カテゴリー「ロームシアター京都」の99件の記事

2022年11月 4日 (金)

コンサートの記(811) 新国立劇場 高校生のためのオペラ鑑賞教室2022@ロームシアター京都 プッチーニ 歌劇「蝶々夫人」

2022年10月27日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後1時から、左京区岡崎のロームシアター京都メインホールで、プッチーニの歌劇「蝶々夫人」を観る。東京・初台にある新国立劇場の高校生のためのオペラ鑑賞教室2022として開催されるもので、例年は当日券のみか、以前にモーツァルトの歌劇「魔笛」が開催された時には4階席のみ一般席として発売されたが、今回は1階席の後方が一般席として前売りが行われ、廉価でオペラを楽しめることになった。

指揮は京都出身の阪哲朗。演出は栗山民也。出演は、木下美穂子(蝶々夫人)、村上公太(ピンカートン)、近藤圭(シャープレス)、但馬由香(スズキ)、糸賀修平(ゴロー)、畠山茂(ボンゾ)、瀧進一郎(神官)、高橋正尚(ヤマドリ)、佐藤路子(ケート)、保坂真悟(ヤクシデ)、照屋睦(書記官)、藤永和望(母親)、塚村紫(叔母)、肥沼諒子(いとこ)。演奏は京都市交響楽団、合唱は新国立劇場合唱団。

舞台正面の壁の上方に長方形の開かれた窓のような空間が開けられており、そこから下手側にスロープ上の緩やかな階段が降りている。窓のような空間の下には八畳間ぐらいのスペースが設けられており、ここが蝶々さんの家の居間ということになる。

開かれた窓のような空間には星条旗がはためいている。常にあるという訳ではないが、要所要所で現れ、第2幕第2場では蝶々さんが星条旗と並ぶシーンがある。おそらく蝶々さんの見知らぬ国への憧れとそこでのピンカートン夫人としての生活の夢を表しているのだと思われる。第1幕終盤でのピンカートンと二人の場面で蝶々さんは「星」について歌っているが、今回の演出ではその「星」も夜空に瞬くリアルなものではなく星条旗にデザインされた星のことと受け取ることが可能なように思えてくる。


海外の歌劇場での音楽監督としての活動も長かった阪哲朗。彼らしいシャープで生き生きとした音楽を生み出す。京都市交響楽団は、ピットでの演奏ということで音が濁る場面もあったが、力強くも美しい音を奏で、日本で聴けるオペラの演奏としては最上の一つと思われる上質の響きを生み出していた。
ロームシアター京都メインホールの1階でオペラを聴くのは初めてだが、潤いと迫力を合わせ持った音が届き、やはりこの会場はオーケストラがピットに入った時に最も良い響きを生むことが分かる。プロセニアムの形もあるいはオーケストラがピットに入った時に音を前に飛ばす設計なのかも知れない。

登場人物が上の開いた窓のような空間から下に降りてくるということで、理想的な場所から修羅場に向かってくるようにも見えるのだが、おそらくそこまでは想定していないであろう。ただ星条旗のはためく空間は理想と希望を表しているようにも見える。一方で星条旗は帝国主義と植民地主義の象徴でもあり、蝶々さんを苛むことにもなる。見方によっては、あるいは場合によっては希望と絶望は表裏一体になり得る。

初演が大失敗に終わったことでも知られる「蝶々夫人」。だがその際は、ピンカートンの性格が帝国主義と植民地主義の権化のようなものだったそうで、その場合はピンカートンと蝶々さんのロマンスが全く生きなくなったであろうことは想像に難くない。ということでピンカートンを色男にしたことで再演は成功したとされている。ちなみにピンカートンというのは「出来の悪い海兵」を表すスラングだそうで、初演時の人物設定が今以上に悪かったことが窺える。

タイトルロールを歌う木下美穂子は細やかな歌唱と心理描写が印象的。実力をいかんなく示す。シャープレスを歌う近藤圭も想像以上に貫禄があり、アメリカの駐日領事官としての重さを演技で表していた。

栗山民也は自害した蝶々さんを息子が見つけて呆然とする(あるいは何が起こっているのか分かっていないのかも知れないが)場面を最後に持ってくることで、この物語と植民地主義とピンカートンの残酷さを描き出していた。

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2022年9月 1日 (木)

観劇感想精選(444) 「能楽チャリティ公演~祈りよとどけ、京都より~」2022 第2部

2022年7月25日 左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールにて

午後6時から、左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールで、「能楽チャリティ公演~祈りよとどけ、京都より~」第2部を観る。午前10時半から第1部の公演があり、少し開けて第2部の公演が行われる。

第2部の演目は、「右近」、狂言「舎弟」、「鞍馬天狗」

女性能楽師の松井美樹によるナビゲーションがあり、公演の趣旨や演目のあらすじが紹介される。同じ内容を白人の男性通訳が海外からのお客さんのために英語に訳した。


「右近」。半能として後半のみの上演である。出演は、吉田篤史、有松遼一。
北野天満宮の右近の馬場が舞台であり、鹿島神宮の神職が在原業平の歌を口ずさむと、桜場の女神(じょしん)が感応して舞を始めるという内容である。
長い袖を腕に絡ませながらの舞であるが、その瞬間に桜の花が咲いて散る様が見えるような、桜そのものの舞となる。おそらく意識しているのだと思われるが、凄いアイデアである。


