カテゴリー「京都四條南座」の17件の記事

2019年12月10日 (火)

観劇感想精選(327) 南座新開場一周年記念「當る子歳 吉例顔見世興行 東西合同大歌舞伎」夜の部

2019年12月5日 京都四條南座にて観劇

午後4時45分から、京都四條南座で、南座新開場一周年記念「當る子歳 吉例顔見世興行 東西合同大歌舞伎」夜の部を観る。演目は、近松門左衛門作「堀川波の鼓」、河竹黙阿弥作「釣女」、河竹黙阿弥作「魚屋宗五郎」(「新皿屋敷月雨暈」より)、「越後獅子」

「堀川波の鼓」と「魚屋宗五郎」は共に「酒乱」が鍵となっている作品であり、それを縦糸としたラインナップなのだと思われる。大人気といえる演目が存在しないため、今日は空席も比較的目に付いた。

 

「堀川波の鼓」。堀川というのは京都の堀川のことであるが、今回の上演は通し狂言ではないので、堀川の場は出てこない。鼓の師匠である宮地源右衛門(中村梅玉)が京都の堀川下立売に住んでいるという設定である。
因幡鳥取藩で実際に会った不義密通事件を題材にした世話物である。
鳥取藩士の小倉彦九郎(片岡仁左衛門)が参勤交代で江戸に出向いている時の話から始まる。彦九郎の妻お種(中村時蔵)は、江戸詰である夫が恋しくてたまらない。彦九郎が江戸詰の時は、お種は実家に帰っているのだが、そこでも妹のお藤(中村壱太郎)に夫に会えない寂しさを語って聞かせている。お種は、実弟の文六(片岡千之助)を連れ養子としているのだが、文六は、京都の鼓師である宮地源右衛門に鼓を習っている。稽古が終わり、お種と宮地は初対面の挨拶をするのだが、酒が入ることになり、お種は酒好きなのでつい盃が進んでしまう。お藤と文六は帰宅し、源右衛門が場を外している時に、お種に懸想している磯辺床右衛門(中村亀鶴)がやって来て関係を迫る。床右衛門は隣から謡の声が聞こえたのに驚いて帰って行くが、源右衛門に話を聞かれたと思ったお種は源右衛門に口外しないよう誓わせようとする。だが酒で酩酊していたお種は、つい源右衛門と道ならぬ関係になってしまう。その後、引き返してきた床右衛門は、お種と源右衛門のそれぞれの袖を引き剥がすことに成功し、これをネタにゆすりを掛けようとする。5月半ばに彦九郎は帰国するが、藩内にお種が不義密通をしたという噂が流れており、お藤は彦九郎とお種を離縁させようとすると計るも失敗し、結局、彦九郎は泣く泣くお種を手に掛けることになる。
酒の勢いでついという話であるが、当時は不義密通は死罪相当であり、酒のせいでは済まされなかったのである。というわけで誰のせいにも何のせいにも出来ないやるせなさが残る。

彦九郎役の仁左衛門(松嶋屋)は、実は登場している時間はそれほど長くないのだが、貫禄と悲しみを併せ持った彦九郎を浮かび上がらせている。お種を演じた時蔵(萬屋)も酒に溺れてしまった不甲斐なさを適切に表現している。お藤を演じた壱太郎(かずたろう。成駒屋)の可憐さも光る。
この演目では音楽が実に効果的である。南座は新しくなって音の通りが良くなっただけに、一層、音楽の良さが引き立つ。

 

「釣女」。狂言の「釣女」を常磐津で演じる。
妻を娶りたいと思っている大名(いわゆる何万石という所領を持っている大名ではなく、地方の有力者程度の意味である。演じるのは中村隼人)が、縁結びの神として知られている西宮戎(西宮神社)に参詣することを思い立ち、太郎冠者(片岡愛之助)と共に出掛ける。西宮の戎は社伝そのままに夷三郎と呼ばれている。狂言では演者が最初から舞台の前の方に立つことはないのだが、大名のような身分の高い人はそれを表すために他の人よりも前寄りに立つ。

参詣した大名は、美しい女性と出会えるよう、夜通しの籠祈願を行うことにするのだが、太郎冠者に寝ずの番をさせて自分はさっさと寝てしまう。あきれた太郎冠者は何度も大名の眠りを妨げようとする。そうするうちに大名が夢を見る。神社の西の門に運命の人が現れるというのである。西の門に駆け付けた大名と太郎冠者であるが、そこに釣り竿が落ちているのを見掛ける。「女を釣り上げろ」ということかと合点した大名が釣り糸を垂れ、何度か引いている内に、見目麗しい上臈(中村莟玉)が釣り上がる。早速に三三九度を取り交わし、太郎冠者が「高砂」を真似た祝いの舞を演じると、大名と上臈も喜びの舞を始める。

今度は、太郎冠者が釣り針を垂れる。やはり女(中村鴈治郎)が釣り上がるのだが、これがとんでもない醜女であり、太郎冠者は嫌がる。だが、女は太郎冠者にぞっこんで、大名も神が決めた相手なので拒むことは出来ないと言い……。

愛之助(松嶋屋)の軽やかな舞が一番の見所である。隼人(萬屋)は、台詞回しが板に付いていなかったが、若いということだろう。
中村莟玉(かんぎょく。梅丸改。高砂屋)は、襲名披露ということで「おめでとうございます」と言われるシーンがあった。素顔が男前ということで、女形としてもやはり美しく華やかである。

 

「魚屋宗五郎」。私が初めて歌舞伎というものを観たのは、1996年の12月、東京の歌舞伎座に於いてであるが、3つあった演目のうちの最後が「魚屋宗五郎」であり、十二代目市川團十郎が宗五郎を演じていた。「魚屋宗五郎」を観るのは、それ以来、23年ぶりである。ちなみに「堀川波の鼓」で小倉彦九郎を演じた片岡仁左衛門も、1996年以来、23年ぶりの彦九郎役だそうで、偶然ではあるが繋がっている。

「新皿屋敷月雨暈(しんさらやしきつきのあまがさ)」の第2幕と第3幕を上演するもので、この二幕だけを演じる場合は、「魚屋宗五郎」という題になる。
妹のお蔦を手討ちにされた魚屋の宗五郎(中村芝翫)が、金比羅様に誓って絶っていた酒を飲んでしまったことから巻き起こる大騒動である。
実はお蔦は無実で、横恋慕していた岩上典蔵(中村橋吾)の策謀によって不義密通を仕立て上げられたのであった。

