カテゴリー「京都シネマ」の26件の記事

2022年12月25日 (日)

これまでに観た映画より(317) 「夜明けの詩」

2022年12月7日 京都シネマにて

京都シネマで、韓国映画「夜明けの詩(うた)」を観る。キム・ジョングァン監督作品。出演:ヨン・ウジン、イ・ジウン(歌手としての名前はIU)、キム・サンホ、イ・ジュヨン、ユン・ヘリほか。

イギリス暮らしをいったん切り上げて、冬のソウルに帰ってきた小説家のチャンソク(ヨン・ウジン)。様々な人との出会いの中で小説を仕上げることになる。既婚者であり、妻はイギリスに置いてきている。離婚の危機が目の前にある。

先に書いたとおりチャンソクが様々な人々と一対一の対話を行うことで物語が進んでいく。それぞれのエピソードについてだが、特につまらないという訳ではないが、面白くもないという最も感想に困る種類の作品である。設定など、個人的には好感を持ったが、映画好きでない人、特に芸術映画を好まない人には受けが悪いと思われる。

全体を通して夢のような淡さを湛えた空気が漂っており、見終わった後には、それこそ邦題になっている「詩」のような独特の手応えがある。ただ万人向けの作品ではないことは確かで、退屈に感じる人も多いだろう。
「観る」というより「浸る」ような感じで接するのが吉と出る映画である。

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2022年12月20日 (火)

これまでに観た映画より(316) 「天上の花」

2022年12月12日 京都シネマにて

京都シネマで、没後80年「萩原朔太郎大全2022」記念映画「天上の花」を観る。原作:萩原葉子(『天上の花――三好達治抄――』)、監督:片嶋一貴。脚本:五藤さや香&荒井晴彦。出演:東出昌大、入山法子、浦沢直樹、萩原朔美、林家たこ蔵、鎌滝恵利、関谷奈津美、鳥井功太郎、間根山雄太、川連廣明、ぎぃ子、有森也実、吹越満ほか。

萩原朔太郎の弟子である三好達治(東出昌大)と朔太郎の一番下の妹である慶子(実際の名前はアイ。演じるのは入山法子)の短い同棲生活を描いた作品である。

東京帝国大学を出た詩人の卵である三好達治は、萩原朔太郎(吹越満)の妹である慶子と出会い、一目惚れする。だが三好は詩作や翻訳を行うだけで、帝大卒とはいえ、定職に就いていないということで、慶子は難色を示す。「就職していれば結婚の可能性がある」ということで、三好は、北原白秋の弟が経営するアルスという出版社に朔太郎の口利きで入れて貰い、慶子と婚約するが、アルスは三好の入社2ヶ月後に倒産。婚約も破談となり、三好は佐藤春夫の姪である智恵子と結婚し、二児に恵まれる。一方の慶子は、詩人の佐藤惣之助と結婚。しかし惣之助が亡くなり、未亡人となった慶子に三好は果敢にアプローチ。智恵子とは離婚に至り、三好と慶子は福井県の三国で同棲生活を送ることになるのだが……。

三好も慶子も多分に不器用な人間であり、そうした不器用な人間のぶつかり合いが戦時を背景に破局へと向かっていく。普段は温和な三好だが、愛ゆえに束縛も強く、慶子へのそして詩の戦争抑止力の可能性を信じながら戦争礼賛の詩を書かねばならなかった自身への怒りが暴力へと向かっていく。ある意味、二人は似たもの同士であり、それが故に幸福には至れない運命だったのかも知れない。

スキャンダルまみれといった感じの東出昌大主演の映画だけに、観客は五指に余るほど。正直、興行的に成功するのは難しいだろう。とはいえ、東出昌大も入山法子もイメージには合っており(皮肉なことにスキャンダル後の東出昌大のイメージにまで合っている)不器用な文人達を描いた映画として一定の評価は出来るように思う。

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2022年11月22日 (火)

これまでに観た映画より(315) 「追想ジャーニー」

2022年11月21日 京都シネマにて

京都シネマで、日本映画「追想ジャーニー」を観る。谷健二監督作品。出演:藤原大祐、高橋和也、佐津川愛実、真凛、髙石あかり、岡本莉音(りおん)、伊礼姫奈(いれい・ひめな)、赤間麻里子、外山誠二ほか。上映時間60分ちょっとの中編である。

