カテゴリー「テレビドラマ」の40件の記事

2021年5月22日 (土)

フジテレビオンデマンド「警部補・古畑任三郎」(古畑任三郎第1シーズン)第5回「汚れた王将」

2021年5月19日

田村正和逝去ということで、フジテレビオンデマンドで「警部補・古畑任三郎」第5回「汚れた王将」を見てみる。1994年の放送。デジタル収録だと思われるが、四半世紀以上も前の作品ということで映像は大分古い印象を受ける。犯人役は5代目坂東八十助、後の10代目坂東三津五郎である。三津五郎も2015年に59歳の若さで亡くなっている。

「将棋の街」山形県天童市で行われている将棋の竜王戦を背景にした殺人事件であるが、トリックとなる将棋の「封じ手」は実際には「古畑任三郎」で描かれているものとは大きく異なるそうで、かなりフィクション性が強い回であった。ストーリー展開や設定も今から振り返ると少し妙な部分があるのは確かである。

「古畑任三郎」シリーズは、三谷幸喜の構想では最初から「古畑任三郎」というタイトルで行くつもりだったようだが、「『古畑任三郎』だけだとなんだか分からない」という声が関係者からあったため、第1シーズンだけ「警部補」という階級をタイトルに入れている。階級が警部補なのは、日本の場合、警部になってしまうと現場に真っ先に到着ということがほとんどなくなるためだと思われる。刑事ドラマで、警部補階級の人が主人公に多いのもそうした理由によるものだろう。

「古畑任三郎」シリーズは、ピーター・フォーク主演の「刑事コロンボ」の日本版であるが、倒叙ミステリーの仕組みを利用して、どちらかというと犯人像、特にその悲哀を丹念に描くことに力を入れているように見える。全員が「太陽がいっぱい」のリプリーのようでもある。
三谷幸喜はたまにそれとなく本音をセリフに潜ませる人なのであるが、この回で古畑が語る「何も知らない連中は平気でそういうことを言うんです」というセリフは三谷の本音なのではないだろうか。

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2021年1月10日 (日)

武満徹作曲 大河ドラマ「源義経」オープニングテーマ

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2021年1月 8日 (金)

NHKスペシャル「未解決事件 File.01 グリコ・森永事件」2011-2021

2011年7月31日

昨日、一昨日と二日に渡って放送された「NHKスペシャル 未解決事件 『グリコ・森永事件』」を見た。1980年代半ばに起こったグリコ・森永事件の再現ドラマ(上川隆也主演)と、ドキュメンタリーからなる番組。一昨日の第一部と、昨日の第二部は再現ドラマが主、昨日の第三部はドキュメンタリーである。

再現ドラマは硬派なタッチで、主演の上川隆也を始め、池内博之、宅間伸、大杉漣といった実力派を揃え、実に見応えがあった。上川隆也の演劇集団キャラメルボックス時代の同僚、近江谷太郎との共演も嬉しかった。

再現ドラマを見て、興味深かったのは犯人グループの挑戦文、予告文、脅迫文などを担当した男の文章である。グリコ・森永事件には北朝鮮工作員説があるが、少なくとも文章を書いた男の文学的素養は高く、言葉は乱暴ながら七五調を用いたり、言葉遊びをするなど、子供の頃から日本で育った人間でないとこういった文章を書くのは難しいと思われる。また他者の心理を煽る手法などは巧みで、ドラマ中で男の文章を「よく書かれている」と評する言葉があるが、確かにその通りである。

現金輸送車を警察が予想していなかった滋賀県方面に走らせたこと、また第三部で紹介された、当時の滋賀県警の刑事が目撃した大津サービスエリアで目撃した容疑者Fこと「キツネ目の男」の行動、また、滋賀県警察本部長の焼身自殺を持って犯行が終了したことなどから、犯人組織の中に警察の人間がいたのではという説はやはり有力なのかも知れない。

事実は小説よりも奇なりというが、確かにグリコ・森永事件のようなフィクションを描いたなら嘘くさくなるだろうが、事実としてこうした出来事が起こっていたということは実に興味深い。

第三部のドキュメンタリーでは、これまでは事件の動きを知らされていなかったとされる滋賀県警が独自に捜査を行っていたことが明らかになる。また第二部のラストでは企業にかかってきた強迫電話が日本音響研究所の鈴木松美氏によって最新技術で解析され、事件当時警察が想定した三十代から四十代の女性と一人の子供による脅迫電話(つまり親子の可能性が高いと思われた)は解析の結果、十代半ばの少女と二人の少年、つまり三人の子供によるものであることが明らかとなった。

 

2021年1月5日

NHKオンデマンドで、NHKスペシャル「未解決事件 File.01 グリコ・森永事件」3回分を1度に見てみる。初回と第2回がドラマ中心、第3回がドキュメンタリー中心という構成になっている。2011年の放送。『罪の声』の作者、塩田武士もこの番組を見て、グリコ・森永事件を題材とした小説の執筆の準備に入っている。前から気になっていた情報がテレビで放送されたため、他の作家に先を越されまいとしたためだが、担当編集者に「今すぐ書くだけの技量はない」と言われたため、その後5年掛けて取材し、小説を書き上げた。塩田は、ドラマで上川隆也が演じていた読売新聞記者、加藤譲(ゆずる)にも話を聞いたという。声に関する話は第2回の最後に出てくる。

第3回のドキュメンタリーでは、「キツネ目の男」、捜査員達からはFOXの頭文字から「F」と通称された男の話が、当時の大阪府警や滋賀県警の刑事達から語られる。男の似顔絵がかなり似ていたというのは複数の人物の証言から間違いなさそうである。身長も175cmから180cmと高め、そしてあの目つき。すぐに身元が判明しそうに思われるのだが、今に到るまで消息不明である(それらしき人物がいたことは確認されているようだが、すでに故人となっているようだ)。2カ所で目撃されたキツネ目の男の行動は余りにも異様であり、警察を挑発、もしくはおちょくっているようにも思われる。いかにおかしな行動を取っても法に触れていない限りは逮捕出来ず、職務質問をしたとしても何の証拠も出ないだろうということで、警察の考え方を知悉していた可能性があり、『罪の声』の犯人グループに元警察の人間がいたという設定はここから生まれた可能性が高い。

