カテゴリー「動画」の12件の記事

2020年6月14日 (日)

配信公演 阪哲朗&村川千秋指揮山形交響楽団「山響ライブ第1弾」(文字のみ)

2020年6月13日 山形テルサより配信

午後7時から、クラシック専門ストリーミング配信サービス「カーテンコール」で、山形交響楽団の「山響ライブ第1弾」を視聴。金管パート、木管パート、弦楽パートに分かれての三部構成による演奏である。

曲目は、ジョン・ウィリアムズの「オリンピック・ファンファーレ」、ブルックナーの「正しき者の唇は知恵を語る」、リンドバーガー編曲の「悪魔のギャロップ」と「セルからモースへの結婚行進曲」(以上、金管パート)、リヒャルト・シュトラウスのセレナード変ホ長調(木管パート)、チャイコフスキーの「弦楽セレナード」とシベリウスの「アンダンテ・フェスティーヴォ」(以上、弦楽パート)。弦楽パートの選曲は、3日前に行われた広上淳一指揮日本フィルハーモニー交響楽団の配信公演と完全に同じである。

指揮は山形交響楽団首席指揮者の阪哲朗。シベリウスの「アンダンテ・フェスティーヴォ」のみ山形交響楽団創立名誉指揮者である87歳の村川千秋(男性)がタクトを執る。

3月にも山形交響楽団の配信を行ったカーテンコールであるが、3ヶ月の間に配信のための基盤がかなり整ってきているようで(そもそも本格的なサービス開始は今年の秋からであり、今はまだ試験段階である)、音声はハイレゾ配信となり、カメラも3台から6台に増えたそうである。


飯森範親による改革が成功して、「田舎のオーケストラ」というイメージを脱却し、日本を代表するアンサンブルへと成長した山形交響楽団。財政的には厳しいが、新たなる本拠地ホールが完成するなど、更なる飛躍のための足がかりが構築されつある。


まず、山形交響楽団が日本で初めて始めたというプレトークが、指揮者の阪哲朗と山形交響楽団専務理事の西濱秀樹によって行われる。


阪は全編ノンタクトでの指揮、キビキビとした推進力に富む音運びである。山形交響楽団も揃っての演奏は久しぶりのはずで、万全とはいえない部分もあるが、ある程度の精度の高さを維持していることが感じ取れる。

金管の音は輝かしく、ブルックナーの楽曲ではオルガン的な響きを見事に再現してみせる。リヒャルト・シュトラウスが17歳で完成させるという早熟振りを示したセレナード変ホ長調の木管による洒落っ気に飛んだ表現も優れている。


転換を兼ねた20分の休憩時間中に、阪哲朗と西濱秀樹が客席中央通路に出てのトークを行い、更に今日のための撮影された山形の名所案内映像が流れる。阪と女優の永池南津子が、天童市内の温泉旅館やさくらんぼ農園、山寺こと立石寺を訪ねるという内容(麓から立石寺を眺めるだけで上ることはなかった)である。


チャイコフスキーの「弦楽セレナード」。チェロ以外の弦楽奏者はオールスタンディングでの演奏である。ハイレゾであるためか、弦の人数が日フィルよりも多いためか、奏者間をさほど空けていないからか、もしくはその全てか、弦の表情の細やかさや音の広がりは山形交響楽団の方が優れているように感じられる。


村川千秋が指揮するシベリウスの「アンダンテ・フェスティーヴォ」(ティンパニありのバージョン)。村川は指揮棒を持って指揮する。チェロとティンパニ奏者以外はやはり起立しての演奏。清澄な弦の音色が印象的な佳演であった。

演奏終了後、客席に山形交響楽団の管楽器メンバーが現れ、村川を拍手で讃えた。

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2020年6月 6日 (土)

配信公演 浅草九劇オンライン 柄本明ひとり芝居「煙草の害について」(劇評。文字のみ。関連リンクはあり)

2020年6月5日 東京の浅草九劇からの配信

午後7時30分から、オンライン型劇場に模様替えした浅草九劇の配信公演、柄本明ひとり芝居「煙草の害について」を観る。事前申込制の有料公演である。配信はVimeoを使って行われる。

配信公演への入り口となるURLは開演1時間ほど前に送られて来たのだが、メールソフトの調子が今日もおかしく、HTML形式のメールの画像がダウンロード出来ないので、返信やら転送やらのボタンを押して、無理矢理別の形式に置き換えて見る。返信を押した場合、更に「返信をやめる」を押すのだが、それでも返信されてしまう場合がある。

 

午後7時開場で、その直後に配信画面に入ったのだが、ずっと暗闇が続く。「LIVE」と視聴者数の文字は出ているので動いていることは確かだが、午後7時30分丁度になっても暗闇のままなのでブラウザの更新ボタンを押す。そのためか、あるいはそれとは関係なく配信の時間が来たからなのか、画面に舞台の背景が映る。臨場感を増すため、フルスクリーンにして視聴する。

