カテゴリー「千葉」の32件の記事

2026年1月 6日 (火)

これまでに観た映画より(422) 岩井俊二脚本・監督 松たか子初主演映画「四月物語」

2026年1月2日

岩井俊二脚本・監督作品「四月物語」を観る。1998年の作品。松たか子が、旭川から上京した女子大学生、楡野卯月(にれの・うづき)を演じており、彼女はこれが映画初主演作になる。松たか子は1977年生まれなので、当時、実際に大学生であったが、1年の内、休みが4日しかないという多忙な生活を送っており、大学にもほとんど通えず、4年目で中退している。一方、私もまだ大学生だった頃である。

私はロードショー時に、渋谷にあったシネアミューズという映画館で観ている。シネアミューズは文字通りアミューズの映画館であるが、上階のオフィスから絶えずコツコツというハイヒールで歩く足音が聞こえてくるという悪環境。ハイヒールで絶えず歩き回る仕事が何なのか分からなかったが、映画館側もクリームを入れてはいたようである。しかし、改善されないままであった。今はもうシネアミューズは存在しない。大小2つのスクリーンがあり、「四月物語」は大きい方のスクリーンで観ている。

先輩に恋した女子高生が、彼を追って東京へと出るというお話である。ファーストシーンで観る者を笑わせる仕掛けがある。

武蔵野大学というのが先輩が行き、卯月も入った大学の名前だが、1998年当時には、武蔵野大学という大学は存在しなかった。だがその後、西東京市にあった浄土真宗本願寺派の武蔵野女子大学が共学化して武蔵野大学となり、更に文学部しかなかった元小規模女子大が、毎年のように学部を増やし、女子も男子も志願者が増えて有明にもキャンパスを築き、「共学化して最も成功した大学」として知られるようになっている。卯月は東京の大学には疎いようで、「武蔵野って有名なの?」と友人に聞くが、友人も「結構、有名」と返しており、現在の武蔵野大学の状況と重なっていたりする。大学案内にさりげなく芝浦工業大学や上智大学などの実在の難関私大のページを入れているのも、あたかも武蔵野大学が実在するかのように見せる仕掛けとなっている。
実際のキャンパスの撮影は、入学式が東京都武蔵野市吉祥寺の成蹊大学(実際の入学式に紛れて撮影)、それ以外は栃木県小山市の白鷗大学で行われているようだ。全体的に、「東京都下での学生生活」といった雰囲気であり、23区内の大学生活とは大きく異なる。住所であるが、卯月が自転車を漕いで歩道橋を渡るときに「国立市」の文字が見える。国立市には国立の一橋大学があるも、有名な私立大学はほとんどないが、北の国分寺市に東京経済大学が、南の立川市に国立(くにたち)音楽大学があり、共にのんびりとした校風であるため、そうした大学をイメージするといいだろう。23区内の難関大学だとみんな図書館に籠もって資格の勉強をしていたりするので、この映画に出てくる大学とは雰囲気が大分異なる。

楡野卯月であるが、高校時代は学業成績は今ひとつで、どうしても先輩のいる武蔵野大学に行きたくて必死で勉強したタイプである。ただ地の部分は隠せないでちょっと抜けた感じである。また、「それちょっとまずいんじゃない?」ということもする癖がある。

「生きていた信長」という三流映画が掛かっている映画館で、卯月に近づいてくる怪しいサラリーマン風の男を演じていた俳優は、当時は無名に近かったが、その2年ほど後に、萩原聖人&中谷美紀主演の映画「カオス」で、「怖ろしくリアルな演技をする」俳優として注目を浴びるようになる。光石研である。

「生きていた信長」で、信長を演じていた江口洋介は、その後、大河ドラマで信長を演じることになる。

親元を離れ、初めての一人暮らし。不安だけど新しい生活が鮮やかに切り取られている。
松たか子も最近は自分の色を出した演技で自在感を増しているが、このときは100%役になるための楷書風の演技。現在の草書風の演技と比べてみるのも面白い。

当時の松たか子は、頬がふっくらした感じで、2年前(1996)の連続ドラマ「ロング・バケーション」でも、山口智子にそれをいじられるシーンがある。またカレーを作るシーンでは、松たか子が実際にカレーを作っており、メイキング番組では、余った分をスタッフが美味しそうに食べるシーンがある。

憧れの山崎先輩(田辺誠一)がアルバイトをしている書店、武蔵野堂の周辺は、日本風の街並みではないが、出来てまだ新しい、千葉市の幕張新都心の幕張ベイタウン・パティオスで撮られている。加藤和彦が現れる画廊の周辺も車止めの形が同じであることからやはり幕張新都心で撮られたことが分かる。加藤和彦の役名は「画廊の紳士・加藤」で何者かは分からない。画家に「先生」と呼びかけていること、スーツ姿であることなどから画家ではないと思われ、ロードショー時には「大学の先生か何かかな?」と思ったが、画廊の女性は、「加藤さん」と呼びかけており、いわゆる「先生」と呼ばれる職業ではないようだ。編集者だろうか? いずれにせよ加藤和彦のチャーミングでジェントルな一面が映っており、加藤和彦の追悼映画にこのシーンが取り上げられなかったのは残念である。

音楽はCLASSICとなっていたり、女性名義の作曲家になっていたりするが、その女性の名前で検索しても「四月物語」しか引っかからない。ということはペンネームということになる。そしてプロの作曲家にしては拙い作曲技法ということで、正体は岩井俊二監督である。岩井監督はその後、CMの音楽を手掛けたが、作風はそっくりで確定となった。
なお、ピアノは松たか子が弾いており、オリジナルサウンドトラック「四月のピアノ」も発売されている。

大学に入ったことのない人がどう思うのかは分からないが、大学に入ったばかりの四月のワクワクドキドキ、おそらく人生で最も晴れやかな四月を描いた愛らしい中編映画である。

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2025年10月26日 (日)

これまでに観た映画より(409) 東野圭吾原作「ある閉ざされた雪の山荘で」

2025年10月12日

J:COM STREAMで、日本映画「ある閉ざされた雪の山荘で」を観る。東野圭吾の同名小説の映画化。出演:重岡大毅(しげおか・だいき)、中条あやみ、岡山天音(おかやま・あまね)、西野七瀬、堀田真由(ほった・まゆ)、戸塚純貴(とづか・じゅんき)、森川葵、間宮祥太朗ほか。監督は、「GTO」(AKIRA版)の飯塚健。

タイトル通り「ある閉ざされた雪の山荘」が舞台、ではない。実際の舞台となるのは海に近い別荘地にある貸別荘である。東京から近い海のそばの貸別荘となると千葉か神奈川になると思うが、エンドロールで千葉県南房総市でロケが行われたことが確認出来る。
そこで、劇団水滸の役者達が最終オーディションに臨むことになる。劇団水滸は比較的大きな劇団であるが、毎回オーディション制で、劇団員が所属しているという訳ではないらしい。東郷という男が主宰者で演出家だが、声のみで別荘に姿を現すことはない。監視カメラの映像に表示されている日付から、現在が冬ではなく3月初旬であることが分かる。
オーディション制といっても毎回受かっている人もいて、今回は7人中6人が数回共演している仲間であり、前回公演もこの6人で行われた。三次オーディションで合格した久我和幸(くが・かずゆき。重岡大毅)が新参者だ。久我だけは現地での合流となる。

海から近い貸別荘は豪華な作り。久我、中西貴子(中条あやみ)、田所義雄(岡山天音)、元村由梨江(西野七瀬)、笠原温子(あつこ。堀田真由)、雨宮恭介(あまみや・きょうすけ。戸塚純貴)、本多雄一(間宮祥太朗)は、この貸別荘で最終オーディションを受けることになる。一番優れた者が次回作の主役となる探偵役に抜擢される。東郷は現れないが、カメラが何カ所か据え付けられていて、モニターで監視しているということらしい。
更に設定が加えられ、今いる場所は海の近くの貸別荘ではなく、雪に閉ざされた山荘で、外に出ることは出来ず、通信手段も何もないということになる。なぜこうしたことをするのかというと、この話の元ネタであるアガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』の設定にしてみたかったからだと思われる。部屋には『そして誰もいなくなった』が人数分置いてある。アガサ・クリスティの時代にはそもそも通信手段自体が未発達だったが、今はいくらでもある。それを敢えて手放して行動することがオーディションになるようだ。「本当にオーディションになるのか?」という疑問は当然起こるが、疑問が起こってもストーリーが変わるわけではないので、それはそれとする。

連続殺人が起こるわけだが、当然ながら疑問に思うところは出てくる。最初の事件は、「この人物はこれが得意で、あるものを装着しながらこれを行う」こと知らないと事件を起こせない。これはかなり引っかかる点である。それ以外の事件については特にやり方に問題はない。

