カテゴリー「政治・社会」の81件の記事

2026年1月31日 (土)

観劇感想精選(508) キムラ緑子主演「わがうたブギウギ 笠置シヅ子物語」

2026年1月25日 京都四條南座にて観劇

午後3時30分から、京都四條南座で、キムラ緑子主演舞台「わが歌ブギウギ 笠置シヅ子物語」を観る。1994年初演の音楽劇。
主演:キムラ緑子。出演は、林翔太、曾我廼家寛太郎(そがのや・かんたろう)、賀集利樹、惣田紗莉渚(そうだ・さりな)、一色采子、桜花昇ぼる(おうか・のぼる)、松村雄基ほか。アンサンブルキャストを含めるとかなり多くの人が出演する。
作は小野田勇。補綴/演出は「現代の戯作者」こと齋藤雅文。音楽:服部隆之。
「ブギの女王」として一世を風靡しながら、42歳の若さで歌手を引退し、以後はおばちゃん役を得意とした女優として活躍、70歳で他界した笠置シヅ子の歌手時代の物語である。笠置シヅ子は、歌手時代には笠置シズ子の表記を用いており、女優に転身してから表記が笠置シヅ子に変わったとされるが、歌手時代に女優として出演した映画でもクレジットが「笠置シヅ子」になっているものがあり、歌手「笠置シズ子」、女優「笠置シヅ子」だったのかも知れない。

キムラ緑子は、同志社女子大学出身で、学生時代にお隣の同志社大学の演劇サークル第三劇場でマキノノゾミが演出するつかこうへい作品を観て参加。マキノとは結婚と離婚を繰り返している。
卒業後は、生まれ故郷の淡路島に帰って塾講師を務めるが、マキノに誘われ、マキノが主宰する劇団M.O.P.に参加。つかこうへい作品を上演していたが、マキノが作・演出を手掛けるようになってからは関西を代表する憑依型女優として名声を上げる。劇団M.O.P.が大阪、東京と本拠地を変えるごとに移住。映像作品にも出演するようになるが、全国区になるのは比較的遅く、朝ドラで意地悪な役や怖い役を演じて話題になってからである。舞台では、世間知らずなお嬢さんから性格のねじれた老婆まで幅広く演じ分け、才能を発揮している。

ただ今回はキムラ緑子を前面に出すためか、声など細部を除いては演じる年齢による演じ分けは行っていない。第1幕と第2幕からなる商業演劇であるが、カーテンコールでの声からいって、第2部が素のキムラ緑子の声で、第1部が若い声だったようだ。かなり違う。

NHK連続テレビ小説「ブギウギ」(主演:趣里)で、笠置シヅ子をモデルにした人物がヒロインとなり、笠置シヅ子の自伝や、シヅ子の師である服部良一の自伝などが久しぶりに再発売されているが、その間、研究はほとんど行われていなかったようである。笠置シヅ子も比較的謎の多い人物で、歌手引退と同時に歌を一切歌わなくなった、鼻歌すらも歌わなかったことが、一人娘の亀井ヱイ子氏の証言で分かっている。かなり頑なである。歌手引退の理由も曖昧だが、後年になって笠置シヅ子本人が、「太ってきたから」と理由を明かしている。笠置シヅ子の歌は、歌声だけでなくパフォーマンス(振付はほとんど自分で考えている)も併せて初めて一つの作品となるものだった。太ってしまっては踊れない。そして、笠置シヅ子が生きたのは日本人の平均寿命が今より短く、老けるのも早い時代だった。

 

黒澤明の作詞であり、黒澤映画「酔いどれ天使」でも使用された「ジャングル・ブギー」でスタート。キムラ緑子演じる笠置シヅ子が歌い踊り、それを多くのダンサーが盛り上げる。

話はシヅ子の若い日に戻る。少女時代のシヅ子(本名:亀井靜子。合田くるみが演じている)は、宝塚歌劇団を受けるも不合格。少女歌劇への夢を諦めきれないシヅ子は、今の大阪松竹座内にあった大阪松竹楽劇部(のちに大阪松竹少女歌劇団に改称)を訪れ、強引に入れて欲しいと頼む。二村定一の「アラビヤの唄」なども歌い上げる。生徒募集をしていなかった大阪松竹楽劇部も根負けして入団を認める。実際のシヅ子はもっとしつこかったそうで、毎日毎日「入れてくれ」と頼みに来たそうだ。
三笠シズ子の芸名で座員となるが、三笠宮が創設されたため、「畏れ多い」として笠置シズ子に改名させられている。
今回の劇では、服部良一(松村雄基)が大阪松竹少女歌劇団に在籍しているという設定(実際に二人が会うのは東京において)。 ピアニストとしてシヅ子たちにレッスンを付けるのは小暮五郎(賀集利樹)の役目であるが、小暮は若い頃から酒をたしなんでおり、その後、酒の飲み過ぎでピアノが弾けず、零落した姿でシヅ子の前に現れることになる。

大阪で歌声が評判になったシヅ子(大阪松竹少女歌劇団の後継団体であるOSK日本歌劇団で今も歌い継がれている「桜咲く国」などを歌う)に、東京の帝国劇場を舞台として組織される松竹楽劇団(SGD)に加わらないかという話が舞い込む。音楽監督は服部良一(史実でシヅ子と服部が出会ったのはこの時)。シヅ子は、男役のダンサーであるユリー五十鈴(桜花昇ぼる)と共に上京する。なおOSK日本歌劇団出身の桜花昇ぼるは、大阪の近鉄劇場で行われた「ブギウギ講談」では、歌唱担当として、笠置シヅ子とは名乗らなかったものの、実質、笠置シヅ子役で出演している。ユリー五十鈴は、体力では男性に敵わないことを感じ、男役の存在意義に悩むようになって、やがて芸能界から退き、五十鈴百合として女の人生を歩むことになる。
第1弾シングルとしてリリースされたのが、「ラッパと娘」である。朝ドラ「ブギウギ」でも「ラッパと娘」は「東京ブギウギ」以上に重要な曲となっていたが、この曲のメロディーは明らかに常道を外れており、服部良一の「音楽の殻を破ってやる」という意気込みが伝わってくる。実際に難しい楽曲で、本物の笠置シヅ子は、それまでこの手の激しいジャズは聴いたことがなかったはずなので、歌いこなすのにかなり苦労したことが察せられる。服部のレッスンは厳しいもので、夢中になると時間を忘れ、何時間もぶっ続けで進み、シヅ子は食事をすることも出来ず泣いたこともあるようだ。
笠置シヅ子の歌は、いわゆる「上手さ」ではそれほどでもない。あらゆる作品や書籍でも「歌が飛び抜けて上手い」という記述はない。そもそも音程には余り気をつかっていない。だが、黒人のジャズシンガーを思わせるソウルフルな歌声は、他に挙げる人物が見当たらないほど力強く、特にステージで聴く者を圧倒したことが証言から伝わってくる。

