カテゴリー「室内楽」の44件の記事

2022年5月 1日 (日)

コンサートの記(776) 「ローム ミュージック フェスティバル 2022」リレーコンサートA「萩原麻未 featuring 岡本麻子」

2022年4月23日 左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールにて

正午から、左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールで、「ローム ミュージック フェスティバル 2022」リレーコンサートA「萩原麻未 featuring 岡本麻子」を聴く。個性派ピアニストとして人気の萩原麻未が、岡本麻子(まこ)と行うピアノ・デュオコンサート。

2020年はコロナのために中止、2021年は直前になって配信のみに切り替わったローム ミュージック フェスティバル。久しぶりの実演ということになる。

曲目は、モーツァルトの2台のピアノのためのソナタ ニ長調、ラヴェルの「ラ・ヴァルス」(ラヴェル自身による2台ピアノ版)、プーランクの「シテール島への船出」、ラヴェルの「耳で聴く風景」(「ハバネラ」「鐘が鳴るなかで」)、チャイコフスキーのバレエ音楽「くるみ割り人形」組曲(N・エコノム編)。
途中休憩15分を含み、上演時間約1時間半のコンサートである。

タイトルは、「萩原麻未 featuring 岡本麻子」となっているが、立場は対等。モーツァルトの2台のピアノのためのソナタ、プーランクの「シテール島への船出」、ラヴェルの「耳で聴く風景」では萩原麻未が第1ピアノ、その他の曲では岡本麻子が第1ピアノを奏でる。

萩原麻未は青の、岡本麻子は黄緑色のドレスを纏って登場。譜めくり人をつけての演奏である。


今日は前から6列目の真ん中の席に座るが、この席は直接音が届きすぎるため、モーツァルトなどは音像が大きすぎて、席のチョイスに失敗した感じであった。その他の曲は良かったが、もう少し後ろの席であった方が、音楽の全体像を把握しやすかったように思う。

とはいえ、洗練されつつも力強く、表現力豊かな二人のピアノを聴いているのは楽しい。「音楽は何よりも楽しさが大事」ということを思い出した。


モーツァルトの2台のピアノのためのソナタ ニ長調。1990年代に、この曲を聴くと知的能力が向上するという学説が発表されたことがあるが(モーツァルト効果)、現在ではそれは否定されている。普通に考えて音楽をちょっと聴いたぐらいで知的能力が向上するとは考えにくいのだが、非常にチャーミングな楽曲であり、リラクゼーション効果はあるため、それが調査結果に結びついたのかも知れない。
先に書いた通り、ステージから近めの席を選んだのは、この曲に関しては失敗だったと思うが、音楽自体を愉しむことは出来る。


萩原麻未は、パリ国立高等音楽院に学び、パリ地方音楽院で室内楽を学んでいて、十八番はラヴェルのピアノ協奏曲ということでフランスものは全般的に得意である。
「エスプリ・クルトワ」溢れるフランシス・プーランク(「パリのモーツァルト」との異名を取った)、ドビュッシーとともに近代フランス音楽を代表する作曲家であるラヴェルの演奏も当然ながら優れたものとなる。プーランクにおける洗練と愛らしさ、そしてバスク地方に生まれ、スペイン的な熱狂と土俗感にも富むラヴェルの演奏なども巧みである。岡本麻子は、萩原ほど知名度は高くないが、堅実にして確かな技術と表現力を感じさせる。


チャイコフスキーのバレエ音楽「くるみ割り人形」組曲。編曲を担当したニコラス・エコノム(1953-1993)は、キプロス生まれの編・作曲家だそうだが、ピアニストに高い技巧を求める編曲を施している。

萩原と岡本の丁々発止のピアニズム、表現力とレンジの幅広さ、優雅さと神秘性豊かな編曲など聴き所満載であり、一人では生み出せないピアノ・デュオならではの音楽と、二人のピアニストが生み出す親密な空気を味わうことの出来る演奏会であった。

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2022年3月23日 (水)

コンサートの記(769) アンサンブル九条山コンサート Vol.10「標-SIGNE」

2022年3月11日 京都府立府民ホールアルティ(ALTI)にて

午後7時から京都府立府民ホールアルティで、アンサンブル九条山コンサート Vol.10「標(しるし)-SIGNE」を聴く。全曲、2010年代に書かれた邦人作品で編まれたプログラム。

曲目は、馬場法子の「カノンではない変奏曲」(2011)、網盛将平(あみもり・しょうへい)の「Practice of chimeric movement on static syntax」(2015)、前川泉の「レンブラントとして笑う自画像」(2019。アンサンブル九条山公募選出作品)、西村朗の「氷蜜(ひみつ)」(2019)、坂田直樹の「カンデラ」(2019。世界初演)、坂田直樹の「黒曜石の波」(2019。アンサンブル九条山、アンサンブル・エクート共同委嘱作品。日本初演)。

作曲者3名が会場に駆けつけており、舞台転換の合間にトークのコーナーが設けられ、パーカッションの畑中明香(はたなか・あすか)が馬場法子に、ヴァイオリンの石上真由子が前川泉(女性)に、ソプラノの太田真紀が坂田直樹にインタビューを行った。
馬場と坂田はパリ在住。前川は現在、東京藝術大学大学院修士課程に在学中である。


古典派やロマン派の時代を経ずに、素朴な作曲が行われていた時期に続いてほぼ現代音楽から西洋音楽作曲法の受容が行われた日本。他の東アジアの国に先駆けて西洋文化を取り入れているとはいえ、音楽史がいびつになるのはどうしても避けられない。今日聴いた曲も、いずれも面白いところはあったが、後世まで生き残る作品なのかどうかは正直良く分からない。良く分かったら、私も音楽史上に名を残せるわけだが、そんな才能があったら千年に一人の天才である。


馬場法子の「カノンではない変奏曲」。編成は、フルート(若林かをり)、クラリネット(上田希)、ヴァイオリン(石上真由子)、チェロ(福富祥子)。指揮を佐渡裕の弟子で大阪教育大学の教員でもあるヤニック・パジェが務める。

意図的に息漏れをする管楽器がおもちゃの楽器のような愛らしい音色を出してスタート。ヴァイオリンとチェロがうねり、やがてチェロが寄せては引く波のような音型を奏で始める(指揮者の影になっていたので見えなかったが、弦に洗濯ばさみを挟むという特殊奏法を行っていたようだ)。ラストはヴァイオリンが弓ではなく青い棒のようなもので弦を擦るという特殊奏法を行っていた。


網守将平の「Practice of chimeric movement on static syntax」。出演は、太田真紀(ソプラノ)と森本ゆり(ピアノ)。

太田真紀と森本ゆりがピアノの連弾をしながらセリフを喋るというスタイルで開始。英語そして日本語が語られ、旋律へと変わっていく。ポピュラー音楽ならピアノの弾き語りはごくごく当たり前だが、クラシックでピアニストが語ったり歌ったりすることはまずないので珍しい(以前、同じアルティで児玉桃が語りながらピアノを弾いていたことはある)。
その後、太田真紀が後方へと移り、客席に背中を向けながらうなったり語ったりを行い、最後は少し上手寄りに移動して客席に横顔を見せながら叫んだりしていた。


