カテゴリー「日本フィルハーモニー交響楽団」の17件の記事

2026年1月 9日 (金)

コンサートの記(939) ROHM CLASSIC SPECIAL「コバケン・ワールド in KYOTO」Vol.5

2025年11月3日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後2時から、左京区岡崎のロームシアター京都メインホールで、ROHM CLASSIC SPECIAL「コバケン・ワールド in KYOTO」Vol.5を聴く。コバケンこと小林研一郎が、日本フィルハーモニー交響楽団と行う特別演奏会の京都版第5弾。そして日本フィルハーモニー交響楽団が今年京都で行う3つめにして最後の公演である。

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京都市交響楽団の常任指揮者だったこともある小林研一郎。出雲路の練習場や京都コンサートホールなどは小林の発案によるものだ。
一方、日フィルとの付き合いも長く、90年代に他の東京のオーケストラが大物指揮者を招く中で、財政基盤の弱い日フィルは苦境にあった。そんな日フィルを支えるべく小林は音楽監督としての活動を続けた。「火中の栗を拾う」などと言われたものだが、その後に続くアレクサンドル・ラザレフとの黄金時代や、現在のカーチュン・ウォンとの飛躍に向けた活動の礎となっている。現在の日フィルでの肩書きは桂冠名誉指揮者。ハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団と名古屋フィルハーモニー交響楽団と群馬交響楽団の桂冠指揮者、読売日本交響楽団の特別客演指揮者、九州交響楽団名誉客演指揮者の称号も得ている。

最初に小林研一郎の実演に触れたのは、ゲイリー・カーがコントラバスをソロとする協奏曲を弾いた演奏会だったと思う。会場はサントリーホールで、オーケストラは日本フィルハーモニー交響楽団だった。2回目は東京国際フォーラム ホールCで行われたハンガリー国立交響楽団(現・ハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団)の来日演奏会。ベルリオーズの幻想交響曲がメインであったが、演奏終了後、小林が、「ホールのせいだと思われるのですが、皆さんの拍手の音が小さいのです」 と語っていた。東京国際フォーラムはクラシック音楽の演奏には向かないが、「ラ・フォル・ジュルネ」など、今もクラシックの演奏会が開かれているようである。
関西に来てからは、京都市交響楽団や大阪フィルハーモニー交響楽団で聴いているが、何か他のオーケストラで聴いたことはあっただろうか。
そして「コバケン・ワールド in KYOTO」は、5回中4回聴いている。
海外のオーケストラを率いた日本ツアーも何度かやっているはずだが、私は前記、ハンガリー国立交響楽団のものしか聴いていない。
岩城宏之が始めた、年末にベートーヴェンの交響曲9曲を1日で演奏するという試みの2代目指揮者(3代目指揮者は広上淳一)なども務めている。

 

曲目は、グリンカの歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲、チャイコフスキーのロココ風の主題による変奏曲(チェロ独奏:宮田大)、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」(無料パンフレットには「ドヴォルジャーク」と記されている)。

コンサートマスターは木野雅之(日本フィル・ソロ・コンサートマスター)。見た目が昔と違うような。
ドイツ式の現代配置による演奏だが、ティンパニは指揮者の真正面ではなくやや下手寄りで、向かって右隣にトランペットが並ぶ。

 

グリンカの歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲。快速テンポによる曲として有名で、オーケストラの実力を示す作品の一つとなっている。エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニー交響楽団による超人的な演奏が有名だが、真似しようとしても出来ないので、大抵の場合は違う路線を選ぶ。
コバケンと日フィルは速度はやや抑え気味にして、色彩感を豊かに盛り込む。
ちなみにこの時は、小林は上から見ると横長になった指揮台の上で指揮していた。グリンカとドヴォルザークは暗譜での指揮である。

 

チャイコフスキーのロココ風の主題による変奏曲。独奏チェロを伴う変奏曲であるが、チャイコフスキーはチェロ協奏曲は残していない。
独奏の宮田大は、京都で演奏する機会も多い。2009年ロストロポーヴィチ国際チェロコンクールにおいて日本人初の1位獲得。
ジュネーヴ音楽院に学び、ドイツのクロンベルク・アカデミーを修了。トーマス・ダウスゴー指揮BBCスコティッシュ交響楽団と共演したエルガーのチェロ協奏曲の音盤も売れ行き好調である。
最近は、ロームミュージックセミナーの講師も務めているが、子ども達から、「大先生、大先生」と呼ばれ、「これは、『大、先生』なのか? 『大先生なのか?』」と戸惑ってもいるそうである。宮田は、「来年、40になる」という話もしていたが、小林は、「私は今年85」と返していた。
磨き抜かれた抜群の美音が武器の宮田大。チャイコフスキーの音楽ということもあり、チャーミングに響く。
小林の指揮する日フィルも宮田の演奏によく合った伴奏を行った。
なお、この曲では小林は上から見ると斜めになった指揮台の上で、スコアを見ながら指揮した。

 

小林が、「アンコール、なんかやって」と言ったので、宮田はカザルスがよく演奏したカタロニア民謡の「鳥の歌」を演奏する。「Peace、Peace」と鳴く鳥の歌。ロシアとウクライナ、イスラエルとパレスチナの戦いが止まない中での痛切な演奏であった。

 

ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」。ドヴォルザークという表記が日本では定着しているが、黛敏郎が「題名のない音楽会」で語ったところによると、「唾が飛ぶからあっち行け! ドヴォルシーック!」だそうで、日本語には上手く置き換えられない音である。そのため今回はドヴォルジャークとなっている。
ドヴォルザークはナショナル音楽院(現存しないようである)の院長の座を任され、ニューヨークへと飛んだが、チェコの田舎や、昔ながらの建物が連なるプラハに比べて、摩天楼の聳え立つこの街は合わなかったようで、たびたびホームシックに陥っている。だが、その地で、ヘンリー・サッカー・バーレーというスポーツ万能そうな名前の生徒から黒人霊歌やブルースなどを知り、これが自分の音楽だと言われたことで、自分の音楽の根幹にあるのはボヘミアのスラヴ音楽だと悟り、もっともボヘミア的な交響曲を書き上げている。以前は、「黒人霊歌の旋律の引用を」などと解説にそれらしく書かれていたが、そんな要素はほぼないようである。余り簡単にものを信じない方が良さそうだ。

推進力のある音楽の演奏を得意とする小林研一郎。しかしそれは、猪突猛進や一瀉千里とは異なるナイーブで繊細な味わいに満ちている。
有名な第2楽章のイングリッシュホルンのソロには歌詞が付けられ、「家路」や「遠き山に日は落ちて」のタイトルで知られるが、歌詞は後から第3者によって付けられたもので、ドヴォルザークの意図とは異なる。歌詞を読むとアメリカ的であることが分かる。
ドヴォルザークが意図したのはもっと素朴なものかも知れない。
ノスタルジックな味わいの第2楽章以外は、威圧的とも思える表情が頻出する。「三大交響曲」の中に入っている名曲で格好いいので聞き落としがちだが、ドボルザークもストレスが溜まっていたのかも知れない。ボヘミア恋し、アメリカ憎しという訳ではないだろうが、現状を打破したい思いが詰まっているように思える。「俺はボヘミアに帰りたいんだー!」といったような。

鉄道マニアであったドヴォルザーク。電車が時間通り駅に着くかどうか心配なので生徒に確認しに行かせたなど、度を過ぎた鉄オタぶりを示すエピソードがあるが、「新世界」交響曲には列車の走行の模倣なのではないかと思われる箇所がいくつかある。そうしたものを探すのも楽しい。

この演奏では、小林は低弦を強調。日フィルも小林の要求によく応えて分厚い低音を形成。日本人指揮者と日本のオーケストラとしては珍しい、ピラミッド型の音型による熱い演奏であった。

なお、小林は、この曲では上から見ると縦長になった指揮台の先端に立ち、いつもよりオーケストラの核に近い場所での指揮であった。

 

アンコール演奏。小林は、「またあれかと思われてしまうかも知れませんが」と言いつつ、定番の「ダニー・ボーイ(ロンドンデリーの歌)」を演奏する。瑞々しくもノスタルジックな演奏である。
小林が演奏前に説明していたが、この曲も戦争絡みの作品である。ちなみに同じメロディーだが、歌詞があるのが「ダニー・ボーイ」、旋律だけなのが「ロンドンデリーの歌」である。出征した息子を待つ母親の悲痛な声である。

 

今日もカーテンコールのみ写真撮影可だったが、スマホのカメラの限界で、良い画は撮れず。ちなみに許可されているのは携帯電話やスマホに付いているカメラでの撮影のみで、本格的なデジカメなどは不可である。

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2025年9月 4日 (木)

コンサートの記(915) ローム クラシック スペシャル「2025 日フィル エデュケーション・プログラム 小学生からのクラシック・コンサート プロコフィエフ:交響的物語《ピーターとオオカミ》op.67(日本フィルオリジナル台本による上演)ほか」

2025年4月6日 左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールにて

午後2時から、左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールで、ローム クラシック スペシャル「2025 日フィル エデュケーション・プログラム 小学生からのクラシック・コンサート プロコフィエフ:交響的物語《ピーターと狼》op.67(日本フィルオリジナル台本による上演)ほか」を聴く。
主にロームの招きによるものだが、1年に2回から3回、ロームシアター京都での公演を行っている日本フィルハーモニー交響楽団。東京の他のオーケストラは、関西公演というと大阪府内か、大阪にほど近い兵庫県西宮市などで公演を行うことが多いが(NHK交響楽団は関西各地で公演を行う)、日フィルは京都を準本拠地とすることに成功しつつある。他の東京のオーケストラが大阪に集まるので、ライバルなしの状態である。まず子ども向けのコンサートを行い、夏に親子向けのコンサートを行い、更には大人向けの「コバケン・ワールド in KYOTO」を行うのが通例。今年も夏の親子向けのコンサートはすでに決まっていて、バレエを中心としたものである。「コバケン・ワールド in KYOTO 2025」も開催が決まった。