実は、終盤にシヅ子が歌った曲のメドレーが待ち構えている。

やがて戦時色が濃くなり、アメリカの影響を受けた歌を持ち歌としていたシヅ子は警察のターゲットとされて、「囲まれた線から出ずに歌え」と強要され、やがて「東京で歌ってはならない」という命令が下る。シヅ子は五郎をバンマスとした「笠置シズ子とその楽団」を結成し、地方巡業に活路を見出した。そんな中、シヅ子は一人の若い青年と出会う。早稲田大学に通う花森英介(林翔太)。花森興業創業家の一人息子である。花森英介は吉本興業の御曹司である吉本穎右(えいすけ。漢字も読みも難しいので、「エイスケ」とカタカナ表記にすることが多かった)をモデルとしているが、実際の吉本穎右はシヅ子の大ファンで追っかけをしており、出会ったのも偶然ではなかった。年が離れていたので恋人にはならないと思っていたシヅ子だが、英介の熱心さに惚れ、結婚を誓う。

シヅ子と英介が自己紹介をするシーン。シヅ子のパートは長台詞の上、状況説明が次々に変わり、体の動きも伴うため、キムラ緑子が軽々演じているのでそう見えないだけで、かなりの高難度である。

シヅ子の追っかけをしている人がもう一人。生駒芙美子(惣田紗莉渚)である。松竹少女歌劇団に押しかけて、榎本健一などの歌唱で知られる「私の青空」を歌って入団。シヅ子が東京に移ると、やはり追いかけてSGDのレビューガールに。しかし、自身の才能に見切りを付け、シヅ子の付き人となる。

日本はアメリカに敗れ、終戦となる。東京に戻ったシヅ子は有楽町の日本劇場(今は跡地に有楽町マリオンが建つ)で「ハイライト」公演に出演。中国に行っていた服部良一が、東京に戻った時に日劇の「ハイライト」公演の看板を目にし、吉祥寺の自宅に戻る前に日劇の笠置シヅ子の楽屋を訪れる。

服部は、シヅ子が主演する「ジャズ・カルメン」を企画。しかし、シヅ子は英介との愛の結晶である子を宿していた。妊娠しながら歌うのは難しいと、百合に反対されたシヅ子だったが、出演を強行。「ジャズ・カルメン」は大好評を得る。

だが英介は結核に冒されており、死んだ(史実では肺炎とされる)。「ジャズ・カルメン」を観る予定だったが、東京に来ることも出来なかった。数日後、シヅ子は女の子を産む。シヅ子は娘をヱイ子と名付けた。

服部は、「リンゴの唄」に続く復興ソングをシヅ子に歌わせようと考える、ある日、中央線の電車の中で、吊革が揺れているのを見た服部は、リズムと旋律が脳裏に閃く。史実では、服部は次の駅で降りて、すぐそばの喫茶店に駆け込み、紙ナプキンに五線譜と音符を書き込むのだが、舞台上ではそれは出来ない。満員の車内の乗客の揺れをアンサンブルキャストがダンスで表現し、服部が揺れの中で閃いて、手元の紙に五線譜と音符を書き込む。

こうして代表曲、「東京ブギウギ」が完成、裏手から実際に笠置シヅ子が着ていたドレスを模したものに身を包んだキムラ緑子とダンサーが登場し、「東京ブギウギ」が歌われる。実は、「東京ブギウギ」はかなりの難曲である。独特のリズムに乗り続けたまま歌うのはかなり難しい。キムラ緑子も、第2番の冒頭で少し遅れたが、乗り直した。ダンスも笠置のオリジナルと同じもの。全体を使った踊りなので、かなり体に来る。還暦を過ぎているキムラ緑子は、「東京ブギウギ」の終盤でバテているように見えたが、ここから地獄の「ブギウギメドレー」が始まる。要所要所を歌うだけだが、かなり疲れるはずである。「ブギウギメドレー」の曲目は、「買物ブギー」「ホームラン・ブギ」「大阪ブギウギ」「セコハン娘」「アロハ・ブギ」「センチメンタル・ダイナ」「ヘイヘイブギー」「東京ブギウギ」。ブギでないものも含まれる。

かくてシヅ子は、「ブギの女王」の名声を得る。

一方、シヅ子は、ラク町(有楽町のこと)のお葉(一色采子)らパンパンと交流を持つようになる。
お葉がいる喫茶店ドリームに一人の男。そこに笠置シヅ子が現れる。シヅ子は男が五郎だとすぐに気付く。五郎はピアノが弾けなくなり、生活に困っていた。シヅ子は五郎に禁酒を命じる。「禁酒は無理」だと思っていた五郎だが、持ち直し、ピアニストとして再出発出来るようになった。やがて芙美子と結婚する。

 

時が流れた。ブギの全盛期に、シヅ子は淡谷のり子と雑誌上で対談している。淡谷のり子が、「シャンソンは長く歌い継がれているけど、ブギは一過性で終わる」と断言しているのに対してシヅ子は、「ブギは長く歌い継がれていくと思います」と述べていた。だが、ブギの時代は短かった。ブギの全盛期には絶賛していた評論家が、手のひらを返して酷評の記事を書く。
そんな中、NHKでの公開録音に臨んだシヅ子だったが、「東京ブギウギ」の途中で歌唱を打ち切る(史実ではないようである)。もう高音が出ない。「もっと低い音程の歌をうたえば良い」と言ってくれる人もいた。だがシヅ子は歌手人生の終焉を感じる。「思うように歌えなくなったら歌手ではない」。服部は「それでこそプロの歌手の去り方だ」と称賛するのだった(実際は、服部は激怒したようである。服部はシヅ子に歌わせるために多くの歌を書いてきた。シヅ子がいなくなったら、思うような歌が書けなくなってしまう。しかしシヅ子は女優へと転身し、服部の最盛期も同時に終わることになる)。
華やかさの後の寂しさが身に染みる。
戦後を照らした太陽のような女性が、天岩戸へと帰っていく。天鈿女命(アメノウズメノミコト)がどんなに頑張っても意味はない。天鈿女命もまた彼女だったのだから。

 

今回の上演は、東京の三越劇場での上演を経て、京都四條南座での上演となっている。本来なら、笠置シヅ子、服部良一、吉本穎右全てと関わりのある大阪での上演が適当だったのかも知れないが、キムラ緑子が京都ゆかりの女優であることと、毎年のように南座で上演を行っていることから、南座が選ばれたのだと思われる。

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2026年1月28日 (水)

コンサートの記(943) ミコラ・ジャジューラ指揮ウクライナ国立歌劇場管弦楽団・合唱団 ベートーヴェン「第九&運命」@京都コンサートホール

2026年1月15日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで、ウクライナ国立歌劇場管弦楽団・合唱団 ベートーヴェン「第九&運命」を聴く。

