カテゴリー「日本映画」の289件の記事

2026年3月 1日 (日)

これまでに観た映画より(430) 中山美穂主演・岩井俊二監督作品「Love Letter」

2025年4月7日 TOHOシネマズ二条にて

TOHOシネマズ二条で、岩井俊二監督作品「Love Letter」を観る。京都府内ではTOHOシネマズ二条のみでの上映である。1995年の作品。岩井俊二監督の長編映画第1作である。この時、助監督を務めていたのが行定勲監督で、行定監督は後に自身の長編第1作として、「Love Letter」へのオマージュともいうべき「ひまわり」という作品を制作している(主演:麻生久美子)。
公開30年を記念した4Kリマスター上演。映像の美しさに定評のある岩井俊二監督であるが、画像の鮮度が全く落ちておらず、30年前の作品とは思えないほどの瑞々しさと臨場感を湛えている。以前は、30年も前の映像と言ったら、劣化しているのが当たり前で、いかにも「昔の作品」という感じだったが、これからの俳優は恵まれていると言える。だが、恵まれているはずの本作の主演女優、中山美穂は昨年(2024)12月に54歳の若さで死去。佳人薄命を地で行く生涯となってしまった。公開から30周年という話は岩井監督と中山の間で交わされていて、舞台になった「小樽にもう一度行こうよ」という話も出ていたようだが、叶うことはなかった。

出演:中山美穂、豊川悦司、酒井美紀、柏原崇、范文雀、篠原勝之、鈴木慶一、田口トモロヲ、加賀まりこ、光石研、鈴木蘭々、塩見三省、神戸浩、酒井敏也、山崎一、徳井優ほか。
光石研、酒井敏也、山崎一、徳井優らは、ロードショー時点ではほぼ無名に近い存在。彼らは90年代も終わりに近くなってから売れ出している。
一応、中山美穂と豊川悦司のW主演となっているが、実質的には中山美穂の単独主演作と捉えて間違いないだろう。豊川悦司は、映画賞によって主演男優賞だったり助演男優賞だったりと見られ方が異なっている。

神戸と小樽が主な舞台となっている。どちらも風光明媚で知られる街だが、観光名所となっているようなところでのロケは行われていない。

音楽:REMEDIOS。

 

渡辺博子(中山美穂)の彼氏である藤井樹(いつき)が登山中に遭難して命を落とす。彼の三回忌に、博子は、樹の中学の卒業アルバムを見て、彼の中学時代の住所を知る。小樽の銭函二丁目という場所だった。今は国道が敷かれて、家は存在していないとのことだ。博子は、「どうせ届かないなら」とその住所に宛てて手紙を出す。すると返事が来た。実は同級生に同姓同名の藤井樹という女性(中山美穂二役)が存在しており、博子が樹の住所だと思ったものは、女性の方の藤井樹の住所だったのだ。
二役であるが、外見上は区別を付けておらず、話し方が樹はナチュラル、博子は内気そうに囁くように喋るという違いで演じ分けを行っている。なのでぱっと見だと今どっちなのか分かりにくい場面もある。
小樽の藤井樹は、市立図書館で司書をしている。当時はまだワープロ(ワードプロセッサー)が普及していて、樹は、ワープロで返事を書いている。樹は風邪を患っており、中々抜け出すことが出来ない。それでも体調不良を押して働いている。
博子は、実は謎が多い存在で、神戸在住なのに標準語を話す(他の登場人物は関西の言葉を話している)ため、関西出身でないことが分かるが、職業などに関しても直接的な描写はない。彼氏だった樹の友人であった秋葉茂(豊川悦司)の工房をよく訪ねる博子。秋葉はガラス工芸の職人であり、松田聖子の「青い珊瑚礁」をよく歌っている。工芸の技術は大学で身につけたようで、芸術系の大学を卒業しているのだと思われる。そんな秋葉から博子は、「小樽に行かないか」と誘われる。小樽で博子と樹は何度かニアミスすることになる。

博子に聞かれて、樹は、自身と男の藤井樹について書き始める。中学時代の話だ。女の樹は酒井美紀が、男の藤井樹は柏原崇が演じている。同姓同名で、中学時代、3年間同じクラス(正確に書くと男の藤井樹は3年の3学期に転校)だった二人の藤井樹。樹は、「いつき」の他に「たつき」や「たつる」とも読むが、今回はたまたま「いつき」だったということである。酒井美紀と柏原崇は、この翌年に青春ドラマの金字塔「白線流し」で主役クラスのメンバーとして共演している。柏原崇は、その後、不祥事を起こして仕事が減り、最終的には俳優を引退。現在は、内田有紀の内縁の夫兼マネージャーを務めている。
酒井美紀は女優業の傍ら、亜細亜大学を卒業し、その後に三十代で東洋英和女学院大学大学院修士課程を修了し、「インテリ女優」枠でクイズ番組でも活躍している。
同姓同名であるため、カップルのように扱われたりもする二人。ついには勝手に二人で図書委員にさせられてしまう。男の樹の方は、仕事をせず、誰も読まないような本を借りて、図書カードに名前を書き、結局は読みもしないという行動を繰り返す。
また、自転車で走っている女の樹に自転車で近づいて、相手の頭に袋をかぶせるといった意地悪を行うのだが、「好きな子には意地悪をしてしまう」男性は一定数いて、男の樹はそのタイプであることが見ていて分かる。図書カードに書いた「藤井樹」の名も自分の名前だったのかどうか。種明かしはラストで行われる。

成人した女の藤井樹は、風邪をこじらせ、41.8度の高熱を出して倒れてしまう。
一方、博子は男の藤井樹が命を落とした山の麓に秋葉と向かい、「お元気ですかー?! あたしは元気です」と叫ぶのだった。

 

世界的にヒットした映画であり、特に韓国では、「お元気ですかー?!」は流行語になっている。
無理があると言えば無理のある展開で、「そんなに似た人と生涯何度も会うわけないだろ!」と突っ込みたくもなるのだが、映画の見せ方としては上手いものを感じる。ただ岩井俊二監督はこれよりも出来の良い映画を何本も撮っており、あくまで入門編として観るべき映画という気もする。

実は公開時には、豊川悦司の大阪弁によるセリフも話題になっている。
豊川悦司は大阪府八尾市の出身なので、関西(かんせい)学院大学を中退して上京するまでは大阪弁は日常的に使ってきた言葉なのだが、この時点では全国区になったばかりであり、トヨエツ=大阪というイメージが全くなかったため、新鮮に感じられたようである。なお、豊川悦司は監督として、中山美穂を主演に迎えた大阪を舞台とするドラマを制作している。この時は、中山美穂も大阪弁のセリフを話していたはずである。

画像的には今と変わらないのに、ワープロ、ポラロイドカメラ、手書きの手紙など、今ではほぼ見られなくなった品々が登場するのもノスタルジアを掻き立てられる。

 

