カテゴリー「ドキュメンタリー番組」の16件の記事

2025年12月31日 (水)

コンサートの記(936) 「映像の世紀コンサート」@ロームシアター京都メインホール 加古隆(ピアノ)&沼尻竜典指揮京都市交響楽団

2025年12月3日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後4時より、左京区岡崎のロームシアター京都メインホールで、「映像の世紀コンサート」を聴く。

1995年から1996年にかけて放送され、大好評を博した「映像の世紀」。21世紀に入ってからは続編である「映像の世紀バタフライエフェクト」が放送中である。

 

大阪では、「映像の世紀コンサート」はフェスティバルホールで何度か行われており、私も初回のコンサートは聴きに行っているが、京都で「映像の世紀コンサート」が行われるのは初めてである。
関西での催しというと、最大の人口を誇り、交通も発達した大阪市内で行われがちであるが、街自体が文化と芸術の香りに溢れているような京都で楽しむのもまた乙なものである。
建築と芸術と自然が一体となった岡崎地区で聴くならなおさらでだ。

演奏は、作曲者である加古隆(ピアノ)、沼尻竜典指揮京都市交響楽団。ナレーションは、元NHKアナウンサーの山根基世が務める。

ピアノ協奏曲の布陣。ドイツ式の現代配置での演奏である。スクリーンの邪魔にならないよう、ティンパニの中山航介は上手奥の角で演奏を行っていた。
コンサートマスターは泉原隆志、フォアシュピーラーに尾﨑平。管楽器の首席奏者は、オーボエの髙山郁子、ホルンの垣内悠希、トランペットのハラルド・ナエスなどは出演したが、他は降り番である。

現在の「映像の世紀バタフライエフェクト」のテーマ音楽は、NHK交響楽団正指揮者の下野竜也がN響を指揮。下野は大河ドラマのオープニングのテーマもこのところは毎年のように指揮しており、NHK交響楽団とNHKからの信頼が感じられる。大河ドラマのオープニングテーマの指揮と年末の第九の演奏会だけは、実績のある人にしか振らせない方針のNHKとNHK交響楽団であるが、第九は外国人指揮者なども指揮台に立つが、大河ドラマのオープニングテーマは、ここ数年は下野竜也、尾高忠明という二人のNHK交響楽団正指揮者と、広上淳一を加えた3人で回している状態である。以前はNHK交響楽団音楽監督時代のシャルル・デュトワやウラディーミル・アシュケナージ、首席指揮者時代のパーヴォ・ヤルヴィも指揮していた。現在のNHK交響楽団首席指揮者であるファビオ・ルイージはまだ指揮していないが、来年の大河ドラマである「豊臣兄弟!」のオープニングを指揮するのは実は沼尻竜典である。勿論、初めての挑戦だ。

指揮者として活躍した後で、作曲家としてもデビュー。現在ではピアニストとしても活躍している沼尻竜典。びわ湖ホールの芸術監督を務めた後で(桂冠芸術監督の称号を贈られた)、神奈川フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督に転身。自身が起こしたトウキョウ・ミタカ・フィルハーモニアの音楽監督も兼任している。京都市交響楽団とは、毎年1回、マーラーの交響曲をびわ湖ホール大ホールで演奏する試みを続けている。
劇伴の仕事をしたことがあるのかどうかは分からないが、テンポに関してはかなり的確な演奏が出来る指揮者である。総譜より先にタブレット状のものが取り付けられているが、これは譜面ではなくてモニターで、スクリーンに映っている映像がそのまま流れ、映像に合わせて指揮をするためにある。譜面にも映像にも合わせて指揮しなければならないので大忙しである。

リュミエール兄弟が世界で初めて撮影した映像や、線路の脇で電車がこちらへと走ってくる様を捉えた映像が流れて演奏スタート。演奏される楽曲は、「パリは燃えているか」、「時の封印」、「シネマトグラフ」、「はるかなる王宮」、「神のパッサカリア」、「最後の海戦 パート1、2」、「未来世紀」、「大いなるもの東方より」、「マネーは踊る」、「狂気の影」、「黒い霧」、「ザ・サード・ワールド」、「睡蓮のアトリエ」、「愛と憎しみの果てに」、そして今回はアンコールが予め決まっており、「映像の世紀バタフライエフェクト」のために書かれた、「風のリフレイン」と「グラン・ボヤージュ」が演奏される。

