カテゴリー「アメリカ」の60件の記事

2021年2月28日 (日)

コンサートの記(698) スザンヌ・ヴェガ来日ライブ2008@心斎橋クラブクアトロ

2008年1月22日 大阪の心斎橋クラブクアトロにて

大阪へ。午後7時より、心斎橋パルコ8階にある「心斎橋クラブクアトロ」で、ニューヨークのシンガーソングライター、スザンヌ・ヴェガの来日ライブを聴く。スザンヌ・ヴェガは、実に8年ぶりの来日とのことである。

関西に来てからも、ライブハウスには何度か行ったことはあるけれど、心斎橋クラブクアトロのようなスタンディングのところは初めて。座る席もあるが、ライブはノリが大事なので、私は迷うことなくスタンディングを選ぶ。
ライブハウスといっても、私がよく行ったのは、東京では渋谷のオンエアだとか、新宿にあった日清パワーステーションのような比較的スペースの大きなところ。大阪のなんばhatchなどはライブハウスというよりコンサート会場といった方がぴったりくるほど広い。心斎橋クラブクアトロのような小スペースは初めてである。

スザンヌ・ヴェガは人気シンガーなので、東京では、有楽町にある東京国際フォーラム・ホールCでコンサートを行う。東京国際フォーラムのような広いところではライブ感覚はなかなか味わえなし、スザンヌ・ヴェガを間近で見られる可能性も低い。大阪で聴いた方がずっと得である。

ニューアルバム「Beauty&Crime」の収録曲を中心とした約1時間半のライブ。客層は幅広いが、若者はいかにも音楽が好きそうな人が多く、お年を召した方達は60年代のアメリカから抜け出してきたようなファッションをしていたりする。

スザンヌ・ヴェガは「Beauty&Crime」のジャケット写真と同じ、左肩の開いたスーツで登場。帽子(これはCDジャケットのものとは違った)を曲調に合わせてかぶったり脱いだりする。
おなじみの「トムズ・ダイナー」のアカペラでスタート。「トムズ・ダイナー」は伴奏ありのバージョンでも歌われた。
私は英語力に乏しいので、MCの内容は大雑把にしか把握できなかったが、要所要所は簡単な英語だったのでわかった。歌詞はアルバムを聴いているので内容はわかる。

アンコールとして、聴衆のリクエストを受けた「女王と兵士」「スモール・ブルー・シング」などが歌われた。

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2021年2月24日 (水)

ビル・エヴァンス 「NYC's No Lark」




多重録音アルバムである「自己との対話」より

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2021年2月22日 (月)

これまでに観た映画より(251) ロビン・ウィリアムズ主演「いまを生きる」

2021年2月20日

配信でアメリカ映画「いまを生きる」を観る。1989年の制作。シンセサイザーを使ったモーリス・ジャールの音楽が時代を感じさせる。ピーター・ウィアー監督作品。ロビン・ウィリアムズ主演作。脚本のトム・シュルマンが、第62回アカデミー賞で脚本賞を受賞している。内気な少年、トッド・アンダーソン役でイーサン・ホークが出演。ニール・ペリー役のロバート・ショーン・レナードとイーサン・ホークは後に劇団を結成したりもしたようだ。

1959年、バーモント州にある名門寄宿学校、ウェルトン学院(ウェルトン・アカデミー)が舞台である。卒業生の約75%がアイビーリーグ(アメリカの大学に詳しくない人のために、字幕では「8名門大学」と訳されている。ハーバード大学、イェール大学、プリンストン大学、ブラウン大学、コロンビア大学、コーネル大学、ダートマス大学、ペンシルベニア大学の8つの東海岸北部の私立大学)に進むという進学校だが、ウェルトン学院に掛けてヘルトン学院(地獄学院)と生徒達に揶揄されるほど厳格な校風である。

ウェルトン学院に英語教師(日本でいう英語の教師ではなく、国語の教師とも違い、文学指導の先生である)、ジョン・キーティング(ロビン・ウィリアムズ)が赴任してくる。ウェルトン学院のOBであるが、それまではロンドンのチェルシーにある学校で教師をしていた。
ジョン・キーティングは、アカデミックな詩の教育ではなく、自らが主体となる文学を授けるべく、教室だけではなく、学校の廊下や中庭などでも独自の授業を開始する。人生の短さにも触れ、「いまを生きる」ことの大切さを生徒達に教え、自身のことも「キーティング先生」と呼んでもいいが、ホイットマンがリンカーンに捧げた「おお、キャプテン! 我がキャプテン!」にちなんで「キャプテン」と呼んでも良いと生徒達に伝える。生徒達はキーティングのことを「キャプテン」と慕い始める。

学年トップの成績を誇るニール(ロバート・ショーン・レナード)がキーティングがウェルトン学院に在学していた時の年鑑を見つける。ケンブリッジ大学に進学希望で、「死せる詩人の会」というサークルに所属していたことを知った生徒達は、詩の朗読や創作を行うサークルであった「死せる詩人の会」を復活させ、キーティング在籍時代の「死せる詩人の会」も根拠地としていた洞窟の中で自由な青春を謳歌する。内気な少年であったトッド・アンダーソン(イーサン・ホーク)も「その場にいるだけ」という条件で「死せる詩人の会」に参加する。

やがて「死せる詩人の会」メンバー達の生活に変化が起こる。ノックスは、他の高校に通うクリスという女の子(チアリーディングを行うなど、なかなか活発な女子のようである。演じるのはアレクサンドラ・パワーズ)に一目惚れし、彼女に捧げる詩を作る。
詩の創作に乗り気でなかったトッドもキーティングの前で即興で詩を作ることになり、内面が解放されていく。
ニールは、俳優になりたいという夢を見つけ、「真夏の夜の夢」の舞台公演のオーディションに参加、一番人気であるパック役に抜擢される。
だが、そうした自由さはウェルトン学院の校風にそぐわず、やがていくつかの悲劇が訪れることになる。

