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2025年3月22日 (土)

観劇感想精選(486) パルテノン多摩共同事業体企画 三浦涼介&大空ゆうひ&岡本圭人「オイディプス王」2025@SkyシアターMBS

2025年3月1日 JR大阪駅西口のSkyシアターMBSにて観劇

午後5時から、JR大阪駅西口にあるJPタワー大阪の6階、SkyシアターMBSで、「オイディプス王」を観る。これもSkyシアターMBSオープニングシリーズに含まれる公演である。「オイディプス王」は、ギリシャ悲劇の中で最も有名な作品であるが、劇場で観るのは初めてである。男児が母親を独占しようとして、その障害となる父親を嫌悪するジークムント・フロイト定義の「エディプス・コンプレックス」の由来となったオイディプス王(女児が父親を独占しようとして、その障害となる母親を嫌悪する真逆の現象は、やはりギリシャ悲劇由来の「エレクトラ・コンプレックス」と呼ばれる。「エレクトラ」は高畑充希のタイトルロールで、ラストに別作品を加えたり少しアレンジしたバージョンを観たことがある)。ソポクレスのテキストを河合祥一郎が日本語訳したテキストを使用。演出は蜷川幸雄の弟子である石丸さち子。出演は、三浦涼介、大空ゆうひ、岡本圭人、浅野雅博、外山誠二、大石継太、今井朋彦ほか。パルテノン多摩共同事業体の企画・製作。大阪公演の主催はMBSである。MBS(毎日放送)は大阪城のそばの京橋にMBS劇場、後のシアターBRAVA!を持っていたのだが、土地の所有者と金銭面で意見が合わなくなり撤退。昨年春にSkyシアターMBSをオープンさせている。

文学座や演劇集団円など、新劇系の所属者や出身者が目立つが、様々な背景を持つ俳優が集められている。2023年のプロジェクトの再演。

「オイディプス王」の映像は、野村萬斎がタイトルロールを演じた蜷川幸雄演出のものを観たことがある。ギリシャでの上演で、オイディプス王はラストで自らピンで目を刺して失明するのだが(ギリシャ悲劇の約束事として、悲惨な場面は舞台裏の観客からは見えないところで行われることになっている)、野村萬斎は手に血糊をたっぷり付けて、白い壁に塗りたくるということをやっていた。今回演出の石丸さち子は、蜷川の弟子だが、そこまで外連味のある演出は行っていない。

「オイディプス王」のテクストであるが、ギリシャ悲劇は現代まで通じる演劇の大元となってはいるのだが、上演様式が異なるため、文庫などで購入出来るテキストをそのまま上演することは余りない(そもそもセットがない時代なので、最初は何があるかの描写や説明が延々と続いたりする。今回はセットはあるのでそうしたものは全部カットである)。今回もアレンジを施しての上演である。ギリシャ悲劇では、オーケストラの語源となったオルケストラという場所にコロスと呼ばれる合唱や朗唱を受け持つ人達がいて、解説なども行っていたのだが、今回はコロスは全員舞台上に上がり、合唱の代わりにダンスを行う。台詞も勿論ある。

セットは比較的シンプルで、階段の上に宮殿への入り口があるだけのものだが、入り口の上にも細長いセットが伸びている。まるでオイディプス(膨れた足という意味)の傷を負った脚のようだが、そういう意図があるのかどうかは不明である。

朗唱も多いのだが、SkyシアターMBSはミュージカル対応の劇場だけに少し残響があり、発音がはっきりと聞こえない場面もあった。

神託や予言が重要な役割を持つ作品で、テーバイの王、ライオスは、「生まれた子は父親を殺し、母親を犯すだろう」という神託を受けて、妻のイオカステに命じて、生まれた子のくるぶしをピンで突き刺し、キタイロンの山に捨てさせた。しかしその子は拾われ、オイディプスと名付けられて、子がなかったコリントスの王と王妃に育てられることになった。だが、成長したオイディプス(三浦涼介)はやはり「父親を殺し、母親を犯す」との神託を受けて、それから逃れるためにコリントスを去る。そして「三つの道が交わるところ」で、進路を妨害してきた老人達に激怒。殺害してしまう。テーバイに入ったオイディプスはスフィンクスの謎を解く(「朝は四本足、昼は二本足、夕方には三本足となるものは何か?」。この場面は、劇中には出てこない)。こうして英雄となったオイディプスはテーバイの王となり、先王の王妃であったイオカステ(大空ゆうひ)を妻に迎え、3人の子をもうける。余りにも有名なので記すが、オイディプスが殺害したのは実父でテーバイの先王であるライオスであり、妻にしたイオカステはオイディプスの実母である。神託を避けたつもりが逆に当たるという結果になってしまったのだ。
オイディプスが王になってから、疫病などが流行るようになった。そこでオイディプスは摂政のクレオン(岡本圭人)を使者としてデルポイに送り、神託を行わせる。神託の結果は、「ライオス殺害の穢れが原因であり、下手人を捕まえて追放せよ」というものだった。まずここでオイディプスが気付きそうなものだが気付かず進む。

ミステリーの要素が強いのがこの戯曲の特徴で、ギリシャ悲劇の中でも人気の作品となっている理由が分かる。途中でネタバレしそうになるのだが、バレずに続くという場面があるが、そこはお約束である。

三浦涼介は、三浦浩一と純アリスの息子。岡本圭人は岡本健一の息子で、二世俳優が劇の両腕ともいえるポジションを受け持っているのが特徴である。二世俳優は批判も受けがちだが、子どもの頃から芸能に接していることも多いため、芸の習得が早いなど、プラスに働くことも多い。今日の二人も若さを生かしたダイナミックでエネルギッシュな演技を行っており、なかなか魅力的である。ああいったギラギラした感じは二世だから出しやすいとも思える。叩き上げの人がやるとまた違った感じになるだろう。
大空ゆうひは、宝塚歌劇団宙組元トップスターだが、今日は「いかにも元宝塚」な演技は行っていなかった。ただ立ち姿が美しいのが宝塚的であったりもする。

波の音が比較的多く使われているのだが、これはラスト付近のコロスの台詞、「悲劇の海」に掛けられたものだと思われる。
コロスなので、朗唱もあるのだが、複数の人が一言一句同じ台詞を言うというのは、リアリズムという点で言うとやはり不自然である。台詞に厚みが出るというプラスの面もあるが、二人程度による朗唱に留めると「約束事」として受け取りやすくなるように思う。

今回のラストは、オイディプス王の退場ではなく、オイディプス王が舞台の前方に出てきて手を大きく広げ、その後に暗転があってコロスによるダンスで終わる。
オイディプス王の手に動きは何かを引き裂くようでもあるが、正確には何を表したかったのかは上手く伝わってこなかった。ただ、常に神託に頼る展開であり、自ら「追放してほしい」と願うオイディプスをクレオンが「神託を聞いてから」と止めているため、それに背いて道を切り開く、と見えないこともない。「オイディプス王」の一側面として、神託に背こうとして逃れられないという展開が続くという場面が多いことが挙げられる。神の前で人は無力。神が力を失った現代(特に日本人は無神論者が多数派)においても、例えば「運命」などという言葉は生きており、そこから逃れる、もしくは打ち勝つ(難しいが)というメッセージが込めやすい作品であるとも感じる。

