カテゴリー「ロームシアター京都」の102件の記事

2024年4月19日 (金)

観劇感想精選(458) 村川拓也 「ムーンライト」

2023年1月12日 左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールにて

午後7時から、左京区岡崎のロームシアターサウスホールで、「ムーンライト」を観る。演出・構成:村川拓也。声の出演:中島昭夫。出演(ピアノ演奏):荒俣麗奈、伊東沙希子、梶原香織、杉田彩智乃。ドラマトゥルク:林立騎。

「ムーンライト」は、2018年に、目の不自由な老人ピアノ演奏者である中島(なかしま)昭夫に取材して作られた作品で、当初は、中島もステージに上がり、村川のインタビューを受けるという趣向の作品であった。その後、東京、札幌でも上演されたが、札幌公演が行われる直前の2022年5月に中島が逝去し、札幌と今回の京都での上演は中島なしでの上演となっている。

中島がステージ上にいると仮定して村川は話しかけるのだが、中島の返答は当然ながら客席にいる人には聞こえてこないので、中島の人となりを知ることは出来ない。村川が一人芝居で中島から聞き取ったことにする断片的な情報が知られるだけである。ただ、ピアノを通して浮かび上がる中島の姿は興味深い。

中島は大学生時代に医師から「将来失明する」と告げられ、点字を読めるようにすることを勧められるのだが、視力は中島が定年退職するまではもった。だがその後、視力の低下は進み、やがて見えなくなる。

演奏される曲目は、ドビュッシーの「小さな黒人」、「旅愁」、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第8番「悲愴」より第2楽章、バイエルより、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第14番「月光」より第1楽章(この曲のみ記録音源)。

ラストは、10年前に中島さんが日比谷にあるスタインウェイのショールームで試し引きした「月光」ソナタ第1楽章の映像。聴覚を失ったベートーヴェンと、視力を失いつつある中島さんが一体化し、メカニックも表現も素人だが心を揺さぶる演奏となっている。

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2024年3月22日 (金)

コンサートの記(835) 小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトXX モーツァルト 歌劇「コジ・ファン・トゥッテ」@ロームシアター京都

2024年3月17日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後3時から、左京区岡崎のロームシアター京都メインホールで、小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトXX モーツァルトの歌劇「コジ・ファン・トゥッテ」を観る。1969年、ザルツブルク音楽祭において若き日の小澤征爾が師であるヘルベルト・フォン・カラヤンの勧めで、初めて本格的に指揮したオペラがこの「コジ・ファン・トゥッテ」である。
小澤征爾逝去後初となる小澤征爾音楽塾のオペラ公演。上演前には小澤征爾追悼としてモーツァルトのディヴェルティメント K.136より第2楽章が演奏された。

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演奏は小澤征爾音楽塾オーケストラ、合唱は小澤征爾音楽塾合唱団。いずれも日本を始め、中国や韓国でも行われたオーディションを突破した若手音楽家によって結成されている。
指揮は小澤征爾音楽塾首席指揮者で、ベネズエラのエル・システマ出身のディエゴ・マテウス。演出はデイヴィッド・ニース。チェンバロはキリル・クズミンが担当する。
なお、今回は小澤征爾の肩書きは音楽監督になっているが、来年の予告チラシを見ると、永久音楽監督の称号が与えられることが分かる。

出演は、サマンサ・クラーク(フィオルディリージ)、リハブ・シャイエブ(ドラベッラ)、ピエトロ・アダイーニ(フェランド)、アレッシオ・アルドゥイーニ(グリエルモ)、バルバラ・フリットリ(デスピーナ)、ロッド・ギルフリー(ドン・アルフォンソ)。


ナポリが舞台の作品ということで、背景にはベスビオ火山が描かれたものもある。
女の貞淑さについて賭けを行うという作品なのだが、「不謹慎にもほどがある!」ということで長らく上演されなかった時期もあるという「コジ・ファン・トゥッテ」。モーツァルトがロレンツォ・ダ・ポンテと組んで作り上げた3つめにして最後の作品である。モーツァルトの三大オペラは、「フィガロの結婚」、「ドン・ジョヴァンニ」(いずれも台本はダ・ポンテ)、「魔笛」(台本はシカネーダー)であるが、「コジ・ファン・トゥッテ」も含めて四大オペラとされることもある。

