カテゴリー「映画リバイバル上映」の21件の記事

2026年1月30日 (金)

これまでに観た映画より(426) 「Tokyo Melody Ryuichi Sakamoto」4Kレストア版

2026年1月17日 T・ジョイ京都にて

京都駅八条口南西にあるイオンモールKYOTO内の映画館、T・ジョイ京都で、ドキュメンタリー映画「Tokyo Melody Ryuichi Sakamoto 4Kレストア版」を観る。上映時間62分の中編。フランス映画である。監督はエリザベス・レナード。1986年の作品だが、撮影自体は1984年に行われている。YMO散開直後であり、坂本は大島渚監督のオール・メイル・キャスト映画「戦場のメリークリスマス」の音楽が高く評価されて、アメリカではなくイギリスのアカデミー賞作曲賞を受賞。この映画の中にも映画「戦場のメリークリスマス」の場面が挿入されている。

1952年1月17日に東京都中野区に生まれた坂本龍一。東京都世田谷区に育ち、都立新宿高校を経て東京藝術大学音楽学部作曲科に現役合格。その後、同大学大学院音響研究科で、電子音楽やコンピューター音楽などを学んでいる。学生運動を行い、授業には余り出なかったそうだが、民族音楽の小泉文夫には多く学び、また作曲の師である三善晃から得たものも大きいことが作品を聴くと感じられる。
本当は大学院に進む気はなく、「社会には出たくない」ので留年しようと思っていたが、指導教員(誰なのかは不明)から、「留年は駄目だ。お前は卒業するか大学院に行くかどっちかにしろ」と言われ、大学院進学を選んでいる。望んで進んだわけではないが、これが愛称の「教授」に繋がる。大学院在学中に友部正人と出会い、レコーディングに参加。当時としては破格のギャラに驚喜し、バックバンドのミュージシャンとしてスタートすることになる。

最初にドビュッシーの言葉がフランス語で語られる(この作品は全編英語字幕付き)。“I am working on things that will only be understood by the grandchildren of the twentieth century.”。坂本はおもちゃの銃で遊んでいる。
坂本のアルバムの中でもマイルストーン的な1枚である「音楽図鑑」の制作に取材班は密着し、それ以外に坂本へのインタビューや思考を聞きだし、明治神宮や浅草寺の祭りなど、東京的な要素の濃い場所でロケを行っている。
当時の東京には、自動改札は勿論なく、駅員が切符を切っている。原宿では竹の子族が踊っているが、ダンスのレベルは今の若い人に比べるとかなり低い。今の若い子は、小学校の授業でダンスを学んでおり、誇張でなく竹の子族の何十倍も高度な動きとスピードでダンスを行っている。本当に隔世の感である。

坂本龍一が、新宿アルタの液晶ビジョンが見える位置に立つと、YMO時代の「体操」や「Behind the Mask」のPROPAGANDAライブ時の映像がビジョンに映る。

後年、坂本は若い頃の自分について、ヘッドバッドを行うポーズをして、「生意気だった」「(YMO結成の時も)時間があったらやります」「年取って(そういうことがなくなって)良かった」と述べている。

この頃は30代前半(厳密に書くと32歳)だが、父親への反発から文学書よりも思想書を多く読んでいたという坂本は、鋭さを特に隠そうとはしていない。

1から10まで、順番に作曲するのが音楽というのがそれまでの作曲法だったが、坂本はそれに疑義を呈し、部分部分を作曲して保存し、次の部分とつなぎ合わせるというシャッフリングのような発想をしていることが分かる。村上春樹が1985年に発表した『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』にもシャッフリングは登場するので、そういう発想をする人が多い時代だったのだろう。
シンセサイザーで作曲をする坂本だが、この時代のシンセサイザーの性能は今のおもちゃ以下。フロッピーディスクをLPレコードサイズにしたようなメモリーディスクを何枚も使い、音色の変更はメモリーディスクに入っているものの中からセレクトして行う。今なら適当な電気店で買った安いキーボードでも音色のチェンジは簡単に出来る。そう思うと、1984年は思っているよりも遙かに昔ということになるようだ。ちなみにCDの発売は、1985年なので、スクリーンの向こうの世界にはまだCDというものは存在しない。
明治神宮の神苑に似た場所で、坂本は「歩き煙草禁止」「順路→」という立て札の前を煙草を吸いながら逆方向に進んでいく。反骨精神を表しているようだ。今は「歩き煙草禁止」じゃなくて「禁煙」の立て札になっているだろう。
ちなみに明治神宮での祭りで鼓が打たれるが、鼓に近い音もメモリーディスクには入っている。

影響を受けた人物として坂本は、様々な作曲家を挙げた後で、哲学者・思想家の吉本隆明(「たかあき」ではなく有職読みで通称の「りゅうめい」で答えている)を挙げた。
一方で、「クラシックよりビートルズを先に聴いていたらクラシックには行かなかったかも知れない」と述べている。

坂本が作曲した作品以外に流れるのは、坂本が愛したフランスの作曲家の作品。ドビュッシーの「子供の領分」より第1曲“グラドゥス・アド・パルナッスム博士”、サティのグノシエンヌ第1番などだ。

YMO時代の中でもとりわけ有名な作品である「東風」は、PROPAGANDAライブの時のものと、矢野顕子とのピアノ連弾のものが採用されている。

なお、坂本はたまに眼鏡を掛けているが、後に老眼になるまで視力1.5なのが誇りだったと語っているため、伊達眼鏡である。老眼になってから丸眼鏡を掛けるようになり、「お洒落」と評判になったが、フランスの作曲家には丸眼鏡を愛用していた人が何人かいるため、影響を受けたのかも知れない。

