カテゴリー「MOVIX京都」の22件の記事

2024年7月31日 (水)

これまでに観た映画より(342) 「帰ってきた あぶない刑事」

2024年5月30日 新京極jのMOVIX京都にて

MOVIX京都で、「帰ってきた あぶない刑事」を観る。1980年代に社会現象を巻き起こした人気ドラマの劇場版第8弾。前回の作品から8年が経過している。
出演:舘ひろし、土屋太鳳、仲村トオル、早乙女太一、西野七瀬、杉本哲太、鈴木康介、小越勇輝、長谷部香苗、深水元基、ベンガル、岸谷五朗、吉瀬美智子、浅野温子、柴田恭兵ほか。監督:原廣利。脚本:大川俊道、岡芳郎。

「あぶない刑事」は私が小学校から中学生の頃に日本テレビ系で放送されていた連続ドラマで、まさに世代である。他の刑事ドラマと違って、謎解きなどは重視されず、渋い格好良さを持った刑事二人がとにかく拳銃をぶっ放すという豪快さと、お洒落な街・横浜を舞台にした洗練された雰囲気、ブッチ・キャスディ&サンダンス・キッドをモチーフにしたような軽妙なやり取りなどを特徴としたバディものであり、刑事ものにありがちな「人情」などの湿っぽさがないのも特徴であった。

当時の横浜には、みなとみらい地区はまだ出来ておらず、ランドマークタワーもない。エンディングロールに流れる赤レンガ倉庫は今でこそ飲食店や展示スペースとなっている観光地だが、当時は廃墟で、「近づくのは危険」とされていた。当時と今とでは横浜のイメージも大分異なると思われるが、山下公園、港の見える丘公園、馬車道、元町、中華街などは当然ながら当時もあり、東京のベイエリアの再開発がまだ進んでいなかったということもあって、「気軽に海を見に行けるお洒落な街」として人気があった。東京ではなく異国情緒溢れる横浜を舞台にしたこともこの作品の成功に大いに寄与していると思われる。
今では日本を代表する俳優の一人となっている仲村トオルであるが、「あぶない刑事」第1シリーズが初の連続ドラマ出演で、この時はまだ専修大学文学部に通う学生(専大松戸高校からの内部進学)であった。撮影のために卒業式には出られなかったため、撮影現場で卒業証書を授与される場面がメイキング映像に入っていたことを覚えている。

今回も、オープニングテーマはシリーズドラマの時と同じ舘ひろし作曲のフュージョン風のものが用いられており、エンディングテーマとして第2シリーズのエンディングだった舘ひろしの「翼拡げて」の2024年版が流れる。

さて、元刑事の「セクシー大下」こと大下勇次(柴田恭兵)と「ダンディー鷹山」こと鷹山敏樹(舘ひろし)の二人は、横浜港署捜査課を定年退職し、二人でニュージーランドに渡って探偵事務所を開いていたが、自己防衛のためにやむを得なかったとはいえ、盛大なやらかしを行ってしまい、ニュージーランドの探偵免許を剥奪され、横浜に戻って「タカ&ユージ探偵事務所」を開くことになる。交通課にいた真山薫(浅野温子。ドラマのラストカットは必ず彼女であった)は二人を追ってニュージーランドに行くが、今は行方不明だそうである。映画は観客のために、鷹山と大下が横浜港の埠頭でこれまでの経緯を説明する場面から始まる。

時が経ち、若手刑事だった町田透(仲村トオル)も高層ビル化された横浜港署の捜査課長になっている。ちなみに透の「とろい動物」というあだ名は現場で柴田恭兵がつけたもので、「飯を食べるのが遅かった」というのがその理由である。仲村トオルは人と食事をすると早い方なのだが、柴田と舘は異様に早いらしい。
透の部下は更に若く、エースといえるのは女性捜査員の早瀬梨花(西野七瀬)だ。若い女性刑事がエースというのも時代の流れを感じさせる。
鷹山は港で、ある女に目がとまる。ステラ・リーという女(吉瀬美智子)で、横浜の裏社会に通じる劉飛龍(リュウ・フェイロン。岸谷五朗)と共に車に乗り込んだ。

横浜の新興会社、ハイドニックが業績を上げている。若手社長の海堂巧(早乙女太一)の父親は、「あぶ刑事」ファンにはお馴染みの暴力団・銀星会の会長であり、大下と鷹山に殺害されていた。巧は二人に恨みを持っている。海堂は、「横浜は(東京特別区を除く)都市としての人口が日本一なのに、生産力は(人口2位の)大阪市の3分の2に過ぎない」として、これを覆すべくカジノの誘致を進め、劉と繋がる。横浜市は大阪市より人口は約100万人多いが、大阪市は面積が主要都市の中では最も狭く、周辺の都市の人口を合わせると横浜よりも上になる。また横浜は昼間人口より夜間人口の方が多く、産業都市でもあるが、ベッドタウンの要素の方がより強い街でもある。

タカ&ユージ探偵事務所に最初の依頼人が訪れる。永峰彩夏という若い女性(土屋太鳳)で、失踪した母親の夏子を探して欲しいという依頼だった。ホームページを見て来たという。夏子は以前、横浜のクラブでシンガーをしていたが、鷹山とも大下とも関係を持っており、二人とも彩夏が「自分の娘なのではないか」と色めき立つ。

かつて港署の「落としの中さん」と呼ばれ、今は情報屋をしている田中(ベンガル)に話を聞く鷹山だったが、現在の夏子の情報は得られない。

探偵として捜査に出る二人。横浜港署まで出向いてかつての後輩である透にも情報を求める。透がお偉いさんになっても、二人との関係は余り変わらないのが微笑ましい。透は二人が「あぶない」ことをしないよう、早瀬に監視命令を出す。
横浜では最近、殺人事件が多発しており、その背後に海堂がいるのではないかという疑惑が浮上する。透は神奈川県警が動いていないことを不審に思うが、海堂は政治家など多くの権力者の弱みを握っており、うかつに手が出せない。
やがて鷹山は夏子を見つけ出す……。

激しいアクションと銃撃が売りの「あぶない刑事」。二人とも年を取り、探偵という設定ということでどうなるのかと思ったが、柴田恭兵は草野球にのめり込んでいるためか、走るシーンでも疲れた素振りを見せることはない。銃撃に関してはある裏技が使われる。
柴田恭兵も舘ひろしもプライベートでは白髪にしているが、今回は役作りのため、「白髪だけど染めてはいます」ということが分かる髪で登場。老いても格好良さを失わないのは流石俳優である。

