カテゴリー「ザ・シンフォニーホール」の143件の記事

2026年3月19日 (木)

コンサートの記(952) 「大阪フィル×ザ・シンフォニーホール ソワレ・シンフォニー」Vol.26 大植英次指揮

2026年3月12日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、「大阪フィル×ザ・シンフォニーホール ソワレ・シンフォニー Vol.26」を聴く。現在は本拠地を中之島のフェスティバルホールに移した大阪フィルハーモニー交響楽団が、ザ・シンフォニーホールで行う演奏会。「マチネ・シンフォニー」もある。
今日の指揮者は、大フィル桂冠指揮者の大植英次。大植英次が第2代音楽監督を務めていた時代には、大フィルはザ・シンフォニーホールを定期演奏会場としていた。ザ・シンフォニーホールは1700席と音響のために客席を絞っていたため、満員御礼も珍しくなかった。フェスティバルホールは2700席とキャパが広いため、大フィルの定期演奏会で満員は難しいと思われる。

ハノーファー音楽大学の終身正教授も務めた大植だが、昨年辞任したようである。

 

曲目は、オール・ロシア・プログラムで、グリンカの歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲、ボロディンの交響詩「中央アジアの草原にて」、リムスキー=コルサコフのスペイン奇想曲、リムスキー=コルサコフの交響組曲「シェエラザード」

午後6時50分から大植英次よるプレトークがあるが、「誰も知らない話」「ネットやSNSに書き込まないで」と注意喚起した上で、ロシア音楽史の話が語られた。
内容は秘密である。

 

有名曲が並ぶが、ボロディンの交響詩「中央アジアの草原にて」は、実演では聴く機会は少ない。演奏時間的に載せにくいというのが最大の理由と思われる。ちなみにボロディンと私は誕生日が一緒である(グレゴリオ暦において)。余り有名な人がいない誕生日で、有名どころでも岩崎宏美や串田孫一といったところである。

 

コンサートマスターは須山暢大。フォアシュピーラーは尾張拓登であると思われる。
ドイツ式の現代配置での演奏。

 

グリンカの歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲。大植は譜面台を置かず、暗譜での演奏である。
速さを競うような演奏もあるが、大植は強弱とメリハリで聴かせる。先日、枚方で大フィルの演奏を聴いたが、ザ・シンフォニーホールでの演奏は、慣れているということもあって弦の勢いが良い。

 

ボロディンの交響詩「中央アジアの草原にて」。その名の通り、アジア的な音楽要素を取り入れた楽曲である。
この曲では、大植は譜面台に総譜を載せ、老眼鏡を掛けて演奏スタート。途中で老眼鏡を外し、ノンタクトでの指揮に切り替わる。
オリエンタルな雰囲気に満ちた曲調を的確に生かした演奏で、風景が目に浮かぶかのようである(実際に行ったことはない)。特に管楽器が味わい深い。

 

リムスキー=コルサコフのスペイン奇想曲。今日はオール・ロシア・プログラムであるが、「ロシア独自」と「ロシアの外」の2つが演奏会のテーマであるため、ロシアを題材にした曲は少ない。「ルスランとリュドミラ」も舞台はウクライナのキエフである。
瞬発力のある演奏で、オケの鳴りも良い。リズム感も秀でている。スペインはリムスキー=コルサコフのみならず多くの作曲家が題材にしている。ナポレオンは、「ピレネー山脈の向こうはアフリカだ」と言ったが、イスラムの支配が長かったということもあり、他の西欧の国々とは異なる文化が作曲家のインスピレーションを刺激した。

 

リムスキー=コルサコフの交響組曲「シェエラザード」。実は昨年、大植英次はOsaka Shion Wind Orchestraを指揮して、吹奏楽編曲版の「シェエラザード」を演奏している。編曲が独自なので聴き比べや比較にはならないが、音の厚みや多彩さは当然ながら、オリジナルのオーケストラ版の方が上である。
沖澤のどか指揮京都市交響楽団も熱演系の「シェエラザード」を演奏したが、沖澤と京響の方がアラブの香りがするような雰囲気重視で、大植と大フィルの方はリムスキー=コルサコフの巧みなオーケストレーションを明かしていくようなタイプの異なる演奏である。

コンサートマスターの須山暢大のヴァイオリンソロも艶やかで、大フィルの演奏も力強い。ハープの平野花子もオリエンタリズムの醸成に貢献する。
なお、ホルンファーストの高橋将純はこの曲のみの参加である。
弦楽器がうねる中、管楽器が的確にポイントを射貫いていく。大植も時に声を出しながら熱い指揮を繰り広げる。
最も有名な第3曲“若い王子と王女”では、弦が透明感に溢れた伸びやかな演奏を聴かせた。ラストの“バグダッドの祭り、海、青銅の騎士の岩での難破、終結部”でもスケール豊かで揺らぎに満ちたキレと厚みを両立した演奏を聴かせた。

 

演奏終了後、大植は大フィルのメンバーに2回立つように命じたが、オーケストラのメンバーは敬意を表して立たず、大植が一人で喝采を受ける。大植も客席に向かって360度拍手を送った。

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2025年10月29日 (水)

コンサートの記(928) 太田弦指揮 日本センチュリー交響楽団第293回定期演奏会

2025年10月24日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、日本センチュリー交響楽団の第293回定期演奏会を聴く。指揮は、松本宗利音(しゅうりひと)と共に日本の若手指揮者界をリードする太田弦(げん)。1994年生まれの太田弦。今年で31歳になるがかなりの童顔で下手したら高校生に間違えられそうである。札幌生まれ。幼少の頃からピアノとチェロを学び、東京藝術大学音楽学部指揮科を首席で卒業。尾高忠明と高関健に師事した。今の藝大指揮科の主任は山下一史であるが、全員、桐朋学園大学出身である。ということで、藝大の指揮科は長い間、桐朋学園大学の植民地となっている。国公立の藝大、それに対抗する私立の桐朋であるが、格としてはやはり藝大の方が上。上のはずの学校の看板部門が植民地化されている例は珍しく、芸術関係ならではのような気がする。他の一般の学問では有名私立大の特定の分野が有名国立大の教授で占められ、植民地となっているケースが多い。
それはさておき、太田弦は東京藝術大学大学院に進み、指揮専攻修士課程を修了。指揮以外にも作曲を二橋潤一に師事している。
2015年、第17回東京国際音楽コンクール・指揮部門で2位入賞。
2019年から2022年まで大阪交響楽団正指揮者、2023年には仙台フィルハーモニー管弦楽団の指揮者に就任。2024年4月より、福岡市を本拠地とする九州交響楽団の首席指揮者に就任。初めて手兵を得ている。昨年、シャルル・デュトワ指揮九州交響楽団の定期演奏会を聴きに、九響の本拠地であるアクロス福岡シンフォニーホール(正式にはアクロス福岡という総合文化施設の中にある福岡シンフォニーホールであるが、続けて表記されることが多い)に初めて出向いたが、ホワイエに太田弦の全身パネルが飾られていた。等身大ではないと思うが。

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今日の曲目は、ベートーヴェンの交響曲第2番、武満徹の「波の盆」、武満徹の「系図 -若い人のための音楽詩-」(語り:寺田光、アコーディオン:かとう かなこ。岩城宏之編曲による小管弦楽版)

 

武満作品が2つ並ぶという意欲的なプログラム。ドイツ人指揮者がベートーヴェンを指揮するように、フランス人指揮者がドビュッシーを指揮するように、フィンランド人指揮者がシベリウスを指揮するように、デンマーク人指揮者がニールセンを指揮するように、ノルウェー人指揮者がグリーグを指揮するように、イギリス人指揮者がエルガーを指揮するように、日本人指揮者は武満徹を指揮する。

 

だが、武満作品、それもかなり分かり易いものであっても現代音楽は避けられるようで、集客面ではかなり残念であった。特に2階席は空席が目立つ。
今日は茨木市在住の人のための招待公演でもあったのだが、その人達なのかどうかは分からないものの、コンサート初心者が多いようで、ベートーヴェンでは楽章が終わるたびに拍手が起こっていた。この場合、どうするのかというと人による。藤岡幸夫は、「エンター・ザ・ミュージック」で、「新しいお客さんが来てくれたんだ」と喜ぶと明かしている。一方で、聴衆の中にはマナー違反と取る人もいるようだ。
モーツァルトやベートーヴェンの時代には、交響曲が丸々演奏されず、1つの楽章が終わったら歌曲が入るなど、もっと雑多な構成であったようだ。聴衆は貴族が多かったが、音楽そっちのけで話す人も珍しくなかったらしい。正しい姿勢で、楽章間拍手なしでという風になったのはワーグナーの影響が大きいと言われている。ワーグナーが礼儀正しかったからではなく、逆に「俺様の音楽を黙って聴け」という尊大な人だったからと言われている。

 

ベートーヴェンの交響曲第2番。今日のコンサートマスターはセンチュリー響客員コンサートマスターの篠原悠那(しのはら・ゆな)。ドイツ指揮の現代配置での演奏である。
日本センチュリー交響楽団は、中編成のオーケストラなので在阪の他の3つのプロコンサートオーケストラに比べるとサイズが小さい。弦楽奏者が全くと言って良いほどビブラートを掛けないピリオド・アプローチによる演奏であったが、ザ・シンフォニーホールの音響をもってしても中編成でのピリオドだと音が弱い。ただ広上淳一とオーケストラ・アンサンブル金沢はザ・シンフォニーホールで「田園」交響曲をきちんと鳴らしていたから、演奏者側の問題も皆無ではないだろう。だが、次第に耳が慣れてくるので音の小ささは余り気にならなくなる。
太田弦は、大きめの総譜を見ながらノンタクトでの指揮。暗譜で振る曲は今日はなかったが、暗譜否定派かも知れない。両手を使って巧みにオーケストラを操る。
流れが良く、フォルムもカチッと決めているのに、今ひとつ手応えを感じないのは指揮者の若さ故だろうか。日本だから31歳でもベートーヴェンを振らせてくれるが、ヨーロッパではそうはいかないかも知れない。「40、50は洟垂れ小僧」の世界である。
いくつか聴いたことのないメロディーなどが聞こえてきたが、あるいはブライトコプフ新版を使っていたのかも知れない。大阪フィルの演奏だったら福山さんに気軽に尋ねることが出来るのだが、センチュリー響にはそうした人はいない。

