カテゴリー「ポーランド」の16件の記事

2025年11月17日 (月)

美術回廊(89) 京都国立近代美術館 「若きポーランド[色彩と魂の詩 1830-1918]」

2025年3月26日 左京区岡崎の京都国立近代美術館にて

左京区岡﨑の京都国立近代美術館で、「若きポーランド[色彩と魂の詩 1890-1918]」を観る。
中世には強国だったポーランドだが、近世以降は苦難の歴史を歩むことになる。3度に渡って国土が割譲され、国家がなくなるという経験もした。
この展覧会の舞台となる、1890年から1918年の間は、ポーランドは領土を、ロシア、ドイツ帝国、オーストリア=ハンガリー二重帝国によって三分割され、ポーランドという国家は消えていた。この状態は第一次世界大戦が終わる1918年まで続く。

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そんな時代に絵画でポーランドを表現した芸術家のことを「若きポーランド」と呼ぶ。厳密に言うと、ヤン・マテイコに影響された、古都クラクフ(ポーランドの京都と呼ばれることがある)の若い画家達のことである。ヤン・マテイコがクラクフ美術学校の校長を務めており、この学校から多くの才能が育った。
初期のポーランドの絵画は、ギリシャ美術の影響を受けているように感じられるが、次第に独自の作風を確立し、ある時はフランスのジャポニズムの影響を受け、ある時は20世紀前半において世界最先端だったロシアの美術を取り入れたりしながら「ポーランド的」なるものへの追求が続く。

この展覧会は全ての作品が撮影可であり、絵画の変遷を後から辿ることも出来る。

芸術家の苦悩と祖国の苦悩を重ねた作品、チェコのドヴォルザークの歌劇で知られる「ルサルカ」を題材にした不吉なイメージの連作、

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浮世絵の影響を受けたとされる冬景色、もやに霞む古城など、祖国の歴史が反映された作品も多いが、この時にポーランドのアイデンティティとなったのはショパンの音楽のようで、音楽家を描いた絵や、ショパンの「葬送」ソナタにインスパイアされた作品などが展示されている。ショパンは、フランスとポーランドのハーフではあるが、世界的に知られた唯一のポーランド人であった。ショパン自身は二十歳でウィーンへ、そしてパリへと渡り、ポーランドに帰ることはなかったが、生涯、自身をポーランド人と定義づけていた。

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そんなポーランドにも日本美術の影響が訪れ、着物姿の日本人を描いた作品や、日本人ではないが着物を着た女性などが描かれる。

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最終的にはポーランド絵画は写実的な方向に向かうようで、今回展示された作品はいずれも白を強調した作風となっていた。

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2025年10月14日 (火)

これまでに観た映画より(406) ドキュメンタリー映画「ピアノフォルテ」

2025年10月11日 京都シネマにて

京都シネマでドキュメンタリー映画「ピアノフォルテ」を観ることにする。時間的にもピッタリだった。
ドキュメンタリー映画「ピアノフォルテ」は、2021年に行われた第18回ショパン国際ピアノコンクールの出場者に焦点を当てた作品である。
第18回ショパン国際ピアノコンクールは、5年に1回行われる同コンクールの中で、コロナ禍により1年開催が遅れた大会でもある。2025年10月現在、第19回ショパン国際ピアノコンクールが、4年おきになったが開催されている。今後は5年おきに戻る予定。

第18回ショパン国際ピアノコンクールでは、反田恭平が2位入賞、小林愛実(あいみ)が4位入賞を果たした年だが、二人ともドキュメンタリーの対象にはなっていないので、ほとんど映らない。小林愛美は、冒頭付近で名前を呼ばれるが、登場するのは終盤になってからである。入賞者全員の集合写真をスマホの内側カメラで撮ろうとしているのが小林愛実だ。反田恭平が現れるのも終盤で、入賞者に「人生でこんなにピアノ練習したの初めて」と語っている。
表彰式では反田も小林も当然ながら映っている。

牛田智大(うしだ・ともはる)の名前が呼ばれるシーンがあるが、本選には進めていない。牛田は今年のショパン国際ピアノコンクールにも出場し、より高い順位を狙う。

出場者の中には厳しいコーチがいて、何度も弾き直しさせたり別のメーカーのピアノを弾かせたりする。
一方で、プレッシャーからだと思うが、二次予選での演奏を取りやめ、棄権してしまうピアニストもいる。
興味深いのは、ラオ・ハオという中国人ピアニスト。同世代と思われる若い女性がアドバイスを送ったり励ましたり身の回りの世話を焼いたりと甲斐甲斐しく動いている。だからといって恋人ではなさそうだし、男女の関係にも今のところは見えない。彼女はハオの姉のようでもあり、母親代わりにも見える。とにかく仲が良い。不思議な二人である。女性の方もピアニストとしてコンクールに参加したことがあるのだが、準備が不十分で上手くいかず、自身の腕を磨くよりも有望なピアニストに賭けてみたいという思いがあるようだ。ただ将来的にもこの関係は続くのだろうか。

コンクールの優勝者は、中国系カナダ人のブルース・リウ。ハオの世話をしている女性が、「ブルース・リーみたい」と行っていたピアニストだ。だが、ブルース・リウも取材の対象ではなかったため、途中から姿を現すに過ぎない。成功者を追うドキュメンタリーではないのだ。
取材の対象となったのは、たまたまだと思うが、余り上手くいかなかったピアニスト達だ。ピアノの腕を競うことの過酷さ。それでもそれぞれにドラマがあり、想像もしたことがないような関係を築いている人々を見ることは世界の広さを知るようでもある。

