カテゴリー「音楽映画」の18件の記事

2020年10月11日 (日)

これまでに観た映画より(216) 「マイ・バッハ 不屈のピアニスト」

2020年10月6日 姉小路烏丸・新風館地下のアップリンク京都にて

アップリンク京都でブラジル映画「マイ・バッハ 不屈のピアニスト」を観る。ブラジル出身のピアニスト・指揮者のジョアン・カルロス・マルティンス(1940- )の人生を描いた映画である。劇中で響くピアノの演奏は、ジョアン・カルロス・マルティンス自身が録音した音源が用いられている。
監督・脚本:マウロ・リマ。出演:アレクサンドロ・ネロ、ダヴィ・カンポロンゴ、アリーン・モラエス、フェルナンダ・ノーブルほか。ブラジルのみならず、ウルグアイやアメリカなどでのシーンもあるため、ポルトガル語、スペイン語、英語の3種類の言語が劇中で飛び交う。

リオデジャネイロ・パラリンピックの開会式でブラジル国歌をピアノで弾いたことで注目を浴びたジョアン・カルロス・マルティンス。だが実際は若い頃から期待されていたピアニストだった。彼の不注意によるところも大きいのだが、怪我によってキャリアが順調に行かず、近年は指揮者として活躍している。
邦題は「マイ・バッハ 不屈のピアニスト」であるが、実際にはバッハ以外の楽曲も多く演奏されており、タイトルとして余り適当でないように思われる(原題は「ジョアン ア マエストロ」)。

「20世紀最も偉大なバッハ奏者」といわれたこともあるジョアン・カルロス・マルティンス(ただ、個人的にはこうした肩書きを持つピアニストは見たことはない。「20世紀最も偉大なバッハ奏者」というとグレン・グールドを思い浮かべる人が多いだろうし、ブラジル出身のバッハ弾きとしては「第二のグレン・グールド」とも呼ばれたジャン・ルイ・ストイアマンの方が有名である)。

サンパウロに生まれたマルティンスは子どもの頃に女性のピアノ教師に教わり始めるが、想像を絶する速さで楽曲をものにしてしまい、彼女が推薦する更に有能なピアノ教師の下で学ぶことになる。その神童ぶりはブラジル中を沸かせ、祖国の英雄的作曲家であるヴィラ=ロボスからも賞賛される。ウルグアイとアルゼンチンを経て(それまでのストイックな生活の反動でウルグアイの首都モンテビデオでは売春宿に泊まって遊びほうけたりしている)アメリカデビューも成功。リストを得意としたヴィルトゥオーゾピアニストであるホルヘ・ボレットが「弾けない」として降りたヒナステラのピアノ協奏曲に挑んで成功し、アメリカで契約を結んで移住。レナード・バーンスタインなどアメリカ最高の音楽家とも知遇を得、妻子にも恵まれて順調に思えた人生だったが、サッカーの練習に飛び入りで参加した際に余り整地されていないグラウンドで転倒し、右肘に裂傷を負う。そしてこれが原因で右手の指が上手く動かなくなってしまう。ヴィルトゥオーゾタイプであっただけに深刻な怪我だったが、リハビリや十分な休養などを取ることでピアニストとしての生活に戻ることが出来るようになる。一方で、妻子には去られた。
その後、バッハ作品のレコーディングにも力を入れたマルティンスであるが、ブルガリアでのレコーディングを行っている時に路上で暴漢に襲われ、頭を負傷したことで右手に繋がる神経の働きが弱まってしまう。会話のための回路を右手の動きのために譲り渡すことでなんとか演奏を続け、最終的には左手のピアニストとしてラヴェルの左手のためのピアノ協奏曲などを弾いて聴衆を沸かせたが、左手にも異常が見つかるようになり、指揮者へと転向する。自身よりずっと年下の指揮者に師事し、バトンテクニックを身につけようとする様も描かれている。

 

存命中のピアニストの伝記映画であるが、神格化することなく「不完全なところ」を結構描いていることにまず好感が持てる。神童から名ピアニストへという成長過程を見ることになるのだが、嫌みな感じに見えないのはマルティンスが感じさせる人間くささが大きいと思われる。これにより単なる「いい話」から免れている。
怪我などを繰り返したピアニストということで、我々は成長過程を「子どもから大人へ」の1度切りではなく何度も確認することになる。一度はピアニストを諦め、他の職業や音楽関係のマネージメントへと回るも執念で復帰し、その後も不運は続くが音楽への情熱を捨てることがないマルティンスの姿勢にはやはり勇気づけられるものがある。

ちなみに映画公開後であるが、マルティンスがバイオニック技術が生んだ「魔法の手袋」を使って両手でピアノを弾く様が公開され(マルチェッロのオーボエ協奏曲より第2楽章をバッハが鍵盤楽器用に編曲したバージョンが弾かれている)、感激しながら演奏するマルティンスの姿が大きな反響を呼んでいるようである。

 

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2020年8月20日 (木)

これまでに観た映画より(199) クリント・イーストウッド監督作品「バード」

2005年11月3日

DVDで映画「バード」を観る。伝説のジャズ・サキソフォン奏者、チャーリー・パーカーの後半生を描いた作品。監督はクリント・イーストウッド。上映時間161分の大作である。

西部劇のイメージが強いイーストウッドだが、彼自身ジャズ・マニアということもあって、夭逝した天才ジャズマンへの思い入れたっぷりの演出をしている。

ただ、麻薬中毒など、パーカーの影の部分は、「描かれてはいる」という程度。狂気に満ちたエピソードの数々は封じられている。

時間が前後するということもあって、ストーリー展開がやや解りにくく、人種問題の扱いも今から見ると詰めが甘いなど、 直に楽しめないところがあるのは否めない。

チャーリー・パーカーがオーバードースによる心臓麻痺で亡くなったとき、検視医は、「推定年齢60代」としたが、実際のチャーリーの享年は34歳であった。この有名なエピソードも勿論取り込まれている。

音楽はチャーリー・パーカー本人の演奏が用いられているが、リマスタリングが良く、鮮明な音で「バード」と呼ばれた不世出の天才ジャズマンの演奏を楽しむことが出来る。

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2020年8月 1日 (土)

