カテゴリー「京都シネマ」の96件の記事

2025年2月12日 (水)

これまでに観た映画より(376) 「美晴に傘を」

2025年2月6日 京都シネマにて

京都シネマで、日本映画「美晴に傘を」を観る。演劇畑出身で、短編映画の制作で評価されてきた渋谷悠(しぶや・ゆう。男性)監督の初長編映画作品である。
出演:升毅、田中美里、日髙麻鈴(ひだか・まりん)、和田聰宏(わだ・そうこう)、宮本凜音(みやもと・りおん)、上原剛史(うえはら・たけし)、井上薰、阿南健治ほか。

劇中で具体的な地名が明かされることはないが、北海道の余市郡が舞台。プロデューサーの大川祥吾が余市町の出身である。

漁師の吉田善次(升毅)の息子である光雄(和田聰宏)が癌で亡くなる。光雄は詩人を志して上京。以後、故郷に戻ることはなかった。雑誌に詩は投稿していたようだが、詩だけで食べることは出来ず、新聞の校正の仕事などをしていたようである。妻と娘が二人。
善次は妻に先立たれて一人暮らし。漁師仲間がいるが、付き合いは余り良い方ではない。東京で行われた光雄の葬儀にも出なかった善次であるが、そんな善次の下を、光雄の妻の透子(田中美里)、光雄の長女の美晴(日髙麻鈴)と次女の凛(宮本凜音)が訪ねてくる。こちらで光雄の四十九日を行うのだ。強引に押しかけた三人は善次の家で寝泊まりし、四十九日が終わっても帰ろうとしない。

小さな漁師町の余市には、透子のような美人はいない。ということで男どもが色めきだつ。光雄の遺言により、透子は白地の涼やかなワンピースに赤い口紅を塗って墓前に立ち、顰蹙を買うも、光雄の遺言だからと気にしない。

長女の美晴は、聴覚過敏を持つ自閉症である。自閉症は名称だけは有名だが、実態はよく知られていない症状である。基本的に知能は低く、視線が合わない、会話が上手く出来ないなどコミュニケーションの障害がある(かつてカナータイプと呼ばれたもの)。知能が正常、もしくは高い自閉症を以前はアスペルガー症候群や高機能自閉症といったが、差別的に用いられたこともあって(一見、普通の人なのだがコミュニケーションや想像力に問題があるため却って差別されやすい)、今はASDや自閉症スペクトラムという呼び方になったが、却って分かりにくくなったように思う。
美晴は二十歳だが、知能が低いタイプなので年齢よりはかなり幼く、不思議な手の動きなどを行う(これも自閉症の典型的な症状の一つ)。また擬音(オノマトペ)を好む。美晴は光雄が残してくれた絵本「美晴に傘を」を透子に朗読して貰うのが好きだ。次女の凛は、少々生意気な性格だが、姉を守る必要もあってかしっかりしている。
実は、善次は、文章が苦手である。当然ながら義務教育は受けているはずなのだが、生来苦手なのか漢字などが上手く書けず、文章にも自信がない。そこで書道家の正野(井上薰)が開いている書き方教室のようなものに通い始めたのだが、最近はサボり気味。実は、売れないとはいえ、詩を書いている息子に送るのに恥ずかしくない手紙を書くべく、習おうとしていたのだった。しかし、息子が病気に倒れたのを知り、更に亡くなったとあっては、書き方を習う必要はなくなってしまったのだった。

実は善次は光雄のことをずっと気に掛けており、光雄の詩が載った雑誌を購入して、息子の詩を全て暗唱していた。童謡のような詩を書く人だったことが分かる。

善次の仲間は個性豊か。二郎(阿南健治)は、俳句(川柳。無季俳句)を生き甲斐としているが、詠むのはエロ俳句ばかり。雑誌に投稿もしているようだがかすりもしない。妻に先立たれたようだが、娘のさくらは美容室を開いている。そんなある日、二郎の俳句が有名な専門誌に採用される。さくらは得意になってその雑誌を何冊も買い、知り合いに配るのだが実は……。

居酒屋が人々の行きつけの場所になっており、ほとんどの客は地元出身者なのだが、桐生(上原剛史)だけは東京からワイン造りのために余市へ越してきている。郊外に広大なワイン畑を所有していた。

美晴の夢の中では、光雄は傘売りのおじさんとなって登場。傘を様々なものに見立てて手渡すが、ある日、骨だけの傘を美晴に手渡す。

透子は当然ながら美晴のことを心配している。就職も恋愛も無理。自分が美晴を守らなかったら誰が美晴を守ってくれるのか。しかしそれが過保護になっていたことにある日気付く。凛の指摘もあった。透子は美晴のオノマトペの世界の豊穣さにも目を見張らされるようになる。

傘は守りの象徴だが、守られてばかりでは自由がなくなる。骨だけの傘は自由への第一歩の象徴でもあったのだと思われる。

ラストは善次と透子によるモノローグと、美晴の象徴的なシーン。モノローグのシーンにはリアリティはなく、少し恥ずかしい感じもするのだが、これぐらい語らないと伝わらないということでもある。メッセージを伝えることはリアリティよりも重要である。伝わらないくらいならリアリティを無視するのも手だと思われる。

夫に先立たれた妻と聴覚過敏を持つ自閉症の娘。息子を若くして亡くした父親というシリアスな設定なのだが、大声で笑える場面も用意されており、「良作」という印象を受ける。俳優陣も優秀。自閉症は圧倒的に男子に多く、女子は少ないのだが、日髙麻鈴は、実際の自閉症の女子に接して、役作りに励んだものと思われる。良い演技だ。

