2020年10月3日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて
午後7時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、「美しき日本のうた 秋」を聴く。ザ・シンフォニーホールが、季節ごとに日本を代表する歌手を招いて送るリサイタル。今回は大阪府出身の人気ソプラノ、幸田浩子が登場する。ピアノ伴奏は、作・編曲家でもある藤満健。
大阪府豊中市出身の幸田浩子。幸田姉妹の妹さんである。実姉はヴァイオリニストの幸田さと子(本名:幸田聡子)。150年程度の歴史しかない日本のクラシック音楽界において、「幸田」という特に珍しくもないがありふれてもいない苗字の姉妹が二組いる(もう一組は日本クラシック黎明期の幸田延、幸田幸の幸田姉妹。幸田露伴の妹である)、というのは結構不思議なことだと思われる。日本を代表する音楽家姉妹は他にも何組かいるが、ピアノの児玉姉妹も幸田姉妹と同じ豊中出身である。豊中市には大阪音楽大学もあり、音楽が盛んなところである。大阪府立豊中高校を卒業後、東京藝術大学声楽科に進学し、首席で卒業。同大学大学院を経て、文化庁オペラ研修所で研鑽を積み、イタリアに渡る。ヨーロッパで多くのコンクールで好成績を収め、ウィーン・フォルクスオーパーと専属契約を結んだことで有名になっている。美人クラシック音楽家の一人であり、人気も高いが、容姿以上に(まあ、当たり前であるが)ハイトーンボイスの魅力で高い評価を受けている。二期会会員。
幸田浩子とコンビを組むことも多い藤満健も東京藝術大学と同大学院を修了。作曲専攻で学んでおり、修士作品は東京藝術大学が買い上げている。作曲コンクールで好成績を上げている他、ピアニストとしても活躍。ピアノ伴奏だけでなくリサイタルも開催している。1995年から2008年まで桐朋学園大学講師を務め、2006年からは桜美林大学の音楽専修講師として後進の指導に当たっている。録音なども多く、映画「おくりびと」ではピアノ演奏を担当している。
藤満も西宮生まれの芦屋育ちということで関西人である。
新型コロナウイルスの影響で、制限された中での演奏活動が続けられているが、クラシックの中でも声楽は飛沫が前に飛ぶため最も危険とされており、オランダの合唱団でクラスターが発生するなど、自由な活動が行えなくなっている。日本の年末の風物詩でもある第九演奏会も今年は中止が相次いでおり、京都市交響楽団も第九演奏会でなく「チャイコフスキー・ガラ」を行うことが正式に決まっている。
だからといって声楽のコンサートは全て中止というわけにもいかないので、今日のコンサートも厳戒態勢の中、実施される。
まず事前に発売されたチケットは、ソーシャルディスタンスを保つために振替となる。振替となったチケットには、大きい方に氏名、住所、電話番号を記す必要があり、半券といっても小さい方ではなく大きい方をボックスに入れる。
検温もサーモグラフィーは使うのだが、より正確に測定出来ると思われる柱状のものを用い、3人ずつの検温が行われる。出入り口付近担当のスタッフはフェイスシールドを着用しての対応である。また、陽性判定者が一人も登録しなかったことで「無意味では」と問題視された大阪府独自の追跡サービスもQRコード読み取りで登録出来るようになっている。「特典なしでは使って貰えない」という結論が出たのか、ポイントを貯めると景品が当たるチャンスを得るシステムに変わっている。
アナウンスでは、最新式の除菌システムが採用され、また10分でホール全体の空気が入れ替わる換気装置が作動していることが告げられる。
「5mは離れている必要がある」ということで、ステージに近い前から5列程度は未使用となり、他の席も前後左右最低1席は空けてのフォーメーションとなる。
曲目は、第1部が、「この道」、「かやの木山の」、「赤とんぼ」、「からたちの花」、「鐘が鳴ります」、「ばらの花に心をこめて」、「ちいさい秋見つけた」、「里の秋」、「花の街」、「ひぐらし」、「舟唄(方戀)」、「希望」。第2部が、「浜辺の歌」、「椰子の実」、「浜千鳥」、「初恋」、「悲しくなったときは」、日本のうたメドレー(藤満健ピアノ独奏)、「このみち」、「奇跡~大きな愛のように」、「糸」、「見上げてごらん夜の星を」
第1部の前半は山田耕筰作品が並び、秋の歌を経て團伊玖磨作品が4曲続けて歌われる。第2部は前半が「海」を歌った作品で固められ、藤満健のピアノソロを経て、近年作曲された作品やポピュラー楽曲で締められるという構成である。
