カテゴリー「音楽映画」の53件の記事

2026年1月30日 (金)

これまでに観た映画より(426) 「Tokyo Melody Ryuichi Sakamoto」4Kレストア版

2026年1月17日 T・ジョイ京都にて

京都駅八条口南西にあるイオンモールKYOTO内の映画館、T・ジョイ京都で、ドキュメンタリー映画「Tokyo Melody Ryuichi Sakamoto 4Kレストア版」を観る。上映時間62分の中編。フランス映画である。監督はエリザベス・レナード。1986年の作品だが、撮影自体は1984年に行われている。YMO散開直後であり、坂本は大島渚監督のオール・メイル・キャスト映画「戦場のメリークリスマス」の音楽が高く評価されて、アメリカではなくイギリスのアカデミー賞作曲賞を受賞。この映画の中にも映画「戦場のメリークリスマス」の場面が挿入されている。

1952年1月17日に東京都中野区に生まれた坂本龍一。東京都世田谷区に育ち、都立新宿高校を経て東京藝術大学音楽学部作曲科に現役合格。その後、同大学大学院音響研究科で、電子音楽やコンピューター音楽などを学んでいる。学生運動を行い、授業には余り出なかったそうだが、民族音楽の小泉文夫には多く学び、また作曲の師である三善晃から得たものも大きいことが作品を聴くと感じられる。
本当は大学院に進む気はなく、「社会には出たくない」ので留年しようと思っていたが、指導教員(誰なのかは不明)から、「留年は駄目だ。お前は卒業するか大学院に行くかどっちかにしろ」と言われ、大学院進学を選んでいる。望んで進んだわけではないが、これが愛称の「教授」に繋がる。大学院在学中に友部正人と出会い、レコーディングに参加。当時としては破格のギャラに驚喜し、バックバンドのミュージシャンとしてスタートすることになる。

最初にドビュッシーの言葉がフランス語で語られる(この作品は全編英語字幕付き)。“I am working on things that will only be understood by the grandchildren of the twentieth century.”。坂本はおもちゃの銃で遊んでいる。
坂本のアルバムの中でもマイルストーン的な1枚である「音楽図鑑」の制作に取材班は密着し、それ以外に坂本へのインタビューや思考を聞きだし、明治神宮や浅草寺の祭りなど、東京的な要素の濃い場所でロケを行っている。
当時の東京には、自動改札は勿論なく、駅員が切符を切っている。原宿では竹の子族が踊っているが、ダンスのレベルは今の若い人に比べるとかなり低い。今の若い子は、小学校の授業でダンスを学んでおり、誇張でなく竹の子族の何十倍も高度な動きとスピードでダンスを行っている。本当に隔世の感である。

坂本龍一が、新宿アルタの液晶ビジョンが見える位置に立つと、YMO時代の「体操」や「Behind the Mask」のPROPAGANDAライブ時の映像がビジョンに映る。

後年、坂本は若い頃の自分について、ヘッドバッドを行うポーズをして、「生意気だった」「(YMO結成の時も)時間があったらやります」「年取って(そういうことがなくなって)良かった」と述べている。

この頃は30代前半(厳密に書くと32歳)だが、父親への反発から文学書よりも思想書を多く読んでいたという坂本は、鋭さを特に隠そうとはしていない。

1から10まで、順番に作曲するのが音楽というのがそれまでの作曲法だったが、坂本はそれに疑義を呈し、部分部分を作曲して保存し、次の部分とつなぎ合わせるというシャッフリングのような発想をしていることが分かる。村上春樹が1985年に発表した『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』にもシャッフリングは登場するので、そういう発想をする人が多い時代だったのだろう。
シンセサイザーで作曲をする坂本だが、この時代のシンセサイザーの性能は今のおもちゃ以下。フロッピーディスクをLPレコードサイズにしたようなメモリーディスクを何枚も使い、音色の変更はメモリーディスクに入っているものの中からセレクトして行う。今なら適当な電気店で買った安いキーボードでも音色のチェンジは簡単に出来る。そう思うと、1984年は思っているよりも遙かに昔ということになるようだ。ちなみにCDの発売は、1985年なので、スクリーンの向こうの世界にはまだCDというものは存在しない。
明治神宮の神苑に似た場所で、坂本は「歩き煙草禁止」「順路→」という立て札の前を煙草を吸いながら逆方向に進んでいく。反骨精神を表しているようだ。今は「歩き煙草禁止」じゃなくて「禁煙」の立て札になっているだろう。
ちなみに明治神宮での祭りで鼓が打たれるが、鼓に近い音もメモリーディスクには入っている。

影響を受けた人物として坂本は、様々な作曲家を挙げた後で、哲学者・思想家の吉本隆明(「たかあき」ではなく有職読みで通称の「りゅうめい」で答えている)を挙げた。
一方で、「クラシックよりビートルズを先に聴いていたらクラシックには行かなかったかも知れない」と述べている。

坂本が作曲した作品以外に流れるのは、坂本が愛したフランスの作曲家の作品。ドビュッシーの「子供の領分」より第1曲“グラドゥス・アド・パルナッスム博士”、サティのグノシエンヌ第1番などだ。

YMO時代の中でもとりわけ有名な作品である「東風」は、PROPAGANDAライブの時のものと、矢野顕子とのピアノ連弾のものが採用されている。

なお、坂本はたまに眼鏡を掛けているが、後に老眼になるまで視力1.5なのが誇りだったと語っているため、伊達眼鏡である。老眼になってから丸眼鏡を掛けるようになり、「お洒落」と評判になったが、フランスの作曲家には丸眼鏡を愛用していた人が何人かいるため、影響を受けたのかも知れない。

坂本は、店舗で掛かるBGMについては、「最初から聴かないで次の階に行ったらまた別の音楽に変わる」として、音楽の聴き方が変わるという予兆を感じている。ただ、音楽の聴き方については現時点では激変はしていないように思う。ソフトから配信が主流になったりはしているが、基本的には好きな音楽を最初から最後まで聴く人の方が多いだろう。

1984年、バブル前夜。日本が上り調子の時代である。GDP(当時GNP)は世界第2位。1位のアメリカを脅かす勢いで、「Japan as No.1」と呼ばれるのが、1985年頃である。坂本も東京を「資本主義の最先端」と呼んでいる。まさかここまでひどい国になってしまうとは誰も予想していなかっただろうが、YMOも世界初のサンプリングを駆使したアルバム「テクノデリック」を発表するなど、世界最先端の音楽を作っていた。世界音楽史上、日本のミュージシャンが世界最先端の地位に躍り出たのはおそらくこの時だけだっただろう。

アルバム「音楽図鑑」の収録曲は、「M.A.Y. IN BACKYARD」と「マ・メール・ロワ」、ラストに演奏される「SELF PORTRAIT」がメインだ。それ以外の楽曲では、「戦場のメリークリスマス(Merry Christmas Mr.Lawrence)」が教授によるピアノソロと、映画の場面をセレクトして流れる。

その後、坂本は「ラストエンペラー」の音楽で、デヴィッド・バーン、コン・スー(蘇聡)と共にアメリカのアカデミー賞作曲賞を受賞。「世界のサカモト」と呼ばれるようになる(なお、この時、エンニオ・モリコーネが落選し、作曲者を大いに落胆させた)。
だがこれはまだ坂本龍一が世界的に知られる前の映像である。

この時の坂本は、整然としたものではなく、そこからこぼれ落ちたもの、はみ出たものなどに興味を持っていたようで、ノイズなどを取り入れた音楽に繋がって行くのかも知れない。アルヴァ・ノト(カールハインツ・ニコライ)との作業はまさにそんな感じだ。

