カテゴリー「ロームシアター京都」の66件の記事

2019年12月 9日 (月)

コンサートの記(612) Marihiko Hara 《FOR A SILENT SPACE 2019 KYOTO》

2019年12月2日 左京区岡崎のロームシアター京都ノースホール

午後7時から、左京区岡崎のロームシアター京都ノースホールで、Marihiko Hara 《FOR A SILENT SPACE 2019 KYOTO》を聴く。
野田秀樹の「贋作 桜の森の満開の下」の音楽を手掛け、「『Q』 A Night At The Kabuki」ではサウンドデザインを手掛けた原摩利彦。1983年生まれ、京都大学教育学部卒業、同大学大学院教育研究科修士課程中退で、京都を本拠地としている作曲家である。現在は京都のパフォーマンス・アート・グループであるダムタイプにも参加している。ベートーヴェンと坂本龍一に影響を受け、坂本龍一とは後に共演も果たしている。
私は音楽家ではないが、好きな音楽は一致しているようである。

《FOR A SILENT SPACE》は、原摩利彦の室内楽コンサートのシリーズで、劇場での公演は初となる。原も「室内楽と言いながら基本一人なんですが」と語っていた通り、ピアノの他はコンピューターを使って流れる音楽で構成されており、演奏者は原一人である。今後は演奏家を増やしていく計画もあるそうである。

曲目は、「Habit」「Nuage」「Vibe」「山村余情」「Grazia」「Entree」「Carina」「Circle of Life」「Fontana」「Midi」「Memoire」「Inscape」「Nocturne」、映画「駅までの道をおしえて」より「Main Theme」、NODA・MAP舞台「贋作 桜の森の満開の下」より「Waltz」と「Princess Yonaga」、「Confession」「Passion」「Via Muzio Clementi」

演奏時間約1時間20分、ノンストップでのライブである。

コンピューターを使って出すアンビエント系の音楽は、坂本龍一よりも細野晴臣に近い印象を受けるが、ピアノで弾かれる曲はどれもどこか懐かしく、坂本龍一や坂本龍一が影響を受けた音楽家(ブライアン・イーノなど)の姿が仄見えたりする。基本的は鋭さの余りない美しい音楽である。

「贋作 桜の森の満開の下」は、残念ながら観ることが出来なかったのだが(新歌舞伎座での公演は抽選に漏れた)、「Waltz」も「Princss Yonaga(夜長姫)」も野田秀樹の世界観に合いそうな音楽である。実は「贋作 桜の森の満開の下」はテレビ放送されたものを録画はしているのだが、まだ観ていなかったりする。早く観よう。

ラストに弾かれた「Via Muzio Clementi」は、ローマのクレメンティ通り沿いにピアノの弾けるアパートを借りて、一夏掛けて作曲したそうである。それを友人に話したところ、「え? お前、ずっとローマにいて1曲しか書かなかったん?」と言われたそうで、原本人は「1曲書き上げたぞ!」という達成感で得意になっていたのだが、そう言われて、「え? 足りなかったん?」と肩透かしをくらったようになったそうだ。その友人というのが作曲やなんらかの創作をするのか否かで内容が変わってきそうな話であるが。

今の天候が雨上がりということで、アンコールとして「After Rain」という曲が演奏される。三拍子のウキウキした感じの曲であった。

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2019年10月27日 (日)

観劇感想精選(323) 「中村勘九郎 中村七之助 錦秋特別公演2019」京都公演

2019年10月19日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて観劇

午後3時から、ロームシアター京都メインホールで、「中村勘九郎 中村七之助 錦秋特別公演2019」京都公演を観る。中村勘九郎と七之助の兄弟が15年間に渡って続けている特別公演である。基本的に歌舞伎専用劇場は用いず、日本各地の公共のホールを使った上演が行われている。

演目は、勘九郎と七之助による芸談の後で、「艶紅曙接拙 紅翫(いろもみじつぎきのつつか べにかん)」、「三ツ面子守(みつめんこもり)」、「松廼羽衣(まつのはごろも)」の3つの歌舞伎舞踊が繰り広げられる。

まず勘九郎と七之助による芸談がある。司会は関西テレビアナウンサーの谷元星奈。
勘九郎と七之助がそれぞれ挨拶するのだが、明らかに七之助に対しての拍手の方が大きい。勘九郎もキレのあるいい歌舞伎俳優であるが、華は不足がち。また若い女性にはどうしても女形の方が人気がある。
京都についての思い出から話し始める。二人が子どもの頃、父親である中村勘三郎はずっと南座での顔見世に出続けており、二人も冬休みの間は京都に来て父親と一緒に過ごしていたそうで、京都巡業といっても旅という感じはしないそうだ。一方、勘九郎と七之助が歌舞伎俳優として活躍し始めてからは、不思議なこと勘三郎が京都で公演を行うことは稀になってしまったそうで、2年前に勘九郎と七之助はロームシアター京都メインホールで行われた顔見世に登場しているが、家族の招きが上がるのは20数年ぶりだったそうである。

勘九郎が大河ドラマ「いだてん」で、主役の一人である金栗四三を演じたということで、その苦労話などが語られる。昨年4月からの撮影であったのだが、準備期間も含めて「ずっと走っていたような記憶がある」そうで、舞台では誤魔化せても映像では無理ということで、体作りのことなどを話す。歌舞伎で軽やかな演技を見せている印象のある勘九郎だが、実は「運動は大嫌い」「動くことがそもそも嫌いであり」、運動が得意そうと見られることも多いが、それは勘違いだという。歌舞伎をやっていると下半身が重要になるため腿が太くなるそうで、勘九郎の腿は周囲が62cmもあり、これはスピードスケートの金メダリストである清水宏保と同じ数値だそうである。ただ、マラソン選手でそんなに腿の太い選手はいないということで、腿の余計な肉を落とすことから始めたそうだ。運動の他に糖質カットダイエットなども行ったそうだが、糖質をカットすると怒りっぽくなるので困ったそうである。頭の働きにブドウ糖が必要ということは知られているが関係があるのだと思われる。食事は鶏のササミが中心。飲み物も水だけに限られるそうで、「地獄ですね」と勘九郎は語っていた。昨年の錦秋特別公演時も撮影期間に入っており、地方公演はその土地土地の地方グルメが楽しみなのだが、勘九郎は体作りのためにその土地のものは何も食べることが出来ず、持ち込んだ鶏のササミをずっと食べていたそうである。撮影時のロケ弁も美味しいのだが、やはり食べることが出来なかったそうだ。金栗が引退してからは体を引き締めなくても良くなり、食事制限が解除されてから初めて食べたのはカレーだそうである。三日三晩カレーが続いても大丈夫なほど好きであり、まず家庭の味のカレーを求めたそうだ(奥さんの前田愛が作ったのかな?)。そしてあれほど苦労して体を絞ったのに、「一瞬で元の体に戻った」そうで、「皆さん、ダイエットなんてしないほうがいいですよ」と語っていた。現在上映中の映画「JOKER」に主演しているホアキン・フェニックスも役作りのため体を絞ったが、「戻る時は一瞬だった」と同じ事を語っていたと紹介もする。

