カテゴリー「京都フィルハーモニー室内合奏団」の15件の記事

2020年9月19日 (土)

コンサートの記(655) 京都フィルハーモニー室内合奏団 「北欧の室内楽」@アートコンプレックス1928 2005.12.7

2005年12月7日 三条御幸町のアートコンプレックス1928にて

午後7時からアートコンプレックス1928で京都フィルハーモニー室内合奏団のメンバーによる室内楽演奏会、「北欧の室内楽」を聴く。
アートコンプレックスでコンサートを聴くのは久しぶり。前回はジャズの演奏会だったのでクラシック音楽を聴くのは自分でも意外だが初めてである。

京都フィルハーモニー室内合奏団(以下:京フィル)はアートコンプレックスで定期的に演奏会を行っていたのだが、これまではずっと平日の昼間に演奏会を開いていたのでなかなか聴きに行けなかった。客席は、京フィルの関係者とファン、北欧音楽ファン(私もここに入る)、室内楽ファンに大別されるようだ。あまり宣伝はしていなかったので、「よくわからないけれど何となく来てしまった」という人はいないようである。

楽団紹介パンフレットには、藤堂音楽賞受賞や京都新聞大賞文化学芸術賞受賞など受賞歴が書いてあるが、それがどういう音楽賞なのかよくは知らないため、感じるのは「頑張ってるんだねえ」ということだけ。
それよりも、「アーノンクールが初めて、そして今のところ唯一指揮した日本のオーケストラ」という売り文句を書いた方がずっとわかりやすいしアピール力もあると思うのだが(クラシックファンの中に、アーノンクールが京都に来たことを知らない人は何人かいるかも知れないが、アーノンクールという名前を知らない人はまずいないだろうし)、京フィルには「売らんかな」という姿勢はないようなので、こちらがどうこういっても仕方ない。


曲目はニールセン(デンマーク)の木管五重奏曲。シンディング(ノルウェー)の「セレナーデ」より第1番、第2番、第5番。グリーグ(ノルウェー)の「ソルヴェイグの子守歌」と「白鳥」。シベリウス(フィンランド)の弦楽四重奏曲「親愛なる声」。グリーグのみ室内楽ではなく歌曲である。


ニールセンの曲は不思議なメロディーと現代的な響きが特徴。クラリネットが普通は出さないような音を出す。技巧的にも難しいのがわかる。
しかしその割りには曲があまり面白くない。今日のアートコンプレックスの客席は平戸間であるため、暖房が下まで届かず寒かったのだが、にも関わらず居眠りしている人が続出。やはり曲に魅力がないのだろう。


シンディングの曲は二つのヴァイオリンとピアノによる三重奏という編成。
シンディングの音楽はどこまで行っても青空、といった風な明るさと、艶やかで優しく爽やかなメロディーが特徴だ。だが少なくとも今日聴いた音楽からは影がほとんど感じられない。
生前は人気作曲家であったというシンディング。しかし死後、急速に忘れ去られてしまう。あるいは影が不足していたことがその原因なのかも知れない。シベリウスの音楽が喜びの歌の背後に癒しがたい悲しみを湛えていたのとは好対照である。


グリーグの歌は、清澄なメロディー、温かな雰囲気、透き通るような悲しみが特徴。愛らしい歌曲である。歌ったのはソプラノの島崎政子。真っ赤なドレスが印象的であった。


ラストのシベリウスの弦楽四重奏曲「親愛なる声」は他の曲とは格が違う。弦楽四重奏曲ではあるが、スタイルは小編成による合奏曲に近い。先にも書いたがチャーミングで喜び溢れる歌の中に、悲しみや孤独が隠れている。私はそこに人生を感じてしまう。
視覚的にも格好良く、一斉合奏の部分は絵になっている。
ただシベリウスの音がしていたかというと、「ある程度は」と答えるしかない。シベリウスの音楽を聴かせるのは難しいのだと再確認する。

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2020年9月 6日 (日)

コンサートの記(652) 京都フィルハーモニー室内合奏団第227回定期公演B~室内楽シリーズ Vol.3「京都で愛でるダンス音楽の夕べ」@京都文化博物館別館

2020年9月3日 三条高倉の京都文化博物館別館にて

午後6時30分から、京都文化博物館別館で京都フィルハーモニー室内合奏団の第227回定期公演B~室内楽シリーズ Vol.3 「京都で愛でるダンス音楽の夕べ」を聴く。客席は両隣最低1席は空けてソーシャルディスタンスを保っての開催である。

コロナ禍でもいち早く演奏を再開させて話題になった京都フィルハーモニー室内合奏団。今年の春からは柳澤寿男がミュージックパートナーに就任している。

 

京フィルこと京都フィルハーモニー室内合奏団の室内楽演奏は、マニアックな曲目を取り上げることで知られている。

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今日のプログラムは、ファルカシュの「17世紀の古いハンガリー舞曲」(フルート:市川えり子、オーボエ:岸さやか、クラリネット:松田学、ファゴット:田中裕美子、ホルン:山本愛沙子)、ピアソラの「ブエノスアイレスの四季」より“秋”と“冬”(ヴァイオリン:森本真裕美、チェロ:石豊久、ピアノ:佐竹裕介)、トゥリンの「ファンダンゴ」(トランペット:山崎恒太郎、トロンボーン:村井博之、ピアノ:佐竹裕介)、ヨハン・シュトラウスⅡ世の「皇帝円舞曲」(第1ヴァイオリン:角田博之、第2ヴァイオリン:青山朋永、ヴィオラ:馬場順子、チェロ:石豊久、コントラバス:上野泰歳、ピアノ:佐竹裕介)。

