カテゴリー「NHK交響楽団」の15件の記事

2025年12月17日 (水)

Eテレ「クラシック音楽館」 ヘルベルト・ブロムシュテット指揮NHK交響楽団第2045回定期演奏会

2025年11月16日

NHKONEで、Eテレ「クラシック音楽館」 NHK交響楽団第2045回定期演奏会を視聴。東京・溜池山王のサントリーホールでの演奏。N響のサントリーホールでの定期演奏会は、定期会員だけでほぼ満員になるため、1回券などで入ることは困難である。

指揮は史上最高齢指揮者であるヘルベルト・ブロムシュテット。1927年生まれ。今年で98歳になる。スウェーデン人のセブンスデー・アドベンチスト教会の宣教師の両親の下、アメリカで生まれたブロムシュテット。程なくしてスウェーデンに帰り、北欧最古の大学として知られるウプサラ才学やストックホルム音楽大学に学んだ。スイスのバーゼルでは古楽の研究も行っている。セブンスデー・アドベンチスト教会の教義に基づき、動物性の食材は一切口にしない(セブンスデー・アドベンチスト教会は、日本で三育学院大学などを設置しているが、この学院も学生は在学中肉食厳禁である)。ただ菜食主義者とは思えないほどエネルギッシュな音楽作りが特徴であり、ベートーヴェン、ブルックナー、ブラームス、シベリウス、ニールセンなどには定評がある。現在はアメリカ国籍。

ブロムシュテットが注目を浴びたのは、東ドイツのシュターツカペレ・ドレスデン(ドレスデン国立歌劇場管弦楽団)時代。2、3年でコロコロと指揮者を替える傾向のあった同楽団の首席指揮者を10年に渡って務め、ベートーヴェンやシューベルトの交響曲全集を完成させている。ドレスデン離任後はサンフランシスコ交響楽団の音楽監督となり、グリーグの劇附随音楽「ペール・ギュント」抜粋や、ニールセンやシベリウスの交響曲全集が絶賛された。その後、ハンブルクの北ドイツ放送交響楽団の首席指揮者に就任したものの、ライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団から首席指揮者(カペルマイスター)就任の打診があり、北ドイツ放送響は3年契約を2年契約で打ち切っている。ライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団では、ブルックナーや2度目となるベートーヴェンの交響曲全集を作成。作曲者生存当時の奏法なども研究した演奏で、トップクラスの評価を受けている。
NHK交響楽団からは1985年に名誉指揮者の称号を得る(NHK交響楽団の名誉指揮者は、N響と特に強い結びつきを持つ外国人指揮者に贈られる終身称号。亡くなると返納される)。実は若い頃のブロムシュテットは他の名誉指揮者に比べると地味とされて、それほど人気はなかったが、ベートーヴェンや北欧ものでの人気は高かった。現在は、N響初の桂冠名誉指揮者を務めている。
私も、N響、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団、バンベルク交響楽団、ライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団を指揮した演奏会を、東京、大阪、京都、横浜で聴いている。高齢のため、現在は日本では東京でしか指揮しておらず、オーケストラもNHK交響楽団に限られる。

以前はすっくと立って、指揮棒を激しく振る指揮姿が印象的であったが、世紀が変わる頃にノンタクトでの指揮に移行。現在は高齢のため椅子に座って指揮するようになっている。

オール・北欧プログラムで、グリーグの「ホルベルク組曲(ホルベアの時代から)」、ニールセンのフルート協奏曲(フルート独奏:セバスティアン・ジャコー)、シベリウスの交響曲第5番の3曲が演奏される。

ちなみにブロムシュテットが耳に装着しているのは補聴器ではなく、より音が良く聞こえる装置だそうである。

グリーグの「ホルベルク組曲」(グリーグが書いた擬古典的音楽)は、スプリングの効いた若々しい演奏である。古典的な造形美も見事だ。

ニールセンのフルート協奏曲は、やはりミステリアスな作風で、交響曲を含めてニールセンの作風を理解するにはまだ時間が掛かりそうである。ただ豪快な作風はバイキングを生んだ国民性と無関係ではないだろう。なお、ソリストのジャコーはタブレット譜を見ながらの演奏であり、涼やかな響きでホールを満たした。アンコール演奏は、フルート独奏曲としてお馴染みのドビュッシーの「シランクス」。

ブロムシュテットが得意とするシベリウスの交響曲第5番。若い頃と変わらず、無駄な肉をそぎ落としたソリッドで力強い演奏。人生讃歌、そして世界讃歌となっている。ブロムシュテットのシベリウスは第3、第4、第6、第7などは必ずしも万全ではないのだが、第5に関しては、確信を持った演奏を行っており、盤石である。


楽団員の多くがステージを去った後も拍手は鳴り続き、ブロムシュテットはコンサートマスターの郷古廉(ごうこ・すなお)に付き添われて再登場した。

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2025年12月 1日 (月)

コンサートの記(931) シャルル・デュトワ指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第593回定期演奏会

2025年11月21日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から、大阪・中之島のフェスティバあるホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第593回定期演奏会に接する。指揮は、シャルル・デュトワ。
ここ数年は、毎年春から初夏にかけてに大阪フィルに客演していたデュトワ。だが昨年は、来日して東京での演奏会は指揮したものの、すでに体調の悪さは現れていたようで、大フィルのリハーサルにも現れたが、初日の終盤でリタイア。ヨーロッパに戻り、感染症(コロナではないとのこと)と診断されたが、めげずに再来日。予定通り福岡の九州交響楽団への初登壇を果たした。