 

「煙草の害について」は、アントン・チェーホフが書いた一人芝居である。オリジナルに近い形での上演は、MONOが京都芸術センターで行った「チェーホフは笑いを教えてくれる」というチェーホフの短編を連作にした作品の中で水沼健(みずぬま・たけし)が演じたものを観たことがあるのだが、上演時間が20分弱という短いものであるため、今回はチェーホフが書いた他の戯曲のセリフや歌などを加えて、上演時間1時間前後に延ばしたテキストを使用しての上演である。柄本版「煙草の害について」は、1993年初演で、書き直しを行いながら何度も上演を重ねているが、私は観るのは今日が初めてである。

柄本明が演じるのは、妻が経営する全寮制女子音楽学校の会計係兼教師であるが、恐妻家であり、今いちパッとしない男である。着ているベストも継ぎ接ぎだらけだ。

妻に命令されて、無理矢理「煙草の害について」というタイトルの健康に関する講演をすることになったのだが、彼自身は喫煙者であり、煙草の害に関する知識は辞書などで得たもの以外にはさほどない。当然ながらやる気もない。

音楽学校の生徒全員分のホットケーキを焼くよう妻に命じられて作ったのだが、体調不良で5人が食事をキャンセルしたため、妻から5人分を一人で食えと命じられ、食べ過ぎで体調不良である。妻からは「かかしんぼ」と呼ばれることがあり、かなり侮られている。

 

本編に入る前に、柄本明はアコーディオンを弾きながら榎本健一の楽曲「プカドンドン」(もしくは歌詞違いの「ベアトリ姉ちゃん」。サビの歌詞が一緒なので判別出来ず)を歌う。伴奏と歌がかなりずれることもあるが、あるいは浅草での上演ということでエノケンへのリスペクトも込めて歌われたのかも知れない。

体調が悪いので、持ってきた原稿の1枚目に向かってくしゃみをしたり、もうちょっと汚いものが出たため、それを丸めて棄てたのだが、実はそれが「煙草について調べた内容を書き記したメモ」だったため、それに気づいて、汚いのを承知で拾い、広げて読み上げるのだが、出したものでインクが滲んでしまい、上手く読めない。「イタリえば」と読んだが、実は「例えば」だったり、「中洲」という博多の繁華街ネタが始まるが、実際は「中枢神経」と書かれたものだったことが直後に判明したりする。男は「学がない」と自己紹介をしていたが、最後の辺りで「若い頃は大学で学問に励んだ」という話をしたり、音楽学校で理系から文系までの教養科目を幅広く教える能力があるため、謙遜しただけで、今は冴えないが少なくとも若い頃はかなり優秀と見られた人物であるらしいことがわかる。ちなみに彼の奥さん(「三人姉妹」に登場する怪女・ナターリヤの要素を入れている)は友人とフランス語で話すが、男の悪口を言うときはロシア語になるということが語られる場面があるのだが、帝政ロシア時代はかなり徹底したフランス指向の影響で上流階級はロシア語でなくフランス語を話していたという事実があり、奥さんもフランス語が話せて音楽がわかるということからハイクラスの出身であることがわかり、そうした女性と結婚出来た男も同等の階級出身である可能性が高い。あるいは彼も優れた才能と身分に恵まれながら時代の壁に阻まれて上手く生きられなかった「余計者」の系譜に入るのかも知れない。

「いざ鎌倉。鎌倉はどっち? ここは浅草だから」という話が出てきたり、「休憩」と称して下手隅にある椅子に腰掛けてバナナを食べた後で、ぶら下がっている紐に首を入れて揺らし、縊死するかのように見せた後で「ゴンドラの唄」を歌い、黒澤映画の「生きる」をモチーフにした演技を見せるなど、日本的な要素もちりばめられている。

とにかく妻や娘から軽視されているというので愚痴が多く、「誰でも出来る」結婚しか出来なかった(ただ今の人にとっては、結婚自体が高望みになりつつある。私も結婚していない。「私にも妻がいればいいのに」)不甲斐なさを述べるのだが、柄本明自身が奥さんである角替和枝を亡くしているということが透けて見えるような愛情吐露の場面もあり、妙に切なかったりする。

途中で後ろの方に座っていた学生風の若者が勝手に退出しようとしたのを見とがめたり、女子音楽学校の校則などの紹介が載っている本を客席に向かってロシア通貨で販売しようとする場面があったり(今回は無観客上演なので誰もいない)とステージ上だけでない空間の広がりを生む演技もある。

ラスト付近ではラヴェルの「ボレロ」が流れ、妻の影絵が浮かび、転調を伴う狂乱の内に芝居は終わる。

 