 

 

武満徹の「波の盆」。民放のテレビドラマのための音楽として書かれ、後に演奏会用に編み直されている。チェレスタとシンセサイザーが入るのが特徴。チェレスタ:橋本礼奈、シンセサイザー:新井正美(女性)
センチュリー響の特徴である、編成が小さいが故に効く音のエッジが印象的。メロディーを美しく歌い上げる。武満は響きの作曲家であるが、今日取り上げる「波の盆」と「系図」はいずれも美しいメロディーを特徴とする。

 

 

武満徹の「系図 -若い人のための音楽詩-」。武満晩年の作品であり、映画用に書くはずだった音楽を語り付きの管弦楽曲にまとめたもので、チャーミングなメロディーと武満ならではの響き、谷川俊太郎のテキストが相まって、武満の次なる方向性を示すはずだったのかも知れないが、幼い頃から病弱だった武満は長生き出来ず、初演の翌年の1996年に他界した。

 

初演は、レナード・スラットキン指揮ニューヨーク・フィルハーモニックによって、1995年4月に行われたが、谷川俊太郎の詩集『はだか』から取られた「おかあさん」のテキストが、「ネグレクトで、相応しくない」と指摘され、危うく初演が流れるところだった。

 

日本でも同年に、岩城宏之指揮NHK交響楽団により、映像作品と実演で初演された。語りを務めたのは、先頃若くして亡くなった遠野なぎこ(当時:遠野凪子)である。
子役として本名でデビューした遠野なぎこであるが、毒親育ちであり、親は子役をやらせることで儲けようとしていた。遠野凪子の芸名で活躍するようになってからもDVやネグレクトなどがあったようである。彼女がテキストをどんな気持ちで読んでいたのかは分からないが、プロに徹して朗読していたような気がする。
遠野なぎこは、シャルル・デュトワ指揮NHK交響楽団の定期演奏でも、テキストを暗記して語り手を務め、小澤征爾指揮サイトウ・キネン・オーケストラとの録音でも語りを行ったが、小澤盤での語りはナチュラルさが失われ、感情過多で良くない。なぜ悪くなったのかは分からないが、小澤の意向だろうか。

 

「系図 -若い人のための音楽詩-」を生で聴くのは3回目。日本語の朗読で聴くのは2回目である。どういうことかというと、初めて聴いたのは、東京オペラシティコンサートホール“タケミツ メモリアル”で聴いたケント・ナガノ指揮リヨン国立歌劇場管弦楽団の来日演奏会で、フランス人の少女によるフランス語の朗読だったのである。武満は語り手について、「15歳前後の少女が望ましい」としているが、この時の少女は15歳ほどだったと記憶している。フランス語は分からないので、音楽だけ聴いていた。
2度目は、横浜みなとみらいホールで行われた、沼尻竜典指揮日本フィルハーモニー交響楽団の横浜定期演奏会。語り手は当時18歳の蓮佛美沙子。座ってテキストを読みながらの朗読であった。今の蓮佛美沙子は名女優だが、18歳の頃は今ほどではなく、演奏が終わった後も少し照れくさそうにしていた。ただ女優といっても、コンサートホールで大勢の聴衆を前に朗読という機会はなかなか巡ってこないのだから貴重な体験だったはずである。なお、この演奏会の記録をWikipediaに書き込んだのは私である。

 

今回、朗読を務める寺田光は、2005年11月19日生まれ。現在、19歳、まもなく二十歳である。大阪府出身。テキストを読みながらの語りである。
ミュージカル女優としてデビュー後、映像にも進出。朗読劇にも参加したことがあるようだ。
アコーディオンのかとう かなこは指揮台右横のスピーカーのすぐ後ろに座って演奏する。ボタン式であるクロマチックアコーディオンを弾く機会が多い人だが、今回は多くの人が目にしたことのある鍵盤式のアコーディオンで演奏を行う。

 

寺田光のテキスト解釈は、私とはズレているところが何カ所かあったが、詩なので解釈が異なるのは当たり前であり、そういうものとして受け入れるしかない。谷川俊太郎の『はだか』は私もお気に入りの詩集で、自分で持っているほか、人にプレゼントしたこともある。

 

かとう かなこは腕利きとして知られるだけに、今回もノスタルジックなメロディーを温かな音で奏でていた。

 

今回は、岩城宏之の編曲による小管弦楽版での演奏である。日本センチュリー交響楽団は、フル編成ではないのでこの版が選ばれたのだろう。初演の指揮者である岩城宏之がなぜ編曲を行ったかというと、彼らは日本初のプロ室内管弦楽団であるオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の初代音楽監督をしており、OEKの編成ではそのままでは演奏出来ないので、編成を小さくしてもタケミツトーンが生きる編曲をする必要があったのだ。小管弦楽版での初演は、2002年11月20日に、岩城指揮のOEKによって行われた。
岩城は語り手として吉行和子を選んだことがあり、若杉弘も自分の奥さんを語り手にしたことがあるが、これは良くないと思う。「しらないあいだにわたしはおばあちゃんになっているのかしら きょうのこともわすれて」という部分があるため、高齢の人が読むとある症状を連想してしまう。テキストを俯瞰で読めると考えたのだと思われるが、ラストを考えるとやはりこれは若い人が語り手を務めるべき作品である。

 

太田弦指揮する日本センチュリー交響楽団、かとう かなこらによる演奏は、胸が苦しくなるほど美しく、背筋が寒くなるほどに麗しい。抜群の色彩感は武満ならではで、生前、武満と親しかった岩城も、単に編成を切り詰めるだけでなく、響きのポイントを押さえた編曲を行っているように思う。
音楽に国境はないが、日本人でなかったらここまでの美しさはやはり感じ取れなかっただろう。
とはいえ、世界にアピールできる武満作品の一つ、それが「系図 -若い人のための音楽詩-」である。この音楽を知る人は、きっと誰よりも「とおくへ」行ける。

 

拍手が鳴り止まなかったため、太田は総譜を閉じて、「これで終わりです」というパフォーマンスを見せた。

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2025年10月11日 (土)

コンサートの記(924) 韓国・大邱国際オーケストラ・フェスティバル日本特別公演 大邱市立交響楽団来日演奏会@ザ・シンフォニーホール

2025年9月25日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、韓国・大邱(テグ)国際オーケストラ・フェスティバル日本特別公演、大邱市立交響楽団の来日演奏会を聴く。今回、大邱交響楽団が来日演奏を行うのは、アクロス福岡の福岡シンフォニーホールと、ザ・シンフォニーホールのみのようで、東京にも行かないようである。

ソウル(首都という意味で、長くオリジナルの漢字表記がなかったが、公募により首尔に決まった)。日本の漢字では首爾になるが、日本語はカタカナ表記があり、これまでも一般的であったため、定着はしないだろう)、釜山(プサン)、仁川(インチョン)に次ぐ韓国内人口第4位の都市である大邱。ただトップ3に比べると知名度は低いと思われる。
個人的には、韓国プロ野球の三星(サムスン)ライオンズが大邱広域市をホームタウンとしており、元読売巨人軍の新浦壽夫がエースとして活躍しているのをテレビで見て、大邱という街を知った。まだ日本出身者は在日韓国人しか韓国プロ野球でプレー出来なかった時代の話である。今は先祖代々日本人でも韓国プロ野球でプレーすることは可能だ。
サムスン電子も当時は国外ではまだそれほど有名な企業ではなかったのだが、今やスマートフォンや薄型テレビの世界シェアナンバーワン、「世界のSAMSUNG」になっている。
なお、サムスン電子の本社は北部の水原(スウォン)市にあり、大邱とは遠く離れている。日本でも北海道日本ハムファイターズの本拠地はエスコンフィールドHOKKAIDOであるが、日本ハムの本社自体は大阪市北区のブリーゼタワーにあるので、親会社と野球チームの本拠地が離れていても特に珍しくはない。楽天もDeNAもソフトバンクも東京に本社を置く会社である。考えてみれば親会社とプロ野球チームが同じ街にある方が少ない。ロッテは千葉市に本社を移そうとして失敗している。

 

さて、韓国のクラシック音楽の現状であるが、ソリストはとにかく凄い。チョン三姉弟を始め、世界の第一線で活躍する人が次々に出てくる。
一方、オーケストラに関しては、1990年代末に行われたインタビューで、チョン三姉弟の末弟で、指揮者&ピアニストのチョン・ミョンフンが、「日本より20年遅れている状態」と嘆いていた。この時代は東京を本拠地とするオーケストラが世界的大物指揮者をシェフに招いて躍進していた時代である。チョン・ミョンフンもこの後、東京フィルハーモニー交響楽団のスペシャル・アーティスティック・アドバイザーに就任して、長足での成長に一役買っている。
その後、2000年代に、「アジアオーケストラウィーク」が発足。日本のオーケストラも参加し、東京と大阪で東アジアや東南アジアのオーケストラが演奏を行っている。その中の一つとして、ソウル・フィルハーモニック管弦楽団の演奏をザ・シンフォニーホールで聴いたことがある。ソウルには、日本語に訳すとソウル・フィルハーモニック管弦楽団になる団体がなぜか2つあるそうで、どちらだったのかは分からないが、「20年遅れている状態」から「10年遅れ」まで詰めてきたような印象のある良いアンサンブルであった。

東日本大震災が起こってからは、「アジアオーケストラウィーク」は東京と東北地方で行われるようになったが、昨年は「アジアオーケストラウィーク」が京都コンサートホールのみで行われ(シンガポール交響楽団と京都市交響楽団が参加)、今年の「アジアオーケストラウィーク」は香港フィルハーモニー管弦楽団が西宮北口の兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールで演奏するが、ピアノのソリストが反田恭平であるため、チケット完売になっている。

