カテゴリー「ザ・シンフォニーホール」の32件の記事

2019年11月 7日 (木)

コンサートの記(603) 大和証券グループ presents 「BBC Proms JAPAN」BBCプロムス・イン・大阪 トーマス・ダウスゴー指揮BBCスコティッシュ交響楽団

2019年10月31日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、大和証券グループ presents 「BBC Proms JAPAN」 BBCプロムス・イン・大阪を聴く。毎年のロンドンの風物詩となっているBBCプロムスの日本での初開催である。東京と大阪で公演が行われるが、大阪での公演は今日1回きりである。

トーマス・ダウスゴー指揮BBCスコティッシュ交響楽団の演奏。BBCプロムスということでホール内は前半が暖色系、後半は寒色系のライトアップが行われていた。

 

デンマークの奇才、トーマス・ダウスゴー。ベートーヴェンの交響曲のピリオド・アプローチによる演奏に最も早く挑んだ指揮者の一人であり、今後が期待される中堅指揮者の一人である。1963年生まれ。王立デンマーク音楽院とロンドンの王立音楽院に学び、1997年にスウェーデン室内管弦楽団の首席指揮者に就任。このコンビで録音した「ベートーヴェン交響曲全集」は話題になった。その後、祖国であるデンマークの国立放送交響楽団のシェフなどを務め、現在はBBCスコティッシュ交響楽団の首席指揮者の座にある。

 

曲目は、メンデルスゾーンの序曲「フィンガルの洞窟」、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番(ピアノ独奏:ユリアンナ・アヴデーエワ)、マーラーの交響曲第5番。
一応、アンコールという形になるが、最後にエルガーの「威風堂々」第1番が演奏されることが決まっており、無料パンフレットに歌詞カードが挟み込まれている。

 

BBCスコティッシュ交響楽団は、スコットランド最大の都市であるグラスゴーに本拠地を置くオーケストラ。1935年の創設。現役最高のシベリウス指揮者の一人であるオスモ・ヴァンスカが1996年から6年間、シェフを務めていたこともある。

ヴァイオリン両翼の古典配置を基本としているが、トランペットが上手奥に斜めに一列に並ぶというロシア式の配置も取り入れている。
オーケストラメンバーはステージ上に三々五々登場し、さらい始める。最後にコンサートミストレスが登場したところで拍手が起こって、チューニングの開始となる。後半のマーラーはコンサートミストレスを含めメンバー全員が思い思いに出てきて座り、ダウスゴーの登場で拍手というスタイルが取られていた。

 

メンデルスゾーンの序曲「フィンガルの洞窟」。各楽器の分離が驚くほど鮮明であり、全ての音がクッキリと浮かび上がるような、今までに聴いたことのない「フィンガルの洞窟」となる。パーヴォ・ヤルヴィとドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンが分離のはっきりとした演奏を行って世界を魅了しているが、分離の良さに関してはダウスゴーの方がパーヴォを上回る。
ロンドンのBBC交響楽団自体が二流オーケストラの代名詞的存在であるため、BBCスコティッシュ交響楽団にも余り期待していなかったのだが、透明で独特な艶のある弦がとても魅力的である。一方で管などは過度に洗練されてはおらず、良い意味でのローカル色も残っている。
かなり速めのテンポを採用したダウスゴー。メンデルスゾーンはピリオドで演奏するべきがどうか微妙な時代の作曲家だが、ダウスゴーが作り出した音楽には少なくともピリオドの影響を窺うことは出来る。すっきりとしたフォルムにエネルギーが横溢し、ドラマティックというよりもスリリングな演奏になる。弦楽ではヴィオラの強さと雄弁さも特徴である。

 

ユリアンナ・アヴデーエワをソリストに迎えてのチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番。
ユリアンナ・アヴデーエワは、1985年生まれのロシアの若手ピアニスト。モスクワ出身。5歳でピアノを始め、出身地にあるグネーシン音楽院で学んだ後、チューリッヒ音楽院でも研鑽を積み、この時期にはコンスタンティン・シチェルバコフの助手も務めている。
2010年にショパン国際コンクールで優勝し、知名度を上げている。

最近の欧州出身のピアニストはみな瑞々しい音色で弾くという特徴があるが、アヴデーエワもそうである。一頃のスタンダードだった甘い響きは近年は流行っていないようである。特に技術をひけらかすタイプのピアニストではなく、堅実で的確なピアニズムを売りとしているようだが、第3楽章のラストでは超絶技巧全開となり、ヴィルトゥオーゾの資質も兼ね備えていることがわかった。
ダウスゴー指揮のBBCスコティッシュ交響楽団も弦の美しさをベースとしたリリシズムが印象的だが、同時にダウスゴーは金管を思いっ切り吹かすタイプでもあり、迫力にも欠けていない。
第3楽章では、通常の演奏とは異なるテンポと音型で弾かれた場所があったが、そういう譜面があるのか、アヴデーエワとダウスゴーの解釈によるものなのかは不明である。他では聴いたことのない音型処理であった。

 

マーラーの交響曲第5番。いわゆるマーラー指揮者が指揮した演奏とは一線を画した個性が発揮される。
スケールはいたずらに広げすぎることはない。最強音の部分では盛大に鳴るが、虚仮威しにならないよう細心の注意が払われているようだ。
ダウスゴーの音楽作りはやはりクッキリとした分離の良さが特徴であり、マーラーがこの曲に込めた戦きや、作曲された当時の常識を踏み出した異様さがなどがそのまま提示される。美化されることのない骨組みのマーラーを聴いているようでもあり、ダウスゴーの音楽作りの独自性に感心させられる。
テンポは速いところもあるが、基本的に中庸。第4楽章(第2部前半)のアダージェットはこの速さが一番効果的なのではないかと思えるほどの美しさを湛えていた。これより速いと味気なく感じるかも知れないし、遅いとベタベタしすぎる。
ダウスゴーは、指揮棒をかなり細かく動かすタイプで、指揮棒を持たない左手も要所要所で効果的に用いられる。BBCスコティッシュ交響楽団もダウスゴーの指揮棒に俊敏に応えていた。

 

「プロムスといえば」、ということでエルガーの「威風堂々」第1番の演奏。「英国第2の国歌」といわれる歌詞が入っている部分では、ダイスゴーは客席の方を向いて指揮をする。BBCスコティッシュ交響楽団は鋭くしなやかな音色を奏でる。この辺がロンドンのオーケストラとは異なる個性かも知れない。過度にジェントルでない輝かしさと若々しさも魅力である。
私も「英国第2の国歌」といわれる「Land of Hope and Glory」を歌う。イギリス人でもないのに気分が高揚した。音楽にはそうした力がある。

