カテゴリー「映画館」の31件の記事

2026年1月 6日 (火)

これまでに観た映画より(422) 岩井俊二脚本・監督 松たか子初主演映画「四月物語」

2026年1月2日

岩井俊二脚本・監督作品「四月物語」を観る。1998年の作品。松たか子が、旭川から上京した女子大学生、楡野卯月(にれの・うづき)を演じており、彼女はこれが映画初主演作になる。松たか子は1977年生まれなので、当時、実際に大学生であったが、1年の内、休みが4日しかないという多忙な生活を送っており、大学にもほとんど通えず、4年目で中退している。一方、私もまだ大学生だった頃である。

私はロードショー時に、渋谷にあったシネアミューズという映画館で観ている。シネアミューズは文字通りアミューズの映画館であるが、上階のオフィスから絶えずコツコツというハイヒールで歩く足音が聞こえてくるという悪環境。ハイヒールで絶えず歩き回る仕事が何なのか分からなかったが、映画館側もクリームを入れてはいたようである。しかし、改善されないままであった。今はもうシネアミューズは存在しない。大小2つのスクリーンがあり、「四月物語」は大きい方のスクリーンで観ている。

先輩に恋した女子高生が、彼を追って東京へと出るというお話である。ファーストシーンで観る者を笑わせる仕掛けがある。

武蔵野大学というのが先輩が行き、卯月も入った大学の名前だが、1998年当時には、武蔵野大学という大学は存在しなかった。だがその後、西東京市にあった浄土真宗本願寺派の武蔵野女子大学が共学化して武蔵野大学となり、更に文学部しかなかった元小規模女子大が、毎年のように学部を増やし、女子も男子も志願者が増えて有明にもキャンパスを築き、「共学化して最も成功した大学」として知られるようになっている。卯月は東京の大学には疎いようで、「武蔵野って有名なの?」と友人に聞くが、友人も「結構、有名」と返しており、現在の武蔵野大学の状況と重なっていたりする。大学案内にさりげなく芝浦工業大学や上智大学などの実在の難関私大のページを入れているのも、あたかも武蔵野大学が実在するかのように見せる仕掛けとなっている。
実際のキャンパスの撮影は、入学式が東京都武蔵野市吉祥寺の成蹊大学(実際の入学式に紛れて撮影)、それ以外は栃木県小山市の白鷗大学で行われているようだ。全体的に、「東京都下での学生生活」といった雰囲気であり、23区内の大学生活とは大きく異なる。住所であるが、卯月が自転車を漕いで歩道橋を渡るときに「国立市」の文字が見える。国立市には国立の一橋大学があるも、有名な私立大学はほとんどないが、北の国分寺市に東京経済大学が、南の立川市に国立(くにたち)音楽大学があり、共にのんびりとした校風であるため、そうした大学をイメージするといいだろう。23区内の難関大学だとみんな図書館に籠もって資格の勉強をしていたりするので、この映画に出てくる大学とは雰囲気が大分異なる。

楡野卯月であるが、高校時代は学業成績は今ひとつで、どうしても先輩のいる武蔵野大学に行きたくて必死で勉強したタイプである。ただ地の部分は隠せないでちょっと抜けた感じである。また、「それちょっとまずいんじゃない?」ということもする癖がある。

「生きていた信長」という三流映画が掛かっている映画館で、卯月に近づいてくる怪しいサラリーマン風の男を演じていた俳優は、当時は無名に近かったが、その2年ほど後に、萩原聖人&中谷美紀主演の映画「カオス」で、「怖ろしくリアルな演技をする」俳優として注目を浴びるようになる。光石研である。

「生きていた信長」で、信長を演じていた江口洋介は、その後、大河ドラマで信長を演じることになる。

親元を離れ、初めての一人暮らし。不安だけど新しい生活が鮮やかに切り取られている。
松たか子も最近は自分の色を出した演技で自在感を増しているが、このときは100%役になるための楷書風の演技。現在の草書風の演技と比べてみるのも面白い。

当時の松たか子は、頬がふっくらした感じで、2年前(1996)の連続ドラマ「ロング・バケーション」でも、山口智子にそれをいじられるシーンがある。またカレーを作るシーンでは、松たか子が実際にカレーを作っており、メイキング番組では、余った分をスタッフが美味しそうに食べるシーンがある。

憧れの山崎先輩(田辺誠一)がアルバイトをしている書店、武蔵野堂の周辺は、日本風の街並みではないが、出来てまだ新しい、千葉市の幕張新都心の幕張ベイタウン・パティオスで撮られている。加藤和彦が現れる画廊の周辺も車止めの形が同じであることからやはり幕張新都心で撮られたことが分かる。加藤和彦の役名は「画廊の紳士・加藤」で何者かは分からない。画家に「先生」と呼びかけていること、スーツ姿であることなどから画家ではないと思われ、ロードショー時には「大学の先生か何かかな?」と思ったが、画廊の女性は、「加藤さん」と呼びかけており、いわゆる「先生」と呼ばれる職業ではないようだ。編集者だろうか? いずれにせよ加藤和彦のチャーミングでジェントルな一面が映っており、加藤和彦の追悼映画にこのシーンが取り上げられなかったのは残念である。

音楽はCLASSICとなっていたり、女性名義の作曲家になっていたりするが、その女性の名前で検索しても「四月物語」しか引っかからない。ということはペンネームということになる。そしてプロの作曲家にしては拙い作曲技法ということで、正体は岩井俊二監督である。岩井監督はその後、CMの音楽を手掛けたが、作風はそっくりで確定となった。
なお、ピアノは松たか子が弾いており、オリジナルサウンドトラック「四月のピアノ」も発売されている。

大学に入ったことのない人がどう思うのかは分からないが、大学に入ったばかりの四月のワクワクドキドキ、おそらく人生で最も晴れやかな四月を描いた愛らしい中編映画である。

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2025年12月22日 (月)

これまでに観た映画より(417) ドキュメンタリー映画「Voices from GAZA ガザからの声 Episode2 ミュージシャン・アハマドのメッセージ」

2025年12月17日 烏丸御池のアップリンク京都にて

烏丸御池のアップリンク京都で、ドキュメンタリー映画「Voices from GAZA ガザからの声 Episode2 ミュージシャン・アハマドのメッセージ」を観る。Episode1の主人公の名もアハマドであり、アラブ系の男性は同じファーストネームの人がかなり多いようである。イスラム教の聖人から取るケースが多いからだと思われる。西欧やアメリカもキリスト教の聖人の名前から取ることが多いので、ファーストネームの種類は多くない。彼らが、苗字も名前も膨大にあるという日本の事情を知ったら驚くだろう。更に日本の場合は、キラキラネームであるかどうかに関わらず新たな名前が生まれて増えていく。おそらく日本は名前に関しては世界一バリエーションに富む国だろう。

監督:ムハンマド・サウワーフ。ガザ地区の映像制作会社、アレフ(アルファ)マルチメディアとアップリンクの共同制作。

今回は、2025年7月12日に、ガザ市の無名戦士公園の避難民キャンプで撮影が行われている。この時はまだ停戦中であるが、ドローンからの空襲があったそうで油断出来ない状況である。前回、ガザ・イスラーム大学の跡地に作られた避難民キャンプで撮影が行われていたが、今回も「イスラーム大学が空襲された」という話が出てくる。ガザ・イスラーム大学のことだと思われる。通常は、大学は爆撃しても、攻撃する側も大して意味がないし、攻撃される側も大学は死守しなければいけない施設でもない。夜は誰もいないし、教室と食堂とその他、体育館やスポーツ施設、講堂など、攻撃しても相手にダメージは与えられない。それでも空襲したのは、ガザ・イスラーム大学がハマス指導者の母校だからだと思われる。腹いせにだろう。

 

今回、収録が行われた無名戦士公園の避難民キャンプはガザ市の西部にある。周辺は瓦礫の山だが、比較的高めのビルなどはあちこち撃たれているものの崩れていなかった。頑丈であるということも考えられるが、おそらく襲撃対象として後回しになったのだろう。ビルは見た目から判断するに企業のオフィスビルで、夜間に襲撃しても中には誰もいない。それよりは、人々が住む低い住宅を攻撃して打撃を与えようとしたのだと思われる。一般市民を標的にすることはあってはならないことだが、少なくとも第二次大戦以降は軍属よりも市民が犠牲になるケースが多い。

