カテゴリー「アップリンク京都」の16件の記事

2025年12月22日 (月)

これまでに観た映画より(417) ドキュメンタリー映画「Voices from GAZA ガザからの声 Episode2 ミュージシャン・アハマドのメッセージ」

2025年12月17日 烏丸御池のアップリンク京都にて

烏丸御池のアップリンク京都で、ドキュメンタリー映画「Voices from GAZA ガザからの声 Episode2 ミュージシャン・アハマドのメッセージ」を観る。Episode1の主人公の名もアハマドであり、アラブ系の男性は同じファーストネームの人がかなり多いようである。イスラム教の聖人から取るケースが多いからだと思われる。西欧やアメリカもキリスト教の聖人の名前から取ることが多いので、ファーストネームの種類は多くない。彼らが、苗字も名前も膨大にあるという日本の事情を知ったら驚くだろう。更に日本の場合は、キラキラネームであるかどうかに関わらず新たな名前が生まれて増えていく。おそらく日本は名前に関しては世界一バリエーションに富む国だろう。

監督:ムハンマド・サウワーフ。ガザ地区の映像制作会社、アレフ(アルファ)マルチメディアとアップリンクの共同制作。

今回は、2025年7月12日に、ガザ市の無名戦士公園の避難民キャンプで撮影が行われている。この時はまだ停戦中であるが、ドローンからの空襲があったそうで油断出来ない状況である。前回、ガザ・イスラーム大学の跡地に作られた避難民キャンプで撮影が行われていたが、今回も「イスラーム大学が空襲された」という話が出てくる。ガザ・イスラーム大学のことだと思われる。通常は、大学は爆撃しても、攻撃する側も大して意味がないし、攻撃される側も大学は死守しなければいけない施設でもない。夜は誰もいないし、教室と食堂とその他、体育館やスポーツ施設、講堂など、攻撃しても相手にダメージは与えられない。それでも空襲したのは、ガザ・イスラーム大学がハマス指導者の母校だからだと思われる。腹いせにだろう。

 

今回、収録が行われた無名戦士公園の避難民キャンプはガザ市の西部にある。周辺は瓦礫の山だが、比較的高めのビルなどはあちこち撃たれているものの崩れていなかった。頑丈であるということも考えられるが、おそらく襲撃対象として後回しになったのだろう。ビルは見た目から判断するに企業のオフィスビルで、夜間に襲撃しても中には誰もいない。それよりは、人々が住む低い住宅を攻撃して打撃を与えようとしたのだと思われる。一般市民を標的にすることはあってはならないことだが、少なくとも第二次大戦以降は軍属よりも市民が犠牲になるケースが多い。

今回の主人公は、ミュージシャンのアハマド・アブ=アムシャ。5人の子を持つ父親でもある。これまで空襲に遭うこと12回、住居は3度変わって今は避難民キャンプにいる。家を3つほど持っていると取れるような発言をしているが、金持ちでないことは確かであるため、親族の家か何かだろうか? パレスチナの住宅事情については知識がないのでよく分からない。
元々いた住居が空襲で焼かれ、音楽スタジオに避難しようと思ったが、そこもグチャグチャになっており、避難民キャンプにも入れて貰えなかったが、端の方にテントを張ることが出来たそうだ。
アハマドは、イスラエルがガザ地区を攻撃するまでは、生活が出来る位の金を音楽で稼いでいた。彼はギターの弾き語りをする。だがガザ地区が攻撃されて、演奏活動などが出来なくなった。
それでもアハマドは、音楽をしている時だけは現実を忘れることが出来るため、音楽の効用を説く。避難所でも人々に楽器(ヴァイオリンやギター、民族楽器など)を教え、新しい曲を作詞・作曲する。少年がパレスチナの誇りを歌ったりする。
音楽が持つ力が描かれるが、同時に、怖ろしさも同居しているように思う。
大阪のザ・シンフォニーホールでプロムスのコンサートが行われ、トーマス・ダウスゴー指揮BBCスコティッシュ交響楽団の演奏で、エルガーの「威風堂々」第1番が演奏され、「英国第2の国歌」と言われる中間部に詞が書かれたものを歌ったのだが、イギリス人でも何でもないのに気分が異様に興奮した。爽快だったが危険だとも思った。音楽には我を忘れさせる作用がある。アドルフ・ヒトラーは子どもの頃からのオペラマニアだった。音楽にどんな効果があるのか熟知していただろう。

基本的に、現地で撮影されたものを編集しただけであり、起伏はないので、ドキュメンタリーとしての面白さは求められない作品であるが、ガザの人々の生の声が聴ける稀少性を持つ。

最後にチラシに書かれたアハマドのメッセージ
「戦争の中でも歌い続ける これは一種の抵抗だ。歌い 教え 奏でることでほんの一瞬でも戦争の空気から俺たちを引き離してくれる。世界中の芸術家たちへ僕からのメッセージ 不正義に沈黙することは加担だ」

その後、再びイスラエルによる空爆が再開された。ガザ市にいることはもう出来ない。今、彼らはどうしているのだろう。

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2025年10月21日 (火)

これまでに観た映画より(408) ドキュメンタリー映画「Voices from GAZA ガザからの声 Episode:1 アハマドの物語」

2025年10月8日 烏丸御池のアップリンク京都にて

烏丸御池、新風館の地下にあるアップリンク京都で、ドキュメンタリー映画「Voices from GAZA ガザからの声 Episode:1 アハマドの物語」を観る。2025年5月21日に、ガザ市のガザ・イスラーム大学避難民キャンプ周辺で撮影された映像。制作資金はアップリンクが出し、撮影や編集はガザのアレフ・マルチメディアが担当している。監督はムハンマド・サウワーフ。

ガザ・イスラーム大学避難民キャンプとあるが、映像に大学のキャンパスらしきものは映らない。ガザ・イスラーム大学は、ハマス党首の母校であるため、2023年に空襲を受けている、おそらく憎き敵が出た大学だけに徹底的に破却され、跡地が避難民キャンプになっているのだと推測される。
周辺であるが、立派なビルが残っている一方で、ひしゃげた建物も多く、「半分破壊された」と語られる建物などもある。
避難民キャンプ住民の多くは、イスラエルのガザ地区北部攻撃宣言を受けて一度は南部に逃れたが、停戦状態となったのでガザ市に戻ってきているようだ。
主人公であるアハマドは、双子の兄弟の一人として育ち、共に7歳から体操を始めてガザ・サーカスに入り、バック転などのアクロバット技を得意としていた。アハマドにとって同じ日に生まれた兄弟のムハンマドはかけがえのない存在だった。
しかし、今年の3月。イスラエルが再びガザを攻撃すると宣言。アハマドの一家は逃げる用意をして、自転車に乗ったが、ムハンマドや叔父などはミサイルの直撃を受けて死亡。アハマドも両足と右手の指4本を失った。

