カテゴリー「文化・芸術」の274件の記事

2022年11月17日 (木)

コンサートの記(813) オペラ「石見銀山」石見銀山世界遺産登録15周年記念関西公演@京都劇場

2022年11月2日 京都劇場にて

午後6時30分から、京都劇場でオペラ「石見銀山」石見銀山世界遺産登録15周年記念関西公演を観る。

オペラ「石見銀山」は、石見銀山の世界遺産登録10周年と石見銀山のある島根県大田(おおだ)市の地方創生として2017年に制作されたもので、オペラユニット「THE LEGEND」が中心になり、THE LEGENDの吉田知明が、石見神楽の団体である大屋神楽社中の安立均がまとめた神楽の演目「石見銀山 於紅谷」を原作に脚本を書き、演出も行う。作曲は、デュオ「鍵盤男子」(現在はソロユニットとなっているようである)のメンバーでもある中村匡宏(くにひろ)が手掛けている。
中村匡宏は、ウィーン国立音楽大学大学院作曲科最終試験で最上位を獲得。国立音楽大学と同大学院で共に首席を獲得し、博士後期課程の博士号を取得している。
中村は指揮と音楽監督も兼任している。

出演は、柿迫秀(かきざこ・あきら。島根県大田市出身)、菅原浩史(すがわら・ひろし)、吉田知明、坂井田真実子、志村糧一(しむら・りょういち)、内田智一、松浦麗。ゲストピアニストは西尾周祐(にしお・しゅうすけ)。石見神楽上演は大屋神楽社中。合唱はオペラ「石見神楽」合唱団(一般公募による合唱団)。

有料パンフレットに東京公演での模様を撮影した写真が掲載されており、オーケストラピットにオーケストラ(東京室内管弦楽団)が入っているのが確認出来るが、京都公演ではオーケストラはなしで、当然ながらカーテンコールでも紹介されなかった。音色からいってシンセサイザーが用いられているのが分かるが、どのように音が出されていたのかは不明である。

石見銀山に伝わる於紅孫右衛門事件という史実が題材となっており、石見銀山で働く男女の悲劇が描かれる。

第1幕から第4幕まであるが、第1幕から第3幕までが通しで上演。休憩を挟んで石見神楽が本格的に登場する第4幕が上演された。

ストーリー的には良くも悪くも素人っぽい感じだったが、中村匡宏の音楽は明快にして才気に溢れており、今後オペラ作曲科としてさ更なる活躍が期待される。

第1幕は、1526年(大永6)に博多の大商人であった神屋寿禎(演じるのは柿迫秀)が石見銀山の主峰、仙ノ山を発見することに始まる。第2幕と第3幕は、石見銀山の間歩(まぶ。坑道のこと)頭である於紅孫右衛門(吉田知明)と、やはり間歩頭である吉田与三右衛門、そして与三右衛門の妻であるお高(坂井田真実子)、与三右衛門の弟である吉田藤左衛門(内田智一)の話が主になる。「銀よりも皆が無事であることが大事」と説き、仕事仲間からの人望もある孫右衛門に、与三右衛門は嫉妬。更に妻であるお高と孫右衛門が懇意になったことから嫉妬は更に加速していく。与三右衛門は妻のお高に暴力を振るっているが、心の底ではお高を強く愛しており、両親の命を奪った銀山からお高を救いたいと願っている。ただ愛情が強すぎて妻にきつく当たってしまうようだ。
第4幕では神屋寿禎が再度登場し、鬼女(龍蛇。演じるのは松浦麗)が登場して、石見神楽が演じられる中、緊迫感が増していく。

京都劇場は、元々はシアター1200として建てられ、音響設計がしっかりされている訳ではないと思われるが、劇団四季が一時常打ち小屋として使っていたこともあり、音響はまずまずのはずなのだが、やはりオペラをやるには空間が狭すぎるようである。PAを使っての上演だったが、声が響きすぎて壁がビリビリとした音を延々と発する場面も結構多かった。
またオペラは生のオーケストラで聴きたい。

今後この作品がオペラの定番としてレパートリー化されるのは、島根以外ではあるいは難しいかも知れないが、地方創生としておらが街のオペラを創作するというのは素晴らしい試みであると感じられた。

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2022年11月 4日 (金)

コンサートの記(811) 新国立劇場 高校生のためのオペラ鑑賞教室2022@ロームシアター京都 プッチーニ 歌劇「蝶々夫人」

2022年10月27日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後1時から、左京区岡崎のロームシアター京都メインホールで、プッチーニの歌劇「蝶々夫人」を観る。東京・初台にある新国立劇場の高校生のためのオペラ鑑賞教室2022として開催されるもので、例年は当日券のみか、以前にモーツァルトの歌劇「魔笛」が開催された時には4階席のみ一般席として発売されたが、今回は1階席の後方が一般席として前売りが行われ、廉価でオペラを楽しめることになった。

指揮は京都出身の阪哲朗。演出は栗山民也。出演は、木下美穂子(蝶々夫人)、村上公太(ピンカートン)、近藤圭(シャープレス)、但馬由香(スズキ)、糸賀修平(ゴロー)、畠山茂(ボンゾ)、瀧進一郎(神官)、高橋正尚(ヤマドリ)、佐藤路子(ケート)、保坂真悟(ヤクシデ)、照屋睦(書記官)、藤永和望(母親)、塚村紫(叔母)、肥沼諒子(いとこ)。演奏は京都市交響楽団、合唱は新国立劇場合唱団。

舞台正面の壁の上方に長方形の開かれた窓のような空間が開けられており、そこから下手側にスロープ上の緩やかな階段が降りている。窓のような空間の下には八畳間ぐらいのスペースが設けられており、ここが蝶々さんの家の居間ということになる。

開かれた窓のような空間には星条旗がはためいている。常にあるという訳ではないが、要所要所で現れ、第2幕第2場では蝶々さんが星条旗と並ぶシーンがある。おそらく蝶々さんの見知らぬ国への憧れとそこでのピンカートン夫人としての生活の夢を表しているのだと思われる。第1幕終盤でのピンカートンと二人の場面で蝶々さんは「星」について歌っているが、今回の演出ではその「星」も夜空に瞬くリアルなものではなく星条旗にデザインされた星のことと受け取ることが可能なように思えてくる。


海外の歌劇場での音楽監督としての活動も長かった阪哲朗。彼らしいシャープで生き生きとした音楽を生み出す。京都市交響楽団は、ピットでの演奏ということで音が濁る場面もあったが、力強くも美しい音を奏で、日本で聴けるオペラの演奏としては最上の一つと思われる上質の響きを生み出していた。
ロームシアター京都メインホールの1階でオペラを聴くのは初めてだが、潤いと迫力を合わせ持った音が届き、やはりこの会場はオーケストラがピットに入った時に最も良い響きを生むことが分かる。プロセニアムの形もあるいはオーケストラがピットに入った時に音を前に飛ばす設計なのかも知れない。

