カテゴリー「ピアノ」の100件の記事

2024年4月19日 (金)

観劇感想精選(458) 村川拓也 「ムーンライト」

2023年1月12日 左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールにて

午後7時から、左京区岡崎のロームシアターサウスホールで、「ムーンライト」を観る。演出・構成:村川拓也。声の出演:中島昭夫。出演(ピアノ演奏):荒俣麗奈、伊東沙希子、梶原香織、杉田彩智乃。ドラマトゥルク:林立騎。

「ムーンライト」は、2018年に、目の不自由な老人ピアノ演奏者である中島(なかしま)昭夫に取材して作られた作品で、当初は、中島もステージに上がり、村川のインタビューを受けるという趣向の作品であった。その後、東京、札幌でも上演されたが、札幌公演が行われる直前の2022年5月に中島が逝去し、札幌と今回の京都での上演は中島なしでの上演となっている。

中島がステージ上にいると仮定して村川は話しかけるのだが、中島の返答は当然ながら客席にいる人には聞こえてこないので、中島の人となりを知ることは出来ない。村川が一人芝居で中島から聞き取ったことにする断片的な情報が知られるだけである。ただ、ピアノを通して浮かび上がる中島の姿は興味深い。

中島は大学生時代に医師から「将来失明する」と告げられ、点字を読めるようにすることを勧められるのだが、視力は中島が定年退職するまではもった。だがその後、視力の低下は進み、やがて見えなくなる。

演奏される曲目は、ドビュッシーの「小さな黒人」、「旅愁」、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第8番「悲愴」より第2楽章、バイエルより、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第14番「月光」より第1楽章(この曲のみ記録音源)。

ラストは、10年前に中島さんが日比谷にあるスタインウェイのショールームで試し引きした「月光」ソナタ第1楽章の映像。聴覚を失ったベートーヴェンと、視力を失いつつある中島さんが一体化し、メカニックも表現も素人だが心を揺さぶる演奏となっている。

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2024年4月 1日 (月)

これまでに観た映画より(326) 公開30周年「ピアノ・レッスン」4Kデジタルリマスター(2K上映)

2024年3月25日 京都シネマにて

京都シネマで、フランス、ニュージーランド、オーストラリア合作映画「ピアノ・レッスン(原題「The Piano」)」公開30周年4Kデジタルリマスターを観る(京都シネマでは2Kでの上映)。ニュージーランド生まれでオーストラリア育ちのジェーン・カンピオン監督作品。出演:ホリー・ハンター、ハーヴェイ・カイテル、サム・ニール、アンナ・パキンほか。音楽:マイケル・ナイマン。

第46回カンヌ映画祭でパルム・ドールに輝いたほか、米アカデミー賞では、アンナ・パキンが史上2番目の若さとなる11歳で助演女優賞の栄誉に輝いたことでも話題となった(ホリー・ハンターが主演女優賞を獲得した他、ジェーン・カンピオン監督も脚本賞も受賞している)。
ピーター・グリーナウェイ監督とのコンビで名を上げたマイケル・ナイマンが従来の「ミニマルミュージックの鬼」ともいうべき作風からロマンティックなものへと転換するきっかけとなった作品でもある。セルジュ・チェリビダッケの下で黄金時代を築いていたミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団が演奏を手掛けた音楽は評判となり、サウンドトラックは大ヒットした。オリジナル・サウンドトラックは私も購入したが、テーマ曲的存在のピアノ曲「楽しみの希う心」のミニスコアが入っていた。
この音楽に関して、公開当時、浅田彰と坂本龍一が対談で語っているのだが、二人して散々にこき下ろしているのが印象的だった。また映画本編に関してはシナリオライターの石堂淑朗が今では考えられない性差別発言を「音楽現代」誌に載せていた。それが30年前である。

主舞台となるのは、まだ荒廃した土地であった19世紀のニュージーランドである。原住民のマオリ族の人々も多く登場する。
決められた結婚によりスコットランドからニュージーランドへと渡ったエイダ(ホリー・ハンター)。彼女には一人娘のフローラ(アンナ・パキン)がいる。エイダは6歳の時に話すのをやめ、会話は手話や文筆で行うようになる。当時、意識されていたのかどうかは分からないが、症状としては全緘黙(言語が分かり会話能力もあるのに全く話せなくなってしまう症状。21世紀に入ってから場面緘黙と共に広く知られることになる)に似ている。話せない代わりにエイダにはピアノの腕があり、ピアノを演奏することで言語表現の不自由感を補ってきた。エイダはニュージーランドに渡る時もボックス型のピアノを運んでいくが、新しい夫のスチュアート(サム・ニール)が家まで運ぶのが面倒と判断し、エイダの分身であるピアノは浜に置き去りにされる。ピアノはスチュアートの家の近くに住む、マオリ族の入れ墨を顔に入れたベインズ(ハーヴェイ・カイテル)が、スチュアートに川の向こうの土地との交換を提案して手に入れる。エイダはピアノのレッスンのためにベインズの家に通うことになるのだが、ベインズは自分では弾こうとせず、エイダの演奏を聴く。ベインズの要求は次第にエスカレートしたものになっていくが、エイダの心もベインズへと移っていく。