坂本は、店舗で掛かるBGMについては、「最初から聴かないで次の階に行ったらまた別の音楽に変わる」として、音楽の聴き方が変わるという予兆を感じている。ただ、音楽の聴き方については現時点では激変はしていないように思う。ソフトから配信が主流になったりはしているが、基本的には好きな音楽を最初から最後まで聴く人の方が多いだろう。

1984年、バブル前夜。日本が上り調子の時代である。GDP(当時GNP)は世界第2位。1位のアメリカを脅かす勢いで、「Japan as No.1」と呼ばれるのが、1985年頃である。坂本も東京を「資本主義の最先端」と呼んでいる。まさかここまでひどい国になってしまうとは誰も予想していなかっただろうが、YMOも世界初のサンプリングを駆使したアルバム「テクノデリック」を発表するなど、世界最先端の音楽を作っていた。世界音楽史上、日本のミュージシャンが世界最先端の地位に躍り出たのはおそらくこの時だけだっただろう。

アルバム「音楽図鑑」の収録曲は、「M.A.Y. IN BACKYARD」と「マ・メール・ロワ」、ラストに演奏される「SELF PORTRAIT」がメインだ。それ以外の楽曲では、「戦場のメリークリスマス(Merry Christmas Mr.Lawrence)」が教授によるピアノソロと、映画の場面をセレクトして流れる。

その後、坂本は「ラストエンペラー」の音楽で、デヴィッド・バーン、コン・スー(蘇聡)と共にアメリカのアカデミー賞作曲賞を受賞。「世界のサカモト」と呼ばれるようになる(なお、この時、エンニオ・モリコーネが落選し、作曲者を大いに落胆させた)。
だがこれはまだ坂本龍一が世界的に知られる前の映像である。

この時の坂本は、整然としたものではなく、そこからこぼれ落ちたもの、はみ出たものなどに興味を持っていたようで、ノイズなどを取り入れた音楽に繋がって行くのかも知れない。アルヴァ・ノト(カールハインツ・ニコライ)との作業はまさにそんな感じだ。

ニューヨークに転居して世界的な活動を始める坂本。ニューヨーク転居については矢野顕子が強く望んだもので、その理由については知っている人は知っているので詳しくは書かない。村上龍はテレビ番組で「亡命していった」と語っていたが、坂本はそれも否定している。

一方で、東京に対する落胆は増していったようで、自伝『音楽は自由にする』では、東京に対して、「限界に来ている」「家賃が高すぎる」「誰が住むか」と露骨に嫌悪している。「東京じゃない、家賃の安い場所から新しいものが生まれる」という予感もあったそうで、最後の方では、「京都あたりに住んでみようかと思っている」と述べている。これは絵空事ではなく、実際に京阪神地域を愛したデヴィッド・ボウイが手に入れていた九条山の土地を買ったか、買おうとした動きがあったようである。だが、癌になったことで京都移住は夢と終わった。

東京に生まれ、東京に育ち、東京で学び、東京で仕事をしてきた坂本龍一。「東京はもう駄目だ」とまで宣告したようなものだったが、最後の癌の治療は主治医が東京にいたため、東京に仮住まいし、東京の病院で手術を受け、東京の病院で亡くなった。そして何よりも、本人は否定するかも知れないが、彼は東京が似合う男だった。

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2026年1月12日 (月)

これまでに観た映画より(425) ジャン=リュック・ゴダール監督作品「新ドイツ零年」

2025年1月9日 京都シネマにて

京都シネマで、ジャン=リュック・ゴダール監督作品「新ドイツ零年」を観る。ロベルト・ロッセリーニ監督作品「ドイツ零年」を意識した作品だが共通点はほとんどない。
1990年10月3日の東西ドイツ再統一を意識し、東ドイツから西ドイツへと向かった男の話となっている。1991年制作。20時台からの遅い上映である。

主演俳優は、アメリカ出身のエディ・コンスタンティーヌが務めている。FBI捜査官などを当たり役としたコンスタンティーヌがこの作品で演じるのはスパイである。
東ドイツに潜伏していた元ナチス諜報員、レミー・コーション(エディ・コンスタンティーヌ)。30年ほど潜伏生活を送っていたが、金のために旧東ドイツ側での諜報活動を行いつつ西ドイツに向かうことになる。
いきなり、ニーチェの『善悪の彼岸』が朗読されるなど、ドイツ文化があちこちに配されている。若い女性ドラ(クラウディア・ミヒェンゼン)からは、「明日からはシャルロッテ。ゲーテと仕事するの」と、『若きウェルテルの悩み』にちなんだ冗談を言われる。
「今年はモーツァルトイヤーだ」というセリフもある。1991年は、モーツァルト没後200年だった。
字幕とセリフが別々のことを述べるなど、かなりせわしない印象を受ける。「カール・マルクス通り」(東ベルリン)の道標が倒れているのは、共産主義の終焉のメタファーだと思われるが、余り上手くないように思う。仮に1991年当時に観ていたら感想は異なったと思われるが。
今はもう時代が進んでしまって、カール・マルクスがロシア人だと本気で思っていたりする人もいる。「カールだよ。典型的なドイツ人男性の名前だよ」と思うが、外国の文化に興味がない人にはピンとこないのかも知れない。一番有名な「カール」であるカール・ルイスはアメリカ人だし。

音楽はクラシックが断片的に用いられている。ドイツ語圏に限らず様々な国の作曲家の作品が流れる。モーツァルト以外に名前が出てくるのは(フランツ・)リストであるが、リストによるピアノ編曲版と思われるベートーヴェンの第九の第2楽章が流れたりする。