宗五郎が酒をがぶ飲みする場面では、三味線がコミカルな感じを上手く出している。

中村芝翫(成駒屋)の演技は、名人芸の域に達しつつある。歌舞伎界のトップに君臨するようなタイプの人ではないが、演技力に関しては言うことなしである。
一方、名前を継いだ長男の橋之助(四代目)は、狂言回しの役割も担う三吉という重要な役で出ていたが、明らかに「浮いている」と思うほどに下手である。同年代の隼人も上手くはないし、まだ若いということなのだろう。十代目松本幸四郎(七代目市川染五郎)などは、若い時から演技の質は高かったが、昨年の11月の顔見世などを見ると伸び悩みが感じられ、早くから完成されているが伸びないタイプと、最初は拙いがどんどん成長するタイプの二つが存在する――というよりどちらかでないと俳優としては致命的である――と思われる。五十代六十代という歌舞伎役者として大成する時期にどちらが上に来るのか見守ることも面白いように思う。

 

中村隼人、中村橋之助、片岡千之助、中村莟玉という若手歌舞伎俳優4人による舞踊「越後獅子」。江戸・日本橋駿河町(現在の東京都中央区日本橋室町)の三井越後屋前が舞台である。背景には堀と蔵屋敷が並び、正面遠方奥に掛かるのが日本橋ということになるのだと思われる(地理的には異なるはずだが芝居の嘘である)。
一つ歯の高下駄で舞うなど、「俺だったら一発で捻挫する自信がある」と思える高度な舞を全員が器用にこなす。流石は歌舞伎俳優である。
4人の中では、莟玉が小柄だが動きに一番キレがある。元々日本舞踊の世界から梨園に入ったということも大きいのであろう。

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2019年10月19日 (土)

観劇感想精選(321) 南座新開場記念 藤山直美主演 「喜劇 道頓堀ものがたり」

2019年10月13日 京都四條南座にて観劇

午後4時から、京都四條南座で「喜劇 道頓堀ものがたり」を観る。三田純市の小説『道頓堀』を原作とする作品。脚本:宮永雄平、演出:浅香哲哉。主演:藤山直美。出演:喜多村緑郎、河合雪之丞、松村雄基、鈴木杏樹、石倉三郎、春本由香、辻本祐樹、三林京子、大津峯子、林与一ほか。セリフらしいセリフを貰えていない役ではあるが、吉本新喜劇の「横顔新幹線」こと伊賀健二や京都の小演劇界で活躍している岡嶋秀昭なども出演している。

道頓堀に大阪松竹座を持っている松竹であるが、今回は南座新開場記念として敢えて京都で上演される。藤山直美は藤山寛美の娘ということで大阪のイメージが強いが、実は京都女子高校出身であり、京都に縁のある人である。

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「喜劇 道頓堀ものがたり」は平成12年11月に大阪松竹座で初演された作品で、道頓堀五座と呼ばれた5つの劇場(中座、浪花座、朝日座、角座、弁天座)が建ち並び、日本屈指の演劇街であった時代の道頓堀を描いている。道頓堀五座のうち、現在も稼働している劇場は実は一つもない。最も権威のあった中座もすでに解体され、跡地には中座くいだおれビル(現在は、くいだおれ太郎はここにいる)が建ち、地下に演劇も上演できる2つのライブハウスを持っているが、昔ながらの芝居が上演されることはまずない。角座は戦災で焼失した後に映画館になったり演芸場として生まれ変わったりしていたが、今は場所も移転し、道頓堀の劇場ではなくなっている。

松竹の芝居ということで、創設者の一人である白井松次郎が登場。松村雄基を配して(実は初演時の白井松次郎を演じていたのも松村だという)やたらと男前に描かれている。

 

歌舞伎から喜劇に転じることになる尾野川菊之助(喜多村緑郎)を妻として支えることになるお徳(藤山直美)が主人公。お徳は父に先立たれたため奈良から大阪に出てきたのだが、道頓堀で芝居に目がくらんでしまって通い詰めているうちに金がなくなり、芝右衛門狸のようにアオタ(芝居のただ見)を行って劇場から叩き出される。その場にいた芝居茶屋・菊濱の女将である菊乃(三林京子)に「そんなに芝居が好きなら」ということで、お茶子として引き取られることになったお徳は、実は最も好きな役者である菊之助が生まれ育ったのがここ菊濱と知り、菊之助に出会うと卒倒するほどに喜ぶ。
その菊之助であるが、華があり人気もあって将来の尾野川一座の看板となる資質十分なのだが、先代の型に従わず、独自の演技をしてしまうため、周囲からの評判が悪い。そこで師匠である尾野川延十郎(林与一)によって弟分である女形の尾野川あやめ(女形の場合は弟分でいいのだろうか? 演じるのは河合雪之丞)と共に喜劇劇団に移籍させられることになる。当初は見捨てられたと感じ、一日も早く歌舞伎に復帰することを願う菊之助だったが……。

 

人情芝居であり、難しい部分も特にない。実話も絡めた庶民向けの話であり、大阪や道頓堀に通い慣れている人にはとても面白く感じられるだろう。喜多村緑郎、河合雪之丞、林与一といった歌舞伎畑出身の俳優による「恋飛脚大和往来」より“封印切の場”や「瞼の母」の稽古シーンなどが劇中劇として入っているのも芝居好きには一粒で二度美味しいといったところだ。

基本的に藤山直美のキャラで持たせている芝居であるが、他の役者も好演。尾上松助の娘で尾上松也の妹である春本由香は生まれつきなのか環境の方が大きいのかは分からないが華があり、演技のセンスも高い。実は関西出身である鈴木杏樹は慣れた感じの大阪弁による台詞回しが魅力的であった。

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2019年9月26日 (木)

