カテゴリー「配信ライブ」の21件の記事

2020年7月 1日 (水)

配信公演 飯守泰次郎指揮 東京交響楽団主催川崎定期演奏会 第76回「Live from MUZA!」(文字のみ)

2020年6月28日 ミューザ川崎シンフォニーホールからの配信

午後2時から、ニコニコ生放送で、東京交響楽団主催川崎定期演奏会 第76回「Live from MUZA!」を視聴。ミューザ川崎シンフォニーホールで行われる演奏会の配信である。聴衆を入れての公演であるが、左右1席空けでディスタンスを保てるようにしている。
指揮は飯守泰次郎。

ギフトという形で投げ銭が行えるようになっている。

曲目は、ベートーヴェンの「プロメテウスの創造物」序曲、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番(ピアノ独奏:田部京子)、メンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」

指揮者や管楽器以外のオーケストラプレーヤー、ソリストなど全員が全員マスクを着けての演奏である。これまで観てきた緊急事態宣言発令以降の配信ライブでは、弦楽器奏者の譜面台は一人一台であったが、今日は二人(1プルト)で一台という通常の形式での演奏となる。


ベートーヴェンの「プロメテウスの創造物」序曲。弦楽はビブラートはかなり掛けるが、ボウイングや音型の処理などにピリオドの影響が窺える。ティンパニの強打も効果的。
端正な造形美を誇る飯守らしい好演で、ベートーヴェンらしい生命力にも溢れている。


ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番。
ピアノ独奏の田部京子は叙情的な作品を得意とするピアニスト。グリーグのピアノ協奏曲などを十八番にしており、吉松隆作品なども世界初録音している。

彼女らしい雪解け水のような澄み切った音色が生かされたベートーヴェン。飯守指揮する東響同様、推進力もあり、若々しいベートーヴェン演奏となる。東響は弦の一音ずつに力を込めるような旋律の奏で方が、「プロメテウスの創造物」よりもピリオド寄りに聞こえた。

田部のアンコール演奏は、メンデルスゾーンの「無言歌」第2集より「ヴェニスの舟歌」。後半のプログラムへと繋ぐ曲であり、田部のリリシズムが最大限に生かされていた。


メンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」。スコットランドを舞台としたドラマが目に見えるようなロマン派を代表する交響曲である。通常は全曲が休みなしで演奏されるが、今回は第2楽章と第3楽章の間に少しだけ休みを入れていた。
日本におけるワーグナー演奏の泰斗である飯守の指揮だけあって、語り上手でロマンティックな仕上がりとなる。東響の仄暗さから輝かしさまで幅広い音のパレットも魅力。なかなかスケールが大きく、HIPではないがティンパニの強打がこの曲でも効果的であった。

演奏終了後、飯守は黒いマスクを取って笑顔を見せ、更にオーケストラメンバーがステージを後にしても拍手が鳴り止まなかったため、飯守一人が姿を見せて拍手を受けるという、俗にいう一般参賀も行われる。良い演奏会であった。

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2020年6月27日 (土)

配信公演 サザンオールスターズ特別ライブ2020「Keep Smilin’~皆さん、ありがとうございます!!~」(文字のみ)

2020年6月25日 横浜アリーナからの配信

午後8時から、サザンオールスターズの無観客有料配信ライブ2020「Keep Smilin'~皆さん、ありがとうございます!!~」を視聴。サザンの結成42周年記念ライブで、42年前のデビューした日である6月25日を選んで横浜アリーナで行われる。

横浜アリーナには一度だけ入ったことがあるのだが、それはスポーツ観戦でもライブ参戦でもなく「大学の入学試験を受けるため」であった。横浜アリーナで受験した経験のある人はほとんどいないと思われるが、私が受験生だった時代は、受験者数がとにかく多く、話題作りも行う必要があるということで、変わった場所が試験会場になることもあった。

 

私の経験はどうでもいいとして、サザンオールスターズのライブ。ライブ配信であるにも関わらず、全曲字幕入りである。しかも今日のライブのために加えた歌詞や変更を行った歌詞も字幕で表示される。下準備が入念に行われたことが想像される。

セットリストは、「You」「ミス・ブランニューデー」「希望の轍」「Big Star Blues(ビッグスターの悲劇)」「フリフリ'65」「朝方ムーンライト」「タバコ・ロードにセクシーばあちゃん」「海」「夕陽に別れを告げて~メリーゴーランド」「シャ・ラ・ラ」。メンバー紹介を挟んで、「俺のへそピアス」「天井桟敷の怪人」「愛と欲望の日々」「Bye Bye My Love(U are the one)」「真夏の果実」「東京VICTORY」「匂艶THE NIGHT CLUB」「エロティカ・セブン」「マンピーのG★SPOT」「勝手にシンドバッド」

アンコールとして、「太陽は罪な奴」「ロックンロールスーパーマン」「みんなのうた」が歌われた。

セットリスト通りのストリーミング音楽配信もライブ終了後にタイシタレーベルから8つの配信会サービス向けに行われており、気が利いている。

録音された歓声入りでのライブ。メンバーもイヤホンをしていて歓声が聞こえるようになっている。桑田のボケにも適切な音声が返ってくるため、かなり入念なリハーサルが行われたことが察せられる。サザンオールスターズのみならず、ダンサーやスタッフも完璧を目指したかなり完成度の高い仕上がりで、「単に無観客配信ライブをやるのではなく、歴史に残るものを作ってやろう!」という強い意気込みが感じられる。

東京オリンピックのために作られた「東京VICTORY」では、新国立競技場の代わりに横浜アリーナ内の作られた聖火台に火を灯し、デビュー曲「勝手にシンドバッド」では客席で法被を着たスタッフが踊り狂うなど、無観客ライブとしては最大限の盛り上がりと臨場感と一体感を得られるような演出が施されている。見事という他ない。これぞ、ジ・エンターテインメントである。

