カテゴリー「配信ライブ」の34件の記事

2020年10月 2日 (金)

YouTubeLive「ポーランド・フェスティバル2020 ONLINE」(アーカイブ動画掲載)

2020年9月26日

午前11時から、YouTubeLiveで、「ポーランド・フェスティバル2020 ONLINE」が配信されるので見てみる。

毎年、東京で行われているポーランド・フェスティバルであるが、今年はコロナのために配信で行われることになった。ポーランド・フェスティバルには興味があるのだが、そのために東京に行くわけにもいかず、しかも私がポーランドについて興味があるのは主に映画と音楽であり、他のことに興味が持てるからどうかの自信もない。
というわけで行くに行けないという状態だったのだが、今年は配信となったので家にいながら色々と楽しむことが出来た。

まず、簡単なポーランド語講座があるのだが、どうにも覚えられそうにない。語学の才能のある人はちょっと目にするだけで単語や言葉を記憶出来たりするのだが(私の場合は物語的な記憶はかなり強いが、単純暗記は向いていない)、私の場合はアルファベットを使った言語というだけでお手上げになってしまう。「そのまま読む」とのことだったが、どう見ても変則的な読みをしているようにしか見えない。
ユダヤ系ポーランド人のザメンホフは、英語を学習してその余りの簡単さに驚き、ルールを簡約化した言語は作れるということでエスペラントを生み出した。だが、私の場合は英語は全く出来ないため、英語が簡単だと思う感覚がわからない。ポーランド語はスラブ系の言語ということで怖ろしく複雑だと思われ、私では入り口に立つことさえ出来ないだろう。


続いて、ポーランドの絵本朗読のコーナー。「ミツバチのはなし」という邦訳も出ている(3千円以上するのでちょっと高い)絵本を、ポーランド語と日本語で同一内容を交互に朗読していく。
ミツバチが恐竜の時代よりも以前から地球に存在したという話に始まり、元々はスズメバチなどと同様、肉食だったと思われるのだが、花粉を運ぶ役割を虫に託していた花々の計略(?)により、蜜を吸って花から花へと移ることで花粉を運ぶ役割を担うのと同時に主食も変わって食糧事情が安定するという、花とミツバチにとってWin-Winの関係に変わったことなどが語られる(あくまでも一つの説だと思われるが)。
その他に蜂蜜の種類が紹介されたり、宗教方面に蜂蜜が影響したことなど、興味深い内容が盛り込まれている。元々、大人も子どもも楽しめる絵本として書かれたもののようだ。


ポーランドシベリア孤児100年の話。100年前、日本の敦賀港にシベリアからポーランド系の孤児達がたどり着いた。1920年、ロシア革命が起こった3年後である。中世には強国であったポーランドだが、その後は他国に侵略される歴史を繰り返す。
20世紀前半にはポーランド独立のためにロシアで活動していた人々が政治犯としてシベリア流刑となっていた。その後、第一次世界大戦でポーランドはドイツとロシアとが戦う戦場となったため、シベリアに逃げてきた人もそれに加わり、シベリア移民は一説には20万人にも達したという。シベリアでの生活は苦しく、特に孤児となった子ども達への救助要請が出されたのだが、それを受けたのが日本赤十字社であったという。孤児達の受け入れには今も東京都渋谷区広尾にある福田(ふくでん)会という育児院が大きな役割を果たしたということである。


ずっと見ているわけにも行かないので、その後は配信を離れたが、ポーランド国立民族舞踊合唱団「シロンスク」の新作上演の紹介と、ポーランド映画祭の話が行われる時間にパソコンに前に戻る。
私は昨年、「シロンスク」の公演を大阪のフェスティバルホールで観ており、昨年は京都でも行われたポーランド映画祭も同志社大学寒梅館と出町座で作品を目にしている。

ポーランド映画祭は今年は東京のみで行われるようだが、クシシュトフ・キェシロフスキ監督の大作「デカローグ」が上演されるようだ。また、昨年は同志社大学寒梅館クローバーホールでの「バリエラ」上映の前に舞台挨拶を行ったイエジー・スコリモフスキ監督もビデオレターでの出演を果たす。ビデオレターは急遽届いたものだという。

「シロンスク」は、昨年の日本ツアーではポーランドの伝統舞踊を中止とした公演を行ったが、今年は一転してコンテンポラリーダンスで別の面を披露する予定だったという。残念ながらコロナで来日公演は出来なくなってしまったが、収録録された映像を東京、大阪を始め、札幌など日本各地で上映する計画があるそうだ。予告編はすでに出来上がっていたので流されたが、シャープで格好いいダンスである。


昨年の「シロンスク」では、日本でもお馴染みのポーランド民謡「森へ行きましょう」が歌われていたが、ポーランド語の発音を片仮名にしたものを字幕として出し、みんなで歌うというコーナーも設けられている。配信なので合唱にはならないわけだが、参加しやすい試みになっていたように思う。

その後、グルメなどの話になるのだが、あんまり興味はないのでパソコンの前から離れ、ポーランドのクラクフとワルシャワからの映像が流れる午後6時30分からのコーナーが始まるまで待つ。

「ポーランドの京都」に例えられることがある古都・クラクフからの生中継。留学してクラクフで学ぶ日本人の女性や、日本について学んでいるポーランド人女子大学生などが出演する。クラクフには日本美術技術“マンガ”館があり、そこからの配信である。日本人留学生である女性が、アンジェイ・ワイダ監督が、ウッジ映画大学に転学する前にクラクフ美術大学で日本画の影響を受けた絵を描いていたという話をして、美術技術館に展示されているワイダ監督が若い頃に描いた絵を紹介するのだが、スタッフが小声で言った言葉をそのまま繰り返していることが分かるため、かなり頼りない。まあ、芸能活動などを行っていない一般的女子大生のレポート能力はこんなものだと思われるが。

そしてワルシャワの映像。こちらは収録されたものである。ポーランドが生んだ世界的作曲家、フレデリック・フランソワ・ショパンゆかりの地を訪ねるというもので、合間にはショパンのピアノ曲も演奏された。

「ポーランド・フェスティバル2020 ON-LINE 」は、来年の6月頃までアーカイブを残す予定だという。


| | コメント (0)

2020年9月30日 (水)

配信公演 「京都能楽チャリティ公演~祈りよとどけ京都より~」2020.9.25

2020年9月25日

午後7時から、YouTubeライブで「京都能楽チャリティ公演~祈りよとどけ京都より~」を観る。東日本大震災の被災地のためのチャリティ公演であり、ロームシアター京都完成後は、毎年サウスホールで公演が行われていたのだが、今年は新型コロナの影響で中止となり、代わりに配信が行われることになった。
なお、今回は新型コロナウイルスの流行中であるということで、チャリティ募金は行われない。東日本大震災での被災地は、主に東北地方の太平洋側であったが、今現在は全世界が新型コロナの被災地といって過言ではない状態になってしまっている。