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2019年7月15日 (月)

コンサートの記(573) 広上淳一指揮京都市交響楽団大阪特別公演2019

2019年7月7日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後2時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで京都市交響楽団大阪特別公演を聴く。指揮は、京都市交響楽団常任指揮者兼ミュージック・アドヴァイザーの広上淳一。

曲目は、ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」、ヴェルディの歌劇「運命の力」序曲、ヴェルディの歌劇「仮面舞踏会」序曲、レスピーギの交響詩「ローマの松」という重量級プログラムである。

コンサートマスターは泉原隆志、フォアシュピーラーは尾﨑平。今日はヴィオラ首席に店村眞積が入る。第2ヴァイオリンの首席は客演の山崎千晶。首席フルート奏者の上野博昭は「英雄」のみの出演である。

 

ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」。広上はベートーヴェンを得意としているが、「英雄」を京響で取り上げる機会はこれまでほとんどなかったはずである。
広上の指揮なので最初から飛ばすかと思われたが、最初の二つの和音からして穏やかであり、勢いでなく優美さを優先させるという意外な「英雄」となる。
バロックティンパニを使用しており、思い切った強打が見られるが、それ以外に特段ピリオド的な要素はなし。ただ、リズムの刻み方が独特であり、モダンスタイルともまた異なる個性的な「英雄」である。考えてみれば、モダンオーケストラによるピリオド奏法が本格的に取り入れられてからすで20年以上が経過しており、異なった傾向の演奏が現れたとしても不思議ではない。
第2楽章の葬送行進曲も燃焼度は高いがフォルムの美しさは保たれており、アポロ的な芸術が指向されているようである。
広上は肩を上下させるなど、今日もユニークな指揮姿である。

 

ヴェルディの歌劇「運命の力」序曲ではドラマティックに盛り上げ、歌劇「仮面舞踏会」序曲ではこぼれるような抒情美が目立つ。

 

レスピーギの交響詩「ローマの松」。オルガンの桑山彩子、ピアノの佐竹裕介、チェレスタの塩見亮が加わっての演奏である。
ボルゲーゼ荘の松から、はち切れんばかりの勢いと匂うようなエレガンスが同居しているという独自の演奏となる。
カタコンブ付近の松のほの暗さの描き方と袖から聞こえるハラルド・ナエスのトランペットソロも優れている。ジャニコロの松では、小谷口直子のクラリネットソロが雅趣満点である。
パイプオルガンの両サイドに金管のバンダを配したアッピア街道の松も迫力十分であるが、ザ・シンフォニーホールの空間が小さめであるため、スケールがややオーバー気味でもある。とはいえ、かなり優れた部類に入る「ローマの松」であることは間違いないだろう。浮遊感など、レスピーギが印象派から受けた影響を感じ取れるところも素晴らしい。

 

アンコール演奏は、レスピーギの「リュートのための古風な舞曲とアリア」第3集からイタリアーナ。今日のスタイルの締めくくりに相応しい典雅な演奏であった。

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2019年7月 6日 (土)

コンサートの記(569) ミヒャエル・ザンデルリンク指揮ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団来日演奏会2019大阪

2019年6月30日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後1時30分から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、ミヒャエル・ザンデルリンク指揮ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団の来日演奏会を聴く。「未完成」「運命」「新世界より」の三大シンフォニープログラム。ミヒャエル・ザンデルリンクとドレスデン・フィルのコンビではブランドとして少し弱いかも知れないが、大阪フィルハーモニー交響楽団なども毎年行っている「未完成」「運命」「新世界」の三大交響曲プログラムはとにかく人気であり、今日もザ・シンフォニーホールの客席は8割以上は埋まっていると思われる。


旧東ドイツを代表する指揮者であったクルト・ザンデルリンクの息子であるミヒャエル・ザンデルリンク。異母兄のトーマスと同母兄のシュテファンも指揮者だが、ミヒャエルは最初にチェリストとしてキャリアを築いてから指揮者に転向したことが他の親族とは異なる。ハンス・アイスラー音楽大学でチェロを専攻し、マリア・カナルス国際コンクール・チェロ部門で優勝。ライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の首席チェロ奏者やソリストとして活動後、30歳を過ぎてから指揮者デビューしている。現在も教育者としてチェロに携わっており、フランクフルト音楽舞台芸術大学教授などを務めている。

ヘルベルト・ケーゲルが残した録音によって知名度が高まったドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団。ドイツのオーケストラでありながらフランスの名匠であるミシェル・プラッソンを首席指揮者に招くなど意欲的な人選でも知られる。2011年よりミヒャエル・ザンデルリンクが首席指揮者を務めてきたが、ミヒャエルはこの6月をもって勇退、後任には以前にもドレスデン・フィル首席指揮者を務めていたマレク・ヤノフスキの再任が決まっており、秋から新時代に入る予定である。


午後1時30分ジャストにドレスデン・フィルのメンバーがステージ上に現れる。時間にかなり正確なのがドイツの楽団らしい。前後半でコンサートマスターとフォアシュピーラーが入れ替わり、前半はHeike Janickeがコンサートミストレスを務め、前半のフォアシュピーラーであるRalf-Carstten Bromselが後半のコンサートマスターとなってHeike Janickeはフォアシュピーラーに回る。ほぼ2年に1度のペースで来日しているドレスデン・フィルであるが、現在は日本人の団員はいない。東洋系の容姿の人はいるが、メンバー表を見ると中華系であることがわかる。


「未完成」と「運命」は、ヴァイオリン両翼の古典配置での演奏。ミヒャエルはノンタクトでの指揮である。

シューベルトの交響曲第7番「未完成」は、LP時代には「運命」とのカップリングが王道といわれた曲だが、CD時代に入るとその組み合わせによる録音は減り、曲が短く、コンサートのメインにしにくということでプログラミングされる機会も減っている。

チェロはビブラートを盛大に使用。その他の弦楽器奏者は思い思いに掛けたり掛けなかったりという折衷タイプの演奏である。シューベルトの毒もかなり出ており、各楽器の美しさも生きた演奏となっていた。楽章間をアタッカで繋いだのも個性的である。


ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」。トランペットが古楽器に変わり、ティンパニもバロックタイプのものが用いられる。私の席からはホルンはよく見えなかったが、おそらくナチュラルホルンに変わっていたはずである。

