コンサートの記(891) 準・メルクル指揮 京都市交響楽団第697回定期演奏会
2025年2月15日 京都コンサートホールにて
午後2時30分から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団の第697回定期演奏会を聴く。指揮は、日独ハーフの準・メルクル。
NHK交響楽団との共演で名を挙げた準・メルクル。1959年生まれ。ファーストネームの漢字は自分で選んだものである。N響とはレコーディングなども行っていたが、最近はご無沙汰気味。昨年、久しぶりの共演を果たした。近年は日本の地方オーケストラとの共演の機会も多く、京響、大フィル、広響、九響、仙台フィルなどを指揮している。また非常設の水戸室内管弦楽団の常連でもあり、水戸室内管弦楽団の総監督であった小澤征爾の弟子でもある。
現在は、台湾国家交響楽団音楽監督、インディアナポリス交響楽団音楽監督、オレゴン交響楽団首席客演指揮者と、アジアとアメリカを中心に活動。今後は、ハーグ・レジデエンティ管弦楽団の首席指揮者に就任する予定で、ヨーロッパにも再び拠点を持つことになる。これまでリヨン国立管弦楽団音楽監督、ライプツィッヒのMDR(中部ドイツ放送)交響楽団(旧ライプツィッヒ放送交響楽団)首席指揮者、バスク国立管弦楽団首席指揮者、マレーシア・フィルハーモニー管弦楽団音楽監督(広上淳一の前任)などを務め、リヨン国立管弦楽団時代にはNAXOSレーベルに「ドビュッシー管弦楽曲全集」を録音。ラヴェルも「ダフニスとクロエ」全曲を録れている。2012年にはフランス芸術文化勲章シュヴァリエ賞を受賞。国立(くにたち)音楽大学の客員教授も務め、また台湾ユース交響楽団を設立するなど教育にも力を入れている。
曲目は、ラフマニノフのパガニーニの主題による狂詩曲(ピアノ独奏:アレクサンドラ・ドヴガン)とラヴェルのバレエ音楽「ダフニスとクロエ」全曲(合唱:京響コーラス)。
「ダフニスとクロエ」は、組曲版は聴くことが多いが(特に第2組曲)全曲を聴くのは久しぶりである。
今日はポディウムを合唱席として使うので、いつもより客席数が少なめではあるが、チケット完売である。
午後2時頃から、準・メルクルによるプレトークがある。英語によるスピーチで通訳は小松みゆき。日独ハーフだが、日本語の能力については未知数。少なくとも日本語で流暢に喋っている姿は見たことはない。同じ日独ハーフでもアリス=紗良・オットなどは日本語で普通に話しているが。ともかく今日は英語で話す。
ラフマニノフのパガニーニの主題による狂詩曲だが、パガニーニの24のカプリースより第24番の旋律(メルクルがピアノで弾いてみせる)を自由に変奏するが、変奏曲ではなく狂詩曲なので、必ずしも忠実な変奏ではなく他の要素も沢山入れており、有名な第18変奏はパガニーニから離れて、「世界で最も美しい旋律の一つ」としていると語る。私が高校生ぐらいの頃、というと1990年代初頭であるが、KENWOODのCMで「ピーナッツ」のシュローダーがこの第18変奏を弾くというものがあった。おそらく、それがこの曲を聴いた最初の機会であったと思う。
「ダフニスとクロエ」についてであるが、19世紀末のフランスでバレエが盛んになったが、音楽的にはどちらかというと昔ならではのバレエ音楽が作曲されていた。そこにディアギレフがロシア・バレエ団(バレエ・リュス)と率いて現れ、ドビュッシーやサティ、ストラヴィンスキーなどに新しいバレエ音楽の作曲を依頼する。ラヴェルの「ダフニスとクロエ」もディアギレフの依頼によって書かれたバレエ曲である。演奏時間50分強とラヴェルが残した作品の中で最も長く(バレエ音楽としては長い方ではないが)、特別な作品である。バレエ音楽としては珍しく合唱付きで、また歌詞がなく、「声を音として扱っているのが特徴」とメルクルは述べた。またモチーフライトに関しては「愛の主題」をピアノで奏でてみせた。
