カテゴリー「京都」の150件の記事

2022年1月 5日 (水)

2346月日(36) 京都市京セラ美術館 「モダン建築の京都」

2021年11月10日 左京区岡崎の京都市京セラ美術館東山キューブにて

左京区岡崎の京都市京セラ美術館で、「モダン建築の京都」展を観る。新館である東山キューブでの展示である。

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京都というと寺院などの伝統建築や和の町並みを思い浮かべる人も多いと思うが、明治以降、西洋建築の受け入れに寛容であり、第二次世界大戦でも空襲は局地的に留まったということもあって、明治以降のお洒落な建物が市内の各所に残っている。

ポスターに載っている建築を挙げていくと、会場である京都市京セラ美術館(京都市美術館、大礼記念京都美術館)、平安神宮、京都大学楽友会館、旧外務省東方文化学院京都研究所(現京都大学人文科学研究所)、駒井家住宅(現駒井卓・駒井静枝記念館)、進々堂京大北門前、京都大学総合体育館、国立京都国際会館、同志社大学クラーク記念館、同志社アーモスト館、同志社礼拝堂、新島旧邸、京都市庁舎本館、大丸ヴィラ、平安女学院明治館、京都府庁旧本館、京都文化博物館別館(旧日本銀行京都支店社屋)、京都芸術センター(旧明倫小学校)、本願寺伝道院、東華彩館、フランソア喫茶室、富士ラビット、国立京都博物館(旧帝国京都博物館)、京都大学花山天文台、長楽館、無鄰庵など。
市民に開放されてい施設も多く、明治維新、大正ロマン、昭和モダンなどに触れる機会も多いのが京都市の特徴であるといえる。

一部の展示品は撮影可であり、国立京都国際会館の模型などを撮影した。また、長楽館の宿泊者名簿には、早稲田大学(当初の名前は東京専門学校)の創設者である大隈重信と早稲田大学総長を務めた髙田早苗の名が並んでいることが確認出来る。

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京都の建築家というとまず名前が挙がるのが武田五一。京都市庁舎などの作品があるが、当時としては未来志向の建築家であり、時代を考えると、かなり新しい試みを行っていることが分かる。前川國男設計の京都会館(現ロームシアター京都。ロームによるネーミングライツで、正式名称は今も京都会館である)なども、1960年の竣工とは思えないほどの斬新さ(私が訪れた頃には経年劣化でオンボロ建築となっていたが)が感じられる。大野幸夫の国立京都国際会館も近未来的な要素を日本古来の建築様式と融合させた新しさを感じさせる。京都人からの評判は芳しくないが、京都という街のカオス性をそのままに表現したJR京都駅ビルなども近い将来にこうした評価を受ける建築群の仲間入りをしそうである。
斬新な作風の建築がある一方で、ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(一柳米来留)など、古典的な造形美を生かした建築家の活躍も目覚ましく、そうした多様な作風が渾然一体となって形作られた京都という街の特異性を感じることが可能となっている。
アメリカ生まれのヴォーリズは、近江八幡市を中心に多くの作品を残しているが、同志社大学今出川校地の建物もいくつか設計している。映像展示では、同志社でハモンドオルガンを弾いていたり、近江兄弟社で仕事をするヴォーリズの姿を見ることが出来る。

「新しさ」が提示されても、それを呑み込み、咀嚼して、単なる目新しさではなく独自のアイデンティティの領域にまで高めてしまうのが京都の奥深さである。

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2022年1月 3日 (月)

コンサートの記(756) 2021年度公益事業文化公演京都府教職員互助組合創立70周年記念「新妻聖子&サラ・オレイン Special Concert」@ロームシアター京都

2021年11月28日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後3時30分から、ロームシアター京都メインホールで、2021年度公益事業文化公演京都府教職員互助組合創立70周年記念「新妻聖子&サラ・オレイン Special Concert」を聴く。

このコンサートは、チケット発売初日に席を確保出来ず、同じ日に行われる京都市交響楽団のチケットを取ったのだが、その後に教職員のキャンセルが出たのかどうかは知らないが、新たにロームシアター公演のチケットが発売になっていたため購入。ロームシアターを優先させることにした。

「ミュージックフェア」での共演などを経て、森山良子、平原綾香と4人でLA VITAを結成した新妻聖子とサラ・オレイン。日本歌謡界の若手を代表する二人の共演による豪華なコンサートを格安で聴ける機会である。ただ前後左右一席空けのソーシャルディスタンススタンスであるが席は埋まり切っておらず、そこは残念な気がした。なお、肉親などの親しい関係であれば一席空けなくても大丈夫なようである。

第一部がサラ・オレイン、第二部が新妻聖子という二部制のコンサート。二人のデュオがあるとは書かれていないが、普通に考えて、ないとは思えない。
果たしてアンコールでは二人揃って登場した。


第一部に登場のサラ・オレイン。オーストラリアの出身で、日本文学を学ぶために東京大学に留学。その後に歌手として日本で活動するようになっている。音楽活動は多岐に渡り、楽器演奏や作曲、指揮もこなすという才女である。言語学が専門領域であり、今日も、「ほな、いきまっせ」「おいでやす。おこしやす」など関西弁でのトークも行った。
三島由紀夫の『金閣寺』を読んで感動し、「これは日本に行くしかない」と思ったそうで、数年前には金閣寺でのコンサートも行っているという。

2018年に京都コンサートホールで行われた「時の響」に出演した時に聴いて以来のサラ・オレイン。まず1曲目に久石譲の「君をのせて~天空の城ラピュタより」を歌い、その後に自作などを披露。ヴァイオリンやキーボードを弾きこなすなど多才である。
葉加瀬太郎とセリーヌ・ディオンの「TO LOVE MORE」でヴァイオリン弾き語りの一人二役を行ったり、チック・コリアの「スペイン」に歌詞を付けたものを歌ったり、最後はプッチーニの歌劇「トゥーランドット」より「誰も寝てはならぬ」(本来はテノールの曲である)を歌うなど、バラエティに富んだ選曲。歌声も澄んだソプラノからソウルフルなものまで幅広い。


