カテゴリー「春」の24件の記事

2021年4月19日 (月)

祇園甲部「春の雅」2021.4.14

2021年4月14日 ギオンコーナー&八坂倶楽部にて

午後2時から、弥栄会館内ギオンコーナーで、祇園甲部「春の雅(みやび)」を観る。

新型コロナウイルスの流行により、都をどりは2年連続で中止となったが、今年は代替公演として「春の雅」が行われることになった。
ギオンコーナーは、観光客向けに、舞妓による京舞を始め、華道、茶道、狂言、箏曲、雅楽、文楽などの文化をダイジェスト紹介する施設であり、私もこれまでに一度だけ行ったことがある。
舞台も客席部分も小規模な施設で、しかも客席は前後左右1席空けのソーシャルディスタンスシフトである。今年の都をどりは無くなったが、祇園甲部の芸舞妓の公演が観られるとあって人気で即日完売となり、チケットが手に入ったのは、結局、今日のこの回だけであった。
ギオンコーナーで行われる「芸妓舞妓の舞」は、3つの演目のローテーションで、今日は、「夜桜」、「四季の花」、「芦刈」、「六段くずし」の4つの演目が上演される。3つあるローテーションのうち「六段くずし」だけは全てで上演されるようだ。

Dsc_1412

上演開始前に、祇園甲部芸妓組合組合長のまめ鶴からの挨拶があり、今日の司会である孝鶴にバトンタッチ。孝鶴は、それぞれの舞の見所や背景などを紹介する。

「夜桜」の出演は、芸妓の小花と舞妓のあす佳と菜乃葉。「四季の花」が芸妓の真咲と佳つ雛。「芦刈」が芸妓の美帆子。「六段くずし」では、真咲、菜乃葉、佳つ雛、あす佳が出演する。舞台が狭いということもあるが、舞台上で密になることは避ける必要があるということで、最大でも4人という小編成での舞である。
地方(じかた)は、「夜桜」が、君鶴、福奈美、幸苑。「四季の花」は、小桃、だん佑、幸苑。「芦刈」は、ます穂、幸苑、福奈美。「六段くずし」が、君鶴、福奈美、恵美華。地方の前に透明のボードを置くという飛沫対策が取られている。
かげ囃子は、小萬(笛)、豆千鶴(小鼓)、真生(太鼓)。藤舎清鷹。

4演目合計で1時間以内という小規模公演。途中で、司会の孝鶴が、舞妓の菜乃葉と地方の恵美華にインタビューするコーナーがある。菜乃葉は舞妓4年目の「大きい舞妓さん」、恵美華は地方1年目の新人だそうである。菜乃葉は一昨年に南座で行われた都をどりが初出演となったが、2年連続で都をどりが中止になったため、今のところ都をどりへの出演は一度きりとなっているようである。「早く祇園甲部歌舞練場でも踊りたい」と語っていたが、祇園甲部歌舞練場の耐震改修工事はほとんど進んでいないようで、今日も寄付を募っていた。弥栄会館は模様替えされて京都帝国ホテルとなる(祇園甲部からの貸借という形態)が、それも祇園甲部歌舞練場改修工事の資金に充てるためなのかも知れない。

当然と言えば当然なのだが、芸妓の方が優れた舞を見せる。手もピシッと止まるが、腕と体との距離も芸妓の方が近く、無理なくキレを出すことが可能となっている。
上手さだけでなく個性も重要となってくるが、今日はそれぞれに良い味を出せていたように思われた。
都をどりの華やかさには比ぶべくもないが、花街公演の礎を築いた祇園甲部が何もない春を迎えるよりはましである。上演会場も小さいだけに、京舞も間近で観られて、手作り感があるのも良い。
とはいえ、来年は都をどりが観たいところである。

「春の雅」の芸妓舞妓の舞を観た人は、そのチケットで八坂倶楽部のお庭公開にも無料で入ることが出来る。芸妓舞妓の舞を観ずに(もしくはチケットが手に入らずに)お庭公開だけの人は当日料金500円が必要になる。

芸妓舞妓の舞が、午後2時50分過ぎに終わり、それを待つようにして午後3時からは八坂倶楽部で舞妓による「祇園小唄」上演がある。密を避けるために整理番号の若い人は八坂倶楽部の1階で、それより大きい番号の人は2階の大広間で「祇園小唄」を観ることになる。まず1階での上演があり、終わってすぐに2階での上演が始まる。今日の出演は、真矢と佳つ駒の二人。共に昨年、見世出しを行ったばかりで、まだ駆け出しである。比較しなければということではあるが、よく踊れていたように思えた。間近で観られるというのも良い。

八坂倶楽部の庭園は改修工事中で池に水も少なく、今年は桜ももう散ったということで華やかさには欠けたが、青もみじなどは美しく、初々しい舞妓の踊りに重なったりした。

Dsc_1421

| | | コメント (0)

2021年4月18日 (日)

コンサートの記(711) 「cafe mimo Vol.20 ~春爛漫茶会~」大阪公演

2021年4月10日 大阪・西天満のあいおいニッセイ同和損保ザ・フェニックスホールにて

午後5時から、大阪・西天満(曾根崎といった方が分かりやすいかも知れないが、住所は微妙に異なる)にある、あいおいニッセイ同和損保ザ・フェニックスホールで、遊佐未森のコンサート「cafe mimo Vol.20 ~春爛漫茶会~」を聴く。遊佐未森(ヴォーカル&ピアノ)が、ギターの西海孝とドラムス&パーカッション+打ち込みの楠均とのトリオで行っている毎春恒例のコンサート。昨年もcafe mimo大阪公演は予定されていたのだが、コロナ禍により中止。記念すべき20回目は今回に持ち越しとなっていた。