ソウル・フィルハーモニック管弦楽団以来となる韓国のプロオーケストラの鑑賞。ポディウムと2階席のステージ横、3階席は開放されていないが、それ以外は思ったよりも埋まっている。企業による団体での鑑賞も行われているようだったが、普通の企業ではなく音楽関係のようで、マナーも良かった。

 

曲目は、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番(ピアノ独奏:金子三勇士)とラフマニノフの交響曲第2番。

お馴染みの存在となりつつある金子三勇士(みゅうじ)。日本とハンガリーのハーフである。生まれたのは日本だが、6歳の時に単身、ハンガリーに留学、11歳でハンガリー国立リスト音楽院に入学。16歳で日本に帰り、東京音楽大学付属音楽高等学校に編入。2008年のバルトーク国際ピアノコンクールで優勝し、以後、国内外で活躍している。
「技巧派」と呼ぶのが最も相応しいピアニストである。

大邱市立交響楽団は、コンサートマスターが女性(コンサートミストレス)なのは今では普通だが、第1ヴァイオリンも第2ヴァイオリンも全員女性である。流石にこんなオーケストラは見たことがない。ヴィオラ、チェロ、コントラバスも男性は2人ずつで後は全員女性。他のパートも男女半々であり、男性しかいないのは、クラリネットと打楽器、後半のみに加わったトロンボーンとテューバ(1台のみ)だけである。背の高い男性の方が有利と思われるコントラバスで、これほど女性が揃ったオーケストラはかなり珍しい(7人中5名が女性)。
アメリカ式の現代配置での演奏。韓国は文化面でも日本よりも遙かに強くアメリカの影響を受けており、K-POPなども明らかにアメリカの真似で、このままでは自国の音楽文化が損なわれるのではないかと心配になる。日本はアメリカ文化を相対化しており、日本ならではのポピュラーミュージックも盛んである。

指揮者は、ペク・ジンヒョン。2023年から大邱市立交響楽団の音楽監督兼指揮者を務めている。2003年から2011年まで馬山市立交響楽団の音楽監督、2018年から2022年までは慶北(キョンボク)フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督であった。マンハッタン音楽院で修士号取得、ハートフォード大学でアーティスト・ディプロマを得て、ロシアファーイースタン国立芸術アカデミーで音楽芸術博士号を獲得している。現在、東西大学大学院の指揮法教授を務めるほか、釜山国際音楽祭と釜山フェスティバルオーケストラの芸術監督でもある。
聴いてみて分かったが、速めのテンポを好む人であった。

金子三勇士のピアノは、最近流行りの一音一音の粒立ちが良いものとは正反対。ダンパーペダルを踏み続け、意図的に音を少し溶け合わせて温かみを生んでいる。どちらの演奏スタイルも当然ながら「あり」だが、金子のようなスタイルの方が人間らしく聞こえる。良い意味でアナログ的なのだ。
ソフトペダルは特に高音を弾くときに使っていた。

指揮のペク・ジンヒョンは、金子のテンポに合わせて大邱市立交響楽団を運ぶが、オーケストラだけの部分になると急にスピードアップするのが面白い。
大邱市立響はメカニックも音楽性も高く、「10年遅れから大分時が経ったから、日本のオーケストラにも肉薄しつつあるな」という印象を受ける。

 

演奏が終わり、立ち上がって頭を下げてから退場した金子だが、再び出てきた時に指揮者のペクにピアノの座椅子を示される。アンコール演奏。金子は、客席に向かって「ありがとうございました」と言い、オーケストラには「カムサハムニダ」と述べる。
「リストのコンソレーション(第3番)」と曲名を告げてから金子は演奏開始。リストなので技術的に高難度だが美演であった。

 

ラフマニノフの交響曲第2番。やはりラフマニノフは秋に聴くのが相応しい作曲家であるように感じる。
ペク・ジンヒョンは、想像通り速めのテンポを採用。これまでに実演で聴いたラフマニノフの交響曲第2番の中で最も演奏時間が短いと思われる。私は実演ではラフマニノフの交響曲第2番は全曲版でしか聴いたことがない。カット版はジェームズ・デプリースト指揮東京都交響楽団盤で聴いただけである。

ドイツの楽団を理想とするNHK交響楽団や大阪フィルハーモニー交響楽団。N響に対抗してアメリカのオーケストラスタイルを目指した、解散宣告と争議前の日本フィルハーモニー交響楽団。「札幌交響楽団を日本のクリーヴランド管弦楽団にする」と宣言した岩城宏之。その岩城が初代音楽監督を務めた日本初の常設のプロ室内管弦楽団であるオーケストラ・アンサンブル金沢。
日本のオーケストラは、欧米のオーケストラを理想としていることが多い。クラシック音楽を生んだのは欧米なので、それは当然なのだが、今日の大邱市立交響楽団の演奏は「東アジア的なるもの」を入れて、自分達なりの演奏を目標としているように思える。輝かしい部分では、今の日本のオーケストラは光の珠が爆発したかのように明度が高いが、大邱市立交響楽団は、輝きの中に僅かに陰が差す。多くの色が混ざった液体の中に一滴だけ墨を入れる。そういった隠し味のようなものが印象的であった。そうすることで意図的に東洋的なものが音楽の中に染みていく。
日本と韓国のポピュラー音楽とクラシック音楽で逆のことが起こっているようでもある。
なお、演奏中に男性のフルート奏者が楽譜を床に落とす。バサッという音がする。フルート奏者はフルートも第2ヴァイオリンも休みの箇所を狙って、楽譜を拾ったが、前にいる第2ヴァイオリン奏者(当然女性)に右肘で、「あんた邪魔。さっさと拾いなさいよ」と急かされていた。その直後に第2ヴァイオリンが弾き始めている。

ペク・ジンヒョンは早足で下手袖に退場、と思ったらすぐにまた早足で出てくる。せっかちな性格のようである。そのこととテンポが速めであることとに相関性があるのかは分からないが。

 

アンコール演奏は、リムスキー=コルサコフの歌劇「サルタン皇帝の物語」より“くまんばちの飛行”。リムスキー=コルサコフの“くまんばちの飛行”には様々なアレンジがあるが、おそらく歌劇の場面から抜き出したリムスキー=コルサコフのオリジナル版による演奏だと思われる(YouTubeに載っている映像の中では、WDRの第2オーケストラによる演奏が一番近い)。描写力が高く、最後は爽快な出来であった。

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2025年10月 5日 (日)

コンサートの記(922) 広上淳一指揮オーケストラ・アンサンブル金沢 2025年9月定期公演 大阪公演

2025年9月23日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後2時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、OEKことオーケストラ・アンサンブル金沢の2025年9月定期公演 大阪公演を聴く。指揮はアーティスティック・リーダーの広上淳一。アーティスティック・リーダーはどんなポストなのか分かりにくい横文字だが、広上によると「音楽監督」だという。広上は京響のシェフ時代も音楽監督並みの仕事をしながら、肩書きは常任指揮者+αであった。京響は井上道義を音楽監督に据えて活動したことがあるが、広上は井上と同じ肩書きを望まなかったのだろう。金沢でも同様だと思われる。井上と広上は仲が良く、金沢で井上が指揮の講習会を行うときは広上も付いていくことが多かった。

広上は、京都市交響楽団第12代・第13代常任指揮者を辞任後、「これからは客演指揮者としてやりたいときにやりたいような指揮をする」 つもりだったのだが、夢枕にオーケストラ・アンサンブル金沢創設者の岩城宏之が立ち、「おい、お前、金沢をどうにかしないといかんだろう」と言われたため、OEKのポストを受けたと語っている。本当かどうかは分からない。だが、かつて井上が君臨し、師の一人である岩城宏之が創設したオーケストラということで、シェフの座を受けるのは自然のような気がする。

金沢に専念するかに思われた広上だが、マレーシア・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督に招聘され、今後は東南アジアや南アジアでの指揮活動も増えるかも知れない。ベトナム国立交響楽団の音楽監督である本名徹次、ミャンマー国立交響楽団の音楽監督である山本祐ノ介(山本直純の次男)など先陣もいる。再編集版がNHKで放送された「ベトナムのひびき」の主人公、佐倉一男(濱田岳が演じた)のモデルである福村芳一も入れても良いかも知れない。

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曲目であるが、広上の得意なオール・ベートーヴェン・プログラム。ピアノ協奏曲第5番「皇帝」(ピアノ独奏:トム・ボロー)と交響曲第6番「田園」

広上のベートーヴェンには定評があるため、ザ・シンフォニーホールは満員に近い盛況である。

オーケストラの配置であるが、パッと見はドイツ式の現代配置に見えるのだが、実際は第1ヴァイオリンの隣のパートの楽器はヴァイオリンより一回り大きく、3人しかいない。つまりヴィオラである。ドイツ式の現代配置ではヴィオラが陣取る場所に第2ヴァイオリンが回る。つまり変則ヴァイオリン対向配置である。昨年の、井上道義の大阪でのラストコンサートで、井上が大阪フィルハーモニー交響楽団をこの配置で並べたが、同じ並びが今日も採用されている。コントラバスはチェロの奥に陣取る。
演奏会終了後に、OEKのスタッフに伺ったが、井上は金沢ではこの配置を採用しており(京響や大フィルの少なくとも定期演奏会では採用していない)、ミンコフスキの時代を経てOEKのシェフとなった広上も井上が行った配置を踏襲しているようである。他でこうした配置を見たことはほとんどない。
OEKは室内管弦楽団なので、低音の奏者が少ない。今日はヴィオラが3(所属楽団員は4人)、チェロが4(フルメンバー)、コントラバスが3(フルメンバー)である。人数が少ないのでベースを築くヴィオラとチェロを中央に置き、低い音を前に出そうとしたとも考えられるが、真意は不明である。単なる思いつきによる配置かも知れないし。

