カテゴリー「京都」の170件の記事

2022年12月11日 (日)

コンサートの記(819) 広上淳一指揮 京都市立芸術大学音楽学部・大学院音楽研究科第169回定期演奏会

2022年12月2日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで京都市立芸術大学音楽学部・大学院音楽研究科の第169回定期演奏会を聴く。指揮は京都市立芸術大学客員教授の広上淳一。

曲目は、ベートーヴェンの「コリオラン」序曲、ブルックナーのモテット「この場所は神によって造られた」と「見よ、大いなる司祭を」、ベートーヴェンの合唱幻想曲(ピアノ独奏:三舩優子、ソプラノ:佐藤もなみ&伊吹日向子、アルト:柚木玲衣加、テノール:向井洋輔&井上弘也、バス:池野辰海、合唱;京都市立芸術大学音楽学部合唱団)、ベルリオーズの幻想交響曲。

京都市立芸術大学音楽学部・大学院音楽研究科の定期演奏会には何度が接しているが、広上淳一の指揮で聴くのは初めてだと思われる。


ベートーヴェンの「コリオラン」序曲。音色が洗練に欠けるのは学生団体故仕方ないであろう。なかなか熱い演奏を展開する。


ブルックナーのモテット「この場所は神によって造られた」と「見よ、大いなる司祭を」。合唱はポディウムに陣取り、マスクなしで歌う。パイプオルガンは客演の三森尚子が演奏する。
ブルックナーは現在では交響曲作曲家として認知されているが、元々はパイプオルガンの名手として知られ、宗教音楽の作曲も得意としていた。
「この場所は神によって造られた」の楚々とした感じ、「見よ、大いなる司祭を」の雄渾さ、いずれもブルックナー節も利いていて曲としても面白い。
日本に限らないかも知れないが、音楽のみならず芸術関係の大学は女子の方が圧倒的に多い。京芸も例外ではなく、合唱の人数も目視で確認して男女比は1:3ぐらいあるのではないかと思われる。男声が少なくても良い曲を選んだのであろうか。


ベートーヴェンの合唱幻想曲。交響曲第5番「運命」、交響曲第6番「田園」と同じ日にアン・デア・ウィーン劇場で初演されたことで有名である(ちなみに「田園」の番号は初演時には交響曲第5番、日本では「運命」して知られる曲が交響曲第6番として発表されている)。この初演は演奏会自体が失敗している。ひどく寒い日だった上に演奏家や声楽家のコンディションが悪く、しかも約4時間の長丁場ということで聴衆の集中力が保たなかったのだと思われる。
合唱幻想曲であるが、個人的には「クサい」感じがして余り好きな曲ではない。やけに芝居がかっているところが気に掛かる。
ということで、今回も聴いていて「良い曲だ」とは思えなかったのだが、三舩優子の温かな響きのするピアノ、また学生ソリスト達の優れた歌唱など、思った以上に聴き応えはあった。


後半、ベルリオーズの幻想交響曲。
冒頭から前半とは打って変わって弦が洗練された音を出す。単に洗練されているだけではなく、妖しげな光を放っているのが特徴である。
広上淳一はロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団を指揮してDENONにこの曲をレコーディングしており、出来も上々であるが、やはりこの曲は向いているようだ。
音型のデザインもきっちりなされた上で生命力豊かな演奏を展開。第2楽章はコルネット入りのバージョンである。
第3楽章のコーラングレとオーボエの掛け合いでは、オーボエ奏者はパイプオルガンの横のボックス席のようなところで演奏を行う。楽章全体を通して瑞々しい音色が印象的である。
第4楽章「断頭台への行進」では、おどろおどろしさと推進力が掛け合わされた優れた演奏。ラストを一気呵成に駆け抜けるのも容赦がない印象で効果的である。
第5楽章「サバトの夜の夢」では、鐘はパイプオルガンの横のポディウム最上段に置かれ、視覚的な効果も上げていた。奇っ怪な夢の描写も優れており、迫力と華麗な音の彩りが発揮されて、広上と京都市立芸術大学音楽学部の結束力の強さも確認出来た。

最後に広上は、「ワールドカップ、日本、スペインに勝ちました。そして京都市芸の若者が素晴らしい演奏を行う。日本もまだまだ捨てたもんじゃないですね」「長友選手の言葉を皆さんにお届けします。『ブラボー!』」と語り、コンサートはお開きとなった。

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2022年9月20日 (火)

スタジアムにて(41) J1 京都サンガF.C.対横浜F・マリノス@サンガスタジアム by KYOCERA 2022.9.14

2022年9月14日 サンガスタジアム by KYOCERAにて

午後7時から、サンガスタジアム by KYOCERAで、J1 京都サンガF.C.対横浜F・マリノスの試合を観る。
J1昇格は果たしたが苦戦することも多い京都サンガF.C.。現在のところ降格圏にはいないが13位に甘んじている。一方、対戦相手の横浜F・マリノスは現在首位であり、サンガの劣勢が予想される。