他人が決めた結婚に従わざるを得なかった時代に、自由を求める女性の話である。
スチュアートはエイダの分身ともいうべきピアノを浜に置き去りにする。普段は優しげな男であるが、そうした態度からも男尊女卑の考えの持ち主であることが分かる。またスチュアートはエイダとベインズの関係を知ると、家の窓に板を張り付け、外側からかんぬきを掛けてエイダを幽閉してしまう。女性が置かれた窮屈な環境を作り出す人物でもある。一方、ベインズは粗野で強引だが、ピアノには理解を示す。エイダが求めたのはスチュアートではなくベインズの方だった。
マオリ族の男達が漕ぐカヌーでニュージーランドを去るエイダとベインズ。カヌーにはピアノも載せられるが、エイダは途中でピアノを海へと捨てるように要求する。これまでの自分との決別だった。その後に再生を経たエイダは自立した女性として別のピアノに向かう。象徴的なシーンである。

一言もセリフを発しないという難役に挑んだホリー・ハンター。彼女自身が脚本に惚れ込み、ピアノが弾けるということをアピールして売り込んだそうだが、キリリとした表情で気高さを示し、男の所有物になることを拒否する女性を演じる。ナイマンのピアノ曲を演奏するほか、日本では「太田胃散」のCM曲として知られるショパンの前奏曲第7番を弾く場面もある。

旧世代を代表する人物であるスチュアートを演ずるサム・ニールは同時期にスピルバーグの「ジュラシック・パーク」に主演している。彼もまたニュージーランド人である。

出演当時9歳だったアンナ・パキンもアカデミー賞を受賞しているだけに達者な演技を示している。

ベインズを演じるハーヴェイ・カイテル。彼はこの映画で長髪にしているのだが、それを見た故宮沢章夫が、「俺も長髪にしなきゃ」と一時期髪を伸ばしていた。私が初めて出会った時の宮沢章夫は長髪だった。この話は宮沢本人から直接聞いたものである。

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2024年3月28日 (木)

コンサートの記(836) Fever presents Candlelight 「坂本龍一の名曲集」 長富彩(pf)

2024年2月2日 京都コンサートホール小ホール「アンサンブルホールムラタ」にて

午後5時から、京都コンサートホール小ホール「アンサンブルホールムラタ」で、Fever presents Candlelight「坂本龍一の名曲集」を聴く。ステージ上いっぱいにキャンドルを灯してのピアノコンサート。ピアノ演奏を務めるのは、リストやラフマニノフを得意とする技巧派の長富彩。


曲目は、「水の中のバガテル」、「The Last Emperor」、「東風(tong poo)」、「The Sheltering Sky」、「Shining Boy and Little Randy(星になった少年)」、「Rain(I want to divorce)」、「Energy Flow」、「Bolerish」、「The Wuthering Heights(嵐が丘)」、「Merry Christmas Mr.Lawrence(戦場のメリークリスマス)」

生前の坂本龍一のピアノソロコンサートには2度接しているが(いずれも大阪。旧フェスティバルホールとサンケイホールブリーゼ)、長富彩の表現は作曲者本人のそれに比べてダイナミックレンジの幅が大きいようである。特に「ラストエンペラー」の冒頭などはスローテンポでスケールも大きく、重厚さが印象的であった。

マイクを手にして楽曲解説を行いながらのコンサート。

「Bolerish」は映画のための音楽だったが、ブライアン・デ・パルマ監督から、「ラヴェルの『ボレロ』そっくりの曲を書いてほしい」と依頼され、「禁を破って」書いた曲である。ラヴェル協会から訴えられそうになったりしたそうだが、「ボレロ」のメロディーと構成を生かしつつ、洒落た音楽に仕上げているのは流石である。

「The Sheltering Sky」は高校2年生の時に音楽の授業のピアノ発表会で演奏した思い出深い曲である。残念ながら今回はアレンジ違いであったが、ミステリアスで悲劇的な曲調を生かした演奏になっていたように思う。


アンコール演奏は、「M.A.Y. IN THE BACKYARD」。ノリの良い演奏であった。

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2024年3月20日 (水)

コンサートの記(834) 広上淳一指揮京都市交響楽団第687回定期演奏会 フライデー・ナイト・スペシャル

2024年3月15日 京都コンサートホールにて

午後7時30分から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団の第687回定期演奏会を聴く。今日の指揮者は、京都コンサートホール館長でもある広上淳一。
現在、京都市営地下鉄烏丸線では最寄り駅である北山駅に近づくと、広上淳一の声による京都コンサートホールの案内が車内に流れるようになっている。
広上は現在は、オーケストラ・アンサンブル金沢のアーティスティック・リーダー(事実上の音楽監督)を務めるほか、日本フィルハーモニー交響楽団の「フレンド・オブ・JPO(芸術顧問)」、札幌交響楽団の友情指揮者の称号を得ている。京都市交響楽団の第12代、第13代常任指揮者を務めたが、名誉称号は辞退。ただオーケストラもそれでは困るのか、「京都市交響楽団 広上淳一」という謎の称号を贈られている。
東京音楽大学の指揮科教授を長年に渡って務めており、弟子も多い。現在、TBS系列で放送されている西島秀俊主演の連続ドラマ「さよならマエストロ」の音楽監修も手掛けている(東京音楽大学も全面協力を行っている)。また今年は大河ドラマ「光る君へ」のオープニングテーマの指揮も行っている。

