カテゴリー「南米」の4件の記事

2026年3月 3日 (火)

コンサートの記(950) 小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトXXⅠ ヴェルディ:歌劇「椿姫」 ディエゴ・マテウス指揮

2025年3月16日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後3時から、左京区岡﨑のロームシアター京都メインホールで、小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトⅩⅩⅠ ヴェルディ:歌劇「椿姫」を観る。

小澤征爾は亡くなったが、その志は若い人々へと受け継がれている。

今回も指揮者は、小澤征爾音楽塾首席指揮者のディエゴ・マテウス。演出は、デイヴィッド・ニースが手掛ける。小澤征爾には、創設者と共に永久音楽監督の称号が追贈されている。
小澤征爾音楽塾副塾長(実質的なトップ)には、チェリストの原田禎夫。アシスタント・ディレクターには、小澤征爾の娘である小澤征良(せいら)が就いている。

出演は、ニーナ・ミナシアン(ヴィオレッタ)、カン・ワン(アルフレード・ジェルモン)、クイン・ケルシー(ジョルジュ・ジェルモン)、メーガン・マリノ(フローラ)、牧野真由美(アンニーナ)、マーティン・バカリ(ガストン子爵)、井出壮志朗(ドゥフォール男爵)、町英和(ドビニー侯爵)、河野鉄平(こうの・てっぺい。医師グランヴィル)。
管弦楽は小澤征爾音楽塾オーケストラ。合唱は小澤征爾音楽塾合唱団。

原作小説・戯曲:アレクサンドル・デュマ・フィス。台本:フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ。

 

ベネズエラの「エル・システマ」出身のディエゴ・マテウス。「エル・システマ」が輩出した有力指揮者としては、グスターボ・ドゥダメルに次いで二人目であり、単にドゥダメル一人に才能があったわけではなく、「エル・システマ」の有効性を示した人物でもある。「第二のドゥダメル」と呼ばれたこともあるが、最近はこの称号で呼ばれることは余りないようである。
小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトの演出の多くを手掛けているデイヴィッド・ニースは、メトロポリタン歌劇場の演出家として長年活躍してきた人物である。
ヴィオレッタを歌うニーナ・ミナシアンは、アルメニア出身。アルフレード役のカン・ワンは中国系オーストラリア人である。アルフレードの父親役のジョルジュを歌うクイン・ケルシーはハワイ出身。見た目から原住民系であると思われる。ハワイ大学マノア校で音楽を学び、卒業後に欧米で活躍している。
日本人キャストも全員出身校が異なり、バラエティーに富んだ人選となっている。

 

紗幕にパリの情景が描かれている。エッフェル塔、セーヌ川、ポン・ヌフ、ノートルダム大聖堂。おそらくこれらが一度に見える場所はないので架空のパリなのだろう。「椿姫」が初演された時には、エッフェル塔はまだなかったと思うが、パリらしさを演出するためなのでいいだろう。

前奏曲を、マテウスは極めて小さな音でスタートさせる。その後も繊細な表現が続くが、華やかさが徐々に増していく。小澤征爾音楽塾オーケストラは、日本、韓国、中国などで行われたオーディションで選ばれた若い音楽家による団体だが、よく訓練されていて、アンサンブルの精度も高い。このオペラではフルートが重要な場面で演奏されるのだが、マテウスはフルートを上手く浮かび上がらせていた。
「椿姫」の音楽は三拍子系のものが多いのも特徴である。最も有名な「乾杯の歌」も三拍子であるが、この曲はカラオケ(JOYSOUND)に入っていて歌うことが出来る。

前奏曲の途中で紗幕が透け、ヴィオレッタ達が立っているのが見える。
ヴィオレッタは高級娼婦である。大金を手に入れることが可能だが、結婚は許されていない。そのヴィオレッタがアルフレードという若者に恋をしたことから起こる一騒動と、若くしての病死を描いた悲劇である。
私は、2002年に京都芸術劇場春秋座で行われた京都造形芸術大学(当時)と京都市立芸術大学音楽学部との合同公演で初めて「椿姫」を観ており(あの頃は二校は仲が良かった)、その後も春秋座のオペラ、佐渡裕が指揮した神戸文化ホールでの上演を観たことがある。

近年は、象徴的な演出が行われることも多い「椿姫」だが、デイヴィッド・ニースの演出は奇をてらわないオーソドックスなもので、まず「演技で見せるのだ」という強い意志が感じられる。ヴィオレッタは不治の病に冒されている。通常は死因となる結核という解釈が取られるが、結核の割りには元気な描写があったり、隔離されたりなどの措置が取られていないため、結核にかかったのは死の直前で、不治の病は別のものなのかも知れないが、ヒントとなるものがないため、現状ではやはり結核とするのが無難なように思う。

歌手達の水準は高く、ロームシアター京都メインホールということで声もよく通り、オーケストラの音も美しく聞こえる。

装置や衣装を手掛けたのはロバート・パージオーラだが、フローラの屋敷の場では、壁も登場人物の衣装も真っ赤で統一。特に深い意味はない(吐血のイメージは込められていると思う)と思われるが、インパクトはある。その他の場面でも装置はお洒落である。

第3幕で瀕死のはずのヴィオレッタが朗々と歌うのが、「リアルでない」と言われることもあるが、内面の吐露なのでそんな指摘をしても仕方ない気もする。今回、ヴィオレッタを演じたニーナ・ミナシアンは、ベッドの上にアルフレードと並んで座った時に、何度か頭に手をやって具合が悪そうに見せるなど、リアルな演技を見せていた。

