コンサートの記(943) ミコラ・ジャジューラ指揮ウクライナ国立歌劇場管弦楽団・合唱団 ベートーヴェン「第九&運命」@京都コンサートホール
2026年1月15日 京都コンサートホールにて
午後7時から、京都コンサートホールで、ウクライナ国立歌劇場管弦楽団・合唱団 ベートーヴェン「第九&運命」を聴く。
膠着状態が続くロシアとウクライナの戦争。ウクライナの男性バレリーナが軍服を着て前線に立つ姿が新聞に載ったりしたが、かつてG8に入っていたロシアに比べるとウクライナは財政面で弱い。戦闘が長期化すれば尚更、というわけで、前線にいた男性バレリーナも戻ったのかどうかは分からないが、豊かな土壌を持つウクライナの音楽で外貨を稼いだ方が、バレリーナを前線に送るよりも有効ということで、ウクライナ国立歌劇場が日本で引っ越し公演、それもバレエ(ウクライナ国立バレエ。旧キエフ・バレエ)、オペラ(ウクライナ国立歌劇場。旧キエフ・オペラ)、コンサート(ウクライナ国立フィルハーモニー交響楽団。旧キエフ国立フィルハーモニー交響楽団)と全てを行う音楽の吶喊作戦である。
今回の京都でのコンサートは、ウクライナ国立フィルハーモニー交響楽団名義の方が適当なのかも知れないが、第九にウクライナ国立歌劇場合唱団が加わるため、全て含めてウクライナ国立歌劇場管弦楽団・合唱団にしたのであろう。
京都市の姉妹都市であるキーウ。ということで、以前にもキエフ国立フィルハーモニー交響楽団時代のウクライナ国立フィルハーモニー交響楽団が京都コンサートホールで演奏会を開いたことがある。その時は、19世紀のヴァイオリン技法を今に伝えるイヴリー・ギトリスが主役であり、ギトリスがカーテンコールにも登場したほどだったが、キエフ国立フィルの質も高かった。なんだかんだでソ連は音楽に力を入れていた。
その時の指揮者は、ミコラ・ジャジューラであったが、今回もジャジューラが指揮する。ジャジューラは、1961年、キーウ生まれ。チャイコフスキー記念キエフ(キーウ)国立高等音楽院でボン・ベートーヴェン管弦楽団の音楽監督としても活躍したローマン・コフマンに師事。1989年から正指揮者としてキエフ国立歌劇場での仕事を始めている。その後、2011年に同団体の音楽監督兼首席指揮者に就任。キエフ国立フィルハーモニー交響楽団の首席指揮者兼芸術監督には1996年に就任している。
東京国際音楽コンクール・指揮部門(現・東京国際指揮者コンクール)とブダペスト国際指揮者コンクールで入賞(無料パンフレットにはいずれも「優勝」とあるが誤り)。タングルウッド音楽祭で小澤征爾に師事し、レナード・バーンスタインとアンドレ・プレヴィンにも学んでいる。
国外では、韓国のソウル市交響楽団の音楽監督を務め、韓国国立オペラとも仕事をしている。
2005年に、フランス共和国文化勲章を受章。
今日は譜面台を用いず、2曲とも暗譜での指揮である。
ウクライナ国立歌劇場管弦楽団(ウクライナ国立フィルハーモニー交響楽団)は、1834年創設と歴史は長い。チャイコフスキーを招いて彼のオペラ(「エフゲニー・オネーギン」、「スペードの女王」など)を彼の指揮で自作自演したりもしている。20世紀に活躍したソ連の作曲家の多くが自作を指揮をした経験があり、サンクトペテルブルク・マリインスキー劇場、モスクワのボリショイ劇場に次ぐ実力と評価された。
曲目は、タイトル通り、ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」と第9番「合唱付き」であるが、どちらかだけでも難曲なのに、2曲連続上演とはかなりのスタミナである。このコンサートだけならまだしも、まだ他の場所でオペラやバレエを上演するのである。タフとしか言い様がないが、これが戦争状態にある国の現実なのかも知れない。
チェロが客席側に来るアメリカ式の現代配置での演奏。ティンパニは視覚面もあって、指揮者の正面ではなく、下手端に位置する。
ベートーヴェンの交響曲第5番。フェルマータは短めである。1回目より2回目の方が短い。ジャジューラは2回目のフェルマータを左手で切る。