田舎に突如として美女が現れ、男達の心にさざ波を起こすという展開に、竹中直人監督の映画「119」を思い出した。「119」の鈴木京香は当時25歳で大学院生の役であったが、田中美里は今年48歳で透子も同世代と思われ、若くはない。それでもやはり男は美人に弱い。

ノスタルジックな余市の風景、美しいブドウ畑など映像面でも魅力的であり、多くの人に推せる作品となっている。

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2025年2月 5日 (水)

これまでに観た映画より(374) 「港に灯がともる」

2025年1月27日 京都シネマにて

京都シネマで、日本映画「港に灯がともる」を観る。NHK大阪放送局(JOBK)の安達もじり監督(鷲田清一の娘。BK制作の連続テレビ小説「カムカムエヴリバティ」チーフ演出)作品。
作品によって体重や体型を変えて挑むことで、「日本の女デ・ニーロ」と呼ばれることもある富田望生(みう)の映画初主演作である。富田望生はBK制作の連続テレビ小説「ブギウギ」に、ヒロインである福来スズ子(趣里)の付き人、小林小夜役で出演。この時はふっくらした体型と顔であったが、撮影が終わってから体重を落とし、「ブギウギ」が終盤に差し掛かった頃に「あさイチ」に出演。見た目がまるっきり変わっていたため誰だか分からない視聴者が続出し、話題となっている。今回の映画ではスッキリとしたスタイルで出演。出演は、富田望生のほかに、伊藤万理華、青木柚(ゆず)、山之内すず、中川わさ美(わさび)、MC NAM、田中健太郎、土村芳(つちむら・かほ)、渡辺真起子、山中崇、麻生祐未、甲本雅裕ほか。脚本:安達もじり&川島天見。音楽担当は引っ越し魔の作曲家としても知られる世武裕子(せぶ・ひろこ)。

 

富田望生は、2000年、福島県いわき市の生まれ。2011年の東日本大震災で被災し、家族で東京に移住。「テレビに出れば、福島の友達が自分を見てくれるかも」との思いから女優を志し、オーディションに合格。ただその時は太めの体型の女の子の役だったので、母親の協力を得てたっぷり食べて体重を増やし、撮影に臨んだ。その後も体重や体型を変えながら女優を続けている。痩せやすい体質だそうで、体重を増やす方難しいそうである。多くの人が羨ましがりそうだが。
初舞台は長塚圭史演出の「ハングマン」で、この時は太めの体型の役。太めの体型をいじられて不登校になっている女の子の役だったはずである。私はロームシアター京都サウスホールでこの作品を観ている。
「港に灯がともる」では、主題歌「ちょっと話を聞いて」の作詞も行っている。

 

海の見える診察室。神戸市垂水区。金子灯(かねこ・あかり。通名で、本名は金灯。演じるのは富田望生)は、精神科医である富川和泉(渡辺真起子)に、「自分には何もない、なりたいものもない」と泣きながら告げている。
灯は、神戸在住の在日韓国人であり、韓国籍であるが、自分のことを韓国人だと思ったことはない。また生まれたのは、阪神・淡路大震災の起きた翌月(1995年2月)であり、当然ながら震災の記憶はない。そのため、在日韓国人や神戸出身であることを背負わされるのに倦んでいる。時は、2015年。灯は、ノエビアスタジアム神戸(御崎公園球技場)で行われた成人式に出席する。式では震災に負けない心を歌詞にした歌が流れた。
その2年前に神戸中央工業高校(架空の高校である)を卒業した灯は、技能を生かすため、造船工場に就職。社員寮で一人暮らしを始める。しかし、この頃に両親が長年の不仲を経て別居。また姉の美悠(伊藤万理華)が、日本に帰化したいと言い始める。日本人と結婚すると国際結婚になるため、韓国側と書類等、様々な手続きを行わなければならない。両親は在日韓国人同士の結婚だが、自分はそれは嫌である。父親の一雄(甲本雅裕)は出て行ったので、母親の栄美子(麻生祐未)と美悠と灯、そして弟の滉一(青木柚)の三人で帰化を申し出ることにする。この頃から灯は感情の起伏が激しくなり、精神科に通うことになる。最初に訪れた精神科は薬の増減を調節するだけであり、病状は良くならず、灯は工場を辞めることになる。その後、垂水区にある精神科のクリニックを紹介された灯。冒頭にも登場するその病院は、話を聞いてくれる女医さんが院長で、灯には合い、更にクリニックが行っているデイケアにも通うようになる。そこに通う患者の中に在日韓国人の男性がいた。偏見やらなんやらでうんざりしているらしい。

病状も快方に向かったので、再就職活動を始める灯。しかし、ブランクがある上に履歴書に「療養のため」と正直に書いたこともあって不採用の嵐。だが、療養のことを理由に落とす会社は採用されても理解が得られないということで、何も変えずに就職活動を続ける。そして、南京町の近くにある小さな建設事務所に就職が決まる。所長の青山(山中崇)と同じ工業高校の出身だったこともプラスとなったようだ。しかし、小さな事務所。大手事務所のような華やかな仕事は回ってこない。長田区にある丸五市場のリフォームを手掛けることになった灯達。外国人居住者の多い場所であり、灯の家族も震災に遭うまではこの近くに住んでいて、その後も今の家に移るまでは長田区内の仮設住宅に住んでいた。仕事は思うように進まないが、ようやく軌道に乗り始めた頃にコロナが襲い、計画は中断せざるを得なくなる……。

