カテゴリー「京都芸術センター」の9件の記事

2019年11月 3日 (日)

美術回廊(42) KYOTO EXPERIMENT 2019 グループ展「ケソン工業団地」

2019年10月26日 京都芸術センターにて

京都芸術センターへ。現在、館内各所で京都国際舞台芸術祭(KYOTO EXPERIMENT、KEX)2019参加作品である「ケソン工業団地」の展示が行われている。エントランスに映像展示と説明文があり、ギャラリー南では、ケソン工業団地で働いていた南側と北側の人々の写真展示がある。

南北朝鮮の協働によって開発されたケソン工業団地。北朝鮮国内で最も南に位置する大都市のケソン(開城)の経済特区に置かれ、北朝鮮が土地と労働力を韓国が技術と資本を提供して2004年にスタートした。いわゆる金大中の太陽政策の一環であり、北側と南側の人々が一緒に働くこの場所は、「南北統一の先駆け」と評価されたという。普段は一般市民は国境を越えることは出来ないが、ケソン工業団地に勤める韓国側の人々は、日々国境を越えて通勤していたという。
だが、2013年に北朝鮮が核開発を行ったことで韓国側が撤退を表明。2016年には操業がストップして、南北朝鮮が見た夢は12年の歴史で幕を下ろすことになった。

「ケソン工業団地」は、そこで働いていた一人一人に焦点を当てた3人のアーティスト(イ・ブロク、イム・フンスン、ユ・ス)による展示会であり、2018年の夏にソウルでの展示会が行われ、このたび京都でも開催されることになった。

 

ギャラリー南には、ケソン工業団地で働いていた人々の等身大と思われるパネルがある。入って来た側に並んでいるのが北朝鮮の人々、裏側が韓国の人々である。ぱっと見では北側の人なのか南側の人なのかはわからない。顔は勿論、服装でもである。
誰が見ても美少女と思えるような若い女性の写真もある。胸に金日成のバッジを着けており、北側の人だとわかるのだが、余り北っぽさはない。北朝鮮は美人の産地として知られており、ここのパネルでは北側の女性の方が綺麗に見えるが、サンプル数が少ないので「北側の方が美人」と断言は出来ない。意図的に綺麗な人が選ばれた可能性もある。
背後にはケソンの一帯の風景写真が壁一面に広がっていた。

 

講堂では映像展示が行われている。中央にスクリーンが立ち、両側から別々の映像が照射されている。入り口に近い方は棺桶を担いで歩く人物の映像、裏側はニュースなどを中心とした映像である。両方の映像は時折クロスする。

その奥の大広間には、ケソン工業団地の内部を再現したコーナーが設けられている。大広間は畳敷きであるが、今回は畳は取りのけられており、板敷きでの公開となっていた。ミシンがずらりと並び、キャビネットにはハングル文字の書かれた袋に入ったお菓子などが並んでいる。

 

3階のミーティングルーム2では、ケソン工業団地で作られた布袋の展示や、写真資料、映像展示などが行われている。布袋にはいかにも共産圏らしいデザインのものもあるが、中には偶然東京ヤクルトスワローズカラーになっているものもあって微笑ましい。

 

南北共通の夢が、短い間ではあったが達成されたことを物語る貴重な展示であった。

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2019年11月 2日 (土)

観劇感想精選(325) 神里雄大/岡崎藝術座 「ニオノウミにて」

2019年10月26日 京都芸術センターフリースペースにて観劇

午後7時から、京都芸術センターフリースペースで、神里雄大/岡崎藝術座の「ニオノウミにて」を観る。英語のタイトルは「Happy Prince Fish」である。作・演出:神里雄大。

ニオノウミというのは琵琶湖の別名(ニオというのは滋賀県の県鳥になっているカイツブリのこと)である。日本三大弁財天の一つを祀る竹生島を舞台とした異人との遭遇を巡る物語。能の「竹生島」がモチーフとなっている。出演は、浦田すみれ、重実紗果(しげみ・さやか)、嶋田好孝。

京都国際舞台芸術祭参加作品としての上演であり、舞台上方(天井の近く)にセリフの英訳が投映されての上演である。意味としては似通っているが、思考パターンが異なるためニュアンスに大きな隔たりが出ているのを見るのも楽しい。

まず、薄明の中で舞台上にタブレット端末が置かれてスタートする。
治安の悪い国からやって来た男が滋賀県にたどり着く。日本に希望を持ってやって来たのだが、日本語をきちんと話せないことで(セリフ自体はきちんとした日本語として語られている)日本人から見下されており、日本人が嫌になって日本語の学習もやめてしまっていた。男は琵琶湖に釣りをしにやって来たのだが、そこで琵琶(タブレット端末から竿状のものが伸びており、画面に琵琶の腹部が映されている)を拾う。背後で若い女の声がする。女は「それは私の琵琶です。返してください」と男に言う。女は「じじい」と呼んでいる祖父と二人暮らし。両親は離婚して家を出て行き、兄が一人いるが東京に出たまま一度も帰ってこない。漁師をしている「じじい」と共に女は毎晩、漁に出ている。種明かしをするとこの女の正体は弁財天なのだが、共に竹生島に渡ろうと女は男に提案する。

