カテゴリー「来日団体」の116件の記事

2021年4月10日 (土)

コンサートの記(707) クリスチャン・ヤルヴィ指揮ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団来日公演2008大阪

2008年10月11日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後2時から、ザ・シンフォニーホールで、クリスチャン・ヤルヴィ指揮ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団の来日公演を聴く。

開場時間である午後1時の10分前にザ・シンフォニーホールに着いたのだが、先に来て待っているお客さんは2人しかいない。悪い予感がする。

果たして客席はガラガラであった。三連休の初日に一流とはいえない海外オーケストラのコンサートを聴こうという人は余りいないようである。


指揮のクリスチャン・ヤルヴィは1972年生まれ。父親は世界的な指揮者のネーメ・ヤルヴィ。10歳上の兄であるパーヴォ・ヤルヴィも今最も旬な指揮者だ。
クリスチャン・ヤルヴィは2004年からトーンキュンストラー管弦楽団の首席指揮者を務めている。


曲目は、グリーグの組曲「ペール・ギュント」第1番、同じくグリーグのピアノ協奏曲イ短調(ピアノ独奏:上原彩子)、ベートーヴェンの交響曲第5番。


クリスチャン・ヤルヴィは、コートタイプのジャケットを着ていたので、ステージ上だけ冬になったように見える。長髪を振り乱しての指揮。父も兄もツルツルだが、クリスチャンはまだまだ大丈夫のようだ。

「ペール・ギュント」組曲では、正面を向いて指揮棒の振り幅も比較的小さかったクリスチャン。指揮法は父にも兄にも似ていない。

トーンキュンストラー管弦楽団の弦楽は独特の配置。ステージ左手から時計回りに、第1ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、第2ヴァイオリン。そしてコントラバスはステージの一番奥に横一列に並ぶ。

“朝の気分”では冒頭のフルートが素っ気なかったが、その後は細部を丁寧に詰める演奏が展開される。“オーセの死”の後半で極端なスローテンポを取ったのも印象的。
クリスチャンは、音楽の自然な流れはさほど重視せず、細かい部分に独特の表情を付けていた。


グリーグのピアノ協奏曲イ短調。チャイコフスキー国際コンクールのピアノ部門で、日本人初の優勝に輝いた上原彩子。テレビに出演している時の姿は「なんだかなー」で、この人、ピアノ馬鹿なんじゃないかと思ったのだが、本業のピアノは予想以上に素晴らしかった。

エッジの立った音。和音も極めてクリアで、山奥の清流のような清々しいピアニズムを発揮する。ミスタッチもあって技術的に完璧とはいかなかったが、独特のテンポの変化など創造力にも溢れている。上原彩子というピアニスト、やはりただ者ではない。

クリスチャン指揮のトーンキュンストラー管弦楽団も個性溢れる伴奏を聴かせたが、クリスチャンもテンポを自由に動かすタイプなので上原と合わない箇所もあった。上原とクリスチャン指揮のトーンキュンストラー管は相性はさほど良くないようだ。


上原はグリーグの「抒情小曲集」第1集より“アリエッタ”をアンコールとして弾く。これまた清冽なピアニズムを聴かせてくれた。


ベートーヴェンの交響曲第5番。テンポの設定。管楽器の浮き上がらせ方などが、兄、パーヴォの同曲演奏に似ている。基本的に弦楽器にビブラートはかけるが、部分によってはビブラートなし、もしくはビブラートを著しく抑えて古楽器風の響きを出させる。折衷型の演奏である。

クリスチャンの指揮はグリーグの時とは打って変わって激しい。腕をグルグル回す指揮などはパーヴォを思わせる。


CD録音などでは近現代ものしか発表していないので、古典派やロマン派作品に対する実力は未知数だったクリスチャンだが、ベートーヴェン指揮者としてはかなり期待出来そうである。

問題は、まだ頭で音楽を作っている部分が大きいところ。ベートーヴェンなども聴いている時は面白いと思ったのだが、圧倒はされなかったということもあり、コンサートが終わって梅田の街を歩いているうちに感銘がどんどん薄れてしまった。


アンコールとして、バルトークの「ルーマニア舞曲」よりと、ブラームスの「ハンガリー舞曲」第6番が演奏された。ブラームスではクリスチャンは客席の方を振り返ってジェスチャーをして聴衆を笑わせていた。ユーモアの精神を発揮するのはヤルヴィ・ファミリーの共通点のようである。

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2021年2月28日 (日)

コンサートの記(698) スザンヌ・ヴェガ来日ライブ2008@心斎橋クラブクアトロ

2008年1月22日 大阪の心斎橋クラブクアトロにて

大阪へ。午後7時より、心斎橋パルコ8階にある「心斎橋クラブクアトロ」で、ニューヨークのシンガーソングライター、スザンヌ・ヴェガの来日ライブを聴く。スザンヌ・ヴェガは、実に8年ぶりの来日とのことである。

