カテゴリー「ピアノ」の57件の記事

2020年6月10日 (水)

コンサートの記(641) 田部京子ピアノリサイタル2004@神戸新聞松方ホール

2004年11月12日 神戸新聞松方ホールにて

神戸へ。JR神戸駅から歩いてちょっとのところにある神戸新聞松方ホールに行く。今日はここで田部京子のピアノリサイタルを聴く。

松方ホールは海の見える、まだ新しい小綺麗なホール。シューボックス型のホールだが、音響的にはややもやもやして直接音が届かない憾みがある。5列目だからかなり前の方だ。

田部京子は日本を代表する女流ピアニストの一人だが、客の入りはそれほどでもない。今日は何といっても大阪のフェスティバルホールでヴァレリー・ゲルギエフ指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団来日演奏会という超弩級の人気公演があるので関西のクラシックファンはそちらに集結したと思われる。

今日は客席からくしゃみや咳がたびたび出るのが少し気になる。風邪が流行っているのだろうか。

田部のピアノは明晰でテクニックも抜群だ。

シューベルトの即興曲は私も大好きな曲だが、これは田部の十八番で典雅な音世界が展開された。左側の席なので田部の手元がよく見える。華麗な鍵盤捌きだ。

メンデルスゾーンの「無言歌集」も味わいある大人の演奏となっていた。

グリーグの「ペール・ギュント」第1組曲がプログラムされているのが面白い。田部のグリーグを生で聴くのは2度目。以前は池袋の東京芸術劇場コンサートホールで、日本フィルハーモニー交響楽団のサンデーコンサートで聴いている。グリーグのピアノ協奏曲を弾いていた。その時も感じたのだが、田部のグリーグは清冽だ。透明でいながら滴るような瑞々しさがある。清潔感溢れる演奏で北欧の抒情というものを堪能する。

グリーグのピアノ曲はノルウェーのピアニスト、アイナル・ステーン・ノックレベルグの演奏を世田谷美術館講堂で聴いているが、田部のグリーグはノックレベルグと比べると煌びやかな印象がある。ノックレベルグの素朴さの方がグリーグに近いとは思うが。

ラストはシューベルトの「さすらい人幻想曲」。麗しきさすらい人だ。歌が実に清々しい。

アンコールは3曲。シューベルト作曲リスト編曲「セレナーデ」。しとやかな「セレナーデ」だ。

リスト「リゴレットパラフレーズ」。超絶技巧の曲だが、間然するところがない演奏。

3曲目はシューベルトの「アヴェ・マリア」。テクニック的には簡単だと思うが聴かせる。優しさ溢れる演奏で、幸せに浸れる。

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2020年5月27日 (水)

木村多江(朗読) 宮沢賢治 「春と修羅」 音楽:坂本龍一 「Aqua」

Zypressen=糸杉 花言葉:「死」「哀悼」「絶望」「永遠の悲しみ」「不死」「再生」「正義の人」

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2020年4月 8日 (水)

コンサートの記(632) 仲道郁代デビュー30周年ピアノ・リサイタル「ショパンがショパンである理由」京都

2016年6月18日 京都コンサートホール小ホール アンサンブルホール・ムラタにて

午後2時から、京都コンサートホール小ホール「アンサンブルホール・ムラタ」で、仲道郁代のデビュー30周年記念ピアノ・リサイタル「ショパンがショパンである理由」を聴く。オール・ショパン・プログラム。

今日の京都はこの時期としては酷暑。最高気温は34度で、あと1度高いと猛暑日になるという日差しの強さである。熱中症対策のため、帽子を被り、道中で何度も水分を補給しながらの外出となった。

京都コンサートホールに向かうために北大路通を歩いている時、60手前と思われる夫婦が人に「コンサートホールはどうやって行くんでしょう?」と聞いていたので、「私もコンサートホール行きますよ」と声を掛け、「仲道さん(のリサイタルに行かれるん)ですか?」と聞くと「そうです」というので、3人で向かう。


毎年、夏に「アンサンブルホール・ムラタ」でリサイタルを行っている仲道郁代。日本で最も人気のあるピアニストである。京都コンサートホール大ホールでリサイタルを開いても仲道クラスならかなりの入りになると思われるが、日本人ピアニストは「ムラタ」で、海外のピアニストは大ホールでというのが京都コンサートホールの基本であるようだ。
当然ながら、今日のピアノ・リサイタルのチケットは完売御礼である。