膠着状態が続くロシアとウクライナの戦争。ウクライナの男性バレリーナが軍服を着て前線に立つ姿が新聞に載ったりしたが、かつてG8に入っていたロシアに比べるとウクライナは財政面で弱い。戦闘が長期化すれば尚更、というわけで、前線にいた男性バレリーナも戻ったのかどうかは分からないが、豊かな土壌を持つウクライナの音楽で外貨を稼いだ方が、バレリーナを前線に送るよりも有効ということで、ウクライナ国立歌劇場が日本で引っ越し公演、それもバレエ(ウクライナ国立バレエ。旧キエフ・バレエ)、オペラ(ウクライナ国立歌劇場。旧キエフ・オペラ)、コンサート(ウクライナ国立フィルハーモニー交響楽団。旧キエフ国立フィルハーモニー交響楽団)と全てを行う音楽の吶喊作戦である。

今回の京都でのコンサートは、ウクライナ国立フィルハーモニー交響楽団名義の方が適当なのかも知れないが、第九にウクライナ国立歌劇場合唱団が加わるため、全て含めてウクライナ国立歌劇場管弦楽団・合唱団にしたのであろう。

 

京都市の姉妹都市であるキーウ。ということで、以前にもキエフ国立フィルハーモニー交響楽団時代のウクライナ国立フィルハーモニー交響楽団が京都コンサートホールで演奏会を開いたことがある。その時は、19世紀のヴァイオリン技法を今に伝えるイヴリー・ギトリスが主役であり、ギトリスがカーテンコールにも登場したほどだったが、キエフ国立フィルの質も高かった。なんだかんだでソ連は音楽に力を入れていた。

その時の指揮者は、ミコラ・ジャジューラであったが、今回もジャジューラが指揮する。ジャジューラは、1961年、キーウ生まれ。チャイコフスキー記念キエフ(キーウ)国立高等音楽院でボン・ベートーヴェン管弦楽団の音楽監督としても活躍したローマン・コフマンに師事。1989年から正指揮者としてキエフ国立歌劇場での仕事を始めている。その後、2011年に同団体の音楽監督兼首席指揮者に就任。キエフ国立フィルハーモニー交響楽団の首席指揮者兼芸術監督には1996年に就任している。
東京国際音楽コンクール・指揮部門(現・東京国際指揮者コンクール)とブダペスト国際指揮者コンクールで入賞(無料パンフレットにはいずれも「優勝」とあるが誤り)。タングルウッド音楽祭で小澤征爾に師事し、レナード・バーンスタインとアンドレ・プレヴィンにも学んでいる。
国外では、韓国のソウル市交響楽団の音楽監督を務め、韓国国立オペラとも仕事をしている。
2005年に、フランス共和国文化勲章を受章。
今日は譜面台を用いず、2曲とも暗譜での指揮である。

 

ウクライナ国立歌劇場管弦楽団(ウクライナ国立フィルハーモニー交響楽団)は、1834年創設と歴史は長い。チャイコフスキーを招いて彼のオペラ(「エフゲニー・オネーギン」、「スペードの女王」など)を彼の指揮で自作自演したりもしている。20世紀に活躍したソ連の作曲家の多くが自作を指揮をした経験があり、サンクトペテルブルク・マリインスキー劇場、モスクワのボリショイ劇場に次ぐ実力と評価された。

 

曲目は、タイトル通り、ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」と第9番「合唱付き」であるが、どちらかだけでも難曲なのに、2曲連続上演とはかなりのスタミナである。このコンサートだけならまだしも、まだ他の場所でオペラやバレエを上演するのである。タフとしか言い様がないが、これが戦争状態にある国の現実なのかも知れない。

 

チェロが客席側に来るアメリカ式の現代配置での演奏。ティンパニは視覚面もあって、指揮者の正面ではなく、下手端に位置する。

 

ベートーヴェンの交響曲第5番。フェルマータは短めである。1回目より2回目の方が短い。ジャジューラは2回目のフェルマータを左手で切る。
弦のビブラートは、音を伸ばすときだけに使用。ピリオドを意識した演奏である。そのためか、テンポは一貫して速め。特に第4楽章はかなり速く、ピッコロ奏者がもたつきそうになったが何とか持ち直した。そのピッコロの音型からベーレンライター版使用だと思われる。
第2楽章などは様々な音が鳴り響いており、西欧とも日本とも違った大地の響きである。ティンパニはモダンティンパニだったが(バロックティンパニを使いたくとも今回の演奏のためだけに持ってくる訳にもいかないだろう)、硬めの音で強打を見せ、この曲が初演されたときに聴衆が感じたであろう異様さがなんとなく感じ取れる。

 

ベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」。ウクライナ国立歌劇場合唱団は上段に男声歌手達が、下段に女声歌手達が並ぶ。女声歌手達は全員、ウクライナの民族衣装を纏っている。男声歌手達は燕尾服姿。
ソプラノ独唱:リリア・グレヴツォヴァ、メゾ・ソプラノ独唱:アンジェリーナ・シヴァチカ、テノール独唱:ドミトロ・クジミン、バス独唱:セルゲイ・コヴニール。ウクライナ人は男性の平均身長が高いため、本当のバス歌手がいる。日本人男性は白人に比べると平均身長が低いため、低い声は出ず、本物のバスはいないと言われる。バスとして活躍している日本人も白人に比べるとバリトンになるらしい。昔、黛敏郎が司会をしていた頃の「題名のない音楽会」で、「テノール馬鹿にバリトンすけべ」という言葉が紹介されているが、ここでも日本人男声歌手の低音の代表がバスではなくてバリトンであることが分かる。

日本と違い、頻繁に第九が演奏される訳ではないので、独唱者も合唱団も全員譜面を見ながらの歌唱である。「独唱者も合唱団も全員暗譜で“歓喜に寄す”を歌う国がある」と知ったら向こうの人は驚くのではないだろうか。

ジャジューラは、この曲でもピリオド援用で、テンポは速めである。冒頭のヴァイオリンはノンビブラートで音を切りながら進む。ただ第3楽章では、弦楽器奏者の多くがビブラートを用いるなど、曲調に合わせて使い分けているようである。
速めのテンポにも関わらず、ずっしりとした手応えのあるベートーヴェン。普段、日本のオーケストラで洗練されたベートーヴェンを聴いているため、余計にパワー重視の演奏に聞こえる。
第2楽章も、ウクライナ紛争が頭にあると、戦場の音楽に聞こえてくる。前線の進軍の音楽だ。
一方で、第3楽章はロマンティックというよりも癒やしの音楽。戦勝の夢を見て目覚めるかのようだ。