これまでに観た映画より(193) 「無伴奏シャコンヌ」

2005年7月9日

ビデオでフランス=ベルギー=ドイツ合作映画「無伴奏シャコンヌ」を観る。天才的な才能を持ちながら、コンサートなどでは活動せず、ただひたすら音楽を極めることだけを考える求道者のようなヴァイオリニスト、アルマン(リシャール・ベリ)。観客に媚びるような演奏ではなく、本当の演奏様式を確立したいと望み、ヴァイオリン教師などをして過ごしていた彼は、かっての親友でヴァイオリニストのミカエルが自殺したことを知る。

恋人とも上手くいかず、親友も失ってしまったアルマン。彼の求道的生き方がそういった事態を招いたのだろうか。スランプに陥っていたミカエルはアルマンの才能と己の才能を比較して失望していったのかも知れない。ミカエルの録音が良くないことで、カデンツァの場面を代役として弾くようにプロデューサーから要請され、それに応じてしまったアルマン。親友のためを思ってした行為なのだろうが、その事実を知ったミカエルは絶望しただろう。ある意味、アルマンはミカエルを殺したのではないかと思えてしまうのだ。

リヨンの地下鉄構内で演奏をするアルマン。やがて、地下鉄の切符売り場の女性・リディアと淡い恋に落ちるが、ある日、アルマンの演奏に熱狂して多くのミュージシャンが思い思いに演奏を始めるという光景を目にした彼女はアルマンの前から姿を消す。アルマンは自分より音楽を愛しているのだと気づいたのかも知れない。

リディアを失い、ヴァイオリンも心ない二人組に壊されてしまったアルマンは尋常とは思えない精神状態へ。

そこにかつて彼の演奏を耳にしたことのある音楽院の教師が現れ、ヴァイオリンを手渡されたアルマンはバッハのシャコンヌを弾く。

芸術を愛し、自分にもそして他人にも厳しかったことで多くのものを失ったアルマン。ラスト10分のシャコンヌ演奏場面は文学的過ぎる嫌いはあるものの、詩的で意味深く、感動的だ。

そして弾き終えたアルマンの表情。それは慈悲に溢れたキリストの顔のようにも見えるし、何故失うのかを悟った悲しみを湛えているようにも見える。


監督のシャルリー・ヴァン・ダムはアラン・レネやアニエス・ヴァルダなどセーヌ左岸派の映画監督の下で長年撮影監督を務めていた人物。経歴から察せられる通りの作風を持っている。

リシャール・ベリのヴァイオリン演奏シーンの演技も上手く、「本当に弾いているのでは?」と錯覚するほどだ。ところでこのベリ、役所広司にどことなく顔や雰囲気が似ている。

音楽監督は世界的ヴァイオリニストのギドン・クレーメル。実際のヴァイオリン演奏も担当しており、素晴らしい音を奏でている。

音楽と映画が好きなら、この映画を観ずに死ぬのはもったいない。そう言いたくなる佳作である。

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2020年7月12日 (日)

これまでに観た映画より(190) ライブ・ビューイング フェス2020-Act Call-「坂本龍一 PERFORMANCE IN NEW YORK:async」@MOVIX京都 2020.7.7

2020年7月7日 新京極のMOVIX京都にて

午後7時から、MOVIX京都で、「坂本龍一 PERFORMANCE IN NEW YORK:async」を観る。「ライブ・ビューイングフェス2020-Act Call-」に選ばれた作品。初公開時(2018年2月)にもMOVIX京都で観ている映画であり、「猫町通り通信」や「鴨東記」にも記事を載せている。初公開時は5.1chで上映されたが、今回は2chMIX音声である。
監督は、スティーヴン・ノムラ・シブル。

2017年4月にニューヨークのパーク・アベニュー・アーモリーで100名のみの聴衆の前で2回、計200名しか接することの出来なかったライブの映像である。

前回は、映画を観てから、「async」(「非同期」という意味)のアルバムを聴いたのであるが、今回は「async」がどういう音楽かを知った上で映画を観ることになる。アルバムを聞き込んだからライブの内容もわかるというものではないように思うが、音楽自体の良さは前回映画を観たときよりも把握出来るようになっている。

現代音楽を指向する青年として音楽のキャリアをスタートさせた坂本龍一。ポピュラーミュージシャンのバックバンド、フリーのミュージシャン&プロデューサー、YMOなどを経て、映画音楽やポピュラーとクラシックの中間の音楽を多く書いているが、原点である現代音楽への回帰を目指しているように思える。
「async」は、アンドレイ・タルコフスキーの架空の映画のための音楽という設定で書かれた作品である。「惑星ソラリス」を観て感銘を受けたのだが、「惑星ソラリス」にはバッハの音楽が使われており、バッハの音楽を押しのけて新しい音楽を書くわけにもいかないので、架空の映画のための音楽という形で作曲している。

 

紛れもなく坂本龍一の旋律であるが、和音や音の進行などにバッハのような古典的格調が感じられるピアノソロと、その発展系のオルガン(その場で弾いて出すのではなく、サンプリングした音声を使用)といった調性音楽に近いものから、ノイズミュージック、音そのもの以上に視覚に訴えるパフォーマンスといったコンテンポラリーな要素まで曲調は幅広く、その点で映画音楽的であるともいえる。

同時にバッハに代表されるような音楽そのものを尊重すると同時に押し広げ、音そのものやそれを生み出す背景への愛着をも窺えるかのような、従来の枠を超えた作品となっている。
大空に吸い込まれて一体となるかのようなラストが特に好きだ。

本編上演後にプレゼントがある。「async」の宣伝用画像がスクリーンに1分間映し出され、自由に撮影が出来るほか、SNS等へのアップも可となっている。

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2020年7月 9日 (木)

これまでに観た映画より(188) ライブ・ビューイング フェス2020-Act Call- 「忌野清志郎 ロックンロールショー The FILM~#1入門編~」@MOVIX京都 2020.7.5

2020年7月5日 新京極のMOVIX京都にて

午後7時からMOVIX京都で、「忌野清志郎 ロックンロールショー The FILM~#1入門編~」を観る。5年前の初公開時にTOHOシネマズ二条で観ている作品で、今回、「ライブ・ビューイング フェス2020 -Act Call-」の1作として再度の公開となった。