 

加古隆の音楽に必要なのは何よりも抒情美であるが、そこは京響。リリシズムに満ちた音楽を奏でていた。

今回の「映像の世紀コンサート」は、戦争の歴史に焦点を当てていたが、それは現在、ウクライナとロシア、イスラエルとガザ地区での戦闘が継続中であるからに他ならない。爆撃されて建物の多くが破壊されたガザ地区(おそらくガザ市)、ウクライナがロシア軍に攻撃される様も終盤、スクリーンに投影された。

「王朝の時代」を特集する映像もあり、後に惨殺されることになるロマノフ王朝のニコライ二世(皇太子時代に来日した際、大津市の旧東海道において、巡査の津田三蔵に斬りつけられるという、「大津事件」でも知られる)やアレクセイ皇太子などが映っている。
オーストリアでもハプスブルク家の支配が終焉を迎えるが、フランツ・ヨーゼフ一世の姿がカメラに捉えられている。ハプスブルク家の没落と共に登場したのが同じオーストリア出身のアドルフ・ヒトラーであり、ヒトラーの経済政策によってドイツは歴史的な大インフラを解消。ドイツにおけるヒトラーの支持率は実に90%を記録したが、このときはヒトラーの正体に気付いている人はまだほとんどいなかった。

ヨーロッパが混乱の最中にあるときに力を付けたのがアメリカである。ニューヨークには摩天楼が建ち、一際高いエンパイアステートビルが建設される。エンパイアステートビルは現在では、高さニューヨーク1ではないが、今でもニューヨークのシンボルの座は揺らいでいない。

ヒトラーはオーストリアを併合。イタリアでもファシスト党のベニート・ムッソリーニが政権を手にする。今では、「ファシスト」という言葉は相手の悪口にしか使わないが、当時は有効な政策運営手段の一つと思われていた。

独伊と手を組んだのが大日本帝国である。ヨーロッパとアジアとでは遠すぎて協力の仕様がないが、とにかく三国同盟は締結される。日本はその時は中立国だったアメリカに挑む。しかし国力の差は明らかで、日本は最終手段として特攻作戦を立案する。ゼロ戦で相手の軍艦に突っ込むという、死亡率100%の犠牲を伴う作戦。アメリカ人から見れば「クレイジー」としか思えないだろうが、日本には他国にない「死の美学」「犠牲の美学」があった。そうしたものを発揮するのはこのときではなかったかも知れないが、多くの日本戦闘機は迎撃されて海に沈み、数少ない成功例がアメリカ軍を慄然とさせた。アメリカ人からみればまともに見えなかったと思われる日本兵だが、戦死者に対する敬意は表したようである。

アメリカはベトナム戦争で敗戦する。南北に分断されたベトナム。アメリカは資本主義の南ベトナム(ベトナム共和国)を支援するが、アメリカ国内でもベトナム反戦の動きが起こり、泥沼化した戦争は、サイゴン(現ホーチミン)陥落で最後を迎える。

戦争の世紀であった20世紀であるが、各都市は復興し、発展していく。空襲を受けた東京の街は、木造建築が多いということもあり、ヨーロッパなどよりも悲惨な焼け野原だが、集った日本人少年達の顔は明るい。戦争が終わったなら後は復興するだけ。実際のところ、東京は人口が多かったということもあり、戦前の街並みをそのまま復興しようとする機運が強く、空襲を機会に道幅を広げてモータリゼーションの到来を予見した大阪や名古屋に比べると上手くはなかったと思う。それでもお洒落な銀座の街並みなど、活気ある東京をカメラは捉えていた。

 

アンコール演奏。加古隆はセンチメンタルな作風が特徴で、「映像の世紀」の音楽も明るくはないのだが、20世紀の「映像の世紀」の音楽に比べると煌びやかで希望を持てる曲調となっている。

Dsc_9200_20251231174901

| | | コメント (0)

2025年8月24日 (日)

BS-TBS「JNNストーリーズ ラスト・ワルツ 踊る指揮者(マエストロ)井上道義」

2025年5月3日

録画してまだ見ていなかった、BS-TBS「JNNストーリーズ ラスト・ワルツ 踊る指揮者(マエストロ)井上道義」を見る。昨年12月30日で引退した指揮者の井上道義に密着したドキュメンタリー。先に北陸放送で放送され、その後、BS-TBSで全国放送されている。ナレーションは、妻が井上道義の親戚だという役所広司。役所広司は、井上の最後のコンサートの舞台裏に登場する。

