カテゴリー「大阪」の25件の記事

2020年10月27日 (火)

スタジアムにて(29) 読売ジャイアンツ対東京ヤクルトスワローズ@大阪ドーム 2006.4.19

2006年4月19日 大阪ドーム(京セラドーム大阪)にて

京阪電車と大阪市営地下鉄を乗り継ぎ、大阪ドームで読売ジャイアンツ対東京ヤクルトスワローズ戦を観戦。もちろん3塁側(ヤクルトサイド)に座ったのだが、大阪ドームを埋める観客の9割近くはジャイアンツファンであり、ヤクルト応援団はレフト側の外野2階席の一部を占めるのみである。
一方、1階外野席と2階外野席のライト側、そしてレフト側の中間付近までは全てジャイアンツの応援団である。やはり人数が多いだけあって、声の迫力は耳を圧せんばかりである。特にチャンス時の声援は、ドームを揺るがすほどのパワーがある。

巨人軍の先発は尼崎出身の野間口貴彦。東京ヤクルトの先発は5年連続2けた勝利を狙う石川雅規。

野間口は初回から乱調。先頭打者の青木宣親にフォアボールを出す。真中満のヒットと岩村明憲の犠飛で三塁を陥れた青木は、ラミレスの犠牲フライで生還。ヤクルトが1点を先制する。

その後も、野間口は再び青木を歩かせると、完全にモーションを盗まれて二盗を許す。キャッチャー阿部慎之助が送球体勢に入った時にはすでに青木は二塁ベースに達していた。ヤクルトは続く二人が立て続けに犠牲フライを打って、ノーヒットで2点目を奪う。

原辰徳監督の采配にも疑問が残る。ピンチでヤクルトの8番バッター、キャッチャー米野智人を迎えた場面が二度あった。米野は打率1割台のバッターである。しかし、ここで原監督は2回とも米野との勝負を避けて敬遠のフォアボールを与え、続くピッチャー石川との対決を選んだ。
野間口はコントロールがどうしようもなかったので安全策としてわかるが、原監督は二番手の久保にも米野を歩かせるよう指示を出した。慎重といえば慎重だが、弱腰采配であることは否めない。ピッチャーにしてみれば全く信頼されてないことがわかってしまい、士気に影響が出る。結果、巨人は出るピッチャーがことごとく打ち込まれ、8失点。ピッチャー心理を読めなかった原監督のミスだろう。

東京ヤクルトの先発・石川雅規は、スピードはないがコントロールが冴え、徹底して低めを攻めて、ジャイアンツ打線を1点に抑える。
石川は7回まで投げ、8回からは木田優夫が古巣・巨人相手のマウンドに上がる。球に勢いがある。スピードガン計時もMAX148キロを記録したが、それ以上の球威を感じる。だが、かつての木田のストレートはこんなものではなかった。もう15年も前になるが、神宮球場でのヤクルト戦(当時、木田は巨人に在籍)でブルペンで投げる木田を見たことがあるが、彼の投げたボールは生き物のように勝手に飛んでいくように見えた。人間が投げたボールとは思えなかったほどだ。今日の木田のストレートもスピードガンでの表示は以前と余り変わらない。しかし投げる球の質が変わってしまったようだ。木田はワイルドピッチで1点を失う。しかし、スコアは8対2。8回裏が終わった時点で、観客はどんどん帰り始める。

スワローズ最後のピッチャーは快速右腕・五十嵐亮太。MAXは149キロを記録。しかし生で見ると、ボールに勢いを感じない。スピードはあるのだが、伸びがないのだろうか。高めに投げた釣り球をあっさりと弾き返されたのがその証拠である。普通ならあのコースにあれだけの速さのボールを投げ込まれたら絶対に空振りするはずなのだが。それでも五十嵐はなんとか0点に抑える。8対2で東京ヤクルトスワローズの完勝であった。

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2020年10月12日 (月)

観劇感想精選(358) 近松劇場パート20ファイナル わかぎゑふ作・マキノノゾミ演出「夢のひと」

2006年3月20日 吹田メイシアター中ホールにて観劇

阪急吹田駅前にある吹田メイシアター中ホールで、近松劇場パート20ファイナル「夢のひと」を観る。近松劇場とは、吹田メイシアターが、近松門左衛門の戯曲を関西の有名劇作家が現代風にアレンジした作品の上演を毎年続けてきたもので、今年で20年目を迎えた。そして今回がラストとなる。

ファイナルを飾る「夢のひと」は近松の特定の作品をアレンジしたものではなく、わかぎゑふによるほぼオリジナルの作品。
舞台は女郎屋であり、当初わかぎは、「心中ものを書こう!」と思っていたが、けっきょくは「死ぬ人の物語ではなく、生きぬく人の話に」なった(パンフレットに書かれた、わかぎゑふの文章より)。

ファイナルということで、今回は、かつての関西小演劇会を代表する俳優であり、現在は東京を本拠地に、テレビ、映画、舞台などで活躍する升毅を主演俳優に、東京の北区つかこうへい劇団から木下智恵をヒロインに迎え、吹田メイシアター中ホールでの上演となった(これまでは小ホールでの上演であった)。演出は、劇団M.O.P.のマキノノゾミ。