最後の本格的ライブとなった2008年、日本武道館での「完全復活祭」から1981年に遡るまでの様々な清志郎のライブ映像が並ぶ。ライブの合間にはデジタル表示された年月日が表示されて変化し、タイムマシンで移動するような趣となっている。監督は太田旬。

 

清志郎の通常のライブ通り、「よォーこそ」(2008年2月10日、日本武道館での「完全復活祭」と1983年の「箱根オデッセイ ポップ」@箱根自然公園での映像)でスタート。

最も古い映像は、スタンダードナンバーである「雨上がり夜空に」で、1981年12月24日のクリスマスイブに日本武道館で収録されたライブのものである。これは「雨上がりの夜空に」のカラオケ映像などでも用いられている。

プレスリーの故郷であるアメリカ・メンフィスのブラスアーティスト(メンフィスホーンズ)をバックに迎えて歌われる「トランジスタ・ラジオ」(1992年4月18日の「Have Mercy」@日本武道館での映像)、スペースシャワーTVで放送された「デイ・ドリーム・ビリーバー」(2004年12月15日、東京体育館)、札幌市民会館最後の日(2007年1月31日)に歌われた「スローバラード」(冒頭に大阪の住之江競艇場で行われたライブでのMCが入っている)、オノヨーコから手紙を貰ったというMCの後で歌われる「イマジン」(2007年12月8日つまり開戦の日@日本武道館)、旧渋谷公会堂での「世界中の人に自慢したいよ」(2004年12月6日)、「日本の有名なロックンロール」という紹介の後で、旋律を東京の言葉のイントネーションに直した「上を向いて歩こう」(1989年12月25日@日本武道館)、晩年のヒット曲である「JUMP」(2008年2月10日、「完全復活祭 日本武道館」)、仲井戸麗市の作曲である「毎日がブランニューデー」などが歌われる。エンドクレジットで流れるのは、「LIKE A DREAM」。

2005年の早稲田大学の学園祭で清志郎は、「キヨシです」と、当時流行っていたヒロシの物真似をする。当時、清志郎はサイクリングに填まっていたわけだが、「自転車が盗まれたとです」と実際にあった盗難事件をネタにしている。「ニュースになったと思ったら、翌日見つかったとです」「新しい自転車が半分以上出来上がってたとです」「警察にはもうちょっと待っていて欲しかったとです」と続けて笑いを取っている。

一方、1982年に撮られた、レコーディング中の清志郎は、鋭い眼光を放つ、才気溢れる若者という印象である。ピアノなど、ステージ上で演奏することが全くないわけではないが、人前で披露することの少ない楽器の練習風景を目にすることが出来る。

いずれも貴重な映像といえる。

 

5年ぶりに映画館で観たわけだが、清志郎の歌う楽曲は、今の方が痛切にして切実にこちらの胸に届く。
清志郎が、オーディエンスに聞いた、「愛し合ってるかい?」。果たして清志郎の死以降、そして前回この映画が上演された5年前から今に至るまで、人類は本当に愛し合えたであろか。自己愛と身内愛のみが更に増長しているよう見える今、清志郎のような存在が欠けてしまっていることが、本当に心苦しく感じられる。

とても素敵で酷く悲しい夢が2時間余りに渡って流れていく。

新型コロナもそうだが、それがなかったとしても実に酷い時代である。人々は互いを理解することを放棄してしまったようにすら見える。
だが、せめて私だけは、清志郎と夢が見たいと思う。とてもよく似た夢を。

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2020年5月15日 (金)

これまでに観た映画より(172) 「Ryuichi Sakamoto:CODA」

dTV配信で、ドキュメンタリー映画「Ryuichi Sakamoto:CODA」を観る。震災後に癌の宣告を受けた坂本龍一の姿に迫るドキュメンタリーである。監督:スティーヴン・ノムラ・シズル。

宮城県にある農業高校。津波が押し寄せ、周囲には瓦礫以外なにもないという高校の体育館に津波を受けたピアノがあるというので坂本龍一は弾きに出掛ける。調弦は狂い、坂本は「ピアノの死体」を弾いているようだと述べる。

福島の原発近くでは放射能が異常値を示す。首相官邸前では原子力発電所の再稼働反対のデモが繰り広げられ、坂本も「原発反対、再稼働反対」のスピーチを行う。

そして、津波によって街ごと流されてしまった陸前高田市の第一中学校では、「戦場のメリークリスマス」をトリオで奏でる。

 

癌を患うとは全く予想していなかったという坂本龍一であるが、宣告を受け、治療のためにアルバムの制作を中断せざるを得なくなる。そして仕事を再開する時に、それまで作っていた楽曲を封印して一から新しい楽曲を制作することにする。アンドレイ・タルコフスキーの映画「惑星ソラリス」では、J・S・バッハが作曲したオルガンによるコラールが流れているのだが、自分が音楽を担当したい映画なのに、バッハの音楽がもう付いてしまっているのが悔しいということで、自分がタルコフスキーの架空の映画に音楽を付けるとしたらという仮定で音楽制作が行われる。これは後に「async」というアルバムとなり、少人数の聴衆の前で実演が行われ、このコンサートの様子はフィルムに収められて映画館で上映されていて、私もMOVIX京都で観ている。あるいは、「CODA」と「async」は2つ観ることで完結するものなのかも知れない。

 

坂本の過去の映像も度々登場する。まずYMO散会直後の1984年の映像。若き坂本が「東京は芸術的にも文化的にも世界最先端」と述べているが、その言葉が全く違和感なく受け取られるような時代であった。この頃の日本の未来は明るく見えていた。

その後、坂本が手掛けた映画音楽の数々が紹介される。初めて手掛けた映画音楽で画ある「戦場のメリークリスマス」、俳優としてのオファーが先だった「ラスト・エンペラー」、そしてレコーディング直前に、もうオーケストラ(イギリスのロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団が演奏を担当している)のメンバーが揃って坂本が指揮しようとしていたその瞬間に、ベルナルド・ベルトリッチ監督から、「書き直して」と言われた「シェルタリング・スカイ」などの思い出が語られる。映画「シェルタリング・スカイ」のラストシーンには原作者である小説家のポール・ボウルズが登場し、「シェルタリング・スカイ」の中に書かれた文章がボウルズ自身によって朗読される。人生の儚さに関する内容だ。

