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2020年10月23日 (金)

コンサートの記(663) 能「隅田川」×オペラ「カーリュー・リヴァー」連続上演「幻(GEN)」ソーシャルディスタンス対応公演@よこすか芸術劇場

2020年10月18日 横須賀・汐入の横須賀芸術劇場内よこすか芸術劇場にて

午後2時から、京急汐入駅前にある横須賀芸術劇場内よこすか芸術劇場で、能「隅田川」×オペラ「カーリュー・リヴァー」連続上演「幻(GEN)」を観る。世阿弥の息子である観世元雅の作による狂女ものの有名作「隅田川」と、20世紀のイギリスを代表する作曲家、ベンジャミン・ブリテンが「隅田川」を東京で鑑賞した時にインスパイアを受けて書かれた作品「カーリュー・リヴァー」(台本:ウィリアム・プルーマー)の連続上演である。「カーリュー・リヴァー」は最初はオペラと定義されず、「教会上演用の寓話劇」と題してサフォーク州オーフォードの聖バーソロミュー教会という小さな教会で初演されたが、現在ではオペラとして歌劇場で上演されるようになっている。2014年に大阪音楽大学ザ・カレッジ・オペラハウスで、山下一史の指揮、井原広樹の演出で観ているが、それ以来、久しぶりの再会となる。

能「隅田川」は、映像や歌舞伎版(南座にて坂田藤十郎の狂女)では観ているのだが、劇場で観るのは初めてとなる。

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よこすか芸術劇場の感染症対策であるが、まず横須賀芸術劇場が入っているベイスクエアよこすかの3階入り口からは1階席前方の席を取った客が入場し、それ以外の客はベイスクエアよこすか4階から入ることで分散を図る。チケットの半券は自分でもぎって箱に入れ、パンフレットも自分で取る。サーモカメラによる検温も行う。
そもそも「幻(GEN)」はチケット発売時に通常の形で売り出したが、それをいったん全て払い戻しとし、客席前後左右1席空けのソーシャルディスタンス対応公演として再度チケットを発売して行われている。
終演後は、混雑を避けるために時差退場が行われた。

 

能「隅田川」の出演は、観世喜正(シテ・狂女)、観世和歌(子方・梅和若丸)、森常好(ワキ・渡し守)、舘田善博(ワキツレ・旅人)。笛:竹市学、小鼓:飯田清一、大鼓:亀井広忠。演出は観世喜正が行う。観世喜正は2005年からよこすか芸術劇場で「よこすか能」をプロデュースしているそうである。「よこすか能」は蝋燭を使った演出が特徴だそうで、今回も巨大蝋燭数本に小型の蝋燭数百本が灯される中での上演である。日本語字幕付き。

武蔵国と下総国の国境を流れる隅田川。現在とは水路も異なるが、川幅も今の2倍ほどはあった巨大な川である。後に荒川放水路が出来て川幅は狭くなっている。
国境ということで(江戸時代中期以降には二つの国に跨がることが由来である「両国」の東岸が栄えるようになり、後に隅田川以東の葛飾は武蔵国に編入されることになる)、あの世とこの世の境、つまり三途の川にも見立てられている。
とにかく川幅が広いため、渡るのも容易ではない。また坂東の川はよく荒れる。ということで渡し守も何度も川を渡ることはままならず、客を溜めてから渡すことにする。旅人が現れ、渡し守と子細を話す。丁度1年、商人に連れられて来た少年が隅田川を渡ったところで病死した。商人は少年を見捨てて行ってしまったという。今日はそれから1年目ということで供養のための大念仏が唱えられているという。
そこへ、狂女がやって来る。京・北白川に住まいしていた女であり、我が子がさらわれたため、追って東国までやって来たのだ。
隅田川で詠まれた歌として知られる、「名にし負はばいざ言問はむ都鳥 我が思ふ人はありやなしやと」が効果的に用いられ、狂女がただの狂女ではなく、元は教養溢れる人物であったことが偲ばれ、一層の哀感を誘う。

船の上で渡し守が1年前に亡くなった少年のことを語り、狂女がそれが自分の息子だと徐々に気付く。狂女役の観世喜正は、少しずつ少しずつ体を時計回りに回転させ、そのことを表現する。

少年を埋葬した塚の前で念仏が唱えられ、狂女もそれに加わるのだが、突然、念仏に子どもの声が混じり、少年の幽霊が現れる。

少年の幽霊を登場させることに、観世元雅の父親である世阿弥が大反対したという話が残っているが、子方を出すと生々しくなるというのがその理由の一つだと思われる。幽玄さも後退するだろう。だが、この能の本質が「哀感」であるとしたのなら、子方を出した方が狂女の悲しみへの共感はより強まるだろう。目の前に見えているのに触れることも叶わずに訪れる別れ。それこそが「隅田川」を傑作へと昇華しているのだと思われる。
狂女を演じる観世喜正の動きは抑制されたものであったが、それゆえにその心情が惻々と伝わってきた。語らざる雄弁であり、動かざるダイナミズムである。

 

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ブリテンのオペラ「カーリュー・リヴァー」。日本語字幕付きの上演であるが、タイトルには「キリスト教会上演用の寓話劇」と記されており、舞台に教会のステンドグラスが映されるなど、キリスト教的要素の濃い上演となる。「隅田川」に念仏を唱えるシーンがあるため、よりクッキリと対比を付けたいという意図もあるのかも知れない。

演出は彌勒忠史。小編成のオーケストラのための作品で、指揮者を置かないというのがブリテンの指示である。ただ、今回、オルガンと音楽監督を務めるのが鈴木優人というのが最大の売りであり、鈴木優人だけが客席に背中を向けての演奏し、またそのキャリアから事実上の指揮者であることは明白である。演奏は鈴木の他に、上野星矢(うえの・せいや。フルート)、根本めぐみ(ホルン)、中村翔太郎(ヴィオラ)、吉田秀(よしだ・しゅう。コントラバス)、高野麗音(たかの・れいね。ハープ)、野本洋介(パーカッション)。邦楽器を模した音型が登場するのが特徴である。
出演は、鈴木准(狂女)、与那城敬(渡し守)、坂下忠弘(旅人)、町田櫂(霊の声。ボーイソプラノ。横須賀芸術劇場少年少女合唱団員)、加藤宏隆(修道院長)。巡礼者役(合唱)として、金沢青児、小沼俊太郎、吉田宏、寺田穰二、寺西一真、山本将生、奥秋大樹、西久保孝弘が出演する。

 

「カーリュー・リヴァー」も大型蝋燭2本に火を灯しての上演となる。
まず、「隅田川」でも鳴り物を務めた、竹市学、飯田清一、亀井広忠の3人が登場し、邦楽の演奏を行う。その後、修道僧が登場し、オペラ「カーリュー・リヴァー」が始まるのだが、いかにもキリスト教的な賛美歌風合唱から始まるため、かなりの落差が感じられる。

ブリテンとプルーマーは、亡くなった子を「聖人」としており、そのことからして「隅田川」とはかなり趣が異なる。
出演者達は、口元を布で隠し、頭巾を被っている。大谷刑部こと大谷吉継のようだが、これはコロナ対策であると同時に、宗教的な雰囲気を出す役割も担っていると思われる。

カウンターテナーでもある彌勒忠史は、観世喜正と2018年まで数年に渡って、市川海老蔵の「源氏物語」で共演してきたそうで、能の要素を取り入れた演出となっている。元々はもっと能の型を全面に取り入れるはずだったのだが、コロナの影響で少しシンプルになったようだ。だが、狂女が、さらわれてきた子が我が子だと気付く場面で、「隅田川」の観世喜正と完全に同じゆっくりとした振り返りを取り入れており、能との連続上演ということで、違う作品に同じ動きを取り入れることで却って明らかになる差違を示していく。

「隅田川」では現れるだけだった少年が、「カーリュー・リヴァー」ではキリスト教的な救済を述べる。ブリテンもプルーマーも「隅田川」的哀感ではやはり救いがないと思ったのだろうか。「隅田川」も、日本的「哀れ」を描いた作品であり、他国の人に完全に伝わるかどうかは疑問である。また宗教観の違いもあり、有名な「悲しむ者は幸いである」をメッセージとして入れるべきだと感じたのかも知れない。なによりこれは救済のための「寓話」として再現された「隅田川」である。

鈴木優人を音楽監督とする演奏者達は、邦楽からの置き換えを上手く表現しつつ、高雅な響きを紡ぎ上げる。独唱者も合唱も充実しており、ブリテンの叡智と才気を十全に表現していた。

