治になってからの創作のようである。
ただ、今回は、五条大橋(松原大橋)で、二人が戦うという設定を採用している。
武蔵坊弁慶も芸妓が演じるが、やはり弁慶は女性が演じるのには向いていない。「勧進帳」など、歌舞伎の荒事の代表格の演目に登場する弁慶。当然ながらダイナミックな動きが見せ場となるのだが、女性ではどうしても迫力が出ない。
一方、牛若は小柄な少年ということで、女性が演じた方がむしろ合っているのではないかと思えるほど軽やかな動きが絵になっている。牛若を女性が、弁慶を男性が演じる演目というのもあっていい。「都をどり」では無理だが。ちなみにテレビドラマではすでに川栄李奈の義経、小澤征悦の弁慶で制作された「義経のスマホ」(NHK総合)で、女義経、男弁慶は達成されている。

「清水寺成就院紅葉舞」(長唄)。清水寺の塔頭である成就院。秀吉ゆかりの寺院である。普段は非公開だが、春と秋に特別公開が行われる。庭園に関しては京都で一二を争うほどに美しい。幕末の勤王の僧で、西郷隆盛と共に錦江湾に身を投げることになる月照も成就院の僧侶であった。

「妙満寺雪見座敷」(長唄)。以前は寺町にあった日蓮宗・妙満寺であるが、昭和43年(1968)に岩倉に移っている。道成寺の鐘があることで知られる。ここも秀吉と縁があり、秀吉の根来攻めの際に家臣の仙石権兵衛秀久が鐘を掘り出して、妙満寺に収めたという。
成就院から移築したとされる雪の庭という庭園が有名で、雪景色の中、安珍・清姫の鐘が鳴り、洛北の寂しさが身に染みるような舞が展開される。
余談だが、以前、妙満寺の門前を通りかかった際、金子みすゞの「大漁」が掲示されていたのだが、冒頭が「朝焼け小焼けだ大漁だ」のはずが、「夕焼け小焼けだ大漁だ」になっていて、残念に思った記憶がある。「夕焼け小焼け」じゃ日が暮れる。

「平安神宮桜雲」(長唄)。平安神宮の神苑が背景に描かれている。神苑は桜の名所なので(谷崎潤一郎の『細雪』にも花見の場として描かれている)背景も、その手前も桜が並ぶ。平安神宮は1895年に伊東忠太設計で建てられた内国勧業博覧会のパビリオンを神社としたもので、今年が鎮座130年に当たる。神苑は時代劇のロケ地としてもよく使用される。
舞台と両方の花道を使った総踊り。目に鮮やかな壮観であった。

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実際の平安神宮神苑の桜

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2025年4月12日 (土)

楽興の時(49) 新内弥栄派家元 師籍四十五周年記念 新内浄瑠璃と舞踊の祭典「新内枝幸太夫の会」

2025年4月8日 左京区岡崎のロームシアター京都サウスホール

午前11時から、左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールで、新内弥栄派家元 師籍四十五周年記念 新内浄瑠璃と舞踊の祭典「新内枝幸太夫の会」を聴く。私の年の離れた友人である新内枝幸太夫師匠とその一門、日本の伝統芸能者を多く集めた祭典である。
とはいえ、日本の伝統芸能はそれほど愛好者の広がりはないため、多くは枝幸太夫の身内や知り合い、友人である。

五部形式で、一部終了後に15分の休憩があるが、その後は、二部から五部までぶっ通し。終演時間は午後6時前で、実に7時間近くも上演が続いたことになる。
最初から最後まで付き合う人も勿論いたが、途中退席、途中抜けだし、遅れてくる人などもいる。余り劇場に慣れていない人が多いことも分かる。

「新内枝幸太夫の会」は、これまでは街中にあるが、レセプショニストなどはいないウイングス京都などで公演を行ってきたが、今年は京都で最も格式の高い京都会館ことロームシアター京都のサウスホールでの公演となった。大規模ホールであるメインホールでこそないが、多くの一流ミュージシャン(細野晴臣や原田知世)が立ったサウスホールも、新内が公演を行えるホールとしては最上級であろう。集客的にメインホールでの公演は無理なので、サウスホールで頂点に立ったと言える。