若手俳優が多数出ているため、若い人向けの作品かなとも思ったのだが、実際には中高年の背中を押すような作品であった。

文也(高橋和也)は48歳。アルバイトをしながら売れない俳優をしている。小劇場の舞台には出ているようだが、収入にはならず、駐車監視員(緑のおじさん)として何とか生計を立てている。久しぶりのテレビドラマの仕事があり、セリフはわずかだったが、それを見ていた人から、人を介してとある精神療法を紹介され……。

21世紀生まれの若い俳優達が瑞々しい演技を見せ、佐津川愛実や真凛といった中堅女優も魅力的である。それでありながら主役は高橋和也が演じる48歳の文也(18歳の文也を藤原大祐が演じている)であり、主に氷河期世代に当たる40代後半から50代前半に当たる人々への力強い応援歌が奏でられる。

予告編を観て気になり、観ることにした映画であり、設定からも「ありきたりなものなのかな」と悪い予感もしていたのだが、節目節目(劇中では「分岐点」という言葉が用いられている)でのエピソードも上手く凡庸に陥るのを回避しており、巧さを感じさせる。
「掘り出し物的逸品」と呼んでも大袈裟でないほどの好編であった。

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2022年11月10日 (木)

これまでに観た映画より(314) ドキュメンタリー映画「役者として生きる 無名塾第31期生の4人」

2022年11月1日 京都シネマにて

京都シネマで、ドキュメンタリー映画「役者として生きる 無名塾第31期生の4人」を観る。

仲代達矢が主宰する無名塾。1975年に仲代と妻の宮崎恭子と共に創設した俳優養成所である。入塾のための倍率は高く、文学座と共に「演劇界の東大」と呼ばれることもある。

無名塾に第31期生として入ったのは、上水流大陸(かみずる・たいりく)、中山正太郎、島田仁(じん)、朝日望(のぞみ。女性)の4人である。バックボーンは様々で、中山正太郎は日大一高演劇部から日大藝術学部演劇学科を卒業して入塾。上水流大陸は鹿児島高校の演劇部での活動を経て無名塾に入り、島田仁は国立香川高等専門学校の5年次に無名塾に合格、国立大学の編入試験にも合格していたが無名塾を選んでいる。朝日望は以前に無名塾に合格するも短大での学生生活より無名塾を優先させることがためらわれて一度辞退し(最終面接で、「短大は辞めて来て下さい」と言われたようである)、短大卒業後に無名塾を再度受けてまた合格し、第31期生となった。

無名塾は学費無料だがアルバイトは原則禁止であり(新入生に仲代本人が説明する場面がある)、塾生(でいいのだろか)は常に俳優としてのスキルを上達させることが望まれる。
第31期生は2017年の入塾ということで、新型コロナによる中断を経て、2021年の11月に、総決算ともいえる「左の腕」(松本清張原作、仲代達矢の演出。能登演劇堂ほかでの上演)に全員が出演することとなる。

無名塾は自主稽古が多く、無名塾の先輩からの指導で稽古をすることも比較的多く、仲代が年4回ほどの直接指導を行う。

仲代は、「俳優はアスリート」と考えを持っており、身体訓練は自主的に行うことが求められる。第31期生も、近くの砧公園でランニングを行い、それぞれが成長を自覚しているようである。

養成課程修了後に関しては仲代は、「自由にしていい。ただ演劇は続けて欲しい。技術が必要になるから」と述べている。

4人の演劇観もそれぞれ異なり、小劇場指向で、「お金のために演技をしたくない。稼ぐにはアルバイトがあるので」と昔ながらの舞台俳優としての生き方を志すメンバーもいた。

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2022年9月 6日 (火)

これまでに観た映画より(309) ウォン・カーウァイ4K「花様年華」

2022年9月1日

京都シネマで、ウォン・カーウァイ4K「花様年華」を観る。2000年の作品。脚本・監督・製作:ウォン・カーウァイ(王家衛)、撮影:クリストファー・ドイル(杜可風)&リー・ピンピン。挿入曲「夢二のテーマ」の作曲は梅林茂(沢田研二主演、鈴木清順監督の映画「夢二」より)。出演:トニー・レオン、マギー・チャン、レベッカ・パン、ライ・チン、声の出演:ポーリン・スン&ロイ・チョン。全編に渡って広東語が用いられている。

