カテゴリー「野球」の221件の記事

2020年10月27日 (火)

スタジアムにて(29) 読売ジャイアンツ対東京ヤクルトスワローズ@大阪ドーム 2006.4.19

2006年4月19日 大阪ドーム(京セラドーム大阪)にて

京阪電車と大阪市営地下鉄を乗り継ぎ、大阪ドームで読売ジャイアンツ対東京ヤクルトスワローズ戦を観戦。もちろん3塁側(ヤクルトサイド)に座ったのだが、大阪ドームを埋める観客の9割近くはジャイアンツファンであり、ヤクルト応援団はレフト側の外野2階席の一部を占めるのみである。
一方、1階外野席と2階外野席のライト側、そしてレフト側の中間付近までは全てジャイアンツの応援団である。やはり人数が多いだけあって、声の迫力は耳を圧せんばかりである。特にチャンス時の声援は、ドームを揺るがすほどのパワーがある。

巨人軍の先発は尼崎出身の野間口貴彦。東京ヤクルトの先発は5年連続2けた勝利を狙う石川雅規。

野間口は初回から乱調。先頭打者の青木宣親にフォアボールを出す。真中満のヒットと岩村明憲の犠飛で三塁を陥れた青木は、ラミレスの犠牲フライで生還。ヤクルトが1点を先制する。

その後も、野間口は再び青木を歩かせると、完全にモーションを盗まれて二盗を許す。キャッチャー阿部慎之助が送球体勢に入った時にはすでに青木は二塁ベースに達していた。ヤクルトは続く二人が立て続けに犠牲フライを打って、ノーヒットで2点目を奪う。

原辰徳監督の采配にも疑問が残る。ピンチでヤクルトの8番バッター、キャッチャー米野智人を迎えた場面が二度あった。米野は打率1割台のバッターである。しかし、ここで原監督は2回とも米野との勝負を避けて敬遠のフォアボールを与え、続くピッチャー石川との対決を選んだ。
野間口はコントロールがどうしようもなかったので安全策としてわかるが、原監督は二番手の久保にも米野を歩かせるよう指示を出した。慎重といえば慎重だが、弱腰采配であることは否めない。ピッチャーにしてみれば全く信頼されてないことがわかってしまい、士気に影響が出る。結果、巨人は出るピッチャーがことごとく打ち込まれ、8失点。ピッチャー心理を読めなかった原監督のミスだろう。

東京ヤクルトの先発・石川雅規は、スピードはないがコントロールが冴え、徹底して低めを攻めて、ジャイアンツ打線を1点に抑える。
石川は7回まで投げ、8回からは木田優夫が古巣・巨人相手のマウンドに上がる。球に勢いがある。スピードガン計時もMAX148キロを記録したが、それ以上の球威を感じる。だが、かつての木田のストレートはこんなものではなかった。もう15年も前になるが、神宮球場でのヤクルト戦(当時、木田は巨人に在籍)でブルペンで投げる木田を見たことがあるが、彼の投げたボールは生き物のように勝手に飛んでいくように見えた。人間が投げたボールとは思えなかったほどだ。今日の木田のストレートもスピードガンでの表示は以前と余り変わらない。しかし投げる球の質が変わってしまったようだ。木田はワイルドピッチで1点を失う。しかし、スコアは8対2。8回裏が終わった時点で、観客はどんどん帰り始める。

スワローズ最後のピッチャーは快速右腕・五十嵐亮太。MAXは149キロを記録。しかし生で見ると、ボールに勢いを感じない。スピードはあるのだが、伸びがないのだろうか。高めに投げた釣り球をあっさりと弾き返されたのがその証拠である。普通ならあのコースにあれだけの速さのボールを投げ込まれたら絶対に空振りするはずなのだが。それでも五十嵐はなんとか0点に抑える。8対2で東京ヤクルトスワローズの完勝であった。

| | コメント (0)

2020年9月30日 (水)

スタジアムにて(27) 桑田真澄VS一場靖弘 NPBオープン戦@大阪ドーム 読売ジャイアンツ対東北楽天ゴールデンイーグスル 2006.3.10

2006年3月10日 大阪ドーム(京セラドーム大阪)にて

大阪へ。大阪ドーム(公式戦時には「京セラドーム大阪」と名前を変える予定」)で、プロ野球オープン戦、読売ジャイアンツ×東北楽天ゴールデンイーグルスの戦いを観戦する。

原巨人と野村監督との因縁の対決。先発は巨人がベテランの桑田真澄、楽天が2年目の一場靖弘。いずれも昨年は期待されながら、桑田は1勝も出来ず、一場もわずか2勝に終わっている。二人とも勝負の年だ。

ピッチングは対照的。

桑田はコーナーを丁寧につく。ピッチャーがセットポジションを取った時に真っ正面になる三塁側内野自由席に座ったので、変化球は何を投げているのかわからなかったが、ストレートはMAX139キロを計時。年齢と3月という時期を考えると良い仕上がりだ。
一場は150キロを超えるストレートでぐいぐい押す。巨人のバッターは一場のストレートをなかなか芯で捉えることが出来ず、カットするのが精一杯であった。

