カテゴリー「京都国立近代美術館」の5件の記事

2020年6月30日 (火)

美術回廊(49) 京都国立近代美術館 「チェコ・デザイン 100年の旅」&日本・ポーランド国交樹立100周年記念「ポーランドの映画ポスター」

2020年6月25日 左京区岡崎の京都国立近代美術館にて

左京区岡崎にある京都国立近代美術館で、「チェコ・デザイン 100年の旅」と日本・ポーランド国交樹立100周年記念「ポーランドの映画ポスター」展を観る。
いずれも5月10日に最終日を迎えるはずの展覧会だったのだが、コロナ禍による臨時閉館期間があったため、再開後、7月までに展示期間が延びている。

チェコは、音楽(ドヴォルザークやスメタナ)、文学(カフカやカレル・チャペック)といった芸術が知られるが、チェコのデザインに触れる機会は余りないので、興味深い展覧会である。

チェコのデザインに触れるのは初めてではなく、以前にチェコ製のテントウムシのマグネットを買ったことがあり、今も冷蔵庫に止まっている。

チェコ出身のデザインアーティストというと、アルフォンス・ミュシャがまず頭に浮かぶが、ミュシャの「Q」をモチーフにした作品も勿論展示されている。19世紀末から20世紀初頭には、チェコでもアールヌーボーなどの影響を受けた美術が流行ったが、椅子などは実用性を度外視してデザインを優先させたために使い勝手が悪いものも多かったようである。

その後、チェコでは「結晶」を理想とした直線美によるパターンを重ねたデザインが流行する。考えてみれば、「自然は直線を嫌う」(ウィリアム・ケント)といわれているものの、肉眼では見えない結晶は例外的に直線で形作られている。顕微鏡の発達によってもたらされた、ある意味ではこれまでの常識を覆す自然美の発見であったともいえる。

家具や食器はアールヌーボーの反動で、シンプルで実用的なものが好まれる時代になるが、ガラス細工が盛んな地域をドイツに占領されてしまったため、木材などを中心とした新たなデザインを生み出す必要性に迫られるようにもなる。これはそれまで軽視されてきた木材の長所の再発見にも繋がったようだ。

共産圏となったチェコスロバキアでは、国外に向けてのチェコやスロバキア美術プロパガンダのための高級感のあるデザイン品が輸出される一方で、国内向けには貧相なものしか作られないという乖離の時代を迎える。チェコ動乱の前はそれでもピンクやオレンジといった色を用いたポップなデザインのポスターなども制作されたが、それ以降は実用的ではあるが味気ないいわゆる共産圏的なデザインも増えてしまったようだ。チェコのデザインが復活するにはビロード革命を待つ必要があったようである。

アニメーションの展示もあり、短編アニメが何本か上映されている。言葉がわからなくても内容が把握可能なものだったが、東欧のアニメとしてどの程度の水準に入るものなのか一見しただけではわからない。

チェコの木製おもちゃの展示もある。テントウムシのマグネットにも通じる可愛らしくてぬくもりが感じられるもので、子どものみならずインテリアとしても喜ばれそうである。

 

「ポーランドの映画ポスター」。映画好きにはよく知られていると思われるが、ポーランド映画は完成度が高く、海外からの評価も上々で、「芸術大国ポーランド」の一翼を担っている。
今回は、映画そのものではなく映画ポスターの展示であるが、ポーランドでは海外の映画のポスターをそのまま用いるということが禁止されていたため、ポーランド人のデザイナーが一から新しいポスターを製作することになった。
日本映画のポスター展示コーナーもあり、ゴジラシリーズなどはわかりやすいが、「七人の侍」などは日本の侍というよりもギリシャの兵士のような不思議な装束が描かれていたりもする。

市川崑監督の「ビルマの竪琴」(1985年の中井貴一主演版)のポスターには、二つの顔を持ったオウム(というよりも顔を素早く横に降り続けている描写だと思われる)が描かれ、右側に「日本にかえろう」、左側に「かえれない」という文字が日本語で書かれている。一般的なポーランド人が日本語を読めるとは思えないが――一般的な日本人がポーランド語の読み書きが出来ないように――日本趣味を出すために敢えて日本語をそのまま用いているのかも知れない。

ハリウッド映画では、アルフレッド・ヒッチコック監督の「めまい」、レナード・バーンスタイン作曲のミュージカル映画「ウエストサイド物語」、ポール・ニューマンとロバート・レッドフォードの「明日に向かって撃て!」などのポスターがある。日本ではハリウッドオリジナルのポスターも見ることが出来るが、それらとはかなり違ったテイストのポスターとなっている。

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2019年12月18日 (水)

