カテゴリー「京都コンサートホール」の240件の記事

2023年2月 1日 (水)

コンサートの記(824) 鈴木優人指揮 京都市交響楽団第674回定期演奏会

2023年1月21日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団の第674回定期演奏会を聴く。指揮は古楽界のサラブレッドでもある鈴木優人。

バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)の首席指揮者としてもお馴染みの鈴木優人だが、今回は20世紀に書かれたロシアの作品が並ぶ。プロコフィエフの交響曲第1番「古典交響曲」、ストラヴィンスキーの弦楽のための協奏曲ニ調、ラフマニノフの交響曲第2番。全員、亡命経験がある。


午後2時頃より、ステージ上で鈴木優人によるプレトークがある。鈴木は、今日の作曲家を若い順に並べたこと、また年の差が9歳ずつであることなどを述べ、プロコフィエフやストラヴィンスキーの一筋縄ではいかない諧謔性、そしてラフマニノフの交響曲第2番の美しさ、特に第3楽章の美しさについて語った。


今日のコンサートマスターは、京響特別客演コンサートマスターである会田莉凡。フォアシュピーラーに泉原隆志が入る。ドイツ式の現代配置をベースにしているが、ティンパニは指揮者の正面ではなくやや下手寄りに入り、その横に打楽器群が来る。
フルート首席奏者の上野博昭は、プロコフィエフとラフマニノフの両方に出演。クラリネット首席の小谷口直子は、美しいソロのあるラフマニノフのみの参加である。


プロコフィエフの交響曲第1番「古典交響曲」。鈴木の才能が飛び散る様が見えるような、生気に満ちた演奏となる。弦は軽みがあり煌びやか、管も軽快で、プロコフィエフがこの交響曲に込めた才気がダイレクトに伝わってくるような演奏である。


ストラヴィンスキーの弦楽のための協奏曲ニ調。
迷宮を進んでいくような第1楽章、華やかで祝典的だがどことなく陰りもある第2楽章。再び迷宮へと迷い込んだような第3楽章が緻密に演奏された。


ラフマニノフの交響曲第2番。鈴木らしい「気品」をもって演奏されるが、時に「荒ぶる」と書いてもいいほどの盛り上がりを見せる。「上品」と「豪快」の二項対立を止揚したようなラフマニノフであり、単に美しいだけでないパワフルさが示される。
第3楽章の小谷口直子のソロも理想的。こぼれそうな美音が憂いを込めて演奏される。無常観を砂糖でくるんだような甘悲しさが耳を満たす。
第4楽章の爆発力も素晴らしく、この曲が20世紀の大交響曲(良い意味でも悪い意味でも)であることが如実に示された。優れたラフマニノフ演奏であった。

Dsc_2165 

| | | コメント (0)

2023年1月12日 (木)

コンサートの記(822) 広上淳一指揮 京都市交響楽団特別演奏会「ニューイヤーコンサート」2023

2023年1月8日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団特別演奏会「ニューイヤーコンサート」を聴く。指揮は広上淳一。

前半は、NHK大河ドラマのテーマ曲とヨハン・シュトラウスⅡ世の作品を並べた曲目で、後半のメインにはベートーヴェンの交響曲の中でも最も快活な第8番が選ばれている。

前半の詳細な曲目は、佐藤直紀の「青天を衝け」、ヨハン・シュトラウスⅡ世の喜歌劇「ジプシー男爵」から入場行進曲、ジョン・グラムの「麒麟がくる」、ヨハン・シュトラウスⅡ世の「南国のばら」、服部隆之の「真田丸」(ヴァイオリン独奏:石田泰尚)、エバン・コールの「鎌倉殿の13人」、ヨハン・シュトラウスⅡ世のポルカ「ハンガリー万歳」、吉俣良の「篤姫」。

今日のコンサートマスターは、「組長」こと石田泰尚。泉原隆志は降り番で、フォアシュピーラーに尾﨑平。今日は短めの曲が並ぶということもあって、管楽器奏者に前後半で目立った異動はなし。男性奏者は普段通りの服装の人が大半だが、女性奏者は思い思いにドレスアップして演奏する人が多く、中には着物姿で演奏する人もいる。


NHK職員の息子で、自称「大河フェチ」の広上淳一。大河ドラマのテーマ曲を集めた演奏会はこれまで何度か行っているが、自身が大河本編で指揮した「麒麟がくる」を始め、京響で初めて振る曲が3曲ある。いずれも共感に満ちたスケールの大きな演奏で、聴き応えがある。私は、今日取り上げれた大河ドラマのうち3作品は全編見ているので、オープニングの映像や名場面などが脳裏に浮かんで懐かしかった。残る2つも多くの回は見ている。

ヨハン・シュトラウスⅡ世の作品は、活気と上品さと華やかさが統合された理想的な演奏である。


後半、ベートーヴェンの交響曲第8番。ベートーヴェンの交響曲の中では人気が余り高くない曲だが、ベートーヴェン本人は自身の交響曲の中でこの第8番が最も好きだと答えており、この交響曲だけ誰にも献呈されていない。

広上指揮する京響は、第1楽章と第2楽章は自然体。無理のない音運びだが、「無難」という言葉からは遠く、見通しの良い透明度の高い美音による演奏を展開。第3楽章と第4楽章ではスケールを拡げて豪快さも感じさせる演奏を行った。
この手の音楽は日本では「俳句」に例えられやすいが、広上と京響の演奏を聴いていると、「短歌のような」という形容の言葉が浮かぶ。メロディアスで切れ味が良く、冗長でない。まさに短歌だ。


演奏終了後、広上はマイクを手に、「みなさん、あけまして」と語り、京響の楽団員が「おめでとうございます」と続ける。広上は客席に「大河いいでしょ?」と語りかける。なお、今年の大河ドラマである「どうする家康」は今日が初回放送日であるが、放送が行われるまでは演奏してはならないという決まりがあるそうで、広上も残念がっていた。