今はまた停戦状態だが、上空をイスラエル軍のドローンが飛んでおり、蝿のような耳障りな音に、アハマドの母親は「夜も寝られない」と嘆いている。なお、アハマドの母親は、ドナルド・トランプ米国大統領の「ガザから原住民を一掃する」という宣言に、「家も建てたばかりだし」と反発している。アハマドは一時は亡命も考えたがトランプの発言により逆に反骨心をくすぐられたようで、ガザに残る気になった。いずれ義足が手に入ったらまた体操を始めるつもりだというアハマド。そして、義足で技が出来たら今度は義足なしで挑みたいと夢を語る。彼らは避難民だが、人生を諦めたわけではない。それどころか希望に燃えている。アハマドの弟であるクサイも連続バック転が得意で、いずれは兄と一緒に演技したいと思っているのだろう。
アハマドは車椅子に乗って外出。ガザの人々もiPhoneを使っていたり、アイスクリームを食べたりと、凪の時間をそれなりに楽しんでいるようである。

 

今日は私の他に観客はもう一人いるだけ。18時50分上映開始という観やすい時間だっただけに惜しまれる。

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2025年10月 6日 (月)

これまでに観た映画より(403) 「Voice from GAZA ガザからの声 Episode:Now」

2025年10月3日 烏丸御池のアップリンク京都にて

烏丸御池、新風館地下のアップリンク京都で、「Voice from GAZA ガザからの声 Episode:Now」を観る。アップリンク代表の浅井隆によるアフタートーク付きでの上映。

「Voice of GAZA ガザからの声」は、アップリンクとガザ地区の映像会社との共同制作として今年に入ってから始まったドキュメンタリーによる政策作品で、映像を通してイスラエルのネタニヤフ政権を国際的に孤立させることで終戦に持ち込もうという狙いがあるようだ。今日のアフタートークは、アップリンク京都と東京都武蔵野市のアップリンク吉祥寺をネットで繋いで行われた。

イスラエルが、ガザ地区への本格攻撃を開始してから2年近くが経つが、それ以前からイスラエルとガザの関係はくすぶり続けてきた。だが、イスラム教原理派のハマスがガザ地区を制圧してからは、イスラエルも一気に態度を硬化させ、ガザのパレスチナ人掃討を狙い始める。
「ガザ地区の北部を攻撃するので住民は南部に移動するように」との突然の要求。そんなことに急に対応出来るはずがないのを承知で、一応は人道的措置をとったように見せかけるという本来の意味での姑息なやり方であった。

「ガザからの声」は、まず、今年の春に「Episode1」が撮られ、イスラエル軍の攻撃により手や足を失いながらそれでもスポーツ選手になりたいと夢見る少年が主人公。「Episode2」はガザ地区で音楽を教える男性の複雑な心境を描いたものだったという。再上映される予定のようだ。

戦争ものというと、軍人の英雄視と悲劇、住民の日常と惨劇などがよく描かれるが、戦時中ではあっても我々のように日常的に好きなものに打ち込んだり、夢や希望を描く人がいる。世界が小さくなり、ガザ地区と日本とで共同でのドキュメンタリー映画が制作出来るようになったから分かることも多く、我々は多くのものを見逃してきたのかも知れないと、今日のドキュメンタリー映画を観て思った。

本来は、「家族」をテーマにした「Episode3」として公開する予定だったが、10月の頭から再びイスラエル軍が軍事行為を活発化させており、ガザ地区の北部に「北部の残る者は容赦なく殺害する」と書かれた紙を空から大量にばらまき、またカッシ国防相が「ガザ市に残る者は全員ハマスのテロリストと見なす」という事実上の皆殺し宣言を行った。民間人は南部のハーンユーニス市に集まるよう指示されており、狭いところに追い込んで一気に殲滅という手は見えているのだが、今すぐ殺されないようにするためには向かう以外の選択肢はなく、何らかの助けの手が差し伸べられるのを待つしかない。
なお、パレスチナ住民には「パレスチナは今のままアラブ人のための土地にするよ」、ユダヤ人には「パレスチナの古代イスラエル王国とユダ王国があった場所に、ユダヤ人のための国を建国するよ」と二枚舌外交を行った真の悪玉であるイギリスは、パレスチナ自治州を国家と承認。フランスも追従した。
一方でユダヤが強い力を持つアメリカ(元々はWASP一強だったが、経済面でそれらを十八番とするユダヤ人が台頭。ナチスドイツがユダヤ人の迫害を始めてからは、ナチス勢力下にいた多くの有能なユダヤ人ビジネスマンや経営者がアメリカに亡命。世界一の経済大国の座を揺るぎないものにしている)はイスラエル支持。バラク・オバマ元大統領もXで「イスラエル人大量虐殺を行ったハマスが悪い」とかなり強い口調で批難のポストを行っている。
アメリカに守って貰っている立場の日本はこういう時には弱く、アメリカに従うしかないということで属国 であることを自ら現している。

多くの車が海沿いの道を北から南へと走っている。北爆(と書くとベトナム戦争のようなので北部攻撃と書くべきか)が予告されたため、南部の都市へと一家総出で脱出の最中なのだ。だが、道は狭く、北へ向かう車もいるため遅々として進まない。

そんな中、とある一家は車道の傍ら、海沿いの場所にテントを張ってそこで暮らすことに決める。日本と違い、ガザ地区の家は子だくさんであることが多い。隣にもテントがあったが、そこの住人も子ども達もすぐに彼らを受け入れている。アラブ人同士ならこんなにもスムーズなのだ。

子ども数人に対するインタビュー映像もあるが、みな、北部に住んでいて家を失い、ひどい人になると何度も何度も住む場所を焼かれたそうだが、それでも次の場所で元気に生きようと目をキラキラさせている。先進国の人達よりもこうした面では逞しい人が多いような気がする。