タイトル(尾崎豊が付けそうなものだが)からもわかる通り、ショパンの人生において画期をなす作品を取り上げたコンサートプログラム。ただ曲目としてはオーソドックスである。
演奏されるのは、前半が、ワルツ第1番「華麗なる大円舞曲」、ワルツ第2番「華麗なる円舞曲」、ワルツ第3番「「華麗なる円舞曲」、ワルツ第4番「華麗なる円舞曲(小猫のワルツ)」、ワルツ第5番、ワルツ第6番「子犬のワルツ」、ワルツ第7番、ワルツ第8番。ショパンの生前に楽譜が出版された全てのワルツが並ぶ(ワルツ第9番「別れのワルツ」なども有名だが、ショパンの生前ではなく死後に出版されて人気曲になったものである)。

後半が、ノクターン第1番、ノクターン第2番、ポロネーズ第1番、ポロネーズ第2番、ポロネーズ第3番「軍隊」、ノクターン第20番嬰ハ短調(遺作)、ポロネーズ第6番「英雄」。


良くも悪くも典型的な日本人女性ピアニストである仲道郁代。最近の仲道は、丁寧な楽曲研究を行い、最新の学説なども取り入れた演奏を行う。今日の演奏も演奏曲は少なめだが、全曲に解説を入れてくれるため、大変勉強になる。ピアノ・リサイタルを聴いて一番の感想が「勉強になる」が良いことなのかどうかはわからないが。

ショパンの音楽には毒があり、その毒を巧みに引き出す名ピアニストもいるのだが、そうした演奏ばかり聴いているとこちらの精神もやられてしまう。仲道の場合、あっさりしているためショパンの毒が中和されて聴きやすくなる。こうしたショパン弾きも必要なのだ。


前半は桜色のドレスで現れた仲道。まずマイクを手に、「ショパン(仲道はフランス風にチョパンと発音することもある)がウィンナワルツを嫌っていたこと」を語る。ウィーンからポーランドの家族に宛てた手紙に「ウィンナワルツにはもううんざりだ」という一節があるそうだ。ショパンの生まれた当時のポーランドは列強によって分割統治されており、ポーランドは地域としてはあるが国名としては存在しないという状況だった。ショパンは二十歳の時に音楽留学のためにウィーンに向かうのだが、ショパンがポーランドを離れた数日後にワルシャワ蜂起が起こる(ショパンがワルシャワ蜂起計画に関わった一人であり、当局からマークされていたため、留学の名の下、亡命したという説がある。ショパンはその後2度とポーランドには戻らないのだが、「戻らなかったのではなく戻れなかった」という説を亡命説は後押ししている)。

ポーランドでは、何か祝祭的なことが始まる際に、決まった旋律が流れるという習慣があったそうで、それが他ならぬワルツ第1番「華麗なる大円舞曲」の冒頭に単音で鳴らされるものだそうである。またポーランドの民謡の旋律なども取り入れられているようだ。ウィンナワルツとは違うワルツを作曲することでショパンは矜持を示したのかも知れない。
仲道の演奏は左手のリズムを強調するものだが、今日は前から4列目であったため、リズムの音が大きく聞こえてしまった。


ショパンがウィンナワルツを嫌ったのには理由があるそうである。ウィーンで音楽家としての生活を始めたショパンであるが、ウィーンを首都とするオーストリアは実はポーランドを分割統治していた国の一つであり、オーストリア人はポーランド人を見下す傾向があったという。ウィーンには亡命ポーランド貴族が数多くいたそうだが、彼らはショパンに「ウィーンでの成功は難しいのでパリに行く」よう勧めたようだ。ショパンの父親はポーランドに渡ったフランス人であり、ショパンにとっても父親の祖国に向かうというのは自然な選択であった。


パリに向かったショパンは画家のドラクロアや、パリに来ていたロシアの文豪・ツルゲーネフなどと交流し、男装の麗人として知られるジョルジュ・サンドと恋に落ちる。
パリでのショパンは、パリで最も高級な仕立屋にオーダーメイドの服を注文し、常に白い絹の手袋をしていて、しかも白い絹の手袋は一日使ったら捨てて、次の日は新しい白い絹の手袋をはめるといった調子で、衣装代がかさんだそうである。ちなみに白い絹の手袋はショパンだけが一日で使い捨てにしていたわけではなく、貴族階級の象徴で、パリで身分の高い人のほとんどはそういう習慣を持っていたそうだ。ちなみに映画の決闘シーンなどで見られる、「白い手袋を相手に向かって放り投げる」は最大級の侮辱行為だそうである。

ワルツ第2番では、仲道は他の演奏では聴いたことのない間を取る。そういう楽譜があるのか仲道個人のアイデアなのかは不明。

ワルシャワ蜂起の失敗を知ったショパンは練習曲第12番「革命」なども書いたが、ワルツ第3番も同時期に書かれたもので、ウィンナワルツと同じワルツに含まれるものとは思えないほど暗鬱な作風である。ショパンは音楽でため息をついたのだろうか。ショパンの暗さを仲道の音楽性が上手く中和している。

