カテゴリー「大阪」の18件の記事

2019年12月 2日 (月)

コンサートの記(610) 以和貴会演奏会「欣求浄土~天台聲明と天王寺楽所」

2019年11月25日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後6時30分から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、以和貴会演奏会「欣求浄土~天台聲明と天王寺楽所」を聴く。
天王寺楽所(てんのうじがくそ)は、四天王寺ゆかりの聖徳太子の時代にまで遡る歴史を誇る雅楽集団である。内裏の大内楽所、奈良の南都楽所と共に三方楽所に数えられていた。だが、明治になって三方楽所の楽師達は東京に召され、雅楽局の団員となる。雅楽局の後継団体が宮内庁式部職楽部(宮内庁雅楽部)である。このため、天王寺楽所の歴史も途絶えそうになったが、これを憂いた有志が雅亮会という団体を結成。事務所を大阪木津の浄土真宗本願寺派願泉寺に置き、天王寺楽所を名乗ることを四天王寺から許されている。平成26年に雅亮会の維持のため以和貴会が結成され、天王寺楽所の名は以和貴会の演奏時の名前となったが、この12月の頭に再統合されて、天王寺楽所雅亮会としてスタートする予定である。
事務所が願泉寺内に置かれているためか、浄土真宗本願寺派の大学で音楽学部のある相愛大学の特別受け付けが設けられていたりする。


曲目は、第1部が「欣求浄土の響」と題され、講式「順次往生講式『述意門』より」、極楽声歌「萬歳楽(只拍子)」、聖衆行道「付楽 菩薩」、舞楽「迦陵頻伽」
第2部が「念仏會」で、舞楽「振鉾(合鉾)」、聲明「引聲阿弥陀経(散華)」、雅楽「賀殿」、聲明「引聲阿弥陀経(四奉請)」、舞楽「還城楽」、退出音声「長慶子」


まず、天王寺楽舞協会常任理事で以和貴会副会長の小野真龍から本日の舞台の解説がある。第1部の前半は往生に向かう道であり、力尽きて途中で緞帳が降りる。その後は極楽の描写となり、極楽の音楽である雅楽が鳴って、迦陵頻伽達(少年達が扮する)の舞となる。

第1部前半は、舞台後方に四天王寺の鳥居と、その上に被さるような夕陽が映されている。夕陽を見ながら極楽を思い浮かべる日想観(じっそうかん)である。夕陽は徐々に沈んでいき、下にまで達したところで声歌が終わって緞帳が降りる。
舞台下手から楽師達が登場。演奏途中で、上手の者から順に緞帳の側に向き直る。全員が緞帳の側を向いたところで、緞帳が上昇。舞台背後には今度は阿弥陀来迎図が浮かんでいる。

少年達による「迦陵頻(迦陵頻伽)」の舞は可憐であった。


第2部は背後に阿弥陀如来像の絵が浮かんでいる。

鉾を持った二人の男の舞の後で、僧侶達が登場し、阿弥陀経と唱えつつ散華を行う。花は紙で出来たものを撒いているようだ。

舞楽「賀殿」。4人の男達による勇壮な舞である。舞人達は戻る時に一人一人阿弥陀如来を見上げてから立ち去っていった。
終わった後で、今のことが全て夢だったかのような不思議な感慨にとらわれる。

再び僧侶達による阿弥陀経が唱えられた後で、今度は仮面を被った男による豪快な舞「還城楽」が行われる。とぐろを巻いた蛇を手にしての舞であり、蛇は迦陵頻伽を舞っていた少年の一人が手渡す。おそらく音楽の神様である弁財天とも関係があるのだろう。
同じ古代の舞踏をモチーフにしているためか、音やリズムがストラヴィンスキーの「春の祭典」を連想させるようなものであるのも面白い。
舞は3部に分かれ、徐々に楽器の厚みが増していく。第3部の重厚な音楽は黛敏郎の「舞楽」に近い迫力を持つ。
さて、舞人はステージ下手手前の仮花道から退場するのであるが、仮面をつけているため前がよく見えず、壁に激突するなどかなり危なっかしい。

最後は、「長慶子」。夢枕獏の『陰陽師』でもお馴染みの源博雅が作曲したという華やかな曲である。

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2019年11月14日 (木)

日本・ポーランド国交樹立100周年記念 ポーランド国立民族合唱舞踊団シロンスク@フェスティバルホール

2019年11月6日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後6時30分から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、日本・ポーランド国交樹立100周年記念 ポーランド国立民族合唱舞踊団シロンスクの公演を観る。

ポーランド国立民族合唱舞踊団シロンスクは、1953年7月1日に作曲家で教育者、更に作家でもあったスタニスワフ・ハディナによって設立された民族舞踊団。100人を超えるメンバーがいるというが、そのうちの54名が今回来日し、日本各地で公演を行う。合唱団、舞踊団、オーケストラから成る団体だそうだが、今回はオーケストラなしでの上演(録音音源だと思われる)。シロンスクは、現在はポーランドとシロンスク県(県都は、ポーランド国立放送交響楽団の本拠地としても知られるカトヴィツェ)の共同運営となっているそうだ。

まずスクリーンにポーランドとポーランド国立民族合唱舞踊団シロンスクの紹介映像が映される。その後、ポーランド広報文化センター職員でピアニストの栗原美穂がポーランド民族衣装を纏って登場し、進行役を務める。

その後、いかにも東欧といった感じの舞踊が繰り広げられるのだが、「シュワ・ジェヴェチカ(森へ行きましょう)」が日本語で歌われるなど、サービス精神にも富んでいる。

シロンスクは、ポーランドの民族衣装2万点以上を保有しているそうで、今回も多くの民族衣装を披露すべく、ダンサーは平均して公演中に10回近く着替えるそうである。

民族舞踊に関しては特に知識もないので見所なども上手くは語れないが、やはり下半身の強靱さは目立つ。隣国ロシアのコサックダンスのような足の動きもあるのだが、器用に軽々とこなせるのは足腰の強さあってこそだろう。そしてバレエでもそうだが、男性のダンサーはやはり日本人とは比べものにならないほど体格が良く、動きがダイナミックである。女性ダンサーも日本人よりプロポーションは良いが、圧倒的といえるほどの差はないように思われる。スポーツでも女子選手は世界の強豪国と互角以上に戦える種目が多いが、男子の場合はお家芸とされる種目以外ではまず勝てない。身体能力においては日本人男性は不利だ。