水であるが、海から調達する。「塩分を蒸発させなければいけないのでは?」、「濾過しないと飲めないのでは?」と思うが、普通に飲んで調理に使っている。地中海なので、太平洋や日本海、瀬戸内海などの日本の海とは塩分濃度が異なるのかも知れない。この辺はよく分からない。
土を掘っている、もう若くはない男性がいるが、そこに埋まっているビニール袋などをエネルギー資源に用いているそうだ。

目を輝かせて遊ぶ子どもたちや、父と幼い娘の姿を見ていると、ただ単に「ガザ地区攻撃反対!」や「SAVE GAZA」を表明するよりも、誰のため何のために支援をどうやって行うかが至上命題であることが明白になる。そしてそれらは、「自分のための正義」ではない。2025年10月3日を生きている意味がクッキリと形をなし、時代と共に在ることが実感される。

こういうことをトークの時間に言えると良かったのだが、目立つのが嫌なので言えなかった。

今日は編集が十分でなく、字幕も一部しか出なかったということもあって、料金は1500円均一であったが、完成したものを10月下旬に公開する予定であること、「Episode1」と「Episode2」も再上映が決まっていること、売り上げは全てこれからの「ガザからの声」の制作費(ガザ地区の制作責任者はムハンマド監督)に回すことなどが発表された。

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2025年5月19日 (月)

これまでに観た映画より(386) 瀧内公美一人芝居映画「奇麗な、悪」(2度観ての感想)

2025年3月3日 イオンシネマ京都桂川にて

午後9時から、イオンシネマ京都桂川で、日本映画「奇麗な、悪」を観る。主演・出演:瀧内公美。瀧内公美のみが出演するという一人芝居映画である。原作:中村文則「火」。脚本・監督:奥山和由。音楽は加藤万里奈の吹く口笛のみで、それも流れている時間は比較的短い。上映時間78分の中編。後藤又兵衛の「真実」という絵画が象徴的に用いられている。企画協力:桃井かおり。
芸術性の高い映画ということで、京都で上映が行われているのは現在、イオンシネマ京都桂川とアップリンク京都だけ。それも午前中の上映とレイトショーのみである。土曜日に「オイディプス王」を観た帰りに観ようかと思ったのだが、その日は終映時間23時20分ということで終電に間に合わないため、今日に回した。
奥山和由が映画監督を務めるのは「RAMPO」以来、約30年ぶりとなる。

人が行き交う繁華街の坂道。人目を引く女性がこの坂を上ってくる。瀧内公美が演じるこの女性の名が明かされることはない。横浜の外国人墓地に沿った歩道に移り、女性は山手十番館へと入っていく。正確に書くとレストランである山手十番館は主に外観がロケ地となっているだけで、山手十番館に入ったという設定ではない。山手十番館がロケ地となっているのは、精神科のクリニックのようだが、施錠されている。そしてその後、残された書類で院長の急逝によりすでに閉院していることが分かる。カウンセリング診療所が併設されていたが、そこも閉じたようだ。内装は普通の洋館で、病院には見えないのだが、病院であった痕跡は残っている。元病院の内部はセットで撮影されていると思われる(山手十番館には入ったことはないが、写真などを見ると階段などは似ているので、休業日などに撮影した可能性もある。撮影は2日ほどと短期だったようだ)。公式発表では「舞台は横浜」となっている。
坂を上がるシーンでの瀧内公美を見て、「中国の山口百恵」ことコン・リー(巩俐)に似ているように思われたのだが、コン・リーは山口百恵に似ていても、瀧内公美は山口百恵には全く似ていないのが面白い。

字幕がいくつか出るが、「すべてを話してください。治療になりません。すべてをです」という字幕により、精神科でのカウンセリング(というよりも「暴露療法」だろうか)が行われることが分かる。瀧内公美が一人で語り続け、長回しの手法が取られるという演劇的映画だが、終盤に入るとカット割りが多くなり、瀧内の髪型がクルクル変わるなど、時間が飛んでいるか、時系列がシャッフリングされているか、あるいは現実と虚構が交錯しているかのどれかという展開になる。

瀧内公美が演じる女性は、「火」の話から始める。子どもの頃に家のカーテンに人つけて全焼させたことがあった。両親は亡くなった。「申し訳なく思っている」という女性だが、その後、その発言を撤回する。タイトルの「奇麗な、悪」とは、具体的にはカーテンから燃え広がった火のことだ。両親を亡くした女性は、施設に入り、中学を経て高校に入るが2年の時に中退。工場の事務員となった。その後、Rという色男と恋仲になった女性だが、Rは違法薬物の使用で逮捕される。女性も疑われるがシロであった。その後、ある男性の子を妊娠し、結婚することになる。生まれた子は女の子だった。これが21歳の時。女性は夫の両親と暮らすことになるが、夫が不倫していることを知り、ちょっとした復讐をしたということもあって別れてクラブを転々とするようになる。同僚は皆、女性より若く、輝かしく、クラブで働くには若くない女性は見下されたりもした。これが26歳の時。28歳の時にクラブ勤めを辞め、売春婦となる。その頃にTという「恐ろしい」男と出会って付き合うようになった。女性は「SMではない」と言うが、Tは明らかにサディスティックな傾向があり、女性を裸にして縛り上げ、写真を撮るという性的指向を持つ。同情したと思われる医師を女性はにやりと笑い、医師の考えが外れていることを示す(ここは瀧内公美のアドリブらしい)。一方、Sという男とも出会った。映画の冒頭に「Aに捧ぐ」との字幕が出て、このAが誰なのかは分からないが、これまで出てきたアルファベットを繋ぐと「ARTS」となる。
中学生になった娘が、女性にお金をせびりに来る。不良になった訳ではなく、中学生らしい額のお小遣いを貰いに来ていたのだ。女性の現在の正確な年齢は不明だが、21歳の時に生んだ子どもが現在中学生ということで、瀧内公美同様、三十代半ばと推測される。
しかしTが女性の娘に目をつけた。一方、女性はSと刃傷沙汰になり……。

瀧内公美の語りによってのみ物語が進行していく。女性には精神科医の姿が見えているようなのだが、当然ながら閉院した病院には誰もいない。精神科医とは面識があるので、今日初めてここに来たのではなく、何度か通院したことがあるようなのだが、どういった病状で精神科を受診したのかは定かではない。

