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2026年1月28日 (水)

コンサートの記(943) ミコラ・ジャジューラ指揮ウクライナ国立歌劇場管弦楽団・合唱団 ベートーヴェン「第九&運命」@京都コンサートホール

2026年1月15日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで、ウクライナ国立歌劇場管弦楽団・合唱団 ベートーヴェン「第九&運命」を聴く。

膠着状態が続くロシアとウクライナの戦争。ウクライナの男性バレリーナが軍服を着て前線に立つ姿が新聞に載ったりしたが、かつてG8に入っていたロシアに比べるとウクライナは財政面で弱い。戦闘が長期化すれば尚更、というわけで、前線にいた男性バレリーナも戻ったのかどうかは分からないが、豊かな土壌を持つウクライナの音楽で外貨を稼いだ方が、バレリーナを前線に送るよりも有効ということで、ウクライナ国立歌劇場が日本で引っ越し公演、それもバレエ(ウクライナ国立バレエ。旧キエフ・バレエ)、オペラ(ウクライナ国立歌劇場。旧キエフ・オペラ)、コンサート(ウクライナ国立フィルハーモニー交響楽団。旧キエフ国立フィルハーモニー交響楽団)と全てを行う音楽の吶喊作戦である。

今回の京都でのコンサートは、ウクライナ国立フィルハーモニー交響楽団名義の方が適当なのかも知れないが、第九にウクライナ国立歌劇場合唱団が加わるため、全て含めてウクライナ国立歌劇場管弦楽団・合唱団にしたのであろう。

 

京都市の姉妹都市であるキーウ。ということで、以前にもキエフ国立フィルハーモニー交響楽団時代のウクライナ国立フィルハーモニー交響楽団が京都コンサートホールで演奏会を開いたことがある。その時は、19世紀のヴァイオリン技法を今に伝えるイヴリー・ギトリスが主役であり、ギトリスがカーテンコールにも登場したほどだったが、キエフ国立フィルの質も高かった。なんだかんだでソ連は音楽に力を入れていた。

その時の指揮者は、ミコラ・ジャジューラであったが、今回もジャジューラが指揮する。ジャジューラは、1961年、キーウ生まれ。チャイコフスキー記念キエフ(キーウ)国立高等音楽院でボン・ベートーヴェン管弦楽団の音楽監督としても活躍したローマン・コフマンに師事。1989年から正指揮者としてキエフ国立歌劇場での仕事を始めている。その後、2011年に同団体の音楽監督兼首席指揮者に就任。キエフ国立フィルハーモニー交響楽団の首席指揮者兼芸術監督には1996年に就任している。
東京国際音楽コンクール・指揮部門(現・東京国際指揮者コンクール)とブダペスト国際指揮者コンクールで入賞(無料パンフレットにはいずれも「優勝」とあるが誤り)。タングルウッド音楽祭で小澤征爾に師事し、レナード・バーンスタインとアンドレ・プレヴィンにも学んでいる。
国外では、韓国のソウル市交響楽団の音楽監督を務め、韓国国立オペラとも仕事をしている。
2005年に、フランス共和国文化勲章を受章。
今日は譜面台を用いず、2曲とも暗譜での指揮である。

 

ウクライナ国立歌劇場管弦楽団(ウクライナ国立フィルハーモニー交響楽団)は、1834年創設と歴史は長い。チャイコフスキーを招いて彼のオペラ(「エフゲニー・オネーギン」、「スペードの女王」など)を彼の指揮で自作自演したりもしている。20世紀に活躍したソ連の作曲家の多くが自作を指揮をした経験があり、サンクトペテルブルク・マリインスキー劇場、モスクワのボリショイ劇場に次ぐ実力と評価された。

 

曲目は、タイトル通り、ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」と第9番「合唱付き」であるが、どちらかだけでも難曲なのに、2曲連続上演とはかなりのスタミナである。このコンサートだけならまだしも、まだ他の場所でオペラやバレエを上演するのである。タフとしか言い様がないが、これが戦争状態にある国の現実なのかも知れない。

 

チェロが客席側に来るアメリカ式の現代配置での演奏。ティンパニは視覚面もあって、指揮者の正面ではなく、下手端に位置する。

 

ベートーヴェンの交響曲第5番。フェルマータは短めである。1回目より2回目の方が短い。ジャジューラは2回目のフェルマータを左手で切る。
弦のビブラートは、音を伸ばすときだけに使用。ピリオドを意識した演奏である。そのためか、テンポは一貫して速め。特に第4楽章はかなり速く、ピッコロ奏者がもたつきそうになったが何とか持ち直した。そのピッコロの音型からベーレンライター版使用だと思われる。
第2楽章などは様々な音が鳴り響いており、西欧とも日本とも違った大地の響きである。ティンパニはモダンティンパニだったが(バロックティンパニを使いたくとも今回の演奏のためだけに持ってくる訳にもいかないだろう)、硬めの音で強打を見せ、この曲が初演されたときに聴衆が感じたであろう異様さがなんとなく感じ取れる。

 

ベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」。ウクライナ国立歌劇場合唱団は上段に男声歌手達が、下段に女声歌手達が並ぶ。女声歌手達は全員、ウクライナの民族衣装を纏っている。男声歌手達は燕尾服姿。
ソプラノ独唱:リリア・グレヴツォヴァ、メゾ・ソプラノ独唱:アンジェリーナ・シヴァチカ、テノール独唱:ドミトロ・クジミン、バス独唱:セルゲイ・コヴニール。ウクライナ人は男性の平均身長が高いため、本当のバス歌手がいる。日本人男性は白人に比べると平均身長が低いため、低い声は出ず、本物のバスはいないと言われる。バスとして活躍している日本人も白人に比べるとバリトンになるらしい。昔、黛敏郎が司会をしていた頃の「題名のない音楽会」で、「テノール馬鹿にバリトンすけべ」という言葉が紹介されているが、ここでも日本人男声歌手の低音の代表がバスではなくてバリトンであることが分かる。

日本と違い、頻繁に第九が演奏される訳ではないので、独唱者も合唱団も全員譜面を見ながらの歌唱である。「独唱者も合唱団も全員暗譜で“歓喜に寄す”を歌う国がある」と知ったら向こうの人は驚くのではないだろうか。

ジャジューラは、この曲でもピリオド援用で、テンポは速めである。冒頭のヴァイオリンはノンビブラートで音を切りながら進む。ただ第3楽章では、弦楽器奏者の多くがビブラートを用いるなど、曲調に合わせて使い分けているようである。
速めのテンポにも関わらず、ずっしりとした手応えのあるベートーヴェン。普段、日本のオーケストラで洗練されたベートーヴェンを聴いているため、余計にパワー重視の演奏に聞こえる。
第2楽章も、ウクライナ紛争が頭にあると、戦場の音楽に聞こえてくる。前線の進軍の音楽だ。
一方で、第3楽章はロマンティックというよりも癒やしの音楽。戦勝の夢を見て目覚めるかのようだ。

第4楽章。この楽章にしか登場しない打楽器3人(シンバル、トライアングル、大太鼓)は板付き。合唱も板付きで。独唱者は第2楽章と第3楽章の間に登場した。
独唱者も合唱団もかなりパワフルで、天井の高い京都コンサートホールに声が留まる。
洗練されている訳ではないが、「歓喜に寄す」を歌うにはこれほどのパワーがやはり必要になるのかも知れない。欧米の古いホールなどはステージが狭いので合唱団も限られ、一方、日本はステージが広めなので大人数の合唱を載せることが可能だが、個々のパワーでは、日本人の歌手はウクライナ人歌手に勝てそうにない。体格が違う。
合唱もオーケストラの音も巨大な音の塊としてホールを満たしていた。

今、ウクライナ国内で第九を歌うことは無理なのかも知れない。だがいずれ来るウクライナで第九が上演する日を先取りして聴いているような気分になった。

カーテンコールでは、テノールのクジミンとバスのコヴニールが掲揚サイズのウクライナの国旗を掲げる。

 

なお、ウクライナ国立バレエ芸術監督で「情熱大陸」にも出た寺田宜弘の母親である高尾美智子(寺田バレエ・アートスクール校長)が逝去したということで、寺田宜弘が演奏開始前に舞台上に登場して、この公演が「寺田バレエ・アートスクール 高尾美智子先生追悼公演」となることを告げる。

ホワイエではウクライナの民芸品が売られ、高尾美智子の展示も行われていた。

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2026年1月14日 (水)

コンサートの記(940) 「ウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団 ニューイヤーコンサート」2026@フェスティバルホール

2026年1月11日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後2時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、「ウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団 ニューイヤーコンサート」2026を聴く。

ヨハン・シュトラウスⅡ世が率いたヨハン・シュトラウス管弦楽団の後継を目指して、エデュアルト・シュトラウスの孫で、ヨハン・シュトラウスⅡ世の又甥に当たるエデュアルト・シュトラウスⅡ世を招いて結成されたウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団。常設ではなく、ウィーンのヨハン・シュトラウス・ファミリー好きの音楽達が集結して演奏会などが開かれる。ウィーン・フィルなど、ウィーンの中でも世界的に評価されている団体のメンバーも含まれる。

毎年、元日に開催され、全世界に中継される「ウィーン・フィル ニューイヤーコンサート」。ヨハン・シュトラウス・ファミリーの音楽はそれを聴くだけでも十分との思いがあったり、「ウィンナ・ワルツやポルカは正月よりも夏に聴くと涼しくていい」と思っていたりするため、例年はシュトラウス・ファミリーのニューイヤーコンサートを聴きに行くことは少ない(京都市交響楽団は除く)のだが、ウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団の演奏会ということで、今年は出掛けてみることにした。

ウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団の中で、一際輝いているのが、ウィリー・ボスコフスキーの時代。クレメンス・クラウスが始めたウィーン・フィル ニューイヤーコンサートであるが、クラウスは61歳と、指揮者としてはかなり若くして死去。ヨーゼフ・クリップスが2年間引き継いだ後に、ウィーン・フィルのコンサートマスターであったボスコフスキーが指揮台の上でヴァイオリンを奏でながら指揮するという弾き振りを行い、ヨハン・シュトラウスⅡ世もまた弾き振りを行っていたことから人気となり、四半世紀にわたって君臨している。その後、ボスコフスキーはコンサートマスターよりも指揮者としての活動を増やすようになり、非常設ながら手兵として選んだのがウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団だった。ウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団の名声はボスコフスキーが築いたと言える。ボスコフスキーはウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団と共にドイツEMIに多くのワルツやポルカの録音を行い、日本でも東芝EMI(当時)から数多くリリースされた。
ウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団の歴史の中で特筆すべき二人目の指揮者は、アルフレート・エシュヴェ。エシュヴェは、ウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団とキングレコードにレコーディングを行ったが、顔がヨハン・シュトラウスⅡ世に似ているということで話題になり、来日した際はNHKの音楽番組に出演したりもした。

ウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団の歴代の指揮者は皆、ウィンナ・ワルツやポルカのスペシャリストということで、ほぼ全員が、NAXOS制作による「ヨハン・シュトラウス全集」に参加している。

今回の指揮者は、ヨハネス・ヴィルトナー。NAXOSに比較的早い時期から録音を行っていた指揮者としても知られる。ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のヴァイオリン奏者を経て、指揮者に転向。指揮はNHK交響楽団名誉指揮者として知られたオトマール・スウィトナーに師事している。スロヴァキア国立コシツェ・フィルハーモニー管弦楽団、プラハ国立歌劇場、ライプツィッヒ歌劇場、ノイエ・フィルハーモニー・ヴェストファーレンなどの音楽監督を務め、ライトクラシックの演奏団体であるBBCコンサート・オーケストラの首席客演指揮者なども務めている。2014年からは、ウィーンの「ガルス野外オペラ」という催しの総監督の座にある。
日本では新国立劇場オペラで、ヨハン・シュトラウスⅡ世の喜歌劇「こうもり」のタクトを担った。

 

そんなヴィルトナーであるが、極端な太鼓腹。しかも下っ腹が膨らんでいるメタボのみならず上の方まで膨らんでいる。見るからに不健康そうだが、本人は至って元気である。腹の出っ張り具合に、女性客達が口々に「凄い! 凄い!」と呟く。

 

ウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団は、ヨハン・シュトラウスⅡ世が率いた楽団に近い編成で演奏が行われる。室内オーケストラ編成になるが音は大きめで、空間の広いフェスティバルホールでも全くマイナスにはならなかった。

薄いが上質の紙を使った無料パンフレット付き。オーストリア大使館などが後援しているためか、チケット料金なども含めて良心的な部分が多い。

 

曲目は、ヨハン・シュトラウスⅡ世のオペレッタ「こうもり」序曲、ヨーゼフ・シュトラウスのポルカ・フランセーズ「芸術家の挨拶」、ヨーゼフ・シュトラウスのワルツ「水彩画」、ヨーゼフ・シュトラウスのポルカ・シュネル「憂いもなく」、ヨハン・シュトラウスⅡ世のエジプト行進曲、ヨハン・シュトラウスのワルツ「ウィーン気質(かたぎ)」、ヨハン・シュトラウスⅡ世のオペレッタ「ローマの謝肉祭」、ヨーゼフ・シュトラウスのポルカ・シュネル「休暇旅行で」、フランツ・レハールのワルツ「金と銀」、ヨハン・シュトラウスⅡ世のポルカ「雷鳴と電光」、ヨハン・シュトラウスⅡ世&ヨーゼフ・シュトラウスの「ピッチカート・ポルカ」、ヨハン・シュトラウスⅡ世のポルカ・シュネル「ハンガリー万歳!」、ヨハン・シュトラウスⅡ世のワルツ「美しく青きドナウ」

 

編成は変わっていて、指揮台の前にチェロが3台横に並ぶ。
ヴィルトナーは譜面台を用いず、全曲暗譜での指揮。ただピアノ演奏用の椅子が指揮台の前に置いてあったが、これはヴィルトナーがヴァイオリンの弾き振りをするため、ヴァイオリンの台代わりとして置かれたものである。
当初は、ステージ下手側を占めるヴァイオリン群が第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンだと思っていたが、ずっと同じボウイングをしているため、全員第1ヴァイオリンであったことが分かる。第1ヴァイオリンは9名で他のパートに比べて極端に分厚い。第2ヴァイオリンは対向配置で上手の客席側に5人で陣取っていた。その奥がヴィオラ3人である。コントラバスはヴィオラの後ろに3台で構えている。ティンパニは上手奥、スネアが下手奥だが、この二人は様々な打楽器を兼任する。

室内オーケストラ編成だけに、ゴージャスなサウンドという程ではないが、各楽器の光度や透明度は高く、ウィーンの楽団ならではの楽譜に書かれていない部分での緩急、強弱などが示され、日本のオーケストラが弾くウィンナ・ワルツやポルカとは異なった味わいがある。20世紀はどちらかというとそうしたローカリズムではなくインターナショナルが志向される傾向のあった世紀であり、「普遍的であることは良いこと」とされたが、京都人並みに頑固と言われるウィーンっ子は、伝統を頑なに守ってきた。今後も他の国ではシュトラウス・ファミリーの音楽が変わっても(おそらくもっとスマートになると思われる)、ウィーンのオーケストラが奏でるそれはほとんど変化しないのだろう。もっとも、ウィーン交響楽団やウィーン放送交響楽団が必ずしも巧いウィンナ・ワルツやポルカを奏でるかというとそうでもないのだが。両オーケストラ共に実演に接したことがあり、アンコール演奏でシュトラウス・ファミリーの作品を取り上げていたが、普段はウインナ・ワルツやポルカをほとんど演奏していないため、共に荒めであった。ウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団創設当初はオーストリア放送交響楽団(現・ウィーン放送交響楽団)から参加したメンバーが多かったようだが、今はどうなのだろう。

 

指揮者のヴィルトナーはナビゲーターも務め、「(日本語で)みなさん、ほんま(で言葉に詰まってしまい、ポケットからアンチョコを取り出して)いらっしゃいませ(繋がっていないように思うが、多分、別の箇所を読んだのだろう)」と挨拶し、英語での楽曲紹介も行う。日本語コメントでは、「おおきに」など大阪の言葉をなるべく入れるようにしていた。

楽団員が声を出す曲も多く、ヴィルトナーも、「ウィーン気質」では得意と思われるヴァイオリン弾き振りを行った。ヨハン・シュトラウスⅡ世の楽曲はヴァイオリンが甘美な旋律を奏でる曲が多いが、ヨハン・シュトラウスⅡ世が最も得意とした楽器がヴァイオリンだから、というのはこうして視覚で確認すると一層納得がいく。
数年前にザ・シンフォニーホールで、別のニューイヤーコンサートのアナウンスを女性スタッフが行っていたのだが、「ウィーン気質」を「ウィーンきしつ」と読んでいた。「きしつ」とも読むが、「気質」が「かたぎ」と読まれなくなる日が来るのかも知れない。

レハールのワルツ「金と銀」は日本で特に人気のある曲として知られる。立体感と生命力のある演奏に仕上げてきた。

ポルカ「雷鳴と稲妻」は、スネア(片面シンバル兼任)とティンパニを両端に据えたのが効果的で、視覚的にも楽しめるものになっていた。

ヴィルトナーは、「ピッチカート・ポルカ」のみノンタクトで指揮する。

「美しく青きドナウ」であるが、この曲だけミスが目立つ。大きなミスではないが3つほど。何度も演奏しているだけに却って隙が生まれやすいのかも知れない。

 

アンコール演奏であるが、4曲ある。
まず「一月一日」の管弦楽編曲版。勇壮な感じである。演奏が終わった後で、楽団員全員が「あけましておめでとうございます」と新年の式辞を述べる。

2曲目は、H・C・ルンビェの「シャンパン・ギャロップ」。打楽器奏者が、空気砲使っておひねりか何かを客席に発射する。楽曲自体は余り記憶に残る類いのものではなかった。

3曲目は、エデュアルト・シュトラウスの「テープは切られた」。打楽器奏者がオーストリアの車掌の制帽を被り、「次は大阪、大阪」とアナウンスしてスタートする。打楽器奏者は、汽笛という汽笛の音を出すためだけの楽器も吹く。軽快な走りを見せる曲であった。

最後はお馴染み、ヨハン・シュトラウスⅠ世の「ラデツキー行進曲」。ヴィルトナーは時折客席の方を見て軽く指揮。「下手側のお客さんだけ」「上手側のお客さんだけ」もやりたかったようだが、聴衆は追いつけなかった。

ヴィルトナーとウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団の楽団員は最後はステージの真ん中に向かって一礼。意味は分からなかったがよくやっている習慣なのだろう。あるいはヨハン・シュトラウスⅡ世に向かっての敬意だったのか。

今日は2700人収容のフェスティバルホールがほぼ満員。休憩時間にはザッハトルテが当たるプレゼントコーナーがあったのだが、当選者は10人。ヴィルトナーがおどけながらくじを引く。同じ階の同じ列の人が当選していたが、2700分の10では、やはり当たるのは難しかった。

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2025年11月14日 (金)

Eテレ「伝説のマエストロ カラヤンの日本公演再び」

2025年11月5日

NHKONEで、「伝説のマエストロ カラヤンの日本公演再び」を視聴。11月1日にEテレで放送されたもの。
20世紀後半最大の指揮者だったヘルベルト・フォン・カラヤン(1908-1989)。最大という形容に反して、身長は155㎝と白人男性としてはかなり小柄であった。ただレナード・バーンスタインも160㎝、広上淳一、下野竜也、大植英次という日本を代表する指揮者も軒並み小柄。女性指揮者も三ツ橋敬子は151㎝と女性としてもかなり小さい部類に入る。ただ考えてみれば、体が小さいと手も小さい。手が小さいと楽器を弾くには不利であり、ソリストよりも指揮者を目指す傾向はあるように思う。