阪神・淡路大震災を意識した映画であり、発生から30年に当たる1月17日に封切られている。ただ震災を直接描くことはなく、むしろ災害や国籍などを背負わされることの息苦しさが描かれている。
無論、灯に記憶がないからといって、震災の影響を全く受けていないということはなく、父親の一雄が帰化を拒む理由となったのも震災であり、灯が両親と祖母と姉とで元々住んでいた長田区ではなく別の場所で住むようになった(現住所は一瞬だけ映るが確認出来なかった)のも震災がきっかけであり、今の人間関係も震災を経て生まれたものである。
ただ結論としては、灯が記したように「私は私として生まれてしまった。」ということで、過去に縛られずに今ここにいる自分を生きていくことに決めるのだった。この思いは、富田望生の手による主題歌の歌詞のラストにも登場する。

富田望生は、繊細な動きによる演技が特徴。間の取り方も上手い。美人タイプではないが、親しみの持てる容姿であり、今後も長く活躍していけそうである。

安達もじり監督がNHKの人ということもあって、ワンカットの長回しによるシーンが随所に登場する。見る者に「リアルタイム」を感じさせる手法である。演者によって好き嫌いが分かれそうだが、感情を途切れさせずに演じることが出来るため、没入型の演技を好む人には向いていそうである。また、ずっと演じていられるため、映像よりも舞台で演じることが好きな人は喜ぶであろう。

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2025年1月24日 (金)

これまでに観た映画より(367) 相米慎二監督作品「お引越し」4Kリマスター版(2K上映)

2025年1月22日 京都シネマにて

京都シネマで、相米慎二監督作品「お引越し」を観る。4Kリマスター版であるが、京都シネマでは2Kでの上映である。1993年の作品。讀賣テレビ放送の制作。原作:ひこ・田中。出演:中井貴一、桜田淳子、田畑智子、茂山逸平、千原しのぶ、青木秋美(現・遠野なぎこ)、円広志、笑福亭鶴瓶ほか。音楽:三枝成彰。チェロ独奏を行っているのは、東京交響楽団首席チェロ奏者時代の山本祐ノ介(やまもと・ゆうのすけ)。山本直純の息子であり、今は父の跡を継ぐ形で、ポピュラー系に強い指揮者として父親譲りの赤いタキシードを着て活躍している。

祇園の老舗料亭・鳥居本のお嬢さんである田畑智子のデビュー作(当時12歳)。今は名女優となっている田畑智子であるが、演技経験はこの時が初めてということもあり、必ずしも名子役ではなかったというのが興味深い。その後、努力して演技力を身につけたのだろう。ただこの時点でも表情などはかなり良く、演技のセンスが感じられる。

京都と滋賀県内が舞台となっており、セリフは京言葉が用いられている。「お引越し」というタイトルからは一家総出の引っ越しを連想させられるが、実際は、レンコ(田畑智子)の父親であるケンイチ(中井貴一)と母親であるナズナ(桜田淳子)の別居のお話である。ケンイチが家を出て行って、マンションの一室に引っ越したのだ。ナズナは離婚届を用意しているのだが、判はまだ押していないようだ。レンコはナズナと共に元いた家で暮らすことになるが、ケンイチのマンションにも時折出掛けている。ケンイチとナズナも週に1回は会って、レンコも入れて3人で食事を行っているようである。
ナズナはレンコとの間に契約書を作るが、レンコはそれが不満である。

公開時には、桜田淳子と田畑智子が高い評価を受けたが、桜田淳子は統一教会の問題で、以後、映画作品に出ることはなくなってしまっている。

京都のあちこちにある名所が映されるのだが、そのため、小学校の昼休みの間の移動なのに恐ろしく遠いところまで足を運ぶということになってしまっている(京都の人でないとそのことには気付かないだろう)。祇園祭、松ヶ崎妙法の「妙」の字の送り火や大谷祖廟(東大谷)の万灯会など、京都らしい夏の風物も画面を彩る。
また、この時期の小学校ではまだ「鎖国」という言葉が教えられていたり、アルコールランプを使用していたりと、今の小学校とは異なる部分が多い。田畑智子演じる漆場レンコはアルコールランプをわざと落としてボヤ騒ぎを起こしている。
関東地方からの転校生だと思われる橘理佐(青木秋美=子役時代の遠野なぎこ。彼女は実家が貧しく、親に無理矢理子役にさせられて、稼ぐよう仕向けられていた。そのことで成人してから精神が不安定になってしまう)ともレンコは上手くやる。
なお、小学校の校舎は、現在は京都市学校歴史博物館となっている、廃校になったばかりの京都市立開智小学校(御幸町通仏光寺下ル)のものが用いられている。

後半は琵琶湖畔を舞台とした幻想的な展開となる。建部大社のお祭りがあり、琵琶湖では花火が打ち上げられる。瀬田の唐橋でやり取りをするナズナとレンコだったが(おそらく、現実に行った場合には人が多くて互いの声は聞こえないだろう。芝居の嘘である)、やがてレンコは森の中へと彷徨い込み、火祭り(東近江市で行われているものらしい)などが行われている幻想的な光景の中へと分け入っていく。夜が明け、レンコは琵琶湖の水につかった両親を見つける……。

夏に焦点を当てた作品だが、ラストではレンコが一気に成長し、中学生になったことが分かるようになっている。

前半と後半でかなり趣の異なる映画であるが、日本的な抒情を感じさせる映像美がことのほか印象的な作品になっている。そうした点では相米作品の中でも異色の一本である。
4Kリマスター版は、2023年のヴェネツィア国際映画祭で、最優秀復元映画賞を受賞した。

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2025年1月22日 (水)

これまでに観た映画より(365) 相米慎二監督作品「夏の庭 The Friends」4Kリマスター版(2K上映)

