カテゴリー「日本映画」の178件の記事

2021年7月27日 (火)

これまでに観た映画より(265) 京都シネマ 中村壱太郎×尾上右近 「ART歌舞伎」 中村壱太郎舞台挨拶付き

2021年7月19日 京都シネマにて

午後4時35分から、京都シネマで「ART歌舞伎」を観る。
中村壱太郎と尾上右近が、コロナ禍の中で作成した配信用作品。昨年の7月1日に東京・九段の靖国神社能楽堂で収録され、7月12日から期間限定で配信された。
本編(86分)上映後に、中村壱太郎出演による舞台挨拶がある。
「ART歌舞伎」は、まずポレポレ東中野で上映され、今日1日限定で大阪・シネマート心斎橋と京都シネマで上映される。

出演は、中村壱太郎、尾上右近、花柳源九郎、藤間涼太郎。演奏は、中井智弥(箏・二十五弦箏)、浅野祥(津軽三味線)、藤舎推峰(笛)、山部泰嗣(太鼓)、友𠮷鶴心(琵琶)。

「四神降臨」「五穀豊穣」「祈望祭事」「花のこゝろ」の4部からなり、「四神降臨」と「祈望祭事」は歌舞伎舞踊、「五穀豊穣」は三味線の謡、「花のこゝろ」は中村壱太郎が歌謡集『閑吟集』に出てくる言葉を選んでストーリーを組み立てた舞踊物語である。


「四神降臨」では、壱太郎、尾上右近、源九郎、涼太郎がそれぞれ四神(青龍、朱雀、白虎、玄武)となり、舞踊を行う。玄武を受け持った尾上右近は黒の紋付きを着ていたが、他の演者は、顔の一部分に該当する色を入れていたり、背景のライトの色を変えたりすることで処理していた。

外は大雨で、雨音がマイクにも入っている。2020年7月1日は台風が近づいている日であったが、収録が行えるのはこの日しかないということで強行したそうである。ちなみにリハーサルも十分に行えない上に一発録り。カメラは7台用意したそうで、それでも上手くいかない場面があり、良く聴くと音楽が止まっていたり、よく見ると「あれ、ここなんか事故あったかな?」と分かる場面もあるそうだ。

「祈望祭事」では、藁が効果的に使われているが、たまたま靖国神社のそばで藁が手に入ったために使っているそうで、即興的要素も多いようである。

字幕入りの国際版での上映であるため、謡入りの「花のこゝろ」は英語での表現も気になる。
壱太郎は、白塗りの真ん中に日の丸を入れるというメイクである。壱太郎演じる女は、良き夫と子に恵まれ、幸せに過ごしていたが、突如として戦乱の世となり、夫は戦死、子は病死、自身は狂気にさいなまれ、遊女へと身をやつすことになる。
一方、尾上右近が演じるのは、「生涯を戦場(いくさば)にて過ごす若者」(英語字幕では、“Natural bone warrior”という凄い表現になっていた)。腕に覚えがあったが、朋に裏切られ、落ち武者となる。
そんな二人が巡り会うが、平穏が訪れる日を願いながら別れることになる。ちなみに西方浄土は、“Western Pure land”になるそうだ。

若者が去った後で、海兵の英霊(やはり尾上右近が演じている)が現れ、無用な戦をするなという意味のメッセージを女に伝える。
英霊というのは靖国神社に祀られている御霊のことだが、ここに登場する英霊は具体的には、『きけわだつみの声』の巻頭を飾ることになる遺書を残した上原良司だと思われる。上原良司は慶應義塾大学在学中に学徒出陣して戦死しているが、壱太郎による大学の先輩へのリスペクトということになるのかも知れない。


中村壱太郎による舞台挨拶。この後、午後6時45分からの回も観て欲しいため、壱太郎は色々と宣伝を行う。「うっとうしいのは僕の舞台挨拶を2回聴かないといけない」と冗談を言っていたが、壱太郎のファンなら2回聴けるのはむしろプレゼントだろう。
稽古は2週間ほど行えたが、本番は1日だけで、取り直しが利かない一発録り。「春のこゝろ」については半分ほどしか当日リハーサルが行えなかったそうである。

収録中も、「(尾上右近の)髪型がおかしいじゃない?」など、臨機応変に変えた部分も多いそうだ。なお、雨がやむ気配がなく、邦楽器は雨に弱くていつ故障が起こってもおかしくないということで、よく見ていると出演者の顔がどんどん青ざめていくのが分かるそうである。
配信用の収録であり、スクリーンでの上映は念頭に置いていなかったが、「映画館で上演するには録音が貧弱」ということで、音楽に関しては全て一から録音し直したそうである。なお、再録音したものはCD化されており、壱太郎が舞台挨拶の最後でグッズの一つとして紹介していた。「CDはちょっと」という人向けのダウンロード版も発売されているそうである。
なお、舞台での初演がすでに決まっており、岡山市で行われるそうである。

舞台挨拶中は写真撮影や録画は一切禁止であるが、舞台挨拶終了後に短い時間ではあるが、フォトセッションの時間が設けられており、壱太郎もこの時は、「何も喋らないんで」とマスクを外すファンサービスを行っていた。

Dsc_1983

| | | コメント (0)

2021年5月30日 (日)