「孤独」をテーマにした変奏曲であることが冒頭で示される。
哲学的な言葉が次々に流れてくるが、どれもみな借用という印象を受ける。コラージュのようだ。ゴダールは、「気狂いピエロ」でもすでにコラージュのようなことをやっていた。ゴダールは本の最初のページと最後のページを読むことで読了とし、多くの本に目を通していた。だがコラージュが重なると、自身の核や言葉が、他者にハイジャックされるような気分になる。
そもそもエディは、長く潜伏生活を送っており、孤独な存在である。時間の流れに取り残された存在である東ドイツの中で更に取り残された存在であるエディが西ドイツに行く意味は。
あるいは圧倒的な喪失が今後待ち受けているのかも知れない。

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2026年1月11日 (日)

これまでに観た映画より(424) ロベルト・ロッセリーニ監督作品「ドイツ零年」

2026年1月7日 京都シネマにて

京都シネマで、ロベルト・ロッセリーニ監督作品「ドイツ零年」を観る。1948年の作品。第二次世界大戦に敗れた1945年をドイツ零年として描いた作品である。上映時間74分の中編。出演:エドムント・メシュケ、エルンスト・ピットシャウ、インゲトラウト・ヒンツェ、フランツ・クリューガーほか。

焼け跡の残るベルリンでロケが行われている。ロベルト・ロッセリーニというと、「無防備都市」などで素人を大量に使った演出で、「戦艦ポチョムキン」(これらも素人を大量に動員)に匹敵する生々しさを生み、「無防備都市」を観たイングリッド・バーグマンは、全てを投げ出してロッセリーニの下へと走る。結婚した二人は、映画および演劇「火刑台のジャンヌ・ダルク」を上演。大ヒットを記録するが、これに味を占めたロッセリーニは、何度も何度も舞台「火刑台のジャンヌ・ダルク」を上演。何度も焼かれては死ぬ乙女を演じなければならなかったバーグマンは、やがてロッセリーニの下を去る。
その後のロッセリーニの情報は少ない。再婚しており、映画も監督したが、日本で上映された作品はほとんどないようだ。

「ドイツ零年」は、連合国軍によって分割統治されているベルリンが舞台である。ドイツ語の他に、英語やフランス語などが統治を行っている兵士の口から話される。イタリア語も用いられているようだが、確認は出来なかった。

この映画でも、大量動員されているのはエキストラではなく素人の可能性が高い。動きが整然としていないため、生々しさがある。端役俳優にも素人が抜擢され、主役のエドムントを演じるエドムント・メシュケも子役ではなく、家族が運営するサーカスで芸を行っていた11歳の少年である。

主人公は、12歳の少年、エドムントである。家族と、更に別の家族とも暮らしているようである。父親は病気で働くことが出来ず、兄のカールハインツは、最後までナチス兵として戦ったが、そのことが災いして強制収容所に入れられるのではないかと怖れ、引きこもり状態になっている。働き手が足りないので、姉のエヴァと共にエドムントも年齢を15歳と偽って、市場に出るが、見た目がどう見ても12歳であるため、「15歳未満は働いてはいけない」という法律によって追い返される。

一家の物語でありながら、ドイツの近年の歴史を辿るような展開が起こる。
エドムントは、戦後もナチを信奉している元教師のエニングと再会する。エニングは、「強い者が勝ち、弱い者は滅ぼされる」「弱肉強食」といったナチスの発想を今も抱いている。エドムントは次第にエニングに感化されていく。

エドムントは、父親を毒殺し、ラストは飛び降りて死ぬ。
ヒトラーのヒンデンブルクの死による政権奪取と、ベルリン陥落により二度負けたドイツそのものである。こうした描写は比較的分かり易いと思われる。

ヒトラーの演説が入ったレコードをエドムントが売りに行く場面があり、ヒトラーの演説も流れる。ヒトラーは簡単なことを何度も何度も繰り返し述べているが、洗脳にはこれが最も有効とされている。今生きる私たちに言えるのは、こういう人物がいたら注意しなさいということだけだ。真理が分かり易い言葉で語られることは余りない。それが分かるように我々は、子どもの時から何年も学校に通っているのである。

問題があるとしたら音楽。ロベルト・ロッセリーニの弟であるレンツォ・ロッセリーニが担当しているのだが、余りにも大袈裟で、この映画に関しては正直、神経に障る。

 

今回は、ジャン=リュック・ゴダール監督の「新ドイツ零年」と合わせての上映である。第二次世界大戦での敗北をドイツ零年としてロッセリーニに対し、ロッセリーニから影響を受けたゴダールは、東西ドイツ統一を新ドイツ零年としている。

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2025年12月 3日 (水)

これまでに観た映画より(414) 日本映画「ジャパニーズ スタイル Japanese Style」アベラヒデノブ監督&武田梨奈さん舞台挨拶付き上映

2025年10月18日 大阪・十三の第七藝術劇場にて

大阪へ。
十三(じゅうそう)の第七藝術劇場で、映画「ジャパニーズ スタイル Japanese Style」の舞台挨拶付き上映を観るためであるが、阪急十三駅の外に出るのは、実に20年ぶりぐらいである。阪急十三駅ではしょっちゅう降りているが、基本、神戸線、稀に宝塚線に乗り換えるためで、十三駅を目標として阪急電車に乗ったことは久しくなかった。
チケットはネットでの事前申し込み。発券機に予約番号と電話番号を入れるとチケットが発券される。

第七藝術劇場は、サンポードシティビルの6階にある大阪の老舗ミニシアター。何度か閉鎖に追い込まれているが、映画好きの尽力によって再建されている。尖った企画も多く、大阪の中でも特にファンの多い映画館とされる。