今回も名誉音楽監督の座にあるNHK交響楽団を指揮してから大阪へとやって来たデュトワ。
N響でも大フィルでもメインとなるのはラヴェルのバレエ音楽「ダフニスとクロエ」全曲である。

デュトワにとって、「ダフニスとクロエ」全曲は特別な楽曲である。モントリオール交響楽団の音楽監督に就任後、ローカルなオーケストラに過ぎなかったモントリオール響の実力を大幅にアップさせ、DECCAにレコーディングした同曲がベストセラーとなり、デュトワとモントリオール交響楽団の名を天下に轟かせている。
以後、フランス音楽を中心に録音を軌道に乗せたデュトワとモントリオール響(OSM)。ラヴェル、ドビュッシー、フォーレ、ベルリオーズ、ビゼー、フランクなどのフランス音楽と、リムスキー=コルサコフ、ムソルグスキー、チャイコフスキー、プロコフィエフなどのロシア音楽を録音。リリースしたCDの約半分が何らかの賞を獲得している。
デュトワは、NHK交響楽団ともDECCAにレコーディングを行っており、OSM相手ではなく個別にオネゲル交響曲全集やルーセル交響曲全集などのフランス音楽の王道からやや外にいる作曲家の作品も録音している。
OSMと決別した後は、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団とリムスキー=コルサコフの交響組曲「シェエラザード」でOSM盤を上回る出来を示している。フランス国立管弦楽団とは「プーランク管弦楽曲全集」を録音。協奏曲なども含む全集で、プーランクは名声に比して録音が少ないため重要な仕事となっている。

なお、大阪フィルハーモニー交響楽団の来年度の定期演奏会のプログラムが発表になったが、そこにデュトワの名はない。デュトワも先月89歳の誕生日を迎えた。「ダフニスとクロエ」で始まった環が「ダフニスとクロエ」でいったん閉じられようとしているのかも知れない。

 

曲目は、モーツァルトのピアノ協奏曲第22番(ピアノ独奏:小菅優)、ラヴェルのバレエ音楽「ダフニスとクロエ」全曲(合唱:大阪フィルハーモニー合唱団)。

今日のコンサートマスターは崔文洙。ドイツ式の現代配置による演奏だが、ティンパニは指揮者の真正面ではなくやや下手寄りに陣取る。

オーケストラは90人編成だそうで、エキストラも多い。出演者一覧には、京都市交響楽団の一樂恒(いちらく・ひさし。チェロ)、京都フィルハーモニー室内合奏団の松田美奈子(ヴィオラ)の名が見える。

 

モーツァルトのピアノ協奏曲第22番。モーツァルトのピアノ協奏曲の20番台前半の中では取り上げられる回数が比較的少ない曲である。他の曲が個性に満ちているだけにやや埋もれ気味になるのかも知れない。
映画「アマデウス」では、売れなくなったモーツァルトがウィーンの街を一人で歩くシーンで第3楽章の冒頭が用いられている(選曲&音楽監督;ネヴィル・マリナー)。

小菅優は、日本の若手の代表格的存在であるピアニストだが、そろそろ中堅に差し掛かろうとしている。大きなコンクールに参加したことがないのが特徴だが、マックス・ポンマーが京都市交響楽団に客演した際、ソリストを務めた小菅優が子どもだった頃に参加したピアノコンクールの決勝で協奏曲の指揮を担当したと語っていた。優勝したそうである。マイナーなコンクールを受けたことはあるのかも知れない。
世界的なコンクールで好成績を収めると注目されるが、必ずしも良い成績を収めた奏者が順調なキャリアを築くとは限らない。

編成を小さめにしてピリオドを援用しての伴奏。フェエスティバルホールは空間が大きいので、最初のうちは伴奏が聞こえにくかったのだが、次第に耳が調節される。デュトワ指揮の伴奏だが、かなり陰が濃い印象である。明るい旋律を歌っていても陰が忍び寄ってくる。
小菅のピアノはモーツァルトらしく透明度が高く愛らしいが、こちらも次第に暗いものが底から溢れてくる。
第1楽章と第3楽章のカデンツァは、20世紀を代表する作曲家であるベンジャミン・ブリテンが書いたものを使用。ブリテンはピアノ協奏曲第22番に出てくる様々なメロディーをコラージュしたものをカデンツァとして纏めていたが、最後は不吉な感じで終わる。

もっとも明るいはずの第3楽章。だが、最初はピアノが弾き、ヴァイオリンが同じ音型を返していたものが、終盤では、ヴァイオリンはピアノが弾いた通りには演奏せず、次第に距離が出来ているように感じられる。ピアノ協奏曲第20番や、第23番の第2楽章で露わにした孤独な表情を、ピアノ協奏曲第22番では、悟られにくいように行っているように感じられる。同じ天才のブリテンは当然気付いたはずだ。

 

アンコール演奏は、ショパンの「エオリアのハープ」。駆け抜ける爽やかな風のような演奏だった。

 

ラヴェルのバレエ音楽「ダフニスとクロエ」全曲。演奏規模、上演時間共にラヴェル最大の作品である。ラヴェルはその後、演奏会用に2つの組曲を編んでおり、特にバレエ音楽の第3部をほぼそのまま転用した第2組曲はコンサートでもたびたび取り上げる。
デュトワの指揮する「ダフニスとクロエ」全曲は、実は以前に1度聴いたことがある。渋谷区神南のNHKホールで行われたNHK交響楽団の定期演奏会で取り上げられたのだ。だが、その演奏会は、演奏内容以上に、上演中に震度3の地震が起こったことをことでよく記憶している。不幸中の幸いで、合唱だけの部分だったため、演奏は止まらず続けられたが(デュトワが地震に気付いたのかどうかは不明)、楽器の演奏だったら止まっていたかも知れない。震度3にしては揺れた方だった。この日の演奏会はNHKBS2(当時)で生放送されており、私も録画した映像を見たが、地震が起こった瞬間、男声合唱団の人々が天井を見上げる姿が映っており、「大丈夫かな?」という表情をしているのが確認出来た。勿論、カメラも揺れていた。

