カテゴリー「大阪」の38件の記事

2021年7月18日 (日)

観劇感想精選(404) 関西・歌舞伎を愛する会第29回「七月大歌舞伎」夜の部 「双蝶々曲輪日記」より“引窓”&「恋飛脚大和往来」より“新口村” 令和3年7月11日

2021年7月11日 道頓堀の大阪松竹座にて

午後4時30分から、道頓堀にある大阪松竹座で、関西・歌舞伎を愛する会第29回「七月大歌舞伎」夜の部、「双蝶々曲輪日記」より“引窓”と「恋飛脚大和往来」より“新口村”を観る。いずれも犯罪者に転落した息子を思う親の心情を描いた作品である。


「双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)」より“引窓”。舞台となっているのは、現在の京都府八幡市である。出演は、片岡仁左衛門、松本幸四郎、中村壱太郎、中村隼人、上村吉弥、片岡孝太郎。

石清水八幡宮の門前町、山城国八幡。8月15日(旧暦。ただ初演時には新暦こと太陽暦の存在は一般には知られていなかったため、旧も新もなく通常の8月15日である。今の暦より約1ヶ月遅れ。中秋の名月の日である)の石清水八幡宮の放生会(殺生を戒めるために生き物を解き放つ行事)の日に、南与兵衛(なんよへえ。片岡仁左衛門)は郡代官となり、苗字帯刀を許されて士分に上がることが決まる。新しい名は南方十次兵衛である。
そんな時に、南与兵衛の義母であるお幸(上村吉弥)と与兵衛の妻、お早(片岡孝太郎)を一人の男が訪ねてくる。大坂で相撲取りとして活躍し、大関にまで昇進した濡髪長五郎(松本幸四郎)である。実は長五郎は、お幸の実子で、5歳の時に大坂に養子に出されていた。むしろで体を隠したまま花道から現れる長五郎。見るからに訳ありな感じだが、実は大坂で人を四人も殺めてしまい、お尋ね者となっていたのだった。八幡を訪れたのも、母に別れを告げるためだった。長五郎の本音を知らない二人は長五郎を二階へと案内する。

十次兵衛となった南与兵衛が、平岡丹平(中村壱太郎)と三原伝造(中村隼人)を伴って帰ってくる。平岡は大坂で弟を、三原は同じく兄を殺害されており、下手人が共に濡髪長五郎であるということが分かった。事情を知ったお幸とお早も驚くが、十次兵衛は長五郎の人相書きを二人に渡し、昼の間の捜査は二人に任せるとして、樟葉や橋本(いずれも現在の枚方市内の地名で、国でいうと河内国に当たる)方面を探すよう勧める。
自分の仕事は夜になってからと語っていた十次兵衛が庭の手水を覗いた時、二階から下を眺めている長五郎の顔が映っていることに気づく。
だが、お早とお幸の様子から、長五郎が自身の義理の兄弟だと知った十次兵衛は意図的に長五郎を逃がす手段をそれとなく告げ……。

責任を感じ、母の手によって召し捕られることを願う長五郎と、我が子を突き出さねばならなくなった実の母親の悲哀と葛藤が描かれる。人殺しであっても我が子は我が子。そんな二人に粋な計らいをする十次兵衛であるが、主軸となるのはあくまで親子の感情である。芝居は一応、大団円(団円は本来、満月に由来する言葉である)で終わるのだが、その後のことを考えると一種の地獄の縁が描かれてるようにも思われる。

武士に上がったばかりの男を演じる仁左衛門(松嶋屋)のキリリとした演技、揺れ動く親子の心情を描く幸四郎(高麗屋)や吉弥(美吉屋)の姿など、秀逸である。


「恋飛脚大和往来(こいびきゃくやまとおうらい)」より“新口村(にのくちむら)”。本来なら中村鴈治郎が二役で出演する予定だったのだが、休演となったため、主人公の亀屋忠兵衛とその父親である孫右衛門の二役を弟である中村扇雀が、扇雀が演じるはずだった傾城梅川を鴈治郎の子である中村壱太郎が代演することになる。

「恋飛脚大和往来」は、近松門左衛門が書いた人形浄瑠璃(文楽)「冥途の飛脚」を改作した「けいせい恋飛脚」を歌舞伎化した作品(義太夫狂言)である。“新口村”は“封印切”の後のシーンで、封印切の大罪を犯した忠兵衛が、傾城(遊女)の梅川と共に生まれ故郷の新口村に帰ってくる場面が描かれている。今回の上演は、忠兵衛とその父親の孫右衛門を一人二役で演じるというのが売りである。忠兵衛と孫右衛門が一緒にいる場面があるが、小屋に入って以降の忠兵衛は吹き替えの役者が演じている。

若手を代表する女方となった壱太郎(かずたろう。成駒家)。今日もきめ細やかな仕草が冴えて、婀娜な傾城を演じてみせる。
忠兵衛と孫右衛門を扇雀(成駒家)が二役で演じることで、引き裂かれるような心情がより伝わりやすくなったように見える。一人の人間の中にある相反する二つの感情、つまり「ずっとこのままでいたい」と「早く立ち去らねばならない」を自身で纏めることが出来ぬまま渾然とした形で表現することになるのだが、截然とすることが不可能な人間の感情がそのまま舞台上に現れているように見えた。

雪の降る中での別れは、絵としての美しさと同時に、永訣となることの厳しさが伝わってくるかのようであった。

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2021年4月18日 (日)

コンサートの記(711) 「cafe mimo Vol.20 ~春爛漫茶会~」大阪公演

2021年4月10日 大阪・西天満のあいおいニッセイ同和損保ザ・フェニックスホールにて

午後5時から、大阪・西天満(曾根崎といった方が分かりやすいかも知れないが、住所は微妙に異なる)にある、あいおいニッセイ同和損保ザ・フェニックスホールで、遊佐未森のコンサート「cafe mimo Vol.20 ~春爛漫茶会~」を聴く。遊佐未森(ヴォーカル&ピアノ)が、ギターの西海孝とドラムス&パーカッション+打ち込みの楠均とのトリオで行っている毎春恒例のコンサート。昨年もcafe mimo大阪公演は予定されていたのだが、コロナ禍により中止。記念すべき20回目は今回に持ち越しとなっていた。

変異株流行の可能性が高いということで、今日の大阪は最多記録を更新する918人の新規新型コロナ感染者を記録し、コンサートの開催自体が危ぶまれたのだが、なんとか開催にこぎ着けた。密を避けるため、グッズ販売などはあいおいニッセイ同和損保フェニックスビル1階の広いスペースのみで行い、ザ・フェニックスホール内ホワイエなどでは販売などは一切行われない。ザ・フェニックスホールの1階席は平土間であるが、通常なら最前席となる場所に席を置かず、ステージと距離を取る、入場前に大阪独自のコロナ追跡サービスへの登録、手指のアルコール消毒などの感染予防対策が取られた。

