コンサートの記(889) 柴田真郁指揮大阪交響楽団第277回定期演奏会「オペラ・演奏会形式シリーズ Vol.3 “運命の力”」 ヴェルディ 歌劇「運命の力」全曲
2025年2月9日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて
午後3時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、大阪交響楽団の第277回定期演奏会「オペラ・演奏会形式シリーズ Vol.3 “運命の力”」を聴く。ヴェルディの歌劇「運命の力」の演奏会形式での全曲上演。
序曲や第4幕のアリア「神よ平和を与えたまえ」で知られる「運命の力」であるが、全曲が上演されることは滅多にない。
指揮は、大阪交響楽団ミュージックパートナーの柴田真郁(まいく)。大阪府内のオペラ上演ではお馴染みの存在になりつつある指揮者である。1978年生まれ。東京の国立(くにたち)音楽大学の声楽科を卒業。合唱指揮者やアシスタント指揮者として藤原歌劇団や東京室内歌劇場でオペラ指揮者としての研鑽を積み、2003年に渡欧。ウィーン国立音楽大学のマスターコースでディプロマを獲得した後は、ヨーロッパ各地でオペラとコンサートの両方で活動を行い、帰国後は主にオペラ指揮者として活躍している。2010年五島記念文化財団オペラ新人賞受賞。
出演は、並河寿美(なみかわ・ひさみ。ソプラノ。ドンナ・レオノーラ役)、笛田博昭(ふえだ・ひろあき。テノール。ドン・アルヴァーロ役)、青山貴(バリトン。ドン・カルロ・ディ・ヴァルガス役)、山下裕賀(やました・ひろか。メゾソプラノ。プレツィオジッラ役)、松森治(バス。カラトラーヴァ侯爵役)、片桐直樹(バス・バリトン。グァルディアーノ神父役)、晴雅彦(はれ・まさひこ。バリトン。フラ・メリトーネ役)、水野智絵(みずの・ちえ。ソプラノ。クーラ役)、湯浅貴斗(ゆあさ・たくと。バス・バリトン。村長役)、水口健次(テノール。トラブーコ役)、西尾岳史(バリトン。スペインの軍医役)。関西で活躍することも多い顔ぶれが集まる。
合唱は、大阪響コーラス(合唱指揮:中村貴志)。
午後2時45分頃から、指揮者の柴田真郁によるプレトークが行われる予定だったのだが、柴田が「演奏に集中したい」ということで、大阪響コーラスの合唱指揮者である中村貴志がプレトークを行うことになった。中村は、ヴェルディがイタリアの小さな村に生まれてミラノで活躍したこと、最盛期には毎年のように新作を世に送り出していたことなどを語る。農場経営などについても語った。農場の広さは、「関西なので甲子園球場で例えますが、136個分」と明かした。そして「運命の力」の成立過程について語り、ヴェルディが農園に引っ込んだ後に書かれたものであること、オペラ制作のペースが落ちてきた時期の作品であることを紹介し、「運命の力」の後は、「ドン・カルロ」、「アイーダ」、「シモン・ボッカネグラ」、「オテロ」、「ファルスタッフ」などが作曲されているのみだと語った。
そして、ヴェルディのオペラの中でも充実した作品の一つであるが、「運命の力」全曲が関西で演奏されるのは約40年ぶりであり、更に原語(イタリア語)上演となると関西初演になる可能性があることを示唆し(約40年前の上演は日本語訳詞によるものだったことが窺える)、歴史的な公演に立ち会うことになるだろうと述べる。
柴田真郁は、高めの指揮台を使用して指揮する。ザ・シンフォニーホールには大植英次が特注で作られた高めの指揮台があるが、それが使われた可能性がある。歌手が真横にいる状態で指揮棒を振るうため、普通の高さの指揮台だと歌手の目に指揮棒の先端が入る危険性を考えたのだろうか。詳しい事情は分からないが。
歌手は全員が常にステージ上にいるわけではなく、出番がある時だけ登場する。レオノーラ役の並河寿美は、第1幕では紫系のドレスを着ていたが、第2幕からは修道院に入るということで黒の地味な衣装に変わって下手花道での歌唱、第4幕では黒のドレスで登場した。
今日のコンサートマスターは、大阪交響楽団ソロコンサートマスターの林七奈(はやし・なな)。フォアシュピーラーは、アシスタントコンサートマスターの里屋幸。ドイツ式の現代配置での演奏。第1ヴァイオリン12サイズであるが、12人中10人が女性。第2ヴァイオリンに至っては10人全員が女性奏者である。日本のオーケストラはN響以外は女性団員の方が多いところが多いが、大響は特に多いようである。ステージ最後列に大阪響コーラスが3列ほどで並び、視覚面からティンパニはステージ中央よりやや下手寄りに置かれる。打楽器は下手端。ハープ2台は上手奥に陣取る。第2幕で弾かれるパイプオルガンは原田仁子が受け持つ。