岸谷五朗は、大河ドラマ「光る君へ」でも中国語を喋るシーンがあったが、同じ中央大学出身である上川隆也とは違い、外国語のセリフを話すのは得意ではないようである(ただし「光る君へ」ではそこそこ上手く喋れたのに、「もっと下手にして下さい」と言われたとのこと)。今回は中国人役だけにもう少し頑張って欲しかった。

若手女優のイメージだった土屋太鳳ももう29歳(映画上での設定は24歳)。今は女優の旬の時期も延びており、松本まりかのように30代でブレークする女優がいたり、40代でもヒロインになれたりするが、「あぶない刑事」第1シリーズの頃は、浅野温子がーー彼女は既婚者で子持ちということもあったがーー20代後半でもう「そこそこベテラン」であった。女優が花盛りなのは20代までという空気があり(作家の村上龍が「20代以外は女ではない」と平気で言っていた時代である)、今とは大分事情が異なっていた。

Dsc_3526

| | | コメント (0)

2024年5月27日 (月)

これまでに観た映画より(334) 草彅剛主演「碁盤斬り」

2024年5月20日 新京極のMOVIX京都にて

MOVIX京都で、草彅剛主演映画「碁盤斬り」を観る。白石和彌監督作品。草彅剛も白石和彌監督も私と同じ1974年生まれである。主演:草彅剛。出演:清原果耶、國村隼、中川大志、小泉今日子、音尾琢真、奥野瑛太、市村正親、斎藤工ほか。脚本:加藤正人(小説化も行っている)、音楽:阿部海太郎。エグゼクティブプロデューサー:飯島三智。
囲碁シーン監修:高尾紳路九段(日本棋院東京本院)、岩丸平七段(日本棋院関西総本部)。

落語「柳田格之進」をベースにしており、碁を打つシーンが多いという異色時代劇である。

撮影は昨年(2023年)の春に、京都、彦根、近江八幡で行われた。

元彦根藩進物番の柳田格之進(草彅剛)は、清廉潔白な人柄で、井伊の殿様からの覚えもめでたかったが、狩野探幽の掛け軸を盗んだ疑いで藩を追われて浪人となり、今は江戸の裏長屋で娘のお絹(清原果耶)と二人暮らし。長屋の店賃も滞納する貧乏ぶりである。ちなみに格之進の妻は琵琶湖で入水自殺している。格之進は篆刻を、娘のお絹は縫い物をして小金を稼ぐ毎日。吉原の女郎屋・松葉屋の大女将であるお庚(こう。小泉今日子)から篆刻を頼まれており、吉原に篆刻を届けに行ったついでに、お庚に碁を教える格之進。格之進は碁の名手であり、今日は裏技「石の下」をお庚に教える。お庚は篆刻の費用のついでに碁を教えて貰ったお礼代も払う。これで店賃を払えることになった格之進であったが、帰り道、馴染みの碁会所で囲碁好きの質両替商・萬屋源兵衛(國村隼)が賭け碁を行っているのを知る。格之進は金がないので刀を売ってしまい、脇差ししか差していない。一目で賭ける金のない貧乏侍と見た源兵衛だったが、格之進は勝負に乗る。腕は格之進の方が上だったが、途中で一両を払って勝負を降りてしまう。
その後、萬屋で不逞の侍が家宝の茶碗に傷を付けたと言い掛かりを付ける騒ぎがある。元彦根藩進物番の格之進は目利きであり、一発で偽物の茶碗と見抜く。恥をかいた侍は退散。源兵衛はお礼にと十両を渡そうとするが、潔癖な人柄の格之進は受け取らない。
格之進と源兵衛は碁を通して次第に親しくなり、度々碁を打つ関係になる。碁仲間を得た源兵衛は性格が和らぎ、それまでは「鬼のケチ兵衛」と呼ばれていたのが、「仏の源兵衛」と呼ばれるまでになる。清廉潔白で実直な人柄の格之進は、「嘘偽りのない手」を打つことを専らとしており、源兵衛も影響を受ける。碁が分からないので退屈していたお絹と萬屋の手代・弥吉(中川大志)は退屈している者同士、次第に親しくなる。格之進はお絹と弥吉に碁を教え、二人で碁の勝負をするよう勧めたことで、更に惹かれ合う二人。
しかし、ある日、格之進の元に、「柴田兵庫が探幽の掛け軸を盗んだことが分かり、すでに出奔した」という知らせが伝わる。柴田兵庫(斎藤工)と格之進は折り合いが悪く、彦根城内で斬り合いになったこともあった。更に兵庫が格之進の妻を脅して関係を迫り、それを苦にして妻が自殺したことも判明する。復讐心に燃える格之進。

中秋の名月の日。源兵衛に誘われて碁を打ちに出掛けた格之進。しかし碁の最中に柴田兵庫の話を聞いた格之進は、いつものような手が打てない。源兵衛の提案で対局は中止となった。対局の最中に淡路町の伊勢屋から五十両が源兵衛に届く。碁に夢中な源兵衛はその五十両をどうしたのか失念してしまう。番頭の徳兵衛(音尾琢真)が、柳田様が怪しいというので、弥吉を格之進の元に使いに出す。格之進は、弥吉を「無礼者!」と一喝した。しかし五十両といえば大金である。格之進は吉原のお庚に五十両を貸してもらい、お絹が自ら進み出て松葉屋に入ることになる。住み込みの小間使いだが、期限の大晦日までに返済しないとお絹も女郎として店に出ることになる。

柴田兵庫が中山道をうろつきながら賭け碁で稼いでいるという情報を得た格之進は、中山道を西へ。碁を打てる場所を片っ端から当たるが、兵庫は見当たらない。兵庫は六尺の大男で、格之進に斬られた片足が悪いという特徴があるので、他の人物よりは見つけやすいが、情報網の発達していない江戸時代にあって人捜しは困難を極める。塩尻宿で彦根藩時代の同僚、梶木左門(奥野瑛太)と出会った格之進。左門は潔白が証明されたので彦根に戻ってはどうかと格之進に告げる。だがそれより先に兵庫を探さねばならない。中山道に兵庫はいないと見た二人は甲州街道を下り、韮崎宿で兵庫とおぼしき男がいたという情報を手に入れる。その男は今は韮崎を去り、江戸の両国で行われる碁の大会に出ると話していた。二人は急ぎ江戸へと向かう……。