1962年から1966年までの香港と、シンガポール、カンボジアのアンコールワットなどを舞台に繰り広げられる抑制の効いた官能的な作品である。私は、ロードショー時には目にしていないが、一昨年にアップリンク京都で上映されたものを観ている。その時に書いた感想、更にはそれ以前にDVDで観た時の感想も残って、新たに付け加えることはないかも知れないが、一応、書いておく。

1962年。新聞記者のチャウ・モーワン(トニー・レオン)は、借りようとしていた部屋を先に借りた人がいることを知る。社長秘書を務める既婚のスエン夫人(マギー・チャン)である。しかし、その隣の部屋も空いたというので、その部屋を確保するチャウ。二人は同じ日に引っ越すことになる。屋台に向かう途中で、二人はすれ違うようになり、惹かれていく。だが二人とも既婚者であり、「一線を越えない」ことを誓っていた。一方で、チャウの妻とスエンの夫が不倫関係になっていたが判明する(チャウの妻とスエンの夫は後ろ向きだったりするなどして顔は見えない)……。

シンガポールに渡ったチャウ。チャウはスエンに、「一緒に行ってくれないか」と、「2046」における木村拓哉のようなセリフを話す。

ちなみにチャウが宿泊して、スエン夫人と共に執筆の仕事をしている香港ホテルの部屋のナンバーは「2046」で、この時にすでに「2046」の構想が練られていたのだと思われる。

共に結婚していたが、チャウはシンガポールに渡る際に奥さんと別れたようであり、またスエン夫人が、シンガポールのチャウの部屋に勝手に上がり込む(ウォン・カーウァイ作品のトレードマークのように頻用される場面である)際に、手がクローズアップされるのだが、薬指に指輪がない。ということでシンガポールに来る前にスエン夫人は旦那と別れた可能性が高く、その際に情事があったのだと思われる(映像には何も映っていないがそう考えるのが適当である)。

こうした、本来なら明示することを隠すことで、匂い立つような色香が全編に渡って漂うことになった。けだし名作である。

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2022年9月 4日 (日)

これまでに観た映画より(308) ウォン・カーウァイ4K「2046」

2022年8月30日 京都シネマにて

京都シネマで、ウォン・カーウァイ4K「2046」を観る。2004年に公開された映画で、日本では木村拓哉が出演したことで話題になった。それ以外にも香港のトップシンガーであったフェイ・ウォンが「恋する惑星」に続いてウォン・カーウァイ作品に出演し、「恋する惑星」同様にトニー・レオンと共演している。更には80年代の中国のトップ映画女優で、日本では「中国の山口百恵」とも呼ばれて人気であったコン・リーと、90年代以降の中国のトップ女優となったチャン・ツィイーが、共演のシーンこそないものの、同じ映画に出ているという、かなり豪華なキャスティングである。脚本・監督:ウォン・カーウァイ(王家衛)、撮影監督:クリストファー・ドイル(杜可風)。出演:トニー・レオン、木村拓哉、コン・リー(巩俐)、フェイ・ウォン(王菲)、チャン・ツィイー(章子怡)、カリーナ・ラウ、チャン・チェンほか。特別出演:マギー・チャン。音楽:ペール・ラーベン&梅林茂。

セリフは、トニー・レオンが広東語、コン・リーとチャン・ツィイーが北京語、北京出身で香港で活躍していたフェイ・ウォンが北京語と広東語、更には日本語(フェイ・ウォンは日本の連続テレビドラマに主演したことがある)、木村拓哉が日本語である。

ウォン・カーウァイ監督は、「2046という数字に大した意味はない」とも発言していたように記憶しているが、2046年は、香港の一国二制度(一国両制)が終わる年である。それを裏付けるように、木村拓哉が冒頭と中盤で「997」という、香港返還の1997年に掛かる数をカウントしている。2016年に行われたウォン・カーウァイ監督へのインタビューでは、この一国二制度のことが語られているようだ。