最終的には、女性が話したことが全て嘘である可能性が示唆されるのだが、この映画が「ARTS」つまり芸術のための芸術であるということが同時に明かされているようでもある。

「わたしは、生きていても、いいでしょうか」という字幕が出るが、ラストシーンで冒頭と同じ坂を上る女性の顔は自信に満ちており、このまま生きていくことを決めたように見える。

語られるストーリーに目新しいものはないが、瀧内公美の比較的淡々とした語りにより、情景が見えるような展開となっている。瀧内演じる女性は口を余り開けずに話すが、ラストでは口を開いて話すことで声音が変わり、効果的であった。

奥山和由は、「RAMPO」でも同様の作風を示しており、良くも悪くも変わっていない。「RAMPO」は、奥山が松竹のプロデューサーだった時代に制作した、江戸川乱歩を主人公にした映画で、江戸川乱歩を竹中直人が、ヒロインを羽田美智子が演じているのだが、黛りんたろうが監督した映画の出来に奥山が納得せず、奥山自身が監督して約7割を取り直し、奥山バージョンと黛バージョンが同時に公開されるという事件になっている。ちなみに私はロードショー時に両方を観ている。奥山和由は、黛りんたろうが監督した「RAMPO」のラストが後ろ向きに見えたということで、自らのバージョンを作り上げたのだが、内容も大きく異なり、特に平幹二朗演じる大河原侯爵の性的指向が黛バージョンではM、奥山バージョンではSと真逆になっている。裸の女性を縛って写真を撮るというシーンは、奥山バージョンの「RAMPO」にもあったはずである。「奇麗な、悪」でも、明らかにSの傾向のある人物が登場しており(原作にも出てくるが)サディスティックな美学があるようだ。

瀧内公美のそこはかとなく漂う色気、狂気があるのかないのか微妙な佇まい、そしてラストの表情がとても良い。

語られたことが全て嘘の可能性があり、女性の正体は最後まで明かされないのだが、元女医、つまり精神科クリニックに勤務する医師だった可能性はゼロではないように思う。施錠されているのに入れる場所からあっさり中に入っているためだ。院長以外にも医師のいる精神科は珍しくない。
残された精神科医の手紙の手書きの文字も女性の筆跡に見えなくもない。「精神科医」という肩書きからは自然に男性を思い浮かべてしまいがちだが、女性の精神科医も当然ながら存在する(原作では精神科医が男性であることが分かるため、その可能性はない。ただ映画の脚本では医師が男性と分かる言葉は省かれている)。
もし、「すべてを話してください」と言われたとされるのが、元病院に入ってからなら、全くの嘘を創作出来るとは思えないが、字幕はその前に出ているため、事前に言われていた可能性があり、話を作り上げる余裕は時間的にも精神的にもあったことになる。仮に元医師なのだとしたら、これまでに接した患者の話をミックスすれば良い。
ただこれは女性の正体を探るための作品ではなく、女性がこのまま生きていく決意をするまでの過程を見つめることが重要な作品であるとも思う。

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2025年3月7日 烏丸御池のアップリンク京都にて

アップリンク京都で、もう一度「奇麗な、悪」を観ることにする。一人語りなので内容を把握しづらいのだが、今回は初めて観た時とは違う印象を受けた。主人公の女(氏名、年齢、職業等不明。瀧内公美が演じている)の正体もまた違って見えてくる。彼女が「全部嘘ですよ」という言葉が示すのは、「これまで語ってきたことが全部嘘」という可能性と、それに続くセリフ「私は売春なんてしていません」に留まる可能性の二つがある。ちなみに原作では「全部嘘ですよ」が指すのは別の非人道的行為である。

今回は前回と違い、テーブルの上に置かれた手紙の文字が見えた(つまり出されてはいない手紙の文章ということ) のだが、「医者として許されぬ過ち」という文が見え、患者宛に出されるものだったらしいことが分かる。この患者というのが主人公の女のはずである。かなりもてる人だというのは、女の話の内容から分かるが、魔性の女役もこなす瀧内公美を起用しているのだからもてる女役なのは当たり前。そしてこの直後に精神科医は急逝している。死因は?
瀧内公美が演じる女は二度犯罪を行っている(殺人と傷害)が、いずれも捕まっていない。ということで、今度も本来なら捕まるようなことをしてまた逃げたのかも知れない。「この女、殺ったかもな」という気もする。となるとラストシーンも前回と全く同じ画なのに違って見えてくる。生きる決意をして朗らかになったのではなく不敵な表情。彼女自身が「奇麗な、悪」。なかなか面白い。

原作(台詞のみの小説である)では、彼女はもっと激しい性格で、台詞自体はそれほど変わっていないが、瀧内公美はかなり抑えて演じていることが分かる。

かなりの長台詞だが、瀧内公美は1年掛けて台詞を覚えたそうである。この作品は冒頭部分にはカット割りがあり(台詞なし)、台詞のある部分も終盤にはカット割りが出てくるのだが、核となる約1時間は一切止めずに長回しで撮っている。
セリフのある場面の撮影は1日で終わってしまったそうで、瀧内公美は、「あんなに苦労して覚えたのに」と泣いたことを明かしている。

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2025年2月 9日 (日)

これまでに観た映画より(375) 筒井康隆原作 長塚京三主演 吉田大八監督作品「敵」

2025年2月1日 烏丸御池のアップリンク京都にて

アップリンク京都で、日本映画「敵」を観る。筒井康隆の幻想小説の映画化。長塚京三主演、吉田大八監督作品。出演は、長塚京三のほかに、瀧内公美、河合優実、黒沢あすか、松尾諭(まつお・さとる)、松尾貴史、中島歩(なかじま・あゆむ。男性)、カトウシンスケ、高畑遊、二瓶鮫一(にへい・こういち)、高橋洋(たかはし・よう)、戸田昌宏、唯野未歩子(ただの・みあこ)ほか。脚本:吉田大八。音楽:千葉広樹。プロデューサーに江守徹(芸名はモリエールに由来)が名を連ねている。

令和5年の東京都中野区が舞台であるが、瀧内公美、河合優実、黒沢あすかといった昭和の面影を宿す女優を多く起用したモノクローム映画であり、主人公の家屋も古いことから、往時の雰囲気やノスタルジーが漂っている。