2025年1月16日 京都シネマにて

京都シネマで、日本映画「夏の庭 The Friends」を観る。相米慎二監督作品。1994年のロードショー時に、テアトル新宿で観ている作品である。原作:湯本香樹実(ゆもと・かずみ)、脚本:田中陽造。出演:三國連太郎、坂田直樹、王泰貴、牧野憲一、戸田菜穂、根本りつ子、寺田農、笑福亭鶴瓶、矢崎滋、柄本明、淡島千景ほか。エンディングテーマ:ZARD「Boy」。4Kリマスター版によるリバイバル上映であるが、京都シネマでは2Kでの上映となる。

戸田菜穂のスクリーンデビュー作としても知られている作品である。朝ドラ「ええにょぼ」でヒロインを務め、当時、期待の新進女優であった戸田菜穂であるが、玉川大学でフランス語を専攻し、たびたび渡仏するなど、女優以外にやりたいことがあったような気もする。現在も女優としての活動を続けているが、脇役中心で、期待されたほどではなかったというのが正直なところである。この映画でも、まだ若いとはいえ、感情表現が一本調子なところがあるなど、演技が達者とは言えないことが分かる。本人も自覚していて、そのため演技以外のものへも手を伸ばしていたのかも知れないが、本当のところは本人にしか分からない。
10年ほど前になるが、NHKBSプレミアム(当時)の「ランチのアッコちゃん」で演じた遣り手の女はなかなか良かったように思うが(蓮佛美沙子とのW主演)。

神戸市が舞台となっており、出演者全員が神戸弁を話すが、郊外の住宅地が舞台となっているため、一目見て「神戸らしい」シーンは一つもない。阪神・淡路大震災で壊滅的な打撃を被る直前の神戸が描かれているが、神戸らしいシーンがないので貴重な映像という訳でもないようだ。

サッカーチームに所属する三人の少年と、一人の老人の一風変わった交流を描いた作品。全て夏休み中の出来事なので、授業のシーンなどはない(学校のプール開放日の場面は存在する)。

前年の1993年にJリーグが発足。サッカー熱が今よりも高かった時代の話である。ちなみにこの映画が公開された1994年の夏は「史上最も暑い夏」と言われ、翌1995年の夏も「史上最も暑い8月」と呼ばれた。前年の1993年は記録的な冷夏であり、気候が不安定だった時期である。とはいえ、夏の気温は近年の方が高いように思う。

少年サッカークラブに所属する木山(坂田直樹)、河辺(王泰貴)、山下(牧野憲一)の三人は、庭が草ボウボウのボロ屋に住む老人(三國連太郎)が今にも死にそうだとの噂を聞きつけて、様子を探りに行く。少年達を見つけた老人は、追い払おうとし、迷惑そうな様子を見せるが、一転して子どもたちを歓迎するようになる。寂しかったのだと思われる。老人の庭の草むしりをし、コスモスの種を植え、屋根のペンキ塗りなどをする三人。
そこに姿を見せたのは三人の担任教師である近藤静香(戸田菜穂)。実は静香は老人、傳法喜八(でんぽう・きはち)の孫であった。
喜八は戦争中にフィリピンに赴き、当地の一家を銃で惨殺したことがあった。若い女が家から飛び出したが、喜八は追いかけ、射殺した。近づいて見て女が妊娠していることに気付いた。
喜八は戦前に結婚しており、妻の古香弥生(淡島千景)との間には、喜八が戦地にいる間に娘が生まれていた。その娘の子どもが静香なのだが、戦争が終わっても喜八は弥生の下には戻らず、孤独な暮らしを続けていたのだった。はっきりとは描かれていないが罪の意識があったのだろう。

子どもたちと老人の交流を軸に、死や戦争についても描いた作品。夏休みの子どもたちが主人公ではあるが、深みはある。
31年前はそれほどでもなかったが、今見ると、佐藤浩市が三國連太郎の息子であるのは明白である。顔や雰囲気がやはり似てくる。

31年前に一度観たきりの作品であり、ほとんどの場面は記憶から失せていたが、戸田菜穂が林檎を丸かじりするシーンは不思議と鮮明に覚えていた。

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2025年1月 3日 (金)

これまでに観た映画より(361) 「バグダッド・カフェ」

2024年12月26日 京都シネマにて

京都シネマで、西ドイツ制作の映画「バグダッド・カフェ」の4Kレストア版(京都シネマでは2K上映)を観る。1987年の制作。ベルリンの壁崩壊の2年前である。
かなり有名な作品であるが、テーマ曲である「Calling You」は、ひょっとしたら映画以上に有名かも知れない。
「バグダッド・カフェ」というタイトルであるが、イラクの首都であるバグダッドが舞台になっている訳ではなく、アメリカ・カリフォルニア州にあるモハーヴェ砂漠の真ん中、バグダッドで営業を行っているモーテル兼ガソリンスタンド兼ダイナーのバグダッド・カフェというカフェが主舞台となっている。というより一部を除けば、バグダッド・カフェの周辺で全て完結している。
パーシー・アドロン監督作品。なお、アドロン監督は今年(2024年)の3月に死去したそうである。
出演:マリアンネ・ゲーゼブレヒト、CCH・パウンダー、ジャック・パランス、クリスティーネ・カウフマンほか。