若い俳優ばかりが出てくる作品だが、今の若い俳優は私たちの時代と比べて演技が細やかでナチュラルである。私の家は映画館に行くのは年に1度で、それ以外はテレビドラマかテレビで放送されるカットと吹き替え付きの洋画、やはりカットありの邦画ぐらいしか演技している人を見る手段がなかった。一方、今の若い俳優はそれに加えてインターネットや配信サービスなどを利用して何時間でも演技をしている人を見ることが可能だ。その分、有利な環境にあるといえる。持って生まれた才能に関しては今も昔もどうしようもないわけだが。私も以前は、「才能はなくても稽古をすればある程度は伸びるはず」と思っていたが、全く伸びずに終わった俳優(彼のために上演10分の平易な戯曲を書き下ろしたが、それすら無理であった)を見ると持って生まれたものの大きさについて思いをはせたりする。

登場人物が全員役者ということで生まれたミステリー。テレビドラマの延長的な作りであるため、そこを嫌う人がいるかも知れないが、ひと味違ったものを観たいという人には向いているかも知れない。

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2025年9月27日 (土)

コンサートの記(919) 沖澤のどか指揮京都市交響楽団第704回定期演奏会

2025年9月19日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで京都市交響楽団の第704回定期演奏会を聴く。指揮は京都市交響楽団第14代常任指揮者の沖澤のどか。

曲目は、L・ファランクの交響曲第3番とリムスキー=コルサコフの交響組曲「シェエラザード」

なお、沖澤と京響はこのプログラムで日本縦断ツアーを行う。西宮、福井、長野、東京、そして沖澤の故郷である青森県の八戸市と青森市での演奏会も行う。沖澤は三沢市生まれの青森市育ちだが、ベルリン・フィルのカラヤン・アカデミーで学ぶ姿に密着したドキュメンタリー中の英語によるナレーションでは、三沢市の知名度が低いためか、「Aomori City」の出身だと語っている。三沢市にはそれほど長くいなかったのかも知れない。
またコロナ禍中に山田和樹と行ったYouTube遠距離対談では、「青森だとプロのオーケストラを聴く機会は年に1度あるかないか」と話していたが、この秋は青森で京響が聴けることになる。
ちなみに京都公演のチケットは今日明日共に完売である。東京公演も完売した。

プレトークで、沖澤は、「こんばんは。やっと涼しくなりましたね」と切り出す。自宅のあるベルリンでの仕事を終え、東京に飛び、新幹線で京都入りしたのだが、「京都駅のホームに降りた瞬間、『ああ、また夏だ』」と思ったそうである。ベルリンはもうセーターが必要な気温だそうだ。
曲目について、「L・ファランクの交響曲第3番を生で聴いたことあるぞという方」と聴衆に問いかけるが手は一つも挙がらない。変な曲を聴いていることが多い私もこの曲を聴くのは今日が初めてである。YouTubeに誰かが演奏を上げているかも知れないし、NAXOSのライブラリーに入っているかも知れないが、先入観を避けるために敢えて聴かないで来た。
「私もつい最近まで知らなかったんですけど」と沖澤は続け、「(スイスの)バーゼル交響楽団に伺った時に、『良い曲があるよ』と教えられ」て、それから取り組むようになったそうである。
なお、沖澤は女性作曲家の作品をよく取り上げる傾向があるが、L・ファランクも女性作曲家である。フルネームは、ルイーズ・ファランク。1804年生まれというからベートーヴェン(1770-1827)がまだ存命中で新進気鋭の作曲家と目されていた頃に生を受けたことになる。そのため、L・ファランクは古典派とロマン派の間に位置づけられるが、確かにそのような印象は受ける。ただし、やや古典派寄りである。ファランクは結婚後の苗字で、生家の姓はデュモン。15歳でパリ音楽院に入学し、ピアノを学ぶが、当時のパリ音楽院では女性は作曲を正式に学ぶことが許されなかったため、アントニーン・レイハという作曲家にプライベートレッスンを受けている。
ピアニスト兼作曲家として活動し、母校であるパリ音楽院のピアノ科教授も務めるが、当初は女性教授の報酬は男性教授よりも低く、ファランクは何度も抗議して、男性教授と同一賃金を勝ち取ったようである。
50代の時に愛娘でピアニストであったヴィクトリーヌが30代で早逝すると、以後は作曲と演奏の活動をほとんどしなくなり、音楽アンソロジーの編纂と教育に専念するようになったようである。

「シェエラザード」の思い出としては、「京都市交響楽団をこのホールで指揮者としてではなく、一聴衆として聴いたことは余りなんですけれど、『シェエラザード』」はあるという話をしていた。広上淳一が「シェエラザード」を2回取り上げているが(後で調べたところ、そのうちの1回は京都コンサートホールではなく、大阪のザ・シンフォニーホールで演奏されたものだった)、ジョン・アクセルロッドなど他の指揮者もプログラムに載せているので、どの演奏会なのかは、はっきり分からない。
また、「シェエラザード」を取り上げた理由として、「日本各地の海、長野は海ないんですど」様々な海をその地の聴衆に思い浮かべて欲しいという意図があったようである。ちなみに京都人と呼ばれる人にとっては、京都とは京都市のこと(更に狭く取る人もいる)なので、「京都も海ないで」と思う人もいそうである。かく言う私も京都府の海は見たことがない。天橋立や「海の京都」に行ってみたい気はあるが実現していない。私にとっての海は、九十九里浜の豪快な波である。

沖澤は来年以降のプランとして、「プロコフィエフの交響曲を全曲演奏します。3回! 3回に分けてですよ。録音もします」ということで、「プロコフィエフ交響曲全集」が完成しそうである。
沖澤「プロコフィエフの交響曲は、1番、5番、7番などはよく演奏されますが、他の曲はあんまり。何故かと言えば難しいから。皆さんにではなくて演奏する側が」

 

今日のコンサートマスターは、京都市交響楽団ソロコンサートマスターの「組長」こと石田泰尚。もう一人のソロコンサートマスターの肩書きを持つ会田莉凡(りぼん)がフォアシュピーラーとして入り、泉原隆志と尾﨑平がファーストヴァイオリンの第2プルトとして陣取る。ドイツ式の現代配置だが、ファランクの時はティンパニの中山航介が第2ヴァイオリンのすぐ後ろでティンパニ(見た目では分からなかったがバロックティンパニかも知れない)を叩く。「シェエラザード」では中山は指揮者の真向かいに回った。
ヴィオラ首席に京都市交響楽団ソロ首席ヴィオラ奏者の店村眞積(たなむら・まづみ)が入るなど、強力な布陣である。
L・ファランクの交響曲第3番は金管はホルンだけという特殊な編成であるため、管の首席奏者は「シェエラザート」のみの参加である。

 

L・ファランクの交響曲第3番。無料パンフレットで音楽評論家の増田良介が、「モーツァルトの交響曲第40番との類似」を指摘しているが、確かにそんな感じである。
金曜ナイトドラマ第1作「TRICK」のオープニングテーマに少しだけ似た旋律でスタート。古典派とロマン派の間を行く作風だが、ロマン派ほどには羽ばたかない。
第2楽章。モーツァルトの交響曲第40番の第2楽章は、モーツァルトが無人の野を行くような澄み切った孤独感が印象的だが、L・ファランクの交響曲第3番の第2楽章もモーツァルトほどではないが孤独の哀しみが浮かび上がる。
第3楽章と第4楽章は、当時ヨーロッパで流行っており、鬼束ちひろが好きな言葉として挙げていることでも知られる(?)「疾風怒濤(シュトルム・ウント・ドラング)」の作風。
時代的にピリオドでも構わないはずだが、モダンのアプローチである。ただ中山航介が先が木製のバチでティンパニを強打するなど、ピリオドの要素も入れていた。中山は先端に糸が巻かれた普通のマレットでも叩いており、それが「古典派とロマン派の間」を表しているようでもあった。

 

後半、リムスキー=コルサコフの交響組曲「シェエラザード」。昨年の大河ドラマ「光る君へ」で「シェエラザード」のヴァイオリン独奏に似た旋律が用いられており(作曲は冬野ユミ)、それが終盤で紫式部(まひろ/藤式部。吉高由里子)が病気で寝込んでいる藤原道長(柄本佑)に、毎日、連続ものの短い物語を語るという「音楽の伏線」になっていたことで話題になっている。ちなみに芥川龍之介が、『千夜一夜物語(千一夜物語、千と一夜物語)』の続編を書いているが、恐ろしくつまらないので読む必要はない。芥川さん、どうしてあんなの書いちゃったんですか?