昭和初期。大阪にある女郎屋の「梅川」に、久我山陽一郎(升毅)という三越の社員がなぜか住み着いていた。ある日、「梅川」に上田千代(木下智恵)という広島出身の若い女が売られてくる。夜中、陽一郎が「梅川」に帰ってくると、彼を泥棒と勘違いした千代が火鉢を手に出ていくよう迫る。その勘違いが、陽一郎と千代との出会いであった……。

物語はわかりやすく、きちんとしている。余計と思われるストーリーもあるが、それも一興。くさいセリフと演技によるシーンがあるのも一興。くさいセリフも良い俳優が言うと格好良く聞こえるのだから不思議だ。

ただ、何かが足りなくて、何かが多すぎるような気もする。バランスが微妙に悪いのだ。2時間10分ほどの公演だったが、陽一郎と千代がメインの恋愛話になるまでに1時間半近くを要したのが、あるいはバランスの悪さを感じさせた一因なのかも知れない。

マキノ演出とわかぎ脚本の相性はそれほど良くないのかも知れないが、役者は総じて高レベルであった。

明日は、ワールド・ベースボール・クラシックの決勝戦であり、升毅が王ジャパンへの期待を語った。

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2020年9月15日 (火)

コンサートの記(654) 大植英次指揮大阪フィルハーモニー交響楽団 大阪クラシック2020第1公演 ドヴォルザーク 交響曲第9番「新世界より」@大阪市中央公会堂大集会室

2020年9月13日 中之島の大阪市中央公会堂大集会室にて

正午から中之島にある大阪市中央公会堂大集会室で、大阪クラシック2020の第1公演を聴く。大阪クラシックのプロデューサーである大植英次指揮する大阪フィルハーモニー交響楽団によるドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」の演奏である。

大フィルにとって「新世界」交響曲は特別な曲である。1947年、まだ焼け跡の残る大阪で、当時は関西交響楽団と名乗っていた大阪フィルハーモニー交響楽団(定期演奏会の数なども数え直しているため別団体の扱いではあるが)の第1回定期演奏会が朝日会館(現在のフェスティバルホールの向かい、フェスティバルタワーウエストの場所にあった)で行われたが、その最初の曲目が「新世界」であった。戦災からの復興を願い、「新たなる世界」への出発の意を込めた選曲だったと思われる。指揮は勿論、朝比奈隆であった。

新型コロナウイルスの流行による自粛などもあり、大阪も文化・経済活動に大きな打撃を被った。戦争でこそないが、危機からの再出発と音楽文化の隆盛への願いを込め、また大フィルの原点回帰として、最初の曲目に「新世界」交響曲が選ばれたのだと思われる。

 

今回の大阪クラシック2020では無料公演は行われないが(無料公演だとチケットなしになるため、聴衆の住所や行動ルートなどの追跡が一切不可能となってしまう)、代わりにYouTubeを使った無料配信が行われ、1ヶ月程度であるがアーカイブの視聴も可能となる(大阪クラシック2020のホームページからYouTubeチャンネルに飛べるようになっている)。

大阪市中央公会堂の実施設計を行ったのは、東京駅や日本銀行などを手掛けたことで知られる辰野金吾であるが、辰野は今から約100年前に日本を襲ったパンデミックであるスペインかぜに罹患して亡くなっている。
大阪クラシックの第1公演は基本的に大阪市中央公会堂大集会室で行われる。そのため今回のためにこの場所が選ばれたわけではないが、因縁を感じないでもない。

大集会室へは東側のゲートから入るのであるが、手のアルコール消毒と検温が必要となり、チケットの半券も自分でもぎって箱に入れる。強制ではないが、大阪府独自の追跡サービスにメールを送る形でのチェックインを行うことも推奨されている。

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「新世界」交響曲のラストは、「corona(フェルマータの別名)」「dim.(ディミヌエンド。徐々に弱く)」「ppp(ピアニッシモシモ。最弱より弱く)」という指示で終わるため、やはり「新世界」交響曲を演奏する京都市交響楽団の団員が、「これってひょっとして」というメッセージをTwitterで発していた。
私も自分の目で確かめたかったので、「新世界」交響曲のポケットスコアを買って(JEUGIA三条本店が改修工事中であったため、Amazonで取り寄せた)ラストのみならずあちこちを確認。今日もスコアを持ってきていたので、要所要所はスコアを確認しながら聴く。当然ながらスコアを見ながら聴くと、普段なら気がつかないところにも気がつくようになる。ただずっと眺めながら聴いていると「学問的鑑賞」になってしまうため、それは避けた。知だけでは駄目だ、というより知は怖ろしい。

今日のコンサートマスターは崔文洙。フォアシュピーラーに須山暢大が入る。ドイツ式の現代配置での演奏。古い建物の常として大阪市中央公会堂大集会室は傾斜が緩やかで、オーケストラのメンバーが良く見えなかったりするのだが、音が主役なのでそれは特に問題にはならない。

大植英次が現れ、指揮台に上って一礼。するとスタッフがアルコール消毒液を持ってきて、大植が自分でポンプを押して手を消毒するというパフォーマンスが行われ、笑い声が起こっていた。今日の大植はいつもに比べると抑えた指揮姿であり、なかなか格好いい。