今回の主人公は、ミュージシャンのアハマド・アブ=アムシャ。5人の子を持つ父親でもある。これまで空襲に遭うこと12回、住居は3度変わって今は避難民キャンプにいる。家を3つほど持っていると取れるような発言をしているが、金持ちでないことは確かであるため、親族の家か何かだろうか? パレスチナの住宅事情については知識がないのでよく分からない。
元々いた住居が空襲で焼かれ、音楽スタジオに避難しようと思ったが、そこもグチャグチャになっており、避難民キャンプにも入れて貰えなかったが、端の方にテントを張ることが出来たそうだ。
アハマドは、イスラエルがガザ地区を攻撃するまでは、生活が出来る位の金を音楽で稼いでいた。彼はギターの弾き語りをする。だがガザ地区が攻撃されて、演奏活動などが出来なくなった。
それでもアハマドは、音楽をしている時だけは現実を忘れることが出来るため、音楽の効用を説く。避難所でも人々に楽器(ヴァイオリンやギター、民族楽器など)を教え、新しい曲を作詞・作曲する。少年がパレスチナの誇りを歌ったりする。
音楽が持つ力が描かれるが、同時に、怖ろしさも同居しているように思う。
大阪のザ・シンフォニーホールでプロムスのコンサートが行われ、トーマス・ダウスゴー指揮BBCスコティッシュ交響楽団の演奏で、エルガーの「威風堂々」第1番が演奏され、「英国第2の国歌」と言われる中間部に詞が書かれたものを歌ったのだが、イギリス人でも何でもないのに気分が異様に興奮した。爽快だったが危険だとも思った。音楽には我を忘れさせる作用がある。アドルフ・ヒトラーは子どもの頃からのオペラマニアだった。音楽にどんな効果があるのか熟知していただろう。

基本的に、現地で撮影されたものを編集しただけであり、起伏はないので、ドキュメンタリーとしての面白さは求められない作品であるが、ガザの人々の生の声が聴ける稀少性を持つ。

最後にチラシに書かれたアハマドのメッセージ
「戦争の中でも歌い続ける これは一種の抵抗だ。歌い 教え 奏でることでほんの一瞬でも戦争の空気から俺たちを引き離してくれる。世界中の芸術家たちへ僕からのメッセージ 不正義に沈黙することは加担だ」

その後、再びイスラエルによる空爆が再開された。ガザ市にいることはもう出来ない。今、彼らはどうしているのだろう。

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2025年12月 3日 (水)

これまでに観た映画より(414) 日本映画「ジャパニーズ スタイル Japanese Style」アベラヒデノブ監督&武田梨奈さん舞台挨拶付き上映

2025年10月18日 大阪・十三の第七藝術劇場にて

大阪へ。
十三(じゅうそう)の第七藝術劇場で、映画「ジャパニーズ スタイル Japanese Style」の舞台挨拶付き上映を観るためであるが、阪急十三駅の外に出るのは、実に20年ぶりぐらいである。阪急十三駅ではしょっちゅう降りているが、基本、神戸線、稀に宝塚線に乗り換えるためで、十三駅を目標として阪急電車に乗ったことは久しくなかった。
チケットはネットでの事前申し込み。発券機に予約番号と電話番号を入れるとチケットが発券される。

第七藝術劇場は、サンポードシティビルの6階にある大阪の老舗ミニシアター。何度か閉鎖に追い込まれているが、映画好きの尽力によって再建されている。尖った企画も多く、大阪の中でも特にファンの多い映画館とされる。

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今日観る「ジャパニーズ スタイル Japanese Style」は、アベラヒデノブが、2017年に撮影した作品。5日ほどで全編を撮影したという。タイトルは英語で「袋とじ」という意味であるが、武田梨奈が演じる女性が袋とじを開けるのを特技としているほかに、外国とは違った「日本の流儀=ジャパニーズスタイル」が存在することも意味している。主演した吉村界人と武田梨奈も企画で参加している。劇場公開は2022年。

大晦日。画家の茂田を名乗る長谷川平太(吉村界人)は、元カノをモデルにした作品の目を描くことが出来ずにいた。共同での展覧会で発表する必要があり、長谷川が作品を出さないと展覧会は中止になって、損失は長谷川が埋めることになる。タイ人の知り合いが運転する自動三輪タクシー(トゥクトゥク)で、元カノと別れた空港に向かった長谷川は、倫(りん)という女性(武田梨奈)と出会い、行動を共にすることになる。倫には8歳の時に父親に捨てられた苦い記憶があるのだが、その父親が自分と同い年の中国人女性と再婚することを知らされていた……。

羽田空港と横浜の街で撮影が行われており、中華街やみなとみらい地区の観覧車など横浜の名所が映っている。

元カノの幻影から逃れられない男と、父親から受けた傷と向き合う女の物語である。二人は気が合いそうにも見えるのだが、ラストシーンの後でアメリカに共に向かったのかどうかは観る者の想像に任されている。倫は空港で誰でも出来るようなアルバイトをしており、失うものは何もないため、一緒に行きそうな予感は感じられる。

怒りを抱えている登場人物が多く、カリカリしたようなひりついた感じを受ける映画で、観ていて良い印象は受けないのだが、撮影現場でもそうしたカサついた空気はあり、喧嘩などもしながら撮っていったそうで、それが映画に影響しているのだろう。現場の空気が反映されているという点では成功作と言える。

 

終映後、アベラヒデノブ監督と、主演女優の武田梨奈による舞台挨拶。「虎に翼」では、金持ち弁護士の遺産を独り占めにしようと謀る愛人役を演じていた武田梨奈。生で見るのは初めてだが、想像以上にスポーティーな印象を受ける。スポーツを欠かさずにしている人が持つ雰囲気で、肩周りの盛り上がりなどもそれを裏付けている。空手家でもあり、「芸能界最強女子」とも言われる人だが、柔らかい感じで、自分から行くタイプではないことが分かる。

 

限られた時間での舞台挨拶であったが、アベラヒデノブ監督は大阪芸術大学映画科の出身で、第七藝術劇場には学生時代から思い入れがあったことを述べた。
武田梨奈は、先に記した通り映画が短期間で撮られたことと、現場の雰囲気について述べていた。また二人によると、「上映出来る場所があるかどうか分からない」状況で撮影が始まり、とにかく撮るというスタイルで進んでいったのだが、アベラヒデノブ監督が行方不明になる事件があったそうである。脚本に不備が見つかったため、漫画喫茶に閉じこもってずっと脚本を書いていたそうだ。

 

 

約20年ぶりの十三の街。大阪市の中でも下町の色が濃い場所である。一般の店のみならず、コンビニも出店を設けて声を張り上げている。コンビニがこうしたことを常時行っているところは日本でも余りないはずだ。
メインストリートを少し外れた所に神津神社という社があったので参拝してみる。高木彬光の神津恭介シリーズが好きな人には聖地になりそうだが、今の日本で神津恭介のファンがどれだけいるのか不明である。明智小五郎や金田一耕助のファンは多いだろうけれど。

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2025年11月 9日 (日)

これまでに観た映画より(410) 「爆弾」

2025年10月31日 MOVIX京都 Dolby Cinemaにて

MOVIX京都 Dolby Cinema(南館4階)で、日本映画「爆弾」を観る。Dolby Atmosの音響。

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映画「爆弾」は今日が公開初日。MOVIX京都では、普通の音響による上映を3回、Dolby Cinemaでの上映を2回行う。Dolby Cinemaでの上映は前打たれてはいないが、上映開始時間(20時5分)と特別料金であることから事実上のレイトショーでの上映である。
MOVIX京都でのレイトショーは基本、人が入らないのだが、今日は20名に足りないほどではあったものの、入った方である。

映画「爆弾」は、呉勝浩(ご・かつひろ)のベストセラー小説の映画化。東京都内のどこかに仕掛けられた大小様々な爆弾を巡る、容疑者スズキタゴサクとの心理攻防戦が見物である。エキストラも大量に参加しており、迫力ある映像となっているが、屋外よりも中野野方警察署取調室内でのやり取りの方がスリリングである。
監督:永井聡(あきら)。出演:山田裕貴(ゆうき)、伊藤沙莉、染谷将太、坂東龍汰(りょうた)、寛一郎、渡部篤郎、正名僕蔵、加藤雅也、片岡千之助、中田青渚(なかた・せいな)、夏川結衣、佐藤二朗ほか。

