カテゴリー「ザ・シンフォニーホール」の129件の記事

2022年6月27日 (月)

コンサートの記(784) 阪哲朗指揮山形交響楽団「さくらんぼコンサート」2022大阪公演

2022年6月23日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、山形交響楽団の「さくらんぼコンサート」2022大阪公演に接する。指揮は山形交響楽団常任指揮者の阪哲朗。山形交響楽団創立50周年記念特別演奏会と銘打たれている。

曲目は、木島由美子(きじま・ゆみこ)の「風薫(ふうか)~山寺にて~」(山響創立50周年記念委嘱作品)、ラロのスペイン交響曲(ヴァイオリン独奏:神尾真由子)、バルトークの管弦楽のための協奏曲。

開演15分前からプレトークがある。まず、山形交響楽団専務理事の西濱秀樹が東根(ひがしね)市の法被を着て登場するが、大阪の人はもう西濱専務には馴染みがないのか(山形交響楽団に移るまで関西フィルハーモニー管弦楽団の事務局長をしていたのだが)、拍手が余り起こらず。西濱専務も大阪出身なので、「冒頭から、二人の方に拍手いただきましてありがとうございます」と、のっけから冗談を言う。ちなみに二人のうちの一人は私なのだが、二人だけだったのかどうかは定かでない。大きめの音を出していたのは二人だったと思われるが。

マスクをして出てきた西濱専務だが、ガイドラインによって、2m離れていればマスクをしなくても話していいということで、マスクを外す。「私は177cmありますので」とステージの上で横になって、一番前のお客さんまで3m以上離れていることを示す(本当に示せたのかどうかは分からない。今日は1列目であるA列と2列目であるB列は発売されておらず、C列が有人最前列となる)。そして今日の指揮者である阪哲朗が京都市生まれの京都市育ちであり、両親は山形県出身であると紹介する。
その後、阪哲朗も登場。やはりさくらんぼの産地である東根市の法被を着てマスクなしでのトークとなる。阪は、ザ・シンフォニーホールについて、「このホールは大好き。(エントランスに)カーペットが敷かれていて、シャンデリアがあって、それまでこんなホールなかった」という話をする。そして、「あれからですから、今年で40周年じゃないですか」と指摘。ザ・シンフォニーホールは1982年開場なので40周年である。日本初のクラシック音楽専用ホールとして誕生。東京にクラシック音楽専用ホールであるサントリーホールが生まれたのは1986年であるため、4年先駆けている。なお、日本初のクラシック音楽対応ホールを生んだのも大阪で、1958年開場の先代のフェスティバルホールがそれである。東京にクラシック音楽対応ホールである東京文化会館が生まれたのはその3年後である。


山形市に本社を置く企業である、でん六の後援を受けているということで、マスコットキャラクターの「でんちゃん」も登場。頭が大きいので、袖から出てくるのに難儀する上に、喋るわけにもいかないということで、でん六大阪支店のKさんという女性(彼女はマスク着用)と共に登場。さくらんぼ味のでん六豆の宣伝を行った。

阪は、邦人作曲家の新作、フランス人作曲家であるラロのヴァイオリン協奏曲(交響曲と名付けられたがヴァイオリン協奏曲である)、バルトークが晩年に書いた管弦楽のための協奏曲(日本での通称は「オケコン」)というプログラムについて、「モーツァルトやドビュッシーなんかも含めて、みんな民族音楽だと思っている」という解釈を語る。
バルトークは、同じくハンガリー出身の作曲家であるコダーイと一緒にハンガリーの民謡を採取して回ったことでも知られるが、それについても「シェーンベルクが十二音技法を生んで、ストラヴィンスキーはリズムに逃げて、バルトークは逃げずに民族音楽で勝負した」という20世紀初頭の作曲シーンを語った。

ちなみに、大阪市の今日の最高気温は30度を超えたが、山形はこの時期まだ朝夕は寒いそうで、阪は新大阪で降りて、気温計時を見て「関西に戻ってきた」と感じたそうである。


今日のコンサートマスターは髙橋和貴、アメリカ式の現代配置での演奏である。
阪は、コンサートマスターの髙橋、フォアシューピーラーのシャンドル・ヤヴォルカイと握手を交わす。


木島由美子の「風薫~山寺にて~」
木島由美子は、福島県相馬市出身の作曲家。福島県立相馬高校理数科を経て、山形大学教育学部特別教科(音楽)教員養成課程卒業。国立大学の教育学部の音楽専攻の中には教員養成ではなく音楽家を養成するゼロ免コースを持つところもあるが、経歴を見ると、最初は作曲家ではなく音楽教師を目指していたようである。作曲を始めたのは卒業後のようで、藤原義久に師事し、第14回アンデパンダン・聴衆によるアンケート第1位、第12回TIAA全日本作曲家コンクール・ソロ部門第2位(1位なし)などに輝いている。

通勤時に山寺駅を使うことがあるという木島。ホームから山寺こと立石寺を見上げながら着想を得た作品のようである。
黛敏郎や武満徹が書くような日本的な響きでスタートし、途中で現れる民謡のようなフルートの旋律が印象的である。

木島は会場に駆けつけており、演奏終了後にステージに上がって拍手を受けた。


ラロのスペイン交響曲。
ヴァイオリン独奏の神尾真由子が、ザ・シンフォニーホールでの本格的デビューに選んだのがこのスペイン交響曲だそうである。
今日は髪に茶色のメッシュを入れて登場した神尾。技術的にも表現面でも万全であり、聴衆はただただ聴いていれば正しく音楽を理解出来る。時に高貴、時に妖艶、時に情熱的、時に洒脱と、移り変わる表情をこの上なく的確に表していた。
阪の指揮する山形交響楽団の演奏も雰囲気豊かで、ヨーロッパでありながら異国情緒たっぷりのスペイン(ナポレオンは、「ピレネーの向こう(スペイン)はアフリカだ」と言っている)の光景を音で描く。

神尾のアンコール演奏は、シューベルトの「魔王」(ヴァイオリン独奏版)。昨年暮れに行われた九州交響楽団の西宮公演(於・兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホール)でもアンコール演目に選んだ曲である。語り手、子ども、父親、魔王の4役をヴァイオリンで引き分ける上に、元の歌曲ではピアノが奏でるおどろおどろしい騎行の伴奏まで奏でるという、想像を絶するほど難しそうな曲であるが、神尾はバリバリと弾きこなしてしまう。


バルトークの管弦楽のための協奏曲。本来は2020年の「さくらんぼコンサート」で取り上げられる予定だったのだが、コロナにより中止となり、「リベンジ」という形で今回のメインプログラムに据えられた。
明晰な阪の音楽作りが、透明な山形交響楽団の響きによって明確となり、細部まで神経の行き届いた演奏となる。ザ・シンフォニーホールの響きもプラスに働き、迫力も万全。
ノンタクトで指揮することも多い阪であるが、今日は指揮棒を用いて細やかな指示を出していた。
人気曲なので接する機会も比較的多いバルトークの管弦楽のための協奏曲であるが、ハープを含む弦楽器の奏で方に東洋的な要素が盛り込まれている。