ラストに英語で、「天国にいる中山美穂にこのフィルムを捧げる」というメッセージが映された。

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2026年2月27日 (金)

これまでに観た映画より(429) オムニバス映画「ブルーハーツが聴こえる」

2026年2月14日

U-NEXTで、オムニバス映画「ブルーハーツが聴こえる」を観る。2017年の作品。日本バンド史上に燦然と輝くTHE BLUE HEARTSの楽曲にインスパイアされた6編の短編映画からなる一本。前半はコメディが並ぶが進むにつれて重みが増していく。

第1作「ハンマー(48億のブルース)」は、飯塚健の脚本・編集・監督。彼が監督した連続ドラマ「REPLAY&DESTROY」と同じ人物が登場する。
アンティーク家具職人の後藤一希(尾野真千子)は、ある雨の日に偶然、同棲中の彼氏が他の女性といるところを見てしまう。彼氏は小劇団の主宰者か何かで、脚本を書き、おそらく演出もする。
一方、高校生の愛川奏(あいかわ・かなで。伊藤沙莉)は、大学受験のための模試を受けるが、惨憺たる成績。行ける大学があるのかどうかも不明である。第5志望に受かりっこない「東京大学」を記入したことに家具製作所の久保(角田晃広)は呆れる。奏は、同級生の佐野結(萩原みのり)と共にバンドを組もうとしている。
ある日、変装して、といっても仮面にマントで余計怪しいのだが、彼氏の劇団の芝居を観にザ・スズナリに行った一行は、芝居の内容に感動し、涙を流す。
一方で、奏のドラム、結のギターによるバンドが結成され、久保と一希をツインボーカルに迎えて演奏を行うのだった(音はTHE BLUE HEARTSのものが流れる)。

「REPLAY&DESTROY」と同じスタッフによる制作だと思われるが、映画であるため、ドラマとは画室が違い、少し上品になっている。
伊藤沙莉は、相変わらずいけてない髪型をしていて、奏はモテそうにないが、顔だけのアップになると可愛い子であることが分かる。女子高生役をやるときは当たり前のようにミニスカートの制服姿だが、千葉県立若松高校で本当の高校生をしていた時には、周りはミニスカートにルーズソックスでも、スカート丈膝より下、靴下は学校指定のものという校則を守り、学級委員長をしたことがあったりと、お堅い面もあるのかも知れない。

ラストのハンマーは、尾野真千子が机に振り下ろす。いくつかの解釈が可能だと思うが、いずれにせよ、ここから新しい人生が始まる。


第2作「人にやさしく」。宇宙を行く刑務船の中が舞台のSFで実験的要素も強い。行く先の星では懲役刑が待っている。だが船が故障し、座して死を待つしかない身となる。テロを起こした人などが乗っているが、中に一人、ヒューマロイド(人間とアンドロイドのハイブリッド)の男(市原隼人)が乗っている。人を殺したので刑務船に乗っているようだ。
体制側の看守は覆面姿で武装しているが、覆面が取れると女(瀧内公美)であることが分かる。瀧内公美はこの映画全編を通して顔だけなら一番美人だと思える。なお、科学者役で西村雅彦(西村まさ彦)が乗っており、瀧内公美と並んで富山県人が二人同じ画面に映っている。富山県からは多くの舞台人が出ているが、それでも大都市圏出身の俳優が多いため、富山の人二人という状況が珍しい。
最終的にはヒューマロイドが、刑務船を修理するという展開になる。
この映画唯一のアクションものである。脚本・監督:下山天。


第3作「ラブレター」。脚本・監督:井口昇。脚本家の池野(斎藤工)は自らの青春時代を脚本化している(その割にはモノローグとナレーションしか書いていないが)うちに、事故で若くして亡くなった同級生の彩乃(山本舞香)のことを思い出す。脚本を書けば過去が変わるかもと考えた池野は、友人の小松(要潤)と共にトイレからタイムスリップする。建設現場から落ちてきた建材により落命した彩乃。そこで池野は、彩乃をシザーハンドにして、建材に立ち向かえるようにするのだが……。
井口昇はベテランだが、説明的なセリフも多く、少し素人臭のする作品である。


第4作「少年の詩」。脚本・監督:清水崇。1987年の話。石川ユウコ(優香)は、息子の健(内川蓮生)と暮らすシングルマザー。栃木県足利市内の大型スーパーに勤めている。健の誕生日の日、ユウコと健はユウコが仲良くしている男の存在を巡って親子喧嘩をしてしまう。その日、ユウコが勤めるスーパーでは、屋上でボンバー仮面というヒーローのショーが行われる。
ショーのバックステージに忍び込んだ健は、ボンバー仮面役のスーパー社員で主任の永野(新井浩文)が母親に迫るのを目撃してしまい……。

可愛らしい印象で売ってきた優香だが、メイクを地味にして、その辺にいそうなおばさんを好演している。
新井浩文は、細やかな好演を見せているが、強制性交で実刑となり服役したとあっては、俳優は諦めるべきだと思う。彼のせいで大河ドラマ「真田丸」は一時期配信停止となった。ただすでに復帰プロジェクトが進行中で撮影も終わっているという。


第5作「ジョウネツノバラ」。脚本・出演:永瀬正敏。監督:工藤伸一。
出演者は、永瀬正敏と水原希子の二人だけである。
目を大きく見開き倒れる女性(水原希子)。病室である。傍らに佇む男(永瀬正敏)は夫だと思われる。
女性は亡くなったようで、葬儀が行われようとしている。棺桶の顔の前の扉を開けて、妻を確認する夫。夫はそのまま妻を車椅子に乗せて自宅のアパートまで帰ってしまう。
妻を風呂に入れた夫は、妻を冷凍室に運び、保存する。突然、永瀬正敏の髪が白くなり、歳月が過ぎたことが表される。冷凍室の中で妻は昔のままに眠っている。だが夫は冷凍機能を解除。妻と床の上に横たわる。あるいは夫の寿命も尽きようとしているのかも知れない。