今回の「小学生からのクラシック・コンサート」は、園田隆一郎の指揮。日フィル・ソロ・コンサートマスターの扇谷泰朋(おうぎたに・やすとも)がコンサートマスターを務める。

休憩なしの上演時間約1時間のコンサート。曲目は、グリーグのホルベルク組曲(ホルベアの時代から)第1楽章とプロコフィエフの交響的物語「ピーターと狼」(朗読:江原陽子(えばら・ようこ)。

 

今回は開演前にホワイエでウェルカム・コンサートがある。写真撮影自由、動画撮影は不可である。クラリネット五重奏での演奏。
曲目は、宮川彬良の「ゆうがたクインテット」、プッチーニの歌劇「ジャンニ・スキッキ」より“ねえ、私のお父さん”、ブラームスのハンガリー舞曲第5番。
余裕を持って演奏されていたように思う。
アンコール演奏では、楽団員が紙で作った耳飾りを付けて、「ピーターと狼」の猫の主題を奏でる。ナビゲーターの江原陽子が、眼鏡を掛け、紙の耳飾りを付けた状態で登場。本番でも行って欲しいという猫ダンスを子どもたちに教えていた。

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中ホールであるサウスホールでの演奏ということで、中編成。サウスホールは残響はないが、空間自体がそれほど広くないので音は通る。後方にスクリーンが下がっており、スクリーンと前方の聴衆の間に入ると視野の妨げとなるためか、それを避けるべく指揮台は低めのものが用いられていた。

 

関西ではオペラ指揮者として聴くことも多い園田隆一郎。園田高弘との血縁関係はない。
イタリア・シエナのキジアーナ夏季音楽週間「トスカ」を指揮してデビュー。翌年、藤原歌劇団の「ラ・ボエーム」を指揮して日本デビューを飾り、多くのオペラを手掛けたほか、イタリア国内のコンサートオーケストラも指揮。現在、パシフィックフィルハーモニア東京の指揮者、藤沢市民オペラ芸術監督を務めている。

ナビゲーターの江原陽子は、東京藝術大学音楽学部声楽科卒。NHKで歌のおねえさんとして活躍し、1991年からの日フィルの「夏休みコンサート」の司会を務めるなど、長い付き合いとなっている。洗足学園音楽大学教授。

 

グリーグのホルベルク組曲より第1楽章。弦の編成が大きくはないためか、ホールの音響ゆえか、スプリングが余り効いておらず、表情も堅い。日フィルは伝統的に北欧音楽には強いはずだが、今日はそれほどでもなかったようである。

 

プロコフィエフの交響的物語「ピーターと狼」。弦はドイツ式の現代配置だが、その前に主役となる管楽器が指揮台を取り囲むようにして並ぶ。下手側からフルート、オーボエ、クラリネット、ファゴットである。
江原陽子が、どの楽器が何を表すのかを説明する。
フルート(美人奏者として有名な難波薰が乗り番)は小鳥、オーボエはアヒル、クラリネットは猫、ファゴットはお爺さんである。ピーターの主題は弦楽器が奏で、狼はホルンなどの金管楽器が威圧的な音を押し出す。
1991年から日フィルと声を使った仕事をしているということで、江原陽子のナレーションは手慣れたもの。猫の主題が出た時には、ウェルカム・コンサートでやった時のように子どもたちと一緒に踊る。京都の子どもたちなので、大阪の子どものようにノリノリという訳にはいかないが、楽しそうである。
演奏であるが、グリーグよりもずっと滑らかでチャーミングである。サウンドも温かで、日フィルの良さが出ていた。
なお、台本は、園田隆一郎、江原陽子と日フィル企画制作部が作成したオリジナルのものが使用されていた。
スクリーンには、最前列の管楽器奏者が演奏するときのみ映像が映る。使用時間はそれほど長くはなかった。
最後にスマホ撮影タイムがあったが、スマホの起動に時間が掛かったため、やはり作成できず。去年は事前に「カーテンコール撮影可」という情報が載っていたので間に合ったのだが。だが去年はその映像をSNSにアップしたのは私だけ。余り人気がないようであった。

 

京都は街の規模や文化水準からいえば、京都市交響楽団の他にライバルとなるフルサイズの民営プロオーケストラがあっても良いはずなのだが、資金面を考えると、フルサイズのプロオーケストラの運営は難しいと言わざるを得ない。京響ですらキャパ1800の京都コンサートホールを満員にするのは難しいのが現状ある。日フィルに京響を刺激する形でもっと頑張って貰うのも手である。日フィルは東京のオーケストラの中ではAランクに入るか入らないかの当落線上だが、東京に本拠地を置いているプロオーケストラは基本上手い。

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2025年8月 3日 (日)

コンサートの記(911) 山形交響楽団特別演奏会「山響さくらんぼコンサート」2025大阪@ザ・シンフォニーホール オッコ・カム指揮 オール・シベリウス・プログラム

2025年6月20日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、山形交響楽団特別演奏会「山響さくらんぼコンサート」2025を聴く。

田舎の楽団というイメージからブランドオーケストラへと変貌した山形交響楽団。毎年、東京と大阪で行う「さくらんぼコンサート」も大好評である。

今回は、フィンランドの名匠、オッコ・カムを指揮台に迎え、オール・シベリウス・プログラムによる演奏を行う。

次から次へと指揮者を生み出すフィンランド。先日もNHK交響楽団の大阪公演の指揮者に、フィンランドの女流若手、エヴァ・オリカイネンが決まったばかりだが、まさに世界に冠たる指揮者大国である。彼らが皆、シベリウスを指揮するので、シベリウス作品の演奏回数も上がり続けるということになる。

オッコ・カムは、フィンランド人指揮者が本格的に世界に台頭し始める時代の指揮者である。フィンランド出身の名指揮者はそれまでもいたが、フィンランド国内での活動が多く、諸外国に名が知れ渡ったフィンランド人指揮者はまだいなかった。
カムは、実は指揮を指揮者に師事したことはない。1946年、ヘルシンキ生まれ。シベリウス・アカデミーではヴァイオリンを専攻し、ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団の第2ヴァイオリン奏者、フィンランド国立歌劇場管弦楽団コンサートマスターなどを務める。この間、指揮を独学で身に着け、1969年の第1回カラヤン国際指揮者コンクールで優勝。だがこれが落とし穴であった。演奏はベルリン・フィルハーモニー管弦楽団が手掛けたが、ベートーヴェンの交響曲第4番を指揮したカムの棒が拙いので、いつも演奏しているカラヤン指揮の流儀で勝手に演奏してしまったというのが真相らしい。
表彰式では、「指揮の素人に近い若者が、マエストロ・カラヤンその人が指揮したようなベートーヴェンを奏でた」と称賛されたが、ベルリン・フィルのメンバーは当然、冷ややかだったという。優勝者には、ベルリン・フィルを指揮してのコンサートの他に、ベルリン・フィルを指揮してシベリウスの交響曲第1番から第3番までの3曲を録音する特典が与えられていた。だが、ベルリン・フィルは交響曲第2番の録音には応じたものの、第1番と第3場に関しては拒否。カムとレコーディング会社のドイツ・グラモフォンは、仕方なくヘルシンキ放送交響楽団(現・フィンランド放送交響楽団)との共演を音盤に収めた。そしてカムとベルリン・フィルのコンサートは失敗に終わる。
その後カムは低迷期に入るが、これに関しては、「若いうちに成功することは、その後のキャリアに却って妨げとなる場合がある」と述べている。
祖国の最高峰のオーケストラであるヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督になってから、来日してシベリウスの交響曲全曲を渡邉暁雄と振り分けて話題になる。この音源は21世紀に入ってから、東京FMとTDKの協力により音盤としてリリースされた。
日本のオーケストラにも数多く客演しており、京都市交響楽団と共演したことも何度かあるが、特に日本フィルハーモニー交響楽団への客演が多く、CDもリリースしている。私が初めてシベリウスの交響曲第2番を生で聴いたのもカムの指揮する日本フィルハーモニー交響楽団で、東京芸術劇場大ホール(現・コンサートホール)においてであった。カムの解釈も見事だったが、日フィルもシベリウスを演奏する時はスーパーオーケストラに変わり、初めて「シベリウスが分かった」と感じたのもこの時である。
北欧中心の活躍が続くが、2011年、オスモ・ヴァンスカによって鍛えられ、世界最高峰のシベリウスオーケストラとなっていたラハティ交響楽団の音楽監督に就任。東京オペラシティコンサートホール“タケミツ メモリアル”でシベリウス交響曲チクルスを行い、私も全曲を聴いている。輝かしい音を放つラハティと成熟したカムの指揮が見事にマッチしていた。
ラハティ退官後は客演指揮者として活動。特に山形交響楽団とは好評を得ている。

 

曲目は、「鶴のいる光景」、ヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン独奏:神尾真由子)、交響曲第2番。カムの希望により「鶴のいる光景」とヴァイオリン協奏曲は続けて演奏される。

 

コンサートマスターは、髙橋和貴。チェロが客席側に来るアメリカ式の現代配置をベースにした演奏。ティンパニは指揮者の正面ではなく、後段の楽器の中でも最も上手側におかれる。

 