1946年生まれの井上道義。育ての親は井上正義だが、実際の父親は、米軍のガーディナー中尉である。井上道義がそのことを知ったのは40歳になった頃だったようである。

井上は10年以上掛けて、両親のことを描いたミュージカル・オペラを作曲。上演する。
この曲を上演すれば自分のやることは終わるなと思ったそうである。


ショスタコーヴィチの楽曲に惚れ込んだ井上道義。複数のオーケストラを指揮して作成した「ショスタコーヴィチ交響曲全集」の帯には、「僕はもうショスタコーヴィチだ」と、レナード・バーンスタインがマーラーに対して語った言葉を真似たと思われるメッセージが載せられている。


生涯現役を貫く指揮者も多いが、井上は、「よぼよぼになって後ろ指さされる前に辞めたい」ということで、現役引退を決意する。

オーケストラ・アンサンブル金沢、新日本フィルハーモニー交響楽団、群馬交響楽団、札幌交響楽団、大阪フィルハーモニー交響楽団、京都市交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団と豊田市ジュニアオーケストラとの合同演奏、千葉県少年少女オーケストラ、山形交響楽団、読売日本交響楽団などとの共演場面が流れ、そのうち、群馬交響楽団、大阪フィルハーモニー交響楽団、京都市交響楽団、読売日本交響楽団とはショスタコーヴィチを演奏している。


尿路結石の再発で体調不良となる井上。私もよく通う兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールでの本番はキャンセル。第54回サントリー音楽賞でも出席はしたが、スピーチは代読、祝賀会も欠席している。復帰は、2023年の10月、高崎芸術劇場での群馬交響楽団とのコンサート。ここでもショスタコーヴィチが演奏されている。

札幌交響楽団とのkitaraでの演奏会では、オーケストラを円形に配置してラヴェルの「ボレロ」を演奏。最後の演奏会となった、読売日本交響楽団を指揮しての第54回サントリー音楽賞受賞記念コンサート(2024年12月30日)の最後の曲では、ショスタコーヴィチの「祝典序曲」をラストの演目に選び、終曲を自身のシンバルの一撃で締めるなど、最後まで独自の色を出す井上。アンコールなしと見せかけ、オーケストラ団員を引き上げさせてから再登場させ、武満徹の3つの映画音楽より「ワルツ」をアンコールで演奏する。途中、贈られた花束から花弁を取り出し、パッと撒き散らす、その後、花束と共にワルツを踊って、花束を客席に放り投げるというパフォーマンスを見せた。

| | | コメント (0)

2025年3月29日 (土)

NHKスペシャル「Last Days 坂本龍一 最期の日々」

2024年4月7日

NHKスペシャル「Last Days 坂本龍一 最期の日々」を見る。ナレーション:田中泯。2023年3月28日に71歳で逝去した坂本龍一の最晩年に迫るドキュメンタリー。坂本自身が残した日記や映像、録音された肉声などを中心とした構成である。2020年に癌が再発し、ステージ4、余命半年との宣告を受けて「俺の人生終わった」と日記に綴った坂本。ずっとニューヨーク在住だったが、癌の治療のため、東京の仮住まいで生活していた。癌の治療をしながら作曲や、東日本大震災からの復興のために自らが結成し、代表・監督を務める東北ユースオーケストラの指導やコンサート、NHK509スタジオで収録された最後の配信コンサートの様子などが映される。
最初はメモ帳に手書きだった日記だが、手書きが難しくなったのか、スマホへの入力に変わる。
最晩年にも音楽を聴いていた坂本。だがそれ以上に自然音や小さな鐘などのシンプルな音に弾かれ、数種の鐘をいつもそばに置いていた。
癌は徐々に進行。ピアノを弾く時にも痛みが出るようになる。長時間におよぶ治療を終え、家に戻った坂本はその日に浮かんだ音楽を日記のように記していくようになる。これが最後のアルバムとなった「12」である。
坂本には3人の女性との間に生んだ4人の子どもがおり(うち1人は連れ子)、最後に望んだのは4人の子どもと会うことだった。子ども達と出会ったその日に最後の日記が書かれたが、それは文章ではなく、自分の身体症状を数字で記したものだった。
2023年3月26日、東京オペラシティコンサートホール“タケミツ メモリアル”で東北ユースオーケストラのコンサートが行われる。坂本はその配信映像を病床でスマホを通して見る。東北ユースオーケストラで長年に渡って共に仕事をしてきた吉永小百合がこの日も朗読を行っていた。

