カテゴリー「教育」の25件の記事

2026年2月18日 (水)

これまでに観た映画より(427) National Theatre Live「ウォレン夫人の職業」

2026年2月9日 大阪の扇町キネマにて

扇町キネマで、英National Theatre Live(NTLive)「ウォレン夫人の職業」を観る。奇才バーナード・ショー(代表作「ピグマリオン」=ミュージカル映画版タイトル「マイ・フェア・レディ」)の戯曲を、ロイヤル・コート劇場の芸術監督を務めたドミニク・クックが演出。出演は、イメルダ・ストウントン、ベッシー・カーター、ケヴィン・ドイル、ロバート・グレニスターほか。

英国のみならず、ブリュッセルやウィーンにも家を持つ金持ちのウォレン夫人の職業であるが、バーナード・ショーの世代とその時代のオペラがどのような女性を描くことが多かったかを考えると、タイトルでおおよその見当はつき、実際、当たっている。
母娘の話であり、当時の女性が置かれた立場をも明らかにする芝居である。

ウエストエンドの劇場での上演。上から見ると円形の舞台でやり取りが行われる。かなりの確率で笑いが起こるが、日本人としてはちょっと笑うのをはばかられるものが多い。やはりお国柄か、ブラックユーモアには笑いの反射神経が良さそうである。

ヴィヴィ・ウォレンは、幼い頃から寮などに住み、大学でも学んでいる(卒業したのか休学中なのかは不明)。「大学に戻る」という言葉が、「復学する」にも「大学院に進む」にも取れる。ただ知的水準は、牧師の息子であるフランクによると「ケンブリッジ大学卒業クラス」だそうだ。
母親のキティ・ウォレン(ウォレン夫人)は娘の面倒を余り見てこなかった。ずっとヨーロッパ大陸にいたが、久しぶりにイギリスに帰ってくる。
ちなみにヴィヴィは、自分の父親が誰なのかを知らない。
世間知らずと思われがちなヴィヴィであるが、短期間ながらロンドンに出て、事務仕事(数学が得意なので経理なども受け持ったのだろうか)をしたことがある。一方、ロンドンの芸術好きの友達に誘われて、ロンドンの美術館やオペラなどを観たが、彼女には芸術嗜好は全くなく、退屈でしかなくて今も芸術嫌いである。

キティ・ウォレンは、子ども4人のシングルマザーの子として育った。上二人は父親が違い、キティと姉のリズは純粋な姉妹だ。しかし、ある日、リズが姿を消す。橋から身投げして命を絶ったのだ、などと言われたが、ある日、リズが上品な上着に身を包んで帰ってくる。彼女は売春婦となったのだ。キティが1日14時間、バーでウエイトレスとして働いても薄給なのに対し、売春を行えば好きなものが好きなだけ手に入る。リズがブリュッセルに開いた高級娼婦の店でキティは働くことになり、ヴィヴィに十分な学費と生活費を送ることが出来たのだった。おそらくキティにとっては、女に必要なのは女であることで、聡明さなどは大して意味がない。娘を大学に進ませることが出来たのも金があったからだ。
この時代、女性が身を立てることの出来る職業は限られており、女性一人が一人だけの稼ぎで生きていくのは至難の業だった。国は違えど同じヨーロッパの国々で同じような問題が発生していたことは、オペラによく描かれている。
売春宿の話が出てくる時には、娼婦姿の女優達が背後に、ステージを取り囲むように立ち、その後、娼婦役のキャスト達は小道具を片付けたりする。
狩猟などをして遊び暮らし、収入が全くないフランクが、ヴィヴィの金を目当てに近づくも、二人は(おそらく異母)姉弟であることが分かるなど、バーナード・ショーらしい皮肉も効いている。
母親の言うことも分かるのだが、薄給でも職業婦人として歩き出したヴィヴィが頼もしくもある。

今回はパンフレットの取り扱いはなく、詳しいことは分からない。

イギリスの俳優は、表情と手の動きが日本人俳優より豊かだ。新劇の欧米作品上演などは白人の動きを真似て演技をするわけで、不自然ではあるのだが、一度、日本人の動きのままで欧米の作品に取り組んだ団体を観たことがあり、とてもじゃないが見ていられなかった。ということで新劇的な演技にならざるを得ないように思う。白人にはなれないが白人のフリをするしかない。

演出面であるが、不穏な音がずっと響いているのは逆効果。そんな説明はなくても分かる。

他にも欧米と日本の違いは色々あるが、英国の俳優の方が舞台に馴染んでいるように思う。そして自身に与えられた役を楽しんでいる。英国には王立の演劇学校や私立の音楽演劇学校があってそれによる違いもあるだろうが、技術よりも「いかに芝居が好きか」の違いは大きいように思う。昔の日本は新劇の劇団上がりなども多かったが、今は容姿が良かったのでスカウトして演技はそれからというケースも多い。「好きこそものの上手なれ」で、演技が好きな人の方が演技力が伸びやすいのは当然である。そうして培った演技をこちらも楽しんでみたくなるのだ。

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2026年1月 5日 (月)