JR大阪駅で下車。ホーム上などには人が多いが、通常に比べると少なめ。中央通路なども人出は平時の半分以下である。
梅田地下街などは今日も人が多かったのかも知れないが、用事がないので下りず、大阪駅中央南口から梅田の街に出て、御堂筋を南下する。なんだかんだで人々はコロナ対策を取っているようで、「これが梅田か?」と思うほど人が少ない。この状態で記録が更新されているとすると、局地的にコロナ感染が発生していると考えた方が妥当な気がする。それにしても人の少ない梅田は、木々の緑も鮮やかで、不気味なほどに美しい。

曾根崎ということで「曽根崎心中」ゆかりの露天神(お初天神)に参拝してからすぐ南にあるザ・フェニックスホールに入る。ザ・フェニックスホール到着は午後6時17分頃、今日は午後6時15分開場なので、開場後すぐに到着したことになる。

ザ・フェニックスホールでcafe mimoが行われるのは2回目。前回は、遊佐未森が作詞・作曲を行った国立市立国立第八小学校の校歌を3人で歌い、私はアンケートに「国立市立国立第八小学校の校歌を録音して欲しい」と書いたのだが、希望者が多かったようで、その後、ベストアルバムに同曲は収録された。
前回のザ・フェニックスホールでcafe mimoが行われたのは、2008年のことなので、実に13年ぶりの開催となる。

大阪を代表する室内楽専用ホールであるザ・フェニックスホールであるが、私が前回来たのは、2008年のcafe mimoで、それ以前は来ていないということで、自分でも意外だがクラシックの演奏で来たことはないということになる。室内楽の演奏を聴くこと自体もオーケストラやピアノの演奏会に比べると多くないが、聴く場合も京都市内やびわ湖ホールなど大阪以外の会場が多く、また単独ではなく音楽祭のプログラムの一つとして聴くことも多いため、来場機会がほとんどないということになっているのだと思われる。

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トークで、遊佐未森は、大阪で公演を行うのは昨年の2月以来だという話をする。西海孝は、昨年の12月に公演を行えたが、今年初めの自身がメインのコンサートはコロナ第3波によって中止にせざるを得なかったという。楠均は、2020年は来阪なし。「前代未聞」のことだという。
ポピュラー音楽のバックミュージシャンは、実力のある人が幾つも掛け持ちを行っているため、ギターが西海さんである確率もドラムス&パーカッションが楠さんである確率もかなり高いのだが、2020年はコンサート自体がほとんど行えなかったということが分かる。

その間、未森さんは、ニューアルバムの録音を行っていたそうで、マスタリングがついこの間終わったばかりだそうだ。発売日も6月23日決まったという。


遊佐未森というシンガーソングライターは、「癒やし系」の元祖にして代表格ということで、日本ポピュラー音楽史上、重要な地位を占める音楽家であることは間違いないのだが、シングルが大ヒットするというタイプでもないので、知らない人の方が多いという印象を受ける。「ココア」、「クロ」、「I'm here with you」、「地図を下さい」などをカラオケで歌うこともあるのだが、曲を知っている人に会ったことは今まで一度もない。というわけで知名度と音楽性の高さが一致するわけではないということの好例でもある。
仙台出身であり、東日本大震災から10年ということで、今年は宮城県東松島市に招かれてコンサートを行ったそうで、初日のゲストはコロッケ、2日目のゲストはサンドウィッチマンであったそうだ。未森さん自身も、東松島市には幼い頃に海水浴に行ったり、奥松島と呼ばれるところまで観光に行った思い出があるそうなのだが、 震災によって住宅地が壊滅状態となり、復旧も遅れて、住宅再建まで10年以上掛かっているとのことなので、元々住んでいた人も諦めて、他の場所での再スタートを選ぶケースの方が多いようである。今も家屋がポツンポツンと建っているという寂しい状態だという。

ニューアルバム「潮騒」から2曲(「サイレントムーン」と「鼓動」)が初披露された他、cafe mimoの名物であるカバーのコーナーもあり、今年はヘンリー・マンシーニ作曲で、オードリー・ヘップパーンが唯一、自身の歌声を聞かせている「ムーン・リバー」が歌われた。長調の曲であるが、歌詞が希望と切なさが同居したものということもあり、未森さんの澄んだ歌声で聴くと儚さがより強く出る。
カバーはもう1曲。「これまでのcafe mimoで最も盛り上がった曲」ということで、「ひょっこりひょうたん島」が歌われる。ちなみに振り付けは毎回、未森さんが担当している。

仙台を舞台にした曲としては、「欅~光の射す道で~」が歌われた。また初期の楽曲である「月姫」が歌われたが、ライブで歌うのはこれが初めてになるかも知れないとのことだった。デビュー曲の「瞳水晶」も歌われたが、33年前にデビューした時の話なども語られる。EPICソニーからのデビューだったのだが、当時、EPICが入っていた青山一丁目のツインタワーの向かいのビルの2階にCDショップがあり、デビューの日が4月1日ということで、日付が「疑わしい日」「本当に発売になってるんだろか?」と確認に行った思い出があるそうである。

初期の頃に一緒に仕事をすることが多かった外間隆史と久しぶりに組むことになったのだが、音楽を巡って熱論を戦わせた日々のことなども回想される。

アンコールでは、「春らしい曲を」ということで、「Floria」が歌われたのだが、ザ・フェニックスホールの名物として、アンコール時には、後ろの壁(遮音壁)がせり上がり、ガラス越しに大阪の街が姿を現すという演出が施される。

 

淀屋橋駅から京阪電車に乗って帰る。やはり土曜の夜とは思えないほど車内は空いていた。

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2021年4月14日 (水)

スタジアムにて(35) サッカーキリンカップ 日本対チリ戦 2009.5.27

2009年5月27日 大阪の長居スタジアムにて

午後7時35分キックオフの、サッカーキリンカップ日本対チリ戦を観るために大阪の長居スタジアムへ。

長居スタジアムに行くのは初めてである。京阪電車で終点の淀屋橋まで行き、そこから大阪市営地下鉄御堂筋線に乗り換え、長居まで行く。長居は大阪市の南端にあり、京都からだと結構遠い。

長居駅で降りて、長居スタジアムを探そうとするが、探すまでもなかった。遠くに長居スタジアムの威容が見て取れる。京都の西京極スタジアムとは比べものにならない立派なスタジアムである。客席も適度な勾配でグラウンドが見易い。

対戦相手のチリ代表はこのところ好調で、ワールドカップ南米予選ではアルゼンチン相手に勝ち点を奪っている。

 