登場人物が上の開いた窓のような空間から下に降りてくるということで、理想的な場所から修羅場に向かってくるようにも見えるのだが、おそらくそこまでは想定していないであろう。ただ星条旗のはためく空間は理想と希望を表しているようにも見える。一方で星条旗は帝国主義と植民地主義の象徴でもあり、蝶々さんを苛むことにもなる。見方によっては、あるいは場合によっては希望と絶望は表裏一体になり得る。

初演が大失敗に終わったことでも知られる「蝶々夫人」。だがその際は、ピンカートンの性格が帝国主義と植民地主義の権化のようなものだったそうで、その場合はピンカートンと蝶々さんのロマンスが全く生きなくなったであろうことは想像に難くない。ということでピンカートンを色男にしたことで再演は成功したとされている。ちなみにピンカートンというのは「出来の悪い海兵」を表すスラングだそうで、初演時の人物設定が今以上に悪かったことが窺える。

タイトルロールを歌う木下美穂子は細やかな歌唱と心理描写が印象的。実力をいかんなく示す。シャープレスを歌う近藤圭も想像以上に貫禄があり、アメリカの駐日領事官としての重さを演技で表していた。

栗山民也は自害した蝶々さんを息子が見つけて呆然とする(あるいは何が起こっているのか分かっていないのかも知れないが)場面を最後に持ってくることで、この物語と植民地主義とピンカートンの残酷さを描き出していた。

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2022年9月24日 (土)

観劇感想精選(446) 日本初演30周年記念公演 ミュージカル「ミス・サイゴン」@梅田芸術劇場メインホール 2022.9.15

2022年9月15日 梅田芸術劇場メインホールにて観劇

午後6時から、梅田芸術劇場メインホールで、ミュージカル「ミス・サイゴン」を観る。日本でもたびたび上演される大ヒットミュージカルである。ロングランのため複数人がキャストに名を連ねており、今日の出演は、伊礼彼方(エンジニア)、高畑充希(キム)、チョ・サンウン(クリス)、上原理生(ジョン)、松原凜子(エレン)、神田恭兵(トゥイ)、青山郁代(ジジ)、藤元萬瑠(タム)ほかとなっている。

プッチーニの歌劇「蝶々夫人」の舞台をベトナム戦争とその直後に置き換えて制作されたミュージカル。作曲は、「レ・ミゼラブル」のクロード=ミシェル・シェーンベルクである。クロード=ミシェル・シェーンベルクは、「蝶々夫人」の旋律を生かしており、「ここぞ」という場面では、「蝶々夫人」の旋律が効果的にアレンジされた上で奏でられる。またベトナムが主舞台ということで、東南アジア風の旋律も要所要所で登場する。どことなくラヴェル風でもある。

ベトナム最大の都市にして、南ベトナムの主都であったサイゴン市(現ホーチミン市)。戦災により家を失い、サイゴンへと逃げてきたキムは、女衒のエンジニアの後について、売春宿にやってくる。キムは米兵のクリスに買われて一夜を共にするが、それがキムの初体験だった。二人は愛し合い、結婚式を挙げるが、アメリカの傀儡国家であった南ベトナム(ベトナム共和国)の首都であるサイゴンが陥落し、米国の敗北が決定的になったことから、米兵であったクリスはサンゴンを後にしてアメリカへと戻る。その間にキムは、クリスの子である男の子を生んでいた。


有名作であるが、私は「ミス・サイゴン」を観るのは初めて。プッチーニの音楽を大胆に取り入れた音楽構成と、ベトナムの風習や衣装を生かし「蝶々夫人」では日本人以外は納得しにくかったラストを改変するなどしたストーリーが魅力で、「蝶々夫人」を観たことがない人でも楽しめる作品になっている。
「蝶々夫人」のラストは、日本人以外には納得しにくいもののようである。台本を担当したジュゼッペ・ジャコーザとルイージ・イッリカ、原作小説を書いたジョン・ルーサー・ロングとそれを戯曲化したデーヴィッド・ベラコス、更にはプッチーニも日本的な美意識を理解していたということになるが、「自決の美学」は西洋人にはピンとこない事柄であるようだ(そもそも西洋人の大半がキリスト教の信者であり、キリスト教では自殺は罪とされている)。そこで蝶々夫人にあたるキムを積極的にわが子に命を与える女性に設定し、死ぬことで子どもの未来を開いた女性の「自己犠牲」を描いた悲劇となっている。ただ日本人である私は、この改変に対しては「合理的」に過ぎるという印象を受け、良くも悪くも「死」でもって何かと決着をつけようとする日本的な美意識の方により引き付けられる。ただ日本人の美意識もたびたびの転換を迎えており、日本人であっても「蝶々夫人」のラストの意味が分からない人が大半になる日が来るのかも知れない。そしてそれは第二次大戦時の残酷さを思えば、必ずしも悪いことではないのだろう。

私自身は、高畑充希が演じるキムが見たかったので、この日を選んだが、童顔系でありながらパワフルな歌唱を聞かせる高畑充希は、キム役に合っていたように思う。何度も上演されているミュージカルなので、そのうちにまた高畑充希以外のキムで聴くのもいいだろう。今日は視覚・聴覚(歌詞が聞き取れない部分がいくつもあった)両面で問題のある席だったので、別の席で観る必要も感じた。今回のプロジェクトで再び観る気はないが、次回以降のプロジェクトでも観てみたくなる作品であった。

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2022年9月15日 (木)

2346月日(40) 特別展「河内長野の霊地 観心寺と金剛寺ー真言密教と南朝の遺産」

2022年9月7日 京都国立博物館にて

東山七条の京都国立博物館で、特別展「河内長野の霊地 観心寺と金剛寺-真言密教と南朝の遺産」を観る。3階建ての平成知新館の2階と1階が「観心寺と金剛寺」の展示となっている。

観心寺と金剛寺は、南朝2代目・後村上天皇の仮の御所となっており(南朝というと吉野のイメージが強いが、実際は転々としている)、南朝や河内長野市の隣にある千早赤阪村出身である楠木正成との関係が深い。

