観劇感想精選(520) 市川染五郎主演「ハムレット」
2026年6月10日 JR大阪駅西口のSkyシアターMBSにて観劇
午後5時から、JR大阪駅西口のSkyシアターMBSで、(八代目)市川染五郎タイトルロールの「ハムレット」を観る。ぴあ貸切公演。折しも、今日6月10日は叔母である松たか子の誕生日である。49歳、来年はいよいよ大台だ。
「ハムレット」は大作であるが、シェイクスピア作品の中でも飛び抜けて有名なためか、公演も接する機会も多い。「ロミオとジュリエット」も有名だが、ロミオがあれなためか、公演はかなり少ない。
作:ウィリアム・シェイクスピア、テキスト日本語訳:松岡和子、演出:デヴィッド・ルヴォー。音楽:江草啓太。映像:松澤延拓。
出演は、市川染五郎の他に、當真あみ(とうま・あみ。オフィーリア)、石川凌雅(りょうが。レアティーズ)、横山賀三(かざん。ホレイショー)、梶原善(かじはら・ぜん。ポローニアス)、柚香光(ゆずか・れい。ガートルード)、石黒賢(クローディアス)ほか。
深い思念と耽美主義的傾向を特徴とするデヴィッド・ルヴォー。外国出身だが日本で活躍する演出家だ。
市川染五郎の父親である七代目市川染五郎(現・十代目松本幸四郎)は、日本におけるハムレット最年少主演記録を持っていたりする。親や親族に有名人が数多く、この家系は学業に秀でている人が多い(ただ仕事と学業の両立が大変なので大学を中退した人も多い)が、市川染五郎も初等部から青山学院に入ったものの、家系としては珍しく勉強嫌いを公言しており、青山学院高等部を中退している。市川團子君が青学の同学年で、「一緒に大学に行けるものだと思っていたのに」と、染五郎の中退について残念な思いを語っていた。ただ歌舞伎界で大きいのは学歴では全くなく、後ろ盾となる親族の存在である。高麗屋は父親も祖父も健在(大叔父は亡くなったが)。叔母もいざとなれば後ろ盾になってくれそうである。
オフィーリアを演じる當真あみは、今後が期待される女優。沖縄県出身。私は、日曜ドラマ「さよならマエストロ」(西島秀俊主演)の音楽に打ち込もうとする少女役で知ったが(変わった苗字なのですぐに覚えられた)、他にも多くの作品に出演している。今回が初舞台。市川染五郎も歌舞伎以外の舞台作品に出るのは初めてで、歌舞伎以外の演目で主役を張るのも初めてである。
大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で、アサシンの善児を演じて話題になった梶原善。見るのは、昨年の東京サンシャインボーイズ復活公演以来となるが、小劇場演劇的な癖はどうしても出てしまう。今回は演技スタイルを統一しようとはせず、染五郎は歌舞伎的な発声をすることもあるし、柚香光は完全に宝塚の演技スタイルである。
ハムレットを演じる市川染五郎は21歳、オフィーリアを演じる當真あみは19歳。共にストレートプレー初舞台と、フレッシュなハムレットである。
開場時のみ客席内撮影可だが、スクリーンに灰色の波がうねっているだけの映像で、記念に撮るだけで公開はしないと思う。
先王ハムレットは登場せず、スクリーンに映った抽象的な人型と声のみで表される。声は誰だったのだろう? 染五郎の祖父である二代目松本白鸚に似ている気もしたが、体調が戻らないという情報も得ているので違うだろう。声の専門家=声優かも知れない。
舞台の上手端と下手端の2階がバンドスペースとなっており、打楽器を主体とした演奏が行われた。また柚香光は登場時に上手に置かれたグランドピアノを弾く。実際に弾いているのかは分からないが、技巧的には平易な曲である。また當真あみが鍵盤の上に立って足でピアノを弾く場面もあるが、おそらくデヴィッド・ルヴォーは「柔道一直線」は見たことがないのだろう。
SkyシアターMBSは音の通りが良いが、染五郎のセリフも明瞭で、聴き取りやすかった。ただ、「ハムレット」はセリフが長めの人が多いので、セリフだけが肥大化してしまうという罠がある。今日も危うい人がいた。
