カテゴリー「楽興の時」の37件の記事

2020年7月10日 (金)

楽興の時(37) 京都坊主バー 「MANGETSU LIVE vol.22」 ヴィオラ:田代直子(関西フィルハーモニー管弦楽団)

2020年7月5日 京都坊主バーにて

元・本能小学校の近くにある京都坊主バーで、「MANGETSU LIVE vol.22」が午後2時から初のマチネーで開催されるというので出掛けてみる。

今日はヴィオラ独奏のコンサートである。出演は、関西フィルハーモニー管弦楽団ヴィオラ奏者である田代直子。

田代直子は、京都市立音楽高校(現在は移転して京都市堀川音楽高校になっている)を経て京都市立芸術大学音楽学部ヴァイオリン専攻を卒業。卒業後にヴィオラに転向している。カール・ベームの出身地としても知られるグラーツにあるオーストリア国立グラーツ芸術大学に留学し、学士・修士共に満場一致で最優秀を獲得。帰国後に兵庫芸術文化センター管弦楽団(PACオーケストラ)コアメンバーを経て関西フィルに入団している。

2ステージ制であり、各ステージごとにカンパが行われる。

 

曲目は、ファーストステージが、テレマンのファンタジア第9番、ビーバーの「パッサカリア」、J・S・バッハの無伴奏チェロ組曲第1番(ヴィオラ版)。セカンドステージが、ヘンデルの「私を泣かせてください」(細川俊夫編曲)、パラシュコの「Hunting」、ヴュータンの「Capriccio」、近藤浩平の「いつか夢になる」(ヴィオラ版初演)、J・S・バッハの無伴奏チェロ組曲第5番よりプレリュード。

プレリュードが最後に来るが、コロナ禍の悪夢が「いつか夢になる」と願い、新しい時代の前奏曲を奏でるという意味なのだと私は受け取った。

京都坊主バーのシックな内装もヴィオラの音色にぴったりであり、雰囲気豊かな演奏となる。

「MANGETSU LIVE」は古楽の演奏が中心となるようだが、ヴィオラは古い時代には独奏曲が書かれることは余りなかったそうで、今回は古楽の曲目は抑え気味である。

楽曲解説などのトークの時は、マスクを着けて話すことになるのだが、曲ごとに解説するよりも纏めて話した方が短いので飛沫が飛ぶことも少ないということで、これから演奏する曲目や作曲の由来などを語ってから楽曲を連続で演奏するというスタイルを取る。

 

前回のリコーダーの演奏会でも取り上げられたテレマンのファンタジアからの1曲でスタートする。

 

バロックヴァイオリンの異才、ビーバーは名人芸を駆使した軽快な楽曲で知られるが、「パッサカリア」はスケール豊かな深遠な楽曲である。

 

J・S・バッハの無伴奏チェロ組曲のヴィオラ版は、日本が誇る世界的ヴィオラ奏者である今井信子も録音しており、ヴィオラ独奏版も「比較的」ではあるが聴く機会は多い。

 

ヘンデルの「私を泣かせてください」。ソプラノ歌手の森麻季が得意としている楽曲で、コロナ禍の終息を願い、彼女自身のインスタライブでこの曲のオルガン弾き語りを配信していたりしたが、今回演奏されるのは日本を代表する作曲家である細川俊夫によるヴィオラ独奏のための編曲である。
序奏を含めての編曲で、当然ながらヴィオラの音の深さを生かした仕上がりとなっている。

パラシュコはヴィオラの教本を多く書いているドイツの作曲家のようである。「Hunting」はタイトル通り軽快な曲想である。

 

ヴュータンの「Capriccio」。
ベルギー・フランス語圏に生まれ、フランスで活躍したヴュータン。作曲家としてもそこそこ有名であるが、当時屈指のヴィルトゥオーゾ・ヴァイオリニストとして、またイザイらを生み出したヴァイオリンの名教師としてその名を轟かせていた。「Capriccio」はヴュータンの遺作だそうで、遺作がヴィオラの作品となった作曲家はたまたまだと思われるが何人かいるそうである。
19世紀を生きたヴュータンであるが、「Capriccio」は古典的な造形美を誇る作品であり、高雅さと哀切さとが、高い次元で織り上げられている名品である。

 

近藤浩平の「いつか夢になる」は、コロナ禍で演奏活動が難しくなった数多くの演奏家のために書かれた独奏曲である。元々はソプラノ独唱のために書かれたが、多くの独奏楽器のために編曲されており、ヴィオラ版全編の会場での上演は今日が初めてとなるそうだ。三部構成で、ヴィオラで聴くと、最初とラストに祈りに満ちた旋律が奏でられるように聞こえる(歌唱バージョンの森永かず子の詩を読むとまた違った内省と無常と憂いの強い印象である)。
ちなみにヴィオラ抜粋版のWeb初演を行ったのは、グラーツ・フィルハーモニー管弦楽団のヴィオラ奏者であるカール・スミスだそうで、田代とはグラーツ繋がりとなる。

作曲者の近藤浩平も京都坊主バーに駆けつけており、拍手を受けた。

 

ラスト。コロナ禍で自粛生活が続き、第二波が来そうな予感もあるが、再び音楽活動が自粛とならないよう願いと希望を込めたかのようなプレリュードの演奏となる。重苦しさを情熱で打破していくような印象を受けた。

 

知り合いも多く来ていたので、終演後にお喋り。みんなで乾杯する時に、なぜかヴェルディの「乾杯の歌」をスマホの歌詞を見ながらアカペラで歌うことになったりする。

 

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2020年7月 7日 (火)

