カテゴリー「旅行・地域」の12件の記事

2019年9月21日 (土)

2346月日(15) 村田沙耶香×松井周 inseparable 『変半身(かわりみ)』プレトークイベント

2019年9月15日 ロームシアター京都3階共通ロビーにて

今日もロームシアター京都へ。午後3時から3階共通ロビーで、村田沙耶香×松井周 inseparable『変半身(かわりみ)』プレトークイベントに参加する。

3階共通ロビーからは、京都市美術館別館の屋根が見え、時が経つにつれて緑色の屋根の色が少しずつ変化していくのが趣深い。遠くには黒谷こと金戒光明寺の文殊塔も見える。

12月に、東京、津、京都、神戸で、村田沙耶香と松井周の原案、松井周の作・演出による「変半身(かわりみ)」という舞台が上演され、村田沙耶香がその作品を小説化するという試みが行われる。

司会は、筑摩書房編集者の山本充が担当する。

「変半身(かわりみ)」は、村田と松井が共に好きだという、奇祭や儀式に取材した作品にしたいということで、創作するに当たって、山本、村田、松井の3人で様々なところに出掛けたという。村田と松井は、対談で出会ったのだが、互いに「変態」という印象を抱いたそうである。松井周の性格についてはよく知らないが、『コンビニ人間』で芥川賞を受賞した村田沙耶香は作家デビュー後もコンビニ勤務を続けたことで、「かなりの変人」という定評がある。

まず、伊豆諸島の神津島へ。天上山という、高尾山(標高599m)と同じぐらいの高さの山があるというので、山本の提案で登ってみたのだが、高尾山はそもそも標高200mか300mぐらいのところに登山口があるのに対して、天上山は標高0のところから登るため倍ぐらいしんどかったそうで、村田は「死に覚悟した」そうである。山本も天上山を嘗めていたようで、ペットボトル1個だけ持って登山したのだが、村田は「あれ(ペットボトルの水)がなくなったら死ぬんだ」とずっと山本のペットボトルを見ていたらしい。山本はそれを察して嘘をついたそうで、山頂に行くと自動販売機があるだの、素敵なテラスがあるだのといった思いつきを、さも本当のように述べていたらしい。
翌日、また神津島を回ったのだが、山本と松井がお墓に入って写真ばかり撮るので、村田は「罰が当たる」と思い続けていたそうである。子どもの頃から、神様だとか天罰だとかを信じるタイプだったようだ。お墓から出て、道を歩いていたら、突然、黒い人影が現れたので、村田は「ほら罰が当たった」と思ったそうだが、その人影の正体は酔っ払った地元のお爺さんで、倒れて血を流していたらしい。

神津島では、松井は「なんかお洒落なところがある」というので、見掛けた建物に近づいたりもしたそうだ。そこは、リゾートホテルとして建てられ、オープン寸前まで行きながら運営元が倒産したか何かで白紙になり、建物だけが残っている場所だったという。松井と山本は近づいて行ったのだが、村田は「そうしたところには人殺しが潜んでいて殺される」と思い込んでいたそうで、一人逃げ出したそうである。
神津島は江戸時代には流刑の島だったということで、豊臣秀吉の朝鮮征伐の際に、朝鮮で捕らえられて日本に渡り、その後、徳川家康に才気を認められて侍女となるも、キリスト教信仰を捨てなかったため神津島に流罪となったジュリアおたあの祭りがあるそうで、それを見てきたようである。

その後、兵庫県の城崎温泉で10日ほど合宿を行う。演劇祭に参加し、村田は新作の小説を書き上げて朗読を行うというので、ずっと籠もって書いていたのだが、腱鞘炎が酷くなったため、城崎中の湿布を買い求めてずっと貼りながら書いていたという話をする。ちなみに山本はその時、ずっと温泉巡りをしていたそうだ。
城崎で、村田が島を舞台にした作品にしたいと提案し、流れが決まったそうである。