これまでに観た映画より(261) 「戦場のメリークリスマス」

2021年5月27日 京都シネマにて

京都シネマで、「戦場のメリークリスマス」を観る。大島渚監督作品。日本=イギリス=ニュージーランド合作作品で、撮影は主にニュージーランドで行われている。出演:デヴィッド・ボウイ、坂本龍一、ビートたけし、トム・コンティ、ジャック・トンプソン、内田裕也、ジョニー大倉、内藤剛志ほか。オール・メイル・キャストである。結構よく知られた話だが、無名時代の三上博史も日本軍の一兵卒役で出演しており、比較的目立つ場面に出ていたりする。脚本:大島渚&ポール・マイヤーズバーグ。製作はジェレミー・トーマス。2023年に大島渚の作品が国立機関に収蔵される予定となったため、全国的な大規模ロードショーは今回が最後となる。4K修復版での公開となるが、京都シネマの場合は設備の関係で、2Kでの上映となる。

映画音楽の作曲は坂本龍一で、略称の「戦メリ」というと通常では映画ではなく坂本龍一作曲のメインテーマの方を指す。おそらく映画よりも音楽の方が有名で、大島渚監督の「戦場のメリークリスマス」は観たことがなくても、坂本龍一作曲の「戦場のメリークリスマス」は聴いたことがあるという人も多いだろう。サウンドトラック盤の他に、ピアノアルバムとして発表した「Avec Piano」も有名で、坂本龍一本人の監修による楽譜などが出版されている。私は坂本龍一本人の監修ではなく、許可を得て採譜され、kmpから出版された楽譜を紀伊國屋書店新宿本店で買ってきて、よく練習していた。「戦場のメリークリスマス」メインテーマよりも、「Last Regrets」という短い曲の方が好きで、これまでで一番弾いた回数の多い曲であると思われる。
私のことはどうでもいいか。

ローレンス・ヴァン・デル・ポストの小説『影の獄にて』を原作としたものであり、インドネシアにおける日本軍の敵国兵捕虜収容所が舞台となっている。捕虜収容所を舞台とした映画としては「大いなる幻影」が有名であるが、「戦場のメリークリスマス」も「大いなる幻影」同様、戦争映画なのに戦闘シーンが全くないという異色作で、おそらくであるが、「大いなる幻影」はかなり意識されていると思われる。

Dsc_1691

1942年、ジャワ島レバクセンパタにある日本軍の捕虜収容所。収容所所長はヨノイ大尉(坂本龍一)である。部下のハラ軍曹(ビートたけし)と、捕虜であるが日本在住経験があるため日本語も操れるジョン・ロレンス(トム・コンティ)は敵であり、時には一方的にハラがロレンスに暴力を振るう関係でありながら、友情のようなものも築きつつあった。

当時日本領だった朝鮮半島出身の軍属であるカネモト(ジョニー大倉)が、オランダ兵俘虜のデ・ヨンに性行為を働いたかどで捕縛され、ハラから切腹を強要されそうになるというところから始まる。実はこの同性愛の主題がずっと繰り返されることになるのがこの映画の特徴であるのだが、単なるホモセクシャルの話で終わらないところが流石は大島渚というべきだろうか。戦場には男しかいないため、洋の東西を問わず同性愛は盛んに行われたのだが、この映画では、それが単なる性欲という形で終わることはない。

ヨノイは、バタビヤ(現在のジャカルタ。長年、インドネシアの首都として知られたジャカルタだが、首都移転計画が本格化しており、ボルネオ島内への遷都が行われる可能性が高い)で行われる軍律会議に参加したのだが、そこで被告となったジャック・セリアズ(デヴィッド・ボウイ)に一目惚れする。ここで流れる音楽は「The Seed(種)」というタイトルで、メインテーマ以上に重要である。

死刑を宣告されたセリアズであったが、ヨノイによって日本軍捕虜収容所に入れられることとなる。

「戦場のメリークリスマス」は、まだ千葉にいた二十代の頃に、セルビデオ(VHSである。懐かしいね)で観たことがあるのだが、スクリーンで観るのは今回が初めてとなる。日本公開は1983年。当時、私は小学3年生で、まあ10歳にもならない子どもが観るような映画ではない。


大島渚は京都大学在学中に学生運動に参加し、左派思想からスタートした人だが、坂本龍一も都立新宿高校在学中から学生運動に加わり、芸大在学中も、――当時は学生運動は盛りを過ぎていたが――、美術学部の学生を中心に(音楽学部の学生は純粋なお坊ちゃんお嬢ちゃんばかりで、政治には全く興味を示さなかったとのこと)自ら学生運動の団体を興していたということもあって、大島渚に憧れていたという(この辺りの記述は坂本龍一の口述による著書『Seldom Illegal 時には、違法』が元ネタである)。大島渚は学生劇団でも活動していたが、坂本龍一も芸大在学中はアンダーグラウンド演劇に参加しており、吉田日出子などとも知り合いで、舞台音楽を手掛けたほか、舞台に立ったこともあるというが、この映画での演技はかなり酷いもので、本人も自覚があり、坂本龍一のお嬢さんである坂本美雨によると、「試写後、たけしさんとフィルムを燃やそうかと話していたそうですからね(笑)」(「戦場のメリークリスマス/愛のコリーダ」有料パンフレットより)とのことである。日本語のセリフは切るところも変だし、感情と言葉が一致していなかったりする。ビートたけしは、喋りを仕事としているので、癖は強いが聞ける範囲であるが、坂本龍一はあのYMOの坂本龍一でなかったら降板もやむなしとなっていたとしてもおかしくない。ただ、大島渚は演技の巧拙ではなく、人物の持つエネルギーを重視する映画監督であり、当時、時代の寵児と持て囃されていた坂本龍一の佇まいは、やはり印象に残るものである。実際、坂本龍一の姿がメインで映っているが、坂本が喋っていないという場面が最も効果的に撮られている。
なお、当時の坂本龍一は「美男子」というイメージで女子学生のファンが多く、坂本龍一目当てで観に来ている女の子も多かったそうである。