楽興の時(36) 「テラの音」特別版「今こそ、みんなの力で」

2020年7月3日 中京区の真宗大谷派小野山浄慶寺にて

京都御苑の近くにある真宗大谷派小野山浄慶(じょうきょう)寺で久しぶりに「テラの音(ね)」を聴く。今回はコロナ対策として特別版「今こそ、みんなの力で」と銘打たれ、普段は予約不要であるが要予約、来場者も20名までに限られる。風通しを良くするため本堂の障子が開け放たれており、雨音が良く響く。自然の通奏低音との共演である。

今回の出演者は、「テラの音」共同主催者で企画担当でもあるヴァイオリニストの牧野貴佐栄(きさえ)と、実妹のmarie(ピアノ&ヴォーカル)のデュオ。姉妹であるため顔は同傾向ではあるが、髪型、髪の色、衣装全て大きく異なる。性格もかなり違うはずである。多分であるが、兄弟姉妹は性格が違うほど仲は良くなる傾向がある、と思われる。

オープニングとして姉の牧野貴佐栄のヴァイオリン独奏で、J・S・バッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番より「プレリュード」と「ガボット」が弾かれる。

その後は姉妹デュオで、「Hallelujah~ハレルヤ~」、「Cannon Rock」(パッヘルベルの「カノン」の編曲)、ビートルズナンバーの「Oh! Darling」、「G線上のアリア」、イーグルスの「Desperado~ならず者~」、「希望の讃歌」、葉加瀬太郎の「情熱大陸」の演奏。

「希望の讃歌」は譜面が出版されていないため、耳コピで演奏にまで漕ぎ着けたそうである。

通常の「テラの音」は2時間ほどの上演時間であるが、今日は1時間ほどの短縮バージョン。開演時間もいつもの7時から7時半に遅らせている。雨でヴァイオリンの調子が余り良くないようだが、ノリの良い演奏が聴かれる。
ちなみに現地での聴衆の数が限られるということで、来られない人のために今回の「テラの音」はFacebookでライブ配信がなされた。

コロナでの自粛期間は姉妹で実家(名古屋だと思われる)に戻って過ごしたそうで、仕事も演奏会も飛んでしまったが、姉妹で練習する時間が持てたそうである。

 

アンコール演奏は、ジョン・レノンの「Imagine」。合唱はまだ危険とされているため、歌詞カードは印刷されていたが、聴衆は心の中で歌うに留める。

 

最後は、浄慶寺の中島浩彰住職による法話。実はコロナ対策として叫ばれている「三密」が元は仏教用語であり、「身密・口密・意密」の三つからなるもので、身体・行動、言葉・発言、意思・心の三つが整うととても良いのだが、新型コロナのためにそれが難しくなっている。移動行動が制限されているため祖母が孫に会えないということがあったり、ネット上での口撃で女子プロレスラーが自殺してしまったりという痛ましい出来事があったりした。
ただ、自粛期間に普段出来ないことする時間が生まれるなど、良いこともあるという話にもなる。住職は掃除が捗ったり、家族の時間を持つことが出来たそうである。

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2020年6月22日 (月)

楽興の時(35) 京都坊主バー 「MANGETSU LIVE vol.21」 リコーダー:森本英希(テレマン室内オーケストラ)

2020年6月6日 京都坊主バーにて

午後7時から、油小路錦小路上ルにある京都坊主バーで、「MANGETSU LIVE vol.21」を聴く。出演は、テレマン室内オーケストラのフルート奏者である森本英希。リコーダーのコンサート、二部制での上演である。

日本でも小中学校の音楽授業で必携になるなどお馴染みの楽器であるリコーダー。バロック期にはリコーダーの曲が多く書かれたが、古典派の時代に入るとフルートなどの横笛のみが生き残るようになり、リコーダーは忘却の彼方へと押しやられた。リコーダーが復権するのは20世紀に入ってからである。

リコーダーの名手としては後に指揮者として高い評価を得ることになる故フランス・ブリュッヘンが有名である。現役の奏者としては、デンマーク出身のミカラ・ペトリの存在が知られる。


お坊さんの経営するバーということで、知り合いにも何人か会う。


飛沫防止のためのビニールシートを前に垂らしての演奏である。演奏の時は当然ながら無理だが、トークはマスクで顔を覆って行われる。


森本英希は、和歌山県橋本市生まれ。京都市立芸術大学修士課程を修了。フルート、バロックフルート、リコーダーを専攻し、篠笛なども演奏するなど、笛のスペシャリストでもある。2013年に日本フルートコンヴェンションコンクールで第1位を獲得。2017年には京都芸術賞と京都新聞社賞を受賞している。


予定されていた曲目の前に、コロナ禍で亡くなった人を追悼するために「涙のパヴァーヌ」の演奏が行われる。「涙のパヴァーヌ」はフランス・ブリュッヘンのアルバムのタイトルにもなっている曲である。

フランス・ブリュッヘンのリコーダーアルバムの代表作は、自らがリコーダー用に編曲したJ・S・バッハの「無伴奏チェロ組曲」集であるが、今回のコンサートでも、ブリュッヘン編曲版かどうかは定かでないが(聞くのを忘れた)、無伴奏チェロ組曲第1番と第3番が演奏される。

クープランの「恋の鶯」という曲が演奏された他、「ターフェルムジーク」で知られるテレマンのファンタジアよりや、尺八を意識したという日本人作曲家の作品なども演奏された。

リコーダーのみによる演奏会を聴くのは、おそらく今回が初めてのはずで、なかなか貴重な体験である。


ラストもアンコールの代わりに小型のリコーダーによる「涙のパヴァーヌ」が演奏されて、コンサートは締められた。


その後は、森本さんとも少しお話。余り詳しい内容は書けないが、日本における古楽演奏発展の経緯なども教えていただいた。

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2020年1月18日 (土)