その後、山本と松井は台湾の緑島に向かう。村田は仕事の都合で緑島には行けなかったそうだ。
緑島は台湾の流刑地である。現在はリゾート地なのだが、以前は政治犯の収容所があり、国民党が国共内戦で敗れて台湾に逃れた直後、反国民党派を弾圧する白色テロと呼ばれる恐怖政治が行われ、共産主義者やエリート層などが緑島に送られたという。台湾では1945年に日本統治が終わったばかりであり、緑島に送られた人の中には日本式の教育を受けた人も多かったそうである。
ここで、演劇祭があったのだが、白色テロの際には、転向のための教育が行われ、心からの転向をしないと死が迫るということで、転向を演じるにしても本気でやらなければならず、松井はそこに演劇との共通点を見たようである。

最後に訪れたのは三重県にある神島。三島由紀夫の小説『潮騒』の舞台になった島として知られており、三島が『潮騒』の執筆を行った部屋や机が今もそのまま残っているそうである。
神島自体も時が止まったままのような島で、人口は三島が滞在した時からほとんど変わらない500名前後。ただ、神島は多くの祭りが伝わることでも有名なのだが、それらを継続するのに問題が生まれているそうである。様々な準備や手配や食事の用意やらは女性が行うのだが、今はやりたがる人が少ない。男性の方も高齢化が目立ってきたが、いったん若い人に譲ると年長者はもう参加出来なくなるという決まりがあるそうで、世代交代もままならないそうである。山本などは、「決まりを変えちゃえばいいんじゃなの」とも思ったそうだが、そう簡単にはいかないそうである。

「半変身(かわりみ)」について、松井は、「殉教者のような人を描くことになる」と言い、村田は人間を箱のようなものと認識しているというところから様々な要素によって変化していく、例えば「私はゴキブリを食べないけれど、国によっては食べたりもするじゃないですか」ということで、文化や風習によって変化するということを書きたいようである。
ちなみに本が出来上がる前に、漫画家の鳥飼茜による宣伝イラストが出来たそうで、二人とも鳥飼のイラストに影響されて本を進めるようである。

タイトルに纏わる話で、松井には変身願望があるそうなのだが、「満員電車が好き」という話になり、理由は「込みすぎていて人間じゃないものに変わる」からだそうで、やはり変態っぽいかも知れない。村田は自身の中に謎の怒りがわき上がる時があるということを語る。なぜかティッシュ配りに人に猛烈な怒りを覚えたのだが、原因は自分でも不明だそうである。ただ、自分の中にそうした部分があると知ったのは発見だったそうだ。


オーディエンスからの質問を受ける中で、村田の小説である『殺人出産』の話が出る。10人産んだから1人殺していいという正義の話になるのだが、「正義感がラスコーリニコフだなあ」と感じたりもした。モラルや正義とそのフィクション性を問う作品になるようである。松井は「日本には西洋の神のような超越的な存在がない」ことがややこしさに繋がっていると考えているようで、村田は逆に子どもの頃から神様の存在を感じていて、自然と自律的になり、小説を書くということも神と繋がることと捉えているようである。執筆自体が儀式的ということなのだろう。

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2018年2月 9日 (金)

美術回廊(12) ひろしま美術館「生誕220年 歌川広重の世界 保栄堂版東海道五十三次と江戸の四季」展

2018年1月28日 広島市のひろしま美術館にて

雪で寒いため、ひろしま美術館に入る。「生誕220年 歌川広重の世界 保栄堂版東海道五十三次と江戸の四季」展が行われていた。歌川広重こと安藤広重の代表作「東海道五十三次」の初摺版などの展示。版画であり、初めの頃に刷られたものと、増版されたものとでは色合いなどが異なっている。特に紅色に関してはその傾向が顕著で、後になればなるほど紅がくすんでいる。広重は遠近法も用いているほか、鷹や鶴などを額縁に見立てた構図にも個性と特徴が見られる。