脚本:永瀬正敏だが、セリフは一つもなく、おそらく場所と進行のみが描かれていると思われる。映像詩的作品であり、このオムニバス映画の中でも異彩を放っている。


第6作「1001のバイオリン」。脚本:小嶋健作、監督:李相日。
秋山達也(豊川悦司)は、東京の団地マンションで、妻(小池栄子)、長女(石井杏奈)、長男(荒木飛羽)の4人暮らし。東京に来て4年になるが、その前は福島第一原発で働いていた。東日本大震災により、仕事を失った秋山は、原発を見限り、すぐに一家で東京に移住。いくつかの仕事に就いたが長続きせず、現在は無職である。
長男の授業参観に出た達也。長男は、福島で飼っていた犬のタロウのことを書いた作文を朗読する。「タロウはまだ生きてるかも知れないぞ」と帰り道に息子に話しかける達也だったが、長男の考えは現実的だった。元同僚の安男(三浦貴大)と再開した達也は、飼い犬のタロウを探しに福島へと向かう。
クレジットにより、福島県いわき市と福島県南相馬市でロケが行われたことが分かる。犬の名前がタロウなのは、「南極物語」でも描かれたあの犬に掛けられているのかも知れないが、詳しい由来は語られないので分からない。
トヨエツは全編、福島弁のセリフを話す。福島の言葉には詳しくないので、どれだけのクオリティなのかは不明である。
「国宝」の李相日監督だからだとか、この作品が最もシリアスだからということは抜きにしても、一番完成度が高いと思われる。もっとも完成度重視でない作品も前半には多いのだが。

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2026年2月22日 (日)

これまでに観た映画より(428) 「ベイビーわるきゅーれ」

2026年2月11日

Netflixで、日本映画「ベイビーわるきゅーれ」を観る。NHK連続テレビ小説「ばけばけ」でヒロインの松野トキを演じている髙石あかりの出世作。2021年の作品。
出演:髙石あかり、伊澤彩織(いざわ・さおり)、秋谷百音(あきたに・もね)、うえきやサトシ、飛永翼、福島雪菜、伊能昌幸、本宮泰風ほか。脚本・監督は、京都造形芸術大学出身の坂元裕吾。
「芸能界喧嘩最強」候補の本宮泰風を起用するなど、本格的なバイオレンスシーンも見所となっている。
なお、この映画でも「黒ひげ危機一髪!」が出てきて、発射させた方が負けとされている。

女子高生二人による殺し屋ユニット「ベイビーわるきゅーれ」。人をまるで照明を消すかのように気軽に殺すことの出来るコンビである。しかし、二人とも高校を卒業する季節となる。大学に進学する気のない二人は、殺し屋事務局(?)の須佐野(飛永翼)から、「自立のために共同生活を送りながらバイト生活をするよう」命じられる。アパートは何故か、ラブホ街のある鶯谷の物件を借りることになるが、ラブホ街なら住民を巻き込む怖れも低く、ちょっと歩けば上野なので買物などにも苦労しない。殺し屋稼業にはもってこいなのかも知れない。
杉本ちさと(髙石あかり)はワッフル屋で働き、深川まひろ(伊澤彩織)はコンビニの面接を受けるが、とっさに手が出てしまうなど殺し屋の癖のせいで、バイトの面接に受からなかったり、受かってもクビになったりしている。本業はあくまでも殺し屋で、生活していけるだけの金はあり、バイトをしなければいけないことに不満を覚えていたりする。
二人とも想像力(妄想力?)豊かであり、まひろは、全員体格が良く、刃物を持ったコンビニ店員と格闘する幻覚を見たりする。
まひろの方が社会的応力がなく、バイトの面接は10連敗中。ちさとが合格したメイド喫茶に潜り込むが、「モエモエキュン」などのメイド用語を言うことが出来ず、体験入店ということにして貰って、1日で降りている。
ヤクザの浜岡一平(本宮泰風)は、息子のかずき(うえきやサトシ)や娘のひまり(秋谷百音)と共に新たな「萌え」ビジネスに手を出そうとする。メイド喫茶に入った二人だが、そこはちさとがアルバイトをしている店で……。

殺し屋の話で、銃弾が飛び交い、バイオレンスな展開も多いが、基本的にはコメディーに分類される作品である。強いと見せかけて、銃であっさりやられるという、「インディ・ジョーンズ」シリーズを参考にしたような展開もある。

今、最も注目を浴びる女優の一人である髙石あかりであるが、きめ細やかな仕草や表情、縦横無尽といった感じのセリフ術が高い実力を窺わせる。俳優としての知的能力もかなり高いだろう。細かすぎて多動に見えることもあるが、これは医師でないと判断出来ないし、そうであったとしても女優業には影響しないだろう。多重人格の役などをやらせても適任だと思うが、強いイメージがついてしまうと、他の役にも影響してしまうため、若いうちは、なるべく手を出さない方が良いように思う。
対する伊澤彩織の方は、今日初めて見たので、詳しいことは書けないが、内気な人間像を上手く体現していたように思う。

まひろは、社会不適応者であることを認め、バイトをやりたくないと須佐野に告げる。ウォン・カーウァイ(王家衛)監督の映画「天使の涙」でも社会不適応の殺し屋(レオン・ライが演じた)が描かれたが、高いコミュニケーション能力が必須となる現代社会において、対人関係能力を必要としない殺し屋はコミュ障には向いた職業(?)である。須佐野は取りあえず普通自動車免許を取るようまひろに告げる。運転手として登録するためで、その場合はバイトをしなくても良いようだ。
そして二人の今後は……というところで映画は終わる。続編へと続くことになる。


ワルキューレということで、ワーグナーの楽劇「ワルキューレ」から“ワルキューレの騎行”の冒頭をアコースティックギターや、シンセサイザーで奏でたものが時折流れる。


オール・ロケによる作品であり、制作費は低く抑えられている印象である。

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2026年2月 3日 (火)

坂本龍一 「Solitude」

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2026年1月30日 (金)

これまでに観た映画より(426) 「Tokyo Melody Ryuichi Sakamoto」4Kレストア版

2026年1月17日 T・ジョイ京都にて

京都駅八条口南西にあるイオンモールKYOTO内の映画館、T・ジョイ京都で、ドキュメンタリー映画「Tokyo Melody Ryuichi Sakamoto 4Kレストア版」を観る。上映時間62分の中編。フランス映画である。監督はエリザベス・レナード。1986年の作品だが、撮影自体は1984年に行われている。YMO散開直後であり、坂本は大島渚監督のオール・メイル・キャスト映画「戦場のメリークリスマス」の音楽が高く評価されて、アメリカではなくイギリスのアカデミー賞作曲賞を受賞。この映画の中にも映画「戦場のメリークリスマス」の場面が挿入されている。

1952年1月17日に東京都中野区に生まれた坂本龍一。東京都世田谷区に育ち、都立新宿高校を経て東京藝術大学音楽学部作曲科に現役合格。その後、同大学大学院音響研究科で、電子音楽やコンピューター音楽などを学んでいる。学生運動を行い、授業には余り出なかったそうだが、民族音楽の小泉文夫には多く学び、また作曲の師である三善晃から得たものも大きいことが作品を聴くと感じられる。
本当は大学院に進む気はなく、「社会には出たくない」ので留年しようと思っていたが、指導教員(誰なのかは不明)から、「留年は駄目だ。お前は卒業するか大学院に行くかどっちかにしろ」と言われ、大学院進学を選んでいる。望んで進んだわけではないが、これが愛称の「教授」に繋がる。大学院在学中に友部正人と出会い、レコーディングに参加。当時としては破格のギャラに驚喜し、バックバンドのミュージシャンとしてスタートすることになる。