楽興の時(34) 「テラの音 vol.28 スペインの風~フラメンコ・ギター・コンサート~」

2020年1月10日 中京区の真宗大谷派小野山浄慶寺にて

午後7時から、京都御苑のそばにある浄慶(じょうきょう)寺で、「テラの音(ね) vol.28 スペインの風~フラメンコ・ギター・コンサート」を聴く。念のため書いておくが「スペイン風邪」ではない。多分、主催者側もスペイン風邪についてよく知らなかったのだと思われる。
出演は、スペイン出身で、今は日本とスペインを行き来しているルシアノ・ゴーン。セカンドギターとして荻野慎也が4曲ほど参加する。

ルシアノ・ゴーンは、1994年生まれという、まだ若いギタリストである。2019年の10月に行われた「Concurso Nino Miguel 2019」で優勝を飾ったばかり。2018年にはスペイン・セビージャのフラメンコギターコンクールで3位に入っている。父親もギタリストであり、幼少時よりギターを父に師事。21歳からスペインのトップギタリストであるアントニオ・レイのセカンドギタリストとして活動を始める。日本人女性と結婚したが、妻の難病療養のために2018年10月に来日し、スペインと日本両国での演奏活動を開始している。

 

曲目は、第1部が、「Entre dos Aguas」(パコ・デ・ルシア作曲)、「Taranta」、「Farruca」、「Tanguillos」、「Bolero」、「Bulerias」(パコ・デ・ルシア作曲)。第2部が、「Granaina」、「Solea por Buleria」、「Guajiras」(パコ・デ・ルシア作曲)、「Alegrias」(パコ・デ・ルシア作曲)、「Zepateado」(パコ・デ・ルシア作曲)、「Rio Ancho」(パコ・デ・ルシア作曲)。

パコ・デ・ルシア作品以外は、ルシアノ・ゴーンの自作自演となる。

ルシアノ・ゴーンは右手と左手の両方で旋律を奏でるなど超絶技巧の持ち主であるが、気負いといったものが感じられず、軽々と楽しそうに演奏する。それが逆に凄みに繋がっている。

日本はフラメンコの盛んな国であり、そのため「スペイン=フラメンコ」というイメージもあるが、実際はフラメンコが盛んなのは南部のアンダルシア地方だけで、同じスペインでも北部に行くと、「フラメンコ? そんなのやるんだ、変わってるね」という風に取られることが多いそうである。スペインはギターの国であるが、作曲家のホアキン・ロドリーゴも、ギタリストのナルシソ・イェペスもクラシックの人であり、フラメンコギターよりもクラシックギターの方が盛んなのかもしれない。

「Bolero」というと、モーリス・ラヴェルの「ボレロ」が有名だが、ルシアノ・ゴーンの「Bolero」はそれとは趣が全く異なる。そもそもラヴェルの「ボレロ」はボレロのリズムで書かれていないのが特徴だったりする。

荻野慎也にソロ演奏を希望する声もあったが、荻野自身が指に問題を抱えているそうで、今はセカンドギタリストとしてのみ活動しているそうである。

休憩時間に浄慶寺の中島住職による法話がある。現世利益について語られ、ゴーンはゴーンでもカルロス・ゴーンの金まみれの生活について、それが資本主義においては正しいとされるのかも知れないが、本来の意味での現世利益に適ったものなのかという疑問が投げかけられた。

 

第2部の冒頭で弾かれた「Granaina」は、2018年にルシアノ・ゴーンが初めて来日し、龍安寺の石庭を訪れた時にインスピレーションを受けて書いた曲だそうである。雪が降っていたそうで、細やかな音型が舞い降りる雪を描写していると思われる繊細な楽曲である。

アンコールでは、パコ・デ・ルシアのルンバをモチーフにした即興をルシアノと荻野の二人で行い、熱い演奏が繰り広げられた。

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2019年10月13日 (日)

楽興の時(33) 「テラの音 Vol.27 ~洋楽と邦楽の世界~」

2019年10月4日 京都市中京区の真宗大谷派浄慶寺にて

午後7時から、御所の南にある真宗大谷派小野山浄慶(じょうきょう)寺で「テラの音(ね) Vol.27 ~洋楽と邦楽の世界~」を聴く。タイトルにある通り、クラシックと邦楽のジョイントが行われる。出演者は、「テラの音」共同主宰兼企画担当ででヴァイオリニストである牧野貴佐栄(ヤマハ音楽教室ヴァイオリン講師)、ピアニストの森麻衣子、歌・三絃の佐藤文岳晶(本名と作曲家・編曲家としての名前は佐藤岳晶)。

曲目は、シューベルトのヴァイオリン・ソナタ第3番、木ノ本屋巴遊作曲の地歌「葵の上」、クライスラーの「愛の喜び」、玉岡検校作曲の地歌「鶴の声」(ヴァイオリンパート作曲:初代中尾都山。改訂:佐藤岳晶)、佐藤岳晶の「黒髪」、湖出市十郎作曲の地歌「黒髪」、幸田延のヴァイオリンソナタ第2番ニ短調。

幸田延のヴァイオリン・ソナタニ短調は最近、医師免許を持つプロヴァイオリニストとして知られる石上真由子がCDをリリースしており、まだ買っていないがいずれは買って聴いてみようと思っている。

 

牧野貴佐栄は、名古屋市立菊里高校音楽科を経て同志社女子大学音楽学科を卒業しているが、森麻衣子も同じ名古屋市内にある愛知県立明和高校音楽科を経て同志社女子大学音楽学科を卒業という似た経歴を持っている。前回に「テラの音」に出た時は、富山市にある桐朋学園大学院大学(2017年に東京の調布市にある桐朋学園大学の本部にも大学院が出来たのでややこしいことになっている)に在学中だったが、現在は修了しており、関西での音楽活動や音楽教室での指導を行っているようだ。ピアノを田部京子や岡田博美に師事、室内楽を藤原浜雄や川久保賜紀に師事している。来年の2月には上桂にある青山音楽記念館バロックザールでリサイタルを行う予定である。