今日は試合前に京都市交響楽団の楽団員(塩原志麻、片山千津子、小田拓也、渡邉正和、黒川冬貴)による弦楽五重奏団の演奏がある。
まずは今日は宇治市DAYということで、宇治市内の中学校から各部門で業績を上げた生徒らがスタジアム内(といっても端の方だが)を歩き、京都市交響楽団の弦楽五重奏団が大河ドラマ「鎌倉殿の13人」のオープニングテーマを3回ほど繰り返して演奏した。
弦楽五重奏団はキックオフの前のセレモニーでも演奏を行ったが、よく知らない曲で、音も応援団の太鼓にかき消されがちであった。


サンガとF・マリノスの実力差は、パッと見で分かるものではないが、上がりはF・マリノスの選手の方が速めである。

サンガも相手ゴール前で決定的なチャンスを迎えたりもしたが、あと一押しが足りず、逆にF・マリノスのエドゥアルドにヘディングシュートをゴール右隅に決められ、先制点を許す。

後半に入ってもF・マリノスのペースは続き、エルベルのループシュートがキーパーとその後ろにいたディフェンダーの頭の上を超えてゴールネットを揺らす。2-0。

サンガは、残り後3分というところで、コーナーキックを得る。クロスに井上黎生人が反応。これは相手キーパーに阻まれるが、こぼれたボールを金子大毅が蹴り上げ、ゴールの上のネットを揺らす。サンガ、一矢報いて更に攻撃を続けるが追加点はならず。J1首位の壁は厚く、サンガは1ー2での惜敗となった。

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2022年9月 9日 (金)

楽興の時(44) さわひらき×mama!milk×かなもりゆうこ 「Ephemera」

2022年9月2日 木屋町のUrBANGUILD Kyotoにて

午後8時から、木屋町のUrBANGUILD(アバンギルド) Kyotoで、さわひらき(映像)、mama!milk(生駒祐子=アコーディオン、清水恒輔=コントラバス)、かなもりゆうこ(効果)による公演「Ephemera」に接する。

さわひらきの映像は、揚羽蝶の舞に始まり、それぞれ速度の異なる3つのメトロノーム(映像がmama!milkの公式チャンネルにアップされている)、羊たちの動き、海の波、鍵穴から見た揺れる木馬、林、羽ばたく鳥の群れなど、象徴的な素材が用いられている。

京都を本拠地としているだけに接する機会も多いmama!milkの音楽は、記憶の片隅で鳴っているような趣。細かく書くと、手を伸ばせた届きそうな記憶や、まだ接していない未知の風景が目の前に浮かんでは消えるかのようである。今日は前半は3拍子中心の音楽で、終盤に4拍子の音楽が登場し、全編で1時間15分ほど。アンコール演奏もあった。生駒祐子はアコーディオンのみならずトイピアノも演奏。

夏の終わり、秋の始まりに相応しいライブだったように思う。

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2022年9月 8日 (木)

「BRIAN ENO AMBIENT KYOTO」2022

2022年8月31日 七条の京都中央信用金庫旧厚生センターにて

東本願寺の近くにある京都中央信用金庫旧厚生センターで、「BRIAN ENO AMBIENT KYOTO」を聴くのか観るのか、まあ「体験する」と書くのが適当だろうか。とにかく接する。
アンビエントミュージックの提唱者であり、今も第一人者として活躍するブライアン・イーノの個展で、音楽と映像、美術からなる。京都中央信用金庫旧厚生センターの1階から3階までの全てを利用し、4つのスペースを用いて展示は行われる。3階から観ていくのが順路である。
3階の「The Ship」は、タイタニック号の沈没や第一次大戦、そして傲慢さやパラノイアの間を揺れ動き続ける人間をコンセプトとした作品であり、「Whe I was young Soldier」という言葉や、カーテンがはためくような音楽、そして続くポップスのような歌など、多彩な作風による音楽が薄闇の中で流れている。目が慣れるまでに時間が掛かるがそれもまた一興である。

「時効警察」の三日月しずか(麻生久美子)のセリフ、「いいのいいの、ブライアン・イーノ」でもお馴染みの(?)ブライアン・イーノ。私がイーノを知ったのは例によって坂本龍一経由である。1992年に発売された雑誌で坂本龍一の特集が組まれており、教授のインタビューとお薦めのCDが載っていて、その中にブライアン・イーノのCDの紹介記事があった。

ブライアン・イーノのアンビエントミュージックと映像に接するのは初めてではなく、以前も大阪で同様の個展に接しているが、その時はイーノ一人ではなく、複数のアンビエントミュージックのミュージシャンによる合同での個展であった。イーノ一人の個展に接するのは初めてだと思われる。

3階にはもう一つ、「Face to Face」(世界初公開作品で、36000人以上の顔を写真に収め、特殊なソフトウェアを使って一つの顔から別の顔へと少しずつ推移していく様を繰り返すという展示と音楽である。この「Face to Face」は、音楽よりも映像が主役という印象を受けた。