先制点は日本。本田のシュートを相手キーパーが弾いたところに岡崎が詰めて、相手ゴールマウスをこじ開ける。

岡崎は2点目も決まる。中澤のクロスをツートラップして相手ゴールのボールを蹴りこんだ。

日本の3点目は阿部。コーナーキックに頭で合わせた。ヘディングシュート直後の写真を「鴨東記」に掲載したので見られたし。

ロスタイムに入ってから、本田がゴールを決める。これで4-0。そのままタイムアップを迎え、日本が大量リードで勝利した。

 

関連記事 「サッカー キリンカップ 日本対チリ戦を観てきました」(鴨東記)

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2021年3月20日 (土)

美術回廊(63) 国立国際美術館 「液晶絵画」

2008年6月13日 大阪・中之島の国立国際美術館にて

中之島にある国立国際美術館まで行って、今何をやっているのか確認する。映像を用いた「液晶絵画」なる展覧会をやっており、出品者の中にブライアン・イーノの名前を発見。国立国際美術館は、金曜日は特別に午後7時まで開館しているとのことなので入ってみる。

イーノの作品は、映像よりもブース内に流れているイーノの作曲した音楽の方が面白かった。

サム・テイラー=ウッドという作家の作品は、ウサギの死骸や果物が腐敗していく様を映し、高速で再生するというもの。発想がピーター・グリーナウェイの「ZOO」そのままのような気もするのだが……。

展示されている作品の中で、もっとも印象深かったのは、自身が歴史上の有名人物になりきるアートを発表していることで有名な森村泰昌の「フェルメール研究」という連作。「真珠の耳飾りの少女」に森村がなりきった作品が特に良かった。

ドミニク・レイマンという作家の作品は、スペース上方に据えられたカメラの映像が、少し遅れて正面のスクリーンに映し出される。私も色々なポーズをして楽しんだ。

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2021年2月28日 (日)

コンサートの記(698) スザンヌ・ヴェガ来日ライブ2008@心斎橋クラブクアトロ

2008年1月22日 大阪の心斎橋クラブクアトロにて

大阪へ。午後7時より、心斎橋パルコ8階にある「心斎橋クラブクアトロ」で、ニューヨークのシンガーソングライター、スザンヌ・ヴェガの来日ライブを聴く。スザンヌ・ヴェガは、実に8年ぶりの来日とのことである。

関西に来てからも、ライブハウスには何度か行ったことはあるけれど、心斎橋クラブクアトロのようなスタンディングのところは初めて。座る席もあるが、ライブはノリが大事なので、私は迷うことなくスタンディングを選ぶ。
ライブハウスといっても、私がよく行ったのは、東京では渋谷のオンエアだとか、新宿にあった日清パワーステーションのような比較的スペースの大きなところ。大阪のなんばhatchなどはライブハウスというよりコンサート会場といった方がぴったりくるほど広い。心斎橋クラブクアトロのような小スペースは初めてである。

スザンヌ・ヴェガは人気シンガーなので、東京では、有楽町にある東京国際フォーラム・ホールCでコンサートを行う。東京国際フォーラムのような広いところではライブ感覚はなかなか味わえなし、スザンヌ・ヴェガを間近で見られる可能性も低い。大阪で聴いた方がずっと得である。

ニューアルバム「Beauty&Crime」の収録曲を中心とした約1時間半のライブ。客層は幅広いが、若者はいかにも音楽が好きそうな人が多く、お年を召した方達は60年代のアメリカから抜け出してきたようなファッションをしていたりする。

スザンヌ・ヴェガは「Beauty&Crime」のジャケット写真と同じ、左肩の開いたスーツで登場。帽子(これはCDジャケットのものとは違った)を曲調に合わせてかぶったり脱いだりする。
おなじみの「トムズ・ダイナー」のアカペラでスタート。「トムズ・ダイナー」は伴奏ありのバージョンでも歌われた。
私は英語力に乏しいので、MCの内容は大雑把にしか把握できなかったが、要所要所は簡単な英語だったのでわかった。歌詞はアルバムを聴いているので内容はわかる。

アンコールとして、聴衆のリクエストを受けた「女王と兵士」「スモール・ブルー・シング」などが歌われた。

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2021年2月27日 (土)

コンサートの記(697) 大植英次指揮大阪フィルハーモニー交響楽団第413回定期演奏会

2007年12月6日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時より、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで大阪フィルハーモニー交響楽団の第413回定期公演を聴く。
今日の指揮者は音楽監督の大植英次。曲目はブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番(ヴァイオリン独奏:ルノー・カプソン)とラフマニノフの交響曲第2番。いずれも耽美的な作品である。

大植英次指揮大阪フィルの定期公演といえば、これまでは毎回補助席が出るほどの大盛況だったが、大植が今年に入って定期公演を2度もキャンセルした影響からか、今日の演奏会はほぼ満員にはなったが補助席が出るほどではなかった。

ルノー・カプソンは1976年生まれのフランス人ヴァイオリニスト。ベルリンで学び、クラウディオ・アバドの招きでグスタフ・マーラー・ユーゲント・オーケストラのコンサートマスターを務めた後、ソリストとしての活躍を始めたという。

カプソンのヴァイオリンは雅やかな音を出す。技術も高く、第3楽章の冒頭で、敢えてひっかくような音を出した他は、汚い音を一切出さない。また、演奏スタイルも面白く、時に体を後ろに思いっきり傾けてヴァイオリンを奏でる。上体をこれだけ後ろに反らせる人を見るのは荒川静香以来である。

大植指揮の大阪フィルも特にファースト・ヴァイオリンが素晴らしく、カプソンに負けじと美しい音を出していた。管は弦に比べると不調で、ホルンは音がずれる場面があったが、これは毎度のことなので気にしても仕方ない。


ラフマニノフの交響曲第2番は、今でこそラフマニノフの最高傑作と評価も高いが、真価が認められるまでにかなりの時間を要した。ロシアでの初演時は大好評を得たが、「長すぎる」との不満も聞かれたため、ラフマニノフはより短いバージョンを作った。その後は長いこと短縮されたバージョンが演奏されてきたのだが、前衛の時代となり、余りにも甘美なこの曲は「ジャムでベトベトの交響曲」などと酷評されることが多くなり、ラフマニノフの死後はコンサートの曲目に載ることも減っていった。

この曲の再評価のきっかけを作ったのはアンドレ・プレヴィンである。彼はこの曲を積極的に取り上げ、カットを廃した完全全曲版をレコーディングするなど曲の普及に努める。
CDの時代になり、CD1枚に収めるのに適当な長さを持つ完全全曲版によるラフマニノフの交響曲第2番は、それまでの不遇が嘘のように人気交響曲となる。前衛の時代も過ぎ去り、甘美なメロディーへの抵抗が少なくなっていたのも大きいだろう。