琵琶湖では、ブラックバスやブルーギルという外来魚が固有種を食い荒らしてしまうため、問題となっている。「じじい」は外国人観光客を外来魚になぞらえて罵り始め、「下等動物」とまで呼んで怖れている。
ブルーギルは実は明仁上皇が皇太子時代に外遊先のシカゴで市長から贈られたものを持ち帰ったのが最初である。ブルーギルは水産庁淡水区水産研究所が食用研究の対象として飼育していたのだが、淡水真珠養殖で母貝として用いるイチョウガイの養殖場でイチョウガイ幼生の宿主としてブルーギルが利用され、逃げ出したものが琵琶湖で繁殖するようになった可能性が高いようである。実はブルーギル繁殖のきっかけを作ったことについて、上皇陛下が天皇であられた時に謝罪なされたことがある。

3つの場からなる芝居だが、1場が終わった後で10分間の休憩が入る。お弁当付きの前売り券があった他、少数だが当日申し込み用のお弁当も用意されており、スナック菓子やお茶も売られる。
客席もフリースペースの段差を利用した椅子状のものと座布団を敷き詰めた床席が用意されており、自由なスタイルで芝居を観ることが出来るようになっている。観劇に「多様性」を持たせたいという神里の意思である。

 

異人と外来種を「じじい」が語る(録音された声による)が、今度はブルーギルが謝罪と自己弁護を述べることになる。ブルーギルは食用にも適さず、臭く、何の取り柄もないと自分を卑下するが、一方で、明仁上皇がやはり皇太子時代にやはり外来種のティラピアをタイに食用として贈り、現在ではティラピアはブラーニンという名で国民食として愛されているという話もする。同じ外来種でもティラピアは食用として役に立つから良く、役に立たないブルーギルは差別されて当然なのかという問いがある。近年の日本では「実用性」ばかりが叫ばれ、差別や区別が当然のように論じられているがこれは正しいことなのか。外国人に限っても安くて便利な労働力として重宝する一方で治安が問題視され、観光客となると「観光公害」として排斥運動が起こる直前の情勢になっていたりする。これは雇用の調整弁と見なされた日本人においても同様である。

3つの楽器がキーとして登場する。まずは琵琶湖の名の由来にもなった琵琶。ペルシャが起源であり、シルクロードを伝わって奈良時代に日本に渡来し、琵琶法師や仏話の際に用いる楽器として広まった。2つめは三線である。沖縄の民族楽器として有名だが、中国由来の楽器である。これが関西地方に伝わって生まれたのが三味線で、胴体にはニシキヘビの皮ではなく手に入りやすい猫や犬の皮を用い、琵琶のようにバチを使って弾く。日本は海外から様々な文化要素を取り入れ、それを吸収してオリジナルへと昇華させるという歴史を歩んできた。しかも元も文化を否定せず、共生させる。楽器に限らず、言葉から演劇から音楽からあらゆることにおいてそうであり、これこそが日本の伝統なのである。無料で配られた用語集に「琵琶湖周航の歌」がさらっと入っていて、休憩時間に流れていたが、実は「琵琶湖周航の歌」はオリジナルではなく、第三高等学校(現在の京都大学)の生徒が書いた詩を「ひつじぐさ」のメロディーに乗せたものなのだが、これが今では滋賀県のご当地ソングとして愛されるまでになっている。また「琵琶湖哀歌」も用語集に入っていて、「琵琶湖周航の歌」の後で流されたが、これまた「琵琶湖周航の歌」のメロディーを転用したものである。だが、そのまま受け入れられている。こうした懐の深さが日本人にはあったのだ。
ところが現代の日本は取り込むことを止めて排斥へと変化している。それは「男性的」と呼ばれる刹那の喜びのために行われるブラックバスフィッシングのキャッチアンドリリースにも例えられる(ネット用語の「釣り」も関連しているのかも知れないが)。伝統的ではない状態なのに排外に回る人は自身を伝統的な保守主義者だと勘違いまでしている。そういった状態に無関心の人も多く、とにかく選挙にも行かない。権利を行使しなかったわけだが、その結果生まれた社会を意思を示さなかった人々が本当に受け入れられるのかどうか。
日本だけが正義で被害者というわけでもない。オセアニアやヨーロッパでは、日本や朝鮮半島では食用として愛されているわかめが侵略的な外来種として問題になっていることが用語集には書かれ、劇中でも仄めかされている。

弁財天である女は仏教の十善戒から6つを唱えるが、もうそれは死んだしまった人間の言葉だとつぶやく。無宗教者が大多数を占める今の日本では仏教も神仏習合時代の言葉も心に届かない。そして女は男に自分の座を譲ろうとまでする。弁財天から渡された三味線の歴史が語られ、特に救いらしい救いもなく、不毛の未来が提示されて黙示録的に終わる。弁財天は男の良き未来を祈り、「またどこかでお会いすることがあるといいですね」と言うも、「でもわかりません」と続ける(英語字幕では、ビートルズやMr.Childrenの歌でお馴染みの「Tomorrow never knows」と表示されていた)。

芝居では答えは示されなかったが、日本人はどうすればいいのか? まずは本当の伝統を知ることである。受け入れ、止揚し、自らのものとしていった日本の歴史。それを断ち切らせることがあってはならない。「排除」を「正義」にしてはならない。三味線に見られるような「昇華」と「共生」を可能としてきた希有な伝統をもう一度振り返る必要がある。

我々は幕末の志士達よりも賢いはずだと思いたい。

 

内容は当然ながら異なるのだが同じ「共生」への意識を描いた黒沢清監督の「カリスマ」を見直してみたくなった。

 