狂言「舎弟」。出演は、茂山千之丞、鈴木実、網谷正美。
この辺りの者(シテ。茂山千之丞)には兄がいるのだが、名前ではなくいつも「舎弟、舎弟」と呼ばれている。シテの男は「舎弟」の意味が分からないので、ものをよく知っている知り合い(鈴木実)に「舎弟」の意味を聞きに行く。いい年なのに「舎弟」という言葉も意味も知らないということで知り合いは呆れ、「舎弟るといって、人のものを袖に入れて持ち去る」いわゆる盗人だと嘘を教える。シテの男は信じ込んで激怒。兄の正美のところへ文句を言いにやってくる。

いつのまにか「舎弟る」という言葉が一人歩きし、二人で「舎弟る」の話になって別の喧嘩が始まるのが面白い。


「鞍馬天狗」。通常とは異なり、白頭の装束での上演となったが、膨張色ということもあり、鞍馬の大天狗が大きく見えて効果的であった。出演は、原大、茂山逸平、島田洋海、松本薫、井口竜也。
鞍馬寺にはその昔、東谷と西谷があり(東谷って嫌な言葉だなあ)、一年おきに片方の僧侶が相手の所に出向いて花見を行い、それを当地の僧侶がもてなすという習慣があった。そんな折り、東谷を訪れた山伏。正体は鞍馬の大天狗(「義経記」などの鬼一方眼に相当)である。稚児達が遊んでいるが、皆、山伏が来たのを見て帰ってしまう。その中で一人、残った稚児がいる。この子こそ後に源九郎判官義経となり日本一の戦上手として名をはせる人物であるが、「帰ったのはみな平家の稚児、それも平清盛に近い稚児で、自分だけ彼らとは立場が異なる」と語る。それを見た山伏は、兵法の奥義を後に義経となる牛若丸、大天狗の名付けによると遮那王に授けることに決める。

能の演目であるが、狂言方による笑えるシーンなどもあり、大天狗の舞も見事で、能のもう一つの魅力であるダイナミズムが前面に出た演目となった。とにかく迫力がある。

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2022年8月24日 (水)

コンサートの記(800) ROHM CLASSIC SPECIAL 秋山和慶指揮NHK交響楽団京都特別演奏会

2022年8月20日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後4時30分から、ロームシアター京都メインホールで、ROHM CLASSIC SPECIAL NHK交響楽団京都特別演奏会を聴く。指揮は秋山和慶。

ありとあらゆる楽曲を一定の水準以上で演奏出来る秋山和慶。日本中で新型コロナによるコンサート休止期間が発生した後ではそれ故に引っ張りだことなり、80歳を超えてますます存在感を増している。齋藤秀雄の高弟であり、「齋藤メソッド」の正統的な継承者として知られるが、自身のキャリアよりも教育を重視しており、アメリカ交響楽団、バンクーバー交響楽団、シラキュース交響楽団の音楽監督など主に北米でキャリアを築いているが、日本各地の学生オーケストラなどもたびたび指揮している。そのため、やはり齋藤秀雄の高弟で、共にサイトウ・キネン・フェスティバルを始めた小澤征爾に比べると地味であったが、小澤が指揮台に復帰するのが難しい状況となっており、皮肉なのかも知れないが、サイトウ・キネン・フェイスティバルがセイジ・オザワ 松本フェスティバルに名を変えるのに前後して、秋山に光が当たるようになった。


演奏曲目は、ドヴォルザークのチェロ協奏曲ロ短調(チェロ独奏:宮田大)、ベートーヴェンの交響曲第7番。


今日のコンサートマスターは、伊藤亮太郎。ドイツ式の現代配置での演奏である。
第2ヴァイオリン首席奏者であった大林修子が定年退職し、私がN響の学生定期会員をしていた時に在籍していたメンバーがもうほとんどいない状態になっている。N響も世代交代が進んでいる。チェロ首席の藤森亮一はまだ在籍しているが、それ以外は私が大学を卒業して定期会員を辞めて以降に入団した人が大半となっている。


今日は3階席の最前列で鑑賞。ロームシアター京都メインホールの3階席最前列は、手すりが目隠しのようになって視覚を遮ることで評判が悪いが、演劇やオペラではなく、クラシックのコンサートなので、「見えなくて困る」という程のことはなかった。


ドヴォルザークのチェロ協奏曲。宮田大のソロでこの曲を聴くのは、八幡市文化センターでの広上淳一指揮京都市交響楽団の演奏会以来だと思われるが、深々とした呼吸で朗々と歌い、ドヴォルザークがこの曲に込めたノスタルジアを自然な形で引き出す。「そこにあるので出しました」といったように。技術も高いのだが、自然体のように聴かせることが出来るのが宮田の良いところだろう。
秋山の音楽作りは管楽器重視。弦の音は渋めだが、管はアメリカのオーケストラのように華やかで、特に金管の浮かび上がらせ方が爽快である。


宮田のアンコール演奏は、マーク・サマーの「Julie-o」。ピッチカートや左手ピッチカートなども多用する現代作品である。「チェロ独奏」のイメージを打ち破る演奏であった。


ベートーヴェンの交響曲第7番。モダンスタイルによる演奏である。派手に演奏することも可能な楽曲であるが、秋山は堅牢な構造美を前面に打ち出した秀演を聴かせる。
安定感のある低弦部は渋めの音、一方でヴァイオリンは白熱の光を帯びており、その対比が鮮やかだ。迫力はあるが虚仮威しにならないのは、やはりバランス感覚の高さにあるのだと思われる。
第2楽章「不滅のアレグレット」も切々とした歌で聴かせる。ラストは弦の響きが印象的となる楽章であるが、秋山は弦が弾き終えた後も木管を伸ばして吹かせ続けて、独特の余韻を築いていた。
第3楽章と第4楽章も華やかだが、いたずらに迫力を追求することなく、ベートーヴェンがこの曲に込めた冒険心を一つ一つ詳らかにしていく。設計のしっかりした美しいベートーヴェン演奏であった。