生前、盟友だった村上龍は、坂本龍一を評して「わがままに生きてきた男」と綴っている。癌になるまで大病もせず、思い通りの高校に進学し、実技以外は受験勉強もしないで東京芸術大学に現役合格。在学中は変わった学生が多かった美術学部に入り浸り、学生運動を行う。男前だったため女にはもてもてであった。留年するつもりが、担当教員に認められず、「卒業するか大学院に行くかどっちかにしろ」と言われて大学院に進学。大学院在学中に友部正人とたまたま出会い、自身で選択するまでもなくスタジオミュージシャンの道へ。細野晴臣に誘われてYellow Magic Orchestraに参加。世界的に評価され、時代の寵児となる。YMOでの活躍を見た大島渚に「戦場のメリークリスマス」の主役に抜擢され、大島に直訴して音楽も手掛けて、以後は映画音楽の作曲家としても成功を収める。「ラストエンペラー」ではアカデミー作曲賞を、「シェルタリング・スカイ」ではゴールデングローブ賞作曲賞を受賞。バルセロナオリンピックの開会式の音楽「地中海」を作曲し、本番では自身でオーケストラを指揮。自身のアルバムでは沖縄やアフリカなど民族音楽にも傾倒して世界中のミュージシャンに影響を与え、その後、クラシック音楽や現代音楽をベースにしたものへと傾いていく。ウラBTTBに収録された「energy flow」でインストゥルメンタル曲としては史上初となるオリコンチャート1位を獲得。絵に描いたようなサクセスストーリーである。

最後に子どもに「いい人生だった」と語った坂本。これだけ成功したのだから「いい人生」なのは当たり前なのだが、やり残したことも多くあったのではないかと思われる。細野晴臣が、「年というほどの年でもない」と語っているように、日本人男性の平均余命に届かないでの死。NHK509スタジオで書きたいと語っていたオーケストラ曲も実は終盤まで書き進められた上で未完成の楽曲として残された。
死の1時間前に撮られた最後の映像が残っている。意識をなくした坂本の手はピアノを弾くように指を動かしていた。あるいは紡ぎたい曲が生まれていたのかも知れない。

| | | コメント (0)

2024年9月15日 (日)

NHKスペシャル「サイパン陥落から80年 “最後の1人を殺すまで” サイパン戦 発掘・米軍の音声記録」

2024年8月18日

NHKスペシャル「サイパン陥落から80年 “最後の1人を殺すまで” サイパン戦 発掘・米軍の音声記録」を見る。新たに発見されたアメリカのラリー・ヘイズら通信兵による米兵へのインタビュー音声などが公開されている。

日米戦争において大きなターニングポイントとなったサイパン決戦。日本がサイパンを絶対国防圏として重要な防衛ラインと見ていたのと同様に、アメリカもサイパンも日本本土攻撃の重要拠点になる場所として是が非でも取りたい場所であった。サイパンを落とせば、そこから飛び立ったB29が日本本土に直接爆撃を行うことが出来る。当時のサイパンには日本からの移民約2万人が原住民と共に暮らしていた。

サイパンでの戦いに投じられた兵員はアメリカが日本の約倍。序盤から日本は兵力の大半を失うなど不利な展開であったが、「万歳! 万歳!」と叫びながら突撃する攻撃は米軍を大いに悩ませる。

米軍は南北戦争での教訓もあったと思われるが、民間人にはなるべく手を出さないつもりであったが、崖際に追い込まれても降伏せず、自死を選ぶ民間人を見て、「日本人に対してはそうしたやり方は通じない」として、無差別攻撃へと方向転換を行っている。
日本側も、陸軍省の佐藤賢了が「女子供には玉砕してもらいたい。大和民族の気魂を世界と歴史に示すために、生き延びずにみんな死ね」と、自死を強要する方針であった。

通信兵が録音した音声はアメリカでは公開されることなく、眠ることとなった。

| | | コメント (0)

2024年9月 2日 (月)

