コンサートの記(796) 大阪交響楽団・千葉交響楽団・愛知室内オーケストラ合同演奏会「3つのオーケストラが奏でる山下一史の世界」
2022年7月28日 東大阪市文化創造館 Dream House 大ホールにて
午後7時から、東大阪市文化創造館 Dream House 大ホールで、大阪交響楽団・千葉交響楽団・愛知室内オーケストラ合同演奏会「3つのオーケストラが奏でる山下一史の世界」を聴く。オーケストラ・キャラバンの一つとして企画されたもの。山下一史が手兵としている3つのオーケストラの個々の演奏と合同演奏が行われる。
堅実な手腕が評価されている山下一史(かずふみ)。大阪音楽大学 ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団の常任指揮者だったこともあり、関西でもお馴染みの存在である。広島生まれ。桐朋学園大学を卒業後、ベルリン芸術大学に留学。1985年から89年まで、ヘルベルト・フォン・カラヤンのアシスタントを務める。病気になったカラヤンの代役として、ジーンズ姿でベルリン・フィルのコンサートで第九を振ったことでも知られる。
国内では、オーケストラ・アンサンブル金沢のプリンシパル・ゲスト・コンダクター、九州交響楽団常任指揮者、前述の大阪音楽大学 ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団の常任指揮者、仙台フィルハーモニー管弦楽団の正指揮者を務め、2016年から千葉交響楽団の音楽監督に就任。今年の4月から大阪交響楽団の常任指揮者と愛知室内オーケストラの音楽監督の座についている。
大阪交響楽団(略称は大響)は、大阪に4つあるプロのコンサートオーケストラの一つで、歴史は一番浅い。当初は、ドイツ語で交響楽団を意味する大阪シンフォニカーを名乗っていたが、シンフォニカーという言葉が根付いていない日本では営業面で苦戦。カーが付くだけに車関係の団体だと思われたこともあったという。その後、大阪シンフォニカー交響楽団という重複になる名前の時代を経て、大阪交響楽団という名称に落ち着いている。
千葉交響楽団(略称は千葉響)は、以前はニューフィルハーモニーオーケストラ千葉というアマチュアオーケストラのような名前で活動していたが、山下が音楽監督になって千葉交響楽団という重みのある名称に変わった。
1985年に、伴有雄が結成したニューフィルハーモニーオーケストラをプロ化。しかし直後に伴が他界するという悲劇に見舞われ、その後は日本のプロオーケストラの中でも最も恵まれない団体の一つとして低空飛行をせざるを得なかった。現在は正楽団員も20名を超えているが、私が初めてニューフィルハーモニーオーケストラ千葉を聴いた時には正式な楽団員は1桁で、後は全てエキストラという状態であった。
私は千葉市出身であるため、生まれて初めて聴いたプロオーケストラは当然ながらニューフィルハーモニーオーケストラ千葉である。千葉県東総文化会館でのコンサート。石丸寛の指揮で、モーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」序曲、同じくピアノ協奏曲第23番(ピアノ独奏:深沢亮子)、ブラームスの交響曲第1番というプログラムで、アンコールとしてハンガリー舞曲第5番が演奏された。
高校3年の時には、高校の「芸術鑑賞会」として千葉市中央区亥鼻の千葉県文化会館で行われたニューフィルハーモニーオーケストラ千葉の演奏を聴いている。指揮は誰だか忘れてしまったが(ひょっとしたら山岡重信だったかも知れない)、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」第2楽章と第4楽章などを聴いた。アンコール演奏はマスカーニの歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲で良い演奏だったのを覚えている。普段はクラシック音楽を聴かない子達からの評判も上々であった。
しかし経済的基盤は弱く、定期演奏は年5回だけ。そのうち2回が千葉市の千葉県文化会館での演奏で、他は、習志野市、船橋市、市川市で行われた。という状況で本拠地が安定しておらず、結果としてファンも付かず学校を巡る演奏会を繰り返すことになった。千葉市は政令指定都市であり、千葉県も東京に隣接する重要な地位を占める県だが、文化面はかなり弱く、あるとしたら長嶋茂雄の出身地故の野球や強豪校の多いサッカーなどのスポーツ分野で、千葉ロッテマリーンズにジェフユナイテッド千葉に柏レイソルと充実している。ただ音楽面は恵まれているとはいえない。
愛知室内オーケストラ(略称はACO)は、愛知県立芸術大学音楽学部出身者を中心に2002年に結成された室内管弦楽団で、今年が創立20周年に当たる。私は新田ユリが指揮した演奏会を名古屋の電気文化会館ザ・コンサートホールで聴いたことがある。
ということで、いずれも実演に接したことのあるオーケストラの競演を耳にすることになる。
曲目は、グリンカの歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲(大阪交響楽団の演奏)、ワーグナーの「ジークフリート牧歌」(千葉交響楽団の演奏)、ニーノ・ロータのトロンボーン協奏曲(トロンボーン独奏:マッシモ・ラ・ローサ。愛知室内オーケストラの演奏)、ストラヴィンスキーのバレエ音楽「春の祭典」(3楽団合同演奏)。
