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2021年4月11日 (日)

コンサートの記(709) 現田茂夫指揮 京都市交響楽団第524回定期演奏会

2009年5月15日 京都コンサートホールにて

午後7時から京都コンサートホールで京都市交響楽団の第524回定期演奏会に接する。今日の指揮者は現田茂夫(げんだ・しげお)。

現田茂夫(愛称は「ゲンタ」)は、京都市交響楽団の常任指揮者である広上淳一と東京音楽大学において同窓であり、当然ながら知り合いである。現田は東京音楽大学卒業後、東京藝術大学でも指揮を学び、その後、オペラとコンサートの両方で活躍している。夫人はソプラノ歌手の佐藤しのぶ。以前は指揮者としてよりも、佐藤しのぶの旦那としての方が有名であった。

曲目は、前半がビゼーの歌劇「カルメン」より抜粋(メゾ・ソプラノ:福島紀子、テノール:松本薫平、バリトン:萩原寛明)、後半がシチェドリンの「カルメン組曲」(原曲:ビゼー)という興味深い組み合わせ。

今年の兵庫県立芸術文化センター・佐渡裕芸術監督プロデュースオペラの演目が「カルメン」なので、その予習にもなる。

京都市交響楽団による「カルメン」の音楽は、広上淳一指揮による実演を聴いているのでそれとの比較になるが、現田茂夫の方がテンポは平均的演奏に近い。だが、ハーモニーに関する感度の違いか、今日の演奏は広上指揮のものに比べると音がモワモワして団子状に聞こえた。

独唱者3人はいずれも見事な歌唱。現田の指揮もオペラでの豊かな経験を生かし、曲を楽しむには十分であった。

演奏は、後半のシチェドリンの「カルメン組曲」の方が更に良かった。弦楽と打楽器のための作品だが、打楽器奏者が様々な楽器を掛け持ちするため、視覚的にも面白い。現田は巧みにオーケストラを導き、聴き応えのある演奏に仕上げた。演奏終了後、盛んな拍手が現田を称えた。

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コンサートの記(708) 大友直人指揮京都市交響楽団第523回定期演奏会

2009年4月18日 京都コンサートホールにて

午後2時から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団の第523回定期演奏会を聴く。指揮は桂冠指揮者の大友直人。

ドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲と、シベリウスの交響曲第2番というプログラムである。


ドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲のソリストは、ジェニファー・ギルバート。父親はニューヨーク・フィルハーモニックのヴァイオリン奏者で現在は指揮者として活躍するマイケル・ギルバート、母親もやはりニューヨーク・フィルハーモニックのヴァイオリン奏者である建部洋子、兄は指揮者のアラン・ギルバートという音楽一家の出である。ジェニファーは現在、リヨン国立管弦楽団のコンサート・ミストレスを務めている。

ジェニファー・ギルバートのヴァイオリンは豊かで美しい音色が特徴。第一級のヴァイオリニストと見て良いだろう。

大友直人指揮の京響の演奏も充実していたが、金管がたまに安っぽい音を出すのが残念である。


シベリウスの交響曲第2番。大友は例によって力で押すが、シベリウスの本質を把握しているのか、力だけの演奏にはならない。第2楽章が押す一方の演奏になってしまったのは疑問だが、他の楽章ではオーケストラが鳴り渡り、トップを揃えた金管も輝かしかった。

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2021年4月10日 (土)

コンサートの記(707) クリスチャン・ヤルヴィ指揮ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団来日公演2008大阪

2008年10月11日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後2時から、ザ・シンフォニーホールで、クリスチャン・ヤルヴィ指揮ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団の来日公演を聴く。

開場時間である午後1時の10分前にザ・シンフォニーホールに着いたのだが、先に来て待っているお客さんは2人しかいない。悪い予感がする。

果たして客席はガラガラであった。三連休の初日に一流とはいえない海外オーケストラのコンサートを聴こうという人は余りいないようである。


指揮のクリスチャン・ヤルヴィは1972年生まれ。父親は世界的な指揮者のネーメ・ヤルヴィ。10歳上の兄であるパーヴォ・ヤルヴィも今最も旬な指揮者だ。
クリスチャン・ヤルヴィは2004年からトーンキュンストラー管弦楽団の首席指揮者を務めている。


曲目は、グリーグの組曲「ペール・ギュント」第1番、同じくグリーグのピアノ協奏曲イ短調(ピアノ独奏:上原彩子)、ベートーヴェンの交響曲第5番。


クリスチャン・ヤルヴィは、コートタイプのジャケットを着ていたので、ステージ上だけ冬になったように見える。長髪を振り乱しての指揮。父も兄もツルツルだが、クリスチャンはまだまだ大丈夫のようだ。

「ペール・ギュント」組曲では、正面を向いて指揮棒の振り幅も比較的小さかったクリスチャン。指揮法は父にも兄にも似ていない。

トーンキュンストラー管弦楽団の弦楽は独特の配置。ステージ左手から時計回りに、第1ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、第2ヴァイオリン。そしてコントラバスはステージの一番奥に横一列に並ぶ。

“朝の気分”では冒頭のフルートが素っ気なかったが、その後は細部を丁寧に詰める演奏が展開される。“オーセの死”の後半で極端なスローテンポを取ったのも印象的。
クリスチャンは、音楽の自然な流れはさほど重視せず、細かい部分に独特の表情を付けていた。


グリーグのピアノ協奏曲イ短調。チャイコフスキー国際コンクールのピアノ部門で、日本人初の優勝に輝いた上原彩子。テレビに出演している時の姿は「なんだかなー」で、この人、ピアノ馬鹿なんじゃないかと思ったのだが、本業のピアノは予想以上に素晴らしかった。

エッジの立った音。和音も極めてクリアで、山奥の清流のような清々しいピアニズムを発揮する。ミスタッチもあって技術的に完璧とはいかなかったが、独特のテンポの変化など創造力にも溢れている。上原彩子というピアニスト、やはりただ者ではない。