ニューヨークに転居して世界的な活動を始める坂本。ニューヨーク転居については矢野顕子が強く望んだもので、その理由については知っている人は知っているので詳しくは書かない。村上龍はテレビ番組で「亡命していった」と語っていたが、坂本はそれも否定している。

一方で、東京に対する落胆は増していったようで、自伝『音楽は自由にする』では、東京に対して、「限界に来ている」「家賃が高すぎる」「誰が住むか」と露骨に嫌悪している。「東京じゃない、家賃の安い場所から新しいものが生まれる」という予感もあったそうで、最後の方では、「京都あたりに住んでみようかと思っている」と述べている。これは絵空事ではなく、実際に京阪神地域を愛したデヴィッド・ボウイが手に入れていた九条山の土地を買ったか、買おうとした動きがあったようである。だが、癌になったことで京都移住は夢と終わった。

東京に生まれ、東京に育ち、東京で学び、東京で仕事をしてきた坂本龍一。「東京はもう駄目だ」とまで宣告したようなものだったが、最後の癌の治療は主治医が東京にいたため、東京に仮住まいし、東京の病院で手術を受け、東京の病院で亡くなった。そして何よりも、本人は否定するかも知れないが、彼は東京が似合う男だった。

Dsc_9523

| | | コメント (0)

2025年12月28日 (日)

これまでに観た映画より(419) ドキュメンタリー映画「Ryuichi Sakamoto:Diaries」

2025年12月10日 京都シネマにて

京都シネマで、ドキュメンタリー映画「Ryuichi Sakamoto:Diaries」を観る。NHKスペシャル「Last Days 坂本龍一最期の日々」でも使われた映像を中心に未公開映像などを加えて再編集したもの。監督:大森健生(おおもり・けんしょう)。朗読:田中泯。出演:坂本龍一ほか。

2023年3月28日に71歳で他界した坂本龍一。父は日本大学文学部(現在の文理学部)出身で、敏腕編集者の坂本一亀(かずき。あだ名は「いちかめ」さん)。帽子デザイナーであった母親の敬子も父親同様、日本大学出身という家に生まれており、東京芸術大学に受からなかったら、日本大学藝術学部に行こうかと考えたこともあるようだ。母親が日藝出身ということもあるが、高校時代から学生運動に参加していた坂本は、「学生運動では日大全共闘が一番ぶっ飛んでたからね」と語っており、音楽とは特に関係のない理由もあったようである。
だが、やはり親の影響はあるようで、自伝では、都立新宿高校時代の進路志望について、「まず『東大』と書く。続いて『芸大』と書く。最後に『日大』と書く」と明かしている。前2校と日大とは日藝とはいえブランドにかなり差がある。坂本一亀は厳父で龍一は父と口を利くこともほとんど出来なかったそうだが(死後に息子が出た雑誌などは全て買い、スクラップ収集していたことが分かる)、龍一はかなりのマザコンであることを隠そうとはしていないため、母親の母校に愛着を持っていたようだ。私も法政大学出身の父親の影響で、明治大学か法政大学に行きたいと思っていたので、親の影響は大きい。

坂本龍一が癌により、「余命半年」の宣告を受けたのはコロナ禍の最中である2020年12月11日のこと。坂本はその日の日記に、「死刑宣告だ」「俺の人生終わった」と書き記している。翌日は、生配信コンサートであった。私もリアルタイムでこのピアノコンサートを聴いており、特に変わったところは感じなかったが、このとき、坂本龍一は頭が真っ白で、なんとなく始まりなんとなく終わったという感じで、演奏の記憶がほとんどなかったということを後に語っている。坂本は主治医に「あと10年は音楽をやりたいので」と告げ、闘病生活に入った。

このとき、坂本龍一は長時間にわたるインタビューを何度も受けていた。自伝『音楽は自由にする』に続く第2弾の刊行を予定していたのだ。『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』いうタイトルで、映画音楽を担当した「シェルタリング・スカイ」でラストに登場する原作者のポール・ボウルズの語る言葉に由来している。そのため、「シェルタリング・スカイ」のテーマだけは、全曲、坂本のピアノ演奏姿が収められている。他にも有名曲はたくさん登場するが断片が多く、「シェルタリング・スカイ」だけは自伝のタイトルと密接に結びついているということで別格の扱いだ。ポール・ボウルズによる朗読も流れる。
坂本龍一は、いくつも著書を出しているが、自分で一から書くのではなく、インタビューを受けて、その中からライターに抜粋と再構成を依頼するというのが常である。多くが語り口調で書かれているのはそのためだ。このときには鈴木正文がインタビュアーを務めていた。

2019年。坂本はニューヨークの自宅の庭に古くなったピアノを運び出し、ピアノの音色と共に雨の音にも耳を澄ませた。ここから坂本龍一の自然音への傾倒が始まるのだが、病気が重いときには体力がないので音楽を聴くことが出来ないというのもその理由だった。YouTubeで雨音を何時間も聴き続けたりした。
坂本龍一というと、コンサート会場に武満徹弾劾のビラを撒きに行き、そこに武満徹が来て、「これ撒いたの君?」と聞かれた話が知られている。私はてっきり東京芸大から近く、武満ら日本現代音楽家の作品演奏がよく行われていた東京文化会館でのことだと思い込んでいたのだが、実際に初めてのビラは東京文化会館小ホールで撒かれている。だが実はビラ撒きは何度も行われていて、武満とやり取りを行ったのは長野県軽井沢町での音楽祭でのことだそうである。わざわざ軽井沢まで出向いたということになる。それほど武満が憎かったのか、暇だったのか分からないが、後年、作曲家となった坂本は武満と再会。武満は、「ああ、あの時の君ね」と坂本のことを覚えており、「君は作曲家として良い耳をしている」と称賛。坂本は「あの武満さんに褒められた」と有頂天になったことを明かしている(NHKスペシャル「武満徹の残したものは」)。その後、坂本は武満の作品に真正面から向かい合い、共感してもいくのだが、自然音を愛するという武満と同じ境地にたどり着いたことになる。ちなみに坂本のニューヨークの家の本棚には武満徹の著作集全5巻が並んでいた。

武満徹は、ポール・マッカートニーを理想の作曲家とし、メロディーメーカーを目指して作曲に取り組んだが、意に反して「響きの作曲家」として評価されることになる。独特の色彩美と清浄さを兼ねたメロディーがあり、ここから新たな地平が開けるのではないかと感じさせた「系図 若い人のための音楽詩」を発表したが翌年に死去した。
一方の坂本龍一は稀代のメロディーメーカーであり、ポピュラー楽曲や映画音楽で、一聴したら忘れられないほど印象的なメロディーをいくつも書いた。大ヒットした「energy flow」なども全く苦労することなく短時間で書き上げている。坂本はアンビエントミュージックも書いているが、やはり今後、新たな作風が生まれようかという時になって世を去ることになった。
あるいはそれが作曲家の宿命なのかも知れない。

癌克服のために坂本は様々な試みを行っている。
新潮新書から出た『世界が認めた和食の知恵 マクロビオティック物語』という食事法に感銘を受けた坂本は、新書の帯にメッセージを寄稿しているが、その後、「マクロビオティックさえ行っていれば健康になると思っていたら癌になってしまい、反省している」とも述べている。そのためか、食事療法のようなものは行っていない。日記にも「みかんが食べたい」「ショートケーキが食べたい」など、シンプルな記述があるのみだ。

