カテゴリー「春」の34件の記事

2025年9月 2日 (火)

コンサートの記(914) 遊佐未森 「cafe mimo Vol.24~春爛漫茶会~」大阪公演

2025年4月20日 心斎橋PARCO SPACE14にて

午後5時から、心斎橋PARCO14階の、PARCO SPACE14(イチヨン)で、遊佐未森の「cafe mimoVo.24 ~春爛漫茶会~」に接する。シンガーソングライターでボーカル&ピアノの遊佐未森が、ギターの西海孝とパーカッション&打ち込みの楠均と共に毎春トリオで行っているコンサート。通常は、東京の草月ホールでスタートして各地を回るのだが、今回は、大阪のこの公演が初日となった。昨年もPARCO SPACE14で開催。PARCO SPACE14は、以前は大丸心斎橋劇場、その前はそごう劇場という名前だったのだが、そのどちらでもcafe mimoは行われており、歴史の長さが感じられる。本来は、25周年になるはずで、お祝いも出来るはずなのだが、コロナで飛んでしまった年があり、Vol.25とはならなかった。遊佐未森によるとスタッフがどさくさに紛れて、Vol.25になるよう画策したらしいが、遊佐が「それはちょっと」と難色を示したので、四半世紀にはまだ届かないということになった。ただ中止になった回もリハーサルだけはしたそうで、その時にカバーした曲が面白くて大笑い。だが、笑いすぎて歌唱にならないため、その曲は封印することになったようである。

未森さんは、「桃」を意識したピンクのワンピースで登場したが、注文して完成したのが昨日の夜中。ドレスメーカーのサチコさんが夜に車を飛ばして事務所まで届けてくれたそうである。サチコさんは夫婦で衣装の製作を手掛けているのだが、結構、有名な人らしい。


ミラーボールが輝く会場。スキャットを背後に中原中也の「月夜の浜辺」の全編朗読を含む「月夜の浜辺」という同名の曲でスタート。未森さんは、「(中原中也の)映画もあったようなんですが(「ゆきてかへらぬ」)リハーサルで観に行けなかった」と語っていた。

桃の衣装なので、「桃」という歌や、「つゆくさ」というナンバー」も歌われ、cafe mimoでは終盤によく歌われた「一粒の予感」がバラード調のスタートで早めに歌われた。
恒例のカバーでは、「Fly Me to the Moon」が歌われる。お馴染みのジャズナンバーで、若い人には、「新世紀エヴァンゲリオン」連続アニメ版のエンディングテーマとして知られると書きたいところだが、「新世紀エヴァンゲリオン」連続アニメ版が放送されたのは30年近く前で、それを知っている人ももう若いとは言い切れない年齢になっている。
どちらかというと、ジャズ的なノリよりも落ち着いた歌唱を指向した出来であった。
カバーとしてはもう1曲、「The Water is Wide」が歌われた。フォーク全盛期にはよく歌われた民謡である。

大阪公演のゲストは、元Le Couple(ル・クプル)の藤田恵美。Le Coupleは連続ドラマ「一つ屋根の下2」の挿入歌となった「日だまりの詩(うた)」が大ヒットしたが、2005年に活動停止、2007年に離婚が成立して解散となっている。その後、藤田恵美はカバーなどを中心としたアルバム制作や、ラジオのDJなどとして活動を続けている。写真や映像で見るよりシャープな印象の女性。
藤田は自己紹介で、子どもの頃に劇団ひまわりにいて、左卜全とひまわりキティーズ「老人と子どものポルカ」にひまわりキティーズの一人としてレコーディングに参加していたそうである。
その後、ブルーグラスやカントリーなどを歌う歌手としてライブハウスで活動するが、その時、ライブハウスで演奏と同時に従業員として働いていたのが西海孝だそうである。西海孝とはその後、5人組のバンドを組み、藤田がボーカル、西海がギター&バンジョーで新宿コマ劇場の地下にあったカントリー系としては日本最大のライブハウス・ウィッシュボンで活動していた仲だという。十代、二十代は洋楽ばかり聴いていたが、事務所の人から、「日本の今を知らなきゃ駄目だよ」と言われ、手を伸ばしたのが遊佐未森のCD、「momoizum」であった。そして、「ライブにも行ってみよう」と思い、渋谷公会堂に出掛けたのだが、「え? こんなに踊る人だったの?」と思ったそうである。遊佐も自身のライブ映像を見返したことがあったのだが、「『momoizm』の時はこんなに踊ってたんだ」と驚いたそうである。
そしてなんと、「日だまりの詩」を歌うことになる。第1番を遊佐が、2番を藤田が歌う。
「ひだまりの詩」は、旋律は明るいが、歌詞はもう会えなくなった元彼の思い出と感謝を歌うという、ちょっぴり切ないものである。遊佐未森は、癒やし系シンガーであり、例えば「ココア」などの切ない曲も歌うが、メロディーが明るくて歌詞が切ない楽曲には彼女の歌声はハッピーすぎて余り合わないかも知れない。藤田は持ち歌だけにしっとりと歌い上げていた。
藤田が、遊佐の「僕の森」にチャレンジしたいと言う。遊佐は高校時代は音楽科出身で声楽などを学び、大学も音大。大学では声楽科ではなかったが、「8の字唱法」といって、通常の裏声を使うことなく高い声を出す唱法を習得している。普通の人はそうした発声は出来ないので、一般的な裏声を使うのだが、藤田も「出来には期待しないで下さい」といっていた通り、高音を出すのには苦労しているようだった。

その後、遊佐は、最も新しいアルバムである「潮騒」からタイトル曲などを歌う。


アンコールは、菅原都々子の「月がとっても青いから」を藤田恵美と共に歌う。藤田の父親が、菅原都々子のアルバムを2回聴かないと寝かせてくれないような人だったそうだ。


最後は遊佐未森による告知。大阪では、島之内教会でクリスマスコンサートを行うそうである。また大阪ではないが、同じ関西で、「京都の『ぶんぱく』というところでコンサートをやります。『ぶんぱく』って正式にはなんていうんだろう? 京都の人、みんな、『ぶんぱく、ぶんぱく』って言うから。文化博物館? 合ってる? 京都市文化博物館?」。京都文化博物館は、正式名称を京都府京都文化博物という京都府の施設なので、京都市文化博物館だとちょっと違う。ということで、「京都“府”」と言う。遊佐は、「そうですよね。京都府文化博物館?」。まあ、「府」と聞いただけで、京都府京都文化博物館という名称を導き出すのは難しいだろう。

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2025年6月 8日 (日)

コンサートの記(905) ハインツ・ホリガー指揮 京都市交響楽団第700回定期演奏会

2025年5月17日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都市交響楽団の第700回定期演奏会を聴く。節目の演奏会のタクトを任されたのは、世界的なオーボエ奏者でもあるハインツ・ホリガー。ホリガーはオーボエではなくピアノ独奏も行う。