両作品とも、突如として響き渡る子どもの声が効果的に用いられている(「カーリュー・リヴァー」では舞台奥の紗幕の後ろに少年の姿が浮かび上がる)。それは突然の啓示のようでもあり、闇の中に不意に差し込んできた光のようでもある。金曜日に小林研一郎指揮する大阪フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会で聴いた、チャイコフスキーのマンフレッド交響曲のオルガンにもそうした要素があるが、新型コロナウイルスの世界的な蔓延により、未来が全く見えない今現在、求められている救いにも似たものである。
もののわかった振りをした山師的な人々が現れては消えているが、そうした打算的なものとは違った本当の恩寵が、フィクションの世界の中とはいえもたらされていることが、あるいは救いなのかも知れない。

フィクションとは絵空事ではなく、人類の歴史が凝縮されたものである。これまで人類に降りかかってきた数々の悲劇が、そこには詰め込まれているが、にも関わらず人類は今も存在して歩みを続けている。それは希望に他ならない。

 

 

上演終了後、どぶ板通りを歩いてみる。コロナの影響からか、あるいは日曜の夜だからかはわからないが閉まっている店も多い。
一昔前に比べるとアメリカ系の店舗は減ったといわれているが、それでも迷彩服姿の米兵が何人も歩いているなど、日本離れした光景が広がっている。
舗道には横須賀ゆかりの有名人の手形が押してあり、指揮者の飯森範親(鎌倉生まれの葉山育ちだが、横須賀市内にある神奈川県立追浜高校出身)と横須賀市出身のヴァイオリニストである徳永二男(元NHK交響楽団コンサートマスター)の手形が並んでいた。

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2020年10月14日 (水)

美術回廊(58) 京都文化博物館 特別展「舞妓モダン」

2020年10月8日 三条高倉の京都文化博物館にて

三条高倉の京都文化博物館で行われている特別展「舞妓モダン」を観る。
舞妓を描いた絵画を中心とした展覧会である。
京都以外の人は案外知らなかったりするのだが、舞妓というのは芸妓になるための見習い期間を指す言葉であり、「半人前」である。それがいつの間にか芸妓よりも注目されるようになっている。
私が子どもの頃に、京都出身にして在住の推理小説家であった山村美紗が舞妓が探偵役を務めるシリーズを書いてヒットにつなげており、テレビドラマ化などもされたため、この時点で舞妓がすでに人気だったことがわかるのだが、その後、宮川町が芸妓ではなく舞妓を前面に押し出す戦略を始め、宮川町が後援する舞妓を題材とした映画がいくつか作られている。
その後、それとは全く無関係に周防正行監督の「舞妓はレディ」も制作されるなど、初々しさが売りの舞妓は京都の象徴であり続けている。

舞妓は今では「半人前」ということで髪型や衣装も芸妓とは異なっているが、江戸時代以前にはそうした区別はなかったそうで、往時の絵では描かれているのが舞妓なのか芸妓なのか判然としないそうである。

江戸時代から明治初期までに描かれた舞妓はいわゆる「江戸美人」の名残を残しており、細いつり目の瓜実顔であり、今の「美人」や「可愛い」とは大分基準が異なる。美人芸妓として知られた江良加代を描いた絵と彼女の写真も展示されているが、今の時代であっても彼女が売れっ子になれたかというとかなり怪しくなってくる。

昭和6年(1931)に行われた都をどりの映像が流れている。昭和6年というと、関西では大阪城天守閣の再建(正確に書くと「新たなデザインによる建設」となる)がなった年として重要だが、松の廊下事件から230年目ということで、「忠臣蔵」を題材とした演目で都をどりが行われたようである。今でも美人で通用する人と難しいかも知れない人の両方が映っているが、昭和初期であっても今と美人の基準が異なっているのは映画スターの顔を見ればわかり、今の基準で美人の子が当時も人気だったかどうかは分からない。全ては無常で移り変わっていくのである。

「つり目の舞妓」が、黒田清輝の絵画(明治29年に描かれたもの。なお、後期からは重要文化財に指定されている黒田の「舞妓」という作品が展示される予定である)から一気に変わる。キュレーターがそういう絵を選んだという可能性もあるのだが、展示された黒田清輝の絵に登場する舞妓はつり目ではなく、フラットというかナチュラルな表情をしている。日本における美人の基準が年を経れば経るほど西洋の美女に似てくるというのはよくいわれることであり、現代でもハーフタレントなどは大人気であるが、黒田清輝が舞妓の絵を描いたのはフランスへの留学を終えて帰国した後であり、あるいは当時の一般的な日本人とは違った美意識を持っていたかも知れない。異国への留学を経て帰ってきた黒田であるが、京都の舞妓にむしろ外国人以上に外国的なものを見出したことが記されている。

山があり、川が流れ、田園が広がるという景色が日本の原風景だとすると、大都市は明らかに「非日本的」な要素を多く持つことは自明であるが、ご一新の世にあっても大都市の中では日本らしさを守り続けた京都は明治時代においてすでに異国的であり、年を経るにつれ、様々な時代の建造物や価値観が渾然一体となって、いうなれば「日本的要素を凝縮しすぎたが故に却って異国的」となっていく。芸妓・舞妓はその象徴ともいえる。誤解を怖れずにいえば、彼女達は異人なのだ。特に舞妓は、華麗な衣装を纏ってはいるが半人前というアンバランスさを持っており、そこに一種の儚さやこの世ならぬものが見出されていく。

京都画壇を代表する画家である竹内栖鳳は、舞妓の「不自然さ」について書いている。竹内によると舞妓はその仕草からして不自然であり、往時は9歳から舞妓になれたということで、幼い顔や肉体とその優美な着物が不一致であるとしている。

大正時代に入ると長田幹彦が書いた祇園を舞台とする小説がヒットし、大正を代表する美人画家である竹久夢二が長田とコラボレーションを行うようになる。夢二が描く舞妓はいかにも夢二的なものである。絵としては正直弱いと思うが、大衆受けはとにかく良かったため、祇園の知名度を上げることには大いに貢献したであろうことが想像される。

舞妓という存在の不可思議性を追求する画家はその後も登場しており、速水御舟が描いた一見グロテスクな「京の舞妓」(大正9年。この作品は前期のみの展示)は、その特異性に光を当てていると見ることも出来る。ちなみにこの作品は、「悪趣味だ」として、横山大観を始めとする多くの画家から酷評されたそうである。

岡本神草の「口紅」(大正7年。この作品も前期のみの展示)も、舞妓を泉鏡花の小説に出てきそうなあだっぽい存在として描いたものであり、問題視されたそうである。

勿論、舞妓が持つそのものの魅力を描く画家もおり、「舞妓モダン」のポスターに使われている北野恒富の「戯れ」は青紅葉とカメラを持った舞妓の横顔を描いており、瑞々しさが強調されている。

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だが、その後もデフォルメは続き、下村良之介が昭和55年に描いた「たこやき」などは可憐な舞妓のイメージから最もかけ離れたものになっている。

その他にも、一見、可憐な舞妓に見えるが、よく見えると目が白人風だったりと、「別世界の女性」としての舞妓を描く作品は多い。

舞妓と呼ばれるのは芸妓になる前の5年ほどの歳月である。可憐にして奇妙な仕組みの住人となるこの短い日々を、画家達は常識的でない視点で切り取っている。

 

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2020年10月 4日 (日)

これまでに観た映画より(214) 王家衛(ウォン・カーウァイ)監督作品「花様年華」@アップリンク京都 2020.9.30

2020年9月30日 烏丸姉小路・新風館地下のアップリンク京都にて

烏丸姉小路・新風館の地下にあるアップリンク京都で香港映画「花様年華」を観る。王家衛(ウォン・カーウァイ)監督作品。主演:マギー・チャン、トニー・レオン。撮影:杜可風(クリストファー・ドイル)。2000年の制作。

この映画は映画館で観たことがなく、DVDで観ただけであるため初劇場体験となる。
ウォン・カーウァイ監督作品のうち、「欲望の翼(阿飛正伝)」、「花様年華」、「2046」は一繋ぎの作品となっているが、続編かというとそうでもない。
トニー・レオンは、「欲望の翼」にも出演しているのだが、ラストシーンで髪型などを整え、準備万端というところで映画が終わってしまうという不思議な使われ方をしている。