坂本は「雲」を愛した。ドビュッシーの管弦楽曲「夜想曲」第1曲である。ピアノで冒頭を弾いて、「この浮遊感」と惚れ惚れとした表情を浮かべていたこともある。ドビュッシーの弦楽四重奏曲にも衝撃を受けた坂本は本気で「自分はドビュッシーの生まれ変わりかも知れない」と言って笑われたこともあるそうだ。坂本龍一は入院している病院の窓から見た雲についての記述も行っている。

手術を受けては、東京の白金に設けた仮の新居で作曲をする日々。日記のように綴られる音楽は、やがて「12」という12曲入りのアルバムとなり、これが坂本龍一の音源での遺作となった。無題未完成に終わった作品もいくつかある。

坂本龍一は、文字での日記も残しており、田中泯によって朗読されるが、小さなメモ帳に日付と短い文が書かれたもので、文学的なものではない。それこそメモと言った方が良いかも知れない。田中泯は淡々とした朗読を行う。俳優としてドラマティックに読むことも出来るはずだが、そうすると坂本龍一のものではなく田中泯のものになってしまう。ということで、朗読ではあるが、声よりも教授の書いた文字が観客に突きつけられるようなスタイルとなっている。

坂本龍一の死までの3年半という長い歳月が映像に収められているのは、次男(実子としては長男)が映像作家だから可能になったことである。飾らない態度で映っているのも息子がカメラを向けているからだ。余命宣告を受けてからの作曲家の活動を捉え続けた映像作品はほとんどない。その点でも貴重な作品といえる。

「教授」というあだ名で知られながら、教育活動にはほとんど関わってこなかった坂本龍一。芸大でも少しだけ教えたことがあったことが自伝に書かれているが、東日本大震災発生を受けて、自ら代表・音楽監督として組織した東北ユースオーケストラとの活動についての映像も登場する。東北ユースオーケストラと坂本龍一の活動は、NHKがドキュメンタリー番組として制作しているので、そちらに詳しいが、この映画でも東京・溜池山王のサントリーホールでの定期演奏会に顔を出した様子(このときにはもう演奏出来るだけの体力はない)や、死の前日に東京オペラシティコンサートホール“タケミツ メモリアル”で行われた東北ユースオーケストラの演奏を病床でスマートフォンを観て確認する様が映されている。スマートフォンに向かいながら坂本は指揮を行っていた。タケミツホールとも呼ばれるこのホールでの演奏を見ることになるのも何かの因縁かも知れない。

作曲家の役割は当然ながら曲を作ることだが、東北ユースオーケストラのメンバーもまた坂本の創造物だろう。

NHKの503スタジオで、1日数曲ずつの収録を行い、自ら「これで最後」と語ったピアノコンサートを作り上げた坂本龍一。実際、これが演奏家としての最後の仕事となった。

病床で4人の子どもと語らった坂本龍一。次女(有名な人だが、「Last Days」同様、実名は出ない)に「幸せな人生だった」と坂本は語っている。

それを受けて、エンディングには「Happy End」が流れた。


2023年3月28日午前4時32分。雨の朝、東京に死す。

Dsc_9308

| | | コメント (0)

2025年12月 1日 (月)

コンサートの記(931) シャルル・デュトワ指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第593回定期演奏会

2025年11月21日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から、大阪・中之島のフェスティバあるホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第593回定期演奏会に接する。指揮は、シャルル・デュトワ。
ここ数年は、毎年春から初夏にかけてに大阪フィルに客演していたデュトワ。だが昨年は、来日して東京での演奏会は指揮したものの、すでに体調の悪さは現れていたようで、大フィルのリハーサルにも現れたが、初日の終盤でリタイア。ヨーロッパに戻り、感染症(コロナではないとのこと)と診断されたが、めげずに再来日。予定通り福岡の九州交響楽団への初登壇を果たした。

今回も名誉音楽監督の座にあるNHK交響楽団を指揮してから大阪へとやって来たデュトワ。
N響でも大フィルでもメインとなるのはラヴェルのバレエ音楽「ダフニスとクロエ」全曲である。

デュトワにとって、「ダフニスとクロエ」全曲は特別な楽曲である。モントリオール交響楽団の音楽監督に就任後、ローカルなオーケストラに過ぎなかったモントリオール響の実力を大幅にアップさせ、DECCAにレコーディングした同曲がベストセラーとなり、デュトワとモントリオール交響楽団の名を天下に轟かせている。
以後、フランス音楽を中心に録音を軌道に乗せたデュトワとモントリオール響(OSM)。ラヴェル、ドビュッシー、フォーレ、ベルリオーズ、ビゼー、フランクなどのフランス音楽と、リムスキー=コルサコフ、ムソルグスキー、チャイコフスキー、プロコフィエフなどのロシア音楽を録音。リリースしたCDの約半分が何らかの賞を獲得している。
デュトワは、NHK交響楽団ともDECCAにレコーディングを行っており、OSM相手ではなく個別にオネゲル交響曲全集やルーセル交響曲全集などのフランス音楽の王道からやや外にいる作曲家の作品も録音している。
OSMと決別した後は、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団とリムスキー=コルサコフの交響組曲「シェエラザード」でOSM盤を上回る出来を示している。フランス国立管弦楽団とは「プーランク管弦楽曲全集」を録音。協奏曲なども含む全集で、プーランクは名声に比して録音が少ないため重要な仕事となっている。

なお、大阪フィルハーモニー交響楽団の来年度の定期演奏会のプログラムが発表になったが、そこにデュトワの名はない。デュトワも先月89歳の誕生日を迎えた。「ダフニスとクロエ」で始まった環が「ダフニスとクロエ」でいったん閉じられようとしているのかも知れない。

 

曲目は、モーツァルトのピアノ協奏曲第22番(ピアノ独奏:小菅優)、ラヴェルのバレエ音楽「ダフニスとクロエ」全曲(合唱:大阪フィルハーモニー合唱団)。

今日のコンサートマスターは崔文洙。ドイツ式の現代配置による演奏だが、ティンパニは指揮者の真正面ではなくやや下手寄りに陣取る。

オーケストラは90人編成だそうで、エキストラも多い。出演者一覧には、京都市交響楽団の一樂恒(いちらく・ひさし。チェロ)、京都フィルハーモニー室内合奏団の松田美奈子(ヴィオラ)の名が見える。

 

モーツァルトのピアノ協奏曲第22番。モーツァルトのピアノ協奏曲の20番台前半の中では取り上げられる回数が比較的少ない曲である。他の曲が個性に満ちているだけにやや埋もれ気味になるのかも知れない。
映画「アマデウス」では、売れなくなったモーツァルトがウィーンの街を一人で歩くシーンで第3楽章の冒頭が用いられている(選曲&音楽監督;ネヴィル・マリナー)。

小菅優は、日本の若手の代表格的存在であるピアニストだが、そろそろ中堅に差し掛かろうとしている。大きなコンクールに参加したことがないのが特徴だが、マックス・ポンマーが京都市交響楽団に客演した際、ソリストを務めた小菅優が子どもだった頃に参加したピアノコンクールの決勝で協奏曲の指揮を担当したと語っていた。優勝したそうである。マイナーなコンクールを受けたことはあるのかも知れない。
世界的なコンクールで好成績を収めると注目されるが、必ずしも良い成績を収めた奏者が順調なキャリアを築くとは限らない。

