カテゴリー「ピアノ」の94件の記事

2022年8月26日 (金)

柳月堂にて(4) ルドルフ・ゼルキン(ピアノ) ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団 モーツァルト ピアノ協奏曲第27番

2019年6月26日

出町柳の名曲喫茶・柳月堂に行く。リクエストしたのは、モーツァルトのピアノ協奏曲第27番、ルドルフ・ゼルキンのピアノ、ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団の伴奏。コロムビア(CBS)のLP。

CDでも聴いたことのない演奏である。オーマンディとフィラデルフィア管弦楽団らしい明るく輝かしい音色であるが、ウエットな響きなのが珍しい。明るくてウエットという響きはなかなか耳に出来ないものであるが、モーツァルトの曲であるということを考えると納得のいく音楽作りである。ローマ三部作や「展覧会の絵」などのショーピースでは評価が高かったが、古典派の演奏はほぼ黙殺されていたオーマンディとフィラデルフィア管。私もベートーヴェン交響曲全集などは聴いているが、モーツァルトを耳にするのは初めて。そもそも交響曲などの録音があるのかすら知らないが、オーマンディのモーツァルトはかなりハイレベルだったと思われる。

ベートーヴェンなどに定評のあるルドルフ・ゼルキンのピアノもモーツァルトの愛らしさを紡ぎ出しつつ誠実さに溢れ、音楽に奉仕している。

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2022年8月19日 (金)

コンサートの記(798)「IZUMI JAZZ NIGHT 2015 山中千尋」

2015年8月28日 大阪・京橋のいずみホールにて

午後7時から、大阪・京橋のいずみホールで、「IZUMI JAZZ NIGHT 2015 山中千尋」というコンサートを聴く。世界的な評価を受けている山中千尋のジャズライブ。プログラムは明かされていなかったが、ホワイエにベーシストの坂崎拓也がダブルベースで参加することが紙に書かれて提示されている。

山中千尋のコンサートはこれまでも何回かチケットを取っているのだが、そのたびに何かあって行けなくなるということを繰り返しており、私にとっては遠いアーティストであったが、今日、ようやく実演に接することが出来た。


山中千尋は、1976年、群馬県桐生市生まれのジャズピアニスト(正確な生年月日は公表されていない)。桐生への郷土愛は強く、桐生の民謡である「八木節」(日本で最もノリノリの民謡としても知られる)を必ずプログラムに入れている(若しくはアンコールで演奏する)。彼女の世代ではまだジャズを専攻出来る大学は日本にはなく、桐朋女子高校音楽科ピアノ専攻を経て、桐朋学園大学ピアノ専攻を卒業。その後にニューヨークのバークリー音楽院に留学してジャズを学び、ここで多くのジャズメン達と交流を得る。若い頃からアメリカでジャズピアニストとして高い評価を得ており、ジャズ専門雑誌から表彰を受けたこともある。


スコアを置き、ハンドマイクもピアノの上に置かれ、トークを交えての演奏会となる。上演時間は途中休憩なしの1時間30分の予定であったが、結局、15分ほど押した。


黒のドレスで現れた山中千尋は想像していたよりも華奢な女性である。頻繁にペダルを踏み換えることが特徴であるが、そのため音が濁るということがない。


まず「ロンドンデリーの歌(ダニー・ボーイ)」&「クライ・ミー・リヴァー」を演奏した山中。「ロンドンデリーの歌」の哀感の表出とお洒落な音の崩し方から「絶妙」という言葉が浮かぶ。

演奏修了後に山中はハンドマイクを手に取り、立ち上がってトークを行う。ロンドンデリーではなくロンドンには留学したことがあり、高校3年生の夏にロンドンの王立音楽院に短期留学しているという。本当はそのまま王立音楽院の大学部に進む前提で行った留学だったのだが、当時は山中は英語が上手く喋れず、寮で掃除機を借りようとしたとき、イギリスで掃除機を表す「フーバー」という英語単語が浮かばず(日本で主に教えられるアメリカ英語とイギリス英語は結構違う)、意地悪をされたそうで、若い頃は気弱な方だったためにそれがショックで夏の留学で切り上げてロンドンを去り帰国、音楽教育も日本で受け続けることを選択したという。「クライ・ミー・リヴァー」はその時の沈んだ気持ちをと冗談を言って、客席から笑いを取る。


続いて、自作である「Beverly」を演奏する。山中の故郷である桐生には川が多く流れており、山中の実家も渡良瀬川の支流である桐生川のほとりにあるという。「川のほとりというと優雅な感じですが実際はかなりの田舎」と山中。川の流れをイメージして作曲した作品で、当初は「川下り」というタイトルであったが、「腹下し」などと聞き間違えられることが多かったため、意味の関連性はなくなってしまうが「Beverly」とタイトルを変えたという。

ヴィルトゥオーゾ的なピアノを弾く山中であるが、この曲でもテンポが速く、音も多く、技術的に高度である、川の流れが目に浮かぶような、キャニオニングを疑似体験しているかような(私はキャニオニングをしたことはないが)想像喚起力豊かな良く出来た楽曲である。