2階には、「Light Boxes」という展示がある。キュビズムのような表現作品(絵画ではないので、そうとしか言い様がない)がLED照明によって徐々に色を変え、それを彩るような音楽が流れる。

メインとなるのは1階の「The Lighthouse」で、この展示だけ「滞在時間30分間」という時間制限がある。ソファーがいくつも置かれ、そのソファーの群れと対峙する形で、時計のように円形に広がった展示作品がある。展示作品は複数の画で構成されており、徐々に移り変わる。音楽も面白く、ここには20分ほど滞在した。

ブライアン・イーノの音楽は細胞の一つひとつに染み込んで、体内で膨張していくような静かな生命力を感じるものである。

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2022年8月25日 (木)

コンサートの記(801) 藤岡幸夫指揮関西フィルハーモニー管弦楽団第12回城陽定期演奏会

2022年8月21日 文化パルク城陽プラムホールにて

午後2時から、文化パルク城陽プラムホールで、関西フィルハーモニー管弦楽団第12回城陽定期演奏会を聴く。指揮は関西フィルハーモニー管弦楽団首席指揮者の藤岡幸夫。文化パルク城陽の中には藤岡幸夫のほぼ等身大と思われるパネルがいくつか設置されている。

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曲目は、ドヴォルザークのチェロ協奏曲ロ短調(チェロ独奏:上野通明)とラフマニノフの交響曲第2番。

開演20分前から藤岡幸夫によるプレトークがある。藤岡は自分と関西フィルとの関係が23年に及ぶことを語り、プラムホールで指揮を行うことが52回目であると明かしていた。年2回以上指揮していることになる。藤岡はプラムホールの音響を褒め称える。
曲目解説についてだが、ラフマニノフに関しては交響曲第2番の演奏前に行うと語り、ドヴォルザークのチェロ協奏曲についての解説を行う。藤岡はこの作品をチェロ独奏付きの交響曲のような重厚な作品と紹介するが、これはドヴォルザークのアメリカ時代に書かれている。アメリカはニューヨークのナショナル音楽院(今は存在していないようである)の楽長として招かれたドヴォルザーク。よく知られたことだがドヴォルザークは鉄道マニアであり、ニューヨークはチェコよりも鉄道が発達しているため、それに惹かれて招きに応じたのであるが、行ってすぐにホームシックになってしまう。当時、彼の義理の妹で恋仲でもあったヨゼフィーナという女性が死の床にあり、彼女が好きだった「私をひとりにして」という歌曲を作中に取り入れたという。


今日のコンサートマスターは、客演の木村悦子。チェロが客席側に来るアメリカ式の現代配置(ストコフスキーシフト)での演奏である。


ドヴォルザークのチェロ協奏曲。
チェロ独奏の上野通明(みちあき)は、2021年にジュネーヴ国際コンクール・チェロ部門で日本人初の優勝を果たしたことで話題になったチェリスト。パラグアイに生まれ、幼少期をスペインのバルセロナで過ごしている。13歳の時に第6回若い音楽家のためのチャイコフスキー国際コンクールで全部門を通して日本人として初の優勝を果たす。第6回ルーマニア国際コンクールでも最年少での1位を獲得。その他に第21回ヨハネス・ブラームス国際コンクールでも優勝を飾っている。
桐朋学園大学ソリスト・ディプロマコースに学費全額免除の特待生として入学し卒業。毛利伯郎に師事した。その後に渡独し、デュッセルドルフ音楽大学においてコンツェルトエグザメン(ドイツ国家演奏家資格)を取得。2021年にはベルギーのエリザベート音楽院でも学んでいる。

昨日、ロームシアター京都メインホールで行われたNHK交響楽団の京都特別演奏会でも前半のプログラムに載せられていたドヴォルザークのチェロ協奏曲。人気曲ゆえ(他に有名なチェロ協奏曲はエルガー作曲のものがある程度)2日続けて聴くということも珍しくはないが、比較が可能になった。

オーケストラの響きから書くが、関西フィルの音色はN響のそれと比べて遥かにウエットである。藤岡の音楽性もあると思うが、関西フィルは日本で最もドイツ的といわれるN響や、大阪フィルやセンチュリー響のような他の大阪のオーケストラのように、ドイツの楽団を範とはしておらず、より広いレパートリーへの対応を目指している。そのため威力を重視するドイツ系のオーケストラとは異なる響きを生みやすい。今回はニュートラルな指向の日本の音楽団体の美質が出ているように感じた。良し悪しではなく、同じ日本の楽団のそれぞれの個性がはっきり出た格好である。

上野通明のチェロであるが、宮田大のようなスケールの大きさや深い歌はない代わりに、芯のしっかりした音と情熱的な演奏スタイルを持ち、魅力的である。

演奏終了後、上野と藤岡はマスクをしてトークを行う。上野は藤岡が司会をしている「エンター・ザ・ミュージック」に出演したことがあるそうだが、それを関西フィルのスタッフが覚えており、上野がジュネーヴ国際コンクールで優勝してすぐにコンタクトを取ったそうである。
上野は、関西で演奏する機会はまだ少ないそうで、藤岡に「関西はいいよ」と勧められていた。
上野は7月まではケルンに住んでいたそうだが、そこを引き払い、ベルリンに移ったと語る。また秋にJ・S・バッハの無伴奏チェロ組曲のCDがリリースされるそうである。