 

どちらかというと流れて音楽を作るタイプの大植英次であるが、今日の「新世界」はじっくりとした歩みと堅牢なフォルムが目立つ演奏となる。演奏される機会が多く、「通俗名曲」と見做されることもあるこの曲を特別な作品として再現しようという意志があったのかも知れないが、印象に残る演奏であり、もしそういう意図があったとしたのなら大成功であったと思われる。

丁寧な造形美と確かな情熱を感じさせる演奏であり、ヘルベルト・ブロムシュテットの音楽性(私はブロムシュテット指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団による「新世界」をザ・シンフォニーホールで聴いたことがある)にやや仄暗さを加えたような「新世界」となる。

第2楽章では冒頭のトロンボーンがややずれたが、全体としては瑞々しい出来であり、コロナ前の大阪のクラシックシーンを回顧するような趣もあるが、むしろここはこれからの大阪への希望と捉えた方が良いのかも知れない。ノスタルジアに浸るのも良いだろうが、大阪の音楽界が終わったわけではない。20世紀には色々と叩かれることの多かった日本人によるクラシック音楽演奏であるが、ようやく世界水準に達した。日本におけるクラシック音楽の歴史がたかだか150年程度であることを考えると長足の進歩なのだが、まだまだこれからなのだ。過去よりも未来である。

新しい力がふつふつと湧き上がるような第3楽章を経て、第4楽章へ。ここで大植はかなり遅いテンポを採用。勢い任せな演奏になりがちな第4楽章であるが、音をかなり伸ばすことで、ジョン・ウィリアムズの「JAWS」の音楽のような不穏さを出す。そこから加速して盛り上がるが、皮相さはゼロ。明日への思いに満ちた誠実な演奏となる。大フィルも熱演だ。
ラストもコロナ収束への思いというよりも更に先の未来への期待を込めたかのような朝比奈にも繋がる終わり方であり、それまでの渋さから解き放たれたかのような明るめの音色と浮遊感が印象的であった。

 

演奏終了後、大植英次がマイクを手にスピーチを行う。ここで飛沫防止のためのシートを支柱で挟んだ特製器具が登場する。今日のために作ったものだと思われる。大植は、こんな状況であっても大阪クラシックが開催出来たことへの感謝を述べるが、「その原動力となったのは大阪市民の皆さんの熱意です」と語る。「どうしても大阪クラシックをやって欲しい」という声が多く、大植も心動かされたそうだ。大植は「健康にだけは気をつけて下さい」とも語る。

アンコール演奏のための楽団員がステージに姿を現しており、当然ながらアンコール演奏が行われると思われたのだが、大植は引っ込んでしまい、大フィルのメンバーも「あれ?」という表情で顔を見合わせている。大植は再度登場して、「終わりです」というポーズをし、大フィルのメンバーも「アンコールなしになったのかな?」ということでコンサートマスターの崔文洙もお辞儀をしたのだが、やはりアンコール演奏はあり、大植が完全に失念していたことが分かった。大植は指揮台に戻り、「年取ったのかな?」などと述べる。

 

アンコール曲は、ヨハン・シュトラウスⅡ世のポルカ「観光列車」。ドヴォルザークが大の鉄道好きであったことから、その関連で選ばれた曲だと思われる。軽快でユーモアに富んだ音楽と演奏だ。こうした演奏を聴くと大フィルもかなり器用な楽団になったことが確認される。大阪市中央公会堂大集会室の「大大阪時代」の名残を留めるレトロでお洒落な内装もヨハン・シュトラウスⅡ世にピッタリであり、「ある意味、今年が音楽のニューイヤー」という気分にもなる。

 

その後も、大阪市中央公会堂の中集会室や大集会室で今年生誕250年を迎えたベートーヴェンの室内楽曲の演奏会があるのだが、間が空いてしまうということもあってチケットは取っておらず、周辺の美術館などに寄ろうかなどとも考えていたがそのまま京都に帰ることにする。演奏会場よりも電車にいる時間の方が長くなるが、それでも十分に思えるほど「新世界」交響曲の演奏は良かった。淀屋橋駅の京阪ジューサーバーで和梨の生搾りジュースを飲み、大阪を後にする。

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2020年9月13日 (日)

観劇感想精選(352) 大槻能楽堂 「野村万作 萬斎狂言会 第25回記念」SD版振替公演

2020年9月8日 大阪・上町の大槻能楽堂にて観劇

午後7時から、大阪・上町の大槻能楽堂で「野村万作 萬斎狂言会 第25回記念」SD版振替公演を観る。SDは「Social Distance」の略で、一度売れたチケットを全て払い戻し、使用出来る客席を減らした上で再発売している。他の劇場公演同様、両隣を最低1席空けた上での鑑賞となる。

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この公演でもチケットは自分で半券を切り、手のアルコール消毒と検温の必要がある。また大阪府独自の追跡サービスに登録するか、スマートフォンや携帯がサービス非対応か、そうしたものを持ち歩いていない人は氏名や住所などを用紙に記入する必要がある。

 

