カテゴリー「京都劇場」の12件の記事

2026年3月10日 (火)

観劇感想精選(509) 稲垣吾郎主演「プレゼント・ラフター」

2026年3月5日 京都劇場にて観劇

午後6時から、京都劇場で、「プレゼント・ラフター」を観る。ノエル・カワードが自身の生活をモデルにしたとされるドタバタ喜劇。ノエル・カワードはシチュエーションコメディが得意な人だが、この劇は完全にスラップスティックである。

ロンドンにあるギャリー・エッセンディーン(稲垣吾郎)の高級アパートメントの一室が舞台であり、セットの転換はない。

作:ノエル・カワード、テキスト日本語訳:徐賀世子(じょ・かよこ)。演出:小山(こやま)ゆうな。
出演:稲垣吾郎、倉科カナ、黒谷友香、桑原裕子、望月歩、金子岳憲、中谷優心、白河れい、浜田信也、広岡由里子。

時代から言って、多くの人が喫煙をするが、ニコチンなしの茶葉スティック、つまり偽煙草であることがホワイエに掲示してある。今はどの芝居も演技で用いるのは「ネオシダー」などの偽煙草であることが掲示されており、事実上、舞台上で本物の煙草を吸うことは不可能になっている。この茶葉スティック、結構匂う。

トップクラスのスター俳優であるギャリー・エッセンディーン。間違いなく成功者だが、俳優の職業病故か、常に演技をしてしまう癖がある。そう言いつつ演技でない部分も多いと思われるが、「マクベス」の「眠りを殺した」など有名ゼリフを引用してしまうことがある。

2日間の出来事が描かれる。ギャリーの朝は遅め。スウェーデン人の家政婦であるミス・エリクソン(広岡由里子。広岡由里子に家政婦役だけではもったいないので、もう一つ別の役を演じる)が掃除をし、付き人兼使用人のフレッド(中谷優心)が朝食を作り、秘書のモニカ(桑原裕子)が、ギャリーが起きる前にやるべきことを始める。主が起きるより先に働いているので、この人達は住み込みなのだと思われる。
ギャリーには妻のリズ(倉科カナ)がいる。彼女は劇作家で業界人だが、現在は別居中だ。

だが、この家にやたらと人が訪ねてくる。アフリカでのツアーが迫っており(この時代、イギリスはアフリカに多くの植民地を持っていた。今は全て手放しているが、元英国領の多くは英語を公用語としている。ということでアフリカの植民地でなら英語での芝居が打てたのである)、その関係者が来るのは分かるのだが、劇作家志望のローランド・モール(望月歩)が戯曲を読んでほしいと訪ねてきたり(リズが本職の劇作家なのでリズに聞いた方がいいような気がするが、二人が夫婦と知らないのかも知れない。ギャリーは「20回作品を書け、そうすれば21回目に光が見える」とアドバイスする)、プロデューサーのヘンリー・リピアット(金子岳憲)の妻のジョアンナ(黒谷友香)が、「トスカニーニ(指揮)のコンサートを聴きに行ったけれど鍵を落とした」というので夜遅く訪ねてくる。二人が抱き合うのが第1幕のラストだが、二人は普通に考えて男女の関係になっているということで、仕事関係で女を巡るゴタゴタが起こりそうになったりする(ギャリーが大スターなので、よく起こるような展開にはならない)。

その他にも、ギャリーに憧れた母子が訪ねてきたりする。

なんでこんなに人が訪ねてくるんだろうという展開には、三谷幸喜作の「巌流島」の佐々木小次郎(益岡徹)のセリフ、「どうして今日に限って沢山人が訪ねてくるんだ!」が思い起こされたりするが、三谷幸喜も連なる英米系の喜劇作家の作風を作り上げたのがノエル・カワードだと言っても差し支えないので、似てはくるのである。「巌流島」で人が訪ねてくる理由は、「宮本武蔵の居場所が珍しく知られているから」だが、ギャリーに会いに来るのは、「今日を逃すとしばらくギャリーに会えないから」だと思われる。

ノエル・カワードは、1899年生まれ。聖歌隊で知り合った両親の子であり、音楽的才能にも優れていた。階級的には下層中流階級で、余り大金を稼ぐことは望めないが、母親が「子役募集」のチラシを見つけ、息子の才能を信じて応募。ノエルは売れっ子子役となり、そのまま俳優、劇作家へと進んでいく。学校教育はほとんど受けていない。

常に自分を格好良く見せる強迫に駆られているようなギャリーだが、稲垣吾郎なら伊達男を演じても嫌な気はしない。
倉科カナは、初舞台を観ている女優である。2008年、兵庫県立芸術文化センター中ホール。クラシックの室内楽とコラボレーションした「4×4」という芝居である。当然ながら演技は上手くなかったが、それから5年後に上川隆也主演版の舞台「真田十勇士」にくノ一役で出たときはかなりの成長が見られ、今日の演技も役に馴染んでいる。
なお、イギリスが舞台なので、基本的に新劇スタイルの演技が採用されている。
黒谷友香は久しぶりだが、大人の女の色香がほんのりと漂い、魅力的。彼女とならギャリーが間違いを犯したとしても仕方ないように思える。

出捌けが多く、とにかく導線が重要となる舞台である。登場人物達も個性的で、ローランドが2日目に特に用もないのに訪ねてきたり、ジョアンナが夫のヘンリーの前で2人の男と関係を持ったことを明かしてしまったりと、2日間だというのに、10年分のことが起こったりする。

ヘンリック・イプセンの「ペール・ギュント」の話が出てくる。イプセンがレーゼドラマ(読むための戯曲)として書いたもので、上演を想定していなかったが、クリスチャンセン(現・オスロ)の国民劇場から何度も上演依頼があり、イプセンも「グリーグの劇附随音楽付きでなら」と許可。当初は大ヒットするが、一度上演が途切れるとほとんど上演されなくなる。
「ペール・ギュント」は、山の魔王の娘と結婚させられそうになったり、モロッコで富豪になったり、アラビアで予言者となって尊敬されるも騙されて無一文になったりと波乱万丈のストーリーである。予言的ではある。
「ペール・ギュント」の舞台でもあるアフリカでのツアーには妻のリズも愛人となったジョアンナも同行するようだ。

稲垣吾郎に最も合う音楽は、マーラーの「アダージェット」だと思っていたが、今日は実際にアダージェットが響く。ギャリーが蓄音機から流した。

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2025年6月 9日 (月)

観劇感想精選(491) 「リンス・リピートーそして、再び繰り返すー」

2025年5月10日 京都劇場にて観劇

午後6時から、京都劇場で、「リンス・リピート―そして、再び繰り返す―」を観る。作:ドミニカ・フェロー、テキスト日本語訳:浦辺千鶴、演出:稲葉賀恵(いなば・かえ)。出演:寺島しのぶ、吉柳咲良(きりゅう・さくら)、富本惣昭(とみもと・そうしょう)、名越志保(なごし・しほ)、松尾貴史。

ドミニカ・フェローは、まだ二十代と思われる若い劇作家。この「リンス・リピート」は、自身が摂食障害を患っていたニューヨーク大学在学中に多くの演劇を観るも摂食障害を取り上げた作品が一つもないことに気付き、自伝的作品として書き上げたもので、オフブロードウェイでの初演時は、自身が摂食障害のレイチェル役を演じたそうである。なお、劇中ではレイチェルは名門イェール大学法学部在学中で弁護士を目指しているが、ドミニカ・フェローは法学ではなく、ニューヨーク大学では演劇を学んでいる。

アメリカ、東海岸。コネチカット州グリニッジ。ジョーン(寺島しのぶ)は、エクアドル系のヒスパニックである。ヒスパニック系は、アメリカでは数は多いが最下層と見なされ、最も差別されている。そこから這い上がって弁護士となり、今では共同弁護士事務所を立ち上げるというキャリアウーマンであるジョーン。ジョーンの夫のピーター(松尾貴史)は、名家出身だが、経済力はなく、セミリタイアのような生活を送っている。ということでジョーンが一家を支えている。
長女のレイチェル(吉柳咲良)は、イェール大学の4年生。成績も優秀だが、摂食障害を患い、レンリーという施設に入っている。
長男のブロディ(宮本惣昭)は高校3年生。フットボール選手として活躍したため、名門のノートル・ダム大学への進学が決まっている。