京響は今年の4月から常任指揮者に若手の沖澤のどかを迎えるが、広上は去年の大河ドラマである「鎌倉殿の13人」に掛けて、沖澤を北条泰時に例え、「悪いものは北条義時が全部抱えて地獄に落ちた」と語る。

「お年玉」として1曲アンコール演奏が行われることになったのだが、その前に、昨年の3月に広上が京響の常任指揮者を退任する際にプレゼントすることが約束された広上の肖像画がお披露目される。京都市立芸術大学講師の城愛音の筆によるもので、終演後にホワイエでも見ることが出来たが、「福々しい」顔として描かれている。

「お年玉」のアンコール曲は、山本直純の大河ドラマ「武田信玄」メインテーマ。昨年がメモリアルイヤーだった山本直純(生誕90年、没後20年)。広上は山本について、「日本のレナード・バーンスタインのような人」と紹介する。
山本直純の「武田信玄」は大河ドラマのテーマ曲の中でも最も人気のある曲目の一つである。甲斐武田の騎馬隊の勇壮さを音楽化したもので、疾走感と迫力、そして中間部の叙情性が印象的であり、広上と京響も音のドラマを見事に再現していた。

Dsc_2127

| | | コメント (0)

2022年12月31日 (土)

コンサートの記(821) デニス・ラッセル・デイヴィス指揮 京都市交響楽団特別演奏会「第九コンサート」2022

2022年12月28日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団特別演奏会「第九コンサート」を聴く。今年の指揮者は、デニス・ラッセル・デイヴィス。

アメリカ出身のデニス・ラッセル・デイヴィス。現代音楽の優れた解釈者として知られる一方で、ハイドンの交響曲全集を録音するなど幅広いレパートリーの持ち主である。宮本亞門が演出した東京文化会館でのモーツァルトの歌劇「魔笛」で生き生きとした演奏に接しているが、おそらくそれ以来のデニス・ラッセル・デイヴィス指揮の演奏会である。

今日のコンサートマスターは泉原隆志。フォアシュピーラーに尾﨑平。ドイツ式の現代配置での演奏であるが、ステージ奥の指揮者の正面に来る場所には独唱者のための席が設けられており、ティンパニは舞台下手奥に据えられている。

独唱は、安井陽子(ソプラノ)、中島郁子(メゾ・ソプラノ)、望月哲也(テノール)、山下浩司(バス・バリトン)。合唱は京響コーラスで、ポディウムに陣取り、歌えるマスクを付けて歌う。

冒頭のヴァイオリンの音に圭角があり、「現代音楽的な解釈なのかな」と思ったが、実際はそうした予想とは大きく異なる演奏に仕上がった。しなやかで潤いに満ちた音楽であり、再現部ではヴァイオリンもなだらかな音型へと変わる。第九は第2楽章が演奏によっては宇宙の鳴動のように響くことがあるが、デニス・ラッセル・デイヴィスと京響の第九は、第1楽章が宇宙をかたどった音楽のように聞こえた。こうした経験は初めてである。

第2楽章。構築の把握の巧みさと計算の上手さが印象的な演奏である。迫力を出そうと思えばいくらでも出せる部分でも、滑らかに美しく奏でる。

第3楽章のテンポは速めで開始するが、途中で速度を落としてロマンティックに歌う。「美しさ」が印象的な楽章であるが、デイヴィスと京響は、「愛」と「優しさ」が両手を拡げて抱きしめてくれるような温かな演奏である。

第4楽章も、迫力ではなく「愛」と「優しさ」を重視。人間賛歌を歌い上げるような、ぬくもりに満ちた第九となった。

Dsc_2110

| | | コメント (0)

2022年12月13日 (火)

コンサートの記(820) 原田慶太楼指揮 京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2022「ザ・フォース・オブ・オーケストラ」第3回「オールウェイズ・ストリングス」

2022年12月4日 京都コンサートホールにて

午後2時から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2022「ザ・フォース・オブ・オーケストラ」第3回「オールウェイズ・ストリングス」を聴く。今日の指揮は若手の原田慶太楼。ナビゲーターはガレッジセール。

本編の前に、午後1時15分からロビーイベント「原田マエストロといっしょ!」が行われる。原田慶太楼が指揮者の仕事についてレクチャーするもので、弦楽アンサンブル(ヴァイオリン2。ヴィオラ、チェロ、コントラバスが1ずつ。奏者は全員若手の女性である)を指揮してモーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」とドヴォルザークの「ユモレスク」を演奏し、テンポや強弱、表情によって同じ曲でも印象が変わることを聴き手に示す。子どものための指揮体験コーナーもあり、原田は指揮のスタイルや「好きなもの嫌いなもの」をイメージした描き分けの変化などをアドバイスしていた。


本編の曲目は、チャイコフスキーの弦楽セレナードから第1楽章、ハチャトゥリアンのヴァイオリン協奏曲ニ短調から第3楽章(ヴァイオリン独奏:会田莉凡)、ブルッフのヴィオラと管弦楽のためのロマンス(ヴィオラ独奏:小峰航一)、ポッパーのハンガリー狂詩曲(チェロ独奏:山本裕康)、ディッタースドルフのコントラバス協奏曲ホ長調から第1楽章(コントラバス独奏:黒川冬貴)、マイケル・エイブルスの「デライツ・アンド・ダンスイズ」(弦楽四重奏と弦楽オーケストラのための作品。弦楽四重奏:会田莉凡、安井優子、小峰航一、山本裕康)。


今日のコンサートマスターは京響特別客演コンサートマスターの会田莉凡(りぼん)。泉原隆志は降り番で、フォアシュピーラーに尾﨑平。今日はヴァイオリン両翼の古典配置をベースにした布陣である。
原田は指揮台を用いず、舞台に直接立って指揮を行う。


チャイコフスキーの弦楽セレナードから第1楽章。原田はノンタクトでの指揮。瑞々しくスプリングの良く効いた歌を京響から引き出す。

演奏終了後にガレッジセールの二人が登場。弦楽セレナードについて、川田広樹が曲目の紹介を行い、ゴリが「オー人事のCMでお馴染みの」と曲について語る。
ゴリが、「原田さん、熱量が凄いですね」と語り、原田が「今、ダイエットしてるんで」と応え、ゴリが「本番終わる頃にはガリガリですね」と返していた。