77歳になる元大学教授の渡辺儀助(長塚京三)は、今は親から、あるいは先祖から受け継いだと思われる古めかしい家で、静かな生活を送っている。両親を亡くし、妻も早くに他界。子どもも設けておらず、一人きりである。冒頭の丁寧な朝のルーティンは役所広司主演の「PERFECT DAYS」を連想させるところがある。専門はフランス文学、中でも特にモリエールやラシーヌらの戯曲に詳しい。今は、雑誌にフランス文学関連のエッセイを書くほかは特に仕事らしい仕事はしていない。実は大学は定年や円満退職ではなく、クビになっていたことが後になって分かる。

大学教授時代の教え子だった鷹司靖子(瀧内公美。「鷹司」という苗字は摂関家以外は名乗れないはずだが、彼女がそうした上流の出なのかどうかは不明。また「離婚しようかと思って」というセリフが出てくるが、鷹司が生家の苗字なのか夫の姓なのかも不明である)はよく遊びに訪れる仲である。優秀な学生であったようなのだが、渡辺が下心を抱いていたことを見抜いていたようでもある。しょっちゅうフランス演劇の観劇に誘い、終わってから食事とお酒が定番のコースだったようだが、余程鈍い女性でない限り気付くであろう。ただ手は出さなかったようである。渡辺の家で夕食を取っている時に靖子が渡辺を誘惑するシーンがあるのだが、これも現実なのかどうか曖昧。その後の靖子の態度を見ると、現実であった可能性は低いようにも見える。
友人でデザイナーの湯島(松尾貴史)とよく訪れていた「夜間飛行」というサン=テグジュペリの小説由来のバーで、バーのオーナーの姪だという菅井歩美(河合優実)と出会う渡辺。歩美は立教大学の仏文科(立教大学の仏文科=フランス文学専修は、なかにし礼や周防正行など有名卒業生が多いことで知られる)に通う学生ということで、フランス文学の話題で盛り上がる(ボリス・ヴィアンやデュラス、プルーストの名が出る)。ある時、歩美が学費未納で大学から督促されていることを知った渡辺。歩美によると父親が失職したので学費が払えそうになくなったということなので、渡辺は学費の肩代わりを申し出て、金を振り込んだのだが、以降、歩美とは連絡が取れなくなる。「夜間飛行」も閉店。持ち逃げされたのかも知れないと悟った渡辺であるが、入院した湯島に「世間知らずの大学教授らしい失敗」と自嘲気味に語る。

湯島を見舞った帰り。渡辺は、「渡辺信子」と書かれた札の入った病室を発見。部屋に入るとシーツをかぶせられた遺体のようなものが見える。渡辺がシーツを剥ぎ取ると……。

どこまでが現実でどこまでが幻想もしくは夢なのか曖昧な手法が取られている。フランス発祥のシュールレアリズムや象徴主義、「無意思的記憶」といった技法へのオマージュと見ることも出来る。

タイトルの「敵」であるが、渡辺は高齢ながらマックのパソコンを自在に扱うが、あからさまな詐欺メールなども届く。相手にしない渡辺だったが、「敵について」というメールが届き、気になる。「敵が北から迫ってきている」「青森に上陸して国道4号線を南下。盛岡に着いた」「難民らしい」「汚い格好をしている」との情報もパソコンに勝手に流れてくる。このメールやパソコンの画面上に流れるメッセージも現実世界のものなのかは定かではない。渡辺は何度か「敵」の姿を発見するのだが、それらはいずれも幻覚であることに気付く。
一方で、自宅付近で銃声がして、知り合い2名が亡くなるが、これも現実なのかどうか分からない。令和5年夏から令和6年春に掛けての話だが。渡辺以外は「敵」が来た素振りなどは見せないので、これも渡辺の思い込みなのかも知れない。

亡くなったはずの妻、信子(黒沢あすか)が姿を現す。儀助と共に風呂に入り、一度も連れて行ってくれなかったパリに一緒に行きたいなどとねだる。渡辺の家を訪れた靖子や編集者の犬丸(カトウシンスケ)も信子の姿を見ているため、儀助の幻覚というより幽霊に近いのかも知れないが、この場面まるごとが儀助の夢である可能性も否定できない。

渡辺は自殺することに決め、遺言状を書く。ここに記された日付や住所によって、渡辺が東京都中野区在住で、今は令和5年であることが分かるのであるが、結局、渡辺は自殺を試みるも失敗した。生きることや自分の生活から遠ざかってしまった現実世界に倦んでいるような渡辺。生きていること自体が彼にとって「敵」なのかも知れないが、一方で残り少ない日々こそが彼の真の「敵」である可能性もある。逆に「死」そのものが「敵」であるということも考えられる。渡辺は次第に病気に蝕まれていくのだが、それもまた「敵」、老いこそが「敵」といった捉え方も出来る。

 

大河ドラマ「光る君へ」にも出演して好演を見せた瀧内公美。AmazonのCMにも抜擢されて話題になっているが、本格的な芸能界デビューが大学卒業後だったということもあり、比較的遅咲きの女優さんである。
育ちが良さそうでありながら匂うような色気を持ち、渡辺を誘惑する場面もある魅力的かつ蠱惑的な存在として靖子を描き出している。

映画やドラマに次々と出演している河合優実。今回も小悪魔的な役どころであるが、出演場面はそれほど長くない。

早稲田大学第一文学部中退後に渡仏し、ソルボンヌ大学(パリ大学の一部の通称。以前のパリ大学は、イギリスのオックスフォード大学やケンブリッジ大学同様にカレッジの集合体であった)に学ぶという俳優としては異色の経歴を持つ長塚京三。フランス語のシーンも無難にこなし、何よりも知的な風貌が元大学教授という役にピッタリである。

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2025年2月 4日 (火)

これまでに観た映画より(373) リドリー・スコット監督作品「ブラック・レイン」デジタル・リマスター版

2025年1月30日 烏丸御池のアップリンク京都にて

アップリンク京都で、リドリー・スコット監督作品「ブラック・レイン」デジタル・リマスター版を観る。松田優作の遺作としても知られる映画である。出演:マイケル・ダグラス、アンディ・ガルシア、高倉健、松田優作、ケイト・キャプショー、神山繁、若山富三郎、安岡力也、内田裕也、ガッツ石松、島木譲二、小野みゆき、國村隼ほか。音楽:ハンス・ジマー。撮影監督:ヤン・デ・ボン。
タイトルは、B29による爆撃の後に降り注いだ黒い雨に由来している。
1週間限定の上映。