佐藤文岳晶/佐藤岳晶は、地歌箏曲を二代米川文子に指示しているが、幼少時から西洋音楽を学び、桐朋学園大学ピアノ専攻卒業、パリ国立音楽院エクリチュール(作曲理論)科を修了しており、西洋音楽を学んでいた時間の方が長いようである。現在は京都女子大学准教授、桐朋学園大学院大学ほかの非常勤講師を務めている。

 

シューベルトのヴァイオリン・ソナタ第3番。シューベルトが愛用してた眼鏡は今丁度大阪の国立国際博物館に展示中なのでタイムリーである(?)。
典雅さと毒々しさの両方を持つシューベルトの個性は、この曲でも良く発揮されている。この曲の調性はト短調で、モーツァルトがキラーコンテンツとしてきた調性であるが、モーツァルトよりもベートーヴェンに近く聞こえるのは、第3楽章の旋律のせいもあるだろう。

 

地歌「葵の上」は、カットを入れたバージョンでの上演である。葵の上に嫉妬した六条御息所の心情が語られる。

 

牧野貴佐栄によると、日本の洋楽の黎明期には、西洋の音楽と邦楽が同じ演奏会の中で演奏されることの方が多かったそうで(確かに上野の旧東京音楽学校奏楽堂なんかはそんなイメージがある)、今回のコンサートではその再現を試みたそうである。

 

休憩時間に浄慶寺の中島浩彰住職による法話がある。仏教というと、今は「葬式仏教」のイメージが強いが、お釈迦様は勿論、日本の各宗派の開祖もお葬式については何も唱えておらず、仏教は生きる苦しみから逃れるために始まったと語る。
西洋の宗教や科学もその点は同じであり、根底の部分は仏教とよく似ているのだが、西洋は蓄えたデータを客観的に分析し、仏教は解析するのではなく「自分」「私」の主観でそれを捉えるという違いがあると結論づけていた。

 

クライスラーの「愛の喜び」。実は、今日のプログラム最後の曲の作者である幸田延は、クライスラーも師事していたヨーゼフ・ヘルメスベルガーⅡ世(「悪魔の踊り」などの作曲家としても知られている)にヴァイオリンを師事していたそうで、そのためにクライスラー作品が取り上げられるようになったそうだ。
技術面では結構怪しい部分もあったりするのだが、このコンサートはそういうことを気にする場ではない。

 

地歌「鶴の声」では、元々尺八のために書かれた旋律を、初代中尾都山がヴァイオリン用に編曲したものが奏でられる。「美しき天然」だとか「宵待草」などに繋がる懐かしさがヴァイオリンの音色から感じられる。
「鶴の声」は、形こそ違うがクライスラーと同じ「愛の喜び」を題材とした歌であり(鶴は千年といいます、共に白髪になるまで一緒にいましょうという歌詞を持つ)、そのために続けてプログラミングされたことが明かされた。

 

佐藤岳晶の「黒髪」は、元々は佐藤が米良美一のために石牟礼道子の詩に曲をつけたものだそうだが、今回は佐藤本人がヴァイオリンとピアノのための編曲した者ものが演奏される。サビの部分でのヴァイオリンのピッチカートが効果的である。

 

地歌「黒髪」。3人が勢揃いしての演奏である。ヴァイオリン・パートはやはり初代中尾都山が尺八用のものをヴァイオリン用に編曲したものが用いられる。ピアノ・パートは佐藤が作曲したものが演奏される。
地歌とヴァイオリンは昔から演奏されてきたものであるが、ピアノは佐藤に手によるものということで新しい印象を受ける。地歌とヴァイオリンに連れず離れずで、浮遊感を持つピアノは、日本に於けるフランス音楽受容に多大な貢献を行った橋本國彦作品に通ずるところがあるように思う。そういえば佐藤はパリ国立音楽院出身なのだった。

 

幸田延のヴァイオリン・ソナタ第2番ニ短調。幸田姉妹の姉である幸田延。幸田露伴の妹である。日本のクラシック音楽受容最大の貢献者の一人であり、瀧廉太郎や山田耕筰らを育てたことでも知られる。
ちなみに、せいぜい150年程度でしかない日本のクラシック音楽の歴史上に、実は「幸田姉妹」は二組いる。まずは幸田延と幸田幸(結婚後は安藤幸)の幸田姉妹、そして現役である幸田さと子と幸田浩子の幸田姉妹である。幸田というのは珍しい苗字ではないがありふれているわけでもない。二組の間に血縁関係はなく、かなり面白い偶然である。
2曲のヴァイオリン・ソナタはいずれも幸田延のウィーン留学中に書かれたそうで、ドイツ的な趣を持つとされるが、聴いてみると結構なド演歌で、西洋人が聴いたら「日本人の作品」とすぐに見破られそうな気もする。日本人としては幸運なことにド演歌であったため旋律も覚えやすく、展開もわかりやすくて十分に楽しむことが出来た。

演奏会が終わって、そのまま帰ろうとしたのだが、住職の小学生の娘さん二人が電子ピアノで遊んでいる音がしたので、引き返してピアノで少し遊ぶ。上手く弾ければ良かったのだが、練習をしていないため、暗譜が出来ていない。ということで何曲かの冒頭だけ弾いて遊んだ。

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2019年10月 5日 (土)

楽興の時(32) 真宗大谷派唯明寺 「テラの音 vol.6」 アンサンブル・ヴェルデ

2019年9月26日 京都・紫野の真宗大谷派唯明寺にて

午後7時から、紫野にある唯明寺(ゆいみょうじ)で、「テラの音 vol.6」を聴く。「テラの音(ね)」はその寺院で行った回数をナンバーとして振っており、唯明寺で行うのが6回目ということで、「テラの音」というイベント自体はもっと数多く行われている。
「テラの音」は、真宗大谷派の寺院で行われることが多いが、唯名寺も真宗大谷派であり、節談説教を行うことでも知られる亀田晃巖住職は、真宗大谷派山城第2組(そ)の組長(そちょう)でもある。