東洋系のフン族が建てたといわれているハンガリー。名前も東洋と同じ姓・名の順番となる。ただ遺伝子レベルでの研究を行った結果は、「モンゴロイドの要素は薄い」そうで、基本的には隣国同様にヨーロッパ人国家と見た方が良く、文化に関してのみ東方からの影響を受けていると見た方が無難なようである。


演奏終了後、客席では山形交響楽団オリジナルの「Bravo」タオルや手ぬぐいの他に、お手製のメッセージボードなどが掲げられ、思い思いに山形交響楽団の熱演を称えていた。

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2022年6月16日 (木)

コンサートの記(782) 沖縄復帰50周年記念 大友直人指揮琉球交響楽団大阪特別公演

2022年6月5日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後3時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、沖縄復帰50周年記念 琉球交響楽団大阪特別公演を聴く。指揮は琉球交響楽団音楽監督の大友直人。

2001年に創設された琉球交響楽団。沖縄初にして唯一のプロオーケストラである。ちなみに沖縄交響楽団という団体も存在しているが、米統治下の1956年に結成されたアマチュアオーケストラである。

NHK交響楽団の首席トランペット奏者を務めていた祖堅方正が、沖縄にクラシックのプロ音楽家が活動する下地がないのを嘆いて設立したのが琉球交響楽団である。
沖縄には、1986年開学の沖縄県立芸術大学があり、音楽学部も1990年にスタートしている。しかし、沖縄県立芸大の音楽表現コース(器楽科に相当)を卒業しても、沖縄県内にはクラシック音楽を演奏する場所がほとんどなく、県外に出て行くしかなかった。そこで祖堅が、N響時代に知り合った大友直人を指揮者として招いて琉球交響楽団を発足させる。
大友の著書『クラシックへの挑戦状』によると、沖縄は伝統芸能や音楽が生活に根付いており、「とても感性豊かな人々の暮らす地域」なのだが、一方で沖縄県や自治体は「西洋クラシック音楽に対しては、慎重なスタンスが取られている」そうで公的な助成が見込めない、また大企業も少ないため、経済的援助も受けることが出来ない、そもそも沖縄では「民間企業がクラシック音楽事業を支援するという土壌」がないということで、設立当初から常設化を目指していた琉球交響楽団であるが、未だに目標達成には至っておらず、定期演奏会も年わずかに2回。学校での音楽鑑賞会などで年間80回程の演奏会を開いているが、団員の全員が他に仕事を持ちながら演奏活動を続けている。

琉球交響楽団は、創設から間もない頃にデビューCDを発売しており、実は私も持っていたりする。沖縄民謡をオーケストラ編曲で奏でるものであった。


曲目は、ブラームスの大学祝典序曲、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番(ピアノ独奏:清水和音)、萩森英明の「沖縄交響歳時記」

今日のコンサートマスターは、客演の田野倉雅秋。ドイツ式の現代配置での演奏である。
なお、沖縄県立芸術大学音楽学部の出身者が多いと思われるが、沖縄県立芸術大学音楽学部のみならず、音大の学生は約9割が女子ということで、それを反映してか琉球交響楽団も女性楽団員が大多数ということになっている。今日のような客演ではなく所属のコンサーマスターは2人とも女性。今日の第1ヴァイオリンは12人中9人が女性、第2ヴァイオリンは10人中9人が女性。今日大活躍した打楽器奏者も全員が女性である。琉球交響楽団のホームページにある楽団員紹介を見ても大半が女性であることが分かる。


ブラームスの大学祝典序曲。
音に洗練度が不足しているが、燃焼度の高い演奏であり、音楽を聴いているうちに技術面は余り気にならなくなる。
21世紀に入ってからは常に押し相撲のような音楽作りを行うようになった大友直人であるが、今日はのびのびとした音運びで、若い頃の大友が蘇ったような印象を受ける。
前述した大友の著書『クラシックへの挑戦状』には、師である小澤征爾への複雑な思いが述べられているが、最近の大友の音楽作りには小澤への対抗心が現れているのかも知れない。小澤も90年代以降はフォルムで押し切るような演奏が目立っている。
大友直人は、海外でのキャリアはほとんど築いておらず、「世界で最もクラシック音楽の演奏が盛んな街」と見なしている東京を絶対的な拠点としているが、これも小澤の「とにかく海外に出なくては駄目だ」というポリシーの真逆を行っている。30歳になった時に、大友は小澤と久しぶりに会ったのだが、「君、まだ日本にいるのか。もう手遅れだな」と突き放されたそうで、そうしたことも最近の大友の音楽性に反映されているのかも知れない。


チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番。
冒頭から弦に厚みがなく、大地を揺るがすような響きは聞こえないし、管楽器の安定度も今ひとつだが、これらも曲が進むにつれて気にならなくなってしまう。ザ・シンフォニーホールの響きがプラスに働いているということもあるだろうが、音楽をする喜びが技術面でのマイナスを覆い隠してしまうのだろうか。不思議な感覚である。
実演を聴くことも多い清水和音のピアノは、堅実かつ堅固で、音の透明度もなかなかである。

清水のアンコール演奏は、ラフマニノフの「ヴォカリーズ」。叙情味豊かな演奏であった。


萩森英明の「沖縄交響歳時記」の演奏の前に、芸人で作家の又吉直樹による自作テキストの朗読がある。
沖縄出身の父と奄美大島出身の母の下、大阪で生まれた又吉直樹。自らのルーツを辿るテキストを朗読していく。

又吉直樹の父親が沖縄から大阪に出てきたのは、「競輪選手になるため」だったそうだが、後年、又吉が、「で、競輪選手になったん?」と聞くと、「試験会場まで行けんかった」と返ってきたそうで、又吉は「競輪選手になるには、自転車を乗りこなす前に、大阪の複雑な電車網を乗りこなす必要があった」と読み上げて、客席からの笑いを誘う。
奄美大島出身の母親についてだが、奄美大島から大阪の寝屋川市に出てきて看護師として働いていたそうだが、当時、母親が住んでいたボロアパートの隣の部屋に住んでいたのが又吉の父親だったそうである。壁が薄く、隣の部屋の声が聞こえたそうだが、沖縄と奄美大島は距離が近く言葉も似ているということで、又吉の母親は又吉の父親も奄美大島の人だと勘違いしていたそうである。ある夜、又吉の父親が酔っ払って嘔吐していたのを又吉の母親が介抱したのが二人の馴れ初めだそうである。

又吉は幼い頃は貧しく、寝屋川市にある文化住宅という長屋のようなところに住んでいたという。ここも壁が薄く、隣のKさん一家の声や、Kさんが掛けている音楽がはっきり聞こえてきたそうだ。Kさんの家に音楽が掛かっている日は、又吉家はテレビを見るのを諦めたという。

