カテゴリー「ザ・シンフォニーホール」の88件の記事

2020年10月 8日 (木)

コンサートの記(660) 幸田浩子 「美しき日本のうた 秋」2020

2020年10月3日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、「美しき日本のうた 秋」を聴く。ザ・シンフォニーホールが、季節ごとに日本を代表する歌手を招いて送るリサイタル。今回は大阪府出身の人気ソプラノ、幸田浩子が登場する。ピアノ伴奏は、作・編曲家でもある藤満健。

大阪府豊中市出身の幸田浩子。幸田姉妹の妹さんである。実姉はヴァイオリニストの幸田さと子(本名:幸田聡子)。150年程度の歴史しかない日本のクラシック音楽界において、「幸田」という特に珍しくもないがありふれてもいない苗字の姉妹が二組いる(もう一組は日本クラシック黎明期の幸田延、幸田幸の幸田姉妹。幸田露伴の妹である)、というのは結構不思議なことだと思われる。日本を代表する音楽家姉妹は他にも何組かいるが、ピアノの児玉姉妹も幸田姉妹と同じ豊中出身である。豊中市には大阪音楽大学もあり、音楽が盛んなところである。大阪府立豊中高校を卒業後、東京藝術大学声楽科に進学し、首席で卒業。同大学大学院を経て、文化庁オペラ研修所で研鑽を積み、イタリアに渡る。ヨーロッパで多くのコンクールで好成績を収め、ウィーン・フォルクスオーパーと専属契約を結んだことで有名になっている。美人クラシック音楽家の一人であり、人気も高いが、容姿以上に(まあ、当たり前であるが)ハイトーンボイスの魅力で高い評価を受けている。二期会会員。

幸田浩子とコンビを組むことも多い藤満健も東京藝術大学と同大学院を修了。作曲専攻で学んでおり、修士作品は東京藝術大学が買い上げている。作曲コンクールで好成績を上げている他、ピアニストとしても活躍。ピアノ伴奏だけでなくリサイタルも開催している。1995年から2008年まで桐朋学園大学講師を務め、2006年からは桜美林大学の音楽専修講師として後進の指導に当たっている。録音なども多く、映画「おくりびと」ではピアノ演奏を担当している。
藤満も西宮生まれの芦屋育ちということで関西人である。

 

新型コロナウイルスの影響で、制限された中での演奏活動が続けられているが、クラシックの中でも声楽は飛沫が前に飛ぶため最も危険とされており、オランダの合唱団でクラスターが発生するなど、自由な活動が行えなくなっている。日本の年末の風物詩でもある第九演奏会も今年は中止が相次いでおり、京都市交響楽団も第九演奏会でなく「チャイコフスキー・ガラ」を行うことが正式に決まっている。
だからといって声楽のコンサートは全て中止というわけにもいかないので、今日のコンサートも厳戒態勢の中、実施される。

まず事前に発売されたチケットは、ソーシャルディスタンスを保つために振替となる。振替となったチケットには、大きい方に氏名、住所、電話番号を記す必要があり、半券といっても小さい方ではなく大きい方をボックスに入れる。
検温もサーモグラフィーは使うのだが、より正確に測定出来ると思われる柱状のものを用い、3人ずつの検温が行われる。出入り口付近担当のスタッフはフェイスシールドを着用しての対応である。また、陽性判定者が一人も登録しなかったことで「無意味では」と問題視された大阪府独自の追跡サービスもQRコード読み取りで登録出来るようになっている。「特典なしでは使って貰えない」という結論が出たのか、ポイントを貯めると景品が当たるチャンスを得るシステムに変わっている。
アナウンスでは、最新式の除菌システムが採用され、また10分でホール全体の空気が入れ替わる換気装置が作動していることが告げられる。

「5mは離れている必要がある」ということで、ステージに近い前から5列程度は未使用となり、他の席も前後左右最低1席は空けてのフォーメーションとなる。

 

曲目は、第1部が、「この道」、「かやの木山の」、「赤とんぼ」、「からたちの花」、「鐘が鳴ります」、「ばらの花に心をこめて」、「ちいさい秋見つけた」、「里の秋」、「花の街」、「ひぐらし」、「舟唄(方戀)」、「希望」。第2部が、「浜辺の歌」、「椰子の実」、「浜千鳥」、「初恋」、「悲しくなったときは」、日本のうたメドレー(藤満健ピアノ独奏)、「このみち」、「奇跡~大きな愛のように」、「糸」、「見上げてごらん夜の星を」

第1部の前半は山田耕筰作品が並び、秋の歌を経て團伊玖磨作品が4曲続けて歌われる。第2部は前半が「海」を歌った作品で固められ、藤満健のピアノソロを経て、近年作曲された作品やポピュラー楽曲で締められるという構成である。

 

前半は、幸田は真っ赤なドレスで登場。昨日、友人から譲られたばかりのものだという。
楽曲の間に幸田がマイクを手にトークを行うというスタイルで進行していく。
大阪出身ということで、「大阪はまさに故郷」ということから始まり、公開での演奏活動が約半年ほど止まってしまったことなどを語っていた。

冒頭から山田耕筰作品が並ぶが、幸田の母校である豊中高校の校歌が、北原白秋作詞・山田耕筰作曲のものということで思い入れがあるそうだ。と言いつつ、歌詞などはもう忘れてしまっていたそうだが、幸田がそういう話をしているということを知った高校時代の友人達が歌詞をコピーして送ってくれたという。多くの伝統校がそうであるように豊中高校も最初は男子校としてスタートしてるため、校歌も「質実剛健」という言葉から始まる男子校風のものだそうである。

美声を生かしたスケールの大きな歌唱を持ち味とする幸田浩子。日本の童謡を歌うにはもっと素朴な声の方が合っているのかも知れないが、美声でスケール雄大でありながら素朴というのはあり得ないので、声の魅力を楽しむ。素朴な歌声を楽しみたいなら他の歌手で聴けば良い。