これまでに観た映画より(421) ナショナル・シアター・ライブ(National Theatre Live) 「インター・エイリア(Inter Alia)」

2025年12月27日 梅田の大阪ステーションシティシネマにて

大阪へ。大阪ステーションシティシネマで、ナショナル・シアター・ライブ(National Theatre Live。NTL、NTLive)「インター・エイリア(Inter Alia)」を観る。今年の7月23日にロンドンの英国ナショナル・シアター リトルトン劇場で初演された作品で、三人芝居であるが、主役であるロザムンド・パイク(ジェシカ・パークス役)がストーリーテラーを兼任するため、膨大の量のセリフをこなしている。ロザムンド・パイク以外の出演は、ジェイミー・グローヴァー(マイケル・ウィートリー役)、ジャスパー・タルボット(ハリー・ウィートリー役)。その他に、子役が計6人出演する。
作は、オーストラリア・メルボルン出身のスージー・ミラー。豪州で弁護士兼劇作家として活躍した後、2010年にロンドンに移住したが、現在は、英、米、豪の3カ所で演劇、映画、テレビドラマに関わっている。
演出は、ジャスティン・マーティン。スティーブン・ダルドルーと共にキャリアを築いてきた演出家である。
スージー・ミラーとジャスティン・マーティンのコンビは、前作「プライマ・フェイシィ」に続き、NTL上映作品に選ばれた。
「Inter Alia」は、ラテン語で「その他のことの中で」という意味である。

セットはシンプルである。とある家庭の一室、中央にカウチとキッチンテーブル、上手にキッチンがあり、下手はものを入れる棚になっている。

ジェシカは、英刑事法院判事に昇格したばかりの法曹。夫のマイケルは弁護士だが、稼ぎは余り良くないようだ。弁護士などは接客業なので、頭脳は優秀でも対人関係を築くのが苦手な場合は、顧客が付かず、稼げず生活保護へ、というコースもあり得るため、日本でも近年は苦労して勉強してそれでは割に合わないと、弁護士志望者は減りつつある。マイケルも肩身が狭いというほどではないが、余り出しゃばらないよう心がけているようだ。
「妻より夫の方が上で」とジェシカも一人で夫婦円満法を唱えるが、取りあえずそれはそれである。夫婦間に亀裂はない。だが、18歳の息子、ハリーのことは心配である。ハリーの性的経験に関してはジェシカは踏み入らないようにしていた。自分が、男女間の暴力訴訟を得意とする検事だったからかも知れない。しかし、あるとき、ジェシカはハリーのノートパソコン(英米で言うラップトップ)の訪問履歴を検索する。しない方が賢明だとは思うのだが、ポルノハブなどの性関係の投稿サイトの閲覧履歴や、自分たちの仲間で撮影した性的な動画を見て、ジェシカは動揺する。
そして、ハリーが、強姦容疑で起訴される。ハワイ関連のイベントに参加し、クラスメイトと関係を持った疑惑が浮上したのだ。
ハリーとクラスメイトとの証言は食い違うのだが……。

性暴力の裁判を長年に渡って担ってきた女性が、息子が起こした性加害事件にどう向かい合うのか描いた作品である。
ただ、その前に、両親ともに法曹という、特殊な家庭であることには触れておきたい。イギリスは階級社会であり、労働者階級から上流階級に上がるには専門職に就くしかない。法曹は専門職なので、階級を超えることが出来る。上流階級になれるのだ。ただ、上流階級出身の法曹も当然ながらいるので、この夫婦の出身階級は不明である。ジェシカはやたらお喋りであるが、自分たちの出身階級には触れていない。息子のハリーは幼い頃にいじめに遭っていたが、これに関しても階級が影響しているのか不明である。労働階級の方が荒れてはいるが、仮に上流階級でパブリックスクールに入っていたとしてもいじめに遭う可能性はある。
それでも現時点では上流階級にいると思って間違いないだろう。前作の「プライマ・フェイシィ」は、労働者階級から法曹となり、上流階級へと移った女性が主人公だったが、本作とは繋がっていない。

階級によって思想や信条は変わってくるが、この芝居では、どの階級でも起こる事件を扱っており、意図的にかどうかは不明だが、階級にまつわる話は描かれていない。
その代わりに、妻の方が夫よりも上という、努力しても少し歪んでしまう家庭像には僅かながら振れている。階級よりも前に妻と夫のランクによって家庭のバランスが崩れるということもあり得る。

ハリーがどこまで行ったらレイプかどうか、ジェシカに問うシーンがある。性教育が十分ではなかったのだが、日本も性教育に関しては先進国中最低レベルといわれているため、耳の痛い問題である。

終盤はジェシカとハリー二人の話となるが、幼き頃のハリーを子役が舞台上を駆け巡ることで演じている。
ラストはベストではないかも知れないが、上手いところに落としたなという印象を受ける。法曹としてというよりも母親として、ジェシカはハリーときちんと向かい合ってこなかったように思う。18歳、子離れの年齢。ハリーからの提案をジェシカが受け入れることが、ほんの僅かながら明るさを感じさせる。

とにかくジェシカ役のロザムンド・パイクのセリフ量が多く、圧倒される。演じるジェシカ・パークスも判事で超エリート。ただ母親としてはスーパーウーマンではなくありふれた母親であったことが、観客をホッとさせる。これは超人達ではなく、普通の人々の物語だ。
今後、親子で事件に向き合うこともあるかも知れない。だがその前に母と息子の二人の話が続くはずだ。

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2025年8月29日 (金)

これまでに観た映画より(395) 「アゲイン 28年目の甲子園」

2025年8月23日

U-NEXTで、東映映画「アゲイン 28年目の甲子園」を観る。原作:重松清『アゲイン』。監督・脚本:大森寿美男。出演:中井貴一、波瑠、柳葉敏郎、西岡徳間、太賀(仲野太賀)、門脇麦、堀内敬子、村木仁、阿南健治、安田顕、久保田紗友、西尾まり、工藤阿須加、和久井映見ほか。角盈男、高橋慶彦といった有名プロ野球OBがカメオ出演している。

