カテゴリー「アメリカ」の44件の記事

2020年6月14日 (日)

これまでに観た映画より(182) 「スティング」

2005年1月27日

DVDで映画「スティング」を観る。1974年公開のアメリカ映画。アカデミー賞で作品賞など6部門を受賞している。

主演はポール・ニューマンとロバート・レッドフォード。監督はジョージ・ロイ・ヒル。「明日に向かって撃て!」のトリオによる作品。

詐欺師やイカサマ師の騙し合いを描く作品。舞台は1936年のシカゴ。古き良きアメリカという感じだが、すでに高層ビルはいくつも建っている。

この頃のロバート・レッドフォードはブラッド・ピットによく似ている。

スコット・ジョップリンの「ジ・エンターテイナー」が主題曲として効果的に使われている。またマーヴィン・ハムリッシュの音楽もやはりラグタイム調で楽しい。「明日に向かって撃て!」ほどの完成度はないが、二転三転するストーリーは巧みだ。

| | コメント (0)

2020年6月 2日 (火)

これまでに観た映画より(179) 「俺たちに明日はない」

2020年6月1日 TOHOシネマズ二条にて

TOHOシネマズ二条で、「俺たちに明日はない」を観る。アメリカン・ニューシネマの代表的作品の一つ。原題の「Bonnie and Clyde」も有名である。同じアメリカン・ニューシネマの代表作で実在の銀行強盗を題材にしていること、また邦題やラストシーンが似通っていることから「明日に向かって撃て!(原題「Butch Cassidy and Sundance Kid」)と混同されやすい作品でもある。

アーサー・ペン監督作品。出演:ウォーレン・ベイティ、フェイ・ダナウェイ、マイケル・J・ポラード、ジーン・ハックマン、エステル・パーソンズ、ダブ・テイラーほか。ウォーレン・ベイティはこの映画の企画立案者でもあり、プロデューサーも務めた。

ボニー・パーカー(フェイ・ダナウェイ)は、母親の車を盗もうとしていた男を見とがめる。男の名はクライド・バロー(ウォーレン・ベイティ)。強盗によって服役し、出てきたばかりの男だった。アメリカの中でも特に保守的といわれるテキサス州。それも田舎町である。人は子孫を残すための繋ぎとして生きるしかないようなところがある。平凡な人生に飽き飽きしていたボニーはクライドの運転する車に乗り、強盗に協力する。相当な男前であるクライドに惹かれるボニーだったが、クライドはゲイで女には興味がないことを打ち明ける。男女の幸せに至ることはないということがこの時点でわかるのだが、ボニーは家に戻ることはなかった。二人は故障した車の修理を頼んだC・W・モス(マイケル・J・ポラード)という少年院帰りの少年やクライドの実兄であるバック(ジーン・ハックマン)とその妻のブランチ(エステル・パーソンズ)を引き入れて強盗団を結成する。

日本でも最近、ヤンキー指向やマイルドヤンキーという言葉が使われるようになっている。地元を愛し、身内を愛し、権威やよそ者を嫌うという傾向を持つ人々である。ヤンキーというのは元々はアメリカ人のこと(南北戦争の北軍の兵士のことだが、蔑称として用いられることもある。日本の「ヤンキー」は大阪のアメリカ村にたむろする不良を指すスラングが始まりとする説が有力である)であるが、実際にアメリカの田舎の保守層の性格によく似たところがある。クライドは同じように搾取される境遇にある人々には共感を示すし、事実、彼に出会った老人は警察に対して好意的な証言をしている。また兄のバックとはとても仲が良い。バックは冗談を言うのだが、聞いていて何が面白いのか正直わからない。だが、クライドは大笑い。レベルの低さで通じ合っている、つまり生まれた家自体が有用な知識を得る機会に恵まれなかった層にあったことがはっきりする。実際、バックも刑務所に入った経歴のあることが妻のブランチの口から明かされる。知識や教育の平等が担保されない「夢の国」アメリカの影である。

だが、ボニーとクライドは、故郷に留まらず、アメリカの州境を車で何度も越えていくという生活を選ぶ。越境である。生まれ故郷の桎梏を棄て、新天地へと飛んでいく。アメリカン・ドリームの体現者といえないこともない。いや、いえないか。ただ、アメリカン・ドリームを求めた若者の一側面をよく表しているとはいえるだろう。彼らはテキサス州から隣のオクラホマ州に何の躊躇もなく入っていける。一方で、権威や旧体制を表す警察は州の境を越えることは出来ず、テキサス州警察(テキサス・レンジャー)はオクラホマとの州境は越えたが、すぐに引き返すしかない。アメリカの州は国家並みの権限を持つため、州警察は州境を越えての捜査が出来ないのである。そのため後にFBIが生まれることになるのだが、境を越える行為において、ボニー&クライドと警察に代表される体制派の思考や指向の違いが象徴的に描かれている。

ただ、一方で二人は故郷喪失者でもある。母に会いたいということでテキサス州に戻るボニーだったが、母親からは冷たくされる。事実上、棄てられるのである。デラシネとなった二人は州から州へと渡り歩くしかない。今いる州から別の州へと移って行く未来を嬉々と語るクライドにボニーは露骨に失望の表情を見せる。強盗なんてするからではあるのだが、「アメリカン・ドリーム」や「ゴー・ウエスト」といった言葉に乗せられて夢破れていった多くの若者の一形態を暗示してもいる。

女を愛せないクライドであるが、ラストが近づくにつれてボニーを愛する人と認め、愛する人のために怒り、性的な関係を結ぶまでになる。所詮、悪党には届かぬ夢ではあるのだが、これまでのことを全て帳消しにして二人で幸せになるという夢を描くボニー。何の知識も持ち合わせていなかったら、二人は仲の良い夫婦にしか見えなかったかも知れない。

ラストシーンは「最も衝撃的な映画のラスト」の一つとしてよく挙げられるもので、「俺たちに明日はない」という映画を観たことのない人でも、ラストシーンは知っているというケースはよくある。冷静に考えると悪党の男女が当然の報いを受けたというだけなのかも知れないが、二人が夢を語り合ったシーンの直後だけに切なくなる。


夢と希望と自由の国、アメリカが生んだ映画は、祖国の偉大さを描くプロパガンダ的なものも多かったが、アメリカン・ニューシネマは、それとは対称的に社会からこぼれ落ちてしまったものを描く。後に建国史上初の敗北を迎えることになるベトナム戦争が続いており、格差は開く一方で、人種差別問題や犯罪の多発に悩まされていたアメリカ。若者達は祖国に疑問を抱く。そのため「俺たちに明日はない」のみならず、「明日に向かって撃て!」、「イージー・ライダー」、「真夜中のカウボーイ」などの登場人物はいずれも悲劇的な最期を迎える。社会は若者の夢など許さない。その時代の空気は、平成時代を丸々覆った閉塞感溢れる日本の現状に繋がる。近年の日本は保守的な若者が増えているとされるが、こうした時代にあってもアメリカン・ニューシネマは若者達のバイブルの一つとして支持され続けるだろう。

| | コメント (0)

2020年3月20日 (金)

観劇感想精選(344) 佐藤隆太一人芝居「エブリ・ブリリアント・シング~ありとあらゆるステキなこと~」茨木公演

2020年2月23日 大阪府茨木の茨木市市民総合センター(クリエイトセンター)センターホールステージ上特設劇場にて観劇&出演(?)