1962年の香港。秘書の仕事をしているチャン夫人(マギー・チャン)と新聞記者のチャウ(トニー・レオン)は同じ日に同じアパートの隣室に引っ越す。共に既婚者であるが、チャン夫人の夫は日本人貿易商の下で働いているということもあって出張でしょっちゅう家を空けており、チャウの奥さんは夜勤であるため、チャウと顔を合わせることがほとんどない(互いの結婚相手の顔は映ることはなく、後ろ向きで撮られている)。
奥さんが「仕事で帰りが遅くなる」と電話を掛けてきた日。チャウは奧さんの職場に迎えに行くが、仕事というのは嘘であることを知る。
次第に惹かれあうチャン夫人とチャウ。倫理観から互いに距離を置いていた二人だが、初めてレストランで食事をした日に、お互いのパートナーが不倫の関係にあるとの確信に到る。

かつて小説家志望だったが、一行も書けなかったため才能に見切りを付け、同じ書く仕事ということで新聞記者になったチャウだが、新聞の連載小説に挑むことになり、チャン夫人に校閲作業を頼むなどして二人の距離は更に縮まっていく。チャウは書斎代わりにホテルに部屋を借りる。ルームナンバーは「2046」。チャウはチャン夫人に「2046」号室にも来て欲しいと言うのだが……。

 

大人の恋愛を描いた秀作である。互いのパートナーが不倫の関係にあることに気付くなど、ドロドロ路線に進みがちな設定なのだが、感情をセリフではなく、梅林茂の「夢二のテーマ」で描くなど、抑制を利かせているため、却って匂うような色香が立ち込めるようになっている。
大人の恋愛と書いたが、マギー・チャンもトニー・レオンも撮影時は今の私よりも年下だったわけで、今となっては清潔に過ぎるようにも感じられる。ただ若い頃はこうした描写は本当に好きだった。

実際にはラブシーンが撮影されたが、最終的にはカットされており、二人の距離の絶妙さに繋がった。
ラブシーンがあるとしたら、その時間は限られるわけで、ラストで語られるチャン夫人の子どもというのはチャウとの間の子どもと見て間違いない。チャウの笑みからもわかるのだが、そうでないとその話を持ってくる意味もなくなってしまう。
ただ、不倫の意識はあり、チャウはカンボジアのアンコールワットの壁に秘密を封じ込めた。

直接的な性描写が少ないため、夢のようにおぼろな印象を見る者に与えており、尾を引くような記憶として残されていく。リアルでありながら浮遊感のある展開は、「恋する惑星」に繋がるものがあるが、実際に「恋する惑星」のエピソードの変奏ともいうべきシーンも登場する。

部屋のナンバー「2046」は、ウォン・カーウァイ監督の次回作のタイトルともなるわけだが、実は「2046」というのは香港と中国の一国二制度(一国両制)が終わる年である。「花様年華」にも香港の未来を心配して脱出する人々が登場するが、一国二制度は2046年よりも前に終わりそうであり、それを憂えている今の香港の若者達の姿にも繋がる。

ラストシーンは1966年という設定。悪夢のような文化大革命は、この年に始まっている。

 

映画を見終わり、新風館の外に出ると空気が肌寒い。今年初めてさやかに感じた秋であった。

 

これまでに観た映画より(178) 王家衛(ウォン・カーウァイ)監督作品「花様年華」

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2020年10月 2日 (金)

YouTubeLive「ポーランド・フェスティバル2020 ONLINE」(アーカイブ動画掲載)

2020年9月26日

午前11時から、YouTubeLiveで、「ポーランド・フェスティバル2020 ONLINE」が配信されるので見てみる。

毎年、東京で行われているポーランド・フェスティバルであるが、今年はコロナのために配信で行われることになった。ポーランド・フェスティバルには興味があるのだが、そのために東京に行くわけにもいかず、しかも私がポーランドについて興味があるのは主に映画と音楽であり、他のことに興味が持てるからどうかの自信もない。
というわけで行くに行けないという状態だったのだが、今年は配信となったので家にいながら色々と楽しむことが出来た。

まず、簡単なポーランド語講座があるのだが、どうにも覚えられそうにない。語学の才能のある人はちょっと目にするだけで単語や言葉を記憶出来たりするのだが(私の場合は物語的な記憶はかなり強いが、単純暗記は向いていない)、私の場合はアルファベットを使った言語というだけでお手上げになってしまう。「そのまま読む」とのことだったが、どう見ても変則的な読みをしているようにしか見えない。
ユダヤ系ポーランド人のザメンホフは、英語を学習してその余りの簡単さに驚き、ルールを簡約化した言語は作れるということでエスペラントを生み出した。だが、私の場合は英語は全く出来ないため、英語が簡単だと思う感覚がわからない。ポーランド語はスラブ系の言語ということで怖ろしく複雑だと思われ、私では入り口に立つことさえ出来ないだろう。


続いて、ポーランドの絵本朗読のコーナー。「ミツバチのはなし」という邦訳も出ている(3千円以上するのでちょっと高い)絵本を、ポーランド語と日本語で同一内容を交互に朗読していく。
ミツバチが恐竜の時代よりも以前から地球に存在したという話に始まり、元々はスズメバチなどと同様、肉食だったと思われるのだが、花粉を運ぶ役割を虫に託していた花々の計略(?)により、蜜を吸って花から花へと移ることで花粉を運ぶ役割を担うのと同時に主食も変わって食糧事情が安定するという、花とミツバチにとってWin-Winの関係に変わったことなどが語られる(あくまでも一つの説だと思われるが)。
その他に蜂蜜の種類が紹介されたり、宗教方面に蜂蜜が影響したことなど、興味深い内容が盛り込まれている。元々、大人も子どもも楽しめる絵本として書かれたもののようだ。


ポーランドシベリア孤児100年の話。100年前、日本の敦賀港にシベリアからポーランド系の孤児達がたどり着いた。1920年、ロシア革命が起こった3年後である。中世には強国であったポーランドだが、その後は他国に侵略される歴史を繰り返す。
20世紀前半にはポーランド独立のためにロシアで活動していた人々が政治犯としてシベリア流刑となっていた。その後、第一次世界大戦でポーランドはドイツとロシアとが戦う戦場となったため、シベリアに逃げてきた人もそれに加わり、シベリア移民は一説には20万人にも達したという。シベリアでの生活は苦しく、特に孤児となった子ども達への救助要請が出されたのだが、それを受けたのが日本赤十字社であったという。孤児達の受け入れには今も東京都渋谷区広尾にある福田(ふくでん)会という育児院が大きな役割を果たしたということである。


ずっと見ているわけにも行かないので、その後は配信を離れたが、ポーランド国立民族舞踊合唱団「シロンスク」の新作上演の紹介と、ポーランド映画祭の話が行われる時間にパソコンに前に戻る。
私は昨年、「シロンスク」の公演を大阪のフェスティバルホールで観ており、昨年は京都でも行われたポーランド映画祭も同志社大学寒梅館と出町座で作品を目にしている。

ポーランド映画祭は今年は東京のみで行われるようだが、クシシュトフ・キェシロフスキ監督の大作「デカローグ」が上演されるようだ。また、昨年は同志社大学寒梅館クローバーホールでの「バリエラ」上映の前に舞台挨拶を行ったイエジー・スコリモフスキ監督もビデオレターでの出演を果たす。ビデオレターは急遽届いたものだという。

「シロンスク」は、昨年の日本ツアーではポーランドの伝統舞踊を中止とした公演を行ったが、今年は一転してコンテンポラリーダンスで別の面を披露する予定だったという。残念ながらコロナで来日公演は出来なくなってしまったが、収録録された映像を東京、大阪を始め、札幌など日本各地で上映する計画があるそうだ。予告編はすでに出来上がっていたので流されたが、シャープで格好いいダンスである。


昨年の「シロンスク」では、日本でもお馴染みのポーランド民謡「森へ行きましょう」が歌われていたが、ポーランド語の発音を片仮名にしたものを字幕として出し、みんなで歌うというコーナーも設けられている。配信なので合唱にはならないわけだが、参加しやすい試みになっていたように思う。

その後、グルメなどの話になるのだが、あんまり興味はないのでパソコンの前から離れ、ポーランドのクラクフとワルシャワからの映像が流れる午後6時30分からのコーナーが始まるまで待つ。