人種差別の激しいアメリカ。ヒスパニック系が勝ち上がるには専門職に就くしかない。ジョーンはそうして勝ち抜いてきた。名門大学に入り成績優秀な娘にも同じ道を歩むことを望んでいる。

レイチェルが施設から帰ってくる。吉柳咲良はミュージカル俳優として期待されている人だが、今回はストレートプレーなので歌はないのかと思っていたが、短いもののスキャットで歌ってくれる。このレイチェルがしょっちゅう着替えるのだが、それによって時間の経過や場所の移動が分かるようになっている。
入院施設レンリーは、一度は回想として、一度は悪夢の中に出てくる場所として登場する。レンリーでレイチェルを受け持つのは、ブレンダ(名越志保)というセラピスト。実はこのブレンダは黒人という設定なのだが、今の日本では肌を黒く塗って黒人を演じることは禁忌とされているため、とくに何も施さずに登場。おそらく黒人だと分かった人はいないと思われる。

レイチェルは、イェール大学で文系クラスを受講していることをジョーンに打ち明け(ジョーンも「学生時代、詩の授業を取ってたわよ」と返す)、レンリーでも詩を書いてブレンダに見せている。だが自信があるわけではなく、「エミリー・ディキンソン(「希望とは翼あるもの」などで知られる米国最高の女流詩人。半引きこもりのような生涯を送り、若くして亡くなっているが、生前は詩を発表せず、死後に発見された詩の数々が反響を呼び、世界的名声を得る。日本でも岩波文庫から英文と日本語対訳の詩集が発売されるなど人気は高い)ぐらいでないと」と自らの才能に限界を感じているようでもある。また、レイチェルは自殺を図ったことがあるが、それを仄めかすナイフの詩を書いていた。
4ヶ月大学を休んでいたレイチェル。だがそれまでの成績が優秀だったため、イェール大学ロースクールの受験資格はありそうである。
だが、本当は、レイチェルは、法学ではなく文学の道に進みたくて、それが摂食障害に繋がったのでは……、と思わせるのはミスリード。この家には何故か体重計が母親のジョーンの部屋に置いてあるのだが、これが伏線になっている。

ヒスパニック系の話であり、親子の話であり、心理劇であり、ミステリーの要素も含まれる。

母親のジョーン役の寺島しのぶが主演で、彼女が出ると空気が引き締まり、いかにも格上という感じがするのだが、レイチェルを演じる吉柳咲良が舞台上にいる時間が最も長くセリフも多く、また初演時に作者が自分自身のこととして演じているため、W主演的な位置にある。寺島しのぶと吉柳咲良とでは本当に親子ほど年齢が離れているので、なかなかW主演とは銘打ちがたいのだが。
寺島しのぶと吉柳咲良が抱き合ってから、吉柳咲良が客席通路を通って退場するのは、母からの巣立ちを意味すると思われる。

吉柳咲良は、昨年、朝ドラ「ブギウギ」では、主人公のスズ子(趣里)に挑もうとする若手歌手の水城アユミ役、大河ドラマ「光る君へ」では1話だけの出演だったが、のちに『更級日記』などを書くことになる菅原孝標女を演じて話題になり、お茶の間にも知名度を拡げている。今年はTBS日曜劇場で詩森ろばが脚本を書いた「御上先生」に髙石あかりらと共に生徒役で出演している。

 

今日は上演終了後にアフタートークがあり、寺島しのぶ、松尾貴史、吉柳咲良の3人が出演する。松尾貴史は、始まってから終わるまで一度も客席から笑いの起こらない芝居に出るのは初めてだと語る。

客席からの質問があり、消え物の話のほか、細かいところも質問として出た。

アフタートークが終わり、寺島しのぶと松尾貴史は、客席に手を振る。吉柳咲良はそのまま退場しようとして、二人が手を振っていることに気づき、慌てて手を振るなど微笑ましい。

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2025年5月27日 (火)

音楽講談「京都博覧会」 四代目 玉田玉秀斎+かとうかなこ

2025年5月5日 京都劇場にて

午後4時から、京都劇場で、音楽講談「京都博覧会」を聴く。講談師の四代目 玉田玉秀斎とクロマチックアコーディオン奏者のかとうかなこの二人による公演。全席自由である。宣伝はほとんど行われておらず、入りは余り良くない。

左京区岡崎にある平安神宮が、元々は内国勧業博覧会のパビリオンとして建てられたものであることは比較的知られているが、それに至るまでの京都博覧会の数々や、そもそも京都で博覧会が行われるまでを玉田秀斎が創作講談として語る。

ちなみに、玉秀斎が、「講談を聞いたことがある人」と聞くと半分くらい手が上がったが、玉秀斎は、「余りいらっしゃらない」「講談は落語とは違います。講談は歴史を扱います。よく、『今日の落語面白かったわねえ』を仰るお客さんがいるんですが」「講談には落ちがありません。『今日の話、落ちがなかったわねえ』を言われたりしますが、それが普通です」

かとうかなこが、クロマチックアコーディオンについて聞くが、知っている人はほとんどいない。じゃあ、今日のお客さんは何しに来たんだろう? と思うが、本当に何しに来たのかは分からない。

 

玉田玉秀斎は、幕末の京都で活躍した神道講釈師・玉田永教の流れを汲む。学究肌で、三重大学大学院修士課程「忍者・忍術学コース」という、この大学院でしか学べないことを学び、昨年の4月からは和歌山大学大学大学院観光学研究科後期博士課程で「講談における忍術」を学んでいる。その他に京都検定2級取得。

かとうかなこは、大阪を拠点にしているアコーディオン奏者としては、一番目か二番目に有名な人である。大阪府豊中市出身。豊中には大阪音楽大学があるほか、幸田姉妹や児玉姉妹といった有名音楽家が輩出している。4歳からアコーディオンを始め、17歳の時に第8回全日本コンクール優勝。高校卒業後はパリに留学し、パリ市立音楽院、CNIMA国際音楽院に学ぶ。フランス時代には、「ほとんどアコーディオン奏者しかいない村」でひたすら演奏に励んだ経験も持つ。
実演に接するのは、3度目か4度目。昨年は、久石譲指揮日本センチュリー交響楽団のツアーに参加し、京都コンサートホールでも交響組曲「魔女の宅急便」でアコーディオンパートを弾いていたが、クレジットがなかった上、ステージから遠かったため、弾いていたのがかとうさんだと知ったのは、九州での公演がセンチュリー響のSNS上に載ってからであった。
今日は、製造後60年ほど経ったクロマチックアコーディオンを弾くが、途中で1920年製造の「おばあちゃん」アコーディオンも弾いた。
ちなみにクロマチックアコーディオン(ボタン式アコーディオン)は、右が54鍵、左が92鍵である。
演奏曲目は、「あこだん音頭」、「箱の中の少年」、「楽器遊び」、「その先にあるもの」、「はじまりの音」、「故郷の空」(スコットランド民謡)、「まるたけえびす」(演奏ではなく歌唱)、「あかね雲」、「ミルメルシー」、「20160902」、「リコモンス」「あこだんブギ」
今日は袴をはいた女学生のような格好である。

 