前半は、幸田は真っ赤なドレスで登場。昨日、友人から譲られたばかりのものだという。
楽曲の間に幸田がマイクを手にトークを行うというスタイルで進行していく。
大阪出身ということで、「大阪はまさに故郷」ということから始まり、公開での演奏活動が約半年ほど止まってしまったことなどを語っていた。
冒頭から山田耕筰作品が並ぶが、幸田の母校である豊中高校の校歌が、北原白秋作詞・山田耕筰作曲のものということで思い入れがあるそうだ。と言いつつ、歌詞などはもう忘れてしまっていたそうだが、幸田がそういう話をしているということを知った高校時代の友人達が歌詞をコピーして送ってくれたという。多くの伝統校がそうであるように豊中高校も最初は男子校としてスタートしてるため、校歌も「質実剛健」という言葉から始まる男子校風のものだそうである。
美声を生かしたスケールの大きな歌唱を持ち味とする幸田浩子。日本の童謡を歌うにはもっと素朴な声の方が合っているのかも知れないが、美声でスケール雄大でありながら素朴というのはあり得ないので、声の魅力を楽しむ。素朴な歌声を楽しみたいなら他の歌手で聴けば良い。
團伊玖磨の歌曲は聴いたことのないものばかりだったが、歌詞の生かし方が巧みである。「希望」は北原白秋の詩で、シンプルなものであるが、シンプルであるが故の盛り上がり方を見せ、魅力的な仕上がりとなっていた。
第2部の「海」の歌曲集。私は海に囲まれた千葉県出身だけに「海」を扱った曲には思い入れがある。幸田浩子はクリーム色の衣装に着替えて登場。有名な楽曲が並ぶが、「浜千鳥」の計算された歌声と、寺山修司作詞である「悲しくなったときは」の物語性の的確な描写が印象に残る。
藤満健のピアノソロによる「日本のうたメドレー」は、四季を代表する童謡を藤満自身が編曲したものが演奏される。印象派風の編曲による「朧月夜」に始まり、「夏の思い出」、「もみじ」を経て、「雪の降るまちを」が演奏されるのであるが、「雪の降るまちを」の演奏前には出だしがよく似ていることで知られるショパンの幻想曲ヘ短調冒頭の演奏が挟まれるなど、クラシックファンをくすりとさせる仕掛けが施されていた。
「このみち」は金子みすゞの代表的童謡の一つに伊藤康英がメロディーを付けたものである。金子みすゞの童謡に曲を付ける試みは以前から行われているが、金子みすゞの童謡は、独創的な着眼点や日本語の響き自体の美しさを特徴としているため、メロディーが負けることが多く、これまで成功した例がほとんどない。今回の「このみち」も童謡を読んだ時の印象とかけ離れているため、成功とは言い難いように思う。やはり金子みすゞの童謡は童謡として読むべきものなのだろう。
「このみち」は仏教的要素、特にみすゞが信仰していた浄土真宗本願寺派の影響が顕著であり、「サンガ」的解釈をするのが正解であろうと思われる。
多くのシンガーにカバーされていることで知られる中島みゆきの「糸」。幸田は後半をオペラ的なアレンジによるもので歌った。こうしたアレンジに好き嫌いはあると思われるが、最後の一節は原曲のメロディーに戻るため、安心感が得られるという良さもある。
「見上げてごらん夜の星を」は、当初はお客さんにも歌って貰おうということで無料パンフレットの裏表紙に歌詞を載せていたのだが、コロナなので大勢で歌うのはやはり「よろしくない」ということで、お客さんには心の中で歌って貰うということになる。
実際には小声で歌う人も何人かいたが、マスク着用必須であり、小声ならそうそう飛沫も飛ばないので問題なしだと思われる。
アンコールは2曲。まずは、今や日本語歌曲の定番となった感もある武満徹の「小さな空」。「ポール・マッカートニーのようなメロディーメーカーになりたい」と願いつつ、基本的には響きの作曲家として評価された武満徹。歌曲の旋律は「素朴」との評価もあるが、幸田による「小さな空」を聴いていると、広がりのあるメロディーラインが浮かび上がり、生命感に溢れていることが感じられる。「素朴」というこれまでの評価はあるいは誤りなのかも知れない。今日のコンサート全編を通して、この「小さな空」が幸田の個性に一番合っていた。
最後は、沼尻竜典の歌劇「竹取物語」よりかぐや姫の「告別のアリア~帝に捧げるアリア」。初演時に幸田がかぐや姫を演じて好評を博した歌劇「竹取物語」。今年、東京の新国立劇場と、沼尻竜典が芸術監督を務める滋賀県立芸術劇場びわ湖ホールでの再演が行われるはずだったのだが、コロナのために中止となっている。
幸田の最大の持ち味である高音を駆使した哀切な歌唱となっていた。
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