今回は、同志社女子大学音楽学科OGによって結成されたコーラスグループ、アンサンブル・ヴェルデ(松田慶子、高畠菫、大西奈絵、田中美緒、横井優夏、村上友理、岸田典子)による合唱の公演である。「テラの音」企画発案担当で、ヴァイオリニストの牧野貴佐栄(まきの・きさえ)も同志社女子大学音楽学科OGであり、今は同校の非常勤嘱託職員などもしているため、仲間内での公演となる。

アンサンブル・ヴェルデは、「リラックスさせたり癒やしたりする“緑”のようにフレッシュな音楽を届けよう」ということで名付けられたようだが、チラシに書かれた文章の文字が小さかったため、亀田住職は、「緑(みどり)」ではなく「縁(えん)」と読み間違えて紹介していた。東京ヴェルディというチームがあるため、サッカーに興味のある人はヴェルデがイタリア語で緑という意味だと知っているのだが、亀田住職はサッカーには詳しくはなかったようである。
アンサンブル・ヴェルデというグループ名だからといって、普段は緑の衣装で合わせるということはないのだが、今日は特別に緑系や青系というそれらしいドレスでまとめてきたそうだ。

 

「ボス」と呼ばれているピアニストの岸田典子がアンサンブル・ヴェルデの結成者なのだが、岸田は今年35歳で、他のメンバー6人は8歳下だそうである。岸田が同志社女子大学卒業後に、同志社女子大学声楽専攻の助手として合唱のピアノ伴奏をすることがあったのだが、そこで目に付いた6人をスカウトして結成されたのがアンサンブル・ヴェルデだそうである。個性的な子を揃えたいというので、「声が良く出る」、「面白い」、「笑顔が良い」など、一芸に秀でた子を選んだようだ。メンバーは普段は学校の先生をしていたり、OLだったりと、普通の社会人生活を送っているそうである。

 

曲目は、第1部が、「めばえ」、「おんがく」、「犬がしっぽをみて歌う歌」、「秋」、「雪の街」、「夢みたものは」、「鴎」(以上、木下牧子作曲)。源田俊一郎編曲の「女声合唱のための唱歌メドレー」(「故郷」~「春の小川」~「朧月夜」~「鯉のぼり」~「茶摘」~「夏は来ぬ」~「我は海の子」~「村祭り」~「紅葉」~「冬景色」~「雪」~「故郷」~)。
第2部は、ボブ・チルコットの「A Littele Jazz Mass」、岸田典子のピアノ独奏による「里の秋」、瀬戸内寂聴作詞・千原英喜作曲による女声合唱とピアノのための組曲「ある真夜中に」

「めばえ」を無伴奏の合唱で歌った後、メンバーの一人一人が独唱という形で木下牧子の作品を歌っていく。アンサンブル・ヴェルデは来年、大阪府高石市のアプラたかいし小ホールでソロコンサートを行う予定があるのだが、そこでも木下牧子作品を取り上げる予定である。
コーラスグループのメンバーということで、独唱だと弱い感じは否めないが、メンバー紹介としての効果はある。

女声合唱のための唱歌メドレーは、寺院で歌われるのに雰囲気的にも合っており、美しい歌声が堂に満ちた。

ボブ・チルコットの「A Littele Jazz Mass」は、文字通りジャズ風のミサ曲である。想像通りノリの良い曲であった。

「A Littele Jazz Mass」は、高音が多用されるため、歌手達の喉を休めるために岸田典子がジャズ編曲による「里の秋」を弾く。岸田は、「秋ですので美味しいものを食べて肥えて」と冗談を言っていた。折角ダイエットに成功したのに、このところ美味しいものばかり食べていたせいで、また体重が増えてしまったらしい。

 

瀬戸内寂聴の作詞、千原英喜の作曲による女声合唱とピアノのための組曲「ある真夜中に」。“愛から悩みが生まれて”“この星に生まれて”“寂庵の祈り”“ある真夜中に”の4曲からなる。3曲目の“寂庵の祈り”は、以前にも「テラの音」で取り上げられたことがある。愛の業が全体を貫くキーとなっているようだ。

 

アンコールとして小田美貴作曲、信長貴富編曲の「群青」が歌われる。東日本大震災に被災した南相馬市立小高中学校の卒業生と、同校音楽教諭の小田美貴がそれぞれを思いを綴ることで作詞された作品である。卒業式のために作曲された作品ということもあって、学園ソング的な歌詞とメロディーで、奪われることになった南相馬での青春の思い出が歌われている。

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2019年7月13日 (土)

楽興の時(31) そうだ!お寺に行こう!プロジェクト「テラの音 -音のつなぐ世界-」

2019年7月5日 京都市中京区の真宗大谷派浄慶寺にて

午後7時から、京都御苑の近くにある真宗大谷派浄慶寺で、そうだ!!お寺に行こう!プロジェクト「テラの音(ね) -音のつなぐ世界-」を聴く。

お寺で行われるコンサート企画「テラの音」。今回は、姫路で活躍しているデュオ、ソードフィッシュを招いて行われる。メンバーは、ピアノの澤崎美重子とカホン&パーカッションの岩井利之。