美術回廊(45) 京都国立近代美術館 「円山応挙から近代京都画壇へ」

2019年12月12日 左京区岡崎の京都国立近代美術館にて

京都国立近代美術館で、「円山応挙から近代京都画壇へ」という展覧会を観る。
円山派の祖としてその名を残す円山応挙(1733-1795)。京都の四条通に面した家に住んでおり、弟子の多くも四条通沿いに居を構え、弟子の呉春は応挙の写実性と与謝蕪村の瀟洒さを兼ね備えた四条派を起こしている。

この展覧会ではまず応挙が最晩年に手掛けた大乗寺の障壁画が並んでいる。兵庫県の日本海側、美方郡香美(かみ)町にある大乗寺。円山応挙の名は全国に鳴り響いており、大乗寺もその名声を耳にして応挙とその弟子達に障壁画を依頼している。現在では大乗寺は「応挙寺」の別名でも知られているという。

円山応挙が描いた大乗寺の障壁画。まずは、「松に孔雀図」である。円山応挙は四条河原の見世物小屋で孔雀を見て惚れ込み、孔雀の絵を何枚も描いているが、これがおそらく応挙最後の孔雀絵である。細部まで極めて丁寧に描き込まれており、写実を得意とした応挙の真骨頂が発揮されてる。角になる部分に松を配して、松ヶ枝が降りかかってくるよう錯覚させる工夫がなされていることも、江戸時代の芸術らしい計算が感じられる。

孔雀は阿弥陀如来の乗り物であり、孔雀が描かれた襖を開けると、奥に大乗寺の阿弥陀如来像が現れる仕掛けとなっている。

呉春が描いた「巖上孔雀図」も展示されているが、肩の部分の盛り上がりなど、応挙に比べると立体感を重視しているように見受けられる。

相国寺が所蔵する円山応挙の「牡丹孔雀図」は可憐であり、極楽浄土の縮景として孔雀が描かれているかのようである。隣には岸駒(がんく)の「孔雀図」も展示されており、岸駒の孔雀も緻密な描写であるが、目の部分などはグロテスクさを隠さないほど写実的であり、特に極楽的なものを盛り込む意思が岸駒にはなかったと思われる。

円山応挙はありとあらゆるものを描いており、その点においては東の葛飾北斎と並ぶ西の雄であったと思われるのだが、躍動感や構図を重視する北斎に比べ、応挙は細部に至るまでの徹底した観察と描写を重視しており、同じものを様々な構図から描いているが、基本的には静物画指向である。その点において、応挙の方が北斎よりも西洋絵画に近いといえる。
「応挙漫画」ともいえる「写生図鑑」は、「それそのもの」を描くことのお手本である。

円山派・四条派の写実の力はとにかく傑出したものがあり、「どうやったらここまでリアルに描くことが出来るのか」と呆れてしまうほどである。この点においては現代の画家の筆致が稚拙に思われるほどであるが、映像が溢れている時代に往時のような描写力で勝負しようと思っても余り意味がない。ある意味、円山応挙とその弟子達が追い求めた絵画の世界は理想郷ではあったが、今となっては遠い場所となっている。上村松園は、応挙の世界を「理想的」と讃えていたが、その世界を再現する意志はなかったと思われる。

忠臣蔵の季節ということもあって、円山応挙による「大石良雄図」も展示されている。「おおいしよしお」と読むようである。「お軽と勘平」のお軽とのやり取りの場面である。この図を源琦が模写したものが並んでいる。着物が透けているというリアルな描写を応挙は行っているのだが、源琦はそれを更によくわかるよう再現している。

写実的な静物画を描いていた円山応挙であるが、「保津川図」では、水の流れが見えるような動的な描写を行っている。寛政7年(1795)応挙最後の年の作品である。動的な描写を旨とした江戸の絵画に影響を受けたのかどうかはわからないが、応挙もまた最後はダイナミズムと躍動感に溢れる絵画へと行き着いたということだろうか。動くはずのない絵の中に、あたかも動画と錯覚させるような流れを盛り込む技法。西洋絵画の影響を受けた応挙が、その西洋画壇を驚嘆させることになる日本画の系譜の中に、しっかりと入っていることが感じられる作品である。

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2019年8月 4日 (日)

美術回廊(31) 京都国立近代美術館 トルコ文化年2019「トルコ至宝展 チューリップの宮殿トプカプの美」

2019年7月26日 左京区岡崎の京都国立近代美術館にて

左京区岡崎にある京都国立近代美術館で、トルコ文化年2019「トルコ至宝展 チューリップの宮殿トプカプの美」を観る。イスタンブールにあるオスマントルコのトプカプ宮殿遺物の展覧会である。トプカプ宮殿は現在は博物館になっている。