クリスチャン指揮のトーンキュンストラー管弦楽団も個性溢れる伴奏を聴かせたが、クリスチャンもテンポを自由に動かすタイプなので上原と合わない箇所もあった。上原とクリスチャン指揮のトーンキュンストラー管は相性はさほど良くないようだ。


上原はグリーグの「抒情小曲集」第1集より“アリエッタ”をアンコールとして弾く。これまた清冽なピアニズムを聴かせてくれた。


ベートーヴェンの交響曲第5番。テンポの設定。管楽器の浮き上がらせ方などが、兄、パーヴォの同曲演奏に似ている。基本的に弦楽器にビブラートはかけるが、部分によってはビブラートなし、もしくはビブラートを著しく抑えて古楽器風の響きを出させる。折衷型の演奏である。

クリスチャンの指揮はグリーグの時とは打って変わって激しい。腕をグルグル回す指揮などはパーヴォを思わせる。


CD録音などでは近現代ものしか発表していないので、古典派やロマン派作品に対する実力は未知数だったクリスチャンだが、ベートーヴェン指揮者としてはかなり期待出来そうである。

問題は、まだ頭で音楽を作っている部分が大きいところ。ベートーヴェンなども聴いている時は面白いと思ったのだが、圧倒はされなかったということもあり、コンサートが終わって梅田の街を歩いているうちに感銘がどんどん薄れてしまった。


アンコールとして、バルトークの「ルーマニア舞曲」よりと、ブラームスの「ハンガリー舞曲」第6番が演奏された。ブラームスではクリスチャンは客席の方を振り返ってジェスチャーをして聴衆を笑わせていた。ユーモアの精神を発揮するのはヤルヴィ・ファミリーの共通点のようである。

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2021年4月 8日 (木)

コンサートの記(706) 「コバケン・ワールド in KYOTO」@ロームシアター京都メインホール 2021.4.4

2021年4月4日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後2時から、左京区岡崎のロームシアター京都メインホールで、「コバケン・ワールド in KYOTO」を聴く。指揮とお話を小林研一郎が受け持つコンサート。
本来は、今年の1月23日に行われるはずの公演だったのだが、東京も京都も緊急事態宣言下ということもあり、今日に順延となった。

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現在は桂冠名誉指揮者の称号を得ている小林研一郎と日本フィルハーモニー交響楽団のコンビによる演奏である。
「炎のコバケン」の名でも知られる小林研一郎は、京都市交響楽団の常任指揮者を務めていたことがあり、日フィルこと日本フィルハーモニー交響楽団もロームシアター京都が出来てからは毎年のように京都での公演を行っているが、親子コンサートなどが中心であり(来月5日の子どもの日にも、ロームシアター京都のサウスホールで、海老原光の指揮により「小学生からのクラシック・コンサート」を行う予定)、本格的な演奏会を行うのは今回が初めてとなる。コバケンと日フィルの顔合わせで京都公演を行うのは今回が初めてとなるようだ。

 

小林研一郎は、1940年生まれで、昨年卒寿を迎えた。福島県いわき市出身。東京藝術大学作曲科卒業後に同大指揮科を再受験。芸大は編入などを一切認めていないため、受験勉強をやり直して合格し、1年生から再スタートしている。その頃は指揮者コンクールの多くに25歳までと年齢制限があり、芸大指揮科卒業時には20代後半となっていた小林は年齢で引っかかったが、年齢制限が緩かったブダペスト国際指揮者コンクールに応募して第1位を獲得。その縁でハンガリーでの活動が増え、同国最高のポストであるハンガリー国立交響楽団(現・ハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団)の音楽監督としても活躍。チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の首席客演指揮者時代には、「プラハの春」音楽祭のオープニングである、スメタナの連作交響詩「我が祖国」の指揮も務めている。
日本では日本フィルハーモニー交響楽団と長年に渡ってパートナーを組み、首席指揮者、常任指揮者、音楽監督と肩書きを変え、2010年に名誉指揮者の称号を与えられている。1985年より京都市交響楽団常任指揮者を2年だけ務めた。最近はインスタグラムにはまっているようで、更新回数も多い。

日本フィルハーモニー交響楽団は、元々はフジサンケイグループの文化放送が創設したオーケストラであり、ドイツ本流の楽団を目指すNHK交響楽団に対抗する形でアメリカのオーケストラを範とするスタイルを採用。渡邉暁雄や小澤征爾をシェフとして、一時はN響と共に日本を代表する二大オーケストラと見なされていた時期もあったが、1972年にフジテレビと文化放送から一方的な資金打ち切りと解散を命じられる。この時、小澤征爾が日本芸術院賞受賞の際に昭和天皇に直訴を行い、右翼から睨まれるなど社会問題に発展している。結局、小澤とそれに従った楽団員が新日本フィルハーモニー交響楽団を創設し、残った日本フィルハーモニー交響楽団は「市民のためのオーケストラ」を標榜して、自主運営という形で再スタートを切った。
渡邉暁雄とは、世界初のステレオ録音による「シベリウス交響曲全集」と世界初のデジタル録音での「同全集」を作成するという快挙を成し遂げており、現在も首席指揮者にフィランド出身のピエタリ・インキネン(インキネンともシベリウス交響曲チクルスを行い、ライブ録音による全集がリリースされた)、客員首席指揮者にエストニア出身のネーメ・ヤルヴィ(ネーメともシベリウス交響曲チクルスを行っている)を頂くなど、シベリウスと北欧音楽の演奏に強さを発揮する。

そんな日フィルの京都における初の本格的な演奏会ということで、曲目には、グリーグの「ホルベルク組曲(ホルベアの時代から)」より第1曲“前奏曲”、グリーグのピアノ協奏曲イ短調(ピアノ独奏:田部京子)、グリーグの劇音楽「ペール・ギュント」より“朝”“オーゼの死”“アニトラの踊り”“山の魔王の宮殿にて”“ソルヴェイグの歌”、シベリウスの交響詩「フィンランディア」と北欧を代表する曲がずらりと並ぶ。初回ということで自分達の最も得意とする分野での勝負である。