ポーランドが生んだ最大の作曲家が、フレデリック・フランソワ・ショパンである。ショパンは父親がフランス人、母親がポーランド人のハーフであり、生涯の半分近くをパリで過ごしたため、純粋なポーランドの作曲家とはいえないのかも知れないが(フランス系であったがために青春期に失恋したこともあるようだ)ポロネーズやマズルカといった祖国の舞曲をピアノ曲にしており、愛国心においては祖国の人々に劣ってはいなかったと思われる。

そのポロネーズやマズルカの踊りも当然ながら行われる。ピアノ曲でしか知らない舞曲が実際にどのように舞われるのか興味があったが、リズムの意味が舞踊を見ているとよく分かる。特にリズムにステップが大きく影響していることが見て取れる。

曲芸的な舞やユーモアを取り入れた表現、舞と合唱のコラボや、合唱のみで聴かせる場など、思った以上にバラエティーに富んだ構成であった。

アンコールとして、ラストに踊られた「クラコヴィアク」が再度披露され、その後、スクリーンが下りてきて、シロンスクの出演者達が中島みゆきの「時代」を歌う。スクリーンには「皆さまもご一緒にお歌い下さい」と出て歌詞が投影され、ポーランド人出演者と日本人聴衆による合唱が行われる。大阪の聴衆の良いところは、こうした場面でちゃんと歌ってくれることである。仕事のため行けなかったが、今月2日にはロームシアター京都メインホールでの公演もあった。京都のお客さんはちゃんと歌ってくれただろうか。

同じ歌を歌っただけで本当に心が通じ合えたかどうかはわからない。ただやはりこうした経験は心を温かくしてくれるし、短い時間であっても一体感を得たことで少しだけ優しくなれたようにも思う。

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2019年10月19日 (土)

観劇感想精選(321) 南座新開場記念 藤山直美主演 「喜劇 道頓堀ものがたり」

2019年10月13日 京都四條南座にて観劇

午後4時から、京都四條南座で「喜劇 道頓堀ものがたり」を観る。三田純市の小説『道頓堀』を原作とする作品。脚本:宮永雄平、演出:浅香哲哉。主演:藤山直美。出演:喜多村緑郎、河合雪之丞、松村雄基、鈴木杏樹、石倉三郎、春本由香、辻本祐樹、三林京子、大津峯子、林与一ほか。セリフらしいセリフを貰えていない役ではあるが、吉本新喜劇の「横顔新幹線」こと伊賀健二や京都の小演劇界で活躍している岡嶋秀昭なども出演している。

道頓堀に大阪松竹座を持っている松竹であるが、今回は南座新開場記念として敢えて京都で上演される。藤山直美は藤山寛美の娘ということで大阪のイメージが強いが、実は京都女子高校出身であり、京都に縁のある人である。

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「喜劇 道頓堀ものがたり」は平成12年11月に大阪松竹座で初演された作品で、道頓堀五座と呼ばれた5つの劇場(中座、浪花座、朝日座、角座、弁天座)が建ち並び、日本屈指の演劇街であった時代の道頓堀を描いている。道頓堀五座のうち、現在も稼働している劇場は実は一つもない。最も権威のあった中座もすでに解体され、跡地には中座くいだおれビル(現在は、くいだおれ太郎はここにいる)が建ち、地下に演劇も上演できる2つのライブハウスを持っているが、昔ながらの芝居が上演されることはまずない。角座は戦災で焼失した後に映画館になったり演芸場として生まれ変わったりしていたが、今は場所も移転し、道頓堀の劇場ではなくなっている。

松竹の芝居ということで、創設者の一人である白井松次郎が登場。松村雄基を配して(実は初演時の白井松次郎を演じていたのも松村だという)やたらと男前に描かれている。

 

歌舞伎から喜劇に転じることになる尾野川菊之助(喜多村緑郎)を妻として支えることになるお徳(藤山直美)が主人公。お徳は父に先立たれたため奈良から大阪に出てきたのだが、道頓堀で芝居に目がくらんでしまって通い詰めているうちに金がなくなり、芝右衛門狸のようにアオタ(芝居のただ見)を行って劇場から叩き出される。その場にいた芝居茶屋・菊濱の女将である菊乃(三林京子)に「そんなに芝居が好きなら」ということで、お茶子として引き取られることになったお徳は、実は最も好きな役者である菊之助が生まれ育ったのがここ菊濱と知り、菊之助に出会うと卒倒するほどに喜ぶ。
その菊之助であるが、華があり人気もあって将来の尾野川一座の看板となる資質十分なのだが、先代の型に従わず、独自の演技をしてしまうため、周囲からの評判が悪い。そこで師匠である尾野川延十郎(林与一)によって弟分である女形の尾野川あやめ(女形の場合は弟分でいいのだろうか? 演じるのは河合雪之丞)と共に喜劇劇団に移籍させられることになる。当初は見捨てられたと感じ、一日も早く歌舞伎に復帰することを願う菊之助だったが……。

 

人情芝居であり、難しい部分も特にない。実話も絡めた庶民向けの話であり、大阪や道頓堀に通い慣れている人にはとても面白く感じられるだろう。喜多村緑郎、河合雪之丞、林与一といった歌舞伎畑出身の俳優による「恋飛脚大和往来」より“封印切の場”や「瞼の母」の稽古シーンなどが劇中劇として入っているのも芝居好きには一粒で二度美味しいといったところだ。

基本的に藤山直美のキャラで持たせている芝居であるが、他の役者も好演。尾上松助の娘で尾上松也の妹である春本由香は生まれつきなのか環境の方が大きいのかは分からないが華があり、演技のセンスも高い。実は関西出身である鈴木杏樹は慣れた感じの大阪弁による台詞回しが魅力的であった。

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2019年10月 9日 (水)

