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2024年4月15日 (月)

近鉄アート館復活10周年記念 春の演芸ウィーク「ブギウギ講談 笠置シヅ子と服部良一の時代」

2024年4月3日 あべのハルカス近鉄本店ウイング館8階・近鉄アート館にて

午後6時から、あべのハルカス近鉄本店ウイング館8階にある近鉄アート館で、近鉄アート館復活10周年記念 春の演芸ウィーク「ブギウギ講談 笠置シヅ子と服部良一の時代」に接する。共に大阪育ちで、作曲家と歌手として師弟関係にあった服部良一と笠置シヅ子の二人の音楽人生を講談に仕立てたもの。出演:四代目玉田玉秀斎、演奏:スイートルイジアナ楽団、歌手:前川歌名子、ゲスト:桜花昇ぼる(おうか・のぼる。元OSK日本歌劇団トップスター)。

約100年前、大阪・船場は北浜二丁目の料亭「灘万」で日本初のジャズ・サックスプレーヤーと呼ばれる前野港造らによってジャズが毎晩演奏され、ジャズが大阪に広まっていく。その後、少年音楽隊ブームが起こり、服部良一も鰻屋チェーンである「出雲屋」の少年音楽隊結成を聞いて応募。1番の成績で入り、ここでサックス、フルート、バンジョー、オーボエ、ピアノなどを習うことになる。我流で編曲や作曲も始めた。

服部は尋常小学校時代は成績優秀で試験はトップ争い。級長も務めたことがあるが、実家が貧しかったため中学校には進めず、尋常高等科に2年通い、その後、夜学の大阪実践商業に進み、昼は大阪電通の下っ端として働いて学費を捻出して、貿易商を目指すが、その頃に出雲屋少年音楽隊に入り、貰った給金で学費を払える上に出雲屋少年音楽隊も夜学に通うことを許してくれたため、大阪電通は辞めている。出雲屋少年音楽隊の結成式が行われたのは1923年9月1日。関東大震災が起こった日で、大阪でも式の最中に余震があったという。関東大震災で壊滅した東京から多くのジャズメンが大阪に移り、大阪のジャズは最盛期を迎えるようになる。大阪実践商業を卒業した服部は、大阪放送局(後のNHK大阪放送局)が組織した大阪フィルハーモニック・オーケストラ(放送用オーケストラで、現在の大阪フィルハーモニー交響楽団とは別団体。現在の大阪フィルは、NHKが所持していた大阪フィルハーモニーの商標を朝比奈隆が買い取って関西交響楽団から改称したものである)の第2フルート奏者となり、ここで大阪フィルハーモニック・オーケストラの指揮者を務めていたエマヌエル・メッテルと出会い、神戸の自宅まで和声学、対位法、管弦楽法、指揮法のレッスンに通うようになる。大阪フィルの内職としてジャズの演奏を始めた服部。ジャズのメッカとなっていた道頓堀のカフェでジャズの演奏を行い、ボーカルも務めて、特に「テル・ミー」という曲を十八番としていたことで、「テルミーさん」というあだ名が付くほどだったという。ということで、今回の公演ではスイートルイジアナ楽団によって「テル・ミー」の演奏と歌唱が行われたりもした。スイートルイジアナ楽団は、エノケンこと榎本健一がヒットさせた「私の青空」も披露する。

一方の笠置シヅ子は、服部の7歳下である。現在の香川県東かがわ市の生まれ。非嫡出子であり、母親の乳の出が悪かったため、丁度お産で大阪から里帰りしていた亀井うめという女性に添え乳をして貰っていたのだが、うめの情が移り、養女として貰い受けることになる。ちなみに笠置シヅ子の最初の名は、亀井ミツエであり、その後、志津子を経て静子が本名となっている。我が子とシヅ子を連れて大阪へと帰ったうめ。大阪駅で待ち構えていた夫の音吉は、「双子かいな」と驚いたという。
尋常小学校を出たシヅ子は、宝塚音楽学校を受験。常識試験や面接の出来は良かったが(歌唱の試験はなかった)、背が小さく痩せていたため、体格検査で不合格となってしまう。負けん気の強いシヅ子は、両親に落ちたとは言わず、「あんなとこ好かん。やめてきてしもた」と嘘を言い、道頓堀の松竹座を本拠地としていた松竹楽劇部(のちのOSSKこと大阪松竹少女歌劇団、現在のOSK日本歌劇団の前身)の養成所に押しかける。当時、松竹楽劇部養成所は生徒を募集していなかったが、何日も事務所に通い詰め、強引に入団を勝ち取ってしまう。この場面で桜花昇ぼるが客席通路から現れ、松竹への押しかけ入団の場面では、OSKのテーマソングである「桜咲く国」を歌う。桜花昇ぼるは、OSK日本歌劇団の元男役トップであるが、今日は女性の格好で登場。ドレスに着物にと次々に衣装を替えた。
桜花昇ぼるのステージに接するのは10年ぶり、前回は奈良県文化会館国際ホールで行われた、ムジークフェストならの関西フィルハーモニー管弦楽団とのジョイントコンサートで、まだOSKに男役トップとして在籍中であった。

今回の公演は、桜花昇ぼるが笠置シヅ子のナンバーを歌い、前川歌名子がその他の楽曲を受け持つ。まず前川がジャズナンバー2曲をしっとりとした声で歌った。

松竹少女歌劇団に入ったシヅ子は先輩の世話などの下積みやレッスンに精を出し、更には舞台を食い入るように見つめてセリフを全て覚え、怪我人や病人が出た時にいつでも代役として出られるよう備えた。
18歳の時に香川を訪れた際に自身の出生の秘密を知ったシヅ子。実母とも対面するが話が弾むことはなく、実父の形見の時計を受け取っただけであった。
やがてOSSKで頭角を現すようになったシヅ子は、東京で新しく組織されることになった男女混合のレビュー劇団、松竹楽劇団(SGD)に招かれ、ここの作曲家兼編曲家、第2指揮者となった服部良一と出会う。服部は、「大阪で一番人気のある歌手がやって来る」と聞き、「どんなプリマドンナか」と胸を弾ませていたのだが、やって来たのは頭に鉢巻きを巻き、下がり眉の目をショボショボさせた小柄な女性で、「笠置シヅ子です。よろしゅう頼んまっせ」と挨拶された服部は失望したという。しかしその夜の稽古を見て服部のシヅ子に対する印象は一変。長いつけまつげの下の目はパッチリ開き、舞台を所狭しと動き回るシヅ子に魅せられた服部は彼女のファンを自認するまでになった。
服部と笠置の名コンビはまず、「ラッパと娘」を披露する。桜花昇ぼるは、かなり速めのテンポで「ラッパと娘」を歌ったが、録音で残された「ラッパと娘」における笠置の歌声は、今の平均的な楽曲に比べるとテンポがかなり遅いようで、服部良一の孫である服部隆之もそのことを指摘している。ということで今の時代に合わせたアレンジだったようだ。
桜花昇ぼるは、アドリブも駆使しており、ジャジーな味わいをより深いものにしていた。

戦時色が濃くなり、音楽家達は各地に慰問に出掛けるようになる。服部も志願して中国へと慰問に渡る。作曲家は慰問の対象にはならなかったので、サックスプレーヤーとして渡ったようだ。蘇州を経て、杭州に渡り、西湖に船を浮かべてソプラノ・サックスを吹いた時に浮かんだのが、「蘇州夜曲」の元となる旋律だったそうで、服部の種明かしによると蘇州は全く関係ないそうだ。
前川が「蘇州夜曲」を歌う。「蘇州夜曲」は映画では李香蘭が歌っているが、レコードでは渡辺はま子と霧島昇のデュエット曲としてコロムビアから発売されている。