硬直した校風のエリート校に風穴を開ける教師と、それまでとは違った価値観を見出すことになる若者達の物語である。文学作品、特に詩が主軸となっており、実学とは異なり「人生を豊かにする」文学作品の素晴らしさが語られる。ただ一方で、文学作品の自由な解釈に関しては私は懐疑的で、内容を把握する努力を怠る危険性を感じたりもするのだが、21世紀に入ってから文学軽視の風潮は世界的により高まっており、こうした映画によって言葉で語り、表現し、受け取ることの素晴らしさを人々に広めて貰えたらとも思っている。

名門大学進学のために「今」を犠牲にする風潮も、私達の世代ほどではないが、現在も日本では根強い。実は青春時代に身につけておかなければならないことは勉強以外にも数多い。きちんと語り、受け取る技術もそれで、若い時代に身につけておかないと挽回は難しい。この映画が制作された1989年や舞台となった1959年とは比べものにならないほどの情報社会が訪れ、文章による伝達の機会も多くなったが、青年期に文学作品にきちんと向かい合う人が少ないため、極々初歩的なやり取りも成立せず、勘違いに勘違いが重なるケースが後を絶たない。「自分自身で考える」「自分の言葉を用いる」ということは、当たり前のようでいて実は難度はかなり高い。相手がいる以上、自己流を貫いてばかりでは伝達は成立しない。そこには人文的素養が必ず必要になってくる。

劇中で、キーティングが机に上に立って視点を変えることを奨励する場面が出てくる。ラストではキーティングはウェルトン学院を去ることになるのだが、彼の志は何人かの生徒に確実に受け継がれるであろうことが見て取れる。1年前に他界した野村克也は、後藤新平の「財を遺すは下、仕事を遺すは中、人を遺すを上とする」という格言を愛したが、キーティングは進学実績を残す前に学院を去るも人を遺すことには成功したのだ。人に教える人間としては、「上」であったと言える。

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2021年2月21日 (日)

観劇感想精選(385) 佐藤隆太主演 舞台「いまを生きる」(再演)

2021年2月13日 大阪・西梅田のサンケイホールブリーゼにて観劇

午後1時から、西梅田のサンケイホールブリーゼで、舞台「いまを生きる」を観る。ロビン・ウィリアムズ主演の名画の舞台化で、今回は再演となる。主演は佐藤隆太。

佐藤隆太主演の「いまを生きる」が再演されるという情報は得ていたのだが、チケットの取り扱いがイープラスとローソンチケットとぴあの電話予約だったということもあり、いつどこで上演されるのかまでは掴んでいなかった。先月、野村万作萬斎の狂言公演を観に行った際に、サンケイホールブリーゼエントランス近くのチラシコーナーで「いまを生きる」のチラシを見つけ、「佐藤君主演だったら観なきゃな。『エブリ・ブリリアント・シング』では良い経験させて貰ったし」というわけでイープラスでチケットを取った。

佐藤隆太も女性のファンが多い俳優だが、それに加えて、ジャニーズJr.のメンバーが出演するため、客席の大半は若い女性である。

今回の「いまを生きる」は、オフブロードウェイで上演された作品の日本語上演版である。「いまを生きる」には、生徒が自殺するシーンがあるのだが、映画から起こした台本を使って高校演劇として上演されたことがあり、その高校で数ヶ月前に自殺事件が発生していたため、「倫理的にどうか」と疑問視されたことがある。ただ、今回はそれとは別のバージョンである。

脚本:トム・シュルマン(映画版脚本。第62回アカデミー賞脚本賞受賞)、演出・上演台本:上田一豪(うえだ・いっこう。東宝演出部所属)。
出演は、佐藤隆太、佐藤新(ジャニーズJr.)、瀬戸利樹、影山拓也(ジャニーズJr.)、基俊介(ジャニーズJr.)、三宅亮輔、市川理矩、日向なる、飯田基祐、佐戸井けん太。

日本初演は2018年で、3年ぶりの再演となる。

舞台となるのは、アメリカ北東部、バーモント州にある寄宿学校(ボーディングスクール)、ウェルトン・アカデミーである。アイビーリーグに多くの生徒を送り出している名門校であるが、その手の学校にありがちなように、保守的で厳格な校風であり、教師や親からの「幸福の押しつけ」が起こりやすい環境である。
そこに赴任して来た新人英語教師(日本のように非英語圏の人に英語を教えるわけではないので、日本でいう国語教師に近い。ただアメリカには当然ながら本当の意味での古文や漢文などはないので、教えるのは文学作品中心である)のジョン・キーティング(佐藤隆太)。ウェルトン・アカデミーのOBである。初登場シーンでは、口笛でベートーヴェンの「歓喜の歌」を吹きながら現れる(原作映画では別の曲である)。まず最初の「詩とは何か」の定義で教科書に書かれていることを否定し、真の意味での優れた文学教育や人間教育に乗り出していく。ただ、寄宿学校に通う生徒の両親は、往々にして金持ちだが保守的で息子の進路を勝手に決めてしまうというタイプが多いため、ジョンのやり方は次第に非難を浴びるようになっていく。ウェルトン・アカデミーの校長であるポール・ノーラン(佐戸井けん太)も自由さや独自性を重視するジョンのやり方を問題視するようになっていった。

ジョンは、生徒達に詩作を行うことを薦める。最初の内は戸惑っていた生徒だが、次第にジョンに共鳴するようになり、クラスで首席を取りながら、親が決めた道に進まざるを得ない状況となったニール(瀬戸利樹)も、ジョンに触発されて以前から興味のあった俳優の仕事に興味を持ち、他校で行われる「真夏の夜の夢」のオーディションに参加、一番の人気役であるパックにキャスティングされて大喜びである。
ジョンは、生徒達に机の上に立って、視点を変えるといったような発想法の転換などを中心に教えていく。

