カテゴリー「京都市交響楽団」の179件の記事

2020年9月10日 (木)

コンサートの記(653) 広上淳一指揮 京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2020「オーケストラを聴いてみよう!」第2回「躍動するリズム」VS「美しいメロディ」

2020年9月6日 京都コンサートホールにて

午後2時から京都コンサートホールで、京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2020「オーケストラを聴いてみよう!」第2回「躍動するリズム」VS「美しいメロディ」を聴く。

第2回とあるが、新型コロナの影響で第1回は公演中止となり、今回が今シーズン最初の公演となる。オーケストラ・ディスカバリーは4回の通し券が発売され、余った席を1回券として発売していたが、再開するに当たり、ソーシャルディスタンスを取る必要があるため、ほぼ完売状態だった通し券が全て払い戻しとなり、希望者は改めて1回券を購入するという措置が取られた。今年度予定されている第3回、第4回の公演も1回券が今後発売される予定である。

 

今日の指揮者は、京都市交響楽団第13代常任指揮者兼芸術顧問、更に京都コンサートホール館長も兼任することになった広上淳一。本来は第2回の指揮者は今年の4月から京響の首席客演指揮者に就任したジョン・アクセルロッドが受け持つはずだったが、外国人の入国制限が解除されないということで広上が代わりに指揮台に立つことになった。広上は来年の3月に予定されている第4回の指揮も担う予定である。

広上淳一の指揮する京都市交響楽団を生で聴くのは今年初めてのはずである。1月にあった京都市ジュニアオーケストラの公演は聴いているため、指揮姿を生で見るのは今年初ではないが、京都市交響楽団の今年の3月定期はカーテンコールの配信する無観客公演となり、その後に予定されていたスプリングコンサートや兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールでの公演も中止となった。この夏の「京響 みんなのコンサート」の指揮台には広上も立っているが、平日の午前11時からの公演ということで、聴きには行けなかった。

 

曲目は、J・S・バッハの管弦楽組曲第3番から「アリア」(G線上のアリア)、ハイドンの交響曲第94番「驚愕」から第2楽章、ブラームス(シュメリング編曲)のハンガリー舞曲第5番、ヴォーン・ウィリアムズの「グリーンスリーヴス」による幻想曲、ベートーヴェンの交響曲第7番から第1楽章、チャイコフスキーの歌劇「エフゲニー・オネーギン」からポロネーズ、リムスキー=コルサコフの歌劇「サルタン皇帝の物語」から“熊蜂の飛行”、マスカーニの歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」から間奏曲、ファリアの歌劇「はかなき人生」から“スペイン舞曲”、ビゼーの「カルメン」第2組曲から“ハバネラ”、オッフェンバックの喜歌劇「天国と地獄」序曲から“カンカン”

 

今日のコンサートマスターは泉原隆志。フォアシュピーラーに尾﨑平。第2ヴァイオリンの客演首席は大阪交響楽団の林七奈。フルート首席の上野博昭、クラリネット首席の小谷口直子は降り番である。
今日は管楽器は弦楽と間を空けてステージの最後部に並ぶ。弦楽器群との間に飛沫防止のためのアクリル板が立ててある。通常ステージ最後列に陣取ることが多い打楽器群は今日はステージ下手側への配置となる。
編成はほぼフルサイズであるが、弦のプルトは譜面台を二人で一つではなく個々で用いており、通常よりは間を置いての演奏である。
管楽器の飛沫が上から下へと飛ぶの避けるため、ステージをすり鉢状にせず、平土間での演奏であるが、音は良く響く。

 

J・S・バッハの管弦楽組曲第3番から「アリア」。京響が取り上げることの多い曲だが、広上ならではの見通しの良さと音の抜けの良さが広がりと優しさを生んでいる。耳と心が清められるかのような演奏であった。

 

今回のナビゲーターはガレッジセールの二人。ナビゲーターは話す必要があるため、今回はステージ上ではなく、席を取り払ったポディウムに距離を置いて並んで進行を行う。
ゴリが、「普段は我々は指揮者の方の横で話すのですが、離れて上にいた方が広上さんと同じ大きさに見えるということで」とボケ、川田広樹に突っ込まれて、「コロナ対策ということで」と本当のことを述べていた。

「G線上のアリア」という別名についてゴリは、「ヴァイオリンの一番太い線をG線というそうですが(コンサートマスターの泉原がヴァイオリンを立てて持ち、G線を示す)、ヴァイオリン独奏用に編曲した時にG線のみで弾けるようにしたということでG線上のアリア、じじいが好きというじじい専門もジイ専というわけですが」とボケていた。

 

ハイドンの交響曲第94番「驚愕」から第2楽章。曲を紹介する時にはゴリは、「西郷隆盛は『おいどん』、こちらはハイドン」とボケる。

ハイドンは現在ではピリオドで演奏するのが基本ということで、弦楽の弓の使い方はHIPを用いている。「驚愕」の音が起こる場面で広上は指揮棒を持った右手を思いっきり引いてから叩きつけるという大見得を切る。今日も広上は応援団が「フレー! フレー!」とやる時のような仕草を見せるなどユニークな指揮ぶりだが、出てくる音楽はオーセンティックである。

 

ブラームスのハンガリー舞曲第5番でも重厚さと軽妙さを合わせ持った優れた音楽作りを行う。

 

ヴォーン・ウィリアムズの「グリーンスリーヴス」による幻想曲。今回のテーマは「躍動するリズム」VS「美しいメロディ」であるが、「グリーンスリーヴス」による幻想曲はメロディー重視の佳曲である。淡さを宿した弦楽の音色の上に管が浮かび上がってくるという儚さと懐かしさに満ちた演奏である。

ゴリが、「キユーピーのCMにも使われたことがあるということで、聴いたことのある方も多い曲だそうですが。今、キューピーといった時に広上さんが『俺か?』という顔をなさいましたが、広上さんではありません」

 

前半のラストはベートーヴェンの交響曲第7番から第1楽章。ゴリが「今年はベートーヴェン生誕250周年だそうで、ベートーヴェンも250歳です。今もご健在で」とボケて、川田に「そんなわけあるか!」と突っ込まれる。ゴリは交響曲第7番について、「『のだめカンタービレ』で一躍有名になった」と紹介する。

広上が得意とするベートーヴェン。交響曲第7番はリズムを旋律や和音よりも重視するという、当時としては特異な楽曲である。ノリの良い明るめの演奏が展開されるが、広上と京響のコンビということを考えると音に厚みがやや不足気味。ソーシャルディスタンスのための配置が関係しているのだと思われる。

 

後半。チャイコフスキーの歌劇「エフゲニー・オネーギン」からポロネーズ。京響の音の輝きと広上の躍動感と盛り上げの上手さが光る演奏。スケールも大きい。

演奏終了後、広上はマスクを着けてマイクを手に取り、ガレッジセールの二人に「会いたかったよー!」と話し掛ける。その後、オペラについての解説を行う。広上が、「前半は45分丁度で終わった。『マエストロが話し出すと10分も20分も延びる』」と裏方から言われたことを語り、ゴリが「広上さんのトークは交響曲1曲より長いと言われてますもんね」と返し、広上は「2分で纏めます」と言って、オペラというのは芝居であるがセリフも音楽であると語り、「俺はゴリだー、俺は川ちゃんだー」というメロディーを即興で歌っていた。

 

リムスキー=コルサコフの歌劇「サルタン皇帝の物語」から“熊蜂の飛行”とマスカーニの歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」から間奏曲。
リムスキー=コルサコフの“熊蜂の飛行”は京響の団員の妙技が目立ち、マスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」から間奏曲は弦楽の磨き抜かれた響きと抒情性が見事である。