最初にドビュッシーの言葉がフランス語で語られる(この作品は全編英語字幕付き)。“I am working on things that will only be understood by the grandchildren of the twentieth century.”。坂本はおもちゃの銃で遊んでいる。
坂本のアルバムの中でもマイルストーン的な1枚である「音楽図鑑」の制作に取材班は密着し、それ以外に坂本へのインタビューや思考を聞きだし、明治神宮や浅草寺の祭りなど、東京的な要素の濃い場所でロケを行っている。
当時の東京には、自動改札は勿論なく、駅員が切符を切っている。原宿では竹の子族が踊っているが、ダンスのレベルは今の若い人に比べるとかなり低い。今の若い子は、小学校の授業でダンスを学んでおり、誇張でなく竹の子族の何十倍も高度な動きとスピードでダンスを行っている。本当に隔世の感である。

坂本龍一が、新宿アルタの液晶ビジョンが見える位置に立つと、YMO時代の「体操」や「Behind the Mask」のPROPAGANDAライブ時の映像がビジョンに映る。

後年、坂本は若い頃の自分について、ヘッドバッドを行うポーズをして、「生意気だった」「(YMO結成の時も)時間があったらやります」「年取って(そういうことがなくなって)良かった」と述べている。

この頃は30代前半(厳密に書くと32歳)だが、父親への反発から文学書よりも思想書を多く読んでいたという坂本は、鋭さを特に隠そうとはしていない。

1から10まで、順番に作曲するのが音楽というのがそれまでの作曲法だったが、坂本はそれに疑義を呈し、部分部分を作曲して保存し、次の部分とつなぎ合わせるというシャッフリングのような発想をしていることが分かる。村上春樹が1985年に発表した『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』にもシャッフリングは登場するので、そういう発想をする人が多い時代だったのだろう。
シンセサイザーで作曲をする坂本だが、この時代のシンセサイザーの性能は今のおもちゃ以下。フロッピーディスクをLPレコードサイズにしたようなメモリーディスクを何枚も使い、音色の変更はメモリーディスクに入っているものの中からセレクトして行う。今なら適当な電気店で買った安いキーボードでも音色のチェンジは簡単に出来る。そう思うと、1984年は思っているよりも遙かに昔ということになるようだ。ちなみにCDの発売は、1985年なので、スクリーンの向こうの世界にはまだCDというものは存在しない。
明治神宮の神苑に似た場所で、坂本は「歩き煙草禁止」「順路→」という立て札の前を煙草を吸いながら逆方向に進んでいく。反骨精神を表しているようだ。今は「歩き煙草禁止」じゃなくて「禁煙」の立て札になっているだろう。
ちなみに明治神宮での祭りで鼓が打たれるが、鼓に近い音もメモリーディスクには入っている。

影響を受けた人物として坂本は、様々な作曲家を挙げた後で、哲学者・思想家の吉本隆明(「たかあき」ではなく有職読みで通称の「りゅうめい」で答えている)を挙げた。
一方で、「クラシックよりビートルズを先に聴いていたらクラシックには行かなかったかも知れない」と述べている。

坂本が作曲した作品以外に流れるのは、坂本が愛したフランスの作曲家の作品。ドビュッシーの「子供の領分」より第1曲“グラドゥス・アド・パルナッスム博士”、サティのグノシエンヌ第1番などだ。

YMO時代の中でもとりわけ有名な作品である「東風」は、PROPAGANDAライブの時のものと、矢野顕子とのピアノ連弾のものが採用されている。

なお、坂本はたまに眼鏡を掛けているが、後に老眼になるまで視力1.5なのが誇りだったと語っているため、伊達眼鏡である。老眼になってから丸眼鏡を掛けるようになり、「お洒落」と評判になったが、フランスの作曲家には丸眼鏡を愛用していた人が何人かいるため、影響を受けたのかも知れない。

坂本は、店舗で掛かるBGMについては、「最初から聴かないで次の階に行ったらまた別の音楽に変わる」として、音楽の聴き方が変わるという予兆を感じている。ただ、音楽の聴き方については現時点では激変はしていないように思う。ソフトから配信が主流になったりはしているが、基本的には好きな音楽を最初から最後まで聴く人の方が多いだろう。

1984年、バブル前夜。日本が上り調子の時代である。GDP(当時GNP)は世界第2位。1位のアメリカを脅かす勢いで、「Japan as No.1」と呼ばれるのが、1985年頃である。坂本も東京を「資本主義の最先端」と呼んでいる。まさかここまでひどい国になってしまうとは誰も予想していなかっただろうが、YMOも世界初のサンプリングを駆使したアルバム「テクノデリック」を発表するなど、世界最先端の音楽を作っていた。世界音楽史上、日本のミュージシャンが世界最先端の地位に躍り出たのはおそらくこの時だけだっただろう。

アルバム「音楽図鑑」の収録曲は、「M.A.Y. IN BACKYARD」と「マ・メール・ロワ」、ラストに演奏される「SELF PORTRAIT」がメインだ。それ以外の楽曲では、「戦場のメリークリスマス(Merry Christmas Mr.Lawrence)」が教授によるピアノソロと、映画の場面をセレクトして流れる。

その後、坂本は「ラストエンペラー」の音楽で、デヴィッド・バーン、コン・スー(蘇聡)と共にアメリカのアカデミー賞作曲賞を受賞。「世界のサカモト」と呼ばれるようになる(なお、この時、エンニオ・モリコーネが落選し、作曲者を大いに落胆させた)。
だがこれはまだ坂本龍一が世界的に知られる前の映像である。

この時の坂本は、整然としたものではなく、そこからこぼれ落ちたもの、はみ出たものなどに興味を持っていたようで、ノイズなどを取り入れた音楽に繋がって行くのかも知れない。アルヴァ・ノト(カールハインツ・ニコライ)との作業はまさにそんな感じだ。

ニューヨークに転居して世界的な活動を始める坂本。ニューヨーク転居については矢野顕子が強く望んだもので、その理由については知っている人は知っているので詳しくは書かない。村上龍はテレビ番組で「亡命していった」と語っていたが、坂本はそれも否定している。

一方で、東京に対する落胆は増していったようで、自伝『音楽は自由にする』では、東京に対して、「限界に来ている」「家賃が高すぎる」「誰が住むか」と露骨に嫌悪している。「東京じゃない、家賃の安い場所から新しいものが生まれる」という予感もあったそうで、最後の方では、「京都あたりに住んでみようかと思っている」と述べている。これは絵空事ではなく、実際に京阪神地域を愛したデヴィッド・ボウイが手に入れていた九条山の土地を買ったか、買おうとした動きがあったようである。だが、癌になったことで京都移住は夢と終わった。