又吉という苗字は、沖縄ではありふれたものだが、寝屋川にはほとんどいない(大阪市大正区には沖縄の人が集団で移住してきており、ここには又吉さんも多いかも知れない)ということで、学校の先生や同級生との初対面時に、「またきち」君と呼ばれることも多かったようだが、間違いを直すのも気が引けたので、数ヶ月「またきち」君だった時代もあるという。小学校時代に2階建ての駐車場で勝手に遊んでいた時に、怖そうなおっちゃんに怒られ、名前を聞かれる。「田中とか中村とかありふれた名前」に偽ろうかと思ったが、素直に「又吉です」と答えたところ、「そんな苗字あるか!」と怒鳴られた経験もあるそうである。

お笑いに関するエピソードとしては、沖縄にある父親の実家に行った時に、カチャーシを付けて踊ったところ、爆笑を取ったそうで、それがお笑い芸人への道に繋がっているようである。なお、その直後に台所で麦茶を飲んでいたところ、父親が入っていて、褒められるのかと思いきや、「おい、あんま調子に乗んなよ!」と言われたそうで、それが芸人としてのスタイルに結びついているそうである。

貧しいながらも一家で焼肉店に行くこともあったそうだが、お金がないために肉を多く注文することが出来ず、母親はカルビ2枚で「あー、もうお腹いっぱい」と言って食べるのをやめたそうである。隣の席では焼き肉がジュージュー焼かれて煙がたくさん出ているのだが、又吉一家の席の煙は蚊取り線香のものと同じような細さだった、といったような話が続く。こうしたやせ我慢というか、遠慮の精神なども又吉に影響を与えているそうである。なお、又吉が売れてからは、両親ともにカルビ2枚でお腹いっぱいどころか、バクバク食べるようになったとのこと。

又吉の話ばかり長くなったが、「沖縄交響歳時記」も沖縄の青い空と青い海が眼前に広がり続けるのが見えるような、爽快な音楽である。
第1楽章「新年」、第2楽章「春」、第3楽章「夏」、第4楽章「秋」、第5楽章「冬」、第6楽章「カチャーシ」の6楽章からなり、基本的には調性音楽であるが、特殊奏法を用いて神秘感を生むシーンがあったり、沖縄の伝統楽器が生かされたりと、多様な表情も持っている。
沖縄の民謡がちりばめられており、音楽としても分かりやすい。
萩森英明は東京出身の作曲家であるが、テレビ番組のための編曲なども数多く手掛けているようで、それがこの曲の分かりやすさに繋がっているように思う。

指揮する大友直人もいつになく楽しそう。若い頃はビビッドな感性を生かした爽快でしなやかな音楽作りを特徴とした大友。琉球交響楽団の技術が万全でなくフォルムで押せないということもあったのかも知れないが、彼本来の音楽性が今日は前面に出ていたと思う。東京や京都、大阪などの強者揃いのオーケストラ相手よりも、琉球交響楽団のようなこれからの団体相手の方が、大友の長所が出やすいのかも知れない。

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2021年10月 3日 (日)

コンサートの記(747) 小泉和裕指揮日本センチュリー交響楽団第170回定期演奏会

2012年4月19日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、ザ・シンフォニーホールで、日本センチュリー交響楽団の第170回定期演奏会に接する。今日の指揮者は音楽監督の小泉和裕。

曲目は、ベートーヴェンの交響曲第1番と、オルフの世俗的カンタータ「カルミナ・ブラーナ」(合唱:大阪センチュリー合唱団、神戸市混声合唱団、岸和田市少年少女合唱団。ソプラノ独唱:幸田浩子、テノール独唱:高橋淳、バリトン独唱:三原剛)。


小泉和裕は端正な音楽を作る人だが、今日も指揮した通りの音楽が出てくる。安心して聴くことが出来るが、意外性がまるでないのが物足りないところでもある。


ベートーヴェンの交響曲第1番は、まさに「端正」そのもので、音楽の殻を破って突き出てくるものはない。ただ、安定感は抜群である。


オルフの「カルミナ・ブラーナ」。
日本センチュリー交響楽団は中編成の小回りが利く演奏が持ち味のはずだが大曲への挑戦である。字幕スーパー付きの演奏。

清潔感溢れる「カルミナ・ブラーナ」で、世俗的な面はさほど強調されない。日本センチュリー交響楽団は弦も管も好調であり、音に威力がある。独唱者の出来も良く。小泉の指揮もスケールの大きさが適切で、なかなかの好演であった。

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2021年9月 7日 (火)

コンサートの記(741) 藤岡幸夫指揮関西フィルハーモニー管弦楽団第260回定期演奏会

2014年10月10日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、ザ・シンフォニーホールで、関西フィルハーモニー管弦楽団の第260回定期演奏会を聴く。今日の指揮者は関西フィル首席指揮者の藤岡幸夫(ふじおか・さちお)。藤岡が毎年1曲ずつ取り組んでいる「シベリウス交響曲チクルス」の3年目、第3回である。

曲目は、ショパンのピアノ協奏曲第1番(ピアノ独奏:萩原麻未)、シベリウスの「レミンカイネンの帰郷」、シベリウスの交響曲第4番。


午後6時40分頃から藤岡幸夫によるプレトークがある。
藤岡はまず、ショパンのピアノ協奏曲第1番の独奏者である萩原麻未について語る。ジュネーヴ国際コンクールで日本人として初めて優勝した若手ピアニストであることを紹介。藤岡が、いずみホールで行われた萩原のピアノリサイタルを聴いて感激し、以後、東京などでは共演してきたが、関西フィルでやっと共演出来るという喜びを語った。

シベリウスの交響曲第4番についてだが、「今日、来ていただいてこういうことを言うのはどうかとも思うのですが、とっても取っつきにくい」曲だと述べる。藤岡はシベリウスのスペシャリストであるが、「私も若い頃はこの曲がさっぱりわからなかった」そうだ。シベリウスの交響曲第4番に関しては初演の際に曲を理解出来た者が客席に一人もいなかったという言い伝えが有名である。

「シベリウスは、酒や煙草を愛していて、特に大酒飲みであり、酔って乱闘を起こして牢屋に入れられたこともある」と語った後で、「一方で、非常に優しい細やかな人で、自然を愛していた」と続け、「そんな彼が病気になった。腫瘍が見つかり、良性で助かったが、再発の危険を医師から指摘され、酒も煙草も禁じられた」という。酒や煙草は繊細な性格であったシベリウスの自己防衛だったのかも知れない。「酒や煙草を禁じられたシベリウスはストレス発散の方法を日記を書くことに求め、そのため、その当時の心理状況がよくわかる」そうである。「発狂寸前までいった」らしい。シベリウス自身が「暗黒時代」と読んだ日々の中で交響曲第4番は生まれた。「無駄を徹底して削り、管弦楽法も高度なものを用いて、シベリウス本人も『無駄な音符は一つもない』と言ったほど。言っておきますが、交響曲第4番は大変な傑作であります。シベリウスが好きな人の中には『交響曲第4番がシベリウスの最高峰』とおっしゃる方も多くいます(「私=本保弘人」もその一人である)。この曲はいわばシベリウスの音楽がどこまでわかるかの試金石ともいうべきものです」と述べる。