無料パンフレットには、第1回定期演奏会(カール・チェリウス指揮)、第100回定期演奏会(外山雄三指揮)、第200回定期演奏会(若杉弘指揮)、第300回定期演奏会(小林研一郎指揮)、第400回定期演奏会(大友直人指揮)、第500回定期演奏会(大友直人指揮)、第600回定期演奏会(広上淳一指揮)の当時の無料パンフレットの表紙と担当指揮者の縮小写真が載っている。

プレトークはハインツ・ホリガーではなく、クラシック音楽好きで自ら「クラオタ(クラシックオタク)市長」を名乗る松井孝治京都市長らが、京都市交響楽団の京都コンサートホールでのリハーサル公開の話(これまでも出雲路の練習場でのリハーサルの公開はあったが、京都コンサートホールでのリハーサルを増やしている。ただいずれも平日の午前中に行われることが多く、行きにくい)や京都コンサートホールの改修工事のプランの話などを行っていた。

 

曲目は、ホリガーの「エリス-3つ夜の小品」のピアノ独奏版(ピアノ独奏:ハインツ・ホリガー)と管弦楽版、ホリガーの2つのリスト作品のトランスクリプション「灰色の雲」「不運」、武満徹の「夢窓」(初演40周年/京都信用金庫創立60周年記念委嘱作品)、シューマンの交響曲第1番「春」

ホリガー作品の後に1回、武満の「夢窓」の後にもう1回休憩が入るという特殊な日程。武満作品が特殊な編成で大幅な配置換えがあり、時間が掛かるため、その時間を休憩に当てる。

 

今日のコンサートマスターは、ソロコンサートマスターの会田莉凡(りぼん)。フォアシュピーラーに泉原隆志。ドイツ式の現代配置による演奏だが、武満の「夢窓」だけは、武満自身が考案した独自の配置での演奏を行う。
管楽器奏者の首席指揮者の多くは2曲目のホリガーの2つのリスト作品のトランスクリプションからの参加となる。

 

ホリガーの「エリス-3つの夜の小品」(ピアノ独奏版)。オーケストラメンバーが登場し、着席してからホリガーが現れてピアノに向かう。ピアノを中央に置くと配置転換に時間が掛かるため、ホリガーは下手端に置かれたピアノを弾く。ホリガーのオーボエは聴いたことがあるが、ピアノは初めて。ただ大抵の一流器楽奏者はピアノも達者であり、ホリガーも例外ではない。
曲調は、典型的な前衛音楽風である。「前衛のピアノ音楽」と聞いて思い浮かべられるもの(そもそも「前衛のピアノ音楽」を聴いたことがない人は思い浮かべられないが)に近い。

同じ曲のオーケストラ版が続けて演奏されるが、ピアノ版を一発で覚えた訳ではないということもあって、印象は大きく異なる。アメリカの現代音楽、就中エドガー・ヴァレーズの作風を彷彿とさせる。ヴァレーズは元々はフランス人で、ドビュッシーの影響を受けており、武満との関連も思い浮かぶが、ヴァレーズの名を思い浮かべたのは私なので、ホリガーにはその気はないと思われる。
この曲にはティンパニはないので、ティンパニを受け持つことが多い打楽器首席奏者の中山航介は木琴を演奏した。

高校生の頃、私はヴァレーズが好きで、作風を模した小さな曲などを作っていた。昔々の思い出。

 

ホリガーの2つのリスト作品のトランスクリプション「灰色の雲」「不運」。
フランツ・リストのピアノ曲2作品をホリガーがオーケストラ用に編曲(トランスクリプション)した作品である。1987年に自らの指揮で初演している。2曲は連続して途切れなく演奏される。
ちなみに私は2曲とも原曲を聴いたことはない(おそらくYouTubeを使えば誰かが演奏している映像を見ることが出来るはずである)。
冒頭のメロディーが、レナード・バーンスタインの「ウエスト・サイド・ストーリー」の名ナンバーの一つ“Cool”に似ていて親しみが持てる。
そこから混沌とした曲調になり、コンサートマスターが半音ずつ上がっていくようなソロを奏で、低音がうなり、そこからまた曲調が変わって瞑想的な雰囲気となる。
2曲ともリストの晩年の作品が原曲である。元祖アイドルスターと言われるほどの超人気音楽家として人生を謳歌していたリストも晩年は病気がちになり、救いを宗教に求めている。

 

配置転換後、武満徹の「夢窓」。1983年に、京都信用金庫が、創立60年を記念して3人の作曲家に1曲ずつ作曲を依頼した交響的三部作「京都」の中の1曲である。今では三部作として演奏されることはほぼなく、個別に演奏される。3曲の中の1曲であるトリスタン・ミュライユの「シヤージュ」は、2021年7月の京都市交響楽団第658回定期演奏会において、コロナによる外国人入国規制で来日出来なくなったパスカル・ロフェの代役として指揮台に上がった大植英次の指揮によって演奏されている。

指揮台の前に「小さなアンサンブル」(武満自身の表現)がある。フルート、第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、クラリネット。各楽器の首席奏者が担当する)。その背後にギター(ギター:藤元高輝)。それを挟むように2台のハープ(ハープ:松村衣里&松村多嘉代)。ヴァイオリンは両翼の対向配置だが、通常とは逆で、下手側が第2ヴァイオリン、上手側が第1ヴァイオリンである。コンサートマスターの会田莉凡が「小さなアンサンブル」に入ったので、この曲は泉原隆志がコンサートマスターを務める。泉原隆志のフォアシュピーラーに尾﨑平。
ヴィオラ、チェロ、コントラバスは、上手側と下手側の2群に分かれる。背後に管楽器、打楽器が並ぶが打楽器の種類が多いのも特徴。

1985年9月9日に京都会館第1ホール(ロームシアター京都メインホールのある場所にあったが、取り壊されて、一からロームシアター京都メインホールを作っているため現存せず。第2ホールもあり、こちらは内部改修によってロームシアターサウスホールとなっているため、内装は異なるが見方によっては現存と考えることも出来る)において小澤征爾指揮京都市交響楽団によって、交響三部作「京都」として初演。今日はホワイエに当時のポスターが飾られていた。

「夢窓」は、国士無双と間違えられることで有名な(?)夢窓国師こと夢窓疎石と彼が作庭した庭園にインスピレーション受けて書かれたものである。英語のタイトルは「Dream/Window」。笑ってしまった方がいらっしゃると思いますが、笑っては駄目ですよ。

印象派の絵画のように浮遊感を持った響き。その上を、管楽器がジョルジュ・スーラの点描のように景色を色づけていく。この浮遊感はドビュッシーを思わせるものである。ドビュッシーは印象派というくくりでラヴェルと一緒にされることがあるが、ラヴェルの作品にはこうした浮遊感のあるものはほとんどなく、その後のフランスの作曲家にも同じような作風の人は少ない。フランス六人組、メシアン、ブーレーズ。基本的に旋律がクリアな人である。ということで、おそらくであるが、ドビュッシーは武満と繋がると思われる。