関西の各府警、県警の連携が上手く取れていなかったことが犯人を挙げられなかった最大の要因だが、犯人グループはそれすら察知していたようで不気味である。ただ、栗東市付近の名神高速道の下で職務質問されそうになった犯人グループの一人と思われる人物の行動がやはり最大の謎である。それまで脅迫をしても最終的には金を受け取りに現れなかった犯人グループだが、この時だけは名神高速道の白い旗の下という重要ポイントとなる県道に車を停めていた。それがいかなる意図で行われたのかはわからないが、かなり妙である。白い旗の下には指示とは異なり、空き缶は置かれていなかった。ただ高速道路であるため、通過する車が起こす風圧によって空き缶が飛んでしまったという可能性はある。周到に準備を重ねてきた犯人グループがそうした可能性も考えないという初歩的なミスを犯すだろうかという問題が残るが。地元の滋賀県警でも配備出来るはずもない場所であり、滋賀県警のパトカーが不審な車を目撃したのも偶然である。空き缶に「鞄を下に落とせ」という指示書が入っていたとしたら、犯人グループが金をせしめる可能性は結構高いように予想される。ただ、常識的に考えれば空き缶は最初からなく、次の指示もなかったと見るべきである。では、なぜその下の県道に犯人グループの一人が車を停めていたのか。答えは出そうにない。

 

実はJRになる前の国鉄高槻駅から京都駅に向かう列車に乗り、車窓から白い旗が見えたら鞄を窓から投げ落とせという指示があった際には、警察は白い旗を確認したが、見落としたふりをしてわざと落とさないという作戦を取っている。この時もあるいは白い旗の下に車が停まっていて、ということだったのかも知れないが、夜に走っている電車の窓から現金の入った鞄を落として、それを犯人グループが見つけて回収という筋書きにはリアリティがない。回収出来る場所に鞄が落ちる確率がどれだけあり、そもそも闇の中を落下する鞄を目視で確認出来るのかという話である。

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2021年1月 3日 (日)

「逃げるは恥だが役に立つ~ガンバレ人類! 新春スペシャル」

午後9時から、MBS毎日放送(TBS系列)で、「逃げるは恥だが役に立つ~ガンバレ人類! 新春スペシャル」。高学歴恋愛弱者であった森山みくり(心理学系の大学院修士課程を修了、臨床心理士の資格を所有。新垣結衣)と津崎平匡(京都大学卒。星野源)の頭が良すぎるがためのぎこちない恋愛を描いて好評だった連続ドラマから4年ぶりの新作となる。
その後、二人は結婚するが、正式には結婚ではなく事実婚である。選択的夫婦別姓が日本でも採用される日を待って入籍するつもりというインテリにありがちな選択をしているのだが、それよりも前にみくりの妊娠がわかり、という展開。子どもを産むのに未婚のままというわけにはいかないので、みくりが津崎姓を選ぶことになる。

2019年から2020年までを描いており、娘の亜江(あこう)が生まれた後でコロナ禍がやって来るという設定である。

頭でっかちであるために踏み込めない二人を描いた「逃げるは恥だが役に立つ」だったが、今回も出産、子育て、コロナ禍での家族という場面において理知的すぎるがために情を抑えてしまい、時に後悔する二人が描かれる。当然と言えば当然だが余り変わってはいない。ただそれらもまたいつか来るハッピーエンドに到るための障壁である。
ちなみに「平匡はASDではないか」という説があるのだが、トイレットペーパーの感触に異常にこだわるなど、少なくともHSPを伴うASD的な要素(略称が多くなってしまって、医療的な知識がない人にはなにがなんだかわからないと思う。ただし、略さなくてもわかりにくいのは一緒である)は見られる。ただ、人の感情を察することが苦手とまでは言えず、失言をしてもすぐに気付いて落胆するため、ガチガチのASDではないと思われる。仮にASD傾向にあったとしても、それはむしろ情に流されず、常識にアンチテーゼを突きつけるという意味でプラスに働いている。

「逃げるは恥だが役に立つ」はコメディではあるが、案外、社会的な面が描かれていることが多く、前作ではみくりが大学院を修了するも就職出来ず、更には派遣切りに遭った高学歴難民、平匡も給料が高いが故にリストラされるという展開があった(高学歴難民問題は今でも解決されていない)。雇用を描いたドラマだったのだが、今回のドラマではみくりも平匡も良い企業に転職出来たという設定である。高学歴な二人であるため、親族にもやり手が多く、学歴がない人もアイデアで成功していたりする。ただ育児休暇を始めとする休暇の問題やハラスメント、ジェンダー、アイデンティティに関わる病気など、働く上や生きていく上での問題にきちんと向き合っているという印象を受けた。物わかりが良すぎる人が多すぎるのが現実離れしているようにも見えるのだが。

ちなみにラストの「恋ダンス」にはNGシーンも含まれ、現実世界を忘れさせてくれるような和やかなものとなっていた。

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2020年8月12日 (水)

毎日テレビ(TBS系) ドラマ特別企画 豊川悦司&菅野美穂主演 「太宰治物語」

2005年10月10日

毎日テレビ ドラマ特別企画「太宰治物語」を見る。太宰治を演じるのは豊川悦司。トヨエツは太宰というイメージではないが、40歳前後で他に太宰が似合いそうな俳優はいないので仕方ないのかも知れない。10数年前に役所広司が太宰治を演じていたが役所広司は太宰っぽかった。
太宰に心酔し、太宰の墓の前で後追い自殺した、小説家の田中英光(代表作『オリンポスの果実』。タイトルは太宰がつけた)も登場するがこれもイメージとは大分違う。

冒頭のシーンは、例の鎌倉・小動(こゆるぎ)での心中事件のイメージから始める。しかしこれがラストまで繋がることなく途中で切れてしまうのが残念である。単なるイメージ映像になってしまっていて、伏線にも何にもなっていなかった。

物語は太宰が石原美知子(寺島しのぶ)と結婚した頃から始まる。それ以前にも太宰には、――いささか自作自演気味ではあるものの――、ドラマティックな人生があったのだが、それは割愛されている。

「富嶽百景」、『斜陽』などが主なモチーフだ。太宰が口述筆記を得意としたことなどもちゃんと描かれている。

ドラマ自体の出来は、最近のドラマにしては良い方だと思うが、ラストは物足りない。
玉川上水での入水事件は直接描かれることなく、やけに綺麗な幕切れにしてしまっていた。まるでイメージクリップのようだ。