敵味方や性別といった境界全てを超える「愛」というものを、変則的ではあるが思いっ切りぶつけてくる大島の態度には清々しさすら感じる。また、主役にデヴィッド・ボウイと坂本龍一という二人のミュージシャンを配しながら、ボウイ演じるセリアズは歌が苦手で、頭脳明晰でありながら自己表現が不得手であることにコンプレックスを感じているという設定なのが面白い。

余り指摘している人は見かけないが、デヴィッド・ボウイが担っているのはイエス・キリストの役割だと思われる。十字架への磔に見立てられたシーンが実際にある。物語の展開を考えれば、むしろない方が通りが良くなるはずのシーンである。そして何よりタイトルにメリークリスマスが入っている。


坂本龍一へのオファーは、最初は俳優のみでというものだったようだが(今日BSプレミアムで放送されたベルナルド・ベルトルッチ監督の「ラストエンペラー」も同様である)「音楽をやらせてくれるなら出ます」と答え、自身初となる映画音楽に取り組む。デヴィッド・ボウイが出るなら、ボウイのファンと音楽関係者はみんな「戦場のメリークリスマス」を観るから、映画音楽を手掛ければ世界中の人に聴いて貰えるという計算もあったようだ。映画音楽の手本となるものをプロデューサーのジェレミー・トーマスに聞き、「『市民ケーン』を参考にしろ」と言われ、書いたのが「戦場のメリークリスマス」の音楽である。インドネシアが舞台ということでアジア的なペンタトニックで書かれた音楽で、試写会を終えた後にジェレミー・トーマスから、“Not good,but Great!”と言われたことを坂本が自慢気に書いて(正確に書くと「語って」)いたのを覚えているが、かなり嬉しかったのだろう。坂本はその後も数多くの映画音楽を手掛けており、一時は本気で映画音楽の作曲に専念しようと思ったこともあるそうだが、処女作である「戦場のメリークリスマス」は、今でも特別な音楽であり続けている。

1992年頃に、坂本龍一が、日本人として初めてハリウッドで成功した俳優である早川雪洲役で大島渚の映画に主演するという情報が流れたが、予算が足りずにお蔵入りになってしまったようで、代わりに「御法度」という、これもまた同性愛を描いた大島渚の映画に坂本は音楽担当として参加している。


ラストのクローズアップでの笑みが、「仏の笑顔」、「これだけでアカデミー助演男優賞もの」と海外で騒がれたというビートたけし。たけしのイメージに近い役を振られているということもあって、演技力は余り感じられないが、ハラ軍曹その人のように見える。

Dsc_1690

| | | コメント (0)

2021年5月15日 (土)

これまでに観た映画より(259) 蒼井優主演「百万円と苦虫女」

2009年9月1日

DVDで日本映画「百万円と苦虫女」を観る。タナダユキ監督作品。蒼井優主演作。出演は、森山未來、ピエール瀧、笹野高史、堀部圭亮、平岩紙、佐々木すみ江ほか。

佐藤鈴子(蒼井優)21歳。短大を出たが就職出来ず、レストランでアルバイトをしている。バイト仲間のリコ(平岩紙)とルームシェアして住むことにした鈴子だが、リコは彼氏のタケシと三人でルームシェアすることを鈴子には伝えずに決めてしまう。おまけにタケシとリコが別れてしまったため、鈴子は一度しか会ったことのないタケシと暮らすことに。

猫を拾ってきた鈴子だが、リコと別れてむしゃくしゃしているタケシに留守中に勝手に猫を捨てられてしまう。怒った鈴子は、仕返しとしてタケシの留守中にタケシの荷物を全て捨ててしまう。ところがタケシの荷物の中に100万円の入ったバッグがあったため、器物損壊の刑事事件として鈴子は告訴される。罰金20万円を支払って出所した鈴子だが、鈴子が留置所にいたことは近所に知れ渡っており、居づらい状態に。そこで鈴子はバイトで100万円を貯め、家を出て行くことにする。

海の家で働いている時は怪しげな男に軟派されそうになり、山村で桃をもぎる仕事をしている時には「桃娘」なる村おこしのキャンペーンガールにされそうになったりと様々な経験をする鈴子。

やがて街に出てホームセンターのガーデニング部門で働き始めた鈴子は中嶋(森山未來)という同い年の学生と良い関係になるのだが……


新たな自分を見つける旅というというよりは、自分から逃げるために100万円貯める度に場所を移っていく鈴子。その漂うような青春像が印象的である。

色々なことをしている蒼井優を観ることが出来るので、彼女のファンには良い映画かも知れない。個人的にはラストシーンの後が観たかったように思うのだが。もう少し描いて欲しかったという気もする。

| | | コメント (0)