第4楽章。この楽章にしか登場しない打楽器3人(シンバル、トライアングル、大太鼓)は板付き。合唱も板付きで。独唱者は第2楽章と第3楽章の間に登場した。
独唱者も合唱団もかなりパワフルで、天井の高い京都コンサートホールに声が留まる。
洗練されている訳ではないが、「歓喜に寄す」を歌うにはこれほどのパワーがやはり必要になるのかも知れない。欧米の古いホールなどはステージが狭いので合唱団も限られ、一方、日本はステージが広めなので大人数の合唱を載せることが可能だが、個々のパワーでは、日本人の歌手はウクライナ人歌手に勝てそうにない。体格が違う。
合唱もオーケストラの音も巨大な音の塊としてホールを満たしていた。

今、ウクライナ国内で第九を歌うことは無理なのかも知れない。だがいずれ来るウクライナで第九が上演する日を先取りして聴いているような気分になった。

カーテンコールでは、テノールのクジミンとバスのコヴニールが掲揚サイズのウクライナの国旗を掲げる。

 

なお、ウクライナ国立バレエ芸術監督で「情熱大陸」にも出た寺田宜弘の母親である高尾美智子(寺田バレエ・アートスクール校長)が逝去したということで、寺田宜弘が演奏開始前に舞台上に登場して、この公演が「寺田バレエ・アートスクール 高尾美智子先生追悼公演」となることを告げる。

ホワイエではウクライナの民芸品が売られ、高尾美智子の展示も行われていた。

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2026年1月12日 (月)

これまでに観た映画より(425) ジャン=リュック・ゴダール監督作品「新ドイツ零年」

2025年1月9日 京都シネマにて

京都シネマで、ジャン=リュック・ゴダール監督作品「新ドイツ零年」を観る。ロベルト・ロッセリーニ監督作品「ドイツ零年」を意識した作品だが共通点はほとんどない。
1990年10月3日の東西ドイツ再統一を意識し、東ドイツから西ドイツへと向かった男の話となっている。1991年制作。20時台からの遅い上映である。

主演俳優は、アメリカ出身のエディ・コンスタンティーヌが務めている。FBI捜査官などを当たり役としたコンスタンティーヌがこの作品で演じるのはスパイである。
東ドイツに潜伏していた元ナチス諜報員、レミー・コーション(エディ・コンスタンティーヌ)。30年ほど潜伏生活を送っていたが、金のために旧東ドイツ側での諜報活動を行いつつ西ドイツに向かうことになる。
いきなり、ニーチェの『善悪の彼岸』が朗読されるなど、ドイツ文化があちこちに配されている。若い女性ドラ(クラウディア・ミヒェンゼン)からは、「明日からはシャルロッテ。ゲーテと仕事するの」と、『若きウェルテルの悩み』にちなんだ冗談を言われる。
「今年はモーツァルトイヤーだ」というセリフもある。1991年は、モーツァルト没後200年だった。
字幕とセリフが別々のことを述べるなど、かなりせわしない印象を受ける。「カール・マルクス通り」(東ベルリン)の道標が倒れているのは、共産主義の終焉のメタファーだと思われるが、余り上手くないように思う。仮に1991年当時に観ていたら感想は異なったと思われるが。
今はもう時代が進んでしまって、カール・マルクスがロシア人だと本気で思っていたりする人もいる。「カールだよ。典型的なドイツ人男性の名前だよ」と思うが、外国の文化に興味がない人にはピンとこないのかも知れない。一番有名な「カール」であるカール・ルイスはアメリカ人だし。

音楽はクラシックが断片的に用いられている。ドイツ語圏に限らず様々な国の作曲家の作品が流れる。モーツァルト以外に名前が出てくるのは(フランツ・)リストであるが、リストによるピアノ編曲版と思われるベートーヴェンの第九の第2楽章が流れたりする。

「孤独」をテーマにした変奏曲であることが冒頭で示される。
哲学的な言葉が次々に流れてくるが、どれもみな借用という印象を受ける。コラージュのようだ。ゴダールは、「気狂いピエロ」でもすでにコラージュのようなことをやっていた。ゴダールは本の最初のページと最後のページを読むことで読了とし、多くの本に目を通していた。だがコラージュが重なると、自身の核や言葉が、他者にハイジャックされるような気分になる。
そもそもエディは、長く潜伏生活を送っており、孤独な存在である。時間の流れに取り残された存在である東ドイツの中で更に取り残された存在であるエディが西ドイツに行く意味は。
あるいは圧倒的な喪失が今後待ち受けているのかも知れない。

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2026年1月11日 (日)

これまでに観た映画より(424) ロベルト・ロッセリーニ監督作品「ドイツ零年」

2026年1月7日 京都シネマにて

京都シネマで、ロベルト・ロッセリーニ監督作品「ドイツ零年」を観る。1948年の作品。第二次世界大戦に敗れた1945年をドイツ零年として描いた作品である。上映時間74分の中編。出演:エドムント・メシュケ、エルンスト・ピットシャウ、インゲトラウト・ヒンツェ、フランツ・クリューガーほか。

焼け跡の残るベルリンでロケが行われている。ロベルト・ロッセリーニというと、「無防備都市」などで素人を大量に使った演出で、「戦艦ポチョムキン」(これらも素人を大量に動員)に匹敵する生々しさを生み、「無防備都市」を観たイングリッド・バーグマンは、全てを投げ出してロッセリーニの下へと走る。結婚した二人は、映画および演劇「火刑台のジャンヌ・ダルク」を上演。大ヒットを記録するが、これに味を占めたロッセリーニは、何度も何度も舞台「火刑台のジャンヌ・ダルク」を上演。何度も焼かれては死ぬ乙女を演じなければならなかったバーグマンは、やがてロッセリーニの下を去る。
その後のロッセリーニの情報は少ない。再婚しており、映画も監督したが、日本で上映された作品はほとんどないようだ。

「ドイツ零年」は、連合国軍によって分割統治されているベルリンが舞台である。ドイツ語の他に、英語やフランス語などが統治を行っている兵士の口から話される。イタリア語も用いられているようだが、確認は出来なかった。

この映画でも、大量動員されているのはエキストラではなく素人の可能性が高い。動きが整然としていないため、生々しさがある。端役俳優にも素人が抜擢され、主役のエドムントを演じるエドムント・メシュケも子役ではなく、家族が運営するサーカスで芸を行っていた11歳の少年である。

主人公は、12歳の少年、エドムントである。家族と、更に別の家族とも暮らしているようである。父親は病気で働くことが出来ず、兄のカールハインツは、最後までナチス兵として戦ったが、そのことが災いして強制収容所に入れられるのではないかと怖れ、引きこもり状態になっている。働き手が足りないので、姉のエヴァと共にエドムントも年齢を15歳と偽って、市場に出るが、見た目がどう見ても12歳であるため、「15歳未満は働いてはいけない」という法律によって追い返される。

一家の物語でありながら、ドイツの近年の歴史を辿るような展開が起こる。
エドムントは、戦後もナチを信奉している元教師のエニングと再会する。エニングは、「強い者が勝ち、弱い者は滅ぼされる」「弱肉強食」といったナチスの発想を今も抱いている。エドムントは次第にエニングに感化されていく。