観劇感想精選(319) 京都四條南座 九月花形歌舞伎 通し狂言「東海道四谷怪談」

2019年9月12日 京都四條南座にて観劇

午後4時30分から、京都四條南座で九月花形歌舞伎 通し狂言「東海道四谷怪談」を観る。四世鶴屋南北の作。今回は坂東玉三郎監修での上演である。通常は1日に1回上演の「東海道四谷怪談」を昼夜と上演するために約1時間ほどのカットを入れての上演であり、三角屋敷の場は丸々端折られていて、片岡亀蔵が語りで済ませるということで、評判が良くないようである。ただ、三角屋敷の場を語りにしたということには、実は仕掛けがあり、かなりの効果を上げていた。そのことは一番最後に記す。
出演:片岡愛之助、中村七之助、市川中車、中村壱太郎、片岡千次郎、中村歌女之丞、中村鶴松、中村勘之丞、片岡亀蔵、中村山右衛門、市村萬次郎ほか。

歌舞伎に詳しくない人にも名前や大筋は知られている「東海道四谷怪談」。何度も映画化されており、スピンオフ的な作品である「嗤う伊右衛門」(京極夏彦の小説を蜷川幸雄が監督して映画化)なども生まれている。歌舞伎の代表的演目の一つである。
ただ、関西で「東海道四谷怪談」が上演されるには実に26年ぶりのこと。21世紀に入ってからは初ということになる。やはり江戸が舞台ということで、東京で上演されることが多いのだろう。

元々は「東海道四谷怪談」は、「忠臣蔵」の外伝として生まれたもので、登場人物は塩冶判官(浅野内匠頭がモデル)か高師直(高家筆頭の吉良上野介を暗に示している)のどちらかの家来筋である。塩冶判官の元家臣はお取り潰しということでその日暮らしの浪人生活。浪人となった民谷伊右衛門も傘貼りの内職をしている。一方、高師直はおとがめなしということで、家臣もそのまま裕福な暮らしを続けている。

今回は、中村七之助が、お岩、小仏小平、佐藤与茂七の三役を演じ分けるのが見所である。お岩役の時はだんまりの場面も引き込む力があり、狂乱の場や提灯くぐり、仏壇返しなども迫力十分である。一方、2つの立役の方は今ひとつ。ただ立役をやる時は声が父親によく似ている。先に兄である勘九郎の声が父親に似始めたが、七之助もそれを追っている。「血は争えない」。

出演者の中で一番良かったのは、お岩の妹であるお袖と小平の女房であるお花の二役を演じた中村壱太郎(かずたろう)。可憐な見た目と愛らしさを感じさせる仕草で、若手ナンバーワン女形の実力を存分に示した。今すぐにでもお岩役も出来そうである。

民谷伊右衛門役の片岡愛之助は場面によってムラがあるように感じた。愛之助の資質なのだが重さに欠ける嫌いがある。伊右衛門の苦みや虚無感が出にくいのだ。

市川中車も、以前に南座で観た時よりはかなり良くなっていると思うが、やはり猿翁の息子ではあっても梨園で育ってはいないため、限界はあるのだと思われる。直助(のちに権兵衛)役なのでまだ見られるが、伊右衛門がやれるかといったらまず無理だろう。現代劇としての「東海道四谷怪談」や映画での伊右衛門役なら可能だろうが、キャリア豊かな俳優を従えて歌舞伎で伊右衛門をやるとなったら、仮に話があったとしても周りが止めるはずである。

客席はほぼ満員で、若い女性や外国人の姿も目立つ。興行としてはまず成功である。
ただ、出演者の技量やカットがあるということも含めて、人間の業の描写や心理劇の要素は後退し、ショー的にはなっていた。良くも悪くもあるのだが。
歌舞伎も昭和後期の芸術至上路線によって客足が遠のき、平成期にはその揺り戻しで見世物小屋時代の歌舞伎の復権が盛んに唱えられ、七之助の父親である中村勘三郎が始めた平成中村座などはその最たるものだったが、令和に入った今もその路線は継承されるようである。

さて、カットされた三角屋敷の場であるが、舞台番助三を演じる片岡亀蔵はあらすじをひとしきり語った後で、「『東海道四谷怪談』が演じられる時には、お岩さんが必ず客席にお出でになっていると申します。お岩さん、ご着席でございます」という言葉で締める。これが観客の記憶に残るため、客席3階席や2階席通路にお岩さんが実際に現れると、若い女性が「キャーキャー!」と悲鳴を上げるというお化け屋敷状態になるのである。潜在意識の効果、玉三郎の思うつぼである。三角屋敷の場の因縁を見せて観客を引き込むよりも直接的に巻き込むことを優先させたわけで、古典歌舞伎的かつ現代歌舞伎的であるように思われる。

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2019年7月31日 (水)

観劇感想精選(310) OSK日本歌劇団 OSK SAKURA REVUE 「海神別荘」&「STORM of APPLAUSE」

2019年7月21日 京都四條南座にて観劇

午後3時から、京都四條南座で、OSK SAKURA REVUE 「海神別荘」&「STORM of APPLAUSE」を観る。南座新オープンを記念したOSK日本歌劇団の上演。午前11時に第1回公演があり、この午後3時からの2回目を経て、夜には声優とのコラボレートによるまた別の演目が行われるというOSKウィークである。

今日は3階席2列目の上手側だったが、脚が本調子ではないため、行き帰りともにエレベーターを使った。

 

第1部 歌劇「海神別荘」。泉鏡花の代表的戯曲をアレンジしての上演である。原作:泉鏡花、作・構成:広井王子、演出・振付:麻咲梨乃。音楽は「サクラ大戦」のものを使用している。出演は、桐生麻耶、楊琳、虹架路万、愛瀬光、華月奏、白藤麗華、遥花ここ、城月れい、麗羅リコ、実花もも、穂香めぐみ、壱弥ゆう、椿りょう、栞さな、柚咲ふう、桃葉ひらり、りつき杏都、凜華あい、琴海沙羅、雅晴日、湊侑李、京我りく、紫咲心那、純果こころ、依吹圭夏、叶望鈴、瀧登有真、優奈澪。特別専科から朝香櫻子と緋波亜紀が参加している。

泉鏡花の三大戯曲の一つとして扱われることも多い「海神別荘」。新派で上演されることが多く、歌舞伎版も存在するが、今回は広井王子がまとめた上演時間約55分のものが用いられている。台詞もかなり平易なものに変えられている。