思春期の男の子達ということで、一番の話題はやはり恋愛。寄宿学校は男子生徒のみであり、女子との接点は少ないのだが、ノックス(影山拓也)は、パーティーで知り合ったクリス(日向なる)に一目惚れ。何かと話題にしている。

男子生徒達は、ウェルトン・アカデミー在学時代のジョンに興味を示し、残された文集やデータなどから、ジョンがウェルトン時代に「死せる詩人の会」という詩の朗読サークルに所属していたことを知る。現在は残っていないサークルだったが、生徒達は再興することを決め、文学と自由を謳歌するようになるのだが……。

ニールは「真夏の夜の夢」に出て好評を得たが、父親のペリー(飯田基祐)から、俳優などやらず、ハーバード大学の医学部に進み、医者になるよう強制される。それが代々のペリー家の男子の生き方だったようだ。苦悩するニールは最終的には拳銃自殺を選んでしまうという、ヘルマン・ヘッセの『車輪の下』の系譜に列する作品でもあり、子ども達への「愛情」のあり方が問われている。

ジョンが最初に生徒に教えたのは、ホイットマンがリンカーン大統領の思い出に捧げた「おおキャプテン! わがキャプテン!」であり、ジョンも教師というよりキャプテンであることを生徒に印象づける。この「おおキャプテン! わがキャプテン!」は、亡くなったリンカーンを死にゆく船長になぞらえたもので、内容自体は不吉であり、ジョンのその後を予言する結果となっている。

結局、ジョンは、保守的な学校体制には勝てず、寄宿学校を去ることになるのだが、最後に生徒達は机の上に立ち上がり、「おおキャプテン! わがキャプテン!」と唱えて、ジョンを支持するのであった。

 

アメリカの学園もの映画の中では、「いまを生きる」以外に、リチャード・ドレイファス主演の「陽のあたる教室」なども好きなのだが、「陽のあたる教室」も日本でも舞台化されており、まだ東京に通っていた頃なので、私は世田谷パブリックシアターで観ている。主演は水谷豊で、大阪ではシアター・ドラマシティで公演が行われたようである。息子役が黒田勇樹であったのが良かったのか悪かったのか今となっては微妙に思える。

 

カーテンコールでは佐藤隆太が、本日の話し手として、リチャード・キャメロン役の市川理矩を指名。キャメロンは、生徒達が「おおキャプテン! わがキャプテン!」でジョンを讃えている時に、自己保身のため一人だけ立ち上がることの出来ない生徒なのだが、市川が「机の上に立ってみたかった」と言ったため、特別にキャメロンも立ち上がるバージョンのラストシーンが演じられることになる。途中で自殺してしまうニール役の瀬戸利樹も冗談で参加しようとするが、佐藤隆太が、「いや、ニールがいるのはおかしい」と突っ込んだためすぐに退場する。
キャメロンが机の上に立って、「おおキャプテン! わがキャプテン!」をやった時には、客席が若い女の子中心ということで、黄色い声や笑い声、拍手などが鳴り響いた。

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2021年2月 9日 (火)

これまでに観た映画より(247) フレデリック・ワイズマン初監督作品「チチカット・フォーリーズ」

2021年2月5日 京都シネマにて

京都シネマでスケジュールを確認。連続講義「現代アートハウス入門 ネオクラシックをめぐる七夜」というイベントが行われており、今日は最終日で、フレデリック・ワイズマン監督のドキュメンタリー映画「チチカット・フォーリーズ」が上映され、終映後に想田和弘監督を講師とするレクチャー(リモートによるもので、日本全国6都市7つの映画館を繋いで行われる)があるというので観ることにする。

アートハウスというのは、日本でいうミニシアターのことで、海外ではアートハウスという呼び方が一般的であるようだ。

上演前にちょっとした事件があったりしたが、5分遅れで上映スタート。想田監督が出演する配信は東京から行うので、上映時間が遅れるとまずいのだが、なんとか間に合った。

「チチカット・フォーリーズ」は、フレデリック・ワイズマン監督の第1作で、1967年の制作。マサチューセッツ州ブリッジウォーターにある精神異常犯罪者矯正施設(州立マサチューセッツ矯正院。刑務所のようなものだが微妙に違うようである)を題材にカメラを回したものだが、題材が題材ということもあり、完成後に色々と難癖がついて、お蔵入りになりかけた作品である。全米公開が許されたのは1991年になってから。日本初公開は1998年となっている。

オープニングとクロージングは、矯正施設の入所者(スタッフが混じっていると思われるが、判別は付きにくい。男性のみの収容所であることは分かるので、女性は全員スタッフであると思われるが、男性は区分が曖昧な人もいる)による学芸会のようなもののシーンである。合唱が中心である。歌のシーンは中盤にも登場する。

何人かの精神異常犯罪者が登場する。11歳の少女を強姦したことで施設送りになった中年男性。いわゆるロリータコンプレックスがあるようで、実の娘を強姦したこともあるという。少年院、感化院を点々としており、人生の多くの時間を塀の中で過ごしているが、実の娘がいることからも分かる通り、奥さんもいる。容姿はまずまずなので結婚出来たのだろうか。奥さんからもずっと「あなたはおかしい」と言われ続けてきたようであるが。医師は同性愛について聞いたりもする(1967年ということで、異常性愛者は他の性的嗜好も持っているはずだと決めつけられたようである。ただ、実際にそのけもあるようだ)。ちなみに、矯正施設を謳っているが、特に矯正プログラムらしきものは見受けられず、投薬と医師との面談が中心のようである。精神医学がまだ進んでおらず、医師も煙草を吸いながら面談を行って、「鬱がハイになったから、薬で戻そう」などと今の精神医学から考えると無茶苦茶なことを平気で言っている。食事を摂れない入所者には、鼻からチューブを入れて強引に栄養を押し込む。