そんな思い出から30年近く経っての「ダフニスとクロエ」。往時のN響より今の大フィルは音の密度が濃い。また原色系の音色も特徴である。バスク地方に生まれたラヴェル。バスク地方はフランスとスペインに跨がるが、ラヴェルの血には、スペイン的な色合いや賑やかさを好むところがあるように思う。この曲も繊細なフランス的なところがありながら、闘牛を好むようなスペインの狂躁もまた顔を覗かせる。デュトワがフランス人だったら、あるいはもっと熱狂的な音楽を志向したかも知れないが、スイス・フランス語圏出身であるため、適度な上品さが加わり、理想的な演奏となりうるのだろう。
大フィルの技術も高く、大阪フィルハーモニー合唱団も力があった。
濃い密度を保ち、迫力に満ちながら、全体的に匂うような上品さを持ったラヴェル。今後、こうしたラヴェルが聴けるのかどうか分からないが、取りあえず今日はデュトワを聴けて良かった。

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2024年9月13日 (金)

「おとなのEテレタイムマシン」 ヴァーツラフ・ノイマン指揮 NHK交響楽団第1005回定期演奏会 スメタナ 連作交響詩「わが祖国」より「高い城」「モルダウ」「ブラニーク」

2024年8月31日

録画してまだ見ていなかった「おとなのEテレタイムマシン」N響第1005回定期公演の模様を見る。指揮はチェコの名匠、ヴァーツラフ・ノイマン。スメタナの連作交響詩「わが祖国」より、第1曲「高い城」(だから「他界しろ」じゃないって)、第2曲「モルダウ」、第6曲「ブラニーク」が放送される。おそらく「わが祖国」全曲演奏からの抜粋である。
1986年11月3日、東京・渋谷のNHKホールでの収録。
コンサートマスターは徳永二男。フルート首席の小出さん、オーボエ首席の北島さんなど懐かしい顔ぶれも見える。

長年に渡ってチェコ・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者・常任指揮者として活躍したヴァーツラフ・ノイマン(1920-1995)。当時、世界的な名声を得ていたラファエル・クーベリックがチェコの共産化を嫌ってチェコを離れた後、チェコ楽壇を牽引し続けた。N響との共演も多かったが、当時は「凡庸」との評価も多かった。
非常にジェントルな風貌で、音楽も外見に相応しい洗練されたものである。チェコ人は「ビロード」という言葉を好んで使うが、ノイマンはまさにビロードの響きをN響から引き出している。N響の演奏力も長足の進歩を遂げているため、私が学生定期会員をしてた1990年代後半の演奏でも、今から見ると「あれ、N響ってこんなに下手だったっけ?」と思うことが多いのだが、ノイマンの指揮するN響はかなりの好演を見せている。

チェコには同時期に、同じヴァーツラフをファーストネームとする指揮者がいた。ヴァーツラフ・スメターチェクである。スメターチェクの方が大分年上である。スメターチェクは「チェコのカラヤン」と呼ばれており、「録音数が多いから」というのがその理由とされたが、彼の死後になっても公になった録音点数は余り多くないため、実力面での評価だったのかも知れない。
当時、チェコ(当時はチェコスロヴァキア)は共産圏であり、「共産圏では実力よりも政治力がものを言う」「音楽性ではスメターチェクの方が上だが、ノイマンには政治力がある」とまことしやかな話が流れていたが真相は不明である。

ノイマンはお国もの演奏、録音が多かったが、最晩年にキャニオン・クラシックスにマーラーの交響曲などを録音。熱い名演で、これが大評判となり、従来の「凡庸」との評価は覆ることとなった。大物音楽評論家の宇野功芳は、スメターチェクを絶賛する一方で、ノイマンに対しては厳しい見方をしていたが、キャニオン・クラシックスに録音したマーラーの演奏に関しては一転して最上級の評価を与えていた。

ちなみに私が最もよく聴いたスメタナの「わが祖国」のCDは、ノイマンとチェコ・フィルによる東京文化会館でのライブ収録盤である。

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2024年8月19日 (月)

Eテレ「クラシック音楽館」2024年8月11日 沖澤のどか指揮 NHK交響楽団第2014回定期演奏会ほか

Eテレ「クラシック音楽館」。今日は京都市交響楽団第14代常任指揮者である沖澤のどかがNHK交響楽団に初客演した第2014回定期演奏会の模様を送る。今年の6月14日、東京・渋谷のNHKホールでの収録。

イベールの「寄港地」、ラヴェルの左手のためのピアノ協奏曲(ピアノ独奏:デニス・コジュヒン)、ドビュッシーの「夜想曲」(女声合唱:東京混声合唱団)というオール・フレンチ・プログラム。沖澤は京響でもオール・フレンチ・プログラムの定期演奏会を行っているが、フランスものには自信があるようである。今まで何度か実演に接しているが、情熱バリバリ系では全くなく、知的コントロール系なのでフランス音楽は合っているだろう。