「能楽チャリティ公演」は、例年は昼夜別演目1回ずつの2回公演であったが、今回は流石に2回は難しいということで、能2番、狂言1番の1公演分の演目が先月20日にロームシアター京都サウスホールで収録され、観世流シテ方の片山九郎右衛門がライブ出演して、特別に演目の解説を行うというスタイルとなった。歌舞伎などではイヤホンガイドがあるが、能や狂言にはそうしたものはないので、貴重な機会である。

まず、祝言謡「四海波」が能楽師有志によって謡われ、能「羽衣」(出演:浦田保浩ほか)、狂言「口真似」(出演:茂山千五郎ほか)、能「大会(だいえ)」(出演:片山九郎右衛門ほか)が上演される。


「四海波」は、能楽師が最もよくうたう謡だそうである。


能「羽衣」。世阿弥の作と伝わるが、確たる証拠はないという演目である。舞台となっているのは駿河国の三保の松原。舞台設定や登場人物、あらすじは歌舞伎舞踊になっているものとほぼ同じである。
能舞台の場合は鏡板があるわけだが、今回は能楽堂ではなく劇場での公演ということで、背景は富士山の山稜や雲を表しているかのような抽象的な線が照明で描かれている。
天女の昇天(でいいのかな?)は、富士山の煙と二重写しになるように描かれており、また天女は月世界からやって来たということで、「竹取物語」も意識されているようである。

英語の字幕スーパー入りでの上演。ちなみに羽衣は英語で“Robe(ローブ)”となっており、確かにそうかも知れないが大分イメージが異なる。英語圏の人に「羽衣とは何か」を説明しても、多分、すぐにはわからないので、ローブが適当なのだろう。
歌舞伎ではそうではないが、能では天女は面を付けているため、明らかに異界の人である。
また、天女の舞も迫力重視である。
ラストでは富士山が須弥山に例えられ、月の光は浄土の無量寿光に重なって、この世の安寧が祈念される。


狂言「口真似」。主(茂山茂)が酒を飲もうとするのだが、一人で飲んでも面白くない。そこで太郎冠者(茂山千五郎)を呼び、「面白い奴を客人として呼んでこい」と無茶を言う。太郎冠者は酔狂人(飲んべえ)の逸平(茂山逸平)を呼ぶことにする。主は、酔狂人が来ると聞いて不満に思うも無下にするわけにもいかず、太郎冠者に自分の言う通りにして逸平に接するよう命じるのだが、太郎冠者は主の言ったことを一言一句そのまま逸平に伝えてしまい……。

どこかで見た覚えがあったのだが、1996年の大河ドラマ「秀吉」の第48回の劇中で、豊臣秀吉(竹中直人)が徳川家康(西村雅彦。現・西村まさ彦)と共に演じ始めたのがこの演目であったことを思い出す。一度、確認してみたいのだが、残念ながら今すぐに確認出来る手段はないようだ。調べてみたところ、能狂言好きとしても知られた豊臣秀吉は、「口真似」の元となる狂言を徳川家康と前田利家と共に3人で舞ったことがあるそうである。


能「大会(だいえ)」。大会というのは、釈迦が霊鷲山(りょうじゅせん)で行った説法を指す言葉のようである。
前段が、絵本で紹介される。片山九郎右衛門の制作で「大会」を絵本化した『天狗の恩返し』からの引用である。

天狗(片山九郎右衛門)が鳶に化けて東北院(とうぼくいん)近くの都大路で遊んでいたところ、武士の投げた石で落とされ、子ども達に捕まって、殺されそうになった。たまたま通りかかった僧侶が鳶の命を助けたのだが、鳶の正体である天狗は僧侶にお礼がしたくなって寺院(原作では比叡山延暦寺とされているが、今回の上演では具体的な寺院名は出てこなかった)を山伏に化けて訪れる。山伏に化けた天狗は、僧侶に「望みがあれば仰って下さい」という。大会の様が見たいと僧侶が言うと、天狗は法力(でいいのかな?)を使って大会の様子を再現してみせる。ただ、これは明らかに釈迦と邪魔の話に重なるため、激怒した帝釈天が姿を現し……。

天狗が強者・帝釈天に追われるという話なのだが、今回の上演では天狗が帝釈天に立ち向かい、一騎打ちとなる。YouTubeLiveということで、チャットにコメントが書き込めるのだが、一騎打ちの場面では、「かっこいい」「凄い」という言葉が並ぶ。
帝釈天と天狗が去った後、舞台上に鳶の羽が一つ舞い落ち、僧侶がそれを拾い上げるという、映像でしか出来ない詩的な演出が施されており、これも好評であった。


私もチャットに参加していたが、こうした上演に立ち会うと、「日本人に生まれて良かった」としみじみ思う。こうした考えも決して大袈裟ではないはずだ。

| | コメント (0)

2020年9月 2日 (水)

配信公演 小林沙羅ソプラノ・リサイタル「日本の詩(うた)」@浜離宮朝日ホール

2020年8月10日 東京・築地の浜離宮朝日ホールから配信

ソプラノ歌手の小林沙羅が東京・築地の浜離宮朝日ホールで行ったソプラノ・リサイタル「日本の詩(うた)」の、ぴあLiveStreamによる見逃し映像を視聴してみる。

曲目は、前半が、武満徹作詞・作曲の「小さな空」、山田耕筰の「この道」(詩:北原白秋)、山田耕筰の「赤とんぼ」(詩:三木露風)、 山田耕筰の「ペチカ」(詩:北原白秋)、中田章の「早春賦」(詩:吉丸一昌)、越谷達之助の「初恋」(詩:石川啄木)、武満徹の「死んだ男の残したものは」(詩:谷川俊太郎)、中村裕美の「智恵子抄」(詩:高村光太郎)より“或る夜のこころ”“あなたはだんだんきれいになる”“亡き人に”

後半が、早坂文雄の「うぐいす」(詩:佐藤春夫)、瀧廉太郎の「荒城の月」(詩:土井晩翠。変換したら「工場の付き」になったが、なんだそりゃ?)、宮城道雄の「せきれい」(詩:北原白秋)、宮城道雄作詞・作曲の「浜木綿」、井上武士の「うみ」(詩:小林柳波)、橋本國彦の「お六娘」(詩:林柳波)、橋本國彦の「舞」(詩:深尾須磨子)、小林沙羅自身が作曲した「ひとりから」(詩:谷川俊太郎。本邦初演)。


本来は、小林沙羅が3月にリリースした日本の歌曲アルバムのためのリサイタルとして企画されたのだが、コロナの影響で延期になり、真夏になってようやくの開催となった。小林がマイクを手に曲目を紹介してから歌うというスタイルである。

ピアノ伴奏は小林沙羅と一緒に仕事をすることも多い河野紘子。後半の「荒城の月」では箏の澤村祐司が伴奏を務め、2つの宮城道雄作品では澤村と尺八の三澤太基(みさわ・たいき)が二人で伴奏を務める。