共に奈良時代からある寺院であるが、平安時代に興隆し、国宝の「観心寺勘録縁起資材帳」には藤原北家台頭のきっかけを作った藤原朝臣良房の名が記されている。

観心寺や金剛寺は歴史ある寺院であるが、そのためか、黒ずんでよく見えない絵画などもある。一方で、非常に保存状態が良く、クッキリとした像を見せている画もあった。

1回展示には、ずらりと鎧が並んだコーナーもあり、この地方における楠木正成と南朝との結びつきがよりはっきりと示されている。

明治時代から大正時代に掛けて、小堀鞆音が描いた楠木正成・正行(まさつら)親子の像があるが、楠木正成には大山巌の、楠木正行には東郷平八郎の自筆による署名が記されている。楠木正成・正行親子は、明治時代に和気清麻呂と共に「忠臣の鑑」とされ、人気が高まった。今も皇居外苑には楠木正成の、毎日新聞の本社に近い竹橋には和気清麻呂の像が建っている。

河内長野近辺は、昔から名酒の産地として知られたそうで、織田信長や豊臣秀吉が酒に纏わる書状を発している。

観心寺や金剛寺の再興に尽力したのは例によって豊臣秀頼である。背後には徳川家康がいる。家康は秀頼に多くの寺社の再興を進め、結果として豊臣家は資産を減らすこととなり、大坂の陣敗北の遠因となっているが、そのために豊臣秀頼の名を多くの寺院で目にすることとなり、秀頼を身近に感じる一因となっている。木材に記された銘には、結果として豊臣家を裏切る、というよりも裏切らざるを得ない立場に追い込まれた片桐且元の名も奉行(現場の指揮官)として記されている。

最期の展示室には、上野守吉国が万治三年八月に打った刀剣が飾られている。陸奥国相馬地方中村の出身である上野守吉国(森下孫兵衛)は、実は坂本龍馬の愛刀の作者として知られる陸奥守吉行(森下平助。坂本龍馬の愛刀は京都国立博物館所蔵)の実兄だそうで、共に大坂に出て大和守吉道に着いて修行し、吉国は土佐山内家御抱藩工、吉行も鍛冶奉行となっている。価値としては吉国の方が上のようである。

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2022年9月 1日 (木)

観劇感想精選(444) 「能楽チャリティ公演~祈りよとどけ、京都より~」2022 第2部

2022年7月25日 左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールにて

午後6時から、左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールで、「能楽チャリティ公演~祈りよとどけ、京都より~」第2部を観る。午前10時半から第1部の公演があり、少し開けて第2部の公演が行われる。

第2部の演目は、「右近」、狂言「舎弟」、「鞍馬天狗」

女性能楽師の松井美樹によるナビゲーションがあり、公演の趣旨や演目のあらすじが紹介される。同じ内容を白人の男性通訳が海外からのお客さんのために英語に訳した。


「右近」。半能として後半のみの上演である。出演は、吉田篤史、有松遼一。
北野天満宮の右近の馬場が舞台であり、鹿島神宮の神職が在原業平の歌を口ずさむと、桜場の女神(じょしん)が感応して舞を始めるという内容である。
長い袖を腕に絡ませながらの舞であるが、その瞬間に桜の花が咲いて散る様が見えるような、桜そのものの舞となる。おそらく意識しているのだと思われるが、凄いアイデアである。


狂言「舎弟」。出演は、茂山千之丞、鈴木実、網谷正美。
この辺りの者(シテ。茂山千之丞)には兄がいるのだが、名前ではなくいつも「舎弟、舎弟」と呼ばれている。シテの男は「舎弟」の意味が分からないので、ものをよく知っている知り合い(鈴木実)に「舎弟」の意味を聞きに行く。いい年なのに「舎弟」という言葉も意味も知らないということで知り合いは呆れ、「舎弟るといって、人のものを袖に入れて持ち去る」いわゆる盗人だと嘘を教える。シテの男は信じ込んで激怒。兄の正美のところへ文句を言いにやってくる。

いつのまにか「舎弟る」という言葉が一人歩きし、二人で「舎弟る」の話になって別の喧嘩が始まるのが面白い。


「鞍馬天狗」。通常とは異なり、白頭の装束での上演となったが、膨張色ということもあり、鞍馬の大天狗が大きく見えて効果的であった。出演は、原大、茂山逸平、島田洋海、松本薫、井口竜也。
鞍馬寺にはその昔、東谷と西谷があり(東谷って嫌な言葉だなあ)、一年おきに片方の僧侶が相手の所に出向いて花見を行い、それを当地の僧侶がもてなすという習慣があった。そんな折り、東谷を訪れた山伏。正体は鞍馬の大天狗(「義経記」などの鬼一方眼に相当)である。稚児達が遊んでいるが、皆、山伏が来たのを見て帰ってしまう。その中で一人、残った稚児がいる。この子こそ後に源九郎判官義経となり日本一の戦上手として名をはせる人物であるが、「帰ったのはみな平家の稚児、それも平清盛に近い稚児で、自分だけ彼らとは立場が異なる」と語る。それを見た山伏は、兵法の奥義を後に義経となる牛若丸、大天狗の名付けによると遮那王に授けることに決める。

能の演目であるが、狂言方による笑えるシーンなどもあり、大天狗の舞も見事で、能のもう一つの魅力であるダイナミズムが前面に出た演目となった。とにかく迫力がある。

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2022年7月21日 (木)

コンサートの記(789) 佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2022 プッチーニ 歌劇「ラ・ボエーム」 2022.7.17

2022年7月17日 西宮北口の兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールにて

午後2時から、西宮北口の兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールで、佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2022 プッチーニの歌劇「ラ・ボエーム」を観る。

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モーツァルトの「魔笛」やビゼーの「カルメン」と共に、音楽雑誌などの好きなオペラランキング1位争いの常連である「ラ・ボエーム」。パリを舞台に、芸術家に憧れる若者とお針子との悲恋を描いた作品である。それまでは芸術というと、例外は案外多いが上流階級が行うものであり、たしなみでもあったのだが、プッチーニの時代になると市民階級が台頭。芸術を楽しんだり、あるいは自分で芸術作品を生み出そうとする市民が現れる。たまたますぐに認められる人もいたが、大半は長い下積みを経験し、芽が出ないまま諦めたり、貧困の内に他界する者も多かった。そんな新しい「種族」であるボヘミアン(フランス語で「ボエーム」)は、人々の目を驚かし、あるいは唾棄され、あるいは憧れられる存在となっていった。

今回、演出・装置・衣装を手掛けるのは、1943年、イタリア・マルチェラータ生まれのダンテ・フェレッティ。多くの映画監督やオペラ演出家と仕事をしてきた巨匠である。フランコ・ゼフィレッリのオペラ映画で美術を手掛け、その後にピエル・パオロ・パゾリーニ作品5本に美術担当として参加。近年はマーティン・スコセッシ監督と多く仕事をこなしている。