エドムントは、父親を毒殺し、ラストは飛び降りて死ぬ。
ヒトラーのヒンデンブルクの死による政権奪取と、ベルリン陥落により二度負けたドイツそのものである。こうした描写は比較的分かり易いと思われる。

ヒトラーの演説が入ったレコードをエドムントが売りに行く場面があり、ヒトラーの演説も流れる。ヒトラーは簡単なことを何度も何度も繰り返し述べているが、洗脳にはこれが最も有効とされている。今生きる私たちに言えるのは、こういう人物がいたら注意しなさいということだけだ。真理が分かり易い言葉で語られることは余りない。それが分かるように我々は、子どもの時から何年も学校に通っているのである。

問題があるとしたら音楽。ロベルト・ロッセリーニの弟であるレンツォ・ロッセリーニが担当しているのだが、余りにも大袈裟で、この映画に関しては正直、神経に障る。

 

今回は、ジャン=リュック・ゴダール監督の「新ドイツ零年」と合わせての上映である。第二次世界大戦での敗北をドイツ零年としてロッセリーニに対し、ロッセリーニから影響を受けたゴダールは、東西ドイツ統一を新ドイツ零年としている。

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2025年12月31日 (水)

コンサートの記(936) 「映像の世紀コンサート」@ロームシアター京都メインホール 加古隆(ピアノ)&沼尻竜典指揮京都市交響楽団

2025年12月3日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後4時より、左京区岡崎のロームシアター京都メインホールで、「映像の世紀コンサート」を聴く。

1995年から1996年にかけて放送され、大好評を博した「映像の世紀」。21世紀に入ってからは続編である「映像の世紀バタフライエフェクト」が放送中である。

 

大阪では、「映像の世紀コンサート」はフェスティバルホールで何度か行われており、私も初回のコンサートは聴きに行っているが、京都で「映像の世紀コンサート」が行われるのは初めてである。
関西での催しというと、最大の人口を誇り、交通も発達した大阪市内で行われがちであるが、街自体が文化と芸術の香りに溢れているような京都で楽しむのもまた乙なものである。
建築と芸術と自然が一体となった岡崎地区で聴くならなおさらでだ。

演奏は、作曲者である加古隆(ピアノ)、沼尻竜典指揮京都市交響楽団。ナレーションは、元NHKアナウンサーの山根基世が務める。

ピアノ協奏曲の布陣。ドイツ式の現代配置での演奏である。スクリーンの邪魔にならないよう、ティンパニの中山航介は上手奥の角で演奏を行っていた。
コンサートマスターは泉原隆志、フォアシュピーラーに尾﨑平。管楽器の首席奏者は、オーボエの髙山郁子、ホルンの垣内悠希、トランペットのハラルド・ナエスなどは出演したが、他は降り番である。

現在の「映像の世紀バタフライエフェクト」のテーマ音楽は、NHK交響楽団正指揮者の下野竜也がN響を指揮。下野は大河ドラマのオープニングのテーマもこのところは毎年のように指揮しており、NHK交響楽団とNHKからの信頼が感じられる。大河ドラマのオープニングテーマの指揮と年末の第九の演奏会だけは、実績のある人にしか振らせない方針のNHKとNHK交響楽団であるが、第九は外国人指揮者なども指揮台に立つが、大河ドラマのオープニングテーマは、ここ数年は下野竜也、尾高忠明という二人のNHK交響楽団正指揮者と、広上淳一を加えた3人で回している状態である。以前はNHK交響楽団音楽監督時代のシャルル・デュトワやウラディーミル・アシュケナージ、首席指揮者時代のパーヴォ・ヤルヴィも指揮していた。現在のNHK交響楽団首席指揮者であるファビオ・ルイージはまだ指揮していないが、来年の大河ドラマである「豊臣兄弟!」のオープニングを指揮するのは実は沼尻竜典である。勿論、初めての挑戦だ。

指揮者として活躍した後で、作曲家としてもデビュー。現在ではピアニストとしても活躍している沼尻竜典。びわ湖ホールの芸術監督を務めた後で(桂冠芸術監督の称号を贈られた)、神奈川フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督に転身。自身が起こしたトウキョウ・ミタカ・フィルハーモニアの音楽監督も兼任している。京都市交響楽団とは、毎年1回、マーラーの交響曲をびわ湖ホール大ホールで演奏する試みを続けている。
劇伴の仕事をしたことがあるのかどうかは分からないが、テンポに関してはかなり的確な演奏が出来る指揮者である。総譜より先にタブレット状のものが取り付けられているが、これは譜面ではなくてモニターで、スクリーンに映っている映像がそのまま流れ、映像に合わせて指揮をするためにある。譜面にも映像にも合わせて指揮しなければならないので大忙しである。

リュミエール兄弟が世界で初めて撮影した映像や、線路の脇で電車がこちらへと走ってくる様を捉えた映像が流れて演奏スタート。演奏される楽曲は、「パリは燃えているか」、「時の封印」、「シネマトグラフ」、「はるかなる王宮」、「神のパッサカリア」、「最後の海戦 パート1、2」、「未来世紀」、「大いなるもの東方より」、「マネーは踊る」、「狂気の影」、「黒い霧」、「ザ・サード・ワールド」、「睡蓮のアトリエ」、「愛と憎しみの果てに」、そして今回はアンコールが予め決まっており、「映像の世紀バタフライエフェクト」のために書かれた、「風のリフレイン」と「グラン・ボヤージュ」が演奏される。

 

加古隆の音楽に必要なのは何よりも抒情美であるが、そこは京響。リリシズムに満ちた音楽を奏でていた。

今回の「映像の世紀コンサート」は、戦争の歴史に焦点を当てていたが、それは現在、ウクライナとロシア、イスラエルとガザ地区での戦闘が継続中であるからに他ならない。爆撃されて建物の多くが破壊されたガザ地区(おそらくガザ市)、ウクライナがロシア軍に攻撃される様も終盤、スクリーンに投影された。

「王朝の時代」を特集する映像もあり、後に惨殺されることになるロマノフ王朝のニコライ二世(皇太子時代に来日した際、大津市の旧東海道において、巡査の津田三蔵に斬りつけられるという、「大津事件」でも知られる)やアレクセイ皇太子などが映っている。
オーストリアでもハプスブルク家の支配が終焉を迎えるが、フランツ・ヨーゼフ一世の姿がカメラに捉えられている。ハプスブルク家の没落と共に登場したのが同じオーストリア出身のアドルフ・ヒトラーであり、ヒトラーの経済政策によってドイツは歴史的な大インフラを解消。ドイツにおけるヒトラーの支持率は実に90%を記録したが、このときはヒトラーの正体に気付いている人はまだほとんどいなかった。