戦争が激化を見せ、時流に合わなくなった松竹楽劇団は解散。ジャズを歌っていたため敵性歌手と見なされ、丸の内界隈で歌うことが出来なくなった笠置シヅ子は服部良一の尽力で「笠置シズ子とその楽団」を結成し、地方公演に活路を見出す。名古屋を訪れた時に、シヅ子は眉目秀麗の青年と出会う。元々、笠置シヅ子は面食いで美男子に弱い。その青年の正体は、吉本興業を女手一つで大企業に育て上げた吉本せいの一人息子である吉本穎右(えいすけ)と判明する。ちなみに玉田玉秀斎は、本名は吉本というそうだが、吉本興業とは縁もゆかりもなく、ただ親しみを覚えるだけだそうである。
笠置シヅ子の大ファンだったという穎右はこの時、早稲田大学仏文科の学生で9歳年下であった。神戸での公演を控えていたシヅ子。穎右は大阪に帰る前に和歌山まで行く予定だったのだが、変更して神戸まで同行することになる。
その後、東京に帰った二人は、9歳差という年齢を超えて愛し合うようになる。朝ドラ「ブギウギ」とは違い、穎右は結婚したらシヅ子には歌手を辞めて貰う予定で、シヅ子もそのつもりだった。穎右は結婚を認めて貰うために早大を中退し、吉本の東京支社で働き始めるが、仕事の整理のために大阪に帰ることにし、シヅ子も帰阪する穎右を琵琶湖まで送り、湖畔の宿で別れを惜しんだ。穎右はここで服部良一作曲の「湖畔の宿」を口ずさんだそうで、前川が再び登場し、「湖畔の宿」を歌う。

東京に戻ったシヅ子は妊娠を知る。すぐ穎右に知らせ、穎右も喜ぶが、帰京するはずがいつまで経っても戻る様子がない。体調が悪いようで、風邪ということであったが、病状がそれより悪いのは明らかであった。身重の体で「ジャズ・カルメン」に主演した笠置であるが、客席に穎右が現れることはなかった。大阪からは穎右の容態悪化の報が次々に届き、出産を間近に控えた時期に穎右は西宮の実家において25歳の若さで他界してしまう。
その10日後に笠置は女の子を産んだ。穎右は、生まれた子が「男だったら静男、女だったらヱイ子と名付けてほしい」と遺言しており、吉本静男名義の預金通帳が後日送られてきた。

シヅ子は、引退の撤回を決め、日本の復興ソングの作曲を服部に頼む。服部がコロムビアで霧島昇の「胸の振り子」のレコーディングを終え、家路につく電車の中で吊革につかまっていた時、ガタンゴトンというレールの響きと吊革の揺れがエイトビートに聞こえ、メロディーが浮かぶ。服部は最寄り駅で降りて駅前の喫茶店に駆け込み、紙ナプキンを五線紙代わりにして浮かんだばかりのメロディーを書き付けた。こうして生まれたのが、不朽の名曲「東京ブギウギ」である。
「東京ブギウギ」の録音は、内幸町にあった東洋拓殖ビル内のコロムビアの吹込所で行われたのだが、録音の時間が近づくと米軍の下士官が続々と入ってくる。「東京ブギウギ」の原詩を手掛けたのは、仏教哲学者・鈴木大拙の息子で、通訳などもしていたジャーナリストの鈴木勝であるが、東洋拓殖ビルの隣にあり、進駐軍が下士官クラブとして接収していた政友会ビルで英語の得意な鈴木が自作の録音が行われることを触れ回り、それが広まってしまったようで、下士官のみならず音楽好きの将校や軍属までもが噂を聞きつけて見物にやってきた。そんな中で録音が行われ、「東京ブギウギ」は米兵達に大受け。大合唱まで始まってしまう。服部はブギの本場であるアメリカ人達に好評だったことに喜びを感じたという。
桜花は、笠置の動きを元にしたオリジナルの振付で「東京ブギウギ」を熱唱する。

シングルマザーとして生きる道を選んだ笠置の姿は多くの未亡人に勇気を与えた。

シヅ子は、新しいブギを服部に依頼する。服部はアメリカではコールアンドレスポンスが流行っているということで、「ヘイヘイブギー」を笠置に提供。桜花も観客と「ヘイヘイ」 のコールアンドレスポンスを行った。

服部が他の歌手のために書いた曲を1曲ということで、淡谷のり子の「雨のブルース」が前川によって歌われる。

一方、笠置の曲を巧みに歌う少女の存在が話題となっていた。「ベビー笠置」「豆ブギ」などと呼ばれたこの少女がのちの美空ひばりである。幼い頃の美空ひばりは笠置シヅ子の持ち歌を物真似しており、笠置と服部がアメリカ横断ツアーを行う1ヶ月前に、一足早くアメリカツアーを行うことを決定。しかしこれに服部が難色を示す。ひばりが歌うのは笠置の楽曲ばかり。ということで先に歌われてしまうとひばりが本家で笠置が二番手のように誤解されてしまう。そこで服部は日本著作権協会を通して、ひばりにアメリカで自身の楽曲を歌うことを禁じた。
その後、ひばりは、人真似ではなく独自の音楽性を持った楽曲を発表し、江利チエミ、雪村いづみと共に三人娘として次代を牽引していくこととなる。
そんなひばりのナンバーから初期の「東京キッド」(作詞:藤浦洸、作曲:万城目正)が前川によって歌われた。

笠置が次に狙うのは紅白歌合戦用のナンバー。書かれたのは「買い物ブギー」である。笠置は第2回の紅白歌合戦で「買い物ブギー」を歌っている。
この講談では大阪弁を全国に広めるための楽曲として制作されたことになっている。笠置と服部のブギーシリーズの中で初動売り上げ枚数が最も多かったのが、この「買い物ブギー」。2番目は「東京ブギウギ」ではなく「大阪ブギウギ」だったはずである。インターナショナルな「東京ブギウギ」とは違い、ローカル色豊かな「大阪ブギウギ」は長い間忘れられた存在となっていたが、最近、NHKの「名曲アルバム」において矢井田瞳の歌唱で取り上げられるなど、再評価される可能性が高まりつつある。
「買い物ブギー」は、ハワイでも大ヒットしたようで、アメリカ横断ツアーの最初の目的地であるハワイで町を歩いていると、服部は「おっさんおっさん」、笠置は「ワテほんまによう言わんワ」と呼びかけられたそうである。
当時としてはかなりの長編で、最初のバージョンはSPレコードに収まりきらずカットがされている。このオリジナル版は映画で用いられ、今ではYouTubeで見ることが出来るが、放送自粛用語が入っており、リメイク版では歌詞が変わっている。今回も当然ながらリメイク版の歌詞での歌唱である。
着物姿で登場した桜花は、関西人(奈良県斑鳩町出身)の利点を生かして、コミカル且つニュアンス豊かにこの歌を歌い上げる。

本編はここまでで終わりなのだが、アンコールとして、笠置の歌手引退と、次世代へのバトンタッチの意味を込めた楽曲として、桜花と前川が「たよりにしてまっせ」を歌う。KinKi Kidsがカバーしているということもあって比較的知られた曲である。この曲も全編に大阪弁が用いられている。一応、笠置最後のレコーディング曲なのだが、資料によるとその後に「女床屋の歌」という作品が録音はされていないものの舞台用楽曲として制作されているようで、「たよりにしてまっせ」が笠置最後の歌とは必ずしも言えないようである。
最後は、桜花と前川のデュオで再び「東京ブギウギ」が歌われた。

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2024年4月10日 (水)

令和六年 第百五十回記念公演 都をどり「都をどり百五十回源氏物語舞扇」

2024年4月6日 祇園甲部歌舞練場にて

午後4時30分から、花見小路にある祇園甲部歌舞練場で、令和六年 第百五十回記念公演都をどり「都をどり百五十回源氏物語舞扇(げんじものがたりまいおうぎ)」を観る。タイトルに「都をどり」の文字が入るのは史上初めてのことだそうである。