演奏終了後に、ホリガーは総譜を掲げた。

 

休憩後、ロベルト・シューマンの交響曲第1番「春」。「夢窓」ではなく「夢想(トロイメライ)」という有名曲をシューマンは書いているが、関係はないと思われる。「春」の季節なので「春」なのだろう。
シューマンはオーケストレーションの下手な作曲家とされることが多い。響きが悪いのである。その原因についてピアニストの内田光子は「シューマンは鍵盤でものを考える人」という発言をしたことがあるが、作曲家の黛敏郎は「あの音はあのオーケストレーションでないと出ません」と擁護している。
20世紀前半までは、指揮者が、「響かないんだったら響かせてやろう」とスコアに手を加えることが普通だったのだが、今は作曲家崇拝の指揮者が多いので、基本、そういうことはしない。

ピリオドアプローチによる演奏。原典版での演奏である。弦楽奏者は全員の手元を見られた訳ではないが、見た限りでは9割以上が完全ノンビブラートという徹底したものである。会田莉凡、泉原隆志、尾﨑平の手元を中心に見たが、3人とも少なくとも大きなビブラートは1度も掛けなかった。ボウイングもH.I.P.のそれである。
冒頭は速めのテンポであったが、その後は中庸から速めに変わり、第1楽章中盤などではグッとテンポを落としてゆったりと歌い上げる。
ピリオドアプローチというと速めのテンポの演奏が多いが、昔は残響のない場所で演奏していたため、速めに演奏しないと間が出来てしまうのである。ただ今は響きの良いホールで演奏されることの方が多いので、速度は特に問題にならないと思われる。
ホリガーがどう動くかを予想しながら聴いていたのだが、大体予想通り(無駄のない動き)だったため、指揮は上手い部類に入ると思われる。要所で指揮棒を持っていない左手を使うのが格好良い。

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2025年4月27日 (日)

令和七年 第百五十一回 「都をどり」 都風情四季彩

2025年4月5日 祇園甲部歌舞練場にて

午後4時30分から、祇園甲部歌舞練場で、令和七年 第百五十一回「都をどり」を観る。親子連れで観に来ている人も多いのだが、私の隣に座った子どもは花粉症なのか鼻炎気味で、子どもなので遠慮することなくしょっちゅう大きな音を立てて鼻をすするため、集中力を持続するのは難しい。前の席に座った外国人女性は膝の上に子どもを抱えて観ていたが、たまに子どもが騒ぐ。また上演中に子どもがトイレに行きたがったのか、通路を歩く親子もいる。文化なので、年齢性別関係なく楽しめれば良いのだが、実際問題としては都をどりを子どもに見せるのは難しいかも知れない。大人でも歌詞を聴き取るのは難しいが(有料パンフレットには全て載っている)子どもが面白いと感じるかどうか。

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それは今後の課題として、今回は「都風情四季彩(みやこふぜいしきのいろどり)」という題名で、都の四季の名所を舞台にした舞踊が展開される。
「置歌」に続いて「梅宮大社梅花盛(うめのみやたいしゃばいかのさかり)」、「宝鏡寺雛遊(ほうきょうじひいなあそび)」、「蛤草紙永遠繁栄(はまぐりそうしとわのさかえ)」、「牛若弁慶五条橋出会(うしわかべんけいごしょうはしのであい)」、「清水寺成就院紅葉舞(きよみずでらじょうじゅいんもみじのまい)」、「妙満寺雪見座敷(みょうまんじゆきみのざしき)」、「平安神宮桜雲(へいあんじんぐうさくらのくも)」 の全八景が演じられる。有名な寺社が並ぶが、比較的演目に取り上げられにくい場所が並んでいるという印象である。清水寺はど定番だが、塔頭の成就院は庭が見事だが、季節限定公開されるだけで、内部は多くの人に知られている訳ではない。妙満寺は安珍・清姫の道成寺の鐘で有名だが、岩倉の外れにあるため、観光客が余り行かない場所である。

「都をどりは」「ヨーイヤサァ」のやり取りで有名な「置歌」(長唄)。左右両方の端に設けられた花道から(両端に長い花道のある劇場は余り例がない)浅葱色の着物を纏った芸舞妓が現れ、中央の舞台に進んで、若々しい舞が行われる。
「梅宮大社梅花盛」(長唄)。では、余り取り上げられることのない梅宮大社が舞台となる。梅宮大社は、県犬養(橘)美千代が、橘氏の氏神として創建したものである。県犬養美千代は橘氏の祖であり、橘の氏は息子の橘諸兄に受け継がれる。源平藤橘の一つとなっている橘氏だが、早くに没落したということもあって、他の名族に比べると影が薄い。橘氏を名乗った有名人物には楠木正成、また幕末の長州藩の秀才である吉田稔麿(池田屋事件の際に加賀藩邸の前で切腹。「生きていたら間違いなく総理大臣になっていた」といわれる傑物である)など数えるほどである。現在、再放送中のNHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」には、雉真、桃山剣ノ介 、黍之丞、桃太郎など、最初の舞台となった岡山ゆかりの人名が出てくるが、犬も実は橘氏の祖が県犬養氏であるため、隠れた形ではあるがすでに出てきているということになる。

「宝鏡寺雛遊」(長唄)。宝鏡寺は寺ノ内という京の北側に豊臣秀吉が寺院を並べた地区にある。尼門跡寺院で、人形を多く所蔵することから「人形の寺」と呼ばれている。
桃の節句の折に、雛人形を飾り、尼僧と幼い娘らが戯れる様が描かれる。歌詞には「うれしいひなまつり」からそのまま抜き出した部分がある。

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「蛤草紙永遠繁栄」(浄瑠璃)。親孝行の漁師、漁太が網に掛かった蛤を放したところ、美しい娘となって「連れ帰って欲しい」と頼み、機織りをするという、「鶴の恩返し」によく似た異種交流譚である。蛤は巨大なセットが作られ、パカッと開いて、中から蛤の娘が現れる。演劇的要素の濃い舞であった。