コンサートミストレスは、アビゲイル・ヤング。ピリオド奏法に通じており、ピリオドを採用したときの大阪フィルハーモニー交響楽団の演奏会で客演コンサートマスターを務めたこともある。

そのヤングがコンサートミストレスなので、ピリオドを前面に押し出すかと思ったが、ビブラートを多く掛ける部分と全く掛けない部分が混在し、ヴァイオリンのボウイングなどはピリオドであったが、スタイルよりも音楽性重視の演奏であった。

 

ピアノ協奏曲第5番「皇帝」。独奏者のトム・ボローは、2000年、イスラエルの中心都市であるテルアビブに生まれたピアニスト。イスラエルは首都と中心都市が異なるが、国連はエルサレムを首都とは認めず、最大都市で政治・経済の中心あるテルアビブを首都としている。日本はエルサレムが首都であることを認めている。
5歳でピアノを始め、テルアビブ大学ブッフマン=メータ音楽院で学び、その後、マレイ・ペライアにレッスンを受け、クリストフ・エッシェンバッハや、リチャード・グード、サー・アンドラーシュ・シフといったの多くの著名ピアニストのマスタークラスで腕を磨いている。イスラエル国内の数々のピアノコンクールで優勝に輝いているが、海外のコンクール歴がないのか成績が良くなかったのか、今のところ名声はイスラエル国内に留まっている。イスラエルがとんでもない情勢になっているので、海外のコンクールなどは受けられないのかも知れない。

ボローのピアノであるが一音一音の明晰さが最大の特徴。音楽性も爽やかで、「皇帝」協奏曲というより「皇太子(プリンス)」協奏曲といった趣である。
ペダリングにも注目していたが、左足を後ろに引いたまま演奏していることが多く、ソフトペダルは稀にしか踏まなかった。力強い場面ではダンパーペダルを何度も踏み換えるが、音を濁らせないための技法だと思える。

広上指揮のOEKもボローに合わせた清々しい伴奏を聞かせる。今日はティンパニはモダンタイプを使用し、強打させる場面も余りなかった。

ボローのアンコール演奏は、クライスラーの「愛の哀しみ」ピアノ独奏版。編曲者は分からなかったが、後で掲示を確認したところ、ラフマニノフであった。確かにラフマニノフが好みそうな曲調ではある。

 

後半、交響曲第6番「田園」。一拍目が休符の曲であるため、広上は指揮棒の先をくるりと一回転させてから本編に入った。日本フィルハーモニー交響楽団を指揮したライブ録音盤でも好演を示していた広上の「田園」。今日も木々の葉ずれの音が聞こえてきそうな情報量の多い演奏である。広上は第2ヴァイオリンを強調したようで、何度も右を向いて指示を行っていた。
第2楽章も瑞々しく、第3楽章も草原がどこまでも広がっていくような、突き抜けた明るさが感じられる。
第4楽章は室内管弦楽団ということもあって、京響を振るときなどとは違い、迫力よりも描写に力点が置かれているように思われた。
そして大いなる自然に祝福され、感謝を送り返すような最終楽章。

ベートーヴェンは、この曲が自然の描写だということは否定し、「田園に着いたときの気分を音楽にした」と語っている。描写でなく心象ということなのだろうが、発想的にはその後にフランスで生まれる「印象派」と呼ばれる画家達に近い。ベートーヴェンの画才については不明だが、自信があったら絵の一枚も残っているはずで、文字の汚さなどを見ても絵画方面は不向きだったと推測される。だが、もし優れた画才があったら、絵画の印象派を生んだのは、クロード・モネやマネやゴッホではなくベートーヴェンだったかも知れない。そんなはずはないのだが、広上の指揮で聴くとそんな夢想をしてしまうのだ。これからも広上は私にとって特別な指揮者であり続けるだろう。

 

アンコールでは、まずビゼーの「アルルの女」組曲よりアダージェットの繊細な演奏を経て、阪神タイガース、セ・リーグ優勝記念ということで、「六甲おろし」が華やかに演奏された。広上は振り向いて手拍子を促し、多くの人が乗ったが、東京ヤクルトスワローズファンとしては叩けないということで音楽だけを楽しんだ。この歌は、作曲の古関裕而本人は良い出来だと思っていなかったようだが、個人的はとても良い歌だと思う。ちなみにリリース時も、タイガースは兵庫県西宮市の甲子園球場を本拠地としていたが、チーム名は大阪タイガースであり、「六甲おろし」の「オオ オオ オオオオ」の部分は大阪の「大」の字に掛けられている。タイガース保護地域である兵庫県よりも、大阪市内もしくは大阪府内で聴いた方がいい曲なのかも知れない。

今回のツアーは北陸中心でそれ以外での公演が行われるのは大阪と岐阜だけである。また能登のある石川県のプロオーケストラということで、ホワイエでは「能登応援Tシャツ」が売られていた。

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2025年10月 3日 (金)

コンサートの記(920) 「2025年 大阪・関西万博 クリストフ・エッシェンバッハ×大阪フィル 第九演奏会」

2025年4月17日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、「2025年 大阪・関西万博記念 クリストフ・エッシェンバッハ×大阪フィル 第九演奏会」を聴く。
北ドイツ放送交響楽団(現・NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団)、フィラデルフィア管弦楽団、パリ国立管弦楽団などいくつものポストを兼任して、一時は、「世界で最も忙しい指揮者」と呼ばれたクリストフ・エッシェンバッハ。間違いなく大物指揮者の一人だが、そんなエッシェンバッハが大フィルに客演して第九を振るという、万博があったから実現した演奏会である。
1970年の大阪万博の時は、初来日を含む大物アーティストが次々に来阪し、大阪のみでの演奏会を行い(会場は主に初代フェスティバルホール)、東京などからも聴衆がやって来たという出来事があったが、今は1970年当時とは異なり、大物アーティストが毎年のように日本にやって来る時代なので、来日演奏会が行われることは行われるが、大阪だけ特別ということはない。ただ今回のエッシェンバッハと大フィルの第九は大阪だけでの公演である。

 

指揮者として知られるクリストフ・エッシェンバッハであるが、元々はピアニストとして活動しており、クララ・ハスキル国際コンクール優勝後、ドイツ・グラモフォンに多くのレコーディングを行っている。それらは今も主に廉価盤としてドイツ・グラモフォンからリリースされている。だが、ドイツ・グラモフォンとの契約切れとなるころに、元々指揮者志望だったということで転向。私がクラシック音楽を聴き始めた頃にはすでにピアニストとしての活動はほとんど行っておらず、指揮者として活動していた。近年は、ワシントンD.C.のナショナル交響楽団、同じくジョン・F・ケネディセンターの音楽監督、ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団の首席指揮者を務め、現在はNFMヴロツワフ・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督を務めている。なお、ヴロツワフは、エッシェンバッハが生を受けた街である(往時はドイツ領、現在はポーランド領)。

 

曲目は、レナード・バーンスタインの「ハイル」(独奏フルート、弦楽オーケストラ、打楽器のためのノクターン。フルート独奏:スタティス・カラパノス)、ベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」

 

今日は大フィルはヴァイオリン対向の古典配置での演奏である。トランペットやトロンボーンは上手に斜めに並び、期せずしてロシア式の配置となっている。
今日のコンサートマスターは、須山暢大。

 

レナード・バーンスタインの「ハリル」。ハリルはヘブライ語でフルートのこと。
20世紀アメリカ最大の指揮者であるレナード・バーンスタイン。「ウエスト・サイド・ストーリー」を始めて、ヒットミュージカルの作曲家としても有名だが、ミュージカルが成功しすぎたばかりに、シリアスなクラシックの作品は余り受けなくなってしまう。アメリカで生まれ育ったバーンスタインであるが、出自はウクライナ系ユダヤ人ということで、クラシックではユダヤ音楽に立脚した音楽を書く傾向にあり、これが特に日本では受けが悪いということに繋がっている(ユダヤ音楽は日本人の好みからは明らかに外れている)。
1973年のイスラエル戦争(第4次中東戦争)で、戦死した19歳のフルート奏者ヤーディン・タネンバウムを追悼するために作曲された作品である。

フルート独奏のスタティス・カラパノスは、1996年、ギリシャのアテネ生まれ(カラヤンといい、カラスといい、ギリシャ系は「カラ」が付く苗字が多いようである。もっともカラヤンもカラスも純然たる本名ではない)。アテネ国立音楽院とカールスルーエ音楽大学でフルートを学び、アテネ国立管弦楽団の首席フルート奏者として演奏活動を開始。その後、ソリストに転向している。

「ハリル」は全体的に暗めの作品であるが、途中で打楽器群が賑やかな響きを奏でる箇所がある。その後は弦楽とハープによるエモーショナルな音楽が続くが、バーンスタインの作曲ということもあり、彼が崇めたマーラーの交響曲第5番第4楽章アダージェットのように聞こえたりもした。
カラパノスのフルートは煌びやかな音色を発し、空を飛ぶ鳥のよう。まだ二十代のフルート奏者だが、音楽からは貫禄も感じられる。

カラパノスのアンコール演奏は、ドビュッシーの「シランクス」。カラパノスが客席に向かってこれから演奏する曲目について解説。シュリンクスと妖精パンのことなども述べていた。
フルート奏者の独奏曲として定番の「シランクス」。同じくドビュッシーの管弦楽曲「牧神の午後への前奏曲」冒頭とラストのフルートソロを連想する作品だが、「シランクス」の方がより神秘的である。カラパノスは透明感のある音で演奏を行った。

 

ベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」。独唱は、アレクサンドラ・ザモイスカ(ソプラノ。ポーランド出身)、アニタ・ラシュヴェリシュヴィリ(アルト。グルジア=ジョージア出身)、工藤和真(テノール)、ヤン・マルティニーク(バリトン。チェコ出身)。工藤以外は第九が滅多に演奏されない外国の方なので、譜面を見て歌う。一人だけ暗譜で歌唱も変なので工藤も譜面を見ながら歌っていた。アルトのアニタ・ラシュヴェリシュヴィリはタブレット譜を見ながらの歌唱である。