藤岡は、「この曲の第3楽章はシベリウス自身の葬儀で演奏されました。私の師は渡邉暁雄というシベリウスの世界的権威でして、渡邉先生も『自分の葬儀にシベリウスの交響曲第4番の第3楽章を流してくれ』と仰っていましたが、渡邉先生が亡くなったときは、私もまだ若かったものですから実現しませんでした」と語った。

今日はJR西日本やダイキン工業から招待客が多く来ているようだが、クラシックを初めて聴く人にとってはシベリウスの交響曲第4番は手強すぎる。野球に例えると、16打席連続三球三振を食らうレベルである。

シベリウスの交響曲を理解するには、他のクラシックの楽曲を良く理解している必要があるが、それだけでは暗中模索になってしまう。ある程度年齢を重ねていることもシベリウスの交響曲を理解する上での必須条件である。また「ただ悲しみを知る者のみが」シベリウスの楽曲を十分に理解出来る。そういう意味ではシベリウスの交響曲がわからないということは皮肉ではなく幸せであるともいえる。


ショパンのピアノ協奏曲第1番。
ソリストの萩原麻未は広島市安佐南区出身。5歳でピアノを始め、広島音楽高等学校を卒業後、渡仏。パリ国立高等音楽院に入学し、修士課程を首席で卒業。2010年に第65回ジュネーヴ国際コンクール・ピアノ部門で優勝。年によっては優勝なしの2位が最高位ということがある同コンクールで8年ぶりの優勝者となった。それ以前にも第27回パルマドーロ国際コンクールにおいて、史上最年少の13歳で優勝している。

藤岡がベタホメしたので、かなり期待してしまったのだが、確かに良いピアニストである。音は透明感に溢れ、鍵盤を強打した時も音に角がなく、柔かである。ただ、これは時折力感を欠くという諸刃の剣にもなった。メカニックは完璧ではないものの高く、美音を生かした抒情的な味わいを生み出す術に長けており、緩徐楽章の方が良さそうだ、という第一印象を受けたが、やはり第2楽章が一番良かった。他の楽章では一本調子のところも散見される。まだ若いということである。ショパンよりもドビュッシーやラヴェルに向いていそうな予感がした。

藤岡がハードルを上げてしまったため、こちらの期待が大きくなりすぎてしまったが、それを差し引けば、十分に良いピアニストである。

藤岡指揮の関西フィルの伴奏であるが、萩原と息を合わせて思い切ったリタルダンドを行うなど巧みな演奏を聴かせる。今日もチェロを舞台前方に置くアメリカ式の現代配置での演奏であったが、アメリカ式の現代配置だとチェロの音がやや弱く感じられ、低音部が痩せて聞こえる。日本のオーケストラのほとんどがドイツ式の現代配置を採用しているのはドイツ音楽至上主義であった名残であるが、ドイツ式の配置を取ることでチェロの音の通りを良くし、結果として体力面では白人に勝てない日本人に合った配置となったのかも知れない。

演奏終了後、萩原はマイクを持って登場。自身が広島市安佐南区の出身であり、豪雨による大規模土砂崩れが安佐南区で起こったということに触れ、「私はその時、ヨーロッパにいて、テレビでそれを知ったのですが、私に何か出来ることはないかと思いまして」ということで、募金を呼びかける。途中休憩時にはステージ衣装である薄緑色のドレスで、終演後は私服で萩原は募金箱を持ってロビーに立った。私も少額ながら募金を行った。

萩原のアンコール演奏は、ショパンの夜想曲第2番。夜想曲の代名詞的存在である同曲であるが、萩原は左手の8分の12拍子の内、2、3、5、6、8、9、11、12拍目をアルペジオで奏でる。音が足されていたようにも感じたのだが、そこまではわからない。そのため、推進力にも富む夜想曲第2番の演奏となった。


シベリウスの「レミンカイネンの帰郷」。シベリウスがまだ若かった頃の楽曲である。シベリウスの楽曲は後期になればなるほど独自色を増し、他の誰にも似ていない孤高の作曲家となるが、「レミンカイネンの帰郷」を含む「レミンカイネン」組曲ではまだロマン派の影響が窺える。作風もドラマティックである。藤岡指揮の関西フィルも過不足のない適切な演奏を行っていた。


メインであるシベリウスの交響曲第4番。陰々滅々たる曲であるが、20世紀が生んだ交響曲としてはおそらくナンバーワンである。シベリウスの他の曲も、「モーツァルトの再来」ことショスタコーヴィチの交響曲群もここまでの境地には到達出来なかった。

シベリウスを得意とはしているものの、これまではスポーティーな感じであることが否めなかった藤岡の指揮であるが、この曲に関してはアナリーゼが完璧であることは勿論、この曲を指揮するのに必要な計算と自然体を高度な水準において止揚することに成功しており、耳だけでなく皮膚からも音楽が染み込むような痛切にしてヴィヴィッドな音楽を聴かせる。
関西フィルはそれほどパワフルなオーケストラではないが、今日は弦楽パートが熱演。管楽器もシベリウスを演奏するには十分な水準に達している。

絶望を音楽化した作品は、ベートーヴェンやチャイコフスキーも書いており、特にチャイコフスキーの後期3大交響曲は有名であるが、シベリウスはチャイコフスキーとは違い、絶望を完全に受けいれてしまっているだけに余計救いがない。

なお、第4楽章では、チューブラーベルズを使用。シベリウスの交響曲第4番を生で聴くのは3度目であるが、チューブラーベルズを用いた演奏を生で聴くのは初めてである。普通は鉄琴(グロッケンシュピール)が用いられる。シベリウスは「鐘(グロッケン)」とのみ記しており、グロッケンシュピールのことなのか、音程の取れる鐘であるチューブラーベルズのことなのか明記していない。
録音ではヘルベルト・ブロムシュテットやロリン・マゼールがチューブラーベルズを採用している。

チューブラーベルズ入りの演奏を生で聴くと、ベルリオーズの幻想交響曲の最終楽章で奏でられる鐘(これはチューブラーベルズではないが音は似ている)を連想してしまい、ちょっと異様な印象を受ける。明るい音であるため却って不気味なのだ。

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2021年8月12日 (木)

コンサートの記(737) 下野竜也指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第451回定期演奏会

2011年9月21日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、ザ・シンフォニーホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第451回定期演奏会を聴く。指揮は日本人指揮者若手ナンバーワンの呼び声も高い下野竜也。