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五花街筆頭格の祇園甲部の本拠地である祇園甲部歌舞練場であるが、耐震性に問題があるとして、平成28年10月から休館期間に入っていた。耐震工事に思いのほか手間取ったようで、その間は、京都芸術劇場春秋座や南座を借りて都をどりを続けてきたが、新型コロナの流行により2年連続で公演が中止になるなど、苦難が続いた。昨年、耐震工事を終えて久しぶりに祇園甲部歌舞練場で都をどりが上演され、今年が本拠地での復活2年目となる。

今年の大河ドラマ「光る君へ」の主人公が紫式部ということで、千年に渡って読み継がれてきた『源氏物語』を題材にした舞が多く披露される。
構成は、第一景「置歌」、第二景「多賀大社梅花香(たがたいしゃばいかのかおり)」、第三景「夕顔垣根納涼」、第四景「葵上」、第五景「須磨明石」、第六景「大原野神社紅葉彩(おおはらのじんじゃもみじのいろどり)」、第七景「雪景色鷺舞(ゆきげしきさぎのまい)」、第八景「歌舞練場桜揃(かぶれんじょうさくらぞろえ)」。紅白が対比される背景や衣装が多い。
曜日によるローテーション制で、今日は「三番」の第2組が出演する。立方は1組と同じだが、囃子と長唄、浄瑠璃の人員が異なる。

客席には比較的多くの外国人が詰めかけている。


「都をどりはー」「ヨーイヤサー」の掛け合いで始まる、浅葱色の衣装を纏った芸舞妓達による「置歌」。祇園甲部歌舞練場は花道が左右に1本ずつ、計2本あるのが特徴で、花道1本の春秋座や南座では不可能な対比の構図が出来上がる。

第二景では、今年の恵方である東北東にちなんで、都の東北東にある多賀大社が長寿の神ということもあって背景に選ばれたそうである。

『源氏物語』より「夕顔納涼」と「葵上」、「須磨明石」。このうち、光源氏が登場するのは「須磨明石」だけだが、「須磨明石」は昭和30年に谷崎潤一郎の監修、猪熊兼繁の構成・考証、吉井勇の作詞、山田抄太郎と富崎春昇の作曲によって制作されたもので、他の景とは少し趣が異なるようである。竜神が登場して雷を起こすのだが、多様な照明が用いられる。
「葵上」は能「葵上」を改作したもので、六条御息所の生き霊が能舞台にはないセリを使って現れる。

「大原野神社紅葉彩」。大原というと三千院や寂光院で有名な左京区の北寄りにある大原を思い起こしがちだが、大原野は大原とは全く別の現在の西京区にある地名で、大原野神社は桓武天皇の長岡京在位期間に奈良の春日大社から勧進された歴史ある社である。春日大社同様、藤原氏の氏神を祀る社で、藤原氏一族に女の子が生まれると、中宮、皇后の位を得られるよう一族で祈願に訪れたという。中宮彰子の行啓に従い、紫式部も彰子の父親である藤原道長らと共に大原野神社を参詣したことがあり、『源氏物語』にも大原野御幸の場面が存在する。

「鷺娘」に由来する「雪景色鷺舞」。白の衣装で統一した芸妓達が雪を背景に舞う。雪は吉兆、鷺は神の使いに例えられているそうである。

「歌舞練場桜揃」。祇園甲部歌舞練場と桜が背景となっている。祇園甲部歌舞練場は国登録有形文化財に指定されているため、勝手に改修は出来ず、内装にもなるべく元の部材を用いるようにしたそうである。なお、八坂女紅場学園の祇園女子技芸学校は新築され、小劇場も併設されるようになったそうである。
都をどりの繁栄と存続を願って、出演者総出による舞台と花道を使った舞が行われた。

念願の本拠地での150回記念公演ということもあり、芸舞妓の舞も総じて可憐で、京都の春を代表する催しとして恥じない出来となっていた。


祇園甲部歌舞練場の桜も満開だったが、より多くの桜の競演を求めて、帰りは花盛りの建仁寺の境内を横切って、大和大路から祇園四条駅へと向かった。

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2022年11月17日 (木)

コンサートの記(813) オペラ「石見銀山」石見銀山世界遺産登録15周年記念関西公演@京都劇場

2022年11月2日 京都劇場にて

午後6時30分から、京都劇場でオペラ「石見銀山」石見銀山世界遺産登録15周年記念関西公演を観る。

オペラ「石見銀山」は、石見銀山の世界遺産登録10周年と石見銀山のある島根県大田(おおだ)市の地方創生として2017年に制作されたもので、オペラユニット「THE LEGEND」が中心になり、THE LEGENDの吉田知明が、石見神楽の団体である大屋神楽社中の安立均がまとめた神楽の演目「石見銀山 於紅谷」を原作に脚本を書き、演出も行う。作曲は、デュオ「鍵盤男子」(現在はソロユニットとなっているようである)のメンバーでもある中村匡宏(くにひろ)が手掛けている。
中村匡宏は、ウィーン国立音楽大学大学院作曲科最終試験で最上位を獲得。国立音楽大学と同大学院で共に首席を獲得し、博士後期課程の博士号を取得している。
中村は指揮と音楽監督も兼任している。

出演は、柿迫秀(かきざこ・あきら。島根県大田市出身)、菅原浩史(すがわら・ひろし)、吉田知明、坂井田真実子、志村糧一(しむら・りょういち)、内田智一、松浦麗。ゲストピアニストは西尾周祐(にしお・しゅうすけ)。石見神楽上演は大屋神楽社中。合唱はオペラ「石見神楽」合唱団(一般公募による合唱団)。

有料パンフレットに東京公演での模様を撮影した写真が掲載されており、オーケストラピットにオーケストラ(東京室内管弦楽団)が入っているのが確認出来るが、京都公演ではオーケストラはなしで、当然ながらカーテンコールでも紹介されなかった。音色からいってシンセサイザーが用いられているのが分かるが、どのように音が出されていたのかは不明である。

石見銀山に伝わる於紅孫右衛門事件という史実が題材となっており、石見銀山で働く男女の悲劇が描かれる。

第1幕から第4幕まであるが、第1幕から第3幕までが通しで上演。休憩を挟んで石見神楽が本格的に登場する第4幕が上演された。

ストーリー的には良くも悪くも素人っぽい感じだったが、中村匡宏の音楽は明快にして才気に溢れており、今後オペラ作曲科としてさ更なる活躍が期待される。

第1幕は、1526年(大永6)に博多の大商人であった神屋寿禎(演じるのは柿迫秀)が石見銀山の主峰、仙ノ山を発見することに始まる。第2幕と第3幕は、石見銀山の間歩(まぶ。坑道のこと)頭である於紅孫右衛門(吉田知明)と、やはり間歩頭である吉田与三右衛門、そして与三右衛門の妻であるお高(坂井田真実子)、与三右衛門の弟である吉田藤左衛門(内田智一)の話が主になる。「銀よりも皆が無事であることが大事」と説き、仕事仲間からの人望もある孫右衛門に、与三右衛門は嫉妬。更に妻であるお高と孫右衛門が懇意になったことから嫉妬は更に加速していく。与三右衛門は妻のお高に暴力を振るっているが、心の底ではお高を強く愛しており、両親の命を奪った銀山からお高を救いたいと願っている。ただ愛情が強すぎて妻にきつく当たってしまうようだ。
第4幕では神屋寿禎が再度登場し、鬼女(龍蛇。演じるのは松浦麗)が登場して、石見神楽が演じられる中、緊迫感が増していく。

京都劇場は、元々はシアター1200として建てられ、音響設計がしっかりされている訳ではないと思われるが、劇団四季が一時常打ち小屋として使っていたこともあり、音響はまずまずのはずなのだが、やはりオペラをやるには空間が狭すぎるようである。PAを使っての上演だったが、声が響きすぎて壁がビリビリとした音を延々と発する場面も結構多かった。
またオペラは生のオーケストラで聴きたい。

今後この作品がオペラの定番としてレパートリー化されるのは、島根以外ではあるいは難しいかも知れないが、地方創生としておらが街のオペラを創作するというのは素晴らしい試みであると感じられた。