曲目は、澤崎美重子のオリジナルである「ピアノ フラメンコ」、ピアソラの「リベルタンゴ」、中森明菜のナンバーである「ミ・アモーレ」、ユーミンの「あの日に帰りたい」、「チムチムチェリー」、「チュニジアの夜」(ジャンベバージョン)、「組曲」、一青窈の「ハナミズキ」、澤崎美重子のオリジナルである「千の願いが叶うなら」、中島みゆきの「糸」、サザンの「いとしのエリー」、椎名林檎の「丸の内サディスティック」、「チュニジアの夜」(カホンバージョン)、ゴダイゴの「銀河鉄道999」、葉加瀬太郎の「情熱大陸」。「情熱大陸」では、テラの音主催である牧野貴佐栄がヴァイオリンソロを奏でる。

 

澤崎美重子は、神戸山手女子短期大学器楽専攻ピアノ科を卒業後、ピアノ&キーボード奏者、作編曲家として活動を行っており、地元である姫路市内各所や関西一円で音楽活動を行っている。
岩井利之は、アン・スクール・オブ・コンテンポラリーミュージック卒業後に上京。ドラマーとして活動し、現在は出身地である高砂市に戻って、昨年末にソードフィッシュを結成している。

 

ポピュラーを中心としたプログラムであり、切れが良くノリノリの演奏となる。
ピアソラの「リベルタンゴ」は、近年人気の楽曲であるが、主旋律をピアノ(アコースティックのピアノを置くスペースはないのでローランドのキーボードで代用)で奏でるバージョンを聴くのは久しぶりである。1998年頃だったか、タワーレコードの渋谷店クラシック売り場で、今はイタリアで活躍するピアニストの黒田亜樹がストアイベントで弾いていたのを聴いた記憶がある。

 

中森明菜の「ミ・アモーレ」は、インストゥルメンタルでの演奏であるため、「赤い鳥逃げた」という曲名であっても構わないものになっている。

「ハナミズキ」「千の願いが叶うなら」「糸」では澤崎美重子がボーカルも担当。「あくまでピアニストでボーカリストではありません」と断りを入れてからの歌唱。声も余り出ていないし、音程も時折不安定になるが、「ハナミズキ」は新垣結衣よりは上手いんじゃないかな。褒め言葉になっていないけれど。
「千の願いが叶うなら」は、澤崎美重子の作詞作曲で、「千」というのは姫路城西の丸で本多忠刻との結婚生活を送っていたこともある千姫(徳川家康の孫娘。秀忠とお江の方の長女。最初の夫である豊臣秀頼とも二度目の夫である本多忠刻とも早くに死に別れるという数奇な人生をたどった)のことだそうである。

アンコールでは「ルパン三世」が演奏された。

 

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2019年7月 9日 (火)

楽興の時(30) 「Kyo×Kyo Today vol.5」

2015年1月30日 京都芸術センター講堂にて

午後7時から、京都芸術センター講堂で、「Kyo×Kyo Today vol.5」を聴く。京都芸術センターで京都市交響楽団のメンバーが室内楽を演奏するという企画。毎年1回、冬の時期に行われていて、今年が5年目で5回目の演奏会になるが、1回から4回まではこうした催しがあることすら知らなかった。昨年、やはり京都芸術センター講堂で、30回有効のパスポートを観たとき、開場前に京都芸術センターのチケット売り場で「Kyo×Kyo Today」のことを知ったのである。

ちなみに京都芸術センターは旧・明倫小学校の校舎を利用しているが、講堂と体育館が別であったことがわかる。講堂は2階にあるが体育館は1階にあり、今はフリースペースとして使われている。体育館が講堂も兼ねているのが普通なので(私が卒業した小学校も、様々な催しが行われる木屋町通沿いの元・立誠小学校もそうである)、旧・明倫小はかなり珍しいケースである。

今日の出演者は、長谷川真弓(ヴァイオリン)、山本美帆(ヴァイオリン)、金本洋子(かなもと・ようこ。ヴィオラ)、木野村望(きのむら・のぞみ。ヴィオラ)、ドナルド・リッチャー(チェロ)、垣本昌芳(ホルン)、小谷口直子(クラリネット)。

オール・モーツァルト・プログラムで、弦楽五重奏第6番、ホルン五重奏曲、クラリネット五重奏曲「シュタードラー」。5回目の公演ということに掛けて全て5重奏の曲が選ばれている。

なお、京都市交響楽団は現在、小学生を対象とした音楽鑑賞教室を京都コンサートホールで行っており(指揮は京都市交響楽団の首席常任客演指揮者の高関健)、今日は午前10時20分からの公演と午後2時からの公演があり、更に夜もこの公演があるということで、弦楽奏者達は今日は一日中弾きっぱなしということになるそうだ。

まず、第1ヴァイオリンを務める長谷川真弓によるマイクを使った挨拶がある。いかにも良家のお嬢さんという感じの声と話し方である(弦楽奏者は楽器が高い上に小さな頃からのレッスン料金もバカにならないので、ほぼ100%、親が金持ちだといわれている。一方、管楽器は中学校の吹奏楽部で初めて楽器に触り、というケースが多く、楽器は学校持ちでレッスンは先輩達が教えてくれるため、必ずしも良家出身とは限らないそうだ。以上は、NHK交響楽団の首席オーボエ奏者である茂木大輔のエッセイによる。茂木によると、N響の場合でも弦楽器奏者と管楽器奏者とでは雰囲気が違うそうである)。

弦楽五重奏曲第6番。第1ヴァイオリン:長谷川真弓、第2ヴァイオリン:山本美帆、第1ヴィオラ:金本洋子、第2ヴィオラ:木野村望、チェロ:ドナルド・リッチャー。
リッチャーが中央に陣取り、下手に長谷川と山本のヴァイオリン奏者、上手に木野村、金本のヴィオラ奏者が並ぶ。
元々小学校の講堂ということで残響はないが、シャンデリアの下がるお洒落な内装の講堂の雰囲気はモーツァルトの音楽に合っている。音の通りも申し分ない。ただ、両サイドは磨りガラスであるため、オーケストラの演奏は無理そうだ。
1956年の創設直後に「モーツァルトの京響」という評判を取った京都市交響楽団。創設当時のメンバーは当然ながらもういないが、モーツァルト演奏時に重要となる緻密なアンサンブルは今も生きている。

