カテゴリー「アップリンク京都」の12件の記事

2025年2月 9日 (日)

これまでに観た映画より(375) 筒井康隆原作 長塚京三主演 吉田大八監督作品「敵」

2025年2月1日 烏丸御池のアップリンク京都にて

アップリンク京都で、日本映画「敵」を観る。筒井康隆の幻想小説の映画化。長塚京三主演、吉田大八監督作品。出演は、長塚京三のほかに、瀧内公美、河合優実、黒沢あすか、松尾諭(まつお・さとる)、松尾貴史、中島歩(なかじま・あゆむ。男性)、カトウシンスケ、高畑遊、二瓶鮫一(にへい・こういち)、高橋洋(たかはし・よう)、戸田昌宏、唯野未歩子(ただの・みあこ)ほか。脚本:吉田大八。音楽:千葉広樹。プロデューサーに江守徹(芸名はモリエールに由来)が名を連ねている。

令和5年の東京都中野区が舞台であるが、瀧内公美、河合優実、黒沢あすかといった昭和の面影を宿す女優を多く起用したモノクローム映画であり、主人公の家屋も古いことから、往時の雰囲気やノスタルジーが漂っている。

77歳になる元大学教授の渡辺儀助(長塚京三)は、今は親から、あるいは先祖から受け継いだと思われる古めかしい家で、静かな生活を送っている。両親を亡くし、妻も早くに他界。子どもも設けておらず、一人きりである。冒頭の丁寧な朝のルーティンは役所広司主演の「PERFECT DAYS」を連想させるところがある。専門はフランス文学、中でも特にモリエールやラシーヌらの戯曲に詳しい。今は、雑誌にフランス文学関連のエッセイを書くほかは特に仕事らしい仕事はしていない。実は大学は定年や円満退職ではなく、クビになっていたことが後になって分かる。

大学教授時代の教え子だった鷹司靖子(瀧内公美。「鷹司」という苗字は摂関家以外は名乗れないはずだが、彼女がそうした上流の出なのかどうかは不明。また「離婚しようかと思って」というセリフが出てくるが、鷹司が生家の苗字なのか夫の姓なのかも不明である)はよく遊びに訪れる仲である。優秀な学生であったようなのだが、渡辺が下心を抱いていたことを見抜いていたようでもある。しょっちゅうフランス演劇の観劇に誘い、終わってから食事とお酒が定番のコースだったようだが、余程鈍い女性でない限り気付くであろう。ただ手は出さなかったようである。渡辺の家で夕食を取っている時に靖子が渡辺を誘惑するシーンがあるのだが、これも現実なのかどうか曖昧。その後の靖子の態度を見ると、現実であった可能性は低いようにも見える。
友人でデザイナーの湯島(松尾貴史)とよく訪れていた「夜間飛行」というサン=テグジュペリの小説由来のバーで、バーのオーナーの姪だという菅井歩美(河合優実)と出会う渡辺。歩美は立教大学の仏文科(立教大学の仏文科=フランス文学専修は、なかにし礼や周防正行など有名卒業生が多いことで知られる)に通う学生ということで、フランス文学の話題で盛り上がる(ボリス・ヴィアンやデュラス、プルーストの名が出る)。ある時、歩美が学費未納で大学から督促されていることを知った渡辺。歩美によると父親が失職したので学費が払えそうになくなったということなので、渡辺は学費の肩代わりを申し出て、金を振り込んだのだが、以降、歩美とは連絡が取れなくなる。「夜間飛行」も閉店。持ち逃げされたのかも知れないと悟った渡辺であるが、入院した湯島に「世間知らずの大学教授らしい失敗」と自嘲気味に語る。

湯島を見舞った帰り。渡辺は、「渡辺信子」と書かれた札の入った病室を発見。部屋に入るとシーツをかぶせられた遺体のようなものが見える。渡辺がシーツを剥ぎ取ると……。

どこまでが現実でどこまでが幻想もしくは夢なのか曖昧な手法が取られている。フランス発祥のシュールレアリズムや象徴主義、「無意思的記憶」といった技法へのオマージュと見ることも出来る。

タイトルの「敵」であるが、渡辺は高齢ながらマックのパソコンを自在に扱うが、あからさまな詐欺メールなども届く。相手にしない渡辺だったが、「敵について」というメールが届き、気になる。「敵が北から迫ってきている」「青森に上陸して国道4号線を南下。盛岡に着いた」「難民らしい」「汚い格好をしている」との情報もパソコンに勝手に流れてくる。このメールやパソコンの画面上に流れるメッセージも現実世界のものなのかは定かではない。渡辺は何度か「敵」の姿を発見するのだが、それらはいずれも幻覚であることに気付く。
一方で、自宅付近で銃声がして、知り合い2名が亡くなるが、これも現実なのかどうか分からない。令和5年夏から令和6年春に掛けての話だが。渡辺以外は「敵」が来た素振りなどは見せないので、これも渡辺の思い込みなのかも知れない。