これから行われるポピュラー音楽の無観客ストリーミング配信公演はこれが基準になるのではないかと思えるほどの高水準ライブであり、サザンオールスターズが日本のポピュラー音楽界の頂点に立つバンドであることを改めて示すことになった。

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2020年6月26日 (金)

配信公演 村川千秋&阪哲朗指揮山形交響楽団「山響ライブ第2弾」(文字のみ)

2020年6月21日 山形市のやまぎん県民ホールからの配信

午後3時から、クラシック音楽ストリーミングサービスのカーテンコールで、山形交響楽団の配信ライブ「山響ライブ第2弾」を視聴。今回はオープンしたばかりの、やまぎん県民ホールからの配信である。

山形交響楽団は、元々は山形県民会館(昨年11月に閉館)や山形市民会館で定期演奏会などを行っていたが、いずれも多目的ホールで音響が良くないということで、飯森範親が常任指揮者就任時に本拠地を山形テルサに移動することを提言。山形テルサはキャパ800名程度の中規模ホールで集客量に問題があったため、それまでの1回のみだった本番を同一演目で2回行うことも決め、現在に至っている。ただやはり大規模な演奏を行うには不利であるとして、新たにオペラやバレエも上演可能な山形県総合文化芸術館(山形銀行がネーミングライツを獲得し、やまぎん県民ホールと命名)が建てられた。昨年の12月には山形交響楽団の事務所もやまぎん県民ホール内に移り、新たな拠点となっている。


今回の演目は、山形交響楽団創立名誉指揮者である村川千秋が自身が編曲した山形県民謡「最上川舟歌」を指揮した後で、常任指揮者である阪哲朗にバトンタッチし、いずれもベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番(ピアノ独奏:三輪郁)と交響曲第6番「田園」が演奏される。


今回も阪哲朗と山形交響楽団の専務理事である西濱秀樹によるプレトークがあり、やまぎん県民ホールの音響や内装の紹介、そして今年がベートーヴェン生誕250年であることなどが語られる。
本来なら今日は、東京で「さくらんぼコンサート」を行うはずだったが、中止になり(大阪公演も中止となった)、代わりに新ホールからの配信が行われることになったことも語られる。
ベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番のソリストを務める三輪郁(みわ・いく)は、山形大学の地域教育文化学部(旧・教育学部)文化創世コースの教授を務めているそうで、今は山形県に縁のある人となっている。阪哲朗がウィーンに留学した際、現地で出会った最初の日本人の一人が三輪郁だったそうで、ウィーンでも山形でも三輪郁の方が先輩に当たるそうである。
東京都交響楽団や兵庫芸術文化センター管弦楽団などが管楽器の飛沫などを測定し、飛ぶ飛沫の量は会話程度で比較的安全という結果が得られたこともあってか、今日はフル編成に近いスタイルでの演奏が行われる。ヴァイオリン両翼の古典配置での演奏である。


村川千秋指揮による「最上川舟歌」。チェロの叙情的な独奏が印象的な編曲である。

演奏終了後、西濱秀樹と村川千秋が客席中央通路でのトークを行う。「最上川舟歌」は、村川千秋が50年前に編曲したものだそうで、子どもに聴いて貰うことを念頭に置いていたという。
当時は地方にオーケストラがほとんどない時代。地方の子ども達が生のオーケストラを聴けないというのは文化的に貧しいと考えたのが村川千秋が山形交響楽団を結成した理由である。東北地方初のプロオーケストラとなったが、その後、東北地方には仙台フィルハーモニー管弦楽団が誕生しただけで、今のところ6県にプロオーケストラ2つという、十分とはいえない状態が続いている。


ベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番。ホルン、トランペット共にナチュラルのものを使用し、ティンパニもバロック様式のものを採用している。当然ながらピリオドによる伴奏である。

三輪郁は、桐朋女子高校ピアノ科卒業後にオーストリアに渡り、ウィーン国立音楽大学と同大学院を修了。現在もウィーンを活動の拠点としている。2018年に山形大学の教授に就任。

三輪はスタインウェイではなくベヒシュタインのピアノを選択し、スケールの大きな伸びやかなピアノを弾く。

阪指揮の山形交響楽団は、第1楽章と第2楽章はピリオドを強調しない演奏だったが、第3楽章ではメリハリ、強弱などHIPをフルに生かした演奏を行う。第1楽章や第2楽章はハイドンやモーツァルトにも繋がるような典雅さを優先させたベートーヴェンだが、第3楽章では革命児らしいエネルギッシュな作風を披露しており、ベートーヴェンの飛躍がこの楽章から感じられる。


休憩の間は、西濱秀樹と阪哲朗とのトークを経て、山形県各地の紹介VTRが流される。やまがた舞子や、上山温泉、東根市のさくらんぼなどが紹介され、上山温泉では、山形県出身である井上ひさしの言葉「文化とはみんなの日常生活を集めたものである」も紹介された。


ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」。この曲では阪は指揮棒を持って指揮をする。
ピリオドによる演奏であるが特に強調することはせず、自然体。細部まで丁寧に作り上げた瑞々しさも印象的である。

「運命」と「田園」は同じ日にアン・デア・ウィーン劇場で初演されており、番号が今とは逆だったが、双子の交響曲とも呼ばれている。共に冒頭が休符で始まるなどの共通点があるが、「運命」が4つの音で内へ内へ向かっているのに対して「田園」は開放的であり、ベクトルが逆である。ただどちらも自然と思索を愛したベートーヴェンの個性が強く反映されており、相互補完的であるとも取れる。