1曲目の武満徹作品「小さな空」を歌い終わった小林沙羅は、約半年ぶりに聴衆と同じ空間で歌えたということですでに泣きそうになっていると告げる。

ただそうした感傷に浸ることなく、明るめの伸びやかな声で、小林は日本の歌曲を歌い上げていく。やはり歌声というのはどの楽器よりも馬力がある。

高村光太郎の「智恵子抄」に収められた詩に曲を付けた中村裕美(なかむら・ゆみ)は学生時代から小林と共にVOICE SPACEというユニットで活躍していた友人だそうである。

また、有名童謡の「うみ」や「お六娘」を作詞した小林柳波は、小林沙羅の曾祖父だそうだ。

日本におけるフランス音楽の紹介者でもあった橋本國彦の「お六娘」では一度止まってしまい、歌い直すというハプニングもあったが、オペラで培って演技力を生かした表現力豊かな歌を披露する。
またやはり橋本國彦の「舞」では、小林が10歳の頃から日本舞踊を習い続けているということで、タイトル通り「舞」を入れながらの歌唱となった。小林が舞いながら歌うことは、小林が衣装チェンジのために引っ込んでる間にピアノの河野紘子がマイクを手にアナウンスする。何の予告もなくいきなり本格的な日舞が始まったら聴き手も驚くだろうから、当然の措置であるが、河野の声を聴く貴重な機会ともなった。

王道の曲目も多いが、映画音楽などで知られる早坂文雄や「春の海」で知られる邦楽の大家、宮城道雄の歌曲も入れるなど、新たな試みも行っている。いずれもイメージにない作風を持つ曲である。

谷川俊太郎に頼んで詩を書いて貰い、小林自身が作曲した「ひとりから」は、「ホモサピエンス」と広い範囲を指す言葉を使用していたのが印象的であった。


アンコールとして、岡野貞一作曲の「ふるさと」が歌われる。小林は「本当は皆さんと一緒に歌いたいのですが」と述べる。新型コロナの感染に繋がるというので、客席で歌うことは推奨されていない。

最後の曲として小林沙羅作詞・作曲の「えがおの花」が歌われる。編曲は中村裕美で、ピアノ、箏、尺八伴奏版となっている。 ほのぼのとした良い曲であり、歌唱であった。

| | コメント (0)

2020年8月31日 (月)

配信公演 三谷幸喜 作・演出「大地」(Social Distance Version) 2020.8.22

2020年8月22日 大阪・西梅田のサンケイホールブリーゼより配信

8月13日にサンケイホールブリーゼで観た時の感想と一部が重複します

午後6時から、大阪・西梅田のサンケイホールブリーゼで上演される三谷幸喜の「大地」をぴあのライブ配信で視聴。一時、音声が聞こえないというトラブルがあったが、劇中で肝心要のセリフが聞こえなくなるということは避けることが出来た。

8月13日にサンケイホールブリーゼで実際に観ている舞台であるが、内容を知った後に映像で観るというのも一つの楽しみ方である。思えば、初めて自分でチケットを買って(当日券であったが)観た舞台は、新宿の紀伊國屋ホールで上演された東京サンシャインボーイズの「ショウ・マスト・ゴー・オン 幕をおろすな」であり、これはNHKによって収録され、後日、BS2(今のBSプレミアム)で放送されたものも視聴。ビデオに録画して何度も見返すということをやっていた。今は「ショウ・マスト・ゴー・オン」はNHKからDVDが出ている。ちなみに映像では「高崎名物だるま弁当」が「高崎名物だるまさん弁当」になっているが、NHKでの放送ということで、商標を避けるためにセリフを変えて貰ったのだと思われる。

「ショウ・マスト・ゴー・オン」はバックステージものだが、三谷幸喜の裏方へ眼差しが感じ取れる重要な作品であり、それはこの「大地」にも繋がっているように思われる。

 

1回観ているということで、大体の展開はすでに知っているのだが、細かいところやさりげなく出されていた伏線の妙などを楽しむことが出来た。

チャペック(大泉洋が演じていた)の悲劇は、すでに前半の部分から提示されている。チャペック本人のセリフや、ストーリーテラーを兼ねる濱田龍臣の語りにもそれは含まれているのだが、俳優達や大道芸人のピンカス(藤井隆)やパントマイムのプルーハ(浅野和之)といったセリフを使わない芸能の人までもが想像力の宴を開いている中で、バラック3に収容されているメンバーの中でただ一人、チャペックだけが輪に入っていけない。それだけの実力がないということである。ここで、九代目松本幸四郎(現・二代目松本白鸚)と七代目市川染五郎(現・十代目松本幸四郎)の二人芝居「バイ・マイ・セルフ」が思い出される。松本幸四郎演じる無名の老優は自身の人生に特筆すべき事項がないことで悩むが、市川染五郎演じるフリーライターから「あなたは普通の人なんでしょう。普通で良いんです。普通だから良いですよ」と諭される場面がある。
老優もフリーライターも平凡な人間であり、特別な「何者か」でないことの意味が語られるのだが、その主題が「大地」において再びここに現れたように見える。それは圧倒的多数となる「凡才」の存在意義に繋がっていく。

チャペックは自身の行いにより、自身から復讐されるのであるが、それは他の俳優達も同じであった。映画スターであったブロツキー(山本耕史)も現実の世界ではヒーローになるには力不足であったということを生涯引きずっていたことが示されている。

この劇において最も重要だと思われるセリフは、マルチン・ルターのものとされる「たとえ明日地球が滅ぶとしても、私は大地に林檎の木を植える」という言葉の引用である(原文には「大地」という言葉は出てこないようである)。ここでどうしても林檎に目が行きがちになるが、タイトルから察するに、着目すべきはむしろ大地の方である。大切なのは林檎だが、それが育つには大地の存在が不可欠だ。
この世のあらゆる事象や巡り会った人々は俳優の糧となるが、それらの比喩として用いられているのが「大地」である。人々に「生きる希望」をもたらす良き俳優や良き芝居は、そのベースとなる大地があってこそ育まれるのであり、循環していく。それを忘れてはいけないということである。

私も「大地」の一人として、それをしっかり受け止めることが出来たように思う。

 

ちなみに休憩時間には、三谷幸喜が出演者にインタビューするという形での映像が流れたが、この作品で19歳にして初舞台を踏んだ濱田龍臣へのメッセージが多く語られていた。
ズデンカ役のまりゑは、濱田に休日に何をしているか聞いたそうだが、「ゲームを10時間やってラーメンを食べる」という答えに呆れ、「もっと演劇観なさい、映画観なさい」とアドバイスしたそうである。

 

| | コメント (0)

2020年8月28日 (金)

配信公演 「女々しき力プロジェクト」序章 オフィス3○○ 「消えなさいローラ」(文字のみ)