東京に生まれ、東京に育ち、東京で学び、東京で仕事をしてきた坂本龍一。「東京はもう駄目だ」とまで宣告したようなものだったが、最後の癌の治療は主治医が東京にいたため、東京に仮住まいし、東京の病院で手術を受け、東京の病院で亡くなった。そして何よりも、本人は否定するかも知れないが、彼は東京が似合う男だった。

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2026年1月 6日 (火)

これまでに観た映画より(422) 岩井俊二脚本・監督 松たか子初主演映画「四月物語」

2026年1月2日

岩井俊二脚本・監督作品「四月物語」を観る。1998年の作品。松たか子が、旭川から上京した女子大学生、楡野卯月(にれの・うづき)を演じており、彼女はこれが映画初主演作になる。松たか子は1977年生まれなので、当時、実際に大学生であったが、1年の内、休みが4日しかないという多忙な生活を送っており、大学にもほとんど通えず、4年目で中退している。一方、私もまだ大学生だった頃である。

私はロードショー時に、渋谷にあったシネアミューズという映画館で観ている。シネアミューズは文字通りアミューズの映画館であるが、上階のオフィスから絶えずコツコツというハイヒールで歩く足音が聞こえてくるという悪環境。ハイヒールで絶えず歩き回る仕事が何なのか分からなかったが、映画館側もクリームを入れてはいたようである。しかし、改善されないままであった。今はもうシネアミューズは存在しない。大小2つのスクリーンがあり、「四月物語」は大きい方のスクリーンで観ている。

先輩に恋した女子高生が、彼を追って東京へと出るというお話である。ファーストシーンで観る者を笑わせる仕掛けがある。

武蔵野大学というのが先輩が行き、卯月も入った大学の名前だが、1998年当時には、武蔵野大学という大学は存在しなかった。だがその後、西東京市にあった浄土真宗本願寺派の武蔵野女子大学が共学化して武蔵野大学となり、更に文学部しかなかった元小規模女子大が、毎年のように学部を増やし、女子も男子も志願者が増えて有明にもキャンパスを築き、「共学化して最も成功した大学」として知られるようになっている。卯月は東京の大学には疎いようで、「武蔵野って有名なの?」と友人に聞くが、友人も「結構、有名」と返しており、現在の武蔵野大学の状況と重なっていたりする。大学案内にさりげなく芝浦工業大学や上智大学などの実在の難関私大のページを入れているのも、あたかも武蔵野大学が実在するかのように見せる仕掛けとなっている。
実際のキャンパスの撮影は、入学式が東京都武蔵野市吉祥寺の成蹊大学(実際の入学式に紛れて撮影)、それ以外は栃木県小山市の白鷗大学で行われているようだ。全体的に、「東京都下での学生生活」といった雰囲気であり、23区内の大学生活とは大きく異なる。住所であるが、卯月が自転車を漕いで歩道橋を渡るときに「国立市」の文字が見える。国立市には国立の一橋大学があるも、有名な私立大学はほとんどないが、北の国分寺市に東京経済大学が、南の立川市に国立(くにたち)音楽大学があり、共にのんびりとした校風であるため、そうした大学をイメージするといいだろう。23区内の難関大学だとみんな図書館に籠もって資格の勉強をしていたりするので、この映画に出てくる大学とは雰囲気が大分異なる。

楡野卯月であるが、高校時代は学業成績は今ひとつで、どうしても先輩のいる武蔵野大学に行きたくて必死で勉強したタイプである。ただ地の部分は隠せないでちょっと抜けた感じである。また、「それちょっとまずいんじゃない?」ということもする癖がある。

「生きていた信長」という三流映画が掛かっている映画館で、卯月に近づいてくる怪しいサラリーマン風の男を演じていた俳優は、当時は無名に近かったが、その2年ほど後に、萩原聖人&中谷美紀主演の映画「カオス」で、「怖ろしくリアルな演技をする」俳優として注目を浴びるようになる。光石研である。

「生きていた信長」で、信長を演じていた江口洋介は、その後、大河ドラマで信長を演じることになる。

親元を離れ、初めての一人暮らし。不安だけど新しい生活が鮮やかに切り取られている。
松たか子も最近は自分の色を出した演技で自在感を増しているが、このときは100%役になるための楷書風の演技。現在の草書風の演技と比べてみるのも面白い。

当時の松たか子は、頬がふっくらした感じで、2年前(1996)の連続ドラマ「ロング・バケーション」でも、山口智子にそれをいじられるシーンがある。またカレーを作るシーンでは、松たか子が実際にカレーを作っており、メイキング番組では、余った分をスタッフが美味しそうに食べるシーンがある。

憧れの山崎先輩(田辺誠一)がアルバイトをしている書店、武蔵野堂の周辺は、日本風の街並みではないが、出来てまだ新しい、千葉市の幕張新都心の幕張ベイタウン・パティオスで撮られている。加藤和彦が現れる画廊の周辺も車止めの形が同じであることからやはり幕張新都心で撮られたことが分かる。加藤和彦の役名は「画廊の紳士・加藤」で何者かは分からない。画家に「先生」と呼びかけていること、スーツ姿であることなどから画家ではないと思われ、ロードショー時には「大学の先生か何かかな?」と思ったが、画廊の女性は、「加藤さん」と呼びかけており、いわゆる「先生」と呼ばれる職業ではないようだ。編集者だろうか? いずれにせよ加藤和彦のチャーミングでジェントルな一面が映っており、加藤和彦の追悼映画にこのシーンが取り上げられなかったのは残念である。

音楽はCLASSICとなっていたり、女性名義の作曲家になっていたりするが、その女性の名前で検索しても「四月物語」しか引っかからない。ということはペンネームということになる。そしてプロの作曲家にしては拙い作曲技法ということで、正体は岩井俊二監督である。岩井監督はその後、CMの音楽を手掛けたが、作風はそっくりで確定となった。
なお、ピアノは松たか子が弾いており、オリジナルサウンドトラック「四月のピアノ」も発売されている。

大学に入ったことのない人がどう思うのかは分からないが、大学に入ったばかりの四月のワクワクドキドキ、おそらく人生で最も晴れやかな四月を描いた愛らしい中編映画である。

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2026年1月 3日 (土)

これまでに観た映画より(420) ndjc 若手映画作家育成プロジェクト2016 ショートフィルム 伊藤沙莉主演「戦場へ、インターン」

2025年8月15日

Netflixで、若手映画作家育成プロジェクト2016 ショートフィルム「戦場へ、インターン」を観る。主演:伊藤沙莉。出演:萩原みのり、郭智博ほか。郭智博の演技を見るのは、蓮佛美沙子主演版のNHK連続ドラマ「七瀬ふたたび」以来である。
上映時間約25分。若手映画作家育成プロジェクトからスターダムに上り詰める人も多いようで、歴代の映画監督や出演俳優の中にはかなり売れている人の名も見ることが出来る。