アンコール演奏は、ドヴォルザークの「弦楽セレナード」より。しなやかな美しさが印象的であった。

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2022年8月21日 (日)

コンサートの記(799) 玉置浩二 CONCERT TOUR 2022 「故郷楽団 35th ANNIVERSARY~星路(みち)~」@ロームシアター京都メインホール

2022年8月16日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後6時から、左京区岡崎のロームシアター京都メインホールで、玉置浩二 CONCERT TOUR 2022「故郷楽団 35th ANNIVERSARY ~星路(みち)~」を聴く。昨年に続いて2年連続でロームシアター京都メインホールに登場する玉置浩二。これまで玉置浩二のライブには3回接しているが3回とも雨ということで、結構な雨男であることが分かる。

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今回も前回の「故郷楽団」コンサート同様、バンドを下手側に寄せての演奏となる。

本編が始まる前に、スクリーンに1992年の映像が投影される。玉置浩二が実父と共に宗谷岬から旭川の実家まで歩くという旅の物語。途中、玉置浩二が父親に、「ミック・ジャガーって知ってる?」と聞き、父親が「あれだべ、料理だべ」と答えるシーンがある。「ミック・ジャガー」を「肉じゃが」と聞き間違えたようだ。客席から笑い声が起こっていた。


玉置浩二はオーケストラとの共演を行った際に、オーケストラコンサートには途中休憩があることを知り、以降は自身のコンサートも途中休憩を入れて二部制のコンサートとしている。

インストによる「あこがれ」を経て「カリント工場の煙突の上に」でスタート。昨年はアルバム「Chocolate Cosmos」からの楽曲が中心となったが、今回は、特に前半は幅広い時代の楽曲が採用されていた。前半には、昨年のコンサートのアンコール曲であった「しあわせのランプ」も歌われる。

第2部の途中からは、玉置浩二ファンでなくても知っている楽曲も増え、密度を増す。玉置浩二の歌声は一種の呪力があり、聴き手を有無を言わさず座席へと吸い付けてしまう。一種の神聖な力の働きがあるのだ。特に「Mr.LONELY」以降はその呪力は増していく。勿論、手拍子などは打ったりするのだが、精神的には明らかに玉置浩二の支配下にある。政治と宗教絡みの話が続いている昨今であるが、玉置浩二はシンガーソングライターにならなかった場合は、新宗教の教祖にもなれたのかも知れない。そのためのカリスマ性には全く欠けていないと断言しても良い。それでいて表現は自然であるため、聴衆は直接心をわしづかみにされたような感覚に陥るのだ。こちらも全身を耳にする感覚で玉置の歌声に傾聴する。

「JUNK LAND」を経て、最も盛り上がる「田園」に突入。客席は総立ちとなって手拍子を送る。玉置はお約束通り、「愛はここにある」の続きを「京都にある」と続けて拍手を受けていた。

最後の曲は「メロディー」。あたかも自分が昔経験したことのあるような光景が頭の中に広がっていく。日本人の集合的無意識に訴えかける曲と書くべきだろうか。玉置浩二の歌声は、その歌の舞台へと聴く者を運んでいく。「Mr.LONELY」の最後のスキャットの部分と「メロディー」のラストの数小節は玉置はマイクから離れて地声による歌唱を聴かせていた。

アンコールがあるかと思ったが、なしで終了。先に行われた公演でもアンコールはなかったようだが、今日は午後8時から五山送り火の点火があるので、それまでに終わらせる必要もあったのかも知れない(実際、当初のセットリストから1曲カットされていたようである)。

大文字の送り火はロームシアター京都の中庭であるローム・スクエアから見ることが出来る。
ということで、ロームシアターから出てローム・スクエアに出ると地表が濡れていて、水たまりもあちこちに出来ている。どうやらコンサート中に一雨来たようだ。ということで、玉置浩二のコンサートには4回行って4回とも雨が降るという結果になった。相当な雨男のようである(玉置浩二の雨男エピソードについては様々なファンが記している)。ただ今回はコンサート中に降ったため、行きや帰りに濡れたり傘が必要になることは一切なかった。

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午後8時を幾分か回ったところで大文字に点火。雷光が時折輝く中での点火である。ローム・スクエアのある左京区岡崎は今出川通よりも大分南にあるので、横面からの大文字となった。
そのまま大文字に向かって歩いて帰路につく。

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2022年8月17日 (水)

コンサートの記(797) 一般社団法人京都バレエ団公演「ロミオとジュリエット」全幕

2022年8月11日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後4時から、ロームシアター京都メインホールで、有馬龍子記念一般社団法人京都バレエ団公演「ロミオとジュリエット」を観る。プロコフィエフの傑作バレエの全曲上演である。演奏は京都市交響楽団。指揮は国立パリ・オペラ座バレエ団のミッシェル・ディエトラン。ジュリエット役は国立パリ・オペラ座バレエ団のロクサーヌ・ストヤノフ、ロミオ役は国立パリ・オペラ座バレエ団のフロロン・メラックが務める。振付は国立パリ・オペラ座バレエ団のファブリス・ブルジョワ、指導はパリ・オペラ座バレエ学校のエリック・カミーヨ。ティボルト役は京都バレエ団の鷲尾佳凛、マキューシオ役はトゥールーズ・キャピトル・バレエの金子稔。

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クラシック音楽の世界では、英語よりイタリア語の方が優位。また舞台がイタリアのヴェローナということもあって、イタリア風の「ロメオとジュリエット」表記が一般的であるが、勿論、英語由来で現在の日本で一般的なタイトルとなっている「ロミオとジュリエット」表記であっても一向に構わない。