ニューヨークで物語は始まるが、大阪や神戸など、関西圏でのロケ場面の方が長い作品である。
ニューヨークで日本のヤクザの抗争があり、佐藤(松田優作)を逮捕したニューヨーク市警のニック(マイケル・ダグラス)とチャーリー(アンディ・ガルシア)。二人は佐藤を彼の地元の大阪まで護送することになるが、伊丹空港で佐藤の手下に騙されて、佐藤に逃げられてしまう。大阪府警の松本警部補(高倉健)と共に佐藤を追うニックとチャーリーだったが、チャーリーは佐藤とその手下の罠にはまり、日本刀で斬られて命を落とす。復讐を誓うニック。アメリカへの強制送還を命じられるが、飛行機から抜け出し、松本を頼る。松本はニックに協力していたため停職処分を受けていたが、最終的にはニックとすることになる。
佐藤は偽札作りを行っていた元兄貴分の菅井(若山富三郎)と接触。その情報を得たニックは菅井が他の組の者達を落ち合う場所を知り、出向く。

関西でロケが行われているのが魅力であるが、銃撃シーンは許可が下りなかったため、アメリカの田舎で撮影されている。その辺は残念である。

すでに癌に蝕まれていた松田優作。血尿が出たりしていたそうだが、安岡力也以外には病状を教えず、撮影を貫いた。バイクアクションなども華麗にこなしている。

 

坂本龍一の『SELDOM ILLEGAL 時には、違法』を読むと、プロデューサーから彼に、「『ブラック・レイン』に出る背格好の丁度良い日本人俳優を探してるんだ、まあ君でもいいんだけど」という話があったことが分かる。坂本は依頼を断ったようだ。その代わり楽曲を提供しており、いかにも坂本龍一的な音楽が流れる場面がある。

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2025年1月30日 (木)

これまでに観た映画より(370) 「イル・ポスティーノ」4Kデジタルリマスター版

2024年11月20日 アップリンク京都にて

アップリンク京都で、イタリア映画「イル・ポスティーノ」4Kデジタルリマスター版を観る。イタリア映画の中でもメジャーな部類に入る作品である。1994年の制作。1995年のアカデミー賞で、ルイス・エンリケス・バカロフが作曲賞を受賞している。監督・脚色:マイケル・ラドフォード。ラドフォード監督は、「アンドレア・ボチェッリ 奇跡のテノール」も監督している。音楽:ルイス・エンリケス・バカロフ。出演:マッシモ・トロイージ(脚色兼任)、フィリップ・ノワレ、マリア・グラツィア・クチノッタほか。主演のマッシモ・トロイージは、撮影中から心臓の不調に苦しんでおり、この映画を撮り終えた12時間後に心臓発作のため41歳で急死。本作が遺作となった。

実在のチリの詩人、パブロ・ネルーダをフィリップ・ノワレが演じた作品である。

イタリア、ナポリ沖のカプリ島(レオナルド・ディカプリオの先祖がこの島の出身である)をモデルとした小島が舞台。マリオ(マッシモ・トロイージ)は、漁師の子だが、アレルギーなどがあり、漁師になることは出来ない。しかし、父親からは「もう大人なのだから働け」とせかされる。郵便局の扉に求人の張り紙があるのを見たマリオは、翌日、郵便局を訪れ、詳細を聞く。チリの国民的な詩人であるパブロ・ネルーダ(フィリップ・ノワレ)が共産党員という理由で祖国を追われて亡命し、イタリアのこの島で暮らすことになったので、彼宛ての手紙を届ける専門の郵便配達夫が必要になったのだという。賃金は雀の涙だというが、マリオはこの職に就くこと決める。共に共産主義者ということもあって次第に親しくなるマリオとパブロ。
やがてマリオは瞳の大きなベアトリーチェ(マリア・グラツィア・クチノッタ)という女性に恋をする。マリオはベアトリーチェに近づくためにパブロに詩を習うことになる。

 

詩を題材にしたヒューマンドラマである。言葉によって心と心が通じ合っていく。風景も美しく、音楽も秀逸で、ローカル色の濃い南イタリアの島の風景に溶け込む喜びを感じることが出来る。偉大な詩人によって郵便配達夫が詩の腕を上げていくという大人の教養小説的な味わいにも満ちた作品だ。
ベアトリーチェ役のマリア・グラツィア・クチノッタも魅力的で、イタリア映画の中でも独自の味わいを築いている。

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2024年11月24日 (日)

これまでに観た映画より(353) 「リトル・ダンサー」デジタルリマスター版

2024年10月31日 烏丸御池のアップリンク京都にて

新風館の地下にあるアップリンク京都で、イギリス映画「リトル・ダンサー」のデジタルリマスター版上映を観る。
「リトル・ダンサー(原題:「Billy Elliot」)」は、2000年に制作された映画で、日本公開は翌2001年。その後、映画に感銘を受けたエルトン・ジョンによってミュージカル化され、原題の「ビリー・エリオット」のタイトルで、日本でも現在三演(再々演)中である。

ミュージカル化された「ビリー・エリオット」は、社会問題により焦点を当てた筋書きとなっており、マーガレット・サッチャー元首相も悪女として語られるのだが、映画版では社会性はそれほど濃厚には感じられない。イングランド北東部の炭鉱の町を舞台とした映画で、サッチャーの新自由主義的政策により、まさに切り捨てられようとしている人々が多数出てくるのだが、それよりもビリー・エリオットのサクセスストーリーが中心となっている。サッチャーも名前が一度、ラジオから流れるだけだ。ただ自分たちには未来がなく、ビリーだけが希望という悲しい現実は示されている。
日本で公開された2001年には、日本経済にもまだ余裕があったのだが、その後、日本は徐々に衰退していき、英国病に苦しんでいたイギリスと似た状況が続いている。そうした上でも「染みる」作品となっている。

監督は、スティーヴン・ダルトリー。これが長編映画デビュー作となる。ヒューマンドラマを描くのが上手い印象だ。ダルドリーは元々は演劇の演出家として活躍してきた人である。
ミュージカル「ビリー・エリオット」の演出も手掛けている。