合唱は新国立劇場合唱団。普段はオペラで多く活躍している団体である。大阪で行われる公演に東京の団体が呼ばれることは比較的珍しい。

 

エネルギー漲るというイメージのあるクリストフ・エッシェンバッハであるが、1940年生まれということもあり、足取りがやや弱々しくて、老いを感じさせる。
指揮は独特で、多くの指揮者が振るのとは逆の方向に振ったりする。若い頃に指揮法を学んでいるので我流という訳ではないはずだが、かなり個性的である。第2楽章では、冒頭とその繰り返しの部分で指揮棒を全く振らず、オーケストラに任せていた。

 

第1楽章冒頭から、一般的な第九よりは大きめの音でスタート。弱音は余り意識せず、大柄で骨太の音楽を作っていく。ピリオド援用で、弦楽器は弦を揺することはあるが、いわゆるビブラートとは異なる奏法を用いることが多い。ビブラートも要所では用いていた。
譜面はベーレンライター版使用。第4楽章ではピッコロがかなり活躍する(通常のベーレンライター版での演奏より活躍していたように思う)。テンポは第1楽章が、モダンとピリオド含めて中庸という感じだったが、楽章が進むにつれてテンポが速くなる。第3楽章などは見通しも良く、ロマンティシズムより構造重視の演奏に聞こえた。
第3楽章と第4楽章の間は繋がず、間を置く。冒頭では大フィルが誇る強力な低弦が効果を発揮する。昨日も大阪城ホールで弦楽が奏でる「歓喜に寄す」の主題を聴いたのだが(大友直人指揮日本センチュリー交響楽団)、今日の演奏の方が明らかに速い。

独唱者と合唱団を含めた演奏は非常に力強いが、ザ・シンフォニーホールのスペースと音響を考えるとやや響きすぎ。今日は反響板の近くの席だったのだが、反響板が軋むような音を立てていた。

ただ演奏としては、十分に充実。エッシェンバッハクラスのドイツ人指揮者が関西のプロオーケストラに客演することは滅多にないので、貴重な体験であったことは間違いない。

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2025年9月15日 (月)

コンサートの記(917) アンナ・スウコフスカ-ミゴン指揮 ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団来日演奏会2025大阪

2025年8月30日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後2時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団の来日演奏会大阪公演を聴く。

ポーランドを代表するオーケストラで、ショパン国際コンクールの本選でピアノ協奏曲の伴奏を務めることで世界的に知られているワルシャワ国立フィル。
芸術大国にして親日国でもあるポーランド。芸術の中では映画が特に有名で優れた映画監督が何人も輩出しているが、音楽でも作曲家としてはフランス系ではあるが自身をポーランド人と規定したショパンを始め、クシシュトフ・ペンデレツキとヴィトルト・ルトスワフスキという20世紀後半の両巨頭を生み、指揮者ではNHK交響楽団や読売日本交響楽団との共演で知られるスタニスラフ・スクロヴァチェフスキ、スクロヴァチェフスキの師であるパウル・クレツキ、以前にワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団の来日演奏会で指揮をしたアントニ・ヴィット、モダンアプローチによる優れた「ベートーヴェン交響曲全集」をワルシャワ国立フィルと作成したカジミエシュ・コルト、そして現在のワルシャワ国立フィルの音楽監督であるクシシュトフ・ウルバンスキなどが世界的な活躍を見せている。ピアニストとしては、アルトゥール・ルービンシュタインが20世紀を代表する名手として有名だ。

本来なら現在の音楽監督であるクシシュトフ・ウルバンスキと来日すべきなのだろうが、ウルバンスキは単身での来日回数が多く、日本のオーケストラをいくつも指揮しているということで、新鮮さを求めて(かどうかは分からないが)アンナ・スウコフスカ-ミゴンという、名前を覚えにくい若手の女流指揮者にこのツアーの指揮が任されることになった。
アンナ・スウコフスカ-ミゴンは、「ポーランドの京都」と言われることもある古都クラクフの生まれ。2022年に、ラ・マエストラ国際指揮者コンクール(おそらく女性指揮者しか参加出来ない大会)で優勝している。翌年にはグシュタード音楽祭指揮者アカデミーにてネーメ・ヤルヴィ賞を受賞。またタキ・オルソップ指揮者フェローシップ(おそらく女性指揮者の先駆けの一人であるマリン・オルソップに師事したもの)を受賞している。昨年はフィラデルフィア管弦楽団の指揮台にも立ち、評論家に絶賛されたという。ただこれまで指揮したオーケストラの名称を読むと、まだまだこれからの指揮者であることが分かる。

 

曲目は、ショパンのピアノ協奏曲第1番(ピアノ独奏:牛田智大)とドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」。人気ピアニストの牛田智大(うしだ・ともはる)が出るためか、補助席まで出る盛況である。

ドイツ式の現代配置での演奏だが、チェロがやや広く場所を取っているように見える。

 

ショパンのピアノ協奏曲第1番。ソリストの牛田智大は、日本の若手を代表するピアニストの一人で、12歳でドイツ・グラモフォンにレコーディングを行うなど、神童として騒がれた。国内のコンクールでもことごとく1位だったが、次第に2位や入賞が目立ち始める。昨年のリーズ国際ピアノコンクールでは、聴衆賞を獲得したものの、最終選考には残れなかった。順風満帆とはなかなか上手くいかないもののようだ。それでも第10回浜松国際ピアノコンクールでは2位に入賞し、特典として予備予選なしでショパン国際コンクールへの参加が可能で、それを使って今年のショパン国際コンクールに挑む予定である。なお、浜松国際ピアノコンクールで優勝すると、予選なしで本選出場可能で、鈴木愛美(まなみ)が日本人として初めて浜松国際ピアノコンクールを制したが、「コンクールはいくつも受けるものではない」との考えからショパン国際コンクールに参加する予定はない。

ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団の実演は、アントニ・ヴィットの指揮で「悲愴」交響曲などを聴いているが、アンサンブルの精度は高いものの、楽器が安そうな音を出し、潤いに欠けた。実際、ポーランドの芸術界は財政難のようで、ポーランド国立室内歌劇場は、上演する資金が足りないが、上演を行わない訳にはいかないので、海外での上演を行い、外貨を稼いで上演を続けていた。ワルシャワ国立フィルも劇伴の演奏などを多く手掛け、その中には日本の作品も複数含まれる。

ザ・シンフォニーホールということで、オーケストラの音は美しく聞こえる。ただ、第1楽章冒頭や第3楽章冒頭では、縦の線が崩れそうになって、なんとか持ちこたえるという場面が見られた。スウコフスカ-ミゴンは指揮棒の振り幅が極端に小さいため、奏者が瞬時に反応出来なかった可能性もある。ただ事故にならなかったのは流石老舗楽団である。

牛田智大のピアノはクリアなもの。彼はロシアでピアノを習っており、ロシアのピアノ奏法は、「鍵盤の上に指を置け。そうすれば自然に鳴ってくれる」というもので、奥まで押し込まねばならないとする日本のピアノ奏法とは正反対である。
奥まで押し込んだ方が深い音が出るが、そこはペダリングで補う、と書きたいところだが、今日の牛田はダンパーペダルを踏みっぱなしで、特別個性あるペダリングは見られなかった。
見事な演奏であるが、起伏がもっと欲しくなる。第1楽章の憂愁と第3楽章の愉悦にも、もっとはっきりとした対比が欲しい。

演奏終了後、牛田は拍手に応じて何度もステージに現れたが、アンコール演奏は行わなかった。ショパンのピアノ協奏曲第1番が大曲ということもあるだろう。

 

後半、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」。ショパンのピアノ協奏曲では通常の大きさのスコアが譜面台の上に置かれていたが、「新世界より」はスタッフがポケットスコアを譜面台に置く。ポケットスコアは実演で用いるには適していないが、おそらくスウコフスカ-ミゴンは、全て暗譜していて、補助的に用いるのだと思われた。
実際、スウコフスカ-ミゴンは、総譜にほとんど目をやらずに主旋律を演奏する奏者を見つめることが多く、今演奏している場面の終わりでページを繰っていた。ということはこのポケットスコアで暗譜をしたということになる。
勢いと流れ重視の演奏で、特に管楽器に力がある。第3楽章のみ出番があるトライアングル奏者は、シンバル奏者が兼ねていた。スウコフスカ-ミゴンはたまにアゴーギクや溜めを作る。奏者達の様子を見るとリハーサルではやっておらず、本番で即興的に繰り出しているようだ。

正直、現在の日本のトップレベルのオーケストラの方が総合力では上かも知れない。音色の美しさに関しては日本のプロオーケストラの方が勝っている。それでも普段触れている演奏とは別個の個性に触れることは、自身の心の内にある音楽性を豊かにする。それに私が持っているのはあくまで日本的な尺度であり、それを相対化する必要もある。

 

アンコール演奏は、定番の一つであるブラームスのハンガリー舞曲第6番。スウコフスカ-ミゴンは自分でスコアを持って登場したが、やはり総譜に目をやることはほとんどなかった。
舞曲こそヨーロッパ的な感性が必要。フライングするヴァイオリン奏者もいたが、スウコフスカ-ミゴンとワルシャワ国立フィルは、活気のある楽しい演奏で客席を盛り上げた。

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2025年8月15日 (金)

コンサートの記(912) 広島交響楽団 2025 「『平和の夕べ』コンサート 被爆80周年 Music for peace ダニール・トリフォノフとともに」大阪公演 クリスティアン・アルミンク指揮 石橋栄実(ソプラノ)

2025年8月7日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、広島交響楽団 2025「『平和の夕べ』コンサート 被爆80周年 Music for Peace ダニール・トリフォノフとともに」を聴く。
毎年、原子爆弾が投下された8月に行われる広島交響楽団「平和の夕べ」コンサート。一昨日、広島での公演があったが、今年は被爆80周年というここで特別に、今日は大阪、明日は東京でも同一プログラムによる演奏会を行うことになった。