落語が原作ということもあり、昨日、志の輔の落語で聞いた「文七元結」にも似た要素が出てくるのが興味深い。金をなくす経緯や若い二人が祝言に至る過程などがそっくりだ。

普段は穏やかで知的だが、激高すると凄みの出る柳田格之進を演じた草彅剛。「白川の清き流れに魚住まず」と言われるほど生一本な性格で、NHK連続テレビ小説「ブギウギ」で演じた羽鳥善一とは真逆に近いキャラクターであるが、どちらも立体的な人物に仕上げてくるのは流石である。髭を伸ばした姿にも色気があり、普段バラエティーや彼の公式YouTubeチャンネルで見せる「親しみやすい草彅君」とは違った姿を見ることが出来る。
格之進は清廉すぎて不正を見逃せず、殿様に度々讒言を行って多くの者が彦根を追われている。そうしたどこか親しみにくい人柄や己に対する後悔も随所で表現出来ていたように思う。

格之進の娘・お絹役の清原果耶と萬屋の手代で源兵衛の親類に当たる弥吉を演じた中川大志は美男美女の組み合わせで、この作品における甘いエピソードを一手に引き受けている(格之進はああした性格なので女遊びはせず、色恋とも縁がない)。二人とも特別好演という訳ではなかったように思うが、若さ溢れる姿は魅力的だった。

敵役の柴田兵庫を演じる斎藤工は、まず容姿が格好いいが、格之進と反りが合わなかっただけで、根っからの悪人というわけでもなさそうな印象を受けるのは斎藤の持つキャラクターゆえだろう。

最初出てきた時は小悪党っぽかった萬屋源兵衛を演じた國村隼。身内にとにかく厳しい性格だったが、次第に和らいでいく様が印象的である。

ちなみに「キネマ旬報」2024年5月号の草彅剛へのインタビューと白石監督との対談には、草彅剛、國村隼、斎藤工らは囲碁の知識が全くないまま対局シーンに臨んでおり、囲碁のルールが分かっているのは本来は碁を知らないという設定のはずの清原果耶と中川大志の二人だけだったという逆転話が載っている。白石和彌監督は「碁盤斬り」を撮ることを決めてからスマホに囲碁のアプリをダウンロードしてやり方を覚えたそうである。

Dsc_34183

| | | コメント (0)

2024年3月 6日 (水)

これまでに観た映画より(323) 「ゴジラ-1.0」

2024年2月22日 MOVIX京都にて

MOVIX京都で、日本映画「ゴジラ-1.0」を観る。山崎貴監督・脚本・VFX作品。出演:神木隆之介、浜辺美波、山田裕貴、青木崇高、吉岡秀隆、安藤サクラ、佐々木蔵之介ほか。
音楽:佐藤直紀、伊福部昭。

放射能が生んだゴジラ。だが今回はそれよりも先に生まれていたゴジラの話である。

1945年、戦争末期の大戸島。特攻隊の敷島浩一(神木隆之介)は特攻を避けるため、零戦の機体に故障があったと嘘をつき、大戸島の整備所に着陸する。整備士の橘(青木崇高)は敷島の嘘をすぐに見抜くが、その夜、謎の怪物が大戸島に現れる。ゴジラ(呉爾羅)と呼ばれるその怪物により、敷島と橘を除く大戸島の整備士達は全滅する。

東京に戻った敷島は、隣家の太田澄子(安藤サクラ)から、敷島の両親が空襲で亡くなったことを伝えられる。
その後、闇市で出会った大石典子(浜辺美波)から赤ん坊を頼まれた敷島。赤ん坊の明子は典子の子ではなく、拾った子だった。やがて敷島と典子と明子は結婚しないままの共同生活を始める。敷島は米軍の機電撤去の仕事に就き、そこで出会った秋津淸治(佐々木蔵之介)、野田健治(吉岡秀隆)、水島四郎(山田裕貴)と共に、木造船・新生丸の乗り込み、海を回る。
新居を建てた敷島。新生丸の乗組員達を招いて紹介するが、典子と籍を入れていないことを知られ、けじめを付けるよう促される。

1946年にビキニ環礁での水爆実験があり、ゴジラは肥大化。その肥大化したゴジラが東京目指して北上してくる。

1947年。明子が大きくなったということもあり、典子は自立を目指して銀座で事務の仕事を始める。そんな中、ゴジラが東京に向かっていることを知った敷島達は新生丸でゴジラを止めるよう命令されるが、巨大化したゴジラに全く歯が立たない。ゴジラは前線を突破し、品川沖から銀座に上陸。NHK連続テレビ小説「ブギウギ」の日帝劇場のモデルとなっている日本劇場(現在の有楽町マリオン)や銀座のシンボルである和光を破壊する。その時、典子は銀座を走る列車に乗っていた。


焦土からの復興を目指す戦後2年目の東京を襲撃するゴジラということで、戦争の脅威をゴジラがなぞる形となっている。
そこに、敷島と典子のラブストーリーが重なるわけだが、展開がやや不自然であり、人間ドラマとしての完成度をやや損ねているように感じられた。
VFXを使った映像には迫力があり、敷島のトラウマからの解放なども(ややベタだが)見応えを上げていたように思われる。

| | | コメント (0)

2024年2月19日 (月)

これまでに観た映画より(321) 「カラオケ行こ!」

2024年2月5日 MOVIX京都にて

MOVIX京都で日本映画「カラオケ行こ!」を観る。和山やまのマンガが原作。ヤクザと男子中学生の音楽を通した不思議な友情を描いた作品である。脚本は、「逃げるは恥だが役に立つ」の野木亜紀子。出演:綾野剛、齋藤潤、芳根京子、橋本じゅん、やべきょうすけ、坂井真紀、宮崎吐夢、ヒコロヒー、加藤雅也(友情出演)、北村一輝ほか。音楽:世武裕子、監督は、「リンダ リンダ リンダ」の山下敦弘。

大阪が舞台。大阪の合唱コンクール中学校の部が行われた日に、ヤクザの成田狂児(綾野剛)は、大会で3位に入った中学校の部長でボーイソプラノを務める岡聡実(齋藤潤)に、「カラオケ行こ!」と誘う。成田が加わっている四代目祭林組の組長(北村一輝)はカラオケにうるさく、カラオケ大会を開いては「歌下手王」になった部下に入れ墨を彫るのを習慣としている。しかし組長には絵心がなく、入れ墨を入れられるものは大変な屈辱を受けるという。成田は「歌下手王」」になるのを避けるために、岡にカラオケのレッスンを頼むのであった。最初のうちは困惑していた岡だったが、自身が変声期でボーイソプラノとしては限界に来ているということもあり、成田の声質にあった曲を選ぶなど次第に打ち解けていく。