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2025年9月15日 (月)

コンサートの記(917) アンナ・スウコフスカ-ミゴン指揮 ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団来日演奏会2025大阪

2025年8月30日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後2時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団の来日演奏会大阪公演を聴く。

ポーランドを代表するオーケストラで、ショパン国際コンクールの本選でピアノ協奏曲の伴奏を務めることで世界的に知られているワルシャワ国立フィル。
芸術大国にして親日国でもあるポーランド。芸術の中では映画が特に有名で優れた映画監督が何人も輩出しているが、音楽でも作曲家としてはフランス系ではあるが自身をポーランド人と規定したショパンを始め、クシシュトフ・ペンデレツキとヴィトルト・ルトスワフスキという20世紀後半の両巨頭を生み、指揮者ではNHK交響楽団や読売日本交響楽団との共演で知られるスタニスラフ・スクロヴァチェフスキ、スクロヴァチェフスキの師であるパウル・クレツキ、以前にワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団の来日演奏会で指揮をしたアントニ・ヴィット、モダンアプローチによる優れた「ベートーヴェン交響曲全集」をワルシャワ国立フィルと作成したカジミエシュ・コルト、そして現在のワルシャワ国立フィルの音楽監督であるクシシュトフ・ウルバンスキなどが世界的な活躍を見せている。ピアニストとしては、アルトゥール・ルービンシュタインが20世紀を代表する名手として有名だ。

本来なら現在の音楽監督であるクシシュトフ・ウルバンスキと来日すべきなのだろうが、ウルバンスキは単身での来日回数が多く、日本のオーケストラをいくつも指揮しているということで、新鮮さを求めて(かどうかは分からないが)アンナ・スウコフスカ-ミゴンという、名前を覚えにくい若手の女流指揮者にこのツアーの指揮が任されることになった。
アンナ・スウコフスカ-ミゴンは、「ポーランドの京都」と言われることもある古都クラクフの生まれ。2022年に、ラ・マエストラ国際指揮者コンクール(おそらく女性指揮者しか参加出来ない大会)で優勝している。翌年にはグシュタード音楽祭指揮者アカデミーにてネーメ・ヤルヴィ賞を受賞。またタキ・オルソップ指揮者フェローシップ(おそらく女性指揮者の先駆けの一人であるマリン・オルソップに師事したもの)を受賞している。昨年はフィラデルフィア管弦楽団の指揮台にも立ち、評論家に絶賛されたという。ただこれまで指揮したオーケストラの名称を読むと、まだまだこれからの指揮者であることが分かる。

 

曲目は、ショパンのピアノ協奏曲第1番(ピアノ独奏:牛田智大)とドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」。人気ピアニストの牛田智大(うしだ・ともはる)が出るためか、補助席まで出る盛況である。

ドイツ式の現代配置での演奏だが、チェロがやや広く場所を取っているように見える。

 

ショパンのピアノ協奏曲第1番。ソリストの牛田智大は、日本の若手を代表するピアニストの一人で、12歳でドイツ・グラモフォンにレコーディングを行うなど、神童として騒がれた。国内のコンクールでもことごとく1位だったが、次第に2位や入賞が目立ち始める。昨年のリーズ国際ピアノコンクールでは、聴衆賞を獲得したものの、最終選考には残れなかった。順風満帆とはなかなか上手くいかないもののようだ。それでも第10回浜松国際ピアノコンクールでは2位に入賞し、特典として予備予選なしでショパン国際コンクールへの参加が可能で、それを使って今年のショパン国際コンクールに挑む予定である。なお、浜松国際ピアノコンクールで優勝すると、予選なしで本選出場可能で、鈴木愛美(まなみ)が日本人として初めて浜松国際ピアノコンクールを制したが、「コンクールはいくつも受けるものではない」との考えからショパン国際コンクールに参加する予定はない。

ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団の実演は、アントニ・ヴィットの指揮で「悲愴」交響曲などを聴いているが、アンサンブルの精度は高いものの、楽器が安そうな音を出し、潤いに欠けた。実際、ポーランドの芸術界は財政難のようで、ポーランド国立室内歌劇場は、上演する資金が足りないが、上演を行わない訳にはいかないので、海外での上演を行い、外貨を稼いで上演を続けていた。ワルシャワ国立フィルも劇伴の演奏などを多く手掛け、その中には日本の作品も複数含まれる。

ザ・シンフォニーホールということで、オーケストラの音は美しく聞こえる。ただ、第1楽章冒頭や第3楽章冒頭では、縦の線が崩れそうになって、なんとか持ちこたえるという場面が見られた。スウコフスカ-ミゴンは指揮棒の振り幅が極端に小さいため、奏者が瞬時に反応出来なかった可能性もある。ただ事故にならなかったのは流石老舗楽団である。

牛田智大のピアノはクリアなもの。彼はロシアでピアノを習っており、ロシアのピアノ奏法は、「鍵盤の上に指を置け。そうすれば自然に鳴ってくれる」というもので、奥まで押し込まねばならないとする日本のピアノ奏法とは正反対である。
奥まで押し込んだ方が深い音が出るが、そこはペダリングで補う、と書きたいところだが、今日の牛田はダンパーペダルを踏みっぱなしで、特別個性あるペダリングは見られなかった。
見事な演奏であるが、起伏がもっと欲しくなる。第1楽章の憂愁と第3楽章の愉悦にも、もっとはっきりとした対比が欲しい。