東京都内各所に爆弾が仕掛けられ、順次爆発していくという予告がある。それを行うのは自称、スズキタゴサクという冴えない感じの中年男性(佐藤二朗)である。元々はホームレスだったようだ。酒屋で暴れて逮捕され、野方署で取り調べを受けているスズキタゴサクは、クイズを出すというやり方で爆弾のありかを示すが、自分が仕掛けたのではなく、その場所を「霊感のようなもの」で「感じる」らしい。爆弾に霊も何もないだろうと思うが、この男が鍵を握っているのは事実だ。クイズは、最初のうちは易しい内容で、「件(くだん)という化け物」や「焼き肉のタン(舌=下)」などから九段下のとある場所に仕掛けられていることが分かる。更に新聞発売所が九段下にあることを知り、その後のスズキタゴサクのクイズの内容から沼袋交番の巡査長の矢吹(坂東龍汰)と巡査の倖田(伊藤沙莉)は配達する新聞の中に爆弾が隠されているのではないかと推理し、中東人の配達員が運転していたバイクを奪って、何とか広い場所に出て、横転させて滑らせる。爆発はない、と思う頃に小規模だが爆発はあった。その後も爆弾は東京中に仕掛けられていることが分かる。
警視庁捜査一課から来た類家(るいけ。山田裕貴)は、野方署でスズキタゴサクと対峙。化け物のような存在のスズキタゴサクと心理戦や知的攻防戦を繰り広げる。類家の前には、やはり捜査一課から来た清宮(渡部篤郎)がスズキタゴサクと向き合って、言動から爆弾のありかを聞き出そうとしていた。しかし、最後までスズキタゴサクの出すクイズを聞かなかったため、犠牲者が出るのを防げなかった。清宮は類家にバトンタッチする。

矢吹と倖田であるが、独自の捜査により、スズキタゴサクが以前暮らしていたシェアハウスを見つける。しかしそこで矢吹は罠にはまり、小規模ながら爆弾を踏み、右足首より先を吹き飛ばされる。倖田も近くにいたが、矢吹が身を挺してかばったため、ほぼ無傷。だが、倖田はスズキタゴサクへの復讐心に駆られ、矢吹を病院に向かわせた後で野方署に向かう。
野方署の伊勢(寛一郎)は、何故かスズキタゴサクに好かれるのだが、仕事に徹している。伊勢は、倖田に恋心を抱いていたのだが、病院内で倖田が笑顔で矢吹の見舞いに訪れるのを見て諦める。

環状線(山手線)の各駅で爆弾が炸裂する。もともとのターゲットは環状線(山手線)の各駅(新橋、品川、五反田、渋谷、新宿、池袋、巣鴨、日暮里)で、九段下、東京ドームシティー、阿佐ヶ谷などは山手線が狙われていると警察に悟られないよう、ダミーの爆破として行われている。
山手線を環状線と呼んでいるのはJRへの配慮かも知れない。ちなみに大阪にも大阪環状線があるが、環状していなかったり(途中で終点を迎えるので別のホームに移動しないといけない)、環状線内も走るが、大阪市内でなく奈良や和歌山に行ってしまう列車もあり、下手に居眠りできない路線となっている。

野方署の刑事、長谷部(加藤雅也)は人とは違った性的指向を持っており、それが流されて雑誌に載り、追い詰められて阿佐ヶ谷駅で鉄道自殺した。夫人であった明日香(現在は旧姓に戻って石川明日香を名乗る。夏川結衣)は鉄道会社から高額の請求をされ、貧しい暮らしへと落ちていった。

取調室がメインで、動きの場面がそれに比べると少ないためか、やや長く感じられるのが難点である。137分の映画なので、通常の映画に比べるとそもそも少し長めではあるが。

なんといってもキーパーソンであるスズキタゴサクを演じた佐藤二朗の存在感が圧倒的。こうしたキャラクターは舞台経験が豊富なら上手く演じられるが、映像での演技しかしてこない人では出せない味だろう。
佐藤二朗は、テレビドラマなどでは「芝居が大袈裟」と言われることもあり、実際、そういうときもあるのだが、この手の映画では、「彼でないと無理だろう」と思わせるほどの完成度を示している。あるいは佐藤二朗の代表作になるのかも知れない。

 

明日(2025年11月1日)から、大阪でまた主演映画「風のマジム」が上映される伊藤沙莉。警察官ということでいつもの可愛らしい笑顔はラストのみである。警官らしいキビキビとした演技。
矢吹が爆弾を踏んだ時、矢吹が背後の倖田を守ろうとしてかばいに行き、共に気絶するシーンがあるのだが、気がついて矢吹の体を放した時に倖田の前髪が乱れている。伊藤沙莉の映像作品はかなりの数見ているのだが、前髪が乱れているのを見るのはおそらく初めて。かなり色っぽく、「アラサーだけど子どもっぽいところを残している可愛い女の子」というイメージが覆る。おそらく、出来る女を演じても篠原涼子などよりも妖艶で大人な魅力が出せるはずで、こういう伊藤沙莉も良い。実際には篠原涼子も伊藤沙莉も実務が出来ないタイプなのだけれど。
なお、実際には伊藤沙莉の方が坂東龍汰より年上であるが、劇中では矢吹の方が倖田よりも年上で階級も上ということになっている。
倖田沙良が病院に矢吹のお見舞いに行ったときの格好は、制服とは真逆の「TRICK」の山田奈緒子のようなフェミニンなもので、ここに彼女の本当の性格が表れていそうである。伊藤沙莉も「サバサバ系に見られがちだが、実は真逆の乙女脳」だそうで、だからなのかどうかは分からないが、フェミニンな格好も似合っている。演出的には意外性を狙ったのかも知れないが、普通に女っぽい可愛い子で、普段からそういう人なのだろうと察しが付くため、意外性は余りない。寛一郎演じる伊勢が倖田に好意を抱いていることが分かる場面やセリフがあって、ラストに向けての一種の伏線にもなっているのだが、伊勢もあるいは倖田のプライベートを知って好きになったのかも知れない。

ちなみに伊藤沙莉と坂東龍汰は、二人でいろいろ考えてアドリブをいくつも入れたそうだが、全てカットされたそうである。

 

三國連太郎の孫で、佐藤浩市の息子である寛一郎。NHK連続テレビ小説「ばけばけ」でも、山根銀二郎という、音楽評論家の山根銀二によく似た名前の役を若々しい演技で見せていた。今回は、出番は多いのだが、メインになる場が余り多くなく、二番手か三番手である。親子であるだけに、セリフ回しは佐藤浩市によく似ている。

 

実質的主役の山田裕貴。中日ドラゴンズや広島東洋カープで活躍した内野手、山田和利の息子である。名古屋で生まれ育ったので中日ドラゴンズのファンであり、この映画でもドラゴンズにまつわる話がいくつか出てくる。なお、中日ドラゴンズはこの映画に協力という名で援助を行っている。
頭の切れる変人といった感じがよく出ているが、まだ若いために重厚感は不足。年を重ねると重厚感も出てくるだろう。運動神経も良いようなので、アクションなどでも活躍出来るかも知れない。

1990年代を代表する美女の一人であった夏川結衣。透明感が抜群で、連続ドラマ「青い鳥」や林海象監督・永瀬正敏主演の「罠」に主役の濱マイクの口のきけない彼女役で出演したときの透明感などは同じ人間とは思えないレベルであった。
21世紀に入ってからは、少し体重が増えたようで丸顔の可愛いおばちゃんとなり、「結婚できない男」での女医役は当たり役となっている。
今はまた少し痩せたようで、薄幸な女性を演じている。宮本輝原作の「私たちが好きだったこと」では、不安神経症の女性を演じた夏川結衣。今も透明感はあるので、こうした役も似合う。ラスト付近の倖田役の伊藤沙莉との二人のシーンも生きる悲哀が感じられて良い。

俳優陣は実力派揃いだが、やはり中心にいるのはスズキタゴサクを演じる佐藤二朗で、不気味だがその辺にいそうという怖ろしさを見る者に伝える。劇中でスズキタゴサクを本気で殺そうとする者や、スズキがヒントを出すときに使う右手の人差し指をへし折る者が出てくるのだが、それほど憎々しい怪物を佐藤二朗はリアリティを持って演じている。
基本的に佐藤二朗を見るべき映画になっていると思われるが、エンターテインメント大作として映画史に刻まれる作品になりそうな気がする。