本当ならゆっくり見たかったのだが、この後、用事があるため、ついつい早足になってしまう。個人的には東海道五十三次よりも上野や御茶ノ水などの見慣れた構図の出てくる江戸の四季の展示の方が興をひかれた。

特別展示の「根付展」を観た後で、常設展示も鑑賞する。フランスの絵画を中心とした展示。4つの展示室に、マネ、ルノワール、ドガ、クロード・モネ、ドラクロワ、ミレー、モディリアーニ、シャガール、レオナール・フジタ、ローランサン、ユトリロ、ピカソ、ラウル・デュフィ、マティス、ルドンなどの絵が並び、ロダンの彫刻「カレーの市民」なども置かれている。個人的にはやはりデュフィのエスプリ・クルトワに満ちた絵に惹かれるものがあった。

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2018年2月 4日 (日)

京都の東照宮

※ この記事は2017年12月26日に書かれたものです。
 

天文11年12月26日(1543年1月31日)、三河国岡崎に後の天下人、徳川家康が生まれました。

家康は、伏見城を事実上の居城とした時期もあり、京都にも多くの足跡を残しています。

ただ一つ一つ辿っていくと膨大な時間を費やすことになりますので、今回は家康が死後に東照大権現の神号を贈られて成立した東照宮を二つ紹介することにします。

京都市内にある最も有名な東照宮は、南禅寺の塔頭、金地院にある金地院東照宮です。

金地院東照宮2017正月

金地院は、家康のブレーンで「黒衣の宰相」といわれた以心崇伝(金地院崇伝)の寺です。

金地院の東照宮は、家康の遺言によって建てられたものであり、創建当初は日光東照宮(家光が建てた現在のものよりは幾分地味だったと思われる)と比べられたと伝わります。

今も東照宮には楼門が残っていますが、現在は楼門をくぐって参拝することは出来ず、参拝するには必ず金地院の入り口から拝観料を払って入る必要があります。

経年により、今では往時の絢爛さは失われてしまっていますが、横から見るとはっきりとそれとわかる権現造の社殿は京都唯一のものであり貴重です。

拝観料は400円。金地院には他にも小堀遠州作庭の鶴亀の庭(特別名勝)、伏見城からの移築と伝わる本殿、崇伝の像がある開山堂など見どころは多くあります。

 

洛北一乗寺にあるのが、臨済宗圓光寺の東照宮。歩いて20分ぐらいの場所に真宗大谷派の圓光寺のもあるので注意が必要です。

臨済宗圓光寺 新しくなった東照宮

こちらの東照宮は実は出来たばかりです。以前は徳川家康公墓所のある山の麓に地味な感じの東照宮がありましたが、2017年の春に、家康公の墓所の隣に小さいながらも白木の立派な東照宮が建立されました。

臨済宗圓光寺の開基が実は徳川家康公。慶長6年(1601)に家康が下野国足利学校から三要元佶を開山に迎えて伏見に建てた圓光寺寺院および学校が源流です。圓光寺はその後、相国寺の山内を経て、寛文7年(1667年)に現在の地に移っています。一乗寺付近には茶屋四郎次郎の山荘、石川丈山の山荘(現在の詩仙堂)などもあり、大坂の陣で豊臣方主戦派となった一乗寺渡辺氏(渡辺綱の子孫)の監視強化の意味もあったのかも知れません。

臨済宗圓光寺は京都市内屈指の紅葉の名所であり、また水琴窟があることでも有名です。拝観料は500円とちょっとお高めですが、墓所には「花の生涯」で有名になった女隠密・村山たか女の墓があるなど、こちらも見ごたえ十分の寺院です。

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2018年1月18日 (木)

富岡八幡宮案内

残念な事件で有名になってしまった東京都江東区の富岡八幡宮。ただここは東京屈指の名門神社であり、見どころがたくさんあります。今日はそれをご紹介していきたいと思います。