変異株流行の可能性が高いということで、今日の大阪は最多記録を更新する918人の新規新型コロナ感染者を記録し、コンサートの開催自体が危ぶまれたのだが、なんとか開催にこぎ着けた。密を避けるため、グッズ販売などはあいおいニッセイ同和損保フェニックスビル1階の広いスペースのみで行い、ザ・フェニックスホール内ホワイエなどでは販売などは一切行われない。ザ・フェニックスホールの1階席は平土間であるが、通常なら最前席となる場所に席を置かず、ステージと距離を取る、入場前に大阪独自のコロナ追跡サービスへの登録、手指のアルコール消毒などの感染予防対策が取られた。

JR大阪駅で下車。ホーム上などには人が多いが、通常に比べると少なめ。中央通路なども人出は平時の半分以下である。
梅田地下街などは今日も人が多かったのかも知れないが、用事がないので下りず、大阪駅中央南口から梅田の街に出て、御堂筋を南下する。なんだかんだで人々はコロナ対策を取っているようで、「これが梅田か?」と思うほど人が少ない。この状態で記録が更新されているとすると、局地的にコロナ感染が発生していると考えた方が妥当な気がする。それにしても人の少ない梅田は、木々の緑も鮮やかで、不気味なほどに美しい。

曾根崎ということで「曽根崎心中」ゆかりの露天神(お初天神)に参拝してからすぐ南にあるザ・フェニックスホールに入る。ザ・フェニックスホール到着は午後6時17分頃、今日は午後6時15分開場なので、開場後すぐに到着したことになる。

ザ・フェニックスホールでcafe mimoが行われるのは2回目。前回は、遊佐未森が作詞・作曲を行った国立市立国立第八小学校の校歌を3人で歌い、私はアンケートに「国立市立国立第八小学校の校歌を録音して欲しい」と書いたのだが、希望者が多かったようで、その後、ベストアルバムに同曲は収録された。
前回のザ・フェニックスホールでcafe mimoが行われたのは、2008年のことなので、実に13年ぶりの開催となる。

大阪を代表する室内楽専用ホールであるザ・フェニックスホールであるが、私が前回来たのは、2008年のcafe mimoで、それ以前は来ていないということで、自分でも意外だがクラシックの演奏で来たことはないということになる。室内楽の演奏を聴くこと自体もオーケストラやピアノの演奏会に比べると多くないが、聴く場合も京都市内やびわ湖ホールなど大阪以外の会場が多く、また単独ではなく音楽祭のプログラムの一つとして聴くことも多いため、来場機会がほとんどないということになっているのだと思われる。

Dsc_1379


トークで、遊佐未森は、大阪で公演を行うのは昨年の2月以来だという話をする。西海孝は、昨年の12月に公演を行えたが、今年初めの自身がメインのコンサートはコロナ第3波によって中止にせざるを得なかったという。楠均は、2020年は来阪なし。「前代未聞」のことだという。
ポピュラー音楽のバックミュージシャンは、実力のある人が幾つも掛け持ちを行っているため、ギターが西海さんである確率もドラムス&パーカッションが楠さんである確率もかなり高いのだが、2020年はコンサート自体がほとんど行えなかったということが分かる。

その間、未森さんは、ニューアルバムの録音を行っていたそうで、マスタリングがついこの間終わったばかりだそうだ。発売日も6月23日決まったという。


遊佐未森というシンガーソングライターは、「癒やし系」の元祖にして代表格ということで、日本ポピュラー音楽史上、重要な地位を占める音楽家であることは間違いないのだが、シングルが大ヒットするというタイプでもないので、知らない人の方が多いという印象を受ける。「ココア」、「クロ」、「I'm here with you」、「地図を下さい」などをカラオケで歌うこともあるのだが、曲を知っている人に会ったことは今まで一度もない。というわけで知名度と音楽性の高さが一致するわけではないということの好例でもある。
仙台出身であり、東日本大震災から10年ということで、今年は宮城県東松島市に招かれてコンサートを行ったそうで、初日のゲストはコロッケ、2日目のゲストはサンドウィッチマンであったそうだ。未森さん自身も、東松島市には幼い頃に海水浴に行ったり、奥松島と呼ばれるところまで観光に行った思い出があるそうなのだが、 震災によって住宅地が壊滅状態となり、復旧も遅れて、住宅再建まで10年以上掛かっているとのことなので、元々住んでいた人も諦めて、他の場所での再スタートを選ぶケースの方が多いようである。今も家屋がポツンポツンと建っているという寂しい状態だという。

ニューアルバム「潮騒」から2曲(「サイレントムーン」と「鼓動」)が初披露された他、cafe mimoの名物であるカバーのコーナーもあり、今年はヘンリー・マンシーニ作曲で、オードリー・ヘップパーンが唯一、自身の歌声を聞かせている「ムーン・リバー」が歌われた。長調の曲であるが、歌詞が希望と切なさが同居したものということもあり、未森さんの澄んだ歌声で聴くと儚さがより強く出る。
カバーはもう1曲。「これまでのcafe mimoで最も盛り上がった曲」ということで、「ひょっこりひょうたん島」が歌われる。ちなみに振り付けは毎回、未森さんが担当している。