「ポーランドの京都」に例えられることがある古都・クラクフからの生中継。留学してクラクフで学ぶ日本人の女性や、日本について学んでいるポーランド人女子大学生などが出演する。クラクフには日本美術技術“マンガ”館があり、そこからの配信である。日本人留学生である女性が、アンジェイ・ワイダ監督が、ウッジ映画大学に転学する前にクラクフ美術大学で日本画の影響を受けた絵を描いていたという話をして、美術技術館に展示されているワイダ監督が若い頃に描いた絵を紹介するのだが、スタッフが小声で言った言葉をそのまま繰り返していることが分かるため、かなり頼りない。まあ、芸能活動などを行っていない一般的女子大生のレポート能力はこんなものだと思われるが。

そしてワルシャワの映像。こちらは収録されたものである。ポーランドが生んだ世界的作曲家、フレデリック・フランソワ・ショパンゆかりの地を訪ねるというもので、合間にはショパンのピアノ曲も演奏された。

「ポーランド・フェスティバル2020 ON-LINE 」は、来年の6月頃までアーカイブを残す予定だという。


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2020年9月30日 (水)

配信公演 「京都能楽チャリティ公演~祈りよとどけ京都より~」2020.9.25

2020年9月25日

午後7時から、YouTubeライブで「京都能楽チャリティ公演~祈りよとどけ京都より~」を観る。東日本大震災の被災地のためのチャリティ公演であり、ロームシアター京都完成後は、毎年サウスホールで公演が行われていたのだが、今年は新型コロナの影響で中止となり、代わりに配信が行われることになった。
なお、今回は新型コロナウイルスの流行中であるということで、チャリティ募金は行われない。東日本大震災での被災地は、主に東北地方の太平洋側であったが、今現在は全世界が新型コロナの被災地といって過言ではない状態になってしまっている。

「能楽チャリティ公演」は、例年は昼夜別演目1回ずつの2回公演であったが、今回は流石に2回は難しいということで、能2番、狂言1番の1公演分の演目が先月20日にロームシアター京都サウスホールで収録され、観世流シテ方の片山九郎右衛門がライブ出演して、特別に演目の解説を行うというスタイルとなった。歌舞伎などではイヤホンガイドがあるが、能や狂言にはそうしたものはないので、貴重な機会である。

まず、祝言謡「四海波」が能楽師有志によって謡われ、能「羽衣」(出演:浦田保浩ほか)、狂言「口真似」(出演:茂山千五郎ほか)、能「大会(だいえ)」(出演:片山九郎右衛門ほか)が上演される。


「四海波」は、能楽師が最もよくうたう謡だそうである。


能「羽衣」。世阿弥の作と伝わるが、確たる証拠はないという演目である。舞台となっているのは駿河国の三保の松原。舞台設定や登場人物、あらすじは歌舞伎舞踊になっているものとほぼ同じである。
能舞台の場合は鏡板があるわけだが、今回は能楽堂ではなく劇場での公演ということで、背景は富士山の山稜や雲を表しているかのような抽象的な線が照明で描かれている。
天女の昇天(でいいのかな?)は、富士山の煙と二重写しになるように描かれており、また天女は月世界からやって来たということで、「竹取物語」も意識されているようである。

英語の字幕スーパー入りでの上演。ちなみに羽衣は英語で“Robe(ローブ)”となっており、確かにそうかも知れないが大分イメージが異なる。英語圏の人に「羽衣とは何か」を説明しても、多分、すぐにはわからないので、ローブが適当なのだろう。
歌舞伎ではそうではないが、能では天女は面を付けているため、明らかに異界の人である。
また、天女の舞も迫力重視である。
ラストでは富士山が須弥山に例えられ、月の光は浄土の無量寿光に重なって、この世の安寧が祈念される。


狂言「口真似」。主(茂山茂)が酒を飲もうとするのだが、一人で飲んでも面白くない。そこで太郎冠者(茂山千五郎)を呼び、「面白い奴を客人として呼んでこい」と無茶を言う。太郎冠者は酔狂人(飲んべえ)の逸平(茂山逸平)を呼ぶことにする。主は、酔狂人が来ると聞いて不満に思うも無下にするわけにもいかず、太郎冠者に自分の言う通りにして逸平に接するよう命じるのだが、太郎冠者は主の言ったことを一言一句そのまま逸平に伝えてしまい……。

どこかで見た覚えがあったのだが、1996年の大河ドラマ「秀吉」の第48回の劇中で、豊臣秀吉(竹中直人)が徳川家康(西村雅彦。現・西村まさ彦)と共に演じ始めたのがこの演目であったことを思い出す。一度、確認してみたいのだが、残念ながら今すぐに確認出来る手段はないようだ。調べてみたところ、能狂言好きとしても知られた豊臣秀吉は、「口真似」の元となる狂言を徳川家康と前田利家と共に3人で舞ったことがあるそうである。


能「大会(だいえ)」。大会というのは、釈迦が霊鷲山(りょうじゅせん)で行った説法を指す言葉のようである。
前段が、絵本で紹介される。片山九郎右衛門の制作で「大会」を絵本化した『天狗の恩返し』からの引用である。

天狗(片山九郎右衛門)が鳶に化けて東北院(とうぼくいん)近くの都大路で遊んでいたところ、武士の投げた石で落とされ、子ども達に捕まって、殺されそうになった。たまたま通りかかった僧侶が鳶の命を助けたのだが、鳶の正体である天狗は僧侶にお礼がしたくなって寺院(原作では比叡山延暦寺とされているが、今回の上演では具体的な寺院名は出てこなかった)を山伏に化けて訪れる。山伏に化けた天狗は、僧侶に「望みがあれば仰って下さい」という。大会の様が見たいと僧侶が言うと、天狗は法力(でいいのかな?)を使って大会の様子を再現してみせる。ただ、これは明らかに釈迦と邪魔の話に重なるため、激怒した帝釈天が姿を現し……。

天狗が強者・帝釈天に追われるという話なのだが、今回の上演では天狗が帝釈天に立ち向かい、一騎打ちとなる。YouTubeLiveということで、チャットにコメントが書き込めるのだが、一騎打ちの場面では、「かっこいい」「凄い」という言葉が並ぶ。
帝釈天と天狗が去った後、舞台上に鳶の羽が一つ舞い落ち、僧侶がそれを拾い上げるという、映像でしか出来ない詩的な演出が施されており、これも好評であった。


私もチャットに参加していたが、こうした上演に立ち会うと、「日本人に生まれて良かった」としみじみ思う。こうした考えも決して大袈裟ではないはずだ。

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2020年9月13日 (日)

観劇感想精選(352) 大槻能楽堂 「野村万作 萬斎狂言会 第25回記念」SD版振替公演

2020年9月8日 大阪・上町の大槻能楽堂にて観劇

午後7時から、大阪・上町の大槻能楽堂で「野村万作 萬斎狂言会 第25回記念」SD版振替公演を観る。SDは「Social Distance」の略で、一度売れたチケットを全て払い戻し、使用出来る客席を減らした上で再発売している。他の劇場公演同様、両隣を最低1席空けた上での鑑賞となる。

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この公演でもチケットは自分で半券を切り、手のアルコール消毒と検温の必要がある。また大阪府独自の追跡サービスに登録するか、スマートフォンや携帯がサービス非対応か、そうしたものを持ち歩いていない人は氏名や住所などを用紙に記入する必要がある。

 

まず野村万作による芸話が15分ほどあり、その後に野村裕基による小舞「名取川」、野村萬斎と野村太一郎による「清水(しみず)」。休憩を挟んで、野村萬斎、野村万作、野村裕基の三代共演となる「業平餅」が上演される。

 

野村万作の芸話。孫の野村裕基が先日、「奈須與市語」への初挑戦(「披く(ひらく)」」というそうである)を務め、今度は弟子達に「釣狐」の稽古を付けているという話から、自身が若い頃に「釣狐」を演じた時の話をする。現在は能舞台が横浜能楽堂に移築されている染井能楽堂で「釣狐」をやった二十代の頃の話である。まだ若く、運動神経にも自身があったことから張り切って挑んだが、舞台と橋掛かりを何度も行き来する必要があったため息切れが酷くなり、「気になる」と不評であった。そのため、再度「釣狐」に挑んだ時は復讐として慎重に演じたという話をする。何度も演じていく上で万作なりの工夫を凝らすことになるのだが、今行っている弟子への稽古は自分が付けた工夫は全て取り払い、昔、父親から教わった通りの「釣狐」に戻しているという。狂言は伝承が大切であり、自分がつけた色をそのまま伝えると元の形から逸脱したものが後世に残ってしまうため、それは避ける必要がある。
「釣狐」は、万作が「卒業論文のようなもの」と表現するほど狂言方にとって重要なものであるが、「釣狐」を演じることで得た技術は他の狂言を行う時にも生きるそうである。