上演終了後、柄本は無人の劇場で演じるのは初めてだと語り、文化は生きることと同等であり、なくてはならないもの。なくなったら死んでしまうと熱いメッセージを語った。

 

初の配信ということもあってか、映像が時折途切れたりする。こちらの回線が悪い時もあったかも知れないが、スローモーションになった時には視聴者数が一気に20人ほど減ったため、観るのを諦めたかいったんログアウトしたかで、他の人が観ている映像にも問題が生じていることが察せられた。その後、観客数が一気に増え、ほどなくして画面も動き出した。

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2020年5月 5日 (火)

配信公演 茂山千五郎家「YouTubeで逢いましょう! part6 リモート狂言」(文字のみ)

2020年5月3日 午後2時からはYouTubeで茂山千五郎家の「YouTubeで逢いましょう! part6 リモート狂言」を観る。Zoomを使っての中継。茂山逸平が司会を務める。 まず茂山千五郎が、先日、新型コロナウィルスを原因とする敗血症のために40歳の若さで亡くなった善竹富太郎への弔辞を述べる。 最初の狂言は「文荷(ふみにない)」。出演は、茂山千五郎、茂山茂、山下守之。 主(山下守之)が恋文を太郎冠者(茂山千五郎)と次郎冠者(茂山茂)に恋人に届けるよう託すという話である。二人で交互に恋文を手に持って主の恋人の下に向かうのだが、途中で、垣を見つけ、竹竿の両端を太郎冠者と次郎冠者とで持って中央に文を吊して担うようにして運び始める。そのうちに、主がどんな無粋な文を書いたが気になった二人は文を開封して読み始め、散々に嘲笑するが、どちらが読むかで揉めた際、文を二つに裂いてしまう。このままでは開封したこともばれてしまって届けることも出来ないと悟った二人であったが、「風の便り」という言葉もあるので、扇子で扇いで届けようと図るという話である。 その後、自宅からZoom出演している狂言方の方々や、落語家の桂よね吉なども出演したトークを行う。Zoomはあくまで会議用のツールなので、時間がずれることがあるようだ。 リモート小舞「京童(きょうわらんべ)」が行われる。小舞をリモートで行うのは史上初である。「京童」は茂山千五郎家のみに伝わる舞だそうである。井口竜也の謡で茂山千五郎が舞う。Zoomの音響では謡の声が大きすぎて、声と動きとが分離された感じを受ける。 そして、史上初となるリモート狂言も行われる。演目は「柿山伏」。演じるのは茂山宗彦(もとひこ。「モッピー」というあだ名が定着しているらしい)と鈴木実。茂山宗彦演じる山伏のセリフを担当するのは島田洋海。鈴木実のセリフを受け持つのは茂山千之丞。やはりちょっとずれて見えるところがあるが、超長台詞を切れ味鋭く言う場面は演じながらでは難しいため、動きと語りを分けた面白さも生まれていた。 宮城聰主宰のクナウカがこうした上演を行っているが、滋賀県住みます芸人であるファミリーレストランもハラダの喋くりとしもばやしの動きとで笑わすネタを得意としているため、そのことをチャットで書いたところ、「ここでファミレス?ひょっとして滋賀県住み?」という書き込みがあったので、「京都在住吉本好きです」と答えておいた。

「活動写真のようだ」という意見があり、茂山千之丞は「そういう劇団ありますよ。ギリシャ悲劇とかやる」と語っていたが、ク・ナウカのことであると思われる。もっともギリシャ悲劇自体は元々はク・ナウカと同じスタイルで、動きと語りは別人が行っており、ク・ナウカはそれを再現しているのである。

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2020年4月16日 (木)

配信公演 「白井あさぎ七回忌追善 春青能『半蔀・立花供養』」YouTubeライブ(文字のみ)

2020年4月11日

午後3時から能公演「白井あさぎ七回忌追善 春青能『半蔀・立花供養』」YouTubeライブ公演を観る。

春青能実行委員長である白井孝明の娘で、6年前に19歳の若さで亡くなった白井あさぎの追悼公演である。京都市中京区にある冬青庵能楽堂での上演。


演目は、舞囃子「田村」、仕舞「弱法師」、能「半蔀・立花供養」


舞囃子「田村」を演じる青木真由人。立命館宇治高校の1年生という若手である。坂上田村麻呂を主人公にした「田村」のハイライト上演。
かなり前まで出ての上演であるが、坂上田村麻呂が征夷大将軍という高い身分に就いていたからかも知れない。
青木真由人は若いので、謡などは様になっていない感じだが、動きは切れがある。