編成を小さめにしてピリオドを援用しての伴奏。フェエスティバルホールは空間が大きいので、最初のうちは伴奏が聞こえにくかったのだが、次第に耳が調節される。デュトワ指揮の伴奏だが、かなり陰が濃い印象である。明るい旋律を歌っていても陰が忍び寄ってくる。
小菅のピアノはモーツァルトらしく透明度が高く愛らしいが、こちらも次第に暗いものが底から溢れてくる。
第1楽章と第3楽章のカデンツァは、20世紀を代表する作曲家であるベンジャミン・ブリテンが書いたものを使用。ブリテンはピアノ協奏曲第22番に出てくる様々なメロディーをコラージュしたものをカデンツァとして纏めていたが、最後は不吉な感じで終わる。

もっとも明るいはずの第3楽章。だが、最初はピアノが弾き、ヴァイオリンが同じ音型を返していたものが、終盤では、ヴァイオリンはピアノが弾いた通りには演奏せず、次第に距離が出来ているように感じられる。ピアノ協奏曲第20番や、第23番の第2楽章で露わにした孤独な表情を、ピアノ協奏曲第22番では、悟られにくいように行っているように感じられる。同じ天才のブリテンは当然気付いたはずだ。

 

アンコール演奏は、ショパンの「エオリアのハープ」。駆け抜ける爽やかな風のような演奏だった。

 

ラヴェルのバレエ音楽「ダフニスとクロエ」全曲。演奏規模、上演時間共にラヴェル最大の作品である。ラヴェルはその後、演奏会用に2つの組曲を編んでおり、特にバレエ音楽の第3部をほぼそのまま転用した第2組曲はコンサートでもたびたび取り上げる。
デュトワの指揮する「ダフニスとクロエ」全曲は、実は以前に1度聴いたことがある。渋谷区神南のNHKホールで行われたNHK交響楽団の定期演奏会で取り上げられたのだ。だが、その演奏会は、演奏内容以上に、上演中に震度3の地震が起こったことをことでよく記憶している。不幸中の幸いで、合唱だけの部分だったため、演奏は止まらず続けられたが(デュトワが地震に気付いたのかどうかは不明)、楽器の演奏だったら止まっていたかも知れない。震度3にしては揺れた方だった。この日の演奏会はNHKBS2(当時)で生放送されており、私も録画した映像を見たが、地震が起こった瞬間、男声合唱団の人々が天井を見上げる姿が映っており、「大丈夫かな?」という表情をしているのが確認出来た。勿論、カメラも揺れていた。

そんな思い出から30年近く経っての「ダフニスとクロエ」。往時のN響より今の大フィルは音の密度が濃い。また原色系の音色も特徴である。バスク地方に生まれたラヴェル。バスク地方はフランスとスペインに跨がるが、ラヴェルの血には、スペイン的な色合いや賑やかさを好むところがあるように思う。この曲も繊細なフランス的なところがありながら、闘牛を好むようなスペインの狂躁もまた顔を覗かせる。デュトワがフランス人だったら、あるいはもっと熱狂的な音楽を志向したかも知れないが、スイス・フランス語圏出身であるため、適度な上品さが加わり、理想的な演奏となりうるのだろう。
大フィルの技術も高く、大阪フィルハーモニー合唱団も力があった。
濃い密度を保ち、迫力に満ちながら、全体的に匂うような上品さを持ったラヴェル。今後、こうしたラヴェルが聴けるのかどうか分からないが、取りあえず今日はデュトワを聴けて良かった。

Dsc_9172

| | | コメント (0)

2025年10月14日 (火)

これまでに観た映画より(406) ドキュメンタリー映画「ピアノフォルテ」

2025年10月11日 京都シネマにて

京都シネマでドキュメンタリー映画「ピアノフォルテ」を観ることにする。時間的にもピッタリだった。
ドキュメンタリー映画「ピアノフォルテ」は、2021年に行われた第18回ショパン国際ピアノコンクールの出場者に焦点を当てた作品である。
第18回ショパン国際ピアノコンクールは、5年に1回行われる同コンクールの中で、コロナ禍により1年開催が遅れた大会でもある。2025年10月現在、第19回ショパン国際ピアノコンクールが、4年おきになったが開催されている。今後は5年おきに戻る予定。

第18回ショパン国際ピアノコンクールでは、反田恭平が2位入賞、小林愛実(あいみ)が4位入賞を果たした年だが、二人ともドキュメンタリーの対象にはなっていないので、ほとんど映らない。小林愛美は、冒頭付近で名前を呼ばれるが、登場するのは終盤になってからである。入賞者全員の集合写真をスマホの内側カメラで撮ろうとしているのが小林愛実だ。反田恭平が現れるのも終盤で、入賞者に「人生でこんなにピアノ練習したの初めて」と語っている。
表彰式では反田も小林も当然ながら映っている。

牛田智大(うしだ・ともはる)の名前が呼ばれるシーンがあるが、本選には進めていない。牛田は今年のショパン国際ピアノコンクールにも出場し、より高い順位を狙う。

出場者の中には厳しいコーチがいて、何度も弾き直しさせたり別のメーカーのピアノを弾かせたりする。
一方で、プレッシャーからだと思うが、二次予選での演奏を取りやめ、棄権してしまうピアニストもいる。
興味深いのは、ラオ・ハオという中国人ピアニスト。同世代と思われる若い女性がアドバイスを送ったり励ましたり身の回りの世話を焼いたりと甲斐甲斐しく動いている。だからといって恋人ではなさそうだし、男女の関係にも今のところは見えない。彼女はハオの姉のようでもあり、母親代わりにも見える。とにかく仲が良い。不思議な二人である。女性の方もピアニストとしてコンクールに参加したことがあるのだが、準備が不十分で上手くいかず、自身の腕を磨くよりも有望なピアニストに賭けてみたいという思いがあるようだ。ただ将来的にもこの関係は続くのだろうか。

コンクールの優勝者は、中国系カナダ人のブルース・リウ。ハオの世話をしている女性が、「ブルース・リーみたい」と行っていたピアニストだ。だが、ブルース・リウも取材の対象ではなかったため、途中から姿を現すに過ぎない。成功者を追うドキュメンタリーではないのだ。
取材の対象となったのは、たまたまだと思うが、余り上手くいかなかったピアニスト達だ。ピアノの腕を競うことの過酷さ。それでもそれぞれにドラマがあり、想像もしたことがないような関係を築いている人々を見ることは世界の広さを知るようでもある。

Dsc_8904

| | | コメント (0)

2025年9月30日 (火)

これまでに観た映画より(402) 「ふたりのマエストロ」

2025年9月15日

ベルギー・フランス合作映画「ふたりのマエストロ」を観る。2022年の作品。共に指揮者である親子の物語。親子で指揮者というのは珍しくなく、最近では、ヤルヴィ親子やザンデルリンク親子などがいるが、この映画では親子関係が余り良くなかったエーリヒとカルロスのクライバー親子が念頭にあると思われる。
監督・脚本:ブリュノ・シッシュ、製作責任者:フィリップ・ルスレ。出演:イヴァン・アタル、ピエール・アルディティ、ミュウ=ミュウ、キャロリーヌ・アングラーデ、パスカル・アルビロほか。