午後2時から、大阪府茨木市にある茨木市市民総合センター(クリエイトセンター)センターホールステージ上特設劇場で、佐藤隆太の一人芝居「エブリ・ブリリアント・シング~ありとあらゆるステキなこと~」を観る。作:ダンカン・マクミラン&ジョニー・ドナヒュー、テキスト日本語訳&演出:谷賢一。
観客参加型のお芝居であり、今回の大阪・茨木公演も、ステージ上に設けられた小劇場で佐藤隆太との交流が行われるインティメイトな芝居である。最近はこうした垣根をなくしたスタイルの演劇(一種のイマーシブシアター)がヨーロッパを中心に流行っており、昨年、ロームシアター京都ノースホールで観たポーランド演劇の「マルガレーテ」もそうであったし、神里雄大/岡崎藝術座もこうしたスタイルを取り入れている。

鬱病を患う母親を持つ男の話である。最初に出てくる日付は、1987年11月9日。佐藤隆太演じる男は、その時7歳だったというから佐藤隆太と同じ1980年生まれということになる。その日に母親は最初の自殺未遂を行い、入院する。男は父親が運転する車で母親の入院する病院へと向かう。父子仲は余り良くないようである。

男は子どもの頃から、「これはステキ(ブリリアント・シング)だ」と思ったものをリストアップする習慣があった。最初は母親を励ますためのプレゼントのつもりでステキだと思うものを挙げていたのだが、辛いことがあるたびにその数は増えていき、最初は単純な名詞のみだったのに、次第に形容詞と名詞を組み合わせたものや文章が加わり、最後には思索や観念、行動へと広がっていく。それは大人になっていくということでもある。
「いいとこ探し」という気分障害の療法がある。発達障害の二次障害である鬱のための療法として日本で考え出されたもので、とにかく自分や他人の良いところを探して挙げていくという療法であるが、それを思い出した。

 

さて、茨木市に行くこと自体が初めてである。これまで阪急茨木市駅は常に通過する駅であった。茨木市はかつて茨木城があった付近に市役所を始めとする多くの施設が集中するという構造を持つ街である。茨木市駅で降りると、まず真宗大谷派茨木別院の巨大な伽藍が目に入る。茨木心斎橋商店街(大昔には、銀座と心斎橋が並び賞されていた時代があり、○○銀座ならぬ○○心斎橋もあった。茨木は今もそれが残っているようだ)そこからしばらく歩くと茨木神社の鳥居が目に入る。茨木神社の西側を北に向かって走るのが川端通り。これは茨木出身の文豪である川端康成にちなんだ通りで、まっすぐ北に行くと茨木市立川端康成文学館がある。
茨木神社の西に茨木の中心の中心と思われる高橋の交差点があり、南西側に茨木市役所が見えるが、高橋交差点の北西隅が少年野球場、その北にテニスコートがあって、そこから少し入ったところにクリエイトセンターがある。

谷賢一が岸田国士戯曲賞を受賞したということで、終演後には受賞作である『福島三部作』の戯曲販売と谷賢一のサイン会が行われるようであった。

整理番号順での入場で、午後1時30分の開場であるが、午後1時25分頃にクリエイトセンターに着いた時にはすでに入場が始まっていた。
特に良い席に座らなくても良いのだが、通常の客席から見て下手側の2列目の木製のソファーというべきかベンチというべきか、とにかく特徴のある席が目に入ったため、その手前のに椅子席に座ることに決める。荷物を椅子の上に置いていると、「こんにちは」という声が聞こえる。声の方を向くと佐藤隆太がいつの間にか木製のソファーに座っている。「ああ、最初からいるんだ」と思ったが、普通に「こんにちは」と挨拶を返す。舞台上には演出の谷賢一や舞台監督と思われる人物などがいて、佐藤隆太は、「ああ、ここ座ってると他の人座れないや」と言って他の場所へと向かう。

佐藤隆太は、観客に読み上げて貰う言葉の書かれたカードを配っていく。番号が振られており、カードを配られた人は佐藤がその番号を読み上げたらカードに書かれた言葉を朗唱するというスタイルで劇は進んでいく。一人芝居ではあるが一人では出来ない芝居である。
私もカードを配られる。元々大きな声が出ない上に、ここ数年は喉の調子が十分ではないのだが、取り敢えず「頑張ります」と言って受け取る。中には断る人もいたが、強制ではないので全く問題はない。
佐藤は、カードの番号と配った人、その人がどの席にいるかを頭に入れて芝居に臨む。かなり念入りに確認を行っていた。6番のカードがないということで、「あれ、俺、6番のカード配ったかな? 6番のカードを持っている方、いらっしゃいます?」と聞いて返事がないため、舞台監督が予備のカードを取りに舞台袖に引っ込もうとするが、その直後に、「ありました!」と佐藤が机の上に置かれたカードを見つけたため、舞監さんも戻ってくる。佐藤も大変そうだが、スタッフも大変そうな芝居である。

 

芝居が始まってしばらくして、方位でいうと南側の1列目の女性が「一番、獣医に見える」ということでステージの中央まで出て、ちょっとした演技を行う。
その次の次が私なのである(ステージの中央まで出る観客としては2人目)。カードを読み上げる前に出番が来てしまう。佐藤が「目が合いましたね」ということで父親役となり、ステージ中央のソファー(車の座席に見立てられる。原作とは違い、アメリカが舞台という設定なのに右ハンドルであったため、助手席のドアを開ける仕草のところで、一瞬、戸惑った)に座って男の父親の仕草をする。その後、役が男の少年時代に変わり、父親役になった佐藤の横で同じ言葉を繰り返すという演技のようなものを行う。最後は、佐藤から手渡しされた紙に書かれたセリフを読み上げて終わる。実際に読み上げてみると、込めようとした感情と実際の声との間に乖離が感じられ、演技の難しさを実感させられる。
席に返ってからも、佐藤が父親の話をするたびにこちらの方を見るため、父親らしい姿勢を取らなくてはならない(別に取る必要はないのだが、こちらも「ちゃんとしたい」という思いがある)。カードの書かれた文字(別に変な言葉ではないが明かさないでおく)も読み上げる。あんまり上手くいかなかった。

やがて主人公は大学へと進学するが、鬱感情は移りやすい傾向があることもあってか(佐藤が演じる男も語るが、鬱病は単なる気分だけの障害ではなく、脳の気質性の病でもある)塞ぎ込みがちになり、講義にも出ないようになってしまうが、感銘を受けた教授の授業にだけは参加する。ゲーテの『若きウェルテルの悩み』を取り上げた授業である。教授役もお客さんが担当するのだが、佐藤は「『若きウェルテルの悩み』の内容を説明して下さい」と無茶振りをする。内容を知っているお客さんだったら良かったのだが、残念ながら知らない人であった。私もこめかみの横で引き金を引く仕草をしたりするが、それだけで伝わるとも思えない。佐藤が渡したテキスト状のものの背表紙に『若きウェルテルの悩み』の内容が記されており、教授役のお客さんはそれを読み上げた。佐藤演じる青年は、「ウェルテル効果」について語り、母親に関する体験から「何があっても自殺をしないで欲しい」と訴えかける。

やがて青年は、大学の図書館で出会った女性と恋に落ち、二人は結婚する。相手役も客席の女性に演じて貰う。

結婚式のシーンでは、私が父親としてスピーチをする羽目に、じゃなかった、ことになる。相当な無茶振りである。スピーチはマイクを片手に行うので、喉は余り気にしなくて良い。「えー、新郎の父親でございます」と話して、取り敢えず笑いは取れたので、その後は父親が語りそうなことを凝りすぎないように気をつけながら手短にまとめる。終わってから佐藤さんとハグと握手。
更に客席に戻った後も、「ここでセリフ言うんだろうな」という場所でセリフを口にした。

なんか俺、出番多いな。これでは参加ではなくもはや出演である。面白かったが疲れる。もっともこの手の疲れは嫌いではない。
とはいえ、鬱や自殺、両親の不和や親子の確執など重いテーマを扱いながら、ハイレベルなエンターテインメントに仕上げているところはやはり素晴らしい。

お客さんとのやり取りが多いため、俳優は演技力があるだけでは演じることは出来ない。明るい性格で愛され系でもある佐藤隆太だからこそ成り立つ芝居でもある。
キーボードで弾き語りを行うなど(ちなみにキーボードは女性客2人に端を持って貰い、時計回りに回転させながら弾く)佐藤の多彩さも魅力的であった。