かなりハイレベルの演奏である。ヴァイオリンソロを取る石田泰尚の演奏も妖艶且つ典雅で雄弁だ。
沖澤の解釈はおそらくロシア音楽ということよりもアラビアンナイトの音楽であるということを意識したもので、濃厚な音楽を紡ぎ上げる。広上と京響の「シェエラザード」が水彩画だとすれば、沖澤と京響の「シェエラザード」は絵の具を何重にも重ねた油絵の「シェエラザード」である。ロシアがフランスを手本にしていたということもあり、音楽でもフランス音楽とロシア音楽は親和性があって、フランスものを得意としている指揮者は大体ロシアものも得意としているが、水彩画系演奏の代表として広上の他にスイス・フランス語圏出身のデュトワ(モントリオール交響楽団との演奏が名盤として名高いが、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団との新盤は更に良い)がいるとすれば、油絵系演奏はロシア生まれのロストロポーヴィチなどが代表格であろうか。とにかく同じ京響の「シェエラザード」なのに印象は大きく異なる。
カロリーたっぷりで、耳が満杯。大満足の出来である。ただ聴いていて疲れるところはある。

沖澤の指揮姿は端正で「これぞ指揮者」といったところ。人気があるのも頷ける。今日は背中は燕尾服風であるが前は閉じるという服(小澤征爾がよく着ていたような服だが何というのだろう?)に白いネクタイのようなものを巻いていたが、ネクタイのようなものが揺れる様がエレガントで、視覚効果面でも優れていた。指揮棒は縦振りがほとんどで横に振るときは小さいのが特徴である。

日本のどこに行っても受けること間違いなしのコンビ。沖澤と京響の未来は間違いなく明るい。

 

今日はアンコール演奏がある。カプレ編曲のドビュッシーの「月の光」管弦楽版。繊細で淡い音の月夜で、今夜は朧月のようである。沖澤と京響の多面性を示していた。

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2025年8月24日 (日)

BS-TBS「JNNストーリーズ ラスト・ワルツ 踊る指揮者(マエストロ)井上道義」

2025年5月3日

録画してまだ見ていなかった、BS-TBS「JNNストーリーズ ラスト・ワルツ 踊る指揮者(マエストロ)井上道義」を見る。昨年12月30日で引退した指揮者の井上道義に密着したドキュメンタリー。先に北陸放送で放送され、その後、BS-TBSで全国放送されている。ナレーションは、妻が井上道義の親戚だという役所広司。役所広司は、井上の最後のコンサートの舞台裏に登場する。

1946年生まれの井上道義。育ての親は井上正義だが、実際の父親は、米軍のガーディナー中尉である。井上道義がそのことを知ったのは40歳になった頃だったようである。

井上は10年以上掛けて、両親のことを描いたミュージカル・オペラを作曲。上演する。
この曲を上演すれば自分のやることは終わるなと思ったそうである。


ショスタコーヴィチの楽曲に惚れ込んだ井上道義。複数のオーケストラを指揮して作成した「ショスタコーヴィチ交響曲全集」の帯には、「僕はもうショスタコーヴィチだ」と、レナード・バーンスタインがマーラーに対して語った言葉を真似たと思われるメッセージが載せられている。


生涯現役を貫く指揮者も多いが、井上は、「よぼよぼになって後ろ指さされる前に辞めたい」ということで、現役引退を決意する。

オーケストラ・アンサンブル金沢、新日本フィルハーモニー交響楽団、群馬交響楽団、札幌交響楽団、大阪フィルハーモニー交響楽団、京都市交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団と豊田市ジュニアオーケストラとの合同演奏、千葉県少年少女オーケストラ、山形交響楽団、読売日本交響楽団などとの共演場面が流れ、そのうち、群馬交響楽団、大阪フィルハーモニー交響楽団、京都市交響楽団、読売日本交響楽団とはショスタコーヴィチを演奏している。


尿路結石の再発で体調不良となる井上。私もよく通う兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールでの本番はキャンセル。第54回サントリー音楽賞でも出席はしたが、スピーチは代読、祝賀会も欠席している。復帰は、2023年の10月、高崎芸術劇場での群馬交響楽団とのコンサート。ここでもショスタコーヴィチが演奏されている。

札幌交響楽団とのkitaraでの演奏会では、オーケストラを円形に配置してラヴェルの「ボレロ」を演奏。最後の演奏会となった、読売日本交響楽団を指揮しての第54回サントリー音楽賞受賞記念コンサート(2024年12月30日)の最後の曲では、ショスタコーヴィチの「祝典序曲」をラストの演目に選び、終曲を自身のシンバルの一撃で締めるなど、最後まで独自の色を出す井上。アンコールなしと見せかけ、オーケストラ団員を引き上げさせてから再登場させ、武満徹の3つの映画音楽より「ワルツ」をアンコールで演奏する。途中、贈られた花束から花弁を取り出し、パッと撒き散らす、その後、花束と共にワルツを踊って、花束を客席に放り投げるというパフォーマンスを見せた。

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2025年6月22日 (日)

これまでに観た映画より(388) 「ゆきてかへらぬ」

2025年6月7日

Amazonプライムで、日本映画「ゆきてかへらぬ」を観る。中原中也、小林秀雄、長谷川泰子の三角関係を描いた作品。出演:広瀬すず、木戸大聖、岡田将生、田中俊介、草刈民代、瀧内公美、藤間爽子、柄本佑ほか。監督:根岸吉太郎。音楽:岩代太郎。

中原中也と小林秀雄、長谷川康子の三角関係を描いたものとしては、先にテレビドラマが制作されており、三上博史、古尾谷雅人(初代)、樋口可南子の三人が出演していて、評判も良かった。

今回も売れっ子や売り出し中の俳優を起用しているが、スケール的にはワンランクダウンである。

今回の主役は、中原中也(木戸大聖)と小林秀雄(岡田将生)の二人から愛された女性、長谷川泰子(広瀬すず)ということで、文芸ものというよりも男女の愛の不可思議が中心となっている。ということで、文学らしさを映画に求めると肩透かしを食らうかも知れない。

中原中也が長谷川泰子と出会ったのは、立命館中学の学生だった京都時代。子どもの頃は「神童」と呼ばれた中也であるが、山口県立山口中学校(現・山口県立山口高校)に入学すると文学に耽溺するようになり、特に日本史の成績が悪く落第する。その後、京都・北大路の立命館中学校に転校。京都市内を転々とするようになる。その後、マキノ・プロダクションの女優だった長谷川泰子と出会い、泰子の下宿に転がり込む。そして泰子の手記によると、「(夜寝ていたら)中原が襲ってきたんです」ということで恋人となった。泰子は等持院にあったマキノ・プロダクションの撮影所に通いやすいよう、近くの北野白梅町のそばの地蔵院(椿寺)の裏に住んでいた。当時の建物は残っておらず、跡地と思わる場所にはアパートだかマンションだか寮だかが建っているが、その後に泰子が「文士の二号」と言われたことで喧嘩を起こしてマキノ・プロダクションをクビになったため、ここに住む理由はなくなり、二人は御所のそばへと引っ越している。この京都最後の寓居の地は現在も往時の外観を残している。

なのでこの映画に描かれることは、かなりフィクションが多く、制帽を被っているので、中也が学生だということは分かるが、通学のシーンなどはない(実際、余り通わなかったようだが)。泰子が中也に会ってから女優を目指すというのも順番が逆である。

いかにも京都らしい街並みが映るが、実際には地蔵院周辺は往時も石畳だったり、道が細かったりということはなくフィクションである。妙心寺の広大な境内も映るが、妙心寺は二人の生活圏の外である。

中也がなぜ京都から東京に移ったかの理由も「京都に飽きた」からではなく、立命館中学4年を終えて大学予科受験資格を得たので中退し、早稲田大学の予科を受けることに決めたからだった。京都で親交を持った詩人の富永太郎(田中俊介)のつてを頼って状況。この頃に小林秀雄と会っている。そしてほどなく泰子は小林のもとに走るのだった。
早稲田大学の予科を希望したのは、早大が文学に強い大学だったからだが、ゴタゴタで受験出来ず、中也はまず日大の予科に入るが中退、その後、神田駿河台の語学学校アテネ・フランセでフランス語を学び、当時神田駿河台にあった中大の予科に入るもまた中退と、どうも学業が合わなかったとしか思えない。最終的には東京外国語学校(東京外国語大学の前身)の専修部仏語科に入学。東京外国学校の本科が終わってからフランス語だけを教える過程で、現在の語学学校に近いため、卒業しても大卒にも、旧制専門学校卒にもならないが、フランス語は学べる。中也のフランス語のレベルは高かったことから熱心に学んだことが窺える(それでも成績自体は中程度だったようだ)。こうしたことが省かれてしまっているため、中也がなぜランボーの「地獄の季節」をフランス語の原文で読めるのか分からなくなってしまっている。

中原のことはこれぐらいにして、映画の中で、泰子が母親のイシ(瀧内公美)が自分を連れて入水し、無理心中を図ったことを明かす場面がある。それも無理心中を図ったのは2度や3度ではなく、泰子は「気狂い血が流れていること」に怯えるが、次第に狂気が頭をもたげ始める。中原中也も長男の文也の死にショックを受け、鬱状態で千葉市の中村古峡療養所(現・中村古峡記念病院)に入院しているが、この映画を観ると、二人を結びつけたのはまさにこの狂気だったのではないかという気がしてくる。狂気のぶつかりゆえに中也から離れた泰子だが、狂気ゆえに二人は着かず離れずの状態を続けられたのではないか。