2021年5月 5日 (水)

これまでに観た映画より(258) 山田太一原作 大林宣彦監督作品「異人たちとの夏」

2009年8月7日

DVDで日本映画「異人たちとの夏」を観る。原作:山田太一、脚色・脚本:市川森一、監督:大林宣彦。出演:風間杜夫、秋吉久美子、片岡鶴太郎、永島敏行、名取裕子ほか。

これまで何度も観ている映画だが、京都に来てから観るのは初めてになる。映画のあらすじは憶えていたが、細部の記憶はほとんど飛んでいた。

孤独なシナリオライターの原田(風間杜夫)の部屋に、ある日、同じマンションに住む藤野桂(名取裕子)というこれまたひどく孤独な印象を纏った女性が訪ねてくる。原田は桂を相手にしないが、直後に原田はすでに亡くなっているはずの両親(片岡鶴太郎と秋吉久美子が演じている)と出会う。幼い時に両親を亡くしていた原田は、二人の下に足繁く通うようになっていくのだが……。


山田太一の原作小説も読んでいるので、それを意識しながら観た。風間杜夫の特殊メイクはやり過ぎだろうとか、ここの部分の処理は本当にこれでいいのかだとか、不満を感じてしまったのは確かだが、映画としてはまずまずの出来だと思う。

一番ひっかかったのは、風間杜夫演じる原田英雄が独り言をいうシーン。私自身独り言というのは好きでないため自分の本で書くことはほとんどないということもあり、この独り言のシーンは芝居くさくて気になってしまった。

また、名取裕子演じる藤野桂との別れのシーンは少し甘すぎるんじゃないかと思う。私だったらここは原作の方を生かす。まあ、そういう方法を選択するのかは好き好きになるのだが。

この映画で最も好きなのは、風間杜夫が亡き父親の霊である片岡鶴太郎とキャッチボールをするシーン。日本人の男の子の多くが、幼き日の最良の記憶としても持っているものであるように思う。

そして、一人で線香花火をしているシーンの秋吉久美子はとても美しい。

| | | コメント (0)

2021年4月29日 (木)

これまでに観た映画より(257) 「ぼくたちと駐在さんの700日戦争」

2009年7月9日

DVDで日本映画「ぼくたちと駐在さんの700日戦争」を観る。監督:塚本連平。出演、市原隼人、佐々木蔵之介、麻生久美子、脇知弘、坂井真紀、石野真子、石田卓也、竹中直人ほか。

栃木県の田舎町。高校生の西条(石田卓也)が原付に乗っていて、新任の駐在(佐々木蔵之介)にスピード違反の切符を切られたことから逆上。駐在に一泡吹かせてやろうと、高校生の仲間全員によりあの手この手で駐在に挑んでいく。


ブログ小説が原作のようだが、マンガのようなノリと作りの映画である。ドラマティックな展開をすることはないが、心臓が悪いという女の子のために病院のそばで花火を打ち上げようとする下りなどはしみじみさせられる。

| | | コメント (0)

2021年4月10日 (土)

これまでに観た映画より(255) 役所広司主演「すばらしき世界」

2021年4月7日 京都シネマにて

京都シネマで、日本映画「すばらしき世界」を観る。原作:佐木隆三(『身分帳』)、脚本・監督:西川美和。出演:役所広司、仲野太賀、六角精児、北村有起哉、白龍、キムラ緑子、長澤まさみ、安田成美、梶芽衣子、橋爪功ほか。
これまで自身のオリジナル脚本による長編映画を撮り続けてきた西川美和が、初めて原作ありで撮った作品である(ショートフィルムでは太宰治の「駆込み訴え」を翻案したものを撮っているようだが未見)。佐木隆三のノンフィクション小説『身分帳』が原作であるが、西川監督がこのノンフィクション小説に惚れ込み、自らの企画で撮ることになったようである。ただこの映画でもメッセージをストレートには打ち出さないのが西川美和監督らしい。
封切り当初はシネマコンプレックスなどの大型スクリーンで上映されたが、その時期を過ぎて、今はミニシアターで上映されるようになっている。

これまでの人生のうち28年を獄中で過ごしてきた三上正夫(役所広司)が主人公である。13年前の殺人による服役を終え、旭川刑務所から出ることになった三上は、東京に向かい、身元引受人の弁護士である庄司勉(橋爪功)とその妻の敦子(梶芽衣子)の世話になる。
とにかく稼ぎがないので、庄司のすすめで生活保護を受けることになるのだが、三上は保護を受けることに不満である。また、役所の窓口でケースワーカーの井口(北村有起哉)に見下されたと感じた三上は憤るのだが、高血圧の持病が出て倒れてしまう。怒りが発作を引き起こすようだ。
三上は刑務所内でミシン縫いの技術を得ていたが、それを生かせる仕事はない。
凶悪犯が更生してシャバに戻っても、彼らを受け入れる余地がこの世界にはほとんどないというのが現状である。

