その日(1) 2011年3月11日~15日 東日本大震災発生当日からの5日間
2011年3月11日
午後2時46分頃、三陸海岸沖で、マグニチュード8・8という、観測史上最大の地震が発生(その後、マグニチュード9・0に修正)。宮城県栗原市では震度7を観測。
テレビで、津波により、仙台市名取川が氾濫し、民家や自動車が流されていくのを確認。悲劇をリアルタイムで確認し、呆然となる。
今日は、大阪・京橋のシアターBRAVA!で観劇の予定があるので、気になりつつもモニターを離れる。
京阪電車の車内でも、岩手沖、茨城沖で大規模な余震が発生したとのニュースが入る。
京橋のTWIN21の大型モニターで地震の模様を確認。仙台市では各地で火の手が上がっており、まるで地獄絵図のよう。
私の出身地の千葉市でもコスモ石油の製油所で火災が発生しているのを確認。午前2時現在、消火活動は行えていない状況。
午後10時過ぎになって、仙台市若林区で200人から300人の遺体(おそらく津波による水死体)が発見されたという情報が携帯電話に入り、唖然とする。
帰宅してテレビを確認。宮城県気仙沼市では広範囲に渡る火災が発生しており、闇を赤く染めている。震源地から離れた北海道函館市でも大規模な津波が発生している。
陸前高田市の津波の映像も流される。かなりの被害が予想されるが、確認は取れていないという。
岩手県釜石市では、津波が引く際に、自動車が次々と流されていくのが確認される。無人の車ということではないだろう。大変なことになった。
東北地方、関東地方の交通は完全に麻痺。都内では各・高校を開放することを決定。その他、明治大学リバティタワー、新宿高島屋タイムズスクエア、立教大学11号館と14号館、品川プリンスホテル、築地本願寺、新橋第一ホテルロビー、青山学院大学体育館が帰宅難民のために開放されている。
横浜市内では港北スポーツセンター、関内ホールが無料開放されているとのこと。
津波は計測出来る範囲を大幅に超える大規模なものが発生しており、実態が把握できない。また、海岸近くは大津波警報が発令されているため、誰も近づくことが出来ず、被害の実態はわかっていない。
京都も寒いが、東北はもっと寒い。最低気温は氷点下になるそうだ。午後1時現在の気仙沼からの中継映像では雪が降っているのが確認された。
午後10時半に東京メトロ銀座線と半蔵門線が運転を再開。しかし大変な混雑が予想されるため、無理な帰宅は避けるようにと政府は呼びかけている。
福島県南相馬市の約1800世帯が壊滅状態とのこと。ああ。
仙台港のコンビナートでも火災が発生、津波が続いているため消防車が近づけず、消火活動は不可能。隣の多賀城市でも火災が発生しているという。
長野県北部、新潟県中越地方でも大きな地震があった。
2011年3月12日
東北地方太平洋沖地震から一夜明け、悲惨な光景が明らかになる。陸前高田市などはほぼ壊滅状態。宮城県南三陸町では1万人の行方がわからなくなっているという。
釜石港での津波の映像も入ってくる。防波堤を超えて、見る間にビルの3階部分まで波が高くなる映像に言葉も出ない。
福島第一原発で、1号機で爆発がある。原子炉の崩壊という最悪のシナリオは避けられたが、放射能は漏れ、東京電力と協力会社の社員、そして一般人にも被曝者が出た。
午後10時過ぎに福島県浜通で震度5弱の地震がある。
2011年3月13日
東北地方太平洋沖地震が東北関東大震災と名が変わる(引き続き東北地方太平洋沖地震や、新たに東日本大震災の名称を用いているメディアもある)。
宮城県東松島市で200人を超える遺体が収容される。竹内直人宮城県警本部長は「犠牲者は万単位になることは間違いない」との見解を示した。
岩手県大槌町では町長を含む約1万人が行方不明になっている。
津波により取り残された仙台空港では体調不良者が相次ぎ、死者も出ている模様。
菅直人首相は、14日より東京電力の計画停電を実施することを発表した。
被災地にいるケータイサイトの仲間から電力、乾電池などが不足との情報を得て、乾電池を送ろうとするが、配送の手段がないということで断念する。
2011年3月14日
昨日はフジテレビで誤報があった上に、今日はNHKでも先走った情報が流れた。誤報を流すのが一番危険である。自分のやっていることが正しいのかわからなくなる。
2011年3月15日
福島第一原発では次々と炉が崩壊する。一方で福島第二原発は安全に停止した。
夜になって、静岡県東部と山梨県を中心に大規模な地震が発生。静岡県富士宮市では震度6強を観測した。直下型の地震で津波の心配はないという。
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