広瀬すずは、普通の女性を演じると本当に普通の女性になってしまうのだが、こうした狂気の役などを演じると迫力もあってなかなかである。正統派として育てたいという事務所の意向はあるのだろうが、こうした少し変わったところのある女性を演じた方が上手くはまる気がする。

ロケは、つくばみらい市にあるNHKのワープステーション江戸でも行われているようで、見覚えのある街並みが出てくる。

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2025年1月20日 (月)

観劇感想精選(481) 絢爛豪華 祝祭音楽劇「天保十二年のシェイクスピア」2024-25

2025年1月6日 梅田芸術劇場メインホールにて観劇

午後5時から、梅田芸術劇場メインホールで、絢爛豪華 祝祭音楽劇「天保十二年のシェイクスピア」を観る。作:井上ひさし、演出:藤田俊太郎。出演:浦井健治、大貫勇輔、唯月ふうか、土井ケイト、阿部裕、玉置孝匡、瀬奈じゅん、中村梅雀、章平、猪野広樹、綾凰風、福田えり、梅沢昌代、木場勝己ほか。音楽:宮川彬良。振付:新海絵里子。

日生劇場の制作。セリフの方が多いため、音楽劇となっているが、ミュージカル界の若手を代表する俳優が配役されている。2020年に上演されるもコロナで東京公演は途中で打ち切り、大阪公演は全て中止となっており、リベンジの上演となる。だが2020年上演の目玉だった高橋一生は今回は出演しない。そしてミュージカル俳優は舞台が主戦場となるため、一般の知名度はそう高くなく、そのためか空席がかなり目立った。ただ実力的にはやはり高いものがある。

浦井健治はこれまで観たミュージカルの中では、「アルジャーノンに花束を」が印象に残っており、唯月ふうかは博多座で「舞妓はレディ」を観ている(共に主役)。

 

「十二夜」を除くシェイクスピアの全戯曲からの抜粋と、「天保水滸伝」の「ハイブリッド」作品である。

この作品の説明が木場勝己によって講談調で語られた後で、シェイクスピアに関する情報が出演者全員で歌われる。「シェイクスピアがいなかった演目に困る」「英文学者が食べていけない」「全集が出せないので出版社が儲からない」「シェイクスピアがいなかったら女が弱き者とされることもなかった」「バンスタイン(レナード・バーンスタインのこと)が、名作(「ロミオとジュリエット」の翻案であるミュージカル「ウエスト・サイド・ストーリー」のこと)を書くこともない」「ツーナイトツーナイト(「Tonight」のこと。実際にバーンスタインの「Tonight」のメロディーで歌われる)というヒット曲が生まれることもない」「シェイクスピアはノースペア」といった内容である。

「十二夜」を除くシェイクスピアの全戯曲からの抜粋であるが、四大悲劇と「ロミオとジュリエット」、「リチャード三世」、「間違いの喜劇」だけを抑えておけば作品の内容は分かる。

舞台となるのは下総国清滝(現・千葉県旭市清滝)。私の母方の実家が旭市であるが、清滝は旧・海上郡海上町(かいじょうぐんうなかみまち)にあり、平成の大合併により旭市に編入されている。銚子のすぐそばであり、作中にも銚子の名は登場する。現在の千葉県内であるが、「東のとっぱずれ」と称される銚子のそばだけに、江戸からはかなり遠い。

まずは「リア王」に始まる。清滝宿の旅籠を仕切る侠客・鰤の十兵衛(中村梅雀)の三女のお光(おみつ。唯月ふうか)が「愛情表現が足りない」という理由で家を追われる(「リア王」と違い、それなりに表現は出来ているのだが)。ちなみにお光がコーディリアに当たることはセリフで明かされる。
長女のお文(瀬奈じゅん)と次女のお里(土井ケイト)がそれぞれに派閥を作り、これがモンタギュー家(紋太)とキャピュレット家の関係に繋がる。
なお、お文とお里は傍白を語るときに体の向きを変えなかったため、本音の後におべっかを使ったということが分かりにくくなっていた。お光を演じる唯月ふうかは体の向きを変えていたが、演出ではなく自主的に向きを変えたのだろう。シェイクスピア好きなら傍白であることは分かるし、シェイクスピアのことを何にも知らない人がこの芝居を観に来る可能性も低いので敢えて変えなかったのだろうが、やはり傍白の時は体の向きを変えて分かりやすくした方が良かったように思う。

ハムレットは「き印の王次」の名で登場し(大貫勇輔)、リチャード三世は佐渡の三世次(浦井健治)として登場する。「マクベスノック」として有名なノック(障子を叩いているので実際にはノックとは呼べないが)を行うのも三世次である。
役名を変えずに何役も兼ねている場合があるが(尾瀬の幕兵衛というオセロとマクベスを合わせた名前の人物もいる)、お光とおさちは双子という設定で唯月ふうかが衣装早替えで演じている。
「オセロ」に出てくるハンカチは櫛に替えられている。
「ハムレット」の有名なセリフ、「To be or not to be,That's the Question.」は、様々な翻訳者による訳が紹介される(登場する中では、ちくま文庫収蔵の松岡和子による訳が最も新しいと思われる)。一般に知られる「生か死かそれが問題だ」は、実は文章自体は有名であるが、「ハムレット」の戯曲の翻訳に採用されるのは、21世紀に入ってからの河合祥一郎訳が初めてである。「ハムレット」のテキスト翻訳はその後も行われており、内野聖陽のハムレットと貫地谷しほりのオフィーリアという大河ドラマ「風林火山」コンビによる上演では全く違う表現が用いられていた。
お冬(綾凰華)という女性がオフィーリアに相当し、「尼寺へ行け!」や狂乱の場などはそのまま生かされている。お冬は新川という川に転落して命を落とすが、実はこの新川(新川放水路)は、私の母親が幼い時分に流されそうになった川である。
ラストは「リチャード三世」の展開となり、「馬をくれ!」というセリフはそのまま出てくるが、三世次は国王でも将軍でも天皇でもないので、「馬をくれたら国をやる」とはならず、転落死を選ぶ。

いわゆるパッチワークだが、繋ぎ方は上手く、「流石は井上ひさし」とうなる出来である。若手トップレベルのミュージカル女優でありながら、「舞妓はレディ」の時は、「(原作映画で同じ役を演じている)上白石萌音に比べるとね」と相手が悪かった唯月ふうかだが、やはり華と実力を兼ね備えた演技と歌唱を披露していた。
他の俳優も殺陣や歌唱に貫禄があり、好演である。

ラストは全員が1階客席通路に出て、「シェイクスピアがいなかったら」を再度歌い、大いに盛り上がった。

 

宮川彬良率いるバックバンドはステージの奥で演奏。基本的には見えないが、第2部冒頭では演奏する姿を見ることが出来るようになっていた。

 

梅田芸術劇場開場20周年ということで、終演後に、藤田俊太郎(司会)、浦井健治、大貫勇輔によるアフタートークがある。20年前にも劇場はあったのだが、経営が変わり、梅田芸術劇場という名称になってから20年ということである。以前は、梅田芸術劇場メインホールは梅田コマ劇場といった。シアター・ドラマシティは名前はそのままだが正式名称が梅田芸術劇場シアター・ドラマシティに変わっている。

梅田芸術劇場メインホールでの思い出深い公演として、浦井健治は「ロミジュリ(ロミオとジュリエット)」、大貫勇輔は「北斗の拳」を挙げた。なお、大貫勇輔は、き印の王次の「き印」が何のことか分からず、最初は「雉のことかな」と思っていたそうである。
元梅田コマ劇場ということで、梅田芸術劇場メインホールでは宙乗りが行える。浦井健治も宙乗りをしたことがあるそうだが、Wキャストで出ていた柿澤勇人(昨年、「ハムレット」で大当たりを取ったため、浦井も大貫も「ハムレット俳優」と呼んだ)は高所恐怖症であったため、宙乗りはしたが、「もう二度とやらない」と言っていたそうである。

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2024年11月27日 (水)

「PARCO文化祭」2024 2024.11.17 森山未來、大根仁、リリー・フランキー、伊藤沙莉、カネコアヤノ、神田伯山

2024年11月17日 東京・渋谷公園坂のPARCO劇場にて

東京へ。渋谷・公園坂のPARCO劇場で、「PARCO文化祭」を観るためである。

午後6時から、渋谷のPARCO劇場で、「PARCO文化祭」を観る。俳優・ダンサーの森山未來と、「TRICK」シリーズや「モテキ」などで知られる映像作家・演出家の大根仁がプレゼンターを務める、3夜に渡る文化祭典の最終日である。

新しくなったPARCO劇場に入るのは初めて。以前のPARCO劇場の上の階にはパルコスペースパート3という小劇場もあり、三谷幸喜率いる東京サンシャインボーイズが公演を行っていたりしたのだが(個人的には柳美里作の「SWEET HOME」という作品を観ている。結構、揉めた公演である)。今のPARCO劇場の上の階には劇場ではなく、アート作成スペースのようなものが設けられている。また、大きな窓があり、渋谷の光景を一望出来るようにもなっている。

