カテゴリー「日本映画」の176件の記事

2021年5月15日 (土)

これまでに観た映画より(259) 蒼井優主演「百万円と苦虫女」

2009年9月1日

DVDで日本映画「百万円と苦虫女」を観る。タナダユキ監督作品。蒼井優主演作。出演は、森山未來、ピエール瀧、笹野高史、堀部圭亮、平岩紙、佐々木すみ江ほか。

佐藤鈴子(蒼井優)21歳。短大を出たが就職出来ず、レストランでアルバイトをしている。バイト仲間のリコ(平岩紙)とルームシェアして住むことにした鈴子だが、リコは彼氏のタケシと三人でルームシェアすることを鈴子には伝えずに決めてしまう。おまけにタケシとリコが別れてしまったため、鈴子は一度しか会ったことのないタケシと暮らすことに。

猫を拾ってきた鈴子だが、リコと別れてむしゃくしゃしているタケシに留守中に勝手に猫を捨てられてしまう。怒った鈴子は、仕返しとしてタケシの留守中にタケシの荷物を全て捨ててしまう。ところがタケシの荷物の中に100万円の入ったバッグがあったため、器物損壊の刑事事件として鈴子は告訴される。罰金20万円を支払って出所した鈴子だが、鈴子が留置所にいたことは近所に知れ渡っており、居づらい状態に。そこで鈴子はバイトで100万円を貯め、家を出て行くことにする。

海の家で働いている時は怪しげな男に軟派されそうになり、山村で桃をもぎる仕事をしている時には「桃娘」なる村おこしのキャンペーンガールにされそうになったりと様々な経験をする鈴子。

やがて街に出てホームセンターのガーデニング部門で働き始めた鈴子は中嶋(森山未來)という同い年の学生と良い関係になるのだが……


新たな自分を見つける旅というというよりは、自分から逃げるために100万円貯める度に場所を移っていく鈴子。その漂うような青春像が印象的である。

色々なことをしている蒼井優を観ることが出来るので、彼女のファンには良い映画かも知れない。個人的にはラストシーンの後が観たかったように思うのだが。もう少し描いて欲しかったという気もする。

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2021年5月 5日 (水)

これまでに観た映画より(258) 山田太一原作 大林宣彦監督作品「異人たちとの夏」

2009年8月7日

DVDで日本映画「異人たちとの夏」を観る。原作:山田太一、脚色・脚本:市川森一、監督:大林宣彦。出演:風間杜夫、秋吉久美子、片岡鶴太郎、永島敏行、名取裕子ほか。

これまで何度も観ている映画だが、京都に来てから観るのは初めてになる。映画のあらすじは憶えていたが、細部の記憶はほとんど飛んでいた。

孤独なシナリオライターの原田(風間杜夫)の部屋に、ある日、同じマンションに住む藤野桂(名取裕子)というこれまたひどく孤独な印象を纏った女性が訪ねてくる。原田は桂を相手にしないが、直後に原田はすでに亡くなっているはずの両親(片岡鶴太郎と秋吉久美子が演じている)と出会う。幼い時に両親を亡くしていた原田は、二人の下に足繁く通うようになっていくのだが……。


山田太一の原作小説も読んでいるので、それを意識しながら観た。風間杜夫の特殊メイクはやり過ぎだろうとか、ここの部分の処理は本当にこれでいいのかだとか、不満を感じてしまったのは確かだが、映画としてはまずまずの出来だと思う。

一番ひっかかったのは、風間杜夫演じる原田英雄が独り言をいうシーン。私自身独り言というのは好きでないため自分の本で書くことはほとんどないということもあり、この独り言のシーンは芝居くさくて気になってしまった。

また、名取裕子演じる藤野桂との別れのシーンは少し甘すぎるんじゃないかと思う。私だったらここは原作の方を生かす。まあ、そういう方法を選択するのかは好き好きになるのだが。

この映画で最も好きなのは、風間杜夫が亡き父親の霊である片岡鶴太郎とキャッチボールをするシーン。日本人の男の子の多くが、幼き日の最良の記憶としても持っているものであるように思う。

そして、一人で線香花火をしているシーンの秋吉久美子はとても美しい。

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2021年4月29日 (木)