脚本のリー・ホールは、ミュージカル「ビリー・エリオット」の脚本も手掛けた。賛否両論というより否定的な感想に方が多かった映画版「キャッツ」の脚本を書いてもいる(映画「キャッツ」は視覚効果やカメラワークの不評もあって評価は低めだが、脚本自体は悪いものではない)。

振付のピーター・ダーリングもミュージカル「ビリー・エリオット」での振付を担当している。

出演は、ジェイミー・ベル、ジュリー・ウォルターズ、ジェイミー・ドラヴェン、ゲイリー・ルイス、ジーン・ヘイウッドほか。老婆役だったジーン・ヘイウッドは2019年9月14日に死去している。
ビリー・エリオット役のジェイミー・ベルも約四半世紀を経て大人の俳優となり、山田太一の小説『異人たちとの夏』を原作としたイギリス映画「異人たち」にも出演している。

「リトル・ダンサー」は、英国アカデミー賞英国作品賞、主演男優賞、助演女優賞を受賞。日本アカデミー賞で最優秀外国作品賞などを受賞している。

斜陽の炭鉱の街に生まれたビリー・エリオットは11歳。ボクシングを習っていたが、バレエ教室が稽古場の関係で、ボクシングジムと同じ場所で練習を行うことになり、ビリーは次第にバレエに魅せられ、またバレエ教室の先生からは素質を認められ、ロンドンのロイヤル・バレエ学校を受けてはどうかと勧められる。だが、ここは保守的な田舎町。父親から、「バレエは男がやるものではない。男ならサッカーやボクシングだ」とボクシングを続けるよう諭される。それでもビリーはロイヤル・バレエ学校のオーディションを受けることにするのだが、受験日と労働闘争の日が重なってしまい……。

前回「リトル・ダンサー」の映画を観た時と今との間に多くの映画・演劇作品に触れてきており、そのためもあってか、初めて観たときほどの感銘を受けなかったのも事実である。ただ「愛すべき映画」という評価は変わらないように思う。デジタルリマスターされた映像も美しく、俳優達の演技も生き生きとしている。

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2024年4月 5日 (金)

これまでに観た映画より(328) 「ラストエンペラー」4Kレストア

2024年3月28日 アップリンク京都にて

イタリア、中国、イギリス、フランス、アメリカ合作映画「ラストエンペラー」を観る。4Kレストアでの上映である。監督はイタリアの巨匠、ベルナルド・ベルトルッチ。中国・清朝最後の皇帝である愛新覚羅溥儀(宣統帝)の生涯を描いた作品である。プロデューサーは「戦場のメリークリスマス」のジェレミー・トーマス。出演:ジョン・ローン、ジョアン・チェン、ピーター・オトゥール、英若誠、ヴィクター・ウォン、ヴィヴィアン・ウー、マギー・ハン、イェード・ゴー、ファン・グァン、高松英郎、立花ハジメ、ウー・タオ、池田史比古、生田朗、坂本龍一ほか。音楽:坂本龍一、デヴィッド・バーン、コン・スー(蘇聡、スー・ツォン)。音楽担当の3人はアカデミー賞で作曲賞を受賞。坂本龍一は日本人として初のアカデミー作曲賞受賞者となった。作曲賞以外にも、作品賞、監督賞、撮影賞、脚色賞、編集賞、録音賞、衣装デザイン賞、美術賞も含めたアカデミー賞9冠に輝く歴史的名作である。

清朝最後の皇帝である愛新覚羅溥儀(成人後の溥儀をジョン・ローンが演じている)。弟の愛新覚羅溥傑は華族の嵯峨浩と結婚(政略結婚である)して千葉市の稲毛に住むなど、日本にゆかりのある人で、溥儀も日本の味噌汁を好んだという。幼くして即位した溥儀であるが、辛亥革命によって清朝が倒れ、皇帝の身分を失い、その上で紫禁城から出られない生活を送る。北京市内では北京大学の学生が、大隈重信内閣の「対華21カ条の要求」に反対し、デモを行う。そんな喧噪の巷を知りたがる溥儀であるが、門扉は固く閉ざされ紫禁城から出ることは許されない。

スコットランド出身のレジナルド・フレミング・ジョンストン(ピーター・オトゥール)が家庭教師として赴任。溥儀の視力が悪いことに気づいたジョンストンは、医師に診察させ、溥儀は眼鏡を掛けることになる。ジョンストンは溥儀に自転車を与え、溥儀はこれを愛用するようになった。ジョンストンはイギリスに帰った後、ロンドン大学の教授となり、『紫禁城の黄昏』を著す。『紫禁城の黄昏』は岩波文庫から抜粋版が出ていて私も読んでいる。完全版も発売されたことがあるが、こちらは未読である。

その後、北京政変によって紫禁城を追われた溥儀とその家族は日本公使館に駆け込み、港町・天津の日本租界で暮らすようになる。日本は満州への侵略を進めており、やがて「五族協和」「王道楽土」をスローガンとする満州国が成立。首都は新京(長春)に置かれる。満州族出身の溥儀は執政、後に皇帝として即位することになる。だが満州国は日本の傀儡国家であり、皇帝には何の権力もなかった。

満州国を影で操っていたのが、大杉栄と伊藤野枝を扼殺した甘粕事件で知られる甘粕正彦(坂本龍一が演じている。史実とは異なり右手のない隻腕の人物として登場する)で、当時は満映こと満州映画協会の理事長であった。この映画でも甘粕が撮影を行う場面があるが、どちらかというと映画人としてよりも政治家として描かれている印象を受ける。野望に満ち、ダーティーなインテリ風のキャラが坂本に合っているが、元々坂本龍一は俳優としてのオファーを受けて「ラストエンペラー」に参加しており、音楽を頼まれるかどうかは撮影が終わるまで分からなかったようである。ベルトルッチから作曲を頼まれた時には時間が余りなく、中国音楽の知識もなかったため、中国音楽のCDセットなどを買って勉強し、寝る間もなく作曲作業に追われたという。なお、民族楽器の音楽の作曲を担当したコン・スーであるが、彼は専ら西洋のクラシック音楽を学んだ作曲家で、中国の古典音楽の知識は全くなかったそうである。ベルトルッチ監督の見込み違いだったのだが、ベルトルッチ監督の命で必死に学んで民族音楽風の曲を書き上げている。
オープニングテーマなど明るめの音楽を手掛けているのがデヴィッド・バーンである。影がなくリズミカルなのが特徴である。