三上は私生児として福岡県に生まれ、父親の顔は知らず、母親とは4歳の時に別れて、その後は保護施設で暮らしてきた。十代後半になると関西の暴力団の舎弟となって裏社会を歩き始めるのだが、弱い者いじめが嫌いな一本気な性格であり、13年服役することになった殺人事件もそうした性格が災いしたものだった。
旭川刑務所から離れるバスの中で三上は、「今度ばっかりは堅気ぞ」と誓うのだが、昔からの性質はそう簡単には直らない。強きをくじき弱きを助ける性格はプラスに働くこともあるのだが、悪と見なしたものを完膚なきまでに叩く性質はトラブルの元となる。

三上はテレビ局に母親を探して欲しいと依頼する。プロデューサーの吉澤遥(長澤まさみ)は、小説家を志してテレビ制作会社を辞めたばかりの津乃田龍太郎(仲野太賀)に、「小説のネタになるから」と三上の取材を命じる。三上は、特別な事情により、「身分帳」と呼ばれる自身について書かれた記録を読んで書き記すことを許されており、津乃田もそれを手に入れた。

普段は温厚に見える三上を吉澤は面白がるのだが、津乃田はそんな吉澤の方針に疑問を感じ始める。ある夜、三上が津乃田と吉澤と焼肉を食べて帰る途中に三上はチンピラ2人に絡まれているサラリーマン風の中年男性を見かけ、男性を助けるのみならず、チンピラと1対2での勝負を挑む。若い頃は「喧嘩のまーちゃん」として恐れられた三上は、勝つためなら手段を選ばず、チンピラを徹底的に伸す。それを面白がってカメラを回すように命じる吉澤に、津乃田は決定的な不審を抱き、テレビ取材から降り、三上からも距離を置くようになる。
その後、暴力団の舎弟時代に車でホステスの送迎をしていたということで、運転の仕事を見つけようとした三上だが、運転免許が失効しており、再び運転免許を取るべく奮闘することに。だがブランクは大きく、すぐには上手くいかない。堅気になると誓ったものの、ヤクザ時代の癖が抜けない三上は、昔馴染みで今は下稲葉組の組長をしている下稲葉明雅(白龍)に会うために福岡県に向かう。しかし、暴力団も今ははやらず、下稲葉の妻のマス子(キムラ緑子)に「この世界に戻ってきてはいけない」と釘を刺されるのだった。

そんな日々の中で、万引きの疑いを掛けられた三上は、そのスーパーの店長である松本(六角精児)と福岡県の隣町の出身ということで次第に仲良くなったり、母親の行方がたどれるかも知れないと再び連絡してきた津乃田とも交流を深め、三上を応援する輪が出来始める。

過去にやったことのある仕事ではなく、新たに仕事を始めてはどうかという井口のアドバイスに従い、三上は介護施設の時短パート職員となることに成功する。就職祝いには庄司夫妻や松本、津乃田が集い、温かな雰囲気に包まれる。だが、介護施設でのある出来事とそれに耐えたことが三上に決定的な不幸をもたらす。

この世は、三上のような男が生きるには、余りにも歪んでいる。力のあるものが暴力で、あるいは権力で力のないものや障害を抱えたものを見下し、ねじ伏せる。三上は義憤に駆られて「やられたらやり返す」のみならず「倍返しだ」というあのドラマの主人公のようなことをしてしまう癖があるのだが、それでは生きていけない。「半沢直樹」はあくまで現代版時代劇、勧善懲悪の物語として受け入れられているのであるが、現実に半沢直樹的生き方を貫くことは難しく、三上も妥協を余儀なくされ、だがそれによって起こった怒りを貯めてしまったがために、せっかく得られた友たちに別れを告げなくてはならなくなる。
確かに三上的な生き方もある意味では魅力的ではあるのだが、社会はそうした生き方を認めるほどヤワでもなければ、理想的でもないということなのだろう。

三上という男の不器用な生き方を真似しようとは思わないが、彼のような人間を受け入れる場所がもっとあったなら、世界はより多くの人にとって「すばらしき」ものになるような気もする。

役所広司が殺人犯を演じた映画としては、まず「うなぎ」、他に「CURE」や「叫」などもそうだが、そうした精神的な疾患を抱えた殺人犯と、今回の三上のような義を通すことに忠実な男とを見比べて見るのも一興のように思う。
今でも世界はある種のすばらしさに満ちているが、三上が描いた未来の先に、更なる「すばらしき世界」が開けているようにも思うのだ。

Dsc_1357

| | | コメント (0)

2021年4月 2日 (金)

これまでに観た映画より(253) 「きまじめ楽隊のぼんやり戦争」

2021年3月29日 京都シネマにて

京都シネマで日本映画「きまじめ楽隊のぼんやり戦争」を観る。監督・脚本・編集・絵:池田暁。出演:前原滉、今野浩喜、中島広稀、清水尚弥、橋本マナミ、矢部太郎、片桐はいり、嶋田久作、きたろう、竹中直人、石橋蓮司ほか。

群馬県でロケが行われており、富岡製糸場の建物なども登場する。

津平町という架空の町が舞台である。津平町は、川を挟んで隣り合う俵万智、じゃなかった太原町と戦争状態にある。だが何のための戦争なのかは誰も知らない。津平町の人間は、「太原町の人々はとにかく怖ろしい」、「太原町はとても怖い」と口にするのだが、誰も太原町に行ったことはなく、どう怖ろしいのかも知らない。映画のタイトル通り、ぼんやりとしか分からない相手との戦争を続けることになる。