當真あみは、とても澄んだ声で、普通のセリフでもあたかも韻を踏んでいるように発声したり、実際はそんなことはないのだが七五調や五七調に聞こえたりと、独自の表現力を持つ。映像はそれほど観ていないが、舞台女優としてはかなりの逸材である。こうしたイノセントなオフィーリアが手に入らないのなら、ガートルードのようになるのを避けるために、「尼寺へ行け!」となるのは説得力がある。
なお、今回はオフィーリアは埋葬されても霊は墓を抜け出し、彷徨うことを選んだようである。事故死なので墓に眠ることは出来ないのかも知れない。ちなみにオフィーリアの死はギリシャ悲劇以来の伝統で見えない場所で起こり、全てはガートルードが語る。ガートルードもその場にいたわけではなく伝聞によると思われるが、嘘をついた可能性は否定出来ない。確かめようがないのである。凄惨なことは舞台裏で起こるのが慣例であるが、剣での闘いは舞台上で行われ、密かに毒が用いられたということもあり、死者も出る。主要キャストでオフィーリアの死だけが伝統に則っていることに注目する演劇学者もいるかも知れない。
余談だが、Q1といわれる稿では、クローディアスとレアティーズ謀議の場がなく、飲み物に毒が入っているという情報は観客には与えられない。そのため、なぜ飲み物の杯を取ったガートルードを見てクローディアスがうろたえるのか、観客は全く分からない。今回は最も使われている稿での上演であったが、クローディアスを演じる石黒賢はガートルードを優しくたしなめるように語りかける。大きい声や鋭い声を発すると毒が入っていると全員に伝わってしまうからということもあるだろう。そうなると剣先に毒が塗ってあるのもばれる。
先王ハムレットが、「妻に手を出してはならない。殺してはならない」と命じ、ハムレットは、「(クローディアスとガートルードは)一心同体」と言っているため、ガートルードが先に何らかの形で死なないとクローディアスを殺せなくなるという呪縛が生まれる。
ただ、ハムレットは「一心同体」のセリフより前に、クローディアスと間違えてポローニアスを殺している。ここだけが整合性が取れない。クローディアスが一人で祈っているときに刺し殺そうとするも、「今殺しても(クローディアスは)天国行きだ」と無理矢理理屈をつけて、そのまま下がってしまっている。潜んでいる時ならいいのかも知れないが、作品として見れば、あそこでクローディアスが死んでしまったらドラマにならないのは間違いない。ポローニアスを殺したことで息子のレアティーズがフランスから帰ってハムレットに復讐しようとし、オフィーリアは気が触れてしまうのだから、重要な場面である。ハムレットは佯狂といって狂った振りだが、オフィーリアは本当におかしくなってしまう。當真あみは、オフィーリアの歌をうたうが透明且つ輪郭のクッキリとした声で、癒やしの効果に溢れていた。
「名優」といわれる俳優が演じるのとは異なった、清々しいハムレット。デンマーク王朝全滅の悲劇であるが、暗い感じはしない。
ちなみに、フォーティンブラスを女優が演じるのが流行っているようで、今日もフォーティンブラス役は女性。そしてハムレットやホレイショーが望んだのとは違うラストとしてしまうようだ。
なお、ノルウェー軍は、「スター・ウォーズ」の登場人物のような格好をしている。オフィーリアの葬儀の場面でも人々はこうもり傘を差しており、現代ではないが、「ハムレット」の話の元ネタが起こった時代ではないようである。ホレイショーの筆による「遠い昔 はるかかなたの銀河系で」という叙事詩か書かれるのかも知れない。ノルウェーを主体にした解釈で、「ホレイショーは殺される」としていた人がいたが、そうなると今の今まで「ハムレット」の物語が伝わっていることに矛盾が生じてしまうので、解釈としては零点である。
市川染五郎は、東京の日生劇場での公演を終えて大阪での公演に入り、間もなく全体の折り返し地点に差し掛かることなどを話した。














































































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