岡が通う学校の合唱コンクールと、祭林組のカラオケ大会が行われるのがちょうど同じ日になる。岡はボーイソプラノに自信がなく、行くのを渋っていたが、出掛けることにする。その途中、成田と岡がいつもカラオケを楽しんでいる店の前で事故が起こっているのを目にする。成田の車は大破していた。成田のことが気が気でない岡は合唱コンクールの会場から飛び出す。


一応、任侠ものなのだが、綾野剛演じる成田狂児が優しいということもあり、全体的に温かい感じの物語となっている。岡が通う中学校の様子も描かれ、青春映画としての要素も加わった親しみやすい作品に仕上がっていた。

| | | コメント (0)

2024年2月 5日 (月)

これまでに観た映画より(320) 「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。」

2024年1月11日 MOVIX京都にて

MOVIX京都で日本映画「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。」を観る。原作:汐見夏衛。監督・脚本:成田洋一。出演:福原遥、水上恒司、中嶋朋子、伊藤健太郎、島﨑斗亜、上川周作、小野塚勇人、出口夏希、坪倉由幸、松坂慶子ほか。主題歌:福山雅治「想望」

タイムスリップが加わる戦時下ドラマで、昭和20年6月にタイムスリップした女子高生が、特攻隊員の早大生とほのかな恋に落ちるという恋愛ドラマである。


加納百合(福原遥)は成績優秀で、高校の進路相談で担任教師(坪倉由幸)から大学への進学を勧められるが、百合本人は就職を希望していた。百合は父親を早くに事故で亡くした母子家庭で育っており、母親の幸恵(中嶋朋子)は魚屋とコンビニでの仕事を掛け持ちしており、そのことが百合が進学をためらう一因となっていた。
進路相談を終えた日。百合は幸恵と喧嘩して家を飛び出し、かつての防空壕跡に泊まり込むが、目が覚めると外は昭和20年6月となっており……。

現代の女子高生である百合が、若くして散ることが決まっている特攻隊員の佐久間彰(水上恒司)とほのかな恋に落ちることで成長していくという教養小説的な部分もある映画である。早稲田大学で教師を目指していた彰に感化された百合は、大学に進学して教師を目指すようになる。

出来としては可もなく不可もなくといったところだが、出演者はみな好演であり、空爆の悲惨さや、特攻隊員の暗いだけではない青春も描かれていて、異色の青春映画として一定の評価の出来る作品に仕上がっている。

| | | コメント (0)

2022年9月15日 (木)

これまでに観た映画より(311) 「トップガン マーヴェリック」

2022年9月12日 MOVIX京都にて

MOVIX京都で、「トップガン マーヴェリック」を観る。大ヒットしたトム・クルーズ主演作の36年ぶりの続編である。前作をリアルタイムで観た人も(私は残念ながら前作はロードショーでは観ていない)、前作を知らない人でも楽しめるエンターテインメント大作となっている。こうした娯楽大作の場合は、解説や解釈を書いても(そもそも解釈の入る余地はほとんどない)余り意味はないと思われるが(あるとすれば、「スター・ウォーズ」の意図的な模倣――おそらくリスペクト――ぐらいだろうか)、取り敢えず紹介記事だけは書いておきたい。

監督:ジョセフ・コシンスキー、脚本:アレン・クルーガーほか。製作にトム・クルーズが名を連ねている。実は、今月16日からは、前作「トップガン」の公開も始まるそうで、前作を観たことがない人は、「トップガン」もスクリーンで観る機会が訪れた。私もこの機会にスクリーンで観てみたいと思っている。

出演:トム・クルーズ、マイルズ・テラー、ジェニファー・コネリー、グレン・パウエル、モニカ・バルバロ、ルイス・プルマン、ヴァル・キルマー、エド・ハリスほか。

世界最高峰のパイロット養成機関トップガン出身のピート“マーヴェリック”ミッチェル(トム・クルーズ)は、今も現役のパイロットとして活躍。マッハ9、更にはマッハ10の壁を破ることに挑戦しようとしていた。だがそのプロジェクトに横槍が入りそうになる。今後、飛行機は自動運転化が進み、パイロットは不要となるということで、人間が運転して音速の何倍も速く飛ぼうが意味はないというのだ。AI万能論が台頭しつつある現代的な問題が提示されているが、マーヴェリックは、「(パイロットが不要になるのは)今じゃない」と答え、見事マッハ10の壁と突破する。
そんなマーヴェリックに課せられたミッションがある。トップガンの教員となって敵対する某国のウラン濃縮プラントの破壊に協力して欲しいというのだ。マーヴェリックは座学だけでなく、自らジェット機の操縦桿を握り、実戦形式で若いパイロット達を鍛えていくのだった。

とにかくジェット機によるアクションが見所抜群で、これだけでもおつりが来そうな感じである。マーヴェリックを巡る人間ドラマは、実のところそれほど特別ではないのだが(既視感のあるシーンも多い)、それによって空中でのシーンが一層引き立つように計算されている。
それにしてもトム・クルーズは大変な俳優である。宗教の問題が取り沙汰される昨今、サイエントロジー教会の広告塔ということだけが気になるが(難読症・失読症の持ち主として知られるが、サイエントロジーによって文字が読めるようになったと語っている)、マーヴェリックその人になりきって全てのシーンで観客を魅了してみせている。

| | | コメント (0)

2022年7月 1日 (金)

これまでに観た映画より(300) 「ショーシャンクの空に」4K上映

2022年6月29日 新京極のMOVIX京都にて

MOVIX京都で、アメリカ映画「ショーシャンクの空に」4K上映を観る。1994年公開の映画の4Kリマスタリング版上映である。原作:スティーヴン・キング、脚本・監督:フランク・ダラボン。ロードショー時には余り話題にならなかったようだが、再上映に大ヒットし、フィルムの永久保存が決まっている名画である。出演:ティム・ロビンス、モーガン・フリーマン、ボブ・ガントン、ウィリアム・サドラー、クランシー・ブラウン、ギル・ベローズ、ジェームズ・ホイットモア、マーク・ロルストンほか。アメリカのショーシャンク刑務所を舞台とした人間ドラマである。刑務所内が主舞台であるため、女性キャストが少ないのも特徴(いずれも刑務所外での登場)。