さて、太田静子(菅野美穂)との出会い、そして、静子の日記をモデルに、太宰が傑作『斜陽』を書くまでの過程が描かれている。

小説『斜陽』の中に、主人公かず子が上原を慕って上京してきたところ、上原は取り巻きを連れてどんちゃん騒ぎをしているというシーンがあるのだが、確かに太宰と太田静子は料亭で再会しており、それが『斜陽』に投影されてもいる。ただ、『斜陽』のかず子が上原の子を宿すつもりでやって来たのに対し、静子は子供が出来たので認知してもらいに来たのである。ドラマや小説に描かれた馬鹿騒ぎもどうやらなかったようだ。

ドラマでは『斜陽』の上原のセリフをそのまま太宰に語らせている。また、その後のシーンからして、「上原=太宰」説を採っていることがわかる。だが果たしてそうだろうか。勿論、太田静子は太宰への手紙で「M・C マイ・チェーホフ」と記していることから、最初の構想では太宰は上原を自分の分身として書くつもりだったのかも知れない。しかし、太宰本人が投影されているのは、むしろ、かず子の弟である直治であることは間違いない。上原に対する攻撃と皮肉も、太宰本人の自己批判や自身のカリカチュアというより、誰か他の作家への雑言のような気がしてならないのだ。それも旧世代の作家に対する、である。

『斜陽』における上原は、聖書におけるヨゼフと好一対であり、不要な父親なのである。そして太宰はかず子に「恋と革命」を語らせる。ここに誤解が生じやすくなっているのだが、「恋」と「革命」は別のものである。「恋愛革命」を起こそうというのではない。かず子は自身をマリアとし、生まれてくる子をイエスに見立てて本当の革命を起こすことを夢見ているのである。これにはかつて共産主義運動に荷担した太宰の姿が重なる。つまり太宰本人が感情移入しているのは、かず子と直治であり、視線は没落する華族の悲劇、というよりも、革命による新時代の可能性の方を向いているのである。確かに太宰は新しい女性像を描いたけれども、それは戦後を生きる女性の典型的理想像を描いたわけではないはずだ。書きたかったのは新時代への可能性の方なのだ。
そして太宰本人は新時代の作家であることを自認していたであろう。
その前に立ち塞がる旧世代の作家、笑われるべき存在である上原のモデルは本当は誰なのだろうか?

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2020年7月 8日 (水)

「『トリック』ワールドへようこそ!」への返答

まるで夢のような
たましいが開放される
いとおしい時間
つらい日々もあったけれど
かならず乗り越えていける

 

Twitterの載せたものですが、一部、文章を変更しています。

http://www.yamada-ueda.com/

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2020年2月16日 (日)

スタジアムにて(21) サンガスタジアム by KYOCERA オープニング プレシーズンマッチ 京都サンガF.C.対セレッソ大阪 

2020年2月9日 京都・亀岡のサンガスタジアム by KYOCERAにて

この冬初めての雪らしい雪の日。

この天候であるが、サンガスタジアム by KYOCERA(京都府立京都スタジアム)のオープニングゲームがある。プレシーズンマッチであり、選手交代は3人に限らず、またアディショナルタイムの表示もない。

京都市営地下鉄二条駅で降り、JRに乗り換える。JR二条駅から亀岡に向かう電車は満員。円町駅で結構人が降りたが、車内が混雑したまま亀岡へと向かう。サンガのサポーターグッズを身につけている人や、チームカラーの紫を衣装に取り入れている人も多い。
嵐山を越えると竹林が続き、保津峡駅を過ぎると、大堰川の渓谷が何度も姿を現す。まるで秘境へと向かっているかのような気分だ。
トンネルを抜けると目の前に田園風景が広がる。トロッコ列車亀岡駅を過ぎると、黒い巨大な漆器のようなものが遠くに見える。サンガスタジアムである。
まるでホグワーツ城に向かうハリー・ポッターのような気分だ。

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メインスタンドのチケットは取れなかったため、バックスタンドの自由席を取ったのだが、サンガスタジアムの入り口はメインスタンドとバックスタンド、更にビジター専用の3カ所だけであり、バックスタンドに入る人で長蛇の列が出来ている。チケットもぎりの人員は多く、行列も進んではいるのでストレスはたまらないが、これほどの列が出来ているスタジアムは見たことがないので、改善の余地ありである。初開催なので、今後は改善されていくだろうが。スタジアムの出入り口の3つは絶対数ではなく、今日は一つは再入場口、一つは関係者用として使われていた。コンコースの広さから考えると、複数箇所からの入場があると、コンコースがつかえてしまうということなのかも知れない。帰りの際は2カ所に狭まったが、サンガスタジアムからJR亀岡駅までの歩道が人で溢れているのが見えたため、帰り口を多くしてしまうと駅に人が押し寄せてどうにもならないということも考えられる。Twitterでいくつか検索したところ、サンガスタジアムからJR亀岡駅まで普通に歩けば3分で着くところを30分掛かったそうだが、2カ所にしたからそれで済んだということなのかも知れない。杮落としということでサンガスタジアムへの来場者は1万7000人以上を記録したが、亀岡に一時にこれだけの人が押し寄せるということは大げさでなく有史以来初めてなのではないだろうか。
大勢の人が押し寄せるということ自体、亀岡にとって未曾有のことであり、スタジアムの周りには警察官を、駅には警備員を多数配して交通の混乱を避けるべく努力していた。