指揮は広響音楽監督のクリスティアン・アルミンク。曲目は、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番(ピアノ独奏:ダニール・トリフォノフ)とマーラーの交響曲第4番(ソプラノ独唱:石橋栄実)。マーラーの交響曲第4番はマーラーの交響曲の中では一番短いが、それでも1時間近く掛かり、大曲が並ぶ。このプラグラムを三回連続で演奏するのだから、広響のメンバーも体力が試される。

日本のオーケストラではスタンダードなドイツ式の現代配置での演奏。コンサートミストレスは北田千尋。

 

1階のホワイエには、Akiko's Piano(明子さんのピアノ)が置かれ、ショパンの「別れのワルツ」やドビュッシーの「月の光」などポピュラーな演目が弾かれていた。また、休憩時間には調律師による説明があった。
Akiko's Pianoは広島では、元安川沿いのレストハウス(被爆建築)内に常設展示されているのだが、保温保湿を含めた保存のためガラスケースに収められている。今日は遮蔽物なしで見ることが出来た。

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新日本フォルハーモニー交響楽団の音楽監督時代に知名度を上げたクリスティアン・アルミンク。ウィーン生まれ。小澤征爾の弟子の一人として知られる。ベルギー王立リエージュ・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督時代には日本ツアーを行い、京都コンサートホールでも指揮を行っている。昨年、下野竜也音楽総監督の後任として広島交響楽団の音楽監督に就任。すでに広響とのライブ音源がリリースされている。

 

ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。ソリストのダニール・トリフォノフは、2010年のショパン・コンクールで第3位入賞、2011年のルービンシュタイン国際ピアノコンクールとチャイコフスキー国際コンクールのピアノ部門で優勝し、注目を浴びた。
非常に明晰な音を出すピアニストであり、一音一音がクッキリ聞こえる。
どちらかというとウエットなピアニストなのだが、ウエットでありながらクリアという相反する要素を高いレベルで止揚することが可能なようだ。
さて、京都市交響楽団のジュヴィちゃん(広島交響楽団から移籍)が音楽界の七不思議の一つに挙げていたが、「広島市には音楽専用ホールがない」のである。平和公園の周辺に6つほどホールがあるのだが、全て多目的である。旧広島市民球場跡地の整備計画では、旧広島市民球場の北の空き地に音楽専用ホールを建てる計画もあったのだが、広島東洋カープを見ても分かるとおり、広島はスポーツ文化が強く、サンフレッチェ広島の新スタジアムが建つことが決まり、すでに完成して運用されている。音楽専用ホールが建つ計画はない。
広島市のライバル的存在である岡山市にはクラシック音楽専用の岡山シンフォニーホールがあり、オペラなども上演出来る岡山芸術創造劇場“ハレノワ”が新設されていて、芸術のハード面においては広島をリードしている。

そんな中で、日本初のクラシック音楽専用ホールであるザ・シンフォニーホールで演奏する広響。
冒頭の響きはかなり渋めだったが、そこから明度を上げていく。弦も管も力強く、アルミンクの棒の下、一体となった演奏が奏でられた。

 

トリフォノフのアンコール演奏は2曲。いずれもチャイコフスキーの「子供のアルバム 24のやさしい小品」からの曲で、第24曲の「教会で」と第21曲の「甘い夢」が取り上げられる、曲調は好対照であったが、いずれも粒立ちの良いピアノであった。

 

後半、マーラーの交響曲第4番。ソプラノ独唱は石橋栄実(えみ)。大阪府東大阪市に生まれ、大阪音楽大学と同音大専攻科に学び、堺市内にあるホールでオペラデビュー。そして現在は大阪音楽大学の教授と、一貫して大阪を拠点にし続けている人である。勿論、東京など他の都市や海外でも歌うが、本拠地は大阪のままである。インタビューを聞いたことがあるが、「大阪に生まれてずっと大阪で育ってきたので、大阪で生きるのは自然なこと」といったような内容であった。
鈴の音が鳴り、ヴァイオリンが少し溜めを作ってから入る。アルミンクは小澤征爾の弟子なので、レナード・バーンスタインの孫弟子ということになるのだが、レナード・バーンスタインの直弟子である広上淳一が、アムステルダムでこの曲に取り組んでいた時に、鈴の音が止んでからすんなり弦を歌わせたところ、バーンスタインから駄目出しを受けた。バーンスタインは、「鈴の音はマーラーが子どもの頃に好きだった馬車の音。そこから思い出の世界に入るので、すんなり移行してはならない」という意味の言葉を語ったと思うが、小澤もバーンスタインに学び、アルミンクが小澤に学びということでこうした解釈が受け継がれているのかも知れない。
広島交響楽団はスケールが大きく、中身の濃い演奏を展開。トランペットなどは特に気持ちよさそうに吹いていたが、普段は音の伸びない会場で吹いていて今日は日本屈指の音響を誇るザ・シンフォニーホールでの演奏ということで、自分で吹いている音も違って聞こえるのかも知れない。

第4楽章に入る直前に石橋栄実が、舞台下手側から登場。中央に向かって歩いて行く。
そして第4楽章。石橋の歌声は、やや小ぶりだが、透明感があって聴く者の耳や心を洗い清めるかのよう。アルミンク指揮の広響も天国的な美しさと「目覚めよ」というかのような喧噪を的確に表していた。

 

予め決められたプログラムが長いので、今日はオーケストラのアンコール演奏はなしかと思われたが、石橋栄実の独唱付きでリヒャルト・シュトラウスの「明日!」が伸びやかに歌われた。

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2025年8月 3日 (日)

コンサートの記(911) 山形交響楽団特別演奏会「山響さくらんぼコンサート」2025大阪@ザ・シンフォニーホール オッコ・カム指揮 オール・シベリウス・プログラム

2025年6月20日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、山形交響楽団特別演奏会「山響さくらんぼコンサート」2025を聴く。

田舎の楽団というイメージからブランドオーケストラへと変貌した山形交響楽団。毎年、東京と大阪で行う「さくらんぼコンサート」も大好評である。

今回は、フィンランドの名匠、オッコ・カムを指揮台に迎え、オール・シベリウス・プログラムによる演奏を行う。

次から次へと指揮者を生み出すフィンランド。先日もNHK交響楽団の大阪公演の指揮者に、フィンランドの女流若手、エヴァ・オリカイネンが決まったばかりだが、まさに世界に冠たる指揮者大国である。彼らが皆、シベリウスを指揮するので、シベリウス作品の演奏回数も上がり続けるということになる。

オッコ・カムは、フィンランド人指揮者が本格的に世界に台頭し始める時代の指揮者である。フィンランド出身の名指揮者はそれまでもいたが、フィンランド国内での活動が多く、諸外国に名が知れ渡ったフィンランド人指揮者はまだいなかった。
カムは、実は指揮を指揮者に師事したことはない。1946年、ヘルシンキ生まれ。シベリウス・アカデミーではヴァイオリンを専攻し、ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団の第2ヴァイオリン奏者、フィンランド国立歌劇場管弦楽団コンサートマスターなどを務める。この間、指揮を独学で身に着け、1969年の第1回カラヤン国際指揮者コンクールで優勝。だがこれが落とし穴であった。演奏はベルリン・フィルハーモニー管弦楽団が手掛けたが、ベートーヴェンの交響曲第4番を指揮したカムの棒が拙いので、いつも演奏しているカラヤン指揮の流儀で勝手に演奏してしまったというのが真相らしい。
表彰式では、「指揮の素人に近い若者が、マエストロ・カラヤンその人が指揮したようなベートーヴェンを奏でた」と称賛されたが、ベルリン・フィルのメンバーは当然、冷ややかだったという。優勝者には、ベルリン・フィルを指揮してのコンサートの他に、ベルリン・フィルを指揮してシベリウスの交響曲第1番から第3番までの3曲を録音する特典が与えられていた。だが、ベルリン・フィルは交響曲第2番の録音には応じたものの、第1番と第3場に関しては拒否。カムとレコーディング会社のドイツ・グラモフォンは、仕方なくヘルシンキ放送交響楽団(現・フィンランド放送交響楽団)との共演を音盤に収めた。そしてカムとベルリン・フィルのコンサートは失敗に終わる。
その後カムは低迷期に入るが、これに関しては、「若いうちに成功することは、その後のキャリアに却って妨げとなる場合がある」と述べている。
祖国の最高峰のオーケストラであるヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督になってから、来日してシベリウスの交響曲全曲を渡邉暁雄と振り分けて話題になる。この音源は21世紀に入ってから、東京FMとTDKの協力により音盤としてリリースされた。
日本のオーケストラにも数多く客演しており、京都市交響楽団と共演したことも何度かあるが、特に日本フィルハーモニー交響楽団への客演が多く、CDもリリースしている。私が初めてシベリウスの交響曲第2番を生で聴いたのもカムの指揮する日本フィルハーモニー交響楽団で、東京芸術劇場大ホール(現・コンサートホール)においてであった。カムの解釈も見事だったが、日フィルもシベリウスを演奏する時はスーパーオーケストラに変わり、初めて「シベリウスが分かった」と感じたのもこの時である。
北欧中心の活躍が続くが、2011年、オスモ・ヴァンスカによって鍛えられ、世界最高峰のシベリウスオーケストラとなっていたラハティ交響楽団の音楽監督に就任。東京オペラシティコンサートホール“タケミツ メモリアル”でシベリウス交響曲チクルスを行い、私も全曲を聴いている。輝かしい音を放つラハティと成熟したカムの指揮が見事にマッチしていた。
ラハティ退官後は客演指揮者として活動。特に山形交響楽団とは好評を得ている。

 

曲目は、「鶴のいる光景」、ヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン独奏:神尾真由子)、交響曲第2番。カムの希望により「鶴のいる光景」とヴァイオリン協奏曲は続けて演奏される。

 

コンサートマスターは、髙橋和貴。チェロが客席側に来るアメリカ式の現代配置をベースにした演奏。ティンパニは指揮者の正面ではなく、後段の楽器の中でも最も上手側におかれる。

 

