カテゴリー「中国映画」の17件の記事

2026年4月 9日 (木)

これまでに観た映画より(434) コンサート映画「Ryuichi Sakamoto|Trio Tour 2012」

2026年4月6日 イオンモールKYOTO内のT・ジョイ京都にて

イオンモールKYOTO内の映画館T・ジョイ京都で、コンサート映画「Ryuichi Sakamoto |Trio Tour 2012」を観る。文字通り、坂本龍一が2012年にピアノ三重奏で行ったツアーの最終日の演奏を収録したものである。収録はWOWOWが行っている。
坂本龍一は、翌2013年と2014年に東京フィルハーモニー交響楽団と「Playing the Orchestra」公演を大阪と東京で行っており、それにも繋がるクラシック音楽の編成でのツアーであった。曲はアルバム「THREE」に収録されたものが中心。

2012年12月19日、東京・赤坂ACTシアターでの演奏と収録。共演は、ヴァイオリンのジュディ・カンとチェロのジャケス・モレレンバウム。坂本はモレレンバウムとは90年代に知り合い、「チェロでこんなに即興演奏が出来る人がいるんだ」と驚き、共演を申し込んで、何度も一緒に演奏しているそうだ。
ジュディ・カンはオーディションで選ばれたという。三次までの予選を突破した3人にニューヨークまで来て貰って、ジョイントを行い、カンが最も優秀だったという。ちなみにカンはニューヨークに住んでいたが、他の人はわざわざ外国からニューヨークにやって来たという。
坂本龍一としてはトーク多め(ちなみに坂本龍一は、全米のワーストMCに選ばれたことがある)で、本人も「どうしちゃったんでしょう?」と言っていた。

セットリストは、WOWOWが作ったホームページに載っているので繰り返さないが、ピアノ、ヴァイオリン、チェロだけで演奏された「ラストエンペラー」は3つの楽器で演奏されたとは思わないほどスケールが大きく、力強い演奏となった。

「Bibo no Aozora(美貌の青空)」は、元々は歌詞付きの作品で、イタリアで演奏するとなぜか大受けすると坂本は語っていたが、結果的にはインストゥルメンタルバージョンでの演奏が増えたことで、坂本の歌唱による「美貌の青空」を生で聴く機会はなかった。

「Playing the Orchestra2013」では、大河ドラマの「八重の桜」メインテーマがフルオーケストラに篠笛尽きで演奏されたが、2012年のピアノトリオ版では、ドラマ性よりも抒情美が勝って聞こえる。個人的にはフルオーケストラ版の方が好きだが、ピアノトリオ版もなかなかである。

「1919」は繰り返しと力強い音が特徴。1919年というとワイマール憲法が有名だが、ソ連ではレーニンが演説を行っていた。CDに収録されたバージョンにはレーニンの演説が入っている。非常に力強い演奏で、教授とモレレンバウムの即興でのやり取りがスリリングである。ちなみにモレレンバウムは、ドイツ語で「桜の木」という意味だそうで、坂本は「日本の苗字が出来ました。『桜木』さん」と命名したことを告げ、以後は「桜木さん」と呼んでいた。

必ず演奏される「戦場のメリークリスマス」。楽曲としてのタイトルは、「Merry Christmas Mr.Lawrence」の方が良いのかも知れないが、サウンドトラック盤とは異なる染みる系の演奏に胸が清められるかのようだ。

映画「ラストエンペラー」から“Rain”。“! Want A Divorce”の副題があり、満州国皇帝(あるいは執政)愛新覚羅溥儀の第二夫人・文繍が離婚を申し出る時の音楽である。外は雨、三人は車の後部座席に並んで座っている。文繍は「離婚したいの」と申し出る。
坂本龍一はこの曲を気に入っていたようで、ライブでも度々演奏している。
疾走感と痛切さが印象的な楽曲。ヴァイオリンの返しの音が、文繍の揺れる心境を表しているかのようである。

ラストは、「Parolible」で締めくくった。

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2026年1月19日 (月)

NHKBS「坂本龍一コンサート リマスター版」

2025年12月30日

「坂本龍一コンサート リマスター版」の第1部と第2部を視聴。

私が買った坂本龍一の最初のアルバムは「Beauty」であるが、その1つ前のアルバム(分量から行くとミニアルバムに近い)が「Neo Geo」であり、第1部はそれに含まれている曲が中心のコンサートである。
NHKBSの映像であるが、年号がまだ昭和表記である。62年7月19日(1987年7月19日)、NHKホールでの公演。

「Neo Geo」は続く「Beauty」同様、坂本龍一が沖縄の音楽に接近した時期の音楽である。
東京藝術大学で小泉文夫に師事した坂本は、民族音楽への造詣も深かった。
古謝美佐子(こじゃ・みさこ)、我如古順子(がねこ・よりこ)、玉城一美という今では沖縄歌謡の重鎮となっている3人を集めた「オキナワチャンズ」の歌が強烈である。
坂本は、「日本は単一民族国家と思われているが冗談じゃない」との思いから、沖縄の音楽を積極的に取り上げている。
「童神」の作者としても知られる古謝美佐子は、ネーネーズのメンバーとしても有名だったが、この時期にはまだネーネーズは結成されていない(1990年結成)。

坂本龍一は、オキナワチャンズのメンバーも連れたワールドツアーを行っているが、ベルリン公演の前にオキナワチャンズのメンバーの一人が、体調不良で出られないということで、スタッフの一人がそれを坂本に告げに行く。坂本は一人離れたところで煙草を吸っていた。「ああ、そう」といった風に首を縦に振っただけだったが、そこに至るまでの坂本の佇まいがひどく孤独に見えた。
坂本は天性のメロディーメーカーである。しかし、なぜ人に受けるメロディーを簡単に書くことが出来るのか、自分でも戸惑っていたようなところがある。
「ずっと考えていることなんですが、自分でできてしまうことと、ほんとにやりたいことというのが、どうも一致しない場合が多いんです。できてしまうから作っているのか、本当に作りたいから作っているのか、その境い目が、自分でもよくわからないんですね」(「sitesakamoto」内、1998年10月5日の日記)。
旧フェスティバルホールで行われた、「/05」コンサートでも坂本は、「energy flow」を弾いた後で、「全く悪くない。全く悪くないのですが、それほどですか?」と客席に問いかけている。オリコンチャートでインストゥルメンタル作品として初めて1位を獲得した「energy flow」(正式には「energy flow」を含むミニアルバム「裏BTTB」)。5分ぐらいで書いた曲で、おそらく坂本本人も気楽に作ったと思われる。それが受けるというのがよく分からないようだ。
ドキュメンタリー映画「アルゲリッチ 私こそ、音楽!」でのアルゲリッチも彼女にしか出来ない演奏をするがなぜそうした演奏が出来るのか本人にも分からず、寂しそうな表情を浮かべる場面がある。
坂本龍一の孤独もそれに通ずるように見える。自分がよく分からないという感覚。苦労して作っても評価されなかった曲もあるのだからなおさらだ。