「小猫のワルツ」という名でも知られるワルツ第4番。ワルツ第6番が「小犬のワルツ」であるため、後に対抗する形で第三者によって命名されたものだ。
仲道のリズム感の良さが出ていたように思う。ただ、この曲に限らないが、右手の指が回りすぎるために左手が追いつかないという場面も何度かあった。

ワルツ第5番。優雅な作品であり、仲道の個性に良く合っていたように思う。


ワルツ第6番「小犬のワルツ」。明るい曲調であるが、仲道によると生まれつき病弱だったショパンの体調が悪化し、恋人であるジョルジュ・サンドとの関係も悪化の一途を辿っていた時期に書かれたものであるという。せめて音楽には希望を込めたかったのかも知れない。

ワルツ第7番は、ショパンの本音ともいうべきもので、全編がメランコリーに覆われている。

ワルツ第8番について仲道は、「調性の崩壊」という言葉を用いる。明るく始まるが、やがて短調へと移行し、その後、長調と短調がない交ぜになった混沌とした世界が現れる。


解説を入れながら演奏する仲道であるが、音楽そのものは純音楽的。文学的な表現をするには仲道のピアノはドレス同様淡彩である。

なお、仲道は長い間、ショパンのワルツに関して「軟弱なんじゃないか」「華麗すぎるんじゃないか」という偏見を持っており、積極的には取り組んでこなかったのだが、楽譜を読み込んで、ショパンの時代のピアノ(仏プレイエル製)を弾いて考えが変わったという。ということで仲道は新譜である「ショパン ワルツ集」のCDの宣伝をする。


後半、仲道は淡い水色のドレスに着替えて登場。

まずは、ノクターンについて「夜想曲と日本語で訳されていますが、とても良い訳だと思います」と述べ、「後半はサロンでの音楽はなくショパンの内面を語る音楽を集めてみました」と語る。

ノクターン第1番、有名な第2番は共に落ち着いた演奏。個性には欠けるが安心して聴くことが出来る。


そしてポロネーズ。ポーランドが生んだ舞曲である。ショパンはパリで音楽活動をし、一度も祖国ポーランドに戻ることはなかったが、彼の内面にはいつもポーランドがあった。父の祖国だからといって安易にフランス化せず、ポーランド人としての魂を持ち続けたことが「ショパンをショパンたらしめている理由」だと仲道は語る。ショパンの心臓はショパン本人の遺言によりワルシャワの教会に埋め込まれており、墓はパリにある。パリには眠っているが、心だけはポーランドにあるのだ。

ちなみに仲道は小学校5年生の時に子供部屋にステレオを置いて貰い、毎日寝る前にアルトゥール・ルービンシュタインの弾くショパンのポロネーズ集を聴いていたそうである。「聞いて頂けるとわかると思うのですが、とても眠れるような曲ではない」と仲道は笑いながら語るが、ポロネーズを聴いてショパンへの思いをはせていたのかも知れない。

ポロネーズ第1番は堂々とした音楽だが、ポロネーズ第2番はショパンらしい憂愁を帯びている。

仲道というと旋律を口ずさみながら(声は出さない)ピアノを弾くスタイルが有名であり、前半では口は閉じて演奏していたが、ポロネーズの演奏では全曲旋律を口で確かめながら演奏していた。

ポロネーズ第3番「軍隊」はショパン作品の中でもかなり有名なもの。仲道は「ポロネーズは軍隊の行進の曲ですが、この曲がそうした要素を最も良く表しています」というようなことを語る。スケールは大きくないが、良い演奏である。

本来は、続けてポロネーズ第6番「英雄」を弾く予定だったのだが、その前にショパンが祖国への憂いを綴ったとされる夜想曲第20番嬰ハ短調(遺作)が演奏される。映画「戦場のピアニスト」でテーマ音楽的に使われてから知名度が急速に上がった夜想曲第20番。ショパンのピアノ協奏曲第2番の旋律が登場することから、初期の習作とも見做されているが、仲道はそうではないという解釈のようだ。
演奏自体はオーソドックスなものである。悲しみが自然に滲み出ている。他のピアニストのような個性には欠けているが。
仲道によると、子供達を集めたワークショップで、ショパンの夜想曲第20番を弾いた際、子供達が書いたアンケートの中に「イライラしている」というものがあってハッとさせられたそうである。
祖国の悲劇に自分は全くの無力でしかないという苛立ちという意味だろうか。そうしたことが感じられるパッセージは確かにある。


ポロネーズ第6番「英雄」。程良いスケールによる演奏。仲道郁代はやはり中庸を行くピアニストだ。


アンコールの1曲目は、練習曲第3番「別れの曲」。この「別れの曲」というのはショパンの伝記映画のタイトルであり、テーマ音楽的に用いられたのが練習曲第3番で、以後、「別れの曲」というタイトルが付いた。
仲道は平均的なテンポで、一音一音を大切に弾いていく。「別れの曲」は冒頭は技巧的に比較的平易であり、私は楽譜の記号は無視してかなり速いテンポで弾いていた。私の話などどうでも良いが。