ヨーロッパが混乱の最中にあるときに力を付けたのがアメリカである。ニューヨークには摩天楼が建ち、一際高いエンパイアステートビルが建設される。エンパイアステートビルは現在では、高さニューヨーク1ではないが、今でもニューヨークのシンボルの座は揺らいでいない。

ヒトラーはオーストリアを併合。イタリアでもファシスト党のベニート・ムッソリーニが政権を手にする。今では、「ファシスト」という言葉は相手の悪口にしか使わないが、当時は有効な政策運営手段の一つと思われていた。

独伊と手を組んだのが大日本帝国である。ヨーロッパとアジアとでは遠すぎて協力の仕様がないが、とにかく三国同盟は締結される。日本はその時は中立国だったアメリカに挑む。しかし国力の差は明らかで、日本は最終手段として特攻作戦を立案する。ゼロ戦で相手の軍艦に突っ込むという、死亡率100%の犠牲を伴う作戦。アメリカ人から見れば「クレイジー」としか思えないだろうが、日本には他国にない「死の美学」「犠牲の美学」があった。そうしたものを発揮するのはこのときではなかったかも知れないが、多くの日本戦闘機は迎撃されて海に沈み、数少ない成功例がアメリカ軍を慄然とさせた。アメリカ人からみればまともに見えなかったと思われる日本兵だが、戦死者に対する敬意は表したようである。

アメリカはベトナム戦争で敗戦する。南北に分断されたベトナム。アメリカは資本主義の南ベトナム(ベトナム共和国)を支援するが、アメリカ国内でもベトナム反戦の動きが起こり、泥沼化した戦争は、サイゴン(現ホーチミン)陥落で最後を迎える。

戦争の世紀であった20世紀であるが、各都市は復興し、発展していく。空襲を受けた東京の街は、木造建築が多いということもあり、ヨーロッパなどよりも悲惨な焼け野原だが、集った日本人少年達の顔は明るい。戦争が終わったなら後は復興するだけ。実際のところ、東京は人口が多かったということもあり、戦前の街並みをそのまま復興しようとする機運が強く、空襲を機会に道幅を広げてモータリゼーションの到来を予見した大阪や名古屋に比べると上手くはなかったと思う。それでもお洒落な銀座の街並みなど、活気ある東京をカメラは捉えていた。

 

アンコール演奏。加古隆はセンチメンタルな作風が特徴で、「映像の世紀」の音楽も明るくはないのだが、20世紀の「映像の世紀」の音楽に比べると煌びやかで希望を持てる曲調となっている。

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2025年12月22日 (月)

これまでに観た映画より(417) ドキュメンタリー映画「Voices from GAZA ガザからの声 Episode2 ミュージシャン・アハマドのメッセージ」

2025年12月17日 烏丸御池のアップリンク京都にて

烏丸御池のアップリンク京都で、ドキュメンタリー映画「Voices from GAZA ガザからの声 Episode2 ミュージシャン・アハマドのメッセージ」を観る。Episode1の主人公の名もアハマドであり、アラブ系の男性は同じファーストネームの人がかなり多いようである。イスラム教の聖人から取るケースが多いからだと思われる。西欧やアメリカもキリスト教の聖人の名前から取ることが多いので、ファーストネームの種類は多くない。彼らが、苗字も名前も膨大にあるという日本の事情を知ったら驚くだろう。更に日本の場合は、キラキラネームであるかどうかに関わらず新たな名前が生まれて増えていく。おそらく日本は名前に関しては世界一バリエーションに富む国だろう。

監督:ムハンマド・サウワーフ。ガザ地区の映像制作会社、アレフ(アルファ)マルチメディアとアップリンクの共同制作。

今回は、2025年7月12日に、ガザ市の無名戦士公園の避難民キャンプで撮影が行われている。この時はまだ停戦中であるが、ドローンからの空襲があったそうで油断出来ない状況である。前回、ガザ・イスラーム大学の跡地に作られた避難民キャンプで撮影が行われていたが、今回も「イスラーム大学が空襲された」という話が出てくる。ガザ・イスラーム大学のことだと思われる。通常は、大学は爆撃しても、攻撃する側も大して意味がないし、攻撃される側も大学は死守しなければいけない施設でもない。夜は誰もいないし、教室と食堂とその他、体育館やスポーツ施設、講堂など、攻撃しても相手にダメージは与えられない。それでも空襲したのは、ガザ・イスラーム大学がハマス指導者の母校だからだと思われる。腹いせにだろう。

 

今回、収録が行われた無名戦士公園の避難民キャンプはガザ市の西部にある。周辺は瓦礫の山だが、比較的高めのビルなどはあちこち撃たれているものの崩れていなかった。頑丈であるということも考えられるが、おそらく襲撃対象として後回しになったのだろう。ビルは見た目から判断するに企業のオフィスビルで、夜間に襲撃しても中には誰もいない。それよりは、人々が住む低い住宅を攻撃して打撃を与えようとしたのだと思われる。一般市民を標的にすることはあってはならないことだが、少なくとも第二次大戦以降は軍属よりも市民が犠牲になるケースが多い。

今回の主人公は、ミュージシャンのアハマド・アブ=アムシャ。5人の子を持つ父親でもある。これまで空襲に遭うこと12回、住居は3度変わって今は避難民キャンプにいる。家を3つほど持っていると取れるような発言をしているが、金持ちでないことは確かであるため、親族の家か何かだろうか? パレスチナの住宅事情については知識がないのでよく分からない。
元々いた住居が空襲で焼かれ、音楽スタジオに避難しようと思ったが、そこもグチャグチャになっており、避難民キャンプにも入れて貰えなかったが、端の方にテントを張ることが出来たそうだ。
アハマドは、イスラエルがガザ地区を攻撃するまでは、生活が出来る位の金を音楽で稼いでいた。彼はギターの弾き語りをする。だがガザ地区が攻撃されて、演奏活動などが出来なくなった。
それでもアハマドは、音楽をしている時だけは現実を忘れることが出来るため、音楽の効用を説く。避難所でも人々に楽器(ヴァイオリンやギター、民族楽器など)を教え、新しい曲を作詞・作曲する。少年がパレスチナの誇りを歌ったりする。
音楽が持つ力が描かれるが、同時に、怖ろしさも同居しているように思う。
大阪のザ・シンフォニーホールでプロムスのコンサートが行われ、トーマス・ダウスゴー指揮BBCスコティッシュ交響楽団の演奏で、エルガーの「威風堂々」第1番が演奏され、「英国第2の国歌」と言われる中間部に詞が書かれたものを歌ったのだが、イギリス人でも何でもないのに気分が異様に興奮した。爽快だったが危険だとも思った。音楽には我を忘れさせる作用がある。アドルフ・ヒトラーは子どもの頃からのオペラマニアだった。音楽にどんな効果があるのか熟知していただろう。