曲目は、J・S・バッハ=ベリオ編曲「フーガの技法」よりコントラプンクトゥスX IX、ボッケリーニ=ベリオ編曲「マドリードの夜の帰営のラッパ」の4つの版、ブルックナーの交響曲第2番(1872年/キャラガン版)。なお、バッハとボッケリーニの曲をベリオが編曲した2曲は下野の意向により、休憩なしで演奏される。

下野の指揮であるが、曲目がメジャーでないためか、台風の影響か、客席は満員にはならなかった。

全曲、アメリカ式の現代配置での演奏である。

バロックの作品をイタリアの現代の作曲家、ルチアーノ・ベリオ(1925-2003)が編曲した2曲。バッハの遺作「フーガの技法」を取り入れた曲(コントラプンクトゥスとは対位法の複数形)は照明を絞って、ヴィオラとチェロによる開始。音色は渋く、旋律は哀感に溢れている。やがて管とヴァイオリンが加わり、バッハらしい深い音楽が展開される。ハープが「BACH(シ♭・ラ・ド・シ)」の主題を奏で、それが変奏されていく。不協和音の響きが流れ、バッハの死が暗示される。

ボッケリーニの時は照明も曲も一転して明るくなる。行進曲風に始まる、親しみやすい旋律が流れる楽しい曲だ。トランペットとトロンボーンがミュートを付けてユーモラスな音を吹いた後で、ミュートを取って、同じ旋律を吹くと堂々とした凱歌に変わる。下野と大フィルは煌びやかな音で旋律を奏で、リズム感も良く、好演となった。


メインであるブルックナーの交響曲第2番。第1楽章のヴァイオリンの刻み、チェロの歌う主旋律ともに鮮明である。全体的に速めのテンポが採用され、若々しいブルックナーになった。ただ、第1楽章では必要以上にドラマティックになったりする場面もある。

大フィルはブルックナーを演奏する時には、良く言うと澄んだ、悪く言うと無機質な音を出す。非常に明快な演奏だが、ブルックナーはもっとモヤモヤしていてもいいから温かい響きで聴きたいという気もする。

第4楽章も音の動きはよくわかるが、緩やかな場面では、下野ならもっと歌えるはずだ、とも思う。

若い指揮者によるブルックナーの初期交響曲の演奏としては十分高い水準の演奏だったと思うが、この曲の演奏には優れた録音がいくつもあり、また前半の出来に比べると下野と曲との相性が若干落ちるかなという気はする。

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2021年7月 5日 (月)

コンサートの記(728) 阪哲朗指揮山形交響楽団特別演奏会 さくらんぼコンサート2021大阪公演

2021年6月26日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後5時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、山形交響楽団特別演奏会 さくらんぼコンサート2021大阪公演を聴く。

毎年恒例の「さくらんぼコンサート」。昨年は新型コロナの影響で中止となったが、今年は東京では山形交響楽団芸術総監督の飯森範親による指揮、大阪では同常任指揮者による阪哲朗の指揮によるコンサートが行われる。

飯森範親の積極的な売り込みと、意欲的なプログラミング、山形を舞台とした映画「おくりびと」にも出演するといった広報戦略によって、「田舎の地味な団体」というイメージを覆し、今やブランドオーケストラへと成長した山形交響楽団。中編成の特性を生かして、特に古典派から初期ロマン派の演奏で魅力を発揮。ピリオド演奏にも積極的で、オール・モーツァルト・プログラムの演奏を行った時には、弦楽器もガット弦に張り替えて、ほぼ古楽器オーケストラとして演奏したこともある。


今日のプログラムは、モーツァルトの交響曲第38番ニ長調「プラハ」、ブリテンの左手のピアノと管楽器のための主題と変奏「ディヴァージョンズ」(ピアノ独奏:舘野泉)、シューベルトの交響曲第3番ニ長調。


指揮の阪哲朗は、京都市出身の指揮者。両親は山形県の出身である。京都市立芸術大学作曲専修を経て、ウィーン国立音楽大学指揮科に学び、その後はドイツ語圏の歌劇場の指揮者として活躍。1995年には第44回ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝。現在は東京藝術大学や国立音楽大学の特別招聘教授として後進の育成にも当たっている。日本における自宅は大津市内に構えているということで、びわ湖ホール芸術参与でもある。


山形交響楽団の「さくらんぼコンサート」は、ホワイエで行われる山形物産展が魅力の一つだが、今年はコロナの影響で規模を縮小しての開催。さくらんぼと、山形市に本社を置く「でん六」の新作であるさくらんぼ味のでん六豆の販売のみが行われた。でん六豆のさくらんぼ味は私も買って食してみたが、なかなかの美味である。
なお、演奏会終了後には、来場者全員に、東根市産のさくらんぼがプレゼントされる。


山形交響楽団芸術総監督の飯森範親によると、本番前のプレトーク(変な言い方であるが、他に良い言葉がない)を日本で最初に始めたのは自分自身で、山形交響楽団においてであったそうだが、今回も午後4時40分頃に、パイプオルガンの音による開始5分前の合図があり、午後4時45分頃に山形交響楽団専務理事の西濱秀樹が登場してプレトークが始まる。西濱秀樹は、元々は関西フィルハーモニー管弦楽団の理事長を務めていた人で、赤字続きだった関西フィルの経済状況を好転させた手腕が買われて山形交響楽団に移籍している。

西濱は、「大阪公演には特別ゲストをお招きしております。俳優さんとかじゃないですよ」と言って、特別ゲストであるでん六のゆるキャラ・でんちゃんが登場。でん六の広報担当だと思われる男性も登場して、でん六の新作であるさくらんぼ味の宣伝などを行った。

その後、指揮者の阪哲朗が登場し、曲目の紹介などに移るのだが、さくらんぼの生産で有名な東根市の法被を西濱と二人で来てプレトークを続けることになる。
阪は、「大阪で振るのは久しぶりですが、やっぱり良いホールですね」と、ザ・シンフォニーホールの音響の良さをまず口にする。
西濱によると阪は、関西では「関西出身の指揮者」、山形では「山形県ゆかりの指揮者」として紹介出来る「二度美味しい」指揮者だそうである。

今日やる演目は、先週、山形テルサで行われたコンサートで演奏されたものと同一曲目ということで、そのために前日に違う指揮者と異なる曲目を演奏した後でのノリウチ(「当日に会場に乗り込んで公演を打つ」ことを表す業界用語)が可能になっている。ただ、山形での演奏会ではモーツァルトの「プラハ」がメイン曲目で、大阪とは逆になっているようだ。これについて阪は「元々は事故だった」と語る。大阪でも本来は「プラハ」交響曲がメインになるはずだったのだが、西濱が曲順を変えて書き出したところ、「それでいいんじゃない」ということになり、大阪公演では1曲目と最後の曲が入れ替わることになったようだ。共にニ長調の交響曲であり、20世紀の作曲家であるブリテンの曲を挟んで、オーストリアが生んだ古典派から初期ロマン派を代表する作曲家の同じ調性による作品が対峙するという構図はなかなか面白い。