グリエルモとフェランドは、恋人の心を確かめるために、兵隊に行く振りをして、フィオルディリージとドラベッラの前から去り、アルバニア人に変装して再登場。フィオルディリージの恋人であるグリエルモはドラベッラを、ドラベッラの恋人であるフェランドはフィオルディリージを誘惑。しかし二人の女性は相手を拒否。貞淑さに賭けていた二人は勝利を確信するが、ドン・アルフォンソは誘惑を続けるよう命じる。


揺れる女心を描くと同時に、男のいい加減さ、人間の弱さ、女の自由、生きる意味などを問うた作品である。有名なアリアなどはないが、重唱が多く、厚みのある音楽が特徴となっている。

ノンタクトで振るマテウス指揮する小澤征爾音楽塾オーケストラは、ピリオドを援用した鋭くも典雅でメリハリの利いた演奏を展開。音の輝きや活きの良さなども十分であった。
恋人役の4人の歌手も好演。トリッキーな役である女中のデスピーナを演じたバルバラ・フリットリも様になっていた。

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2023年5月26日 (金)

コンサートの記(825) ビルボードクラシックス 玉置浩二 LEGENDARY SYMPHONIC CONCERT 2023“Navigatoria”京都公演

※セットリストなどにネタバレがあります。ご注意ください。

2023年5月16日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

左京区岡崎のロームシアター京都メインホールで、ビルボードクラシックス 玉置浩二 LEGENDARY SYMPHONIC CONCERT 2023“Navigatoria”に接する。ロームシアター京都では初めて行われる玉置浩二のビルボードクラシックス公演。共演は湯浅卓雄指揮の大阪交響楽団。

今日は4階席のバルコニーということで、歌っている玉置浩二の姿はほとんど見えないという悪条件の下での鑑賞である。前半は抑えめのセットリスト。私の好きな「Mr.LONELY」などもメドレーで歌われる。
締めは「Friend」であった。

後半は、「いかないで」から怒涛のポピュラー楽曲の連続。「ワインレッドの心」、「じれったい」、「悲しみにさよなら」と来て、「JUNK LAND」では大いに盛り上げる。

「夏の終わりのハーモニー」で本編終了。客席からは、「大好き」「ありがとう」という声が響き、まだ引っ込んでもいないのにアンコールが飛び出す。

 

そのアンコールは2曲。まずは湯浅卓雄大阪交響楽団が、ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」の冒頭を演奏。クラリネットが玉置浩二の「田園」の旋律を奏でたところでいったん終了し、玉置浩二による「田園」が始まる。

大いに盛り上げた後は、「メロディー」で締めくくり。充実した時間がロームシアター京都に流れた。

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2022年11月 4日 (金)

コンサートの記(811) 新国立劇場 高校生のためのオペラ鑑賞教室2022@ロームシアター京都 プッチーニ 歌劇「蝶々夫人」

2022年10月27日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後1時から、左京区岡崎のロームシアター京都メインホールで、プッチーニの歌劇「蝶々夫人」を観る。東京・初台にある新国立劇場の高校生のためのオペラ鑑賞教室2022として開催されるもので、例年は当日券のみか、以前にモーツァルトの歌劇「魔笛」が開催された時には4階席のみ一般席として発売されたが、今回は1階席の後方が一般席として前売りが行われ、廉価でオペラを楽しめることになった。

指揮は京都出身の阪哲朗。演出は栗山民也。出演は、木下美穂子(蝶々夫人)、村上公太(ピンカートン)、近藤圭(シャープレス)、但馬由香(スズキ)、糸賀修平(ゴロー)、畠山茂(ボンゾ)、瀧進一郎(神官)、高橋正尚(ヤマドリ)、佐藤路子(ケート)、保坂真悟(ヤクシデ)、照屋睦(書記官)、藤永和望(母親)、塚村紫(叔母)、肥沼諒子(いとこ)。演奏は京都市交響楽団、合唱は新国立劇場合唱団。

舞台正面の壁の上方に長方形の開かれた窓のような空間が開けられており、そこから下手側にスロープ上の緩やかな階段が降りている。窓のような空間の下には八畳間ぐらいのスペースが設けられており、ここが蝶々さんの家の居間ということになる。