ラフマニノフの交響曲第2番。予告通り藤岡がプレトークを行う。ラフマニノフは、自身の交響曲第1番の初演が大失敗に終わり(当時のロシア音楽界には、モスクワ派とペテルブルク派の派閥があり、ラフマニノフはモスクワ派。だが初演の指揮をペテルブルク派のグラズノフに任せてしまい、グラズノフが酔ったままいい加減な指揮を行ったことが大失敗の原因とされている。ラフマニノフの交響曲第1番は作曲者の存命中は再演されることはなかったようだが、その後に数点の音盤がリリースされている。「しっかりとした構成による優れた曲」という印象で、初演の際の指揮がかなり悪かったことが察せられる)、作曲が出来なくなってしまう。その後、ダール博士による催眠療法などを受け、ピアノ協奏曲第2番を作曲して今度は大成功。その成功の気分を胸に宿したまま作曲したのが交響曲第2番である。
「ロシアの作曲家の先輩にチャイコフスキーがいますが」「彼の場合は、長調で作曲しているのに切ない、悲しい」「ラフマニノフの場合は、長調は長調です」と曲が明るさに満ちたものであることを紹介していた。

ラフマニノフの交響曲第2番も長きに渡って正当な評価を受けることのなかった作品である。遅れてきたロマン派のような作風を「ジャムとマーマレードでベタベタの交響曲」などと酷評されていた。ラフマニノフ自身も演奏機会が少ないことを気にしており、「長すぎるのが悪いのだろう」ということでカットした版も作成。その後はカットした版での演奏が基本となっていた。だがアンドレ・プレヴィンがこの曲の真価を見抜き、ロンドン交響楽団を指揮して完全全曲版を録音。これが世界的なベストセラーとなり、ウラディーミル・アシュケナージらがこれに続いて、交響曲第2番は今では人気曲となっている。

予想よりも遥かに良い演奏となる。
関西フィルは音の厚みこそ今ひとつだが、音の輝き、甘さ、アンサンブルの精度など十分に高い水準にあり、藤岡の的確な指示もこの曲の良さを引き出していく。
ロマンティックな味わいのみならず、オーケストラの威力なども関西フィルとしては最高レベルであり、弦も管も冴えまくっている。
大阪に拠点を持っているということで、聴く機会も多い藤岡幸夫であるが、今日の演奏がこれまででベストかも知れない。藤岡のみならず、ラフマニノフの交響曲第2番を得意としている日本人指揮者は多いが、あるいはこの曲の作風が日本人の心には合っているのか。

演奏終了後、藤岡は今日のコンサートマスターである木村悦子について紹介。普段はカナダのトロント交響楽団のコンサートマスターを務めているのだが、夏の間は休暇で出身地の関西に戻っているそうで、「出てくれないか」と誘ったようである。

関西フィルは城陽で9月に第九、来年1月にニューイヤーコンサートを行う。第九のコーラスは市民合唱団が行うようだが、男声パートがまだ足りていないそうで、藤岡は、「よかったら僕と共演しませんか」と客席に呼びかけていた。

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2022年8月20日 (土)

観劇感想精選(443) 学生演劇企画「ガクウチ」 in E9「そよそよ族の叛乱」

2022年8月13日 東九条のTHEATRE E9 KYOTOにて観劇

午後7時から、THEATRE E9 KYOTOで、学生演劇企画「ガクウチ-学徒集えよ、打とうぜ芝居-」in E9「そよそよ族の叛乱」を観る。作:別役実、演出:小倉杏水。
京都や大阪の学生劇団14団体から36人の学生が集い、上演を行う企画。参加団体(50音順)は、演劇企画モザイク(同志社大学)、演劇集団Q(同志社大学)、演劇集団ペトリの聲(同志社大学)、演劇実験場下鴨劇場(京都府立大学)、劇団ACT(京都産業大学)、劇団明日の鳥(京都府立医科大学)、劇団月光斜(立命館大学)、劇団ケッペキ(京都大学)、劇団蒲団座(大谷大学)、劇団万絵巻(関西大学)、劇団〈未定〉(京都女子大学)、劇団愉快犯(京都大学)、劇団立命館芸術劇場、第三劇場(同志社大学)。「別役実メモリアル」参加作品である。

探偵と科学博物館に勤める女の二人が主人公となっている。サミュエル・ベケットの「ゴドーを待ちながら」を想起させるシーンがあるが、おそらく意図的に取り入れているのであろう。

午後2時33分、遺体が発見される。通報を受けた探偵は現場に駆けつける。女性の遺体であった。外傷は全くない。探偵と遺体に興味を持つ女が一人。科学博物館の地下にある鯨の骨の監視を職業としているのだが、鯨の骨を見に来る客は1ヶ月に1人程度の閑職である。