亡くなったはずの妻、信子(黒沢あすか)が姿を現す。儀助と共に風呂に入り、一度も連れて行ってくれなかったパリに一緒に行きたいなどとねだる。渡辺の家を訪れた靖子や編集者の犬丸(カトウシンスケ)も信子の姿を見ているため、儀助の幻覚というより幽霊に近いのかも知れないが、この場面まるごとが儀助の夢である可能性も否定できない。

渡辺は自殺することに決め、遺言状を書く。ここに記された日付や住所によって、渡辺が東京都中野区在住で、今は令和5年であることが分かるのであるが、結局、渡辺は自殺を試みるも失敗した。生きることや自分の生活から遠ざかってしまった現実世界に倦んでいるような渡辺。生きていること自体が彼にとって「敵」なのかも知れないが、一方で残り少ない日々こそが彼の真の「敵」である可能性もある。逆に「死」そのものが「敵」であるということも考えられる。渡辺は次第に病気に蝕まれていくのだが、それもまた「敵」、老いこそが「敵」といった捉え方も出来る。

 

大河ドラマ「光る君へ」にも出演して好演を見せた瀧内公美。AmazonのCMにも抜擢されて話題になっているが、本格的な芸能界デビューが大学卒業後だったということもあり、比較的遅咲きの女優さんである。
育ちが良さそうでありながら匂うような色気を持ち、渡辺を誘惑する場面もある魅力的かつ蠱惑的な存在として靖子を描き出している。

映画やドラマに次々と出演している河合優実。今回も小悪魔的な役どころであるが、出演場面はそれほど長くない。

早稲田大学第一文学部中退後に渡仏し、ソルボンヌ大学(パリ大学の一部の通称。以前のパリ大学は、イギリスのオックスフォード大学やケンブリッジ大学同様にカレッジの集合体であった)に学ぶという俳優としては異色の経歴を持つ長塚京三。フランス語のシーンも無難にこなし、何よりも知的な風貌が元大学教授という役にピッタリである。

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2025年2月 4日 (火)

これまでに観た映画より(373) リドリー・スコット監督作品「ブラック・レイン」デジタル・リマスター版

2025年1月30日 烏丸御池のアップリンク京都にて

アップリンク京都で、リドリー・スコット監督作品「ブラック・レイン」デジタル・リマスター版を観る。松田優作の遺作としても知られる映画である。出演:マイケル・ダグラス、アンディ・ガルシア、高倉健、松田優作、ケイト・キャプショー、神山繁、若山富三郎、安岡力也、内田裕也、ガッツ石松、島木譲二、小野みゆき、國村隼ほか。音楽:ハンス・ジマー。撮影監督:ヤン・デ・ボン。
タイトルは、B29による爆撃の後に降り注いだ黒い雨に由来している。
1週間限定の上映。

ニューヨークで物語は始まるが、大阪や神戸など、関西圏でのロケ場面の方が長い作品である。
ニューヨークで日本のヤクザの抗争があり、佐藤(松田優作)を逮捕したニューヨーク市警のニック(マイケル・ダグラス)とチャーリー(アンディ・ガルシア)。二人は佐藤を彼の地元の大阪まで護送することになるが、伊丹空港で佐藤の手下に騙されて、佐藤に逃げられてしまう。大阪府警の松本警部補(高倉健)と共に佐藤を追うニックとチャーリーだったが、チャーリーは佐藤とその手下の罠にはまり、日本刀で斬られて命を落とす。復讐を誓うニック。アメリカへの強制送還を命じられるが、飛行機から抜け出し、松本を頼る。松本はニックに協力していたため停職処分を受けていたが、最終的にはニックとすることになる。
佐藤は偽札作りを行っていた元兄貴分の菅井(若山富三郎)と接触。その情報を得たニックは菅井が他の組の者達を落ち合う場所を知り、出向く。

関西でロケが行われているのが魅力であるが、銃撃シーンは許可が下りなかったため、アメリカの田舎で撮影されている。その辺は残念である。

すでに癌に蝕まれていた松田優作。血尿が出たりしていたそうだが、安岡力也以外には病状を教えず、撮影を貫いた。バイクアクションなども華麗にこなしている。

 

坂本龍一の『SELDOM ILLEGAL 時には、違法』を読むと、プロデューサーから彼に、「『ブラック・レイン』に出る背格好の丁度良い日本人俳優を探してるんだ、まあ君でもいいんだけど」という話があったことが分かる。坂本は依頼を断ったようだ。その代わり楽曲を提供しており、いかにも坂本龍一的な音楽が流れる場面がある。

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2025年1月30日 (木)