海の公子(桐生麻耶)と陸の美女(城月れい)の話である。海の公国に、贈品の身の代として陸の美女が送られてくる。陸の美女は元の陸に帰りたがるが、もはや体は人間が見ると白蛇のなりに変わっており、戻った陸では迫害を受ける。海の公子は、海の世界は愛の世界であり、拝金主義や差別がまかり通っている陸上とは違うと宣言して、美女に永遠の愛を誓う。

 

「天守物語」などに顕著なのだが、泉鏡花は妖怪を崇高、人間を醜悪な存在として対比させることがあり、この「海神別荘」でもそれは踏襲されている。愛の至高は説かれているのかどうかははっきりとわからないが、俗人間より一段高いものへの憧れは秘められている。

OSK日本歌劇団の団員であるが、役を貰えているスターとアンサンブルのキャストでは歌唱力にかなり差がある。役を貰えなかった人は声量にも乏しいが、声の輪郭がボンヤリしていて音程がはっきりしない。切れや表現力に至る前に超えられない壁が現時点ではあるようだ。

 

35分の休憩を挟んで第2部はダンスレヴュー「STORM of APPLAUSE」。ミュージカルが売りの宝塚とは違って、OSKは代々ダンスレヴューを得意としてきた。客層もダンス目当ての人が多いようで、幕間にはそうした声も聞かれていた。

宝塚は東京に進出して東宝を築いたが、東京に姉妹劇団のSKDがあったためにOSKは今も大阪ローカルのまま。ただ街の雰囲気的にダンスレヴューは関西で行った方が合っているようだ。様々な要素がごっちゃになっている様は歴史の長い関西そのものであるようにも思える。

 

ラストは、OSK日本歌劇団の団歌で、昭和5年以来歌い継がれている「桜咲く国」。宝塚の「スミレの花咲く頃」ほど有名ではないが、こちらも良い曲である。

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2019年4月10日 (水)

南座新開場記念 都をどり 「御代始歌舞伎彩」2019年4月5日

2019年4月5日 京都四條南座にて

午後4時30分から、京都四條南座で都をどりを観る。
祇園甲部歌舞練場が耐震対策工事中ということで閉鎖されており、昨年一昨年は北白川の京都芸術劇場春秋座で公演が行われた都をどり。今年は新開場記念も兼ねた南座での開催となる。南座はロビーが狭いということで、今年はお茶席はなく、お茶菓子の皿プレゼントもないが、その代わりパンフレットは無料で配布されている。

昨年の春秋座での公演では、CGを使ったり「アナと雪の女王」を題材にしたりといった新しい試みを行った都をどり。春秋座が京都造形芸術大学の劇場ということで、京都造形芸大の教授でもある井上八千代が若者の取り込みを図ったのかも知れないが、学生らしき人々の姿は客席には見えず、新演出は常連客から大不評ということもあり、今年は揺り戻しからか保守的な内容になっている。それが全体として平板な印象を生んでいたようにも感じられる。

チケットを取るのが遅かったため、今日は2階の上手サイドの席の2列目。前列はラテン系と思われる外国人の一家である。舞台はそれほど良くは見えないが、花道での踊りは楽しめるため、この席を選んだ。舞台下手端で、ジャケットを着たおじさんが鳴り物に指示を出していたり、鈴を鳴らして演奏しているのが見えるのがシュールで楽しかったりする。

演目は置歌に続き、「初恵美須福笹配」「法住寺殿今様合」「四条河原阿国舞」「藁稭長者出世寿」「桂離宮紅葉狩」「祇園茶屋雪景色」「大覚寺桜比」の計8景。今は会えぬ人を偲ぶ内容の曲がいくつかあり、それが「大覚寺桜比」での華やかさと表裏一体の儚さにも繋がっている。

「大覚寺桜比」は、舞台上に桜の樹が並ぶ、舞台上方からも桜の枝が垂れていて今の季節に相応しい飾りであるが、稽古を重ねることで上半身がぶれずに速足で移動することの出来る芸妓達を見ていると、人間というより桜の精に出会ったかのような不思議な感覚に陥った。

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2018年12月11日 (火)

観劇感想精選(273) 「南座発祥四百年 南座新開場記念 白井松次郎 大谷竹次郎追善 當る亥歳 吉例顔見世興行 東西合同大歌舞伎」夜の部

2018年12月4日 京都四條南座にて観劇

午後4時50分から、京都四條南座で、「南座発祥四百年 南座新開場記念 白井松次郎 大谷竹次郎追善 當る亥歳 吉例顔見世興行 東西合同大歌舞伎」夜の部を観る。

演目は、「義経千本桜」より“木の実”“小金吾討死”“すし屋”、「面かぶり」、「弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ」“浜松屋見世先”より“稲瀬川勢揃い”まで、「三社祭」


「義経千本桜」より“木の実”“小金吾討死”“すし屋”は、「いがみの権太」として知られる作品である。“すし屋”が最も有名で且つ上演時間も長いため単独で上演されることも多いが、今回は3つの場が上演される。

まず“木の実”。壇ノ浦で討死したと思われていた三位中将維盛が生きており、吉野山に潜んでいるという設定である。
維盛の御台所である若葉の内侍(片岡孝太郎)と維盛の家来である主馬(しゅめの)小金吾(片岡千之助)が維盛の幼い子を連れて大和国下市村にやって来る。維盛の行方を尋ねに来たのだ。
峠の茶屋の女房・小せん(片岡秀太郎)が出掛ける間、若葉の内侍一行は木の実拾いに興じている。
そこに通りかかった権太(片岡仁左衛門)は、石を投げて木の実を次々に落としていく。そうして立ち去る権太だったが、実は小金吾の荷物と自分の荷物をわざと入れ替える。
荷物が自分のものではないと気づいた小金吾は、権太が盗人だと思うが、そこに権太が戻ってくる。荷物を間違えたと言って取り替える権太であったが、自分が行李に入れておいた20両がなくなったと騒ぎ始め、小金吾に金を返せと詰め寄る。

いがみの権太には、江戸の演出法と上方の演出法とがあるそうだが、今回は片岡仁左衛門の権太ということで、上方の演出となる。語り口調も上方言葉であり、江戸の粋(いき)よりも上方の粋(すい)が強く感じられる。ちなみに上方では権太の悪党ぶりを強調するようだ。