演奏開始前に、山形交響楽団の西濱秀樹専務理事によるプレトークがある。西濱専務登場と同時にパラパラとした拍手。西濱専務は、「あれは誰なんだろう? という拍手をありがとうございます」。そして、山形交響楽団の創立名誉指揮者である村川千秋がシベリウスの曲を何度も取り上げているということを紹介した。
その後、山形市に本社のある豆のでん六のゆるキャラ、でんちゃんが登場。付き添いの女性が、「関西ではでん六の知名度は低いかも知れませんが」と言いつつ商品を紹介した。今は山形限定のさくらんぼ味が好評だという。ちなみにホワイエでは山形物産展が開かれており、でん六豆さくらんぼ味も売られていた。以前、買って食べたことがあるが美味しいお菓子である。

続いて、山形県のオレンジ色の法被を着た神尾真由子とオッコ・カムが登場。神尾真由子はでんちゃんの真似をして手をばたつかせて登場。オッコ・カムも仕方なく真似ていた。大阪出身の神尾真由子は、12歳の時にラロの作品を弾いて、ザ・シンフォニーホールデビューしたのだが、参考にしたCDにラロのカップリングとしてシベリウスのヴァイオリン協奏曲が入っており、「ラロよりこっちの方が良い」と思って、練習し、レパートリーに加えたそうだ。
オッコ・カムへのインタビュー。神尾真由子が通訳を務める。「交響曲第2番のいいところは?」との質問に、「なんで今から演奏するのに説明しなきゃいけないんだ?」と答えるが、「帝政ロシアの傘下にあった時代にフィンランドへの愛国心を歌い上げた珍しい作品」と解説した。
「山形交響楽団の長所は?」に「全てのパートが優れている」と答えたが、西濱専務によると「打ち合わせと全然違う」そうで、神尾真由子がもう一度聞き直して、「成熟したワインのような」味わいがあると述べていた。

 

「鶴のいる光景」
クラリネット二本が鶴の声を模すが、今回はクラリネット奏者二人を立たせての演奏であった。山形交響楽団の響きも北欧音楽に似つかわしく、技術も高い。雰囲気も豊かである。

 

ヴァイオリン協奏曲。黒のドレスで登場した神尾は、繊細で艶のある音を聴かせる。やや暗めのトーンを出すこともある神尾だが、今日のヴァイオリンは輝かしく、細部まで神経が行き届いている。
山形交響楽団の伴奏も神秘的かつ力強く、理想的な伴奏を築き上げていた。

神尾真由子のアンコール演奏は、お得意のパガニーニの「24のカプリース」から第5番。今日も超絶技巧を披露した。

 

交響曲第2番。
冒頭から雰囲気豊かであり、木管の音色も冴えている。金管も力強いが、威力任せではなく、堅固な音の像を作り上げる。
演奏としても解釈としても最もスタンダード。理想的なシベリウス演奏の一つである。
第4楽章の解釈は、先に話したように凱歌。暗い部分はあくまで経過句という解釈のようである。

山形交響楽団も日本フィルハーモニー交響楽団同様、「シベリウスは当団の柱」というプライドが伝わってくる。

 

なお、来場者全員に、東根さくらんぼ数個と、さくらんぼコンサート大阪の協賛企業である森下仁丹の甜茶飴が無料で配布された。

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2024年10月 5日 (土)

コンサートの記(858) ROHM CLASSIC SPECIAL「コバケン・ワールド in KYOTO」Vol.4

2024年9月28日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後2時から、左京区岡崎のロームシアター京都メインホールで、ROHM CLASSIC SPECIAL「コバケン・ワールド in KYOTO」Vol.4を聴く。

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炎のコバケンこと小林研一郎が日本フィルハーモニー交響楽団を指揮して行う「コバケン・ワールド」の京都公演4回目。日本フィルハーモニー交響楽団はロームシアター京都で定期的に演奏会を行っており、この「コバケン・ワールド」で今年3回目の演奏会となる。

1940年生まれの小林研一郎。84歳となった今年は、東京ドームで行われた読売巨人軍対広島カープの公式戦前の国歌演奏の指揮と、始球式を行っている。
東京藝術大学作曲科および指揮科卒業。藝大の作曲科時代は、「前衛でなければ音楽ではない」という教育に嫌気が差し、卒業はしたが指揮科に再入学している。今は藝大の入試は、国語と英語と実技のはずだが、当時は地歴も課されたようで、「日本史を勉強し直した」と語っている。
年齢制限に引っかかり、指揮者コンクールに参加出来ないことが多かったが、第1回ブダペスト国際指揮者コンクールは年齢制限が緩かったため受けることが可能で、見事1位を獲得。以後、ハンガリー国内での仕事も増え、ハンガリー国立交響楽団(現・ハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団)の常任指揮者を長きに渡って務めた。私が初めて聴いた小林指揮のコンサートも、東京国際フォーラムホールCでのハンガリー国立交響楽団の来日演奏会であった(メインは幻想交響曲。東京国際フォーラムホールCは音響が悪いので、演奏終了後、小林が、「ホールの関係だと思いますが、皆さんの拍手が小さいのです」と語っていた)。ネーデルランド・フィルハーモニー管弦楽団の常任客演指揮者、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の首席客演指揮者も務め、チェコ・フィル時代には「プラハの春」コンサートのオープニング演奏会、スメタナの連作交響詩「わが祖国」の指揮も行っている(リハーサル初日にチェコ・フィルの面々と喧嘩になったことが、「エンター・ザ・ミュージック」で明かされた)。
国内では日本フィルハーモニー交響楽団を指揮する機会が多く、常任指揮者などを経て、現在は桂冠名誉指揮者の称号を得ている。その他に、群馬交響楽団と名古屋フィルハーモニー交響楽団の桂冠指揮者、読売日本交響楽団の名誉指揮者、九州交響楽団の名誉客演指揮者の称号を保持。ロームミュージックファンデーションの評議員でもある。
京都市交響楽団の常任指揮者を2年務めており、出雲路の練習場と京都コンサートホールは小林の要望により、計画が進められている。


曲目は、スッペの喜歌劇「軽騎兵」序曲、エルガーの「愛の挨拶」(ヴァイオリン独奏:髙木凜々子)、サラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」と「カルメン幻想曲」(ヴァイオリン独奏はいずれも髙木凜々子)、ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」

今日のコンサートマスターは日フィル・ソロ・コンサートマスターの扇谷泰朋(おうぎたに・やすとも)。ソロ・チェロに菊地知也の名がクレジットされている。
ドイツ式の現代配置での演奏。


スッペの喜歌劇「軽騎兵」序曲。20世紀には通俗名曲の一曲としてよく知られていたのだが、最近は録音でも実演でも接する機会が少ない。
小林研一郎は譜面台を置かず、暗譜での指揮。
最初のトランペットソロと続くホルン・ソロは奏者を立たせて演奏させた。
今日はロームシアター京都メインホールのレフトサイド、ハイチェア席で聴いたのだが、音の通りが良く、輪郭もクッキリと聞こえる。座っていて疲れるが、音は良い席であった。
金管は精度が今ひとつであったが、マスとしての響きは充実しており、軽快な演奏に仕上がっていた。小林は指揮をやめてオーケストラに任せるところがあった。

エルガーの「愛の挨拶」(弦楽伴奏版)、サラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」と「カルメン幻想曲」では、髙木凜々子(たかぎ・りりこ)がヴァイオリンソロを務める。

髙木凜々子は、東京藝術大学在学中にブダペストのバルトーク国際コンクールで第2位および聴衆賞を獲得。藝大卒業後に、シュロモ・ミンツ国際コンクール第3位、東京音楽コンクール第2位および聴衆賞、日本音楽コンクール第3位及びE・ナカミチ賞を受賞している。自身のYouTubeチャンネルに数多くの演奏動画をアップしているほか、パシフィックフィルハーモニア東京のアーティスティックパートナーソロとしても活躍している。
連続ドラマ「リバーサルオーケストラ」では、主演の門脇麦のヴァイオリンソロを当てたことで話題になっているが、このことは経歴には書かれていない。

この3曲では、小林研一郎はステージ正面上方から見て\のように斜めになった指揮台の上で指揮した。

髙木凜々子の演奏を聴くのは初めてだと思われる。
緋色のドレスで登場した髙木。かなりの腕利きだと思われるが、技術をひけらかすタイプではなく、的確に音の芯を狙っていくような演奏を行う演奏家である。

エルガーの「愛の挨拶」では、磨き抜かれた音が美しく、歌い方も優しい。

ヴァイオリンの独奏を伴う曲としては最も有名な部類に入る、サラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」。ロマの音楽を意識した曲ということもあり、髙木も荒めの音で入るなど、曲調の描き分けが的確である。左手ピッチカートにコル・レーニョ奏法が加わるなど、難度のかなり高い曲だが、メカニックも申し分ない。

「カルメン幻想曲」も勢いの良い美演。なお、「ハバネラ」演奏後に拍手が起こったため、髙木も小林も動きを完全に止めて拍手が収まるのを待った。
「ツィゴイネルワイゼン」でも「カルメン幻想曲」でも終盤に急激なアッチェレランドを採用。スリリングな演奏となった。


演奏終了後、髙木と小林がステージ上で話し合い、アンコール演奏を行うことに決める。髙木は、「J・S・バッハ、無伴奏ヴァイオリン・パルティータより“サラバンド”を演奏します」と言って演奏開始。典雅な演奏であった。なお、高木はYouTubeにこの曲の演奏をアップしており、聴くことが出来る


ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」。演奏前に、小林はマイクを手に、「皆さんと交流したいと思いまして」と語り始める。「来年も再来年も京都で演奏を行いたい」と抱負を語った後で、「曲の解説を行います」ということで、実際に日フィルに演奏して貰いながら、聴き所を語る。まず冒頭の運命主題(運命動機)。小林は「ヤパパパーン」と歌ってから、日フィルを指揮して運命主題を演奏。「これが世界で最も有名な運命主題であります」と語る。第2楽章の冒頭を「祈り」と解釈して演奏した後で、第3楽章の冒頭から運命動機の登場までを演奏。
最後は、第4楽章冒頭を2度演奏する。まず、「皆様の耳を聾するような(ママ)」全体での合奏。続いて、管楽器のみによる冒頭の演奏を行った。