関西に来てからも、ライブハウスには何度か行ったことはあるけれど、心斎橋クラブクアトロのようなスタンディングのところは初めて。座る席もあるが、ライブはノリが大事なので、私は迷うことなくスタンディングを選ぶ。
ライブハウスといっても、私がよく行ったのは、東京では渋谷のオンエアだとか、新宿にあった日清パワーステーションのような比較的スペースの大きなところ。大阪のなんばhatchなどはライブハウスというよりコンサート会場といった方がぴったりくるほど広い。心斎橋クラブクアトロのような小スペースは初めてである。

スザンヌ・ヴェガは人気シンガーなので、東京では、有楽町にある東京国際フォーラム・ホールCでコンサートを行う。東京国際フォーラムのような広いところではライブ感覚はなかなか味わえなし、スザンヌ・ヴェガを間近で見られる可能性も低い。大阪で聴いた方がずっと得である。

ニューアルバム「Beauty&Crime」の収録曲を中心とした約1時間半のライブ。客層は幅広いが、若者はいかにも音楽が好きそうな人が多く、お年を召した方達は60年代のアメリカから抜け出してきたようなファッションをしていたりする。

スザンヌ・ヴェガは「Beauty&Crime」のジャケット写真と同じ、左肩の開いたスーツで登場。帽子(これはCDジャケットのものとは違った)を曲調に合わせてかぶったり脱いだりする。
おなじみの「トムズ・ダイナー」のアカペラでスタート。「トムズ・ダイナー」は伴奏ありのバージョンでも歌われた。
私は英語力に乏しいので、MCの内容は大雑把にしか把握できなかったが、要所要所は簡単な英語だったのでわかった。歌詞はアルバムを聴いているので内容はわかる。

アンコールとして、聴衆のリクエストを受けた「女王と兵士」「スモール・ブルー・シング」などが歌われた。

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2021年2月 6日 (土)

コンサートの記(692) 「京都・国際音楽学生フェスティバル2007」フィンランド&フランスDay

2007年5月28日 京都府立府民ホールアルティにて

午後6時30分から、京都府立府民ホールALTIで、「京都・国際音楽学生フェスティバル2007」フィンランド&フランスDayを聴く。全席自由、1000円均一の公演。チケットの安い公演は、「何か知らないけれど来てしまいました」という、マナーとは無縁の客が入ってきてしまうことが多いのだが、今日もそうした方がちらほら。

「京都・国際音楽学生フェスティバル」は、ALTIで毎年開かれており、ドイツ、フランス、オーストリア、イタリアという音楽大国の学生を始めとする有名音楽院の学生が参加している。

今日は、フィンランドのシベリウス音楽院(シベリウス・アカデミー。旧ヘルシンキ音楽院)と、「のだめカンタービレ」でもおなじみ(?)フランスのパリ国立高等音楽院(コンセールヴァトワール・パリ)の選抜学生による室内楽をメインとした演奏会である。

プログラムは、まずシベリウス音楽院の学生によるシベリウスの弦楽四重奏曲「親愛なる声」が演奏され、次いでパリ国立高等音楽院の学生によるフォーレのチェロ・ソナタ第1番と「エレジー」。そして、シベリウス音楽院、パリ国立高等音楽院、京都市立芸術大学の学生による弦楽合奏で、ドビュッシーの「小組曲」より“小舟にて”と“バレエ”、そして「夜想曲」(管弦楽のための「夜想曲」ではなく、ピアノ曲の編曲。いずれも篠田聡史による弦楽合奏版編曲による演奏である)、シベリウスの「アンダンテ・フェスティーヴォ(祝祭アンダンテ)」、「弦楽のためのプレスト」、1981年生まれの若き作曲家ハルティカイネン(シベリウス音楽院に在籍)の新作「ルーメン(光)」(世界初演)が演奏される。

いずれもコンクールなどで優秀な成績を修めている学生達だが、あくまで学生であり、こちらも名演は期待していない。


シベリウス音楽院の学生による弦楽四重奏曲「親愛なる声」。ファーストヴァイオリン、セカンドヴァイオリン、ヴィオラは女の子で、どういうわけか全員眼鏡をかけている。チェロだけ男の子。トーマス・ヨアキム・ヌニエス=ガルセ君という長い名前の男の子だ。
祖国の大作曲家シベリウスの作品とはいえ、「親愛なる声」は深い音楽であり、学生では表現できないのではないかと思う。案の定、曲の把握が徹底されていない演奏であった。単に音が鳴っているだけの箇所が多い。それでも第3楽章などは哀切で透明な音楽を再現することに成功していたように思う。
アンコールとして、コッコネンの弦楽四重奏曲第3番より第2楽章が演奏される。シャープな演奏であった。