“小金吾討死”は、その名の通り小金吾の討死がだんまりを交えて演じられ、ラストで弥左衛門(市川左團次)が登場する。

“すし屋”は、吉野の釣瓶鮓屋の一杯飾りで演じられる。鮓屋の看板娘であるお里(中村扇雀)は、下男の弥助(市川時蔵)と祝言を挙げることが決まっている。弥助はお里を目上として扱うが、実はその正体は平維盛。お里の父親である弥左衛門は維盛の父親である小松内府平重盛に恩があり、維盛を下男と偽って匿っていたのだ。お里はそのことを知らない。
やがて、お里に兄である権太が帰ってくるのだが……。

寿司桶の取り違えが見せ場となり、前半は喜劇路線なのだが、ラストで心を入れ替えた権太の忠義話となる。
お里を演じる扇雀が実に可愛らしい。リアリズムで考えるとおかしなところが多々あるのだが、作品の魅力の前にはリアリズムなどはただのでくの坊である。


「面かぶり」。中村鴈治郎による長唄舞踊である。初演は明和4年(1767) に江戸の市村座で行われている。名刀鬼切丸の精霊が踊る様を描いたもの。
衣装や仕掛けが鮮やかであり、強靱な足腰を感じさせる鴈治郎の舞も一つ一つが決まっている。


「弁天娘女男白浪」。「青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)」(「白浪五人男」)の“浜松屋見世先”と“稲瀬川勢揃い”のみを上演する場合はこの名になるという。

“浜松屋見世先”。鎌倉雪の下にある呉服屋・浜松屋の見世先が舞台。二階堂家家臣・早瀬主水の娘(片岡愛之助)が四十八(市川右團次)に連れられて浜松屋にやって来る。娘と四十八が去ろうとした時に浜松屋の番頭である与九郎(中村梅蔵)が娘の万引きを見とがめる。番頭は娘の額を算盤でしたたかに打ち付けて傷を負わせるのだが、娘が万引きしたと思われた布は実は山形屋という店で買ったものだった。結局、弁償ということになる。だが実は娘の正体は白浪・弁天小僧菊之助、四十八は同じく南郷力丸であった。そこへ店の奥から二階堂家家臣を名乗る玉島逸当なる人物(中村芝翫)が現れ、二人を白浪と見抜くのだが……。

歌舞伎の演目の中で最も有名なセリフの一つである「知らざあ言って聞かせやしょう」が出てくるのがこの“浜松屋見世先”である。元々は尾上菊之助のために書かれたセリフであり、弁天小僧菊之助の名は尾上菊之助に掛けたもの。その他にも、「寺島」(尾上菊之助の本名)、「音羽屋」(尾上菊之助の屋号)がセリフに登場する。愛之助の「知らざあ言って聞かせやしょう」は義太夫節の影響の薄い、自然なもの。やはり江戸と上方の俳優とでは異なるのであろう。
ちなみに、中村梅蔵が、「南座の顔見世が初日から満員御礼続き」というネタをやる時に愛之助の屋号を何故か「高嶋屋」と言い間違えていた(最初は自身の屋号である「高砂屋」と言おうとして嶋だけ戻したのだが間に合わず)。本職でも屋号を言い間違えることはあるようだ。

“稲瀬川勢揃い”はその名の通り、白浪五人男(中村芝翫演じる日本駄右衛門、片岡愛之助演じる弁天小僧菊之助、中村鴈治郎演じる忠信利平、片岡孝太郎演じる赤星十三郎、市川右團次演じる南郷力丸)が「志ら浪」と書かれた傘を持ったいなせな格好で勢揃いし、捕り方の前で掛詞を使った名乗りを上げるというものである。それだけで歌舞伎として実に絵になる演目である。


「三社祭」は、若手の中村鷹之資(たかのすけ)と片岡千之助による歌舞伎舞踊。
若い二人の持つエネルギーがはち切れんばかりに躍動する。一方で、若さが余って軸がぶれることもあるが、今日最後の演目としては二人の持つ力強さは好ましく思われた。


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2018年11月21日 (水)

観劇感想精選(268) 南座発祥四百年 南座新開場記念 當る亥歳「吉例 顔見世興行 東西合同大歌舞伎 二代目松本白鸚 十代目松本幸四郎 八代目市川染五郎襲名披露」夜の部

2018年11月11日 京都四條南座にて観劇

午後4時30分から、新装なった京都四條南座で、南座發祥四百年新開場記念「當る亥歳 吉例顔見世興行 東西合同大歌舞伎 二代目松本白鸚 十代目松本幸四郎 八代目市川染五郎襲名披露」夜の部を観る。

耐震対策工事のため閉鎖されていた南座の新規オープン公演であり、今年は特別に2ヶ月続けて顔見世公演が行われる。11月の顔見世は、高麗屋3代の襲名披露公演でもある。

工事を終えてから初めて入る南座であるが、内装はいうほど変化はなし。椅子は替えたようだが、いうほど大きくなっておらず、少なくとも3階席は前後の座席間も詰まったままで、エコノミークラス症候群を避けるために幕間に歩いて血の巡りを良くする必要がある。
トイレはかなり綺麗になったが、それ以外は余り代わり映えしておらず、幕間には「がっかり」という声も聞こえてきた。「特別席も悪くなった」という話をしている人もいる。


演目は、「寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)」、「勧進帳」、「雁(かり)のたより」。「寿曽我対面」と「勧進帳」の間に、高麗屋3代の襲名披露口上が設けられている。


「寿曽我対面」。江戸歌舞伎では、毎年正月に曽我狂言を行っていたことから選ばれた縁起の良い演目(寿狂言)である。纏めたのは河竹黙阿弥。
出演は、片岡仁左衛門(松嶋屋)、片岡孝太郎(松嶋屋)、片岡愛之助(松嶋屋)、上村吉弥(美吉屋)、中村壱太郎(かずたろう。成駒屋)、中村亀鶴(八幡屋)、澤村宗之助(紀伊国屋)、片岡秀太郎(松嶋屋)ほか。

工藤左衛門祐経(仁左衛門)の屋敷が舞台ということで、工藤氏の定紋として知られる庵木工の家紋が背景の金箔の中に鏤められている。
源頼朝に味方して出世と遂げた工藤祐経に館に、宿敵だった河津三郎祐康の子である曽我十郎祐成(孝太郎)と曽我五郎時致(愛之助)の兄弟が対面を願い出てくる。

