カテゴリー「日本映画」の143件の記事

2020年7月13日 (月)

これまでに観た映画より(191) 「精神0」@京都シネマ

2020年6月16日 京都シネマにて

※すでに「仮設の映画館」で観た時の感想を上げているため、元々はそれに加筆するつもりでしたが、重複する部分も多いものの夫婦の関係をより注視して書いたものであるため別記事として載せることにしました。

 

京都シネマで想田和弘監督のドキュメンタリー映画「精神0」を観る。Webストリーミング配信による「仮設の映画館」でも京都シネマに料金が入る設定にてスマホで観たのだが、やはりミニシアターでもちゃんと観ておきたい。

想田和弘監督のドキュメンタリー映画は「観察映画」というスタイルを掲げており、音楽なし、ナレーションなし、台本なし、事前の打ち合わせも原則行わないなど、先入観や作り手のイメージへの誘導をなるべく排することを重視している。

詳しい内容や感想は以前にも書き、ブログにも転載しているので多くは述べないが、山本昌知医師が、中学校・高校と同級生だった奥さんのことを「芳子さん」と「さん」付けで呼んでいるのが印象的である。青春時代を同じクラスで過ごし、しかも82歳という年齢を考えれば、呼び捨てか「お前」か「おい」という呼び方をするケースが多いように思われる。今でも奥さんのことを「さん」付けて呼んでいることに、山本医師の芳子さんに対する敬意が感じられる。

山本医師は、昨今の優れた向精神薬を処方することを第一とする医師とは違い、患者と誠実に向き合うことを大事にしており、患者に対しても敬意を持って接している。

そんな山本医師なので、奥さんに対しても敬意を払うのは当然なのかも知れないが、中学・高校と山本医師はどちらかといえば落ちこぼれで、一方の芳子さんは常にクラスで一番の成績を誇る才女。おそらく憧れの女性である。山本医師もそんな芳子さんに振り向いて貰うために努力し、精神科の医師となれるだけの学力を身につけたのかも知れない。芳子さんとの出会いが、名医・山本昌知のゼロ地点であり、そのため今も芳子さんに敬意を抱いているのではないか。

山本医師と芳子さんが、芳子さんの親友の女性を訪ねる場面がある。実はセッティングをしたのは山本医師で、想田監督が「全て撮り終えた」と思っていたところに山本医師から提案があったのだという。

親友の語る芳子さんはとにかく頭が良く、歌舞伎やクラシック音楽に通じていて、株で儲け、政治にも経済にも強いという「出来る女性」である。今は高齢のため認知にも衰えが生じてしまっている芳子さんであるが、山本医師にとっては自慢の奥さんであり、彼女がいかに素晴らしい女性かを知って貰いたかったのだと思われる。座っている間、山本医師は芳子さんの手の上に自身の手を重ねている。
「支える」「支え合う」という言葉が出てくるが、あるいは山本医師と芳子さんはそれ以上の二人で一人のような関係だったのかも知れない。

とても素敵である。

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2020年7月12日 (日)

これまでに観た映画より(190) ライブ・ビューイング フェス2020-Act Call-「坂本龍一 PERFORMANCE IN NEW YORK:async」@MOVIX京都 2020.7.7

2020年7月7日 新京極のMOVIX京都にて

午後7時から、MOVIX今日で、「坂本龍一 PERFORMANCE IN NEW YORK:async」を観る。「ライブ・ビューイングフェス2020-Act Call-」に選ばれた作品。初公開時(2018年2月)にもMOVIX京都で観ている映画であり、「猫町通り通信」や「鴨東記」にも記事を載せている。初公開時は5.1chで上映されたが、今回は2chMIX音声である。
監督は、スティーヴン・ノムラ・シブル。

2017年4月にニューヨークのパーク・アベニュー・アーモリーで100名のみの聴衆の前で2回、計200名しか接することの出来なかったライブの映像である。

前回は、映画を観てから、「async」(「非同期」という意味)のアルバムを聴いたのであるが、今回は「async」がどういう音楽かを知った上で映画を観ることになる。アルバムを聞き込んだからライブの内容もわかるというものではないように思うが、音楽自体の良さは前回映画を観たときよりも把握出来るようになっている。