探偵と女は遺体の身長と体重を量る。身長165.5cm、体重39.8kg。かなりの痩身であり、女は「餓死したのではないか」と推理する。ちなみに身長165.5cmの女性は「大女」だそうだが、今でも高めで「スタイルが良い」と言われがちな身長ではあるが、現在では170cm以上ないと「大女」(という言葉自体今では使われないかも知れないが)とは呼ばれないだろう。時の流れを感じる。

今では餓死者が出た場合、「異例」とは見なされるだろうが、餓死する人がいるのかどうかは発表されないし、人々は「日本には餓死する者など今はいない」という前提で生きている。いるのかも知れないが見ないし知らないようにしている。それが現代の日本社会である。一方でアフリカなどには餓死者がいるのはよく知られており、「前提」ではある。だが、募金などはするかも知れないが我がこととして実感する日本人は少ないだろう。そうした社会に対して、別役は切り込んでいく。
「社会」の人々、個人個人は善良な人々である。それはこの劇でも描かれている。だがそれが全体となった時に「無関心」「事なかれ主義」といった目の曇りが生まれてしまう。

そよそよ族というのは、劇中では古代にいた失語症の民族と定義されているが、一方で、餓死者の痛みや「助けを呼べない心理」などを敏感に察知する人のことでもある。死体処理係の男は、餓死者が出たことの責任が自分にあるように感じ、「自首する」と言い出す。「誰かの分を自分が食べてしまった」とも語るのだが、この戯曲が書かれた1971年時点で日本は「飽食の時代」を迎えており、食料が足りているのみならず大量の残飯が社会問題になっていた。一方ではアフリカなどでは食べるものがなく餓死者が普通に出ている。そうしたことの痛みと責任を我がことのように受け取ることが出来るのが「そよそよ族」と呼ばれる人々である。飢えを訴えたとしても意味はない、餓死することでしか問題を提起することが出来ない。そうした現状を別役は「そよそよ族の叛乱」として訴えてみせるのである。

劇中で「そよそよ族」は自身の罪を訴えることしか出来ない。太宰治の言葉の逆を言うようだが、今の時代は「犠牲者」であることは必ずしも尊いことではないのかも知れない。だが「犠牲者」でなければ「自罰的」であらねば伝わらないものごとは確実にある。今現在の世界的状況に照らし合わせても意味のある、痛切なメッセージを持った本と上演であった。

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2022年8月14日 (日)

観劇感想精選(442) 「観世青年研究能」 令和4年8月6日

2020年8月6日 左京区岡崎の京都観世会館にて

左京区岡崎の京都観世会館で、「観世青年研究能」を観る。午前11時開演。能楽観世流若手による上演だが、時節柄体調不良の者が多く、出演者にかなりの変更がある。

演目は、「田村」、大蔵流狂言「太刀奪」、「杜若」、「鵺」

先日、上七軒文庫のシラス講座「能と唯識」で取り上げられた「鵺」が上演されるということで、講師で観世流シテ方の松井美樹が宣伝していた公演である。今日は本来なら出勤日なのだが、手掛けている仕事も一段落ということで、休みを取って観に行くことにしたのだ。同じ講座を受講している人と会えるかなとも思ったのだが、残念ながら観に行ったのは私一人だけだったようである(松井美樹は地謡として「鵺」に出演していた)。

謡本は、Kindleで買ったものをスマホにダウンロードしており、昨日、一通り読んで来たのだが、いざ本番となると、肝心要のセリフが聞き取れなかったりする。「聞き取れない部分の面白さ」も能にはあるわけだが、なるべくなら謡も聞き取れた方がいい。ということで、売店でミニサイズの謡本「杜若」と「鵺」を購入。不思議なもので本を読んでいると謡も「そう言っているようにしか聞こえない」ようになる。周りを見ると、謡本を手に能を観ている人も結構多い。


謡本を購入する前に観た「田村」。この作品は、YouTubeなどで何度か観たことがあり、あらすじも分かっているのだが、次回は謡本を手に観た方が良さそうである。
「田村」というのは、征夷大将軍・坂上田村麻呂(劇中では田村丸)のことである。
ワキの僧侶は、東国出身で都(京都。平安京)を見たことがないというので、上洛してまず清水寺(「せいすいじ」「きよみずでら」の両方で読まれる)に詣で、そこで地主権現(現在の地主神社)の桜の精(前シテ)と坂上田村丸の霊(後ジテ)に出会うという物語である。「杜若」に出てくる僧侶が京の生まれで東国を見たことがないというので東下りするのと丁度真逆の設定となっている。
出演:谷弘之助(前シテ、後ジテ)、岡充(ワキ。旅僧)、島田洋海(アイ。清水寺門前ノ者)。

坂上田村麻呂と縁の深い清水寺。この演目ではその由来が語られる。懸造りの舞台が有名な清水寺であるが、勿論そればかりではない。音羽の滝の清水や、地主神社、十一面観音などの来歴がシテや地謡によって語られていく。