モーツァルトとシューベルトの共通点について阪は、「どちらともすぐ曲が浮かんで書けてしまう人」と語る。モーツァルトは譜面に修正がほとんどないことでも知られるが(頭の中で全ての音楽が出来上がっていた証拠とされるが、気に入らなかったら破棄して一から書き直したという説もある)「プラハ」に関しては何度もスケッチを重ねていることが分かっているそうだ。

ブリテンの左手のピアノと管弦楽のための主題と変奏「ディヴァージョンズ」については、阪は「滅多に演奏されなくて、自分が取り上げるのも初めてだが、映画音楽のようなところもある面白い曲」という内容のことを話す。この曲は、ラヴェルに左手のためのピアノ協奏曲の作曲を委嘱したことで知られるパウル・ヴィトゲンシュタイン(哲学者のルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタインの実兄。戦争で右腕を喪う)の依頼によって書かれたものであり、現在は左手のピアニストとして活躍する舘野泉がソリストを務める。ちなみに山形交響楽団第2ヴァイオリン首席奏者は、舘野泉の息子であるヤンネ舘野が務めており、専務理事の西濱は、「日本のオーケストラで親子共演が聴けるのは山形交響楽団だけ、さくらんぼが貰えるのは山形交響楽団だけ」と宣伝していた。


ヴァイオリン両翼の古典配置での演奏。モーツァルトとシューベルトでは、舞台下手奥に設置されたバロックティンパニが使用され、ホルンもナチュラル使用、トランペットもナチュラルトランペットもしくはバロックトランペットが用いられる。
コンサートマスターは高橋和貴(かずたか)。


モーツァルトの交響曲第38番「プラハ」。阪はこの曲はノンタクトで指揮する。
ピリオドの影響で、モーツァルトの交響曲の演奏はテンポが速くなる傾向にあるが、阪は第1楽章ではやや遅めのテンポでじっくりとスケールを拡げ、第2楽章では中庸のテンポで典雅さを描き、第3楽章では快速で快活さを強調する会心の出来となる。

日本で最もピリオド奏法に長けたオーケストラの一つであり、飯森範親とは「モーツァルト交響曲全集」もリリースしている山形交響楽団。阪との相性もバッチリで、雅やかでありながらパワフル且つ音のグラデーションが鮮やかなモーツァルト演奏となった。

なお、山形交響楽団は、「Bravoタオル」や「Bravo手ぬぐい」を公式発売しているため(今日もホワイエで売られていた)、演奏終了後にそれらを掲げる人も多い。


ブリテンの左手のピアノと管弦楽のための主題と変奏「ディヴァージョンズ」。この曲では舞台上手奥のモダンタイプのティンパニが用いられる。
20世紀のイギリスが生んだ天才作曲家であるベンジャミン・ブリテン。意欲的な作品をいくつも残しているが、左手のピアノと管弦楽のための主題と変奏「ディヴァージョンズ」も、ブリテンならでは才気を感じさせるもので、ジャズ風の旋律や、映画音楽のような描写的な部分、シンプル且つクラシカルな曲調から現代音楽的な鋭さを感じさせるものまで、1曲の中でありながら振幅の度合いが激しく、それでいて纏まった印象を受ける優れた作品である。

5月に行われた「近江の春 びわ湖クラシック音楽祭」2021では、ステージ袖からピアノのところまで右足を引きずりながら歩いて登場した舘野泉だが、今日は車椅子に座って登場。入場時はスタッフに車椅子を押して貰い、退場時などには指揮者の阪が車椅子を押した。

リリカルなピアノ曲の演奏を得意としている舘野泉。今日も冴え冴えとしたタッチで、ブリテンの才気を明らかにしていく。曲調の描き分けも鮮やかで、舘野の器用さが光る出来である。


アンコール演奏は、カッチーニの「アヴェ・マリア」。技術的に完璧とはいかないところもあったが、敬虔な祈りに満ちた感銘深い演奏だった。


シューベルトの交響曲第3番。
31歳という短い生涯の間に、8曲の交響曲を残したシューベルト。だが、前期、中期、後期で作風は大きく異なる。
交響曲第3番は、シューベルトの初期最後の交響曲で、18歳の時に完成している。交響曲第4番「悲劇的」からはロマン派的作風へと大きく舵を取るシューベルトであるが、交響曲第3番は非常に朗らかで、青春の日の歌という趣を湛えている。
全編を通してクラリネットの使い方が巧みで、ウィーンの街を朗らかに闊歩するシューベルトの愉悦感が伝わってくるかのようである。

阪は、右手に持った指揮棒の先を細かく揺さぶったり、左手をグルグル回すといった個性的な指揮姿。身をかがめて指揮することも多い。

中期や後期の交響曲ほどではないが、交響曲第3番にもシューベルト特有の影や毒が潜んでいる。18歳という若さでなぜそのような要素を盛り込む必要があったのか、またその若さで人生の影の部分をいかにして知り得たのかは不明であるが、シューベルトという特異な才能を持った作曲家の核心の部分も丹念に突いた演奏だったように思う。


オーケストラメンバーが退場した後も拍手は続き、阪一人が再び現れて拍手を受けた。

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2021年4月29日 (木)

コンサートの記(713) 大植英次指揮大阪フィルハーモニー交響楽団第430回定期演奏会

2009年7月29日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、ザ・シンフォニーホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第430回定期演奏会に接する。今日の指揮は音楽監督の大植英次。

曲目は、パガニーニのヴァイオリン協奏曲第1番(ヴァイオリン独奏:クリストフ・バラーティ)とサン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」(オルガン独奏:室住素子)。


パガニーニのヴァイオリン協奏曲第1番のソリストを務めるクリストフ・バラーティは、1979年、ハンガリーのブダペストに生まれ、ベネズエラに育った若手ヴァイオリニスト。祖国であるハンガリーのフランツ・リスト音楽院に学んだ俊英である。

パガニーニのヴァイオリン協奏曲第1番は曲としてはそれほど面白いものではなく、特にオーケストラパートは貧弱だが、「ヴァイオリンの魔神」パガニーニだけに、ソロは華麗であり、それなりに気も利いていて楽しめる。

バラーティのヴァイオリンは音色が煌びやかで情熱的だ。汚い音を出すこともなく、技術も極めて高い。良いヴァイオリニストである。

バラーティは、アンコールとして、イザイの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番」より第1楽章と、J・S・バッハの「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ」第2番より“サラバンド”を弾く。バッハはもっと奥行きがあると良かったが、それでも優れた演奏である。


サン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」。

第2楽章の第2部は大植のヒロイックな音楽作りが発揮され、高揚感のある聴き応えのある演奏となった。ただその他の部分では、音の洗練、技術ともにもっと高いものが望まれる。金管は破裂するような音を出した箇所があっただけに特に。


完璧ではなかったが、楽しめる演奏会ではあった。

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2021年4月10日 (土)