演奏開始前に、山形交響楽団の西濱秀樹専務理事によるプレトークがある。西濱専務登場と同時にパラパラとした拍手。西濱専務は、「あれは誰なんだろう? という拍手をありがとうございます」。そして、山形交響楽団の創立名誉指揮者である村川千秋がシベリウスの曲を何度も取り上げているということを紹介した。
その後、山形市に本社のある豆のでん六のゆるキャラ、でんちゃんが登場。付き添いの女性が、「関西ではでん六の知名度は低いかも知れませんが」と言いつつ商品を紹介した。今は山形限定のさくらんぼ味が好評だという。ちなみにホワイエでは山形物産展が開かれており、でん六豆さくらんぼ味も売られていた。以前、買って食べたことがあるが美味しいお菓子である。

続いて、山形県のオレンジ色の法被を着た神尾真由子とオッコ・カムが登場。神尾真由子はでんちゃんの真似をして手をばたつかせて登場。オッコ・カムも仕方なく真似ていた。大阪出身の神尾真由子は、12歳の時にラロの作品を弾いて、ザ・シンフォニーホールデビューしたのだが、参考にしたCDにラロのカップリングとしてシベリウスのヴァイオリン協奏曲が入っており、「ラロよりこっちの方が良い」と思って、練習し、レパートリーに加えたそうだ。
オッコ・カムへのインタビュー。神尾真由子が通訳を務める。「交響曲第2番のいいところは?」との質問に、「なんで今から演奏するのに説明しなきゃいけないんだ?」と答えるが、「帝政ロシアの傘下にあった時代にフィンランドへの愛国心を歌い上げた珍しい作品」と解説した。
「山形交響楽団の長所は?」に「全てのパートが優れている」と答えたが、西濱専務によると「打ち合わせと全然違う」そうで、神尾真由子がもう一度聞き直して、「成熟したワインのような」味わいがあると述べていた。

 

「鶴のいる光景」
クラリネット二本が鶴の声を模すが、今回はクラリネット奏者二人を立たせての演奏であった。山形交響楽団の響きも北欧音楽に似つかわしく、技術も高い。雰囲気も豊かである。

 

ヴァイオリン協奏曲。黒のドレスで登場した神尾は、繊細で艶のある音を聴かせる。やや暗めのトーンを出すこともある神尾だが、今日のヴァイオリンは輝かしく、細部まで神経が行き届いている。
山形交響楽団の伴奏も神秘的かつ力強く、理想的な伴奏を築き上げていた。

神尾真由子のアンコール演奏は、お得意のパガニーニの「24のカプリース」から第5番。今日も超絶技巧を披露した。

 

交響曲第2番。
冒頭から雰囲気豊かであり、木管の音色も冴えている。金管も力強いが、威力任せではなく、堅固な音の像を作り上げる。
演奏としても解釈としても最もスタンダード。理想的なシベリウス演奏の一つである。
第4楽章の解釈は、先に話したように凱歌。暗い部分はあくまで経過句という解釈のようである。

山形交響楽団も日本フィルハーモニー交響楽団同様、「シベリウスは当団の柱」というプライドが伝わってくる。

 

なお、来場者全員に、東根さくらんぼ数個と、さくらんぼコンサート大阪の協賛企業である森下仁丹の甜茶飴が無料で配布された。

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2025年4月 7日 (月)

コンサートの記(898) 大植英次指揮 Osaka Shion Wind Orchestra 第159回定期演奏会

2025年3月29日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後2時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、Osaka Shion Wind Orchestra(吹奏楽団)の第159回定期演奏会を聴く。指揮は大植英次。

Osaka Shion Wind Orchestraの前身は大阪市音楽団である。愛称・略称は「市音」。1923年(大正12)の創設で、1926年創設の新交響楽団(NHK交響楽団の前身)よりも長い歴史を持つ。この時代は阪神間モダニズムと呼ばれる、阪神間で文化・経済が花開いた時期。1923年9月1日には関東大震災が起こっており、被災した関東の芸術家が新天地を求めて、阪神間や京都などに移り住み、関西は文化面でも豊穣の時代を迎えつつあった。
大阪市音楽団の団員は、大阪市の職員であり、「音楽士」の称号を得ていた。大阪市の音楽団体ということで、大阪市の音楽関連の仕事を一手に引き受けていたが、維新市政により状況は一変。当時の橋下徹大阪市長は大阪市音楽団の解散を示唆したが、大阪市音楽団は民営化の道を選択。愛称の「しおん」を入れたOsaka Shion Wind Orchestraに名称を変更している。愛称・略称はアルファベットで「Shion」に変わった。

吹奏楽団の強みは、サキソフォン奏者が常在していること。サキソフォンは比較的新しい楽器であるため、近現代の作品にしか使われないが、近現代よりも古典派やロマン派の作品の方が演奏されることが多いため、ほぼ全てのオーケストラはサキソフォン奏者をメンバーには入れておらず、客演でまかなっている。ただ吹奏楽はサキソフォン奏者が必要になるため、サキソフォンとのアンサンブルの精度を高めることが出来る。

Osaka Shion Wind Orchestraの現在の体勢は、音楽監督に宮川彬良、芸術顧問に秋山和慶。秋山和慶は今年1月26日に逝去したが、芸術顧問は終身称号などではなく永久称号になるのかも知れない。
本部は以前は大阪城公園内にあり、私もたまに前を通ることがあったが、現在は住之江区に移転している。

 

吹奏楽専門の指揮者はいるにはいるが、日本で有名なプロ指揮者はほとんどいない。宮川彬良も秋山和慶もオーケストラを振る回数の方がずっと多い。下野竜也のようにNHK交響楽団正指揮者の称号を受けながら自らが吹奏楽出身であるため、広島ウインドオーケストラの音楽監督を務める指揮者もいれば、昨年引退した井上道義のように「吹奏楽は好きじゃない」と言ってほとんど指揮しない指揮者もいる。井上によると吹奏楽は「首だけふらふら動いている感じ」。オーケストラは弦楽が低音から高音までベースを作り、その上に管楽器が乗るということが多いのだが、吹奏楽は弦楽が丸々ないため、胴体がなく首だけのように感じるのだと思われる。
大植が吹奏楽団をどれだけ振っているのかは分からないが、以前、テレビ番組で吹奏楽で有名な大阪府立淀川工科高校を訪れたことがあり、淀川工科高校吹奏楽部について「憧れだった」と語っていたため、吹奏楽に対する理解は深いと思われる。

曲目は、ドヴォルザークの序曲「謝肉祭」(鈴木英史編曲)、レスピーギの交響詩「ローマの松」(鈴木英史編曲)、リムスキー=コルサコフの交響組曲「シェヘラザード」(佐藤正人編曲)。全て有名オーケストラ曲の吹奏楽編曲である。

吹奏楽団は、基本的には管楽器と打楽器によって編成されるが、弦楽器では唯一、コントラバスが加わる。弦楽器奏者は、幼い頃から練習を積み重ねてプロになるのが一般的だが、コントラバスだけは例外で、学校の吹奏楽部でコントラバスを始めたという人もいる。それでも間に合う唯一の弦楽器とされている。通常は1台のことが多く、Shionのコントラバスの正楽団員も1名だけだが、今日はコントラバスは2台が用いられる。
オーケストラの弦楽パートに当たる部分を引き受けるのはクラリネットで、クラリネットが最も人数が多く、コンサートマスターもクラリネット奏者が務める。今日のコンサートマスターもクラリネットの古賀喜比古である。

 

ドヴォルザークの序曲「謝肉祭」。今日も大植は全て暗譜での指揮である。
輝かしい音色による熱い演奏を展開するが、今日はその後の2曲の演奏が凄かった。

 

レスピーギの交響詩「ローマの松」。レスピーギは、ベルリオーズ、リムスキー=コルサコフと並ぶオーケストレーションの三大達人の一人であるが、それはオーケストラ演奏の場合。鈴木英史の吹奏楽編曲がどうなるのかが気になる。
勿論、弦楽のあるオーケストラの方が彩りは豊かだが、吹奏楽版も浮遊感のある煌めくような音色が奏でられる。打楽器が活躍するパートもオーケストラ原曲より多そうだ。
“カタコンブ付近の松”のように管楽器の活躍する曲は違和感が余りなく、“ジャニコロの松”のようなクラリネットソロ(古賀喜比古が吹いた)が目立つ曲も原曲をそのまま生かしている。“ジャニコロの松”は弦楽の繊細なパートがあるのだが、管楽器だけで上手く処理されている。なお、ハープやピアノ、オルガンは原曲通り加わっている。ナイチンゲールの鳴き声の録音もやはり流れる。
“アッピア街道の松”は、金管のバンダが配されるのだが、ザ・シンフォニーホール3階正面席の左右両端にバンダが置かれ、立体的な音響を作り出していた。
演出の上手さは「流石、大植」といったところである。

 

リムスキー=コルサコフの交響組曲「シェヘラザード」。昨年の大河ドラマ「光る君へ」では、主に前半の音楽にシェヘラザードの主題によく似た音楽が用いられていた(作曲:冬野ユミ)。これは音楽による伏線で、終盤、藤原道長(柄本佑)が死の床にある時に、紫式部(劇中では紫式部の名は用いられず、藤式部と呼ばれた。本名は「まひろ」ということになっていた。演じたのは吉高由里子)が毎日少しずつ短い物語を語るシェヘラザードになるという展開があった。シェヘラザードの主題を奏でるのは、原曲ではコンサートマスター(第1ヴァイオリン首席)であるが、今回の編曲ではコンサートマスターであるクラリネット首席の古賀喜比古がシェヘラザードの主題を吹くことは一度もなく、フルートを中心に複数の管楽器でシェヘラザードの主題が受け渡された。クラリネットが吹くときもあったが、首席の古賀ではなくその後ろの席の奏者が吹いていた。

最も有名な“若き王子と王女”では、コンサートマスターの古賀のソロで始まり、徐々に吹くクラリネット奏者の数が増えていって、他の楽器にも回るという編曲になっており、原曲の豊かな弦楽合奏とはまた違った音楽となっていた。この“若き王子と王女”は、大植としては珍しく声を発しての熱演となった。