演奏終了後、ゴリは「蜂が一杯飛んでましたね」と言い、熊蜂というタイトルであるが実際はマルハナバチという蜜を運ぶ優しい感じの蜂で、いわゆる熊蜂やスズメバチといったようなイメージではないと説明した。

 

ファリアの歌劇「はかなき人生」から“スペイン舞曲”と、ビゼーの「カルメン」第2組曲から“ハバネラ”。スペイン絡みの曲が並ぶ。共に情熱的で蠱惑的な表情も持つ魅力的な演奏となる。ファリアはスペインの作曲家ということで、カスタネットが用いられるなど、スペインの民族性が強烈に発揮されている。

 

オッフェンバックの喜歌劇「天国と地獄」序曲から“カンカン”。ゴリが「『天国と地獄』の序曲は全部演奏すると10分ぐらい掛かる曲なのですが、今日はその中から“カンカン”を演奏します。皆さん、“カンカン”をご存じですか? そうです、上野動物園のパンダです」

ゴリがボケている間、広上はヴィオラ首席の小峰航一と向かい合って、右足を軽く上げていた。
京響の威力が発揮された演奏であり、弦も管も力強く、それでいてバランスも最良に保たれている。ノリも良く、熱狂的であるが踏み外しはない。
演奏活動が再開されてから、秋山和慶、松本宗利音、三ツ橋敬子、阪哲朗の指揮で京都市交響楽団の演奏を聴いたが、広上とのコンビによる演奏がやはり最も高いレベルに達していることが実感される演奏会であった。


「躍動するリズム」VS「美しいメロディ」に関するガレッジセールからのメッセージは、京都市交響楽団の公式ブログに一字一句正確に記されているのでそちらを参照されたし。

 

アンコール演奏は、レナード・バーンスタインの「ディヴェルティメント」から第8曲、行進曲“BSO(ボストン交響楽団)よ永遠なれ”。レナード・バーンスタイン独自のイディオムを消化しつつ京響のゴージャスな響きを存分に鳴らした快演であった。

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2020年9月 4日 (金)

コンサートの記(651) 阪哲朗指揮 京都市交響楽団第648回定期演奏会

2020年8月30日 京都コンサートホールにて

午後3時から、京都コンサートホールで京都市交響楽団の第648回定期演奏会を聴く。今回の指揮は京都市出身の阪哲朗。

先月から定期演奏会を再開させた京都市交響楽団。定期演奏会の他に京都市内各地の公共ホールでの演奏や、びわ湖ホールでの演奏会も好評を博しているが、9月定期は京響友の会(定期会員に相当)向けのチケットがすでに完売状態となっており、一般向けの発売は行われず、また10月定期と11月定期は外国人指揮者が客演の予定ということで、来日不可になる可能性が高く、チケット発売が延期になっている(10月定期は京響友の会の会員のみで開催されることが決まった)。広上淳一の指揮で行われる予定だった大阪定期も中止となっており、本来の活動からはまだまだ遠いというのが現状である。

そんな中で登場の阪哲朗。京都市立芸術大学で作曲を学んだ後、ウィーン国立音楽大学でレオポルド・ハーガーらに指揮を師事。第44回ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝後、スイスやドイツの歌劇場でキャリアを積んでいる。日本のオーケストラへの客演も多かったが、2007年から2009年まで山形交響楽団の首席客演指揮者を務め、現在では同楽団の常任指揮者となっている。
新型コロナ感染流行後、山形交響楽団は配信公演に力を入れており、配信で阪の指揮姿に触れる機会も増えている。

 

曲目は、ヴィヴァルディの協奏曲集「四季」とレスピーギの組曲「鳥」。休憩なし、上演時間約70分の公演である。公演は同一プログラムが特別に3回演奏され、昨日は京響友の会会員向けの公演があり、今日は一般客のための公演が午前11時からと午後3時からの2回行われる。

「四季」でのヴァイオリンソロと「鳥」でのコンサートマスターを務めるのは、4月から京響特別客演コンサートマスターに就任した「組長」こと石田泰尚(いしだ・やすなお)。

ヴァイオリン両翼の古典配置での演奏である。「四季」でコンサートマスターを務めるのは泉原隆志。今日はフォアシュピーラーが置かれ、いつも通り尾﨑平が担う。
第1ヴァイオリン(6人)は少し距離を離しただけの一般的なプルトであるが、第2ヴァイオリン(6人)はワントップ(客演首席奏者:有川誠)でジグザグ配置であり、ソーシャルディスタンス確保のための試行錯誤が行われていることが感じられる。
「四季」ではヴィオラとチェロが4人ずつ、コントラバス2人であったが、レスピーギの組曲「鳥」では第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン共に8人ずつと一回り大きな編成での演奏となった。

 

ヴィヴァルディの協奏曲集「四季」では、阪がチェンバロの弾き振りを行う。チェンバロを弾く阪が客席の方を向く形で座り、ソリストの石田やコンサートマスターの泉原とアイコンタクトを交わしつつ、演奏を進める。

「四季」の演奏でもピリオド・アプローチによるものが増えており、阪はピリオドを盛んに行っている山形交響楽団にポストを持っているということもあって、古楽的な演奏にも長けているが、今回はピリオドの要素も取り入れつつ、強調はせずに自然体での演奏が行われた。ピリオドは快速テンポのものが多いが、今回の「四季」は中庸からやや遅めのテンポが取られ、じっくりと進められていく。

京響の弦楽合奏のレベルは高い。20世紀の日本のオーケストラによるバロックやそれ以前の音楽の演奏は不器用なものが目立ったが、今はマイナスの要素はほとんど感じられず、技術面も表現力も同じ日本人として誇りに思うほど向上している。演奏家を目指す若者が当たり前のように海外留学を行うようになったという背景もあるだろう。一方で、オーケストラメンバーの国際化は進んでおらず、京響にも外国出身のプレーヤーは何人かいるが、大半の楽団員は日本人であり、均質性が強みにも弱みにもなっている。

強面で有名な石田だが、ヴァイオリン自体は淀みのない音を出す正統派であり、確かな技術を感じさせる心強い演奏家である。

「四季」での石田はロマンティックに過ぎない演奏を目指していたように感じられ、「冬」の第2楽章などは速めのテンポですっきりと仕上げていた。

石田のアンコール演奏は、ポンセ作曲、ハイフェッツ編曲による「エストレソータ(小さな星)」。「四季」では甘さ控えめだった石田が、この曲では真逆の甘美にして深い音色による演奏を繰り広げ、芸の幅の広さを示していた。

 

休憩なし、配置転換のみで演奏されたレスピーギの組曲「鳥」。石田泰尚がコンサートマスターとしてワントップとなり、2列目には泉原と尾﨑という「四季」でのツートップがそのままスライドする。第2ヴァイオリンは引き続き有川のワントップだが、ヴィオラやチェロもこの曲ではワントップとなる。
管楽器は飛沫が飛んでも掛からないよう弦楽器群からかなり距離を置き、後部の壁のすぐ前で横一列になって演奏する。オーボエ首席の髙山郁子、クラリネット首席の小谷口直子らが出演。フルートは副主席の中川佳子。トランペットは下手奥に首席のハラルド・ナエスと稲垣路子が陣取り、アクリル板を前に置いての演奏、ホルンは首席の垣本昌芳が上手奥での演奏。上手側にはハープの松村衣里とチェレスタの佐竹裕介いるため、影になって垣本の姿ははっきりとは見えない。

阪哲朗はノンタクトでの指揮。組曲「鳥」は、レスピーギがバロック音楽に得意とする自在な管弦楽法を用いて味付けした曲であるが、バロック的な典雅さと華麗な響きの双方を阪は生かす。
結成当初に「モーツァルトの京響」といわれた緻密なアンサンブルと華やかな音色の伝統は今回も生きており、バロックと20世紀音楽のオーバーラップ効果も違和感なく表現されていた。

 