2020年8月23日 東京・下北沢の本多劇場より配信

午後1時から、e+Streamingで、「女々しき力プロジェクト」序章、オフィス3○○(さんじゅうまる)の「消えなさいローラ」を観る。作:別役実、演出・出演:渡辺えり、出演:尾上松也。演奏:会田桃子(ヴァイオリン)&川本悠自(ダブルベース)。下北沢の本多劇場からの配信。

「消えなさいローラ」は、別役実が、テネシー・ウィリアムズの「ガラスの動物園」の続編として23年前に書いたものである。渡辺えりも「消えなさいローラ」に感銘を受けて、ずっと自分でもやってみたいと思ってきたのだが、上演許可が下りず、コロナ禍の演劇として上演したいと申し込んで、ようやく上演が実現したという。

舞台上にはガラスの動物園が2つ。舞台前方の砂が敷き詰められた場所の上にガラスの動物たちが並び、その下手の水槽の中にも砂が積もっており、ユニコーンのぬいぐるみとガラスの動物たちが埋もれそうになっていて、時の経過が感じられる。

ミズーリ州セントルイス。トムが出て行った後のウイングフィールド家の居間が舞台である。
ローラ(渡辺えり)は今も引きこもりを続けており、自身の名前を呼ぶことで自身の存在を確認している。
渡辺えりはアマンダ夫人も二役で演じるのだが、ここにちょっとした仕掛けがある。

尾上松也は、劇の冒頭ではトムを演じるのだが、その後に、ウイングフィールド家を訪ねてくるユニバーサル葬儀社の社員として登場する。ユニバーサル葬儀社は仕事が早いことで有名だということで、ウイングフィールド家で死者が出たという話を聞いて駆けつけたのだという。まずローラが否定し、額のロボトミー手術の後を見せる。ユニバーサル葬儀社の人間は帰るのだが、帽子を忘れたということで、ウイングフィールド家に戻る。
今度はアマンダが対応するのだが、葬儀社の男は、アマンダは実は3年前に亡くなっているのではないか、という話をする。近所の人々からアマンダを見かけたという証言は得られたのだが、それはローラがアマンダに扮していたのではないかと、ユニバーサル葬儀社の社員は推理しており……。

実際にはユニバーサル葬儀社の社員を語る男は、ユニバーサル探偵社に所属する探偵であることがわかる。アマンダは3年前に亡くなっており、ローラが3年間そのことを隠し続けているのではないかと疑っているのである。アマンダとローラの会話は聞こえるが、それもローラが声音を変えて一人でやっているのではないかという疑いがある。

ということで、アルフレッド・ヒッチコックの代表作「サイコ」に影響を受けた作品であることがわかる。少なくとも知っている人には明らかに「サイコ」を基にしていることがわかるように書かれている。考えてみれば、ウイングフィールド家とベイツ家の環境は似ている。

ローラはトムの帰りを待ち続けている。待ち続けるには何かをしていてはいけない。ローラはアマンダに抵抗し続けることで何かをするのではなく「待つ」という行為を続けていた。だが、ローラがねずみ取りの砒素を入れたワインを飲んでアマンダは絶命する。その後も、ローラは一人でトムの帰りを待ち続けるのだが、トムが十日前に亡くなっているという情報をユニバーサル探偵社の男は掴んでいた……。

「ガラスの動物園」のラストでは、トムが実家を見捨てたことが描かれている。トムが出て行った後のウイングフィールド家のことは想像するしかないのだが、アマンダとローラの間で深刻なやり取りがあったことは想像に難くない。

「ガラスの動物園」のラストは、トムが今もローラのことを気に懸けているというものだったが、「消えなさいローラ」もローラもまたトムのことを思い、嘘をついてまでも待ち続けているというものである。

ラストで行われるのはそこからの開放である。待つことがつまり生きることであったローラの待つ理由が終わる。「ガラスの動物園」でトムがローラへの思いにとらわれていたのと同様、トムへの思いにがんじがらめになっていたローラ。「サイコ」のノーマン・ベイツがマザーコンプレックスと罪の念から母親を演じていたように、ローラも自分が母親を殺したということを否定するために二役を演じつつ、トムへのブラザーコンプレックスを抱え、帰りを待ちわびている。

これが毒親から阻害され続けられてきたローラの浄化に至るのかどうかはわかららないが、「サイコ」を絡めた二重写しの展開は演劇ファンと映画ファンの両方をにやりとさせる。


演劇は生ものなので、渡辺えりが「あなたはユニバーサル葬儀社の社員じゃないわ!」と言うべき所を「あなたはユニバーサル探偵社の社員じゃないわ!」と言い間違えてしまい、尾上松也は沈黙、渡辺えりが正しいセリフをいうのを待つ。渡辺えりが気がついて、正しいセリフを言い、松屋が「そうです、私はユニバーサル探偵社の者です!」と答えると客席は拍手喝采となった。
終演後、渡辺えりは、「配信の日なのにやっちゃいました」と語る。その他にも後方の照明が付きっぱなしになっているなど、トラブルがあり、演出も兼任ということで色々と指示を出す必要があったらしい。

ちなみに渡辺は、尾上松也の「松也」を頭にアクセントを置いて読んでいたようだが、松也自身はフラットに読むのが正しいという話をする。
渡辺えりは山形市出身だが、山形弁は冒頭にアクセントが来ることはないそうで(山形に多い苗字である「佐藤」も「砂糖」と同じ発音になるようだ)、「じゃあ、山形弁と一緒」と語っていた。

| | コメント (0)

2020年8月26日 (水)

配信公演 ニコニコ生放送 大谷康子弾き振り 東京交響楽団「モーツァルト・マチネー第42回」@ミューザ川崎(文字のみ)

2020年8月22日 ミューザ川崎シンフォニーホールからの配信

午前11時から、ミューザ川崎シンフォニーホールで行われる東京交響楽団の「モーツァルト・マチネー第42回」のニコニコ生放送での配信を視聴。

今日は大谷康子の弾き振りによる2曲である。上演時間約1時間、休憩なし、ソーシャルディスタンスを保った上での有観客公演である。

曲目は、2つのヴァイオリンのためのコンチェルトーネ(ヴァイオリン:大谷康子&水谷晃)とヴァイオリン協奏曲第5番「トルコ風」(ヴァイオリン独奏:大谷康子)。

大谷康子は、東京交響楽団のコンサートマスターを経てソロ・コンサートマスターに就任。退任後は同楽団の名誉コンサートマスターの称号を受けている。東京交響楽団の前は、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団のコンサートマスターを務めていたが、その頃の東京シティ・フィルは、黛敏郎司会の「題名のない音楽会」で演奏を担当することが多く、コンサートマスターである大谷の姿は目立っていた。