2346月日(16) 水谷彰良講演会「サリエーリ モーツァルトに消された宮廷楽長」

2019年9月23日 関西大学梅田キャンパスKANDAI Me RISE8階Me RISEホールにて

午後2時から、関西大学梅田キャンパス8階Me RISEホールで、水谷彰良(みずたに・あきら)講演会「サリエーリ モーツァルトに消された宮廷楽長」を聴く。

関西大学梅田キャンパス KANDAI Me RISEは3年前に出来たばかりのまだ新しいキャンパスである。大阪でも大学の都心志向が顕著であり、宝塚大学梅田キャンパス(看護学部)や大阪工業大学梅田キャンパス(ロボディクス&デザイン工学部)など、新設学部のためのキャンパスを設けるところもあるが、関西大学の梅田キャンパスは他の多くの大学同様、学部の教育ではなく、社会人向け講座(エクステンション)や就職活動の利便性のための出張所的なもの(サテライトキャンパス)であり、8階建てのビルであるが大工大や宝塚大のような大規模ビルキャンパスではない。1階にはスターバックスと書店が入っており、学生達でほぼ満員であった。

 

今年に入ってから大阪では、サリエリルネッサンスともいえる企画が続いているが、今回は春先にあったサリエリムジカとの関連講演である。水谷彰良は『サリエーリ 生涯と作品』の著者であり、オペラを中心とした音楽の研究家で、日本ロッシーニ協会の会長でもある。サリエリムジカの主催で、今回の講演では協力という形で携わっているナクソス・ジャパンの公式サイトに「聴くサリエーリ」を連載中である。
今回は大阪よみうり文化センターの主催、読売新聞大阪本社の後援となっている。

最近、サリエーリがスマホゲームの登場人物として話題になっているそうで、若い人にとってはサリエーリというとゲームのイメージが強いようだ。お年の方、55歳以上となると映画「アマデウス」のサリエリを思い浮かべることが多いのだが、私はそこまでは年ではない。55歳以上というのはロードショーで「アマデウス」を見た層で、私の場合は高校2年生の時にテレビ放送された「アマデウス」を観ている。その後、1994年3月5日の明治大学の受験日に、受験を終えて三省堂の神田神保町本店でピーター・シェーファーの戯曲『アマデウス』を買ったのだが、これが東京で買った最初の本であった。翌1995年には池袋のサンシャイン劇場で、九代目松本幸四郎のサリエリ、七代目市川染五郎のモーツァルト、中島梓のコンスタンツェで「アマデウス」を観ている。映画版と演劇版とでは異なっている部分が結構多い。実は大阪でも2011年に幸四郎のサリエリ、武田真治のモーツァルトで「アマデウス」を観る予定があったのだが、これは叶わなかった。

 

さてフィクションのサリエーリではなく、実在のサリエーリについて語ると、1750年8月18日、北イタリアのレニャーゴという街で商人の子として生まれている。家は裕福で、10歳の時にレニャーゴ大聖堂のオルガニストであったジュゼッペ・シモーニに就いて音楽を学び始めている。13歳で母と14歳で父と死別するという悲運に遭ったものの、音楽の才があったためか程なくしてヴェネツィアの貴族に引き取られ、ウィーンの宮廷作曲家であったガスマンに見出されてウィーンに渡り、当時の皇帝ヨーゼフ2世に気に入られたということもあり、当時の大作曲家であるグルックに師事することを許されたほか、帝室歌劇場のマエストロ・アル・チェンバロ助手として出入りするようになり、実地でオーケストレーションを学んでいく。当時のイタリアやオーストリアには音楽的才能のある少年はゴロゴロいたそうで、その中でガスマンらに特別に見出されたということで、サリエーリは神童クラスであったのだろうと推測されるそうだ。
19歳でオペラ作曲家デビュー。処女作は「女文士たち」というオペラだったが、この作品は残念ながら散逸してしまっているそうである。同年にグルックがオペラ「オルフェーオとエウリディーチェ」の改訂版初演が行われるのだが、サリエーリはこの作品に影響を受けていることが、1771年初演のオペラ「アルミーダ」で確認出来るそうだ。「アルミーダ」の序曲がCDで流され、グルックの「オルフェーオとエウリディーチェ」の映像がスクリーンに投映されるのだが、黄泉での出来事を描いた「オルフェーオとエウリディーチェ」の音楽が、サリエーリの「アルミーダ」序曲の、怪物の咆哮の描写に生かされている。当時はこうした激しい「疾風怒濤(シュトゥルム・ウント・ドラング)」形式の音楽は最先端を行くものであった。
グルックからは相当可愛がられたようで、グルックに委嘱された作品を譲られる形で書いたりもしているそうである。

歌劇「アルミーダ」でサリエーリは、独自の手法を発揮している。この作品はサリエーリの自筆譜が残されているのだが、スコアにト書きが施されているそうで、こうしたことはこれまで行われていなかったそうである。

さて、サリエーリの直接の師であるガスマンは、オペラ・ブッファ(喜劇的歌劇)の名手であったため、サリエーリも、オペラ・セリア(シリアスなオペラ)よりもオペラ・ブッファを多く手掛け、得意とするようになっていく。
ガスマンは、歌手に任せる部分であるカデンツァも自身で書き込むという習慣があったのだが、サリエーリもこれに倣うようになり、歌劇「奪われた手桶」では、歌の旋律だけでなく楽器の伴奏など全てが書かれているという「十八世紀に書かれた最も奇妙なカデンツァ」と呼ばれる手法を行っている。本来、音楽家の即興性を発揮するはずの部分も作曲家が全て書いてしまっているわけで、演奏家と作曲家の分離がいち早く行われているかのようである。この時期のイタリアオペラの特徴として、ソプラノにコルラトゥーラなど超高音の技法を要求していることが挙げられる。モーツァルトの夜の女王のコルラトゥーラが有名だが、これはモーツァルトがイタリアオペラを真似たということのようだ。サリエーリもコロラトゥーラによるアリアを書いている。
だが、サリエーリがグルックの後継者としてフランスで仕事をする機会が増えるとこれに変化が生じる。フランスでは歌よりも芝居が好まれたため、ストーリーが重視され、歌手のこれ見よがしな技巧は好まれなかったようである。またバレエが盛んだったため、オペラの中に必ずバレエのシーンがあった。ということで、サリエーリの作風も落ち着いたものへと変化していく。