今回は協奏曲がメインとなるが、いずれも京都市交響楽団の首席奏者がソリストを務めるということで、「演奏が終わったらそれ(首席というポジションと楽器)について聞いてみましょう」ということになる。


ハチャトゥリアンのヴァイオリン協奏曲ニ短調。京響客演コンサートマスターの会田莉凡がソリストを務める。その間、コンサートマスターの位置には尾﨑が座るが、横に人を置かず(プルトを作らず)、コンマス一人体制となる。
超絶技巧が特徴のハチャトゥリアンのヴァイオリン協奏曲。演奏家によっては技巧をひけらかすように弾く場合もあるが、会田の場合は地に足の付いた堅実なソロを奏でた。

ガレッジセールの二人がコンサートマスターについて会田に聞く。演奏の前に原田が、コンサートマスターについては、「サッカーに喩えるとキャプテンのようなもの。(指揮者が)監督でキャプテン」
ゴリ「エースストライカーのようなものですかね」
原田「そうですね」
ゴリ「今日はコンサートマスターが女性ということで、女性版堂安が現れるという」
というやり取りがあった。
会田は、「5歳からヴァイオリンを初めて8歳からアンサンブルで弾き始めて」ということでアンサンブルの楽しさを知ったそうで、ソロで弾こうと思ったことは余りないそうである。プロの演奏家になり、コンサートマスターになるとも思っていなかったそうだ。
ゴリ「原田さんは何歳から指揮者になろうと思われたんですか?」
原田「僕は生まれる前から」
ゴリ「嘘つけ!」
原田「僕のことはどうでもいいです」


ブルッフのヴィオラと管弦楽のためのロマンス。曲名通りロマンティックな曲である。独奏の小峰航一は京響の首席ヴィオラ奏者。リリカルな演奏を展開する。
首席ヴィオラ奏者という立場について小峰は、「コンサートマスターがキャプテンだとするとチームリーダー」と述べる。京響のヴィオラパートは男性は2人で後は全員女性であるが、小峰について二人の女性ヴィオラ奏者は、「頼りになるチームリーダー」、「面倒くさい男」と対照的な印象を述べ、小峰はヴィオラのメンバーについて「キャラが濃い」と語った。ヴィオラの役割について小峰は「彩り」と語る。
ヴィオラ奏者は最初からヴィオラを習っていた訳ではなく、まずヴァイオリンを習い、ある時点からヴィオラに転向するというケースが多い。小峰もまずはヴァイオリンを習っていたが、11歳の時にヴィオラに転向。性格的に「クラスの人気者でも陽キャでもない」ということでヴァイオリンよりもヴィオラの方が合っていたそうである。


ホッパーのハンガリー狂詩曲。チェロ独奏を受け持つのは、京響特別首席奏者の山本裕康。いぶし銀のような渋いソロを奏でる。ガレッジセールの質問はチェロ台とエンドピンについて。エンドピンは20世紀の最初に登場し、それ以前はチェロの本体を首から提げて演奏してたそうである。
山本がチェロを選んだ理由については、「よく言われることですが人間の声に一番近い」と述べていた。


ディッタースドルフのコントラバス協奏曲。ソリストは京響首席コントラバス奏者の黒川冬貴。典雅なソロを奏でる。

ディッタースドルフについては原田は、「ハイドンやモーツァルトと親しく」「ディッタースドルフが第1ヴァイオリン、ハイドンが第2ヴァイオリン、モーツァルトがヴィオラ」という編成で演奏旅行を行ったこともあると話す。

コントラバスを選んで理由について黒川は、「オーケストラの奏者になりたいと思ったのが中学生の時で、そこからだと(間に合うのは)コントラバスだけ」と述べていた。コントラバスは吹奏楽の編成に弦楽器としては唯一入っており、吹奏楽部からコントラバスを始めたという人も多い。


マイケル・エイブルスの「デライツ・アンド・ダンスイズ」。今回が日本初演となる。
エイブルスは60歳になる現役の作曲家で、原田とも親交があるそうである。弦楽四重奏が神秘的な旋律を奏で、弦楽オーケストラがピッチカートで応える。弦楽四重奏はその後、流れるような旋律を奏で、弦楽オーケストラもそれを反映するように盛り上がりを見せた。


原田の指揮する京響は、伸びやかにして華やかで活気のある演奏を聴かせた。

Dsc_2040

| | | コメント (0)

2022年12月11日 (日)

コンサートの記(819) 広上淳一指揮 京都市立芸術大学音楽学部・大学院音楽研究科第169回定期演奏会

2022年12月2日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで京都市立芸術大学音楽学部・大学院音楽研究科の第169回定期演奏会を聴く。指揮は京都市立芸術大学客員教授の広上淳一。

曲目は、ベートーヴェンの「コリオラン」序曲、ブルックナーのモテット「この場所は神によって造られた」と「見よ、大いなる司祭を」、ベートーヴェンの合唱幻想曲(ピアノ独奏:三舩優子、ソプラノ:佐藤もなみ&伊吹日向子、アルト:柚木玲衣加、テノール:向井洋輔&井上弘也、バス:池野辰海、合唱;京都市立芸術大学音楽学部合唱団)、ベルリオーズの幻想交響曲。

京都市立芸術大学音楽学部・大学院音楽研究科の定期演奏会には何度が接しているが、広上淳一の指揮で聴くのは初めてだと思われる。


ベートーヴェンの「コリオラン」序曲。音色が洗練に欠けるのは学生団体故仕方ないであろう。なかなか熱い演奏を展開する。


ブルックナーのモテット「この場所は神によって造られた」と「見よ、大いなる司祭を」。合唱はポディウムに陣取り、マスクなしで歌う。パイプオルガンは客演の三森尚子が演奏する。
ブルックナーは現在では交響曲作曲家として認知されているが、元々はパイプオルガンの名手として知られ、宗教音楽の作曲も得意としていた。
「この場所は神によって造られた」の楚々とした感じ、「見よ、大いなる司祭を」の雄渾さ、いずれもブルックナー節も利いていて曲としても面白い。
日本に限らないかも知れないが、音楽のみならず芸術関係の大学は女子の方が圧倒的に多い。京芸も例外ではなく、合唱の人数も目視で確認して男女比は1:3ぐらいあるのではないかと思われる。男声が少なくても良い曲を選んだのであろうか。