京都にサッカー専用スタジアム建設の構想が持ち上がったのは、1995年のこと。京都パープルサンガのJFLからJリーグへの昇格が決定的となり、プロサッカーチームに相応しいサッカー専用スタジアムを建設する機運が高まる。そして2002年のサッカーワールドカップ開催に向けて城陽市の木津川右岸にサッカースタジアムを建設する計画が立案されたのだが、2002年のワールドカップが日本単独ではなく日韓共催となったことから日本国内に建設予定だったサッカースタジアムの計画のいくつかが白紙撤回となり、そのなかに木津川右岸も含まれていて、サッカースタジアムの建設は振り出しに戻った。2002年には京都パープルサンガが天皇杯で日本一となり、追い風が吹くかに思われたのだが、目に前には混乱が待ち構えていた。
京都サンガF.C.(前身の京都パープルサンガを含む)が本拠地としていた京都市西京極総合運動公園陸上競技場兼球技場はそもそもJリーグ参加チームのホームグラウンドとしての規格に達しておらず、Jリーグのホームグランドとしては日本最低などといわれていた。初期はLEDビジョンもなく席は安手のもの。陸上競技場であるためスタンドからピッチまでが遠い、スタンドの傾斜も緩いので臨場感がないなど京都府唯一の本格的プロスポーツチームの本拠地としてはお寒い限りであった。
そこで伏見区の横大路にサッカー専用スタジアム建設計画が起こったのだが、ここからいかにも京都らしいというべきグチャグチャの展開を見せ、横大路はアクセス面で無理、西京極に仮設スタンドなどを設ける案もあったが、技術面で困難な上に陸上競技連盟による反対があり、西京極を一から建て直すにしてもその間の代替スタジアムがないため不可能。梅小路広場や京都府立植物園に建設するプランも出るが、「府市民の方々の同意が得られない」という「府市民の方々って具体的に誰なの?」という謎を呼ぶ否決で終わる。京都サンガF.C.は宇治市の太陽が丘こと京都府立山城総合運動公園に本拠地スタジアムを作る計画を京都府などに打診するも交通の便に問題ありということで進まず。
ということで、改めてサッカー専用スタジアム候補地を募集。いったんは下りていた京都市に加え、亀岡市、城陽市などが手を上げ、」最終的に亀岡市に決定する。ただ、最初の建設予定地は天然記念物であるアユモドキの生息場所であるとして反対運動が起こり、JR亀岡駅前の現在地に建設場所が移っている。その後も亀岡で反対デモなどがあったが、ようやく完成に漕ぎ着け、最初の試合が行われる。構想から実に四半世紀の道のりであった。

 

残念ながらバックスタンドの2席席(1階席は存在しないのでややこしい)には空席を見つけることが出来なかったので、3階席に向かう。3階席は比較的空いていた。2階席も臨場感があって良いが、3階席は3階席で、昔遊んだことのあるFIFA公認プレイステーション用サッカーゲームに似た角度でピッチを見下ろせる構造で、ボールの近くにいない選手の動きもはっきりと確認出来る。サッカーを観るためのスタジアムとしては最高の部類に入るのは間違いない。

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試合前に京都府のゆるキャラであるまゆまろがミス亀岡かなにかだと思われる着物姿のお姉さんと共にグラウンドに現れ、サンガサポーターの掛け声に合わせて踊っていたが、寒いので体を動かしたかったのかも知れない。雪はやんでいたが、今日の亀岡はとにかく寒い。
西脇隆俊京都府知事と京セラの山口悟郎会長が試合前の挨拶を行う。公約の一つがサッカー専用スタジアムの建設推進だった西脇知事(他の自治体の方々には考えられないかも知れないが、京都はついこの間まで「サッカー専用スタジアムの建設推進」が公約になり得るような場所なのである)は、「現時点では日本一のサッカースタジアム」と胸を張り、「サンガスタジアムというチーム名が入った日本初のスタジアム」として、ネーミングを行った京セラを讃えていた。

京セラはすでに、京セラドーム大阪や京都市京セラ美術館などでネーミングライツを行っており、仮に京セラスタジアムや京セラアリーナなどにすると京セラドームと混同される恐れがある。またユニフォームのメインスポンサーであり、京都サンガF.C.が元々京セラを中心にプロ化を進めた経緯はよく知られているため、何重にも宣伝する必要は感じられなかったのかも知れない。


以前は、西京極でよく京都サンガF.C.の試合を観ていたのだが、土曜日に稽古を入れることになっていから足が遠のき(結局、稽古が公演に結びつくことはなかったが)、サンガもJ2に低迷したままで、京都の街全体も盛り上がりに欠けていた。昨年は、一時期J2の首位に立つなど、J1昇格のチャンスが訪れたかに見えたが、対柏レイソル戦で1-13という、サッカーの試合とは思えないほどの大量失点を喫し(当然ながらJリーグの1試合における最多失点記録となった)失速。今年もJ2でのスタートとなった。

一方、対戦相手のセレッソ大阪はこのところずっとJ1で戦い続けているチームである。亀岡に向かう列車の中では、サンガが大敗するのではと心配する声も聞かれた。

JR亀岡駅からサンガスタジアムに向かっている途中で、セレッソ大阪の選手を乗せたバスが前を横切る。多くの人が拍手を送った。

久しぶりのサンガ戦観戦ということで、選手の中で名前を知っているのは李忠成だけ。李は今日はスタメンではなく、後半開始からの登場となった。背番号9のピーター ウタカ、背番号10の庄司悦大(しょうじ・よしひろ。昨季はベガルタ仙台からのレンタル移籍としてサンガでプレーし、シーズン終了後に完全移籍となった)らが現在のサンガを代表する選手となっているようである。

 

試合前は晴れていたサンガスタジアムであるが、試合開始と同時に小雪が舞い始める。祝い雪となるであろうか。絵的に美しい雪舞う中でのサッカーであるが、とにかく寒い。防寒対策は私としてはかなり徹底したつもりであるが、サンガスタジアムの北にある丹波富士こと牛松山とその背後の愛宕山から北風が吹き下ろしてくるため、体感温度もかなり低い。

試合はやはり、というべきか一貫してセレッソペース。どう見てもセレッソの方が強い。サンガ陣内でプレーが行われる時間が長く、またサンガがカウンターを狙ってもセレッソディフェンス陣に角度を潰されるため、シュートを打ってもキーパーの正面かゴールマウスを外れたものにしかならない。またサンガの選手達は上がりが遅く、パスを回すも相手ディフェンスに隙が見られないため、ゴール前にボールを送り込むことがなかなか出来ない。

先制点も当然のようにセレッソが奪う。坂元が右サイドから狙ったロングシュートはそのままゴールに吸い込まれた。

そのままセレッソペースになってもおかしくないような展開であったが、サンガも相手ゴール前での混戦に持ち込み、庄司が蹴り上げたボールがゴールネットを揺らしてサンガが同点に追いつく。その後もセレッソ有利ながら前半は1-1の同点で終えた。

