カテゴリー「秋」の12件の記事

2019年11月10日 (日)

第62回祇園をどり 「千紫万紅倭色合(せんしばんこうやまとのいろあい)」全八景

2019年11月5日 祇園会館にて

午後4時から、祇園会館(よしもと祇園花月)で第62回祇園をどりを観る。当日券を買い、補助席での鑑賞。

五花街の中で唯一、秋に公演の行われる祇園をどり。祇園東の芸妓と舞妓による上演である。
実は五花街のをどりの中で最初に観たのが祇園をどりである。その後、鴨川をどり、京おどり、都をどりの順で観ているが、上七軒の北野をどりは離れた場所にあるということもあってまだ観たことはない。

祇園をどりを観るのは15年ぶり。「猫町通り通信」を始めて最初の秋に観ているので覚えている。当然ながら記事も残っていて読むことも出来るが、大したことは書いていないので読み返す価値はない。
祇園東の歌舞練場である祇園会館であるが、15年前はまだ吉本興業の小屋ではなく、通常は映画の二番館として営業していた。往時の祇園をどりは、舞妓が少なく、芸妓も年上の方が多く、それでも足りないのでご年配の方まで登場していて、祇園東の窮状が見ているだけで伝わってきたのだが、今では舞妓も増えて大分持ち直しているようである。15年前は舞妓(そもそもは「半人前」の意味である)も今ほどもてはやされていなかったようにも記憶しているが、映画で舞妓がよく取り上げられるようになったということもあってか時代は変わった。現在は、祇園東には舞妓が7人いるようで、舞妓だけによる舞の場面も上演出来る。

「千紫万紅倭色合(せんしばんこうやまとのいろあい)」と題された公演であり、令和改元御祝「紫宸殿の庭」「籬(まがき)の禿(かむろ)」「雪むすめ」「黒木売り」「三社祭」「春野の蝶」「花街十二階」「祇園東小唄」の八景が上演される。監修は藤間紋寿郎、演出振付は藤間紋、脚本構成は塩田律、作曲は清元菊輔&杵屋勝禄、作調は藤舍名生&中村寿鶴。

 

祇園会館は現在はよしもと祇園花月として運営されているということで、ロビーには吉本の大崎洋会長と記者会見で話題になった岡本昭彦社長からのお花が飾られていた。

15年前の記憶はほとんどないが、視覚的にほぼ同じ位置から舞台を眺めていたことは映像として残っている。15年前も当日券で入ったため、おそらくほぼ同じような場所で観ているのだろう。

まず「紫宸殿の庭」(紫の踊り)では、聖武天皇の「橘は実さへ花さへその葉さへ枝(え)に霜降れどいや常葉の木」をアレンジした、「橘は実さえ花さえその葉さえ霜降りてなお常盤の木」という歌詞が歌われる。桜も「花」という名で出てくるが、常緑の木である橘の方が、新元号令和の長久を願うのに相応しいだろう。
「左近の桜 右近の橘」と呼ばれ、桜と並び称された橘だが、いつの間にか華々しく咲いて散る桜の精神こそが大和魂ということになってしまっている(本居宣長 「敷島の大和心を人とはば朝日に匂ふ山桜花」)。常に変わらぬ橘の精神もあってこその桜だと思うのだが。桜と橘が両輪であったことを思い直すのも良いだろう。この上演ではセリが多用されており、つね和が一度下がってからから瑞兆を表す紫雲に乗って現れることで目出度さを演出した。

「籬の禿」(赤の踊り)では、まりこが赤い可憐な着物姿で登場、続く「雪むすめ」(白の踊り)は雪の背景の中での踊りであり、紅白の対比で縁起の良さを表現する。続くは黒の踊り「黒木売り」。つね和一人での舞である。

ここで、舞妓5人が客席に登場。聖徳太子の冠位十二階は、6つの色に濃淡を加えた12の色で身分を表したという話をする。セリフはつたないが、それこそが舞妓の売りだったりする。

青の踊り「三社祭」は男装しての踊りである。昨年の南座での顔見世でも観た演目であり、善玉と悪玉の面をして舞う。

「春野の蝶」では、照明が鮮やかな効果を上げる。15年前に祇園をどりを観た時には「思ったより地味だな」と思ったものだが、今回はかなり絵になる演出となっている。

舞妓5人による「花街十二階」。冠位十二階の色を祇園東の光景に例えた舞踊で、舞妓達がラスト付近で「おたのもうします」と言う。実は今日は小さなお子さんが客席の上の方でずっとなんかを言っている状態だったのだが、ここでその子が「おたのもうします」と真似て返す。おぼこさを売りにしている舞妓であるが、本当の子どもの声の方が可愛いので客席から笑いが起こる。舞妓さん達が食われてしまった格好であった。