23歳の時にガスマンが亡くなると、サリエーリは後任としてウィーン宮廷室内作曲家兼イタリア・オペラ指揮者に任命される。モーツァルトがウィーン宮廷での就職に失敗したのはその前年で、モーツァルトは父に宛てたサリエーリを憎む手紙を残しているが、サリエーリの方はモーツァルトについてはこの時ほとんど知らなかったようで、人事面でも関与していなかったらしい。その後、ウィーン宮廷楽長に就任。名実ともにヨーロッパ楽壇のトップに立った。

モーツァルトがウィーンに移住したのは、1781年のこと。ただその直後、モーツァルトにとっては悲運なことにヨーゼフ2世が劇場の改革を行う。これによってオペラ・セリアはつまらないとして否定され、オペラ・ブッファのみがオペラとされる時代となったのである。モーツァルトもオペラ・ブッファは書くが、オーストリア人ということもあって本当はオペラ・セリアの方が得意である。折角、大司教の下を離れてウィーンに来たのに、ここでも得意なジャンルの作品を発表出来なくなるのだ。

モーツァルトが「フィガロの結婚」などで思想面での革新性を示したことは知られているが、サリエーリもボーマルシェの本によるオペラ「タラール」で身分社会の否定を取り上げている。こう考えると、モーツァルトだけが時代から突出してたということはなく、なかなか上には行けない状態だったことがわかる。更にモーツァルトにとっての不運は続き、今も人気作として有名な「コジ・ファン・トゥッテ」がヨーゼフ2世の死去によって初演からわずか5回の上演で打ち切られる。新皇帝のレオポルト2世はそもそも音楽に興味のない人で、音楽家は全て冷遇されるようになった。

サリエーリは、モーツァルト最晩年のジングシュピール(オペラ)「魔笛」を絶賛していたことがわかっている。モーツァルト自身の手紙にこのことは記されており、最大級の賛辞を得たことを妻のコンスタンツェに伝えている。その7週間後にモーツァルトは他界するのだが、サリエーリはシュテファン大聖堂で行われたモーツァルトの葬儀に参列している。

ということで、モーツァルトの冷遇と死に関してはサリエーリは全く関与していない。

サリエーリは、モーツァルトの死後も積極的に作曲活動を行い、オペラ10作を作曲。ハイドンの「天地創造」初演に協力したり、イタリア語版上演では指揮を行っていたりと自身以外の作曲家の活動にも参加している。ちなみにモーツァルト作品の初演のいくつかでもサリエーリは初演の指揮を手掛けており、交響曲第40番の公式初演はサリエーリが指揮したことが確実とされている。
現在のウィーン国立音楽大学の前身となる教育機関を作ったのもサリエーリであり、音楽の弟子にベートーヴェンやシューベルトがいる。ベートーヴェンは「サリエリがモーツァルトを毒殺したと告白した」と日記に記しているが、この時にはサリエーリはウィーン総合病院に入院しており、意識がはっきりしていたのかどうかも定かではない。

栄光に包まれた生涯を送ったサリエーリだが、晩年にイタリア人作曲家の後輩に当たるロッシーニの台頭で状況に変化があったようである。「全盛期のビートルズよりも人気があった」といわれたウィーンでのロッシーニブームにより、ドイツ語圏の作曲家は不遇をかこつことになる。なにしろ歌劇場で上演されるのはロッシーニ作品ばかりなのだ。ベートーヴェンすら不満を漏らしているほどである。そして起こったロッシーニ憎しの空気がイタリア人作曲家に向かい、イタリア出身の宮廷楽長であったサリエーリにも怨嗟の声が上がるようになっていった。これがモーツアルト暗殺説に繋がっていったようである。

「アマデウス」によって悪名が高くなったサリエーリであるが、知名度が上がったことも確かであり、その後、録音される作品も増えている。ただ、サリエーリの本領が発揮されたオペラに関してはまだ録音される機会が少ないというのが現状である。

 

思えば、サリエーリは、音楽史の変換点を生きた人物であった。サリエーリが若い頃は、ウィーンでは「音楽はイタリア人がやるもの」という認識があり、イタリア人が宮廷作曲家や宮廷楽長になることに抵抗はほとんどなかったと思われる。オペラはイタリアのものであり、イタリア語のオペラが上演されるのが当たり前だった。そしてサリエーリが生まれ育った北イタリアは当時はハプスブルク家が治めており、親近感も持たれていた。
勿論、バッハやヘンデルなど、それまでにも優れたドイツ人作曲家はいたが、バッハは内容が高度であるため、この時期はプロのための音楽という認識で民衆の間では忘れられた存在になっており、ヘンデルはロンドンに移住してイギリスの作曲家となっていた。ハイドンはサリエーリの同時代人だが、長年に渡ってハンガリーのエステルハージ候に仕えており、ウィーンの作曲家というイメージではない。それがモーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトと、ドイツ語圏出身の作曲家が立て続けに現れたことで、音楽におけるナショナリズムの高揚が起こる。これはモーツァルト自身も唱えていることである。ドイツ語によるオペラが立て続けに生まれ、更にはオペラではなくドイツ生まれのアウフヘーベンの理論を取り入れた交響曲やピアノ・ソナタが音楽の主役になる。そんな時代のウィーンの楽壇のトップに君臨していたことが、あるいはサリエーリにとっては不幸なことだったのかも知れない。

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2019年9月19日 (木)

コンサートの記(592) 大阪クラシック2019 第2公演&第4公演

2019年9月8日 大阪シティ信用金庫本店2階講堂と大阪市中央公会堂中集会室にて

午後1時から北浜にある大阪シティ信用金庫本店で行われる第2公演に向かう。第2公演は無料である。
大阪クラシックは、普段は演奏が行われない場所が用いられるのが楽しみの一つである。用がないので大阪シティ信用金庫本店には行ったことがないのだが、2階に講堂があり、ここで演奏が行われる。普段はまず入れない場所なので興味深い。

第2公演は、大阪交響楽団のメンバーによる室内楽演奏である。出演は、ホルン:細田昌弘&小曲善子、ヴァイオリン:里屋幸&吉岡克典、ヴィオラ:南條聖子、チェロ:大谷雄一。