最も好きなミュージカル歌手の一人である新妻聖子。歌声にも演技にも全幅の信頼の置ける人である。今日は青いパンタロン(でいいのかな?)姿で登場する。
まずはお得意のミュージカルナンバーから。「ラ・マンチャの男」から同名曲、「アニー」から「Tomorrow」、「レ・ミゼラブル」から「夢破れて」。「ラ・マンチャの男」は英語、「Tomorrow」と「夢破れて」は日本語での歌唱である。「Tomorrow」は少女が主演する「アニー」のナンバーということで、新妻聖子が歌うようになったのは最近だそうだが、歌詞が深く、「子どもが歌う曲だからとは侮れない」そうである。「レ・ミゼラブル」は、新妻のミュージカルデビュー作(エポニーヌ役)であるが、エポニーヌが歌う「On My Own」ではなく、最も有名な曲である「夢破れて」を歌う。客席に「『レ・ミゼラブル』をご覧になったことのない方っていますかね?」と聞いて、数名拍手する人がいたので、「7人ぐらいいらっしゃいますね」ということで、説明しようとするが、「ある人がパンを盗んでですね、改心する。割と早く改心するんですが、その前に出てくる恵まれない人がフォンテーヌ。フォンテーヌは人を信じやすいんですが、不幸になって、子どもを宿して、でも子どもがいたら働けないから、信用出来そうな夫婦(テナルディエ夫妻)に預けたら、実際には酷い人達で」と大まかなものに留める。『レ・ミゼラブル』はミュージカルとしても大作であるが、原作小説も岩波文庫の厚いもので4冊あり、そう簡単に説明出来るものではない。「Tomorrow」も優れていたが、「夢破れて」は入魂の出来で素晴らしかった。

続いては「ピコ太郎さんの歌をうたいたいと思います。ふざけてるんじゃないですよ。ピコ太郎さんは真面目な曲も書いてるんです。さだまさしさんの『関白宣言』という歌がありますが、みんな知っているという前提で言いますけど、結婚した旦那さんが割と高圧的な、半分冗談なんですけど、それを生まれてくる子どもの視点から書いた『完パパ宣言』というのがありまして、刺さるものがあったので、ピコ太郎さんに『歌いたいんですけどいいですか?』とお伺いしたら『いいですよ』ということでレパートリーに入れた」そうである。赤ちゃんの視点で歌うということで、椅子の上に座り、胎児のように脚を抱えて歌う。途中で録音された産声が流れるが、新妻聖子の長男が生まれた時の産声だそうである。

新妻聖子の実姉は、シンガーソングライターだそうだが、姉妹のことを書いた「sisters」という曲も歌われる。新妻の姉の声が録音で流れて「疑似デュオ」になるが、実の姉ということで声が新妻聖子にそっくりである。

LA DIVAでは、韓国の音楽グループであるBTSの「Dynamite」をカバーしているのだが、それを「ラウンジでブランデーを傾けながらシャム猫を撫でているイメージ」でアレンジして貰ったものを歌う。モダンジャズなテイストであった。

新妻は現在、ミュージカル「ボディガード」の稽古に励んでいるそうで、「有名な『エンダーイ』を歌います」ということで、「Always Love You」が日本語と英語が混じったミュージカル日本上演バージョンで歌われた。

最後はお別れのイメージがある「Time to say goodbye」。伸びやかな歌唱であった。


アンコールは、サラ・オレインと新妻聖子の共演で、中島みゆきの「時代」とABBAの「ダンシングクィーン」が歌われる。先頃の再結成宣言でも話題になったABBAはスウェーデンのグループということで、サラ・オレインは新妻の青の衣装と合わせてスウェーデンの国旗に見えるよう黄色のドレスを選んだのだが、新妻はそれに気付かず、昨日の綾部市での公演では、「サラちゃん、黄色のドレス素敵だね」としか思っていなかったそうである。
新妻はサラに「京都の思い出」について聞いたのだが、「先程語り尽くした」ということで再び三島由紀夫の『金閣寺』の話をする。新妻は、「日本人なのに(『金閣寺』を)読んだことない」そうだが、「京都がサラちゃんを日本に呼んだと」と纏めていた。

「時代」には英訳された歌詞が存在するそうで、二番は英訳詞でのデュオとなった。
ミュージカル「マンマ・ミーア!」の振り付きで歌われた「ダンシングクィーン」もノリノリであり、「良いものを聴いた」と心から満足出来るコンサートとなった。

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2021年12月23日 (木)

上七軒文庫ツイキャス配信「おはなしLeiture」vol.2

2021年11月14日

午後1時30分から、上七軒文庫のツイキャスでの配信「おはなしLeiture」vol.2を観る。
お話と絵、朗読による物語配信である。
原作:るか子。音楽:法太。朗読:鹿田ひさこ、田ノ口リコ、東村洋子。着付け協力:中村千佳子。イラストは田ノ口リコが兼任する。

泉鏡花や芥川龍之介や内田百閒の短編小説を彷彿とさせる、秋から冬にかけてのノスタルジックで不思議なお話全13編からなる配信公演。明治時代に造られた町家である上七軒文庫からの配信に相応しい内容である。配信のみではなく、上七軒文庫を会場にした公演も行えるなら建物自体の雰囲気にもマッチしてより良いものになりそうだが、その場合は上演のスタイルを変えないといけないため(絵は、ボードの上に置かれたものがクローズアップされる。会場での公演の場合は、それをモニターに映す必要があるが、臨場感は却って出にくいかも知れない)難しいだろう。
ともあれ、長い歴史と底知れぬ深さを持つ関西という場所を中心とした、迷宮を彷徨うような物語は、子供からお年寄りまで、多くの視聴者の琴線に触れるものであることは間違いない。多くの歴史や記憶が積み重なった重層都市である京都。そこで紡がれて送り届けられる物語には抗いがたい魅力がある。

これらの作品の絵本バージョンも読んでみたくなる公演内容であった。

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2021年11月10日 (水)

コンサートの記(751) オペラ「ロミオがジュリエット(Romeo will juliet)」世界初演

2021年11月5日 東九条のTHEATRE E9 KYOTOにて

午後7時から、東九条のTHEATRE E9 KYOTOで、オペラ「ロミオがジュリエット(Romeo will juliet)」(ソプラノ、ギター、電子音響のための。2021年委嘱・世界初演)を聴く。作曲は、足立智美(あだち・ともみ。男性)。出演は、太田真紀(ソプラノ)と山田岳(やまだ・がく。エレキギター、アコースティックギター、リュート)。この二人による委嘱である。演出は、あごうさとし。