七之助も「いだてん」に出演し、最初は当時の落語家役など一瞬登場するだけのカメオ出演だと思っていたのだが、落語家・三遊亭圓生という重要な役どころだったため、残っている圓生の映像は全て見て研究したそうだ。
また現在、BSプレミアムで放送中の「令和元年版 怪談牡丹灯籠」にも出演しており、この作品は京都の太秦で撮影が行われたそうである。実は七之助はこれまで映像の仕事はほとんど断っており、1年に2度映像作品に参加するというのはとても珍しいことだそうである。「いだてん」に出ることに決めたのは、兄が出るということと、脚本が映画「真夜中の弥次さん喜多さん」でお世話になった宮藤官九郎ということも大きかったようだ。
同じNHKのドラマでも撮影の仕方に違いがあり、「令和元年版 怪談牡丹灯籠」は1台か2台のカメラで撮影が行われるのだが、「いだてん」の現場にはカメラが5台ほどずらりと並んでいて、全て長回しでの撮影が平均で7回ほど繰り返されていたそうである。以前、「龍馬伝」の大友啓史監督が長回しで撮るという話を横浜で行われた「全国龍馬ファンの集い」でしていたが、今回もそれに近い手法が採られていたようである。
長回しは長回しで大変だが、「令和元年版 怪談牡丹灯籠」はすぐカットのかかる細切れで撮っているため、「じゃあ、次、泣いて下さい」といわれたらすぐに泣かなければいけないそうで、感情の上げ方が難しいそうである。しかもその前の長めのセリフを撮り終えてカットが掛かってから、短いセリフの導入部ですぐに泣かなければならないため、なかなか上手くいかなかったそうだ。

二十代の頃は勘九郎が女形、七之助が立役という時代もあり、七之助は先月、南座での「東海道四谷怪談」でお岩さんを演じていたが、本当にやりたかったのは民谷伊右衛門の方だそうで、子どもの頃から演じてみたい人物のナンバーワンが伊右衛門だったそうだ。七之助の解釈では「伊右衛門は実はいい人」だそうで、お岩さんと実はとても愛していて、お岩さんの顔が薬で変わっていなかったらお梅を捨ててお岩とよりを戻した可能性もあると思っているそうである。お岩さんに対する態度も好きな人に踏ん切りをつけるためのいじめだと捉えているそうだ。

その後、二人で今日の演目の紹介を行い、客席からの質問を受ける。七之助への「女形をやる時には、女性の仕草を研究したりはするんですか?」という質問には、「女を演じているのではなく女形という生き物を演じている」ということで、「内面は女であることを目指しているが、仕草などは女形の先輩が残してきた型を参考に取り入れている」ということで本物の女性の仕草を参考にすることはないそうだ。女形として魅力的に見える仕草は女性のそれとは当然異なっており「所詮男なので」女であることでなく女形であることを目指しているそうだ。「普通の女の人がこんな髪の掻き上げ方したら嫌でしょ?」と型を見せて笑いも取っていた。

静岡公演では、昼公演と夜公演の間に羽衣伝説のある三保の松原を見に行き、その日の夜の公演の芸談で司会を務めた静岡のテレビ局のアナウンサーが、「羽衣が残っているんです」という話をしたため、「松廼羽衣」では特別に羽衣を切るという演出を加えたそうなのだが、三重公演の芸談でそれを明かしたために三重公演でも同じ演出を行うことになったそうで、「今日もそうなんですか?」という質問がある。勘九郎は「わかってます? それは脅迫です。質問じゃなくて」と返す。ただ七之助が「でもやるんでしょ?」と言ったため、今回も「松廼羽衣」は特別演出で行われることになった。

 

「艶紅曙接拙 紅翫」。出演は、中村いてう、中村仲助、中村仲之助、中村仲侍、中村仲弥、中村仲四郎、澤村國久。
富士山の山開きの日に、虫売り、朝顔売り、団子売りなどが集うのだが、芸達者の紅翫(中村いてう)が現れて、歌舞伎の様々な演目の真似を披露して一同を楽しませるという趣向である。主人公のモデルは紅谷勘兵衛という実在の人物だそうで、浅草で芸を披露して人気を博していたそうである。

 

「三ツ面子守」は、9月の南座「東海道四谷怪談」ではお梅を演じていた中村鶴松が一人で舞う。子守がひょっとこやおかめ、えびすなど次々と面を変え、衣装も替えて踊り続けるユーモラスな作品である。鶴松の舞踊は、手の動きがピシッと決まり、愛らしさもある巧みなものであった。

 

「松廼羽衣」。勘九郎と七之助の共演である。勘九郎演じる漁夫の伯竜は凜々しいが、七之助の演じる天女が現れるとやや姿がかすんでしまう。女形と立役の違いもあるが、七之助の方が華はあるようだ。
ともあれ、二人とも稀代の名優であった中村勘三郎の息子であり、譲り受けた芸の巧みさには十分に光るものがあった。

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2019年10月11日 (金)

コンサートの記(596) 原田慶太楼指揮 京都市交響楽団 「THE MUSIC OF JOHN WILLIAMS:STAR WARS AND BEYOND」@ロームシアター京都

2019年9月29日 ロームシアター京都メインホールにて

午後3時から、ロームシアター京都メインホールで、原田慶太楼(はらだ・けいたろう)指揮京都市交響楽団による「THE MUSIC OF JOHN WILLIAMS:STAR WARS AND BEYOND」を聴く。アメリカの映画音楽の巨匠、ジョン・ウィリアムズの音楽を取り上げる演奏会。MCは、有村昆。藤岡幸夫司会の音楽番組「エンター・ザ・ミュージック」の映画音楽特集の回では毎回見かける有村昆だが、生で見るのは初めてである。

原田慶太楼は、今回が京響デビューとなる。1985年東京生まれ。幼少時よりインターナショナルスクールに通い、17歳の時に単身渡米してインターラーケン芸術高校音楽科で指揮を吹奏楽界の巨匠として知られたフレデリック・フェネルに師事。その後、複数の大学で学び、二十歳でジョージア州のメーコン交響楽団のアシスタント・コンダクターに就任。2010年にタングルウッド音楽祭で小澤征爾フェロー受賞。この時からジョン・ウィリアムズのアシスタントを務めるようになる。これまでに指揮をロバート・スパノ、マイケル・ティルソン・トーマス、オリバー・ナッセン、ヘルベルト・ブロムシュテットに師事。今年の夏までシンシナティ交響楽団と同楽団のシンシナティ・ポップス・オーケストラのアシスタントコンダクターを務め、来年からはジョージア州のサヴァンナ・フィルハーモニー管弦楽団の音楽&芸術監督に就任する予定である。

 

曲目は第1部が、「オリンピック・ファンファーレとテーマ」、「ジョーズ」(The Shrak Theme from Suite from Jaws)、「スーパーマン」(Superman March)、「レイダース/失われたアーク《聖櫃》」(Raiders March)、「E.T.」(Flying Theme)、「ジュラシック・パーク」(The theme from Jurassic Park)、「シンドラーのリスト」(Theme from SCHINDLER'S LIST for Violin and Orchestra)、「ハリー・ポッターと賢者の石」(Hedwig's Theme)。
第2部では、「スター・ウォーズ」全8作からジョン・ウィリアムズと原田がコンサート用にまとめた音楽全曲が披露される。音源にはなっていないため、コンサートでしか聴けないバージョンだそうである。

 

今週の京都市交響楽団のスケジュールは変則的。昨日、同じロームシアター京都メインホールで「ドラゴンクエスト」の音楽を演奏しており、2日続けての演奏会開催となる。原田とのリハーサルは数日前に行い、原田はその後、東京交響楽団のコンサートを指揮してから京都に戻り、ゲネプロを行って本番ということになるようである。

2日続けての公演ということもあってか、楽団員の顔ぶれも定期演奏会とは異なり、コンサートマスターには客演の「組長」こと石田泰尚。第2ヴァイオリン副首席の杉江洋子、ヴィオラ首席の小峰航一、オーボエ首席の髙山郁子、クラリネット首席の小谷口直子らは降り番である。映画音楽に強いエキストラも何人か参加しているようだ。第1部ではホルンの1番は首席の垣本昌芳が吹いたが、第2部では水無瀬一成に変わった。

 