これまでに観た映画より(257) 「ぼくたちと駐在さんの700日戦争」

2009年7月9日

DVDで日本映画「ぼくたちと駐在さんの700日戦争」を観る。監督:塚本連平。出演、市原隼人、佐々木蔵之介、麻生久美子、脇知弘、坂井真紀、石野真子、石田卓也、竹中直人ほか。

栃木県の田舎町。高校生の西条(石田卓也)が原付に乗っていて、新任の駐在(佐々木蔵之介)にスピード違反の切符を切られたことから逆上。駐在に一泡吹かせてやろうと、高校生の仲間全員によりあの手この手で駐在に挑んでいく。


ブログ小説が原作のようだが、マンガのようなノリと作りの映画である。ドラマティックな展開をすることはないが、心臓が悪いという女の子のために病院のそばで花火を打ち上げようとする下りなどはしみじみさせられる。

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2021年4月10日 (土)

これまでに観た映画より(255) 役所広司主演「すばらしき世界」

2021年4月7日 京都シネマにて

京都シネマで、日本映画「すばらしき世界」を観る。原作:佐木隆三(『身分帳』)、脚本・監督:西川美和。出演:役所広司、仲野太賀、六角精児、北村有起哉、白龍、キムラ緑子、長澤まさみ、安田成美、梶芽衣子、橋爪功ほか。
これまで自身のオリジナル脚本による長編映画を撮り続けてきた西川美和が、初めて原作ありで撮った作品である(ショートフィルムでは太宰治の「駆込み訴え」を翻案したものを撮っているようだが未見)。佐木隆三のノンフィクション小説『身分帳』が原作であるが、西川監督がこのノンフィクション小説に惚れ込み、自らの企画で撮ることになったようである。ただこの映画でもメッセージをストレートには打ち出さないのが西川美和監督らしい。
封切り当初はシネマコンプレックスなどの大型スクリーンで上映されたが、その時期を過ぎて、今はミニシアターで上映されるようになっている。

これまでの人生のうち28年を獄中で過ごしてきた三上正夫(役所広司)が主人公である。13年前の殺人による服役を終え、旭川刑務所から出ることになった三上は、東京に向かい、身元引受人の弁護士である庄司勉(橋爪功)とその妻の敦子(梶芽衣子)の世話になる。
とにかく稼ぎがないので、庄司のすすめで生活保護を受けることになるのだが、三上は保護を受けることに不満である。また、役所の窓口でケースワーカーの井口(北村有起哉)に見下されたと感じた三上は憤るのだが、高血圧の持病が出て倒れてしまう。怒りが発作を引き起こすようだ。
三上は刑務所内でミシン縫いの技術を得ていたが、それを生かせる仕事はない。
凶悪犯が更生してシャバに戻っても、彼らを受け入れる余地がこの世界にはほとんどないというのが現状である。

三上は私生児として福岡県に生まれ、父親の顔は知らず、母親とは4歳の時に別れて、その後は保護施設で暮らしてきた。十代後半になると関西の暴力団の舎弟となって裏社会を歩き始めるのだが、弱い者いじめが嫌いな一本気な性格であり、13年服役することになった殺人事件もそうした性格が災いしたものだった。
旭川刑務所から離れるバスの中で三上は、「今度ばっかりは堅気ぞ」と誓うのだが、昔からの性質はそう簡単には直らない。強きをくじき弱きを助ける性格はプラスに働くこともあるのだが、悪と見なしたものを完膚なきまでに叩く性質はトラブルの元となる。

三上はテレビ局に母親を探して欲しいと依頼する。プロデューサーの吉澤遥(長澤まさみ)は、小説家を志してテレビ制作会社を辞めたばかりの津乃田龍太郎(仲野太賀)に、「小説のネタになるから」と三上の取材を命じる。三上は、特別な事情により、「身分帳」と呼ばれる自身について書かれた記録を読んで書き記すことを許されており、津乃田もそれを手に入れた。