前川泉の「レンブラントとして笑う自画像」。古代ギリシャの伝説的画家であるゼウクシスが、醜い老婆から「自分を女神として描いて欲しい」と頼まれ、仕事を開始するも余りの滑稽さに笑い転げ、息を詰まらせて死んだ、という話を題材にした作品をレンブラントが描いており、それを音楽として再現するという試み。編成は、バス・フルート(若林かをり)、バス・クラリネット(上田希)、チェロ(福富祥子)。石上真由子が行ったインタビューによると、前川は自身が習っていたのはヴァイオリンであるが、なぜか低音楽器が好きで、このような特殊な編成になったという。

各楽器が震えるような音を出す中、奏者達が実際に笑い声を上げていく。その後、楽器の旋律も笑いを模したようなものに近づいていく。


西村朗の「氷蜜(ひみつ)」。若林かをりによるフルート独奏作品である。いかにもフルート独奏のための現代曲といった特殊奏法満載の曲であるが、弱音で彼方から祭り囃子のような旋律が吹かれるのが印象的。今日聴いた作品の中ではこの瞬間が一番魅力的に聞こえた。


京都市出身で、今年41歳の若手作曲家、坂田直樹による「カンデラ」。上田希によるクラリネット独奏作品で、坂田は上田が演奏することを念頭に置いて作曲。上田が高い技術を持っているということで、より難度の高い楽曲となったようだ。
クラリネットの音をキャンドルの明滅に例えたもののようで、中盤に表れる重音奏法が光と影の重奏のようで印象的である。


最後の曲となる坂田直樹の「黒曜石の波」。坂田が大分県の姫島で見た黒曜石の輝きを音の波や潮騒に見立てた作品である。編成は、フルート(若林かをり)、クラリネット(上田希)、ヴァイオリン(石上真由子)、チェロ(福富祥子)、ピアノ(森本ゆり)、打楽器(畑中明香)。ヤニック・パジェの指揮による演奏。
3つの楽章からなるが、この曲はイメージがしやすかった。特にピアノの低音と鉄琴の煌めきが描写的で受け取りやすい。現代音楽の聴き方として、耳で聴くというよりは音を頼りに想像を楽しんだ方が理解しやすいということが上げられると思うが、この曲はまさに想像力で聴く作品であった。

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2021年11月14日 (日)

コンサートの記(752) 「ALTI 民族音楽祭~津軽・中国・モンゴル・琉球の音楽~」@京都府立府民ホールアルティ

2021年10月28日 京都府立府民ホールアルティ(ALTI)にて

午後6時から、京都府立府民ホールアルティで、「民族音楽祭~津軽・中国・モンゴル・琉球の音楽~」という音楽会に接する。津軽三味線(itaru)、二胡(尾辻優依子)、馬頭琴&ホーミー(福井則之)、ヴァイオリン(提琴&ヴァイパー。大城淳博)に古楽器のヴィオラ・ダ・ガンバ(中野潔子)を加え、各国・各地域の音楽が奏でられる。

曲目は、「もみじ」(全員)、「津軽よされ節」(三味線)、「楓葉繚乱(ふうようりょうらん)」(三味線)、「ナラチメグ」(馬頭琴、提琴、ガンバ)、「蘇州夜曲」(二胡)、「灯影揺紅」(二胡)、「スーホの白い馬」(馬頭琴)、「ホーミー・ホルバー・アヤルゴー」(馬頭琴&ホーミー)、「こきりこ節」(三味線、二胡)、「だんじゅかりゆし」(提琴、ガンバ)、「久高万寿主/唐船どーい」(ヴァイパー)、「かごめかごめ」の即興演奏(三味線、提琴、ガンバ)、「牧羊姑娘」(二胡、馬頭琴)、即興演奏(馬頭琴、三味線)、「茉莉花」(二胡、提琴、ガンバ)、「アメイジンググレイス~津軽あいや節」(三味線)、「津軽じょんがら節」(三味線)、「良宵」(二胡)、「三門峡暢思曲」(二胡)、「ドンシャン・グーグー」(馬頭琴)、「白馬」(馬頭琴)、「月ぬ美(ちゅら)しゃ」(ヴァイパー、ガンバ)、「てぃんさぐぬ花/闘山羊」(提琴、ガンバ)、「賽馬」(全員)。

全席自由だが、前後左右1席空けのソーシャルディスタンススタイルで、舞台席の上方、二階席と呼ばれる部分(一般的な二階席とは違う意味で使われている)は今日は関係者以外立ち入り禁止となっている。


ヴァイパーという楽器は、目にするのもその名を聞くのも初めてだが、アメリカで開発された6弦のエレキヴァイオリンで、日本では大城淳博が第一人者ということになるようである。

馬頭琴は演奏や曲を録音で聴いたことがあり、以前に訪れた浜松市楽器博物館では、「体験できる楽器」の中に馬頭琴(もどき)が含まれていたので、ちょっと音を出したこともあるのだが、演奏を生で聴くのは初めてかも知れない。

ホーミーは、今から30年ほど前に日本でも話題になったモンゴルの歌唱法である。低音の「ウィー」という声に倍音で中音域、高音域が重なるのが特徴となっている。坂本龍一の著書には、日本にホーミーを紹介したのは「いとうせいこう君」という記述があるが、これは本当かどうか分からない。坂本龍一は、日本で初めてラップを歌った人物もいとうせいこうであるとしている。


個人的なことを書かせて貰うと、民族音楽は比較的好きな方で、二十歳前後の頃にはキングレコードから出ている民族音楽シリーズのCDを何枚か買って楽しんでいた。「ウズベクの音楽」はかなり気に入った(HMVのサイトで、各曲の冒頭を聴くことが出来る)。
二胡は、姜建華が弾く坂本龍一の「ラストエンペラー」や、坂本龍一がアレンジしたサミュエル・バーバーの「アダージョ」を聴いて憧れ、キングレコードの民族楽器シリーズの中の1枚もよく聴いており、25歳の頃に先生について習い始めたのだが、色々と事情もあって3ヶ月でレッスンは終わってしまった。考えてみれば、二胡は単音しか出せない楽器なので、一人では「ラストエンペラー」を弾くことは出来ない。演劇を学ぶために京都に行く決意をしたのもこの頃ということもあり、以降は二胡とは疎遠になっている。

こうやって書いてみると、坂本龍一という音楽家の存在が私の中ではかなり大きいことが改めて分かってくる。ちなみに今日演奏された「てぃんさぐぬ花」も、初めて聴いたのは「BEAUTY」というアルバムに収められた坂本龍一編曲版であった。


