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2020年1月31日 (金)

観劇感想精選(339) 「万作 萬斎 新春狂言2020」大阪 「月見座頭」&「首引」

2020年1月21日 大阪・西梅田のサンケイホールブリーゼにて観劇

午後7時から、大阪・西梅田のサンケイホールブリーゼで、「万作 萬斎 新春狂言2020」を観る。野村萬斎人気で女性客が圧倒的に多いが、他の会場よりも男性率が低い気もする。どういうことなのかはよくわからない。

新春公演ということで、舞台上方には七五三縄が下がっている。

演目は、残酷狂言として知られる「月見座頭」と、茂山千之丞の台本によってオペラ化もされている「首引」の二番。

 

まず新年ということで謡初 連吟「雪山」が謡われる。謡は、石田淡朗、岡聡史、野村萬斎、内藤連、飯田豪(客席から見た上手から下手への並び順)。

その後、野村萬斎によるレクチャートークが行われる。野村萬斎は、「明けましておめでとうございます、というには時間が経ってしまったような感じがしますが」と語り出し、「2020年ということで東京は『てえへんな』ことになっていますが、大阪は他人事のような感じなんでしょうか。まだこれから」ということで自身が開会式と閉会式の総合演出を手掛ける東京オリンピックについても少し触れる。
新年ということで、初謡を行ったのだが、「最初に一礼するのがなぜなのか子供の頃から不思議だった」「この間、『チコちゃんに叱られる!』で教わりました」と言って笑いを取る。年神に向かって一礼しているそうで、「皆さんに向かってお辞儀しているわけじゃないんです。歌舞伎の襲名披露なんかはお客さんに向かってお辞儀をしている感じですが」と語った。野村萬斎の家では、年が明けるとまず野村万作が初謡を行い、一門がそれぞれ謡を行っていく。それが終わると初舞が行われるそうである。

多様性の時代ということで、「地球自体が人間だけのものではない」「同じ人間でも、人種、言語、宗教、国籍など色々」「LGBTという言葉があったりします。障害者の方などもおられます。『月見座頭』では障害者が登場します」。そして狂言については、「ここらあたりに住まいする者でござる」という言葉で始まり、誰でもが「ここらあたりに住まいする者」になり得るということで、これも多様性だと位置づけたが、今日の演目には残念ながら「ここらあたりに住まいする者」と名乗る人物は出てこないと明かす。
座頭というのは盲人という意味である。放送では使えない「めくら」という言葉も使われている。その言葉が当たり前に使われていた時代の作品なので変えるわけにもいかない。「座頭が月見をするというのも変な感じがしますが、月を見るのではなく、虫の声を聴く」「狂言の禁欲的なところは、虫の声を一切音響で出さない。月も出さない」とイメージで進行する狂言の神髄についても大仰さを出さずに語っていた。この座頭、目は見えないが一人でしっかりと生きており、「虫の声が聞こえないと他の人に当たるクレーマーになったりする」とステレオタイプでない座頭の姿についても説明する。
「月見座頭」では、洛中に住む者が登場するのだが、洛中に住む者が洛外に住む座頭より偉そうに振る舞うため、「洛中と洛外でそんなに違うんでしょうか?」と東京人である野村萬斎は不思議がっていたが、京都はその辺はかなりエグい。萬斎は、「東京でも23区とそれ以外、山手線の内側と外側でちょっと違う。大阪でも環状線の内側と外側で違ったりするんでしょうか」という話をしていた。
二人が詠む和歌について、無料冊子に書かれた「秋風にたなびく雲の隙間よりもれいづる月の影のさやけき」を萬斎は読み上げるが、「これよりも易しい和歌が出てきます」と語る。「月見れば千々に物こそ悲しけれわが身ひとつの秋にはあらねど。大江千里。おおえせんりじゃありません。おおえのちさとと読みます。え? 作者、おおえせんりなのと思ってしまいそうですが、大体は同じなんですけど時代が違う」「今、お正月に百人一首をやったりするんでしょうか?」と萬斎は客席に聞くが返事はなし。「昔は、お正月には百人一首のカルタ取りとか坊主めくりとかやったんですが、今、百人一首というと、高校生がやる競技のあれしか思い浮かばない。子供達は(ゲームのコントローラーを持つ仕草をして)カチカチカチカチやってるだけ」ということで時代の移り変わりについても述べていた。
パリで「月見座頭」を上演した際は、「不条理劇」と評されたそうだが、そう思ってもいいし思わなくてもいい。それぞれが感想を持つことが多様性と締めていた。