今日は3階席2列目の真ん真ん中という、音響的には最も良い部類に入ると思われる席である。

開演時間となり、楽団員が登場する。定期演奏会ではないので拍手はどうするのかなと思ったが、全員が客席の方を向いて立っている。だが、拍手が起こらない。なんとも妙な光景である。コンサートマスターの石田泰尚が姿を見せてようやく拍手が起こる。
つまり、定期演奏会に来ているお客さんは今日は客席にはほとんどおらず、拍手のタイミングがわかっていないのだ。別に私一人で拍手しても良かったのだが、複数の人が拍手しないとつられて拍手が起こるということはあり得ないので無駄である。複数のスタッフが袖でサクラの拍手を行うべきだったのかも知れないが。
今日来ているのはあくまでジョン・ウィリアムズの音楽が好きな人が大半で、これを機に京都市交響楽団の定期演奏会に通うようになるという人はほとんど現れないと思われ、また普段、定期演奏会に通っている人は映画音楽には興味がないのであろう。ジャンルの分断が起こっている。

 

日本でも活躍の場を広げている原田慶太楼は、若々しく、スケールの大きな音楽作りが特徴。ただ、ジョン・ウィリアムズの音楽性もあるのだと思われるが、ずっと押しの音楽作りを続けるところがあり、「スター・ウォーズ」の音楽は聴いていてかなり疲れたのも事実である。

有村昆は、映画のエピソードなどを紹介。「E.T.」の自転車が飛ぶシーンでは、ジョン・ウィリアムズが自転車が浮き上がるシーンに合わせて指揮することがどうしても出来なかったため、まずジョン・ウィリアムズに自身が最適と思うテンポで演奏して貰い、スピルバーグの方がそれに合わせて映像を作った(撮影したのか編集したのかは不明。話の流れからいって再度撮影した可能性の方が高いが)という話や実はE.T.が乗っていた自転車は日本製であるということ(大阪にあるKUWAHARAというメーカーのもの)、同じモデルの自転車が最近再発売されたことなどを語る。当時、アメリカの子ども達にはKUWAHARA(桑原商会)のBMX用自転車が大人気であり、撮影のために日本からわざわざKUWAHARAのBMXを取り寄せたそうである。ちなみに復刻版であるが5万円以上するそうでかなり高い。

「ジュラシック・パーク」は、CGの使用によって全世界を驚愕させた作品だが、当時はまだCGの精度は高くなく、実際には7分程度しか使われなかったそうで、それ以外は案外アナログな手法が取られていたそうである。

「シンドラーのリスト」に関しては、原田が「自分の作品の中で一番良くコンプリティリー(満足している)な作品」としてジョン・ウィリアムズがこの曲を挙げていたことを語る。原田は日本にいるときからインターナショナルスクール育ちで、その後、アメリカに拠点を置いているため、日本語よりも英語の方がずっと得意のようで、日本語の発音もそうだが、日本語で上手い言葉が見つからず英語の単語を挙げることが何度かあった。
映画ではユダヤ人であるイツァーク・パールマンが濃厚で思い入れのあるヴァイオリンを奏でるのだが、今回ソロを取る石田泰尚はやはり日本人なのでサラサラしている。

「ハリー・ポッターと賢者の石」のHedwing's Themeでは原作者であるJ・K・ローリングから「子どもを思わせるような楽器を」というリクエストがあったため、ジョン・ウィリアムズはチェレスタを選んだという話が二人から紹介される。ハリー・ポッターシリーズではふくろうが重要なイメージとなっているのだが、ヴィオラを中心とする弦楽がふくろうの羽ばたきを表現していると原田は語った。

 

第2部の「スター・ウォーズ」。演奏が始まる前に、有村昆が、「この中で『スター・ウォーズ』シリーズを1作でも見たことがあるぞという方、拍手をお願いします」と言い、盛大な拍手が返ってくる。それはそうである。「スター・ウォーズ」を観たことがないのにコンサートに来ていたとしていたらその方が変だ。ただ原田が「京響の方々から拍手がない」と言い、「でも楽器を持っていたからでしょう」と自らフォローするも、有村が「ご覧になったことありますよね?」と楽団員に聞く。
有村「反応が薄い」
実は第2ヴァイオリンの三瀬由起子さんが、Twitterで「スター・ウォーズ」を知らないということを明かしており、団員に「フォースを守る話」と聞かされても「ホーシ」と聞き間違え、更に「フォースってなんですか?」という状態なので、多分そんな人も多いのだろう。

先に書いたとおり、通して聴くと疲れるのだが、音の鳴りは完璧で、ジョン・ウィリアムズの実力の高さを知ることが出来るし、各曲の個性やインパクトも強烈である。ある意味、どんなクラシック作品よりもアメリカ的な音楽であるといえるのかも知れない。グスターボ・ドゥダメル指揮ロサンゼルス・フィルハーモニックが全曲ジョン・ウィリアムズによるコンサートを行い、ドイツ・グラモフォンからライブ録音によるCDが出ているが、もうアメリカのクラシック作品と捉えてもいいのではないだろうか。ハリウッド映画の音楽、そして誰もが知っているメロディーということで、まさにアメリカの象徴的なものなのだから。

ただ、そう考える日本人は少ないわけで、だからこそ聴衆の分断が起きているのである。アメリカなどでは映画音楽による定期演奏が行われているのだが、日本では難しそうだ。日本の映画音楽も手掛けるべきなのだが、残念ながら知られている日本映画の音楽はそれほど多くはない。京都市交響楽団は、新たな戦略を募集していて、映画音楽やライトクラシックの音楽会で客層を広げようと考える人も多いと思われるのだが、今日の雰囲気だとそれは大して意味がなさそうである。映画音楽を聴く人はクラシックのコンサートには来ないし、逆もしかり。やはりYouTubeなどによる映像配信が最良の手なのかも知れない。ガリシア交響楽団という、世界的には無名なオーケストラを私はよく知っているのだが、それはなぜかといえばYouTubeチャンネルを持っていて、演奏をよく配信しているからである。「百聞は一見にしかず」というが、映像配信なら百聞と百見が共に可能なのだから、昨日行った霊光殿天満宮の額にあった通り「天下無敵・必勝利運」となるのではないか。

 

アンコールでは「スター・ウォーズ」メインテーマ完全版を原田と有村の二人で指揮する。途中で二人はライトセーバーを取り出して指揮。実は有村はライトセーバーが大好きで、TOKYOSAVERZというライトセーバーを使った殺陣ダンスユニットのプロデュースも行っているそうである。

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2019年9月23日 (月)

観劇感想精選(318) 「人形の家 PART2」

2019年9月14日 左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールにて観劇

午後6時から、ロームシアター京都サウスホールで、「人形の家 PART2」を観る。作:ルーカス・ナス、テキスト日本語訳:常田景子、演出:栗山民也。
永作博美、山崎一、那須凜、梅沢昌代による4人芝居。

ヘンリック・イプセンの有名作「人形の家」の15年後を描いた作品である。ルーカス・ナスは、1979年、アメリカ・フロリダ州オーランド生まれの劇作家。ニューヨーク大学を卒業し、現在は同大学の助教授を務めているという。もともとイプセンの大ファンであり、「人形の家 PART2」は2017年に書かれて初演。これがナス初のブロードウェイ進出作品となったそうである。

新劇のレパートリーとして最も重要な「人形の家」だが、関西で観る機会はほとんどない。一度、兵庫県立芸術文化センターで北乃きいのノラによる上演があり、チケットは取ったのだが、行くことは叶わなかった。