以前はドイツもの一辺倒だったN響だが、シャルル・デュトワを常任指揮者・音楽監督・名誉音楽監督として据え、フランスものも得意なパーヴォ・ヤルヴィを首席指揮者(現在は名誉指揮者)に招いたことで、音のパレットがどんどん広がっている。


イベールの「寄港地」は、京響の定期演奏会でも取り上げている沖澤だが、色彩感の豊かさや音の濃さ、エキゾチシズムなどをN響からも引き出している。


ラヴェルの左手のためのピアノ協奏曲。ピアノ独奏のデニス・コジュヒンは1986年生まれのロシアのピアニスト。2010年にベルギーのエリザベート王妃国際音楽コンクール・ピアノ部門で優勝している。コジュヒンは重厚且つ力強い演奏を展開。沖澤指揮のN響は気品ある伴奏を展開する。

アンコール演奏は、チャイコフスキーの「子どものアルバム」から「教会で」。短く、音の冷ややかさが印象的な曲と演奏である。


ドビュッシーの「夜想曲」。この6月には、カーチュン・ウォン指揮日本フィルハーモニー管弦楽団も東京音楽大学の女声合唱で取り上げている。「夜想曲」が同一都市で同じ月に2度取り上げられるというは珍しい。しかも両方とも女声合唱を伴う第3曲「シレーヌ」をカットしないでの演奏である。
東京混声合唱団は、舞台下手端、オーケストラの最後列の後ろに陣取る。

カーチュンと日フィルの「夜想曲」は、シャープで音の色彩鮮やかといった印象だったが、沖澤とN響の「夜想曲」は丁寧さエレガントさが目立つ。カーチュンがドビュッシーの才気に、沖澤がドビュッシーの「粋」に焦点を当てているようでもある。音色もN響の方がソリッドな印象を受けるが、実演とテレビ放送なので単純に比較は出来ない。


続いて、京都コンサートホール小ホール「アンサンブルホールムラタ」で行われたヴォーチェ弦楽四重奏団によるドビュッシーの弦楽四重奏曲(テロップが弦楽四重奏団と誤植されたままであった)とバルメールの「風に舞う断章」より第3曲。

ドビュッシーの「夜想曲」と弦楽四重奏曲は、いずれも坂本龍一が生前最も愛した曲であり、続けて聴くことになる。ヴォーチェ弦楽四重奏団はフランスのアンサンブルということで切れ味鋭く解像度の高い演奏を行うという印象。
バルメールの「風に舞う断章」より第3曲演奏終了後には作曲者がステージ上に姿を現し、拍手を受けた。

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2024年5月31日 (金)

キンボー・イシイ指揮 NHK交響楽団「大河ドラマ&名曲コンサート」第1部大河ドラマ編

池辺晋一郎「黄金の日日」
稲本響「どうする家康」メインテーマ~暁の空~
三善晃「春の坂道」
林光「国盗り物語」
林光「花神」
林光「山河燃ゆ」
坂田晃一「おんな太閤記」
坂田晃一「いのち」
服部隆之「真田丸」(ヴァイオリン独奏:三浦文彰)
冬野ユミ「光る君へ」メインテーマ~Amethyst~

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2022年10月20日 (木)

コンサートの記(809) ヘルベルト・ブロムシュテット指揮NHK交響楽団第1965回定期演奏会 マーラー 交響曲第9番

2022年10月15日 東京・渋谷のNHKホールにて

東京・渋谷のNHKホールで、NHK交響楽団の第1965回定期演奏会を聴く。指揮は95歳の名匠、ヘルベルト・ブロムシュテット。

実はブロムシュテットは、今年の6月に足を骨折しており、来日が危ぶまれたが何とか間に合った。

マーラーの交響曲第9番1曲勝負。ブロムシュテットの指揮ということで、今日もヴァイオリン両翼の古典配置での演奏である。

京都コンサートホールではクロークも復活しているが、東京はまだコロナの感染者が多いためか、NHKホールのクロークはまだ稼働していなかった。一方でホール内でのCD販売などは様々なホールで復活している。

今日のコンサートマスターは「マロ」こと篠崎史紀。フォアシュピーラーには郷古廉(ごうこ・すなお)が入る。
NHK交響楽団も団員がステージに現れると同時に聴衆が拍手を送るスタイルに変わっている。ブロムシュテットは、篠崎に支えられるようにしてステージに登場。椅子に座りながらの指揮である。


「心臓の鼓動のよう」と形容されることも多いマーラーの交響曲第9番の冒頭。だが、ブロムシュテットが指揮するとなんとも懐旧的に響く。過ぎた日々への愛おしさが伝わってくるかのようである。

私がブロムシュテット指揮の演奏会に初めて触れたのは、1995年9月のNHK交響楽団の定期演奏会。それから27年の歳月が流れたが、その間に接したブロムシュテット指揮の演奏会数々が、目の前で鳴り続ける音に呼応してマドレーヌ式に蘇ってくるような心地がした。演奏会のみならず、27年の間には本当に色々なことがあった。

怪我が治りきっていないということもあってか、あるいは曲想ゆえか、ブロムシュテットが誇る強靱なフォルムは感じられないが、透明で儚げで懐かしさを感じさせる音が響き続ける。それに縁取りを与えるN響の力強いアンサンブルも見事である。27年前のN響はこんな音は出せなかった。

死に向かう嘆きを描いたかのような第4楽章も、ブロムシュテットの手に掛かると、彼岸を見つめつつ現世を愛おしむような曲調へと変わったように聞こえる。これまで出会った人々、接した事象、森羅万象への感謝が音の背後から匂うように伝わってくる。唯一無二の美演であった。