1曲目で奏でられるのは、坂本のピアノソロによる「BEFORE LONG」。シンプルながら聴き映えのする曲である。TOTOかどこかのCM曲にもなった。非常に短い曲だが、後にロングバージョンが作られる。

「Ballet Mechanic」は、まず岡田有希子に「WONDER TRIP LOVER」の名で提供された曲で、その後、自身で「Ballet Mechanic」をカバー。その後、中谷美紀に「クロニック・ラヴ」としても提供されるなど、教授お気に入りのナンバーだった。

「戦場のメリークリスマス」では、中国の箏奏者である姜小青が主旋律を奏でている。坂本龍一の著書である『Seldom Illegal』には、姜小青のことにも触れられており、文化大革命のただ中で幼少期から青春期を過ごしているが、「彼女、ピアノが弾けるのね。文化大革命の最中であってもピアノのレッスンを受けられる層がちゃんとあったんだ」と、文革を一方的なイメージで捉えるべきではないと示唆している。

坂本龍一は上下共に真っ赤なスーツ。日本人で赤いスーツを着こなせる人は余りいないと思われるが、やはり教授は絵になる。


「坂本龍一コンサート リマスター版」の第3部を観る。ピアノ:坂本龍一。大友直人指揮東京交響楽団の演奏。1988年4月9日と10日に渋谷区神南のNHKホールで行われた公演である。二胡:姜建華、琵琶:陶敬穎、箏:姜小青。
「SAKAMOTO PLAYS SAKAMOTO」のタイトルで、公演時には「オーケストラコンサート」とも呼ばれたようだが、ライブ音源をCDとして出すにあたり、「Playing the Orchestra」のタイトルが付けられ、以後、坂本龍一によるオーケストラコンサートは、「Playing the Orchestra」という名称で統一されるようになる。
ということで、後に「Playing the Orchestra」の第1回目となる公演は、映画「ラストエンペラー」の音楽と、「BEFORE LONG」のロングバージョン、「大航海」、そして「戦場のメリークリスマス」の音楽のオーケストラ版の3部構成となっている。

ベルナルト・ベルトリッチ監督の「ラストエンペラー」に満州国のフィクサーである甘粕正彦役としてオファーを受けた坂本龍一。だが映画音楽を書く予定は当初はなかった。坂本龍一も「あるかな」と思いながら撮影も終わり、半年が過ぎた頃にベルトリッチから、「映画音楽を書いてくれ2週間で」と依頼があり、それまで中国音楽に関しては何の勉強もしていなかった坂本龍一は、「中国音楽全集」LP全10巻といったようなものを急いで手に入れて聴き、以降は2週間ほぼ不眠不休で作曲作業に励むことになる。2週間という締め切りに間に合わせ、誇りとしたそうだが、過労により体調を崩して入院。突発性難聴にもなったそうだ。
「ラストエンペラー」の音楽は、デヴィッド・バーン、コン・スー(蘇聡。スー・ツォン)との連名でアカデミー賞音楽賞を受賞。オスカー像を手にする。
オーケストレーションにまでは手が回らず、他人に任せているが、今回のコンサートでは誰のオーケストレーションなのかは判然としない。楽器編成に中国の伝統楽器が入っており、「メインテーマ」などはフォルテシモのまま終わるなど、オリジナルサウンドトラックの時と同じ要素が見受けられる。坂本龍一本人のオーケストレーションによる演奏は、冒頭で弦が揺れるような音運びを見せ、ラストはフォルテシモになってから少し音量を下げて終わる。他の曲も映画の時のオーケストレーションに近い。坂本龍一は、自作のオーケストレーションを狭間美帆や藤倉大などの若手音楽家に任せる場合があり、それほど自身のオーケストレーションには固執していないように思える。

当時、期待の若手指揮者だった大友直人。NHK交響楽団の定期演奏会に登場したり、NHK大河ドラマのオープニングテーマの指揮を任されたりと、NHKからも気に入られていたようである。指揮者にしては男前でファンクラブもあったはずだが、今はどうなのか分からない。ここでも自然体の音楽を作っているが、その後、指揮棒を手にしない機会が増え、フォルムで押すタイプの指揮者になるのだから分からない。ただ確執があったと思われる小澤征爾が亡くなり、大友の音楽性も少しずつ変化しつつある。アジアオーケストラウィークで京都市交響楽団を指揮した時には柔らかさが少し出ていた。
東京交響楽団は、東京の名を冠したまま、神奈川県川崎市のミューザ川崎コンサートホールを本拠地とし、ユベール・スダーンやジョナサン・ノットを音楽監督に迎えて、今まさに最盛期にあるが、この演奏会が行われたバブル期には、「手堅い」オーケストラと見なされていた。

CD「Playing the Orchestra」は、初出のものは手に入らず、再発のものを手に入れて聴いていた。ロングバージョンの「BEFORE LONG」を知ったのもCD「Playing the Orchestra」においてで、その後に楽譜を手に入れて全曲弾けるまで練習した。全て千葉時代のことで、京都に来てからはピアノを弾ける環境にないため、今弾けと言われても無理だと思うが。

「マンチューコー・パーティー」、「マンチューコー・ワルツ」など、印象的ながらオリジナルサウンドトラックに入っていない楽曲も含まれているため、「ラストエンペラー」という映画を愛する人には必携の音源となっている。ただもう誰かがYouTubeなどにアップしているかも知れない。

「戦場のメリークリスマス」のオリジナルサウンドトラックは、シンセサイザーと打ち込みで作られており、オーケストラとピアノ用に坂本龍一が改めて編曲している。

大友と東響の丁寧な演奏により楽曲を楽しむことが出来るが、今、2025年から2026年になろうとしている時代の日本のオーケストラが演奏したら遙かに細やか且つパワフルな演奏が成し遂げられるような気がする。坂本龍一本人は、もうその演奏を聴くことは出来ない訳だが。

アンコールとして、中国から来た3人の民族楽器奏者をメインとする「ラストエンペラー」メインテーマが演奏された。
その中の一人である姜建華は、日本で二胡をポピュラーな楽器にした立役者の一人で、日本で二胡を教えたりもしていた。京都でも何度かコンサートを行っているが、残念ながら巡り合わせが悪く、行けていない。

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2025年4月 8日 (火)

これまでに観た映画より(383) 中国映画「石門」(ホアン・ジー監督と大塚竜治監督、瀧内公美さんによる舞台挨拶あり)@新宿武蔵野館

2025年3月20日 新宿武蔵野館にて

午後2時45分から、JR新宿駅の東にある新宿武蔵野館という映画館で、女流のホアン・ジー(黄骥)監督と大塚竜治監督の共同監督による中国映画「石門」を観る。二人の監督は夫妻である。中国湖南省長沙市を舞台に、妊娠などを巡るダーティーな話が繰り広げられる。日本では昨年、桐野夏生原作、長田育恵脚本の「燕は戻ってこない」というドラマが放送されたが、それに繋がるものがある。

