コンサートの記(867) アジア オーケストラ ウィーク 2024 大友直人指揮京都市交響楽団@京都コンサートホール
2024年10月22日 京都コンサートホールにて
午後7時から、京都コンサートホールで、アジア オーケストラ ウィーク 2024 京都市交響楽団の演奏会を聴く。今年度のアジア オーケストラ ウィークは、この公演を含む京都での2公演のみのようである。
シンガポール交響楽団と京都市交響楽団の演奏会には通し券があるので、今回はそれを利用。2公演とも同じ席で聴くことになった。
今日の指揮は、京都市交響楽団桂冠指揮者の大友直人。昨年は第九などを振ったが、京都市交響楽団の桂冠指揮者になってからは京響の指揮台に立つことは少なめである。
近年は、沖縄の琉球交響楽団というプロオーケストラ(沖縄交響楽団を名乗らなかったのは、先に沖縄交響楽団という名のアマチュアオーケストラがあったため。沖縄大学と琉球大学の関係に似ている)の音楽監督として指導に力を入れており、この間、定期演奏を行ったばかり。沖縄は地元の民謡や、アメリカ統治時代のロックやジャズなどは盛んだが、クラシック音楽を聴く土壌は築かれることがなく、沖縄県立芸術大学という公立のレベルの高い音楽学部を持つ大学があるにも関わらず、聴いて貰う機会が少ないため、卒業生は沖縄県外に出てしまう傾向があるようだ。
その他には、高崎芸術劇場の音楽監督を務めるほか、東京交響楽団名誉客演指揮者などの称号を持ち、大阪芸術大学教授や東邦音楽大学特任教授、京都市立芸術大学や洗足学園音楽大学の客員教授として後進の育成に励んでいる。
曲目は、伊福部昭の「SF交響ファンタジー」第1番、宮城道雄作曲/池辺晋一郎編曲の管弦楽のための「春の海」(箏独奏:LEO)、今野玲央(こんの・れお)/伊賀拓郎(いが・たくろう)の「松風」(箏独奏:LEO)、ブラームスの交響曲第1番。
今野玲央がLEOの本名である。
今日のコンサートマスターは、京響特別客演コンサートマスターの「組長」こと石田泰尚。泉原隆志と尾﨑平は降り番で、客演アシスタント・コンサートマスターに西尾恵子。第2ヴァイオリン客演首席には清水泰明、ヴィオラの客演首席には林のぞみ。チェロも今日は首席不在。トロンボーンも首席は空いたままである。いつもながらのドイツ式の現代配置による演奏。ステージのすり鉢の傾斜はまあまあ高めである。
伊福部昭の「SF交響ファンタジー」第1番。「ゴジラ」の主題に始まり、伊福部が手掛けた円谷映画の音楽をコンサート用にまとめたもので、第1番から第3番まであるが、「ゴジラ」のテーマがフィーチャーされた第1番が最も人気である。ちなみに「ゴジラ」のテーマは、伊福部がラヴェルのピアノ協奏曲の第3楽章から取ったという説があり、本当かどうか分からないが、伊福部がラヴェルの大ファンだったことは確かで、ラヴェルが審査員を務める音楽コンクールに自作の「日本狂詩曲」を送ろうとしたが、規定時間より長かったため、第1楽章を取ってしまい、そのままのスタイルが今日まで残っていたりする(結局、ラヴェルは審査員を降りてしまい、伊福部はラヴェルに作品を観て貰えなかったが、第1位を獲得した)。
「SF交響ファンタジー」には、若い頃の広上淳一が日本フィルハーモニー交響楽団を指揮して録音した音盤が存在するが、理想的と言っても良い出来となっている。
その広上と同い年の大友が指揮する「SF交響ファンタジー」第1番。大友らしい構築のしっかりした音楽で、音も息づいているが、映画のために書かれた音楽が元となった曲としては少しお堅めで、大友の生真面目な性格が出ている。もっと外連のある演奏を行ってもいいはずなのだが。
大友も1990年代には、NHK大河ドラマのオープニングをよく指揮していた。大河のテーマ音楽は、NHKの顔になるということで、当代一流と見なした作曲家にしか作曲を依頼せず、N響が認める指揮者にしか指揮させていない。近年では、正指揮者に任命された下野竜也が毎年のように指揮し、その他に元々正指揮者の尾高忠明(「八重の桜」、「青天を衝け」など)、共演も多い広上淳一(「光る君へ」、「麒麟がくる」、「軍師官兵衛」、「龍馬伝」、「新選組!」など)の3人で回している。なお、音楽監督であった時代のシャルル・デュトワ(「葵・徳川三代」)やウラディーミル・アシュケナージ(「義経」)、首席指揮者時代のパーヴォ・ヤルヴィ(「女城主直虎」)もテーマ音楽の指揮を手掛けている。将来的には現首席指揮者のファビオ・ルイージも指揮する可能性は高い。