自然の息吹が伝わってくるような演奏が展開され、等身大のベートーヴェンというと語弊があるかも知れないが、偉大なる楽聖・ベートーヴェン様のご高説を承るのではなく、友人ベートーヴェンが自然や音楽の素晴らしさを夢中で語っている場に接しているような親密さが心地よい。

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2020年6月25日 (木)

配信公演 ACALINO TOKYO 「演劇の街をつくった男」

2020年6月21日 下北沢・小劇場B1からの配信

午後6時から、ぴあのストリーミング配信で、ACALINO TOKYOの演劇公演「演劇の街をつくった男」を観る。下北沢・小劇場B1で客を入れて行われている公演の有料配信。チケット事前購入制だが、リアルタイムでなくアーカイブのみを観られるチケットも発売されている。

原作:徳永京子、脚本・演出:徳尾浩治(とくお組)。出演:石川啓介、大部恵理子、笠井里美、杉山圭一、とみやまあゆみ、中薗菜々子、野川雄大、林雄大、本多一夫。

東京の下北沢で本多劇場など8つの劇場の経営主となっている本多一夫を描いた『「演劇の街」をつくった男 本多一夫と下北沢』(本多一夫:語り、徳永京子:著)を元にした演劇作品。ストーリーテラーを兼ねた女優を二人配するなど、わかりやすさを重視した作品となっている。

まずタイムスリップによる展開があり、舞台は2020年から1972年に飛ぶ。札幌工業高校時代に演劇部に在籍し、顧問の母校である北海道大学の学生劇団に入り浸っていた経験があり、元新東宝ニューフェイスであった本多一夫が、新東宝の倒産もあって俳優の道を諦め、下北沢で50軒もの飲食店を経営するまでになるが、やはり演劇を愛していたことから下北沢駅前の一等地に空いた土地を購入し、紆余曲折の末、本多劇場をオープンさせるまでを現代からタイムスリップした舞台女優の視点を通して描いていく。

演劇への思い入れが感じられる可愛らしい中編で、好感が持てた。

実は、本多劇場には一度も行ったことがない。竹中直人の会の公演である「水の戯れ」を観に行く予定があったのだが、当日の朝に首を痛めて病院に行く羽目になり、本多劇場で観劇は叶わなかった。なお、「水の戯れ」は、その後、光石研主演による再演を梅田芸術劇場シアター・ドラマシティで観ている。
本多劇場に先駆けて開場した小劇場であるザ・スズナリには一度だけ行ったことがあり、青空美人の「空にかかわるもの」という作品を観ている。下北沢での観劇経験はそれ一度だけであり、他の劇場に通えていないのが残念である。

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2020年6月21日 (日)

配信公演 浅草九劇オンライン 大鶴佐助×大鶴美仁音 別役実「いかけしごむ」(劇評。文字のみ。音楽紹介のリンクはあり)

2020年6月18日 東京の浅草九劇より配信

午後7時30分から、浅草九劇オンラインで、別役実作の二人芝居「いかけしごむ」を観る。出演は、大鶴美仁音(みにょん)と大鶴佐助の姉弟。構成・演出も二人で手掛ける。無観客での上演。

開演前は、前回の柄本明ひとり芝居「煙草の害について」よりも準備が行き届いており、女優の福地桃子(哀川翔のお嬢さん)によるアナウンス映像も流れた。

「いかけしごむ」は、京都で別役実作品上演をライフワークとしている広田ゆうみと二口大学によって何度も上演されており、当然ながら私もこの二人によるバージョンを観ている。

大鶴佐助と大鶴美仁音は、唐十郎(本名・大靏義英)の実子である。大鶴義丹とは異母兄妹となる。

 

暗い夜、街の外れの行き止まりのような場所が舞台である。ベンチがあるが、「ココニスワラナイデクダサイ」と片仮名による拒絶の注意書きがある(女の推理によると、話し掛けるきっかけをつくるためにわざと書かれている)。舞台中央には受話器が降りている。いのちの電話に繋がっているようだ。その上手には手相見の机。

 

時代はかなり意識されており、大鶴美仁音はサザエさんのような髪型(今でこそ奇異に見えるが、「サザエさん」の連載が始まった当初は典型的な女性の髪型の一つであった)、大鶴佐助も戦後すぐのサラリーマンのような格好をしている。顔の表情などはかなり大仰で、映像で見るには辛いものがあるが、これも昭和を意識した演技なのかも知れない。

女(大鶴美仁音)による一人語りで始まる。「信頼できない語り手」として捉えた方がいいだろう。そこかしこから人生に行き詰まったような風情が伝わってくる。そこにサラリーマン風の男(大鶴佐助)が黒いビニール袋を抱えて現れる。男は追われているということを女に告げる。いかを使って作る「いかけしごむ」を発明したのだが、そのためブルガリア暗殺団に追われているのだという。男は誰か目撃者となる人間がいればブルガリア暗殺団も手出し出来ないだろうと、この場に留まる。

女は、男が1歳になったばかりの娘を殺し、バラバラにして黒いビニール袋に入れて逃げている最中なのだろうという推理を語る。女は男の住んでいる部屋を知っているというのだが……。

 

不条理劇と呼ばれる別役実の芝居であるが、ベケットの作品もそうであるように、そこでは人生の不可解さというよりも人生の本質が言い当てられているように思う。少なくとも私にとってはこれらは視点をずらしてはいるが人生そのものに見える。