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2022年8月24日 (水)

コンサートの記(800) ROHM CLASSIC SPECIAL 秋山和慶指揮NHK交響楽団京都特別演奏会

2022年8月20日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後4時30分から、ロームシアター京都メインホールで、ROHM CLASSIC SPECIAL NHK交響楽団京都特別演奏会を聴く。指揮は秋山和慶。

ありとあらゆる楽曲を一定の水準以上で演奏出来る秋山和慶。日本中で新型コロナによるコンサート休止期間が発生した後ではそれ故に引っ張りだことなり、80歳を超えてますます存在感を増している。齋藤秀雄の高弟であり、「齋藤メソッド」の正統的な継承者として知られるが、自身のキャリアよりも教育を重視しており、アメリカ交響楽団、バンクーバー交響楽団、シラキュース交響楽団の音楽監督など主に北米でキャリアを築いているが、日本各地の学生オーケストラなどもたびたび指揮している。そのため、やはり齋藤秀雄の高弟で、共にサイトウ・キネン・フェスティバルを始めた小澤征爾に比べると地味であったが、小澤が指揮台に復帰するのが難しい状況となっており、皮肉なのかも知れないが、サイトウ・キネン・フェイスティバルがセイジ・オザワ 松本フェスティバルに名を変えるのに前後して、秋山に光が当たるようになった。


演奏曲目は、ドヴォルザークのチェロ協奏曲ロ短調(チェロ独奏:宮田大)、ベートーヴェンの交響曲第7番。


今日のコンサートマスターは、伊藤亮太郎。ドイツ式の現代配置での演奏である。
第2ヴァイオリン首席奏者であった大林修子が定年退職し、私がN響の学生定期会員をしていた時に在籍していたメンバーがもうほとんどいない状態になっている。N響も世代交代が進んでいる。チェロ首席の藤森亮一はまだ在籍しているが、それ以外は私が大学を卒業して定期会員を辞めて以降に入団した人が大半となっている。


今日は3階席の最前列で鑑賞。ロームシアター京都メインホールの3階席最前列は、手すりが目隠しのようになって視覚を遮ることで評判が悪いが、演劇やオペラではなく、クラシックのコンサートなので、「見えなくて困る」という程のことはなかった。


ドヴォルザークのチェロ協奏曲。宮田大のソロでこの曲を聴くのは、八幡市文化センターでの広上淳一指揮京都市交響楽団の演奏会以来だと思われるが、深々とした呼吸で朗々と歌い、ドヴォルザークがこの曲に込めたノスタルジアを自然な形で引き出す。「そこにあるので出しました」といったように。技術も高いのだが、自然体のように聴かせることが出来るのが宮田の良いところだろう。
秋山の音楽作りは管楽器重視。弦の音は渋めだが、管はアメリカのオーケストラのように華やかで、特に金管の浮かび上がらせ方が爽快である。


宮田のアンコール演奏は、マーク・サマーの「Julie-o」。ピッチカートや左手ピッチカートなども多用する現代作品である。「チェロ独奏」のイメージを打ち破る演奏であった。


ベートーヴェンの交響曲第7番。モダンスタイルによる演奏である。派手に演奏することも可能な楽曲であるが、秋山は堅牢な構造美を前面に打ち出した秀演を聴かせる。
安定感のある低弦部は渋めの音、一方でヴァイオリンは白熱の光を帯びており、その対比が鮮やかだ。迫力はあるが虚仮威しにならないのは、やはりバランス感覚の高さにあるのだと思われる。
第2楽章「不滅のアレグレット」も切々とした歌で聴かせる。ラストは弦の響きが印象的となる楽章であるが、秋山は弦が弾き終えた後も木管を伸ばして吹かせ続けて、独特の余韻を築いていた。
第3楽章と第4楽章も華やかだが、いたずらに迫力を追求することなく、ベートーヴェンがこの曲に込めた冒険心を一つ一つ詳らかにしていく。設計のしっかりした美しいベートーヴェン演奏であった。


アンコール演奏は、ドヴォルザークの「弦楽セレナード」より。しなやかな美しさが印象的であった。

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2021年3月 7日 (日)

コンサートの記(700) 下野竜也指揮 NHK交響楽団西宮公演2021

2021年3月3日 西宮北口の兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールにて

午後7時から、西宮北口の兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールで、NHK交響楽団演奏会西宮公演を聴く。指揮は下野竜也。下野とN響のコンビの実演に接するのは二度目である。