これまでに観た映画より(370) 「イル・ポスティーノ」4Kデジタルリマスター版

2024年11月20日 アップリンク京都にて

アップリンク京都で、イタリア映画「イル・ポスティーノ」4Kデジタルリマスター版を観る。イタリア映画の中でもメジャーな部類に入る作品である。1994年の制作。1995年のアカデミー賞で、ルイス・エンリケス・バカロフが作曲賞を受賞している。監督・脚色:マイケル・ラドフォード。ラドフォード監督は、「アンドレア・ボチェッリ 奇跡のテノール」も監督している。音楽:ルイス・エンリケス・バカロフ。出演:マッシモ・トロイージ(脚色兼任)、フィリップ・ノワレ、マリア・グラツィア・クチノッタほか。主演のマッシモ・トロイージは、撮影中から心臓の不調に苦しんでおり、この映画を撮り終えた12時間後に心臓発作のため41歳で急死。本作が遺作となった。

実在のチリの詩人、パブロ・ネルーダをフィリップ・ノワレが演じた作品である。

イタリア、ナポリ沖のカプリ島(レオナルド・ディカプリオの先祖がこの島の出身である)をモデルとした小島が舞台。マリオ(マッシモ・トロイージ)は、漁師の子だが、アレルギーなどがあり、漁師になることは出来ない。しかし、父親からは「もう大人なのだから働け」とせかされる。郵便局の扉に求人の張り紙があるのを見たマリオは、翌日、郵便局を訪れ、詳細を聞く。チリの国民的な詩人であるパブロ・ネルーダ(フィリップ・ノワレ)が共産党員という理由で祖国を追われて亡命し、イタリアのこの島で暮らすことになったので、彼宛ての手紙を届ける専門の郵便配達夫が必要になったのだという。賃金は雀の涙だというが、マリオはこの職に就くこと決める。共に共産主義者ということもあって次第に親しくなるマリオとパブロ。
やがてマリオは瞳の大きなベアトリーチェ(マリア・グラツィア・クチノッタ)という女性に恋をする。マリオはベアトリーチェに近づくためにパブロに詩を習うことになる。

 

詩を題材にしたヒューマンドラマである。言葉によって心と心が通じ合っていく。風景も美しく、音楽も秀逸で、ローカル色の濃い南イタリアの島の風景に溶け込む喜びを感じることが出来る。偉大な詩人によって郵便配達夫が詩の腕を上げていくという大人の教養小説的な味わいにも満ちた作品だ。
ベアトリーチェ役のマリア・グラツィア・クチノッタも魅力的で、イタリア映画の中でも独自の味わいを築いている。

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2024年11月24日 (日)

これまでに観た映画より(353) 「リトル・ダンサー」デジタルリマスター版

2024年10月31日 烏丸御池のアップリンク京都にて

新風館の地下にあるアップリンク京都で、イギリス映画「リトル・ダンサー」のデジタルリマスター版上映を観る。
「リトル・ダンサー(原題:「Billy Elliot」)」は、2000年に制作された映画で、日本公開は翌2001年。その後、映画に感銘を受けたエルトン・ジョンによってミュージカル化され、原題の「ビリー・エリオット」のタイトルで、日本でも現在三演(再々演)中である。

ミュージカル化された「ビリー・エリオット」は、社会問題により焦点を当てた筋書きとなっており、マーガレット・サッチャー元首相も悪女として語られるのだが、映画版では社会性はそれほど濃厚には感じられない。イングランド北東部の炭鉱の町を舞台とした映画で、サッチャーの新自由主義的政策により、まさに切り捨てられようとしている人々が多数出てくるのだが、それよりもビリー・エリオットのサクセスストーリーが中心となっている。サッチャーも名前が一度、ラジオから流れるだけだ。ただ自分たちには未来がなく、ビリーだけが希望という悲しい現実は示されている。
日本で公開された2001年には、日本経済にもまだ余裕があったのだが、その後、日本は徐々に衰退していき、英国病に苦しんでいたイギリスと似た状況が続いている。そうした上でも「染みる」作品となっている。

監督は、スティーヴン・ダルトリー。これが長編映画デビュー作となる。ヒューマンドラマを描くのが上手い印象だ。ダルドリーは元々は演劇の演出家として活躍してきた人である。
ミュージカル「ビリー・エリオット」の演出も手掛けている。

脚本のリー・ホールは、ミュージカル「ビリー・エリオット」の脚本も手掛けた。賛否両論というより否定的な感想に方が多かった映画版「キャッツ」の脚本を書いてもいる(映画「キャッツ」は視覚効果やカメラワークの不評もあって評価は低めだが、脚本自体は悪いものではない)。

振付のピーター・ダーリングもミュージカル「ビリー・エリオット」での振付を担当している。

出演は、ジェイミー・ベル、ジュリー・ウォルターズ、ジェイミー・ドラヴェン、ゲイリー・ルイス、ジーン・ヘイウッドほか。老婆役だったジーン・ヘイウッドは2019年9月14日に死去している。
ビリー・エリオット役のジェイミー・ベルも約四半世紀を経て大人の俳優となり、山田太一の小説『異人たちとの夏』を原作としたイギリス映画「異人たち」にも出演している。