劇中で様々なブリリアント・シングが読み上げられたが、私にとってはなんといっても佐藤隆太さんとステージ上でやり取り出来たのが、この上なくステキなことであった。

生きるとは辛いことかも知れない。でも、人生には探せばステキなことがいくらでも見つかる。それだけでもこの世に存在し続ける意味はある。

Dsc_8712

| | コメント (0)

2020年3月13日 (金)

これまでに観た映画より(158) 「パークランド ケネディ暗殺、真実の4日間」

DVDでアメリカ映画「パークランド ケネディ暗殺、真実の4日間」を観る。ピーター・ランデズマン監督作品。製作:トム・ハンクスほか。出演:ジェームズ・バッジ・デール、ザック・エフロン、ジャッキー・アール・ヘイリー、コリン・ハンクス、デヴィッド・ハーパー、マーシャ・ゲイ・ハーデン、ロン・リヴィングストン、ジェレミー・ストロング、ビリー・ボブ・ソーントン、ジャッキー・ウィーヴァー、トム・ウェリング、ポール・ジアマッティ、カット・ステフェンズほか。

1962年11月22日に起こった、ジョン・F・ケネディ大統領暗殺事件を、陰謀論などを交えず、事実をなるべく忠実に再現することに力点を置いた映画である。パークランドというのはケネディ大統領が狙撃された後に運び込まれた病院の名であり、後にジャック・ルビーに狙撃されたリー・ハーヴェイ・オズワルドもパークランド病院に運び込まれている。

狙撃犯とされるリー・ハーヴェイ・オズワルド(ジェレミー・ストロング)の兄であるロバート・オズワルド(ジェームズ・バッジ・デール)やそのかなりエキセントリックな母親であるマーゲリート・オズワルド(ジャッキー・ウィーヴァー)、サプルーダーフィルムの撮影者として知られながら、その素顔がほとんど知られていないエイブラハム・サプルーダー(ポール・ジアマッティ)などに焦点が当てられており、オリバー・ストーン監督の「JFK」などでは知ることの出来なかった事件直後の生々しい出来事などが丁寧に描かれている。リー・ハーヴェイ・オズワルドがかなり不可解な人物であったことはよく知られているが、その母親もかなり変わっており、あるいは今もなお残るオズワルド単独犯説の根拠となっているのかも知れない。

ケネディ大統領は即死ではなくパークランド病院に運び込まれた時にはまだ脈があり、蘇生術が試みられたこと、リー・ハーヴェイ・オズワルドも狙撃後同じ病院で施術を受けたこと、ケネディ大統領の遺体を巡ってシークレットサービスとテキサス州関係者の間で一悶着あったこと、ケネディ大統領の棺を納めるためにエアフォースワンの搭乗口や内部に手を加えたこと、オズワルドがケネディ大統領と同じ25日に埋葬されたことなど、余り知られていない話が次々に描かれていく。

なるべく忠実に描くことを第一としているため、JFK暗殺に関する陰謀を期待するとドラマに欠けるかも知れないが、骨太で見応えのある作品に仕上がっている。描かれた人々がその後どのような人生を送ったのか明かされているのも興味深い。

| | コメント (0)

2020年1月19日 (日)

観劇感想精選(338) 草彅剛主演「アルトゥロ・ウイの興隆」

2020年1月13日 横浜・山下町のKAAT 神奈川芸術劇場にて観劇

午後2時から、KAAT 神奈川芸術劇場で、「アルトゥロ・ウイの興隆」を観る。ベルトルト・ブレヒトが1941年にアメリカの地で書き上げた戯曲。当時、ブレヒトはナチスの台頭したドイツから亡命し、西欧やアメリカを転々とする生活を送っていた。アドルフ・ヒトラーやナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)がバリバリの現役だった時代に揶揄と告発を展開しており、チャップリンの「独裁者」と並んでファシズム興隆期にリアルタイムで語られた貴重な記録である。もっとも、チャップリンの「独裁者」は戦中に上映されているが、「アルトゥロ・ウイの興隆」は危険視されたため上演は延び延びになり、1958年になってようやくアメリカ初演に漕ぎ着けている。だが、危険視されたという事実自体がブレヒトのナチスとヒトラーに対する極めて正確にして的確な分析を物語っている。先日、兵庫県立芸術文化センターで永井愛作・演出の「私たちは何も知らない」を観ているが、「アルトゥロ・ウイの興隆」もまた恐怖演劇の先駆ともいうべき作品である。
「アルトゥロ・ウイの興隆」は残念ながら横浜だけでの上演である。横浜での上演なら普通は諦めるところだが、昨年、大阪・周防町のウイングフィールドで「アルトゥロ・ウイの興隆」に関する勉強会のようなものに参加しており、更に今回、アルトゥロ・ウイを演じるのが同い年である草彅剛ということで、チケットの先行予約に申し込み、取ることが出来たため、出掛けることにした。新しい地図のメンバーの出演作は人気で、チケットはなかなか取れなかっただけに、今回はついていた。

作:ベルトルト・ブレヒト、テキスト日本語訳:酒寄進一、演出はKAAT 神奈川芸術劇場芸術監督でもある白井晃。出演は、草彅剛、松尾諭、渡部豪太、中山祐一郎、細見大輔、粟野史浩、関秀人、有川マコト、深沢敦、那須佐夜子、春海四方、小川ゲン、古木将也、小椋毅、チョウヨンホ、林浩太郎、神保悟志、小林勝也、古谷一行。
演奏は、オーサカ=モノレール。

Dsc_8500

KAAT(KAnagawa Art Theatre)神奈川芸術劇場に来るのは初めてである。NHK横浜放送局の庁舎内5階にホールがあり、エスカレーターとエレベーターで繋がっているが、帰りは混雑するし、危険な印象も受ける。池袋の東京芸術劇場と同じような感じである。内装は渋谷のオーチャードホールに少し似ているかも知れない。今日は右側サイド席(バルコニー席)の1列目であったが、通路はかなり狭い。中央の座席は足元にまだ余裕があるが、サイド席はそうではない。ただ、サイド席であったため、開演直前に白井晃が客席後方の扉から入ってきて、関係者席に着くのを確認することが出来た。今日の客層は圧倒的に元を含めたジャニーズファンの女性が多いため、白井晃に注目していた人はほぼ皆無。白井さんは上演終了後もしばらく座席に残って隣のスタッフの女性と話していたが、すぐ横を通り過ぎても白井さんに気づく人はいなかった。男性客はブレヒト好きが多かったと思われるが、今日は男性客自体が超少数派である。

客層を予想していたからというわけでもないだろうが、今日は要所要所で上から黒いスクリーンが下りてきて、これがナチスの歴史の何と繋がるかが白い文字で投影されるという、ブレヒトの原案通りの解体した形での上演である。そもそもヒトラーの劇だと知らないで来た人も結構いたと思われる。

舞台は1920年代のシカゴに置き換えられている。禁酒法が施行され、ジャズエイジとも呼ばれたアメリカ青春の時代であるが、同時にシカゴではアル・カポネ(この劇でも名前だけ登場する)が酒の密輸や密造で財産を築くなど、裏社会の人間が暗躍した時期でもある。

シカゴのカリフラワーのトラストは勢力拡大と資金獲得のため、シカゴ市議会議員のドッグズバロー(古谷一行)を買収する計画を立てる。ドッグズバローはシート水運の食堂の主から転身して見事議員に当選した人物であり、「正直者」「清廉潔白」の噂があるが、シート水運の株の半分以上を譲渡し、シート水運の実質的な経営者になる話を持ちかけるとこれに乗ってくる。更にカリフラワー協会からは別宅も譲り受けたドッグズバローだったが、これには後に激しく後悔することになる。トラストは港湾工事の名目による公金を手に入れる。