コロスのダンスに関しては、プロのダンサーが揃っている訳ではないので、格別上手いということはなく、本当に踊る必要があるのかどうかも疑問だが、本筋とは関係のない部分であり、一つの実験として見るなら意味はあったように思う。結論としてはダンスは合わないとは思うが。

役者が客席から舞台に上げる場面が何度かあるが、視覚的効果と「遠くから来た印象を与える」以外の意味はないように感じた(客席から舞台に上げることに意味がある芝居も勿論存在する)。

神が絶対的な権威を持ち、神託からは逃れられない時代の物語である。人間は何をしても神には勝てない。だからこその悲劇なのであるが、それを破る展開も今ではありのような気がする。ただその場合はソフォクレスの「オイディプス王」としてはやらない方がいいようにも思う。

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2025年3月 2日 (日)

これまでに観た映画より(379) 「ホテルローヤル」

2025年2月23日

J:COMストリームで、日本映画「ホテルローヤル」を観る。直木賞を受賞した桜木紫乃の同名短編小説集の映画化。ホテルローヤルは、桜木紫乃の父親が実際に釧路で経営していたラブホテルの名称であり、モデルにもなっていると思われる。
短編集であるため、映画化は難しかったようだが、桜木紫乃が「全てお任せ」としたため、桜木の他の小説などを含めた独自のシナリオで撮られている。
監督:武正晴。脚本:清水友佳子。出演:波瑠、松山ケンイチ、余貴美子、伊藤沙莉、岡山天音、正名僕蔵、内田慈(ちか)、冨手麻妙(とみて・あみ)、丞威(じょうい)、稲葉友(ゆう)、和知龍範、玉田志織、斎藤歩(釧路市生まれで北海道演劇界の重鎮)、原扶貴子、友近、夏川結衣、安田顕ほか。音楽:富貴晴美。
北海道のマスコミも多く制作に協力しているが、なぜかメ~テレ(名古屋テレビ)が筆頭となっている。

時代が飛ぶ手法が用いられている。ラブホテルが舞台だけに、男女の入り乱れた関係が描かれる。
北海道釧路市。釧路湿原を望む地に、ラブホテル、ホテルローヤルが建っていた。現在は閉鎖されているが、ヌード写真撮影のために男女が訪れる。この場面に意味があるのかどうかは不明だが(原作には出てくる場面である)、過去のホテルローヤルの場面が断片的に浮かび上がる。

田中雅代(波瑠)は、ホテルローヤルを営む大吉(安田顕)とるり子(夏川結衣)の一人娘。絵が得意で札幌の美大を受験するが不合格となる(原作では大学ではなく就職試験全敗という設定)。浪人する余裕がないのか、進学を諦めて、実家を継ぐことになるのだが、その前に母親のるり子が不倫の末、駆け落ちする。実は大吉も元々の妻を捨ててるり子と一緒になったのだが、今度は逆に自分が捨てられる羽目になった。
ホテルの部屋の音は、換気口を通して従業員室で聞き取れるようになっている(他のラブホテルでもそういうことがあるのかどうかは不明)。

ホテルには様々なカップルが泊まりに来る。何度も泊まりに来る熟年夫婦(正名僕蔵と内田慈が演じる)、ホームレス女子高生の佐倉まりあ(伊藤沙莉)と担任教師の野島亮介(岡山天音)や台詞も特にないカップルなど。

従業員は、能代ミコ(余貴美子)と太田和歌子(原扶貴子)の二人だけだが、ある日、左官として働いていると思ってたミコの長男が実は暴力団員であり、犯罪で捕まったことがテレビで報道される。ミコの夫の正太郎(斎藤歩)は病気で働くことが出来なくなっており、息子から「給料が上がったから」と仕送りが届いたばかりだった。ショックの余り森を彷徨うミコ。正太郎が何とか探し出す。るり子は雅代に「稼ぎよりも自分を本気で愛してくれる人を見つけなさい」とアドバイスするが、その後に姿を消したのだった。

佐倉まりあは、17歳。おそらく近く18歳になる高校3年生だと思われる(原作では高校2年生)。母親が男と駆け落ちし、その後、父親も女の下へ走ったため、ホームレスとなった。担任教師の野島亮介とは、雨宿りのためにホテルローヤルに立ち寄った、というと嘘くさいが本当らしい。実際にまりあが野島を誘うシーンがあるが、野島は応じない。進学先の候補である専門学校に二人で見学に行ったのだが、まりあは進学する気はなく途中で姿を消し、その後に野島が追いついたらしい。まりあが通うのは偏差値が低めの高校のようで、まりあを演じる伊藤沙莉もそれっぽく振る舞っている(武監督から「口開けてろ」「余計なことしろ」との指示があったとのこと)。なので大学進学という選択はないようだ(現在の北海道は私立大学受難の地で、名門私立大学はあるが難関私立大学は存在せず、Fランクと呼ばれる大学が多いが、それでも両親がいないのでは金銭的に難しいのだろう)。
キャバクラごっこ(札幌のススキノという設定らしい)で自己紹介をするのだが、野島に「君はキャバクラには向かない」と言われる。野島は妻の不倫が発覚したばかりで、それも相手は身近な人物だった。この場面の意味であるが、まりあには実際に「キャバクラ嬢になる」という選択肢があったのかも知れない。
この二人が起こした事件がきっかけで、ホテルローヤルからは客が離れることになる。ちなみに野島や佐倉という役名は原作通り(野島は原作では下の名前が広之)だが、某有名ドラマへのオマージュだと思われる。某有名ドラマの女優さん(現在は引退)も伊藤沙莉同様、千葉県出身である。

ホテルローヤルにアダルトグッズ(大人のおもちゃ)を売りに来る宮川聡史(松山ケンイチ)。「えっち屋さん」と呼ばれているが、松山ケンイチが演じているため、雅代が宮川に気があるのはすぐに分かるようになっている。雅代はかなり暗めの性格で、男っ気は全くなく、実際に処女である。宮川が結婚したことを知った時、少しショックを受けたような素振りも見せるが、宮川もその妻が最初の女性という奥手の男性だったことが後に明らかになる。

ホテルローヤルの閉鎖後は、エピローグ的に若き日の大吉(和知龍範)と若き日のるり子(玉田志織)の物語が置かれ、雅代を妊娠した日のことが描かれる。


映画化しにくい題材のためか、ややとっちらかった印象があり、焦点がぼやけてしまって、「ここが見せ場」という場面には欠けるように思う。一番良いのは松山ケンイチで、北海道弁(釧路弁)も上手いし、少し出しゃばり過ぎの場面もあるが、商売に似合わぬ爽やかな青年で優しさもあるという魅力的な人物像を作り上げている。

当時、26歳で高校生役に挑んだ伊藤沙莉。若く見せるために体重を増やして撮影に臨んでいる。「好きなだけ食べて良いのでラッキー」と思ったそうだ。担任教師役の岡山天音とは実は同い年で高校1年の時に同じドラマに同級生役で出演(共にいるだけの「モブ」役だったそうだが)しているそうである。まりあは17歳、野島は28歳という設定であるが、この時の伊藤沙莉は色気があるので、高校生には見えないように思われる。実際、「これが最後の制服姿」とも語っていたのだが、その後も、Huluオリジナルドラマ「あなたに聴かせたい歌があるんだ」や、高校生ではなく高等女学生役ではあるが「虎に翼」でも制服を着ており、いずれも十代後半に見える。「ホテルローヤル」で女子高生に見えないのはおそらく、特に工夫のない髪型のせいもあると思われる。
トローンとした眠そうな目が様々なことを語っていそうな場面があるのだが、これは伏線の演技であることが後に分かる。
武監督は、キャストとしてまずまりあ役に伊藤沙莉を決めたそうだ。ただ童顔の伊藤沙莉も段々大人っぽくなってきていたため焦ったそうである。