「リトル・ダンサー」は、英国アカデミー賞英国作品賞、主演男優賞、助演女優賞を受賞。日本アカデミー賞で最優秀外国作品賞などを受賞している。

斜陽の炭鉱の街に生まれたビリー・エリオットは11歳。ボクシングを習っていたが、バレエ教室が稽古場の関係で、ボクシングジムと同じ場所で練習を行うことになり、ビリーは次第にバレエに魅せられ、またバレエ教室の先生からは素質を認められ、ロンドンのロイヤル・バレエ学校を受けてはどうかと勧められる。だが、ここは保守的な田舎町。父親から、「バレエは男がやるものではない。男ならサッカーやボクシングだ」とボクシングを続けるよう諭される。それでもビリーはロイヤル・バレエ学校のオーディションを受けることにするのだが、受験日と労働闘争の日が重なってしまい……。

前回「リトル・ダンサー」の映画を観た時と今との間に多くの映画・演劇作品に触れてきており、そのためもあってか、初めて観たときほどの感銘を受けなかったのも事実である。ただ「愛すべき映画」という評価は変わらないように思う。デジタルリマスターされた映像も美しく、俳優達の演技も生き生きとしている。

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2024年4月 5日 (金)

これまでに観た映画より(328) 「ラストエンペラー」4Kレストア

2024年3月28日 アップリンク京都にて

イタリア、中国、イギリス、フランス、アメリカ合作映画「ラストエンペラー」を観る。4Kレストアでの上映である。監督はイタリアの巨匠、ベルナルド・ベルトルッチ。中国・清朝最後の皇帝である愛新覚羅溥儀(宣統帝)の生涯を描いた作品である。プロデューサーは「戦場のメリークリスマス」のジェレミー・トーマス。出演:ジョン・ローン、ジョアン・チェン、ピーター・オトゥール、英若誠、ヴィクター・ウォン、ヴィヴィアン・ウー、マギー・ハン、イェード・ゴー、ファン・グァン、高松英郎、立花ハジメ、ウー・タオ、池田史比古、生田朗、坂本龍一ほか。音楽:坂本龍一、デヴィッド・バーン、コン・スー(蘇聡、スー・ツォン)。音楽担当の3人はアカデミー賞で作曲賞を受賞。坂本龍一は日本人として初のアカデミー作曲賞受賞者となった。作曲賞以外にも、作品賞、監督賞、撮影賞、脚色賞、編集賞、録音賞、衣装デザイン賞、美術賞も含めたアカデミー賞9冠に輝く歴史的名作である。

清朝最後の皇帝である愛新覚羅溥儀(成人後の溥儀をジョン・ローンが演じている)。弟の愛新覚羅溥傑は華族の嵯峨浩と結婚(政略結婚である)して千葉市の稲毛に住むなど、日本にゆかりのある人で、溥儀も日本の味噌汁を好んだという。幼くして即位した溥儀であるが、辛亥革命によって清朝が倒れ、皇帝の身分を失い、その上で紫禁城から出られない生活を送る。北京市内では北京大学の学生が、大隈重信内閣の「対華21カ条の要求」に反対し、デモを行う。そんな喧噪の巷を知りたがる溥儀であるが、門扉は固く閉ざされ紫禁城から出ることは許されない。

スコットランド出身のレジナルド・フレミング・ジョンストン(ピーター・オトゥール)が家庭教師として赴任。溥儀の視力が悪いことに気づいたジョンストンは、医師に診察させ、溥儀は眼鏡を掛けることになる。ジョンストンは溥儀に自転車を与え、溥儀はこれを愛用するようになった。ジョンストンはイギリスに帰った後、ロンドン大学の教授となり、『紫禁城の黄昏』を著す。『紫禁城の黄昏』は岩波文庫から抜粋版が出ていて私も読んでいる。完全版も発売されたことがあるが、こちらは未読である。

その後、北京政変によって紫禁城を追われた溥儀とその家族は日本公使館に駆け込み、港町・天津の日本租界で暮らすようになる。日本は満州への侵略を進めており、やがて「五族協和」「王道楽土」をスローガンとする満州国が成立。首都は新京(長春)に置かれる。満州族出身の溥儀は執政、後に皇帝として即位することになる。だが満州国は日本の傀儡国家であり、皇帝には何の権力もなかった。

満州国を影で操っていたのが、大杉栄と伊藤野枝を扼殺した甘粕事件で知られる甘粕正彦(坂本龍一が演じている。史実とは異なり右手のない隻腕の人物として登場する)で、当時は満映こと満州映画協会の理事長であった。この映画でも甘粕が撮影を行う場面があるが、どちらかというと映画人としてよりも政治家として描かれている印象を受ける。野望に満ち、ダーティーなインテリ風のキャラが坂本に合っているが、元々坂本龍一は俳優としてのオファーを受けて「ラストエンペラー」に参加しており、音楽を頼まれるかどうかは撮影が終わるまで分からなかったようである。ベルトルッチから作曲を頼まれた時には時間が余りなく、中国音楽の知識もなかったため、中国音楽のCDセットなどを買って勉強し、寝る間もなく作曲作業に追われたという。なお、民族楽器の音楽の作曲を担当したコン・スーであるが、彼は専ら西洋のクラシック音楽を学んだ作曲家で、中国の古典音楽の知識は全くなかったそうである。ベルトルッチ監督の見込み違いだったのだが、ベルトルッチ監督の命で必死に学んで民族音楽風の曲を書き上げている。
オープニングテーマなど明るめの音楽を手掛けているのがデヴィッド・バーンである。影がなくリズミカルなのが特徴である。