テキスト生成用のAI(人工知能)であるGPT-2に、シェークスピアの「ロミオとジュリエット」の原文を始め、文献やWeb上の情報など数百年分のデータを入れて記述されたテキストを基に作曲されたオペラである。足立本人は敢えて「ロミオとジュリエット」の原文には触れないようにしたそうで、「おそらく、オペラ作曲家が原作を読まずに作曲した世界初のオペラでもあります」(無料パンフレットに記載された足立本人の文章より)とのことである。

英語上演(一部日本語あり)字幕なしということで、予約を入れた人に届いたメールには英語の原文と日本語訳が載ったPDFが添付されており、事前に読むことが推奨されている。テキストは当日に席の上に置かれたチラシの束の中にも入っている。

私は事前に2度読んで行ったが、AIは意味というものを理解することが出来ないということでハチャメチャなテキストになっている。「ロミオとジュリエット」の主筋は登場せず(別れの場だけ多少それらしかったりする)、突然、ゲームの話になったり(「ロミオとジュリエット」をビデオゲーム化したものがいくつもあって、その影響らしい)、「あんた誰?」という登場人物が何の予告もなしに出てきたり(「ロミオとジュリエット」の二次創作からの還元の可能性があるようだ)、矛盾だらけの文章が続いたりと、とにかく妙である。ただ、そんな妙な文章の中に、時折ふっと美しい一節が現れることがある。それまでの過程が奇妙なだけに、その美しさは際立つ。

中央から左右に開くタイプの黒い幕が開き、オペラ開始。ソプラノの太田真紀は中央に黒いドレスを纏って(正確に言うと、床に置かれた黒いドレスに潜り込んで)座り、ベールを被っている。顔は白塗りで、そのために真っ赤に口紅が引き立つ。山田岳は上手奥にいてギターを弾き始める。両手は血をイメージしたと思われる赤い塗料に染められている。

今日が世界初演の初日である。

9場からなるテキスト。上演時間は休憩時間15分を含めて約1時間20分である。
英語テキストなので聞き取れない部分も多いが、聞き取れたとしても意味は分からないので、そう変わらないと言えないこともない。

まずは第1場「ロミオ」は朗読から入り、第2場「ジュリエット」では、冒頭の「目をいつもよりちょっと大きく動かしてみましょう!」が日本語で語られる。
ボイスチェンジャーが使われたり、声が重なって聞こえるよう加工されたりする。

そんな中で第4場の「ジュリエットとサクラ」は純然とした朗読。太田真紀も情感たっぷりに読み上げるが、その実、文章の意味は通っていなかったりする。サクラなる人物が何者なのか良く分からないが、なぜか子どもが登場し(誰の子どもなのかも、サクラやジュリエットとの関係も不明)、街には当たり屋(?)がいて、裕也というこれまた謎の男が突如現れ、白人の男が黒いカーテンのようだと形容される(白人なのに黒とは如何?)。

第5場「カンティクル」も朗読だが、サクラと独立した彼女の腕との話になっており(「ロミオとジュリエット」からどうしてそんな話になったのかは不明。そもそもジュリエットはどこに行ったのだ?)、中上健次の初期の短編小説「愛のような」を連想させる。
ノーベル文学賞候補と言われながら若くして亡くなった中上健次。一週間後には私は中上健次の享年を超えることになる。

音楽的には、声が重層的になる部分がクイーンのアルバム「オペラの夜」を連想させたり、ラストの第9場「ジュリエット」では、山田岳の弾くリュートに乗せて、太田真紀がシェークスピアと同時代のイギリスの作曲家であるジョン・ダウランドを思わせるような叙情的な旋律を歌うなど(「A drop」のリフレインが印象的)、全体的にブリティッシュな印象を受けるのだが、実際には「イギリス」をどれほど意識していたのかは不明である。ただ、アフタートークで足立は第9場の音楽についてはやはりダウランドを意識したと語っていた。
エレキギターからアコースティックギター、リュートという時代に逆行した流れになっているのも面白い。

ジョン・ダウランドは、近年、再評価が進んでいる作曲家なので紹介しておく。シェークスピア(1564-1616)とほぼ同じ頃に生まれ(1563年説が最有力のようだ)、シェークスピアより10年長生きした作曲家で、オックスフォード大学で音楽を学んだリュートの名手であり、エリザベス女王の宮廷楽士になろうとするが、なぜか不合格となってしまい、やむなくヨーロッパ大陸に活躍の場を求めている。イタリア、ドイツ、デンマークなどで名声を得た後、1606年にイングランドに帰国し、1612年にようやくジェームズ1世の王宮にリュート奏者として仕官。シェークスピアは、その頃には引退間際であり、共に仕事をすることはなかった。同じ時代を生きながらすれ違った芸術家の代表格と言える。


テキストとしては、第7場「ジュリエット」における、「ロミオここにあり」「来たれ」が繰り返されるミニマルなものや、第8場「ロミオ」の「愛」と「死」と「肉体」の観念、第9場「ジュリエット」での「死」と「ひとしずく」の関係などが面白い。AIは意味というものを理解することは出来ないので、自動記述的に生み出されたものなのだが、理屈では捉えきれないが感覚的に飲み込むことの出来る何とも言えない愉悦がここには確かにある。

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2021年11月 1日 (月)

2346月日(35) 京都府立京都学・歴彩館 「吉川観方と風俗史考証の世界―コレクションの写真を中心に―」

2021年10月18日

下鴨にある京都府立京都学・歴彩館(京都府立大学の校舎と併用されている)の展示室で、「吉川観方と風俗史考証の世界―コレクションの写真を中心に―」を観る。

京都市に生まれ、幼時に大津で暮らした他は京都で生涯を過ごした日本画家、吉川観方(よしかわ・かんぽう。1894-1979)。京都府立第一中学校(現在の京都府立洛北高校の前身。今は下鴨にあるが、往時は京大に隣接した吉田近衛町にあった)卒業後、京都市立絵画専門学校(京都市立芸術大学美術学部の前身)予科に進み、同時期に江馬務主催の風俗研究会に参加している。京都市立絵画専門学校本科に進み、卒業後は松竹合名会社に入社して、南座で舞台意匠顧問として主に衣装などを手掛けるようになる。松竹退社後も業務提携を結び、映画などで衣装の監修を手掛けた。京都市立絵画専門学校はその後も研究科に通い、卒業後は大阪・道頓堀の劇場街で衣装考証なども手掛けている。京都の画家としては初めて大錦判の役者絵の版画を制作したとされ、今回の展覧会でも初代中村鴈治郎、二代市川左團次、十二代片岡我童の役者絵が展示されている。