次の曲も自作で、「On The Shore(岸辺にて)」。ブルーノート・レーベルから「全曲自作のアルバムを出して欲しい」という要求を受けて書いた曲だというが、要請を受けてからレコーディングまで2週間しかなかったという。丁度その頃、山中の母親が自分の誕生日を自分で祝うために山中がライブのために乗り込んでいたワシントンD.C.にやって来たという。母親は大感激して「他の場所にも行きたい」と言ったそうだ。山中は「でも2週間後にレコーディングに入らなきゃ行けないし、曲も全然書けてないし」と断ろうとしてものの、母親の「レコーディングはいつでも出来るけど、私は来年は死んでるかも知れない」という言葉に根負け。二人でメキシコ旅行に出掛けたという。山中の母親は海外では「常に褒められるため」いつも着物姿。メキシコは40度ぐらいあったそうだが、母親が「千尋、あなたも着物着なさい」と言われたため仕方なく二人で着物を着てビーチを歩いたそうだ。周りはみんな裸なのに、山中と母親だけ着物なので目立ったという。「地獄のような体験だった」と山中は語り、「帯締めのキツさが伝わってくれれば」と演奏を始める。しっとりとしたバラード曲であった。


今度は山中の友人が作曲したという作品。バークリー音楽院で一緒だったブルガリア出身の男性作曲家の作品だというが、彼の一族は全員が医師であり、彼一人だけが医師試験に合格出来ずバークリー音楽院に来たということで、彼は自身のことを「落ちこぼれ」と自嘲していうことが多かったという。今では映画音楽の世界で成功しているそうだ。
曲名は「バルカン・テール(バルカン物語)」。バルカン半島というと「ヨーロッパの火薬庫」として紛争が絶えない地域であるが、それを意識したのか激しい曲調の作品である。


続いて、「今後戦争が起こらないようにと祈りを込めて」、「星に願いを」を演奏。ラストにJ・S・バッハの「神よ、民の望みの喜びよ」の旋律を組み入れるなど凝った編曲である。


山中は「ラグタイム・ハザード」というアルバムを出したばかりだが、それにちなんで今度はラグタイムの曲。バークリー音楽院にもラグタイムの試験があるのだが、学生数が多いため、持ち時間は2分30秒までときっちり決められているという。2分30秒をオーバーしてしまうと、いくら良い演奏をしても成績は一つ下のものを付けられてしまう。そうなると奨学金が受けられなくなってしまうということで、バークリーの学生達はラグタイムの練習を真剣に行っていたという。

山中は、「これは試験ではないので、2分30秒よりはちょっと長く演奏すると思うんですけれど」と言って、「2分30秒ラグタイム」を演奏。興が乗ったのか、演奏時間はタイトルの約倍であった。


ここで時計を見た山中は、「あれ、私こんなに長くピアノ弾いちゃってる。短い曲を選んだはずだったのに」。ということで、ダブルベースの坂崎拓也が登場。坂崎は大阪の出身であり、大阪で活動していたのだが、3年前に活動の拠点を東京に移したという。

山中の坂崎のデュオ。ベートーヴェンの「エリーゼのために」をモチーフにしたものがまず演奏される。山中は幼い頃に「エリーゼのために」に憧れ、ピアノの先生に何度も「弾きたい」と申し出たのだが、「男の人が女の人を好きになるという曲だし、千尋ちゃんにはまだ早い」と言われ続け、結局、十代のうちに「エリーゼのために」を弾くことは叶わなかったという。

誰もが知ってる「エリーゼのために」であるが、山中にいわせると何度も繰り返される冒頭のメロディーが「Too much」という感じで、「今の時代に生きていたらストーカーみたいに思われたかも知れません」と話した。ちなみに、この曲を送られたのはエリーゼではなくテレーゼという説が有力である。ベートーヴェンは字が汚かったため、thereseと書かれたものをeliseと誤読されてそれが広まってしまったとされる。エリーゼとは誰かというのは長年の謎であったが、実はエリーゼではなくテレーゼで、テレーゼ・マルファッティのために書かれたものであると現在ではほぼ断定されている。

山中と坂崎は「ジャズの巨星(ジャズ・ジャイアンツ)」の一人であるセロニアス・モンクをイメージした編曲を行ったそうで、抒情美よりも激しさを優先させた曲調と演奏であった。


続いて、「イスラエル・ソング」と「スパイダー」というイスラエルの曲が2曲連続で演奏されている。いずれも変拍子が多い曲だそうで、聴いていると簡単そうに思えるのだが、演奏するとなるとかなり難度は高いようである。5拍子と6拍子の変拍子が続くそうだが、五芒星や六芒星との関係はあるのだろうか。ちょっとわからない。


ラストは山中の定番である「八木節」。日本で最も威勢が良いといわれる民謡だけに、ロックなテイストの編曲も多いのだが、山中はあくまでジャズの「八木節」として旋律美重視の演奏を披露する。


アンコールは、山中のピアノソロで、伊東咲子の「ひまわり娘」。山中は「私がまだ生まれていない時代の曲」と語る。「ひまわり娘」が私の生まれた1974年のヒット曲だということは知っていたが、調べてみると「ひまわり娘」は、1974年の4月20日リリースで、私より半年以上年上である。リリース時には私もまだ生まれていなかったことになる。

山中の弾く「ひまわり娘」を聴いていて、ふと、ル・クプルの「ひだまりの詩」を思い出す。歌詞のメッセージも曲調も両曲には通じるものがあるように思う。ル・クプルはその後、離婚し、ル・クプルも当然解散。個別での音楽活動を行っていると聞く。


終演後、CDもしくはグッズ購入者限定でのサイン会があり、私も山中のCDを買ってサイン会に参加した。

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2022年6月22日 (水)