今日は午後7時30分から上演時間約1時間、休憩なしで行われる「フライデー・ナイト・スペシャル」としての上演。明日も定期演奏会が行われるがプログラムが一部異なっている。

今日の演目は、まずジャン・エフラム・バヴゼのピアノ独奏によるラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」と「道化師の朝の歌」が弾かれ、その後に、広上指揮の京響によるラフマニノフの交響曲第3番が演奏されるという運びになっている。


午後7時頃から広上と、今年の1月から京都市交響楽団のチーフプロデューサーに着任した高尾浩一によるプレトークがある。広上は1月から髭を伸ばし始めたが、能登半島地震の復興祈願として験を担いだものだそうで、京響のチーフプロデューサーに就く前はオーケストラ・アンサンブル金沢にいたという高尾と共に能登半島地震復興のための募金を行うことを表明した。
ソリストのジャン・エフラム・バヴゼの紹介。ピアノ大好き人間だそうで、朝から晩までピアノを弾いているピアノ少年のような人だそうだが、今年62歳だそうで、66歳の広上と余り変わらないという話をする。フランス人であるが、奥さんはハンガリー人だそうで、ハンガリーが生んだ名指揮者のサー・ゲオルグ・ショルティに見出され、「ショルティが最後に発掘した逸材」とも呼ばれているそうだ。

ラフマニノフの交響曲というと、第2番がとにかく有名であり、この曲は20世紀後半に最も評価と知名度を上げた交響曲の一つだが、残る二つの交響曲、交響曲第1番と第3番は知名度も上演機会にもそれほど恵まれていない。高尾は、これまでに外山雄三と秋山和慶が指揮したラフマニノフの交響曲第3番を聴いたことがあるという。
広上は、何度も聴くと好きになる曲だと、ラフマニノフの交響曲第3番を紹介する。


ジャン・エフラム・バヴゼのピアノ独奏によるラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」。フランス人らしくやや速めのテンポで演奏される。典雅な趣と豊かな色彩に満ちた演奏で、鍵盤の上に虹が架かったかのよう。「エスプリ・クルトワ」としかいいようのないものだが、敢えて日本語に訳すと京言葉になるが「はんなり」に近いものがあるように感じられる。

「道化師の朝の歌」。活気に満ち、リズム感が良く、程よい熱さと諧謔精神の感じられる演奏であった。


バヴゼのアンコール演奏は、マスネの「トッカータ」。初めて聴く曲だが、メカニックの高さと豊かな表現力が感じられた。


ラフマニノフの交響曲第3番。今日のコンサートマスターは、特別客演コンサートマスターの石田泰尚。フォアシュピーラーに泉原隆志。今日はヴィオラ首席の位置にソロ首席ヴィオラ奏者の店村眞積が入る。
私はこの曲は、シャルル・デュトワ指揮フィラデルフィア管弦楽団の「ラフマニノフ交響曲全集」(DECCA)でしか聴いたことがないが、今日の広上と京響の演奏を聴くと、この曲がフィラデルフィア管弦楽団の響きを意識して書かれたものであることが分かる。ラフマニノフはフィラデルフィア管弦楽団を愛し、自身で何度もピアニストとして共演したり指揮台に立ったりもしているが、いかにもフィラデルフィア管弦楽団に似合いそうな楽曲である。
第1楽章に何度も登場するメロディーは甘美で、フィラデルフィア管弦楽団の輝かしい弦の響きにピッタリである。
広上指揮する京響は音の抜けが良く、立体感や瞬発力も抜群で、流石にフィラデルフィア管弦楽団ほどではないが、メロウで都会的で活気に満ちた曲想を描き出していく。アメリカ的な曲調が顕著なのもこの曲の特徴であろう。
各奏者の技量も高く、現時点では有名からほど遠いこの曲の魅力を見事に炙り出してみせていた。
第1楽章の甘美なメロディーも印象的であり、将来的に人気が徐々に上がっていきそうな交響曲である。ラフマニノフの交響曲第2番も初演は成功したものの、以前は「ジャムとマーマレードでベタベタの曲」などと酷評され、評価は低かったが、アンドレ・プレヴィンがこの曲を積極的に取り上げ、ウラディーミル・アシュケナージやシャルル・デュトワ、日本では尾高忠明がそれに続いたことで人気曲の仲間入りをしている。ラフマニノフの交響曲第3番も「熱心な擁護者がいたら」あるいはと思わせてくれるところのある交響曲である。

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2022年8月26日 (金)

柳月堂にて(4) ルドルフ・ゼルキン(ピアノ) ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団 モーツァルト ピアノ協奏曲第27番

2019年6月26日

出町柳の名曲喫茶・柳月堂に行く。リクエストしたのは、モーツァルトのピアノ協奏曲第27番、ルドルフ・ゼルキンのピアノ、ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団の伴奏。コロムビア(CBS)のLP。