 

ホルン五重奏曲。ヴィオラの金本洋子が降り、代わりにホルンの垣本昌芳が加わる編成。舞台下手から、時計回りに、長谷川、山本、リッチャー、木野村、垣本という布陣。
モーツァルトの時代のホルンは、唇と管の中に突っ込んだ手のみによって音程を変える、今ではナチュラルホルンと呼ばれるものだったため超絶技巧が必要とされたが、現代のホルンはピストンが付いているため、ナチュラルホルンよりは演奏がしやすい。このホルン五重奏曲も、ホルン協奏曲4曲を献呈されたホルン奏者、ロイトゲープのための作曲されたとされる。モーツァルトはイタズラ好きであったため、わざとナチュラルホルンでは演奏の困難なメロディーを書いたりしているが、垣本の技術に遺漏はなく、優れた室内楽演奏となる。

 

クラリネット五重奏曲「シュタードラー」。今日演奏される曲の中で一番有名な曲である。喫茶店などのBGMとしてもよく用いられる曲であるため、聴くと「ああ、知ってる」となる人も多いと思われる。

演奏前にクラリネット奏者の小谷口直子がマイクを持って挨拶をする。クラリネットは楽器の歴史の中では比較的若い楽器であり、モーツァルトの晩年になってようやく普及したため、モーツァルトが書いたクラリネットのための曲も多くはないのだが、クラリネット協奏曲と、今日演奏するクラリネット五重奏曲を書いてくれたお陰でクラリネット奏者は至福の時を味わうことが出来ると小谷口は語る。小谷口は2010年より文化庁派遣芸術家在外研修員としてウィーン国立音楽大学に留学したが、「ウィーンは京都によく似たところがある」という。ウィーン市民の排他的なところと京都人の排他性は似ているが、小谷口はそれには触れず(触れたら怒る人もいるだろうし)、芸術と街が一体になった雰囲気や、京都なら御所、ウィーンなら宮殿を中心として発展しているところ、カフェ文化が街に根付いていることなどを挙げる。モーツァルトの音楽というと小谷口はウィーンのメランジュという泡立てコーヒーの味を思い出すそうだ。モーツァルトの曲調を例えるのに「夢のように」という言葉を使いたいという小谷口だが、ウィーンには「悪夢のように甘すぎるケーキ」や「悪夢のように不味い飯」などもあったそうである。「最近はクラリネットを吹くよりも喋る方が得意になった」と言って、客席を笑わせる。

弦楽のメンバーはホルン五重奏曲の時と一緒。垣本と小谷口が入れ替わるが、小谷口は中央に正面を向いて座り、舞台上手に木野村、リッチャーが陣取る。

小谷口のクラリネットは伸びやかで、典雅さにも欠けていない。弦楽奏者4人も緻密なアンサンブルで聴かせ、はんなりとした演奏となる。

アンコールとしてクラリネット五重奏曲の第4楽章よりアレグロの部分が再度演奏された。

客席であるが、オール・モーツァルト・プログラムということもあってか、若い女性も多い。京都堀川音楽高校の生徒だろうか、制服を着た女子高生達もいる。一方で、男性の方は白髪頭の人が目立つ。あるいはクラシックの聴衆の世代交代は女性よりも男性の方が上手くいっていないのかも知れない。

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2019年5月25日 (土)

楽興の時(29) 「テラの音 Vol.13 ~チェロとピアノの織りなす調べ~」

2019年5月19日 北白川の真宗大谷派圓光寺にて

午後6時から、北白川山田町にある真宗大谷派圓光寺で行われる「テラの音(ね) Vol.13 ~チェロとピアノの織りなす調べ~」を聴く。今回は、西村あゆみと西村まなみの姉妹によるピアノとチェロのコンサートである。

姉の西村あゆみ(ピアノ)は、京都市立音楽高校(現・京都市立京都堀川音楽高校)を経て、大阪教育大学教育学部教養学科芸術専攻音楽コースを卒業。第4回クオリア音楽フェスティバル大学の部3位、2014年京都ピアノコンクール一般部門金賞並びに全部門最優秀賞京都新聞賞などを受賞している。京都芸術祭「デビューコンサート」に出演し、京都芸術祭聴衆賞も受賞している。
妹の西村まなみは、京都市立京都堀川音楽高校、京都市立芸術大学音楽学部を卒業。第25回クラシック音楽コンクール全国大会チェロ部門大学の部第4位、第3回宗次ホール弦楽四重奏コンクール第1位およびハイドン賞を受賞。第70回全日本学生音楽コンクール名古屋大会チェロ部門大学部の第3位、第31回京都芸術祭音楽部門新人賞も受賞している。


曲目は、第1部が、エルガーの「愛の挨拶」、ラフマニノフの「ヴォカリーズ」、マーク・サマーの「Julie-O」、カザルス編の「鳥の歌」、サン=サーンスの「白鳥」、田中カレンの「はくちょう」、カサドの「親愛なる言葉」、フォーレの「夢のあとに」。第2部が、尾高尚忠の「夜曲」、木村弓の「世界の約束」、久石譲の「風の谷のナウシカ」より組曲「5つのメロディー」、両毛地方民謡「八木節」、中島みゆきの「糸」


有名曲が並ぶが、マーク・サマーはジャズの作曲家兼チェリストであり、「Julie-O」はピッチカートで始まるノリの良い曲である。
真宗大谷派圓光寺は、茶山の東側の中腹にあり、白川通まですぐそこの割には山深い印象を受けるのだが、「鳥の歌」、サン=サーンスの「白鳥」、田中カレンの「はくちょう」の鳥シリーズが演奏された時には、偶然、ウグイスが鳴き続け、歌比べのような形になった。