内容が気に入り、台本が500円で売っていたので購入し、読む。「いいね!」。いや「いいね!」だけでは駄目なのだが。

 

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2019年7月 9日 (火)

楽興の時(30) 「Kyo×Kyo Today vol.5」

2015年1月30日 京都芸術センター講堂にて

午後7時から、京都芸術センター講堂で、「Kyo×Kyo Today vol.5」を聴く。京都芸術センターで京都市交響楽団のメンバーが室内楽を演奏するという企画。毎年1回、冬の時期に行われていて、今年が5年目で5回目の演奏会になるが、1回から4回まではこうした催しがあることすら知らなかった。昨年、やはり京都芸術センター講堂で、30回有効のパスポートを観たとき、開場前に京都芸術センターのチケット売り場で「Kyo×Kyo Today」のことを知ったのである。

ちなみに京都芸術センターは旧・明倫小学校の校舎を利用しているが、講堂と体育館が別であったことがわかる。講堂は2階にあるが体育館は1階にあり、今はフリースペースとして使われている。体育館が講堂も兼ねているのが普通なので(私が卒業した小学校も、様々な催しが行われる木屋町通沿いの元・立誠小学校もそうである)、旧・明倫小はかなり珍しいケースである。

今日の出演者は、長谷川真弓(ヴァイオリン)、山本美帆(ヴァイオリン)、金本洋子(かなもと・ようこ。ヴィオラ)、木野村望(きのむら・のぞみ。ヴィオラ)、ドナルド・リッチャー(チェロ)、垣本昌芳(ホルン)、小谷口直子(クラリネット)。

オール・モーツァルト・プログラムで、弦楽五重奏第6番、ホルン五重奏曲、クラリネット五重奏曲「シュタードラー」。5回目の公演ということに掛けて全て5重奏の曲が選ばれている。

なお、京都市交響楽団は現在、小学生を対象とした音楽鑑賞教室を京都コンサートホールで行っており(指揮は京都市交響楽団の首席常任客演指揮者の高関健)、今日は午前10時20分からの公演と午後2時からの公演があり、更に夜もこの公演があるということで、弦楽奏者達は今日は一日中弾きっぱなしということになるそうだ。

まず、第1ヴァイオリンを務める長谷川真弓によるマイクを使った挨拶がある。いかにも良家のお嬢さんという感じの声と話し方である(弦楽奏者は楽器が高い上に小さな頃からのレッスン料金もバカにならないので、ほぼ100%、親が金持ちだといわれている。一方、管楽器は中学校の吹奏楽部で初めて楽器に触り、というケースが多く、楽器は学校持ちでレッスンは先輩達が教えてくれるため、必ずしも良家出身とは限らないそうだ。以上は、NHK交響楽団の首席オーボエ奏者である茂木大輔のエッセイによる。茂木によると、N響の場合でも弦楽器奏者と管楽器奏者とでは雰囲気が違うそうである)。

弦楽五重奏曲第6番。第1ヴァイオリン:長谷川真弓、第2ヴァイオリン:山本美帆、第1ヴィオラ:金本洋子、第2ヴィオラ:木野村望、チェロ:ドナルド・リッチャー。
リッチャーが中央に陣取り、下手に長谷川と山本のヴァイオリン奏者、上手に木野村、金本のヴィオラ奏者が並ぶ。
元々小学校の講堂ということで残響はないが、シャンデリアの下がるお洒落な内装の講堂の雰囲気はモーツァルトの音楽に合っている。音の通りも申し分ない。ただ、両サイドは磨りガラスであるため、オーケストラの演奏は無理そうだ。
1956年の創設直後に「モーツァルトの京響」という評判を取った京都市交響楽団。創設当時のメンバーは当然ながらもういないが、モーツァルト演奏時に重要となる緻密なアンサンブルは今も生きている。

 

ホルン五重奏曲。ヴィオラの金本洋子が降り、代わりにホルンの垣本昌芳が加わる編成。舞台下手から、時計回りに、長谷川、山本、リッチャー、木野村、垣本という布陣。
モーツァルトの時代のホルンは、唇と管の中に突っ込んだ手のみによって音程を変える、今ではナチュラルホルンと呼ばれるものだったため超絶技巧が必要とされたが、現代のホルンはピストンが付いているため、ナチュラルホルンよりは演奏がしやすい。このホルン五重奏曲も、ホルン協奏曲4曲を献呈されたホルン奏者、ロイトゲープのための作曲されたとされる。モーツァルトはイタズラ好きであったため、わざとナチュラルホルンでは演奏の困難なメロディーを書いたりしているが、垣本の技術に遺漏はなく、優れた室内楽演奏となる。

 

クラリネット五重奏曲「シュタードラー」。今日演奏される曲の中で一番有名な曲である。喫茶店などのBGMとしてもよく用いられる曲であるため、聴くと「ああ、知ってる」となる人も多いと思われる。