CDでも聴いたことのない演奏である。オーマンディとフィラデルフィア管弦楽団らしい明るく輝かしい音色であるが、ウエットな響きなのが珍しい。明るくてウエットという響きはなかなか耳に出来ないものであるが、モーツァルトの曲であるということを考えると納得のいく音楽作りである。ローマ三部作や「展覧会の絵」などのショーピースでは評価が高かったが、古典派の演奏はほぼ黙殺されていたオーマンディとフィラデルフィア管。私もベートーヴェン交響曲全集などは聴いているが、モーツァルトを耳にするのは初めて。そもそも交響曲などの録音があるのかすら知らないが、オーマンディのモーツァルトはかなりハイレベルだったと思われる。

ベートーヴェンなどに定評のあるルドルフ・ゼルキンのピアノもモーツァルトの愛らしさを紡ぎ出しつつ誠実さに溢れ、音楽に奉仕している。

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2022年8月19日 (金)

コンサートの記(798)「IZUMI JAZZ NIGHT 2015 山中千尋」

2015年8月28日 大阪・京橋のいずみホールにて

午後7時から、大阪・京橋のいずみホールで、「IZUMI JAZZ NIGHT 2015 山中千尋」というコンサートを聴く。世界的な評価を受けている山中千尋のジャズライブ。プログラムは明かされていなかったが、ホワイエにベーシストの坂崎拓也がダブルベースで参加することが紙に書かれて提示されている。

山中千尋のコンサートはこれまでも何回かチケットを取っているのだが、そのたびに何かあって行けなくなるということを繰り返しており、私にとっては遠いアーティストであったが、今日、ようやく実演に接することが出来た。


山中千尋は、1976年、群馬県桐生市生まれのジャズピアニスト(正確な生年月日は公表されていない)。桐生への郷土愛は強く、桐生の民謡である「八木節」(日本で最もノリノリの民謡としても知られる)を必ずプログラムに入れている(若しくはアンコールで演奏する)。彼女の世代ではまだジャズを専攻出来る大学は日本にはなく、桐朋女子高校音楽科ピアノ専攻を経て、桐朋学園大学ピアノ専攻を卒業。その後にニューヨークのバークリー音楽院に留学してジャズを学び、ここで多くのジャズメン達と交流を得る。若い頃からアメリカでジャズピアニストとして高い評価を得ており、ジャズ専門雑誌から表彰を受けたこともある。


スコアを置き、ハンドマイクもピアノの上に置かれ、トークを交えての演奏会となる。上演時間は途中休憩なしの1時間30分の予定であったが、結局、15分ほど押した。


黒のドレスで現れた山中千尋は想像していたよりも華奢な女性である。頻繁にペダルを踏み換えることが特徴であるが、そのため音が濁るということがない。


まず「ロンドンデリーの歌(ダニー・ボーイ)」&「クライ・ミー・リヴァー」を演奏した山中。「ロンドンデリーの歌」の哀感の表出とお洒落な音の崩し方から「絶妙」という言葉が浮かぶ。

演奏修了後に山中はハンドマイクを手に取り、立ち上がってトークを行う。ロンドンデリーではなくロンドンには留学したことがあり、高校3年生の夏にロンドンの王立音楽院に短期留学しているという。本当はそのまま王立音楽院の大学部に進む前提で行った留学だったのだが、当時は山中は英語が上手く喋れず、寮で掃除機を借りようとしたとき、イギリスで掃除機を表す「フーバー」という英語単語が浮かばず(日本で主に教えられるアメリカ英語とイギリス英語は結構違う)、意地悪をされたそうで、若い頃は気弱な方だったためにそれがショックで夏の留学で切り上げてロンドンを去り帰国、音楽教育も日本で受け続けることを選択したという。「クライ・ミー・リヴァー」はその時の沈んだ気持ちをと冗談を言って、客席から笑いを取る。


続いて、自作である「Beverly」を演奏する。山中の故郷である桐生には川が多く流れており、山中の実家も渡良瀬川の支流である桐生川のほとりにあるという。「川のほとりというと優雅な感じですが実際はかなりの田舎」と山中。川の流れをイメージして作曲した作品で、当初は「川下り」というタイトルであったが、「腹下し」などと聞き間違えられることが多かったため、意味の関連性はなくなってしまうが「Beverly」とタイトルを変えたという。

ヴィルトゥオーゾ的なピアノを弾く山中であるが、この曲でもテンポが速く、音も多く、技術的に高度である、川の流れが目に浮かぶような、キャニオニングを疑似体験しているかような(私はキャニオニングをしたことはないが)想像喚起力豊かな良く出来た楽曲である。