シカゴの弱小ギャング団のボスであるアルトゥロ・ウイ(草彅剛)もシカゴの街を手に入れるため、八百屋に「用心棒をする」と言ってみかじめ料を取ったりしていたが、更なる権力獲得のためにカリフラワートラストに取り入ろうとするも難航していた。そんな中、ドッグズバローがトラストに便宜を図ることで収賄を行っている証拠を手に入れる。かくて、恐喝によってドッグズバローから権力を譲渡されたウイは、部下のエルネスト・ローマ(後に「長いナイフの夜事件」で粛正されることになるエルンスト・レームに相当。演じるのは松尾諭)、ジュゼッペ・ジヴォラ(ヨーゼフ・ゲッペルスに相当し、ゲッペルス同様、足を引きずって歩く。演じるのは渡部豪太)、マヌエル・ジーリ(ヘルマン・ゲーリングに相当。演じるのは粟野史浩)らと共にシカゴの街を掌握し、更に隣接するシセロの街(オーストリアのメタファー)をも手中に収めようとしていた……。

_20200114_185444


赤の仮設プロセニアム、更に舞台の上に同じく赤い色のステージがあり、ここで演奏と歌が行われる。アルトゥロ・ウイとその部下達は赤いスーツを着ている。3人の女性ダンサー(Ruu、Nami Monroe、FUMI)も赤の衣装だ。ドッグズバロー(パウル・フォン・ヒンデルブルク大統領に相当)やカリフラワートラスト(ユンカーと呼ばれるドイツの地方貴族達がモデルである。「貴公子」に由来する「ユンカー」という言葉には馴染みがない人でも、別の読み方である「ユンケル」なら意味は知らなくても言葉自体は目にしたり耳にしたりしたことは確実にあるはずである)のメンバーは他の色の衣装であるが、ある時を境に、赤の衣装へと切り替わる。

客席ステージをフルに使った演出であるが、民衆役の俳優も客席にいる時に上着を脱ぎ、下に来ていた赤い背広を露わにする。草彅剛も何度も客席通路に降りるが、ラストの演説の前では客席上手入り口から登場し、客席通路を通ってステージに上がる。ナンバー2にのし上がったジヴォラもその少し前に同じ様に客席下手入り口から登場してステージに上がっており、流石は白井晃、よくわかっている演出である。

ジェイムズ・ブラウンの曲が草彅やオーサカ=モノレールのヴォーカルである中田亮によって次々に歌われ、アメリカンソウルが高揚して客席も熱狂するが(ナチス時代ならワーグナーやベートーヴェンが流れるであろう)、それが凄惨な悪夢へと転じていく様が鮮やかである。アルトゥロ・ウイの一党が着ている赤いスーツはナチスのハーケンクロイツの旗に用いられていた赤が由来だと思われるが、同時に流血をイメージする色でもある。あるいはKAATの座席の色だったり「朱に交われば」という言葉も掛かっているのか知れないが、全ての登場人物の衣装が赤に変わっていく過程は、フランク・パヴロフとヴィンセント・ギャロの『茶色の朝』を想起させる。白井晃なら当然、『茶色の朝』ぐらいは知っているだろうし、意識したとしても当然のように思われる。

SMAPのメンバーの中で、演技力ならナンバーワンだと思われる草彅剛。芝居の開始当初はセリフのノリが今ひとつに感じられたが、これはシェイクスピア俳優(小林勝也)から「ジュリアス・シーザー」の一節を用いた演技指導を受けて以降のアルトゥロ・ウイと対比させるために敢えて抑えていた可能性もある。第2幕冒頭では、「横浜KAATでアルトゥロ・ウイ!」を連呼して客席に熱狂と一体感を呼び起こし、終盤に至るとアルトゥロ・ウイの狂気を爆発させて、燃えさかる紅蓮の炎のような激しさで見る物を引きずり込んでいく。シェイクスピア俳優が演技指導をするということで、ブレヒトもシェイクスピアの「リチャード三世」を意識していたのかも知れないが(実際に亡霊が主人公を苛むというシーンがある)、アルトゥロ・ウイもリチャード三世同様、実に魅力的で危うく、草彅剛は自らの風貌を生かした狡猾にして人を惹きつける男を舞台上に現出させる。
「リチャード三世」違ってリッチモンドは登場しないが、それはまだヒトラー政権が続いていた時代に書かれたものであるためで、ブレヒトはたやすく救済を用意したりはしない。ただ、ラストで告発は行われている。現に今起こっていることに対する告発である。音楽の高揚感の中での告発であり、その後の沈黙が強烈に響くことになった。

 

終演後、KAATの外に出た時、向かいのビルにアルトゥロ・ウイの亡霊がいるのを発見する。KAATの外壁にはアルトゥロ・ウイを演じる草彅剛の巨大パネルが掲げられていたのだが、それが向かいのビルの窓に写っていたのである。

| | コメント (0)

2019年12月25日 (水)

観劇感想精選(332) 戸田恵子一人芝居「虹のかけら~もうひとりのジュディ」(ネタバレありバージョン)

2019年12月3日 大阪・西梅田のサンケイホールブリーゼにて観劇

午後6時30分から、大阪・西梅田のサンケイホールブリーゼで「虹のかけら~もうひとりのジュディ」を観る。構成・演出:三谷幸喜。戸田恵子による一人芝居である。音楽監督は、三谷作品にはお馴染みとなった荻野清子であり、荻野のピアノ、平野なつきのベース、BUN Imaiのドラムという3人の女性バンドの演奏に乗せて、戸田が演じ、歌う。
振付・ステージングは、本間憲一。
昨年初演が行われた作品で、今回は再演となる。

開演前に三谷幸喜による録音のアナウンスが2度あったのだが、内容は少し異なり、一度目は「私が三谷幸喜です」と落ち着いた自己紹介を行っていたが、二度目は「そうです! 私が三谷幸喜です!」と演説調になり、「会場内での録画、再生、早送りはご遠慮下さい」が、「会場内での録画、再生、巻き戻しはご遠慮下さい」に変わったり、「音の出る電子機器をお持ちの方は、電源を切るか、いっそのこと壊すかして下さい」が「電源を切るか、水に漬けて下さい」に変わったりする。2度目のアナウンスでは、「まもなく開演です! 開演です! 開演です!」とせかしていた。
そういえば、青山劇場で「オケピ!」の初演を観た時も、三谷の録音によるアナウンスがあり、「埼玉県にお住まいの方は、早めにお帰りになるか、引っ越すかして下さい」と言っていたっけ。

実は、この作品、重要なネタバレ禁止事項がある。12月25日のクリスマスの日に行われる千秋楽を迎えたため明かすことにする。

 

映画「オズの魔法使」や「スタア誕生」などで知られるジュディ・ガーランドの生涯を、ガーランドのスタンドインや付き人を務めたジュディ・シルバーマンの目を通して語る作品である。戸田恵子と三谷幸喜による一人芝居は先に「なにわバタフライ」があり、「なにわバタフライ」がセリフのみによる進行だったのに対して、「虹のかけら」は、ストーリーテラーとセリフを兼ねる語り物である。歌も全11曲が歌われるため、ショーの要素もふんだんにある。

歌唱楽曲は、「I got rhythm」「Zing! went the string of my heart」「over the Rainbow」「I Love A Piano」「A couple of swells」「You made me love you(Dear Mr Gable)」「The trolly song」「Get Happy」「Swanee」「Over the Rainbow(Rep)」「On the sunny side of the street」

まず、荻野清子、平野なつき、BUN Imaiのバンド3人が、客席入り口から現れ、客席通路を通ってステージに上がる。一応、3人にもセリフがあり、荻野「今日、これ終わったら何食べる?」、平野「餃子」、荻野「私は551の豚まん(大阪ネタ)」、BUN「ゆで卵」、荻野「みんなそれぞれだね」というもので、入れる意味はあんまりない。まあ、折角なので喋って貰おうということなのだろう。