カラヤンは計11回来日。ベルリン・フィルとの来日公演、ウィーン・フィルの来日公演、そして単身NHK交響楽団に客演している。
NHK交響楽団を指揮したのは1954年。日本での知名度は高くなかった。とても有能だったが、傲慢な性格に辟易したという話も伝わっている。
カラヤンがベルリン・フィルのシェフになった時代は、他にライバルとなり得るドイツ系指揮者がおらず(ベームはすでに高齢。ヨッフムは出世よりも楽団を育てることに喜びを見出すタイプ)、ベルリン・フィルのアメリカツアーに指揮者として帯同させて貰えれば、芸術監督の座を受けても良いとベルリン・フィル側に伝えていた。カラヤンの前にベルリン・フィルの首席指揮者となっていたのは、ルーマニア出身のセルジウ・チェリビダッケであったが、チェリビダッケはカラヤン以上に厳しい性格で、ベルリン・フィルの団員を平気で「下手くそ!」となじっていた。指揮者としては極めて有能だったが、ベルリン・フィルの団員はチェリビダッケにはこりごりだった。ということでカラヤン政権が誕生する。ナチ党員であったカラヤンは、戦後、「公的な演奏活動」を全て止められたが、録音活動は「公的な演奏活動」に含まれていなかったため、EMIのプロデューサーであるウォルター・レッグと組み、ロンドンに録音のために結成されたフィルハーモニア管弦楽団を指揮してレコーディングを行い、名声を高めていた。そんなこともあり、録音に関しては誰よりも積極的だった。
映像の制作にも熱心であったが、通常の配置では撮れないアングルから撮りたいというので、演奏する真似だけをさせることも多く、楽団員からは不評であった。

まず、東京・内幸町(愛宕山と表記されることもある)の旧NHKホール(現存せず)で行われたベルリン・フィルハーモニー管弦楽団との来日演奏会。1957年、ベルリン・フィルとの初来日時の映像である。演奏されるのはワーグナーの楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲である。
カラヤンの指揮であるが、不思議な印象を受ける。この頃は「カラヤンは指揮するときに目を閉じる」は徹底されておらず、閉じたり開けたりしながらの指揮だが、動きが必ずしも流麗とはいえず、指揮棒も分かりにくいということはないが、予想外の動きをするため、オーソドックスタイプの指揮者に見えない。1957年のモノクロ映像であるが、ステレオでの収録である。カラヤンはすでにフィルハーモニア管弦楽団とステレオでの録音を行っていたが、映像としてはカラヤンとしても初のステレオ収録かも知れない。演奏としては録音が古いということもあってややまとまりに欠ける感じ。そもそもカラヤンはワーグナーはよく取り上げたが得意ではなかった。

続いてベートーヴェンの交響曲第5番。冒頭付近は映像がなく静止画、面白いのは、ハープが指揮者よりも前に位置するという配置。日本指揮者協会(というものがある。岩城宏之が外国人指揮者に、「日本には指揮者協会というのがあってね」と話したところ、「指揮者は二人いたらもうライバルなのに、お前の国は何やってんだ?」と呆れられたそうである)の演奏会で、山田一雄がハープを受け持ったのだが、「山田先生のような偉い方を奥に置くわけにはいかない」ということで、指揮者より前に出したことがあったそうだが、そんな感じである。
カラヤンは生涯に4度、「ベートーヴェン交響曲全集」を録音している。50年代、60年代、70年代、80年代だからほぼ10年おきだ。更に東京の普門館で行われたベートーヴェン交響曲チクルスを録音した放送音源の全集もリリースされている。個人的には70年代盤が好みである。
今回の映像であるが、貴重なものであることには間違いないが、指揮者がまだ熟していない気がする。この年、カラヤンは49歳。「40、50は洟垂れ小僧」ならまだ洟垂れ小僧である。この時点では、カラヤンがこの後、ベルリン・フィルとウィーン国立歌劇場(ウィーン・フィルの母体でもある)の芸術監督を兼任して帝王と呼ばれるようになるとは思えない。それほど若さが先行した演奏である。

格好いいとされた指揮姿も、今の指揮者達に比べると地味だ。やはり真正面を向いたまま指揮することが多く、左右に体を向けることはほとんどない。他の指揮者もそうなので、これがこの時代の正統的な指揮のスタイルだったのだろう。

カラヤンとウィーン・フィルの演奏。カラヤンはウィーン国立歌劇場芸術監督時代にはウィーンに家を持っているが、その後、田舎に居を構え、ベルリンではホテル暮らしだった。ベルリン・フィルのメンバーにはそのことを不満に思う人もいたようである。
1959年11月6日に、日比谷公会堂で行われたブラームスの交響曲第4番の演奏である。モノラルでの収録。カラヤンのブラームスには定評があったが、ベルリン・フィルを振った交響曲全集などは、私にとっては音で押してくる感じがして苦手である。
ここでは構造重視の演奏。センチメンタリズムなどは表に出さない。その方がカラヤンらしいと言える。
部分的には指揮棒を抑えてオーケストラに任せるところもある。一部は映像が存在しないようで、やはり写真などで乗り切っている。

最後は、1957年10月27日の、旧NHKホールで行われたブラームスの交響曲第1番第4楽章のベルリン・フィルとの映像。熱い演奏だが、カラヤンの若々しさの方が勝っているように思う。指揮姿も巨匠というより若武者といった感じ。旧NHKホールは収用人数600人程度とかなり手狭だったが、音響の良さは今にも伝わっており、この日訪れた聴衆も期待の若手指揮者と世界最高峰のアンサンブルに満足したのではないかと思われる。

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2025年10月11日 (土)

コンサートの記(924) 韓国・大邱国際オーケストラ・フェスティバル日本特別公演 大邱市立交響楽団来日演奏会@ザ・シンフォニーホール

2025年9月25日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、韓国・大邱(テグ)国際オーケストラ・フェスティバル日本特別公演、大邱市立交響楽団の来日演奏会を聴く。今回、大邱交響楽団が来日演奏を行うのは、アクロス福岡の福岡シンフォニーホールと、ザ・シンフォニーホールのみのようで、東京にも行かないようである。

ソウル(首都という意味で、長くオリジナルの漢字表記がなかったが、公募により首尔に決まった)。日本の漢字では首爾になるが、日本語はカタカナ表記があり、これまでも一般的であったため、定着はしないだろう)、釜山(プサン)、仁川(インチョン)に次ぐ韓国内人口第4位の都市である大邱。ただトップ3に比べると知名度は低いと思われる。
個人的には、韓国プロ野球の三星(サムスン)ライオンズが大邱広域市をホームタウンとしており、元読売巨人軍の新浦壽夫がエースとして活躍しているのをテレビで見て、大邱という街を知った。まだ日本出身者は在日韓国人しか韓国プロ野球でプレー出来なかった時代の話である。今は先祖代々日本人でも韓国プロ野球でプレーすることは可能だ。
サムスン電子も当時は国外ではまだそれほど有名な企業ではなかったのだが、今やスマートフォンや薄型テレビの世界シェアナンバーワン、「世界のSAMSUNG」になっている。
なお、サムスン電子の本社は北部の水原(スウォン)市にあり、大邱とは遠く離れている。日本でも北海道日本ハムファイターズの本拠地はエスコンフィールドHOKKAIDOであるが、日本ハムの本社自体は大阪市北区のブリーゼタワーにあるので、親会社と野球チームの本拠地が離れていても特に珍しくはない。楽天もDeNAもソフトバンクも東京に本社を置く会社である。考えてみれば親会社とプロ野球チームが同じ街にある方が少ない。ロッテは千葉市に本社を移そうとして失敗している。

 

さて、韓国のクラシック音楽の現状であるが、ソリストはとにかく凄い。チョン三姉弟を始め、世界の第一線で活躍する人が次々に出てくる。
一方、オーケストラに関しては、1990年代末に行われたインタビューで、チョン三姉弟の末弟で、指揮者&ピアニストのチョン・ミョンフンが、「日本より20年遅れている状態」と嘆いていた。この時代は東京を本拠地とするオーケストラが世界的大物指揮者をシェフに招いて躍進していた時代である。チョン・ミョンフンもこの後、東京フィルハーモニー交響楽団のスペシャル・アーティスティック・アドバイザーに就任して、長足での成長に一役買っている。
その後、2000年代に、「アジアオーケストラウィーク」が発足。日本のオーケストラも参加し、東京と大阪で東アジアや東南アジアのオーケストラが演奏を行っている。その中の一つとして、ソウル・フィルハーモニック管弦楽団の演奏をザ・シンフォニーホールで聴いたことがある。ソウルには、日本語に訳すとソウル・フィルハーモニック管弦楽団になる団体がなぜか2つあるそうで、どちらだったのかは分からないが、「20年遅れている状態」から「10年遅れ」まで詰めてきたような印象のある良いアンサンブルであった。

東日本大震災が起こってからは、「アジアオーケストラウィーク」は東京と東北地方で行われるようになったが、昨年は「アジアオーケストラウィーク」が京都コンサートホールのみで行われ(シンガポール交響楽団と京都市交響楽団が参加)、今年の「アジアオーケストラウィーク」は香港フィルハーモニー管弦楽団が西宮北口の兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールで演奏するが、ピアノのソリストが反田恭平であるため、チケット完売になっている。

ソウル・フィルハーモニック管弦楽団以来となる韓国のプロオーケストラの鑑賞。ポディウムと2階席のステージ横、3階席は開放されていないが、それ以外は思ったよりも埋まっている。企業による団体での鑑賞も行われているようだったが、普通の企業ではなく音楽関係のようで、マナーも良かった。

 

曲目は、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番(ピアノ独奏:金子三勇士)とラフマニノフの交響曲第2番。