 

小舞「名取川」。日本各地の川の名が読み上げられる川尽くしの舞である。
野村萬斎の長男、野村裕基は、清潔感に溢れる見た目と仕草が印象的。父親に顔は余り似ていないが声はそっくりである。

 

水繋がりとなる「清水」。主人(野村太一郎)が茶会を開くことになったので、良い水を汲む必要があり、太郎冠者(野村萬斎)に秘蔵の手桶を持たせ、野中の清水を汲みに行かせる。太郎冠者は、「居間での仕事があるので次郎冠者にお命じ下さい」という意味のことを言うが、主人は太郎冠者に行くよう命令する。この作品での太郎冠者は結構反抗的である。「女子どもにも出来る仕事」と不満を言い、こんなことをしていては茶会がある度に水汲みに行かせられる羽目になると嘆く。そこで太郎冠者は「清水で水を汲もうとしたところ、山の向こうから鬼が駆けて来た」と嘘をつき、水汲みの仕事をさぼる。だが主人は太郎冠者に持たせた秘蔵の手桶が気になり(主人は手桶の方が太郎冠者の命より大事らしい)、自ら清水へと赴く。太郎冠者は主人を追い返すために、鬼に化けて現れ、主人を脅すのだが……。

野村萬斎が時折行う口語調というか、開いた感じというか、いわゆる狂言の節とは違った台詞回しが絶妙のアクセントとなり、笑いを誘う。「狂言の革命児」野村萬斎の真骨頂である。狂言とはまた違った西洋音楽的、というと語弊があるかも知れないが、異質の台詞を挿入することで生まれる一種の「異化」効果によって、これまでの狂言とは別種の面白さが生まれている。あるいはこの「工夫」は萬斎一代で終わるものなのかも知れないが、彼が与えた影響は今後も形を変えて残っていく可能性が高い。

 

「業平餅」。色男の代名詞の一人である在原業平を主人公にした作品である。狂言は、「この辺りの者でござる」という口上が多いことからも分かるが、「その辺の人」が演じられることが多く、歴史上の人物が登場することは比較的珍しい。

橋掛かりから現れた野村萬斎は流石の気品。「おお! 業平だ!」と感嘆する。

業平が、歌人でありながらまだ歌道の神社である紀伊・玉津島明神に参拝したことがないというので、従者を引き連れて参詣に向かう途中の話である。
朝臣(ここでは「あそん」ではなく「ちょうしん」と読む)在原業平は和歌の名手と認められ、容姿の良さも相まって女からはモテモテであったが、政争に敗れた上、漢詩など、当時は和歌よりも上とされた学芸が不得手であったため、出世は叶わなかった(実際は晩年にそれなりに出世はしたようである)。というわけで金がない。
道中で売られていた餅が食べたくなった業平は、餅屋(石田幸雄)に、金の代わりに歌を詠もうと提案するが断られる。業平は、干ばつの時、小野小町が神泉苑での雨乞いで、「ことわりや日の本なれば照りもせめ さりとてはまたあめが下かは(日の本の国なので、日が照るのも道理でしょう。しかしながら、天が下というからには雨が降らないのはおかしい)」という歌を詠んで雨を降らすことに成功し、その褒美として餅を貰ったという話をして、餅と歌との繋がりを説くが、そんなことで餅屋が納得するはずもない。
業平はならばと、餅尽くしの歌を延々と披露し(ここで冒頭の小舞「名取川」と繋がり、循環する)、餅屋を驚嘆させる。業平が自らの正体を明かすと餅屋は「娘が一人いるが宮仕えを望んでいる」と語る。好色である業平は娘(野村裕基が面を被って演じている)をものにしようとするが……。

茂山千五郎家の「YouTubeで逢いましょう!」で観た「吹取」によく似た展開であり、娘を他人(この「業平餅」では、野村万作演じる傘持)に押しつけようとする下りもそっくりである。この作品では、「悲劇の才人」「稀代のモテ男」という業平のイメージからの落差が笑いのツボとなっている。


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2020年9月 2日 (水)

配信公演 小林沙羅ソプラノ・リサイタル「日本の詩(うた)」@浜離宮朝日ホール

2020年8月10日 東京・築地の浜離宮朝日ホールから配信

ソプラノ歌手の小林沙羅が東京・築地の浜離宮朝日ホールで行ったソプラノ・リサイタル「日本の詩(うた)」の、ぴあLiveStreamによる見逃し映像を視聴してみる。

曲目は、前半が、武満徹作詞・作曲の「小さな空」、山田耕筰の「この道」(詩:北原白秋)、山田耕筰の「赤とんぼ」(詩:三木露風)、 山田耕筰の「ペチカ」(詩:北原白秋)、中田章の「早春賦」(詩:吉丸一昌)、越谷達之助の「初恋」(詩:石川啄木)、武満徹の「死んだ男の残したものは」(詩:谷川俊太郎)、中村裕美の「智恵子抄」(詩:高村光太郎)より“或る夜のこころ”“あなたはだんだんきれいになる”“亡き人に”

後半が、早坂文雄の「うぐいす」(詩:佐藤春夫)、瀧廉太郎の「荒城の月」(詩:土井晩翠。変換したら「工場の付き」になったが、なんだそりゃ?)、宮城道雄の「せきれい」(詩:北原白秋)、宮城道雄作詞・作曲の「浜木綿」、井上武士の「うみ」(詩:小林柳波)、橋本國彦の「お六娘」(詩:林柳波)、橋本國彦の「舞」(詩:深尾須磨子)、小林沙羅自身が作曲した「ひとりから」(詩:谷川俊太郎。本邦初演)。


本来は、小林沙羅が3月にリリースした日本の歌曲アルバムのためのリサイタルとして企画されたのだが、コロナの影響で延期になり、真夏になってようやくの開催となった。小林がマイクを手に曲目を紹介してから歌うというスタイルである。

ピアノ伴奏は小林沙羅と一緒に仕事をすることも多い河野紘子。後半の「荒城の月」では箏の澤村祐司が伴奏を務め、2つの宮城道雄作品では澤村と尺八の三澤太基(みさわ・たいき)が二人で伴奏を務める。

1曲目の武満徹作品「小さな空」を歌い終わった小林沙羅は、約半年ぶりに聴衆と同じ空間で歌えたということですでに泣きそうになっていると告げる。

ただそうした感傷に浸ることなく、明るめの伸びやかな声で、小林は日本の歌曲を歌い上げていく。やはり歌声というのはどの楽器よりも馬力がある。

高村光太郎の「智恵子抄」に収められた詩に曲を付けた中村裕美(なかむら・ゆみ)は学生時代から小林と共にVOICE SPACEというユニットで活躍していた友人だそうである。

また、有名童謡の「うみ」や「お六娘」を作詞した小林柳波は、小林沙羅の曾祖父だそうだ。

日本におけるフランス音楽の紹介者でもあった橋本國彦の「お六娘」では一度止まってしまい、歌い直すというハプニングもあったが、オペラで培って演技力を生かした表現力豊かな歌を披露する。
またやはり橋本國彦の「舞」では、小林が10歳の頃から日本舞踊を習い続けているということで、タイトル通り「舞」を入れながらの歌唱となった。小林が舞いながら歌うことは、小林が衣装チェンジのために引っ込んでる間にピアノの河野紘子がマイクを手にアナウンスする。何の予告もなくいきなり本格的な日舞が始まったら聴き手も驚くだろうから、当然の措置であるが、河野の声を聴く貴重な機会ともなった。

王道の曲目も多いが、映画音楽などで知られる早坂文雄や「春の海」で知られる邦楽の大家、宮城道雄の歌曲も入れるなど、新たな試みも行っている。いずれもイメージにない作風を持つ曲である。

谷川俊太郎に頼んで詩を書いて貰い、小林自身が作曲した「ひとりから」は、「ホモサピエンス」と広い範囲を指す言葉を使用していたのが印象的であった。


アンコールとして、岡野貞一作曲の「ふるさと」が歌われる。小林は「本当は皆さんと一緒に歌いたいのですが」と述べる。新型コロナの感染に繋がるというので、客席で歌うことは推奨されていない。

最後の曲として小林沙羅作詞・作曲の「えがおの花」が歌われる。編曲は中村裕美で、ピアノ、箏、尺八伴奏版となっている。 ほのぼのとした良い曲であり、歌唱であった。

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2020年8月25日 (火)