1947年、若くして大手銀行の副頭取まで出世したアンディ・デュフレーン(ティム・ロビンス)であるが、離婚を切り出してきた妻とその愛人のプロゴルファーを射殺したとして終身刑を宣告され、ショーシャンク刑務所に送られることになる。ショーシャンク刑務所では、同性愛者でもないのにその行為を行うことで悪名高いthe sistersと呼ばれる集団からいじめ抜かれるなど、最初のうちは地獄を味わうが、20年以上も収監されているレッド(愛称で本当の姓はレディング。演じるのはモーガン・フリーマン)に心を開くなど、徐々に仲間も増え、刑務所での生活に慣れていく。刑務所の中には洋の東西を問わず、知的水準に問題のある者が多く収監されているとされるが、その中にあって「掃き溜めに鶴」的なインテリであるアンディは経済面に強く、また文化面にも明るく、刑務所の上層部からも信頼を得るようになっていく。
レッドは刑務所内の調達係として一目置かれており、アンディも石を削ってチェスの駒を作りたいということで、ロックハンマーを手に入れてくれるよう頼む。

アンディは更に好待遇を得て、肉体労働から刑務所内図書室の司書への転身を許される。図書室にはブルックスという老人(ジェームズ・ホイットモア)が一人で務めていたが、蔵書数も乏しく、開架スペースもないなど問題山積み。ティムは蔵書の増加とスペースの確保を州議会に手紙で訴える。この訴えは6年越しでようやく叶うことになる。

やがてブルックスは入獄後半世紀を経て仮釈放が認められ、刑務所が手配したアパートに暮らし、スーパーマーケットの袋詰め係(アメリカのスーパーマーケットには精算された品を袋に入れるだけの係がいる。コロナ禍ではこうした人々が「感染を広める可能性がある」として次々と馘首されたことも話題になった)として働くようになるがシャバに馴染めず自殺する。

そんな中、刑務所長のノートン(ボブ・ガントン)の依頼によりティムは裏金作りにも手を貸すようになり、刑務所での彼の立場は受刑者としては最高位と目されるようになる。

1966年、トミーという若い男(ギル・ベローズ)が窃盗罪でショーシャンク刑務所に入獄。トミーは十分な教育を受けておらず、読み書きも満足に出来ない。妻子があるため一念発起したのか、アンディが図書室で密かに行っている教育プログラムに参加し、アルファベットの読み方から始めて、最後は高卒認定試験に合格するまでになる。トミーは若い頃から様々な刑務所に出たり入ったりを繰り返していたが、以前いた刑務所で、プロゴルファーとその愛人の殺害を自慢げに語る男がいたことをアンディらに告げる。無実を訴えるアンディは、所長のノートンに再審請求を申し出るのだが……。


名画として確固たる地位を築いているため、この映画に関して映画人や評論家など様々な人物が言及しているが、個人的には劇中にも登場する、アレクサンドル・デュマ・ペールの長編小説『モンテ・クリスト伯』を上手く用い、つかず離れずの展開にしているところが面白く、本の上手さを感じる。『モンテ・クリスト伯』は、無実の罪で投獄された男が脱獄後に大金持ちとなり、自身に罪をなすりつけた者達への復讐を図る話であるが、「ショーシャンクの空に」にも復讐はないのかと見せかけておいてあり、偽名を使って大富豪にもちゃんとなりという展開が待っている。大体において入獄ものとなると『モンテ・クリスト伯』(日本では黒岩涙香の訳による『巌窟王』というタイトルでも知られている)が世界文学史上最も有名であると思われるため、意図的に取り入れたのか、偶然そうなったのかまでは分からないが、劇中でタイトルが出てくる以上、一切知らずに脚本を書いたということはないはずで、読了済みの者の方がそうでない者よりも楽しめることは確かである。

『モンテ・クリスト伯』的傾向は抜きにしても、刑務所上層部の暴力性、収監者同士の問題、更には年老いてから仮出所した者の「生きづらさ」などをきちんと描いており、社会問題に切り込んでいるところにも好感が持てる。

| | | コメント (0)

2022年6月18日 (土)

これまでに観た映画より(298) 「はい、泳げません」

2022年6月13日 MOVIX京都にて

MOVIX京都で、日本映画「はい、泳げません」を観る。高橋秀実のエッセイの映画化。脚本・監督:渡辺謙作。出演:長谷川博己、綾瀬はるか、麻生久美子、阿部純子、小林薫、伊佐山ひろ子、広岡由里子、占部房子、上原奈美ほか。主舞台となるのは2015年という設定である。

大河ドラマ「八重の桜」では、夫婦役として出演していた長谷川博己(「八重の桜」では川崎尚之助役)と綾瀬はるか(同じく山本八重役)の主演による、泳げない男が泳げるようになるまでの物語。ということで、大人版「バタアシ金魚」のようなものかと予想していたが、実際は大きく異なるドラマであった。

長谷川博己が演じるのは、大学で哲学を教える小鳥遊雄司(たかなし・ゆうじ)。「小鳥遊」はしばしばメディアで取り上げられるため、今では有名な難読姓となっており、小鳥遊の教え子達も苗字の由来を知っていたりする。
長谷川博己は、大学でも教えていた有名評論家の息子であるため、見た目のそれっぽさを受け継いでおり、大学教員などのインテリ役が様になっている。
小鳥遊は、教え子からの受けも良さそうで、仕事は上手くいっているようであるが、それとは真逆の情けない面がこの映画では主に描かれる。

幼児期におじに漁船から海に投げ込まれたことがトラウマになり、42歳の今に至るまで泳げない小鳥遊。5年前に美弥子(麻生久美子)と離婚している。そんなある日、小鳥遊は、セブンスイミングスクール牧の原(千葉県印西市に実在しているようである)の広告を見かける。広告に写っている薄原静香(うすはら・しずか。演じるのは綾瀬はるか)に惹かれたということもあるのだろうが、小鳥遊はスイミングスクールに申し込んでみる。
水に顔をつけるのも怖いという小鳥遊。静香先生の指導も思いのほか厳しく、根を上げてしばらくスイミングスクールに通わない期間もあった。

スイミングスクールの先生と生徒の恋はよくありそうだが、この映画では、小鳥遊にはすでに奈美恵(阿部純子)という恋人がいる。奈美恵は、シングルマザーであり、普段は美容室で働いているが、収入が十分ではないようで、スーパーのレジ打ちのパートもしている。奈美恵の一人息子は、小鳥遊によくなついている。ということで、この作品の事実上のヒロインは実は奈美恵であり、綾瀬はるか演じる静香先生はあくまで小鳥遊の背中を押す役割である。