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2022年11月 4日 (金)

コンサートの記(811) 新国立劇場 高校生のためのオペラ鑑賞教室2022@ロームシアター京都 プッチーニ 歌劇「蝶々夫人」

2022年10月27日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後1時から、左京区岡崎のロームシアター京都メインホールで、プッチーニの歌劇「蝶々夫人」を観る。東京・初台にある新国立劇場の高校生のためのオペラ鑑賞教室2022として開催されるもので、例年は当日券のみか、以前にモーツァルトの歌劇「魔笛」が開催された時には4階席のみ一般席として発売されたが、今回は1階席の後方が一般席として前売りが行われ、廉価でオペラを楽しめることになった。

指揮は京都出身の阪哲朗。演出は栗山民也。出演は、木下美穂子(蝶々夫人)、村上公太(ピンカートン)、近藤圭(シャープレス)、但馬由香(スズキ)、糸賀修平(ゴロー)、畠山茂(ボンゾ)、瀧進一郎(神官)、高橋正尚(ヤマドリ)、佐藤路子(ケート)、保坂真悟(ヤクシデ)、照屋睦(書記官)、藤永和望(母親)、塚村紫(叔母)、肥沼諒子(いとこ)。演奏は京都市交響楽団、合唱は新国立劇場合唱団。

舞台正面の壁の上方に長方形の開かれた窓のような空間が開けられており、そこから下手側にスロープ上の緩やかな階段が降りている。窓のような空間の下には八畳間ぐらいのスペースが設けられており、ここが蝶々さんの家の居間ということになる。

開かれた窓のような空間には星条旗がはためいている。常にあるという訳ではないが、要所要所で現れ、第2幕第2場では蝶々さんが星条旗と並ぶシーンがある。おそらく蝶々さんの見知らぬ国への憧れとそこでのピンカートン夫人としての生活の夢を表しているのだと思われる。第1幕終盤でのピンカートンと二人の場面で蝶々さんは「星」について歌っているが、今回の演出ではその「星」も夜空に瞬くリアルなものではなく星条旗にデザインされた星のことと受け取ることが可能なように思えてくる。


海外の歌劇場での音楽監督としての活動も長かった阪哲朗。彼らしいシャープで生き生きとした音楽を生み出す。京都市交響楽団は、ピットでの演奏ということで音が濁る場面もあったが、力強くも美しい音を奏で、日本で聴けるオペラの演奏としては最上の一つと思われる上質の響きを生み出していた。
ロームシアター京都メインホールの1階でオペラを聴くのは初めてだが、潤いと迫力を合わせ持った音が届き、やはりこの会場はオーケストラがピットに入った時に最も良い響きを生むことが分かる。プロセニアムの形もあるいはオーケストラがピットに入った時に音を前に飛ばす設計なのかも知れない。

登場人物が上の開いた窓のような空間から下に降りてくるということで、理想的な場所から修羅場に向かってくるようにも見えるのだが、おそらくそこまでは想定していないであろう。ただ星条旗のはためく空間は理想と希望を表しているようにも見える。一方で星条旗は帝国主義と植民地主義の象徴でもあり、蝶々さんを苛むことにもなる。見方によっては、あるいは場合によっては希望と絶望は表裏一体になり得る。

初演が大失敗に終わったことでも知られる「蝶々夫人」。だがその際は、ピンカートンの性格が帝国主義と植民地主義の権化のようなものだったそうで、その場合はピンカートンと蝶々さんのロマンスが全く生きなくなったであろうことは想像に難くない。ということでピンカートンを色男にしたことで再演は成功したとされている。ちなみにピンカートンというのは「出来の悪い海兵」を表すスラングだそうで、初演時の人物設定が今以上に悪かったことが窺える。

タイトルロールを歌う木下美穂子は細やかな歌唱と心理描写が印象的。実力をいかんなく示す。シャープレスを歌う近藤圭も想像以上に貫禄があり、アメリカの駐日領事官としての重さを演技で表していた。

栗山民也は自害した蝶々さんを息子が見つけて呆然とする(あるいは何が起こっているのか分かっていないのかも知れないが)場面を最後に持ってくることで、この物語と植民地主義とピンカートンの残酷さを描き出していた。

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2022年9月24日 (土)

観劇感想精選(446) 日本初演30周年記念公演 ミュージカル「ミス・サイゴン」@梅田芸術劇場メインホール 2022.9.15

2022年9月15日 梅田芸術劇場メインホールにて観劇

午後6時から、梅田芸術劇場メインホールで、ミュージカル「ミス・サイゴン」を観る。日本でもたびたび上演される大ヒットミュージカルである。ロングランのため複数人がキャストに名を連ねており、今日の出演は、伊礼彼方(エンジニア)、高畑充希(キム)、チョ・サンウン(クリス)、上原理生(ジョン)、松原凜子(エレン)、神田恭兵(トゥイ)、青山郁代(ジジ)、藤元萬瑠(タム)ほかとなっている。

プッチーニの歌劇「蝶々夫人」の舞台をベトナム戦争とその直後に置き換えて制作されたミュージカル。作曲は、「レ・ミゼラブル」のクロード=ミシェル・シェーンベルクである。クロード=ミシェル・シェーンベルクは、「蝶々夫人」の旋律を生かしており、「ここぞ」という場面では、「蝶々夫人」の旋律が効果的にアレンジされた上で奏でられる。またベトナムが主舞台ということで、東南アジア風の旋律も要所要所で登場する。どことなくラヴェル風でもある。

ベトナム最大の都市にして、南ベトナムの主都であったサイゴン市(現ホーチミン市)。戦災により家を失い、サイゴンへと逃げてきたキムは、女衒のエンジニアの後について、売春宿にやってくる。キムは米兵のクリスに買われて一夜を共にするが、それがキムの初体験だった。二人は愛し合い、結婚式を挙げるが、アメリカの傀儡国家であった南ベトナム(ベトナム共和国)の首都であるサイゴンが陥落し、米国の敗北が決定的になったことから、米兵であったクリスはサンゴンを後にしてアメリカへと戻る。その間にキムは、クリスの子である男の子を生んでいた。


有名作であるが、私は「ミス・サイゴン」を観るのは初めて。プッチーニの音楽を大胆に取り入れた音楽構成と、ベトナムの風習や衣装を生かし「蝶々夫人」では日本人以外は納得しにくかったラストを改変するなどしたストーリーが魅力で、「蝶々夫人」を観たことがない人でも楽しめる作品になっている。
「蝶々夫人」のラストは、日本人以外には納得しにくいもののようである。台本を担当したジュゼッペ・ジャコーザとルイージ・イッリカ、原作小説を書いたジョン・ルーサー・ロングとそれを戯曲化したデーヴィッド・ベラコス、更にはプッチーニも日本的な美意識を理解していたということになるが、「自決の美学」は西洋人にはピンとこない事柄であるようだ(そもそも西洋人の大半がキリスト教の信者であり、キリスト教では自殺は罪とされている)。そこで蝶々夫人にあたるキムを積極的にわが子に命を与える女性に設定し、死ぬことで子どもの未来を開いた女性の「自己犠牲」を描いた悲劇となっている。ただ日本人である私は、この改変に対しては「合理的」に過ぎるという印象を受け、良くも悪くも「死」でもって何かと決着をつけようとする日本的な美意識の方により引き付けられる。ただ日本人の美意識もたびたびの転換を迎えており、日本人であっても「蝶々夫人」のラストの意味が分からない人が大半になる日が来るのかも知れない。そしてそれは第二次大戦時の残酷さを思えば、必ずしも悪いことではないのだろう。

私自身は、高畑充希が演じるキムが見たかったので、この日を選んだが、童顔系でありながらパワフルな歌唱を聞かせる高畑充希は、キム役に合っていたように思う。何度も上演されているミュージカルなので、そのうちにまた高畑充希以外のキムで聴くのもいいだろう。今日は視覚・聴覚(歌詞が聞き取れない部分がいくつもあった)両面で問題のある席だったので、別の席で観る必要も感じた。今回のプロジェクトで再び観る気はないが、次回以降のプロジェクトでも観てみたくなる作品であった。