開かれた窓のような空間には星条旗がはためいている。常にあるという訳ではないが、要所要所で現れ、第2幕第2場では蝶々さんが星条旗と並ぶシーンがある。おそらく蝶々さんの見知らぬ国への憧れとそこでのピンカートン夫人としての生活の夢を表しているのだと思われる。第1幕終盤でのピンカートンと二人の場面で蝶々さんは「星」について歌っているが、今回の演出ではその「星」も夜空に瞬くリアルなものではなく星条旗にデザインされた星のことと受け取ることが可能なように思えてくる。


海外の歌劇場での音楽監督としての活動も長かった阪哲朗。彼らしいシャープで生き生きとした音楽を生み出す。京都市交響楽団は、ピットでの演奏ということで音が濁る場面もあったが、力強くも美しい音を奏で、日本で聴けるオペラの演奏としては最上の一つと思われる上質の響きを生み出していた。
ロームシアター京都メインホールの1階でオペラを聴くのは初めてだが、潤いと迫力を合わせ持った音が届き、やはりこの会場はオーケストラがピットに入った時に最も良い響きを生むことが分かる。プロセニアムの形もあるいはオーケストラがピットに入った時に音を前に飛ばす設計なのかも知れない。

登場人物が上の開いた窓のような空間から下に降りてくるということで、理想的な場所から修羅場に向かってくるようにも見えるのだが、おそらくそこまでは想定していないであろう。ただ星条旗のはためく空間は理想と希望を表しているようにも見える。一方で星条旗は帝国主義と植民地主義の象徴でもあり、蝶々さんを苛むことにもなる。見方によっては、あるいは場合によっては希望と絶望は表裏一体になり得る。

初演が大失敗に終わったことでも知られる「蝶々夫人」。だがその際は、ピンカートンの性格が帝国主義と植民地主義の権化のようなものだったそうで、その場合はピンカートンと蝶々さんのロマンスが全く生きなくなったであろうことは想像に難くない。ということでピンカートンを色男にしたことで再演は成功したとされている。ちなみにピンカートンというのは「出来の悪い海兵」を表すスラングだそうで、初演時の人物設定が今以上に悪かったことが窺える。

タイトルロールを歌う木下美穂子は細やかな歌唱と心理描写が印象的。実力をいかんなく示す。シャープレスを歌う近藤圭も想像以上に貫禄があり、アメリカの駐日領事官としての重さを演技で表していた。

栗山民也は自害した蝶々さんを息子が見つけて呆然とする(あるいは何が起こっているのか分かっていないのかも知れないが)場面を最後に持ってくることで、この物語と植民地主義とピンカートンの残酷さを描き出していた。

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2022年9月 1日 (木)

観劇感想精選(444) 「能楽チャリティ公演~祈りよとどけ、京都より~」2022 第2部

2022年7月25日 左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールにて

午後6時から、左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールで、「能楽チャリティ公演~祈りよとどけ、京都より~」第2部を観る。午前10時半から第1部の公演があり、少し開けて第2部の公演が行われる。

第2部の演目は、「右近」、狂言「舎弟」、「鞍馬天狗」

女性能楽師の松井美樹によるナビゲーションがあり、公演の趣旨や演目のあらすじが紹介される。同じ内容を白人の男性通訳が海外からのお客さんのために英語に訳した。


「右近」。半能として後半のみの上演である。出演は、吉田篤史、有松遼一。
北野天満宮の右近の馬場が舞台であり、鹿島神宮の神職が在原業平の歌を口ずさむと、桜場の女神(じょしん)が感応して舞を始めるという内容である。
長い袖を腕に絡ませながらの舞であるが、その瞬間に桜の花が咲いて散る様が見えるような、桜そのものの舞となる。おそらく意識しているのだと思われるが、凄いアイデアである。


狂言「舎弟」。出演は、茂山千之丞、鈴木実、網谷正美。
この辺りの者(シテ。茂山千之丞)には兄がいるのだが、名前ではなくいつも「舎弟、舎弟」と呼ばれている。シテの男は「舎弟」の意味が分からないので、ものをよく知っている知り合い(鈴木実)に「舎弟」の意味を聞きに行く。いい年なのに「舎弟」という言葉も意味も知らないということで知り合いは呆れ、「舎弟るといって、人のものを袖に入れて持ち去る」いわゆる盗人だと嘘を教える。シテの男は信じ込んで激怒。兄の正美のところへ文句を言いにやってくる。