坂町晴彦(中井貴一)は、46歳。スポーツ新聞社の総務部で働いている。川越学院高校時代は、サードを守りキャプテンを務めていたが、埼玉県大会決勝の前日に松川典夫(太賀)が、不祥事を起こし、決勝戦は出場辞退となっていた。
野球が好きでスポーツに携わりたいということでスポーツ記者となった坂町だが、離婚後、一人娘の沙奈美(門脇麦)は母親を選び、坂町は今は一人暮らしで、記者から総務への異動を願い出ている。妻と娘への負い目があった。妻は再婚したが、その後に亡くなった。沙奈美の義父(役名なし。安田顕)によると沙奈美は家を出て一人で暮らしているそうである。
そんな坂町の家に、神戸大学の学生である戸沢美枝(波瑠)が訪ねてくる。マスターズ甲子園に出てみないかと誘い、父親が何年にも渡って書いた年賀状を坂町に渡す。美枝の父親は松川典夫であった。漁師だった典夫は、昨年(2011年)の震災(東日本大震災)で亡くなったという。
当初は美枝を相手にしなかった坂町だが、当時のエースピッチャーだった高橋直之(柳葉敏郎)がリストラに遭い、家族には背広姿で朝に出掛けて勤めを続けているように見せかけ、ハローワークに通っていたり、キャッチャーだった山下徹(村木仁)が信用金庫に務める傍ら少年野球チーム(ユニフォームが1998年に優勝した時の横浜ベイスターズのものにそっくりである)の指導をしていたりと、それぞれの人生を知り、やがて川越学院高校野球部OBはマスターズ甲子園参加を決める。

マスターズ甲子園は7回制。基本的なルールは一緒だが、4回以降は35歳以上しか出場出来ず、投手は30歳以上である必要があり、2イニングスまでしか投げることが出来ない(現在はルールが少し変わっているようである)。
47都道府県の代表が集まるわけではないが(参加校がいない県もある)、各県、もしくは各地区ごとに予選が行われ、予選大会で優勝したチームが阪神甲子園球場でトーナメンを行い、優勝を目指す。阪神タイガースの公式戦が終わった秋に行われるが、2011年は震災の影響で年末に開催されている。
実際はどうなのか分からないが、吹奏楽やチアリーダーによる応援もあり、華やかである。吹奏楽は古田敦也の母校として知られる兵庫県立川西明峰高校と龍谷中学校の吹奏楽部が受け持っている。

マスター甲子園を軸に、二組の父娘、夫婦愛などが描かれる。ハートウォーミングな作品である。
作品の舞台となった2012年から13年が経ち、映画が公開された2015年から10年が経ったということで、46歳だった川越学院OBの選手よりも今は私の方が年上になってしまった。そう考えると感慨深い。

野球は大好きだが、野球チームに入ったことはない。私の能力ではレギュラーになるのは無理だと分かっていたからだ。野球を嫌いになりたくなかった。
それでも打ったり投げたりは好きで、バッティングセンターにも機会があれば通う。ただ、今年の春に東京の神宮バッティングドームでピッチングを行ったが、抜けるか叩きつけるかで、ストライクを取るどころかゾーンにすら入らなかった。神宮バッティングドームには、前身の神宮バッティングセンター(北野武監督の「HANA-BI」でその姿を見ることが出来る)の頃から週2、3回のペースで通い、ストライクも取れたし、スピードも100キロ近く出た。だがもうピッチングは限界かも知れない。

酷暑により、続行は危険なのではないかと言われている全国高等学校野球選手権大会。「ドームでやれ」と簡単にいうが、札幌ドーム以外のドーム球場はプロ野球団の本拠地であり(札幌ドームは高校生が野球を行うには余りに過酷な環境である)、高校野球が開催されたとして、代替本拠地はどうなるのかという問題がある(阪神タイガースには「死のロード」があったが、今は京セラドーム大阪を代替本拠地とすることで過酷さはほぼなくなった)。そして使用料が掛かる。甲子園球場は全国高等学校野球選手権大会の前身である全国中等学校野球選手権大会のために建設された野球場(その他のスポーツ開催も前提とした甲子園大運動場の名でオープンしたが、その後、野球用に改められている。ただアメフトの甲子園ボウルやラグビーの試合などは行われる)であり、第1使用権も保持。ここで高校野球を行う歴史的根拠がある。「秋にしろ」というが、秋には長期休暇がないので授業を何日もサボって野球三昧という訳にはいかない。それに選抜を決める秋季大会と明治神宮大会、国体がある。「冬にしろ」と本気で言う人もいる。「サッカーやラグビーは冬にやっている」というが、サッカーやラグビーと違って野球は投手以外は動きの少ないスポーツである。体が冷えたところで横っ飛びでもしたら大怪我になりかねない。ということで高野連も冬季の試合を禁じている。それに冬には3年生はすでに引退している。
選手達は攻撃の間、クーラーの効いたベンチで休めるからいいが、吹奏楽やチアリーダーが大変という話があるが、4、5、6回は休みにするとか、1回おきに休みにするとかまだ対処法はありそうである。

「甲子園」という、世界で一つの文化的価値を考えさせられる映画でもあった。

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2025年4月14日 (月)

これまでに観た映画より(384) 「35年目のラブレター」

2025年4月9日 イオンモールKYOTO内のT・ジョイ京都にて

イオンモールKYOTO5階にある映画館T・ジョイ京都で、「35年目のラブレター」を観る。実話に基づくラブストーリーで、登場人物の名前も実話に基づくものが多い。
原作:小倉孝保。監督・脚本:塚本廉平。出演:笑福亭鶴瓶、原田知世、重岡大毅、上白石萌音、徳永えり、ぎぃ子、本多力、辻本祐樹、笹野高史、江口のりこ、くわばたえり、瀬戸琴楓(せと・ことか)、白鳥晴都(しらとり・はると)、安田顕ほか。音楽:岩代太郎。主題歌:秦基博「ずっと作りかけのラブソング」