パリ国立高等音楽院在籍の女性チェリスト、オレリアン・ブラウネールさんは、高い技術力を持ち、豊かな音色による淀みない歌を奏でる。なかなかの実力者と見た。
フォーレの2曲は、いずれも若さに似合わない奥行きのある演奏であり、アンコールの「白鳥」(サン=サーンス作曲)でも優雅な音楽を奏でた。ピアノのエマニュエル・クリスチャン君も煌めくような音色の持ち主であり、好演だった。

弦楽合奏。京都市立芸術大学からの出演者は全員女の子。ということで、ステージ上の男性メンバーは先ほど名前を出したトーマス君ただ1人である。
コンサートミストレスはシベリウス音楽院のシニ・マーリア・ヴァルタネンさん。
ドビュッシーの「小組曲」よりと「夜想曲」も良かったが、シベリウスの「アンダンテ・フェスティーヴォ」と「弦楽のためのプレスト」はより優れた演奏。時に勢いに流されそうにはなるが、若々しさ溢れる演奏に好感を持った。

「ルーメン(光)」のハルティカイネン氏は会場に来ており、演奏前に簡単な楽曲解説を行った。
現代音楽であるため奏者だけでの演奏は難しく、この曲だけミラノ・ヴェルディ音楽院在籍のアンドゥレーア・ラッファニーニ氏が指揮を務める。
「ルーメン(光)」は、ヴァイオリンがグラスハープのような音を奏でるなど、繊細な音のグラデーションを特徴とする。しかし、この手の曲は全て武満徹作品のように聞こえてしまうのは気のせいなのか。

アンコールはシベリウスの「カンツォネッタ」。これも若さがプラスに作用した好演であった。

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2021年1月17日 (日)

コンサートの記(684) ベルトラン・ドゥ・ビリー指揮ウィーン放送交響楽団来日演奏会2007大阪

2007年2月10日 大阪・福島のザ・シンフォニーホール

午後2時より、ザ・シンフォニーホールで、ベルトラン・ドゥ・ビリー指揮ウィーン放送交響楽団(旧・オーストリア放送交響楽団)の来日公演を聴く。オール・ベートーヴェン・プログラム。曲目は「エグモント」序曲、ピアノ協奏曲第5番「皇帝」(ピアノ独奏:ピョートル・オフチャロフ)、交響曲第3番「英雄」。

ベルトラン・ドゥ・ビリーは、1965年、パリに生まれた指揮者。フランスが生んだ久々の大物指揮者といわれ、2002年からウィーン放送交響楽団の首席指揮者の任にある。
以前、ドイツの若手指揮者が払底気味であるという話をしたが、クラシック音楽のもう一方の雄であるフランスもこれといった若手指揮者を生み出せないでいた。そこへ現れた、ベルトラン・ドゥ・ビリー。フランス音楽界の期待を一身に受けている。

「エグモント」序曲。ドゥ・ビリーは古典配置を採用しているが、ピリオド奏法には興味がないようでオーソドックスな仕上がりを見せる。冒頭は弦が薄いものの響きは美しい。バランスは最上であるがきれい事に終始せず熱い演奏を聴かせる。特に後半の緊張感は異様なほどで、この若きフランス人指揮者のドラマティックな音楽性がよく表れていた。

ピアノ協奏曲第5番「皇帝」。寡聞にして知らなかったが、ピョートル・オフチャロフは1981年レニングラード(現・サンクトペテルブルク)生まれのピアニストで、1999年から本拠地をオーストリアのザルツブルクに移し、数々のコンクールで優勝しているという。
オフチャロフのピアノは彩り豊かであり、音の粒立ちも良く、スケール豊かで表情の細やかなもの。かなり優れたピアニストである。
ドゥ・ビリー指揮のウィーン放送響も、オフチャロフに負けじと色彩豊かな演奏を披露する。

秀演が続いていただけに、交響曲第3番「英雄」への期待が高まる。
ベルトラン・ドゥ・ビリーは「英雄」でも正攻法の演奏を繰り広げる。木管の浮き上がらせ方などに才能を感じさせもする。しかし全体としてはいささか面白味に欠ける演奏になってしまっていた。正攻法ならドゥ・ビリーより優れた演奏をするベテラン指揮者はいくらでもいる。今年42歳の指揮者に第一級の「英雄」を求めるのは酷だったか。今後に期待しよう。
ウィーン放送響の技術も一定の水準には達していたが、第2楽章で突然調子外れの音を出す奏者がいたり(余りに妙な外し方だったので私は驚いてしまったのだが、指揮者のドゥ・ビリーも驚いたようで、一瞬、「ん?」という表情を見せていた)まだまだ改善の余地あり。