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今日観る「ジャパニーズ スタイル Japanese Style」は、アベラヒデノブが、2017年に撮影した作品。5日ほどで全編を撮影したという。タイトルは英語で「袋とじ」という意味であるが、武田梨奈が演じる女性が袋とじを開けるのを特技としているほかに、外国とは違った「日本の流儀=ジャパニーズスタイル」が存在することも意味している。主演した吉村界人と武田梨奈も企画で参加している。劇場公開は2022年。

大晦日。画家の茂田を名乗る長谷川平太(吉村界人)は、元カノをモデルにした作品の目を描くことが出来ずにいた。共同での展覧会で発表する必要があり、長谷川が作品を出さないと展覧会は中止になって、損失は長谷川が埋めることになる。タイ人の知り合いが運転する自動三輪タクシー(トゥクトゥク)で、元カノと別れた空港に向かった長谷川は、倫(りん)という女性(武田梨奈)と出会い、行動を共にすることになる。倫には8歳の時に父親に捨てられた苦い記憶があるのだが、その父親が自分と同い年の中国人女性と再婚することを知らされていた……。

羽田空港と横浜の街で撮影が行われており、中華街やみなとみらい地区の観覧車など横浜の名所が映っている。

元カノの幻影から逃れられない男と、父親から受けた傷と向き合う女の物語である。二人は気が合いそうにも見えるのだが、ラストシーンの後でアメリカに共に向かったのかどうかは観る者の想像に任されている。倫は空港で誰でも出来るようなアルバイトをしており、失うものは何もないため、一緒に行きそうな予感は感じられる。

怒りを抱えている登場人物が多く、カリカリしたようなひりついた感じを受ける映画で、観ていて良い印象は受けないのだが、撮影現場でもそうしたカサついた空気はあり、喧嘩などもしながら撮っていったそうで、それが映画に影響しているのだろう。現場の空気が反映されているという点では成功作と言える。

 

終映後、アベラヒデノブ監督と、主演女優の武田梨奈による舞台挨拶。「虎に翼」では、金持ち弁護士の遺産を独り占めにしようと謀る愛人役を演じていた武田梨奈。生で見るのは初めてだが、想像以上にスポーティーな印象を受ける。スポーツを欠かさずにしている人が持つ雰囲気で、肩周りの盛り上がりなどもそれを裏付けている。空手家でもあり、「芸能界最強女子」とも言われる人だが、柔らかい感じで、自分から行くタイプではないことが分かる。

 

限られた時間での舞台挨拶であったが、アベラヒデノブ監督は大阪芸術大学映画科の出身で、第七藝術劇場には学生時代から思い入れがあったことを述べた。
武田梨奈は、先に記した通り映画が短期間で撮られたことと、現場の雰囲気について述べていた。また二人によると、「上映出来る場所があるかどうか分からない」状況で撮影が始まり、とにかく撮るというスタイルで進んでいったのだが、アベラヒデノブ監督が行方不明になる事件があったそうである。脚本に不備が見つかったため、漫画喫茶に閉じこもってずっと脚本を書いていたそうだ。

 

 

約20年ぶりの十三の街。大阪市の中でも下町の色が濃い場所である。一般の店のみならず、コンビニも出店を設けて声を張り上げている。コンビニがこうしたことを常時行っているところは日本でも余りないはずだ。
メインストリートを少し外れた所に神津神社という社があったので参拝してみる。高木彬光の神津恭介シリーズが好きな人には聖地になりそうだが、今の日本で神津恭介のファンがどれだけいるのか不明である。明智小五郎や金田一耕助のファンは多いだろうけれど。

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2025年3月11日 (火)

これまでに観た映画より(381) 「その街のこども 劇場版」

2025年1月17日 京都シネマにて

京都シネマで、阪神・淡路大震災30年特別再上映「その街のこども 劇場版」を観る。2010年1月17日に阪神・淡路大震災15年特別企画としてNHKで放送されたドラマの映画版(2011年公開)。NHK大阪放送局(JOBK)の制作である。放送から15年が経っている。監督:井上剛。脚本:渡辺あや。出演:森山未來、佐藤江梨子、津田寛治ほか。音楽:大友良英。京都では今日1回のみの上映。神戸では今日から1週間ほど上映されて、森山未來がトークを行う日もあるようだ。
森山未來も佐藤江梨子も1995年当時、神戸に住んでおり、阪神・淡路大震災の被災者である。ただ佐藤江梨子はどうなのかは分からないが、森山未來は実家付近にほとんど被害が出なかったそうで、知り合いに亡くなった人もおらず、当事者なのに部外者のような気がしてコンプレックスになっていると語ったことがある。

2010年1月16日。森山未來演じる中田勇治は、阪神・淡路大震災被災後年内に、また佐藤江梨子演じる大村美夏は、震災の2年後に東京に転居し、以後、一度も神戸を訪れていないという設定である。
東京の建設会社に勤める中田は、先輩の沢村(津田寛治)と共に広島への出張で新幹線に乗っている。新神戸駅で下車しようとするスタイルのいい女性の後ろ姿を見掛けた二人。中田はふいに新神戸で降りることに決める。
スタイルのいい女、美夏から、「新神戸から三宮まで歩いて何分ぐらいですか?」と聞かれたことから、二人の物語が始まる(私は新神戸から三宮まで歩いたことがあるが、15分から20分といったところである。地下鉄で1駅なので普通は地下鉄を使う)。美夏は、明日の朝に東遊園地で行われる追悼集会に出る予定だった。中田は灘の、美夏は御影の出身である。
喫茶店や居酒屋で過ごした後、二人は御影(美夏の祖母の家がある)へと歩いて向かう。