客席に若い人が余りないのが残念であるが(親子連れはいた)、民族楽器が終結した演奏会を聴くという機会も余りないため、印象に残るものとなった。


福島則之の説明によると、馬頭琴は二弦からなる楽器であるが、一本の弦に馬の尻尾の毛100本ほどが束ねられているそうで、二弦と見せかけて実は二百弦という話をしていた。馬頭琴の音は人間の声に近い。西洋の楽器を含めて、これほど人間の声に近い音色を奏でる楽器は他に存在しないのではないだろうか。

ちなみに、弓の持ち方であるが、ヴァイオリンだけ上から掴むように持つオーバーハンドで、馬頭琴、二胡、ヴィオラ・ダ・ガンバは箸を持つように下から添えるアンダーハンドである。二胡とヴィオラ・ダ・ガンバは手首を返しながら左右に弓を動かすが、馬頭琴は二胡やヴィオラ・ダ・ガンバほどには弓を動かさないということもあってか、手首を固定したまま弾いている。

ヴィオラ・ダ・ガンバの、ガンバは「足」という意味で、両足で挟みながら演奏する。Jリーグのガンバ大阪も、フットボールの「フット」のイタリア語である「ガンバ」と、「頑張れ!」の「頑ば!」を掛けたチーム名である。
エンドピンのないチェロのようにも見え、ヴィオラ・ダ・ガンバのために書かれた曲も現在はチェロで弾かれることが多いことから、「チェロの祖先」と思われがちだが、実際は違う体系に属する楽器であり、弦の数も6本が基本と、チェロよりも多い。


「茉莉花」は、中国の国民的歌謡で、第二の国歌的存在であり、アテネオリンピックや北京オリンピックでも流れて話題になっている。尾辻は、上海に短期留学したことがあるのだが、街角のスーパーや薬局などで「茉莉花」の編曲版が流れているのを普通に耳にしたそうで、中国人の生活に「茉莉花」という曲が根付いているのが分かる。

「良宵」は、二胡の独奏曲の中で間違いなく最も有名な曲であり、二胡奏者は全員この曲をレパートリーに入れているはずである。作曲した劉天華は、それまで京劇などの伴奏楽器でしかなかった二胡を一人で芸術的な独奏楽器の地位まで高めた人物であり、中国の民族音楽の向上に多大な貢献を行っているが、多忙が災いしたのか37歳の若さで他界している。
「良宵」は、元々のタイトルは「除夜小唱(大晦日の小唄)」というもので、大晦日の酒宴をしている時に浮かんだ曲とされる。尾辻によると、後半になるにつれて酔いが回ったような曲調として演奏する人もいるそうである。


アンコールとして、こちらは日本の国民的歌曲となっている「故郷」が独奏のリレーの形で演奏された。

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2021年8月15日 (日)

コンサートの記(738) アンサンブル九条山コンサート VOL.12 観世流能楽師・浦田保親×アンサンブル九条山「彼岸にて」

2021年8月6日 烏丸迎賓館通りの京都府立府民ホールアルティにて

午後7時から、京都府立府民ホールアルティで、アンサンブル九条山コンサート VOL.12 観世流能楽師・浦田保親×アンサンブル九条山「彼岸にて」を聴く。文字通り、観世流の能楽師である浦田保親とアンサンブル九条山によるコラボレーション。

現代音楽への挑戦を続けるアンサンブル九条山。2010年にヴィラ九条山のレジデントであったヴァレリオ・サニカンドロによって現代音楽アンサンブルとして結成され、2015年からは演奏家による企画を主体的に行う団体として再始動している。今日の出演は、太田真紀(ソプラノ)、畑中明香(はたなか・あすか。打楽器)、石上真由子(いしがみ・まゆこ。ヴァイオリン)、上田希(うえだ・のぞみ。クラリネット)、福富祥子(ふくとみ・しょうこ。チェロ)、森本ゆり(ピアノ)。

能舞を行う浦田保親は、1967年生まれ。父親は観世流職分・浦田保利。3歳で初舞台を踏み、10歳で初シテを「猩々」で演じている。2012年には長男である親良との「ちかの会」を結成。復曲能や新作能にも意欲的に取り組んでいる。重要無形文化財総合指定保持者。


曲目は、まず早坂文雄の「佐藤春夫の詩に據る四つの無伴奏の歌」より「孤独」と「漳州橋畔口吟」の2曲が太田真紀によって歌われ、畑中明香の演奏による石井眞木の「サーティーン・ドラムス」を挟む形で残りの2曲である「嫁ぎゆく人に」と「うぐひす」の歌唱が行われる。後半にはメシアンの代表作の一つである世の終わりのための四重奏曲が演奏される。


黒澤映画の作曲家としても知られる早坂文雄。仙台生まれの札幌育ち。家庭の事情で中学卒業後すぐに社会に出ており、作曲は独学である。同じ北海道出身の伊福部昭や三浦敦史らと札幌で新音楽連盟を結成。この頃、サティ作品に傾倒し、いくつかの曲を日本初演している。1939年に東宝映画に音楽監督として入社し、黒澤明との名コンビで知られたが、結核の悪化により41歳の若さで他界。その死に際して黒澤明は、「両腕をもがれたよう」と悲嘆に暮れている。同じく結核に苦しんでいた武満徹は、早坂のために「弦楽のためのレクイエム」を書き上げた。
「佐藤春夫の詩に據る四つの無伴奏の歌」は、佐藤春夫のごくごく短い詩の一節を選んで作曲したものだが、四つの歌を通すと一つの物語が浮かぶように設計されている。
汎東洋主義を掲げた早坂文雄。この歌曲でも尺八の息づかいを応用するなど、独特の試みがなされている。
「漳州橋畔口吟」に浦田保親が登場。扇子を持って舞う。


石井眞木(男性)の「サーティーン・ドラムス」。タイトル通り13の太鼓で演奏される曲である。数種類のバチの他、素手でも演奏が行われる。畑中明香のダイナミックな演奏が魅力的である。
浦田保親は、榊の付いた杖を持って登場。神へ奉納するような舞を見せる。


メシアンの世の終わりのための四重奏曲(ヴァイオリン、クラリネット、チェロ、ピアノのための)。20世紀に作曲された最高の室内楽作品の一つとして高く評価されており、その特異な曲名と共に有名である。演奏は、石上真由子、上田希、福富祥子、森本ゆり。
森本ゆりの硬質のピアノが、全曲を通して良いアクセントとなっている。

世の終わりのための四重奏曲は、第二次大戦中にドイツの捕虜収容所にて書かれ、1941年にメシアン自身のピアノで初演されている。ヴァイオリン、クラリネット、チェロ、ピアノという編成は、たまたま捕虜収容所で一緒だった演奏家を念頭に入れたが故の産物である。世の終わりのための四重奏曲というタイトルは『ヨハネ黙示録』に由来するが、意味的には「時の終わりのための四重奏曲」とした方が原題に近いようである。