時致に扮した愛之助がかなりの外連を用いているのが印象的である。先日、びわ湖ホールで観た時とは違い、祝祭の場であるということを意識しているのだろう。


高麗屋3代による襲名披露口上。坂田藤十郎(山城屋)と片岡仁左衛門が引き立てを行う。
松本白鸚は2代目であるが、初代は南座の舞台に立ったことはなく、「松本白鸚」のまねきが上がるのは、今回が史上初となるそうである。
2代目白鸚は、67年前に南座でフィルムに収めるための上演に参加したそうだが、「流石にその時の演目を観たことがあるという方はこの場にいらっしゃらないと思います」と述べる。
松本幸四郎に関しては、仁左衛門が6年前の奈落墜落事故からの復活を称える紹介を行った。
市川染五郎は14歳ということで中学生なのだが、幸四郎が「学校を1ヶ月休んだ」ことを明かし、染五郎は、「(この後の『勧進帳』の義経役を)人生最大の緊張で」誠心誠意演じることを誓った。


「勧進帳」。歌舞伎の演目の中で一二を争う有名作である。
出演は、松本幸四郎(高麗屋)、市川染五郎(高麗屋)、大谷友右衛門(明石屋)、高麗蔵(高麗屋)、澤村宗之助、松本錦吾(高麗屋)、松本白鸚(高麗屋)。

加賀国安宅の関を舞台に、関守である富樫左衛門(白鸚)と東大寺大仏再興のための勧進を行う山伏に扮した武蔵坊弁慶(幸四郎)の丁々発止のやり取りが見物である。
すでに源義経(染五郎)と弁慶らの一行が山伏に扮しているという情報を富樫は得ており、何人もの山伏が処刑されている。
弁慶らが現れた時点で、富樫は怪しいと睨んでいるはずだが、弁慶の振る舞いの見事さに打たれて通すことに決める。
剛の者である弁慶と戦の天才義経をもってすれば、関を押し通ることも可能なはずで、それが武士の本道なのだが、その場合は鎌倉方に北陸路を行っているという情報が漏れてしまうため、技芸を持って堂々と通るという、ある意味、歌舞伎役者の姿そのものを描いている筋立てとなっている。弁慶は比叡山で修行したこともあるため、白紙の勧進帳読み上げや、山伏の装束や仏法に関する知識もあり、その場での思いつきではなく積み上げてきたものを披露しているという点でも伝統芸能的である。

染五郎は若いということもあり、役が体に染み込んでいない。14歳で大当たりを取ったら史上最高の天才レベルなので、これはこれで良い。
幸四郎の弁慶も「見事」と言える水準ではあるのだが、父親に比べるとまだまだである。白鸚の富樫は「見られるだけで嬉しい」類いのものである。


「雁のたより」。上方狂言である。出演は、中村鴈治郎(成駒屋)、中村亀鶴、中村壱太郎、片岡秀太郎、中村寿治郎(成駒屋)、松本幸四郎、片岡市蔵(松嶋屋)ほか。

有馬温泉が舞台である。さる大名の若殿である前野佐司馬(亀鶴)は、元新橋の傾城で今は側室としている司(壱太郎)を伴っているのだが、司は佐司馬につれない態度を取る。佐司馬は、司に「気に入った者に盃を差すよう」言うのだが、司は裏町にある髪結の三二五郎七(鴈治郎)に盃を与えたいと言い出し……。

三二五郎七の一人語りが役者の腕の見せ所である。一人語りは現代劇では「リアルでない」として避けられる傾向にあるのだが、伝統芸能の一場で役者が魅せるものと考えれば悪くはない。
ラストはとってつけたようなもので、これまでの過程から考えても不自然に思われるのだが、「理屈となんとかはどこにでもつく」ため、それも三二五郎七の演技の一つだったと考えることも出来る。あくまで「出来る」であって、現代人の目にはご都合主義に映るのは確かである。
面白いのはむしろ、鴈治郎と幸四郎のやり取りで、互いを贔屓の役者として褒め合うシーンなどは存分に笑うことが出来る。

夜の部は演目的はさほど魅力的ではなかったといえるだろう。勿論、役者は粒ぞろいなので、そこは見応え十分である。



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2018年2月 8日 (木)

松竹 「南座新開場ご紹介」映像ご紹介

松竹による京都四條南座の新開場公式案内映像です。

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2015年11月14日 (土)

観劇感想精選(169) 「喜劇 有頂天旅館」

2015年7月12日 京都四條南座にて観劇

午後3時30分から、京都四条南座で、「喜劇 有頂天旅館」を観る。北條秀司の「比叡颪し」を“現代の戯作者”といわれる齋藤雅文が演出。劇中に出てくる方言は北條が指定したものとは違い、出演者の出身地のものであり、そのため設定もわずかに違う。出演:渡辺えり、村田雄浩、徳井優、曽我廼家文童(そがのや・ぶんどう)、綾田俊樹、森本健介(京言葉方言指導兼任)、二反田真澄、椿真由美、水月舞、新納慎也(にいろ・しんや)、キムラ緑子ほか。

滋賀県大津市の琵琶湖沿いにある老舗料理旅館、魚吉楼(うおよしろう)が舞台である。巡査・溝呂木を演じる徳井優が口上役と狂言回しを務める。溝呂木は魚吉楼で事件が起こり、その容疑者を紹介するという形で主要キャストが花道から出てきて横一列に並び、自己紹介をして劇は始まる。

魚吉楼の主である直三郎(村田雄浩)は、東京の大学を出て実家の魚吉楼を継いだが、自らが「髪結いの亭主」と名乗るとおり、旅館の運営は妻で女将のおかつ(渡辺えり)に任せっきりであり、女遊びに現を抜かしていた。おかつは山形の芸者だったが(渡辺えりが山形県出身なので設定を変えてある)、山形に出張に来た直三郎に見初められ、恋仲となる。直三郎には妻がいたが、病気で入院しており、余命幾ばくもないということで、直三郎が妻と籍を抜く前におかつは直三郎と一緒になってしまい、大津に出てきて魚吉楼を任されたのだ。