片山九朗右衛門らによる「弱法師」を経て、「半蔀・立花供養」が上演される。「弱法師」上演の後で舞台が消毒された。


「半蔀」は「源氏物語」に登場する夕顔を描いた能である。夕顔が六条御息所の生き霊に取り殺される場面はとても有名であり、教科書などにも採用されているため、「源氏物語」の知識がなくても夕顔の名を覚えている人は多いはずである。青木道喜ほかによる上演。

第一場の舞台となっているのは雲林院。今は場所も移転して大徳寺の塔頭となっている小さな寺院であるが、以前は天台宗の大寺院だったという。私も大徳寺からの帰り道に寄ったことのある寺院である。紫式部自身がこの近くの生まれという説があり、また大寺院時代の雲林院は「源氏物語」にも登場する。

雲林院の僧侶が立花供養を行おうとすると、謎の女性が現れ、夕顔の花の話をして去って行く。

第二場では、女性の正体が「源氏物語」に登場する夕顔であろうと悟った僧侶がいにしえの五条御殿の辺りに出掛け、半蔀の後ろに姿を現した夕顔の幽霊から光源氏との思い出を聞かされるという内容である。

元々能の謡は聞き取り憎いが、第二場に入ってから一層聞き聞き取りづらくなったため、Kindleで「半蔀」の謡曲本を買ってダウンロードし、本を追いながら観る。専門用語が多く、確かにこれでは聴いただけではわからないだろう。
ただ本をダウンロードしたおかげで、なぜここで舞が入るのかといったことまで推測出来るようになる。画面にタッチすれば索引まで飛んで戻ってこられるため便利だ。


その後、「田村」の謡曲本もダウンロード。伊勢国鈴鹿の鬼神を清水寺の開基でもある坂上田村麻呂が退治する話であり、最後は清水寺の観音の仏力によって鬼神が退治される。今の状況で上演されるのに相応しい演目でもある。

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2020年4月10日 (金)

配信公演 金沢能楽会 半能「船弁慶」(文字のみ)

2020年4月5日

金沢能楽会が、本日予定されていた石川県立能楽堂での公演が中止になったのを受けて、半能「船弁慶」の無観客上演YouTubeライブ配信を行う。宝生流での上演。出演:シテ(平知盛の亡霊):宝生和英、ワキ(武蔵坊弁慶):殿田謙吉、子方(源義経):渡邊さくら、ワキヅレ(家臣):渡貫多聞、間狂言(船頭):炭光太郎ほか。

午後5時開演の予定だったが、金沢能楽会がYouTubeチャンネルを開設したばかりということもあり、配信に不具合が出たため少し遅れてのスタートとなった。

半能ということで後半のみの上演。尼崎の大物浦が舞台である。船出した源義経一行が平知盛の怨霊によって行く手を遮られ、難破しそうになったところを武蔵坊弁慶が仏力にて調伏するという話である。

科学が発達していなかった頃は、疫病は怨霊の祟りと考えられていた。ということで今上演するのに最も相応しい演目の一つである。

無人の能楽堂で上演される半能「船弁慶」は、あたかも宗教儀式のような厳かさが感じられる。人々が現代より死に近い時代を生きていた頃の切実さを、この状況にあってはより鮮明に受け取ることが出来たように思う。

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2020年4月 5日 (日)

配信公演 坂本龍一 dTVプレミアム無料生配信「Ryuichi Sakamoto:PTP04022020 with Hidejiro Honjoh」(文字のみ。楽曲紹介のための既成動画へのリンクはあり)

2020年4月2日

午後7時から、dTVで坂本龍一によるプレミアム無料生配信「Ryuichi Sakamoto:PTP04022020 with Hidejiro Honjoh」を観る。
6時半から配信がスタートし、過去に行った配信映像などが流れる。
7時を過ぎてから、映像がグランドピアノを真上から捉えたものに切り替わり、坂本龍一が現れる。
まず「async」を弾くのだが、マスクを付けたままの演奏である。だが、意図したものではないようで、演奏を終えてマスクを外し、「マスク取るの忘れちゃったよ」と第一声を発する。

三味線奏者の本條秀慈郎のコラボレーションもあるのだが、坂本龍一が本條のために提供した楽曲(「honj-2019」)があるそうで、まずその曲の演奏を行う。三味線の可能性を追求した現代音楽的な作品であった。本條は作曲も行うそうで、三味線音楽のあらゆる要素を取り入れた自作も演奏した。その後、本條が奏でる三味線に坂本がピアノの弦を弾くなどの特殊奏法で応じるという即興演奏なども行われる。

終盤に坂本は、イタリアでとにかく受けが良いという「美貌の青空」、地球も体も7割が水で出来ているということで自然との調和の話を演奏後に行った「aqua」、企業戦士達を応援するビタミン剤のCM曲でオリコン史上初めて1位を獲ったインストゥルメンタル曲である「energy flow」、現状を戦場に例えたのだと思われる「戦場のメリークリスマス」など有名曲を演奏。アンコールとして淡々とした日常を描いた歌詞を持つYMO時代の楽曲「PERSPECTIVE」のピアノ独奏版が演奏される。歌うことはないが、歌詞が字幕スーパーで出る。坂本なりのメッセージである。