この曲では浦田は増女の能面を付けて登場。まずは赤の着物、次いで白の着物、最後は頭に鳳凰の飾りを付けた天女の衣装で現れる。
アルティは舞台が可動式で自由に設計することが出来るが、今日は中央部を張り出した独特の設置。舞台奥側から俯瞰で見ると凸型に見えるはずである。

能面を付けると視界がほとんど遮られるはずだが、浦田はそれを感じさせないキレのある舞を披露。舞台端や演奏家のすぐそばまで寄るため、見ているこちらがヒヤヒヤしたりもした。

オリヴィエ・メシアンの母親は、詩人であり、メシアンがまだお腹の中にいる時に、「いまだかつて誰も聴いたことのない音楽が聞こえる」という詩を書いたというが、生まれた息子は本当に「誰も聴いたことのない音楽」を生み出すことになる。
世の終わりのための四重奏曲は、この世とあの世の対比が描かれるのだが、それはまさに能が描き続けてきた世界である。
上田希のピアニシモで彼方から響き始めるかのようなクラリネットの音は、異人である能の登場人物の肉声のように聞こえたりもする。
余り指摘されてはいないはずだが、メシアンの音楽は天体と親和性があり、天の川や星々の煌めきが音楽で描写されたようなところがある。「天国への階段」とされるラストも、同時に満点の星空へと吸い込まれていくような「魂の昇華」が目に見えるかのようだ。

浦田の舞も、本当の意図は分からないが、衣装の変遷とメシアンの音楽とのストーリー性、また演奏者が全員女性であるということから、三者三様というよりも三つの女性の舞を通して「女人往生」に繋がるものがあるようにも見えた。一言で表せるほど単純なものでもないと思われるが。

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2021年7月26日 (月)

ボザール・トリオ ベートーヴェン ピアノ三重奏曲第5番「幽霊」

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2021年7月11日 (日)

楽興の時(42) 「テラの音 Vol.30」 Duo Felicello(デュオ・フェリーチェロ)デビューライブ

2021年7月2日 真宗大谷派小野山浄慶寺にて

午後7時から、京都御苑の近くにある真宗大谷派小野山浄慶(じょうきょう)寺で、「テラの音 vol.30」を聴く。浄慶寺で「テラの音(ね)」が開催されるのは、1年ぶりとなる。コロナ禍に加えて、共同主宰である牧野貴佐栄の体調面での問題もあり、なかなか上演が出来ないでいた「テラの音」であるが、次回は10月にやはり浄慶寺で行われることが決まっている。

今回は、チェロデュオであるDuo Felicello(デュオ・フェリーチェロ)の出演。メンバーは、三井菜奈生と徳安芽里。実は今回がデビュー公演になるという。

三井菜奈生は、香川県出身。4歳でピアノ、8歳でチェロを始め、12歳から高校卒業まで、かがわジュニアニューフィルハーモニックオーケストラに所属。第20回札幌リスト音楽院セミナーでは、名チェリストとして知られるミクローシュ・ペレーニのレッスンを受けている。大阪教育大学教育学部教養学科芸術専攻音楽コース卒業。

徳安芽里は、奈良県出身。浄土真宗本願寺派の大学である相愛大学音楽学部を卒業。桐朋オーケストラ・アカデミー研修課程を修了している。第8回全日本芸術コンクール大学生部門で奨励賞を受賞。


曲目は、J・S・バッハの「G線上のアリア」(管弦楽組曲第3番より“エア”)、ボッケリーニの2本のチェロのためのソナタ、「日本の四季の歌メドレー」、クンマーの「ヘンデルの主題による変奏曲」、ドッツァーの「モーツァルトの主題による変奏曲」、モーツァルトの「鏡のカノン」、バリエールの2本のチェロのためのソナタ ト長調。

見慣れぬ名前の作曲家も多いが、多くはチェリスト兼作曲家だった人のようで、チェロのための練習曲なども書いており、チェロを習っている人にとってはお馴染みの作曲家のようである。

通常の「テラの音」は二部制で、間に住職による法話が入るが、今回は時短にする必要があるということで、最初に浄慶寺の中島浩彰住職による法話があり、来週は七夕ということで「五節句」の話や、仏教が「私」を巡る宗教であるということなどが語られる。


おなじみの「G線上のアリア」でスタート。

「メヌエット」でお馴染みのボッケリーニであるが、それ以外の曲は余り知られていなかったりする。生前は作曲家としてよりもチェロ奏者として有名だったようで、2本のチェロのためのソナタは、チェロデュオの定番とされているようである。スケール豊かで、伸びやかな歌が特徴。

「日本の四季の歌メドレー」は、季節を題材にした日本の童謡など12曲からなるメドレー。春に始まり冬に終わる。演奏されるのは、「春が来た」「花の街」「早春賦」「背比べ」「茶摘み」「紅葉」「里の秋」「手袋の歌」「雪」などで、断片のみが演奏される曲もある。

クンマーの「ヘンデルの主題による変奏曲」。ここで用いられているヘンデルの主題とは、「勝利の歌」としても知られる「見よ、勇者は帰る」である。
トークは主に徳安が受け持っており、「運動会などの表彰式で流れていた曲」と説明していた。

ドッツァーの「モーツァルトの主題による変奏曲」で用いられる「モーツァルトの主題」というのは、歌劇「ドン・ジョヴァンニ」のアリア“お手をどうぞ”のメロディーである。
“お手をどうぞ”の主題による変奏曲は、ショパンなども作曲しているが、チェロは「人間の声に最も近い楽器」と呼ばれることも多く、チェロのことを知り尽くし、教則本も書いたドッツァーが、ドン・ジョヴァンニの歌うアリアを基に書いた変奏曲も魅力的である。

モーツァルトの「鏡のカノン」は、2人の演奏家が1枚の楽譜を上からと下から、同時に弾いて演奏が成り立つという楽曲である。J・S・バッハがこうした作品を多く残したが、モーツァルトも作曲しているようだ。ただこの作品には偽作説があるらしい。

バリエールの2本のチェロのためのソナタ ト長調。バリエールはフランスの作曲家兼チェリストで、生前は名声を博したようだが、わずか40歳で他界している。
この曲もチェリストの間では人気があるようで、典雅な第1楽長、憂いを帯びた第2楽章、華やかな第3楽章のいずれもが魅力的な曲想を持っている。


アンコールとして、ベートーヴェンの「トルコ行進曲」より冒頭部分が演奏された。

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2021年5月11日 (火)

コンサートの記(719) 「近江の春 びわ湖クラシック音楽祭」2021 高木綾子「神秘の無伴奏」+前橋汀子&松本和将「踊るヴァイオリン」+舘野泉「多彩なる左手の音楽2」

2021年5月1日 滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール大ホールにて

びわ湖ホール大ホールで行われている「近江の春 びわ湖クラシック音楽祭」2021。午後2時10分からは、公演ナンバー1-L-4「神秘の無伴奏」というコンサートがある。高木綾子のフルート独奏である。