おかつは遣り手の女将であるが、欠点は新宗教に溺れていること。いかがわしい宗教の教祖を盲信しており、何をするにも教祖が決めた暦通りにしたり、教祖・光尊(椿真由美)の神託を真に受けたりしている。

魚吉楼はおかつと、女中頭の信代(キムラ緑子)が両輪となって動いている。信代は「~だす」という独特の語尾表現をするが、これはキムラ緑子の出身地である淡路島の方言であるようだ。

実は女好きの直三郎は信代とも男と女の仲である。

魚吉楼の板前が、三井寺の階段から転げ落ちて足を痛め、魚吉楼に通えなくなってしまう。そこで新たな板前、島吉(新納慎也)が呼ばれる。島吉は女形のような身なりと言葉遣い、というのは見せかけで、事件を起こして追われている犯罪者だった。そして島吉の女房が他ならぬ信代であった。信代は魚吉楼の乗っ取りを企んでいたのである。時あたかも東京オリンピック前夜、名神高速道が魚吉楼の敷地内を通る計画があり、信代は高額が予想される立ち退き料をもせしめる魂胆であった。

魚吉楼の従業員であるが、ギャンブル狂いの男衆・国松(綾田俊樹)、好色な番頭・善助(曽我廼家文福)、手癖の悪い飯炊き・おたき(森本健介)、不器用な下女の千代(水月舞)など、頼りない面々が並んでいる。千代は直三郎から特別に小遣いを貰うなど可愛がられており、信代は直三郎と千代の関係を疑うが、直三郎は千代は実は自分の実の娘と打ち明ける。

教祖・光尊がおかつにお告げを下す。「そちはこの家に縁薄き女」といわれたおかつは、直三郎が気に入りそうな下女を全員追い出し、芸者も入れないことに決める。だが実は光尊と信代はグルであり、逆に信代がおかつを追い出しやすくするよう仕向けていたのだった。信代は千代と直三郎の間が怪しいとして千代も追い出すことに成功。

だが、隣の家に空き巣が忍び込み、魚吉楼の人間全員に疑いが掛かる。隣家で事件があった日は、おかつが「日が悪い」として全員に魚吉楼から出ないように命じ、自分は逢坂山の光尊の家で託宣を授かり、その後、京都の円山公園にある連れ込み旅館で千代が働いているという情報を受け、千代の身を引き受けに出向いていた。

魚吉楼から出てはいけないはずであったが、直三郎は「山科に行く」と言って出ていき、島吉は「石山にいる親戚の容態が急変」と嘘を付いて魚吉楼を出る。信代もまた出掛け、男衆の国松は集金のために店まで出向く。直三郎や信代から口止め料を貰った番頭の善助も出掛けてしまう。つまり、アリバイがない人が大勢いたのだ。アリバイを洗っていくうちに事実が明らかになる……

誰が観ても分かりやすいように、少し開かれた形の上演となっている。登場人物の性格も表と裏の二つだけであり、重層的に入り組んでいるわけではない。ただ、そのままでも十分に分かりやすい戯曲であるため、音楽や照明が説明的に過ぎるのはやはり気になった。

日本を代表する舞台女優である渡辺えりとキムラ緑子であるが、意外にも二人とも南座の舞台を踏むのは初めてだという。キムラ緑子は同志社女子大学出身で、京都で活動を始めた劇団M.O.P.の看板女優であっただけに余計に意外という印象を受ける。ちなみにキムラは渡辺が主宰していた劇団3○○(さんじゅうまる)の大ファンだったそうである。

渡辺えりは自身の持ち味を前面に押し出した演技。対するキムラ緑子は二つ(数え方によっては三つ)の顔を持つため、硬軟自在の演技を披露する。村田雄浩は時折かなり面白い演技をする俳優であるが、今日は正攻法であった。

主要キャストはそれほど多くないが、幾つもの役を掛け持つ端役は新劇の台本の常として大勢いる。名前を挙げた人を除いて全17名の大所帯である。多い人は一人で六役を演じ分ける。

ラストが浪花節なのが好悪を分かちそうだが、謎解きも含めた楽しさに関しては万全の仕上がりである。

なお、大津が舞台ということで、南座の1階売店横には近江牛や近江米を始めとする滋賀県の名産品発売ブースが設けられていた。

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2015年11月 4日 (水)

観劇感想精選(167) 新作歌舞伎「あらしのよるに」

2015年9月24日 京都四條南座にて観劇

午後4時から、京都四条南座で、新作歌舞伎「あらしのよるに」を観る。実は観る予定のなかった劇なのであるが、真宗大谷派東本願寺(真宗本廟)に礼拝に行った時、ブックストアで戸次公正の『親鸞の詩(うた)が聞こえる エッセンス・正信解』(東本願寺出版部)という本を買い、その本の最初の章に絵本『あらしのよるに』の話が出ているのだ。「『あらしのよるに』は、今、南座でやってるじゃないか!」ということで、チケットを取って観に行くことに決めたのである。偶然なのか回向なのか。それはおくとして、「あらしのよるに」は、歌舞伎としても現代劇としても面白い出来であった。

原作:きむらゆういち、脚本:今井豊茂、演出・振付:藤間勘十郎。出演:中村獅童、尾上松也、中村梅枝、中村萬太郎、市川橘太郎、市川竹松、市川月乃助、尾上徳松、片岡千壽、河原崎権十郎、市川萬次郎ほか。

狼たちと山羊たちの世界の話である。

まず狼たちの兄貴分である“ぎろ”(市川月乃助)らが山羊の群れを襲う計画を立てている。狼“ばりい”を演じる片岡千壽は何故かセリフが関西弁である。
狼たちの踊りは荒々しい荒事で、益荒男ぶりを見せつける。

今度は山羊たちの群れ。“おじじ”(市川橘太郎)、みい姫(市川梅枝)、“たぷ”(市川萬太郎)、“はく”(市川竹松)らが群れに加わり、舞が始まる。こちらは和事で、手弱女ぶりを発揮、と書きたいところなのだが、後ろの方の人達は明らかに稽古不足で、踊りがバラバラであり、優雅さが出ていない。セリフのほとんどないアンサンブルキャストが多いということもあるのだろうが、まがりなりにも歌舞伎俳優を名乗っているのだから舞はせめて見せられるものにして貰わないと。