「首引」には鎮西八郎為朝(源為朝)が登場する。狂言にその辺の人ではなく歴史上の人物が登場するのは珍しいのだが、「別に為朝でなくても良かった」「マッチョなイメージだから為朝になった」と語る。「首引」は、鬼が自分の愛娘に人間の食い初めをさせようとする話なのだが、「マッチョだと美味しそう。私のような鶏ガラは美味しそうじゃないが、マッチョだと霜降りで美味しそう」ということで、単純に見た目だけで為朝が選ばれたことを語る。「為朝は何か跨いでしまったんでしょう」ということで異界に入った為朝が鬼と出会う話を語り、古代では異国の人々が鬼と呼ばれたという史実も明かしていた。
ちなみに鬼と鬼の娘は面を被って登場するのだが、「話が進むにつれて為朝が鬼に見えてきて、鬼が人間に見えてくる」という話もしていた、その理由は実際に見れば分かる。
ちなみに娘鬼が嫌がっているのに「食え、食え」と命令する親鬼のことを野村萬斎は「モンスターペアレント」と形容していた。
最後に、為朝と鬼の娘が首に布を巻いて引き合う「首引」をする時に発する鬼の掛け声、「えーさらさ、えいさらさ」を萬斎と客席で掛け合うことにする。
野村萬斎「それでは、Repeat after meということで」掛け合いが行われ、更に1階席と2階席での掛け合いも行われる。まず萬斎が言い、1階席のお客さんが繰り返す。それをまた2階席のお客さんも履行するという形である。ちなみに狂言では低い音から突き上げるように発声するのだが、「芸大時代にソルフェージュの先生から『なんでいつも下から行くんだ?』と注意されていた」そうである。西洋と東洋の発声法は発想が真逆である。
「私がこう仕草で示しますので、一緒になってやって下さい」

 

「月見座頭」。旧暦(といっても当時の日本には新暦が存在しないため、普通の暦だったわけだが)8月15日。一人の座頭(野村万作)が月見のために現れる。杖をつき、杖の音を確認してから踏み出すという歩き方である。その姿は杖に導かれているようにも見える。立ち止まると「このあたりに住まいする座頭でござる」で名乗る。
目の見えるものは歌を歌ったり和歌を作ったりして月見を楽しむそうだが、座頭は虫の声を楽しみ、少し離れたところにいる客には「虫の声が聞こえないのでもう少し静かにして欲しい」と注文を出す。そこに上京の者(高野和憲)が現れる。座頭が月見をしているのを不審がって話しかけた上京の者。座頭は不調法で和歌など詠んだことがないというので、上京の者は、「天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも」と阿倍仲麻呂の歌を自作として歌い、座頭は「月見れば千々に物こそ悲しけれわが身一つの秋にはあらねど」と大江千里の歌を詠む。共に有名な和歌であり、風流のわかる者だと確認し合った二人は酒宴を始める。互いに謡い、舞う二人。酒が尽きたので別れることなり、互いに気分良くその場を後にするはずだったのだが……。

種明かしはしないが、客席で女性が「あ!」と悲鳴を上げるのが聞こえた。

最後は方角がわからなくなった座頭が杖を拾い上げ、川で杖を清めて、川の流れの沿う形で去って行く。人生そのものの劇であるともいえる。

 

「首引」。鎮西八郎為朝(野村太一郎)は、訳あって西国(九州)から上方に上ることになる。途中、播磨印南野(はりま・いなみの)まで来たところで、親鬼(野村萬斎)が「人間臭い!」と言ってやにわに姿を現し、笑いを誘う。姫鬼(中村修一)はまだ人間の食い初めをしたことがないため、親鬼は為朝で食い初めを行おうと決める。親鬼は為朝に「自分に食われるのと娘に食われるのとどちらが良い?」と聞き、為朝が「娘の方が」と言ったので、姫鬼を呼ぶ。姫鬼はピョンピョン跳びはねて登場し、やたらと可愛らしい。だがそこは強力為朝、簡単に食い初めをさせてはくれず、姫鬼はワーワー泣き叫び、親鬼は姫鬼をなだめて為朝を叱る。そうこうするうちに為朝が、「勝負に勝ったら食うというのが道理」と言い始め、腕押しやらすね押しやらで戦うが、いずれも姫鬼は投げ飛ばされてワンワン泣くことに。最後の勝負として首に布を巻いて引き合う首引を行うことになるのだが、やはり為朝相手では勝てそうにない、ということで親鬼は眷属(一族。演じるのは、内藤連、石田淡朗、飯田豪、岡聡史)の鬼を呼び、姫鬼に加勢させ、掛け声を出していっせいに引くのであったが……。