女性の自立を描いたとして、演劇史上に残るマイルストーンとなった「人形の家」。主人公の名前であるノラもとても有名だが、ではノラは家を出た後どうなったのかについて想像を巡らすと、余り良い展開は望めないというのが一般的な回答である。実は「人形の家」の続編として書かれた戯曲はいくつかあるそうなのだが、いずれも悲劇となっている。当時は女性は自立しようと思っても、まず経済的に自立出来る立場には置かれていなかった。「人形の家」ではノラが内職として裁縫をしていることが語られる場面があるが、当時は結婚した女性が労働を行うのは法律で禁じられており、屋内で細々と内職をする以外にお金を稼ぐ当てはなかったのである。

ところが、「人形の家 PART2」で、15年ぶりにヘルメス家に帰ってきたノラ(永作博美)は、ベストセラー作家となっている。書いたのは私小説であり、自身と夫のトルヴァル・ヘルメス(山崎一)との決別を赤裸々に描いたものだった。ペンネームを使っての発表であるため、ヘルメス家の人々は正体がノラだと気がついていなかったが、ノラの書いた小説は多くの女性に感銘を与えた。しかし、感銘を与えすぎて離婚に走る女性が増えたため、社会問題をも生み、ノラも多くの人の怒りを買うことになる。ノラを憎悪する文芸評論家がノラの本名を暴いた。「ノラ・ヘルメス」。ここでノラは自分の姓が結婚時のヘルメスのままになっていることに気づく。夫のトルヴァルは自分が出て行った後に離婚の手続きをしたものだとノラは思い込んできたのだが、実際はそうではなかった。離婚が成立していなければ本の印税などは自分のものとはならない。そこでノラは15年ぶりにヘルメス家を訪れたのだった。

乳母のアンネ・マリー(梅沢昌代)もすっかり老女となり、幼かった娘のエミー(那須凜)も大きくなっていた。だが、アンネ・マリーはエミーらを母親代わりとして育てたことをノラが全く感謝しないことに苛立ち、ノラの行いを社会秩序を乱すものと見なして批難する。エミーも結婚観を巡ってノラと対立。更に実は15年の間にノラは世間によって他界したと見なされるようになっており、トルヴァルも寡夫として周囲の人々からの援助を受けてきたことがエミーによって知らされる。もし今、ノラが生きていて離婚を迫っていると知られたら、トルヴァルは詐欺罪で告訴されるだろうとエミーは告げる。

 

4人の人物が登場するが、基本的にダイアローグの形で話は進んでいく。ノラ役の永作博美だけが出ずっぱりである。1幕5場からなる上演時間約1時間45分の作品。1場のタイトルは「ノラ」、2場が「トルヴァル」、3場が「アンネ・マリー」、4場が「エミー」、5場が「ノラ&トルヴァル」で、タイトルは、背後の壁に光の文字で投影される。

ノラとトルヴァル、アンネ・マリー、エミーの対話が繰り広げられるのだが、そこには多くの誤解、思い込み、すれ違い、価値基準の懸隔など、「わかりあえない」要素が含まれている。
最も大きな対比は、「因習」と「自由」であり、いかにもアメリカの劇作家が書いた作品という印象も受ける。

「人形の家」では、自立したとされるノラだったが、実際には、妻を「許す」だと「教育する」だのと言うトルヴァルの傲岸な態度とその裏に横たわる伝統に反旗を翻したという側面も強い。つまり反抗者だ(と考えてみれば、ノラはペール・ギュントなどと実は近しい存在と見ることも出来る)。一方、「人形の家 PART2」でのノラは作家として新たなる女性の価値観や存在意義を打ち出そうという野心を持っており、かなり積極的で革新的な創造者となることを夢見ている。15年の歳月がそうさせたという解釈なのだと思われるが、ルーカス・ナスがそれ以上に現代における女性の立場を描くために「人形の家」を枕として物語を構築したと見ることが出来るように思う。イプセンの時代にあっては、女性は夫に隷属する存在であったが、現代に生きるルーカス・ナスは、シングルでたくましく生きる多くの女性への吶喊としてこの物語を示しているように思われる。「人形の家 PART2」におけるノラは、まさにトップランナーでありヒロインだ。

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2019年9月21日 (土)

2346月日(15) 村田沙耶香×松井周 inseparable 『変半身(かわりみ)』プレトークイベント

2019年9月15日 ロームシアター京都3階共通ロビーにて

今日もロームシアター京都へ。午後3時から3階共通ロビーで、村田沙耶香×松井周 inseparable『変半身(かわりみ)』プレトークイベントに参加する。

3階共通ロビーからは、京都市美術館別館の屋根が見え、時が経つにつれて緑色の屋根の色が少しずつ変化していくのが趣深い。遠くには黒谷こと金戒光明寺の文殊塔も見える。

12月に、東京、津、京都、神戸で、村田沙耶香と松井周の原案、松井周の作・演出による「変半身(かわりみ)」という舞台が上演され、村田沙耶香がその作品を小説化するという試みが行われる。

司会は、筑摩書房編集者の山本充が担当する。

「変半身(かわりみ)」は、村田と松井が共に好きだという、奇祭や儀式に取材した作品にしたいということで、創作するに当たって、山本、村田、松井の3人で様々なところに出掛けたという。村田と松井は、対談で出会ったのだが、互いに「変態」という印象を抱いたそうである。松井周の性格についてはよく知らないが、『コンビニ人間』で芥川賞を受賞した村田沙耶香は作家デビュー後もコンビニ勤務を続けたことで、「かなりの変人」という定評がある。

まず、伊豆諸島の神津島へ。天上山という、高尾山(標高599m)と同じぐらいの高さの山があるというので、山本の提案で登ってみたのだが、高尾山はそもそも標高200mか300mぐらいのところに登山口があるのに対して、天上山は標高0のところから登るため倍ぐらいしんどかったそうで、村田は「死に覚悟した」そうである。山本も天上山を嘗めていたようで、ペットボトル1個だけ持って登山したのだが、村田は「あれ(ペットボトルの水)がなくなったら死ぬんだ」とずっと山本のペットボトルを見ていたらしい。山本はそれを察して嘘をついたそうで、山頂に行くと自動販売機があるだの、素敵なテラスがあるだのといった思いつきを、さも本当のように述べていたらしい。
翌日、また神津島を回ったのだが、山本と松井がお墓に入って写真ばかり撮るので、村田は「罰が当たる」と思い続けていたそうである。子どもの頃から、神様だとか天罰だとかを信じるタイプだったようだ。お墓から出て、道を歩いていたら、突然、黒い人影が現れたので、村田は「ほら罰が当たった」と思ったそうだが、その人影の正体は酔っ払った地元のお爺さんで、倒れて血を流していたらしい。

神津島では、松井は「なんかお洒落なところがある」というので、見掛けた建物に近づいたりもしたそうだ。そこは、リゾートホテルとして建てられ、オープン寸前まで行きながら運営元が倒産したか何かで白紙になり、建物だけが残っている場所だったという。松井と山本は近づいて行ったのだが、村田は「そうしたところには人殺しが潜んでいて殺される」と思い込んでいたそうで、一人逃げ出したそうである。
神津島は江戸時代には流刑の島だったということで、豊臣秀吉の朝鮮征伐の際に、朝鮮で捕らえられて日本に渡り、その後、徳川家康に才気を認められて侍女となるも、キリスト教信仰を捨てなかったため神津島に流罪となったジュリアおたあの祭りがあるそうで、それを見てきたようである。

その後、兵庫県の城崎温泉で10日ほど合宿を行う。演劇祭に参加し、村田は新作の小説を書き上げて朗読を行うというので、ずっと籠もって書いていたのだが、腱鞘炎が酷くなったため、城崎中の湿布を買い求めてずっと貼りながら書いていたという話をする。ちなみに山本はその時、ずっと温泉巡りをしていたそうだ。
城崎で、村田が島を舞台にした作品にしたいと提案し、流れが決まったそうである。