次の曲も自作で、「On The Shore(岸辺にて)」。ブルーノート・レーベルから「全曲自作のアルバムを出して欲しい」という要求を受けて書いた曲だというが、要請を受けてからレコーディングまで2週間しかなかったという。丁度その頃、山中の母親が自分の誕生日を自分で祝うために山中がライブのために乗り込んでいたワシントンD.C.にやって来たという。母親は大感激して「他の場所にも行きたい」と言ったそうだ。山中は「でも2週間後にレコーディングに入らなきゃ行けないし、曲も全然書けてないし」と断ろうとしてものの、母親の「レコーディングはいつでも出来るけど、私は来年は死んでるかも知れない」という言葉に根負け。二人でメキシコ旅行に出掛けたという。山中の母親は海外では「常に褒められるため」いつも着物姿。メキシコは40度ぐらいあったそうだが、母親が「千尋、あなたも着物着なさい」と言われたため仕方なく二人で着物を着てビーチを歩いたそうだ。周りはみんな裸なのに、山中と母親だけ着物なので目立ったという。「地獄のような体験だった」と山中は語り、「帯締めのキツさが伝わってくれれば」と演奏を始める。しっとりとしたバラード曲であった。


今度は山中の友人が作曲したという作品。バークリー音楽院で一緒だったブルガリア出身の男性作曲家の作品だというが、彼の一族は全員が医師であり、彼一人だけが医師試験に合格出来ずバークリー音楽院に来たということで、彼は自身のことを「落ちこぼれ」と自嘲していうことが多かったという。今では映画音楽の世界で成功しているそうだ。
曲名は「バルカン・テール(バルカン物語)」。バルカン半島というと「ヨーロッパの火薬庫」として紛争が絶えない地域であるが、それを意識したのか激しい曲調の作品である。


続いて、「今後戦争が起こらないようにと祈りを込めて」、「星に願いを」を演奏。ラストにJ・S・バッハの「神よ、民の望みの喜びよ」の旋律を組み入れるなど凝った編曲である。


山中は「ラグタイム・ハザード」というアルバムを出したばかりだが、それにちなんで今度はラグタイムの曲。バークリー音楽院にもラグタイムの試験があるのだが、学生数が多いため、持ち時間は2分30秒までときっちり決められているという。2分30秒をオーバーしてしまうと、いくら良い演奏をしても成績は一つ下のものを付けられてしまう。そうなると奨学金が受けられなくなってしまうということで、バークリーの学生達はラグタイムの練習を真剣に行っていたという。

山中は、「これは試験ではないので、2分30秒よりはちょっと長く演奏すると思うんですけれど」と言って、「2分30秒ラグタイム」を演奏。興が乗ったのか、演奏時間はタイトルの約倍であった。


ここで時計を見た山中は、「あれ、私こんなに長くピアノ弾いちゃってる。短い曲を選んだはずだったのに」。ということで、ダブルベースの坂崎拓也が登場。坂崎は大阪の出身であり、大阪で活動していたのだが、3年前に活動の拠点を東京に移したという。

山中の坂崎のデュオ。ベートーヴェンの「エリーゼのために」をモチーフにしたものがまず演奏される。山中は幼い頃に「エリーゼのために」に憧れ、ピアノの先生に何度も「弾きたい」と申し出たのだが、「男の人が女の人を好きになるという曲だし、千尋ちゃんにはまだ早い」と言われ続け、結局、十代のうちに「エリーゼのために」を弾くことは叶わなかったという。

誰もが知ってる「エリーゼのために」であるが、山中にいわせると何度も繰り返される冒頭のメロディーが「Too much」という感じで、「今の時代に生きていたらストーカーみたいに思われたかも知れません」と話した。ちなみに、この曲を送られたのはエリーゼではなくテレーゼという説が有力である。ベートーヴェンは字が汚かったため、thereseと書かれたものをeliseと誤読されてそれが広まってしまったとされる。エリーゼとは誰かというのは長年の謎であったが、実はエリーゼではなくテレーゼで、テレーゼ・マルファッティのために書かれたものであると現在ではほぼ断定されている。

山中と坂崎は「ジャズの巨星(ジャズ・ジャイアンツ)」の一人であるセロニアス・モンクをイメージした編曲を行ったそうで、抒情美よりも激しさを優先させた曲調と演奏であった。


続いて、「イスラエル・ソング」と「スパイダー」というイスラエルの曲が2曲連続で演奏されている。いずれも変拍子が多い曲だそうで、聴いていると簡単そうに思えるのだが、演奏するとなるとかなり難度は高いようである。5拍子と6拍子の変拍子が続くそうだが、五芒星や六芒星との関係はあるのだろうか。ちょっとわからない。


ラストは山中の定番である「八木節」。日本で最も威勢が良いといわれる民謡だけに、ロックなテイストの編曲も多いのだが、山中はあくまでジャズの「八木節」として旋律美重視の演奏を披露する。


アンコールは、山中のピアノソロで、伊東咲子の「ひまわり娘」。山中は「私がまだ生まれていない時代の曲」と語る。「ひまわり娘」が私の生まれた1974年のヒット曲だということは知っていたが、調べてみると「ひまわり娘」は、1974年の4月20日リリースで、私より半年以上年上である。リリース時には私もまだ生まれていなかったことになる。

山中の弾く「ひまわり娘」を聴いていて、ふと、ル・クプルの「ひだまりの詩」を思い出す。歌詞のメッセージも曲調も両曲には通じるものがあるように思う。ル・クプルはその後、離婚し、ル・クプルも当然解散。個別での音楽活動を行っていると聞く。