まずは本殿。二階建ての立派なものです。

富岡八幡宮本殿

八幡宮であるため、祭神は当然、八幡神(誉田別命=応仁天皇を合祀)です。

 

境内の花本社には松尾芭蕉が神として祀られています。その名も松尾芭蕉命(まつおばしょうのみこと)。そのまんまですね。

富岡八幡宮花本社

ちなみに私は松尾芭蕉の『奥の細道』の冒頭は暗記していますので、案内のお姉ちゃん相手に暗唱して、ポカーンとさせました。

 

富岡八幡宮は、伊能忠敬が測量の旅に出掛ける前に参拝した神社です。ということで伊能忠敬の銅像もあります。

富岡八幡宮伊能忠敬銅像

 

富岡八幡宮の最大の特徴は、大相撲関係の碑が充実していること。まずは横綱力士碑。

富岡八幡宮横綱力士碑

 

最近話題の人の名前も勿論あります(左下に注目)。

千代の富士貢、貴乃花光司、若乃花勝らの銘

 

最強の力士といわれながら素行等が問題で横綱になれなかったという説のある雷電為右衛門の名前も番外に「無類力士」として刻まれています。

雷電為右衛門の銘

 

富岡八幡宮の一番人気は、横綱でも大関でもなく、強豪関脇碑に刻まれたこの人なんです。

強豪関脇碑力道山光浩の銘

皆が触るので変色してます。

 

そして富岡八幡宮の遺産というべきものが、昭和天皇御製のこの歌です。

富岡八幡宮昭和天皇御歌

「身はいかになるともいくさとどめけりただたふれゆく民をおもひて」

昭和20年3月18日に富岡八幡宮を視察された時の思いがこのお歌に込められたとされています

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2016年2月12日 (金)

岡山県瀬戸内市PR動画 桜 稲垣早希のおすすめ!! 日本刀の聖地「長船」

桜 稲垣早希さんが、瀬戸内市の長船と福岡を訪ねます。

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2013年12月27日 (金)

ロケみつDVD第36巻「桜 稲垣早希の目指せ!ポルトガル ヨーロッパ横断ブログ旅」ドイツ編その3&オランダ編その1

現在、関西では年末恒例となった「ロケみつ」冬休みスペシャルとして、「ヨーロッパ横断ブログ旅」の2013年度1年分が再放送されています。25日、26日の深夜に長時間の再放送があり、小休憩を挟んで、2014年1月1日、2日、3日、5日と放送があります。今回は、早希ちゃんが「フランダースの犬」のネロとパトラッシュ昇天の場として知られるアントワープ大聖堂を訪れたということもあり、アニメ「フランダースの犬」にちなんだ特別映像が放送中。
先程、26日分の再放送が終わりましたが、丁度、25日に発売になった「桜 稲垣早希の目指せ!ポルトガル ヨーロッパ横断ブログ旅」ドイツ編その3&オランダ編その1の手前まで放送され、2014年の元日深夜に、ここで紹介するDVDのほぼ同内容のものが放送される予定です。

ロケみつDVD第36巻「桜 稲垣早希の目指せ!ポルトガル ヨーロッパ横断ブログ旅」ドイツ編その3&オランダ編その1

ドイツのケルン大聖堂、ヨーロッパ1の日本人街のあるデュッセルドルフ、オランダの首都アムステルダムなどを訪ねる早希ちゃん。オランダの首都がベルギーだと勘違いしていたり、デュッセルドルフの発音を間違えたり、日本の人口を2億人と言ったり、相変わらずのボケっぷりですが、英語でのコミュニケーションをスムーズに行うなど、著しい成長も窺えます。アムステルダムでは運河に浮かぶ個室ホテルを確保してウキウキの早希ちゃんですが、その夜、国民に優しい国として知られるオランダの裏の顔を見てしまいます。