8分の6拍子や、4分の6拍子など、6拍子系の多い曲だが、大植は基本的には2つ振ることで処理することが多く、たまに細かく指揮棒を揺らすこともあった。また緩やかな部分では指揮棒をしまってノンタクトで振ることも多かった。

“バグダッドの祭、海、青銅の騎士のある岩にて難破、終曲”では、大植が細やかな指示を出したということもあり、リズミカルで迫力のある演奏となる。特に打楽器の処理が見事だった。

迫力満点の演奏だったということもあって、客席も大いに湧く。大植は楽団員を立たせようとしたが、楽団員は敬意を払って二度とも大植に拍手を送って立たず、大植が一人で聴衆の喝采を浴びた。

今日で卒団のプレーヤーがおり、花束の贈呈が行われ、大植も歩み寄って握手やハグなどを行っていた。

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2025年2月22日 (土)

コンサートの記(889) 柴田真郁指揮大阪交響楽団第277回定期演奏会「オペラ・演奏会形式シリーズ Vol.3 “運命の力”」 ヴェルディ 歌劇「運命の力」全曲

2025年2月9日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後3時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、大阪交響楽団の第277回定期演奏会「オペラ・演奏会形式シリーズ Vol.3 “運命の力”」を聴く。ヴェルディの歌劇「運命の力」の演奏会形式での全曲上演。
序曲や第4幕のアリア「神よ平和を与えたまえ」で知られる「運命の力」であるが、全曲が上演されることは滅多にない。

指揮は、大阪交響楽団ミュージックパートナーの柴田真郁(まいく)。大阪府内のオペラ上演ではお馴染みの存在になりつつある指揮者である。1978年生まれ。東京の国立(くにたち)音楽大学の声楽科を卒業。合唱指揮者やアシスタント指揮者として藤原歌劇団や東京室内歌劇場でオペラ指揮者としての研鑽を積み、2003年に渡欧。ウィーン国立音楽大学のマスターコースでディプロマを獲得した後は、ヨーロッパ各地でオペラとコンサートの両方で活動を行い、帰国後は主にオペラ指揮者として活躍している。2010年五島記念文化財団オペラ新人賞受賞。

出演は、並河寿美(なみかわ・ひさみ。ソプラノ。ドンナ・レオノーラ役)、笛田博昭(ふえだ・ひろあき。テノール。ドン・アルヴァーロ役)、青山貴(バリトン。ドン・カルロ・ディ・ヴァルガス役)、山下裕賀(やました・ひろか。メゾソプラノ。プレツィオジッラ役)、松森治(バス。カラトラーヴァ侯爵役)、片桐直樹(バス・バリトン。グァルディアーノ神父役)、晴雅彦(はれ・まさひこ。バリトン。フラ・メリトーネ役)、水野智絵(みずの・ちえ。ソプラノ。クーラ役)、湯浅貴斗(ゆあさ・たくと。バス・バリトン。村長役)、水口健次(テノール。トラブーコ役)、西尾岳史(バリトン。スペインの軍医役)。関西で活躍することも多い顔ぶれが集まる。
合唱は、大阪響コーラス(合唱指揮:中村貴志)。

午後2時45分頃から、指揮者の柴田真郁によるプレトークが行われる予定だったのだが、柴田が「演奏に集中したい」ということで、大阪響コーラスの合唱指揮者である中村貴志がプレトークを行うことになった。中村は、ヴェルディがイタリアの小さな村に生まれてミラノで活躍したこと、最盛期には毎年のように新作を世に送り出していたことなどを語る。農場経営などについても語った。農場の広さは、「関西なので甲子園球場で例えますが、136個分」と明かした。そして「運命の力」の成立過程について語り、ヴェルディが農園に引っ込んだ後に書かれたものであること、オペラ制作のペースが落ちてきた時期の作品であることを紹介し、「運命の力」の後は、「ドン・カルロ」、「アイーダ」、「シモン・ボッカネグラ」、「オテロ」、「ファルスタッフ」などが作曲されているのみだと語った。
そして、ヴェルディのオペラの中でも充実した作品の一つであるが、「運命の力」全曲が関西で演奏されるのは約40年ぶりであり、更に原語(イタリア語)上演となると関西初演になる可能性があることを示唆し(約40年前の上演は日本語訳詞によるものだったことが窺える)、歴史的な公演に立ち会うことになるだろうと述べる。

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柴田真郁は、高めの指揮台を使用して指揮する。ザ・シンフォニーホールには大植英次が特注で作られた高めの指揮台があるが、それが使われた可能性がある。歌手が真横にいる状態で指揮棒を振るうため、普通の高さの指揮台だと歌手の目に指揮棒の先端が入る危険性を考えたのだろうか。詳しい事情は分からないが。
歌手は全員が常にステージ上にいるわけではなく、出番がある時だけ登場する。レオノーラ役の並河寿美は、第1幕では紫系のドレスを着ていたが、第2幕からは修道院に入るということで黒の地味な衣装に変わって下手花道での歌唱、第4幕では黒のドレスで登場した。

今日のコンサートマスターは、大阪交響楽団ソロコンサートマスターの林七奈(はやし・なな)。フォアシュピーラーは、アシスタントコンサートマスターの里屋幸。ドイツ式の現代配置での演奏。第1ヴァイオリン12サイズであるが、12人中10人が女性。第2ヴァイオリンに至っては10人全員が女性奏者である。日本のオーケストラはN響以外は女性団員の方が多いところが多いが、大響は特に多いようである。ステージ最後列に大阪響コーラスが3列ほどで並び、視覚面からティンパニはステージ中央よりやや下手寄りに置かれる。打楽器は下手端。ハープ2台は上手奥に陣取る。第2幕で弾かれるパイプオルガンは原田仁子が受け持つ。

日本語字幕は、パイプオルガンの左右両サイドの壁に白い文字で投影される。ポディウムの席に座った人は字幕が見えないはずだが、どうしていたのかは分からない。

ヴェルディは、「オテロ(オセロ)」や「アイーダ」などで国籍や人種の違う登場人物を描いているが、「運命の力」に登場するドン・アルヴァーロもインカ帝国王家の血を引くムラート(白人とラテンアメリカ系の両方の血を引く者)という設定である。「ムラート」という言葉は実際に訳詞に出てくる。
18世紀半ばのスペイン、セビリア。カストラーヴァ侯爵の娘であるドン・レオノーラは、ドン・アルヴァーロと恋に落ちるが、アルヴァーロがインカ帝国の血を引くムラートであるため、カストラーヴァ侯爵は結婚を許さず、二人は駆け落ちを選ぼうとする。侍女のクーラに父を裏切る罪の意識を告白するレオノーラ。
だが、レオノーラとアルヴァーロが二人でいるところをカストラーヴァ侯爵に見つかる。アルヴァーロは敵意がないことを示すために拳銃を投げ捨てるが、あろうことが暴発してカストラーヴァ侯爵は命を落とすことに。
セビリアから逃げた二人だったが、やがてはぐれてしまう。一方、レオノーラの兄であるドン・カルロは、父の復讐のため、アルヴァーロを追っていた。
レオノーラはアルヴァーロが南米の祖国(ペルーだろうか)に逃げて、もう会えないと思い込んでおり、修道院に入ることに決める。
第3幕では、舞台はイタリアに移る。外国人部隊の宿営地でスペイン部隊に入ったアルヴァーロがレオノーラへの思いを歌う。彼はレオノーラが亡くなったと思い込んでいた。アルヴァーロは変名を使っている。アルヴァーロは同郷の将校を助けるが、実はその将校の正体は変名を使うカルロであった。親しくなる二人だったが、ふとしたことからカルロがアルヴァーロの正体に気づき、決闘を行うことになるのだった。アルヴァーロは決闘には乗り気ではなかったが、カルロにインカの血を侮辱され、剣を抜くことになる。
第4幕では、それから5年後のことが描かれている。アルヴァーロは日本でいう出家をしてラファエッロという名の神父となっていた。カルロはラファエッロとなったアルヴァーロを見つけ出し、再び決闘を挑む。決闘はアルヴァーロが勝つのだが、カルロは意外な復讐方法を選ぶのだった。

「戦争万歳!」など、戦争を賛美する歌詞を持つ曲がいくつもあるため、今の時代には相応しくないところもあるが、時代背景が異なるということは考慮に入れないといけないだろう。当時はヨーロッパ中が戦場となっていた。アルヴァーロとカルロが参加したのは各国が入り乱れて戦うことになったオーストリア継承戦争である。戦争と身内の不和が重ねられ、レオノーラのアリアである「神よ平和を与えたまえ」が効いてくることになる。

 

ヴェルディのドラマティックな音楽を大阪交響楽団はよく消化した音楽を聴かせる。1980年創設と歴史がまだ浅いということもあって、淡泊な演奏を聴かせることもあるオーケストラだが、音の威力や輝きなど、十分な領域に達している。関西の老舗楽団に比べると弱いところもあるかも知れないが、「運命の力」の再現としては「優れている」と称してもいいだろう。

ほとんど上演されないオペラということで、歌手達はみな譜面を見ながらの歌唱。各々のキャラクターが良く捉えられており、フラ・メリトーネ役の晴雅彦などはコミカルな演技で笑わせる。
単独で歌われることもある「神よ平和を与えたまえ」のみは並河寿美が譜面なしで歌い(これまで何度も歌った経験があるはずである)、感動的な歌唱となっていた。

演出家はいないが、歌手達がおのおの仕草を付けた歌唱を行っており、共演経験も多い人達ということでまとまりもある。柴田真郁もイタリアオペラらしいカンタービレと重層性ある構築感を意識した音楽作りを行い、演奏会形式としては理想的な舞台を描き出していた。セットやリアリスティックな演技こそないが、音像と想像によって楽しむことの出来る優れたイマジネーションオペラであった。ザ・シンフォニーホールの響きも大いにプラスに働いたと思う。

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