今日のコンサートマスターは木野雅之(日本フィル・ソロ・コンサートマスター)、首席チェロが「ペール・ギュント」では活躍するということで、日本フィル・ソロ・チェロの菊池知也の名が無料パンフレットには記されている。

日本フィルは自主運営ということもあり、東京のオーケストラの中でも経済的基盤は弱い。今回のコロナ禍によって苦境に立っており、寄付を募っている。

 

グリーグの「ホルベルク組曲」より第1曲“前奏曲”は、指揮者なしでの演奏。弦楽合奏で演奏されることも多い曲だけに、整った仕上がりとなった。

その後、小林研一郎が登場。今日はマスクをしたままの指揮とトークである。「私が出遅れたというわけではありませんで、室内楽的な演奏を聴いて頂こう」というわけで指揮者なしでの演奏が行われたことを説明する。
その後で、コバケンさんは、京都市交響楽団常任指揮者時代の話を少しする。任期中に出雲路にある現在の練習場が出来たこと、また新しいホール(京都コンサートホール)を作る約束をしてくれたこと、京都会館第1ホールで行われた年末の第九コンサートの思い出などである。

 

田部京子を独奏に迎えてのグリーグのピアノ協奏曲イ短調。田部京子はこの曲を得意としており、私自身も田部が弾くグリーグの実演に接するのはおそらく3度目となるはずである。田部の独奏によるグリーグのピアノ協奏曲を初めて聴いた時も日本フィルとの共演で、東京芸術劇場コンサートホールでの演奏会だったと記憶している。

田部京子は、北海道室蘭市生まれ。東京藝術大学附属高校在学中に、日本音楽コンクールで優勝。ベルリン芸術大学に進み、数々のコンクールで優勝や入賞を重ねている。リリシズム溢れるピアノが持ち味で、グリーグなどの北欧作品の他に、シューマン、シューベルトを得意とし、シベリウスに影響を受けた作曲家である吉松隆の「プレアデス舞曲集」の初演者にも選ばれて、CDのリリースを続けている。

先に書いた通り、田部の弾くグリーグのピアノ協奏曲は何度も聴いているが、結晶化された透明度の高い音が最大の特徴である。国民楽派のグリーグの作品ということで、民族舞曲的側面を強調することも以前は多かったのだが、今回は控えめになっていた。
スケールも大きく、理想的な演奏が展開される。

今回は指揮台の前に譜面台は用意されておらず、小林は全曲暗譜での指揮となる。
ゲネラルパウゼを長めに取ったり、独特のタメの作り方などが個性的である。

田部のアンコール演奏は、シベリウスの「樹の組曲」より“樅の木”。田部はシャンドス・レーベルに「シベリウス ピアノ曲集」を録音しており、「樹の組曲」も含まれていて、現在ではナクソスのミュージック・ライブラリーでも聴くことが出来る。
透明感と憂いとロマンティシズムに溢れる曲と演奏であり、田部の長所が最大限に発揮されている。
シベリウスはヴァイオリンを自身の楽器とした作曲家で、ピアノも普通に弾けたがそれほど好んだわけではなく、残されたピアノ曲は全て依頼によって書かれたもので、自分から積極的に作曲したものはないとされる。ピアノ協奏曲やピアノ・ソナタなども手がけていない。ただ、こうした曲を聴くと、ピアノ曲ももっと聴かれても良いのではないかと思えてくる。

 

後半、グリーグの「ペール・ギュント」より。第1組曲に「ソルヴェイグの歌」(第2組曲に入っている)が足された形での演奏である。

演奏開始前に、小林はマイクを手にスピーチ。演奏だけではなく「ペール・ギュント」という作品のあらすじについても語りながら進めたいとのことで、出来れば1曲ごとに拍手をして欲しいと語る。

第1曲の「朝」は非常に有名な曲で、グリーグや「ペール・ギュント」に関する知識がない人でも一度は耳にしたことのある作品である。
この曲は、「モロッコ高原での朝について書かれたものですが、やはり作曲者の故郷の、氷が張った海に朝日が差し込むような、あるいは日本の光景でも良いのですが、そうしたものを思い浮かべて頂ければ」というようなことを語ってのスタートである。
ヘンリック・イプセンの「ペール・ギュント」は、レーゼドラマ(読む戯曲)として書かれたもので、イプセン自身は上演を念頭に置いていなかったのだが、「上演して欲しい」との要望を断り切れなくなり、ノルウェーを代表する作曲家になりつつあったグリーグの劇付随音楽ありならという条件の下で初演が行われ、一応の成功はしているが、その後はグリーグの曲ばかりが有名になっている。「ペール・ギュント」のテキストは、イプセン全集に収められていたり、単行本も出ていたりで、日本でも手に入れることは可能である。

「オーゼの死」について小林は、シンプルなメロディーで見事な効果を上げていることを褒め、「アニトラの踊り」の妖しさ、「山の魔王の宮殿にて」(3月で放送が終了した「ららら♪クラシック」のオープニングテーマであった)の毒についても語る。「ソルヴェイグの歌」は、ペール・ギュントの恋人であるソルヴェイグが、今どこにいるのか分からないペール・ギュントを思いながら歌う曲である。コバケンさんは、ペール・ギュントと共にソルヴェイグが死ぬ時の歌と説明していたが、厳密には誤りで、ペール・ギュントが息絶える時に歌われるのは「ソルヴェイグの子守歌」という別の歌で、ソルヴェイグ自身は死ぬことはない。

この曲でもゲネラルパウゼが長めに取られるなど、小林らしい個性が聴かれる。

 

シベリウスの交響詩「フィンランディア」の演奏前には、小林はステージ下手に置かれたピアノを弾きながら解説を行う。帝政ロシアの圧政のように響く冒頭は、小林の解釈によるとギロチンで処刑されるフィンランドの人々を描いたものだそうで、その後に悲しみのメロディーが流れ、やがて戦争が始まる。「フィンランド第2の国歌」として知られる部分を小林はテノールで歌った。