一般にバレエ音楽はバレエダンサーの動きを想定して書かれている。そのため、チャイコフスキーの三大バレエであってもバレエなしの音楽のみで聴き通すことはかなり苦しい。バレエの動きあっての音楽なのである。一方でプロコフィエフの「ロメオとジュリエット」は音楽優位。世界にバレエ音楽は数あれど、1時間を超える作品で「長大な交響詩」として聴けるのは、プロコフィエフの「ロメオとジュリエット」ただ1作である。
プロコフィエフの「ロメオとジュリエット」は、作曲者が当初は、「死人は踊れない」としてハッピーエンドに変更しようとしたり、リハーサルに入ってからもバレリーナから「音楽が洗練されすぎていて踊れない」という苦情が入ったりと、初演に漕ぎ着けるまで難航したが、誰もが知るシェイクスピアの「ロミオとジュリエット」の筋書きと、プロコフィエフの強靱な音楽により、世界中で親しまれている傑作バレエとなっている。前述通り「長大な交響詩」として聴ける唯一のバレエ音楽であり、1時間を超えるバレエ音楽としては今後これを超えるものは出てこないのではないかと思えるほどの完成度を誇る。

ミッシェル・ディエトランは、バレエ専門の指揮者ということで、バレエに合わせた指揮を行うことが可能である。アゴーギクなども彼が行うと自然だ。プロコフィエフの音楽の色彩美、可憐さ、迫力、悲劇性などを無理なく京響から引き出していた。
その京響は、今日は金管が粗めの曲があったが、艶やかでこぼれるような美音を奏で、迫力あるナンバーでも鉄壁のアンサンブルで聴かせる。
ロームシアター京都メインホールは、基本的にオペラ・バレエ、ポピュラー音楽向けの音響であるが、オーケストラがピットに入った時の方が、舞台上で演奏するよりもいい音が届くようである。

日本人のバレエダンサーの場合、特に男性は体格面で白人に劣るため、迫力に欠ける傾向にあるが、今日は遠目の席(3階席4列目)だったということもあり、不満に感じるということは特になし。女性も体格やスタイルでは白人に適わないが、可憐さなど他の部分で勝負出来るため、男性よりは世界水準に近いと思える。

小部屋で黒装束の人物が嘆きの表情を浮かべているシーンでスタート。舞台から席が遠目なので、それが誰なのかは分からなかったが、バレエが進むにつれて、ジュリエットの父親(山本隆之)らしいことが分かる。今回の「ロミオとジュリエット」は、ジュリエットの父親の悔恨に満ちた回想というスタイルを取ってるようであり、ラストも小部屋で嘆くジュリエットの父親の姿で終わる。

今回の「ロミオとジュリエット」は、ロミオの周囲にもジュリエットの周囲にもいたずら好きが集まっているのが特徴。ロミオの周囲は原作でもマキューシオのような常にいたずらばかりしている者がいるわけだが(最後まで道化ているという解釈が一般的だが、レオナルド・ディカプリオ主演の映画「ロミオ+ジュリエット」では本気で呪いの言葉を吐く設定に変わっており、衝撃的である)、ジュリエットも侍女達と共に乳母をからかうなど、少女らしい(設定では13歳である)無邪気さを発揮している。ということで、二人とも原作通りの性格を体現しているといえる(ロミオの軽佻浮薄な性格は「イメージを損なう」として従来はカットされることが多かった)。
モンタギュー家の衣装を緑色、キャピュレット家の衣装を赤と対抗色にしたのも分かりやすい。
100点満点とまではいかないが、常に80点を保つという完成度であり、日本におけるバレエの上演としては満足のいく出来である。

それにしてもプロコフィエフの音楽は素晴らしい。近年ではソフトバンクのCMに使われるなど知名度が高まっているが、あるいはバレエなしのコンサートでの全曲演奏を行うのも面白いかも知れない。そう度々行うべきものでもないと思うが、音楽だけで聴かせることの出来る唯一のバレエ音楽だけに一度は企画されても良いように思われる。

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2022年7月30日 (土)

コンサートの記(793) 夏川りみコンサートツアー2022「たびぐくる」京都公演

2022年7月24日 左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールにて

午後3時から、ロームシアター京都サウスホールで、夏川りみコンサートツアー2022「たびぐくる」京都公演に接する。沖縄の本土復帰50年を記念してのツアーである。夏川りみのコンサートはこれまで、伊丹、大阪、宇治、城陽、なぜか岐阜羽島でも聴いているが(しかもなぜか京都フィルハーモニー室内合奏団との共演)、京都市内で聴くのは実は初めてとなる。

6月にニューアルバム「会いたい~かなさんどぉ~」をリリースした夏川りみ。これまでは他人が提供した曲を歌い上げるというスタイルで、自分で作詞・作曲したのはライブのみで歌われる「タイガービーチ」ぐらいだったが、この新譜では作詞・作曲も手掛けており、ライブでも自作曲が披露された。

今日が祇園祭の後の祭りの山鉾巡行ということで、「山鉾巡業、巡業じゃなかった巡行か。それを見た後でこっちに来た? あるいはそちらを捨ててこっちに来た?」と聞いていた。山鉾巡行を見るのは、山や鉾を出す町以外は、市外や府外から来る人の方が多い。

「てぃんさぐぬ花」をウチナーグチで歌った夏川りみ。「初めて夏川りみの声を生で聴いたという人は拍手」「ほぼ全員だねえ」(実際には3分の1程度だろうか。夏川りみは京都市内でのライブはたまにしか行わない)ということで、「静かな歌が多いです。で、方言なので歌詞の意味が分からない。意味の分からない静かな歌を聴いていると眠くなる」「でも起こしたりはしません」「起きる歌もあるからさあ」ということで、「起きる歌」としては、「知ってる歌の方がいいでしょう」として、THE BOOMが30年前に発表した「島唄」が歌われた。前半がヤマトグチ、後半はウチナーグチでの歌唱である(THE BOOMが両バージョンをリリースしている)。