小林研一郎の指揮なのでモダンスタイルによる演奏を予想していたのだが、実際は弦楽のノンビブラートなどピリオドの部分も少し入れている。
また、これまで聴いたことのない奏法や異なる響きがある。小林はこの曲も譜面台を置かず暗譜で指揮したが、おそらくブライトコプフ新版の楽譜を用いての演奏だと思われる。
ブライトコプフ新版は貸与のみのはずなので、一般人がスコアリーディングすることは難しい。
まず第1楽章でコントラバスがコル・レーニョのような奏法を行った上で弓を胴体に当てる音を出す。更にホルンが浮かび上がる。オーボエのソロもベルアップで吹く(演奏開始前に、日フィルのスタッフがオーボエ奏者の女性と話し合い、オーボエ奏者の女性が周りの奏者とも話す様が見られたが、このベルアップのことだったのだろうか)。
第4楽章でピッコロが浮かび上がる場所もベーレンライター版とは異なるため、やはりブライトコプフ新版の可能性が高いと見た。

演奏は、スマートさの方が勝っている。炎の指揮者と呼ばれるが、いたずらに熱い演奏を行う訳ではない。音も84歳の指揮者が引き出したものとは思えないほど若々しく、音が息づいている。冒頭は小さく2度振ってから始まるのだが、弦楽のフライングがあったのが残念である。
日フィルも以前はあっさりとした演奏が特徴だったのだが、今日は密度の高い音を聴かせてくれた。第4楽章に入るところで小林は客席を振り返るかのように左手を大きく掲げて外連を見せていた。


なお、本編終了後のみスマホでのステージ撮影が可となっている。

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小林はマイクを手に、「皆様のブラボー、拍手、声などが励みになります。反応がないと音楽は成り立ちません」と語り、「またお越し下さい」と述べた後で、「日フィルの方々が最も得意とされている曲があります。『ダニー・ボーイ』」とアンコール演奏曲目をアナウンスして演奏に入る。小林のアンコール演奏の定番でもある「ダニー・ボーイ(ロンドンデリーの歌)」。しっとりとした愛に溢れた演奏を行った。

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2024年6月11日 (火)

コンサートの記(848) カーチュン・ウォン指揮日本フィルハーモニー交響楽団 第255回 芸劇シリーズ「作曲家 坂本龍一 その音楽とルーツを今改めて振り返る」

2024年6月2日 池袋駅西口の東京芸術劇場コンサートホールにて

東京へ。

午後2時から、池袋駅西口にある東京芸術劇場コンサートホールで、日本フィルハーモニー交響楽団の第255回 芸劇シリーズを聴く。日フィルが日曜日の昼間に行っている演奏会シリーズで、回数からも分かる通り、かなり長く続いている。私も東京にいた頃にはよく通っていて、ネーメ・ヤルヴィやオッコ・カムなどの指揮で日フィルの演奏を聴いている。

東京芸術劇場は、音楽と演劇、美術の総合芸術施設であるが、考えてみれば音楽でしか来たことはない。
コンサートホールは、東京芸術劇場の最上階にあり、長いエスカレーターを上っていくことになる。以前はエスカレーターは1階から最上階のコンサートホール(当時は大ホールといった)まで直通というもっと長く巨大なものだったが、「事故が起こると危ない」などと言われており、リニューアル工事の際に付け替えられて二段階でコンサートホールまで昇るようになっている。

前回来たときは1階席の前の方だったが、今回も1階席の下手側前から2列目。東京芸術劇場コンサートホールは、ステージから遠いほど音が良いことで知られるが、前の方でも特に悪くはない。

今回の芸劇シリーズは、パンフレットやチケットなどにはタイトルが入っていないが、ポスターには「作曲家 坂本龍一 その音楽とルーツを今改めて振り返る」という文言が入っており、事実上の坂本龍一の追悼コンサートとなっている。

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指揮は、日本フィルハーモニー交響楽団首席指揮者のカーチュン・ウォン。シンガポールが生んだ逸材であり、2016年のグスタフ・マーラー指揮者コンクールで優勝。日本各地のオーケストラに客演して軒並み絶賛を博し、2023年9月に日フィルの首席指揮者に就任した。京都市交響楽団や大阪フィルハーモニー交響楽団に客演した際に聴いているが、演奏が傑出していただけでなく、京響のプレトークではちょっとした日本語を話すなど、まさに「才人」と呼ぶに相応しい人物である。ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団の首席客演指揮者でもあり、また今年の9月からは、イギリスを代表する工業都市・マンチェスターに本拠地を置く名門、ハレ管弦楽団の首席指揮者兼アーティスティック・アドバイザーへの就任が決まっている。


曲目は、ドビュッシーの「夜想曲」(女声合唱:東京音楽大学)、坂本龍一の箏とオーケストラのための協奏曲(二十五絃箏独奏:遠藤千晶)、坂本龍一の「The Last Emperor」、武満徹の組曲「波の盆(「並の凡」と変換されたが確かにそれもありだ)」よりフィナーレ、坂本龍一の地中海のテーマ(1992年バルセロナ五輪開会式音楽。ピアノ:中野翔太、合唱:東京音楽大学)。

コンサートマスターは客演の西本幸弘。ソロ・チェロとして日フィル・ソロ・チェロの菊地知也の名がクレジットされている。また生前の坂本龍一と共演するなど交流があったヴィオラ奏者の安達真理が、2021年から日フィルの客演首席奏者に就任しており、今日は乗り番である。


プログラムは評論家で早稲田大学文学学術院教授の小沼純一が監修を行っており、プログラムノートも小沼が手掛けている。
午後1時半頃より小沼によるプレトークがある。
昨年の暮れに、小沼の元に日フィルから「坂本龍一の一周忌なので何かやりたい」との連絡があり、指揮者がカーチュン・ウォンだということも知らされる。小沼は坂本が創設した東北ユースオーケストラも坂本の追悼演奏会をやるとの情報を得ていたため、「余りやられていない作品を取り上げよう」ということで今日のようなプログラムを選んだという。全曲坂本龍一作品でも良かったのだが、坂本龍一が影響を受けた曲を「コントラスト」として敢えて入れたそうだ。

坂本龍一が亡くなり、彼のことをピアニスト・キーボーディスト、俳優として認識していた人は演奏や演技を録音や録画でしか見聞き出来ず、それらは固定されて動かないものであるが、坂本龍一は何よりも作曲家であり、作曲されたものは生で演奏出来、同じ人がやっても毎回変わるという、ある意味での利点があることを小沼は述べていた。

坂本が若い頃に本気で自身のことを「ドビュッシーの生まれ変わり」だと信じていたということは比較的よく知られているが、「夜想曲」の第1曲「雲」は特にお気に入りで、テレビ番組でも「雲」の冒頭をピアノで弾いてその浮遊感と革新性について述べていたりする。小沼との対話でもたびたび「雲」が話題に上ったそうで、心から好きだった曲を取り上げることにしたそうである。
坂本龍一の箏とオーケストラのための協奏曲は、2010年に東京と西宮で初演され、「題名のない音楽会」でも取り上げられたが、その後1度も再演されておらず、14年ぶりの再演となる。沢井一恵のために作曲された作品で、初演時は、それぞれ調が異なる十七絃箏を1楽章ごとに1面、計4面を用いて演奏されたが、今日のソリストである遠藤千晶が「二十五絃箏を使えば1面でいけるかも知れない」ということで、今日は1面での初演奏となる。

「The Last Emperpr」は、ベルナルド・ベルトルッチ監督が清朝最後の皇帝となった愛新覚羅溥儀を主人公にした映画「ラストエンペラー」のために書かれた音楽で、坂本龍一は最初、俳優としてのオファーを受け、甘粕正彦を演じたが、音楽を依頼されたのはずっと後になってからで、全曲を締め切りまでの2週間で書き上げたというのが自慢だったらしい。「ラストエンペラー」の音楽で坂本は、デヴィッド・バーン、コン・スー(蘇聡、スー・ツォン)と共にアカデミー賞作曲賞を受賞。「世界のサカモト」と呼ばれるようになる。

武満徹の「波の盆」を入れることを提案したのは指揮者のカーチュン・ウォンだそうで、日本人作曲家の劇伴音楽という共通点から選んだようだ。
1996年に武満徹が亡くなり、NHKが追悼番組「武満徹の残したものは」を放送した時に真っ先に登場したのが坂本龍一で、学生時代に東京文化会館で行われたコンサートで、アンチ武満のビラを撒いていたところ武満本人が現れ、「これ撒いたの君?」と尋ねられたこと、後年、作曲家となって再会した時には、「ああ、あの時の君ね」と武満は坂本のことを覚えており、「君は作曲家として良い耳をしている」と言われた坂本は「あの武満徹に褒められた」と有頂天になったことを語り、「そんないい加減な奴なんですけどね」と自嘲気味に締めていた。

地中海のテーマは、1992年のバルセロナ・オリンピックのマスゲームの音楽として作曲されたもので、当初はオリンピックという国威発揚の側面がある催しの音楽を書くことを拒んだというが、最終的には作曲を引き受け、7月25日の開会式では自身でオーケストラを指揮し、その姿が全世界に放映された。指揮に関しては、当時、バルセロナ市立管弦楽団の首席指揮者をしていたガルシア・ナバロ(ナルシソ・イエペスがドイツ・グラモフォンに録音したアランフェス協奏曲の伴奏で彼の指揮する演奏を聴くことが出来る)の指揮に間近で触れて、「本物の指揮者は凄い」という意味の発言をしていたのを覚えている。またオリンピックで自作を指揮したことで、「凄い人」「偉い人」だと勘違いされるのが嫌だった旨を後に述べている。
地中海のテーマは、CDが発売され、また一部がCMにも使われたが、オーケストラ曲として日本で演奏されたことがあるのかどうかはちょっと分からない。ただこれはコンサートホールで生演奏を聴かないと本当の良さが分からない曲であることが確認出来た。