坂本は、「これを良い機会だと思って」読書をしたり映画を観たり音楽を聴いたりすることを勧め、意味なく自宅を出ないこと(Stay Home)、基礎的な予防策を実践することをスマホを見ている人(dTVはdocomoのサービスであるため基本的にスマートフォン向けである)に呼びかけた。

 

スタジオには感染症の専門家、医師、看護師らが待機し、換気を行った上での配信であった。

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2020年3月31日 (火)

配信公演 広上淳一指揮京都市交響楽団第643回定期演奏会無観客公演(文字のみ)

2020年3月28日

京都市交響楽団の第643回定期演奏が行われるはずだったのだが、新型コロナウィルスの影響により中止となり、京都コンサートホールで行われる無観客公演がストリーミングサービスのカーテンコールによって午後2時半からライブ配信される。

指揮は京都市交響楽団第12代常任指揮者兼ミュージック・アドヴァイザーの広上淳一。


曲目は、シューベルトの交響曲第5番とマーラーの交響曲第4番(ソプラノ独唱:森谷真理)。

今日のコンサートマスターは4月から京響の特別客演コンサートマスターに就任する会田莉凡(りぼん)。フォアシュピーラーに泉原隆志が入る。


カーテンコールは前日に広上淳一へのインタビューを行っており、事前に見ることが出来るようになっている。
インタビュアーは、クラシックコンサートを生で聴いた経験がないという女優の永池南津子。なぜそんな素人にインタビュアーを任せようということになったのかだが、配信を見る人の中にコンサート会場に行ったことがない人も多いだろうということで、素人代表として敢えて永池を指名することにしたのだと思われる。
広上も初心者にもわかるように、それぞれの個性を食べ物に例えた後で、マーラーの交響曲第4番は映像化するように、シューベルトの交響曲第5番はテラスで味わう飲み物や景色に置き換えて説明していた。

シューベルトもマーラーもこの世のあらゆる諸相を音楽の中で描き切った作曲家である。


カーテンコールはまだ本格的なサービスが開始される前の段階ようで、映像や音が飛びやすい。ということで、まずパソコンで視聴し、順調ではあったのだが、音の切れが増え始めたため、比較的音の安定しやすいスマホの音声をイヤホンで聴きながら、パソコンのモニターを確認するという視聴方法に変更する。当然ながら絵と音が大幅にずれる。パソコンの回線の方がスタートは早いものの途中で止まることが多いため、最終的にはスマホに抜かれるということが繰り返される。


シューベルトの交響曲第5番。
晴れやかさと毒が同居するシューベルトならではの楽曲であり、「ザ・グレイト」と「未完成」以外のシューベルトの交響曲の中では比較的よく演奏されることの多い作品である。

広上と京響は冒頭から晴れやかな表情を前面に出すが、その後、シューベルトらしい戦きの表情が現れるなどメリハリをつけた演奏が展開される。
第3楽章はさながら死の舞踏という趣であり(広上は全く別の解釈を語っていたが)シューベルトの青春の怖れを十全に表現した演奏となった。指揮台上でステップを踏みながら踊る広上の指揮姿も面白い。

京都コンサートホールは天井が高いため音が上に行ってしまう傾向があり、パソコンのスピーカーで聴いていた時はそれが顕著に感じられたのだが、イヤホンで聴いた場合はほとんど気にならなくなる。


マーラーの交響曲第4番。
京響の磨き抜かれた弦と抜けの良い金管の音が生かされた演奏である。まさに天国的な美しさを湛えている。
広上はアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団(現ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団)でレナード・バーンスタインのアシスタントをしていた時にこの曲のレッスンを受けており、20世紀最高のマーラー指揮者直伝の解釈を授かっている。
第2楽章ではコンサートマスターの会田莉凡が調弦を変えたヴァイオリンによる切れ味の鋭いソロ(死神の独奏といわれる)を聴かせる。
第3楽章の終結間近で下手後方のステージ入り口からソプラノの森谷真理が登場。そのまま指揮者のすぐそばまで進んで独唱を行う。
最終楽章の森谷の独唱であるが、残念ながら現在の収録方法では声が余りはっきりとは聞こえない。京都コンサートホールでの声楽の収録にはもっと経験を積む必要があるようだ。