演奏前にクラリネット奏者の小谷口直子がマイクを持って挨拶をする。クラリネットは楽器の歴史の中では比較的若い楽器であり、モーツァルトの晩年になってようやく普及したため、モーツァルトが書いたクラリネットのための曲も多くはないのだが、クラリネット協奏曲と、今日演奏するクラリネット五重奏曲を書いてくれたお陰でクラリネット奏者は至福の時を味わうことが出来ると小谷口は語る。小谷口は2010年より文化庁派遣芸術家在外研修員としてウィーン国立音楽大学に留学したが、「ウィーンは京都によく似たところがある」という。ウィーン市民の排他的なところと京都人の排他性は似ているが、小谷口はそれには触れず(触れたら怒る人もいるだろうし)、芸術と街が一体になった雰囲気や、京都なら御所、ウィーンなら宮殿を中心として発展しているところ、カフェ文化が街に根付いていることなどを挙げる。モーツァルトの音楽というと小谷口はウィーンのメランジュという泡立てコーヒーの味を思い出すそうだ。モーツァルトの曲調を例えるのに「夢のように」という言葉を使いたいという小谷口だが、ウィーンには「悪夢のように甘すぎるケーキ」や「悪夢のように不味い飯」などもあったそうである。「最近はクラリネットを吹くよりも喋る方が得意になった」と言って、客席を笑わせる。

弦楽のメンバーはホルン五重奏曲の時と一緒。垣本と小谷口が入れ替わるが、小谷口は中央に正面を向いて座り、舞台上手に木野村、リッチャーが陣取る。

小谷口のクラリネットは伸びやかで、典雅さにも欠けていない。弦楽奏者4人も緻密なアンサンブルで聴かせ、はんなりとした演奏となる。

アンコールとしてクラリネット五重奏曲の第4楽章よりアレグロの部分が再度演奏された。

客席であるが、オール・モーツァルト・プログラムということもあってか、若い女性も多い。京都堀川音楽高校の生徒だろうか、制服を着た女子高生達もいる。一方で、男性の方は白髪頭の人が目立つ。あるいはクラシックの聴衆の世代交代は女性よりも男性の方が上手くいっていないのかも知れない。

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2019年2月21日 (木)

京都芸術センター「継ぐこと・伝えること62 『享楽×恍恍惚惚』―男舞・女舞―」 中村壱太郎

2019年2月11日 京都芸術センター講堂にて

午後2時から京都芸術センター講堂で、「継ぐこと・伝えること62 『享楽×恍恍惚惚』―男舞・女舞―」を観る。出演は中村壱太郎(かずたろう)。若手を代表する女方(女形)の一人である。

中村壱太郎は、四代目中村鴈治郎の長男である。1990年生まれ。本名は林壱太郎。
中村鴈治郎家は上方の名跡だが、すでに東京に移住しており、壱太郎も東京生まれの東京育ちである。屋号は成駒屋で、私が観た時には、「小成駒!」という声が掛けられてもいた。2014年に、日本舞踊吾妻流の七代目家元、吾妻徳陽(あづま・とくよう)を襲名している。

プログラムは、創作長唄「藤船頌(とうせんしょう)」、レクチャー・ワークショップ「日本舞踊とは」(中村壱太郎&広瀬依子)、休憩を挟んでレクチャー「日本舞踊の音楽について」(中村壱太郎&中村壽鶴)、長唄「島の千歳」


創作長唄「藤船頌」。歌詞は事前に観客に配られている。唄:杵屋禄三、今藤小希郎。三味線:杵屋勝七郎、今藤長三朗。立鼓:中村壽鶴。笛:藤舎伝三。
主人公はお公家さんだそうである。春の海辺を謳ったもので、藤の紫と海の青が一体となって賛嘆される。

壱太郎は、紋付き袴で登場。強靱な下半身に支えられていると思われるブレのない舞踊を行う。西洋の舞踊は体を大きく見せる方向に行きがちだが、日本舞踊は両手や体を最短距離で動かす無駄のない動きが特徴的であり、好対照である。
扇には表に墨絵の藤、裏に波の絵が描かれている。藤が墨絵なのは、彩色すると「女っぽく見えてしまうから」「藤が面に出過ぎるから」という2つの理由があるらしい。


元「上方芸能」誌の編集長、広瀬依子を進行役としたレクチャー・ワークショップ「日本舞踊とは」。壱太郎は私物だというMacのノートパソコンを使ってスライドを投影し、解説を行う。

まずは歌舞伎の歴史から解説。出雲阿国の阿国歌舞伎から若衆歌舞伎を経て、現在まで続く野郎歌舞伎に至るまでの歴史が簡単に解説される。
歌舞伎の元祖は出雲阿国による阿国歌舞伎で、これは舞踊である。女性が男装をした舞うものだったのだが、「風紀が乱れる」ということで廃止になり、若衆歌舞伎へと移行する。若衆歌舞伎は、壱太郎曰く「ジャニーズ系」のようなもので、「美しいものを見たいが、女性は駄目となると未成年の男性」に目が行くということだったのだが、この時代は同性愛は一般的なことであるため、やはり風紀上よろしくないとのことで禁止され、「成人男性によるちゃんとしたお芝居なら良い」ということで野郎歌舞伎が生まれる。
歌舞伎は江戸の歌舞伎と上方の歌舞伎に分かれるが、江戸が英雄を登場させてポーズで見せるという外連を重視するのに対し、上方歌舞伎は庶民が主人公で日常を主舞台にするという違いがある。