ハーフタイムに太陽が姿を現し、日差しが優しく感じられるようになる。とにかく寒いが、様々な天気を楽しめる一日ともなった。

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後半もセレッソの方が勢いがあり、64分にパスで中央を破られて奧埜にゴールを決められる。
更にアディショナルタイムにもサンガゴール前でのセレッソの波状攻撃があり、サンガは防衛ならず、都倉にゴールを許す。
なんとか一矢報いたいサンガは、ウタカがドリブルでディフェンスを突破してのビューティフルゴールをサンガサポーターの目の前で決める。直後にタイムアップとなるが、サンガファンを大いに沸かせる一発となった。サッカー専用スタジアムにおいて目の前で決まるゴールは芸術そのものと言っても過言ではないほどの美しさを持つ。ハリー・ポッター・シリーズのクィディッチも、サンガスタジアムで観る現実のサッカーには敵うまい。

 

おびただしい数の人々がJR亀岡駅に向かう。このまま亀岡駅に向かうのは賢明ではない、ということもあるが、元々寄るつもりであった「麒麟がくる 京都大河ドラマ館」に寄る。亀岡市にある亀山城は明智光秀が居城としていた城であり、サンガスタジアムの1階に大河ドラマ館が作られた。亀山城跡はサンガスタジアムの南西、JRの線路を挟んで向かい側にある。現在は宗教法人大本の所有となっており、無料では入れるのだが、宗教団体ということで入りにくい状態ではある。ただ「麒麟がくる」制作発表後に亀山城跡を訪れる人が増えたため、対応に当たるべく、有料での観光に切り替わる予定である。
亀山城という城は、ここ丹波のみならず伊勢にもあり、丹波亀山城の天守を取り壊すよう幕府からの命が下った時に間違えて伊勢亀山城の天守が取り壊されたという嘘のような本当の話がある。丹波亀山城天守は今は存在しないが、明治時代初期に撮影された古写真が残っている。丹波亀山城天守は、一説によると今治城の天守を移築されたものとされ、現在の今治城には丹波亀山城天守の古写真を元にした模擬天守が建てられている。

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館内には、出演俳優が着た衣装やサインなどが飾られており、明智光秀役の長谷川博己や松永久秀役の吉田鋼太郎らのインタビュー映像などを見ることが出来る。出演者の写真パネルや光秀ゆかりの亀岡観光案内などは撮影可である。

京都大河ドラマ館を出ると、夕日を浴びた牛松山とその背後の愛宕山が美しい。愛宕神社を崇拝していたという明智光秀であるが、亀山城にいる時は、毎日愛宕山の姿を眺めていたということになる。

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2019年11月10日 (日)

コンサートの記(607) 宮川彬良指揮 京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2019「オーケストラへようこそ!」第3回「オーケストラ七変化」

2019年11月4日 京都コンサートホールにて

午後2時から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2019「オーケストラへようこそ!」第3回「オーケストラ七変化」を聴く。今日の指揮は宮川彬良。ナビゲーターはガレッジセール。

曲目は、バリー・グレイ作曲(宮川彬良編曲)の「サンダーバード」からメインタイトルほか、ハワード・グリーンフィールド&ジャック・ケラー作曲(宮川彬良編曲)の「奥様は魔女」、ヨハン・シュトラウスⅡ世(宮川彬良編曲)のワルツ「美しく青きドナウ」、ブラームス(シュメリング編曲)のハンガリー舞曲第5番、宮川彬良編曲による宮川版ハンガリー舞曲第5番、ベートーヴェン作曲(宮川彬良編曲)の「エリーゼのために」、レノン=マッカートニーの「ビートルズメロディー」(「ア・ハード・デイズ・ナイト」&「レディ・マドンナ」)、ベートーヴェン作曲の交響曲第5番「運命」第1楽章。

 

コンサートマスターは泉原隆志、フォアシュピーラーに尾﨑平。
今回は宮川彬良による楽曲解説がメインとなるため、演奏時間は短く、管楽器の首席奏者はトランペットのハロルド・ナエス(降り番)以外はほぼ全編に出演する。

 

京響のメンバーが登場し、全員がステージ上に揃わないうちに青のベストを着た宮川彬良も登場。実は本編前にお客さんと打ち合わせをするために早めに現れたのである。1曲目は「サンダーバード」メインテーマなのだが、カウントダウンがあるため、それをお客さんにやって貰いたかったのだ。
宮川「『サンダーバード』大好き! 素敵! という方はおそらく50代以上だと思われます」と語る。確かにその通りで、私でも「サンダーバード」のメインテーマは広上淳一がレコーディングしたCDで初めて本格的に聴いている。勿論、有名な音楽なのでどこかで耳にしたことはあるのだが、「サンダーバード」を見たこともない。

ということで、お客さんがカウントダウンを行い、まずは宮川が「ジャン!」と言って返す。「ファイブ」「ジャン!」「フォー」「ジャン!」「スリー」「ジャン!」「ツー」「ワン! あ、間違えました。ジャン!」という形でやり取りがあり、「Thunderbirds are go!」の部分はもっと低い声で言うようお願いする。

その後、宮川はいったん退場し、オーケストラがチューニングを行ってから再登場する。

自ら単なる作曲家ではなく「舞台音楽家」を名乗る宮川。この手の音楽はお手の物である。
「オーケストラ七変化」というテーマであり、同じ音楽でも様々な要素によって違いが出る秘密を宮川が解き明かしていく。テーマは首席ヴィオラ奏者の小峰航一がボードを掲げて聴衆に示す。宮川は小峰のことを「小峰大先生」と呼ぶ。最初のボードに書かれているのは「指揮」。

宮川は、「サンダーバード」メインテーマを厳かに指揮したことを語り、そのことにも意味があるとする。続いて、窮地の場面の音楽。今度は宮川は指揮棒を細かく動かす。最後は、サンダーバードの南国の基地の場面での緩やかな音楽。指揮棒をゆっくりと移動させる。指揮棒によって音楽が変わるということで、宮川は「指揮棒は魔法の杖」と語る。