仙台を舞台にした曲としては、「欅~光の射す道で~」が歌われた。また初期の楽曲である「月姫」が歌われたが、ライブで歌うのはこれが初めてになるかも知れないとのことだった。デビュー曲の「瞳水晶」も歌われたが、33年前にデビューした時の話なども語られる。EPICソニーからのデビューだったのだが、当時、EPICが入っていた青山一丁目のツインタワーの向かいのビルの2階にCDショップがあり、デビューの日が4月1日ということで、日付が「疑わしい日」「本当に発売になってるんだろか?」と確認に行った思い出があるそうである。

初期の頃に一緒に仕事をすることが多かった外間隆史と久しぶりに組むことになったのだが、音楽を巡って熱論を戦わせた日々のことなども回想される。

アンコールでは、「春らしい曲を」ということで、「Floria」が歌われたのだが、ザ・フェニックスホールの名物として、アンコール時には、後ろの壁(遮音壁)がせり上がり、ガラス越しに大阪の街が姿を現すという演出が施される。

 

淀屋橋駅から京阪電車に乗って帰る。やはり土曜の夜とは思えないほど車内は空いていた。

| | | コメント (0)

2021年4月15日 (木)

コンサートの記(710) 広上淳一指揮「京都市交響楽団 スプリング・コンサート」2021

2021年4月11日 京都コンサートホールにて

午後2時から、京都コンサートホールで、「京都市交響楽団 スプリング・コンサート」を聴く。指揮は、京都市交響楽団常任指揮者兼音楽顧問で、京都コンサートホールの館長も務める広上淳一。

オール・ロシア・プログラムで、しかも春だというのに全て短調という曲目が並ぶ。
ラフマニノフの「ヴォカリーズ」、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番(ピアノ独奏:小曽根真)、チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」。
チケットは完売である。1階席の第1列だけは発売されていないが、それ以外はほぼ埋まっている。なお、新型コロナウイルスに感染して隔離中だったり、当日の体調不良者にはチケット料金払い戻しに応じるという形での開催である。

今日のコンサートマスターは、京都市交響楽団特別客演コンサートマスターの会田莉凡(りぼん)。泉原隆志は降り番で、フォアシュピーラーには尾﨑平。フルート首席の上野博昭、クラリネット首席の小谷口直子も降り番。オーボエ首席の髙山郁子は全編に出演し、トロンボーン首席の岡本哲はトロンボーンが編成に加わるラフマニノフのピアノ協奏曲第2番からの登場。それ以外の管楽器首席は「悲愴」のみの出演である。

 

ラフマニノフの「ヴォカリーズ」。冒頭部分はやや音がかすれ気味でバランスなども不安定な印象を受けるが、会田莉凡がソロを奏でるあたりから抒情的な美しさが増していく。広上自身は曲にのめり込むことはせず、旋律美を自然に出すことを心がけているように見えた。

 

日本を代表するジャズピアニストである小曽根真をソリストの迎えてのラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。小曽根はジャズのピアニストであるが、クラシックの演奏会に登場する機会も多い。

小曽根のピアノは、ラフマニノフを得意とするクラシックのピアニストのような堅牢さはないが、音は澄み切っており、第2楽章や第3楽章のカデンツァでジャズピアニストならではの即興演奏を繰り広げ、第3楽章の他の部分でも音を足して弾くなど、自在なピアニズムを発揮する。広上指揮の京都市交響楽団も雰囲気豊かな伴奏を奏でるが、第2楽章の木管のソロなどは首席奏者でないだけにやや情感不足。ここは勿体なかった。

小曽根のアンコール演奏は、自作の「Gotta Be Happy」うねりの中から繰り出される力強い響きが印象的で、小曽根の本領が発揮される。

 

メインであるチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」。ここでは「ヴォカリーズ」とは対照的に、広上が思い入れたっぷりの演奏を行う。小柄な体を目一杯伸ばし、足音を響かせ、体を揺らしながら指揮する。

低弦とファゴットで形作られる第1楽章冒頭の陰鬱から雰囲気満点だが、ヴァイオリンが加わると不思議な清明さが音楽の中に満ち、彼岸の世界への道が眼前に開けたかのような、不吉な見通しの良さが生まれる。
第2主題の弦も透明感はそのままで、過去の良き時代を回想するような趣が生まれている。

第2楽章の5拍子のワルツも美しい演奏だが、華やかさとは違った澄んだような美しさであり、チャイコフスキーの別世界への視線が伝わってくるかのようだ。

第3楽章も力強い演奏だが、押し続けるような印象はなく、作曲者による弦と管のニュアンスの微妙なずれも感じ取れるような、明快さも持つ。胸を高鳴らせることで破滅の予感(ベートーヴェンの運命主題の音型が鳴り続ける)から目を逸らしているような曲調であるが、ラストのピッコロの悲鳴により、精神的な破綻が訪れたかのように聞こえて、第4楽章を待つことなく一途に悲しくなってしまった。