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ドビュッシーの「夜想曲」。「雲」「祭り」「シレーヌ」の3曲からなる曲で、ドビュッシーの管弦楽曲の中でも人気曲だが、第3曲「シレーヌ」は女声合唱を伴うという特殊な編成であるため、演奏会または録音でもカットされることがある。今回は東京音楽大学の女声合唱付きで上演される。東京音楽大学の合唱団は必ずしも声楽科の学生とは限らず、学部は「合唱」の授業選択者の中からの選抜、大学院生のみ声楽専攻限定となるようだ。

フランス語圏のオーケストラによる名盤も多いため、流石にそれらに比べると色彩感や浮遊感などにおいて及ばないが、生演奏ならではのビビッドな響きがあり、繊細な音の移り変わりを視覚からも感じ取ることが出来る。
ノンタクトで指揮したカーチュン・ウォンは巧みなオーケストラ捌き。日フィルとの相性も良さそうである。
東京音楽大学の女声合唱もニュアンス豊かな歌唱を行った。


坂本龍一の箏とオーケストラのための協奏曲。独奏者の遠藤千晶は当然と言えば当然だが着物姿で登場。椅子に座って弾き、時折、身を乗り出して中腰で演奏する。箏のすぐ近くにマイクがセットされ、舞台左右端のスピーカーから音が出る。箏で音が小さいからスピーカーから音を出しているのかと思ったが、後にピアノもスピーカーから音を出していたため、そういう趣旨なのだと思われる。
遠藤千晶は、東京藝術大学及び大学院修了。3歳で初舞台を踏み、13歳で宮城会主催全国箏曲コンクール演奏部門児童部第1位入賞という神童系である。藝大卒業時には卒業生代表として皇居内の桃香楽堂で御前演奏を行っている。現在は生田流箏曲宮城社大師範である。
第1楽章「still(冬)」、第2楽章「return(春)」、第3楽章「firmament(夏)」、第4楽章「autumn(秋)」の四季を人生に重ねて描いた作品で、いずれも繊細な響きが何よりも印象的な作品である。箏の音が舞い散る花びらのようにも聞こえ、彩りと共に儚さを伝える。


坂本龍一の「The Last Emperor」。カーチュン・ウォンは冒頭にうねりを入れて開始。壮大さとオリエンタリズムを兼ね備えた楽曲として描き出す。坂本本人が加わった演奏も含めてラストをフォルテシモのまま終える演奏が多いが(オリジナル・サウンドトラックもそんな感じである)、カーチュン・ウォンは最後の最後で音を弱めて哀愁を出す。


武満徹の組曲「波の盆」よりフィナーレ。倉本聰の脚本、実相寺昭雄の演出、笠智衆主演によるテレビドラマのために書いた曲をオーケストラ演奏会用にアレンジしたものだが、このフィナーレは底抜けの明るさに溢れている。「弦楽のためのレクイエム」が有名なため、シリアスな作曲家だと思われがちな武満であるが、彼の書いた歌曲などを聴くと、生来の「陽」の人で、こちらがこの人の本質らしいことが分かる。この手の根源からの明るさは坂本龍一の作品からは聞こえないものである。


坂本龍一の地中海のテーマ。映画音楽でもポピュラー系ミュージックでも坂本龍一の音楽というとどこかセンチメンタルでナイーブというものが多いが、地中海のテーマはそれらとは一線を画した豪快さを持つもので、祝典用の楽曲ということもあるが、あるいは売れる売れないを度外視すれば、もっとこんな音楽を書きたかったのではないかという印象を受ける。若い頃は現代音楽志向で、難解な作品や前衛的な作品も書いていた坂本だが、劇伴の仕事が増えるにつれて、監督が求める「坂本龍一的な音楽」が増えていったように思う。特に映画などは最終決定権は映画監督にある場合が多いわけで、書きたいものよりも求められるものを書く必要はあっただろう。ファンも「坂本龍一的な音楽」を望んでいた。そういう意味ではバルセロナ五輪の音楽は「坂本龍一的なもの」は必ずしも求められていなかった訳で、普段は書けないようなものも書けたわけである。監督もいないし、指揮も自分がする。ストラヴィンスキーの「春の祭典」に通じるような音楽を書いても今は批難する人は誰もいない。というわけで基本的にアポロ芸術的ではあるが、全身の筋肉に力を込めた古代オリンピック選手達の躍動を想起させる音楽となっている。前半だけ、今日初めて指揮棒を使ったカーチュン・ウォンは、日フィルから凄絶な響きを引き出すが、虚仮威しではなく、密度の濃い音楽として再現する。バルセロナやカタルーニャ地方を讃える歌をうたった東京音楽大学の合唱も力強かった。

タブレット譜を見ながらピアノを演奏した中野翔太。プレ・カレッジから学部、大学院まで一貫してジュリアード音楽院で教育を受けたピアニストであり、晩年の坂本龍一と交流があって、今年の3月に行われた東北ユースオーケストラの坂本龍一追悼コンサートツアーにもソリストとして参加。「戦場のメリークリスマス」を弾く様子がEテレで放送されている。
地中海のテーマは、ピアノソロも力強い演奏が要求され、中野は熱演。
先に書いた通り、スピーカーからもピアノの音が鳴っていたが、そういう設定が必要とされていたのかどうかについては分からない。


アンコール演奏。カーチュン・ウォンは、「アンコール、Aqua」と語って演奏が始まる。坂本龍一本人がアンコール演奏に選ぶことも多かった「Aqua」。穏やかで優しく、瑞々しく、ノスタルジックでやはりどこかセンチメンタルという音楽が流れていく。坂本本人は「日本人作曲家だから日本の音楽を書くべき」という意見に反対している。岡部まりからインタビューを受けて、日本人じゃなくても作曲家にはなっていたという仮定もしている。だが、「Aqua」のような音楽を聴くとやはり坂本龍一も日本人作曲家であり、三善晃の弟子であったことが強く感じられる。

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なお、カーテンコールのみ写真撮影が可能であった。

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池袋では雨は降っていなかったが、帰りの山手線では新宿を過ぎたあたりから本降り、品川では土砂降りとなった。

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2024年5月26日 (日)

コンサートの記(845) ローム クラシック スペシャル 2024 「日本フィル エデュケーション・プログラム 小学生からのクラシック・コンサート」 グリーグ 劇音楽「ペール・ギュント」より@ロームシアター京都サウスホール

2024年5月6日 左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールにて

午後2時から、左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールで、海老原光指揮日本フィルハーモニー交響楽団によるローム クラシック スペシャル「心と体で楽しもう!クラシックの名曲 2024 日本フィル エデュケーション・プログラム 小学生からのクラシック・コンサート」を聴く。上演時間約70分休憩なしの公演。演目はグリーグの劇音楽「ペール・ギュント」より抜粋で、江原陽子(えばら・ようこ)がナビゲーターを務める。

毎年のようにロームシアター京都で公演を行っている日本フィルハーモニー交響楽団。夏にもロームシアター京都メインホールで主に親子向けのコンサートを行う予定がある。

昔から人気曲目であったグリーグの劇付随音楽「ペール・ギュント」であるが、2つの組曲で演奏されることがほとんどであった。CDでは、ネーメ・ヤルヴィ指揮エーテボリ交響楽団による全曲盤(ドイツ・グラモフォン)、ヘルベルト・ブロムシュテット指揮サンフランシスコ交響楽団(DECCA)やネーメの息子であるパーヴォ・ヤルヴィ指揮エストニア国立交響楽団の抜粋盤(ヴァージン・クラシックス)などが出ているが、演奏会で組曲版以外が取り上げられるのは珍しく、シャルル・デュトワ指揮NHK交響楽団の定期演奏会で取り上げられた全曲版が実演に接した唯一の機会だろうか。この時は歌手や合唱も含めた演奏だったが、今回はオーケストラのみの演奏で、前奏曲「婚礼の場にて」、「夜の情景」、「婚礼の場にて」(前半部分)以外は2つの組曲に含まれる曲で構成されている。

ヘンリック・イプセンの戯曲「ペール・ギュント」は、レーゼドラマ(読むための戯曲)として書かれたもので、イプセンは上演する気は全くなかったが、「どうしても」と頼まれて断り切れず、「グリーグの劇音楽付きなら」という条件で上演を許可。初演は成功し、その後も上演を重ねるが、やはりレーゼドラマを上演するのは無理があったのか、一度上演が途切れると再演が行われることはなくなり、グリーグが書いた音楽のみが有名になっている。近年、「ペール・ギュント」上演復活の動きがいくつかあり、私も日韓合同プロジェクトによるものを観た(グリーグの音楽は未使用)が、ゲテモノに近い出来であった。
近代社会に突如現れた原始の感性を持った若者、ペール・ギュントの冒険譚で、モロッコやアラビアが舞台になるなど、スケールの大きな話だが、ラストはミニマムに終わるというもので、『イプセン戯曲全集』に収録されているほか、再編成された単行本なども出ている。

今回の上演では、海老原光、江原陽子、日フィル企画制作部が台本を纏めて共同演出し、老いたソルヴェイグが結婚を前にした孫娘に、今は亡き夫のペール・ギュントの昔話を語るという形を取っている。江原陽子がナレーターを務め、「山の魔王の宮殿にて」では聴衆に指拍子と手拍子とアクションを、「アニトラの踊り」ではハンカチなどの布を使った動きを求めるなど聴衆参加型のコンサートとなっている。