女は女自身が語るように、女のリアリズムを生きている。自身の視点しか持たず、思考しかなし得ず、何が本当なのか知るよしもない。そしてそこに他者のリアリズムは相容れない。怖ろしく孤独であるが、多くの人間はこのようにしか生きられない。二人でいても一人であり、二人で演じられても一人芝居である。
誰かと出会い、話し、あるいは勘違いし、本当にはわかり合えず、別れていく。そしてその意味もすぐに判然としない。いや永遠の謎となることも多いだろうし、おそらくは意味すらない可能性も高いのだろう。
「本当のことなど果たしてあるのだろうか」

ラストでは屋台崩しではないが、ブラームスの弦楽六重奏曲第1番第2楽章が流れる中、背後の幕が落とされると、台所を模したスペースで二人の父親である唐十郎が酒を飲んでいる姿が目に入る。そう大した意味があるわけではないだろうが、唐十郎が二人の実の父親であり、父親であるからこそこの場にいるということは揺るぎようもなくリアルであるともいえる。不確かな物語であるが、それだけは確かだ。

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2020年6月14日 (日)

配信公演 阪哲朗&村川千秋指揮山形交響楽団「山響ライブ第1弾」(文字のみ)

2020年6月13日 山形テルサより配信

午後7時から、クラシック専門ストリーミング配信サービス「カーテンコール」で、山形交響楽団の「山響ライブ第1弾」を視聴。金管パート、木管パート、弦楽パートに分かれての三部構成による演奏である。

曲目は、ジョン・ウィリアムズの「オリンピック・ファンファーレ」、ブルックナーの「正しき者の唇は知恵を語る」、リンドバーガー編曲の「悪魔のギャロップ」と「セルからモースへの結婚行進曲」(以上、金管パート)、リヒャルト・シュトラウスのセレナード変ホ長調(木管パート)、チャイコフスキーの「弦楽セレナード」とシベリウスの「アンダンテ・フェスティーヴォ」(以上、弦楽パート)。弦楽パートの選曲は、3日前に行われた広上淳一指揮日本フィルハーモニー交響楽団の配信公演と完全に同じである。

指揮は山形交響楽団首席指揮者の阪哲朗。シベリウスの「アンダンテ・フェスティーヴォ」のみ山形交響楽団創立名誉指揮者である87歳の村川千秋(男性)がタクトを執る。

3月にも山形交響楽団の配信を行ったカーテンコールであるが、3ヶ月の間に配信のための基盤がかなり整ってきているようで(そもそも本格的なサービス開始は今年の秋からであり、今はまだ試験段階である)、音声はハイレゾ配信となり、カメラも3台から6台に増えたそうである。


飯森範親による改革が成功して、「田舎のオーケストラ」というイメージを脱却し、日本を代表するアンサンブルへと成長した山形交響楽団。財政的には厳しいが、新たなる本拠地ホールが完成するなど、更なる飛躍のための足がかりが構築されつある。


まず、山形交響楽団が日本で初めて始めたというプレトークが、指揮者の阪哲朗と山形交響楽団専務理事の西濱秀樹によって行われる。


阪は全編ノンタクトでの指揮、キビキビとした推進力に富む音運びである。山形交響楽団も揃っての演奏は久しぶりのはずで、万全とはいえない部分もあるが、ある程度の精度の高さを維持していることが感じ取れる。

金管の音は輝かしく、ブルックナーの楽曲ではオルガン的な響きを見事に再現してみせる。リヒャルト・シュトラウスが17歳で完成させるという早熟振りを示したセレナード変ホ長調の木管による洒落っ気に飛んだ表現も優れている。


転換を兼ねた20分の休憩時間中に、阪哲朗と西濱秀樹が客席中央通路に出てのトークを行い、更に今日のための撮影された山形の名所案内映像が流れる。阪と女優の永池南津子が、天童市内の温泉旅館やさくらんぼ農園、山寺こと立石寺を訪ねるという内容(麓から立石寺を眺めるだけで上ることはなかった)である。


チャイコフスキーの「弦楽セレナード」。チェロ以外の弦楽奏者はオールスタンディングでの演奏である。ハイレゾであるためか、弦の人数が日フィルよりも多いためか、奏者間をさほど空けていないからか、もしくはその全てか、弦の表情の細やかさや音の広がりは山形交響楽団の方が優れているように感じられる。


村川千秋が指揮するシベリウスの「アンダンテ・フェスティーヴォ」(ティンパニありのバージョン)。村川は指揮棒を持って指揮する。チェロとティンパニ奏者以外はやはり起立しての演奏。清澄な弦の音色が印象的な佳演であった。

演奏終了後、客席に山形交響楽団の管楽器メンバーが現れ、村川を拍手で讃えた。

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2020年6月11日 (木)

配信公演 広上淳一指揮日本フィルハーモニー交響楽団ソーシャル・ディスタンス・アンサンブル 「日本フィル&サントリーホール とっておきアフタヌーン オンラインスペシャル」(文字のみ)

2020年6月10日 東京・溜池山王のサントリーホールからの配信

今日は、広上淳一指揮日本フィルハーモニー交響楽団ソーシャル・ディスタンス・アンサンブル(弦楽合奏)によるサントリーホールからの配信公演「日本フィル&サントリーホール とっておきアフタヌーン オンラインスペシャル」が午後2時からある。休憩なし、上演時間約1時間のコンサート。

e+でのストリーミング配信。事前にチケットを購入し、メールで送られてきたURLで配信画面に飛んで視聴するというシステムである。

今日はテレワークなので、画面を見ながらはまずいが、音を聴きながら仕事は出来るため、午後2時からまず音だけを聴き、その後、アーカイブの映像を確認することにする。配信画像視聴には2種類の券があり、安い方は11日の午後2時まで映像を観ることが出来る。高い券だと比較的長い期間観られるのだが、私は安い券を買う。ちなみにアーカイブ映像視聴のためだけの券もある。