アンコールではウィーンゆかりの作曲家の作品を披露。まずはブラームスのハンガリー舞曲第1番で自信に溢れた演奏を披露。
続いて、ヨハン・シュトラウスⅡ世の「雷鳴と稲妻」が演奏されたが、勢い任せの乱暴な演奏であった。ウィーンの楽団ならどこでもヨハン・シュトラウスの名演を繰り広げるというわけではないらしい。
最後はヨハン・シュトラウスⅠ世の「ラデツキー行進曲」。指揮者のドゥ・ビリーが聴衆相手に拍手の合図を送るなど、楽しい時間を過ごすことが出来た。

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2021年1月13日 (水)

コンサートの記(681) ペーター・グート指揮ウィーン・シュトラウス・フェスティバル・オーケストラ「ニューイヤー・コンサート」2007京都

2007年1月12日 京都コンサートホールにて

京都コンサートホールで、ペーター・グート指揮ウィーン・シュトラウス・フェスティヴァル・オーケストラによるニューイヤー・コンサートを聴く。日本を代表する若手ソプラノ歌手・森麻季がゲスト出演する。

ウィンナ・ワルツやポルカのスペシャリストとして一部で高い評価を受けているペーター・グートはもともとはヴァイオリニストであり、生地のウィーンでヴァイオリンを学んだ後、旧ソ連に留学。モスクワ音楽院で当時世界最高のヴァイオリニストの一人であったダヴィッド・オイストラフに師事している。
ウィーン交響楽団の初代コンサートマスターとなったグートは1982年に指揮者としての活動を開始、ヨハン・シュトラウスⅡ世同様、ヴァイオリンを弾きながらオーケストラを指揮することもある。

ウィーン・シュトラウス・フェスティヴァル・オーケストラは名前通りの祝祭オーケストラだが、1978年から活動を続けており、シュトラウス・ファミリーの演奏はお手の物だ。

森麻季は有名だ。
で済ませたいところだが、クラシックの知識のある方ばかりとは限らないので紹介しておくと、1970年、東京に生まれ、東京藝術大学および大学院、文化庁オペラ研修所を経て、イタリアに留学。まずアメリカで成功を収め、日本ではNHK交響楽団との共演で知名度を上げる。昨年(執筆当時。具体的に書くと2006年)、avexからCDデビューしている。伸びやかな高音と華やかな容姿が売りである。

ウィーン・シュトラウス・フェスティヴァル・オーケストラは小編成(ファースト・ヴァイオリン8、セカンド・ヴァイオリン3、ヴィオラとチェロとコントラバスが2。2管編成)であり、京都コンサートホール大ホール向きではない。だから最初の曲である「こうもり」序曲などは音量に不満を感じたが、ワルツやポルカなどは音量よりも音の美しさが重要なのでボリューム不足はさほど気にならなかった。アンサンブルの精度はもう1ランク上を望みたくなるが音の艶やかさは十二分に合格点に達していた。

ペーター・グートの指揮はCDでも耳にしているが、本当に楽しそうにワルツやポルカを演奏する。ショーマンである。これは音だけではわからない。やはり音楽は生が一番である。チケットもそう高くはないんだし。

森麻季は3曲に登場。まずはオペレッタ「こうもり」より“伯爵様、あなたのようなお方は”。続いてワルツ「春の声」。最後がオペレッタ「こうもり」より“田舎娘を演る時は”。いずれも余裕を持って歌われる高音が素晴らしい。ただ今日は私はステージ下手(左側)真横に座っており、私の席からは森の声は聞き取りにくかった。残念。
森は“伯爵様、あなたのようなお方は”ではピンクのドレスにショッキングピンクの手袋、「春の声」では青いドレスにターコイスブルーのショール、“田舎娘を演るときは”ではエメラルドグリーンのドレスに白い手袋で登場。森のドレス姿の鮮やかさに会場のここかしこから女性のため息が起こる。

全プログラムを終えて、グートと森が登場。森は最初に出てきた時と同じピンクのドレスにショッキングピンクの手袋。グートはラデツキー行進曲をオーケストラに演奏させて、自分は森と共に客席に降りて1階席を巡る。会場にいた子供3人を呼んでステージに立たせ、指揮棒を持たせて指揮の真似事をさせると再び森麻季と更にファーストヴァイオリン8人を引き連れて1階席を一巡り。サービス精神旺盛である。


ウィーン・シュトラウス・フェスティバル・オーケストラ ニューイヤー・コンサート2007 公演パンフレット(鴨東記)

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2021年1月 9日 (土)