お馴染みの存在となりつつある金子三勇士(みゅうじ)。日本とハンガリーのハーフである。生まれたのは日本だが、6歳の時に単身、ハンガリーに留学、11歳でハンガリー国立リスト音楽院に入学。16歳で日本に帰り、東京音楽大学付属音楽高等学校に編入。2008年のバルトーク国際ピアノコンクールで優勝し、以後、国内外で活躍している。
「技巧派」と呼ぶのが最も相応しいピアニストである。

大邱市立交響楽団は、コンサートマスターが女性(コンサートミストレス)なのは今では普通だが、第1ヴァイオリンも第2ヴァイオリンも全員女性である。流石にこんなオーケストラは見たことがない。ヴィオラ、チェロ、コントラバスも男性は2人ずつで後は全員女性。他のパートも男女半々であり、男性しかいないのは、クラリネットと打楽器、後半のみに加わったトロンボーンとテューバ(1台のみ)だけである。背の高い男性の方が有利と思われるコントラバスで、これほど女性が揃ったオーケストラはかなり珍しい(7人中5名が女性)。
アメリカ式の現代配置での演奏。韓国は文化面でも日本よりも遙かに強くアメリカの影響を受けており、K-POPなども明らかにアメリカの真似で、このままでは自国の音楽文化が損なわれるのではないかと心配になる。日本はアメリカ文化を相対化しており、日本ならではのポピュラーミュージックも盛んである。

指揮者は、ペク・ジンヒョン。2023年から大邱市立交響楽団の音楽監督兼指揮者を務めている。2003年から2011年まで馬山市立交響楽団の音楽監督、2018年から2022年までは慶北(キョンボク)フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督であった。マンハッタン音楽院で修士号取得、ハートフォード大学でアーティスト・ディプロマを得て、ロシアファーイースタン国立芸術アカデミーで音楽芸術博士号を獲得している。現在、東西大学大学院の指揮法教授を務めるほか、釜山国際音楽祭と釜山フェスティバルオーケストラの芸術監督でもある。
聴いてみて分かったが、速めのテンポを好む人であった。

金子三勇士のピアノは、最近流行りの一音一音の粒立ちが良いものとは正反対。ダンパーペダルを踏み続け、意図的に音を少し溶け合わせて温かみを生んでいる。どちらの演奏スタイルも当然ながら「あり」だが、金子のようなスタイルの方が人間らしく聞こえる。良い意味でアナログ的なのだ。
ソフトペダルは特に高音を弾くときに使っていた。

指揮のペク・ジンヒョンは、金子のテンポに合わせて大邱市立交響楽団を運ぶが、オーケストラだけの部分になると急にスピードアップするのが面白い。
大邱市立響はメカニックも音楽性も高く、「10年遅れから大分時が経ったから、日本のオーケストラにも肉薄しつつあるな」という印象を受ける。

 

演奏が終わり、立ち上がって頭を下げてから退場した金子だが、再び出てきた時に指揮者のペクにピアノの座椅子を示される。アンコール演奏。金子は、客席に向かって「ありがとうございました」と言い、オーケストラには「カムサハムニダ」と述べる。
「リストのコンソレーション(第3番)」と曲名を告げてから金子は演奏開始。リストなので技術的に高難度だが美演であった。

 

ラフマニノフの交響曲第2番。やはりラフマニノフは秋に聴くのが相応しい作曲家であるように感じる。
ペク・ジンヒョンは、想像通り速めのテンポを採用。これまでに実演で聴いたラフマニノフの交響曲第2番の中で最も演奏時間が短いと思われる。私は実演ではラフマニノフの交響曲第2番は全曲版でしか聴いたことがない。カット版はジェームズ・デプリースト指揮東京都交響楽団盤で聴いただけである。

ドイツの楽団を理想とするNHK交響楽団や大阪フィルハーモニー交響楽団。N響に対抗してアメリカのオーケストラスタイルを目指した、解散宣告と争議前の日本フィルハーモニー交響楽団。「札幌交響楽団を日本のクリーヴランド管弦楽団にする」と宣言した岩城宏之。その岩城が初代音楽監督を務めた日本初の常設のプロ室内管弦楽団であるオーケストラ・アンサンブル金沢。
日本のオーケストラは、欧米のオーケストラを理想としていることが多い。クラシック音楽を生んだのは欧米なので、それは当然なのだが、今日の大邱市立交響楽団の演奏は「東アジア的なるもの」を入れて、自分達なりの演奏を目標としているように思える。輝かしい部分では、今の日本のオーケストラは光の珠が爆発したかのように明度が高いが、大邱市立交響楽団は、輝きの中に僅かに陰が差す。多くの色が混ざった液体の中に一滴だけ墨を入れる。そういった隠し味のようなものが印象的であった。そうすることで意図的に東洋的なものが音楽の中に染みていく。
日本と韓国のポピュラー音楽とクラシック音楽で逆のことが起こっているようでもある。
なお、演奏中に男性のフルート奏者が楽譜を床に落とす。バサッという音がする。フルート奏者はフルートも第2ヴァイオリンも休みの箇所を狙って、楽譜を拾ったが、前にいる第2ヴァイオリン奏者(当然女性)に右肘で、「あんた邪魔。さっさと拾いなさいよ」と急かされていた。その直後に第2ヴァイオリンが弾き始めている。

ペク・ジンヒョンは早足で下手袖に退場、と思ったらすぐにまた早足で出てくる。せっかちな性格のようである。そのこととテンポが速めであることとに相関性があるのかは分からないが。

 

アンコール演奏は、リムスキー=コルサコフの歌劇「サルタン皇帝の物語」より“くまんばちの飛行”。リムスキー=コルサコフの“くまんばちの飛行”には様々なアレンジがあるが、おそらく歌劇の場面から抜き出したリムスキー=コルサコフのオリジナル版による演奏だと思われる(YouTubeに載っている映像の中では、WDRの第2オーケストラによる演奏が一番近い)。描写力が高く、最後は爽快な出来であった。

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2025年9月15日 (月)

コンサートの記(917) アンナ・スウコフスカ-ミゴン指揮 ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団来日演奏会2025大阪

2025年8月30日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後2時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団の来日演奏会大阪公演を聴く。

ポーランドを代表するオーケストラで、ショパン国際コンクールの本選でピアノ協奏曲の伴奏を務めることで世界的に知られているワルシャワ国立フィル。
芸術大国にして親日国でもあるポーランド。芸術の中では映画が特に有名で優れた映画監督が何人も輩出しているが、音楽でも作曲家としてはフランス系ではあるが自身をポーランド人と規定したショパンを始め、クシシュトフ・ペンデレツキとヴィトルト・ルトスワフスキという20世紀後半の両巨頭を生み、指揮者ではNHK交響楽団や読売日本交響楽団との共演で知られるスタニスラフ・スクロヴァチェフスキ、スクロヴァチェフスキの師であるパウル・クレツキ、以前にワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団の来日演奏会で指揮をしたアントニ・ヴィット、モダンアプローチによる優れた「ベートーヴェン交響曲全集」をワルシャワ国立フィルと作成したカジミエシュ・コルト、そして現在のワルシャワ国立フィルの音楽監督であるクシシュトフ・ウルバンスキなどが世界的な活躍を見せている。ピアニストとしては、アルトゥール・ルービンシュタインが20世紀を代表する名手として有名だ。

本来なら現在の音楽監督であるクシシュトフ・ウルバンスキと来日すべきなのだろうが、ウルバンスキは単身での来日回数が多く、日本のオーケストラをいくつも指揮しているということで、新鮮さを求めて(かどうかは分からないが)アンナ・スウコフスカ-ミゴンという、名前を覚えにくい若手の女流指揮者にこのツアーの指揮が任されることになった。
アンナ・スウコフスカ-ミゴンは、「ポーランドの京都」と言われることもある古都クラクフの生まれ。2022年に、ラ・マエストラ国際指揮者コンクール(おそらく女性指揮者しか参加出来ない大会)で優勝している。翌年にはグシュタード音楽祭指揮者アカデミーにてネーメ・ヤルヴィ賞を受賞。またタキ・オルソップ指揮者フェローシップ(おそらく女性指揮者の先駆けの一人であるマリン・オルソップに師事したもの)を受賞している。昨年はフィラデルフィア管弦楽団の指揮台にも立ち、評論家に絶賛されたという。ただこれまで指揮したオーケストラの名称を読むと、まだまだこれからの指揮者であることが分かる。

 

曲目は、ショパンのピアノ協奏曲第1番(ピアノ独奏:牛田智大)とドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」。人気ピアニストの牛田智大(うしだ・ともはる)が出るためか、補助席まで出る盛況である。

ドイツ式の現代配置での演奏だが、チェロがやや広く場所を取っているように見える。

 

ショパンのピアノ協奏曲第1番。ソリストの牛田智大は、日本の若手を代表するピアニストの一人で、12歳でドイツ・グラモフォンにレコーディングを行うなど、神童として騒がれた。国内のコンクールでもことごとく1位だったが、次第に2位や入賞が目立ち始める。昨年のリーズ国際ピアノコンクールでは、聴衆賞を獲得したものの、最終選考には残れなかった。順風満帆とはなかなか上手くいかないもののようだ。それでも第10回浜松国際ピアノコンクールでは2位に入賞し、特典として予備予選なしでショパン国際コンクールへの参加が可能で、それを使って今年のショパン国際コンクールに挑む予定である。なお、浜松国際ピアノコンクールで優勝すると、予選なしで本選出場可能で、鈴木愛美(まなみ)が日本人として初めて浜松国際ピアノコンクールを制したが、「コンクールはいくつも受けるものではない」との考えからショパン国際コンクールに参加する予定はない。

ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団の実演は、アントニ・ヴィットの指揮で「悲愴」交響曲などを聴いているが、アンサンブルの精度は高いものの、楽器が安そうな音を出し、潤いに欠けた。実際、ポーランドの芸術界は財政難のようで、ポーランド国立室内歌劇場は、上演する資金が足りないが、上演を行わない訳にはいかないので、海外での上演を行い、外貨を稼いで上演を続けていた。ワルシャワ国立フィルも劇伴の演奏などを多く手掛け、その中には日本の作品も複数含まれる。

ザ・シンフォニーホールということで、オーケストラの音は美しく聞こえる。ただ、第1楽章冒頭や第3楽章冒頭では、縦の線が崩れそうになって、なんとか持ちこたえるという場面が見られた。スウコフスカ-ミゴンは指揮棒の振り幅が極端に小さいため、奏者が瞬時に反応出来なかった可能性もある。ただ事故にならなかったのは流石老舗楽団である。

牛田智大のピアノはクリアなもの。彼はロシアでピアノを習っており、ロシアのピアノ奏法は、「鍵盤の上に指を置け。そうすれば自然に鳴ってくれる」というもので、奥まで押し込まねばならないとする日本のピアノ奏法とは正反対である。
奥まで押し込んだ方が深い音が出るが、そこはペダリングで補う、と書きたいところだが、今日の牛田はダンパーペダルを踏みっぱなしで、特別個性あるペダリングは見られなかった。
見事な演奏であるが、起伏がもっと欲しくなる。第1楽章の憂愁と第3楽章の愉悦にも、もっとはっきりとした対比が欲しい。

演奏終了後、牛田は拍手に応じて何度もステージに現れたが、アンコール演奏は行わなかった。ショパンのピアノ協奏曲第1番が大曲ということもあるだろう。

 

後半、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」。ショパンのピアノ協奏曲では通常の大きさのスコアが譜面台の上に置かれていたが、「新世界より」はスタッフがポケットスコアを譜面台に置く。ポケットスコアは実演で用いるには適していないが、おそらくスウコフスカ-ミゴンは、全て暗譜していて、補助的に用いるのだと思われた。
実際、スウコフスカ-ミゴンは、総譜にほとんど目をやらずに主旋律を演奏する奏者を見つめることが多く、今演奏している場面の終わりでページを繰っていた。ということはこのポケットスコアで暗譜をしたということになる。
勢いと流れ重視の演奏で、特に管楽器に力がある。第3楽章のみ出番があるトライアングル奏者は、シンバル奏者が兼ねていた。スウコフスカ-ミゴンはたまにアゴーギクや溜めを作る。奏者達の様子を見るとリハーサルではやっておらず、本番で即興的に繰り出しているようだ。

正直、現在の日本のトップレベルのオーケストラの方が総合力では上かも知れない。音色の美しさに関しては日本のプロオーケストラの方が勝っている。それでも普段触れている演奏とは別個の個性に触れることは、自身の心の内にある音楽性を豊かにする。それに私が持っているのはあくまで日本的な尺度であり、それを相対化する必要もある。

 

アンコール演奏は、定番の一つであるブラームスのハンガリー舞曲第6番。スウコフスカ-ミゴンは自分でスコアを持って登場したが、やはり総譜に目をやることはほとんどなかった。
舞曲こそヨーロッパ的な感性が必要。フライングするヴァイオリン奏者もいたが、スウコフスカ-ミゴンとワルシャワ国立フィルは、活気のある楽しい演奏で客席を盛り上げた。

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2025年7月15日 (火)

コンサートの記(908) 〈RMF&山田和樹グローバルプロジェクト〉 山田和樹指揮バーミンガム市交響楽団日本公演2025京都公演

2025年7月5日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後3時から、左京区岡崎のロームシアター京都メインホールで、〈RMF&山田和樹グローバルプロジェクト〉山田和樹指揮バーミンガム市交響楽団2025年日本公演京都公演を聴く。

先日、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団に客演して話題になった山田和樹。現在、モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督兼芸術監督、バーミンガム市交響楽団の音楽監督(2024年5月から、それ以前は首席指揮者アーティスティックアドヴァイザーを務めていた)の座にあり、2026年からベルリン・ドイツ交響楽団首席指揮者兼芸術監督に着任する予定である。3つのオーケストラのシェフの兼任は困難であるため、モンテカルロ・フィルからの離任を表明している。
バーミンガム市交響楽団と山田の関係は長く、2016年のバーミンガム市交響楽団来日演奏会の指揮も山田が務めている。

サイモン・ラトルの時代に名声を高めたバーミンガム市交響楽団(City of Birmingham Symphony Orchestra。CBSO)。イギリスは首都ロンドンと地方の格差が広く、第二の都市であるバーミンガムのオーケストラも性能は低かったが、ラトルは大幅に機能を上げている。それでもロンドンの名門オーケストラ(ロンドン交響楽団、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団、フィルハーモニア管弦楽団、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団、BBC交響学団)とは差があったが、ラトルの後任のフィンランド人指揮者サカラ・オラモの時代にはラトルに続き「シベリウス交響曲全集」を作成。2代続いてシベリウスの交響曲をリリースしたため、北欧ものの評価を高める。オラモはグリーグなどでも名盤を残した。
その後、数人がバーミンガム市交響楽団のシェフを務め、中にはミルガ・グラジニーテ・ティーラという若い女性指揮者が起用されたりもした(首席指揮者であった山田は、名前が長いので「ミルガ」と呼んでいたようである)。
響きの良いホールがないことで知られるイギリスであるが、バーミンガムはラトルがアメリカ人の技術者を招いて響きの優れたホールを建立。イギリス中から羨望の眼差しを向けられている。

私がCBSOをホールで聴くのは4回目。最初は初台の東京オペラシティコンサートホール“タケミツ メモリアル”での演奏会で指揮はサー・サイモン・ラトル。タケミツホールで音楽を聴くのは初めてだった。ラトルの指揮であったが、前半に現代曲が並んだため、客席はガラガラであった。
2度目は、サカリ・オラモ指揮の演奏会。2002年9月22日で、この時が初京都コンサートホールであった。オール・シベリウス・プログラム。覇気にあふれる演奏で、ヴァイオリン協奏曲の独奏を務めた諏訪内晶子のソロも神品と呼ぶに相応しい出来であった。

3回目は山田和樹指揮。大阪での公演。山田とピアニストの河村尚子の共演が特に印象的だった。

 

曲目は、ショスタコーヴィチの祝典序曲、エルガーのチェロ協奏曲(チェロ独奏:シェク・カネー=メイソン)、ムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」(ヘンリー・ウッド編曲)

 

山田和樹のプレトーク。「このツアーも残り2か所となりました」ということで、「8回の演奏会で、明日、横浜で最後を迎えます」
先日、ベルリン・フィルの指揮台に立ったことについては、「直前にバーミンガム市交響楽団が同じプログラムの演奏会を開いてくれました。『よし、カズキを送り出そう』」という粋のようである。
また今回は、京都両洋高校吹奏楽部がショスタコーヴィチの祝典序曲でバンダを務めることが明かされる。東京では音楽科のある千葉県立幕張総合高校がバンダを担ったようだ

「ちなみにこれまでもバーミンガム市交響楽団生で聴いたことあるよ、という方」と山田。結構手が挙がる。来日の機会の多いオーケストラである。山田は、「2年に1度、来日公演で聴けるオーケストラが3つある。まずはベルリン・フィル、続いてウィーン・フィル。最後にバーミンガム市交響楽団」

エルガーのチェロ協奏曲。ソリストを務めるシェク・カネー=メイソンについて山田は、「素晴らしいチェリストなので是非お聴きいただきたい」と述べた。

組曲「展覧会の絵」は、よく聴かれるモーリス・ラヴェル編曲版ではなく、ヘンリー・ウッド編曲版で演奏する。山田は、ヘンリー・ウッドについてプロムスを始めた人と紹介し、山田はヘンリー・ウッドの方が先に編曲しているということで、「ラヴェルがどれほどパクったかに注目」とも語っていた。

また今回は、RMF(Rohm Music Foundation)と山田和樹の共同企画ということで、若い演奏家が選ばれ、バーミンガムでの研修を経て今回の演奏にも参加する。今回は、FUKUDA Asakoというヴァイオリニストが、第2ヴァイオリンの第4プルトで演奏していた。

 

チェロが客席側に来るアメリカ式の現代配置での演奏。ティンパニは指揮者の正面ではなく上手端に置かれた。

 

祝典序曲。昔からよく言うと渋い、悪く言うと地味な音色が特徴であったバーミンガム市交響楽団。ただこの曲は謎の多い曲調の時は渋めだったが、後半に入るとブラスが輝かしい音を奏でる。
京都両洋高校のバンダは、中央通路と、上手バルコニー席に陣取って通りの良い音を聴かせた。

 

エルガーのチェロ協奏曲。ソリストのシェク・カネー=メイソンは、黒人の血が入った奏者である。ピアニストである妹とデュオコンサートを行うこともあるそうだ。
気高さの感じられる曲調がやがて祈りへと通じていくかのようである。

シェクのアンコール演奏は、ナタリー・クロウダのチェロ組曲第4楽章。ファンキーなノリもある楽しい曲である。

 

休憩後、ムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」(ヘンリー・ウッド編曲)。豪壮な編曲である。ラヴェルの編曲よりも楽器が多く用いられ、爆発的な場面もある。編曲の腕も確かなのだが、大風呂敷を広げたようなところがあり、ラヴェルがこの編曲を聴いていたとしたら、もっと自然体の編曲を行おうと考えただろう。そういう意味ではラヴェルは音をタイトにして、この曲の「追悼曲的意味」に心を砕いているような印象を受ける。
プロムナードは最初の1回しか出て来ない。
ヘンリー・ウッド編曲版ではバンダも使用。下手側2階席にトランペットを、上手側3階席にテューバなどを配して、立体的な音響を築き上げていた。
なお、オルガン(電子オルガン)が編成に加わっており、都築由理江が演奏を行った。

CBSOの音は主にラトル指揮の音源で聴くことが多いが、往時に比べると音の輝かしさが格段に増しているのが分かる。

 