ラストの「祇園東小唄」。総出での舞である。舞妓さんも可愛らしいが、こうして一緒に踊る姿を見ると、技術以外の部分でも芸妓さんとは差があるのがわかる。おひねりが撒かれ、華々しいうちに祇園をどりの幕は下りた。

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2018年11月 3日 (土)

笑いの林(106) ファミリーレストラン 「ファミレスライブ in 滋賀 Vol.76」~秋の大運動会SP~

2018年10月27日 滋賀県野洲市の野洲文化ホール小ホールにて

人口約5万人の小都市、滋賀県野洲市へ。午後3時開演の、野洲文化ホール小ホールでのファミリーレストラン単独公演「ファミレスライブ in 滋賀 Vol.76」を観に来たのである。
来ている人の話から察するに、ほとんどの人が地元・野洲在住のようである。祇園花月でのファミリーレストランの公演には若い女の子がたくさん駆けつけるが、その子達は野洲まで追いかけてきたりはしないようだ。設備が大都市のものに比べると貧弱ということもあるのかも知れない。ファミリーレストランの二人がお客さんの名前を知っているため、常連の人が多いこともわかる。

入場時にくじ引きのようなことをする。しもばやしの一発ギャグを書いた紙が入っており、引いた紙に書かれたギャグと同じものをしもばやしがラストに行った場合は、ファミリーレストランの二人のサイン入り写真を貰うことが出来る。

今日は「秋の大運動会スペシャル」と銘打たれた公演。全席自由であり、しもばやしを応援したい人は中央の通路を挟んで上手に置かれたパイプ椅子席に、ハラダを応援したい人は同じく下手の席に座ることになる。私は下手側の席を選ぶ。

ファンの数であるが、しもばやし側が多い。しもばやし側が前の方から詰めて座っているのに対し、ハラダ側は前から2列目までは全て埋まってるが、それ以降は真ん中や端の席が空いている。

しもばやし側の前の方に座っている人の中にはサイリウムを振っている熱心なファンもいる。

というわけで、登場したしもばやしは喜び、ハラダは落ち込む。サイリウムを振っている人達は以前からいたが、全員しもばやしファンだったようで、ハラダはガックリのようである。客入り時の客席の映像を二人はモニターで確認していたのだが、しもばやし側が明らかに多いため、ハラダは構成作家さんにも「これが結果ですよ」などと言われたらしい。

まずは二人によるトーク。しもばやしが最近、久しぶりにハラダが出てくる夢を見たらしい。二人でライブに出ていたところ、突然、お客さん達がキョンシーと化し、襲いかかってくるという夢である。ハラダの掴みのギャグである「いらっしゃーせー!」をお客さんとやる時に、ハラダは「まず腕を前に伸ばして下さい」と言うのだが、お客さんの様子を見て「皆さんキョンシーみたいですね」ということがあるそうで、それが頭の片隅にあっての夢らしい。二人で建物の影に隠れて息を潜めていたが、キョンシーが襲ってきたため、ハラダが「ここは俺に任せてお前は逃げろ!」と言ったそうである。ハラダのキャラではないらしいのだが、夢の中での出来事なので違う性格になったらしい。地下室に逃げ込んだしもばやしは、何故かそこに麒麟の田村裕を見つけ、田村は「みんなここに段ボールあるで」と言って段ボールを食い始める、というのは田村の『ホームレス小学生』の影響らしいのだが、その後、地上に出たしもばやしは、街が廃墟のようになっているのを見て愕然。とそこに、キョンシーがただ一人(数詞は「人」でいいのかな?)ピョンピョンとこちらにやって来ることに気づく。それがキョンシーと化したハラダであり、ハラダは立ち止まって、両手を突き出し、「いらっしゃーせー!」って、どんな夢なんだそれ。

ハラダの方は最近夢を見ないらしいのだが、それは酒を飲んで寝るからだそうで、酒を飲んで落ちるのは寝入るのではなく失神するのと一緒であり、つまり寝ているわけではないので疲れが取れないそうだ。