ヘラクレスのように超然としている為朝に対して、娘を猫かわいがりしている親鬼は「人間臭い」と言いながら出てきた割に本人の方がよっぽど人間臭く、野村萬斎がレクチャートークで語った逆転が起こっている。

大阪のお客さんのありがたいところは、予め「やって下さい」と言っておくと、ちゃんと一緒になって掛け声を行ってくれることである。びわ湖ホールでの公演ではお客さんが乗ってくれないこともある。
萬斎は、「えーさらさ、えいさらさ」の掛け声をアッチェレランドで行い、舞台上と客席との一体感を高めていた。

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2020年1月 3日 (金)

猫町通り通信・鴨東記号 正月三日、信長公詣で

パソコンが使えないため、こちらで正月三日目の様子をお伝えします。別に伝えなくても良いのですが、それはそれとして。

元日が秀吉公、二日が家康公と来たので、三日は当然のように(?)信長公に参拝しました。三英傑全員に参拝できる街は日本で京都だけだと思われます。

信長公が祭神である建勲神社(正式な読み方は「たけいさおじんじゃ」通称は「けんくんじんじゃ」で最寄りのバス停や道路標識は「けんくんじんじゃ」を採用)は、京都の霊場の一つ、船岡山の山頂にあります。船岡山は平安京の朱雀大路の基点ともなった場所で、都の玄武にも当たります。かつては処刑場だったり、応仁の乱の際には西軍の本陣として城が築かれたという歴史がありますが、本能寺の変で信長亡き後、秀吉は船岡山全山を信長の菩提寺である元号寺・天正寺を建てる計画を建て、大徳寺に信長の菩提寺として築いた総見院の住職であった古渓宗陳を開山に指名し、正親町天皇の勅許も得ましたが、計画自体はすぐに頓挫しています。その後、船岡山は信長ゆかりの霊地とされて来ましたが、明治に入ってから信長を祭神とする建勲神社が建てられました。

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建勲神社の入り口。船岡山は標高75メートルほどの低い山(丘)ですが階段は急です。


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信長公が桶狭間の戦い出陣前に舞ったという幸若舞の「敦盛」。ちなみに幸若舞の「敦盛」の節は現在まで伝わっておらず、不明です。能舞の「敦盛」の節は伝わっているため、テレビや映画で信長が幸若舞「敦盛」を舞うシーンでは、能舞「敦盛」が代用されます。


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建勲神社拝殿脇。ちなみに拝殿脇の献燈は、信長の幼なじみである池田恒興の血筋に当たる岡山池田氏の池田茂政さんが行ったものです。茂政(もちまさ)さんは岡山池田家最後の当主で、茂の字は将軍・徳川家茂公からの偏諱ですが、生まれは実は水戸徳川家で、十五代将軍・徳川慶喜公の実弟です。

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戦国の天下人リングは明治になっても続いていたのでした。

なお、信長公は大正6年に正一位を追号されていますが、それ以降、正一位を与えられた人物は存在せず、現時点で最後に正一位に叙された人物となっています。


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建勲神社から見た比叡山

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2020年1月 2日 (木)

正月二日 家康公と光秀公詣で

徳川家康公と明智光秀公を訪ねる正月二日。

哲学の道を南下。途中、道を外れて、法然院墓地で谷崎潤一郎先生のお墓参り。

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近くの大豊神社には狛鼠がいるのですが、子年だけに人気で、昨日は3時間待ち、今日も2時間以上の待ち時間が必要なために避けて、若王子熊野神社に参拝。

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暮れに訪れることの多い若王子熊野神社ですが、今年は新年の参詣となりました。


いよいよ金地院東照宮へ。

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かつては日光東照宮とも比べられたら絢爛豪華な社でしたが、今は古びたら味わいがあります。