配信公演ということで、事前のアナウンスもホールに流れるが、いつもとは違ったものになっている。


今日の日本フィルハーモニー交響楽団は、ソーシャル・ディスタンス・アンサンブルという名で弦楽のみの編成、それも奏者間を広く空けての演奏である。コンサートマスターは田野倉雅秋。握手などが難しいというので、広上と田野倉は、何度もエアーハイタッチを行う。
管楽器は飛沫感染の危険性の高さを現時点では否定出来ないため、全ての楽器が揃っての演奏はまだ先になるかも知れない。


曲目は、グリーグの「ホルベアの時代から(ホルベルク組曲)」より第1曲“前奏曲”、エルガーの「愛の挨拶」(ヴァイオリン独奏:田野倉雅秋)、ドヴォルザークの「ユーモレスク」(弦楽合奏版)、チャイコフスキーの「弦楽セレナード」

広上淳一はマスクをしての指揮。司会進行役である音楽ライターの高坂はる香もマスクを付けて登場し、コンサートマスターの田野倉雅秋もトークの際はマスクを装着していた。


距離感を空けての演奏であり、通常のプルトでの合奏ではない。フォアシュピーラーは存在せず、その他の楽器も首席が一人だけ前に出て弾き、すぐ横に人がいないよう配慮しての演奏となる。

ということでアンサンブルとして万全とはいかないかも知れないが、久しぶりに日本のオーケストラの演奏を配信で聴けるということで嬉しくなる。


グリーグの「ホルベアの時代から(ホルベルク組曲)」より第1曲“前奏曲”はスプリングの効いた演奏で、躍動感と推進力に富む。日フィルは昔から音の洗練度に関しては東京の他のオーケストラに比べると不足しがちであり、今後も課題となってくるだろう。

演奏終了後に広上と高坂とのトーク。高坂が日本フィルハーモニー交響楽団が演奏を行うのは3ヶ月半ぶり、サントリーホールで演奏会が行われることも約2ヶ月ぶりだと説明。広上は、「ホールがもし言葉を喋ることが出来たら、『久しぶり、よく来たね!』と喜んでくれるだろう」と語る。
「ホルベアの時代から」に関して広上は、ホルベアというのはノルウェー文学の父とも呼ばれる人物で、グリーグにとってはベルゲンの街の先輩でもあった。この曲は元々はピアノ曲で、ヴァイオリンとピアノのための編曲が行われたり、歌詞が付けられて歌曲になったこともあったが、現在では弦楽合奏曲として知られていると語る。


「愛の挨拶」は、エルガーが奥さんとなるキャロラインに求婚した時に送った曲で、広上はキャロライン夫人の内助の功を、「今の大河(広上がメインテーマを指揮している「麒麟がくる」)でいうと、帰蝶のような、お濃さんのような」と例える(エルガーは遅咲きの作曲家である)。

「愛の挨拶」は、田野倉雅秋のヴァイオリンソロと弦楽アンサンブルの伴奏による演奏。少し速めのテンポを取り、愛らしさよりも流麗さを重視する。日本人なのでチャーミングな演奏は照れくさいということもあるのだろう。


ドヴォルザークの「ユーモレスク」は、クライスラー編曲によるヴァイオリンとピアノのデュオ版でも有名だが、今回はソリストを置かずに弦楽合奏版での演奏を行う。ユーモラスな曲想が広上の音楽性にも合っている。
トークで広上は、「ドヴォルザーク先生はヴィオラが得意、ヴィオラ奏者だった。ピアノはあんまり好きじゃなかった」と語るが、ロベルト・シューマンの影響でピアノ組曲を書こうと思い立ち、その7曲目が「ユーモレスク」で、様々な編曲による演奏で親しまれていると語る。


チャイコフスキーの「弦楽セレナード」。西欧ではロマン派全盛の時代となっており、装飾の多い雄弁な音楽が流行っていたが、遙か東方のロシアにいたチャイコフスキーはそれに疑問を感じ、モーツァルトを範とした「虚飾を排し、本質を突く」という意気込みで書いたのがこの「弦楽セレナード」だと語る。実際にパトロンであったフォン・メック夫人にそうした内容の手紙を送っているそうだ。

通常の「弦楽セレナード」よりも小さめの編成での演奏ということもあって、「虚飾を排し、本質を突く」というチャイコフスキーの意図がより鮮明になっているように感じられる。アレクサンドル・ラザレフやピエタリ・インキネンに鍛えられて性能が向上した日フィルであるが、更なる典雅さと優美さも欲しくなる。ただ広上の巧みな棒捌きに導かれて、フル編成でないにも関わらずスケールの豊かさとシャープさを兼ね備えた演奏で聴かせた。


アンコール演奏の前に広上は、「文化はAIやITのような科学文明の進歩とは違った、心を解き明かすもの」と語り、学校教育においては文化が大上段から語られるため誤解されやすいが、人間を人間たらしめている「心」を大切にし、描くものとしてその重要性を説いた。


アンコール演奏は、シベリウスの「アンダンテ・フェスティーヴォ(祝祭アンダンテ)」(弦楽合奏版)。広上は、日本フィルハーモニー交響楽団の初代常任指揮者で、現在も創立指揮者として頌えられている渡邉暁雄(わたなべ・あけお)が得意としたのがシベリウスだと語り、日フィルの創立記念日が渡邉暁雄の命日(6月22日)であるという因縁も述べる。

音楽が出来るという喜びと、ここから新しい演奏史が始まるのだという高揚感溢れる熱い演奏であった。

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2020年6月 9日 (火)

配信公演 茂山千五郎家「YouTubeで逢いましょう! part11 三笑会」(文字のみ。アーカイブへのリンクはあり)