奈良市。西畑保(笑福亭鶴瓶)は、寿司職人。もうすぐ65歳で定年を迎えようとしている。保は、幼い頃、母親の再婚で和歌山の僻地に越し、程なく母親は亡くなったが、義父は全く面倒を見てくれない人だったために、兄弟のために休日は子どもながらに働いていた。小学校までは歩いて片道3時間。それでも通っていたが、2年生の時に窃盗の疑いを掛けられ、苛められて、以後、学校には通えなくなってしまった。
それでも成長した保(青年時代の保:重岡大毅)は、寿司屋に修行で入るが、読み書きが全く出来ないため、同僚から苛められる。新たな職場を探すが、読み書きが出来ないとあっては採用されない。それでも奈良市にある寿司屋の大将である逸美(笹野高史)に拾われて、寿司職人として働き始める。それが1964年のこと。
1972年に、保はお見合いの話を受ける。相手が保の真面目さを気に入っているとのこと。お見合いの場で、相手の皎子(きょうこ。青年時代の皎子:上白石萌音)に一目惚れした保。皎子は当時流行りの女性の三大職業の一つ、タイピストであった(残りの二つは、エレベーターガールとスチュワーデス=CA)。当然ながら文字には詳しい。相手に自分が文盲だとバレないように気を付けながら奈良公園などでデートする保。結果、相手にバレることなく、むしろ皎子の方が積極的で結婚に至る。清楚な感じの皎子だが、実際は気が強いことが分かる。それでもいつかは保が文字の読み書きが出来ないことがバレる日が来る。皎子は黙ってそれを受け入れ、「私が保さんの手になります」と言うのだった。
二女に恵まれた西畑家。やがて二人とも結婚相手を見つける。そんな中、保は夜間中学の存在を知る。夜間中学(春日中学校夜間学級)教師の谷山恵(たにやま・めぐみ。男性。演じるのは安田顕)に説明を受け、中学を出ていないなら誰でも入れる(途中から制度が変わり、中学卒でも入学可となる)ということで、保は入学を決める。理由はこれまで自分に尽くしてくれた皎子(原田知世)にラブレターを書きたいためであった。

夜間中学は、数が減りつつあるが、子どもの頃に十分な教育が受けられず、読み書きや簡単な計算、英語などに難のある人が通う。引きこもり経験のある若者なども通っている。在籍期間は基本3年だが、最大20年まで。自分が「卒業したい」と思った時が、卒業の時である。

妻の皎子であるが、タイピストが花形の職業だった時代はとっくに終わり、ワードプロセッサー(ワープロ)を使って校正の仕事を内職でしていたが、パソコンの時代となり、ワープロによる仕事はもはや求められておらず、家事に専念するようになっていた。

夜間中学校の同級生は、戦争で十分な教育を受けられなかった者、比較的若いが読字障害がありそうな者、戦争で両親を亡くし、日本語をしっかり学んで最終的には大学に進みたいという南アジア出身者など、境遇はバラバラである。学校に通った経験がほとんどなかった保は、友達も出来て学校が楽しいところだということを初めて知る。
それでも保の文字を覚えるスピードは遅々たるもので何度も諦めそうになるが続ける。辞めようかと思っていた在学7年目のある日、保は谷山から、「最初の頃に比べると大分上手くなってきている」と励まされる。
そして、いよいよ皎子にラブレターを渡す日。皎子は喜ぶが、採点すると63点で……。

笑福亭鶴瓶と原田知世、そして若い頃の二人を重岡大毅と上白石萌音が演じることで、二人の成長、学力のみでなく夫婦としての成長を見守ることが出来るようになっている。
お見合いの場で、上白石萌音が、「薩摩おごじょ」と紹介され、「薩摩ちゃいます」と否定する場面があるが、上白石萌音が薩摩出身なのはよく知られているので、ちょっとした洒落である。見た目がやはり薩摩のお嬢さんである。

35年目のラブレターが、保から皎子へ宛てたものだと誰もが思うが実は……。これでおおよその見当は付いてしまうと思うが、分かってても十二分に味わえる映画であるので特に問題はないだろう。

奈良が舞台だけに、俳優陣はみんな奈良弁を使うが、ネイティブな奈良弁の使い手ではないのではっきりとは分からないものの、皆、達者である。地方出身で、標準語という別の言語を習得しているだけに、方言も覚えやすいのかも知れない。ちなみに私は千葉市出身であるため、普段から使っている言葉が標準語であり、方言などは特に話したことがないので(京言葉は文章でのみ使うことが出来る)方言を覚えるのは得意ではないかも知れない。
興福寺五重塔、薬師寺、奈良公園、浮見堂、奈良ホテル、法隆寺五重塔など奈良市内と奈良県内の名所も多く登場。エンドクレジットに東大寺の文字があったが、どこの場面だったのかは不明。大仏殿や南大門などの有名な建物は映っていなかったはずである。また以前に原田知世が住んでいたこともある千葉県佐倉市でもロケは行われているが、具体的にどの場面なのかは分からなかった。
ともあれ、古都の情緒もたっぷりで、話に彩りを添えてくれる。

笑福亭鶴瓶の味のある演技(笑福亭鶴瓶そのものだが)、原田知世のたおやかな雰囲気、重岡大毅の放つエネルギー、上白石萌音の溢れ出る才女感と癒やしのムードなど俳優陣も良い感じである。現在、大河ドラマ「べらぼう」の平賀源内役でブレーク中の安田顕も、源内とは異なる落ち着いた大人の雰囲気で、見る者に安心感を与えてくれる。