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この回の上映には、ホアン・ジー監督と大塚竜治監督、更に女優の瀧内公美さんによる舞台挨拶がある。

新宿武蔵野館に入るのは初めてだが、小綺麗な映画館である。歴史の長い映画館であるが、何度か改装を行っているらしい。瀧内公美のことは贔屓にしているようで、彼女が浅野忠信と共演する「レイブンズ」の展示があり、また新宿武蔵野館は武蔵野ビルの3階にあるが、エレベーターの扉に「レイブンズ」の宣伝用写真が使われている。瀧内公美は新宿武蔵野館で「レイブンズ」の初日舞台挨拶を行う予定がある。

 

素人を俳優として起用した作品。主演のヤオ・ホングイ(姚红贵)は、ホアン・ジー監督作品に3本目の出演で全て主役だが、それ以外の監督の映画やドラマには出演しておらず、職業俳優とは呼べないようである。今は出身地で公務員をしているという。
セリフ回しの上手さなどが正確に分かるほどの北京語力はないが、明らかに機械のように話している人などセリフが苦手な人は流石に分かる。

長回しと長ゼリフの多用が特徴。長回しや長ゼリフは製作国を問わず、増加傾向にあるように見える。この作品はセリフのない長回しがかなりの長尺という特徴がある。

小さな英語教室の場面からスタート。
ヤオ・ホングイが演じるリンは大学生。フライトアテンダント(キャビンアテンダント。CA。空中小姐、空姐)になるための勉強をしている。中国にはCAになるための大学があるらしい。ただ日本にもパイロット養成の専攻を持つ大学はあるし、CA輩出数日本一の関西外国語大学(大阪府枚方市にある)は、現役CAのOGを呼んで講義や相談会を行うなど、CA養成にかなり力を入れている。なお、校名は「職業学院」(学院は中国では単科大学のこと。大学と呼ばれるのは総合大学のみ)という文字が見えるだけで、架空の大学かも知れない(長沙航空職業技術学院という大学があり、ホームページに卒業生がCAとして活躍している写真が掲載されているのでここなのかも知れない。ただやはり架空の大学の可能性もある)。
リンの親は産婦人科を開いているが、患者の子の死産により訴えられている(今では死亡率は低くなっているが、昔は出産は命がけの作業であり、今でも他の診療科に比べると、子もしくは母親あるいは両方の「死」にまつわる事柄で訴訟を起こされることは多く、日本でも産婦人科を目指す医学生の減少に繋がっている)。にも関わらず、ネズミ講のようなイベントに入れ上げている。
そんな中、リンの妊娠が発覚する。死産になった子どもの代わりにリンの子を養子にすることが話が丸く収まりそう。全然、丸くはないのだが。
リンは、学費を稼ぐためにアルバイトを始めるのだが、これも若い女性の世話や、どうやら卵子提供など、アウトの可能性が高く……。やがてリンは出産に備えて大学を休学する。

映画は合宿する形で、妊娠してから生まれるまでと同じ10ヶ月程度を掛けてじっくりと撮られたようである。また台本はあるが、上手くいかないところはカットし、アドリブを撮って上手くいった場合は採用したりもしたそうである。そうやってフィクションの中にノンフィクションを忍び込ませるやり方を採用したことが分かる。
2019年の場面から物語は始まるが、やがてコロナ禍が起こり、みなマスクをする。実際にはコロナが酷い時期には撮影は中断して、落ち着いてからコロナ禍の真ん真ん中という設定で俳優達はマスクをして撮影を行ったようである。

生まれてくる子どもについて、「1年間面倒を見てほしい」だの「それは嫌だ」のという会話が繰り広げられ(これはアドリブらしい)人間の扱いの軽さが感じられる。
ラストシーンでも泣く我が子を車の中に残してリンは出て行ってしまう。育てる権利はなく、自分の子どもにはならないので情が薄いのか、それとも他に意味があるのか。いずれにせよ救いはなさそうだ。
とにかく現代中国の闇が正面から描かれている。

 

舞台挨拶。司会は配給会社の松田さん。上手側から、大塚竜治監督、ホアン・ジー監督(通訳あり)、瀧内公美が出席する。瀧内公美は眼鏡を掛けて「その辺を軽く走ってきました」というようなラフな格好。この映画の関係者でない瀧内公美が出席するのは、映画の大ファンだからだそうで、特に長回しのシーンを「絵画みたい」と語り、素人達の演技に「どうやったらあんな演技出来るんだろう」と興味津々であった。なお、自分が出ている作品以外の舞台挨拶に参加するのは初めてだそうだが、他の作品に対してあれこれ言うのは俳優としてはよろしくないんじゃないかとの思いがあったため控えてきたそうだ。ただ今回は絶賛出来るので参加を希望したそうである。
大塚監督によると、皆、普通語(北京語をベースにした標準語)が上手くないので、それで苦戦したところはあったという。

撮影は禁止とのことだったが、最後に瀧内公美が、「ちょっとだけみんなで写真撮っちゃいましょう」と提案したため、撮影会が始まってしまった。私はスマホの起動が遅くて撮れなかったが。
瀧内公美は、映画のパンフレット購入者限定のサイン会にも参加。イメージ通りのかなり気さくな人である。女優とはいえ、映画製作者二人とファン一人という妙な組み合わせによるサイン会となった。
私もサイン会に参加し、瀧内さんとは彼女が主演し、2月に公開された一人芝居映画「奇麗な、悪」についてちょっと話す。隣のホアン・ジー監督には北京語(正確に言うと普通語)で話す。何の前触れもなく北京語で話し始めたため、瀧内さんも0.1秒ほどだが、「ん?」という感じでこっちを見ていたのが面白かった。

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2025年3月28日 (金)

コンサートの記(896) 東北ユースオーケストラ演奏会2025@サントリーホール・マチネー公演

2025年3月21日 東京・溜池山王のサントリーホールにて

午後3時から溜池山王のサントリーホールで、東北ユースオーケストラ演奏会2025・マチネー公演を聴く。

東北ユースオーケストラ(TYO)は、東日本大震災で大きな被害を受けた東北地方の復興のために、坂本龍一が音楽監督として立ち上げたユースオーケストラ。小学生から大学院生までの若者が在籍している。入団に関しては音楽経験は不問で、やる気だけが入団条件である。まだ小学生で震災を知らない子もメンバーに加わっている。
今回のコンサートでは、演奏指導を行った東京フィルハーモニー交響楽団の楽団員のゲスト出演や東北ユースオーケストラの卒団生賛助出演などがある。またコンサートミストレス(無料パンフレットなどにも表記はなく、氏名は不明)のフォアシュピーラーは、ウクライナから今日のために駆けつけたイリア・ボンダレンコが務める。