その後、山本と松井は台湾の緑島に向かう。村田は仕事の都合で緑島には行けなかったそうだ。
緑島は台湾の流刑地である。現在はリゾート地なのだが、以前は政治犯の収容所があり、国民党が国共内戦で敗れて台湾に逃れた直後、反国民党派を弾圧する白色テロと呼ばれる恐怖政治が行われ、共産主義者やエリート層などが緑島に送られたという。台湾では1945年に日本統治が終わったばかりであり、緑島に送られた人の中には日本式の教育を受けた人も多かったそうである。
ここで、演劇祭があったのだが、白色テロの際には、転向のための教育が行われ、心からの転向をしないと死が迫るということで、転向を演じるにしても本気でやらなければならず、松井はそこに演劇との共通点を見たようである。

最後に訪れたのは三重県にある神島。三島由紀夫の小説『潮騒』の舞台になった島として知られており、三島が『潮騒』の執筆を行った部屋や机が今もそのまま残っているそうである。
神島自体も時が止まったままのような島で、人口は三島が滞在した時からほとんど変わらない500名前後。ただ、神島は多くの祭りが伝わることでも有名なのだが、それらを継続するのに問題が生まれているそうである。様々な準備や手配や食事の用意やらは女性が行うのだが、今はやりたがる人が少ない。男性の方も高齢化が目立ってきたが、いったん若い人に譲ると年長者はもう参加出来なくなるという決まりがあるそうで、世代交代もままならないそうである。山本などは、「決まりを変えちゃえばいいんじゃなの」とも思ったそうだが、そう簡単にはいかないそうである。

「半変身(かわりみ)」について、松井は、「殉教者のような人を描くことになる」と言い、村田は人間を箱のようなものと認識しているというところから様々な要素によって変化していく、例えば「私はゴキブリを食べないけれど、国によっては食べたりもするじゃないですか」ということで、文化や風習によって変化するということを書きたいようである。
ちなみに本が出来上がる前に、漫画家の鳥飼茜による宣伝イラストが出来たそうで、二人とも鳥飼のイラストに影響されて本を進めるようである。

タイトルに纏わる話で、松井には変身願望があるそうなのだが、「満員電車が好き」という話になり、理由は「込みすぎていて人間じゃないものに変わる」からだそうで、やはり変態っぽいかも知れない。村田は自身の中に謎の怒りがわき上がる時があるということを語る。なぜかティッシュ配りに人に猛烈な怒りを覚えたのだが、原因は自分でも不明だそうである。ただ、自分の中にそうした部分があると知ったのは発見だったそうだ。


オーディエンスからの質問を受ける中で、村田の小説である『殺人出産』の話が出る。10人産んだから1人殺していいという正義の話になるのだが、「正義感がラスコーリニコフだなあ」と感じたりもした。モラルや正義とそのフィクション性を問う作品になるようである。松井は「日本には西洋の神のような超越的な存在がない」ことがややこしさに繋がっていると考えているようで、村田は逆に子どもの頃から神様の存在を感じていて、自然と自律的になり、小説を書くということも神と繋がることと捉えているようである。執筆自体が儀式的ということなのだろう。

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2019年9月 6日 (金)

コンサートの記(590) 「chidoriya Rocks 70th」

2019年8月27日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後6時から、ロームシアター京都メインホールで、「chidoriya Rocks 70th」を聴く。屋敷豪太プロデュースのロックフェスティバルである。出演は、屋敷豪太、藤井フミヤ、奥田民生、槇原敬之、スティーヴエトウ(パーカッション)、有賀啓雄(ベース)、斎藤有太(キーボード)、真壁陽平(ギター)、トオミヨウ(キーボード)、山本タカシ(ギター)、Dub force、宮川町舞妓・芸妓。

 

前半は、宮川町の舞妓と芸妓による舞と、屋敷豪太のレゲエバンドであるDub forceの演奏。後半は槇原敬之、奥田民生、藤井フミヤのライブとなる。

 

まずは、宮川町の舞妓と芸妓による舞。2曲ほど終わったところで、芸妓と舞妓が横一列になり、手を繋いで後ろ向きで登場する。中に白い着物の男が混ざっているのだが、どう見ても槇原敬之。というわけで、槇原敬之が小唄「酒と女」を唄い、芸妓が舞う。
槇原敬之は、昨日、京都入りして、小唄のお師匠さんとお手合わせをして貰ったそうだが、ずっと正座していたため足がしびれ、小唄よりも足の方が大変だったそうである。

 

レゲエバンド、Dub force。いとうせいこうがヴォーカル的な役割を務めるのだが、正確には歌うのではなくてポエトリーリーディングを行う。毎回「浜辺」を語尾に持ってくるラップ調の(おそらく)自作詩と、田中正造が書いたという詩がレゲエのリズムに乗せて読み上げられる。
詩と詩の合間に奥田民生が登場してギターソロを奏でて去り、その後、藤井フミヤがハーモニカを吹きながら下手から登場し、ステージを横切って上手に消えていった。いとうせいこうが、「今日、色んな人来ますね」と客席に語りかける。

 

後半、平和への感謝の黙祷が捧げられた後で、まずは槇原敬之が登場。2曲歌った後で、屋敷豪太が、20年ほどイギリスで暮らしていた時に、日本で流行っていた槇原敬之の音楽が心に響いたという話をする。ということで屋敷がノスタルジアを感じたという「遠く遠く」が歌われる。
そして、屋敷豪太のリクエストによって、カバーが歌われる。「京都らしい曲」「昭和を感じさせる」「しかもベンチャーズ」ということで屋敷が選んだのは、渚ゆう子の「京都慕情」。「ビブラートが大事」と屋敷が言い、槇原も歌った後で「いつもより嫌らしくビブラート掛けてみました」
屋敷がスネアドラムを交換している間、槇原のトークの時間となり、「『京都慕情』を知ってる人」と客席に聞くが、手を上げたのは半分ほど。ただこれでも「結構知ってますね」という部類に入るようである。「皆さん、京都の方ですか?」と聞いた時も、手を上げたのはやはり半分ほどであった。

最後は、槇原が、「知っている人は歌って下さい。知らない人もなんとなくで歌って下さい」と言って、出世作である「どんなときも」が歌われ、盛り上がった。

 

奥田民生。chidoriya Rocksへは2年連続の登場である。屋敷が2年連続で出てくれたことへの礼を述べるが、奥田は「連続で出ないと……、忘れられる」と言っていた。最近は、野外のライブがことごとく雨で中止となっているそうで、「昔は、超晴れ男だったんだけど」「てるてる坊主代わり。出ると晴れるから」「フェスというフェスに出まくっていた」「最近は、雨男になって来てる。人生、(晴れと雨が)丁度になるようになってるのかな」と語っていた。
「愛のために」が歌われた後で、屋敷が「イージュー」について奥田に聞く。イーは「CDEのE」(3番目)で「ジューは十」、つまり「30歳のライダーでいいの?」
「イージューライダー」は、奥田民生が30歳の時に作った曲なので、意味はそれで合っているそうだ。今は奥田民生も50歳を超えているため、「G(ゲー)ジューライダーでもいいですよ」と語り、「イージューライダー」が演奏される。
屋敷の奥田へのリクエストは、ビートルズナンバーである「Come Together」。奥田民生と屋敷豪太は、昔、井上陽水らと、ジートルズというビートルズのコピーバンドをやっていたそうで、奥田民生がジョージ奥田、屋敷豪太がリンゴ屋敷を名乗っていたのだが、井上陽水はなぜか日本風の井上ジョンという名前だったそうである。
奥田のラストナンバーは、「嵐の海」。演奏中に下手袖から藤井フミヤが手拍子にステップを踏みながら登場して歌に加わり、「全部君のせい」という歌詞を「全部民生のせい」に変えて歌う。ラストは奥田のギターと藤井のハーモニカでのセッションも行われた。