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2025年10月21日 (火)

これまでに観た映画より(408) ドキュメンタリー映画「Voices from GAZA ガザからの声 Episode:1 アハマドの物語」

2025年10月8日 烏丸御池のアップリンク京都にて

烏丸御池、新風館の地下にあるアップリンク京都で、ドキュメンタリー映画「Voices from GAZA ガザからの声 Episode:1 アハマドの物語」を観る。2025年5月21日に、ガザ市のガザ・イスラーム大学避難民キャンプ周辺で撮影された映像。制作資金はアップリンクが出し、撮影や編集はガザのアレフ・マルチメディアが担当している。監督はムハンマド・サウワーフ。

ガザ・イスラーム大学避難民キャンプとあるが、映像に大学のキャンパスらしきものは映らない。ガザ・イスラーム大学は、ハマス党首の母校であるため、2023年に空襲を受けている、おそらく憎き敵が出た大学だけに徹底的に破却され、跡地が避難民キャンプになっているのだと推測される。
周辺であるが、立派なビルが残っている一方で、ひしゃげた建物も多く、「半分破壊された」と語られる建物などもある。
避難民キャンプ住民の多くは、イスラエルのガザ地区北部攻撃宣言を受けて一度は南部に逃れたが、停戦状態となったのでガザ市に戻ってきているようだ。
主人公であるアハマドは、双子の兄弟の一人として育ち、共に7歳から体操を始めてガザ・サーカスに入り、バック転などのアクロバット技を得意としていた。アハマドにとって同じ日に生まれた兄弟のムハンマドはかけがえのない存在だった。
しかし、今年の3月。イスラエルが再びガザを攻撃すると宣言。アハマドの一家は逃げる用意をして、自転車に乗ったが、ムハンマドや叔父などはミサイルの直撃を受けて死亡。アハマドも両足と右手の指4本を失った。

今はまた停戦状態だが、上空をイスラエル軍のドローンが飛んでおり、蝿のような耳障りな音に、アハマドの母親は「夜も寝られない」と嘆いている。なお、アハマドの母親は、ドナルド・トランプ米国大統領の「ガザから原住民を一掃する」という宣言に、「家も建てたばかりだし」と反発している。アハマドは一時は亡命も考えたがトランプの発言により逆に反骨心をくすぐられたようで、ガザに残る気になった。いずれ義足が手に入ったらまた体操を始めるつもりだというアハマド。そして、義足で技が出来たら今度は義足なしで挑みたいと夢を語る。彼らは避難民だが、人生を諦めたわけではない。それどころか希望に燃えている。アハマドの弟であるクサイも連続バック転が得意で、いずれは兄と一緒に演技したいと思っているのだろう。
アハマドは車椅子に乗って外出。ガザの人々もiPhoneを使っていたり、アイスクリームを食べたりと、凪の時間をそれなりに楽しんでいるようである。

 

今日は私の他に観客はもう一人いるだけ。18時50分上映開始という観やすい時間だっただけに惜しまれる。

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2025年10月 6日 (月)

これまでに観た映画より(403) 「Voice from GAZA ガザからの声 Episode:Now」

2025年10月3日 烏丸御池のアップリンク京都にて

烏丸御池、新風館地下のアップリンク京都で、「Voice from GAZA ガザからの声 Episode:Now」を観る。アップリンク代表の浅井隆によるアフタートーク付きでの上映。

「Voice of GAZA ガザからの声」は、アップリンクとガザ地区の映像会社との共同制作として今年に入ってから始まったドキュメンタリーによる政策作品で、映像を通してイスラエルのネタニヤフ政権を国際的に孤立させることで終戦に持ち込もうという狙いがあるようだ。今日のアフタートークは、アップリンク京都と東京都武蔵野市のアップリンク吉祥寺をネットで繋いで行われた。

イスラエルが、ガザ地区への本格攻撃を開始してから2年近くが経つが、それ以前からイスラエルとガザの関係はくすぶり続けてきた。だが、イスラム教原理派のハマスがガザ地区を制圧してからは、イスラエルも一気に態度を硬化させ、ガザのパレスチナ人掃討を狙い始める。
「ガザ地区の北部を攻撃するので住民は南部に移動するように」との突然の要求。そんなことに急に対応出来るはずがないのを承知で、一応は人道的措置をとったように見せかけるという本来の意味での姑息なやり方であった。

「ガザからの声」は、まず、今年の春に「Episode1」が撮られ、イスラエル軍の攻撃により手や足を失いながらそれでもスポーツ選手になりたいと夢見る少年が主人公。「Episode2」はガザ地区で音楽を教える男性の複雑な心境を描いたものだったという。再上映される予定のようだ。

戦争ものというと、軍人の英雄視と悲劇、住民の日常と惨劇などがよく描かれるが、戦時中ではあっても我々のように日常的に好きなものに打ち込んだり、夢や希望を描く人がいる。世界が小さくなり、ガザ地区と日本とで共同でのドキュメンタリー映画が制作出来るようになったから分かることも多く、我々は多くのものを見逃してきたのかも知れないと、今日のドキュメンタリー映画を観て思った。

本来は、「家族」をテーマにした「Episode3」として公開する予定だったが、10月の頭から再びイスラエル軍が軍事行為を活発化させており、ガザ地区の北部に「北部の残る者は容赦なく殺害する」と書かれた紙を空から大量にばらまき、またカッシ国防相が「ガザ市に残る者は全員ハマスのテロリストと見なす」という事実上の皆殺し宣言を行った。民間人は南部のハーンユーニス市に集まるよう指示されており、狭いところに追い込んで一気に殲滅という手は見えているのだが、今すぐ殺されないようにするためには向かう以外の選択肢はなく、何らかの助けの手が差し伸べられるのを待つしかない。
なお、パレスチナ住民には「パレスチナは今のままアラブ人のための土地にするよ」、ユダヤ人には「パレスチナの古代イスラエル王国とユダ王国があった場所に、ユダヤ人のための国を建国するよ」と二枚舌外交を行った真の悪玉であるイギリスは、パレスチナ自治州を国家と承認。フランスも追従した。
一方でユダヤが強い力を持つアメリカ(元々はWASP一強だったが、経済面でそれらを十八番とするユダヤ人が台頭。ナチスドイツがユダヤ人の迫害を始めてからは、ナチス勢力下にいた多くの有能なユダヤ人ビジネスマンや経営者がアメリカに亡命。世界一の経済大国の座を揺るぎないものにしている)はイスラエル支持。バラク・オバマ元大統領もXで「イスラエル人大量虐殺を行ったハマスが悪い」とかなり強い口調で批難のポストを行っている。
アメリカに守って貰っている立場の日本はこういう時には弱く、アメリカに従うしかないということで属国 であることを自ら現している。

多くの車が海沿いの道を北から南へと走っている。北爆(と書くとベトナム戦争のようなので北部攻撃と書くべきか)が予告されたため、南部の都市へと一家総出で脱出の最中なのだ。だが、道は狭く、北へ向かう車もいるため遅々として進まない。

そんな中、とある一家は車道の傍ら、海沿いの場所にテントを張ってそこで暮らすことに決める。日本と違い、ガザ地区の家は子だくさんであることが多い。隣にもテントがあったが、そこの住人も子ども達もすぐに彼らを受け入れている。アラブ人同士ならこんなにもスムーズなのだ。

子ども数人に対するインタビュー映像もあるが、みな、北部に住んでいて家を失い、ひどい人になると何度も何度も住む場所を焼かれたそうだが、それでも次の場所で元気に生きようと目をキラキラさせている。先進国の人達よりもこうした面では逞しい人が多いような気がする。

水であるが、海から調達する。「塩分を蒸発させなければいけないのでは?」、「濾過しないと飲めないのでは?」と思うが、普通に飲んで調理に使っている。地中海なので、太平洋や日本海、瀬戸内海などの日本の海とは塩分濃度が異なるのかも知れない。この辺はよく分からない。
土を掘っている、もう若くはない男性がいるが、そこに埋まっているビニール袋などをエネルギー資源に用いているそうだ。

目を輝かせて遊ぶ子どもたちや、父と幼い娘の姿を見ていると、ただ単に「ガザ地区攻撃反対!」や「SAVE GAZA」を表明するよりも、誰のため何のために支援をどうやって行うかが至上命題であることが明白になる。そしてそれらは、「自分のための正義」ではない。2025年10月3日を生きている意味がクッキリと形をなし、時代と共に在ることが実感される。