その後、戸田恵子がやはり客席入り口から、「遅くなっちゃった!」と言って現れる。

まずはジュディ・ガーランドの説明から入る。ジュディ・ガーランドは1922年生まれ。1929年に二人の姉とガムシスターズを結成し、幼くしてデビュー。ちなみにガムは、本名であるフランシス・エセル・ガムに由来する。
13歳にしてMGMと契約を交わして映画デビューし、天才子役として持て囃され、17歳の時に「オズの魔法使」のドロシー役で人気を決定的なものにする。
しかし、子どもの頃から薬物中毒に苦しめられ、若くして成功したことに由来すると思われる奔放さによって多くの人から見放されることとなり、47歳の若さで他界している。ちなみに娘は女優となったライザ・ミネリである。

そんなジュディ・ガーランドの姿が、もうひとりのジュディであるジュディ・シルバーマンの日記から構成されたテキストによって浮かび上がる。
ちなみに「虹のかけら」というのは、戸田恵子がニューヨークに行った時に発見し、夢中になって一晩で読んだというジュディ・シルバーマンの著書『Piece of Rainbow』に由来する。

ジュディ・ガーランドは、トニー賞やグラミー賞を受賞しており、アカデミー賞は何度もノミネートされるも手が届かなかったが、女性としては最高の栄誉をいくつも手にしたアメリカンドリームの体現者である。ただその栄光とは裏腹に、結局、全員が最後は彼女を見捨て、心から愛してくれる人に巡り会うことが出来なかった人間としての失敗者でもある。オーディションで「オズの魔法使」のドロシー役に手が届く所にいながら、ガーランドに奪われ、平凡な道のりを辿ることになったジュディ・シルバーマンとの対比により、人生の意味が問われることになる。

実は、ジュディ・シルバーマンというのは架空の人物である。これはクライマックスにおいて、三谷の影アナによって明かされる。『Piece of Rainbow』という書籍も当然ながら存在せず、全ては三谷が書いたテキストである。

三谷幸喜「そもそも戸田恵子に英語の原書を一晩で読める英語力はありません」

というわけで、三谷幸喜の構成というのも実はフェイクで、実際には三谷幸喜の作と書いた方が適当である。表裏一体ともいえる人生の明と暗を描く上で三谷が行った仕掛けというわけだ。
なお、ドロシー役をジュディ・ガーランドに奪われることになった女優は、実際はシャーリー・テンプルだそうで、「ジュディ・ガーランドよりもずっと成功することになった。人生どうなるかわからないもんですね」と三谷は語っていた。

 

当て書きを常とする三谷幸喜であるが、今の年齢の戸田恵子にまさにぴったりの作品となっている。戸田恵子以外の俳優には上手く馴染まないだろうし、もう少し若い時の戸田恵子が演じても今ほど奥行きは出ないだろう。

なお、終演後のアナウンスで三谷は、「戸田恵子生誕70年記念作品として、『三人目のジュディ 魅せられて』を上演する予定です」と、どう考えてもジュディ・オングを描いた一人芝居の上演を予告していたが、本当にやるのかどうかはわからない。

Dsc_8081

| | コメント (0)

2019年12月 8日 (日)

これまでに観た映画より(146) 「ボヘミアン・ラプソディ」

録画してまだ観ていなかった映画「ボヘミアン・ラプソディ」を観る。イギリス=アメリカ合作作品。クイーンのボーカル、フレディ・マーキュリーの伝記映画である。監督:ブライアン・シンガー&デクスター・フレッチャー。出演:ラミ・マレック、ルーシー・ボイントン、グウィリム・リー、ベン・ハーディ、ジョゼフ・マゼロ、エイダン・ギレン、トム・ホランダー、アレン・リーチ、マイク・マイヤーズほか。

1970年のロンドン。ペルシャ系でゾロアスター教を信仰する移民の家に生まれたファルーク・バルサラ(ラミ・マレック)は、ヒースロー空港で「パキ野郎(パキスタン野郎)!」と差別を受けながら働いている。仕事の合間にも作詞を行い、作曲をするなど音楽への情熱に燃えていたファルークは、ボーカルに去られた学生バンド・スマイルに参加し、やがて彼らはクイーンとして世界的な人気バンドとなっていく。ファルーク・バルサラは、芸名ではなく本名をフレディ・マーキュリーに変更した。ライブ会場で出会ったショップの店員、メアリー(ルーシー・ボイントン)と恋に落ち、やがて結婚に至るなど、公私ともに順調かと思えたフレディだが、出自の問題やバイセクシャルに目覚めたことなどが影響してメアリーとの仲は次第に疎遠になっていく。CBSからのソロデビューの話を断り続けていたフレディだが、遂にはソロデビューを受け入れることになり、家族と呼んでいたクイーンのメンバーとも仲違いすることになる。クイーンの他のメンバーは有名大学卒のインテリで、本当の家族を作り、子どもを産んで育てることを当然のように行えるが不器用なフレディはそうではない。彼の第一の家族はクイーンのメンバー達だったがそれも失うのだ。

フレディと仕事仲間にして、同性愛の関係でもあったポールは、北アイルランドのベルファスト出身のカトリックで同性愛者と、自らがイギリスから阻害された存在であることを語る場面があるが、フレディもまたペルシャからインドを経てイギリスに渡った移民の子供であり、タンザニアの生まれで、ゾロアスター教徒の子であるが、教義に背いて男も愛するという阻害された存在である。ボヘミアン=ジプシーは、まさに彼のことであり、「ボヘミアン・ラプソディ」は彼自身のことを歌ったプライベートソングである。間違いなくロックではあるが、同時に阻害された者の孤独なアリアであり、バルサラからマーキュリーへの痛みを伴った転身と再生、怖れと希望を歌い上げるソウルナンバーである。
「ボヘミアン・ラプソディ」は、6分という長さと難解さ故、EMIのプロデューサーからも理解されず、シングルカット当初は音楽評論家達から酷評されるが、音楽史上初ともいわれるプロモーションビデオが大衆に受け入れられ(多重録音を用いて製作された「ボヘミアン・ラプソディ」は全曲を通してはライブで歌うことの出来ない曲であり、そのためプロモーションビデオが作成されて公開されたのだが、これが予想以上の人気を呼ぶ)大ヒット。2002年にはギネス・ワールド・レコーズ社によるアンケートで、全英ポップミュージック史上ナンバーワンソングに選ばれることになる。

成功したアーティストになったフレディだが、合同記者会見を行っても記者達は音楽のことではなく自らのプライバシーに切り込もうとばかりする。成功者ではあっても理解された存在ではなかったのだ。

父親から言われ続けた「良き思い、良き言葉、良き行い」から背いたと見做され、両性愛者であったことと奔放な私生活が原因でメアリーに去られ、子供も残せない。そしてルーズな行動が目立ち始めたことに端を発するクイーンのメンバーとのすれ違い。
最後は、この3組の家族の和解と音楽を通しての世界の融合が行われる。全てが結びつけられるのだ。

音楽の力を見せつけられるかのようなラストシーンは、実に爽快である。

| | コメント (0)

2019年11月 9日 (土)

コンサートの記(606) ヤニック・ネゼ=セガン指揮フィラデルフィア管弦楽団来日演奏会2019京都

2019年11月3日 京都コンサートホールにて

午後3時から京都コンサートホールで、ヤニック・ネゼ=セガン指揮フィラデルフィア管弦楽団の来日演奏会を聴く。

アメリカのBIG5と呼ばれる5つの名門オーケストラのうちの1つとして知られるフィラデルフィア管弦楽団。古都(といっても10年ほどだったため、余りそうした取られ方はしないが)にして独立宣言起草の地であるフィラデルフィアに1900年に創設されたオーケストラである。フィラデルフィアには名門のカーティス音楽院があり、楽団員の多くが同音楽院の出身である。