戦争は、午前9時から午後5時までと時間を決めて行われる。津平町の人々は、町を練り歩く楽隊の音楽によって目を覚まし、兵隊の庁舎に集う。露木(前原滉)と友人の藤間(今野浩喜)は、並んで出勤し、準備体操などを経て、河原に腹ばいになり、午前9時になると太原町側に向かって銃撃を行う。太原町の兵隊の姿は見えないので、適当なところに向かって指定された数以上の銃撃を行い、午後5時に戦争は終わる。太原町側からも銃撃はあり、藤間は被弾して右腕を失うことになる。

ある日、露木は楽隊への異動を命じられる。楽隊のトランペット奏者であった大木(竹中直人)が他界し、学生時代に吹奏楽でトランペットを吹いていた経験のある露木に白羽の矢が立ったのだ。楽隊は毎朝町を練り歩いているので、存在していることは確かなのだが、その存在を認知していない者もおり、本部がどこにあるのかも知られていない。露木が探し当てた楽隊の本部は怖ろしく狭い部屋であり、楽隊を率いる伊達(きたろう)はパワハラ上司だった。

楽隊に入る前から、露木は川向こうの太原町からトランペットで奏でられる「美しく青きドナウ」の旋律の一部を耳にしていた。楽隊に入った露木は河原で「美しく青きドナウ」のメロディーを吹く。すると対岸からもそれに答えるメロディーがあり、ユニゾンで「美しく青きドナウ」が演奏される。ある日、太原町のトランペット奏者が姿を現した。若い女性だった(クローズアップのカットはないので容姿などははっきりとはわからない)。

池田暁監督の演出方針で、演技はかなり抑制されており、台詞なども淡々と語られる。そのため非現実的に見えるが、これは現代社会そのものの戯画であり、今現在、日本や世界で問題になっていることがトレースされた形で表現される。

津平町の町長である夏目(石橋蓮司)は、かなりいい加減な性格であり、部下の顔や名前を覚えず、毎朝、兵隊たちの前で太原町の脅威を語るが、その実態は把握していない。そして警官の上本を常にそばに侍らせている(当然ながら上本の名前をしょっちゅう忘れる)。夏目の息子の平一(清水尚弥)は窃盗の常習犯なのだが、夏目の職権乱用により警官に抜擢される。津平町では、女は子どもを産むために存在しており、子どもが産めないと見なされた女性は離婚されても仕方ないと思われている。また、伊達に「生意気だ」と目をつけられ、パワハラを受けていた女性奏者(打楽器担当)の小坂が楽隊の同僚である坂本(トロンボーン担当)と結婚するとわかると、伊達もいきなり手のひらを返し、それまで優遇されていた未婚の女性がいじめの対象に変わる。子どもを産むことが正義だからだ。

兵隊は毎朝、兵舎に出向いて、出席の確認を行うのだが、受付の女性がいかにもお役所的な対応を行うため、技術者の仁科(矢部太郎)や隻腕となった後の藤間とは話がかみ合わず、堂々巡りが始まってしまう。いずれも大袈裟に描かれてはいるが、実際に今も起こっている現象である。右腕を失った藤間は兵隊としての任務に就けなくなるのだが、保障は一切ない。これまでずっと兵隊としての任務に就いていたため、他に生活出来る手段もないのだが、「そんなの知らん」という態度で済まされる。これも障害者が雇用から排除されている現状を映している。露木がいた川の下流では戦闘もそれほど激しくないのだが、上流では大激戦となっているそうで、露木が毎日昼になると通う㐂多山食堂の女主人・城子(片桐はいり)は、息子が優秀なので川上に送られ、奮闘していることを自慢に思っている。実際の戦争でもそうだと思うが、優秀な人材というのは官庁でも一般の企業でも様々な業務を押しつけられることになるため、激務になりやすい。今は「ブラック企業」という呼称と共に周知されるようになったが、以前は、若い人には余り知らされてこなかった日本型労働の影である。いずれも非現実性を持って描かれているが、日本の縮図でもある。

仮想敵を作って相手を攻撃することは、20世紀においては共産主義の国家の常套手段であったわけだが、それ以外の国でもそうしたことは昔から行われていたわけで、21世紀に入ってからは、むしろかつての西側の国でそうした政策が採られるようになっている。日本も例外ではない。

味気ない津平町の世界にあって、露木が唯一、誰かと心を通い合わせることの出来る瞬間が、川向こうの女性とトランペットで「美しく青きドナウ」を奏でる時であった。この映画では意図的に主要キャストに美男美女ではない俳優を配することで、そうしたちょっとした幸福が引き立つ効果を生んでいる。映画の主役といえば美男美女という常識に挑戦しているようでもある。
どことなくユーモラスな展開であるのだが、内容自体はシビアであり、ラストでは分断がもたらす破滅や自滅が描かれている。

一般受けする内容ではなく(なにしろ大手映画会社の作品とは違い、美男美女が余り出てこない)、入りも悪かったのだが、かなり優れた映画であり、お薦めである。観る前は余り期待していなかったのだが、予想が良い方に裏切られた。