いつでも頑張る早希ちゃんに励まされること請け合いのDVDです。
セル版のみの特典として、早希ちゃんと親玉プロデューサー(ディレクターからプロデューサーに昇進)、シャンプーハットてつじによるオーディオコメンタリーが入っています。

ロケみつDVD第36巻「桜 稲垣早希の目指せ!ポルトガル ヨーロッパ横断ブログ旅」ドイツ編その3&オランダ編その1(タワーレコード)

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2011年12月27日 (火)

桜 稲垣早希 三徳山投入堂に挑む ロケみつDVD「桜 稲垣早希の目指せ!鹿児島 西日本横断ブログ旅」9 キリンの巻

現在、関西地方の深夜で再放送が行われている「ロケみつ 桜 稲垣早希の目指せ!鹿児島 西日本横断ブログ旅」。今回はそのDVDを紹介します。

岡山県倉敷市の美観地区を訪ねる第7巻「ヒツジの巻」、鳥取砂丘で早希ちゃんがパラグライダーに挑戦する第8巻「カエルの巻」も面白いです。残念なのは、「ヒツジの巻」に入るはずだった、岡山県高梁市立吹屋小学校のオルガンで、早希ちゃんが「ジングルベル」を演奏するシーンがカットされていることです。

そして、ロケみつ史上、最も過酷な通過ポイントとされるのが、鳥取県の三徳山投入堂。投入堂挑戦の模様が収録されているのが、第9巻「キリンの巻」です。

ロケみつDVD「桜 稲垣早希の目指せ!鹿児島 西日本横断ブログ旅」9 キリンの巻

三徳山投入堂への道は断崖絶壁。90度に近い角度の坂を木の根や岩などを伝いながら登っていきます。三徳山は、滑落事故で、1年に20人以上が救急車のお世話になるという、「日本一危険な国宝鑑賞」「恐怖の絶景」と呼ばれる山です。ロケみつのスタッフ(実は親玉ディレクターだそうです)も坂から滑り落ちています。

しかも、ブログを書いて、頂いたコメントが資金源となり、資金はサイコロを振って、出目により、全額没収、0.1倍、1倍、10倍があるのですが、早希ちゃんのサイコロは絶不調で、己の不甲斐なさに早希ちゃんが泣き出してしまう場面もあります。
それでも頑張る早希ちゃんの姿に勇気づけられるDVDです。

特典として親玉ディレクターが撮影した、早希ちゃんの写真コレクションが付いています。

ロケみつDVD「桜 稲垣早希の目指せ!鹿児島 西日本横断ブログ旅」9 キリンの巻(HMV) icon

ロケみつDVD「桜 稲垣早希の目指せ!鹿児島 西日本横断ブログ旅」8 カエルの巻(HMV) icon

ロケみつDVD「桜 稲垣早希の目指せ!鹿児島 西日本横断ブログ旅」7 ヒツジの巻(HMV) icon

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2011年12月14日 (水)

全ての伝説はここから始まった 「桜・稲垣早希の関西縦断ブログ旅」トラの巻・パンダの巻(「ロケみつ」DVD)

現在、「桜 稲垣早希の目指せ!鹿児島 西日本横断ブログ旅」が大詰めに来ている「ロケみつ」。親玉ディレクターが編集賞を受賞するなど関西の深夜番組の顔的存在ですが、その稲垣早希のブログ旅の第1弾が、「桜・稲垣早希の関西縦断ブログ旅」です。早希ちゃんは現在の芸名は、桜 稲垣早希ですが、この時はまだコンビを組んでいて桜・稲垣早希でした。

ロケみつDVD「桜・稲垣早希の関西縦断ブログ旅」

和歌山県の潮岬からスタートし、京都府の経ヶ岬を目指して関西2府4県を回ります。ブログに寄せられたコメントに、サイコロを振って出た目を掛けて旅の資金とするというシステム。最初はコメント0の日があるなど、早希ちゃん四苦八苦。「ロケみつ」(当時は「なまみつ」)のURLとメッセージを書いた紙を配ったりしますが、アスカのコスプレという奇抜な格好をしているために避けられたりと苦難の連続。コメントが増えたと思ったら、サイコロの目が…