沖縄の民謡としては、「月ぬ美しゃ(かいしゃ)」「東里真中」などの子守唄が歌われ、夏川は歌う前に「おやすみなさい」と言っていた。

代表曲の一つ、「童神(ワラビガミ)」をヤマトグチで歌うことを発表して、お客さんの一人が拍手し、夏川も「中途半端な拍手ありがとうございます」と冗談を言うが、誤解されるといけないので、「嘘! 嘘! 嘘ですよ!」とフォローしていた。その後、今年12歳になるという息子さんの話をする。この間生まれたばかりかと思っていたらもう12歳と時の流れは速いが、考えてみれば私が夏川りみのライブに接するのも2017年12月以来と久しぶりである。息子さんはまだ母親と遊んでくれているそうだが、来年は中学校に上がるため、もう遊んでくれないかもと少し寂しそうに語った。

「涙そうそう」を歌う前には、「今の私があるのもこの歌のおかげさあ」「なに歌うか分かったさあね」とお約束の語りを入れる。余り関係ないが、私は最近は「涙そうそう」はシンガポールのシンガーである蔡淳佳による北京語の新訳バージョンで歌っている。

自作曲3曲、「愛(かな)さ生(う)まり島(じま)」、「波照間ブルー」、「会いたい(想你)」は全て披露される。このうち、「波照間ブルー」と「会いたい(想你)」は、今日はキーボード奏者として参加していた醍醐弘美との共作である。夏川は、「沖縄本島行ったことある人?」「私が生まれた石垣島行ったことある人?」「竹富島行ったことある人?」と聞いていき、「波照間島行ったことある人?」と最後に聞くが、実は夏川りみも深めて今日の出演者4人は全員、波照間島には行ったことがないそうである。「波照間ブルー」は、夏川が醍醐と共作する過程で、「パラダイスのような感じがする」ということで、イメージだけで作り上げたようだ。
また、「会いたい(想你)」は副題に中国語が入っているが、テレサ・テンが残した音声と夏川が架空デュエットをして曲を作ったことを思い出して、テレサ・テンへの思いを歌に込めたものだと明かしていた。一部に北京語の歌詞あり。

アンコールでは沖縄民謡「芭蕉布」が歌われる。

今日は白い旗袍のような衣装に紫色の羽織を纏って登場した夏川りみ。文様のデザインは夏川のオリジナルで、「ムカデ」を表したものであり、ムカデはその足の多さから「よく通う」という意味があるそうで、「お客さんにたくさん足を運んで欲しい」という願いを込めたものだという。
今日も声の情報量が多く。歌声で繰り広げられる絵のない映画を存分に楽しんだ。

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2022年7月23日 (土)

コンサートの記(791) ナプア・グレイグ with ハワイアン・フラ・ダンサーズ

2019年7月23日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後6時30分から、ロームシアター京都メインホールで、ナプア・グレイグ with ハワイアン・フラ・ダンサーズの公演に接する。

ナプア・グレイグ with ハワイアン・フラ・ダンサーズは、文字通り、ハワイアンの歌とダンスのコンサートである。
ハワイアンというと、スチールギターが鳴って、ゆったりとしたテンポの音楽が流れてというイメージがあり、実際にそういう楽曲もあるのだが、まず冒頭ではハワイのペレやマクアといった神々に捧げる民族音楽とフラが行われる。これらはテンポも速くキビキビと進み、「のどかなハワイアン」という先入観とは異なっている。

ナプア・グレイグは、英語でトークを行う。「てぃんさぐぬ花」を歌う前に、「Okinawa is my father's country」と言ったため、沖縄とハワイのハーフであることがわかるが、聴衆には余り伝わっていないようで、「おじいさんとおばあさん、沖縄の人」と日本語で言ったときに「あー」という声が上がっていた。ちなみにお父さんの名前は、ナカソネ・キヨシだそうである。

セットリストは、「ホロ マレ ペレ」、「オケ アヒ ア ロノマクア」、「アカ ウク」、「ノウ ペハ エ カイアノ」、「カワヒネ オ カ ルア」、「ライエカワイ」、「ノールナ」、「ポリアフ」、「アイア ラオペレ」、「ワイアウ」、「ケ アオ ナニ」、メドレー「I'll wave a lei of stars~マヒナ オ ホク~マウイムーン」、「ナ アレ オ ニイハウ」、「カ マカニ カイリ アロハ」、「ナーウイ オ カウアイ」、「てぃんさぐぬ花」、「プア イリアヒ」、「カ マラナイ ソング」

フラダンスというと女性が踊っているイメージで、今回ももちろん女性ダンサーが多いのだが、男性ダンサーも6名ほど参加。その中にサッカーの長友佑都によく似た男性ダンサーがいて、妙に気になったりした。

ダンサーとして、ナプア・グレイグの19歳になる長女と5歳の長男が登場。「ケ アオ ナニ」に合わせて二人で踊る。長女は10代に入った頃から踊りを始めていたらしいが、長男は今回の来日公演に合わせて1ヶ月練習しただけだそうで、姉の踊りを見ながら動きを真似していた。

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2022年6月13日 (月)

コンサートの記(781) 「コバケン・ワールド in KYOTO」Vol.2

2022年6月4日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後2時から、左京区岡崎のロームシアター京都メインホールで、「コバケン・ワールド in KYOTO」Vol.2を聴く。東京でコバケンこと小林研一郎が日本フィルハーモニー交響楽団を指揮して行っている特別コンサートの京都版、昨年に続いて2回目である。