山羊たちの群れを狼たちが襲う。逃げ遅れた雌山羊の“まつ”(尾上徳松)は、ぎろと一騎打ち。当然、敵うはずはないが、まつは不意を突いてぎろ右耳を食いちぎり、一矢報いて倒れる。右耳を失ったぎろは怒り心頭に発するが、そこの狼たちの長(おさ。お頭とも呼ばれる。澤村大蔵)が戦況を見舞いに来る。長と二人きりになったぎろは千載一遇のチャンスと思いつき、長を槍で突いて殺し、駆けつけた狼たちには、「長は山羊に殺された」と嘘を付く。そして、自身失われた右耳を山羊に襲われた証拠としてしまうのである。しかし、長の遺体のそばに落ちていた槍の穂先がぎろのものであることに気付いた“がい”(河原崎権十郎)は、ぎろに疑いの目を向け……。ここまでが「発端」とされる部分である。

主役である狼の“がぶ”(中村獅童)が登場するのは「発端」から長い月日が経ってからのことである。がぶはぎりに殺された狼の長の息子なのだが、出来が悪く、狼のみんなから馬鹿にされていた。父親は、がぶに「己を信じ、自分らしく生きていれば、必ず自分を信じて認めてくれる友達が出来る」と言い聞かせてきた。だが、今もがぶははぐれ狼である。

山羊の“めい”(尾上松也)が、嵐の夜に、風雨と雷を避け、粗末な小屋に閉じこもっている。めいは山羊たちが襲われる悪夢を見て、バッと跳ね起きる。夢だと気付いて一息ついたところで、やはり嵐を避けて小屋に飛び込んできた者がいる。狼のがぶなのであるが、小屋の中は真っ暗闇、がぶもめいも風邪を引いていて嗅覚ゼロ、ということでめいは相手が同じ山羊だと思っているし、がぶも先客は狼だと思い込んでいる。めいが「さわさわ山に住んでいる」と言うと、がぶは「あそこは良い食べ物が一杯あるでやんす」(語尾を「~でやんす」とするのが、がぶの口調の特徴である)と答える。めいは食べ物が「草」だと思っており、がぶは「山羊」のつもりで言ったのであるが、相手の正体がわからないため、誤解を誤解と気づけないまま話は進む。そして共に「風の歌」という歌が好きだということがわかり、意気投合。明日また会おうということになる。この小屋の前で、合言葉は「あらしのよるに」

暗闇の中で物事が進行する様子を見て、私は夏樹静子の傑作ミステリー小説『第三の女』を連想した。

翌日、小屋の前へとやって来ためい。台風一過で青空が広がっている。めいは相手へのプレゼントにするための四つ葉の幸福草(クローバー)を探しに行く。その直後にがぶが小屋の前にやって来る。相手への贈り物としてやはり四つ葉の幸福草を手にしている。しかし、「あらしのよるに」の合言葉で顔を合わせた二人は吃驚仰天。まさか相手が敵であるとは思いもしていなかったのだ。

がぶは山羊を食べるのが大好きなのであるが、めいとの昨日のやり取りを思い出し、「山羊は食べたことがない」と嘘を付いて、言葉を交わす。ちなみにめいはがぶの手土産である四つ葉の幸福草を食べてしまう(草食であるため)。その後、豊かな草場へとめいを案内したがぶは、めいを食べたいという気持ちを持ちつつもそれを抑えて、友達と接する。

なお、がぶの内面の声は謡(浄瑠璃:竹本蔵太夫、竹本司太夫)が担当するのだが、謡が「食べたい、食べたい」と繰り返すところで、獅童が「うるせーよ! いい加減にしろ!」と毒づき、謡は謡で獅童をおちょくるというシーンがある(今日は簾はなく、相手の姿がはっきりと見えるようになっている。ここは役者の入り口としても使われる)。歌舞伎というものを相対化してみせる面白いやり方である。

「発端」でも、狼や山羊が一階の客席通路が使って舞台に上がったが、がぶの中村獅童とめいの尾上松也も1階客席に降り、通路を使い、その後、おそらく通路ではなく客席と客席の間(南座は古い劇場なのでかなり狭い)を通って花道に戻る。私は今日も三階席に座っていたので、一階で何が起こっていたのかは正確にはわからないのだが、尾上松也が中村獅童に「迷惑なんじゃないですか」と言っていたため、客席と客席の間を通り抜けたと予想される。

ちなみに、中村獅童はたまにであるが、感情を切り替える場面などで、野田秀樹のような喋り方をする。おそらく意図的に野田の演技スタイルを参考にしているのだと思われる。

その後、話は暴君となった狼の新首領ぎろと、羊たちとの戦いへと発展していく。舞台奥の幕は細長い幕を縦に吊したものだが、これが狼たちが奥へと退場する時にくるりと回り、戸板返しの代わりになっている。その他にも、囃子方が上手と下手に分かれ、下手からは邦楽器だけではなく、シンバルなども盛大に鳴らされている。

山羊たちの集会の場面では散開の場面で、囃子方が「メリーさんの羊」を演奏し、「僕ら羊じゃなくて山羊なんですけど」と博学の山羊であるはくに突っ込まれる。

立場が違い、生まれ落ちた時点で天敵という「宿命」をどう乗り越えていくかという「人間」の物語でもある。中村獅童がバリバリにアドリブを入れるなど、コメディー的な要素が満載であり、重くなりすぎないよう、最後までファルスの精神は貫かれているが、テーマ自体は重いものである。

個々のあり方から国家間のスケールまで、我々は「わかり合えない」という業をほとんど生まれながらにして背負っている。もし異質でわかり合えないはずのもの同士が手に手を取って笑顔になれる日が来るとするのなら、そのために最も必要なのは……、存在というものを認めて一対一で対応していくしかないのかも知れない。一対組織、個対集団になってしまった場合、我々は永遠の誤解を繰り返すことになるであろうから。

演出としては、吹雪や雪崩に巨大な白幕を何枚も使うなど、迫力を出す事に成功していた。また役者がポールを伝って降りてくるという場面があり、古典歌舞伎にはまずないことなので、視覚的に面白かった。外連も多いが、歌舞伎とはそもそも外連を競うものであり、そこにはリアリズムを超えた「確固たるもの」が存在していた。

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