曲目が変更となり、「四季」と「鳥」になったのは、まず編成上の問題と京響の特質を生かすためで、それ以上の意図があったとは思えないのだが、京都も祇園祭が大幅な縮小を余儀なくされるなど、今年は四季を彩る行事が次々と中止や自粛、延期や規模縮小に追い込まれており、気温以外の四季を味わえなくなってしまっているため、音楽で感じられる「四季」を取り上げてくれたのはありがたかった。

 

今日はオーケストラもアンコール演奏がある。ウォーロックの弦楽オーケストラのための「カプリオール組曲」から第1曲バス・ダンス。ノーブル且つ堂々とした音楽と演奏であった。


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2020年8月18日 (火)

配信公演 ロームシアター京都「プレイ!シアター」 at HOME2020 京都市交響楽団 0歳からのコンサート「ステイキャッスルはもううんざり!」+康本雅子&ミウラ1号 移動型ライブパフォーマンス「どこ行くダンス?ここいる音楽」 in ロームシアター京都+サウスホールバックステージ映像

2020年8月15日 左京区岡崎のロームシアター京都から配信

ロームシアター京都の夏のイベント、「プレイ!シアター」がコロナの影響によって今年は「at HOME 2020」としてオンラインを使っての開催となった。ロームシアター京都のホール等で公演は行われるが、観客としてロームシアターに入れるのは関係者や抽選に当たった人など最小限に絞られ、一般人はYouTubeなどを使っての配信で楽しむことになる。


午前11時からは、メインホールで京都市交響楽団 0歳からのコンサート「ステイキャッスルはもううんざり!」がYouTubeを使って配信される。
チャンネルは2つあり、ロームシアター京都のYouTubeチャンネル1では指揮者の頭に着けたカメラからの映像が流れ、クラシック専門配信サービスであるカーテンコールによるYouTube配信では、上演される人形劇を中心としたオーソドックスな映像が流れる。

指揮は垣内悠希。ロームシアター京都メインホールはステージが広いため、編成も比較的大きめだが、第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラはいずれもワントップである。

コンサートマスターは泉原隆志。フルートの上野博昭、オーボエの髙山郁子、クラリネットの小谷口直子、トランペットのハラルド・ナエスといった首席メンバーが顔を揃えている。例年なら8月は音楽祭のシーズンであり、そちらを優先させるメンバーも多いのだが(京都市交響楽団は珍しく8月にも定期演奏会があり、宗教音楽の演奏が恒例となっている)、音楽祭自体が中止になるケースが大半となってしまっている。


糸あやつり人形劇団みのむしによる人形劇が行われ(脚本・演出はヨーロッパ企画の永野宗典と松宇拓季)、オーケストラ演奏がそれを彩っていくという趣向である。

とある国のお姫様(声はヨーロッパ企画の藤谷理子)が、城での生活に飽き飽きして国を飛び出し、ロームシアター京都の楽屋に籠城する。お付きの竜の騎士メロウ(声はヨーロッパ企画の酒井善史)と教育係のガミット(声はヨーロッパ企画の石田剛太)が音楽の力を借りて姫を城に連れ戻そうとあの手この手を繰り出すという物語である。


ロームシアター京都のYouTubeでは、先に書いた通り、指揮者の垣内悠希の頭に取り付けられたカメラからの映像が流れるのだが、カメラが揺れまくってしまっている上に、垣内の息づかいも盛大に聞こえるため音楽に集中出来ない。といういうことでカーテンコール制作のYouTube映像に切り替える。


チャイコフスキーのバレエ音楽「眠れる森の美女」よりワルツでスタート。有名曲が多く、京響も手慣れた演奏を聴かせる。

各楽部の紹介として、弦楽器がモーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」冒頭、木管楽器がチャイコフスキーの「白鳥の湖」より“小さな白鳥の踊り”、金管楽器が大野雄二の「ルパン三世」のテーマ、打楽器がビゼーの「カルメン」より闘牛士のテーマを奏でる。

その後、ルロイ・アンダーソンの「ワルツィング・キャット」、ハーライン作曲(岩本渡編曲)の「星に願いを」、メンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」より結婚行進曲などが演奏される。グリーグの「ペール・ギュント」第1組曲より“山の魔王の宮殿にて”の演奏の際に、“朝”とクレジットされるというミスがあったが、すぐに直された。“朝”はその次の場面で演奏された。

ヨハン・シュトラウスⅠ世の「ラデツキー行進曲」では、視聴者もチャットに手拍子の絵文字を打ち込んで参加する。

その後は、天岩戸的な展開となり、盆踊りの手拍子が気になったお姫様がドアを開けたところをメロウが引きずり出す。作戦成功をデュカスの「ラ・ペリ」のファンファーレが祝福する。

最後は、久石譲作曲(和田薫編曲)の「さんぽ」(「となりのトトロ」より)が演奏された。


その後、ロームシアター京都のYouTubeチャンネル2で、康本雅子とミウラ1号による移動型ライブパフォーマンス「どこ行くダンス?ここいる音楽」in ロームシアター京都を視聴。ミウラ1号の音楽に乗って、ダンサーの康本雅子がコンテンポラリーダンスを披露しながらロームシアター京都内を移動する。3階共通ロビーに始まり、3階ロビー(サウスホール2階席ロビー)、2階共通ロビーなどロームシアター京都を訪れたことのある人なら見覚えのある景色が映し出されるが、ベランダなど通常は関係者以外は立ち入れない場所にもカメラが入ってダンスが行われ、配信ならではの良さも生んでいた。

ダンス公演の後は、ロームシアターのバックステージの紹介が行われ、サウスホールへののピアノ搬入の模様などが映し出される。ちなみに、例年の「プレイ!シアター」ではメインホールのステージ上や一部の楽屋などは立ち入り可となっていたが、サウスホールの舞台裏に入れる催しは行われておらず、貴重な映像である。

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2020年8月15日 (土)

コンサートの記(647) 三ツ橋敬子指揮 京都市交響楽団 みんなのコンサート2020「オーケストラの旅」@京都市北文化会館

2020年8月9日 北大路の京都市北文化会館にて

午後2時から、北大路にある京都市北文化会館で、京都市交響楽団 みんなのコンサート2020「オーケストラの旅」を聴く。指揮は日本を代表する女性指揮者の一人である三ツ橋敬子。

今日も第1ヴァイオリン4人、第2ヴァイオリン3人、ヴィオラ、チェロ、コントラバスが2人ずつという室内オーケストラ編成での演奏。弦楽はワントップの配置である。木管楽器奏者の前には透明なアクリル板が置かれ、飛沫が弦楽器奏者の方に飛ばないよう配慮されている。

コンサートマスターは今日も泉原隆志だが、京響の出演メンバーは先週の「みんなのコンサート」とは大きく異なる。

 

上演時間約1時間、休憩なしのコンサート。曲目は、グリンカの歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲(ロシア)、ヴェルディの歌劇「アイーダ」より凱旋行進曲(イタリア)、オッフェンバックの喜歌劇「天国と地獄」よりカンカン(フランス)、モーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」序曲(オーストリア)、チャイコフスキーのバレエ組曲「くるみ割り人形」から“行進曲”“こんぺい糖の踊り”“あし笛の踊り”“花のワルツ”(ロシア)。

世界各国のオペラやバレエの名曲を並べたプログラムだが、バロックから初期ロマン派までだった先週の「みんなのコンサート」と違い、比較的新しくて本来は大編成で演奏される曲が多いため室内オーケストラでそのままとはいかず、編曲を施したりカットした上での演奏となる。

京都市北文化会館は、京都市内の多目的ホールの中では比較的音が良い。

 

今日も指揮者も含めて全員が京響の黒いポロシャツを着ての登場となる。

 