魔法使いといえば子どもということで、宮川は「誰か勇気のある子」と客席に呼びかけ、手を挙げた女の子がステージに呼ばれる。今日はステージに上がる階段が設置されているのだが、女の子は靴を脱いで上がろうとし、宮川は「京都の子はお上品だから」と感心する。8歳のNちゃんという女の子であったが、宮川は「丁度良い子が来てくれた」と喜ぶ。開演前に「8歳ぐらいの子が来てくれたらいいな」と周りと話していたそうだ。
子どもが指揮棒で魔法が使えるかということで、Nちゃんに指揮台の上で指揮棒を振って貰う。Nちゃんが指揮棒を前に下ろすと、ハープと鉄琴が反応し、いかにも魔法といった感じの音がする。
続いては、「お父さんにも魔法が使えるか」ということで、客席の前の方にいた37歳の男性がステージに上がる。指揮棒を振って貰ったが、ギャグの場面で使われるようなとぼけた打楽器の音がした。
最後は、「次の曲には奥様が必要」ということで、奥様が呼ばれる。女性なので年は聞かなかったが、まだ若そうである。奥様が指揮棒を振ると「奥様は魔女」の魔法がかかる場面の音が鳴る。ここでガレッジセールの二人が、魔法使いがかぶるようなとんがり帽子とマント、更に小さなステッキを持って登場。奥様に魔法使いの格好をして貰い、川ちゃんは記念写真も撮る。
宮川が奥様の手を取って一緒に指揮を開始し、「奥様は魔女」の演奏が行われた。

ゴリが、「宮川さんは本当に面白い。本当に音楽が好きなんだなとわかる」と語る。

次の曲は、ヨハン・シュトラウスⅡ世のワルツ「美しく青きドナウ」。宮川が編曲した少し短いバージョンでの演奏である。
宮川は、「三拍子というと三角形を書くようなイメージが」と語り、ゴリが「僕が学校でそう習いました」と返す。だが、ウインナワルツは三角形を書くように指揮しては駄目だそうで、宮川は三角形を描きながら「美しく青きドナウ」のメロディーを口ずさみ、「これじゃアヒルの行水みたい」と評する。ウインナワルツは丸を描くように指揮するのが基本だそうで、三角形を書くようにすると踊れる音楽にはならないそうだ。
宮川は指揮について語ったが、ゴリは「宮川さんだと僕らどうしても顔を見ちゃう。顔が面白い」と言い、宮川も「65%ぐらいは顔」と認める。
弦の刻みなどによる序奏の部分などはカットし、本格的なワルツが始まるところからスタートする。宮川は本職の指揮者ではないが、しっかりとした演奏に仕上げる。

 

次のテーマのテーマは、「オーケストレーション」。宮川が様々な管弦楽法を読み込んだ結果を、ボードに示して説明する。ボードは京響のスタッフが運んでくる。

まずハンガリー舞曲第5番の冒頭を普通に演奏した後で、弦楽、木管、金管に分けて演奏する。ゴリは、「木管だけだと楽しく聞こえる」と言い、宮川は「弦楽だけだと渋いでしょ」と返す。弦楽のユニゾンによる演奏も行われた。
続いて、楽器同士の相性。冒頭部分を第1ヴァイオリンとクラリネットで演奏する。第1ヴァイオリンとクラリネットは相性バッチリだそうである。吹奏楽の場合はオーケストラでは弦楽が演奏するパートをクラリネットが担当することが多いので、これはまあそうだと思える。
続いて、第1ヴァイオリンとオーボエによる演奏。これは相性が良くないとされる。宮川は「京都市交響楽団は伝統あるオーケストラなので」第1ヴァイオリンとオーボエでも溶け合って聞こえるが、「第1ヴァイオリンはメロディーを担当することが多い、オーボエもメロディーと担当することが多い楽器なので張り合いになる」そうである。ということで今度は互いが「主役はこっち」という感じで演奏して貰う。オーボエの髙山郁子は身を乗り出してベルアップしながら演奏していた。
続いては、チェロとホルンによる演奏。男性的な感じがする。
続いて、愛人のような関係。いつも一緒にやるわけではないが、たまになら上手くいくというパターン。オーボエとホルンが演奏するが、ゴリは「これ二人でこそこそホテル探してますね」と言う。

そしてブラームスのハンガリー舞曲第5番の全編の演奏。ハンガリー舞曲は、ブラームスがハンガリーのロマの舞曲を採取して、連弾用ピアノ作品にまとめたものであり、ブラームス自身も最初から連弾用編曲として楽譜を出版している。オリジナル曲でないということもあって、ブラームス自身がオーケストレーションを行っている曲は少なく、第1番、第3番、第10番だけである。最も有名なものは第5番だが、これも他者によるいくつかの編曲によって演奏が行われている。

ちなみにガレッジセールの二人は、宮川に勧められてピアノの椅子(今日はピアノは指揮台とオーケストラの間に置かれている)に腰掛けて演奏を聴くことになる。宮川は「狭いので半ケツ」でと言い、ゴリが「それか俺が普通に座って、お前が腿の上に乗る?」、川ちゃん「なんでだよ?!」

ということで演奏。アゴーギクを多用する指揮者も多いが、宮川は本職の指揮者ではないのでそこまではしない。

ゴリが、「いや、この席、12万ぐらい出す価値ありますね。でもなんか宮川さんの顔が音楽の麻薬にやられてるというか、とにかく面白い。みんなに見せて下さいよ」というので、宮川は客席の方を向いて指揮する。なんだがダニー・ケイがニューヨーク・フィルハーモニックを指揮したコンサートの時のようである。だが、
ゴリ「僕らが見てたのと全然違う。盛ったでしょ」
宮川「盛りました」
ということで、指揮をしている時の顔はポディウム席からでないと見られないようだ。ちなみにオーケストラ・ディスカバリーでは、ポディウム席は自由席となっている。

 

今度は宮川彬良が編曲を行ったハンガリー舞曲第5番の演奏。先に示した通りコントラバスを除く全ての弦楽器が主旋律を弾くなど、ダイナミックな仕上がりとなっていた。

 

休憩を挟んで宮川彬良のピアノと京響の伴奏による「エリーゼのために」。宮川は後半は赤のベストに着替えて登場する。サン=サーンス風の序奏があったり、チャイコフスキー風に終わったりと、かなり色を加えたアレンジである。