坂本龍一も癌を患い、「いつ死んでもおかしくない」と悟るようになっている。「20年後か10年後か、あるいはもっと早く」ということで、人生がCODA(終結部)に入ったことを実感している。坂本は、この頃に、自身の最初期の作品をCDで発表するなど、いつ死んでもいいよう、自分の作品の何を残すかという総括も行うようになる。

坂本が環境問題に取り組むようになったのは、1992年頃からそうだが、具体的に何がというわけでもないのだが「今のままではまずい」と感じるようになったそうである。音楽家を「炭鉱のカナリア」になぞらえ、とにかく感じたということである。

2001年9月11日、アメリカで同時多発テロが発生。ニューヨークにいた坂本はワールドトレードセンターのツインビルが崩壊する様を目撃する。その後、1週間、ニューヨークは無音の街になったそうで、ある日、若者がビートルズの「イエスタデイ」を弾き語りしているのを聴いて初めて「1週間音楽を何も聴いていなかった」と気づき、「平和でなければ音楽はやれない」と実感する。

その後、分断の時代が訪れたことを実感した坂本は人類発祥の地であるアフリカに向かう。アフリカ大陸は広いが、そこの音楽は単一のリズムしか持たないそうで、「エクソダス」といわれるアフリカからの旅立ちを行った30組ほどの家族もまた同じようなリズムと音楽しか持っていなかったはずだが、それが次第に発展――といっていいのだと思うが――していくうちに、多様性と同時に引き離される感覚も発生したと思われる。坂本は人類はアフリカで生まれたのだから、「僕らは全員アフリカ人」だとも語る。

更に北極圏に向かった坂本は、産業革命発生以前に積もった氷から流れ出るせせらぎの音に感動する。

坂本は作曲する時に、ピアノの音を思い浮かべて作曲するそうであるが、ピアノという楽器も産業革命の時代に生まれている。木材を鋳型に無理矢理押し込んで曲げて、という過程がピアノ製作にはあるわけだが、自然の木材を人力で抑え込むという過程は、まさに産業革命以降の人間と自然の対立の縮図そのものである。坂本自身はそう語ってはいないが、震災というものも、思い上がった人間への自然からの警鐘でもあるわけで、被災ピアノを弾いた際、「ピアノの死体」といいながらも、人間の力から解放された「自然が調弦した」ピアノを弾いたような心地よさを感じたことを坂本は述べている。

「CODA」は坂本自身の人生のCODAという意味でもあるのだが、更に敷衍させれば人類や地球までもがCODAに入ってしまったのではないかという危機感に繋がっているようでもある。坂本本人の発言を追うと、そう考えているのだと思えてならない。

「惑星ソラリス」で使用されたバッハのオルガンのためのコラールをピアノで弾き、終盤ではバッハの平均律クラーヴィア第1巻よりプレリュードを演奏する坂本。高校生時代に「自分はドビュッシーの生まれ変わりだ」と本気で思っていたという坂本であるが、やはり「音楽の父」としてのバッハを心から尊敬しているのだと思われる。そして「音楽で森羅万象を描いた」といわれるバッハに対する畏敬の念と共感が、そのまま自然に対する思いに繋がっているようでもある。一見するとかけ離れているように見える彼の音楽性と社会活動の根源が、実は同一であることが垣間見える映画でもある。

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2020年3月22日 (日)

これまでに観た映画より(161) 「アンドレア・ボチェッリ 奇跡のテノール」

2020年3月18日 京都シネマにて

京都シネマで、イタリア映画「アンドレア・ボチェッリ 奇跡のテノール」を観る。原作・原案:アンドレア・ボチェッリ。「イル・ポスティーノ」のマイケル・ラドフォード監督作品。出演は、トビー・セバスチャン、ルイーザ・ラニエリ、ジョルディ・モリャ、エンニオ・ファンタスティキーニ、ナディール・カゼッリ、アントニオ・バンデラスほか。
イタリアで制作された映画であり、イタリア人俳優も数多く出演しているが、アンドレア・ボチェッリ本人のメッセージ以外のセリフは英語が用いられている。
邦題は「アンドレア・ボチェッリ」であるが、原作となったボチェッリの実話小説のタイトルと原題は「The Music of Silence」で原題の方がボチェッリが込めたメッセージに近い。というより、邦題だと単なるボチェッリのサクセスストーリーだと勘違いされる怖れもある。タイトルは大事である。

何度も繰り返すが、邦題は「アンドレア・ボチェッリ」であるが、映画の主人公の名前はアモス・バルディ(トビー・セバスチャンが演じている)である。もし許されるのならアンドレア・ボチェッリが名乗りたかったという理想の名前で、バルディという苗字は出身地であるイタリア・トスカーナ地方によくあるものだという。

バルディ家の長男として生を受けたアモスであるが、母親(ルイーザ・ラニエリ)が異変に気づき、診断を受けたところ先天性の緑内障であることが判明する。手術を受け、失明は免れたが弱視のまま育つ。入院先でアモスは音楽に興味を示す。子どもの頃のアモスのお気に入りは自宅の倉庫だった。そして大好きな叔父さんジョヴァンニ(エンニオ・ファンタスティキーニ)が掛けるレコードにアモスは惹かれていく。
やがて目に問題を抱えた子ども達のための寄宿学校にアモスは入ることになる。音楽の授業で、アモスは美声を見いだされることになるが、鈴の音サッカーでキーパーをしている時にシュートを顔面に受け、ついに全盲となってしまう。落ち込むアモスをジョヴァンニ叔父さんが無理矢理歌唱コンクールに参加させる。まずオーディションを突破したアモスは決勝でも青年シンガーを退けて優勝する。オペラ歌手を夢見るようになるアモスだったが、声変わりをしてからは歌声に自信が持てなくなる。父親(ジョルディ・モリャ)はピアノなどの演奏家を目指してはどうかと提案するが、演奏家は視覚障害者の定番だからという理由で避け、弁護士を目指して名門高校へ進学。しかし、視覚障害者を受け入れられる素地が高校には整っていなかった。コンクールに出た時の歌声を知っていたアドリアーノと親友になったアモスは勉強そっちのけでバンド活動などに打ち込み、成績は低迷。これを聴覚教育に優れた家庭教師の教育で乗り切り、大学の法学部に進学したアモスは、夜にはバーで弾き語りのアルバイトを始める。そこで高校在学中のエレナ(ナディール・カゼッリ)と出会い、エレナからのアプローチによって二人は恋に落ちる。
バーでオペラの楽曲の弾き語りを行って評判となったアモス。そこでジョヴァンニ叔父さんが本職の音楽評論家を連れてきて聴いて貰うのだが、ボロクソにけなされる。
そんなある日、ピアノの調律などを手掛ける友人がスペイン出身の歌唱指導のマエストロ(アントニオ・バンデラス)の指導を受けるよう進言。マエストロに評価されたアモスは生活から変えていくことになる。