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2025年2月15日 (土)

コンサートの記(887) 下野竜也指揮 第20回 京都市ジュニアオーケストラコンサート

2025年1月25日 京都コンサートホールにて

午後2時から、京都コンサートホールで、第20回 京都市ジュニアオーケストラコンサートを聴く。今回の指揮者は下野竜也。

ジュニアオーケストラとしては日本屈指の実力を誇る京都市ジュニアオーケストラ。2005年に創設され、2008年から2021年までは広上淳一がスーパーヴァイザーを務めたが、現在はそれに相当する肩書きを持つ人物は存在しない。10歳から22歳までの京都市在住また通学の青少年の中からオーディションで選ばれたメンバーによって結成されているが、全員が必ずしも音楽家志望という訳ではないようである。今年は小学生のメンバーは6年生が一人いるだけ。一番上なのは大学院1回生であると思われるが、「大卒」という肩書きのメンバーも何人かいて、同年代である可能性が高い。専攻科在籍者も院在籍者と同年代であろう。また「高卒」となっている団員もいるが、大学浪人中なのか、正社員として働いているのかフリーターなどをしているのか、あるいはすでに音楽の仕事に就いているのかは不明である。またOBやOGが何人か参加。彼らは少し年上のはずである。パート指導は京都市交響楽団のメンバーが行っている。

 

曲目は、前半が、バッハ=エルガーの「幻想曲とフーガ」ハ短調 BWV537、アルチュニアンのトランペット協奏曲(トランペット独奏:ハラルド・ナエス)。後半がフランクの交響曲ニ短調。アルチュニアンのトランペット協奏曲もフランクの交響曲も主題が回帰するという同じ特性を持っているため、プログラムに選ばれたのだと思われる。

今回のコンサートマスターは、前半が森川光、後半が嶋元葵。共に男女共用の名前の二人だが、森川光は男性、嶋元葵は女性である。嶋元葵は前半に、森川光は後半にそれぞれ第2ヴァイオリン首席奏者を務める。

 

ここ数年は毎年のようにNHK大河ドラマのテーマ曲の指揮を手掛けている下野竜也。今年の「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」のテーマ音楽も指揮している(昨年の大河である「光る君へ」のテーマ音楽は広上淳一が指揮)。現在は、NHK交響楽団正指揮者、札幌交響楽団首席客演指揮者、広島ウインドオーケストラ音楽監督の地位にあり、音楽総監督を務めていた広島交響楽団からは桂冠指揮者の称号を得ている。京都市交響楽団でも師の一人である広上淳一の時代に常任客演指揮者を経て常任首席客演指揮者として活躍していた。京都市立芸術大学音楽学部の教授を経て、現在は東京藝術大学音楽学部と東京音楽大学で後進の指導に当たっている。

 

午後1時10分頃からロビーコンサートがあり、ジョルジュ・オーリックやヘンデル、モーツァルトなどの曲が演奏された。

 

バッハ=エルガーの「幻想曲とフーガ」ハ短調 BWV。J・S・バッハの曲をエルガーが20世紀風に編曲したものである。
京都市ジュニアオーケストラは、音の厚みこそないが、輝きや透明感に溢れ、アンサンブルの精度も高い。バッハの格調高さとエルガーのノーブルさが合わさったこの曲を巧みに聴かせた。

 

アルチュニアンのトランペット協奏曲。
アレクサンドル・アルチュニアン(1920-2012)は、アルメニアの作曲家。自国の民族音楽を取り入れた親しみやすい作風で知られているという。
トランペット独奏のハラルド・ナエスは、ノルウェー出身。ノルウェー国立音楽院を卒業し、母国や北欧のオーケストラ、軍楽隊などで活躍した後に兵庫芸術文化センター管弦楽団に入団。京都市交響楽団のオーディションに合格して、現在は同楽団の首席トランペット奏者を務めている。日本に長く滞在しているため、日本語も達者で、自己紹介の時は「ナエス・ハラルド」と日本風に姓・名の順で名乗っている。
アルメニア出身のアルチュニアンであるが、作風はアルメニアを代表する作曲家であるハチャトゥリアンよりもショスタコーヴィチに似ている。諧謔性と才気に満ちた音楽である。ハラルド・ナエスは、輝かしい音によるソロを披露した。
下野指揮する京都市ジュニアオーケストラの伴奏もしっかりしたものである。

 

後半。フランクの交響曲ニ短調。ベルギーを代表する作曲家であるセザール・フランク。ベルギー・フランス語圏の中心都市であるリエージュに生まれ、パリに出てオルガニストとして活躍。オルガンの特性をオーケストラで生かしたのが交響曲ニ短調である。初演時にはこの曲の特徴である循環形式などが不評で、失敗とされたが、フランクはよそからの評判を余り気にしない人で、「自分が思うような音が鳴っていた」と満足げであったという話が伝わっている。その後、この曲の評判は高まり、フランスを代表する交響曲との評価を勝ち得るまでになっている。
下野の指揮する京都市ジュニアオーケストラは、この曲に必要とされる音の潤沢さと色彩感を見事に表す。音の厚みもプロオーケストラほどではないが生み出す。下野の音楽設計もしっかりしたもので、フォルムをきっちりと築き上げる。フランス音楽の肝であるエスプリ・クルトワも十分に感じられた。

 

演奏終了後、拍手を受けてから何度か引っ込んだ後で、下野はマイクを片手に登場。「本日はご来場ありがとうございます」とスピーチを行う。「ジュニアオーケストラのものとは思えない曲目が並びましたが、敢えて挑ませました」「京都市ジュニアオーケストラからは、多くの人材が、それこそ数えられないくらい輩出しているのですが」とこのオーケストラの意義を讃えた上で、合奏指導を行った二人を紹介することにする。
下野「指導は人に任せて私はいいとこ取り。極悪指揮者なので」