オール神戸ロケによる作品である。震災から距離を置きたかったという気持ちが、少しずつ明らかになっていく(共に親族に問題があったようだが)。見終わった後に染みるような感覚が残る映画である。

ラストシーンは、2010年1月17日午前5時46分からの追悼集会で撮影され、即、編集が施されてその日のうちに放送されている。

撮影から15年が経っているが、森山未來は今も見た目が余り変わっていない。十代の頃の面影が今もある人なので、年を取ったように見えないタイプなのだと思われる。

 

上映終了後に、井上剛監督と配給の石毛輝氏による舞台挨拶がある。
キャストが森山未來と佐藤江梨子に決まったことで、当初よりも恋愛要素の濃い設定となったようである(ただし二人が恋仲になることはない)。色々と新しい試みを行ったそうで、カメラマンは、ドラマではなく報道専門の人を起用したそうである。また「百年に一度の災害」というセリフがあるのだが、放送の翌年に東日本大震災が発生。その後も熊本や能登で大規模な地震が発生している。関西でも大阪北部地震があった。ここまで災害が続くとは制作陣も予想していなかったようである。

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2025年1月30日 (木)

これまでに観た映画より(370) 「イル・ポスティーノ」4Kデジタルリマスター版

2024年11月20日 アップリンク京都にて

アップリンク京都で、イタリア映画「イル・ポスティーノ」4Kデジタルリマスター版を観る。イタリア映画の中でもメジャーな部類に入る作品である。1994年の制作。1995年のアカデミー賞で、ルイス・エンリケス・バカロフが作曲賞を受賞している。監督・脚色:マイケル・ラドフォード。ラドフォード監督は、「アンドレア・ボチェッリ 奇跡のテノール」も監督している。音楽:ルイス・エンリケス・バカロフ。出演:マッシモ・トロイージ(脚色兼任)、フィリップ・ノワレ、マリア・グラツィア・クチノッタほか。主演のマッシモ・トロイージは、撮影中から心臓の不調に苦しんでおり、この映画を撮り終えた12時間後に心臓発作のため41歳で急死。本作が遺作となった。

実在のチリの詩人、パブロ・ネルーダをフィリップ・ノワレが演じた作品である。

イタリア、ナポリ沖のカプリ島(レオナルド・ディカプリオの先祖がこの島の出身である)をモデルとした小島が舞台。マリオ(マッシモ・トロイージ)は、漁師の子だが、アレルギーなどがあり、漁師になることは出来ない。しかし、父親からは「もう大人なのだから働け」とせかされる。郵便局の扉に求人の張り紙があるのを見たマリオは、翌日、郵便局を訪れ、詳細を聞く。チリの国民的な詩人であるパブロ・ネルーダ(フィリップ・ノワレ)が共産党員という理由で祖国を追われて亡命し、イタリアのこの島で暮らすことになったので、彼宛ての手紙を届ける専門の郵便配達夫が必要になったのだという。賃金は雀の涙だというが、マリオはこの職に就くこと決める。共に共産主義者ということもあって次第に親しくなるマリオとパブロ。
やがてマリオは瞳の大きなベアトリーチェ(マリア・グラツィア・クチノッタ)という女性に恋をする。マリオはベアトリーチェに近づくためにパブロに詩を習うことになる。

 

詩を題材にしたヒューマンドラマである。言葉によって心と心が通じ合っていく。風景も美しく、音楽も秀逸で、ローカル色の濃い南イタリアの島の風景に溶け込む喜びを感じることが出来る。偉大な詩人によって郵便配達夫が詩の腕を上げていくという大人の教養小説的な味わいにも満ちた作品だ。
ベアトリーチェ役のマリア・グラツィア・クチノッタも魅力的で、イタリア映画の中でも独自の味わいを築いている。

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2025年1月24日 (金)

これまでに観た映画より(367) 相米慎二監督作品「お引越し」4Kリマスター版(2K上映)

2025年1月22日 京都シネマにて

京都シネマで、相米慎二監督作品「お引越し」を観る。4Kリマスター版であるが、京都シネマでは2Kでの上映である。1993年の作品。讀賣テレビ放送の制作。原作:ひこ・田中。出演:中井貴一、桜田淳子、田畑智子、茂山逸平、千原しのぶ、青木秋美(現・遠野なぎこ)、円広志、笑福亭鶴瓶ほか。音楽:三枝成彰。チェロ独奏を行っているのは、東京交響楽団首席チェロ奏者時代の山本祐ノ介(やまもと・ゆうのすけ)。山本直純の息子であり、今は父の跡を継ぐ形で、ポピュラー系に強い指揮者として父親譲りの赤いタキシードを着て活躍している。

祇園の老舗料亭・鳥居本のお嬢さんである田畑智子のデビュー作(当時12歳)。今は名女優となっている田畑智子であるが、演技経験はこの時が初めてということもあり、必ずしも名子役ではなかったというのが興味深い。その後、努力して演技力を身につけたのだろう。ただこの時点でも表情などはかなり良く、演技のセンスが感じられる。

京都と滋賀県内が舞台となっており、セリフは京言葉が用いられている。「お引越し」というタイトルからは一家総出の引っ越しを連想させられるが、実際は、レンコ(田畑智子)の父親であるケンイチ(中井貴一)と母親であるナズナ(桜田淳子)の別居のお話である。ケンイチが家を出て行って、マンションの一室に引っ越したのだ。ナズナは離婚届を用意しているのだが、判はまだ押していないようだ。レンコはナズナと共に元いた家で暮らすことになるが、ケンイチのマンションにも時折出掛けている。ケンイチとナズナも週に1回は会って、レンコも入れて3人で食事を行っているようである。
ナズナはレンコとの間に契約書を作るが、レンコはそれが不満である。