こういうことをトークの時間に言えると良かったのだが、目立つのが嫌なので言えなかった。

今日は編集が十分でなく、字幕も一部しか出なかったということもあって、料金は1500円均一であったが、完成したものを10月下旬に公開する予定であること、「Episode1」と「Episode2」も再上映が決まっていること、売り上げは全てこれからの「ガザからの声」の制作費(ガザ地区の制作責任者はムハンマド監督)に回すことなどが発表された。

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2025年9月20日 (土)

これまでに観た映画より(400) 伊藤沙莉主演「風のマジム」

2025年9月12日&18日新京極のMOVIX京都、9月14日 梅田の大阪ステーションシティシネマにて

日本映画「風のマジム」を観る。実在の人物をモデルに、原田マハが書いた同名小説の映画化。監督:芳賀薫(男性)、脚本:黒川麻衣、企画プロデューサー:関友彦、音楽:高田漣、主題歌:森山直太朗「あの世でね」。5人とも私と同世代である。
出演:伊藤沙莉、染谷将太、シシド・カフカ、富田靖子、小野寺ずる、橋本一郎、眞島秀和(ましま・ひでかず)、なかち、下地萌音(しもじ・もと)、玉城琉太(たましろ・りゅうた)、肥後克広、川田広樹(ガレッジセール)、尚玄、滝藤賢一、高畑淳子ほか。
沖縄が舞台。契約社員の女性が、ベンチャーコンクールに応募したことで、沖縄のサトウキビを原料にしたラム酒を開発し、子会社の社長にまで上り詰めるサクセスストーリーであるが、主人公の伊波(いは)まじむ(伊藤沙莉)がギラギラした女性ではないため、爽やかな余韻を受ける。まさに「風のマジム」だ。

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まじむの祖母(おばあ)、伊波カマル(高畑淳子)が豆腐を作る音が、画よりもまず印象に残る。その後、まじむの母(おかあ)であるサヨ子(富田靖子)が朝食の準備をし、まじむが起きてきて、サヨ子に言われたことをやっているうちに、まず、まじむが主題歌の「あの世でね」をハミングし、サヨ子やカマルがそれにつられるようにユニゾンする。印象的な冒頭である。その後、森山直太朗が歌う「あの世でね」のアンプラグドバージョン(全編は分からないが映画で使われるのはアコースティックギター弾き語り)が流れ、映画のラストでは弦楽器が盛大になるフルバージョンが流れる。
更には、高畑淳子と富田靖子が二人で、「てぃんさぐぬ花」を歌う場面もある。なお、まじむには父親がいないが、そのことに関しては特に触れられていない(原作には書かれている)。

おばあ役の高畑淳子の見事なウチナンチューぶりが特筆事項。逆に、「あれヤマトの役者だよ」と言われても「嘘でしょー」と言われる水準である。余談であるが、高畑淳子は脚本が読めないタイプだそうである。脚本を一から読むと寝てしまうので、自分のセリフを一つ一つ書き出し、家の中のあちこちに貼って、通り過ぎるたびに見て覚えるそうだ。一口に役者といっても色々な人がいる。

おばあは豆腐屋を営んでいるが、あれはセットではなく、実際に今も豆腐店を営業している場所を借りて撮影したそうだ。伊藤沙莉と高畑淳子による印象的な場面があるのだが(特に伊藤沙莉は真骨頂発揮)、伊藤沙莉の後ろの裏に、本物の豆腐屋の人が隠れていて、その場面を見て大泣きしていたそうである。

 

まじむという変わった名前であるが、「ちむ」というのは沖縄で「魂、肝、心」のこと。それに「ま」が付くということで、「真心」という意味である。

伊波まじむは、那覇にある比較的大きな通信会社・琉球アイコムの契約社員である。沖縄という元々は別の王朝があった独特の風土に憧れて、本土から沖縄の大学に進む人もいるが、沖縄の産業は観光と農業に依存しており、就職先が見つからないため、ほとんどの人が本土に戻って就職するという「通過する場所」の性質を持つ。そういった意味では京都に似た部分がある。沖縄では稼げないので本土に出る沖縄の人も当然おり、千葉(台湾のスター、金城武の父親は沖縄の人であるが、金城武の自身の本籍は千葉県である)や京都といった私と関係のある土地も移民は多い方だが、最も多いのはほぼ全部埋め立て地という大阪市大正区で、大阪の沖縄といった趣であり、関西で沖縄関連のイベントを行うとなると、まず大正区の人が駆り出される。

まじむも正社員での就職が叶わず、契約社員に甘んじている。契約社員も正社員を手伝ったりすることはあるが、責任ある仕事は任されない。責任は正社員が取るもの。そして契約社員では、いつ契約を切られるか分からないので、任せるわけにはいかないのだ。日常の職務もパソコンでのデータ入力や書類のシュレッターがけだったり、正社員が食べるお菓子の補充と買い出し、といってもお菓子を食べているのはほとんど仲宗根光章(「沖縄の一発屋」こと仲宗根美樹と同じ苗字。演じるのは橋本一郎)一人だけなので、使いっ走りだったりである。仲宗根個人の趣味に沿ったお菓子の買い出しが業務としてセーフなのか分からないが、とにかく雑務だけである。キャリアなど身につかない。

いつもお昼を一緒に食べているテルちゃんは司法書士の試験に合格。新たなる道を歩むことになった。「ここにずっといても良いことなんてないんだから」と忠告するテルちゃんだが、元々就職口が少ないのだ。転職先もおそらくほとんどないだろう。そう言われてもなあ、という感じて屈託するまじむだったが、シュレッダーがけの最中に社内ベンチャーコンクールのチラシを発見し、「※契約社員含む」の文字を見つけて、挑んでみる気になる。ちなみに契約社員の中で応募したのはまじむだけだった。

まじむは行きつけのバーのマスター、後藤田吾朗(染谷将太)に入ったばかりのラム酒を飲ませて貰う。沖縄はサトウキビの産地であるが、沖縄のサトウキビを使ったラムについては、
吾朗「あんまり聞いたことないな」
ということで、沖縄産のサトウキビを使ったラム酒醸造の企画がまじむの頭に浮かぶ。
そして、まじむの企画は一次審査を通過し、更に最終候補の一つに残った。
だが、細部が詰められず、クールな先輩社員の糸数敬子(甲子園で活躍してプロにも入った糸数投手がいた。演じるのはシシド・カフカ)に相手が大幅にリードしていることを告げられる。
競争相手は、「養殖珊瑚」の企画を打ち出す男性社員の仲村渠(なかんだかり。昔、仲村知夏の芸名でデビューした仲村渠睦子という沖縄出身の歌手がいたが、売れなかった)悠太で、協力企業を見つけ、おおよその見積もりなども弾き出しているらしい。それに比べればまじむはアイデアがあるだけで、具体的な動きは何も行っていない。そもそも契約社員はそうしたビジネス的な仕事を任せて貰えないので、ノウハウもないと思われる。まじむは思い切って有給を取り(契約社員が有給を取るとよく思われない。というより日本の社会では有給は軽視されがちで、「取るのは悪」という風潮すらある)、沖縄一のサトウキビの産地である南大東島に向かう……。

 

2024年のJOAK制作のNHK連続テレビ小説「虎に翼」に主演し、驚愕の演技力を示して話題をさらった伊藤沙莉。その後、FODで配信された連続ドラマ「ペンション・恋は桃色3」に出演したが、それ以外はCMの仕事、ナレーション、ラジオ、バラエティ番組出演、イベント参加など、俳優の仕事は控えめだった。「風のマジム」も撮影自体は昨年の暮れに行われている。
高畑淳子、富田靖子という現代を代表する女優達と一族として共演という豪華さもあり、かなり手応えのある作品になっている。

伊藤沙莉の巧みな表情表現は真似の出来ないものである。泣きながら笑っているようなまなざしを見せた時も、「ああ、こんな演技も出来るのか」と感心した。

飲むとき食べるときの表情も良い。これほど美味しそうに飲んだり食べたりするのは彼女と稲垣早希ちゃんだけである。

そして髪型などに注意して見てみると面白いかも知れない。まじむの思考がさりげないところに現れていそうだ。

 