日本語字幕は、パイプオルガンの左右両サイドの壁に白い文字で投影される。ポディウムの席に座った人は字幕が見えないはずだが、どうしていたのかは分からない。
ヴェルディは、「オテロ(オセロ)」や「アイーダ」などで国籍や人種の違う登場人物を描いているが、「運命の力」に登場するドン・アルヴァーロもインカ帝国王家の血を引くムラート(白人とラテンアメリカ系の両方の血を引く者)という設定である。「ムラート」という言葉は実際に訳詞に出てくる。
18世紀半ばのスペイン、セビリア。カストラーヴァ侯爵の娘であるドン・レオノーラは、ドン・アルヴァーロと恋に落ちるが、アルヴァーロがインカ帝国の血を引くムラートであるため、カストラーヴァ侯爵は結婚を許さず、二人は駆け落ちを選ぼうとする。侍女のクーラに父を裏切る罪の意識を告白するレオノーラ。
だが、レオノーラとアルヴァーロが二人でいるところをカストラーヴァ侯爵に見つかる。アルヴァーロは敵意がないことを示すために拳銃を投げ捨てるが、あろうことが暴発してカストラーヴァ侯爵は命を落とすことに。
セビリアから逃げた二人だったが、やがてはぐれてしまう。一方、レオノーラの兄であるドン・カルロは、父の復讐のため、アルヴァーロを追っていた。
レオノーラはアルヴァーロが南米の祖国(ペルーだろうか)に逃げて、もう会えないと思い込んでおり、修道院に入ることに決める。
第3幕では、舞台はイタリアに移る。外国人部隊の宿営地でスペイン部隊に入ったアルヴァーロがレオノーラへの思いを歌う。彼はレオノーラが亡くなったと思い込んでいた。アルヴァーロは変名を使っている。アルヴァーロは同郷の将校を助けるが、実はその将校の正体は変名を使うカルロであった。親しくなる二人だったが、ふとしたことからカルロがアルヴァーロの正体に気づき、決闘を行うことになるのだった。アルヴァーロは決闘には乗り気ではなかったが、カルロにインカの血を侮辱され、剣を抜くことになる。
第4幕では、それから5年後のことが描かれている。アルヴァーロは日本でいう出家をしてラファエッロという名の神父となっていた。カルロはラファエッロとなったアルヴァーロを見つけ出し、再び決闘を挑む。決闘はアルヴァーロが勝つのだが、カルロは意外な復讐方法を選ぶのだった。
「戦争万歳!」など、戦争を賛美する歌詞を持つ曲がいくつもあるため、今の時代には相応しくないところもあるが、時代背景が異なるということは考慮に入れないといけないだろう。当時はヨーロッパ中が戦場となっていた。アルヴァーロとカルロが参加したのは各国が入り乱れて戦うことになったオーストリア継承戦争である。戦争と身内の不和が重ねられ、レオノーラのアリアである「神よ平和を与えたまえ」が効いてくることになる。
ヴェルディのドラマティックな音楽を大阪交響楽団はよく消化した音楽を聴かせる。1980年創設と歴史がまだ浅いということもあって、淡泊な演奏を聴かせることもあるオーケストラだが、音の威力や輝きなど、十分な領域に達している。関西の老舗楽団に比べると弱いところもあるかも知れないが、「運命の力」の再現としては「優れている」と称してもいいだろう。
ほとんど上演されないオペラということで、歌手達はみな譜面を見ながらの歌唱。各々のキャラクターが良く捉えられており、フラ・メリトーネ役の晴雅彦などはコミカルな演技で笑わせる。
単独で歌われることもある「神よ平和を与えたまえ」のみは並河寿美が譜面なしで歌い(これまで何度も歌った経験があるはずである)、感動的な歌唱となっていた。
演出家はいないが、歌手達がおのおの仕草を付けた歌唱を行っており、共演経験も多い人達ということでまとまりもある。柴田真郁もイタリアオペラらしいカンタービレと重層性ある構築感を意識した音楽作りを行い、演奏会形式としては理想的な舞台を描き出していた。セットやリアリスティックな演技こそないが、音像と想像によって楽しむことの出来る優れたイマジネーションオペラであった。ザ・シンフォニーホールの響きも大いにプラスに働いたと思う。
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