震災発生後、坂本は東北地方を回り、壊れた学校の楽器の修復に尽力すると共に、「こどもの音楽再生基金」を立ち上げ、2012年に「スクール・ミュージック・リヴァイヴァル・ライブ」を開催。翌年も「スクール・ミュージック・リヴァイヴァル・ライブ」を行い、そこから東北ユースオーケストラが生まれた。リハーサルなどでの指揮やピアノは坂本本人が受け持ったが、専属の指揮者は坂本が栁澤寿男(やなぎさわ・としお)を指名。今日も栁澤が指揮を務める。

 

開演前に、東北ユースオーケストラのメンバー数名が登場。自己紹介や楽団、楽曲の紹介、プログラムの意図説明などを行った。

 

曲目は、坂本龍一の「Castalia」、坂本龍一の「Happy End」、坂本龍一作曲/篠田大介編曲の「Tong Poo」(ピアノ独奏:三浦友理枝)、坂本龍一作曲/篠田大介編曲の「Piece for Ilia」(ヴァイオリン独奏:イリア・ボンダレンコ)、坂本龍一の「いま時間が傾いて」、坂本龍一の「BB」(朗読:吉永小百合)、坂本龍一の「Parolibre」(朗読:吉永小百合。ピアノ独奏:三浦友理枝)、坂本龍一の「母と暮せば」(朗読:吉永小百合)、藤倉大の作・編曲によるThree TOHOKU Songs(大漁唄い込み、南部よしゃれ、相馬盆歌)、坂本龍一の「Little Buddha」、坂本龍一の「The Last Emperor」、坂本龍一の「Merry Christmas Mr.Lawrence(戦場のメリークリスマス)」(ピアノ独奏:三浦友理枝)。

司会は元TBSアナウンサーで、現在はフリーアナウンサーの渡辺真理が務める。渡辺は、ターコイズブルーのドレスで登場したが、スクリーンを見ると普通の青のドレスに見えるため、映像の限界も感じられる。

今日はP席(ポディウム)は開放しておらず、スクリーンが降りていて、そこに曲名や楽曲解説、現在進行形の映像や、坂本龍一の映像、抽象的な絵などが投影される。

開演前の紹介に並んだ子の中に、ピアノ担当の女の子がいたが、ピアノ担当は二人いるため、「Castalia」と「Happy End」でピアノ独奏を担当したのがどちらなのかは分からなかった。ソワレ公演では、別の子がソロを務めるのだろう。ネタバレになるが、アンコール曲の「ETUDE」では、二人で連弾を行っていた。「Castalia」と「Happy End」でソロを務めたのは開演前の自己紹介にも出ていた飯野美釉(いいの・みゆう)の可能性が高いがなんとも言えない。もう一人のピアノ奏者は、遊佐明香莉といういかにも東北的な苗字の子である。

 

入団条件に「音楽経験不問」とある以上、他の将来音楽家指向のユースオーケストラやジュニアオーケストラとは異なり、音楽をすること自体に意味があると考える団体のようである。そのため、音楽に対する情熱よりも喜びの方が勝っている印象を受ける。他のユースオーケストラやジュニアオーケストラほど音に厚みはないし、上手くもないかも知れないが、上手く演奏することだけが音楽ではない。かといって特段劣っているということはなく、よく訓練されていて、音の輝きは――サントリーホールの音響の恩恵を受けているかも知れないが――魅力的である。

 

栁澤寿男。コソボ・フィルハーモニー管弦楽団など政情不安定なところでの音楽活動も行う指揮者で、バラバラになった旧ユーゴスラビアの音楽家を集めたバルカン室内管弦楽団を創設したりもしている。知名度はまだ低いが、男前なので人気が出そうである。日本国内では京都フィルハーモニー室内合奏団のミュージックパートナーを務めている。今日はノンタクトでの指揮。

坂本龍一ファンにはお馴染みの曲が続くが、栁澤は坂本本人から指名されただけあって、優れたオーケストラ捌きを見せる。

「Tong Poo」などでピアノソロを受け持った三浦友理枝。美人ピアニストとしても知られるが、英国王立音楽院(アカデミーの方)を首席で卒業。同校の大学院も首席で修了するなど、腕が立つ。第47回マリア・カナルス国際音楽コンクール・ピアノ部門で1位を獲得している。京都市交響楽団とは、オーケストラ・ディスカバリーで共演したことがある。

「Piece for Ilia」でソロを務めるイリア・ボンダレンコは、キーウ音楽院の作曲専攻を卒業。卒業制作の「REN Symphony」は坂本龍一に捧げられている。ロシア軍による侵攻が始まると、30近い国の90人のヴァイオリニストがウクライナ民謡を演奏する様子をZoomなど使って配信。これを見て感動した坂本が、「イリアと共にウクライナ支援のチャリティ・アルバムへ参加しないか」と友人の作曲家から誘われ、すぐさまヴァイオリンとピアノのための曲を作曲。イリアに送った。ロシア軍による空爆後の瓦礫の中でこの曲を演奏するイリアの姿(今回も後部のスクリーンに映像が流れた)は多くの人に感銘を与えている。オーケストラ伴奏による編曲は篠田大介によるものだが、坂本が篠田に依頼したそうである。

「いま時間が傾いて」。タイトルはリルケの詩の一節から取られている。東北ユースオーケストラのために書かれた作品で、おそらく坂本最後のオーケストラ曲である。
3.11、9.11など、「11」という数字に特別なものを感じた坂本が、11拍子というかなり珍しい拍子を取り入れた書いたもの。終盤にはチューブラーベルズが11回鳴らされるが、11回目は弱音である。
途中、奏者に全て任された即興の部分もあり、同じ演奏は二度と出来ないという趣向になっている。
映画音楽などで聴かせるエモーショナルな旋律とは異なっているが、響きは美しく、後半はかなり力強い響きがする。

休憩時間に入るが、渡辺真理は、TYOのメンバーを呼んで物販の宣伝などをさせていた。

 

後半。吉永小百合が登場して、詩の朗読を行う。採用された詩は、和合亮一の「詩の黙礼」より、大平数子の「慟哭」、安里有生の「へいわってすてきだね」の3編。「BB」、「Parolibre」、「母と暮せば」の音楽に乗って朗読が行われる。「BB」は坂本が残した演奏データによる自動演奏ピアノ独奏と共に朗読が行われる。また「母と暮せば」は、吉永自身が主演した映画の音楽である。
東北ユースオーケストラの演奏会には度々参加(東京公演は皆勤だと思われる)しているほか、朗読公演自体も何度も行っている吉永だけに、極めて細やかな心情表現を込めた読みを聞かせる。
ちなみに坂本龍一もサユリストであったことを、第2弾自伝の『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』で明かしている。

 