舞台は、1966年から1969年までの香港のクリスマス期間と、2046という未来の場所である。そして2046はトニー・レオン演じるチャウ・モーワンが住もうとしたアパートメントの番号であり、同時にチャウが書いている小説のタイトルでもある。二つの世界を行き来するということで、私は、村上春樹の『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を連想したのだが、ウォン監督のイメージでは、ガルシア=マルケスの『百年の孤独』が念頭にあり、その他に太宰治の『斜陽』などからも着想を得たそうだ。

以前にDVDを観て書いた感想があり、大筋での感想はそれとは大差ないのだが、「花様年華」ではラブシーンが一切ないのに比べ(撮影はされたようだがカットされた)、続編とも考えられるこの映画ではかなり積極的にセクシャルなシーンが用いられているというのが最大の違いであると思われる。その点において、この映画が「花様年華」の完全な続編ではないということが見て取れ、「花様年華」の異様さといってはなんだが、特異性がより際立って見えることになる。

2046は香港の一国二制度が終わる年であることは先に書いたが、そうした「境」を越える者と越えられない者の対比が描かれていると見ることも出来る。フェイ・ウォン演じるワン・ジンウェンは、木村拓哉演じる日本人のタク(本名は不明)と恋仲であり、いつか日本に行くために日本語の練習をしている。実際にこの二人は国境という具体的な境を越えて日本へと向かうことになる。
一方で、境を越えられず、かつての恋人であるスー・リーチェン(マギー・チャン)との思い出から離れようと複数の女性と関係を持ちながら抜け出せない、変われない男の姿をチャウ・モーワンに見いだすことになる。この作品にも「天使の涙」のような二項対立の構図を見出すことが出来る。

 

現実の時の流れはフィクションよりも速い。今や一国二制度は形骸化しつつあり、中国本土と香港の対立は前例を見ないほど激しいものになりつつある。私の思い描いた「2046」の香港のイメージはあくまでイメージに過ぎないのだと思い知らされるのは、想像よりも遥かに早かった。

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2022年9月 3日 (土)

これまでに観た映画より(307) ウォン・カーウァイ4K「天使の涙」

2022年8月29日 京都シネマにて

京都シネマで、ウォン・カーウァイ4K「天使の涙」を観る。ウォン・カーウァイ作品の4Kレストアの上映であるが、京都シネマでは2Kで上映される。

「天使の涙(原題:堕落天使)」は、日本では1996年にロードショーとなった作品で、私は渋谷のスペイン坂上にあったシネマライズという映画館で3度観ている。元々は、「恋する惑星(原題:重慶森林)」の第3部となるはずだった殺し屋の話が基である。「恋する惑星」は、金城武とブリジット・リン、フェイ・ウォンとトニー・レオンという2組のカップルのオムニバスで、この2つの話で映画1本分の長さとなったため、レオン・ライとミシェル・リーによる殺し屋とそのエージェントの話を独立させ、金城武演じる「5歳の時に賞味期限の切れたパイナップルを食べたのが原因で」口の利けなくなったお尋ね者の話を加えて新たな映画としたのが「天使の涙」である。そのため、「恋する惑星」と同じ要素が劇中にいくつか登場する。

監督・脚本:ウォン・カーウァイ(王家衛)、撮影監督:クリストファー・ドイル(杜可風)。出演:レオン・ライ、ミシェル・リー、金城武、チャーリー・ヤン、カレン・モク、チャン・マンルイ、チャン・ファイフン、斎藤徹ほか。

「恋する惑星」は、村上春樹の小説『ノルウェイの森』に影響を受けた映画で、原題の「重慶森林」は、香港で最も治安が悪いとされた「重慶(チョンキン)マンションの森」という意味であり、『ノルウェイの森』へのオマージュとしてタイトル以外にも、台詞回しなどを真似ている。実際、90年代半ばには村上春樹の小説の登場人物のような話し方をする若者が香港に現れており、「ハルキ族」と呼ばれていた。

「天使の涙」でも、台詞回しやナレーションは村上春樹風のものが採用されている。言語は基本的に広東語ベースだが、金城武のナレーションだけは北京語が用いられており、また斎藤徹によって日本語が話される場面がある。

「恋する惑星」が、『ノルウェイの森』のポップな面を掬い取ったのだとすると、「天使の涙」はよりシリアスな「孤独」というテーマをモチーフにしている。主要登場人物達は皆、怖ろしいほどに孤独である。