パリとミラノが主舞台。フランス語が主に用いられているが、イタリア語も時折用いられる。
指揮者のドニ・デュマール(イヴァン・アタル)が、フランスの輝かしい賞であるヴィクトワール賞を受賞し、スピーチを行うところから始まる。ジョークが好きなようで、「オザワ(小澤征爾)は、スカラ座でブーイングを浴びた。スカラ座で野次を浴びれば大指揮者になる。もっと野次を」 と語る。そして、元妻でマネージャーのジャンヌ(パスカル・アルビロ)と息子のマシューに感謝の念を述べる。彼の父親でやはり指揮者であるフランソワ・デュマール(ピエール・アルディティ)は欠席であるが、仕事があるわけでも体調が悪いわけでもなく、自宅で授賞式の模様をテレビで見ている。翌日からは会う人会う人に、「息子さんおめでとうございます」と言われて、嫉妬しているようだ。
コンサートホールでリハーサルを行うフランソワ。ベートーヴェンの第九の第2楽章である。ちょっとティンパニが遅れたような気がしたが、問題はそれだけではなく、アンサンブルに躍動感がないことを気にしているようだ、というところでスマホの呼び出し音が鳴る。「誰だ、スマホを鳴らすのは!?」と怒るフランソワであったが、実はスマホの主はフランソワ本人であった。電話に出たフランソワの耳に飛び込んだのはとんでもない朗報。なんと「ミラノ・スカラ座の音楽監督に就任してくれないか」というものであった。
しかし、実はデュマール違いで、ミラノ・スカラ座の総裁が指名したのは息子のドニ・デュマールの方であり……。

喜劇にも悲劇にもなる設定であるが、大人の観賞に堪えうる人間ドラマに仕上がっている。
ただ、主人公と難聴のヴァイオリニストである彼女との関係についてはもっと時間を割いても良かったかも知れない。一方で、親子で指揮者であることの難しさは丁寧に描かれており、指揮者像にリアリティを与えている。

劇中で、「舞台恐怖症」という言葉が出てくるが、映画のタイトル以外で「舞台恐怖症」という言葉を聞くのは二度目である(初回は黒柳徹子主演の舞台「想い出のカルテット~もう一度唄わせて~」)。ヒッチコック映画から引いたものかも知れないが、この言葉は伏線になっている。

ドニがスピーチで小澤征爾を例に挙げ、更に小澤がカッチーニの「アヴェ・マリア」を指揮している映像をノートパソコンで見ていることから、小澤征爾の弟子という設定なのかも知れないが、それは劇中では明かされない。

元々はスカラ座の総裁は、ゲルギエフにスカラ座の音楽監督を頼むつもりであったが、彼の妻がアルツハイマー病になったというので辞退され、ドニに話が行ったようだ。「リッカルド・ムーティの後任になれる」というセリフも出てくるが(ということで2005年頃の話であることが分かる)、ムーティとスカラ座は事実上喧嘩別れしており、その後任となると吉となるか凶と出るか分からないところである。

ラストシーンが実際に可能かどうかだが、テンポさえ合っていればプロのオーケストラにとっては難度はそれほど高くないと思われる。

2回続けて観るぐらいには良い映画。もっとも、頭の働かない朝のうちに観たので、確認のためにもう一度見直したのである。

クラシックのポピュラーな楽曲が多く採用されているため、クラシックファンにはお薦め。音楽家の名前などはある程度詳しい人しか分からないかも知れないが、分からなくても特に問題はないはずである。

| | | コメント (0)

2025年7月29日 (火)

これまでに観た映画より(390) 「BLUE GIANT」

2025年2月24日

Amazon Prime Videoで、アニメ音楽映画「BLUE GIANT」を観る。原作:石塚真一、NUMBER8。脚本:NUMBER8。音楽:上原ひろみ。声の出演:山田裕貴、岡山天音、間宮祥太朗、東地宏樹(とうち・ひろき)、木下紗華(きのした・さやか)、木内秀信、加藤将之、高橋伸也(たかはし・しんや)、乃村健次ほか。監督:立川譲。
ジャズを題材にした青春ストーリーである。女の子が主人公の音楽アニメには、京都市左京区がロケ地となった「けいおん!」シリーズや、京都府宇治市を舞台とした「響け!ユーフォニアム」(いずれも京都アニメの作品)などがあるが、こちらは女性はほとんど登場せず、音楽男子達の友情と青春を描いた作品となっている。

仙台出身の宮本大(声:山田裕貴)が主人公である。中学高校とバスケットボール部だったが、3年ほど前から広瀬川の河原でテナーサックスの練習を始め、半年ほど、由井というサックス奏者(乃村健次)に師事した。
高校を卒業し、「世界一のジャズプレーヤー」になることを夢見て上京した大。先に東京の大学(早稲田大学がモデルとなっている)に進学していた高校の同級生の玉田俊二(岡山天音)の下宿に転がり込む。隅田河畔で練習に打ち込み、ジャズバー「TAKE TWO」を訪れた大は、ママのアキコ(木下紗華)から生演奏を行っているジャズバーを紹介される。そこで大は片手で華麗なピアノ捌きを見せる沢辺雪祈(さわべ・ゆきのり。間宮祥太朗)のプレーに釘付けになる。すぐに共演を申し込む大。ずっと年上に見えた雪祈だったが、実は大と同じ18歳で、立教大学をモデルにした立丘大学の学生だった。
「TAKE TWO」に雪祈を誘った大。しかし、サックス経験がわずか3年、しかもほとんど独学ということで呆れられる。雪祈はピアノ教室を経営している家に生まれており、4歳の時から14年間、ピアノを弾き続けてきた。だが、大のサックスの演奏を聴き、3年の間に尋常でない練習量をこなしてきたことに気付いた雪祈は、心を打たれるのだった。
「TAKE TWO」の空き時間に練習させて貰えることになった大と雪祈だったが、ピアノとサックスだけでは足りない。ドラムがいる。
その頃、大学のサッカーサークルに所属していた玉田は、遊び半分のプレーを行う先輩達に嫌気が差していた。高校で全国ベスト8に入ったこともある玉田だったが、早稲田大学がモデルとなると、サッカー部(早稲田のサッカー部は、ア式蹴球武を名乗る)に入るのは難しいのだろう。失望してサークルを辞めた玉田は、隅田川のほとりでサックスの練習をする大を見に行き、空き缶でリズムを取る役目を務めたことでジャズに興味を持つ。他に当てのない大は、玉田をドラマーとして加えることにするのだが、雪祈はど素人を連れてきたことに呆れる。取りあえずセッションを行うが、玉田は全くついて行けない。
それでもドラムに魅せられた玉田は、ドラム教室に通うなど、二人のセッションに加わろうとする。

サークルや部活動ではなく、本気でプロを目指す若者達の青春ものである。描かれているのは1年ほどだが、音楽的にも人間的にも成長著しい。それまでジャズに興味のなかった者や、密かに彼らを見守ってきた常連客、遠い昔の知り合いなどを巻き込み、文学でいう教養小説的な佳編に仕上がっている。主人公3人はプロの声優ではなく若手俳優が当てていいるが、違和感もなく素直に上手いと感じられる。韓国と中国のスタッフが多数参加しており、東アジア総力戦という構え。音楽は、ピアノが上原ひろみ、サックスが馬場智章、ドラムが石若駿が演奏を務め、音楽に合わせて作画を行うという工程が取られている。動きはリアルで、モーションキャプチャーが使用されているようである。実写では絶対無理なアングルや描写なども多く、アニメならではの優れた構図が多く見られる。

精神年齢が高すぎて18歳には思えない人も出てきたりするが、それも物語を進む上での推進力となっており、音楽映画として、また人間ドラマとしても優れた仕上がりになっている。
第47回日本アカデミー賞では優秀アニメーション賞と最優秀音楽賞を受賞した。

| | | コメント (0)

2025年7月27日 (日)

コンサートの記(909) 沖澤のどか指揮京都市交響楽団第701回定期演奏会

2015年6月19日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで京都市交響楽団の第701回定期演奏会を聴く。今日の指揮者は、常任指揮者の沖澤のどか。

 