演奏も描写力に富んだもので、抒情美も見事であった。

 

アンコール演奏については、小林は、「よろしかったら2曲やらせて下さい」と先に言い、マスカーニの歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」より間奏曲と、ブラームスのハンガリー舞曲第5番が演奏される。
ブラームスのハンガリー舞曲第5番は、スローテンポで開始して一気に加速するというアゴーギクを用いた演奏で、ハンガリーのロマ音楽本来の個性を再現していた。

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2021年4月 6日 (火)

コンサートの記(705) 「岩田達宗道場 Vol.2 オペラハイライトコンサート」@宝塚ベガ・ホール

2021年3月30日 宝塚市立文化施設ベガ・ホールにて

午後6時から、宝塚ベガ・ホールで、「岩田達宗道場 Vol.2 オペラハイライトコンサート」を聴く。

「岩田達宗道場」といわれても何のことか分からない人の方が多いと思われるが、オペラ演出家の岩田達宗(たつじ)とテノール歌手の迎肇聡(むかい・ただとし)が2020年6月に創設した若い演奏家のための鍛錬の場で、リモートにより講義や実技が行われた。有料であるが聴講も可能なので、参加しても良かったのだが、こちらもスケジュールが合わない日の方が多いため、見送っていた。ということで、オペラコンサートも当初は行く予定はなかったのだが、岩田さんが演出する予定の「ラ・ボエーム」の西宮公演と、堺での「愛の妙薬」がいずれもコロナの影響で中止になってしまったため、オペラを聴く予定がポッカリ空いてしまい、また宝塚ベガ・ホールにはまだ行ったことがないため、興味を引かれた。

ただ、今は時差出勤で、今週は早番であるため通常なら早めに終わるが、急な予定が入る可能性も否めないため、予約は入れず、当日券で入ることにする。

阪急清荒神駅の目の前にある宝塚ベガ・ホール(正式名称は「宝塚市立文化施設ベガ・ホール」)は、1980年竣工ということで、なかなか年季が入ったホールなのだが、レンガ造りのように見える(実際はどうなのかわからない)壁面とパイプオルガン、高い格子天井というお洒落な内装が特徴で、今回は舞台セットなしでの演奏であるが、セットなしでも各場面がドラマティックに見えるという利点がある。阪神間ロマンの重要地点であった宝塚市が持つ文化の奥深さを実感させられる施設である。ホール前には、2002年にウィーン市から贈られたというヨハン・シュトラウスⅡ世の像が建ち、最高の出迎えとなっている。

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岩田達宗道場は、岩田達宗の名が入っているが、代表は迎肇聡が務めるという変則的なものであるが、共同代表という形と見て良いと思われる。今回のコンサートも演出とナビゲーターは岩田達宗が担当している。

全席自由であるが、前から4列目までは飛沫対策として使用出来ないようになっており、また歌手達はマウスシールドをしての歌唱となる。演技と衣装付きでの歌唱。伴奏はピアノの掛川歩美が全曲一人で担当する。

歌手は総勢18名が登場するが、コロナによって会うこともままならない状態が続いており、18名全員が顔を合わせるのは今回が初めてだという。出演は、岩田達宗と迎肇聡が共に大阪音楽大学の教員ということもあって、全員が大阪音楽大学の学部や大学院や専攻科で学んだことのある若者達である。中には大阪音楽大学の大学院在学中という人もいる。将来が期待される若手達であるが、すでにコンクールで優秀な成績を上げていたり、関西歌劇団やびわ湖ホール声楽アンサンブルのメンバーとして活躍している人もいる。

 

曲目は、モーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」、ドニゼッティの歌劇「ランメルモールのルチア」、モーツァルトの歌劇「魔笛」からのハイライトで、いずれ約1時間ほどのハイライト上演、合間に10分の休憩を挟んで合計で3時間以上と長丁場である。

出演者は、東里桜(あずま・りお)、乾彩子、岡田彩菜(あやな)、奥村哲(さとる)、田口絵理、中井百香(ももか)、中村理子(みちこ)、長太優子(なごう・ゆうこ)、難波孝、野尻友美(ともみ)、芳賀健一、福西仁(じん)、森千夏(ちなつ)、安井裕子(ゆうこ)、山村麻依、山本千尋、吉本朱里(あかり)、脇阪法子。女声は安井裕子だけがメゾ・ソプラノで、他は全員ソプラノ。男声は福西仁だけがテノールで、他はバリトンである。

客席も大阪音楽大学の関係者が多く、関西のオペラ好きなら知っている大物歌手も聴きに来ている(もっとも、出演者と師弟関係だったりもする)。

字幕なしでの原語歌唱による上演だが、演奏前に演出兼ナビゲーターの岩田達宗が舞台上であらすじや場面の内容などを、時代背景や自らの解釈を踏まえつつ紹介するため、「なにがなにやら」ということにはならない(といっても、オペラというものを一度も観たことのない人にとっては苦しいと思われるが、そうした人が今回のコンサートにふらりとやって来るとは思えないため、問題はないだろう)。

「魔笛」は、演技は日本語で、歌唱はドイツ語で行われる。今の若い歌手達が第一線で活躍する頃には日本語によるオリジナルオペラが今よりも盛んに上演されている可能性が高いため、若いうちに日本語での演技力も高めておきたいところである。ドイツ語圏には、国立の演劇音楽大学というものがいくつもあって、声楽専攻の人も演劇の実技を受けられたりするようだが、日本の場合は、演劇とクラシック音楽の専攻の両方があるのは、日大藝術学部や大阪芸術大学など数える程度で、他専攻の授業をどれだけ取れるのかも不明である。大阪音楽大学も勿論、オペラ向けの演技指導は行っているが、あくまでオペラ向けの演技である。「魔笛」のセリフと歌唱を聴いても思ったのだが、セリフと歌唱の表現力は必ずしも一致しないようである。