小鳥遊は、5年前にも水に関係するトラウマとなる出来事に遭遇している。美弥子との間に出来た一人息子が、川で溺れ死んだのだ。美弥子が悲鳴を上げて、小鳥遊は振り返ったまでの記憶はあるが、そこから先の記憶が途絶えており、気がつくと病院のベッドの上で、何があったのかを5年後の今に至るまで思い出せないでいる。美弥子らの証言によると、流された息子を追って川に入ったが、泳げないので溺れ、流されて石に頭をぶつけて気絶したらしい。スイミングスクールに通うのはそのトラウマと向き合うための手段であった。

静香先生というのも変わった人物で、交通事故に遭ったのがきっかけで街を普通に歩くことが出来なくなり、スイミングスクールにすぐ通える場所に住んでいるが、自宅から職場に向かう間は、おどおどして挙動不審である。彼女にとっては、陸上ではなく水の中こそ、自分が自由に振る舞える場所となっているのだった。

冒頭部分から、演出過剰気味の場面が続くため、今ひとつ作品に入り込めない部分があるが、トラウマ克服という小鳥遊の成長過程を見つめることが見所となっている。
心理描写に関しては、納得のいくところといかないところが半々といった印象。映画に「共感」を求める人には余り向いていない作品かも知れない。

千葉県出身の麻生久美子が、関西弁のみを喋る役で出ているも興味深い。単純に関西弁ネイティブの女優をキャスティングすることも考えられたと思うのだが、色々出来る人にやらせた方が新鮮味も出ていいという考えなのかも知れない。ただ、千葉の人間に関西弁を喋らせるというのは、関西の人間にとってはおそらく面白くないことであろう。

Dsc_0854

| | | コメント (0)

2022年2月20日 (日)

これまでに観た映画より(283) スティーヴン・スピルバーグ監督「ウエスト・サイド・ストーリー」

2022年2月15日 MOVIX京都にて

新京極のMOVIX京都でスティーヴン・スピルバーグ監督のミュージカル映画「WEST SIDE STORY ウエスト・サイド・ストーリー」を観る。先頃亡くなったスティーヴン・ソンドハイムの作詞、レナード・バーンスタイン作曲の最強ミュージカルである「ウエスト・サイド・ストーリー(ウエスト・サイド物語)」。1曲ヒットナンバーがあれば大成功というミュージカル界において、全曲が大ヒットというモンスター級の作品であり、シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」の舞台をニューヨークのスラム街に置き換え、ポーランド系移民のジェッツとプエルトリコ移民によるシャークスという少年ギャングの対立として描いて、世界中の若者の共感も呼んでいる。

1961年に公開された映画「ウエスト・サイド物語」も大ヒットしており、名画として認知されているが、出演俳優がその後、なぜか不幸に見舞われるという因縁でも知られている。マリアを演じたナタリー・ウッドは、1981年、映画の撮影中に水死。事故とされたが、最近に至るまで殺害説がたびたび浮上している。トニー役のリチャード・ベイマーは、一時的に俳優のキャリアを中断している。ベルナルド役のジョージ・チャキリスも映画よりもテレビドラマなどに活動の場を移しているが、日本では小泉八雲ことラフカディオ・ハーンを演じた「日本の面影」に出演しており、私が初めてジョージ・チャキリスという俳優を知ったのも「日本の面影」においてである。


1961年の「ウエスト・サイド物語」と、今回の「ウエスト・サイド・ストーリー」とでは、設定や舞台、歌の担い手、ラストの解釈などが大きく異なっている。

スピルバーグ版「ウエスト・サイド・ストーリー」のキャストは、アンセル・エルゴート(トニー)、レイチェル・ゼグラー(マリア)、アリアナ・デボーズ(アニータ)、デヴィット・アルヴァレス(ベルナルド)、マイク・ファイスト(リフ)、ジョシュ・アンドレス(チノ)、コリー・ストール(シュランク警部補)、リタ・モレノ(バレンティーナ)ほか。リタ・モレノは、「ウエスト・サイド物語」で、アニータを演じ、アカデミー助演女優賞などを受賞した女優であり、今回の映画の製作総指揮も彼女が務めている。

脚本はトニー・クシュナーが担当しており、細部にかなり手を加えている。

指揮を担当するのは世界的な注目を浴びているグスターボ・ドゥダメル。ニューヨーク・フィルハーモニックや手兵のロサンゼルス・フィルハーモニック(コロナによりニューヨークでの録音が出来なくなったための追加演奏)からシャープにしてスウィング感にも溢れる極上の音楽を引き出している。

「ウエスト・サイド物語」では、リタ・モレノ以外は、白人のキャストがメイクによってプエルトリコ人に扮して演技を行っていたが、今回の「ウエスト・サイド・ストーリー」では、プレルトリコ移民側は全員、ラテンアメリカ出身の俳優がキャスティングされている。また、プエルトリコ移民は英語も話すが、主として用いる言語はスペイン語であり、プエルトリコ移民同士で話すときはスペイン語が主となるなど、リアリティを上げている。デヴィッド・ニューマン編曲によるスペイン語によるナンバーも加わっている。

Dsc_0217_20220220140201


映画はまず、リンカーン・センター(メトロポリタン歌劇場や、ニューヨーク・フィルハーモニックの本拠地であるデヴィッド・ゲフィン・ホールなどが入る総合芸術施設)の工事現場の上空からのショットで始まる。マンハッタンのウエスト・サイドがスラム街から芸術の街に変わっていく時代を舞台としている。と書くと美しく聞こえるが、それまでその土地で暮らしていた人が住み家や居場所を失うということでもある。皮肉にも――と書くのはおかしいかも知れないが――彼らを追い込み追い出すのは、映画やミュージカルも含む芸術なのである。ジェッツのメンバーが、リンカーン・センター建設の工事現場地下からペンキを盗み出し、プエルトリコの国旗が描かれたレンガにぶちまけ、それを見たシャークスの面々と乱闘になる。

今回の映画では、ジェッツのメンバーの主力がポーランド系移民とは示されず(トニーはポーランド系移民であることが明かされる場面がある)、白人対有色人種の構図となっている。ヒスパニック系住民の増加は、現代アメリカの重要問題となっており、将来、英語を母語とする人種を数で上回るのではないかといわれている。また、ジェッツの取り巻きには、外見は女性だが内面は男性というトランスジェンダーのメンバーがおり、LGBTQの要素も入れている。