フィリップ・ドゥクフレ来日公演「SOLO」2006大阪

2006年12月3日 シアター・ドラマシティにて

アルベールビル冬季オリンピック開会式&閉会式の演出を手掛けたことで知られるフランスの演出家・振付家のフィリップ・ドゥクフレの来日公演「SOLO」を観る。大阪のシアター・ドラマシティにて。
普段は振付か演出に専念しているドゥクフレが「久しぶりに踊ってみたい」ということで企画されたソロダンス公演。ただソロとはいっても、音楽の生演奏(トロンボーン&ウクレレ)や映像が入るため、全てをドゥクフレがやっているわけではない。

大阪ということで、ドゥクフレは大阪弁のセリフの書かれた紙を読み上げる。更にドゥクフレが書いたものを日本語訳したナレーションが録音で入る。ノンクレジットだったが、声でナレーターだ誰かすぐにわかる。2日前にドラマシティで「SOLO・LIVE」を行った吹越満だ。吹越はテレビのナレーションなども多く手掛けているので声に聞き覚えがあり、わかりやすい。

ドゥクフレは床のそばに小型カメラを置いて自身の足をクローズアップしたり、原色の照明を用いたり、影絵効果や映像によって自己の分身を作るなど、面白いことをやる。
いくつものドゥクフレの影や映像の分身を見ているうちに、どれが実体でどれが虚像なのか境界が曖昧になってくる。舞台上の生身のドゥクフレが次第に虚像に溶けていき、あるいは実像と虚像の重要性が等価になったり逆転するように見える。虚だから無意味であるという投げやりな常識が次第に軋み始めるのだ。

終演後、ドゥクフレらによるトークがある。観客からの質問にドゥクフレが答えるという形なのだが、抽象的な質問が多く、ドゥクフレは答えにくそうだった。かと思ったら、「体が柔らかくなる運動があったら教えて下さい」という作品とは何の関係もない注文を出す女性もいてドゥクフレ苦笑い。それでもちゃんといくつか簡単なトレーニングを紹介して見せた。

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2020年11月23日 (月)

コンサートの記(670) チェコ国立ブルノ歌劇場 「ドラマティック・アマデウス」2006@ザ・シンフォニーホール リムスキー=コルサコフ 歌劇「モーツァルトとサリエリ」(ステージ・オペラ形式)ほか

2006年7月28日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

大阪のザ・シンフォニーホールで行われる、チェコ国立ブルノ歌劇場の来日公演「ドラマティック・アマデウス」に出かける。

「ドラマティック・アマデウス」は、日本側の企画により、ブルノ歌劇場が取り組むモーツァルト生誕250周年企画公演であり、モーツァルトが11歳の時にブルノに滞在したことにちなみ、11歳のピアニスト、ヤン・フォイテクをソリストにした、ピアノ協奏曲第23番第1楽章とピアノ・ソナタ第11番より第3楽章「トルコ行進曲」の演奏があり、それからリムスキー=コルサコフの歌劇「モーツァルトとサリエリ」(ステージ・オペラ形式)、モーツァルトの絶筆となった「レクイエム(死者のためのミサ曲)」(ジュースマイヤー版)が演奏される。

ブルノ国立歌劇場はヤナーチェク劇場(大劇場)、マヘン劇場(中劇場)、レドゥダ劇場(小劇場)の総称で、特にレドゥダ劇場は、11歳のモーツァルトが演奏会を開いたり、ブルノが生んだ作曲家、レオシュ・ヤナーチェクが学生時代に足繁くコンサートに通ったという由緒ある劇場だそうである。

今回はオーケストラは室内オーケストラ編成での演奏となる。指揮はピアノ協奏曲第23番第1楽章と「レクイエム」がヤン・シュティフ、「モーツァルトとサリエリ」をパヴェル・シュナイドゥルが担当する。


一番の目当ては、リムスキー=コルサコフの歌劇「モーツァルトとサリエリ」で、ピーター・シェーファーの「アマデウス」の元ネタの一つとして名高いが、上演は滅多にされないというこのオペラの実演に接するのが目的だ。


ピアノ協奏曲第23番第1楽章と「トルコ行進曲」のピアノ演奏を担当するヤン・フォイテクは1995年生まれで、2002年から2004年まで3年連続でブルノ・アマデウス国際コンクールで優勝を収めた神童だそうだ(1回優勝すれば良いのに、何で3年も連続で出て、しかも優勝を攫う必要があるのかは良くわからない)。その他にもプラハ・ジュニアノートやリトアニアでのコンクールでも優勝しているという。

イベントなので、フォイテクはモーツァルト時代の格好で登場。発想が京都市立×大の自主公演並みだが、まあ許そう。
いくら神童とはいえ、まだ11歳なので、時に指がもつれそうになったり、強弱が大袈裟だったりするが、まあまあ良くは弾けている。