大人のための一種の寓話である。

バグダッド・カフェのオーナーは黒人女性であるブレンダ。夫と娘がいるが、家庭が上手くいっているとは言えないようである。そんなバグダッド・カフェをヤスミンという中年女性が訪れる。ドイツ人のヤスミンは夫婦でアメリカを旅していたのだが、車が故障したのをきっかけに夫婦喧嘩を起こし、夫と別れてバグダッド・カフェを訪れたのだった。ヤスミンは部屋の内装を勝手に変えるなど奔放なところがあり、バグダッド・カフェに住み着いてしまう。バグダッド・カフェには様々な人種や指向、前歴を持った人が集まってくる。やがて手品を習得したヤスミン。その手品が受けて、バグダッド・カフェは盛況となる。
バグダッド・カフェの近くのコンテナで生活しているコックスは、元はハリウッドで舞台美術の仕事をしていた(ヤスミンは俳優だったと勘違いしていた)。コックスは、ヤスミンをモデルにした肖像画を描きたいという申し出、ヤスミンはそれを受け入れる。
順調に行くかに見えた日々だったが、保安官のアーニーがバグダッド・カフェを訪れ、ヤスミンに「ビザが切れている。グリーンカードを持っていないとこの先、ここでは生活出来ない」と告げる。バグダッド・カフェを去る決意をしたヤスミンだったが……。

不思議な感触を持った映画である。ヤスミンは太めの中年女性なのであるが、時折、「この人は人間ではなくて妖精か何かなのではないか」と思わせられるところがある。手品の習得も異様に早く、高度な技もこなせるようになる。
時の経過は、いつもピアノの練習をしているサロモの上達ぶりによって観客に知らされる。J・S・バッハの曲をたどたどしく弾いていたサロモだが、最終的にはジャズ風の即興的な曲もバリバリ弾きこなせるようになる。

個性豊かな面々が、不毛な砂漠の真ん中のバグダッド・カフェで至福の時を見つけ、もう若いとはいえないヤスミンとコックスは接近する。
都会で多数派のように生きることだけが幸せではないと教えてくれる佳編である。

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2024年12月13日 (金)

これまでに観た映画より(358) 「BACK TO BLACK エイミーのすべて」

2024年11月27日 京都シネマにて

京都シネマで、イギリス・フランス・アメリカ合作映画「BACK TO BLACK エイミーのすべて」を観る。27クラブのメンバーとなってしまったイギリスのシンガーソングライター、エイミー・ワインハウスの人生を描いた作品である。監督:サム・テイラー=ジョンソン。脚本:マット・グリーンハルシュ、出演:マリア・アベラ、ジャック・オコンネル、エディ・マーサン、ジュリエット・コーワン、サム・ブキャナン、レスリー・マンヴィルほか。

27クラブの説明から行いたい。英語圏では27歳で早逝するミュージシャンが多く、この不吉な年齢で亡くなった場合、「27クラブに入った」と見なされる。27歳は若いので、自然死や病死の人は少なく、オーバードーズや自殺など、世間から見て「良くない」とされる死に方をしている人が大半である。エイミー・ワインハウスも急性アルコール中毒で、一応、病気の範疇には入るが、つまりは酒の飲み過ぎで、自ら死を招いている。
27クラブの主なメンバーには、ジミ・ヘンドリックス(変死)、ジャニス・ジョプリン(オーバードーズ)、ジム・モリソン(心臓発作であるがオーバードーズの可能性が高い)、カート・コバーン(自殺)がいる。

「私の歌を聴くことで現実を5分だけでも忘れることが出来たら」との思いで歌い続けるエイミー・ワインハウス(マリア・アベラ)。音楽好きの一家の生まれ、に見えるのだが、すでに両親は別居していることが分かる。演劇学校に合格し、入学当初は「ジュディ・ガーランドの再来」などと期待されるも素行不良で退学に。煙草と酒が好きでドラッグにも手を出すなど、かなりだらしない人という印象も受ける。特にアルコールには目がなかったようで、酒を飲みながらライブを行うシーンがある。
この映画では描かれていないが、エイミーは、酩酊したまま舞台に上がり、ほとんどまともに歌えないまま本番を終えて、「史上最悪のコンサート」とこき下ろされたライブを行っている。これを「笑っていいとも」でタモリが紹介しており、「エイミー・ワインハウスという名前で、ワインが入っているから」と笑い話にしていたが、結果的にこの「史上最悪のコンサート」がエイミーのラストライブとなったようである。

若い頃にジャズシンガーをしていて、音楽に理解のあった祖母のシンシア(レスリー・マンヴィル)と仲が良かったエイミーだが、この祖母にすでに癌に侵されていることを告げられ、彼女が他界するといよいよ歯止めが利かなくなっていったようである。

歌手としてデビュー後に出会ったブレイク(ジャック・オコンネル)と恋仲になり、胸にブレイクの名のタトゥーを入れるエイミー。しかし、その後、ブレイクとは別れることになる。祖母のシンシアが他界した時も、エイミーは腕にシンシアのタトゥーを入れている。
ブレイクとの別れを歌った曲が、映画のタイトルにもなっている「BACK TO BLACK」である。この曲での成功により、エイミーとブレイクはよりを戻す。コンサートで、結婚したことを発表するエミリー。しかし、どうにも駄目なところのある二人は上手くいかず、ブレイクは暴行罪で逮捕。スターとなっていたエイミーはパパラッチに追い回されることになる。更にブレイクからは、「共依存の状態にあるのは良くない」と別れを切り出される。

ダイアナ妃が事故死した際も問題になったが、英国のパパラッチは相当に悪質でエイミーを精神的に追い詰めていく。そしてエイミーもそれほど強い女性には見えない。何かにつけ、依存する傾向がある。エイミーはリハビリのための施設に入ることを選択する。