PARCO劇場の内装であるが、昔の方が個性があったように思う。今は小綺麗ではあるが、ごく一般的な劇場という感じである。ただ、屋外テラスがあって、外に出られるのはいい。
PARCO劇場の内部は赤色で統一されていたが、それは現在も踏襲されている。

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今日はまず森山未來らによるダンスがあり(3夜共通)、リリー・フランキーと伊藤沙莉をゲストに迎え、森山未來と大根仁との4人によるトーク、そしてシンガーソングライターのカネコアヤノによるソロライブ、神田伯山による講談、ZAZEN BOYSによるライブと盛りだくさんである。神田伯山の講談とZAZEN BOYSによるライブの間に休憩があるのだが、ZAZEN BOYSのライブを聴いていると今日中に京都に戻れなくなってしまうため、休憩時間中にPARCO劇場を後にすることになった。

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森山未來らによるダンス。出演は森山未來のほかに、皆川まゆむ(女性)、笹本龍史(ささもと・りょうじ)。楽曲アレンジ&演奏:Hirotaka Shirotsubaki。音楽の途中に「PARCO」という言葉が入る。森山未來がまず一人で上手から現れ、服を着替えるところから始まる。照明がステージ端にも当たると、すでに二人のダンサーが控えている。ここからソロと群舞が始まる。ソロは体の細部を動かすダンスが印象的。群舞も力強さがある。振付は森山未來が主となって考えられたと思われるが、洗練されたものである。
森山未來は神戸出身ということもあって関西での公演にも積極的。今後、京都でイベントを行う予定もある。

大根仁が登場して自己紹介を行い、「もう一人のプレゼンター(森山未來)は今、汗だくになっている」と説明する。程なくして森山未來も再登場した。

そのまま、リリー・フランキーと伊藤沙莉を迎えてのトーク。伊藤沙莉であるが、リリー・フランキーに背中を押されながら、明らかに気後れした態度で上手からゆっくり登場。何かと思ったら、「観客とコール&レスポンス」をして欲しいと頼まれてコールのリハーサルまで行ったのだが、どうしても嫌らしい。楽屋ではうなだれていたようである。伊藤沙莉というと、酒飲んで笑っている陽気なイメージがあるが、実際の彼女は気にしいの気い遣い。人見知りはするが一人行動は苦手の寂しがり屋という繊細な面がある。リリー・フランキーが、「私が目の中に入れて可愛がっている沙莉」と紹介し、「(コール&レスポンスが)どうしても嫌だったら、やらなくていいんだよ」と気遣うが、伊藤沙莉は、「やらないと終わらないし」と言って、結局はやることになる。作品ごとに顔が違う、というより同じ映画の中なのに出てくるたびに顔や声が違うという、「どうなってんの?」という演技を行える人であるが、実物は丸顔の可愛らしい人であった。丸顔なのは本人も気にしているようで、SNSに加工ソフトを使って顔を細くし、脚を長くした写真を載せたところ、友人の広瀬アリスが激やせしたのかと心配して、「沙莉、どうした?」と電話をかけてきたという笑い話がある。「めっちゃ、はずかった」らしい。
丸顔好きで知られる唐沢寿明に気に入られているんだから別にいいんじゃないかという気もするが。

なお、リリー・フランキーと伊藤沙莉は、「誰も知らないドラマで共演していて、誰も知らない音楽番組の司会をしていて、誰も知らないラジオ番組をやっている」らしい。伊藤は、「FOD(フジテレビ・オン・デマンド)」と答えて、配信されているのは把握しているようだが、地上波でやっているのかどうかについては知らないようであった。ちなみに、誰も知らないドラマで伊藤沙莉の母親役に、丸顔の山口智子が選ばれたらしいが、顔の形で選んでないか? すみません、「丸顔」でいじりまくってますけど、Sなんで好きなタイプの人には意地悪しちゃうんです。

伊藤沙莉が嫌がるコール&レスポンスであるが、大根がまず見本としてやってみせる。客席の該当する人は、「Yeah!」でレスポンスする。
リリー・フランキーが大根に、なんでコール&レスポンスをするのか聞く。
PARCO文化祭の初日のトークのゲストがPerfumeのあ~ちゃんで、「Perfumeのコール&レスポンスがある」というので、まずそれをやり、2日目のトークのゲストの小池栄子にコール&レスポンスの打診をしたところ、「やります」と即答だったので、3日目は伊藤沙莉にやって貰うことにしたらしい。リリー・フランキーは、「あ~ちゃんは歌手でしょう。小池栄子は割り切ってやる人でしょ」と言っていた。確かに小池栄子は仕事を断りそうなイメージがない。若い頃はそれこそなんでもやっていたし。
で、伊藤は本当はやりたくないコール&レスポンスだが、仕事なのでやることになる。
「男の人!」「女の人!」「それ以外の人!」で、「それ以外の人!」にもふざけている人が大半だと思うが反応はある。リリー・フランキーは、「今、ジェンダーの問題」と言っていた。
その後も続きがあって、「眼鏡の人!」「コンタクトの人!」「裸眼の人!」「老眼の人!」と来て、最後に「『虎に翼』見てた人!」が来る。「虎に翼」を見ていた人は思ったよりも多くはないようだった。
伊藤は、この後残るとまた何かやらされそうで嫌なので、出番が終わった後すぐに行く必要のある仕事を入れたそうである。

ここで椅子が運ばれてくるはずだったのだが、運ばれてきたのは椅子ではなく箱馬を重ねたもの(「箱馬」が何か分からない人は検索して下さい。演劇用語です)。レディーファーストなのか、伊藤沙莉のものだけ、上にクッションが乗せられていた。大根が、「出演者にお金を掛けたので、椅子に使う金がなくなった」と説明していたが、まあ嘘であろう。

建て替えられる前のPARCO劇場についてだが、伊藤沙莉は朗読劇の「ラヴ・レターズ」を観に来たことがあるという。旧PARCO劇場には出る機会がなく、新しくなったPARCO劇場には、「首切り王子と愚かな女」という舞台で出演しているので、背後のスクリーンに「首切り王子と愚かな女」(作・演出:蓬莱竜太)の映像が映し出される、WOWOWで放送されたものと同一の映像だと思われる。面白いのは、男性3人は座ったまま後ろを振り返って映像を見ているのだが、伊藤沙莉だけは、客席とスクリーンの間にいるので気を遣ったということもあるだろうが、椅子代わりの箱馬から下り、床に膝をついてクッションに両手を乗せ、食い入るように映像を見つめていたこと。この人は映像を見るのが本当に好きなのだということが伝わってくる。リリー・フランキーは、長澤まさみの舞台デビュー作である「クレイジー・ハニー」(作・演出:本谷有希子)で旧PARCO劇場の舞台に立っており、「クレイジー・ハニー」の映像も流れた。ちなみにリリー・フランキーは舞台作品に出演したことは2回しかないのに2回とも旧PARCO劇場であったという(私は名古屋の名鉄劇場で「クレイジー・ハニー」を観ている。大阪の森ノ宮ピロティホールでの公演のチケットも取ったのだが都合で行けず、ただ「長澤まさみの舞台デビュー作は観ておかないといけないだろう」ということで名古屋公演のチケットを押さえた。カーテンコールで長澤まさみは嬉し泣きしていた)。

伊藤沙莉は笑い上戸のイメージがあるが、実際に今日もよく笑う。ただPARCOの話になり、千葉PARCOについて、「何売ってんの? 何か売ってんの?」とリリー・フランキーが聞いた時には、「馬鹿にしないで下さい!」と本気で怒り、郷土愛の強い人であることが分かる。実際、千葉そごうの話だとか、JR千葉駅の話などをしてくれる芸能人は伊藤沙莉以外には見たことがない。100万近い人口を抱えているということもあり、千葉市出身の芸能人は意外に多いが、余り地元のことを話したがらない印象がある。木村拓哉も若い時期を過ごした時間が一番長いのは千葉市で、実家も千葉市にあるのに、千葉の話をしているのは聞いたことがない。プロフィールでも出身地は出生地である東京となっている。しばしば神奈川愛を語る中居正広とは対照的である。原田知世も千葉県佐倉市に住んでいた頃は、よく千葉そごうに買い物に来ていたようだが、そんな話も公でしているのは聞いたことがない。郷土愛の強さからいって、これからは千葉市出身の芸能人の代表格は伊藤沙莉ということになっていくのだろう。