ラストはいつもアンコールで弾くという、エルガーの「愛の挨拶」のピアノ独奏版。歌い方に癖があるが、美しい演奏である。

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2020年4月 5日 (日)

配信公演 坂本龍一 dTVプレミアム無料生配信「Ryuichi Sakamoto:PTP04022020 with Hidejiro Honjoh」(文字のみ。楽曲紹介のための既成動画へのリンクはあり)

2020年4月2日

午後7時から、dTVで坂本龍一によるプレミアム無料生配信「Ryuichi Sakamoto:PTP04022020 with Hidejiro Honjoh」を観る。
6時半から配信がスタートし、過去に行った配信映像などが流れる。
7時を過ぎてから、映像がグランドピアノを真上から捉えたものに切り替わり、坂本龍一が現れる。
まず「async」を弾くのだが、マスクを付けたままの演奏である。だが、意図したものではないようで、演奏を終えてマスクを外し、「マスク取るの忘れちゃったよ」と第一声を発する。

三味線奏者の本條秀慈郎のコラボレーションもあるのだが、坂本龍一が本條のために提供した楽曲(「honj-2019」)があるそうで、まずその曲の演奏を行う。三味線の可能性を追求した現代音楽的な作品であった。本條は作曲も行うそうで、三味線音楽のあらゆる要素を取り入れた自作も演奏した。その後、本條が奏でる三味線に坂本がピアノの弦を弾くなどの特殊奏法で応じるという即興演奏なども行われる。

終盤に坂本は、イタリアでとにかく受けが良いという「美貌の青空」、地球も体も7割が水で出来ているということで自然との調和の話を演奏後に行った「aqua」、企業戦士達を応援するビタミン剤のCM曲でオリコン史上初めて1位を獲ったインストゥルメンタル曲である「energy flow」、現状を戦場に例えたのだと思われる「戦場のメリークリスマス」など有名曲を演奏。アンコールとして淡々とした日常を描いた歌詞を持つYMO時代の楽曲「PERSPECTIVE」のピアノ独奏版が演奏される。歌うことはないが、歌詞が字幕スーパーで出る。坂本なりのメッセージである。

坂本は、「これを良い機会だと思って」読書をしたり映画を観たり音楽を聴いたりすることを勧め、意味なく自宅を出ないこと(Stay Home)、基礎的な予防策を実践することをスマホを見ている人(dTVはdocomoのサービスであるため基本的にスマートフォン向けである)に呼びかけた。

 

スタジオには感染症の専門家、医師、看護師らが待機し、換気を行った上での配信であった。

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2019年10月27日 (日)

河村尚子(ピアノ) ショパン 前奏曲第6番



千葉へ(for Chiba Prefecture)

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2019年10月18日 (金)

コンサートの記(600) 第23回京都の秋音楽祭『3つの時代を巡る楽器物語』第1章ショパンとプレイエル(フォルテピアノ:川口成彦)

2019年10月5日 京都コンサートホール アンサンブルホールムラタにて

午後3時から、京都コンサートホール アンサンブルホールムラタで第23回京都の秋音楽祭『3つの時代を巡る楽器物語』第1章ショパンとプレイエルを聴く。今年から足かけ3年に渡る企画の第1回である。ショパンが生きていた時代のプレイエル社製のフォルテピアノを使用してショパン作品を弾くという企画。ピアニストは、第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクール第2位入賞者である川口成彦(なるひこ)が登場する。

川口成彦は、1989年盛岡市生まれ、横浜市育ちの若手ピアニスト。先に書いた第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクール2位のほか、ブルージュ国際古楽コンクール・フォルテピアノ部門最高位、第1回ローマ・フォルテピアノ国際コンクール優勝という華麗なキャリアを誇っている。東京藝術大学と同大学院修了。二十歳の頃からフォルテピアノに触れるようになり、古楽の本場であるオランダのアムステルダム音楽院古楽科修士課程に進んで古楽を本格的に研究するようになる。現在もアムステルダム在住。フォルテピアノを弾くことが多い様だが、勿論、モダンのピアノフォルテも演奏する。

 

当然ながらオール・ショパン・プログラムである。前半はショパンがジョルジュ・サンドとノアンで過ごした時期に書かれたものを並べ、ワルツ第12番、夜想曲第15番、バラード第3番、前奏曲嬰ハ短調、即興曲第2番、「舟歌」が弾かれる。後半は、ショパンがサンドとマヨルカ島に滞在していた時期を中心に書かれた24の前奏曲の演奏である。