ベートーヴェンの合唱幻想曲。交響曲第5番「運命」、交響曲第6番「田園」と同じ日にアン・デア・ウィーン劇場で初演されたことで有名である(ちなみに「田園」の番号は初演時には交響曲第5番、日本では「運命」して知られる曲が交響曲第6番として発表されている)。この初演は演奏会自体が失敗している。ひどく寒い日だった上に演奏家や声楽家のコンディションが悪く、しかも約4時間の長丁場ということで聴衆の集中力が保たなかったのだと思われる。
合唱幻想曲であるが、個人的には「クサい」感じがして余り好きな曲ではない。やけに芝居がかっているところが気に掛かる。
ということで、今回も聴いていて「良い曲だ」とは思えなかったのだが、三舩優子の温かな響きのするピアノ、また学生ソリスト達の優れた歌唱など、思った以上に聴き応えはあった。


後半、ベルリオーズの幻想交響曲。
冒頭から前半とは打って変わって弦が洗練された音を出す。単に洗練されているだけではなく、妖しげな光を放っているのが特徴である。
広上淳一はロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団を指揮してDENONにこの曲をレコーディングしており、出来も上々であるが、やはりこの曲は向いているようだ。
音型のデザインもきっちりなされた上で生命力豊かな演奏を展開。第2楽章はコルネット入りのバージョンである。
第3楽章のコーラングレとオーボエの掛け合いでは、オーボエ奏者はパイプオルガンの横のボックス席のようなところで演奏を行う。楽章全体を通して瑞々しい音色が印象的である。
第4楽章「断頭台への行進」では、おどろおどろしさと推進力が掛け合わされた優れた演奏。ラストを一気呵成に駆け抜けるのも容赦がない印象で効果的である。
第5楽章「サバトの夜の夢」では、鐘はパイプオルガンの横のポディウム最上段に置かれ、視覚的な効果も上げていた。奇っ怪な夢の描写も優れており、迫力と華麗な音の彩りが発揮されて、広上と京都市立芸術大学音楽学部の結束力の強さも確認出来た。

最後に広上は、「ワールドカップ、日本、スペインに勝ちました。そして京都市芸の若者が素晴らしい演奏を行う。日本もまだまだ捨てたもんじゃないですね」「長友選手の言葉を皆さんにお届けします。『ブラボー!』」と語り、コンサートはお開きとなった。

Dsc_2021

| | | コメント (0)

2022年12月 5日 (月)

コンサートの記(818) リオ・クオクマン指揮 京都市交響楽団第673回定期演奏会 フライデー・ナイト・スペシャル

2022年11月18日 京都コンサートホールにて

午後7時30分から、京都コンサートホールで京都市交響楽団の第673回定期演奏会を聴く。今年の4月から金曜土曜の2日間に渡る定期演奏会は、プログラムが双方で少し異なることになり、金曜日の定期は「フライデー・ナイト・スペシャル」として、開演時間が通常より30分遅くなり、休憩なし約1時間のプログラムでの演奏が行われることとなった。チケット料金も当然ながら通常よりも安めである。

今回の指揮者は、マカオ出身のリオ・クオクマン。コンサートマスターは、泉原隆志、フォアシュピーラーに尾﨑平。いつも通りドイツ式の現代配置での演奏である。

今日の曲目は、ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」(リオ・クオクマンによるピアノ弾き振り)、リヒャルト・シュトラウスの歌劇「ばらの騎士」組曲、ラヴェルの「ラ・ヴァルス」。明日はプログラムから「ラプソディ・イン・ブルー」が抜け、代わりにプッチーニの歌劇「マノン・レスコー」から第3幕への間奏曲と大曲であるレスピーギの交響詩「ローマの松」が加わる。

客の入りは今ひとつ。やはり安い席はそれなりに埋まるが、料金が高めの席(京響は公立のオーケストラということもあって、S席でも5500円と比較的安めであるが)は空席が目立つ。


リオ・クオクマンは、香港とアメリカで音楽を学び、2014年のスヴェトラーノフ国際指揮者コンクールで最高位を獲得。2016年までフィラデルフィア管弦楽団でヤニック・ネゼ=セガンの副指揮者を務めた。現在は、香港フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者を務めている。


プレトークでクオクマンは、「コロナが流行する前の最後のコンサートが京都コンサートホールでの京響定期だった」ということで、「また素晴らしいホールで素晴らしいオーケストラと共演出来るのを嬉しく思う」と語った。

管楽器の首席であるが、フルートの上野博昭はガーシュウィンのみ、クラリネットの小谷口直子はリヒャルト・シュトラウスのみの出番。トランペットのハラルド・ナエスは「ばらの騎士」のみ板に乗らなかった。


ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」。クオクマンのピアノは正統派。端正の中に遊び心が時折顔をのぞかせる。
京響は音色こそ先週のボストン交響楽団に比べれば地味であるが、スケールが大きく迫力のある伴奏を聴かせる。日本のオーケストラらしい表情の細やかさも印象的である。


リヒャルト・シュトラウスの歌劇「ばらの騎士」組曲。リヒャルト・シュトラウス好みの可憐で華やかな音の絵巻が展開される。京響の音色も冴えており、洗練されている。音の絵巻と書いたが、指揮者が若いということもあり、音とデジタル画像のコラボレーションのような印象も受ける。若い音楽家は感性もデジタルな人が多く、今後、多くの楽曲のイメージが大きく変革していく可能性は高いと思われる。