フェレッティは、ボヘミアン達の住み処をアパルトマンの屋根裏部屋から、セーヌ川に浮かぶ船に変更。垂直の移動をなくすことで、パリの地上に近づける工夫を施している。個人的にはアパルトマンの屋根裏から見えるパリの光景が、バルザックの小説『ゴリオ爺さん』で語られる最後のセリフ、「パリよ今度はお前が相手だ」に繋がるようで気に入っているのだが、船上で暮らすボヘミアン達というのはそれはそれで面白いように思う。ただ船上に住むとした場合、隣の部屋に人知れず住んでいるミミという女性のキャラクターは余り生きないように思う。今回のミミは、船のセットの前を歩いて後方に回り、船内の部屋のドアの向こうに立って人を呼ぶという設定になる。元々は火が消えたから分けて欲しいという設定なのだが、船の家までわざわざやって来て、火を分けて欲しいというのは変である。ミミはおそらく舞台上手側にある部屋に住んでいて、船の家まで来たと思われるのだが、その場合は、ロドルフォが男前なので、近づきたいがために無理な設定をでっち上げたということなのだろうか。他に理由があるのかも知れないが、思いつかない。


指揮はいうまでもなく佐渡裕。兵庫芸術文化センター管弦楽団(PACオーケストラ)の演奏。ゲストコンサートマスターはステファノ・ヴァニヤレッリ(トリノ王立歌劇場管弦楽団コンサートマスター)、第2ヴァイオリントップはペーター・ヴェヒター(元ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団首席)、チェロ客演首席はレリヤ・ルキッチ(トリノ王立歌劇場管弦楽団首席)。第2幕のカフェ・モミュスの場に現れる軍楽隊のメンバーの中に、元京都市交響楽団トランペット奏者の早坂宏明の名が見える。
プロデューサーは小栗哲家(大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で主役を張っている小栗旬の実父)。

ダブルキャストによる上演で、今回はヨーロッパの若手歌手を中心としたA組の出番である。出演は、フランチェスカ・マンゾ(ミミ)、エヴァ・トラーチュ(ムゼッタ)、リッカルド・デッラ・シュッカ(ロドルフォ)、グスターボ・カスティーリョ(マルチェッロ)、パオロ・イングラショッタ(ショナール)、エウジェニオ・ディ・リエート(コッリーネ)、清原邦仁(パルピニョール)、ロッコ・カヴァッルッツイ(ベノア/アルチンドーロ)、島影聖人(物売り)、時宗努(軍曹)、下林一也(税官吏)。合唱は、ひょうごプロデュースオペラ合唱団、ひょうご「ボエーム」合唱団、ひょうごプロデュースオペラ児童合唱団。
ひょうごプロデュースオペラ合唱団のメンバーには関西では比較的有名な若手歌手も含まれている。

第2幕のカフェ・モミュスの場では、ステージ上がかなり密になるということで、吉田友昭(医学博士/感染制御医)と浮村聡(医学博士/大阪医科薬科大学大学院感染対策室長)という二人の医学関係者が感染対策の監修を手掛けている。


舞台設定は大きく変えたが、演技面などに関してはいくつかの場面を除いてオーソドックスな手法が目立つ。セットではやはりカフェ・モミュスのテラス席と屋内を一瞬で転換させる技法が鮮やかである。

オーディションを勝ち抜いた若手歌手達の歌と演技も楽しめる水準にあり、特にムゼッタを演じたエヴァ・トラーチュのコケティッシュな演技と歌声が魅力的であった。

佐渡裕指揮の兵庫芸術文化センター管弦楽団の演奏も潤いと艶と勢いがあり、私が座った席の関係か、たまに鳴り過ぎに聞こえる場面があったが、生命力に満ちている。在籍期間が最長3年で、常に楽団員が入れ替わる育成型オーケストラであるため、他のプロオーケストラに比べると独自の個性は発揮出来ないが、一瞬一瞬の価値を大事にしたフレッシュな演奏が可能ともなっている。


第3幕の「ダダン!」という音による始まりと終わりについてであるが、個人的には、アンフェール関門(インフェルノ関門)という場所が舞台になっているため、地獄の扉が開く音として捉えている。第2幕であれほど生き生きしていたボエーム達とミミが、第3幕では、ミミの病気やロドルフォのミミに対するDV、マルチェッロとムゼッタの喧嘩などで、地獄への道へと落ちていくことになる。

立場はそれぞれ違えども、ステージにいる人、客席にいる人の多くが、ボエーム達の生活に憧れたか、実際にそういう暮らしを送った人達であり、己の姿を投影することの可能な作品である。

一方で、この時代は女性にとっては残酷であり、地方からパリに出てきてお針子になる女性が多かったが、パリの家賃や物価は高く、多くは仕事をしているだけでは生活出来ず、売春などで小金を稼ぐ必要があった。ムゼッタのように金持ちに囲われ、歌の教師などの職を得るものもあれば、ミミのように売春をしても暮らしは楽にならず、若くして命を散らすことも決して珍しくなかった。女性でも芸術方面で活躍している人もいるにはいたが、彼女達は基本的に上流階級の出身であり、そうでない多くの女性は芸術家(ボエーム)になることも許されず、地獄のような生活を送る人も少なくはなかった。

ミミというのは俗称で(売春をする女性は、ミミのように同じ音が続く俗称で呼ばれることが多かった。ムゼッタの俗称はルルである)本名はルチア。「Lux」に由来する「光」という名の名前である。この作品でもロドルフォの戯曲を燃やす暖炉の明かり、ミミが借りに来る「火」の灯り、カフェ・モミュスの輝き、第3幕での春の陽の光に抱く恐れや、最後の場面での日光に関するやり取りなど、「光」が重要な鍵となっている。

ロドルフォは最後までミミのことを本名のルチアで呼ばない。結婚相手とは考えられないのだ。本名で呼ぶような関係の夫婦となるのに多くの障壁がある。まず金銭面、身分の問題(ロドルフォは売れない詩人、ミミは売春も行うお針子)、そして価値観の違い。ミミはボエーム達のように芸術に関して深く理解する力はなかっただろう。ロドルフォはミミを愛しい人とは思っても結婚相手とは見ておらず、芸術上の同士とも考えていないため、「ルチア」とは呼ばないのである。すれ違いといえばすれ違いであるが、新しい階級を築きつつある一方で、旧弊から抜け出せない端境期(あるいは今も端境期のままなのかも知れないが)の「自由な」「わかり合えない」若者達の悲しさと愚かしさを描く、痛切な作品でもある。

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2022年7月13日 (水)

コンサートの記(787) 日本オペラ「藤戸」@兵庫県立芸術文化センター 2015.3.21

2015年3月21日 西宮北口の兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールにて

兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールで、日本オペラ「藤戸」を観る。兵庫県立芸術文化センター(HPAC、PAC)では、日本人作曲家による日本オペラの上演を毎年行っており、今回で3回目になるが、私がHPACで日本オペラを観るのは今日が初めてになる。