ミヒャエル・ザンデルリンクは、両手を横に広げ、止まったところで運命動機が奏でられる。フェルマータはかなり短めである。
「未完成」とは違って、かなり徹底したピリオドアプローチによる演奏である。弦楽器のボウイングも語尾を伸ばさずに弦から弓を離すというHIP特有のもので、パウゼも短い。
やはりアタッカで入った第2楽章で木管が引っ掛けるなど、技術的には十分とはいえないものだが、切れや力強さ、細やかな表情付けなど、ドイツのオーケストラの美質がよく現れていた。
ピッコロが浮かび上がるのは1カ所だけで、音型がはっきり変わるという場面もなく、譜面の版ははっきりしない。ブライトコプフ版も新版が揃い始めており、「ピリオドといえばベーレンライター」という時代も終わりつつある。


後半のドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」では、ドレスデン・フィルは弦の配置をドイツ式の現代配置に変え、ミヒャエルは指揮棒を手にしていた。
この曲でも木管が音を外すなど、弱点となっているようである。管を浮かび上がらせることを特徴とする演奏であるが、縦の線は正直かなり怪しい。
ミヒャエルは、第1楽章のクライマックスでテンポを上げて迫力を出すが、かなり粗く感じられたのも確かである。
第4楽章でも弦の鋭い音色と、強力だが巧みな和音作りで美観を損なわない金管が効果的だったが、テンポが速過ぎると思えるところがあった。


アンコール演奏は、ドヴォルザークのスラヴ舞曲第8番。土俗感はなく整った演奏で、フォルムとしての美しさを出していた。

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2019年6月21日 (金)

コンサートの記(563) 鈴木優人指揮 関西フィルハーモニー管弦楽団第302回定期演奏会

2019年6月14日 ザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで関西フィルハーモニー管弦楽団の第302回定期演奏会「欧和饗宴」を聴く。今日の指揮は鈴木優人。

古楽の貴公子、鈴木優人の登場であるが、敢えて全曲日本人作曲家の作品で勝負するという意欲的な演奏会である。ただ、現代音楽プログラムでは客が入らないのが当たり前となっており、今日も鈴木優人が指揮台に立つにも関わらず、大半が招待客であることが拍手の起こり方などからわかる。元々、関西フィルは招待客が多めではあるのだが。

曲目は、黛敏郎の「シンフォニック・ムード」(黛敏郎生誕90年記念)、矢代秋雄のピアノ協奏曲(ピアノ独奏:小菅優。矢代秋雄生誕90年記念)、芥川也寸志の交響曲第1番(芥川也寸志没後30年記念)。

 

鈴木優人は1981年オランダ生まれ。鈴木雅明を父親に、鈴木秀美を叔父に持つというサラブレッドである。東京藝術大学及び同大学院修了後、オランダのハーグ王立音楽院に進んで修了。2018年9月にバッハ・コレギウム・ジャパンの首席指揮者に就任したばかりである。アンサンブル・ジェネシスの音楽監督でもあり、得意とするバッハから現代音楽に至るまでの幅広い音楽に挑んでいる。今年の11月にはNHK交響楽団の指揮台にも初見参の予定。

今日のコンサートマスターは岩谷祐之。アメリカ式の現代配置での演奏である。

 

黛敏郎の「シンフォニック・ムード」。
若い頃は「天才」のあだ名で呼ばれたという黛敏郎。男前でもあり、女学生のスター的存在であった。松本清張の『砂の器』に登場する天才音楽家、和賀英良のモデルともいわれている。ただ後年は改憲を前提とした政治活動にのめり込んだこともあり、作曲を余りしなくなり、「題名のない音楽会」の司会者としてとにかく知名度は高かったが、黛敏郎が作曲家ではなくプロの司会者だと思い込んでいる人も多かった。
東京音楽学校(東京藝術大学音楽学部の前身)を卒業後、パリに留学するが、アカデミズムへの反発から「ここで学ぶことはもう何もない」として1年で帰国。最新鋭の電子音楽に取り組んだほか、鐘の音をコンピューターで解析してオーケストラに移し替えるという技術を取り入れた涅槃交響曲などで日本作曲界に衝撃を与えている。
「シンフォニック・ムード」は2部からなる力強い音楽である。ストラヴィンスキーの「春の祭典」などからの影響が顕著であり、日本的な旋律と太古のリズムの融合を図っている。「益荒男・黛」の真骨頂を表した作品といえるが、古代の邦楽への畏敬の念も感じられる。

 

矢代秋雄のピアノ協奏曲。
場面転換の間、鈴木がマイクを手に現れ、トークを行う。自身が東京藝術大学作曲科の第1課程の出身だということを語る。第1課程は矢代秋雄が教えていたフランス流の作曲術の流れを汲むコースだそうである。また、鈴木優人の父である鈴木雅明は、東京藝術大学で矢代秋雄に実際に師事していたそうである。
46歳で早逝した矢代秋雄。東京音楽学校では黛敏郎の同門であったが、戦時中のため授業自体が余り行われなかったようである。卒業後にともにパリに留学し、矢代の方は5年間滞在して伝統的なフランスの作曲法を学んでいる。黛と違って前衛には与せず、「美しく仕上げる」ことを目指した。

ソリストの小菅優は、日本若手トップクラスのピアニストであり、知名度も高い。

ラヴェルのピアノ協奏曲からの影響が濃厚であり、同じような音型がピアノによって奏でられる場面もある。
フランス音楽と大和心の共通点である繊細な味わいを追求した作品。近年では演奏される機会が少しずつではあるが増えているが、小菅優の力強さと輝かしさを統合したピアニズムはこの作品の美質を存分に引き出している。
鈴木指揮の関西フィルも上質の伴奏を奏でる。会場がザ・シンフォニーホールであるということもあるが、今日の関西フィルは鳴りが良い。

アンコールとして、小菅優と鈴木優人の連弾による「夢の舟」(4手のための)が演奏される。愛らしい好演であった。

 

芥川也寸志の交響曲第1番。
芥川龍之介の三男として生まれた芥川也寸志。芥川作曲賞にもその名を残している。ソビエトや中国共産党へのシンパシーから、ショスタコーヴィチの紹介者としても活動しており、アマチュアオーケストラの新交響楽団を指揮してショスタコーヴィチの交響曲を演奏したりもしていて、いくつかはレコーディングもされている。
右派の黛と左派の芥川であるが、二人は團伊玖磨を含めた「3人の会」として一緒に活動している。後年は前衛的な作品にも取り組む芥川だが、交響曲第1番はまだ伝統的な音楽を第一としていた時期に書かれたものである。