若さとはやはり特権であり、みなパワーがあり、声が瑞々しい。まだまだ怖いもの知らずでいられる時期ということもあり、思いっきりの良い歌唱と演技が見られる。窮地に陥っている音楽界であるが、こうした活きの良い歌手が大勢いるなら、コロナなど恐るるに足らずと思えてくる。とにかく音楽に関しては日本の未来は明るいようである。客席も身内が多いということで温かな空気に満ちており、出演者達の溌剌とした演技と歌唱を支えていた。私自身は大阪音楽大学とは特に関係はないが、良い体験になったと思う。

勿論、若さ全てがプラスに働くというわけではなく、演技も歌唱も未熟な部分があるのは確かで、今日のよう実質的なホームではなく、アウェイになった場合にどこまで通用するのか未知数という不安もある。だが、それを乗り越えていけそうなパワーを彼らから感じた。今日はそのアリアは歌われなかったが、「恐れるな若者よ」と歌いたくなる――ソプラノの曲なので実際には歌えないわけであるが――気分であった。モーツァルトやベートーヴェンも確信していた最高の武器、「音楽」を彼らは手にしているのである。

アンコールとしてモーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」よりフィナーレが上演される。音楽をする喜びに溢れた出演者達の顔を見ていると、こちらも自然と笑顔になる。

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2021年4月 4日 (日)

コンサートの記(704) 久石譲コンサート2021 in ザ・シンフォニーホール

2021年3月24日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、久石譲コンサート2021 in ザ・シンフォニーホールを聴く。本来なら2020として昨年の12月23日に行われるはずの公演だったのだが、久石譲が指を骨折したため、延期となっていた。チケットは昨年12月23日のチケットがそのまま使用出来るが、この日に来場出来ない場合は事前の払い戻しにも応じていた。演奏は日本センチュリー交響楽団。久石譲であるが、指の骨折に関しては現在もリハビリ中であり、ピアノを弾く演目はない。

映画音楽の作曲家として名高い久石譲だが、元々は前衛志向の強い現代音楽の作曲家であり、近年は指揮者としての活動も本格的に開始。ライブ録音によって完成した「ベートーヴェン交響曲全集」は高い評価を受けている。なお、久石譲は、今年の4月より日本センチュリー交響楽団の首席客演指揮者に就任する予定である。


曲目は、モーツァルトの交響曲第40番ト短調、久石譲の自作自演となる「I Want to Talk You ~for string quartet,percussion and strings~」、モーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」


今日の日本センチュリー交響楽団は、ヴァイオリン両翼の古典配置での演奏。コンサートミストレスは松浦奈々。

久石譲は全曲、ノンタクトでの指揮である。


モーツァルトの交響曲第40番ト短調。モーツァルトの交響曲の中でも日本で特に人気のある曲である。モーツァルトが単調で本音を語った数少ない曲とされているが、本当にそうだったのかは今となってはわからない。モーツァルトの後期三大交響曲の作曲の動機は不明とされ、往事はいつか演奏する日のためにまとめて作曲され、初演を待たずモーツァルトが他界したと思われてきたが、交響曲第40番に関してはモーツァルトの生前にアントニオ・サリエリの指揮で初演が行われていることが確認されている。

クラリネット入りの第2版での演奏。

ピリオドアプローチを取り入れた演奏で、弦楽器はビブラートをかなり抑えている。第1楽章はピリオドであることを強調しない自然体の演奏であったが、第2楽章では拍を強調し、音を立体的に浮かび上がらせるという個性が発揮された演奏となっていた。リズム主体の演奏となるため、寂寥感のようなものが後退し、構造的な美と舞曲的側面が露わになる。モーツァルトの純粋な魂が、体を離れてしばし中空で舞っているかのようだ。
第3楽章では低弦を強調し、シンフォニックな響きが強調される。ゲネラルパウゼの生かし方も効果的である。なお、第3楽章までは繰り返し記号を履行していたが、第4楽章では繰り返しは採用せずに終わった。ラストのマジカルな効果を生かすためだと思われる。

なお、第1楽章演奏終了後に、客席から巨大なくしゃみが起こったため、久石の指揮台上で苦笑。後ろを振り返っていた。


久石譲の「I Want to Talk You ~for string quartet,percussiion and strings~」。「I Want to Talk You」は、元々は映画「かぐや姫の物語」の音楽を基にした合唱曲として作曲されたのだが、作曲中に弦楽四重奏団と弦楽オーケストラとパーカッションのための作品にするというアイデアが浮かび、合唱版に先駆けて演奏される。

プログラムノートに久石は、「街を歩いていても、店に入っても人々は携帯電話しか見ていない。人と人とのコミュニケーションが希薄になっていくこの現状に警鐘を鳴らすつもりでこのテーマを選んだ。だが、世界はCovid-19によって思わぬ方向に舵を切った。人と人との接触を控えるこの状況では携帯電話はむしろコミュニケーションの重要なツールになった。この時期にこの曲を書いたことは『あらかじめ想定されていた』あるいは『書くべくして書いた』という何か運命的なものを僕は感じている」と記している。コミュニケーションが変容したわけだが、あるいはコミュニケーションの概念自体が今後は変化していくのかも知れない。ただ接していればいいというのではない。理解しなければならない。そして理解するには最初から「理解しよう」という姿勢でいなければならない。

久石譲はメロディーメーカーであり、ジブリ映画を始めとする多くの映画で名旋律を聴くことが出来るが、真骨頂は現代音楽において発揮される。「I Want to Talk You~for string quartete,percussion and strings~」でも徹底したミニマルミュージックの手法が用いられている。推進力に富み、ノリも良い。
グロッケンシュピールを弦楽の弓で弾くなど、特殊奏法(比較的よく見られる奏法ではあるが)も用いられていた。


モーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」。
交響曲第40番でもそうだったが、センチュリー響は冒頭ではやや洗練度不足である。ただ、久石は最初から第4楽章に照準を合わせた音楽作りをしているようで、曲が進むたびに演奏のクオリティが上がっていく。
交響曲第40番はティンパニなしの楽曲であるが、「ジュピター」ではバロックティンパニが大活躍。ピリオド奏法が普及するまではよく分からなかったが、往年の作曲家は打楽器、特にティンパニをアクセントとしてかなり重視していたようである。
久石の指揮は独特のタメが個性的であり、速度の自在な変化も特徴であるが、強弱の付け方などはピリオドの原則も生かしている。


アンコール演目は、久石の「魔女の宅急便」より、自作自演であるだけに万全の出来であった。

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2021年4月 3日 (土)

コンサートの記(703) 広上淳一指揮京都市交響楽団第654回定期演奏会

2021年3月28日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで京都市交響楽団の第654回定期演奏会を聴く。指揮は京都市交響楽団常任指揮者兼音楽顧問の広上淳一。

ヴァイオリン独奏としてダニエル・ホープが出演する予定であったが、新型コロナウイルス感染拡大防止のための外国人入国規制により来日不可となったため、1月の京都市ジュニアオーケストラのコンサートでもヴァイオリン独奏を務めた小林美樹が代役として登場し、曲目も変更となった。

その曲目は、ドヴォルザークの序曲「自然の王国で」、ブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番(ヴァイオリン独奏:小林美樹)、ドヴォルザークの交響曲第7番。

 

今日のコンサートマスターは、特別客演コンサートマスターの石田泰尚。フォアシュピーラーに泉原隆志が入る。第2ヴァイオリンの客演首席は大阪交響楽団の林七奈。
ドイツ式の現代配置での演奏だが、ティンパニは指揮者の正面ではなくやや下手寄りに置かれる。
管楽器の首席奏者はドヴォルザークの交響曲第7番のみの登場となる。

 

ドヴォルザークの序曲「自然の王国で」。広上の指揮は相変わらず冴えており、抒情美と清々しい音色と快活さを合わせ持った響きを京響から引き出す。

 

小林美樹が独奏を務めるブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番。ターコイズブルーのドレスで登場した小林は、持ち味である磨き抜かれた美音で勝負。音の美しさのみならず、力強さや音の広がり、表現の幅広さなど十分であり、優れた独奏を聴かせる。
広上指揮による京響の伴奏も描写力の高さと雰囲気作りの上手さが光る。

コロナ禍が訪れてから、ソリストによるアンコールが行われないケースが目立ったが(ソアレの場合は退館時間を早めにする必要があるということも影響していると思われる)、今日はアンコール演奏が行われる。曲目は、J・S・バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番よりラルゴ。音の純度が高く、静謐さと気高さが感じられる演奏であった。小林美樹もこのところ成長著しいようである。

 

ドヴォルザークの交響曲第7番。ドヴォルザークの交響曲第7番、第8番、第9番「新世界より」は、「後期三大交響曲」とも呼ばれるが、交響曲第7番は、第8番や「新世界より」に比べると演奏機会は多くなく、スラヴ的な要素が薄い分、ドヴォルザークならではの魅力には欠けている。

広上の表現であるが、第1楽章からドラマティック。リズム感が抜群であり、音にもキレがある。金管への指示を敬礼のようなポーズで行うのも特徴的。
京響は冒頭付近こそ音がかすれ気味のように感じられたが、次第に洗練度を高めていき、その上にドヴォルザーク的な濃厚さも加えた音色を聴かせていく。

第3楽章と第4楽章の出来が特に良く、スケール豊かで迫力ある音像が築かれる。ラスト付近ではアゴーギクも用いられ、スラヴ的な味わいも加えられていた。

 

演奏終了後、広上は、各奏者を立たせるが、大活躍したティンパニの中山航介には笑顔を向けるも飛ばす。中山も「えー、なんで?」という顔であったが、広上は大トリとして中山を立たせた。

その後、広上はマイクを片手に再登場。第一声が「疲れました」で客席の笑いをとるが、コロナの中で演奏会に駆けつけてくれたことへのお礼や、京都市交響楽団が京都市民の心を癒やす役割と担っていることや、ヨーロッパに代表されるように街のオーケストラを育てるのはその街の市民であることなどを述べた。
そして、京都市交響楽団副楽団長である北村信幸と森川佳明が異動によって京響を去るということで(京都市交響楽団は公営のオーケストラであるため、スタッフも音楽を専門としている訳ではなく、京都市の職員が交代で受け持っている)、広上がそれぞれの話を聞き(広上は、「愚息、娘なので愚か娘になるんでしょうが、受験に落ちてばっかりだったのが、森川さんから合格のお守りを頂いてから受かり始めた」と語る)、アンコールとしてドヴォルザークの「チェコ組曲」よりポルカが演奏される。ドヴォルザーク的なノスタルジックな趣と憂いと快活さを上手く表現した演奏で、今年度の最後の定期演奏会の掉尾を飾るのに相応しい音楽となった。

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2021年4月 2日 (金)

これまでに観た映画より(253) 「きまじめ楽隊のぼんやり戦争」

2021年3月29日 京都シネマにて

京都シネマで日本映画「きまじめ楽隊のぼんやり戦争」を観る。監督・脚本・編集・絵:池田暁。出演:前原滉、今野浩喜、中島広稀、清水尚弥、橋本マナミ、矢部太郎、片桐はいり、嶋田久作、きたろう、竹中直人、石橋蓮司ほか。

群馬県でロケが行われており、富岡製糸場の建物なども登場する。

津平町という架空の町が舞台である。津平町は、川を挟んで隣り合う俵万智、じゃなかった太原町と戦争状態にある。だが何のための戦争なのかは誰も知らない。津平町の人間は、「太原町の人々はとにかく怖ろしい」、「太原町はとても怖い」と口にするのだが、誰も太原町に行ったことはなく、どう怖ろしいのかも知らない。映画のタイトル通り、ぼんやりとしか分からない相手との戦争を続けることになる。