殺し屋の男とそのエージェントの女の話。殺し屋(レオン・ライ)は、「依頼を受けるだけでいい」というそれだけの理由で殺し屋を選んだ。本来は、殺し屋とそのエージェント(ミシェル・リー)が会うのは御法度のようなのであるが、二人は会っている。最初に会った日の場面がファーストカットなのだが、エージェントを演じるミシェル・リーが手にした煙草が震えている。そして二人の会話は全く弾まないどころか、ほとんど何も語られない。殺し屋の方は生まれつき無口な性格のようだが、エージェントの女は極度に社会性を欠いており、気のある男の前だと何も話せなくなってしまうようだ。そうした性格ゆえ、人と余り接しなくてすむ殺し屋のエージェントを職業として選んだようである。「恋する惑星」のフェイ・ウォン演じる女性が、トニー・レオン演じる警官のアパートに勝手に忍び込んで模様替えをしてしまうという設定は比較的知られているが、「天使の涙」でもミシェル・リー演じるエージェントの女は、レオン・ライ演じる殺し屋のアパート(ノルウェーならぬ、「第一フィンランド館(芬蘭館)」という名前である)に留守中に上がり込み、勝手に掃除し、ゴミを漁るという行動に出ている。ゴミの中から名前を見つけた殺し屋行きつけのバーに通い、自宅では殺し屋のことを思いながら自慰にふける(この自慰の場面は、映画史上においてかなり有名である)。だが、性格から勘案するに、エージェントの女が男性経験を有しているのかどうか微妙である。あの性格では男とベッドにたどり着くこと自体が困難なように思える。異性の誰とも真に心を通わすことの出来ない女である。

一方、殺し屋の方にも孤独な影を持つ女性が訪れる。カレン・モク演じるオレンジの髪の女で、マクドナルドで一人で食事をしていた殺し屋の隣の席に座ってきたのだ。ちなみにマクドナルドの店内には、殺し屋とオレンジの髪の女以外、誰もいなかった。
二人でオレンジの髪の女のアパートに向かうが、最終的には男女の関係にはならない。

「5歳の時に賞味期限切れのパイナップルを食べ過ぎて口が利けなくなった」男、モウ(何志武。演じるのは金城武)は、口が利けないので友達も出来ず、就職も不可能。というわけで、夜間に他の人が経営している店をこじ開けて勝手に商売をしている。この映画では金城武はセリフは一切用いない演技を求められ、内面の声がアフレコのナレーションで語られる。暴力に訴える野蛮な男だが、仕事中に、金髪アレンという女に裏切られたヤンという女(チャーリー・ヤン)と出会う。モウとヤンは、金髪アレンの家を二人で探し、その過程で互いに寄り添い合うようにもなるのだが、二人の間が一定以上に縮まることはない。

この映画の結末は二つに分かれる。永遠にすれ違うことになった者達と、一瞬ではあっても心を通い合わせることの出来た二人である。前者は余りにも切ないし、後者はたまらなく愛しい。生きることの悲しさと愛おしさの両方を感じさせてくれる映画であり、返還前の活気のある香港と、そこで生み出されたお洒落にして猥雑でパワフルで無国籍的且つ胸に染みるストーリーを味わうことの出来る一本である。

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これまでに観た映画より(180) 王家衛(ウォン・カーウァイ)監督作品「天使の涙(堕落天使)」

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2022年8月16日 (火)

これまでに観た映画より(306) ドキュメンタリー映画「ブライアン・ウィルソン 約束の旅路」

2022年8月12日 京都シネマにて

京都シネマで、ドキュメンタリー映画「ブライアン・ウィルソン 約束の旅路」を観る。アメリカを代表するバンドであったビーチボーイズのリーダーにしてヴォーカル、ベース&キーボード、作詞・作曲、プロデューサーを一人で手掛けたブライアン・ウィルソン。「God Only Knows(神のみぞ知る)」はポール・マッカートニーから「ポピュラー音楽史上最高の傑作」と称されるなど、「真の天才」と誰もが認める大物ミュージシャンでありながら、天才音楽家ゆえの繊細さから精神を病み、また麻薬中毒に苦しんで長期に分かってキャリアを絶つことになってしまう。近年はまた積極的にライブ活動を行っており、エルトン・ジョン、グスターボ・ドゥダメル(ベネズエラ出身の指揮者)、ブルース・スプリングスティーンなどジャンルを超えたミュージシャン達がブライアンを激賞している。ハイライトとなるのは、ハリウッド・ボウルでのライブであるが、客席にいるドゥダメルの姿が映っている(ドゥダメルはハリウッドに近いロサンゼルスのフィルハーモニックの音楽監督を務めている)。