まず野村万作による芸話が15分ほどあり、その後に野村裕基による小舞「名取川」、野村萬斎と野村太一郎による「清水(しみず)」。休憩を挟んで、野村萬斎、野村万作、野村裕基の三代共演となる「業平餅」が上演される。

 

野村万作の芸話。孫の野村裕基が先日、「奈須與市語」への初挑戦(「披く(ひらく)」」というそうである)を務め、今度は弟子達に「釣狐」の稽古を付けているという話から、自身が若い頃に「釣狐」を演じた時の話をする。現在は能舞台が横浜能楽堂に移築されている染井能楽堂で「釣狐」をやった二十代の頃の話である。まだ若く、運動神経にも自身があったことから張り切って挑んだが、舞台と橋掛かりを何度も行き来する必要があったため息切れが酷くなり、「気になる」と不評であった。そのため、再度「釣狐」に挑んだ時は復讐として慎重に演じたという話をする。何度も演じていく上で万作なりの工夫を凝らすことになるのだが、今行っている弟子への稽古は自分が付けた工夫は全て取り払い、昔、父親から教わった通りの「釣狐」に戻しているという。狂言は伝承が大切であり、自分がつけた色をそのまま伝えると元の形から逸脱したものが後世に残ってしまうため、それは避ける必要がある。
「釣狐」は、万作が「卒業論文のようなもの」と表現するほど狂言方にとって重要なものであるが、「釣狐」を演じることで得た技術は他の狂言を行う時にも生きるそうである。

 

小舞「名取川」。日本各地の川の名が読み上げられる川尽くしの舞である。
野村萬斎の長男、野村裕基は、清潔感に溢れる見た目と仕草が印象的。父親に顔は余り似ていないが声はそっくりである。

 

水繋がりとなる「清水」。主人(野村太一郎)が茶会を開くことになったので、良い水を汲む必要があり、太郎冠者(野村萬斎)に秘蔵の手桶を持たせ、野中の清水を汲みに行かせる。太郎冠者は、「居間での仕事があるので次郎冠者にお命じ下さい」という意味のことを言うが、主人は太郎冠者に行くよう命令する。この作品での太郎冠者は結構反抗的である。「女子どもにも出来る仕事」と不満を言い、こんなことをしていては茶会がある度に水汲みに行かせられる羽目になると嘆く。そこで太郎冠者は「清水で水を汲もうとしたところ、山の向こうから鬼が駆けて来た」と嘘をつき、水汲みの仕事をさぼる。だが主人は太郎冠者に持たせた秘蔵の手桶が気になり(主人は手桶の方が太郎冠者の命より大事らしい)、自ら清水へと赴く。太郎冠者は主人を追い返すために、鬼に化けて現れ、主人を脅すのだが……。

野村萬斎が時折行う口語調というか、開いた感じというか、いわゆる狂言の節とは違った台詞回しが絶妙のアクセントとなり、笑いを誘う。「狂言の革命児」野村萬斎の真骨頂である。狂言とはまた違った西洋音楽的、というと語弊があるかも知れないが、異質の台詞を挿入することで生まれる一種の「異化」効果によって、これまでの狂言とは別種の面白さが生まれている。あるいはこの「工夫」は萬斎一代で終わるものなのかも知れないが、彼が与えた影響は今後も形を変えて残っていく可能性が高い。

 

「業平餅」。色男の代名詞の一人である在原業平を主人公にした作品である。狂言は、「この辺りの者でござる」という口上が多いことからも分かるが、「その辺の人」が演じられることが多く、歴史上の人物が登場することは比較的珍しい。

橋掛かりから現れた野村萬斎は流石の気品。「おお! 業平だ!」と感嘆する。

業平が、歌人でありながらまだ歌道の神社である紀伊・玉津島明神に参拝したことがないというので、従者を引き連れて参詣に向かう途中の話である。
朝臣(ここでは「あそん」ではなく「ちょうしん」と読む)在原業平は和歌の名手と認められ、容姿の良さも相まって女からはモテモテであったが、政争に敗れた上、漢詩など、当時は和歌よりも上とされた学芸が不得手であったため、出世は叶わなかった(実際は晩年にそれなりに出世はしたようである)。というわけで金がない。
道中で売られていた餅が食べたくなった業平は、餅屋(石田幸雄)に、金の代わりに歌を詠もうと提案するが断られる。業平は、干ばつの時、小野小町が神泉苑での雨乞いで、「ことわりや日の本なれば照りもせめ さりとてはまたあめが下かは(日の本の国なので、日が照るのも道理でしょう。しかしながら、天が下というからには雨が降らないのはおかしい)」という歌を詠んで雨を降らすことに成功し、その褒美として餅を貰ったという話をして、餅と歌との繋がりを説くが、そんなことで餅屋が納得するはずもない。
業平はならばと、餅尽くしの歌を延々と披露し(ここで冒頭の小舞「名取川」と繋がり、循環する)、餅屋を驚嘆させる。業平が自らの正体を明かすと餅屋は「娘が一人いるが宮仕えを望んでいる」と語る。好色である業平は娘(野村裕基が面を被って演じている)をものにしようとするが……。