曲目は、モーツァルトのディヴェルティメント第15番より第1楽章とベートーヴェンの2つのホルンと弦楽四重奏のための六重奏曲。

チェロの大谷雄一がマイクを手に曲目解説などを行う。弦楽四重奏と2つのホルンという編成のための曲はそれほど多くはないのだが、モーツァルトとベートーヴェンという二人の作曲家がそろってこの編成のための曲を書いているという。

モーツァルトのディヴェルティメント第15番第1楽章。音響設計がされていない会場ということで、弦がかさついて聞こえ、ホルンの不安定さも目立ってしまう。

ただ人間の耳というのは大したもので、ほどなくして環境に馴染んでしまい、音楽が良く聞こえ始める。

ということでベートーヴェンの2つのホルンと弦楽四重奏のための六重奏曲は満足して聴くことが出来た。

2つホルンと弦楽四重奏のための六重奏曲の第2楽章が始まって程なくして、上手の入り口から大植英次がすっと入ってくるのが目に入る。

演奏が終わると、大植英次がマイクを手にステージの前に進み、挨拶と大阪交響楽団の紹介を行う。大谷雄一は演奏が始まる前に「今日はアンコールはありません」と明言していたのだが、大植英次が「アンコール聴きたいですよね」と聴衆に聞いて無茶ぶり。ベートーヴェンの2つのホルンと弦楽四重奏のための六重奏曲より第3楽章がもう一度演奏された。

大植は「ベートーヴェンの年は来年(生誕250)なのだが、我々はいつも先取りして行う」と語っていた。また大阪交響楽団のモットーである「聴くものも、演奏するものも満足できる音楽を!」を絶賛し、「海外ではいつも使わせて貰ってます」「著作権はありませんよね」と語っていた。


第3公演も無料公演なのだが、スケジュールが重なっているため、そちらは聴かずに大阪市中央公会堂中集会室で行われる第4公演へと向かう。大阪フィルハーモニー交響楽団団員達による演奏で、これは1000円の有料公演である。

出演は、宮田英恵(ヴァイオリン)、石田聖子(チェロ)、宮本聖子(ピアノ)によるピアノトリオ。全員がベルリンへの留学経験があるため、ベルリン・トリオという名も名乗っているそうである。まず宮田英恵がスピーチを行うのだが、聖子が二人いたり、「宮」や「田」の字が重なっていて結構ややこしいという話から入って、曲目の解説を行う。

メンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第1番とブラームスのピアノ三重奏曲第1番という、ピアノ三重奏曲第1番を重ねたプログラムである。宮田によるとメンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第1番は、彼が二十歳の時に書かれたもので、二十歳というと普通はまだ若いと思われる年齢だが、メンデルスゾーンは38歳の若さで亡くなってしまうため、作曲家としてはすでに中期に差し掛かっていると見なされるそうである。

メンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第1番は、仄暗い情熱を湛えた曲であり、メンデルスゾーンの早熟ぶりを窺うことが出来る。

ブラームスのピアノ三重奏曲第1番の前には、チェロの石田聖子がスピーチを行う。本来はメンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第1番のみで収めようと思ったのだが、大阪クラシックの持ち時間は45分で、どれだけゆっくり演奏したとしても45分持たないということで、ブラームスのピアノ三重奏曲第1番も演奏することにしたという。ブラームスがピアノ三重奏曲第1番を作曲したのは21歳と若い頃だったのだが、その後に改訂され、今日演奏されるのもその改訂版だという。

スケールの大きな曲だが、ブラームスとしては開放的な曲調を持っており、メンデルスゾーンが「暗」、ブラームスが「陽」という一般的なイメージとは逆の楽曲で構成されているのが面白い。

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2019年8月16日 (金)

観劇感想精選(312) “あきらめない、夏”2019 大阪女優の会 Vol.17 朗読劇「あの日のこと」

2019年8月10日 大阪・大手前のドーンセンター1Fパフォーマンススペースにて観劇

午後5時から、大阪・大手前のドーンセンター1Fパフォーマンススペースで、“あきらめない、夏”2019 大阪女優の会 Vol.17 朗読劇「あの日のこと」(『朝、目覚めると、戦争が始まっていました』『空が、赤く、焼けて 原爆で死にゆく子たちとの8日間』より)を観る。構成・演出:棚瀬美幸。出演:秋津ねを(ねをぱぁく)、河東けい(関西芸術座)、金子順子(コズミックシアター)、木下菜穂子、佐藤榮子(劇団息吹)、嶋まゆみ、条あけみ(あみゅーず・とらいあんぐる)、田中敏子(劇団MAKE UP JELL)、鼓美佳(劇団MAKE UP JELL)、長澤邦恵(tsujitsumaぷろでゅ~す)、服部桃子、原口志保(演劇ユニット月の虹)、桝井美香、南澤あつ子(劇団EN)、山本つづみ。“あきらめない、夏”公演の創設者の一人である河東けいは今回の公演をもって勇退するという。


1941年12月8日午前7時のラジオニュースで流れた米英との開戦報告に続いて、開戦を知った当時の著名人による記述や回想(『朝、目覚めると戦争が始まっていました』収録)が述べられる。顔写真と当時の年齢、役職も背後のスクリーンに投映される演出。登場するのは、吉本隆明、鶴見俊輔(ハーバード大学在学中であるため、日付が12月7日となっている)、ピストン堀口、新美南吉、岡本太郎、野口冨士男、中島敦、火野葦平、河東けい、坂口安吾、伊藤整、神山茂夫、阿部六郎、古川ロッパ、中野重治、神林暁、井伏鱒二、横光利一、金子光晴、獅子文六、青野季吉、室生犀星、折口信夫、秋田雨雀、高村光太郎、正宗白鳥、永井荷風、真崎甚三郎、幸田露伴。現在、93歳である河東けいも、開戦時はまだ16歳。何が起こったのかよく把握出来ていなかったが、二人の兄が欣喜雀躍していたのを覚えているそうである。
奥田貞子の広島原爆体験記『空が、赤く、焼けて』、1942年に発表された太宰治の短編小説「十二月八日」(これも『朝、目覚めると戦争が始まっていました』収蔵だそうである)、『朝、目覚めると戦争が始まっていました』に収められた著名人の記述によって編まれたテキストが、女優達によって読み上げられていく。