ニコニコ生放送なのでコメントを送ることが出来る。私も参加する。大谷が弾き振りをするのを見て、「ヴァイオリン出身の指揮者、余りいない気がする」とコメントした人がいたが、そこから有名指揮者が指揮者になる前に弾いていた楽器は何かというやり取りが続く。ヴァイオリン出身で有名なのは、ニューヨーク・フィルハーモニックの音楽監督であるヤープ・ヴァン・ズヴェーデンで、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団のコンサートマスターからの転身である。ニューヨーク・フィルの先の音楽監督であるアラン・ギルバートも自分の楽器としていたのはヴァイオリンである。
古くはシャルル・ミュンシュがライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のコンサートマスター出身で、その時代にゲヴァントハウスの指揮者だったヴィルヘルム・フルトヴェングラーの影響を受けて指揮者に転向している。
近年では、サカリ・オラモがフィンランド放送交響楽団のコンサートマスター出身である。
朝比奈隆もアマチュアとしてであったが、ヴァイオリニストとして活躍していた時期がある。
関西フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者であるオーギュスタン・デュメイの場合は本業はヴァイオリニストであるが、指揮者としての仕事を増やしている最中である。

ピアノ出身者は多く、引退したがウラディーミル・アシュケナージ、ダニエル・バレンボイム、更にサー・ゲオルグ・ショルティやチョン・ミョンフンもピアニストとして活躍してから、指揮者に転身。アシュケナージは指揮は我流であり、振り方も不器用であった。20世紀後半の二大巨頭であるヘルベルト・フォン・カラヤンとレナード・バーンスタインも得意としていたのはピアノである。バーンスタインはピアノ協奏曲をいくつか弾き振り振りで録音。カラヤンも晩年にヴィヴァルディの「四季」をチェンバロの弾き振りで録音している。
日本では、広上淳一(今ではピアニカ奏者のようになっているが)、大植英次、沼尻竜典、上岡敏之などがピアノの名手であり、沼尻と上岡はピアニストとしてもCDをリリースしている。
ミハイル・プレトニョフは、一時期はピアニストを廃業して指揮者専業となったが、最近はピアノも弾き始めている。クリストフ・エッシェンバッハも同傾向だ。

ヴィオラ出身は、シャルル・デュトワやユーリ・バシュメット(バシュメットの場合も本業はヴィオリストである)、古くはヴァーツラフ・ノイマンがいる。チェロは齋藤秀雄やムフティスラフ・ロストロポーヴィチ(前者は教育者で、後者は指揮者としての名声は上がらず)、更に20世紀前半を代表する指揮者であるアルトゥーロ・トスカニーニはチェロ奏者から無理矢理指揮者に転向させられている。

コントラバスは井上道義や本名徹次、トランペットは下野竜也や山本直純、ホルンにはエサ=ペッカ・サロネンがいる。サー・サイモン・ラトルやパーヴォ・ヤルヴィは打楽器出身である。佐渡裕は京都市立芸術大学のフルート科出身であり、リコーダーも得意とする。リコーダー出身の指揮者としてはフランス・ブリュッヘンが有名である。

冗談で「小澤はスクーター」と書かれていたが、小澤征爾の著書『ボクの音楽武者修行』などにフランスに留学した際、マルセイユからパリまでスクーターで移動したことが書かれている。実際の小澤征爾の楽器はピアノであり、幼い頃はピアニストを目指していたものの、成城学園時代にラグビー部に所属していて、練習中に両手の人差し指を骨折したため、ピアニストを諦めて指揮者になるための勉強を始めている。

意外なのは山田一雄で、専攻したのはピアノだが、ハープの演奏も得意としていた。


演奏と関係ない話が続いたが、2つのヴァイオリンのためのコンチェルトーネはモーツァルトが十代だった頃の作品である。

大谷康子の明るく張りのある音と、現在の東京交響楽団のコンサートマスターである水谷晃の渋めの音色との対照の妙が印象的な演奏である。二人のアイコンタクトが実に微笑ましい。短調の部分の影は十代にして十分に濃い。


ヴァイオリン協奏曲第5番「トルコ風」。大谷のヴァイオリンは気品に溢れ、丁寧である。ソリストとしてではなく、オーケストラのコンサートマスターとして活躍してきたこともあって、スケールの大きさよりも親密さを表に出した仕上がりとなっていた。

| | コメント (0)

2020年8月19日 (水)

配信公演 「女々しき力プロジェクト」序章 オフィス3○○(さんじゅうまる)リーディング公演「片づけたい女たち」

2020年8月10日 東京都杉並区の座・高円寺1からの配信

午後3時から、e+のStreaming+で、オフィス3○○のリーディング公演「片づけたい女たち」のオンライン生配信を観る。永井愛の本を渡辺えり子が演出。出演は、3軒茶屋特別婦人会(笹井英介、深沢敦、大谷亮介)。ト書き朗読&ウクレレ演奏:草野とおる。ヴァイオリン演奏:会田桃子、ダブルベース演奏:川本悠自。東京都杉並区にある座・高円寺1での上演である。

高校時代、女子バスケットボール部の同期部員だった3人の50代の女性が主人公である。
舞台はツンコ(深沢敦)が住むデザイナーズマンション。そこに、おチョビ(笹井英介)とバツミ(大谷亮介)が訪ねてくる。元々片付けが苦手なツンコであったが、おチョビとバツミが部屋に入るとものが山積みになっており、二人は驚く。
片づけられない性質であることをバツミは、なんとかいう精神病の一種(ADHDのことだと思われる。実際、『片づけられない女たち』というADHDに取材したサリ・ソルデン著、ニキリンコ翻訳の本がベストセラーになっており、この舞台作品も同著作に影響を受けて書かれたものだと思われる)だと説明し始めるが、これはこの作品においてはメインのストーリーには絡まない。話は片づけ続けることによって掘り起こされる様々な思い出と、過去の呪縛のようなものである。

とにかく部屋がとっちらかっているので、どこに何を分類しなければならないか、から始めるのだが、高校の同級生で50を待たずに亡くなった人が把握しているだけで15人以上いるという話になる。病気、自殺など死因は様々だが、高校時代は健康と元気の塊だったような男性がもう他界しており、クラス一の美女で玉の輿間違いなしと思われていた千代美も不幸が重なり、もうこの世の人ではない。
だが、この千代美という女性、美貌が災いして、女子バスケットボール部の顧問から今でいうセクハラを受けていたのだが、女子バスケットボール部の部員全員が、それを見て見ぬ振りをしていた。そのことについて、「どうしようもなかったのよ」「あの頃はセクハラなんて言葉もなかったし」と正当化しようとするが、「見て見ぬ振り」をしていたことが、引っかかりを生む。

バツミは主婦、おチョビは夫と共に場末の食堂を経営しているが、ツンコは現役の会社員である。同僚の女性社員でライバルでもあった稲竹(いなたけ)さんに先を越される形になっていたが、その後、稲竹さんを巡る意外な事実が、ツンコの心を波立たせていることがわかる。

ツンコの部屋のドアの隙間に、ある日こんなことが書かれた紙が挟んであった。「あなたの犯した誰にも告発されない罪を私は心底軽蔑します」。ツンコは紙に文章を書いてドアの隙間に挟んだのは稲竹さんではないかと疑っているのだが……。