茂山千五郎家の「YouTubeで逢いましょう!」で観た「吹取」によく似た展開であり、娘を他人(この「業平餅」では、野村万作演じる傘持)に押しつけようとする下りもそっくりである。この作品では、「悲劇の才人」「稀代のモテ男」という業平のイメージからの落差が笑いのツボとなっている。


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2020年5月16日 (土)

「日本国民よ、これが関西人だ! 知らんけど」 関西電気保安協会公式チャンネルCM集「ある日突然関西人になってしまった男の物語」全編

ちなみに関東人は、「お仏壇の」と言われたら「はせがわ~♩」と歌うと思います。ちなみに宮崎ではこれ、長野県ではこうなり、その南の静岡県ではこういう風に、熊本に行くとこう変わる。山口県ではこんな歌になっている。更に鳥取ではこんな感じにということで何を歌うかでどこの人かわかるかも知れません。

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2020年3月18日 (水)

2346月日(20) 茨木市立川端康成文学館

2020年2月23日 大阪府茨木市の茨木市立川端康成文学館にて

茨木市立川端康成文学館に向かう。入館無料である。
川端康成は、生まれは大阪市内の天満だが、両親が共に病弱であり、2歳の誕生日を迎える前に開業医であった父親が、3歳の誕生日を迎える前に母親が他界したため、以降、茨木中学校(現・大阪府立茨木高等学校)を卒業する18歳まで茨木にある祖父母の家で育っている。

川端も未熟児として生まれ、病弱であったため、小学校に入っても同い年の子などと遊ぶことは難しく、読書をして過ごす時間が長かった。川端の家は、元を辿ると北条平氏に繋がる名家であり、江戸時代には茨木一帯の庄屋を務めていた。祖父の代に没落するが、庄屋ということで父も祖父も教養があり、漢詩や文人画などに通じていた。というわけで祖父は蔵書家でもあり、川端は読む本に困らなかったようである。小学校に上がる前にある程度の読み書きが出来るようになっていた川端にとって学校での授業は退屈であり、授業中にも本を読んで過ごすことがあったようである。
茨木中学校へは片道6キロを歩いて通学。体も次第に丈夫になっていった。祖父は目が不自由であったが、川端に将来画家か小説家になるよう勧めたという。

茨木中学からは第三高等学校(今の京都大学の教養課程)に進む生徒が多いのだが、川端は第一高等学校(現在の東京大学教養学部)に進学。東京で寄宿舎生活を送る。「ダルビッシュ有に似ている、もしくはダルビッシュ有が似ている」という写真が撮られたのがこの一高時代である。
一高を卒業すればそのまま東京帝国大学に進めるシステムもあり、川端は文学部英文科に進学。その後、国文科に転科して卒業している。一高から東大という過程が大阪人らしくないため(三高から東大という人は結構いる)、川端が大阪人だと知らない人も結構多そうである。
小説家としての川端は鎌倉市二階堂に居を構え活動を行っている。あるいは先祖の北条氏が治めていた場所だからなのかも知れない。

小さな文学館であり、展示などもそれほど充実しているわけではないが、川端の直筆原稿などを読むことが出来る。映像コーナーもあり、川端康成の生涯を辿るドキュメンタリーや少年時代の川端を描いたアニメーションなどを楽しめるようになっている。
川端の鎌倉二階堂の書斎を再現したコーナーもあり、希望する場合は職員に申し出て執筆体験が出来るようである。川端の小説などを原稿用紙などに模写することになるようだが、私はそれなりの文章を書ける自信はあるので、わざわざ川端になる必要はない。

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2019年12月26日 (木)

観劇感想精選(333) 南船北馬 「これ から の町」

2019年12月13日 大阪・周防町筋のウイングフィールドにて観劇

午後7時30分から、大阪・周防町筋のウイングフィールドで、南西北馬の「これ から の町」を観る。作・演出:棚瀬美幸。
大阪を代表する演劇人の一人である棚瀬美幸。ドイツに留学し、ドイツ人の男性と結婚。大阪でドイツ料理店をやっていたが、このほど閉店。そして、石垣島に移住することにしたそうで、棚瀬美幸が大阪の演劇人として南船北馬で公演を行うのはこれが最後となるようだ。

ウイングフィールドは奥側を舞台として用いることが多いのだが、この公演では奥と手前を客席とし、挟まれる形になったスペースで演技を行う。上から見ると菱形に見える台が置かれていて、これがステージということになるのだが、片方が赤、もう片方が白く塗られており、方位磁針を模したものであることがわかる。

出演は、橋本浩明、桂ゆめ(俳優座)、竹内宏樹(空間悠々劇的)、岩本苑子(少年王者舘)、高橋映美子、出口弥生。

出演者は6人であるが、最後の場面を除き、俳優を入れ替えながら2人ないし3人での芝居が行われるシークエンスが連続する。

関係を整理しておくと、悟(橋本浩明)の妻であったミカの姉が史歩(高橋映美子)。悟の妹が絢奈(桂ゆめ)で、絢奈は睦月(竹内宏樹)と同棲していたが、同じアパートに暮らしていた人が火事を起こして二人の部屋にも煙が充満してしまい、いられなくなったため、絢奈は兄である悟の部屋に移っている。睦月はといえば、もう一人の恋人である麻友(岩本苑子)と日帰り出来る場所を転々とする旅を続けている。観光をするような生やさしものではないという意識を麻友は持っているようだ。麻友は睦月の子どもを身籠もっている。
結月(出口弥生)は睦月の姉である。睦月は背中に瘤があるが、これは子どもの頃、結月の鼓膜が破れるほどの殴り合いの喧嘩をして、姉弟もろとも階段から転げ落ちた際に出来た傷が元で出来たものである。結月は編み物を得意としていて、レッサーパンダのニット帽を編んでいたりする。