京都市交響楽団を始め、関西のオーケストラのピアノパートを手掛けることの多い佐竹裕介が4曲中3曲に登場し、ほぼ主役状態である。関西のクラシックファンで京フィルのメンバーを一人も知らないという人は結構多いと思われるが、佐竹裕介を知らない人は稀だろう。それぐらい出まくっている。主に20世紀以降にオーケストラに加わるようになったピアノパートは、それほど人気というわけではないが、佐竹は「自分はピアニストだけれど、オーケストラのメンバーになりたい」という憧れをずっと抱いていたそうで、適職に就いたという感じである。

 

ファルカシュの作品は、タイトル通り、バロック以前の味わいを持つが、ファルカシュ自体は1905年に生まれ、2000年に没したという、比較的新しい時代の作曲家である。
ファルカシュ・フェレンツ(ハンガリー人であるため、姓・名の順の表記となる)は、ブダペスト音楽院を経てローマの聖チェチーリア国立音楽院で、レスピーギに師事しており、レスピーギ譲りの豊かな音の彩りを駆使して映画音楽の作曲家としても活躍したそうだ。ジェルジ・リゲティは弟子である。
「17世紀の古いハンガリー舞曲」は素朴さや明るさが特徴的であり、旋律も内容も分かりやすい。古い楽曲を現代風にアレンジするところなどは、師のレスピーギに範を取ったのだろうか。

演奏終了後にファゴットの田中裕美子がマイクを手に挨拶。マイクの前にはプラスチックボードが貼り付けてあり、飛沫が飛ばないよう工夫されている。今日は結構、人が入ったため(元々、京フィルの室内楽シリーズは曲目が魅力的ということで人気がある)、マイクを使っても後ろの方まで聞こえなかったようで、最初からやり直しとなったため、クラリネットの松田学に急遽出てもらい、5曲目の「跳躍の踊り」について語って貰っていた。

 

ヴァイオリニストの森本真裕美によるピアソラの「ブエノスアイレスの四季」の解説。1990年代半ばに起こったピアソラビームの影響もあり、今では「タンゴといえばピアソラ」という感じになっているが、ピアソラはパリ国立音楽院でナディア・ブーランジェに師事し、ブーランジェから「あなたはタンゴを書くべきだ」といわれ、祖国であるアルゼンチンに戻り、タンゴの作曲家としてスタートしている。クラシックの作曲法を学んだこともあって洗練されたタンゴを書いたが、「こんなタンゴじゃ踊れない」と祖国では評判が悪く、逃げるようにアメリカに移っており、アルゼンチンでタンゴの作曲家として認められた時にはすでに60歳を過ぎていたそうである。
ただクラシックをベースにしたタンゴであるため、世界のどこに行っても通じやすく、日本にもピアソラのファンは多い。ギドン・クレーメルのピアソラアルバムがベストセラーとなった時は、坂東玉三郎が広告やCDの帯でピアソラ愛を語っていた。

アルゼンチンは南半球にあるため、日本とは季節が真逆である。今は冬から春に向かう頃だ。

“秋”は、ヴァイオリンが駒より後ろの部分を奏でてギロのような音を出すなど意欲的な表現も目立ち、いかにもピアソラといった味わいの音楽だが、“冬”は家族で団欒の時間を過ごしているような親密な顔が覗く。あるいはヴィヴァルディの「四季」の“冬”より第2楽章が意識されているのかも知れない。

 

トゥリンの「ファンダンゴ」。アメリカの作曲家であるジョセフ・トゥリンは吹奏楽の世界では有名なようである。トロンボーンの村井博之がマイクを手に、新たに京フィルに加わったトランペットの山崎恒太郎を紹介していた。
「ファンダンゴ」は躍動感と推進力を特徴とする。元々は吹奏楽ための賑やかな曲のようで、YouTubeなどにもいくつか映像が上がっているが、室内楽バージョンは少し趣が異なる。

 

ラストの曲目となるヨハン・シュトラウスⅡ世の「皇帝円舞曲」。場面転換に時間が掛かるので(ステージスタッフは女性一人のみ)、第1ヴァイオリンの角田博之(すみだ・ひろゆき)がトークで繋ぐ。大体はWikipediaから拾ってきた情報だそうである。
個人的な思い出を書くと、工藤静香が若い頃に出演していたチョコレートのCMに「皇帝円舞曲」が使われており、CMの中で工藤静香が首を振って踊っていた情景が思い起こされる。誰かがYouTubeにアップしているようだ。

室内楽編成の「皇帝円舞曲」であるが、各パートの旋律がはっきり分かるという利点があり、京都文化博物館別館の独特の音響にも助けられて、華やかな仕上がりとなった。サロンでは昔からこうした編成で弾かれる機会も多いので、室内楽アンサンブルで聴くのも取りようによっては贅沢である。

アンコールは同じくヨハン・シュトラウスⅡ世の「トリッチ・トラッチ・ポルカ」。勢いもある楽しい演奏である。ニューイヤーコンサートではないが、今年の前半はコロナで全て吹き飛んでしまったため、これが本当の意味での今年の始まりという気分にもなる。


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2020年6月18日 (木)

京都フィルハーモニー室内合奏団ほか リモート演奏「東村山音頭」

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2019年10月 1日 (火)

コンサートの記(596) 春秋座オペラ10周年記念ガラコンサート

2019年9月21日 京都芸術劇場春秋座にて

午後4時30分から、京都芸術劇場春秋座で、春秋座オペラ10周年記念ガラコンサートを聴く。文字通り春秋座で毎年オペラが上演されるようになってから10年が経つのを記念してのガラコンサートである。午後1時開演と午後4時30分開演の2回公演で、出演者が多少異なるほか、曲目を担う歌手にも変動がある。

 