終演後、CDもしくはグッズ購入者限定でのサイン会があり、私も山中のCDを買ってサイン会に参加した。

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2022年6月22日 (水)

これまでに観た映画より(299) 「四月は君の嘘」

2022年6月15日

録画してまだ観ていなかった日本映画「四月は君の嘘」を観る。新川直司原作の漫画の実写化。新城毅彦監督作品。脚本:龍井由佳里。出演は、広瀬すず、山﨑賢人、石井杏奈、中川大志、板谷由夏、本田博太郎、甲本雅裕、檀れいほか。2016年の制作。

天才少年ピアニストとして将来を期待されながら、母の死をきっかけにピアノから離れてしまった有馬公正(山﨑賢人)と、有馬と同じ高校の同学年で、奔放なヴァイオリンを奏でる宮園かをり(今ならあだ名が「みやぞん」になりそうだが、2016年の時点では、みやぞんはまだ有名人ではないので、「かを」というあだ名で呼ばれている。演じるのは広瀬すず)、公正の幼なじみである澤部椿(石井杏奈)、公正、椿と共に仲良しグループを構成している渡亮太(中川大志)らを描いた青春音楽ストーリーであるが、一方で、心の病気や闘病を描いたシリアスな作品でもある。

原作では登場人物達は中学生であるが、映画では高校2年生という設定に変わり、舞台も東京都内から鎌倉に移っている。


幼児期にいくつものピアノコンクールで優勝や入賞を果たし、天才少年ピアニストとしてメディアにも取り上げられた有馬公正であるが、ピアノ指導者であった母の早希(檀れい)が病気で余命幾ばくもないという状態になり、「息子にピアニストとして独り立ちして貰うために」厳しいレッスンを課す。ピアノコンクールで優勝したにも関わらず、早希からなじられた公正は、「お母さんなんて死んじゃえばいいんだ!」と激昂。果たしてその夜に早希の命は尽き、そのトラウマから公正はピアノの音が上手く聞き取れなくなってしまい、コンクールに出てもピアノが弾けず、ピアニストになることを諦めていた。

幼なじみの椿はソフトボール部、親友の渡はサッカー部だが、公正は部活には入らず、音楽控え室で音楽を耳コピして譜面に起こし、出版社に渡して小銭を稼ぐというアルバイトを行っている。
そんなある日、公正は椿の同級生である宮園かをりを紹介される。かをりはモテ男である渡の彼女になりたがっており、椿に間を取り持って貰おうとしたのだが、そこに公正も友人Aとして立ち会うことになったのだ。
ヴァイオリニストであるかをりは、譜面にある作曲家の指示を無視して、エモーショナルなヴァイオリンを奏でるタイプで、コンクールの審査員からの評価は高くないが、聴衆受けが良く、聴衆推薦により一次予選(パガニーニの「24のカプリース」より第24番を演奏)を突破。かをりは、二次予選のピアノ伴奏(楽曲は、サン=サーンスの「序奏とロンド・カプリチオーソ」)を公正に頼む。

既視感のあるストーリーであり、映画としての評価はそれほど高い点数は与えられないと思うが、再び音楽に向き合う公正と、彼を引っ張るかをりの姿は微笑ましく、音楽家としての個性も物語を進める推進力として上手く機能している。

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2022年6月19日 (日)

コンサートの記(783) 河村尚子ピアノリサイタル2015京都

2015年3月15日 京都コンサートホール 小ホール「アンサンブルホール ムラタ」にて

午後2時から、京都コンサートホール小ホール「アンサンブルホール ムラタ」で、河村尚子のピアノリサイタルを聴く。

河村尚子は、1981年、兵庫県西宮市生まれのピアニスト。生粋の日本人であるが、5歳の時に一家で渡独し、教育も音楽教育も全てドイツで受けており、日本人であるが日本人離れしたピアノを弾く演奏家である。
ハノーファー国立音楽演劇大学(ハノーファー国立音楽芸術大学)在学中にミュンヘン国際コンクール・ピアノ部門で2位に入って頭角を現し、ハノーファー国立音楽演劇大学大学院ピアノソリスト課程在学中にクララ・ハスキル国際コンクールで優勝して注目を浴びている。
現在はソリストとしての活動の他に、エッセンにあるフォルクヴァング芸術大学の非常勤講師、また2013年から東京音楽大学の特任講師として日本にも拠点を持って教育活動にも励んでいる。

昨年、出産を経験した河村尚子。「モーストリークラシック」が行ったインタビューなどでは最近は子育てに夢中だという。

無料プログラムには河村尚子からのメッセージが載っているが、河村が京都コンサートホール小ホールでリサイタルを行うのは4年ぶりだそうで、ちょっと意外な気がする。前回の京都コンサートホール小ホールでのリサイタルの記憶がまだ鮮明なため、4年も経過しているとは思えなかった。京都以外のホールでも河村のピアノを聴いているので、記憶がごっちゃになっているのかも知れない。
昨年は、東京のよみうり大手町ホールでのリサイタル(ムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」の演奏が凄まじく、東京まで聴きに行くだけの価値はあった)と大阪のザ・シンフォニーホールでの読売日本交響楽団大阪定期演奏会のソリストとしての演奏を聴いている。