戦争は、午前9時から午後5時までと時間を決めて行われる。津平町の人々は、町を練り歩く楽隊の音楽によって目を覚まし、兵隊の庁舎に集う。露木(前原滉)と友人の藤間(今野浩喜)は、並んで出勤し、準備体操などを経て、河原に腹ばいになり、午前9時になると太原町側に向かって銃撃を行う。太原町の兵隊の姿は見えないので、適当なところに向かって指定された数以上の銃撃を行い、午後5時に戦争は終わる。太原町側からも銃撃はあり、藤間は被弾して右腕を失うことになる。

ある日、露木は楽隊への異動を命じられる。楽隊のトランペット奏者であった大木(竹中直人)が他界し、学生時代に吹奏楽でトランペットを吹いていた経験のある露木に白羽の矢が立ったのだ。楽隊は毎朝町を練り歩いているので、存在していることは確かなのだが、その存在を認知していない者もおり、本部がどこにあるのかも知られていない。露木が探し当てた楽隊の本部は怖ろしく狭い部屋であり、楽隊を率いる伊達(きたろう)はパワハラ上司だった。

楽隊に入る前から、露木は川向こうの太原町からトランペットで奏でられる「美しく青きドナウ」の旋律の一部を耳にしていた。楽隊に入った露木は河原で「美しく青きドナウ」のメロディーを吹く。すると対岸からもそれに答えるメロディーがあり、ユニゾンで「美しく青きドナウ」が演奏される。ある日、太原町のトランペット奏者が姿を現した。若い女性だった(クローズアップのカットはないので容姿などははっきりとはわからない)。

池田暁監督の演出方針で、演技はかなり抑制されており、台詞なども淡々と語られる。そのため非現実的に見えるが、これは現代社会そのものの戯画であり、今現在、日本や世界で問題になっていることがトレースされた形で表現される。

津平町の町長である夏目(石橋蓮司)は、かなりいい加減な性格であり、部下の顔や名前を覚えず、毎朝、兵隊たちの前で太原町の脅威を語るが、その実態は把握していない。そして警官の上本を常にそばに侍らせている(当然ながら上本の名前をしょっちゅう忘れる)。夏目の息子の平一(清水尚弥)は窃盗の常習犯なのだが、夏目の職権乱用により警官に抜擢される。津平町では、女は子どもを産むために存在しており、子どもが産めないと見なされた女性は離婚されても仕方ないと思われている。また、伊達に「生意気だ」と目をつけられ、パワハラを受けていた女性奏者(打楽器担当)の小坂が楽隊の同僚である坂本(トロンボーン担当)と結婚するとわかると、伊達もいきなり手のひらを返し、それまで優遇されていた未婚の女性がいじめの対象に変わる。子どもを産むことが正義だからだ。

兵隊は毎朝、兵舎に出向いて、出席の確認を行うのだが、受付の女性がいかにもお役所的な対応を行うため、技術者の仁科(矢部太郎)や隻腕となった後の藤間とは話がかみ合わず、堂々巡りが始まってしまう。いずれも大袈裟に描かれてはいるが、実際に今も起こっている現象である。右腕を失った藤間は兵隊としての任務に就けなくなるのだが、保障は一切ない。これまでずっと兵隊としての任務に就いていたため、他に生活出来る手段もないのだが、「そんなの知らん」という態度で済まされる。これも障害者が雇用から排除されている現状を映している。露木がいた川の下流では戦闘もそれほど激しくないのだが、上流では大激戦となっているそうで、露木が毎日昼になると通う㐂多山食堂の女主人・城子(片桐はいり)は、息子が優秀なので川上に送られ、奮闘していることを自慢に思っている。実際の戦争でもそうだと思うが、優秀な人材というのは官庁でも一般の企業でも様々な業務を押しつけられることになるため、激務になりやすい。今は「ブラック企業」という呼称と共に周知されるようになったが、以前は、若い人には余り知らされてこなかった日本型労働の影である。いずれも非現実性を持って描かれているが、日本の縮図でもある。

仮想敵を作って相手を攻撃することは、20世紀においては共産主義の国家の常套手段であったわけだが、それ以外の国でもそうしたことは昔から行われていたわけで、21世紀に入ってからは、むしろかつての西側の国でそうした政策が採られるようになっている。日本も例外ではない。

味気ない津平町の世界にあって、露木が唯一、誰かと心を通い合わせることの出来る瞬間が、川向こうの女性とトランペットで「美しく青きドナウ」を奏でる時であった。この映画では意図的に主要キャストに美男美女ではない俳優を配することで、そうしたちょっとした幸福が引き立つ効果を生んでいる。映画の主役といえば美男美女という常識に挑戦しているようでもある。
どことなくユーモラスな展開であるのだが、内容自体はシビアであり、ラストでは分断がもたらす破滅や自滅が描かれている。

一般受けする内容ではなく(なにしろ大手映画会社の作品とは違い、美男美女が余り出てこない)、入りも悪かったのだが、かなり優れた映画であり、お薦めである。観る前は余り期待していなかったのだが、予想が良い方に裏切られた。

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2021年4月 1日 (木)

ロームシアター京都 ハンブルク・バレエ団 「ベートーヴェン・プロジェクト」映像上映会

2021年3月21日 ロームシアター京都サウスホールにて

午後1時から、左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールで、ハンブルク・バレエ団の映像上映会、「ベートーヴェン・プロジェクト」を観る。

本来は、この3月にハンブルク・バレエ団の来日公演として「ベートーヴェン・プロジェクト」の日本初演がロームシアター京都メインホールで行われるはずだったのだが、コロナ禍によって来日不可となり、代わりに「ベートーヴェン・プロジェクト」とコロナ下に制作された新作「ゴースト・ライト」の上映会が行われることになった。昨日と今日、「ベートーヴェン・プロジェクト」が午後1時から、「ゴースト・ライト」が午後5時から上映される。ということで今日2本とも観ることが可能なのだが、バレエの映像を1日2回観たいと思うほどバレエ好きではない。