監督は藪下雷太。

伊藤沙莉の役名は麗子だが、劇中で呼ばれることはない。撮影現場で名前を呼ばれるのはベテランの人だけだ。主に大学2年か3年に行われるインターンで撮影現場に派遣されたのだが、当然ながら華やかな仕事は任されず、その技術もなく、撮影中に車が走る音が聞こえるとそれをマイクが拾ってしまうので、麗子が事前に車を止めることになる。その他にケータリングの準備をしたりと下っ端の仕事を担う。常にインカムをし、やり取りをする。

今は違うかも知れないが、映画の現場はパワハラの温床で、暴力、暴言が日常茶飯事であり、それゆえにタイトルに「戦場」が入っている。映画監督の塚本晋也は、日本大学藝術学部映画学科卒業時に、「映画には悪いイメージしかない」ということでCM制作会社に就職している。今回の組の監督も気難しそうである。
麗子が一台の車を止める。運転席には若い男。後部のフロアにはその妻が横になって苦しんでいる。産気づいて病院へ向かう途中なのだ。撮影班からは苦情が出るが、麗子は人命を尊重するためにスマホで救急車を呼ぶ。埼玉県内であるが、舞台となる昭和前期の建物が残る外れの方で、周りには畑が広がる田舎。救急車を呼んだことで麗子は怒られるが、反論する。気が強いというよりもかなり真面目な性格のようである。

一方、新人女優の舞(萩原みのり)は、性体験に乏しいことに悩んでいた。戦中の話で、戦地に向かう夫との最後の夜を演じるのだが、奥手であるためキスも昨日の撮影でしたのが初めてで、そこから先は経験がない。「他の人は経験しているのに」とコンプレックスを抱く。

そんな麗子と舞が出会い、舞が女優として成長するという話である。
22歳頃の伊藤沙莉は化粧も薄めで、ナチュラルな風貌。「美少女」にカテゴライズする人も案外多そうである。本人は顔にかなり強い劣等感を抱いているようで、「整形したい」などと言っていたが、その必要はないと思う。
そして笑顔は天下無双。撮影現場に入って舞を励ますような表情もするのだが、言葉はなくとも非常に雄弁である。

役柄故か暗い表情をしていることの多い萩原みのり。清楚な雰囲気だが、残念ながらもう女優は辞めてしまったようである。

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2025年12月28日 (日)

これまでに観た映画より(419) ドキュメンタリー映画「Ryuichi Sakamoto:Diaries」

2025年12月10日 京都シネマにて

京都シネマで、ドキュメンタリー映画「Ryuichi Sakamoto:Diaries」を観る。NHKスペシャル「Last Days 坂本龍一最期の日々」でも使われた映像を中心に未公開映像などを加えて再編集したもの。監督:大森健生(おおもり・けんしょう)。朗読:田中泯。出演:坂本龍一ほか。

2023年3月28日に71歳で他界した坂本龍一。父は日本大学文学部(現在の文理学部)出身で、敏腕編集者の坂本一亀(かずき。あだ名は「いちかめ」さん)。帽子デザイナーであった母親の敬子も父親同様、日本大学出身という家に生まれており、東京芸術大学に受からなかったら、日本大学藝術学部に行こうかと考えたこともあるようだ。母親が日藝出身ということもあるが、高校時代から学生運動に参加していた坂本は、「学生運動では日大全共闘が一番ぶっ飛んでたからね」と語っており、音楽とは特に関係のない理由もあったようである。
だが、やはり親の影響はあるようで、自伝では、都立新宿高校時代の進路志望について、「まず『東大』と書く。続いて『芸大』と書く。最後に『日大』と書く」と明かしている。前2校と日大とは日藝とはいえブランドにかなり差がある。坂本一亀は厳父で龍一は父と口を利くこともほとんど出来なかったそうだが(死後に息子が出た雑誌などは全て買い、スクラップ収集していたことが分かる)、龍一はかなりのマザコンであることを隠そうとはしていないため、母親の母校に愛着を持っていたようだ。私も法政大学出身の父親の影響で、明治大学か法政大学に行きたいと思っていたので、親の影響は大きい。

坂本龍一が癌により、「余命半年」の宣告を受けたのはコロナ禍の最中である2020年12月11日のこと。坂本はその日の日記に、「死刑宣告だ」「俺の人生終わった」と書き記している。翌日は、生配信コンサートであった。私もリアルタイムでこのピアノコンサートを聴いており、特に変わったところは感じなかったが、このとき、坂本龍一は頭が真っ白で、なんとなく始まりなんとなく終わったという感じで、演奏の記憶がほとんどなかったということを後に語っている。坂本は主治医に「あと10年は音楽をやりたいので」と告げ、闘病生活に入った。

このとき、坂本龍一は長時間にわたるインタビューを何度も受けていた。自伝『音楽は自由にする』に続く第2弾の刊行を予定していたのだ。『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』いうタイトルで、映画音楽を担当した「シェルタリング・スカイ」でラストに登場する原作者のポール・ボウルズの語る言葉に由来している。そのため、「シェルタリング・スカイ」のテーマだけは、全曲、坂本のピアノ演奏姿が収められている。他にも有名曲はたくさん登場するが断片が多く、「シェルタリング・スカイ」だけは自伝のタイトルと密接に結びついているということで別格の扱いだ。ポール・ボウルズによる朗読も流れる。
坂本龍一は、いくつも著書を出しているが、自分で一から書くのではなく、インタビューを受けて、その中からライターに抜粋と再構成を依頼するというのが常である。多くが語り口調で書かれているのはそのためだ。このときには鈴木正文がインタビュアーを務めていた。

2019年。坂本はニューヨークの自宅の庭に古くなったピアノを運び出し、ピアノの音色と共に雨の音にも耳を澄ませた。ここから坂本龍一の自然音への傾倒が始まるのだが、病気が重いときには体力がないので音楽を聴くことが出来ないというのもその理由だった。YouTubeで雨音を何時間も聴き続けたりした。
坂本龍一というと、コンサート会場に武満徹弾劾のビラを撒きに行き、そこに武満徹が来て、「これ撒いたの君?」と聞かれた話が知られている。私はてっきり東京芸大から近く、武満ら日本現代音楽家の作品演奏がよく行われていた東京文化会館でのことだと思い込んでいたのだが、実際に初めてのビラは東京文化会館小ホールで撒かれている。だが実はビラ撒きは何度も行われていて、武満とやり取りを行ったのは長野県軽井沢町での音楽祭でのことだそうである。わざわざ軽井沢まで出向いたということになる。それほど武満が憎かったのか、暇だったのか分からないが、後年、作曲家となった坂本は武満と再会。武満は、「ああ、あの時の君ね」と坂本のことを覚えており、「君は作曲家として良い耳をしている」と称賛。坂本は「あの武満さんに褒められた」と有頂天になったことを明かしている(NHKスペシャル「武満徹の残したものは」)。その後、坂本は武満の作品に真正面から向かい合い、共感してもいくのだが、自然音を愛するという武満と同じ境地にたどり着いたことになる。ちなみに坂本のニューヨークの家の本棚には武満徹の著作集全5巻が並んでいた。