曲目は、J・S・バッハ作曲、ブゾーニ編曲の「シャコンヌ」、ショパンのワルツ第5番「大円舞曲」、ショパンのマズルカ第13番、ショパンの夜想曲第8番、ショパンの「舟唄」、休憩を挟んで、ラフマニノフの10の前奏曲より第10番&第7番、プロコフィエフのピアノ・ソナタ第6番「戦争ソナタ」

京都だから新選組カラーというわけではなく偶然だろうが、浅葱色のドレスで河村は登場する。妊娠中でお腹の膨らみが目立ったよみうり大手町ホールでのリサイタルや出産直後であったザ・シンフォニーホールでの演奏時には体も顔も幾分ふっくらしていた河村だが、今日は少し痩せてすっきりしている。

京都コンサートホール小ホール「アンサンブルホール ムラタ」のことを河村は「大好き」と書いているが、確かにステージと客席が近いので客席の反応がヴィヴィッドに伝わってくるというのはあるかも知れない。ただ、京都コンサートホール小ホールは「小さいホールだから音響は特に工夫をしなくてもいいよね」ということなのかどうかはわからないが、音響を良くするための設計はほとんどなされていない。ピアノは蓋が反響板になって問題なく聞こえるのだが。


J・S・バッハ作曲、ブゾーニ編曲の「シャコンヌ」。前回の京都コンサートホール小ホールでのリサイタルでも河村はこの曲を弾いている。ブゾーニ編曲の「シャコンヌ」はファジル・サイが超絶的な名演を展開した曲であり、神戸新聞松方ホールで聴いたライブ演奏でも、CDでもファジルは別格級の演奏を聴いている。
河村は速めのテンポを採用。情熱的な演奏だが、高雅さや純粋さなど多彩な表情を弾き分ける。ピアニシモが美しいのも特徴だ。流石にファジル・サイには敵わないが(ファジル・サイは音楽家を名乗る現役のアーティストの中で紛れもなくナンバー1と断言できるほどの天才である)極めてハイレベルな演奏であることに間違いはない。

ショパンのワルツ、マズルカ、夜想曲では、音楽が今この場で生まれたかのようなフレッシュなピアノで聴かせる。音は透明であり、気高さ、メランコリーなどショパンが持つ多様性を詳らかにしていく。

ショパンの楽曲の中でもスケールの大きい「舟唄」は、春風のような爽やかさと朗らかさを持ち、今の季節に聴くのに相応しい演奏となる。


ラフマニノフの前奏曲でも高い技術を聴かせた河村だが、圧巻はプロコフィエフのピアノ・ソナタ第6番「戦争ソナタ」。河村独自のヒンヤリとしたピアノの音色がこの曲でははっきりと出る。風変わりな作風で知られるプロコフィエフであるが、激しさや優しさといった様々な曲調を河村は高い次元でアウフヘーベンして聴かせる。これだけ優れたプロコフィエフ演奏はそうそう聴けるものではないだろう。河村はあたかもピアノの魔術師のようだ。


アンコールは4年前と同じ、シューマン作曲、リスト編曲の「献呈」。淀みない演奏であった。

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2022年5月 1日 (日)

コンサートの記(776) 「ローム ミュージック フェスティバル 2022」リレーコンサートA「萩原麻未 featuring 岡本麻子」

2022年4月23日 左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールにて

正午から、左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールで、「ローム ミュージック フェスティバル 2022」リレーコンサートA「萩原麻未 featuring 岡本麻子」を聴く。個性派ピアニストとして人気の萩原麻未が、岡本麻子(まこ)と行うピアノ・デュオコンサート。

2020年はコロナのために中止、2021年は直前になって配信のみに切り替わったローム ミュージック フェスティバル。久しぶりの実演ということになる。

曲目は、モーツァルトの2台のピアノのためのソナタ ニ長調、ラヴェルの「ラ・ヴァルス」(ラヴェル自身による2台ピアノ版)、プーランクの「シテール島への船出」、ラヴェルの「耳で聴く風景」(「ハバネラ」「鐘が鳴るなかで」)、チャイコフスキーのバレエ音楽「くるみ割り人形」組曲(N・エコノム編)。
途中休憩15分を含み、上演時間約1時間半のコンサートである。

タイトルは、「萩原麻未 featuring 岡本麻子」となっているが、立場は対等。モーツァルトの2台のピアノのためのソナタ、プーランクの「シテール島への船出」、ラヴェルの「耳で聴く風景」では萩原麻未が第1ピアノ、その他の曲では岡本麻子が第1ピアノを奏でる。

萩原麻未は青の、岡本麻子は黄緑色のドレスを纏って登場。譜めくり人をつけての演奏である。


今日は前から6列目の真ん中の席に座るが、この席は直接音が届きすぎるため、モーツァルトなどは音像が大きすぎて、席のチョイスに失敗した感じであった。その他の曲は良かったが、もう少し後ろの席であった方が、音楽の全体像を把握しやすかったように思う。