甘美なメロディーと壮大なスケールを持つラフマニノフの交響曲第2番は、大植の師であるレナード・バーンスタインが好みそうな曲であるはずだが、曲の評価が再び上がり始めていた1990年にバーンスタインが亡くなってしまったためか、それとも他の理由があるのか、バーンスタインはこの曲を録音していない。

ロマン派を得意とする大植の指揮だけに名演が期待される。
冒頭から弦楽は好調、管も健闘する。スケールは大きく、立体感も抜群だ。最も有名な第3楽章で、大植は旋律を粘って歌い、必要以上にアッチェレランドをかけるなどして効果を上げようとしていたが、逆に作為が目立ってしまった。もっと自然に歌った方が美しさが生きると思うのだが。
第4楽章ではお祭り騒ぎのように派手に音が鳴りすぎる場面があった。大植は不満だったようで、再び盛り上がりを迎えたところで今度は抑制を利かせ、完璧に決める。大植は親指を上げて、オーケストラに「グッド」とサインを送った。
問題が全くないわけではないけれど、優れた演奏。音があとちょっと垢抜ければ世界レベルでも通用すると思う。


演奏終了後、爆発的な拍手が大植と大阪フィルを讃える。大植は何度も指揮台に呼び戻され、最後は「もうこれまで」というように大植が客席に向かって手を振り、コンサートマスターの長原幸太が一礼して、演奏会はようやく終わった。大阪の聴衆は素直で、良いときは盛んに拍手するし、そうでないときはそれなりの拍手をする。わかりやすい。純粋に音楽が好きな人が聴きに来ているから、こうした拍手になるのだろう。これが大阪で音楽を聴く楽しみの一つである。

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2021年2月15日 (月)

2346月日(29) 「フェスティバルホール×大阪大学 フェスティバルホール音響体験スペシャルツアー」2021.2.8(後半のみ映像あり)

2021年2月8日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後6時30分から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、「フェスティバルホール×大阪大学 フェスティバルホール音響体験スペシャルツアー」に参加する。文学部や大学院文学研究科に芸術研究系の専攻を持つ大阪大学が、中之島一帯で行っている「クリエイティブアイランド中之島-創造的な実験島-」という9つの芸術&情報系イベントの一つである。ただ新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が発出中であるため、プログラムのいくつかはオンラインのみに切り替わり、「フェスティバルホール音響体験スペシャルツアー」に関しては、トーク部分のみオンライン配信が行われることになった。

司会進行は、大阪大学の加藤浩介(専門は音響学)。大阪フィルハーモニー交響楽団のチェロ・トップ奏者である近藤浩志(こんどう・ひろし)がステージ上でチェロを弾き、ツアー参加者が席を移動しながら響きの違いを確かめるというもの。

まず1階席前列に参加者が着座して近藤のチェロを聴く。全席自由であるが、コロナ対策として両隣を1席か2席空けるのが好ましいとされる(夫婦や知り合い同士の場合は隣に座っても構わないようである)。
私は新しいフェスティバルホールの最前列で2回ほど大阪フィルのコンサートを聴いたことがあるのだが、フェスティバルホールステージの前方は弧を描いており、いずれも端の席であったため指揮者の姿が見えないという状態であった。今日は前から3列目の真ん中付近に座る。その後、1階席後方と3階席に移動して近藤のチェロを聴くのだが、1階席後方と3階席には何度も座っているため、特に良い席で聴く必要はなく、適当な席に座った。

曲目は、3回ともアイルランド民謡「ダニーボーイ」のチェロ独奏版。

1階席前方で聴くと、キャッチコピー通りの「天から音が降り注ぐ」という感覚がよく分かる。音の広がり方も自然である。

1階席後方。左手、中央、右手の3つの別れているが、後ろ寄りの左手の席に座る。音響は1階席前方とは異なり、重低音のずっしりとした響きが印象的。おそらくステージに跳ね返った音が届いてくるのだと思われる。

3階席も左手、前から3列目に座る(全員、エレベーターを使う必要があるので、エレベーターに近い右手の方が席が埋まりやすい)。3階は1階で聴いた広がりとはまた違ったストレートな音色となり、音の通りが良く感じられる。三者三様の良さがあるが、チェロということもあり、重低音が豊かに感じられる1階席後方の音響が最も気に入った。他のお客さんの好みもそれぞれで、加藤浩介が挙手によって行ったアンケートでは、三つ等しくという程ではないが、いずれの席も人気であることが分かった。

その後、1階席に戻り、中央通路より後ろ側の席に着座して、演奏者がステージ上で場所を変えて弾くチェロの音色に耳を傾ける。曲目は、サン=サーンスの「白鳥」。ラスト付近の演奏である。
まずは、ステージの真ん真ん中での演奏。上方へと飛んでいく音が多いように感じられる。続いて、ステージ一番前での演奏。通常、チェロがこんな場所で演奏することはない。上へ飛ぶ音が減り、低音が豊かに感じられる。今度は、ステージ最後列、壁を背にしての演奏である。後ろの壁にも音が当たって前に飛んでくるため、自然な広がりが感じられる。チェロと同時にホールの響きの豊かさも実感出来るため、私はこの位置での音が最も気に入った(ただし、チェロがステージ最後方で演奏することはまずない)。最後はステージ上手奥のコーナーでの演奏。音響は最も豊かであるが、響きすぎるため、私のいた右手(上手側)の席ではハウリングも多く聞こえる。
アンケートでは、好きな音響はやはり人それぞれであることがわかる。1階席後方といっても、フェスティバルホールは間口も広いため、席によって聞こえる音も大分異なるはずである。


その後、加藤浩介と近藤浩志によるミニトークが行われ、近藤浩志はフェスティバルホールの音響について、「全ての席が良い」と語っていた。昔、東急が「全ての席をS席に」というキャッチフレーズで、東急Bunkamuraオーチャードホールを使ったテレビCMを制作していたが、オーチャードホールは「S席がない」と言われるほど響きが悪いため、演奏家には余り人気がない。使い勝手も悪いようで、N響首席オーボエ奏者時代の茂木大輔がエッセイでけなしていた渋谷のホールというのはおそらくオーチャードホールであると思われる。フェスティバルホールは、「全ての席がS席」と言っても過言ではないと思われる。ただし、音響に関してはで、視覚面では3階席は遠く、傾斜も急である。そして真に音の良い「正真正銘のS席」がフェスティバルホールには存在する。

今日は近藤はフェスティバルホールの音響を意識せずに弾くことを心がけたそうだが、実際はステージ上で弾く際には、どこで弾くかによって演奏法を微妙に変えるという。チェロの場合、ドイツ式の現代配置の時は指揮者の正面付近上手側、アメリカ式の現代配置の時は客席に近い方、古典配置の際はドイツ式の現代配置の真逆で正面付近下手側で弾くことになり、全体の音響のバランスを考えると、「どのポジションでも同じ弾き方」にならないことは察せられる。またホールや曲によっても奏法は当然ながら変わってくる。