「藤戸」は、源平合戦(治承・寿永の乱)、藤戸の浦の戦いを題材にしたオペラである。原作:有吉佐和子(小説ではなく舞踏浄瑠璃のための台本とのこと)、台本&作曲:尾上和彦、演出:岩田達宗(いわた・たつじ)。初演時のタイトルは「藤戸の浦」であったが、後に「藤戸」に改題されている。

1日2回公演であり、午後2時開演の回の主演は、井上美和と迎肇聡(むかい・ただとし)。午後6時開演の公演の主演は、小濱妙美(こはま・たえみ)、晴雅彦(はれ・まさひこ)。他の出演は2回とも一緒で、古瀬まきを、松原友(まつばら・とも)、以降は波の精としてコーラス(コロス)としての出演で、柏原保典、谷幸一郎、水口健次(以上、テノール)、神田行雄、木村孝夫、砂田麗央(すなだ・れお)、下林一也(以上はバスと表記されているが、日本人に正真正銘のバス歌手はいないといわれているのでバリトンということになるのだと思う)。

今日はダブルキャストを共に観てみたいため、2回ともチケットを取った。

オーケストラピットが設けられているが、小編成での演奏。大江浩志(フルート)、奥野敏文(パーカッション)、日野俊介(チェロ)、武知朋子(たけち・ともこ。ピアノ)によるアンサンブルである。指揮は奥村哲也。奥村哲也は尾上和彦のオペラの指揮を何度も手掛けているが、元々はギタリストであり、高校生の時に日本ギターコンクールで2位に入るなど輝かしい経歴の持ち主である。高校卒業後、ロンドンに渡り、同地の音楽院でクラシックギターの他に指揮法や作曲も学んでいる。帰国後は主にオペラの指揮者として活動しており、関西、名古屋、四国の二期会と共演を重ねている。


『平家物語』に描かれ、伝世阿弥作(偽作の可能性が高く、最近は作者不明とされることが多いが)の謡曲などで知られる「藤戸」。一ノ谷の戦いに勝利した源氏が、源範頼を総大将として児島(現在の岡山県倉敷市児島。かつては倉敷市一帯は入江であり、児島は本当に島であった)を攻めようと対岸の藤戸に陣を張るが船がない。そもそも坂東武者を多く集めた源氏は陸戦は得意だが舟戦は得手とはしていない。宇多源氏佐々木三郎盛綱は何とかして先陣の功を上げたいと思っていたが、手段がない。そこにある漁師が、浅瀬を渡って児島に渡る方法を知っていると聞く。藤戸の浦には浅瀬があり、そこを通れば徒歩でも馬でも渡れるという。盛綱は喜ぶが、この事がよそに漏れてはいけないと、漁師を殺してしまう。能では漁師が幽霊となって現れるのであるが、有吉佐和子は、児島への行き方を知っている人物を漁師ではなく、少年に変えているという。そして佐々木盛綱と少年は二人だけの冒険のように児島への秘密のルートを辿るのだ。ただ、有吉版「藤戸」でも案内役である少年はやはり盛綱に殺されてしまう。そして殺された当人ではなく、母親がその様を聞いて発狂するという展開になる。


尾上和彦は、1942年、奈良市生まれの作曲家。京都市立堀川高校音楽コース作曲科(現・京都市立京都堀川音楽高校)在学中に主任講師に認められて放送用音楽の作曲助手として活動を開始(音楽の仕事が忙しすぎて出席数が足りず、高校は中退したそうである)、17歳にして舞台音楽の作曲家として自立し、オラトリオを始めとする声楽作品やオペラ、器楽などその他のジャンルの作曲を多く手掛けてる。放送禁止歌になった「竹田の子守唄」を発掘したり、小オラトリオ「私は広島を証言する」など、シビアな題材を取り上げていることでも知られる。オペラ「藤戸」は「藤戸の浦」という題で、1992年に米国サンフランシスコで初演。大劇場と中劇場で公演を行っている文化施設での初演であり、大劇場ではヴェルディの歌劇「オテロ(オセロ)」上演時間約4時間、中劇場で「藤戸の浦」上演時間約1時間という同時上演が行われたが、「藤戸の浦」は、「1時間で4時間分の密度のあるオペラ」と激賞されたという。


午後2時開演の回、午後6時開演の回共に、日本オペラプロジェクト総合プロデューサーである日下部吉彦、作曲の尾上和彦、演出の岩田達宗によるプレトーク20分、途中休憩15分、オペラ上演60分という変わったスタイルでの上演。


開演前に、演出の岩田さんに挨拶をし、少しお話を伺う。午後6時開演の前にはオペラ上演に適した日本のホールはどこか伺ったのだが、古典派までだったら大阪府豊中市にある大阪音楽大学 ザ・カレッジ・オペラハウス。大規模なものだと何だかんだで東京・上野の東京文化会館が最適とのこと。東京文化会館は東京初の音楽専用施設であり、都が威信を懸けただけあって入念の音響だそうである。


音楽、ストーリー共に分かり易いものである。音楽は比較的シンプルであり、特に女が歌うときにはミニマル・ミュージックのような同じ音型のピアノ伴奏が繰り返される(歌自体はミニマルミュージックではない)。

岩田達宗の演出であるが、まず中央に白い壁。左右に白く細い紗幕が数本降りている。幕が上がると、女がすでにおり、後ろを向き、正座をして屈み額を膝に付けている。
紗幕にライトが当たると、水色なのか浅葱色なのか(浅葱色だと別の意味が足されるが)とにかく青系の衣装を着た波の精達が見える。地唄に当たる部分は、彼ら波の精と、千鳥という女装をした着物姿の歌手(今回が松原友が務める)が歌う。ちなみに、「藤戸」はこれまでに90回以上上演されているが、いずれも波の精は女声アンサンブルが務めており、尾上の構想にあった男声による波の精が実現するのは今回が初めてだそうである。女声による波の精を聴いたことがないので何とも言えないが、男声による波の精の方が「リアル」だという想像は付く。
白い壁には「戦争」、「平和」といった文字や、源平の武者達の名前などが浮かぶ。

「白」は勿論、源氏の白旗であるが、平氏の赤旗も「赤=血=殺戮」というイメージの重なりを伴い、藤戸の浦の合戦の場面で登場する(赤い布が上から吊され、バックライトで佐々木盛綱の殺陣が浮かび上がった後で、布が天井から落とされ、波の精達がそれを纏って後ずさりし、平氏の退却を表す)。

日本語歌唱、日本語字幕スーパー付きの上演であるが、時折、歌手が字幕と違う言葉を歌ったのはアドリブなのか、或いは言い間違えたのか。意味は通じるので瑕疵にはならないが。