これまでに観た映画より(299) 「四月は君の嘘」

2022年6月15日

録画してまだ観ていなかった日本映画「四月は君の嘘」を観る。新川直司原作の漫画の実写化。新城毅彦監督作品。脚本:龍井由佳里。出演は、広瀬すず、山﨑賢人、石井杏奈、中川大志、板谷由夏、本田博太郎、甲本雅裕、檀れいほか。2016年の制作。

天才少年ピアニストとして将来を期待されながら、母の死をきっかけにピアノから離れてしまった有馬公正(山﨑賢人)と、有馬と同じ高校の同学年で、奔放なヴァイオリンを奏でる宮園かをり(今ならあだ名が「みやぞん」になりそうだが、2016年の時点では、みやぞんはまだ有名人ではないので、「かを」というあだ名で呼ばれている。演じるのは広瀬すず)、公正の幼なじみである澤部椿(石井杏奈)、公正、椿と共に仲良しグループを構成している渡亮太(中川大志)らを描いた青春音楽ストーリーであるが、一方で、心の病気や闘病を描いたシリアスな作品でもある。

原作では登場人物達は中学生であるが、映画では高校2年生という設定に変わり、舞台も東京都内から鎌倉に移っている。


幼児期にいくつものピアノコンクールで優勝や入賞を果たし、天才少年ピアニストとしてメディアにも取り上げられた有馬公正であるが、ピアノ指導者であった母の早希(檀れい)が病気で余命幾ばくもないという状態になり、「息子にピアニストとして独り立ちして貰うために」厳しいレッスンを課す。ピアノコンクールで優勝したにも関わらず、早希からなじられた公正は、「お母さんなんて死んじゃえばいいんだ!」と激昂。果たしてその夜に早希の命は尽き、そのトラウマから公正はピアノの音が上手く聞き取れなくなってしまい、コンクールに出てもピアノが弾けず、ピアニストになることを諦めていた。

幼なじみの椿はソフトボール部、親友の渡はサッカー部だが、公正は部活には入らず、音楽控え室で音楽を耳コピして譜面に起こし、出版社に渡して小銭を稼ぐというアルバイトを行っている。
そんなある日、公正は椿の同級生である宮園かをりを紹介される。かをりはモテ男である渡の彼女になりたがっており、椿に間を取り持って貰おうとしたのだが、そこに公正も友人Aとして立ち会うことになったのだ。
ヴァイオリニストであるかをりは、譜面にある作曲家の指示を無視して、エモーショナルなヴァイオリンを奏でるタイプで、コンクールの審査員からの評価は高くないが、聴衆受けが良く、聴衆推薦により一次予選(パガニーニの「24のカプリース」より第24番を演奏)を突破。かをりは、二次予選のピアノ伴奏(楽曲は、サン=サーンスの「序奏とロンド・カプリチオーソ」)を公正に頼む。

既視感のあるストーリーであり、映画としての評価はそれほど高い点数は与えられないと思うが、再び音楽に向き合う公正と、彼を引っ張るかをりの姿は微笑ましく、音楽家としての個性も物語を進める推進力として上手く機能している。

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2022年6月19日 (日)

コンサートの記(783) 河村尚子ピアノリサイタル2015京都

2015年3月15日 京都コンサートホール 小ホール「アンサンブルホール ムラタ」にて

午後2時から、京都コンサートホール小ホール「アンサンブルホール ムラタ」で、河村尚子のピアノリサイタルを聴く。

河村尚子は、1981年、兵庫県西宮市生まれのピアニスト。生粋の日本人であるが、5歳の時に一家で渡独し、教育も音楽教育も全てドイツで受けており、日本人であるが日本人離れしたピアノを弾く演奏家である。
ハノーファー国立音楽演劇大学(ハノーファー国立音楽芸術大学)在学中にミュンヘン国際コンクール・ピアノ部門で2位に入って頭角を現し、ハノーファー国立音楽演劇大学大学院ピアノソリスト課程在学中にクララ・ハスキル国際コンクールで優勝して注目を浴びている。
現在はソリストとしての活動の他に、エッセンにあるフォルクヴァング芸術大学の非常勤講師、また2013年から東京音楽大学の特任講師として日本にも拠点を持って教育活動にも励んでいる。

昨年、出産を経験した河村尚子。「モーストリークラシック」が行ったインタビューなどでは最近は子育てに夢中だという。

無料プログラムには河村尚子からのメッセージが載っているが、河村が京都コンサートホール小ホールでリサイタルを行うのは4年ぶりだそうで、ちょっと意外な気がする。前回の京都コンサートホール小ホールでのリサイタルの記憶がまだ鮮明なため、4年も経過しているとは思えなかった。京都以外のホールでも河村のピアノを聴いているので、記憶がごっちゃになっているのかも知れない。
昨年は、東京のよみうり大手町ホールでのリサイタル(ムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」の演奏が凄まじく、東京まで聴きに行くだけの価値はあった)と大阪のザ・シンフォニーホールでの読売日本交響楽団大阪定期演奏会のソリストとしての演奏を聴いている。


曲目は、J・S・バッハ作曲、ブゾーニ編曲の「シャコンヌ」、ショパンのワルツ第5番「大円舞曲」、ショパンのマズルカ第13番、ショパンの夜想曲第8番、ショパンの「舟唄」、休憩を挟んで、ラフマニノフの10の前奏曲より第10番&第7番、プロコフィエフのピアノ・ソナタ第6番「戦争ソナタ」