徳川家康公遺訓(神君遺訓)。実際は、水戸黄門こと徳川光圀公の作とも伝わります。私の座右の銘で、長いことをたまにネタにします。

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明治初年に廃仏毀釈を避けて大徳寺から移築された明智門。

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ちなみにそれ以前にあった唐門は再興された豊国神社に移っています。昨日潜った国宝・豊国神社唐門です。凄い戦国トレードですね。


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金地院の特別名勝・鶴亀の庭園。とても清々しい場所です。


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蹴上にある日向大神宮。徳川家康公が社地を寄進しています。京都にありながら京都でないような雰囲気を味わえる穴場でしたが、最近は参拝客が増えています。

ちなみに日向大神宮と入り口が一緒である安養寺は、村上春樹の祖父である村上辨識が住職を務めていた寺院です。

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三条通を西に向かい、祇園白川を下がったところにある明智光秀首塚。

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謀反人、裏切り者として悪名高かった明智光秀ですが、知と義に生きた武将として再評価が進み、今年はいよいよ大河ドラマの主役です。

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2020年1月 1日 (水)

初詣に行って来ました

今年も七条にある豊国神社へ。

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国宝の唐門は三が日だけ潜れます。

知名度が上がったためか、拝殿の前に行列が出来ていましたが、私が参拝する少し前に太陽が雲間から顔を覗かせたため、待った甲斐がありました。

於寧、寧々、寧、豊臣吉子などの名で知られる北政所(高台院)に単独で参拝出来るのも三が日だけです。

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摂社・貞照神社。天下の趨勢を握った、ある意味秀吉公以上に重要な人物が神様になっています。

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その後、京都女子学園前の女坂を上がり、新日吉神宮(いまひえじんぐう)へ。

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この神社の摂社である樹下社(このもとのやしろ)が江戸時代には秀吉公を密かに祀る社となっていました。

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秀吉の幼名ということにされた日吉丸(秀吉は幼名というものが存在するような階級の出身ではないわけですが)、あだ名とされた「猿」(猿に似ていたという証言とそうではないとする史料が混在していて真偽不明)、最初の苗字である「木下」(於寧さんの実家は杉原と木下の両方の苗字を用いており、後に木下の統一。木下は於寧さんの苗字である可能性がある)の符丁により秀吉を祀る社であることが示唆されています。

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滋賀県大津市にある日吉大社(ひよしたいしゃ)のお使いが猿であり、樹下社も日吉大社にあって、新日吉神宮の猿の樹下社も勝手にでっち上げたものではなく、言い訳が利きます。

 

更に東へ。阿弥陀ヶ峰山頂にある豊国廟を目指します。豊国廟登山(になるでしょうねえ)には100円が必要です。

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豊国廟に向かうのは通算で4度目だと思いますが、四十代になってからは初めて。若い頃はすんなりと行けたような記憶がありますが、この年で急階段を昇るのは流石にしんどく、休憩を挟みながらの登山です。

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伊東忠太設計による墓碑(供養碑)。思わず、「会いたかったよー!」という言葉が口から飛び出しました。

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写真ではよくわかりませんが、豊国廟の前からは京都御所の近辺がはっきりと見通せます。

豊国廟に到達した途端に太陽が燦々と墓碑を照らし始めたため、きっと秀吉さんも参拝のあったことをお喜びなのでしょう。

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最期は、豊臣秀頼公の息子である国松公と秀吉公の側室であった松の丸殿(京極龍子)の墓所に参拝。大坂夏の陣の後で斬首された国松公を松の丸殿は供養し続けたといいます。

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というわけで令和初の元日、豊臣家尽くしでした。

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あけまして

あけましておめでとうございます。

新年快乐!

A Happy New Year!

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2019年1月19日 (土)

コンサートの記(511) 京都外国語大学・京都外国語短期大学 第52回教養講座 京都フィルハーモニー室内合奏団「新春コンサート」2019

2019年1月16日 右京区の京都外国語大学 森田記念講堂にて

午後6時半から、京都外国語大学森田記念講堂で、京都フィルハーモニー室内合奏団の「新春コンサート」を聴く。京都外国語大学・京都外国語短期大学の第52回教養講座として行われるもので、事前申し込み不要の無料公演である。中央列は招待客エリアとなっているが、その他は自由席である。


森田記念講堂に来るのは初めてだが、木の温もりが感じられる内装で響きも素直。好感の持てるホールである。京都フィルハーモニー室内合奏団は、森田記念講堂を練習場として使用しているそうだ。