春秋座での公演はミラマーレ・オペラによる上演であることが多く、オーケストラもミラマーレ・オペラによる小編成の団体が手掛けていたが、今回は常設の京都フィルハーモニー室内合奏団が担う。指揮は奥村哲也。ステージ上での演奏である。
実は、春秋座でオーケストラが演奏を行ったことが一度だけある。2002年の初夏のことで、ルーマニアのトランシルヴァニア交響楽団(ドラキュラで有名な地方の団体)の来日公演であった。私もそれを聴いているのだが、中編成のオケではあったが、そもそもオーケストラが演奏することを想定して作られていないため、「新世界」交響曲ではずっと壁がビリビリ鳴っているという状態で、以後、春秋座ではオーケストラによる演奏は行われていない。京フィルは今年も春秋座で壮一帆とのジョイントコンサートを行ったりしているが、今日も第1ヴァイオリン4のサイズなので音響面で問題はない。足りない音は殿護弘美のピアノが補う。

一方、歌唱の響きに関しては理想的である。そもそも春秋座は三代目市川猿之助(現在の二代目市川猿翁)による上演を想定して作られているのだが、猿之助は歌舞伎は勿論、リヒャルト・シュトラウスの歌劇「影のない女」やリムスキー=コルサコフの歌劇「金鶏」の演出を手掛けたこともあり、グランド形式ではないもののオペラの上演は最初から念頭に入れられていたといわれている。そのため声の通りも良いのだ。ただその分、誤魔化しは利かず、ちょっと上手くいかないと客席にすぐ伝わってしまう。

 

開演前にプロデューサーの橘市郎氏に挨拶したのだが、「入りが良くない」とのことだった。2階席にも人はいるようだったが、休憩時間に確認したところ極々まばら。1階席も前の方や中央列は埋まっているのだけれどという状況である。日本の場合はオペラが日常に根付いていないし、名士が聴きに来たり、ビジネスマンが幕間に商談を行うという習慣もない。西洋だとオペラが共通の教養になっていたりするのだが、ここは西洋でもない。ということで、基本的にはオペラが好きな人だけが来るのだが、当然ながらオペラが好きな日本人というのは圧倒的少数派である。ブランド志向なので海外の名門オペラ劇場の引っ越し公演があったりするとチケットが馬鹿高くても客は入るのだが、ブランドが目当てで音楽やオペラが好きなわけではないので、地元で何かあっても来ない。東京は毎年行われるオペラの森が盛況で、状況は変わりつつあるのかも知れないが、地方にはまだ波及していないのだと思われる。びわ湖ホールなどは子どものためのオペラ作品を上演しており、両親も含めたオペラファン発掘に努力している。

 

曲目は、ビゼーの「カルメン」より前奏曲、ヴェルディの「椿姫」より“ああ、そはかの人か~花から花へ”(西田真由子)、ロッシーニの「セヴィリアの理髪師」より“今の歌声は”(高嶋優羽)、“俺は町の何でも屋”(奥村哲)、プッチーニの「ラ・ボエーム」より“冷たき手を”(笛田博昭)、“私の名はミミ”(稲森慈恵)、“幸せだったあの場所に戻ります”(江口二美)、“もう本当に終わってしまったの”(江口二美、山本欣也、三輪千賀、鶴川勝也)、モーツァルトの「魔笛」より“燃え立つ復讐の炎”(川越塔子)、“ああ消え去った恋の幸せ”(高嶋優羽)、“パパパ”(西田真由子&奥村哲)、プッチーニの「蝶々夫人」より“ある晴れた日に”(川越塔子)、“さらば愛の家よ”(笛田博昭)、ビゼーの「カルメン」より“恋は野の鳥(ハバネラ)”(並河寿美)、“闘牛士の歌”(片桐直樹)、“うまい話があるぞ”(岡村彬子、三輪千賀、西田真由子、山本欣也、奥村哲)、“花の歌”(井藤航太)、ヴィルディの「椿姫」より“乾杯の歌”(全員)。進行はミラマーレ・オペラ代表理事の松山郁雄が務める。

 

歌手がオーケストラの前に出て歌うスタイルであるため、歌とオーケストラの間にズレが生じることも多いのだが、これはいわゆるオペラ上演と異なるので仕方のないところである。
日本語のセリフを入れての上演だったが、ちゃんと言えている人がほとんどいないというのが問題点である。音大でも演技の指導はちゃんと行っているはずなのだが、二の次にされているのかも知れない。ドイツには演劇音楽大学が多く、オペラを学ぶのに理想的な環境だと思われるのだが(実際にどうなのかは知らない)、日本の場合は、音楽と演劇の両方があるのは日藝と大阪芸術大学だけだろうか。両方ともクラシック音楽には強くない。

 

歌手はやはり関西出身者や関西で学んだ人が多いが、それ以外の人を紹介する。
春秋座オペラの常連である川越塔子は「東大卒のオペラ歌手」して知られているが、井藤航太も東大卒である(出身は大阪府)。東大を出てオペラ歌手になるのが流行っているのだろうか? オペラでなくても東大卒で音楽方面に行く人には文学部出身者が多いと思われるのだが(加藤登紀子や小沢健二など)、川越は法学部卒(同期に豊田真由子や山尾志桜里がいるという凄い学年)、井藤は医学部卒(医学科ではなく健康総合科学科というところ)である。
江口二美(えぐち・つぐみ)は、愛知県立芸術大学と同大学院修了。
岡村彬子は、熊本県出身で国立音楽大学卒、東京学芸大修士課程修了。
笛田博昭は、名古屋芸術大学と同大学院修了である。
鶴川勝也は、国立音楽大学卒で、現在も東京在住であるが、春秋座オペラのオーディションには毎回参加して役を勝ち取っていたそうである。

 

岡村彬子は、“うまい話があるぞ”でカルメンを歌っていたが、見た目も声の質もカルメンによく合っている。
笛田博昭は朗々とした歌唱で、歌唱終了後の拍手も最も大きかった。
残念なのはお客さんの少なさで、これではステージと客席とに一体感が生まれない。京フィルもファンは多いのだが、今回はその効果を発揮出来なかったようである。

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2019年1月19日 (土)