とはいえ、全体を通して充実した演奏であり、やはり生で聴きたかったと思う。


演奏終了後、セレモニーがあり、門川大作京都市長が登場してスピーチを行い、更に京都コンサートホールの新館長に広上淳一が就任することが正式に発表された(数日前に京都市新聞などには記事が載っていた)。
更にトランペット奏者の早坂宏明が3月いっぱいで退団するということで、早坂に花束が贈られ、アンコールとしてシューベルトの「ロザムンデ」間奏曲第3番が演奏される。優しさと温かさに満ちた演奏であった。

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2020年3月28日 (土)

配信公演 井上道義指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第536回定期演奏会(文字のみ)

2020年3月19日

今日は大阪フィルハーモニー交響楽団のネット配信がある。本来なら、昨日今日と井上道義指揮による第536回定期演奏会が通常の演奏会として行われるはずだったのだが、新型コロナウィルスの影響により無観客での上演、配信サイト「カーテンコール」での中継となった。残念ながら、音が飛んだり場面も飛んだり、1曲目のハイドンに至っては冒頭の音が出ないなど、技術的な問題はある(アーカイブでは改善されている)。

無観客演奏会自体は午後7時からなのだが、大阪フィルが定期演奏会の前に行っているプレトークサロンもやりたいというので、午後6時30分からの配信となる。配信が始まって10分ほど経ってから、大阪フィルハーモニー交響楽団事務局次長で、プレトークサロンの司会も務めている福山修氏が登場。お客さんが周りにいるいつものプレトークでの語りを演じ始める(言葉は「ご来場下さりまして」ではなく「ご視聴下さりまして」に変えている)。聴衆は背の高い禿頭の男性が一人だけ。井上道義である。
井上道義が、「すみません、客ですけど、ストラヴィンスキーって誰ですか? チャイコフスキーとかいるじゃないですか、どう違うんですか?」と福山さんのトークに割って入ったところで、福山さんが、「あ、目の前に井上道義マエストロがいらっしゃるので直接ご解説を」
そして井上道義が、「とてもやらせが酷いと思いますけれど」と言って、今日のプログラム解説などを行う。ちなみに今日の演目は、ハイドンの交響曲第2番、モーツァルトの交響曲第5番、ストラヴィンスキーのヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン独奏:アイレン・プリッチン)、ストラヴィンスキーのバレエ音楽「春の祭典」。最初の2曲は若書きが並び、井上らしい選曲である。ちなみにモーツァルトの交響曲第5番は彼が9歳の時の曲。ハイドンの交響曲第2番は25歳前後に作曲されたものだという。

ストラヴィンスキーのヴァイオリン協奏曲の独奏を務めるアイレン・プリッチン。井上は「プーチンじゃないですよ」と断りを入れた上で、「(見た目が)ロシア人らしくないでしょ。実はハーフ。ベトナムとロシアの。実は私もハーフで(井上は日米のハーフである。実父とされる井上正義は育ての親で、生みの親はガーディナーさんというアメリカ人だそうである)」
そして、「春の祭典」初演時のスキャンダルにも触れ、「(「春の祭典」は)全くひねくれた、僕みたいな」と言って、福山さんも困っていた。


今日のコンサートマスターは、元NHK交響楽団コンサートマスターの山口裕之が客演で入る。フォアシュピーラーは須山暢大。


ハイドンの交響曲第2番とモーツァルトの第5番は、チェロ以外オールスタンディングで演奏を行うという井上らしい外連が見られる。
共に初期の交響曲なので、後に築かれたような個性が発揮された作品というわけではない。ハイドンの交響曲第2番からは、バッハを始めとするドイツのバロック時代の音楽の影響が聴かれるし、モーツァルトの交響曲第5番は、作曲活動を開始してからまだ4年か5年の作品ということで習作である。ただ、その9歳のモーツァルトの第2楽章の哀感には打たれる。人生の悲哀などまだ全くといっていいほど知らない年齢で書かれた音楽であるが、神童以外のなにものでもない完成度に到達している。感情でなく、それまでに書かれた多くの先人の作品を勉強して書かれたものだと思われるが、人間業とは思えない。ただ、幼い頃にこんな曲を書いてしまったというところに、その後の悲劇的な人生が予見されたりもする。


作風を様々に変えたため「カメレオン作曲家」とも呼ばれたストラヴィンスキー。ヴァイオリン協奏曲は、ありとあらゆる音楽の要素を詰め込んだおもちゃ箱のような音楽である。昔、千葉にいた頃に、ストラヴィンスキーが子どものために書いたピアノ曲「五本の指で」というマジックのような小品集をよく弾いたが、それに似た楽しさに溢れている。
ソリストのアイレン・プリッチンも腕利きであり、まだ若いがストラヴィンスキーの音楽をよく把握した演奏を行う。