漫才を二つやってからコーナーがある。今日のコーナーは大運動会で、ハラダが赤の、しもばやしが白のTシャツに着替えて様々な種目を競う。観客参加のものが多い。


漫才。
まずは、ハラダが「滋賀県を盛り上げるために知事選に立候補」するようしもばやしに提案する。ハラダは「お前のためならウグイス嬢でもなんでもやったる」と言うのだが、いざ、しもばやしを候補として紹介する段になると、ボートを漕ぐ真似をして、何故か琵琶湖の真ん中で候補紹介を始めようとしたり、サービスエリアを舞台にしようとしたり(滋賀県内のサービスエリアには人が多いが、大半は滋賀県外の人達だそうである)、街中でやるのはいいが「ライバルがいない時間にアピール」ということで深夜2時に行おうとする。
最後は集まった人に袖の下を使ったり、演説が終わったと思ったら園児達の前でのものだったりする。


二つ目の漫才も滋賀県ネタ。滋賀を盛り上げるためにご当地アイドルを作ろうとしもばやしが提案し、ハラダが具体的なプランを語るのだが、女性アイドルグループの名前がE-girls。しもばやしが「E-girlsというグループはもうあるやん」と言うが、ハラダは「字が違うねん。井戸の『井』に伊藤園の『伊』で『井伊ガールズ』」と彦根藩主ネタにしたり、男性アイドルグループ「近江米ふっくら2」とKis-My-Ft2のばった物を提案したり、「ここって近畿? キッズ」と言って、しもばやしに「バリバリ近畿や!」と突っ込まれる。
今度は滋賀県を舞台にしたドラマを作ろうとしもばやしが言い、有名なドラマの滋賀版のタイトルをハラダが挙げるのであるが、「花より男子」が「滋賀より京都」になり(ハラダに言わせると、「知名度」「人口」「観光名所の数」「都市としての規模」「都会度」など全て京都の方が上だそうだ)、「世にも奇妙な物語」が「とても微妙なものばかり」になるらしい。更に朝ドラ「半分、青い。」の滋賀版を「半分、琵琶湖。」と言って、「半分もないわ! 6分の1や!」としもばやしに突っ込まれる。「絶対零度」は「絶対京都」になるそうで、ただ「ひとつ屋根の下」は「ひとつ奈良の上」となり、滋賀は奈良よりは上らしいのだが、奈良県人は奈良県人で「滋賀よりは上」と思っているそうだ。歴史的に見ると天智と天武ということになるだろか。その後は、有名ドラマに似た名前を持つ滋賀県の施設が挙げられていく。
しもばやしがCMを作ろうと提案して、ハラダがCMの内容を演じてみるのだが、すでに廃業になったホテルのCMをやったり、滋賀県人を馬鹿にする京都人の様子が演じられ、「滋賀県人を見下す京都人へ、『琵琶湖の水止めるぞ!』」というACジャパンのCMになったりする。


コーナー「秋の大運動会スペシャル」。まずは客席から男性1人女性1人を選んで、1チーム3人でその場で1人10秒間ダッシュしてバトンを繋ぎ、バトンの先につけた万歩計の歩数を競うというもの。若い人や子ども達の方が有利である。その後も、プラスチックのバットを立てて頭に当て、10回回ってからパン食い競争を行ったり、4人で卓球のドリブルとラリーを行い、4人目が筒型のケースにボールを入れるという競技があったり(元卓球部の男性が出場したが、卓球を辞めてから19年が経過ということで活躍出来ず。というより卓球は基本的にドリブルは反則になるため、やった経験がないと思われる)、パンストの端と端をかぶって引っ張るパンスト相撲を行ったり(途中でDA PUMPの「U.S.A」が流れ、その時は競技を止めて踊る)と様々な種目が行われる。ファミリーレストランの二人ももう40代であるため、一つの種目が終わるごとにヘトヘトになり、水を飲んだり小休憩を入れたりする必要がある。