アンコール演奏は、ウォルトンの戴冠式行進曲「宝玉と王の杖」。イギリスの作曲家の中でも構築力に定評のあるウォルトン。格好良い曲と演奏である。

 

楽団員が退場しても拍手は続き、山田和樹再登場。山田はいったん引っ込んだ楽団員をステージ上に呼び戻し、みんなで記念写真を撮影していた。

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2025年2月 1日 (土)

コンサートの記(883) CHINTAIクラシック・スペシャル ウクライナ国立バレエ(旧キエフ・バレエ)「ジゼル」全2幕@ロームシアター京都メインホール

2025年1月11日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後3時から、左京区岡崎のロームシアター京都メインホールで、CHINTAIクラシック・スペシャル ウクライナ国立バレエ(旧キエフ・バレエ)「ジゼル」全2幕を観る。

昨年の暮れに来日しているミコラ・ジャジューラ指揮のウクライナ国立歌劇場管弦楽団。昨年の暮れには大阪・中之島のフェスティバ-ルホールでジルベスターコンサートを行い、翌日となる今年の元日にはやはりフェスティバルホールでニューイヤーコンサートを行うなど日本国内で精力的に演奏活動を行っており、ウクライナ国立歌劇場のバレエ部門であるウクライナ国立バレエとして京都で公演を行うことになった。出演は全員、ウクライナ国立バレエのメンバーであり、引っ越し公演となる。
ウクライナの首都キーウ(キエフ)が京都市の姉妹都市ということで、キエフ・バレエとして、またコンサートオーケストラとしての名称であるキエフ国立フィルハーモニー交響楽団(現・ウクライナ国立フィルハーモニー交響楽団)として何度も京都公演を行っているウクライナ国立バレエだが、「ウクライナ国立バレエ」という名称で京都公演を行うのは今回で二度目となる。

演目となるアダンの「ジゼル」は、比較的人気のバレエ作品で、日本の伝承「七人みさき」に少し似た筋書きを持つ。作曲者のアドルフ・アダンはフランスの作曲家であり、このバレエ作品もパリのオペラ座で初演されたが、その後はロシアで上演される機会が増えている。

出演は、カテリーナ・ミクルーハ(ジゼル)、ニキータ・スハルコフ(アルブレヒト)、アナスタシア・シェフチェンコ(ミルタ=ウィリの女王)、ヴォロディミール・クツーゾフ(ハンス=森番)、アレクサンドラ・パンチェンコ&ダニール・パスチューク(ペザント・パ・ド・ドゥ)、オレクサンドル・ガベルコ(アルブレヒトの従者)、エリーナ・ビドゥナ(バチルド=アルブレヒトの婚約者)、ルスラン・アヴラメンコ(クールランド公爵=バチルドの父)、クセーニャ・イワネンコ(ベルタ=ジゼルの母)、カテリーナ・デフチャローヴァ&ディアナ・イヴァンチェンコ(ドゥ・ウィリ)ほか。
振付:J・コラーリ、J・ペロー、M・プティパ。改訂振付:V・ヤレメンコ。

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中世のドイツが舞台。体が弱いが踊りが好きな村娘のジゼルは、ロイスという若者と恋仲だが、このロイスの正体は公爵アルブレヒトであり、身分違いの恋である。森番のハンスは、ロイスの正体に疑いを持っている。
村祭りの日に、収穫祭の女王に選ばれたジゼルだが、クールランド公爵とその娘のバチルドが村を訪れ、身分とバチルドが公爵アルブレヒトの婚約者であり、ハンスからロイスの正体がアルブレヒトであると明かされたジゼルはショックの余り息絶えてしまう。何も死ぬことはないんじゃないかと思うのだが、第2幕では、ウィリと呼ばれる婚前に亡くなった処女の精霊達の女王であるミルタがジゼルを仲間に加え(この辺が「七人みさき」っぽいが、ウィリの数は7人どころではない)、墓参りに訪れたハンスの命を奪う。そしてアルブレヒトがジゼルの墓の前に取り残されるというのが本筋なのだが、今回の演出ではアルブレヒトも命を失い、あの世でジゼルとアルブレヒトが一緒になるという結末に変えられていた。

 

美男美女が多いことでも知られるウクライナ。男性バレリーナは高身長で手足が長く、迫力と気品がある。女性バレリーナもスタイルが良く、絵になる。大人数での踊りも手足の動きがビシッと合っており、爽快である。村娘達が黄色いスカートで踊る場面があったが、ウクライナのひまわり畑(イタリアの名画「ひまわり」はウクライナのひまわり畑が舞台になっている)やウクライナの国旗をイメージしたものであると思われる。

「ウクライナの指揮者と言えば」的存在のミコラ・ジャジューラ指揮のウクライナ国立歌劇場管弦楽団は、最初のうちは音が弱く、金管の音色が安っぽいように聞こえたが、次第に乗ってきて、磨き上げられた音による華麗で繊細な音絵巻を描き上げた。オーケストラピットからの音の通りが良いロームシアター京都メインホールの音響もプラスに働いていたように思う。

カーテンコールのみ撮影可であったが、舞台から遠いのと、スマホの性能の限界で、余り良い写真を撮ることは出来なかった。

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出演者に花束贈呈が行われたが、指揮者のジャジューラは花束をオーケストラピットに投げ込むというパフォーマンスを見せていた(「いらない」ではなくオーケストラを讃える行為である)。

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2024年10月31日 (木)

コンサートの記(866) アジア オーケストラ ウィーク 2024 ハンス・グラーフ指揮シンガポール交響楽団@京都コンサートホール エレーヌ・グリモー(ピアノ)

2024年10月19日 京都コンサートホールにて

アジア オーケストラ ウィークが関西に戻ってきた。

午後4時から、京都コンサートホールで、アジア オーケストラ ウィーク 2024 京都公演を聴く。
アジアのオーケストラを日本に招く企画、「アジア オーケストラ ウィーク」は、当初は東京の東京オペラシティコンサーホール“タケミツ メモリアル”と大阪のザ・シンフォニーホールの2カ所で行われていたが、東日本大震災復興への希望を込めて、東京と東北地方での開催に変更。関西で聴くことは叶わなくなっていた。だが、今年は一転して京都のみでの開催となっている。


シンガポール交響楽団は、1979年創設と歴史は浅めだが、アジアのオーケストラの中ではメジャーな方。ラン・シュイ(水蓝)が指揮したCDが数点リリースされている。

治安が良く、街が綺麗なことで知られるシンガポール(そもそもゴミを捨てると罰金刑が課せられる)。日本人には住みやすく、「東京24区」などと呼ばれることもあるが、シンガポール自体は極めて厳しい学歴主義&競争社会であり、シンガポールに生まれ育った人達にとって必ずしも過ごしやすい国という訳でもない。競争が厳しいため、優秀な人が多いのも確かだが。
シンガポールもヨーロッパ同様、若い頃に将来の進路を決める。芸術家になりたい人はそのコースを選ぶ。学力地獄はないが、音楽性の競い合いもまた大変である。

無料パンフレットには、これまでのアジア オーケストラ ウィークの歴史が載っている。私がアジア オーケストラ ウィークで聴いたことのあるオーケストラは以下の通り、会場は全て大阪・福島のザ・シンフォニーホールである。
上海交響楽団(2004年)、ソウル・フィルハーモニック管弦楽団(2004年。実はソウルには日本語に訳すとソウル・フィルハーモニック管弦楽団になるオーケストラが二つあるという紛らわしいことになっており、どちらのソウル・フィルなのかは不明)、ベトナム国立交響楽団(2004年。本名徹次指揮)、大阪フィルハーモニー交響楽団(2004年。岩城宏之指揮。これが岩城の実演に接した最後となった)、オーストラリアのタスマニア交響楽団(2005年。オーストラリアはアジアではないが、アジア・オセアニア枠で参加)、広州交響楽団(2005年。余隆指揮。このオーケストラがアジア オーケストラ ウィークで聴いた海外のオケの中では一番上手かった)、ハルビン・黒龍江交響楽団(このオケがアジア オーケストラ ウィークで聴いた団体の中では飛び抜けて下手だった。シベリウスのヴァイオリン協奏曲を取り上げたが、伴奏の体をなしておらず、ソリストが不満だったのか何曲もアンコール演奏を行った。女性楽団員が「長いわね」と腕時計を見るって、何で腕時計してるんだ?)。一応、このオーケストラは朝比奈隆が指揮したハルビン交響楽団の後継団体ということになっているが、歴史的断絶があり、実際は別のオーケストラである。この後、アジア オーケストラ ウィークは大阪では行われなくなった。2021年にはコロナ禍のため、海外の団体が日本に入国出来ず、4団体全てが日本のオーケストラということもあった。日本もアジアなので嘘偽りではない。
2022年には琉球交響楽団が参加しているが、大阪ではアジア オーケストラ ウィークとは別の特別演奏会としてコンサートが行われている。

そして今年、アジア オーケストラ ウィークが京都に来た。

指揮は、2022年にシンガポール交響楽団の音楽監督に就任したハンス・グラーフ。2020年にシンガポール響の首席指揮者となり、そこから昇格している。オーストリア出身のベテラン指揮者であるが、30年ほど前に謎の死亡説が流れた人物でもある。当時、グラーフは、ザルツブルク・モーツァルティウム管弦楽団の音楽監督で、ピアノ大好きお爺さんことエリック・ハイドシェックとモーツァルトのピアノ協奏曲を立て続けに録音していたのだが、「レコード芸術」誌上に突然「ハンス・グラーフは死去した」という情報が載る。すぐに誤報と分かるのだが、なぜ死亡説が流れたのかは不明である。ハイドシェックは、当時の大物音楽評論家、宇野功芳(こうほう)の後押しにより日本で人気を得るに至ったのだが、宇野さんは敵が多い人だっただけに、妨害工作などがあったのかも知れない。ともあれ、ハンス・グラーフは今も健在である。
これまで、ヒューストン交響楽団、カナダのカルガリー・フィルハーモニー管弦楽団、フランスのボルドー・アキテーヌ管弦楽団、バスク国立管弦楽団、ザルツブルク・モーツァルティウム管弦楽団の音楽監督として活躍してきた。