アイレン・プリッチンは、サンクトペテルブルク生まれ。モスクワ音楽院に学び、2014年にロン=ティボー国際コンクール・ヴァイオリン部門で優勝している。

休憩時間には、ステージ上でプリッチンへのインタビューが行われる。日本で演奏するのは15年ぶりだそうで、15年前はまだ子どもだったため、今また日本で演奏出来るのが嬉しく、またホールがとても素晴らしいのも嬉しいと述べたが、「お客さんがいないのは残念です」とも語った。


休憩時間に井上はカメラを楽屋に招き入れる。広くて快適そうな楽屋であり、堂島川と土佐堀川に挟まれた中之島にあるだけあって、窓からは川が見え、川の上に高速が走っているという、叙情的にして未来的な独特の風景が広がっている(立地に関していうならフェスティバルホールは日本で最高であろう)。
楽屋の壁には3人の指揮者の写真が飾られている。上段左がカール・ベーム、右がヘルベルト・フォン・カラヤン、下段にいるのが朝比奈隆である。ちなみに朝比奈とカラヤンは1908年生まれの同い年である。

フェルティバルホールに対するカラヤンからの賛辞が英語で綴られているが、実はカラヤンは(旧)フェルティバルホールの内装を気に入り、「これと同じものを建てろ」と命じて出来上がったのがザルツブルク祝祭(大)劇場である。
井上は、カラヤンのリハーサルをカーテンにくるまって隠れるなどしてよく聴いていたそうだが、以前にもインタビューで「男の俺でもクラクラするくらい色気がある」と語っていた。今日も「この中で練習が上手かった」と褒めていた。ちなみに井上はセルジュ・チェリビダッケの弟子であるが、チェリビダッケとカラヤンは「天敵」ともいうべき間柄であった。
楽屋の外の通路の壁にはフェスティバルホールで演奏したアーティストの写真がびっしりと並んでいる。グスターボ・ドゥダメルの写真を指して、「「彼はウィーン・フィルを指揮しています。(ベネズエラの指揮者がウィーン・フィルを振るなんて)昔は考えられなかった。世の中どんどん変わってます」
ちなみに、パーヴォ・ヤルヴィがフランクフルト放送交響楽団を指揮して行った演奏会の写真も貼られていたが(フェスティバルホールの3階ホワイエに同じ写真が貼られている)「N響は今、パーヴォ・ヤルヴィって人が指揮をしてます。ちょっと僕に似てない? この辺が(頭を撫でる)」

更に、「大阪には私立なんですけれど芸大というのがあります。大きな芸術大学(大阪芸術大学)があるんです。そこで今年から先生になった」カズ・オオモリに「春の祭典」を聴きながらのライブペインティングを行って貰うことを説明する。


ストラヴィンスキーのバレエ音楽「春の祭典」。冒頭のファゴットが始まったと思ったら演奏が飛ぶなど、配信の状態は良くないが、演奏自体は完成度が高い。
私がクラシック音楽を本格的に聴き始めた中学生の頃は、「春の祭典」といえば現代音楽のチャンピオン的存在であったが、昔から今日に至るまでの録音の数々や最近のコンサートでの演奏を聴くと、「春の祭典」もこなれてきたというか、真の意味での古典になりつつあることを強く感じる。ロック音楽に影響を与えたといわれる豪快さや鮮烈さが、以前は「春の祭典」の売りであり、聴き所でもあったのだが、今日の井上と大フィルの演奏を聴いても、ポップというかメロウというか心地よさのようなものを強く感じる。古代ロシアのバーバリズムを主題としたバレエのための音楽であり、20世紀の音楽史で最大のスキャンダルともいわれた初演の出来事は、今からでは想像しようとしても難しい。少なくともリアルには感じられないのは間違いない。こうして音楽の歴史は進んでいくのだろう。
大フィルは金管が安定に欠ける場面があったが、独特の骨太の音に俊敏さも加わって、聴いていて「気持ちの良い」ハルサイに仕上げる。
とはいえ、永遠のいたずら小僧である井上。鋭さも随所で発揮し、ラストは管と打楽器を引き離すという力技で衝撃を演出していた。


カズ・オオモリのライブペインティングは奔馬を題材にしたものである。井上は「ニュージーランドで5年仕事をしていた時(ニュージーランド交響楽団の首席客演指揮者であった)」の馬の絵にまつわる話などを行っていた。

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2020年3月21日 (土)

配信公演 阪哲朗指揮山形交響楽団第283回定期演奏会無観客公演(文字のみ)

2020年3月14日

午後7時からは、山形交響楽団が配信サービス「カーテンコール」を使っての第283回定期演奏会の無観客公演の配信を行う。指揮は山形国驚愕団常任指揮者の阪哲朗。京都市出身で、1995年にブザンソン国際史指揮者コンクールで優勝して注目されたが、その後もずっと本拠地はドイツに置いてきた阪。2007年から2009年まで山形交響楽団の首席客演指揮者を務めたことがはあるが、日本でシェフの座を獲得するのは山響が初めてである。このところ急速に評価を上げており、今年は残念ながら中止になってしまったが、ロームシアター京都で毎年行われるローム ミュージック フェスティバルでの指揮は絶賛された。