武満徹は、ポール・マッカートニーを理想の作曲家とし、メロディーメーカーを目指して作曲に取り組んだが、意に反して「響きの作曲家」として評価されることになる。独特の色彩美と清浄さを兼ねたメロディーがあり、ここから新たな地平が開けるのではないかと感じさせた「系図 若い人のための音楽詩」を発表したが翌年に死去した。
一方の坂本龍一は稀代のメロディーメーカーであり、ポピュラー楽曲や映画音楽で、一聴したら忘れられないほど印象的なメロディーをいくつも書いた。大ヒットした「energy flow」なども全く苦労することなく短時間で書き上げている。坂本はアンビエントミュージックも書いているが、やはり今後、新たな作風が生まれようかという時になって世を去ることになった。
あるいはそれが作曲家の宿命なのかも知れない。

癌克服のために坂本は様々な試みを行っている。
新潮新書から出た『世界が認めた和食の知恵 マクロビオティック物語』という食事法に感銘を受けた坂本は、新書の帯にメッセージを寄稿しているが、その後、「マクロビオティックさえ行っていれば健康になると思っていたら癌になってしまい、反省している」とも述べている。そのためか、食事療法のようなものは行っていない。日記にも「みかんが食べたい」「ショートケーキが食べたい」など、シンプルな記述があるのみだ。

坂本は「雲」を愛した。ドビュッシーの管弦楽曲「夜想曲」第1曲である。ピアノで冒頭を弾いて、「この浮遊感」と惚れ惚れとした表情を浮かべていたこともある。ドビュッシーの弦楽四重奏曲にも衝撃を受けた坂本は本気で「自分はドビュッシーの生まれ変わりかも知れない」と言って笑われたこともあるそうだ。坂本龍一は入院している病院の窓から見た雲についての記述も行っている。

手術を受けては、東京の白金に設けた仮の新居で作曲をする日々。日記のように綴られる音楽は、やがて「12」という12曲入りのアルバムとなり、これが坂本龍一の音源での遺作となった。無題未完成に終わった作品もいくつかある。

坂本龍一は、文字での日記も残しており、田中泯によって朗読されるが、小さなメモ帳に日付と短い文が書かれたもので、文学的なものではない。それこそメモと言った方が良いかも知れない。田中泯は淡々とした朗読を行う。俳優としてドラマティックに読むことも出来るはずだが、そうすると坂本龍一のものではなく田中泯のものになってしまう。ということで、朗読ではあるが、声よりも教授の書いた文字が観客に突きつけられるようなスタイルとなっている。

坂本龍一の死までの3年半という長い歳月が映像に収められているのは、次男(実子としては長男)が映像作家だから可能になったことである。飾らない態度で映っているのも息子がカメラを向けているからだ。余命宣告を受けてからの作曲家の活動を捉え続けた映像作品はほとんどない。その点でも貴重な作品といえる。

「教授」というあだ名で知られながら、教育活動にはほとんど関わってこなかった坂本龍一。芸大でも少しだけ教えたことがあったことが自伝に書かれているが、東日本大震災発生を受けて、自ら代表・音楽監督として組織した東北ユースオーケストラとの活動についての映像も登場する。東北ユースオーケストラと坂本龍一の活動は、NHKがドキュメンタリー番組として制作しているので、そちらに詳しいが、この映画でも東京・溜池山王のサントリーホールでの定期演奏会に顔を出した様子(このときにはもう演奏出来るだけの体力はない)や、死の前日に東京オペラシティコンサートホール“タケミツ メモリアル”で行われた東北ユースオーケストラの演奏を病床でスマートフォンを観て確認する様が映されている。スマートフォンに向かいながら坂本は指揮を行っていた。タケミツホールとも呼ばれるこのホールでの演奏を見ることになるのも何かの因縁かも知れない。

作曲家の役割は当然ながら曲を作ることだが、東北ユースオーケストラのメンバーもまた坂本の創造物だろう。

NHKの503スタジオで、1日数曲ずつの収録を行い、自ら「これで最後」と語ったピアノコンサートを作り上げた坂本龍一。実際、これが演奏家としての最後の仕事となった。

病床で4人の子どもと語らった坂本龍一。次女(有名な人だが、「Last Days」同様、実名は出ない)に「幸せな人生だった」と坂本は語っている。

それを受けて、エンディングには「Happy End」が流れた。


2023年3月28日午前4時32分。雨の朝、東京に死す。

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2025年12月22日 (月)

これまでに観た映画より(418) 「赤垣源蔵(戦後改題「忠臣蔵赤垣源蔵 討入り前夜」)」

2025年12月14日

Amazon Prime Videoで、日本映画「赤垣源蔵(戦後改題「忠臣蔵赤垣源蔵 討入り前夜」)」を観る。第二次世界大戦開戦直前である1939年の公開。戦後のタイトルが変わっているが、戦後、GHQにより「チャンバラ映画は好戦意欲を掻き立てる」として没収、検閲を受けている。公開も禁止された。そのまま消えてしまった映画も多いのかも知れないが、「赤垣源蔵」はフィルムが返却され、戦後にも上映が許されているようだ。
主演:阪東妻三郎。出演:市川小文治、原健作、市川百々之助、香川良介、磯川勝彦、志村喬、花柳小菊、大倉千代子、中野かほる、京町ふみ代ほか。監督:池田富保。
出演者は多いが、基本的には阪妻を見るための映画である。
76分と短めの映画だが、吉良邸での殺陣の場面が短いため、あるいはGHQによる大幅なカットがあったのかも知れない。

日活京都作品。ほぼ全編に渡って音楽が流れているメロドラマだが、この時期のフィルムはノイズなどが耳障りなため、それを和らげる意図があったのかも知れない。

次男坊の赤穂浪人、赤垣源蔵(阪東妻三郎)であるが、江戸では兄で婿養子に入った塩山伊左衛門(香川良介)の屋敷に居候し、酒に溺れ、しょっちゅう居眠りしている始末で、討ち入る気があるのかどうか不明である。一応、周囲には「遠国に仕官する」と言っている。
そんな源蔵に隣家の播州龍野・脇坂家家臣である板谷城左衛門(志村喬)の娘、千鶴江(花柳小菊)が惚れるが、源蔵の煮え切らない態度に業を煮やし、他家へと嫁ぐ。

