コンサートの記(963) ヤープ・ヴァン・ズヴェーデン指揮フランス放送フィルハーモニー管弦楽団来日演奏会2026京都
2026年5月30日 京都コンサートホールにて
午後2時から、京都コンサートホールで、ヤープ・ヴァン・ズヴェーデン指揮フランス放送フィルハーモニー管弦楽団の来日演奏会を聴く。
フランス放送フィルハーモニー管弦楽団は、前回来日公演を聴いたときにはフランス国立放送フィルハーモニー管弦楽団の名であり、この名でよく知られたオーケストラであるが、今回は国立の文字が抜けている。
フランス国立放送(ラジオ・フランス)がオーケストラを結成した際、第一オーケストラであるフランス国立放送管弦楽団(現・フランス国立管弦楽団)の他にいくつかのオーケストラが出来た。それらをまとめてフランス国立放送の第二オーケストラとしたのが、フランス放送新フィルハーモニー管弦楽団である。第二オーケストラということで、当初はライトクラシックなどを演奏していたようだが、次第にレパートリーを増やすようになる。1980年代に一大変革が起こる。フランス放送新フィルハーモニー管弦楽団の首席客演指揮者として赴任したマレク・ヤノフスキがオーケストラを鍛えて躍進。更にヤノフスキが音楽監督になると、フランス放送新フィルハーモニー管弦楽団は、パリ国立管弦楽団やフランス国立管弦楽団を抜いて、フランスナンバーワンオーケストラと見なされるまでになったのだ。パリ国立管弦楽団やフランス国立管弦楽団も慌てて、オーケストラビルダータイプの指揮者に打診している。
フランス放送フィルハーモニー管弦楽団と名を変えてからは、チョン・ミョンフンを音楽監督に招いて一時代を築き、その後はフィンランドの若手であるミッコ・フランクを招聘。そして次期の音楽監督がヤープ・ヴァン・ズヴェーデンである。
なお、2015年にフランスの会計監査院が、「ラジオ・フランスが2つのオーケストラを運営する意味はない」として、フランス国立管弦楽団との統合を行おうとしたが、放送フィルの団員はストライキを行うなど抵抗。ラジオ・フランスも会計監査院の提案を拒否して2つのオーケストラが保たれている。
前の方で席が分からない人がいたので、説明したが、「ここ何度も来てるけど、初めて京都の人に教えて貰った」。京都の人ではないのだけれど。京都の人ってそんなに教えてあげないの?
日本のブラームス好きなら、ほぼ全員その名を知っていると思われるヤープ・ヴァン・ズヴェーデン。アムステルダム生まれ、ジュリアード音楽院在学中に、最年少記録となる19歳でロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団のコンサートマスターに就任。20年、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団で活躍した後で指揮者に転向。廉価盤レーベルに録れた「ブラームス交響曲全集」が世界的大ヒットとなり、名声を高める。
指揮を誰に師事したのかは分からないが(ジュリアード音楽院ではヴァイオリンのみ学んでいるようである)、カッチリした動きをしているため、我流ではなく誰かには師事していると思われる。
祖国オランダのオーケストラのシェフをいくつか務めた後で、2008年にアメリカのダラス交響楽団の音楽監督に就任。“KING”の名で呼ばれるなど、圧倒的な名声を博した。その後、香港フィルハーモニー管弦楽団とニューヨーク・フィルハーモニックの音楽監督に就任。いずれとも来日公演を行っており、関西の会場で聴いたが、香港フィルとはドイツ指向の個性溢れる音楽を、アメリカ最高のオーケストラとされるニューヨーク・フィルハーモニック(「シカゴ響の方が上手い」等異論は多いと思われるが)とは力強さと洗練を兼ね備えた音楽を披露した。現在はソウル市立交響楽団(ソウル・フィルハーモニー管弦楽団)の音楽監督と、台北の長栄交響楽団(エヴァーグリーン交響楽団)のアーティスト・イン・レジデンスを兼ね、そこにフランス放送フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督が加わる。経歴を見るとアジア好きで、日本のオーケストラにも呼んだら来てくれそうである。
開場した時から楽団員がステージ上でさらっており、その後、どんどん人が集まってきて、コンサートミストレスを待つだけになる。チェロが客席側に来る、アメリカ式の現代配置(ストコフスキー・シフト)での演奏である。コンサートミストレスとテューバ奏者の二人がアジア系で、共に女性である。有料パンフレットが1000円と安かったの買ってみたが、コンサートミストレスは朴さんということで韓国人である。テューバもよく分からず。ただ、私から見えない場所にアジア系の人は何人かいて、第1ヴァイオリンに「Aino AKIYAMA」、アニー・チェン、「Yoko ISHIKURA」、コントラバスのチャン・ウェイユー、などがアジア系の名前である。