観劇感想精選(349) こまつ座第133回公演「人間合格」@名古屋・御園座

2020年8月18日 名古屋・伏見の御園座にて観劇

名古屋へ。伏見(京都だけでなく名古屋にも伏見という駅がある。江戸時代の初めに京都の伏見から移住した人が作った街だと思われる)の御園座で、こまつ座の第133回公演「人間合格」を観るためである。作:井上ひさし、演出:鵜山仁。出演は、青柳翔、塚原大助、伊達暁(だて・さとる)、益城孝次郎(ますき・こうじろう)、北川理恵、栗田桃子。

昭和を代表する小説家の一人である太宰治の、主に若き日々を描いた作品である。
兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールでの公演もあったのだが、その日は仕事が入っていたため、大千秋楽となる御園座での公演を選んだ。御園座に入ってみたいという気持ちも当然ながらあった。名古屋に行った時は、御園座の前を通ることも多かったのだが、今日が念願の初御園座となる。

名古屋を代表する劇場である御園座。名古屋で歌舞伎の公演となると使用される劇場である。長らく建て替え工事が続いていたが、2017年に新しい御園座が竣工し、翌2018年に開場している。

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客席はソーシャルディスタンスに配慮した席割りが行われていたが、何故か二人並ぶ席があったりする(友人、知り合い、夫婦等で並ぶ席かと思ったのだが、必ずしもそうではないようだ。私の横の席も誰かが座れる仕様になっていたが、結局、誰も座らなかったため、全くの他人が横に来るということもないようだったが)。歌舞伎対応の劇場であり、花道使用時に歌舞伎俳優が同じ階の客から見下ろされては困るということで、1階席の傾斜は緩やかである。私は下手側の席であり、客が点在しているという、平時ではあり得ない状態であったため問題はなかったが、中央列で満員の場合は、前のお客さんの頭で舞台が見えないということもよくあるようで、評判は良くないようだ。
赤を基調にした内装で、椅子も座りやすい。

座るのは1階席であるが、一応2階も覗いてみる。階段が安普請でがっかりしたが、エスカレーターを使う人が多いので、特に問題にはならないのだろう。ロビーの壁には絵が飾られていて雰囲気は良い。

前の御園座はよく知らないのだが、新しい御園座は奥行きよりも間口が広い設計で、ポストモダン(という言葉ももう古くなってしまったが)な外観もそうだが、内装も昭和の頃の公会堂のようであり、歌舞伎劇場らしくない。やはり歌舞伎座、南座、大阪松竹座といった歌舞伎専用の劇場とは違うということなのであろう。

入場前に配られた紙に、氏名、住所、電話番号を記入し、検温を受ける必要がある。スティックタイプのハンディアルコール除菌スプレーを貰った。

「人間合格」というタイトルは、太宰の代表作である『人間失格』に由来するのだが、降りた幕に、『人間失格』の太宰による肉筆原稿が描かれており、冒頭の「私は、その男の写真を三葉、見たことがある」までが記されているのだが、劇はそのパロディのセリフ、「私は、その男の写真を六葉、見たことがある」でスタートする。六葉のうち二葉は実際の太宰治の写真だが、他の四葉は今回の「人間合格」で太宰を演じる青柳翔を撮ったものである。六人の俳優が六葉の写真について一人一葉ずつ説明やら解説やらを行い、印象を述べる。

そして舞台は、昭和5年(1930)の高田馬場の近くにある学生下宿、常盤館に飛ぶ。

常盤館に下宿することになった津島修治(のちの太宰治。演じるのは青柳翔)が現れる。
津島修治は旧制の弘前高校(現在の弘前大学教養課程に相当)を出て東京帝国大学(現在の東京大学)文学部仏文科に入学したばかり(ほとんど登校せず、1単位も取らないまま中退することになる)。そこへ、共産主義思想に共鳴している二人の学生が現れる。同じ東京帝国大学の経済学部に通う佐藤浩蔵(旧制山形高校出身。塚原大助)と早稲田大学文学部に通う山田定一(旧制麻布中学出身。伊達暁)である。二人はフロシキ劇団なるものを結成していて、町工場や百姓家の前でフロシキを拡げ、反ブルジョア親プロレタリアのプロパガンダを行っている。
津島も反ブルジョアであり、共産主義思想に共感を抱いて革命に憧れているのだが、彼は津軽でも五本の指に入る大地主の出であり(ただし名家ではなく成金)、行動に矛盾が生じてしまう。とにかく仕送りはたっぷり貰っており、ブルジョア階級の出身であることの恩恵を浴びるほどに受けている。

ただあるいは、太宰治が恵まれた境遇に生まれていながらそれに逆らうように生きたということが、太宰が今に至るまで人気作家で居続けるという理由なのかも知れない。

セリフには太宰の有名小説のよく知られた言葉やそのパロディが登場する。特別人気のある俳優が出演するわけでもないのにこんなコロナ禍の最中に観に来ているということは、客の多くは太宰のファンであり、「待ってました!」とばかりに笑いが起こっていた。

その後、前衛党の隠れアジトである高田馬場の「クロネコ」という喫茶店で女給をしている東京女子師範学校(現在のお茶の水女子大学)の学生で、前衛党の高田馬場支部長である立花すみれ(北川理恵)と出会い、前衛党に入党する津島であったが、そこに津軽から中北芳吉(益城孝次郎)が訪ねてくる。中北は津島家の番頭の一人であるが、その後に帝国主義的思想にかぶれていく。

第3場の「タワシ」の前では、字幕によって治安維持法について触れ、「ひとはみな同じ」そう思うだけで非国民とみなされたと説明される。

津島は日本共産青年同盟直属のタワシの行商を行うようになったが、現実的な仕事には全く向いておらず、タワシを川に投げ捨ててしまい、口では売れ行き上々で毎日完売ということにしている。はっきり言って駄目人間である。とにかくあらゆることから失格している津島であるが、それゆえ高みから居丈高に見下ろしてくる人間の醜さと、煩悶する己の魂を見据えることが出来るようになったと取ることも出来る。

やがて軍人の時代が来る。軍人にあらねば人にあらずという時代である。そんな時に作家、太宰治となった津島修治は東京武蔵野病院という精神病院に入院させられていた。
そこに佐藤がやって来る。地下活動に身を投じた佐藤は特高に追いかけられ、東京武蔵野病院に逃げ込んだのだ。佐藤はこだわりが強く、これまでずっと「あか」で始まる地名(赤池炭鉱や赤城村、そして今の東京・赤羽など)での活動を続けてきた。ちなみに赤池炭鉱で偽名として用いたのが大庭葉蔵だそうである。佐藤は太宰の処女小説集『晩年』を手にしていた。

佐藤は言う。「だめなやつ、普通の人びとはみんな、自分のことをそう思っているわけですよ」。そして自分と同じだめな奴が小説の中でのたうちまわっている。自分と同じ人間がいることに励まされる。それが太宰の小説の本質だと見抜く。
その後も佐藤の流浪は続く。

一方、山田は売れっ子の俳優になっていた。軍事劇を演じさせれば天下一品であり、日本各地で人気を博していたが、山田がセリフに込めた思いは聴き手には正反対に受け取られており、孤独を感じていた。
仙台で再会した太宰と山田と佐藤。太宰は仙台の医学校で学んでいた魯迅の「藤野先生」の話をする。「宝石よりもっとずっと尊い出来事」の話だ。

日本は敗戦を迎える。昭和21年4月、太宰は故郷の金木町にいた。長男の文治が政治家に立候補するため、その応援として山田定一の劇団を金木町の劇場に呼んだのだ。敗戦により、全ては変わった。山田の人気は凋落した。今はアメリカ軍を賛美する芝居を上演しているが本意ではない。中北も変わったが、かつての軍国主義者が180度方向転換して民主主義を礼賛するようになっている。

中北こそがまさに人間だ。「わが身が可愛いだけ」で起用に立場や思想を変えて生き延びる。汚らしいが、生き残る。今は「ひとはみな同じ」それが当たり前の時代になったが、それを信じ続けてきたがために駄目になった太宰や佐藤や山田はなんなのかということである。

その後、佐藤と山田は時を同じくしてこの世の表舞台から消えることになる。

 