そんな中でグラミー賞において6部門においてノミネートされ、5部門で受賞するという快挙を達成。しかしそれが最高にして最後の輝きとなった。

以後もリハビリを続けたエイミーだが、映画では描かれなかった「史上最悪のコンサート」などを経て、同じ年にロンドンの自宅で遺体となって発見される。享年27。27クラブへの仲間入りだった。生前、エイミーは27クラブに入ることを恐れていたと言われている。自堕落な生活に不安もあったのだろう。
才能がありながらいい加減な生活を送って身を滅ぼした愚かな女で済ませることも出来なくはない。だが彼女の人生には人間が本来抱えている弱さと、周囲の容赦のなさが反映されているように思える。あそこまでされると生きる気力をなくす人も多いだろう。親族と親密な関係を築けたのがせめてもの幸いだろうか。

ライブシーンなども多く、マリサ・アベラ本人によると思われる歌唱も臨場感があって、イギリスの一時代を彩った歌姫の世界を間接的にではあるが味わうことが出来る。
エイミーの姿が悲惨なので、好まない人もいるかも知れないが、音楽映画として優れているように思う。

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2024年12月 5日 (木)

これまでに観た映画より(356) 永瀬正敏&土居志央梨「二人ノ世界」

2024年12月2日 京都シネマにて

京都シネマで日本映画「二人ノ世界」を観る。永瀬正敏&土居志央梨W主演作。土居志央梨がNHK連続テレビ小説「虎に翼」の山田よね役でブレークしたのを受けての再上映である。2020年公開の映画で、2017年の制作とあるので、撮影もそれよりちょっと前かと思ったのだが、土居志央梨がX(旧Twitter)で、「21歳の時に撮影」と書いており、土居志央梨は現在31歳なので約10年前に撮られているということになる。何らかの理由で公開までに時間が掛かったようだ。プロデューサーは複数名いるが、メインは林海象。林海象と永瀬正敏は、「濱マイク」三部作を作り上げている盟友であり、土居志央梨は林海象の京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)映画学科の教え子である。黒木華や土居志央梨は映画俳優コースの出身で、黒木華もプロフィールに「林海象に師事」と書いてあったりするのだが、林さんは演技自体の指導は出来ないはずなので、演出を付けて貰ったという意味なのだと思われる。原作・脚本:松下隆一(第10回日本シナリオ大賞佳作)、監督:藤本啓太。製作協力に、北白川派(林海象を発起人として京都造形芸術大学映画学科を中心に興った映画製作グループ)と京都芸術大学、京都芸術大学映画学科が名を連ねている。

出演は、永瀬正敏と土居志央梨の他に、牧口元美、近藤和見、重森三果、勝谷誠彦、宮川はるの等。余り有名な俳優は出ていない。

面白いのは、若き日の土居志央梨の声が松たか子そっくりだということ。多分、音声だけだとどちらがどちらなのか分からないほどよく似ている。顔の輪郭が同じような感じで頬もふっくらしているという共通点があるため、声も自然と似たものになるのであろう。

京都市が舞台である。元日本画家の高木俊作(永瀬正敏)は、36歳の時にバイク事故で脊髄を損傷し、首から下が不自由になる。画家時代は東京で暮らしていたが、今は京都の西陣にある実家で寝たきりの生活を送っている。母親が介護していたが4年前に他界。今は父親の呉平が介護を担っているが、高齢であるため、ヘルパーを雇おうとしている。しかし俊作はヘルパーが気に入らず、毎回、セクハラの言葉を浴びせて追い返していた。困った呉平はラジオに投稿。採用され、ラジオのパーソナリティーと窮状について話をする。そのラジオを聴いて、ヘルパーとして無理矢理押しかけてきた若い女性がいた。目の見えない平原華恵(土居志央梨)である(27歳という設定)。「虎に翼」にも花江という名の女性が出てきたが(森田望智が演じた)、こちらにも字は違うが「はなえ」が出てくるのが面白い。
華恵は、目が見えないということで、求人に応募しては不採用という状態が続いていることが冒頭で示されている。
俊作も、華恵に関しては卑猥な言葉を吐かず、取りあえず受け入れることになる。目が見えないので、本当にヘルパーが務まるのか、みな疑問視するが、何とかなっている。ちなみに華恵はヘルパーの資格は持っていない。京都のどこかは分からないが、屋外にゴミゴミした風景が広がる場所に住み、煙草をたしなむ。幼い頃に右目を失明し、5年前に左目の光も失ったようだ(視覚障害者のための団体、京都ライトハウスが撮影に協力している)。
これまで俊作は、女性ヘルパーに会ってすぐにセクハラに及んでいるため、顔が気に入らなかったのだろうか。面食いなのかも知れない。
俊作には、小学校の頃からの付き合いで、写真館を営む後藤という友人がいる。後藤にAVを貸して貰って見るのが習慣になっているようで、華恵の前でもAV鑑賞を行おうとする。後藤はたしなめるが、華恵が、「私は別に構いませんよ」と言ったため、介護を受けながらAVを見る(スクリーンからはあえぎ声だけ聞こえる)という妙な場面があったりする。
呉平の健康状態が良くなく、緊急入院することに(勝谷誠彦が医師役で出ている)。華恵は俊作を安心させるため、「検査入院」と告げたが、もう長くないのは明らかだった。
呉平の葬儀の日。いかにも意地悪そうな親戚のおばさん達(かなりステレオタイプの京都人といった感じである)は、目が見えず、無資格の華恵が俊作のヘルパーを続けていることに疑問を呈する……。