演奏終了後、牛田は拍手に応じて何度もステージに現れたが、アンコール演奏は行わなかった。ショパンのピアノ協奏曲第1番が大曲ということもあるだろう。

 

後半、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」。ショパンのピアノ協奏曲では通常の大きさのスコアが譜面台の上に置かれていたが、「新世界より」はスタッフがポケットスコアを譜面台に置く。ポケットスコアは実演で用いるには適していないが、おそらくスウコフスカ-ミゴンは、全て暗譜していて、補助的に用いるのだと思われた。
実際、スウコフスカ-ミゴンは、総譜にほとんど目をやらずに主旋律を演奏する奏者を見つめることが多く、今演奏している場面の終わりでページを繰っていた。ということはこのポケットスコアで暗譜をしたということになる。
勢いと流れ重視の演奏で、特に管楽器に力がある。第3楽章のみ出番があるトライアングル奏者は、シンバル奏者が兼ねていた。スウコフスカ-ミゴンはたまにアゴーギクや溜めを作る。奏者達の様子を見るとリハーサルではやっておらず、本番で即興的に繰り出しているようだ。

正直、現在の日本のトップレベルのオーケストラの方が総合力では上かも知れない。音色の美しさに関しては日本のプロオーケストラの方が勝っている。それでも普段触れている演奏とは別個の個性に触れることは、自身の心の内にある音楽性を豊かにする。それに私が持っているのはあくまで日本的な尺度であり、それを相対化する必要もある。

 

アンコール演奏は、定番の一つであるブラームスのハンガリー舞曲第6番。スウコフスカ-ミゴンは自分でスコアを持って登場したが、やはり総譜に目をやることはほとんどなかった。
舞曲こそヨーロッパ的な感性が必要。フライングするヴァイオリン奏者もいたが、スウコフスカ-ミゴンとワルシャワ国立フィルは、活気のある楽しい演奏で客席を盛り上げた。

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2020年10月29日 (木)

コンサートの記(665) クリスチャン・ツィメルマン ピアノリサイタル2006京都

2006年6月3日 京都コンサートホールにて

午後5時から京都コンサートホールで、クリスチャン・ツィメルマン(クリスティアン・ツィマーマン)ピアノリサイタル2006を聴く。

ツィマーマンは現代最高のピアニストの一人であるが、完璧主義で知られ、演奏曲目も「その時点で最も良く弾ける曲」を選ぶため、今回も演奏会の1ヶ月前まではプログラムが決定していなかった。チケットはもちろんもっと早く発売されているから、聴きに行く方は、何が演奏されるのか知らないでチケットを買うことになる。それでも世界最高のピアニストの一人が来洛するとあって、客席はほぼ満員であった。

さて、ツィマーマンはどこへ演奏に行く時も自分のピアノを持って行くそうで、今日も京都コンサートホールの楽屋入り口に「スタインウェイ&サンズ(という世界で最も有名なピアノメーカー)」と書かれたトラックが横付けされていた。ツィマーマンはピアノの鍵盤にセンサーをつけてコンピューターで解析し、当日演奏するホールで音がどう響くのか、その曲でどの音が何回弾かれるのかを把握した上で、調律を行わせるそうだ。鍵盤にセンサーをつけたりすることはホールが持つピアノでは出来ないからどうしても自前のピアノを帯同することになるのである。


モーツァルトのピアノ・ソナタ第10番、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第8番「悲愴」、ショパンの「バラード第4番」、ラヴェルの「高雅にして感傷的なワルツ」、そしてツィマーマンの祖国・ポーランドの20世紀の作曲家、グラジナ・バツェヴィチのピアノ・ソナタ第2番というプログラム。
ツィマーマンは完璧主義なので、レコーディングも完璧に弾けるまで行うことがない。今回のコンサートの曲目のうちでCDでも聴けるのは、ショパンの「バラード第4番」のみである。


モーツァルトのピアノ・ソナタ第10番。第1音で別世界へと意識は運び去られる。甘く澄んだ美音。これほど美しいピアノの音を聴くのは初めてである。モーツァルト自身がそこで弾いているような錯覚に何度も陥りそうになる。煌びやかな音の中にも影を潜ませたモーツァルトのピアノ曲。それがこれほどの迫真性を持って弾かれた演奏を私は他に知らない。

ベートーヴェンの「悲愴」ソナタ。出だしは力んだのかツィマーマンにしては珍しく音が濁り気味であったが、その後は安定したテクニックと独自の解釈で音の彫像を創り上げていく。
ベートーヴェンにしては音がきれいすぎるところもあり、ロマン派ベートーヴェンよりも古典派ベートーヴェンを想起させられる(ベートーヴェンは古典派とロマン派の中間に位置する)演奏だが、普通は弾き流すところを丁寧に弾いたり、造形が崩れるのではないかと心配になるほど長い休符を設けたりと、一筋縄ではいかない。フォルテシモが強烈過ぎて唐突に感じられたりもしたが、優れた演奏であった。少なくともツィマーマンしか表現し得ない独自のベートーヴェン像を打ち出すことに成功していた。


ショパンの「バラード第4番」は、スケールが大きく、音色が万華鏡のように変わっていく魔術的な演奏で、神業を見る思いであった。

ラヴェルの「高雅にして感傷的なワルツ」は、フランスのピアニストのような明るい音色が欲しくなる場面もないではなかったが、エスプリとはまた違った粋な精神が溢れ出る快演。