曲目は、メンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」序曲、ラヴェルのピアノ協奏曲ト長調(ピアノ独奏:エレーヌ・グリモー)、シンガポールの作曲家であるコー・チェンジンの「シンガポールの光」、ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」


開演の大分前から、多くの楽団員がステージ上に登場。さらっている人もいるが特に何もしていない人もいる。そうやって人が増えていって、最後にゲストコンサートマスターのマルクス・グンダーマン(でいいのだろか。アルファベット表記なので発音は分からず)が登場して拍手となる。なお、テューバ奏者としてNatsume Tomoki(夏目智樹)が所属しており、夏目の「アジア オーケストラ ウィークに参加出来て光栄です」という録音によるメッセージがスピーカーから流れた。

ヴァイオリン両翼の古典配置がベースだが、ティンパニは指揮者の正面ではなくやや上手寄り。指揮者の正面にはファゴットが来る。またホルンは中央上手側後列に陣取るが、他の金管楽器は、上手側のステージ奥に斜めに並ぶという、ロシア式の配置が採用されている。なぜロシア式の配置を採用しているのかは不明。
多国籍国家のシンガポール。メンバーは中華系が多いが、白人も参加しており、日本人も夏目の他に、第2ヴァイオリンにKURU Sayuriという奏者がいるのが確認出来る。


グラーフは、メンデルスゾーンとベートーヴェンは譜面台を置かず、暗譜で振る。指揮姿には外連はなく、いかにも職人肌というタイプの指揮者である。その分、安定感はある。

メンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」序曲は、各楽器、特に弦楽器がやや細めながら美しい音を奏でるか、ホールの響きに慣れていないためか、内声部が未整理で、モヤモヤして聞こえる。それでも推進力には富み、活気のある演奏には仕上がった。


ラヴェルのピアノ協奏曲ト長調。今年はラヴェルの伝記映画が公開され、ピアノ協奏曲の2楽章がエンディングテーマとして使用されている。

ソリストのエレーヌ・グリモーは、フランスを代表する女流ピアニスト。変人系美人ピアニストとしても知られている。幼い頃からピアノの才能を発揮するが、同時に自傷行為を繰り返す問題児でもあった。美貌には定評があり、フランス本国ではテレビCMに出演したこともある。オオカミの研究者としても知られ、オオカミと暮らすという、やはりちょっと変わった人である。先月来日する予定であったが、新型コロナウイルスに感染したため予定を変更。心配されたが、X(旧Twitter)には、「東アジアツアーには参加する」とポストしており、予定通り来日を果たした。


グリモーのピアノであるが、メカニックが冴え、第1楽章では爽快感溢れる音楽を作る。エスプリ・クルトワやジャジーな音楽作りも利いている。
第2楽章は遅めのテンポでスタート。途中で更に速度を落とし、ロマンティックな演奏を展開する。単に甘いだけでなく、夢の中でのみ見た幸せのような儚さもそこはかとなく漂う。
第3楽章では、一転して快速テンポを採用。生まれたてのような活きのいい音楽をピアノから放っていた。


アンコール演奏は2曲。シルヴェストロフの「バガテル」は、シャンソンのような明確なメロディーが特徴であり、歌い方も甘い。ブラームスの間奏曲第3番では深みと瑞々しさを同居させていた。


休憩を挟んで、コー・チェンジンの「シンガポールの光」。オーケストラの音の輝きを優先させた曲だが、音楽としてもなかなか面白い。揚琴(Yangqin)という民族楽器を使用しているが、楽器自体は他の楽器の陰に隠れて見えず。演奏しているのはパトリック・Ngoというアジア系の男性奏者である。良いアクセントになっている。


ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」。日本では「運命」のタイトルで知られるが(西洋では余り用いられない。ごくたまに用いられるケースもある)、北京語では運命のことを命運と記すので、「運命」交響曲ではなく、「命運」交響曲となる。

冒頭の運命動機はしっかりと刻み、フェルマータも長めで、その後、ほとんど間を空けずに続ける。流線型のフォルムを持つ格好いい演奏である。アンサンブルの精度は万全とはいえないようで、個々の技術は高いのだが、例えば第4楽章に突入するところなどは縦のラインが曖昧になっていたりもした。
ただ全般的には優れた部類に入ると思う。グラーフには凄みはないが、その代わりに安心感がある。
ラスト付近のピッコロの音型により、ベーレンライター版の譜面を使っていることが分かった。


アンコール演奏は、ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」。丁寧で繊細で典雅。シンガポール響の技術も高く、理想的な演奏となる。グラーフも満足げな表情を浮かべていた。

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2024年10月11日 (金)

観劇感想精選(471) 日米合作ブロードウェイミュージカル「RENT」 JAPAN TOUR 2024大阪公演

2024年9月14日 JR大阪駅西口のSkyシアターMBSにて観劇

午後5時30分から、大阪・梅田のSkyシアターMBSで、日米合作ブロードウェイミュージカル「RENT」JAPAN TOUR 2024 大阪公演を観る。英語上演、日本語字幕付きである。
SkyシアターMBSは、大阪駅前郵便局の跡地に建てられたJPタワー大阪の6階に今年出来たばかりの新しい劇場で、今、オープニングシリーズを続けて上演しているが、今回の「RENT」は貸し館公演の扱いのようで、オープニングシリーズには含まれていない。

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プッチーニの歌劇「ラ・ボエーム」をベースに、舞台を19世紀前半のパリから1990年代後半(20世紀末)のニューヨーク・イーストビレッジに変え、エイズや同性愛、少数民族など、プッチーニ作品には登場しない要素を絡めて作り上げたロックミュージカルである。ストーリーなどは「ラ・ボエーム」を踏襲している部分もかなり多いが、音楽は大きく異なる。ただ、ラスト近くで、プッチーニが書いた「私が街を歩けば」(ムゼッタのワルツ)の旋律がエレキギターで奏でられる部分がある。ちなみに「私が街を歩けば」に相当するナンバーもあるが、曲調は大きく異なる。

脚本・作詞・作曲:ジョナサン・ラーソン。演出:トレイ・エレット、初演版演出:マイケル・グライフ、振付:ミリ・パーク、初演版振付:マリース・ヤーヴィ、音楽監督:キャサリン・A・ウォーカー。

出演は、山本耕史、アレックス・ボニエロ、クリスタル ケイ、チャベリー・ポンセ、ジョーダン・ドブソン、アーロン・アーネル・ハリントン、リアン・アントニオ、アーロン・ジェームズ・マッケンジーほか。
観客とのコール&レスポンスのシーンを設けるなど、エンターテインメント性の高い演出となっている。

タイトルの「RENT」は家賃のことだが、家賃もろくに払えないような貧乏芸術家を描いた作品となっている。

主人公の一人で、ストーリーテラーも兼ねているマークを演じているのは山本耕史。彼は日本語版「レント」の初演時(1998年)と再演時(1999年)にマークを演じているのだが、久しぶりのマークを英語で演じて歌うこととなった。かなり訓練したと思われるが、他の本場のキャストに比べると日本語訛りの英語であることがよく分かる。ただ今は英語も通じれば問題ない時代となっており、日本語訛りでも特に問題ではないと思われる(通じるのかどうかは分からないが)。
マークはユダヤ系の映像作家で、「ラ・ボエーム」のマルチェッロに相当。アレックス・ボニエロ演じるロジャーが詩人のロドルフォに相当すると思われるのだが、ロジャーはシンガーソングライターである。このロジャーはHIV陽性である。ミミはそのままミミである(演じるのはチャベリー・ポンセ)。ミミはHIV陽性であるが、自身はそのことを知らず、ロジャーが話しているのを立ち聞きして知ってしまうという、「ラ・ボエーム」と同じ展開がある。
ムゼッタは、モーリーンとなり、彼女を囲うアルチンドロは、性別を変えてジョアンとなっている。彼女たちは恋人同士となる(モーリーンがバイセクシャル、ジョアンがレズビアンという設定)。また「ラ・ボエーム」に登場する音楽家、ショナールが、エンジェル・ドゥモット・シュナールドとなり、重要な役割を果たすドラッグクイーンとなっている。

前半は賑やかな展開だが、後半に入ると悲劇性が増す。映像作家であるマークがずっと撮っている映像が、終盤で印象的に使われる。
「ラ・ボエーム」は悲劇であるが、「RENT」は前向きな終わり方をするという大きな違いがある。ロック中心なのでやはり湿っぽいラストは似合わないと考えたのであろう。個人的には、「ラ・ボエーム」の方が好きだが、「RENT」も良い作品であると思う。ただ、マイノリティー全体の問題を中心に据えたため、「ラ・ボエーム」でプッチーニが描いた「虐げられた身分に置かれた女性」像(「ラ・ボエーム」の舞台となっている19世紀前半のパリは、女性が働く場所は被服産業つまりお針子や裁縫女工、帽子女工など(グリゼット)しかなく、彼女達の給料では物価高のパリでは生活が出来ないので、売春などをして男に頼るしかなかったという、平民階級の独身の女性にとっては地獄のような街であった)が見えなくなっているのは、残念なところである。

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2024年6月12日 (水)

コンサートの記(849) 〈RMF&山田和樹 グローバル プロジェクト〉 山田和樹指揮モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団来日演奏会2024京都

2024年5月31日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後6時30分から、左京区岡崎のロームシアター京都メインホールで、〈RMF&山田和樹 グローバル プロジェクト〉モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団来日演奏会に接する。指揮は、モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団芸術監督兼音楽監督の山田和樹。

モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団の来日演奏会は、2016年に大阪のフェスティバルホールで西本智実指揮のものを聴いているが、ホールが異なるということもあってか、当時の印象とは大きく異なる。