京都だから新選組カラーというわけではなく偶然だろうが、浅葱色のドレスで河村は登場する。妊娠中でお腹の膨らみが目立ったよみうり大手町ホールでのリサイタルや出産直後であったザ・シンフォニーホールでの演奏時には体も顔も幾分ふっくらしていた河村だが、今日は少し痩せてすっきりしている。

京都コンサートホール小ホール「アンサンブルホール ムラタ」のことを河村は「大好き」と書いているが、確かにステージと客席が近いので客席の反応がヴィヴィッドに伝わってくるというのはあるかも知れない。ただ、京都コンサートホール小ホールは「小さいホールだから音響は特に工夫をしなくてもいいよね」ということなのかどうかはわからないが、音響を良くするための設計はほとんどなされていない。ピアノは蓋が反響板になって問題なく聞こえるのだが。


J・S・バッハ作曲、ブゾーニ編曲の「シャコンヌ」。前回の京都コンサートホール小ホールでのリサイタルでも河村はこの曲を弾いている。ブゾーニ編曲の「シャコンヌ」はファジル・サイが超絶的な名演を展開した曲であり、神戸新聞松方ホールで聴いたライブ演奏でも、CDでもファジルは別格級の演奏を聴いている。
河村は速めのテンポを採用。情熱的な演奏だが、高雅さや純粋さなど多彩な表情を弾き分ける。ピアニシモが美しいのも特徴だ。流石にファジル・サイには敵わないが(ファジル・サイは音楽家を名乗る現役のアーティストの中で紛れもなくナンバー1と断言できるほどの天才である)極めてハイレベルな演奏であることに間違いはない。

ショパンのワルツ、マズルカ、夜想曲では、音楽が今この場で生まれたかのようなフレッシュなピアノで聴かせる。音は透明であり、気高さ、メランコリーなどショパンが持つ多様性を詳らかにしていく。

ショパンの楽曲の中でもスケールの大きい「舟唄」は、春風のような爽やかさと朗らかさを持ち、今の季節に聴くのに相応しい演奏となる。


ラフマニノフの前奏曲でも高い技術を聴かせた河村だが、圧巻はプロコフィエフのピアノ・ソナタ第6番「戦争ソナタ」。河村独自のヒンヤリとしたピアノの音色がこの曲でははっきりと出る。風変わりな作風で知られるプロコフィエフであるが、激しさや優しさといった様々な曲調を河村は高い次元でアウフヘーベンして聴かせる。これだけ優れたプロコフィエフ演奏はそうそう聴けるものではないだろう。河村はあたかもピアノの魔術師のようだ。


アンコールは4年前と同じ、シューマン作曲、リスト編曲の「献呈」。淀みない演奏であった。

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2022年5月 1日 (日)

コンサートの記(776) 「ローム ミュージック フェスティバル 2022」リレーコンサートA「萩原麻未 featuring 岡本麻子」

2022年4月23日 左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールにて

正午から、左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールで、「ローム ミュージック フェスティバル 2022」リレーコンサートA「萩原麻未 featuring 岡本麻子」を聴く。個性派ピアニストとして人気の萩原麻未が、岡本麻子(まこ)と行うピアノ・デュオコンサート。

2020年はコロナのために中止、2021年は直前になって配信のみに切り替わったローム ミュージック フェスティバル。久しぶりの実演ということになる。

曲目は、モーツァルトの2台のピアノのためのソナタ ニ長調、ラヴェルの「ラ・ヴァルス」(ラヴェル自身による2台ピアノ版)、プーランクの「シテール島への船出」、ラヴェルの「耳で聴く風景」(「ハバネラ」「鐘が鳴るなかで」)、チャイコフスキーのバレエ音楽「くるみ割り人形」組曲(N・エコノム編)。
途中休憩15分を含み、上演時間約1時間半のコンサートである。

タイトルは、「萩原麻未 featuring 岡本麻子」となっているが、立場は対等。モーツァルトの2台のピアノのためのソナタ、プーランクの「シテール島への船出」、ラヴェルの「耳で聴く風景」では萩原麻未が第1ピアノ、その他の曲では岡本麻子が第1ピアノを奏でる。

萩原麻未は青の、岡本麻子は黄緑色のドレスを纏って登場。譜めくり人をつけての演奏である。


今日は前から6列目の真ん中の席に座るが、この席は直接音が届きすぎるため、モーツァルトなどは音像が大きすぎて、席のチョイスに失敗した感じであった。その他の曲は良かったが、もう少し後ろの席であった方が、音楽の全体像を把握しやすかったように思う。

とはいえ、洗練されつつも力強く、表現力豊かな二人のピアノを聴いているのは楽しい。「音楽は何よりも楽しさが大事」ということを思い出した。


モーツァルトの2台のピアノのためのソナタ ニ長調。1990年代に、この曲を聴くと知的能力が向上するという学説が発表されたことがあるが(モーツァルト効果)、現在ではそれは否定されている。普通に考えて音楽をちょっと聴いたぐらいで知的能力が向上するとは考えにくいのだが、非常にチャーミングな楽曲であり、リラクゼーション効果はあるため、それが調査結果に結びついたのかも知れない。
先に書いた通り、ステージから近めの席を選んだのは、この曲に関しては失敗だったと思うが、音楽自体を愉しむことは出来る。