ブライアン・ウィルソンは本当に特別な才能で、ビーチボーイズのメンバーには実弟のデニスとカールがいるが、音楽家としての才能はブライアンが飛び抜けている。「サーフズ・アップ」などを聴けばそれは明白である。
しかし、ブライアンの音楽活動からの離脱は比較的早く、ビーチボーイズのアルバム「ペット・サウンド」を巡るバンド内での争いに疲れたブライアンは、ツアー中にパニック発作に襲われ、ライブ活動を見合わせることになり、その後の精神的不調を診ることになった精神科医ユージン・ランディの職権乱用(最終的にはランディは、「ブライアンへの不適切な処方を行った」ことで医師免許を剥奪されることになる)に振り回されることになる。

本作品でドライブの相棒的存在を務めるジェイソン・ファイン(元「ローリング・ストーン」誌編集者)と知り合った直後も自宅で冷蔵庫の中に隠れていたことがあったそうで(ポール・マッカートニーとの初対面時にも同じようなエピソードがあったはずである)、精神状態がなかなか安定しないことが分かる。

そんな中でブライアン・ウィルソンは音楽活動を続けている。ルーティンワークではなく、様々な新しい実験を行いながらである。この人は音楽に愛された男であり、音楽しかないのだということがありありと伝わってくるドキュメンタリー映画である。

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2022年8月11日 (木)

これまでに観た映画より(305) 「BLUE ISLAND 憂鬱之島」

2022年8月2日 京都シネマにて

京都シネマで、ドキュメンタリー映画「BLUE ISLAND 憂鬱之島」を観る。自由と民主を求める香港を舞台に、文化大革命、六七暴動、天安門事件によって香港へと亡命した人々や、香港を題材に撮影されているドラマなどを追ったドキュメンタリー。
監督・編集:チャン・ジーウン。香港と日本の合作で、プロデューサーは香港からピーター・ヤム、アンドリュー・チョイ、日本からは小林三四郎と馬奈木厳太郞が名を連ねている。映画制作のための資金が足りないため、クラウドファンディングにより完成に漕ぎ着けた。

「香港を解放せよ」「時代を革命(時代革命)せよ」というデモの声で始まる。
そして1973年を舞台としたドラマの場面。一組の若い男女が山を越え、海へと入る。文化大革命に反発し、香港まで泳いで亡命しようというのだ。この二人は実在の人物で、現在の彼ら夫婦の姿も映し出される。旦那の方は老人になった今でも香港の海で泳いでいることが分かる。

1989年6月4日に北京で起こった第二次天安門事件。中国本土ではなかったことにされている事件だが、当時、北京で学生運動に参加しており、中国共産党が学生達を虐殺したのを目の当たりにして香港へと渡り、弁護士をしている男性が登場する。本土ではなかったことにされている事件だが、香港では翌年から毎年6月4日に追悼集会が行われていた。それが2021年に禁止されることになる。男性は時代革命で逮捕された活動家や市民の弁護も行っているようだ。

六七暴動というのは日本では知られていないが、毛沢東主義に感化された香港の左派青年達が、イギリスの香港支配に反発し、中国人としてのナショナリズム高揚のためにテロを起こすなどして逮捕された事件である。
劇中で制作されている映画の中では、当時の若者が「自分は中国人だ」というアイデンティティを語る場面が出てくるが、その若者を演じる現代の香港の青年は、「そういう風には絶対に言えない」と語り、自らが「香港人である」という誇りを抱いている様子が見て取れる。1997年の返還後に生まれた青年であり、小学校時代には、「自分達は中国人」という教育を受けたようだが、今は中国本土からは完全に心が離れてしまっているようである。皮肉なことに現在は六七暴動とは真逆のメンタリティが香港の若者の心を捉えている。

