コンサートの記(936) 「映像の世紀コンサート」@ロームシアター京都メインホール 加古隆(ピアノ)&沼尻竜典指揮京都市交響楽団
2025年12月3日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて
午後4時より、左京区岡崎のロームシアター京都メインホールで、「映像の世紀コンサート」を聴く。
1995年から1996年にかけて放送され、大好評を博した「映像の世紀」。21世紀に入ってからは続編である「映像の世紀バタフライエフェクト」が放送中である。
大阪では、「映像の世紀コンサート」はフェスティバルホールで何度か行われており、私も初回のコンサートは聴きに行っているが、京都で「映像の世紀コンサート」が行われるのは初めてである。
関西での催しというと、最大の人口を誇り、交通も発達した大阪市内で行われがちであるが、街自体が文化と芸術の香りに溢れているような京都で楽しむのもまた乙なものである。
建築と芸術と自然が一体となった岡崎地区で聴くならなおさらでだ。
演奏は、作曲者である加古隆(ピアノ)、沼尻竜典指揮京都市交響楽団。ナレーションは、元NHKアナウンサーの山根基世が務める。
ピアノ協奏曲の布陣。ドイツ式の現代配置での演奏である。スクリーンの邪魔にならないよう、ティンパニの中山航介は上手奥の角で演奏を行っていた。
コンサートマスターは泉原隆志、フォアシュピーラーに尾﨑平。管楽器の首席奏者は、オーボエの髙山郁子、ホルンの垣内悠希、トランペットのハラルド・ナエスなどは出演したが、他は降り番である。
現在の「映像の世紀バタフライエフェクト」のテーマ音楽は、NHK交響楽団正指揮者の下野竜也がN響を指揮。下野は大河ドラマのオープニングのテーマもこのところは毎年のように指揮しており、NHK交響楽団とNHKからの信頼が感じられる。大河ドラマのオープニングテーマの指揮と年末の第九の演奏会だけは、実績のある人にしか振らせない方針のNHKとNHK交響楽団であるが、第九は外国人指揮者なども指揮台に立つが、大河ドラマのオープニングテーマは、ここ数年は下野竜也、尾高忠明という二人のNHK交響楽団正指揮者と、広上淳一を加えた3人で回している状態である。以前はNHK交響楽団音楽監督時代のシャルル・デュトワやウラディーミル・アシュケナージ、首席指揮者時代のパーヴォ・ヤルヴィも指揮していた。現在のNHK交響楽団首席指揮者であるファビオ・ルイージはまだ指揮していないが、来年の大河ドラマである「豊臣兄弟!」のオープニングを指揮するのは実は沼尻竜典である。勿論、初めての挑戦だ。
指揮者として活躍した後で、作曲家としてもデビュー。現在ではピアニストとしても活躍している沼尻竜典。びわ湖ホールの芸術監督を務めた後で(桂冠芸術監督の称号を贈られた)、神奈川フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督に転身。自身が起こしたトウキョウ・ミタカ・フィルハーモニアの音楽監督も兼任している。京都市交響楽団とは、毎年1回、マーラーの交響曲をびわ湖ホール大ホールで演奏する試みを続けている。
劇伴の仕事をしたことがあるのかどうかは分からないが、テンポに関してはかなり的確な演奏が出来る指揮者である。総譜より先にタブレット状のものが取り付けられているが、これは譜面ではなくてモニターで、スクリーンに映っている映像がそのまま流れ、映像に合わせて指揮をするためにある。譜面にも映像にも合わせて指揮しなければならないので大忙しである。
リュミエール兄弟が世界で初めて撮影した映像や、線路の脇で電車がこちらへと走ってくる様を捉えた映像が流れて演奏スタート。演奏される楽曲は、「パリは燃えているか」、「時の封印」、「シネマトグラフ」、「はるかなる王宮」、「神のパッサカリア」、「最後の海戦 パート1、2」、「未来世紀」、「大いなるもの東方より」、「マネーは踊る」、「狂気の影」、「黒い霧」、「ザ・サード・ワールド」、「睡蓮のアトリエ」、「愛と憎しみの果てに」、そして今回はアンコールが予め決まっており、「映像の世紀バタフライエフェクト」のために書かれた、「風のリフレイン」と「グラン・ボヤージュ」が演奏される。