ミカが亡くなってから3年が経つ。詳しいことは語られないが、ミカは災害によって亡くなったようである。その災害では多くの人が亡くなり、ミカ自身の遺体も見つかっていない。悟は、自宅をミカがいた時のままに保存している。ミカがいなくなってからの悟は毎日のように家を掃除して清潔に保っている。男としては珍しいが、実は悟はミカの死を受け入れてはおらず、「遺体が見つかっていないので、死んだとはまだ言い切れないはず」として、ミカがいた時の状態のままに家を保っており、いつミカが帰ってきてもいいよう整えていたのであった。史歩(フルネームは田中史歩で、キンタロー。の本名である田中志保と音は一緒である。この役名は漢字も意味ありげだが、音にも意味があり、キンタロー。を意識してつけられた名前ではない。そもそもキンタロー。の本名を知っている人はそれほど多くないはずである)は、3年が経過したため、妹の遺品を引き取りたいと悟に申し込んでいる。史歩は、悟の妹の絢奈を何度も「アヤメ」と言い間違え、悟も最初の内はうちは訂正を入れていたが、無駄だと悟ってスルーするようになる。

睦月と旅を続ける麻友は、睦月の同棲相手であった絢奈や睦月の姉である結月に敵愾心をむき出しにする。とにかく自分の方が睦月を理解しているのだとアピールしたがるのだが、結月に「ほあのきつむ、るたれかわ」という呪文を教わり、絢奈が語る睦月の一面を知り、引き下がることを決意するようになる。ちなみに「ほあのきつむ、るたれかわ」は、「睦月のアホ! 別れたる!」を逆から読んだものである。
資産家の子どもとされる睦月と結月は仲は良いのだが、結月は親からの遺産を睦月に譲る気はない。睦月に遺産を分けるくらいならいっそのこと絢奈に渡した方がましだと思っているのだが、睦月と絢奈にも別れと新たな旅立ちが迫っていた。

悟とミカ、悟と史歩、睦月と絢奈、睦月と麻友、睦月と結月など、とにかく登場人物全てが別れと再出発の季節を迎えており、悟も思い出詰まったこの部屋を出て行くことになる。なんとなくチューリップの「サボテンの花」っぽい展開だが(サボテンの話は実際に劇中に登場する)、大阪の街を離れて新天地へと向かう棚瀬美幸の心境が込められているのだろう。

言葉の食い違いに始まり、やがて登場人物達は逆回しの言葉を話し始める。ミカはカミになる。名古屋生まれで大阪弁のセリフも書いた棚瀬美幸が島ごとに言葉が異なるという沖縄に向かう。
「いゃしっらてっい。ねすでいいとるかつみがばとこいしらたあ」
ダンケシェーン! アウフヴィーダーゼン!

 

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2019年12月 2日 (月)

コンサートの記(612) 以和貴会演奏会「欣求浄土~天台聲明と天王寺楽所」

2019年11月25日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後6時30分から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、以和貴会演奏会「欣求浄土~天台聲明と天王寺楽所」を聴く。
天王寺楽所(てんのうじがくそ)は、四天王寺ゆかりの聖徳太子の時代にまで遡る歴史を誇る雅楽集団である。内裏の大内楽所、奈良の南都楽所と共に三方楽所に数えられていた。だが、明治になって三方楽所の楽師達は東京に召され、雅楽局の団員となる。雅楽局の後継団体が宮内庁式部職楽部(宮内庁雅楽部)である。このため、天王寺楽所の歴史も途絶えそうになったが、これを憂いた有志が雅亮会という団体を結成。事務所を大阪木津の浄土真宗本願寺派願泉寺に置き、天王寺楽所を名乗ることを四天王寺から許されている。平成26年に雅亮会の維持のため以和貴会が結成され、天王寺楽所の名は以和貴会の演奏時の名前となったが、この12月の頭に再統合されて、天王寺楽所雅亮会としてスタートする予定である。
事務所が願泉寺内に置かれているためか、浄土真宗本願寺派の大学で音楽学部のある相愛大学の特別受け付けが設けられていたりする。


曲目は、第1部が「欣求浄土の響」と題され、講式「順次往生講式『述意門』より」、極楽声歌「萬歳楽(只拍子)」、聖衆行道「付楽 菩薩」、舞楽「迦陵頻伽」
第2部が「念仏會」で、舞楽「振鉾(合鉾)」、聲明「引聲阿弥陀経(散華)」、雅楽「賀殿」、聲明「引聲阿弥陀経(四奉請)」、舞楽「還城楽」、退出音声「長慶子」