指揮者の海老原光は、私と同じ1974年生まれ。同い年の指揮者には大井剛史(おおい・たけし)や村上寿昭などがいる。鹿児島出身で、進学校として全国的に有名な鹿児島ラ・サール中学校・高等学校を卒業後に東京芸術大学に進学。学部を経て大学院に進んで修了した。その後、ハンガリー国立歌劇場で研鑽を積み、2007年、クロアチアのロヴロ・フォン・マタチッチ国際指揮者コンクールで3位に入賞。2010年のアントニオ・ペドロッティ国際指揮者コンクールでは審査員特別賞を受賞している。指揮を小林研一郎、高階正光、コヴァーチ・ヤーノシュらに師事。日フィルの京都公演で何度か指揮をしているほか、日本国内のオーケストラに数多く客演。クロアチアやハンガリーなど海外のオーケストラも指揮している。2019年に福岡県那珂川市に新設されたプロ室内オーケストラ、九州シティフィルハーモニー室内合奏団の首席指揮者に就任し、第1回と第2回の定期演奏会を指揮した(このオーケストラはその後、大分県竹田市に本拠地を移転し、改組と名称の変更が行われており、シェフ生活は短いものとなった)。

ナビゲーターの江原陽子は、東京藝術大学(東京芸術大学は国立大学法人ということもあり、新字体の「東京芸術大学」が登記上の名称であるが、校門やWeb上で使われている旧字体の「東京藝術大学」も併用されており、どちらを使うかはその人次第である)音楽学部声楽科を卒業。現在、洗足学園音楽大学の教授を務めている。藝大在学中から4年間、NHKの番組で「歌のおねえさん」を務め、その後、教職や自身の音楽活動の他に、歌や司会でクラシックコンサートのナビゲーターとしても活躍している。日フィルの「夏休みコンサート」には1991年から歌と司会で参加するなど、コンビ歴は長い。


舞台後方にスクリーンが下がっており、ここに江原のアップや客席、たまにオーケストラの演奏などが映る。

海老原光の演奏に接するのは久しぶり。私と同い年だが、にしては白髪が目立つ。今年で50歳を迎えるが、指揮者の世界では50歳はまだ若手に入る。キビキビした動きで日フィルから潤いと勢いのある響きを引き出す。ビートは基本的にはそれほど大きくなく、ここぞという時に手を広げる。左手の使い方も効果的である。

日フィルは、創設者である渡邉暁雄の下で、世界初のステレオ録音による「シベリウス交響曲全集」と世界初のデジタル録音による「シベリウス交響曲全集」をリリースし、更にはフィンランド出身のピエタリ・インキネンとシベリウス交響曲チクルスをサントリーホールで行って、ライブ録音を3度目の全集として出すなどシベリウスに強いが、渡邉の影響でシベリウス以外の北欧ものも得意としている。北欧出身者ではないが、フィンランドの隣国であるエストニアの出身で北欧ものを得意としているネーメ・ヤルヴィ(現在は日フィルの客員首席指揮者)を定期的に招いていることもプラスに働いているだろう。

音楽は物語順に演奏され、合間を江原のナレーションが繋ぐ。降り番の楽団員やスタッフも進行に加わる。演奏曲目は、前奏曲「婚礼の場にて」、「イングリットの嘆き」、「山の魔王の宮殿にて」、「オーゼの死」、「朝(朝の気分)」、「アラビアの踊り」、「アニトラの踊り」、「ペール・ギュントの帰郷」、「夜の情景」、「ソルヴェイグの歌」、そしてペール・ギュントとソルヴェイグの孫娘の結婚式があるということで「婚礼の場にて」の前半部分が再び演奏される。

ロームシアター京都サウスホールは、京都会館第2ホールを改修したもので、特別な音響設計はなされておらず、残響もほとんどないが、空間がそれほど大きくないので音はよく聞こえる。日フィルも音色の表出の巧みさといい、全体の音響バランスの堅固さといい、東京芸術劇場コンサートホールやサントリーホールで聴いていた90年代に比べると大分器用なオーケストラへと変わっているようである。
江原陽子のナビゲートも流石の手慣れたものだった。


演奏終了後に撮影タイムが設けられており(SNS上での宣伝に使って貰うためで、スマホやタブレットなどに付いているカメラのみ可。ネットに繋げない本格的な撮影機材は駄目らしい)多くの人がステージにカメラを向けていた。

終演後には、海老原光と江原陽子によるサイン会があったようである。

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2022年6月13日 (月)

コンサートの記(781) 「コバケン・ワールド in KYOTO」Vol.2

2022年6月4日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後2時から、左京区岡崎のロームシアター京都メインホールで、「コバケン・ワールド in KYOTO」Vol.2を聴く。東京でコバケンこと小林研一郎が日本フィルハーモニー交響楽団を指揮して行っている特別コンサートの京都版、昨年に続いて2回目である。

ロームシアター京都オープン当初から積極的に演奏会を開催している日本フィルハーモニー交響楽団(日フィル。JPO)。この3月まで京都市交響楽団の常任指揮者を務めていた広上淳一(現在はフレンド・オブ・JPOの肩書きを得ている)との繋がりがあるのかどうかは分からないが、「東京のオーケストラの関西公演といえば大阪のザ・シンフォニーホールかフェスティバルホール」という状況を変えつつある。今年、日フィルは京都で3回の公演を行うが、そのうち2回は親子向けのコンサートで、一般向けのコンサートは、「コバケン・ワールド」のみとなる。

昨年のローム・ミュージック・フェスティバルには東京交響楽団が登場(コロナのために無観客での配信公演のみとなった)、今年のローム・ミュージック・フェスティバルには新日本フィルハーモニー交響楽団がロームシアター京都メインホールのステージを踏むなど、東京のオーケストラが京都コンサートホールではなくロームシアター京都で公演を行うことも増えている。今年のNHK交響楽団の京都公演(秋山和慶指揮)も京都コンサートホールではなくロームシアター京都メインホールで行われる予定である(N響がロームシアター京都メインホールで京都公演を行うのは2度目)。その中にあって、日フィルは京都での売り込みには一歩リードしている形となる。


曲目は、ウェーバーの歌劇「オベロン」序曲、ブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番(ヴァイオリン独奏:千住真理子)、ベートーヴェンの交響曲第7番。

今日のコンサートマスターは、日フィル・ソロ・コンサートマスターの扇谷泰明。ソロ・チェロ奏者として菊地知也の名も無料パンフレットに記載されている。ドイツ式の現代配置での演奏。


現在は日本フィルハーモニー交響楽団桂冠名誉指揮者の称号を得ている小林研一郎。「炎のコバケン」の愛称で親しまれており、岩城宏之の後を継いで、年末の「ベートーヴェン交響曲一挙上演」の指揮を担っていることでも知られている。非常に熱心なファンを持つ一方で、アンチもまた多いことで有名。
レパートリーはそれほど広くなく、気に入った曲目を何度も取り上げるというところは朝比奈隆にも似ている。
第1回ブダペスト国際指揮者コンクールで優勝。小林は東京藝術大学を二度出ている(作曲科と指揮科。東京藝大は編入を認めていないため再入学している)ということで、指揮科を卒業した時にはそれなりの年。今はそうでもないが、当時の指揮者コンクールは、「応募出来るのは29歳まで」というところがほとんどで、小林は応募資格がなかったが、ブダペスト国際指揮者コンクールは「35歳まで」年齢制限が緩かったので、参加して優勝を勝ち得た。そうしてハンガリーの音楽好きに気に入られ、同国最高のオーケストラであるハンガリー国立交響楽団(現・ハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団)の音楽総監督を長年に渡って務めたほか、ヨーロッパ各地のオーケストラに招かれている。ネーデルランド・フィルハーモニー管弦楽団の常任客演指揮者を25年の長きに渡って務めているのも特筆事項である。
国内では日本フィルハーモニー交響楽団や京都市交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団などのシェフを務めており、特に日本フィルとは、渡邉暁雄亡き後の精神的支柱として長年に渡って称号を変えつつ共演を重ねてきた。


ウェーバーの歌劇「オベロン」序曲。小林は暗譜で指揮を行う。唸り声を上がるためか、マスクはしたままの指揮である。
東京に通っていた頃から何度もコンサートに接してきた日本フィル。当時は弦の弱さが顕著だったのだが、今は弦の音色も引き締まり、厚みがある上に表現力も高い。
ウェーバーは、保守的な作曲家であるが、その分、ドイツの伝統に則った音楽を生み出しており、重厚なロマンティシズムが耳に心地よい。


ブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番。
ヴァイオリン独奏の千住真理子は、千住三兄妹(画家の千住博、作曲家の千住明、ヴァイオリニストの千住真理子)の末っ子としてよく知られている。一時期、ヴァイオリンを続けることに疑問を感じ、音大には進まず、慶應女子高校から慶應義塾大学文学部に内部進学したが、普通の大学出身であるデメリットとして「お友達が出来ない」ことを挙げていた。大学卒業後に指揮者のジュゼッペ・シノーポリに認められ、ヨーロッパデビューを飾り、以後、国内外での活躍を続けている。


千住真理子は人気ヴァイオリニストであるが、これまで生で聴いた記憶がなく、CDも持っていないので、演奏を聴くこと自体、今回が初めてとなるかも知れない。
美音であるが「磨き抜かれた」音とは少し違い、渋さも兼ね備えている。スケールも大きすぎず小さすぎずで、楽曲の本質をよく捉えたヴァイオリンという印象を受ける。表現の幅も広めである。