一人目は、井出奏(いで・かな)。彼女も漢字だけ見ると男性なのか女性なのか分からない名前である。東京都出身で、現在は東京藝術大学指揮科に在学中であり、下野の指導も受けている。なお、藝大に入る前には桐朋学園大学でヴァイオリンを専攻しており、藝大には学士入学となるようである。
井出奏の指揮によるアンコール演奏、ビゼーの「アルルの女」より“ファランドール”。メンバーを増やしての演奏である。
やや遅めのテンポによる堂々とした音楽作りなのだが、京都コンサートホールは天井が高く、残響が留まりやすい上に音が広がる傾向があり、スケールが野放図になって音が飽和し、全体像のぼやけた演奏になってしまっていた。やはりホールの音響特性を事前に把握しておくことは重要なようである。東京の人なので、十分に下調べを行うことが出来なかったのだろう。

二人目は、東尾多聞。京都市立芸術大学指揮専攻の学生である。奈良県出身。下野も京都市立芸大を退任するまでの2年間だけ直接指導したことがあるという。
演奏するのはヨハン・シュトラウスⅠ世の「ラデツキー行進曲」。
東尾はおそらく京都コンサートホールでの演奏経験が何度かあり、厄介な音響だということを知っていたため、音を抑えめにして輪郭を形作っていた。
演奏途中に下野と井出がステージ上に現れ、聴衆の手拍子の誘導などを行っていた。

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2024年11月11日 (月)

これまでに観た映画より(351) 「一粒の麦 荻野吟子の生涯」

2020年2月12日 京都シネマにて

京都シネマで日本映画「一粒の麦 荻野吟子の生涯」を観る。山田火砂子監督作品。出演は、若村麻由美、山本耕史、賀来千香子、佐野史郎、綿引勝彦、渡辺梓、堀内正美、平泉成、山口馬木也、柄本明、小倉一郎、渡辺哲、斉藤とも子、磯村みどり、村木路子ほか。音楽:渋谷毅。

日本初の女医である荻野吟子(若村麻由美が演じている)の伝記映画であり、日本赤十字社、日本医師会、日本女医会など多くの団体から後援を受けている。

幅広い層に訴えるため、極めてわかりやすい展開が行われている。そのためその人物の地位の説明など、後の展開には特に繋がらないセリフも多く、不自然な印象にはなっているが、荻野吟子が辿った激動の生涯はよく伝わってくる。

映画としては俳優の演技にムラがあるのが難点。多分、余りリハーサルを重ねずに撮ったと思われるテイクがいくつもあり、興ざめにはなる。子役を悪くいいたくはないが、他にもっと良い子はいなかったのだろうか。この間観た周防正行監督の「カツベン!」の子役とはかなりの開きがある。

伝記映画において余り重要とは思われなかったのか、荻野吟子の夫である志方之善(山本耕史)とのロマンスはばっさりカットされているため、荻野吟子が単なる変人と結婚したような印象を受けるのも難点である。

荻野吟子の生涯を知る上では貴重であるが、映画の完成度においては推せない作品となっている。
とはいえ、一緒に画面に映るシーンはないが、賀来千香子と佐野史郎が同じ映画に出ているというのは、なんとも懐かしい気分にさせられる。

若村麻由美と松たか子の顔がよく似てきているのが個人的には新たな発見であった。

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2024年10月13日 (日)

CIRCUS(サーカス) 「風のメルヘン」(テレハーモニーVersion)

コロナ時の収録。メンバーチェンジ前になりますが、サーカスは一度だけ、ライブを聴いたことがあります。1992年、千葉市の幕張メッセ幕張イベントホールでの合同コンサート。本人達は、「今日は音楽とサーカスが来るという話になってる」と半自虐発言をなさっていました。

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2024年6月10日 (月)

NHK「かんさい熱視線 奈良を“音楽の都”へ ピアニスト・反田恭平」

2024年5月26日

NHK「かんさい熱視線 奈良を“音楽の都”へ ピアニスト・反田恭平」を見る。昨年の11月にオンエアされたものの再放送。反田恭平が奈良県文化会館(現在は耐震工事のため休館中)の芸術監督に就任することが発表されたのを受けての再放送だと思われる。

ショパン国際コンクールで2位となり、内田光子と並ぶ日本人最高位を獲得した反田恭平であるが、1位を取れなかったことに心残りがあり、次世代から1位を取れる逸材を生み出す学び舎を作り出そうと、奈良で教育活動を始めた。反田が教育活動の拠点の条件としてあげたのが、「空気が澄んでいること」「文化・歴史的背景があること」「外国人が多く訪れる場所であること」で、それに合致するのが奈良だった。指揮活動もしている反田は、株式会社立であるジャパン・ナショナル・オーケストラ(JNO)を結成。若手の実力派を集めている。本拠地は響きの良い、やまと郡山城ホールに置いているが、あるいは芸術監督となった奈良県文化会館国際ホールに移るかも知れない。
現在、奈良県ではムジークフェストならという音楽祭が行われているが、知名度は今ひとつで、ほとんど奈良の人しか知らない。奈良フィルハーモニー管弦楽団というプロオーケストラもあるが、定期演奏会は年2回ほどで、恵まれた状態にあるとは言えないのが現状である。
そんな奈良から音楽発信をすべく、反田とJNOは世界中で演奏会を行い、反田のみならずJNOのメンバーも奈良で教育活動も行っている。