萩原麻未は、パリ国立高等音楽院に学び、パリ地方音楽院で室内楽を学んでいて、十八番はラヴェルのピアノ協奏曲ということでフランスものは全般的に得意である。
「エスプリ・クルトワ」溢れるフランシス・プーランク(「パリのモーツァルト」との異名を取った)、ドビュッシーとともに近代フランス音楽を代表する作曲家であるラヴェルの演奏も当然ながら優れたものとなる。プーランクにおける洗練と愛らしさ、そしてバスク地方に生まれ、スペイン的な熱狂と土俗感にも富むラヴェルの演奏なども巧みである。岡本麻子は、萩原ほど知名度は高くないが、堅実にして確かな技術と表現力を感じさせる。


チャイコフスキーのバレエ音楽「くるみ割り人形」組曲。編曲を担当したニコラス・エコノム(1953-1993)は、キプロス生まれの編・作曲家だそうだが、ピアニストに高い技巧を求める編曲を施している。

萩原と岡本の丁々発止のピアニズム、表現力とレンジの幅広さ、優雅さと神秘性豊かな編曲など聴き所満載であり、一人では生み出せないピアノ・デュオならではの音楽と、二人のピアニストが生み出す親密な空気を味わうことの出来る演奏会であった。

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2022年4月20日 (水)

コンサートの記(774) 尾高忠明指揮大阪フィルハーモニー交響楽団第557回定期演奏会

2022年4月8日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から、大阪・中之島のフィエスティバルホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第557回定期演奏会を聴く。今日の指揮は大阪フィルハーニー交響楽団音楽監督の尾高忠明。

曲目は、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番(ピアノ独奏:藤田真央)とエルガーの交響曲第2番。

ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番の独奏は、元々はフランス人ピアニストであるアンヌ・ケフェレックが担う予定であったが、コロナ禍により来日不可となったため、気鋭の若手ピアニストとして知名度を上げている藤田真央が代役に指名された。


今日のコンサートマスターは崔文洙、フォアシュピーラーに須山暢大。ドイツ式の現代配置による演奏である。


ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番。
ちょっと風変わりな青年であるが、天衣無縫の音楽性を持つピアニストである藤田真央(有名人ではあるが一応注釈を入れておくと男性ピアニストである)。冒頭の天国的な響きから聴衆を魅了する。音楽は次第に思索を深めていくが、藤田真央のピアノはピアノの音そのものよりも高い音楽性で聴かせる。「いいピアノだ」という印象よりも「なんて素敵な音楽なのだろうと」、ベートーヴェンの音楽性の高さをありありと示すことが出来るのである。まだ若い故に時にムラッけが出ることもあるが、リリシズムやロマンティシズム、この上ない喜びなどを自在に奏でてみせるのだからその実力に疑問の余地はない。
尾高指揮の大フィルも、ピリオドを取り入れた深くて格好の良い伴奏を聴かせた。


藤田真央のアンコール演奏は、J・S・バッハの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ」よりガヴォット(ラフマニノフ編)。チャーミングにして愉悦感に飛んだ演奏であった。


エルガーの交響曲第2番。
大英帝国の栄耀栄華を描いたような交響曲第1番で名声を博したエドワード・エルガー。彼の交響曲第2番も大いに期待されたが、1911年5月24日にクイーンズホールで行われた作曲者自身の指揮による初演は、演奏終了後に困惑が広がったという。聴衆は交響曲第1番のような壮麗な楽曲を期待していたのだと思われるが、交響曲第2番は旋律も短めで、しかも何度も同じ音型が繰り返されるというものであり、交響曲第1番に比べてモダンな印象も受けるが、その余りの落差に、初めて聴いた聴衆が戸惑ったのもむべなるかなという気もする。

全ての楽章で、当時、大英帝国の首都として世界一の賑わいを見せていたロンドンの街の種々雑多な賑わいが描かれているようであり、楽しい曲ではあるのだが、作風がモダンすぎたのかも知れない。
第2楽章は、「故エドワード7世陛下の想い出に捧ぐと」記された追悼曲であるが、それにしては明るめの印象を受ける。一説には、エルガーが親しくしていた人物の他界に寄せた楽曲でもあるといわれているようだ。
第4楽章のラストは、「高揚」というよりも、「次の時代へと続く」という「その先」を感じさせる終わり方で、効果的である。

エルガーの交響曲第1番は英国音楽史上に燦然と輝く名曲だが、交響曲第2番も、ヴォーン=ウィリアムズを始め、その後の英国人交響曲作曲家に繋がるような曲調であり、英国音楽史上重要な音楽作品と見ることが出来るだろう。

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2022年2月15日 (火)

これまでに観た映画より(281) 没後40年 セロニアス・モンクの世界「MONK」

2022年1月31日 アップリンク京都にて

アップリンク京都で、「没後40周年 セロニアス・モンクの世界『MONK(モンク)』」を観る。「セロニアス・モンクの世界」は「MONK」と「MONK IN EUROPE」の2本立てであり、共に上映時間1時間ちょっとと短いが、料金は1000円と安めに抑えられている。

ジャズ・ジャイアンツの中でも、一風変わったピアニストとして知られるセロニアス・モンク(1917-1982)。独学でピアノを習得し、ペダルの使用を控えた独特の響きと独自のコード進行などで人々を魅了している。今回の映像は、1968年に製作されたモノクローム作品で、ニューヨークのヴィレッジヴァンガードなどでの本番やリハーサル、モンクの日常の風景などを収めている。監督は、マイケル・ブラックウッド。