普段は温厚に見える三上を吉澤は面白がるのだが、津乃田はそんな吉澤の方針に疑問を感じ始める。ある夜、三上が津乃田と吉澤と焼肉を食べて帰る途中に三上はチンピラ2人に絡まれているサラリーマン風の中年男性を見かけ、男性を助けるのみならず、チンピラと1対2での勝負を挑む。若い頃は「喧嘩のまーちゃん」として恐れられた三上は、勝つためなら手段を選ばず、チンピラを徹底的に伸す。それを面白がってカメラを回すように命じる吉澤に、津乃田は決定的な不審を抱き、テレビ取材から降り、三上からも距離を置くようになる。
その後、暴力団の舎弟時代に車でホステスの送迎をしていたということで、運転の仕事を見つけようとした三上だが、運転免許が失効しており、再び運転免許を取るべく奮闘することに。だがブランクは大きく、すぐには上手くいかない。堅気になると誓ったものの、ヤクザ時代の癖が抜けない三上は、昔馴染みで今は下稲葉組の組長をしている下稲葉明雅(白龍)に会うために福岡県に向かう。しかし、暴力団も今ははやらず、下稲葉の妻のマス子(キムラ緑子)に「この世界に戻ってきてはいけない」と釘を刺されるのだった。

そんな日々の中で、万引きの疑いを掛けられた三上は、そのスーパーの店長である松本(六角精児)と福岡県の隣町の出身ということで次第に仲良くなったり、母親の行方がたどれるかも知れないと再び連絡してきた津乃田とも交流を深め、三上を応援する輪が出来始める。

過去にやったことのある仕事ではなく、新たに仕事を始めてはどうかという井口のアドバイスに従い、三上は介護施設の時短パート職員となることに成功する。就職祝いには庄司夫妻や松本、津乃田が集い、温かな雰囲気に包まれる。だが、介護施設でのある出来事とそれに耐えたことが三上に決定的な不幸をもたらす。

この世は、三上のような男が生きるには、余りにも歪んでいる。力のあるものが暴力で、あるいは権力で力のないものや障害を抱えたものを見下し、ねじ伏せる。三上は義憤に駆られて「やられたらやり返す」のみならず「倍返しだ」というあのドラマの主人公のようなことをしてしまう癖があるのだが、それでは生きていけない。「半沢直樹」はあくまで現代版時代劇、勧善懲悪の物語として受け入れられているのであるが、現実に半沢直樹的生き方を貫くことは難しく、三上も妥協を余儀なくされ、だがそれによって起こった怒りを貯めてしまったがために、せっかく得られた友たちに別れを告げなくてはならなくなる。
確かに三上的な生き方もある意味では魅力的ではあるのだが、社会はそうした生き方を認めるほどヤワでもなければ、理想的でもないということなのだろう。

三上という男の不器用な生き方を真似しようとは思わないが、彼のような人間を受け入れる場所がもっとあったなら、世界はより多くの人にとって「すばらしき」ものになるような気もする。

役所広司が殺人犯を演じた映画としては、まず「うなぎ」、他に「CURE」や「叫」などもそうだが、そうした精神的な疾患を抱えた殺人犯と、今回の三上のような義を通すことに忠実な男とを見比べて見るのも一興のように思う。
今でも世界はある種のすばらしさに満ちているが、三上が描いた未来の先に、更なる「すばらしき世界」が開けているようにも思うのだ。

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2021年4月 2日 (金)

これまでに観た映画より(253) 「きまじめ楽隊のぼんやり戦争」

2021年3月29日 京都シネマにて

京都シネマで日本映画「きまじめ楽隊のぼんやり戦争」を観る。監督・脚本・編集・絵:池田暁。出演:前原滉、今野浩喜、中島広稀、清水尚弥、橋本マナミ、矢部太郎、片桐はいり、嶋田久作、きたろう、竹中直人、石橋蓮司ほか。

群馬県でロケが行われており、富岡製糸場の建物なども登場する。

津平町という架空の町が舞台である。津平町は、川を挟んで隣り合う俵万智、じゃなかった太原町と戦争状態にある。だが何のための戦争なのかは誰も知らない。津平町の人間は、「太原町の人々はとにかく怖ろしい」、「太原町はとても怖い」と口にするのだが、誰も太原町に行ったことはなく、どう怖ろしいのかも知らない。映画のタイトル通り、ぼんやりとしか分からない相手との戦争を続けることになる。

戦争は、午前9時から午後5時までと時間を決めて行われる。津平町の人々は、町を練り歩く楽隊の音楽によって目を覚まし、兵隊の庁舎に集う。露木(前原滉)と友人の藤間(今野浩喜)は、並んで出勤し、準備体操などを経て、河原に腹ばいになり、午前9時になると太原町側に向かって銃撃を行う。太原町の兵隊の姿は見えないので、適当なところに向かって指定された数以上の銃撃を行い、午後5時に戦争は終わる。太原町側からも銃撃はあり、藤間は被弾して右腕を失うことになる。