三ツ橋敬子は、東京生まれ。幼い頃は医師に憧れていたが、早くから音楽の才能も示していた。東京藝術大学と大学院で指揮を学ぶ。大阪フィルハーモニー交響楽団の指揮者である角田鋼亮は大学と大学院の指揮科同期である。その後、ウィーン国立音楽大学とイタリアのキジアーナ音楽院に学ぶという、昨今の日本人指揮者の王道路線を歩み、第10回アントニオ・ペドロッティ国際指揮者コンクールで優勝。第9回アルトゥーロ・トスカニーニ国際指揮者コンクールでも入賞している。
身長151㎝と小柄なマエストラである。

 

グリンカの歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲。木琴を足しての演奏である。勢いよく始まり、京響の美音が生きるが、やや中だるみの傾向あり。コンサート全体として緩徐部分が弱いという印象を受けた。

三ツ橋のマイクを手にしてのトーク。6歳から入場可であり、「小さなお友達」もいるため(コロナの影響で例年よりは少なめ)、三ツ橋はゆっくりと発音良く、「うたのおねえさん」的トークを行う。だが暑くてボーッとしたのか、オッフェンバックのことを「フランス生まれでドイツで活躍した」と真逆に紹介したり、幼いモーツァルトが求婚したマリー・アントワネットのことを「女王様」と言ってしまったりと、ちょっと頼りない。

 

ヴェルディの歌劇「アイーダ」より凱旋行進曲。
三ツ橋は、「次はイタリアです。イタリアってどういうイメージありますか? 小さいお友達はピザって知ってるよね? あと、サッカー、は最近弱いんですけど有名です」
三ツ橋はヴェネチア在住なので、イタリアには思い入れがあるようだ。
編成が小さいので迫力は出ないが、整った演奏を聴かせる。オペラの中に出てくる形そのままではなく、サッカーでサポーターが口ずさむことでも知られる有名な旋律を中心にしたカット版での演奏。

 

オッフェンバックの喜歌劇「天国と地獄」よりカンカン。
三ツ橋は、「天国と地獄、どちらに行ってみたいですか? 天国に行ってみたいという方。結構いらっしゃいますね。では地獄に行ってみたいという方。シーン」
その後、「天国と地獄」のあらすじや「フレンチカンカン」の説明。そして昨日の右京ふれあい文化会館での同一演目の演奏会で、「CMでも使われています」と言ったものの、実は関西地方でそのCMが流れていないことを今朝知ったという話をする。カステラと言っていたため、「文明堂」のCMであることがわかる。私は関東の出身なので、子どもの頃によく目にした。全国区じゃなかったのか。トヨタのCMでも流れていたらしいが、そちらは知らない。

これも編成の都合上、迫力には欠けるが良く纏まっている。ただ、三ツ橋の演奏を聴くと大抵いつも「良く纏まっている」という印象は受けるもそこから先に行けないというもどかしさは感じる。

 

モーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」序曲。大阪フィルと大阪新音の合唱団を指揮した「レクイエム」の演奏も優れた出来であり、三ツ橋はモーツァルトは得意としているようである。この「フィガロの結婚」序曲も、「ウキウキ」と「ワクワク」に満ちている。

 

チャイコフスキーのバレエ音楽「くるみ割り人形」から“行進曲”“こんぺい糖の踊り”“あし笛の踊り”“花のワルツ”。
三ツ橋は、“こんぺい糖の踊り”でチェレスタという楽器が活躍するのだが、チャイコフスキーは初演を衝撃的なものにするためチェレスタの存在を隠し続けたという話をする。今日はチェレスタはなく、鉄琴2台がチェレスタが受け持つ旋律を奏でる(メインの鉄琴を奏でるのは打楽器首席の中山航介)。
“あし笛の踊り”もフルートは3本ではなく単管での演奏。

神秘的な雰囲気や華やかなど、この曲の魅力が生きているが、室内オーケストラの演奏で聴くとチャイコフスキーのオーケストレーションの巧みさがより鮮やかになる。弦楽による音の受け渡しなど、視覚的にもとても面白い。

 

アンコール演奏は、シベリウスの「アンダンテ・フェスティーヴォ」。コロナ自粛が始まってから配信コンサートでよく耳にする曲目である。

三ツ橋はフィンランドの紹介を行う。子ども達に、「ムーミンって知ってるかな? ムーミンの作者であるトーベ・ヤンソン(調べたところ、今日8月9日が誕生日に当たるようだ)がフィンランド人です(スウェーデン系フィンランド人であり、彼女自身はスウェーデン語を用いた)。サンタクロースもフィンランドから来ていたり。とても寒い国なんですが、シベリウスが書いた温かい音楽です。タイトルが覚えられなかったという方もいらっしゃるかも知れませんが、日本語では『祝祭アンダンテ』と言いましゅ。“言いましゅ”って言っちゃった」

室内オーケストラ編成でも演奏可能な「アンダンテ・フェスティーヴォ」。色彩を変えつつ、うねるような痛切な祈りに満ちた演奏であり、ラストでは「希望と未来への確信」が響く。やはりこうした時に聴くのに相応しい楽曲である。三ツ橋と京響の弦楽陣は小編成ながらスケールの大きな演奏を歌い上げた。

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2020年8月 8日 (土)

コンサートの記(645) 松本宗利音指揮 京都市交響楽団 みんなのコンサート2020「世界の名曲!名曲セレクション」@京都市東部文化会館

2020年8月2日 山科区椥辻の京都市東部文化会館にて

山科へ。椥辻(なぎつじ)にある京都市東部文化会館で、京都湖交響楽団 みんなのコンサート2020「世界の名作!名曲セレクション」を聴く。指揮は期待の若手、松本宗利音(しゅうりひと)。

松本宗利音は、1993年、大阪府生まれ。名前は、往年のドイツの名指揮者、カール・シューリヒトから取られたものであり、実はカール・シューリヒト夫人の命名によるものだという。
幼少期から相愛音楽教室(浄土真宗本願寺派の大学で音楽学部のある相愛大学附属の音楽教室)、センチュリー・ユースオーケストラなどで特にヴァイオリンに打ち込む。
高校は京都市堀川音楽高校に進学。その後、東京藝術大学音楽学部指揮科に入学し、最優秀で卒業。最優秀の証であるアカンサス賞を受賞している。藝大在学中には、ダグラス・ボストックやパーヴォ・ヤルヴィといった世界的名指揮者のマスタークラスも受講している。
東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団の指揮研究員を経て、2019年に札幌交響楽団の指揮者に就任。藝大の同期である太田弦らと共に、日本人の20代男性指揮者を代表する存在である。

 

曲目は、モーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」序曲、J・S・バッハの管弦楽組曲第3番から「アリア」(「G線上のアリア」)、ベートーヴェンの交響曲第5番から第1楽章、メンデルスゾーンの劇付随音楽「真夏の夜の夢」から“夜想曲”、ヘンデル(サー・チャールズ・マッケラス編曲)の「王宮の花火の音楽」

上演時間1時間弱、聴衆の数を絞り、客席は左右の席2つ分を空けてソーシャル・ディスタンスを保つ。舞台上もソーシャル・ディスタンスを守るが、東部文化会館などの京都市内の多目的ホールはステージが狭いため、今日は第1ヴァイオリン4、第2ヴァイオリン3、ヴィオラ、チェロ、コントラバスが各2という室内オーケストラ編成での演奏となる。
管楽器奏者の前には透明のアクリル板が立てかけてあり、飛沫が弦楽器奏者の方に飛ばないよう工夫されている。
入場前に手のアルコール消毒と検温があり、チケットは自分でもぎって半券を箱に入れる、無料プログラムも自分で取るというコロナ対策が施されていた。