「編曲」がテーマであり、ボードを掲げた小峰は「へん」に掛けた変顔を行う。宮川は、「京都市交響楽団の皆さん、変な方が多いんです。良い意味でですよ。つまらない人ばっかりじゃ面白くない」

ビートルズナンバーから、「ア・ハード・デイズ・ナイト」と「レディ・マドンナ」の編曲。
宮川は編曲には2種類あると語り、「ア・ハード・デイズ・ナイト」は、忙しく働いた日の夜ということで、文学的描写を取り入れた編曲での演奏となる。本物の目覚まし時計の音が鳴ってスタート。出掛けるための準備やラッシュ時の慌ただしさなどを描写し、会社での仕事のシーンでは、ルロイ・アンダーソンの「タイプライター」が挟み込まれ、パソコンを使ったオフィスワークを描く。そして疲労困憊となり、疲れ切ってのフェードアウトで終わる。

「レディ・マドンナ」は物語描写は入れず、ビートルズによるボーカル、ギター、ベース、ドラムスをそのままオーケストラに置き換えた編曲である。ドラムセットは舞台上にあるが、この曲では使わず、ティンパニ、大太鼓、スネアドラム、シンバルの4つの楽器でドラムセットでの演奏を模す。

最後のテーマは「作曲」。小峰はボードを掲げながら足をクロスさせ、ゴリが「お、デューク更家になりました。あるいはラウンドガールか」と言う。
ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」の第1楽章が演奏されるのだが、その前に、スタッフと京響の降り番の奏者達が「運命」第1楽章冒頭の主旋律が書かれた巨大譜面(3枚組)を手に登場。なぜベートーヴェンの交響曲第5番が「運命」や悲劇的な印象を受けるのかを説明する。
三連符の後で音が下がるからだそうで、冒頭に「下がるぞ下がるぞ下がるぞ」と歌詞を入れていく。
悪い要素は続くという話から、ゴリが「吉本も今、負の連鎖です。悪いことばっかり」と言ったため、冒頭部分は「吉本の現状」ということになる(?)。
「成績が下がるぞ、給料が下がるぞ」となるのだが、ホルンの響きのところで、「よく見てみろ!」となり、第2主題は「上がるから下がる」と少し前向きになると説明する。

本編の演奏。最近はピリオドスタイルでの演奏が増えているが、宮川はそうした要素は取り入れない。そもそも最初からピリオドやHIPまでやってしまうと話がややこしくなる。

宮川は、「このオーケストラ・ディスカバリーは画期的。子どものためのコンサートをやっているオーケストラは色々あるけど、これだけお客さんが入ることはそうそうない」と語り、ゴリは、「僕ら今まで色々な指揮者の方とご一緒しましたけど、宮川さんが一番画期的な指揮者です」
川ちゃん「今日が一番笑いました」

 

アンコールは、宮川彬良のシンフォニック・マンボ No.5。ベートーヴェンの交響曲第5番とマンボNo.5を一緒に演奏する曲で、広上淳一も京響と演奏したことがある。
宮川は、マンボNo.5の冒頭をピアノで奏で、「ハー!」と言ってコンサートマスターの泉原に無茶ぶり。泉原は少し遅れて「ウ!」と答えた。
京響の楽団員は、掛け声や歌などを混ぜて演奏する。打楽器の真鍋明日香がやたらと可愛らしくマラカスを振るなどエンターテインメント性溢れる仕上がりであった。

 

レナード・バーンスタインの仕事をダニー・ケイの才能でこなすことの出来る宮川彬良。音楽の裾野を広げる才能は、現在の日本の音楽人の中でトップに位置すると思われる。

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2019年10月27日 (日)

観劇感想精選(323) 「中村勘九郎 中村七之助 錦秋特別公演2019」京都公演

2019年10月19日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて観劇

午後3時から、ロームシアター京都メインホールで、「中村勘九郎 中村七之助 錦秋特別公演2019」京都公演を観る。中村勘九郎と七之助の兄弟が15年間に渡って続けている特別公演である。基本的に歌舞伎専用劇場は用いず、日本各地の公共のホールを使った上演が行われている。

演目は、勘九郎と七之助による芸談の後で、「艶紅曙接拙 紅翫(いろもみじつぎきのつつか べにかん)」、「三ツ面子守(みつめんこもり)」、「松廼羽衣(まつのはごろも)」の3つの歌舞伎舞踊が繰り広げられる。

まず勘九郎と七之助による芸談がある。司会は関西テレビアナウンサーの谷元星奈。
勘九郎と七之助がそれぞれ挨拶するのだが、明らかに七之助に対しての拍手の方が大きい。勘九郎もキレのあるいい歌舞伎俳優であるが、華は不足がち。また若い女性にはどうしても女形の方が人気がある。
京都についての思い出から話し始める。二人が子どもの頃、父親である中村勘三郎はずっと南座での顔見世に出続けており、二人も冬休みの間は京都に来て父親と一緒に過ごしていたそうで、京都巡業といっても旅という感じはしないそうだ。一方、勘九郎と七之助が歌舞伎俳優として活躍し始めてからは、不思議なこと勘三郎が京都で公演を行うことは稀になってしまったそうで、2年前に勘九郎と七之助はロームシアター京都メインホールで行われた顔見世に登場しているが、家族の招きが上がるのは20数年ぶりだったそうである。