公開時には、桜田淳子と田畑智子が高い評価を受けたが、桜田淳子は統一教会の問題で、以後、映画作品に出ることはなくなってしまっている。

京都のあちこちにある名所が映されるのだが、そのため、小学校の昼休みの間の移動なのに恐ろしく遠いところまで足を運ぶということになってしまっている(京都の人でないとそのことには気付かないだろう)。祇園祭、松ヶ崎妙法の「妙」の字の送り火や大谷祖廟(東大谷)の万灯会など、京都らしい夏の風物も画面を彩る。
また、この時期の小学校ではまだ「鎖国」という言葉が教えられていたり、アルコールランプを使用していたりと、今の小学校とは異なる部分が多い。田畑智子演じる漆場レンコはアルコールランプをわざと落としてボヤ騒ぎを起こしている。
関東地方からの転校生だと思われる橘理佐(青木秋美=子役時代の遠野なぎこ。彼女は実家が貧しく、親に無理矢理子役にさせられて、稼ぐよう仕向けられていた。そのことで成人してから精神が不安定になってしまう)ともレンコは上手くやる。
なお、小学校の校舎は、現在は京都市学校歴史博物館となっている、廃校になったばかりの京都市立開智小学校(御幸町通仏光寺下ル)のものが用いられている。

後半は琵琶湖畔を舞台とした幻想的な展開となる。建部大社のお祭りがあり、琵琶湖では花火が打ち上げられる。瀬田の唐橋でやり取りをするナズナとレンコだったが(おそらく、現実に行った場合には人が多くて互いの声は聞こえないだろう。芝居の嘘である)、やがてレンコは森の中へと彷徨い込み、火祭り(東近江市で行われているものらしい)などが行われている幻想的な光景の中へと分け入っていく。夜が明け、レンコは琵琶湖の水につかった両親を見つける……。

夏に焦点を当てた作品だが、ラストではレンコが一気に成長し、中学生になったことが分かるようになっている。

前半と後半でかなり趣の異なる映画であるが、日本的な抒情を感じさせる映像美がことのほか印象的な作品になっている。そうした点では相米作品の中でも異色の一本である。
4Kリマスター版は、2023年のヴェネツィア国際映画祭で、最優秀復元映画賞を受賞した。

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2025年1月22日 (水)

これまでに観た映画より(365) 相米慎二監督作品「夏の庭 The Friends」4Kリマスター版(2K上映)

2025年1月16日 京都シネマにて

京都シネマで、日本映画「夏の庭 The Friends」を観る。相米慎二監督作品。1994年のロードショー時に、テアトル新宿で観ている作品である。原作:湯本香樹実(ゆもと・かずみ)、脚本:田中陽造。出演:三國連太郎、坂田直樹、王泰貴、牧野憲一、戸田菜穂、根本りつ子、寺田農、笑福亭鶴瓶、矢崎滋、柄本明、淡島千景ほか。エンディングテーマ:ZARD「Boy」。4Kリマスター版によるリバイバル上映であるが、京都シネマでは2Kでの上映となる。

戸田菜穂のスクリーンデビュー作としても知られている作品である。朝ドラ「ええにょぼ」でヒロインを務め、当時、期待の新進女優であった戸田菜穂であるが、玉川大学でフランス語を専攻し、たびたび渡仏するなど、女優以外にやりたいことがあったような気もする。現在も女優としての活動を続けているが、脇役中心で、期待されたほどではなかったというのが正直なところである。この映画でも、まだ若いとはいえ、感情表現が一本調子なところがあるなど、演技が達者とは言えないことが分かる。本人も自覚していて、そのため演技以外のものへも手を伸ばしていたのかも知れないが、本当のところは本人にしか分からない。
10年ほど前になるが、NHKBSプレミアム(当時)の「ランチのアッコちゃん」で演じた遣り手の女はなかなか良かったように思うが(蓮佛美沙子とのW主演)。

神戸市が舞台となっており、出演者全員が神戸弁を話すが、郊外の住宅地が舞台となっているため、一目見て「神戸らしい」シーンは一つもない。阪神・淡路大震災で壊滅的な打撃を被る直前の神戸が描かれているが、神戸らしいシーンがないので貴重な映像という訳でもないようだ。

サッカーチームに所属する三人の少年と、一人の老人の一風変わった交流を描いた作品。全て夏休み中の出来事なので、授業のシーンなどはない(学校のプール開放日の場面は存在する)。

前年の1993年にJリーグが発足。サッカー熱が今よりも高かった時代の話である。ちなみにこの映画が公開された1994年の夏は「史上最も暑い夏」と言われ、翌1995年の夏も「史上最も暑い8月」と呼ばれた。前年の1993年は記録的な冷夏であり、気候が不安定だった時期である。とはいえ、夏の気温は近年の方が高いように思う。