ロードショー時に日本ではカットされていた部分も今回は上映されている。日本がアヘンの栽培を促進したというもので、衝撃が大きいとしてカットされていたものである。

後に坂本龍一と、「シェルタリング・スカイ」、「リトル・ブッダ」の3部作を制作することになるベルトルッチ。坂本によるとベルトルッチは、自身が音楽監督だと思っているような人だそうで、何度もダメ出しがあり、特に「リトル・ブッダ」ではダメを出すごとに音楽がカンツォーネっぽくなっていったそうで、元々「リトル・ブッダ」のために書いてボツになった音楽を「スウィート・リベンジ」としてリリースしていたりするのだが、「ラストエンペラー」ではそれほど音楽には口出ししていないようである。父親が詩人だというベルトルッチ。この「ラストエンペラー」でも詩情に満ちた映像美と、人海戦術を巧みに使った演出でスケールの大きな作品に仕上げている。溥儀が大勢の人に追いかけられる場面が何度も出てくるのだが、これは彼が背負った運命の大きさを表しているのだと思われる。


坂本龍一の音楽であるが、哀切でシリアスなものが多い。テレビ用宣伝映像でも用いられた「オープン・ザ・ドア」には威厳と迫力があり、哀感に満ちた「アーモのテーマ」は何度も繰り返し登場して、特に別れのシーンを彩る。坂本の自信作である「Rain(I Want to Divorce)」は、寄せては返す波のような疾走感と痛切さを伴い、坂本の代表曲と呼ぶに相応しい出来となっている。
即位を祝うパーティーの席で奏でられる「満州国ワルツ」はオリジナル・サウンドトラック盤には入っていないが、大友直人指揮東京交響楽団による第1回の「Playing the Orchestra」で演奏されており、ライブ録音が行われてCDで発売されていた(現在も入手可能かどうかは不明)。
小澤征爾やヘルベルト・フォン・カラヤンから絶賛されていた姜建華の二胡をソロに迎えたオリエンタルなメインテーマは、壮大で奥深く、華麗且つ悲哀を湛えたドラマティックな楽曲であり、映画音楽史上に残る傑作である。

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2024年4月 2日 (火)

これまでに観た映画より(327) TBSドキュメンタリー映画祭2024 「坂本龍一 WAR AND PEACE 教授が遺した言葉たち」

2024年3月28日 アップリンク京都にて

TBSドキュメンタリー映画祭2024「坂本龍一 WAR AND PEACE 教授が遺した言葉たち」を観る。監督は金富隆。前半は坂本龍一が「NEWS23」に出演したり「地雷ZERO 21世紀最初の祈り」の企画に参加したりした際の映像を中心とし、後半はTBSが収録したドキュメンタリーの映像の数々が登場する。

出演:坂本龍一、筑紫哲也、細野晴臣、高橋幸宏、DREAMS COME TRUE、佐野元春、桜井和寿(Mr.Children)、大貫妙子、TERU(GLAY)、TAKURO(GLAY)、Chara、シンディ・ローパー、デヴィッド・シルヴィアン、後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION)ほか。

筑紫哲也がキャスターを務めたTBS50周年特別企画「地雷ZERO」で、坂本龍一がモザンビークの地雷撤去作業地域を訪れるところから映画は始まる。2001年のことである。坂本龍一は、地雷撤去のための資金を集めるためにチャリティー音楽「ZERO LANDMINE」を作成することを思い立ち、デヴィッド・シルヴィアンの作詞による楽曲を完成。シンディ・ローパーなど海外のアーティストも参加した作品で、国内からも多くのミュージシャンが参加した。

その後、植樹の活動(モア・トゥリーズ)なども始めた坂本龍一。環境問題に取り組み、ライブのための照明も水力発電によるものを買って使用するようになる。

2001年9月11日。アメリカで同時多発テロが発生。発生時、ニューヨークの世界貿易センター(ワールドトレードセンター)ビルから1マイルほどのところにいた坂本はカメラで炎上する世界貿易センタービルを撮影。その後、ツインタワーであった世界貿易センタービルは倒壊し、土煙を上げる。アメリカは報復措置として、アフガン空爆、そしてイラク戦争へと突入する。坂本は「世界に60億の人がいても誰もブッシュを止められない」と嘆く。
「ニュース23」の企画で、戦争反対の詩を募集し、坂本の音楽に乗せるという試みが行われる。全国から2000を超える詩の応募があり、中には6歳の子が書いた詩もあった。その中から坂本自身が19編の詩を選び、作者のナレーションを録音して音楽に乗せる作業を行う。作業はコンピューターを使って行われるのだが、微妙なズレを生むために何度も繰り返し行われる。