先制したのは楽天イーグルス。西武から移籍のフェルナンデスがレフトスタンドにアーチを架ける。5回を終えて、1対0で楽天がリード。桑田は5回でマウンドを降りた。オープン戦ということで、6回以降は若手と一軍当落線上の選手が試される。しかし、両チームとも厳しいようだ。桑田の後を受けた佐藤宏志は、元阪神の沖原にソロホームランを浴びる。楽天も一場が6回を零封したことのみが収穫。リリーフ陣はいずれもスピードやコントロールに難があることを露呈した。ノムさんもさぞぼやいたことだろう。

巨人も楽天もベテランだけが活躍している。オープン戦とはいえ、いやオープン戦だからこそこれではまずい。

巨人は1点を返すのが精一杯。ドラマらしいドラマも見せ場もなく、正直言って退屈な試合だった。巨人戦にしては余り入りの良くない試合だったが、両チームともふがいない展開を見せ始めたためか、7回を終えた時点で帰る人が続出。その後も席を立つ人は後を絶たない。

巨人も楽天も優勝の可能性はほぼないと見た。巨人は今年は国産大砲が小久保しかいない。イ・スンヨプもディロンも通用するかどうかはわからない。何より、生え抜きの大砲がいないというのが苦しい。戦力、人気ともに影響しそうだ。

| | コメント (0)

2020年5月25日 (月)

コンサートの記(637) アジアオーケストラウィーク2004 本名徹次指揮ベトナム国立交響楽団

2004年10月6日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

ザ・シンフォニーホールでベトナム国立交響楽団の来日演奏会を聴く。アジアオーケストラウィーク2004参加団体として招聘されたもの。指揮は本名徹次。本名は2001年からベトナム国立響のミュージック・アドバイザーを務めている。ベトナム国立響は1959年の創設。最初のコンサートでホー・チ・ミン(胡志明)が指揮台に上がってベトナム国歌を指揮したという何とも社会主義なエピソードを持つ。本拠地は首都ハノイ。ハノイは漢字では河内と書く。かなり大阪っぽい。

ベトナム国立響というと大分前にテレビのドキュメンタリーで日本人指揮者、福村芳一を相手に演奏に苦戦している姿が流された。

ということもあって今回は不安だったのだが、杞憂に終わった。世代交代が進んだようで、メンバーは若い。昨日のソウル・フィルは女性メンバーが全員、ドレスではなくスーツで登場したのが印象的だったが、ベトナム国立響の女性メンバーはドレスだったり民族衣装風だったり様々だ。

弦には輝きがある。たまに雑然とした感じになるのは仕方ないだろう。管はやや不安定だ。

第1曲はド・ホン・クァンの「ベトナム狂詩曲」。面白い曲だがやや長い。後半になるとだれた感じがする。

2曲目はショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲。ソリストは1981年生まれの若手、ブイ・コン・ズイ。曲自体は渋いものである。ソヴィエト当局の妨害に遭い、初演は7年も遅れた。ブイのヴァイオリンは昨日のヤン・ソンウォンとは正反対でテクニックを前面に押し出す。いかにも熱演という感じだが、力任せの感じは否めず。ずっと攻めのヴァイオリンなので聴いていて疲れるところがある。


メインもショスタコーヴィチ。交響曲第5番。いうまでもなく交響曲としては20世紀最高のヒット曲である。最近、生でショスタコーヴィチを聴く機会が多くなった。それも第5だけでなく、第10、第11などがプログラミングされる。ショスタコーヴィチの大ブレイクはもうそこまで来ている気がする。

冒頭は音に厚みが不足しているが、煌びやかさはあるし、構築もまずまずである。第2楽章はアイロニカルな表情が生きている。第3楽章も悪くはないが、歌にやや不足。表情ももっと豊かに出来るはずだ。第4楽章、トランペットが落ちる。本名のテンポはかなり速い。トランペットが落ちてからは更にテンポを上げる。この楽章がこれほど速く演奏されるのを聴くのは初めてである。ラストも重みがもう少しあればいいと思ったが、このオケの現状を考えるとよくやったと思う。国立のオケとはいうものの財源が不足しているため、メンバーの多くはアルバイトをしながらリハーサル、本番をこなすという。

アンコールではベトナムの曲と、大阪での演奏会ということで「六甲おろし」が演奏された。

| | コメント (0)

2020年5月 4日 (月)

キーオのさして厳しくないコースに投じたカーブを不器用に避けるポンセ。最後はデッドボールになりますが、解説は……




ちなみに二塁にいるのが、キーオのカーブを「最高」と讃えた高木豊です。
キーオのカーブ(中指一本で曲げるので原理的にはナックルカーブ)は、右バッターは「頭に当たる!」と思って避けてしまうそうですが、それがこの映像でよく分かります。

| | コメント (0)