強国として知られるオスマントルコ。1453年に要塞都市であった首都のコンスタンティノープルを攻略し、東ローマ帝国を滅亡させたことでもよく知られている。コンスタンティノープルはその後、オスマントルコの首都として栄え、イスタンブールとなった現在は首都の座はアンカラに譲っているが、ヨーロッパとアジアの中継地点にある都市として隆盛を誇っている。

トルコを原産とするチューリップは、トルコ語で「ラーレ」というのだが、トルコの文字で並べ替えると「アラー」や滋賀県知事じゃなかった「三日月(ヒラール)」になるということで「幸せの花」として愛されているそうである。
ということで、今回はチューリップのデザインがフィーチャーされている。装身具はもちろん、盾や兜の立物、射手用指輪という兵器にまでチューリップのデザインが施されている。

トルコは陶器の表面に宝石を飾り付けることが流行っていたそうで、ルビーやエメラルド、トルコ石、サファイヤなどの宝石が鏤められた皿や茶碗などを見ることも出来る。他の宝石はそうでもないが、なぜかエメラルドには惹かれる。

日本とトルコの交流に尽力した山田寅次郎(山田宗有)の『土耳古畫觀(とるこがかん)』もページを開けた形で展示されている。トルコという国号の由来が、「オスマンの人々が七面鳥(ターキー)を好んだから」と解説されているが、これは言うまでもなく誤解である。

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2019年2月25日 (月)

美術回廊(25) 京都国立近代美術館 「世紀末ウィーンのグラフィック デザインそして生活の刷新にむけて」

2019年2月19日 左京区岡崎の京都国立近代美術館にて

京都国立近代美術館で、「世紀末ウィーンのグラフィック デザインそして生活の刷新にむけて」を観る。今回は、京都国立近代美術館の3階を使っての展示となる。

「Ⅰ ウィーン分離派とクリムト」「Ⅱ 新しいデザインの探求」「Ⅲ 版画復興とグラフィックの刷新」「Ⅳ 新しい生活へ」の4部からなる展覧会。

ウィーン分離派というのは通称で、正式にはウィーン造形芸術家協会という。ウィーン画壇を仕切っていたクンストラーハウスの高等的な芸術に反発し、かといって通俗的に走るでもない新たなる芸術を企図して結成された団体で、グスタフ・クリムトが中心人物である。
ウィーン分離派は、機関誌「聖なる春(ヴェル・サクルム)」を刊行し、デザインを中心とした汎用性のある芸術を広めていく。

中心人物のクリムトは、毒のある煌びやかさと、退廃的でアンニュイな雰囲気を持ち味としており、「世紀末ウィーン」と聞いて思い浮かべる画像に最も合致した画家であるが、今回はクリムトの作品そのものではなく、習作や挿絵、印刷された絵画などの展示が中心となっている。他の画家の作品もそうであるため、今回の展覧会は一部を除いて写真撮影可である。

純粋な絵画展ではなくデザイン展であり、描写力よりも躍動感や受け入れられやすさを重視した作品が多い。原色が多用されており、細部を簡略化することで勢いのある画風が生まれている。

ウィーンでは印象派は広まらなかったが、日本の浮世絵の影響は入ってきており、この時期には木版画の復興運動が起こっている。結果、浮世絵的なダイナミズムが加わった作品が生まれることになった。ちなみに、西洋の版画芸術は、浮世絵とは違い、原画の作成、版木の制作、版画の摺り上げまで一人で作業を行うことが基本だったようだ(日本の浮世絵は分業制である)。

あたかもグスタフ・マーラーの音楽を絵画化したかのような作品が並ぶが、マーラーが愛読し、音楽の題材として取り上げられることで知られる詩集「少年の魔法の角笛(子どもの魔法の角笛)」の挿絵も展示されており、逆にマーラーがこうした絵画の雰囲気を音楽で描いたとした方が適当であるかも知れない。ジャンルは違うが同じものを描いていたのだ。


4階のコレクション・ギャラリーも観る。昨年、ロームシアター京都メインホールでも上演された「魔笛」の演出家でもあるウィリアム・ケットリッジがロシアの映像を用いた《俺は俺ではない、あの馬も俺のではない》というタイトルの複数の作品が紹介されており、そのうちの一つではピアノを弾いたり五線譜に筆を走らせたりしているショスタコーヴィチの姿を確認することが出来る。


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2018年11月 9日 (金)

美術回廊(17) 没後50年「藤田嗣治展」@京都国立近代美術館

2018年10月30日 左京区岡崎の京都国立近代美術館にて

左京区岡崎の京都国立近代美術館で開催されている「没後50年 藤田嗣治展」を観に出掛ける。
藤田嗣治の展覧会を観るのは、今日で計3回目。そのうちの1度は名古屋で観たため、京都では2度目となる。