現代音楽を指向する青年として音楽のキャリアをスタートさせた坂本龍一。ポピュラーミュージシャンのバックバンド、フリーのミュージシャン&プロデューサー、YMOなどを経て、映画音楽やポピュラーとクラシックの中間の音楽を多く書いているが、原点である現代音楽への回帰を目指しているように思える。
「async」は、アンドレイ・タルコフスキーの架空の映画のための音楽という設定で書かれた作品である。「惑星ソラリス」を観て感銘を受けたのだが、「惑星ソラリス」にはバッハの音楽が使われており、バッハの音楽を押しのけて新しい音楽を書くわけにもいかないので、架空の映画のための音楽という形で作曲している。

 

紛れもなく坂本龍一の旋律であるが、和音や音の進行などにバッハのような古典的格調が感じられるピアノソロと、その発展系のオルガン(その場で弾いて出すのではなく、サンプリングした音声を使用)といった調性音楽に近いものから、ノイズミュージック、音そのもの以上に視覚に訴えるパフォーマンスといったコンテンポラリーな要素まで曲調は幅広く、その点で映画音楽的であるともいえる。

同時にバッハに代表されるような音楽そのものを尊重すると同時に押し広げ、音そのものやそれを生み出す背景への愛着をも窺えるかのような、従来の枠を超えた作品となっている。
大空に吸い込まれて一体となるかのようなラストが特に好きだ。

本編上演後にプレゼントがある。「async」の宣伝用画像がスクリーンに1分間映し出され、自由に撮影が出来るほか、SNS等へのアップも可となっている。

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2020年7月 9日 (木)

これまでに観た映画より(188) ライブ・ビューイング フェス2020-Act Call- 「忌野清志郎 ロックンロールショー The FILM~#1入門編~」@MOVIX京都 2020.7.5

2020年7月5日 新京極のMOVIX京都にて

午後7時からMOVIX京都で、「忌野清志郎 ロックンロールショー The FILM~#1入門編~」を観る。5年前の初公開時にTOHOシネマズ二条で観ている作品で、今回、「ライブ・ビューイング フェス2020 -Act Call-」の1作として再度の公開となった。

最後の本格的ライブとなった2008年、日本武道館での「完全復活祭」から1981年に遡るまでの様々な清志郎のライブ映像が並ぶ。ライブの合間にはデジタル表示された年月日が表示されて変化し、タイムマシンで移動するような趣となっている。監督は太田旬。

 

清志郎の通常のライブ通り、「よォーこそ」(2008年2月10日、日本武道館での「完全復活祭」と1983年の「箱根オデッセイ ポップ」@箱根自然公園での映像)でスタート。

最も古い映像は、スタンダードナンバーである「雨上がり夜空に」で、1981年12月24日のクリスマスイブに日本武道館で収録されたライブのものである。これは「雨上がりの夜空に」のカラオケ映像などでも用いられている。

プレスリーの故郷であるアメリカ・メンフィスのブラスアーティスト(メンフィスホーンズ)をバックに迎えて歌われる「トランジスタ・ラジオ」(1992年4月18日の「Have Mercy」@日本武道館での映像)、スペースシャワーTVで放送された「デイ・ドリーム・ビリーバー」(2004年12月15日、東京体育館)、札幌市民会館最後の日(2007年1月31日)に歌われた「スローバラード」(冒頭に大阪の住之江競艇場で行われたライブでのMCが入っている)、オノヨーコから手紙を貰ったというMCの後で歌われる「イマジン」(2007年12月8日つまり開戦の日@日本武道館)、旧渋谷公会堂での「世界中の人に自慢したいよ」(2004年12月6日)、「日本の有名なロックンロール」という紹介の後で、旋律を東京の言葉のイントネーションに直した「上を向いて歩こう」(1989年12月25日@日本武道館)、晩年のヒット曲である「JUMP」(2008年2月10日、「完全復活祭 日本武道館」)、仲井戸麗市の作曲である「毎日がブランニューデー」などが歌われる。エンドクレジットで流れるのは、「LIKE A DREAM」。