いつのまにか「舎弟る」という言葉が一人歩きし、二人で「舎弟る」の話になって別の喧嘩が始まるのが面白い。


「鞍馬天狗」。通常とは異なり、白頭の装束での上演となったが、膨張色ということもあり、鞍馬の大天狗が大きく見えて効果的であった。出演は、原大、茂山逸平、島田洋海、松本薫、井口竜也。
鞍馬寺にはその昔、東谷と西谷があり(東谷って嫌な言葉だなあ)、一年おきに片方の僧侶が相手の所に出向いて花見を行い、それを当地の僧侶がもてなすという習慣があった。そんな折り、東谷を訪れた山伏。正体は鞍馬の大天狗(「義経記」などの鬼一方眼に相当)である。稚児達が遊んでいるが、皆、山伏が来たのを見て帰ってしまう。その中で一人、残った稚児がいる。この子こそ後に源九郎判官義経となり日本一の戦上手として名をはせる人物であるが、「帰ったのはみな平家の稚児、それも平清盛に近い稚児で、自分だけ彼らとは立場が異なる」と語る。それを見た山伏は、兵法の奥義を後に義経となる牛若丸、大天狗の名付けによると遮那王に授けることに決める。

能の演目であるが、狂言方による笑えるシーンなどもあり、大天狗の舞も見事で、能のもう一つの魅力であるダイナミズムが前面に出た演目となった。とにかく迫力がある。

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2022年8月24日 (水)

コンサートの記(800) ROHM CLASSIC SPECIAL 秋山和慶指揮NHK交響楽団京都特別演奏会

2022年8月20日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後4時30分から、ロームシアター京都メインホールで、ROHM CLASSIC SPECIAL NHK交響楽団京都特別演奏会を聴く。指揮は秋山和慶。

ありとあらゆる楽曲を一定の水準以上で演奏出来る秋山和慶。日本中で新型コロナによるコンサート休止期間が発生した後ではそれ故に引っ張りだことなり、80歳を超えてますます存在感を増している。齋藤秀雄の高弟であり、「齋藤メソッド」の正統的な継承者として知られるが、自身のキャリアよりも教育を重視しており、アメリカ交響楽団、バンクーバー交響楽団、シラキュース交響楽団の音楽監督など主に北米でキャリアを築いているが、日本各地の学生オーケストラなどもたびたび指揮している。そのため、やはり齋藤秀雄の高弟で、共にサイトウ・キネン・フェスティバルを始めた小澤征爾に比べると地味であったが、小澤が指揮台に復帰するのが難しい状況となっており、皮肉なのかも知れないが、サイトウ・キネン・フェイスティバルがセイジ・オザワ 松本フェスティバルに名を変えるのに前後して、秋山に光が当たるようになった。


演奏曲目は、ドヴォルザークのチェロ協奏曲ロ短調(チェロ独奏:宮田大)、ベートーヴェンの交響曲第7番。


今日のコンサートマスターは、伊藤亮太郎。ドイツ式の現代配置での演奏である。
第2ヴァイオリン首席奏者であった大林修子が定年退職し、私がN響の学生定期会員をしていた時に在籍していたメンバーがもうほとんどいない状態になっている。N響も世代交代が進んでいる。チェロ首席の藤森亮一はまだ在籍しているが、それ以外は私が大学を卒業して定期会員を辞めて以降に入団した人が大半となっている。


今日は3階席の最前列で鑑賞。ロームシアター京都メインホールの3階席最前列は、手すりが目隠しのようになって視覚を遮ることで評判が悪いが、演劇やオペラではなく、クラシックのコンサートなので、「見えなくて困る」という程のことはなかった。


ドヴォルザークのチェロ協奏曲。宮田大のソロでこの曲を聴くのは、八幡市文化センターでの広上淳一指揮京都市交響楽団の演奏会以来だと思われるが、深々とした呼吸で朗々と歌い、ドヴォルザークがこの曲に込めたノスタルジアを自然な形で引き出す。「そこにあるので出しました」といったように。技術も高いのだが、自然体のように聴かせることが出来るのが宮田の良いところだろう。
秋山の音楽作りは管楽器重視。弦の音は渋めだが、管はアメリカのオーケストラのように華やかで、特に金管の浮かび上がらせ方が爽快である。


宮田のアンコール演奏は、マーク・サマーの「Julie-o」。ピッチカートや左手ピッチカートなども多用する現代作品である。「チェロ独奏」のイメージを打ち破る演奏であった。