そして第4楽章。広上は旋律を大袈裟に歌うことはないが、唸り声を上げつつ思い入れたっぷりの演奏が行われる。音自体はクールなのだが、その背後ではマグマが吹き上がりそうになっている。再び過去の良き日々が回想され、ノスタルジアが聴く者の胸をかき乱す。だが銅鑼が鳴らされて、この世界との絆も絶たれ、従容と死へと赴くかのようなラストが訪れる。止みゆく鼓動を描いたとされるコントラバスのピッチカートも全ての音がはっきり聞き取れるよう鳴らされた。

演奏終了後、広上は、弦楽最前列の奏者とグータッチやエルボータッチ、リストタッチを行い、各楽器をパートごとに立たせるが、今日もティンパニの中山航介は素通りして、コントラバス奏者達に立つよう促す。中山は、「えー、今日も?」という感じでうなだれ、トリとして盛大な拍手を受けた。

広上は、「本日はお越し下さり、ありがとうございます。コロナで大変ですが、なんとかやっております。感染しないよう十分にお気を付け下さい。ただ、演奏会にはお越し下さい」というようなことを言って(正確に記憶出来た訳ではないが、ほぼこのようなことだったと思う)、「しんみり終わりましたので、明るい曲を」ということで、ビゼーの小組曲「こどもの遊び」から第5曲“ギャロップ(舞踏会)”が演奏される。立体的な音響と推進力が魅力的な佳演であった。

Dsc_1398

| | | コメント (0)

2021年4月 3日 (土)

コンサートの記(703) 広上淳一指揮京都市交響楽団第654回定期演奏会

2021年3月28日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで京都市交響楽団の第654回定期演奏会を聴く。指揮は京都市交響楽団常任指揮者兼音楽顧問の広上淳一。

ヴァイオリン独奏としてダニエル・ホープが出演する予定であったが、新型コロナウイルス感染拡大防止のための外国人入国規制により来日不可となったため、1月の京都市ジュニアオーケストラのコンサートでもヴァイオリン独奏を務めた小林美樹が代役として登場し、曲目も変更となった。

その曲目は、ドヴォルザークの序曲「自然の王国で」、ブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番(ヴァイオリン独奏:小林美樹)、ドヴォルザークの交響曲第7番。

 

今日のコンサートマスターは、特別客演コンサートマスターの石田泰尚。フォアシュピーラーに泉原隆志が入る。第2ヴァイオリンの客演首席は大阪交響楽団の林七奈。
ドイツ式の現代配置での演奏だが、ティンパニは指揮者の正面ではなくやや下手寄りに置かれる。
管楽器の首席奏者はドヴォルザークの交響曲第7番のみの登場となる。

 

ドヴォルザークの序曲「自然の王国で」。広上の指揮は相変わらず冴えており、抒情美と清々しい音色と快活さを合わせ持った響きを京響から引き出す。

 

小林美樹が独奏を務めるブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番。ターコイズブルーのドレスで登場した小林は、持ち味である磨き抜かれた美音で勝負。音の美しさのみならず、力強さや音の広がり、表現の幅広さなど十分であり、優れた独奏を聴かせる。
広上指揮による京響の伴奏も描写力の高さと雰囲気作りの上手さが光る。

コロナ禍が訪れてから、ソリストによるアンコールが行われないケースが目立ったが(ソアレの場合は退館時間を早めにする必要があるということも影響していると思われる)、今日はアンコール演奏が行われる。曲目は、J・S・バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番よりラルゴ。音の純度が高く、静謐さと気高さが感じられる演奏であった。小林美樹もこのところ成長著しいようである。

 

ドヴォルザークの交響曲第7番。ドヴォルザークの交響曲第7番、第8番、第9番「新世界より」は、「後期三大交響曲」とも呼ばれるが、交響曲第7番は、第8番や「新世界より」に比べると演奏機会は多くなく、スラヴ的な要素が薄い分、ドヴォルザークならではの魅力には欠けている。

広上の表現であるが、第1楽章からドラマティック。リズム感が抜群であり、音にもキレがある。金管への指示を敬礼のようなポーズで行うのも特徴的。
京響は冒頭付近こそ音がかすれ気味のように感じられたが、次第に洗練度を高めていき、その上にドヴォルザーク的な濃厚さも加えた音色を聴かせていく。

第3楽章と第4楽章の出来が特に良く、スケール豊かで迫力ある音像が築かれる。ラスト付近ではアゴーギクも用いられ、スラヴ的な味わいも加えられていた。

 

演奏終了後、広上は、各奏者を立たせるが、大活躍したティンパニの中山航介には笑顔を向けるも飛ばす。中山も「えー、なんで?」という顔であったが、広上は大トリとして中山を立たせた。

その後、広上はマイクを片手に再登場。第一声が「疲れました」で客席の笑いをとるが、コロナの中で演奏会に駆けつけてくれたことへのお礼や、京都市交響楽団が京都市民の心を癒やす役割と担っていることや、ヨーロッパに代表されるように街のオーケストラを育てるのはその街の市民であることなどを述べた。
そして、京都市交響楽団副楽団長である北村信幸と森川佳明が異動によって京響を去るということで(京都市交響楽団は公営のオーケストラであるため、スタッフも音楽を専門としている訳ではなく、京都市の職員が交代で受け持っている)、広上がそれぞれの話を聞き(広上は、「愚息、娘なので愚か娘になるんでしょうが、受験に落ちてばっかりだったのが、森川さんから合格のお守りを頂いてから受かり始めた」と語る)、アンコールとしてドヴォルザークの「チェコ組曲」よりポルカが演奏される。ドヴォルザーク的なノスタルジックな趣と憂いと快活さを上手く表現した演奏で、今年度の最後の定期演奏会の掉尾を飾るのに相応しい音楽となった。