狂言「太刀奪」。野村万作、野村萬斎、野村裕基の親子三代による和泉流狂言も観ているが、大蔵流は設定からして和泉流とは異なる。

和泉流では太郎冠者がすっぱに太刀を奪われるのであるが、大蔵流では太郎冠者が北野天満宮通いの男の太刀をすっぱよろしく奪おうとするという真逆の設定になっている。
出演:山本善之(太郎冠者)、茂山忠三郎(主人)、山口耕道(道通の者)。

和泉流でも大蔵流でも霊験あらたかな寺社に詣でるのは一緒だが、和泉流の鞍馬寺に対して大蔵流は北野天満宮となっている。どちらも京都の北の方にある寺社ということだけ共通している。


「杜若」。三河の八つ橋の在原業平伝説にちなみ演目である。出演:河村晴道(代役。シテ。杜若ノ精)、有松遼一(ワキ。旅僧)。
当代一の色男にして色好み(三河は「実は三人の女」、八つ橋も「実は八人の女」説があるようだ)、加えて天才歌人と見なされた才能。だがそれ故にか嫉妬され、出世を阻まれ東下り(実際にはそれなりに出世しており、東下りも伝説に留まる)と不遇の貴公子のイメージも強い業平であるが、この演目では、業平の霊と共に業平の愛人である高子后の霊、杜若の霊が一体となって舞う場面がある。
「田村」での田村丸の舞、「鵺」での鵺の前も勇壮であり、気が飛んでくるような迫力があるが、この「杜若」での舞はそれとは真逆の静寂でたおやかなものである。「色ばかりこそ昔なれ」という謡の前に置かれていることから、それは「単なる時の経過」を表していると見ることも出来るのだが、その発想が尋常ではない。「時の過ぎゆく様を舞で表したい」とは普通は着想も実現も出来ない。しかしこの「杜若」での舞は、そうした様子が悲しいほど切実に伝わってきた。時が過ぎゆくほど残酷なことはない。そしてこの杜若の舞が、「草木国土悉皆成佛」へと繋がっていくのである。


「鵺」。以前に春秋座の「能と狂言」公演で観たことのある演目である。世阿弥の作といわれている。出演:寺澤拓海(シテ)、原陸(ワキ。旅僧)、増田浩紀(アイ。里人)。

頭は猿、尾は蛇、手足は虎、胴体は狸に似ているというキメーラの鵺。鳴き声が鵺という鳥(トラツグミ)に似ているので鵺と名付けられた怪物である。近衛天皇の御代(この時の近衛天皇は今でいう中学生と同い年ぐらい。その後、わずか17歳で崩御している)、東三条の空に黒雲が宿り、やがて御所へと押し寄せて近衛天皇を気絶させるほどに苛むものがあった。その正体が鵺である。三位頼政、源三位頼政として知られる源頼政がこの鵺を弓矢で射て退治することになる。

鵺退治の褒美として頼政は宇治の大臣(悪左府の名で知られる左大臣藤原頼長)の手を通して獅子王という剣を拝領するのだが、その時にホトトギスが鳴いたので、頼長は、「ほととぎす名をも雲居に揚げるかな」と上の句を詠み、頼政が「弓張月のいるにまかせて」と下の句を即興で継いだという下りが出てくる。三位頼政も悪左府頼長も平安時代末期の人であり、室町時代初期の人である世阿弥は彼らの最期がどうなったかを当然ながら知っている。それを考えた場合、鵺の最期も悲惨であろうと想像することは必然でもある。

鵺の悪とは、天皇を苛んだことであるが、それ以上に大きななにかがありそうである。だがそれは劇中では明らかにされない。なぜ鵺として現れたのか、なぜ天皇を苛んだのかいずれも謎である。

春秋座で「鵺」を観た時には、渡邊守章が「鵺=秦河勝説」を唱えていたが、世阿弥自身も秦河勝の末裔を名乗っており、秦河勝は能楽(猿楽)の祖ともいわれている。
最晩年に赤穂・坂越に流罪になったともいわれる秦河勝は、キメーラである摩多羅神と同一視されてもいるという。
「鵺」は世阿弥の最晩年に書かれた作品とされている。世阿弥の心に何か去来するものがあったのであろうか。

午前11時に開演して、終演は午後4時近く。約5時間の長丁場であった。

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2022年8月10日 (水)

2346月日(39) 文化庁京都移転記念 北区「WAのこころ」創生講座-文化のWA-「京の盆行事と他界観」

2022年8月2日 佛教大学15号館1階「妙響庵」にて

午後6時30分から、佛教大学15号館1階「妙響庵」で、文化庁京都移転記念 北区「WAのこころ」創生講座-文化のWA-「京の盆行事と他界観」という公開講座を聴く。
講師は佛教大学歴史学部教授で京都民俗学会会長、公益財団法人祇園祭綾傘鉾保存会理事でもある八木透。コーディネーターは、能楽観世流シテ方の河村晴久。