曲目は、ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」、ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番(ピアノ独奏:藤田真央)、ドビュッシーの交響詩「海」、ラヴェルの「ラ・ヴァルス」。ラフマニノフ以外はお国もので固めている。
ズヴェーデンは譜面台に総譜を置き、時折確認しながらの演奏。大方は暗譜しているように見える。
ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」。夢とうつつの間の、淡い感じがずっと続く演奏である。「牧神の午後への前奏曲」は人気曲なので生で聴く機会も多いが、これほど淡さが徹底された演奏は初めて聴く。
ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番。1980年代まではラフマニノフのピアノ協奏曲といえば第2番の一人勝ちで、第3番は得意としているピアニストが弾く程度だったが、90年代に「シャイン」という映画が公開されてヒット。ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番がフィーチャーされた作品だったため、挑むピアニストも増えた。もともと難曲として知られ、「余りの難しさに、ピアニストは弾き終えると同時に発狂する」と言われていた。「シャイン」は、デイヴィッド・ヘルフゴッドという実在のピアニストを主人公に、統合失調症を患い、キャリアを断念して再起を図る様を描いた物語である。ヘルフゴッドが得意とし、コンクールで弾くのがラフマニノフのピアノ協奏曲第3番だ。
日本で最も有名なオーストラリア人ピアニストは、「武満徹ピアノ作品全集」を録れているロジャー・ウッドワードだと思われるが、彼が優勝したオーストラリアのピアノコンクールで2位に入ったのがヘルフゴットである。
仄暗く洗練された伴奏でスタート。ラフマニノフは手を広げるとドから上のソまで届いたという末端肥大症であり、自身でピアノを演奏するために曲を書いている。当然、そのままでは他の演奏家は弾けないので、音を抜くかアルペジオにする必要がある。
藤田真央のピアノは今回は技巧重視で迫力ある音を重ねていく。独特の感性が特徴の藤田であるが、やはり技巧の難度が高いため、自分の色を出すまでには至らなかったようだ。その代わり技巧は冴えており、難関を次々と乗り越えて行く勇士のようである。
アンコール演奏は、ラフマニノフのピアノ・ソナタ第2番より第3楽章。雄々しい演奏。ただ藤田は好んで難曲を弾きたがるが、余り弾くと手の腱に影響が出ないか心配である。弾き方としては現在流行りのピアノの鍵盤の上に指を置くだけの奏法だと思われるが。一昔前は、「鍵盤を深く押し込む」のが正しいピアノ奏法とされてきたが、腱鞘炎に悩む人がかなりいたと思われる。なんといっても我々の時代は、「ピアニストといえば腱鞘炎」であった。
後半。ドビュッシーの交響詩「海」。「牧神の午後への前奏曲」同様、淡い響きによる演奏である。どうやって演奏を構築しているのかまるで分からないが、こうした演奏を聴くと、「ドビュッシーは印象派だなあ」という印象を受ける。実際にはドビュッシーは自身の作品を「印象派」と呼ばれることを嫌い、否定している。しかし次々に移ろう色や光の様を見ていると、どうしても印象派の画家との共通点が浮かんでしまう。
非常に繊細な響きを形作っているが、第1楽章のラストで、ズヴェーデンは音が自然に消えるのを待つのではなく、指揮棒の動きでキッチリ音を止めていた。
全ての楽章において弦も管も力強く、特にトランペットの輝かしさが目立った。
ラヴェルの「ラ・ヴァルス」。ラヴェル本人の生涯にも重なる曲である。
ドビュッシーと違い、旋律は明瞭。本来ならラヴェルを印象派に入れるべきではないのかも知れない。雲の上から舞踏会を見るという、極めて20世紀的な構図で始まる曲。やがて、ワルツが激しくなる。高踏的な文化の権化のような舞踏会だが、やがて演奏が崩れ始め、最後には全てがおじゃんになる。鹿鳴館外交が頭に浮かんだりする。
アンコール演奏1曲目は、エルガーの「エニグマ変奏曲」より“ニムロッド”。尾高と大フィルのノーブルさとは違った、爽やかな音楽が吹き抜けていく。
ズヴェーデンは、楽団員に指示してポディウムの方へも顔を向けさせた。
2曲目は、ドヴォルザークの「スラヴ舞曲」第8番。ズヴェーデンのタクト捌きが光る鮮烈な演奏であった。
















































































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