2005年の早稲田大学の学園祭で清志郎は、「キヨシです」と、当時流行っていたヒロシの物真似をする。当時、清志郎はサイクリングに填まっていたわけだが、「自転車が盗まれたとです」と実際にあった盗難事件をネタにしている。「ニュースになったと思ったら、翌日見つかったとです」「新しい自転車が半分以上出来上がってたとです」「警察にはもうちょっと待っていて欲しかったとです」と続けて笑いを取っている。

一方、1982年に撮られた、レコーディング中の清志郎は、鋭い眼光を放つ、才気溢れる若者という印象である。ピアノなど、ステージ上で演奏することが全くないわけではないが、人前で披露することの少ない楽器の練習風景を目にすることが出来る。

いずれも貴重な映像といえる。

 

5年ぶりに映画館で観たわけだが、清志郎の歌う楽曲は、今の方が痛切にして切実にこちらの胸に届く。
清志郎が、オーディエンスに聞いた、「愛し合ってるかい?」。果たして清志郎の死以降、そして前回この映画が上演された5年前から今に至るまで、人類は本当に愛し合えたであろか。自己愛と身内愛のみが更に増長しているよう見える今、清志郎のような存在が欠けてしまっていることが、本当に心苦しく感じられる。

とても素敵で酷く悲しい夢が2時間余りに渡って流れていく。

新型コロナもそうだが、それがなかったとしても実に酷い時代である。人々は互いを理解することを放棄してしまったようにすら見える。
だが、せめて私だけは、清志郎と夢が見たいと思う。とてもよく似た夢を。

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2020年7月 4日 (土)

これまでに観た映画より(186) 「美しい夏、キリシマ」

2005年5月19日

DVDで映画を観る。「美しい夏、キリシマ」。黒木和雄監督作品。脚本は松田正隆と黒木監督の共同執筆である。黒木和雄は、映画好きである松田正隆が最も憧れを抱いていた映画監督の一人である。
松田正隆は京都造形大の戯曲の授業の時にこのシナリオについて話しており、「お蔵入りになりかけた」だとか、「どんどんセリフを削られた」、といった裏話を教えてくれた。

物語は黒木監督の少年時代の回想が基になっている。

主役の少年を演じるのは柄本明と角替和枝の息子である柄本佑。

霧島(宮崎県えびの市)の自然が美しい。この映画は評判が高いが個人的にはあまり好きになれなかった。日本情緒が前に出すぎているきらいがある。池のほとりから聞こえる幻想的な歌は印象的。場所が霧島だけに神がかって聞こえる。

戦争映画なのだが徒に暗くならないところは好感が持てる。切迫した場面ももちろんあるが、意外にのんびりとした戦時下が描かれており、安心させられる。

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2020年7月 2日 (木)

これまでに観た映画より(185) 「Shall We ダンス?」

2005年5月6日

テレビで映画「Shall We ダンス?」を見る。周防正行監督作品。役所広司、草刈民代主演。

ロードショーの時に有楽町マリオンで観てからビデオでも何回も見直しているが、今日久しぶりに見て、やはり良い映画だなと、素直に思う。
心理描写の巧さがあり、登場人物が何を考え、何故そういう行動に出るのかが手に取るようにわかる。これは周防監督の才能だろう。誰にでも出来ることではない。

私も、二十歳そこそこではわからならかったことも今ではわかるようになっている。男であることの寂しさや、中年女性の気持ちなども。
セリフでのくすぐりも最高である。笑いのお手本のようなセリフが各所に散りばめられている。