長く舞台中心に活動していた内田慈が思いのほか魅力的なおばさん(と言ったら失礼かな)を演じていて、興味深かったりもする。

ただ、波瑠が演じる雅代が暗すぎるのが大衆受けしない要素だと思われる。波瑠を使うならやはり明るい女性をやらせて欲しかった。美大に落ちたことをずっと引き摺っているような陰気なヒロインではキャストが充実していても波瑠ファン以外の多くの人から高い評価を得るのは難しい。

音楽を担当しているのは大河ドラマ「西郷どん」などで知られる富貴晴美。私は連続ドラマ「夜のせんせい」(観月ありさ主演)の音楽などは好きである。タンゴ調の(「単語帳の」と変換された)音楽が多く、ピアソラの「リベルタンゴ」に似た曲もあるが、おそらくそうした曲を書くよう注文されたのだと思われる。

舞台美術は美しいの一言。

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2025年2月 9日 (日)

これまでに観た映画より(375) 筒井康隆原作 長塚京三主演 吉田大八監督作品「敵」

2025年2月1日 烏丸御池のアップリンク京都にて

アップリンク京都で、日本映画「敵」を観る。筒井康隆の幻想小説の映画化。長塚京三主演、吉田大八監督作品。出演は、長塚京三のほかに、瀧内公美、河合優実、黒沢あすか、松尾諭(まつお・さとる)、松尾貴史、中島歩(なかじま・あゆむ。男性)、カトウシンスケ、高畑遊、二瓶鮫一(にへい・こういち)、高橋洋(たかはし・よう)、戸田昌宏、唯野未歩子(ただの・みあこ)ほか。脚本:吉田大八。音楽:千葉広樹。プロデューサーに江守徹(芸名はモリエールに由来)が名を連ねている。

令和5年の東京都中野区が舞台であるが、瀧内公美、河合優実、黒沢あすかといった昭和の面影を宿す女優を多く起用したモノクローム映画であり、主人公の家屋も古いことから、往時の雰囲気やノスタルジーが漂っている。

77歳になる元大学教授の渡辺儀助(長塚京三)は、今は親から、あるいは先祖から受け継いだと思われる古めかしい家で、静かな生活を送っている。両親を亡くし、妻も早くに他界。子どもも設けておらず、一人きりである。冒頭の丁寧な朝のルーティンは役所広司主演の「PERFECT DAYS」を連想させるところがある。専門はフランス文学、中でも特にモリエールやラシーヌらの戯曲に詳しい。今は、雑誌にフランス文学関連のエッセイを書くほかは特に仕事らしい仕事はしていない。実は大学は定年や円満退職ではなく、クビになっていたことが後になって分かる。

大学教授時代の教え子だった鷹司靖子(瀧内公美。「鷹司」という苗字は摂関家以外は名乗れないはずだが、彼女がそうした上流の出なのかどうかは不明。また「離婚しようかと思って」というセリフが出てくるが、鷹司が生家の苗字なのか夫の姓なのかも不明である)はよく遊びに訪れる仲である。優秀な学生であったようなのだが、渡辺が下心を抱いていたことを見抜いていたようでもある。しょっちゅうフランス演劇の観劇に誘い、終わってから食事とお酒が定番のコースだったようだが、余程鈍い女性でない限り気付くであろう。ただ手は出さなかったようである。渡辺の家で夕食を取っている時に靖子が渡辺を誘惑するシーンがあるのだが、これも現実なのかどうか曖昧。その後の靖子の態度を見ると、現実であった可能性は低いようにも見える。
友人でデザイナーの湯島(松尾貴史)とよく訪れていた「夜間飛行」というサン=テグジュペリの小説由来のバーで、バーのオーナーの姪だという菅井歩美(河合優実)と出会う渡辺。歩美は立教大学の仏文科(立教大学の仏文科=フランス文学専修は、なかにし礼や周防正行など有名卒業生が多いことで知られる)に通う学生ということで、フランス文学の話題で盛り上がる(ボリス・ヴィアンやデュラス、プルーストの名が出る)。ある時、歩美が学費未納で大学から督促されていることを知った渡辺。歩美によると父親が失職したので学費が払えそうになくなったということなので、渡辺は学費の肩代わりを申し出て、金を振り込んだのだが、以降、歩美とは連絡が取れなくなる。「夜間飛行」も閉店。持ち逃げされたのかも知れないと悟った渡辺であるが、入院した湯島に「世間知らずの大学教授らしい失敗」と自嘲気味に語る。

湯島を見舞った帰り。渡辺は、「渡辺信子」と書かれた札の入った病室を発見。部屋に入るとシーツをかぶせられた遺体のようなものが見える。渡辺がシーツを剥ぎ取ると……。

どこまでが現実でどこまでが幻想もしくは夢なのか曖昧な手法が取られている。フランス発祥のシュールレアリズムや象徴主義、「無意思的記憶」といった技法へのオマージュと見ることも出来る。

タイトルの「敵」であるが、渡辺は高齢ながらマックのパソコンを自在に扱うが、あからさまな詐欺メールなども届く。相手にしない渡辺だったが、「敵について」というメールが届き、気になる。「敵が北から迫ってきている」「青森に上陸して国道4号線を南下。盛岡に着いた」「難民らしい」「汚い格好をしている」との情報もパソコンに勝手に流れてくる。このメールやパソコンの画面上に流れるメッセージも現実世界のものなのかは定かではない。渡辺は何度か「敵」の姿を発見するのだが、それらはいずれも幻覚であることに気付く。
一方で、自宅付近で銃声がして、知り合い2名が亡くなるが、これも現実なのかどうか分からない。令和5年夏から令和6年春に掛けての話だが。渡辺以外は「敵」が来た素振りなどは見せないので、これも渡辺の思い込みなのかも知れない。

亡くなったはずの妻、信子(黒沢あすか)が姿を現す。儀助と共に風呂に入り、一度も連れて行ってくれなかったパリに一緒に行きたいなどとねだる。渡辺の家を訪れた靖子や編集者の犬丸(カトウシンスケ)も信子の姿を見ているため、儀助の幻覚というより幽霊に近いのかも知れないが、この場面まるごとが儀助の夢である可能性も否定できない。

渡辺は自殺することに決め、遺言状を書く。ここに記された日付や住所によって、渡辺が東京都中野区在住で、今は令和5年であることが分かるのであるが、結局、渡辺は自殺を試みるも失敗した。生きることや自分の生活から遠ざかってしまった現実世界に倦んでいるような渡辺。生きていること自体が彼にとって「敵」なのかも知れないが、一方で残り少ない日々こそが彼の真の「敵」である可能性もある。逆に「死」そのものが「敵」であるということも考えられる。渡辺は次第に病気に蝕まれていくのだが、それもまた「敵」、老いこそが「敵」といった捉え方も出来る。