2020年6月7日

午後2時から、茂山千五郎家の「YouTubeで逢いましょう! part11 三笑会」を観る。狂言も他の伝統芸能同様、血縁関係による一門が基本となるが、狂言の家に生まれなくても狂言方になる方法も歌舞伎などと同様にあり、東京の場合は国立能楽堂の養成所を経るのが一般的だが、今回のメインとなる三笑会を結成している3人は狂言大蔵流茂山千五郎家に直弟子として入門し、今日に至っている。

三笑会は、茂山千五郎家の血縁ではない網谷正美、丸石やすし、松本薫の3人によって結成された狂言の会である。全員が大卒という共通点がある。

先週から投げ銭制度が採用された「YouTubeで逢いましょう!」。今日も日付に合わせた607円を投げ入れる。千五郎に掛けた1056円や、千作に掛けた1039円を送る人もいる。

 

演目は、「竹生島参」、「水掛聟」、「かけとり」

 

「竹生島参」。出演は、茂山千五郎(主人)、松本薫(太郎冠者)

太郎冠者が今でいう無断欠勤したので、主人は激怒。戻っていた太郎冠者を難詰するのだが、太郎冠者は琵琶湖に浮かぶ「竹生島参」をしたというので、主は興味津々。折檻を加えるはずが、竹生島の話をすれば許すということにする。竹生島は、相模国(今の神奈川県の大半)の江ノ島、安芸国(今の広島県の西側)の厳島と並んで日本三大辯才天の一つであり、芸能の神様(仏様)ということで狂言の家にとっては特別な存在である。

太郎冠者は、竹生島では、スズメが「チチチチチ、父」とカラスに向かって鳴き、カラスが「コカー、子かー」と鳴く「親子でこざる」などと駄洒落を言い、犬が「去ぬ(いぬ)」、猿が「去る」、蛙が「帰る」という掛詞を続けるが、「くちなわ(蛇)」に関しては下らないことしか言えず、主人に怒られるという話である。
オチはないとされるが、辯才天は蛇との関連が深いため、本来は蛇に関してだけは上手いことをいえないとまずいということなのだと思われる。

 

上演終了後、司会進行役の茂山逸平と松本薫のトークがある。
松本は立命館大学入学以降、能と狂言の鑑賞にはまり、自分でチケットを買って、京都や大阪の能楽堂に通うという生活を送っていたそうだが、当時は学生は祖父や狂言サークルなどの人に貰ったチケットで観に来るのが普通であり、狂言サークルなどに入っているわけでもないのに自分で窓口でチケットを買って毎週のように観に来る松本はかなり珍しい存在だったそうで、松本本人は自覚していなかったが、関西の狂言界ではかなり有名な客として知られていたそうである。

京都能楽鑑賞協会という団体の公演ポスターを見つけたのがきっかけで、左京区岡崎にある京都観世会館に出掛けて「安宅」を鑑賞。セリフはよくわからないが、興味を覚えて、1年間は能・狂言の公演に通おうと決めたそうである。それから京都の市民狂言会、その時は京都会館第2ホール(現在は改修されてロームシアター京都サウスホールになっている)での上演だったのだが、2階席で観て十二世(先々代)茂山千五郎に魅せられて、「この人の追っかけをしよう」と決めたそうである。

そして大阪で大阪能楽鑑賞会主催による劇評家の武智鉄二などによる能・狂言の講演が開かれるということで裏方として潜り込ませてもらい、日本装束研究家の切畑健から十二世茂山千五郎を紹介されて、会いに行ったらもう入門するということになっていたそうである。

 

「水掛け聟」。出演:茂山千之丞(聟)、網谷正美(舅)、山下守之(女房)

農民(耕作人)階級の人々が登場人物。
日照りにより聟の田から水が涸れてしまった。ただ隣の舅の田を見ると水が満ち満ちている。舅がこの様を見たら聟の田に水を送るだろうと勝手に決めた聟は、畦を切って自分の田に水を引き入れてしまう(まさに「我田引水」である)。
聟が去った後、舅がやって来て、今度は自分の田には水がなく、聟の田が青々としているのを見て、同じ理屈で自分の田に水を戻してしまう。

舅はその場に隠れ、聟が戻って来て先ほどと同じ事を始めたのを見咎め、水を掛けあう大喧嘩に発展する。

 

網谷正美のトーク。網谷正美は京都大学卒業後、同志社高校などで国語の教師をしており、兼業という形で狂言師を続けてきた。大学在学中に市民狂言会で初めて狂言に出会い、京都学生狂言研究会(KGKK)という狂言サークルに入って八坂神社の能舞台で初舞台を踏む。大学を卒業後すると同時に学校の国語教師となるのだが、当時、茂山千五郎家が病気などで人が足りないということで、入門することになったようである。

 

「かけとり」。茂山逸平作の落語を原作とした現代狂言である。出演は、鈴木実(太郎)、茂山茂(女房)、丸石やすし(大家)、茂山宗彦(もとひこ。酒屋)。エア囃子:島田洋海(ひろみ)。

大つごもりということで、借金を返したりするのに忙しい。家賃も全然払っていないため、太郎と女房は窮するのだが、大家が能好きということで、能を謡って誤魔化そうとする。
太郎はいきなり能楽師の振りをしながら大家の前に現れる。大家は太郎の企みを瞬時に見抜くのだが、結局、能のやり取りをして、うちよりもまず「一門の総帥である千五郎が、そばのそば屋でそばすすっている」ので先に取り立てに行けという太郎の言葉に乗せられるという、謎の展開になる。

その後、酒屋も取り立てに現れるのだが、沢田研二の「TOKIO」ならぬ「TSUKEO」を歌っている。酒屋のモッピー(宗彦)は最近、ジュリー殿と仲が良いので真似をしているのだという。ということで「勝手にしやがれ」の替え歌を太郎と酒屋とで歌い始め、「出て行ってくれ」と歌われた酒屋が「あーあー」歌いながら帰っていくという、カオス状態となって終わる。

ちなみに逸平によるとジュリーファンからの苦情は一切受け付けていないそうである(?)