その後、加藤浩介と大阪大学の下倉亮太による「音響学の観点より解説」。下倉亮太も専門は音響学であり、加藤とは先輩後輩の間柄だそうだ。共に大阪大学ではなく神戸大学の出身だそうで、下倉亮太の方が1年先輩になるという。一緒に大学院で学んでいたのだが、師事していた先生が退官したため、音響学の研究所自体が閉鎖されてしまったそうで、その代わりとなる進路が二つ示されたそうだ。一つは熊本大学大学院で、加藤浩介はこちらに転籍した。もう一つはイタリアのボローニャ大学大学院の研究科で、下倉は「失恋したばかりでむしゃくしゃしていた」ということもあり、思い切ってイタリアに渡ったという。
ボローニャでは、クラシック音楽が日常の一部となっており、ボローニャに着いた時に、「歓迎」ということで地元のオーケストラコンサートに連れて行って貰ったという。下倉は時差ボケで眠かったのだが、なんとか最初の1曲を聴いた。隣の席に座った指導担当の教授(だったかな?)は始まってすぐに寝始めてしまったそうだが、1曲目が終わると同時に起き上がり、「あんなつまらない音楽を聴いてたのか、お前は?」と呆れていたそうである。クラシック音楽に日常的に触れているため、出来の良し悪しには敏感で、またよくいわれる通り、ヨーロッパの聴衆というのはシビアで、有名な演奏家でも「悪い」と思ったらすぐ帰ってしまうという話がある。1曲目の演奏も招待した側なので帰りはしなかったということなのかも知れない。

フェスティバルホールの内装は、数多くの凹凸があるのが特徴であるが、これは拡散体と呼ばれるもので、その名の通り音を拡散させる効果があるという。クラシック対応のコンサートホールの場合、音が響きすぎるといけないので、吸音材を使うのが一般的なのだが、フェスティバルホールの場合は、拡散体をつけることによって音響障害が発生するのを防ぐという特徴があるようだ。
ちなみにフェスティバルホールの残響は、空席時が2.2秒、満席時が1.8秒だが、コンサートのおける理想の残響は1.8秒だそうで、「フェスティバルホールさんは強気です。満席時がデフォルトです」と下倉は解説した。

コロナ禍により、空席の多いフェスティバルホールでのオーケストラ公演もあるが、残響過多になったり、使い慣れていない声楽の団体が演奏会やオペラで声を張り上げると壁がビリビリいってしまうのは残業が長めに設計されているためだと思われる。フェスティバルホールは残響からいってオーケストラコンサート向け、ロームシアター京都メインホールや兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールは、残響はそれほど長くはなく、オペラ向けの音響であると思われる(音響は全て永田音響設計が手掛けている)。

世界最古のホールは、紀元前のギリシャの劇場であるが、当時は科学が発達していなかったため、「反射音は悪魔の所業」と思われており、残響のない屋外劇場でギリシャ悲劇などが上演された。その際、海のそばに劇場を建て、海がステージの後ろに来るよう設計し、セリフが海風に乗って客席に届きやすくなるよう工夫が凝らされていたそうである。
紀元後のローマ帝国の時代になると、「残響が悪魔の声」などというのはまやかしだと気づくようになり、壁を立てることで音が響きやすくなる構造の劇場に変化していったという。

下倉は、日本にいた時はオペラには興味がなく、観たことすらなかったそうだが、イタリアはオペラの本場ということで、留学時代にオペラに嵌まり、オペラハウスに足繁く通ったそうである。オペラは歌手が主役で、声や歌詞やセリフをハッキリ聞き取れることが最優先、オーケストラは脇役か盛り上げ役であり、声を聴き取るには残響が長いと不利ということで、残響は1.2秒から1.6秒程度とコンサートホールに比べると短くなるよう設計されている。日本でも純粋なクラシック専用ホールと、オペラ対応多目的ホールを聞き比べるとこれは分かる。
残響については、ハーバード大学の教授であったウォーレル・セイビンが、ハーバード大のフォッグ講堂だけ声が聴き取りにくいという学生の声を受けて、音響を測ることにしたのがその始まりとされる。オルガンを使っての測定で、フォッグ講堂だけが他の講堂に比べて残響が長かったそうだ。残響というものが人類史上初めて意識されたのは、音楽ではなく講義だったのである。


最後は、近藤浩志のチェロ独奏によって締められる。演奏されるのは、J・S・バッハの無伴奏チェロ組曲第3番よりサラバンド。更にアンコールとしてカタルーニャ民謡(カザルス編曲)の「鳥の歌」が演奏された。

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2021年1月29日 (金)

観劇感想精選(382) 三谷幸喜 作・演出「コンフィダント・絆」

2007年5月10日 大阪・京橋のシアターBRAVA!にて観劇

大阪へ。京橋のシアターBRAVA!で、三谷幸喜:作・演出の「コンフィダント・絆」を観るためだ。

「コンフィダント・絆」は、19世紀末のパリ画壇を描いた作品。フィンセント・ファン・ゴッホとポール・ゴーギャンがクロード・エミール・シュフネッケルという売れない画家を通して知り合いだったことを手がかりに、もし当時、パリに住む画家達が共同のアトリエを持っていたら、という設定で書かれた劇である。登場人物は、ゴッホとゴーギャンとシュフネッケルの3人に加え、本当は世代が異なるが、中井貴一に演じさせたい画家としてジョルジュ・スーラを加え、更に男だけの芝居にはしたくなかったということで、画のモデルとしてルイーズという架空の女性(堀内敬子)を入れ、5人による芝居とした。
出演は、中井貴一、寺脇康文、相島一之、堀内敬子、生瀬勝久。音楽&ピアノ生演奏:荻野清子。
生瀬勝久がゴッホを、寺脇康文がゴーギャンを、相島一之がシュフネッケルを演じる。

スーラが陰で「点々」(スーラは点描による画風が特徴である)とあだ名されていたり、ゴッホは観たものしか書けないが、とにかく良く観るという性質を付け加えるなど、画家の群像劇として上手く設計されている。そして最後にシュフネッケルの悲劇が待ち受けている。

良く出来た芝居であった。笑えたし、感動できる要素も盛り込まれていた(私自身は感動はしなかった)。三谷幸喜本人が二幕目の頭に登場してボタン式のクロマチック・アコーディオンを奏でる(大阪公演ということで、冒頭には「六甲おろし」のフレーズも挿入。笑いを取る)というサービスもあった。
ただ、三谷の芝居を何本も観ているためか、類型化、そして類型から逃れようというパターンまで看取出来てしまった。「三谷ならこうするだろうな」と思った通りになる。
こういう時は、自分が芝居好きであることが呪わしくなる。