Dsc_1334

| | | コメント (0)

2021年2月18日 (木)

これまでに観た映画より(249) 長谷川一夫主演「四谷怪談」

2007年9月8日

DVDで長谷川一夫主演の「四谷怪談」を観る。1959年、大映作品。三隅研次監督作品。
「四谷怪談」というタイトルで、民谷伊右衛門とお岩を始め、登場人物も原作にほぼ忠実なのだが、民谷伊右衛門を悲劇のヒーローに仕立ててしまうという異色作。京極夏彦原作、蜷川幸雄監督の「嗤う伊右衛門」など同類の作品もあるが、「四谷怪談」と銘打っておきながら別の話にしてしまうというのは凄い。

浪人・民谷伊右衛門(長谷川一夫)は清廉な人柄。袖の下を通すのが嫌で職にありつけない。それでも妻のお岩(中田康子)とともに内職などをしながら清貧の生活を送っている。ある日、職を求めて代官・伊藤喜兵衛のところに出向いた伊右衛門。しかし、「今どき金も渡さず職にありつこうなんて」と伊藤に小馬鹿にされて帰る。ところが、伊藤の娘であるお梅(近藤美恵子)が伊右衛門に惚れてしまった。だが、お岩という妻があるため、伊右衛門はお梅を相手にしない。そこで伊藤や伊右衛門の家に出入りしている直助(高松英郎)はお岩に毒を盛り、顔を醜くして伊右衛門と離縁させようと謀る……。

ラストでは、伊右衛門が伊藤の家にお岩の恨みを晴らすべく討ち入るという妙な展開になる(長谷川の当たり役である大石内蔵助を意識したのだろうか)。こういう四谷怪談もありだとは思うが、その場合はタイトルを変えるなり、付け加えるなりした方がいいと思うのだが。人によっては、「こんなの四谷怪談じゃない」と怒るかも知れないし。

映像は美しく、構図も綺麗。時には繋ぎが不自然になってでも絵のようにバランスの良い構図を重視する。
耽美的な四谷怪談になっているが、それが物足りなくもある。


同時期に新東宝は天知茂主演の「東海道四谷怪談」を制作、公開している。長谷川一夫には敵わないと、低予算で、無名の天知茂を起用して作った「東海道四谷怪談」であるが、こちらは長谷川一夫版「四谷怪談」とは比較にならないほどの傑作となった。床に水を張った直助殺害シーンなどはアイデアも仕上がりも素晴らしいの一言である。

| | | コメント (0)

2021年2月12日 (金)

コンサートの記(694) 加古隆コンサートツアー2007「熊野古道」@いずみホール

2007年7月1日 いずみホールにて

午後4時30分より、大阪・京橋にある、いずみホールで、加古隆コンサートツアー2007「熊野古道」を聴く。前半は加古がこれまでに作曲した有名曲の演奏、後半は加古の最新アルバムである「熊野古道」の音楽をメインとしたプログラム。
今回の加古隆のコンサートは、臨時編成の室内オーケストラ、そして、東京と大阪では人気サキソフォン奏者の須川展也(すがわ・のぶや)をゲストに迎えて行われる(名古屋、札幌など、その他の地域では室内オーケストラのメンバーでもある番場かおりがゲストである)。

加古隆は、1947年、大阪生まれ。東京藝術大学と同大学院で作曲を専攻した後、パリ国立音楽院に留学し、オリヴィエ・メシアンに作曲を師事。一方、パリではジャズピアニストとしてもデビューしている。現代音楽とイージーリスニング、ジャズの要素を取り入れた独自の作風を持ち、NHK「映像の世紀」、映画「大河の一滴」、「阿弥陀堂だより」、「博士の愛した数式」、テレビドラマ「白い巨塔」(2003-2004。唐沢寿明主演版)など話題作の音楽を数多く手がけていることでも知られる。

加古隆の特徴は、ミニマルミュージックの影響を受けた反復の心地よさと、やや感傷的だが美しいメロディーラインにある。ピアノは左手で同型のモチーフが繰り返され、その上に優美な旋律が右手で繰り出される。
時に曲がセンチメンタル過ぎる場合もあり、私も「大河の一滴」のテーマなどは余り好きになれない。一方で「パリは燃えているか」(NHK『映像の世紀』テーマ曲)などは大好きで、千葉にいる頃はピアノソロ版の楽譜を手に入れてよく弾いていた。
ちなみに私が加古隆の音楽を初めて聴いたのは、藤子・F・不二雄原作の映画「未来の想い出」(森田芳光監督作品。主演:清水美砂、工藤静香、和泉元彌。何だか凄いキャストである)において。映画の音楽を手がけていたのが加古隆であった。

アルバム「熊野古道」では、須川展也がサキソフォンで参加、金聖響(きむ・せいきょう)が指揮を担当しているが、今日のコンサートには金聖響は出演せず、加古本人が指揮も行う(指揮といっても拍子を刻むのが主で、本格的なものではない)。
三重県からの委嘱で作曲され、丁度1年前、2006年7月1日に津市で初演されたという、「熊野古道」は全4楽章からなり、第2、第3、第4楽章でサキソフォンが活躍する。弦楽とピアノ、サキソフォンという編成、ミニマルミュージック風作風ということで、少し弱腰のマイケル・ナイマンの音楽のようにも聞こえる場面もあったが、日本的な旋律は紛れもなく加古隆のものであり、特に第4楽章は感動的であった。