幕末、幕府の勢力は弱まり、西日本の志士が京都に出てきていた。特に長州の勢いが強く、倒幕を目指した。選んだ手段は人斬り。幕府側も黙っていないということで、京都は辻斬りが横行する物騒な場所となっていた。佐久間象山が暗殺され、禁門の変が起こり、京の7~8割が延焼により焼失(どんどん焼け)。徳川方の新選組や京都見廻組が街を闊歩し、3年後には龍馬暗殺がある。明治に入っても、横井小楠や大村益次郎が京で暗殺され、更に東京奠都があり、睦仁天皇が東京に移る。天皇が東京に移ると商家なども東京へ。ということで京都の人口は幕末の3分の2までに落ち込み、このままでは京都は狐や狸が跋扈する荒れ野に帰すということで、第2代京都府知事の槇村正直(長州出身)が、琵琶湖疎水や電車の計画を立てる(その他、新京極商店街を作ったりしている)。更に、山本覚馬(会津出身)が妹(山本八重)の婿である新島襄(安中藩出身者の家に生まれるが、生まれ育ちは江戸)と同志社英学校(現在の同志社大学の前身)を建て、更に外国語教育の重要性を呼びかけて、同志社英学校とは別の、国費による英学校、仏学校、独学校が建てられて、多くの学生が学んだ。彼らの多くが留学し、留学先で専門教育を受け、帰国後に旧制大学や旧制専門学校で教壇に立ち、日本語で授業を行うようになる。これが日本式の教育者輩出システムである。他の国は英語で教育を受け、英語で教えるシステムであるため、高等教育を母国語で受けることはほとんどない。
その他に、「学校がいる」ということで、学制が発布される前に番組小学校を創設。日本で初めて初等教育の基礎が出来上がった。
だが、やはり人が集まらないと京都は活気づかないということで、福沢諭吉の『西洋事情』にヒントを得て、博覧会を行うことにする。槇村正直の他、三井、小野、熊谷(鳩居堂)といった豪商が協力する。烏丸の東本願寺は街中にあるためにどんどん焼けで全焼したが、西本願寺は当時は街中近くの田舎で周りに田んぼと畑しかない堀川の地にあったため延焼を免れており、広大な寺地を会場に使える。更に洛外鴨東で火事の影響がなかった建仁寺と知恩院を会場として京都博覧会が行われた。神戸の外国人居留地から外国人も多く招かれた。
だが、振り返ってみると、「我々がやったのは骨董市じゃないか?」という反省が出て、「御所で博覧会をやろう」「動物園をやろう」などのアイデアが生まれ、実現される。
京都観光の目玉の一つである祇園甲部の都をどりも京都博覧会の出し物の一つとしてこの時に始まっている。

一方、東京では、政府主導の内国勧業博覧会が上野を会場に行われていた。上野で3回行ったが、今度は東京以外でやろうということになり、京都と大阪が手を挙げた。第4回の会場に決まったのは京都。開催されるのが1895年で、平安遷都(794年)から1100年が経つというのも後押しになった。なお、大阪では第5回の内国勧業博覧会が行われたが、内国勧業博覧会が行われたのは大阪が最後になった。

メイン会場として、平安京大内裏の朝堂院の8分の5サイズでの復元が計画されたが、本来それがあった千本丸太町付近の用地買収には失敗し、かつては白河と呼ばれた岡崎の地での復元と、メイン会場設置が決定。岡崎は、日本初の水力発電所のある蹴上からも近いことから、岡崎から京都駅までの電車が引かれ、日本初の本格的電車運行がスタートした。第4回内国勧業博覧会は多くの人を京の街に呼び、大成功となる。
朝堂院は、桓武天皇を祀る平安神宮の社殿となる(その後、孝明天皇も合祀)。そして今では京都三大祭の一つに数えられる時代祭が始まるのであった。

この間、かとうが客席通路を歩き、あちこち回りながら演奏を行う。

最後はスクリーンが降りてきて、様々な史料や京都博覧会や第4回内国勧業博覧会の絵や写真などが示される。

上演時間が短いように感じられたが、実際は約80分と、通常の講談よりは長めであった。

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2025年4月 1日 (火)

観劇感想精選(488) 東京サンシャインボーイズ復活公演「蒙古が襲来」

2025年3月13日 京都劇場にて観劇

午後6時から、京都劇場で、東京サンシャインボーイズ復活公演「蒙古が襲来」を観る。
1994年に、30年間の充電期間に入ることを発表した東京サンシャインボーイズ。復活するのは2024年、東京の新宿シアタートップスにおいての「リア玉」であることが発表されていた。途中、新宿シアタートップスが閉館する際に、「return」という特別公演を行った東京サンシャインボーイズだが、充電期間は続き(コロナの時期に近藤芳正の呼びかけで、東京サンシャインボーイズの元メンバー達を中心としたZoom朗読劇「12人の優しい日本人」が生配信されたことはある)、2024年になって復活の動きが始まり、タイトルや内容も「蒙古が襲来」に変わったが、日本全国での公演を行うこととなった。

なお、関西では、大阪(SkyシアターMBS)と京都(京都劇場)の2カ所での上演を行う。1カ所だけでも良いと思うのだが、復活公演なのでより多くの人に観て貰いたいということ、また近藤芳正が現在は京都市を本拠地としているということで、京都での公演は外せなかったのかも知れない。なお、近藤芳正は後期の東京サンシャインボーイズには毎回出演していたが、全て客演で、東京サンシャインボーイズのメンバーだったことは1度もない。

作・演出:三谷幸喜。出演は、梶原善、宮地雅子、相島一之、吉田羊、小林隆、西村まさ彦、阿南健治、西田薰、谷川清美、野仲イサオ、甲本雅裕、近藤芳正、小原雅人、伊藤俊人(声の出演)。台詞を言う順番での表記である。吉田羊は、東京サンシャインボーイズの研究生としての出演らしい(他の俳優はアラ還だが、吉田羊は年齢非公表ながらアラフィフである)。エンディングテーマは、「どんちゃんの歌」(作詞・作曲:甲本ヒロト。甲本ヒロトは甲本雅裕の実兄である)。

東京サンシャインボーイズは、作を三谷幸喜、演出を山田和也が手掛けるのが常だったが、山田が売れっ子演出家になったことと、三谷が演出も兼ねることが多くなったことで、今回も作・演出:三谷幸喜となっている。三谷が演出も兼ねるようになったのは、映画「ラヂオの時間」で監督を務めた辺りからで、映画で演出をやるんだから舞台もという流れになったのかも知れない。初期の東京サンシャインボーイズでは、一橋壮太朗の芸名で出演もしていた三谷だが、役者は廃業している(コロナで倒れた俳優の代役として出演し続けたことはある)。
日本大学藝術学部演劇学科出身の三谷幸喜が旗揚げした東京サンシャインボーイズ。宮地雅子、小原雅人、演出の山田和也のように日大藝術学部演劇学科出身のメンバーもいるが(伊藤俊人も日大藝術学部演劇学科出身だが東京サンシャインボーイズ旗揚げには加わらず、サラリーマンに。その後、脱サラして東京サンシャインボーイズに加入したため、後期メンバー扱いである)、学内サークルからの発足などではなく、寄せ集め。初期には日大藝術学部音楽学科出身の深沢敦がいたり、明治大学文学部演劇学専攻出身の松重豊がいたりした(松重は、「こんな劇団売れないよ」と退団したが、後に見る目がなかったことを認めている)。
相島一之は立教大学、小林隆は明治大学の出身、甲本雅裕は京都産業大学を出て、大阪でのサラリーマンを経ての参加。西村まさ彦は、東洋大学中退後、地元・富山の写真専門学校を出て、カメラマンのアシスタントなどを経て、再上京後に新劇の劇団に入ってからの参加である。梶原善は専門学校出身。近藤芳正は学歴非公開で、渡辺正行が主宰だったこともある劇団七曜日出身である。阿南健治も学歴非公開だと思われる。

影アナを行うのは塩竃サンシャインボーイズこと山寺宏一。「携帯電話のスイッチをオフ」など諸注意から突然、脇にそれた話をしたりする。

 

今回は、文永11年(1274)10月の対馬国を舞台とした時代劇である。歴史の知識のある人は、後に元寇と呼ばれることになる元の国=モンゴル人=蒙古の王朝の襲来があり、対馬が占領されることは分かっている。だが、当の本人達はそんなことは知らない。