この映画については私も色々と関係する書物を読んでいるからちょっとだけ詳しい。

まず、駅前に何故ダンススクールが多いのかという周防監督の疑問からこの映画は始まった(私自身もJR両国駅のホームから「浮いたダンススクール」、じゃなかった「浮田ダンススクール」という看板と教室が見えるので苦笑していたクチだ)。そして実際にスクールに行ってみる。するとあまり体型がいいとは言えない中年の男女が踊っている。こんなに見て可笑しいものはないと、プロットはすぐに出来たそうだ。
主演俳優は竹中直人で行こうか、とも思ったそうだが、「竹中さんだと、例えば電車の中でガクッとなっても疲れたんじゃなくて、ギャグでやっていると思われるんじゃないか」ということで変更。ある人から「役所広司さんが良いんじゃないの?」と言われたが、当初は周防監督は反対したそうだ。「役所さんじゃ格好良すぎる。あれじゃ女の人にもてちゃう」。だが一度会ってみたらということになり、実際に役所広司と話した時に「いける」と思ったそうだ。最後に周防監督が「格好悪い中年男は演れますか?」と訊くと、役所は「それだけには自信があります」と答えたという。

主演女優を誰にしようかと三人に相談したところ、三人が三人とも「草刈さんがいいんじゃない」というので周防監督も草刈民代に会いに行った。雰囲気がまず違ったという。一流のバレリーナとして本当に若い頃から活躍してきた誇りや佇まいの美しさ、浮世離れした感じなど。「セリフ喋れなくてもいいからこの人でいこう」と即決定。実際、この時の草刈民代はセリフは上手くない。だがあの雰囲気は他の人では出すことは難しいと思う。

竹中直人が演じるのは青木、田口浩正は田中。実はこれ、周防監督の「シコふんじゃった。」の時と同じ役名である。

ダンスホールのぶっ飛んだ感じの歌姫、夏子(これも「シコふんじゃった。」と同じ役名)を演じるのは清水美砂。普段の彼女のイメージと全く違うので気がつかなかった人も多かったそうだ。歌い終わった後でロングスカートを投げ捨てるのは清水のアドリブだという。

ラストシーンで草刈民代が「Shall We Dance?」と訊いた時の役所広司のリアクションは異なる演技で6回撮り、6回ともOKだったという。周防監督も役所広司という役者の実力に舌を巻いたそうだ。

周防監督は「映画館に中年を呼び戻したい」と思ってこの映画を作っている。実際、有楽町マリオンにも中年の男女が沢山入っていた。
社交ダンスに対する偏見もこの映画の封切り以降、確実に減った。

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2020年6月30日 (火)

美術回廊(49) 京都国立近代美術館 「チェコ・デザイン 100年の旅」&日本・ポーランド国交樹立100周年記念「ポーランドの映画ポスター」

2020年6月25日 左京区岡崎の京都国立近代美術館にて

左京区岡崎にある京都国立近代美術館で、「チェコ・デザイン 100年の旅」と日本・ポーランド国交樹立100周年記念「ポーランドの映画ポスター」展を観る。
いずれも5月10日に最終日を迎えるはずの展覧会だったのだが、コロナ禍による臨時閉館期間があったため、再開後、7月までに展示期間が延びている。

チェコは、音楽(ドヴォルザークやスメタナ)、文学(カフカやカレル・チャペック)といった芸術が知られるが、チェコのデザインに触れる機会は余りないので、興味深い展覧会である。

チェコのデザインに触れるのは初めてではなく、以前にチェコ製のテントウムシのマグネットを買ったことがあり、今も冷蔵庫に止まっている。

チェコ出身のデザインアーティストというと、アルフォンス・ミュシャがまず頭に浮かぶが、ミュシャの「Q」をモチーフにした作品も勿論展示されている。19世紀末から20世紀初頭には、チェコでもアールヌーボーなどの影響を受けた美術が流行ったが、椅子などは実用性を度外視してデザインを優先させたために使い勝手が悪いものも多かったようである。

その後、チェコでは「結晶」を理想とした直線美によるパターンを重ねたデザインが流行する。考えてみれば、「自然は直線を嫌う」(ウィリアム・ケント)といわれているものの、肉眼では見えない結晶は例外的に直線で形作られている。顕微鏡の発達によってもたらされた、ある意味ではこれまでの常識を覆す自然美の発見であったともいえる。