やはりショスタコーヴィチからの影響がはっきりと分かる。力強く鋭い響きが特徴であり、スケールも大きい。アイロニカルな音型や浮遊感一杯の場面など数多くの要素を詰め込んでおり、がっしりとした構築と豊かなロマンティシズムも魅力的である。

鈴木指揮の関西フィルもパワフルで密度の濃い演奏会を行った。

 

20世紀に活躍した3人の作曲家の作品であるが、いずれも古き良き音楽を尊重した作品を作曲しており、鈴木優人を含めた4人共がそうした姿勢によって貫かれているという共通点を見いだすことの出来た音楽会であった。

 

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2019年5月16日 (木)

コンサートの記(555) 尾高忠明指揮 大阪フィル×ザ・シンフォニーホール「ソワレ・シンフォニー」

2014年7月31日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時30分から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、大阪フィル×ザ・シンフォニーホール「ソワレ・シンフォニー」というコンサートを聴く。途中休憩なし、上演時間約1時間という、通常のハーフサイズのコンサートで、井上道義が首席指揮者になったこの4月から大阪フィルがザ・シンフォニーホールで始めたシリーズである。今シーズンは有名作曲家の交響曲第1番をメインにしたプログラムが組まれている。今日の交響曲第1番はエルガー作曲のもの。ショーピースとして先に同じエルガーの行進曲「威風堂々」第1番が演奏される。指揮は日本におけるイギリス音楽演奏の第一人者といっても過言ではない尾高忠明。今日の大阪フィルハーモニー交響楽団のコンサートマスターは田野倉雅秋。フォアシュピーラーは渡辺美穂。

演奏開始前に尾高忠明によるプレトークがある。「7時30分開演。皆さん、不思議でしょう。でもヨーロッパではこれが普通なんです。午後8時開演、スペインなどでは午後11時開演というコンサートもあります。午後11時開演だと終わるのが翌日の午前1時。で、そこからレクチャーを行ったりしまして、午前6時に終わってそのまま移動という大変なことになったりするのですが」と話し始める。
「私は桐朋学園大学というところで齋藤秀雄先生に指揮を習いまして、齋藤先生は今から40年前に亡くなりましたので若い方はご存じないかも知れませんが。齋藤先生が仰ったのは、『指揮者は余り喋っちゃ駄目だよ』」と語って笑いを取る。

「日本指揮者協会というものがありまして、二代目の会長が齋藤秀雄先生。そして三代目の会長が大阪フィルの朝比奈隆先生でした。朝比奈先生が会長をされていた頃に、『みんなで何かやろうじゃないか』という話が持ち上がりまして、その時、日本指揮者協会には70人ほどが参加していたのですが、70人で指揮しても仕方がない。そこで、みんなでオーケストラをやろうという話になりました。朝比奈先生はヴァイオリン、私もヴァイオリンをやっておりまして、井上道義君はコントラバスです。指揮者はなしで演奏しようということになりました。で、モーツァルトの『フィガロの結婚』序曲、オッフェンバックの『天国と地獄』序曲、最後に『カステラ一番』と出てくる奴ですね。『天国と地獄』には美しいヴァイオリンソロがありまして、これを誰がやるのがいいか、そこで、江藤俊哉先生、彼はヴァイオリニストでありましたが指揮者もしていまして指揮者協会にも入っていた。で、江藤さんがいいだろうと。次は『越天楽』(近衛秀麿編曲のオーケストラ版である)ですが、これは指揮するのも難しいが、演奏するのも難しい(雅楽はクラシックとは異なり、他の奏者と出だしを合わせてはいけないのである。クラシックは合わせるのが基本だが、邦楽、特に雅楽では「音が重なるのは相手に失礼」という正反対の考え方をする)。そこで、江藤先生に『首を振ってくれ』と注文すると上手く合った。じゃあ、これで行こうと。で、指揮者はみんな忙しいので、練習は本番前の2時間だけ。山本直純さんがトランペットを吹いていたのですが、『調子が良い』というので、それで練習を終えまして、大賀典雄さん、ソニーの大賀典雄さんが『フィガロの結婚』のアリアを歌うというので(大賀典雄はソニーの社長として有名だが、東京芸術大学声楽科を卒業しており、ドイツに音楽留学もしていて当初はバリトン歌手志望であり、企業人になる予定はなかった。指揮者としての活動もしており、晩年にはレコーディングも行っている)ちょっと歌って、『良い、良い』というので本当は3分のところを30秒で終わりまして、そうやって本番と。『フィガロの結婚』序曲でもう拍手喝采であります。『天国と地獄』では、『江藤、ブラボー!』と個別にブラボーが掛かりまして。で、それが良くなかったんですね。『越天楽』では、江藤さんが首を振るのを忘れてしまいまして、しっちゃかめっちゃかに。『江藤さん、首振って、首振って』と言ったのですが、江藤先生はブラボーを貰ったものですから良い気分になっていて、もう自分の世界に入ってしまって人の声が聞こえないわけです。客席からは『しっかりしろ!』なんて声も聞こえる。で、山田一雄先生、山田先生はハープが得意だったのですが、山田先生のような偉い方を奥に置いていくわけにはいかないので、ステージの前寄り、私の横ぐらいにハープを置いていたんです。我々はパート譜だけだったのですが山田先生は総譜を持っていまして、『ああ助かった』と思い、『山田先生、今、我々はどこにいますか?』と聞いたところ、山田先生から『我々は今、何の曲をやってるんだい?』と返ってきまして。今日は『しっかりしろ!』などと言われないように演奏したいと思います」と大阪人好みのユーモアを交えた話をした。

今日は前から6列目。ザ・シンフォニーホールはどの席で聴いても良い音はするが、前から6列目だと、直接音が届きすぎて、マスとしての響きは堪能しにくいため、私好みの音を聴くことは残念ながら出来なかった。

行進曲「威風堂々」第1番。重心のしっかりした演奏であり、BBCウェールズ・ナショナル管弦楽団(ウェールズ人は「自分達はU.K.には含まれるがイングランド人ではない」と考えているかも知れないが)の首席指揮者としての活躍で知られる尾高のイギリスものへの適性がよく示されている。推進力もあり、それでいてノーブルさを失わない。