劇中でモンクは、1917年にノースカロライナで生まれたこと、母親が子供をニューヨークで育てたがったため、幼くしてニューヨークに移ったことなどを話している。モンクの若い時代については、本人が余り語りたがらなかったようで、今も良くは分かっていないようである。

ジャズ・ジャイアンツの多くは奇行癖の持ち主であったが、モンクもその場で何度もグルグル回ってみたりと謎の行動を見せている。煙草をくゆらせながら汗だくでピアノを弾いているが、リハーサルに密着した映像では酩酊したような語りを見せており、薬の影響が疑われるが、実は1970年代に入ると、セロニアス・モンクは表舞台から遠ざかってしまう。躁鬱病(双極性障害)であった可能性が高いとのことなのだが、あるいはこの時の喋り方は病気の予兆なのかも知れない。

情熱的で個性豊かな音楽を生んだ不思議な音楽家の姿を収めた貴重なフィルムである。

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2022年1月17日 (月)

MONDO GROSSO/IN THIS WORLD feat.坂本龍一[Vocal:満島ひかり]

ピアノ:坂本龍一
音楽:大沢伸一
作詞:UA

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2021年9月 7日 (火)

コンサートの記(741) 藤岡幸夫指揮関西フィルハーモニー管弦楽団第260回定期演奏会

2014年10月10日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、ザ・シンフォニーホールで、関西フィルハーモニー管弦楽団の第260回定期演奏会を聴く。今日の指揮者は関西フィル首席指揮者の藤岡幸夫(ふじおか・さちお)。藤岡が毎年1曲ずつ取り組んでいる「シベリウス交響曲チクルス」の3年目、第3回である。

曲目は、ショパンのピアノ協奏曲第1番(ピアノ独奏:萩原麻未)、シベリウスの「レミンカイネンの帰郷」、シベリウスの交響曲第4番。


午後6時40分頃から藤岡幸夫によるプレトークがある。
藤岡はまず、ショパンのピアノ協奏曲第1番の独奏者である萩原麻未について語る。ジュネーヴ国際コンクールで日本人として初めて優勝した若手ピアニストであることを紹介。藤岡が、いずみホールで行われた萩原のピアノリサイタルを聴いて感激し、以後、東京などでは共演してきたが、関西フィルでやっと共演出来るという喜びを語った。

シベリウスの交響曲第4番についてだが、「今日、来ていただいてこういうことを言うのはどうかとも思うのですが、とっても取っつきにくい」曲だと述べる。藤岡はシベリウスのスペシャリストであるが、「私も若い頃はこの曲がさっぱりわからなかった」そうだ。シベリウスの交響曲第4番に関しては初演の際に曲を理解出来た者が客席に一人もいなかったという言い伝えが有名である。

「シベリウスは、酒や煙草を愛していて、特に大酒飲みであり、酔って乱闘を起こして牢屋に入れられたこともある」と語った後で、「一方で、非常に優しい細やかな人で、自然を愛していた」と続け、「そんな彼が病気になった。腫瘍が見つかり、良性で助かったが、再発の危険を医師から指摘され、酒も煙草も禁じられた」という。酒や煙草は繊細な性格であったシベリウスの自己防衛だったのかも知れない。「酒や煙草を禁じられたシベリウスはストレス発散の方法を日記を書くことに求め、そのため、その当時の心理状況がよくわかる」そうである。「発狂寸前までいった」らしい。シベリウス自身が「暗黒時代」と読んだ日々の中で交響曲第4番は生まれた。「無駄を徹底して削り、管弦楽法も高度なものを用いて、シベリウス本人も『無駄な音符は一つもない』と言ったほど。言っておきますが、交響曲第4番は大変な傑作であります。シベリウスが好きな人の中には『交響曲第4番がシベリウスの最高峰』とおっしゃる方も多くいます(「私=本保弘人」もその一人である)。この曲はいわばシベリウスの音楽がどこまでわかるかの試金石ともいうべきものです」と述べる。

藤岡は、「この曲の第3楽章はシベリウス自身の葬儀で演奏されました。私の師は渡邉暁雄というシベリウスの世界的権威でして、渡邉先生も『自分の葬儀にシベリウスの交響曲第4番の第3楽章を流してくれ』と仰っていましたが、渡邉先生が亡くなったときは、私もまだ若かったものですから実現しませんでした」と語った。

今日はJR西日本やダイキン工業から招待客が多く来ているようだが、クラシックを初めて聴く人にとってはシベリウスの交響曲第4番は手強すぎる。野球に例えると、16打席連続三球三振を食らうレベルである。

シベリウスの交響曲を理解するには、他のクラシックの楽曲を良く理解している必要があるが、それだけでは暗中模索になってしまう。ある程度年齢を重ねていることもシベリウスの交響曲を理解する上での必須条件である。また「ただ悲しみを知る者のみが」シベリウスの楽曲を十分に理解出来る。そういう意味ではシベリウスの交響曲がわからないということは皮肉ではなく幸せであるともいえる。


ショパンのピアノ協奏曲第1番。
ソリストの萩原麻未は広島市安佐南区出身。5歳でピアノを始め、広島音楽高等学校を卒業後、渡仏。パリ国立高等音楽院に入学し、修士課程を首席で卒業。2010年に第65回ジュネーヴ国際コンクール・ピアノ部門で優勝。年によっては優勝なしの2位が最高位ということがある同コンクールで8年ぶりの優勝者となった。それ以前にも第27回パルマドーロ国際コンクールにおいて、史上最年少の13歳で優勝している。