高木綾子は、愛知県豊田市生まれ。3歳でピアノ、8歳でフルートを始める。東京藝術大学附属高校、東京藝術大学音楽学部、同大学院を修了。1995年に毎日新聞主催全日本学生音楽コンクール東京大会フルート部門で第1位を獲得した頃に、主にルックスで注目を浴び、テレビなどでも取り上げられたが、音楽家としてそうした見られ方をするのはやはり本意ではなかったようで、1997年の神戸フルート国際フルートコンクール奨励賞受賞を皮切りに、宝塚ベガコンクール優勝、日本フルートコンベンションコンクール優勝及オーディエンス賞受賞、第17回日本管打楽器コンクール・フルート部門第1位及び特別賞、第70回日本音楽コンクールフルート部門第1位獲得、ジャン=ピエール・ランパル国際フルートコンクール第3位入賞、神戸国際フルートコンクール第3位入賞など、数多くのコンクールに出場して好成績を収めている。現在は、東京藝術大学准教授、洗足学園音楽大学、日本大学藝術学部、武蔵野音楽大学、桐朋学園大学の非常勤講師も務めている。

曲目は、ドビュッシーの「シリンクス」、武満徹の「VOICE」、ドンジョンの「サロン・エチュード」より1番「エレジー」、2番「セレナーデ」、5番「ジーク」、7番「いたずら好きな妖精」、メルカダンテの『ドン・ジョヴァンニ』より「奥様お手をどうぞ」の主題による変奏曲、クーラウの「3つのファンタジー」より第1番、ヴァスクスの「鳥のいる風景」

フルート独奏曲として、クラシック好きならまず上げるのがドビュッシーの「シリンクス(「シランクス」とも表記する)」だと思われる。というよりフルート独奏曲で世界的に知られているのは、「シリンクス」ぐらいしかない。
高木綾子はスマートな音色でこの神秘的な楽曲を奏でる。

武満徹の「VOICE」は、タイトル通り、フルートを吹くと同時に声やセリフを加えて演奏するという作品である。声を加えるというアイデアはひとまず置くとして、尺八や篠笛といった和楽器を意識した節回しが聴かれるという武満らしい楽曲である。ちなみに武満の遺作はフルート独奏のための「エア」であった。

ドンジョンの「サロン・エチュード」。8曲が残されているが、1番から6番までと7番、8番は別人の作品である。苗字は共にドンジョンなので、「親子ではないか」と推測されているが、確かなことは分からないようだ。いずれにせよ粋な作風の楽曲が並ぶ。

イタリアの作曲家であるメルカダンテの『ドン・ジョヴァンニ』より「奥様お手をどうぞ」の主題による変奏曲と、デンマークの宮廷作曲家であったクーラウの「3つのファンタジー」より第1番は、共に「ドン・ジョヴァンニ」の「奥様お手をどうぞ」の主題をモチーフにした作品。正統的なメルカダンテの変奏曲と、抒情美が特徴的なクーラウ作品の聴き比べの妙がある。

トークで高木は、「神秘の無伴奏ということで、物語性のある曲を選んだ」と語る。

ラストに演奏されるヴァスクスの「鳥のいる風景」。武満の「VOICE」もフルートを吹きながら声を出す作品であったが、「鳥のいる風景」は旋律を声でなぞりつつフルートでも重ねるという特徴を持つ。少し趣は異なるが、1990年頃に流行ったホーミーの神秘性を連想させる。ただ30年前の流行りということで、今の若い人はもうホーミーを知らないかも知れない。声とフルートの音色により表現に奥行きが出ていた。

高木のフルートはいつもながらキレとクッキリとした輪郭、軽やかさが特徴。フルート独奏のみによる演奏会に接する機会は余りないため、貴重な体験ともなった。

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午後3時30分開演の、公演ナンバー1-L-5「踊るヴァイオリン」。出演は、前橋汀子(ヴァイオリン)と松本和将(ピアノ)。

日本を代表するベテランヴァイオリニスト、前橋汀子(まえはし・ていこ)。非常に人気の高いヴァイオリニストで、録音の数も多いが、私は実演に接するのは初めてである。自分でも意外である。ヴァイオリン協奏曲やヴァイオリン・ソナタなど大作も当然ながら弾くが、小品の演奏も得意としており、今日はヴァイオリン小品の名曲が並ぶ。今回の「近江の春 びわ湖クラシック音楽祭」は誰もが知るような曲が演奏されることは思いのほか少ないが、前橋の演奏会は有名曲揃いということで入りも良い。びわ湖ホール声楽アンサンブルのメンバーもたまたま私の隣の席で聴いていた。

ピアノの松本和将は、1998年に19歳で第67回日本音楽コンクールで優勝。2001年にはブゾーニ国際ピアノコンクール第4位入賞、2003年のエリーザベト王妃国際音楽コンクールで5位に入賞している。

曲目は、ドヴォルザーク(クライスラー編曲)の「わが母の教え給いし歌」とスラヴ舞曲 Op.72-2(第10番)、マスネの「タイスの瞑想曲」、サン=サーンスの「序奏とロンド・カプリチオーソ」、ブラームス(ヨアヒム編曲)のハンガリー舞曲第1番と第5番。

近年の若手ヴァイオリンストは皆、美音を競うようなところがあるが、前橋は敢えてハスキーな音を出したり、歌い崩しをしたり、パウゼを長めに取ったりと表現主義的であり、19世紀以来のヴァイオリニストの伝統を受け継いだ演奏を展開する。名人芸的なヴァイオリンともいえる。高音が独自の妖しさを放っており、理屈ではなく本能に訴えるところのある音楽作りである。

アンコールがあり、サラサーテの編曲によるショパンの夜想曲第2番と、フォーレの「夢のあとに」が演奏される。ロマンティックな演奏であった。

 

午後5時開演の、公演ナンバー1-L-6「多彩なる左手の音楽2」。出演は、舘野泉(ピアノ)。
若くしてフィンランドに渡り、「フィンランドで最も有名な日本人」となった舘野泉。ダンディーな風貌も相まって人気ピアニストとなる。フィンランドで当地の女性と結婚。息子は山形交響楽団第2ヴァイオリン首席奏者や長岡京室内アンサンブルのメンバーとしても活躍するヤンネ舘野である。
フィンランドを代表する作曲家であるシベリウスのピアノ曲や、日本で学んだフィンランド人作曲家であるノルドグレンの作品、フランスの作曲家であるセヴラックのピアノ曲を得意演目としていたが、2002年、演奏会の最中に脳溢血で倒れ、以降は右半身不随となる。舘野が選んだのは引退ではなく、左手のピアニストとして活躍することであった。
ラヴェルに左手のためのピアノ協奏曲を委嘱したパウル・ヴィトゲンシュタイン(哲学者のルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタインの実兄。戦争で右手を負傷)など、左手のピアニストとして活躍した先例は何人かいたが、舘野は多くの作曲家に左手のためのピアノ楽曲の作曲を委嘱し、レパートリーの拡大に努めている。