エルガーの交響曲第1番。
「ブラームスの交響曲第5番」と賞賛された(実は「ブラームスの交響曲第5番」といわれたのには他にもわけがある)スケール豊かな作品である。尾高指揮の大フィルは潤いのある音色で、堂々とした演奏を展開する。この今日はリズム楽器に打楽器ではなくコントラバスを多用するという特徴があるのだが、コントラバスの生かし方も優れている。
弦の俊敏さ、管の力強さが目立ち、弦と管のバランスにも秀でている。「見事」と言う他ないエルガーであった。

演奏終了後、尾高はマイクを持って登場し、「井上(道義)君と僕とは50年来の親友でありまして、(井上道義が癌で入院したということを聞いたときは)ショックを受けましたが、あれから何度もメールのやり取りを致しまして、かなり元気になっているようです。秋には井上君もきっと復帰してくれるだろうと思っております」と語った。尾高忠明は今では見るからに紳士然としているが、桐朋学園大学時代は、井上と共に、「悪ガキ井忠(イノチュウ)」と称されるほどやんちゃであった。井上道義は今もやんちゃであるが。

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2019年4月21日 (日)

コンサートの記(547) 飯森範親指揮日本センチュリー交響楽団特別演奏会「~輝かしい未来への序章~」

2014年1月9日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、ザ・シンフォニーホールで、日本センチュリー交響楽団特別演奏会「~輝かしい未来への序章~」を聴く。指揮は今年4月から日本センチュリー交響楽団の首席指揮者に就任する飯森範親。飯森の事実上のお披露目公演である。

曲目は、和田薫の「チェロのオーケストラのための祷歌(とうか)」(日本初演。チェロ独奏:新倉瞳)、シューマンのチェロ協奏曲(チェロ独奏:新倉瞳)、マーラーの交響曲第1番「巨人」

今シーズンまで日本センチュリー交響楽団の音楽監督を務めていた小泉和裕と同首席客演指揮者であった沼尻竜典は共に任期満了で退任する。二人とも悪い指揮者ではないが、中編成のオーケストラであるセンチュリー響の良さを生かすプログラミングが出来ていなかった。その点、飯森範親はピリオド・アプローチにも長けており、やはり中編成のオーケストラである山形交響楽団の音楽監督も務めているということで期待の出来る人選である。飯森とセンチュリー響は4月にブラームス交響曲チクルスを行い、その後も、マーラーをシリーズで取り上げるほか、いずみホールでは、J・S・バッハ、ハイドン、モーツァルトという「こういう曲をやって欲しかったんだよセンチュリーには」という曲に集中して取り組む。

また沼尻の後任としてアラン・ブリバエフが首席客演指揮者に就任。色彩豊かな作品を取り上げる。

演奏前に飯森範親によるプレトークがある。飯森は「演奏前のプレトークというのは私が山形交響楽団の演奏会前に始めたものでして、今では多くのオーケストラで行われている。私は真似されたわけですが」というユーモア混じりの言葉で語り出し、和田薫の「チェロとオーケストラのための祷歌(とうか)」が日本初演だということで、作曲家の和田薫もステージ上に招いて作品について語って貰う。ケルンのWDR交響楽団(西部ドイツ放送交響楽団、旧・ケルン放送交響楽団)の委嘱により作曲された曲であり、最初は「『五木の子守歌』のように日本情緒溢れる曲を書いて欲しい」という依頼だったというが、チェロの形は女性のボディに似ているということで、憑依した巫女の歌のようなシャーマニズムを意識して作曲したという。世界初演時は男性チェリストだったので、巫女という感じではなかったが、今日は女性奏者である新倉瞳がソリストということで期待しているとのことだった。

新倉瞳について飯森は大学(桐朋学園大学)の後輩で、今はスイスのバーゼルに住んでおり、優れたチェリストだと紹介する。


和田薫の「チェロとオーケストラのための祷歌(とうか)」。「祷歌」とは和田薫の造語である。ソリストの新倉瞳は鮮やかなピンクのドレスで登場。まず新倉が弾く、チェロの緩やかで繰り返される波のような音型でスタート。拍子木が打ち鳴らされるなど、日本的なテイストも十分である。曲調もわかりやすい。二部に入ると今度はチェロが同じ音型を繰り返し、それがチェロとオーケストラに受け継がれてスピード感あるミニマルミュージックとなる。面白い曲であった。


シューマンのチェロ協奏曲。交響曲の時は、ウィリアム・シューマンがいるため、ロベルト・シューマンと必ず書くが、その他の分野ではウィリアム・シューマンは余り活躍していないので、シューマン=ロベルト・シューマンでいいだろう。
チェロ協奏曲の中ではドヴォルザークのものが圧倒的に有名で、演奏されることも多いのだが、シューマンのチェロ協奏曲もそれに次ぐ人気ではある。ただドヴォルザークとシューマンの差は激しい。ドヴォルザークのチェロ協奏曲は演奏プログラムに載ることも多いし、録音も多い。おまけに「エヴァンゲリオン」シリーズで取り上げられており、「ロケみつ」でも毎週のようにチェロによる主旋律が奏でられる。一方で、シューマンのチェロ協奏曲はキャッチーなメロディーには欠ける。

シューマンのチェロ協奏曲は3つの楽章が切れ目なく演奏される。第2楽章はそれなりに魅力的だが、他の楽章はドヴォルザークに比べるとかなり旗色が悪い。比較以前に曲としての力も今一つのような気がする。
新倉瞳は良くも悪くも練られた美しい音を奏でるチェリストである。力強さもあり、今後に期待が持てる。


メインであるマーラーの交響曲第1番「巨人」。中編成のオーケストラである日本センチュリー交響楽団の利点を生かした見通しの良い演奏が展開される。
冒頭の張り詰めた弦の音色から雰囲気満点であり、その後も飯森のオーケストラドライブの巧みさが光る。飯森は盛り上がろうとするオーケストラに左手で「抑えて」という指示を出し、クライマックスに至る前までに力が出すぎてしまうのを避ける。
センチュリー響は弦、管ともに優れている。今日は特にホルンの出来が良かった。
第4楽章でトランペットがちょっともたついたところがあったが、それ以外は万全の合奏力。日本センチュリー交響楽団は大阪のオーケストラの中で間違いなくAクラスに入るオケであることを今日の演奏会でも示した。

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2019年4月20日 (土)

コンサートの記(546) ジョナサン・ノット指揮スイス・ロマンド管弦楽団来日演奏会2019大阪

2019年4月14日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後2時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、スイス・ロマンド管弦楽団の来日演奏会に接する。指揮はスイス・ロマンド管弦楽団の音楽・芸術監督で、東京交響楽団の音楽監督として日本でもお馴染みのジョナサン・ノット。