8月ということで、お盆と、8月16日に行われる五山送り火の由来について語られていく講座。
お盆は諸説あるが、サンスクリット語の「ウラバンナ」に「盂蘭盆」の字を当てたというのが定説とされている。

京のお盆の謎としては、六道珍皇寺や引接寺(千本えんま堂)で行われる「六道まいり」の六道の辻とはどこかという話がなされる。
六道珍皇寺は、小野篁が夜に閻魔大王に仕えるために地獄へと向かったと伝わる井戸があるのだが、道の辻ではなく、この井戸こそが「六道の辻なのではないか」というのが八木の見解のようである。

五山の送り火であるが、最初に始まったのが「大文字(だいもんじ)」であることは間違いない。ただ、いつ始まったのかについては諸説ある。
最も古いのは、空海が9世紀の初めに始めたとするものだが、これは伝説の領域を出ない。大文字が行われたという記録が空海存命中になく、その後も何世紀にも渡って大文字が行われたという記録は発見されていない。
最も有力とされるのが、足利八代将軍である義政が、九代将軍で24歳で早世した息子の義尚の菩提を弔うために始めたとされるもので、これは一つだけ文書に残っており、「偽文書」説もあるそうだが、八木自身は有力と見ているようである。ただ、大文字は1度行われただけで、その後に復活するまで100年以上の歳月を必要としている。
きちんとした記録に現れるのは、1603年の「慶長日件禄」においてである。1603年以降は毎年行われるようになり、恒例行事化したようだが、民間で起こった行事であるため、朝廷も幕府も重要視しておらず、記録はかなり少ないようである。1603年は江戸幕府が興った年だが、これもたまたまらしい。
その後、送り火は、松ヶ崎「妙法」、「舟形」、「左大文字」、「鳥居形」と増え、5つあるので五山送り火となる。五山十刹にちなんでいるのかも知れないが、臨済宗と繋がりがあるのは左大文字だけであるため、たまたま五山になったと考えた方が適当であろう。なお、昔はそれ以外にも、市原の「い」や、鳴滝の「一」、「竿に鈴」、「蛇」などもあったようだが、これらは数年に一度しか行わなかったため、存在自体が風化してしまい、具体的にどこで行われたのかも分かっていないようである。

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2022年8月 9日 (火)

スタジアムにて(40) J1 京都サンガF.C.対柏レイソル@サンガスタジアム by KYOCERA 2022.8.6

2022年8月6日 亀岡のサンガスタジアム by KYOCERAにて

サンガスタジアム by KYOCERAで、J1 京都サンガF.C.対柏レイソルの試合を観戦。在住府対出身県の対決なので見ておきたかった。とはいえ、柏市に行ったことはこれまで一度もないと思う。同じ千葉県内ではあるが、柏市があるのは東葛飾地方であり、千葉市よりも東京を始め茨城や埼玉に出る方が早いところにある。

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共にJ2にいた2019年には、柏レイソルのホームゲームで、サンガが13失点で負けるという惨劇のあった因縁の対決である。

今季からJ1に昇格した京都サンガF.C.。新戦力を加えてJ1に備えたが、上がってすぐに勝てるほど甘くはなく(J2優勝翌年にJ1で優勝したチームもあり、レイソルも2011年に達成している)負け星の方が先行している。
一方、柏レイソルの方は現在3位に着けており、優勝を狙える位置にいる。

昨年まではコロナ禍で移動が制限されていたため、アウェイのチームのサポーターがほとんど来られないという状況が続いていたが、今日は今もコロナ禍の最中ながらレイソルのサポーターが大勢サンガスタジアムにやって来ている。2階席(サンガスタジアムには1階席は存在しない)のコンコースを1週してみたが、サンガのゴール裏席付近には「レイソルの応援グッズを持ったお客様はお入りになれません」という張り紙がなされたコーナーがあり、レイソルのゴール裏席も「サンガの応援グッズを……」という張り紙がある。

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先制したのはサンガ。前半7分にゴール前にボールが送られ、相手キーパーが前進して処理しようとしたが、こぼれ球を武田将平がシュート。ボールは無人のゴールに転がり込んだ。

だが、前半22分。サンガディフェンダーはキーパーへのバックバスを行うが、キーパーの上福元がやや前に出ていた。私が高校生の頃(Jリーグ創成以前)まではキーパーへのキックでのバックパスでも手を使って取れたのだが、今は手を使って処理することは禁止されている。上福元はヘディングでなんとか弾き出そうとするが上手くいかず、ボールはほぼ真後ろに飛んでゴールマウスに飛び込む。オウンゴールで同点となった。

サンガは後半20分過ぎにピーター・ウタカを投入して点を取りに行くが、相手ゴール前での最後の連係が上手くいかない。

90分を超えたところでレイソルは次々に選手を交代。得点を狙う。
そして後わずかで試合終了というところで右サイドを破り、最後は武藤雄樹がボールをゴールに押し込む。サンガの選手はある者はグラウンドに寝転がり、ある者は膝に手を着いてうなだれる。あとわずかというところでの痛い失点である。
試合が再開されて数秒でタイムアップの笛が吹かれる。「あと10秒粘れば」というところで勝ち点1はするりと逃げていった。