東大寺開山・良弁僧正1250年御遠忌の法要として東大寺大仏殿の前での奉納演奏を行うことになった反田とJNO。反田は大の雨男だそうで、デビュー2年目のツアーの時は毎回雨。東大寺大仏殿の前での演奏当日も雨となった。悪環境の中ではあったが、ショパンの「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」と、ブラームスの交響曲第1番が演奏される。リハーサルにもカメラが入っているが、反田と年の近いメンバー同士ということもあって、対等の立場で「仲間」として音楽が形作られていく様を見ることが出来、一世代前の指揮者とオーケストラの関係とは大分異なっていることが分かる。

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2021年10月27日 (水)

「全国龍馬ファンの集い関東大会 in 横浜」2014 尾﨑正直高知県知事(当時)講演より『竜馬がゆく』と高知県

2014年10月18日 横浜大さん橋ホールにて

「全国龍馬ファンの集い関東大会 in 横浜」。前半のメインは、高知県知事である尾﨑正直氏による講演である。

尾﨑はまず土佐藩はどちらかというと徳川に親しみを抱いていた藩(山内容堂公も公武合体派であり、徳川征討に最後まで反対したのも他ならぬ容堂公である)であり、長州や薩摩のように藩が一体になって立ち上がったというケースとは異なるということを述べる。土佐の場合は龍馬もそうだが、脱藩した志士達が個々に新しい時代を模索していた。

尾﨑氏は高知市出身であり、中学校2年生ぐらいの頃に司馬遼太郎の『竜馬がゆく』を読んで感銘を受けたというが、坂本龍馬が勉強を余りしなかったということから勉強が嫌いにもなったという。『竜馬がゆく』の中にある武市半平太に対する「あたら勉強が出来たために創造性を発揮出来なかった」というような記述も影響したそうだ。
しかし、1985年に、司馬遼太郎が高知市で、坂本龍馬生誕150周年のイベント(坂本龍馬は新暦に直すと1836年1月3日生まれであるが。旧暦の生年月日である天保6年11月15日の、「天保6年」は大部分が1835年になるのである)で行った講演を聞いた尾﨑は衝撃を受けたという。
司馬遼太郎は、船で高知入りしたようであるが、高知市民が龍馬の格好をしたり「龍馬」と書かれた旗を持っているのを見て、「奇妙なことですね。高知県民は四国の中でも独自のプライドを持つ県民だったはずなのに。まるでみんな自分を龍馬に仮託しているかのようです。聞くところによると、高知県の高校生の成績は四国の中で最低だそうですね。みんな龍馬が勉強をしなかったからといって自分もしなくていいと思っているんでしょうか」と述べたという。確かに当時の高知県の高校の偏差値は四国の中で最も低かったとのこと。司馬は「坂本龍馬というのは、あくまで特定の時代の人物であり精神である。真似をしても仕方がない」と言い切ったそうである。

この司馬遼太郎の講演は全国龍馬社中の会長である橋本邦健氏も聞いていたそうだが、橋本もやはり衝撃を受けたそうである。

尾﨑は、『竜馬がゆく』の中にも「竜馬が議論に負けないよう一生懸命本を読んだという下りがある(龍馬が漢文で書かれた本を読んでいる。他の者が書き下しで読み上げてみるよう龍馬に要求すると、龍馬が滅茶苦茶な読みをしたのでみんな笑ったが、内容を問うてみると寸分違わず理解しているため全員が驚いた、という場面が有名である。司馬遼太郎は「特異な才能」と評している)」として、龍馬が決して勉強を疎かにしていたわけではないことも強調していた。

尾﨑正直は、今、高知県の高校生の学力増強に取り組んでいるそうだが、単なる詰め込みでなく創造性を発揮出来るような教育方針も採っているという。

そういえば、高知県出身の漫画家は沢山いて、漫画甲子園は毎年高知市で行われるほどだが、小説家となるとなぜか「宮尾登美子、以上」となってしまう。これは謎である。

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2021年5月 6日 (木)

NHKオンデマンド 「100分de名著 『歎異抄』」

2021年4月26日

NHKオンデマンド「100分de名著 『歎異抄』」を4回連続で見る。2016年の放送。ナビゲーターは釈徹宗。
最も人気のある宗教書の一つとして知られる『歎異抄(たんにしょう)』。だが、「誤解を招く」として封印されてきた歴史があり、一般的に知られるようになったのは明治時代以降である。明治期に、清沢満之(きよざわ・まんし)、暁烏敏(あけがらす・はや)ら真宗大谷派の仏教学者が「歎異抄」の再評価を行い、特に暁烏敏は『歎異抄』を真宗の最重要書に選んでいる。今は、お東お西ともに『歎異抄』は重要視しているが、原則的にはお東(真宗大谷派)で研究された歴史の方が長い。

作者は正確には分かっていないが、常陸出身の唯円であるとされる(文章の中に唯円の名が登場するため)。ちなみに、親鸞の弟子に唯円という名の人は二人いたそうで、そこからしてややこしくなっている。

親鸞亡き後、真宗の教えはすぐに親鸞が残したものと異なる解釈が幅をきかせるようになり、それを嘆いた唯円が、「異なったことを嘆く」という意味で『歎異抄』を著した。

宗祖亡き後に、異なる意見が現れ、悶着が起こるというのは定番で、釈迦入滅後も意見が割れるのを防ぐために「結集」という、釈迦の教えを確認する会議が何度か行われたが、実際には、釈迦本人の言葉ではない経典が数多く創作され、今、日本に入ってきている経典は、そうした「理想の釈迦の言葉」を目指して創作されたものが大半である。創作というと「捏造」のようにも感じるが、自らが理想とする釈迦の言葉を、人生の伴侶とする形で歴代の人々が紡いでいったものであり、歴史的な価値がある。