今回の演奏曲目も全て舘野が委嘱したり献呈されたりした作品で、パブロ・エスカンデの『悦楽の園』、新実徳英の『夢の王国』より「夢のうた」と「夢階段」、光永浩一郎の左手ピアノ独奏のためのソナタ“苦海浄土によせる”より第1楽章「海の嘆き」と第3楽章「海と沈黙」である。

演奏の前に、舘野が作曲家と作品の紹介を行う。
パブロ・エスカンデは、アルゼンチンのブエノスアイレス生まれの作曲家で、生まれてからの20年をブエノスアイレスで過ごし、その後、古楽器の演奏を学ぶために古楽の盛んなオランダに渡り、そこでも20年を過ごす。そして今は日本に移住し、京都に居を構えているという。
『悦楽の園』は、ヒエロニムス・ボスの三連祭壇画にインスピレーションを受けた幻想曲。導入部「天地創造の第3日目」、パネル1「楽園でのアダムとイブ」、パネル2「悦楽の園」、パネル3「地獄」の4部からなる新作。
前半は印象派の音楽に近いものを感じたが、その後はジャズを感じさせるような曲想へと転換していく。「地獄」は低音の強打とバッハのようなシンプルにして構造的な旋律の対比が印象的。ちなみに、今日は空がめまぐるしく変わる天気だったが、舘野がびわ湖ホールに向かうためにホテルを出たときは空が真っ暗で、天地創造の第3日目、光が出来る前の漆黒の闇を連想した舘野は、「わあ、地獄に行っちゃう」と思ったそうである。

ちなみに、エスカンデには小学校1年生の娘さんがいるそうなのだが、『悦楽の園』の中では、「私、『地獄』が一番好きよ」と言っていたそうである。

新実徳英の『夢の王国』。4つのプレリュードからなる作品であるが、今回は第2曲の「夢のうた」と第3曲の「夢階段」が演奏される。『夢の王国』も昨年の3月に完成したという新しい作品である。
「夢のうた」は、シンプルで懐かしい旋律が繰り返されるという構図を持つ。一方、「夢階段」ではドミソではない音楽が上っていくというアンバランスな感覚が特徴となっている。

熊本の作曲家、光永浩一郎の作品、左手ピアノ独奏のためのソナタ“苦海浄土によせる”より第1楽章「海の嘆き」と第3楽章「海と沈黙」。2018年の作品である。石牟礼道子の『苦海浄土』を基に、水俣病の苦しみに隠れキリシタンの苦難なども加えて描いた作品だそうで、第3楽章「海と沈黙」の「沈黙」は、遠藤周作の小説『沈黙』を意識したものだという。波のうねりの描写のような旋律が続くが、ドビュッシーの「海」を意識したような和音が現れるのも特徴である。いずれの楽章も最後の音はダンパーペダルを踏み続け、余韻が長くなるよう設計されていた。

舘野は、「予定時間より長くなったようで、まだ何か弾こうとも思いましたが、疲れたので」と言ってアンコールなしで終演となった。

 

帰路。琵琶湖は湖面の色彩が次々と変わる時間帯であり、見る者の目を楽しませてくれた。

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2021年5月10日 (月)

コンサートの記(718) 「近江の春 びわ湖クラシック音楽祭」2021 辻彩奈&江口玲「情熱のプロコフィエフ」+藤原真理&倉戸テル「至高のチェロ」

2021年5月1日 滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール大ホールにて

大津市の滋賀県立芸術劇場びわ湖ホールで行われる「近江の春 びわ湖クラシック音楽祭」2021の初日に参加する。
新型コロナウイルスの流行で昨年は開催中止となった「近江の春 びわ湖クラシック音楽祭」。今年はコロナ対策として、ステージ上が密になりやすいオーケストラやオペラの公演を取りやめ、空間が広く飛沫が留まりにくい大ホールで室内楽、器楽、声楽の演奏会を行うという形に変更となった。「近江の春 びわ湖クラシック音楽祭」はオペラ上演が目玉だったが、現在の状態で音楽祭の催しの一つとしてオペラを上演することは現実的ではない。

音楽祭は朝から行われるが、最初に行われるサキソフォンの上野耕平の公演は時間が早すぎるということでパスし、午前11時20分開演の辻彩奈(ヴァイオリン)&江口玲(ピアノ)、午後12時40分(0時台と12時台は午前でも午後でもないという説もあるが通じれば良いので無視する)開演の藤原真理(チェロ)&倉戸テル(ピアノ)、午後2時10分開演の高木綾子(フルート)の公演は事前にチケットを手に入れていた。続く前橋汀子(ヴァイオリン)&松本和将(ピアノ)、舘野泉(ピアノ)の公演も興味があったのだが、コロナ禍ということで様子見であり、これらは当日券を買って入った。最後の公演はびわ湖ホール声楽アンサンブル・ソロ登録メンバーによる合唱であったが、一日に接する公演としては5公演でもかなり多いということで、こちらは見送った。

 

京都を出た時は曇り空だったが、びわ湖浜大津駅で降りて、琵琶湖畔を歩いている時に日が射す。

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公演ナンバー1-L-2(1日目-Large hall-2回目)「情熱のプロコフィエフ」。出演は、辻彩奈(ヴァイオリン)と江口玲(ピアノ)。

若手女性ヴァイオリニストの代表格となりつつある辻彩奈。1997年、岐阜県生まれである。2016年にモントリオール国際音楽コンクールで第1位を獲得し、一躍注目を浴びている。特別特待奨学生として東京音楽大学に入学し、卒業。現在は東京音楽大学のアーティストディプロマにやはり特別特待奨学生として在籍しているようである。「題名のない音楽会」などメディア出演も多い。

ピアノの江口玲(えぐち・あきら。男性)は、日本を代表する名手の一人で、東京藝術大学附属音楽高校を経て東京藝術大学音楽学部作曲科を卒業後に渡米し、ジュリアード音楽院のピアノ科大学院修士課程を修了。同校のプロフェッショナルスタディーにも学ぶ。ピアニスト、作曲家、編曲家として活躍し、2011年までニューヨーク市立大学ブルックリン校の教員を務めたほか、東京藝術大学ピアノ科の教授としても活躍している。

曲目は、モーツァルトのヴァイオリン・ソナタ第18番とプロコフィエフのヴァイオリン・ソナタ第2番。

今でこそ、ヴァイオリン・ソナタというとヴァイオリンが主役の楽曲だが、モーツァルトの時代のヴァイオリン・ソナタは、ヴァイオリン付きのピアノ・ソナタという捉え方が一般的であった。モーツァルトはこのヴァイオリン・ソナタ第18番においてヴァイオリンとピアノを同格に扱う試みを行っている。ヴァイオリン・ソナタにおいてヴァイオリンが完全に主役になるにはベートーヴェンの登場を待たねばならない。