自分が精神病(分裂病=今でいう統合失調症や、偏執病=パラノイアと診断されている人が多いようである。おそらく、当時はそれぐらいしか診断名がなかったのだろう)と診断されたことを強く否定する入所者もいる。「刑務所に戻りたい」と繰り返していることから、矯正施設は刑務所より環境が悪いことが察せられる。男性入所者が全裸であることを強制される場面もあり、彼らの奇行を施設関係者が見下しているように見える(いや見えるだけではないな)時もある。独房(でいいのかどうか)も狭く、殺風景である。
独房だけでなく、中庭があり、そこで入所者が思い思いのことをしている場面も映されている。トロンボーンで「私の青空」を演奏している黒人男性。とにかくお喋りで政治や歴史について語り続ける老人(内容は微妙に間違っている)。三点倒立のようなことをして歌い続ける人。ボーッとしている人も多い。明らかに投薬の後遺症が出ている人も何人かフィルムに収められている。

施設で過ごす人と並行して、施設内で亡くなった人への死に化粧と火葬の様子などが挟まれる。

入所者の来歴はほとんど不明だが、一人だけ、それまで何をしていたか分かる男性がいる。学校の数学と音楽の教師をしていたようだ。

ワイズマン監督は、矯正施設の環境の悪さを映画にして訴える気があったようだが、先に書いた通り公開は大幅に遅れた。ラストに「1968年以降、マサチューセッツ矯正院の待遇は大幅に改善された」という内容の文字が出る(ワイズマン監督ではなく、マサチューセッツ州や政府当局の見解)。

 

想田和弘監督によるレクチャー。まずはフレデリック・ワイズマンの紹介から入る。
フレデリック・ワイズマンは1930年生まれ、今も現役のドキュメンタリー映像作家である。弁護士を父にボストンで生まれ、自身も父の後を継ぐべく法曹を志し、名門イェール大学のロースクールを卒業して弁護士資格を取得。大学でも法律について教え始めるのだが、自身は「法律は退屈」と思っており、文学や映画の方が好きであった。大学でも法律の講義だけだと学生も退屈するだろうから、ということで学外に出向いての実地授業を行い、様々な施設を学生と共に訪れた。その中で見た精神異常犯罪者矯正施設に興味を持ち、撮影することに決めた、というのがワイズマン監督デビューに至るまでだそうである。ワイズマンはマサチューセッツ州の副知事と仲が良かったため、撮影許可も簡単に下りたらしい。医師達の異様に見える言動も「当時は正しいこと」とされていたようだ。

ワイズマンの撮影の特徴としては、主人公の不在がまず上げられ、具体的な個人が主人公として設定されることはなく、「組織」が主役となっている。
また、インタビューは行わず、ナレーションはなく、テロップも示されず、BGMも使わない、「四無い主義」といわれる手法も特徴で、想田監督もかなり影響を受けている。
想田監督は、NHK出身であるが、NHK時代に「四無い主義」を用いたドキュメンタリーを撮ろうとしたところ、「そんなもの出来るわけがない」と却下されたことがあるという。
ストーリーらしいストーリーもなく、場所が移動することで対象物の実態が示される。

「チチカット・フォーリーズ」は、1967年の制作であるが、1960年にシンクサウンドカメラが発明され、その後にこうした手法のドキュメンタリー制作が可能になったそうである。それまでも、スタジオでの大型カメラでの収録なら映像と音声をシンクロさせる技術はあったそうだが、持ち運びの出来るカメラは、1959年以前は画と音声を同時にフィルムに残す技法はなく、ドキュメンタリーを作るにしても音声は後からナレーションで入れるしかなかったそうである。1960年以降になってやっと、今のドキュメンタリーに繋がる映像作成が可能になったそうである。

ワイズマン監督は多作であるが、ドキュメンタリー撮影は短くて4週間、長くても8週間くらいで終えてしまうそうで、その代わり編集は10ヶ月ぐらい費やすそうだ。ドキュメンタリーの撮影を行っていると、「まだ撮れるんじゃないか、もっと良い場面があるんじゃないか」との思いから、撮影が長引いてしまうことがよくあるそうだが、ワイズマン監督は予め撮る期間を決めて、その中で勝負するという。ドキュメンタリー作家としては珍しいそうだ。ちなみに全てフィルムで撮影しているが、フィルムの場合、1時間の撮影で現像料も含めて日本円にして10万から15万くらい掛かるそうで、ドキュメンタリーに十分な時間の撮影を行った場合、途轍もない金額が必要となる。アメリカの公共放送であるPBSやフォード財団など世界中で7つ団体が出資協力してくれるため、撮影が可能だったとのことだ。

 

想田監督のアートハウス=ミニシアターへの思い。
想田監督は、「ミニシアターが主戦場」と語ったことがあるそうだが、一般的には低予算映画がミニシアターで、予算がつぎ込めるようになるとシネマコンプレックスなどの大型スクリーンに移行するものだと勘違いされているそうである。「次、シネコン行けますね」などと言われたりするという。ミニシアターの良さはなんといってもラインナップで、大型映画館では掛からない映画が上演されるのが最大の魅力だそうである。
ドキュメンタリー映画については、フレデリック・ワイズマンとマイケル・ムーアの貢献度が高いという。それまではドキュメンタリーは興行的にスクリーンで行うのは難しいとされ、ワイズマン監督は全てのドキュメンタリー作品を映画館で上映すべく、フィルムを使って撮影したのだが、テレビでしか放送されないものも少なくなかったそうである。
マイケル・ムーアの作風については、想田監督は余り好みではないそうだが、ムーアが監督したドキュメンタリー映画がヒットしたことにより、風向きが変わったそうで、「あれ? ドキュメンタリー、映画館で行けるんじゃないか」という潮流が生まれ、想田監督はその波に丁度上手く乗れたそうである。

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2021年1月23日 (土)