まじむは契約社員の時はキュロット(今はそういわないのかな)などラフな格好をしていたが、ベンチャーコンクールの最終候補に挙がり新規事業開発部の一員となって(身分は契約社員のままである)からは、毎回、日替わりのスーツで凜々しく決めている。伊藤沙莉は背が低いので、高身長の女優ほどには凜々しくならないが。
その代わり、とても可愛らしい。序に当たる部分で、南大東島のサトウキビ畑の間の道を一人でチョコチョコ歩いている姿は、「人間」というより「可愛らしい何か」である。

 

糸数はラム酒の醸造を東京で名声を上げている朱鷺岡明彦(ときおか・あきひこ。演じるのは眞島秀和)に頼もうとするが、糸数に勝手に付いて東京まで来たまじむは、朱鷺岡の、「沖縄本島にもサトウキビなんていくらでも生えてるんでしょう? 那覇の近くの、どこかその辺の適当なところに」という言葉に、本土人の沖縄に対する無意識の見下しと不誠実なものを感じる。まじむは更に朱鷺岡に「南大東島に常駐で」という条件を出す。朱鷺岡は当然、南大東島行きを断る。
「沖縄の人で沖縄のサトウキビでラムを造ってくれる人でないと」と理想を口にするまじむ。やがて吾朗が瀬那覇仁裕(せなは・じんゆう。演じるのは滝藤賢一)という醸造家の名前を挙げる……

非常に爽快なサクセスストーリーだが、アドレナリンが増えるというよりも、柔らかなウチナーグチの効果もあってか、穏やかな幸せに浸れる映画である。

 

沖縄は、日本でありながら日本とは異なる文化を持った場所。ある意味、日本を相対化出来る場所である。

これは、まじむのサクセスストーリーであるが、沖縄のサトウキビ産のラム酒を思いついたのは、行きつけの吾朗のバーでたまたま新しく入ったラム酒を飲んだからであり、彼女が0から創造した訳ではない。その場にいたみんなのアイデアだ。「スーパーヒロインとその他」にならないのがこの映画の最大の美点の一つである。

契約社員でノウハウがないため(ベンチャーコンクールのオリエンテーションで、クールビズ期間とはいえまじむが一人だけ派手な格好でペンを走らせている場面があるが、会議に出たことがないので、要領が分からないのだろう)、居心地が悪そうなマジム。他の参加者が退出しても一人残ってメモなどを取っているが、新規事業開発部長の儀間鋭一(尚玄)に声を掛けられる。契約社員が出しゃばって応募し、その場から去らないので怒られるのだと思ったまじむが謝ると、「(悪いことをしていないのに)謝るのは止めなさい。君のアイデアが面白かったから通ったんだよ。堂々としていればいい」と言われ(この時の伊藤沙莉の目の演技も見事)、契約社員にありがちなマインドを変えて、資料作成などに意欲的に取り組みようになる。おばあやおかあは、「まじむは飽き性」だと思っていたが、ノートにびっしりと企画を書き込み、絵も自分で描くなど生き生きと制作を続ける。それはただ単にコンクールに勝ちたいとか、契約社員に甘んじている自分の力を見せつけたいとか、そんな野心がらみのものではなく、「自分がやりたいことを納得出来るようにやる」これだけで一点突破していく。嫌味なところがまるでないヒロインだ。

緩やかな時間の流れる映画である。日本は東京を軸にして動き、この映画の主な出演者もスタッフも普段は東京で仕事をしているのだが、東京的なものとは違った映画がまた一つ加わった感じである。

さて、この映画を観て、「うちゆ(浮世)わたら(渡ら)」

 

 

JR大阪駅ビル直結の大阪ステーションシティシネマで、「風のマジム」を観る。主演女優である伊藤沙莉と、監督の芳賀薫の舞台挨拶付きでの上映である。

チケットは事前に購入していた(満席であるため当日券は販売なし)が、発券機の前や、シアターに入るまでに長蛇の列が出来ていた。早めに出てきて良かったと思う。

大阪ステーションシティシネマに入るのは初めてである。ザ・シンフォニーホールでコンサートを聴いた後、阪急大阪梅田駅まで向かう際に大阪ステーションシティの横を通るのだが、だいたいがソワレを聴いているため、ステーションシティシネマではレイトショーしかやっていない、しかもレイトショーを観ると京都に帰れないという訳で縁がなかったのだ。

「風のマジム」の舞台挨拶は、先に東京都内の3カ所で行われ、今日は朝になんば、昼に梅田、そしてその後、名古屋に飛んで伏見(名古屋の伏見はJR名古屋駅と栄の中間にある)と名駅にある映画館で舞台挨拶を行う。
一昨日もMOVIX京都で「風のマジム」を観ているが、あれは予習で、今回が本番のつもりである。舞台挨拶は上映後に行われる。

客層であるが、比較的年輩の男性が多いような印象を受ける。おそらく上白石萌音のコンサートに来ていた客層と被っているはずで、朝ドラを見て知り、出来の良い娘や孫を愛でる気分なのだろう。

大阪ステーションシネマの3番シアターでの上映であったが、MOVIX京都よりもスクリーンの横幅が広く、MOVIX京都でははっきり見えなかった端の部分もクッキリ見える。
そして舞台挨拶ありということで満席。自然に笑いが起こったり、つられて笑ったり出来るので、映画館は満員の方が良い。そう思うと有楽町マリオンが懐かしくなる。

上映終了後の舞台挨拶で、芳賀監督は、「伊藤沙莉さんに主役をお願いしよう」と思い立ち、直筆の手紙を送ったことを明かす。伊藤沙莉はその手紙を読んで出演を決める。
基本的には出世するキャリアウーマンの話なのだが、バリバリのキャリアウーマンに見えてしまう人ではこの映画の流れに合わない。バリバリのキャリアウーマンを得意とする女優は比較的多く、伊藤沙莉も演じようと思えば演じられると思うが、そうではないヒロイン像が求められる。それが出来る女優は限られる。本当に難しい。伊藤沙莉は、その数少ない女優の一人だ。

まじむは、基本的には本質が変わらない人である。ベンチャーコンクールに応募してからも、スーツを着こなすようになってからも、基本的には自分が好きなことに正直な人だ。コンクールを勝ち抜くために、がむしゃらになってしまうようでは、まじむになれない。

スクリーンに映る人が伊藤沙莉と認識しながら、伊波まじむに見えてくる。彼女はそんな魔法を使える人だ。

伊藤沙莉は数種類の笑顔を操れるのだが、今回はクライマックスでどの笑顔を選ぶのか。観てのお楽しみである。

 

舞台挨拶。女性司会者の辻さんが進行する。まず伊藤沙莉が上手側から腰を低めにしながら登場。上下黒(に見えたがマスコミの写真で見ると濃い茶色だったようである)のスーツでシックである。オーラなどは感じられないが、そういう人でないとまじむは演じるのは無理だろう。続いて芳賀薫監督が現れた。

以前、もう四半世紀ほど前に川崎市の新百合ヶ丘の映画館で、富田靖子の舞台挨拶に接したことがあるのだが、「なんか異世界の人が来たなあ」という印象で、伊藤沙莉とは完全にタイプが違う。

沖縄映画となるとなんといってもウチナーグチが難しく、芳賀監督も俳優陣が出来ているのか判断が難しかったのだが、先行上映された沖縄では「自然に感じる」「聞きやすい」と好評だそうである。また、「この映画は本当に悪い人が一人も出てこないものにしたかった」と語る。悪い人が一人も出てこないと、ドラマとしては盛り上がらないのだが、この映画は「流れを見るような感覚」で観ることも可能であるように思う。

伊藤沙莉はウチナーグチの難しさについて、沖縄独特の言葉よりも「ありがとう」のようにヤマトでも日常的に使うがイントネーションの違う言葉の方がつられるために難しいと語る。音程に例えると「そこからそこ行く?」という言い回しも多いそうで、まるで服部良一のメロディーのようである。
ちなみにウチナーグチは癖になると抜けにくいようで、伊藤は、「滝藤さん、この間、沖縄弁喋ってました」と語って笑いを取っていた。

ちなみは伊藤は、大阪に来るとアメリカ村で服を探すそうで、草彅剛と相性が良さそうだ。また舞台「パラサイト」(WOWOWで放送されたものを録画してあるがまだ観てない)の大阪公演の際、打ち上げで古田新太に、「さきいか天」を紹介されて、「めちゃくちゃ美味しかった」と今、口にしているように語る。
大阪の印象については、「東京よりも優しい。『バカ』よりも『アホ』の方が優しい」(※個人の感想です)