最後は、借り人競争。観客は事前にアンケート用紙に書かれた「ハイテンション『 』」の『』内を単語一つで埋めておき、茶封筒に入れておく。ファミリーレストランの二人がそれを受け取って舞台上で演じるというものである。
私も、「野洲といったら野洲高校の『セクシーフットボール』だよな」ということでそう書いておき、ハラダが演じることになったのだが、ハラダは「セクシーフットボール」が何か知らなかったようで、単なる「セクシーに行うフットボール」をやっていた。ファミリーレストランのネタに、ボクサーに扮したしもばやしにハラダが「ストレートをセクシーによける」と無茶ぶりするものがあり、それも念頭にあったので良かったりもするのだが、滋賀県住みます芸人であり、野洲で何度も単独ライブを行っていながら、野洲高校の「セクシーフットボール」を知らないというのはあってはならないこと、という程ではないがかなりまずいように思う。ハラダは京都人で、サッカーに詳しくない場合は「セクシーフットボール」がなにかわからなくても仕方ないのかも知れないが、お客さんは野洲の方々で意味は当然知っているだろうし。

結果は、しもばやしチームの勝利となり、しもばやしを応援する席に座ったお客さんが全員舞台上に上がって記念写真を撮るという特典が与えられた。これは嬉しいだろうな。

ラストは先に書いたとおり、しもばやしの一発ギャグ抽選。しもばやしもくじを引いて演じる。同じくじを持っていた5名の方にプレゼントが贈られた。


色々あったが、野洲サイズの都市で毎月こうしたライブが行われているというのは素晴らしいことだと思う。地方創生のモデルとして他の自治体の参考になることだからだ。おらが街の芸人がいて、毎月会うことが出来て、プレゼントも貰える。老若男女みんなで、あるいは家族ぐるみで応援出来る。こうしたことが本当の文化だと思える。ちょっと感動してしまった。


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2018年9月26日 (水)

コンサートの記(428) 井上道義指揮 京都市交響楽団 第22回 京都の秋 音楽祭開会記念コンサート

2018年9月16日 京都コンサートホールにて

午後2時から京都コンサートホールで、第22回 京都の秋音楽祭開会記念コンサートを聴く。演奏は京都市交響楽団、指揮は元京都市交響楽団音楽監督兼常任指揮者の井上道義。

前半はホルストの組曲「惑星」、後半がショスタコーヴィチの交響曲第12番「1917年」というプログラム。

今日のコンサートマスターは客演の男性奏者。誰なのかはわからない。わかった書くことにする(東京交響楽団のコンサートマスターである水谷晃だったようである)。泉原隆志は降り番でフォアシュピーラーに尾﨑平。
今日は両曲共に実力の高い奏者が必要ということで、管楽器は前後半とも多くの首席奏者が顔を揃えていた。

まず、門川大作京都市長による開会宣言がある。門川市長は今年の夏がことのほか暑かったこと、3日続きの豪雨に地震、3つの台風が京都を襲ったことに触れ、日本の各地でも地震が水害が起こったことも述べて、「鎮魂と復興の祈り」を捧げる演奏会にしたいと語った。

ホルストの組曲「惑星」。オーケストラピースとして人気の曲で、録音では次々と名盤が生まれているが、コンサートで取り上げられる回数も増加中である。
近年の京都市交響楽団に於いては、ジェームズ・ジャッドが定期演奏会で演奏している。

井上登場。ポディウム側と正面に向かって手を振る。相変わらずキザである。

輝きと迫力に溢れる音を響かせる京都市交響楽団にピッタリの曲である。ただ、合奏は良いのだが、ソロになると実力を発揮出来ていないように感じられることも多く、イタリアのオーケストラと真逆である。サッカーでのスタイルも一緒なので国民性なのだろう。
「火星」の迫力、「金星」の美的センス、「水星」の浮遊感、「土星」での奥行き、「天王星」での神秘感の表出などいずれも長けているが、「木星」では造形の端正さをもっと望みたくなる。なお、「海王星」の女声合唱はシンセサイザーを使用。演奏終了後に井上が女性奏者を連れてステージに登場し、ジェスチャーで「彼女が弾いたの」と示した。

ショスタコーヴィチの交響曲第12番「1917年」。
演奏の前に井上がマイクを手に「少しお話しして良いですか?」と言いながら現れる。
「市長はもう帰っちゃったかな?」と下手袖を振り返り、「京都の秋音楽祭開会記念コンサート、おかげさまで完売だそうで、切符安かったからね」
「今日のコンサートは僕の歴史を振り返るプログラムにしてみました。京都コンサートホールが出来る前、僕が(小学校2年生ぐらいの少年が最前列を通るのを見て)これぐらいだった時、京都市交響楽団とホルストの『惑星』を録音しまして」と語る。井上道義指揮京都市交響楽団による「惑星」のCDは、今では手に入らないようだが、発売当時話題になったものである。同時期にNHK教育テレビ(現在のEテレ)で、京都会館でだったと思うが、井上と京都市交響楽団の演奏による「惑星」演奏の模様も放送されている。今と違って京響はそれほど上質のアンサンブルを誇っていたわけではなかった。