今日のコンサートマスターは泉原隆志、フォアシュピーラーに尾﨑平。今日のヴィオラの客演首席は大阪フィルハーモニー交響楽団の一樂もゆる。京都市交響楽団チェロ奏者の一樂恒(いちらく・ひさし)の奥さんで、今日は夫婦共演になる。

 

曲目は、G.レンツのヴァイオリン協奏曲「...to beam in distant heavens...」(日本初演。ヴァイオリン独奏:アラベラ・美歩・シュタインバッハー)、タイユフェールの小組曲、ラヴェルの組曲「マ・メール・ロワ」、デュカスの交響詩「魔法使いの弟子」

前半に現代音楽、後半にフランスものが並ぶ。沖澤のどかは現代音楽を積極的に演奏しており、またフランスものは得意としている。

 

G.レンツのヴァイオリン協奏曲「...to beam in distant heavens,,,」。溶暗してスタート。まずハンマーによる一撃で開始。照明が光度を増して行く。バッハの「シャコンヌ」を模したような旋律がソロで奏でられるが、奏者は舞台上におらず、袖で弾いているようである。3階席の後方にはバンダが設置されており、それとのやり取りもある。
ソロヴァイオリンの音色がスピーカーから聞こえるようになると、アラベラ・美歩・シュタインバッハーがステージ上に現れ、タブロイド譜を見ながら演奏を始まる。
神秘的な作風であり、サンダーマシーン、カウベルなど特殊な打楽器が打ち鳴らされるが(それでいながらティンパニは編成に加えられていない)。ヴァイオリンの超絶技巧と、オーケストラの迫力が聴きどころとなる。沖澤は時折指揮棒を持った右手一本による指揮を見せ、なかなか格好良い。
ジョルジュ・レンツは、1965年、ルクセンブルク生まれの作曲家。1990年にオーストラリアのシドニーに移住し、当地で活躍している。このヴァイオリン協奏曲は、2023年4月28日、アラベラ・美歩・シュタインバッハーの独奏によりシドニーで初演されている。
現代楽曲風であるが、難解になりすぎず、スケールの大きな作品である。アラベラ・美歩・シュタインバッハーの独奏も初演者だけに自信に溢れたものであった。
演奏の終了は再びの溶暗によって告げられる。

アラベラ・美歩・シュタインバッハーのアンコール演奏は、クライスラーのレチタティーヴォとスケルツォカプリース。
憂いと愉悦に満ちた楽曲を的確に演奏してみせる。

 

後半。タイユフェールの小組曲。フランス六人組の紅一点として、女性作曲家の中では知名度は高めのタイユフェール。ただ、作品が演奏される機会は多くない。
パリの街を自転車で駆け抜けていくような、あるいはメリーゴーランドに乗って中空を走る気分のようなご機嫌な曲である。エスプリ・クルトワ全開。
沖澤の指揮する京響は前半とは打って変わって、乳白色の軽みを帯びたような洒落た音に変わる。どうやってこのような響きを生み出しているのかは不明だが、ヴァイオリンなどはハーモニーの作り方を変えているようである。

 

ラヴェルの組曲「マ・メール・ロワ」も繊細にして浮遊感のある音で高雅な絵巻を作り上げていく。泉原隆志のヴァイオリンソロも美しい。
なお、終曲である第5曲の前にトラブルがあったようで、沖澤と泉原が何か話している。泉原が「行きましょう」という態度を示して終曲の演奏に突入したが、どうやら記録用ビデオのエラー音が鳴っていたようである。私の席からは聞こえなかった。

 

デュカスの交響詩「魔法使いの弟子」。デュカスは自分に厳しい人で寡作。破棄してしまった作品も多いとされる。ある日、友人がデュカスを訪ねた時、「破棄しようと思っている曲がある」と見せたところ、友人から、「こんな素晴らしい曲を捨てたりしたら駄目だよ」と言われ、初演することにする。それは「ラ・ペリ」という代表作となる作品であった。
「魔法使いのお弟子」は、ディズニーアニメ映画「ファンタジア」でミッキーマウスが魔法使いの弟子を演じていることで有名だが(そのためにアニメ映像の著作権はまだ切れていない)、そうでなくても描写力はかなり高く交響詩として優れた作品である。
沖澤は京響からイメージ喚起力豊かな音を引き出し、爽快な演奏となった。

Dsc_8536

| | | コメント (0)

2025年6月 5日 (木)

これまでに観た映画より(387) ドキュメンタリー映画「私は、マリア・カラス」

2025年4月21日

ドキュメンタリー映画「私は、マリア・カラス」を観る。残されたカラスへのインタビュー映像や音声、カラスの歌唱シーンなどで彼女の人生を振り返る。フランスの制作で、言語は主に英語とフランス語が用いられている。トム・ヴォルフ監督作品。

カラスがスターになってからの映像が用いられているが、どちらかというと世紀のプリマドンナ、マリア・カラスよりも、人間、マリア・カラスに焦点が当てられている。そのためアリストテレス・オナシスとの恋愛はかなり重要視されている。歌手として成功したマリア・カラスであるが、オペラ歌手の演技の重要性を説く場面がある。ということは、それまでオペラ歌手は演技は余り重要視してこなかったことが分かるが、従来のクラシック音楽は職人気質で、きちんとした音楽学校を出ていなくても楽器が弾ければ良い、演技はおまけで歌がよければ良いという考えが一般的だった。オーケストラの団員と指揮者が喧嘩になることが多かったのも、一方は音楽学校や音楽大学で楽理からなにから収めている、一方は自己流でも何でも楽器は弾けるという知性軽視の傾向があったためである。オペラ歌手というと、今でもマフィアとのつながりなどが指摘されることがあるが、学究肌である必要はないという考えが普通。それに一石を投じたのがマリア・カラスだった。徹底した楽曲分析に裏付けられたドラマティックな歌唱は喝采を浴びた。
だが、カラスは見た目は強気な女性であったが、実際には精神的にも肉体的にも余り強い方ではなさそうだということが分かる。肉体を酷使した結果、十分に歌えなくなり、ローマ歌劇場での「ノルマ」は、第1幕終了と同時にキャンセル。アンダースタディー(カバーキャスト)などは用意していなかったようで(していても聴衆が満足したとは思えないが)公演が中止になる。「十分な体調でなければ歌えない」というカラスの完璧主義によるものだが、以後、「カラス=キャンセル」のイメージが出来てしまう。実際は、カラスがキャンセルする割合は低かったにも関わらずだ。夫のバティスタはマネージャーも務めたが余り有能とは言えなかったようだ。

そんな中、1957年にヴェネチアで出会ったのだが、ギリシャの海運王、アリストテレス・オナシスであった。優しく、少年のようなオナシスにカラスは癒やされるが、この「少年のような」部分というのは実は地雷だったのかも知れない。9年後、オナシスは、ジャクリーン・ケネディとの結婚を発表。時を同じくしてカラスは歌劇場から遠ざかるようになる。パゾリーニ監督の映画「王女メディア」に出演。カラスは次回作について聞かれて、出るかどうか分からないまでも「喜劇などにも出たい」などと話していたが、「王女メディア」が興行的に伸び悩んだため、映画の出演依頼はなく、これが最初で最後の映画出演になった。なお、「王女メディア」にはカラスが歌うシーンはない。

その後、オペラよりも負担の軽いリサイタルをジュゼッペ・ディ・ステファーノと世界各地で行う。東京のNHKホールでのカーテンコールの模様も収められている。当時の日本の聴衆は今と違ってかなり熱狂的である。
ディ・ステファーノとも恋仲だったと言われるカラスだが、オナシスが戻ってくる。この映画ではカラスはオナシスに甘えた弱い女という一面が描かれている。決して猛女という訳ではないのだ。