本筋とは関係ないが、サトウキビ畑の間の道で、伊藤は野生のマングースを見たそうである。芳賀監督は遠くにいたが確認は出来たそうだ。

 

伊藤沙莉は、昨年秋の「PARCO文化祭」で見た時よりも顔がすっきりした感じ。個人的には前のような丸顔が好きなのだが(ちなみに私の妹が丸顔なんですね)。
沖縄で行き足りなかったところについては、「海」と語る。伊藤沙莉のお姉さんが海が大好きなのだが、その影響で伊藤沙莉も海好き。ただ水恐怖症で「完全カナヅチ」だったが、今度、水に深く潜る役を引き受けたそうで(詳細は不明)、水恐怖症克服も込めてプールに通い、15mほど潜れるようになったそうだ。ただクロールやバタフライなどは出来ないので、前への移動は2mほどらしい。また6月にUSJで行われた水鉄砲で遊ぶイベントにもシークレットゲストとして参加しており、それ以来の大阪だと話す。

伊藤沙莉は、「エゴサばばあ」を名乗るほどエゴサーチが好きで(彼女も含めて彼女の女友達は自分のことを「○○ばばあ」と呼ぶ習慣があるらしい)、「風のマジム」のエゴサーチで、「好きなことを諦めなくていいんだ」という感想を読んで感銘を受けたようだ。何かを与えられた気分になったのかも知れない。
更に伊藤沙莉は、「皆さんのところにも行きますので」と言っていた。

 

記者達によるフォトセッションの後で、観客のためのフォトセッションもあったのだが、スマホのカメラの機能が低い上に、沙莉さんも芳賀監督も両手を振っているので、良い写真は撮れなかった。取りあえず、アップするに堪える写真をXに文章と共に載せた。

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舞台挨拶も終わり、退場する沙莉さん。舞台上手端の端まで手を振り、階段を一歩降りたときも右手で手を振る。こちらは「大丈夫かな」と見守っていた。

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2025年7月24日 (木)

観劇感想精選(495) 広田ゆうみ一人芝居 別役実 「もうひとりの飼主」@アバンギルド京都

2025年7月10日 京都・木屋町のアバンギルドで観劇

午後7時30分から、木屋町のUrBANGUILDで、広田ゆうみ一人芝居「もうひとりの飼主」を観る。出演・演出:広田ゆうみ、演出協力:二口大学。
UrBANGUILDの入るビルは、入居する店舗が変わったようで、他の階から歌声が漏れてくる。

2002年に、私は京大のそばにあったスタジオヴァリエという小劇場で、広田さんの演じる「もうひとりの飼主」を観ている。ということで23年ぶりの観劇となった。「もうひとりの飼主」の戯曲に関しても読んだことはあるが、だいぶ昔のことなので内容などは覚えていない。

安マンションの1室が舞台。上手の奥に空間があることが察せられる。
作品の書かれた時代を考慮して黒電話が用いられている。23年前には辛うじて黒電話も「若者にとって見覚えのないもの」ではなかった。

23年前は、最前列で、客席の中央よりやや下手寄りの席を選んだはずだが、今日は前から2列目の中央より上手寄りの席に陣取る。

23年前は広田さんは紺の衣装であったが、今回も同様である。

この芝居は出オチのところがある。広田ゆうみ演じる女性が現れるのだが、エプロンに血痕が付いている。ということで、上手の奥にあるのは風呂場で、遺体が切断されているようである。ただ、お嬢様育ちの美人妻の犯罪として知られる新宿・渋谷エリートバラバラ殺人事件で、妻が夫を殺して一人でバラバラにしたが、ほぼ、頭部、上半身、下半身に分けられただけで、実際には女性一人がバラバラにする作業を行っても細かく刻み分けることは困難そうである。
一方で、同じ2002年に桐野夏生の長編小説を映画化した「OUT」が公開されている。私はMOVIX京都で観たが、それが初MOVIX京都だったはずである。深夜のコンビニ弁当製造に従事しているパートの主婦4人が、遺体解体業に手を染めることになる話で、今回の芝居を観て気に入った人(余り気に入られても困るが)は映画を観るか、原作を読んでみるのもいいかも知れない。

女性の正体であるが、「外出しない」とのセリフがあることから、引きこもりと思われる。神田須田町の精神科の話が出てくるが、おそらくここにかかっているのだろう。女性はローラという名の猫を飼っているが、実際には飼っているのは同じマンションの3階に住むクヌギという男であり、猫の名もメアリーだ。つまりこの女性が「もうひとりの飼主」としてローラを勝手に飼っているのである。引きこもりのローラというと、演劇好きの人はすぐピンとくると思うが、言葉以上の深い意味はないようである。あるとしたならかなり意味深いが。ちなみに別役は「消えなさいローラ」という作品も書いている。

女性の病状であるが、判然とはしない。ただ多重人格や解離性健忘症などの傾向は見られる。

「ひとのみち教会」という団体が出てくる。「ひとのみち教会」という団体は実在しないが、よく似た「ひとのみち教団」は実在する。現在の「パーフェクト リバティー教団」、「PL教団」である。おそらく「ひとのみち教会」は「ひとのみち教団」に由来すると思われるが、特に教義の話などは出てこない。
PL学園高校野球部の甲子園での活躍や、花火大会、PLタワー(超宗派万国戦争犠牲者慰霊大平和祈念塔)などで知られたPL教団だが、PL学園高校は野球部の廃部のみならず、今やP全校生徒が3学年合わせて46人しかいないということで、「永遠の学園」の廃校、ひいては教団の解散に繋がりそうである。
ちなみにPL学園高校に入るにはPL教の信者である必用があるのだが、お金を払うだけであり、払わなくなったら棄教ということになるので、プロ野球で活躍したPL学園出身の選手の多くは卒業後は棄教扱いになっていると思われる。
モデルになった教団が衰退している時代にこうした芝居を観ると、感慨深いものがある。「人生は芸術である」を教義としたPL教団だが、この人以外には余り響かなかったのだろう。

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2025年4月 8日 (火)

これまでに観た映画より(383) 中国映画「石門」(ホアン・ジー監督と大塚竜治監督、瀧内公美さんによる舞台挨拶あり)@新宿武蔵野館

2025年3月20日 新宿武蔵野館にて

午後2時45分から、JR新宿駅の東にある新宿武蔵野館という映画館で、女流のホアン・ジー(黄骥)監督と大塚竜治監督の共同監督による中国映画「石門」を観る。二人の監督は夫妻である。中国湖南省長沙市を舞台に、妊娠などを巡るダーティーな話が繰り広げられる。日本では昨年、桐野夏生原作、長田育恵脚本の「燕は戻ってこない」というドラマが放送されたが、それに繋がるものがある。

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この回の上映には、ホアン・ジー監督と大塚竜治監督、更に女優の瀧内公美さんによる舞台挨拶がある。

新宿武蔵野館に入るのは初めてだが、小綺麗な映画館である。歴史の長い映画館であるが、何度か改装を行っているらしい。瀧内公美のことは贔屓にしているようで、彼女が浅野忠信と共演する「レイブンズ」の展示があり、また新宿武蔵野館は武蔵野ビルの3階にあるが、エレベーターの扉に「レイブンズ」の宣伝用写真が使われている。瀧内公美は新宿武蔵野館で「レイブンズ」の初日舞台挨拶を行う予定がある。

 

素人を俳優として起用した作品。主演のヤオ・ホングイ(姚红贵)は、ホアン・ジー監督作品に3本目の出演で全て主役だが、それ以外の監督の映画やドラマには出演しておらず、職業俳優とは呼べないようである。今は出身地で公務員をしているという。
セリフ回しの上手さなどが正確に分かるほどの北京語力はないが、明らかに機械のように話している人などセリフが苦手な人は流石に分かる。