これまでに観た映画より(241) 「カッコーの巣の上で」

2007年3月14日

DVDでアメリカ映画「カッコーの巣の上で」を観る。1975年度のアカデミー作品賞受賞作品。ミロス・フォアマン監督、マイケル・ダグラス製作、ジャック・ニコルソン主演。

精神病院を舞台にした名作との誉れ高い作品である。タイトルは「カッコーの巣の上で」というものだが、ご存じの通りカッコーは巣を作らない鳥である。意味深長なタイトルだ。

前科者で何度も刑務所に入っているマクマーフィ(ジャック・ニコルソン)は今度は刑務所行きを逃れるために精神異常を訴えて精神病院の閉鎖病棟に送り込まれる。しかし、そこは徹底して管理された非人間的社会であった……

決して心楽しくなる映画ではない。マクマーフィによって精神病院から一時的に抜け出した患者達が魚釣りに出かけたりする場面に痛快さを覚えることはあるが、後半、特に結末近くは陰惨であり、生きるということの難しさと痛々しさが胸に迫る。

本当に人間らしくあるといはどういう事なのかという問いがある。精神病患者を精神病患者として扱っても人間として扱ってもそこには矛盾が生じてしまう。そもそも人間らしさという概念そのものが曖昧なのに人間らしさというイメージをなんとなく共有していることは世界としてまっとうなのだろうか。

全米から1200人以上も集まったオーディションを勝ち抜いた精神病院入院患者役の俳優達の演技は実に上手い。日本にも精神病患者を演じるのが上手な俳優もいるが質量共にアメリカには勝てないだろう。まあ、映画層も俳優層もアメリカは日本とは比べものならないほど厚いのでそれは当然なのだが。

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2020年11月14日 (土)

観劇感想精選(366) 加藤健一事務所 「木の皿」2006京都

2006年7月9日 京都府立府民ホールアルティにて観劇

午後4時から京都府立府民ホールALTI(アルティ)で、加藤健一事務所の「木の皿」を観る。エドマンド・モリス作(小田島恒志:訳)、久世龍之介:演出。

「木の皿」は、2003年に日本初演(やはり加藤健一事務所による。京都公演も行われたが、私は見に行けなかった)された作品。頑固な老人とその家族を巡る葛藤劇である。

1953年、アメリカ・テキサス州の田舎町。かつてはテキサス開拓に大いに貢献したロン(加藤健一)も今では78歳の老人だ。次男のグレン(鈴木一功)と共に暮らすロンだが、体力が衰え、視力も落ちたのに「眼鏡なんかかけられるか」という頑固者であるため、家の花瓶やら皿やらをしょっちゅう割っている。普通の皿はすぐに割ってしまうため、食事は木の皿で摂らされている。煙草好きであるが、意識も低下し始めているため、たびたびボヤ騒ぎも起こしている。
そんなロンの介護に疲れたクララ(グレンの妻。大西多摩恵が演じる)はロンを老人ホームへ入れる計画を立てていた。しかし、老人ホームを見に行ったグレンはその施設の余りの酷さを見て猛反対。グレンとクララの子で、おじいちゃんっ子であるスーザン(加藤忍)も当然反対だ。
グレンとクララから連絡を受けて、ロンの長男であるフロイド(大島宇三郎)が20年ぶりにロンの家に帰ってくる。しかし、フロイドが自分を老人ホームに入れるための相談にやって来たと知ったロンは激怒してしまい……。

初演時はグレンを演じた加藤健一であるが、今回は老人であるロン役に挑戦。達者な演技を見せてくれる。

観ていて、「幸福な家庭はみな一様に幸福であるが、不幸な家庭はそれぞれに不幸である」(『アンナ・カレーニナ』冒頭)というトルストイの言葉が浮かぶ。またロンの友人であるサム・イェーガーが、ロンに「一緒に牧場経営をして暮らそう」と持ちかける下りが、スタインベックの『二十日鼠と人間』を連想させたり、設定もシェイクスピアの『リア王』やバルザックの『ゴリオ爺さん』を思わせたりと、様々な名作の要素がここかしこに見え隠れするが、パクリなどという低レベルな次元に留まらない独立した立派な作品に仕上がっている。

登場人物は全部で10人だが、彼らの全員の中に私は私の姿を見出した。言い換えると、私も彼らの性格を少しずつではあるが持ち合わせているということになる。

老いた義父を老人ホームへ送ろうとするクララも決して悪人ではない。彼女もロンの介護を20年以上も見続けて、自分の人生を犠牲にしてきたのだ。20年もロンの前に姿を見せなかったフロイドも父親が嫌いなわけではないし、逆にロンを老人ホームに送ることに反対するグレンも必ずしも善人ではない。ロンのことが大好きなスーザンも善人というより世間知らずという要素の方が強い。善でも悪でもないが故の葛藤が生まれている。だが完全な悪人が存在しないため事態は一層深刻だ。ゴネリルやリーガン(いずれも『リア王』の娘)のような突き抜けた人物がいれば話はもっと単純なのだが。

作中に「罠のようだ」というセリフがあるが、まさに誰かが仕掛けた、あるいは誰も仕掛けなかったが故により複雑で残酷になってしまった罠に全員が落ちていく。完全な悪人がいないので却って救いがない。

登場人物の言動を批判するのは簡単だが、彼ら全員の中に私は私自身が持っている性格を見出せるし理解も出来るので、そうした批判は私自身の胸に鋭利な刃となって返ってくる。
残酷な芝居である。だが、誤解を恐れずに言えば、そうした残酷さは私自身の中にもあり、それが故の切実さと感動を覚える。

特にラストのスーザンのセリフは痛切だ(ネタバレになるので書けないのが残念である)。こういうセリフを本当の意味での「リアルなセリフ」というのだろう。

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2020年11月 8日 (日)

