観劇感想精選(483) 渡邊守章記念「春秋座 能と狂言」令和七年 狂言「宗論」&能「二人静」立出之一声
2025年2月8日 京都芸術劇場春秋座にて
午後2時から、京都芸術劇場春秋座で、渡邊守章記念「春秋座 能と狂言」を観る。毎年恒例となっている能と狂言の上演会である。今回の狂言の演目は「宗論」、能は「二人静」立出之一声である。
片山九郎右衛門(観世流シテ方)と天野文雄(大阪大学名誉教授)によるプレトークでは、能「二人静」立出之一声の演出についての話が展開される。『義経記』を元に静御前の霊を描いた「二人静」。静御前は日本史上最も有名な女性の一人であるが、その正体についてはよく分かっておらず、不自然な存在でもあるため、架空の人物ではないかと思われる節もある。正史である『吾妻鏡』には記されているが、公家の日記や手紙など、一次史料とされるものにその名が現れることはない。『義経記』は物語で、史料にはならない。
「二人静」は、元々はツレの菜摘の女と、後シテの静の霊が同じ舞を行うという趣向だったのだが、宝生九郎が「舞の名手を二人揃えるのは大変」ということで宝生流では「二人静」を廃曲とし、観世元章も同じような考えも持つに至った。ただ廃する訳にはいかないので、立出之一声という新しい演出法を行うことにしたという。立出之一声を採用しているのは観世流のみのようである。
二人とも狂言に関する解説は行わなかった。
狂言「宗論」。宗派の違う僧侶同士が論争を行うことを宗論という。仏教が伝来した奈良時代から行われており、最澄と徳一の三一権実論争などが有名だが、史上、たびたび行われており、時には天下人を利用したり利用されたりもしている(安土宗論など)。現在の仏教界は共存共栄路線を取っているので、伝統仏教同士で争うことは少ないが、昔は宗派による争いも絶えず、時に武力に訴えることもあった。
出演は、野村万作(浄土僧。シテ)、野村萬斎(法華僧。シテ)、野村裕基(宿屋。アド)。三世代揃い踏みである。
京・日蓮宗大本山本国寺(現在は本圀寺の表記で山科区にあるが、以前は洛中にあった。山科に移る前は西本願寺の北にあり、塔頭は今もその周辺に残るため、再移転の案もある。江戸時代には水戸藩との結びつきが強く、水戸光圀より圀の名を譲られて本圀寺の表記となっている)の僧で、日蓮宗の総本山、身延山久遠寺(甲斐国、現在の山梨県にある。日蓮は鎌倉幕府から鎌倉か京都に寺院を建立しても良いとの許可を得たが、これを断って、僻地の身延山に本山を据えた)に詣でた法華僧(野村萬斎)は、都への帰り道で、同道してくれる都の僧侶を探すことにする。丁度良い感じの僧(野村万作)が見つかったが、よく話を行くと、東山の黒谷(浄土宗大本山の金戒光明寺の通称)の僧で、信濃の善光寺から京に帰る途中だという。
共に有名寺院の僧侶であったことから、宿敵に近い関係であることがすぐに分かる。
浄土宗と日蓮宗は考え方が真逆である。往生を目的とするのは同じなのだが、「南無阿弥陀仏」の六字名号を唱えれば極楽往生出来るとするのが浄土宗、「妙法蓮華経」を最高の経典として日々の務めに励むのが日蓮宗である。日蓮宗の宗祖である日蓮は、『立正安国論』において、「今の世の中が悪いのは(浄土宗の宗祖である)法然坊源空のせいだ」と名指しで批判しており、浄土宗への布施をやめるよう説いていたりする。
互いに自宗派の優位を説く法華僧と浄土僧。法華僧は、嫌になって「在所に用がある」「何日も、数ヶ月も掛かるかも知れない」といって、同道をやめようとするが(「法華骨なし」という揶揄の言葉がある)、浄土僧は「何年でも待ちまする」とかなりしつこい(「浄土情なし」という揶揄が存在する)。
何とかまいて、宿屋へと逃げ込む法華僧だったが、浄土僧も宿屋を探り当て、同室となる……。
法華僧が論争にそれほど積極的ではないのに、扇子で床を打つ様が激しく、浄土僧も扇子で床を叩くが言葉の読点を置くようにだったりと、対比が見られる。性格と態度が異なるのも面白いところである。浄土僧は法然から授かった数珠を持っており、法華僧は日蓮から下された数珠を手にしているということで、かなりの高僧であることも分かる。本圀寺と金戒光明寺という大本山の僧侶なのだから、その辺の坊主とは違うのであろう。
最後は、浄土僧が「南無阿弥陀仏(狂言では「なーもーだー」が用いされる)」、法華僧が「妙法蓮華経」を唱えるが、いつの間にか逆転してしまうという笑いを生むのだが、それ以前から逆転の現象は起こっているため、最後だけとってつけたように逆転を起こしている訳ではないことが分かる。
能「二人静」立出之一声。出演は、観世銕之丞(前シテ、里女。後シテ、静御前)、観世淳夫(菜摘女。ツレ)、宝生常三(勝手宮神主。ワキ)。鳴り物は、亀井広忠(大鼓)、大倉源次郎(小鼓)、竹市学(笛)。
大和国吉野。神主が菜摘女に、菜摘川に若菜を採りに行くよう命じる。菜摘女は菜摘川の近くで、不思議な女に声を掛けられる。罪業が重いので、社家の人々に弔ってくれるよう伝えて欲しいというのだ、菜摘女は憑依体質のようで、女が取り憑き、判官殿(源九郎判官義経)の身内と名乗り出る。
春秋座は歌舞伎対応の劇場なので、花道があり、途中にセリがある。静御前の霊は、このセリを使って現れる。
しばらくは共に大物浦や吉野山の話(義経関連のみではなく、後に天武天皇となる大海人皇子の宮滝落ちの話なども出てくる。ちなみに天武天皇も天智天皇の「弟」である)などをしていた菜摘女と静御前の霊であるが、互いに舞い始める。最初は余り合っていないが、次第に二人で一人のようになってくる。
ただ、頼朝の前での舞を再現するときは、菜摘女のみが舞い、静御前は動かない。おそらく頼朝の前で舞を強要された屈辱から、同じ舞を行うことを拒否しているのだと思われる。その他の理由は見当たらない。そして「しづやしづ賤の苧環繰り返し昔を今になすよしもがな」から再び静は菜摘女と一体になり、存在を示す。
近年のドラマは、ストーリーよりも「伏線回収」が重視されているような印象を受けるが(物語は謎解きではないので必ずしも良い傾向だとは思えない)、今日観た狂言と能の演目は、伏線のしっかりした作品である。ただし、ある程度の知識がないと伏線が伏線だと分からないようにはなっている。
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