「ベートーヴェン・プロジェクト」は、2018年に初演された作品。映像は2019年10月にバーデン=バーデン祝祭劇場で行われた上演を収めたものである。この映像はBSプレミアムの「プレミアムシアター」で放送されており、またDVDやBlu-rayも発売されていて、家庭でも観ることが出来る。振付:ジョン・ノイマイヤー。第1部のピアノ演奏:ミカル・ビアウク。第2部と第3部の演奏は、サイモン・ヒューイット指揮のドイツ放送フィルハーモニー管弦楽団。映像監督はミリアム・ホイヤー。

第1部「ベートーヴェン・フラグメント」、第2部「プロメテウスの創造物」、第3部「エロイカ(英雄)」の3部からなる。

 

第1部「ベートーヴェン・フラグメント」。プロメテウス主題が登場する「エロイカ変奏曲」が演奏される。3部ともプロメテウス主題が登場する作品が演奏され、人類に叡智を与えたプロメテウスと人類そのものへの讃歌が奏でられる。

ベートーヴェン自身を演じているのは、アレイズ・マルティネス。ベートーヴェン本人も推定身長165センチと、当時の西洋人としてもやや小柄だったようだが、マルティネスも他の男性バレエダンサーと比較して明らかに背が低いダンサーである。女性ダンサーよりも小さいかも知れない。

マルティネスが演じているベートーヴェンは、おそらくまだ若い頃、ハイリゲンシュタットの遺書を書いた時代だと思われる。
ピアノの足に絡みついていたマルティネスは、プロメテウス主題に合わせて踊る。やがて高貴な身分を表すと思われるマントを羽織った男性ダンサーが登場するが相手にされない(貴族に憧れつつも果たせないベートーヴェンの心情を表現したようである)。男性ダンサー二人組と楽しく踊った後で、男女のペアが現れる(女性ダンサーはアジア系である)。男女のペアとも楽しく踊るベートーヴェンだが、結局、ペアはペアのまま去り、先程現れた男性ダンサー二人組も、新たに現れた女性ダンサーに夢中になり、ベートーヴェンに構ってくれず、最後にはベートーヴェンは突き飛ばされて横転してしまう。その後、花嫁衣装のダンサーが現れるが、彼女はピアニストにご執心というわけで、作曲家の孤独が描かれている。やがてベートーヴェンは芸術そのものを恋人とし、人生を捧げることを誓う(セリフがないので「ように見える」というだけで、ノイマイヤーの実際の意図は不明である)。すると、それまですげなくしていたダンサー達が音楽の精として生まれ変わったように快活なダンスを披露し、最後はベートーヴェンを掲げて礼賛する。

続いて演奏されるのは、ピアノ三重奏曲「幽霊」である。不協和音が印象的な作品として知られている。赤いドレスの女性ダンサーが登場し、ベートーヴェンとパ・ド・ドゥを行うのだが、やがて彼女はすでに亡き人となっていることがうつ伏せに横たわることで示される。赤いドレスの女性ダンサーはその後に一度起き上がるのだが、それはベートーヴェンに喪服を着せるためであり、その後、男性ダンサー二人に仰向きに掲げられて退場する。恋人のように見えたのだが、実際はベートーヴェンの母親であるマリアであったようだ。赤い服を着た女性ダンサーはもう一人現れ、こちらが「不滅の恋人」のようである。

突然、金属音が混じり、録音によるピアノの演奏が奏でられる。宿痾となった難聴の始まりである。やがてピアニストのミカル・ビアウクもベートーヴェン役のマルティネスと視線を交わして退場する。悲劇の予兆だが、ベートーヴェンはそれを乗り越えていく。

第2部「プロメテウスの創造物」では、ベートーヴェンの母親役だと思われる女性ダンサーがこれから演奏される曲目について解説を行う。ドイツ語で、日本語字幕もないため何を言っているのかよく分からないが、ベートーヴェン作曲の「プロメテウスの創造物」からの2曲が演奏されると言っていることだけはなんとなく分かる。
第2部は第1部と異なり物語性は低め。天上の描写があり、アポロ神を始めとする多くの神々がベートーヴェンを祝福する。

 

第3部の「エロイカ(英雄)」。こちらも第2部同様、エネルギッシュでバリエーションに富んだ表現が中心だが、第2楽章の葬送行進曲だけは人一人の死というよりも何らかの崩壊が描かれているようであり、強い悲劇性を帯びている。

ハンブルク・バレエ団であるが、東アジア人のダンサーがかなり多い。特にアジア人女性ダンサーは重要な役割を担っている。エンドクレジットで確認したところ、日本人、中国人、韓国人の全てが含まれていることが分かった。日本人女性ダンサーは二人いて、有井舞耀(ありい・まよ)と菅井円加であることが確認出来た。

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2021年3月25日 (木)

楽興の時(41) ロームシアター京都 Holiday Performance Vol.7 正直

2021年3月21日 ロームシアター京都3階共通ロビーにて

3階の音楽サロンで「ロームシアター京都開館5周年記念 自主事業ポスター展」を観ていくことにする。3階共通ロビーに行くと、仮設のステージが設けられ、椅子が並べられている。午後3時半から、Holiday Performance vol.7として、正直というユニットのミニライブがあるようだ。ロームシアター京都の職員となった枡谷雄一郎が責任者を務めているようである。

積極的に聴こうという気にはならなかったのだが、雨の降りがまだ強く、この後、特に用事もないので、聴いていくことにする。
正直は、小林椋と時里充によるユニット(バンド)で、2016年に結成。最近は養生テープとモーターを使った演奏(一種のノイズミュージック)を行っているようで、今日もモーターを使って養生テープを伸ばしたり、回転させたりする時に出る音(ノイズだが)を音楽として提示するという演奏を行った。
ノイズミュージックであり、聴いていて楽しくなるという種類のものではなく、山場があるというわけでもないが、その分、ずっと聴いていることは可能である。

「音楽として聴こうと思えばなんだって音楽になる」(ジョン・ケージ)

この作品も、機械の調子によって生まれる音が異なるので、ケージが提唱した「偶然性の音楽」でもある。

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