コンサートの記(511) 京都外国語大学・京都外国語短期大学 第52回教養講座 京都フィルハーモニー室内合奏団「新春コンサート」2019

2019年1月16日 右京区の京都外国語大学 森田記念講堂にて

午後6時半から、京都外国語大学森田記念講堂で、京都フィルハーモニー室内合奏団の「新春コンサート」を聴く。京都外国語大学・京都外国語短期大学の第52回教養講座として行われるもので、事前申し込み不要の無料公演である。中央列は招待客エリアとなっているが、その他は自由席である。


森田記念講堂に来るのは初めてだが、木の温もりが感じられる内装で響きも素直。好感の持てるホールである。京都フィルハーモニー室内合奏団は、森田記念講堂を練習場として使用しているそうだ。


曲目は、前半がクラシック作品で、シャンパンティエの「テ・デウム」より前奏曲、ヴィヴァルディのファゴット協奏曲ホ短調より第1楽章、モーツァルトの弦楽四重奏曲第14番「春」より第1楽章、モーツァルトのクラリネット五重奏曲より第2楽章、ヨハン・シュトラウスⅡ世のワルツ「春の声」、ヨーゼフ・シュトラウスの「鍛冶屋のポルカ」、ヨハン・シュトラウスⅡ世の「山賊のギャロップ」、オッフェンバックの歌劇「ホフマン物語」より人形の歌、ヨハン・シュトラウスⅡ世のワルツ「美しく青きドナウ」。後半はポピュラーと映画音楽で、ビートルズの「オブラディ・オブラダ」、ロッド・スチュワートの「セイリング」、ジェスロ・タルの「ブーレ」、エンニオ・モリコーネの「ガブリエルのオーボエ」、坂本龍一の「ラストエンペラー」、チャック・マンジョーネの「フィール・ソー・グッド」、ジャニス・ジョプリンの「ジャニスの祈り」、フレデリック・ロウのミュージカル「マイ・フェア・レディ」より踊り明かそう。

司会はソプラノ歌手の四方典子(よも・のりこ)が務める。四方はオッフェンバックの歌劇「ホフマン物語」より人形の歌とミュージカル「マイ・フェア・レディ」より踊り明かそうではソプラノ独唱も担う。司会には慣れていないようで、トークも得意とはしていないようである。


名前からもわかる通り、京都フィルハーモニー室内合奏団は編成が小さいので、音の足りないところをピアノで補ったり、小編成用のアレンジを用いたりして演奏を行う。室内楽の定期演奏も行っているが、常設の室外楽団体ではないので、カルテットでの演奏などは本職に比べると典雅さや緻密さで後れを取るのは致し方ない。

各々のメンバーがソロを務め、楽器紹介を行うなど、家庭的な楽しさに溢れる演奏会である。

四方典子は、「人形の歌」では機械仕掛けのオランピアの歌唱を巧みに歌い(ねじ巻き係はトランペットの西谷良彦が務める)、「踊り明かそう」では英語と日本語で伸び伸びとした歌声を聴かせる。ただ、「踊り明かそう」はクラシカルな歌唱よりもミュージカル風に歌った方が効果的であるように感じる。クラシックの歌唱法では声に感情が乗りにくいのである。

後半の楽曲では、坂本龍一の「ラストエンペラー」が演奏されたのが嬉しい。二胡を独奏とする曲だが、今回はヴィオラを独奏とする編曲を採用し、京フィルヴィオラ奏者の松田美奈子がソロを務めた。


アンコールは、ヨハン・シュトラウスⅠ世の「ラデツキー行進曲」。勿論、聴衆も手拍子で参加した。


なお、開会の挨拶と終演後の挨拶は京都外国語大学の女子学生が行ったが、自身のこと「1年次生」と紹介し、終演後の花束贈呈で現れた男子学生を「2年次生」と紹介していたため、京都外大では関西で主流の○回生やその他の地域で一般的な○年生ではなく、○年次生という独自の表現を行うことがわかった。


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2018年10月29日 (月)

コンサートの記(448) 「時の響」2018楽日 アンサンブルホールムラタ第3部 京都フィルハーモニー室内合奏団×辻仁成 「動物の謝肉祭」

2018年10月21日 京都コンサートホール小ホール・アンサンブルホールムラタにて

「時の響」2018楽日。午後4時から、京都コンサートホール小ホール アンサンブルホールムラタ(通称:ムラタホール)で行われる第3部コンサートを聴く。大ホールでは第3部の演奏会は行われないので、これが「時の響」2018最後の催しとなる。

出演は、京都フィルハーモニー室内合奏団。語りは辻仁成(つじ・ひとなり)。辻仁成は、昨日今日とムラタホールに出演。ギター弾き語りなども行ったようだ(ミュージシャンの時は「つじ・じんせい」名義である)。
司会を舞台俳優の福山俊朗が務める。

曲目は、フォーレの「パヴァーヌ」、ドビュッシーの「ゴリウォーグのケークウォーク」と「夢」(いずれも室内オーケストラ編曲版)、ラモーの「タンブーラン」、サン=サーンスの組曲「動物の謝肉祭」朗読付き(台本&朗読:辻仁成)。


フォーレの「パヴァーヌ」。人気曲である。京都フィルハーモニー室内合奏団も典雅さを意識した演奏を行う。

ドビュッシーの「ゴリウォーグのケークウォーク」と「夢」は、いずれもピアノ曲を室内オーケストラ用に編曲したものの演奏。編成にピアノは含まれていない。
ピアノ向けの曲なので、室内オーケストラで演奏すると音が滑らかすぎて流れやすくなるようだが、なかなか聴かせる演奏になっていたように思う。