50を超え、同級生にもう他界した人物も多く、自身も死を意識しなければならない3人の女性の会話劇。すでに癌に冒されている人もこの中にいる。映画「死ぬまでにしたい10のこと」の話が出てくるなど、自らの半生と向き合う話であるが、それらの中で「見て見ぬ振りをした」、あるいは「見なかったことにした」、二つの罪が最も心残りなこととして浮かんでくる。


終演後の挨拶には演出の渡辺えりも登場。渡辺は大谷に「リーディングなので余り動かないで」と言ったが、大谷は結構、オーバージェスチャーで朗読。大谷は「他の二人も動くだろうと思ったが、全く動かないので意外だった」というようなことを述べていた。

| | コメント (0)

2020年8月18日 (火)

配信公演 ロームシアター京都「プレイ!シアター」 at HOME2020 京都市交響楽団 0歳からのコンサート「ステイキャッスルはもううんざり!」+康本雅子&ミウラ1号 移動型ライブパフォーマンス「どこ行くダンス?ここいる音楽」 in ロームシアター京都+サウスホールバックステージ映像

2020年8月15日 左京区岡崎のロームシアター京都から配信

ロームシアター京都の夏のイベント、「プレイ!シアター」がコロナの影響によって今年は「at HOME 2020」としてオンラインを使っての開催となった。ロームシアター京都のホール等で公演は行われるが、観客としてロームシアターに入れるのは関係者や抽選に当たった人など最小限に絞られ、一般人はYouTubeなどを使っての配信で楽しむことになる。


午前11時からは、メインホールで京都市交響楽団 0歳からのコンサート「ステイキャッスルはもううんざり!」がYouTubeを使って配信される。
チャンネルは2つあり、ロームシアター京都のYouTubeチャンネル1では指揮者の頭に着けたカメラからの映像が流れ、クラシック専門配信サービスであるカーテンコールによるYouTube配信では、上演される人形劇を中心としたオーソドックスな映像が流れる。

指揮は垣内悠希。ロームシアター京都メインホールはステージが広いため、編成も比較的大きめだが、第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラはいずれもワントップである。

コンサートマスターは泉原隆志。フルートの上野博昭、オーボエの髙山郁子、クラリネットの小谷口直子、トランペットのハラルド・ナエスといった首席メンバーが顔を揃えている。例年なら8月は音楽祭のシーズンであり、そちらを優先させるメンバーも多いのだが(京都市交響楽団は珍しく8月にも定期演奏会があり、宗教音楽の演奏が恒例となっている)、音楽祭自体が中止になるケースが大半となってしまっている。


糸あやつり人形劇団みのむしによる人形劇が行われ(脚本・演出はヨーロッパ企画の永野宗典と松宇拓季)、オーケストラ演奏がそれを彩っていくという趣向である。

とある国のお姫様(声はヨーロッパ企画の藤谷理子)が、城での生活に飽き飽きして国を飛び出し、ロームシアター京都の楽屋に籠城する。お付きの竜の騎士メロウ(声はヨーロッパ企画の酒井善史)と教育係のガミット(声はヨーロッパ企画の石田剛太)が音楽の力を借りて姫を城に連れ戻そうとあの手この手を繰り出すという物語である。


ロームシアター京都のYouTubeでは、先に書いた通り、指揮者の垣内悠希の頭に取り付けられたカメラからの映像が流れるのだが、カメラが揺れまくってしまっている上に、垣内の息づかいも盛大に聞こえるため音楽に集中出来ない。といういうことでカーテンコール制作のYouTube映像に切り替える。


チャイコフスキーのバレエ音楽「眠れる森の美女」よりワルツでスタート。有名曲が多く、京響も手慣れた演奏を聴かせる。

各楽部の紹介として、弦楽器がモーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」冒頭、木管楽器がチャイコフスキーの「白鳥の湖」より“小さな白鳥の踊り”、金管楽器が大野雄二の「ルパン三世」のテーマ、打楽器がビゼーの「カルメン」より闘牛士のテーマを奏でる。

その後、ルロイ・アンダーソンの「ワルツィング・キャット」、ハーライン作曲(岩本渡編曲)の「星に願いを」、メンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」より結婚行進曲などが演奏される。グリーグの「ペール・ギュント」第1組曲より“山の魔王の宮殿にて”の演奏の際に、“朝”とクレジットされるというミスがあったが、すぐに直された。“朝”はその次の場面で演奏された。

ヨハン・シュトラウスⅠ世の「ラデツキー行進曲」では、視聴者もチャットに手拍子の絵文字を打ち込んで参加する。

その後は、天岩戸的な展開となり、盆踊りの手拍子が気になったお姫様がドアを開けたところをメロウが引きずり出す。作戦成功をデュカスの「ラ・ペリ」のファンファーレが祝福する。

最後は、久石譲作曲(和田薫編曲)の「さんぽ」(「となりのトトロ」より)が演奏された。


その後、ロームシアター京都のYouTubeチャンネル2で、康本雅子とミウラ1号による移動型ライブパフォーマンス「どこ行くダンス?ここいる音楽」in ロームシアター京都を視聴。ミウラ1号の音楽に乗って、ダンサーの康本雅子がコンテンポラリーダンスを披露しながらロームシアター京都内を移動する。3階共通ロビーに始まり、3階ロビー(サウスホール2階席ロビー)、2階共通ロビーなどロームシアター京都を訪れたことのある人なら見覚えのある景色が映し出されるが、ベランダなど通常は関係者以外は立ち入れない場所にもカメラが入ってダンスが行われ、配信ならではの良さも生んでいた。

ダンス公演の後は、ロームシアターのバックステージの紹介が行われ、サウスホールへののピアノ搬入の模様などが映し出される。ちなみに、例年の「プレイ!シアター」ではメインホールのステージ上や一部の楽屋などは立ち入り可となっていたが、サウスホールの舞台裏に入れる催しは行われておらず、貴重な映像である。

| | コメント (0)

2020年8月10日 (月)

配信公演 「女々しき力プロジェクト」序章 オフィス3○○(さんじゅうまる) 渡辺えり×木野花 「さるすべり~コロナノコロ~」(文字のみ)

2020年8月8日 東京都杉並区の座・高円寺1からの配信

午後5時から、e+のStreaming+で、オフィス3○○(さんじゅうまる)の公演「さるすべり~コロナノコロ~」を観る。渡辺えりが20年前に如月小春、岸田理生(いずれも現在は故人)と共に行った女性演劇人による連続作品上演企画「女々しき力プロジェクト」復活版、序章の第一弾として、座・高円寺1で行われている渡辺えりと木野花の二人芝居のオンライン生配信版である。