小林は、オーケストラに正対するのではなく斜めにした指揮台の上で指揮を行う。以前、オリ・ムストネンが京都市交響楽団に客演した時に、ピアノを斜めにおいて弾き振りしているのを見たことがあるが、指揮台を斜めにおいてその上で指揮するというスタイルを目にするのは初めてである。この曲では総譜を見ながらの指揮。
日フィルからロマンティックな音を引き出していた。

千住のアンコール演奏曲目は、「アメイジング・グレイス」。祈りと愛に溢れつつ、切れもあるという演奏であった。


ベートーヴェンの交響曲第7番。小林はこの曲も暗譜で指揮する。
「炎のコバケン」という愛称からも分かるとおり、熱い演奏を行う小林研一郎にぴったりの曲だが、いたずらに情熱を振りかざすだけではなく、低弦を分厚く築いた強固なフォルム作りが印象的である。日本人はピラミッド型のバランス作りという発想自体を持っていないことが多いのだが、小林は海外での経験が長いためか、低弦をしっかり築いた演奏を行っている。
重低音が魅力の日本のオーケストラというと、大阪フィルハーモニー交響楽団が代表格であるが、大フィルでも、ここまで低弦を分厚くしたベートーヴェンを聴くことは滅多にない。


演奏終了後、小林はマイクを手にスピーチを行う(マスクはしたまま)。「京都は我々に大きな命を与えてくれる場所です」と語りだし、ローム・ミュージック・ファンデーションに大変お世話になっているという話をした。

アンコールはまず、小林のアンコール演目の定番である「ダニー・ボーイ(ロンドンデリーの歌)」。叙情味溢れる演奏である。

最後は、ベートーヴェンの交響曲第7番第4楽章より終結部。やや粗めの演奏であったが、会場を盛り上げた。


小林は最後に、「京響も素晴らしいんですが、日本フィルも。年に1回しか来られないものですから」と、「コバケン・ワールド in KYOTO」の年複数回開催の希望を語った。

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2021年4月 8日 (木)

コンサートの記(706) 「コバケン・ワールド in KYOTO」@ロームシアター京都メインホール 2021.4.4

2021年4月4日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後2時から、左京区岡崎のロームシアター京都メインホールで、「コバケン・ワールド in KYOTO」を聴く。指揮とお話を小林研一郎が受け持つコンサート。
本来は、今年の1月23日に行われるはずの公演だったのだが、東京も京都も緊急事態宣言下ということもあり、今日に順延となった。

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現在は桂冠名誉指揮者の称号を得ている小林研一郎と日本フィルハーモニー交響楽団のコンビによる演奏である。
「炎のコバケン」の名でも知られる小林研一郎は、京都市交響楽団の常任指揮者を務めていたことがあり、日フィルこと日本フィルハーモニー交響楽団もロームシアター京都が出来てからは毎年のように京都での公演を行っているが、親子コンサートなどが中心であり(来月5日の子どもの日にも、ロームシアター京都のサウスホールで、海老原光の指揮により「小学生からのクラシック・コンサート」を行う予定)、本格的な演奏会を行うのは今回が初めてとなる。コバケンと日フィルの顔合わせで京都公演を行うのは今回が初めてとなるようだ。

 

小林研一郎は、1940年生まれで、昨年卒寿を迎えた。福島県いわき市出身。東京藝術大学作曲科卒業後に同大指揮科を再受験。芸大は編入などを一切認めていないため、受験勉強をやり直して合格し、1年生から再スタートしている。その頃は指揮者コンクールの多くに29歳までと年齢制限があり、小林は年齢で引っかかったが、年齢制限が緩かったブダペスト国際指揮者コンクールに応募して第1位を獲得。その縁でハンガリーでの活動が増え、同国最高のポストであるハンガリー国立交響楽団(現・ハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団)の音楽監督としても活躍。チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の首席客演指揮者時代には、「プラハの春」音楽祭のオープニングである、スメタナの連作交響詩「我が祖国」の指揮も務めている。
日本では日本フィルハーモニー交響楽団と長年に渡ってパートナーを組み、首席指揮者、常任指揮者、音楽監督と肩書きを変え、2010年に名誉指揮者の称号を与えられている。1985年より京都市交響楽団常任指揮者を2年だけ務めた。最近はインスタグラムにはまっているようで、更新回数も多い。

日本フィルハーモニー交響楽団は、元々はフジサンケイグループの文化放送が創設したオーケストラであり、ドイツ本流の楽団を目指すNHK交響楽団に対抗する形でアメリカのオーケストラを範とするスタイルを採用。渡邉暁雄や小澤征爾をシェフとして、一時はN響と共に日本を代表する二大オーケストラと見なされていた時期もあったが、1972年にフジテレビと文化放送から一方的な資金打ち切りと解散を命じられる。この時、小澤征爾が日本芸術院賞受賞の際に昭和天皇に直訴を行い、右翼から睨まれるなど社会問題に発展している。結局、小澤とそれに従った楽団員が新日本フィルハーモニー交響楽団を創設し、残った日本フィルハーモニー交響楽団は「市民のためのオーケストラ」を標榜して、自主運営という形で再スタートを切った。
渡邉暁雄とは、世界初のステレオ録音による「シベリウス交響曲全集」と世界初のデジタル録音での「同全集」を作成するという快挙を成し遂げており、現在も首席指揮者にフィランド出身のピエタリ・インキネン(インキネンともシベリウス交響曲チクルスを行い、ライブ録音による全集がリリースされた)、客員首席指揮者にエストニア出身のネーメ・ヤルヴィ(ネーメともシベリウス交響曲チクルスを行っている)を頂くなど、シベリウスと北欧音楽の演奏に強さを発揮する。

そんな日フィルの京都における初の本格的な演奏会ということで、曲目には、グリーグの「ホルベルク組曲(ホルベアの時代から)」より第1曲“前奏曲”、グリーグのピアノ協奏曲イ短調(ピアノ独奏:田部京子)、グリーグの劇音楽「ペール・ギュント」より“朝”“オーゼの死”“アニトラの踊り”“山の魔王の宮殿にて”“ソルヴェイグの歌”、シベリウスの交響詩「フィンランディア」と北欧を代表する曲がずらりと並ぶ。初回ということで自分達の最も得意とする分野での勝負である。

今日のコンサートマスターは木野雅之(日本フィル・ソロ・コンサートマスター)、首席チェロが「ペール・ギュント」では活躍するということで、日本フィル・ソロ・チェロの菊池知也の名が無料パンフレットには記されている。

日本フィルは自主運営ということもあり、東京のオーケストラの中でも経済的基盤は弱い。今回のコロナ禍によって苦境に立っており、寄付を募っている。

 

グリーグの「ホルベルク組曲」より第1曲“前奏曲”は、指揮者なしでの演奏。弦楽合奏で演奏されることも多い曲だけに、整った仕上がりとなった。

その後、小林研一郎が登場。今日はマスクをしたままの指揮とトークである。「私が出遅れたというわけではありませんで、室内楽的な演奏を聴いて頂こう」というわけで指揮者なしでの演奏が行われたことを説明する。
その後で、コバケンさんは、京都市交響楽団常任指揮者時代の話を少しする。任期中に出雲路にある現在の練習場が出来たこと、また新しいホール(京都コンサートホール)を作る約束をしてくれたこと、京都会館第1ホールで行われた年末の第九コンサートの思い出などである。

 

田部京子を独奏に迎えてのグリーグのピアノ協奏曲イ短調。田部京子はこの曲を得意としており、私自身も田部が弾くグリーグの実演に接するのはおそらく3度目となるはずである。田部の独奏によるグリーグのピアノ協奏曲を初めて聴いた時も日本フィルとの共演で、東京芸術劇場コンサートホールでの演奏会だったと記憶している。

田部京子は、北海道室蘭市生まれ。東京藝術大学附属高校在学中に、日本音楽コンクールで優勝。ベルリン芸術大学に進み、数々のコンクールで優勝や入賞を重ねている。リリシズム溢れるピアノが持ち味で、グリーグなどの北欧作品の他に、シューマン、シューベルトを得意とし、シベリウスに影響を受けた作曲家である吉松隆の「プレアデス舞曲集」の初演者にも選ばれて、CDのリリースを続けている。

先に書いた通り、田部の弾くグリーグのピアノ協奏曲は何度も聴いているが、結晶化された透明度の高い音が最大の特徴である。国民楽派のグリーグの作品ということで、民族舞曲的側面を強調することも以前は多かったのだが、今回は控えめになっていた。
スケールも大きく、理想的な演奏が展開される。

今回は指揮台の前に譜面台は用意されておらず、小林は全曲暗譜での指揮となる。
ゲネラルパウゼを長めに取ったり、独特のタメの作り方などが個性的である。

田部のアンコール演奏は、シベリウスの「樹の組曲」より“樅の木”。田部はシャンドス・レーベルに「シベリウス ピアノ曲集」を録音しており、「樹の組曲」も含まれていて、現在ではナクソスのミュージック・ライブラリーでも聴くことが出来る。
透明感と憂いとロマンティシズムに溢れる曲と演奏であり、田部の長所が最大限に発揮されている。
シベリウスはヴァイオリンを自身の楽器とした作曲家で、ピアノも普通に弾けたがそれほど好んだわけではなく、残されたピアノ曲は全て依頼によって書かれたもので、自分から積極的に作曲したものはないとされる。ピアノ協奏曲やピアノ・ソナタなども手がけていない。ただ、こうした曲を聴くと、ピアノ曲ももっと聴かれても良いのではないかと思えてくる。

 

後半、グリーグの「ペール・ギュント」より。第1組曲に「ソルヴェイグの歌」(第2組曲に入っている)が足された形での演奏である。

演奏開始前に、小林はマイクを手にスピーチ。演奏だけではなく「ペール・ギュント」という作品のあらすじについても語りながら進めたいとのことで、出来れば1曲ごとに拍手をして欲しいと語る。