團伊玖磨の歌曲は聴いたことのないものばかりだったが、歌詞の生かし方が巧みである。「希望」は北原白秋の詩で、シンプルなものであるが、シンプルであるが故の盛り上がり方を見せ、魅力的な仕上がりとなっていた。

第2部の「海」の歌曲集。私は海に囲まれた千葉県出身だけに「海」を扱った曲には思い入れがある。幸田浩子はクリーム色の衣装に着替えて登場。有名な楽曲が並ぶが、「浜千鳥」の計算された歌声と、寺山修司作詞である「悲しくなったときは」の物語性の的確な描写が印象に残る。

藤満健のピアノソロによる「日本のうたメドレー」は、四季を代表する童謡を藤満自身が編曲したものが演奏される。印象派風の編曲による「朧月夜」に始まり、「夏の思い出」、「もみじ」を経て、「雪の降るまちを」が演奏されるのであるが、「雪の降るまちを」の演奏前には出だしがよく似ていることで知られるショパンの幻想曲ヘ短調冒頭の演奏が挟まれるなど、クラシックファンをくすりとさせる仕掛けが施されていた。

「このみち」は金子みすゞの代表的童謡の一つに伊藤康英がメロディーを付けたものである。金子みすゞの童謡に曲を付ける試みは以前から行われているが、金子みすゞの童謡は、独創的な着眼点や日本語の響き自体の美しさを特徴としているため、メロディーが負けることが多く、これまで成功した例がほとんどない。今回の「このみち」も童謡を読んだ時の印象とかけ離れているため、成功とは言い難いように思う。やはり金子みすゞの童謡は童謡として読むべきものなのだろう。
「このみち」は仏教的要素、特にみすゞが信仰していた浄土真宗本願寺派の影響が顕著であり、「サンガ」的解釈をするのが正解であろうと思われる。

 

多くのシンガーにカバーされていることで知られる中島みゆきの「糸」。幸田は後半をオペラ的なアレンジによるもので歌った。こうしたアレンジに好き嫌いはあると思われるが、最後の一節は原曲のメロディーに戻るため、安心感が得られるという良さもある。

 

「見上げてごらん夜の星を」は、当初はお客さんにも歌って貰おうということで無料パンフレットの裏表紙に歌詞を載せていたのだが、コロナなので大勢で歌うのはやはり「よろしくない」ということで、お客さんには心の中で歌って貰うということになる。
実際には小声で歌う人も何人かいたが、マスク着用必須であり、小声ならそうそう飛沫も飛ばないので問題なしだと思われる。

 

アンコールは2曲。まずは、今や日本語歌曲の定番となった感もある武満徹の「小さな空」。「ポール・マッカートニーのようなメロディーメーカーになりたい」と願いつつ、基本的には響きの作曲家として評価された武満徹。歌曲の旋律は「素朴」との評価もあるが、幸田による「小さな空」を聴いていると、広がりのあるメロディーラインが浮かび上がり、生命感に溢れていることが感じられる。「素朴」というこれまでの評価はあるいは誤りなのかも知れない。今日のコンサート全編を通して、この「小さな空」が幸田の個性に一番合っていた。

最後は、沼尻竜典の歌劇「竹取物語」よりかぐや姫の「告別のアリア~帝に捧げるアリア」。初演時に幸田がかぐや姫を演じて好評を博した歌劇「竹取物語」。今年、東京の新国立劇場と、沼尻竜典が芸術監督を務める滋賀県立芸術劇場びわ湖ホールでの再演が行われるはずだったのだが、コロナのために中止となっている。
幸田の最大の持ち味である高音を駆使した哀切な歌唱となっていた。

 

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2020年10月 5日 (月)

コンサートの記(659) 小林研一郎指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第396回定期演奏会 「わが祖国」全曲

2006年3月16日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

大阪へ。ザ・シンフォニーホールで大阪フィルハーモニー交響楽団の第396回定期演奏会を聴く。今日の指揮者は大阪フィルを振るのは9年ぶりになるという小林研一郎(愛称:コバケン)である。
コバケンの演奏会には東京にいる時は良く出かけたが、考えてみれば、私がコバケンの指揮を見るのも7、8年ぶりだ。
演目はスメタナの連作交響詩「わが祖国」全曲。

「わが祖国」は名曲ではあるが、聴き通すには集中力がいる。CDも何枚か持っているが、いずれも聴き通すには覚悟がいる。気楽に聴ける曲ではないし、気楽に聴くと面白くない曲でもある。

コンサートなら自ずと集中せざるを得ないから、この曲の真価を堪能するにはやはりライヴということになる。

「わが祖国」のコンサートでは、チェコ人のイルジー(イエジー)・コウトが指揮したNHK交響楽団の演奏が二つの意味で印象に残っている。一つは勿論、演奏の素晴らしさだが、もう一つはNHKホールの3階席上部を占拠した修学旅行生のマナーの悪さ。しかし、最初に接したコンサートが「わが祖国」だったりしたら、「もう一生、クラシックなんて聴くものか」と思う生徒が大半を占めてしまうのではないだろうか。長い上に、「モルダウ」を除いてはポピュラリティーに欠ける。芸術性の高い曲だが、ごく一般的な中高生に芸術性なんてわかるはずがない。というわけで、これは教師のミスだろう。そもそも教師も「わが祖国」がどのような曲か知らなかった可能性も高い。こうして日本の音楽教育は音楽嫌いを増やすことになっていくのかも知れない。

思い出はこれぐらいにして、今日の演奏の出来は文句なしである。この間演奏を聴いた下野さんにも佐渡さんにも悪いけれど、やはり現時点では二人ともコバケンさんの敵ではない。

コバケンさんは視覚的にも面白い指揮者である。「炎のコバケン」の異名の通り、情熱の噴出する指揮ぶり。しかし大袈裟というほどでもない。指揮棒を持った右手のみで指揮する場面も多く、左手は要所要所で用いていたが、以前もこのような指揮だっただろうか? 記憶では右手も左手も同程度用いていた気がする。指揮が変わったのか、あるいは曲目からか。