対馬の浜辺。背景に海が広がる。ムクリ(モンゴル)が攻めてくるとの噂があり、鎌倉から御家人のサカザキ(小原雅人)が情報を得るために下向してくる。一方、漁師のニラブ(梶原善)はある音の拍子が気になっていた。ニラブの妻のカメ(トラジの妹。演じるのは宮地雅子)はサカザキをもてなすための料理作りに励んでいたが、歩き巫女のおばば(吉田羊)に後に台無しにされてしまう。占いなどを行う歩き巫女。大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では大竹しのぶが歩き巫女を演じていたが、今回は吉田羊が起用されている。やはり雰囲気を持った女優でないと味わいが出ないのであろう。一方、家屋の中には烏帽子をかぶった上品な着物姿の男の後ろ姿が数秒のみ見える。九条実実(くじょう・さねざね)であるが、九条実実は、故伊藤俊人が録音された声のみで演じているため、誰か別の俳優が一瞬だけ代理で出ているのであろう。
村長と思われるオンゾ(西村まさ彦)、その息子であるトラジ(相島一之)、トラジの幼馴染みであるタマオ(小林隆)などもサカザキの饗応や、ムクリの動向などが気になっている。浜でムクリの者と思われる遺体が見つかり、オンゾらはそれを砂山に隠している。
一方、ジンタ(甲本雅裕)が、壱岐から対馬にやって来ていた。ジンタはカメの元恋人であったが、遭難して数年行方不明に。その間にジンタを諦めたカメはニラブと結婚して二児をもうけた。しかし、ある日突然、ジンタが帰ってくる。しかしカメが結婚したとあってはもうどうにも出来ず、二人で浜辺で抱き合って、その後、ジンタは壱岐へと去ったのであった。そのジンタは壱岐で見張りの仕事をしていたのだが、コクリ(高句麗=高麗)の海辺にムクリの船が並んでいるのを見て、知らせに来たのだった。饗応には教養のある人がいるということでゴングージ(権宮司。近藤芳正)が遅れて現れたのだが、「対馬よりも(朝鮮半島から)遠い壱岐からなんで高麗が見えるのか?」と疑問をぶつけ、ジンタは答えることが出来ない。
オンゾは、この頃、女郎のウツボという女性(谷川清美)に入れ揚げているが、年齢故か、今で言う認知症のような症状が出ることがあるという。だが実は……。
トラジは、対馬に帰ってきたばかり、それまでは20年ほど、都で武門に仕えていた。下足番に始まり20年、最後まで下足番であった。「才能がないんじゃないか」とニラブに言われるトラジであったが、「今からでも遅いということはない」とやる気だけはある。
サカザキが到着し、ムクリに関する情報を知る者はいないかと聞くが、見ていないという証言が多い。オンゾは「異国がこの地に攻め寄せてきたことはございません」と語る(実際は刀伊の入寇があったはずだが、300年近く昔の話であり、人々の記憶からは消えているのだろう)。タマオは、船で流されてムクリに着いたことがあるという話を始める。また鍋についても、これは鉄鍋ではなくムクリの兜だということになるのだが。
隣村の村長であるウンジ(野仲イサオ)もサカザキに会うために来ていたが、「ムクリなんぞやっつけてやる」と息巻いている。
一方、たまたま対馬を訪れていた傀儡師のましら(阿南健治)ときんば(西田薰)は、芸を披露する。余り上手くないが、それは……。
トラジは、サカザキに才能を見込まれ(というほど何もしていないが)鎌倉に来て仕えぬかと言われる。トラジほどでなくても皆、出世欲はあり、ゴングージはムクリを発見すればその功で伊勢神宮の神官に推挙して貰おうなどと狙っていたりする。ゴングージは、浜辺にムクリの武具が漂着することが多くなったことに気付いていた。ムクリは戦支度を整えている。

そして突然……。

コメディを基調とした群像劇が、突如として残酷劇に変わるのは、「鎌倉殿の13人」のようでもある。「蒙古が襲来」というタイトルなので、予想はしていたが、ここまで徹底的にやるとは思っていなかった。何の予告もなく始まる戦の恐ろしさが表現されている。

そのまま暗いままでは終わらず、「どんちゃんの歌」が歌われる。

終演の影アナは戸田恵子。「東京サンシャインボーイズの次回公演は80年後を予定しています」。80年後となると出演俳優のみならず、今会場にいるほぼ全員が存在していないと思われる。

カーテンコールが終わった後も戸田恵子の影アナは続き、「上演はこれでおしまいです! これ以上、拍手しても何も出ません! また戸田恵子が東京サンシャインボーイズのメンバーであったことはありません。客演もしていません」と締めていた。戸田恵子が女優業に進出するのは、東京サンシャインボーイズが解散してから2年ほど経ってからで、それまでは声優しかしていなかった。戸田恵子を女優業に引っ張り出したのは三谷幸喜である(「総理と呼ばないで」において)。

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2025年2月18日 (火)

観劇感想精選(484) リリックプロデュース公演 Musical「プラハの橋」

2025年2月10日 京都劇場にて

午後6時30分から、京都劇場で、リリックプロデュース公演 Musical「プラハの橋」を観る。歌手の竹島宏が「プラハの橋」(舞台はプラハ)、「一枚の切符」(舞台不明)、「サンタマリアの鐘」(舞台はフィレンツェ)という3枚のシングルで、2003年度の日本レコード大賞企画賞を受賞した「ヨーロッパ三部作」を元に書かれたオリジナルミュージカル公演である。作曲・編曲:宮川彬良、脚本・演出はオペラ演出家として知られる田尾下哲。作詞は安田佑子。竹島宏、庄野真代、宍戸開による三人芝居である。演奏:宮川知子(ピアノ)、森由利子(ヴァイオリン)、鈴木崇朗(バンドネオン)。なお、「ヨーロッパ三部作」の作曲は、全て幸耕平で、宮川彬良ではない。

パリ、プラハ、フィレンツェの3つの都市が舞台となっているが、いずれも京都市の姉妹都市である。全て姉妹都市なので京都でも公演を行うことになったのかどうかは不明。
客席には高齢の女性が目立つ。
チケットを手に入れたのは比較的最近で、宮川彬良のSNSで京都劇場で公演を行うとの告知があり、久しく京都劇場では観劇していないので、行くことに決めたのだが、それでもそれほど悪くはない席。アフタートークでリピーターについて聞く場面があったのだが、かなりの数の人がすでに観たことがあり、明日の公演も観に来るそうで、自分でチケットを買って観に来た人はそれほど多くないようである。京都の人は数えるほどで、北は北海道から南は鹿児島まで、日本中から京都におそらく観光も兼ねて観に来ているようである。対馬から来たという人もいたが、京都まで来るのはかなり大変だったはずである。

青い薔薇がテーマの一つになっている。現在は品種改良によって青い薔薇は存在するが、劇中の時代には青い薔薇はまだ存在しない(青い薔薇は2004年に誕生)。

アンディ(本名はアンドレア。竹島宏)はフリーのジャーナリスト兼写真家。ヨーロッパ中を駆け巡っているが、パリの出版社と契約を結んでおり、今はパリに滞在中。編集長のマルク(宍戸開)と久しぶりに出会ったアンディは、マルクに妻のローズ(庄野真代)を紹介される。アンディもローズもイタリアのフィレンツェ出身であることが分かり、しかも花や花言葉に詳しい(ローズはフィレンツェの花屋の娘である)ことから意気投合する。ちなみにアンディはフィレンツェのアルノ川沿いの出身で、ベッキオ橋(ポンテ・ベッキオ)を良く渡ったという話が出てくるが、プッチーニの歌劇「ジャンニ・スキッキ」の名アリア“ねえ、私のお父さん”を意識しているのは確かである。
ローズのことが気になったアンディは、毎朝、ローズとマルクの家の前に花を一輪置いていくという、普通の男がやったら気味悪がられそうなことを行う。一方、ローズも夫のマルクが浮気をしていることを見抜いて、アンディに近づいていくのだった。チェイルリー公園で待ち合わせた二人は、駆け落ちを誓う。

1989年から1991年まで、共産圏が一斉に崩壊し、湾岸戦争が始まり、ユーゴスラビアが解体される激動の時代が舞台となっている。アンディは、湾岸戦争でクウェートを取材し、神経剤が不正使用されていること暴いてピューリッツァー賞の公益部門を受賞するのだが、続いて取材に出掛けたボスニア・ヘルツェゴビナで銃撃されて右手を負傷し、両目を神経ガスでやられる。

竹島宏であるが、主役に抜擢されているので歌は上手いはずなのだが、今日はなぜか冒頭から音程が揺らぎがち。他の俳優も間が悪かったり、噛んだりで、舞台に馴染んでいない印象を受ける。「乗り打ちなのかな?」と思ったが、公演終了後に、東京公演が終わってから1ヶ月ほど空きがあり、その間に全員別の仕事をしていて、ついこの間再び合わせたと明かされたので、ブランクにより舞台感覚が戻らなかったのだということが分かった。