第1曲の「朝」は非常に有名な曲で、グリーグや「ペール・ギュント」に関する知識がない人でも一度は耳にしたことのある作品である。
この曲は、「モロッコ高原での朝について書かれたものですが、やはり作曲者の故郷の、氷が張った海に朝日が差し込むような、あるいは日本の光景でも良いのですが、そうしたものを思い浮かべて頂ければ」というようなことを語ってのスタートである。
ヘンリック・イプセンの「ペール・ギュント」は、レーゼドラマ(読む戯曲)として書かれたもので、イプセン自身は上演を念頭に置いていなかったのだが、「上演して欲しい」との要望を断り切れなくなり、ノルウェーを代表する作曲家になりつつあったグリーグの劇付随音楽ありならという条件の下で初演が行われ、一応の成功はしているが、その後はグリーグの曲ばかりが有名になっている。「ペール・ギュント」のテキストは、イプセン全集に収められていたり、単行本も出ていたりで、日本でも手に入れることは可能である。

「オーゼの死」について小林は、シンプルなメロディーで見事な効果を上げていることを褒め、「アニトラの踊り」の妖しさ、「山の魔王の宮殿にて」(3月で放送が終了した「ららら♪クラシック」のオープニングテーマであった)の毒についても語る。「ソルヴェイグの歌」は、ペール・ギュントの恋人であるソルヴェイグが、今どこにいるのか分からないペール・ギュントを思いながら歌う曲である。コバケンさんは、ペール・ギュントと共にソルヴェイグが死ぬ時の歌と説明していたが、厳密には誤りで、ペール・ギュントが息絶える時に歌われるのは「ソルヴェイグの子守歌」という別の歌で、ソルヴェイグ自身は死ぬことはない。

この曲でもゲネラルパウゼが長めに取られるなど、小林らしい個性が聴かれる。

 

シベリウスの交響詩「フィンランディア」の演奏前には、小林はステージ下手に置かれたピアノを弾きながら解説を行う。帝政ロシアの圧政のように響く冒頭は、小林の解釈によるとギロチンで処刑されるフィンランドの人々を描いたものだそうで、その後に悲しみのメロディーが流れ、やがて戦争が始まる。「フィンランド第2の国歌」として知られる部分を小林はテノールで歌った。

演奏も描写力に富んだもので、抒情美も見事であった。

 

アンコール演奏については、小林は、「よろしかったら2曲やらせて下さい」と先に言い、マスカーニの歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」より間奏曲と、ブラームスのハンガリー舞曲第5番が演奏される。
ブラームスのハンガリー舞曲第5番は、スローテンポで開始して一気に加速するというアゴーギクを用いた演奏で、ハンガリーのロマ音楽本来の個性を再現していた。

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2020年6月11日 (木)

配信公演 広上淳一指揮日本フィルハーモニー交響楽団ソーシャル・ディスタンス・アンサンブル 「日本フィル&サントリーホール とっておきアフタヌーン オンラインスペシャル」(文字のみ)

2020年6月10日 東京・溜池山王のサントリーホールからの配信

今日は、広上淳一指揮日本フィルハーモニー交響楽団ソーシャル・ディスタンス・アンサンブル(弦楽合奏)によるサントリーホールからの配信公演「日本フィル&サントリーホール とっておきアフタヌーン オンラインスペシャル」が午後2時からある。休憩なし、上演時間約1時間のコンサート。

e+でのストリーミング配信。事前にチケットを購入し、メールで送られてきたURLで配信画面に飛んで視聴するというシステムである。

今日はテレワークなので、画面を見ながらはまずいが、音を聴きながら仕事は出来るため、午後2時からまず音だけを聴き、その後、アーカイブの映像を確認することにする。配信画像視聴には2種類の券があり、安い方は11日の午後2時まで映像を観ることが出来る。高い券だと比較的長い期間観られるのだが、私は安い券を買う。ちなみにアーカイブ映像視聴のためだけの券もある。


配信公演ということで、事前のアナウンスもホールに流れるが、いつもとは違ったものになっている。


今日の日本フィルハーモニー交響楽団は、ソーシャル・ディスタンス・アンサンブルという名で弦楽のみの編成、それも奏者間を広く空けての演奏である。コンサートマスターは田野倉雅秋。握手などが難しいというので、広上と田野倉は、何度もエアーハイタッチを行う。
管楽器は飛沫感染の危険性の高さを現時点では否定出来ないため、全ての楽器が揃っての演奏はまだ先になるかも知れない。


曲目は、グリーグの「ホルベアの時代から(ホルベルク組曲)」より第1曲“前奏曲”、エルガーの「愛の挨拶」(ヴァイオリン独奏:田野倉雅秋)、ドヴォルザークの「ユーモレスク」(弦楽合奏版)、チャイコフスキーの「弦楽セレナード」

広上淳一はマスクをしての指揮。司会進行役である音楽ライターの高坂はる香もマスクを付けて登場し、コンサートマスターの田野倉雅秋もトークの際はマスクを装着していた。


距離感を空けての演奏であり、通常のプルトでの合奏ではない。フォアシュピーラーは存在せず、その他の楽器も首席が一人だけ前に出て弾き、すぐ横に人がいないよう配慮しての演奏となる。

ということでアンサンブルとして万全とはいかないかも知れないが、久しぶりに日本のオーケストラの演奏を配信で聴けるということで嬉しくなる。


グリーグの「ホルベアの時代から(ホルベルク組曲)」より第1曲“前奏曲”はスプリングの効いた演奏で、躍動感と推進力に富む。日フィルは昔から音の洗練度に関しては東京の他のオーケストラに比べると不足しがちであり、今後も課題となってくるだろう。

演奏終了後に広上と高坂とのトーク。高坂が日本フィルハーモニー交響楽団が演奏を行うのは3ヶ月半ぶり、サントリーホールで演奏会が行われることも約2ヶ月ぶりだと説明。広上は、「ホールがもし言葉を喋ることが出来たら、『久しぶり、よく来たね!』と喜んでくれるだろう」と語る。
「ホルベアの時代から」に関して広上は、ホルベアというのはノルウェー文学の父とも呼ばれる人物で、グリーグにとってはベルゲンの街の先輩でもあった。この曲は元々はピアノ曲で、ヴァイオリンとピアノのための編曲が行われたり、歌詞が付けられて歌曲になったこともあったが、現在では弦楽合奏曲として知られていると語る。


「愛の挨拶」は、エルガーが奥さんとなるキャロラインに求婚した時に送った曲で、広上はキャロライン夫人の内助の功を、「今の大河(広上がメインテーマを指揮している「麒麟がくる」)でいうと、帰蝶のような、お濃さんのような」と例える(エルガーは遅咲きの作曲家である)。

「愛の挨拶」は、田野倉雅秋のヴァイオリンソロと弦楽アンサンブルの伴奏による演奏。少し速めのテンポを取り、愛らしさよりも流麗さを重視する。日本人なのでチャーミングな演奏は照れくさいということもあるのだろう。


ドヴォルザークの「ユーモレスク」は、クライスラー編曲によるヴァイオリンとピアノのデュオ版でも有名だが、今回はソリストを置かずに弦楽合奏版での演奏を行う。ユーモラスな曲想が広上の音楽性にも合っている。
トークで広上は、「ドヴォルザーク先生はヴィオラが得意、ヴィオラ奏者だった。ピアノはあんまり好きじゃなかった」と語るが、ロベルト・シューマンの影響でピアノ組曲を書こうと思い立ち、その7曲目が「ユーモレスク」で、様々な編曲による演奏で親しまれていると語る。


チャイコフスキーの「弦楽セレナード」。西欧ではロマン派全盛の時代となっており、装飾の多い雄弁な音楽が流行っていたが、遙か東方のロシアにいたチャイコフスキーはそれに疑問を感じ、モーツァルトを範とした「虚飾を排し、本質を突く」という意気込みで書いたのがこの「弦楽セレナード」だと語る。実際にパトロンであったフォン・メック夫人にそうした内容の手紙を送っているそうだ。

通常の「弦楽セレナード」よりも小さめの編成での演奏ということもあって、「虚飾を排し、本質を突く」というチャイコフスキーの意図がより鮮明になっているように感じられる。アレクサンドル・ラザレフやピエタリ・インキネンに鍛えられて性能が向上した日フィルであるが、更なる典雅さと優美さも欲しくなる。ただ広上の巧みな棒捌きに導かれて、フル編成でないにも関わらずスケールの豊かさとシャープさを兼ね備えた演奏で聴かせた。


アンコール演奏の前に広上は、「文化はAIやITのような科学文明の進歩とは違った、心を解き明かすもの」と語り、学校教育においては文化が大上段から語られるため誤解されやすいが、人間を人間たらしめている「心」を大切にし、描くものとしてその重要性を説いた。


アンコール演奏は、シベリウスの「アンダンテ・フェスティーヴォ(祝祭アンダンテ)」(弦楽合奏版)。広上は、日本フィルハーモニー交響楽団の初代常任指揮者で、現在も創立指揮者として頌えられている渡邉暁雄(わたなべ・あけお)が得意としたのがシベリウスだと語り、日フィルの創立記念日が渡邉暁雄の命日(6月22日)であるという因縁も述べる。

音楽が出来るという喜びと、ここから新しい演奏史が始まるのだという高揚感溢れる熱い演奏であった。

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2013年7月 9日 (火)

河村尚子(ピアノ) アレクサンドル・ラザレフ指揮日本フィルハーモニー交響楽団 ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番第1楽章 長崎ブリックホールにて

河村尚子公認による動画です。お楽しみ下さい。

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