なお、残念ながら千葉PARCOは現在は存在しない。千葉市のショッピングというと、JR千葉駅の駅ビル「ペリエ」、その南側にある千葉そごう、JR千葉駅および京成千葉駅から京成千葉中央駅まで京成千葉線とJR外房線の高架下に延びる屋内商店街(C・ONEっていったかな?)、千葉駅前大通りに面した富士見町(旧千葉そごうで今はヨドバシカメラが入っていた塚本大千葉ビルと千葉三越など。千葉三越は撤退済み)、千葉駅からモノレール及びバスで少し行った中央三丁目(バス停はそのまま「中央三丁目」、千葉都市モノレールは葭川公園駅。千葉銀座商店街がある)などが主な場所だが、中央三丁目にあったセントラルプラザと千葉PARCOはいずれも営業を終えており、セントラルプラザがあった場所には高層マンションが建っている。セントラルプラザ(略称は「センプラ」。創業時は奈良屋。火災に遭ったことがあり、奈良屋の社長が亡くなっている)は、CX系連続ドラマで、真田広之と松嶋菜々子が主演した「こんな恋のはなし」に、原島百貨店の外観として登場し(内装は別の場所で撮影)、原島百貨店の屋外に面したディスプレイの装飾を手掛けている松嶋菜々子とそれを見守る真田広之の背後に、東京という設定なのに千葉都市モノレールが映っていた。「こんな恋のはなし」は松嶋菜々子の代表作と呼んでもよい出来で、おそらくこの作品出演時の彼女は他のどの作品よりも美しいと思われるのだが、残念ながらソフト化などはされておらず、今は見られないようである。
千葉PARCO跡地にも高層マンションが建つ予定だが、PARCOの系列である西友が入ることになっている。
なお、大阪では、大丸心斎橋店北館が心斎橋PARCOになり、そごう劇場として誕生した小劇場兼ライブスペースが大丸心斎橋劇場を経てPARCO SPACE14(イチヨン)と名を変えて使用されている。
森山未來が、「神戸にはPARCOはない」と言い、リリー・フランキーも「北九州にある訳がない。暴力団しかいない」と言い、大根が「工藤會」と続けて、伊藤が「そんな具体的な」と笑っていた。

ちなみに、伊藤沙莉は森山未來からのオファーで呼ばれたようで、二人は映画&Netflix配信ドラマ「ボクたちはみんな大人になれなかった」で共演していて、濃厚なあれあれがあるのだが、そういう人と別の仕事をする時はどういう気持ちになるのだろう。なお、撮影は渋谷一帯を中心に行われており、ラストシーンはすぐそこのオルガン坂で撮られたのだが、渋谷名所のスペイン坂などと違い、オルガン坂は余りメジャーな地名ではないので、森山未來も伊藤沙莉もオルガン坂の名を知らなかったようである。

大根が、「毎日リアルタイムで見てました。『虎の翼』」とタイトルを間違え、リリー・フランキーに訂正される。リリー・フランキーは、「今年のドラマといえば、『虎に翼』か(大根が監督し、リリー・フランキーが出演している)『地面師たち』。でも『「地面師たち」見てます』と言ってくる人、反社ばっか」と嘆いていた。

伊藤沙莉が紅白歌合戦の司会者に選ばれたという話。リリー・フランキーは、「歌うたえよ、上手いんだから。『浅草キッド』うたえよ」と具体的な曲名まで挙げてせがんでいるそうだ。伊藤本人は歌うことには乗り気でないらしい。
リリー・フランキーは紅白歌合戦の審査員を務めたことがあるのだが、トイレ休憩時間が1回しかなく、それも短いので、時間内に戻ってこられなかったそうだ。伊藤に、「どうする? おむつする?」と言って、「流石にそれは」という表情をされるが、「衣装どうしようか迷ってるんですよ」とは話していた。
紅白で失敗すると伝説になるから気を付けるようにという話にもなり、「都はるみを美空ひばりと間違えて紹介」、加山雄三が「少年隊の『仮面舞踏会』」と紹介すべきところを「少年隊の『仮面ライダー』」と言ったという話などが挙げられる。加山雄三の「仮面ライダー」はYouTubeなどにも上がっていて、見ることが出来る。


続いてカネコアヤノのソロライブ。昨日、島根でライブを行い、今日、東京に移動してきたそうだ。アコースティックギターを弾きながらソウルフルな歌声と歌詞を披露する。ギターも力強く、同じメロディーを繰り返すのも特徴。ただ、歌い終えて森山未來と大根仁とのトークになると、明るく爽やかで謙虚な人であることが分かる。作品と人物は分けて考えた方がいい典型のようなタイプであるようだ。


講談師(「好男子」と変換された)の神田伯山。「今、最もチケットの取れない講談師」と呼ばれている。森山も、「(PARCO文化祭も)伯山さんだけで一週間持つんじゃないですか?」と語っていた。
私は、上方の講談は何度か聞いているが、江戸の講談を聞くのはおそらく初めてである。同じ講談でも上方と江戸ではスタイルが大きく異なる。
「PARCO劇場では、落語の立川志の輔師匠がよく公演をされていますが、落語と講談は少し違う」という話から入る。
講談は早口なのでよく間違えるという話をする。出てくるのは徳川四天王の一人で、「蜻蛉切」の槍で有名な本多平八郎忠勝(上総大多喜城主を経て伊勢桑名城主)。「本多平八郎忠勝。槍を小脇に、馬を駆け巡らせ」と言うべきところを、つい「本多平八郎忠勝、馬を小脇に、槍を駆け巡らせ」と言ってしまうも講談師本人は気付いていないということがあるそうである。

信州松本城主、松平丹波守が、参勤交代で江戸に向かう途中、碓氷峠で紅葉を眺めていた時のこと。妙なる音色が聞こえてきたので、「あれは何だ?」と聞くと、「江戸で流行りの浄瑠璃というもののようでございます」というので、浄瑠璃を謡い、奏でていた二人が呼ばれる。伯山は、「浄瑠璃は今でいうヒット曲、あいみょんでございます。と言ったところ、あいみょんのファンから『お前にあいみょんの何がわかる』と苦情が来た」という話をしていた。
その、江戸のあいみょんに浄瑠璃の演奏を頼む松平丹波守。二人は迷ったが演奏を行い、松平丹波守からお褒めの言葉を賜る。ただ、二人は松平伊賀守の家臣で、他の大名の前で浄瑠璃を演奏したことがバレると色々とまずいことになるので、内密にと願い出る。ただ松平丹波守は、江戸で松平伊賀守(信州上田城主)に碓氷峠で面白いことがあったと話してしまい、口止めされていたことを思い出して、「尾上と中村というものが猪退治を行った」と嘘をつく。そこで松平伊賀守は、家臣の尾上と中村を見つけ出し、猪退治の話をするよう命じる。なんでそんなことになったのか分からない尾上と中村であったが、即興で猪退治の講談を行い、松平伊賀守にあっぱれと言われたという内容である。
伯山の講談であるが、非常にメロディアスでリズミカル。江戸の人々は今のミュージカルを聴くような感覚で講談を聴いていたのではないかと想像される。江戸の講談を聴くのは今日が初めてなので、他の人もこのようにメロディアスでリズミカルなのかどうかは分からないが、これに比べると上方の講談はかなり落ち着いた感じで、住民の気質が反映されているように思える。

森山未來が登場し、「伯山さんの講談を是非聴きに行って下さい。チケット取れませんけどね」と語った。


ちなみに私は、旧PARCO劇場を訪れたのは数回で余り多くはない。1990年代には、芸術性の高い作品は三軒茶屋の世田谷パブリックシアターで上演されることが多く、三茶によく行っていた。
旧PARCO劇場で良かったのは、何と言っても上川隆也と斎藤晴彦版の初演となった「ウーマン・イン・ブラック」。上川と斎藤版の「ウーマン・イン・ブラック」は、その後、大阪で2回観ているが、ネタを知った上での鑑賞となったので、PARCO劇場での初演が一番印象的である。私がこれまで観た中で最も怖い演劇で、見終わってからも1週間ほど家族に「上川隆也良かったなあ」と言い続けていた記憶がある。

朗読劇「ラヴ・レターズ」は、妻夫木聡のものを観ている。相手の女優の名前は敢えて書かない。検索すればすぐに出てくると思うが。ラストシーンで妻夫木聡は泣いていた。
朗読劇も劇に入れるとした場合、この作品が妻夫木聡の初舞台となる。

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2024年10月15日 (火)

「あさイチ Kira KIra キッチン」 麻生久美子 2024.10.8

2024年10月8日

NHK総合「あさイチ」。今日は「Kira Kira キッチン」と称して、調理を行いながら番組が進行するという趣向。ゲストは女優の麻生久美子。
麻生さんは、現在、NHK連続テレビ小説「おむすび」(橋本環奈主演)に主人公のお母さん役として出演中である。と書いていながら私は見ていない。「ブギウギ」は、笠置シヅ子をモデルとした音楽の話で、同い年の草彅剛が音楽家役で出ているので見たし、「虎に翼」は、日本初の女性法曹で、母校である明治大学出身の三淵嘉子がモデルであり、私も寅年(五黄の寅ではなく八白の寅)、主役を演じるのが同郷の伊藤沙莉ということで見る要素があったのだが、「おむすび」は麻生久美子が出てはいるがヒロインではないし、それだけではちょっと弱い。橋本環奈は嫌いではないが特に好きではない。そもそも彼女が出演した作品を数えるほどしか見ていないということで食指が動かなかったのである。同い年の北村有起哉など、良い俳優も出ているのであるが、舞台が福岡と神戸なので、余り惹かれないということもある(NHK大阪放送局=BK制作)。