家具や食器はアールヌーボーの反動で、シンプルで実用的なものが好まれる時代になるが、ガラス細工が盛んな地域をドイツに占領されてしまったため、木材などを中心とした新たなデザインを生み出す必要性に迫られるようにもなる。これはそれまで軽視されてきた木材の長所の再発見にも繋がったようだ。

共産圏となったチェコスロバキアでは、国外に向けてのチェコやスロバキア美術プロパガンダのための高級感のあるデザイン品が輸出される一方で、国内向けには貧相なものしか作られないという乖離の時代を迎える。チェコ動乱の前はそれでもピンクやオレンジといった色を用いたポップなデザインのポスターなども制作されたが、それ以降は実用的ではあるが味気ないいわゆる共産圏的なデザインも増えてしまったようだ。チェコのデザインが復活するにはビロード革命を待つ必要があったようである。

アニメーションの展示もあり、短編アニメが何本か上映されている。言葉がわからなくても内容が把握可能なものだったが、東欧のアニメとしてどの程度の水準に入るものなのか一見しただけではわからない。

チェコの木製おもちゃの展示もある。テントウムシのマグネットにも通じる可愛らしくてぬくもりが感じられるもので、子どものみならずインテリアとしても喜ばれそうである。

 

「ポーランドの映画ポスター」。映画好きにはよく知られていると思われるが、ポーランド映画は完成度が高く、海外からの評価も上々で、「芸術大国ポーランド」の一翼を担っている。
今回は、映画そのものではなく映画ポスターの展示であるが、ポーランドでは海外の映画のポスターをそのまま用いるということが禁止されていたため、ポーランド人のデザイナーが一から新しいポスターを製作することになった。
日本映画のポスター展示コーナーもあり、ゴジラシリーズなどはわかりやすいが、「七人の侍」などは日本の侍というよりもギリシャの兵士のような不思議な装束が描かれていたりもする。

市川崑監督の「ビルマの竪琴」(1985年の中井貴一主演版)のポスターには、二つの顔を持ったオウム(というよりも顔を素早く横に降り続けている描写だと思われる)が描かれ、右側に「日本にかえろう」、左側に「かえれない」という文字が日本語で書かれている。一般的なポーランド人が日本語を読めるとは思えないが――一般的な日本人がポーランド語の読み書きが出来ないように――日本趣味を出すために敢えて日本語をそのまま用いているのかも知れない。

ハリウッド映画では、アルフレッド・ヒッチコック監督の「めまい」、レナード・バーンスタイン作曲のミュージカル映画「ウエストサイド物語」、ポール・ニューマンとロバート・レッドフォードの「明日に向かって撃て!」などのポスターがある。日本ではハリウッドオリジナルのポスターも見ることが出来るが、それらとはかなり違ったテイストのポスターとなっている。

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2020年6月23日 (火)

これまでに観た映画より(184) さだまさし原作「解夏(げげ)」

2005年4月10日

さだまさし原作、磯村一路脚本・演出の映画「解夏(げげ)」をDVDで観る。大沢たかお、石田ゆり子主演。
磯村一路は傑作「がんばっていきまっしょい」で知られる抒情派。

解夏とは仏教用語であり、夏の修行が終わる時期を指す。


小学校の教師である高野隆之(大沢たかお)はベーチェット病に犯され、徐々に視力を失っていく。

舞台である長崎の光景が美しい。船から見える風景も格別である。悪い言葉で言えば手垢のついたタイプの物語だが、主役二人の愛の強さに打たれる。

教師であった高野の、元生徒を思いやる気持ちの強さが感動的だ。勿論、陽子(石田ゆり子)の愛と陽子への愛も。

ラストがちょっと物足りない気もするが大袈裟にまとめないところは好感が持てる。

もともとは子孫を残すために生まれた愛というものが、こういう風に甘く美しく切なく輝かしく優雅で残酷で美味なものになった。愛とは人類史上最大の発明である。

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2020年6月 8日 (月)

これまでに観た映画より(181) 矢口史靖監督作品「スウィングガールズ」

2004年11月4日 京極東宝にて

京極東宝で矢口史靖(やぐち・しのぶ)監督の「スウィングガールズ」を観る。
京極東宝は歴史ある映画館だがシートは新しく座りやすくなっている。足下にも余裕がある(2006年閉館)。