弦のビブラートは、音を伸ばすときだけに使用。ピリオドを意識した演奏である。そのためか、テンポは一貫して速め。特に第4楽章はかなり速く、ピッコロ奏者がもたつきそうになったが何とか持ち直した。そのピッコロの音型からベーレンライター版使用だと思われる。
第2楽章などは様々な音が鳴り響いており、西欧とも日本とも違った大地の響きである。ティンパニはモダンティンパニだったが(バロックティンパニを使いたくとも今回の演奏のためだけに持ってくる訳にもいかないだろう)、硬めの音で強打を見せ、この曲が初演されたときに聴衆が感じたであろう異様さがなんとなく感じ取れる。
ベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」。ウクライナ国立歌劇場合唱団は上段に男声歌手達が、下段に女声歌手達が並ぶ。女声歌手達は全員、ウクライナの民族衣装を纏っている。男声歌手達は燕尾服姿。
ソプラノ独唱:リリア・グレヴツォヴァ、メゾ・ソプラノ独唱:アンジェリーナ・シヴァチカ、テノール独唱:ドミトロ・クジミン、バス独唱:セルゲイ・コヴニール。ウクライナ人は男性の平均身長が高いため、本当のバス歌手がいる。日本人男性は白人に比べると平均身長が低いため、低い声は出ず、本物のバスはいないと言われる。バスとして活躍している日本人も白人に比べるとバリトンになるらしい。昔、黛敏郎が司会をしていた頃の「題名のない音楽会」で、「テノール馬鹿にバリトンすけべ」という言葉が紹介されているが、ここでも日本人男声歌手の低音の代表がバスではなくてバリトンであることが分かる。
日本と違い、頻繁に第九が演奏される訳ではないので、独唱者も合唱団も全員譜面を見ながらの歌唱である。「独唱者も合唱団も全員暗譜で“歓喜に寄す”を歌う国がある」と知ったら向こうの人は驚くのではないだろうか。
ジャジューラは、この曲でもピリオド援用で、テンポは速めである。冒頭のヴァイオリンはノンビブラートで音を切りながら進む。ただ第3楽章では、弦楽器奏者の多くがビブラートを用いるなど、曲調に合わせて使い分けているようである。
速めのテンポにも関わらず、ずっしりとした手応えのあるベートーヴェン。普段、日本のオーケストラで洗練されたベートーヴェンを聴いているため、余計にパワー重視の演奏に聞こえる。
第2楽章も、ウクライナ紛争が頭にあると、戦場の音楽に聞こえてくる。前線の進軍の音楽だ。
一方で、第3楽章はロマンティックというよりも癒やしの音楽。戦勝の夢を見て目覚めるかのようだ。
第4楽章。この楽章にしか登場しない打楽器3人(シンバル、トライアングル、大太鼓)は板付き。合唱も板付きで。独唱者は第2楽章と第3楽章の間に登場した。
独唱者も合唱団もかなりパワフルで、天井の高い京都コンサートホールに声が留まる。
洗練されている訳ではないが、「歓喜に寄す」を歌うにはこれほどのパワーがやはり必要になるのかも知れない。欧米の古いホールなどはステージが狭いので合唱団も限られ、一方、日本はステージが広めなので大人数の合唱を載せることが可能だが、個々のパワーでは、日本人の歌手はウクライナ人歌手に勝てそうにない。体格が違う。
合唱もオーケストラの音も巨大な音の塊としてホールを満たしていた。
今、ウクライナ国内で第九を歌うことは無理なのかも知れない。だがいずれ来るウクライナで第九が上演する日を先取りして聴いているような気分になった。
カーテンコールでは、テノールのクジミンとバスのコヴニールが掲揚サイズのウクライナの国旗を掲げる。
なお、ウクライナ国立バレエ芸術監督で「情熱大陸」にも出た寺田宜弘の母親である高尾美智子(寺田バレエ・アートスクール校長)が逝去したということで、寺田宜弘が演奏開始前に舞台上に登場して、この公演が「寺田バレエ・アートスクール 高尾美智子先生追悼公演」となることを告げる。
ホワイエではウクライナの民芸品が売られ、高尾美智子の展示も行われていた。
















































































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