マエストロから「沈黙」の時間を大切にするように言われたことが、この映画における最も重要な主題となっている。その理解を邦題は妨げるようになりそうな危うさがある。

ストーリー的にはオーソドックスで特に突飛なこともなく、捉えようによっては平板であるが、とにかく音と映像と風景が美しく、音楽映画を観る楽しみを十分に味わうことが出来る。あたかもオペラの構造と同じような構成であり、あるいは意識したのだろうか。流石にそんなことはないと思うが。

邦題から受ける印象とは別の感銘を受ける映画である。

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2019年11月15日 (金)

これまでに観た映画より(138) ポーランド映画祭2019 in 京都「コメダの奏でるポーリッシュ・ジャズ」@同志社大学 「コメダ・コメダ」&「バリエラ」

2019年11月12日 同志社大学室町キャンパス寒梅館クローバーホールにて

同志社大学室町キャンパス寒梅館クローバーホールで、ポーランド映画祭2019 in 京都「コメダの奏でるポーリッシュ・ジャズ」と題された映画2本を観る。2012年製作の「コメダ・コメダ」と、1966年のイエジー・スコリモフスキ監督作品「バリエラ」。「バリエラ」の音楽は、クシシュトフ・コメダが手掛けている。なお、「バリエラ」の上映前にはイエジー・スコリモフスキ監督の舞台挨拶がある。

ポーランドのモダン・ジャズの先駆けでありながら、37歳の若さで事故死したクシシュトフ・コメダ。ロマン・ポランスキーとのコラボレーションを経て、ハリウッド映画の作曲家として活躍し始めたばかりの死であった。

「コメダ・コメダ」(ジャパンプレミア上映)は、クシシュトフ・コメダの生涯を辿るドキュメンタリー映画。ナタシャ・ジュウコフスカ=クルチュク監督作品。監督について詳しいことはよくわからないが、名前は明らかに女性名である。
ロマン・ポランスキーやアンジェイ・ワイダといったポーランド映画界の巨頭を始め、コメダと共演経験のあるポーランドのミュージシャン、コメダの医大時代の同級生などが証言を行っている。

共産党一党独裁時代のポーランドにあっては、ジャズは敵国であるアメリカの敵性音楽であり、コメダも医大時代にジャズの演奏や作曲を行っていることがばれ、医大生達に囲まれてつるし上げに遭いそうになったことがあるそうだ。

コメダが生まれたのは1931年。ナチスドイツがポーランドに侵攻する8年前である。
コメダは幼い頃、ポリオに罹り、後遺症で片足が少し不自由になっている。ピアノの才能は幼時より発揮されていたそうで、7歳で出身地にあるポズナン高等音楽学校に入学。戦時下であっても母親はコメダの才能が途切れてしまわないよう、ピアノを弾ける環境を作ることに腐心したそうである。ただ、コメダの母親は、コメダがプロのミュージシャンなることには反対であり、医師になることを望んでいた。コメダは母親の望み通り医科大学を卒業し、耳鼻咽喉科の医師となるが、結局、ジャズミュージシャンになることを選んだ。コメダの友人の一人は、「運命には抗えない」と語っている。
ポズナンには音楽の仕事がなかったため、コメダは、クラクフへ、更にワルシャワへと移動する。
ちなみにコメダというのは芸名で、本名はトルチンスキという。子どもの頃に、「command」(司令官)と書くべきところを「comada」とスペルミスしたことに由来するそうである。
アンジェイ・ワイダは、コメダの第一印象を、「パデレフスキ(ポーランドを代表するピアニストで、後には首相にもなっている)みたいな長髪の奴が来るのかと思ったら、見るからにオタクといった感じの奴が来て」と語っている。線が細く、いかにも繊細そうで影のあるコメダは、真逆の性格であるロマン・ポランスキーとは馬が合ったそうで、「水の中のナイフ」などの音楽を手掛け、ポランスキーに招かれる形でハリウッドへと渡っている。コメダは、自らのことを「映画の作曲家」と名乗っていたそうで、映画音楽を手掛けることに誇りを持っていたことが窺える。

ジャズ以外にもポーランドの生んだ音楽の先進性が語られる場面がある。ポーランド人は独自性を追求する傾向があるそうで、それがペンデレツキやルトスワフスキといった現代音楽の大家を生み出した下地になっているのかも知れない。

コメダの最期は転落事故である。交通事故となっている資料もあるが、関係者の証言によるとどうもそうではないようだ。事件性がありそうなことも語られてはいるのだが、詳しいことはわからないようである。

 

イエジー・スコリモフスキ監督による「バリエラ」。「バリエラ」というのはポーランド語で「障壁」という意味のようである。

上映前に、イエジー・スコリモフスキ監督による15分ほどの舞台挨拶がある。「バリエラ」はかなり特異な経緯で生まれた作品だそうで、元々は「空っぽの領域」というタイトルで、それまでドキュメンタリー映画を作り続けて来た映画監督の初劇映画作品として製作される予定であった。イエジー・スコリモフスキは依頼を受けて脚本を執筆。その監督のそれまでの作品も全て観て、「これはドキュメンタリータッチの脚本にした方がいいだろう」と判断。脚本を提出したのだが、その監督は脚本を読んで青ざめたようになってしまったという。ドキュメンタリー映画の監督で、劇映画は不得手であり、撮影には入ったのだが、制作費の4分の3を使ったところで、その監督は降板。続きをスコリモフスキの監督で撮るよう指示があったのだが、スコリモフスキは、監督に合わせてドキュメンタリー映画調の脚本を書いたが、自分ではそうした映画を撮りたいという気持ちはまるでない。ということで、残りの4分の1の予算で、1から新しい映画を撮ることになった。とにかく時間もないので脚本なしの即興で撮ることにし、キャストも全て一新、撮影監督も新たに指名した。キャスティングの一新についてスコリモフスキは、「大成功だった。主演女優はその後、私の妻になるのだから」とジョークを言っていた。
スコリモフスキ監督によると「バリエラ」には3つの奇跡があるそうで、まず「即興による映画が完成したこと」、2つ目は「即興にしては出来が良かったこと」、3つ目は「この映画が高く評価され、映画賞を受賞し、60年以上経った今でも上映される機会があるということ」だそうである。