アンコールは須川展也をフィーチャーし、「パリは燃えているか」のピアノ&サキソフォン特別版、そして「黄昏のワルツ」(NHK『にんげんドキュメント』テーマ曲)が演奏される。聴衆は熱狂し、拍手は長いこと鳴りやまなかった。

| | | コメント (0)

2021年2月 7日 (日)

これまでに観た映画より(246) 「ハサミ男」

2007年6月3日

DVDで日本映画「ハサミ男」を観る。池田敏春監督作品。原作:殊能将之。出演は、豊川悦司、麻生久美子、阿部寛ほか。音楽担当:本田俊之。

日活ロマンポルノの監督として一時代を築いた池田敏春によるサイコホラーサスペンス。なお、本多俊之は、「ハサミ男」のラッシュフィルムを観ながら即興でサックスを吹いており、ルイ・マル監督の「死刑台のエレベーター」と同じ手法が取られている。

2004年の作品だが、冒頭から古い感じの映像と、学生の自主製作映画のような脚本と演出に違和感を覚える。わざとやっているとしか思えず、「どうしてなのかな?」と思っていたが、途中でその理由がわかった。それらは観る者の意識をそちらへと引きつけるための罠だったのである。

豊川悦司の怪しい魅力が生きているが、実質的な主役は麻生久美子。この映画での麻生久美子の演技には女優魂を感じる。「時効警察」の麻生久美子しか知らない人は、三日月クンと同じ女優がやっているとは気付かないかも知れない。

和製ホラー映画というと「リ×グ」(×は伏せ字です)のように、ショッキングな映像が頼りのちょっと情けないものが多いが、この映画はじんわりと来る怖さを持つ。何でもないようなラストも実は怖かったりする。

殊能将之が書いた原作の評価は極めて高く、原作好きの人からは「がっかり」という意見が聞かれたというが、純粋に映画作品として観ると良い作品だ。

(後期)その後、池田敏晴監督は三重県志摩市で投身自殺を遂げ、原作者の殊能将之も不可解な突然死を迎えるという因縁の作品となった。殊能将之は覆面作家であったが、死後に正体が明かされ、本名は田波正といい、高校生の頃からSF・ミステリー小説界では「福井の神童」といわれるほどの逸材であったことが明らかとなった。

| | | コメント (0)

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

2346月日 DVD YouTube …のようなもの いずみホール おすすめCD(TVサントラ) おすすめサイト おすすめCD(クラシック) おすすめCD(ジャズ) おすすめCD(ポピュラー) おすすめCD(映画音楽) お笑い その日 びわ湖ホール アニメ・コミック アニメーション映画 アメリカ アメリカ映画 イギリス イギリス映画 イタリア イタリア映画 ウェブログ・ココログ関連 オペラ オンライン公演 カナダ グルメ・クッキング ゲーム コンサートの記 コンテンポラリーダンス コンビニグルメ サッカー ザ・シンフォニーホール シアター・ドラマシティ シェイクスピア シベリウス ショートフィルム ジャズ スタジアムにて スペイン スポーツ ソビエト映画 テレビドラマ デザイン トークイベント ドイツ ドイツ映画 ドキュメンタリー映画 ドキュメンタリー番組 ニュース ノート ハイテクノロジー バレエ パソコン・インターネット パフォーマンス パーヴォ・ヤルヴィ ピアノ ファッション・アクセサリ フィンランド フェスティバルホール フランス フランス映画 ベルギー ベートーヴェン ポーランド ミュージカル ミュージカル映画 ヨーロッパ映画 ラーメン ロシア ロームシアター京都 中国 中国映画 交通 京都 京都コンサートホール 京都フィルハーモニー室内合奏団 京都劇評 京都四條南座 京都国立博物館 京都国立近代美術館 京都市交響楽団 京都市京セラ美術館 京都文化博物館 京都芸術センター 京都芸術劇場春秋座 伝説 住まい・インテリア 余談 兵庫県立芸術文化センター 劇評 動画 千葉 南米映画 占い 台湾映画 史の流れに 哲学 大河ドラマ 大阪 大阪フィルハーモニー交響楽団 大阪松竹座 学問・資格 宗教 室内楽 小物・マスコット・インテリア 広上淳一 建築 心と体 恋愛 意識について 携帯・デジカメ 政治・社会 教育 教養番組 散文 文化・芸術 文学 文楽 旅行・地域 日本映画 日記・コラム・つぶやき 映像 映画 映画音楽 映画館 書店 書籍・雑誌 書籍紹介 朗読劇 来日団体 東京 梅田芸術劇場メインホール 楽興の時 歌舞伎 正月 歴史 海の写真集 演劇 無明の日々 猫町通り通信・鴨東記号 祭り 笑いの林 第九 経済・政治・国際 絵画 美容・コスメ 美術 美術回廊 習慣 能・狂言 花・植物 芸能・アイドル 落語 街の想い出 言葉 趣味 追悼 邦楽 配信ライブ 野球 関西 雑学 雑感 韓国 韓国映画 音楽 音楽劇 音楽映画 食品 飲料 香港映画