これまでに観た映画より(225) メル・ギブソン&ショーン・ペン 「博士と狂人」

2020年11月5日 京都シネマにて

京都シネマで、イギリス=アイルランド=フランス=アイスランド合作映画「博士と狂人」を観る。久しぶりとなるスクリーン1(京都シネマは、スクリーン1、スクリーン2、スクリーン3という3つの上映空間からなっており、番号が若いほど大きい)での鑑賞となる。

言語を網羅化したものとしては世界最高峰の辞典『オックスフォード英語大辞典』編纂に纏わる実話を基にした物語の映画化。原作:サイモン・ウィンチェスター。脚本・監督:P.B.シェムラン。出演:メル・ギブソン、ショーン・ペン、ナタリー・ドーマン、エディ・マーサン、スティーヴ・クーガンほか。2018年の制作である。

英語に関する単語や表現、由来や歴史などを集成した『オックスフォード英語大辞典』。19世紀に編纂が始まり、完成までに70年を要した大著であるが、その編纂初期に取材したサイモン・ウィンチェスターのノンフィクションを映画化したのが、この「博士と狂人」である。サイモン・ウィンチェスターの著書は1998年に発売されたが、映画化の権利獲得に真っ先に名乗りを挙げたのがメル・ギブソンであり、当初はメル・ギブソン自身が監督する案もあったそうだが、最終的にはメル・ギブソンは主演俳優に専念することになった。構想から完成まで20年を費やした力作である。

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教師として働くジェームズ・マレー(メル・ギブゾン)は、スコットランドの仕立屋の子として生まれたが、生家が貧しかったため、14歳で学業を終えて働き始めた(先日亡くなったショーン・コネリーに生い立ちが似ている)。その後、独学で語学を学び、ヨーロッパ圏の言語ほとんどに通じる言語学の第一人者と認められるまでになるが、大学を出ていないため当然学士号は持っておらず、話し方もスコットランド訛りが強いということで白眼視する関係者もいる。『オックスフォード英語大辞典』はその名の通り、オックスフォード大学街で編纂が行われるが、マレーの案で、イギリスとアメリカ、そして当時のイギリスの植民地などに在住する英語話者からボランティアを募り、単語や言い回し、その歴史や出典などを手紙で送って貰って、それらをマレー達が中心になって取捨選択し編纂するという形を取る。その中に、一際英語に詳しい人物がいた。アメリカ出身の元軍医で、今はイギリスのバークシャー州に住むウィリアム・G・マイナー博士(ショーン・ペン)である。マレーはその住所からマイナーのことを精神病院の院長だと思い込むのだが、実際はマイナーは殺人事件を起こし、幻覚症状が酷いことから死刑を免れて刑事精神病院に措置入院させられている人物であった。マイナーは、南北戦争に軍医として従軍。敵兵の拷問に関与したのだが、その時の記憶がトラウマとなり、今では拷問を受けた人物が殺意を持って自分を追いかけてくると思い込む強迫神経症に陥っていた。敵が自分を監視していると思い込んだマイナーは、その場を通りかかったジョージ・メレットを誤認識し、射殺してしまっていたのだ。精神病院でもマイナーは幻覚に苛まれる(後に統合失調症との診断が下る)。

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マイナーが実は精神病患者で殺人犯だと気付いたマレーだが、学識豊かなマイナーと英語に関する知識を交換し、すぐに友情で結ばれるようになる。二人のやり取りは、これまで互いに理想としてきた人物との邂逅の喜びに溢れていた。
『オックスフォード大辞典』の第1巻が完成し、その功績によりマレーは言語学の博士号を送られ、正式な博士となる。
だが、アメリカ人の殺人犯が権威ある英語辞典の編纂に関与していることが知られてスキャンダルとなり、マイナーの病状も徐々に悪化して、異様な行動も目立つようになる。

『オックスフォード英語大辞典』編纂の物語ということで、派手な展開ではないが、しっかりとした構造を持つヒューマンドラマに仕上がっている。マレーとマイナーの友情の物語、またメレット夫人(イライザ・メレット。演じるのはナタリー・ドーマン)とマイナーとの男女の物語が平行して進むのだが、文盲であったメレット夫人がマイナーの指導によって読み書きの能力を身につけていく過程は、メレット夫人の成長とマイナーとの歩み寄りの物語でもある。「許すとは何か」がここで問い掛けられている。メレット夫人を単なる悲劇のヒロインや復讐に燃える女性としないところも良い(マイナーとメレット夫人のシーンはフィクションの部分が多いようだが)。

単にヒューマンドラマとして観てもいいのだが、マレーがスコットランド出身であることや学歴がないことで見下されたり、追い落とされそうになるところ、またマイナーがアメリカ人で(今でこそイギリスとアメリカではアメリカの方が優位だが、19世紀当時のアメリカは「ヨーロッパの落ちこぼれが作った未開の国」でイギリスへの裏切り者というイメージだった)しかも精神病に冒されているということで異端視されるなど、差別と偏見がしっかりと描かれている。こうした傾向は、19世紀よりはましになったが、今に到るまで続く問題であり、単なる「知られざる偉人の物語」としていないところに奥行きが感じられる。

ちなみに、若き日のウィンストン・チャーチルが登場する場面がある。世界史好きの方はご存じだと思われるが、チャーチルも生涯に渡って精神病に悩まされた人物であった。実際に映画で描かれているようなことがあったのかどうかは分からないが、ある意味、象徴的な役割を果たしている。

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2020年9月23日 (水)

2346月日(23) KYOTO CMEX第1回コンテンツクロスメディアセミナー 戸田奈津子「世界の映画俳優が愛した京都」

2020年9月18日 烏丸六角のホテルモントレ京都大宴会場「ケンジントン」にて

午後4時30分から、烏丸六角にあるホテルモントレ京都2階大宴会場「ケンジントン」で、KYOTO CMEX 第1回コンテンツクロスメディアセミナー「世界の映画俳優が愛した京都」に参加する。映画字幕翻訳者として著名な戸田奈津子の講演である。