ラヴェルの「ラ・ヴァルス」。語り上手な演奏である。ラヴェルがこの曲に託した筋書きのようなものが巧みに音に変えられていく。
クオクマンの指揮も冴えまくっており、京響の音色も日本のオーケストラとしては色彩豊かで、クオクマンと築くオーケストラドライブに爽快感を覚える。


カーチュン・ウォンもそうだが、リオ・クオクマンも才気煥発というタイプ。日本も含めて近年のアジアの指揮者にはこうした才人タイプが多く、今後が楽しみである。

Dsc_1947_20221205234601

| | | コメント (0)

2022年11月25日 (金)

コンサートの記(815) パスカル・ロフェ指揮 「京都コンサートホール×京都市交響楽団プロジェクト vol.3 セルゲイ・ディアギレフ生誕150年記念公演『天才が見つけた天才たち』」

2022年11月6日 京都コンサートホールにて

午後2時から、京都コンサートホールで、「京都コンサートホール×京都市交響楽団プロジェクト vol.3 セルゲイ・ディアギレフ生誕150年記念公演『天才が見つけた天才たち』」を聴く。京都市交響楽団をパスカル・ロフェが指揮したコンサート。定期演奏会などに比べるとチケット料金が高めで、客層も微妙に異なるような気がする。

バレエ・リュス(ロシア・バレエ団)の興行主として多くの名作に関わったことで知られるセルゲイ・ディアギレフ。リムスキー=コルサコフらに作曲を師事し、絵画などの芸術の擁護者として名を広めた後で音楽プロデュースを手掛けるようになり、バレエ・リュスを旗揚げすることになる。ストラヴィンスキーの「春の祭典」の騒動が有名だが、ドビュッシーやラヴェルなどフランスの作曲家を起用した有名バレエ作品を生み出してもいる。生み出すと書いたが、芸術家としては彼は自らの才能に早々に見切りをつけており、「生み出す」天才ではなく、本物の実力者を「見出す」天才であった。


今日の演奏曲目は、ストラヴィンスキーの「火の鳥」組曲(1919年版)、プロコフィエフのピアノ協奏曲第3番(ピアノ独奏:アレクセイ・ヴォロディン)、リムスキー=コルサコフの交響組曲「シェヘラザード」

今日のコンサートマスターは、「組長」こと石田泰尚。泉原隆志は降り番で、フォアシュピーラーに尾﨑平。今日はコントラバスに客演が多く、そのことが関係したのか低音の鳴りが今ひとつに感じられた。フルート首席の上野博昭、オーボエ首席の髙山郁子、クラリネット首席の小谷口直子は全編に出演。ホルン首席の垣本昌芳、トランペット首席のハラルド・ナエス、ファゴット首席の中野陽一郎らは降り番であった(ハラルド・ナエスは無料パンフレットに名前は載っていたが姿は見せず)。チェロ首席にはルドヴィート・カンタが客演で入る。


ストラヴィンスキーの「火の鳥」。パスカル・ロフェらしい明晰で分離の優れた演奏である。迫力よりも構造重視であり、こうした演奏をさせるとロフェは抜群の適性を見せる。


プロコフィエフのピアノ協奏曲第3番。「蜜蜂と遠雷」でも知名度を上げた曲だが、元々、超絶技巧のかっこいい曲としてピアニストに人気であり、コンクールなどではかなり取り上げられることが多いようである。

ソリストのアレクセイ・ヴォロディンは、モスクワ音楽院に学び、ゲザ・アンダ国際コンクールに優勝。協奏曲のソリストとしても多くの名指揮者と共演を重ねている。

名手のヴォロディンであるが、緩やかな部分でのリリシズムが魅力的。高音の冴えも素晴らしい。速い部分が団子になって聞こえたのだが、ペダリングにも問題はなく、おそらくホールの音響と今日の私の席(2階席のサイド、といっても2階席はサイドとポディウムしかない訳だが、いずれにせよピアノを聴くのに適した席ではない)の問題であると思われる。2階席のレフトサイドで聴いたが、あるいは同じ2階席ならライトサイドの方が音は良かったかも知れない。

アンコール演奏は、ショパンの12のエチュード作品25-1。リリカルな演奏であった。


リムスキー=コルサコフの交響組曲「シェヘラザード」。ロフェは京響から立体的な音響を引き出し、コンサートマスターの石田泰尚のソロも見た目とは裏腹に美麗にして優しげで、「美演」として高く評価したい演奏となった。ロフェはこれらの曲目を手掛けると本当に上手い。

Dsc_1901_20221125232601

| | | コメント (0)

2022年11月18日 (金)

コンサートの記(814) KDDIスペシャル アンドリス・ネルソンス指揮ボストン交響楽団来日演奏会2022京都 京都・ボストン姉妹都市交流コンサート

2022年11月10日 京都コンサートホールにて

午後7時から京都コンサートホールで、アンドリス・ネルソンス指揮ボストン交響楽団の来日演奏会を聴く。京都・ボストン姉妹都市交流コンサートでもある。

曲目は、ショウの「Punctum」(オーケストラ版)、モーツァルトの交響曲第40番、リヒャルト・シュトラウスのアルプス交響曲。


若手指揮者の中でもトップランクの一人に数えられるアンドリス・ネルソンス。1978年、ソ連時代のラトヴィアの首都リガの音楽一家の出である。ラトヴィア国立歌劇場管弦楽団のトランペット奏者としてキャリアをスタートさせ、ラトヴィア出身の名指揮者として知られたマリス・ヤンソンス、エストニア出身のネーメ・ヤルヴィ、フィンランド出身のヨルマ・パヌラらに指揮を師事。ラトヴィア国立歌劇場の首席指揮者に就任して以降、バーミンガム市交響楽団、北西ドイツ・フィルハーモニー管弦楽団などのシェフを歴任し、現在は、ボストン交響楽団の音楽監督とライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のカペルマイスター(楽長)の地位にある。アメリカとヨーロッパのトップランクのオーケストラのシェフの座を手にしており、40代にしてはかなりの出世とみて間違いない。ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団にも定期的に客演している。