ラモーの「タンブーラン」は、太鼓とタンバリンが活躍。弦楽はピリオド不採用であったが、古楽の雰囲気を良く表したものになっていた。


メインであるサン=サーンスの組曲「動物の謝肉祭」。朗読を担当する辻仁成が、この日のために書き下ろしたオリジナルテキスト版を自ら初演する。

辻仁成で京都というと、「やっと会えたね」という言葉がよく知られているが、それももう過去のこととなった。

その後、中性を意識したスタイルへと変わった辻仁成。今日もそんな感じである。

辻仁成はまずミュージシャンとしてデビューし、その後に詩人として文壇に登場。小説家に進んだのはその後である。

辻が書いたテキストは、小説家・辻仁成よりも詩人・辻仁成の要素を強く出したものである。動物たちの集まったカーニバルの日の夜明けから日没までを舞台に、「人生」をテーマとした語りが行われる。
辻は、京フィルの団員や客席を笑わせることを第一としているようだが、慣れていないということもあって空回りする時もある。他は冗談音楽だから良いのだけれど、「白鳥」の時にテーマを歌うのは流石にやり過ぎである。チェロの旋律美を楽しみにしていた人もいるだろうし。
ともあれ、ラストは「悩みのない動物=人間の本能的部分」の礼賛で締め、メッセージにはなかなか良いものがあったように思う。

京フィルの演奏のレベルもなかなか。
ピアノは佐竹裕介と笹まり恵の二人が担当したのだが、「ピアニスト」では二人とも楽譜も満足に読めないレベルのピアノ初心者演技入りでたどたどしく弾き、かなりの効果を上げていた。サン=サーンスもこうしたものを望んでいただろう。

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2018年6月 7日 (木)

コンサートの記(396) 京都フィルハーモニー室内合奏団 室内楽コンサートシリーズ Vol.66 「後期ロマン派の潮流」

2018年5月30日 京都文化博物館別館ホールにて

午後6時30分から、三条高倉の京都文化博物館別館ホール(旧日本銀行京都支店)で、京都フィルハーモニー室内合奏団 室内楽コンサートシリーズ Vol.66 「後期ロマン派の潮流」を聴く。京都フィルハーモニー室内合奏団が京都文化博物館別館ホールや京都府立府民ホールアルティで行っている室内楽のコンサート。京都フィルハーモニー室内合奏団は定期演奏会でも比較的珍しい曲目を取り上げることが多いが、室内楽コンサートでも他では聴くことの出来ない曲が並ぶ。

今日の曲目は、ツェムリンスキーの「ユモレスク」、マーラーのピアノ四重奏曲、マーラーの交響曲第5番より第4楽章アダージェット(室内楽版。Mr.Nurse編曲)、ヴォルフの「イタリアンセレナード」、ワーグナーの「ジークフリート牧歌」
今回のプログラムは、京都フィルハーモニー室内合奏団チェロ奏者の佐藤響がプロデュースしたものだそうで、トークも佐藤が中心になって務めていた。


ツェムリンスキーの「ユモレスク」。抒情交響曲や交響詩「人魚姫」が有名なツェムリンスキー。音楽教師としても活躍し、弟子であるアルマ・シントラーと恋仲になるが、実ることなく、アルマはマーラーと結婚することになる。
市川えり子(フルート)、岸さやか(オーボエ)、松田学(クラリネット)、小川慧巳(ファゴット)、御堂友美(ホルン)による演奏。「ユモレスク」というタイトルの通り、ユーモアを感じさせる曲だが、19世紀末生まれの作曲家らしいロマンティシズムも濃厚である。

さて、ツェムリンスキーの下を離れてマーラーと結婚したアルマ。芸術的才能に恵まれ、作曲をこなす才色兼備の女性であったが、自我が強く、虚言癖のある悪女としても有名でマーラーを手こずらせている。


マーラーのピアノ四重奏曲。マーラーが16歳の時に書いた作品である。この時、マーラーはウィーン楽友協会音楽院に在学中、同期生にハンス・ロットがいた。マーラーは交響曲を未完成のものも含めて11曲と歌曲を多く残したが、指揮者としての活動がメインとなったこともあり、室内楽曲や器楽曲などは若い頃に数曲書いただけである。
西脇小百合(ピアノ。客演)、中野祥世(ヴァイオリン)、松田美奈子(ヴィオラ)、佐藤響(チェロ)による演奏。
16歳で書かれたにしてはシリアスな楽曲である。陰気で沈鬱であり、マーラーの個性が表れているが、後年に書かれた彼の交響曲に聴かれるようなグロテスクな面はまだ表に出ていないようである。


マーラーの交響曲第5番より第4楽章アダージェット。ルキノ・ヴィスコンティ監督の映画「ベニスに死す」で用いられたことで有名になっている。ちなみにトーマス・マンの原作では主人公のグスタフ・アッシェンバッハは作家ということになっているが、トーマス・マン自身がマーラーをモデルにアッシェンバッハ像を作り上げており、映画ではアッシェンバッハは作曲家という設定に変えられている。
ちなみに、ワーグナーはベニスにおいて客死している。
アメリカの作曲家による編曲だそうである。西脇小百合(ピアノ)、森本真裕美(ヴァイオリン)、岩本祐果(ヴァイオリン)、松田美奈子(ヴィオラ)、佐藤響(チェロ)による演奏。
やや速めのテンポによる演奏だが、速度記号がアダージェットであるため、これが指示通りの速さであるともいえる。オーケストラがこの曲を比較的ゆっくり演奏するのは、レナード・バーンスタインがジョン・F・ケネディ追悼演奏で緩やかなテンポを採用したことが影響しているといわれている。
マーラー特有の農濃さが室内編成によって中和されたような印象を受ける。