東大阪市文化創造館に入るのは初めて。そもそも東大阪市に降り立つこと自体が初めてかも知れない。これまで私にとって東大阪市は通過する街でしかなかった。
花園ラグビー場があることで知られる東大阪市。東大阪市文化創造館の中にもラグビー少年をイメージしたゆるキャラ(トライくん)が展示されている。
近鉄八戸ノ里(やえのさと)という駅で降りたのだが、周辺案内図を見て大学が多いことに気づく。行きの近鉄電車から見えた大阪樟蔭女子大学(田辺聖子の母校として知られ、彼女の記念館がある)、そして東大阪市文化創造館の近くには野球部やサッカー部が強いことで知られる大阪商業大学とその付属校などがある。少し歩いた小若江には、今や受験生から最も人気のある大学の一つになった近畿大学の本部キャンパスがある。
八戸ノ里は、司馬遼太郎記念館の最寄り駅でもあるようだが、残念ながら閉館時間はとうに過ぎていた。
Dream House 大ホールであるが、客席の形状は馬蹄形をしており、よこすか芸術劇場に似ている。ステージ上は天井が高く、兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールが一番近い。ステージの天井が高いため、モヤモヤとした響きなのが最初は気になった。
大阪交響楽団によるグリンカの歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲。コンサートマスターは森下幸路。
先に書いた通り、大阪交響楽団は、大阪に4つあるプロのコンサートオーケストラの中で最も若いため、他の伝統ある楽団の影に隠れがちだが、そこはやはり大都会のオーケストラ。音は洗練され、華やかで艶がある。大阪のプロオーケストラはどこも全国的に見てレベルは高く、大阪市民と府民はもっと誇っていい事柄である。
今日は前から4列目という前の方の席だったので、残響や音の通りを含めたホールの響きは残念ながら把握出来なかったが、天井が高いため直接音がなかなか降りてこないことが気になる。
千葉交響楽団によるワーグナーの「ジークフリート牧歌」。コンサートマスターは神谷未穂。高さ調整の出来る椅子の座席を一番高いところまで跳ね上げて弾くのが好きなようである。
出身地のオーケストラであるが、大学に入ってからはNHK交響楽団の学生定期会員になり、その後に京都に移住ということで(聴くのが義務になるのが苦痛だったため、こちらに来てからは定期会員などにはなっていない)、聴くのは久しぶり。千葉交響楽団になってから聴くのも初めてである。
大阪交響楽団の華やかさとは違った渋くて優しい音色が特徴。昔はこうした個性のオーケストラではなかったはずだが、山下の下、個性に磨きを掛けているのかも知れない。ワーグナーのマジカルな音響も巧みに捌いていた。
愛知室内オーケストラによるニーノ・ロータのトロンボーン協奏曲。トロンボーン独奏のマッシモ・ラ・ローサは、シチリアのパレルモ音楽院でフィリッポ・ボナンノに師事。1996年から2007年までフェニーチェ歌劇場で第1トロンボーン奏者、2007年から2018年まではクリーヴランド管弦楽団の首席トロンボーン奏者を務めている。
映画音楽の大家として知られるニーノ・ロータのトロンボーン協奏曲であるが、出だしがショスタコーヴィチのチェロ協奏曲第1番に似ている。その後もショスタコーヴィチを思わせる鋭い響きは続くため、意図してショスタコーヴィチに似せているのかも知れない。愛知室内オーケストラは北欧ものを得意とする新田ユリに鍛えられたからか、透明度の高い合奏を披露。ここまでの3曲、全て山下一史一人の指揮による演奏であるが、まさに三者三様であり、曲が異なるという条件を差し引いても楽団の個性がはっきり現れていた。
マッシモ・ラ・ローサのアンコール演奏の前に、ラ・ローサが山下に耳打ち。山下は客席に向かって、「彼はシシリーのオーケストラにいたそうです」と語る。
演奏されたのは、マスカーニの歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲のトロンボーン独奏版。シチリアを舞台としたオペラの間奏曲である。伸びやかで美しい演奏であった。
大響、千葉響、ACOの合同演奏によるストラヴィンスキーのバレエ音楽「春の祭典」。コンサートマスターは大阪交響楽団の森下幸路。フォアシュピーラーに千葉交響楽団の神谷未穂が入る。
前の方の席だったため、「春の祭典」を聴くには適した環境ではなかったが、3つのオーケストラのメンバーと山下一史の音楽性の高さを実感出来る演奏となった。
合同演奏というと聞こえはいいが、寄せ集めの演奏となるため、それぞれの団体の良さが相殺されてしまいやすくなるのは致し方のないことである。一方で、山下の実力を量るには良い機会となる。
3つのオーケストラの長所がブレンドされると良いのだが、なかなかそう上手くはいかない。ただ機能美に関しては十分に合格点。力強くも細部まで神経の行き渡った好演となる。山下の美質である全体を通しての設計力の高さ、棒の上手さ、盛り上げ上手な演出力などが3オーケストラ合同の演奏でも発揮される。これらの点に関してはむしろ、既成の団体を振ったときよりも明瞭に捉えやすかったかも知れない。
迫力も満点であり、3つのオーケストラのメンバーの山下の棒に対する反応も俊敏である。
良い意味で燃焼力の高い演奏であり、演奏終了後、聴衆も万雷の拍手で山下と3楽団のメンバーの熱演を称えた。
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