今日は指揮者の松本宗利音も京響の楽団員も全員京響の黒いポロシャツを着ての演奏である。コンサートマスターは泉原隆志。弦楽器はワントップの編成で、最前列は距離を置いた弦楽四重奏編成である。曲目はバロックから初期ロマン派までと比較的古めの曲が並ぶため、ティンパニはバロックタイプのものが用いられていた(打楽器首席指揮者・中山航介)。

 

モーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」序曲。松本は若々しさを表に出した爽快な演奏を行うが、室内オーケストラ編成で響かない多目的ホール、しかもコロナ対策で隙間を空けざるを得ない布陣ということで音に密度が欠けてしまう。松本が若いということもあって陰影も十分とはいえないが、指揮者の世界には「40、50は洟垂れ小僧」という言葉があり、20代で優れた演奏を行える指揮者は極々まれである。近年、20代で頭角を現した指揮者は、ダニエル・ハーディング、ミッコ・フランク、グスターボ・ドゥダメルぐらいだと思われる。ちなみに山田和樹がオンライン講座で話していたが、ダニエル・ハーディングは現在、パイロットの免許を取るために奮闘しているそうである。
松本は、木製と思われる指揮棒を使用していたが、背景に溶けて指揮棒ははっきりとは見えない。

その後、松本がマイクを手にトークを行うのであるが、「きょうと……、京都こうきょう……、京都市交響楽団の」と何度も噛むなどまだ慣れていない様子である。「高校時代は京都で学んでいましたので、東京のオーケストラを振る時とはまた違った緊張感があります」
松本は、「ドン・ジョバンニ」序曲の半音進行の魅力についても語った。

 

バッハの管弦楽組曲第3番から「アリア」。弦楽のみの合奏である。松本は弦楽のみの楽曲を指揮する時はノンタクトで振る。
演奏前に、「G線上のアリア」というヴァイオリン独奏編曲について述べ、コンサートマスターの泉原に実際にG線を弾いて貰う。
しっとりとした明るさのある演奏で、松本の基本的に陽性な音楽性がよく生きていた。
ただまだどちらかというと京響の色彩の濃い演奏ではある。

 

ベートーヴェンの交響曲第5番。誰もが知っている曲であり、ありふれすぎていて、松本も「ああ今日は『運命』が聴きたいと思う日はない」そうであるが、聴くたびに発見のある曲だとも述べ、家に帰ったら4楽章通して聴くことを聴衆に勧める。またボイジャーに「運命」の音盤が搭載されているという話もしていた。

松本は指揮棒を振り下ろして止め、もう一度上げようとするところで運命主題が奏でられるという振り方を採用。一拍目が休符であるため、合わせるのが難しい冒頭であるが、そのため振り方は指揮者によって各人各様であり、音が4つしかないために指揮者の個性が最もはっきりと出る部分である。
編成が小さいため、押しが弱いが、スマートな第5が展開される。流石にハーディングでもドゥダメルでも20代の内にベートーヴェンの交響曲で誰もが認めるような超名演を成し遂げたことはなく、若手の名演を期待する方が無理な曲でもある。

 

松本の良さが最も良く発揮されたのは、メンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」から“夜想曲”とヘンデル(サー・チャールズ・マッケラス編曲)の「王宮の花火の音楽」序曲という。最後の2つの曲である。

“夜想曲”では雰囲気作りが抜群であり、富豪の息子として生まれたメンデルスゾーンの上品さがよく出ている。ホルン首席の垣本昌芳のソロが実に上手い。

ちなみに松本はシェイクスピアの「真夏の夜の夢」を読んだことはあるのだが、「複雑すぎて内容を説明出来ません」ということで読むことも勧めないそうだ。

「真夏の夜の夢」は、大阪芸術大学舞台芸術学科の卒業公演をシアター・ドラマシティで観たことがあるのだが、役が付かなかった人が全員がいたずら好きの妖精であるパックを演じるという、芸術系大学ならではというかなんというか、風変わりな上演であった。

 

ヘンデル作曲、サー・チャールズ・マッケラス編曲の「王宮の花火の音楽」序曲。
「王宮の花火の音楽」は、「水上の音楽」と並ぶヘンデルの機会音楽の代表作。野外での演奏用に書かれているため、編成がかなり大きいが、オーストラリア出身で欧州楽壇の重鎮でもあったサー・チャールズ・マッケラスがコンサート用に編曲した版での演奏である。
日本屈指の輝きを誇る京都市交響楽団のブラス陣が実力を遺憾なく発揮。中山航介によるティンパニの強打も効果的で、典雅且つ豪勢な演奏となった。

 

アンコール演奏は、チャイコフスキーの弦楽セレナードより「ワルツ」。瑞々しい演奏である。ロシア出身のチャイコフスキーだから北国である札幌のオーケストラで活躍する指揮者の演奏が似合うということはないと思うが、「ワルツ」に関しては北海道の情景が浮かぶような音楽であることは確かである。北海道大学のポプラ並木などは、この曲にとても合うはずである。

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2020年7月29日 (水)

コンサートの記(644) 秋山和慶指揮 京都市交響楽団第647回定期演奏会

2020年7月26日 京都コンサートホールにて

久しぶりに京都コンサートホールへ。2月の京響定期演奏会以来だから、5か月ちょっとぶりになる。

午前11時開演の京都市交響楽団第647回定期演奏会を聴くのだが、新型コロナウイルスの世界的な流行により予定されていた指揮者のパスカル・ロフェとピアニストのロジェ・ムラロが来日不可能になり、指揮者の代役を秋山和慶が受けて、曲目も変更になる。
また、京都市交響楽団の7月の定期は同一プログラム2回のはずだったが、入場制限を行う必要があるため、昨日1回、今日は午前11時からと午後15時からの2回、計3回の演奏が行われることになった。昨日と今日15時からの回は京響友の会のメンバー(ほぼ定期会員と重なる)優先となるため、1回券で来ている人は、今日の11時からの公演のみ入場可となる。

 

入場口でサーモカメラによる検温があり、大ホールへの入り口で手のアルコール消毒をする必要がある。アルコールアレルギーのある人は他の手段での消毒を行うようだ。
チケットは自分でちぎってプラスチック製の容器に入れる。プログラムも自分で取る。チラシ込みとなしの2種類のプログラムがあり、選ぶことが出来る。ビュッフェは営業停止、物販も行っていない。冷水機も使用出来なくなっている。

 

客席は左右共最低2席空けとなる。今日は三階席の上手側ステージ奥寄りの席である。手すりが多少邪魔になるが、指揮する秋山の姿がよく見える。P席(ポディウム)は全て空席となっている。

 

ホールに入った時には、京都市交響楽団第13代常任指揮者兼芸術顧問の広上淳一らによるプレトークが行われていた。

 

ステージ上も奏者同士の間隔を通常よりも空けての演奏である。今日のコンサートマスターは、4月に特別客演コンサートマスターに就任してから初の登場となる会田莉凡(りぼん)。フォアシュピーラーは置かず、泉原隆志は会田の真後ろの席で弾く。同じ人物がステージ上に長く滞在するのをなるべく避けるため、弦楽奏者は首席と副主席を除いて前後半で入れ替わる。アシスタント・コンサートマスターの称号を持つ尾﨑平は今日は後半のみの登場で、泉原の真後ろで演奏していた。
第2ヴァイオリンの客演首席は大森潤子。チェロの客演首席にはルドヴィート・カンタが入る。

 

曲目は、前半がシェチェドリンの「カルメン」組曲(ビゼーの歌劇「カルメン」による弦楽と打楽器の編曲版)、後半がストラヴィンスキーのバレエ組曲「プルチネルラ」
途中休憩なし、上演時間約80分というコロナ下特別対策による公演である。

シチェドリンの「カルメン」組曲は、弦楽器と打楽器のための作品。ストラヴィンスキーのバレエ組曲「プルチネルラ」は弦楽器と管楽器のための作品で打楽器は登場しない。ということで、ステージ上で「密」にならないための曲目が選ばれているのだが、同時に両曲ともトランスクリプション作品であり、元からある楽曲に新たな命を吹き込むという意味で京響の「再生」に重ねるという意図があるいはあるのかも知れない。