ある日、露木は楽隊への異動を命じられる。楽隊のトランペット奏者であった大木(竹中直人)が他界し、学生時代に吹奏楽でトランペットを吹いていた経験のある露木に白羽の矢が立ったのだ。楽隊は毎朝町を練り歩いているので、存在していることは確かなのだが、その存在を認知していない者もおり、本部がどこにあるのかも知られていない。露木が探し当てた楽隊の本部は怖ろしく狭い部屋であり、楽隊を率いる伊達(きたろう)はパワハラ上司だった。

楽隊に入る前から、露木は川向こうの太原町からトランペットで奏でられる「美しく青きドナウ」の旋律の一部を耳にしていた。楽隊に入った露木は河原で「美しく青きドナウ」のメロディーを吹く。すると対岸からもそれに答えるメロディーがあり、ユニゾンで「美しく青きドナウ」が演奏される。ある日、太原町のトランペット奏者が姿を現した。若い女性だった(クローズアップのカットはないので容姿などははっきりとはわからない)。

池田暁監督の演出方針で、演技はかなり抑制されており、台詞なども淡々と語られる。そのため非現実的に見えるが、これは現代社会そのものの戯画であり、今現在、日本や世界で問題になっていることがトレースされた形で表現される。

津平町の町長である夏目(石橋蓮司)は、かなりいい加減な性格であり、部下の顔や名前を覚えず、毎朝、兵隊たちの前で太原町の脅威を語るが、その実態は把握していない。そして警官の上本を常にそばに侍らせている(当然ながら上本の名前をしょっちゅう忘れる)。夏目の息子の平一(清水尚弥)は窃盗の常習犯なのだが、夏目の職権乱用により警官に抜擢される。津平町では、女は子どもを産むために存在しており、子どもが産めないと見なされた女性は離婚されても仕方ないと思われている。また、伊達に「生意気だ」と目をつけられ、パワハラを受けていた女性奏者(打楽器担当)の小坂が楽隊の同僚である坂本(トロンボーン担当)と結婚するとわかると、伊達もいきなり手のひらを返し、それまで優遇されていた未婚の女性がいじめの対象に変わる。子どもを産むことが正義だからだ。

兵隊は毎朝、兵舎に出向いて、出席の確認を行うのだが、受付の女性がいかにもお役所的な対応を行うため、技術者の仁科(矢部太郎)や隻腕となった後の藤間とは話がかみ合わず、堂々巡りが始まってしまう。いずれも大袈裟に描かれてはいるが、実際に今も起こっている現象である。右腕を失った藤間は兵隊としての任務に就けなくなるのだが、保障は一切ない。これまでずっと兵隊としての任務に就いていたため、他に生活出来る手段もないのだが、「そんなの知らん」という態度で済まされる。これも障害者が雇用から排除されている現状を映している。露木がいた川の下流では戦闘もそれほど激しくないのだが、上流では大激戦となっているそうで、露木が毎日昼になると通う㐂多山食堂の女主人・城子(片桐はいり)は、息子が優秀なので川上に送られ、奮闘していることを自慢に思っている。実際の戦争でもそうだと思うが、優秀な人材というのは官庁でも一般の企業でも様々な業務を押しつけられることになるため、激務になりやすい。今は「ブラック企業」という呼称と共に周知されるようになったが、以前は、若い人には余り知らされてこなかった日本型労働の影である。いずれも非現実性を持って描かれているが、日本の縮図でもある。

仮想敵を作って相手を攻撃することは、20世紀においては共産主義の国家の常套手段であったわけだが、それ以外の国でもそうしたことは昔から行われていたわけで、21世紀に入ってからは、むしろかつての西側の国でそうした政策が採られるようになっている。日本も例外ではない。

味気ない津平町の世界にあって、露木が唯一、誰かと心を通い合わせることの出来る瞬間が、川向こうの女性とトランペットで「美しく青きドナウ」を奏でる時であった。この映画では意図的に主要キャストに美男美女ではない俳優を配することで、そうしたちょっとした幸福が引き立つ効果を生んでいる。映画の主役といえば美男美女という常識に挑戦しているようでもある。
どことなくユーモラスな展開であるのだが、内容自体はシビアであり、ラストでは分断がもたらす破滅や自滅が描かれている。