ロードショー時に日本ではカットされていた部分も今回は上映されている。日本がアヘンの栽培を促進したというもので、衝撃が大きいとしてカットされていたものである。

後に坂本龍一と、「シェルタリング・スカイ」、「リトル・ブッダ」の3部作を制作することになるベルトルッチ。坂本によるとベルトルッチは、自身が音楽監督だと思っているような人だそうで、何度もダメ出しがあり、特に「リトル・ブッダ」ではダメを出すごとに音楽がカンツォーネっぽくなっていったそうで、元々「リトル・ブッダ」のために書いてボツになった音楽を「スウィート・リベンジ」としてリリースしていたりするのだが、「ラストエンペラー」ではそれほど音楽には口出ししていないようである。父親が詩人だというベルトルッチ。この「ラストエンペラー」でも詩情に満ちた映像美と、人海戦術を巧みに使った演出でスケールの大きな作品に仕上げている。溥儀が大勢の人に追いかけられる場面が何度も出てくるのだが、これは彼が背負った運命の大きさを表しているのだと思われる。


坂本龍一の音楽であるが、哀切でシリアスなものが多い。テレビ用宣伝映像でも用いられた「オープン・ザ・ドア」には威厳と迫力があり、哀感に満ちた「アーモのテーマ」は何度も繰り返し登場して、特に別れのシーンを彩る。坂本の自信作である「Rain(I Want to Divorce)」は、寄せては返す波のような疾走感と痛切さを伴い、坂本の代表曲と呼ぶに相応しい出来となっている。
即位を祝うパーティーの席で奏でられる「満州国ワルツ」はオリジナル・サウンドトラック盤には入っていないが、大友直人指揮東京交響楽団による第1回の「Playing the Orchestra」で演奏されており、ライブ録音が行われてCDで発売されていた(現在も入手可能かどうかは不明)。
小澤征爾やヘルベルト・フォン・カラヤンから絶賛されていた姜建華の二胡をソロに迎えたオリエンタルなメインテーマは、壮大で奥深く、華麗且つ悲哀を湛えたドラマティックな楽曲であり、映画音楽史上に残る傑作である。

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2024年4月 2日 (火)

これまでに観た映画より(327) TBSドキュメンタリー映画祭2024 「坂本龍一 WAR AND PEACE 教授が遺した言葉たち」

2024年3月28日 アップリンク京都にて

TBSドキュメンタリー映画祭2024「坂本龍一 WAR AND PEACE 教授が遺した言葉たち」を観る。監督は金富隆。前半は坂本龍一が「NEWS23」に出演したり「地雷ZERO 21世紀最初の祈り」の企画に参加したりした際の映像を中心とし、後半はTBSが収録したドキュメンタリーの映像の数々が登場する。

出演:坂本龍一、筑紫哲也、細野晴臣、高橋幸宏、DREAMS COME TRUE、佐野元春、桜井和寿(Mr.Children)、大貫妙子、TERU(GLAY)、TAKURO(GLAY)、Chara、シンディ・ローパー、デヴィッド・シルヴィアン、後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION)ほか。

筑紫哲也がキャスターを務めたTBS50周年特別企画「地雷ZERO」で、坂本龍一がモザンビークの地雷撤去作業地域を訪れるところから映画は始まる。2001年のことである。坂本龍一は、地雷撤去のための資金を集めるためにチャリティー音楽「ZERO LANDMINE」を作成することを思い立ち、デヴィッド・シルヴィアンの作詞による楽曲を完成。シンディ・ローパーなど海外のアーティストも参加した作品で、国内からも多くのミュージシャンが参加した。

その後、植樹の活動(モア・トゥリーズ)なども始めた坂本龍一。環境問題に取り組み、ライブのための照明も水力発電によるものを買って使用するようになる。

2001年9月11日。アメリカで同時多発テロが発生。発生時、ニューヨークの世界貿易センター(ワールドトレードセンター)ビルから1マイルほどのところにいた坂本はカメラで炎上する世界貿易センタービルを撮影。その後、ツインタワーであった世界貿易センタービルは倒壊し、土煙を上げる。アメリカは報復措置として、アフガン空爆、そしてイラク戦争へと突入する。坂本は「世界に60億の人がいても誰もブッシュを止められない」と嘆く。
「ニュース23」の企画で、戦争反対の詩を募集し、坂本の音楽に乗せるという試みが行われる。全国から2000を超える詩の応募があり、中には6歳の子が書いた詩もあった。その中から坂本自身が19編の詩を選び、作者のナレーションを録音して音楽に乗せる作業を行う。作業はコンピューターを使って行われるのだが、微妙なズレを生むために何度も繰り返し行われる。

日本では安保法案改正問題があり、坂本も反対者の一人として国会議事堂前でのデモに参加し、演説も行う。都立新宿高校在学時の若き坂本龍一がアジ演説を行っている時の写真も紹介される。

2011年3月11日。東日本大震災が発生。福島第一原子力発電所ではメルトダウンが起こる。
坂本は原発稼動への反対を表明。電気よりも命を優先させるべきだと演説し、50年後には電気は原発のような大規模な施設ではなく、身近な場所で作られるものになるだろうとの理想を述べる。
東日本大震災では家屋にも甚大な被害が出たが、坂本は植樹運動で育てた樹を仮設住宅に使用する。
その後、東北ユースオーケストラを結成した坂本。東北の復興のために音楽で尽力する。東北ユースオーケストラは坂本が亡くなった現在も活動を続けている。

坂本の最後のメッセージは、明治神宮外苑再開発による樹木の伐採反対。交流があった村上春樹も反対の声明をラジオで発しているが、東京23区内で最も自然豊かな場所だけに、再開発の影響を懸念する声は多い。

名物編集者、坂本一亀(かずき)の息子として生まれた坂本龍一。若い頃には父親への反発から文学書ではなく思想書ばかり読んでいたというが(音楽家になってからも小説などはほとんど読まなかったようである)、若き日に得た知識の数々が老年になってからもなお生き続けていたようである。また、音楽家が自らの思想を鮮明にするアメリカに長く暮らしていたことも彼の姿勢に影響しているのかも知れない。

映画のラストで流れるのは、「NEWS23」のエンディングテーマであった「put your hands up」のピアノバージョン(「ウラBTTB」収録)。心に直接染み渡るような愛らしい音楽である。

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