大阪フィルは非常に良く鳴る。下野竜也の指揮でも良く鳴っていたが、比較にならない。

今日はポディウム席で聴いていたが、音に問題はなし。ザ・シンフォニーホールは舞台背後の席も音が良い。

コバケンさんは指揮者として芽が出るのが遅かったからか、謙虚なところがあり、一曲ごとに指揮台から降りて、オーケストラに向かって一礼してから振り始める。普通はそういうことをするとオーケストラに舐められるのであるが、コバケンさんは音楽がしっかりしているからか、逆に好感を持たれているようだ。

「モルダウ」の終結部、二つの和音が鳴る直前のピアニッシモのところで何故か拍手が起こり、会場が白けてしまったのが残念だが(白熱した演奏なので曲が終わってから拍手が起こるのなら自然だったと思う。しかしこんな有名な曲でフライング拍手をしないで欲しい。曲が終わってから拍手するつもりだった人が白けて熱心に拍手できなかったのがわかった)、前半はオーケストラをものの見事にドライブした快演であった。コバケンさんは唸り声も凄いので、それが気になった人もいるだろうが。

「わが祖国」はタイム的には全6曲を通して演奏してもCD1枚に収まる程度なのだが、やはり演奏者も聴衆も集中力が持たないので、3曲目の「シャールカ」と4曲目の「ボヘミアの森と草原から」の合間に休憩が入る。

休憩時間に、「何だあの拍手は」と話題にする人が多い。

後半も快調、「ボヘミアの森と草原から」の悠揚たる迫力に圧倒され、「ターボル」の間をしっかり取った緊張感溢れる演奏に息を呑む。

ラストの「ブラーニク」には私の好きなオーボエソロがあるのだが、オーボエの音がスムーズに出ない。どうやらリード作りに失敗したようである。オーボエソロの美しさが堪能出来なかったのは残念だが、阿修羅と不動明王に毘沙門天が取り憑いたかのような、恐ろしくなるほどスリリングな演奏であった。終演後、いつも以上に会場が沸く。

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2020年10月 1日 (木)

コンサートの記(657) 大植英次指揮大阪フィルハーモニー交響楽団第395回定期演奏会

2006年2月16日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

大阪へ。ザ・シンフォニーホールで大阪フィルハーモニー交響楽団の第395回定期演奏会を聴く。指揮は音楽監督を務める大植英次。
曲目は今年没後10年を迎える武満徹の「ノスタルジア」(ヴァイオリン独奏は大阪フィルのコンサートマスターである長原幸太)と、前任者である朝比奈隆の十八番だったブルックナーの交響曲第7番。

大阪フィルは他のオーケストラと違い、開演直前にオーケストラのメンバーが一斉にステージ上に現れるというスタイルは取っておらず、メンバーが三々五々出て来て思い思いに旋律をさらう、というのが日常化している。
今日はメンバーが出てくるのが普段より少し遅かった。
メンバーが揃い、ソリストが登場して拍手が起こり……、と思ったら出て来たのはソリストではなく、一人遅刻したフォアシュピーラー(コンサートマスターの隣りで弾く奏者)であった。足早に出て来て、席に座り、さっと髪をなでつける。会場から笑いが漏れる。
ソリストの長原幸太と指揮者の大植英次が登場。大植が「しっかりしてくれよ」とばかりにフォアシュピーラーの背中を叩いたので会場は再び笑いに包まれる。

「ノスタルジア」は私が最も気に入っている武満作品の一つ。憂いに満ちたヴァイオリン独奏と繊細この上ないオーケストラが作り出す、「大仰でない悲しみを歌う」曲である。
演奏開始直後は大阪フィルの弦楽合奏に潤いが不足しているように感じられ、「タケミツ・トーン」が出ていないように思ったのだが、オーケストラの洗練度と繊細さが徐々にアップしていき、この世の音楽とは思えないほど個性的な表情が現れる。長原幸太のソロも適度な抑制を持った演奏で、ストイックなこの曲によく合っている。
ただ、曲が余りにも繊細なので、客席から頻繁に起こる咳の音がとても気になる。武満が亡くなったのは10年前の2月20日だから、この時期にプログラムに入れたのだろうが、風邪の流行るシーズンにこの曲を演奏するのは少し無理があるようだ。

メインのブルックナー交響曲第7番。ブルックナーが残した9曲の交響曲の中で最もメロディアスな曲である。ブルックナー入門用の曲として、交響曲第4番「ロマンティック」(「ロマンティック」とは恋人同士がうんたらかんたら、ではなく、「中世の騎士道精神」という意味)を挙げる人が多いが、私は交響曲第7番の方が入りやすいように思う。第1楽章は雄大、第2楽章は哀切、第3楽章はリズミカル、第4楽章は爽快であり、聴き易い。
演奏が始まると同時にステージ上が別世界に変わる。優れたブルックナー演奏にはそうした力がある。大植はマーラーだけでなく、ブルックナー指揮者としても実力者のようだ。フォルテ、フォルテシモなど、強弱記号の処理も曖昧さがない。
第2楽章も哀切なメロディーが心に響く。この楽章の作曲中にブルックナーは尊敬する作曲家のワーグナーが危篤状態にあることを知る。この楽章はワーグナーの死を確信したブルックナーが、ワーグナーへの哀悼の意を込めた鎮魂の曲となっていく。ワーグナーが自作演奏のために作り出した楽器・ワーグナーチューバがこの楽章では大活躍する。ただ、大阪フィルのワーグナーチューバ陣は粒が揃わず雑然とした演奏に終始。全体としては良い演奏だっただけに、これは残念であった。