高木豊がマット・キーオのカーブについて語った場面(BASE BALLチャンネルby高木豊)より

| | コメント (0)

2020年2月12日 (水)

追悼・野村克也

名捕手、名監督として活躍した野村克也が死去。84歳。「名選手必ずしも名監督にあらず」とよくいわれるが、その言葉は野村には当てはまらない。

現在の京都府京丹後市生まれ。母子家庭で育った上に母親は病気がちで赤貧といってもいい家庭で生まれ育った。高校は峰山高校に進学。その地方では進学校であるが、そのため野球部は弱く、野村もプロから注目されることはなかった。経済事情から進学は無理であり、野村は母親を助けるためにプロ野球入りを志す。捕手陣が弱いとみた南海ホークスの入団テストを受験。評価はかなり微妙なものだったようだが、「カベ(ブルペン捕手のこと)が足りないから」という理由で合格。契約金は0で、全くといっていいほど期待されてはいなかった。入団後、初めてご馳走になったハヤシライスの味に感動。「世の中にはこんなに美味しいものがあるんだ。プロで成功すれば、こうしたものが毎日食べられる」ということで、真剣に野球に取り組む。捕手としては肩が弱いのが難点であり、遠投などで鍛えたが、晩年になると肩は衰える。そこで投手陣と共に今でいうクイックモーションとの連携を生み出すことで盗塁を阻止するなど現役時代から創造力に長けていた。打撃面も投手の癖や配球の読みなどを駆使して上昇。4年目にして初めて本塁打王のタイトルを獲ると、1963年には当時の日本記録となるシーズン52本塁打を記録。これは現在でも日本人選手2位の記録である。1964年には、最高打率(首位打者)、本塁打王、打点王を独占するいわゆる三冠王となる。史上初の三冠王となるはずだったが、記録の見直しが行われ、二期制だった戦前の中島治康の記録が通年で三冠王と見做されるようになり、二番目の三冠王となった。以後、野村は「二番目」に縁のある野球人生を送るようになる。
通算本塁打、通算安打数、通算打点、出場試合数はいずれも歴代2位。本塁打と打点の通算1位は王貞治、通算安打(NPBでの記録のみ)の1位は張本勲、最多出場記録保持者は谷繁元信である。「王がいなければ俺が1位だったのに」とぼやいたことは有名だが、ONを太陽のようなヒマワリ、自身を日本海側の月見草に例えた野村らしい渋さを感じさせる記録である。

南海のプレイングマネージャー時代には、阪神タイガースを事実上追放されて南海に移籍した江夏豊をリリーフ専門に転向させて結果を出す。それまでにもリリーフ専門のピッチャーはいたが、リリーフを確立させたのは野村と江夏とされている。南海球団と決裂した後は、ロッテ、西武と渡り歩いて45歳で現役を引退。野球解説者となる。解説者時代にはテレビ画面の隅に映し出されるストライクゾーン9分割の「ノムラスコープ」を用いての配球を予測する解説が話題となった。私が野村克也の存在を意識したのはこの解説者時代である。野村は予言者ではないし、そもそも一人の読み通りに配球が行われたら滅多打ちに遭うため、ノムラスコープは必ずしも成功したとはいえなかったが、ある意味、ID野球の到来を人々に感じさせたのがこの時代かも知れない。

1990年から、それまで長らく下位に甘んじてきたヤクルトスワローズの監督に就任。ファミリー球団と呼ばれ、若手が伸び伸びとプレーしていて魅力的ではあったがそのために弱かったスワローズに勝つ精神とID野球を叩き込む。ドラフト面では投手の補強を重視。
「一番打ちにくいのはとにかく球の速いピッチャーだ」ということで先発候補の本格派投手を中心に獲得。奪三振マシーン、石井一久らがドラフト1位で入団している。外国人投手も速球派を揃えた。抑え投手としては右サイドハンドの高津臣吾にシンカーの習得を命じて球界最高の守護神に育て上げる。スワローズは選手層が薄いため、他チームを解雇になった選手も積極的に獲得し、エース級・主力級へと再起させたため、「野村再生工場」という言葉が生まれた。
正捕手にはいわずと知れた古田敦也。ID野球の申し子である。古田は野村以来となる捕手としての首位打者を獲得している。それまで捕手をしていた飯田哲也を最初セカンドへ、その後センターへコンバートし(飯田哲也の応援歌の歌詞は「キャッチャー、センター、セカンドどこでも守れる 足ならだれにも負けない韋駄天飯田」というものである)切り込み隊長とした。更に池山隆寛、広沢克己という和製大砲2門を備えた打線は90年代最強といっても過言ではなかった。

一方で、長嶋茂雄を監督に頂くジャイアンツを度々挑発。「伝統の一戦」巨人対阪神戦に対抗する形で、「因縁の対決」ヤクルト対巨人戦を演出し、セ・リーグを盛り上げる。
1991年に3位でAクラスに入ると、翌92年には14年ぶりとなるリーグ優勝を達成。日本シリーズでは西武ライオンズとプロ野球史上に残る死闘を演じるも日本一はならず。エースの岡林洋一の酷使が話題となった。