曲目は、シューマンの「序曲、スケルツォとフィナーレ」、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン独奏:神尾真由子)、シューマンの交響曲第2番。本拠地である山形テルサホールでの演奏である。


アイデアマン、飯森範親を音楽監督に頂き、一躍、日本でもトップクラスの人気を得るに至った山形交響楽団。その後、財政的な危機が訪れ、関西フィルの財政状況を劇的に好転させた西濱秀樹を事務方のトップとして招くなど、経営再建に力を入れている。地方公演が全て黒字というのが売りだそうである。大阪でも毎年「さくらんぼコンサート」という演奏会を行っており、好評である。


阪の生み出す音楽はスケールが大きくドラマティック。シューマン作品ではピリオドアプローチを展開。ピリオドによる「モーツァルト交響曲全集」をリリースするなど、古楽的アプローチに強い山響の特性も生かす。


チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲。ソリストの神尾真由子はこの曲を十八番としており、情熱的でスケールが大きく、磨き抜かれた美音によるチャイコフスキーを披露。間違いなく「ブラーバ!」級の快演である。

神尾のアンコール演奏はバッハの無伴奏ヴァイオリンパルティータ第2番より第1楽章。気高さの感じられる演奏であった。


シューマンの交響曲第2番。この曲でもピリオドアプローチが行われるが、学問的な堅苦しい音楽ではなく、推進力と表現力に富んだ演奏が展開される。
シューマンは鍵盤で音楽を考える作曲家であるが、そうした要素も再現されるという一種マジカルな演奏であり、上質なシューマン演奏となった。
陰鬱と評価されることの多いシューマンの交響曲第2番であるが、内部から膨れ上がるようなエネルギーを感じさせる演奏であり、シューマンの未来への希望が力強く示されていた。

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配信公演 原田慶太楼指揮 東京交響楽団「モーツァルト・マチネ」第40回(文字のみ)

2020年3月14日

コンサートの自粛が相次ぐ中、音楽家達が配信という形で自身の活動を守っている。

午前11時からは、ミューザ川崎と東京交響楽団によるモーツァルト・マチネ第40回がニコニコ生放送で配信される。指揮は原田慶太楼。
パソコンだと音飛びが多いため、スマホのアプリで鑑賞する。
曲目は、フルート四重奏第3番(フルート:八木瑛子、ヴァイオリン:水谷晃、ヴィオラ:武生直子、チェロ:伊藤文嗣)、交響曲第35番「ハフナー」、ピアノ協奏曲第13番(ピアノ独奏:金子三勇士)。

フルート四重奏曲第3番は、東響のメンバーによる演奏。リラックスした感じの演奏で好印象である。


昨年亡くなったマリス・ヤンソンスが世界最高のホールとして絶賛したミューザ川崎。残念ながらまだ行ったことはないのだが、響きの良さには定評があり、今回の配信も音が良い。


若手指揮者の原田慶太楼。アメリカのサヴァンナ・フィルハーモニー管弦楽団のシェフに就任したばかりである。作曲家のジョン・ウィリアムズの弟子にして友人であり、昨年、ロームシアター京都でもジョン・ウィリアムズ作品によるコンサートを京都市交響楽団を指揮して行っている。

原田慶太楼は、今回のコンサートの選曲などについて解説を行ってから指揮。推進力に富んだ若々しい音楽作りである。
ピリオドを全面的に採用しており、オーケストラの配置も古典配置を採用。テンポは速めで、金管楽器やティンパニは古楽器を使用している。トランペットはナチュラルトランペットからモダントランペットに移行する間に使用されたバロックトランペットを採用。ナチュラルトランペットはほぼ口だけで音程を操るが、バロックトランペットは穴を塞ぐことで音程を変えることが出来るそうだ。


ピアノ協奏曲第17番。この曲と「ハフナー」交響曲は出だしが似ているということで選ばれたそうである。
日本とハンガリーのハーフのピアニストである金子三勇士のピアノは煌びやかであるが、音色は最近流行のフォルテピアノ風の落ち着いたものを選んでおり、オーケストラと歩調を合わせている。

金子三勇士のアンコール演奏は、モーツァルトのピアノ・ソナタト長調(第5番)より第2楽章。ピアノ協奏曲第17番がト長調であることに合わせての選曲だそうである。

オーケストラのアンコール演奏もある。原田慶太楼が、「画面の向こうで一緒に歌って下さると思っています」と語って、中村八大の「上を向いて歩こう」のオーケストラ編曲版が演奏された。

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