井上が就任した当時は、京響は旧京都会館を本拠地としていたのだが、「とにかく響きが悪くてねえ」。定期演奏会での集客も振るわず「がらんどう状態」。とにかく響く曲はないかと色々やってみたのだが全て駄目。ショスタコーヴィチをやった時は良く聞こえるような演奏が出来たのだが、「皆さん、ショスタコーヴィチお嫌いでしょう?」
ショスタコーヴィチには、「ソビエトの思想のようなもの」が込められていると勘違いしているというのがその理由だと語り、ロシアでもサンクトペテルブルクとモスクワ以外ではショスタコーヴィチの交響曲はほとんど取り上げられていない、取り上げられたとしても5番だけという状態が今も続いているそうだ。否定されたソビエトを代表する作曲家だと誤解されているのがその理由らしい。

その後、井上は交響曲第12番「1917年」におけるトロンボーンのメロディーがスターリンを象徴しているという話を始めたのだが、ただでさえ京都コンサートホールのスピーカーは音が聞き取りにくい上に、私の席のすぐそばでチケットをめぐる問題(前半、私の席の隣2席が空いていたのだが、その横にいた二人が、もう人が来ないものだと思い込んで休憩中に席を詰めたところ、その席の人が来てしまった)があってレセプショニストさんとお客さんとでやり取りがあったためよく聞こえなかった。ただ、どこでどうなるのかは想像出来る。

ショスタコーヴィチの交響曲第12番「1917年」は冒頭で響く英雄的で悲劇的なメロディーと、その後に現れる「歓喜の歌」にオマージュを捧げたブラームスの交響曲第1番第4楽章のパロディーのようなチョイダサの旋律の二つが軸となる。他の要素も勿論あるが、この2つの歌は全編を通して循環形式のように何度も繰り返される。
悲劇的な旋律にチョイダサ歓喜的歌が勝って凱歌になりかけるのだが、突如としてメロディーが消え去れ、茫漠とした弱音が響く場面は、「勝利の白昼夢が破られたかのような衝撃」があり、印象的である。
トロンボーンが活躍した後で、弦楽が恐ろしげな音を出す場面があるのだが、井上が語っていたのはここだと思われる。
悲劇的旋律はその後も同じ形で登場するのだが、チョイダサ歓喜の歌はその後、音が分散されたり、短調に変貌したりしながら現れる。全楽合奏の中でホルンだけが異質のことをしている場面もあるのだが、やがてトロンボーンがチョイダサ歓喜の歌を挽歌のように演奏。凄絶なラストへとなだれ込むのだが、勝利のための旋律が二つ合わさるのに破滅の音楽のように響くのが印象的である。

井上道義は大阪フィルハーモニー交響楽団ともこの曲を演奏しているが、京都市交響楽団は各楽器の音の輪郭がクッキリしているため、より分析的に聞こえる良さがあったように思う。

演奏終了後、井上はガッツポーズを見せ、最後は「俺じゃなくて京響を称えよ!」というジェスチャーをしていた。

ショスタコーヴィチの交響曲第12番「1917年」には駄作説も多く、音楽的にはショスタコーヴィチの他の交響曲に比べると皮相な印象で充実感に欠けるかも知れないが、聴きながら仕掛けられた謎を解き明かしていくという、ミステリー小説を読むような面白さがある。



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2011年9月17日 (土)

第15回「京都の秋音楽祭」が始まりました

京都の秋音楽祭が始まりました

本日9月17日から第15回「京都の秋音楽祭」が始まりました。京都コンサートホールを主会場に、京都市内の各ホールで11月末まで様々な公演が行われます。今日は午後2時から京都コンサートホール大ホールで第15回京都の秋音楽祭開会記念コンサート、広上淳一指揮京都市交響楽団による演奏会がありました。チケット料金が安く設定され、更に葉書応募による無料招待もあるということで、京都市交響楽団も経費を抑えるべく、管楽器の首席奏者を外すなど一軍半の編成で、傷もありましたが、広上の力もあって優れた演奏会になりました。