ヴォルフの「イタリアンセレナード」。森本真裕美、中野祥世、松田美奈子、佐藤響のカルテットによる演奏。
梅毒を原因とする精神病に苦しみ、42歳の若さで亡くなったフーゴ・ヴォルフ。若い頃はやんちゃにして不真面目な学生で、ウィーン音楽院を退学になっている。熱心なワグネリアン(ワーグナー崇拝者)であり、歌曲の作曲家であったが、歌曲自体が余りお金になるジャンルではなく、収入面では恵まれなかったようである。
「イタリアン」とタイトルに付くことから分かるとおり、快活な楽曲である。歌曲の作曲家らしい伸びやかな旋律も特徴。


ワーグナーの「ジークフリート牧歌」。今日演奏される曲目の中で最も有名な楽曲である。トランペットの西谷良彦がトークを務め、ワーグナーが妻のコジマと生まれたばかりの息子のジークフリートのために書いた曲であること、コジマの誕生日の朝にワーグナー家の階段に楽士を並べて初演されたことなどが語られる。
その後、ワーグナーとコジマの関係についても話そうとしたのだが、楽団員が出てきたため、「詳しくはWikipediaなどにも書いてあります」と述べて終わりにした。
フランツ・リストの娘であるコジマは、史上初の職業指揮者でベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の初代常任指揮者としても知られるハンス・フォン・ビューローと結婚したのだが、ワーグナーがコジマを略奪。ビューローはワーグナーを尊敬していたため文句も言えず、引き下がるしかなかった。ワーグナーは作曲家としては大天才だったが、人間的にはかなり異様なところがあり、積極的に友人にはなりたくないタイプであった。そのためベニスでの最期にも不審死説や他殺説があったりする。

市川えり子(フルート)、岸さやか(オーボエ)、小川慧巳(ファゴット)、松田学(クラリネット)、伊藤咲代子(クラリネット。客演)、御堂友美(ホルン)、垣本奈緒子(ホルン。客演)、西谷良彦(トランペット)、岩本祐果(ヴァイオリン)、中野祥世(ヴァイオリン)、松田美奈子(ヴィオラ)、佐藤響(チェロ)、金澤恭典(コントラバス)による演奏。

「ジークフリート牧歌」には名盤も多いが、京フィルのメンバーもしっかりとした美しい演奏を展開。京都文化博物館別館ホールの音響も分離こそ十分ではなかったが、残響も良く、また内装が生み出す雰囲気がクラシック演奏によく合っている。


アンコールは、ワーグナーの「ローエングリン」より“婚礼の合唱(結婚行進曲)”。温かな演奏であった。

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2018年5月19日 (土)

コンサートの記(388) 通崎睦美コンサート 「今、甦る! 木琴デイズ」vol.9 ~歌謡曲とタンゴ

2018年5月15日 京都文化博物館別館ホールにて

午後7時から、京都文化博物館別館ホール(旧日本銀行京都支店)で、通崎睦美コンサート「今、甦る! 木琴デイズ」vol.9 ~歌謡曲とタンゴを聴く。

エッセイ『天使突抜1丁目』、平岡養一の伝記『木琴デイズ 平岡養一「天衣無縫の音楽人生」』などでも知られる木琴奏者の通崎睦美のコンサート。今回は、ゲストとしてギターの松本吉夫と京都フィルハーモニー室内合奏団のメンバー(クラリネット:松田学、ファゴット:小川慧巳、ヴィオラ:松田美奈子、コントラバス:金澤恭典)を迎えて送る。

今回、通崎が用いる木琴は、1935年に通崎が私淑する平岡養一がシカゴで購入した、ディーガン・アーティスト・スペシャル・ザイロフォン №266。1962年に低音側に7本の鍵盤が追加され、4オクターブから4オクターブ半の音域に改良されている。

曲目は、木琴+クラリネット+ファゴット+ギター+ヴィオラ+コントラバスの編成で、「丘を越えて」(古賀政男/野田雅巳編曲)、ロシアン・ジプシー・メロディーズ(平岡版。ロシア民謡/松園洋二編曲)、木琴とギターによる「エストレリータ」(ポンセ/平倉信行編曲)、ピアソラの「タンゴの歴史」よりボルデル1900、木琴とギターとコントラバスで「ラ・クンパルシータ」(平岡版。ロドリゲス/西邑由記子編曲)、木琴ソロで「この道~からたちの花」(山田耕筰/西邑由記子編曲)、木琴とヴィオラとファゴットで「雨に濡れても」(バカラック/西邑由記子編曲)、木琴とクラリネットとコントラバスで「オブラディ・オブラダ」(レノン&マッカートニー/西邑由記子編曲)、木琴とヴィオラとコントラバスで「クレズマー・ダンス」組曲(伝承曲/野田雅巳編曲)、木琴とクラリネットで「宵待草」(多忠亮/西邑由記子編曲)、全員登場で「山寺の和尚さん(平岡版。服部良一/松園洋二編曲)、「UFO」(都倉俊一/野田雅巳編曲)。

通崎睦美を含めて京都市立芸術大学音楽学部出身の出演者が多い。それぞれの奏者になぜその楽器を選んだのかを通崎が聞くコーナーがあったのだが、ファゴットの小川慧巳(えみ)は、通崎の中学の後輩で、その中学校には管弦楽部があり、そこに入部。最初はメロディーを弾ける楽器が良いと思い、フルート、ヴァイオリン、クラリネット、オーボエなどを希望楽器として書いたそうなのだが、誰かが「ファゴット空いてるってよ」と言ったため、どんな楽器なのかわからないまま第5希望としてファゴットと記入。結局、ファゴットと書いたのは小川だけで、それからファゴット奏者になったようである。
ヴィオラの松田美奈子は元々は幼少期からヴァイオリンを弾いていたのだが、市立芸大時代にヴィオラの方が人数が少ないから有利ということで転向。当時はバブルの真っ盛りでヴィオラ演奏の仕事が山ほどあり、稼ぎすぎたため学生であるにも関わらず税務署から問い合わせが来たという。
クラリネットの松田学は、最初はトランペット希望だったのだが、唇で形を作ってマウスを吹いて音を出すことが出来ない。一晩練習するも出来ず、即日クラリネットに転向したという。
コントラバスの金澤恭典(かなざわ・やすのり)は、徳島県出身で、徳島県では子供のオーケストラ活動が盛んなのだが、子供の頃に、チェロを見て「格好いい!」と思い、ただ楽器名がわからなかったため、楽器図鑑を見て、「コントラバス」っていうのか、と間違えて覚えてしまい、コントラバスを希望。実際に、コントラバスが出てくると、「なに? この楽器?!」と思ったそうである。