予約先着順無料で行われる講演会。本来ならもっと大勢の方に来て貰いたかった講演会であるが、コロナのためソーシャルディスタンスを保つ必要があり、90名限定となった。

異国情緒を売りとするホテルモントレグループ。7月に泊まったホテルモントレ京都はスコットランドの首都エディンバラをイメージした内装であり、「ケンジントン」もお洒落である。クラシック音楽の演奏なども似合いそうな空間であるが、お高いのだろうか。

 

映画の字幕翻訳家の代名詞的な存在である戸田奈津子であるが、若い頃に映画と英語に憧れ、津田塾大学学芸学部英文科在学中に映画の字幕翻訳を志すのであるが、当時は映画の字幕翻訳家は日本中で10人いるかいないかという専門性の強い仕事であり、全員男性でそれぞれ得意分野を持っていた。大学を出たばかりの女性が割り込む余地はなく、戸田奈津子も短期間のOL(秘書)やフリーの翻訳業をしながら清水俊二に師事するなどして機会を窺っていたが、最初の映画の字幕の仕事を貰った時にはもうすでに40歳を過ぎていたそうで、20年越しの夢の達成となったそうである。
ただ、今回話すのは字幕翻訳家としての仕事ではなく、その中で出会ったハリウッドスタートの思い出話である。字幕翻訳家を目指しながら仕事に全く恵まれなかった時代にその物語は始まる。1980年以降、ハリウッドスターが続々と来日するようになるのだが、ハリウッドスターは英語しか話さないので通訳が必要ということになった。ということで字幕翻訳家希望の英語が出来る女性がいる、英語にも映画にも詳しいので大丈夫だろうというので、その話が戸田奈津子に回ってきたのである。だが、戸田は英文科出身なので英語の読み書きは得意であるが、今の若い人達とは違って学校でリスニングもスピーキングも習っていない。いわば「文字専門」の人だったわけである。というわけで断ろうとしたのであるが、実際に会ったロバート・レッドフォードの美しさに胸がときめいたということもあって、ハリウッドスターとの通訳としての交流が始まっていく。ちなみに若き日のロバート・レッドフォードの美しさは今の若手ハリウッドスターとは「格が違う」そうである。

スクリーンに写真を投影しながらのトーク。映るのはロバート・レッドフォード、リチャード・ギア、シルヴェスター・スタローン(大河内山荘で撮影)、ロバート・デ・ニーロ、アーノルド・シュワルツェネッガー(新幹線内で)、シガニー・ウィーバー(嶋原の角屋で撮影)、ロビン・ウィリアムズ、トム・クルーズである。ハリソン・フォードとも京都を旅したことがあるが、残念ながらハリソン・フォードとの写真は残っていないそうだ。

リチャード・ギアは、千家(どこの千家かは不明)の茶室、苔寺(西芳寺)、そして余り人がいない寺院での写真に写っている。リチャード・ギアはダライ・ラマを崇拝する仏教徒であるが、若い頃はまだ何を信仰しようか迷っており、写真に写っているのは仏教を志し始めた頃の姿だそうである。ギアがカメラを構えた姿を捉えた写真もあるが、当時からモノクロームの写真を撮ること趣味で、毎年誕生日プレゼント代わりに自身が撮ったモノクロームの写真を伸ばしたものを送ってくれるそうである。
「アメリカン・ジゴロ」(1980)がヒットして、初めての来日。リチャード・ギアは大学で哲学を専攻したということもあって、思索を好む若者だったそうだ。人混みが嫌いであるリチャード・ギアは、清水寺や金閣寺といった観光寺には興味を示さず、「寂」が支配するような無名の寺院を好んだという。

1980年代初頭、来日したハリウッドスターはまず東京で会見を行い、更に大阪に移って再び会見を行って、その後、1週間ほど京都で遊ぶというのがスタンダードだったそうである。今のハリウッドスターは忙しすぎて、来日して会見してすぐ帰らなければいけないそうで、若いハリウッドの俳優達は往時の映画スターの来日スタイルをうらやましがっているそうである。一方、残念ながら映画のマーケット的にはもう日本は重要拠点ではなく、中国に取って代わられてしまったそうである。人口が多いところには勝てない、のであるが、実は日本の映画人口の減少も関係していると思われる。平均的な日本人が1年のうちに映画館で観る映画はわずかに2本。映画は「観る人は滅茶苦茶観る」というものであるため、実際は1本も観ないという人が圧倒的多数であると思われる。一方、中国や韓国では映画は国策の一つであるため、観ることを習慣としている人が多い。実は日本はクラシック音楽のマーケットとしても中国は勿論、韓国にすら負けてしまっており、オペラのDVDやBlu-rayの輸入盤に中国語や韓国語の字幕は入っていても日本語の字幕が入っていないというケースが散見される。韓国の人口は日本の半分にも満たないが、韓国の方がマーケットとして重視されているということである。私の周りにもオペラを観たことがないのにオペラを馬鹿にする人が普通にいる。かなりまずいことだと思われるのだが、危機意識を持っている日本人は少ない。中国にはいつの間にか座付きオーケストラを持つオペラハウスまで建つようになっており、かつて文化大革命を推進していた国とは思えないほどだ。

リチャード・ギアは、禅寺を回っている時に、“I was here.”と言ったことがあるそうだ。当然ながら輪廻の考えを知っており、昔、日本人だった時にこの寺院で修行していたことを思い出したという。本当かどうかはわからない。
京都から奈良に向かう途中、京田辺の一休寺(酬恩庵)に寄ったことがあるのだが、一休宗純の人物像や一休が詠んだ和歌(「有漏路より無漏路へ帰る一休み雨降らば降れ風吹かば吹け」だろうか?)にもリチャード・ギアは詳しかったそうだ。また桂離宮も愛したそうである。懐石料理なども好み、またなぜか「ひじき」が大好きだそうだ。