更に、早希ちゃんのドジっ子ぶりや突飛な発想により、予想のつかない展開が待ち受けています。

「近江牛」エピソードなどは今も伝説です。

とにかく御覧下さい。

ロケみつDVD「桜・稲垣早希の関西縦断ブログ旅」1 トラの巻(HMV) icon

ロケみつDVD「桜・稲垣早希の関西縦断ブログ旅」2 パンダの巻(HMV) icon

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2011年9月23日 (金)

猫町通り通信・鴨東記号 「広島巡り」

朝食を広島駅そばの定食屋で済ませ、朝9時前にホテルをチェックアウト。京橋川を渡り、9時に開く庭園、縮景園に入る。祝日ということもあってか、朝一なのに訪れる人は結構多い。

縮景園という名前から地味な庭園を想像しがちだが、実際はかなり立派な庭園。流石は芸州広島浅野藩の庭園である。水戸・偕楽園、金沢・兼六園にも行ったことがあるが、それらに勝るとも劣らない美しさ。こうした美しい庭園に出会うと日本人でよかったと思う。

縮景圓

北京語を話している団体がいたので話しかけてみる。実はホテルのエレベーターの前でも白人に出会ったので、英語も出来ないのに「どこから来たのか?」と訊いたのだ。ポーランド出身で、今はプラハのオーケストラでトロンボーンを吹いているという。そこで「Yesterday,I Listend Hiroshima Symphony Orchestra's Concert.I Like Music」と言って、笑顔で別れることが出来た。
私の場合、英語よりも北京語の方が話せるので話しかけてみた。
するとは最初は北京語で答えてくれたが、私の発音からネイティブではないとわかったのか、途中から日本語で答えてくれる。日本在住だという。金沢から来ていて、金沢が一番だというが、私が京都から来たというと、「あ、一番は京都です」と譲ってくれた。

それにしてもこれだけの庭園が関東はもちろん、関西でも知られていないというのはちょっと勿体ない気がする。

庭園を一回りした後、売店で抹茶と和菓子のセットを頂く。元々、入場券に売店での抹茶セット100円割引券が付いていたのだ。お茶もお菓子も美味しかった。

縮景園を出て、昨日も登城した広島城に向かう。昨日は広島交響楽団の演奏会の開演時間が迫っていたので、天守内の展示を十分に見ることが出来なかったのだ。また、本丸内にあるという、崩れた石垣(福島正則が居城である広島城の石垣を無断で修繕をしたことを咎められ、改易を免れるため破却した名残りとも言われる。結局、「破却が不十分である」として福島正則は改易された)、印のある石垣なども見てみたい。

昨日と違い、二の丸からではなく、本丸から直接城内に入る。本丸の東側に裏御門(搦手門)がある。広島城は原爆で灰燼に帰したので、当然ながら門や櫓などの建物は残っていない。その代わり、広島護国神社の参道となるため鳥居が設けられている。

崩れたままの石垣があるというので見に行く。福島正則が広島城主だった時に、広島城の石垣を勝手に改修したとして徳川幕府から咎められ、福島正則は「石垣を崩す」という条件を受けいれて石垣を崩したものの、不十分であるとして結局、改易の憂き目に遭っている。下の写真が崩れたままの石垣である。福島正則が崩したものかはわかっていないという。

本丸の北側を歩いて天守に向かう。昨日は下の階しか見ることが出来なかったので、今日は全ての展示を見るつもりだ。

昨日、裃体験コーナーで裃を着せて貰って記念写真を撮って貰ったのだが、裃の右袖から萌浅葱色ジャケットが出てしまっていることにホテルに帰ってから気付き、みっともないのでもう一度、裃を着て、写真を撮って貰う。担当は昨日と同じお姉さんである。なんでもまだ大学生だそうで、就職のための職業体験のようなもので来ているそうである。学芸員のための研修かと思ったがそうではないそうだ。