有職故実の研究に始まり、江戸時代の小道具(鏡箱、鼻紙台などには丸に十字の島津の家紋が入っているが、大名の島津家のものなのかどうかは不明)などの収集に興味を持った観方は、江戸時代の習慣や装束などを復活させて写真に収めるという活動を行うようになる。1932年制作のペリー来航を描いた映画「黒船」の撮影に参加している写真が展示されているが、監督の名前がジョン・ヒューストンとジョージ・ヒューストンとに分かれている。ジョン・ヒューストン(「アフリカの女王」や「許されざる者」の監督のようである)が正解で、ジョージ・ヒューストンは誤記のようであった。ちなみにジョージ・ヒューストンという有名人物も実在していて、1930年代に西部劇の映画俳優として活躍していたようである。

先日、NHKアーカイブのFacebookが「島原おいらん道中復活」というモノクロの映像を配信していたが(島原にいるのは太夫であり、花魁はいないので誤りだが、当時の東京ではそうした情報は正確には把握出来ていなかったのだろう)、1947年に太夫道中を復活させたのも吉川観方であるようだ。

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2021年9月27日 (月)

2346月日(34) 生誕120周年「杉原千畝展 命のビザに刻まれた想い」@京都髙島屋

2021年9月21日 四条河原町の京都髙島屋7階グランドホールにて

京都髙島屋7階グランドホールで、生誕120周年「杉原千畝展 命のビザに刻まれた想い」を観る。

リトアニアの駐在大使時代に、ナチスドイツに追われたユダヤ人に多くの日本経由のビザを発給し、命を救ったことで知られる杉原千畝(ちうね。愛称は有職読みした「せんぽ」)。スティーヴン・スピルバーグ監督の映画「シンドラーのリスト」が公開された際にも、「日本のシンドラー」として注目を浴びている。

杉原千畝は、1900年1月1日、岐阜県生まれ。父親が税務官で転勤が多かったため、福井県、石川県、三重県などに移り住む。小学校もいくつか変わっているが、名古屋古渡尋常小学校を卒業。成績優秀で表彰されており、その時の表彰状の実物が展示されている。中学校は愛知県立第五中学校(旧制。愛知県立瑞穂高等学校の前身)に進む。この学校からは江戸川乱歩こと平井太郎も出ており、後年、杉原千畝と江戸川乱歩がOB会で一緒に写った写真があって見ることが出来るが、学年としては乱歩こと平井の方が5つ上であり、旧制中学校は5年制であったので、丁度入れ替わりとなるようだ。

当時、日本領であった朝鮮の京城(ソウル)に単身赴任していた父親は、千畝が医師になることを望んでおり、京城医学専門学校を受けるよう勧めるが、千畝自身は得意だった外国語を生かせる仕事に就くことを望んでいたため、京城医学専門学校の入試を受けるには受けたが、白紙答案を出して帰り、父親を激怒させた。事実上の勘当となった千畝は、単身東京に移り、早稲田大学高等師範部(現在の教育学部の前身)英語科予科に入学。その後、本科に上がるが、勘当同然であったため仕送りもなく、アルバイトで学費を稼いでいたが、それも限界。「卒業まで資金が持たない」と思っていたところで、大学の図書館に張り出されていた「英語独語仏語以外の官費留学生募集」の広告を目にして受験。試験勉強は1ヶ月ほどしか出来なかったが、元来天才肌だった千畝は見事に合格。早大を中退し、ロシア語を学ぶためハルピンに渡ってハルビン学院で給料を貰いながら勉学に励む。
千畝はロシア語学習能力にも秀でており、ほどなく「ロシア人の話すロシア語と遜色ない」と呼ばれるまでになる。
その後、そのまま満州勤務となり、ロシア人の女性と結婚するが、この最初の結婚は10年持たず、また千畝が白系ロシア人(反ソビエト共産党のロシア人)と親しく付き合っていたため、ソビエトの人々からは「危険人物」と見られていたようである。

ということで、ロシア語を学んだ千畝だが、ロシア本国に派遣されることはなく、まずはロシアとの関係が深かった、というよりはロシアの支配が長かったフィンランドの日本公使館に赴任することになる。
その後、バルト三国の一番南にあるリトアニアの日本総領事代行として移る。リトアニアの首都はヴィリニュスであるが、当時はポーランドとの国境争いでポーランド領となっていたため、臨時首都がカウナスに置かれていて、千畝もここで勤務している。

1939年9月1日、ナチスドイツがポーランドに侵攻。第二次世界大戦が始まる。ポーランドに隣接したリトアニアは、一時はヴィリニュスを取り返すも、その後にリトアニアはソビエト連邦の一国として吸収される。

そんな中、危機感を抱いたユダヤ人達が、カウナスの日本領事館を訪ねてくる。亡命のために、シベリア鉄道に乗り、日本の敦賀港まで出て日本国内を通り、オランダ領キュラソー、上海、オーストラリアなどへ逃げることを目指していた人達だ。名簿が展示されているが、ポーランド人が最も多く、リトアニア人、ドイツ人、チェコスロヴァキア人(現在はチェコとスロヴァキアに分離)などが続く。カナダ国籍やアメリカ国籍、イギリス国籍の人もいた。

千畝は自身では判断せず、まず日本の外務省に電報を打っている。時の外務大臣は有名な松岡洋右だが、松岡の指示は、「亡命先の受け入れが確実な者には速やかにビザを発給すること」で、これではビザを発給出来る者はかなり限られてくる。何度か電信でのやり取りがあったことが分かるが(実物が展示されている)、千畝は一晩中考えた末、「人道、博愛精神第一」の立場から独断でビザを発給することを決意する。千畝は亡命者全員に、「お幸せに、お気を付けて」との言葉を掛けたそうである(何語で掛けたのかは不明)。その後、プラハに異動になった千畝はそこでもビザを発給。外務省からは、「ビザを発給しすぎではないか」「チェコスロヴァキアという国は(ドイツに併合されて)もうないのだから、チェコスロヴァキア人にはビザを発給しないように」との苦情も来たようである。リトアニアを支配したソ連側からも、「リトアニアはもう独立国ではないのだから退去するように」との命令を受けたが、ギリギリまで粘ってビザを発給し続けた。
その後、ヨーロッパを転々とし、ルーマニアのブカレストで収容所生活を送った後で日本に戻った千畝と家族であるが、結果的には外務省をクビになり、連合国側のPXの東京支配人、ロシア語講師、NHK国際局など職を転々とすることになる。彼が就職活動の際に書いた履歴書(今のような専用用紙ではなく、白い紙に横書きで書き付けたもの)も展示されている。