下野竜也は、NHKの顔となる大河ドラマのオープニングテーマの指揮を手掛けることが多く、NHKとNHK交響楽団から高く評価されていることが分かる。

少し早めに兵庫県立芸術文化センター(HPAC、PAC)に着いたので、いったんHPAC前の高松公園に下り、コンビニで飲料などを買って(新型コロナ対策として、ビュッフェは稼働せず、ウォーターサーバも停止されているため、飲み物はHPACの1階にある自動販売機か、劇場の外で買う必要がある)高松公園で飲み、高松公園からHPACのデッキ通路へと上がる階段を昇っている時に、眼鏡を掛け、髪を後ろで一つに束ねて(ポニーテールとは少し異なり、巫女さんがしているような「垂髪」に近い)、ヴァイオリンケースを背負った女性が折り返し階段を巡って目の前に現れたのに気がついた。マスクをしていたが、「あ、大林(修子。「のぶこ」と読む。NHK交響楽団第2ヴァイオリン首席奏者)さんだ」とすぐに気づいたが、それは表に出さずにすれ違った。大ベテランと呼んでもいい年齢のはずなのに、今なお女学生のような可愛らしい雰囲気を漂わせていることに驚いた。
NHK交響楽団も世代交代が進み、私が1990年代後半に学生定期会員をしていた頃とは顔触れが大きく異なる。歴代のN響団員全ての名前を覚えているわけではないのだが、学生定期会員をしていた頃から変わらず活動しているのは、大林修子、第1コンサートマスターの「マロ」こと篠崎史紀や首席チェロ奏者の「大統領」こと藤森亮一(共に今回のツアーでは降り番)など一桁しかいないはずである。首席オーボエ奏者であった茂木大輔は2019年に定年退職。5年間のオーボエ奏者としてのN響との再雇用を選ぶか指揮者の道に進むかで悩んだそうだが、指揮法の師である広上淳一の助言を受けて、指揮者として独立して活動することに決めたことが、茂木の最新刊である『交響録 N響で出会った名指揮者たち』(音楽之友社)に記されている。クラリネット首席の磯部周平、コンサートマスターとしてN響の顔も務めた堀正文などは、いずれもN響を定年退職している。

 

今回の、NHK交響楽団演奏会西宮公演は、入場前にチケットの半券の裏側に氏名と電話番号を記しておく必要がある。またAndroidのアプリが全く機能していなかったことで悪名高くなってしまったCOCOAのインストールや、兵庫県独自の追跡サービスに登録することが推奨されている。

 

今日のコンサートマスターは伊藤亮太郎。N響が日本に広めたとされるドイツ式の現代配置での演奏である。下野はステージに上がる前にコンサートマスターとフォアシュピーラーの二人と右手を少し挙げるだけのエア握手を行う。

 

曲目は、ベートーヴェンの「プロメテウスの創造物」序曲、ブラームスのヴァイオリン協奏曲ニ長調(ヴァイオリン独奏:三浦文彰)、ブラームスの交響曲第4番。N響が得意とするドイツものが並ぶ。

 

今日も客席は前後左右1席ずつ空けるソーシャル・ディスタンス対応シフトであるが、席によっては隣り合っていても問題なしとされているようである(家族や友人、知人などの場合が多いようである)。1階席の前列は、1列目と2列目は飛沫が掛からないよう席自体を販売しておらず、2階サイド席のステージに近い部分も客を入れずに飛沫対策を優先させている。

 

ベートーヴェンの「プロメテウスの創造物」序曲。弦楽器奏者はビブラートをほとんど用いないというピリオド的な演奏が行われる。古楽器での演奏のマイナス点として現代のコンサートホールという広大な空間にあっては音が小さ過ぎるということが挙げられると思うのだが、モダン楽器によるピリオド・アプローチならその差は僅かで、今回もN響の音の強度と密度と硬度にまず魅せられる。結晶化されつつボリュームも満点であり、音の輝きも素晴らしい。下野の怖ろしいほど精緻に形作られた音の輪郭が聴く者を圧倒する。
N響の奏者も今日は技術的に完璧とはいかなかったようだが、楽団としては90年代からは考えられないほどに進歩していることを実感させられる。90年代に渋谷のNHKホールで聴いていた時も「良いオーケストラだ」と思っていたが、近年になってEテレで再放送された当時の演奏や、リリースされた音盤を聴くと、「あれ? N響ってこんなに下手だったっけ?」と思うことが度々ある。それ故に長足の進歩を遂げたことが実感されるのであるが。特にエッジのキリリと立った各楽器の音は関西のオーケストラからは余り聴かれない種類のものであり、名刀を自由自在に操る剣豪集団が、刀を楽器に変えて、音で斬りかかって来るかのような凄みを放っている。

 

ブラームスのヴァイオリン協奏曲ニ長調。売れっ子ヴァイオリニストである三浦文彰がソリストを務める。下野とN響、三浦文彰という組み合わせは、2016年の大河ドラマである「真田丸」のオープニングテーマを想起させられるが、今回は残念ながらアンコール演奏自体がなし。考えてみれば「真田丸」も5年前のドラマであり、劇伴ということで賞味期限切れと見なされている可能性もある。

「真田丸」は過去のこととして、ブラームスのヴァイオリン協奏曲で三浦は純度の高いヴァイオリンを奏でる。淀みがなく、この世の穢れと思えるものを全て払いのけた後に残った至高の精神が、音楽として姿を現したかのようである。「純度が高い」と書くと綺麗なだけの音に取られかねないが、そうした形而下の美を超越した段階が何度も訪れる。スケールも大きい。
下野指揮するN響も熟した伴奏を聴かせる。第2楽章のオーボエソロを担った首席オーボエ奏者の吉村結実(だと思われる。今日は4階席の1列目で、転落防止のための手すりが、丁度目の高さに来るということもあり、ステージ全体を見合わすことが出来ないという視覚的ハンディがある)の演奏も神々しさが感じられ、この曲の天国的一面を可憐に謳い上げる。
渋さと輝きを合わせ持つ下野指揮のN響は、ライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のような演奏を行える可能性を宿しているように感じられた。

 

ブラームスの交響曲第4番。ブラームス作品2作ではベートーヴェンとは違ってビブラートも盛大に用いられており、ピリオドの影響は感じられない。
下野の音楽性の高さは、苦味の中に甘さを湛えた表現を繰り出すことで明らかになっていく。感傷的だが自己憐憫には陥らない冒頭を始め、濃厚なロマンティシズムを感じさせつつ古典的造形美をきちんと踏まえた表現の的確さが印象的である。
第4楽章のシャコンヌ(パッサカリア)では、尊敬する大バッハへの憧憬を示しつつ、激流の中へと巻き込まれ、呻吟しているブラームスの自画像のようでもある。