出演、上野樹里、貫地谷しほり、本仮屋ユイカ、白石美帆、平岡祐太、小日向文世、渡辺えり、佐藤二朗、福士誠治、竹中直人

「ウォーターボーイズ」でメジャーになった矢口監督だが、これはその女の子版。ジャズバンド版スポ根風青春劇である。
主人公の名は相変わらず鈴木さんだ。「ウォーターボーイズ」の鈴木君(妻夫木聡)は情けない男だった。「スウィングガールズ」の鈴木さん(上野樹里)も駄目駄目系だが鈴木君とは違い、自分から積極的に道を切り開く女の子だ。
最初は勉強は出来ないし、パソコンも苦手な取り柄のないどうしようもない女の子だったのだが、ジャズに取り憑かれてからは見違えるほど魅力的になる。

一番駄目そうな女の子、関口(本仮屋ユイカ)が一番上達が早いのも面白い。
鈴木さんの表情は以前何度も見たことがある。多分矢口監督が指導したのだろう。

いつもの通り、変な子どもも登場。野球応援に行けなくなった鈴木さん達が泣くシーンは悲しいのだが、これまたおばあちゃんがナイスボケ。笑いに転じている。ストップモーションも最高だ。

カメラワークにも愛情が感じられる。ブラスを真横から撮るのはヘルベルト・フォン・カラヤンがよく演出に用いた方法だが、ブラスが最高に格好良く映るのだ。

スウィングガールズの演奏も凄い。徹底して練習したのだろう。クライマックスの「シング・シング・シング」における客のノリは映画「ベニー・グッドマン物語」を彷彿とさせる。

予想を遙かに上回るご機嫌な映画である。評判はいまいちだそうだけれど、この映画の良さがわからない人は自分で道を切り開いたことのない人だろう。
あり得ない話かも知れないが、いいじゃないか、フィクションなんだから。

「この世の中には二種類の人間がいる。成し遂げる者と諦める者だ」(劇中より)
運も間も悪い女の子達なのだが、諦めずに転がっていればいいことにぶつかる。メッセージと希望が溢れている。これほど観ていて幸せになれる映画もそうはない。

伊丹弥生先生はガールズ達に言ったのと同じジャズ観を小澤先生にも言ったのだろうな。

珍しくパンフレットを買ってしまう。映画のパンフレットを買うのは京都に来てからは初めてではないだろうか。

映画館を出ると周りの風景がいつもよりずっと美しく感じられる。鴨川も北山も東山も夢の中の光景のようだ。

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2020年6月 6日 (土)

配信公演 浅草九劇オンライン 柄本明ひとり芝居「煙草の害について」(劇評。文字のみ。関連リンクはあり)

2020年6月5日 東京の浅草九劇からの配信

午後7時30分から、オンライン型劇場に模様替えした浅草九劇の配信公演、柄本明ひとり芝居「煙草の害について」を観る。事前申込制の有料公演である。配信はVimeoを使って行われる。

配信公演への入り口となるURLは開演1時間ほど前に送られて来たのだが、メールソフトの調子が今日もおかしく、HTML形式のメールの画像がダウンロード出来ないので、返信やら転送やらのボタンを押して、無理矢理別の形式に置き換えて見る。返信を押した場合、更に「返信をやめる」を押すのだが、それでも返信されてしまう場合がある。

 

午後7時開場で、その直後に配信画面に入ったのだが、ずっと暗闇が続く。「LIVE」と視聴者数の文字は出ているので動いていることは確かだが、午後7時30分丁度になっても暗闇のままなのでブラウザの更新ボタンを押す。そのためか、あるいはそれとは関係なく配信の時間が来たからなのか、画面に舞台の背景が映る。臨場感を増すため、フルスクリーンにして視聴する。

 