日本では安保法案改正問題があり、坂本も反対者の一人として国会議事堂前でのデモに参加し、演説も行う。都立新宿高校在学時の若き坂本龍一がアジ演説を行っている時の写真も紹介される。

2011年3月11日。東日本大震災が発生。福島第一原子力発電所ではメルトダウンが起こる。
坂本は原発稼動への反対を表明。電気よりも命を優先させるべきだと演説し、50年後には電気は原発のような大規模な施設ではなく、身近な場所で作られるものになるだろうとの理想を述べる。
東日本大震災では家屋にも甚大な被害が出たが、坂本は植樹運動で育てた樹を仮設住宅に使用する。
その後、東北ユースオーケストラを結成した坂本。東北の復興のために音楽で尽力する。東北ユースオーケストラは坂本が亡くなった現在も活動を続けている。

坂本の最後のメッセージは、明治神宮外苑再開発による樹木の伐採反対。交流があった村上春樹も反対の声明をラジオで発しているが、東京23区内で最も自然豊かな場所だけに、再開発の影響を懸念する声は多い。

名物編集者、坂本一亀(かずき)の息子として生まれた坂本龍一。若い頃には父親への反発から文学書ではなく思想書ばかり読んでいたというが(音楽家になってからも小説などはほとんど読まなかったようである)、若き日に得た知識の数々が老年になってからもなお生き続けていたようである。また、音楽家が自らの思想を鮮明にするアメリカに長く暮らしていたことも彼の姿勢に影響しているのかも知れない。

映画のラストで流れるのは、「NEWS23」のエンディングテーマであった「put your hands up」のピアノバージョン(「ウラBTTB」収録)。心に直接染み渡るような愛らしい音楽である。

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2022年3月29日 (火)

これまでに観た映画より(288) 「焼け跡クロニクル」

2022年3月22日 アップリンク京都にて

新風館の地下にあるアップリンク京都で、ドキュメンタリー映画「焼け跡クロニクル」を観る。監督・撮影・編集:原まおり、原將人。

広末涼子の映画デビュー作である「20世紀ノスタルジア」などの監督を手掛けた、京都在住の映画人である原將人。彼の自宅が、2018年7月27日に全焼するという事件が起こった時に、原將人の奥さんである原まおりがスマホのカメラで捉えた映像などを中心にドキュメンタリー映画として再構成された作品である。

原將人の自宅があったのは、広義でいうと京都の西陣。より正確な住所を書くと、北野や上七軒辺りということなる。原將人自身のナレーションによると最初に出火に気付いたのは原將人のようで、「小さな火だと思ったのですぐ鎮火出来るだろう」と予想するも、思いのほか火の回りが速く、原將人は、新作映画の映像が収められたハードディスクと、その編集用のノートパソコンを取るために、煙の中に飛び込み、顔や腕に火傷を負う。出火原因については、電気コードが古くなっていた可能性が高いことが原將人監督の口から語られているが、結果は不明ということに落ち着いたようである。
風の吹いていない日だったということで、延焼は免れたのが不幸中の幸いで、原夫妻は騒がせたことを周囲の家に謝罪に行ったが、皆、同情してくれたようである。

2018年の夏は、歴史上稀な降雨量を記録しており、気温も高かった。火傷を負ったため救急車で運ばれ、入院することになった原監督であるが、熱中症の患者が多く運ばれていたためか、翌日には退院させられてしまったようである。火傷の処置は長男が手伝ってくれた。
新作の映像は無事であったが、それまでに撮った映画のフィルムや、プライベートを収めた8ミリフィルムは駄目になってしまう。8ミリフィルムのなんとか再生可能な箇所がスクリーンにたびたび映される。家族の思い出がそこには収められていた。

原將人は、親子ほども年の離れたまおり夫人と結婚。奥さんの実家から猛反対されたそうだが、長男が生まれると態度も軟化し、一家を応援してくれるようになったという。原監督は、自身と奥さん、長男と双子の女の子の計5人家族。まおり夫人は当日、仕事に出ており、長男から電話で知らせを受けても、頭が真っ白になって、すぐには実感が生まれなかったようである。帰宅後、全員の無事を確認、とっさにスマホで撮影を行い、これが本編映像として生きることになる。その後もまおり夫人はスマホでの撮影を続行する。スマホによる録画であるが、最近のスマホは性能が良いため、商業作品に耐えるだけのクオリティを持った映像が続く。原將人監督とまおり夫人が、山田洋次、大林宣彦、大島渚等と共に撮影した写真が収められたアルバムは焼け残っていた。

家を失った一家は、公民館に身を寄せるが、数日で退去する必要があり、それまでに知人の紹介により、なんとか家財道具付きのアパートを見つけることが出来た。家が全焼するという災難に遭った一家であるが、前向きに困難を乗り越えていく様が印象的である。原監督とまおり夫人の性格を受け継いだためか、子供達が動揺せずに、淡々と現実に向き合っていることも心強い。