「牛若弁慶五条橋出会」(長唄)。現在、京都の五条大橋には、牛若丸と弁慶の像があるが、往時はこの橋は五条大橋ではなかった。現在の五条通は、牛若丸と弁慶の時代には、六条坊門通であり、現在の松原通が往時の五条大路である。松の木が多かったことから五条松原通とも呼ばれていたが、豊臣秀吉が五条通を南に移したため、松原通の名が残った。往時の五条大橋の跡には松原大橋が架かっている。ただ、往時の五条大橋は、鴨川の巨大な中州を繋ぐ形で、二本架けられていた。中州には法城寺という、安倍晴明が建立した陰陽道の総本山のような寺院があったが、これも秀吉によって弾圧を受け、陰陽師は被差別民に落とされ、法城寺は破却され、中州も取り除かれた。
そんな歴史を持つ五条大橋であるが、実は『義経記』には、牛若丸と弁慶が出会ったのは五条大橋ではなく、五条天神の前とある。昔の五条天神の前には短いが橋が架かっており(現在も橋のようなものはある)、そこで二人が出会ったことになっている。というわけで、五条大橋で出会ったこと自体が明治になってからの創作のようである。
ただ、今回は、五条大橋(松原大橋)で、二人が戦うという設定を採用している。
武蔵坊弁慶も芸妓が演じるが、やはり弁慶は女性が演じるのには向いていない。「勧進帳」など、歌舞伎の荒事の代表格の演目に登場する弁慶。当然ながらダイナミックな動きが見せ場となるのだが、女性ではどうしても迫力が出ない。
一方、牛若は小柄な少年ということで、女性が演じた方がむしろ合っているのではないかと思えるほど軽やかな動きが絵になっている。牛若を女性が、弁慶を男性が演じる演目というのもあっていい。「都をどり」では無理だが。ちなみにテレビドラマではすでに川栄李奈の義経、小澤征悦の弁慶で制作された「義経のスマホ」(NHK総合)で、女義経、男弁慶は達成されている。

「清水寺成就院紅葉舞」(長唄)。清水寺の塔頭である成就院。秀吉ゆかりの寺院である。普段は非公開だが、春と秋に特別公開が行われる。庭園に関しては京都で一二を争うほどに美しい。幕末の勤王の僧で、西郷隆盛と共に錦江湾に身を投げることになる月照も成就院の僧侶であった。

「妙満寺雪見座敷」(長唄)。以前は寺町にあった日蓮宗・妙満寺であるが、昭和43年(1968)に岩倉に移っている。道成寺の鐘があることで知られる。ここも秀吉と縁があり、秀吉の根来攻めの際に家臣の仙石権兵衛秀久が鐘を掘り出して、妙満寺に収めたという。
成就院から移築したとされる雪の庭という庭園が有名で、雪景色の中、安珍・清姫の鐘が鳴り、洛北の寂しさが身に染みるような舞が展開される。
余談だが、以前、妙満寺の門前を通りかかった際、金子みすゞの「大漁」が掲示されていたのだが、冒頭が「朝焼け小焼けだ大漁だ」のはずが、「夕焼け小焼けだ大漁だ」になっていて、残念に思った記憶がある。「夕焼け小焼け」じゃ日が暮れる。

「平安神宮桜雲」(長唄)。平安神宮の神苑が背景に描かれている。神苑は桜の名所なので(谷崎潤一郎の『細雪』にも花見の場として描かれている)背景も、その手前も桜が並ぶ。平安神宮は1895年に伊東忠太設計で建てられた内国勧業博覧会のパビリオンを神社としたもので、今年が鎮座130年に当たる。神苑は時代劇のロケ地としてもよく使用される。
舞台と両方の花道を使った総踊り。目に鮮やかな壮観であった。

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実際の平安神宮神苑の桜

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2025年3月30日 (日)

観劇感想精選(487) 令和七年 京都四條南座「三月花形歌舞伎」松プログラム 「妹背山婦女庭訓」より三笠山御殿&「於染久松色讀販」 令和七年三月二十二日

2025年3月22日 京都四條南座にて

午後3時30分から、京都四條南座で、「三月花形歌舞伎」を視る。
毎年3月に、若手歌舞伎俳優達が競演を行う南座の「三月花形歌舞伎」。若手ということでチケット料金も安めで、実力者が多く出るというので人気の公演。南座のホワイエなどを見ると、どうもイケメン枠で売り出そうとしている人達もいるようだ。悪いことではないと思う。番付も若い女性を意識した可愛らしいデザインである。客席には男女ともにお年を召した方が目立つので、若者達を客席に呼び込みたいという意思が感じられる。

人気とは言え、大物歌舞伎俳優は出演しないため、満員からは遠い。ただ知名度の低い人が多いのにこれだけ入るのはたいしたものとも言える。

今回は、松プログラムと桜プログラムの2種類を用意。約20日ほどの公演だが、前半は午前の部が松プログラムで午後の部が桜プログラム。これが折り返し地点で逆になる。明日で公演は終わるので、今日の午後の部は松プログラムの上演である。

松プログラムは、「妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)」より三笠山御殿と、中村壱太郎(かずたろう。成駒家)が早替わりで5役を演じる「於染久松色讀販(おそめひさまつうきなのよみうり)」の2本が上演される。なお、桜プログラムの2作目もやはり中村壱太郎早替わり5役の「御染久松色讀販」が上演されるが、後半の筋書きと演出、更に壱太郎の演じる役が異なるようである。

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開演前に、中村虎之介(成駒屋)による前説があり、作品解説が行われたほか(「『妹背山婦女庭訓』で藤原鎌足の息子である藤原淡海をやるのは、シュッとして色白でいい男、私がやります」と紹介していた。また「『於染久松色讀販』は、壱太郎さんが5役早替えでやります。あれ、『これ壱太郎さんじゃないかな?』と思っても壱太郎さんです」)、恒例の写真撮影会を南座のゆるキャラである、みなみーなと共に行った。

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「妹背山婦女庭訓」より三笠山御殿。蘇我入鹿(市川猿弥)が悪役である。飛鳥時代が舞台ということになっている。当時、政権をほしいままにしていた蘇我入鹿とその父の蘇我蝦夷が住んでいたのは飛鳥の甘樫丘ということになっているが、本作では奈良の三笠山に御殿があるということになっている。入鹿と敵対しているのは藤原鎌足(中臣鎌足)であり、その子の烏帽子折求女実は藤原淡海(中村虎之介)である。淡海は、入鹿の娘の橘姫(上村吉太朗)と恋仲であり、糸をつけて苧環(おだまき)で彼女のことを追っている。そんな淡海の袖に糸をつけてこれまた追いかけている若い女性が一人、お三輪(中村米吉。播磨屋)である。三輪という名前と苧環、大和国が舞台であることから、「三輪山伝説」が掛けられていることが分かる。
求女は、仇敵である入鹿の娘に取り入ることで、入鹿を討つ機会を狙っている。
そんな求女の正体も知らずに惚れて三笠御殿まで来てしまったお三輪。身分が低いので貴族達のしきたりなど何も知らない。御殿に上がろうとするが、女官達に行く手を遮られる。女官達はこの場では男の声で話し、お三輪を馬鹿にし、もてあそび、散々に苛める。いつの時代も女だけの世界は怖いようである。そうした冷遇に必死に耐えるお三輪が愛らしいが、よく考えるとこのお三輪もかなりやばめの女である。女官達に帰るように言われても、「求女様の顔が見たい」、求女の祝言の声が聞こえてもまだ「求女様の顔が見たい」。当時はそんな言葉は当然ながらなかったが、ストーカー気質であり、かなりの粘着質である。
最後は、お三輪も鬼の形相に変わり、ここで鎌足配下の鱶七(ふかしち。中村福之助)に討ち取られる。蘇我入鹿は、母親が白い牝鹿の生き血を飲んだことで生まれた。そのため入鹿と名付けられ、不死身だが、黒い鹿と疑着の相の女の血を混ぜて笛に入れ、吹くと入鹿は正体をなくすという。
お三輪は、自身が求女の役に立てることを喜んで死んでいくのだが、死に方はかなり悲惨であり、現代人の思考ではついて行けない部分も多いと思われる。