ベートーヴェンの交響曲第7番。モダンスタイルによる演奏である。派手に演奏することも可能な楽曲であるが、秋山は堅牢な構造美を前面に打ち出した秀演を聴かせる。
安定感のある低弦部は渋めの音、一方でヴァイオリンは白熱の光を帯びており、その対比が鮮やかだ。迫力はあるが虚仮威しにならないのは、やはりバランス感覚の高さにあるのだと思われる。
第2楽章「不滅のアレグレット」も切々とした歌で聴かせる。ラストは弦の響きが印象的となる楽章であるが、秋山は弦が弾き終えた後も木管を伸ばして吹かせ続けて、独特の余韻を築いていた。
第3楽章と第4楽章も華やかだが、いたずらに迫力を追求することなく、ベートーヴェンがこの曲に込めた冒険心を一つ一つ詳らかにしていく。設計のしっかりした美しいベートーヴェン演奏であった。


アンコール演奏は、ドヴォルザークの「弦楽セレナード」より。しなやかな美しさが印象的であった。

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2022年8月21日 (日)

コンサートの記(799) 玉置浩二 CONCERT TOUR 2022 「故郷楽団 35th ANNIVERSARY~星路(みち)~」@ロームシアター京都メインホール

2022年8月16日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後6時から、左京区岡崎のロームシアター京都メインホールで、玉置浩二 CONCERT TOUR 2022「故郷楽団 35th ANNIVERSARY ~星路(みち)~」を聴く。昨年に続いて2年連続でロームシアター京都メインホールに登場する玉置浩二。これまで玉置浩二のライブには3回接しているが3回とも雨ということで、結構な雨男であることが分かる。

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今回も前回の「故郷楽団」コンサート同様、バンドを下手側に寄せての演奏となる。

本編が始まる前に、スクリーンに1992年の映像が投影される。玉置浩二が実父と共に宗谷岬から旭川の実家まで歩くという旅の物語。途中、玉置浩二が父親に、「ミック・ジャガーって知ってる?」と聞き、父親が「あれだべ、料理だべ」と答えるシーンがある。「ミック・ジャガー」を「肉じゃが」と聞き間違えたようだ。客席から笑い声が起こっていた。


玉置浩二はオーケストラとの共演を行った際に、オーケストラコンサートには途中休憩があることを知り、以降は自身のコンサートも途中休憩を入れて二部制のコンサートとしている。

インストによる「あこがれ」を経て「カリント工場の煙突の上に」でスタート。昨年はアルバム「Chocolate Cosmos」からの楽曲が中心となったが、今回は、特に前半は幅広い時代の楽曲が採用されていた。前半には、昨年のコンサートのアンコール曲であった「しあわせのランプ」も歌われる。

第2部の途中からは、玉置浩二ファンでなくても知っている楽曲も増え、密度を増す。玉置浩二の歌声は一種の呪力があり、聴き手を有無を言わさず座席へと吸い付けてしまう。一種の神聖な力の働きがあるのだ。特に「Mr.LONELY」以降はその呪力は増していく。勿論、手拍子などは打ったりするのだが、精神的には明らかに玉置浩二の支配下にある。政治と宗教絡みの話が続いている昨今であるが、玉置浩二はシンガーソングライターにならなかった場合は、新宗教の教祖にもなれたのかも知れない。そのためのカリスマ性には全く欠けていないと断言しても良い。それでいて表現は自然であるため、聴衆は直接心をわしづかみにされたような感覚に陥るのだ。こちらも全身を耳にする感覚で玉置の歌声に傾聴する。

「JUNK LAND」を経て、最も盛り上がる「田園」に突入。客席は総立ちとなって手拍子を送る。玉置はお約束通り、「愛はここにある」の続きを「京都にある」と続けて拍手を受けていた。

最後の曲は「メロディー」。あたかも自分が昔経験したことのあるような光景が頭の中に広がっていく。日本人の集合的無意識に訴えかける曲と書くべきだろうか。玉置浩二の歌声は、その歌の舞台へと聴く者を運んでいく。「Mr.LONELY」の最後のスキャットの部分と「メロディー」のラストの数小節は玉置はマイクから離れて地声による歌唱を聴かせていた。

アンコールがあるかと思ったが、なしで終了。先に行われた公演でもアンコールはなかったようだが、今日は午後8時から五山送り火の点火があるので、それまでに終わらせる必要もあったのかも知れない(実際、当初のセットリストから1曲カットされていたようである)。