一般受けする内容ではなく(なにしろ大手映画会社の作品とは違い、美男美女が余り出てこない)、入りも悪かったのだが、かなり優れた映画であり、お薦めである。観る前は余り期待していなかったのだが、予想が良い方に裏切られた。

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2021年2月18日 (木)

これまでに観た映画より(249) 長谷川一夫主演「四谷怪談」

2007年9月8日

DVDで長谷川一夫主演の「四谷怪談」を観る。1959年、大映作品。三隅研次監督作品。
「四谷怪談」というタイトルで、民谷伊右衛門とお岩を始め、登場人物も原作にほぼ忠実なのだが、民谷伊右衛門を悲劇のヒーローに仕立ててしまうという異色作。京極夏彦原作、蜷川幸雄監督の「嗤う伊右衛門」など同類の作品もあるが、「四谷怪談」と銘打っておきながら別の話にしてしまうというのは凄い。

浪人・民谷伊右衛門(長谷川一夫)は清廉な人柄。袖の下を通すのが嫌で職にありつけない。それでも妻のお岩(中田康子)とともに内職などをしながら清貧の生活を送っている。ある日、職を求めて代官・伊藤喜兵衛のところに出向いた伊右衛門。しかし、「今どき金も渡さず職にありつこうなんて」と伊藤に小馬鹿にされて帰る。ところが、伊藤の娘であるお梅(近藤美恵子)が伊右衛門に惚れてしまった。だが、お岩という妻があるため、伊右衛門はお梅を相手にしない。そこで伊藤や伊右衛門の家に出入りしている直助(高松英郎)はお岩に毒を盛り、顔を醜くして伊右衛門と離縁させようと謀る……。

ラストでは、伊右衛門が伊藤の家にお岩の恨みを晴らすべく討ち入るという妙な展開になる(長谷川の当たり役である大石内蔵助を意識したのだろうか)。こういう四谷怪談もありだとは思うが、その場合はタイトルを変えるなり、付け加えるなりした方がいいと思うのだが。人によっては、「こんなの四谷怪談じゃない」と怒るかも知れないし。

映像は美しく、構図も綺麗。時には繋ぎが不自然になってでも絵のようにバランスの良い構図を重視する。
耽美的な四谷怪談になっているが、それが物足りなくもある。


同時期に新東宝は天知茂主演の「東海道四谷怪談」を制作、公開している。長谷川一夫には敵わないと、低予算で、無名の天知茂を起用して作った「東海道四谷怪談」であるが、こちらは長谷川一夫版「四谷怪談」とは比較にならないほどの傑作となった。床に水を張った直助殺害シーンなどはアイデアも仕上がりも素晴らしいの一言である。

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2021年2月12日 (金)

コンサートの記(694) 加古隆コンサートツアー2007「熊野古道」@いずみホール

2007年7月1日 いずみホールにて

午後4時30分より、大阪・京橋にある、いずみホールで、加古隆コンサートツアー2007「熊野古道」を聴く。前半は加古がこれまでに作曲した有名曲の演奏、後半は加古の最新アルバムである「熊野古道」の音楽をメインとしたプログラム。
今回の加古隆のコンサートは、臨時編成の室内オーケストラ、そして、東京と大阪では人気サキソフォン奏者の須川展也(すがわ・のぶや)をゲストに迎えて行われる(名古屋、札幌など、その他の地域では室内オーケストラのメンバーでもある番場かおりがゲストである)。

加古隆は、1947年、大阪生まれ。東京藝術大学と同大学院で作曲を専攻した後、パリ国立音楽院に留学し、オリヴィエ・メシアンに作曲を師事。一方、パリではジャズピアニストとしてもデビューしている。現代音楽とイージーリスニング、ジャズの要素を取り入れた独自の作風を持ち、NHK「映像の世紀」、映画「大河の一滴」、「阿弥陀堂だより」、「博士の愛した数式」、テレビドラマ「白い巨塔」(2003-2004。唐沢寿明主演版)など話題作の音楽を数多く手がけていることでも知られる。