太宰、佐藤、山田、不器用な男達の小さな宝石のような友情が語られる作品である。全員、学生時代まではエリートコースに乗りながら、信念のために人生に失敗した男である。だがそれゆえに惹かれあい、少なくとも太宰治は後世の人からも友人のように慕われる存在である。人間としてのある格から転げ落ちたからこそ別の人間の格に嵌まることになった。セリフに出てくる「アウフヘーベン」ではないかも知れないが、彼と我々とは高次元で結ばれることが出来るのである。「合格」つまり「格が合う」ということによって。

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2020年8月17日 (月)

観劇感想精選(348) 三谷幸喜 作・演出 「大地」(Social Distance Version)

2020年8月13日 大阪・西梅田のサンケイホールブリーゼにて観劇

大阪へ。約半年ぶりの観劇である。

午後7時から西梅田のサンケイホールブリーゼで、三谷幸喜の作・演出による「大地」(Social Distance Version)を観る。

「大地」は、東京・渋谷のPARCO劇場オープニングシリーズの一つとして三谷幸喜が書き下ろした作品である。パール・バックの同名小説とは一切関係がないが、中国に題材を得ているところは共通する。

三谷幸喜がモデルとしたのは、中国の文化大革命で行われた下放政策(上山下郷運動)である。青春時代を奪われた「第五世代」と呼ばれる人々の中には、後に世界的な映画監督となる張芸謀や陳凱歌がいた。この時代に行われた価値の転倒を中国は今に至るまで引きずっている。
ただ、隣国である中国を舞台にすると生々しいため、舞台は架空の東欧の国に変わっている。

サンケイホールブリーゼに入るには準備がいる。まず、チケットの半券(もぎる部分)の裏に氏名と電話番号を記入。厚労省の接触確認アプリCOCOAをインストールしておき、更に大阪府独自の追跡サービスに今いる場所を送信する必要もある。

 

出演は、大泉洋、山本耕史、竜星涼(りゅうせい・りょう)、栗原英雄、藤井隆、濱田龍臣(はまだ・たつおみ)、小澤雄太、まりゑ、相島一之、浅野和之、辻萬長(つじ・かずなが。有職読みの「つじ・ばんちょう」でも有名。三谷幸喜は彼のことを「バンチョーさん」と呼んでいるようである)。

三谷幸喜の録音による影アナでスタート。三谷は1924年に築地小劇場が完成し、開演のドラが鳴らされたという話をする。そして黒子が登場して実際にドラが鳴らされる。
1924年というのは歴史上においても重要な年で、前年の1923年(大正12)9月1日に関東大震災が発生。東京を始め、関東の多くの都市が焦土と化した。その復興が始まったのだが翌1924年である。その少し前にはスペインかぜが全国的に大流行しており、今現在と似た状況が発生していた。
日本初の普通選挙(とはいえ、投票権があるのは25歳以上の男子のみである)が行われたのが翌1925年だが、これは治安維持法の公布とセットであった。

 

東欧のとある共産主義独裁国家での話。俳優は反逆分子とされ、見渡す限り大地が広がる中のバラックでの共同生活を強制されることになる。主な仕事は豚の飼育で、「フランチェスカ」という名の豚が話の随所に登場する。

映画スターのブロツキー(山本耕史)がバラックに送られてきたところから物語は始まる。同室となった収容者の中で映画畑で活躍していたのはブロツキーだけで、他は舞台出身者で占められている。映画に出ていたということでブロツキーの知名度はずば抜けて高い。

他のメンバーは、国民的劇団の団長で今もみんなから「座長」の名で呼ばれるバチェク(辻萬長)、演出家兼俳優で反抗的な態度を取り続けるツルハ(相島一之)、パントマイムの名手であるプルーハ(浅野和之)、大道芸人のピンカス(藤井隆)、若手女形として期待されていたツベルチェク(竜星涼)、大学で演劇を学んでいたミミンコ(濱田龍臣)、俳優としては未だ芽が出ず裏方として主に働いていたチャペック(大泉洋)である。

ピンカスは要領が悪いようで、いつも仕事を全て押しつけられ、不満たらたらである。そもそも俳優達は現実的な仕事には向いていないようだ。ちなみにピンカスは最高指導者の物真似をしたことを見咎められ、バラック送りになったそうである。

ミミンコは俳優としてのキャリアはないが、ゼミを担当していた教授が有罪判決を受けたため、巻き込まれる形で放逐されてきたのだった。

映画スターが来たというので、最初は皆、ブロツキーに羨望の眼差しを送っていたが、養豚の仕事は全く出来ず、人格的にも問題のあるブロツキーは次第に反感を買うようになる。ブロツキーは英雄役で当たりを取っていたが、それは所詮イメージに過ぎないと本人も認めていた。

俳優を生業としてきた人々が集められてはいるが、規則により演技を行うことは出来ない。ただ、指導員のホデク(栗原秀雄)が芝居好きであり、自身が書いた本での上演を夢見ていた。彼が書いたのは、シェイクスピアの「ウィンザーの陽気な女房たち」をモチーフにした「ウィンザーの陽気な兵隊さん」。「ウィンザーの陽気な女房たち」は、オットー・ニコライ作曲のオペラで知られており、脚本を手直しした上で作曲されたヴェルディの歌劇「ファルスタッフ」の原作としても有名であるが、戯曲自体はシェイクスピア作品の中でも最下位争いをするほどの駄作であり、偽作説まである。この舞台の中でも駄作であることは語られており、ホデクが演劇に関して「下手の横好き」で戯曲の良し悪しも分からない人物であることが示されている。

そんな中で俳優達は己の力量を見せつけていく。想像力によってないものをあるかのように見せ、事実とは異なるものを事実と思い込ませていく。戯曲としての完成度よりも出演者の俳優としての技量を示すことに力点が置かれており、俳優の素晴らしさが描かれるのだが、ラストはほろ苦さを漂わせるものである。

演劇科の学生であるミミンコがストーリーテラーを兼ねているのだが、ミミンコの言葉の選び方から、これらのことが「過去」に起こった出来事であることがわかる。まだ俳優の入り口にも立っていないミミンコの青春や恋(同じ演劇科の学生だったズデンカとの恋。ズデンカは、はすっぱな田舎娘という印象である。演じるのはまりゑ)、俳優であることの本質が語られる。ズデンカは、ルターやサンテグジュペリ、チェーホフなどの言葉を引用し、特にルターの言葉(「たとえ明日地球が滅ぶとしても、私は大地にリンゴの木を植える」)はラストシーンへと繋がる重要なものである。

途中休憩15分を挟み、上演時間約2時間50分という大作であるが、後半に用意されている俳優達の技量を披露する場面が一番の見所である。政府役人のドランスキー(小澤雄太)を騙すためのものだが、チャペックが舞台監督とプロンプターを兼任し、ツルハの演出で演技の世界が進んでいく。辻萬長演じるバチェクの正統派の新劇的演技(三谷幸喜作品の演技は基本的に新劇路線である)、何でも屋である浅野和之演じるプルーハのパントマイムなどは、日本を代表する実力派俳優を起用しているだけあって、「見事!」の一言に尽きるものである。

ただ、そんな俳優の影の部分を演じているのがチャペック役の大泉洋であり、群像劇ではあるが、「彼が主役」と明確に言える役割を与えられている。
大泉洋演じるチャペックは、俳優の才能をこれまで誰からも認められておらず、役らしい役が付いたこともなく、舞台に出られたとしても端役で、俳優としてではなく裏方として働いていた回数の方が多い。ただ、裏方の経験も生きており、舞台監督としては有能である。
演技力で引け目を感じていたチャペックだが、政権の犬となることで他の俳優達の生殺与奪の権利を手にしていた。そのことを直接伝えたミミンコ以外はチャペックの意図に気付いていなかったが、チャペックは影の主役である自覚を持ち、そのことを楽しんでいた。

しかし、ミミンコとズデンカが皆の手引きによってドランスキーの部屋で情事に及び(その間、ドランスキーをバラックに留めるために俳優達は自身の技量でドランスキーを魅了する)、そのことがバレたため、俳優達の中で一人だけ、「谷の向こう」で行われている強制労働に赴くことになる。選ばれたのは、俳優としての才能に欠けるチャペック。ミミンコは自ら出向こうとするが、「まだ若くて未来がある」という理由で止められ、ピンカスも面白さがある、ブロツキーは映画スターで、これからも出演の機会があるかも知れない、バチェクは名優、ツルハは演出の才能があり、プルーハのパントマイムはかつては大人気、ツベルチェクは貴重な女形、ということで「何もない」チャペックに白羽の矢が立つのである。