20代前半の頃、BSで放送された三谷作の芝居をビデオに録画して何度も何度も観た。それはそれは楽しかった。だが、そうやって楽しみすぎてしまったために、今では三谷の芝居に対して新鮮な気持ちで臨むことが出来なくなったようだ。
三谷幸喜という人間は一人しかいない。一人の人間が長いこと同じ仕事を続けていて類型化から逃れることは難しい。一人の力で生み出せるものは実はそう多くはないということなのだろう。歴史上に残る芸術家達も、そのほとんどが類型化や自己模倣と戦ってきたのだ。

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2021年1月27日 (水)

観劇感想精選(381) 「万作萬斎新春狂言2021」@サンケイホールブリーゼ

2021年1月20日 西梅田のサンケイホールブリーゼにて観劇

午後7時から、西梅田のサンケイホールブリーゼで、「万作萬斎新春狂言2021」を観る。
緊急事態宣言発出により、劇場の営業は午後8時までとなっているが、「すでにチケットを売ったものについては例外」となっている。ただなるべく協力する形でということで、野村萬斎によるレクチャートークを短くし、休憩時間をなくすことで、午後8時15分頃の終演とした上で上演が行われる。
ちなみに明日も同一内容の公演がサンケイホールブリーゼであるが(主役級のキャストに変更はないが、ダブルキャストの役があるため、今日と完全に同じ出演者というわけではない)、マチネーであるため、レクチャートークも通常の長さ、休憩もありで上演される予定である。

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サンケイホールブリーゼの入るブリーゼタワーの周辺、西梅田や桜橋の地上は人がまばら。ショッピングビルであるブリーゼブリーゼ内部も休業中のショップも多いためか、がらんどうである。ブリーゼタワーは下層がショッピングビルのブリーゼブリーゼであり、その最上階の7階にあるサンケイホールブリーゼまでが一般人が立ち入れるスペースである。それより上はオフィスビルとなっており、日本ハムの本社もこのビル内に移転している。日本ハムは大阪の企業であるが、ファイターズが本拠地を東京(後楽園球場→東京ドーム)や札幌(今現在は札幌市の隣町である北広島市に自前の新球場を建設中であり、2年後を目途に移転する予定)、二軍を千葉県鎌ケ谷市に置いているということもあり、大阪の会社であるということは野球ファン以外には案外知られていないようである。

さて、「万作萬斎新春狂言2021」であるが、七五三縄が降りる中、まず謡初「雪山」が、中村修一、深田博治、野村萬斎、高野和憲、内藤連(上手からの並び順)によって謡われる。背景には舞い落ちる雪片が投影される。雪ということで「衣手」といった和歌でよく取り上げられる組み合わせの言葉も登場する。

狂言の演目は、野村万作がシテを務める「横座」と野村萬斎がシテを演じる「木六駄(きろくだ)」。「木六駄」は、野村万作が演じたものをびわ湖ホールで観たことがあるが、萬斎が太郎冠者を務める「木六駄」を観るのは初めてである。

好評をもって受け取られることが多い野村萬斎のレクシャートークであるが、今日は時間に制限がある。「明けましておめでとうございます、というには少し遅いような気がしますが」と萬斎は話し始める。ちなみに昨年の「万作萬斎新春狂言」では萬斎は、自身が総合演出を務めるはずだった東京オリンピックの開会式についても触れていたのだが、東京オリンピックは延期となり、今年開催されるにしても開会式も閉会式も規模縮小ということで、野村萬斎がリーダーであった「ドリームチーム」はすでに解散となっている。余りにも商業化しすぎ、筆頭スポンサーのNBCの意向で、真夏の開催となったことで批判の多い東京オリンピック。延期により秋の開催が出来るのかと思いきや、またもやNBCの意向で、酷暑の時期の開催が決まっている。正直、今の状態で東京オリンピックが開催されるようになる可能性は極めて低い。設備は整っているのだから、今年でなく近い将来に東京オリンピックが開催されるのもありだが、秋でないなら開催自体を見送った方がいい。オリンピックは一巨大メディアの専有物ではない。

野村萬斎はコロナ禍の中で駆けつけたお客さんに向かい、「よくぞいらっしゃいました。勇気と覚悟を持って」と話し、「今日は市松模様の俺様シート(左右前後空けのソーシャルディスタンスシフト)ですのでゆったりとご覧いただけます」と語った。緊急事態宣言発出の中での公演であるが、「なるべく劇場にお越し頂きたい」とお願いもする。

野村萬斎の家で元日に行われる謡初の話から入り、今日の演目が丑年にちなむ「牛尽くし」であることを説明する。「料理店のメニューのようですが」と語った後で、「横座」の解説。「横座」というのは上座のことで、牛主が「可愛らしい子牛が生まれた」というので、上座に子牛を据え、それが元で「横座」と呼ばれるようになった牛の話である。何某が牛を買ったのだが、見立てが出来ないので、見立てが出来る者のところに赴くことにする。さて、見立ての出来る牛主だが、大事な牛がどこかに行ってしまった。そこに通りかかった何某の牛を見て、それは自分が育てた横座という牛だと主張するのだが、何某は「金を出して買ったのだから自分の牛である」と譲らない。
萬斎は客席に、「牛の見分けが付く方、いらっしゃいますか? 私は自信がないのですが、ずっと牛と一緒にいれば見分けが付くようで」

その後に、平安時代の呪術の話が登場し、ややこしいので、萬斎はそこを重点的に解説する。「『陰陽師』(映画版は野村萬斎が安倍晴明役で主演している)って覚えてますでしょうか? リモートで戦うという」という話から、「横座」で語られる呪術合戦の物語へと入っていく。文徳天皇の御代の話である。平安時代の初期だ。日本の初期の歴史書6つ、総称して「六国史」と呼ばれるが、6つのうち4つは天皇数代の記録を一つの史書に纏めている。だが文徳天皇だけは『日本文徳天皇実録』と諡号入りの一代記になっている。藤原北家が本格的な摂関政治へと繰り出すきっかけになった天皇であり、天皇としての実績はほとんどないが、歴史のターニングポイントに在位した重要な存在である。ちなみに祖父は藤原冬嗣、伯父は藤原良房である。
さて、文徳天皇には後継者として有力視される二人の皇子がいた。紀静子との間に生まれた惟喬親王(萬斎は「タカちゃん」と呼ぶ)と、藤原明子の間に生まれた惟仁親王である。藤原北家の時代が始まりつつあったが、紀氏もまだ勢力を保っていたということで跡目争いが本格化する。惟喬親王と紀氏は、東寺の柿本紀僧正(真済)の力を借り、一方の惟仁親王と藤原氏は比叡山延暦寺の慧亮和尚の後ろ盾を得て、皇位継承を決める相撲合戦を密教で操作する。最初は柿本紀僧正の密教の方が力が強く、10戦で勝敗を決める相撲の第4取り組みまでは惟喬親王派が4連勝した。これを聞いた比叡山の慧亮和尚は、独鈷で頭を割り、脳みそを引きずり出して火にくべて祈祷し、結果、惟仁親王側の力士が6連勝し、惟仁親王が清和天皇として即位することになるのだが、萬斎は、「さっきググってみたら、どうも話を盛っている。清和天皇は清和源氏の祖となりますので、源氏の人達が先祖を讃えるべく盛った」らしいという話をしていた。