内容は、ヌーヴェルヴァーグの影響も感じられるもので、「フランス映画だ」と言われたらそのまま信じてしまいそうになる。ポーランド映画とフランス映画は相性が良いのか、共同製作が行われることも結構多い。

国の世話になることもアメリカ人のように生きることもよしとしない主人公の医大生が医大を去り、「明日、結婚することになった」と父親に告げるも、相手が不明。父親に託された手紙を届けた家の女主人からサーベルを渡されることになる、といった風に、あらすじだけ書くと何が何やらわからないことになる。ただメインとなるのは、冬の停電の日に出会った路面電車の女運転士とのロマンスである。そこだけ辿ると素敵な恋愛映画と観ることも出来る。
人海戦術も多用されているが(特に深く考えられて行われたわけでもないと思うが、人一人の人生の背後には数多くの人物が潜んでいると捉えることも出来る)低予算映画でなぜあれほど多くのキャストを使えるのかは謎である。共産圏なので「低予算」といっても西側とは意味が異なっていたのかも知れない。
ロールスロイスなどの西欧の高級車が登場するが、これは若者達に敵対するものとして描かれているようだ。

また、クシシュトフ・コメダの音楽が実にお洒落である。即興で作り上げた映画だけにどうしても細部は粗くなるのだが、そこをコメダの音楽がまろやかなものに変えていく。映画の出来の半分近くはコメダの功績である。

ラストは、やはり即興風に撮られた王家衛監督の「恋する惑星」に近いもの。「恋する惑星」のラストに近いものになって欲しいと個人的にも思っていたのだが、やはりなるべくして同じようなラストに着地。めでたしめでたしとなった。

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2019年11月 4日 (月)

これまでに観た映画より(136) 「蜜蜂と遠雷」

2019年10月29日 MOVIX京都にて

MOVIX京都で、日本映画「蜜蜂と遠雷」を観る。恩田陸の直木賞&本屋大賞受賞ベストセラー小説の映画化。監督・脚本・編集:石川慶。出演:松岡茉優(ピアノ担当:河村尚子)、松坂桃李(ピアノ担当:福間洸太郎)、森崎ウィン(ピアノ担当:金子三勇士)、鈴鹿央士(新人。ピアノ担当:藤田真央)、平田満、臼田あさ美、ブルゾンちえみ、光石研、片桐はいり、斉藤由貴、鹿賀丈史ほか。

第10回芳ヶ江国際ピアノコンクールの参加者(コンテスタント)達を描く青春映画。天才少女と騒がれながら7年前に演奏会場から逃亡してしまった栄伝亜夜(松岡茉優)、音大生など24時間ピアノに集中できる出場者に交じって28歳の妻子持ちのサラリーマンで年齢制限から最後のチャンスに賭ける高島明石(松坂桃李)、「ジュリアード王子」と呼ばれて大人気であるが、師から「完璧を目指せ、余計なことするな」と厳命されているマサル・カルロス・レヴィ・アナトール(森崎ウィン)、伝説のピアニストであるホフマンに見出され、正統的な音楽教育を受けていないにも関わらずホフマンの推挙を受けてコンクールに参加することになった風間塵(かざま・じん。鈴鹿央士)ら、それぞれに複雑な背景を持ったピアニスト達が、時に競い、時に心を通わせ合っていく様が描かれている。それぞれのピアノ演奏を受け持つのが、日本を代表するトップクラスのピアニストというのが、見所であり聴き所である。

基本的には、20歳のピアニスト、栄伝亜夜(えいでん・あや)の物語である。ファーストシーンは幼い頃の亜夜とピアノ教師だった母親によるショパンの「雨だれ」の連弾場面である。母親によってピアノに開眼した亜夜は幼くしてカーネギーホールで演奏を行うなど神童ぶりを発揮するが、7年前に母親が死去した直後、ピアノ協奏曲のソリストとして登場するも演奏を行わずに逃亡。以後、表舞台から姿を消していた。そんな亜夜が芳ヶ江ピアノコンクールのコンクラリストとして姿を現す。口さがない人々は、「あの天才少女の?」「また逃げちゃうんじゃないの?」とひそひそ噂する。

そんな亜夜の前に現れた16歳の少年ピアニスト、風間塵。ホフマンの推薦状を手に現れた塵だが、ピアノも持たず無音鍵盤で練習を行っており、本格的な音楽教育も受けていないことから物議を醸す。審査員の中には露骨に彼を「最低だ」と批難するものまでいる。だが、心からピアノが好きな塵の姿勢に亜夜は影響を受ける。亜夜は塵ほどにはピアノを愛していないことを悟る。
 

今回のコンクールの本命と目されるマサル・カルロス・レヴィ・アナトール。アメリカ人だが、日系で幼い頃には亜夜の母親が開いているピアノ教室に通っており、亜夜と見るやすぐあの時の少女と見抜く。亜夜もマサルのことをすぐに思い出す。互いを「あーちゃん」「まーくん」と呼び合う二人。師から教わった通りの「完璧」を目指しており、それが現代のピアニストなのだと教え込まれている。だが実際の彼はコンポーザーピアニストになることを夢見ており、完璧な表現とは違った創造性を求めていた。

高島明石は、楽器メーカーで働きながらピアノコンクールに応募。学生達では不可能な「生活に根ざしたピアノ」を弾くことを目標としている。年齢制限があるため、今回が最後のピアノコンクール参加であり、結果が出なかったら潔くピアニストを止めるつもりでいた。

 