障害者を扱った思い作品だが、障害者が直面するシリアスな問題には本格的には触れず(そういった問題はドキュメンタリー映画で扱うのが適当だろう。ただ印象に残る場面はいくつもある)、障害者二人の心の接近が主に描かれている。俊作が事故に遭う以前に描いた鶴のつがいの絵を華恵が撫でて指先で読み取るシーンが印象的である。最初は寝てばかりだった俊作だが、華恵と屋外に出るようになる。
ロケ地の協力先として宝ヶ池公園などの名が上がっているが、宝ヶ池は映らず、公園内のその他の部分で撮影が行われている。また京都大学の北にある百万遍知恩寺での大念珠繰りの行事を二人がテレビで見る場面があり、その後、二人が屋台のある場所に出掛けるのだが、ここはどうも知恩寺ではないように思われる。百万遍知恩寺には余り屋台が出ることはない。どこなのかは少し気になる(吉田神社などは屋台がよく出ているが、吉田神社が協力したというクレジットはない)。
二人とも障害者であることを卑下する言葉を吐くことがあるが、華恵は、「私も俊作さんも普通の人間なのに。私は目が見えないだけ、俊作さんは体が動かないだけ」と障害者が置かれた理不尽な立場を嘆いたりもする。華恵は目の焦点が合っていないので、外に出る時はサングラスをして誤魔化しているのだが、バスに乗ったときに、席を譲って貰って座るも、女の子から、「このお姉ちゃん目が見えないの?」と言われ、明るく「何にも見えないよ」と返したが、女の子は何も応えないなど、一番傷つくやり方をされてもいる。
俊作も、「俺たち、色々と諦めなくちゃいけないのかな」と弱音を吐くが、その直後に路上で痙攣を起こし、病院に運ばれる。駆けつけた親戚から華恵は、俊作にもう会わないようにと告げられる。


ラストシーンではベッドインする二人。このまま障害者二人でやっていけるのかどうかそれは分からないが、障害者としてではなく男女として巡り会えた喜びが、今この時だけだったとしても描かれているのが救いである。


障害者ではあるが、ギラギラした生命力を感じさせる永瀬正敏の演技と、しっとりとした土居志央梨の演技の対比の妙がある。重く地味な作品ではあるのだが、独特の空気感が映画を味わい深いものにしている。
まだ京都造形芸術大学の学生だった土居志央梨の、山田よねとは正反対の瑞々しい演技も見物。しかしここから売れるまでに10年かかるのだから女優というのも大変な職業である。

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2024年11月26日 (火)

これまでに観た映画より(354) 河合優実主演「ナミビアの砂漠」

2024年11月18日 京都シネマにて

京都シネマで、「ナミビアの砂漠」を観る。山中瑶子第1回長編監督作品。出演:河合優実、金子大地、寛一郎(かんいちろう)、新谷(しんたに)ゆずみ、中島歩(男性)、唐田えりか、渋谷采郁(しぶたに・あやか)、澁谷麻美(しぶや・あさみ)、倉田萌衣(くらた・もえ)、伊島空(いじま・くう。男性)、堀部圭亮、渡辺真起子ほか。名前が読めない人と男だか女だか分からない人が多い。
カンヌ国際映画祭国際映画批評家連盟賞受賞作品である。

映画界では名を知られていたが、一般にはほぼ無名に近かった河合優実であるが、今年はテレビドラマに立て続けに出演してブレイク。2024年に最も知名度を挙げた女優となった。
また、何の情報も入れずに観たため、いきなり唐田えりかが出てきてビックリする。映画ではすでに出演OKとなっているようだ。ただテレビの地上波ではまだ自粛状態のようである(BSには出ているらしい)。彼女も千葉県出身の女優で、顔は割と好きな方であるが、性格的には余り近づきたくないタイプである。この人は若いのに計算高さが顔に出てしまっている。

先に書いておくが、下系の話や場面が多く出てくるので、その手の映画が苦手な人は避けた方がいい作品である。また嘔吐シーンなども出てくるので、そういった場面が苦手な人も観ない方が良いと思われる。

変わった趣向の映画で、主人公のカナ(河合優実。苗字はミヤマであるが、どのような字なのかは分からない。「三山」などの場合は全国的な苗字、「深山」の場合は千葉県固有の苗字である)が最初から出てくるのだが、このカナが何者なのかがなかなか分からない。学生時代の女友達のイチカ(新谷ゆづみ)と会い、かつての同級生のチアキが自殺したという話を聞かされるのだが、この話はその後のどこにも繋がっておらず、やはりカナの詳しい事情は分からない。次第にカナが複数の男性と付き合い、そのうちの一人と同棲していることが分かってくる。年齢はかなり後の方になって21歳であることが明かされる。タイトルも話が大分進んでから表示される。変わった映画である。カナは同棲相手を乗り換えている。

ストーリーらしいストーリーはなく、ナミビアの砂漠が舞台になることもない。砂漠はカナ達の荒涼とした心象風景のことだと思われる。先行きが見通せない作品でもある。

カナが脱毛エステのスタッフとして働いていることが分かる。この手のスタッフで正社員というのはほぼないのでアルバイトと思われたが、遅く出掛けて早く帰ってくる、また簡単にクビになるため、やはりアルバイトであることが分かる。口調は丁寧だが、心は全くこもっておらず、好きで仕事にしている訳でもないようだ。男にもてるので割と気楽に過ごしているようである。
ただ、このカナ、かなり暴力的な性格で、彼氏としょっちゅう殴り合いの喧嘩になる。出来ることなら近づきたくないタイプである。

ワンカットの長回しが多いのが特徴。リハーサルを何度も重ねて演劇的に撮影していることが察せられる。暴力シーンもワンカメラワンシーンかカメラ2台で撮られることが多いが、かなり危ない動きや場面も見られるので、何度もリハーサルは重ねているものと思われる。ただそのために、段取りが良すぎて吉本新喜劇の喧嘩の場面に見えてしまったりもする。
カナが階段を転がり落ちるシーンがあるのだが、あれは河合優実が実際に落ちているのだろうか。普通ならスタントマンを使うところだが。男優ならスタントマン並みのアクションをこなす人もいるが、河合優実の運動神経については何の情報もないので今のところはよく分からない。