台詞はほとんどが説明台詞。更に独り言による心情吐露も多いという開いた作りで、分かりやすくはあるのだが不自然であり、リアリティに欠けた会話で進んでいく。ただ客席の年齢層が高いことが予想され、抽象的にすると内容を分かって貰えないリスクが高まるため、敢えて過度に分かりやすくしたのかも知れない。演劇を楽しむにはある程度の抽象思考能力がいるが、普段から芝居に接していないとこれは養われない。風景やカット割りなどが説明的になる映像とは違うため、演劇を演劇として受け取る力が試される。
ただこれだけ説明的なのに、アンディとローズがなぜプラハに向かったのかは説明されない。一応、事前に「プラハの春」やビロード革命の話は出てくるのだが、関係があるのかどうか示されない。この辺は謎である。

竹島宏は、実は演技自体が初めてだそうだが、そんな印象は全く受けず、センスが良いことが分かる。王子風の振る舞いをして、庄野真代が笑いそうになる場面があるが、あれは演技ではなく本当に笑いそうになったのだと思われる。
宍戸開がテーブルクロス引きに挑戦して失敗。それでも拍手が起こったので、竹島宏が「なんで拍手が起こるんでしょ?」とアドリブを言う場面があった。アフタートークによると、これまでテーブルクロス引きに成功したことは、1回半しかないそうで(「半」がなんなのかは分からないが)、四角いテーブルならテーブルクロス引きは成功しやすいのだが、丸いテーブルを使っているので難しいという話をしていた。リハーサルでは四角いテーブルを使っていたので成功したが、本番は何故か丸いテーブルを使うことになったらしい。

最初のうちは今ひとつ乗れなかった三人の演技であるが、次第に高揚感が出てきて上がり調子になる。これもライブの醍醐味である。

宮川彬良の音楽であるが、三拍子のナンバーが多いのが特徴。全体の約半分が三拍子の曲で、残りが四拍子の曲である、出演者が三人で、音楽家も三人だが何か関係があるのかも知れない。

ありがちな作品ではあったが、音楽は充実しており、ラブロマンスとして楽しめるものであった。

 

竹島宏は、1978年、福井市生まれの演歌・ムード歌謡の歌手。明治大学経営学部卒ということで、私と同じ時代に同じ場所にいた可能性がある。

「『飛んでイスタンブール』の」という枕詞を付けても間違いのない庄野真代。ヒットしたのはこの1作だけだが、1作でも売れれば芸能人としてやっていける。だが、それだけでは物足りなかったようで、大学、更に大学院に進み、現在では大学教員としても活動している。
ちなみにこの公演が終わってすぐに「ANAで旅する庄野真代と飛んでイスタンブール4日間」というイベントがあり、羽田からイスタンブールに旅立つそうである。

三人の中で一人だけ歌手ではない宍戸開。終演後は、「私の歌を聴いてくれてありがとうございました」とお礼を言っていた。
ちなみにアフタートークでは、暗闇の中で背広に着替える必要があったのだが、表裏逆に来てしまい、出番が終わって控え室の明るいところで鏡を見て初めて表裏逆に着ていたことに気付いたようである。ただ、出演者を含めて気付いた人はほとんどいなかったので大丈夫だったようだ。

竹島宏は、「演技未経験者がいきなりミュージカルで主役を張る」というので公演が始まる前は、「みんなから怒られるんじゃないか」とドキドキしていたそうだが、東京公演が思いのほか好評で胸をなで下ろしたという。

庄野真代は、「こんな若い恋人と、こんな若い旦那と共演できてこれ以上の幸せはない」と嬉しそうであった。「これからももうない」と断言していたが、お客さんから「またやって」と言われ、宍戸開が「秋ぐらいでいいですかね」とフォローしていた。

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2022年11月27日 (日)

観劇感想精選(449) 三谷幸喜 作・演出・出演 「ショウ・マスト・ゴー・オン」2022京都公演@京都劇場

2022年11月19日 京都劇場にて観劇

※1994年版の回想が中心になりますが、2022年版のネタバレも含みますのでご注意ください。

午後6時から京都劇場で、「ショウ・マスト・ゴー・オン」を観る。三谷幸喜の東京サンシャインボーイズ時代の代表作であり、私も1994年に行われた再演を東京・新宿の紀伊國屋ホールで目にしている。それが自分でチケットを買って観た初めての演劇公演であった。

今回の「ショウ・マスト・ゴー・オン」は、当然ながら当時とは完全に異なるキャストで上演される。小林隆だけは以前と完全に同じ役柄(役名だけは「佐渡島」から「万城目」になり、異なっている)で出演する予定だったのだが、左足筋損傷のため博多公演の初日から舞台に上がることは叶わず、作者である三谷幸喜が代役を務めることになった。博多公演は全て三谷幸喜が出演したが、小林の怪我が完治していないため、京都公演も引き続き三谷が代役として出演する。


作・演出・出演:三谷幸喜。出演:鈴木京香、尾上松也、ウエンツ瑛士、シルビア・グラブ、新納慎也、今井朋彦、峯村リエ、秋元才加、藤本隆宏、小澤雄太、井上小百合、大野泰広、中島亜梨沙、荻野清子、浅野和之。ミュージシャンである荻野清子は音楽・演奏(ピアノ)も兼任。女優としては、地声が小さすぎるのでそばにいる人を介さないと何を言っているのか分からないという変わった役(役名は尾木)を演じる。セリフでは有名俳優に敵わないので、仕草だけの演技ということになったのだと思われる。

1994年の再演時(NHKBS2で収録された映像が放送され、その後、同じ映像がDVDとなって発売されている)とは、出演者の数も違うし、性別も異なる俳優が何人もいる。例えば、鈴木京香演じる舞台監督の進藤は、再演時には西村雅彦(西村まさ彦)が演じており、西村雅彦が初めて「僕が主演」と感じたと振り返っているのが「ショウ・マスト・ゴー・オン」である。中島亜梨沙演じるプロデューサーの大瀬を再演時に演じていたのは近藤芳正(近藤芳正は東京サンシャインボーイズの後期の作品には全て出演しているが、正式な団員だったことはない)、シルビア・グラブ演じるあずさを演じていたのは、「鎌倉殿の13人」にも出演している野仲功(野仲イサオ)であった(ただし初演時には斎藤清子が演じており、性別がコロコロ変わる役であることが分かる)。また、再演時には存在しなかった役として、井上小百合演じる通訳の木村さん(演出がダニエル、再演時のフルネームはダニエル・ブラナーという外国人という設定)、浅野和之演じる医師の鱧瀬も再演時には出てこなかった人物である。当然ながら、荻野清子演じる尾木も今回のオリジナルキャストである。
シルビア・グラブが出ているということで、彼女がソロで歌うシーン、また尾上松也がソロで歌うシーン、更には前半終了時と全編終了時には全員が合唱を行う場面も用意されている(ちなみに再演時は休憩なしのワンシチュエーションものであった)。

私は初演時の「ショウ・マスト・ゴー・オン」は観ておらず、明治大学の図書館で見つけた戯曲(明治大学文学部には演劇専攻があるということで、演劇雑誌に掲載されていたものが冊子に纏められていた。今も明治大学の駿河台図書館に行けば読めると思われる。ただし入れるのは明大生、明大OBOG、千代田区在住者に限られる)を読んだだけなので、細部についてはよく分からないが(何カ国語も話せる人物が登場していたりする)、1994年の再演は目にしており、BSを録画した映像を何度も繰り返して観た上にDVDとなった映像も視聴している。ということで比較は容易になる。

ちなみに再演時のキャストは、進藤:西村雅彦、木戸:伊藤俊人、のえ:高橋理恵子(演劇集団円所属)、栗林:相島一之、八代:阿南健治、あずさ:野仲功、佐渡島:小林隆、大瀬:近藤芳正、七右衛門:梶原善、中島:甲本雅裕、ジョニー:小原雅人、進藤の妻:斎藤清子、宇沢:佐藤B作。