アメリカのビッグ5の一角を占めるボストン交響楽団。ニューイングランドのマサチューセッツ州ボストンを本拠地にしているということもあり、アメリカのオーケストラの中でもヨーロピアンテイストの響きを聞かせることで知られる。小澤征爾との長年のコンビでもお馴染みであったが、それ以前にもシャルル・ミュンシュやセルゲイ・クーセヴィツキーと黄金期を築き、世界的に最も著名なオーケストラの一つである。
が、今日の客の入りは悲惨。安い席はほぼ埋まっているが、高い席、特に1階席は4分の1程度しか埋まっておらず、2階席のステージから遠い場所、3階席正面などもガラガラである。やはり世界的な知名度を誇るとはいえ、若手指揮者の公演の割にはチケットが高すぎたということもあるだろう。流れてきた情報によると、昨夜の横浜みなとみらいホールでの公演もやはり惨憺たる入りだったようである(その後の大阪や東京での公演では客の入りは良かったようだ)。

KDDIスペシャルと銘打たれた冠公演であり、無料パンフレットはかなり充実している。
首席指揮者などの座席には、シャルル・ミュンシュ・チェアーなどボストン響ゆかりの音楽家の名前が付けられているようだ。


ショウの「Punctum」(オーケストラ版)。弦楽オーケストラのための作品である。
キャロライン・ショウは、1982年生まれのアメリカ人若手作曲家。ピュリツァー賞、グラミー賞などを受賞している。「Punctum」(オーケストラ版)は、アンドリス・ネルソンス指揮ボストン交響楽団によって今年の夏に初演されたばかりの曲である。

音楽をバスタブに例えると、蓋が外されて湯がヒューっという感じて抜けていくような独特の音型が奏でられた後で、古典的とも思える音の刻み(バッハがモチーフである)を経て、ミニマル・ミュージック系の音型が奏でられていく。分かりやすい現代音楽である。


モーツァルトの交響曲第40番ト短調。クラリネット入りの第2版での演奏である。
第1楽章は往年の名指揮者のような、ゆったりめの速度でスタート。悲劇性は余り強調されないが、惻々とした悲しみが胸に染み通る。
第2楽章は現在流行りのピリオド系の演奏のように速めのテンポを採用。どこまでも高く抜けていく空を見上げながら誰にも結びついていない孤独を味わっているような趣がある。
第3楽章、第4楽章は中庸のテンポで、迫力、疎外感、倦怠、嘆きなどを的確に表していた。


リヒャルト・シュトラウスのアルプス交響楽団。かなり明るめの解釈である。夜が明ける前から山稜に太陽の光がよじ登っているのが見えるかのよう。大編成での演奏であり、京都コンサートホールがこれまで経験した中で一番と思えるほど鳴る。ただ鳴りすぎであり、音響は飽和気味。そのため音の輪郭もはっきりと聞き取ることは難しくなる。
とにかくパワフルであり、嵐に突入する際の2台のティンパニによる強打などは凄まじいほどの勢いである。
各場面の描写力にも優れているのだが、音が強すぎるということもあって陰影を欠きがちである(そもそもそれほど陰影に富んだ楽曲という訳ではないが)。押しばかりで引きがないため、せっかくのボストン響との演奏であるが、これまでに聴いたアルプス交響曲の中での上位には届かないと思われる。もっと繊細さも欲しくなる。

とはいえ、浮遊感のある響きは独特であり、やはり日本のオーケストラからは聴けないものである。音に翼が生えて空間を駆け巡る様が見えるかのようだ。

Dsc_1918

| | | コメント (0)

2022年10月23日 (日)

コンサートの記(810) 齋藤友香理指揮 京都市交響楽団第672回定期演奏会

2022年10月14日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで京都市交響楽団の第672回定期演奏会を聴く。今日の指揮は若手の齋藤友香理。

東京生まれの齋藤友香理。桐朋女子高校音楽科を経て、桐朋学園大学ではピアノを専攻する。「一人だけで練習するのは寂しい」という理由から副専攻では指揮クラスを受講していた。卒業後に同大学の科目履修生『指揮』に在籍して指揮者としての第一歩を踏み出している。2010年から1年間、公益財団法人新日鉄住友文化財団「指揮研究員」として紀尾井ホール室内管弦楽団(旧紀尾井シンフォニエッタ東京)や東京フィルハーモニー交響楽団で研鑽を積み、2013年からはドレスデン音楽大学(カール・マリア・フォン・ウェーバー音楽大学)大学院に進み、修了後には、ハインリッヒ・シフやキリル・ペトレンコのアシスタントなどを務めている。第54回ブザンソン国際指揮者コンクールでは、聴衆賞とオーケストラ賞を受賞。


曲目は、ワーグナーの歌劇「リエンチ」序曲、ウェーバーのクラリネット協奏曲第1番(クラリネット独奏:小谷口直子)、メンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」


午後6時30分頃から、ステージ上で齋藤友香理によるプレトークがある。女性としては低めの落ち着いた声である。
齋藤は、「私は東京生まれなのですが、京都コンサートホールには縁がありまして」と語り、2009年の小澤征爾音楽塾のコンサートで京都コンサートホールの指揮台に立ち、生まれて初めてに近い形でオーケストラ相手の指揮を行ったという。その後、ローム ミュージック ファンデーションのセミナーに参加した際には、京都コンサートホールで京都市交響楽団相手にブラームスの交響曲第1番を指揮したことがあるそうである。

その後の楽曲解説では、ワーグナーの「リエンチ」がヒトラーに影響を与えたことや、ウェーバーのクラリネット協奏曲第1番のソリストである小谷口直子(京都市交響楽団首席クラリネット奏者)とミュンヘンで会ったことがあるという話や、渡独する際にはメンデルスゾーンのことは余り頭になかったが、受講した音楽セミナーの会場がライプツィッヒのメンデルスゾーンハウス(その名の通りメンデルスゾーンが過ごした家。その天才ぶりから「進めど進めど薔薇また薔薇」と称されるほど順風満帆だったメンデルスゾーンであったが、この家において38歳の若さで亡くなっている)であったという縁から興味を持ち始めたという。