坂本龍一に多大な影響を受けた藤倉大。高校時代に渡英し、現在もロンドンで活動する作曲家である。英国王立音楽大学(カレッジの方。カレッジとアカデミーはライバル関係にあり、藤倉の取り合いになったことが藤倉の自伝に記されている)出身。キングス・カレッジ・オブ・ロンドンで博士号を取得。指揮者の山田和樹と共に日本人若手音楽家の旗頭的存在で、東京芸術劇場の音楽部門の監督に就任することが決まっている。
東北の、宮城、岩手、福島の民謡のオーケストラバージョンであるが、掛け声をそのまま採用し、楽団員達に言わせることでノリの良い楽曲に仕上がっている。

 

最後は坂本龍一の映画音楽3曲。「Little Buddha」、「The Last Emperor」、「Merry Christmas Mr.Lawrence」。

「Little Buddha」は、ベルナルド・ベルトリッチから、「悲しいけれど救いのある曲を」という難しい注文を受けて書かれたものだが、4度ボツになり(坂本龍一はベルトルッチについて「自分が音楽監督だと思っているから」と述べていたりする)、5度目でようやく採用された。「どんどんカンツォーネっぽくなっていった」とも語っているが、哀切だが光が差し込むような、胸にひびく楽曲となっている。

「The Last Emperor」。坂本龍一は満映理事長の甘粕正彦役で出演。甘粕を演じた俳優は何人もいるが、甘粕本人とは外見が一番似ていない坂本龍一が最も有名なフィクションにおける甘粕像となっている。最初は俳優だけのオファーで、「戴冠式の音楽を書いてくれ」と言われただけだったが、撮影終了後半年ほど経ってから、「音楽を書いてくれ。二週間で」と言われて、まず、中国音楽のLPセットを聴くことから始めて、不眠不休で作曲。納期に間に合わせたが、過労のため、突発性難聴に見舞われて入院することになっている。
映画ではオーケストレーションまでは手が回らなかったため他人に任せたが、その後に自身でオーケストレーションを行い。二胡で奏でられていた主題を木管楽器に置き換えたりしている。
栁澤はかなりスケールの大きい演奏を形成。銅鑼なども盛大に鳴らされた。
なお、スクリーンには映画「ラストエンペラー」本編の映像も投影された。

「Merry Christmas Mr.Lawrence(戦場のメリークリスマス)」。序奏は、坂本龍一が「最後のコンサート」としてNHKのスタジオ5で収録した演奏のデータによるピアノ自動演奏で始まる。その時の映像もスクリーンに映る。
本編に入ってからは三浦友理枝がピアノ演奏を受け持つ。坂本の映像も映り続けるので、テンポは坂本の演奏に合わせる。
ペンタトニックを使った東洋風の作曲技術を用いながら、東洋でも西洋でもない独自の音の世界を生み出した楽曲。栁澤はこの曲でも終盤をかなり盛り上げていた。

 

アンコールは、先に明かしたとおり「ETUDE」(狭間美帆編曲)。ピアノの連弾がある。聴衆も一緒になって手拍子を入れる曲だが、吉永小百合や三浦友理枝もステージに登場して手拍子で参加。盛り上がった。

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2024年4月 5日 (金)

これまでに観た映画より(328) 「ラストエンペラー」4Kレストア

2024年3月28日 アップリンク京都にて

イタリア、中国、イギリス、フランス、アメリカ合作映画「ラストエンペラー」を観る。4Kレストアでの上映である。監督はイタリアの巨匠、ベルナルド・ベルトルッチ。中国・清朝最後の皇帝である愛新覚羅溥儀(宣統帝)の生涯を描いた作品である。プロデューサーは「戦場のメリークリスマス」のジェレミー・トーマス。出演:ジョン・ローン、ジョアン・チェン、ピーター・オトゥール、英若誠、ヴィクター・ウォン、ヴィヴィアン・ウー、マギー・ハン、イェード・ゴー、ファン・グァン、高松英郎、立花ハジメ、ウー・タオ、池田史比古、生田朗、坂本龍一ほか。音楽:坂本龍一、デヴィッド・バーン、コン・スー(蘇聡、スー・ツォン)。音楽担当の3人はアカデミー賞で作曲賞を受賞。坂本龍一は日本人として初のアカデミー作曲賞受賞者となった。作曲賞以外にも、作品賞、監督賞、撮影賞、脚色賞、編集賞、録音賞、衣装デザイン賞、美術賞も含めたアカデミー賞9冠に輝く歴史的名作である。

清朝最後の皇帝である愛新覚羅溥儀(成人後の溥儀をジョン・ローンが演じている)。弟の愛新覚羅溥傑は華族の嵯峨浩と結婚(政略結婚である)して千葉市の稲毛に住むなど、日本にゆかりのある人で、溥儀も日本の味噌汁を好んだという。幼くして即位した溥儀であるが、辛亥革命によって清朝が倒れ、皇帝の身分を失い、その上で紫禁城から出られない生活を送る。北京市内では北京大学の学生が、大隈重信内閣の「対華21カ条の要求」に反対し、デモを行う。そんな喧噪の巷を知りたがる溥儀であるが、門扉は固く閉ざされ紫禁城から出ることは許されない。

スコットランド出身のレジナルド・フレミング・ジョンストン(ピーター・オトゥール)が家庭教師として赴任。溥儀の視力が悪いことに気づいたジョンストンは、医師に診察させ、溥儀は眼鏡を掛けることになる。ジョンストンは溥儀に自転車を与え、溥儀はこれを愛用するようになった。ジョンストンはイギリスに帰った後、ロンドン大学の教授となり、『紫禁城の黄昏』を著す。『紫禁城の黄昏』は岩波文庫から抜粋版が出ていて私も読んでいる。完全版も発売されたことがあるが、こちらは未読である。

その後、北京政変によって紫禁城を追われた溥儀とその家族は日本公使館に駆け込み、港町・天津の日本租界で暮らすようになる。日本は満州への侵略を進めており、やがて「五族協和」「王道楽土」をスローガンとする満州国が成立。首都は新京(長春)に置かれる。満州族出身の溥儀は執政、後に皇帝として即位することになる。だが満州国は日本の傀儡国家であり、皇帝には何の権力もなかった。

満州国を影で操っていたのが、大杉栄と伊藤野枝を扼殺した甘粕事件で知られる甘粕正彦(坂本龍一が演じている。史実とは異なり右手のない隻腕の人物として登場する)で、当時は満映こと満州映画協会の理事長であった。この映画でも甘粕が撮影を行う場面があるが、どちらかというと映画人としてよりも政治家として描かれている印象を受ける。野望に満ち、ダーティーなインテリ風のキャラが坂本に合っているが、元々坂本龍一は俳優としてのオファーを受けて「ラストエンペラー」に参加しており、音楽を頼まれるかどうかは撮影が終わるまで分からなかったようである。ベルトルッチから作曲を頼まれた時には時間が余りなく、中国音楽の知識もなかったため、中国音楽のCDセットなどを買って勉強し、寝る間もなく作曲作業に追われたという。なお、民族楽器の音楽の作曲を担当したコン・スーであるが、彼は専ら西洋のクラシック音楽を学んだ作曲家で、中国の古典音楽の知識は全くなかったそうである。ベルトルッチ監督の見込み違いだったのだが、ベルトルッチ監督の命で必死に学んで民族音楽風の曲を書き上げている。
オープニングテーマなど明るめの音楽を手掛けているのがデヴィッド・バーンである。影がなくリズミカルなのが特徴である。