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2022年9月15日 (木)

2346月日(40) 特別展「河内長野の霊地 観心寺と金剛寺ー真言密教と南朝の遺産」

2022年9月7日 京都国立博物館にて

東山七条の京都国立博物館で、特別展「河内長野の霊地 観心寺と金剛寺-真言密教と南朝の遺産」を観る。3階建ての平成知新館の2階と1階が「観心寺と金剛寺」の展示となっている。

観心寺と金剛寺は、南朝2代目・後村上天皇の仮の御所となっており(南朝というと吉野のイメージが強いが、実際は転々としている)、南朝や河内長野市の隣にある千早赤阪村出身である楠木正成との関係が深い。

共に奈良時代からある寺院であるが、平安時代に興隆し、国宝の「観心寺勘録縁起資材帳」には藤原北家台頭のきっかけを作った藤原朝臣良房の名が記されている。

観心寺や金剛寺は歴史ある寺院であるが、そのためか、黒ずんでよく見えない絵画などもある。一方で、非常に保存状態が良く、クッキリとした像を見せている画もあった。

1回展示には、ずらりと鎧が並んだコーナーもあり、この地方における楠木正成と南朝との結びつきがよりはっきりと示されている。

明治時代から大正時代に掛けて、小堀鞆音が描いた楠木正成・正行(まさつら)親子の像があるが、楠木正成には大山巌の、楠木正行には東郷平八郎の自筆による署名が記されている。楠木正成・正行親子は、明治時代に和気清麻呂と共に「忠臣の鑑」とされ、人気が高まった。今も皇居外苑には楠木正成の、毎日新聞の本社に近い竹橋には和気清麻呂の像が建っている。

河内長野近辺は、昔から名酒の産地として知られたそうで、織田信長や豊臣秀吉が酒に纏わる書状を発している。

観心寺や金剛寺の再興に尽力したのは例によって豊臣秀頼である。背後には徳川家康がいる。家康は秀頼に多くの寺社の再興を進め、結果として豊臣家は資産を減らすこととなり、大坂の陣敗北の遠因となっているが、そのために豊臣秀頼の名を多くの寺院で目にすることとなり、秀頼を身近に感じる一因となっている。木材に記された銘には、結果として豊臣家を裏切る、というよりも裏切らざるを得ない立場に追い込まれた片桐且元の名も奉行(現場の指揮官)として記されている。

最期の展示室には、上野守吉国が万治三年八月に打った刀剣が飾られている。陸奥国相馬地方中村の出身である上野守吉国(森下孫兵衛)は、実は坂本龍馬の愛刀の作者として知られる陸奥守吉行(森下平助。坂本龍馬の愛刀は京都国立博物館所蔵)の実兄だそうで、共に大坂に出て大和守吉道に着いて修行し、吉国は土佐山内家御抱藩工、吉行も鍛冶奉行となっている。価値としては吉国の方が上のようである。

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2022年9月 1日 (木)

観劇感想精選(444) 「能楽チャリティ公演~祈りよとどけ、京都より~」2022 第2部

2022年7月25日 左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールにて

午後6時から、左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールで、「能楽チャリティ公演~祈りよとどけ、京都より~」第2部を観る。午前10時半から第1部の公演があり、少し開けて第2部の公演が行われる。

第2部の演目は、「右近」、狂言「舎弟」、「鞍馬天狗」

女性能楽師の松井美樹によるナビゲーションがあり、公演の趣旨や演目のあらすじが紹介される。同じ内容を白人の男性通訳が海外からのお客さんのために英語に訳した。


「右近」。半能として後半のみの上演である。出演は、吉田篤史、有松遼一。
北野天満宮の右近の馬場が舞台であり、鹿島神宮の神職が在原業平の歌を口ずさむと、桜場の女神(じょしん)が感応して舞を始めるという内容である。
長い袖を腕に絡ませながらの舞であるが、その瞬間に桜の花が咲いて散る様が見えるような、桜そのものの舞となる。おそらく意識しているのだと思われるが、凄いアイデアである。


狂言「舎弟」。出演は、茂山千之丞、鈴木実、網谷正美。
この辺りの者(シテ。茂山千之丞)には兄がいるのだが、名前ではなくいつも「舎弟、舎弟」と呼ばれている。シテの男は「舎弟」の意味が分からないので、ものをよく知っている知り合い(鈴木実)に「舎弟」の意味を聞きに行く。いい年なのに「舎弟」という言葉も意味も知らないということで知り合いは呆れ、「舎弟るといって、人のものを袖に入れて持ち去る」いわゆる盗人だと嘘を教える。シテの男は信じ込んで激怒。兄の正美のところへ文句を言いにやってくる。

いつのまにか「舎弟る」という言葉が一人歩きし、二人で「舎弟る」の話になって別の喧嘩が始まるのが面白い。


「鞍馬天狗」。通常とは異なり、白頭の装束での上演となったが、膨張色ということもあり、鞍馬の大天狗が大きく見えて効果的であった。出演は、原大、茂山逸平、島田洋海、松本薫、井口竜也。
鞍馬寺にはその昔、東谷と西谷があり(東谷って嫌な言葉だなあ)、一年おきに片方の僧侶が相手の所に出向いて花見を行い、それを当地の僧侶がもてなすという習慣があった。そんな折り、東谷を訪れた山伏。正体は鞍馬の大天狗(「義経記」などの鬼一方眼に相当)である。稚児達が遊んでいるが、皆、山伏が来たのを見て帰ってしまう。その中で一人、残った稚児がいる。この子こそ後に源九郎判官義経となり日本一の戦上手として名をはせる人物であるが、「帰ったのはみな平家の稚児、それも平清盛に近い稚児で、自分だけ彼らとは立場が異なる」と語る。それを見た山伏は、兵法の奥義を後に義経となる牛若丸、大天狗の名付けによると遮那王に授けることに決める。

能の演目であるが、狂言方による笑えるシーンなどもあり、大天狗の舞も見事で、能のもう一つの魅力であるダイナミズムが前面に出た演目となった。とにかく迫力がある。

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2022年7月21日 (木)

コンサートの記(789) 佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2022 プッチーニ 歌劇「ラ・ボエーム」 2022.7.17

2022年7月17日 西宮北口の兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールにて

午後2時から、西宮北口の兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールで、佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2022 プッチーニの歌劇「ラ・ボエーム」を観る。

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モーツァルトの「魔笛」やビゼーの「カルメン」と共に、音楽雑誌などの好きなオペラランキング1位争いの常連である「ラ・ボエーム」。パリを舞台に、芸術家に憧れる若者とお針子との悲恋を描いた作品である。それまでは芸術というと、例外は案外多いが上流階級が行うものであり、たしなみでもあったのだが、プッチーニの時代になると市民階級が台頭。芸術を楽しんだり、あるいは自分で芸術作品を生み出そうとする市民が現れる。たまたますぐに認められる人もいたが、大半は長い下積みを経験し、芽が出ないまま諦めたり、貧困の内に他界する者も多かった。そんな新しい「種族」であるボヘミアン(フランス語で「ボエーム」)は、人々の目を驚かし、あるいは唾棄され、あるいは憧れられる存在となっていった。

今回、演出・装置・衣装を手掛けるのは、1943年、イタリア・マルチェラータ生まれのダンテ・フェレッティ。多くの映画監督やオペラ演出家と仕事をしてきた巨匠である。フランコ・ゼフィレッリのオペラ映画で美術を手掛け、その後にピエル・パオロ・パゾリーニ作品5本に美術担当として参加。近年はマーティン・スコセッシ監督と多く仕事をこなしている。