その間、実は千畝に命を助けられたユダヤ人達は恩人である千畝の消息を探していた。一説には、彼らが「すぎはら・ちうね」ではなく、愛称の「すぎはら・せんぽ」で記憶していたため、千畝を見つけるのが遅れたとも言われるが、外務省が千畝の存在を黙殺した可能性もあるようだ。
1968年にイスラエル大使館から電話を受けた千畝は、ビザを発給したユダヤ人の代表、ニシェリ氏と再会することになり、功績が讃えられることになる。だが日本において杉原千畝の名誉が回復されるのは彼の死後を待たねばならなかった。

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2021年9月26日 (日)

観劇感想精選(413) 加藤健一事務所 「THE SHOW MUST GO ON~ショーマストゴーオン~」

2021年9月18日 京都府立府民ホールアルティ(ALTI)にて観劇

午後6時から京都府立府民ホールアルティで、加藤健一事務所の公演「THE SHOW MUST GO ON ~ショーマストゴーオン~」を観る。作:ジョン・マーレイ&アレン・ボレッツ、テキスト日本語訳:小田島恒志。演出:堤泰之。出演は、加藤健一、新井康弘、辻親八(つじ・しんぱち)、奥村洋治(ワンツーワークス)、林次樹(Pカンパニー)、土屋良太、伊原農(いはら・みのり。ハイリンド)、千葉建玖(ちば・けんき。Studio Life)、加藤忍、岡﨑加奈。

今回の作品の原題は、「ROOM SERVICE(ルーム・サービス)」というものなのだが、そのタイトルだとなんだか分かりづらいということで、加藤健一事務所が27年前に上演した際には、「イッツ・ショー・タイム」という英語を使った邦題に変え、今回は加藤健一自身が「ショーマストゴーオン」というタイトルで上演したいと希望し、翻訳の小田島恒志に提案したそうである。

初演が行われたのは深刻な不況下である1937年のニューヨーク。昭和に直すと12年で、かなり昔の本である。初演は大成功したそうで、500回以上の上演を重ねたという。

ジャズエイジとも呼ばれたアメリカの青春時代である1920年代が世界恐慌で終わり、混迷の時代へと突入する。セリフに「ハーバート・フーヴァー大統領」という言葉が登場するため、作品の舞台が初演より少し前の大恐慌の時代であることが分かる。ハーバート・フーヴァーは大恐慌発生時の大統領で、経済面での有効な策を打つことが出来なかったため評価は極めて低く、「米国史上最も無能な大統領」の一人に数えられている。


ブロードウェイの近くにある二流ホテルの一室が舞台。演劇プロデューサーのゴードン・ミラー(加藤健一)は、駆け出しの若い劇作家であるレオ・デーヴィス(千葉建玖)が書いた優れた戯曲「ごきげんよう(GOD SPEED)」の上演を計画しており、ホテル内の施設を使った稽古にも入っているのだが、十分な資金が集まらないため、稽古が始まってから7週間が経った今も公演の目処は立っていない。プロデューサーとして資金調達が求められているのだが、不況下ということもあって良いスポンサーを見つけることが出来ない。ミラーは上演すれば大当たり間違いなしの本を手にしていながら上演出来ないことを悔しがっている。

劇団員はこのホテルに寝泊まりしており、費用はミラーが受け持っているのだが、現在は手元に金がない。実はミラーはそれまでにも劇団員全員でホテルに泊まって稽古をしては資金がまかなえずにトンズラを繰り返しており、ブロードウェイ付近のほぼ全てのホテルでブラックリスト入りしているようである。演出家のハリー・ビニョン(土屋良太)、演出助手のフェイカー・イングランド(伊原農)らと共にトンズラの準備を始めたミラーだったが、そこに「ごきげんよう」の作者であるデーヴィスが訪ねてくる。


この作品に関しては、上演を観ていない人のためにあらすじを細部まで語っても余り意味はないように思われる。意味があるのは筋書きよりもこの公演における主題で、打ち出されているメッセージは明確で力強い。

ホテルの重役であるグレゴリー・ワグナー(新井康弘)は経済至上主義者で芸術に全く理解がなく、「ごきげんよう」のリハーサルを観ても良さが分からずに「駄作じゃないの?」などと語る人物であるが、そうした無理解な人々の思考を演劇でもって克服し、最終的には救済までしてしまうという痛快な内容となっている。結局、全てを成功に導くのは演技の力であり、演劇の要素である。逆に言えばこの世に演劇というものがなかった場合、何一つ乗り越えられなかったことばかりだ。演劇は不要不急どころかマイナスをプラスに変える力を備えていることが高らかに宣言される。

今回の上演が大千穐楽で、加藤健一事務所恒例の地方公演は今回に関しては京都公演のみとなっているが、演劇を愛する人の心に確実に訴えかける見事な上演となっていた。

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2021年9月18日 (土)

NHKBSプレミアム 「英雄たちの選択」 秀吉の“終活”~発見!幻の京都新城~

2021年9月15日 ※レポートではなく、番組を見ての私自身の考えが主となっています。

NHKBSプレミアム「英雄たちの選択」。今回は、豊臣秀吉が死の前年に京都御所(内裏、禁裏)にほぼ隣接した場所に築いた京都新城と豊臣氏の滅亡についての検証がなされる。

京都新城は、「太閤御屋敷」など他の名称と共に史料に出てくる城郭で、本丸の跡地には仙洞御所が建っている。というよりも城が築かれていて地固めなどもしっかりしていたため上皇のための御所に転用されたと考えた方が良いだろう。
仙洞御所の地下に眠っているため、本格的な発掘調査などは難しかったが、昨年、調査によって堀の幅などが分かった。約20メートルの堀を有していたというからかなり本格的な城郭である。