藤岡がベタホメしたので、かなり期待してしまったのだが、確かに良いピアニストである。音は透明感に溢れ、鍵盤を強打した時も音に角がなく、柔かである。ただ、これは時折力感を欠くという諸刃の剣にもなった。メカニックは完璧ではないものの高く、美音を生かした抒情的な味わいを生み出す術に長けており、緩徐楽章の方が良さそうだ、という第一印象を受けたが、やはり第2楽章が一番良かった。他の楽章では一本調子のところも散見される。まだ若いということである。ショパンよりもドビュッシーやラヴェルに向いていそうな予感がした。

藤岡がハードルを上げてしまったため、こちらの期待が大きくなりすぎてしまったが、それを差し引けば、十分に良いピアニストである。

藤岡指揮の関西フィルの伴奏であるが、萩原と息を合わせて思い切ったリタルダンドを行うなど巧みな演奏を聴かせる。今日もチェロを舞台前方に置くアメリカ式の現代配置での演奏であったが、アメリカ式の現代配置だとチェロの音がやや弱く感じられ、低音部が痩せて聞こえる。日本のオーケストラのほとんどがドイツ式の現代配置を採用しているのはドイツ音楽至上主義であった名残であるが、ドイツ式の配置を取ることでチェロの音の通りを良くし、結果として体力面では白人に勝てない日本人に合った配置となったのかも知れない。

演奏終了後、萩原はマイクを持って登場。自身が広島市安佐南区の出身であり、豪雨による大規模土砂崩れが安佐南区で起こったということに触れ、「私はその時、ヨーロッパにいて、テレビでそれを知ったのですが、私に何か出来ることはないかと思いまして」ということで、募金を呼びかける。途中休憩時にはステージ衣装である薄緑色のドレスで、終演後は私服で萩原は募金箱を持ってロビーに立った。私も少額ながら募金を行った。

萩原のアンコール演奏は、ショパンの夜想曲第2番。夜想曲の代名詞的存在である同曲であるが、萩原は左手の8分の12拍子の内、2、3、5、6、8、9、11、12拍目をアルペジオで奏でる。音が足されていたようにも感じたのだが、そこまではわからない。そのため、推進力にも富む夜想曲第2番の演奏となった。


シベリウスの「レミンカイネンの帰郷」。シベリウスがまだ若かった頃の楽曲である。シベリウスの楽曲は後期になればなるほど独自色を増し、他の誰にも似ていない孤高の作曲家となるが、「レミンカイネンの帰郷」を含む「レミンカイネン」組曲ではまだロマン派の影響が窺える。作風もドラマティックである。藤岡指揮の関西フィルも過不足のない適切な演奏を行っていた。


メインであるシベリウスの交響曲第4番。陰々滅々たる曲であるが、20世紀が生んだ交響曲としてはおそらくナンバーワンである。シベリウスの他の曲も、「モーツァルトの再来」ことショスタコーヴィチの交響曲群もここまでの境地には到達出来なかった。

シベリウスを得意とはしているものの、これまではスポーティーな感じであることが否めなかった藤岡の指揮であるが、この曲に関してはアナリーゼが完璧であることは勿論、この曲を指揮するのに必要な計算と自然体を高度な水準において止揚することに成功しており、耳だけでなく皮膚からも音楽が染み込むような痛切にしてヴィヴィッドな音楽を聴かせる。
関西フィルはそれほどパワフルなオーケストラではないが、今日は弦楽パートが熱演。管楽器もシベリウスを演奏するには十分な水準に達している。

絶望を音楽化した作品は、ベートーヴェンやチャイコフスキーも書いており、特にチャイコフスキーの後期3大交響曲は有名であるが、シベリウスはチャイコフスキーとは違い、絶望を完全に受けいれてしまっているだけに余計救いがない。

なお、第4楽章では、チューブラーベルズを使用。シベリウスの交響曲第4番を生で聴くのは3度目であるが、チューブラーベルズを用いた演奏を生で聴くのは初めてである。普通は鉄琴(グロッケンシュピール)が用いられる。シベリウスは「鐘(グロッケン)」とのみ記しており、グロッケンシュピールのことなのか、音程の取れる鐘であるチューブラーベルズのことなのか明記していない。
録音ではヘルベルト・ブロムシュテットやロリン・マゼールがチューブラーベルズを採用している。

チューブラーベルズ入りの演奏を生で聴くと、ベルリオーズの幻想交響曲の最終楽章で奏でられる鐘(これはチューブラーベルズではないが音は似ている)を連想してしまい、ちょっと異様な印象を受ける。明るい音であるため却って不気味なのだ。

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2021年8月 7日 (土)

NHKBSプレミアム ドキュメンタリードラマ「Akiko's Piano(明子のピアノ) ~被爆したピアノが奏でる和音(おと)~」

2021年8月5日

昨年の8月15日に録画して、そのまま見ないままにしてしまっていたNHKBSプレミアムドキュメンタリードラマ「Akiko's Piano(明子のピアノ) ~被爆したピアノが奏でる和音(おと)~」を観る。広島市の中心部で被爆し、翌日に19歳でこの世を去った河本明子(かわもと・あきこ)さんが残した日記を基にドラマとドキュメンタリーで構成された作品である。主演とナビゲーターは芳根京子が務める。