「クール・ビューティー」こと女優のグレース・ケリーが、グレース王妃となったことでも知られるモナコ公国のモンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団。2016年から山田和樹が芸術監督兼音楽監督を務めている。
モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団は、旧モンテカルロ国立オペラ管弦楽団(モンテカルロ国立歌劇場管弦楽団)で、スヴャトスラフ・リヒテルのピアノ、ロヴロ・フォン・マタチッチの指揮で録音したグリーグとシューマンのピアノ協奏曲の伴奏を務めていることで知られている。それ以外には知られていないともいえる。元々は新外国人管弦楽団の名で1856年に結成された歴史あるオーケストラで、1980年にモンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団に改称したが、今もオペラやバレエの演奏は続けている。多くの作曲家が初演をモンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団に託しており、特に隣国のイタリアとフランスの作曲家に好まれている。
録音は余りしてこなかったモンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団であるが、2010年に自主レーベル「OPMCクラシックス」レーベルを立ち上げ、山田和樹ともサン=サーンスの歌劇「デジェニール」を録音、リリースしている。


オール・フレンチ・プログラムで、ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」、ラヴェルのピアノ協奏曲ト長調(ピアノ独奏:藤田真央)、サン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」(オルガン独奏:室住素子)の3曲が演奏される。

ロームシアター京都メインホールでは、サンクトペテルブルク・マリインスキー劇場によるチャイコフスキーの歌劇「エフゲニー・オネーギン」(指揮:ヴァレリー・ゲルギエフ)や、キエフ・バレエ(ウクライナ国立バレエ)の「白鳥の湖」、中国・南京の江蘇省演芸集団有限公司による歌劇「鑑真東渡」などの引っ越し公演が行われているが、海外のコンサートオーケストラが演奏会を行うのはこれが初めてであると思われる。京都には北山にクラシック音楽専用の京都コンサートホールがあり、海外のオーケストラが京都公演を行う場合は、京都コンサートホールの大ホールを使うのが通例であったが、ここに来て初めてロームシアター京都メインホールが使われることになった。なお、山田和樹は来年ももう一つの手兵であるバーミンガム市交響楽団を率いてロームシアター京都メインホールで公演を行うことがすでに決まっている。
キャパ自体はロームシアター京都メインホールが2000弱、京都コンサートホールが1800と、ロームシアター京都メインホールの方が大きいが、ロームシアター京都メインホールは音響がオペラ、バレエ、ポピュラー音楽向けの多目的ホールであり、オーケストラコンサートには必ずしも適した会場ではない。だが、京都市交響楽団も「オーケストラ・ディスカバリー」シリーズの会場をロームシアター京都メインホールに変更し、NHK交響楽団の京都公演会場もロームシアター京都メインホールに変わるなど、徐々にシフトが行われていくのかも知れない。京都コンサートホールがそろそろメンテナンスの時期ということもあるだろう。


日本の若手音楽家の中でもリーダー的存在である山田和樹。往年の名指揮者、山田一雄(山田和雄)に名前が似ているが、血縁関係は一切ない。1979年、神奈川県秦野市生まれ。前身が旧制神奈川県立横浜第一中学校である名門・神奈川県立横浜希望ヶ丘高校を経て、東京藝術大学指揮科に入学。松尾葉子と小林研一郎に師事。藝大在学中に有志とTOMATOフィルハーモニー管弦楽団(現・横浜シンフォニエッタ)を結成し、ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝という経歴から、「リアル千秋真一」と呼ばれたこともある。NHK交響楽団の副指揮者を経て、2012年から18年までスイス・ロマンド管弦楽団の首席客演指揮者、2016年からモンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団の芸術監督兼音楽監督、2023年からバーミンガム市交響楽団の首席指揮者兼ミュージックアドバイザーとなり、今年の5月から音楽監督に昇格。日本では日本フィルハーモニー交響楽団の正指揮者や読売日本交響楽団の首席客演指揮者を務めたことがある。2026年には池袋にある東京芸術劇場の芸術監督(音楽部門)に就任する予定である。

コロナの最中にはZoomなどを利用し、作曲家の藤倉大、指揮者の沖澤のどか、ピアニストの河村尚子や萩原麻未などとのWeb対談を積極的に行っている。
「リアル千秋真一」というと、何においても完璧というイメージだが、藤倉大との対談では、「運動音痴自慢大会(?)」を行っており、「スイミングスクールに通ったのに泳げるようにならなかった」という自虐エピソードを語っていたりする。
オーケストラとの共演の他に東京混声合唱団の音楽監督兼理事長としても活動しており、武満徹の合唱曲集などを録音。また東京オリンピックのために全参加国の国歌のレコーディング(「アンセム・プロジェクト」)なども行った。
関西では、読売日本交響楽団の大阪定期演奏会でフェスティバルホールの指揮台に何度か立っている他、大阪の4つのプロオーケストラを振り分けたシューベルト交響曲全曲演奏会などを行っている。ただ京都市交響楽団に客演したことはまだ一度もない。京都で指揮するのも今日が初めてのはずである。


午後6時15分頃に山田和樹がステージ上に登場し、プレトークを行う。「兵庫で始まったこのツアー、東京での公演を経まして、昨日は……、あれ、昨日どこ行きましたっけ? どこ行きましたっけ? (袖に)どこ行きました? 愛知! 愛知ね! 昨日のこと忘れちゃいけない。どこいるんだか分からなくなっている。そして今日は京都」。今回のツアー公演は、「ROME MUSIC FOUNDATIONと山田和樹の合同グローバルプロジェクト」であり、ローム ミュージック ファンデーションの奨学生の中から選ばれた音楽家が、現地リハーサルを含めてモンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団の一員として参加するという教育的内容を含んだものになっている。ということで選ばれたメンバーがステージ上に呼ばれ、自己紹介を行った。
最後に山田は、ソリストの藤田真央について、「私の息子と呼ばれている。顔が似てるのか雰囲気が似てるのか」と紹介する。年齢は丁度20歳違いであるが、藤田は山田のことを「パパ」と呼んでおり、特別に親しい関係にある。


ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」。ドイツ式の現代配置での演奏である。
冒頭のフルートに若干の伸び縮みを付けるなど、個性的な演奏である。ただロームシアター京都メインホールはオペラ向きの音響であるため、弦楽器などは輪郭がはっきりしすぎていて、ドビュッシーならではのたゆたうような響きは生まれにくく、ドビュッシー作品には向いていないようである。
西本智実の指揮で聴いた時はシックな印象を受けたモンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団であるが、南仏に近いということもあって、今回は音の濃さが目立つ。原色系の色彩感で、日本のオーケストラからは絶対に生まれない音だ。


ラヴェルのピアノ協奏曲ト長調。人気ピアニストの藤田真央がソリストを務める。
この間も「題名のない音楽会」で2週続けての特集が組まれた藤田真央。天衣無縫のピアノを奏でる天才肌のピアニストだが、いくぶん風変わりなところがある。最近はエッセイ集なども出して好評を博している。
ラヴェルの音楽はドビュッシーと違ってクッキリしたものであるため、モンテカルロ・フィルの良さが生きている。音色が単に美しいだけではなく、往年のフランスの名楽団の響きのような人間くささも感じられる。
藤田のピアノは、第1楽章では音の移り変わりや明滅を巧みに表現し、ラヴェルがなぜ「印象派」に含まれるのかが分かるような音楽として奏でる。
ロマンティックな第2楽章は、一転して楷書風。藤田ならロマンティシズムを思い切り前に出すかと思われたが、楷書で演奏することで曲自体に語らせるという手法を取ったようだ。第2楽章は確かに甘く美しいが、一歩間違えると劇伴のようになってしまう怖れもあるため、これはこれで見事な解決である。
第3楽章の透明感ある音による演奏も活気とモダンな詩情に溢れており、20世紀的なエスプリを表出してみせた。

アンコール演奏は1曲。グリーグの抒情小品集第3集から「愛の歌」。瑞々しい出来であった。


サン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」。山田は来年の6月にベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会の指揮台に立つことが決まっているが、メインはこのサン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」になる予定である。ロームシアター京都にはパイプオルガンは設置されていないので、室住素子は電子オルガンを演奏する。
各楽器の音色の濃厚さが生き、パリというよりもスペインの音楽のように聞こえるのが面白い。山田は、音のグラデーションを丁寧に重ね、神秘感や洗練された曲調などを的確に表現していく。室住のオルガンも力強い。
ニュアンス豊かな一方で、音楽としての全体のフォルムは崩れがちで、ちょっとアンバランスな印象を受けたのも確かである。ホールの音響も影響しているだろう。
なお、Maki Miura Belkinと共にピアノ連弾で参加した榊真由(さかき・まゆ)は、本来は指揮者だが、RMFのアシスタントコンダクターには京都私立ナンバーワン進学校の洛星高校出身で、広上の弟子である岡本陸が選ばれたため、特別にピアノで参加することになったという。
造形美よりもオーケストラの特性を生かした個性的な音楽作りが印象的なサン=サーンスであった。オーケストラが変わるとまた別の音楽が生まれることになると思われる。


アンコール演奏は2曲。まず、シュレーカーの舞踏劇「ロココ」より第3番“マドリカル”。歌劇などを多く作曲しているシュレーカーの作品だけに、オペラを得意とするモンテカルロ・フィルは活き活きとした演奏を展開する。

2曲目は、ビゼーの「アルルの女」より“ファランドール”。南仏を舞台とした音楽だけにモンテカルロ・フィルの個性に合っている。洗練されたフランス北部のオーケストラとは違った意図的な土俗性の表出が面白いが、プロヴァンス太鼓奏者を舞台上ではなく、1階客席通路に配し、歩きながら叩かせたのが効果的で、客席から手拍子が起こる。山田も手拍子をリードし、音楽的な楽しさと一体感に満たされた時間が過ぎていった。

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