コンサートの記(707) クリスチャン・ヤルヴィ指揮ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団来日公演2008大阪

2008年10月11日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後2時から、ザ・シンフォニーホールで、クリスチャン・ヤルヴィ指揮ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団の来日公演を聴く。

開場時間である午後1時の10分前にザ・シンフォニーホールに着いたのだが、先に来て待っているお客さんは2人しかいない。悪い予感がする。

果たして客席はガラガラであった。三連休の初日に一流とはいえない海外オーケストラのコンサートを聴こうという人は余りいないようである。


指揮のクリスチャン・ヤルヴィは1972年生まれ。父親は世界的な指揮者のネーメ・ヤルヴィ。10歳上の兄であるパーヴォ・ヤルヴィも今最も旬な指揮者だ。
クリスチャン・ヤルヴィは2004年からトーンキュンストラー管弦楽団の首席指揮者を務めている。


曲目は、グリーグの組曲「ペール・ギュント」第1番、同じくグリーグのピアノ協奏曲イ短調(ピアノ独奏:上原彩子)、ベートーヴェンの交響曲第5番。


クリスチャン・ヤルヴィは、コートタイプのジャケットを着ていたので、ステージ上だけ冬になったように見える。長髪を振り乱しての指揮。父も兄もツルツルだが、クリスチャンはまだまだ大丈夫のようだ。

「ペール・ギュント」組曲では、正面を向いて指揮棒の振り幅も比較的小さかったクリスチャン。指揮法は父にも兄にも似ていない。

トーンキュンストラー管弦楽団の弦楽は独特の配置。ステージ左手から時計回りに、第1ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、第2ヴァイオリン。そしてコントラバスはステージの一番奥に横一列に並ぶ。

“朝の気分”では冒頭のフルートが素っ気なかったが、その後は細部を丁寧に詰める演奏が展開される。“オーセの死”の後半で極端なスローテンポを取ったのも印象的。
クリスチャンは、音楽の自然な流れはさほど重視せず、細かい部分に独特の表情を付けていた。


グリーグのピアノ協奏曲イ短調。チャイコフスキー国際コンクールのピアノ部門で、日本人初の優勝に輝いた上原彩子。テレビに出演している時の姿は「なんだかなー」で、この人、ピアノ馬鹿なんじゃないかと思ったのだが、本業のピアノは予想以上に素晴らしかった。

エッジの立った音。和音も極めてクリアで、山奥の清流のような清々しいピアニズムを発揮する。ミスタッチもあって技術的に完璧とはいかなかったが、独特のテンポの変化など創造力にも溢れている。上原彩子というピアニスト、やはりただ者ではない。

クリスチャン指揮のトーンキュンストラー管弦楽団も個性溢れる伴奏を聴かせたが、クリスチャンもテンポを自由に動かすタイプなので上原と合わない箇所もあった。上原とクリスチャン指揮のトーンキュンストラー管は相性はさほど良くないようだ。


上原はグリーグの「抒情小曲集」第1集より“アリエッタ”をアンコールとして弾く。これまた清冽なピアニズムを聴かせてくれた。


ベートーヴェンの交響曲第5番。テンポの設定。管楽器の浮き上がらせ方などが、兄、パーヴォの同曲演奏に似ている。基本的に弦楽器にビブラートはかけるが、部分によってはビブラートなし、もしくはビブラートを著しく抑えて古楽器風の響きを出させる。折衷型の演奏である。

クリスチャンの指揮はグリーグの時とは打って変わって激しい。腕をグルグル回す指揮などはパーヴォを思わせる。


CD録音などでは近現代ものしか発表していないので、古典派やロマン派作品に対する実力は未知数だったクリスチャンだが、ベートーヴェン指揮者としてはかなり期待出来そうである。

問題は、まだ頭で音楽を作っている部分が大きいところ。ベートーヴェンなども聴いている時は面白いと思ったのだが、圧倒はされなかったということもあり、コンサートが終わって梅田の街を歩いているうちに感銘がどんどん薄れてしまった。


アンコールとして、バルトークの「ルーマニア舞曲」よりと、ブラームスの「ハンガリー舞曲」第6番が演奏された。ブラームスではクリスチャンは客席の方を振り返ってジェスチャーをして聴衆を笑わせていた。ユーモアの精神を発揮するのはヤルヴィ・ファミリーの共通点のようである。

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2021年4月 4日 (日)

コンサートの記(704) 久石譲コンサート2021 in ザ・シンフォニーホール

2021年3月24日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、久石譲コンサート2021 in ザ・シンフォニーホールを聴く。本来なら2020として昨年の12月23日に行われるはずの公演だったのだが、久石譲が指を骨折したため、延期となっていた。チケットは昨年12月23日のチケットがそのまま使用出来るが、この日に来場出来ない場合は事前の払い戻しにも応じていた。演奏は日本センチュリー交響楽団。久石譲であるが、指の骨折に関しては現在もリハビリ中であり、ピアノを弾く演目はない。

映画音楽の作曲家として名高い久石譲だが、元々は前衛志向の強い現代音楽の作曲家であり、近年は指揮者としての活動も本格的に開始。ライブ録音によって完成した「ベートーヴェン交響曲全集」は高い評価を受けている。なお、久石譲は、今年の4月より日本センチュリー交響楽団の首席客演指揮者に就任する予定である。


曲目は、モーツァルトの交響曲第40番ト短調、久石譲の自作自演となる「I Want to Talk You ~for string quartet,percussion and strings~」、モーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」


今日の日本センチュリー交響楽団は、ヴァイオリン両翼の古典配置での演奏。コンサートミストレスは松浦奈々。

久石譲は全曲、ノンタクトでの指揮である。


モーツァルトの交響曲第40番ト短調。モーツァルトの交響曲の中でも日本で特に人気のある曲である。モーツァルトが単調で本音を語った数少ない曲とされているが、本当にそうだったのかは今となってはわからない。モーツァルトの後期三大交響曲の作曲の動機は不明とされ、往事はいつか演奏する日のためにまとめて作曲され、初演を待たずモーツァルトが他界したと思われてきたが、交響曲第40番に関してはモーツァルトの生前にアントニオ・サリエリの指揮で初演が行われていることが確認されている。

クラリネット入りの第2版での演奏。

ピリオドアプローチを取り入れた演奏で、弦楽器はビブラートをかなり抑えている。第1楽章はピリオドであることを強調しない自然体の演奏であったが、第2楽章では拍を強調し、音を立体的に浮かび上がらせるという個性が発揮された演奏となっていた。リズム主体の演奏となるため、寂寥感のようなものが後退し、構造的な美と舞曲的側面が露わになる。モーツァルトの純粋な魂が、体を離れてしばし中空で舞っているかのようだ。
第3楽章では低弦を強調し、シンフォニックな響きが強調される。ゲネラルパウゼの生かし方も効果的である。なお、第3楽章までは繰り返し記号を履行していたが、第4楽章では繰り返しは採用せずに終わった。ラストのマジカルな効果を生かすためだと思われる。