今日はヴァイオリン両翼の古典配置での演奏。コンサートマスターは京都市交響楽団特別客演コンサートマスターの「組長」こと石田泰尚。フォアシュピーラーに泉原隆志。今日は客演首席チェロ奏者としてNHK交響楽団首席の「藤森大統領」こと藤森亮一が入る。フルート首席の上野博昭、ホルン首席の垣本昌芳らはメンデルスゾーンのみの出演である。


ワーグナーの歌劇「リエンチ」序曲。しっかりとした「ドイツ」の「ワーグナー」の音が出ていることに感心する。ドイツ在住なのでドイツの空気とドイツ音楽を常に肌で感じているということもあるだろうが、そもそもドイツ音楽に適性がありそうである。細部の彫刻も見事で、その分全体像がぼやけているような気がしないでもなかったが、若手でこれだけのワーグナーが振れるのは見事である。
日本の若手指揮者、女性指揮者共に充実しているようだ。


ウェーバーのクラリネット協奏曲第1番。個人的な思い出を語ると、生まれて初めて買ったクラリネット協奏曲のCDは、モーツァルトではなくウェーバーのものであった。ベルリン・フィル入団を巡るゴタゴタで話題になったザビーネ・マイヤーのクラリネットソロによるEMIのCDで(伴奏はヘルベルト・ブロムシュテット指揮のシュターツカペレ・ドレスデン)、私もザビーネ・マイヤー事件(ザビーネ・マイヤーのベルリン・フィル入団辞退のみならず、ヘルベルト・フォン・カラヤンの芸術監督辞任にまで発展した)を知っていたため、彼女のCDを購入したのであった。

小谷口直子は、深紅のドレスで登場。オーケストラのメンバーが協奏曲のソロを務めた場合、かっちりしすぎたりスケールが小さくなったりしがちなのだが(ソリストとオーケストラプレーヤーではそもそも求められるものが違う)、小谷口の場合はそういったことはなく甘く伸びやかな音色で天を翔る。
齋藤指揮の京都市交響楽団も陰影に富んだ優れた伴奏を聴かせる。

アンコール演奏は、ベールマンのクラリネットと弦楽五重奏のためのアダージョ。典雅な演奏であった。
本編終了後とアンコール演奏終了後に、齋藤と小谷口は抱き合って互いを称え合う。


メンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」。メンデルスゾーンの交響曲は第5番まであるが、番号は出版順であり、実際には「スコットランド」が彼の最後の交響曲である。
「スコットランド」交響曲は、高校生の時に定番のひとつであるオットー・クレンペラー指揮のCDで初めて聴き、その後にペーター・マークの2種類のCD(定番のDECCA盤ではなくいずれもデジタル録音の輸入盤)で繰り返し楽しんだが、ひょっとしたら今は手元にCDがないかも知れない。なくても今はYouTubeでそれなりに楽しめる時代であるが。

齋藤は中庸からやや速めのテンポを採用。濃厚なロマンティシズムよりも古典的な造形美を優先させたような演奏であるが、時折、馥郁としたロマンが立ち上る。若手指揮者らしい颯爽とした味わいもあり、京響共々豊かな音像を構築。「スコットランド」交響曲はメンデルスゾーンの最高傑作に挙げられることも多いが、実際はコンサートでプログラムに載ることは比較的少ない。今日のコンビはたまにしか聴けない名曲を存分に味わわせてくれた。

最後に齋藤はオーケストラメンバーに立つよう指示を送るが、京響の団員は指揮者に敬意を示して立たず、齋藤が一人で喝采を浴びた。

Dsc_1712_20221023144301

| | | コメント (0)

2022年10月 1日 (土)

コンサートの記(807) ジョン・アクセルロッド指揮京都市交響楽団第671回定期演奏会 マーラー 交響曲第2番「復活」

2022年9月25日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団の第671回定期演奏会を聴く。今日の指揮者は、京響首席客演指揮者のジョン・アクセルロッド。マーラーの交響曲第2番「復活」1曲勝負である。

セレモニアルな場面で演奏されることの多いマーラーの交響曲第2番「復活」。20世紀半ばまでは、そうした折りにはベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」が演奏されることが多かったが、マーラーの交響曲がコンサートレパートリーに定着するようになってからは、「復活」が演奏されることも多くなった。個人的には「復活」の実演に接するのは今日で3度目だが、初めての聴いたのは大阪音楽大学創立90周年記念(於ザ・シンフォニーホール。西本智実指揮大阪音楽大学カレッジ・オペラハウス管弦楽団+大阪音楽大学関係者ほか)、2度目はパーヴォ・ヤルヴィのNHK交響楽団首席指揮者就任記念演奏会(於・NHKホール)といずれも祝祭的な節目で演奏されている。アクセルロッドと京響の「復活」も本来はアクセルロッドの京響首席客演指揮者就任記念として演奏されるはずだったのだが、コロナによって今回に延期となっている。ということで特別な折りでの演奏ではなくなったが、コロナ禍からの「復活」の烽火を京都から上げる演奏会となった。


午後2時頃から、ジョン・アクセルロッドによるプレトークがある(通訳:小松みゆき)。アクセルロッドは、1995年に小澤征爾が終戦50年記念演奏会として長崎で「復活」を取り上げたことに触れ、「復活」という曲目の特別性について語る。アクセルロッドは、第九(日本語で「第九」と発音する)やベートーヴェンの「田園」についても触れ、「復活」はそれらと違ってマーラーの哲学や精神を描いた作品であるとする解釈を披露していた。
またコーラスはマスクをつけながらの歌唱となることを明かし、コーラスが活躍する第5楽章には、キリスト教、ユダヤ教、仏教などの各宗教を超えたメッセージがあると述べる。