レオポルド・ストコフスキーを音楽監督に頂いていた時代には、ディズニー映画「ファンタジア」の演奏を担当したことで知られ、後任のユージン・オーマンディの時代には「フィラデルフィア・サウンド」と呼ばれた世界で最も輝かしい音色を武器に人気を博している。ストコフスキーとオーマンディの時代にはラフマニノフとたびたび共演。録音も多く残している。オーマンディは後に「フィラデルフィア・サウンドなんてなかった。あったのはオーマンディ・サウンドだ」と述懐しているが、オーマンディ退任後のリッカルド・ムーティ時代には演奏の傾向も少し変わる。当時、天下を狙う勢いだったムーティは、「ベートーヴェン交響曲全集」なども作成しているが、お国ものであるレスピーギなどが高く評価された他は思うような実績が残せなかった。ムーティは、アメリカにオペラが浸透していないことや「世界最悪の音響」として有名だった本拠地のアカデミー・オブ・ミュージックに不満を漏らし、在位12年でフィラデルフィアを去っている。経営陣が後釜として狙っていたのはサイモン・ラトルであったが、ラトルには断られ、代わりにラトルが強く推薦するウォルフガング・サヴァリッシュが音楽監督となる。純ドイツ的な音楽作りで知られたサヴァリッシュとフィラデルフィア管弦楽団の相性を当初は疑問視する声もあったが、フィラデルフィア管弦楽団の弱点であった独墺もののレパートリーが拡大され、好評を得ている。2001年にはアカデミー・オブ・ミュージックに変わる新しい本拠地としてヴィライゾンホールが完成。音楽的な環境も整った。
サヴァリッシュの退任後は、独墺路線の踏襲ということでクリストフ・エッシェンバッハが音楽監督に選ばれたが、エッシェンバッハは多忙を極めており、在位は5年間に留まった。エッシェンバッハの退任後は音楽監督は置かず、「音の魔術師」シャルル・デュトワを首席指揮者兼芸術顧問に指名し、往年のフィラデルフィア・サウンド復活を目指すが、リーマンショックのあおりも受けて2011年に破産。世界トップレベルのオーケストラの破産は衝撃を持って受け止められた。その後、再建し、2012年からはヤニック・ネゼ=セガンを音楽監督に迎えている。

そのヤニック・ネゼ=セガンは、1975年、カナダ・モントリオールに生まれた注目株。ケベック音楽院モントリオール校を経て、プリンストンのウエストミンスター・クワイヤー・カレッジで合唱指揮を学ぶ。この間、カルロ・マリア・ジュリーニに師事。2000年に出身地のモントリオール・オペラの音楽アドバイザーとグラン・モントリオール・メトロポリタン管弦楽団の首席指揮者兼芸術監督に就任。グラン・モントリオール・メトロポリタン管弦楽団は、就任当時全くの無名楽団であったが、レベルを急速に持ち上げ、レコーディングなども行うようになる。その功績により、現在では同楽団の終身芸術監督の座を得ている。ちなみに幼い頃からシャルル・デュトワ指揮のモントリオール交響楽団の演奏会に通っており、デュトワは憧れの人物であったが、そのデュトワからフィラデルフィア管弦楽団シェフのバトンを受け継ぐことになった。
ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督を2008年から昨年まで務め、昨年からはメトロポリタン歌劇場の音楽監督も任されている。
ちなみにアメリカで活躍する指揮者にはよくあることだが、カミングアウトした同性愛者であり、現在はパートナーの男性と3匹の猫と一緒に暮らしていることを明かしている。

 

曲目は、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番(ピアノ独奏:ハオチェン・チャン)とドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」

 

フィラデルフィア管弦楽団とストコフスキーが始めた現代配置、ストコフスキーシフトでの演奏である。
前半後半とも楽団員が思い思いに登場して練習を行い、最後にコンサートマスター(デイヴィッド・キムであると思われる)が登場して拍手という形である。

 

ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。
ピアノ独奏のハオチェン・チャンは、上海出身のピアニスト。上海音楽院小学校で学んだ後、深圳芸術大学に進み、更に渡米してフィラデルフィアのカーティス音楽院でゲイリー・グラフマンに師事している。

チャンは、鍵盤に指を置いてからしばらく目を閉じて静止し、徐に弾き始める。冒頭はかなりテンポが遅く、音も弱く仄暗く、あたかも地獄の鐘の音を奏でているような趣がある。ダイナミックレンジを広く取った、ロマンティックで表現主義的な演奏。ネゼ=セガンも同傾向の伴奏を行うが、ネゼ=セガン自体はチャンよりも流れの良い演奏を好んでいるようでもあり、第1楽章では噛み合わない場面もあった。

フィラデルフィア管弦楽団というと、オーマンディやムーティ、デュトワらとの録音を聴いた限りでは「ザ・アメリカン・オーケストラ」という印象で、豪華で煌びやかな音色で押す団体というイメージを抱いていたが、実際に聴くと渋く憂いに満ちたサウンドが特徴的であり、アメリカというよりもライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団やロイヤル・コンセルトヘボウ楽団といったヨーロッパの楽団に近い印象を受ける。世代交代が進み、オーマンディの時代とは別のオーケストラになっているわけだが、ムーティ、サヴァリッシュ、エッシェンバッハ、デュトワといったそれぞれ強烈な個性の持ち主をトップに頂いたことで、アンサンブルの質が変わってきたのかも知れない。

第2楽章では、チャンのしっとりとした語りとフィラデルフィア管弦楽団のマイルドな音色が絡み合って上質の演奏となる。
第3楽章は、チャンのエモーショナルな演奏と、フィラデルフィアがこれまで隠し持ってきた都会的でお洒落なサウンドが合致し、豪勢なラフマニノフとなった。

ハオチェン・チャンのアンコール演奏は、ブラームスの間奏曲op118-2。チャンは弱音の美しさを重視しているようで、この曲でも穏やかなリリシズムを丁寧に奏でていた。

 

ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」。コンサートプログラムに載る頻度が高く、「通俗名曲」という評価も受けているが、ネゼ=セガンとフィラデルフィア管弦楽団はこの曲に新たな風を吹き込む。
序奏は緩やかに展開。その後、テンポを上げていく。弦、管ともにパワフルであるが、むしろ澄み切った音色を前面に出した若々しい音楽作りを見せる。指揮者としてはまだ若いネゼ=セガンとの演奏ということでリズムの処理も上手い。「家路」や「遠き山に日は落ちて」というタイトルの歌曲となったことで知られる第2楽章の旋律も瑞々しく歌われる。
第4楽章は、下手をするとオーケストラの威力を示すだけになってしまう危険性のある音楽だが、ネゼ=セガンは曲調に込められたアメリカとヨーロッパの混交を明らかにしていく。その後に発達するロックのテイストの先取りや、ジョン・ウィリアムズに代表されるような映画音楽への影響、あくまでヨーロッパ的なノーブルさを保ちながらも発揮されるアメリカ的な躍動感など、中欧チェコの作曲家であるドヴォルザークがニューヨークで書いたからこそ成し得たハイブリッドな音楽が展開されていく。
実演で接した「新世界」交響曲の中では上位に来る仕上がりであった。面白さに関してはトップを争うかも知れない。

 

アンコール演奏は、ラフマニノフの「ヴォカリーズ」。磨き抜かれた美音とセンチメンタルに陥る手前で踏みとどまった表現が印象に残った。

Dsc_7838

 

| | コメント (0)

2019年10月 8日 (火)