日本舞踊、吾妻流についても解説が行われる。吾妻流は日舞の中では傍系で、元々は女性の歌舞伎踊りとして始まり、現在も門人の99%は女性だそうだ。ただ、その家元となった壱太郎(=吾妻徳陽)が男性ということで複雑なことになっているらしい。
吾妻流は、江戸時代中期に始まっているがいったん途絶えている。再興されたのは昭和に入ってからで、十五代目市村羽左衛門の娘である藤間春枝が吾妻春枝として興したのだが、十五代目市村羽左衛門の実父は白人とされており、壱太郎にも白人の血が流れているかも知れないというロマンがあるそうである。
壱太郎の大叔父に当たる五代目中村富十郎が吾妻徳隆(とくりゅう)を名乗っており、壱太郎の舞踊名も漢字が似たようなものをということで、徳陽になったそうだ。舞踊名にはもう一つ候補があって、壱太郎が慶應義塾出身ということで、「徳応ではどうか」というものだったのだが、壱太郎は「徳応だと偉そうな感じがする」というので徳陽に決まったそうだ。
「陽」の字はご年配の方の名前には余りつかないということで若々しさも感じられる良い名前だと思う。

その後、韓国で収録されたという壱太郎による舞踊「鷺娘」の映像がスクリーンに投影される。女方にとって映像、それも4Kを超えて8Kとなると女ではないことがはっきりわかるので困ったことになってしまうそうだ。
「鷺娘」は衣装の早替えがあるのだが、海外で上演すると拍手が貰えないという。「Wow!」という驚嘆の反応になってしまうそうだ。
女方の理想は、「女になり切って演じるのではなく、女らしさを追求する」というもので、「矛盾した」難しいものである。女らしさを演じるために腰を落とした上で良い姿勢を保つことが肝要なようである。女らしい仕草をするために常に内股であることを心がけてもいるそうだ。


休憩後、立鼓の中村壽鶴と壱太郎によるレクチャー「日本舞踊の音楽について」。壽鶴は鼓をばらしてみせる。普段はばらした形で持ち歩いているそうだ。
鼓の皮は何の皮を使っているかということがクイズ形式で観客に出され、壱太郎が、「土日の新聞をチェックしている人はわかるかも知れません」とヒントを出し、壽鶴も「淀駅に行く方はわかるかも知れません」と続ける。淀駅は京都競馬場の最寄り駅である。ということで正解は馬の皮。往時は馬が最も身近な動物だったようである。ちなみに今日、壽鶴が持っている鼓の胴は江戸時代製、皮の部分は安土桃山時代に作られたもので、かなりの値打ちもののようだ。
鼓は乾燥すると音が高くなるため、息を吹きかけて湿らせ、音を調整するそうである。


長唄「島の千歳」。唄は杵屋禄三と今藤小希郎、三味線が杵屋勝七郎と今藤長三朗、立鼓が中村壽鶴である。
白拍子を主人公とした女舞。白拍子に見せるため、壱太郎は長絹を纏っての登場である。
白拍子も阿国歌舞伎同様、男装した女性が舞を行うものだが、男性である壱太郎が男装した女性を演じるということで、幾重にも転倒した状況を生んでいる。抒情と艶を二つながら生かした典雅で妖しい舞となる。



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2019年1月27日 (日)

観劇感想精選(289) 神里雄大/岡崎藝術座 新作パフォーマンス「いいかげんな訪問者の報告」京都公演

2019年1月18日 京都芸術センターフリースペースにて観劇

午後7時から、京都芸術センターフリースペースで、神里雄大/岡崎藝術座の新作パフォーマンス「いいかげんな訪問者の報告」京都公演を観る。沖縄系ペルー移民の子である神里雄大が、自身のルーツである南米を訪れた時の様子をレクチャー形式で語るパフォーマンスである。神里はアサード(南米の焼き肉料理)を焼きながら映像をスクリーンに投影し、音楽をパソコンで出しつつ語りや説明を行う。

フリースペースの中央に長机が縦2横4になるよう向かい合わせで並んでおり、計24人が椅子に座る。それぞれの前には紙皿にフォークとナイフが置かれており、アサードが焼けたらこれに取り分けて食べる。その他におにぎりも用意されている。

まず、南米の地理関係の説明(「南米のチリ関係」と変換された。確かに正しいが)。南米は日本の真裏。つまり、日本から行くには最も遠い場所にあるということであり、南米から日本に来るのも同時に大変である。昔、宮沢和史が手掛けた南米を舞台にした歌詞に「たどり着いた地図の裏側 最果ての街」という一節があったのを思い出す。

日本人初のペルー移民が日本を旅立ったのは、今から120年前の1899年のこと。当時は、仕事にあぶれている者が多く、4年契約の出稼ぎ感覚で出掛けた人が多かったようだ。そのこともあってペルーに向かったのは全員男性だった。しかし、現地に着くや話が違うことがわかる。プランテーションでの仕事はきつく、賃金未払いは当たり前。衛生状況も悪く、死者も続出した。それでも日本に返すだけの金はないので、奥地にあるゴムの木の森に向かわせることになるのだが、そのうちの約半数はその後、行方がたどれなくなっているそうである。そもそもペルーが移民を募集したのは、1850年代に奴隷制度が廃止され、奴隷の代わりとなる労働力が必要となったからであり、労働条件は最悪に近いものであった。最初は中国人移民を募り、次いで日本人の移民を集めようとしたのだが、日本人を集めようとした理由は中国人と容貌が似ているというそれだけのことだったようだ。当時のペルーでは、日本人移民は見かけからして異物であり、「治安が悪くなる」という理由で排斥されたりもした。第二次世界大戦が始まると、日本人移民は敵性外国人として苦難の日々を歩むことになり、日本語の使用も自主的に控えたそうだ。
当時の日本政府は、ペルーに渡って苦心している移民のことを事実上、見捨てている。