再演を観たのは、1994年の4月の土曜日のソワレ、日付を確認するとおそらく4月16日のソワレで、当日券を求めて並び(並んでもチケットが手に入るとは限らない)なんとかチケットをゲットして、紀伊國屋ホールの最後列の後ろに設けられた補助席の一番下手寄りの席に腰掛けて観た。「この世にこんなに面白いものがあるのか」と喫驚したことを昨日のようにどころか終演直後のようにありありと思い返すことが出来る。そしてそれは懸念ともなった。前回の記憶が鮮明なだけに、今回の上演を楽しむことが出来ないのではないかという懸念である。そしてそれは現実のものになった、というより上演前から分かっており、確認出来たと書いた方が事実に近い。「ショウ・マスト・ゴー・オン」は、1994年の4月に上演されたからこそ伝説の舞台になったのだということをである。
内容を知り過ぎているということは、時に不幸となる。1994年のあの公演を劇場で観ていなければ、あるいは今回の上演も楽しめたかも知れないという意味で。
「過ぎたるは尚及ばざるがごとし」

ただ私事ばかり書いていても意味はない。今回の上演について記そう。
群像劇ではあるが、「ショウ・マスト・ゴー・オン」の主役は明らかに進藤である。舞台監督であるため、ほぼ全ての指示を出すことになるためだ。この進藤に鈴木京香。女性が舞台監督であることは特に珍しくもない(私が出演した京都造形芸術大学の授業公演でも女子が舞台監督を務めていた)が、バックステージもので舞台監督を女性が演じるというのは記憶にないので、フィクションの世界では珍しいことなのかも知れない。再演時に西村雅彦が演じていた進藤には、「現代のマクベス夫人」と言われる怖い奥さんがいたのだが、進藤役が女性になったということで、甲斐性のない男優希望の青年(小澤雄太が演じる)に置き換えられている。50歳を超えた今も第一線の女優であり続けている鈴木京香の進藤ということで、存在感もあり、女性ならではの悩みなども巧みに演じている。

進藤に、進藤の右腕となる木戸(ウエンツ瑛士)と、舞台女優志望ながら現在はスタッフとして働いているのえ(秋元才加。ちなみに現在放送中の「鎌倉殿の13人」に菊地凛子演じるのえという人物が出てくるが、「ショウ・マスト・ゴー・オン」ののえも、「鎌倉殿の13人」ののえも「ぶりっこ」という点で共通している)を加えたトリオがこの作品の原動力となっている。ただ、再演時には木戸を伊藤俊人(2002年没)、のえを今では演劇集団円の看板女優の一人となった高橋理恵子が演じており、キャラクター自体も再演時の俳優の方が合っていた。三谷幸喜は当て書きしかしない人であり、今回も出演者に合わせて大幅に加筆しているが、やはりインパクトでは再演時の俳優には敵わない。他の俳優についてもこのことは言える。客席からは笑いが起こっていたが、「違うんだよ、この程度じゃないんだよ。三谷幸喜と東京サンシャインボーイズは本当に凄かったんだよ」と私と舞い降りてきた19歳の時の私はひどく悲しい思いをすることになった。

1994年に観た「ショウ・マスト・ゴー・オン」は、あの日、あの時、あの出演者だったからこそ今でも思い返して幸福感に浸れるほどの作品となったのだ。そして同じ思いに浸れることはもう決してないのだということを確認し、なんとも言えぬ切なさが胸の底からこみ上げてきて、涙すら誘いそうになる。ただこれが生きていくということなのだ。生きていくというのはこういうことなのだ。

そんな懐旧の念にとらわれつつ、今回の「ショウ・マスト・ゴー・オン」もやはり魅力的に映った。小林隆が出演出来なかったことは残念であるが、代役を務める三谷幸喜の演技が思いのほか良かったというのも収穫である。映像ではまともな演技をしているのを見た記憶はないが、舞台となるとやはり学生時代からの経験が生きてくるのだろう。役者・三谷幸喜をもっと観たいと思う気持ちになったのは、我ながら意外であった。

劇場の下手袖が主舞台であるが、劇場(シアターコクーンならぬシアターコックンという劇場名らしい。ちなみに1994年の再演時には、三百人劇場ならぬ三億人劇場という劇場名だったが、その後に三百人劇場は閉館している)の舞台、つまり本当の舞台の上手袖ではほぼ一人芝居版の「マクベス」が宇沢萬(うざわ・まん。尾上松也)によって演じられているという設定である。このほぼ一人芝居版「マクベス」がその後、細部は全く異なるが実際に上演されている。佐々木蔵之介によるほぼ一人芝居版「マクベス」がそれで、佐々木蔵之介の演技を見ながら、「『ショウ・マスト・ゴー・オン』の世界が現実になった」と感慨深く思った日のことも思い出した。

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2022年11月17日 (木)

コンサートの記(813) オペラ「石見銀山」石見銀山世界遺産登録15周年記念関西公演@京都劇場

2022年11月2日 京都劇場にて

午後6時30分から、京都劇場でオペラ「石見銀山」石見銀山世界遺産登録15周年記念関西公演を観る。

オペラ「石見銀山」は、石見銀山の世界遺産登録10周年と石見銀山のある島根県大田(おおだ)市の地方創生として2017年に制作されたもので、オペラユニット「THE LEGEND」が中心になり、THE LEGENDの吉田知明が、石見神楽の団体である大屋神楽社中の安立均がまとめた神楽の演目「石見銀山 於紅谷」を原作に脚本を書き、演出も行う。作曲は、デュオ「鍵盤男子」(現在はソロユニットとなっているようである)のメンバーでもある中村匡宏(くにひろ)が手掛けている。
中村匡宏は、ウィーン国立音楽大学大学院作曲科最終試験で最上位を獲得。国立音楽大学と同大学院で共に首席を獲得し、博士後期課程の博士号を取得している。
中村は指揮と音楽監督も兼任している。

出演は、柿迫秀(かきざこ・あきら。島根県大田市出身)、菅原浩史(すがわら・ひろし)、吉田知明、坂井田真実子、志村糧一(しむら・りょういち)、内田智一、松浦麗。ゲストピアニストは西尾周祐(にしお・しゅうすけ)。石見神楽上演は大屋神楽社中。合唱はオペラ「石見神楽」合唱団(一般公募による合唱団)。

有料パンフレットに東京公演での模様を撮影した写真が掲載されており、オーケストラピットにオーケストラ(東京室内管弦楽団)が入っているのが確認出来るが、京都公演ではオーケストラはなしで、当然ながらカーテンコールでも紹介されなかった。音色からいってシンセサイザーが用いられているのが分かるが、どのように音が出されていたのかは不明である。

石見銀山に伝わる於紅孫右衛門事件という史実が題材となっており、石見銀山で働く男女の悲劇が描かれる。

第1幕から第4幕まであるが、第1幕から第3幕までが通しで上演。休憩を挟んで石見神楽が本格的に登場する第4幕が上演された。

ストーリー的には良くも悪くも素人っぽい感じだったが、中村匡宏の音楽は明快にして才気に溢れており、今後オペラ作曲科としてさ更なる活躍が期待される。

第1幕は、1526年(大永6)に博多の大商人であった神屋寿禎(演じるのは柿迫秀)が石見銀山の主峰、仙ノ山を発見することに始まる。第2幕と第3幕は、石見銀山の間歩(まぶ。坑道のこと)頭である於紅孫右衛門(吉田知明)と、やはり間歩頭である吉田与三右衛門、そして与三右衛門の妻であるお高(坂井田真実子)、与三右衛門の弟である吉田藤左衛門(内田智一)の話が主になる。「銀よりも皆が無事であることが大事」と説き、仕事仲間からの人望もある孫右衛門に、与三右衛門は嫉妬。更に妻であるお高と孫右衛門が懇意になったことから嫉妬は更に加速していく。与三右衛門は妻のお高に暴力を振るっているが、心の底ではお高を強く愛しており、両親の命を奪った銀山からお高を救いたいと願っている。ただ愛情が強すぎて妻にきつく当たってしまうようだ。
第4幕では神屋寿禎が再度登場し、鬼女(龍蛇。演じるのは松浦麗)が登場して、石見神楽が演じられる中、緊迫感が増していく。

京都劇場は、元々はシアター1200として建てられ、音響設計がしっかりされている訳ではないと思われるが、劇団四季が一時常打ち小屋として使っていたこともあり、音響はまずまずのはずなのだが、やはりオペラをやるには空間が狭すぎるようである。PAを使っての上演だったが、声が響きすぎて壁がビリビリとした音を延々と発する場面も結構多かった。
またオペラは生のオーケストラで聴きたい。