長回しと長ゼリフの多用が特徴。長回しや長ゼリフは製作国を問わず、増加傾向にあるように見える。この作品はセリフのない長回しがかなりの長尺という特徴がある。

小さな英語教室の場面からスタート。
ヤオ・ホングイが演じるリンは大学生。フライトアテンダント(キャビンアテンダント。CA。空中小姐、空姐)になるための勉強をしている。中国にはCAになるための大学があるらしい。ただ日本にもパイロット養成の専攻を持つ大学はあるし、CA輩出数日本一の関西外国語大学(大阪府枚方市にある)は、現役CAのOGを呼んで講義や相談会を行うなど、CA養成にかなり力を入れている。なお、校名は「職業学院」(学院は中国では単科大学のこと。大学と呼ばれるのは総合大学のみ)という文字が見えるだけで、架空の大学かも知れない(長沙航空職業技術学院という大学があり、ホームページに卒業生がCAとして活躍している写真が掲載されているのでここなのかも知れない。ただやはり架空の大学の可能性もある)。
リンの親は産婦人科を開いているが、患者の子の死産により訴えられている(今では死亡率は低くなっているが、昔は出産は命がけの作業であり、今でも他の診療科に比べると、子もしくは母親あるいは両方の「死」にまつわる事柄で訴訟を起こされることは多く、日本でも産婦人科を目指す医学生の減少に繋がっている)。にも関わらず、ネズミ講のようなイベントに入れ上げている。
そんな中、リンの妊娠が発覚する。死産になった子どもの代わりにリンの子を養子にすることが話が丸く収まりそう。全然、丸くはないのだが。
リンは、学費を稼ぐためにアルバイトを始めるのだが、これも若い女性の世話や、どうやら卵子提供など、アウトの可能性が高く……。やがてリンは出産に備えて大学を休学する。

映画は合宿する形で、妊娠してから生まれるまでと同じ10ヶ月程度を掛けてじっくりと撮られたようである。また台本はあるが、上手くいかないところはカットし、アドリブを撮って上手くいった場合は採用したりもしたそうである。そうやってフィクションの中にノンフィクションを忍び込ませるやり方を採用したことが分かる。
2019年の場面から物語は始まるが、やがてコロナ禍が起こり、みなマスクをする。実際にはコロナが酷い時期には撮影は中断して、落ち着いてからコロナ禍の真ん真ん中という設定で俳優達はマスクをして撮影を行ったようである。

生まれてくる子どもについて、「1年間面倒を見てほしい」だの「それは嫌だ」のという会話が繰り広げられ(これはアドリブらしい)人間の扱いの軽さが感じられる。
ラストシーンでも泣く我が子を車の中に残してリンは出て行ってしまう。育てる権利はなく、自分の子どもにはならないので情が薄いのか、それとも他に意味があるのか。いずれにせよ救いはなさそうだ。
とにかく現代中国の闇が正面から描かれている。

 

舞台挨拶。司会は配給会社の松田さん。上手側から、大塚竜治監督、ホアン・ジー監督(通訳あり)、瀧内公美が出席する。瀧内公美は眼鏡を掛けて「その辺を軽く走ってきました」というようなラフな格好。この映画の関係者でない瀧内公美が出席するのは、映画の大ファンだからだそうで、特に長回しのシーンを「絵画みたい」と語り、素人達の演技に「どうやったらあんな演技出来るんだろう」と興味津々であった。なお、自分が出ている作品以外の舞台挨拶に参加するのは初めてだそうだが、他の作品に対してあれこれ言うのは俳優としてはよろしくないんじゃないかとの思いがあったため控えてきたそうだ。ただ今回は絶賛出来るので参加を希望したそうである。
大塚監督によると、皆、普通語(北京語をベースにした標準語)が上手くないので、それで苦戦したところはあったという。

撮影は禁止とのことだったが、最後に瀧内公美が、「ちょっとだけみんなで写真撮っちゃいましょう」と提案したため、撮影会が始まってしまった。私はスマホの起動が遅くて撮れなかったが。
瀧内公美は、映画のパンフレット購入者限定のサイン会にも参加。イメージ通りのかなり気さくな人である。女優とはいえ、映画製作者二人とファン一人という妙な組み合わせによるサイン会となった。
私もサイン会に参加し、瀧内さんとは彼女が主演し、2月に公開された一人芝居映画「奇麗な、悪」についてちょっと話す。隣のホアン・ジー監督には北京語(正確に言うと普通語)で話す。何の前触れもなく北京語で話し始めたため、瀧内さんも0.1秒ほどだが、「ん?」という感じでこっちを見ていたのが面白かった。

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2025年1月22日 (水)

これまでに観た映画より(365) 相米慎二監督作品「夏の庭 The Friends」4Kリマスター版(2K上映)

2025年1月16日 京都シネマにて

京都シネマで、日本映画「夏の庭 The Friends」を観る。相米慎二監督作品。1994年のロードショー時に、テアトル新宿で観ている作品である。原作:湯本香樹実(ゆもと・かずみ)、脚本:田中陽造。出演:三國連太郎、坂田直樹、王泰貴、牧野憲一、戸田菜穂、根本りつ子、寺田農、笑福亭鶴瓶、矢崎滋、柄本明、淡島千景ほか。エンディングテーマ:ZARD「Boy」。4Kリマスター版によるリバイバル上映であるが、京都シネマでは2Kでの上映となる。

戸田菜穂のスクリーンデビュー作としても知られている作品である。朝ドラ「ええにょぼ」でヒロインを務め、当時、期待の新進女優であった戸田菜穂であるが、玉川大学でフランス語を専攻し、たびたび渡仏するなど、女優以外にやりたいことがあったような気もする。現在も女優としての活動を続けているが、脇役中心で、期待されたほどではなかったというのが正直なところである。この映画でも、まだ若いとはいえ、感情表現が一本調子なところがあるなど、演技が達者とは言えないことが分かる。本人も自覚していて、そのため演技以外のものへも手を伸ばしていたのかも知れないが、本当のところは本人にしか分からない。
10年ほど前になるが、NHKBSプレミアム(当時)の「ランチのアッコちゃん」で演じた遣り手の女はなかなか良かったように思うが(蓮佛美沙子とのW主演)。

神戸市が舞台となっており、出演者全員が神戸弁を話すが、郊外の住宅地が舞台となっているため、一目見て「神戸らしい」シーンは一つもない。阪神・淡路大震災で壊滅的な打撃を被る直前の神戸が描かれているが、神戸らしいシーンがないので貴重な映像という訳でもないようだ。

サッカーチームに所属する三人の少年と、一人の老人の一風変わった交流を描いた作品。全て夏休み中の出来事なので、授業のシーンなどはない(学校のプール開放日の場面は存在する)。

前年の1993年にJリーグが発足。サッカー熱が今よりも高かった時代の話である。ちなみにこの映画が公開された1994年の夏は「史上最も暑い夏」と言われ、翌1995年の夏も「史上最も暑い8月」と呼ばれた。前年の1993年は記録的な冷夏であり、気候が不安定だった時期である。とはいえ、夏の気温は近年の方が高いように思う。

少年サッカークラブに所属する木山(坂田直樹)、河辺(王泰貴)、山下(牧野憲一)の三人は、庭が草ボウボウのボロ屋に住む老人(三國連太郎)が今にも死にそうだとの噂を聞きつけて、様子を探りに行く。少年達を見つけた老人は、追い払おうとし、迷惑そうな様子を見せるが、一転して子どもたちを歓迎するようになる。寂しかったのだと思われる。老人の庭の草むしりをし、コスモスの種を植え、屋根のペンキ塗りなどをする三人。
そこに姿を見せたのは三人の担任教師である近藤静香(戸田菜穂)。実は静香は老人、傳法喜八(でんぽう・きはち)の孫であった。
喜八は戦争中にフィリピンに赴き、当地の一家を銃で惨殺したことがあった。若い女が家から飛び出したが、喜八は追いかけ、射殺した。近づいて見て女が妊娠していることに気付いた。
喜八は戦前に結婚しており、妻の古香弥生(淡島千景)との間には、喜八が戦地にいる間に娘が生まれていた。その娘の子どもが静香なのだが、戦争が終わっても喜八は弥生の下には戻らず、孤独な暮らしを続けていたのだった。はっきりとは描かれていないが罪の意識があったのだろう。

子どもたちと老人の交流を軸に、死や戦争についても描いた作品。夏休みの子どもたちが主人公ではあるが、深みはある。
31年前はそれほどでもなかったが、今見ると、佐藤浩市が三國連太郎の息子であるのは明白である。顔や雰囲気がやはり似てくる。

31年前に一度観たきりの作品であり、ほとんどの場面は記憶から失せていたが、戸田菜穂が林檎を丸かじりするシーンは不思議と鮮明に覚えていた。

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