ロームシアター京都オープン当初から積極的に演奏会を開催している日本フィルハーモニー交響楽団(日フィル。JPO)。この3月まで京都市交響楽団の常任指揮者を務めていた広上淳一(現在はフレンド・オブ・JPOの肩書きを得ている)との繋がりがあるのかどうかは分からないが、「東京のオーケストラの関西公演といえば大阪のザ・シンフォニーホールかフェスティバルホール」という状況を変えつつある。今年、日フィルは京都で3回の公演を行うが、そのうち2回は親子向けのコンサートで、一般向けのコンサートは、「コバケン・ワールド」のみとなる。

昨年のローム・ミュージック・フェスティバルには東京交響楽団が登場(コロナのために無観客での配信公演のみとなった)、今年のローム・ミュージック・フェスティバルには新日本フィルハーモニー交響楽団がロームシアター京都メインホールのステージを踏むなど、東京のオーケストラが京都コンサートホールではなくロームシアター京都で公演を行うことも増えている。今年のNHK交響楽団の京都公演(秋山和慶指揮)も京都コンサートホールではなくロームシアター京都メインホールで行われる予定である(N響がロームシアター京都メインホールで京都公演を行うのは2度目)。その中にあって、日フィルは京都での売り込みには一歩リードしている形となる。


曲目は、ウェーバーの歌劇「オベロン」序曲、ブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番(ヴァイオリン独奏:千住真理子)、ベートーヴェンの交響曲第7番。

今日のコンサートマスターは、日フィル・ソロ・コンサートマスターの扇谷泰明。ソロ・チェロ奏者として菊地知也の名も無料パンフレットに記載されている。ドイツ式の現代配置での演奏。


現在は日本フィルハーモニー交響楽団桂冠名誉指揮者の称号を得ている小林研一郎。「炎のコバケン」の愛称で親しまれており、岩城宏之の後を継いで、年末の「ベートーヴェン交響曲一挙上演」の指揮を担っていることでも知られている。非常に熱心なファンを持つ一方で、アンチもまた多いことで有名。
レパートリーはそれほど広くなく、気に入った曲目を何度も取り上げるというところは朝比奈隆にも似ている。
第1回ブダペスト国際指揮者コンクールで優勝。小林は東京藝術大学を二度出ている(作曲科と指揮科。東京藝大は編入を認めていないため再入学している)ということで、指揮科を卒業した時には二十代半ば。今はそうでもないが、当時の指揮者コンクールは、「応募出来るのは25歳まで」というところがほとんどで、小林は応募資格がなかったが、ブダペスト国際指揮者コンクールは年齢制限が緩かったので、参加して優勝を勝ち得た。そうしてハンガリーの音楽好きに気に入られ、同国最高のオーケストラであるハンガリー国立交響楽団(現・ハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団)の音楽総監督を長年に渡って務めたほか、ヨーロッパ各地のオーケストラに招かれている。ネーデルランド・フィルハーモニー管弦楽団の常任客演指揮者を25年の長きに渡って務めているのも特筆事項である。
国内では日本フィルハーモニー交響楽団や京都市交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団などのシェフを務めており、特に日本フィルとは、渡邉暁雄亡き後の精神的支柱として長年に渡って称号を変えつつ共演を重ねてきた。


ウェーバーの歌劇「オベロン」序曲。小林は暗譜で指揮を行う。唸り声を上がるためか、マスクはしたままの指揮である。
東京に通っていた頃から何度もコンサートに接してきた日本フィル。当時は弦の弱さが顕著だったのだが、今は弦の音色も引き締まり、厚みがある上に表現力も高い。
ウェーバーは、保守的な作曲家であるが、その分、ドイツの伝統に則った音楽を生み出しており、重厚なロマンティシズムが耳に心地よい。


ブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番。
ヴァイオリン独奏の千住真理子は、千住三兄妹(画家の千住博、作曲家の千住明、ヴァイオリニストの千住真理子)の末っ子としてよく知られている。一時期、ヴァイオリンを続けることに疑問を感じ、音大には進まず、慶應女子高校から慶應義塾大学文学部に内部進学したが、普通の大学出身であるデメリットとして「お友達が出来ない」ことを挙げていた。大学卒業後に指揮者のジュゼッペ・シノーポリに認められ、ヨーロッパデビューを飾り、以後、国内外での活躍を続けている。


千住真理子は人気ヴァイオリニストであるが、これまで生で聴いた記憶がなく、CDも持っていないので、演奏を聴くこと自体、今回が初めてとなるかも知れない。
美音であるが「磨き抜かれた」音とは少し違い、渋さも兼ね備えている。スケールも大きすぎず小さすぎずで、楽曲の本質をよく捉えたヴァイオリンという印象を受ける。表現の幅も広めである。

小林は、オーケストラに正対するのではなく斜めにした指揮台の上で指揮を行う。以前、オリ・ムストネンが京都市交響楽団に客演した時に、ピアノを斜めにおいて弾き振りしているのを見たことがあるが、指揮台を斜めにおいてその上で指揮するというスタイルを目にするのは初めてである。この曲では総譜を見ながらの指揮。
日フィルからロマンティックな音を引き出していた。