ブルノ歌劇場管弦楽団は、音に潤いがなく、室内オーケストラとしての透明感も生きていない。多分、余り良い楽器を使っていないのだと思われる。


リムスキー=コルサコフの歌劇「モーツァルトとサリエリ」はプーシキンの同名戯曲をリムスキー=コルサコフ自身がオペラ用に台本を書き換えて作曲したもので、全2幕、上演時間約50分の短編である。原作通り、サリエリの長大なモノローグを中心に構成されており、心理劇の要素が強い。ただアリアやオーケストラのメロディーはあまり魅力的とは思えない。
ピーター・シェーファーの「アマデウス」と違うところは、サリエリもまた天才として描かれ、モーツァルトとの仲がとても良いこと。史実でもモーツァルトとサリエリは仲が良かったようで、互いに互いの作品を高く評価している。
サリエリは、当時のウィーンの宮廷楽長であり、ベートーヴェン、シューベルト、リストという錚々たる作曲家の師としても知られ、モーツァルトの四男で音楽家になったフランツ・クサヴァー・モーツァルト(フランツ・クサヴァーという名は、モーツァルトの弟子であるフランツ・クサヴァー・ジュースマイヤーと同一であることから後に様々な憶測を呼ぶことになる)の作曲の師でもあった。サリエリは作曲家として大変な尊敬を集めており、後年には、「私があれほど活躍しなかったら、モーツァルトももっと売れただろうに」というちょっと傲慢な言葉を残していたりもする。

プーシキンの「モーツァルトとサリエリ」は、サリエリが死の直前(1825年)に「私がモーツァルトを毒殺した」と口走ったとされるスキャンダルに題材をとり、1830年に書かれた戯曲である。誠実な音楽家達でなく、人間としては俗物この上ないモーツァルトに神が作曲家として最高の才能を授けたことに嫉妬するサリエリの姿を描いたものだ。
これをオペラ化したリムスキー=コルサコフの「モーツァルトとサリエリ」の初演は1898年12月7日にモスクワで行われ、サリエリ役にシャリアーピン(シャリアーピン・ステーキにもその名を残す伝説的バス歌手)、舞台裏のピアノ演奏をラフマニノフが担当するなど豪華な顔ぶれであったという。

今回はステージ上でオーケストラが演奏し、その横に簡素なセットを置いて、衣装を着た歌手が演技するという「ステージ・オペラ形式」での上演(東京ではオーケストラがピットに入り、バレエ団なども加えた「グランド・オペラ形式」での上演も行われたという)。

指揮は私より1歳年下(1975年生まれ)のパヴェル・シュナイドゥルが担当。31歳なんて指揮者としてはまだ駆け出しの年齢であるが、音楽的な問題は特にない。
リムスキー=コルサコフはオーケストレーションの名手として知られるが、この作品は地味だ。オーケストラの音色も地味であり、プラスには作用していない。

サリエリ役は、シベリアのノヴォシビルスク出身のベテラン、ユリィ・ゴルブノフ。経験豊かだけに歌、演技ともに安定している。
モーツァルトを演じるのはゾルターン・コルダ。このオペラではモーツァルトは脇役なので余り見せ場がないが、まずまずの出来だ。

劇中、モーツァルトがピアノを弾くシーンがある。実際のピアノの音は舞台裏で奏でられるのだが、モーツァルト役のコルダの手元を見ると、コルダも実際はピアノが弾けるようで(実はピアノが弾けない音楽家というのは意外に多い)、鍵盤をなぞる動きは正確であった。


ベテランのヤン・シュティフが指揮した「レクイエム」K.626(ジュースマイヤー補作完成版)は、シュティフのスッキリした音作りが印象的な好演であった。
ソリストは、ソプラノとバスがベテラン、アルトとテノールが若手という布陣。テノールのリハルド・サメクは1978年生まれのまだ20代の歌手。アルトのヤナ・シュテファーチコヴァーも年齢は書かれていないが若いと思われる(30歳前後だろうか。少なくとも30代後半までは行っていないと思われる。ちなみにかなりの美人だ)。

合唱、ソリストともにレベルはそこそこ高い。

終演後、客席からは「まあ、こんなもんだろう」という感じの拍手があり、ステージ上も「まあ、こんなもんだ」という風にそれに応えていた。

一流の演奏会とは言えないだろうが、一流ではない演奏も落ち着いた趣があってまた良しである。

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2020年8月21日 (金)

コンサートの記(649) シャルル・デュトワ指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団来日演奏会2005大阪