曲目は、前半がクラシック作品で、シャンパンティエの「テ・デウム」より前奏曲、ヴィヴァルディのファゴット協奏曲ホ短調より第1楽章、モーツァルトの弦楽四重奏曲第14番「春」より第1楽章、モーツァルトのクラリネット五重奏曲より第2楽章、ヨハン・シュトラウスⅡ世のワルツ「春の声」、ヨーゼフ・シュトラウスの「鍛冶屋のポルカ」、ヨハン・シュトラウスⅡ世の「山賊のギャロップ」、オッフェンバックの歌劇「ホフマン物語」より人形の歌、ヨハン・シュトラウスⅡ世のワルツ「美しく青きドナウ」。後半はポピュラーと映画音楽で、ビートルズの「オブラディ・オブラダ」、ロッド・スチュワートの「セイリング」、ジェスロ・タルの「ブーレ」、エンニオ・モリコーネの「ガブリエルのオーボエ」、坂本龍一の「ラストエンペラー」、チャック・マンジョーネの「フィール・ソー・グッド」、ジャニス・ジョプリンの「ジャニスの祈り」、フレデリック・ロウのミュージカル「マイ・フェア・レディ」より踊り明かそう。

司会はソプラノ歌手の四方典子(よも・のりこ)が務める。四方はオッフェンバックの歌劇「ホフマン物語」より人形の歌とミュージカル「マイ・フェア・レディ」より踊り明かそうではソプラノ独唱も担う。司会には慣れていないようで、トークも得意とはしていないようである。


名前からもわかる通り、京都フィルハーモニー室内合奏団は編成が小さいので、音の足りないところをピアノで補ったり、小編成用のアレンジを用いたりして演奏を行う。室内楽の定期演奏も行っているが、常設の室外楽団体ではないので、カルテットでの演奏などは本職に比べると典雅さや緻密さで後れを取るのは致し方ない。

各々のメンバーがソロを務め、楽器紹介を行うなど、家庭的な楽しさに溢れる演奏会である。

四方典子は、「人形の歌」では機械仕掛けのオランピアの歌唱を巧みに歌い(ねじ巻き係はトランペットの西谷良彦が務める)、「踊り明かそう」では英語と日本語で伸び伸びとした歌声を聴かせる。ただ、「踊り明かそう」はクラシカルな歌唱よりもミュージカル風に歌った方が効果的であるように感じる。クラシックの歌唱法では声に感情が乗りにくいのである。

後半の楽曲では、坂本龍一の「ラストエンペラー」が演奏されたのが嬉しい。二胡を独奏とする曲だが、今回はヴィオラを独奏とする編曲を採用し、京フィルヴィオラ奏者の松田美奈子がソロを務めた。


アンコールは、ヨハン・シュトラウスⅠ世の「ラデツキー行進曲」。勿論、聴衆も手拍子で参加した。


なお、開会の挨拶と終演後の挨拶は京都外国語大学の女子学生が行ったが、自身のこと「1年次生」と紹介し、終演後の花束贈呈で現れた男子学生を「2年次生」と紹介していたため、京都外大では関西で主流の○回生やその他の地域で一般的な○年生ではなく、○年次生という独自の表現を行うことがわかった。


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2019年1月 1日 (火)

初詣に行ってきました

初詣 豊国神社

今年も東山七条(より正確にいうと大和大路正面)の豊国神社へ。三が日だけは伏見城遺構と伝わる国宝の唐門をくぐって、拝殿の前まで進めます。このことは、次第に有名になってきたようで、お昼頃になると拝殿前に行列が出来ますが、今回は午前10時前に参拝したので空いていました。

祭神は、ご存じ豊臣秀吉公。奥さんである高台院(北政所、豊臣吉子、寧々、お寧、寧)さんを祀る摂社の貞照神社にも直接参拝出来ます。

その後、明治時代に豊国神社が復興するまでの間、密かに秀吉を祀っていたという新日吉神宮(いまひえじんぐう)へ。

徳川幕府によって豊国廟が廃された後、参道を塞ぐように移転した新日吉神宮。しかし、日吉という名(豊臣秀吉の幼名が「日吉丸」とされているが、秀吉は幼名をつけるような階級の出ではない)、お使いが「猿」であること、また秀吉が祀られたのが木下に繋がる樹下社であるということが符丁となっており、わかる人にはわかる目印となっていました。徳川幕府も気づいていたでしょうが、そこまで取り締まると島原の乱のような暴発になりかねないとわかっていたため、対策はしなかったのだと思われます。