 

大河ドラマ「光る君へ」にも出演して好演を見せた瀧内公美。AmazonのCMにも抜擢されて話題になっているが、本格的な芸能界デビューが大学卒業後だったということもあり、比較的遅咲きの女優さんである。
育ちが良さそうでありながら匂うような色気を持ち、渡辺を誘惑する場面もある魅力的かつ蠱惑的な存在として靖子を描き出している。

映画やドラマに次々と出演している河合優実。今回も小悪魔的な役どころであるが、出演場面はそれほど長くない。

早稲田大学第一文学部中退後に渡仏し、ソルボンヌ大学(パリ大学の一部の通称。以前のパリ大学は、イギリスのオックスフォード大学やケンブリッジ大学同様にカレッジの集合体であった)に学ぶという俳優としては異色の経歴を持つ長塚京三。フランス語のシーンも無難にこなし、何よりも知的な風貌が元大学教授という役にピッタリである。

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2025年2月 7日 (金)

コンサートの記(885) びわ湖ホール オペラへの招待 クルト・ヴァイル作曲「三文オペラ」2025

2025年1月26日 滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール中ホールにて

午後2時から、びわ湖ホール中ホールで、びわ湖ホール オペラへの招待 クルト・ヴァイル作曲「三文オペラ」を観る。ジョン・ゲイの戯曲「ベガーズ・オペラ(乞食オペラ)」をベルトルト・ブレヒトがリライトした作品で、ブレヒトの代表作となっている。ブレヒトは東ベルリンを拠点に活動した人だが、「三文オペラ」の舞台は原作通り、ロンドンのソーホーとなっている。

セリフの多い「三文オペラ」が純粋なオペラに含まれるのかどうかは疑問だが(ジャンル的には音楽劇に一番近いような気がする)、「マック・ザ・ナイフ」などのスタンダードナンバーがあり、クラシックの音楽家達が上演するということで、オペラと見ても良いのだろう。
ちなみに有名俳優が多数出演するミュージカル版は、白井晃演出のもの(兵庫県立芸術文化センター阪急中ホール)と宮本亞門演出のもの(今はなき大阪厚生年金会館芸術ホール)の2つを観ている。

実は私が初めて買ったオペラのCDが「三文オペラ」である。高校生の時だった。ジョン・マウチュリ(当時の表記は、ジョン・モーセリ)の指揮、RIASベルリン・シンフォニエッタの演奏、ウテ・レンパーほかの歌唱。当時かなり話題になっており、CD1枚きりで、オペラのCDとしては安いので購入したのだが、高校生が理解出来る内容ではなかった。

 

栗山晶良が生前に手掛けたオペラ演出を復元するプロジェクトの中の1本。演出:栗山晶良、再演演出:奥野浩子となっている。

振付は、小井戸秀宅。

 

園田隆一郎指揮ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団の演奏。今日は前から2列目での鑑賞だったので、オーケストラの音が生々しく聞こえる。オルガン(シンセサイザーを使用)やバンドネオンなど様々な楽器を使用した独特の響き。

出演はWキャストで、今日は、市川敏雅(メッキー・メッサー)、西田昂平(にしだ・こうへい。ピーチャム)、山内由香(やまうち・ゆか。ピーチャム夫人)、高田瑞希(たかだ・みずき。ポリー)、有ヶ谷友輝(ありがや・ともき。ブラウン)、小林由佳(ルーシー)、岩石智華子(ジェニー)、林隆史(はやし・たかし。大道歌手/キンボール牧師)、有本康人(フィルチ)、島影聖人(しまかげ・きよひと)、五島真澄(男性)、谷口耕平、奥本凱哉(おくもと・ときや)、古屋彰久、藤村江李子、白根亜紀、栗原未知、溝越美詩(みぞこし・みう)、上木愛李(うえき・あいり)。びわ湖ホール声楽アンサンブルのメンバーが基本である。
オーケストラピットの下手端に橋状になった部分があり、ここを渡って客席通路に出入り出来るようになっている。有効に利用された。

ロンドンの乞食ビジネスを束ねているピーチャム(今回は左利き。演じる西田昂平が左利きなのだと思われる)。いわゆる悪徳業者であるが、悪党の親玉であるメッキー・メッサーが自身の娘であるポリーと結婚しようとしていることを知る。メッキー・メッサーは、スコットランドヤード(ロンドン警視庁)の警視総監ブラウンと懇意であり、そのために逮捕されないのだが、ピーチャムは娘を取り戻すためにブラウンにメッサーとの関係を知っていることを明かして脅す。
追われる身となったメッセーは、部下達に別れを告げ、ロンドンから出ることにするが、娼館に立ち寄った際に逮捕されてしまう。牢獄の横でメッサーに面会に来たポリーとブラウンの娘ルーシーは口論に。その後、上手く逃げおおせたメッサーであるが、再び逮捕されて投獄。遂には絞首刑になることが決まるのだが……。

クルト・ヴァイル(ワイル)は、いかにも20世紀初頭を思わせるようなジャンルごちゃ混ぜ風の音楽を書く人だが、「マック・ザ・ナイフ(殺しのナイフ)」はジャズのスタンダードナンバーにもなっていて有名である。今回の上演でもエピローグ部分も含めて計4度歌われる。エピローグ的な歌唱では、びわ湖ホールを宣伝する歌詞も特別に含まれていた。
また「海賊ジェニーの歌」も比較的有名である。

ブレヒトというと、「異化効果」といって、観客が登場人物に共感や没入をするのではなく、突き放して見るよう仕向ける作劇法を取っていることで知られるが、今回は特別に「異化効果」を狙ったものはない。ただ、オペラ歌手による日本語上演であるため、セリフが強く、一音一音はっきり発音するため、感情を込めにくい話し方となっており、そこがプロの俳優とは異なっていて、「異化効果」に繋がっていると見ることも出来る。
白井晃がミュージカル版「三文オペラ」を演出した際には、ポリー役に篠原ともえを起用。篠原ともえは今はいい女風だが、当時はまだ不思議ちゃんのイメージがあった頃、ということでヒロインっぽさゼロでそこが異化効果となっていた。今日、ポリーを演じたのは歌劇「竹取物語」で主役のかぐや姫を1公演だけ歌った高田瑞希。彼女はセリフも歌も身のこなしも自然で、いかにもオペラのヒロインといった感じであった。6年前に初めて見た時は、京都市立芸術大学声楽科に通うまだ二十歳の学生で、幼い感じも残っていたが、立派に成長している。

園田隆一郎指揮するザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団も、ヴァイルのキッチュな音楽を消化して表現しており、面白い演奏となっていた。

「セツアン(四川)の善人」などでもそうだが、ブレヒトは、ギリシャ悲劇の「機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)」を再現しており、それまでのストーリーをぶち破るように強引にハッピーエンドに持って行く。これも一種の異化効果である。

 

「三文オペラ」は、オペラ対訳プロジェクトの一作に選ばれており、クルト・ヴァイルの奥さんであったロッテ・レーニャなどの歌唱による音源を日本語字幕付きで観ることが出来る。

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2025年1月31日 (金)

これまでに観た映画より(371) 門脇麦&水原希子「あのこは貴族」

2022年12月20日

録画してまだ観ていなかった日本映画「あのこは貴族」を観る。原作:山内マリコ。監督・脚本:岨手由貴子(そで・ゆきこ)。出演:門脇麦、水原希子、高良健吾、石橋静河、山下リオ、高橋ひとみ、銀粉蝶ほか。