千住のアンコール演奏曲目は、「アメイジング・グレイス」。祈りと愛に溢れつつ、切れもあるという演奏であった。


ベートーヴェンの交響曲第7番。小林はこの曲も暗譜で指揮する。
「炎のコバケン」という愛称からも分かるとおり、熱い演奏を行う小林研一郎にぴったりの曲だが、いたずらに情熱を振りかざすだけではなく、低弦を分厚く築いた強固なフォルム作りが印象的である。日本人はピラミッド型のバランス作りという発想自体を持っていないことが多いのだが、小林は海外での経験が長いためか、低弦をしっかり築いた演奏を行っている。
重低音が魅力の日本のオーケストラというと、大阪フィルハーモニー交響楽団が代表格であるが、大フィルでも、ここまで低弦を分厚くしたベートーヴェンを聴くことは滅多にない。


演奏終了後、小林はマイクを手にスピーチを行う(マスクはしたまま)。「京都は我々に大きな命を与えてくれる場所です」と語りだし、ローム・ミュージック・ファンデーションに大変お世話になっているという話をした。

アンコールはまず、小林のアンコール演目の定番である「ダニー・ボーイ(ロンドンデリーの歌)」。叙情味溢れる演奏である。

最後は、ベートーヴェンの交響曲第7番第4楽章より終結部。やや粗めの演奏であったが、会場を盛り上げた。


小林は最後に、「京響も素晴らしいんですが、日本フィルも。年に1回しか来られないものですから」と、「コバケン・ワールド in KYOTO」の年複数回開催の希望を語った。

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2022年5月 2日 (月)

コンサートの記(777) 「ローム ミュージック フェスティバル 2022」オーケストラ コンサートⅡ マーラー「巨人」×R.シュトラウス「ティル・オイレンシュピーゲル」 角田鋼亮指揮新日本フィルハーモニー交響楽団

2022年4月24日

午後5時から、ロームシアター京都メインホールで、「ローム ミュージック フェスティバル 2022」オーケストラ コンサートⅡ マーラー「巨人」×R.シュトラウス「ティル・オイレンシュピーゲル」を聴く。「ローム ミュージック フェスティバル 2022」のトリを飾るコンサート。ロームシアター京都で「ローム ミュージック フェスティバル」が始まった当初は、オーケストラコンサートは京都市交響楽団が受け持っていたが、昨年初めて東京のオーケストラとして東京交響楽団が登場し(残念ながらオンライン配信のみとなった)、今年は新日本フィルハーモニー交響楽団を迎えることになった。東響は配信のみになったため、実質的には初めて東京のオーケストラが「ローム ミュージック フェスティバル」の舞台に上がることになった。

東京のオーケストラが関西でコンサートを行う場合は、第一選択肢はどうしても最大都市である大阪市内ということになり、新日フィルの実演にも大阪のザ・シンフォニーホールで接したことがある。小澤征爾の指揮であった。マーケットとして大阪が頭一つ抜け出しているということもあり(大阪市内なら、京都府からも兵庫県内からも通える)、それ以外の場所、京都市内や神戸市内、兵庫県立芸術文化センターのある西宮市内などに他の地方からのオーケストラが来てくれることは稀となってしまう。NHK交響楽団は、京都コンサートホールやロームシアター京都メインホール、神戸文化ホール、びわ湖ホール大ホールなどで地方公演を行っており、オーケストラ・アンサンブル金沢も京都コンサートホールで公演を行うことがあるが、それ以外のオーケストラはこれまでは京都で公演を行うことに積極的ではなかった。ただ、ロームシアター京都が出来てからは、日本フィルハーモニー交響楽団がまずは親子向けのコンサートを毎年開催するようになり、更に小林研一郎指揮による「コバケン・スペシャル」の2年連続での公演を行う。日フィルは、今年はロームシアター京都で計3回公演を行うなど、京都に新たな拠点を築きつつある。それが影響しているのかどうかは分からないが、「ローム ミュージック フェスティバル」にも2年連続で東京のオーケストラが招聘された。なお、新日フィルを久石譲が指揮した場合の名義である新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラとしては新日フィルは京都コンサートホールで数度演奏会を開いたことがある。

日フィル争議により、小澤征爾を慕って旧日本フィルハーモニー交響楽団から飛び出した楽団員によって結成された新日本フィルハーモニー交響楽団。海外でも「セイジのオーケストラ」として知られ、クリスティアン・アルミンクなど小澤征爾の弟子がシェフになることが多い。2016年からは上岡敏之を音楽監督に招き、期待されたが、上岡は契約を更新せず、新たに佐渡裕がミュージック・アドヴァイザーとして招かれている。新日フィルは佐渡裕が日本デビューを飾ったオーケストラ。佐渡もまた小澤征爾の弟子である。


今日の指揮者は、2016年から2020年まで大阪フィルハーモニー交響楽団の指揮者を務めたことで関西でもお馴染みの角田鋼亮(つのだ・こうすけ)。若さ溢れる音楽作りが魅力の指揮者である。

ナビゲーターは、「ローム ミュージック フェスティバル」ではお馴染みとなった朝岡聡。今回は楽曲の解説を行う。
また構成として音楽学者の新井鷗子の名がクレジットされている。


新日本フィルのコンサートマスターは、西江辰郎。ドイツ式の現代配置での演奏である。


曲目は、ヨハン・シュトラウスⅡ世のワルツ「美しく青きドナウ」、リヒャルト・シュトラウスの交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」、マーラーの交響曲第1番「巨人」。

朝岡聡は、ティル・オイレンシュピーゲルが、昔のドイツに実在したいたずら者であることを紹介し、彼がやったいたずらや最後は処刑されたことなどを語る。『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』は、岩波文庫に収められており、私も若い頃に読んでいるのだが、特に面白いとは思わなかった。


ヨハン・シュトラウスⅡ世のワルツ「美しく青きドナウ」。新日本フィルがロームシアター京都で演奏するのは、昨日と今日のコンサートが初めて。という訳で音響の把握が十全ではないため、当然ながら演奏にも影響する。
「美しく青きドナウ」は誠実な演奏であるが、指揮者が若いということもあって表情が硬く、ウィーン情緒を十分に引き出せたとは言い難い。そもそも、日本のオーケストラはウインナ・ワルツやポルカをそれほど得意とはしていない。