楽器は1843年製のプレイエル マホガニーケース 製造番号No.10456(タカギクラヴィア所有)のフォルテピアノが使用される。フォルテピアノであるが、製作時期が比較的新しいため、モーツァルトやベートーヴェンの時代のフォルテピアノとは響きがやや異なる。近年、ヨーロッパのピアニストを中心に、モダンピアノフォルテを使いながらペダリングやタッチを工夫して古楽風の音色を出すことが流行っているが、その音色に近い。

 

川口はマイクを手にトークを挟みながらの演奏を行う。ショパンは二十歳近辺の頃に(ショパンは正確な生年がわからない人である)ポーランドを離れてウィーンに渡るのだが、タイミングが悪かったのかウィーンでは活躍することが出来ずにパリに移る。そしてパリで出会ったのがフランスのピアノメーカーであるプレイエルのピアノである。プレイエル社もショパンを全面的にサポートし、マヨルカ島にショパンが渡った時にはピアニーノという小型のアップライトピアノをショパンに送っており、ショパンはその楽器で作曲を行ったとされる。また完成した24の前奏曲はその縁でプレイエル社のカミーユ・プレイエルに献呈されている。ノアンのサンドの邸宅にもプレイエル社はピアノを送っており、ショパンが作曲と演奏を行った。
ベートーヴェンやリストは作曲を行う際に虚勢を張るようなところがあるが、ショパンは素直にピアノに向かって音楽を語る人であり、その点でシューベルトに似ていると川口は語る。

残された記録によると、ショパン自身は毎回のように即興を取り入れており、楽譜通りに演奏されたことはほとんどなかったそうだが、川口のピアノも緩急自在であり、たまにであるが音を足すこともある。

モダンのピアノで弾くと、ロマンティシズムが前面に出されることの多いショパンの音楽であるが、フォルテピアノで聴くとある種の親密さが増し、等身大で語りかける音楽へと傾いてくるのが感じられる。ショパンの時代はまだコンサートホールでなくサロンなどで演奏されるのが一般的であったが、その意味では川口が奏でるのはサロン的なショパンともいえるだろう。

夜想曲第15番は、今日弾くフォルテピアノが製作された1843年に作曲された作品だそうである。ショパンは33歳か34歳。青年期を過ぎて、これからが更に期待される年齢であるが、ショパンは生まれつき体が弱く、すでに結核も患っていて、6年後の1849年に若くして他界することになる。

 

メインである24の前奏曲は24の調を使って書かれた意欲作。バッハに倣っての作曲であり、今でもピアノ作品の最高峰の一つに数えられる。一方で、難度や作風、長さなどがバラバラであり、表現が難しい。第2番、第4番、第6番(元々はこの曲が「雨だれ」だったとされる)などは、私も弾いたことがある技巧的には平易な曲であるが、いずれも沈鬱な曲調を持ち、場合によっては不気味だったりする。川口はそうした要素は意識はしているが大袈裟にはならないよう心がけた演奏を行っているように思われた。大時代的なショパン像は巨大ホールが出現した19世紀後半から20世紀初頭に掛けて形作られたもので、ショパンが生きていた頃には目の前の少数の聴衆を相手にしているということもあって、いい意味で抑制された演奏が行われていたのだと思われる。
「太田胃散の曲」として知られる(?)第7番では速めのテンポを採用。CMサイズの演奏とは違った自由感を出していた。
24の前奏曲の中で最も有名なのは「雨だれ」というタイトルのついた第15番だと思われる。この曲も私が弾けるほど技術的には平易なのだが、かなりドラマティックに演奏されることが多い。ショパンの名手として知られたアルフレッド・コルトーなどは、寝た子をあやす母親の前に悪魔が現れて子どもを襲おうとするというおどろおどろしい内容の詩をこの曲につけているが、そうした物語的な演奏をする人はコルトーに限らず多い。ただ川口の場合はショパン本人の声を探ることに徹しているように聞こえる。オーケストラ音楽もそうだったが、ピアノも古楽的な解釈が進むことによって演奏スタイルが今後もどんどん変わっていきそうな気がする。

アンコールは2曲。まずはワルツ第9番「別れのワルツ」。この曲はサンドではなく、ライプツィッヒで出会って一目惚れした女性と別れるときに書かれたとされる曲である。甘口だったり感傷的に弾かれることも多いが、川口の「別れのワルツ」は比較的さっぱりしている。フォルテピアノの音色も大きく影響しているだろう。

2曲目は、歌曲として書かれた「春」ト短調を自らピアノ用に編曲したものが弾かれる。過ぎた春を回顧する趣の楽曲であるが、川口の弾くフォルテピアノからはノスタルジックな音色と音型とイメージが次々と溢れ出てきていた。

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2019年10月 6日 (日)