NHK MUSIC SPECIAL「玉置浩二~愛と平和のハーモニー」

2024年8月29日

祇園富永町にある4th AVENUEというショットバーまで飲み行った(といっても酒は飲めないので、ソフトドリンクを飲んで歌っているだけ。レパートリーはだいたい300曲ぐらいある)のだが、他にお客がいないので、マスターとその妹さんと(二人とも私より大分年上である)、モニターでNHK MUSIC SPECIAL「玉置浩二~愛と平和のハーモニー」を視聴。

オーケストラとの共演を続けている玉置浩二。今回は、栁澤寿男(やなぎさわ・としお。バルカン室内管弦楽団音楽監督、京都フィルハーモニー室内合奏団ミュージックパートナー、東北ユースオーケストラ指揮者)が指揮するバルカン室内管弦楽団+大阪交響楽団との共演で、大阪府吹田市の万博記念公園太陽の塔前お祭り広場で行われた公演を中心とした音楽兼ドキュメンタリー番組として放送された。語りは坂本美雨。冒頭に玉置浩二が太陽の塔の中に入る場面がある。玉置は岡本太郎の作品に強い感銘を受けており、太陽の塔の前で歌うのが長年の夢だったという。

バルカン室内管弦楽団は栁澤が旧ユーゴスラビアの音楽家を組織して結成したオーケストラで、今は紛争を経て別々の国に分かれた旧ユーゴスラビアの音楽家達を再び結びつける役割を担っている。
歌われたのは、「悲しみにさよなら」、「夏の終わりのハーモニー」、「ボードビリアン~哀しみの道化師~」、「SACRED LOVE」、「田園」(ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」の旋律が伴奏に現れるバージョン)、「メロディー」

普段は音楽を聴くときは何もしないのだが、バーでは余興で指揮をすることがある。今日も指揮しながら見ていた。話すことも音楽とは余り関係ないことで、「大阪交響楽団の首席フルートの三原萌って子が可愛くてね。あの子」といった、どうでもいいことを喋っていた。

今年の玉置浩二のオーケストラコンサートツアーは沖縄でスタート(指揮者は大友直人)。
玉置浩二は沖縄戦の激戦地の跡を訪れ、戦没者墓園に花を手向ける。なお、奥さんの青田典子が常に付き従っているが、クレジットも「妻:典子さん」と一般人のような紹介であり、青田典子も仲睦まじそうな様子を見せるも一言も発することはなく、内助の功に徹しているようである。玉置浩二は精神的にいくつかの不調を抱えている人だけに支えてくれるのはありがたいことである。

4月には長崎平和公園を訪れ、長崎原爆についての説明を受けている(長崎原爆「ファットマン」はプルトニウムを使っており、広島原爆の1.3倍の威力であった)。長崎の鐘が鳴らされる場面があるが、今回のコンサートでも祈りの鐘が鳴らされる。玉置浩二は左胸に手を当てる。歌われるのは「SACRED LOVE」。バッハの鍵盤楽器音楽のような伴奏が印象的である。

2014年、玉置浩二は東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県石巻市を訪れている。依頼を受け、ギター一本でライブを行ったのだ。それから10年を経た今年、玉置は再び石巻を訪れる。10年前に貼ったバミリが今もそのままになっていた。東日本大震災発生直後に玉置は「清く正しく美しく」という曲を一晩で作っており、2014年の石巻ライブで歌っている。その時の映像も流れる。

玉置浩二は、「愛を世界の平和のために」という思いで安全地帯を結成したという。これまで出会った人、別れた人から「しっかり生きなさい」と言われているような気がするという玉置浩二。そういう思いを受け止めて歌うのが使命と感じ、それでみんなが幸せになることを望んでいる。それは中学生の頃にバンドを始めた頃から変わっていないようである。


番組が終わった後、沖縄戦が登場したということで、カラオケで、沖縄の反戦歌である「さとうきび畑」(森山良子。「さとうきび畑」のオリジナルは長いため「みんなのうた」バージョンを選んだ)とTHE BOOMの「島唄」を歌った。なお、店に入っての第1曲目として森山直太朗の反戦歌「夏の終わり」を歌っている。

| | | コメント (0)

2024年6月18日 (火)

ホームドラマチャンネル「笠置シヅ子スヰング伝説」

2024年6月10日

録画しておいたホームドラマチャンネルのオリジナル特番「笠置シヅ子スヰング伝説」を見る。司会は佐藤利明。「スヰングかっぽれ ラッパと娘」「HOT CHINA 聖林(ハリウッド)見物」「HOT CHINA ほっとちゃいな」という神戸映画資料館から見つかった3本のショートフィルムが公開される。
いずれも笠置シヅ子が、SGDこと松竹楽劇団に所属していた26歳頃の映像である。