基本的に、現地で撮影されたものを編集しただけであり、起伏はないので、ドキュメンタリーとしての面白さは求められない作品であるが、ガザの人々の生の声が聴ける稀少性を持つ。

最後にチラシに書かれたアハマドのメッセージ
「戦争の中でも歌い続ける これは一種の抵抗だ。歌い 教え 奏でることでほんの一瞬でも戦争の空気から俺たちを引き離してくれる。世界中の芸術家たちへ僕からのメッセージ 不正義に沈黙することは加担だ」

その後、再びイスラエルによる空爆が再開された。ガザ市にいることはもう出来ない。今、彼らはどうしているのだろう。

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2025年11月 5日 (水)

観劇感想精選(498) 広田ゆうみ+二口大学 別役実 「眠っちゃいけない子守歌」@アバンギルド

2025年10月28日 京都・木屋町のアバンギルドにて観劇

午後7時30分から、木屋町のUrBANGUILDで、広田ゆうみ+二口大学の「眠っちゃいけない子守歌」を観る。別役実が書いた二人芝居の上演。演出は広田ゆうみ。広田ゆうみと二口大学は、演出家で演劇専修のある大阪大学大学院やロシアで演劇を学んだ埼玉県出身の山口浩章(俳優としては今も山口吉右衛門の芸名を使うことがある。戯曲は1本だけ書いており、その上演を私は観ている)を加えた三人で、このしたやみという演劇ユニットを組んでいるが、別役実作品を上演するときだけは、広田ゆうみが演出に回る。「別役だけは譲らない」そうだ。広田ゆうみは若い頃から別役作品の上演をライフワークとしている人で、戯曲や童話などの上演や朗読の許可を別役にたびたび求めていたが、余りにも数が多いので、別役も根負けしたわけではないだろうが、「あなたはもういいから」と返事があったそうで、別役実作品を自由に上演出来る唯一の演劇人となっている。

 

客席には、別役作品の英訳を行っている白人の観客(英語なのでイギリス人かアメリカ人だと思われるが)や、京都の小演劇界で活躍する女優など色々な人が詰めかけている。広田さん、二口さんの個人的な友人(演劇人ではない人)なども多い。

 

「眠っちゃいけない子守歌」。タイトルはダブルミーニングになっている。
福祉施設の会で働く――というより薄給のボランティアに近いのかも知れないが――とにかくその女性が、アパートの家を訪ねる。エレベーターを出て左に曲がり、13番目の部屋をノックするようにとの指令(?)である。
だが、部屋には誰もいない。女性は指令を独り言で確認する(同内容のセリフはその後にも出てきて、そちらで内容は完全に分かるため、演出家によっては冒頭の独り言はカットしてしまうかも知れないが、広田ゆうみは別役信奉者なので別役が書いたセリフは全て語る)。紺のワンピースの衣装にバスケットを下げている。この時にははっきりとは分からなかったが、女がエプロンを羽織ったことでそれがメイド服だということが分かる。メイド喫茶の店員が着ている華美だが実用的ではないものではなく、仕事がしやすいちゃんとしたメイド服だ。きちんとしたメイド服を着た女優が演じる舞台や映画やテレビドラマは余りなく(かとうれいこが着ていた記憶があるがかなり昔のものだ)、韓国の連続ドラマ「火の鳥」で、今年が20回忌に当たるイ・ウンジュ(1981-2005)が演じていた役を思い出す。イ・ウンジュのメイド服も魅力的だが、広田さんのメイド服もきちんとした女性だけが生み出すことの出来る魅力を湛えていた。

部屋の主であるが、年老いた男である。自分の名前も覚えていなかったりするが(あだ名は「よっちゃん」であることを昨日思い出す)、語っている内容はかなり論理的で、いわゆる認知症等にかかっている訳ではないようだ。
紅茶に入れる砂糖の数選択の曖昧さや、逆にクッキーとビスケットの違いを知りたがる細かさに、女は別れた夫と目の前の男との共通点を見出したりする(クッキーとビスケットは基本的に同じもの。アメリカ英語ではクッキー、イギリス英語ではビスケットである)。

男は、「トシコ」という女性の名前を口にするが、それが誰なのか覚えていないようである。メイドをしている女がトシコなのかと男は聞くが、女は当然ながら否定する。
ちなみに何の脈略もなく、「発言すると嫌がらせをする人がいる」と語るが、突然、照明の明度が落ちたりする。嫌がらせをするのは「世界」である。確かに、「世界」から嫌がらせを受けやすい人はいる。俳優だとか、作家だとか、演出家だとか、哲学者だとかね。今この空間にも結構いそうだけれど。

男の部屋にはラジカセがあるが、テープには風の音が録音されている。男はそれを聴くそうだ(武満徹や晩年の坂本龍一など、風を音楽として聴く人は実在する)。更には雪の音を録音したテープもある。これらが男の「眠っちゃいけない子守歌」だと思われる。
男の部屋には、積み木のようなおもちゃのようなものがある。それを出して並べる。家屋、街路樹、しかし何かが足りない。女がそれを発見する。別役作品の代名詞、電信柱である。
雪の音が鳴り、男は人が「トシコ」と呼ぶ声を聞いたと話す。トシコは男の母親で、それまで住んでいた土地を何らかの理由で離れることになり、町を出て行くトシコを呼び止める声を耳にしていた。ちなみに積み木を使う心理療法があり、男が受けていた可能性もあるが、あってもなくても主筋に変更はないので、深掘りしなくても良いだろう。

男は、トシコが、「子守歌を聞いても眠ってはいけない」とタイトルの「眠っちゃいけない子守歌」に繋がる言葉を話したことを覚えている。これは「雪なので寝ると凍死する」という意味だろう。しかし、「嫌がらせを受ける」立場になった男にとっては、「眠っちゃいけない子守歌」は、「世界」に対して「隙を見せてはいけない」「ぼんやりしていてはいけない」「ちゃんと見ていなくてはいけない」と常に集中力を切らすべきではないというメッセージに聞こえる。最終的には男は眠るように死んでしまうのだが。
言葉の重層性が生きた別役作品だった。

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2025年10月26日 (日)

NHKスペシャル「シミュレーション昭和16年夏の敗戦前後編・ドラマ×ドキュメント」

2025年8月20日

NHK+で、NHKスペシャル「シミュレーション昭和16年夏の敗戦前後編・ドラマ×ドキュメント」を見る。ドキュメントの部分は比較的短く、ドラマが中心になる。ベースとなっているのは猪瀬直樹著の『昭和16年夏の敗戦』。
出演:池松壮亮、仲野太賀、岩田剛典、二階堂ふみ(語り兼)、北村有起哉、國村隼、佐藤隆太、三浦貴大、別所哲也、嶋田久作、中野英雄、松田龍平、奥田瑛二、江口洋介、佐藤浩市ほか、仲野太賀と中野英雄は親子共演となる。