勝った柏レイソルは2位に浮上する。

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2022年7月17日 (日)

スタジアムにて(39) J2 京都サンガF.C.対東京ヴェルディ@京都市西京極総合運動公園陸上競技場兼球技場 2015.5.9

2015年5月9日 京都市西京極総合運動公園陸上競技場兼球技場

午後2時から、京都市西京極総合運動公園陸上競技場兼球技場で、J2の京都サンガF.C.対東京ヴェルディの試合を観戦。優待券を貰ったので観に出かけたのである。

Jリーグというのはとにかく移籍が多く、そのためチームの応援は出来ても選手の応援はしづらいところがある。応援している選手がすぐに敵チームに移籍してしまう可能性も高いからだ。サンガにも以前は有名選手が何人もいたのだが、今はJ2の得点王にもなったことがある大黒将志が知られている程度である。ちなみに昨シーズン終了後に12人もの選手が移籍などで退団、新加入の選手も10人ということで、1年で別のチームへと様変わりしたことになる。

J1昇格とJ2降格を繰り返して「エレベーターチーム」などと揶揄されたこともあるサンガ。例年ならJ2で上位にいて昇格まであと一歩というところで届かずというケースが多いのだが、今年は成績が振るわず、3勝7敗2分けで18位。前節ではJ2最下位にいるFC岐阜にも勝てずにドローと苦戦中である。

普段はメインスタンドから観ることが多いのだが、今日は券の関係で、バックスタンドでの観戦。バックスタンドはauがネーミングライツを獲得して、au自由席という名称になっている。京都市西京極総合運動公園陸上競技場兼球技場という長い名前のスタジアムもネーミングライツを募集したのだが、手を挙げる企業や団体は現れなかった(後記:サンガが本拠地スタジアムを亀岡に移した2019年になってようやく、たけびしスタジアム京都となっている)。

基本的に陸上競技場であるため、スタンドからピッチまでが遠く、臨場感には欠ける。ピッチの近くから観ることの出来るエキサイティングシートというものもあるのだが、エキサイトというほどでもないためか(私はエキサイティングシート初登場の試合で、エキサイティングシートから試合を観戦している)、今年はエキサイティングシートもピッチから遠い所に下がってしまった。

京都府亀岡市にサッカー専用のスタジアムが建てられる計画があり、2017年度の完成を目指しているが、色々と問題があり、順調に行くのかはわからない(後記:場所を移して2019年にオープン)。


相手の東京ヴェルディは、Jリーグ(今のJ1)の初代王者である(当時の名前はヴェルディ川崎)が、親会社であった読売新聞が系列の日本テレビのアナウンサーに、自身が持つチームを「読売ヴェルディ川崎」と呼ばせ(他のチームも日産横浜マリノス、三菱浦和レッズなどと親会社の名前入りで呼ばせていた)、ゴールの際にも「読売! 読売!」と連呼させるなどしたため、ヴェルディのサポーターからも「読売グループを応援しているのではない」とクレームが入ったりした。また選手が川崎市の等々力競技場の状態の悪さに難癖を付け、更に読売側が強引に本拠地を東京スタジアム(味の素スタジアム)に移そうとした経緯があり、すでにフロンターレのあった川崎市民からもFC東京のあった東京都民からも見放されて不人気チームになり、J2落ちしてから長い。今年も今のままでは昇格は難しい。


今日は雨が降るとの予報もあったが、幸い降雨はなく、試合終盤には太陽の光も射す。


低迷気味のチーム同士の試合とあって、観ていてそれほど面白い展開とはならない。サンガは攻撃時に選手達の上がりが遅く、相手に掛けるプレッシャーが弱い。ヴェルディもパスサッカーで有利に試合を運んでいるが、攻め上がりは余り速くない。

前半30分過ぎに、ヴェルディの平本一樹が中央を突破してゴールエリア近くまで攻め込んでシュート。これが決まり、ヴェルディが先制する。その後、ヴェルディがパスで時間稼ぎを行ったため、サンガサポーターからブーイングを受ける。

ヴェルディが正面からシュートを放ってくるのに対して、サンガは角度のないところからしかシュートが打てない。ヴェルディのディフェンスを正面から破るだけのキープ力が今年のサンガには欠けている。

敗色濃厚のサンガだったが、後半36分過ぎに伊藤優汰が右サイドを突破。更に抜群のドリブル力で、サイドからゴールに近づき、クロスを上げる。これに途中出場のロビーニョが頭で合わせると、ボールはワンバウンドしてヴェルディゴールのネット上方を揺らす。サンガ同点、1-1。その後もサンガがチャンスを作るが、攻め方のバリエーションが豊富でないため、ヴェルディディフェンスをあともうちょっとのところで破ることが出来ない。試合は結局、1-1のドローに終わった。サンガとしては何とか負けなかったという格好であるが、この戦い方では今年は今後も望み薄である(結局、J1昇格を果たすのは2022年まで掛かった)。

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