コンサートの記(597) 酒井茜&マルタ・アルゲリッチ ピアノ・デュオ・リサイタル名古屋公演2019

2019年9月27日 名古屋・栄の愛知県芸術劇場コンサートホールにて

午後6時45分から、愛知県芸術劇場コンサートホールで、「酒井茜&マルタ・アルゲリッチ ピアノ・デュオ・リサイタル」を聴く。酒井茜とマルタ・アルゲリッチによるピアノ・デュオ・リサイタルツアーは今日が初日で、今後、オープンしたばかりの高崎芸術劇場大劇場とサントリーホールで公演を行う。

曲目は、モーツァルトの4手のためのピアノ・ソナタ ニ長調、プロコフィエフ作曲/プレトニョフ編曲による2台のピアノのための組曲「シンデレラ」、ストラヴィンスキー本人による2台のピアノのためのバレエ音楽「春の祭典」

マルタ・アルゲリッチは現役最高の天才女性ピアニストとして知られる。アルゼンチンのブエノスアイレス出身。8歳で公開リサイタルを開いた神童であり、1957年にブゾーニ国際ピアノコンクールとジュネーヴ国際ピアノコンクールで優勝して「美貌の天才女性ピアニスト」として脚光を浴びる。1965年にはショパン国際ピアノコンクールで優勝。その後、ショパン国際ピアノコンクールの審査員にもなっているが、自らが「本当の天才」と推したイーヴォ・ポゴレリチが予選落ちしたことに激怒して審査員を降りたことでも有名になっている。シャルル・デュトワと夫妻であったこともあるが、共に来日する際に飛行機内で大喧嘩となり、アルゲリッチはそのまま日本に降り立たずに引き返してしまって離婚に至っている。デュトワとはその後仲直りしており、デュトワ指揮のNHK交響楽団とも共演。この時の模様は茂木大輔がエッセイでユーモラスに描いている。
1998年以降は別府アルゲリッチ音楽祭を主催し、日本でも特に親しまれているピアニストの一人となっている。
1980年代頃からピアノソロ作品をほとんど弾くことがなく、室内楽や協奏曲のソロに力を入れていることでも有名で、「ステージ上に一人だと寂しいから」と語ったこともあるが、無料パンフレットに記された片桐卓也のエッセイには、「だって、弾くべきソロ曲はもうみんな弾いてしまったから」と答えており、デュオや室内楽には弾くべき作品があるということでそちらに力を入れているとしている。

酒井茜は名古屋生まれのピアニスト。アルゲリッチとはたびたび共演しており、ピアノ・デュオ版の「春の祭典」は録音もしている。
母親はピアノ教師。桐朋女子高校音楽科、桐朋学園大学ピアノ専攻を経てベルギーに留学。ブリュッセル音楽院、ルーヴァン音楽院大学院に学んでいる。近年は、第一次世界大戦後のポーランド系作曲家の作品の発掘に力を入れているそうである。

 

モーツァルトの4手のためのピアノ・ソナタ ニ長調。モーツァルト16歳時の作品である。
酒井茜のピアノはやや走り気味に感じられるが、低音を受け持つアルゲリッチがそれを柔らかく受け止めて、可憐なモーツァルトに仕上げる。

 

プロコフィエフの組曲「シンデレラ」。ミハイル・プレトニョフが2台のピアノのために編曲した版である。プロコフィエフの奇抜さと美しさを兼ね備えた音楽をプレトニョフはそのまま生かしており、酒井茜がピアノの弦を素手で何度も叩くという特殊奏法も用いられている。
プロコフィエフの音楽をアルゲリッチも変幻自在の音色で表現。曲調に合わせて時にまろやかに時に涼やかに時に鋭く音を奏でる。4本の手で奏でているとは思えないほどの多彩な表現が聴かれ、総体として鮮やかなファンタジーを紡ぎ上げた。

 

後半。ストラヴィンスキーのバレエ音楽「春の祭典」。場所を交代し、酒井が第1ピアノ、アルゲリッチが第2ピアノを受け持つ。
初演時に一大スキャンダルを巻き起こしたことで知られる「春の祭典」。ストラヴィンスキーは管弦楽版と同時進行で2台のピアノのためのバージョンを作曲している。
音色のパレットはオーケストラ版の方が当然ながら豊富だが、それ以上に迫力が前面に出ているため、2台のピアノ版の方が色鮮やかに聞こえるという特徴がある。リリシズムの表出も2台のピアノ版の方が上だ。
第1ピアノの酒井の鮮烈さと第2ピアノのアルゲリッチが生む重厚さとリズム感の冴え、そして二人の相性の良さが際立ち、ピアノ・デュオの表現の幅が広がったかのような、華麗にして手作り感のある「春の祭典」が生まれた。

 

喝采を受けたアルゲリッチと酒井はステージを一周。ピアノの周りをぐるりと回る。スタンディングオベーションを行う聴衆も多く、アルゲリッチは、「まあまあ、こんなに喜んでいただけて」といった風に酒井と共に深々とお辞儀をした。

