コンサートの記(858) ROHM CLASSIC SPECIAL「コバケン・ワールド in KYOTO」Vol.4
2024年9月28日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて
午後2時から、左京区岡崎のロームシアター京都メインホールで、ROHM CLASSIC SPECIAL「コバケン・ワールド in KYOTO」Vol.4を聴く。
炎のコバケンこと小林研一郎が日本フィルハーモニー交響楽団を指揮して行う「コバケン・ワールド」の京都公演4回目。日本フィルハーモニー交響楽団はロームシアター京都で定期的に演奏会を行っており、この「コバケン・ワールド」で今年3回目の演奏会となる。
1940年生まれの小林研一郎。84歳となった今年は、東京ドームで行われた読売巨人軍対広島カープの公式戦前の国歌演奏の指揮と、始球式を行っている。
東京藝術大学作曲科および指揮科卒業。藝大の作曲科時代は、「前衛でなければ音楽ではない」という教育に嫌気が差し、卒業はしたが指揮科に再入学している。今は藝大の入試は、国語と英語と実技のはずだが、当時は地歴も課されたようで、「日本史を勉強し直した」と語っている。
年齢制限に引っかかり、指揮者コンクールに参加出来ないことが多かったが、第1回ブダペスト国際指揮者コンクールは年齢制限が緩かったため受けることが可能で、見事1位を獲得。以後、ハンガリー国内での仕事も増え、ハンガリー国立交響楽団(現・ハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団)の常任指揮者を長きに渡って務めた。私が初めて聴いた小林指揮のコンサートも、東京国際フォーラムホールCでのハンガリー国立交響楽団の来日演奏会であった(メインは幻想交響曲。東京国際フォーラムホールCは音響が悪いので、演奏終了後、小林が、「ホールの関係だと思いますが、皆さんの拍手が小さいのです」と語っていた)。ネーデルランド・フィルハーモニー管弦楽団の常任客演指揮者、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の首席客演指揮者も務め、チェコ・フィル時代には「プラハの春」コンサートのオープニング演奏会、スメタナの連作交響詩「わが祖国」の指揮も行っている(リハーサル初日にチェコ・フィルの面々と喧嘩になったことが、「エンター・ザ・ミュージック」で明かされた)。
国内では日本フィルハーモニー交響楽団を指揮する機会が多く、常任指揮者などを経て、現在は桂冠名誉指揮者の称号を得ている。その他に、群馬交響楽団と名古屋フィルハーモニー交響楽団の桂冠指揮者、読売日本交響楽団の名誉指揮者、九州交響楽団の名誉客演指揮者の称号を保持。ロームミュージックファンデーションの評議員でもある。
京都市交響楽団の常任指揮者を2年務めており、出雲路の練習場と京都コンサートホールは小林の要望により、計画が進められている。
曲目は、スッペの喜歌劇「軽騎兵」序曲、エルガーの「愛の挨拶」(ヴァイオリン独奏:髙木凜々子)、サラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」と「カルメン幻想曲」(ヴァイオリン独奏はいずれも髙木凜々子)、ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」
今日のコンサートマスターは日フィル・ソロ・コンサートマスターの扇谷泰朋(おうぎたに・やすとも)。ソロ・チェロに菊地知也の名がクレジットされている。
ドイツ式の現代配置での演奏。
スッペの喜歌劇「軽騎兵」序曲。20世紀には通俗名曲の一曲としてよく知られていたのだが、最近は録音でも実演でも接する機会が少ない。
小林研一郎は譜面台を置かず、暗譜での指揮。
最初のトランペットソロと続くホルン・ソロは奏者を立たせて演奏させた。
今日はロームシアター京都メインホールのレフトサイド、ハイチェア席で聴いたのだが、音の通りが良く、輪郭もクッキリと聞こえる。座っていて疲れるが、音は良い席であった。
金管は精度が今ひとつであったが、マスとしての響きは充実しており、軽快な演奏に仕上がっていた。小林は指揮をやめてオーケストラに任せるところがあった。
エルガーの「愛の挨拶」(弦楽伴奏版)、サラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」と「カルメン幻想曲」では、髙木凜々子(たかぎ・りりこ)がヴァイオリンソロを務める。
髙木凜々子は、東京藝術大学在学中にブダペストのバルトーク国際コンクールで第2位および聴衆賞を獲得。藝大卒業後に、シュロモ・ミンツ国際コンクール第3位、東京音楽コンクール第2位および聴衆賞、日本音楽コンクール第3位及びE・ナカミチ賞を受賞している。自身のYouTubeチャンネルに数多くの演奏動画をアップしているほか、パシフィックフィルハーモニア東京のアーティスティックパートナーソロとしても活躍している。