N響の音は威力満点であるが、それに溺れることなく、バランスを保ちながら細部まで丁寧に詰めることで、濃厚にして情熱的なブラームス像が立ち上がる。

 

演奏終了後、指揮台に戻った下野は、右手の人差し指を立てて、「あともう1曲だけ」とジェスチャーで示し、「ベートーヴェンの『フィデリオ』の行進曲を演奏します。またお目にかかれますように」と語り(語尾の部分は客席からの拍手ではっきりとは聞き取れなかったので、聞こえた音に一番近い表現を記した)演奏が始まる。やはり音の輝きと堅固さが最大の特徴である。短い曲であり、あっさり終わってしまうため、下野は客席を振り返って、「終わり」と曲が終わったことを宣言して指揮台を後にした。

下野竜也はおそらく完璧主義者(師である広上淳一によると「音楽オタク」らしい)で、曲の細部に至るまでメスを入れて、表現を徹底させようとしているところがある。そのため、聴いている最中は彼が生み出す音楽の生命力に感心させられることしきりなのであるが、ほぼ全ての部分や場面を完璧に仕上げようとしているため、聞き終わった後の曲全体の印象が茫洋としてしまうところがある。余り重要でない部分を流せる技術や心情を得られるかどうか、そこが下野が今後克服すべき課題のように思われる。

ともあれ、N響と下野の力を再確認させられた演奏会であり、あるいは今後何十年にも渡って共演を重ねていくであろう同コンビの、まだまだ初期の局面に接することの出来た幸せを噛みしめたい。

 

ブラームスの交響曲第4番を聴くと、たまに村上春樹の小説『ノルウェイの森』を思い出す。主人公の「僕(ワタナベトオル)」が、この作品の二人いるヒロインの一人である直子を誘ったコンサートのメインの曲目がブラームスの交響曲第4番であった。「僕」はブラームスの交響曲第4番が「直子の好きな」曲であることを知っており、演奏会を選び、チケットも2枚取ったのだ。ブラームスが好きな女性は昔も今も珍しい。
当日、直子はコンサート会場には現れなかった。直子のいない空間で一人、ブラームスの交響曲第4番を聴くことになった「僕」の気持ちを時折想像してみる。おそらくそれはブラームスのクララ・シューマンに対する慕情に似たものであるように思われる。だからこそ村上春樹はこの曲を選んだのだ。報われぬ恋の一過程として。

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2019年2月10日 (日)

コンサートの記(523) ロベルト・フォレス・ベセス指揮 NHK交響楽団演奏会京都公演2019

2019年2月1日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後7時からロームシアター京都メインホールで、NHK交響楽団演奏会京都公演を聴く。指揮はロベルト・フォレス・ベセス。

NHK交響楽団の京都公演は、京都コンサートホールを使うことが多かったが、今回初めてロームシアター京都メインホールが用いられる。東京のオーケストラでは日本フィルハーモニー交響楽団が毎年ロームシアター京都メインホールで演奏会を行っているが、それに次ぐ登場である。


指揮者のロベルト・フォレス・ベセス(ヴェセス)は、スペイン出身の指揮者。バレンシアの生まれだが、フィンランド・ヘルシンキのシベリウス音楽院でレイフ・セーゲルスタムに師事して指揮を学び、2006年のオルヴィエート指揮者コンクールと2007年にはルクセンブルクのスヴェトラーノフ国際指揮者コンクールで入賞を果たしている。現在はフランスのオーヴェルニュ室内管弦楽団芸術・音楽監督の座にある。


曲目は、チャイコフスキーの歌劇「エフゲニー・オネーギン」よりポロネーズ、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番(ピアノ独奏:ソン・ヨルム)、ドヴォルザークの交響曲第7番。


今日のコンサートマスターは伊藤亮太郎。オーボエには定年退職が迫る茂木大輔。N響首席オーボエ奏者としての茂木さんを生で見るのは今日が最後かも知れない。第2ヴァイオリン首席の大林修子、チェロ首席の藤森亮一、フルート首席の甲斐雅之など、お馴染みのメンバーも顔を揃える。


チャイコフスキーの歌劇「エフゲニー・オネーギン」よりポロネーズ。
N響の力強さがありありと感じられる演奏である。ロームシアター京都メインホールの音楽特性もあって硬質の響きであるが、キビキビとした音運びや、質の高い合奏力など、N響の美質が存分に生かされている。
フォレス・ベセスの指揮は若々しくエネルギッシュである。


チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番。
ソリストのソン・ヨルムは、韓国の若手演奏家の中で最も将来有望とされている女性ピアニスト。11歳の時に「若い音楽家のためのチャイコフスキー国際コンクール」で2位入賞、2011年のチャイコフスキー国際コンクール・ピアノ部門でも2位に入っている。オバーリン国際ピアノコンクールとエトリゲン国際青少年ピアノコンクール、ヴィオッティ国際音楽コンクール・ピアノ部門ではいずれも史上最年少で優勝。韓国芸術総合学校を卒業後、ハノーファー音楽舞台芸術大学で学んでいる。

ソン・ヨルムのピアノはスケールが大きく、音色よりも輪郭の明晰さで勝負するタイプである。メカニックは高度で、表現力も高い。パウゼを長く取るのも個性的である。
フォレス・ベセス指揮のN響もパワフルな伴奏を聴かせる。