だが、宗祖亡き後に、本来と異なると思われる教えが広まることに懸念を示すのも当然の心理である。真宗とは真逆の立場にある日蓮宗でもそれは起こっており、日蓮の高弟の一人であった日興は「日蓮聖人の教えが守られなくなった」として身延山を下り、大石寺を建てている。大石寺は、現在は日蓮正宗の総本山となっており、日蓮正宗は扱いとしては新宗教であるが、歴史は長い(日蓮宗富士門流からの分離)。

真宗の場合は、親鸞本人が新宗派を起こしたという考えを持っていなかったため、更にややこしくなる。
親鸞は承元の法難で越後に流罪となり(越後が流罪の国でなかったため異説もあり)、その後、関東に赴いて師である法然の教えを広め、更に深めていく。研究する上で、参考文献が必要になるのだが、当時の東国は田舎で、書籍は思うように手に入らない。そのことが親鸞が京都に戻る一因となったとされる。さて、京都に戻った親鸞であるが、東国で彼が広めた教えが様々に解釈されるようになり、侃々諤々の様相を呈する。親鸞がかつて本拠を置いていた常陸国は、筑波山があることから修験道の要地でもあり、修験道的な教えが念仏に混じるようになることは想像に難くない。ということで、親鸞は長男である善鸞(ぜんらん)を東国に送ったのだが、善鸞自身が呪術的な要素に染まるようになり、「父から自分だけが受け継いだ奥義」があると喧伝するようになる。親鸞は善鸞をやむなく義絶した。
実は善鸞は真宗出雲路派では、今も二代目に位置づけられていたりする。

実の子が教義を違えたため義絶することになった八十代の親鸞が唯円に語ったことを纏めたのが『歎異抄』である。実の子を見捨てざるを得なかったという親鸞の気持ちはおそらく反映されていると思われる。

「悪人正機説」が最も有名であるが、ここでいう「悪人」とは今でいう悪人とは異なる。
仏教というのは個人的な宗教であり、修行して解脱を目指すのが本道である。だが、日本において修行のみで生きることが出来るのは特別な立場にいる人だけである。僧侶がそうだが、実は当時の僧侶というのはある程度の身分のある人のエリートコースへの階段であり、親鸞も中級から下級の公家であるが日野氏という藤原北家の貴族の血筋に生まれている。日野氏からは後に日野重子や日野富子が生まれているが、それ以前にも足利将軍家に女子を送り込むなど、出家のための戦略に長けた家である。中級から下級であるため公家のままでは大した出世は望めないが、比叡山で僧侶になれば、あわよくば天台座主の座(今でいうと文部科学省大臣兼東京大学学長のような立場)も狙える。ということで親鸞の兄弟は全員、比叡山に入って仏道での出世を望まれるようになった。実際、親鸞の弟などはかなり出世している。
だが、親鸞は9歳で出家し、29歳まで20年間厳しい修行を行うも、一向に悟りの開ける気配を感じ取ることが出来ず、日毎比叡山を下りて六角堂に百日参詣を行う。そこで夢告を得て、吉水の法然坊源空に師事して、易行の道へと進むことになる。

修行に励まなければ極楽往生出来ないというのでは、救われるのは僧侶や僧侶になれる身分の人々だけということになってしまう。善人というのは僧侶などのことで、悪人というのはそうでない人のことである。僧侶以外は救われないという教えは仏教ではないと考えた親鸞が説いたのが、俗に言う「悪人正機説」である。自ら往生出来る人(声聞など)は自ら往生すれば良く、それが出来ない人々を救うのが阿弥陀の本願というわけである。当然といえば当然だが、西洋の「天は自ら助くる者を助く」という発想にはならない。
東国にいた頃、親鸞は貧しい人々とも積極的に接した。動物を殺して生きる猟師や漁師、当時は卑しい階級とされていた商人らが悪人と呼ばれた人々である。このような自ら往生出来ない人を救うことこそが弥陀の本願なのである。
親鸞が生きたのは激動の時代である。親鸞が生まれたのは西暦1173年であるが、その20年ほど前に保元の乱と平治の乱があり、武士階級が台頭。実は親鸞の母親は源氏出身ともいわれており、親鸞本人も武士階級の台頭や源平合戦と無縁ではなかった。戦になると武士や戦場に駆り出された庶民は人殺しをしなくてはならない。これでは往生など出来るはずもないのだが、そうした人々を救うのも阿弥陀如来の本願なのである。

こうしたことに関してはおそらく異論は出なかったであろうが、「南無阿弥陀仏と唱えれば全ては許される」などといったカトリックでいう免罪符に似た極論が出てきたため、こうした異論をたしなめるべく記されたのが『歎異抄』である。だが、極論を排して中道を行く精神が根本にあるため、どうにもフワフワとしてわかりにくいという印象を抱かせることになっている。仏教なので、点検することが一々多いのである。「どうせ救われるのだから何をしても良い」と考える「本願ぼこり」と呼ばれる極論を唱える人々が現れるのだが、「本願ぼこりは往生出来ない」という考え方もまた極論として退けられるのである。ただ、こうした考えは唯円オリジナルと見る向きもあり、それらもまた複雑さの原因となっているようである。

私自身は、五木寛之訳の『私訳 歎異抄』と光文社古典文庫から出た関西弁訳の『歎異抄』を読んでいるのだが、「理解は出来るが納得は出来ない」というのが今の立場である。

なお、ナレーションは昨年4月に亡くなった志賀廣太郎が行っており、落ち着いた語り口を楽しむことが出来る。

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