神戸が舞台の一つということで、阪神・淡路大震災も絡んでくるはずである。

主人公は栄養士を目指すのだが、福岡には九州限定で栄養士の名門として知られる中村学園大学があり(全国区の知名度はない)、九州で栄養士を目指す子は大体、そこを目指すのだが、主人公は関西に出てきてしまうようである。「虎に翼」で主人公の伊藤沙莉演じる猪爪(佐田)寅子(ともこ)の母親、はるさん役を演じていた石田ゆり子は女子栄養大学の二部だったか、短期大学部だったかの出身で、栄養士のお母さん役には最適だったのだが、先の朝ドラに出てしまったので、今回は出られない。

麻生久美子は、1978年6月17日生まれ。千葉県山武(さんぶ)郡山武町(さんぶまち)の出身。現在は合併により山武(さんむ)市となっている。山武郡山武町は千葉県の中でも一番の田舎といわれているところで、映画「SF ショートフィルム」で麻生久美子の実家付近でのロケが行われているのだが、感心してしまうくらい何もないところである。ちなみに麻生久美子の実のお母さんとお婆さんが出演されている。
両親の中が悪く、離婚。父親は金遣いが荒くて粗暴でちょっと困った人だったようで、夫婦喧嘩の時に包丁を持ちだして、幼い麻生久美子が楯になって母親をかばったという話がある。弟と二人、母子家庭で育つこととなる。母親はスーパーで働いていたのだが、「ハンバーグやミートボールを貰ってきてくれるんですけど、どっちも一緒じゃないですか」という環境で育った。ザリガニを釣って、食べたこともあるのだが、後で「食べちゃいけない。細菌なんかがいるから」と言われたらしい。ただザリガニはエビの味がするのでごちそうだったそうである。

私も幼い頃に千葉県内にある母方の実家(田舎にある)でザリガニ釣りをして遊んだが、勿論、食べず、釣ったザリガニは祖父が海釣りのエサにしていた。余談だが、東京にはザリガニ料理が食べられる店があるらしい。

貧乏という理由でいじめられることもあったそうで、彼女は額の見えにくいところに傷があるのだが、幼い頃に石を投げつけられて出来たものである。また走る車の前に突き飛ばされそうになり、この時は母親が他の子どもたちの家に怒鳴り込んだそうだ。このお母さん、結構、スパルタで、麻生久美子がちょっと悪いことをしたら木に縛りつけて泣いてもわめいてもなかなか許さないということもあったらしい。そんな彼女であるが、幼い頃は、「自分は世界で一番可愛い」と思い込んでいるような、「今振り返ると嫌な子」だったようで、西田ひかるのファンであり、西田ひかるの顔のほくろがある場所をいじっていたら、ほくろが出来たという話もある。
お菓子系と呼ばれたライトなエロ目の雑誌にモデルとして出るようになり、コンビニかどこかに買いに行って、「お菓子系なのに、これ私」と周りに自慢して回ったという彼女らしいエピソードもある。
授業態度は真面目で、成績も良かったようだが、学区的には県立佐倉高校一校だけが飛び抜けた進学校で、その他は、誰でも入れるレベルの高校ということで、成績が良くても佐倉高校に行けるだけの学力はなかっためか、県立佐倉南高校に進学することになり、残念そうな発言をしていた記憶がある。「高校時代にはいじめられるし」と発言しているが、どちらかというとハブられていたというより、自分から壁を作っていて、余り周りとは仲良くしなかったようである。容姿的には幼い頃から別格扱いではあったらしい。
十代の頃は哀川翔に片思いしていて相手にされなかったようだが、哀川翔に「カンゾー先生」への出演を勧められ、ブレークすることになった。

割と開けっぴろげで、明るく、豪快に笑う性格。映画に出まくっているが、映画自体はそれほど好きではなく、余り映画は観ない。そのことで事務所に怒られたこともある。ただ映画が好きではないのに映画女優としてフィルムに収まることに疑問を感じた時代もあったようだ。

麻生久美子さんの映画の舞台挨拶には、二度ほど行ったことがあるのだが、最初はテアトル新宿で行われた、「贅沢な骨」の舞台挨拶付き上映。この頃はまだフィルムを使っていたので、フィルムトラブルがあって、上映が始まってすぐにフィルムが丸まって動かなくなってしまうため、3度やり直すという事件があった。
麻生さんによると、「贅沢な骨」は、上映出来るのかどうかまだ分からないまま撮り始めた映画であるとのことだった。
舞台挨拶が終わり、上手通路から退場する時に、お客さんの一人が手を差し伸べたらしいのだが、麻生さんは、「わー! 握手握手!」とはしゃいで自分から握手に行き、その後ろの席の人とそのまた後ろの人ーー多分、二人は手を差し出していなかったと思われるのだがーーとも握手をして、「アーッハッハッハッハッ!」と豪快な笑い声を残して去って行ったのをよく覚えている。「あー、この人、やっぱり千葉の女だわ」と思ったものだ(千葉の女性は豪快に笑う人が多い)。
好きな女優さんなので、色々知識があるんですね。ずっと書いていられるけれど、そんなことしても仕方がないので、今日の内容へ。


で、ここからが本編。番組が始まった時から、すでに麻生さんは調理中である。麻生さんは包丁でタマネギを刻んでいる。カメラが寄ってきて、「おはようございます」挨拶を行う麻生さん。今日の番組内容を紹介して。「嫌だもう、朝からすみません。恥ずかしい」と言う。その後も料理を行いながら喋っていく。指導は秋元さくらシェフ(フレンチ)。ひき肉のピカタを作っていく。

鈴木菜穂子アナウンサーに「お料理大好き」と言われた麻生さんは、「いやーもう、そんなに」と謙遜する。

後は基本的に調理が進んでいく。女優さんの家庭的な部分を見る機会は余りないので、貴重ともいえる。


麻生久美子のお気に入りの紹介。
ドイツの一口バウムのチョコレートがけとシンガポールのピリ辛ポークジャーキー。いずれも国内に店舗があるそうである(ポークジャーキーは東京のみ)。
多分、食べに行くことはないな。
手料理の紹介もある。ハンバーグ、春巻き、ブリの照り焼き。普通のお母さんの料理である。子どもたちが喜ぶので、春巻きを作ることが一番多いそうだ。


続いて山野辺仁(やまのべ・ひとし)シェフの指導で、秋のみそぼろ丼の調理。
基本的に麻生さんが料理しているだけの展開である。正直、大女優を使ってやることなのかどうか分からない。麻生さんは基本的にかなり良い人なので何でもやってくれるけれど。
今日は朝のNHKなので比較的落ち着いているけれど、実際はキャピキャピした明るい人である。

朝ドラ「おむすび」では、今のところギャルが重要なポジションを占めているようなのだが、麻生久美子も「ギャルやってみたかった」と述べた。実際にギャルであったこともないが(それほど彼女をよく知っているわけではないが、性格的に多分無理である)、麻生久美子がギャルを演じたこともおそらく一度もないと思われる。数多くの映画やドラマに出ている麻生久美子だが、実際の年齢より上の女性を演じることも比較的多く、落ち着いた役が多い。悪女役もやっていて、私は映画「ハサミ男」の知夏役が結構好きである。あの作品は、原作者も監督も残念なことになってしまったけれど。

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2024年10月 2日 (水)

我最喜欢的女演员

我最喜欢的女演员、是麻生久美子小姐(我能唱麻生久美子小姐的歌「请给我杜鹃花(Shakunagenohana)」在卡拉OK) 和伊藤沙莉小姐(其实我母亲的旧姓也是伊藤)。她们两个人都是千叶人的。我很喜欢千叶的女人

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2022年8月 8日 (月)

コンサートの記(796) 大阪交響楽団・千葉交響楽団・愛知室内オーケストラ合同演奏会「3つのオーケストラが奏でる山下一史の世界」

2022年7月28日 東大阪市文化創造館 Dream House 大ホールにて

午後7時から、東大阪市文化創造館 Dream House 大ホールで、大阪交響楽団・千葉交響楽団・愛知室内オーケストラ合同演奏会「3つのオーケストラが奏でる山下一史の世界」を聴く。オーケストラ・キャラバンの一つとして企画されたもの。山下一史が手兵としている3つのオーケストラの個々の演奏と合同演奏が行われる。

堅実な手腕が評価されている山下一史(かずふみ)。大阪音楽大学 ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団の常任指揮者だったこともあり、関西でもお馴染みの存在である。広島生まれ。桐朋学園大学を卒業後、ベルリン芸術大学に留学。1985年から89年まで、ヘルベルト・フォン・カラヤンのアシスタントを務める。病気になったカラヤンの代役として、ジーンズ姿でベルリン・フィルのコンサートで第九を振ったことでも知られる。
国内では、オーケストラ・アンサンブル金沢のプリンシパル・ゲスト・コンダクター、九州交響楽団常任指揮者、前述の大阪音楽大学 ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団の常任指揮者、仙台フィルハーモニー管弦楽団の正指揮者を務め、2016年から千葉交響楽団の音楽監督に就任。今年の4月から大阪交響楽団の常任指揮者と愛知室内オーケストラの音楽監督の座についている。