92年のドラフトで、スワローズは松井秀喜を指名する予定であったが、スカウトが強く押す伊藤智仁の指名を野村が支持し、直前での指名切り替えとなる。競合の末獲得した伊藤智仁は翌93年に高速スライダーを武器に旋風を巻き起こす。
だが、岡林にしろ伊藤智仁にしろ酷使が指摘されており、投手分業を確立させた野村ではあったが、勝利の味には弱かったようである。
スワローズの監督として優勝4度。日本一には3度輝き、日本一回数をセ・リーグに2位に押し上げるという、野村らしい仕事を成し遂げた。
その後、阪神タイガーズの監督に招かれるが、ドラフトに野村の意向が反映されなかったということもあって成績は残せぬまま、夫人の不祥事で退任することになる。レギュラーに決定しているのは新庄剛志だけという層の薄いチームであったが、野村は後に「ミーティングでヤクルトの選手は話を良く話を聞いてくれた。楽天の選手もまあ聞いてくれたが、阪神の選手は話を聞こうとしない。しきりに時計を気にしているが、この後、タニマチとの約束でもあるのか」と述懐しており、チーム体質に問題があったようである。後任には「怖い人がいい」ということで星野仙一を推した。野村の推挙はその後、実を結ぶこととなる。

社会人野球のシダックスの監督として武田勝(のち北海道日本ハムファイターズ)らを育てた後で東北楽天ゴールデンイーグルスの監督に就任。「神の子」と呼ぶことになる田中将大を育てた。

南海時代の背番号は19であるが、監督時代も足して10になる番号を好んでつけている。

最近では、1ヶ月に1冊というハイペースで著書を出す生活が続いた。昨年はヤクルトスワローズのOB戦に監督として出場。教え子達に支えられながら打席にも立つ。高齢のためバットを本気で振ることは不可能で、対戦を終えずに相手チームの若松勉監督による申告敬遠ということでベンチへと引っ込んだが、これが生涯最後の打席となった。

 

昼食は、予定を変更して、京都芸術センター内にある前田珈琲明倫店で赤味噌ハヤシライスを注文。野村監督のことを思いながら食べた。
野村克也とハヤシライスの話は、結構有名なものだと思っていたが、Googleで検索しても余りヒットせず、今となってはレアなエピソードであったことを知る。その後、野球記者などが野村克也追悼としてハヤシライスの話などを挙げていた。

Dsc_8677_20200212195101

| | コメント (0)

2019年9月24日 (火)

スタジアムにて(20) 侍ジャパン強化試合 日本対チャイニーズ・タイペイ(台湾)@京セラドーム大阪 2016.3.6

2016年3月6日 京セラドーム大阪にて

京セラドーム大阪で、侍ジャパン強化試合 日本対チャイニーズ・タイペイ(台湾)戦を観戦。午後6時30分プレーボール。

1塁側が日本の応援席、3塁側がチャイニーズ・タイペイの応戦席でありベンチも1塁側が日本、3塁側がチャイニーズ・タイペイであったが、今日は日本がビジターのユニフォームを着て先攻、チャイニーズ・タイペイがホームのユニフォームで後攻である。台湾の選手のローマ字表記(のようなもの)はピンインではなくウェード式が用いられていた。

京セラドーム大阪には何度も来ているが、1塁側に座るのはおそらく今回が初めてになると思われる。

打撃練習や守備練習から見ていたのだが、打撃は山田哲人が一番調子が良さそうであった(打撃練習の調子が当てになるとは限らないのだが)。中田翔は守備練習で打球をポロポロこぼすなど調子が悪そう。実際、今日は5番DHで出場したが打撃も不振であった。

外野でウォーミングアップしていた日本の選手達が、1塁側席の前を通る時に多くの人が声援を送っていたのだが、ベイスターズの山崎康晃は気軽に握手やサインに応じていた。

「おそ松さん」とのコラボレーションということでイヤミが登場。始球式(ファーストピッチと紹介される)を行った。


今日の日本はディフェンス優先の先発。セカンドには名手・菊池涼介、ライトには清田育宏、ショートには今宮健太が入る。サードは銀次。キャッチャーは炭谷銀仁朗。ファーストには中村晃が入る。

日本の先発はホークスのエース、武田翔太。

武田翔太はMAX147キロのストレートとブレーキングカーブでチャイニーズ・タイペイに挑む。だが、カーブを打たれるなど、調子は万全というわけではないようだ。

2番手投手の西勇輝、3番手の戸根千明、4番手の森唯斗、セットアッパーの山崎康晃、クローザーの西野勇士は全員、ストレートは140キロ台中盤をマーク。スピードガンで最も良い数字と出したのは武田翔太と森唯斗の147キロであったが、球の伸びが一番感じられたのは西勇輝であった。また、球質が重そうなのは武田翔太であった。