大文字の送り火はロームシアター京都の中庭であるローム・スクエアから見ることが出来る。
ということで、ロームシアターから出てローム・スクエアに出ると地表が濡れていて、水たまりもあちこちに出来ている。どうやらコンサート中に一雨来たようだ。ということで、玉置浩二のコンサートには4回行って4回とも雨が降るという結果になった。相当な雨男のようである(玉置浩二の雨男エピソードについては様々なファンが記している)。ただ今回はコンサート中に降ったため、行きや帰りに濡れたり傘が必要になることは一切なかった。

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午後8時を幾分か回ったところで大文字に点火。雷光が時折輝く中での点火である。ローム・スクエアのある左京区岡崎は今出川通よりも大分南にあるので、横面からの大文字となった。
そのまま大文字に向かって歩いて帰路につく。

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2022年8月17日 (水)

コンサートの記(797) 一般社団法人京都バレエ団公演「ロミオとジュリエット」全幕

2022年8月11日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後4時から、ロームシアター京都メインホールで、有馬龍子記念一般社団法人京都バレエ団公演「ロミオとジュリエット」を観る。プロコフィエフの傑作バレエの全曲上演である。演奏は京都市交響楽団。指揮は国立パリ・オペラ座バレエ団のミッシェル・ディエトラン。ジュリエット役は国立パリ・オペラ座バレエ団のロクサーヌ・ストヤノフ、ロミオ役は国立パリ・オペラ座バレエ団のフロロン・メラックが務める。振付は国立パリ・オペラ座バレエ団のファブリス・ブルジョワ、指導はパリ・オペラ座バレエ学校のエリック・カミーヨ。ティボルト役は京都バレエ団の鷲尾佳凛、マキューシオ役はトゥールーズ・キャピトル・バレエの金子稔。

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クラシック音楽の世界では、英語よりイタリア語の方が優位。また舞台がイタリアのヴェローナということもあって、イタリア風の「ロメオとジュリエット」表記が一般的であるが、勿論、英語由来で現在の日本で一般的なタイトルとなっている「ロミオとジュリエット」表記であっても一向に構わない。

一般にバレエ音楽はバレエダンサーの動きを想定して書かれている。そのため、チャイコフスキーの三大バレエであってもバレエなしの音楽のみで聴き通すことはかなり苦しい。バレエの動きあっての音楽なのである。一方でプロコフィエフの「ロメオとジュリエット」は音楽優位。世界にバレエ音楽は数あれど、1時間を超える作品で「長大な交響詩」として聴けるのは、プロコフィエフの「ロメオとジュリエット」ただ1作である。
プロコフィエフの「ロメオとジュリエット」は、作曲者が当初は、「死人は踊れない」としてハッピーエンドに変更しようとしたり、リハーサルに入ってからもバレリーナから「音楽が洗練されすぎていて踊れない」という苦情が入ったりと、初演に漕ぎ着けるまで難航したが、誰もが知るシェイクスピアの「ロミオとジュリエット」の筋書きと、プロコフィエフの強靱な音楽により、世界中で親しまれている傑作バレエとなっている。前述通り「長大な交響詩」として聴ける唯一のバレエ音楽であり、1時間を超えるバレエ音楽としては今後これを超えるものは出てこないのではないかと思えるほどの完成度を誇る。

ミッシェル・ディエトランは、バレエ専門の指揮者ということで、バレエに合わせた指揮を行うことが可能である。アゴーギクなども彼が行うと自然だ。プロコフィエフの音楽の色彩美、可憐さ、迫力、悲劇性などを無理なく京響から引き出していた。
その京響は、今日は金管が粗めの曲があったが、艶やかでこぼれるような美音を奏で、迫力あるナンバーでも鉄壁のアンサンブルで聴かせる。
ロームシアター京都メインホールは、基本的にオペラ・バレエ、ポピュラー音楽向けの音響であるが、オーケストラがピットに入った時の方が、舞台上で演奏するよりもいい音が届くようである。

日本人のバレエダンサーの場合、特に男性は体格面で白人に劣るため、迫力に欠ける傾向にあるが、今日は遠目の席(3階席4列目)だったということもあり、不満に感じるということは特になし。女性も体格やスタイルでは白人に適わないが、可憐さなど他の部分で勝負出来るため、男性よりは世界水準に近いと思える。