勘九郎が大河ドラマ「いだてん」で、主役の一人である金栗四三を演じたということで、その苦労話などが語られる。昨年4月からの撮影であったのだが、準備期間も含めて「ずっと走っていたような記憶がある」そうで、舞台では誤魔化せても映像では無理ということで、体作りのことなどを話す。歌舞伎で軽やかな演技を見せている印象のある勘九郎だが、実は「運動は大嫌い」「動くことがそもそも嫌いであり」、運動が得意そうと見られることも多いが、それは勘違いだという。歌舞伎をやっていると下半身が重要になるため腿が太くなるそうで、勘九郎の腿は周囲が62cmもあり、これはスピードスケートの金メダリストである清水宏保と同じ数値だそうである。ただ、マラソン選手でそんなに腿の太い選手はいないということで、腿の余計な肉を落とすことから始めたそうだ。運動の他に糖質カットダイエットなども行ったそうだが、糖質をカットすると怒りっぽくなるので困ったそうである。頭の働きにブドウ糖が必要ということは知られているが関係があるのだと思われる。食事は鶏のササミが中心。飲み物も水だけに限られるそうで、「地獄ですね」と勘九郎は語っていた。昨年の錦秋特別公演時も撮影期間に入っており、地方公演はその土地土地の地方グルメが楽しみなのだが、勘九郎は体作りのためにその土地のものは何も食べることが出来ず、持ち込んだ鶏のササミをずっと食べていたそうである。撮影時のロケ弁も美味しいのだが、やはり食べることが出来なかったそうだ。金栗が引退してからは体を引き締めなくても良くなり、食事制限が解除されてから初めて食べたのはカレーだそうである。三日三晩カレーが続いても大丈夫なほど好きであり、まず家庭の味のカレーを求めたそうだ(奥さんの前田愛が作ったのかな?)。そしてあれほど苦労して体を絞ったのに、「一瞬で元の体に戻った」そうで、「皆さん、ダイエットなんてしないほうがいいですよ」と語っていた。現在上映中の映画「JOKER」に主演しているホアキン・フェニックスも役作りのため体を絞ったが、「戻る時は一瞬だった」と同じ事を語っていたと紹介もする。

七之助も「いだてん」に出演し、最初は当時の落語家役など一瞬登場するだけのカメオ出演だと思っていたのだが、落語家・三遊亭圓生という重要な役どころだったため、残っている圓生の映像は全て見て研究したそうだ。
また現在、BSプレミアムで放送中の「令和元年版 怪談牡丹灯籠」にも出演しており、この作品は京都の太秦で撮影が行われたそうである。実は七之助はこれまで映像の仕事はほとんど断っており、1年に2度映像作品に参加するというのはとても珍しいことだそうである。「いだてん」に出ることに決めたのは、兄が出るということと、脚本が映画「真夜中の弥次さん喜多さん」でお世話になった宮藤官九郎ということも大きかったようだ。
同じNHKのドラマでも撮影の仕方に違いがあり、「令和元年版 怪談牡丹灯籠」は1台か2台のカメラで撮影が行われるのだが、「いだてん」の現場にはカメラが5台ほどずらりと並んでいて、全て長回しでの撮影が平均で7回ほど繰り返されていたそうである。以前、「龍馬伝」の大友啓史監督が長回しで撮るという話を横浜で行われた「全国龍馬ファンの集い」でしていたが、今回もそれに近い手法が採られていたようである。
長回しは長回しで大変だが、「令和元年版 怪談牡丹灯籠」はすぐカットのかかる細切れで撮っているため、「じゃあ、次、泣いて下さい」といわれたらすぐに泣かなければいけないそうで、感情の上げ方が難しいそうである。しかもその前の長めのセリフを撮り終えてカットが掛かってから、短いセリフの導入部ですぐに泣かなければならないため、なかなか上手くいかなかったそうだ。

二十代の頃は勘九郎が女形、七之助が立役という時代もあり、七之助は先月、南座での「東海道四谷怪談」でお岩さんを演じていたが、本当にやりたかったのは民谷伊右衛門の方だそうで、子どもの頃から演じてみたい人物のナンバーワンが伊右衛門だったそうだ。七之助の解釈では「伊右衛門は実はいい人」だそうで、お岩さんと実はとても愛していて、お岩さんの顔が薬で変わっていなかったらお梅を捨ててお岩とよりを戻した可能性もあると思っているそうである。お岩さんに対する態度も好きな人に踏ん切りをつけるためのいじめだと捉えているそうだ。

その後、二人で今日の演目の紹介を行い、客席からの質問を受ける。七之助への「女形をやる時には、女性の仕草を研究したりはするんですか?」という質問には、「女を演じているのではなく女形という生き物を演じている」ということで、「内面は女であることを目指しているが、仕草などは女形の先輩が残してきた型を参考に取り入れている」ということで本物の女性の仕草を参考にすることはないそうだ。女形として魅力的に見える仕草は女性のそれとは当然異なっており「所詮男なので」女であることでなく女形であることを目指しているそうだ。「普通の女の人がこんな髪の掻き上げ方したら嫌でしょ?」と型を見せて笑いも取っていた。

静岡公演では、昼公演と夜公演の間に羽衣伝説のある三保の松原を見に行き、その日の夜の公演の芸談で司会を務めた静岡のテレビ局のアナウンサーが、「羽衣が残っているんです」という話をしたため、「松廼羽衣」では特別に羽衣を切るという演出を加えたそうなのだが、三重公演の芸談でそれを明かしたために三重公演でも同じ演出を行うことになったそうで、「今日もそうなんですか?」という質問がある。勘九郎は「わかってます? それは脅迫です。質問じゃなくて」と返す。ただ七之助が「でもやるんでしょ?」と言ったため、今回も「松廼羽衣」は特別演出で行われることになった。

 

「艶紅曙接拙 紅翫」。出演は、中村いてう、中村仲助、中村仲之助、中村仲侍、中村仲弥、中村仲四郎、澤村國久。
富士山の山開きの日に、虫売り、朝顔売り、団子売りなどが集うのだが、芸達者の紅翫(中村いてう)が現れて、歌舞伎の様々な演目の真似を披露して一同を楽しませるという趣向である。主人公のモデルは紅谷勘兵衛という実在の人物だそうで、浅草で芸を披露して人気を博していたそうである。

 

「三ツ面子守」は、9月の南座「東海道四谷怪談」ではお梅を演じていた中村鶴松が一人で舞う。子守がひょっとこやおかめ、えびすなど次々と面を変え、衣装も替えて踊り続けるユーモラスな作品である。鶴松の舞踊は、手の動きがピシッと決まり、愛らしさもある巧みなものであった。

 

「松廼羽衣」。勘九郎と七之助の共演である。勘九郎演じる漁夫の伯竜は凜々しいが、七之助の演じる天女が現れるとやや姿がかすんでしまう。女形と立役の違いもあるが、七之助の方が華はあるようだ。
ともあれ、二人とも稀代の名優であった中村勘三郎の息子であり、譲り受けた芸の巧みさには十分に光るものがあった。

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2019年10月15日 (火)

「まだ結婚できない男」第2話ラストで流れた ムソルグスキー 交響詩「はげ山の一夜」




ムソルグスキー作曲 リムスキー=コルサコフ編曲
テオドル・クチャル指揮ウクライナ国立交響楽団

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