台湾職業棒球リーグで投げたこともある高津臣吾(東京ヤクルトスワローズ一軍投手コーチ)が、「台湾は守備が雑だった」と言っていたが、実際、今日のチャイニーズ・タイペイは守備が雑でエラーや、エラーは付かないが実質的なエラーが多く見られた。

だが、先にエラー絡みで点を与えたのは日本。3回裏、先頭の林智平にカーブをセンター前に弾き返されると、続く林カイ笙のバットを粉砕してボテボテのゴロを打たせるが、飛んだバットのかけらを気にしながらの守備となった武田は、ファーストへの送球がワンバウンド。上手いファーストなら捕れていたところだが、バウンドが近すぎたということもあり、中村晃のファーストミットからボールがこぼれる。記録上は武田翔太の悪送球となる。張建銘はショートゴロに打ち取り、二塁はフォースアウトとするも一塁には投げられず、一死三塁一塁となる。
王柏融の当たりは痛烈。普通ならレフト前に落ちるタイムリーとなっていたところだが、ショートの今宮がジャンプして打球を捕球。超ファインプレーに拍手が起こる。
しかし、続く林智勝との対戦時に張建銘が二塁へ盗塁。だが、これは囮で、サードランナーの林智平がディレイドで本盗を仕掛ける。タッチプレーなら先にホームインした場合、帰塁は認められるので、セカンド・菊池もバックホームでホームタッチアウトを狙ったのだが間に合わず。台湾が頭脳プレーで先制点を奪う。
本来なら二塁に投げなくても良かったはずなのだが、2点取られるのが怖いのとランナーを刺したいという本能で投げてしまったのだろう。
日本は守備主体のスターティングオーダーでありながら先制を許す。

さて、守備主体の先発メンバーであったが、続く4回表、この回先頭の菊池が意表を突いて初球セーフティーバントを試みる。菊池はヘッドスライディングしてタイミング的にもセーフであったが、台湾の守備陣が大混乱。バントを拾った投手がファーストへ大暴投。それを見た菊池はセカンドへヘッドスライディング。しかし、何とライトのセカンドへの送球も暴投となり、菊池はあっさりと三塁を陥れる。続く清田はデッドボールを受け、無死三塁一塁。ここで今日は4番に入った筒香嘉智がセンターへの大飛球を放ち、犠飛となって日本が同点に追いつく。

5回表、日本は一死から今宮がセンター前に抜けるヒットを放つと、二盗を決める。続く銀次はライト前へのヒット。これをライトが後逸。今宮が帰って、2-1と日本が勝ち越す。銀次は二塁に進塁はしなかった。炭谷はキャッチャーゴロだったが銀次がこの間に二塁に進む。二死二塁。ここで丸がセンターへのタイムリーを放ち、日本は3点目を奪う。
今宮は5回裏に普通ならセンター前に抜けているはずの当たりを捕り、ゲッツーを奪うなど、今日は攻守で華麗なプレーが目立った。

日本は6回表に今宮に代わって坂本勇人を代打に送ったところからオーダーをディフェンス重視からオフェンス重視に切り替える。セカンドに山田哲人、センターに秋山翔吾、ライトに平田良介が入る。

7回表。バッターは中村晃。レフトへの平凡なフライ……かと思いきや、チャイニーズ・タイペイのレフトの脚がもつれ気味である。結局、レフトは転倒してしまい、センターがバックアップに入るも中村晃は三塁に到達。記録は三塁打となる。だが、その後は炭谷、秋山翔吾と連続三振。山田哲人はフォアボールで歩き、平田が打席に入るも平凡なセカンドゴロで相手のミスにつけ込むことが出来なかった。

9回表は日本のビッグイニングになる。坂本が三塁線を破る二塁打を放つと、銀次は四球を選ぶ。ここで炭谷が送りバントで一死三塁二塁とする。
秋山の当たりはファーストゴロだったが、三塁ランナーの坂本が思い切って本塁を突き、台湾の一塁手もベースは踏まずにバックホームを選択するが坂本の脚が勝り、日本が4点目を挙げる。なおも一死三塁一塁。打席に立った山田哲人はレフト二階席への大ファールを放つなどしたが、結局は2打席連続のフォアボールとなる。
満塁で打席に入った平田。ライトの右に弾き返す長打を放ち、台湾のライト守備がもたついたということもあって、走者一掃の3点タイムリースリーベースを放つ。三塁上で平田はガッツポーズ。
更に4番・筒香がライトポール際に飛び込むツーランホームランを描き、日本はこの回、一挙に6点を奪い、9-1と台湾(チャイニーズ・タイペイ)を突き放す。