小部屋で黒装束の人物が嘆きの表情を浮かべているシーンでスタート。舞台から席が遠目なので、それが誰なのかは分からなかったが、バレエが進むにつれて、ジュリエットの父親(山本隆之)らしいことが分かる。今回の「ロミオとジュリエット」は、ジュリエットの父親の悔恨に満ちた回想というスタイルを取ってるようであり、ラストも小部屋で嘆くジュリエットの父親の姿で終わる。

今回の「ロミオとジュリエット」は、ロミオの周囲にもジュリエットの周囲にもいたずら好きが集まっているのが特徴。ロミオの周囲は原作でもマキューシオのような常にいたずらばかりしている者がいるわけだが(最後まで道化ているという解釈が一般的だが、レオナルド・ディカプリオ主演の映画「ロミオ+ジュリエット」では本気で呪いの言葉を吐く設定に変わっており、衝撃的である)、ジュリエットも侍女達と共に乳母をからかうなど、少女らしい(設定では13歳である)無邪気さを発揮している。ということで、二人とも原作通りの性格を体現しているといえる(ロミオの軽佻浮薄な性格は「イメージを損なう」として従来はカットされることが多かった)。
モンタギュー家の衣装を緑色、キャピュレット家の衣装を赤と対抗色にしたのも分かりやすい。
100点満点とまではいかないが、常に80点を保つという完成度であり、日本におけるバレエの上演としては満足のいく出来である。

それにしてもプロコフィエフの音楽は素晴らしい。近年ではソフトバンクのCMに使われるなど知名度が高まっているが、あるいはバレエなしのコンサートでの全曲演奏を行うのも面白いかも知れない。そう度々行うべきものでもないと思うが、音楽だけで聴かせることの出来る唯一のバレエ音楽だけに一度は企画されても良いように思われる。

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2022年7月30日 (土)

コンサートの記(793) 夏川りみコンサートツアー2022「たびぐくる」京都公演

2022年7月24日 左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールにて

午後3時から、ロームシアター京都サウスホールで、夏川りみコンサートツアー2022「たびぐくる」京都公演に接する。沖縄の本土復帰50年を記念してのツアーである。夏川りみのコンサートはこれまで、伊丹、大阪、宇治、城陽、なぜか岐阜羽島でも聴いているが(しかもなぜか京都フィルハーモニー室内合奏団との共演)、京都市内で聴くのは実は初めてとなる。

6月にニューアルバム「会いたい~かなさんどぉ~」をリリースした夏川りみ。これまでは他人が提供した曲を歌い上げるというスタイルで、自分で作詞・作曲したのはライブのみで歌われる「タイガービーチ」ぐらいだったが、この新譜では作詞・作曲も手掛けており、ライブでも自作曲が披露された。

今日が祇園祭の後の祭りの山鉾巡行ということで、「山鉾巡業、巡業じゃなかった巡行か。それを見た後でこっちに来た? あるいはそちらを捨ててこっちに来た?」と聞いていた。山鉾巡行を見るのは、山や鉾を出す町以外は、市外や府外から来る人の方が多い。

「てぃんさぐぬ花」をウチナーグチで歌った夏川りみ。「初めて夏川りみの声を生で聴いたという人は拍手」「ほぼ全員だねえ」(実際には3分の1程度だろうか。夏川りみは京都市内でのライブはたまにしか行わない)ということで、「静かな歌が多いです。で、方言なので歌詞の意味が分からない。意味の分からない静かな歌を聴いていると眠くなる」「でも起こしたりはしません」「起きる歌もあるからさあ」ということで、「起きる歌」としては、「知ってる歌の方がいいでしょう」として、THE BOOMが30年前に発表した「島唄」が歌われた。前半がヤマトグチ、後半はウチナーグチでの歌唱である(THE BOOMが両バージョンをリリースしている)。

沖縄の民謡としては、「月ぬ美しゃ(かいしゃ)」「東里真中」などの子守唄が歌われ、夏川は歌う前に「おやすみなさい」と言っていた。

代表曲の一つ、「童神(ワラビガミ)」をヤマトグチで歌うことを発表して、お客さんの一人が拍手し、夏川も「中途半端な拍手ありがとうございます」と冗談を言うが、誤解されるといけないので、「嘘! 嘘! 嘘ですよ!」とフォローしていた。その後、今年12歳になるという息子さんの話をする。この間生まれたばかりかと思っていたらもう12歳と時の流れは速いが、考えてみれば私が夏川りみのライブに接するのも2017年12月以来と久しぶりである。息子さんはまだ母親と遊んでくれているそうだが、来年は中学校に上がるため、もう遊んでくれないかもと少し寂しそうに語った。