曲目
・デュカス 「ラ・ペリ」よりファンファーレ(京都市交響楽団金管奏者による、指揮者なし、ボックス席での演奏)
・リスト ピアノ協奏曲第1番(ピアノ独奏:田村響)
・チャイコフスキー バレエ音楽「くるみ割り人形」第2幕全曲

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2007年11月30日 (金)

紅葉の盛り

紅葉の盛り 北白川疎水沿いの紅葉

北白川疎水沿いの紅葉。写真では余りきれいに出ていませんが、実際は目に染みるほど鮮烈な赤です。

夏の酷暑の影響で遅れ気味だった京都の紅葉、今が盛りです。明日明後日は天気も良いとの予報が出ており、絶好の紅葉狩り日和となりそうです。ぜひ京都にお越しください。

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2007年10月11日 (木)

十月の蚊

今年の夏は一度も蚊に刺されなかったというのに、10月に入ってから二度も蚊に喰われてしまった。そして今も部屋の中で一匹の蚊が鳴き、隙あらば私の血を吸おうとしている。

今年の夏に蚊に喰われなかった、というよりそもそも蚊をほとんど見かけなかったのは、余りの暑さに蚊もやられていたからなのか。

それにしても10月になってから蚊に悩まされるというのも妙である。
欽ちゃんこと萩本欽一のエッセイの中に、蚊を上手く仕留めるにはどうすればいいのか、というようなことが書いてあって(小学生の頃に読んだものなので、うろ覚えなのですが)、布団に入り、左腕だけを出しておく、そして蚊が左腕に留まるのを待ち伏せてしとめる、というような内容。子供の頃に真似たことがあるのですが、蚊もさるもので、そういうときはなかなか左腕に留まってはくれないのである。

さて十月の蚊をいかに仕留めてやりましょう。蝿と違って手も足も擦らないので、決して容赦はしませんぞ。

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2007年9月 9日 (日)

菊の歌

秋の菊にほふ限りはかざしてむ 花よりさきと知らぬ我が身を 紀貫之

心あてに折らばや折らむ初霜のおきまどはせる白菊の花 凡河内躬恒

秋に咲き秋に散りゆく菊の花 盛りを知らず行く人思う 愚作

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2006年9月27日 (水)

とろさんま炙り焼寿司

とろさんま炙り焼寿司

近所のコンビニの店長に奨められて予約して買いました。東京・梅丘「寿司の美登利総本店」監修の、とろさんま炙り焼寿司。秋といえばやはり秋刀魚です。個人的には塩焼きが一番好きですね。脂の乗った秋刀魚の味には舌がとろけそうになります。

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2006年9月25日 (月)

虫の音が涼やかです

秋も本番となり、夜になると虫の声が涼やかです。

ところで、「かっては松虫と鈴虫に呼び名が逆だった」、「コオロギとキリギリスの呼び名も逆だった」という説があるようです(童謡「虫の声」にも“キリキリキリキリ、キリギリス”という歌詞と“キリキリキリキリ、コオロギや”という歌詞の2バージョンが存在します)。昔は虫を研究するということ自体がなかったので、区分けも結構いい加減だったのでしょう。

それにしても秋の虫の奏でる音は風情があっていいですね。秋の虫の声を音楽と捉えているのは、ある研究によると日本人だけだとされているようです(といってもこうした研究は大抵比較対照は欧米人のみなので、他の民族はどうなのかわかりません)。

※後記
欧米人も虫の声を楽しむことはあるようなので、「虫の声を音楽と捉える=日本人のみ」説を鵜呑みにするのは避けた方がいいようです。しかし、虫の声を音楽と捉えられるのが日本人だけなのかそうでないのかどうであれ、秋の虫の奏でる音楽の良さに変わりはありません。

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2006年9月23日 (土)

秋分の日

今日は秋分の日です。太陽が真東から昇り、真西に沈むので、昼と夜の時間がほぼ一緒になります。ただ、実際はまだ昼の方がほんの僅かに長いのです。
現在では太陽の上端部分が現れた時を日の出、太陽の上端部分が完全に隠れた時を日の入りとしています。この間が昼です。ただ、秋分の日は、一日の中で太陽が東の地平線から完全に覗いてから西の地平線に完全に没するまでの時間と、それ以外の時間の長さが一致する日なので、太陽の上端が見えてから顔を完全に現すまでの時間の分だけ昼が長いということになります。ほんの僅かな差なので気にする必要は特にないとは思いますが。

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