木琴によるクラシック音楽演奏にこだわったという平岡養一。ただ、日本の音楽を演奏することもあり、平岡本人は「隠し芸だ」と語っていたという。

今は、木琴奏者よりもマリンバを演奏する奏者の方が多くなり、本職のプロ木琴奏者は、かつては平岡養一一人、今は通崎睦美一人だけという状態である。そうした中で、木琴ソロの演奏を聴くことの出来る貴重な機会でもある。「丘を越えて」などの懐メロから、ピアソラなどの本格的なタンゴ、「雨に濡れても」などの映画音楽、ビートルズナンバーである「オブラディ・オブラダ」、コントラバスの金澤恭典が「UFO!」と叫ぶ「UFO」など、多彩な曲目と優れた演奏、京都文化博物館別館ホールの自然な響きのプレゼンスを楽しむことの出来た夜であった。

アンコールとして、まず全員で「UFO」の後半が演奏され、最後は通崎の独奏で、「見上げてごらん夜の星を」がしみじみと歌い上げられた。



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2018年2月19日 (月)

コンサートの記(348) 京都フィルハーモニー室内合奏団室内楽コンサートシリーズ vol.65「ドラマチック・ロシア」

2018年2月15日 京都府立府民ホールALTIにて

午後7時から、京都府立府民ホールALTI(アルティ)で、京都フィルハーモニー室内合奏団室内楽コンサートシリーズ Vol.65「ドラマチック・ロシア」を聴く。

京都フィルハーモニー室内合奏団は、定期演奏会でも比較的珍しい曲を取り上げることが多いが、室内楽シリーズでは更にマニアックな曲をプログラミングしてくる。今日演奏される曲も実演でもCDでも聴いたことがないものばかりである。

曲目は、バラキレフの八重奏曲、グリンカの悲愴三重奏曲、エワルドの金管五重奏曲第4番、プロコフィエフの五重奏曲。曲目はトランペットの西谷良彦が監修したものだという。

出演メンバーは、岩本祐果(ヴァイオリン)、中野祥世(ヴァイオリン。契約団員)、松田美奈子(ヴィオラ)、佐藤響(チェロ)、金澤恭典(かなざわ・やすのり。コントラバス)、市川えり子(フルート)、岸さやか(オーボエ)、松田学(クラリネット)、小川慧巳(おがわ・えみ。ファゴット)、御堂友美(みどう・ゆみ。ホルン)、西谷良彦(トランペット)、白水大介(しろず・だいすけ。トランペット。客演)、村井博之(トロンボーン)、藤田敬介(チューバ。客演)、初瀬川未雪(はつせがわ・みゆき。ピアノ。客演)

バラキレフの八重奏曲。曲前のトークは中野祥世が受け持つ。バラキレフは早熟であり、この曲も13歳の時に書き始めている。ただバラキレフは遅筆であり、完成までに6年を要したそうである。
フルート、オーボエ、ホルン、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、ピアノという編成。
バラキレフは西欧の音楽を真似るのではなくロシアならではの音楽を書くことを目指し、ロシア五人組の頭目となった人物だが、初期作品ということもあり、西欧の古典派からの影響が濃厚である。ただ、木管の旋律などにはバラキレフの個性がすでに現れている。

グリンカの悲愴三重奏。クラリネット、ファゴット、ピアノの編成による曲。グリンカがイタリアに留学していた時代に書いた作品だそうで、松田学のトークによるとオペラ的な要素が感じられる曲だそうである。なお、2月15日はグリンカの命日だそうだが、これは偶然であり、曲目が決まってから会場を押さえるそうなのだがALTIが空いていたのがたまたま2月15日だったようである。
旋律が豊かであるが若書きということもあり、特に魅力的な作品とはなっていないような印象を受ける。

エワルドの金管五重奏曲第4番。トロンボーン奏者の村井博之のトーク。「エワルドという作曲家を知っている人は金管奏者に限られると思います」と語る。
トランペット2、ホルン、トロンボーン、チューバという編成。演奏時間30分の大曲である。
結構、高音を強調する傾向がある。金管の合奏だけに輝かしさがあり、旋律にも魅力がある。

プロコフィエフの五重奏曲。プロコフィエフだけは20世紀に活躍した作曲家である。1891年生まれだがこれはモーツァルトが死んでから丁度100年目に当たる。また逝去したのは1953年3月5日だが、全く同じ日にスターリンが他界している。ということで生年はモーツァルトの影に隠れ、没年月日はスターリンの方に注目が行くという不運の作曲家と見なされることもある。
ヴァイオリンの岩本祐果のトーク。ロシア革命を受けてアメリカへの亡命を決意したプロコフィエフはシベリア鉄道に乗って東へと向かう。アメリカへの途中に日本にも寄っているのだが、京都にも来ており、祇園に行ったそうである。五重奏曲は、オーボエ、クラリネット、ヴァイオリン、ヴィオラ、コントラバスという編成で演奏されるが、こうした編成による五重奏曲は他にはほとんど例がないそうである。元々は「空中ブランコ」というサーカスのための音楽として書かれたものだが、今では室内楽曲として定着しているようだ。

個性的な音楽を書いたプロコフィエフ。五重奏曲もキュビズムの絵画の中に迷い込んだような趣を持つ。美しさ、崇高さ、野性的な部分、キッチュな要素などが渾然一体となった音世界である。