「涙そうそう」を歌う前には、「今の私があるのもこの歌のおかげさあ」「なに歌うか分かったさあね」とお約束の語りを入れる。余り関係ないが、私は最近は「涙そうそう」はシンガポールのシンガーである蔡淳佳による北京語の新訳バージョンで歌っている。

自作曲3曲、「愛(かな)さ生(う)まり島(じま)」、「波照間ブルー」、「会いたい(想你)」は全て披露される。このうち、「波照間ブルー」と「会いたい(想你)」は、今日はキーボード奏者として参加していた醍醐弘美との共作である。夏川は、「沖縄本島行ったことある人?」「私が生まれた石垣島行ったことある人?」「竹富島行ったことある人?」と聞いていき、「波照間島行ったことある人?」と最後に聞くが、実は夏川りみも深めて今日の出演者4人は全員、波照間島には行ったことがないそうである。「波照間ブルー」は、夏川が醍醐と共作する過程で、「パラダイスのような感じがする」ということで、イメージだけで作り上げたようだ。
また、「会いたい(想你)」は副題に中国語が入っているが、テレサ・テンが残した音声と夏川が架空デュエットをして曲を作ったことを思い出して、テレサ・テンへの思いを歌に込めたものだと明かしていた。一部に北京語の歌詞あり。

アンコールでは沖縄民謡「芭蕉布」が歌われる。

今日は白い旗袍のような衣装に紫色の羽織を纏って登場した夏川りみ。文様のデザインは夏川のオリジナルで、「ムカデ」を表したものであり、ムカデはその足の多さから「よく通う」という意味があるそうで、「お客さんにたくさん足を運んで欲しい」という願いを込めたものだという。
今日も声の情報量が多く。歌声で繰り広げられる絵のない映画を存分に楽しんだ。

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2022年7月23日 (土)

コンサートの記(791) ナプア・グレイグ with ハワイアン・フラ・ダンサーズ

2019年7月23日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後6時30分から、ロームシアター京都メインホールで、ナプア・グレイグ with ハワイアン・フラ・ダンサーズの公演に接する。

ナプア・グレイグ with ハワイアン・フラ・ダンサーズは、文字通り、ハワイアンの歌とダンスのコンサートである。
ハワイアンというと、スチールギターが鳴って、ゆったりとしたテンポの音楽が流れてというイメージがあり、実際にそういう楽曲もあるのだが、まず冒頭ではハワイのペレやマクアといった神々に捧げる民族音楽とフラが行われる。これらはテンポも速くキビキビと進み、「のどかなハワイアン」という先入観とは異なっている。

ナプア・グレイグは、英語でトークを行う。「てぃんさぐぬ花」を歌う前に、「Okinawa is my father's country」と言ったため、沖縄とハワイのハーフであることがわかるが、聴衆には余り伝わっていないようで、「おじいさんとおばあさん、沖縄の人」と日本語で言ったときに「あー」という声が上がっていた。ちなみにお父さんの名前は、ナカソネ・キヨシだそうである。

セットリストは、「ホロ マレ ペレ」、「オケ アヒ ア ロノマクア」、「アカ ウク」、「ノウ ペハ エ カイアノ」、「カワヒネ オ カ ルア」、「ライエカワイ」、「ノールナ」、「ポリアフ」、「アイア ラオペレ」、「ワイアウ」、「ケ アオ ナニ」、メドレー「I'll wave a lei of stars~マヒナ オ ホク~マウイムーン」、「ナ アレ オ ニイハウ」、「カ マカニ カイリ アロハ」、「ナーウイ オ カウアイ」、「てぃんさぐぬ花」、「プア イリアヒ」、「カ マラナイ ソング」

フラダンスというと女性が踊っているイメージで、今回ももちろん女性ダンサーが多いのだが、男性ダンサーも6名ほど参加。その中にサッカーの長友佑都によく似た男性ダンサーがいて、妙に気になったりした。

ダンサーとして、ナプア・グレイグの19歳になる長女と5歳の長男が登場。「ケ アオ ナニ」に合わせて二人で踊る。長女は10代に入った頃から踊りを始めていたらしいが、長男は今回の来日公演に合わせて1ヶ月練習しただけだそうで、姉の踊りを見ながら動きを真似していた。

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