昔のペルー移民の話だが、今の日本を巡る状況にも似ている。こうしたことをレクチャー形式のパフォーマンスで伝えるという発想力がまず良い。

戦後におけるペルーへの日本人移民(私の記憶違いがありました。神里雄大氏ご本人からのご指摘によるとペルーではなく南米各地への日本人移民で、ペルーへの移民は日系排斥運動が強かったために行われなかったとのことです)は戦後すぐに募集が行われ、日本社会が混乱していたということもあり、大人気で抽選が行われたところもあったそうだ。彼らは戦前の日本人移民とは違い、日本人というだけで抑圧される環境にあったわけではないので、日本語でのやり取りを今も行っている。

セリフはエッセイ風のもの、手記の一節、手紙類などを元にしたもので、スペイン語での語りもあった(スクリーンに日本語字幕が出る)。

後半には、長きに渡る滞在を経て、南米にいることの窮屈さを語ったりもする。

映像では沖縄県からの南米移民によるお祭りの映像が流れる。地球の裏側にあるもう一つの沖縄。先週観た「高丘親王航海記」に出てくる「アンチポデス」という言葉が浮かぶ。

ラストは、アルゼンチンの日本人学校(ここも私の記憶違いで、神里氏によると日本人学校ではなく日本語学校だそうです)での卒業式兼終業式の催しとして、皆がアサードとおにぎりを食べる中、神里が一人でパフォーマンスを行い、ビンゴゲームが行われる。私は1個差で1位通過はならず。1位通過者にはチョコボールがプレゼントされた。

独自のエンターテインメントだが、単なる消費になっていないところに好感が持てる。

 

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2018年12月 4日 (火)

コンサートの記(462) Ensemble FOVE presents “TRANS”@京都芸術センター

2018年11月28日 京都芸術センター講堂にて

午後7時30分から、室町通錦小路上ルにある京都芸術センターの講堂で、Ensemble FOVE presents “TRANS”という公演を聴く。

Ensemble FOVEは、作曲家の坂東祐大を主宰として結成された気鋭の若手演奏家による団体。2016年に発足したばかりである。
今日の出演メンバーは、上野耕平(アルトサックス)、荒木奏美(オーボエ)、中野日出鷹(ファゴット)、伊藤亜美(ヴァイオリン)、安達真理(ヴィオラ)、地代所悠(男性。コントラバス)、宮下和也(エレクトロニクス&テクニーク)。他に録音による演奏参加者が15人。更にグラフィックデザインとして稲葉英樹が参加している。

“TRANS”は全曲、坂東祐大が作曲したもので、「Bubbles&Scales」、「Etude」、「Poly Clock Etude」、「Transform and Deform」、「Trance homage to Jonann Johannsson」、「Seesaw」、「Melting dance」、「Untitlid/fantasitc」の8曲(8部)からなる。

講堂内部は、中央にコンピューターと音響操作スペースになる平台が置かれており、その周りに椅子が無作為無指向に置かれている。その外縁に上にアルミホイル状のもの(被災地などで使う防寒具らしい)を敷き詰めた平台が6つ、客席を取り囲むようにして配されている。中央が宮下和也のスペース、他は各奏者一人ずつにあてがわれた演奏スペースとなる。
不思議な空間である。

客席の外周にはスピーカーも置かれており、開演前から泡がはじけるような音が聞こえているが、演奏者はみな楽器にマイクを取り付けたプラグド状態であり、直接音と同時にマイクが捉えた音も四方八方から飛び出してくる仕掛けとなっている。録音による参加者の音もここから流れて来る。生演奏と録音のコラボも当然ながら多い。

照明も演奏家の真上から当たったり、場内を回転したりと多彩だ。


坂東の書いた音楽であるが、スマートでクールである。メロディーではなく、その瞬間瞬間の響きを聴かせる作品であり、特殊奏法も用いられていて、シャープな印象を受ける。
響きと光の動く様を見聞きしていると、あたかも深海にいるような、あるいは360°水槽に囲まれた水族館にいるような錯覚に陥る。音の遊泳だ。
つかもうとすると逃げてしまう逃げ水のような音楽でもある。現代音楽ならではの面白さだ。
中川日出鷹が長いソロを取る、4曲目の「Transform and Defort」が特に印象的だが、「ドレミファソラシド」の音階を青葉市子のヴォーカルが辿る1曲目「Bubbles&Scales」(楽器演奏者は始めから半音進行となる)や、伊藤亜子がソロヴァイオリンを奏でる8曲目の「Untitled/fantastic」なども特徴的である。

出演者の中では、「題名のない音楽会」の常連でもある上野耕平が最も有名だと思われるが、全員が高い評価を受けている音楽家であり、クオリティは申し分ない。


終演後に、出演者達によるアフタートークがある。フルートの荒木奏美のように「よくわからない」と正直に言う人もいたが、「自然に出来てしまうのだな」と感じさせる発言もあった。
作者の坂東祐大は、「不快と快感の間を狙った作品」だと説明する。ジェットコースターを例えとして挙げて、「ジェットコースターって、不快の塊ですけど、それにあれほど乗る人がいるということはスリルや何かを求める人がいて、快感に変わる」というようなことを話す。
今日は照明が点滅する上に、聴き慣れない現代音楽ということで、上野が「不快さに耐えきれず、出て行ってしまった方が3名ほどいましたが」と言い、坂東は「あそこから快感へと変わるのに、不快なままにさせてしまって申し訳なかった」と語っていた。