バツェヴィチのピアノ・ソナタ第2番。現代の音楽であるが、わかりにくいところはほとんどない。超絶的なテクニックが要求される第1楽章、マイケル・ナイマンのピアノ曲を思わせる出だしとその後の激しい展開、内省的な深さを感じさせるパッセージを経て、またマイケル・ナイマン風に戻る第2楽章。華やかで機知に富み、祝祭的な賑やかさを持った第3楽章、どれも面白い。
この曲をラストに持ってきただけあって、ツィマーマンはあたかも自作を弾いているような自在さと共感と説得力を示す。パーフェクト。


曲が終わって熱狂的な拍手に応えるツィマーマン。ピアノの方を示して「よく鳴ってくれたピアノにも拍手を」とゼスチャーで示すユーモアも発揮して会場を沸かせる。


アンコール。驚いた、ガーシュウィンを弾き始めたのだ。まさかツィマーマンがガーシュウィンを弾くとは。
「3つのプレリュード」全曲を弾く。ジャジーなスウィングは感じられないが、クラシック音楽として解釈するなら文句なしの演奏である。

そういえば、ツィマーマンを最初に認めた指揮者、レナード・バーンスタイン(愛称:レニー)がピアノの弾き振りをした時にアンコールとしてよく弾いたのがガーシュウィンの「プレリュード第2番」であった。レニーの演奏する「プレリュード第2番」はロサンゼルス・フィルハーモニックに客演したときのライヴ録音(ドイツ・グラモフォン)で聴くことが出来る。

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2020年10月20日 (火)

これまでに観た映画より(219) クシシュトフ・キェシロフスキ監督作品「殺人に関する短いフィルム」

2006年4月13日

DVDでポーランド映画「殺人に関する短いフィルム」を観る。クシシュトフ・キェシロフスキ監督作品。十戒をテーマにした10作品からなるテレビドラマ「デカローグ」(長編映画として映画館で上映されることもある)の中の1本にエピソードを加えて映画化したもの。「短い」とタイトルにあるが、これは「デカローグ」の時のタイトルをそのまま使ったもので、映画自体は85分の長さがあり、短いフィルムではない。

無気力な若者、身勝手なタクシー運転手、未来に燃える若手弁護士の三人が主な登場人物である。舞台となっているのはポーランドの古都クラクフ。

物語自体は特に目新しいものではないが、描き方は丁寧である。観る者の不安を掻き立てるような独特の映像美がいい。映像のそこかしこに配された不吉な記号が、さらに効果を高めている。
芸術映画であり、娯楽性には乏しいが「深い」一本である。

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2020年10月 2日 (金)

YouTubeLive「ポーランド・フェスティバル2020 ONLINE」(アーカイブ動画掲載)

2020年9月26日

午前11時から、YouTubeLiveで、「ポーランド・フェスティバル2020 ONLINE」が配信されるので見てみる。

毎年、東京で行われているポーランド・フェスティバルであるが、今年はコロナのために配信で行われることになった。ポーランド・フェスティバルには興味があるのだが、そのために東京に行くわけにもいかず、しかも私がポーランドについて興味があるのは主に映画と音楽であり、他のことに興味が持てるからどうかの自信もない。
というわけで行くに行けないという状態だったのだが、今年は配信となったので家にいながら色々と楽しむことが出来た。

まず、簡単なポーランド語講座があるのだが、どうにも覚えられそうにない。語学の才能のある人はちょっと目にするだけで単語や言葉を記憶出来たりするのだが(私の場合は物語的な記憶はかなり強いが、単純暗記は向いていない)、私の場合はアルファベットを使った言語というだけでお手上げになってしまう。「そのまま読む」とのことだったが、どう見ても変則的な読みをしているようにしか見えない。
ユダヤ系ポーランド人のザメンホフは、英語を学習してその余りの簡単さに驚き、ルールを簡約化した言語は作れるということでエスペラントを生み出した。だが、私の場合は英語は全く出来ないため、英語が簡単だと思う感覚がわからない。ポーランド語はスラブ系の言語ということで怖ろしく複雑だと思われ、私では入り口に立つことさえ出来ないだろう。


続いて、ポーランドの絵本朗読のコーナー。「ミツバチのはなし」という邦訳も出ている(3千円以上するのでちょっと高い)絵本を、ポーランド語と日本語で同一内容を交互に朗読していく。
ミツバチが恐竜の時代よりも以前から地球に存在したという話に始まり、元々はスズメバチなどと同様、肉食だったと思われるのだが、花粉を運ぶ役割を虫に託していた花々の計略(?)により、蜜を吸って花から花へと移ることで花粉を運ぶ役割を担うのと同時に主食も変わって食糧事情が安定するという、花とミツバチにとってWin-Winの関係に変わったことなどが語られる(あくまでも一つの説だと思われるが)。
その他に蜂蜜の種類が紹介されたり、宗教方面に蜂蜜が影響したことなど、興味深い内容が盛り込まれている。元々、大人も子どもも楽しめる絵本として書かれたもののようだ。


ポーランドシベリア孤児100年の話。100年前、日本の敦賀港にシベリアからポーランド系の孤児達がたどり着いた。1920年、ロシア革命が起こった3年後である。中世には強国であったポーランドだが、その後は他国に侵略される歴史を繰り返す。
20世紀前半にはポーランド独立のためにロシアで活動していた人々が政治犯としてシベリア流刑となっていた。その後、第一次世界大戦でポーランドはドイツとロシアとが戦う戦場となったため、シベリアに逃げてきた人もそれに加わり、シベリア移民は一説には20万人にも達したという。シベリアでの生活は苦しく、特に孤児となった子ども達への救助要請が出されたのだが、それを受けたのが日本赤十字社であったという。孤児達の受け入れには今も東京都渋谷区広尾にある福田(ふくでん)会という育児院が大きな役割を果たしたということである。