朝比奈は、ブルックナーの演奏をする際には「ハース版」(ブルックナーは作品を否定されるたびに楽譜を改訂したため、様々な種類の譜面が残ってしまった。それを編纂したのがロベルト・ハースとレオポルド・ノヴァークで、ハースが編纂したものが「ハース版」、ノヴァークのものが同じく「ノヴァーク版」と呼ばれている)の楽譜を用いるのが常だったので、大植もそれに従っているのだろう、と思いきや第2楽章のクライマックスでシンバルの一撃があり、ティンパニとトライアングルが鳴り響いた。シンバル・トライアングル・ティンパニによるクライマックス形成が採用されているのは「ノヴァーク版」のみである。どうやら朝比奈とは違う流儀であることを示すために「ノヴァーク版」を用いたようだ(プログラムには「ハース版」としっかり書かれている。「ハース版」でも打楽器を鳴らすバージョンは存在するようである)。
第3楽章はリズミカルで迫力があり、最終楽章も活気と感動に満ちた演奏であった。
大阪フィルが朝比奈時代から大植時代に完全に移行したことを示す名演であった。朝比奈のブルックナーを聴き慣れた人には不満があるかも知れないが、いつまでも朝比奈の幻影を求めていても仕方がない。大阪フィルは新時代に入ったのだ。

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2020年5月27日 (水)

コンサートの記(638) アジアオーケストラウィーク2004 金洪才指揮 ソウル・フィルハーモニック管弦楽団

2004年10月5日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

大阪、ザ・シンフォニーホールでソウル・フィルハーモニック管弦楽団の来日公演を聴く。どうでもいいが、一瞬、ソウルフル・ハーモニーと勘違いしそうな名前を持つ楽団である。ソウル・フィルというオケは何故か2つあるようだが(紛らわしいな)、こちらは1945年創設の韓国一長い歴史を持つオーケストラ。

指揮は在日指揮者、金洪才(キム・ホンジェ)。

韓国といえば、20世紀後半にクラッシック界の逸材を多く生み出したことで知られる。特にヴァイオリンのチョン・キョンファ(鄭京和)と、彼女の弟で指揮者・ピアニストのチョン・ミョンフン(鄭明勲)が有名である。ただオーケストラの充実は大分遅れ、10年前のインタビューでチョン・ミョンフンは「(韓国のオーケストラは)日本より20年は遅れている」と語っていた。

しかし、今日の演奏を聴くと大分腕を上げてきたなという感じを受ける。弦がやや薄いが、日本のオーケストラとも十分に渡り合えそうだ。


1曲目は金成珍(キム・ソンジン)の「帰天」。ソプラノ独唱は姜権洵(カン・グォンスン)。チマチョゴリでの登場だ。
ソウル・フィルの音はやや暗め。少し淡泊で墨絵のような味わい。音楽は韓国らしさを感じさせるものだが、露骨に韓国していないのがいい。この曲は今年作曲された新作だ。


ドヴォルザークのチェロ協奏曲。独奏は梁盛苑(ヤン・ソンウォン)。音は相変わらずやや地味、独奏の梁の演奏も渋いが深みがある。これ見よがしのテクニックを披露するのではなく、音を誠実に奏でていくタイプだ。演奏終了後、梁はJ・S・バッハの無伴奏チェロ組曲第1番よりプレリュードをアンコールとして演奏した。

ドヴォルザークのチェロ協奏曲は、あのブラームスをして「こんな曲がチェロで書けると知っていたら私も書いていたのに」と言わしめた傑作である。


後半の曲はあのブラームスの交響曲第4番。多分狙ったプログラミングのはずである。ソウル・フィルの音は今度はやや華やか。金の指揮も若々しく、名演となった。


アンコールは韓国民謡「イムジン河」のオーケストラ編曲版。しみじみとしていい演奏である。

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2020年5月25日 (月)

コンサートの記(637) アジアオーケストラウィーク2004 本名徹次指揮ベトナム国立交響楽団

2004年10月6日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

ザ・シンフォニーホールでベトナム国立交響楽団の来日演奏会を聴く。アジアオーケストラウィーク2004参加団体として招聘されたもの。指揮は本名徹次。本名は2001年からベトナム国立響のミュージック・アドバイザーを務めている。ベトナム国立響は1959年の創設。最初のコンサートでホー・チ・ミン(胡志明)が指揮台に上がってベトナム国歌を指揮したという何とも社会主義なエピソードを持つ。本拠地は首都ハノイ。ハノイは漢字では河内と書く。かなり大阪っぽい。

ベトナム国立響というと大分前にテレビのドキュメンタリーで日本人指揮者、福村芳一を相手に演奏に苦戦している姿が流された。

ということもあって今回は不安だったのだが、杞憂に終わった。世代交代が進んだようで、メンバーは若い。昨日のソウル・フィルは女性メンバーが全員、ドレスではなくスーツで登場したのが印象的だったが、ベトナム国立響の女性メンバーはドレスだったり民族衣装風だったり様々だ。

弦には輝きがある。たまに雑然とした感じになるのは仕方ないだろう。管はやや不安定だ。

第1曲はド・ホン・クァンの「ベトナム狂詩曲」。面白い曲だがやや長い。後半になるとだれた感じがする。

2曲目はショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲。ソリストは1981年生まれの若手、ブイ・コン・ズイ。曲自体は渋いものである。ソヴィエト当局の妨害に遭い、初演は7年も遅れた。ブイのヴァイオリンは昨日のヤン・ソンウォンとは正反対でテクニックを前面に押し出す。いかにも熱演という感じだが、力任せの感じは否めず。ずっと攻めのヴァイオリンなので聴いていて疲れるところがある。


メインもショスタコーヴィチ。交響曲第5番。いうまでもなく交響曲としては20世紀最高のヒット曲である。最近、生でショスタコーヴィチを聴く機会が多くなった。それも第5だけでなく、第10、第11などがプログラミングされる。ショスタコーヴィチの大ブレイクはもうそこまで来ている気がする。