「ウエスト・サイド・ストーリー」といえば、ダンスシーンが有名だが、今回一新されたジャスティン・ペック振付によるダンスはキレも迫力も抜群であり、カメラ自身が踊っているような優れたカメラワークも相まって見物となっている。

Dsc_0214_20220220140301

トニー(本名はアントン)は、傷害罪で逮捕され、刑務所で1年間の服役を終えて仮出所中という設定になっており、ベルナルドはボクサーとしても活躍しているということになっている(格闘のシーンではなぜかトニーの方がベルナルドより強かったりする)。

リフが歌う「クール」であるが、これがトニーの歌に変わっており、「クラプキ巡査どの」は警察署に拘留されたジェッツのメンバーによる戯れの劇中劇のような形で歌われる。「Somewhere」が、今回のバージョンのオリジナルキャラクターであるバレンティーナの独唱曲として懐旧の念をもって歌われる場面もある。

Dsc_0212

決闘の場が塩の保管倉庫になっていたり、ラストシーンの舞台がバレンティーナが営む商店のそばになるなど、異なる場面は結構多い。ベルナルドの腰巾着的立場であったチノが幅のある人間として描かれているのも意外だが、映画全体の奥行きを出すのに一役買っている。

Dsc_0213

シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」は人間の愚かしさを恋愛劇という形で描き上げた作品であるが、1961年の「ウエスト・サイド物語」のラストシーンでもマリアが人間の愚かしさを憎むような表情で退場していた。ただ、今回の「ウエスト・サイド・ストーリー」では憎しみというよりも運命の受け容れに近いように見える。時を経て、差別に対しては憎悪よりもある程度の受け容れが重要であると認識が変わってきたことを表しているようでもある。

Dsc_0209

| | | コメント (0)

2021年1月15日 (金)

これまでに観た映画より(240) 「ラ・ラ・ランド」

2021年1月11日 新京極のMOVIX京都ドルビーシネマにて

MOVIX京都ドルビーシネマで、ミュージカル映画「ラ・ラ・ランド」を観る。英語表記だと「LA LA LAND」と「LA」が3つ重なるが、これは「LA」ことロサンゼルス(Los Angeles)が舞台になっていることにも由来する。脚本・監督:デミアン・チャゼル。音楽:ジャスティン・ハーウィッツ。出演:ライアン・ゴズリング、エマ・ストーン、ジョン・レジェンド、ローズマリー・デウィット、J・K・シモンズほか。2016年の公開(日本では2017年公開)。高音質のドルビーシネマの登場に合わせてのリバイバル上映である。

Dsc_0665

アメリカ文化が背景にあり、名ミュージカル作品へのオマージュに溢れているため、そういった知識が十分にない人は意味を100%掴むことは難しいかも知れないが、ストーリーは複雑でないため、楽しむのには何の問題もない。

セブ(本名はセバスチャン。ライアン・ゴズリング)は売れないジャズピアニストだが、アメリカにおけるジャズ文化の衰退が背景にある。私がジャズを本格的に聴き始めた1990年代にはすでに、アメリカにおいては「ジャズはコンテンポラリーな音楽ではない」と見なされていた。勿論、偉大な現役のジャズミュージシャンは何人もいるが、ジャズ・ジャイアンツといわれた時代の人々は、モノクロの写真や映像の時代に活躍している。この映画にも写真が登場するチャーリー・パーカー然り、ビル・エヴァンス然り、会話に登場するサッチモことルイ・アームストロング然り。マイルス・デイヴィスはカラーの時代の人だが、故人である。彼らに匹敵するジャズメンははもはや存在しないというのが現状である。セブの弾くジャズがオーナーの怒りを買ったり、ヒロインのミア(エマ・ストーン)が平然と「ジャズは嫌い(英語のセリフを聞くと、思いっきり“I hate Jazz.”と言っている)」と言ってセブが激怒するという背景にはこうした事実がある。日本でも人気のあるケニー・Gの話も出てくるが、どうもアメリカではイージーリスニング扱いのようである。

ハイウェイの通勤ラッシュのシーンから始まる。夏の朝のロサンゼルス、気温は摂氏29度。少しも進まぬ渋滞に皆イライラしている。そんな時にある黒人女性が路上に降り立ち、歌い踊り始める。すると人々は次々に車のドアを開けて歌とダンスに参加する。曲が終わると、人々は車に戻り、元の渋滞へと帰る。やがて車が動き始めるのだが、一人で車に乗っていた女優志望のミアはセリフの練習をしていたため発車が遅れ、後ろにいたセブにクラクションを鳴らされる。セブはエマの車に横付けして「何をやってるんだ?」という顔。出会いは最悪だった。そしてその夜、二人は偶然再会する、という一昔前に流行ったトレンディードラマのような展開を見せる。

その後も突然歌ったり踊ったりがある(タモリさんが嫌いそうな)王道のミュージカル的展開で話は進む。

ミアは、女友達と共同生活を送りながらオーディションを受ける日々を続けている。普段は撮影所の近くのカフェでアルバイトをしているが、たまに有名俳優がその店を訪れることがあるようだ。なんとかかんとか一次オーディションを通ったのだが、二次オーディションではセリフを言い終わらないうちに落選を告げられ、落ち込む。

一方、セブは、オールドジャズに憧れを持っているのだが、西海岸ということもあって音楽好きからも理解が得られない。レストランのピアノ弾きに採用されたが、ジャズを弾いたためオーナーからその場で解雇を言い渡される。その場にたまたまミアが居合わせることになった。ただここでの再会もまた最悪のうちに終わる。
セブはオールドジャズのための店を開くという夢を持つが資金がない。
その後、セブは余りパッとしないバンドにキーボーディストとして加わり、またも偶然、ミアと再会する。急速に距離を縮めていく二人。セブはミアにも店をやりたいという夢を語り、ミアは女優を目指す理由を幼少期の思い出から物語る。
ある日、昔なじみのキース(ジョン・レジェンド)と再会したセブは、セッションに加わる。キースは、電子音を用いたジャズを行っているのだが、セブはそれには違和感を覚える。キースはマイルス・デイヴィスの話を持ち出す。