フェレッティは、ボヘミアン達の住み処をアパルトマンの屋根裏部屋から、セーヌ川に浮かぶ船に変更。垂直の移動をなくすことで、パリの地上に近づける工夫を施している。個人的にはアパルトマンの屋根裏から見えるパリの光景が、バルザックの小説『ゴリオ爺さん』で語られる最後のセリフ、「パリよ今度はお前が相手だ」に繋がるようで気に入っているのだが、船上で暮らすボヘミアン達というのはそれはそれで面白いように思う。ただ船上に住むとした場合、隣の部屋に人知れず住んでいるミミという女性のキャラクターは余り生きないように思う。今回のミミは、船のセットの前を歩いて後方に回り、船内の部屋のドアの向こうに立って人を呼ぶという設定になる。元々は火が消えたから分けて欲しいという設定なのだが、船の家までわざわざやって来て、火を分けて欲しいというのは変である。ミミはおそらく舞台上手側にある部屋に住んでいて、船の家まで来たと思われるのだが、その場合は、ロドルフォが男前なので、近づきたいがために無理な設定をでっち上げたということなのだろうか。他に理由があるのかも知れないが、思いつかない。


指揮はいうまでもなく佐渡裕。兵庫芸術文化センター管弦楽団(PACオーケストラ)の演奏。ゲストコンサートマスターはステファノ・ヴァニヤレッリ(トリノ王立歌劇場管弦楽団コンサートマスター)、第2ヴァイオリントップはペーター・ヴェヒター(元ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団首席)、チェロ客演首席はレリヤ・ルキッチ(トリノ王立歌劇場管弦楽団首席)。第2幕のカフェ・モミュスの場に現れる軍楽隊のメンバーの中に、元京都市交響楽団トランペット奏者の早坂宏明の名が見える。
プロデューサーは小栗哲家(大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で主役を張っている小栗旬の実父)。

ダブルキャストによる上演で、今回はヨーロッパの若手歌手を中心としたA組の出番である。出演は、フランチェスカ・マンゾ(ミミ)、エヴァ・トラーチュ(ムゼッタ)、リッカルド・デッラ・シュッカ(ロドルフォ)、グスターボ・カスティーリョ(マルチェッロ)、パオロ・イングラショッタ(ショナール)、エウジェニオ・ディ・リエート(コッリーネ)、清原邦仁(パルピニョール)、ロッコ・カヴァッルッツイ(ベノア/アルチンドーロ)、島影聖人(物売り)、時宗努(軍曹)、下林一也(税官吏)。合唱は、ひょうごプロデュースオペラ合唱団、ひょうご「ボエーム」合唱団、ひょうごプロデュースオペラ児童合唱団。
ひょうごプロデュースオペラ合唱団のメンバーには関西では比較的有名な若手歌手も含まれている。

第2幕のカフェ・モミュスの場では、ステージ上がかなり密になるということで、吉田友昭(医学博士/感染制御医)と浮村聡(医学博士/大阪医科薬科大学大学院感染対策室長)という二人の医学関係者が感染対策の監修を手掛けている。


舞台設定は大きく変えたが、演技面などに関してはいくつかの場面を除いてオーソドックスな手法が目立つ。セットではやはりカフェ・モミュスのテラス席と屋内を一瞬で転換させる技法が鮮やかである。

オーディションを勝ち抜いた若手歌手達の歌と演技も楽しめる水準にあり、特にムゼッタを演じたエヴァ・トラーチュのコケティッシュな演技と歌声が魅力的であった。

佐渡裕指揮の兵庫芸術文化センター管弦楽団の演奏も潤いと艶と勢いがあり、私が座った席の関係か、たまに鳴り過ぎに聞こえる場面があったが、生命力に満ちている。在籍期間が最長3年で、常に楽団員が入れ替わる育成型オーケストラであるため、他のプロオーケストラに比べると独自の個性は発揮出来ないが、一瞬一瞬の価値を大事にしたフレッシュな演奏が可能ともなっている。


第3幕の「ダダン!」という音による始まりと終わりについてであるが、個人的には、アンフェール関門(インフェルノ関門)という場所が舞台になっているため、地獄の扉が開く音として捉えている。第2幕であれほど生き生きしていたボエーム達とミミが、第3幕では、ミミの病気やロドルフォのミミに対するDV、マルチェッロとムゼッタの喧嘩などで、地獄への道へと落ちていくことになる。

立場はそれぞれ違えども、ステージにいる人、客席にいる人の多くが、ボエーム達の生活に憧れたか、実際にそういう暮らしを送った人達であり、己の姿を投影することの可能な作品である。

一方で、この時代は女性にとっては残酷であり、地方からパリに出てきてお針子になる女性が多かったが、パリの家賃や物価は高く、多くは仕事をしているだけでは生活出来ず、売春などで小金を稼ぐ必要があった。ムゼッタのように金持ちに囲われ、歌の教師などの職を得るものもあれば、ミミのように売春をしても暮らしは楽にならず、若くして命を散らすことも決して珍しくなかった。女性でも芸術方面で活躍している人もいるにはいたが、彼女達は基本的に上流階級の出身であり、そうでない多くの女性は芸術家(ボエーム)になることも許されず、地獄のような生活を送る人も少なくはなかった。

ミミというのは俗称で(売春をする女性は、ミミのように同じ音が続く俗称で呼ばれることが多かった。ムゼッタの俗称はルルである)本名はルチア。「Lux」に由来する「光」という名の名前である。この作品でもロドルフォの戯曲を燃やす暖炉の明かり、ミミが借りに来る「火」の灯り、カフェ・モミュスの輝き、第3幕での春の陽の光に抱く恐れや、最後の場面での日光に関するやり取りなど、「光」が重要な鍵となっている。

ロドルフォは最後までミミのことを本名のルチアで呼ばない。結婚相手とは考えられないのだ。本名で呼ぶような関係の夫婦となるのに多くの障壁がある。まず金銭面、身分の問題(ロドルフォは売れない詩人、ミミは売春も行うお針子)、そして価値観の違い。ミミはボエーム達のように芸術に関して深く理解する力はなかっただろう。ロドルフォはミミを愛しい人とは思っても結婚相手とは見ておらず、芸術上の同士とも考えていないため、「ルチア」とは呼ばないのである。すれ違いといえばすれ違いであるが、新しい階級を築きつつある一方で、旧弊から抜け出せない端境期(あるいは今も端境期のままなのかも知れないが)の「自由な」「わかり合えない」若者達の悲しさと愚かしさを描く、痛切な作品でもある。

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2022年7月13日 (水)

コンサートの記(787) 日本オペラ「藤戸」@兵庫県立芸術文化センター 2015.3.21

2015年3月21日 西宮北口の兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールにて

兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールで、日本オペラ「藤戸」を観る。兵庫県立芸術文化センター(HPAC、PAC)では、日本人作曲家による日本オペラの上演を毎年行っており、今回で3回目になるが、私がHPACで日本オペラを観るのは今日が初めてになる。

「藤戸」は、源平合戦(治承・寿永の乱)、藤戸の浦の戦いを題材にしたオペラである。原作:有吉佐和子(小説ではなく舞踏浄瑠璃のための台本とのこと)、台本&作曲:尾上和彦、演出:岩田達宗(いわた・たつじ)。初演時のタイトルは「藤戸の浦」であったが、後に「藤戸」に改題されている。

1日2回公演であり、午後2時開演の回の主演は、井上美和と迎肇聡(むかい・ただとし)。午後6時開演の公演の主演は、小濱妙美(こはま・たえみ)、晴雅彦(はれ・まさひこ)。他の出演は2回とも一緒で、古瀬まきを、松原友(まつばら・とも)、以降は波の精としてコーラス(コロス)としての出演で、柏原保典、谷幸一郎、水口健次(以上、テノール)、神田行雄、木村孝夫、砂田麗央(すなだ・れお)、下林一也(以上はバスと表記されているが、日本人に正真正銘のバス歌手はいないといわれているのでバリトンということになるのだと思う)。