田中カレンの「はくちょう」は、はくちょう座を描いた曲である。西村あゆみが小学4年生の時に練習していたのだが、大好きだった学校の先生が妹さんを亡くした時に、「『きっとはくちょう座の星になって見守ってくれてるよ』って言って弾いてあげなよ」と母親から言われて、音楽室で先生に聴かせたという思い出があるそうだ。

フォーレの「夢のあとに」は、ノートルダム大聖堂が火災に遭った日に、チェリストのゴーティエ・カプソンが大聖堂の近くに駆けつけて弾いたことでも話題になったが、今日取り上げたのは、そのこととは特に関係がないようである。


第2部は全曲日本人の作曲家による作品が並ぶ。尾高忠明の父親としても知られる尾高尚忠の「夜曲」は、橋本國彦にも通じるようなフランス音楽からの影響と日本的な旋律を三部形式で書き上げた作品。なかなか魅力的である。

久石譲が「風の谷のナウシカ」のために書いた音楽をチェロとピアノのための組曲にまとめ上げた「5つのメロディー」は、久石の傑出したメロディーメーカーとしての才能を再確認出来る優れた楽曲である。

二人の安定した技巧による演奏を間近で聴けるというも贅沢な感じがする。

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2019年4月15日 (月)

楽興の時(28) 「テラの音 Vol.25 ~歌とピアノの贈り物~」

2019年4月5日 中京区の真宗大谷派小野山浄慶寺にて

午後7時から真宗大谷派小野山浄慶寺での「テラの音 Vol.25」を聴く。今回はソプラノとピアノによる演奏会である。
ソプラノは、京都市立芸術大学音楽学部音楽学科声楽専攻2回生の高田瑞希。私が接したことのある「テラの音」の出演者としてはおそらく最年少になると思われる。京都市少年合唱団修了とあるから、広上さんとも仕事をしたことがあるのだろう。
ピアノの片山梨子も京都市立芸術大学出身。第3回ジュラ・キシュ国際ピアノコンクールで第1位獲得。ポーランド国立放送交響楽団の本拠地としても知られるカトヴィツェで行われた第9回ポーランド国際ピアノマスタークラスにも出演して演奏している。現在はショパンの演奏をライフワークとしているそうである。

曲目は、まず片山梨子のピアノ独奏でショパンの「子犬のワルツ」。2曲目に高田瑞希が登場してのベッリーニの「優雅な月よ」。ここまでをプロローグとして、第1部が、中田章の「早春賦」、瀧廉太郎の「花」、「早春賦」のモチーフとされるモーツァルトの「春への憧れ」より1番、トスティの「四月(Aprile)」、トスティの「春(プリマヴェーラ)」、スカルラッティの「すみれ(Violette)」、菅野よう子の「花は咲く」、山崎朋子の「空高く」。浄慶寺の中島住職の法話を経ての第2部が、トスティの「Sogno(夢)」、ロイド=ウェバーのミュージカル「CATS」よりメモリー(日本語歌詞版)、ピアノ独奏でシューマンの『子供の情景』より「見知らぬ国々と人々」と「トロイメライ」、吉田千秋の「琵琶湖周航の歌」より1番から4番まで、木村弓の「いつも何度でも」、瀬戸内寂聴作詞の「寂庵の祈り」、久石譲の「Stand Alone」

ピアノはローランドのキーボードを使用する。

第1部は春や花を題材とした曲目、第2部には夢や希望をモチーフにした楽曲が並ぶ。

高田瑞希はお喋りな子のようで、片山に「今日は清楚なイメージで行きたい」と提案するも、「5分でばれる」と言われたそうである。

モーツァルトの「春への憧れ」は曲そのものも有名だが、モーツァルトが自身最後のピアノ協奏曲となる第27番の第3楽章に転用していることで知られている。童心に帰ったかのようなモーツァルトの憧れが感じ取れる曲だ。

菅野よう子の「花は咲く」は、高田が京都少年合唱団在団中に京都コンサートホールでの演奏会で初めてソロパートを取った思い出の曲だそうである。

「琵琶湖周航の歌」は、高田が子供の頃に子守歌として聞かされていた曲で、個人的に夢と繋がっているのだそうだ。歌詞は6番まであるが、全部やると長いので、加藤登紀子カバー版と同じ4番までが歌われた。

 

中島浩彰住職の法話は、現在の福島県の様子を伝えるもの。中島住職は東日本大震災発生直後から今に至るまで何度も福島を訪れているが、福島第1原発からかなり離れた二本松市や郡山市でも放射線濃度が高いため、福島を離れる人と生活があるので残る人に分かれ、残った人の中でも意見が異なり、年を経るにしたがって乖離の度合いも甚だしくなってきているそうである。政府も当初は「年間1ミリシーベルトあれば避難」という見解だったのだが徐々に甘くなり、「年間20ミリシーベルトまでは大丈夫」とするも根拠がないのでみな不安だそうだ。ただ、「もう考えるのが面倒だ」「生活が優先」ということで集会に参加しなくなった人も増えているそうである。
政府は福島であっても地産地消を勧めてくるのだが、検査が年々甘くなっており「信じきれない」ということで、ミネラルウォーターを買い、被災地以外の場所で採れた野菜を食べるようにしている家も多いそうだが、子供が幼稚園に入ると、幼稚園では政府の地産地消政策に従って福島県産の作物を使った給食が出てくる。幼稚園では給食ではなく弁当を選ぶことも可能なのだが、小学校に上がると福島県産の食物を使った給食を食べなければならなくなる。ということで子供が幼稚園に入る年齢に達したり、小学生になるタイミングで福島を離れる人もおり、残った人も父親と母親の間で意見が分かれて喧嘩になったりもしているそうである。

 

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