「煙草の害について」は、アントン・チェーホフが書いた一人芝居である。オリジナルに近い形での上演は、MONOが京都芸術センターで行った「チェーホフは笑いを教えてくれる」というチェーホフの短編を連作にした作品の中で水沼健(みずぬま・たけし)が演じたものを観たことがあるのだが、上演時間が20分弱という短いものであるため、今回はチェーホフが書いた他の戯曲のセリフや歌などを加えて、上演時間1時間前後に延ばしたテキストを使用しての上演である。柄本版「煙草の害について」は、1993年初演で、書き直しを行いながら何度も上演を重ねているが、私は観るのは今日が初めてである。

柄本明が演じるのは、妻が経営する全寮制女子音楽学校の会計係兼教師であるが、恐妻家であり、今いちパッとしない男である。着ているベストも継ぎ接ぎだらけだ。

妻に命令されて、無理矢理「煙草の害について」というタイトルの健康に関する講演をすることになったのだが、彼自身は喫煙者であり、煙草の害に関する知識は辞書などで得たもの以外にはさほどない。当然ながらやる気もない。

音楽学校の生徒全員分のホットケーキを焼くよう妻に命じられて作ったのだが、体調不良で5人が食事をキャンセルしたため、妻から5人分を一人で食えと命じられ、食べ過ぎで体調不良である。妻からは「かかしんぼ」と呼ばれることがあり、かなり侮られている。

 

本編に入る前に、柄本明はアコーディオンを弾きながら榎本健一の楽曲「プカドンドン」(もしくは歌詞違いの「ベアトリ姉ちゃん」。サビの歌詞が一緒なので判別出来ず)を歌う。伴奏と歌がかなりずれることもあるが、あるいは浅草での上演ということでエノケンへのリスペクトも込めて歌われたのかも知れない。

体調が悪いので、持ってきた原稿の1枚目に向かってくしゃみをしたり、もうちょっと汚いものが出たため、それを丸めて棄てたのだが、実はそれが「煙草について調べた内容を書き記したメモ」だったため、それに気づいて、汚いのを承知で拾い、広げて読み上げるのだが、出したものでインクが滲んでしまい、上手く読めない。「イタリえば」と読んだが、実は「例えば」だったり、「中洲」という博多の繁華街ネタが始まるが、実際は「中枢神経」と書かれたものだったことが直後に判明したりする。男は「学がない」と自己紹介をしていたが、最後の辺りで「若い頃は大学で学問に励んだ」という話をしたり、音楽学校で理系から文系までの教養科目を幅広く教える能力があるため、謙遜しただけで、今は冴えないが少なくとも若い頃はかなり優秀と見られた人物であるらしいことがわかる。ちなみに彼の奥さん(「三人姉妹」に登場する怪女・ナターリヤの要素を入れている)は友人とフランス語で話すが、男の悪口を言うときはロシア語になるということが語られる場面があるのだが、帝政ロシア時代はかなり徹底したフランス指向の影響で上流階級はロシア語でなくフランス語を話していたという事実があり、奥さんもフランス語が話せて音楽がわかるということからハイクラスの出身であることがわかり、そうした女性と結婚出来た男も同等の階級出身である可能性が高い。あるいは彼も優れた才能と身分に恵まれながら時代の壁に阻まれて上手く生きられなかった「余計者」の系譜に入るのかも知れない。

「いざ鎌倉。鎌倉はどっち? ここは浅草だから」という話が出てきたり、「休憩」と称して下手隅にある椅子に腰掛けてバナナを食べた後で、ぶら下がっている紐に首を入れて揺らし、縊死するかのように見せた後で「ゴンドラの唄」を歌い、黒澤映画の「生きる」をモチーフにした演技を見せるなど、日本的な要素もちりばめられている。

とにかく妻や娘から軽視されているというので愚痴が多く、「誰でも出来る」結婚しか出来なかった(ただ今の人にとっては、結婚自体が高望みになりつつある。私も結婚していない。「私にも妻がいればいいのに」)不甲斐なさを述べるのだが、柄本明自身が奥さんである角替和枝を亡くしているということが透けて見えるような愛情吐露の場面もあり、妙に切なかったりする。