また笛を吹く牧神のパンに関しては、元々は竹(日本語で「タケ」と発音)で出来ていたフルートが自然の象徴として表しているとした。
往々にしてありがちなことだが、バレエの場合、音楽が立派すぎると踊りが負けてしまうため、敬遠される傾向にある。「ダフニスとクロエ」も初演は成功したが、ディアギレフが音楽がバレエ向きでないと考えたこともあって、この曲を取り上げるバレエ団は続かず、長らく上演されなかった。
現在もラヴェルの音楽自体は高く評価されているが、基本的にはコンサート曲目としてで、バレエの音楽として上演されることは極めて少ない。
今日のコンサートマスターは泉原隆志。フォアシュピーラーに尾﨑平。ドイツ式の現代配置での演奏。フルート首席の上野博昭はラヴェル作品のみの登場である。今日のヴィオラの客演首席は佐々木亮、チェロの客演首席には元オーケストラ・アンサンブル金沢のルドヴィート・カンタが入る。チェレスタにはお馴染みの佐竹裕介、ジュ・ドゥ・タンブルは山口珠奈(やまぐち・じゅな)。
ラフマニノフのパガニーニの主題による狂詩曲。ピアノ独奏のアレクサンドラ・ドヴガンは、2007年生まれという、非常に若いピアニストである。モスクワ音楽院附属中央音楽学校で幼時から学び、2015年以降、世界各地のピアノコンクールに入賞。2018年には、10歳で第2回若いピアニストのための「グランド・ピアノ国際コンクール」で優勝している。ヒンヤリとしたタッチが特徴。その上で華麗なテクニックを武器とするピアニストである。
メルクルは敢えてスケールを抑え、京響の輝かしい音色と瞬発力の高さを生かした演奏を繰り広げる。ロシアのピアニストをソリストに迎えたラフマニノフであるが、アメリカ的な洗練の方を強く感じる。ドヴガンもジャズのソロのように奏でる部分があった。
ドヴガンのアンコール演奏は、ショパンのワルツ第7番であったが、かなり自在な演奏を行う。溜めたかと思うと流し、テンポや表情を度々変えるなどかなり即興的な演奏である。クラシックの演奏のみならず、演技でも即興性を重視する人が増えているが(第十三代目市川團十郎白猿、草彅剛、伊藤沙莉など。草彅剛と伊藤沙莉はインタビューでほぼ同じことを言っていたりする。二人は共演経験はあるが、別に示し合わせた訳ではないだろう)、今後は表現芸術のスタイルが変わっていくのかも知れない。
今まさにこの瞬間に生まれた音楽を味わうような心地がした。
ラヴェルの音楽「ダフニスとクロエ」全曲。舞台上に譜面台はなく、準・メルクルは暗譜しての指揮である。
パガニーニの主題による狂詩曲の時とは対照的に、メルクルはスケールを拡げる。京都コンサートホールは音が左右に散りやすいので、最初のうちは風呂敷を広げすぎた気もしたが次第に調整。京響の美音を生かした演奏が展開される。純音楽的な解釈で、あくまで音として聞かせることに徹しているような気がした。その意味ではコンサート的な演奏である。
京響の技術は高く、音は輝かしい。メルクルの巧みなオーケストラ捌きに乗って、密度の濃い演奏を展開する。リズム感も冴え、打楽器の強打も効果を上げる。
ラストに更に狂騒的な感じが加わると良かったのだが(ラヴェルはラストでおかしなことを要求することが多い)、「純音楽的」ということを考えれば、避けたのは賢明だったかも知れない。オーケストラに乱れがない方が良い。
ポディウムに陣取った京響コーラスも優れた歌唱を示した。
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