2次審査は、新曲「春と修羅」(実際の作曲は、今最も話題の作曲家である藤倉大が行っている)の演奏で、カデンツァは、ヴィルトゥオーゾの時代のようにピアニスト達が独自に作曲したものを弾く。大時代的でドラマティックな超絶技巧を披露するマサル。一方、宮澤賢治の言葉にインスパイされた詩的なピアノを明石は弾く。宮澤賢治が理想とした生活に根ざした農民芸術的な明石のピアノに触発された亜夜は感激し、すぐさま練習室でピアノを弾こうとするが、全て塞がってしまってる。それでもどうしても今夜中にピアノが弾きたい亜夜は、明石の手配で、芳ヶ江の街のピアノ工房でピアノに向かう。亜夜の行動を察知して後を付けてきた塵は亜夜と二人で、ドビュッシーの「月の光」、「It's only a paper moon」、ベートーヴェンの「月光」などを即興で連弾する。

亜夜にとってピアノとは母親と弾くものであり、母と心を通い合わせる道具であった。だから母が他界してしまった時、亜夜はピアノを弾く意味を喪失してしまった。コンサート会場から逃げ出したのはその時である。だが、コンクールに出たことで、ピアノは人々と通じ合うツールへと姿を変える。様々な邂逅を経て、亜夜はピアノを弾く意味と失われた音楽を取り戻していく。

 女性が主人公ということもあって、登場人物にどれだけ共感出来るかが鍵となる映画。そういう点において女性向けの作品と見ることも出来るかも知れない。幸い、亜夜の実際のピアノ演奏を担当しているのが河村尚子というとこもあって、私は亜夜に感情移入することに成功したように思うし、他の人物の心境も完全というにはおこがましいが、ある程度把握することが出来、音楽を通してささやかだが確実に成長していく人々を温かく見守ることが出来た。
プロコフィエフのピアノ協奏曲第3番演奏シーンでは、自分でもなぜ感動しているのかわからない感動も味わう。

芸術に限らず多くのジャンルにおいてそうだが、人との関わりや巡り合わせがとても重要であることを示してくれる映画である。

 

 

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2019年10月16日 (水)

これまでに観た映画より(133) 「レディ・マエストロ」

2019年10月10日 京都シネマにて

京都シネマでオランダ映画「レディ・マエストロ」を観る。原題は「The Conductor」という意味深なものなのだが、日本でこの映画を観る場合に「The Conductor」だと意図が伝わりにくいためにタイトルが変えられたのだと思われる。監督・脚本はマリア・ペーテルス。出演は、クリスタン・デ・ブラーン、ベンジャミン・ウェインライト、スコット・ターナー・スコフィールドほか。セリフはオランダ語と英語が用いられており、少しだがドイツ語も登場する。音楽監督はステフ・コリンヨン。
女性指揮者の草分け的存在であるアントニア・ブリコ(1902-1989)の肖像を描いた映画である(全ての人生が描かれているわけでない)。アントニアを演じるのはクリスタン・デ・ブラーン。

1926年(日本だと大正15年=昭和元年)のニューヨーク。クラシック音楽好きで才能にも恵まれたオランダからの移民であるウィリー(クリスタン・デ・ブラーン)はカーネギーホールの客席案内係(レセプショニスト)として働いている。当時のニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団(ニューヨーク・フィルハーモニックの前身)は指揮者は勿論、楽団員全てが男性で占められており、オーケストラ絡みで女性が就ける仕事は客席案内係ぐらいのものだった。

この日は同郷の大巨匠指揮者であるウィレム・メンゲルベルクが指揮台に立って、十八番であるマーラーの交響曲第4番を指揮するということで、ウィリーも興奮気味であり、仕事でミスを犯したりもする。ただ、客席案内係はコンサート本番を聴くことは許されない。ウィリーは本番中、誰もいないと思った男性用トイレに入り、漏れてくる音楽に心奪われて、箸を指揮棒代わりに(どうやら箸で食事をする習慣があるようである)鏡に向かって生き生きと指揮を続ける。が、その時に、男が一人、男性用トイレに入ってくる。富豪の息子のフランク(ベンジャミン・ウェインライト)だ。「衛生面での点検だ」と誤魔化したウィリーはその後、大胆な行動に出る。第1楽章が終わった後で、持ち運び用の椅子を手にカーネギーホールの中央通路を進み、指揮者であるメンゲルベルクの真後ろに陣取って曲を聴こうとしたのだ。メンゲルベルクも複雑な表情を浮かべるが、第2楽章の指揮を始める。だが、それを見たフランクは激昂。ウィリーをホールの表へと叩き出してしまう。
結局、ウィリーは客席案内係の仕事をクビになったことを契機に、本格的に音楽の道に進むことを決意。指揮者を夢見て、ブラスバンドの指揮者であったゴールドスミスに頼み出て弟子にして貰い、名門UCバークレー(カリフォルニア大学バークレー校)の音楽学部の試験にも合格。ただその後ゴールドスミスがウィリーを女として意識し、関係を迫ったことで関係は破綻する。音楽学校の学費を稼ぐためにタイピストや接客業の職に就こうとするも気位の高さが伝わるのか、有能さを示しても落ちてばかりのウィリー。ナイトクラブのベース奏者であるロビン(スコット・ターナー・スコフィールド)に気に入られてロビンのいるバンドのピアニストに決まり、グリーグの「トロルドハウゲンの結婚行進曲」を弾いていると、ロビンはジャズ風に編曲した「トロルドハウゲンの結婚行進曲」を弾いて見せ、連弾を行う。

フランクはゴールドスミスと友人であり、豪奢なフランクの自宅で音楽家を招いたパーティーがあるということで、ゴールドスミスから招かれるのだが、ゴールドスミスは急用で帰宅。ウィリーはゴールドスミスとの関係が破綻した後でもフランクとの仲を深めていく。

だが、ウィリーは祖国のアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の指揮者であるメンゲルベルクに師事しようと決めており、オランダに行く決意をしていた。アメリカで一緒になって欲しいと言うフランクからのプロポーズにウィリーは迷う。フランクはともかくとして、彼の母親はウィリーが「指揮者になりたい」という夢を語ると一笑に付す。本格的な女性指揮者などまだ一人もいない時代。日本で例えるなら、女でありながら「大相撲の横綱になりたい」と言っているのと同様の世迷い言としか聞こえないのだった。

実は、ウィリーは両親の実の子ではないことが判明する。音楽家への道を進むことに反対した母親がつい明かしてしまったのだ。ウィリーは出生時の名であるアントニア・ブリコとして指揮者への道を進み始める。