豊臣秀吉というと大坂城のイメージが強く、実際に本城は大坂城であるが、関白として平安京の大内裏跡に築かれた聚楽第で政務を執ることが多く、また晩年は指月と木幡山の二箇所の伏見城を隠居城としてそこで過ごしていた。指月の伏見城は隠居の場として居館に近い形状であったと思われるが慶長伏見地震で倒壊し、その廃材を利用してより堅固な城郭を木幡山に築いている。木幡山の伏見城は、城攻めの名手でもあった秀吉が知恵を絞って築いた天下の堅城であり、防御力は大坂城をも上回っていたと思われるが、関ヶ原の戦いの前哨戦である伏見城の戦いでは、鳥居元忠ほか僅か500騎が守る伏見城に石田三成ほかが率いる数万の軍勢が押し寄せ、落城。ただ、この落城自体が三成を東側におびき出すための罠だった可能性がある。実際、徳川家康は秀吉の伏見城が堅城であったとして跡地に新たな伏見城を築き直しており、征夷大将軍にも伏見城で任じられている。

伏見城は、徳川家光の時代に廃城になっているが、それには洛中に出来た二条城の存在が大きく影響している。元々は京とは別の街で、現在の京都市でも外れにある伏見の城より、京の街の真ん中にある二条城の方が便利であり、京都の町衆にも徳川の権威を見せつけやすい。それと同じ理由が豊臣氏にもあったのだと思われる。

聚楽第は秀吉から関白職を受け継いだ秀次の城となるが、その後、秀吉に実子の拾(のちの豊臣秀頼)が生まれたため、秀次の存在は邪魔になる。
秀吉の右腕であったのは、弟で大和大納言や小一郎の名でも知られる秀長である。聡明にして「人物」とされた秀長の死により、豊臣政権に歯止めが利かなくなり、秀次は謀反の疑いによって高野山に幽閉され、切腹(秀吉から切腹を命じられたという説と、抗議のために自ら切腹して果てたという説がある)。秀次の妻子は三条河原で皆殺しとなり、秀次の城だった聚楽第は跡形もなく破却された。だが、関白という公家系の称号で成り立った豊臣政権としては洛中に城がないのでは権威を示せなくなる。そこで聚楽第の代わりに御所の近くに新たに建てられたのが京都新城であると思われる。

秀吉の死後、京都新城には正室であった於寧(寧々、北政所、高台院、豊臣吉子)が住んでおり、この地で亡くなっている。高台院がこの地を選んだのは、生前に秀吉から「危なくなったら禁裏に逃げ込め」と指示されていたからとも言われている。堀と石垣以外の防御策はなく、守りは正直手薄だが、御所のそばにある京都新城を攻めるということが御所に弓引くと同じことになり、物質的ではなく心理的な防衛力が期待されていた可能性もある。
幕末とは違い、この時代の天皇は権威はそれほど高くなかったが、紫衣事件が起こる前で、まだ天皇の優位性は保たれていたと思われる。

ただ、平時ならいいが、いざ戦が始まった場合、昔の小島よしおのように「そんなの関係ねえ!」と京都新城を攻める武将が出てくる可能性もあり、秀吉は秀頼が物質的に守りの堅固な大坂城に移ることを決めている。


関ヶ原の戦いの前哨戦である伏見城の戦いが終わった後、京都新城の西側の堀や石垣などが西軍の兵士達によって崩されている。「御所の安全を守るため」とのことだったが、仮に京都新城を東軍方に乗っ取られた場合、西軍が攻め寄せると「天皇に弓引く」と受け取られて、石田三成らによる家康追討の説得力が失われる。そこで事前に京都新城の防御力を裂いたと見るのが適当であるように思われる。

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2021年9月 3日 (金)

観劇感想精選(411) IN STU×KAIKA 既成戯曲の演出シリーズ vol.1「アルカディア」

2021年8月13日 東九条のTHEATRE E9 KYOTOにて観劇

午後6時から、東九条のTHEATRE E9 KYOTOで、IN STU×KAKA 既成戯曲の演出シリーズ vol.1「アルカディア」を観る。作:トム・ストッパード。テキストは、ハヤカワ演劇文庫から出ている小田島恒志訳のものを使用。演出は大石達起。出演は、阿僧祇(白河夜船)、高橋紘介、勝二繁(日本海/およそ三十世帯)、黒木陽子(劇団衛星/ユニット美人)、横山清正(気持ちのいいチョップ)、藤村弘二、川﨑祐輔(劇団つちの娘)、岡田眞太郎(トム論)、伊藤彩里(gallop/カイテイ舎)、土肥嬌也、上条拳斗、大山渓花。

21世紀に入ってから日本でも作品が上演される機会が増えたトム・ストッパード(1937- )。映画「恋におちたシェイクスピア」や「未来世紀ブラジル」などで共同脚本として名を連ねていることでも有名である。
「アルカディア」は、1993年にイギリスで初演され、日本初演は2016年に栗山民也の演出によって行われている。

イングランドの貴族、カヴァリー家の屋敷が舞台なのだが、時代を隔てた二つの世界が互い違いに描かれていく。最初に舞台となるのは1800年代。13歳のトマシナ・カヴァリー(阿僧祇)は、家庭教師のセプティマス・ホッジ(高橋紘介)に数学などについて教わっている。イギリスの場合、貴族階級の女子は学校に通うのではなく家庭教師に教わるのが一般的で、それが変わるのは20世紀以降である。

トマシナは聡明な女の子で、特に代数に関しては図抜けた能力を持っている。おそらく彼女に解けないのは、17世紀に提唱された「フェルマーの最終定理」(「アルカディア」初演から2年経った1995年にアンドリュー・ワイズによってようやく証明された)ぐらいで、実際にトマシナがフェルマーの最終定理に挑む場面がある。それを教えるセプティマス・ホッジもパブリックスクールの名門であるハロー校を経てケンブリッジ大学のトリニティ・カレッジで学んだというインテリである。実はセプティマス・ホッジは、ロマン主義最大の詩人といわれるジョージ・ゴードン・バイロン(バイロン卿)の先輩であり面識もあった、ということでカヴァリー邸にもバイロンは訪れている(劇中には登場しない)。