河合優実は、かなり個性的な女優である。何といっても影が濃く、同じタイプの日本人女優を思い浮かべることがほとんど出来ない。歌手兼俳優の人でも中森明菜や山口百恵まで遡らないと見当たらない。薄幸が似合う若手女優はいる。メジャーどころだけでも福原遥や浜辺美波は薄幸な役がピッタリくる。ただ河合優実は薄幸ともまた違う。顔も声も可愛い系なのだが、何か暗いものを引き摺っているような感じである。他にいないタイプ(古川琴音はちょっと似てるかな)なので、今後も次々に仕事は舞い込むものと思われる。

悪い映画ではないと思う。謎を残したままストーリーが展開していき、最後は中国語の「听不懂(聞き取って理解することが出来ない)」=「分からない」を使って暗喩的に終わる。

ただ、まともな人が余り出てこないということもあり、もう一度観たいかというと「もういいかな」とも思う。

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2024年11月20日 (水)

これまでに観た映画より(352) 「グレース」

2024年11月6日 京都シネマにて

京都シネマで、ロシア映画「グレース(grace)」を観る。イリヤ・ポヴォロツキー監督作品。ウクライナ侵攻が始まる前の2021年秋に撮影されている。出演:マリア・ルキャノヴァ、ゲラ・チタヴァ、エルダル・サフィカノフ、クセニャ・クテポワほか。ロシア語の他に、バイカル語、ジョージア語が用いられている。なお、固有名詞を持った人物は登場しない、というより登場人物の名前は一人も明かされないと書いた方が分かりやすいだろか。

コーカサスの荒涼とした風景。中国映画でよくあるような冒頭付近のシーンである。赤いバンに乗って旅をする父娘。野外で映画の上映会を行ったり(多分、非合法)、裏ビデオをコピーして売りさばいたりして資金を稼いでいる(日本の商品はモザイクばかりで人気がないそうだ)。母親は他界しているが、それがいつのことなのかは分からない。チラシには娘(マリア・ルキャノヴァ)が16歳であることが書かれているが、映画では年齢は明かされない(娘が中年の女性から「あなた美人ね。何歳?」と聞かれる場面があるが答えない)。二人がいつからそんな生活をしているのかも示されない。娘は「海に行きたい」というがその理由はラストで明かされる。ただそれがどこの海なのかははっきりしない。この海と遠ざかる娘を捉えたラストシーンは印象的である。
映画の上映会で、娘は、「盗んだバイクで走」っている尾崎豊の歌の主人公のような同世代の少年(エルダル・サフィカノフ)と出会う。ちなみにバイクは父親が日本で盗んだものだそうだ。少年は設営を手伝っているが映画には興味を示さない。そしてどうやってなのかは分からないが、娘の後を追ってくる。
ポラロイドカメラでの撮影が趣味の娘。少年の後ろ姿もカメラに収める。

父親(ゲラ・チタヴァ)は観測所で仕事をしている中年女性(クセニャ・クテポワ)の家に泊めてくれるよう頼む。父親と中年女性が親しくなりつつあることに気づいた娘は、バンのフロントガラスにものをぶつけて飛び出してしまう。


ロードムービーである。特に目的地もなく彷徨う父娘は人生に迷っているようにも見える。セリフは少なく、説明もほとんどなく、様々な理由が明かされることもなく、淡々と時間の流れる映画である。ロシアの空は常に曇っており、映像にも明るさはほとんどない。
ドラマティックなこともほとんど起こらないが、流浪する父娘の「二人ぼっち」の孤独感がしんみり伝わってくる映画である。

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2024年11月11日 (月)

これまでに観た映画より(351) 「一粒の麦 荻野吟子の生涯」

2020年2月12日 京都シネマにて

京都シネマで日本映画「一粒の麦 荻野吟子の生涯」を観る。山田火砂子監督作品。出演は、若村麻由美、山本耕史、賀来千香子、佐野史郎、綿引勝彦、渡辺梓、堀内正美、平泉成、山口馬木也、柄本明、小倉一郎、渡辺哲、斉藤とも子、磯村みどり、村木路子ほか。音楽:渋谷毅。

日本初の女医である荻野吟子(若村麻由美が演じている)の伝記映画であり、日本赤十字社、日本医師会、日本女医会など多くの団体から後援を受けている。

幅広い層に訴えるため、極めてわかりやすい展開が行われている。そのためその人物の地位の説明など、後の展開には特に繋がらないセリフも多く、不自然な印象にはなっているが、荻野吟子が辿った激動の生涯はよく伝わってくる。

映画としては俳優の演技にムラがあるのが難点。多分、余りリハーサルを重ねずに撮ったと思われるテイクがいくつもあり、興ざめにはなる。子役を悪くいいたくはないが、他にもっと良い子はいなかったのだろうか。この間観た周防正行監督の「カツベン!」の子役とはかなりの開きがある。

伝記映画において余り重要とは思われなかったのか、荻野吟子の夫である志方之善(山本耕史)とのロマンスはばっさりカットされているため、荻野吟子が単なる変人と結婚したような印象を受けるのも難点である。

荻野吟子の生涯を知る上では貴重であるが、映画の完成度においては推せない作品となっている。
とはいえ、一緒に画面に映るシーンはないが、賀来千香子と佐野史郎が同じ映画に出ているというのは、なんとも懐かしい気分にさせられる。

若村麻由美と松たか子の顔がよく似てきているのが個人的には新たな発見であった。

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