辻の滑らかなヴァイオリンも魅力的だが、ここはやはりキャリアがものをいうのか、江口のまろやかで甘いピアノの調べの方がより印象の残る。

演奏終了後に辻がマイクを手にしてトーク。モーツァルトのヴァイオリン・ソナタ第18番は、10年前、辻がまだ中学校1年生だった時に参加した、びわ湖ホールでのセミナーの時に弾いた想い出のある曲で、今回、びわ湖ホール芸術監督で「近江の春 びわ湖クラシック音楽祭」の芸術監督も兼ねる沼尻竜典から「この曲を弾いて欲しい」と提示されて驚いたという話をする。

メインであるプロコフィエフのヴァイオリン・ソナタ第2番。昨年の2月、初めての緊急事態宣言の発令する直前に、フェスティバルホールで行われた秋山和慶指揮大阪フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会で、辻はプロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第2番のソリストを務めて成功を収めている。

独自の個性により、音楽史上に異彩を放っているセルゲイ・セルゲイヴィッチ・プロコフィエフ(1891-1953)。モーツァルト没後100年目に生まれ、スターリンと同年の同日に他界した。
プロコフィエフは、ロシアン・アヴァンギャルドに影響を受けた作曲家には実は含まれないことの方が多いようだが(ライバルで犬猿の仲でもあったショスタコーヴィチはロシアン・アヴァンギャルドに影響を受けた作曲家に入る)、とんがった独自の才気が特徴であり、それは辻の個性にも繋がる。瞬発力抜群で諧謔的な部分もあっさり飲み込んでみせる辻の未来は明るいように思う。

 

通常は、大中小のホール、更には屋外のテラスも使って行われる「近江の春 びわ湖クラシック音楽祭」だが、今回は大ホールのみの使用で、中ホールのホワイエが飲食可のスペースとなり、中ホールの客席は休憩に利用できる(飲食等は不可)。
共通ロビーでは、滋賀県の物産展が行われており、あんパンを買って中ホールのホワイエで食べた。

 

午後12時40分開演の、公演ナンバー1-L-3「至高のチェロ」。出演は、藤原真理(チェロ)と倉戸テル(ピアノ)。

ベテランチェリストである藤原真理。大阪生まれ。1959年に桐朋学園「子供のための音楽教室」に入学し、以降、斎藤秀雄にチェロを師事する。指揮の斎藤メソッドで有名な斎藤秀雄であるが、元々はチェリストとして音楽活動を始めた人である。
1971年に第40回日本音楽コンクール・チェロ部門第1位および大賞受賞。1978年にはチャイコフスキー国際コンクール・チェロ部門で2位入賞。
坂本龍一と共演するなどメディア活動も多い人だが、私は藤原真理の実演に接するのは初めてである。
DENONレーベルに録音した、J・S・バッハの無伴奏チェロ組曲全曲が高い評価を得ており、私も持っているが情緒豊かな演奏である。

ピアノの倉戸テル(男性)は、東京藝術大学大学院修士課程を修了し、ジュリアード音楽院大学院も修了。ソロの他、室内楽でも強さを発揮し、藤原真理との共演数は200回を超える。宮城教育大学教授。

オール・ベートーヴェン・プログラムで、『魔笛』より「恋人か女房があれば」の主題による12の変奏曲と、チェロ・ソナタ第3番が演奏される。

『魔笛』より「恋人か女房があれば」の主題による12の変奏曲は、パパゲーノのアリアを変奏曲にしたもので、モーツァルト作品のバリエーションということもあってベートーヴェンとしてはユーモアに富んだ楽曲となっている。

チェロ・ソナタ第3番であるが、タイトルはピアノとチェロのためのソナタであり、まだピアノが主役と見なされていた時代の作品である。ただ藤原真理のトークによるとベートーヴェンの5曲あるチェロ・ソナタの中で、第1番と第2番はピアノが主役であるが、第3番はチェロが初めて前に出始めた作品だそうである。
チェロの独奏に始まるドラマティックな曲想だが、第3楽章は爽やかで、愛の囁きのような情熱的な部分があるのも特徴である。

藤原のチェロは渋めの音色で朗々と歌う。スケールも大きい。

藤原は、ベートーヴェンの時代のピアノで聴かせてみたいとも語っていた。当時のピアノはハンマーの戻りが現在のモダンピアノより早いため、テンポも自然と速くなるという。ただ、ベートーヴェンの時代のピアノはもう世界に数台しか残っていないそうである。

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2021年2月 6日 (土)

コンサートの記(692) 「京都・国際音楽学生フェスティバル2007」フィンランド&フランスDay

2007年5月28日 京都府立府民ホールアルティにて

午後6時30分から、京都府立府民ホールALTIで、「京都・国際音楽学生フェスティバル2007」フィンランド&フランスDayを聴く。全席自由、1000円均一の公演。チケットの安い公演は、「何か知らないけれど来てしまいました」という、マナーとは無縁の客が入ってきてしまうことが多いのだが、今日もそうした方がちらほら。

「京都・国際音楽学生フェスティバル」は、ALTIで毎年開かれており、ドイツ、フランス、オーストリア、イタリアという音楽大国の学生を始めとする有名音楽院の学生が参加している。

今日は、フィンランドのシベリウス音楽院(シベリウス・アカデミー。旧ヘルシンキ音楽院)と、「のだめカンタービレ」でもおなじみ(?)フランスのパリ国立高等音楽院(コンセールヴァトワール・パリ)の選抜学生による室内楽をメインとした演奏会である。

プログラムは、まずシベリウス音楽院の学生によるシベリウスの弦楽四重奏曲「親愛なる声」が演奏され、次いでパリ国立高等音楽院の学生によるフォーレのチェロ・ソナタ第1番と「エレジー」。そして、シベリウス音楽院、パリ国立高等音楽院、京都市立芸術大学の学生による弦楽合奏で、ドビュッシーの「小組曲」より“小舟にて”と“バレエ”、そして「夜想曲」(管弦楽のための「夜想曲」ではなく、ピアノ曲の編曲。いずれも篠田聡史による弦楽合奏版編曲による演奏である)、シベリウスの「アンダンテ・フェスティーヴォ(祝祭アンダンテ)」、「弦楽のためのプレスト」、1981年生まれの若き作曲家ハルティカイネン(シベリウス音楽院に在籍)の新作「ルーメン(光)」(世界初演)が演奏される。

いずれもコンクールなどで優秀な成績を修めている学生達だが、あくまで学生であり、こちらも名演は期待していない。


シベリウス音楽院の学生による弦楽四重奏曲「親愛なる声」。ファーストヴァイオリン、セカンドヴァイオリン、ヴィオラは女の子で、どういうわけか全員眼鏡をかけている。チェロだけ男の子。トーマス・ヨアキム・ヌニエス=ガルセ君という長い名前の男の子だ。
祖国の大作曲家シベリウスの作品とはいえ、「親愛なる声」は深い音楽であり、学生では表現できないのではないかと思う。案の定、曲の把握が徹底されていない演奏であった。単に音が鳴っているだけの箇所が多い。それでも第3楽章などは哀切で透明な音楽を再現することに成功していたように思う。
アンコールとして、コッコネンの弦楽四重奏曲第3番より第2楽章が演奏される。シャープな演奏であった。