アンコールとして金澤恭典編曲による、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲より第2楽章が演奏された。

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2017年12月24日 (日)

コンサートの記(336) 夏川りみ&京フィル クリスマスコンサート2017岐阜羽島

2017年12月22日 岐阜県羽島市の不二羽島文化センタースカイホールにて

岐阜県羽島市へ。不二羽島文化センタースカイホールで行われる「夏川りみ&京フィル クリスマスコンサート」を聴くためである。京フィルこと京都フィルハーモニー室内合奏団のコンサートなので、京都市内でやって欲しかったのだが、夏川りみは長いこと京都市内での公演を行っていない。2年前に京都府城陽市では京フィルとコンサートを行っており、その後も京都府内では舞鶴市などでは公演を行っているのだが、京都市にはやはり来ないということで、羽島市まで出掛ける。「いつも通過する岐阜羽島とはどんな街なのか知りたい」という思いもあった。


不二羽島文化センターは、元の羽島市文化センター。1998年に開館し、昨年、羽島市に本社を置く不二商事がネーミングライツを獲得して現在の名前に改まっている。愛称使用期間は5年間の予定。


「夏川りみ&京フィル クリスマスコンサート」は、午後6時30分開演。ちなみにコンサートスタッフの大半はお爺ちゃんとお婆ちゃんで、「羽島市は大丈夫なのか?」と思うが、多分、大丈夫ではない。若者が少ないということは容易に想像できる。

今日はアンケート用紙にも記入したのだが、住所の欄に「 県」としか記入されていない。北海道から来る人は流石にいないかも知れないが、都や府からの来場者も想定されていないようだった。

指揮とMCを担当するのは井村誠貴(いむら・まさき)。後半では公募で集まった小中学生57名からなる児童合唱団と羽村市文化センター合唱団29名が共演する。

曲目は、まず井村指揮京フィルのみで、歌劇「カルメン」より前奏曲、パッヘルベルの「カノン」、ケーニッヒの「ポストホルン・ギャロップ」、マスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲の4曲が演奏され、夏川りみの歌唱で「童神(わらびがみ)」、「島人(しまんちゅ)ぬ宝」、「さとうきび畑」(ショートバージョン)、「あしたの子守歌」の4曲。後半は、映画「風と共に去りぬ」よりタラのテーマが京フィルによって演奏された後で夏川が登場し、「芭蕉布」、「涙そうそう」、「安里屋ユンタ」が歌われた後で、京フィルと羽村市の合唱団によるクリスマスメロディーと「上を向いて歩こう」の演奏があり、最後は夏川と羽村市の合唱団、京フィルによる「見上げてごらん夜の星を」の共演となる。

指揮の井村誠貴であるが、今日もセカセカとしてテンポを取りがちで、オーケストラのみによる演奏では聴かせどころもあっさりと通過。これでは味わいが出ない。
キビキビとした指揮姿で、ジャンプなども繰り出すが、京フィルの編成を差し引いても、見た目から想像するほどには鳴っていない。京フィルとはオールディーズの新譜なども出している井村であるが、壁に当たっているという印象を受ける。

京フィルは、ケーニッヒの「ポストホルン・ギャロップ」では、女性ポストホルン奏者が、竹箒を使ったポストホルンを使用して、掃除のおばちゃんが舞台に闖入したかのような演出を行うなど、遊び心に満ちている。

夏川りみの調子はホールの音響もあってそれほど良くないようにも感じたが、やはり声が持つイメージ喚起力は抜群。声に映像が宿っているかのようであり、あたかも映画を観ているかのような楽しみ方も出来る。

「島人ぬ宝」では、夏川は「指笛なども出来る人はやって欲しい」とリクエストしたが、「出来たらでいいよ。ちなみに私も出来ないからさあ」と言っていた。当然ながら沖縄人なら誰もが指笛を吹けるというわけではないため、指笛の音がする縦笛やホイッスルが売られており、今日は井村が指笛ホイッスルを吹いていた。

「あしたの子守歌」は、宮沢和史の作詞・作曲。夏川によると「本当は作詞・作曲出来たらいいんだけど、私、出来ないからさあ。人に頼むしかなくて、誰がいいかなと思ったら宮沢和史さんが浮かんで、ダメ元で頼んだら『いいよ』ということで」書いて貰ったそうである。

「島人ぬ宝」と「涙そうそう」では、三線を弾いていた夏川だが、三線を弾き始めたのは「涙そうそう」がヒットした後だそうで、沖縄にいた頃は三線のことを「おじいおばあの弾くもの」だと思っていたが、「涙そうそう」に出てくる三線の旋律を自分で弾いてみたいと思い、そこから練習を始めたそうである。

「安里屋ユンタ」では、お馴染みとなった客席とのジョイントがある。「サーユイユイ」という合いの手と、「マタハリヌツンダラカヌシャマヨ」というサビは聴衆も一緒に歌い、サビの部分ではカチャーシをつけて聴衆も踊る。

「クリスマスメドレー」演奏前に、井村が児童合唱団の8歳の女の子に話を聞いたのだが、将来の夢に「ネイリスト」と今時の子供らしい答えをして客席の笑いを誘っていた。
その「クリスマスメドレー」であるが、臨時編成の児童合唱団ということで、クオリティの高さは望むべくもない。ただ元気が良いので微笑ましい。井村がもっと遅めのテンポを取っていたら子供達の美質がもっと生きたようにも思えたのだが。


アンコールは、喜納昌吉の「花」。夏川は1番をマイクなしのアカペラで歌唱。クラシックの歌手ほどの声量は当然ながらないが、情報量豊かな歌声によって聴き手の集中力を引きつけていく。ラストが転調するバージョンでの歌唱であり、ダイナミックで感動的な音空間が築き上げられる。やはり夏川りみは特別な才能を持った歌手だと実感せずにはいられない夜となった。

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