ロードショー時に日本ではカットされていた部分も今回は上映されている。日本がアヘンの栽培を促進したというもので、衝撃が大きいとしてカットされていたものである。

後に坂本龍一と、「シェルタリング・スカイ」、「リトル・ブッダ」の3部作を制作することになるベルトルッチ。坂本によるとベルトルッチは、自身が音楽監督だと思っているような人だそうで、何度もダメ出しがあり、特に「リトル・ブッダ」ではダメを出すごとに音楽がカンツォーネっぽくなっていったそうで、元々「リトル・ブッダ」のために書いてボツになった音楽を「スウィート・リベンジ」としてリリースしていたりするのだが、「ラストエンペラー」ではそれほど音楽には口出ししていないようである。父親が詩人だというベルトルッチ。この「ラストエンペラー」でも詩情に満ちた映像美と、人海戦術を巧みに使った演出でスケールの大きな作品に仕上げている。溥儀が大勢の人に追いかけられる場面が何度も出てくるのだが、これは彼が背負った運命の大きさを表しているのだと思われる。


坂本龍一の音楽であるが、哀切でシリアスなものが多い。テレビ用宣伝映像でも用いられた「オープン・ザ・ドア」には威厳と迫力があり、哀感に満ちた「アーモのテーマ」は何度も繰り返し登場して、特に別れのシーンを彩る。坂本の自信作である「Rain(I Want to Divorce)」は、寄せては返す波のような疾走感と痛切さを伴い、坂本の代表曲と呼ぶに相応しい出来となっている。
即位を祝うパーティーの席で奏でられる「満州国ワルツ」はオリジナル・サウンドトラック盤には入っていないが、大友直人指揮東京交響楽団による第1回の「Playing the Orchestra」で演奏されており、ライブ録音が行われてCDで発売されていた(現在も入手可能かどうかは不明)。
小澤征爾やヘルベルト・フォン・カラヤンから絶賛されていた姜建華の二胡をソロに迎えたオリエンタルなメインテーマは、壮大で奥深く、華麗且つ悲哀を湛えたドラマティックな楽曲であり、映画音楽史上に残る傑作である。

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2022年5月29日 (日)

これまでに観た映画より(297) チャン・イーモウ監督作品「ワン・セカンド 永遠の24フレーム」

2022年5月25日 京都シネマにて

京都シネマで、張芸謀(チャン・イーモウ、张艺谋)監督作品「ワン・セカンド 永遠の24フレーム」を観る。出演:チャン・イー、リウ・ハオツン、ファン・ウェイほか。

文化大革命真っ只中の中国が舞台となっている。
風吹きすさぶ広大な砂漠の中を一人の男(チャン・イー)が歩いているシーンから始まる。男は喧嘩を行ったことを密告され、改造所(強制収容所)送りとなっていた。その間に離婚し、一人娘ともはぐれることになった。

この時代、映画のフィルムが送り届けられ、劇場(毛沢東思想伝習所という名になっている)で上映会が行われていた。田舎の人々にとってはそれが数ヶ月に一度の楽しみであった。上映前の場面では、劇場に詰めかけてきた全ての人の高揚感がこちらにも伝わってきて、胸がワクワクする。

娘がニュース映画の22号に映っているという情報を得た男は、14歳になる最愛の娘の映像を観るために改造所から逃亡してきたのだ。
夜中に農業会館(礼堂)にたどり着いた男は、子どもがオートバイに下げられた袋からフィルム一巻を盗むのを目撃して追いかける。男の子かと思っていたが、女の子であった。フィルムを取り返した男だったが、彼女はその後も何度もフィルムを奪いに来る。やがて男は、彼女が貧しく、劉の娘(演じるのはリウ・ハオツン)という名前のみで呼ばれていることを知る。彼女には幼い弟がいて、成績優秀なのだが、貧しいためにライトスタンドを買うことが出来ず、夜に十分に勉強することが出来ない(字幕では「本が読めない」となっていたが、おそらく「看书」は「勉強する」という意味で使われていると思われる)。そこで、借りることにしたのだが、誤って傘の部分を燃やしてしまい、持ち主から傘を付けて返すよう脅迫される。借りたのはやっちゃな少年達の一団からだったようで、劉の娘は彼らから散々にいじめられている。
当時は、映画のフィルムでライトの傘を作ることが流行っていたようで、劉の娘もフィルムで傘を作ろうとしていた。いじめられないため、そして弟のために必死だったのだ。


文化大革命の下放中に映画監督を志した張芸謀監督。若い頃は画家志望だったが、才能に不足を感じ、写真家志望へと転向している。文革終了後、北京電影学院(日本風に書くと北京映画学院。「学院」というのは単科大学のこと)を受験した際は、年齢制限に引っかかっていたが、彼の写真家としての腕が高く買われ、特別に入学を許されている。北京電影学院の同期(第五世代)で、仲間内で文学の才を称えられた陳凱歌は張芸謀の写真家としての才能を絶賛する詩を書いていたりするほどだ。映画監督よりも先に撮影監督として評価されたことからもその才能はうかがわれるが、この映画の主人公である逃亡者の男も写真を学んだことがあるという設定になっており、この男もまた張芸謀監督の分身であることが分かるようになっている。

第2分場の劇場で映写を担当しているのはファン(ファン・ウェイ)という男である。映画(電影)のことを知り抜いているため、ファン電影の名で呼ばれている。
逃亡者の男と、劉の娘がフィルムの取り合いを行いながら、ファン電影のいる第2分場にたどり着く。その間、ヤンという男がオートバイで第2分場へとフィルムを運んでいたのだが、ヤンは荷馬車引きであるファン電影の息子にフィルムを託してしまう。これが事件へと発展する。知能に障害のあるファンの息子は、フィルムを入れた缶の蓋をきちんと閉めることを怠り、フィルムが路上に投げ出されてしまう。土まみれで、とぐろを巻いた蛇のようにグチャグチャになったフィルム。このままでは上映は出来ないが、ファン電影は分場総出で、フィルムの洗浄を行う。なお、第2分場の劇場にはフィルムの洗浄液が置かれていないが、子ども時代のファン電影の息子が洗浄液を水と間違えて飲んでしまい、後遺症で知能に後れが出て荷運びしか出来ない青年となってしまったため、ファン電影は洗浄液を劇場に置くのを止めたのであった。
フィルム洗浄の工程からはファン電影の執念の凄まじさが感じられるが、ファン電影もやはり張芸謀の分身の一人であると思われる。