 

何でも振れる秋山和慶は、こうした危機の事態には引く手あまたである。1941年生まれ、桐朋学園大学で齋藤秀雄らに師事。卒業後ほどなく東京交響楽団を指揮してデビューし、その後、同楽団の音楽監督・常任指揮者を40年に渡って務める。小澤征爾の下でトロント交響楽団副指揮者、アメリカ交響楽団音楽監督(前任であるレオポルド・ストコフスキー直々の指名)、バンクーバー交響楽団音楽監督、シラキュース交響楽団音楽監督と、北米大陸でのキャリアも築いている。
広島交響楽団とはシェフとして長年に渡って良好な関係を築き、終身名誉指揮者の称号を得ているほか、新興の中部フィルハーモニー交響楽団芸術監督・首席指揮者、日本センチュリー交響楽団のミュージックアドバイザーなども務めている。

経歴から分かる通り、日本においては、比較的若い楽団を育てることに喜びを見いだすタイプであり、洗足学園音楽大学芸術監督・特別教授として指導に当たるほか、京都市立芸術大学からは名誉教授の称号を得ている。学生オーケストラの公演にもしばしば登場することでも知られている。

秋山は、コンサートマスターの会田莉凡と握手ではなくエルボータッチを行う。

 

シチェドリンの「カルメン」組曲。旧ソ連とロシアを代表する作曲家の一人であるロディオン・シチェドリン(1936- )がボリショイ劇場のプリマ・ドンナであったマイヤ・プリセツカヤの依頼により、ビゼーの歌劇「カルメン」をバレエ音楽にアレンジした作品である。打楽器が多用されており、その痛烈な響きが現代音楽であることを再確認させてくれる。

まず、チューブラー・ベルズによって「ハバネラ」の主題が奏でられるのだが、どこかノスタルジアを帯びており、「カルメン」が遠い昔の物語として語り出される趣がある。
ちなみに、「カルメン」の音楽のみならず、同じくビゼーの代表作である「アルルの女」からの“ファランドール”がボレロ舞曲風に奏でられ、歌劇「パースの娘」から“ジプシーの踊り”も取り入れられるなど、単純にアレンジしただけではなく、作品中でビゼーの音楽が再構築されている。

久々の定期演奏会を行う京都市交響楽団であるが、切れ味鋭く、美観も万全でブランクを感じさせない仕上がりである。

後半の「プルチネルラ」では打楽器が登場しないということで、舞台転換の際は、ステージスタッフのみならず京響の打楽器メンバーも自ら楽器を持ってステージ後方へと片付ける。

 

ストラヴィンスキーのバレエ組曲「プルチネルラ」。18世紀の作曲家であるペルゴレージの楽曲などをストラヴィンスキーが20世紀風に再構成した作品である。カメレオン作曲家と呼ばれ、作風をコロコロ変えたストラヴィンスキーの新古典主義時代の代表作である。

前半の「カルメン」組曲は、ドイツ式の現代配置での演奏だったが、「プルチネルラ」ではヴィオラとチェロの位置が入れ替わり、アメリカ式の現代配置に近くなるが、コントラバス首席奏者の黒川冬貴がチェロ首席のルドヴィート・カンタの真横となる最前列で弾くなど、独特のポジショニングである。

創設当時に、典雅なモーツァルト作品演奏に特化した活動を行い「モーツァルトの京響」と呼ばれた京都市交響楽団だが、その伝統が今も生きており、煌びやかにして雅やかな音色が冴えに冴えまくる。パースペクティブの築き方も巧みである上に秋山の抜群のオーケストラ統率力も加わって、古典の再構成作品の演奏として高い水準に到達しており、京響の楽団員も実に楽しそうだ。

京響が得意そうな楽曲を並べたということもあるが、今の状況ではベストに近い演奏が行われており、京都市交響楽団の実力の高さが再確認される演奏会となった。

 

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2020年5月 5日 (火)

広上淳一指揮京都市交響楽団ほか マーラー 交響曲第8番「千人の交響曲」(高画質版)

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2020年4月28日 (火)

京都市交響楽団公式YouTubeチャンネル開設

昨日、京都市交響楽団の公式YouTubeチャンネルが開設されました。ちなみにこの春より第13代常任指揮者兼音楽顧問に肩書きが変わった広上淳一と首席客演指揮者に就任したばかりのジョン・アクセルロッドからのメッセージの両方に初「いいね!」をしたのは私です。

https://www.youtube.com/channel/UCD6MadSKKxnboV1GQxeuSaQ

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2020年4月19日 (日)

コンサートの記(635) 高関健指揮京都市交響楽団第588回定期演奏会

2015年3月29日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から京都コンサートホールで京都市交響楽団の第588回定期演奏会を聴く。今日の指揮者は京都市交響楽団常任首席客演指揮者の高関健。

プログラムは、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第5番「トルコ風」(ヴァイオリン独奏:滝千春)、ショスタコーヴィチの交響曲第8番。

開演20分前から高関によるプレトークがある。高関はモーツァルトのヴァイオリンのための作品がザルツブルク時代に集中しているのは、モーツァルトがザルツブルクの宮廷楽団でコンサートマスターとして活躍するなど、ヴァイオリンに接する機会が多かったためだと説明する。モーツァルトはその後、ザルツブルクのコロラド大司教と喧嘩してウィーンに飛び出すのだが、ウィーンでは主に自分で演奏するためのピアノ協奏曲やピアノ・ソナタなどを作曲したため、ヴァイオリン協奏曲などが書かれることはなくなったのだろうと推理する。

ショスタコーヴィチの交響曲第8番については、交響曲第7番「レニングラード」と対になる曲として知られるし、「レニングラード」が凱歌(とされるが本当の意図は不明)であるのに比べて陰鬱な曲調であると紹介し、交響曲第5番に似ていることに気付かれるとも思うと述べる。第1楽章ではかなり長く美しいイングリッシュホルンのソロがあるということにも触れる。

今日の京都市交響楽団のコンサートマスターは渡邊穣。フォアシュピーラーは泉原隆志。モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第5番「トルコ風」の編成にはフルートもクラリネットも登場しないが、オーボエトップの位置に座ったのは首席奏者である高山郁子ではなくフロラン・シャレールであった。高山郁子はショスタコーヴィチのみの参加。フルート首席の清水信貴、クラリネット首席の小谷口直子もショスタコーヴィチのみに加わる。

今日は古典配置での演奏。ヴァイオリン両翼で、コントラバスは最後部に横一列に並ぶ。


モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第5番「トルコ風」。ヴァイオリン独奏の滝千春は、2001年にノヴォシビルスク国際ヴァイオリンコンクール・ジュニア部門で優勝、2002年にメニューイン国際ヴァイオリンコンクール・ジュニア部門第1位、2006年にオイストラフ国際ヴァイオリンコンクール第3位などの経歴を持つ若手ヴァイオリニスト。桐朋女子高校音楽科、チューリッヒ音楽大学を経て、現在はベルリンのハンス・アイスラー芸術大学在学中である。

滝のヴァイオリンであるが、独特の甘美な音色を持ち味とし、今の季節や彼女の名前とは関係がないが春風のように爽やかなヴァイオリンを奏でる。

高関はこの曲はノンタクトで指揮。きっちりとした指揮であるが、彩り豊かでノリの良い演奏を京響から弾き出す。なお、モーツァルトの時代には弦楽5部の曲であっても、当時の弦楽器は今ほど大きな音が出なかったことから、楽譜には記されていなくてもファゴットで低音を形作るのが通例、というよりファゴットが加わるのが当たり前だったためファゴットのパートが書かれなかったという解釈に基づき、ファゴットを加えての伴奏となった。