日米開戦の報はどう受け止められたのか。実は多くの著名人は興奮や感動をもって受け止めている。当時の日本はABCD包囲陣などによって経済封鎖を受けており、極めて苦しい状態にあった。開戦によってこれから開放されるという希望があったのかも知れない。あるいは、日米開戦に壮大なロマンを描いていた人もいる。火野葦平は、「新たな神話の始まり」と評しており、ある意味では日本が世界の主人公となる壮大な物語の誕生が多くの人に渇望されていたのかも知れない。すでに日露戦争で「有色人種が白人に勝つ」というロマンを体現していた日本にとって、更なる神話の出発として歓迎されていたのだ。もちろん、開戦を歓迎する人ばかりではなく、金子光晴は開戦の報を聞いて「馬鹿野郎!」と口走り、老境に達していた幸田露伴は若者達のことを思って涙を流したそうだ。欧米をよく知る永井荷風は、開戦に浮かれて素人が駅で演説を始めたことに呆れている。

しかし、その始まりに比して、悲惨な結末の落差は余りにも大きい。男達が広げに広げた大風呂敷は、もはや畳むに畳めない状態となり、空回しした大きな物語の傍らで多くの子供達の死という小さな物語を記し続けることになる。虚妄が生む悲劇はこうして起こり、繰り返されるのである。

太宰治の「十二月八日」は、ごくごく短い作品であるが、後に書かれる『斜陽』と同じ趣向を辿っており、淡々とした日常風景の中に利いた風なことをいう無知な男の姿が冷笑的に語られている。帰りの電車の中で青空文庫で読んでみたが、朗読に採用されなかった部分では、シリアスな状況がそうとは悟られないように明るくユーモラスに描かれており、流石は太宰と感じ入る出来である。
ちなみに、「十二月八日」は本当にその日に書かれた私小説やリアリズム文学ではなく、その証拠に開戦の日だというのに主人公の女性はすでに空襲のことを心配している。未来への不安を感じられるタイプであり、夫の楽天的で無責任な態度との対比が鮮やかである。

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2019年7月15日 (月)

コンサートの記(573) 広上淳一指揮京都市交響楽団大阪特別公演2019

2019年7月7日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後2時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで京都市交響楽団大阪特別公演を聴く。指揮は、京都市交響楽団常任指揮者兼ミュージック・アドヴァイザーの広上淳一。

曲目は、ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」、ヴェルディの歌劇「運命の力」序曲、ヴェルディの歌劇「仮面舞踏会」序曲、レスピーギの交響詩「ローマの松」という重量級プログラムである。

コンサートマスターは泉原隆志、フォアシュピーラーは尾﨑平。今日はヴィオラ首席に店村眞積が入る。第2ヴァイオリンの首席は客演の山崎千晶。首席フルート奏者の上野博昭は「英雄」のみの出演である。

 

ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」。広上はベートーヴェンを得意としているが、「英雄」を京響で取り上げる機会はこれまでほとんどなかったはずである。
広上の指揮なので最初から飛ばすかと思われたが、最初の二つの和音からして穏やかであり、勢いでなく優美さを優先させるという意外な「英雄」となる。
バロックティンパニを使用しており、思い切った強打が見られるが、それ以外に特段ピリオド的な要素はなし。ただ、リズムの刻み方が独特であり、モダンスタイルともまた異なる個性的な「英雄」である。考えてみれば、モダンオーケストラによるピリオド奏法が本格的に取り入れられてからすで20年以上が経過しており、異なった傾向の演奏が現れたとしても不思議ではない。
第2楽章の葬送行進曲も燃焼度は高いがフォルムの美しさは保たれており、アポロ的な芸術が指向されているようである。
広上は肩を上下させるなど、今日もユニークな指揮姿である。

 

ヴェルディの歌劇「運命の力」序曲ではドラマティックに盛り上げ、歌劇「仮面舞踏会」序曲ではこぼれるような抒情美が目立つ。

 

レスピーギの交響詩「ローマの松」。オルガンの桑山彩子、ピアノの佐竹裕介、チェレスタの塩見亮が加わっての演奏である。
ボルゲーゼ荘の松から、はち切れんばかりの勢いと匂うようなエレガンスが同居しているという独自の演奏となる。
カタコンブ付近の松のほの暗さの描き方と袖から聞こえるハラルド・ナエスのトランペットソロも優れている。ジャニコロの松では、小谷口直子のクラリネットソロが雅趣満点である。
パイプオルガンの両サイドに金管のバンダを配したアッピア街道の松も迫力十分であるが、ザ・シンフォニーホールの空間が小さめであるため、スケールがややオーバー気味でもある。とはいえ、かなり優れた部類に入る「ローマの松」であることは間違いないだろう。浮遊感など、レスピーギが印象派から受けた影響を感じ取れるところも素晴らしい。

 

アンコール演奏は、レスピーギの「リュートのための古風な舞曲とアリア」第3集からイタリアーナ。今日のスタイルの締めくくりに相応しい典雅な演奏であった。

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2019年5月11日 (土)

美術回廊(28) 大阪市立美術館 「フェルメール展」2019

2019年5月5日 天王寺の大阪市立美術館にて

大阪へ。天王寺の大阪市立美術館で「フェルメール展」を観る。

オランダ黄金時代を代表する画家、ヨハネス・フェルメール。43年の生涯で完成させた絵は50点ほど、現存するのは35点という寡作の画家であるため、今回の大阪での展覧会のための来日した実物は6点であり、それだけでは絵画展にならないため、同時代に活躍したオランダの画家の作品を多く展示している。

フェルメールの作品6点が一番最後に展示されており、それ以前に他の画家の作品を観て比較出来る面白味があるのだが、今日もフェルメール展は大盛況というわけでじっくり観ていたら日が暮れてしまう。今回の音声ガイドナビゲーターは石原さとみだが、これがかなりの人気で、音声ガイド貸し出し口には長蛇の列が出来ていた。