なんとかかんとかフィルムの修復が完了。だが、その後も、逃亡者の男が劉の娘の復讐のためにやんちゃな少年達とやり合うなど場は混乱。その際、劉の娘に預けたニュース映画22号のフィルムを劉の娘がライトスタンドの傘にするために家の持ち帰ったのではないかと疑った男が劇場を離れるなどしたため、本編の前に上映されるニュース映画を飛ばして映画本編からの上映となる。

ニュース映画に男の娘が映っている時間はわずかに1秒(ワン・セカンド One Second。映画は1秒間に24コマ=フレームを費やす)。14歳であるが、大人に交じって袋を担ぐ肉体労働を行っている。男は、ファンにそのシーンを何度も上映するよう命令する。


1秒だけ映る14歳の娘の姿は、男にとって何よりも大事な映像だが、映画や芝居、ドラマなどが好きな人は誰でも「自分だけの大切な一場面」を胸に宿しているはずで、多くの人が娘の場面を、「自分の愛しい瞬間」に重ねることだろう。勿論、娘を思う男の気持ちにも心動かされる。

ライトスタンドの傘であるが、最終的にはフィルムが美しい傘となって劉の娘に送られる。形は違うが、娘のフィルムへの執着が実っており、これまた映画への愛を感じることになる。

「映画への愛」と「自分だけの大切な場面」を描き切った張芸謀の力量に感心させられる一本であった。

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2022年3月 1日 (火)

これまでに観た映画より(284) 「再会の奈良」

2022年2月21日 京都シネマにて

京都シネマで、日中合作映画「再会の奈良」を観る。脚本・監督:ポンフェイ(鹏飞)。エグゼクティブプロデューサー:河瀨直美、ジャ・ジャンクー(贾樟柯)。出演:國村隼、ウー・イエンシュー(吴颜姝)、イン・ズー(英泽)、秋山真太郎(劇団EXILE)、永瀬正敏(友情出演)ほか。音楽:鈴木慶一。鈴木慶一はワンシーンのみであるが出演している(セリフあり)。

2005年の秋の奈良を舞台に、姿を消した元中国残留孤児の女性を探す、彼女の育ての親である陳おばさん(ウー・イエンシュー)、その孫のような存在(遠縁らしい)で日中ハーフの女性、清水初美(中国名は萧泽。演じるのはイン・ズー)、定年退職した元警察官の吉澤(國村隼)の3人を主役としたロードムービーである。
奈良市の他に、河瀨直美の故郷である御所(ごせ)市も撮影に協力しており、主舞台となっている。

映画が始まってしばらく経ってから、中国残留孤児の説明アニメが入る。第二次大戦中、日本から中国東北部に約33万人の開拓者が送り込まれ、満州国発展のために農村を拓いていったのだが、1945年8月にソビエトが突如参戦。満州にいた人々は逃げるのに必死であり、自分達の子供を現地の中国人に託すか、捨てるかしかなかった。この時、約4千人の中国残留孤児が生まれたという。1972年に日中の国交が正常化されると、残留孤児と呼ばれた人々の身元が判明するようになり、続々日本への帰国を始める。

この作品で行方が捜されることになる陳麗華という女性は、1994年に日本に帰国。奈良県で親族と思われる人を探し出していた。その際に名前を日本名に変えたことが分かっているが、その名を誰も記憶しておらず、手掛かりがつかめない。

陳おばさんに手紙を書いていた麗華だが、ある日を境に居場所がようとして知れなくなる。その後、何年にも渡って音信不通となったため、陳おばさんは来日して麗華を探す決意をする。初美も当然ながらそれに参加。更に、初美が居酒屋でアルバイトをしていた時代に知り合った元警察官の吉澤も加わり、少ない情報を手掛かりとした捜査のようなものが始まる。
当初は居酒屋に勤めていた初美だが、今はみかん工場でのアルバイト。麗華を探すために休みがちであり、上司からは「今度やったらクビだよ」と言われている。


淡々とした描写の映画であり、秋の奈良の光景が美しいが、劇的な展開を意図的に避けてユーモアを盛り込んでおり、さほどドラマティックにもならない。それでいて結論として導き出された答えは悲劇的である。奈良県の伝統芸能などが登場するなど盛り上がる場面もあり、残留孤児の問題や、日本と中国の間に横たわる底知れぬ溝などを正面から見据えていて、悪い映画ではないのだが、探す行為に終始するため、どうしても物足りなさは感じてしまう。

ただ奈良を舞台としたロードムービーはほとんどないため、貴重な一本となっている。奈良の景色はやはり美しい。

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2021年2月16日 (火)

これまでに観た映画より(248) 章子怡主演作「ジャスミンの花開く」

2007年8月17日

DVDで中国映画「ジャスミンの花開く」を観る。章子怡(チャン・ツィイー、チャン・ツーイー、ZHANG Ziyi)主演。「ラストエンペラー」のジョアン・チェンや、張芸謀監督作品への出演も多い姜文も出演している。ホウ・ヨン監督作品。

ジャスミンを漢字で表記すると茉莉花であるが、そこから取った、茉(Mo)、莉(Li)、花(Hua)という名の親子三代に渡る女性の物語。名前の付け方がイージーな気もするし、茉、莉、花の三人とも章子怡が演じるというのも変だが、まあいいだろう。
少し前の暗い中国映画の雰囲気を引きずっているような映画。茉、莉、花ともに男運が悪く、苦労する。

上海が魔都と呼ばれていた時代。写真屋の娘である茉(章子怡)は、店頭に飾ってあった写真を見た映画プロデューサーの孟(姜文)に見初められ、映画女優としての道を歩き始める。しかし、上海事変など、戦時色が強くなる中で映画会社は解散、孟は有り金全てを持って香港へと逃げてしまう。茉は孟の子を身籠もっていたが、捨てられた格好となった。茉と孟の子は女の子で莉と名付けられる。

18年後、莉(章子怡)は、文革の時代の少し以前に、高傑という男性に恋をする。高は労働者階級で、共産党員である。母親の茉(ジョアン・チェン)は結婚に反対するが、それを押し切って莉は高と結婚する。だが、高の実家のいかにも労働者階級的な生活に絶えきれなかった莉は実家へと戻る。高が莉の実家へとやってきて、新たな生活が始まる。しかし、莉は子供が産めない体質であり、そのことを気に病んでいる。高は養子を貰うことで莉を納得させ、花という女の子を養子とする。
しかし、莉の精神状態は更に悪化していった。