東京屈指の高級住宅街である渋谷区松濤(しょうとう)の開業医の家に生まれた榛原華子(はいばら・はなこ。演じるのは門脇麦)と、富山の庶民の家に生まれ育った時岡美紀(水原希子)の対照的な人生、そして二人を繋ぐことになるエリート中のエリート、青木幸一郎(高良健吾)の姿を描いた意欲作。

経済的には何不自由ない家に生まれた華子だが、役割といえば家を次世代に繋ぐだけ。初等科から大学まで一緒だった友人達が次々結婚していく中、何人かの男性とお見合いをしたり紹介されて会ったりしたが、良い相手に出会えず、最終的に巡り会ったのが、幼稚舎からの慶應ボーイで、東大の大学院を出て顧問弁護士の仕事をしている青木幸一郎であった。その幸一郎は、大学から慶應に外部生として入ってきた美紀に、授業終了後にノートを借りたことがあった。いい加減なことに幸一郎はノートを美紀に返さなかった訳だが、美紀の父親が失職し、学費が払えないということで仕方なく働き始めたクラブで美紀と幸一郎は再会し(美紀は結局、慶大は中退していた)、親しい仲となっていた。

経済的には恵まれていない美紀だが、友人の里英(山下リオ)と自転車で二人乗りするなど、自由を謳歌していた。そんな華子と美紀がある日、出会う。

現代の日本においては、貴族制度も華族制度も廃止されているわけだが、家柄を考えればまだ貴族に相当する上流階級は存在しており、大きな力を持っている。だが、そうした家柄に生まれれば幸せかといえばそういうわけでもない。
美紀が華子に語る、「とりあえずは十分なこと」を大切にすることで、階級などの差を超えて今を生きることの尊さが伝わってくる映画である。

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2025年1月30日 (木)

これまでに観た映画より(370) 「イル・ポスティーノ」4Kデジタルリマスター版

2024年11月20日 アップリンク京都にて

アップリンク京都で、イタリア映画「イル・ポスティーノ」4Kデジタルリマスター版を観る。イタリア映画の中でもメジャーな部類に入る作品である。1994年の制作。1995年のアカデミー賞で、ルイス・エンリケス・バカロフが作曲賞を受賞している。監督・脚色:マイケル・ラドフォード。ラドフォード監督は、「アンドレア・ボチェッリ 奇跡のテノール」も監督している。音楽:ルイス・エンリケス・バカロフ。出演:マッシモ・トロイージ(脚色兼任)、フィリップ・ノワレ、マリア・グラツィア・クチノッタほか。主演のマッシモ・トロイージは、撮影中から心臓の不調に苦しんでおり、この映画を撮り終えた12時間後に心臓発作のため41歳で急死。本作が遺作となった。

実在のチリの詩人、パブロ・ネルーダをフィリップ・ノワレが演じた作品である。

イタリア、ナポリ沖のカプリ島(レオナルド・ディカプリオの先祖がこの島の出身である)をモデルとした小島が舞台。マリオ(マッシモ・トロイージ)は、漁師の子だが、アレルギーなどがあり、漁師になることは出来ない。しかし、父親からは「もう大人なのだから働け」とせかされる。郵便局の扉に求人の張り紙があるのを見たマリオは、翌日、郵便局を訪れ、詳細を聞く。チリの国民的な詩人であるパブロ・ネルーダ(フィリップ・ノワレ)が共産党員という理由で祖国を追われて亡命し、イタリアのこの島で暮らすことになったので、彼宛ての手紙を届ける専門の郵便配達夫が必要になったのだという。賃金は雀の涙だというが、マリオはこの職に就くこと決める。共に共産主義者ということもあって次第に親しくなるマリオとパブロ。
やがてマリオは瞳の大きなベアトリーチェ(マリア・グラツィア・クチノッタ)という女性に恋をする。マリオはベアトリーチェに近づくためにパブロに詩を習うことになる。

 

詩を題材にしたヒューマンドラマである。言葉によって心と心が通じ合っていく。風景も美しく、音楽も秀逸で、ローカル色の濃い南イタリアの島の風景に溶け込む喜びを感じることが出来る。偉大な詩人によって郵便配達夫が詩の腕を上げていくという大人の教養小説的な味わいにも満ちた作品だ。
ベアトリーチェ役のマリア・グラツィア・クチノッタも魅力的で、イタリア映画の中でも独自の味わいを築いている。

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2025年1月26日 (日)

これまでに観た映画より(368) 濱口竜介監督作品「寝ても覚めても」

2024年11月23日

ひかりTV有料配信で、日仏合作映画「寝ても覚めても」を観る。「ドライブ・マイ・カー」の濱口竜介監督作品。濱口竜介監督はこれが初の商業作品である。その後、出演者が一悶着起こした曰く付きの映画でもある。原作:柴崎友香。脚本:田中幸子、濱口竜介。出演:東出昌大、唐田えりか、瀬戸康史、山下リオ、伊藤沙莉、渡辺大知、仲本工事、田中美佐子ほか。占部房子もワンシーンだけ出演している(3.11の地震で気分が悪くなってしゃがみ込んでいる女性役)。音楽:tofubeats。

大阪で物語が始まり、東京に移り、再び大阪に帰ってくる(最初の場面は大阪市内だが、戻ってきたときはおそらく大阪市内ではない。天野川が流れているというので、枚方市付近の可能性がある)。

大学生の朝子(唐田えりか)は、中之島の国立国際美術館で、牛腸茂雄(ごちょう・しげお)の写真展を見た後で、鳥居麦(ばく。東出昌大)にいきなりキスをされて恋に落ちる。朝子は親友の島春代(伊藤沙莉)や岡崎伸行(渡辺大知)と共に、麦が居候している岡崎の家で度々遊ぶようになる。春代は麦のことを警戒しており、「あの男だけはアカン」と忠告する(これが現実世界で響くことになるとは)。ちなみに春代と岡崎は同じ大学に通っていることが会話で分かるが、麦や朝子についてはどうなのかはっきりとは分からない。麦は風来坊のような性格で、度々無断でどこかへ行ってしまう。そしてある日、麦は朝子の前から姿を消した。

2年後、朝子は東京に出て喫茶店を経営している。近くにある酒造会社に勤める丸子亮平(東出昌大二役)と出会う朝子。最初は亮平のことを麦だと思い込んで、「麦だよね?」と話しかけるが、亮平は顔は麦にそっくりだが他人なので、「獏? 動物園のこと?」と意味が分からない。しかし、亮平が朝子に好意を持つのも早かった。おそらく一目惚れである。東京でも牛腸茂雄の作品展を観ようとしていた朝子。東京で出来た友人である鈴木マヤ(山下リオ)と画廊の前で待ち合わせていたのだが、そこに亮平が通りかかる。遅れてきたマヤがようやく画廊にたどり着くが、もう入場時間を過ぎている。ここで亮平が機転を利かせて、3人は画廊に入ることが出来た。亮平もやはり大阪出身である。惹かれ合う亮平と朝子だったが、おそらく朝子は自身が麦の面影を亮平に見ていることに気付き、一度は別れを決意する。