というわけで、多くの絵は一瞬だけ見て印象を頭に留めるだけで次々に絵を観ていく。

展示されているのは、フランス・ハルス、ワルラン・ヴァイヤン、ヤン・デ・ブライ、ヘンドリック・テル・ブリュッヘン、ヤン・ファン・ベイレルト、アブラハム・ブルーマールト、ニコラス・ベルヘム、ヤン・デ・ヘーム、ニコラス・マース、ヘブリエル・メツー、ヤン・ステーンといった画家の作品である。残念ながら一人も名前を知らない。ただ、これらの画家とフェルメールとでは明らかな違いがある。光の加減である。

多くの画家は暗色の中で中心にだけスポットライトが当たっているという構図なのだが、フェルメールだけ光がおぼろ、どこからか光が漏れているような間接照明的明るさなのである。ターナーや印象派へ繋がるという評価はこのことに由来しているのだと思われる。

展示されているフェルメール作品は、「マルタとマリアの家のキリスト」(1654-55年頃)、「取り持ち女」(1656年)、「手紙を書く婦人と召使い」(1670-71年頃)、「リュートを調弦する女」(1662-63年頃)、「恋文」(1669-70年頃)、「手紙を書く女」(1665年頃)。

長い間埋もれていることのある画家としてはエル・グレコが有名だが、フェルメールも実に1世紀以上埋もれていたことがあるため、フェルメール本人についての情報が十分とはいえない状況になってしまっている。そのため、その絵が何のために描かれたのかは多くが不明なのだが、「手紙を書く婦人と召使い」と「リュートを調弦する女」とでは共に人物が窓の外を眺めており、「これから起こり得る何か」を予感させるものとなっていて、想像を巡らせると楽しい。「手紙を書く婦人と召使い」では直後に何かが起こりそうであり、「リュートを調弦する女」は未来を夢見ているようでもある。

「恋文」は手紙を手渡された女の絵。本当に恋文を渡されたのかどうかはわからないようであるが、事態の急展開がありそうな予感に満ちている。

「手紙を書く女」が書いているのは、ラブレターか何かだろうか。はっきりとはわからないが、この女性の抱く希望が絵全体から溢れ出てくるようでもある。

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2017年3月21日 (火)

笑いの林(85) 「宮村優子×桜 稲垣早希プレゼンツ in 大阪!」

2017年3月4日 大阪・弁天町の世界館にて

JR弁天町駅から北へ。安治川沿いにある世界館という劇場で、「宮村優子×桜 稲垣早希プレゼンツ in 大阪!」の2回公演を観る。一帯は工業地帯で、それ以外のものはほとんどない。世界館も元々は倉庫だったものを改修し、入り口付近のファサードをお洒落にして、2004年に劇場としてオープンしている。プロレスの会場になってりしているようだ。
「宮村優子×桜 稲垣早希プレゼンツ」公演は今回が3回目。初回は昨年初めに、二人の出身地である神戸で行われ、2回目は東京で開催された。神戸公演では、みやみーこと宮村優子は旦那の悪口ばかり言っていたが、その後、離婚している。

第1部は正午開演の公演で、「みやむー&さきの部屋~お昼は楽しくおしゃべりの回」でトークショー。第2部が午後5時開演の公演で、「みやむー&さきの部屋~夜はわいわいゲームの回~」でゲームコーナーである。

第1部は、二人とも私服で登場。まずは早希ちゃんが、「3回目ですが、全部来ているという人」と聞く。結構いる。次いで、「今日が初めての人」と聞くとこれもまあまあいる。宮村優子が、「どうも宮村優子です」と自己紹介をし、早希ちゃんが、「それはみんな知ってます。知らないで来ている人がいたら頭おかしい」と突っ込む。

アスカのコスプレで来ている、早希ちゃん公演常連の女の子がいるのだが、早希ちゃんと宮村優子に発見して貰い、声を掛けられたので嬉し泣きしていた。

まずは「ババ抜きトーク」。二人とも相手に話して欲しい話題を5つ用意して紙に一枚ずつ書き、ババ抜きの要領で引いて、トークを行うというもの。
早希ちゃんが先攻で引く。お題は「ハマっているもの」。早希ちゃんはYouTubeにハマっているそうで、自身も公式YouTubeチャンネルを立ち上げて、有名YouTuberのHIKAKINさんを真似したサキキンというキャラクターを演じている。サキキンは極端なぶりっこ&ナルシストキャラなのだが、早希ちゃんを知らない視聴者から叩かれまくっているそうで、「ボケ、ブス、シネ!」と早希ちゃん曰く「覚えやすい」暴言で罵られているそうだ。アスカの子だと知っている人でも、「アスカじゃない時はこういう子なんだ」と思い込んで、「ぶりっこは嫌われますのでやめた方がいいですよ」と心配してメッセージを書き込んでいるという。
宮村優子は、いつも下に小さい文字で「本当に聞きたい質問」を書いており、「早希ちゃんの属性はSですか? Mですか?」と聞いている。宮村優子はずっと「自分はMだ」と思って生きてきたのだが、最近になって「あれ? Sじゃない?」と気づいたそうである。「早希ちゃんは、いじめるのが好き? いじめられるのが好き?」と聞かれた早希ちゃんは、「その言葉にゾクゾクしているのでMです」と言うも、「Mの女の方がモテる」とも言って、「一応M」ということにしておく。宮村優子は、「男性はMの方が多いらしい」と言っていたのが、そうなのか?
宮村優子が引いたのは、「最近、日本の焼きそばがおかしいので食べてみて」。カップ焼きそばの味が妙なことになっているそうで、昨年のクリスマスには「ショートケーキ味」、今年のバレンタインデーには「チョコレート味」、そして今は「納豆味」が出ているそうである。「ショートケーキ味」と「チョコレート味」は今は手に入りにくいそうで、わざわざ取り寄せたそうだ。
スタッフが、裏でカップ焼きそばを作っている間に、早希ちゃんに二つ目の質問、「何フェチですか?」。早希ちゃんは「首フェチ」だそうで、うなじを見るのが好きだそうである。男性が物を落として拾おうとして屈んだときに見える首の裏側をガン見するそうだ。女性のうなじが素敵なのはわかるのだが、男のうなじについてはよくわからん。「ホクロがあるとなおいい」と言っていたが、こちらはなんとなくわかる。南野陽子もホクロがなかったら魅力半減だろうし。泣きぼくろがチャームポイントという女性も多い。ついでに、「お風呂に入ったとき体のどこから洗いますか?」とも小さい字で聞いていた。
宮村優子は長風呂で1時間ぐらい入っており、体は洗わないそうである。彼女は現在もオーストラリア在住なのだが、オーストラリアのバスタブは浅くてすぐに冷めるのでずっとお湯を入れ続ける必要があるそうだ。子供二人も入れるので長くなるという。早希ちゃんが、「人妻」と言いかけて止め、宮村優子は「シングルマザー」と言った。