エコール・ド・パリを代表する画家の中で唯一の日本人であった藤田嗣治(ふじた・つぐはる)。乳白色を厚く塗った肖像画が人気を博している。

東京生まれ。幼少時を熊本で過ごし、11歳の時に帰京。高等師範学校(現・筑波大学)の附属小学校と中学校を卒業して、東京美術学校(現在の東京芸術大学美術学部)に入学するも教師から作風を認められず、対立。卒業してから2年後にパリに渡り、同地の画家達と交流して、評価を得るようになる。

第二次大戦が勃発すると藤田は帰国し、請われて戦争画の仕事を始める。しかし戦後になると藤田は戦争協力者と見なされるようになり、日本に失望して再び渡仏。その後、キリスト教の洗礼を受け、憧れのレオナルド・ダ・ヴィンチに由来するレオナールという洗礼名をファーストネームとしてフランスに帰化し、日本に戻ることなく1968年に没した。「私は日本を捨てたのではない、日本に捨てられたのだ」という言葉がよく知られている。

この展覧会最初の絵は、藤田が東京美術学校時代に描いた自画像である。黒い背景に不敵な笑みを浮かべた藤田。自らの才気を隠そうとしない若者の姿がそこにある。

その後の藤田の絵だが、とにかく暗いのが印象的である。同じような構図で風景画を描いているユトリロと比較しても憂いの雰囲気が強く出ている。鬱窟とした心をそのままキャンバスに反映したかのような淀んだ印象を受ける。背景が全体的にグレーがかっているのがそうした感覚を生むようである。

パリ時代に描いた自画像が何枚かあり、その中にある赤と青の鉛筆を取り入れた乳白色の自画像は、さりげなくトリコロールを取り込んで「パリで生きる」という決意表明をしているように見える。

その後に、有名な乳白色の時代が来る。この頃に描かれた子どもをモチーフにした絵も何枚か展示されており、元々子どもが好きだったことも確認出来る。

徹底して乳白色を使った 裸婦の絵は、肉体が持つはち切れんばかりの生命力を表しているが、同時に体を陶磁器に置き換えたかのような非現実性も内包している。ある意味、これは理想化された肉体なのだ。
ただ、この裸婦の絵群も、背景を真っ暗にするなど、快活からはほど遠い作風である。

その後、藤田は中南米への旅に出る。メキシコの画壇の影響を多分に受けたようで、この頃に描かれた日本の力士像などは急に顔の彫りが深くなっており、明らかな作風の転換が見られる。メキシコの絵画らしい仄暗さを入れつつ、躍動感に富んだ絵を描いている。

この躍動感が存分に生かされたのが、有名な「闘争(猫)」という絵である。何匹の猫がベッドの上で暴れ回っており、猫達の叫び声が伝わってくるかのような生命力溢れる絵だが、この作品、複数の円を組み合わせた構図を取っており、葛飾北斎の「富嶽三十六景」に代表される浮世絵の手法を積極的に取り入れていることがわかる。この時代の絵には他にも人物を真ん真ん中に描くという、浮世絵的大胆さを持つ作品が存在する。

二次大戦により帰国した藤田。藤田は日記を詳細につけるタイプであったが、1941年から1947年までのものは見つからないか破棄されているという。

ドラクロアを始めとする歴代のフランス画家の影響を受けたダイナミックな戦争画は迫力満点だが、そのことが藤田にとって悲劇となった。

日本を離れ、パリへと向かう途中のニューヨークで描かれたという「カフェ」(下の写真を参照のこと)。この絵で藤田はいきなり作風を変える。藤田の作品に濃厚だった影が姿を消すのである。少なくとも表面上はそう見える。余りの大転換に異様さすら覚えるほどだ。その後の作品もバックライトを当てているような明るいものが続く。この急転は何を意味するのか?

「藤田は本音を封じ込めたのではないか?」

それまで藤田は絵に自己を投影していた。だが、祖国に裏切られたという失望と憤りから、絵には自己ではなく理想を託すようになったのだはないか。自らの本音を覆い隠すために乳白色を分厚く塗り込めたのではないか。そうした想像が出来る。

カトリックの洗礼を受け、レオナール・フジタとなった藤田は、宗教画を多く描くようになる。そこには子どもが多く登場する。「大人が信じられなくなった藤田は子ども達に夢を託した」、そういわれている。ただ、十字架を背景に不敵な笑みを浮かべている子どもは、若き頃の藤田そのものであり、自身が投影されていることがうかがえる。
ただ、日本のキリシタン殉教者を描いた作品を見ていると、藤田は日本を追われた自分をイエスを始めとする殉教者に重ねていたのではないかと思われるのである。
最後の絵である「礼拝」には藤田自身が登場する。奥行きのあるアーチを背景とした聖女の横に控えるのは藤田と妻の君代である。天使に祝福され、戴冠しようとしている聖女に藤田が何を祈ろうとしているのかははっきりとはわからない。


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