大阪交響楽団(略称は大響)は、大阪に4つあるプロのコンサートオーケストラの一つで、当初はドイツ語で交響楽団を意味する大阪シンフォニカーを名乗っていたが、シンフォニカーという言葉が根付いていない日本では営業面で苦戦。カーが付くだけに車関係の団体だと思われたこともあったという。その後、大阪シンフォニカー交響楽団という重複になる名前の時代を経て、大阪交響楽団という名称に落ち着いている。

千葉交響楽団(略称は千葉響)は、以前はニューフィルハーモニーオーケストラ千葉というアマチュアオーケストラのような名前で活動していたが、山下が音楽監督になって千葉交響楽団という重みのある名称に変わった。
1985年に、伴有雄が結成したニューフィルハーモニーオーケストラをプロ化。しかし直後に伴が他界するという悲劇に見舞われ、その後は日本のプロオーケストラの中でも最も恵まれない団体の一つとして低空飛行をせざるを得なかった。現在は正楽団員も20名を超えているが、私が初めてニューフィルハーモニーオーケストラ千葉を聴いた時には正式な楽団員は1桁で、後は全てエキストラという状態であった。
私は千葉市出身であるため、生まれて初めて聴いたプロオーケストラは当然ながらニューフィルハーモニーオーケストラ千葉である。千葉県東総文化会館でのコンサート。石丸寛の指揮で、モーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」序曲、同じくピアノ協奏曲第23番(ピアノ独奏:深沢亮子)、ブラームスの交響曲第1番というプログラムで、アンコールとしてハンガリー舞曲第5番が演奏された。
高校3年の時には、高校の「芸術鑑賞会」として千葉市中央区亥鼻の千葉県文化会館で行われたニューフィルハーモニーオーケストラ千葉の演奏を聴いている。指揮は誰だか忘れてしまったが(ひょっとしたら山岡重信だったかも知れない)、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」第2楽章と第4楽章などを聴いた。アンコール演奏はマスカーニの歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲で良い演奏だったのを覚えている。普段はクラシック音楽を聴かない子達からの評判も上々であった。
しかし経済的基盤は弱く、定期演奏は年5回だけ。そのうち2回が千葉市の千葉県文化会館での演奏で、他は、習志野市、船橋市、市川市で行われた。という状況で本拠地が安定しておらず、結果としてファンも付かず学校を巡る演奏会を繰り返すことになった。千葉市は政令指定都市であり、千葉県も東京に隣接する重要な地位を占める県だが、文化面はかなり弱く、あるとしたら長嶋茂雄の出身地故の野球や強豪校の多いサッカーなどのスポーツ分野で、千葉ロッテマリーンズにジェフユナイテッド千葉に柏レイソルと充実している。ただ音楽面は恵まれているとはいえない。

愛知室内オーケストラ(略称はACO)は、愛知県立芸術大学音楽学部出身者を中心に2002年に結成された室内管弦楽団で、今年が創立20周年に当たる。私は新田ユリが指揮した演奏会を名古屋の電気文化会館ザ・コンサートホールで聴いたことがある。

ということで、いずれも実演に接したことのあるオーケストラの競演を耳にすることになる。


曲目は、グリンカの歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲(大阪交響楽団の演奏)、ワーグナーの「ジークフリート牧歌」(千葉交響楽団の演奏)、ニーノ・ロータのトロンボーン協奏曲(トロンボーン独奏:マッシモ・ラ・ローサ。愛知室内オーケストラの演奏)、ストラヴィンスキーのバレエ音楽「春の祭典」(3楽団合同演奏)。


東大阪市文化創造館に入るのは初めて。そもそも東大阪市に降り立つこと自体が初めてかも知れない。これまで私にとって東大阪市は通過する街でしかなかった。
花園ラグビー場があることで知られる東大阪市。東大阪市文化創造館の中にもラグビー少年をイメージしたゆるキャラ(トライくん)が展示されている。
近鉄八戸ノ里(やえのさと)という駅で降りたのだが、周辺案内図を見て大学が多いことに気づく。行きの近鉄電車から見えた大阪樟蔭女子大学(田辺聖子の母校として知られ、彼女の記念館がある)、そして東大阪市文化創造館の近くには野球部やサッカー部が強いことで知られる大阪商業大学とその付属校などがある。少し歩いた小若江には、今や受験生から最も人気のある大学の一つになった近畿大学の本部キャンパスがある。
八戸ノ里は、司馬遼太郎記念館の最寄り駅でもあるようだが、残念ながら閉館時間はとうに過ぎていた。

Dream House 大ホールであるが、客席の形状は馬蹄形をしており、よこすか芸術劇場に似ている。ステージ上は天井が高く、兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールが一番近い。ステージの天井が高いため、モヤモヤとした響きなのが最初は気になった。


大阪交響楽団によるグリンカの歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲。コンサートマスターは森下幸路。
大阪交響楽団は、大阪に4つあるプロのコンサートオーケストラの中でも若い方であるため、他の伝統ある楽団の影に隠れがちだが、そこはやはり大都会のオーケストラ。音は洗練され、華やかで艶がある。大阪のプロオーケストラはどこも全国的に見てレベルは高く、大阪市民と府民はもっと誇っていい事柄である。
今日は前から4列目という前の方の席だったので、残響や音の通りを含めたホールの響きは残念ながら把握出来なかったが、天井が高いため直接音がなかなか降りてこないことが気になる。


千葉交響楽団によるワーグナーの「ジークフリート牧歌」。コンサートマスターは神谷未穂。高さ調整の出来る椅子の座席を一番高いところまで跳ね上げて弾くのが好きなようである。
出身地のオーケストラであるが、大学に入ってからはNHK交響楽団の学生定期会員になり、その後に京都に移住ということで(聴くのが義務になるのが苦痛だったため、こちらに来てからは定期会員などにはなっていない)、聴くのは久しぶり。千葉交響楽団になってから聴くのも初めてである。
大阪交響楽団の華やかさとは違った渋くて優しい音色が特徴。昔はこうした個性のオーケストラではなかったはずだが、山下の下、個性に磨きを掛けているのかも知れない。ワーグナーのマジカルな音響も巧みに捌いていた。


愛知室内オーケストラによるニーノ・ロータのトロンボーン協奏曲。トロンボーン独奏のマッシモ・ラ・ローサは、シチリアのパレルモ音楽院でフィリッポ・ボナンノに師事。1996年から2007年までフェニーチェ歌劇場で第1トロンボーン奏者、2007年から2018年まではクリーヴランド管弦楽団の首席トロンボーン奏者を務めている。

映画音楽の大家として知られるニーノ・ロータのトロンボーン協奏曲であるが、出だしがショスタコーヴィチのチェロ協奏曲第1番に似ている。その後もショスタコーヴィチを思わせる鋭い響きは続くため、意図してショスタコーヴィチに似せているのかも知れない。愛知室内オーケストラは北欧ものを得意とする新田ユリに鍛えられたからか、透明度の高い合奏を披露。ここまでの3曲、全て山下一史一人の指揮による演奏であるが、まさに三者三様であり、曲が異なるという条件を差し引いても楽団の個性がはっきり現れていた。

マッシモ・ラ・ローサのアンコール演奏の前に、ラ・ローサが山下に耳打ち。山下は客席に向かって、「彼はシシリーのオーケストラにいたそうです」と語る。
演奏されたのは、マスカーニの歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲のトロンボーン独奏版。シチリアを舞台としたオペラの間奏曲である。伸びやかで美しい演奏であった。


大響、千葉響、ACOの合同演奏によるストラヴィンスキーのバレエ音楽「春の祭典」。コンサートマスターは大阪交響楽団の森下幸路。フォアシュピーラーに千葉交響楽団の神谷未穂が入る。

前の方の席だったため、「春の祭典」を聴くには適した環境ではなかったが、3つのオーケストラのメンバーと山下一史の音楽性の高さを実感出来る演奏となった。

合同演奏というと聞こえはいいが、寄せ集めの演奏となるため、それぞれの団体の良さが相殺されてしまいやすくなるのは致し方のないことである。一方で、山下の実力を量るには良い機会となる。
3つのオーケストラの長所がブレンドされると良いのだが、なかなかそう上手くはいかない。ただ機能美に関しては十分に合格点。力強くも細部まで神経の行き渡った好演となる。山下の美質である全体を通しての設計力の高さ、棒の上手さ、盛り上げ上手な演出力などが3オーケストラ合同の演奏でも発揮される。これらの点に関してはむしろ、既成の団体を振ったときよりも明瞭に捉えやすかったかも知れない。
迫力も満点であり、3つのオーケストラのメンバーの山下の棒に対する反応も俊敏である。
良い意味で燃焼力の高い演奏であり、演奏終了後、聴衆も万雷の拍手で山下と3楽団のメンバーの熱演を称えた。

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