できあがったカップ焼きそばの試食。劇マズで、早希ちゃんは一口食べるのが精一杯だったが、みやむーは「まずくはない」と言って、全て一口以上食べていた。宮村優子は自分で、「バラエティーではおいしくないタイプ?」と言い、早希ちゃんも「ちょっとおかしいです」と言っていた。

宮村優子への質問2つ目は、「ハマっているもの」でかぶってしまう。みやみーはマンガが好きなのだが、オーストラリアでも買える電子書籍版は、以前は紙の書籍に比べると半年遅れで刊行されていたそうで、「ONE      PIECE」などは早く続きが読みたくなるため、日本に帰った際にまとめ買いしていたのだが、重いしかさばるので苦労していたという。だが、今は単行本と電子書籍がほぼリアルタイムで出るようになったそうだ。ちなみに宮村優子はアニメは見ないそうである。アニメを見ていると、声優さんがスタジオで今どんな作業をしているのか、スタッフがどう工夫しているのかがわかって映像が浮かんでしまうため、集中できないそうである。一種の職業病である。
なお、宮村優子が遠山和葉役で出演している「名探偵コナン」の最新映画が来月公開されるそうである。

早希ちゃんへの3つ目の質問。「他の芸人との関係」。後輩芸人の堀川絵美が「エヴァンゲリオン」もろくに見たこともないのに、綾波レイならぬデブ波レイをネタでやっているのだが、「知れ渡る前にやめさせます」と言う。吉本の女芸人は毎年ひな祭りの日に、今いくよ・くるよ師匠が開催するひな祭り会を開いているそうで、いくよ師匠が他界してからは、くるよ師匠一人が主催しているという。そこで、シルク師匠から、「癌にならない食事法」を伝授されたそうで、3つのものを避けると良いと言われたのだが、宮村優子が3つとも当ててしまったため(よく知られている種類のものである)「あれ? 私だけ知らんかったんかな? 結構みんな、『おー!』て言ってたのに」と訝しむ。まあ、フードファディズムになりかねないので信じるかどうかは自分で決めるしかない。
川絵美はまだ芸歴が浅いので、まだくるよ師匠に存在を知られておらず、ひな祭り会に呼ばれたことはないそうである。早希ちゃんは「(「くるよ師匠に)知られる前に(レイを)やめさせます」とも言う。

USJのエヴァンゲリオンに行ったことがあるかどうかという質問もある。みやみーは昨日、USJに行ってエヴァを体験してきたそうだ。早希ちゃんもみやみーに「一緒に行こう」と誘われたのだが、営業の仕事が1本入っていて行けなかったという。やはり職業病が出て、アスカのセリフが聞こえるとアスカモードになってしまい、ついセリフを口にしてしまうそうで、隣のお客さんは双方向からアスカの声がするため、「???」状態になっていたという。ちなみに、USJでは宮村優子本人だとは気がつかれなかったそうで、エヴァグッズを3つ買ったのだが、「『エヴァンゲリオン』、お好きなんですね」と笑顔で言われたとのこと。まさか本物の声優が目の前にいるとは誰も思うまい。

ここで、ラスト。「好きなタイプは?」を無理矢理「好きなたこ焼きのタイプは?」に変えて、舞台上にたこ焼き器が置かれ、タコではない具を入れたたこ焼き作りが始まる。宮村優子が「音楽はないのかな?」と言ったためBGMがかかるが、音源を用意していなかったため、たこ焼き作りには不似合いなビーチボーイズの「サーフィンU・S・A」が流れていた。
「よっちゃんイカ」、「サクランボ」、「グミ」(以上、みやむー持ち込み)、「ミニトマト」、「フリスク」、「グミ」(以上、早希ちゃん持ち込み)を入れたたこ焼き。当然、美味しくなるはずはないのだが、宮村優子は「まずいけど平気」だそうである。
ラストと言いつつ焼いている間に、宮村優子が質問に答えることになった。「これまでで一番笑ったことは?」。宮村優子はお笑い好きだそうで、和牛や銀シャリがお気に入りだという。大阪吉本と東京吉本の芸人についてであるが、テレビを見ていても東京の芸人なのか大阪の芸人なのかは意識せず、大阪で見ていた芸人が東京のお笑い番組で見ないのに気づいて、「ああ、大阪の芸人さんだったんだ」と思う程度だそうだ。
ちなみにアニメ芸人は大半が東京在住で、大阪にいるのは早希ちゃんと南斗水鳥拳のレイ(がっき~)だけだそうである。「レイ違い」だそうだ。なお、二人とも苗字は稲垣である。


第2部までの間、時間を潰さねばならないのだが、弁天町というのは本当にオーク200しか行く場所がない。取り敢えずオーク200にあるカフェで昼食を食べ(カサブランカという店名なのに、ギリシャのミコノス島の絵が飾ってあるという、コンセプトのよくわからない店であった)、書店やら映画のポスターが飾ってあるコーナーやらを見て回る。弁天町付近も少し歩いてみたのだが、「危険」という感じはしないものの、「夜はまずそうだ」という雰囲気がある。よく似た雰囲気の他の場所は思いつかないが、敢えて挙げるなら西池袋に少しだけ近いかも知れない。

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2017年1月 9日 (月)

好きな短歌(37)

みいくさにこよひ誰が死ぬ寂しみと髪吹く風の行方見守る 

石上露子(ゆふちどり)

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