樹下社は昨年の台風21号によって倒壊。今は復旧しています。

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あけまして

おめでとうございます。

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2018年1月10日 (水)

コンサートの記(339) ハンスイェルク・シェレンベルガー指揮 京都市交響楽団特別演奏会「ニューイヤーコンサート」2018

2018年1月7日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団特別演奏会「ニューイヤーコンサート」を聴く。指揮はハンスイェルク・シェレンベルガー。

オール・モーツァルト・プログラム。「イドメネオ」からのバレエ音楽、オーボエ協奏曲、交響曲第39番が演奏される。

ハンスイェルク・シェレンベンガーは、1948年生まれの指揮者兼オーボエ奏者。ケルン放送交響楽団の首席オーボエ奏者を経て、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の首席奏者を1980年から2001年まで務めている。1991年にハイドン・アンサンブル・ベルリンを設立し、芸術監督に就任。1994年頃から本格的な指揮者活動に入り、2013年から岡山フィルハーモニック管弦楽団の首席指揮者を務めている。

今日のコンサートマスターは泉原隆志。フォアシュピーラーに渡邊穣。ニューイヤーコンサートということで女性楽団員達は明るめの色にドレスアップして登場。コントラバス副首席の石丸美佳のように羽織袴の人もいる。一方で首席クラリネットの小谷口直子はいつもの衣装にちょっとしたアクセサリーをつけただけの人もいる。
「イドメネオ」からのバレエ音楽より「シャコンヌ」と「パ・スール」。シェレンベルガーはかなり徹底したピリオドアプローチを採用している。HIPのボウイングによる弦楽の漸強などは古楽器風演奏のお手本のようだ。京響の音色は純度が高く、モーツァルトに最適である。「モーツァルトの京響」のDNAが今も息づいているようだ。


オーボエ協奏曲。シェレンベルガーによる弾き振りである。今日もポディウム席を選んだのだが、ここはオーボエの独奏を聴くにはやはり適していないようだ。音が小さく聞こえる。失敗したな。ただシェレンベルガーの腕の確かさは伝わってくる。

アンコールとして、シェレンベルガーは、ブリテンの「オヴィディウスによる6つの変奏」より第1曲を演奏する。わかりやすい曲ではないが、不思議ともう一度聴いてみたくなるような内容がある。ブリテンの曲は他のものもそうだが、何らかの引っかかりを感じるものが多い。


メインの交響曲第39番。ピリオドということでかなり速めのテンポを採用。ティンパニに意図的に割れるような音を出させているのも興味深い。詳しくはわからないが、皮を緩めに張っているのだろうか。マレットはごく普通のものに見える。
速めのテンポで進めているにも関わらず、シェレンベルガーは、急速な加速と減速を断行。不自然な感じもしたが、フォルムを崩さない計算とそれについて行く京響は見事である。
第3楽章と第4楽章は特に速い。このテンポでまろやかさが出せたら本物だが、まだそこまでは行っていないように感じる。ともあれモーツァルトを聴く楽しみを十分に味わうことが出来た。

アンコールの前にシェレンベルガーが客席に向かって「あけまして」と言い、京響の団員が「おめでとうございます」と続けて、新年を寿ぐ。

アンコール演奏はやはりモーツァルトで歌劇「フィガロの結婚」序曲。もうちょっとロココ風の味わいも欲しくなるが、溌剌とした新年の幕開けに相応しい演奏であった

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2018年1月 2日 (火)

1月1日 初詣に行ってきました

もう昨日になりますが、初詣に行ってきました。
今年も東山七条(大和大路正面)の豊国神社です。祭神:豊臣秀吉公。
正月三が日は国宝の唐門をくぐって拝殿の前まで行って参拝できます。

豊国神社唐門 内陣からの撮影

内側から見た唐門。天気は良くもなく悪くもなくといったところ。
相殿に祀られている豊臣吉子(北政所。寧々だかお寧だか寧だかいう方)さんにも直接お参りできます。織田信長公に「あのハゲネズミ(秀吉)があなた(北政所)ほどよい女を他に得られるわけがない」と絶賛された方なので、秀吉公より霊験あらたかかも知れません。

豊国神社にて

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