冒頭は音に厚みが不足しているが、煌びやかさはあるし、構築もまずまずである。第2楽章はアイロニカルな表情が生きている。第3楽章も悪くはないが、歌にやや不足。表情ももっと豊かに出来るはずだ。第4楽章、トランペットが落ちる。本名のテンポはかなり速い。トランペットが落ちてからは更にテンポを上げる。この楽章がこれほど速く演奏されるのを聴くのは初めてである。ラストも重みがもう少しあればいいと思ったが、このオケの現状を考えるとよくやったと思う。国立のオケとはいうものの財源が不足しているため、メンバーの多くはアルバイトをしながらリハーサル、本番をこなすという。

アンコールではベトナムの曲と、大阪での演奏会ということで「六甲おろし」が演奏された。

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2020年5月24日 (日)

コンサートの記(636) アジアオーケストラウィーク2004 岩城宏之指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団 伊福部、武満、外山ほか

2004年10月8日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

大阪へ。ザ・シンフォニーホールで大阪フィルハーモニー交響楽団の演奏を聴く。アジアオーケストラウィーク2004のトリを飾る演奏会。チケットはいつもに比べれば安いが、台風が近づいているためか客の入りは良くない。指揮は岩城宏之。

岩城の公演を生で聴くのは2回目。いずれも彼の病気が悪化した後だが、今日も歩みがたどたどしい。

1曲目は伊福部昭の「管弦楽のための日本組曲」。伊福部は北海道生まれの作曲界の重鎮。土俗的な迫力ある作風が特徴。世間一般には「ゴジラのテーマ」の作曲者としての方が有名だ。岩城なかなか好調。

武満徹の「夢の時」。誰が聴いても武満の曲だとわかる曲である。武満の前に武満なく、武満の後に武満なし。武満の曲を聴く機会はコンサートでは意外に少ないが(2004年当時)、ホールが武満色に染まってしまう貴重な時間を体験する。

3曲目は徳山美奈子の「大阪素描」。大阪生まれの女流作曲家の作品。祭りや童謡、民謡などを題材にしており、伊福部に共通するところがあるが、彼女の方が洗練されている。演奏後、作曲者登場。喝采を受ける。


メインはシベリウスの交響曲第2番。岩城とシベリウスという組み合わせは意外だが、相性ははっきり言って良くない。ベートーヴェンの交響曲に対するのと同じようにシベリウスに向かってしまったため、結果として迫力はあるが、曲想をはっきり捉えることが出来なくなってしまっている。
ベートーヴェン的シベリウスというものが成功し得ないことを知る。少し眠たい演奏だった。シベリウスの交響曲第2番を生で聴くのは4度目だが、退屈するのは初めてである。


アンコールは外山雄三の「管弦楽のためのラプソディ」。岩城はこの曲の初演者。ちょっとバランスが悪い気もするが手慣れた演奏となる。迫力も十分であるが、ザ・シンフォニーホールは残響がありすぎて直接音が届きにくい気がする。ラストのパーカションは聴覚的にも視覚的にも格好いい。

この曲の演奏は作曲者である外山雄三の指揮、日本フィルハーモニー交響楽団による演奏が良かった。サントリーホールでの演奏会で聴いたのだが、これはライヴ録音されてCDでも聴くことが出来る。
民謡が露骨に使われているので、「真面目」な評論家からは、「オリエンタリズムの押し売り」などと言われるが、こういう人は西洋の作曲家が西洋の民謡を使って作曲すると絶賛したりするのだ。ただの西洋コンプレックスであるような気がする。

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2019年11月 7日 (木)

コンサートの記(605) 大和証券グループ presents 「BBC Proms JAPAN」BBCプロムス・イン・大阪 トーマス・ダウスゴー指揮BBCスコティッシュ交響楽団

2019年10月31日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、大和証券グループ presents 「BBC Proms JAPAN」 BBCプロムス・イン・大阪を聴く。毎年のロンドンの風物詩となっているBBCプロムスの日本での初開催である。東京と大阪で公演が行われるが、大阪での公演は今日1回きりである。

トーマス・ダウスゴー指揮BBCスコティッシュ交響楽団の演奏。BBCプロムスということでホール内は前半が暖色系、後半は寒色系のライトアップが行われていた。

 

デンマークの奇才、トーマス・ダウスゴー。ベートーヴェンの交響曲のピリオド・アプローチによる演奏に最も早く挑んだ指揮者の一人であり、今後が期待される中堅指揮者の一人である。1963年生まれ。王立デンマーク音楽院とロンドンの王立音楽院に学び、1997年にスウェーデン室内管弦楽団の首席指揮者に就任。このコンビで録音した「ベートーヴェン交響曲全集」は話題になった。その後、祖国であるデンマークの国立放送交響楽団のシェフなどを務め、現在はBBCスコティッシュ交響楽団の首席指揮者の座にある。

 

曲目は、メンデルスゾーンの序曲「フィンガルの洞窟」、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番(ピアノ独奏:ユリアンナ・アヴデーエワ)、マーラーの交響曲第5番。
一応、アンコールという形になるが、最後にエルガーの「威風堂々」第1番が演奏されることが決まっており、無料パンフレットに歌詞カードが挟み込まれている。

 

BBCスコティッシュ交響楽団は、スコットランド最大の都市であるグラスゴーに本拠地を置くオーケストラ。1935年の創設。現役最高のシベリウス指揮者の一人であるオスモ・ヴァンスカが1996年から6年間、シェフを務めていたこともある。

ヴァイオリン両翼の古典配置を基本としているが、トランペットが上手奥に斜めに一列に並ぶというロシア式の配置も取り入れている。
オーケストラメンバーはステージ上に三々五々登場し、さらい始める。最後にコンサートミストレスが登場したところで拍手が起こって、チューニングの開始となる。後半のマーラーはコンサートミストレスを含めメンバー全員が思い思いに出てきて座り、ダウスゴーの登場で拍手というスタイルが取られていた。

 