朝子の親友のリオは、たまにテレビの再現VTRに出る女優で、普段は舞台女優としての活動に力を入れている。チェーホフやイプセンの作品に出ているので、新劇系統の小劇団に参加しているのだと思われる。亮平の同僚である串橋耕介(瀬戸康史)と共に、リオが出演したチェーホフ作品(「桜の園」だと思われる)のビデオを見ていた時に、耕介が突然怒り出すという事件が起こる。耕介はリオの演技を自己満足だと批判し、不快感を露わにする。そしてその後、自身でチェーホフのセリフを語る。チェーホフのセリフはビデオを見てその場で覚えたものとは思えないのだが、実際に耕介は舞台俳優に憧れて演じていた経験があり、自分は諦めたのにまだ続けている人がいることに嫉妬したとして謝罪。おそらくチェーホフ作品で同じ役を演じたことがあるのだろう。最終的にはリオと耕介は結婚することになる。濱口監督は、「ドライブ・マイ・カー」でも、「ゴドーを待ちながら」や「ワーニャ伯父さん」を西島秀俊に演じさせているので、そうした王道の演劇作品が好みなのだろう。また伊藤沙莉の証言では、ニュアンスを抜いたセリフの喋り方の訓練を行っており、伊藤は、「ニュアンスを抜く」の意味が当初は分からなかったと告白しているが、「ドライブ・マイ・カー」で、西島秀俊演じる俳優兼演出家が感情を込めずにゆっくりとセリフを喋らせるシーンがあるため、これに近いことが行われていたことが想像出来る。

イプセンの「野鴨」に出演することになったリオ。亮介は金曜の午後のソワレを招待券として受け取る。朝子も同じ回を取るかと思ったが、彼女は金曜のマチネーのチケットを頼んだ。その後、朝子から別れを切り出された亮介は、受付で金曜のマチネーにチケットを変更して貰った。無論、朝子に会うためだ。開演直前だったがリオに挨拶。リオは当然ながら亮平の意図を見抜いており、朝子は明日のチケットに変えたのだと告げる。
それでも折角なので観ていくつもりだった亮平だが、その日は、2011年の3月11日。開演の客電が消えた瞬間に東京でも大きな揺れが発生し、大道具や照明などが倒れたり破損したりしたことなどから公演は中止に。電車が止まっているので、歩いて会社まで帰ろうとしたが、街は人で混雑。地震のショックでうずくまっている女性(占部房子)に声を掛けるなど、亮平は優しさを見せる。そんな中、亮平は朝子と出会う。運命を感じた二人は抱き合うのだった。

5年後、亮平と朝子は同棲を続けているが結婚はしていない。リオと耕介は結婚している。ある日、朝子はデパートで春代と偶然再会。春代はシンガポール人の男性と結婚して、シンガポールに住んでいたが、旦那が東京に転勤になったので東京で暮らしているという。亮平と出会った春代は、朝子が亮平の中に麦を見つけて付き合っているのだとすぐに見抜く。そして麦が最近売り出し中の芸能人になっており、CMに出演して、連続ドラマの主演も決まっていると教える。
実は亮平も麦が売り出し中の芸能人であることを知っており、出会いの件から、顔が似ているので自分に惹かれたのだろうと見当を付けていた。それでもそのお陰で出会えたのだからと寛容な態度を取る。
亮平は大阪の本社に転勤を願い出る。新居は天野川の近くだ。だが朝子が一人の時に、麦が訪ねている……。

容姿の似た男性の間で揺れる女性を描いたファンタジー。評価は高く、第42回山路ふみ子映画賞、山路ふみ子新人映画賞(唐田えりか)、第10回TAMA映画賞最優秀作品賞、最優秀男優賞(東出昌大)、最優秀新人女優賞(伊藤沙莉)、第40回ヨコハマ映画祭の作品賞、主演男優賞(東出昌大)、助演女優賞(伊藤沙莉)、最優秀新人女優賞(唐田えりか)など受賞多数である。
ただ、個人的には都合の良い映画のように映る。朝子が麦と亮平の間で揺れるのも、顔の似たいい男だからのように思われ、軽く見えてしまうのも難点である。所詮、顔ってことか。
実際、軽い二人だったようで、不倫騒動を起こしてしまい、東出昌大はすでに撮影済みであった映画以外は出演自粛、唐田えりかは映画と配信、BSのみの出演で韓国に拠点を移しつつある。韓国では彼女の容姿は受けが良いようだ。最近になって日本の地上波のドラマに出演したが散々に叩かれている。
この映画は、濱口竜介監督作品ということで、いずれは観ることになったと思うのだが、「伊藤沙莉のSaireek Channel」を初回の方から聴いて、丁度「寝ても覚めても」が公開になるというタイミングだったので視聴してみた。伊藤沙莉は今よりポッチャリしていて、大阪弁を喋る役なのだが、千葉県出身で方言を話したことがほとんどないので、習得に時間を掛けたという話をしている。実は春代は出番はそれほど長くなく、鈴木マヤを演じた山下リオの方が助演に近いのだが、ヨコハマ映画祭では伊藤沙莉が助演女優賞を受賞している。春代が朝子にすっと温かい言葉を掛けて、ドキッとさせるシーンがあるが、それが評価されたのだろうか。この時に、共に助演女優賞を取ったのが親友の松岡茉優で、この時点では2016年の大河ドラマ「真田丸」にも良い役で出演していた松岡の方が知名度では上であったと思われる。すでに二人は親友になっているが、その後、更に友情が深まる事件が2020年に発生している。詳しくは書かないでおく。

伊藤沙莉が語るところでは、「寝ても覚めても」のチームは仲が良く、一緒に出掛けたりしていたらしいが、東出と唐田がああいうことになって会えなくなってからは親交もおそらく途絶えたのだと思われる。


叩かれてばかりの東出と唐田だが、少なくともこの映画においては東出はなかなか良い演技をしている。セリフは余り上手くないが、モデル出身だけあって佇まいが良い。唐田えりかの演技はやや拙い感じだが、演技経験に乏しく、苦手意識がある中での抜擢であったため、やむを得ない印象は受ける。初々しさがあって良い。「ナミビアの砂漠」では短い出番ながら自然な印象の演技で、表に情報は出ないが演技のレッスンは続けているのだと思われる。

一番印象に残るのは瀬戸康史で、英語を喋るシーンがあるなど、いい役を貰っているということもあるが、この時から存在感を放っている。ただあくまで引き立て役であるためか、瀬戸康史はこの映画では特に賞は貰っていない。

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2025年1月24日 (金)

これまでに観た映画より(367) 相米慎二監督作品「お引越し」4Kリマスター版(2K上映)

2025年1月22日 京都シネマにて

京都シネマで、相米慎二監督作品「お引越し」を観る。4Kリマスター版であるが、京都シネマでは2Kでの上映である。1993年の作品。讀賣テレビ放送の制作。原作:ひこ・田中。出演:中井貴一、桜田淳子、田畑智子、茂山逸平、千原しのぶ、青木秋美(現・遠野なぎこ)、円広志、笑福亭鶴瓶ほか。音楽:三枝成彰。チェロ独奏を行っているのは、東京交響楽団首席チェロ奏者時代の山本祐ノ介(やまもと・ゆうのすけ)。山本直純の息子であり、今は父の跡を継ぐ形で、ポピュラー系に強い指揮者として父親譲りの赤いタキシードを着て活躍している。