ヴァイオリンの会田桃子とダブルベースの川本悠自による二重奏でスタート。

木野花と渡辺えりが姉妹という設定であり、5ヶ月間の自粛が続いている東京都杉並区が舞台である。

名画「八月の鯨」をモチーフとして渡辺えりが書き下ろした新作上演であるが、時折、二人が木野花と渡辺えり本人に戻ってツッコミを入れるという場面が訪れる。演出は出演者二人が共同で行っている。渡辺えりが本を書き上げたのは7月末のことだったそうだ。

木野花がゴミ袋を両手に持ち、ゆっくりとした足取りで現れる。これについてはその直後に渡辺えりが、木野花の「毎日拭き掃除を欠かさないという人間性」を描くために冒頭にこのシーンを入れたと明かすが、これについては、木野花は「なんで舞台の上でも掃除しなきゃいけないのよ」というセリフで応える。

音楽家の二人には、「流浪の民」であり、ヒトラーに迫害されたジプシーという設定であるということを本人に述べて貰うが、音楽家、というより演技経験のない人に急にセリフを与えてもちゃんと言えるわけはないので、これに対しては木野花の「こんな棒読みでいいの?」というセリフが待ち受けている。
木野花は、「なんでミュージシャンがいるの? これ音楽劇なの?」と聞き、渡辺えりは「二人芝居で二人しかいないから、衣装替えの間なんかに一人になると場が持たない」と説明する。ただそれだけでなく、渡辺えりが歌う場面も用意されている。

渡辺えりと木野花が本人に戻って、
木野花の「『八月の鯨』やるっていうから、私受けたのよ」というセリフに始まる、作品制作の過程が述べられたり、「芝居の嘘」について語られたりする。

木野花演じる、ノノムラセツコ(漢字はわからず。「野々村節子」の可能性は高いが断言は出来ない)は、若い頃は全学連に所属し、1960年の安保闘争では国会議事堂の前で岸信介による安保改正に反対を叫ぶ女学生だったが(圧死した樺美智子を思わせる話も勿論出てくる)、同じ運動に参加していた男達に失望して、その後、魚河岸に就職。その後、63歳の時に謎のポーランド人女性(渡辺えり)に誘われて料理店を営んでいたりした。

渡辺えり演じる妹のカズコ(漢字不明)は、結婚して川崎市に住んでいるのだが、怒りっぽくなった夫に失望して家を出て、杉並にある実家に転がり込んだ。実家にはセツコが一人で住んでいる。その後、自粛期間に入るのだが、ずっとテレビを見ていなかったということもあって何のために自粛しているのかも忘れてしまっている。

「断捨離」ということで家の掃除を始めるのだが、マドレーヌこそ出てこないものの、そこで見つかったものから記憶が甦る。

二人の弟(実際は違うことが後に判明する)であるミツオの話が始まる。男前であり、明治大学法学部を出て弁護士になったが、杉並の家の前にあるさるすべりの木で首を吊って自殺している。ミツオの死に、セツコが深く関わっていたことが後に判明する。

今日はある人の誕生日であり、来訪を待っているのだがなかなかやって来ない。「来ないならこちらから出向く」ということで、場所の明示はされないが二人は劇場を訪れ、そこで行われることの素晴らしさを述べる。


「新しい演劇の誕生」というと大仰になるが、渡辺えりによる個人的な「演劇人としての生まれ直し」という意図が込められた芝居である。バースデーソングが歌われることはないが、黒澤映画「生きる」のあの場面が思い起こされたりする。

渡辺えり自身が山形での公演を観て演劇人として生きる決意を固めたというテネシー・ウィリアムズの「ガラスの動物園」や同じく「欲望という名の電車」を始めとする様々な演劇作品へのオマージュが鏤められており、二人の演劇に対する愛情に溢れた愛らしい作品に仕上がっている。ただこれは「戦い」の作品でもあり、この国が浸食され続けている「アメリカ的なるもの、特に負の部分」と「その傀儡」に対しての確固たる決意表明であるようにも感じられた。

時折、映像が止まることもあったが、基本的には画質も音質も素晴らしく、日本人の持つ技術力の高さに勇気づけられる公演でもあった。


渡辺えりが演劇人として脚光を浴びたのは1980年代である。野田秀樹、鴻上尚史、川村毅らと共にアングラ第三世代に区分されるが、少なくともアンダーグラウンド演劇界隈では最も注目された女性劇作家であり、演出家である。当時の演劇界は今よりもずっと男性上位世代で、劇団3○○の稽古を見に来た他の劇団のメンバーが、3○○の団員(豊川悦司らがいた)に向かって、「お前らよく女の指示なんか聞いてられるな」と嘲るように言ったという話が残っている。だがその後、渡辺えり(その頃は渡辺えり子という名だったが)は豊川悦司を日本を代表する俳優に育て上げ、宇梶剛士を更生させるなど演劇界に多大な貢献を行っている。
21世紀になっても日本の演劇界における男性上位は続いているが、「女々しい」という言葉を逆に捉えて、演劇の再生を試みる企画が船出を迎えた。

| | コメント (0)

配信公演 藤岡幸夫指揮 山形交響楽団 「山響ライブ特別企画公演」(文字のみ)

2020年8月6日 山形テルサホールからの配信

今日はクラシック専門配信サービスのカーテンコールで山形交響楽団の演奏会の配信がある。YouTubeでは広島交響楽団の平和の夕べコンサートの中継もあるのだが、曲目が魅力的なため、山形交響楽団を選ぶ。

「山響ライブ特別企画公演」と銘打たれたコンサート。指揮は、関西フィルハーモニー管弦楽団首席指揮者と東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団の首席客演指揮者を務める藤岡幸夫。山形テルサホールでの演奏会である。


曲目は、シベリウスの「クリスティアン2世」より“夜想曲”、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番(ピアノ独奏:田部京子)、シベリウスの交響曲第3番。


午後7時開演だが、午後6時50分頃から、山形交響楽団専務理事の西濱秀樹のプレトークが始まり、カーテンコールでの配信の他に、藤岡幸夫が司会を務めるBSテレ東の「エンター・ザ・ミュージック」の収録があることが告げられる。

その後、藤岡も呼ばれて西濱との二人でトーク。西濱は山形交響楽団に来る前は関西フィルハーモニー管弦楽団の事務局長を務めており、関西フィルに藤岡を招いたのも西濱だという。

藤岡は、「西濱さんとは20年来の付き合い」「僕の暴露本書ける」と言い、「一緒に新地に遊びに行ったこともある」と語るが、配信があるため、新地の話は西濱からNGが出る。

シベリウスの「クリスティアン2世」は、聴いたことのある人がほとんどいないだろうが、素晴らしい曲だと藤岡は語る。藤岡は渡邉暁雄の愛弟子であり、シベリウスを得意としている。関西フィルとは1年にシベリウスの交響曲1曲という全曲演奏会を7年がかりで行っている。

ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番のソリスト、田部京子は叙情的な作品を得意とするピアニストで、藤岡幸夫とは吉松隆繋がりでもある。
日本人女性ピアニストは、「話すと面白い」人が案外多いのだが、田部京子は本当に育ちの良さを感じさせるピアニストである。藤岡も西濱も田部の気品について触れ、藤岡は「僕は汚れまくっている」と語る。

シベリウスの交響曲第3番。ドイツにおけるシベリウスの紹介者であったヘルベルト・フォン・カラヤンが唯一取り上げなかった曲としても知られている。

藤岡がシベリウスが愛娘を亡くしたことについて語り、気分を変えるためにイタリアに旅行に行った結果、完成したのが交響曲第2番だと説明し、愛国的精神の発露と語られるこの曲が実際は個人的な思いによって書かれたと語る。だが交響曲第2番だけでは娘の死を乗り越えることは出来ず、交響曲第3番でも娘の死と向き合うことになったと解説した。シベリウスの交響曲とは「特別な」「異常な」音楽であり、他の誰にも似ていないことを藤岡は強調する。
交響曲第1番と第2番に関してはチャイコフスキーからの影響が指摘されることがあるが、第3番からは本当に独自の路線を歩むことになる。

藤岡は、「シベリウスというと、静かで真面目なイメージあるでしょ? 全然そうじゃなかった。酒好きで遊び好きで、『お前(遊びをやめるため)田舎に引っ越せ』と言われて引っ越すんだけど、ヘルシンキのバーに行って3日間帰ってこないだとか。酔って暴れて逮捕されたりだとか。浪費家、贅沢好きで借金まみれだとか。それで凄いのは周りから嫌われなかったということ」

西濱が、前回のベートーヴェン交響曲スペシャル第2弾では、聴衆が「ブラボー」ボードを掲げ、最後は指揮者の阪哲朗が「感謝」と書かれたボードを拡げたことを話す。藤岡は、「何も用意してないや」と語った。


ドイツ式の現代配置での演奏である。藤岡はコンサートマスターやフォアシュピーラー、ソリストと握手ではなくエルボータッチを行う。


シベリウスの「クリスティアン2世」より“夜想曲”。今日も真夏日であったが、シベリウスの曲は凜として透明感に溢れ、聴く清涼剤、音によるクーラーである。本当に体に自然に馴染む音楽だ。


ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番。トランペットやホルンはナチュラル仕様のものを用い、ティンパニもバロックスタイルが採用される。HIPによる演奏だが、特に強調はせず、自然体である。藤岡の指揮ということもあり、ロマンティシズムよりもしなやかさが目立つ。
田部京子のピアノもまた涼しげでクリアな響きを紡ぐ。思いのほか構築感のある演奏でもある。清々しいピアニズムであるが、熱気をはらんでもいる。アルフレッド・ヒッチコックがグレース・ケリーを評した「雪を頂く活火山」という言葉が浮かんだ。
ベートーヴェンの若々しさと精神的な成熟が同時に感じられる曲と演奏である。


休憩時間には、カーテンコールの酒井さんと西濱さんのトークを経て、コロナによって山形交響楽団がリハーサルは行ったのに本番が行えなくなった様に始まり、カーテンコールによって配信された山形交響楽団の複数の演奏会の映像が流れる。カーテンコールの画と音が飛躍的に良くなっていることも確認出来る。


シベリウスの交響曲第3番。民族舞踊のような旋律で始まる曲だが、この部分が「ちょいダサ」にも感じられるため、カラヤンの美意識に反した可能性が高いと思われる。
しかしその後に強烈な広がりと内省的な旋律が繰り返され、異世界へと誘われていく。

シベリウスを得意とする藤岡と、シベリウスに合った音色を持つ山形交響楽団の相性も良く、透明感溢れる音の風が吹きすぎていく。

第2楽章の寂寥感の表出も優れており、音響もマジカルなレベルに達している。
第3楽章の前衛志向の響きとダイナミズムを兼ね備えた疾走感も素晴らしい。曲が終わっても走り続けていくであろう音楽の予感がある。


今日も客席には、「Bravo!」ボードが掲げられ(サッカーのサポーターのタオル応援に影響を受けてか、「Bravo!」タオルを作る予定もあるそうだ)、藤岡も「やられたらやり返す! 文字返しだ!」ということで(?)前回、阪哲朗が拡げた「感謝」ボードで応えていた。

| | コメント (0)

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

2346月日 DVD YouTube …のようなもの いずみホール おすすめCD(TVサントラ) おすすめサイト おすすめCD(クラシック) おすすめCD(ジャズ) おすすめCD(ポピュラー) おすすめCD(映画音楽) お笑い その日 びわ湖ホール アニメ・コミック アニメーション映画 アメリカ アメリカ映画 イギリス イギリス映画 イタリア イタリア映画 ウェブログ・ココログ関連 オペラ カナダ グルメ・クッキング ゲーム コンサートの記 コンテンポラリーダンス コンビニグルメ サッカー ザ・シンフォニーホール シアター・ドラマシティ シェイクスピア シベリウス ショートフィルム ジャズ スタジアムにて スペイン スポーツ ソビエト映画 テレビドラマ デザイン トークイベント ドイツ ドキュメンタリー映画 ニュース ノート ハイテクノロジー バレエ パソコン・インターネット パフォーマンス パーヴォ・ヤルヴィ ピアノ ファッション・アクセサリ フィンランド フェスティバルホール フランス フランス映画 ベルギー ベートーヴェン ポーランド ミュージカル ミュージカル映画 ヨーロッパ映画 ラーメン ロシア ロームシアター京都 中国 中国映画 交通 京都 京都コンサートホール 京都フィルハーモニー室内合奏団 京都劇評 京都四條南座 京都国立博物館 京都国立近代美術館 京都市交響楽団 京都文化博物館 京都芸術センター 京都芸術劇場春秋座 伝説 住まい・インテリア 余談 兵庫県立芸術文化センター 動画 千葉 南米映画 占い 台湾映画 史の流れに 哲学 大河ドラマ 大阪 大阪フィルハーモニー交響楽団 大阪松竹座 学問・資格 宗教 室内楽 小物・マスコット・インテリア 広上淳一 心と体 恋愛 意識について 携帯・デジカメ 政治・社会 教育 散文 文化・芸術 文学 文楽 旅行・地域 日本映画 日記・コラム・つぶやき 映像 映画 映画音楽 映画館 書店 書籍・雑誌 書籍紹介 朗読劇 来日団体 東京 梅田芸術劇場メインホール 楽興の時 歌舞伎 正月 歴史 海の写真集 演劇 無明の日々 猫町通り通信・鴨東記号 祭り 笑いの林 第九 経済・政治・国際 絵画 美容・コスメ 美術 美術回廊 習慣 能・狂言 花・植物 芸能・アイドル 落語 街の想い出 言葉 趣味 追悼 邦楽 配信ライブ 野球 関西 雑学 雑感 韓国 韓国映画 音楽 音楽劇 音楽映画 食品 飲料 香港映画