パリ国立高等音楽院在籍の女性チェリスト、オレリアン・ブラウネールさんは、高い技術力を持ち、豊かな音色による淀みない歌を奏でる。なかなかの実力者と見た。
フォーレの2曲は、いずれも若さに似合わない奥行きのある演奏であり、アンコールの「白鳥」(サン=サーンス作曲)でも優雅な音楽を奏でた。ピアノのエマニュエル・クリスチャン君も煌めくような音色の持ち主であり、好演だった。

弦楽合奏。京都市立芸術大学からの出演者は全員女の子。ということで、ステージ上の男性メンバーは先ほど名前を出したトーマス君ただ1人である。
コンサートミストレスはシベリウス音楽院のシニ・マーリア・ヴァルタネンさん。
ドビュッシーの「小組曲」よりと「夜想曲」も良かったが、シベリウスの「アンダンテ・フェスティーヴォ」と「弦楽のためのプレスト」はより優れた演奏。時に勢いに流されそうにはなるが、若々しさ溢れる演奏に好感を持った。

「ルーメン(光)」のハルティカイネン氏は会場に来ており、演奏前に簡単な楽曲解説を行った。
現代音楽であるため奏者だけでの演奏は難しく、この曲だけミラノ・ヴェルディ音楽院在籍のアンドゥレーア・ラッファニーニ氏が指揮を務める。
「ルーメン(光)」は、ヴァイオリンがグラスハープのような音を奏でるなど、繊細な音のグラデーションを特徴とする。しかし、この手の曲は全て武満徹作品のように聞こえてしまうのは気のせいなのか。

アンコールはシベリウスの「カンツォネッタ」。これも若さがプラスに作用した好演であった。

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2020年11月28日 (土)

コンサートの記(671) びわ湖ホール「室内楽への招待<ベートーヴェン生誕250年> 葵トリオ(ピアノ三重奏)」

2020年11月22日 滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール大ホールにて

午後2時から、びわ湖ホール大ホールで、「室内楽への招待<ベートーヴェン生誕250年> 葵トリオ(ピアノ三重奏)」を聴く。オール・ベートーヴェン・プログラム。

2018年にミュンヘン国際音楽コンクール・ピアノ三重奏部門で第1位を獲得した葵トリオ。秋元孝介(AKIMOTO Kosuke)、小川響子(OGAWA Kyoko)、伊東裕(ITO Yu)という、関西の生まれ育ちで東京藝術大学および同大学院出身の3人が結成したピアノ三重奏団である。団体名は、各メンバーのイニシャル(A,O,I)から取られており、葵の花言葉である「大望、豊かな実り」への共感も込められている。トリオとしては現在、ミュンヘン音楽・演劇大学で、フォーレ四重奏団のディルク・モメルツに師事。ピアノの秋元孝介は東京藝術大学の大学院博士後期課程でも学んでおり、ヴァイオリンの小川響子は、ベルリン・フィルハーモニー・カラヤン・アカデミーに在籍し、ベルリン・フィル・コンサートマスターである樫本大進の指導を受けている。チェロの伊東裕は、長岡京室内アンサンブル、小澤征爾音楽塾オーケストラや日本各地で行われる音楽祭に参加している。

ベートーヴェンの生誕250年を記念して開催される演奏会であるが、コロナ対策として会場を大ホールに変更し、前後左右最低1席空けたソーシャルディスタンスフォーメーションで行われることになった。

びわ湖ホール大ホールは、オペラ、バレエ、オーケストラコンサート、ピアノリサイタル、ポピュラー対応であり、室内楽のコンサートは余り想定されていないが(それでも神尾真由子のヴァイオリン・リサイタルなどは行われている)、音響は優れており、室内楽であっても音が小さくて聴き取りにくいということはなかった。

 

曲目は、ピアノ三重奏曲第4番「街の歌」、ピアノ三重奏曲第2番、ピアノ三重奏曲第7番「大公」。

 

ピアノ三重奏曲第4番「街の歌」は、1797年頃の作品。ベートーヴェンがまだ二十代だった時期に書かれている。
ベートーヴェンというと後年の深刻な作風のイメージが強いが、この作品は青春の息吹に満ちており、瑞々しい響きとチャーミングな旋律が印象的である。

若い三人による演奏であるが、アンサンブル能力とキレが抜群で、上質の音楽が奏でられていく。

 

ピアノ三重奏第2番。作品番号は1の2であり、ベートーヴェンが出版した最初期の作品である。1795年にウィーンのアルタリア社によって作品番号1の2として出版されており、作曲は1794年から1795年にかけてと推測されている。
「音楽の革命児」ベートーヴェンであるが、才能に任せて思いつきで作曲したり、先人の作品を否定したりということはなく、むしろ先輩の作曲家達が残した作品を入念に研究し、取り入れていることがこの作品を聴くとよく分かる。古典的な造形美が輝きを放っているが、ベートーヴェンの個性も十分に刻印されている。

 

後半。ピアノ三重奏曲第7番「大公」。ピアノ三重奏曲というのはクラシックの中でも地味なジャンルとなり、「聴いて楽しむ」というよりも「弾いて楽しむ」作品が多いが、「大公」はこのジャンルの中では比較的ポピュラーな作品である。

前半はターコイズブルーのトップスと黒のパンツスタイルで演奏していた小川響子であるが、「大公」では鮮やかな水色のドレスで登場。小川が現れた瞬間に、客席から感嘆が響く。

スケール豊かにして緻密な演奏。秋元のピアノの音色は時にお洒落であり、切れ味鋭い小川のヴァイオリンや安定感抜群の伊東のチェロと共に詩情豊かな文学青年的ベートーヴェンを聴かせる。

 

アンコール演奏は、ベートーヴェンのピアノ三重奏曲第1番より第4楽章。演奏前に小川響子がマイクを手に挨拶し、今日が全国ツアー最後の演奏会であること、室内楽の演奏がこれほど大きな空間で行われることは少ないが、響きの良さに感動したこと、また葵トリオはピアノ三重奏曲第1番をレコーディングしており、会場のロビーでも販売されていることなどを述べた。

ピアノ三重奏曲第1番もやはり緻密な演奏である。親密(インティメート)であるが、優れた団体ならではの高雅さを合わせ持つ。

若い人達による演奏ということで、やはり感性がデジタル寄りであるということが感じられる。3人がそれぞれの個性を持ち寄って流れを作るというより、3人が一体となって音楽を奏でるような感覚、逆に言うならば架空の1つの人格が3つに分かれて、複数のことを同時並行的に成し遂げていくような独特の感覚が特徴である。

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