2005年11月12日 大阪・中之島の(旧)フェスティバルホールにて

大阪のフェスティバルホールで、シャルル・デュトワ指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の演奏会を聴く。曲目はプロコフィエフの「ロメオとジュリエット」より抜粋と、ストラヴィンスキーの「春の祭典」。ロシアのバレエ音楽を並べたプログラムだ。

フェスティバルホールに行くのは久しぶり。3年半近く行っていなかった。しかも前回は演劇の公演(三谷幸喜の「オケピ!」の再演版)だったので、フェスティバルホールでコンサートを聴くのは初めてである。

フェスティバルホールはかっては大阪を代表するホールとして、大阪フィルを始め、多くのオーケストラがここで定期公演を行い、海外の演奏家やオーケストラも大阪で公演するときは必ずここを使った。

今は、大阪のクラシック音楽シーンの中心は、ザ・シンフォニーホールに移っているが(2005年当時)、観客が多数詰めかけることが予想されるコンサート、例えばウィーン・フィルの演奏会などは、よりキャパの広いフェスティバルホールを使うことが多い。
今回のコンサートもチェコ・フィルとデュトワという珍しい顔合わせなのでフェスティバルホールを選んだのだろう。

フェスティバルホールの内装は古ぼけてはいるが、ちょっと昔にタイムスリップしたようで雰囲気はいい。ただ、古いホールだけに、残響がほとんどなく、音には不満がある。

プロコフィエフの「ロメオとジュリエット」は、フェスティバルホールのマイナス面が出てしまった。チェコ・フィルのメンバーもホールの空間の大きさを気にしたのか、本来の力を出せていないようである。弦楽は艶やかに鳴る「場面もあった」が、管、特に金管は低調である。
弦が艶やかに鳴る場面もあった、と書いたがこれは異例のことで、チェコ・フィルといえば、弦楽合奏の美しさで有名なのだ。その弦の力をそれほど感じなかったということは、ホールもそうだが、曲との相性も良くないのだろうか。

後半はデュトワの十八番、「春の祭典」。フェスティバルホールの乾いた音もこの曲には向いている。金管は思ったほど良くならなかったが、弦はプロコフィエフの時とは打って変わって生き生きしている。フェスティバルホールの天井桟敷で聴いたので、真の迫力が私の席まで届かなかったのは残念だが、名演であることは間違いない。ちなみに曲の最後の最後、フルートの後の一撃の時に、デュトワが勢い余って指揮棒を取り落とし、床を「カタカタン」と鳴らすというハプニングがあった。デュトワもチェコ・フィルのメンバーも聴衆も苦笑いという珍しい場面であった。

今回、チェコ・フィルを聴いて、「やはり中欧ナンバーワンオーケストラだけのことはある。凄い」という印象と、「こんな程度のものなのか?」という感想を同時に持った。音に厚みと温もりがある。密度も濃い。輝きもある。ただ、メカニックや、曲への適応力は、日本のオーケストラと大差ない。むしろデュトワが指揮するならNHK交響楽団の方が良い演奏をしたのではないか? と思える箇所もあった。

アンコールはチャイコフスキーの「白鳥の湖」よりワルツ。この曲にはトランペットの長く優雅なソロがあるが、どういうわけか、チェコ・フィルのトランペットソロは音程が怪しい上に、曲への共感が乏しいように見えた。デュトワは、ソロの聴かせどころではいつもするように他の楽器の音を抑えて、トランペットソロを浮かび上がらせていたが、このソロには不満だっただろう。

デュトワは日本でもお馴染みの名指揮者であり、私が最も好きな音楽家の一人である。チェコ・フィルも中欧、東欧含めて間違いなくトップオーケストラである。それだけに期待していたのだが、この組み合わせは思ったほど良くはなかった。チェコ・フィルはロシアものはあまり得意ではないのかも知れないし、ホールも影響していただろう。

ただ、一流の指揮者と一流のオーケストラが組めば即ち名演というわけではないことも確認出来た。いいものは自分で探さなくてはならない。ブランドに目をくらませることなく虚心坦懐になって。何事においてもそうだ。

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2020年5月27日 (水)

コンサートの記(638) アジアオーケストラウィーク2004 金洪才指揮 ソウル・フィルハーモニック管弦楽団

2004年10月5日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

大阪、ザ・シンフォニーホールでソウル・フィルハーモニック管弦楽団の来日公演を聴く。どうでもいいが、一瞬、ソウルフル・ハーモニーと勘違いしそうな名前を持つ楽団である。ソウル・フィルというオケは何故か2つあるようだが(紛らわしいな)、こちらは1945年創設の韓国一長い歴史を持つオーケストラ。