「今日は時間を短くしなくちゃいけないということで、もう時間が来てしまいました」と萬斎は、「木六駄」についても軽く解説する。「お歳暮の話です」と言い、「お歳暮を黒猫(ヤマト運輸)ではなく牛で運ぶ」と冗談を言って、「『横座』は実際に牛が出てくるんですが、『木六駄』はリモートでいるように見せます」と語った。
「牛と出くわしたことのある方、いらっしゃいますか? 私はイギリスに留学していた時に野生の牛と出くわしたことがあるのですが、牛というのはとにかく動きません。通り過ぎるまで15分ぐらい待ちました」
また、通常の能舞台とは異なる場所での上演ということで、「劇場ならではの演出をする」ことも明かしていた。

 

「横座」。出演:野村万作、石田幸雄、石田淡朗。後見:飯田豪。
何某(石田幸雄)が、牛(石田淡朗)を連れ簡易橋懸かりから現れる。たまたま牛を手に入れたのだが、価値も何もわからないので、目利きの出来る牛主(博労。演じるのは野村万作)に目利きを頼むつもりで、牛を東の在所の柱に繋ぐ。そこへ牛主がやって来る。なんでも横座という名の秘蔵の牛が行方不明になったらしい。
牛主が陰陽師に見て貰ったところ、「(横座は)東の在所にいる」ということで、東の在所にやって来たのだ。そこで何某が繋いでいる牛こそが横座なのではないか、と聞くが、何某は、「これは自分がきちんとしたところから買った牛で、横座とは思えない」と返し、横座であったとしても金を出して買ったのだから自分のものだと主張する。
牛主は、横座は呼べば答える牛なので、呼んでみようとするが、「100編呼ぶ内に答えたら」と回数が余りに多く、「それだけ呼んだらたまたま鳴くこともあるだろう」と何某に突っ込まれて、50回、5回と減らされ、最期は3度の内に落ち着く。鳴かなかった場合は、牛主は何某の譜代(家来)にならねばならないという。
2度呼ぶも横座は答えず、ならば、と文徳天皇の時代の故事を語る。陰陽師の話を聞いて東の在所にやって来たり、東寺と延暦寺による加持祈祷合戦の話をしたりと、スピリチュアルな内容になっているのが特徴の狂言である。
比叡山の慧亮和尚は、五大尊の曼荼羅を置いて祈ったのであるが、五大尊の中の大威徳は、水牛に座した姿で描かれており、慧亮和尚が祈祷を行うと、描かれた水牛が鳴いたという。
「絵の牛ですら鳴くのだから、実在する横座は鳴くだろう」というのが、語られた故事の結末となっている。果たして……
最後は書かないでおく。

 

「木六駄」。出演:野村萬斎、中村修一、高野和憲、深田博治。後見:内藤連。
狂言は、「この辺りの者でござる」で始まるのが一般的だが、この狂言では最初に出てきた主(中村修一)が、「奥丹波に住まい致す者でござる」と自己紹介をする。京に住む伯父(深田博治)にお歳暮を届けようと思い、太郎冠者(野村萬斎)に牛12頭のうち6頭に炭六駄、残る6頭に木六駄を付けて運ぶよう命じる。野村萬斎演じる太郎冠者は最初の返事から「はい」ではなく「ばい」といった感じで、常日頃から主の無理難題に辟易していることが見て取れる。その後の返事も、「ふぁい」「ふぇい」と不請不請答えていることが伝わってくる。通常の狂言は、舞台上で行われる古い時代の笑い話を見ることになるのだが、野村萬斎の場合は現代人に近い感じの人物を創造するため、現代的視点が狂言の中に入り込む仕掛けとなり、客体化もしくは相対化される。これはおそらく、野村萬斎一代限りの芸である。息子さんは継げないだろう。

雪深い奥丹波を行く太郎冠者。言うことをなかなか聞かない牛を連れて、舞台を横切っていく。能舞台で演じる時は、下手の橋懸かりから出て、再び橋懸かりから下手袖に戻るということしか出来ないのだが、今日は普通の劇場ということで、上手に退場。その後、背後の紗幕が透け、紗幕の後ろを上手から下手へと牛を追う仕草をしながら歩いて行くのが見える。そして再び下手から仮設の橋懸かりに登場。そこで太郎冠者は老の坂の峠の茶屋を発見し、一休みすることにする。牛を繋ごうとするが、「進め」と言っても進まないのに、「止まれ」と命じるとなぜか進もうとし、崖の方へ向かったりと太郎冠者を苦戦させる。
茶屋の中でくつろぐ太郎冠者に、茶屋の主(高野和憲)は茶を勧めるが、太郎冠者は酒を所望する。だが、茶屋は酒を切らしており、大雪のため買いにも行けない。実は太郎冠者は伯父に贈るための酒樽を持って歩いていた。茶屋の主と二人で、「濃い酒なので少しぐらい飲んでも水を足せばバレない」と話し合い、「ちょっと一杯のつもりで飲」み始め、「いつの間にやら」酒宴となってしまう。太郎冠者は鶉舞を披露。レクチャートークで「豪華パンフレット(冗談で、ペラペラの紙が二つ折りになっているだけである)に歌詞が載っているので」後で見て欲しいと萬斎は言っていたが、源三位頼政の鵺(ぬえ)退治の話が出てくる。京都市内には三位頼政の鵺退治ゆかりの場所がいくつか存在する。

結局、ベロベロに酔っ払った太郎冠者は、木六駄とそれを付けた牛を茶屋の主に与えてしまい、酔ったまま千鳥足で旅路を急いで、都の伯父の家に辿り着く。状を伯父に渡した太郎冠者。伯父は、「炭六駄と木六駄とあるが、木六駄がないではないか」と太郎冠者を問い詰める。太郎冠者は、「近頃、名を木六駄と変えまして、それがし木六駄が炭六駄を付けた牛を連れて上って参りました」と無理矢理誤魔化そうとするのだが……

太郎冠者のトリックスターぶりを際立たせた名演技であった。

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2020年12月12日 (土)