ソン・ヨルムのアンコール演奏は、チャイコフスキーの「くるみ割り人形」より中国の踊り(ミハイル・プレトニョフ編曲)。原曲ではファゴットで吹かれる低音と煌びやかな高音が印象的なチャーミングな演奏である。


ドヴォルザークの交響曲第7番。
全般的に純音楽的な解釈による演奏で、スラブ的なローカリズムは余り感じられないが、上質の演奏芸術を味わうことが出来る。N響のアンサンブル能力や表現力は高く、マスの響きで聴かせる。これがヴィルトゥオーゾ・オーケストラを聴く愉しみなのだろう。


アンコール演奏は、シベリウスの「悲しきワルツ」。遅めのテンポでスタートし、アッチェレランドで盛り上がる。オペラも得意とするというフォレス・ベセスらしい物語性豊かな演奏であった。


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2018年9月 2日 (日)

コンサートの記(420) 下野竜也指揮 NHK交響楽団大津公演2018

2018年8月24日 びわ湖ホール大ホールにて

午後7時から、びわ湖ホール大ホールで、下野竜也指揮NHK交響楽団の大津公演を聴く。N響の近畿公演は全3回、明日は奈良市で、明後日は西宮市で公演を行う。

曲目は、ニコライ(Ⅱ世じゃないですよ)の歌劇「ウィンザーの陽気な女房たち」序曲、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番(ピアノ独奏:リーズ・ドゥ・ラ・サール)、ベートーヴェンの交響曲第5番。
「西郷どん」のメインテーマを演奏しているコンビだけに、ひょっとしたらアンコールで演奏されるのかなとも思ったが、それはなかった。

今日のコンサートマスターは、ウィーン・フィルのコンサートマスターとしてお馴染みだったライナー・キュッヒルが客演で入る。第2ヴァイオリン首席は大林修子、チェロ首席は大統領こと藤森亮一。それ以外の首席は私が学生定期会員だった頃にはまだいなかった人である。オーボエ首席が青山聖樹、フルート首席が甲斐雅之、トランペット首席が京都市交響楽団出身の菊本和昭。第1ヴァイオリンの横溝耕一は横溝正史の家系の方だろうか。私が学生定期会員だった頃にはまだ黒柳徹子の弟さんが在籍していた。
ステージマネージャーの徳永匡哉は、どうやら徳永二男の息子さんのようである。

オットー・ニコライの歌劇「ウィンザーの陽気な女房」序曲。「タタタタン」というリズムがモチーフになっており、それ故に選ばれたのかも知れない。下野は快活な音色をN響から引き出し、スケールの大きな演奏を展開する。たまに交通整理が行き届かない場面もあるが、総体的には優れた出来である。

リーズ・ドゥ・ラ・サールをソリストに迎えた、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。

フランスの若手であるリーズ・ドゥ・ラ・サール。以前、京都市交響楽団の定期演奏会で聴いたことがある。その時、CDも買っている。雨傘で有名な(?)シェルブールの生まれ。4歳でピアノを始め、11歳の時にパリ国立高等音楽院に入学。2004年にニューヨークのヤング・コンサートで優勝し、以後、世界各地で活躍している。
スペルからいってサールが苗字なのだが、サールという苗字のフランス人は冠詞のように前に必ずドゥ・ラが付く。世界で初めて教室での教育を行ったジャン=バティスト・ドゥ・ラ・サール(鹿児島のラ・サール学園の由来となった人)もそうである。下野が鹿児島出身だからというのでラ・サールという人がソリストに選ばれたわけでもないだろうが。

ドゥ・ラ・サールは冒頭のピアノ独奏をかなり遅いテンポで弾き始める。オーケストラが入ると中庸のテンポになるが、第2楽章ではまたテンポを緩めてじっくりと演奏する。
打鍵が強く、和音を確実にとらえるようなピアノである。
下野指揮のN響は渋い音での伴奏を聴かせる。濃厚なロマンティシズムの表出が光っている。

ドゥ・ラ・サールは、「メルシー、サンキュー、ありがとうございます」と3カ国語でお礼を言う。アンコール演奏は、ドビュッシーの24の前奏曲から第1曲「デルフィの舞姫たち」。色彩感豊かなピアノである。

ベートーヴェンの交響曲第5番。下野は指揮棒を振り下ろしてから止め、そこでオーケストラが運命動機を開始、フェルマータの音で下野は指揮棒を右に払う。これによってフェルマータを思い切り伸ばすという指揮法である。
ピリオド・アプローチを採用しており、弦楽はビブラートをかなり抑えていたが編成は大きいのでピリオド的には聞こえない。ただこれによって細部まで音が聞き取れるようになり、第4楽章では大いにプラスに作用する。
ベーレンライター版の楽譜を使用。ベーレンライター版は第4楽章が旧ブライトコプフ版とは大きく異なるが、掛け合いの場所の音型を、「タッター、ジャジャジャジャン、タッター、ジャジャジャジャン」ではなく、「タッター、タッター、タッター、タッター」と同音でのやり取りを採用し、ピッコロも大いに活躍。
この曲でも整理が上手くいっていない場面があったが、全体的には密度の濃い優れた演奏である。日本人指揮者の日本のオーケストラによるベートーヴェンとしては相当なハイクラスと見ていいだろう。

基本的にN響は日本人指揮者の場合はベートーヴェンがきちんと振れる人でないと評価しない。下野がN響から気に入られているのもベートーヴェンが良いからだろう。

アンコール演奏はベートーヴェンの歌劇「フィデリオ」より行進曲。朗らかな演奏であった。



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