お三輪を演じた中村米吉の繊細な演技と、憤怒の際(疑着の相)のエネルギー量の多さが印象的であった。

 

「於染久松色讀販」。中村壱太郎が、早替わりで、お染、久松、お光、鬼門の喜兵衛、土手のお六の5役を演じる。
ちょっとした小芝居があった後で、久松で現れた壱太郎。茂みの中に引っ込むと、花道を駕籠が通る。丁度、セリの上に駕籠が置かれ、駕籠かき達が話している間にセリから駕籠の中に移ってお染として姿を現す。その後も駕籠は駕籠かき達が話していて動かないが、その間にセリから下に出て舞台に戻り、久松となって現れる。
その後、舞台上でくるりと入れ替わったり、ゴザの後ろにいるときに衣装を変えたりと、次々と早替えを披露。
最後は土手のお六となり、「なりこまや」と書かれた番傘が踊る中、正座して、「本日はこれにて終演といたしまする」と終演を告げた。
単に衣装を変えるだけでなく、キャラクターも一瞬で変える。歌舞伎俳優の凄みを見せた演目であった。

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2025年1月14日 (火)

コンサートの記(879) 平野一郎 弦楽四重奏曲「二十四氣」京都公演@大江能楽堂

2024年12月10日 京都市役所そばの大江能楽堂にて

午後7時から、押小路通柳馬場東入ル(京都市役所のそば)にある大江能楽堂で、平野一郎の弦楽四重奏曲「二十四氣」の演奏を聴く。二十四節気を音楽で描いた作品。演奏は石上真由子(いしがみ・まゆこ。第1ヴァイオリン)、對馬佳祐(つしま・けいすけ。第2ヴァイオリン)、安達真理(ヴィオラ)、西谷牧人(にしや・まきと。チェロ)。全員、タブレット譜を使っての演奏であった。

能楽堂での演奏ということで色々と制約がある。まずファンヒーターは音が大きいというので本番中は切られるため、寒い中で鑑賞しなくてはいけない。客席もパイプ椅子や座布団などで、コンサートホールほど快適ではない。音響設計もされていないが、能楽堂は響くように出来ている上に空間も小さめなので、弦楽四重奏の演奏には特に支障はない。

弦楽四重奏で、四季よりも細分化された二十四氣を描くという試み。24の部分からなるが、24回全てで切るわけにはいかないので、春夏秋冬の4つの楽章で構成されるようになっている。
作曲者の平野一郎のプレトークに続いて演奏がある。能舞台の上には白足袋でしか上がってはいけない(他の履き物で上がってしまうと、板を張り替える必要があるため、膨大な金額を請求されることになる)ので、全員、白足袋での登場である。白足袋で演奏するクラシックの演奏家を見るのは珍しい。

 

平野一郎は、京都府宮津市生まれ(「丹後國宮津生」と表記されている)の作曲家。京都市立芸術大学と同大学大学院で作曲を専攻。2001年から京都を拠点に作曲活動を開始している。
プレトークで、平野は二十四節気は中国由来だが、すでに日本独自のものになっていることや、調べ(調)などについての説明を行う。

 

「二十四氣」であるが、現代曲だけあって、ちょっととっつきにくいところがある。繊細な響きに始まり、風の流れや鳥の鳴き声が模され、ピッチカートが鼓の音のように響く。弦楽器の木の部分を叩いて能の太鼓のような響きを生んだり、ヴァイオリンが龍笛のような音を出す場面もある。旋律らしい旋律は余り出てこないが、ヴィオラが古雅な趣のあるメロディーを奏でる部分もある(チェロのピッチカートで一度中断される)。ヴァイオリンであるが、秋に入ってからようやくメロディーらしきものを奏でるようになる。
秋には楽器が虫の音を模す場面もある。チェロが「チンチロリン」(松虫)、ヴァイオリンが「スイーッチョン」(ウマオイ)の鳴き声を模す。
冬の季節に入ると、奏者達が歌いながら奏でるようになり、足踏みを鳴らす。面白いのは四人のうちヴィオラの安達真理のみ左足で音を鳴らしていたこと。どちらの足で出しても音は大して変わらないが、おそらく左足が利き足なのだろう。
演奏時間約70分という大作。豊かなメロディーがある訳ではないので、聴いていて気分が高揚したりすることはないが、日本的な作品であることは確かだ。四人の奏者の息も合っていた。

演奏終了後に、安達真理がお馴染みの満面の笑みを見せる。彼女の笑みは見る者を幸せにする。

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2024年6月 1日 (土)

コンサートの記(846) 遊佐未森「cafe mimo Vol.23 ~春爛漫茶会~」大阪公演

2024年5月18日 心斎橋PARCO SPACE14にて

午後5時から、心斎橋PARCO SPACE14で、遊佐未森の「cafe mimo Vol.23 ~春爛漫茶会~」に接する。シンガーソングライターの遊佐未森(ボーカル&ピアノ)が、ドラムス・パーカッション・打ち込み担当でバンドマスターの楠均(くすのき・ひとし)とギターの西海孝(にしうみ・たかし)の3人と行う春の恒例ライブ。東京、遊佐の出身地である仙台、名古屋での公演を経て、今日の大阪公演が千秋楽となる。
大阪公演のゲストは、wasambon。遊佐未森がハープの吉野友加(よしの・ゆか)と二人で始めたユニットで、純粋なゲストというよりも遊佐未森が別団体で加わる形になる。

会場となる心斎橋PARCO SPACE14(イチヨン)は、旧大丸心斎橋劇場、元そごう劇場で、遊佐未森は大丸心斎橋劇場時代にも、そごう劇場時代にもcafe mimo公演を行っている。名前の通り、心斎橋パルコ(大丸心斎橋店北館を改装したもの)の14階にある。

遊佐未森と西海孝の二人でスタート。「クレマチス」と「遠いピアノ」が歌われる。
若く見えるが、今年で還暦を迎えた遊佐未森。黄色い上着と白のロングスカートで登場する。
楠が加わり、3曲目には、ルー・リードの「Perfect Day」が歌われる。ここで、役所広司主演、ヴィム・ヴェンダース監督の映画「PERFECT DAYS」の話になる。リハーサルをしている期間に遊佐と楠は観ていて、スタジオで感想を語ろうとしたところ、西海からストップがかかった。西海は「PERFECT DAYS」をまだ観ていなかったので、ネタバレを聞きたくなかったのである。その後、西海は「PERFECT DAYS」を気に入り、3回観たという。遊佐が客席に「『PERFECT DAYS』ご覧になった方」と聞くとパラパラと拍手が起こっただけ。ほとんで観られていないようである。楠が「ネタバレ出来ないですね」と語る。遊佐に「PERFECT DAYS」の感想を聞かれた楠は、「素晴らしかったです」と返すが、遊佐に「普通ですね。バンマスとしては普通」と言われる。楠は、「いや、本気で職業替えしようかなと思いました」と映画の内容を称えていた。