まず、天王寺楽舞協会常任理事で以和貴会副会長の小野真龍から本日の舞台の解説がある。第1部の前半は往生に向かう道であり、力尽きて途中で緞帳が降りる。その後は極楽の描写となり、極楽の音楽である雅楽が鳴って、迦陵頻伽達(少年達が扮する)の舞となる。

第1部前半は、舞台後方に四天王寺の鳥居と、その上に被さるような夕陽が映されている。夕陽を見ながら極楽を思い浮かべる日想観(じっそうかん)である。夕陽は徐々に沈んでいき、下にまで達したところで声歌が終わって緞帳が降りる。
舞台下手から楽師達が登場。演奏途中で、上手の者から順に緞帳の側に向き直る。全員が緞帳の側を向いたところで、緞帳が上昇。舞台背後には今度は阿弥陀来迎図が浮かんでいる。

少年達による「迦陵頻(迦陵頻伽)」の舞は可憐であった。


第2部は背後に阿弥陀如来像の絵が浮かんでいる。

鉾を持った二人の男の舞の後で、僧侶達が登場し、阿弥陀経と唱えつつ散華を行う。花は紙で出来たものを撒いているようだ。

舞楽「賀殿」。4人の男達による勇壮な舞である。舞人達は戻る時に一人一人阿弥陀如来を見上げてから立ち去っていった。
終わった後で、今のことが全て夢だったかのような不思議な感慨にとらわれる。

再び僧侶達による阿弥陀経が唱えられた後で、今度は仮面を被った男による豪快な舞「還城楽」が行われる。とぐろを巻いた蛇を手にしての舞であり、蛇は迦陵頻伽を舞っていた少年の一人が手渡す。おそらく音楽の神様である弁財天とも関係があるのだろう。
同じ古代の舞踏をモチーフにしているためか、音やリズムがストラヴィンスキーの「春の祭典」を連想させるようなものであるのも面白い。
舞は3部に分かれ、徐々に楽器の厚みが増していく。第3部の重厚な音楽は黛敏郎の「舞楽」に近い迫力を持つ。
さて、舞人はステージ下手手前の仮花道から退場するのであるが、仮面をつけているため前がよく見えず、壁に激突するなどかなり危なっかしい。

最後は、「長慶子」。夢枕獏の『陰陽師』でもお馴染みの源博雅が作曲したという華やかな曲である。

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2019年11月14日 (木)

日本・ポーランド国交樹立100周年記念 ポーランド国立民族合唱舞踊団シロンスク@フェスティバルホール

2019年11月6日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後6時30分から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、日本・ポーランド国交樹立100周年記念 ポーランド国立民族合唱舞踊団シロンスクの公演を観る。

ポーランド国立民族合唱舞踊団シロンスクは、1953年7月1日に作曲家で教育者、更に作家でもあったスタニスワフ・ハディナによって設立された民族舞踊団。100人を超えるメンバーがいるというが、そのうちの54名が今回来日し、日本各地で公演を行う。合唱団、舞踊団、オーケストラから成る団体だそうだが、今回はオーケストラなしでの上演(録音音源だと思われる)。シロンスクは、現在はポーランドとシロンスク県(県都は、ポーランド国立放送交響楽団の本拠地としても知られるカトヴィツェ)の共同運営となっているそうだ。

まずスクリーンにポーランドとポーランド国立民族合唱舞踊団シロンスクの紹介映像が映される。その後、ポーランド広報文化センター職員でピアニストの栗原美穂がポーランド民族衣装を纏って登場し、進行役を務める。

その後、いかにも東欧といった感じの舞踊が繰り広げられるのだが、「シュワ・ジェヴェチカ(森へ行きましょう)」が日本語で歌われるなど、サービス精神にも富んでいる。

シロンスクは、ポーランドの民族衣装2万点以上を保有しているそうで、今回も多くの民族衣装を披露すべく、ダンサーは平均して公演中に10回近く着替えるそうである。

民族舞踊に関しては特に知識もないので見所なども上手くは語れないが、やはり下半身の強靱さは目立つ。隣国ロシアのコサックダンスのような足の動きもあるのだが、器用に軽々とこなせるのは足腰の強さあってこそだろう。そしてバレエでもそうだが、男性のダンサーはやはり日本人とは比べものにならないほど体格が良く、動きがダイナミックである。女性ダンサーも日本人よりプロポーションは良いが、圧倒的といえるほどの差はないように思われる。スポーツでも女子選手は世界の強豪国と互角以上に戦える種目が多いが、男子の場合はお家芸とされる種目以外ではまず勝てない。身体能力においては日本人男性は不利だ。

ポーランドが生んだ最大の作曲家が、フレデリック・フランソワ・ショパンである。ショパンは父親がフランス人、母親がポーランド人のハーフであり、生涯の半分近くをパリで過ごしたため、純粋なポーランドの作曲家とはいえないのかも知れないが(フランス系であったがために青春期に失恋したこともあるようだ)ポロネーズやマズルカといった祖国の舞曲をピアノ曲にしており、愛国心においては祖国の人々に劣ってはいなかったと思われる。