加古隆の音楽に必要なのは何よりも抒情美であるが、そこは京響。リリシズムに満ちた音楽を奏でていた。
今回の「映像の世紀コンサート」は、戦争の歴史に焦点を当てていたが、それは現在、ウクライナとロシア、イスラエルとガザ地区での戦闘が継続中であるからに他ならない。爆撃されて建物の多くが破壊されたガザ地区(おそらくガザ市)、ウクライナがロシア軍に攻撃される様も終盤、スクリーンに投影された。
「王朝の時代」を特集する映像もあり、後に惨殺されることになるロマノフ王朝のニコライ二世(皇太子時代に来日した際、大津市の旧東海道において、巡査の津田三蔵に斬りつけられるという、「大津事件」でも知られる)やアレクセイ皇太子などが映っている。
オーストリアでもハプスブルク家の支配が終焉を迎えるが、フランツ・ヨーゼフ一世の姿がカメラに捉えられている。ハプスブルク家の没落と共に登場したのが同じオーストリア出身のアドルフ・ヒトラーであり、ヒトラーの経済政策によってドイツは歴史的な大インフラを解消。ドイツにおけるヒトラーの支持率は実に90%を記録したが、このときはヒトラーの正体に気付いている人はまだほとんどいなかった。
ヨーロッパが混乱の最中にあるときに力を付けたのがアメリカである。ニューヨークには摩天楼が建ち、一際高いエンパイアステートビルが建設される。エンパイアステートビルは現在では、高さニューヨーク1ではないが、今でもニューヨークのシンボルの座は揺らいでいない。
ヒトラーはオーストリアを併合。イタリアでもファシスト党のベニート・ムッソリーニが政権を手にする。今では、「ファシスト」という言葉は相手の悪口にしか使わないが、当時は有効な政策運営手段の一つと思われていた。
独伊と手を組んだのが大日本帝国である。ヨーロッパとアジアとでは遠すぎて協力の仕様がないが、とにかく三国同盟は締結される。日本はその時は中立国だったアメリカに挑む。しかし国力の差は明らかで、日本は最終手段として特攻作戦を立案する。ゼロ戦で相手の軍艦に突っ込むという、死亡率100%の犠牲を伴う作戦。アメリカ人から見れば「クレイジー」としか思えないだろうが、日本には他国にない「死の美学」「犠牲の美学」があった。そうしたものを発揮するのはこのときではなかったかも知れないが、多くの日本戦闘機は迎撃されて海に沈み、数少ない成功例がアメリカ軍を慄然とさせた。アメリカ人からみればまともに見えなかったと思われる日本兵だが、戦死者に対する敬意は表したようである。
アメリカはベトナム戦争で敗戦する。南北に分断されたベトナム。アメリカは資本主義の南ベトナム(ベトナム共和国)を支援するが、アメリカ国内でもベトナム反戦の動きが起こり、泥沼化した戦争は、サイゴン(現ホーチミン)陥落で最後を迎える。
戦争の世紀であった20世紀であるが、各都市は復興し、発展していく。空襲を受けた東京の街は、木造建築が多いということもあり、ヨーロッパなどよりも悲惨な焼け野原だが、集った日本人少年達の顔は明るい。戦争が終わったなら後は復興するだけ。実際のところ、東京は人口が多かったということもあり、戦前の街並みをそのまま復興しようとする機運が強く、空襲を機会に道幅を広げてモータリゼーションの到来を予見した大阪や名古屋に比べると上手くはなかったと思う。それでもお洒落な銀座の街並みなど、活気ある東京をカメラは捉えていた。
アンコール演奏。加古隆はセンチメンタルな作風が特徴で、「映像の世紀」の音楽も明るくはないのだが、20世紀の「映像の世紀」の音楽に比べると煌びやかで希望を持てる曲調となっている。





































































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