桜の季節の歌をうたいたいということで、出身地である仙台をモデルにした「旅立ち」が歌われる。

cafe mimoの仙台での公演は、近年では秋保温泉(あきうおんせん。映画のタイトルにもなったことがある有名な温泉で、私も子どもの頃に泊まったことがある)の近くにある慈眼寺(じげんじ)という寺院の本堂で行っているのだが、本堂の屋根裏に燕が巣を作っていたそうで、公演中に燕が飛び交っていたという。「僕の森」を歌った時には鳴き声がレスポンスのように響いていたそうだ。だがスタッフによるとライブが終わり、撤収した途端に燕の姿も鳴き声も消えたそうである。
昨日は名古屋での公演だったのだが、乗ったタクシーがつばめタクシーという会社のもので、「燕が続いている」という。

「銀と砂金の星」、「野の花」などが歌われた後で、wasambonのために遊佐が衣装替えで引っ込む。その間、楠と西海が「水夢(すいむ)」という曲で繋いでいた。

西海と楠が引っ込み、遊佐未森と吉野友加のwasambonが登場。「『遊佐未森です』『吉野友加です』(二人で)『wasambonです』」と新人のように自己紹介する。二人とも縞模様のワンピース姿である。二人でお揃いのワンピースを買いに行ったそうで、試着しながら遊佐が「なんとか姉妹みたいだね」と言ったところ、吉野が「阿佐ヶ谷姉妹ですか?」と返してきたそうで、遊佐は「阿佐ヶ谷姉妹も好きだけど、安田姉妹とかのつもりだったのに」と思ったそうだ。ユニット名の由来となった「wasambon(和三盆)」という曲でスタート。

wasambonは一昨年に結成されたが、その年は1回ライブを行っただけ。だが昨年は、遊佐のデビュー35周年ということで、「wasambonでツアーをやってみたら」という話があり、東北と中国・四国地方でコンサートを行ったという。色々なところで色々な美味しいものを食べたそうだ。
四国で公演を行うとき、ハープを運ぶので新幹線で岡山まで行き、そこからレンタカーを使って瀬戸大橋を渡り、途中、与島(よしま)で瀬戸内海の風景を楽しんでいたのだが(遊佐は「お薦めです」と言った後に、「あ、こっちの人の方が絶対詳しいよ」と吉野に語る)、「祝35周年」という垂れ幕がかかっているのを吉野が見つけ、遊佐と一緒に写真を撮ったそうで、「(デビューからの歳月が)瀬戸大橋と同じ35周年」という話であった。

wasambonは、録音を行ったことがないので、客席に曲を知っている人がほとんどいない。歌入りのものだけでなく、遊佐のピアノ、吉野のハープによるインストゥルメンタル作品も演奏される(遊佐のアルバムにはインストゥルメンタル楽曲が入っている場合が多い)。和三盆ということで、タイトルに「スノーボール」「葛桜」などお菓子由来のものが多いのも特徴である。「JUNE」という曲もあったが、これもお菓子ではないがお菓子の名前でもある「水無月」にタイトルが変わるかも知れないとのことであった。「葛桜」については色々話してくれたのだが、和菓子に興味も知識もないため、こちらはピンとこなかった。
「赤い実」という曲は二人とも楽器を離れて、2本用意されたマイクを前にアカペラで歌う。間奏の部分は楽器が鳴らないので、遊佐が「間奏」といって過ごしていた。また「僕の森」は今回は吉野のハープ伴奏で歌われた。

楠と西海が戻ってきて、吉野も残り、4人編成での演奏。「森とさかな」「一粒の予感」などが歌われた。

本編終了後、楠と西海のBPB(物販ブラザーズ)が、「BPB! BPB!」を連呼しながら登場。Tシャツなど物販の紹介を行うが(西海が、「Tシャツも丁シャツなの? T字路も元々は丁字路だった」という話をする)、今回はグッズの流通が上手くいっていないようで、会場にグッズが余り届いておらず、後でネットで注文することになるようだ。

アンコールは昭和歌謡のカバーで、二村定一の「アラビアの唄」(1928年=昭和3年。遊佐未森のカバーアルバム「檸檬」に収録されている)が、楠の打ち込みによる伴奏、遊佐の楠の二人のボーカルにより、振り付きで歌われた。
振りは遊佐が考えたものだが、自身のYouTube公式チャンネル CHANNEL MïMOに振付の動画をアップしているそうで、客席でも一緒に踊っている人がいた。

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2024年4月22日 (月)

第七十四回京おどり in 春秋座 「時旅京膝栗毛」全九景

2024年4月14日 京都芸術劇場春秋座にて

京都芸術劇場春秋座で、第七十四回京おどり in 春秋座を観る。午後4時30分開演だが、お茶菓子付きの券なので、早めに行って、京都芸術大学のギャルリ・オーブという展示スペースを使ったお茶席で、抹茶と和菓子を味わう。菓子皿は持って帰ることになる。
点茶出番はローテーション制で、今日は、とし七菜さんと叶朋さんというパンフレットにも写真が載っている二人が出演した。

京おどりは宮川町の春のをどりであるが、宮川町歌舞練場が現在、建て替え工事中であるため使用出来ず、一昨年の河原町広小路の京都府立文化芸術会館での公演を経て、昨年と今年は都をどりが行われたこともある京都芸術劇場春秋座が会場に選ばれた。来年は公演休止で、再来年に新しい宮川町歌舞練場に戻って京おどりを行う予定である。

今年の京おどりは、「時旅京膝栗毛(ときのたびみやこひざくりげ)」全九景というタイトルで、十返舎一九の『東海道中膝栗毛』の弥次喜多が、22世紀の夫婦、夫のヤジと妻のキタという設定になり、22世紀には普及している携帯式のタイムマシーンを使って江戸時代を訪れ、お伊勢参りをするが、タイムマシーンが壊れて様々な時代へと勝手にワープすることになるという設定である。それだけで十分怪しいが、果たして出来は良くなかった。

作・演出:北林佐和子、作曲:四世・今藤長十郎、作調:田中傳次郎、笛作調:藤舎名生、作舞:若柳吉蔵、指導:若柳由美次。
出演者は、三つの組によるローテーション制で、今日は三組が出演する。第一部に出演者の重複は少ないが、第二部は出演者が重なっている場合も多く、「月に舞う」の立方は三組とも、ふく葉一人が務める。

二部構成で、第一部第一景が「元禄の藤」、第二景が「平安の雪」、第三景が「応仁の乱」、第四景が「風流踊」、第二部の第五景が「水に色めく」、第六景が「風を商う」、第七景が「月に舞う」、第八景が「花暦」、第九景フィナーレが「宮川音頭」となっている。