今後この作品がオペラの定番としてレパートリー化されるのは、島根以外ではあるいは難しいかも知れないが、地方創生としておらが街のオペラを創作するというのは素晴らしい試みであると感じられた。

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2020年10月17日 (土)

観劇感想精選(359) 「ゲルニカ」

2020年10月10日 京都劇場にて観劇

午後6時から、京都劇場で「ゲルニカ」を観る。作:長田育恵(おさだ・いくえ。てがみ座)、演出:栗山民也。栗山民也がパブロ・ピカソの代表作である「ゲルニカ」を直接観た衝撃から、長田に台本執筆を依頼して完成させた作品である。出演:上白石萌歌、中山優馬、勝地涼、早霧せいな(さぎり・せいな)、玉置玲央(たまおき・れお)、松島庄汰、林田一高、後藤剛範(ごとう・たけのり)、谷川昭一郎(たにがわ・しょういちろう)、石村みか、谷田歩、キムラ緑子。音楽:国広和毅。

上白石姉妹の妹さんである上白石萌歌、関西ジャニーズ所属で関西テレビのエンタメ紹介番組「ピーチケパーチケ」レギュラーの中山優馬、本業以外でも話題の勝地涼、京都で学生時代を過ごし、キャリアをスタートさせた実力派女優のキムラ緑子など、魅力的なキャスティングである。

ピカソが代表作となる「ゲルニカ」を描くきっかけとなったバスク地方の都市・ゲルニカでの無差別爆撃に到るまでを描いた歴史劇である。当然ながらスペインが舞台になっているが、コロナ禍で明らかとなった日本の実情も盛り込まれており、単なる異国を描いた作品に終わらせてはいない。

京都劇場のコロナ対策は、ザ・シンフォニーホールでも見た柱形の装置による検温と京都府独自の追跡サービスへのQRコード読み取りによる登録、手指の消毒などである。フェイスシールドを付けたスタッフも多い。前日にメールが届き、半券の裏側に氏名と電話番号を予め書いておくことが求められたが、メールが届かなかったり、チェックをしなかった人のために記入用の机とシルペン(使い捨て用鉛筆)が用意されていた。客席は左右1席空け。京都劇場の2階席は視界を確保するために前の席の斜交いにしているため、前後が1席分完全に空いているわけではないが、距離的には十分だと思われる。

紗幕が上がると、出演者全員が舞台後方のスクリーンの前に横一列に並んでいる。やがてスペイン的な手拍子が始まり、今日が月曜日であり、晴れであること、月曜日にはゲルニカの街には市が立つことがなどが歌われる。詩的な語りや文章の存在もこの劇の特徴となっている。

1936年、スペイン・バスク地方の小都市、ゲルニカ。フランスとスペインに跨がる形で広がっているバスク地方は極めて謎の多い地域として知られている。スペインとフランスの国境を挟んでいるが、バスク人はスペイン人にもフランス人にも似ていない。バスク語を話し、独自の文化を持つ。

バスク地方の領主の娘であるサラ(上白石萌歌)は、テオ(松島庄汰)と結婚することになっていた。サラの父親はすでになく、男の子の残さなかったため、正統的な後継者がこれでようやく決まると思われていた。しかし、フランコ将軍が反乱の狼煙を上げたことで、スペイン全土が揺るぎ、婚礼は中止となる。教会はフランコ率いる反乱軍を支持し、テオも反乱軍の兵士として戦地に赴く。当時のスペイン共和国(第二共和国。スペインは現在は王政が復活している)では、スペイン共産党、スペイン社会労働党等の左派からなる親ソ連の人民戦線が政権を握っており、共産化に反対する人々は反乱軍を支持していた。フランコはその後、世界史上悪名高い軍事独裁政権を築くのであるが、この時には人々はまだそんな未来は知るべくもない。
反共の反乱軍をナチス・ドイツ、ファシスト党政権下のイタリア、軍事政権下のポルトガルが支持。日露戦争に勝利した日本も反乱軍に武器などを送っている。一方、左派の知識人であるアメリカのアーネスト・ヘミングウェイ、フランスのアンドレ・マルロー、イギリスのジョージ・オーウェルらが共和国側支持の一兵卒として参加していたこともよく知られている。
バスクは思想によって分断され、ゲルニカのあるビスカヤ県は多くが人民戦線を支持する共和国側に立ち、1936年10月、共和国側は、バスクの自治を認める。だが翌1937年4月26日、晴れの月曜日、反乱軍はゲルニカに対して無差別爆撃を行った。市民を巻き込んだ無差別爆撃は、これが史上初となった。当時、パリにいたピカソは怒りに震え、大作「ゲルニカ」の制作を開始する。

 

サラの母親であるマリア(キムラ緑子)は、サラがテオと結婚することで自身の家が往年の輝きを取り戻せると考えていた。バスクは男女同権の気風が強いようだが、家主が女では見くびられたようである。しかし、内戦勃発により婚礼を済まさぬままテオは戦場へと向かい、マリアの期待は裏切られる。その後、サラはマリアから自身が実はマリアの子ではないということを知らされる。今は亡き父親が、ジプシーとの間に生んだ子がサラだったのだ。サラはマリアの下から離れ、かつて料理番として父親に仕えていたイシドロ(谷川昭一郎)の食堂に泊まり込みで働くことを決める。


一方、大学で数学を専攻するイグナシオ(中山優馬)は、大学を辞め、共和国側に参加する意志を固めていた。イグナシオはユダヤ人の血を引いており、そのことで悩んでいた。田園地帯を歩いていたイグナシオはテオとばったり出会い、決闘を行う格好になる。結果としてテオを射殺することになったイグナシオは、テオの遺品である日記に書かれたサラという名の女性を探すことになる。

イシドロの食堂では、ハビエル(玉置玲央)やアントニオ(後藤剛範)らバスク民族党の若者がバスクの誇るについて語るのだが、樫の木の聖地であるゲルニカにバスク人以外が来るべきではないという考えを持っていたり、難民を襲撃するなど排他的な態度を露わにしていた。

一方、従軍記者であるクリフ(イギリス出身。演じるのは勝地涼)とレイチェル(パリから来たと自己紹介している。フランス人なのかどうかは定かでない。演じるのは早霧せいな)はスペイン内戦の取材を各地で行っている。最初は別々に活動していたのだが、フランスのビリアトゥの街で出会い、その後は行動を共にするようになる。レイチェルはこの年に行われた「ヒトラーのオリンピック」ことベルリン・オリンピックを取材しており、嫌悪感を抱いたことを口にする。
レイチェルが事実に即した報道を信条としているのに対し、クリフはいかに人々の耳目を引く記事を書けるかに懸けており、レイチェルの文章を「つまらない」などと評する。二人の書いた記事は、舞台後方のスクリーンに映し出される。

イグナシオからテオの遺品を受け取ったサラは、互いに正統なスペイン人の血を引いていないということを知り、恋に落ちる。だがそれもつかの間、イグナシオには裏の顔があり、入隊した彼はある密命を帯びてマリアの下を訪ねる。それはゲルニカの街の命運を左右する任務であった。マリアは判断を下す。

 

ゲルニカの悲劇に到るまでを描いた歴史劇であるが、世界中が分断という「形の見えない内戦」状態にあることを示唆する内容となっており、見応えのある仕上がりとなっている。

新型コロナウイルスという人類共通の敵の出現により、あるいは歩み寄れる可能性もあった人類であるが、結局は責任のなすりつけ合いや、根拠のない差別や思い込み、エゴイズムとヒロイズムの暗躍、反知性主義の蔓延などにより、今置かれている人類の立場の危うさがより顕著になっただけであった。劇中でクリフが「希望」の残酷さを語るが、それは今まさに多くの人々が感じていることでもある。

クリフはマスコミの代表者でもあるのだが、センセーショナルと承認を求める現代のSNS社会の危うさを体現している存在でもある。
報道や情報もだが、信条や矜持など全てが行き過ぎてしまった社会の先にある危うさが「ゲルニカ」では描かれている。