途中で後ろの方に座っていた学生風の若者が勝手に退出しようとしたのを見とがめたり、女子音楽学校の校則などの紹介が載っている本を客席に向かってロシア通貨で販売しようとする場面があったり(今回は無観客上演なので誰もいない)とステージ上だけでない空間の広がりを生む演技もある。

ラスト付近ではラヴェルの「ボレロ」が流れ、妻の影絵が浮かび、転調を伴う狂乱の内に芝居は終わる。

 

上演終了後、柄本は無人の劇場で演じるのは初めてだと語り、文化は生きることと同等であり、なくてはならないもの。なくなったら死んでしまうと熱いメッセージを語った。

 

初の配信ということもあってか、映像が時折途切れたりする。こちらの回線が悪い時もあったかも知れないが、スローモーションになった時には視聴者数が一気に20人ほど減ったため、観るのを諦めたかいったんログアウトしたかで、他の人が観ている映像にも問題が生じていることが察せられた。その後、観客数が一気に増え、ほどなくして画面も動き出した。

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2020年5月20日 (水)

これまでに観た映画より(176) 岩井俊二監督作品「花とアリス」

2004年10月20日

DVDで「花とアリス」を観る。岩井俊二監督作品。音楽も岩井監督自身が手掛けている。割合シンプルなメロディーで聴けば聴くほど「四月物語」の音楽に似ている。ということで「四月物語」の音楽も別人名義(女性名。ただし検索しても「四月物語」の作曲担当者としてしかヒットしないため架空の人物であることがわかる)であったが岩井俊二監督が作曲したものであることがわかる。

最初のシーンから全体を撮す定点カットと視点カットをつなげてみたり、故意にカットを短くしてしかも間を省いて、あたかも漫画のコマを見ているような効果を出している。岩井監督は大学時代に漫画家としての才能を認められたことから物語制作を始めているので、漫画を意識していることは間違いない。

桜や電車の中、学校や海岸、落語などノスタルジアを掻き立てる、いかにも日本的な風景を撮っているのだが、映像が日本映画離れした美しさを持つためにあたかも他人の夢に迷い込んだかのような、どこでもない場所にふわふわと浮かんでいるかのような不思議な感慨にとらわれる。

バレリーナの格好で暗闇で写真を撮るシーンはわざと逆光にしてぼかすなど技術的にも興味深い。

先輩を好きになって、それで嘘を付いたことから始まる可愛らしい話なのだが、心理的に鋭いところをついている。

有名人をワンポイントで使ったり、ユーモラスなくすぐりも絶妙だ。アリスが「ストーカーって怖くない?」と言いながらストーカーまがいに相手を隠し撮りするところなど、突っ込みたくなる要素も満載。アリスこと有栖川徹子の今は別居する父親の名字が黒柳だったりするのも突っ込みどころである。

蒼井優が演じるアリスは劇中では演技が下手な設定だが、蒼井優はそれを見るに堪える水準で演技する。つまり演技が下手な女の子を、その女の子には無い技術を持って同じように演じてみせる。例えば、「くしゃみをする」シーンでアリスは上手く出来ないのに、その直後に蒼井優は見事にくしゃみをしてみせるのだ。これは二重に面白い。「雨に唄えば」の世界のようだ。

偽りの記憶を生み出していく過程なども、物語を生み出す行程にリンクしており、映画がまさにこの場で生成されているようで、これもまた感興を誘う。海岸での縄跳びのシーンはかなり即興的にやらせていると思う。

蒼井優は「リリィ・シュシュのすべて」ではいじめっ子を演じていた。その後、「三井のリハウス」のCMなどでブラウン管(2004年当時はこうした表現でした)でも顔を見かけるようになる。今後も出演映画が目白押しだ。
鈴木杏はTBSドラマ「青い鳥」で有名になったが、それ以前にもハリウッド映画「ヒマラヤ杉に降る雪」に11歳で出演するなど、幼い頃からキャリアを積んでいる。

幸福な気分にさせられる幸福な映画である。映像の美しさだけでも見る価値があるが、話も、多少少女趣味だったりするが面白い。

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