ずっと見ているわけにも行かないので、その後は配信を離れたが、ポーランド国立民族舞踊合唱団「シロンスク」の新作上演の紹介と、ポーランド映画祭の話が行われる時間にパソコンに前に戻る。
私は昨年、「シロンスク」の公演を大阪のフェスティバルホールで観ており、昨年は京都でも行われたポーランド映画祭も同志社大学寒梅館と出町座で作品を目にしている。

ポーランド映画祭は今年は東京のみで行われるようだが、クシシュトフ・キェシロフスキ監督の大作「デカローグ」が上演されるようだ。また、昨年は同志社大学寒梅館クローバーホールでの「バリエラ」上映の前に舞台挨拶を行ったイエジー・スコリモフスキ監督もビデオレターでの出演を果たす。ビデオレターは急遽届いたものだという。

「シロンスク」は、昨年の日本ツアーではポーランドの伝統舞踊を中止とした公演を行ったが、今年は一転してコンテンポラリーダンスで別の面を披露する予定だったという。残念ながらコロナで来日公演は出来なくなってしまったが、収録録された映像を東京、大阪を始め、札幌など日本各地で上映する計画があるそうだ。予告編はすでに出来上がっていたので流されたが、シャープで格好いいダンスである。


昨年の「シロンスク」では、日本でもお馴染みのポーランド民謡「森へ行きましょう」が歌われていたが、ポーランド語の発音を片仮名にしたものを字幕として出し、みんなで歌うというコーナーも設けられている。配信なので合唱にはならないわけだが、参加しやすい試みになっていたように思う。

その後、グルメなどの話になるのだが、あんまり興味はないのでパソコンの前から離れ、ポーランドのクラクフとワルシャワからの映像が流れる午後6時30分からのコーナーが始まるまで待つ。

「ポーランドの京都」に例えられることがある古都・クラクフからの生中継。留学してクラクフで学ぶ日本人の女性や、日本について学んでいるポーランド人女子大学生などが出演する。クラクフには日本美術技術“マンガ”館があり、そこからの配信である。日本人留学生である女性が、アンジェイ・ワイダ監督が、ウッジ映画大学に転学する前にクラクフ美術大学で日本画の影響を受けた絵を描いていたという話をして、美術技術館に展示されているワイダ監督が若い頃に描いた絵を紹介するのだが、スタッフが小声で言った言葉をそのまま繰り返していることが分かるため、かなり頼りない。まあ、芸能活動などを行っていない一般的女子大生のレポート能力はこんなものだと思われるが。

そしてワルシャワの映像。こちらは収録されたものである。ポーランドが生んだ世界的作曲家、フレデリック・フランソワ・ショパンゆかりの地を訪ねるというもので、合間にはショパンのピアノ曲も演奏された。

「ポーランド・フェスティバル2020 ON-LINE 」は、来年の6月頃までアーカイブを残す予定だという。


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2020年6月30日 (火)

美術回廊(49) 京都国立近代美術館 「チェコ・デザイン 100年の旅」&日本・ポーランド国交樹立100周年記念「ポーランドの映画ポスター」

2020年6月25日 左京区岡崎の京都国立近代美術館にて

左京区岡崎にある京都国立近代美術館で、「チェコ・デザイン 100年の旅」と日本・ポーランド国交樹立100周年記念「ポーランドの映画ポスター」展を観る。
いずれも5月10日に最終日を迎えるはずの展覧会だったのだが、コロナ禍による臨時閉館期間があったため、再開後、7月までに展示期間が延びている。

チェコは、音楽(ドヴォルザークやスメタナ)、文学(カフカやカレル・チャペック)といった芸術が知られるが、チェコのデザインに触れる機会は余りないので、興味深い展覧会である。

チェコのデザインに触れるのは初めてではなく、以前にチェコ製のテントウムシのマグネットを買ったことがあり、今も冷蔵庫に止まっている。

チェコ出身のデザインアーティストというと、アルフォンス・ミュシャがまず頭に浮かぶが、ミュシャの「Q」をモチーフにした作品も勿論展示されている。19世紀末から20世紀初頭には、チェコでもアールヌーボーなどの影響を受けた美術が流行ったが、椅子などは実用性を度外視してデザインを優先させたために使い勝手が悪いものも多かったようである。

その後、チェコでは「結晶」を理想とした直線美によるパターンを重ねたデザインが流行する。考えてみれば、「自然は直線を嫌う」(ウィリアム・ケント)といわれているものの、肉眼では見えない結晶は例外的に直線で形作られている。顕微鏡の発達によってもたらされた、ある意味ではこれまでの常識を覆す自然美の発見であったともいえる。

家具や食器はアールヌーボーの反動で、シンプルで実用的なものが好まれる時代になるが、ガラス細工が盛んな地域をドイツに占領されてしまったため、木材などを中心とした新たなデザインを生み出す必要性に迫られるようにもなる。これはそれまで軽視されてきた木材の長所の再発見にも繋がったようだ。

共産圏となったチェコスロバキアでは、国外に向けてのチェコやスロバキア美術プロパガンダのための高級感のあるデザイン品が輸出される一方で、国内向けには貧相なものしか作られないという乖離の時代を迎える。チェコ動乱の前はそれでもピンクやオレンジといった色を用いたポップなデザインのポスターなども制作されたが、それ以降は実用的ではあるが味気ないいわゆる共産圏的なデザインも増えてしまったようだ。チェコのデザインが復活するにはビロード革命を待つ必要があったようである。