 

丸石やすしは広島出身。ということで茂山千五郎一門の中で唯一のカープファンである。広島商科大学(現・広島修道大学)卒業後、東洋工業(現・マツダ。広島東洋カープの東洋である)に総務として就職するが、元々芸人志望だったということもあって勤め人が水に合わずに退社。その後、落語家や芸人を目指して桂米朝の追っかけなどをしていたが、狂言を初めて観て面白さに目覚め、当時は茂山千五郎家の電話番号が本名で電話帳に載っていたため、電話しところ、大阪能楽鑑賞会で講座をやるから、それを観てやる気があるなら弟子入りを許可するので観世会館に来いといわれて、入門したそうである。

 

アーカイブ https://www.youtube.com/watch?v=88819Q8kdoE

 

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2020年6月 6日 (土)

配信公演 浅草九劇オンライン 柄本明ひとり芝居「煙草の害について」(劇評。文字のみ。関連リンクはあり)

2020年6月5日 東京の浅草九劇からの配信

午後7時30分から、オンライン型劇場に模様替えした浅草九劇の配信公演、柄本明ひとり芝居「煙草の害について」を観る。事前申込制の有料公演である。配信はVimeoを使って行われる。

配信公演への入り口となるURLは開演1時間ほど前に送られて来たのだが、メールソフトの調子が今日もおかしく、HTML形式のメールの画像がダウンロード出来ないので、返信やら転送やらのボタンを押して、無理矢理別の形式に置き換えて見る。返信を押した場合、更に「返信をやめる」を押すのだが、それでも返信されてしまう場合がある。

 

午後7時開場で、その直後に配信画面に入ったのだが、ずっと暗闇が続く。「LIVE」と視聴者数の文字は出ているので動いていることは確かだが、午後7時30分丁度になっても暗闇のままなのでブラウザの更新ボタンを押す。そのためか、あるいはそれとは関係なく配信の時間が来たからなのか、画面に舞台の背景が映る。臨場感を増すため、フルスクリーンにして視聴する。

 

「煙草の害について」は、アントン・チェーホフが書いた一人芝居である。オリジナルに近い形での上演は、MONOが京都芸術センターで行った「チェーホフは笑いを教えてくれる」というチェーホフの短編を連作にした作品の中で水沼健(みずぬま・たけし)が演じたものを観たことがあるのだが、上演時間が20分弱という短いものであるため、今回はチェーホフが書いた他の戯曲のセリフや歌などを加えて、上演時間1時間前後に延ばしたテキストを使用しての上演である。柄本版「煙草の害について」は、1993年初演で、書き直しを行いながら何度も上演を重ねているが、私は観るのは今日が初めてである。

柄本明が演じるのは、妻が経営する全寮制女子音楽学校の会計係兼教師であるが、恐妻家であり、今いちパッとしない男である。着ているベストも継ぎ接ぎだらけだ。

妻に命令されて、無理矢理「煙草の害について」というタイトルの健康に関する講演をすることになったのだが、彼自身は喫煙者であり、煙草の害に関する知識は辞書などで得たもの以外にはさほどない。当然ながらやる気もない。

音楽学校の生徒全員分のホットケーキを焼くよう妻に命じられて作ったのだが、体調不良で5人が食事をキャンセルしたため、妻から5人分を一人で食えと命じられ、食べ過ぎで体調不良である。妻からは「かかしんぼ」と呼ばれることがあり、かなり侮られている。

 

本編に入る前に、柄本明はアコーディオンを弾きながら榎本健一の楽曲「プカドンドン」(もしくは歌詞違いの「ベアトリ姉ちゃん」。サビの歌詞が一緒なので判別出来ず)を歌う。伴奏と歌がかなりずれることもあるが、あるいは浅草での上演ということでエノケンへのリスペクトも込めて歌われたのかも知れない。

体調が悪いので、持ってきた原稿の1枚目に向かってくしゃみをしたり、もうちょっと汚いものが出たため、それを丸めて棄てたのだが、実はそれが「煙草について調べた内容を書き記したメモ」だったため、それに気づいて、汚いのを承知で拾い、広げて読み上げるのだが、出したものでインクが滲んでしまい、上手く読めない。「イタリえば」と読んだが、実は「例えば」だったり、「中洲」という博多の繁華街ネタが始まるが、実際は「中枢神経」と書かれたものだったことが直後に判明したりする。男は「学がない」と自己紹介をしていたが、最後の辺りで「若い頃は大学で学問に励んだ」という話をしたり、音楽学校で理系から文系までの教養科目を幅広く教える能力があるため、謙遜しただけで、今は冴えないが少なくとも若い頃はかなり優秀と見られた人物であるらしいことがわかる。ちなみに彼の奥さん(「三人姉妹」に登場する怪女・ナターリヤの要素を入れている)は友人とフランス語で話すが、男の悪口を言うときはロシア語になるということが語られる場面があるのだが、帝政ロシア時代はかなり徹底したフランス指向の影響で上流階級はロシア語でなくフランス語を話していたという事実があり、奥さんもフランス語が話せて音楽がわかるということからハイクラスの出身であることがわかり、そうした女性と結婚出来た男も同等の階級出身である可能性が高い。あるいは彼も優れた才能と身分に恵まれながら時代の壁に阻まれて上手く生きられなかった「余計者」の系譜に入るのかも知れない。