一方で、原將人監督の芸術家としての資質を強く感じさせる場面もある。出火を目にした時に、「火が手を繋いで踊っているように見えた」と原監督は語る。困難に遭遇した時でさえそこに美を見いだす感性。十代の頃から映像を撮り続けている原監督の映画人としての矜持と本質が垣間見える気がした。

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2022年2月15日 (火)

これまでに観た映画より(281) 没後40年 セロニアス・モンクの世界「MONK」

2022年1月31日 アップリンク京都にて

アップリンク京都で、「没後40周年 セロニアス・モンクの世界『MONK(モンク)』」を観る。「セロニアス・モンクの世界」は「MONK」と「MONK IN EUROPE」の2本立てであり、共に上映時間1時間ちょっとと短いが、料金は1000円と安めに抑えられている。

ジャズ・ジャイアンツの中でも、一風変わったピアニストとして知られるセロニアス・モンク(1917-1982)。独学でピアノを習得し、ペダルの使用を控えた独特の響きと独自のコード進行などで人々を魅了している。今回の映像は、1968年に製作されたモノクローム作品で、ニューヨークのヴィレッジヴァンガードなどでの本番やリハーサル、モンクの日常の風景などを収めている。監督は、マイケル・ブラックウッド。

劇中でモンクは、1917年にノースカロライナで生まれたこと、母親が子供をニューヨークで育てたがったため、幼くしてニューヨークに移ったことなどを話している。モンクの若い時代については、本人が余り語りたがらなかったようで、今も良くは分かっていないようである。

ジャズ・ジャイアンツの多くは奇行癖の持ち主であったが、モンクもその場で何度もグルグル回ってみたりと謎の行動を見せている。煙草をくゆらせながら汗だくでピアノを弾いているが、リハーサルに密着した映像では酩酊したような語りを見せており、薬の影響が疑われるが、実は1970年代に入ると、セロニアス・モンクは表舞台から遠ざかってしまう。躁鬱病(双極性障害)であった可能性が高いとのことなのだが、あるいはこの時の喋り方は病気の予兆なのかも知れない。

情熱的で個性豊かな音楽を生んだ不思議な音楽家の姿を収めた貴重なフィルムである。

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2021年12月26日 (日)

これまでに観た映画より(269) 「HARUOMI HOSONO SAYONARA AMERICA 細野晴臣 サヨナラ アメリカ」

2021年11月26日 アップリンク京都にて

アップリンク京都で、細野晴臣のライブドキュメンタリー映画「HARUOMI HOSONO SAYONARA AMERICA 細野晴臣 サヨナラ アメリカ」を観る。細野晴臣が2019年5月にニューヨーク、6月にロサンゼルスで行ったアメリカライブの映像を中心とした構成である。監督はNHK出身の佐渡岳利(さど・たけとし)。「イエローマジックショー」も手掛けた監督である。タイトルは、細野が所属したはっぴぃえんどの楽曲「さよならアメリカ さよならニッポン」から取られており、同曲を細野が再録音したものが映画のエンドロールで流れる。

日本音楽界に燦然と輝くカリスマ、細野晴臣。イエローマジックオーケストラ(Yellow Magic Orchestra。YMO)などで世界的な名声も得ており、今回のドキュメンタリー映画でも細野の音楽について熱く語るアメリカ人が何人も登場する。

初期の代表作である「HOSONO HOUSE」のリメイク「HOCHONO HOUSE」をリリースして話題にもなったが、「HOCHONO HOUSE」制作中にロームシアター京都サウスホールで公演を行っており、「HOSONO HOUSE」のナンバーを何曲も歌ったが、今回の映画でも京都でのライブと同一の楽曲がいくつか流れる(「住所不定無職低収入」「北京ダック」「SPORTS MEN」「GHOO-CHOOガタゴト」など)。

ニューヨークでの公演開場前に列をなしている人々に被さるようにして「In Memories of No-Masking World」という文字が浮かび上がるが、「出掛ける時はマスク」が常態化している現在(2021年11月)から見ると、誰もマスクをしていない光景は異世界のように感じられる。途中にバックバンドのメンバーがコロナ下での生活状況について語るシーンがあるのだが、高田漣が「これまでの音楽人生の方が夢だったんじゃないか」という意味のことを語る場面があり、新型コロナが生んでしまった断絶を観ているこちらも強く感じる。

「芸術とは最も美しい嘘のことである」とドビュッシーが語ったとされる。その言葉が浮かぶほどにスクリーンの向こう側は美しく、生命力に満ち、華やかな世界が音楽によって形作られている。それがコロナを経た今となっては虚構のようにも見えるのだが、今の世界にあって、それだけが本当に必要なもの、あるいは全てのような実感も覚えるのだから不思議である。「こういうもの」のために世界はあるのではなかろうか。「こういうもの」のために我々は「今」を耐えているのではなかろうか。
とにかく「ここ」には人種や国境を超えた調和がある。「今」を耐えた暁には、またいつか結び合える時が来る。隔てられた世界の映像を観た後で、「欠落感」とその奥に浮かぶ上がる音楽という名の希望を見いだしたような複雑な感情が胸に去来した。