指揮は在日指揮者、金洪才(キム・ホンジェ)。

韓国といえば、20世紀後半にクラッシック界の逸材を多く生み出したことで知られる。特にヴァイオリンのチョン・キョンファ(鄭京和)と、彼女の弟で指揮者・ピアニストのチョン・ミョンフン(鄭明勲)が有名である。ただオーケストラの充実は大分遅れ、10年前のインタビューでチョン・ミョンフンは「(韓国のオーケストラは)日本より20年は遅れている」と語っていた。

しかし、今日の演奏を聴くと大分腕を上げてきたなという感じを受ける。弦がやや薄いが、日本のオーケストラとも十分に渡り合えそうだ。


1曲目は金成珍(キム・ソンジン)の「帰天」。ソプラノ独唱は姜権洵(カン・グォンスン)。チマチョゴリでの登場だ。
ソウル・フィルの音はやや暗め。少し淡泊で墨絵のような味わい。音楽は韓国らしさを感じさせるものだが、露骨に韓国していないのがいい。この曲は今年作曲された新作だ。


ドヴォルザークのチェロ協奏曲。独奏は梁盛苑(ヤン・ソンウォン)。音は相変わらずやや地味、独奏の梁の演奏も渋いが深みがある。これ見よがしのテクニックを披露するのではなく、音を誠実に奏でていくタイプだ。演奏終了後、梁はJ・S・バッハの無伴奏チェロ組曲第1番よりプレリュードをアンコールとして演奏した。

ドヴォルザークのチェロ協奏曲は、あのブラームスをして「こんな曲がチェロで書けると知っていたら私も書いていたのに」と言わしめた傑作である。


後半の曲はあのブラームスの交響曲第4番。多分狙ったプログラミングのはずである。ソウル・フィルの音は今度はやや華やか。金の指揮も若々しく、名演となった。


アンコールは韓国民謡「イムジン河」のオーケストラ編曲版。しみじみとしていい演奏である。

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2020年5月25日 (月)

コンサートの記(637) アジアオーケストラウィーク2004 本名徹次指揮ベトナム国立交響楽団

2004年10月6日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

ザ・シンフォニーホールでベトナム国立交響楽団の来日演奏会を聴く。アジアオーケストラウィーク2004参加団体として招聘されたもの。指揮は本名徹次。本名は2001年からベトナム国立響のミュージック・アドバイザーを務めている。ベトナム国立響は1959年の創設。最初のコンサートでホー・チ・ミン(胡志明)が指揮台に上がってベトナム国歌を指揮したという何とも社会主義なエピソードを持つ。本拠地は首都ハノイ。ハノイは漢字では河内と書く。かなり大阪っぽい。

ベトナム国立響というと大分前にテレビのドキュメンタリーで日本人指揮者、福村芳一を相手に演奏に苦戦している姿が流された。

ということもあって今回は不安だったのだが、杞憂に終わった。世代交代が進んだようで、メンバーは若い。昨日のソウル・フィルは女性メンバーが全員、ドレスではなくスーツで登場したのが印象的だったが、ベトナム国立響の女性メンバーはドレスだったり民族衣装風だったり様々だ。

弦には輝きがある。たまに雑然とした感じになるのは仕方ないだろう。管はやや不安定だ。

第1曲はド・ホン・クァンの「ベトナム狂詩曲」。面白い曲だがやや長い。後半になるとだれた感じがする。

2曲目はショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲。ソリストは1981年生まれの若手、ブイ・コン・ズイ。曲自体は渋いものである。ソヴィエト当局の妨害に遭い、初演は7年も遅れた。ブイのヴァイオリンは昨日のヤン・ソンウォンとは正反対でテクニックを前面に押し出す。いかにも熱演という感じだが、力任せの感じは否めず。ずっと攻めのヴァイオリンなので聴いていて疲れるところがある。


メインもショスタコーヴィチ。交響曲第5番。いうまでもなく交響曲としては20世紀最高のヒット曲である。最近、生でショスタコーヴィチを聴く機会が多くなった。それも第5だけでなく、第10、第11などがプログラミングされる。ショスタコーヴィチの大ブレイクはもうそこまで来ている気がする。

冒頭は音に厚みが不足しているが、煌びやかさはあるし、構築もまずまずである。第2楽章はアイロニカルな表情が生きている。第3楽章も悪くはないが、歌にやや不足。表情ももっと豊かに出来るはずだ。第4楽章、トランペットが落ちる。本名のテンポはかなり速い。トランペットが落ちてからは更にテンポを上げる。この楽章がこれほど速く演奏されるのを聴くのは初めてである。ラストも重みがもう少しあればいいと思ったが、このオケの現状を考えるとよくやったと思う。国立のオケとはいうものの財源が不足しているため、メンバーの多くはアルバイトをしながらリハーサル、本番をこなすという。

アンコールではベトナムの曲と、大阪での演奏会ということで「六甲おろし」が演奏された。

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