天守の4階で、江戸時代の髪飾りや笄(こうがい)、刀の目抜きなどの説明をしている。耳かきのような髪飾りがあるが、これは江戸時代は今と違い、毎日風呂に入る習慣がなく、週に一度ぐらいしか風呂に入らなかったので(日本の風呂というと蒸し風呂であるが、江戸時代には湯を張った入浴が行われるようになったことがわかっている)、頭がどうしても痒くなり、取り出して頭を掻くために耳かき状の髪飾りを付けていたそうだ。刀の鍔にも穴が開いているが、武士もやはり頭は痒くなるので、そこに頭を掻くための道具を差し込んでいたという。

広島城天守内は基本的に写真撮影禁止だが、武家屋敷と商家のセットがあり、そこだけは例外的に写真撮影OKだったので撮ってみる。

全ての展示を見終えた後で天守の最上階に登り、広島の街を見渡す。

ここでも白人の男性がいたので、どこから来たのか聞いてみたところ、「バージ」との答えが。どこのことかわからなかったが、隣国などを挙げてくれたのでベルギーのことだとわかる。「ベルギー?」と聞くと、「ヤー」と答えてくれる。ベルギー人で世界的に最も有名なのはオードリー・ヘップバーンだと思われるが、有名すぎて聞くまでもないことである。ベルギーの首都ブリュッセルはEUの首都的位置にあたる都市なので、「ブリュッセルから?」と聞いてみたが、「違う」とのことだった。ベルギー人の世界的作曲家、セザール・フランクについても聞いてみたが、「ショパンなんかはよく聴くけど、フランクというのは知らないねえ」とのことだった。意外に知られていないらしい。まあ、日本でも武満徹を全員が知っているわけではないだろうから、状況が同じといえば同じである。

その後、広島平和記念公園に歩いて向かう。

広島平和記念公園の北にあった旧広島市民球場は現在、取り壊し作業中のようである。

そのすぐ南にあるのが広島の、そして世界平和祈念の象徴である原爆ドームである。

その後、広島平和記念資料館を見学。原爆の悲惨さを思い知る。

その後、ビル全体が広島風お好み焼きのお店で埋まっているという「お好み村」というところに立ち寄る。

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2011年9月15日 (木)

猫町通り通信・鴨東記号 「名古屋小旅行記」

名古屋には名鉄ホールで行われた「クレイジーハニー」という舞台の公演(本谷有希子の作・演出。主演:長澤まさみ、リリー・フランキー)を観に行ったのですが、その他のことも楽しみました(ちなみに劇の感想はこちら)。

まず名鉄ホールの入る名鉄百貨店7階で「大九州展」という物産展をやっていました。

名古屋小旅行記

鹿児島ラーメンのお店が設けられていましたので、食べてみることにしました。

これがその、鹿児島・豚とろラーメン。濃厚な豚骨ラーメンで、ちょっとした苦味がありますが、すぐに慣れて美味しく頂くことが出来ました。

それから宮崎名産の「日向夏プリン」を買いました。

日向夏(みかん)の酸っぱさがカスタードで中和されて甘酸っぱい味に仕上がっていました。

それから生まれて初めて名鉄(名古屋鉄道)の車両に乗りました。未知の私鉄の車両に乗るのは結構ワクワクします。

それから名古屋の駅ではエスカレーターを歩くのは禁止なんですね。東京や大阪、京都とは事情が違うようです。
こちらは地下鉄の駅の表示。

下は名鉄神宮前駅での表示です。

ちなみにエスカレータは東京では左寄りに乗り、大阪では右寄りに乗り、京都は京阪は右、それ以外は左に乗るという暗黙の了解がありますが、歩くのが禁止されているはずの名古屋はみな左寄りに乗っていました。

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