 

藤井フミヤの歌を生で聴くのは2度目。前回は、吹田市にある万博記念公演での情熱大陸ライブで聴いている。もう10年ほど前の話だ。藤井は無料パンフレットにもなんちゃって京都弁によるコメントを寄せていたが、ステージでも京都弁を模したトークを行う。

大ヒットナンバーである「True Love」でスタート。オリジナルに近くなるようにと真壁陽平は12弦ギターを演奏。藤井も喜ぶ。

2曲目は最新アルバムに収録されているという3拍子の曲。藤井は舞台上でくるくる回りながら器用に踊ってみせる。

槇原敬之とのコラボレーションも用意されており、槇原敬之の作詞・作曲、藤井フミヤの歌唱で発表された「着メロ」が二人で歌われる。
槇原が作った曲だが、元々藤井に贈ることを想定した書かれたためか、キー自体は藤井の方が合っている。二人は以前、「ミュージックフェア」で共演したことがあるそうで、槇原はその時のことを覚えているが、藤井の方は「記憶に残ってない」そうである。年を取ったため、物忘れが激しくなったそうで、「嫌なことを忘れられるのはいいが、良いことも忘れてしまって、結局、なにも覚えてない」という状態になることもあるらしい。

今日の客層であるが、藤井フミヤのファンが最も多いようで、ラストで歌われた「NANA」では多くの人が同じ振りによるハンドサインを行っていた。

 

アンコールでは、まず宮川町の芸妓と舞妓が「宮川音頭」で舞う。歌も踊りも一緒だが、歌舞練場で聴くのとライブ会場でポピュラー楽曲の合間に聴くのとではかなり印象が異なる。

それから、宮川町の芸妓と出演者による舞台上でのお座敷遊び「トラトラ」が行われる。体全体を使って行われるジャンケンのようなもので、「虎」「槍」「老婆」という3つの選択肢がある。「虎」は「槍」に刺されて負けるが、「老婆」には勝つ。ただ、「老婆」は「槍」を持った男の母親であるため、母は強しで「老婆」の勝ちとなる。
「トラトラ」で芸妓との勝負に挑むのは、槇原敬之、いとうせいこう、奥田民生の3人。
槇原敬之は「虎」で「槍」の芸妓に負ける。罰ゲームとしてお酒を飲むか、一発芸をやるかのどちらかを選ぶことになるのだが、「お酒が飲めないので」ということで、槇原は和田アキ子の物真似で「あの鐘を鳴らすのはあなた」を歌う。結構似ている。いとうせいこうは「老婆」で「虎」の芸妓に負ける。ということですぐに和田アキ子の物真似で「あの鐘を鳴らすのはあなた」を歌う。
最後は奥田民生。昨年のchidoriya Rocksでも「トラトラ」に挑戦して負けているのだが、「罰ゲームで飲んだ酒、俺のだからね。罰ゲームでもなんでもない」
奥田は「槍」を選ぶのだが、芸妓は「老婆」で来たため今年も負け。「お酒が飲めないので」と嘘を言って、やはり和田アキ子の「あの鐘を鳴らすのはあなた」を歌い始めてしまう。和田アキ子の物真似の際によくやられるように、音をハ行に変えて(「はなたにはへて良かった」)の歌唱である。

メンバー紹介があり、藤井フミヤは和田アキ子の「笑って許して」を歌いながら登場して、周りから「本当はやりたかったんじゃないの」と言われていた。

アンコールで歌われるのは、「ありがとう」。奥田民生が井上陽水とともに作った曲だが、奥田はメインボーカルの位置を藤井に譲ったため、藤井から「そんな遠慮することないのに」と言われていた。年上なので藤井に譲ったのだが、藤井は奥田と槇原の年齢をよくは知らない。奥田が自分の方が年上だというので、藤井は槇原に年を聞き、「50です」と槇原が返すと「若いね!」。ただ、奥田が「54」と答えると素っ気ない対応をしたため、奥田に突っ込まれる。どうも奥田は年相応に見えたらしい。藤井フミヤは57歳だそうだが、屋敷から「ダブルG(ゲー)ジュー(100歳)まで生きようよ」と言われているそうである。

最後は、客席に出演者からおひねりやグッズが投げられ、舞台上での記念撮影が行われて、ライブは幕となる。緞帳が下りる際、屋敷豪太と夫人で本公演演出の屋敷朋美が肩を寄せ合い、絵になっていた。

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2019年9月 5日 (木)

観劇感想精選(315) ロームシアター京都 「能楽チャリティ公演 ~被災地復興、京都からの祈り~」2019 第2部

2019年8月29日 左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールにて観劇

午後6時30分から、ロームシアター京都サウスホールで、「能楽チャリティ公演 ~被災地復興、京都からの祈り~」2019 第2部を観る。

毎年恒例のロームシアター京都での能楽チャリティ公演。1日に昼夜の2回公演である。ただ昨年は台風が直撃し、公演自体は行われたが、私は行くとこが出来なかった。他のお客さんの多くも来られなかったようで、昨年度の募金額のみ例年より少なくなっている。

演目は、半能「賀茂」、狂言「呼声(よびこえ)」、能「善界(ぜがい)」

 

半能「賀茂」。上賀茂神社と下鴨神社の賀茂神社が舞台となっている。京都が舞台になっているため、景色がはっきり目に浮かぶ。
播磨・明石の室明神の神職が、京都の賀茂神社に参拝した時に、目の前に賀茂別雷神(上賀茂神社の祭神)と賀茂御祖神(下鴨神社の祭神=玉依姫)が現れて舞い始めるのを目にするという話である。
賀茂別雷大神は、雷の神様だが、雷は豊かな実りをもたらすとされ(故に「稲妻」である)、玉依姫は、神武天皇の母親にして物事の始まりを祝う神、ということで元号の移り変わりを寿ぐ演目として選ばれたのだと思われる。

 

狂言「呼声」。太郎冠者が勝手に旅に出てしまい、戻っては来たのだが、引きこもっていて、主人のところへ顔を出さない。そこで、主人が次郎冠者を連れて、太郎冠者の家に行き、呼びかけるが、太郎冠者は出て行ったら主人に大目玉を食らうことは目に見えているため、声音を変えて「太郎冠者はいない」と嘘をつく。太郎冠者は、自分は太郎冠者ではなく隣の者だと言い張る。
そこで、次郎冠者が平家節を歌うと太郎冠者も平家節で返し、主人が小歌節で呼び出すと太郎冠者も小歌節を歌う。そのうちに主人と次郎冠者が歌って踊り出すと、太郎冠者も誘い出されて一緒に踊り出し……、ってなんかこれ「天岩戸」っぽいなあ。
本当にそう意味で選ばれたのかどうかはわからないが、芸が物語を動かしていく話であり、猿楽を生んだ猿女の祖である天鈿女命の力を称える演目ともいえる。

 

能「善界」。中国の仏教界を堕落させた中国の天狗・善界坊は、次は日本の仏教界も堕落させようと企み、まず京・愛宕山の天狗である太郎坊に相談に出掛ける。太郎坊は比叡山が日本仏教の最高峰であると善界に教え、比叡山の僧正を標的にするよう進言する。
善界坊は、山から下りてきた僧正を攻略しようとするが、逆に仏法によって調伏される。

「日本は小国なれども神国として、仏法興隆の地なれば」という言葉が何度も繰り返される。今回は善界坊を自然災害に見立て、「災害に日本は負けない」というメッセージと祈りを込めて選ばれたのだと思われる。

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2019年8月18日 (日)