連続ドラマ「リバーサルオーケストラ」では、主演の門脇麦のヴァイオリンソロを当てたことで話題になっているが、このことは経歴には書かれていない。
この3曲では、小林研一郎はステージ正面上方から見て\のように斜めになった指揮台の上で指揮した。
髙木凜々子の演奏を聴くのは初めてだと思われる。
緋色のドレスで登場した髙木。かなりの腕利きだと思われるが、技術をひけらかすタイプではなく、的確に音の芯を狙っていくような演奏を行う演奏家である。
エルガーの「愛の挨拶」では、磨き抜かれた音が美しく、歌い方も優しい。
ヴァイオリンの独奏を伴う曲としては最も有名な部類に入る、サラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」。ロマの音楽を意識した曲ということもあり、髙木も荒めの音で入るなど、曲調の描き分けが的確である。左手ピッチカートにコル・レーニョ奏法が加わるなど、難度のかなり高い曲だが、メカニックも申し分ない。
「カルメン幻想曲」も勢いの良い美演。なお、「ハバネラ」演奏後に拍手が起こったため、髙木も小林も動きを完全に止めて拍手が収まるのを待った。
「ツィゴイネルワイゼン」でも「カルメン幻想曲」でも終盤に急激なアッチェレランドを採用。スリリングな演奏となった。
演奏終了後、髙木と小林がステージ上で話し合い、アンコール演奏を行うことに決める。髙木は、「J・S・バッハ、無伴奏ヴァイオリン・パルティータより“サラバンド”を演奏します」と言って演奏開始。典雅な演奏であった。なお、高木はYouTubeにこの曲の演奏をアップしており、聴くことが出来る。
ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」。演奏前に、小林はマイクを手に、「皆さんと交流したいと思いまして」と語り始める。「来年も再来年も京都で演奏を行いたい」と抱負を語った後で、「曲の解説を行います」ということで、実際に日フィルに演奏して貰いながら、聴き所を語る。まず冒頭の運命主題(運命動機)。小林は「ヤパパパーン」と歌ってから、日フィルを指揮して運命主題を演奏。「これが世界で最も有名な運命主題であります」と語る。第2楽章の冒頭を「祈り」と解釈して演奏した後で、第3楽章の冒頭から運命動機の登場までを演奏。
最後は、第4楽章冒頭を2度演奏する。まず、「皆様の耳を聾するような(ママ)」全体での合奏。続いて、管楽器のみによる冒頭の演奏を行った。
小林研一郎の指揮なのでモダンスタイルによる演奏を予想していたのだが、実際は弦楽のノンビブラートなどピリオドの部分も少し入れている。
また、これまで聴いたことのない奏法や異なる響きがある。小林はこの曲も譜面台を置かず暗譜で指揮したが、おそらくブライトコプフ新版の楽譜を用いての演奏だと思われる。
ブライトコプフ新版は貸与のみのはずなので、一般人がスコアリーディングすることは難しい。
まず第1楽章でコントラバスがコル・レーニョのような奏法を行った上で弓を胴体に当てる音を出す。更にホルンが浮かび上がる。オーボエのソロもベルアップで吹く(演奏開始前に、日フィルのスタッフがオーボエ奏者の女性と話し合い、オーボエ奏者の女性が周りの奏者とも話す様が見られたが、このベルアップのことだったのだろうか)。
第4楽章でピッコロが浮かび上がる場所もベーレンライター版とは異なるため、やはりブライトコプフ新版の可能性が高いと見た。
演奏は、スマートさの方が勝っている。炎の指揮者と呼ばれるが、いたずらに熱い演奏を行う訳ではない。音も84歳の指揮者が引き出したものとは思えないほど若々しく、音が息づいている。冒頭は小さく2度振ってから始まるのだが、弦楽のフライングがあったのが残念である。
日フィルも以前はあっさりとした演奏が特徴だったのだが、今日は密度の高い音を聴かせてくれた。第4楽章に入るところで小林は客席を振り返るかのように左手を大きく掲げて外連を見せていた。
なお、本編終了後のみスマホでのステージ撮影が可となっている。
小林はマイクを手に、「皆様のブラボー、拍手、声などが励みになります。反応がないと音楽は成り立ちません」と語り、「またお越し下さい」と述べた後で、「日フィルの方々が最も得意とされている曲があります。『ダニー・ボーイ』」とアンコール演奏曲目をアナウンスして演奏に入る。小林のアンコール演奏の定番でもある「ダニー・ボーイ(ロンドンデリーの歌)」。しっとりとした愛に溢れた演奏を行った。
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