観劇感想精選(376) 當る丑歳「吉例顔見世興行」東西合同大歌舞伎 第3部「末広がり」&「廓文章」吉田屋

2020年12月7日 京都四條南座にて観劇

午後6時40分から、京都四條南座で、當る丑歳「吉例顔見世興行」東西合同大歌舞伎 第3部を観る。新型コロナの影響により、密集を避けるために3部形式となった今年の南座での顔見世。座席も前後左右1席空けのソーシャルディスタンス対応であり、歌舞伎の華である声掛けも禁止ということで寂しいが、顔見世が観られるというだけで感謝しないといけないのだろう。もっとも私自身は毎年顔見世に行っているわけではなく、行かない年もある。

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「顔見世」の第3部の演目は、「末広がり」と「廓文章(くるわぶんしょう)」吉田屋。コロナの影響で余り長い演目は出来ないが、「末広がり」と「廓文章」吉田屋は特に短く、「末広がり」が30分弱、「廓文章」吉田屋も45分程度である。

2階ロビーに立てられた口上の中には、「あまびえ」が隠れており、その後に続く疫病封じの神である祇園社(現在の八坂神社)と共に新型コロナ調伏の願が掛けられている。

 

「末広がり」の出演は、尾上右近(音羽屋)と中村米吉(播磨屋)。長唄囃子は全員、口の前に黒い布を垂らしており、頭巾を被っていない大谷吉継が並んでいるかのようである。

狂言を原作とした狂言舞踊であり、安政元年(1854)に三世桜田治助の作詞、杵屋三郎助の作曲により、江戸中村座で初演されているという。原作の主が女大名に置き換えられており、ラストは二人で華やかに踊れるよう改められている。

近年の女形は、裏声でなくかなり女性に近い声を出せる人が多い。猿之助一門(澤瀉屋)に多いのだが、播磨屋である中村米吉も女性そっくりの声を出す。舞台は京都に置き換わっているようで、太郎冠者は「都」という言葉を使っている。
米吉演じるキリッとした女大名に対し、尾上右近演じる太郎冠者は酔っ払いながら花道を歩いて登場。ユーモラスである。
本来ならもっと笑いが起こるはずなのだが、やはりコロナの患者数が増加している最中ということで、客席は遠慮がちな笑いに留まる。

タイトルにある「末広がり」というのは扇のことであり、女主人は恋しい人に自作の歌を綴った扇を送ろうと考え、太郎冠者に末広がりを買うよう申しつけたのだが、太郎冠者は末広がりが何かわからず、街を「末広がり買いましょう」と言いながら歩き回ったため、騙されて傘を買わされてしまった。帰ってきた太郎冠者は末広がりとは傘のことだと言い張る。確かに傘も末は広がっている。女主人は激怒するが、太郎冠者が申の舞を披露したため機嫌を直し、共に目出度い唄と舞を行う。尾上右近は傘の上の鞠を回すという、目出度い芸も披露した。

「末広がり」というタイトルからしてハッピーエンだとわかる作品であるが、申は「去る」に繋がるため(鬼門には鬼が「去る」よう猿の像が置かれることが多い)、今の状況に去って欲しいという願いを込めて、この演目が選ばれたのかも知れない。

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「廓文章」吉田屋。原作は近松門左衛門の「夕霧阿波鳴渡(ゆうぎりあわのなると)」という人形浄瑠璃のための本で、これが歌舞伎化され(歌舞伎台本に直した人物の名前はわかっていないようである)、更に六世菊五郎が再構成したのが今回上演される「廓文章」である。

出演は、松本幸四郎(高麗屋)、片岡千壽(松嶋屋)、片岡千太郎(松嶋屋)、澤村由蔵(紀伊國屋)、中村雁洋(成駒家)、澤村伊助(紀伊國屋)、片岡りき彌(松嶋屋)、片岡千次郎(松美屋)、中村壱太郎(成駒家)。

大坂が舞台である。新町遊郭の吉田屋の店先に編笠に紙衣装の男が現れる。吉田屋の下男(片岡千次郎)は、男を乞食か何かと勘違いして追い払おうとするが、主である喜左衛門の妻であるおきさ(片岡千壽)がそれを止める。編笠の中をのぞき込んだおきさは、男の正体が大坂屈指の大店である藤屋の若旦那、伊左衛門(松本幸四郎)だと気付く。伊左衛門は、新町の名妓・夕霧(実在の人物である。演じるのは中村壱太郎)に入れあげ、多額の借金を作ったため、親から勘当されたのだ。粗末ななりに変わった伊左衛門だが、夕霧が病を得たというので、心配して吉田屋までやって来たのである。
部屋に上がって夕霧を寝ながら待つことになった伊左衛門だが、目覚めてみると手持ち無沙汰であり、床の間にあった三味線を取り上げて弾いたり(一部は実際に幸四郎が奏でている)、夕霧と疎遠になったことを嘆いたりする。いったんは夕霧に会わずに帰ろうと決めた伊左衛門だが、割り切れず、部屋に残ることになる。夕霧が現れた時のことを考えて格好良く見えるポーズを考えたりする伊左衛門。
夕霧が現れる。具合は大分悪そうだが、相変わらず可憐である。伊左衛門は夕霧に掛ける言葉を見つけることが出来ず、「万歳傾城!」などとなじってしまい、今宵で二人も最後かと思えたのだが……。

「末広がり」もそうだったが、「廓文章」吉田屋も「雨降って地固まる」話になっている。南座の2階に書かれていた口上にも現れていたが、危機を乗り越えて更なる発展を期したいという歌舞伎界の祈りが込められた作品である。「今」に合うものを選んだのであろう。
ちなみに、みなで大阪締めを行う場面があるのだが、セリフこそないものの、「ここは観客にも参加して欲しいのだろうな」というのが空気でわかったため、私を含めて参加した人が結構いた。声掛けは出来ないが、違った形での一体感を得ようと試行錯誤しているのが伝わってくる。

伊左衛門を演じる幸四郎は、女形をやった経験から得たものを立役である伊左衛門に生かしているのがわかる。女形の演技を転用することで、育ちが良くて純粋で時にコミカルというボンボン像を巧みに表してみせる。
先代の幸四郎(現・二代目白鸚)が、ザ・立役という人であるため、例えば弁慶などの男っぽい役をやった場合は、当代が一生涯かけても先代に追いつくことは難しいように思われるのだが、伊左衛門役は先代には出来ないため(実際、やったことは一度もないようである)高麗屋の新しい当たり役となる可能性は高い。見た目が優男なのもプラスに働く。これまで伊左衛門を演じて当ててきたのは、坂田藤十郎、仁左衛門、愛之助、四代目鴈治郎、三代目扇雀といった上方の俳優達だが、幸四郎は3年連続で伊左衛門を演じており、江戸の歌舞伎俳優として新たなる伊左衛門像を打ち立てつつある。

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