ちなみに、午後2時開演の回では、佐々木盛綱役の迎肇聡が太刀の刃を上にした形で握っているように見える場面が長く、ちょっと気になった。太刀の場合は刃を上にして握るという発想がなく、抜くときは横にして抜くので、刃は下か横を向いているはずだが、ちょっと力が入ったのかも知れない。抜くときは横にして抜いていたので、日本刀と勘違いしたというわけではないようである。

ダブルキャストの出来であるが、午後6時開演の小濱妙美と晴雅彦の方がメリハリを付けた演技となっていた。佐々木盛綱はある意味歌舞伎的わかりやすさが出て晴雅彦の方が迎肇聡よりも面白かったが、女は井上美和の方が伸びやかさにおいて優っていたように思う。


さて、女の歌と、盛綱の歌の歌詞を比較すると、女のものは素朴で情緒豊か(反戦のメッセージも入っているが)、盛綱の歌詞は理屈っぽい傾向がある(言い逃れをしているのだから当然である)。また盛綱は経文を唱えたり「徳義」という言葉を用いるなど、文字としてもお堅い。旋律も女のものは流れが良いが、盛綱の歌は角がある。女にとっては親子の日常こそが大切なのであって、武士道だの勝つだの負けるだの出世だのはどうでもいいのである。

「情」と「理」などと分けてあれこれ言うのは理の仕事なので書くだけ野暮になるわけだが、武士の世の戦は大将が戦場にいるという点においてまだ情の入り込む余地がある。こうして、戦の中にも涙を誘うような物語も生まれる。ただ近現代の戦争は極めて「非情」である。大将が戦場にいない。映像を見ながら指示している。兵隊はいるが、それに対する情もあるのかないのか。
1990年の湾岸戦争で、初めて我々はそれを目にした。不気味なほど綺麗な風景。コンピューターゲームのワンシーンのような映像。そこでは血が流れているはずだ。だが我々にはそれは見えなかった。

あたかも人間がその場にいないかのような不気味で洗練されすぎた戦争。そうしたあらゆる戦争が今もリアルタイムで行われているのが「現在」だ。


勿論、「知に働けば角が立つ、情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかく人の世は生きにくい」という夏目漱石の言葉通り、情に棹させば解決するものでもないが、理屈と理屈で格闘し、気にくわないなら殺傷ではなく、「個と個で向き合うこと」、それしか戦争を防ぐ方法はないように思える。

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2022年7月11日 (月)

観劇感想精選(438) 関西・歌舞伎を愛する会 第三十回「七月大歌舞伎」昼の部 初日 令和四年七月三日

2022年7月3日 道頓堀の大阪松竹座にて観劇

正午から、道頓堀の大阪松竹座で、関西・歌舞伎を愛する会 第三十回「七月大歌舞伎」昼の部を観る。今日が初日である。演目は、「八重桐廓噺」嫗山姥(こもちやまんば)と「浮かれ心中」。今回の「七月大歌舞伎」は、松本幸四郎が昼夜計4演目中3演目に出演。中村勘九郎も同じく2演目に出演する。

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上方系の演目への出演が目立つ幸四郎。今回は、「浮かれ心中」は江戸の売れない戯作者を演じるが、近松門左衛門作の「八重桐廓」と夜の部の「祇園恋づくし」では上方の役に取り組んでいる。


「八重桐廓噺」嫗山姥。近松門左衛門の時代浄瑠璃を原作とする義太夫狂言(人形浄瑠璃の台本で行われる歌舞伎の演目)である。
沢瀉姫(千之助)は源頼光と契りを結んだが、清原高藤の讒言により、頼光は姿を消す。高藤は沢瀉姫を自分のものにしようとしていた。これが前段での出来事である。

元廓勤めである荻野八重桐(片岡孝太郎)が沢瀉姫の屋敷の前を通りかかった時に、門の内から流れてくる謡にふと足を止める。その歌は、八重桐が廓勤めの遊女をしていた時代に坂田蔵人時行(松本幸四郎)と二人で作り上げたものであった。八重桐は「傾城の祐筆」と声を上げ、館の内から出てきたお歌(中村亀鶴)に面白がられて館の内へと招かれる。

果たして館の中では坂田蔵人時行が煙草屋源七と名を変えて潜んでいた。ここで、孝太郎と浄瑠璃(竹本谷太夫)によって八重桐の身の上が語られる。
八重桐と時行は恋仲であったが、小田巻という遊女が時行に懸想しており、時行を巡って八重桐と小田巻が大喧嘩。
一方、時行は物部の平太を仇討ちしようと機会をうかがっていたが、平太は時行の妹の白菊(中村壱太郎)によって退治されていた。時行は平太の主である平正盛と清原高藤を討つ計画を立てるが、八重桐から「源頼光さえ、清原高藤に手を出せなかったのだから、時行では相手にならない」と断言。悔し涙を流した時行は自刃し、元恋人である八重桐と妹の白菊に遺言を残す。「三日の内に(八重桐の)胎内に痛みがあったなら、それは自分の生まれ変わりであり、正盛と高藤を討ち果たす」
時行は、八重桐に自身の臓物を口にするよう促して絶命。八重桐は大力無双の山姥となり、白菊と共に高藤が放った使者の太田十郎(中村虎之介)とその一味を蹴散らすのだった。ちなみにこの後、八重桐が生むのが、幼年期が「金太郎さん」として知られる坂田公時である。

孝太郎の八重桐は初役だそうで、しかも今日が公演初日であるが、役に完全に馴染んでおり実力の高さが窺える。幸四郎はこの演目での出番はそれほど多くないが、心情の表出に長けているという印象を受けた。
白菊を演じる中村壱太郎が、メイクのせいか、今日は高岡早紀に似ているように見える。

初日ということで万全ではなく、役者のセリフに間が開いたため、プロンプター(歌舞伎では黒子が務めることが多い)の声が聞こえ、それがきっかけで役者がセリフを語り始める場面があった。初日から3日間はプロンプターが常駐しているようである。


「浮かれ心中」。井上ひさしの直木賞受賞作「手鎖心中」を小幡欣治の脚本・演出で舞台化した作品である。歌舞伎版は平成9年(1997)の初演。初演時に十八世中村勘三郎(当時は五代目中村勘九郎)が辰巳山人栄次郎演じて好評を博しており、平成12年(2000)には大阪松竹座の7月大歌舞伎でも勘三郎の栄次郎による上演が行われている。
今回は十八世中村勘三郎の長男である六代目中村勘九郎が辰巳山人栄次郎を演じ、勘九郎の弟である七之助が栄次郎と所帯を持つおすずと吉原の花魁・帚木の二役を演じる。
井上ひさし原作ということで笑劇(ファルス)の要素がかなり強いエンターテインメント歌舞伎となっている。