Dsc_1249

| | | コメント (0)

2020年8月 6日 (木)

美術回廊(55) 京都国立近代美術館所蔵作品にみる「京(みやこ)のくらし――二十四節気を愉しむ」

2020年7月31日 左京区岡崎の京都国立近代美術館にて

左京区岡崎にある京都国立近代美術館で、京都国立近代美術館所蔵作品にみる「京(みやこ)のくらし――二十四節気を愉しむ」を観る。

新型コロナウィルスにより、多くの行事が流れてしまった京都。その京都の四季の彩りを再確認するために京都国立近代美術館所蔵品を中心として開催されている展覧会である。

階段を上ると「晩夏」から、エレベーターを使うと「初夏」の展示から観ることになる展覧会。階段を使って「晩夏」より入る。

四季を更に細分化した二十四の季節を持つ日本。古代中国由来なので、必ずしも今の暦と符合するわけではないが、恵みと脅威を合わせ持つ自然に対する細やかな意識が察せられる区分である。

 

階段を上がったところに、北沢映月の「祇園会」という屏風絵が拡げられている。1991年に京都国立近代美術館が購入した絵だ。「小暑」の区分である。
京舞を行っている母親をよそ目に、祇園祭の鉾の模型で二人の女の子が遊んでいる。一人は鉾を手に転がそうとしているところで、もう一人はそれを受け止めるためか、片手を挙げている。動的な絵である。

不動立山の「夕立」は、おそらく東本願寺の御影堂門と烏丸通を描いたと思われる作品である。昭和5年の作品なので、京都駅は今のような巨大ビルではないし、京都タワーもなかったが、それを予見するかのような高所からの俯瞰の構図となっている。これは不動茂弥氏からの寄贈である。

「大暑」では、丸岡比呂史の「金魚」という絵が出迎える。昨日観た深堀隆介の金魚とは当然ながら趣が異なり、愛らしさが前面に出ている。

同じタイトルの作品が並んでいるのも特徴で、「処暑」では、福田平八郎の軸絵「清晨」(どういう経緯なのかはよく分からないが、旧ソヴィエト連邦からの寄贈)と深見陶治の陶器「清晨」が並んでいる。趣は大分異なるが、各々が感じた朝の気分である。

具体美術協会を起こしたことで知られる吉原治良(よしはら・じろう)の作品もある。「朝顔等」という絵だが、朝顔の周りに海産物が並べられており、海は描かれていないが海辺であることが示唆されている。夫人による寄贈。

 

「立秋」にはこの展覧会のポスターにも使われている、安井曾太郎の「桃」が展示されている。邪気を払う特別な果物だ。

Dsc_9276

「中秋」では、京都画壇を代表する女性画家である上村松園の「虹を見る」(文化庁からの管理換)という屏風絵が素敵である。虹は右上に小さく描かれ、それを若い女性と母親と赤ん坊が見上げるという作品であるが、虹がまだ何かもわからない年齢なのに惹かれている赤ん坊が特に印象的である。

「秋分」では、小川千甕(おがわ・せんよう)の「田人」という作品が「その先」の想像をくすぐる出来である。2001年度購入作。

俳優の近藤正臣の親族としても有名な陶芸家の近藤悠三の作品もある。堂々とした作風である。

 

坂本繁二郎の「林檎と馬齢著」(立冬)。全く関係ないが、最近観た見取り図の漫才ネタを思い出す。

 

秋野不矩の「残雪」(「初春」。1985年に作者が寄贈)。これも関係ないが中国を代表する前衛小説家の残雪の作品を最近は読んでいない。急に読んでみたくなったりする。

「仲春」には花と蝶を題材にした絵画が並ぶ。久保田米僊(くぼた・べいせん)の「水中落花蝶図」、枯れて水面に落ちた花弁と、その上を舞う蝶が描かれており、動物と静物、しかも盛りを過ぎた静物との対比が描かれている。2005年度購入作。

 

「春分」には今も花見の名所として名高い円山公園を描いた作品がいくつか登場する。

「晩春」では、藤田嗣治や長谷川潔が手掛けた「アネモネ」という花の絵が美を競っている。アネモネは色によって花言葉が違うようだが、調べてみると紫のアネモネの花言葉は「あなたを信じて待つ」であり、赤のアネモネの花言葉は「辛抱」であった。

 

「立夏」には葵祭を題材にした伊藤仁三郎の絵が2点(2002年寄贈作品)並び、苺の収穫を描いた小倉遊亀(寄託作品)の作品もある。

「夏至」には千種掃雲の「下鴨神社夏越神事」(2005年度寄贈)、更に美術の教科書によく作品が登場する安田靫彦の「菖蒲」(2000年度購入)などがある。

 

そして階段から入った場合、最後の展示となるのが川端龍子(かわばた・りゅうし)の「佳人好在」(1986年度購入)。佳人(美人)の部屋を描いた作品だが、佳人は登場せず、並んだ小物などから佳人の人となりを想像させる絵となっている。これが今日一番気に入った絵となった。これぞまさに「不在の美」である。

 