 

アンコールは、ラヴェルの「マ・メール・ロワ」より“妖精の園”。ラヴェルらしい温かさと優しさと粋に溢れた曲であり、ラストの高音の煌めきは愛知県芸術劇場コンサートホールのステージから遙か上方に向かって際限なく伸びていった。

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2019年8月26日 (月)

坂本龍一 2種の「Batavia」

 

 

 

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2019年7月21日 (日)

コンサートの記(579) 飯森範親指揮日本センチュリー交響楽団第26回いずみ定期演奏会

2015年2月26日 大阪・京橋のいずみホールにて

午後7時から、大阪・京橋のいずみホールで、日本センチュリー交響楽団第26回いずみ定期演奏会を聴く。今日の指揮者はセンチュリー響首席指揮者の飯森範親。

いずみホールは室内楽や器楽の演奏に向いた中規模ホール。日本センチュリー交響楽団も2管編成の中編成オーケストラということで、曲目もそれに相応しいものが選ばれる。
J・S・バッハのブランデンブルク協奏曲第3番、モーツァルトのピアノ協奏曲第20番(ピアノ独奏:萩原麻未)、ベートーヴェンの交響曲第7番。

J・S・バッハのブランデンブルク協奏曲は、ヴァイオリン4人、ヴィオラ2人、チェロ3人、コントラバス1人、チェンバロ1人という編成での演奏。今日は女性奏者は全員、思い思いのドレスアップをしての登場である。京都市交響楽団の場合だと場所柄、着物姿の奏者もいたりするのだが、大阪だけに流石にそれはない。

飯森はノンタクトでの演奏。譜面台を置き、譜面をめくりながら指揮するが、スコアに目をやることはほとんどなく、奏者の方を向きながら譜面を繰ったりしていたので、全曲暗譜していて譜面を置いているのは形だけであることがわかる。
当然ながらピリオド・アプローチを意識しての演奏だったが、ビブラートは結構掛ける。いずみホールは中規模ホールにしては天井が高く、空間も広いので、徹底してノンビブラートにすると後ろの方の席では良く聞こえないということが起きるためだ。演奏の出来はまずまずである。飯森はどちからというとロマン派以降に強い指揮者なのでバッハが抜群の出来になるということはないと思われる。


萩原麻未をソリストに迎えてのモーツァルトのピアノ協奏曲第20番。場面展開の間、飯森範親がマイクを片手に現れてトークで繋ぐ。萩原については、萩原がジュネーヴ国際コンクールで優勝するより前に広島交響楽団の演奏会で共演したことがあるという話をした。

萩原麻未は、1986年、広島市生まれの若手ピアニスト。2010年にジュネーヴ国際コンクール・ピアノ部門で日本人としては初となる第1位に輝き、注目を集めるようになった演奏家である。5歳でピアノを初めて数ヶ月後に広島県三原市のジュニアピアノコンクールで優勝、13歳の時に第27回パルマドール国際コンクール・ピアノ部門で史上最年少優勝という神童系ピアニストでもある。広島音楽高等学校を卒業後に渡仏、パリ国立音楽院卒業、同大学院修士課程修了。パリ地方音楽院室内楽科やザルツブルク・モーツァルティウム音楽院でも学んでいる。

昨年、藤岡幸夫指揮関西フィルハーモニー管弦楽団と共演したが、藤岡がプレトークで萩原のことをベタホメに次ぐベタホメで持ち上げすぎてしまったため、「うーん、期待したほどではなかったかな」という印象を受けた。アンコールで弾いたショパンの夜想曲第2番の第2拍と第3拍をアルペジオにするなど個性派であることはわかったが。

ただ今日は飯森範親が持ち上げすぎなかったということもあるかも知れないが、傑出したピアニストであることを示す演奏を展開する。

まず、ピアノの音色がウエットである。モーツァルトのピアノ協奏曲第20番は、モーツァルトが書いたたった2曲の短調のピアノ協奏曲の内の1曲であり、萩原のピアノの音色はモーツァルトの悲しみを惻惻と伝えることに適している。スケールも大きい。ペダリングもまた個性的であり、優れたピアニズムの一因となっている。
第2楽章の典雅さも魅力的であり、第3楽章では速めに弾いたりするが、それはモーツァルトの切迫した心情を表現するのに適ったものである。

萩原は、基本的に猫背で顔を鍵盤に近づけて弾く。グレン・グールドのような弾き方である。日本では良しとされない弾き方であるが、海外で学んだ結果、今のスタイルに行き着いたのであろう。