一方の舞台は現代である。登場人物は、カヴァリー家の末裔であるヴァレンタイン・カヴァリー(上条拳斗)とクロエ・カヴァリー(大山渓花)、そしてガス・カヴァリー(川﨑祐輔)。更にカヴァリー邸の歴史を調査しているベストセラー作家のハンナ・ジャービス(伊藤彩里)と、ハンナのライバル的存在であるサセックス大学研究員のバーナード・ナイチンゲール(最初の場面ではバーナード・ピーコックという偽名を付けられる。土肥嬌也)の5人。ガス・カヴァリーは、場面緘黙もしくは全緘黙で、知能は高いと思われるのだが話すことが出来ない。ただし音楽の才能は抜群で、母親からは「我が家の天才くん」と呼ばれている。ヴァレンティンは数学者ということで、先祖の血を受け継いでいるように思われる。
ちなみにガスを演じる川﨑祐輔は、1800年代の場面ではオーガスタス・カヴァリーを二役で演じているが、オーガスタスはガスとは真逆の、映画「アマデウス」に登場するモーツァルトを思わせるような天真爛漫な人物である。「オーガスタス」は、ラテン風に読むと「アウグストゥス」であり、クレオパトラの名前が劇中で出てくるのとおそらく関係があり、またセプティマスがセプテンバーに繋がる名前なのも意図的だと思われる。

現代の場面では、バイロンの研究をしているバーナードが、バイロンとカヴァリー邸で出会った詩人のエズラ・チェイター(藤村弘二)が、自作の詩をバイロンに酷評されたため決闘を申し出て、敗北。チェイターは死んだが、その結果、バイロンはイングランドにいられなくなったという説を唱える。その証拠となりそうな史料がカヴァリー邸にはいくつも眠っていたのである。だが、最終的にはその説は否定されることになる。

現代がこの路線で進む一方、1800年代の物語は、カヴァリー邸の庭園であるシドリー・パークが軸になって展開される。トマシナがシドリー・パークの設計図に書かれた「隠者の家」に隠者の絵を描き込み、庭園設計家のリチャード・ノークス(横山清正)は実際に隠者の家を建てるも、肝心の隠者が見つからないという話になる。セプティマスは、「隠者でしたらすぐに見つかると思います」と嘯く。

現代では、ハンナがこの隠者の正体について調査していたのだが、隠者と呼ばれた人物が、セプティマスと同い年であるという事実に気づき……。


トム・ストッパードは、数学に強い劇作家だそうで、この作品にも数学や物理に関する専門用語がちりばめられているが、理系に弱いと内容が分からないということはない。数字によって物語が展開していく訳ではないからだ。というよりもむしろ、数学の理論は最終的には退けられている。

面白いのは、本当に重要な物語が語られることなく作品が進み、終わるということである。

インテリでお堅いように見えるセプティマスであるが、男前で文武両道ということで様々な女性から誘われたり情を交わしたりしている。そんな彼が隠者、つまりなぜ女を避けて引きこもるようになったのか、という疑問が起こる。
この理由も仄めかされる。初登場時には13歳と10ヶ月(あと6週間で「ロミオとジュリエット」のジュリエットに並ぶ)だったトマシナであるが、終盤では16歳と11ヶ月に成長している。だが、トマシナは火事に遭って17歳の若さで亡くなっていることが記録されているのである。セプティマスが隠者となるのはそれ以降。つまり女からモテモテであったセプティマスが、亡くなったトマシナを最後の女性として、残りの人生を隠者として彼女の思い出と共に過ごしたというかなりロマンティックな物語が浮かび上がる。この話が舞台上で語られることはないのだが、おそらく多くの人に隠者としてのセプティマスの物語の始めと終わりが浮かぶだろうし、それは多分、正しい。語られない愛が最も雄弁に観る者に訴えかけるという極めて巧みな作劇法が用いられた物語である。

交互に登場した1800年代の場面と現代の場面が、終盤には同じ場で展開される。互いのことは見えないのだが、同時進行である。
ラストは、高い次元で理解し合えた二組の男女のワルツを踊る場面である。そのうち、トマシナとセプティマスは最初にして最後のワルツであり、永遠の男女としての最後にして最初のワルツだ。甘く悲しい最後である。


多くの出演者が、京都の小演劇で活躍している舞台俳優であるが、最近、京都の小劇場に接する機会が余りないので、何度も演技を見たことがあるのは黒木陽子だけである。
おそらくTHEATRE E9 KYOTOの舞台に慣れていないのと、キャリアが浅いことの両方が関係していると思われるのだが、特に男性陣はセリフも動きも押しの一手であり、「この大きさの空間なら怒鳴らなくても伝わるのに」と思った場面が多いのが気になるところである。

ラストのワルツの場面も、出演者達が音楽の素養に欠けるため、拍をちゃんと刻めていなかったり(三拍子の三角形を空間に描くのだが、三拍分を一拍で描くため、拍が取れていないことが分かる)、拍が取れていないので当然ながらワルツが踊れていなかったりと、かなり気になった。男性が常にリードするといったようなルールも知らないまま適当にやっているようである。

舞台美術などは結構お洒落に作ってあったり(舞台美術:岩崎靖史)、衣装なども良かった(衣装:久保梨緒)ので、後は演技の細部を詰めればもっと良くなるはずである。

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2021年8月29日 (日)

観劇感想精選(409) team申第5回公演「君子無朋(くんしにともなし)~中国史上最も孤独な「暴君」雍正帝~」

2021年8月26日 広小路の京都府立文化芸術会館にて観劇

午後6時から、広小路の京都府立文化芸術会館で、team申の「君子無朋(くんしにともなし)~中国史上最も孤独な「暴君」雍正帝~」を観る。作・阿部修英(あべ・のぶひで)、演出:東憲司(ひがし・けんじ)。主演:佐々木蔵之介。team申は、第1回公演の出演者である佐々木蔵之介(1968年生まれ。座長=申長)と佐藤隆太(1980年生まれ)が共に申年生まれだったことに由来する演劇プロデュースユニットで、本公演を行うのは11年ぶりとなるが、その間に番外公演を4回行っている。
出演は佐々木蔵之介の他に、中村蒼(あおい)、奥田達士(たつひと)、石原由宇(ゆう)、河内大和(こうち・やまと)。