河本明子は、1926年、ロサンゼルス生まれ。父親の源吉は船乗りとしてアメリカに渡って保険会社で働き、ピアノを趣味とするシヅ子と結婚。二人の間には長女の明子、そして二人の弟の計三人が生まれた。明子が小学校に上がる年齢になったため、一家は日本に帰国。母方の実家があった広島県三滝町(現在の広島市西区三滝町)に居を構えた。ロサンゼルス時代に買ったアメリカ製のピアノは、1926年の製造で、偶然、明子と同い年。明子はこのピアノを心から愛していた。

ドラマの部分は、子役の出演部分を経て、明子(芳根京子)が(旧制)中学校に通っていた14歳の時から始まる。勉強好きで成績優秀、ピアノの演奏にも秀でるという優等生だった明子は、地理の教師でデッサンを趣味とする芸術家肌の竹内茂(町田啓太)に片思いするのだが、竹内は召集令状を受け取り、明子の夢の一つが絶たれることになる。その後も日中戦争が泥沼化したため働き手が足りなくなり、生徒達にも勤労奉仕が義務づけられる。日米開戦以降はピアノ音楽自体が敵性のものとして思うように弾けなくなった(クラシック音楽の盛んなドイツやイタリアは同盟国だが、当時の日本国民には音楽の違いなどはほとんど分からない)。夢がどんどん絶たれていく。

配給制が始まり、米が十分に得られないため、料理なども工夫しなければならない。育ち盛りの二人の弟に十分に食べさせるため、明子は食事を少しずつ減らすようになる。

中学校を卒業した明子は、広島女学院専門学校(現在の広島女学院大学の前身)に進学し、被服科で服飾デザインを専攻する。ここでも明子は1番の成績を誇り、級長も務めていた。

気になるのは、明子が県立広島女子専門学校(現在の県立広島大学の前身)に進むのに十分な学力がありながら、敢えて広島女学院専門学校に進んだと取れる会話が出てくることと、広島女子専門学校の生徒が広島女学院専門学校の生徒よりも明らかに優遇されていることが仄めかされる場面があることである。公立と私立で差があったようなのだが、なぜこうした情報が提示されているのかは良く分からない。ただ、広島女子専門学校に進んでいたら、あるいは8月6日の朝に広島の都心の税務署に勤労奉仕に出ることもなく、彼女の人生もまた別のものになっていたかも知れない。父親の源吉(田中哲司)と母親のシヅ子(真飛聖)は、明子の顔入れが優れないのに気づいており、源吉は「今日は家におれ」と明子に告げるが、級長ということで責任を感じていた明子は広島の都心へと向かう。

昭和20年8月6日午前8時15分。税務署の外で友人と話していた明子は被爆。爆風により、近くに停めてあった自動車の下まで飛ばされたという。その後、明子は、自宅までの3キロの道のりを歩いて帰ろうとする。旧太田川に掛かっていた橋は落ちており、明子は川を泳いで渡る。そして自宅まであと少しというところで倒れてしまう。両親に発見された明子だが、翌8月7日に死去した。河本家の墓石に明子の家族の名が刻まれているが、源吉は100歳、シヅ子は103歳まで生きるという長命の家系であったことが分かる。それだけに明子の早逝が一層悲しくなる。実家も被爆し、ピアノにはガラスの破片が突き刺さっていた。なお、上の弟は神戸経済大学(神戸大学経済学部の前身)の予科に進学しており、下の弟は学童疎開で福山にいて無事であった。一家でピアノが弾けるのは明子とシヅ子だけだったが、明子が亡くなってからはシヅ子はピアノを封印してしまい、蓋を開けたことすらなかったという。廃棄寸前だった被爆ピアノだが、15年前に修復が行われ、被爆ピアノではなく「明子さんのピアノ」と呼ばれるようになる。
この「明子さんのピアノ」のために、ロンドン在住の気鋭の作曲家である藤倉大がピアノ協奏曲を書き、それが2020「平和の夕べ」コンサートの曲目として広島文化学園HBGホールで初演される様子も流される。初演が行われたのは2020年8月5日で、翌6日にも同一プログラムで演奏されている。
初演のピアニストは、マルタ・アルゲリッチが予定されていたが、コロナ禍のため来日出来ず、広島出身の気鋭のピアニストである萩原麻未が演奏することになった。リハーサルと本番の様子が収録されているが、ピアノの譜めくり人は旦那さんであるヴァイオリニストの成田達輝が務めたようである。まずグランドピアノとオーケストラによるやり取りがあり、ラストで萩原が「明子さんのピアノ」に向かう。「明子さんのピアノ」付近以外の照明が落とされ、ピアノのモノローグが奏でられる。最後は高音が鳴らされ、明子の思いが光となって浄化されていくような印象を受けた。

2020年8月6日。芳根京子は広島平和記念式典に出席。ただ演出の都合上、マスクを付けることは出来ないため、平和記念公園には入らず、平和大通りで平和の鐘を聞き、なるべく人のいないところを選んで明子が被爆後に自宅まで歩いたルートを辿った。

藤倉大のピアノ協奏曲第4番「Akiko's Piano」の初演にも接した芳根は、「明子さんのピアノ」の前の椅子に腰掛ける。鍵盤に向かった芳根だが、「弾く勇気はないな」と語った。

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