9回裏のクローザーを託されたのは西野勇士。しかし、先頭の張建銘にバットを折りながらもライト前にしぶとく運ばれると、王柏融に一塁線を破るタイムリーツーベースを放たれる。林智勝は簡単に打ち取るが、劉芙豪にはセンターへの大飛球を飛ばされる。センターの秋山が追いつくが、王柏融はタッチアップでサードへ。そして周思斉は一二塁間を破るタイムリー。日本投手陣は8回まで台湾打線を2安打1点に抑えていたが、西野は一人で3安打2失点である。
それでも林泓育をライトに高々と上がるフライに打ち取った西野。不安定なピッチングではあったが結果的に勝利投手になり、日本が9-3で完勝した。

最初の内は安打は多いものの余り点が奪えないという展開であったが、9回に大爆発。投手陣も万全の出来ではなかったが台湾の淡泊な攻撃に助けられた。投手陣で一人心配なのは西野だが、フォークは鋭い落ちを見せており、シーズンに入れば今年も活躍しそうである。台湾はエラーが多かったし、大味な展開であった。リトルリーグでは何度も世界一になっていながら成人になると伸びないのは、夏になると暑くて昼間は表に出られないという気候も考えられるが、何度も野球賭博が繰り返される脇の甘さがプレーにも出ているのかも知れない。

| | コメント (0)

2019年9月 9日 (月)

スタジアムにて(19) 東北楽天ゴールデンイーグルス対東京ヤクルトスワローズ オープン戦@明石トーカロ球場 2016.3.8

2016年3月8日 明石トーカロ球場にて

明石へ。軟式野球の甲子園として知られる明石トーカロ球場(明石公園第一野球場)で、東北楽天ゴールデンイーグルス対東京ヤクルトスワローズのオープン戦を観るためである。午後1時プレーボール。

少し早めに明石に着いて、今は明石公園となっているJR明石駅前の明石城跡を訪ねる。巽櫓と坤櫓という二つの重要文化財が残り、二つの櫓の間の塀も復元されている。天守台はあるが、天守は建てられなかったようで、事実、天守台の上には礎石らしきものは見当たらない。高石垣と水堀が美しく、「名城」と呼んでも大袈裟でない水準である。


長嶋茂雄がルーキーだった頃の巨人軍がキャンプを行ったことでも知られる明石公園第一球場。トーカロによるネーミングライツで明石トーカロ球場となっている。全国高等学校軟式野球選手権大会の会場として全国的に有名である。
軟式野球は硬式野球に比べると打球が飛ばないためロースコアのゲームが多く、決勝でも延長戦が何度も繰り広げられた。

その明石トーカロ球場であるが、その知名度に比べると特に優れたスタジアムではない。阪神甲子園球場には遠く及ばないのは当然だが、スタンドが小さく、柵も低いためファールボールがしょっちゅう場外へと消えていく。硬式野球試合開催時に明石トーカロ球場の周囲を歩くのは危険である。

明石城のそばにあるため景観への配慮として照明機器は設置されておらず、ナイターは行えない。

両翼100m、センターまで122m、左中間右中間共にそれなりに膨らみがあり、グラウンドの広さは十分である。


スワローズは畠山和洋が腰痛、川端慎吾がインフルエンザということで、今日はファーストに荒木貴裕、サードに谷内亮太、ショートに西浦直亨という三人とも本職はショートという野手が内野を固める。ショートの開幕スタメン候補である大引啓次は今日は出場しなかった。セカンド、キャッチャーは共に侍ジャパンから帰ってきた山田哲人と中村悠平が入る。レフトは山崎晃大朗、センターに比屋根渉、ライトに雄平。DHはバレンティンである。スワローズの先発は館山昌平。

館山は高速シュート(ツーシーム)を軸にピッチングを組み立てる。生憎、明石トーカロ球場にはスピードガン表示がないため何キロ出ているのかはわからないが、この時期としてはキレはまあまあである。
2回表にゴールデンイーグルス先発の辛島航から谷内、中村の連打と比屋根の送りバントで一死三塁二塁とすると西浦が先制の2点タイムリーをセンター前に放つ。

しかし、2回裏、急造内野の綻びが出る。一死後、連打を浴びた館山だったが、続くバッターにファーストゴロを打たせる。ゲッツーコースだったが荒木が打球をファンブルしてしまい、一塁はアウトにしたが得点を許す。その後、館山は聖澤に二塁打を打たれ、更に三盗を許して嶋基宏の犠牲フライでまたも1点を献上。結局、この回3失点で逆転を許した。

それでも館山は3回は無難に抑える。

4回裏からは新垣渚がマウンドに上がるが、ここから投手陣が目も当てられない出来となる。新垣はコントロールが安定せず、死球に暴投と散々な出来。ホークス時代は「暴投王」として知られた新垣だけにイーグルスファンから「新垣、暴投!」と野次られる。新垣は4回に1点を与えて、スコアは2-4となる。