加古隆の特徴は、ミニマルミュージックの影響を受けた反復の心地よさと、やや感傷的だが美しいメロディーラインにある。ピアノは左手で同型のモチーフが繰り返され、その上に優美な旋律が右手で繰り出される。
時に曲がセンチメンタル過ぎる場合もあり、私も「大河の一滴」のテーマなどは余り好きになれない。一方で「パリは燃えているか」(NHK『映像の世紀』テーマ曲)などは大好きで、千葉にいる頃はピアノソロ版の楽譜を手に入れてよく弾いていた。
ちなみに私が加古隆の音楽を初めて聴いたのは、藤子・F・不二雄原作の映画「未来の想い出」(森田芳光監督作品。主演:清水美砂、工藤静香、和泉元彌。何だか凄いキャストである)において。映画の音楽を手がけていたのが加古隆であった。

アルバム「熊野古道」では、須川展也がサキソフォンで参加、金聖響(きむ・せいきょう)が指揮を担当しているが、今日のコンサートには金聖響は出演せず、加古本人が指揮も行う(指揮といっても拍子を刻むのが主で、本格的なものではない)。
三重県からの委嘱で作曲され、丁度1年前、2006年7月1日に津市で初演されたという、「熊野古道」は全4楽章からなり、第2、第3、第4楽章でサキソフォンが活躍する。弦楽とピアノ、サキソフォンという編成、ミニマルミュージック風作風ということで、少し弱腰のマイケル・ナイマンの音楽のようにも聞こえる場面もあったが、日本的な旋律は紛れもなく加古隆のものであり、特に第4楽章は感動的であった。

アンコールは須川展也をフィーチャーし、「パリは燃えているか」のピアノ&サキソフォン特別版、そして「黄昏のワルツ」(NHK『にんげんドキュメント』テーマ曲)が演奏される。聴衆は熱狂し、拍手は長いこと鳴りやまなかった。

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2021年2月 7日 (日)

これまでに観た映画より(246) 「ハサミ男」

2007年6月3日

DVDで日本映画「ハサミ男」を観る。池田敏春監督作品。原作:殊能将之。出演は、豊川悦司、麻生久美子、阿部寛ほか。音楽担当:本田俊之。

日活ロマンポルノの監督として一時代を築いた池田敏春によるサイコホラーサスペンス。なお、本多俊之は、「ハサミ男」のラッシュフィルムを観ながら即興でサックスを吹いており、ルイ・マル監督の「死刑台のエレベーター」と同じ手法が取られている。

2004年の作品だが、冒頭から古い感じの映像と、学生の自主製作映画のような脚本と演出に違和感を覚える。わざとやっているとしか思えず、「どうしてなのかな?」と思っていたが、途中でその理由がわかった。それらは観る者の意識をそちらへと引きつけるための罠だったのである。

豊川悦司の怪しい魅力が生きているが、実質的な主役は麻生久美子。この映画での麻生久美子の演技には女優魂を感じる。「時効警察」の麻生久美子しか知らない人は、三日月クンと同じ女優がやっているとは気付かないかも知れない。

和製ホラー映画というと「リ×グ」(×は伏せ字です)のように、ショッキングな映像が頼りのちょっと情けないものが多いが、この映画はじんわりと来る怖さを持つ。何でもないようなラストも実は怖かったりする。

殊能将之が書いた原作の評価は極めて高く、原作好きの人からは「がっかり」という意見が聞かれたというが、純粋に映画作品として観ると良い作品だ。

(後期)その後、池田敏晴監督は三重県志摩市で投身自殺を遂げ、原作者の殊能将之も不可解な突然死を迎えるという因縁の作品となった。殊能将之は覆面作家であったが、死後に正体が明かされ、本名は田波正といい、高校生の頃からSF・ミステリー小説界では「福井の神童」といわれるほどの逸材であったことが明らかとなった。

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2021年2月 4日 (木)

これまでに観た映画より(245) 黒沢清監督作品「叫(さけび)」

2007年4月6日 京都シネマにて

京都シネマで、日本映画『叫(さけび)』を観る。「立教ヌーヴェルバーグの旗手」、「ネオ黒沢」の異名を持つ黒沢清の脚本・監督によるホラー・サスペンス。出演は、役所広司、伊原剛志、小西真奈美、オダギリジョー、奥貫薫、葉月里緒奈ほか。同じく「立教ヌーヴェルバーグの旗頭」と目される周防正行監督の『それでもボクはやってない』の加瀬亮もちょい役で出演しており、『それでもボクではやってない』同様、役所広司と絡んでいる。