アニメーションの展示もあり、短編アニメが何本か上映されている。言葉がわからなくても内容が把握可能なものだったが、東欧のアニメとしてどの程度の水準に入るものなのか一見しただけではわからない。

チェコの木製おもちゃの展示もある。テントウムシのマグネットにも通じる可愛らしくてぬくもりが感じられるもので、子どものみならずインテリアとしても喜ばれそうである。

 

「ポーランドの映画ポスター」。映画好きにはよく知られていると思われるが、ポーランド映画は完成度が高く、海外からの評価も上々で、「芸術大国ポーランド」の一翼を担っている。
今回は、映画そのものではなく映画ポスターの展示であるが、ポーランドでは海外の映画のポスターをそのまま用いるということが禁止されていたため、ポーランド人のデザイナーが一から新しいポスターを製作することになった。
日本映画のポスター展示コーナーもあり、ゴジラシリーズなどはわかりやすいが、「七人の侍」などは日本の侍というよりもギリシャの兵士のような不思議な装束が描かれていたりもする。

市川崑監督の「ビルマの竪琴」(1985年の中井貴一主演版)のポスターには、二つの顔を持ったオウム(というよりも顔を素早く横に降り続けている描写だと思われる)が描かれ、右側に「日本にかえろう」、左側に「かえれない」という文字が日本語で書かれている。一般的なポーランド人が日本語を読めるとは思えないが――一般的な日本人がポーランド語の読み書きが出来ないように――日本趣味を出すために敢えて日本語をそのまま用いているのかも知れない。

ハリウッド映画では、アルフレッド・ヒッチコック監督の「めまい」、レナード・バーンスタイン作曲のミュージカル映画「ウエストサイド物語」、ポール・ニューマンとロバート・レッドフォードの「明日に向かって撃て!」などのポスターがある。日本ではハリウッドオリジナルのポスターも見ることが出来るが、それらとはかなり違ったテイストのポスターとなっている。

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2019年11月24日 (日)

これまでに観た映画より(143) ポーランド映画祭2019 in 京都 「ポランスキー短編集」

2019年11月20日 出町枡形商店街の出町座にて

出町枡形商店街の出町座で、ポーランド映画祭2019 in 京都 「ポランスキー短編集」を観る。ポーランドを代表する映画監督の一人、ロマン・ポランスキーがウッジ国立映画大学在学中に制作した無声短編映画の上映である。クレジットに制作年が書かれており、全て1950年代後半の作品であることがわかる。

「殺人」、「微笑」、「パーティーを破壊せよ」、「タンスと二人の男」、「灯り」という作品の上映。いずれもDVDで入手できる映像であるが、今回はポーランドの音楽デュオであるシャザの生演奏付きでの上映である。ヴァイオリンとクラリネット他による演奏。

 

「殺人」は、ベッドで寝ていた男性が、小型ナイフで胸を刺されて殺害されるという、それだけを撮影したショートムービーである。
若き日のポランスキーが何を考えて、これだけのムービーを撮ったのかはわからない。ただ特殊に見える小型ナイフで心臓を一突きにしていることや、犯人の見た目が温厚そうなおじさんであることから却ってプロの殺し屋らしく見える。これらは意識して撮っているのだろう。

 

「微笑」は、覗きを題材にしたコメディーである。志村けんが作りそうなギャグでもある。マンションの部屋の主がドアの前に牛乳瓶を並べるシーンがあるが、ポーランドは共産党支配時代は牛乳が配給制だったそうで、夜の間に家のドアの前に牛乳の瓶を出しておくと、朝には配給されているというシステムだったそうである。

 

「パーティーを破壊せよ」。ウッジ国立映画大学のあるウッジという街は、ポーランドの中でもフーリガン(通訳は「ヤンキー」と訳していた)が多いことで知られているそうで、ウッジ国立映画大学在学中のポランスキーは大学でパーティーを開催する時に、街のフーリガン達も誘うことにしていたそうだ。その流れでこの「パーティーを破壊せよ」もフーリガン達に出演して貰って撮ったそうだが、喧嘩の場面は実際に殴っているとしか思えない。そんなこんなでポランスキーも大学を退学になりそうになったことがあるそうだ。映画に登場するフーリガン達は、ジェームズ・ディーン風というか、「ウエスト・サイド・ストーリー」のジェッツ(ジェット団)風というか(ジェッツはポーランド系移民のストリートギャングである)ポーランドであっても当時の不良はアメカジだったことがわかる。

 

「タンスと二人の男」は、ポランスキーの初期作品の中でも傑作として知られている作品である。音楽はクシシュトフ・コメダが作曲しているが、今回はシャザの二人がコメダの音楽を元にアレンジした曲を演奏する。映画の一場面は、同志社大学寒梅館クローバーホールで観た「コメダ・コメダ」の中でも取り上げられていた。
タンスを担ぎながら海から上がってきた二人の男が街へと繰り出し、あらゆる場所で拒否されてまた海に戻っていくという話である。かなりシュールであるが、ヨーロッパということで異人や移民の話なども絡んでいるのかも知れない。ポランスキー自身がユダヤ系ということもある。タンスを担ぎながら歩く二人の横で、スリや殺人といった犯罪が起こり、二人は街で見掛けた可愛い女の子には相手にされず、女の子にちょっかいを出そうとした不良グループとは揉めて、殴り倒される。路面電車やホテルにはタンスを担いでいるが故に立ち入りを拒否される。
タンスが何のメタファーなのかは、特に考える必要はないのかも知れない。生活用具なので、生活や人生を担いでいると見るべきなのかも知れないが、そこは固定せずに個人で捉えた方がいいだろう。
個人的には、ボードレールの「人皆キメールを背負えり」という詩を連想した。