祇園の老舗料亭・鳥居本のお嬢さんである田畑智子のデビュー作(当時12歳)。今は名女優となっている田畑智子であるが、演技経験はこの時が初めてということもあり、必ずしも名子役ではなかったというのが興味深い。その後、努力して演技力を身につけたのだろう。ただこの時点でも表情などはかなり良く、演技のセンスが感じられる。

京都と滋賀県内が舞台となっており、セリフは京言葉が用いられている。「お引越し」というタイトルからは一家総出の引っ越しを連想させられるが、実際は、レンコ(田畑智子)の父親であるケンイチ(中井貴一)と母親であるナズナ(桜田淳子)の別居のお話である。ケンイチが家を出て行って、マンションの一室に引っ越したのだ。ナズナは離婚届を用意しているのだが、判はまだ押していないようだ。レンコはナズナと共に元いた家で暮らすことになるが、ケンイチのマンションにも時折出掛けている。ケンイチとナズナも週に1回は会って、レンコも入れて3人で食事を行っているようである。
ナズナはレンコとの間に契約書を作るが、レンコはそれが不満である。

公開時には、桜田淳子と田畑智子が高い評価を受けたが、桜田淳子は統一教会の問題で、以後、映画作品に出ることはなくなってしまっている。

京都のあちこちにある名所が映されるのだが、そのため、小学校の昼休みの間の移動なのに恐ろしく遠いところまで足を運ぶということになってしまっている(京都の人でないとそのことには気付かないだろう)。祇園祭、松ヶ崎妙法の「妙」の字の送り火や大谷祖廟(東大谷)の万灯会など、京都らしい夏の風物も画面を彩る。
また、この時期の小学校ではまだ「鎖国」という言葉が教えられていたり、アルコールランプを使用していたりと、今の小学校とは異なる部分が多い。田畑智子演じる漆場レンコはアルコールランプをわざと落としてボヤ騒ぎを起こしている。
関東地方からの転校生だと思われる橘理佐(青木秋美=子役時代の遠野なぎこ。彼女は実家が貧しく、親に無理矢理子役にさせられて、稼ぐよう仕向けられていた。そのことで成人してから精神が不安定になってしまう)ともレンコは上手くやる。
なお、小学校の校舎は、現在は京都市学校歴史博物館となっている、廃校になったばかりの京都市立開智小学校(御幸町通仏光寺下ル)のものが用いられている。

後半は琵琶湖畔を舞台とした幻想的な展開となる。建部大社のお祭りがあり、琵琶湖では花火が打ち上げられる。瀬田の唐橋でやり取りをするナズナとレンコだったが(おそらく、現実に行った場合には人が多くて互いの声は聞こえないだろう。芝居の嘘である)、やがてレンコは森の中へと彷徨い込み、火祭り(東近江市で行われているものらしい)などが行われている幻想的な光景の中へと分け入っていく。夜が明け、レンコは琵琶湖の水につかった両親を見つける……。

夏に焦点を当てた作品だが、ラストではレンコが一気に成長し、中学生になったことが分かるようになっている。

前半と後半でかなり趣の異なる映画であるが、日本的な抒情を感じさせる映像美がことのほか印象的な作品になっている。そうした点では相米作品の中でも異色の一本である。
4Kリマスター版は、2023年のヴェネツィア国際映画祭で、最優秀復元映画賞を受賞した。

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2025年1月22日 (水)

これまでに観た映画より(365) 相米慎二監督作品「夏の庭 The Friends」4Kリマスター版(2K上映)

2025年1月16日 京都シネマにて

京都シネマで、日本映画「夏の庭 The Friends」を観る。相米慎二監督作品。1994年のロードショー時に、テアトル新宿で観ている作品である。原作:湯本香樹実(ゆもと・かずみ)、脚本:田中陽造。出演:三國連太郎、坂田直樹、王泰貴、牧野憲一、戸田菜穂、根本りつ子、寺田農、笑福亭鶴瓶、矢崎滋、柄本明、淡島千景ほか。エンディングテーマ:ZARD「Boy」。4Kリマスター版によるリバイバル上映であるが、京都シネマでは2Kでの上映となる。

戸田菜穂のスクリーンデビュー作としても知られている作品である。朝ドラ「ええにょぼ」でヒロインを務め、当時、期待の新進女優であった戸田菜穂であるが、玉川大学でフランス語を専攻し、たびたび渡仏するなど、女優以外にやりたいことがあったような気もする。現在も女優としての活動を続けているが、脇役中心で、期待されたほどではなかったというのが正直なところである。この映画でも、まだ若いとはいえ、感情表現が一本調子なところがあるなど、演技が達者とは言えないことが分かる。本人も自覚していて、そのため演技以外のものへも手を伸ばしていたのかも知れないが、本当のところは本人にしか分からない。
10年ほど前になるが、NHKBSプレミアム(当時)の「ランチのアッコちゃん」で演じた遣り手の女はなかなか良かったように思うが(蓮佛美沙子とのW主演)。

神戸市が舞台となっており、出演者全員が神戸弁を話すが、郊外の住宅地が舞台となっているため、一目見て「神戸らしい」シーンは一つもない。阪神・淡路大震災で壊滅的な打撃を被る直前の神戸が描かれているが、神戸らしいシーンがないので貴重な映像という訳でもないようだ。

サッカーチームに所属する三人の少年と、一人の老人の一風変わった交流を描いた作品。全て夏休み中の出来事なので、授業のシーンなどはない(学校のプール開放日の場面は存在する)。

前年の1993年にJリーグが発足。サッカー熱が今よりも高かった時代の話である。ちなみにこの映画が公開された1994年の夏は「史上最も暑い夏」と言われ、翌1995年の夏も「史上最も暑い8月」と呼ばれた。前年の1993年は記録的な冷夏であり、気候が不安定だった時期である。とはいえ、夏の気温は近年の方が高いように思う。

少年サッカークラブに所属する木山(坂田直樹)、河辺(王泰貴)、山下(牧野憲一)の三人は、庭が草ボウボウのボロ屋に住む老人(三國連太郎)が今にも死にそうだとの噂を聞きつけて、様子を探りに行く。少年達を見つけた老人は、追い払おうとし、迷惑そうな様子を見せるが、一転して子どもたちを歓迎するようになる。寂しかったのだと思われる。老人の庭の草むしりをし、コスモスの種を植え、屋根のペンキ塗りなどをする三人。
そこに姿を見せたのは三人の担任教師である近藤静香(戸田菜穂)。実は静香は老人、傳法喜八(でんぽう・きはち)の孫であった。
喜八は戦争中にフィリピンに赴き、当地の一家を銃で惨殺したことがあった。若い女が家から飛び出したが、喜八は追いかけ、射殺した。近づいて見て女が妊娠していることに気付いた。
喜八は戦前に結婚しており、妻の古香弥生(淡島千景)との間には、喜八が戦地にいる間に娘が生まれていた。その娘の子どもが静香なのだが、戦争が終わっても喜八は弥生の下には戻らず、孤独な暮らしを続けていたのだった。はっきりとは描かれていないが罪の意識があったのだろう。