とはいえ、洗練されつつも力強く、表現力豊かな二人のピアノを聴いているのは楽しい。「音楽は何よりも楽しさが大事」ということを思い出した。


モーツァルトの2台のピアノのためのソナタ ニ長調。1990年代に、この曲を聴くと知的能力が向上するという学説が発表されたことがあるが(モーツァルト効果)、現在ではそれは否定されている。普通に考えて音楽をちょっと聴いたぐらいで知的能力が向上するとは考えにくいのだが、非常にチャーミングな楽曲であり、リラクゼーション効果はあるため、それが調査結果に結びついたのかも知れない。
先に書いた通り、ステージから近めの席を選んだのは、この曲に関しては失敗だったと思うが、音楽自体を愉しむことは出来る。


萩原麻未は、パリ国立高等音楽院に学び、パリ地方音楽院で室内楽を学んでいて、十八番はラヴェルのピアノ協奏曲ということでフランスものは全般的に得意である。
「エスプリ・クルトワ」溢れるフランシス・プーランク(「パリのモーツァルト」との異名を取った)、ドビュッシーとともに近代フランス音楽を代表する作曲家であるラヴェルの演奏も当然ながら優れたものとなる。プーランクにおける洗練と愛らしさ、そしてバスク地方に生まれ、スペイン的な熱狂と土俗感にも富むラヴェルの演奏なども巧みである。岡本麻子は、萩原ほど知名度は高くないが、堅実にして確かな技術と表現力を感じさせる。


チャイコフスキーのバレエ音楽「くるみ割り人形」組曲。編曲を担当したニコラス・エコノム(1953-1993)は、キプロス生まれの編・作曲家だそうだが、ピアニストに高い技巧を求める編曲を施している。

萩原と岡本の丁々発止のピアニズム、表現力とレンジの幅広さ、優雅さと神秘性豊かな編曲など聴き所満載であり、一人では生み出せないピアノ・デュオならではの音楽と、二人のピアニストが生み出す親密な空気を味わうことの出来る演奏会であった。

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2022年4月20日 (水)

コンサートの記(774) 尾高忠明指揮大阪フィルハーモニー交響楽団第557回定期演奏会

2022年4月8日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から、大阪・中之島のフィエスティバルホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第557回定期演奏会を聴く。今日の指揮は大阪フィルハーニー交響楽団音楽監督の尾高忠明。

曲目は、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番(ピアノ独奏:藤田真央)とエルガーの交響曲第2番。

ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番の独奏は、元々はフランス人ピアニストであるアンヌ・ケフェレックが担う予定であったが、コロナ禍により来日不可となったため、気鋭の若手ピアニストとして知名度を上げている藤田真央が代役に指名された。


今日のコンサートマスターは崔文洙、フォアシュピーラーに須山暢大。ドイツ式の現代配置による演奏である。


ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番。
ちょっと風変わりな青年であるが、天衣無縫の音楽性を持つピアニストである藤田真央(有名人ではあるが一応注釈を入れておくと男性ピアニストである)。冒頭の天国的な響きから聴衆を魅了する。音楽は次第に思索を深めていくが、藤田真央のピアノはピアノの音そのものよりも高い音楽性で聴かせる。「いいピアノだ」という印象よりも「なんて素敵な音楽なのだろうと」、ベートーヴェンの音楽性の高さをありありと示すことが出来るのである。まだ若い故に時にムラッけが出ることもあるが、リリシズムやロマンティシズム、この上ない喜びなどを自在に奏でてみせるのだからその実力に疑問の余地はない。
尾高指揮の大フィルも、ピリオドを取り入れた深くて格好の良い伴奏を聴かせた。


藤田真央のアンコール演奏は、J・S・バッハの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ」よりガヴォット(ラフマニノフ編)。チャーミングにして愉悦感に飛んだ演奏であった。


エルガーの交響曲第2番。
大英帝国の栄耀栄華を描いたような交響曲第1番で名声を博したエドワード・エルガー。彼の交響曲第2番も大いに期待されたが、1911年5月24日にクイーンズホールで行われた作曲者自身の指揮による初演は、演奏終了後に困惑が広がったという。聴衆は交響曲第1番のような壮麗な楽曲を期待していたのだと思われるが、交響曲第2番は旋律も短めで、しかも何度も同じ音型が繰り返されるというものであり、交響曲第1番に比べてモダンな印象も受けるが、その余りの落差に、初めて聴いた聴衆が戸惑ったのもむべなるかなという気もする。

全ての楽章で、当時、大英帝国の首都として世界一の賑わいを見せていたロンドンの街の種々雑多な賑わいが描かれているようであり、楽しい曲ではあるのだが、作風がモダンすぎたのかも知れない。
第2楽章は、「故エドワード7世陛下の想い出に捧ぐと」記された追悼曲であるが、それにしては明るめの印象を受ける。一説には、エルガーが親しくしていた人物の他界に寄せた楽曲でもあるといわれているようだ。
第4楽章のラストは、「高揚」というよりも、「次の時代へと続く」という「その先」を感じさせる終わり方で、効果的である。

エルガーの交響曲第1番は英国音楽史上に燦然と輝く名曲だが、交響曲第2番も、ヴォーン=ウィリアムズを始め、その後の英国人交響曲作曲家に繋がるような曲調であり、英国音楽史上重要な音楽作品と見ることが出来るだろう。

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