京の行事はこの一年、ほぼ全て幻となってしまったが、展示された美術作品の数々の中に、悲しみと同時に希望を見出すことになった。
「京都は京都」幾多の災難を乗り越えた街であり、いつかまたこれらの作品に描かれているような愉しみが復活するのは間違いないのだから。

 

| | | コメント (0)

2020年5月 3日 (日)

今の季節に読みたい小説 泉鏡花 「龍潭譚」(青空文庫)

躑躅の圧倒的な色彩感が目に浮かぶ、泉鏡花初期の傑作短編小説「龍潭譚」。9歳の頃に実母と死に別れた鏡花の、母に対する慕情が最も鮮烈に現れている小説の一つです。

泉鏡花 「龍潭譚」(青空文庫)

Dsc_8953_20200503162901

| | | コメント (0)

2019年4月21日 (日)

第70回京おどり 「夢叶京人形」全八景 2019

2019年4月15日 宮川町歌舞練場にて

第70回京おどりを観る。宮川町歌舞練場にて午後4時30分開演の回。
今年のタイトルは「夢叶京人形」全8景。作・演出:北林佐和子、作曲:今藤長十郎、作舞:若柳吉蔵。第1景から第4景までが「不思議の国の京人形」、第5景が「弥栄(いやさか)の春」、第6景が「天下(あめのした)祝い唄」、第7景が「秋の音色」、第8景がお馴染みの「宮川音頭」である。

「不思議の国の京人形」は、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』をベースに歌舞伎「京人形」を組み合わせた舞踊劇であるが、男と女が主人公になることや姿格好などから泉鏡花の『天守物語』(変換したら「店主物語」となった。なんだそりゃ?)を連想させる作品である。関係があるのかどうかは知らないが、第4景では姫路城の天守も現れる。
真夜中。城の中の人形の間で、太夫、藤娘、汐汲、娘道成寺の4人(?)の人形が舞い遊んでいる。そこへお小姓の仙千代がやってくる。仙千代は幼い姫とまりをついて遊んでいたのだが、まりをなくしてしまい、姫は大泣き。まりを見つけられなかった時は切腹と決まったため、この部屋に探しに来たのだ。人形たちは仙千代を哀れに思い、一緒に城内を探し回ることにする。

花札の絵から飛び出してきた小野道風なる人物と加留多遊びをすることになったり、チェシャ猫にあたる猫の君やまぼろし姫たちとまりの奪い合いをするというファンタジックな物語である。
巨大なまりが左右に揺れたり(あさま山荘事件とは無関係だと思われる)、加留多の絵の描かれた戸板返しが行われたりと、趣向も面白い。
物語のある舞は宮川町が本場であり、祇園甲部よりも見せ方が優れているように思われる。

「弥栄の春」では、芸妓たちが鈴を鳴らしながら平成と新元号・令和の御代を祝い、「天下祝い唄」に繋がっていく。日本地図の描かれた襖が現れ、「目出度の若松様よ」と「花笠音頭」の東北、祇園や清水という京名所、義経と静御前ゆかりの吉野の桜などがうたわれる。

舞妓たちが総登場の「秋の音色」。舞では芸妓には及ばないかも知れないが、場内の雰囲気をガラリと変える新鮮な空気が秋に繋がる。

「宮川音頭」。総踊りである。儚さを通り越して悲しさを感じるのは、五花街のおどりの中で京おどりだけかも知れない。
美しいが夢だとわかっている夢を見ているような気分になる。

Dsc_6352

 

| | | コメント (0)

2019年4月14日 (日)

コンサートの記(545) 下野竜也指揮京都市交響楽団スプリング・コンサート2019

2019年4月7日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで京都市交響楽団のスプリング・コンサートを聴く。

曲目は、ヴィヴァルディの2つのトランペットのための協奏曲ハ長調(トランペット独奏:ハラルド・ナエス&西馬健史)、ベートーヴェンのヴァイオリン、チェロ、ピアノのための三重協奏曲(ヴァイオリン:豊島泰嗣、チェロ:上村昇、ピアノ:上野真)、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」


全席完売だが、今日はポディウム席は発売されていない。
今日は6列目の真ん中で聴く。ステージから近いが、管楽器の奏者は顔がよく見えないため、誰が吹いているのかわからない場合もある。


ヴィヴァルディの2つのトランペットのための協奏曲ハ長調。京都市交響楽団の首席トランペット奏者であるハラルド・ナエスが第1トランペットを、西馬健史が第2トランペットを務める。
日本でも屈指の輝きを誇る京都市交響楽団のトランペット陣。今日も燦燦と輝くような音を響かせる。
京都市交響楽団は小編成での演奏。西脇小百合がチェンバロを奏でる。生き生きとした伴奏であった。
弦楽奏者のビブラートであるが、統一されてはおらず、思い思いに弾いている。


ベートーヴェンの三重協奏曲の演奏前に、下野がマイクを手にして登場。舞台の転換作業の間をトークで繋ぐ。「京都市交響楽団常任しゅせ……、間違えました。なんとか指揮者の下野竜也です」とユーモアと込めた自己紹介した後で、ナエスと西馬をステージに呼び、ヴィヴァルディの2つのトランペットのための協奏曲ハ長調の思い出について語って貰う。二人ともこの曲を演奏するのは人生で2回目だそうだが、ナエスは1回目はパイプオルガンとの共演、西馬もピアノとの演奏があるだけであり、オーケストラをバックに演奏するのは初めてだそうである。