鳴物は、望月太津寿郎連中。

 

演目であるが、出演者の体調不良のためにカットされたものもあれば、枝幸太夫が予定になかった歌を付け加えたケースもある。
第1部が、「広重八景」、新内小唄「花合わせ」、「丸山甚句」、新内小唄「月天心」、新内小唄「蘭蝶」、新内小唄「別れてから」、「更けゆく鐘」、蘭蝶(上)四谷、口上「新名取披露」
「広重八景」(弾き語り:新内枝幸太夫)では、芳宗航が見事な舞を見せる。
「月天心」は、与謝蕪村の俳句が出てくるが、「貧しき街を通」ったのは大工ということになっている(語り:堤内裕)。

第2部が、新内流しと前弾き三味線、「古都春秋」、「むじな」、「忍冬(すいかずら)」、「葛の葉」
新内流しと前弾き三味線では、枝幸太夫師匠が三味線を弾きながら中央通路を歩き、おひねりを貰ったりする。師匠が私を見つけて、「本保ちゃんや。久しぶり」と挨拶したりした。
「古都春秋」は、その名の通り京都の名物が歌われるのだが、春は祇園甲部の都をどりが採用されており、「コンチキチン」の響きが流れる。
「むじな」は、小泉八雲ことラフカディオ・ハーンがまとめた『怪談』からの話で、のっぺらぼうが出てくる(枝幸太夫の弾き語り。立方:紀乃元瑛右)。
「葛の葉」は、安倍晴明の母親である信太の森の葛葉狐の話である。立方は芝千桜。影絵で狐を浮かび上がらせたり、凝った演出である。
葛葉狐の和歌、「恋しくばたずね来てみよ泉なる信田の森のうらみ葛の葉」は、その場で障子に墨で書かれる。

3部では、枝幸太夫が日本コロムビアからCDを出している楽曲の歌唱。「青海波」、「綾子舞の女」、「約束橋」、「眠れない夜は」、「龍馬ありて」が歌われ、立方が舞を披露する。「約束橋」では何度か顔を合わせている藤和弘扇さんが舞を披露した。また「龍馬ありて」では、龍馬ゆかりの高知県から美穂川圭輔がやって来て舞を披露した。高知-京都間の最もポピュラーな移動手段は高速バスだが、8時間近く掛かる。
カラオケによる歌唱だが、「龍馬ありて」はいつもに比べて走り気味。仮に指揮者がいたとしたら一拍目を振る前に歌い始めている。ステージ上の音響も影響したのだろう。

4部では、物語性のある曲が奏でられる。「明烏夢泡雪」(下)雪責め、「蘭蝶」(下)縁切り、「帰咲名残命毛(かえりざきなごりのいのちげ)」尾上伊太八(おのええだはち)、「梅雨衣酸月情話(つゆころもすいげつじょうわ)」、「日高川」渡し場。「日高川」は、ご存じ安珍・清姫の話だが、清姫が日高川を泳ぎ切り、鬼の顔をした蛇になるところで終わる。

第5部は、枝幸太夫の「勧進帳」に始まる。立方は若柳吉翔。枝幸太夫の弾き語り。歌舞伎などでお馴染みの「勧進帳」をほぼアレンジすることなく歌と踊りでの表現に変えている。立方は、一貫して武蔵坊弁慶だけを舞で演じる。
「蘇一陽来復(よみがえりまたはるがくる)」巳では、道成寺に至り、鐘に巻き付いて焼き殺す清姫の話なども語られるが、それとは関係のない話も歌われる。立方は、花柳與桂。枝幸太夫の弾き語り。
ラストは「子宝三番叟」。立方は、藤三智栄と藤三智愛。優雅でキリリとした舞が行われた。弾き語りは枝幸太夫だが、ほかにも語りと三味線、上調子がいる。

一度幕が下りてから、再び上がって、千穐楽のおひねりとして手ぬぐいがまかれた。

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