13年後、花(章子怡)は、杜という男と恋に落ちる。杜は蘭州にある大学に入学することが決まっている。杜が蘭州に向かう前に、花は祖母の茉には内緒で杜と入籍する……。


監督のホウ・ヨンは、張芸謀の下で撮影監督をしていた人。それだけに色彩感覚は鋭く、茉の時代はグリーンを、莉の時代は赤などの暖色系を、花の時代はブルーを基調とした美しい映像を撮る。
章子怡の演技力も非常に高い。
莉と血のつながりのない花も章子怡が演じていたり、ストーリーに新しさが感じられなかったりと、問題点もあるが、映像に浸る感じで観れば楽しめる。ただ、悲惨な展開が多いため、一昔前の暗い中国映画が苦手な人は観ない方が良いかも知れない。

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2020年8月14日 (金)

これまでに観た映画より(197) 張芸謀監督作品「キープ・クール」

2005年10月21日

DVDで中国映画「キープ・クール」を観る。張芸謀監督作品。張芸謀というと地方を舞台にした時代劇が多いが、この作品は北京が舞台の現代劇。ブラックユーモアが効いており、かなり笑える。中国のコメディの質はあまり高くないが、この作品は合格点に達している。

原題は「有话好好说(話しがあるならじっくり話そう)」で、タイトル通り、復讐しようという側とそれを止めようとする側の攻防が主な内容だ。

極端な顔のクローズアップやカメラの揺れもあって、観ていて余り気分が良くなかったり、心理的攻防は面白いが、話し合いのシーンが長すぎるのでイライラもするなどの難点もあるが、ラストは上手く描かれており、人間ドラマとして一定水準に達している。

主演は、「紅いコーリャン」などに主演し、「太陽の少年」、「鬼が来た!」などの監督も務めた姜文と、北京にある中央戯劇学院の演技指導教授であった李保田。中国を代表する男優の対決が見物である。

余談だが、姜文の顔は近くで見ると、中村勘三郎によく似ている。

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2020年3月19日 (木)

これまでに観た映画より(160) 東京フェルメックス京都出張篇「『東』&ジャ・ジャンクー短編集」

2020年3月17日 京都シネマにて

京都シネマで、東京フェルメックス京都出張篇「『東』&ジャ・ジャンクー短編集」を観る。

東京で行われている映画祭、東京フィルメックス。京都を拠点に活動するシマフィルムがスポンサーとして参加したことを機に京都シネマと出町座という京都の2つの映画館でも出張篇として特別上映が行われることになった。

「『東』&ジャ・ジャンクー短編集」は、現代中国を代表する映像作家であるジャ・ジャンクー(贾樟柯 JIA Zhagke)の中編ドキュメンタリー映画「東」と短編ドラマ映画3本を合わせて行われる上映会である。

まずドキュメンタリー映画「東」。中国現代美術の代表的画家である劉小東(リュウ・シャオトン)を追った2006年の作品。上映時間は66分である。

北京に住んでいた劉小東が三峡にやって来る。発展著しい都市部とは異なり、内陸部にある三峡地区はまだ20世紀の中国の色彩が色濃く残っている。田舎で暮らすにはパワーが必要であるとして、劉は昔習った太極拳に取り組んだりする。
劉小東は制限された中で作品を作り上げるのを得意としている。際限のない自由を求めるような表現はしない。描くべき対象と向き合ってキャンバスを埋めていく。
若い頃は人体から溢れ出るような生命力には気がつかなかったという劉小東。今は体から発せられる活力と切なさを絵に込めるよう心がけているようである。

劉小東は、かつて絵のモデルの一人となり、今は他界した労働者の家族を訪ねる。中国の片田舎に住む、決して洗練されているとはいえない人々であるが、劉小東の余り上質とはいえないプレゼントにも喜ぶなど、人と人との関係は上手くいっている場所のようである。やがて劉小東は、タイのバンコクに向かう。バンコクの日差しに馴染むことが出来ず、タイの自然も理解することは難しいと悟った劉は、屋内でタイの若い女性達に向き合い、大作に挑んでいく。

若い頃の劉は西洋画を学んでいた。ギリシャの絵画などを参考や模範としていた。しかし今は古代の中国、北魏や北斉(葛飾北斎ではない)の絵に惹かれるという。それらの絵はアンバランスであるが、西洋とは違ったパワーが感じられるという。
カメラがモデルの一人の女性を追い(出身地が水害で大変なことになっているようだ。近く戻る予定だそうである)、混沌と熱気に満ちたバンコクの街と夜の屋台街で歌う流しの盲目の歌手の様子などを捉えて作品は終わる。

 

続いて上映時間19分の「河の上の愛情」。2008年の作品である。
「水の蘇州」として知られる蘇州が舞台である。おそらく蘇州大学に通っていた大学の同級生4人が久しぶりに再会するという話である。男性の一人は今も蘇州に住んでいるようだが、もう一人の男性は南京に、女性二人は合肥と深圳に移り住んでいるようである。
蘇州の水路でのシーンが、登場人物の揺れる心を描き出す。今の彼らは別の相手と結婚しているが、昔の恋が再会によって仄かに燃える。それがどこに行くかは示されないままこの短い映画は終わる。

 

「私たちの十年」。2007年の作品で上映時間は10分。どうもコマーシャルとして撮影されたようである。山西省を走る列車の中が舞台。この列車の常連である二人の女性の1997年から2007年までの十年が断片的に描かれる。それはメディアによっても表され、最初は似顔絵を描いたいたのがポラロイドカメラに変わり、最後は携帯のカメラでの撮影となる。若い方の女性は余り生活に変化がないように感じられるが、もう一人の女性は結婚し、出産し、そしておそらく別れを経験している。最初は活気のあった列車内が最後は閑散としているのには理由があるのだと思われるのだが、日本人の私にはいまいちピンとこない。

 

「遙春」。2018年の作品で、ごく最近制作されたものである。上映時間は18分。
いきなりワイヤーアクションのある時代劇の場面でスタートするが、これは日本でいう東映太秦映画村や日光江戸村といったアトラクションパークのシーンであり、舞台は現代の中国である。このアトラクションパークで端役のアクターをしている夫婦が主人公である。夫はやられ役、妻は西太后に仕える清王朝の女官役をしている。

長年にわたり一人っ子政策が行われてきた中国であるが、少子高齢化に直結するということで見直しが行われ、二人までなら生むことが推奨されるようになった。二人の間には中学生になる女の子がいるが、男の子が欲しいという気持ちもある。実は一度、男の子を流産したか堕胎した経験が夫婦にはあるようだ。一人っ子政策推進時代には二人目を産むと罰金が科せられたため、あるいはそういうことがあったのかも知れない。

もうすでに中年に達している二人だが、「映画監督なら38歳は若手、政治家としても若手。相対的なもの。相対性理論。アインシュタイン」という、多分、内容をよくわかってない理論で、息子を作る決意をする。
一人娘を田舎の祖父母に預け、二人は冴えないアトラクションのアクターのままではあるが、再び愛し合う決意をする。それはいわばセカンドバージンの終わりであり、目の前には希望が広がっている。
心の機微を掬い上げるのが、とても巧みな映画監督という印象を受けた。

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