ベートーヴェンのヴァイオリン、チェロ、ピアノのための三重協奏曲。京都市交響楽団は近年、この曲を取り上げることが多い。
ピアノ三重奏にオーケストラ伴奏が付くという特異な協奏曲。ベートーヴェンがなぜこうした編成の曲を書いたのかは今でも謎であるが、チェロパートの比重が比較的大きく、演奏技術もチェロが最も高度であるため、チェロの名手から委嘱された可能性が高いとされている。
ヴァイオリンの豊島奏嗣、チェロの上村昇(京都市交響楽団首席チェロ奏者)、ピアノの上野真、更に指揮者の下野竜也も京都市立芸術大学の教員である。ということもあってか、室内楽的要素の強い親密な演奏が展開される。
下野指揮の京響であるが、渋めの音でスタートし、かなり豪快に鳴る。京響のパワーと下野のオケを鳴らす技術は想像以上であるようだ。


ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」。人気曲だけに実演で聴く機会も多いが、思いのほか名演に当たる確率が低いような気もしている。

下野はベートーヴェンとは真逆の明るい音色を京響から引き出す。流石の手腕だが、第1楽章のクライマックスなどでは全ての音を鳴らし過ぎたため、輪郭や主旋律の把握が難しくなっていた。

第2楽章と第3楽章は秀演で、第2楽章の深々とした歌、第3楽章の覇気に満ちた音楽運びなどが印象的である。

第4楽章も迫力があるが、音が大きい割りには客席に届くエネルギーが必ずしも十分ではないように感じされる。音の密度がそれほど濃いわけではないということも影響しているのかも知れない。京響のブラス陣は優秀で、力強さと浮遊感を兼ね備えた優れた音楽性を示していた。


下野は、「京都市交響楽団史上、最も短いアンコール曲」と語って、ベートーヴェンの「フィデリオ」より行進曲が演奏される。古典的造形美が強調された演奏で、ベートーヴェンの優美な一面を楽しむことが出来た。

| | | コメント (0)

2019年4月10日 (水)

南座新開場記念 都をどり 「御代始歌舞伎彩」2019年4月5日

2019年4月5日 京都四條南座にて

午後4時30分から、京都四條南座で都をどりを観る。
祇園甲部歌舞練場が耐震対策工事中ということで閉鎖されており、昨年一昨年は北白川の京都芸術劇場春秋座で公演が行われた都をどり。今年は新開場記念も兼ねた南座での開催となる。南座はロビーが狭いということで、今年はお茶席はなく、お茶菓子の皿プレゼントもないが、その代わりパンフレットは無料で配布されている。

昨年の春秋座での公演では、CGを使ったり「アナと雪の女王」を題材にしたりといった新しい試みを行った都をどり。春秋座が京都造形芸術大学の劇場ということで、京都造形芸大の教授でもある井上八千代が若者の取り込みを図ったのかも知れないが、学生らしき人々の姿は客席には見えず、新演出は常連客から大不評ということもあり、今年は揺り戻しからか保守的な内容になっている。それが全体として平板な印象を生んでいたようにも感じられる。

チケットを取るのが遅かったため、今日は2階の上手サイドの席の2列目。前列はラテン系と思われる外国人の一家である。舞台はそれほど良くは見えないが、花道での踊りは楽しめるため、この席を選んだ。舞台下手端で、ジャケットを着たおじさんが鳴り物に指示を出していたり、鈴を鳴らして演奏しているのが見えるのがシュールで楽しかったりする。

演目は置歌に続き、「初恵美須福笹配」「法住寺殿今様合」「四条河原阿国舞」「藁稭長者出世寿」「桂離宮紅葉狩」「祇園茶屋雪景色」「大覚寺桜比」の計8景。今は会えぬ人を偲ぶ内容の曲がいくつかあり、それが「大覚寺桜比」での華やかさと表裏一体の儚さにも繋がっている。

「大覚寺桜比」は、舞台上に桜の樹が並ぶ、舞台上方からも桜の枝が垂れていて今の季節に相応しい飾りであるが、稽古を重ねることで上半身がぶれずに速足で移動することの出来る芸妓達を見ていると、人間というより桜の精に出会ったかのような不思議な感覚に陥った。

20190410_200405

 

 

| | | コメント (0)

2019年4月 6日 (土)

楽興の時(27) みやこめっせ桜まつり2019 さくらコンサート第3部

2019年3月30日 左京区岡崎の京都市勧業館みやこめっせウェルカムホールにて

午後2時30分から、みやこめっせ「さくらコンサート」第3部を聴く。前半が二胡奏者の尾辻優衣子の演奏、後半が松井るみ(ソプラノ)、井上元気(テノール)、澤田奈央子(ピアノ)による歌曲コンサートである。