 

「灯り」。人形館が舞台である。人形職人の男が嬉々として人形を作り続けている。部屋には完成したものや作りかけの人形が一杯で、結構不気味である。だが、電気がショートして火事が起こり、人形達は炎に包まれる。大惨事である。
ここでカメラが切り替わり、人形館の外の風景が映る。雨の日で、人々は人形館から漏れ出ている灯りが火事によるものだということに気づかず淡々と通り過ぎていく。内と外の違いが、ある意味、現代の孤独と断絶と無関心を引き立たせているとも感じ取れる。

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2019年11月23日 (土)

2346月日(18) 兵庫県立美術館 日本・ポーランド国交樹立100周年記念「ショパン―200年の肖像」

2019年11月9日 兵庫県立美術館ギャラリー棟3階にて

神戸へ。岩屋の兵庫県立美術館ギャラリー棟3階で日本・ポーランド国交樹立100周年記念「ショパン―200年の肖像」を観る。

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兵庫県立美術館は京都から行くには遠い。以前に1回行ったことがあるのだが、その時は神戸に泊まっての帰りかなにかであり、京都から向かったわけではない。

午後1時過ぎに出て、阪急大阪梅田駅で降り、阪神大阪梅田駅から岩屋に向かうという道筋を採ったのだが、阪神の普通電車に乗ってしまい、思ったよりも進まないということで、尼崎駅で特急に乗り換えて御影駅まで行き、そこから普通で岩谷駅に向かうというルートを辿る。尼崎駅のホームからは、尼崎上の模擬天守が見えた。

 

兵庫県立美術館ギャラリー棟3階の「ショパン―200年の肖像」展入り口に着いたのだが午後4時少し前。1時間で回れるだろうと踏んでいたのだが、想像していたよりも展示品がずっと多く、最後の方は駆け足で見てまわることになった。

まずは、ヴワディスワフ・ヤールが描いた、ショパン作品にインスパイアされた絵画作品(エッチング)が並ぶ。ポロネーズ、前奏曲、ノクターン、バラード、即興曲などが並ぶが、必ずしも楽曲から受けるイメージ通りのものを描いたわけではない。

その後は、ショパンの肖像画が並ぶ。本格的なものからマンガ風のものまであるが、中には本来は抽象的な作風を特徴としていたヘンリク・スタジェフスキが、共産主義的リアリズムを強制されて描かれたショパンの肖像画などもあり、ポーランドが辿った歴史を確認することも出来る。

ショパンの肖像画として有名なものに、ドラクロアが描いたものがあるが、実はドラクロアによる肖像画は元々は「ショパンのジョルジュ・サンド」という二人を描いた作品として発表されたものが、いつの間にか二つに分けられて別々に展示されるようになったものである。今回の展覧会では、ルドヴィク・ヴァヴリンキェーヴィチが復刻した「ショパンとジョルジュ・サンド」が展示されていた。

ローベルト・シュピースがショパンの24の前奏曲全曲のイメージ画連作も展示されている。元々一般的なイメージは避けて描かれたものが多いといわれているそうだが、確かになぜこうなったのかよくわからないものもある。ただ、イメージ通りの絵を描いたとしたらそれはそれで面白くないだろう。絵は音楽の従者ではないのであるから。エウゲニウシュ・ピヘルやズィグムント・パドフスキなども同様の仕事を行っており、それぞれの個性がある。

 

壁一面に、ドゥシュニキ=ズドルイ・ショパン音楽祭や、アントニン「秋色のショパン」国際音楽祭、マリアーンスケー・ラズーニェ・ショパン音楽祭のポスターが並ぶ。ポーランドはポスター芸術も盛んだそうである。フォルマリズム的な、いかにも東側の芸術といった感じのポスターもあるが、少女マンガ風のものがあったり、アンディ・ウォーホルの影響が見られる作品があったり、ルネ・マグリット風の絵があったりとバラエティに富んでおり、また近年のものはポップでお洒落である。
スピーカーからは、ピリオド楽器で弾かれたショパンの曲が流れていた。

日本におけるショパン受容のコーナーもある。日本で最初にショパンの曲を弾いたのは、音楽取調掛(東京音楽学校と東京芸術大学の前身)の学生であった遠山甲子という女性である。また日本人でショパン弾きとして最初に評価されたのが、澤田柳吉(1886-1936)であり、澤田の紹介として、澤田が作・編曲をした「セノオ楽譜 お江戸日本橋」が展示されている。日本人で最初にショパン作品の録音を行ったのも澤田だそうで、SPに「ポロネーズ」作品40-1と「ワルツ」作品64-2を吹き込んでいるという。

 

ショパンが見たであろう、ワルシャワの風景を描いた絵画の展示が続く。描かれたいくつかの建物の中では、ショパンがピアノ演奏を行った記録が残っているそうだ。ショパンもショパン自身の演奏を聴いた人も、確実にこの景色を見ていたということになる。

余り有名ではない、ショパンの父親に関する展示もある。フリデリク(ポーランドの発音により近い表記ではこうなるらしい)・ショパンの父親であるニコラはフランスのロレーヌ地方の生まれなのだが、ニコラが生まれる5年前まで、ロレーヌは独立国だったそうで、しかも大公はポーランド人だったそうである。そのこともあってニコラもポーランド人に仕えており、主のポーランド移住に伴ってニコラもポーランドに移ったようである。ポーランドに移住後は、ニコラはポーランド風のミコワイを名乗るようになる。