コンセルトヘボウでアントニアはメンゲルベルクと出会う。弟子入りを懇願するが、メンゲルベルクはフランクの友人であったため、フランクに相談の手紙を書き、アントニアと結婚したいフランクはメンゲルベルクに「アメリカに帰れ」と言ってくれるよう頼む。結局、メンゲルベルクの弟子にはなれなかったアントニアだが、メンゲルベルクの推薦状を得てベルリンに向かい、ドイツの大指揮者であったカール・ムックに会いに行って弟子入りが許される。ベルリン国立音楽アカデミーの指揮科の定員は2人のみであったが、この難関も突破。若い女性が指揮者ということで反発しがちなオーケストラ団員達をも納得させていき、最終的にはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の指揮台に立って、コンサートを成功に導く。
だが、アメリカではゴールドスミスが腹いせからアントニアへの批判をマスコミにばらまいており、女性からも「女が男性達に指揮棒で指示を行うなんて」と反発を受ける。ニューヨーク・フィルとの演奏は成功したが、次に舞い込んだのは失業した音楽家が結成したオーケストラを指揮する仕事。いやいや引き受けたアントニアだが、ある日、リハーサルに行くと、女性団員しか来ていない。ニュージャージ-交響楽団が楽団員を募集しているということで、男性団員達は全員オーディションを受けに行ってしまったのだ。ちなみに女性はオーディションを受ける資格はないという。アントニアは女性楽団員のみによるオーケストラを結成し、女であっても音楽家たり得るのだということを示そうとする……。

日本に限っても、先日、沖澤のどかがブザンソン国際指揮者コンクールで優勝し、ブザンソン国際指揮者コンクール覇者の先輩である松尾葉子、宝塚男役風ルックスでも人気の西本智実、小柄な体から力強い音楽を生み出す三ツ橋敬子、北欧のスペシャリストとして活躍する新田ユリなど、今は女性指揮者は珍しくもなんともないが、アントニア・ブリコが指揮者を志していたのは、「女は将軍と指揮者にだけはなれない」と言われていた時代であり、女性でありながら指揮者を生業としていることへの反発は今とは比べものにならないほど強かった。そんな中で快進撃を続けるアントニアのサクセスストーリーとして描かれているように見えるのだが、ラストの字幕でアントニアが結成したニューヨーク女性交響楽団はアントニアが男性団員の入団を許したことで注目を失い、4年で解散。アントニアは生涯、有力楽団の首席指揮者のポジションには就けなかったことが語られる。更には2017年現在でも、世界の指揮者トップ50の中にも女性の名はないということで、集団を率いる職業である指揮者に女性がなることの困難が示される。ハンブルク州立歌劇場の総支配人として活躍したシモーネ・ヤングやアメリカの上位楽団であるボルティモア交響楽団の音楽監督を務めるマリン・オールソップなど有名指揮者も当然いるが、オペラ歌手は勿論、ヴァイオリンのアンネ=ゾフィー・ムターやチョン・キョンファ、ピアノのマルタ・アルゲリッチや今はイギリス国籍になったが内田光子など世界トップランクに数えられる演奏家も多い器楽分野に比べても指揮分野における女性進出はなかなか進んでいかないのが現状である。古典派を不得手とする女性指揮者が多いこと、ブラームスやブルックナーなど女性には理解しづらい音楽がコンサートのメインレパートリを占めているということもあるのだろうが、「そもそもクラシックの作曲家といえば男性のみ」「指揮者も楽団員も男性のみ」という時代が長かったことが影響してもいるのだろう。ベルリン・フィルが女性団員の入団を正式に認めたのだが1980年代後半(その前にザビーネ・マイヤー事件というものがあり、女性クラリネット奏者であるザビーネ・マイヤーを強烈に推して入団させたヘルベルト・フォン・カラヤンがベルリン・フィル団員の猛反発にあり、関係が悪化。マイヤーは身を引いたが、最終的にはカラヤンはベルリン・フィルの終身芸術監督辞任に追い込まれている)、ウィーン・フィルに至っては、世紀が変わろうかという時まで「入団出来るのは男性のみ」という姿勢を貫き続けていた。
「世界のトップランクのオーケストラ」と聞いてクラシックファンなら誰でも思い浮かべるような楽団のトップとして君臨している女性指揮者はゼロ。日本でも人気はあるがポジションが得られていない女性指揮者がほとんどで、東京に9つあるプロオーケストラや日本各地の都市の顔となるオーケストラのトップに立っている女性指揮者は一人もいない。芸大の指揮科教授として多くの教え子を生み出した松尾葉子も、出身地である名古屋に本拠を置くセントラル愛知交響楽団常任指揮者という地位が最高。人気指揮者である西本智実も日本フィルハーモニー交響楽団のミュージック・パートナーが一番上のポジションで、仕方がないので自分で結成したオーケストラを率いている。テレビ出演も多い三ツ橋敬子は現時点では本拠地なしの状態で、客演生活が続いている。新田ユリも北欧音楽には強いがポストは愛知室内オーケストラという定期演奏会を年に2回ほどしか行えない団体のものを得られているのみである。ある意味、アメリカにおける女性大統領並みの「ガラスの天井」を感じさせる職業であり、ラストの演奏会のシーンは希望に満ちているが、現実の厳しさを示すこともおろそかにはしていない。

クラシック音楽の使い方は面白く、聴いてすぐなんというタイトルの曲かが分かると広がりやおかしみを持って受け取ることが出来るように思う。「拍手をして下さい。コメディは終わりました」というベートーヴェンの最後の言葉とされるものがさりげなく語られていたりもする。

アントニアは女性指揮者のフロントランナーとしては成功したが、性別関係なく「指揮者としての名声を勝ち取る」ことに関しては「誰が見ても成功」という結果は出せなかったのかも知れない。それでも「絶対に無理」という周囲の声や蔑みをはねのけて指揮台に立ち続けるアントニアの姿に爽快感を覚える。カール・ムックのセリフにあるように「指揮台に立ち続けること」が何より重要なのだと納得させられる。

何より感心させられるのは、西洋の俳優は指揮者を演じるのが上手いということ。クリスタン・デ・ブラーンは往時の長めの指揮棒を振っているため、バトンテクニック抜群に見えるということはないが、音楽が体から生まれているように見せる演技には卓越したものがある。

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