5回表にスワローズは四球で出塁した山崎を一塁に置いて、バレンティンがライトスタンド(客は入れていない)に飛び込む同点ホームランを放つ。

だが、ここから更なるヤクルト投手陣の惨状が始まる。今日の出来なら公式戦だったら新垣は1イニングで降板だろうが、オープン戦ということで様子見。そしてなんと5四死球という乱調。ヒットもいずれもピッチャー返しのセンターに抜けるものだったが、こうした当たりを打たれるということは球威がないことを物語っている。新垣は3イニングスを投げて3失点であった。

だが更に更に駄目なピッチャーが登場。今日も竹下真吾がマウンドに上がるが、ボールがうわずるなどノーコンな上に、決め球となる変化球がなく、ヒットとフォアボールの繰り返し。2度の押し出しを含む5失点とあってはもう竹下が今季一軍のマウンドを踏むことはないかも知れない。というより余程凄い変化球をマスターしない限りドラフト1位入団の2年目ではあるがもう首が危ない。竹下は1イニング持たずに降板。岩橋慶侍がマウンドに立つが、岩橋も良い出来とは言えなかった。
オープン戦ではあるが、2番手以降のピッチャーがいくら何でも悪すぎる。

スワローズは打線もピリッとしなかったが、山田哲人や田中浩康がヒットを放ち、西浦や谷内もそれなりにアピール出来たのが収穫といえそうだ。

試合は、4-11でスワローズの惨敗であった。

ゴールデンイーグルスのチャンステーマは京阪電鉄のかつてのイメージソング「出町柳から」の転用であるが、これは何か意味があるのだろうか。関西在住のイーグルスファンは元大阪近鉄バファローズファンが多いといわれるため、上層部の思惑で勝ってに吸収合併されたことへの意趣返しの可能性もあるが。


試合後も明石城跡を散策。良いお城である。

| | コメント (0)

2019年8月26日 (月)

坂本龍一 2種の「Batavia」

 

 

 

| | コメント (0)

2019年6月20日 (木)

スタジアムにて(18) パリーグ・クライマックスシリーズ2014 ファーストステージ オリックス・バファローズ対北海道日本ハムファイターズ 2014.10.14@京セラドーム大阪

2014年10月14日 京セラドーム大阪にて

午後6時から、京セラドーム大阪で、パリーグ・クライマックスシリーズ・ファーストステージ、オリックス・バファローズ対北海道日本ハムファイターズの試合を観る。今日勝った方がファイナルステージへと駒を進める。バファローズは引き分けでも勝ち抜きである。
本当は、クライマックスシリーズを観戦する予定はなかったのだが、今日は何の予定もなかった上に、稲葉篤紀の打席を見るのは今日で最後になるかも知れないとの思いから出掛けた。京セラドーム大阪は、大阪の海に近い方にあり、京都からだと行くのに時間が掛かる。


バファローズの先発投手は西勇輝。ファイターズの先発はメンドーサ。バファローズの西は金子千尋と共にバファローズの二枚看板として今年も12勝を挙げた(ただし10敗)投手だが、メンドーサは7勝13敗と大きく負け越している。ファイターズは二刀流の2年目で野手としても出場している大谷翔平の11勝がチーム最多勝ち星であり、事実上エース不在である。吉川光夫は今年もピリリとせず、武田勝も不調で中継ぎに配置展開となり、おまけに抑えの武田勝も調子が上がらず守護神の座を増井に譲り渡すなど、投手陣、特に先発投手の不振に喘いだ。
立ち上がりであるが、西のストレートはスピードガン以上の速さを感じたが、メンドーサのストレートはMAX147キロながら肉眼だとそれより10キロは遅く感じた。

試合は、1回裏、バファローズ先頭の駿太が、いきなりの先制本塁打。初球を叩くとボールはライトポール際に飛び、ポールの内側の編み目に当たる。駿太は1回表にファイターズ先頭の西川のセンターへの大飛球を好捕しており、初回は大活躍である。
ファイターズとバファローズは糸井嘉男らと大引啓次らをトレードするという謎の行為に出たことがあるが(糸井がファイターズに対して想像を絶する高額年俸による複数年契約を要求したため追い出されたという話もある)、今日は糸井も大引もスターティングオーダーに名を連ね、古巣と対戦する。

その後は、西、メンドーサ共に好投。ヒットは許すものの、得点は与えない。西は中田がストレートを2球ともレフトへ引っ張ってのファールとすると、「打ち気あり」と察してフォークで空振り三振を奪うなど、投球術に長けている。またピンチになるとギアを入れ替えるようで、3回表に一死満塁とされた場面では、中島卓也、陽岱鋼を三振に切って取る。特に陽岱鋼との対戦ではストレートがホップし、陽を寄せ付けなかった。