観劇感想精選(314) 二人芝居「グレーテルとヘンゼル」

2019年8月15日 左京区岡崎のロームシアター京都ノースホールにて観劇

午後3時からロームシアター京都ノースホールで、「グレーテルとヘンゼル」を観る。台風によって上演が危ぶまれたが、正午過ぎに予定通り行われることがホームページ上で発表になった。

グリム童話「ヘンゼルとグレーテル」をカナダ・ケベック州の劇団ル・カルーセルがリライトした二人芝居作品である。作:スザンヌ・ルボー、演出:ジェルヴェ・ゴドロ、テキスト日本語訳:岡見さえ。出演は、土居志央梨と小日向星一。

カナダ第二の都市であるモントリオールを擁することでも知られるケベック州はフランス語圏であり、何度かカナダからの独立を試みているところだが、ケベック演劇という心理描写に長けた独自の演劇色を打ち出していることでも知られ、日本でも白井晃の一人芝居である「アンデルセン・プロジェクト」や、中谷美紀主演の「猟銃」などを生んでいる。

グレーテル役の土居志央梨は、1992年福岡県生まれ。京都造形芸術大学映画俳優コース卒。在学中に林海象監督の北白川派の映画「彌勒」に出演し、その後も行定勲監督作品などに出演している。

ヘンゼル役の小日向星一は、1995年東京生まれ。小日向文世の長男である。明治大学政治経済学部卒。在学中には演劇サークルに所属し、第12回明治大学シェイクスピアプロジェクト(MSP)「ヘンリー六世」ではタイトルロールを演じている。兵庫芸術文化センター阪急中ホールで上演された松田龍平主演の「イーハトーボの劇列車」では、風の又三郎らしき少年役を演じていた。

1週間以内に別の場所で小日向親子の演技を見られるというのも良いものである。

 

原作の「ヘンゼルとグレーテル」は、継母に捨てられた二人がお菓子の家を発見し、そこに住む魔女に捕らえられて、というストーリーが主だが、「グレーテルとヘンゼル」は姉弟間の心理に光を当てている。

第一子と第二子の関係は、心理学でも定番中の定番であり、カインとアベルに由来する「カインコンプレクス」という名も与えられている。第一子は第二子が生まれるまでは親の愛情を独占しているが、第二子が生まれると親の関心は第二子に完全に移り、更には「お兄ちゃん(お姉ちゃん)なんだから」「大きいんだから」と新たな役割を半ば強制されるようになる。第一子は第二子に脅威を感じるようになるのである。

私も長男(第一子)で、妹が一人いるのだが、そんなことがあったようななかったような。うちは兄妹仲は比較的良好なのでよく覚えてはいない。

 

ベビーチェアが15脚、円になって並んでいるというシンプルな装置による上演である。ベビーチェアを並べ替え、照明を生かすことによって、森やかまどなどを表現する。

ヘンゼルが生まれたのは木曜日。グレーテルの家では「野菜スープの日」で、グレーテルは野菜スープが登場するのを心待ちにしていたのだが、突然、母が産気づき、野菜スープはお預けとなってしまう。元々、妹も弟も欲しくないと思っていたグレーテルは、ヘンデルの存在を嫌悪し続けることになる。ヘンゼルの方は、言葉を覚えると「グレーテル」「お姉ちゃん」と呼ぶようになるのだが、グレーテルはヘンゼルのことを「弟」と呼び続けた。
グレーテルが5歳、ヘンゼルが4歳のある日、両親が兄弟のためにと取っておいたパン二切れをヘンゼルが二つとも食べてしまうという事件が発生し、激昂したグレーテルはヘンゼルを木のスプーンで思いっ切り打擲する。異変を察した母親が二人を見に来たのだが、グレーテルはヘンゼルがパンを二きれとも食べてしまったことを告げず、ヘンゼルもグレーテルから折檻を受けたことを明かさなかった。そこで変化が訪れそうな気配もあったのだが、帰ってきた父親が母親に何かを告げ、一家4人は森の中へ。実は両親は二人の子供を捨てる覚悟を決めており……。

子供と大人のための舞台として書かれており、今まさにグレーテルとヘンゼルのような幼い姉弟のいる子達にリアルタイムで届ける作品である。終演後の親子連れの会話を聞いていると、違和感が勝っていて余り内容を理解されてはいなかったようだが、子供達に伝わると嬉しく思う。関係者でも何でもないんだけれど。

 

土居志央梨は映像中心のためか、演技が少し過剰になる嫌いがあったが、可憐さもあり、クラシックバレエをやっていたということで身のこなしも軽く優雅で、火にくべられようとする間際までヘンゼルを憎むグレーテルの心の揺れを上手く表していたように思う。

小日向星一は、顔はそれほど父親に似ていないのだが、雰囲気や声は小日向文世を連想させるものがある。幼いヘンゼルの素朴さを上手く出した演技だった。

 

 

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2019年6月 8日 (土)

コンサートの記(559) 「東儀秀樹 雅楽&コンサート ゲストにチェリスト溝口肇を迎えて」@ロームシアター京都

2019年5月9日 ロームシアター京都メインホールにて

午後6時30分からロームシアター京都メインホールで、「東儀秀樹 雅楽&コンサート ゲストにチェリスト溝口肇を迎えて」を聴く。

雅楽師の東儀秀樹による、前半は雅楽の公演、後半はスペシャル・コンサートというプログラムである。

曲目は、第1部の「東儀秀樹による雅楽公演」が、神楽「朝倉音取(あさくらのねとり)」、管弦「越天楽」、管弦「陪臚(ばいろ)」、舞楽「納曾利(なそり)」。第2部の「東儀秀樹と溝口肇によるスペシャル・コンサート」が、「Fly Me To The Moon」、「浜辺の歌」、東儀秀樹のオリジナルである「君の夢を守りたい」、「枯葉」、溝口肇のソロによる「鳥の歌」、溝口肇のオリジナルである「ミスターロンリー」(TOKYOFMテーマ)、溝口肇の「世界の車窓から」、ピアソラの「リベルタンゴ」

客席はお年寄りが多い。

 

まず、東儀秀樹の篳篥ソロによる「朝倉音取」。東儀秀樹は狩衣姿で演奏しながら客席上手のドアから登場し、中央通路を通って舞台に上がる。「朝倉音取」は、本来は人間ではなく、神々にだけ聴かせる曲だそうである。

2曲目のお馴染み「越天楽」。この曲では東儀秀樹は篳篥ではなく鞨鼓(かっこ)を演奏する。太鼓:多田泰大、鉦鼓:矢田浩子、笙:中村華子、篳篥:須崎時彦、龍笛:〆野護元、琵琶:安達圭花、箏:中村香奈子。
雅楽の中でも最も有名な曲であり、正月には神社でこの音楽が掛かっていることも多い。雅楽は西洋音楽とは違い、音を合わせてはいけないため(同時に打つのは相手に失礼になると考えるため)あうんの呼吸による絶妙のずれと揺らぎを楽しむことになる。ということで、雅楽は西洋音楽より即興性が強くなると思われる。「越天楽」は同じメロディーが繰り返されるミニマルのような音楽であるが、同じ演奏は二度と出来ないのだと思われる。

「越天楽」演奏終了後に、東儀秀樹がマイクを手に解説を行う。「皆様、雅楽というと堅苦しいものを思い浮かべるかも知れませんが、ご覧になった通り、とっても堅苦しいものです」と言って笑いを取る。
「雅楽については余り詳しい方はいらっしゃらなくて、大抵の人は、『神社のあれでしょ?』となる。『あれ』って言い方はないと思いますが」「雅楽は1400年前に仏教の音楽として日本に入ってきたわけで、当時は『お寺のあれ』だったわけです」と言ってまた笑いを誘っていた。
管弦「陪臚」は聖徳太子が好んだ曲という伝承がある。6拍子で描かれており、唐招提寺の4月8日に仏誕会には必ず演奏されるそうで、754年の大仏開眼の時に演奏されたという言い伝えがある。ちなみに736年にインドの僧が日本に伝えた曲とされており、聖徳太子のいた時代とは合わず、聖徳太子云々はあくまで伝説のようだ。