これまでに観た映画より(131) 「ブラインドスポッティング」

2019年10月2日 京都シネマにて

京都シネマでアメリカ映画「ブラインドスポッティング」を観る。「ブラインドスポッティング」というのはいわゆる「盲点」のことなのだが、「2通りの見方が可能なシチュエーションやイメージ。ただし、一度に片方しか見ることができず、もう片方がブラインドスポットとなる」という定義がある。盲点と死角を併せ持ったようなものと考えると近いだろう。
メキシコ出身のカルロス・ロペス・エストラーダ監督作品。主演&脚本:ダーヴィド・ディグス、ラファエル・カザル。出演は、ジャニナ・ガヴァンカー、ウトカルシュ・アンブドゥカル、ジャスミン・シーファス・ジョーンズほか。

カリフォルニア州オークランドが舞台。MLB屈指の名門チームであるアスレチックスが本拠地としていることで有名な街だが、人種が多様でリベラルな気風でも知られているという。大企業のいくつが本社を置き、高給取りが多い一方で若者達の4人に1人は貧困者という格差の激しい街でもある。
生粋のオークランドっ子である黒人のコリン(ダーヴィド・ディグス)と白人のマイルズ(ラファエル・カザル)の二人は11歳の時から無二の親友として付き合ってきた。コリンは傷害罪で逮捕され、実刑を受けた後に1年の保護監督処分を受ける。定職に就き、門限は午後11時、奉仕活動を行うことが命じられ、指定されて一人暮らしすることになったアパート(新興のオークランド市民は高級住宅に住むようになり、賃貸の部屋はどこでも空いているような状態だったのだが、前科者なので好きな部屋を借りることは出来ない)のトイレ掃除も行っている。仕事は元カノでインド系のヴァル(ジャニナ・カヴァンカー)の斡旋で、ヴァルが受付や会計などの事務方をしている引っ越し会社の社員に決まった。マイルズも一緒に働いている。コリンは移動を制限されており、オークランドの中心部から出ることが出来ない。
だが実は、傷害事件はコリンが単独で起こしたものではなく、マイルズも加わっていたのだ。マイルズが逮捕されなかったのは白人だったからである。マイルズは自身のことを黒人への蔑称である「ニガー」と呼ばせ、黒人の女性と結婚するなど、黒人への理解はあると自覚しているのだが、何かあったら黒人のせいにされるのだというところまでは認識出来ていない。引っ越しの仕事に向かった先で、トラックの前に車を停めて動こうとしない若者をマイルズは罵倒し、何度もクラクションを鳴らすが、ヴァルが受けた苦情の電話では、クラクションを鳴らして罵倒してきたのはドレッドヘアの黒人ということになっていた。隣の席にいたコリンのせいにされたのだ。

処分が解けるまで3日となった夜。マイルズは車の中で6丁の拳銃を見せびらかす。何かあったら黒人である自分のせいにされると知っていたコリンはマイルズに自制するように申し出るが、マイルズは「家族を守るため」と主張して拳銃を所持するのを止めようとはしない。
門限の11時が迫っており、コリンはマイルズらと別れてトランクを運転して自宅へと急いでいた。トラックを発進させようとした時、黒人の若い男が前に飛び出してくる。その後ろからは白人の警官が追ってきていた。警官は何の躊躇もなく、拳銃の引き金を引く。4発の銃弾が放たれ、コリンの目の前で黒人の若い男は殺された。黒人だったからだ。

治安の悪いオークランド市の警官は高給で雇われていたが、よそ者も多く、オークランド市の郊外の高級住宅地か隣の街に住んでいて、地元愛がないといわれていた。ヤンキー気質で地元愛の強いマイルズは、白人ではありながらそうした富裕層の白人を黒人以上に目の敵にしている。人種差別を行わない自身こそがオークランド市民の本流だと考えているところのあるマイルズには黒人特有のデリケートな部分には目が及んでおらず……。


日本には目に見える形での異人種への差別は今のところそれほど顕著ではない。一目で異人種とわかるような人がそれほど多くないということもある。
ただ、私の天敵でもある認知バイアスは相当に強度なところがある。「そういうもの」と勝手に規定されてしまうことで、あらゆることがらの解釈が全てそれに沿って行われる。日本においては生き方はパターン化されており、かなりシステマチックな社会である。肌の色の違いといったようなわかりやすい目印がないだけに、そうした差別と無意識のデリカシーのなさはより巧妙に世界を覆っているともいえる。
オークランド・アスレチックスにちなんで野球で例えようか。よく「得意なコースの近くに苦手なゾーンがある」といわれるが、これは得意であるがために手を出して凡打してしまうということでもあるだろう。甘く見てしまうのだ。それと同じで「理解している」「知悉している」と自覚していることに実は盲点があったりする。決めつけも生じる。エリア・カザン監督の「紳士協定」っぽくなったが。

| | コメント (0)

2019年8月 1日 (木)

観劇感想精選(311) 黒柳徹子主演海外コメディシリーズ第29弾「ルーマーズ 口から耳へ、耳から口へ」2015

2015年6月4日 梅田芸術劇場シアター・ドラマシティにて観劇

午後4時から、梅田芸術劇場シアター・ドラマシティで、黒柳徹子主演海外コメディシリーズ第29弾「ルーマーズ 口から耳へ、耳から口へ」を観る。喜劇王ニール・サイモンの戯曲の上演。黒柳徹子は今回の上演も含めて4度「ルーマーズ」の舞台で主演を務めているが、再演時と再々演時に演出を担当した高橋昌也が昨年逝去。しかし、今回の上演でも高橋の演出を踏襲して行われるため、演出と美術は高橋昌也とクレジットされている。演出補として演劇集団円の前川錬一(まえかわ・れんいち)が名を連ね、高橋の演出を尊重しつつ独自のカラーも出している。
テキスト日本語訳は黒田絵美子。
主演:黒柳徹子。出演:団時朗、かとうかず子、大森博史、茅島成美(かやしま・なるみ)、鶴田忍、平栗あつみ(ひらぐり・あつみ。演劇集団円会員)、石田登星(いしだ・とうせい。演劇集団円会員)、千葉ミハル(演劇集団円会員)、佐々木睦(ささき・むつみ。男性。演劇集団円会員)。
途中休憩を含めて上演時間2時間40分の大作である。