連続テレビ小説「虎に翼」で、岡田将生演じる星航一の話に登場して話題になった総力戦研究所を描いたドラマである。星航一のモデルとされた三淵乾太郎は、実際に総力戦研究所で司法大臣として演習に当たっていた。
最初から日本が不利であることは大多数の人が気付いていた気がするが、それを覆すための研究所でもある。軍部としては「勝機はある」との言葉を待っていたのだと思われるが、結論としては、「開戦すべきでない」「日本はアメリカに何もかも劣る」であった。
しかし、時代の流れは止められず、日本は地獄を見ることになる。

永田町にあった総力戦研究所に集められたのは、身心知力ともに健康な、様々な分野から集った35人の男性。平均年齢は三十代である。いわば日本の最高水準の知力が集結したことになる。
池松壮亮演じる宇治田洋一は、東京帝国大学首席卒という設定だ。そのインテリ達が様々なデータなどを駆使してシミュレーションした結果は日本必敗であった。宇治田は日本の軍部高官が考えていることが「ごっこ遊び」に過ぎないと陸軍省の高官である西村(江口洋介)に考えを吐露するが、現地に赴くことの絶対にない軍の高官達にとっては、戦争はごっこ遊びと感覚的に似通っていることは確かだと思われる。私は村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』を大学の卒業論文で取り上げた際に同様の内容を記している。
だが、油田の獲得を目的とした南部仏印侵攻は続いており、「船の数が不足している」としても戦いを続けるしかない。
すでにABCD包囲網により、資源が不足していたが、オランダに次いでアメリカも石油禁輸。これにより、日本国内には全国民が使うための石油が2年しかもたないことが判明する。
頭脳明晰な壮年の男達は、太平洋戦争が辿る経緯をかなり正確に見抜いていた。集合知の力である。しかし結論を軍部に聞き入れられることはなかった。

東条英機は、開戦を避けようとするも、もはや自分の力ではどうにもならないと呻吟する人物として描かれる。ハゲヅラをかぶり、一目では誰だか分からない風貌になった佐藤浩市が熱演している。

仲野太賀と岩田剛典は、「虎に翼」のオマージュとしての抜擢かも知れない。岩田剛典は、海軍でありながら、「開戦に反対」という立場を取るが、長州閥のある陸軍では開戦派、薩摩閥のある海軍では、「負ける戦いはするべきではない」との慎重派が多かったとされる。ただ、実のところ藩閥が1941年時点でどれだけ働いていたのかはよく分からない。
その陸軍のトップに立ったのが盛岡藩士の家系である東条英機である。同じく陸軍の軍人であった東条英機の父親は、藩閥によって出世出来なかったが、東条英機は藩閥を超えている。彼が「戊辰の仇」である長州に対してどんな思いを抱いていたのかは不明である。

近衛文麿を演じる北村有起哉は、出番は余り多くないが、見た目が近衛文麿そっくりになっており、笑ってしまうくらいの良い出来である。
摂関家筆頭の近衛家から出た近衛文麿。お公家さん出身だからか、京都帝国大学卒のインテリながら、ちょっと不思議な人だったらしい。
摂関家出身でも駄目なら宮家からということで、東久邇宮稔彦が近衛の次の首相として推されるが、昭和天皇(松田龍平)は首を縦に振らず、東条英機が首相になる。
東久邇宮稔彦は、戦後処理のためだけの内閣総理大臣として、短期間政務に就いた。首相在任期間は、羽田孜に抜かれるまで明治以降最短であった。

佐藤隆太とは、もう大分前になったが、舞台上でハグや握手をしたことがある。そういう人がテレビに出ていると不思議な気がする。

京都でもロケが行われており、龍谷大学本館や京都府京都文化博物館別館(旧・日本銀行京都支店)などが使われていた。

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2025年10月21日 (火)

これまでに観た映画より(408) ドキュメンタリー映画「Voices from GAZA ガザからの声 Episode:1 アハマドの物語」

2025年10月8日 烏丸御池のアップリンク京都にて

烏丸御池、新風館の地下にあるアップリンク京都で、ドキュメンタリー映画「Voices from GAZA ガザからの声 Episode:1 アハマドの物語」を観る。2025年5月21日に、ガザ市のガザ・イスラーム大学避難民キャンプ周辺で撮影された映像。制作資金はアップリンクが出し、撮影や編集はガザのアレフ・マルチメディアが担当している。監督はムハンマド・サウワーフ。

ガザ・イスラーム大学避難民キャンプとあるが、映像に大学のキャンパスらしきものは映らない。ガザ・イスラーム大学は、ハマス党首の母校であるため、2023年に空襲を受けている、おそらく憎き敵が出た大学だけに徹底的に破却され、跡地が避難民キャンプになっているのだと推測される。
周辺であるが、立派なビルが残っている一方で、ひしゃげた建物も多く、「半分破壊された」と語られる建物などもある。
避難民キャンプ住民の多くは、イスラエルのガザ地区北部攻撃宣言を受けて一度は南部に逃れたが、停戦状態となったのでガザ市に戻ってきているようだ。
主人公であるアハマドは、双子の兄弟の一人として育ち、共に7歳から体操を始めてガザ・サーカスに入り、バック転などのアクロバット技を得意としていた。アハマドにとって同じ日に生まれた兄弟のムハンマドはかけがえのない存在だった。
しかし、今年の3月。イスラエルが再びガザを攻撃すると宣言。アハマドの一家は逃げる用意をして、自転車に乗ったが、ムハンマドや叔父などはミサイルの直撃を受けて死亡。アハマドも両足と右手の指4本を失った。

今はまた停戦状態だが、上空をイスラエル軍のドローンが飛んでおり、蝿のような耳障りな音に、アハマドの母親は「夜も寝られない」と嘆いている。なお、アハマドの母親は、ドナルド・トランプ米国大統領の「ガザから原住民を一掃する」という宣言に、「家も建てたばかりだし」と反発している。アハマドは一時は亡命も考えたがトランプの発言により逆に反骨心をくすぐられたようで、ガザに残る気になった。いずれ義足が手に入ったらまた体操を始めるつもりだというアハマド。そして、義足で技が出来たら今度は義足なしで挑みたいと夢を語る。彼らは避難民だが、人生を諦めたわけではない。それどころか希望に燃えている。アハマドの弟であるクサイも連続バック転が得意で、いずれは兄と一緒に演技したいと思っているのだろう。
アハマドは車椅子に乗って外出。ガザの人々もiPhoneを使っていたり、アイスクリームを食べたりと、凪の時間をそれなりに楽しんでいるようである。

 

今日は私の他に観客はもう一人いるだけ。18時50分上映開始という観やすい時間だっただけに惜しまれる。

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2025年10月16日 (木)

ラランド 【コント】ラブホで有意義な打ち合わせをする人

ある北関東の県庁所在地で

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