「いざ鎌倉。鎌倉はどっち? ここは浅草だから」という話が出てきたり、「休憩」と称して下手隅にある椅子に腰掛けてバナナを食べた後で、ぶら下がっている紐に首を入れて揺らし、縊死するかのように見せた後で「ゴンドラの唄」を歌い、黒澤映画の「生きる」をモチーフにした演技を見せるなど、日本的な要素もちりばめられている。

とにかく妻や娘から軽視されているというので愚痴が多く、「誰でも出来る」結婚しか出来なかった(ただ今の人にとっては、結婚自体が高望みになりつつある。私も結婚していない。「私にも妻がいればいいのに」)不甲斐なさを述べるのだが、柄本明自身が奥さんである角替和枝を亡くしているということが透けて見えるような愛情吐露の場面もあり、妙に切なかったりする。

途中で後ろの方に座っていた学生風の若者が勝手に退出しようとしたのを見とがめたり、女子音楽学校の校則などの紹介が載っている本を客席に向かってロシア通貨で販売しようとする場面があったり(今回は無観客上演なので誰もいない)とステージ上だけでない空間の広がりを生む演技もある。

ラスト付近ではラヴェルの「ボレロ」が流れ、妻の影絵が浮かび、転調を伴う狂乱の内に芝居は終わる。

 

上演終了後、柄本は無人の劇場で演じるのは初めてだと語り、文化は生きることと同等であり、なくてはならないもの。なくなったら死んでしまうと熱いメッセージを語った。

 

初の配信ということもあってか、映像が時折途切れたりする。こちらの回線が悪い時もあったかも知れないが、スローモーションになった時には視聴者数が一気に20人ほど減ったため、観るのを諦めたかいったんログアウトしたかで、他の人が観ている映像にも問題が生じていることが察せられた。その後、観客数が一気に増え、ほどなくして画面も動き出した。

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2020年5月26日 (火)

配信公演 茂山千五郎家「YouTubeで逢いましょう! part9」(文字のみ。アーカイブへのリンクはあり)

2020年5月24日

午後2時から、茂山千五郎家による「YouTubeで逢いましょう! part9」を視聴。今回は今や梨園を代表する女形となった中村壱太郎(かずたろう)。以前、京都芸術センターで行われた壱太郎のトークイベントを見に出掛けたことがあるが、壱太郎自身は女形よりも女方表記を好んでいるようである。

若手人気歌舞伎俳優が出演するということで、視聴者はいつもの倍となる。そのためかどうかはわからないが今日は回線が不安定であり、茂山千五郎家の科学技術庁長官こと茂山茂は大忙しとなる。茂山茂は京都コンピュータ学院出身で、IT関係のスペシャリストであるが、茂山千五郎家には茂以外にその手の分野に詳しい人は皆無であるため、茂におんぶに抱っことならざるを得ない。


動きがカクカクして見えるが、狂言「茶壺」が上演される。出演:茂山茂(すっぱ)、茂山宗彦(もとひこ。中国方の者)、鈴木実(目代)。
中国方の者(中国地方出身の者という意味だと思われる)が栂尾まで買い物に出掛けた帰り、酒にしたたか酔って、茶壺を背負ったまま道の真ん中で眠ってしまう。そこに現れたすっぱは、茶壺をものにすべく、肩紐を掛けて眠る。中国方の者が目覚めたところですっぱは、茶壺は自分のものだと主張、中国方の者を盗人だと決めつける。そこで目代に茶壺が誰のものか判定して貰うことにするのだが……。

歌舞伎でも「茶壺」は演目に入っているのだが、結末が異なるようである。
すっぱは、とにかく記憶力が良く、舞なども巧みで、すっぱなどやらずともあらゆる分野で活躍出来そうではある。

映像は最初からコマ送りのようであり、古い時代の映画を観ているようで、これはこれで趣があるものだったのだが、すっぱと中国方の者と目代とでやり合っている間に映像が完全に止まってしまう。直すことが唯一出来る茂は舞台の上、ということで、いったん演目を中断し、茂が色々と工夫して直す。その間、茂山千五郎家の人々がトークで繋ぐ。ちなみに京都府は緊急事態が解除になったため、今日は至近距離で会話を交わすことが出来る。

その後、再開し、無事やり遂げる。ちなみに茂は映像が止まったということには気づいていて、演じている間もどうやったら再開出来るか考え続けていたそうだ。

ということで予定時間より15分ほど押すことになる。

 

続く狂言の演目は、有名作「棒縛」。出演、茂山千五郎(太郎冠者)、島田洋海(ひろみ。次郎冠者)、井口竜也(主人)。

島田洋海が「是非、次郎冠者をやってみたい」というので行われる演目である。チャットでは茂山千之丞(童司)が「棒縛」の裏話などを教えてくれる。

 

中村壱太郎へは、狂言にまつわるクイズが千之丞から出題される。同じ演目を行うこともある狂言と歌舞伎だが、中村壱太郎はかなりの苦戦。能舞台の背後にある松の絵が描かれたものをなんというか(正解は「鏡板」)、今ある狂言の流派は大蔵流と何流?(正解は「和泉流」)という比較的簡単な問題にも正解出来ず、「やっちまった」状態。和泉流でなく「井上流」と答えたときにはコメントが総ツッコミ状態となる。「関係者が見てるんで、もう狂言(が元)の奴(歌舞伎の演目)させて貰えないと思います」と語っていた。

洒落にならないかも。

慶應ボーイなのでクイズ番組から出演のオファーがあってもおかしくないが、絶対に断った方がいいレベルである。

 

アーカイブ https://www.youtube.com/watch?v=zPRYN5WUleg&t=7264s

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