6回表、ファイターズが一死三塁一塁としたところで、いよいよ稲葉篤紀が代打で登場。私もフラッグを振って応援する。稲葉は見事に一二塁間を破るタイムリーヒットを放ち、ファイターズが同点に追いつく。
その後は、両チーム共に自慢である豪腕リリーフ陣が登場。ファイターズの鍵谷、白村、宮西、クロッタ、増井の中で150キロ以上をマークしなかったのは宮西だけ。バファローズの佐藤達也、馬原、平野佳寿は全員、150キロ以上を記録した。同じ150キロでも、投手によって違いがあり、一番速く見えたのは佐藤達也のストレートである。リリース直後にボールが消え、打者の手前で現れるように見える。勿論、消えてなどいないのだが、目がついて行けないほどの勢いがあるようだ。
8回裏にファイターズは特異なプレーを見せる。白村が駿太に二塁打を許して、無死二塁となり、安達がバントの姿勢を見せる。ここで、白村が投げると同時にセカンドの中島卓也とショートの大引が全力ダッシュ。駿太を三塁で刺そうというプレーであり、中島がかなり前でボールを拾い、三塁へ投げようとする。ただやはり無理であり、一塁へ送球。送りバント成功となる。一死三塁。
だが、続く糸井とT-岡田の左打者コンビは、マウンドに上がった左腕の宮西の前に連続三振に倒れ、チャンスを生かせない。

9回裏にヘルマンのヒットと盗塁で二死二塁のチャンスを作ったバファローズであるが、原拓也が空振り三振に倒れ、延長戦となる。原拓也は基本的に「守備の人」であるため、決めるなら代打を送るべきだったと思うが、オリックスベンチは動かなかった。

1対1という、投手戦であったが、ヒット数は多く、今日負けてたら終わりという状況のためサイン交換も慎重になったからか、9回までで約4時間を要すという熱戦となる。残念ながら延長戦にまで付き合っていると京都に帰れなくなってしまう。
ということで、9回終了と共に、私は京セラドーム大阪を後にする。
試合はその直後の10回表に先頭の中田翔が、平野からバックスクリーンへの一発を放ち、増井がバファローズ打線を抑えて、2-1で勝利。ファイターズがクライマックスシリーズ・ファーストステージを突破した。

ちなみに中田翔は守備に就いてからのウォーミングアップのキャッチボールで、140キロ以上は出ているだろうと思われるボールを投げ込んだりもしていた。中田も高校まではピッチャーであり、高三の時に肩を痛めていて、夏の大阪予選決勝では変化球しか思うように投げることが出来ずに敗退。投手としては引退し、野手としてプロ入りしたが球威は今も健在なのであろう。

| | コメント (0)

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

2346月日 DVD YouTube …のようなもの いずみホール おすすめCD(TVサントラ) おすすめサイト おすすめCD(クラシック) おすすめCD(ジャズ) おすすめCD(ポピュラー) おすすめCD(映画音楽) お笑い その日 びわ湖ホール アニメ・コミック アニメーション映画 アメリカ アメリカ映画 イギリス イギリス映画 イタリア イタリア映画 ウェブログ・ココログ関連 オペラ カナダ グルメ・クッキング ゲーム コンサートの記 コンテンポラリーダンス コンビニグルメ サッカー ザ・シンフォニーホール シアター・ドラマシティ シェイクスピア シベリウス ショートフィルム ジャズ スタジアムにて スペイン スポーツ ソビエト映画 テレビドラマ デザイン トークイベント ドイツ ドキュメンタリー映画 ニュース ノート ハイテクノロジー バレエ パソコン・インターネット パフォーマンス パーヴォ・ヤルヴィ ピアノ ファッション・アクセサリ フィンランド フェスティバルホール フランス フランス映画 ベルギー ベートーヴェン ポーランド ミュージカル ミュージカル映画 ヨーロッパ映画 ラーメン ロシア ロームシアター京都 中国 中国映画 交通 京都 京都コンサートホール 京都フィルハーモニー室内合奏団 京都劇評 京都四條南座 京都国立博物館 京都国立近代美術館 京都市交響楽団 京都文化博物館 京都芸術センター 京都芸術劇場春秋座 伝説 住まい・インテリア 余談 兵庫県立芸術文化センター 動画 千葉 南米映画 占い 台湾映画 史の流れに 哲学 大河ドラマ 大阪 大阪フィルハーモニー交響楽団 大阪松竹座 学問・資格 宗教 室内楽 小物・マスコット・インテリア 広上淳一 心と体 恋愛 意識について 携帯・デジカメ 政治・社会 教育 散文 文化・芸術 文学 文楽 旅行・地域 日本映画 日記・コラム・つぶやき 映像 映画 映画音楽 映画館 書店 書籍・雑誌 書籍紹介 朗読劇 来日団体 東京 梅田芸術劇場メインホール 楽興の時 歌舞伎 正月 歴史 海の写真集 演劇 無明の日々 猫町通り通信・鴨東記号 祭り 笑いの林 第九 経済・政治・国際 絵画 美容・コスメ 美術 美術回廊 習慣 能・狂言 花・植物 芸能・アイドル 落語 街の想い出 言葉 趣味 追悼 邦楽 配信ライブ 野球 関西 雑学 雑感 韓国 韓国映画 音楽 音楽劇 音楽映画 食品 飲料 香港映画