安達真理によると、Ensemble FOVEのメンバーは仲がとても良いそうで、プライベートでも和気藹々とやっているそうである。


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2018年11月29日 (木)

コンサートの記(455) 第35回ペトロフピアノコンサート―異国の情景― 河合珠江

2017年12月1日 京都芸術センサー講堂にて

午後7時から、京都芸術センター講堂で、第35回ペトロフピアノコンサート-異国の情景-を聴く。元明倫小学校が所蔵しているチェコのペトロフ社のピアノによるコンサート。演奏は河合珠江。

現在は京都芸術センターとなっている明倫小学校出身の日本画家、中村大三郎の屏風絵「ピアノ」(今日弾かれるピアノを描いたものだという)の原寸大のレプリカを制作することを企図してのコンサート。ということで、ピアノの河合珠江は絵に出てくる女性同様、着物を着ての演奏である。

曲目は、前半が、ショパンのワルツ第1番「華麗なる大円舞曲」とノクターン第2番、リストのペトラルカのソネット第104番、シューマンの「蝶々」と「トロイメライ」。後半は、メシアンの「鳩」、ラヴェルの「悲しい鳥」と「水の戯れ」、松平頼則(まつだいら・よりつね)の「シャボン玉」と「リードⅠ」、ドビュッシーの「グラドゥス・アド・パルナッスム博士」と「ゴリウォークのケークウォーク」(いずれも『子供の領分』より)、「亜麻色の髪の乙女」、「途絶えたセレナード」、アルベニスの「コルドバ」と「セギディーリャ」(「スペインの歌」より)。

前半は慣れない着物での演奏ということもあったのか、ミスタッチがあったり音型が崩れたりということもあって、後半の方が出来が良い。特にフランスものは河合のピアノスタイルに合っているように感じられた。ちなみに、松平頼則の「シャボン玉」の出だしは、先に弾かれたラヴェルの「水の戯れ」の冒頭を逆さにしたものだそうで、松平のラヴェルに対する愛情が感じられるという。「シャボン玉」はこれまで録音されたことがなかったのだが、河合珠江によって世界初録音が行われたそうで、会場では「シャボン玉」を収めたCDも販売されていた。

ペトロフのピアノは、まろやかな音で奏でられる。講堂ということもあって、響きはそれほど良くないが、「明倫小学校時代に、ここで奏でられ続けたのだ」という歴史が感じられる演奏会であった。
前回、河合珠江のピアノを聴いたのは、「妖怪」をテーマにした音楽会であり、その時、河合は猫娘の格好をしていた。今回は着物ということで、普通のピアニストがしない格好での演奏を聴くことが続いている。

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2018年3月 4日 (日)

コンサートの記(351) アンサンブル九条山コンサート vol.5 「波形 スペクトル楽派―新音響言語の誕生」

2018年2月28日 京都芸術センター講堂にて

午後7時から、京都芸術センター講堂で、アンサンブル九条山(くじょうやま)コンサート vol.5 「波形 スペクトル楽派―新音響言語の誕生」を聴く。

曲目は、ジャチント・シェルシの「ホウ」よりⅠ,Ⅱ,Ⅴ(ソプラノのための)、カイヤ・サーリアホの「灰」(アルト・フルート、チェロ、ピアノのための)、フィリップ・ユレルの「ループスⅡ」(ヴィブラフォンのための)、トリスタン・ミュライユの「沈みゆく太陽の13の色」(フルート、クラリネット、ヴァイオリン、チェロ、ピアノ、エレクトロニクスのための)、ジャン=リュック・エルヴェの「外へ」(クラリネット、ヴァイオリン、チェロ、ピアノのための)、フィリップ・ルルーの「恋しい人、よろしければ ……18世紀のフランス民謡から」(ソプラノのための)、ジェラール・グリゼーの「タレア」(フルート、クラリネット、ヴァイオリン、チェロ、ピアノのための)

出演は、アンサンブル九条山(フルート・若林かをり、クラリネット・上田希、ヴァイオリン・石上真由子、チェロ・福富祥子、ソプラノ・太田真紀、打楽器・畑中明香、ピアノ・森本ゆり)、有馬純寿(ありま・すみひさ。エレクトロニクス。ミュライユ作品のみ)、若林千春(男性。若林かをりの旦那さん。指揮。グリゼー作品のみ)

フランスを中心に生まれたスペクトル楽派に分類される作曲家の作品が並ぶ。現代音楽の中でも比較的新しい潮流の作品群であり、耳に馴染みの良い音楽ではないだろうが、新しい響きを追求した作品だけにそれは当然であるとも言える。

私が名前を知っていてCDも持っているのはフィンランド出身のサーリアホだけだが、他の作曲家の作品も興味深い。
畑中明香(はたなか・あすか)のヴィブラフォン独奏によるフィリップ・ユレルの「ループスⅡ」はミステリアスな音響が印象的だし、サーリアホ作品の微妙なグラデーション(ピアノの森本ゆりがピアノの弦に直接触れて音を出すという特殊奏法もある)、トリスタン・ミュライユの「沈みゆく太陽の13の色」における宇宙的な拡がり、ジェラール・グリゼーの「タレア」では突然現れる民謡風の旋律などが耳に新しい。