ちなみに、私が生まれて初めて買った交響曲のCDがマーラーの交響曲第2番「復活」である。高校1年生の時で、CBSソニー(現ソニー・クラシカル)から出ていたロリン・マゼール指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団ほかによる演奏であった。「復活」というタイトルとウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏ということに惹かれて購入している。他に比較対象がなかったが、曲の巨大さと演奏の力強さに驚いた記憶がある。


京都市交響楽団がマーラーの交響曲第2番「復活」を取り上げるのは、これで5回目だが、これまでの4回は全て京都会館第1ホールでの演奏で、本拠地が京都コンサートホールに移ってからは初の「復活」となるようである。
最初に取り上げたられたのは、山田一雄の指揮による1974年5月18日の演奏会で、2度目も山田一雄指揮による1981年5月29日の京響創立25周年演奏会である。1981年の演奏はビクターによってライブ録音されており、今もタワーレコードから出ている復刻版CDを入手することが出来る。
3度目に取り上げられたのはその5年後の1986年6月18日の京響創立30周年記念演奏会に於いてで、指揮は小林研一郎が務めている。
4度目の演奏は、井上道義の指揮によって1990年11月15日に、京都国際音楽祭の一環として行われている。
今回も特別な節目ではないものの、京都の秋 音楽祭の演目として「復活」が取り上げられている。


今日のコンサートマスターは、京都市交響楽団特別名誉友情コンサートマスターの豊島泰嗣。フォアシュピーラーに泉原隆志。ドイツ式の現代配置による演奏で、今日はヴィオラの首席にソロ首席ヴィオラ奏者の店村眞積が入る。特別首席チェロ奏者の山本裕康は降り番で、チェロの第1プルトは、中西雅音(まさお。チェロ副首席奏者)とドナルド・リッチャーが務める。
ソプラノ独唱はテオドラ・ゲオルギュー(以前にも実演に接したことがあるが、有名ソプラノ歌手であるアンジェラ・ゲオルギューとは血縁関係にはないようである)、メゾ・ソプラノ独唱は山下牧子。合唱は京響コーラス。コーラスはポディウム(P席)に陣取っての歌唱である。


アクセルロッドのテンポは中庸。各楽器の分離は明瞭であり、音色も明るめで、そのためか演奏時間約80分の大作とは思えないほど時が過ぎるのが速く感じられた。
大音量での迫力も十分だがそれ以上にノスタルジックな場面での透明で優しい音色が印象的であった。京響も強弱硬軟自在の演奏でアクセルロッドの指揮に応える。

舞台上の段差を目一杯使っての演奏で、前を通る隙間がないということで、山下牧子とテオドラ・ゲオルギューはいったん客席通路に下りて(今日は最前列は発売されていない)指揮台の近くにある階段を上がって持ち場についていた。二人ともアクセルロッドのほぼ真横に立って歌うのだが、アクセルロッドの振る指揮棒がゲオルギューの顔に当たりそうに思えて少しヒヤヒヤした。

その山下とゲオルギューの歌唱も言うことなしであり、マイクをつけての歌唱となった京響コーラスも神秘的にして輝かしい歌唱を展開した。

Dsc_16342

| | | コメント (0)

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

2346月日 AI DVD NHK交響楽団 THEATRE E9 KYOTO YouTube …のようなもの いずみホール おすすめCD(TVサントラ) おすすめサイト おすすめCD(クラシック) おすすめCD(ジャズ) おすすめCD(ポピュラー) おすすめCD(映画音楽) お笑い その日 びわ湖ホール よしもと祇園花月 アニメ・コミック アニメーション映画 アメリカ アメリカ映画 イギリス イギリス映画 イタリア イタリア映画 ウェブログ・ココログ関連 オペラ オンライン公演 カナダ グルメ・クッキング ゲーム コンサートの記 コンテンポラリーダンス コンビニグルメ サッカー ザ・シンフォニーホール シアター・ドラマシティ シェイクスピア シベリウス ショートフィルム ジャズ スタジアムにて スペイン スポーツ ソビエト映画 テレビドラマ デザイン トークイベント ドイツ ドイツ映画 ドキュメンタリー映画 ドキュメンタリー番組 ニュース ノート ハイテクノロジー バレエ パソコン・インターネット パフォーマンス パーヴォ・ヤルヴィ ピアノ ファッション・アクセサリ フィンランド フェスティバルホール フランス フランス映画 ベルギー ベートーヴェン ポーランド ミュージカル ミュージカル映画 ヨーロッパ映画 ラーメン ロシア ロームシアター京都 中国 中国映画 交通 京都 京都コンサートホール 京都シネマ 京都フィルハーモニー室内合奏団 京都劇評 京都四條南座 京都国立博物館 京都国立近代美術館 京都市交響楽団 京都市京セラ美術館 京都府立府民ホールアルティ 京都文化博物館 京都芸術センター 京都芸術劇場春秋座 伝説 住まい・インテリア 余談 兵庫県立芸術文化センター 劇評 動画 千葉 南米 南米映画 占い 台湾映画 史の流れに 哲学 大河ドラマ 大阪 大阪フィルハーモニー交響楽団 大阪松竹座 学問・資格 宗教 室内楽 小物・マスコット・インテリア 広上淳一 建築 心と体 恋愛 意識について 携帯・デジカメ 政治・社会 教育 教養番組 散文 文化・芸術 文学 文楽 旅行・地域 日本映画 日記・コラム・つぶやき 映像 映画 映画リバイバル上映 映画音楽 映画館 書店 書籍・雑誌 書籍紹介 朗読劇 来日団体 東京 柳月堂にて 梅田芸術劇場メインホール 楽興の時 歌舞伎 正月 歴史 浮世絵 海の写真集 演劇 無明の日々 猫町通り通信・鴨東記号 祭り 笑いの林 第九 経済・政治・国際 絵画 美容・コスメ 美術 美術回廊 習慣 能・狂言 花・植物 芸能・アイドル 落語 街の想い出 言葉 趣味 追悼 邦楽 配信ライブ 野球 関西 雑学 雑感 韓国 韓国映画 音楽 音楽劇 音楽映画 食品 飲料 香港映画