今日はダブルキャストを共に観てみたいため、2回ともチケットを取った。

オーケストラピットが設けられているが、小編成での演奏。大江浩志(フルート)、奥野敏文(パーカッション)、日野俊介(チェロ)、武知朋子(たけち・ともこ。ピアノ)によるアンサンブルである。指揮は奥村哲也。奥村哲也は尾上和彦のオペラの指揮を何度も手掛けているが、元々はギタリストであり、高校生の時に日本ギターコンクールで2位に入るなど輝かしい経歴の持ち主である。高校卒業後、ロンドンに渡り、同地の音楽院でクラシックギターの他に指揮法や作曲も学んでいる。帰国後は主にオペラの指揮者として活動しており、関西、名古屋、四国の二期会と共演を重ねている。


『平家物語』に描かれ、伝世阿弥作(偽作の可能性が高く、最近は作者不明とされることが多いが)の謡曲などで知られる「藤戸」。一ノ谷の戦いに勝利した源氏が、源範頼を総大将として児島(現在の岡山県倉敷市児島。かつては倉敷市一帯は入江であり、児島は本当に島であった)を攻めようと対岸の藤戸に陣を張るが船がない。そもそも坂東武者を多く集めた源氏は陸戦は得意だが舟戦は得手とはしていない。宇多源氏佐々木三郎盛綱は何とかして先陣の功を上げたいと思っていたが、手段がない。そこにある漁師が、浅瀬を渡って児島に渡る方法を知っていると聞く。藤戸の浦には浅瀬があり、そこを通れば徒歩でも馬でも渡れるという。盛綱は喜ぶが、この事がよそに漏れてはいけないと、漁師を殺してしまう。能では漁師が幽霊となって現れるのであるが、有吉佐和子は、児島への行き方を知っている人物を漁師ではなく、少年に変えているという。そして佐々木盛綱と少年は二人だけの冒険のように児島への秘密のルートを辿るのだ。ただ、有吉版「藤戸」でも案内役である少年はやはり盛綱に殺されてしまう。そして殺された当人ではなく、母親がその様を聞いて発狂するという展開になる。


尾上和彦は、1942年、奈良市生まれの作曲家。京都市立堀川高校音楽コース作曲科(現・京都市立京都堀川音楽高校)在学中に主任講師に認められて放送用音楽の作曲助手として活動を開始(音楽の仕事が忙しすぎて出席数が足りず、高校は中退したそうである)、17歳にして舞台音楽の作曲家として自立し、オラトリオを始めとする声楽作品やオペラ、器楽などその他のジャンルの作曲を多く手掛けてる。放送禁止歌になった「竹田の子守唄」を発掘したり、小オラトリオ「私は広島を証言する」など、シビアな題材を取り上げていることでも知られる。オペラ「藤戸」は「藤戸の浦」という題で、1992年に米国サンフランシスコで初演。大劇場と中劇場で公演を行っている文化施設での初演であり、大劇場ではヴェルディの歌劇「オテロ(オセロ)」上演時間約4時間、中劇場で「藤戸の浦」上演時間約1時間という同時上演が行われたが、「藤戸の浦」は、「1時間で4時間分の密度のあるオペラ」と激賞されたという。


午後2時開演の回、午後6時開演の回共に、日本オペラプロジェクト総合プロデューサーである日下部吉彦、作曲の尾上和彦、演出の岩田達宗によるプレトーク20分、途中休憩15分、オペラ上演60分という変わったスタイルでの上演。


開演前に、演出の岩田さんに挨拶をし、少しお話を伺う。午後6時開演の前にはオペラ上演に適した日本のホールはどこか伺ったのだが、古典派までだったら大阪府豊中市にある大阪音楽大学 ザ・カレッジ・オペラハウス。大規模なものだと何だかんだで東京・上野の東京文化会館が最適とのこと。東京文化会館は東京初の音楽専用施設であり、都が威信を懸けただけあって入念の音響だそうである。


音楽、ストーリー共に分かり易いものである。音楽は比較的シンプルであり、特に女が歌うときにはミニマル・ミュージックのような同じ音型のピアノ伴奏が繰り返される(歌自体はミニマルミュージックではない)。

岩田達宗の演出であるが、まず中央に白い壁。左右に白く細い紗幕が数本降りている。幕が上がると、女がすでにおり、後ろを向き、正座をして屈み額を膝に付けている。
紗幕にライトが当たると、水色なのか浅葱色なのか(浅葱色だと別の意味が足されるが)とにかく青系の衣装を着た波の精達が見える。地唄に当たる部分は、彼ら波の精と、千鳥という女装をした着物姿の歌手(今回が松原友が務める)が歌う。ちなみに、「藤戸」はこれまでに90回以上上演されているが、いずれも波の精は女声アンサンブルが務めており、尾上の構想にあった男声による波の精が実現するのは今回が初めてだそうである。女声による波の精を聴いたことがないので何とも言えないが、男声による波の精の方が「リアル」だという想像は付く。
白い壁には「戦争」、「平和」といった文字や、源平の武者達の名前などが浮かぶ。

「白」は勿論、源氏の白旗であるが、平氏の赤旗も「赤=血=殺戮」というイメージの重なりを伴い、藤戸の浦の合戦の場面で登場する(赤い布が上から吊され、バックライトで佐々木盛綱の殺陣が浮かび上がった後で、布が天井から落とされ、波の精達がそれを纏って後ずさりし、平氏の退却を表す)。

日本語歌唱、日本語字幕スーパー付きの上演であるが、時折、歌手が字幕と違う言葉を歌ったのはアドリブなのか、或いは言い間違えたのか。意味は通じるので瑕疵にはならないが。

ちなみに、午後2時開演の回では、佐々木盛綱役の迎肇聡が太刀の刃を上にした形で握っているように見える場面が長く、ちょっと気になった。太刀の場合は刃を上にして握るという発想がなく、抜くときは横にして抜くので、刃は下か横を向いているはずだが、ちょっと力が入ったのかも知れない。抜くときは横にして抜いていたので、日本刀と勘違いしたというわけではないようである。

ダブルキャストの出来であるが、午後6時開演の小濱妙美と晴雅彦の方がメリハリを付けた演技となっていた。佐々木盛綱はある意味歌舞伎的わかりやすさが出て晴雅彦の方が迎肇聡よりも面白かったが、女は井上美和の方が伸びやかさにおいて優っていたように思う。


さて、女の歌と、盛綱の歌の歌詞を比較すると、女のものは素朴で情緒豊か(反戦のメッセージも入っているが)、盛綱の歌詞は理屈っぽい傾向がある(言い逃れをしているのだから当然である)。また盛綱は経文を唱えたり「徳義」という言葉を用いるなど、文字としてもお堅い。旋律も女のものは流れが良いが、盛綱の歌は角がある。女にとっては親子の日常こそが大切なのであって、武士道だの勝つだの負けるだの出世だのはどうでもいいのである。

「情」と「理」などと分けてあれこれ言うのは理の仕事なので書くだけ野暮になるわけだが、武士の世の戦は大将が戦場にいるという点においてまだ情の入り込む余地がある。こうして、戦の中にも涙を誘うような物語も生まれる。ただ近現代の戦争は極めて「非情」である。大将が戦場にいない。映像を見ながら指示している。兵隊はいるが、それに対する情もあるのかないのか。
1990年の湾岸戦争で、初めて我々はそれを目にした。不気味なほど綺麗な風景。コンピューターゲームのワンシーンのような映像。そこでは血が流れているはずだ。だが我々にはそれは見えなかった。

あたかも人間がその場にいないかのような不気味で洗練されすぎた戦争。そうしたあらゆる戦争が今もリアルタイムで行われているのが「現在」だ。


勿論、「知に働けば角が立つ、情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかく人の世は生きにくい」という夏目漱石の言葉通り、情に棹させば解決するものでもないが、理屈と理屈で格闘し、気にくわないなら殺傷ではなく、「個と個で向き合うこと」、それしか戦争を防ぐ方法はないように思える。