「スヰングかっぽれ ラッパと娘」には、まず、やんちゃガールズという4人組(荒川おとめ、雲井みね子、志摩佐代子、波多美喜子)の女性グループが現れ、「スヰングかっぽれ」を踊りながら歌う。続いて、笠置シズ子(笠置シヅ子)が現れ、デビュー曲の「ラッパと娘」を歌う。音声も映像も古いので途中で飛んだり、ノイズが多かったりするが、戦前の笠置シヅ子の映像は存在しないとされていただけに貴重である。単に映像を撮っているだけではなく、トランペットの映像を重ねるなど、当時としては凝った編集が施されている。トランペット独奏は斉藤広義。SGDスイングバンドのバンドマスターで、「ラッパと娘」のSP盤でもトランペットを吹いている奏者である。新交響楽団、日本交響楽団(いずれもNHK交響楽団の前身)を経て、大阪に渡り、関西交響楽団(大阪フィルハーモニー交響楽団の前身)の首席トランペット奏者として活躍した。

「HOT CHINA 聖林見物」。聖林というのは、Hollywood(柊林)のHollyをHolyだと勘違いして付けられた日本語表記である。
まず、リズム・ボーイズ(一條徹、上白潔、飛鳥亮、三上芳夫。「あすか・りょう」という人物がいるのが面白い)の「お江戸日本橋」の歌唱があり、SGDスイングバンドの演奏を経て、笠置シズ子が登場して「紺屋高尾の聖林見物」を歌う。「紺屋高尾の聖林見物」は、篠田実の浪曲「紺屋高尾」を服部良一がジャズ化したもので、途中でアニメーションが挿入され、笠置シズ子がハリウッド俳優のタイロン・パワーと出会う様が描かれている。

「HOT CHINA ほっとちゃいな」は、笠置シズ子の「ホットチャイナ」と、やんちゃガールが「支那の夜」ならぬ「支那の朝」を歌う様が収録されている。
SGDスイングバンドの華麗な演奏(予想以上に上手い)に始まり、爆竹の鳴る映像が流れて、笠置シズ子が中華風の衣装を纏って登場して歌う。普段よく見るのは、笠置シズ子が「東京ブギウギ」を発表して以降の映像なので、若くて可愛らしい頃の笠置シズ子の映像を見ることが出来るのは新鮮な心地を覚える。
やんちゃガールズは、まず「支那の夜」(李香蘭主演の同名映画の主題歌。渡辺はま子が歌った)を歌い、その後、小芝居を挟んで、中国を題材にした楽曲を次々に歌い、最後は「支那の夜」のパロディーである「支那の朝」を歌って終わる。途中でタップを踏む場面があるなど、やんちゃガールズがかなり器用な女性の集まりであることが分かる。

| | | コメント (0)

2024年6月10日 (月)

NHK「かんさい熱視線 奈良を“音楽の都”へ ピアニスト・反田恭平」

2024年5月26日

NHK「かんさい熱視線 奈良を“音楽の都”へ ピアニスト・反田恭平」を見る。昨年の11月にオンエアされたものの再放送。反田恭平が奈良県文化会館(現在は耐震工事のため休館中)の芸術監督に就任することが発表されたのを受けての再放送だと思われる。

ショパン国際コンクールで2位となり、内田光子と並ぶ日本人最高位を獲得した反田恭平であるが、1位を取れなかったことに心残りがあり、次世代から1位を取れる逸材を生み出す学び舎を作り出そうと、奈良で教育活動を始めた。反田が教育活動の拠点の条件としてあげたのが、「空気が澄んでいること」「文化・歴史的背景があること」「外国人が多く訪れる場所であること」で、それに合致するのが奈良だった。指揮活動もしている反田は、株式会社立であるジャパン・ナショナル・オーケストラ(JNO)を結成。若手の実力派を集めている。本拠地は響きの良い、やまと郡山城ホールに置いているが、あるいは芸術監督となった奈良県文化会館国際ホールに移るかも知れない。
現在、奈良県ではムジークフェストならという音楽祭が行われているが、知名度は今ひとつで、ほとんど奈良の人しか知らない。奈良フィルハーモニー管弦楽団というプロオーケストラもあるが、定期演奏会は年2回ほどで、恵まれた状態にあるとは言えないのが現状である。
そんな奈良から音楽発信をすべく、反田とJNOは世界中で演奏会を行い、反田のみならずJNOのメンバーも奈良で教育活動も行っている。