まず幕にアニメーションが投影される。セリフはRPG風に枠に囲われたものが映る。「奥様は魔女」を真似たナレーション風の字幕も出てくる。京都芸術大学の学生が作成したものなのだが、それ以降の舞踊の雰囲気と全く合っておらず、完全に浮いてしまっている。そもそもアニメーションと伝統芸能を合わせるのには無理がある。都をどりでも当時の京都造形芸術大学はアニメーションを使って不評だったが、今回も同じ間違いが繰り返される。

「元禄の藤」は、「藤娘」と同様、藤の枝を小道具として行われる舞である。ヤジ役とキタ役の二人が登場して、藤娘達と絡んでいく。
「平安の雪」は、小野小町と深草少将の百夜通いの話で、深草少将はヤジとキタに小野小町との仲立ちを頼む。そこで二人の仲を叶えてしまったことから歴史が変わってしまい、何故か応仁の乱が始まってしまう。「応仁の乱」では芸妓達が閉じた扇を太刀に見立てて斬り合いの舞を演じる。迫力十分である。ちなみに歌詞に「先の戦」という言葉が出てくるが、本気で用いているのかどうかは分からない。
続く「風流踊」では、鳥居の前で舞が行われるのだが、京都芸術大学作成のねぶたがタイムマシーンとして登場。しかしこれが余りにチャチで見栄えが悪い。これでOKを出したら駄目だと思う。
その後に幕が下りて、またアニメーションが投影されるのだが、2024年の宮川町の町並みを歩くヤジとキタが映るだけで、単なる今の宮川町の描写に留まる。
「時旅京膝栗毛」はここで終わりとなるようである。音源はスピーカーから聞こえているようで、あるいは録音だったのかも知れない。プログラムに地方の記載もない。

第二部の「水に色めく」「風を商う」「月に舞う」は芸妓による正統的な舞で、こうしたものだけで十分のはずである。地方も舞台上手に現れる。「風に商う」は扇売りや投扇興の場面、屋島の戦いでの那須与一(扇を拡げて弓に見立てる)や五条大橋西詰の平敦盛ゆかりの扇塚なども登場する花街の演目らしい楽しさがある。
舞妓達による「花暦」。宮川町は祇園甲部などに比べて格下と見られていたが、芸妓ではなく、見習いとしか見られていなかった舞妓を前面に出すことで人気を上げ、メディアとも積極的にコラボレーションを行ってきた。舞妓シアターなるものまで存在したほどである。
舞妓を前面に出す手法は現在も続いているようで、春秋座のある京都芸術大学のエントランスホールの一角にほぼ等身大の舞妓達が写ったパネルがあり、一人ひとりへのインタビュー記事や自作のエッセイが書かれたしおりが置かれていて、自由に持ち帰ることが出来るようになっている。
舞妓に力を入れているだけあって、「花暦」の舞も可憐。センター(でいいのかな?)の女の子は広末涼子系の顔立ちの、誰が見ても「可愛い」と思える子で、やはり容姿も重要視されているようである。

第九景フィナーレの「宮川音頭」(作曲:三世・今藤長十郎)は、京おどりの名物で、出演者総出で行われる舞と調べは華やかさと儚さが同居しており、煌びやかにして切ないという京の町や花街の一面を色濃く描いている。

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2024年4月10日 (水)

令和六年 第百五十回記念公演 都をどり「都をどり百五十回源氏物語舞扇」

2024年4月6日 祇園甲部歌舞練場にて

午後4時30分から、花見小路にある祇園甲部歌舞練場で、令和六年 第百五十回記念公演都をどり「都をどり百五十回源氏物語舞扇(げんじものがたりまいおうぎ)」を観る。タイトルに「都をどり」の文字が入るのは史上初めてのことだそうである。

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五花街筆頭格の祇園甲部の本拠地である祇園甲部歌舞練場であるが、耐震性に問題があるとして、平成28年10月から休館期間に入っていた。耐震工事に思いのほか手間取ったようで、その間は、京都芸術劇場春秋座や南座を借りて都をどりを続けてきたが、新型コロナの流行により2年連続で公演が中止になるなど、苦難が続いた。昨年、耐震工事を終えて久しぶりに祇園甲部歌舞練場で都をどりが上演され、今年が本拠地での復活2年目となる。

今年の大河ドラマ「光る君へ」の主人公が紫式部ということで、千年に渡って読み継がれてきた『源氏物語』を題材にした舞が多く披露される。
構成は、第一景「置歌」、第二景「多賀大社梅花香(たがたいしゃばいかのかおり)」、第三景「夕顔垣根納涼」、第四景「葵上」、第五景「須磨明石」、第六景「大原野神社紅葉彩(おおはらのじんじゃもみじのいろどり)」、第七景「雪景色鷺舞(ゆきげしきさぎのまい)」、第八景「歌舞練場桜揃(かぶれんじょうさくらぞろえ)」。紅白が対比される背景や衣装が多い。
曜日によるローテーション制で、今日は「三番」の第2組が出演する。立方は1組と同じだが、囃子と長唄、浄瑠璃の人員が異なる。

客席には比較的多くの外国人が詰めかけている。


「都をどりはー」「ヨーイヤサー」の掛け合いで始まる、浅葱色の衣装を纏った芸舞妓達による「置歌」。祇園甲部歌舞練場は花道が左右に1本ずつ、計2本あるのが特徴で、花道1本の春秋座や南座では不可能な対比の構図が出来上がる。

第二景では、今年の恵方である東北東にちなんで、都の東北東にある多賀大社が長寿の神ということもあって背景に選ばれたそうである。

『源氏物語』より「夕顔納涼」と「葵上」、「須磨明石」。このうち、光源氏が登場するのは「須磨明石」だけだが、「須磨明石」は昭和30年に谷崎潤一郎の監修、猪熊兼繁の構成・考証、吉井勇の作詞、山田抄太郎と富崎春昇の作曲によって制作されたもので、他の景とは少し趣が異なるようである。竜神が登場して雷を起こすのだが、多様な照明が用いられる。
「葵上」は能「葵上」を改作したもので、六条御息所の生き霊が能舞台にはないセリを使って現れる。

「大原野神社紅葉彩」。大原というと三千院や寂光院で有名な左京区の北寄りにある大原を思い起こしがちだが、大原野は大原とは全く別の現在の西京区にある地名で、大原野神社は桓武天皇の長岡京在位期間に奈良の春日大社から勧進された歴史ある社である。春日大社同様、藤原氏の氏神を祀る社で、藤原氏一族に女の子が生まれると、中宮、皇后の位を得られるよう一族で祈願に訪れたという。中宮彰子の行啓に従い、紫式部も彰子の父親である藤原道長らと共に大原野神社を参詣したことがあり、『源氏物語』にも大原野御幸の場面が存在する。