リヒャルト・シュトラウスの交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」。この曲では角田の巧みなオーケストラ捌きが光り、完成度に関しては更なる高みが目指せるように思われたが、描写力に長けた面白い演奏となった。指揮者にとっては若さはマイナスに働くことが多いのだが、この曲では若さが魅力に繋がっている。


マーラーの交響曲第1番「巨人」。作品の由来について朝岡聡が解説。「巨人」というタイトルは、ジャン・パウルが書いた大長編教養小説『巨人』に由来している。私も90年代に、神田神保町の東京堂書店でジャン・パウルの『巨人』の日本語訳版が売られているのを見かけたことがあるが、余りの分厚さに読みたいという気も起こらなかった。だが、マーラーはこの大長編小説がお気に入りで、この小説に基づく5楽章からなる交響詩をまず作曲。タイトルも小説からそのまま取って「巨人」とした。その後、「花の章」を削るなど改訂を行い、交響曲第1番とした時には「巨人」というタイトルも削除したが、今でも慣例としてマーラーの交響曲第1番は「巨人」というタイトルで親しまれている。

マーラーの青春の歌である「巨人」。この曲でも指揮者の角田の若さが魅力となって生きているが、フォルムが不安定になる場面があるなど、やはり指揮者として常に安定した演奏を行うには長い月日が必要となることも分かる。先月、広上淳一指揮京都市交響楽団の「巨人」を聴いているだけに、その思いは余計強くなる。
とはいえ、新日フィルの奏者達の実力も高く、ロームシアター京都初見参としてはなかなかの演奏を行っていた。

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2022年5月 1日 (日)

コンサートの記(776) 「ローム ミュージック フェスティバル 2022」リレーコンサートA「萩原麻未 featuring 岡本麻子」

2022年4月23日 左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールにて

正午から、左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールで、「ローム ミュージック フェスティバル 2022」リレーコンサートA「萩原麻未 featuring 岡本麻子」を聴く。個性派ピアニストとして人気の萩原麻未が、岡本麻子(まこ)と行うピアノ・デュオコンサート。

2020年はコロナのために中止、2021年は直前になって配信のみに切り替わったローム ミュージック フェスティバル。久しぶりの実演ということになる。

曲目は、モーツァルトの2台のピアノのためのソナタ ニ長調、ラヴェルの「ラ・ヴァルス」(ラヴェル自身による2台ピアノ版)、プーランクの「シテール島への船出」、ラヴェルの「耳で聴く風景」(「ハバネラ」「鐘が鳴るなかで」)、チャイコフスキーのバレエ音楽「くるみ割り人形」組曲(N・エコノム編)。
途中休憩15分を含み、上演時間約1時間半のコンサートである。

タイトルは、「萩原麻未 featuring 岡本麻子」となっているが、立場は対等。モーツァルトの2台のピアノのためのソナタ、プーランクの「シテール島への船出」、ラヴェルの「耳で聴く風景」では萩原麻未が第1ピアノ、その他の曲では岡本麻子が第1ピアノを奏でる。

萩原麻未は青の、岡本麻子は黄緑色のドレスを纏って登場。譜めくり人をつけての演奏である。


今日は前から6列目の真ん中の席に座るが、この席は直接音が届きすぎるため、モーツァルトなどは音像が大きすぎて、席のチョイスに失敗した感じであった。その他の曲は良かったが、もう少し後ろの席であった方が、音楽の全体像を把握しやすかったように思う。

とはいえ、洗練されつつも力強く、表現力豊かな二人のピアノを聴いているのは楽しい。「音楽は何よりも楽しさが大事」ということを思い出した。


モーツァルトの2台のピアノのためのソナタ ニ長調。1990年代に、この曲を聴くと知的能力が向上するという学説が発表されたことがあるが(モーツァルト効果)、現在ではそれは否定されている。普通に考えて音楽をちょっと聴いたぐらいで知的能力が向上するとは考えにくいのだが、非常にチャーミングな楽曲であり、リラクゼーション効果はあるため、それが調査結果に結びついたのかも知れない。
先に書いた通り、ステージから近めの席を選んだのは、この曲に関しては失敗だったと思うが、音楽自体を愉しむことは出来る。


萩原麻未は、パリ国立高等音楽院に学び、パリ地方音楽院で室内楽を学んでいて、十八番はラヴェルのピアノ協奏曲ということでフランスものは全般的に得意である。
「エスプリ・クルトワ」溢れるフランシス・プーランク(「パリのモーツァルト」との異名を取った)、ドビュッシーとともに近代フランス音楽を代表する作曲家であるラヴェルの演奏も当然ながら優れたものとなる。プーランクにおける洗練と愛らしさ、そしてバスク地方に生まれ、スペイン的な熱狂と土俗感にも富むラヴェルの演奏なども巧みである。岡本麻子は、萩原ほど知名度は高くないが、堅実にして確かな技術と表現力を感じさせる。


チャイコフスキーのバレエ音楽「くるみ割り人形」組曲。編曲を担当したニコラス・エコノム(1953-1993)は、キプロス生まれの編・作曲家だそうだが、ピアニストに高い技巧を求める編曲を施している。

萩原と岡本の丁々発止のピアニズム、表現力とレンジの幅広さ、優雅さと神秘性豊かな編曲など聴き所満載であり、一人では生み出せないピアノ・デュオならではの音楽と、二人のピアニストが生み出す親密な空気を味わうことの出来る演奏会であった。

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