大店・伊勢屋の若旦那である栄次郎(中村勘九郎)は絵草紙作家になるべく、江戸・鳥越の絵草紙屋・真間屋の娘であるおすず(中村七之助)と所帯を持つことに決める。所帯を持つといっても、絵草紙作家になるための足掛かりであり、江戸屈指の豪商である伊勢屋から勘当されることで江戸中の評判になることを狙っており、そのため勘当は1年きりで、その間はおすずと男女の関係になるつもりもなく、父親(中村鴈治郎)にも真間屋の番頭・吾平(中村扇雀)にも「手は出さない」と誓っていた。おすずは24歳。当時としては婚期を10年近く逃しており、栄次郎も容姿が悪いに決まっているとして、1年間手を出さないなど楽勝と高をくくっていたが、現れたおすすは、「鳥越小町」と呼ばれたほどの美人で、栄次郎もすぐにおすずのことを気に入ってしまう。この辺りは「嘘から出た実」という言葉がぴったりくる。

一方、栄次郎の戯作者仲間である太助(松本幸四郎)は、栄次郎とおすずの婚儀の仲人を務めるはずが、吉原で有り金全部使い果たしてしまい、吉原から出られず、祝言にも遅れる。付け馬(取り立てのための監視人)を伴い、やっと祝言の席に現れた太助。仲人が一人だけでは寂しいと付け馬と二人で仲人ということになる。
なお、この場で火消しからの祝いの謡があるのだが、彼らは初演時にも火消し役で出ていたそうで、勘九郎も「親子二代に渡り」と礼を言う。

さて、絵草紙「百々謎化物名鑑(もものなぞばけものめいかん)」を今でいう自費出版した栄次郎であるが、そう簡単に売れる訳もない。ということで、吉原に使いの者を出して本を売らせ、その後で自身が吉原に繰り出して「作者登場」の評判を取ろうとする。太宰治のような話題作りをする作家である。
共に吉原に繰り出した太助は、花魁・帚木太夫(中村七之助二役)に一目惚れする。だが帚木にはすでに心に決めた相手がいた。


勘九郎が描き出す栄次郎の剽軽さが魅力的。即興の場面も比較的多いと思われる。
栄次郎と共に売れない戯作者コンビを組む太助役の幸四郎は、育ちの良い好人物で知力にも恵まれているが少々情けない男という自身のパブリックイメージにも近いであろう役柄を生き生きと演じてみせる。こうした役がこれほど嵌まる歌舞伎俳優もそうそういない。
七之助の声音を変えての二役演じ分けも見事であった。

初日ということで、この演目でもアクシデントが発生。裏の障子を思いっきり開け放った時に、そこに控えていたTシャツ姿の舞台スタッフがはっきり見切れてしまう。スタッフの男性もすぐさま退散したが、勘九郎も「あれは家の」とアドリブの説明を行おうとしていた。

さて、種明かしをすると、栄次郎は他界してしまうのだが、あの世へと向かう際に宙乗りを行う。宙乗りを行うというのは、十八世中村勘三郎のアイデアだそうで、それを継いだ息子の勘九郎も実に楽しそうに宙乗りを行い、紙吹雪や紙テープなどを繰り出す。なお、栄次郎が書いた幕政批判の絵草紙にネズミが登場するようで、そのため栄次郎はネズミに乗り、ネズミ絡みか(?)東京ディズニーランドでお馴染みの「イッツ・ア・スモールワールド」が日本語詞で謡われた。

現代歌舞伎、それも井上ひさし原作であるため分かりやすく、常連でも一見さんでも楽しめる優れた演目であった。

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2022年7月 8日 (金)

2346月日(38) 佛教大学オープンラーニングセンター(O.L.C.) 特別無料講座「七夕×和歌文学 ~31文字に想いを込めて~」

2022年7月7日 佛教大学15号館1階「妙響庵(みょうこうあん)」にて

午後5時から、佛教大学オープンラーニングセンター(O.L.C.)「七夕×和歌文学 ~31文字に想いを込めて~」を受講。無料講座である。担当は佛教大学文学部日本文学科教授の土佐朋子。専門は日本上代文学である。

先月、日本のポピュラー音楽を扱う講座に参加した際に貰ったチラシに今日の講演の宣伝が入っていたので出掛けてみる。個人的には大学の公開講座には大いに興味があるのだが、平日の昼間に行われることが多いので参加してはこなかった。ただ佛教大学のO.L.C.のラインナップは面白く、会場となる佛教大学15号館1階「妙響庵」の雰囲気も良く、行く価値は大いにあるように思われる。

五節句の一つである七夕。元々は中国の習慣で、針仕事をする女性が上達を願う祭(でいいのかな?)であったのだが、後に諸芸上達、特に芸術方面の能力発達を願う乞巧奠という儀式になり、日本へと入ってきた。七夕に和歌を取り上げるのは似つかわしいということになる。京都に唯一残った公家である下冷泉家は、七夕に和歌を詠む習慣がある。

「万葉集」に載せられた和歌が中心になるが、「万葉集」には和歌のみでなく、漢詩や漢文も載せられていて、まずは中国で書かれた七夕に関する漢詩が取り上げられる。ちなみに、中国の代名詞でもある「漢」は元々は「天の川」を意味する言葉であり、織姫=織女は、「河漢の女(天の川の女)」と表現されている。
ちなみに可漢(天の川)というのは、清流だが浅く、幅も狭いそうで、相手のことがよく見えるが手は届かない距離ということなのか、もどかしく思える設定を取っているようである。

実は、中国では織女から牽牛の方へ向かうのだが、日本では牽牛が船を漕いで織女の下へ向かうという設定に変わっている。日本では上代から中古に掛けては通い婚が一般的であり、向かうのは常に男の方だったので、牽牛と織女=彦星と織姫も男の方が会いに出掛けるのが当時の常識と照らし合わせても自然なことであったと思われる。
川幅が狭いのに船を使うのが不自然という指摘もあるようだが、多分、川幅が狭くてはドラマティックにならないので意識的にそうした情報は無視したのであろう。

「万葉集」に載っている七夕を題材にした和歌は約130首。かなり多い。
今回はその中から31首を採り上げて、設定や背景などが述べられている。

私も専門の一つが日本文学なのであるが、主に研究したのが近現代、それも作者が存命の作品に多く取り組んだので、上代の文学についてはいうほど詳しくはない。和歌を詠むこと自体は特技の一つなのであるが。

七夕には酒宴が催され、その席で歌われたと思われる和歌も多い。だが、七夕を詠んだ歌、約130首の内、作者が分かっているのは大伴家持だけで、他の作品は全て詠み人知らずとされている。