エンドロールに選ばれたのは、プッチーニの歌劇「ジャンニ・スキッキ」から“ねえ、私のお父さん”。カラスの愛らしい一面を示す歌唱である。

| | | コメント (0)

2025年1月17日 (金)

これまでに観た映画より(364) コンサート映画「Ryuichi Sakamoto|Playing the Orchestra 2014」

2025年1月15日 新京極のMOVIX京都にて

MOVIX京都で、コンサート映画「Ryuichi Sakamoto|Playing the Orchestra 2014」を観る。WOWOWの制作で、WOWOWやYouTubeLiveで流れたものと同一内容である。ただ映画館で観ると迫力がある。来場者にはオリジナルステッカーが配られた。

Dsc_7334

2014年4月4日、東京・溜池のサントリーホールでの公演の収録。オーケストラは東京フィルハーモニー交響楽団で、コンサートマスターは三浦章宏である。

2013年にも、東京と大阪で「Playing the Orchestra」公演を行っている坂本龍一。オーケストラはやはり東京フィルハーモニー交響楽団。ただこの時は栗田博文が指揮者を務めており、「八重のテーマ」とアンコール曲の「Aqua」のみ坂本自身が指揮を行っている。坂本自身は出来に引っかかりを覚えたようで、翌年に自身の指揮による「Playing the Orchestra」公演を行うことを決めたようである。
なお、私自身は「Playing the Orchestra 2013」は、大阪・中之島のフェスティバルホールで聴いており、それが新しくなったフェスティバルホールでの初コンサート体験であった。だが、2014には行っていない。行っておけば良かったのかも知れないが。

坂本龍一は指揮とピアノを担当。指揮だけの時もあれば弾き振りを行う場面もある。ピアノの蓋を取り、鍵盤が客席側に来る弾き振りの時のスタイルでの演奏。弦楽はドイツ式の現代配置である。
東京フィルハーモニー交響楽団は通常のフル編成のオーケストラの約倍の楽団員を抱えているため、坂本龍一も「昨年の公演にも参加してくれた方もいれば初めての方もいる」と紹介していた。

曲目は、「Still Life」、「Kizuna」、「Kizuna World」、「Aqua」、「Bibo no Aozora(美貌の青空)」、「Castalia」、「Ichimei-No Way Out」、「Ichimei-Small Happiness~Reminiscence」、「Bolerish」、「Happy End」、「The Last Emperor」、「Ballet Mèchanique」(編曲:藤倉大)、「Anger-from untitled 01」、「Little Buddha」。アンコール曲目「Yae no Sakura(八重の桜)」メインテーマ、「The Sheltering Sky」、「Merry Christmas Mr.Lawrence(戦場のメリークリスマス)」

「The Last Emperor」の後半と、「Merry Christmas Mr.Lawrence」の後半以外はノンタクトでの指揮である。坂本は左利きだが、指揮棒は右手に持つ。

マイクを手にトークを入れながらの進行。坂本は指揮の訓練は受けていないため、本職の指揮者に比べると細部の詰めが甘いのが分かるが、自作自演であるため、作曲者としての坂本龍一が望む音が分かるという利点もある。

「Ichimei」は、市川海老蔵(現・十三代目市川團十郎白猿)主演の映画の音楽だが、レコーディング初日が2011年3月11日だったそうで、東京のスタジオも揺れたそうだが、坂本は録音機材などが倒れないよう支えていたという話をしていた。

「Bolerish」は、ブライアン・デ・パルマ監督の映画のための音楽であるが、デ・パルマ監督から、「ラヴェルの『ボレロ』に限りなく近い音楽を作ってくれないかと言われ、それをやったら作曲家として終わる」と思ったものの、結局、似せた音楽を書くことになったようである。ラヴェル財団からは本気で訴えられそうになったそうだ。「古今東西、映画監督というのはわがままな人種で」と坂本は放す。別に本物のラヴェルの「ボレロ」を使っても良かったような気がするのだが。ラヴェルの「ボレロ」は今は著作権がグチャグチャなようだが。

「Ballet Mèchanique」は、「藤倉大君というロンドン在住のまだ三十代の現代音楽の作曲家なのですが」「子どもの頃からYMOや僕の音楽を聴いて育ったそうで」自分から編曲を申し出たそうである。
この「Ballet Mèchanique」は、坂本本人のアルバムにも入っているが、元々は岡田有希子に「WONDER TRIP LOVER」として提供されたもので、その後に中谷美紀に「クロニック・ラヴ」として再度提供されている。歌詞は全て異なる。セールス的には連続ドラマ「ケイゾク」の主題歌となった「クロニック・ラヴ」が一番売れたかも知れない。

「Little Buddha」は、ベルナルト・ベルトルッチ監督の同名映画のメインテーマであるが、何度も駄目出しされて、書き換えるたびにカンツォーネっぽくなっていったことを坂本が以前、インタビューで述べていた。「彼(ベルトルッチ監督)は自分が音楽監督だと思っているから」とも付け加えている。ベルトルッチとは、「ラストエンペラー」、「シェルタリング・スカイ」、「リトル・ブッダ」の3作品で組んでいるが、最初の「ラストエンペラー」も「1週間で書いてくれ」と言われ、それは無理なので2週間にして貰ったが、中国音楽のLPセットを聴いた後で作曲に取りかかり、不眠不休で間に合わせたそうである。オーケストレーションまでは手が回らなかったので他の人に任せている。

「八重の桜」は同名のNHK大河ドラマのテーマ音楽であるが、オリジナル・サウンドトラックにはなぜか指揮者の名前がクレジットされていない。指揮をしたのは尾高忠明である。

「戦場のメリークリスマス」の次にといっても過言ではないほどの人気曲である「シェルタリング・スカイ」であるが、個人的な思い出のある曲で、高校2年の時の芸術選択の音楽の授業でピアノの発表会があり、私は作曲されたばかりの「シェルタリング・スカイ」(ピアノ譜はなかったが、エレクトーンの雑誌に大まかな譜面が載っており、細部は適当にアレンジした)を弾いて学年1位になっている。ピアノを独学で弾き出してから間もない頃のことである。

説明不要の「戦場のメリークリスマス」。1989年のクリスマスイブ、テレビ朝日系の深夜枠で、坂本龍一がピアノで自作曲を弾くというミニコンサートのような番組をやっていた。それを録画して見たのが、「ピアノをやってみたいなあ」と思ったきっかけである。

 

演奏の出来としては、坂本がピアノに徹した2013の方が上かも知れない。曲目も2013の方が受けが良さそうである。ただ歴史的価値としては、自身で全曲指揮を行った2014の方が貴重であるとも思える。

| | | コメント (0)

2025年1月12日 (日)

これまでに観た映画より(363) ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団×リッカルド・ムーティ 「第九」200周年記念公演 in cinema

2025年1月7日 MOVIX京都にて

MOVIX京都で、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団×リッカルド・ムーティ「第九」200周年記念公演 in cinemaを観る。文字通り、リッカルド・ムーティ指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団ほかが、ベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」初演から200年を記念して行ったコンサートの映像の映画館上映。ユニテルとオーストリア放送協会(ORF)の共同制作で、日本では松竹が配給している。2024年5月7日、ウィーン・ムジークフェラインザール(ウィーン楽友協会“黄金のホール”)での上演を収録。合唱はウィーン楽友協会合唱団。独唱は、ユリア・クライター(ソプラノ)、マリアンヌ・クレバッサ(メゾソプラノ)、マイケル・スパイアズ(テノール)、ギュンター・クロイスベック(バス)。ベーレンライター版での演奏。