メンデルスゾーンの序曲「フィンガルの洞窟」。各楽器の分離が驚くほど鮮明であり、全ての音がクッキリと浮かび上がるような、今までに聴いたことのない「フィンガルの洞窟」となる。パーヴォ・ヤルヴィとドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンが分離のはっきりとした演奏を行って世界を魅了しているが、分離の良さに関してはダウスゴーの方がパーヴォを上回る。
ロンドンのBBC交響楽団自体が二流オーケストラの代名詞的存在であるため、BBCスコティッシュ交響楽団にも余り期待していなかったのだが、透明で独特な艶のある弦がとても魅力的である。一方で管などは過度に洗練されてはおらず、良い意味でのローカル色も残っている。
かなり速めのテンポを採用したダウスゴー。メンデルスゾーンはピリオドで演奏するべきがどうか微妙な時代の作曲家だが、ダウスゴーが作り出した音楽には少なくともピリオドの影響を窺うことは出来る。すっきりとしたフォルムにエネルギーが横溢し、ドラマティックというよりもスリリングな演奏になる。弦楽ではヴィオラの強さと雄弁さも特徴である。

 

ユリアンナ・アヴデーエワをソリストに迎えてのチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番。
ユリアンナ・アヴデーエワは、1985年生まれのロシアの若手ピアニスト。モスクワ出身。5歳でピアノを始め、出身地にあるグネーシン音楽院で学んだ後、チューリッヒ音楽院でも研鑽を積み、この時期にはコンスタンティン・シチェルバコフの助手も務めている。
2010年にショパン国際コンクールで優勝し、知名度を上げている。

最近の欧州出身のピアニストはみな瑞々しい音色で弾くという特徴があるが、アヴデーエワもそうである。一頃のスタンダードだった甘い響きは近年は流行っていないようである。特に技術をひけらかすタイプのピアニストではなく、堅実で的確なピアニズムを売りとしているようだが、第3楽章のラストでは超絶技巧全開となり、ヴィルトゥオーゾの資質も兼ね備えていることがわかった。
ダウスゴー指揮のBBCスコティッシュ交響楽団も弦の美しさをベースとしたリリシズムが印象的だが、同時にダウスゴーは金管を思いっ切り吹かすタイプでもあり、迫力にも欠けていない。
第3楽章では、通常の演奏とは異なるテンポと音型で弾かれた場所があったが、そういう譜面があるのか、アヴデーエワとダウスゴーの解釈によるものなのかは不明である。他では聴いたことのない音型処理であった。

 

マーラーの交響曲第5番。いわゆるマーラー指揮者が指揮した演奏とは一線を画した個性が発揮される。
スケールはいたずらに広げすぎることはない。最強音の部分では盛大に鳴るが、虚仮威しにならないよう細心の注意が払われているようだ。
ダウスゴーの音楽作りはやはりクッキリとした分離の良さが特徴であり、マーラーがこの曲に込めた戦きや、作曲された当時の常識を踏み出した異様さがなどがそのまま提示される。美化されることのない骨組みのマーラーを聴いているようでもあり、ダウスゴーの音楽作りの独自性に感心させられる。
テンポは速いところもあるが、基本的に中庸。第4楽章(第2部前半)のアダージェットはこの速さが一番効果的なのではないかと思えるほどの美しさを湛えていた。これより速いと味気なく感じるかも知れないし、遅いとベタベタしすぎる。
ダウスゴーは、指揮棒をかなり細かく動かすタイプで、指揮棒を持たない左手も要所要所で効果的に用いられる。BBCスコティッシュ交響楽団もダウスゴーの指揮棒に俊敏に応えていた。

 

「プロムスといえば」、ということでエルガーの「威風堂々」第1番の演奏。「英国第2の国歌」といわれる歌詞が入っている部分では、ダイスゴーは客席の方を向いて指揮をする。BBCスコティッシュ交響楽団は鋭くしなやかな音色を奏でる。この辺がロンドンのオーケストラとは異なる個性かも知れない。過度にジェントルでない輝かしさと若々しさも魅力である。
私も「英国第2の国歌」といわれる「Land of Hope and Glory」を歌う。イギリス人でもないのに気分が高揚した。音楽にはそうした力がある。

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2019年7月15日 (月)

コンサートの記(575) 広上淳一指揮京都市交響楽団大阪特別公演2019

2019年7月7日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後2時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで京都市交響楽団大阪特別公演を聴く。指揮は、京都市交響楽団常任指揮者兼ミュージック・アドヴァイザーの広上淳一。

曲目は、ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」、ヴェルディの歌劇「運命の力」序曲、ヴェルディの歌劇「仮面舞踏会」序曲、レスピーギの交響詩「ローマの松」という重量級プログラムである。

コンサートマスターは泉原隆志、フォアシュピーラーは尾﨑平。今日はヴィオラ首席に店村眞積が入る。第2ヴァイオリンの首席は客演の山崎千晶。首席フルート奏者の上野博昭は「英雄」のみの出演である。

 

ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」。広上はベートーヴェンを得意としているが、「英雄」を京響で取り上げる機会はこれまでほとんどなかったはずである。
広上の指揮なので最初から飛ばすかと思われたが、最初の二つの和音からして穏やかであり、勢いでなく優美さを優先させるという意外な「英雄」となる。
バロックティンパニを使用しており、思い切った強打が見られるが、それ以外に特段ピリオド的な要素はなし。ただ、リズムの刻み方が独特であり、モダンスタイルともまた異なる個性的な「英雄」である。考えてみれば、モダンオーケストラによるピリオド奏法が本格的に取り入れられてからすで20年以上が経過しており、異なった傾向の演奏が現れたとしても不思議ではない。
第2楽章の葬送行進曲も燃焼度は高いがフォルムの美しさは保たれており、アポロ的な芸術が指向されているようである。
広上は肩を上下させるなど、今日もユニークな指揮姿である。

 