ゲルニカ爆撃のシーンは、上から紗幕が降りてきて、それに俳優達が絡みつき、押しつぶされる格好となり、ピカソのゲルニカの映像が投影されることで描かれる。映像が終わったところで紗幕が落ち、空白が訪れる。その空白の残酷さを我々は真剣に見つめるべきであるように思われる。

劇はクリフが書き記したゲルニカの惨状によって閉じられる。伝えることの誇りが仄見える場面でもある。

 

姉の上白石萌音と共に、今後が最も期待される女優の一人である上白石萌歌。薩摩美人的な姉とは違い、西洋人のような顔と雰囲気を持つが、姉同様、筋の良さを感じさせる演技力の持ち主である。

 

関西では高い知名度を誇る中山優馬も、イグナシオの知的で誠実な一面や揺れる心情を上手く演じていた。

 

万能女優であるキムラ緑子にこの役はちょっと物足りない気もするが、京都で学生時代を過ごした彼女が、京都の劇場でこの芝居を演じる意味は大いにある。ある意味バスク的ともいえる京都の街でこの劇が、京都に縁のある俳優によって演じられる意味は決して軽くないであろう。

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2015年4月 4日 (土)

観劇感想精選(150) 三谷文楽「其礼成心中」

2014年8月7日 京都劇場にて観劇

午後3時30分から、京都劇場で、三谷文楽「其礼成心中」を観る。三谷幸喜が初めて挑んだ文楽(人形浄瑠璃)のための作品。一昨年に東京・渋谷のPARCO劇場で初演。昨年に再演され、今回が関西での初上演となる。私は初演時のチケットを手に入れていたのだが、病気が芳しくなくキャンセルしている。

文楽は大阪が本場であるが、橋下徹が、文楽の助成金を問題にし、「曽根崎心中」を観て、「面白くなかった」、「演出に工夫がなかった」などと批判している。橋下が、東京で「其礼成心中」という新作文楽が上演されていることを挙げて、「新しいものにチャレンジしないと」などとも言っていたが、ならば橋下は「其礼成心中」なら面白く観劇できるのか? 答えは間違いなく「NO」である。「其礼成心中」はそもそもが「曽根崎心中」という文楽作品を知っていることを前提に書かれており、更に近松の代表作の一つである「心中天網島」の“橋づくしの場”がそのままで上演されるシーンもある。「曽根崎心中」も理解出来ないようなお馬鹿さんが「其礼成心中」を楽しめるはずがないのだ。

まず三谷幸喜人形が登場し、「其礼成心中」の概要を述べて、「東京都民の80%は観たのではないでしょうか」と誇大宣伝を行う。「自信作であり、京都では大文字焼き(あー、「大文字焼き」って言っちゃったよ)と並ぶ夏の風物詩にしたい」と抱負も述べた。

「其礼成心中」の舞台は、元禄年間の大坂。元禄16年(1703)に大坂竹本座で初演された近松門左衛門の「曽根崎心中」が大当たりしたため、心中が社会現象となっていた(これは史実である)。今夜も、六郎とおせんという恋人が心中しようと、お初、徳兵衛が心中して果てた露天神の森にやって来る。そして、「曽根崎心中」の“此の世の名残、夜も名残”という有名な歌で心中しようとしたところに、天神の森で鶴屋という饅頭屋を営んでいる半兵衛に妨害される。天神の森で心中が流行っているため、饅頭屋にやって来る人が減って、迷惑しているので、半兵衛は夜な夜なパトロールしているという(英語はそのまま使われることが多い)。

半兵衛は、もうちょっと行けば淀川があると言って、二人を追い立てるが、二人はまだ森の中にいるうちに再び心中を図る。しかし、半兵衛がやって来て、またも心中を阻む。半兵衛は二人に「頭を冷やせ」と言い、そのまま鶴屋に呼ぶ。六助は油屋の手代であり、おせんは油屋の主人の娘ということで身分違いの恋であり、叶わぬ恋ならあの世で添い遂げようと心中することにしたのである。半兵衛は「そんなの、お初、徳兵衛に比べれば子供みたいな悩みだ」と一蹴する。半兵衛の妻・おかつは、二人にアドバイスする。納得して帰る六郎とおせん。その姿を見て、半兵衛は、おかつを「曽根崎の母」として、お悩み相談&饅頭売りのダブルビジネスモデルを考えつく。

半兵衛の読みは当たり、饅頭を曽根崎饅頭として売り出した鶴屋は大繁盛。しかし、それも長くは続かなかった。大坂竹本座で、近松門左衛門の「心中天網島」が上演される。半兵衛とおかつの夫婦も竹本座に「心中天網島」を観に出かける。“橋づくしの場”が実際に上演され、それを観た半兵衛夫妻は感銘を受けるのだが、二人の娘であるおふくが、網島で「かきあげ天網島」が売られており、大ヒットしていると告げる。心中の客は網島へと流れてしまい、鶴屋は思い切り傾く。「これも全て近松門左衛門のせいや」と考えた半兵衛は近松に直談判に行く。しかし、近松は「何を書こうがわしの勝手」と言い、半兵衛の「『曽根崎心中』の続編を書いて欲しい」という願いも当然ながら断る。
そして、「どうしても書いて欲しければ、わしが書きたいと思うような、心中を起こすんやな。それなりおもしろかったら」芝居を書いても良いと半兵衛を退ける。

「それなりに面白い」と言われても、戯作者ではない半兵衛には「それなりに面白い心中」など思いつかない。だが、その直後に娘のおふくが、「かきあげ天網島」のうどん屋の若旦那・政吉と恋に落ちていることが判明して……

文楽の台本というと、情緒的というか内省的というか、日本人的な細やかさが出て、内へ内へと向かい、時に情に流れる傾向があるのだが、アメリカの映画やテレビドラマを好む三谷の書く台本は逆に開放的であり、登場人物と一体化するのではなく、俯瞰的な角度から人間を描いているようなところがある。これまで書いた台本は全て当て書きという三谷であるが、今回は当て書きする俳優がおらず人形のみだったため、三谷の構築力が前面に出ているところがある。
人形の動きで笑いを取るのはやり過ぎだと思うが、伝統芸能の枠を拡げようという意図は明確に伝わって来た。
幕を使った、文楽でしかなし得ない大見得の場面もあり、良い意味で見事なShowになっていたと思う。

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2015年1月15日 (木)

観劇感想精選(145) カンパニー・フィリップ・ジャンティ 「忘れな草」

2014年11月1日 京都劇場にて観劇

午後3時から、京都劇場で、カンパニー・フィリップ・ジャンティの公演「忘れな草」を観る。日仏文化交流90周年記念公演でもある。

セリフはほとんど用いられず、演者のパフォーマンスと小道具の使い方で見せる公演。特に人形と幕の使い方が特徴である。

舞台が明転すると、まず後ろを向いた女優がヘンデルの歌劇「リナルド」から“私を泣かせてください”を歌っている。ところが、この女優、舞台の方に向き直るとチンパンジーのフェイスマスクをしている。

そこへ、遠くの方から人間の集団らしい影絵が近づいて来るのが見える。チンパンジーはそれを追い返そうとするのだが、無駄骨に終わる。

続いて、男と女のいる舞台。だが、それぞれ、自分の顔に似せた等身大の人形を持っており、人間と人形が様々に交錯するという興味深い展開が行われる。「この辺で変わりそうだな」という予測は可能であり、当たることが多いのだが、急にチェンジするので、どうやったのかわからないところも何ヶ所かあった。

実は、男装した女優が一人紛れており、そのため数の勘定合わないよう錯覚させる工夫がなされていた。

舞台設定は北極か南極のようで、演者達は小さなスキーの模型を履いていたりする。そのため、温め合う男女という設定もあるのだが、これは良いところでブツ切りにされる。

チンパンジーにとっては人類が繁栄しないことこそが願いなので、人類のあれやこれやはあっても何事もなく去って貰うのが望ましい。

ラストシーンでは、チンパンジーの望み通り人類は去って行くかに見える(影絵で示される)のだが、途中で、一組のカップルが馬車を降り、恋愛が成就したことが暗示される。チンパンジーが悔しがる中、幕となる。

ストーリー自体は、言葉を使わないパフォーマンスの常として奥深さはあっても多彩とはいえないものだが、小道具の生かし方は見応えがあったように思う。

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