スペクトル派の音楽を聞き込んでいるわけではないので、「わかりにくい」と感じたことも事実だが、現代音楽を得意とする演奏家達の好演により、純粋に音楽として楽しめる仕上がりとなっていた。もっと内容を掘り下げて書けたら良かったのだが、わからないものを「わかる」とは言えないのである。



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2018年2月 3日 (土)

楽興の時(20) 京都市交響楽団×京都芸術センター 「Kyo×Kyo Today」2018 京都しんふぉにえった「ウィンター&アレンジ・セレクション!」

2018年1月31日 京都芸術センター講堂にて

午後7時から、京都芸術センター講堂で、京都市交響楽団×京都芸術センター「Kyo×Kyo Today」というコンサートを聴く。今回は「ウィンター&アレンジ・セレクション!」と題して、京都市交響楽団のメンバーで結成された京都しんふぉにえったのメンバーが冬を題材にした曲を取り上げる。
京都しんふぉにえったのメンバーは、小田拓也(ヴィオラ)、中野志麻(第1ヴァイオリン)と中野陽一郎(ファゴット)の中野夫妻、片山千津子(第2ヴァイオリン)、渡邊正和(チェロ)、出原修司(コントラバス)、筒井祥夫(クラリネット)、ハラルド・ナエス(トランペット)、中山航介(ドラムス&パーカッション)。小田拓也が全曲編曲を手掛ける。

曲目は、ハチャトゥリアンの組曲「仮面舞踏会」より“ワルツ”、リストの「愛の夢」第3番、フォーレの「シチリアーノ」、ドヴォルザークの「ユーモレスク」、ワルトトイフェルの「スケーターズ・ワルツ」、モンティの「チャルダッシュ」、ロシア民謡「黒い瞳」、ロシア民謡「二つのギター」、サン=サーンスの「死の舞踏」、ピアソラの「ブエノスアイレスの冬」

ヴィオラ&編曲の小田拓也が曲間にマイクを手にMCを担当する。今回の演奏会はチケット完売だそうである。小田拓也が「我々の演奏を聴くの初めてという方」と聞き、数人が手を挙げる。小田は「リフレッシュな方々」と言った後で、「間違えました。フレッシュな方々」と言い直す。
小田によると、京都市交響楽団は、今日は午前中と午後一に「小学生の音楽鑑賞教室」(高関健指揮)の本番があったそうで、京都しんふぉにえったのメンバー達がこれが今日3回目の公演であり、結構疲れているらしい。

ハチャトゥリアンの組曲「仮面舞踏会」より“ワルツ”はフルオーケストラで聴かないと迫力やメリハリに欠けるため、同じ事を繰り返しているだけの曲に聞こえてしまうのが難点である。

リストの「愛の夢」第3番はまずクラリネットの筒井祥夫が活躍して主旋律を奏でていく。ピアノの原曲に比べてかなり柔らかい印象を受ける。
ハチャトゥリアンとリストは浅田真央がプログラムの音楽に選んだため冬のイメージがあるとして選んだそうである。

フォーレの「シチリアーノ」は京都アニメーション制作の「氷菓」というアニメで用いられたそうで、ドヴォルザークの「ユーモレスク」は映画「タイタニック」でタイタニック号が氷山にぶつかって沈んでいく時に流れていた音楽だそうである。「ユモレスク」は変ト長調に直したものが演奏された。

モンティの「チャルダッシュ」は、ヴァイオリンとトランペットのため二重協奏曲風に編曲されており、小田は「ヴァイオリンとトランペットが対決するかのように書かれております。先に言っておかないと、『この人達は何をやってるんだろう?』となる可能性がある」と事前に解説していた。中野志麻とハラルド・ナエスのソロ。二人とも巧者であり、聴き応えがあった。
演奏終了後に小田が中野志麻とハラルド・ナエスにインタビュー。中野志麻は、「ヴァイオリンをやって何十年と経つんですけど、トランペットと一緒にやるのは初めてだったので楽しかった」と言って、小田に「模範的な回答ありがとうございます」と言われていた。ナエスも「とっても楽しかった」と答えていた。

ロシア民謡「二つのギター」について小田は、「ヴァイオリンには、無理矢理というわけではないんですが、ギターを弾くような演奏をして貰います。『こんな綺麗な女性達にこんなことさせるなんて!』と思われちゃうかも知れませんけど」と解説。予想通り、中野志麻と片山千津子のヴァイオリン奏者二人はピッチカート奏法を行う。
ちなみに、ロシア民謡2曲は、「ロシアというと寒い国」ということで選ばれたそうである。

サン=サーンスの「死の舞踏」。骸骨の踊りを描いた曲であり、「骸骨というとお墓。お墓は寒い」という連想でのセレクト。原曲では木琴が活躍するのだが、今回の編曲では主旋律は主に第1ヴァイオリンとクラリネットが担当した。とはいえ、やっぱり木管の方が骸骨のカリカチュアという感じはする。

ピアソラの「ブエノスアイレスの冬」。京都しんふぉにえったのメンバーはピアソラをリスペクトしているそうで、思い入れたっぷりの演奏が聴かれた。

アンコール演奏は、ピアソラの「リベルタンゴ」。20年ほど前にチェリストのヨーヨー・マがサントリーウィスキーのCMで演奏して有名になった曲であり、小田の編曲でも歌い出しは渡邊正和手掛けるチェロが奏でるものになっていた。

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