ここでなぜマイルス・デイヴィスなる人物の話が登場するのかわからない人もいると思うが、マイルス・デイヴィスは初めてジャズにエレキ音を取り入れた人であり、その他にもラッシュフィルムに即興で音楽を付けるなど(「死刑台のエレベーター」)次々と新しい試みを行って「ジャズの帝王」と呼ばれた人物である。セブはマイルスに比べて保守的に過ぎるというキースの意見が語られている。
随分昔、黛敏郎が「題名のない音楽会」で司会を務めていた時代に、ジャズの特集が放送されたことがあったのだが、黛がエレキを取り入れたマイルスのジャズに「これはもうジャズではなくロックだ」と否定的な見解を述べていたのを覚えている。

本心からやりたい音楽ではなかったが、店を始めるための資金を稼ぐため、セブはキースのバンドに加わり、レコーディングを行い、全米ツアーに出る。かなり売れているバンドのようだ。ミアはセブが出演しているライブを聴きに行くが、熱狂する観客の中にあってセブの存在が遠くなるのを感じる。ただセブの方もやりたい音楽が全く出来ないばかりか、プロモーションに継ぐプロモーションという環境に嫌気が差し始めていた。

一方、ミアは女優の仕事がないなら自分で作るということで、一人芝居の戯曲を書き、劇場を借りて上演することに決めた。主人公の名はジュヌヴィエーヴ。名作ミュージカル映画「シェルブールの雨傘」のヒロインの名前である。出身地であるボールダーを舞台にした作品だ(上演中のシーンは出てこないため、筋書きや内容は一切わからない)。セブはミアに自分のツアーに帯同してはどうかと誘うが、ミアは稽古のための時間が取れないと断る。すでに同棲を始めていた二人だったが、次第に境遇に差が生まれていた。

小劇場で行われたミアの一人芝居だが、知り合いとそのほか数名が観に来ただけで不入り。更に楽屋に戻ったミアは、帰る途中の観客がミアの演技と作品を酷評しているのを聞いてしまう。仕事で劇場に駆けつけるのが遅れたセブがようやく劇場の前に到着。だが己の才能に絶望したミアはセブの言うことも聞かず、女優の夢を諦めて故郷のボールダーに帰ることを決意する。
再び一人で暮らすことになったセブだが、ある日、一本の電話が入る。配役エージェンシーからのもので、ミアの一人芝居を観た映画関係者が彼女の演技を観て気に入り、呼びたいとの申し出があったという。配役エージェンシーはミアがまだセブと同棲しているものだと思い込んでセブのスマホに電話をかけてきたのである。セブはすぐにボールダーのミアの実家に向かって車を飛ばす。

 

「シェルブールの雨傘」からの影響が特に顕著であり、あの物語をもっと納得のいく形で終わらせたいという思いがあったのかも知れない。
「シェルブールの雨傘」では、共に金銭的に成功しながら完全なる別離という残酷な結末を迎えた男女だったが、この「ラ・ラ・ランド」では成功しつつも別の道を歩んだことを後悔はせず、むしろ互いを祝福しているように見える。
成功を夢見る若者が押し寄せる希望と絶望の街、ロサンゼルスが舞台となっているが、エマ・ストーン演じるミアは夢見る人々への讃歌を歌い、セブはささやかではあるが確固とした幸せを手にしている。別れを描いているにも関わらず、清々しい気持ちになれる佳編であった。

Dsc_0659

| | | コメント (0)

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

2346月日 AI DVD MOVIX京都 NHK交響楽団 THEATRE E9 KYOTO YouTube …のようなもの いずみホール おすすめCD(TVサントラ) おすすめサイト おすすめCD(クラシック) おすすめCD(ジャズ) おすすめCD(ポピュラー) おすすめCD(映画音楽) お笑い その日 びわ湖ホール よしもと祇園花月 アニメ・コミック アニメーション映画 アメリカ アメリカ映画 イギリス イギリス映画 イタリア イタリア映画 ウェブログ・ココログ関連 オペラ オンライン公演 カナダ グルメ・クッキング ゲーム コンサートの記 コンテンポラリーダンス コント コンビニグルメ サッカー ザ・シンフォニーホール シアター・ドラマシティ シェイクスピア シベリウス ショートフィルム ジャズ スタジアムにて スペイン スポーツ ソビエト映画 テレビドラマ デザイン トークイベント トーク番組 ドイツ ドイツ映画 ドキュメンタリー映画 ドキュメンタリー番組 ニュース ノート ハイテクノロジー バレエ パソコン・インターネット パフォーマンス パーヴォ・ヤルヴィ ピアノ ファッション・アクセサリ フィンランド フェスティバルホール フランス フランス映画 ベルギー ベートーヴェン ポーランド ポーランド映画 ミュージカル ミュージカル映画 ヨーロッパ映画 ラーメン ロシア ロシア映画 ロームシアター京都 中国 中国映画 交通 京都 京都コンサートホール 京都シネマ 京都フィルハーモニー室内合奏団 京都劇評 京都四條南座 京都国立博物館 京都国立近代美術館 京都市交響楽団 京都市京セラ美術館 京都府立府民ホールアルティ 京都文化博物館 京都芸術センター 京都芸術劇場春秋座 伝説 住まい・インテリア 余談 兵庫県立芸術文化センター 写真 劇評 動画 千葉 南米 南米映画 占い 台湾映画 史の流れに 哲学 大河ドラマ 大阪 大阪フィルハーモニー交響楽団 大阪松竹座 学問・資格 宗教 宗教音楽 室内楽 小物・マスコット・インテリア 広上淳一 建築 心と体 恋愛 意識について 携帯・デジカメ 政治・社会 教育 教養番組 散文 文化・芸術 文学 文楽 旅行・地域 日本フィルハーモニー交響楽団 日本映画 日記・コラム・つぶやき 映像 映画 映画リバイバル上映 映画音楽 映画館 時代劇 書店 書籍・雑誌 書籍紹介 朗読劇 来日団体 東京 柳月堂にて 梅田芸術劇場メインホール 楽興の時 歌舞伎 正月 歴史 浮世絵 海の写真集 演劇 無明の日々 猫町通り通信・鴨東記号 祭り 笑いの林 第九 経済・政治・国際 絵画 美容・コスメ 美術 美術回廊 習慣 能・狂言 花・植物 芸能・アイドル 落語 街の想い出 言葉 趣味 追悼 連続テレビ小説 邦楽 配信ライブ 野球 関西 雑学 雑感 韓国 韓国映画 音楽 音楽劇 音楽映画 音楽番組 食品 飲料 香港映画