スイス・フランス語圏を意味するスイス・ロマンド管弦楽団。ジュネーヴに本拠地を置くオーケストラだが、最近ではローザンヌにも拠点を持っているようである。
エルネスト・アンセルメによって結成され、英DECCAにフランスものを中心とした録音を行い、一躍名声を得たスイス・ロマンド管弦楽団。ただアンセルメとの来日演奏会は不評で「レコード美人」などと叩かれたこともある。アンセルメの後は、スタニスラフ・スクロヴァチェフスキの師として知られるパウル・クレツキの時代を経て、ウォルフガング・サヴァリッシュ、ホルスト・シュタインというNHK交響楽団の名誉指揮者が立て続けにシェフとなって日本でも親しまれたが、この時期は同オケの低迷期とされている。ただ、ドイツ人指揮者を続けて招いたことでレパートリーは広がり、演奏能力も大幅にアップしたそうである。
1985年から12年間に及んだスイス人指揮者であるアルミン・ジョルダンとのコンビは評価も高く、録音も数多く発表。アルミンはやや地味だったが、フランスものでの評判を取り戻している。ファビオ・ルイージ、ピンカス・スタインバーグ、マレク・ヤノフスキ、ネーメ・ヤルヴィといういずれも日本で活躍している指揮者の時代を経て2017年からノットの時代に入った。昨年、2018年には結成100周年を迎えている。

特にマーラーの解釈者として評価の高いジョナサン・ノット。ケンブリッジ大学で音楽学を学んだ後、マンチェスターの王立ノーザン音楽院で声楽とフルートを専攻し、ロンドンに出て指揮を学ぶ。ドイツの歌劇場でキャリアをスタートさせ、2000年にはバンベルク交響楽団の首席指揮者に就任し、レコーディングをスタートさせて各国で評判を得ている。
今から15年前になる2005年に、京都コンサートホールで行われたバンベルク交響楽団の来日公演でノットの指揮に接している。当時はCDも輸入盤しか出ていない状態でノットの知名度は低く、京都コンサートホールの客席は半分ぐらいしか埋まっていなかったが、マーラーの交響曲第5番の名演奏で聴衆を圧倒している。東響の指揮者となった今では日本で最も知名度の外国人指揮者の一人だ。


曲目は、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン独奏:辻彩奈)とマーラーの交響曲第6番「悲劇的」


弦はヴァイオリン両翼の古典配置を採用。管は現代配置が基本で、ティンパニが指揮者の正面に来るのもモダンスタイルである。


メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲。ソリストの辻彩奈は現在売り出し中の若手ヴァイオリニスト。1997年、岐阜県生まれ。2016年のモントリオール国際音楽コンクール・ヴァイオリン部門で1位となり、一躍有名となったシンデレラガールである。

辻は磨き抜かれた豊穣な音色を聴かせる。一音一音を大切に奏でるが、その分近視眼的になって、全体として一本調子になってしまうのが若さを感じさせる。

ノット指揮のスイス・ロマンド管は、木管を強めに吹かせるということもあって、ロマンティシズムを抑えてすっきりとした伴奏を聴かせた。


辻のアンコール演奏は、バッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番よりガボット。同じ音型でも単調にならないよう微妙に表情を変えてくる丁寧な演奏であり、好感が持てた。


メインであるマーラーの交響曲第6番「悲劇的」。ノットの十八番の一つであり、期待が高まる。第2楽章がスケルツォ、第3楽章がアンダンテ・モデラートとなる版での演奏である。

テンポは速め。やはりオーケストラに適度な抑制を利かせた演奏で、大仰な表情になるのを防いでいる。いかなる戦きにも上品さがあり、単なる自己内のドラマに完結させずに人類共通のメッセージとして届けようという姿勢がうかがえる。

スイス・ロマンド管弦楽団の音は輝かしいが、アメリカのオーケストラのようなギラギラした感じとは異なり、やはりノーブルなヨーロッパ的な響きを持ち味としていることがわかる。

マーラーのグロテスクな面を出さず、品の良さを徹底させているだけに、最後の一撃の残酷さがより明確に伝わるという設計の演奏。ノットの演出の上手さが伝わってくる。

終演後、拍手は鳴りやまず、私は途中で帰ったが、楽団員がステージを後にしてからノットが一人で登場して拍手を受けるという、俗にいう「一般参賀」が行われたようであった。

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2019年4月16日 (火)

コンサートの記(544) クシシュトフ・ウルバンスキ指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第474回定期演奏会

2013年12月5日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、ザ・シンフォニーホールで大阪フィルハーモニー交響楽団の第474回定期演奏会を聴く。今日の指揮者は1982年生まれという超若手、ポーランド出身のクシシュトフ・ウルバンスキ。
プログラムは、ペンデレツキの「広島の犠牲者のための哀歌」、ピアノ協奏曲第18番(ピアノ独奏:フセイン・セルメット)、ストラヴィンスキーのバレエ音楽「春の祭典」

ウルバンスキと大フィルの共演は3度目だそうだが、私はウルバンスキの指揮で聴くのは初めてである。ウルバンスキは毎回、祖国ポーランドの作曲家の作品を取り上げているそうだが、ポーランドの作曲家には、ショパン(フランス系であり、パリで活動はしたが)を始め、ペンデレツキにルトスワフスキ、グレツキなどがすぐに思いつく。ピアニストにクリスティアン・ツィマーマン、ラファウ・ブレハッチ、ワンダ・ランドフスカ、ミェチスワフ・ホルショフスキ、エヴァ・ポヴウォツカなどがおり、指揮者もスタニスラフ・スクロヴァチェフスキや、NAXOSに看板指揮者を務めるアントニ・ヴィトなどがいて音楽大国である。
音楽のみならず、映画監督の分野でもアンジェイ・ワイダ、ロマン・ポランスキー、クシシュトフ・キェシロフスキなど世界中の映画監督から尊敬されるほどの大物が輩出しており、芸術大国であるともいえる。
にしても、発音しにくい名前の人が多い。
ペンデレツキもファーストネームはクシシュトフであり、クシシュトフというファーストネームのポーランド人男性は多いことが察せられる。