舞楽「納曾利」では、横山玲子と正木友美による舞がある。双龍の舞であり、舞人は龍の面をつけている。演奏は、篳篥:須崎時彦&矢田浩子、高麗笛:〆野護元&中村香奈子、鞨鼓:多田泰大、太鼓:中村華子、鉦鼓:安達圭花。
今日は1階席の20列目で、それほど前の方ではないが、迫力は伝わってくる。

 

第2部「東儀秀樹と溝口肇によるスペシャル・コンサート」。バックバンドは、ピアノ:松本圭司、ベース:田中晋吾、ドラム:天倉正敬。
東儀は黒のジャケットで登場。「Fly Me To The Moon」演奏後、「第1部に出てきた東儀秀樹によく似ていると言われるんですが、同一人物です」「『(篳篥で)そんなこと可能なんですか?』『怒れませんか?』と言われたりしますが、才能があるもんで出来ちゃうんです」とお馴染みのナルシシストキャラを発揮するも「お客さんの反応が悪い」「笑ってくれないととんでもないことを言っていることになる」と語っていた。

東儀は、「日本の抒情曲が好き」だそうで、特に日本語の美しさが伝わってくる歌詞が好きなのだが(東儀「この感覚は皆さんにもおわかりいただけると思います。見たところお若い方がいないので」)、最近の小学校の音楽の教科書には抒情曲が載らなくなってきており、その理由が「歌詞が難しくて子どものはわかりにくい」という理由を知って、「穏やかな口調で話しておりますが、憤っております」と話した。日本の抒情曲の中で特に好きだという「浜辺の歌」を演奏される。

「枯葉」では東儀は途中で松本に替わってピアノソロを受け持ったりする。

その後、ゲストの溝口肇が登場する。東儀秀樹はここでいったん退場。
溝口が愛用しているチェロには「アンジェラ」という名前がついているそうで、溝口は「メンバー紹介」と称してまず、「アンジェラです」と言う。
楽器についている愛称は、貴族が所有していた時代につけられたものが多く、例えば高嶋ちさ子のヴァイオリンについている「ルーシー」という名称は貴族によってかってつけられたものだそうだが、溝口のチェロには名前がついていなかった。そこで、友人が名前をつけてくれたそうだ。
演奏曲であるカタロニア民謡「鳥の歌」。溝口は子供の頃にパブロ・カザルスが国連でこの曲を演奏するのを聴いて感動したと語る。「ピース、ピース」と鳴く鳥の声の録音を流した中でのチェロ独奏である。

「ミスターロンリー」。この曲は約15年に渡って「ジェットストリーム」のオープニングテーマだったのだが、今では別の人に取られてしまったそうで、溝口はエンディングテーマのみを担当しているそうである。

「世界の車窓から」。ここで東儀秀樹が再び登場する。
溝口は昨年の誕生日には東儀から篳篥をプレゼントされたそうだが、「才能がないので」ものに出来なかった。悔しいというので、ヤフオク!で笙を購入して、今はそちらを練習しているようである。というわけで冒頭は溝口が笙を吹く。東儀も負けじと笙を吹いて二つの笙がハーモニーを造る。その後、溝口のチェロで「世界の車窓から」がスタート。CMで流れているものは15秒だけだそうだが、今日はそれより4分ほど長い全曲版演奏である。東儀も途中から篳篥に持ち替えての演奏を行う。

プログラムの最後は「リベルタンゴ」。篳篥と笙を吹いた東儀秀樹は、篳篥によるラストの音を思いっ切り伸ばすという外連で喝采を受ける。

 

アンコールとして演奏されたのはピアノの松本圭司の編曲によるというビートルズナンバーの「Yesterday」。雅やかさと無常観の入り交じった演奏となる。

雅楽の楽器の音色は陰影が豊かというべきか濃淡が鮮やかというべきか、明と暗が瞬時にして入れ替わったり同居していたりするのが特徴である。笙などは特にそうだが、篳篥も西洋楽器に比べると光と闇が共に豊穣な音色を宿していることがわかった。

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2019年6月 4日 (火)

観劇感想精選(302) 日本ポーランド国交樹立100周年記念公演 ヤネック・ツルコフスキ 「マルガレーテ」

2019年5月20日 ロームシアター京都ノースホールにて観劇

午後7時からロームシアター京都ノースホールで、ヤネック・ツルコフスキの「マルガレーテ」を観る。日本ポーランド国交樹立100周年記念公演。

ヤネック・ツルコフスキは、ポーランド西部のシュチェンにある劇場Kana Theatre Centreの企画にも携わる演出家。ニューヨークの演劇フェスティバル「アンダー・ザ・レイダー・フェスティバル」に招聘されるなど、欧米を中心に活動している。日本で公演を行うのはこれが初めて。

「マルガレーテ」は今から10年前に初演された作品。小さなスクリーンに映像が投影され、観客も1回25名までという少人数での上演が行われる。ツルコフスキが英語で喋り、大庭裕介(カンパニーデラシネラ)が日本語吹き替えを行う。プライベートな雰囲気を生み出す上演時間約1時間の作品である。

ツルコフスキが、蚤の市で8ミリフィルムと映写機を手に入れる。価格は日本円で2500円という安さであった。そのフィルムに映っている一人の老女。フィルムを収める箱に記された文字から、彼女の名前が「マルガレーテ」であることがわかる。ドイツのヴォルガストという街の住所も記されている。マルガレーテの苗字はルーベといい、ドイツ人らしくないがはっきりしたことはわからない。

特にどうということもない映像が流れる。彼女は歩き、旧東ドイツ国内や旧ユーゴスラビア、当時はソ連の首都だったモスクワや映画「戦艦ポチョムキン」で有名なオデッサの大階段などに友人と旅行に出掛ける。撮影者の正体は不明。ツルコフスキはヴォルガストが原発に近い街であることから、撮影者は西側のスパイで、ヴォルガストの街を撮っているふりをして実は原発の情報も密かに撮影し、確実なものは西側に送ったと……、というのはあくまでツルコフスキの妄想である。そもそも世界を揺るがすような出来事が偶然手にしたフィルムに映っているなどということは、まずあり得ない。
ツルコフスキは、フィルムから何かを手に入れようと、気になった部分を探ってみるのだが、実は重要な部分はツルコフスキが気になった部分とは別のところに映っていたことが後にわかる。
今はインターネットの時代ということで、ヴォルガストの住所をグーグルマップで検索するなどしているうちに、マルガレーテの現在の居場所が判明する……。

マルガレーテは、ヴォルガストの薬局に勤めていた女性で、双子の姉がおり、長生きでツルコフスキと出会った時には99歳。2度目に出会った時に100歳の誕生日を迎えている。
彼女はラトヴィア出身だった。

フィルムは思い出のために撮ったもので、旅行から帰った時には、親族でささやかな上映会も開いたそうだ。
映っているもの自体は平凡なものなのだが、マルガレーテと彼女が映った映像を見たものにとっては、それは特別なものとなっていく。一人の老女のささやかな歴史に向かい合うことは、スパイ映画などよりもドラマティックなのだ。
実は、マルガレーテのフィルムに映っていた当時7歳ぐらいの少年から1か月程前にコンタクトがあり、ツルコフスキは会ったそうだ。彼もインターネットでマルガレーテのことを検索して映画になっていることがわかり、連絡をくれたそうである。本来は埋もれるはずだったフィルムからこうした広がりが生まれているというのも素敵なことだと思う。

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