狸長屋に引っ越した源蔵。宿場町(品川宿だろうか。当時の品川は色街でもあったので、そちらの関係で行ったのかも知れない)で休んでいた源蔵は、同じ赤穂浪士の仲間が吉良の家臣に追われている場面に出くわす。浜辺で「ここぞ」とばかりの大立ち回り。撮影は瀬戸内で行われていると思われるが、向かいに見える山のようなものは淡路島だと思われるので須磨付近での撮影だろうか。

伊左衛門の家で兄を待つ源蔵。伊左衛門は家中で囲碁を打っているということでなかなか帰ってこない。源蔵は兄の羽織を借り、羽織に別れを告げ、徳利で飲めない酒を飲む(一人徳利の別れの場)。

大石内蔵助同様、「昼行灯」と呼ばれそうな放蕩者を装う源蔵。女子どもを含む多くの人から見下されながら雌伏を貫き、花を咲かせる。


特に女優に顕著だが、表情の演技がとても細かく、逆に身振りの演技が大きい。おそらくマイクロフォンの性能が心許ないので、そうした演技で補う必要があったのだろう。少なくとも映像作品においては演技と技術は一体である。AIの技術が怖ろしく発達しているが、今後の映像作品制作に大きく影響しそうだ。

吉良邸での源蔵の殺陣は、「流石、サイレント期に一時代を築いた阪妻」と唸らされるものである。

ラストは高輪泉岳寺へ向かう赤穂浪士達を雪の中、裸足で追う千鶴江の姿で終わる。胸に去来するのは後悔だろうか。

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2025年12月11日 (木)

観劇感想精選(503) 舞台版「酔いどれ天使」(再演)

2025年12月6日 大阪上本町の大阪新歌舞伎座にて観劇

午後5時から、大阪上本町の大阪新歌舞伎座で、「酔いどれ天使」を観る。黒澤明監督の同名映画の舞台化である。笠置シズ子の「ジャングル・ブギ」が用いられていることでも知られるが、舞台版では踊り子は出てくるものの、「ジャングル・ブギ」などの歌はうたわれない。2021年に上演された舞台の演出家を変えての再演で、今回の方が有名キャストは少ない。

原作:黒澤明、植草圭之助。脚本:蓬莱竜太、演出:深作健太。黒澤以外は比較的珍しい苗字が並ぶ。植草は千葉県固有の姓で、少年隊の植草克秀は千葉市出身。また千葉市には植草学園大学という大学がある。ただし植草圭之助は東京生まれである。深作は、深作健太の父親である深作欣二が一人で有名にした苗字である。
出演:北山宏光、渡辺大、横山由依、阪口珠美、佐藤仁美、大鶴義丹ほか。京都出身の有名芸能人の一人である横山由依(京都人からすると「木津川市なんて奈良やん」ということになるのかも知れないが)は、岡田結実(おかだ・ゆい)との「ユイ」コンビでWキャストである。今日は昼からの公演は同じ役を岡田結実が演じた。

敗戦後の東京が舞台。闇市で成り上がり、愚連隊の頭的存在となった松永(北山宏光)は、手に銃弾を受け、腕は良いが酒好きで貧乏な医師の真田(渡辺大)に、弾丸の摘出手術を受ける。その時、真田は松永が結核に罹患していることを見抜く。
真田は性格にも癖があり、「名医が認める名医」的存在であるにも関わらず、格好もだらしがないため、患者が来ない。1ヶ月ほど誰も受診に訪れておらず、収入ゼロだが、それでも深刻には感じていない鷹揚な人柄である。開業医であるため、医院は自宅と兼用となっており、婆やと居候の美代子(佐藤仁美)と暮らしている。真田は平野愛子の「港が見える丘」(1947)が好きでしょっちゅう口ずさんでいる。
かつてこの街をシマとしていた岡田(大鶴義丹)が刑務所から出てくる。岡田は戦争中はずっと服役していたため、戦場のリアルを知らない。松永はかつては岡田の弟分だったが、「またアメリカと戦争をして今度は日本が勝つ」などと能天気なことを言う岡田と距離を取るようになる。松永は出征しており、前線に送られていた。他の兵士は必死で戦う気であることが分かったが、岡田は怖くて逃げることばかり考えていた。そのため五体満足で帰ることが出来たのかも知れないが、そのことを負い目に感じていた。
ある日、闇市を歩いていた松永は幼馴染みのぎん(横山由依)に声を掛けられる……。

 

第1幕、第2幕共に上演時間1時間ほどだが、映画を演劇にするのは難しいのか、1時間なのに長く感じられる。カットを切り替えたりは出来ないので、その分、セリフも多めになっているのかも知れない。中央に黒い水たまりが描かれた舞台で、布などを用いた演出もある。セットが変わることもあるが、映画にしては舞台があちこち飛ばない作品なので、舞台化には向いていると思う。
演技面で一番良かったのは佐藤仁美。最近は露出も特別多くはないし、容姿的にも飛び抜けた美人という訳ではないが、それでも長く活躍出来ているのは演技力が高いからだろう。頭一つ抜けている感じがした。

横山由依は全編北陸方言を用いての演技。北陸地方の何県なのかは分からないが、脚本担当の蓬莱竜太が青春時代を石川県で過ごしているので、石川弁である可能性は高い。彼女は真面目な性格で知られ、AKB48第2代総監督も務めているが、いかにも「真面目」な演技。伝わる人には伝わるし、嵌まる役もあると思うが。もう少し余裕があると更に良くなると思う。
演技面では他には突出した人はいないが、それぞれの個性は上手く出ていたように思う。
元乃木坂46の阪口珠美は、ダンサーの奈々江役だが、他のダンサーはダンスを本業としている人達。阪口は女優だからセリフも勿論喋れるが、他のダンサーは……。
最近、ミュージシャンやダンサーにセリフを喋らせる演出をたまに見るが、上手くいかない。セリフを喋るのは想像しているよりも難しい。

有名人が余り出ないので、客席は埋まっていなかったが、北山宏光のファンと思われる女性の中にはラストで泣いている人も大勢いて、作品としては成功だったといえる。

ラストでキャットウォークから紙切れが大量にばらまかれていたが、意図はなんだろう。すぐに思いつくのは二・二六事件、そして太平洋戦争中に米軍が飛行機からばら撒いた日本を揶揄する文章(「日本、よい国カミの国 カミはカミでも燃える紙」といったような文章)。イスラエル軍もガザ地区で、「ガザ市に残る者はスパイと見なして容赦なく撃ち殺す」という文章が書かれた紙を飛行機から撒いているそうである。IT全盛の時代だが、一度に多くの人にメッセージを伝えるには飛行機から文章が書かれた紙を撒くのが一番効果的なのかも知れない。いずれにせよ戦時色がいつ濃くなってもおかしくない不気味さを感じさせる演出である。

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