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2022年7月11日 (月)

観劇感想精選(438) 関西・歌舞伎を愛する会 第三十回「七月大歌舞伎」昼の部 初日 令和四年七月三日

2022年7月3日 道頓堀の大阪松竹座にて観劇

正午から、道頓堀の大阪松竹座で、関西・歌舞伎を愛する会 第三十回「七月大歌舞伎」昼の部を観る。今日が初日である。演目は、「八重桐廓噺」嫗山姥(こもちやまんば)と「浮かれ心中」。今回の「七月大歌舞伎」は、松本幸四郎が昼夜計4演目中3演目に出演。中村勘九郎も同じく2演目に出演する。

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上方系の演目への出演が目立つ幸四郎。今回は、「浮かれ心中」は江戸の売れない戯作者を演じるが、近松門左衛門作の「八重桐廓」と夜の部の「祇園恋づくし」では上方の役に取り組んでいる。


「八重桐廓噺」嫗山姥。近松門左衛門の時代浄瑠璃を原作とする義太夫狂言(人形浄瑠璃の台本で行われる歌舞伎の演目)である。
沢瀉姫(千之助)は源頼光と契りを結んだが、清原高藤の讒言により、頼光は姿を消す。高藤は沢瀉姫を自分のものにしようとしていた。これが前段での出来事である。

元廓勤めである荻野八重桐(片岡孝太郎)が沢瀉姫の屋敷の前を通りかかった時に、門の内から流れてくる謡にふと足を止める。その歌は、八重桐が廓勤めの遊女をしていた時代に坂田蔵人時行(松本幸四郎)と二人で作り上げたものであった。八重桐は「傾城の祐筆」と声を上げ、館の内から出てきたお歌(中村亀鶴)に面白がられて館の内へと招かれる。

果たして館の中では坂田蔵人時行が煙草屋源七と名を変えて潜んでいた。ここで、孝太郎と浄瑠璃(竹本谷太夫)によって八重桐の身の上が語られる。
八重桐と時行は恋仲であったが、小田巻という遊女が時行に懸想しており、時行を巡って八重桐と小田巻が大喧嘩。
一方、時行は物部の平太を仇討ちしようと機会をうかがっていたが、平太は時行の妹の白菊(中村壱太郎)によって退治されていた。時行は平太の主である平正盛と清原高藤を討つ計画を立てるが、八重桐から「源頼光さえ、清原高藤に手を出せなかったのだから、時行では相手にならない」と断言。悔し涙を流した時行は自刃し、元恋人である八重桐と妹の白菊に遺言を残す。「三日の内に(八重桐の)胎内に痛みがあったなら、それは自分の生まれ変わりであり、正盛と高藤を討ち果たす」
時行は、八重桐に自身の臓物を口にするよう促して絶命。八重桐は大力無双の山姥となり、白菊と共に高藤が放った使者の太田十郎(中村虎之介)とその一味を蹴散らすのだった。ちなみにこの後、八重桐が生むのが、幼年期が「金太郎さん」として知られる坂田公時である。

孝太郎の八重桐は初役だそうで、しかも今日が公演初日であるが、役に完全に馴染んでおり実力の高さが窺える。幸四郎はこの演目での出番はそれほど多くないが、心情の表出に長けているという印象を受けた。
白菊を演じる中村壱太郎が、メイクのせいか、今日は高岡早紀に似ているように見える。

初日ということで万全ではなく、役者のセリフに間が開いたため、プロンプター(歌舞伎では黒子が務めることが多い)の声が聞こえ、それがきっかけで役者がセリフを語り始める場面があった。初日から3日間はプロンプターが常駐しているようである。


「浮かれ心中」。井上ひさしの直木賞受賞作「手鎖心中」を小幡欣治の脚本・演出で舞台化した作品である。歌舞伎版は平成9年(1997)の初演。初演時に十八世中村勘三郎(当時は五代目中村勘九郎)が辰巳山人栄次郎演じて好評を博しており、平成12年(2000)には大阪松竹座の7月大歌舞伎でも勘三郎の栄次郎による上演が行われている。
今回は十八世中村勘三郎の長男である六代目中村勘九郎が辰巳山人栄次郎を演じ、勘九郎の弟である七之助が栄次郎と所帯を持つおすずと吉原の花魁・帚木の二役を演じる。
井上ひさし原作ということで笑劇(ファルス)の要素がかなり強いエンターテインメント歌舞伎となっている。

大店・伊勢屋の若旦那である栄次郎(中村勘九郎)は絵草紙作家になるべく、江戸・鳥越の絵草紙屋・真間屋の娘であるおすず(中村七之助)と所帯を持つことに決める。所帯を持つといっても、絵草紙作家になるための足掛かりであり、江戸屈指の豪商である伊勢屋から勘当されることで江戸中の評判になることを狙っており、そのため勘当は1年きりで、その間はおすずと男女の関係になるつもりもなく、父親(中村鴈治郎)にも真間屋の番頭・吾平(中村扇雀)にも「手は出さない」と誓っていた。おすずは24歳。当時としては婚期を10年近く逃しており、栄次郎も容姿が悪いに決まっているとして、1年間手を出さないなど楽勝と高をくくっていたが、現れたおすすは、「鳥越小町」と呼ばれたほどの美人で、栄次郎もすぐにおすずのことを気に入ってしまう。この辺りは「嘘から出た実」という言葉がぴったりくる。

一方、栄次郎の戯作者仲間である太助(松本幸四郎)は、栄次郎とおすずの婚儀の仲人を務めるはずが、吉原で有り金全部使い果たしてしまい、吉原から出られず、祝言にも遅れる。付け馬(取り立てのための監視人)を伴い、やっと祝言の席に現れた太助。仲人が一人だけでは寂しいと付け馬と二人で仲人ということになる。
なお、この場で火消しからの祝いの謡があるのだが、彼らは初演時にも火消し役で出ていたそうで、勘九郎も「親子二代に渡り」と礼を言う。

さて、絵草紙「百々謎化物名鑑(もものなぞばけものめいかん)」を今でいう自費出版した栄次郎であるが、そう簡単に売れる訳もない。ということで、吉原に使いの者を出して本を売らせ、その後で自身が吉原に繰り出して「作者登場」の評判を取ろうとする。太宰治のような話題作りをする作家である。
共に吉原に繰り出した太助は、花魁・帚木太夫(中村七之助二役)に一目惚れする。だが帚木にはすでに心に決めた相手がいた。


勘九郎が描き出す栄次郎の剽軽さが魅力的。即興の場面も比較的多いと思われる。
栄次郎と共に売れない戯作者コンビを組む太助役の幸四郎は、育ちの良い好人物で知力にも恵まれているが少々情けない男という自身のパブリックイメージにも近いであろう役柄を生き生きと演じてみせる。こうした役がこれほど嵌まる歌舞伎俳優もそうそういない。
七之助の声音を変えての二役演じ分けも見事であった。

初日ということで、この演目でもアクシデントが発生。裏の障子を思いっきり開け放った時に、そこに控えていたTシャツ姿の舞台スタッフがはっきり見切れてしまう。スタッフの男性もすぐさま退散したが、勘九郎も「あれは家の」とアドリブの説明を行おうとしていた。

さて、種明かしをすると、栄次郎は他界してしまうのだが、あの世へと向かう際に宙乗りを行う。宙乗りを行うというのは、十八世中村勘三郎のアイデアだそうで、それを継いだ息子の勘九郎も実に楽しそうに宙乗りを行い、紙吹雪や紙テープなどを繰り出す。なお、栄次郎が書いた幕政批判の絵草紙にネズミが登場するようで、そのため栄次郎はネズミに乗り、ネズミ絡みか(?)東京ディズニーランドでお馴染みの「イッツ・ア・スモールワールド」が日本語詞で謡われた。

現代歌舞伎、それも井上ひさし原作であるため分かりやすく、常連でも一見さんでも楽しめる優れた演目であった。

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