東大寺開山・良弁僧正1250年御遠忌の法要として東大寺大仏殿の前での奉納演奏を行うことになった反田とJNO。反田は大の雨男だそうで、デビュー2年目のツアーの時は毎回雨。東大寺大仏殿の前での演奏当日も雨となった。悪環境の中ではあったが、ショパンの「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」と、ブラームスの交響曲第1番が演奏される。リハーサルにもカメラが入っているが、反田と年の近いメンバー同士ということもあって、対等の立場で「仲間」として音楽が形作られていく様を見ることが出来、一世代前の指揮者とオーケストラの関係とは大分異なっていることが分かる。

| | | コメント (0)

2024年4月14日 (日)

ETV特集「未来へのETUDE ~坂本龍一監督から東北ユースオーケストラへ~」

2024年4月13日

Eテレで、ETV特集「未来へのETUDE ~坂本龍一監督から東北ユースオーケストラへ~」を見る。NHK名古屋放送局の制作。語りは、のんが務める。
東北ユースオーケストラ(TYO)は、東日本大震災で大きな被害が出た福島、宮城、岩手の3県に震災発生時に暮らしていた小学生から大学院生までの若者で結成されたオーケストラ。音楽経験は不問である。坂本龍一が創設し、監督も務めた。毎年、震災の起きた3月に定期演奏会を行っており、坂本龍一と共演を続けてきたが、昨年の3月26日に行われたコンサートに坂本龍一の姿はなく、その2日後の3月28日に坂本はこの世から旅立つことになる。坂本は26日のコンサートを病床で見守っていたことが先日放送されたNHKスペシャル「Last Days 坂本龍一 最期の日々」で明らかになった。
そして今年、坂本龍一のいない東北ユースオーケストラは、坂本の追悼演奏会を東北3県と東京で行う。指揮は結成当時から参加している栁澤寿男(やなぎさわ・としお)。坂本から直々にTYOの指揮者に指名されている。栁澤は、京都フィルハーモニー室内合奏団のミュージックパートナーとして、京都でも知られた存在である。

生前の坂本龍一との交流と、坂本亡き後のメンバーの思いや活動が中心となったドキュメンタリーであるが、象徴的な楽曲である「いま時間が傾いて」の紹介とハイライト映像が流れる。坂本が3.11のレクイエムとして東北ユースオーケストラのために作曲した「いま時間が傾いて」の第3部「predicament(苦境)」には、楽譜に音符が一切書かれていない部分が存在する。「津波のスローモーション」をイメージし、楽団員がおのおの即興で旋律を奏でるのだが、坂本はこの曲の創作メモに「自発性」を重要視するよう記している。坂本も自身の寿命がそれほど長くないことは十分に自覚していたはずで、自身がこの世を去ってからも東北ユースオーケストラに自発的に活動を続けて欲しいとのメッセージが込められているように感じられる。

今年は元日に能登半島を中心に北陸地方で大きな地震があった。東北ユースオーケストラはサントリーホールでの公演をパブリックビューイングという形で北陸地方に同時配信することに決める。富山県氷見市でのパブリックビューイングの様子が流れ、遠く離れてはいるが、被災という共通点を持つ者同士の心の通い合いが伝わってきた。

| | | コメント (0)

2022年10月13日 (木)

MBSドキュメンタリー 「【悲運の神童】天才バイオリニスト渡辺茂夫の『劇的すぎる半生』輝かしい未来から命の淵に…」

| | | コメント (0)

2022年6月20日 (月)

BSプレミアム 「忌野清志郎 ゴッホを見に行く」 2015.5.2

※2015年5月2日に再放送されたものである

今日は忌野清志郎の命日である。録画しておいたBSプレミアム「忌野清志郎 ゴッホを見に行く」を観る。2004年に収録、2010年に放送された番組の再放送。清志郎が、岩手県立美術館で行われたゴッホとミレーの展覧会を観に行くという内容である。30分足らずの短い番組。10年以上前に収録されたものだが、デジタル技術の発達により、映像は古びていない。