飯森指揮のセンチュリー響であるが、先にも書いた通り、いずみホールはオーケストラを演奏するのに必ずしも向いたホールではない。萩原のピアノのスケールが大きく、良く聞こえたのに比べると、センチュリー響の伴奏はピリオド奏法を取り入れているということもあって音が小さく聞こえてしまうという難点があった。

萩原はアンコールとして、J・S・バッハ=グノーの「アヴェ・マリア」を弾く。バッハの「平均律クラーヴィア集第1巻より前奏曲」をグノーが伴奏に見立てて旋律を上乗せした作品である。雅やかで祈りに満ち、それでいて情熱的という不思議な世界が展開された。


メインであるベートーヴェンの交響曲第7番。飯森はこの曲だけ指揮棒を用い、譜面台なしの暗譜で指揮する。古典配置、ピリオド・アプローチによる演奏。飯森は指揮者としてはまだ若いだけに颯爽とした演奏が繰り広げられる。

第1楽章の終盤で、第1拍のみを強調したりする個性的な演奏であるが、おそらくベーレンライター版のスコアを持ちいて独自の解釈をしたのであろう。

第1楽章からアタッカで入った第2楽章は深みには欠けるがそれ以外は上出来である。

第3楽章、第4楽章は燃焼度の高い演奏となる。飯森は右手に持った指揮棒では拍を刻み、左手で表情を指示することが多いが、センチュリー響も飯森の指揮によく応え、集中力の高い演奏を行う。白熱した快演。
少しスポーティな感じはするが全体的には悪くない演奏である。ただ、コンサート全体を通して見ると萩原のピアノのほうが印象深い演奏会であった。

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2019年6月22日 (土)

コンサートの記(566) エリック・ル・サージュ ピアノ・リサイタル2019京都

2019年5月10日 京都コンサートホール アンサンブルホールムラタにて

午後7時から、京都コンサートホール アンサンブルホールムラタでエリック・ル・サージュのピアノ・リサイタルを聴く。

エリック・ル・サージュは、1964年生まれのフランスのピアニスト。エクサン・プロヴァンスに生まれ、パリ国立高等音楽院を17歳で卒業。その後、ロンドンに渡り、マリア・クルチオに師事。1985年のポルト国際ピアノコンクールと1989年のロベルト・シューマン国際ピアノコンクールで優勝し、1990年のリーズ国際ピアノコンクールでは3位に入賞している。
プーランクの室内楽全集のピアニストとして注目され、シューマンのピアノ曲と室内楽曲の全集、フォーレの室内楽作品全集にも参加している。

曲目は、シューマンの「子供の情景」、フォーレの夜想曲第6番、ドビュッシーの「子供の領分」、シューマンの「謝肉祭」
前半に子供時代を描いたピアノ曲として知られる2つの組曲が並ぶという意欲的なプログラムである。

 

シューマンの「子供の情景」は、1曲目の「見知らぬ国から」の3連音を崩し気味に弾くなど、即興性が強い。ドイツ人や日本人のピアニストだったら思い入れたっぷりに弾くであろう「トロイメライ」も速めのテンポで流すように歌う。文学性や物語性よりも響きを重視しているのもフランスのピアニストらしいところである。

シューマンのスペシャリストとしても知られるル・サージュだが、フォーレの夜想曲第6番における音の煌めきを聴くと、やはりフランス音楽の方が合っているということに気づく。なお、この曲だけは譜めくり人をつけて楽譜を見ながら演奏を行った。

 

ドビュッシーの「子供の領分」。ジャズの影響なども受けているドビュッシーであるが、ル・サージュの演奏を聴いているとそのことがよく分かる。全体的に洒脱で愛らしい演奏であり、フレンチジャズも演奏出来そうなリズム感の良さやもよく表れている。

 

ドビュッシーの「喜びの島」。色彩感豊かで、ワクワクが枠から溢れ出て来るような「喜びの島」である。

 

後半、メインであるシューマンの「謝肉祭」。スケールが大きく、透明感溢れる音色に支えられた端正な演奏をル・サージュは展開する。
今日は5列目の22番という、一般的な小ホールなら一番良い音がするはずの位置に座っていたのだが、アンサンブルホールムラタは内部が六角形という、珍しいというほどではないが近年は少なくなった設計であり、この曲の演奏中には反響した音が右後ろから聞こえてくるなどハウリングが起こっていた。だが演奏そのものは聴き応えがある。ラストの第20曲「ペリシテ人とたたかうダヴィッド同盟員」はノリノリの演奏となり、演奏終了後に盛んな拍手と「ブラボー!」がル・サージュを讃えた。

アンコール。まずシューマンの「ダヴィッド同盟」舞曲集より第14曲が演奏され、最後のドビュッシーの「映像」より「水の反映」が演奏される。
シューマンも優れた出来だったが、ドビュッシーの「水の反映」は描写力といい詩情といい最高クラスの逸品で、やはり聴衆を沸かせた。

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