 

ロバート・デ・ニーロは、二条城の唐門で家族と共に撮った写真に収まっている。2006年に撮影されたものだという。
「レイジングブル」で、体重を20キロ増やし、20キロ落としたという伝説で知られるデ・ニーロ。戸田奈津子には、「体に悪いのでもう二度とやらない」と話していたそうだが、普通の人は一度だってそんなことはしない、と書きつつ、私も2003年に半年で17キロ体重を落としたことがあるのだが、みんなに心配され、病気説が流れ、重病説に変わるという経験をしたため、今では体重は「自然のまま」に任せている。

なんにでもなれる俳優として尊敬を集めるデ・ニーロ。ハリウッドでは売れない俳優や女優がウエイターやウエイトレスをやっていることが多いのだが、ウエイターに「憧れの俳優」を聞くと、10人中9人が「ロバート・デ・ニーロ」と答え、ウエイトレスに「憧れの女優」を聞くと、10人中9人が「メリル・ストリープ」と答えるそうで、この二人は神様扱いだそうである。

デ・ニーロが家族を連れて二条城に来たとき、息子達が「チャンバラが見たい」と言ったため、太秦の東映映画村で大部屋の俳優がチャンバラショーをやっているということを知り、息子達は太秦に向かうことになった。デ・ニーロも「見たい」と言ったのだが、大部屋の俳優のショーをロバート・デ・ニーロが見るとなると演じる方も困惑するということで、子ども達が映画村に行っている間、車の中で本を読んでいたそうである。物静かで「Sweetな」性格の人だそうだ。初来日前は、「気難しいらしいよ」などと聞かされていたそうだが、会ってみたら話とは別人であり、以降、戸田奈津子は「自分の目で判断したこと」以外は信じなくなったそうだ。

 

双極性障害(躁鬱病)に苦しみ、6年前に自殺したロビン・ウィリアムズ。戸田奈津子とツーショットの写真がスクリーンに映る。戸田奈津子は「東山の寺」とした覚えていなかったが、おそらく法然院だと思われる。
彼は本物の「天才」だそうで、コメディー出身ということもあり、人を笑わせるのが得意だった。記者会見でも即興による芸でその場を爆笑の渦に巻き込むことが得意だったそうである。アメリカのコメディーは作家が書いたものをコメディアンが演じるというケースが多いのだが、ロビン・ウィリアムは作家を使わず、全て自分で考えて演じていたという。
彼もロバート・デ・ニーロ同様、素顔は物静かな人で、それが人を前にするとサービス精神に火が付き、楽しませることに夢中になっていたという。
その二面性が、個人的には双極性障害に繋がっているようにも見える。悲劇的な死は天才であったことの代償なのか。

 

トム・クルーズもエンターテインメント精神に関しては誰にも負けないという。ディスレクシア(読字障害)を持ち、人一倍苦労して育ったトム・クルーズ。新宗教に入れあげていて、それで批判されることも多いが、現役としては最高の映画スターであることは間違いなく、戸田奈津子はトム・クルーズのことを「映画のために生まれてきた人」と評している。二条城での「ラスト サムライ」公開時の記者会見の写真がスクリーンに映る。
トム・クルーズは、「ラスト サムライ」出演に当たって、武士道や剣術などを徹底して研究したそうで、プロ意識も高く、日本など諸外国へのリスペクトも忘れないという。

危険なシーンにもスタントマンなしで挑むことでも知られるトム・クルーズであるが、他の映画を観た時に、あきらかに別人が吹き替えているとわかるものがあり、自分がそうなるのはみっともないという考えがあるそうだ。そのためトム・クルーズが危険なシーンに挑んでいる時は、必ず自身の顔が映るようにして貰っているそうである。「ファンが僕がやってるんだとわかると喜んでくれるから」だそうである。

トム・クルーズは笑顔が印象的な俳優であるが、朝起きた瞬間から笑顔というような人だそうで、「ちょっと気持ち悪いかも知れないんですけど」と戸田もいうが、とにかく人を喜ばせることを生き甲斐としているそうである。

 

ハリウッドスターの共通点は、「ビッグになればなるほど謙虚」だそうである。残念ながら写真はないが、最後はハリソン・フォードの話になる。ハリソン・フォードは30代になってから売れ始めた遅咲きの俳優であるが、売れ始めた頃から今に到るまで、内面は全く変わらないそうである。
ハリソン・フォードは20代の頃は丸々売れず、「大工をしていた」という話があるが、正確にいうとしていたのは大工というよりも「家具職人」に近いそうである。
アメリカの場合、売れない俳優にはポルノ映画からの声が掛かることがあるそうで、有名俳優にも若い頃はそうやって日銭を稼いでいた人はいるそうだが、ハリソン・フォードはポルノ映画から声が掛かっても、「それをやってしまうと俳優の仕事への誇りを失ってしまいそうだ」という理由で断り、職人仕事を行いながら映画俳優への道を模索し続けていたそうである。

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2020年6月14日 (日)

これまでに観た映画より(182) 「スティング」

2005年1月27日

DVDで映画「スティング」を観る。1974年公開のアメリカ映画。アカデミー賞で作品賞など6部門を受賞している。

主演はポール・ニューマンとロバート・レッドフォード。監督はジョージ・ロイ・ヒル。「明日に向かって撃て!」のトリオによる作品。

詐欺師やイカサマ師の騙し合いを描く作品。舞台は1936年のシカゴ。古き良きアメリカという感じだが、すでに高層ビルはいくつも建っている。

この頃のロバート・レッドフォードはブラッド・ピットによく似ている。

スコット・ジョップリンの「ジ・エンターテイナー」が主題曲として効果的に使われている。またマーヴィン・ハムリッシュの音楽もやはりラグタイム調で楽しい。「明日に向かって撃て!」ほどの完成度はないが、二転三転するストーリーは巧みだ。

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