常任指揮者を置かないウィーン・フィルにおいて、長年に渡り首席指揮者待遇を受けているというリッカルド・ムーティ。ウィーン・フィルの母体であるウィーン国立歌劇場にも影響力を持っており、小澤征爾がウィーン国立歌劇場の音楽監督を務めた際も、「ムーティの後押しがあった」「事実上の音楽監督はムーティ」との声があった。
1941年、ナポリ生まれ。ニュー・フィルハーモニア管弦楽団(後の元の名前のフィルハーモニア管弦楽団に名を戻す)首席指揮者時代に名を挙げ、1980年にユージン・オーマンディの推薦により、フィラデルフィア管弦楽団の音楽監督に就任している。長年コンビを組み、フィラデルフィア管弦楽団=オーマンディというイメージの残る中、お国もののレスピーギ「ローマ三部作」の録音(EMI)などが高く評価された。実はフィラデルフィア管時代に「ベートーヴェン交響曲全集」を制作しており、私が初めて聴いた第九のCDもムーティ指揮フィラデルフィア管のものであった。「ベートーヴェン交響曲全集」は俗に「クリスマスBOX」と呼ばれた廉価BOXCDの中の一つとして再発され、私も購入して全曲聴いてみたが、ベートーヴェンの演奏としては浅いように感じられた。
フィラデルフィア管弦楽団が、アカデミー・オブ・ミュージックという「世界最悪の音響」と言われたホールを本拠地にしていること(現在は新しいホールに本拠地を移している)やアメリカにはイタリアほどにはオペラやクラシック音楽が根付いていないことを理由に同楽団を離任してからは、祖国のミラノ・スカラ座で音楽監督として活躍。この時期、すでにウィーン・フィルから特別待遇を受けていたと思われる。上層部と対立してスカラ座を離任後は、フリーの指揮者を経てシカゴ交響楽団の音楽監督に就任。結果的には、嫌っていたはずのアメリカに戻ることになった。2011年にウィーン・フィルから名誉団員の称号を受けている。

日本では、年末になると国中が第九一色になり、日本のほぼ全てのプロオーケストラが第九を演奏し、日本の有名指揮者は第九に追われることになるが、年末の第九が定着しているのは日本だけ。ドイツのライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団などいくつかの楽団が年末の第九を売りにしているが、他の国では第九は「難曲中の難曲」として滅多に演奏されない。そのため、今回の独唱者も全員、譜面を手にしての歌唱である。年末になると第九が歌われる日本の歌手は暗譜での歌唱が当たり前になっているが、これは世界的には珍しいことである。

 

ピリオド・アプローチによる時代の垢を洗い流したかのような第九がスタンダードになりつつあるが、ムーティは自分のスタイルを貫き通している。テンポは現代の標準値に比べるとかなり遅めであり、各パートをギッシリと積み上げたような男性的な第九を構築する。
シラーの「歓喜に寄す」から取った合唱の歌詞が、「平等」を目指すことをさりげなく歌っており、恋多き人生を歩んだベートーヴェンの心境にも男女の平等は浮かんでいたはずで、そうした点からは一聴して「男性的」という言葉の浮かぶ第九がベートーヴェンの意図を汲み取ったものといえるのかどうか(ムーティは「作曲家が書いた神聖な音符は一音たりとも動かしてはならない」という楽譜原理主義者として知られた。今は違うかも知れないが)。ただこれがムーティのスタイルであり、ウィーン・フィルが記念演奏会を任せた指揮者の音楽である。
随所で溜めを作るのも特徴で、オールドスタイルとも言えるが、音楽が単調になるのを防いでいるのも事実のように感じる。
現代望みうる最高の第九かというと疑問符も付くのだが、長年に渡ってクラシック音楽会の頂点に君臨し続けるオーケストラが「今」出した答えがこの演奏ということになる。
テンポが遅いため、近年よく聴かれるような演奏に比べると音楽が長く感じられるという短所もあるが、手応えのある音楽になっているのも確かである。東京・春・音楽祭で日本でも親しみを持って迎えられるようになった指揮者と、日本が愛し日本を愛したオーケストラの賛歌をスクリーンで楽しむべきだろう。

Dsc_72622

| | | コメント (0)

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

2346月日 AI DVD MOVIX京都 NHK交響楽団 THEATRE E9 KYOTO YouTube …のようなもの いずみホール おすすめCD(TVサントラ) おすすめサイト おすすめCD(クラシック) おすすめCD(ジャズ) おすすめCD(ポピュラー) おすすめCD(映画音楽) お笑い その日 びわ湖ホール よしもと祇園花月 アップリンク京都 アニメ・コミック アニメーション映画 アメリカ アメリカ映画 イギリス イギリス映画 イタリア イタリア映画 ウェブログ・ココログ関連 オペラ オンライン公演 カナダ ギリシャ悲劇 グルメ・クッキング ゲーム コンサートの記 コンテンポラリーダンス コント コンビニグルメ サッカー ザ・シンフォニーホール シアター・ドラマシティ シェイクスピア シベリウス ショートフィルム ジャズ スタジアムにて スペイン スポーツ ソビエト映画 テレビドラマ デザイン トークイベント トーク番組 ドイツ ドイツ映画 ドキュメンタリー映画 ドキュメンタリー番組 ニュース ノート ハイテクノロジー バレエ パソコン・インターネット パフォーマンス パーヴォ・ヤルヴィ ピアノ ファッション・アクセサリ フィンランド フェスティバルホール フランス フランス映画 ベルギー ベートーヴェン ポーランド ポーランド映画 ミステリー ミュージカル ミュージカル映画 ヨーロッパ映画 ラーメン ロシア ロシア映画 ロームシアター京都 中国 中国映画 交通 京都 京都コンサートホール 京都シネマ 京都フィルハーモニー室内合奏団 京都劇場 京都劇評 京都四條南座 京都国立博物館 京都国立近代美術館 京都市交響楽団 京都市京セラ美術館 京都府立府民ホールアルティ 京都文化博物館 京都芸術センター 京都芸術劇場春秋座 伝説 住まい・インテリア 余談 兵庫県立芸術文化センター 写真 劇評 動画 千葉 南米 南米映画 占い 台湾映画 史の流れに 哲学 大河ドラマ 大阪 大阪フィルハーモニー交響楽団 大阪松竹座 学問・資格 宗教 宗教音楽 室内楽 小物・マスコット・インテリア 広上淳一 建築 心と体 恋愛 意識について 携帯・デジカメ 政治・社会 教育 教養番組 散文 文化・芸術 文学 文楽 旅行・地域 日本フィルハーモニー交響楽団 日本映画 日記・コラム・つぶやき 映像 映画 映画リバイバル上映 映画音楽 映画館 時代劇 書店 書籍・雑誌 書籍紹介 朗読劇 来日団体 東京 柳月堂にて 梅田芸術劇場メインホール 楽興の時 歌舞伎 正月 歴史 浮世絵 海の写真集 演劇 無明の日々 猫町通り通信・鴨東記号 祭り 笑いの林 第九 経済・政治・国際 絵画 美容・コスメ 美術 美術回廊 習慣 能・狂言 花・植物 芸能・アイドル 落語 街の想い出 言葉 講談 趣味 追悼 連続テレビ小説 邦楽 配信ドラマ 配信ライブ 野球 関西 雑学 雑感 韓国 韓国映画 音楽 音楽劇 音楽映画 音楽番組 食品 飲料 香港映画