ショスタコーヴィチの交響曲第8番。演奏される機会の比較的少ない曲だが、京響は数年前に沼尻竜典の指揮で演奏している。

第1楽章から、弦楽の透明感に驚かされる。透明なだけでなくボリュームもある。京響の弦楽は絶好調であり、管もそれに負けていない。

第3楽章の疾走感のある阿鼻叫喚の世界から沈鬱な葬送行進曲(第4楽章)、諧謔的な旋律が登場し、爆発を経て、交響曲第7番「レニングラード」第1楽章のおどけた旋律を連想させる音の進行で静かに終わる第5楽章。この3つの楽章は連続して演奏されるのだが、高関と京響はショスタコーヴィチがこの曲に込めたメッセージを詳らかにしていく。

高関は第4楽章のみノンタクトで振ったが、ソヴィエト共産党によって粛正された人々へのレクイエムのような哀切なメロディーを切々と歌い上げていた。

第5楽章の爆発力も凄まじく、その後もスターリン独裁下で粛正された人々への鎮魂と祈りのような旋律が続き、曲は静かに閉じられる。
ちなみにこの曲は1943年に初演されており、スターリンはまだ存命中である。交響曲第8番は一応は赤軍の闘争と勝利を描いたものだと作曲者は述べているが、スターリン圧制下で率直な発言をしたとは考えられない。以前は交響曲第7番のタイトルである「レニングラード」(ただし忠実にはレニングラード攻防戦を描いたからではなくレニングラード市に献呈されたためにこの名がある)に対して交響曲第8番は「スターリングラード」というタイトルで呼ばれたこともあった。だた、今はこの曲を「スターリングラード」と呼ぶ人はほとんどいない。

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2020年4月 9日 (木)

コンサートの記(633) 川瀬賢太郎指揮 京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2016 ~こどものためのオーケストラ入門~ 「オーケストラ・ミステリー」第1回「オーケストラの秘密~ヒット曲にはわけがある!?」

2016年6月19日 京都コンサートホールにて

午後2時から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2016 ~こどものためのオーケストラ入門~「オーケストラ・ミステリー」第1回「オーケストラの秘密 ~ヒット曲にはわけがある!?」を聴く。指揮は川瀬賢太郎。

こどものためのオーケストラ入門とあるが、選曲は比較的マニアックなものが多く、親子でも楽しめるようになっている。というより曲目に期待して、子供連れでもないのに来ている私のような人の方が多い。


現在、神奈川フィルハーモニー管弦楽団常任指揮者と名古屋フィルハーモニー交響楽団の指揮者を務める川瀬賢太郎は1984年生まれの若手指揮者。私立八王子高校芸術コースを経て、広上淳一に師事するために東京音楽大学指揮科に進学、広上の他に、汐澤安彦、チョン・ミョンフンらにも指揮を師事している。広上の弟子ということで、京都市交響楽団にも何度か招かれており、また広上も川瀬が常任指揮者を務める神奈川フィルに客演を続けている。

今日のナビゲーターはガレッジセールの二人。


曲目は、ジョン・ウィリアムズの「オリンピック・ファンファーレとテーマ」、マスカーニの歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲、ジョン・ウィリアムズの「スター・ウォーズ」より「アナキンのテーマ」&「ダース・ベイダーのテーマ」、モーツァルトのピアノ協奏曲第21番より第2楽章(ピアノ独奏:三浦友理枝)、エルガーの行進曲「威風堂々」、ベートーヴェンの交響曲第5番より第1楽章、ハイドンの交響曲第90番より第4楽章、レスピーギの交響詩「ローマの松」から第4曲「アッピア街道の松」

今日の京都市交響楽団のコンサートマスターは渡邊穣。泉原隆志は降り番でフォアシュピーラーに尾﨑平。オーボエ首席奏者の髙山郁子は全編に渡って出演。小谷口直子は「スター・ウォーズ」の音楽からの参加となった。


ジョン・ウィリアムズの「オリンピック・ファンファーレとテーマ」。川瀬が生まれた1984年のロサンゼルス・オリンピックのためのファンファーレとして書かれたものである。ちなみに川瀬は12月生まれであるため、ロス五輪の行われた夏にはまだ生まれておらず、「お腹の中でこの曲を聴いていた」と話す。
数あるオリンピック・ファンファーレの中でも最も有名と断言しても良い1984年ロス五輪のファンファーレ(日本人は1964年の東京オリンピックのファンファーレの方が馴染みがあるかも知れないが)。
川瀬は広上の弟子(つまりレナード・バーンスタインの孫弟子)ということもあってダイナミックな指揮をする。京響のブラスが輝かしい音色を奏でたということもあって華やかな演奏になった。
演奏が終わってからガレッジセールの二人が登場し、ゴリが川瀬に「これまで見た中で一番ダイナミックな指揮。海老反りになるところなんか、袖でスタッフさんが、『広上さんだったらぎっくり腰になってる』って言ってましたけど」と言う。実は広上は90年代には今の川瀬よりも派手な指揮をしていたのだが(90年代後半にNHK交響楽団の定期演奏会に客演した際には、グリーグの『ペール・ギュント』より「アニトラの踊り」で、本当に指揮台の上でステップを踏んで踊っていた)、「首や腰をかなりやられてまして」(広上談)ということで、最近は以前よりも抑えた指揮になっている(それでもまだまだ派手ではあるが)。
ゴリも、「この84年のファンファーレがオリンピックのファンファーレの中で最も有名なんじゃないか」と述べる。とにかくよく知られた曲である。


マスカーニの歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲。歌劇自体も上演されることはあるが(原作がありきたりな決闘を題材にした三文短編小説で筋書きも単純ということもあり、舞台に掛けられる頻度はそう多くはない)とにかく間奏曲が美しいというので有名である。
川瀬指揮の京響はリリシズム満点の演奏を展開。広上の時代に入ってから、京響の弦は本当に音の抜けが良くなった。
演奏終了後に出てきたゴリは、「優しい! 優しい旋律! これならヒットする」と断言する。

ガレッジセールの二人が、「クラシックの作曲家もポピュラーの作曲家同様、ヒットを狙ったりするんですか?」と聞く。川瀬は、「クラシックの場合、作曲家が亡くなってしまっていることが多いので、真意を確かめることは出来ないのですが」と断りを入れた上で、「心に残る曲を書く努力や工夫はしたと思います」というようなことを述べ、「ヒット狙い」と断言することはなかった。

続いて、ジョン・ウィリアムズの「スター・ウォーズ」から、「アナキンのテーマ」と「ダース・ベイダーのテーマ」。有名なメインテーマは敢えて外したというが、ゴリが「台本にトランペットがメインテーマを奏でると書いてます」と言う。トランペットの3人がゴリの表現を借りると「『聞いてないよ』って感じですけれど」というそぶりで否定するので、「いや、台本に書いてあるんですけど」と言って台本に書かれた文字を読み上げる。ということで、早坂宏明、西馬健史、稲垣路子の3人のトランペット奏者による「スター・ウォーズ」メインテーマ冒頭。和音が微妙だったがまあまの出来であった。
アナキン(アナキン・スカイウォーカー)はダース・ベイダーの幼児期から青年期までの名前である。優秀なジェダイになることを期待されながら自惚れや身勝手な振る舞いによって身を持ち崩し、ダークサイドへと落ちていくことになる。
「アナキンのテーマ」は美しい音楽だが、ラストで「ダース・ベイダー」のテーマが長調ではあるが顔を出す。
「ダース・ベイダーのテーマ」は一度も聴いたことがないという人を探す方が困難なほど知られた曲。
いずれも若々しく、推進力に富んだ演奏であったが、ゴリが「ダース・ベイダーの音楽を聴いて和田アキ子の姿が目に浮かんだ」と言う。川瀬は、「ジョン・ウィリアムズという作曲家は映画のキャラクターと音楽を結ぶ付けるのがとても得意な人で、ダース・ベイダーもジョン・ウィリアムズの音楽と一体であり、今の音楽でなかったらイメージが変わっていたかも知れない」と語った。