青年達は、中国共産党の独裁打倒と中国の民主化を求めている。

だが中国共産党と香港政府からの弾圧は激しく、この作品に出演している多くの市民が逮捕され、あるいは判決を待ち、あるいは亡命して香港を離れている。

ラストシーンは、彼ら彼女らが受けた判決が当人の顔と共に映し出される。多くは重罪である。治安維持法下の日本で起こったことが、今、香港で起こっているようだ。歴史は繰り返すのか。

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2022年7月24日 (日)

これまでに観た映画より(302) ドキュメンタリー映画「エリザベス 女王陛下の微笑み」

2022年7月21日 京都シネマにて

京都シネマで、ドキュメンタリー映画「エリザベス 女王陛下の微笑み」を観る。今年で96歳になる世界最高齢元首のエリザベス女王(エリザベス2世)の、即位前から現在に至るまでの映像を再構成したドキュメンタリーである。時系列ではなく、ストーリー展開も持たず、あるテーマに沿った映像が続いては次のテーマに移るという複数の断章的作品。

イギリスの王室と日本の皇室はよく比べられるが、万世一系の日本の皇室とは違い、イギリスの王室は何度も系統が入れ替わっており、日本には余り存在しない殺害された王や女王、逆に暴虐非道を行った君主などが何人もおり、ドラマティックであると同時に血なまぐさい。
そんな中で、英国の盛期に現れるのがなぜか女王という巡り合わせがある。シェイクスピアも活躍し、アルマダの海戦で無敵艦隊スペインを破った時代のエリザベス1世、「日の沈まない」大英帝国最盛期のヴィクトリア女王、そして前二者には及ばないが、軍事や経済面のみならずビートルズなどの文化面が花開いた現在のエリザベス2世女王である。

イギリスの王室が日本の皇室と違うのは、笑いのネタにされたりマスコミに追い回されたりと、芸能人のような扱いを受けることである。Mr.ビーンのネタに、「謁見しようとしたどう見てもエリザベス女王をモデルとした人物に頭突きを食らわせてしまう」というものがあるが(しかも二度制作されたらしい。そのうちの一つは頭突きの前の場面が今回のドキュメンタリー映画にも採用されている)、その他にもエリザベス女王をモデルにしたと思われるコメディ番組の映像が流れる。

1926年生まれのエリザベス2世女王。1926年は日本の元号でいうと大正15年(この年の12月25日のクリスマスの日に大正天皇が崩御し、その後の1週間だけが昭和元年となった)であり、かなり昔に生まれて長い歳月を生きてきたことが分かる。

とにかく在位が長いため、初めて接した首相がウィンストン・チャーチルだったりと、その生涯そのものが現代英国史と併走する存在であるエリザベス女王。多くの国の元首や要人、芸能のスターと握手し、言葉を交わし、英国の顔として生き続けてきた。一方で、私生活では早くに父親を亡くし、美貌の若き女王として世界的な注目を集めるが(ポール・マッカートニーへのインタビューに、「エリザベス女王は中学生だった私より10歳ほど年上で、その姿はセクシーに映った」とポールが語る下りがあり、アイドル的な存在だったことが分かる)、子ども達がスキャンダルを起こすことも多く、長男のチャールズ皇太子(エリザベス女王が長く生きすぎたため、今年73歳にして今なお皇太子のままである)がダイアナ妃と結婚したこと、更にダイアナ妃が離婚した後も「プリンセス・オブ・ウェールズ」の称号を手放そうとせず、そのまま事故死した際にエリザベス女王が雲隠れしたことについて市民から避難にする映像も流れたりする。この時は、エリザベス女王側が市民に歩み寄ることで信頼を取り戻している。

その他に、イギリスの上流階級のたしなみとして競馬の観戦に出掛け、当てて喜ぶなど、普通の可愛いおばあちゃんとしての姿もカメラは捉えており、おそらく世界史上に長く残る人物でありながら、一個の人間としての魅力もフィルムには収められている。

「ローマの休日」でアン王女を演じたオードリー・ヘップバーンなど、エリザベスが影響を与えた多くのスター達の姿を確認出来ることも、この映画の華やかさに一役買っている。

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