ペンデレツキの「広島の犠牲者のための哀歌」は、もともとは「8分37秒」という即物的なタイトルの作品であり、その後、「哀歌8分37分」となった。日本初演の際に「広島の犠牲者に捧ぐ哀歌」とされ、その後、そのタイトルは揺るがぬものとなった。純音楽作品であり、広島の原爆を描いた作品ではないが、原爆投下後の広島の惨状を音楽にするとまさにこのようになるのではないかと思えるほどしっくりくる曲である。元のタイトルの「8分37秒」であるが、ジョン・ケージの「4分33秒」とは違い、ラヴェルの「ボレロ」の「17分ほど」という記述と同様、目安として書かれた程度で厳密に守らなければならないものではない。タイトル改訂と同時にタイム指定も外されたはずであり、私はこの曲の音盤を何種か持っているが、即興的な要素も多いこともあって、元のタイトルのタイムジャストで演奏しているものは作曲者自身が指揮した演奏も含めて多くない。アントニ・ヴィト指揮ポーランド国立放送交響楽団による演奏が当初のタイムに一番近いと思われる。詳しいサイトを調べたところ、平均演奏タイムは10分ほどだという。

クシシュトフ・ウルバンスキ登場。長身痩躯、男前、いかにも才子といった感じである。
指揮者と同じ、クシシュトフというファーストネームを持つペンデレツキの「広島の犠牲者に捧ぐ哀歌」。弦楽のための作品である。
トーンクラスターという、現代音楽ではよく使われる技法を特徴とする。近いが微妙に異なる音程の音を一斉に奏でることで、非常に力強く、衝撃的な響きを生むという手法である。ホラーやサスペンスの映画やドラマの、恐怖心を煽る場面での音楽でもトーンクラスターは多用される。というより、クラシック音楽よりも、映画音楽などで多用されている作曲法といった方が適当だろうか。
クラシック音楽の予備知識のない人がこの曲を聴いたら、「なんだこれは? 音楽か?」と思うかも知れない。
いつも通り、指揮者と対面する席に座ったので、弦楽奏者達の譜面を見ることが出来たのであるが、およそ楽譜らしくない譜面が並んでいる。隣接した音を弾くために五線譜が真っ黒になってしまい、あたかも塗り絵のようである。
指揮者の仕事は拍を刻むよりもどの音をどれだけ強調し、どれだけ延ばすか決定することにある。ウルバンスキはノンタクトで、強く響かせたい音に向かって手をかざす。曲が進むにつれて右手で拍を刻むこともあるが、基本的には、速度よりもバランスを取ることを心がけている。
大阪フィルの弦は思ったよりも力強くなかったが、納得のいく水準には達していた。

フセイン・セルメットを独奏者に迎えての、モーツァルト、ピアノ協奏曲第18番。大フィルは典雅な響きを奏でるが、第1楽章では例によってモッサリした感じが出てしまう。大植英次や、優れたベテラン指揮者が振ると、このある種の野暮ったさは顔を潜めるのだが、やはり指揮者が若いということもあって地の部分が出てしまうのであろう。
ただ、ピリオドを意識したのかはわからないが、若干ビブラートを抑え気味にした弦の響きは透明感もあって美しい。
ウルバンスキはこの曲では指揮棒を用い、腕の動きは余り大きくないが、スナップを利かせることで指揮棒は大きく動くという効率的な指揮を行っていた。
セルメットのピアノであるが、落ち着いた男性的なモーツァルトを奏でていく。一音一音を指で丁寧に押さえることでこうしたモーツァルト演奏が可能なのだろう。「タン・タララン」と軽やかに弾くと華やかなモーツァルトにあるが、セルメットはこれを「タン・タラ・ラン」と微妙に変えることで安定感のある音楽を生み出していた。

ストラヴィンスキーのバレエ音楽「春の祭典」。
現在では屈指の人気曲であるが、初演時はバレエの内容と、斬新な音楽が一大スキャンダルになったことでも知られている。この曲はファゴットが通常では使わないような高い音を出して始まるのだが、これに関してサン=サーンスは「ファゴットの使い方を知らない奴が現れた」と書き記しており、その他にも、「これは音楽ではない」などとする批評もあった。その意味で、「広島の犠牲者のための哀歌」と「春の祭典」を同じ演奏会の曲目に載せたのは上手いと思う。
ウルバンスキは速めのテンポを基調とするが、時折、急激に速度を落としたり、急激な加速をしたりと、即興的な味わいが加わる。大阪フィルの合奏力も高く、たまに技術的に不安定な時もあるが、パワフルな演奏が展開される。
ウルバンスキの指揮は、右手で変拍子を処理しつつ、左手を音を出すべき楽器を掴むような手つきで出したりする。こうしたところはダニエル・ハーディングの指揮姿に似ている。
激しい部分になると、体をくねらせながら、ちょっとナルシストっぽい動きをしたりする。ここはハーディングには似ておらず、なよなよした印象も受けて、見ていてちょっと気にはなったが、音楽的には良いものを生み出していた。

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2019年4月 2日 (火)

コンサートの記(539) オーギュスタン・デュメイ指揮関西フィルハーモニー管弦楽団第252回定期演奏会

2013年11月8日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、ザ・シンフォニーホールで、関西フィルハーモニー管弦楽団の第252回定期演奏会に接する。今日の指揮は、関西フィルハーモニー管弦楽団音楽監督のオーギュスタン・デュメイ。

デュメイは世界最高峰のヴァイオリニストとして知られているが、指揮者としての腕は未知数。2011年から関西フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督に就任しているのだが、巡り合わせが悪く、指揮者デュメイの演奏を生で聴くのは私は今日が初めてである。
「レコード芸術」11月号の付属CDに、デュメイと関西フィルの演奏によるモーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」序曲と交響曲第35番「ハフナー」の演奏が収録されてる。それを聴いた限りでは、オーケストラの力はともかくとして、デュメイのオーケストラコントロールに問題はないようだった。
器楽の名演奏家でも、指揮者としては二流となってしまう人は多い。ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(本職はチェリスト)がその典型であったし、ウラディーミル・アシュケナージ(本職はピアニスト)も一流指揮者と認識している人は少ないのではないだろうか。もっとも、ロストロポーヴィチもアシュケナージも得意なレパートリー(ロストロポーヴィチであればショスタコーヴィチ、アシュケナージであればラフマニノフ)では高い評価を得ている。

演目は、J・S・バッハのヴァイオリン協奏曲第1番(デュメイによるヴァイオリン弾き振り)、ハイドンの交響曲第49番「受難」、シェーンベルクの「浄められた夜(浄夜)」(1943年版)。