ということで、大友さんも90年代は良いところまで行っていたことが窺える。それが21世紀に入る頃から、大友さんのキャリアに陰りが見え始めるのだが、これは理由ははっきりしない。大友さんは、「色々リサーチしたが、世界で最もクラシック音楽の演奏が盛んなのは東京なのだから東京を本拠地にするのがベスト」という考えの持ち主である。ただ海外でのキャリアが数えるほどしかないというのはブランドとして弱かったのだろうか。
LEOをソリストに迎えた2曲。箏奏者のLEOは、「題名のない音楽会」への出演でお馴染みの若手である。1998年生まれ、16歳でくまもと全国邦楽コンクールにて史上最年少での優勝を果たし、注目を浴びる。これまで数々の名指揮者や名オーケストラと共演を重ねている。
宮城道雄/池辺晋一郎の管弦楽のための「春の海」。お正月の音楽としてお馴染みの「春の海」に池辺晋一郎が管弦楽をつけたバージョンで、1980年の編曲。森正指揮のNHK交響楽団の演奏、唯是震一の箏によって初演されている。
尺八の役目はフルートが受け持ち(フルート独奏:上野博昭)。開けた感じの海が広がる印象を受ける。まるで地球の丸く見える丘から眺めた海のようだ。
今野玲央/伊賀拓郎の「松風」。作曲はLEOこと今野玲央が行っており、弦楽オーケストラ伴奏のためのアレンジを伊賀拓郎が務めている。
LEOは繊細な響きでスタート。徐々にうねりを高めていく。「春の海」が太平洋や瀬戸内の海なら、「松風」は日本海風。ひんやりとしてシャープな弦楽の波が現代音楽的である。
実際は、「松風」は海を描いたものではなく、二条城二の丸御殿「松」の障壁画を題材としたものである。二条城の障壁画は、私が京都に来たばかりの頃は、オリジナルであったのだが、傷みが激しいということで、現在はほぼ全てレプリカに置き換えられている。
「松風」は初演時にはダンスのための音楽として、田中泯の舞と共に披露された。
LEOのアンコール演奏は、自作の「DEEP BLUE」。現代音楽の要素にポップな部分を上手く絡めている。
ブラームスの交響曲第1番。コンサートレパートリーの王道中の王道であり、これまで聴いてきたコンサートの中で最も多く耳にしたのがこの曲のはずである。なにしろ、1990年に初めて生で聴いたコンサート、千葉県東総文化会館での石丸寛指揮ニューフィルハーモニーオーケストラ千葉(現・千葉交響楽団)のメインがこの曲だった。
現在、来日してN響を指揮しているヘルベルト・ブロムシュテットの指揮でも2回聴いている(オーケストラは、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団とNHK交響楽団)。パーヴォ・ヤルヴィ指揮でも2回聴いているはずである(いずれもドイツ・カンマ-フィルハーモニー・ブレーメン)。
大友さんは、21世紀に入った頃から芸風を変え始め、力で押し切るような演奏が増えた。どういう心境の変化があったのか分からないが、小澤征爾との関係が影響を与えているように思われる(小澤と大友は師弟関係であるが明らかに不仲である)。
ただ今日の演奏は、力技が影を潜め、流れ重視の音楽になっていた。
今日は全編ノンタクトで指揮した大友。この曲では譜面台を置かず、全て暗譜での指揮である。
冒頭はどちらかというと音の美しさ重視。悲哀がそこはかとなく漂うが、悲劇性をことさら強調することはない。ティンパニも強打ではあるが柔らかめの音だ。その後も押しではなく一歩引いた感じの音楽作り。大友さんもスタイルを変えてきたようだ。そこから熱くなっていくのだが、客観性は失わない。
第2楽章は、コンサートマスターの石田泰尚が、優美なソロを奏でる。甘く、青春のような若々しさが宿る。
第3楽章もオーケストラ捌きの巧みさが目立ち、以前のような力みは感じられない。第4楽章もバランス重視で、情熱や歓喜の表現は勿論あるが、どちらかというと作為のない表現である。ただ大友は楽団員を乗せるのは上手いようで、コンサートマスターの石田を始めヴァイオリン奏者達が前のめりになって弾くなど、大友の表現に積極的に貢献しているように見えた。
大仰でない若々しいブラームス。この曲を完成させた43歳時のブラームスの心境が伝わってくるような独特の味わいがあった。
大友の著書『クラシックへの挑戦状』(中央公論新社)の中に、小澤征爾は二度登場する。うち一度は電話である。いずれも大友にとっては苦い場面となっている。師弟関係であり、著書に登場しながら、巻末の謝辞を述べる部分に小澤征爾の名はない。
力で押すのは晩年の小澤の音楽スタイルでもある。そこからようやく離れる気になったのであろうか。
最近のコメント