 

この上演もカーテンコールでの撮影は可となっており、SNSへのアップも許されていた。

なお、今回の公演を持って、ロームは小澤征爾音楽塾から撤退することを明らかにした。

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2026年1月 4日 (日)

グスターボ・ドゥダメル指揮シモン・ボリバル・ユースオーケストラ レナード・バーンスタイン 「ウエスト・サイド・ストーリー」よりシンフォニック・ダンス

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2022年11月 3日 (木)

これまでに観た映画より(313) ドキュメンタリー映画「フェルナンド・ボテロ 豊満な人生」

2022年10月28日 京都シネマにて

京都シネマで、ドキュメンタリー映画「フェルナンド・ボテロ 豊満な人生」を観る。現在、京都市京セラ美術館で開催されている「ボテロ展」に合わせて公開されているものである。2018年の制作で、監督はドン・ミラー。バンクーバーを拠点とするカナダ人スタッフを中心に制作されている。フェルナンド・ボテロ本人を始め、ボテロの実子や孫などが出演し、コメントをしたりインタビューに応えたりしている。キュレーターや評論家といった絵画・美術の専門家も多数登場する。

3人兄弟の次男として生を受けたフェルナンド・ボテロ。父親は商売人であり、馬にまたがって商品を運んだりしていた。だがボテロが4歳の時に心臓発作で他界。母親は女手一つで3人の子どもを育てることになる。母親には裁縫の才があり、お針子として生計を立てていたが、収入は十分ではなく、ボテロは中学生の頃から新聞の挿絵などを描くアルバイトに励んでいた。ボテロの夢は世界一の画家になることだったが、生まれ育ったメデジンには絵画の教育を受けるのに十分な機関が存在せず、ボテロはヨーロッパに渡ることになる。

ボテロの画風の特徴であるふっくらとした「ボテリズム」は、直接的にはメキシコでマンドリンを描いている時に着想を得たものだが、若い頃、フィレンツェ滞在中に数多く触れたルネサンス期とその少し前のイタリア絵画に影響を受けていることがこのドキュメンタリーを見ていると分かる。ボテロの絵を見ているだけでは関連性に気づかなかったが、ルネッサンス期の絵画は確かにふくよかなものが多い。

ボテロはその後も成功を求めてニューヨークやパリなどに移り住み、絵画を制作。決して順風満帆という訳ではなく、作品を酷評されることも多かった。だがニューヨークで活動をしていたある日、隣に住んでいた画家のところにMoMAことニューヨーク近代美術館のキュレーターが来ており、その画家が、「隣にも画家がいるからついでに見て行きなよ」と言ったため、キュレーターがボテロのアトリエに来たのが成功へと繋がる。MoMAで行われたボテロの個展は大成功を収める。実の子ども達と語り合うシーンで、「私がその時留守だったら運命は変わっていた」とボテロは述べている。

この映画にはこの手のドキュメンタリーとしては珍しく、ボテロの作風を「マンガ的」などと否定的に捉える評論家のコメントなども取り上げられている。
また、「分かりやすいから成功したと思われるようだがそうではない」という専門家の意見も聞くことが出来る。

子ども達や孫達はボテロの成功を夢見ての努力を賞賛しているが、ボテロ本人のコメントは面白いことにそれとは異なっており、「成功したか失敗したかは問題じゃない」として、「とにかく描くことが人生」だとボテロは心の底から思っているようである。描くことで学ぶことが出来、日々発見がある。存命中の画家としては世界で最も有名という評価もあるが、老境に入った今は若い頃と違って名声をいたずらに求めるのではなく、絵と芸術に向かい合うことが何より幸せな時間であると実感していることが伝わってくる。

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2022年11月 2日 (水)

美術回廊(81) 京都市京セラ美術館 「ボテロ展 ふくよかな魔法」

2022年10月27日 左京区岡崎の京都市京セラ美術館にて

京都市京セラ美術館本館北回廊1階で「ボテロ展 ふくよかな魔法」を観る。

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1932年にコロンビアのメデジンで生まれたフェルナンド・ボテロ。90歳になる現在も画家として活躍を続けている。ふっくらとして立体的で陰がなく、その一方で表情を敢えて乏しくさせるという画風が特徴。一見すると可愛らしいが、その絵が表す状況は決して明るくはなく、おそらくコロンビアという国、その中でも最も治安の悪いとさせる故郷のメデジン(メデジン・カルテルの本拠地であり、「麻薬汚染都市」として有名である)を何らかの形で象徴しているのだと思われる。

ボテロが画家として活動を始めた時代は抽象画が全盛であり、具象画を描いていたボテロは当初はなかなか認められなかった。ある日、マンドリンを描いていたボテロはリアリズムではなくふくよかに描く画法を発見。それを用いた「12歳のモナリザ」で注目されることになる。
ボテロが描くのはリアルな世界ではなく、ボテロの脳内で変換された芸術としての風景だ。

今回の展覧会は全作品が写真撮影可となっているが、「個人利用に限る」ということで、推奨されているインスタグラム以外のSNSへの投稿は避けた方がいいかも知れない。少なくとも商用は不可である。
私は丸々とした楽器を題材とした絵数点をスマホのカメラに収めたが、デフォルメされることで楽器の存在感が増しているのが分かる。

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