名君として伝わる清朝第4代皇帝・康熙帝と第6代皇帝・乾隆帝の間に13年だけ治天の君となった雍正帝を主人公とした話である。

康熙帝は、皇帝としての実績もさることなるが、「康熙字典」の編纂を命じたことでも有名で、「康熙字典」は現在に至るまでの中国語の字典の大元と見なされており、康熙帝の名もこの「康熙字典」の存在によってより認知度が高まっている。乾隆帝は清朝最盛期の皇帝として有名で、軍事と文化の両面で拡大を行っている。
その間に挟まれた地味な皇帝、雍正帝に光を当てたのが今回の作品である。
阿部修英は、東京大学大学院で中国美術を学んだ後にテレビマンユニオンに参加したテレビディレクターで、戯曲執筆は今回が初めて。有料パンフレットの阿部の挨拶に「東憲司さんという最高の師父を得て」と書かれており、また佐々木蔵之介と東憲司との鼎談でも「手取り足取り教えて頂いて」とあり、内容は別にして物語の展開のさせ方に関しては東憲司からの影響がかなり強いと思われる。複数の人物が何役も演じるというスタイルは東憲司の作品によく見られるものである。

「ゲゲゲの女房」、「夜は短し歩けよ乙女」などの脚色・作・演出で知られる東憲司は、アングラ(アンダーグラウンド演劇)の手法を今に伝える演出家で、今回も歌舞伎の戸板返しの手法が駆使されていた。

佐々木蔵之介が雍正帝を、中村蒼が雲南省の若き地方官・オルクを演じるが、それ以外の3人の俳優は、狂言回しなども含めて何役も演じる。

中国史は日本でも比較的人気の高いジャンルだが、清朝に関しては最後の皇帝である宣統帝溥儀や、西太后など末期のみが映画なども含めてよく知られているだけで、雍正帝についてもほとんど知られていない。ということで、冒頭は、3人の俳優が、「紫禁城」「皇帝」「後宮」「宦官」などの初歩的な用語の説明を、京都ネタを挟みつつ(「紫禁城って知っている?」「出町の甘栗屋でしょ?」「いや、京大の近くの雀荘のことさ」といった風に)行う。

雍正帝の治世の特長は、地方官と文箱による直接的な手紙のやり取りをしたことで、歴史学者の宮崎市定が『雍正硃批諭旨』という雍正帝と地方官が交わした手紙を纏めた大部の書物を読んだことが、今回の作品に繋がるのだが、それが戦後直後の1947年のこと。宮崎市定がそれらの研究の成果を『雍正帝 中国の独裁君主』という書物に著したのが1950年。作の阿部修英もこの本で雍正帝を知ったという。阿部修英は中国を舞台にした小説も好きで、浅田次郎の一連の作品も読んでおり、そうした背景があったために中国の歴史を辿るドキュメンタリー番組の制作に携わり、そこで一緒に仕事をしたのが佐々木蔵之介であった。ドキュメンタリー番組作成中に、「雍正帝で、戯曲を書いてみませんか?」と佐々木に言われ、それが今回の上演へと繋がる。戯曲執筆時間や稽古の時間はいうほど長くはないだろうが、一番最初から「君子無朋」が完成するまでの歴史を辿ると構想74年ということになる。その間、何か一つでもボタンの掛け違えがあったら、舞台が完成することはなかっただろう。

「中国の皇帝モノと言うのは珍しい。ストレートプレイでは滅多にないのではないだろうか」という東憲司の記述が有料パンフレットにあるが、京劇では「覇王別記」(厳密に言うと覇王こと項羽は皇帝ではないが)などいくつかあるものの、そもそも日本では知名度のある中国の皇帝は限られるということで、上演はしにくいと思われる(私も明朝最後の皇帝である崇禎帝を主人公にした未上演の戯曲を書いているが、変な話になるが実際に描かれているのは崇禎帝ではない)。その中でも更に知名度の低い雍正帝を主人公に選んだことになるが、知名度が低いだけに自由に書ける部分は多くなるというメリットはある。

康熙帝の次の皇帝でありながら、雍正帝は父親とは違い、同母弟でやはり次期皇帝候補であったインタイに康熙帝(諡号は聖祖)の墓守を命じるなど残忍な面を見せつける。それを見た雍正帝の実母は自殺。また、先帝である康熙帝の事績を見習うよう進言した家臣は容赦なく処分した。
暴君であり、独裁者であった雍正帝であるが、その意外な実像に迫っていく謎解き趣向の作品である。手法的にはよくあるものだが、史実かどうかは別として少なくとも物語としての説得力はあり、よく出来た作品であると思う。

佐々木蔵之介の地元ということで、ロングランとなった京都公演。残念ながら京都における新型コロナの感染者が日々新記録を更新中である上に、佐々木蔵之介以外は知名度がそれほど高いとはいえないオール・メール・キャストということで、後ろの方を中心に空席が目立ったが、観る価値のある作品であることは間違いない。悪役も得意とする佐々木蔵之介を始め、出演者達は熱演であり、東憲司のスピーディーな演出も相まって、演劇そして史劇の素晴らしさを観る者に伝えていた。

歴史ものに限らないが、演劇というのは、今この場所で二つの歴史が始まっていくことが魅力である。上演史としての歴史と観る者の中に流れる歴史だ。それが同じ時、同じ場所を共有することで始まるというジャンルは、演劇をおいて他にない。今この場所で歴史が始まると同時に歴史が変わっていく。しかも直に。これだけ素晴らしいジャンルを知っている人は、それだけで生きるということの意義を、少なくともその一端を獲得しているのだと思われる。


雍正帝という人物であるが、44歳の時まで皇帝になれる見込みがなく、本ばかり読んでいたというところが井伊直弼に似ており、母親が後に雍正帝となるインシンよりも弟のインタイの方を可愛がっていたという話は織田信長とその弟の信行、母親の土田御前との関係や、徳川家光とその弟の駿河大納言こと忠長、母親のお江の方(お江与の方。小督の方)との関係を思い起こさせる。また自身の業績を我が子の功績とするところなどは徳川秀忠を連想させる。隣国の歴史であるが、人間の本質は国籍や人種によってさほど変わらないはずであり、また歴史というものは大抵どこかで結びついているものである。

久しぶりに中国史も学んでみたくなる舞台であった。あるいは今日からこれまでの私とは違った歴史が始まるのかも知れない。

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