少年サッカークラブに所属する木山(坂田直樹)、河辺(王泰貴)、山下(牧野憲一)の三人は、庭が草ボウボウのボロ屋に住む老人(三國連太郎)が今にも死にそうだとの噂を聞きつけて、様子を探りに行く。少年達を見つけた老人は、追い払おうとし、迷惑そうな様子を見せるが、一転して子どもたちを歓迎するようになる。寂しかったのだと思われる。老人の庭の草むしりをし、コスモスの種を植え、屋根のペンキ塗りなどをする三人。
そこに姿を見せたのは三人の担任教師である近藤静香(戸田菜穂)。実は静香は老人、傳法喜八(でんぽう・きはち)の孫であった。
喜八は戦争中にフィリピンに赴き、当地の一家を銃で惨殺したことがあった。若い女が家から飛び出したが、喜八は追いかけ、射殺した。近づいて見て女が妊娠していることに気付いた。
喜八は戦前に結婚しており、妻の古香弥生(淡島千景)との間には、喜八が戦地にいる間に娘が生まれていた。その娘の子どもが静香なのだが、戦争が終わっても喜八は弥生の下には戻らず、孤独な暮らしを続けていたのだった。はっきりとは描かれていないが罪の意識があったのだろう。

子どもたちと老人の交流を軸に、死や戦争についても描いた作品。夏休みの子どもたちが主人公ではあるが、深みはある。
31年前はそれほどでもなかったが、今見ると、佐藤浩市が三國連太郎の息子であるのは明白である。顔や雰囲気がやはり似てくる。

31年前に一度観たきりの作品であり、ほとんどの場面は記憶から失せていたが、戸田菜穂が林檎を丸かじりするシーンは不思議と鮮明に覚えていた。

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2025年1月 3日 (金)

これまでに観た映画より(361) 「バグダッド・カフェ」

2024年12月26日 京都シネマにて

京都シネマで、西ドイツ制作の映画「バグダッド・カフェ」の4Kレストア版(京都シネマでは2K上映)を観る。1987年の制作。ベルリンの壁崩壊の2年前である。
かなり有名な作品であるが、テーマ曲である「Calling You」は、ひょっとしたら映画以上に有名かも知れない。
「バグダッド・カフェ」というタイトルであるが、イラクの首都であるバグダッドが舞台になっている訳ではなく、アメリカ・カリフォルニア州にあるモハーヴェ砂漠の真ん中、バグダッドで営業を行っているモーテル兼ガソリンスタンド兼ダイナーのバグダッド・カフェというカフェが主舞台となっている。というより一部を除けば、バグダッド・カフェの周辺で全て完結している。
パーシー・アドロン監督作品。なお、アドロン監督は今年(2024年)の3月に死去したそうである。
出演:マリアンネ・ゲーゼブレヒト、CCH・パウンダー、ジャック・パランス、クリスティーネ・カウフマンほか。

大人のための一種の寓話である。

バグダッド・カフェのオーナーは黒人女性であるブレンダ。夫と娘がいるが、家庭が上手くいっているとは言えないようである。そんなバグダッド・カフェをヤスミンという中年女性が訪れる。ドイツ人のヤスミンは夫婦でアメリカを旅していたのだが、車が故障したのをきっかけに夫婦喧嘩を起こし、夫と別れてバグダッド・カフェを訪れたのだった。ヤスミンは部屋の内装を勝手に変えるなど奔放なところがあり、バグダッド・カフェに住み着いてしまう。バグダッド・カフェには様々な人種や指向、前歴を持った人が集まってくる。やがて手品を習得したヤスミン。その手品が受けて、バグダッド・カフェは盛況となる。
バグダッド・カフェの近くのコンテナで生活しているコックスは、元はハリウッドで舞台美術の仕事をしていた(ヤスミンは俳優だったと勘違いしていた)。コックスは、ヤスミンをモデルにした肖像画を描きたいという申し出、ヤスミンはそれを受け入れる。
順調に行くかに見えた日々だったが、保安官のアーニーがバグダッド・カフェを訪れ、ヤスミンに「ビザが切れている。グリーンカードを持っていないとこの先、ここでは生活出来ない」と告げる。バグダッド・カフェを去る決意をしたヤスミンだったが……。

不思議な感触を持った映画である。ヤスミンは太めの中年女性なのであるが、時折、「この人は人間ではなくて妖精か何かなのではないか」と思わせられるところがある。手品の習得も異様に早く、高度な技もこなせるようになる。
時の経過は、いつもピアノの練習をしているサロモの上達ぶりによって観客に知らされる。J・S・バッハの曲をたどたどしく弾いていたサロモだが、最終的にはジャズ風の即興的な曲もバリバリ弾きこなせるようになる。

個性豊かな面々が、不毛な砂漠の真ん中のバグダッド・カフェで至福の時を見つけ、もう若いとはいえないヤスミンとコックスは接近する。
都会で多数派のように生きることだけが幸せではないと教えてくれる佳編である。

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2024年12月 5日 (木)

これまでに観た映画より(356) 永瀬正敏&土居志央梨「二人ノ世界」

2024年12月2日 京都シネマにて

京都シネマで日本映画「二人ノ世界」を観る。永瀬正敏&土居志央梨W主演作。土居志央梨がNHK連続テレビ小説「虎に翼」の山田よね役でブレークしたのを受けての再上映である。2020年公開の映画で、2017年の制作とあるので、撮影もそれよりちょっと前かと思ったのだが、土居志央梨がX(旧Twitter)で、「21歳の時に撮影」と書いており、土居志央梨は現在31歳なので約10年前に撮られているということになる。何らかの理由で公開までに時間が掛かったようだ。プロデューサーは複数名いるが、メインは林海象。林海象と永瀬正敏は、「濱マイク」三部作を作り上げている盟友であり、土居志央梨は林海象の京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)映画学科の教え子である。黒木華や土居志央梨は映画俳優コースの出身で、黒木華もプロフィールに「林海象に師事」と書いてあったりするのだが、林さんは演技自体の指導は出来ないはずなので、演出を付けて貰ったという意味なのだと思われる。原作・脚本:松下隆一(第10回日本シナリオ大賞佳作)、監督:藤本啓太。製作協力に、北白川派(林海象を発起人として京都造形芸術大学映画学科を中心に興った映画製作グループ)と京都芸術大学、京都芸術大学映画学科が名を連ねている。