チャペックは抗議するのだが、他の俳優達はみんなチャペックが俳優として劣っていることを知っており、舞台スタッフとしては優秀かも知れないが、舞台スタッフなら専業のもっと優れた人材はいくらでもいる。彼はバラックでは中心人物だったかも知れないが、結局は誰からも認められていなかったのだ。三谷幸喜が2007年に書いた「コンフィダント・絆」を思い出す。あの作品では、スーラ(中井貴一)、ゴーギャン(寺脇康文)、ゴッホ(生瀬勝久)といった名画家達のリーダー的存在であるが、買われているのはリーダーとしての資質だけで画才は見下されていたシュフネッケル(相島一之が演じていた)の存在が鍵であった。だが、画家はまだ自分一人で画を描くことは出来る。シュフネッケルも美術教師としてだが、絵画を生業にすることは出来た。「大地」にはちゃんとした劇作家は登場しないが、劇作家も一人で本を書くことなら出来る(三谷の劇作家観は「笑の大学」においてよく表されている)。だが、俳優は、そして演出家も一人では何も出来ない存在なのである。天才であろうが秀才であろうが、名人であろうが達人であろうが、高学歴だろうが名家の出身だろうが、器用であろうが多才であろうが、イケメンであろうが美女であろうが、キャリアを積んでいようが世界的に名を知られていようが、それは変わらない。誰かの支えを前提としている芸術家なのである。それを忘れた奢りがラストをビターなものへと変えていく。

当て書きを常とし、数々の名優のために本を書いてきた三谷幸喜の俳優観の一端である。

俳優とは誰よりも自らよく生き、誰よりも他の人々によって生かされて輝く存在なのである。
そして、「その日」まで「俳優」であることを怠ることなく「俳優」であり続け、「希望」として生きる一種の種族であるとも言える。


※8月22日にサンケイホールブリーゼから配信された上演映像を観ての追記

この劇において最も重要だと思われるセリフは、マルチン・ルターのものとされる「たとえ明日地球が滅ぶとしても、私は大地に林檎の木を植える」(原文には「大地」という言葉は出てこないようである)という言葉の引用である。ここでどうしても林檎に目が行きがちになるが、タイトルから察するに、着目すべきはむしろ大地の方である。大切なのは林檎だが、それが育つには大地の存在が不可欠だ。
辻萬長演じるバチェクのセリフにあるように、この世のあらゆる事象や巡り会った人々は俳優の糧となるが、それらの比喩として用いられているのが「大地」である。人々に「生きる希望」をもたらす良き俳優や良き芝居は、そのベースとなる大地があってこそ育まれるのであり、循環していく。それを忘れてはいけないということである。

私も「大地」の一人として、それをしっかり受け止めることが出来たように思う。

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2020年8月10日 (月)

配信公演 「女々しき力プロジェクト」序章 オフィス3○○(さんじゅうまる) 渡辺えり×木野花 「さるすべり~コロナノコロ~」(文字のみ)

2020年8月8日 東京都杉並区の座・高円寺1からの配信

午後5時から、e+のStreaming+で、オフィス3○○(さんじゅうまる)の公演「さるすべり~コロナノコロ~」を観る。渡辺えりが20年前に如月小春、岸田理生(いずれも現在は故人)と共に行った女性演劇人による連続作品上演企画「女々しき力プロジェクト」復活版、序章の第一弾として、座・高円寺1で行われている渡辺えりと木野花の二人芝居のオンライン生配信版である。

ヴァイオリンの会田桃子とダブルベースの川本悠自による二重奏でスタート。

木野花と渡辺えりが姉妹という設定であり、5ヶ月間の自粛が続いている東京都杉並区が舞台である。

名画「八月の鯨」をモチーフとして渡辺えりが書き下ろした新作上演であるが、時折、二人が木野花と渡辺えり本人に戻ってツッコミを入れるという場面が訪れる。演出は出演者二人が共同で行っている。渡辺えりが本を書き上げたのは7月末のことだったそうだ。

木野花がゴミ袋を両手に持ち、ゆっくりとした足取りで現れる。これについてはその直後に渡辺えりが、木野花の「毎日拭き掃除を欠かさないという人間性」を描くために冒頭にこのシーンを入れたと明かすが、これについては、木野花は「なんで舞台の上でも掃除しなきゃいけないのよ」というセリフで応える。

音楽家の二人には、「流浪の民」であり、ヒトラーに迫害されたジプシーという設定であるということを本人に述べて貰うが、音楽家、というより演技経験のない人に急にセリフを与えてもちゃんと言えるわけはないので、これに対しては木野花の「こんな棒読みでいいの?」というセリフが待ち受けている。
木野花は、「なんでミュージシャンがいるの? これ音楽劇なの?」と聞き、渡辺えりは「二人芝居で二人しかいないから、衣装替えの間なんかに一人になると場が持たない」と説明する。ただそれだけでなく、渡辺えりが歌う場面も用意されている。

渡辺えりと木野花が本人に戻って、
木野花の「『八月の鯨』やるっていうから、私受けたのよ」というセリフに始まる、作品制作の過程が述べられたり、「芝居の嘘」について語られたりする。

木野花演じる、ノノムラセツコ(漢字はわからず。「野々村節子」の可能性は高いが断言は出来ない)は、若い頃は全学連に所属し、1960年の安保闘争では国会議事堂の前で岸信介による安保改正に反対を叫ぶ女学生だったが(圧死した樺美智子を思わせる話も勿論出てくる)、同じ運動に参加していた男達に失望して、その後、魚河岸に就職。その後、63歳の時に謎のポーランド人女性(渡辺えり)に誘われて料理店を営んでいたりした。

渡辺えり演じる妹のカズコ(漢字不明)は、結婚して川崎市に住んでいるのだが、怒りっぽくなった夫に失望して家を出て、杉並にある実家に転がり込んだ。実家にはセツコが一人で住んでいる。その後、自粛期間に入るのだが、ずっとテレビを見ていなかったということもあって何のために自粛しているのかも忘れてしまっている。

「断捨離」ということで家の掃除を始めるのだが、マドレーヌこそ出てこないものの、そこで見つかったものから記憶が甦る。

二人の弟(実際は違うことが後に判明する)であるミツオの話が始まる。男前であり、明治大学法学部を出て弁護士になったが、杉並の家の前にあるさるすべりの木で首を吊って自殺している。ミツオの死に、セツコが深く関わっていたことが後に判明する。

今日はある人の誕生日であり、来訪を待っているのだがなかなかやって来ない。「来ないならこちらから出向く」ということで、場所の明示はされないが二人は劇場を訪れ、そこで行われることの素晴らしさを述べる。


「新しい演劇の誕生」というと大仰になるが、渡辺えりによる個人的な「演劇人としての生まれ直し」という意図が込められた芝居である。バースデーソングが歌われることはないが、黒澤映画「生きる」のあの場面が思い起こされたりする。

渡辺えり自身が山形での公演を観て演劇人として生きる決意を固めたというテネシー・ウィリアムズの「ガラスの動物園」や同じく「欲望という名の電車」を始めとする様々な演劇作品へのオマージュが鏤められており、二人の演劇に対する愛情に溢れた愛らしい作品に仕上がっている。ただこれは「戦い」の作品でもあり、この国が浸食され続けている「アメリカ的なるもの、特に負の部分」と「その傀儡」に対しての確固たる決意表明であるようにも感じられた。

時折、映像が止まることもあったが、基本的には画質も音質も素晴らしく、日本人の持つ技術力の高さに勇気づけられる公演でもあった。


渡辺えりが演劇人として脚光を浴びたのは1980年代である。野田秀樹、鴻上尚史、川村毅らと共にアングラ第三世代に区分されるが、少なくともアンダーグラウンド演劇界隈では最も注目された女性劇作家であり、演出家である。当時の演劇界は今よりもずっと男性上位世代で、劇団3○○の稽古を見に来た他の劇団のメンバーが、3○○の団員(豊川悦司らがいた)に向かって、「お前らよく女の指示なんか聞いてられるな」と嘲るように言ったという話が残っている。だがその後、渡辺えり(その頃は渡辺えり子という名だったが)は豊川悦司を日本を代表する俳優に育て上げ、宇梶剛士を更生させるなど演劇界に多大な貢献を行っている。
21世紀になっても日本の演劇界における男性上位は続いているが、「女々しい」という言葉を逆に捉えて、演劇の再生を試みる企画が船出を迎えた。

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