黒沢監督自身の作品である『CURE』や『回路』などに通ずるところのある作品だ。特にラストは『回路』のそれを別側から描いているように見える。


刑事の吉岡登(役所広司)は東京ベイエリアの古いマンションに一人暮らし。独身であるが、ずっと年下の春江(小西真奈美)という恋人がいる。

東京湾岸で、潮水で被害者を窒息させて殺すという手口の犯行が相次いでいる。吉岡は犯行現場で自分のコートのボタンによく似たボタンが落ちているのを発見する。自宅に帰るとコートのボタンがやはり無くなっている。春江に電話で確かめてもコートのボタンのことはわからないという。気になった吉岡は犯行現場に向かい、ボタンを拾う。その時、赤い服の女(葉月里緒奈)が現れる。その女の正体は幽霊であった。吉岡は自分がその女を殺したのではないかとの想念にとらわれ始める。しかしそれこそが女の陰謀の始まりだった……

CGなどにやり過ぎの箇所があるなど、完成度は黒沢監督としてはそう高い方ではないだろう。ただ先に書いた『回路』に繋がる終末感を示し、『回路』では主人公を演じた麻生久美子に前向きな言葉をかけた役所広司を、「許され、残されるが故の地獄」に置くことで、『回路』が相対化されているようにも見える。

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2021年1月24日 (日)

これまでに観た映画より(242) 周防正行監督作品「それでもボクはやってない」

2007年3月15日 TOHOシネマズ二条にて

TOHOシネマズ二条で周防正行監督作品『それでもボクはやってない』を観る。久しぶりに映画館に行ったが、「映画館で観ることが出来て良かった」と思える作品に久々に当たった。秀作であった。

『それでもボクはやってない』は、『Shall We ダンス?』から11年ぶりとなる周防監督の新作。周防監督は『Shall We ダンス?』公開後は著述業やプロデューサー業をしながら、「どうしても撮りたいもの」を探し続けており、2002年の秋から痴漢冤罪事件に関する取材を開始、30件、200回以上に渡る裁判を傍聴、約200人に話を聴き、200冊以上の参考文献に目を通し、取材時期は3年以上に及んだという。
周防監督はもともと題材を丹念に探し、取材を徹底して行うタイプだが、3年以上というのは異例である。

監督・脚本:周防正行。主演:加瀬亮。出演:役所広司、瀬戸朝香、山本耕史、もたいまさこ、小日向文世、尾美としのり、鈴木蘭々、光石研、正名僕蔵、唯野未歩子(ただの・みあこ)、NHKドラマ「ハゲタカ」で知名度が急上昇中の大森南朋(おおもり・なお)、そして周防ファミリーである竹中直人、田口浩正、清水美砂(のちに清水美沙に改名)らが出演している。

笑えるエンターテインメントを作ってきた周防正行監督だが、今回の『それでもボクはやってない』は、取り調べから裁判の過程を通して「人間」の問題を問うた極めてシリアスでシビアな作品である。

配役の妙もある。裁判長に善人も悪人も巧みに演じる小日向文世を当てたことでスリルが増す。痴漢被害者で、加瀬亮演じる金子徹平を誤認逮捕する女子中学生役には真面目で可愛らしく傷つきやすい雰囲気を持ち、声も幼い感じの女の子(柳生みゆ)を起用、徹平や観客の「冤罪を作ってしまった者に対する憎悪」を見事に逸らしてしまう。またミステリアスな雰囲気を持つ唯野未歩子を「痴漢でないことを見ていた」証言者として用いたのも効果的だ。

検察の取り調べのシーンもあるが、例えばキムタク主演のテレビドラマ『HERO』のようなちゃらちゃらしたものではなく、自然に身につけてしまう悪意を前面に出すなど、非人間性の表れを冷徹に示してみせる。

エンターテインメントというと、出演者が騒いで楽しく楽しくというものをイメージするが、『それでもボクはやってない』もエンターテインメントだ。そして『HERO』と『それでもボクはやってない』どちらがエンターテインメントしているかと聞かれたら、私は『それでもボクはやってない』の方が『HERO』の100倍エンターテインメントしていると答えるだろう。

『それでもボクはやってない』は観る者に普通とは違った意味での肯定を与える。勇気づけられる人も多いはずだ。

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