ニューヨークのチャールズ・ブロック(愛称はチャーリー)邸が舞台。ニューヨーク市長代理を務めているチャーリーと妻・マイラの結婚20周年を祝うパーティーが今夜ここで行われることになっていた。招待されたのは4組の夫婦、クリス(黒柳徹子)とケン(団時朗)のゴーマン夫妻、レナード(愛称はレニー、レン。大森博史)とクレア(かとうかず子)のガンツ夫妻、クッキー(茅島成美)とアーニーのキューザック夫妻、グレン(石田登星)とキャシー(本名はおそらくキャサリンだと思われる。平栗あつみ)のクーパー夫妻である。
まずチャーリー邸に着いたのは二人とも弁護士というゴーマン夫妻。しかし、チャーリー邸には夫人であるマイラはおらず、またフィリピン人のメイドも姿を消している。そして、2階の寝室で、チャーリーが左の耳たぶを拳銃で撃ち抜き、薬でフラフラになっているのを発見する。クリスはゴーマン家の主治医であるダドリー医師に電話をするのだが、このダドリー医師というのが尋常とは思えないほどの芝居好きで、今夜もブロードウェイでミュージカル「シカゴ」を観ており、劇場に電話をしても上演中ということでなかなか電話が繋がらない。何度か電話してようやくダドリー医師に電話が繋がるが、ケンは事を大きくしないために、拳銃で自殺を図ったのではなく、車から降りた際にすぐそばにあった階段から転げ落ちて頭を打ったということにしようと提案する。ただ、最初はクリスも「階段を駆け上がって頭を打った」とあり得ない状態を伝えてしまい、言い直す。ゴーマン夫妻はチャーリーのスキャンダルが広まらないよう、次にチャーリー邸を訪れたガンツ夫妻(来るときにレニーが運転している買ったばかりのBMWが横から飛び出してきたジャガーに追突され、レニーはむち打ち症を患う)にも最初は嘘を伝えるが、結局、状況を打ち明けることにする。レニーは公認会計士であり、チャーリーの主任会計士でもある。チャーリーの自殺未遂が巡り巡って自分の会計ミスという噂に繋がるかも知れない。ということで、ガンツ夫妻も三番目にチャーリー邸にやってきたキューザック夫妻に嘘をつく。ちなみにアーニー・キューザックは大学教授でもある精神科医、クッキー・キューザックは料理番組などでも活躍する料理専門家である。ゴーマン夫妻とガンツ夫妻は「サプライズで、チャーリーとマイラが1階に降りてくる前に皆で料理をする」と嘘をつく。だが、その時、拳銃の音のようなものが。チャーリーの拳銃を片付けようとしたケンが、けつまずいて耳のすぐそばで引き金を引いてしまったのだ。轟音により、ケンは一時的にではあるが耳が聞こえなくなってしまう。2階に行って状況を把握したレニーは、「ものが落ちた」と説明し、クリスやクレアは「ものが落ちて、シェービングの缶が暴発した」と補足をする。アーニーは「あれは拳銃の音だ」と納得しないが、結局は夫婦で料理をするためにキッチンに向かう。キッチンでも爆発が起こり、クッキーは手首に傷を負い、アーニーは指先を怪我する。だが、大したことはなかった。
そこにまた来客が。クリスもクレアもこれ以上状況がややこしくなるのは沢山なので二人でトイレに籠もってしまう。何度もチャイムが鳴る。キッチンからアーニーが出てきて、ドアを開ける。やってきたのはグレンとキャシーのクーパー夫妻。グレンは民主党に所属し、上院議員に立候補していた。そのクーパー夫妻であるが、互いに浮気を疑っており、仲が険悪である。チャーリー邸に入ってからも口喧嘩ばかり。キャシーは水晶を御守りとしていつも持っており、磨くためにトイレに入ろうとするが中から鍵が掛かっている。「誰かいるの?」と聞くキャシーにクリスが出てきて、キャシーとクリスは抱き合って挨拶する。だが、クリスが出てきてからもまたトイレには鍵が掛かっている。今度はクレアが中から出てきて……。

第2幕では、レニーがチャーリーが自殺未遂をしたようだということを全員に打ち明けた後からスタートするのだが、耳の聞こえないケンは「これ以上は我慢出来ない」と言って、レニーがしたのとほぼ同じと思われるような内容の告白をして笑いを誘う。
クーパー夫妻は相変わらず喧嘩を続けており、チャーリー邸を出て、グレンの車の中で口論をすることにする。キャシーはグレンの車に向かうついでにレニーのBMWを蹴っ飛ばす。
みな、何とか丸く収めようとしたが、なんとチャーリー邸にパトカーがやって来るのが見えた。4人の男達はうろたえて、「誰かがチャーリー役をやらねばならない」ということで、指を一本出すか二本出すかのゲームで、レニーがチャーリー役をやることになり、2階に上がっていた。ベン・ウェルシュ巡査(佐々木睦)とコニー・パドニー巡査(千葉ミハル)がチャーリー邸に入って来る。みな、状況を誤魔化そうとし、特にケンは弁護士であるためベンの言うことに一々文句を付ける。ケンは「少し時間をくれないか」といって、いったん警官二人を外に出す。だが、実は二人の警官がやって来たのはマイラがチャーリーにプレゼントしたジャガーが盗難に遭い、盗んで運転していた若い男がBMWと衝突事故を起こしたというので、BMWの持ち主であるレニーに話を伺うためだったのである。そのレニーがチャーリーということになっているため、この場にはいない。そこで今度はレニー役を誰かが演じる必要が生じ……。

9年前の2006年の公演も観ている芝居である。黒柳徹子も今年で82歳。「魔女」「黒船を見た女」などと呼ばれる黒柳も寄る年波には勝てず、セリフ回しも動きも以前に比べると弱っているのは否めない。

黒柳徹子は何をやっても黒柳徹子的ではあるが、私を含めて観客は「黒柳徹子を観に来ている」のであり、「黒柳徹子が黒柳徹子していること」はむしろ望ましい。
つかこうへいに見出され、小演劇で人気を得た平栗あつみも、もう結構な年である。9年前はまだ31歳になる直前だった私も初老になってしまった。
9年前にケンを演じていたのは喜劇を得意とする益岡徹である。団時朗のケンは益岡に比べるとコメディアン的演技は弱いが安定感はある。
演技のアンサンブルはまずまず。万全とはいえないかも知れないが、十分に楽しめる仕上がりになっている。なお、今日は最初のまだ舞台上には黒柳徹子と団時朗の二人だけのシーンで、黒柳徹子演じるクリスが民家用エレベーターで2階に上がり、2階バルコニーに足を置いた時に謎の巨大ブザー音が鳴り響いた。黒柳も団も客席も「?!」となったが、黒柳と団はそのまま演技を続けた。単なる音響のミスだったようである。

終演後、拍手は鳴り止まず、出演者達は4度のカーテンコールに応えた。大森博史は超長ゼリフを言うシーンがあるため、特別に一人だけ前に出て拍手を受けた。そして、黒柳徹子は昨年同様、人差し指で天を指し、天国の高橋昌也に敬意を表した。

| | コメント (0)

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

2346月日 DVD YouTube …のようなもの いずみホール おすすめCD(TVサントラ) おすすめサイト おすすめCD(クラシック) おすすめCD(ジャズ) おすすめCD(ポピュラー) おすすめCD(映画音楽) お笑い その日 びわ湖ホール アニメ・コミック アニメーション映画 アメリカ アメリカ映画 イギリス イギリス映画 イタリア ウェブログ・ココログ関連 オペラ カナダ グルメ・クッキング ゲーム コンサートの記 コンテンポラリーダンス コンビニグルメ サッカー ザ・シンフォニーホール シアター・ドラマシティ シェイクスピア シベリウス ショートフィルム ジャズ スタジアムにて スペイン スポーツ ソビエト映画 テレビドラマ デザイン トークイベント ドイツ ドキュメンタリー映画 ニュース ノート ハイテクノロジー バレエ パソコン・インターネット パフォーマンス パーヴォ・ヤルヴィ ピアノ ファッション・アクセサリ フィンランド フェスティバルホール フランス フランス映画 ベルギー ベートーヴェン ミュージカル ミュージカル映画 ヨーロッパ映画 ラーメン ロシア ロームシアター京都 中国 中国映画 交通 京都 京都コンサートホール 京都フィルハーモニー室内合奏団 京都四條南座 京都国立博物館 京都国立近代美術館 京都市交響楽団 京都文化博物館 京都芸術センター 京都芸術劇場春秋座 伝説 住まい・インテリア 余談 兵庫県立芸術文化センター 動画 千葉 占い 台湾映画 史の流れに 哲学 大河ドラマ 大阪 大阪フィルハーモニー交響楽団 学問・資格 宗教 室内楽 小物・マスコット・インテリア 広上淳一 心と体 恋愛 意識について 携帯・デジカメ 政治・社会 教育 散文 文化・芸術 文学 文楽 旅行・地域 日本映画 日記・コラム・つぶやき 映画 映画音楽 映画館 書店 書籍・雑誌 書籍紹介 朗読劇 来日団体 東京 梅田芸術劇場メインホール 楽興の時 歌舞伎 正月 歴史 海の写真集 演劇 無明の日々 猫町通り通信・鴨東記号 祭り 笑いの林 第九 経済・政治・国際 絵画 美容・コスメ 美術 美術回廊 習慣 能・狂言 花・植物 芸能・アイドル 落語 街の想い出 言葉 趣味 追悼 邦楽 配信ライブ 野球 関西 雑学 雑感 韓国 韓国映画 音楽 音楽劇 食品 飲料 香港映画