なお、第1楽章演奏終了後に、客席から巨大なくしゃみが起こったため、久石の指揮台上で苦笑。後ろを振り返っていた。


久石譲の「I Want to Talk You ~for string quartet,percussiion and strings~」。「I Want to Talk You」は、元々は映画「かぐや姫の物語」の音楽を基にした合唱曲として作曲されたのだが、作曲中に弦楽四重奏団と弦楽オーケストラとパーカッションのための作品にするというアイデアが浮かび、合唱版に先駆けて演奏される。

プログラムノートに久石は、「街を歩いていても、店に入っても人々は携帯電話しか見ていない。人と人とのコミュニケーションが希薄になっていくこの現状に警鐘を鳴らすつもりでこのテーマを選んだ。だが、世界はCovid-19によって思わぬ方向に舵を切った。人と人との接触を控えるこの状況では携帯電話はむしろコミュニケーションの重要なツールになった。この時期にこの曲を書いたことは『あらかじめ想定されていた』あるいは『書くべくして書いた』という何か運命的なものを僕は感じている」と記している。コミュニケーションが変容したわけだが、あるいはコミュニケーションの概念自体が今後は変化していくのかも知れない。ただ接していればいいというのではない。理解しなければならない。そして理解するには最初から「理解しよう」という姿勢でいなければならない。

久石譲はメロディーメーカーであり、ジブリ映画を始めとする多くの映画で名旋律を聴くことが出来るが、真骨頂は現代音楽において発揮される。「I Want to Talk You~for string quartete,percussion and strings~」でも徹底したミニマルミュージックの手法が用いられている。推進力に富み、ノリも良い。
グロッケンシュピールを弦楽の弓で弾くなど、特殊奏法(比較的よく見られる奏法ではあるが)も用いられていた。


モーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」。
交響曲第40番でもそうだったが、センチュリー響は冒頭ではやや洗練度不足である。ただ、久石は最初から第4楽章に照準を合わせた音楽作りをしているようで、曲が進むたびに演奏のクオリティが上がっていく。
交響曲第40番はティンパニなしの楽曲であるが、「ジュピター」ではバロックティンパニが大活躍。ピリオド奏法が普及するまではよく分からなかったが、往年の作曲家は打楽器、特にティンパニをアクセントとしてかなり重視していたようである。
久石の指揮は独特のタメが個性的であり、速度の自在な変化も特徴であるが、強弱の付け方などはピリオドの原則も生かしている。


アンコール演目は、久石の「魔女の宅急便」より、自作自演であるだけに万全の出来であった。

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2021年2月27日 (土)

コンサートの記(697) 大植英次指揮大阪フィルハーモニー交響楽団第413回定期演奏会

2007年12月6日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時より、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで大阪フィルハーモニー交響楽団の第413回定期公演を聴く。
今日の指揮者は音楽監督の大植英次。曲目はブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番(ヴァイオリン独奏:ルノー・カプソン)とラフマニノフの交響曲第2番。いずれも耽美的な作品である。

大植英次指揮大阪フィルの定期公演といえば、これまでは毎回補助席が出るほどの大盛況だったが、大植が今年に入って定期公演を2度もキャンセルした影響からか、今日の演奏会はほぼ満員にはなったが補助席が出るほどではなかった。

ルノー・カプソンは1976年生まれのフランス人ヴァイオリニスト。ベルリンで学び、クラウディオ・アバドの招きでグスタフ・マーラー・ユーゲント・オーケストラのコンサートマスターを務めた後、ソリストとしての活躍を始めたという。

カプソンのヴァイオリンは雅やかな音を出す。技術も高く、第3楽章の冒頭で、敢えてひっかくような音を出した他は、汚い音を一切出さない。また、演奏スタイルも面白く、時に体を後ろに思いっきり傾けてヴァイオリンを奏でる。上体をこれだけ後ろに反らせる人を見るのは荒川静香以来である。

大植指揮の大阪フィルも特にファースト・ヴァイオリンが素晴らしく、カプソンに負けじと美しい音を出していた。管は弦に比べると不調で、ホルンは音がずれる場面があったが、これは毎度のことなので気にしても仕方ない。


ラフマニノフの交響曲第2番は、今でこそラフマニノフの最高傑作と評価も高いが、真価が認められるまでにかなりの時間を要した。ロシアでの初演時は大好評を得たが、「長すぎる」との不満も聞かれたため、ラフマニノフはより短いバージョンを作った。その後は長いこと短縮されたバージョンが演奏されてきたのだが、前衛の時代となり、余りにも甘美なこの曲は「ジャムでベトベトの交響曲」などと酷評されることが多くなり、ラフマニノフの死後はコンサートの曲目に載ることも減っていった。

この曲の再評価のきっかけを作ったのはアンドレ・プレヴィンである。彼はこの曲を積極的に取り上げ、カットを廃した完全全曲版をレコーディングするなど曲の普及に努める。
CDの時代になり、CD1枚に収めるのに適当な長さを持つ完全全曲版によるラフマニノフの交響曲第2番は、それまでの不遇が嘘のように人気交響曲となる。前衛の時代も過ぎ去り、甘美なメロディーへの抵抗が少なくなっていたのも大きいだろう。

甘美なメロディーと壮大なスケールを持つラフマニノフの交響曲第2番は、大植の師であるレナード・バーンスタインが好みそうな曲であるはずだが、曲の評価が再び上がり始めていた1990年にバーンスタインが亡くなってしまったためか、それとも他の理由があるのか、バーンスタインはこの曲を録音していない。

ロマン派を得意とする大植の指揮だけに名演が期待される。
冒頭から弦楽は好調、管も健闘する。スケールは大きく、立体感も抜群だ。最も有名な第3楽章で、大植は旋律を粘って歌い、必要以上にアッチェレランドをかけるなどして効果を上げようとしていたが、逆に作為が目立ってしまった。もっと自然に歌った方が美しさが生きると思うのだが。
第4楽章ではお祭り騒ぎのように派手に音が鳴りすぎる場面があった。大植は不満だったようで、再び盛り上がりを迎えたところで今度は抑制を利かせ、完璧に決める。大植は親指を上げて、オーケストラに「グッド」とサインを送った。
問題が全くないわけではないけれど、優れた演奏。音があとちょっと垢抜ければ世界レベルでも通用すると思う。


演奏終了後、爆発的な拍手が大植と大阪フィルを讃える。大植は何度も指揮台に呼び戻され、最後は「もうこれまで」というように大植が客席に向かって手を振り、コンサートマスターの長原幸太が一礼して、演奏会はようやく終わった。大阪の聴衆は素直で、良いときは盛んに拍手するし、そうでないときはそれなりの拍手をする。わかりやすい。純粋に音楽が好きな人が聴きに来ているから、こうした拍手になるのだろう。これが大阪で音楽を聴く楽しみの一つである。

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