ヴェルディの歌劇「運命の力」序曲ではドラマティックに盛り上げ、歌劇「仮面舞踏会」序曲ではこぼれるような抒情美が目立つ。

 

レスピーギの交響詩「ローマの松」。オルガンの桑山彩子、ピアノの佐竹裕介、チェレスタの塩見亮が加わっての演奏である。
ボルゲーゼ荘の松から、はち切れんばかりの勢いと匂うようなエレガンスが同居しているという独自の演奏となる。
カタコンブ付近の松のほの暗さの描き方と袖から聞こえるハラルド・ナエスのトランペットソロも優れている。ジャニコロの松では、小谷口直子のクラリネットソロが雅趣満点である。
パイプオルガンの両サイドに金管のバンダを配したアッピア街道の松も迫力十分であるが、ザ・シンフォニーホールの空間が小さめであるため、スケールがややオーバー気味でもある。とはいえ、かなり優れた部類に入る「ローマの松」であることは間違いないだろう。浮遊感など、レスピーギが印象派から受けた影響を感じ取れるところも素晴らしい。

 

アンコール演奏は、レスピーギの「リュートのための古風な舞曲とアリア」第3集からイタリアーナ。今日のスタイルの締めくくりに相応しい典雅な演奏であった。

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2019年7月 6日 (土)

コンサートの記(571) ミヒャエル・ザンデルリンク指揮ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団来日演奏会2019大阪

2019年6月30日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後1時30分から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、ミヒャエル・ザンデルリンク指揮ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団の来日演奏会を聴く。「未完成」「運命」「新世界より」の三大シンフォニープログラム。ミヒャエル・ザンデルリンクとドレスデン・フィルのコンビではブランドとして少し弱いかも知れないが、大阪フィルハーモニー交響楽団なども毎年行っている「未完成」「運命」「新世界」の三大交響曲プログラムはとにかく人気であり、今日もザ・シンフォニーホールの客席は8割以上は埋まっていると思われる。


旧東ドイツを代表する指揮者であったクルト・ザンデルリンクの息子であるミヒャエル・ザンデルリンク。異母兄のトーマスと同母兄のシュテファンも指揮者だが、ミヒャエルは最初にチェリストとしてキャリアを築いてから指揮者に転向したことが他の親族とは異なる。ハンス・アイスラー音楽大学でチェロを専攻し、マリア・カナルス国際コンクール・チェロ部門で優勝。ライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の首席チェロ奏者やソリストとして活動後、30歳を過ぎてから指揮者デビューしている。現在も教育者としてチェロに携わっており、フランクフルト音楽舞台芸術大学教授などを務めている。

ヘルベルト・ケーゲルが残した録音によって知名度が高まったドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団。ドイツのオーケストラでありながらフランスの名匠であるミシェル・プラッソンを首席指揮者に招くなど意欲的な人選でも知られる。2011年よりミヒャエル・ザンデルリンクが首席指揮者を務めてきたが、ミヒャエルはこの6月をもって勇退、後任には以前にもドレスデン・フィル首席指揮者を務めていたマレク・ヤノフスキの再任が決まっており、秋から新時代に入る予定である。


午後1時30分ジャストにドレスデン・フィルのメンバーがステージ上に現れる。時間にかなり正確なのがドイツの楽団らしい。前後半でコンサートマスターとフォアシュピーラーが入れ替わり、前半はHeike Janickeがコンサートミストレスを務め、前半のフォアシュピーラーであるRalf-Carstten Bromselが後半のコンサートマスターとなってHeike Janickeはフォアシュピーラーに回る。ほぼ2年に1度のペースで来日しているドレスデン・フィルであるが、現在は日本人の団員はいない。東洋系の容姿の人はいるが、メンバー表を見ると中華系であることがわかる。


「未完成」と「運命」は、ヴァイオリン両翼の古典配置での演奏。ミヒャエルはノンタクトでの指揮である。

シューベルトの交響曲第7番「未完成」は、LP時代には「運命」とのカップリングが王道といわれた曲だが、CD時代に入るとその組み合わせによる録音は減り、曲が短く、コンサートのメインにしにくということでプログラミングされる機会も減っている。

チェロはビブラートを盛大に使用。その他の弦楽器奏者は思い思いに掛けたり掛けなかったりという折衷タイプの演奏である。シューベルトの毒もかなり出ており、各楽器の美しさも生きた演奏となっていた。楽章間をアタッカで繋いだのも個性的である。


ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」。トランペットが古楽器に変わり、ティンパニもバロックタイプのものが用いられる。私の席からはホルンはよく見えなかったが、おそらくナチュラルホルンに変わっていたはずである。

ミヒャエル・ザンデルリンクは、両手を横に広げ、止まったところで運命動機が奏でられる。フェルマータはかなり短めである。
「未完成」とは違って、かなり徹底したピリオドアプローチによる演奏である。弦楽器のボウイングも語尾を伸ばさずに弦から弓を離すというHIP特有のもので、パウゼも短い。
やはりアタッカで入った第2楽章で木管が引っ掛けるなど、技術的には十分とはいえないものだが、切れや力強さ、細やかな表情付けなど、ドイツのオーケストラの美質がよく現れていた。
ピッコロが浮かび上がるのは1カ所だけで、音型がはっきり変わるという場面もなく、譜面の版ははっきりしない。ブライトコプフ版も新版が揃い始めており、「ピリオドといえばベーレンライター」という時代も終わりつつある。


後半のドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」では、ドレスデン・フィルは弦の配置をドイツ式の現代配置に変え、ミヒャエルは指揮棒を手にしていた。
この曲でも木管が音を外すなど、弱点となっているようである。管を浮かび上がらせることを特徴とする演奏であるが、縦の線は正直かなり怪しい。
ミヒャエルは、第1楽章のクライマックスでテンポを上げて迫力を出すが、かなり粗く感じられたのも確かである。
第4楽章でも弦の鋭い音色と、強力だが巧みな和音作りで美観を損なわない金管が効果的だったが、テンポが速過ぎると思えるところがあった。