続いて、パリでのショパンとその周辺の人々の肖像画並ぶ。ニロラ=ウスタシュ・モランの「著名なピアニスト達」には、ショパンに加えて、フランツ・リストやジーギスムント・タールベルクらが勢揃いした像が描かれている。ショパンの肖像として最も有名なものは、アリ・シェフェールのものだと思われるが、アリ・シェエールの筆によるフランツ・リストの肖像や、画家としてのシェフェールの代表作なども同時に展示されている。

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若き日のショパンを描いたものとして有名なマリア・ヴィジスカのものや、ショパンのデスマスク、ショパンの左手像などを経て、いよいよショパンの自筆譜の展示がある。紙と筆跡を守るため、セパレーションで区切られた暗室の中に、ショパンの自筆の手紙と譜面が展示されている。近づくとケースの灯りがともる仕掛けとなっている。エチュードヘ長調作品10-8と、ポロネーズヘ短調71-3。閉館時間が迫っていたのでじっくりと見ることは出来なかったが、長い時間見たからといって感動が増すわけでもない。とりあえず、「見たぞ」という記憶と瞬間の映像を脳に刻む込む。

最後は、ショパン国際ピアノコンクール関連の展示である。コンクールのポスターが展示され、優勝者であるマウリツォ・ポリーニやクリスティアン・ツィマーマン、入賞者の中村紘子らの写真を確認することが出来る。映像の展示もあるが、残念ながら見ている時間はなかった。

会場を出てすぐの壁にショパンの手紙の翻訳が貼られている。ショパンは日記や手記などを残さなかった人であり、直接残された言葉は手紙に記されたもののみであるようだ。

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これまでに観た映画より(142) ポーランド映画祭2019 in 京都 「ワイダ映画学校短編集」

2019年11月18日 出町枡形商店街の出町座にて

午後6時35分から、出町枡形商店街にある出町座で、ポーランド映画祭2019 in 京都 「ワイダ映画学校短編集」を観る。全てジャパンプレミアである。
立誠シネマの後継映画館として2017年に出町に誕生した出町座。訪れるのは初めてである。2階と地下1階に1つずつミニシアターがあり、「ワイダ映画学校短編集」は2階で上映される。

ポーランド映画界を代表する存在だったアンジェイ・ワイダ(1926-2016)が、2002年に創設したアンジェイ・ワイダ映画マイスター学校の生徒が作成した短編映画の上映である。キャストも撮影技術も予想以上にしっかりしている。

上映時間30分の課題作として制作されたうちの3本が上映される。まずは「彼女の事情」。バルテク・コノプカ監督作品。2006年制作。母親が癌で余命幾ばくもないということで、里子に出されそうになったり、社会福祉課に保護されそうになったりする姉弟の話である。長女でサッカーに夢中のインガは、社会福祉課の世話になることを拒み、まずは弟二人(そのうち一人はまだ赤ん坊である)を連れて男友達の部屋に移り、そこから写真でしか見たことのない伯母(母親の姉)を訪ねて、田舎へと向かう。そこから先が見たくなるのだが、30分という制限があるためか(実際の上映時間は39分である)田舎の家の場面で終わってしまう。クローズアップの手法が多用されているのが演出上の特徴である。

2本目は、「ゲーム」という上映時間27分の作品。監督はマチェイ・マルチェノフスキ。2013年の作品である。エレベーターに閉じ込められた男女の心理ゲーム、と見せかけて、実はエレベーターは行き詰まりを迎えた夫婦のメタファーであるらしいことが徐々にわかってくる。ラストには男女を乗せたエレベーターがSF的にいくつも登場し、世界は行き場のない夫婦で溢れていることが示唆される(日本でも夫婦の三組に一組は離婚する時代である)。

3本目はドキュメンタリー映画「ワイダの目、ワイダの言葉」。ワイダと共に仕事をしてきた映画仲間に取材したドキュメンタリー映像にワイダがコメントを加えていくという形で進んでいく。エリザ・クバルスカ他による監督。2014年制作。上映時間25分。
カメラマンがフィルム撮影用カメラを紹介するときに「(クシシュトフ)キェシロフスキが使っていたカメラ」と話しているのは興味深い。カメラマンは、デジタルカメラよりもフィルム撮影用カメラの方を今でも信用しているようだ。
フィルム現像係は、1974年からずっとこの仕事を続けているが、「面白いと思ったことは一度もない」「義務としてやっている」と語ってワイダを失望させている。ワイダはエンドクレジットに全員の名前が載るのは、映画というものは皆で作るものだということの象徴であると考えており、「その中に嫌いで仕事をやっている人間がいるとは」嘆く。「仕事を変えたらどうだい。稼げる仕事なら他にある」という趣旨の発言もしてる。
一方、フィルム編集者の女性は自らの仕事に誇りを持っており、ワイダも嬉しそうである。フィルム編集は今ではフィルム編集者しか行えないが、以前は政治家が口出ししてきて、勝手にフィルムを刻むようなこともあったようだ。
ワイダが「仲間だ」と感じている人は全員、撮影スタッフだそうである。彼らはいつも現場にいて作業をしているため、自然にそうした連帯感が生まれるようである。俳優は作品によって出たり入ったりするため、「仲間」という意識にはなりにくいようだ。
ワイダは撮影所が存在することの重要性を何度も語り、最近は撮影所に活気がなくなってきていることを気に掛けているようだった。

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