三浦友理枝をソリストに招いての、モーツァルト、ピアノ協奏曲第21番第2楽章。設置変換のために楽団員が退場したのだが、ゴリは「ここでストライキに入りました」とボケる。
三浦によると、ピアノ協奏曲は沢山あるが、頻繁に取り上げているものは3曲か4曲だという。三浦が一番弾いた回数が多いのはショパンのピアノ協奏曲第1番だそうである。
最近のコンサートで人気のピアノ協奏曲というと、なんといってもラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。1年に1回は必ず聴く。ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番も映画「シャイン」の影響もあって演奏回数が増えているが、他のピアノ協奏曲の王道というと、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」、ブラームスのピアノ協奏曲第2番、グリーグのピアノ協奏曲にシューマンのピアノ協奏曲、そして20世紀を代表してラヴェルのピアノ協奏曲も取り上げられることが増えている。モーツァルトのピアノ協奏曲も傑作揃いなのだが、曲数が多いということもあって特定の協奏曲に人気が偏るということは余りない(20番台がやはり人気だが)。

モーツァルトのピアノ協奏曲第21番第2楽章は、スウェーデン映画「みじかくも美しく燃え」のメインテーマとして使われたことでも有名である。心中に至るラストシーンが有名であり、これは以前にも何度か書いているが北野武監督の映画「HANA-BI」のラストで完全に同じ手法が用いられている。偶然ではなく、「みじかくも美しく燃え」へのオマージュであろう。


若手ピアニストの三浦友理枝。2005年にイギリスの王立音楽院ピアノ科を首席で卒業、同大学院も首席で修了している。2001年に第47回マリア・カナルス国際音楽コンクール・ピアノ部門で優勝、2006年には第15回リーズ国際ピアノコンクールで特別賞を受賞している。

その三浦のピアノであるが、煌めきがもう一つ。モーツァルトのピアノ協奏曲第21番第2楽章の典雅さの裏に隠された痛切さの表出も余り感じられなかった。技術は達者なのだけれど(モーツァルトのピアノ協奏曲は技術的にはそう高度ではない)。
川瀬指揮の京響は音の移り変わりを巧みに描き出す演奏。京響は創設当初に「モーツァルトの京響」と呼ばれており、モーツァルトには今も思い入れがある。


後半、エルガーの行進曲「威風堂々」第1番。迫力溢れる演奏である。川瀬の指揮もわかりやすい。「イギリス第2の国歌」といわれる中間部はもっとノーブルに歌えると思うが、今のままでも十分である。
ゴリは、「CMでよく耳にする。だからヒットしているように感じる」と述べ、川瀬もメディアの影響は否定しなかった。ゴリは「エルガーもまさか、味の素のCookDoのCMに自分の曲が使われるとは思っていなかったでしょうね」とボケる。


ベートーヴェンの交響曲第5番。川瀬は「運命」をタイトルではなくニックネームだと述べる。ベートーヴェンの交響曲第5番が「運命」と呼ばれるようになったきっかけは、ベートーヴェンの弟子のシントラー(シンドラー)という人物が、交響曲第5番の解釈の鍵になるものを聞いたところ、ベートーヴェンが「運命はこのように扉を叩くのだ」と答えたという話が元になっている。だが、このシントラー、虚言癖の持ち主である上に、ベートーヴェンのスコアにベートーヴェンの死後、勝手に手を加えたことがわかっているなど、「信用できる人物ではない」ということで、「運命」というタイトルも欧米では保留になっている。川瀬によると研究は更に進んでいて、ベートーヴェンが交響曲第5番を書き、演奏していた時期にはまだシントラーはベートーヴェンと出会ったいなかった可能性が高いという。
ベートーヴェンの弟子にピアノの教則本を書いたことで知られるツェルニーがいるが、ツェルニーは比較的早い時期からのベートーヴェンの弟子であり、ツェルニーによると、「運命主題」と呼ばれるものは「鳥の鳴き声を模して作ったものだ」とベートーヴェンは語っていたという。歴史にちょっとした狂いが生じていたらベートーヴェンの交響曲第5番のタイトルは「鳥」になっていたかも知れないそうだ。
ただ基本的にはベートーヴェンの交響曲第5番はわずか4つの音で大伽藍を築き上げるという、当時としては「実験的」とも呼んでいい大作である。

ベートーヴェンの交響曲第5番が書かれたのは200年ほど前のこと。ということで、ゴリも川瀬も「200年以上ヒット曲であり続けている凄い曲」だと再認識する。
ベートーヴェンの交響曲第5番は1拍目が休止なので入りが難しいのだが、川瀬は二つ小さく振った後で、大きく振りかぶり、両手を下に降ろして止めたところで最初の音を出させた。
ビブラートは控えめだが、余りピリオドらしくはない演奏である。「ピリオドの要素も少しだけ取り入れてみました」という程度である。
スケールはそれほど大きくないが構造把握のしっかりした演奏である。もっと獰猛さがあっても良いと思うがそれはこれからの課題だろう。

川瀬もガレッジセールの二人も、「これからも200年、いや今後500年以上もヒットする傑作だと思います」というところで意見が一致した。


ハイドンの交響曲第90番より第4楽章。実は、この曲、終わったと見せかけてまだ続くという仕掛けのある曲である。繰り返し記号があるため終わったと勘違いさせる場所は2回ある。
川瀬によると4小節分空白があるそうで、当時の音楽を聴きながら居眠りをしている貴族の挑戦なのではないかという。
ちなみに、川瀬もコンサートを客席で聴くことがあるそうだが、基本的に寝てしまうそうで、「音楽を聴くと眠たくなるタイプの人間らしい」(指揮者の故・岩城宏之もそうした癖の持ち主だった)。
ただ作曲家としては自分の曲を演奏している間に寝る客がいるのは面白くない。ということで、「告別」や「驚愕」のような仕掛けのある曲を作ったり、交響曲第90番でも敢えて変わったことをやっているという。一種のユーモアなのだがブラックユーモアであり、川瀬はハイドンのそうしたブラックなところが好きなのだという。
ハイドンとレスピーギはガレッジセールは客席で聴いたのだが、ハイドンの演奏終了後、ゴリが「本当に終わりですか?」と聞きながらステージに戻ったりしていた。

ハイドンはベートーヴェンよりもピリオドの影響が強い演奏。流麗な演奏である。ちなみにニセのラストがあることが事前には知らされず、川瀬は音が消えると同時に客席の方を振り返り、拍手が起こるのを待ってから右手で第1ヴァイオリンに指示して演奏を続けた。
ブラックではあるが、聴衆を飽きさせないための工夫であり、それがヒットにも繋がると川瀬は分析する。

ちなみに、交響曲第90番をやっても、ニセのラストで拍手が起こらないことがたまにあり、そういう時には演奏家の方が気まずい気持ちになるのだが、後で確認すると、プログラムに「拍手の場所にご注意下さい」などネタバレが書かれているケースが大体だという。


ラストはレスピーギの交響詩「ローマの松」から第4曲「アッピア街道の松」。金管のバンダが活躍する曲だが、今日はバンダはパイプオルガンの前に陣取る。
迫力のある演奏である。川瀬の指揮も己の若さをオーケストラに浴びせかけるような激しさを持つ。
京響も熱演であり、若い指揮者による演奏としてはかなり良い出来だったのではないかと思う。


アンコール曲は、ヴェルディの歌劇「椿姫」より第1幕への前奏曲。オペラ的、物語的ではなかったかも知れないが繊細な演奏であった。

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