「鷺娘」に由来する「雪景色鷺舞」。白の衣装で統一した芸妓達が雪を背景に舞う。雪は吉兆、鷺は神の使いに例えられているそうである。

「歌舞練場桜揃」。祇園甲部歌舞練場と桜が背景となっている。祇園甲部歌舞練場は国登録有形文化財に指定されているため、勝手に改修は出来ず、内装にもなるべく元の部材を用いるようにしたそうである。なお、八坂女紅場学園の祇園女子技芸学校は新築され、小劇場も併設されるようになったそうである。
都をどりの繁栄と存続を願って、出演者総出による舞台と花道を使った舞が行われた。

念願の本拠地での150回記念公演ということもあり、芸舞妓の舞も総じて可憐で、京都の春を代表する催しとして恥じない出来となっていた。


祇園甲部歌舞練場の桜も満開だったが、より多くの桜の競演を求めて、帰りは花盛りの建仁寺の境内を横切って、大和大路から祇園四条駅へと向かった。

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2024年4月 9日 (火)

コンサートの記(838) リオ・クオクマン指揮 京都市交響楽団スプリング・コンサート2024

2024年4月7日 京都コンサートホールにて

午後2時から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団スプリング・コンサートを聴く。
今回の指揮はマカオ出身のリオ・クオクマン。京響とは4度目の顔合わせとなる。

現在、マカオ管弦楽団の音楽監督・首席指揮者、香港フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者、マカオ国際音楽祭プログラム・ディレクターなどを務めるリオ・クオクマン。香港演芸学院を出た後でアメリカ東海岸に留学。ニューヨークのジュリアード音楽院、フィラデルフィアのカーティス音楽院、ボストンのニューイングランド音楽院でピアノと指揮を学び、2014年にスヴェトラーノフ国際指揮者コンクールで最高位を獲得。2016年まで、ヤニック・ネゼ=セガンの下でフィラデルフィア管弦楽団の副指揮者を務めている。
ピアノも達者であり、京響の定期演奏会では、「ラプソディ・イン・ブルー」のピアノ弾き振りなども行っている。

オール・フレンチ・プログラムで、ベルリオーズの序曲「ローマの謝肉祭」、プーランクのオルガン協奏曲(パイプオルガン独奏:桑山彩子)、サン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」(パイプオルガン独奏:桑山彩子)が演奏される。


今日のコンサートマスターは泉原隆志。フォアシュピーラーに尾﨑平が入る。


ベルリオーズの序曲「ローマの謝肉祭」。切れ味と推進力が心地よい演奏で、各楽器の音色も輝かしく、純度も高い。全体的に溌剌とした印象である。


プーランクのオルガン協奏曲。単一楽章による作品だが、3部に分かれており、実質的にはオーソドックスな協奏曲と変わりない。
弦楽5部とティンパニによる編成である。
オルガン独奏の桑山彩子は、広島市のエリザベト音楽大学と同大学院を経て渡仏。リヨン国立高等音楽院を審査員一致のプルミエ・プリを得て首席で卒業。高等音楽学国家免状を取得している(ヨーロッパでは国家からの免状を得ないとプロの演奏家になれないところも多い)。第6回ゴットフリート・ジルバーマン国際オルガンコンクールで優勝。現在は、エリザベト音楽大学非常勤講師、京都カトリック河原町教会オルガニストなどを務めている。
桑山はステージ上でリモートでのパイプオルガン演奏。舞台下手端、すり鉢状にせり上がっていくステージの最上段に第二演奏台を置いての演奏である。
豪壮な響きでパイプオルガンが鳴ってスタート。この主題は第3部で形を少し変えて戻ってくる。
「パリのモーツァルト」とも呼ばれるプーランク。フランス六人組の中でも最も有名な作曲家だが、旋律や音色が洒落ており、第3部には、パリの街角をプーランクがウキウキと歩く姿が見えるようなチャーミングな場面も出てくる。
京響は生真面目な演奏で、音色にもう少し洒脱さがあると良かったのだが、技術は高い。
ティンパニが活躍する曲で、演奏終了後、ティンパニ奏者の中山航介が喝采を浴びた。


サン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」。サン=サーンスの作品の中で、「動物の謝肉祭」と並んで最も有名な曲である。MOVIX京都の映画予告編では、この曲の第1楽章第1部の展開部が宝石店のCM曲として使われている。
2楽章からなるという異色の交響曲だが、それぞれの楽章が2部に分かれており、4楽章の伝統的な構成と見なすことも出来る。なお、重要な役割を果たすピアノデュオは、佐竹裕介と矢野百華が受け持つ。
リオと京響は、この曲の神秘的な雰囲気を上手く浮かび上がらせ、フォルムも適切で格好いい。
表情の描き分けも巧みで、厳かな場面はそれらしく、落ち着いた箇所はニュアンスたっぷりに、爽やかな部分は薫風が吹き抜けるように奏でられる。
桑山のパイプオルガンとの息もピッタリで、春の初めに相応しい生気溢れる演奏となった。

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2022年4月 9日 (土)

「都をどり」令和四年公演「泰平祈令和花模様」 2022.4.3

2022年4月3日 京都四條南座にて

午後4時40分から南座で開演の「都をどり」令和四年公演を観る。

都をどりは、新型コロナウイルスの蔓延により、昨年、一昨年と中止になった。昨年は弥栄会館のギオンコーナーで、小規模公演である「春の雅(みやび)」が行われたが、寂しく感じたのも確かである。
というわけで、今回が令和に入ってから初の都をどりとなった。

「泰平祈令和花模様(たいへいのいのりれいわはなもよう)」と題された上演。いつも通り、京都の名所を中心とした踊りが行われるが、競馬や弓などの武芸の場面が取り入れられており、「病に勝つ」という祈りが込められたそうである(元々は、東京オリンピックを記念した演目で2020年に上演される予定で、乗馬やアーチェリーをモチーフにしたものだったようなのであるが、新たに設定を変えて上演されたようだ)。

第1景「置歌」、第2景「上賀茂社梅初春(かみがもしゃうめのはつはる)」、第3景「夏座敷蛍夕(なつざしきほたるのゆうべ)」、第4景「京遊戯色々(きょうのあそびいろいろ)」、第5景「那須与一扇的(なすのよいちおうぎのまと)」、第6景「勝尾寺紅葉揃(かつおうじもみじぞろえ)」、第7景「宇治浮舟夢一夜(うじのうきふねゆめのひとよ)」、第8景「御室仁和寺盛桜(おむろにんなじさかりのさくら)」からなる上演時間約1時間の演目である。「勝尾寺紅葉揃」には、「達磨さん、ころころころな、ころなに負けるな」という詞も出てくる。

令和初上演を祝うためか、上賀茂神社の紅梅と白梅、那須与一が扇の的を射た屋島合戦の源氏と平家、宇治十帖の匂宮と浮舟の衣装など、紅白の対比が多い。また今回は舞妓さんの出番が比較的多いのも特徴である。

久しぶりに観る大人数での芸舞妓の踊りに、京都らしさが戻ってきたようでホッとさせられる。

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