子どもたちと老人の交流を軸に、死や戦争についても描いた作品。夏休みの子どもたちが主人公ではあるが、深みはある。
31年前はそれほどでもなかったが、今見ると、佐藤浩市が三國連太郎の息子であるのは明白である。顔や雰囲気がやはり似てくる。

31年前に一度観たきりの作品であり、ほとんどの場面は記憶から失せていたが、戸田菜穂が林檎を丸かじりするシーンは不思議と鮮明に覚えていた。

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2025年1月21日 (火)

コンサートの記(880) 神戸文化ホール開館50周年記念事業 ヴェルディ:オペラ「ファルスタッフ」

2024年12月21日 大倉山の神戸文化ホールにて

午後2時から、大倉山にある神戸文化ホールで、神戸文化ホール開館50周年記念事業 ヴェルディ:オペラ「ファルスタッフ」を観る。ジュゼッペ・ヴェルディ最後のオペラで、唯一の喜劇成功作となっている(ヴェルディは喜劇は好きであったが、若い頃に発表した「1日だけの王様」が大失敗に終わり、以後は喜劇に手を出せないでいた)。
「ファルスタッフ」の原作はシェイクスピアの「ウィンザーの陽気な女房たち」で、この作品はシェイクスピア最大の駄作と言われている。そもそも正式な公演用ではなく、王室での余興用に書かれた本である可能性が高いそうだ。それでもオットー・ニコライがオペラ化しており、ヴェルディもボーイトが書き換えた「ファルスタッフ」をオペラの題材に選んでいる。タイトルロールのファルスタッフは、元騎士だがビア樽体型の悪党であり、二人の女性を同時に唆そうとする食えない男である。

指揮は佐藤正浩、演出は岩田達宗。出演は、黒田博(ファルスタッフ)、西尾岳史(フォード)、小堀勇介(フェルトン)、谷口文敏(カイウス)、福西仁(じん。バルドルフォ)、松森治(ピストーラ)、老田裕子(アリーチェ)、福原寿美枝(クイックリー夫人)、内藤里美(ナンネッタ)、林真衣(メグ。体調不良の山田愛子の代役)、森本絢子、福嶋勲ほか。

管弦楽は神戸市室内管弦楽団。コンサートマスターの高木和弘が体調不良で降板したため、森岡聡が代わりにコンサートマスターを務める。
神戸市室内管弦楽団は、1981年に神戸市により神戸室内合奏団として発足。当初は弦楽アンサンブルであったが、2018年に管楽奏者を正式に加入させて神戸市室内管弦楽団に改称。2021年に鈴木秀美を音楽監督に迎えている。鈴木さんとはホワイエですれ違った。
神戸文化ホールの専属団体である。なお、神戸市にはフル編成のプロオーケストラは存在しない。

合唱は神戸市室内合唱団。神戸市が設立したプロの合唱団である。

神戸文化ホールは開館50周年ということで私より一つ上で、東京・渋谷区神南のNHKホールと同い年である。この時代に建てられたホールは比較的多いが、その多くが寿命を迎えており、1975年竣工の神奈川県民ホール(NHKホールを模したホールである)は無期限休館に入る予定である。神戸文化ホールも閉鎖して、三宮に新しいホールを建てる計画があり、当初は、来年に新ホールがオープンする予定であったが、計画が遅れている。
古いホールなのでホワイエなども手狭で、客席間も狭いので移動に難がある。響き自体は悪くはない。階段が多く、エレベーターなどはないのでバリアフリーには対応していない。

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指揮者の佐藤正浩は初めて聞く名前だが、福島県出身で東京藝術大学に学び、ジュリアード音楽院のピアノ伴奏科に進んで修士課程を修了。歌劇場のコレペティトゥア(ピアノ伴奏者)として欧米で活躍した後にオペラ指揮者に転向。神戸市混声合唱団音楽監督、新国立劇場オペラ研修所所長を務めている。オペラ専門の指揮者のようだ。
日本の場合、12月になると有名な指揮者はほぼ全員第九を指揮しているので、第九以外の催しはなかなかオファーが出来ないという事情がある。

昨年の年末には、びわ湖ホール中ホールで「天国と地獄」の演出をしていた岩田達宗。年末には馬鹿騒ぎが似合うということなのか、今年もラストで馬鹿騒ぎがある「ファルスタッフ」を選んでいる。岩田達宗演出の「ファルスタッフ」は、9年前に下野竜也が指揮したものを大阪音楽大学ザ・カレッジ・オペラハウスで観たことがある。

本編開始前に、神戸文化ホール開館50周年を祝う吉本新喜劇風寸劇が行われる。

今回は階段状の舞台を用い、回り舞台を用いてガーター亭とウィンザーの光景が交互に現れるようになっている。
字幕もユーモアに富み、「だめよだめだめ」という今では古くなった流行語(以前の下野竜也指揮の公演でも用いられていて、それほど受けていなかったが)なども用いられている。
神戸文化ホールは、左右に花道があり、それを効果的に使っているのだが、ホールの横幅が広いので必要以上に遠くにいるように感じられるところがあった。
滑稽なダンスのような動きを取り入れているのも特徴。ロビンは、9年前の上演同様、大阪音楽大学ミュージカル科出身の森本絢子が務めており、キレのある動きを見せていた。

「メタボ」と呼ばれるファルスタッフ。しかし、ファルスタッフ自身は脂肪があることに誇りを持っているようであり、テムズ川に落とされた時には、脂肪のせいで浮かんで助かったと冗談を言っている。特に意味はないと思われるのだが、何らかのメタファーとして見た場合、あるいは面白いかも知れない。片方が蔑んでいることを片方が誇っているということがあり得るのは「年齢」であろうか。ファルスタッフは若い頃は自称・痩せた美青年だったようである。
そして老年のファルスタッフと対比されるように若い恋人が登場する。

プレトークで岩田達宗は、虐げられた女性像について語っていたが、「ファルスタッフ」は女性が男性に復讐する、それも暴力的でなく成し遂げるという様を描いていることについて触れていた。男性の復讐は暴力的であるが、女性の復讐は必ずしも暴力的ではない。
またヴェルディは奥さんや子どもを相次いで亡くすという悲劇に見舞われているが、奥さんの名前はマルゲリータ、あだ名はメグで、「ファルスタッフ」に登場するメグのモデルになっているのではないかという。メグは、特に何もしないというオペラにあっては珍しい人物である。またヴェルディは家族を描くことに腐心していたとも語っていた。

 

ファルスタッフがアリーチェとメグを同時に誘惑しようとし(恋文を書くが、宛名以外は全て一緒という手抜きである)、アリーチェの夫であるフォードが「泉」という偽名でガーター亭に乗り込んでくるなど、ドタバタの要素が多く、痛い目にあったのに、公園での逢い引きに応じてしまうファルスタッフは滑稽である。
最後の「世の中はみな冗談」は、老境の人間による人間賛歌であり、最後はガーター亭に全ての人が記念写真のように収まるという演出が施されていた(ここが前回の演出とは大きくに違うところであった)。

二幕と三幕の間に岩田さんに挨拶。来年、びわ湖ホールで上演されるコルンゴルトの歌劇「死の都」についても伺ったのだが、びわ湖ホールが出している情報によると岩田さんが栗山昌良の演出を再現するかのように書かれているが、実際は他の人が再現の演出を行うそうで、「何かあった時のためにいるだけ」だそうである。


なお、カーテンコールのみ写真撮影可であった。

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