大友家持の歌は、彼が二十歳前後とかなり若い頃に詠んだ作品で、織女の船出と月を掛け合わせて詠んでいる。織女の方が出掛けるという唐土の習慣を家持は知っていたようである。
勿論、唐土の習慣を知っていたのは家持だけではなく、織女の方から牽牛の下へと出掛ける様を詠った和歌はいくつも存在している。

子どもの頃に受けたイメージで、男の方から女の方へ出向いたり、男と女が鵲の渡せる橋の真ん中で出会うような情景を思い描いていたが、女の方から男の下へと出向くという発想は、実は抱いたことがなかった。今の日本でも女の方から押し掛けるということは余りないため、イメージの埒外にあったのだと思われる。

ちなみに、織女はかなり豪奢な乗り物に乗り、華やかな衣装で出掛けていることが分かる。

上代にあっては、恋というのは、恋人同士が会ってなすことを指すのではなく、会えない時に相手を求める気持ちのことを表す言葉のようで、郷ひろみの「よろしく哀愁」的な発想がなされていたようである。

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2022年7月 2日 (土)

美術回廊(77) 京都国立近代美術館 没後50年「鏑木清方展」

2022年6月10日&6月28日 左京区岡崎の京都国立近代美術館にて


2022年6月10日

左京区岡崎の京都国立近代美術館で、没後50年「鏑木清方展」を観る。個人的には2014年に千葉市美術館で鏑木清方の展覧会を観ているが、京都で鏑木清方の大規模回顧展が行われるのは45年ぶりだそうである。

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1878(明治11)年、東京に生まれた鏑木清方(かぶらき・きよかた。清方は号で、本名は健一)。父親は毎日新聞創設者の一人であるジャーナリストで戯作者・脚本家・小説家としても活躍した条野採菊。ということで、幼い時から歌舞伎や寄席に親しむ生活を送っていた。清方は長じてからも、芝居絵を書くほかに歌舞伎の評論なども行っている。
浮世絵師の水野年方に師事し、清方の号を授かる。鏑木は母方の姓であり、母方の家系を継いでいる。

電車が嫌いだったそうで、関東を出たのは数度だけ。基本的には東京で生活を送っていたが、第二次大戦のため、茅ヶ崎に疎開。その後、御殿場に移るが、東京の自宅を戦災により焼失。鎌倉に住んでいた娘を頼って移住し、その後、復興の釘音かまびすしい東京を避けて鎌倉市内に自宅を構え、同地で生涯を終えた。93歳と長生きであった。

初期には挿絵画家として成功を収めた鏑木清方。泉鏡花と親しくなり、表紙絵や挿絵を手掛けている。鏡花好みの美女を描き、その後、日本を代表する美人画家として名声を高めていく。長命であったため、1954年にNHKが行ったインタビュー音声が残っており、展示コーナーで美人画の映像と共に鑑賞することが出来る。「好きなものじゃないと描けない」と語っており、また関東大震災や二・二六事件、戦災などに遭った時には美人画を描くことで気を紛らわせたと回想している。

日本画の典型的な構図として、手前をクッキリ描き、奥をボンヤリさせることで奥行きを出すという技法がよく駆使されるが、清方も中年期以降はこの構図に倣っている。だが、初期の頃は、顔をボンヤリと柔らかく描き、奥を丁寧に描くことでまた別の奥行きを出すという手法が見られる。意図的に用いられたものなのかは分からない。

「音」を感じさせる技法もまた多く、雨の滴などは描かずに、登場人物の表情で雨と雨音を感じさせるという巧みさが光る。


今回の目玉は、長らく所在不明だった「築地明石町」「新富町」「浜町河岸」の3作。東京国立近代美術館が2019年に収蔵したもので、それまでは個人が蔵していたようである。いずれも美人画だが、中央に大きく美人を描き、奥にボンヤリとその土地を象徴するものを描くという手法が用いられており、その土地の象徴画の役割を果たしている。象徴的な作品は、この3作の他にもいくつも見られる。

「築地明石町」は左手奥に帆船、「新富町」は右手奥に新富座、「浜町河岸」は左手奥に火の見櫓が見える。

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新富座は、明治時代前半には東京一の芝居小屋として栄えたが、明治時代半ばに歌舞伎座が完成すると人気も落ち、大正期には関東大震災で損害を受けて廃座となっている。「新富町」の絵が描かれたのは昭和5年(1930)であるため、すでに新富座は存在しない。
鏑木清方は、幼年期を新富座の近くで過ごしており、たびたび歌舞伎を観に出掛けていた。役者に憧れ、狂言俳優として舞台を踏んだこともある。そんな幼年期の憧れがこの絵には込められているのであろう。

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「浜町河岸」で描かれた日本橋浜町は、明治座に近く、二代目藤間勘右衛門の家があって、多くの女性が踊りを習うために通ったという。そんな踊りの稽古帰りの少女を描いた作品である。

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なお、重要文化財指定の「三遊亭円朝像」は後期に入ってからの展示となるようである。


2022年6月30日

左京区岡崎の京都国立近代美術館で、「鏑木清方展」を観る。2度目である。前回は、物販が3階のみで行われているのを知らなかったため何も買わずに帰ってきてしまったが、今日は絵葉書を数点購入する。

前回訪れたときは、重要文化財指定の「三遊亭円朝像」が展示されていなかったので、それを目的に来たのだが、他にも展示替えが行われた絵が比較的多い。7月限定のまだ展示されていない作品も数点待機中である。

新たに展示されたものの中では、「秋宵」という女学生がヴァイオリンを弾いているところを描いた作品が良い。明治36年の制作で、京都会場のみの出品である。夏目漱石の『吾輩は猫である』を読んでも分かるとおり、明治時代にはヴァイオリンというのは女子がたしなむものであり、男がヴァイオリンを買うとなると、人目につかない夕方になるのを待って布団をかぶって眠り、「もう夕方か」と思って布団から出ると陽がカンカンカンカン照っていて、というのはどうでもいいか。女学生の夢見るような表情が印象的である。

前回、鏑木清方の作風の転換のことを書いたが、42歳を境に作風に変化が見られる。大正時代に入って絵画の世界にも写実主義が台頭しており、清方もそれに倣ったようである。作風の変化にあるいは関東大震災が影響しているのかも知れないが、正確なことは分からない。
実の娘を描いた「朝涼(あさすず)」という作品(大正14年制作)があるが、実娘の眼差しがリアルで、ハッとさせられる。

とはいえ、清方も若い頃の作風を完全に捨ててしまった訳ではなく、晩年にも浮世絵美人的な涼しい目の女性を描いている。


「三遊亭円朝像」はかなりリアルな描写だが、実は清方の父親でジャーナリストである条野採菊が話を聞くためによく円朝を家に呼んでいたそうで、清方も間近で円朝の姿を目にしていたようだ。

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