アメリカ式の現代配置での演奏。日本ではドイツ式の現代配置を行ってる楽団が多いが、関西フィルだけは徹底してアメリカ式の現代配置を採用している。

今日も招待客が多いようである。


J・S・バッハのヴァイオリン協奏曲。バロック音楽だけにピリオド・アプローチは当然のように生かされる。ソリストであるデュメイもビブラートは抑え気味であるし、オーケストラ奏者もビブラートはほとんど用いない。テンポは普通で、ピリオドだからといって速めのテンポを採用したりはしないようだ。
長身から繰り出されるスケール豊かな音楽を武器とするデュメイであるが、今日はバッハの音楽だけに徒にスケールを拡げることなく、雅やかな音楽を奏でる。


ハイドンの交響曲第49番「受難」。
デュメイは身長が高いため、指揮台を用いる必要はなく、そのまま舞台上に立って指揮する。
指揮姿であるが、身長に比べると腕の動きはやや小さめ。またしっかりと拍を刻み、大きな音が欲しい時は振りを大きくし、特定の楽器の音を大きくしたいときにはその楽器に向かって手をかざしたり、その楽器の方を向いたりする。極めてオーソドックスな指揮である。ただ、分かりやすいと同時に面白味がない指揮姿ともいえる。デュメイは特定の人物に指揮を師事したことはなく、見様見真似で指揮を覚えたのだろう。だから、個性溢れる指揮は期待出来ないのかも知れない。レナード・バーンスタインが生きていて、今日のデュメイの指揮姿を見たらデュメイをどやしつけそうである。

ピリオド・アプローチを徹底した演奏。チェンバロを通奏低音として用いる。
ピリオド・アプローチを行うのは良いのだが、それが手段ではなく目標になってしまっている印象を受ける。ピリオドのために豊かな表情を殺しているような印象も受け、特に第2楽章では「疾風怒濤」期の交響曲と呼ばれるに相応しい悲劇的な旋律が押し殺されてしまったようで実に惜しい。全体としても殻を破れないもどかしさを感じた。


後半、シェーンベルクの「浄められた夜」。
バッハやハイドンのそれとは一転したエモーショナルな演奏で聴かせる。
関西フィルの弦楽は大阪フィルや日本センチュリー響などに比べるとあっさりしているが、今日はドイツ的な渋い音色を出すことに成功。それが曲が進みに従って、慈愛に満ちた柔らかな音色、救済を意味する明るい音色へと変化していく。
デュメイの指揮自体は特別な動きはしていないのだが、オーケストラから多様な音色を引き出す術には卓越したものがある。あたかも指揮棒を弓とし、関西フィルを巨大なヴァイオリンとして操るかのようだ。

名ヴァイオリニストであるオーギュスタン・デュメイ。指揮者としても名指揮者かというと、今日一回のコンサートだけでは判断できないが、少なくとも凡庸な指揮者でないことだけは確かなようである。

定期演奏会であるが、「浄められた夜」はメインプログラムとするには少し曲が短いということもあってか、アンコール演奏がある。ビゼーの「アルルの女」第1組曲より“アダージェット”。しなやかで優しさ溢れる佳演であった。

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2019年3月24日 (日)

コンサートの記(533) 矢崎彦太郎指揮 大阪交響楽団第180回定期演奏会

2013年10月18日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、ザ・シンフォニーホールで大阪交響楽団の第180回定期演奏会を聴く。今日の指揮者はフランスものの日本におけるスペシャリスト矢崎彦太郎。

オール・ドビュッシー・プログラム。「牧神の午後への前奏曲」、「ピアノと管弦楽のための幻想曲」(ピアノ独奏:児玉麻里)、バレエ音楽「遊戯」、交響詩「海」~3つの交響的スケッチ、という演目。「牧神の午後への前奏曲」、交響詩「海」以外は滅多に演奏されない曲である。楽譜は「牧神の午後への前奏曲」がジョベール版、他の3曲はデュラン新全集版を使用している。

今日は3階ステージ上手上方の席。補助席で、一つ前の普通の席は1000円高いはずだが、誰も座っていない。
在阪4つのプロオーケストラの中で、唯一自前の練習所を持っていない大阪交響楽団。本拠地は大阪府堺市であるが、元々私営の楽団だけあって、堺市からの補助も受けにくいのであろう。練習会場は演奏会毎に異なり、演劇でいう稽古場ジプシーのような状態だという。

「牧神の午後への前奏曲」。指揮者の矢崎はこの曲だけノンタクトで振った。あっさりした音を持つ大阪交響楽団であるが、矢崎が指揮すると洒落っ気のある音色に変わる。ハーモニーの作り方も美しく、いかにもドビュッシーらしい、たおやかな演奏になった。
「ピアノと管弦楽のための幻想曲」。この曲は「ドビュッシー管弦楽曲全集」のCDにも入っていないことが多い珍しいもの。ピアノの児玉麻里は同じくピアニストの児玉桃の実姉であり、日系アメリカ人の指揮者であるケント・ナガノ夫人でもある。
背中の大きく開いた、オレンジのロングドレスで登場した児玉麻里は、それこそ真珠を転がすような、まろやかで輝かしいピアノを奏でる。矢崎指揮の大阪響もエスプリに富んだ伴奏を聴かせる。


後半。バレエ音楽「遊戯」。CDにはよく収録されている曲だが、実演で聴く機会は稀である。和声の築き方がドビュッシーならではであり、響きの美しさを楽しむ曲である。メロディーなどは特に印象に残るものはなく、そこが演奏会のプログラムに余り載らない理由であろう。矢崎と大阪響は神秘的且つ美的なハーモニーを構築していた。

メインの交響詩「海」~3つの交響的素描。標題交響曲と呼んでも差し支えない構造を持つ作品であるが、ドビュッシーはこの曲を敢えて交響曲とは名付けなかった。矢崎は弦には繊細なエスプリ・クルトワを求める一方で管には思いっ切り吹くというエスプリ・ゴーロワを要求。パリ在住が長い矢崎ならではの解釈である。だからといって野放図に強く吹かせる訳ではなく、音のバランス感覚にも長けている。
個性がないのが個性ともいうべき大阪交響楽団であるが、今日の演奏会では矢崎の求めるフランス的な色彩に的確に反応していた。「海」も緩急強弱ともに自在の演奏であり、優れた出来を示す。

演奏終了後、矢崎はオーケストラメンバーを立たせようとするが、大阪響のメンバーは矢崎に敬意を表して立とうとしない。矢崎一人が拍手を受ける。
矢崎は再びオーケストラメンバーを立たせようとするが、楽団員はまだ拍手を送り続けているので、コンサートマスターの手を取って立たせ、ここでようやく楽団員全員が立ち上がって、客席からの喝采を受けた。

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