そのポロネーズやマズルカの踊りも当然ながら行われる。ピアノ曲でしか知らない舞曲が実際にどのように舞われるのか興味があったが、リズムの意味が舞踊を見ているとよく分かる。特にリズムにステップが大きく影響していることが見て取れる。

曲芸的な舞やユーモアを取り入れた表現、舞と合唱のコラボや、合唱のみで聴かせる場など、思った以上にバラエティーに富んだ構成であった。

アンコールとして、ラストに踊られた「クラコヴィアク」が再度披露され、その後、スクリーンが下りてきて、シロンスクの出演者達が中島みゆきの「時代」を歌う。スクリーンには「皆さまもご一緒にお歌い下さい」と出て歌詞が投影され、ポーランド人出演者と日本人聴衆による合唱が行われる。大阪の聴衆の良いところは、こうした場面でちゃんと歌ってくれることである。仕事のため行けなかったが、今月2日にはロームシアター京都メインホールでの公演もあった。京都のお客さんはちゃんと歌ってくれただろうか。

同じ歌を歌っただけで本当に心が通じ合えたかどうかはわからない。ただやはりこうした経験は心を温かくしてくれるし、短い時間であっても一体感を得たことで少しだけ優しくなれたようにも思う。

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2019年10月19日 (土)

観劇感想精選(321) 南座新開場記念 藤山直美主演 「喜劇 道頓堀ものがたり」

2019年10月13日 京都四條南座にて観劇

午後4時から、京都四條南座で「喜劇 道頓堀ものがたり」を観る。三田純市の小説『道頓堀』を原作とする作品。脚本:宮永雄平、演出:浅香哲哉。主演:藤山直美。出演:喜多村緑郎、河合雪之丞、松村雄基、鈴木杏樹、石倉三郎、春本由香、辻本祐樹、三林京子、大津峯子、林与一ほか。セリフらしいセリフを貰えていない役ではあるが、吉本新喜劇の「横顔新幹線」こと伊賀健二や京都の小演劇界で活躍している岡嶋秀昭なども出演している。

道頓堀に大阪松竹座を持っている松竹であるが、今回は南座新開場記念として敢えて京都で上演される。藤山直美は藤山寛美の娘ということで大阪のイメージが強いが、実は京都女子高校出身であり、京都に縁のある人である。

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「喜劇 道頓堀ものがたり」は平成12年11月に大阪松竹座で初演された作品で、道頓堀五座と呼ばれた5つの劇場(中座、浪花座、朝日座、角座、弁天座)が建ち並び、日本屈指の演劇街であった時代の道頓堀を描いている。道頓堀五座のうち、現在も稼働している劇場は実は一つもない。最も権威のあった中座もすでに解体され、跡地には中座くいだおれビル(現在は、くいだおれ太郎はここにいる)が建ち、地下に演劇も上演できる2つのライブハウスを持っているが、昔ながらの芝居が上演されることはまずない。角座は戦災で焼失した後に映画館になったり演芸場として生まれ変わったりしていたが、今は場所も移転し、道頓堀の劇場ではなくなっている。

松竹の芝居ということで、創設者の一人である白井松次郎が登場。松村雄基を配して(実は初演時の白井松次郎を演じていたのも松村だという)やたらと男前に描かれている。

 

歌舞伎から喜劇に転じることになる尾野川菊之助(喜多村緑郎)を妻として支えることになるお徳(藤山直美)が主人公。お徳は父に先立たれたため奈良から大阪に出てきたのだが、道頓堀で芝居に目がくらんでしまって通い詰めているうちに金がなくなり、芝右衛門狸のようにアオタ(芝居のただ見)を行って劇場から叩き出される。その場にいた芝居茶屋・菊濱の女将である菊乃(三林京子)に「そんなに芝居が好きなら」ということで、お茶子として引き取られることになったお徳は、実は最も好きな役者である菊之助が生まれ育ったのがここ菊濱と知り、菊之助に出会うと卒倒するほどに喜ぶ。
その菊之助であるが、華があり人気もあって将来の尾野川一座の看板となる資質十分なのだが、先代の型に従わず、独自の演技をしてしまうため、周囲からの評判が悪い。そこで師匠である尾野川延十郎(林与一)によって弟分である女形の尾野川あやめ(女形の場合は弟分でいいのだろうか? 演じるのは河合雪之丞)と共に喜劇劇団に移籍させられることになる。当初は見捨てられたと感じ、一日も早く歌舞伎に復帰することを願う菊之助だったが……。

 

人情芝居であり、難しい部分も特にない。実話も絡めた庶民向けの話であり、大阪や道頓堀に通い慣れている人にはとても面白く感じられるだろう。喜多村緑郎、河合雪之丞、林与一といった歌舞伎畑出身の俳優による「恋飛脚大和往来」より“封印切の場”や「瞼の母」の稽古シーンなどが劇中劇として入っているのも芝居好きには一粒で二度美味しいといったところだ。

基本的に藤山直美のキャラで持たせている芝居であるが、他の役者も好演。尾上松助の娘で尾上松也の妹である春本由香は生まれつきなのか環境の方が大きいのかは分からないが華があり、演技のセンスも高い。実は関西出身である鈴木杏樹は慣れた感じの大阪弁による台詞回しが魅力的であった。

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