出演は、永瀬正敏と土居志央梨の他に、牧口元美、近藤和見、重森三果、勝谷誠彦、宮川はるの等。余り有名な俳優は出ていない。

面白いのは、若き日の土居志央梨の声が松たか子そっくりだということ。多分、音声だけだとどちらがどちらなのか分からないほどよく似ている。顔の輪郭が同じような感じで頬もふっくらしているという共通点があるため、声も自然と似たものになるのであろう。

京都市が舞台である。元日本画家の高木俊作(永瀬正敏)は、36歳の時にバイク事故で脊髄を損傷し、首から下が不自由になる。画家時代は東京で暮らしていたが、今は京都の西陣にある実家で寝たきりの生活を送っている。母親が介護していたが4年前に他界。今は父親の呉平が介護を担っているが、高齢であるため、ヘルパーを雇おうとしている。しかし俊作はヘルパーが気に入らず、毎回、セクハラの言葉を浴びせて追い返していた。困った呉平はラジオに投稿。採用され、ラジオのパーソナリティーと窮状について話をする。そのラジオを聴いて、ヘルパーとして無理矢理押しかけてきた若い女性がいた。目の見えない平原華恵(土居志央梨)である(27歳という設定)。「虎に翼」にも花江という名の女性が出てきたが(森田望智が演じた)、こちらにも字は違うが「はなえ」が出てくるのが面白い。
華恵は、目が見えないということで、求人に応募しては不採用という状態が続いていることが冒頭で示されている。
俊作も、華恵に関しては卑猥な言葉を吐かず、取りあえず受け入れることになる。目が見えないので、本当にヘルパーが務まるのか、みな疑問視するが、何とかなっている。ちなみに華恵はヘルパーの資格は持っていない。京都のどこかは分からないが、屋外にゴミゴミした風景が広がる場所に住み、煙草をたしなむ。幼い頃に右目を失明し、5年前に左目の光も失ったようだ(視覚障害者のための団体、京都ライトハウスが撮影に協力している)。
これまで俊作は、女性ヘルパーに会ってすぐにセクハラに及んでいるため、顔が気に入らなかったのだろうか。面食いなのかも知れない。
俊作には、小学校の頃からの付き合いで、写真館を営む後藤という友人がいる。後藤にAVを貸して貰って見るのが習慣になっているようで、華恵の前でもAV鑑賞を行おうとする。後藤はたしなめるが、華恵が、「私は別に構いませんよ」と言ったため、介護を受けながらAVを見る(スクリーンからはあえぎ声だけ聞こえる)という妙な場面があったりする。
呉平の健康状態が良くなく、緊急入院することに(勝谷誠彦が医師役で出ている)。華恵は俊作を安心させるため、「検査入院」と告げたが、もう長くないのは明らかだった。
呉平の葬儀の日。いかにも意地悪そうな親戚のおばさん達(かなりステレオタイプの京都人といった感じである)は、目が見えず、無資格の華恵が俊作のヘルパーを続けていることに疑問を呈する……。


障害者を扱った思い作品だが、障害者が直面するシリアスな問題には本格的には触れず(そういった問題はドキュメンタリー映画で扱うのが適当だろう。ただ印象に残る場面はいくつもある)、障害者二人の心の接近が主に描かれている。俊作が事故に遭う以前に描いた鶴のつがいの絵を華恵が撫でて指先で読み取るシーンが印象的である。最初は寝てばかりだった俊作だが、華恵と屋外に出るようになる。
ロケ地の協力先として宝ヶ池公園などの名が上がっているが、宝ヶ池は映らず、公園内のその他の部分で撮影が行われている。また京都大学の北にある百万遍知恩寺での大念珠繰りの行事を二人がテレビで見る場面があり、その後、二人が屋台のある場所に出掛けるのだが、ここはどうも知恩寺ではないように思われる。百万遍知恩寺には余り屋台が出ることはない。どこなのかは少し気になる(吉田神社などは屋台がよく出ているが、吉田神社が協力したというクレジットはない)。
二人とも障害者であることを卑下する言葉を吐くことがあるが、華恵は、「私も俊作さんも普通の人間なのに。私は目が見えないだけ、俊作さんは体が動かないだけ」と障害者が置かれた理不尽な立場を嘆いたりもする。華恵は目の焦点が合っていないので、外に出る時はサングラスをして誤魔化しているのだが、バスに乗ったときに、席を譲って貰って座るも、女の子から、「このお姉ちゃん目が見えないの?」と言われ、明るく「何にも見えないよ」と返したが、女の子は何も応えないなど、一番傷つくやり方をされてもいる。
俊作も、「俺たち、色々と諦めなくちゃいけないのかな」と弱音を吐くが、その直後に路上で痙攣を起こし、病院に運ばれる。駆けつけた親戚から華恵は、俊作にもう会わないようにと告げられる。


ラストシーンではベッドインする二人。このまま障害者二人でやっていけるのかどうかそれは分からないが、障害者としてではなく男女として巡り会えた喜びが、今この時だけだったとしても描かれているのが救いである。


障害者ではあるが、ギラギラした生命力を感じさせる永瀬正敏の演技と、しっとりとした土居志央梨の演技の対比の妙がある。重く地味な作品ではあるのだが、独特の空気感が映画を味わい深いものにしている。
まだ京都造形芸術大学の学生だった土居志央梨の、山田よねとは正反対の瑞々しい演技も見物。しかしここから売れるまでに10年かかるのだから女優というのも大変な職業である。

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