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2020年10月11日 (日)

これまでに観た映画より(216) 「マイ・バッハ 不屈のピアニスト」

2020年10月6日 姉小路烏丸・新風館地下のアップリンク京都にて

アップリンク京都でブラジル映画「マイ・バッハ 不屈のピアニスト」を観る。ブラジル出身のピアニスト・指揮者のジョアン・カルロス・マルティンス(1940- )の人生を描いた映画である。劇中で響くピアノの演奏は、ジョアン・カルロス・マルティンス自身が録音した音源が用いられている。
監督・脚本:マウロ・リマ。出演:アレクサンドロ・ネロ、ダヴィ・カンポロンゴ、アリーン・モラエス、フェルナンダ・ノーブルほか。ブラジルのみならず、ウルグアイやアメリカなどでのシーンもあるため、ポルトガル語、スペイン語、英語の3種類の言語が劇中で飛び交う。

リオデジャネイロ・パラリンピックの開会式でブラジル国歌をピアノで弾いたことで注目を浴びたジョアン・カルロス・マルティンス。だが実際は若い頃から期待されていたピアニストだった。彼の不注意によるところも大きいのだが、怪我によってキャリアが順調に行かず、近年は指揮者として活躍している。
邦題は「マイ・バッハ 不屈のピアニスト」であるが、実際にはバッハ以外の楽曲も多く演奏されており、タイトルとして余り適当でないように思われる(原題は「ジョアン ア マエストロ」)。

「20世紀最も偉大なバッハ奏者」といわれたこともあるジョアン・カルロス・マルティンス(ただ、個人的にはこうした肩書きを持つピアニストは見たことはない。「20世紀最も偉大なバッハ奏者」というとグレン・グールドを思い浮かべる人が多いだろうし、ブラジル出身のバッハ弾きとしては「第二のグレン・グールド」とも呼ばれたジャン・ルイ・ストイアマンの方が有名である)。

サンパウロに生まれたマルティンスは子どもの頃に女性のピアノ教師に教わり始めるが、想像を絶する速さで楽曲をものにしてしまい、彼女が推薦する更に有能なピアノ教師の下で学ぶことになる。その神童ぶりはブラジル中を沸かせ、祖国の英雄的作曲家であるヴィラ=ロボスからも賞賛される。ウルグアイとアルゼンチンを経て(それまでのストイックな生活の反動でウルグアイの首都モンテビデオでは売春宿に泊まって遊びほうけたりしている)アメリカデビューも成功。リストを得意としたヴィルトゥオーゾピアニストであるホルヘ・ボレットが「弾けない」として降りたヒナステラのピアノ協奏曲に挑んで成功し、アメリカで契約を結んで移住。レナード・バーンスタインなどアメリカ最高の音楽家とも知遇を得、妻子にも恵まれて順調に思えた人生だったが、サッカーの練習に飛び入りで参加した際に余り整地されていないグラウンドで転倒し、右肘に裂傷を負う。そしてこれが原因で右手の指が上手く動かなくなってしまう。ヴィルトゥオーゾタイプであっただけに深刻な怪我だったが、リハビリや十分な休養などを取ることでピアニストとしての生活に戻ることが出来るようになる。一方で、妻子には去られた。
その後、バッハ作品のレコーディングにも力を入れたマルティンスであるが、ブルガリアでのレコーディングを行っている時に路上で暴漢に襲われ、頭を負傷したことで右手に繋がる神経の働きが弱まってしまう。会話のための回路を右手の動きのために譲り渡すことでなんとか演奏を続け、最終的には左手のピアニストとしてラヴェルの左手のためのピアノ協奏曲などを弾いて聴衆を沸かせたが、左手にも異常が見つかるようになり、指揮者へと転向する。自身よりずっと年下の指揮者に師事し、バトンテクニックを身につけようとする様も描かれている。

 

存命中のピアニストの伝記映画であるが、神格化することなく「不完全なところ」を結構描いていることにまず好感が持てる。神童から名ピアニストへという成長過程を見ることになるのだが、嫌みな感じに見えないのはマルティンスが感じさせる人間くささが大きいと思われる。これにより単なる「いい話」から免れている。
怪我などを繰り返したピアニストということで、我々は成長過程を「子どもから大人へ」の1度切りではなく何度も確認することになる。一度はピアニストを諦め、他の職業や音楽関係のマネージメントへと回るも執念で復帰し、その後も不運は続くが音楽への情熱を捨てることがないマルティンスの姿勢にはやはり勇気づけられるものがある。

ちなみに映画公開後であるが、マルティンスがバイオニック技術が生んだ「魔法の手袋」を使って両手でピアノを弾く様が公開され(マルチェッロのオーボエ協奏曲より第2楽章をバッハが鍵盤楽器用に編曲したバージョンが弾かれている)、感激しながら演奏するマルティンスの姿が大きな反響を呼んでいるようである。

 

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