清志郎が高校卒業後すぐに描いた画にはゴッホの影響が濃厚であるが、その後の清志郎の画からはゴッホらしさが消えている。清志郎が53歳時収録の番組であるが、清志郎が本物のゴッホの画を観るのは実はこの時が初めてだそうだ。

ゴッホとミレーの画を見比べて、ミレーの画の方が上手いと清志郎は言う。「ゴッホは自分に負けちゃったんじゃないですかね。最後は」とも語る。

ゴッホの自分にのめり込んでいく姿勢がロックだと思っていた清志郎だが、実際はミレーの方がもっと執念深く闘っていたのがわかるそうだ。最晩年のゴッホの画は真面目に描くことを諦めてしまった白旗状態にも見えるという。

最後は東京で、ゴッホの「ひまわり」を観る。これは画を超えたパワーが感じられて良いそうだ。何だかんだで清志郎にとってはゴッホはジミ・ヘンドリックスのようなアイドル的存在なのだそうである。

| | | コメント (0)

その他のカテゴリー

2346月日 AI DVD MOVIX京都 NHK交響楽団 THEATRE E9 KYOTO YouTube …のようなもの いずみホール おすすめCD(TVサントラ) おすすめサイト おすすめCD(クラシック) おすすめCD(ジャズ) おすすめCD(ポピュラー) おすすめCD(映画音楽) お笑い その日 びわ湖ホール よしもと祇園花月 アップリンク京都 アニメ・コミック アニメーション映画 アメリカ アメリカ映画 イギリス イギリス映画 イタリア イタリア映画 ウェブログ・ココログ関連 オペラ オンライン公演 カナダ ギリシャ悲劇 グルメ・クッキング ゲーム コンサートの記 コンテンポラリーダンス コント コンビニグルメ サッカー ザ・シンフォニーホール シアター・ドラマシティ シェイクスピア シベリウス ショートフィルム ジャズ スタジアムにて スペイン スポーツ ソビエト映画 テレビドラマ デザイン トークイベント トーク番組 ドイツ ドイツ映画 ドキュメンタリー映画 ドキュメンタリー番組 ニュース ノート ハイテクノロジー バレエ パソコン・インターネット パフォーマンス パーヴォ・ヤルヴィ ピアノ ファッション・アクセサリ フィンランド フェスティバルホール フランス フランス映画 ベルギー ベートーヴェン ポーランド ポーランド映画 ミステリー ミュージカル ミュージカル映画 ヨーロッパ映画 ラーメン ロシア ロシア映画 ロームシアター京都 中国 中国映画 交通 京都 京都コンサートホール 京都シネマ 京都フィルハーモニー室内合奏団 京都劇場 京都劇評 京都四條南座 京都国立博物館 京都国立近代美術館 京都市交響楽団 京都市京セラ美術館 京都府立府民ホールアルティ 京都文化博物館 京都芸術センター 京都芸術劇場春秋座 伝説 住まい・インテリア 余談 兵庫県立芸術文化センター 写真 劇評 動画 千葉 南米 南米映画 占い 台湾映画 史の流れに 哲学 大河ドラマ 大阪 大阪フィルハーモニー交響楽団 大阪松竹座 学問・資格 宗教 宗教音楽 室内楽 小物・マスコット・インテリア 広上淳一 建築 心と体 恋愛 意識について 携帯・デジカメ 政治・社会 教育 教養番組 散文 文化・芸術 文学 文楽 旅行・地域 日本フィルハーモニー交響楽団 日本映画 日記・コラム・つぶやき 映像 映画 映画リバイバル上映 映画音楽 映画館 時代劇 書店 書籍・雑誌 書籍紹介 朗読劇 来日団体 東京 柳月堂にて 梅田芸術劇場メインホール 楽興の時 歌舞伎 正月 歴史 浮世絵 海の写真集 演劇 無明の日々 猫町通り通信・鴨東記号 祭り 笑いの林 第九 経済・政治・国際 絵画 美容・コスメ 美術 美術回廊 習慣 能・狂言 花・植物 芸能・アイドル 落語 街の想い出 言葉 講談 趣味 追悼 連続テレビ小説 邦楽 配信ドラマ 配信ライブ 野球 関西 雑学 雑感 韓国 韓国映画 音楽 音楽劇 音楽映画 音楽番組 食品 飲料 香港映画