アンコール演奏は、ドヴォルザークのスラヴ舞曲第8番。土俗感はなく整った演奏で、フォルムとしての美しさを出していた。

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2019年6月21日 (金)

コンサートの記(565) 鈴木優人指揮 関西フィルハーモニー管弦楽団第302回定期演奏会

2019年6月14日 ザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで関西フィルハーモニー管弦楽団の第302回定期演奏会「欧和饗宴」を聴く。今日の指揮は鈴木優人。

古楽の貴公子、鈴木優人の登場であるが、敢えて全曲日本人作曲家の作品で勝負するという意欲的な演奏会である。ただ、現代音楽プログラムでは客が入らないのが当たり前となっており、今日も鈴木優人が指揮台に立つにも関わらず、大半が招待客であることが拍手の起こり方などからわかる。元々、関西フィルは招待客が多めではあるのだが。

曲目は、黛敏郎の「シンフォニック・ムード」(黛敏郎生誕90年記念)、矢代秋雄のピアノ協奏曲(ピアノ独奏:小菅優。矢代秋雄生誕90年記念)、芥川也寸志の交響曲第1番(芥川也寸志没後30年記念)。

 

鈴木優人は1981年オランダ生まれ。鈴木雅明を父親に、鈴木秀美を叔父に持つというサラブレッドである。東京藝術大学及び同大学院修了後、オランダのハーグ王立音楽院に進んで修了。2018年9月にバッハ・コレギウム・ジャパンの首席指揮者に就任したばかりである。アンサンブル・ジェネシスの音楽監督でもあり、得意とするバッハから現代音楽に至るまでの幅広い音楽に挑んでいる。今年の11月にはNHK交響楽団の指揮台にも初見参の予定。

今日のコンサートマスターは岩谷祐之。アメリカ式の現代配置での演奏である。

 

黛敏郎の「シンフォニック・ムード」。
若い頃は「天才」のあだ名で呼ばれたという黛敏郎。男前でもあり、女学生のスター的存在であった。松本清張の『砂の器』に登場する天才音楽家、和賀英良のモデルともいわれている。ただ後年は改憲を前提とした政治活動にのめり込んだこともあり、作曲を余りしなくなり、「題名のない音楽会」の司会者としてとにかく知名度は高かったが、黛敏郎が作曲家ではなくプロの司会者だと思い込んでいる人も多かった。
東京音楽学校(東京藝術大学音楽学部の前身)を卒業後、パリに留学するが、アカデミズムへの反発から「ここで学ぶことはもう何もない」として1年で帰国。最新鋭の電子音楽に取り組んだほか、鐘の音をコンピューターで解析してオーケストラに移し替えるという技術を取り入れた涅槃交響曲などで日本作曲界に衝撃を与えている。
「シンフォニック・ムード」は2部からなる力強い音楽である。ストラヴィンスキーの「春の祭典」などからの影響が顕著であり、日本的な旋律と太古のリズムの融合を図っている。「益荒男・黛」の真骨頂を表した作品といえるが、古代の邦楽への畏敬の念も感じられる。

 

矢代秋雄のピアノ協奏曲。
場面転換の間、鈴木がマイクを手に現れ、トークを行う。自身が東京藝術大学作曲科の第1課程の出身だということを語る。第1課程は矢代秋雄が教えていたフランス流の作曲術の流れを汲むコースだそうである。また、鈴木優人の父である鈴木雅明は、東京藝術大学で矢代秋雄に実際に師事していたそうである。
46歳で早逝した矢代秋雄。東京音楽学校では黛敏郎の同門であったが、戦時中のため授業自体が余り行われなかったようである。卒業後にともにパリに留学し、矢代の方は5年間滞在して伝統的なフランスの作曲法を学んでいる。黛と違って前衛には与せず、「美しく仕上げる」ことを目指した。

ソリストの小菅優は、日本若手トップクラスのピアニストであり、知名度も高い。

ラヴェルのピアノ協奏曲からの影響が濃厚であり、同じような音型がピアノによって奏でられる場面もある。
フランス音楽と大和心の共通点である繊細な味わいを追求した作品。近年では演奏される機会が少しずつではあるが増えているが、小菅優の力強さと輝かしさを統合したピアニズムはこの作品の美質を存分に引き出している。
鈴木指揮の関西フィルも上質の伴奏を奏でる。会場がザ・シンフォニーホールであるということもあるが、今日の関西フィルは鳴りが良い。

アンコールとして、小菅優と鈴木優人の連弾による「夢の舟」(4手のための)が演奏される。愛らしい好演であった。

 

芥川也寸志の交響曲第1番。
芥川龍之介の三男として生まれた芥川也寸志。芥川作曲賞にもその名を残している。ソビエトや中国共産党へのシンパシーから、ショスタコーヴィチの紹介者としても活動しており、アマチュアオーケストラの新交響楽団を指揮してショスタコーヴィチの交響曲を演奏したりもしていて、いくつかはレコーディングもされている。
右派の黛と左派の芥川であるが、二人は團伊玖磨を含めた「3人の会」として一緒に活動している。後年は前衛的な作品にも取り組む芥川だが、交響曲第1番はまだ伝統的な音楽を第一としていた時期に書かれたものである。

やはりショスタコーヴィチからの影響がはっきりと分かる。力強く鋭い響きが特徴であり、スケールも大きい。アイロニカルな音型や浮遊感一杯の場面など数多くの要素を詰め込んでおり、がっしりとした構築と豊かなロマンティシズムも魅力的である。

鈴木指揮の関西フィルもパワフルで密度の濃い演奏会を行った。

 

20世紀に活躍した3人の作曲家の作品であるが、いずれも古き良き音楽を尊重した作品を作曲しており、鈴木優人を含めた4人共がそうした姿勢によって貫かれているという共通点を見いだすことの出来た音楽会であった。

 

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