尾辻優衣子の二胡。自身のアルバムに収められた楽曲を中心としたプログラムで、伴奏は録音されたものを流すという、カラオケ版での演奏。二胡は単音しか出せないため、独奏に向いた楽器ではない。元々は京劇の伴奏楽器で、楽器としての地位も低かったが、劉天華によって中国を代表する楽器となっている。
単音の楽器ということもあり、聴かせられるものになるかどうかは別として演奏すること自体はさほど難しくはない。私も半年ほど二胡を習っていたことがあるが、「十九の春」などはすぐ弾けるようになっている。ただ弦が切れやすいため、切れないよう適度に抑えて力強く弾くということは難しく思えた。
尾辻は「二胡はヴァイオリンと原理は同じで遠い親戚」と紹介して、ヴァイオリン曲である「情熱大陸」も奏でていた。
中国人作曲家によるクラシカルな二胡の曲として最後の最後に「賽馬(競馬)」が演奏される。ヴァイオリンでいうピッチカートも繰り出され、万全の迫力に富む演奏に仕上がっていた。

 

歌曲コンサート。さくらコンサートということで、まず松井るみと井上元気のデュオで「さくらさくら」が歌われる。その後、イタリアの作曲家であるレスピーギ、フランスの作曲家であるグノー、プーランク、ロザンタールの歌曲が歌われる。

レスピーギは、ベルリオーズやリムスキー=コルサコフとともに三大オーケストレーションの名手に数えられており、ローマ三部作がとにかく有名だがそれ以外の曲が取り上げられる機会は少ない。歌曲を聴くのは私は初めてとなる。

グノーやプーランクは比較的有名だが、ロザンタールは作曲家としてよりも指揮者やオッフェンバックの楽曲を集めてコンサートピースとしてまとめた「パリの喜び」の編曲者として有名な人物である。1904年生まれでありながらかなりの長生きであり、「パリの喜び」の自作自演盤をデジタル録音で収めている。松井るみ独唱によるロザンタール作品として取り上げられたのは「英国のねずみ」という歌である。イギリスで生まれ育ったねずみが船に乗り、たどり着いたのはフランス。そこで英国ホテルというホテルを見つけ、屋根裏部屋でジンやウィスキーといったイギリス名物を発見したねずみは歓喜。毎夜、PARTYを開くが階下にすむフランス人達の不興を買い、というストーリーである。松井は自作の紙芝居を用意し、めくりながら歌う。エスプリのお手本のような楽曲であり、紙芝居もわかりやすかった。なお、珍しい楽曲が並んでいるが、タブレット端末にダウンロードした電子楽譜を使っているため、譜面を探し出すのにさほど苦労はしていないようである。

その後、オーストリア出身のレハールが作曲した喜歌劇「メリー・ウィドウ」より「とざした唇に」の日本語版とグノーの歌劇「ロメオとジュリエット」より出会いの場のデュオが歌われ、アンコールのヴェルディの歌劇「椿姫」から「乾杯の歌」で華やかに閉じられた。

 

20190406_213437

| | | コメント (0)

その他のカテゴリー

2346月日 DVD YouTube …のようなもの いずみホール おすすめCD(TVサントラ) おすすめサイト おすすめCD(クラシック) おすすめCD(ジャズ) おすすめCD(ポピュラー) おすすめCD(映画音楽) お笑い その日 びわ湖ホール アニメ・コミック アニメーション映画 アメリカ アメリカ映画 イギリス イギリス映画 イタリア イタリア映画 ウェブログ・ココログ関連 オペラ オンライン公演 カナダ グルメ・クッキング ゲーム コンサートの記 コンテンポラリーダンス コンビニグルメ サッカー ザ・シンフォニーホール シアター・ドラマシティ シェイクスピア シベリウス ショートフィルム ジャズ スタジアムにて スペイン スポーツ ソビエト映画 テレビドラマ デザイン トークイベント ドイツ ドイツ映画 ドキュメンタリー映画 ドキュメンタリー番組 ニュース ノート ハイテクノロジー バレエ パソコン・インターネット パフォーマンス パーヴォ・ヤルヴィ ピアノ ファッション・アクセサリ フィンランド フェスティバルホール フランス フランス映画 ベルギー ベートーヴェン ポーランド ミュージカル ミュージカル映画 ヨーロッパ映画 ラーメン ロシア ロームシアター京都 中国 中国映画 交通 京都 京都コンサートホール 京都フィルハーモニー室内合奏団 京都劇評 京都四條南座 京都国立博物館 京都国立近代美術館 京都市交響楽団 京都市京セラ美術館 京都文化博物館 京都芸術センター 京都芸術劇場春秋座 伝説 住まい・インテリア 余談 兵庫県立芸術文化センター 劇評 動画 千葉 南米映画 占い 台湾映画 史の流れに 哲学 大河ドラマ 大阪 大阪フィルハーモニー交響楽団 大阪松竹座 学問・資格 宗教 室内楽 小物・マスコット・インテリア 広上淳一 建築 心と体 恋愛 意識について 携帯・デジカメ 政治・社会 教育 教養番組 散文 文化・芸術 文学 文楽 旅行・地域 日本映画 日記・コラム・つぶやき 映像 映画 映画音楽 映画館 書店 書籍・雑誌 書籍紹介 朗読劇 来日団体 東京 梅田芸術劇場メインホール 楽興の時 歌舞伎 正月 歴史 海の写真集 演劇 無明の日々 猫町通り通信・鴨東記号 祭り 笑いの林 第九 経済・政治・国際 絵画 美容・コスメ 美術 美術回廊 習慣 能・狂言 花・植物 芸能・アイドル 落語 街の想い出 言葉 趣味 追悼 邦楽 配信ライブ 野球 関西 雑学 雑感 韓国 韓国映画 音楽 音楽劇 音楽映画 食品 飲料 香港映画